ニュース第93号(2016年4月)

2016年 4月 1日
平塚 らい て うの会 ニ ユース
第 93号
N P O平 塚 ら いてう の会 会 長 米 田 佐代 子
日本 国 憲 法 公布 から 0
7年
、
影 今年は らいてう生誕
痴 130年、らいてうの平
ル 和のこころざしを伝えよ
と オ ープ ンし た 、 ら い
イ う
ラ て う の家 も Ю 周 年 を 迎 え
ます。また国政 の ﹁
婦人参 政権﹂初行使 ︵
沖縄市
議市長選 では 1945年 9月女性参 政権行使︶ か
ら 0年 、 日本国憲法公布 からも 0
7
7年 の節 目 の年 で
もあり、昨年強行成立 した ﹁
戦争法﹂ の廃止を め
ざ す年 です。参議院選挙を前 に野党協力も前進 、
﹁
戦争法廃止 2千万署名﹂も始まりま した。
今は ﹁
新 し い戦前﹂ でし ょう か?
けれども、
明文改憲﹂を めざす安倍政
一方 で ﹁
権 が、依然と し て 一定 の支持を得 て いることも事
実 です。今 はもう ﹁
新 たな戦前﹂だと いう声も聞
戦前﹂ ってなんだ ろう。か つて
こえます。 では ﹁
日本 が戦争 に突入し て い った時代 にも 、多 く の人
びと は ﹁
戦争 反対﹂ でした。それな のに ﹁アジ ア
TEL・ FAX
03-3818-8626
5-10・ 20-5F
睦 美 さ んを お招 き し、米 田も 加 わ ってシ ンポ ジ ウ
いてう の家 があ る上 回 では上 野 千鶴 子 さ んと古 田
今 年 、 ら いてう の会 は記念 行 事 と し てヽ東 京 で
は ノー マ 。フィー ルド さ んと青 井未 帆 さ んを 、 ら
自 分 の言葉 で平和 な世 界 を つく ろう
行 動 す るた め に話 し合 いま し ょう 。
は訴え ま した 。 5月 拠日 の総会 ではそ の精 神 を受
け継 ぎ 、激 動 す る時 代 を自 分 の手 で つか みと り 、
はなく 、自 分自 身 でと らえ な お そう 、と ら いてう
のよ い言 葉 でも 、 人 に言 わ れ て鵜春 み にす る ので
実 を み つめ、自 分 で考 え 、 習 心
う こと を ま っす ぐ
に﹂ つら ぬ いて行 動 し た のです 。 たとえ 耳ざ わ り
た 日本 の女 性 には戦争 を 止 め さ せ る責 任 があ る﹂
と 書 き ま した 。彼 女 は 、 そ のた め に自 分 の日 で現
止 でき な か った こと を 愧 じ 、 ﹁戦 後 主 権 者 と な っ
のこと を 知 ら さ れず 、自 分自 身 を含 め て戦争 を 阻
平 塚 ら いてう は、 戦争 中 の女 性 は無 権 利 で本当
﹁
女 性 には戦争 を 止 め さ せる責 任 が あ る﹂
歩 む のでし ょう か。
た したち はま たも や ﹁い つか来 た ﹂ 戦争 への道 を
極 的 平 和主 義 ﹂ な ど の言葉 が飛 び交う な か で、 わ
さ れ た 苦 い体 験 が あ り ま す 。今 ﹁国 際 貢 献 ﹂ ﹁積
東 洋 平 和 ﹂ と 言 わ れ 、 ﹁聖 戦 ﹂ を 信 じ込 ま
解放﹂ ﹁
発
行
平塚 らいて うの会
〒1120002
東京都文京区
小石川
自分 の
ムを 開き ま す 。 ノー マさ んは若 い世 代 に ﹁
言葉 を持 って いま す か ?﹂ と 語 り か け 、 上 野 千鶴
子 さ んは ﹁
当事 者 ﹂ であ り ﹁
権 利主 体 ﹂ であ る自
分 を確 立 し よう と呼 び か け て いま す 。地 域 に根 ざ
し 、 世 界 に目を 向 け て ﹁
