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英雄と怪物たち | ルーヴル美術館
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テーマ別特集 :
英雄と怪物たち
はじめに | キマイラ | ゴルゴン | 怪物たちとヘラクレス | スフィンクス | ミノ
タウロス | 陶器について | 古代の著作 (1) | 古代の著作 (2) | 参考文献
神話の登場人物たちと装飾要素
ギリシア美術の図像は、不思議な人物像、有名無名の神々、擬人像、数
種の動物が混ざった恐ろしい怪物で満ちている。どの像も、その特徴と役
割が象徴的端的に表れた姿をとるのに時間はかからなかった。
© Musée du Louvre / A. Dequier
前7世紀初頭、伝承の怪物たちが壺絵に現れる。ケンタウロスのネッソス
やゴルゴン姉妹、キマイラは英雄たちと戦いを交え、神話の登場人物とし
て同等に扱われるようになった。同じ頃、とくにコリントスとギリシャ東部で
は、アルカイック時代初期の東方化様式において、女のスフィンクスやサ
イレン、グリフォンがフリーズ状にあるいはモチーフとして壺を飾っていた。
前6世紀前半、黒像式陶器の制作が盛んになるにつれ、レパートリーは充
実していった。例えば旅をする神々や擬人像(ヘルメス、エロス、ボレア
ス、エオス、ニケ)は、偏在性や優れた能力の象徴である翼を備えてい
る。海の神々(ネレウス、トリトン)は、鱗で覆われた蛇のような体をもつ。
ディオニュソスの従者サテュロスには馬の尾と尖った耳がある。一方、人
間の文明を脅かす混種の怪物の場合、現実であれ想像上であれ動物的
な面が勝っている。
見るものを石に変えるメドゥーサ、迷宮にいるミノタウロス、キマイラや
テーバイのスフィンクスは無秩序の寓意である。こうした怪物たちは、時
に神々の助けを借りた英雄によって初めて倒され、人々は解放された。こ
れら豊かな図像レパートリーの遺産は、いまなお私たちの空想の中に生
きている。ペガソスはキマイラとの戦いでベレロフォンを助けた有翼の馬
だが、その軽やかな姿は普遍的に速さと自由を象徴する。
作者
Martine Denoyelle, responsable
scientifique et rédactrice.
Alexandra Kardianou-Michel, Sophie
Marmois-Sicsic & Sophie PadelImbaud, rédactrices.
© 2005-2011 Musée du Louvre. All rights reserved. | 2011-12-26
26/12/2011 18:43
キマイラとベレロフォン | ルーヴル美術館
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英雄と怪物たち
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陶器について | 古代の著作 (1) | 古代の著作 (2) | 参考文献
キマイラとベレロフォン
火を吹く想像上の動物キマイラ
Peintre de Cléophon ?
Askos à figures rouges
Vers 420 - 400 avant J.-C.
© Musée du Louvre
キマイラはギリシア神話に数多く登場する混種の怪物のひとつで、その名は「ヤギ」
を意味する。外観は様々だが、たいていは背からヤギの頭が生え、尾の先が蛇に
なったライオン(または雌ライオン)として表される。そのうえ皮膚はけして傷つか
ず、炎を吐き出す。
キマイラは、神話世界の第一世代テュフォンとエキドナを両親とする。この両親から
は、他にも双頭の犬オルトロス、ケルベロス、レルネのヒュドラという混種の怪物が3
匹生まれている。キマイラは小アジアのパタラでカリア王アミソダレスに育てられ、近
隣を荒らし家畜の群れを食い殺していた。
キマイラは主にベレロフォンの伝説に登場し、この中でリュキア王イオバテスはベレ
ロフォンにキマイラの退治を命ずる。最初、英雄はペガソスの背に乗って襲撃する
が失敗に終わる。実のところ彼の剣は、この怪物の無敵の皮に傷をつけることがで
