Vol.37 No.11 (1982) UDC 621.397.3:681.3.02:616-073.75 全身用CTスキャナTCT-80A型 Whole-Body CT Scanner,Model TCT-80A 鶴野 大八郎<1> 八幡 満<1> 阿部 武<1> Daihachirou Tsuruno* Mitsuru Yahata* Takeshi Abe* 頭部用CTスキャナがこれまで国内外で爆発的に普及してきたのと対照的に,全身用スキャナの設置は大規模病院に 限定されていた。この主な原因は,その高いコストと大きな設置スペースにある。 今回,当社では全身用CTスキャナを更に普及させるため,小形・軽量で低価格の普及型全身用CTスキャナを開発し た。このCTスキャナはコストが従来の約1/2,重量は約1/1.6,占有床面積は1/1.5と小形・軽量であるが,CTとしての基本 性能は従来機種と差がなく, 8lp/cmの空間分解能と0.5%3mmの密度分解能をもっている。 In spite of the remarkable spread of CT scanners in the diagnosis of head, the use in whole-body diagnosis has so far been limited to large-scaled hospitals on account of the high cost and large space required for the equipment. The whole-body CT scanner, TCT-80A, developed lately with the intention of spreading further has been reduced to about 1/2 in cost and to 2/3 in space occupied as compared with the conventional types. Though small in size and light in weight, it is comparable to conventional types in performance : it has a spatial resolution of 8lp/cm and a contrast detectability of 0.5% 3mm. Key words : Biomedical measurement, Medical equipment, Computerised tomograph (ID), Scanners, X rays, Diagnosis, Whole body irradiation, Contrast, Resolution, Central processing units, Computer systems programs, Specifications 1 まえがき CTスキャナは英国EMI社によって頭部用が開発・発売されて以来,世界的規模で爆発的に普及してきた。最近では, CT スキャナは頭部疾患の診断に欠かすことのできないものとなっている。その後,各社から全身用CTスキャナが発売さ れるに及んで,胸部・腹部の診断にも有用であることが広く認められるようになった。 しかしながら,一般にCTスキャナは大型で広い設置スペースを必要とし,しかも高価であるために,臨床的には有用と認 められながらも,その設置は,大学付属病院,国公立病院ないしは民間の大規模病院に限定されていた。 当社のCTスキャナ開発グループは,この有用なCTスキャナを更に民間の中小規模病院もしくは専門病院にも普及さ せるよう, 1979年には業界に先駆けて,低価格の普及型頭部用CT スキャナ(TCT-30)の開発に成功した。この経験を生 かしながら,全身用CTスキャナにおいても更に低価格化が可能であるとの確信を得て,今回の普及型全身用CTスキャナ TCT -80Aの開発に着手した。 この開発に対して技術スタッフが特に注力したのは,CTスキャナの基本性能を維持ないし向上させながら,いかにコス トを下げるか,いかに小形・軽量化して設置スペースを節約するか,更にいかに使いやすい装置にするかということであっ た。 2 TCT-80Aの特長 (1) 装置は占有面積が6.7m2,総重量が3.5tと小形・軽量であり,頭部用CTスキャナと同等のスペースに設置できる。こ れは,次の施策の結果として得られたものである。 ・ X線光学系の改良と走査機構部の省スペース設計 ・ マイクロコンピュータの活用による演算制御部の小形化 ・ ディスプレイ装置を画像表示用と操作情報表示用とに共通利用するようにした。 (2) 撮影領域,スライス厚, X線条件などの撮影条件は,日常よく使用される条件にプリセットしておくことができ,検査時 には押しボタンーつで希望する条件を選択することができる。 (3)複数スライスの連続撮影を自動的に行うことができる。 (4)画像の再構成時間は,普通は35秒だが5~15秒に容易にグレード・アップすることができる。 (5)直接拡大方式を採用したことによって,サンプリング・ピッチを小さくでき空間分解能の面で有利であるだけでなく,ノ イズの少ない画像を得ることができる。 (6)普及型ではあるが,豊富な画像処理機能が利用できる。 図1に架台と寝台の外観を,図2にコンソールの外観を示す。また,図3にTCT-80Aの設置レイアウト例を示す。 図1. 架台と寝台の外観 Gauntry and patient couch 図2. コンソール外観 Console 図3. 設置レイアウト例 Example of site planning 3 システムの概要 TCT-80Aの仕様を表1に示す。スキャン方式は第三世代のRotate/Rotate方式である。TCT-60Aで評価の高い直接 拡大方式の採用で,空間分解・密度分解能ともにそん色のないものとなっている。 システム構成を図4に示す。図で特徴的な部分を次に説明する。 図4. システム構成 Block diagram of TCT-80A (1) Xe検出器からの信号はA-D変換後,ホストCPUではなく高速演算装置(以下, FRUと略す)に入力される。高速演算 装置は,入力データに関して,積分器補正,対数変換,X線強度補正などの一連の前処理を実行し,その結果(これを生 データと呼んでいる)をホストCPUに送るようになっている。 (2) ホストCPUでは,生データを一度外部記憶装置に格納するが,その後再びFRUに転送し,画像再構成処理を行わせ る。 FRUは,その内部に1画像分のイメージメモリを用意しており,生データの転送に同期してパイプライン方式で画像 再構成処理を行っている。 モデルによっては,前述のデータ収集・前処理と並行して動作することで,更に処理効率を高めている。 4 ハードウェア ハードウエア上,特長あるサブユニットについて紹介する。 4.1 CPUシステム 当社が新しく開発した「TOSBAC」-7/20Eを使用した。 図5にシステム構成を示す。 「TOSBAC」-7/20Eは,CPU論理を超LSI, T88000と数個のゲートアレイで構成したシングルボードコンピュータである。 特にT88000はNMOS CMOS/SOS テクノロジーを用いた集積度12,000ゲートの超LSIであり,基本クロック10MHz,マシー ンサイクル400nsで動作する(最短命令実行時間: 400ns)。 図5. CPUシステム構成図 Block diagram of CPU system 4.2 高速演算装置 画像再構成専用の高速演算装置FRU-80を開発した。図6にその構成を示す。 FRU-80を構成するPROCESSOR1およびALUは各々が再構成の各ステップを実行するためのマイクロプログラムを内 蔵している。その実行はCPUからコントローラを介して指示される。再構成の結果はメモリに出力されCPUから読み取る ことができる。ALU1~ALU5の間の演算はパイプラインで行われる。構成図の点線のようにパイプラインの多重化が可 能であり,拡張により9秒スキャンの場合撮影終了後5秒で再構成が終了する。 図6. FRU-80構成図 Block diagram of FRU-80 4.3 コンソール コンソール上のパネルおよびキーボード操作により撮影・表示画像処理・ハードコピーができる。撮影条件は撮影部 位に対応して設けられているプログラムセレクションスイッチの選択により自動的に設定される。撮影条件は装置のセッ トアップ時に顧客の要望に応じて任意にプリセットができる。プログラムセレクションスイッチは6個標準装備しているが 11個まで拡張できる。また一枚の撮影が終わったとき次のスライスの撮影のためスライス幅相当長テーブルを自動的に スライドしている。さらに1回の撮影操作でテーブルをスライス幅相当長自動送りしながら複数(9スライス以下)の撮影を 実施するマルチスキャン機能を装備している。 以上のように操作性,患者スループットを大幅に改善している。CRTは画像表示および対話に共用し,コストパフォーマ ンスをあげている。コンソール上に装備している2ドライブのフロッピーディスクは各々1MBの容量をもち,画像データの保 存およびシステムソフトのゼネレーションに利用される。 表1. TCT-80A仕様 Specifications for TCT-80A 撮影条件 スキャン方式 撮影対象 撮影時間 開口径 撮影領域 斜入角 スライス厚 Rotate/Rotate 全身 2.7, 4.5, 9.0秒 600mm 240, 300, 400mm -15~+20° 10mm, 5mm, 2mm(オプション) スライスNo. 1枚/スキャン X線および検出器 750kHU 管球 パルス数 179, 300, 600 管電圧,管電流 120kV/350mA, 200mA パルス幅 2ms 検出器 高圧Xe検出器 データ処理 画像マトリクス 320×320 再構成時間 35秒(5~15秒に拡張可) CT値 正確度 画像枚数 -1,000~+2,000 ±0.5% 約600枚(ディスク上) 約16枚(フロッピーティスケット上) 画像表示 表示モニタ 12インチ グレイスケール 265段階 ウインドレベル -1,000~+1,500 12段階(M,40,60,80,100,200,300, ウインド幅 400,600,800,1,000,1,400) ROI処理 トラックボールによる 形状 円形,不規則,矩形 処理 平均,標準偏差,面積計算,二点間距離計算。 