今 、 わ た し たち はど んな
平 和 世 界を つく って いく のか﹂ を考 え ま し ょう 。
新 し いら いてう 像 を 紹介 す るブ ック レ ット や ﹃
平
塚 ら いてう の会 紀 要﹄ 9号 、 ら いてう の家 を 守 っ
重き た仲 間 たち の文 集 も 発 刊 予定 です 。
記念事業 の募金もす でに多 く の方 からお寄 せ い
・
ただき、心 から感謝 いたします。 でも 、まだ道半
ばで す。どう かよ ろしく おねが い申 しあげます。
第 7回 通 常 総 会 と ら いて う 忌 のご 案 内
1
日時 2016年 5月加B ︵
土︶3
1時開会
会場 婦選会館 一階多 目的 ホー ル ︵
代 々木︶
5年度事業報告と決算報告
議題 ① l
② 路年度記念事業と通常事業計画 ︵
案︶と
・
案︶ に ついて
予算 ︵
③役 員選出 ④ そ の他
﹁
ら いて う 忌 ﹂ お 話 と 討 論
4 0
・
︲時 4 分 ∼ 同 会 場
お話 折井純 さんと折井美耶子さん
一
一 ﹁
選択的夫婦別姓 問題﹂ に ついての
・
一
最高裁判決 にふれ て
9日 ︵
ら いて う の 家 オ ープ ン 4 月 2
金︶
オ ープ ニ ン グ セ レ モ ニ ー
m時∼ 朗読 ﹁
古事 記﹂広瀬しず江さん
0分∼ 奉 の茶席 ︵
m時 4
宮島松実社中︶
シ ス テ ム の構 築 ﹂ を 提 起 、 ﹁
当 事 者 ﹂ と し て自 己
を アー カイ ブ化 す る ミ ニ コミ電 子 図書 館 運動 を 推
決定 す る ﹁
認定
当 事 者 主 権 ﹂ を 提 唱 す る。 現在 ﹁
N P O 法 人 ウ イ メ ンズ ア ク シ ョ ンネ ット ワ ー ク
1月 は東
8月 は上 回 で上 野 さ んと古 田 さ んを 、 1
京 で ノ ー マ ・フィー ルド さ んと青 井 さ んを お招 き
し て記念 シ ンポ ジ ウ ムを 開催 しま す 。平 和憲 法 の
進中。
︵
W A N︶﹂ 理事 長 と し て、 女 性 のミ ニ コミ資 料
危 機 、 国 際情 勢 を めぐ る激 動 の情 勢 のも と で の開
催 に、大 き な期 待 が寄 せら れ て いま す 。
青 井 未 帆 さ ん 1 9 7 3年 生 ま れ。 憲 法 学 者 。
立 憲 デ モク ラシ ー の会 、
み つめ つ つ源 氏 物 語 か ら小
母 を も ち 、 口 一つ の国 ﹂ を
安 保 法 制 で憲 法 が紙 切
﹁
れ に﹂ ﹁外 か ら 見 て 日 本
と し て積 極 的 に発 言。
国 民安 保 法 制 懇 メ ンバ ー
林多 喜 二ま で日本 文 化 研 究
は立 憲 主 義 国 な のか﹂ と
ノ ー マ ・フ ィ ー ル ド さ ん 1 9 4 7年 生 ま れ。
ア メリ カ人 の父と 日本 人 の
の優 れ た 論 考 を 発 表 。 ﹃
天
警 鐘 を 鳴 ら し つ つ、 ﹁9
。学 習
2014年 ら いてう 講座 ︶
う ﹂ と 訴え る ︵
院大 学 教授。著書 に ﹃
国
憲法を守 る のは誰 か﹄ ﹃
家安全保障法批判﹄ など。
条と 4条を合 わせ読む形 でリ アルに平和 の問題を
2
考え る べき ﹂ ﹁
権力 を持 たな い女性 は批判者 に最
も適 し て いると ポ ジ テ ィブ に捉 え て希 望 を持 と
皇 の逝 く 国 で﹄ ﹃
小林多 喜
二﹄ な ど著 作多 数 。昨 年 m
憲 法 9条 と いう か
月 の戦争 法 廃 上 国会 前 集 会 で ﹁
け がえ のな いも の﹂ を ﹁一度 手 離 した ら絶 対 取 り