きないのである。そこでギリシアの英雄たちの守護者アテナの助言に従い、ベレロ
フォンが槍の先に大きな鉛の塊をつけると、キマイラの口に差し込まれた鉛は炎で
溶け、怪物の内臓をすっかり焦がしてしまった。
キマイラはドラゴンの持物をすべて併せもつ。つまり炎、異なる動物の組み合わせ、
爬虫類の性質である。ドラゴン退治はあらゆる神話に見出されるため、キマイラと
の戦いは普遍的な伝説だといえる。
なおキマイラという名は、虚しい空想や危険な幻想を意味すると見なされるように
なった。
ベレロフォンと王妃の復讐
資料
地図
ベレロフォンはポセイドンの息子だが、「人間界の」父親はコリントス王シシュフォス
の息子グラウコスである。
ベレロフォンの物語は、誤ってベレロスという男を殺してしまったところから始まる。
そこからベレロフォン、つまり「ベレロスを殺した者」という名がついた。この事件の後
ベレロフォンは生まれ故郷を離れ、ティリュンス王プロイトスのもとに身を寄せる。さ
て、プロイトスの妃ステネボイアはベレロフォンに熱をあげたが、ベレロフォンがつれ
ないのを恨み、彼が自分に乱暴をしようとしたと告発した。
プロイトスは激怒し、自分の義父であるリュキア王イオバテスのところへ死刑宣告を
ことづけてベレロフォンを送り込んだ。そこでイオバテスは、この若者にキマイラを倒
すよう命じた。戦いで命を落とすと考えたのである。勝利を収めて戻ったベレロフォ
ンだが、さらに、中でも獰猛な戦士ソリュモイ族、そしてアマゾン族と戦わなければな
らなかった。
とうとうこの英雄の無実を認めたイオバテスは、彼に自分の娘を娶らせ王位を継が
せた。
こうした手柄を立ててから、ベレロフォンはステネボイアに復讐をしにティリュンスへ
戻った。妃はペガソスの背に乗って逃げたが、この有翼の馬は彼女を海に落とし、
妃は溺れ死んだ。
後に、ベレロフォンはペガソスに乗ってオリュンポスへ戻ろうとした。ゼウスはそのあ
まりの高慢さに憤慨し、アブを遣わした。アブがこの英雄の馬を刺すと、ベレロフォン
は落馬して地上に落ち、死んでしまった。
ベレロフォンはコリントスとリュキアで英雄として讃えられていた。
古代美術におけるキマイラの表現
26/12/2011 18:44
キマイラとベレロフォン | ルーヴル美術館
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その名がヤギを意味するにもかかわらずキマイラはライオンであり、主にこの姿で
書き記されている。前7世紀末のコリントスで、ホメロスとヘシオドスの描写に忠実に
従って生み出された型が定着した。ライオンの体をもち、背からヤギの頭が生え、尾
の先が蛇になった混種の動物である。しかし大方の古代の著述家が強調した「火を
吐く」という特徴は、芸術家たちには取り上げられなかった。
いくつかの異型も存在する。例えば有翼のキマイラはすぐに放棄されたが、ただエト
ルリアでは前6世紀にもてはやされた。また雌のキマイラは、前5世紀末および前4
世紀初頭の壺に描かれた例がある(G 447、K 362)。
前6世紀、コリントスではキマイラを純粋に装飾モチーフとして扱ったが、アテネでは
なおベレロフォンとの戦いの場面が表現されていた。1世紀近く作例があまり見られ
なくなった後、前5世紀末には再び壺絵にいくつかの例が現れる(G 446、G 447)。な
おキマイラの像は楯のエピセモンやシキュオンの貨幣の主な型として用いられた。
ヘレニズム時代と帝政期を通じてキマイラ単独の表現は次第に姿を消したが、一方
ベレロフォンと怪物の戦い場面は、葬礼の象徴や皇帝の勝利を称揚するものとして
一定の人気を得る。
英雄たちの活躍を助ける有翼の馬ペガソス
ペガソスはポセイドンとゴルゴンを親とし、ベレロフォンをはじめペルセウスの物語な
ど数々の伝説に現れる。古代の語源学ではペガソスの名を泉や水に結びつけてい
る。ペガソスはひずめで岩を蹴ってヘリコン山の泉から水を湧き出させたという。ヒッ
ポクレネ(馬の泉)と名づけられたこの泉の水は、詩作の着想を得るのによいとされ
ていた。
ペガソスはオリュンポスで暮らし、ゼウスの雷を運ぶという神聖な役割を担ってい
た。ある日英雄たちの守護者アテナは、ベレロフォンがこの馬を飼い慣らすに手を
