五十嵐喜芳自伝

五十嵐喜芳自伝「わが心のベルカント」より
1. 声の響きの美しさを追求するには、イタリアでベルカントを学ぶしかありま
せん。
2. 日本とイタリアでは勉強の仕方が違います。日本の場合、先生と言うとだい
たいが現役の歌手が自分で歌いながら教えます。
イタリアではそうではありません。まず発声の先生に習います。声の出し方
の基本、歌のフレーズなどについて一つ一つ発声法を習うのです。
そういう先生は日本にはいません。ではどうするかと言いますと、ベルテル
リ先生のように生徒が歌っているのを聴いて「そこが悪い」「そこをもっと
響かせて」などと注文するわけです。
ですから生徒は自分本来の美しい声を出せるようになります。
このように「人間がもって生まれた声で、美しいメロディーをいかにして歌
うか」と言う発声法をベルカント唱法と言います。
美しい歌を歌いあげるための発声の基本、それこそがベルカント唱法の極地
です。
イタリアの先生は必ずしも歌手とは限りません。
本人は歌わないのですが、私の歌を聴いてどこが悪いか、修正法を指摘して
くれる先生がいるのです。
ちょっと意外な感じを受けますが、言ってみれば、ベルカント唱法を身につ
けさせる指導をする先生です。良い耳を持っていること、指導法に長けてい
ることがよい先生の条件でもあるのです。
ベルテルリ先生はすばらしい、よい耳を持っていました。ベルカントとはど
ういうものであるか、オペラを全曲歌うのにはどういう声のバランスでもっ
て考えていかなければならないのか、そういうことをコーチしてくれました。
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3. Tito Schipa の言葉:
の言葉:
歌と言うものは気張って歌うものではない。
Legato(音と音の間に切れ目を感じさせず滑らかに続ける)で歌うものだ。
(音と音の間に切れ目を感じさせず滑らかに続ける)で歌うものだ。
だからもっとイタリア語を勉強しなさい。イタリアの歌を歌うのだから、イ
タリア語とメロディーのニュアンスがいっしょになる。
イタリア語でレガートで歌う・・・・・そのニュアンスを表現することがベ
ルカントの神髄です。
フォルテッシモで歌う時も、ピアニッシモで歌う時も、
フォルテッシモで歌う時も、ピアニッシモで歌う時も、1
で歌う時も、ピアニッシモで歌う時も、 本の線の上で声を
出すこと。
決して緩めないように。
高い声を出すからと言って、気張らないこと。叫んでは歌になりません。
4. ベルカント唱法で歌われると、声の響きは劇場に澄み渡るが、歌い手の近く
にいるオーケストラ・ボックスには聞こえてこないだね。
そうか、近くで聞くと、第一級の歌手の声は大声ではない。一方、脇役の声
は大きい。ここに大きな違いがある。
声と言うものは、ただ美しく響かせればよい、ただ大きな声を出して歌えば
声と言うものは、ただ美しく響かせればよい、ただ大きな声を出して歌えば
よい、ということではないのだ。
美しいレガートによって声のドラマとして表現されなければならないのだ、
と。
5. 藤原義江の言葉
藤原義江の言葉:
言葉:
テノールは、女性をしびれさせるくらいの声を出さなければ価値は
テノールは、女性をしびれさせるくらいの声を出さなければ価値はないんだ。
女にもてないようなテノールなら廃業してしまえ。
幾多の浮名を流した先生(藤原義江)ならではの語録でしょう。Schipa に酔
いしれた女性客のことを思い合せれば、テノールの本質を突いた至言かも知
れません。
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6. ベルテルリ先生の Passagio についての言葉:
テノールもバリトンもソプラノもベルカントを勉強する声楽家は、Passagio
を十分勉強しなければダメだ。
歌い手には皆 Passagio という場所がある。
だからその Passagio という場所、ポジションを自分で探して意識しなけれ
ばいけない。
声を共鳴させるポジションを見つけること。
7. Passagio (= Passage)について
について:
について:
人間の声には、男性、女性を問わず、声の変わり目があります。
イタリア語の Passagio とは、「声の変わり目の経過点」こと。
経過点とは高い声を出すための重要な通り道です。
高い音域に上がっていくときに Passagio のあたりで響きのポジションを曲
げる。
8. Una linea について:
1 本の線の上に声が乗ること。
人間は下腹部から腰、横隔膜、喉、鼻、頭へ 1 本の線で繋がっており、人体
そのものが、Una linea だ。
そのものが、
だから歌と言うものは、高い声から低い声へ下りてくるようなときは、同じ
だから歌と言うものは、高い声から低い声へ下りてくるようなときは、同じ
線上へ下りてこなければいけない。
1 本の線上に乗ると言うことは、腰からの声を出すことを意味します。これ
を Appogio といいます。腰の支えが大事なのです。
だから大声を出さなくてもいいんだ。大声を出したからといって人を感動さ
せる訳ではない。ティンブラーレという声の響きの美しさをドラマで表現で
きるような発声をしなさい。
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歌う時は必ず Legato ということを頭に入れて歌いなさい。速い歌であろう
が、遅い歌であろうが。
声に色が出てくれば心の歌が生まれてきます。
いかに良い声を出すか、いかに言葉を声の色で表現するか、以下に低い音か
ら高い音まで 1 本の線の上に乗せて声を出すか、そして、いかに、劇場の空
間を飛んで行く輝きのある声を自分のものにするか、これがベルカント唱法
の極意。
自分の声に合わない曲を無理に歌っても響く声が出ず、心に語りかけるよう
な歌にはなりません。
自然な発声こそが聴衆の耳に美しく響くのです。
劇場の音響にしても良い発声の場合にはよく響き、そうでない場合には響き
ません。
ピアノ(弱く)で歌って下さい。マスケラ(顔の表情)にあてて、大きな声
を出そうと思わないで息は必要以上にもれず、響きだけでピアノで歌うので
す。始めから終わりまでピアノで。
ハミングでも良いのです。我慢して、ハアーッ!と息を出さないこと。それ
から Legato でアイウエオと歌うのです。段はつけないで。発声は押すより
引く感じで。<響き>の方へもっていきなさい。
ティンブロ(共鳴)でかつピアニッシモを練習すること。
それには当然横隔膜を使わなければなりません。フォルテ(強く)で絶対勉
強しないことです。
口を開ければ開けるほど喉が開くと思ったら大間違いです。
最初からピアニッシモで歌って自分の声の響きのポジションを探してくだ
さい。
それが全部できてから初めて言葉をつけて歌うのです。
曲をもらうと皆言葉で歌っています。肝心のメロディーを歌っていません。
声を出して歌うのですから、言葉を歌ってはいけません。
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