返 す こと が でき な いも のだ と 思 いま す ﹂ と スピ ー
チ、 時 代 と 向 き 合 う ﹁言 葉 の力 ﹂ 雪言葉 の意 味 ﹂
を 考 え よう と呼 び か け る。 シカゴ大 学名 誉 教 授 。
古 田 睦 美 さ ん 1961年生ま れ。 日経 ﹁
大学
の地 域 貢 献 度 ラ ンキ ング ︵
私 立 大 学 の部 ︶第 一
位 ﹂ の長 野大 学 で、 そ の先
頭 に立 つ異 色 の社 会 学 者 。
食 と 農 のま ち づ く
上田で ﹁
リネ ット ワー ク﹂ を 立 ち 上
げ 、伝 統 野菜 山 口大 根 の会
上 野 千 鶴 子 さ ん 1948年生ま れ。
社会学者、
フ ェミ ニズ ムの論客。介護 やケ ア問題 の調査活動
を踏まえ 、著書多数。最新刊 の ﹃
おひとりさま の
介護は女性
最期﹄ では ﹁
無 償 ・低 賃 金 こ と い
︵
乗 り 越 え 、 ﹁家 族 や 施 設
でも 活 躍 。 ﹁エ コ フ 舌 二 一
ヽ
つジ エンダ ー シ ス テ ムを
依 存 では な く 地 域 的 ケ ア
清水梅 子撮 影
2016年 4月 1日
平塚 らいて うの会 ニュース
第93号
ズ ム﹂ を 提 唱 。 長 野県 や上 田市 の男女 共 同参 画条
例策 定 委 員 長 な ど を 歴 任 。 長 野大 学 環 境 ツー リズ
主 婦 のむ こう に﹄ 共 著 ﹃
ム学 部 長 。著 書 ﹃
儲 かれ
ば そ れ で い いのか﹄ な ど 。
米 田 佐 代 子 1934年生まれ。女性史研究者。
山梨県立女 子短大教授退任後 、 NPO法 人平塚
ら いてう の会会長としてら いてう の家建設 にあた
り、現在 ら いてう の家館 長。﹁
生活者 と し て の平
和思想家﹂平塚ら いてう の再発見 に挑戦中。著書
に ﹃
平塚ら いてう評論集﹄ 盆ハ
女 たちが戦争
編︶ ﹃
に向き合うとき﹄ など。
平 塚 ら いてう 生 誕 1 3 0年 記念 シ ンポジ ウ ム
5周年
I N PO法 人 平 塚 ら いてう の会 1
ら いてう の家 0
1周年十
*地域 に根ざ し 平和 とく ら しを
まも る た め に
8日 ︵
8月 2
日︶ 午 後 1時 よ り
上野千 鶴 子、 古 田睦 美 、米 田佐 代 子
上 田市 真 田 町 真 田文 化 会 館 資 料 代 5 0 0円
オ ープ エング は中 川美 保 さ ん のサ ック ス演 奏
*そ れぞ れ の言葉 で語 る ﹁
平和 ﹂ から
わた し た ち の 現在 ︵
いまと を 考 え る
﹁
ノ ー マ ・フ ィー ルド 、青 井 未 帆 、米 国佐 代 子
0分 よ り
土︶ 午 後 1時 3
=月 9
1日 ︵
主 婦 会 館プ ラザ エフ ︵
東 京 ・四 ッ谷 駅︶
参 加費 一般 2 0 0 0円 学 生 10 0 0円
2016年 4月 1日
平塚 らいて うの会ニュース
第93号
森 のめぐ みを豊 かに感 じた 二日間
8 日、 9 日 に
今年 の ﹁
森 のめぐ み﹂ 講 座 は 2月 2
2
行 わ れま し た 。
一日 目 学 習 会
午 前 中 、 上 回駅近 く の松 尾 町 フード セ ンタ ーを
時 報 ﹄ に み る子 ど も た ち と 戦 争 ﹂ と い
会 場 に ﹁﹃
う 内 容 で上 回小 県 近 現代 史 研究 会 の桂 木 恵 先 生 か
ら お話 を 聞 き ま した 。 上 回 ・真 田 ら いてう の会 か
地 産 地 消 ﹂を めざ す コラ
のち ら しご飯 を 中 心 に ﹁
ら注 目 し て いき た いと 思 いま す 。 昼食 は ひな飾 り