貸そうと、若者に金のはみを託す。この想像上の動物がペイレネの泉の水を飲んで
いる隙に、ベレロフォンは手綱を馬の首に回して背に乗った。神から託された馬とア
テナの手助けのおかげで、英雄はキマイラに打ち勝つことができた。ベレロフォンが
その高慢さのために命を落とした後、ペガソスは神々の元に戻り、星座に姿を変え
られた。
有翼の馬という東方起源のモチーフは、すでにミュケーナイ時代の沈彫に現れる。
東方化様式の陶器を飾る動物のフリーズにもやはり見られる。初めは地上でキマイ
ラと戦う場面に登場したが、早くも前7世紀中頃には飛翔するペガソスが表現され、
それが定型となった。アルカイック時代以降、単独で怪物と戦うペガソスも見られる
(G 447)。
ペガソスはコリントスの象徴であり、コリントスでは貨幣の型にペガソスの像が使わ
れている。
© 2005-2011 Musée du Louvre. All rights reserved. | 2011-12-26
26/12/2011 18:44
ゴルゴンとペルセウス | ルーヴル美術館
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英雄と怪物たち
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ゴルゴンとペルセウス
ゴルゴン
© Photo RMN / H. Lewandowski
『神統記』によれば、ステンノ、エウリュアレ、メドゥーサというゴルゴン三姉妹は神々
の第一世代に属する。姉妹の両親フォルキュスとケトは、ポントス(海)とガイア(大
地)から生まれた。この怪物たちは原始的な力に属しており、神々の第二世代つま
り世界を組織し法を守るオリンポスのパンテオンの世代によって打ち倒される。
ペルセウスはゴルゴン三姉妹を探してオケアノスの上を飛ぶ。姉妹は大地の西の果
て、オケアノスを越えた冥府の近くに住んでいた。ステンノとエウリュアレは不死身
だったが、末の妹メドゥーサは違った。
姉妹の顔は恐ろしく、しし鼻に飛び出た目をしていた。ゆがんだ口からは猪の牙が
のぞき、姉妹と目を合わせた者はみな、石になってしまう。髪の毛には蛇が混じり、
手は青銅、翼は金でできていた。
ペルセウスは眠っているゴルゴンの不意を襲った。アテナはペルセウスにゴルゴン
から目をそらすよう忠告し、彼の手を導いた。英雄は女神の楯を鏡のように使って
怪物に近づくと、ヘルメスから授けられた鎌で首を切り落とした。
ヘシオドスによれば、ペルセウスが頭を切断したときメドゥーサはポセイドンとの間
にできた子どもを宿しており、血の流れる首から有翼の馬ペガソスと戦士クリュサオ
ルが現れたという。ペルセウスはメドゥーサの頭を袋に入れて逃げた。ステンノとエ
ウリュアレが追いかけて絡みついたが無駄だった。ハデスの兜のおかげでペルセウ
スは誰にも見えなかったのである。
ペルセウスの物語
資料
地図
ホメロスとヘシオドスの詩にはペルセウスの偉業が詳しく語られている。ペルセウス
はアルゴス出身の英雄で、ゼウスとダナエの息子である。ダナエの父親アクリシオ
スは孫息子に殺されるという神託を得たため、青銅の部屋を作って娘を閉じ込め
た。この若い娘の虜になったゼウスは金の雨に姿を変え、屋根から乙女の胸元に
入り込んだ。この交わりからペルセウスが生まれた。しばらくしてアクリシオスがこれ
を聞きつける。彼は娘と孫を箱に閉じ込め、海に投げ捨てた。箱はセリフォス島へ流
れ着き、ポリュデクテス王の弟デュクテュスの網にかかった。宴会の折ポリュデクテ
スは友人たちに、自分に何を贈りたいかと尋ねた。誰もが王にふさわしい贈り物は
馬だと答えた。しかしペルセウスは、必要ならメドゥーサの首をとってこようではない
か、と返した。ダナエに恋をしている王はペルセウスに、ゴルゴンの首を切りに行
け、さもなければ力づくでダナエを奪うと言う。ゴルゴンの首を探しに行くにあたっ
て、ペルセウスはヘルメスとアテナの助けを得た。神々の忠告に従い、ペルセウス
はゴルゴンの姉妹であるグライアイ姉妹を訪ねていく。この姉妹は3人にひとつの目
とひとつの歯しかなかったが、ペルセウスはこれを盗んだ。こうして彼は、姉妹から
無理やりニンフのところへ行く道を聞き出した。ニンフたちは、飛ぶために翼のつい
