人工的乾燥皮膚ならびにアトピー性皮膚炎患者の 乾燥皮膚に対する保湿

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日皮会誌:117(3)
,275―284,2007(平19)
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乾燥皮膚に対する保湿剤の有効性評価
人工的乾燥皮膚ならびにアトピー性皮膚炎患者の
川島
要
眞1)
旨
石崎
千明2)
び痒みは改善しなかった.
以上より,皮膚生理学的機能異常の改善を目的に使
医療用保湿剤の有効性を客観的に評価するために,
用されているヘパリン類似物質含有製剤,尿素製剤及
健康成人に作製した人工的乾燥皮膚及びアトピー性皮
びワセリンの乾燥皮膚に対する有効性が示され,また
膚炎患者の乾燥皮膚に対する保湿剤の効果を,皮膚生
ヘパリン類似物質含有製剤はアトピー性皮膚炎患者の
理学的パラメーター(角層水分量,経表皮水分喪失量)
乾燥皮膚に対しても有効であることが示された.
を指標として比較検討した.
緒
人工的乾燥皮膚に対するヘパリン類似物質含有製剤
(ヒルドイド® ソフト)
,20% 尿素含有製剤(尿素製剤)
言
アトピー性皮膚炎(atopic dermatitis : AD)は,皮膚
及びワセリンの保湿効果を,無作為割付によるランダ
の生理学的機能異常を伴い,複数の非特異的刺激ある
ム化比較試験で評価した.乾燥皮膚は,前腕内側部を
いは特異的アレルゲンの関与により炎症を生じ慢性の
対象部位として,アセトン!
エーテル及び水で処置し作
経過をとる湿疹としてその病態は捉えられ,その炎症
製した.試験薬は,1 日 1 回計 3 日間塗布し,経日的に
に対しては副腎皮質ホルモン(以下ステロイド)外用
角層水分量及び経表皮水分喪失量を測定し,皮膚乾燥
療法を主とした治療を行う.炎症の鎮静が十分に得ら
度を視診及びマイクロスコープで観察した.その結果,
れた後には,残存する乾燥及びバリア機能の低下を補
ヘパリン類似物質含有製剤及び尿素製剤は,角層水分
完し,炎症の再燃を予防する目的で,ステロイドを含
量を有意に増加させた.ヘパリン類似物質含有製剤は
まない外用剤でのスキンケアを行う必要がある.
角層水分量において,ワセリンに比べ有意に高い効果
日本皮膚科学会 AD 治療ガイドライン 2004 年改訂
を示し,尿素製剤に比べ乾燥状態をより早く回復させ
版では,ステロイドを含まない外用剤として,ワセリ
ることが示唆された.また,ヘパリン類似物質含有製
ン,尿素軟膏,ヘパリン類似物質含有軟膏,亜鉛華軟
剤,尿素製剤及びワセリンは,経表皮水分喪失量及び
膏,
親水軟膏などが挙げられており1),これらの保湿剤
皮膚乾燥度を有意に改善した.
が皮膚の生理学的機能異常に対するスキンケアを目的
次に,アトピー性皮膚炎患者を対象としてその乾燥
に使用されている.しかしながら,AD 患者に対する保
皮膚に対するヘパリン類似物質含有製剤の保湿効果を
湿剤の臨床的な効果は確認されているものの2)∼7),十
検討した.前腕内側部を対象部位として,ヘパリン類
分な客観的評価がなされているとは言いがたい.
似物質含有製剤を 1 日 2 回計 3 週間塗布した.1 週間
そこで我々は,医療用保湿剤の有効性を客観的に評
毎に角層水分量及び経表皮水分喪失量を測定し,また
価するために,健康成人を対象とした人工的乾燥皮膚
皮膚所見を視診で観察し,痒みの程度を問診した.そ
モデルで,医療用保湿剤 3 剤の保湿効果をランダム化
の結果,ヘパリン類似物質含有製剤は,角層水分量及
比較試験(randomized controlled trial : RCT)で評価
び皮膚所見を有意に改善したが,経表皮水分喪失量及
し,次に,高い保湿効果が認められたヘパリン類似物
質含有製剤について,AD 患者を対象とした検討を加
1)
東京女子医科大学皮膚科
2)
つばさクリニック,コスメックス新宿ラボ
平成 18 年 8 月 23 日受付,
平成 18 年 11 月 15 日掲載決
定
別刷請求先:
(〒162―8666)東京都新宿区河田町 8―1
東京女子医科大学皮膚科 川島
眞
えたので報告する.