んはそ の後 、今話題 の ﹁
真 田丸大河ド ラ マ館﹂等
ボ食 堂 の地 元食 材 満 載 お弁 当 と 茶 碗蒸 し でし た 。
ら い て う の 会 ・ら い て う の 家 イ ベ ン ト 予 定
を見学し、上回 の町歩き で上回 の歴史を堪能 し て
いただき、新 た に会員 にな って いただ いた方も お
られ て実り多 い二日間 でした。 ︵
若尾 伸 子︶
二 日 ロ ス ノ ー シ ュー
3名
曇り がち の朝 でしたが、東京 から の参加者 1
地元から 4名 、娠 やか に冬 の高原歩きを楽 しみま
した。今年 は例年 になく雪 の量 が少なくそし て暖
かく、雪は春先特有 の締まりを みせ て歩き やす い
度 と 戦争
た い。﹂ と 熱 く 思 いを 語 ら れま した 。 口 一
代 か ら の学 び を 、 現在 に生 き る私 た ち の教 訓 にし
代 の実 像 にせ ま り ま し た 。 桂 木 先 生 は、 T﹂の時
時 の子 ども たち の作 文 や記事 から 、 そ の当 時 の時
ま し た 。 梢 に ノ スリ の
さ ん の森 の命 に出 会 え
暖 か さも 味 方 し、 た く
﹁スノー ンュー で森
の命 を 訪 ね る﹂ の通 り
6日 昔 語 り の会 ︵
ら いてう の家 ︶
迎月 1
豊月 7日 ら いてう の家 閉館
7日 記念 イ ベント ・ら いてう の家 で
8月 2
8月 8日 真 田町 で記念 シンポジ ウム
2
ら いてう の家︶
9月 W日 源氏物語講座 ︵
お話 宮島満 里子さん
一 ﹁
紫式部から のメ ッセージ 畑﹂ “
m月 1∼ 2日 森 の講座 ・ら いてう の森 の笹刈り
4月 9
2日 ら いてう の家 オープ ン
5月 独日 ら いてう の会総会 ・ら いてう忌
ら いてう の家︶
●月 4日 ら いてう講座① ︵
一
お話 折井純 さんと折井美耶子さん
一 ﹁
選択的夫婦別姓問題﹂ に ついて
被 害 者 にも 加 害 者 にも な ら な い、 さ せ ら れな いた
巣 があ り 、 ツグ ミが顔
を 出 し 、 リ スに至 って
状態 です 。昨 年 は見え
︻な か った サ サも今 年 は
め の答 え に つな が るも のは何 か﹂ お話 を 聞 き な が
・は私 た ち の周 り の木 々
!を楽 しげ に走 り 回り 大
人 間本 来 の素 晴 ら し さ に正 対 す る こと ﹂ と いう 小
自 分 の頭 で考 え る﹂ 大 切 さ、 ﹁子 ど も 自 身 に潜 む
ムも楽 し み、初 め て顔 を 合 わ せた参 加 者 の皆 さ ん
ワイ ン のト ッピ ングも あ り皆 大 喜 び でした 。 ゲ ー
評 。 ま た恒 例 の雪 のシ ャー ベ ットも今 年 は練 乳 と
さ ん の丁 寧 な 説 明 も 好
ク タ ー の西 牧 さ ん、 笠 原,
の方 は お問 い合 わ せ 下 さ い。
受 け 継ぎ 、 署名 を 成 功 さ せま し ょう 。 用 紙 ご希 望
ぬく覚 悟 ﹂ を 訴 え 続 け た ら いてう のこ こ ろざ しを
戦 争 を 止 め さ せ な く ては な ら な い﹂ 堅思法 を 守 り
デ モク ラ シ ーを背 景 にした 長 野県 の青 年 回 の民主
宮 山量 平 さ ん の言葉 を 心 に据え て いき た いと 話 さ
も お 互 いを 知 るよ い機 会 でした 。東 京 か ら の皆 さ
顔 を 出 し て いま し た 。
ら参 加 者 でも 考え 合 いま し た 。
一
﹃
時 報 ﹄ 発 行 を 可能 な ら し めたも の の要 因 のひ
!