画像処理 拡大(×4),コロナル・サジタル再構成, プロフィル表示,ヒストグラム,サブトラクション/アディション, バンドディスプレイ, ズーミング.CTNo.表示,スケール表示 位置決め 内部および外部投光器による スキャノスコープによる 自動位置決め,自動寝台送り,スキャン位置計画 電源 3相200~240V 380~480V 50kVA 環境条件 20~26℃,40~80%RH(スキャナ室内) 16~28℃,40~80%RH(操作室内) 5 ソフトウェア TCT-80Aソフトウェアを開発するうえで,特に努力したのは次の諸点である。 (1)ソフトウェア互換性の重視 (2)画像再構成時間を短縮するためのFRUに対する効率のよいパイプライン制御 (3)画像データの圧縮によるファイル可能画像枚数の増加 (4)製造・保守の場で使用されるバックアップソフトの充実。 5.1 ソフトウェアの拡張性と互換性 CT技術の進歩は日進月歩であり,装置の改良は今後も続くであろう。このような事情は普及型のTCT-80Aにおいても 変わらない。そのためソフトウェアの互換性を特に重視した。なぜなら,装置のグレードアップごとにソフトウェアシステム を全面的に作り直すのでは,開発工数も膨大となるだけでなく,ソフトウェアの品質確保の面で障害となるからである。 そこで, TCT-80Aのソフトウェア開発では次の指針に基づいて設計した。 (1)将来, ハードウェア技術の向上により拡張できることは,ソフトウェアシステムにあらかじめ組み込んでおくこと。 (2)装置に固有な定数はすべてシステム変数として扱い,ハードウェア環境に合わせて容易に変更できるようにする。 (3)装置に新しいグレードアップ要素が追加される場合でも,過去のハードウェア環境下でも動作可能である。 5.2 FRUのパイプライン制御 TCT-80Aでは画像再構成時間を短縮する目的から専用の画像再構成装置を用いている。この装置は,一連の画像再 構成処理をいくつかのブロック(処理ステージと呼ぶ)に分割し,パイプライン状に接続することによって,各ステージでの処 理を同時に実行できるようにしたものである。各ステージにおける1回の処理単位は, 1パルス分のデータであり,プロジェ クション データと呼んでいる。パイプライン方式であるため,各ステージに供給されるデータが途絶えると,処理効率は低 下する。 プロジェクション データの供給とパイプライン処理の実行時期は,ソフトウェアの制御にまかされているため,装置の処 理効率は制御プログラムの構造に大きく左右される。 図7は,この関係を示したもので,各ステージにおける処理時間t1, t2, ・・・t5の中で最大の時間(図ではt5)以内に次のプ ロジェクション データの転送を完了すれば,処理効率は低下しないことを示している。 図7でもう一つ重要な点は,各ステージにおいて対象とするプロジェクションデータの位相がずれていることである。そ のためソフトウェアでは,各ステージで処理されているプロジュクション データが何番目のものであるかを常に意識して パイプライン制御を行う必要がある。 t1~t5:各ステージでの1単位の処理時間 Pi:対象とするプロジェクションデータ 図7. パイプライン制御 Pipe-line control for FRU-80 5.3 画像データの圧縮 画像データを何枚ファイルできるかは,システムのコスト・パフォーマンスに直接影響するので,重要なスペックである。 しかしながら, TCT-80Aの開発のポイントが小形・軽量化にあるために,外部記憶装置の容量も自ずと制限される。 この矛盾を解決するための施策として,画像データを外部記憶装置に格納する際,原画像のままではなく圧縮して記録 する方式を採用した。今回採用した圧縮法は,次に述べるようにCT画像の性質を効果的に利用した,全く新しい方式の圧 縮法である。 一般にCT画像では被写体の周囲は空気であり,この部分を記録対象から除外しても特に問題はない。被写体の周囲 がすべて空気であれば,被写体の輪郭を正確に抽出し,被写体内部のデータ(実はこの部分も差分法などを活用して更に 圧縮される)と輪郭情報をペアにして保存すればよい。 しかし,被写体の一部が撮影領域外にはみ出しているような場合でしかも,そのはみ出し領域の一部が肺野のように空 気相等のCT値を持つときには,輪郭を誤認識するおそれがある。この誤認識を防止するためのチェック方法も圧縮アル ゴリズムの重要なステップの一つとなっている。 この圧縮法を臨床に適用した結果では,平均して原画像の約1/4に圧縮し得た。ちなみに,標準装備されるディスク上 には約600枚の画像データを記録することができる。 6 性能と評価 画質は映像診断装置であるCTの最も重要な性能であり,評価方法もほぼ確立されている。 ここでは, TCT-80Aの画質について,代表的な雑音,空間分解能,コントラスト分解能の評価尺度を用いて説明する。 