対象及び方法
1.対 象
健康成人を対象とした試験(人工的乾燥皮膚試験)
276
川島
眞
石崎
千明
表 1 皮膚所見及び評価基準
評価基準
重症度
乾燥
落屑
0
:なし
皮膚乾燥は認められない
落屑は認められない
1
:軽微
皮膚がごくわずかに乾燥し,細かい鱗屑が付着している
ごくわずかに落屑が認められる
2
:軽度
皮膚がわずかに乾燥し,鱗屑が付着している
わずかに落屑が認められる
3
:中等度
皮膚が明らかに乾燥し,やや大型の鱗屑が付着している
明らかな落屑が認められる
4
:高度
皮膚が高度に乾燥し,大型の鱗屑が付着している
大量の落屑が認められる
は,健康成人志願者 11 例(男性 3 例,女性 8 例,年齢
は 24 歳∼44 歳で平均年齢 33.4 歳)を対象とし,2005
年 1 月∼2 月に実施した.AD 患者を対象とした試験
(AD 患者試験)は,左右前腕内側部に,皮疹の重症度
が軽微1)(炎症症状に乏しい乾燥症状が主体)で,表 1
の皮膚所見(乾燥及び落屑)のスコアが,いずれも 1
以上 3 以下である部位を有する AD 患者志願者 19 例
(男性 5 例,女性 14 例,年齢は 20 歳∼42 歳で平均年齢
28.3 歳)を対象とし,2005 年 9 月∼11 月に実施した.
両試験とも,試験開始前に,被験者に対して本研究の
図 1 対象部位(人工的乾燥皮膚試験)
主旨(目的及び方法等)について十分説明し,被験者
の自由意思による同意を文書で得た.なお試験は,つ
ばさクリニック及びコスメックス新宿ラボで実施し
た.
4.対象部位
人工的乾燥皮膚試験では,左右前腕内側部の 4 カ所
(図 1)を対象部位とした.また,AD 患者試験では,
左右前腕内側部の手首に近い部位を除く乾燥症状が主
2.試験薬
体な部位で,片側約 50cm2 以上を対象部位とした.
人工的乾燥皮膚試験では,
(1)
∼
(3)の 3 薬剤を用い
た.また,AD 患者試験では,
(1)を用いた.
5.人工的乾燥皮膚の作製
(1)ヘパリン類似物質含有製剤(ヒルドイド® ソフ
人工的乾燥皮膚試験においては,対象部位にガラス
ト)
:1g 中にヘパリン類似物質を 3.0mg 含有する W!
製ロート(径 3cm)をゴムバンドで固定し,アセトン!
O 型乳剤性基剤の軟膏.
エーテル等量混液(A!
E 混液)をロート内に注入し,
(2)尿素製剤:1g 中に尿素を 200mg 含有する W!
O 型乳剤性基剤の軟膏.
(3)ワセリン:日本薬局方の規格に適合する白色ワ
セリン.
20 分間処置した.隣接被験部位とは,2cm 以上離して
互いに影響のないようにした.次に,ロート内の A!
E
混液を除いた後,蒸留水を注入し,5 分間処置した
(以
下脱脂処置)
.翌日,同一部位に再度脱脂処置を行い,
乾燥皮膚を作製した.
3.デザイン
人工的乾燥皮膚試験は,RCT とし,試験薬の塗布部
6.投与方法
位及び無塗布部位を無作為に割付けた.また,角層水
人工的乾燥皮膚試験では,脱脂処置を施した対象部
分量及び経表皮水分喪失量の測定並びに皮膚所見の評
位に,試験薬を 1 日 1 回(測定・評価終了後)約 60
価は,盲検下で実施した(単盲検)
.AD 患者試験は,
mg 塗布した.また,AD 患者試験では,対象部位に試
オープン試験とした.