たサンダル、キビシスという袋、そして被ったものは誰にも姿が見えなくなるというハ
デスの兜を持っていた。ヘルメスは曲刃という鎌をペルセウスに授けた。
ペガソスとクリュサオル
海と河川の神ポセイドンは、ヒッピオスと呼ばれてやはりギリシア中で愛されてい
た。この神は最初の馬(ギリシア語でヒッポス)を生み出している。この動物は実際、
この神の系譜と伝説の中で大きな位置を占めている。ポセイドンと女神デメテルの
交わりからは、もう1頭の馬が生まれた。
ポセイドンはメドゥーサと交わり、その子どもはペルセウスが切り落とした首から生
まれた。まず有翼の馬ペガソスが現れる。このギリシア語は湧き出る水または泉を
意味するが、それはペガソスがオケアノスの泉で生まれたからである。続いて戦士
26/12/2011 18:44
ゴルゴンとペルセウス | ルーヴル美術館
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クリュサオルが誕生した。こう呼ばれるのは、手に金の剣を振り回しながら出てきた
ためである。
アテナはペガソスをつかまえて飼い慣らし、これをムーサたちに示した。ペガソスが
ひずめで蹴ると、ムーサたちの聖なる山へリコンにあるヒッポクレネの泉から水が湧
き出した。ペガソスは神々の世界へ飛び去った。ヘシオドスによると、ペガソスは晩
年にオリュンポスへ向けて飛び立つとゼウスの宮殿で暮らすようになり、ゼウスから
雷を運ぶ仕事を任された。ペガソスはベレロフォンの伝説をはじめ、数々の伝説に
登場する。
クリュサオルはオケアノスの娘と交わり、3つの体をもつ戦士、巨人ゲリュオンが生ま
れた。
おどろおどろしいメドゥーサのマスク
ペルセウスは帰途、ティタンの一人アトラスの宮殿に立ち寄るが、アトラスはペルセ
ウスをもてなすのを拒んだ。そこで英雄はメドゥーサの首を見せ、アトラスを山に変
えてしまった。アフリカの上を飛んでいるとき、首から数滴の血が地上に落ちると、
大陸は獣たちで一杯になった。ペルセウスが葉と藻の層に首を置くと、これらは直ち
に珊瑚に変わった。
この首を使ってペルセウスは敵たちを石に変えた。その中には母親に求婚していた
王ポリュデクテスも含まれる。この首から滴る血は、薬であると同時に毒でもあっ
た。髪の一房があれば、軍隊をかわすのに十分だった。
ペルセウスはメドゥーサのマスクを女神アテナに贈った。ホメロスによれば、アテナ
はこのマスクを神盾の中央に置いたといい、またアポロドロスの語るところでは、自
分の楯に置いて敵たちを石に変えたという。
古代の図像においてメドゥーサのマスクは、戦士たちの楯の紋章のように神盾の中
央に、あるいは単独で装飾として描かれる。
このマスクは、アルカイック時代には装飾モチーフとしてもてはやされ、ブロンズや陶
製の壺、建築用のテラコッタ製品、神殿の破風を飾った。古い作例ほど古代の著述
に忠実で、怪物としての特徴を保っている。しかし前5世紀後半から次第に恐ろしい
顔立ちは消え、若い女の顔になっていった。一方「メデュゼ」という言葉には、「呆然
とさせる」、「仰天させる」あるいは「唖然とさせる」という意味が残っている。
ギリシア美術におけるゴルゴンとペルセウス
壺絵にペルセウスの伝説が現れるのは前7世紀第2四半期であり、ホメロスの作品
の時代(前9世紀頃)すでにこの物語は知られていたと思われる。アルカイック時代
には、ゴルゴンを前にしたペルセウスの逸話、つまりメドゥーサの首を切り落とし、そ
の姉妹に勝者が追われる場面が好まれるようになる。
アルカイック時代末期、陶器工房ではこの主題の人気が衰えるが、前550‐前530年
頃には彫刻家や貨幣の母型を彫る職人らによって再び取り上げられた。省みられな
くなった場面もあるが、「グライアイのもとにいるペルセウス」やペルセウスが魔法の
品々を手に入れる「ニンフたちのもとにいるペルセウス」など新たに現れた場面もあ
る。アテナイでは、アテナの守護者としての役割を表現するにとどまらず、女神の存
在がさらに重要性を増すような主題が創り出された。
ペルセウスの持物と武器の表現は定まっていない。アルカイック時代のペルセウス
は剣を持っている。前5世紀には、湾曲した短剣または鎌のような曲刃でメドゥーサ
の首を切ったとするのが好まれた。先の曲がった翼のある靴は、最も古い著述に描