6.1 雑音 CT画像のノイズは,次のように表せる。 D2 = (Dp2/md2)K2noise (1) D:画像ノイズ Dp:プロジェクションデータのノイズ m:プロジェクション数 d:サンプリングピッチ Knoise:コンボリーション関数による因子 サンプリングピッチは検出器数の逆数に比例する。TCT-80Aの検出器数は320チャネルであることからTCT-60A(512 チャネルシステム)などの他の第三世代CTに比べ,画像ノイズは,より小さくなる。 TCT-80Aでは直接拡大機構(シフト機構)を持っており,次の2点で,直接拡大機構を持たない第三世代CTと異なってくる。 (1) 同一検出器数でも直接拡大方式によりサンプリングピッチが小さくなる(TCT-80Aの場合には約70%になる)。 (2) X線利用効率が大幅に向上するため(約2倍になる)。(1) 式のDp(プロジェクションデータのノイズ)が減少する。 この2点を考慮し,m(プロジェクション数), knoise(コンボリュ-ション関数による因子),発生X線量を同一とし,計算する と,80Aの画像ノイズは,直接拡大機構を持たない512チャネル程度の検出器数のシステムの画像ノイズの約60%となる。 TCT-80Aの画像ノイズ≒0.6×直接拡大機構を持たない512チャネルシステムの画像ノイズ このようにTCT-80Aでは本質的にノイズは小さくなるが,今回さらに改良を行い,次のような結果を得た。 改良施策は, (1)検出器のX線ほそく効率の向上(約20%効率アップ), (2)X線利用効率の向上(約20%効率アップ)である。 これによって得られた結果は, (1)240mm水ファントムで画像ノイズ:0.3%, (2)200mm水ファントムで画像ノイズ:0.225% (条 件: 420mAs, 10mmスライス幅)である。 CTには0.5%以下の精度が必要とされるが,この要求に応じうる画像ノイズを達成できた。 6.2 空間分解能 このシステムでは,次の施策を行い高い空間分解能を実現した。 (1)直接拡大方式の採用によりサンプリングピッチの点で,TCT-80Aは,約460の検出器を持つのと同等の効果を持つ。 図8に直接拡大方式の説明図,図9に直接拡大方式の効果を示す。 (2)画像再構成時の周波数特性の劣化を最小とするような新アルゴリズムを採用した。図9に旧アルゴリズムとの周波 数特性の比較を示す。 図10に空間分解能ファントムの画像を示す。0.75mmφが明確に分解しているのがわかる(最下段が0.75mmφでこの 一段上が1.0mmφ)。 図8. 直接拡大方式 Direct magnification diagram to alternate the scan field 図9. TCT-80AのMTF曲線 MTF curves of TCT-80A 図10. 高コントラスト分解能 Hign-contrast resolution 6.3 コントラスト分解能 コントラスト分解能については検出器数との相関関係が,基本的にはないことがわかっている。 前述した画像ノイズの改善により,このシステムでは最大線量を420mAsに抑えたにもかかわらずTCT-60Aと同等のコ ントラスト分解能が得られた(TCT-60Aの最大線量は900mAs)。 図11に日本CT性能評価委員会制定の公称0.5%コントラストファントムの画像を示す。3mmφ径が分解できているのが わかる。 図11. 低コントラスト検出能 Low contrast detectability 6.4 臨床例 これまで述べた成果により,実際の臨床例でも良好な画像が得られており,それを図12に示す。 図12. 臨床画像 Clinical result 7 あとがき TCT-80Aは, 1981年1月に開発を完了し,癌研病院(東京)のご協力を得て臨床試験を実施した後,同年7月に1号機を出 荷した。幸いにも市場では好評であり,現在までに国内外に約100台出荷されている。 その後も,機能拡張を含むいくつかの改良を実施したが,その主なものは次のとおりである。 (1)画像再構成時間の短縮(60秒から5~15秒へ) (2)ダイナミックスキャン機能 (3)機器診断ソフトの充実 今後も,臓器別の臨床応用ソフト 画像処理ソフトの充実治療計画への応用など,なお一層の改良を実施する予定であ る。 文 献 (1)斉藤,他:診断イメージングシステムにおける東芝CTスキャナ TCT-60A,東芝レビュー,34, 2 , pp.120~126 (昭54-2) (2)Kenneth M. Hanson :Detectability in the performance of computed tomographic reconstruction noise. SPIE 127 Optical Instrumentation in Medicine VI (1977) (3)岩井喜典編:CTスキャナ(電子工学進歩シリーズ9), p.44, コロナ社 <1>CT技術部 * Computed Tomograph Engineering Dept.
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