験薬を 1 日 2 回(朝,夕:入浴後)片腕あたり約 1FTU
8)
(finger tip unit)
塗布した.
乾燥皮膚に対する保湿剤の有効性
277
7.併用薬等
人工的乾燥皮膚試験では(1)
,AD 患者試験では
(1)
∼
(3)について,試験期間中,以下の薬剤の使用及
び療法を禁止した.
(1)対象部位への他の外用剤及びその他の保湿剤
(保湿作用を有する一般用医薬品,医薬部外品,
化粧品,
入浴剤を含む)
図 2 試験スケジュール(人工的乾燥皮膚試験)
(2)ステロイド剤,免疫抑制剤の全身投与
(3)対象部位への PUVA 療法
8.遵守事項
試験期間中,被験者に対して以下の事項を遵守する
よう指導した.
8―1.
人工的乾燥皮膚試験
(1)刺激物(香辛料,カフェイン等)の摂取や喫煙,
図 3 試験スケジュール(AD患者試験)
飲酒は控える.
(2)過度の発汗を伴うような運動は控える.
(3)対象部位を搔かないようにする.
価は,図 2 のスケジュールで実施し,1 日目の脱脂前の
(4)入浴時,対象部位に対してスクラブ効果を有す
測定・評価を前値とした.また,AD 患者試験では,試
る洗浄剤は使用しない.また,対象部位をタオル等で
験期間を 4 週間とし,3 週間の試験薬塗布を行い,その
擦らない,マークを消さないようにする.
後,無塗布観察期間を 1 週間設けた.測定・評価は,
(5)来院日の午前中は処置や検査があるので,指定
された時間に来院する.
8―2.AD 患者試験
(1)指示された部位に,試験薬を外用する.
(2)毎日「外用日誌」を忘れずに記入し,来院時に
持参する.
(3)過度の発汗を伴うような運動は控える.
(4)入浴時,対象部位に対してスクラブ効果を有す
る洗浄剤は使用しない.また,対象部位をタオル等で
強く擦らないようにする.
(5)来院日の午前中は検査があるので,試験薬の外
用は行わずに来院する.
図 3 のスケジュールで実施した.
9―3.評価項目
(1)角層水分量
MPA5(Courage-Khazaka 社 製)に Corneometer®
CM825 を 接 続 し,対 象 部 位 に お け る Capacitance
(AU)を測定した.同一の対象部位について 5 回測定
し,その平均値を算出した.
(2)経表皮水分喪失量(transepidermal water loss :
TEWL)
Vapometer(Delfin Technologies 社製)を用い,対
象部位における TEWL(g!
m2h)を測定した.同一の
対象部位について 3 回測定し,その平均値を算出した.
(3)皮膚表面形態
9.有効性の評価
1)皮膚の画像撮影
9―1.測定環境
対象部位の皮膚表面の拡大画像は,デジタルマイク
角層水分量及び経表皮水分喪失量の測定は,できる
ロスコープ(VHX-100:キーエンス社製,以下マイク
限り環境を同一に保つため,測定前に被験者を恒温恒
ロスコープ)を用いて撮影した.また,デジタルカメ
湿室(室温 20±2℃,相対湿度 40±10%)に 20 分間安
ラを用いて皮膚のマクロ画像を撮影した.
静に待機させた後,測定した.
9―2.試験期間及び評価日
2)皮膚レプリカによるキメ解析
人工的乾燥皮膚試験では,1 日目と 5 日目,AD 患者
人工的乾燥皮膚試験では,試験期間を 5 日間とし,
試験では,試験薬塗布開始日及び最終塗布翌日にレプ
1 日目と 2 日目に脱脂処置を行い,乾燥皮膚を作製し
リカを採取し,3D 皮膚解析システム(ASA-03RX:ア
た後,試験薬を 1 日 1 回計 3 日間塗布した.測定・評
サヒバイオメッド社製)の手順書の方法に従い,エリ
278
川島
眞
石崎
千明
アキメ解析(全体積率,キメ面積率,キメ体積率,キ
程度を評価した.なお,左右前腕内側部の対象部位を
メ最大幅,キメ平均深度及びキメ個数)を行った.