!
!
ぅ
!
!
一!
如 初!
販!
一一!
”﹂ い! 非 争
ャ!
!” 残 ﹄ 和 期 !
!
法
.
2名 の参 加
ら 聴名 、東 京 か ら の参 加 者 を含 め総 勢 3
で会 場 はぎ っしり でした 。 上 田地 域 で昭和 的年 代
と つに養 蚕業 のも た ら した技 術 や文 化 、富 、大 正
サ ービ スを し てく れま
。
!し た 子 う さ ぎ の 足
︿ 、 ■
︲
︲!
!!
一
里の
跡 力 ンカ の大 日
時 報 ﹂ に掲載 さ れた当
発 行 さ れ て いた各 地 域 の ﹁
化 の動 き があ る こと 。 同時 に戦後 、 戦争 への反省
糞 に歓 声 。 イ ン スト ラ
れま した 。時 代 を動 かす 要 素 の 一に教育 、 二に メ
9日 東 京 で記念 シ ンポ ジ ウ ム
月1
自 分 の足 で立 ち い
がき ち んと さ れ て いな いこと 。 ﹁
安 保法
︵
戦争 法 と
昨 年 成 立 した憲 法 違 反 の ﹁
制
一
,たち が
を廃 止 さ せ る署名 運動 です 。私 たちも ﹁
女
デ ィ ア、 三 に地 域 、 こ の三要 素 を 私 たち も これ か
2016年 4月 1日
平塚 らい て うの 会 ニ ュース
第93号
で長 く 教 鞭 を 執
は青 山 学 院 大 学
戸部 松 実 さ ん
ら いた いこと です 。 広 い自 由 な立 場 か ら根 本 的 な
ら い てう の会 に期 待 す る こと と し て は、 幅 広
い、 ゆ ったり した 研究 の場 を若 い人 に提 供 し ても
のた め に育 てるも のと いう エレ ン ・ケイ のル ソー
理解 が 、 ら いてう の根 本 にあ った か ら でし ょう 。
が女 性 の権 利 であ る﹂ と の主 張 は、 子 ども は社 会
ま た 、 ﹁あ る期 間 は 母 親 が 子 ど も を 育 てる こと
いる限 り 動 く も のと いう 考 え 方 が伝 統 な のです 。
が研 究 し て いる フラ ン ス文 学 では 、 人 間 は生 き て
いてう が そ こを 見 つけ た こと に感 動 しま した 。 私
は 、 ﹃エミ ー ル﹄ の第 ■巻 に書 いてあ り ま す 。 ら
くだ さ いま す よう 、心 か ら お願 い申 し上 げ ま す 。
現在 日標 の半 ば に届 き ま した が、海 外 か ら ゲ ス
トを お招 き す る費 用を は じ め、意 義 あ る記念 行事
ち に感 謝 ﹂ な ど の思 いが込 めら れ て いま す 。
つ集 めま し た ﹂ ﹁ら いてう の家 を 守 る地 域 の方 た
も 平 和 のた め に力 を 出 し ま す ﹂ ﹁み んな で少 しず
ま す 。 1 0 0 0円 、 2 0 0 0円 から 1 0 0万 円 ま
で、 さ ま ざ ま な か た ち で届 いた ご 寄 付 に は、 ﹁私
お寄 せく だ さ いま し た 。 本当 にあ り がとう ござ い
胡舗難撫
鶴製併4
ル ソー の研 究 者
こと を 研究 し て いけ る場 があ れば 、 い つか花 開 く
,
一
こ!
チ歩セ
魚づぐ豊ル
文 学 の研 究 家 と
私 は米 国 さ んが ら いてう に焦 点 を当 てた こと に
!
曲
!
馨 一
一
!