写されている。ハデスの兜という被り物は長い間、つば広帽または縁なし帽だった。
キビシスはずだ袋あるいは籠の形をしている。ペルセウスに翼のある靴を履かせる
ことが広まると、芸術家たちは帽子の不思議な力も表現するようになった。ヘルメス
の被り物のように翼を加えたのである。
© 2005-2011 Musée du Louvre. All rights reserved. | 2011-12-26
26/12/2011 18:44
怪物たちとヘラクレス | ルーヴル美術館
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英雄と怪物たち
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怪物たちとヘラクレス
十二の功業を成し遂げた英雄ヘラクレス
© Photo RMN / Les frères Chuzeville
ヘラクレスはアルクメネとアンフィトリオンの息子だが、本当の父親はゼウスである。
ゼウスがアルクメネを誘惑するためにアンフィトリオンの姿をとったからである。本物
のアンフィトリオンは妻に、2番目の息子でヘラクレスの双子の弟イフィクレスを生ま
せている。兄弟が生まれたとき、ゼウスの妻ヘラは子どもたちの部屋に2匹の大蛇
を忍び込ませ、2人を絞め殺させようとした。しかしすでに頑強だったヘラクレスは、
蛇を取り押さえて弟の命を救った(展示室43のガラスケース23にあるスタムノスG
192を参照)。
ヘラクレスは長じてメガラと結婚し、多くの子どもをもうけた。さて、ヘラクレスはヘラ
を憎むあまり、子どもたちを殺してしまった。この罪を犯した後、ヘラクレスはアポロ
ンのもとに赴き懲罰を求めた。アポロンはヘラクレスに、ティリュンスの王エウリュト
スのところへ行き、この王の監視のもと「ヘラを讃えて」十二の功業を行うようにと命
じた(ヘラクレスの名の語源)。
アンフィトリオンとアルクメネの実の従兄弟であるエウリュトスは、ティリュンスとアル
ゴリダのミュケーナイを治めていた。彼はヘラクレスに、世界から怪物を一掃するよ
う命じた。そのためヘラクレスは、ネメアの獅子とレルネのヒュドラを退治し、ケルベ
ロスという犬、ケリュネイアの牝鹿、エリュマントスの猪、クレタの牡牛、ディオメデス
の雌馬およびゲリュオンの牛を捕らえ、王アウゲイアスの厩を掃除し、ステュムファ
ロス湖の鳥を狩り、アマゾンの女王の腰布とヘスペリデスの園の黄金の林檎を持ち
帰らなければならなかった。ヘラクレスがすべての偉業を成し遂げると、ゼウスは彼
がオリンポスに入り、不死身の体を得ることを許した。
ヒュドラとヘラクレス
資料
地図
レルネのヒュドラは、いくつもの頭(著述家によって5から100個)をもつ一種の蛇の怪
物であり、テュフォンとエキドナを両親とする。ヘラがヒュドラを泉のそばで育てた
が、その唯一の目的は女神の仇を討ち、ヘラクレスに試練を与えることだった。
ヘラクレスはエウリュトスによってレルネに送られ、沼地に生息してこの地に恐怖を
撒き散らす(ヒュドラは有毒な息で敵を倒していた)この忌まわしい怪物と戦う。
ヒュドラの多数の頭を根絶させるため、ヘラクレスは怪物を弱らせようと火をつけた
矢を使い、剣で頭を切り落とした。しかし残念ながら、ヒュドラの頭は切り落としても
次々に生えてくるのだった。
ヘラは怪物を助けるため、巨大なザリガニを遣わした。
ヘラクレスは甥のイオラオスを呼びにやると、切断した傷口を火のついた枝で癒着
させることを思いつき、こうして新たな首が生えるのを阻止した。かくして怪物は滅
び、注意深く葬られた。ヘラクレスは自分の矢を猛毒の液に浸した。ギリシア神話の
英雄が行った十二の功業のうち、「レルネのヒュドラを退治するヘラクレス」は唯一、
イオラオスの手助けを必要としたものである。
ケルベロスとヘラクレス
ヘラクレスがエウリュトスから命じられた十二の功業の11番目は、ケルベロスという
ハデスの恐ろしい犬をミュケーナイに連れてくることだった。これは黄泉の国の番を
している怪物である。レルナのヒュドラのように、ケルベロスもテュフォンとエキドナ
の息子である。これは3つの頭をもつ犬の姿で表現され、蛇の尾を備え、背中には
いくつも蛇の頭がついている。