外した一部位の皮膚について,同様に角質チェッカー
で角質を採取し,正常皮膚とした.
(4)皮膚所見
人工的乾燥皮膚試験では,対象部位の乾燥落屑性変
(6)痒みの評価
化を視診及びマイクロスコープで観察し,表 2 の判定
AD 患者試験において,塗布開始日と各観察日の前
基準に従い 4 段階にスコア化し,皮膚乾燥度を評価し
の 1 週間における対象部位の平均的な痒みの程度を,
た.また,AD 患者試験では,対象部位の乾燥及び落屑
表 4 の判定基準に従い,5 段階にスコア化して評価し
の程度を,表 1 の評価基準に従い,5 段階にスコア化し
た9).
てそれぞれ評価した.
(5)角層剝離パターン
10.統計解析
人 工 的 乾 燥 皮 膚 試 験 に お い て,角 質 チ ェ ッ カ ー
結果は,平均値及び標準誤差(表は標準偏差)で表
(AST-01:アサヒバイオメッド社製)を対象部位に数
示した.検定は全て両側検定とし,有意水準は 5% と
秒間貼付後剝がし,付着した角質を採取した.表 3 の
判定基準に従い 3 段階にスコア化し,付着した鱗屑の
した.
(1)人工的乾燥皮膚試験
脱脂処置における各評価部位(4 カ所)の均一性を確
認するため,1 日目(脱脂処置前)と 2 日目(2 回目脱
表 2 皮膚乾燥度の評価
スコア
脂処置後)
の角層水分量の要約統計量を算出し
(表 5)
,
判定基準
各評価部位間の影響を,一元配置分散分析で解析した.
1
目視及びマイクロスコープで乾燥落屑性変化
を認めない
2
目視では認められないがマイクロスコープで
軽微な乾燥落屑性変化を認める
3
目視で明らかな乾燥落屑性変化を認める
4
目視で著しい乾燥落屑性変化を認める
角層水分量,TEWL 及び皮膚乾燥度は,1 日目を
100% とし,2 日目(2 回目脱脂処置前後)
,3 日目,4
表 4 痒みの程度及び判定基準
スコア
表 3 角層剥離パターンの評価
判定基準
0点
ほとんど,かゆみを感じない
スコア
判定基準
1点
時にむずむずするが,かく程ではない
1
正常皮膚と同様な規則性のある落屑を認める
2点
時に手がゆき,軽くかく
2
部分的に正常皮膚と異なる落屑を認める
3点
かなりかゆくて,人前でもかく
3
明らかに正常皮膚と異なる落屑を認める
4点
いてもたってもいられないかゆみ
表 5 脱脂処置における各評価部位の角層水分量の変化
部位
部位①
部位②
部位③
部位④
観察日
例数
Capac
i
t
anc
e(AU)
平均値
標準偏差
1日目
脱脂処置前
11
29.
62
4.
76
2日目
脱脂処置後
11
14.
87
2.
67
1日目
脱脂処置前
11
28.
05
4.
12
2日目
脱脂処置後
11
13.
12
1.
73
1日目
脱脂処置前
11
31.
26
5.
17
2日目
脱脂処置後
11
15.
21
3.
06
1日目
脱脂処置前
11
28.
53
3.
83
2日目
脱脂処置後
11
14.
08
2.
36
乾燥皮膚に対する保湿剤の有効性
日目及び 5 日目の前値比(%)を算出した.無塗布群
と試験薬塗布群の比較は,観察日毎に Dunnett 型多重
比較検定を行った.また,試験薬剤間の比較は,観察
日毎に Tukey 型多重比較検定を行った.