︱ 母 が市 川房 枝 さ ん の会 に入 って いた ので、 ら
いてう さ ん の名 前 は知 って いま し た 。米 国 さ んが
自 分 が いいと 思 った道 を 歩 ん で欲 し いと 思 って い
し て、 と り わ け
2 0 0 5年 の ﹃日 経 新 聞 ﹄ に、 多 く の人 々 が 集
い、語 り 、 学 び 、 やす らぐ ﹁ら いてう の家 ﹂ を つ
ます 。
︻
事 務 局 日誌 ︼
1月 7回 路年 記念事 業 事 務 局会 議
6年 記 念事 業
1月 遡日 上 田 ・真 田合 同新 年 会 ・1
の検 討 ︵
米 国会 長 ・木 村 副 会 長 出 席 ︶
1月 巧日 東 京 のシ ンポ実 行 委 員会
第 6回 理事 会 開催
8日 紀 要 第 9号 編 集 委 員会
1月 1
2月 Ю 日 4月 1 日付 ニ ュー ス編集 会 議
2月 Ю日 第 4回常 任 理事 会
2月 4日 一
戸部 松 実 さ んイ ンタビ ュー のた め ニ ュ
2
ー ス編集 委 員 がご自 宅 を 訪 問
2月 5日 中鳥 邦 先 生 ﹃
成 瀬仁 蔵 研究﹄ 出 版 を 祝
2
こけ し や に て︶
う 会 に出 席 ︵
8 9 日 学 習と スノー シ ューを楽 しむ会
2月 2
,2
3月 M日 第 7回 理事 会 開催
2 y日 来 日中 のノー マ ・フィー ルド さ んを 米
月
国会 長 、堀 江 副会 長 が表 敬 訪 問
0月 か ら 、 記念事 業 へのご寄 付 を お願 いし
昨年 1
てま いり ま し た が、 戸部 松 実 さ ん、大 河内 昭 子 さ
3月 Ю日 婦 人 民主 ク ラブ創 立 0
7周年 レセプ シ ョ
ら いてう の自 伝 や評論 集 を 読 ん で、 ら いてう は
本 を 読 む 時 に 一番 中 心 にな る こと を つかむ 、他 の
ご 寄 付 あ りがとうござ います !
んか ら そ れ ぞ れ 1 0 0万 円 のご寄 付 を いただ いた
こと が 、 興味 を 持 った 最 初 のき っか け です 。
人と は違 う 読 み方 が でき た 人だ と 思 いま した 。
ら いてう の ﹁
生 き て いる こと は行 動 す る こと で
のを は じ め、 2月末 現在 3 3 0人 の方 がご寄 付 を
ンに米 田会 長 出 席
あ る。 た だ 呼 吸 す る こと で は な い﹂ と いう 文 章
共 感 し、嬉 しく 思 って いま す 。 そ し て若 い人 には
を つな いで欲 し いと 願 って いま す 。
く り た いと 書 いた文章 を 読 ん で、 ら いてう は ル ソ
堀藝
一
避
!
熙抑
と し て著 名 な方 です 。 ら いてう の会 に共鳴 さ れ 、
のでは な いでし ょう か。税 金 がき ち んと 還 元 さ れ
ら れ 、 フラ ン ス
ご著 書 ∃ エミー ル﹄談 論﹄ を ら いてう の会 に寄 贈
し てく だ さ った ほか 、 こ のたび は記 念事 業 の募 金
な い の で、 役 立 て て く れ る と こ ろ、 T ! ﹂な ら
ば ﹂ と いう 思 いで会 に寄 付 を しま した 。
│!て
さ まざ まな 思 いを 込 め て節 目 の年 に
のた め にはま だ ま だ です 。 どう か さら にお力 添え
にも 応 じ てく だ さ いま し た 。 戸 部 さ ん を お 訪 ね
し、 日本 の現状 への批 判 にも 触 れな がら 、 ら いて
分 の知 識 、感 じた こと を大 事 にし て個 人を確 立 す
!
ー の ﹃エミ ー ル﹄ を ち ゃんと 読 んだ 人だ と 思 った
れば 、 強 いのでは な いでし ょう か 。若 い人 に希 望
大 変 な時勢 です が 、各 人 が ら いてう のよう に自
う さ んと ら いてう さ ん の思想 を 継 ぐ ﹁ら いてう の
会 ﹂ に寄 せ る熱 い思 いを 伺 いま した 。
十七)!
│■