279
(2)人工的乾燥皮膚モデルにおける角層水分量,
TEWL 及び皮膚乾燥度の経日的変動
角層水分量は,脱脂処置により処置前の約 50% まで
低下し,その後回復傾向を示した(図 4-a)
.TEWL
は,脱脂処置により処置前の約 1.8 倍まで上昇し,ほぼ
(2)AD 患者試験
角層水分量及び TEWL は,試験薬塗布開始日と各
一定の値で推移した(図 4-b).皮膚乾燥度は,脱脂処
観察日における測定値について Dunnett 型多重比較
置によりスコアは上昇し,その後 5 日目までほぼ一定
検定を行った.皮膚所見及び痒みの評価は,試験薬塗
の値で推移した(図 4-c)
.
布開 始 日 と 各 観 察 日 に お け る ス コ ア に つ い て Wil-
(3)人工的乾燥皮膚モデルに対する保湿剤の効果
coxon 順位和検定を行った.キメ解析は,試験薬塗布開
1)角層水分量
始日と塗布 3 週後に採取したレプリカのエリアキメ解
ヘパリン類似物質含有製剤,尿素製剤及びワセリン
析パラメーターについて Welch の t 検定を行った.
結
の順で,角層水分量の上昇が認められた.ヘパリン類
似物質含有製剤及び尿素製剤は,3 日目(塗布翌日)か
果
ら無塗布に比べ角層水分量を有意に改善させた.また,
試験薬剤間の比較において,ヘパリン類似物質含有製
1.人工的乾燥皮膚試験
(1)脱脂処置における各評価部位の均一性
各評価部位(部位①∼部位④)における角層水分量
剤はワセリンに比べ角層水分量を有意に改善させた
(図 5-a)
.
は,1 日目(脱脂処置前)では 28.05∼31.26(AU)を示
2)TEWL
し,2 日目(2 回目脱脂処置後)では 13.13∼15.21(AU)
各試験薬とも,塗布翌日から無塗布に比べ TEWL
を示した(表 5)
.また,角層水分量における各評価部
を有意に改善させた.なお,試験薬剤間では有意な差
位間の影響は,認められなかった(表 6)
.
は認められなかった(図 5-b).
3)皮膚乾燥度
各試験薬とも,無塗布に比べスコアの低下を示した.
ヘパリン類似物質含有製剤及び尿素製剤は,3 日目
(塗
表 6 脱脂処置における各評価部位間の
影響
観察日
1日目
脱脂処置前
2日目
脱脂処置後
有意確率
p= 0.
3596
p= 0.
2240
(一元配置分散分析)
布翌日)から無塗布に比べ皮膚乾燥度を有意に改善さ
せた.ワセリンは,4 日目から皮膚乾燥度を有意に改善
させた.なお,試験薬剤間では有意な差は認められな
かった(図 5-c)
.
4)皮膚表面形態(キメ解析)
各試験薬とも,無塗布に比べ明確な効果は認められ
図 4 人工的乾燥皮膚における角層水分量,TEWL,皮膚乾燥度の経日的変動
図4
a
:角層水分量,図 4
b:TEWL,図 4
c
:皮膚乾燥度
280
川島
眞
石崎
千明
図 5 人工的乾燥皮膚に対する保湿剤の効果
図5
a
:角層水分量,図 5
b:TEWL,図 5
c
:皮膚乾燥度
*:P< 0
.
0
5
,薬剤塗布 vs無塗布
#:P< 0
.
0
5
,ヘパリン類似物質含有製剤 vsワセリン
図 6 人工的乾燥皮膚の角層剥離パターンに対する保
湿剤の効果
なかった.
5)角層剝離パターン
各試験薬とも,無塗布に比べスコアの低下,すなわ
ち改善傾向を示した(図 6)
.
6)皮膚マクロ画像(代表例)
代表例として症例 M002 の無塗布(部位②)及びヘパ
リン類似物質含有製剤塗布部位(部位③)の皮膚写真
を示した(図 7)
.脱脂処置を行うことにより,両部位
とも著しい乾燥落屑性変化が認められた.その後,無
塗布 3 日目の部位では,皮膚症状の改善は認められな
いが,一方,ヘパリン類似物質含有製剤塗布部位では
皮膚症状の改善が認められた.
図 7 皮膚マクロ画像(代表例)
乾燥皮膚に対する保湿剤の有効性
281
落屑スコア,2 週後には乾燥スコアの低下,すなわち皮
2.AD 患者試験
(1)AD 患者の乾燥皮膚に対するヘパリン類似物質
含有製剤(ヒルドイドⓇソフト)の効果
膚所見の改善が認められ,その後塗布 3 週後までほぼ
一定の値で維持された(図 9-a,図 9-b)
.
1)角層水分量
4)痒みの評価
ヘパリン類似物質含有製剤は,塗布 1 週後から角層
ヘパリン類似物質含有製剤塗布による明確な改善効
水分量を有意に上昇させ,その後塗布 3 週後まで改善
果は認められなかったが,塗布 1∼3 週後において痒み
効果が認められた(図 8-a)
.
の改善傾向を示した(図 9-c)
.
5)皮膚表面形態(キメ解析)
2)TEWL
ヘパリン類似物質含有製剤塗布による明確な改善効
ヘパリン類似物質含有製剤を 3 週間塗布することに
果は認められなかったが,塗布 2 及び 3 週後において
より,全体積率,キメ面積率,キメ体積率,キメ最大
TEWL は低下傾向を示した(図 8-b)
.
幅及びキメ平均深度が有意に増加した.なお,キメ個
3)皮膚所見
数においては,塗布前と塗布後に有意な差は認められ
ヘパリン類似物質含有製剤塗布により,1 週後には
なかった(図 10)
.
考
察
保湿剤は,AD 治療において乾燥皮膚の改善を目的
に使用されており,その臨床的な効果は経験的に広く
認知されている.しかしながら,EBM
(evidence based
medicine)の観点から見ると,保湿剤の有効性を裏付
けるエビデンスは十分にあるとは言い難い.本研究で
は,代表的な医療用保湿剤であるヘパリン類似物質含
有製剤(ヒルドイド® ソフト)
,尿素製剤及びワセリン
について,皮膚生理学的機能異常に対する有効性を客
観的に評価した.
図 8 AD患者の乾燥皮膚に対するヘパリン類似物質
含有製剤の効果
図8
a
:角層水分量,図 8
b:TEWL
*:P< 0
.
0
5
,vs塗布前
人工的乾燥皮膚モデルは,A!
E 混液と水による脱脂
処置を 2 回行うことにより,処置後の自然回復が比較
的遅い乾燥皮膚を作製し,保湿剤の有効性を評価した.
皮膚生理学的機能を反映する角層水分量及び TEWL
図 9 AD患者の乾燥皮膚に対するヘパリン類似物質含有製剤の効果
図9
a
:皮膚所見(乾燥),図 9
b:皮膚所見(落屑),図 9
c
:痒み
*:P< 0
.
0
5
,vs塗布前
282
川島
眞
石崎
千明
された.よって,ヘパリン類似物質含有製剤による保
湿効果の発現には,水分保持という物理化学的性質に
加えて,乾燥により乱れた角層ラメラ構造の修復も関
与していると考えられる.天然保湿因子の一つである
尿素は,人工的乾燥皮膚試験において乾燥皮膚に対す
る保湿効果ならびにバリア機能の改善効果が認められ
た.なお,尿素製剤の副作用として刺激感があげられ
ており,人工的乾燥皮膚試験においても,薬剤塗布開
始日に数例の被験者で一過性の刺激感が発現した.ワ
セリンは人工的乾燥皮膚試験においてバリア機能を改
善させたが,保湿効果には影響を及ぼさなかった.こ
の現象は,ワセリンが皮膚表面を被覆し,自由水の蒸
散を防ぐが,保湿に関与する二次結合水には影響しな
いためと考えられる.
AD 患者試験では,上記,人工的乾燥皮膚モデルにお
いて高い保湿効果が認められたヘパリン類似物質含有
製剤(ヒルドイド® ソフト)を用いた.AD 患者の角層
水分量(AU)及び TEWL(g!
m2h)は,約 18AU 及び
約 9g!
m2h で,人工的乾燥皮膚試験の正常皮膚(約 30
AU 及 び 約 7g!
m2h)に 比 べ 角 層 水 分 量 は 低 下 し,
TEWL は上昇していた.このような皮膚生理学的機能
異常を示す AD 患者の乾燥皮膚にヘパリン類似物質
含有製剤を 3 週間塗布したところ,塗布 1 週後から角
層水分量及び皮膚所見の改善が認められ,その効果は
図 10 AD患者の乾燥皮膚のキメ解析におけるヘパ
リン類似物質含有製剤の効果
W:幅 μm,W’:キ メ 幅 μm,D:深 さ μm,D’:
キメ深さ μm
X:四角形の横幅 mm,Y:ライン数,N’:キメ個
数
*:P< 0
.
0
5
,vs塗布前
塗布 3 週後まで認められた.なお,TEWL 及び痒みの
評価については,いずれも改善傾向が認められた.
以上より,ヘパリン類似物質含有製剤は,人工的乾
燥皮膚ならびに AD 患者の乾燥皮膚における皮膚生
理学的機能異常を改善させることが示された.また,
塗布終了後の無塗布観察期間では,日数の経過に伴っ
て角層水分量の低下ならびに皮膚所見の悪化が認めら
に対する保湿剤の効果は,薬剤により特徴が認められ
れた.したがって,保湿剤の塗布中止後は,比較的速
た.保湿能を反映する角層水分量は,ヘパリン類似物
やかに元の乾燥状態に戻ると考えられるため,保湿剤
質含有製剤及び尿素製剤で効果が認められ,バリア機
は継続的に使用することが望ましいと考えられる.
能を反映する TEWL では,いずれの保湿剤でも改善
さらに今回,副次的に皮膚レプリカのキメ解析を実
効果が認められた.また,ヘパリン類似物質含有製剤
施したが,AD 患者の乾燥皮膚ではヘパリン類似物質
は角層水分量において,ワセリンに比べ有意な効果を
含有製剤塗布により,全体積率,キメ面積率,キメ体
示し,尿素製剤に比べ回復の速さが優ることが示唆さ
積率,キメ最大幅及びキメ平均深度が増加した.AD
れた.
患者の乾燥皮膚は,健康な皮膚に比べ全体積率及びキ
ヘパリン類似物質は,それ自体の水分保持能により
メ体積率が減少傾向(データ未発表)
にあることから,
角層水分増加作用を有する10)11)ことが知られている
ヘパリン類似物質含有製剤塗布によるこれらパラメー
が,最近,保湿作用メカニズムとして,角層ラメラ構
ターの増加は,皮膚表面の健常化を反映しているもの
12)
造の改善とそれに伴う二次結合水の増加 や,皮膚の
乾燥に伴い減少した角層中アミノ酸量の回復13)が報告
と考えられる.
乾燥皮膚に対する保湿剤の有効性
本論文の一部は,第 57 回日本皮膚科学会西部支部学術大
文
1)日本皮膚科学会,アトピー性皮膚炎治療ガイドラ
イン改定委員会:日本皮膚科学会アトピー性皮膚
炎治療ガイドライン,日皮会誌,114
(2): 135―142,
2004.
2)Andersson A-C, Lindberg M, Lod n M : The effect of two urea-containing creams on dry, eczematous skin in atopic patients, I : Expert, patient and instrumental evaluation, J Dermatolog
Treat, 10 : 165―169, 1999.
3)Lodén M, Andersson A-C, Andersson C, Frödin T,
Öman H, Lindberg M : Instrumental and dermatologist evaluation of the effect of glycerine and
urea on dry skin in atopic dermatitis, Skin Res
Technol, 7 : 209―213, 2001.
4)Lod n M, Andersson A-C, Andersson C, et al : A
Double-Blind Study Comparing the Effect of Glycerin and Urea on Dry, Eczematous Skin in Atopic
Patients, Acta Derm Venereol, 82 : 45―47, 2002.
5)中村哲史,本間 大,柏木孝之,坂井博之,橋本
喜夫,飯塚 一:アトピー性皮膚炎に対する合成
疑似セラミドクリームの有用性及び安全性の検討
(ヘパリン類似物質含有軟膏との比較)
,西日本皮
膚,61(5): 671―681, 1999.
6)水谷 仁,高橋眞智子,清水正之,刈屋 完,佐藤
広隆,芋川玄爾:アトピー性皮膚炎患者に対する
合成疑似セラミド含有クリームの有用性の検討,
283
会にて発表した.
献
西日本皮膚,63(4): 457―461, 2001.
7)秀 道広,高路 修,望月 満,田中稔彦:スキン
ケア,古江増隆:アトピー性皮膚炎よりよい治療
のための EBM データ集,中山書店,東京,2005,
29―32.
8)大谷道輝:スキルアップのための皮膚外用剤 Q&
A,南山堂,2005, 179―183.
9)川島 眞,原田昭太郎,丹後俊郎:瘙痒の程度の新
しい判定基準を用いた患者日誌の使用経験,臨皮,
56(9): 692―697, 2002.
10)安藤隆夫,白石弘之,正井達雄,中村由美子,鎌田
忠,梅本準治:ムコ多糖多硫酸エステルを含有す
る外用剤の皮膚表面水分含有量に対する影響:各
種外用剤との比 較 検 討,香 粧 会 誌,8 : 246―250,
1984.
11)難波和彦:ムコ多糖多硫酸エステル(MPS-PS)の
実験的乾燥性皮膚に対する効果,久留米医学雑誌,
51 : 407―415, 1988.
12)土肥孝彰,石井律子,細川佐知子,平野尚茂,成瀬
友裕:ヘパリン類似物質の保湿作用メカニズム
(結合水に関する検討),第 57 回日本皮膚科学会西
部支部学術大会抄録集,一般演題 O-29, p102, 2005.
13)細川佐知子,石井律子,土肥孝彰ほか:ヘパリン類
似物質の保湿作用メカニズム(天然保湿因子との
関連性の検討),第 57 回日本皮膚科学会西部支部
学術大会抄録集,一般演題 O-30, p102, 2005.
284
川島
眞
石崎
千明
Evaluation of the Efficacy of Medical Moisturizers on Artificially Dried Skin and Atopic Dry Skin
on the Basis of Dermato-physiological Parameters
Makoto Kawashima1)and Chiaki Ishizaki2)
1)
Department of Dermatology, Tokyo Women’
s Medical University, Tokyo, Japan
2)
Tsubasa Clinic, Cosmex Co. Ltd., Tokyo, Japan
(Received August 23, 2006 ; accepted for publication November 15, 2006)
To objectively evaluate the efficacy of moisturizers, we studied their effects on the artificially dried skin
of healthy subjects in a randomized controlled trial(RCT)and also examined the effect of one moisturizer on
the dry skin of patients with atopic dermatitis, using dermato-physiological parameters. A heparinoid preparation(Hirudoid®Soft)
, 20% urea preparation, or petrolatum was applied once daily for 3 days onto acetone!
ether-water-dried skin of the medial forearm. The heparinoid preparation and the urea preparation significantly improved the water content of the stratum corneum. The heparinoid preparation was significantly
more effective than petrolatum in improving the water content of the stratum corneum and was superior to
the urea preparation in earlier recovery from dryness. Transepidermal water loss(TEWL)and dermatological findings significantly improved with all three drugs. The heparinoid preparation was also applied onto
atopic dry skin twice daily for 3 weeks. The heparinoid preparation significantly improved the water content
of the stratum corneum and dermatological findings, but TEWL and itching were not reduced.
This study demonstrated the efficacy on dry skin of the heparinoid preparation, the urea preparation and
petrolatum, all drugs being used for improvement of dermato-physiological dysfunction, as well as the efficacy
of the heparinoid preparation for atopic dry skin.
(Jpn J Dermatol 117 : 275∼284, 2007)
Key words : moisturizer, dry skin, RCT, heparinoid, urea