ヘラクレスはヘルメスとアテナに援助を求め、冥府に辿りつくためエレウシスの秘儀
を伝授された。ハデスのもとへ行く道中にいくつかの冒険を経て、ついにケルベロス
という犬を要求するためこの神に会った。ハデスは要求を受け入れたが、ひとつ条
26/12/2011 18:45
怪物たちとヘラクレス | ルーヴル美術館
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件があった。この怪物を取り押さえるための戦いで、ヘラクレスは一切武器を使って
はならないという。英雄はケルベロスを両手で掴んで捕らえた。
ハデスはヘラクレスの勝利を認め、この恐ろしい怪物をエウリュトスのもとへ連れて
行くことを許した。しかしこの動物を目にして「勇敢な」エウリュトスは震え上がり、こ
れを主に返すようヘラクレスに命じたのである。
トリトンとヘラクレス
トリトンは、ポセイドンとアンフィトリテを両親とする海神である。トリトンは半人半魚
であり、体は人間の上半身と魚の尾で出来ている。ポセイドンが戦う際は、貝をラッ
パとして用いて補佐を務める。
トリトンはリビアのトリトニス湖の神と見なされることもある。彼はアルゴナウタイの遠
征中、船乗りたちに地中海への航路を示す役割で登場する。そのお礼にトリトンは
三脚を受取り、これを湖の底へ運んだ。
一方ボイオティア地方の伝説では、トリトンはディオニュソスと敵対する。実際タナグ
ラのディオニュソスの祭典で、トリトンは湖で水浴する女たちを攻撃する。ディオニュ
ソスがこの怪物を追って仲裁するが、トリトンは相変わらず同地方の人々を困らせて
いた。そこで人々はトリトンにぶどう酒を振る舞い、酔っ払わせる。トリトンは深い眠
りに落ち、斧の一撃で殺された。ディオニュソスは勝者と見なされた。ヘラクレスとト
リトンの戦いは文書に記されたことはないが、それでもこの主題はアッティカの黒像
式の壺絵に盛んに描かれている。2人の登場人物は印象的な戦いを交え、トリトン
の動物の部分が造形的に際立っている。
アケロオスとヘラクレス
アケロオスはギリシア最大の川の神の名であり、この川も同じ名をもつ。アケロオス
の出身には諸説あり、オケアノスとテテュスの息子、または太陽と大地の息子、ある
いはポセイドンの息子とされる。アケロオスは3,000の川の兄弟であり、多くの泉の
父親である。彼は状況に応じて自分の望むものに姿を変える能力をもっていた。
アケロオスはヘラクレスの一連の功業に登場する、デイアネイラをめぐってこの英雄
と対峙した際、彼は牡牛に姿を変えた。実際、カリュドン王オイネウスと親しいアケ
ロオスは、その娘デイアネイラと結婚したいと申し出たのである。しかし娘は川の神
の変身能力を買わず、夫にしたいと思わなかった。
ヘラクレスがケルベロスを求めて冥府に赴いたとき、彼はデイアネイラの兄で故メレ
アグロスに出会った。メレアグロスはヘラクレスに、地上の世界に戻り次第、妹と結
婚して欲しいと頼む。ヘラクレスはそうすると約束し、功業を成し遂げるといそいそと
アイトリアに向かい、オイネウスに娘との結婚を申し込んだ。当然アケロオスはこれ
に反対し、激しい戦いが主人公2人の間に繰り広げられた。ヘラクレスが力を見せつ
ける一方、川の神は牡牛に姿を変える。ヘラクレスが角の1本を砕くと、アケロオス
は降伏した。その後アケロオスは自分の角を返して欲しいと頼んだが、英雄は山羊
アマルテイアの角を差し出した。こうしてアケロオスの角は、豊かさと幸福の象徴と
して名高い豊穣の角となった。
現在、アケロオス川はアスプロポタモス川と呼ばれている。
© 2005-2011 Musée du Louvre. All rights reserved. | 2011-12-26
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スフィンクスとオイディプス | ルーヴル美術館
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スフィンクスとオイディプス
スフィンクス
© Photo RMN / Hervé Lewandowski
ヘシオドスの『神統記』の中で、スフィンクスはエキドナと巨神ゲリュオンの犬オルト
ロスの娘とされている。母親エキドナの父フォルキュスは、ギリシア神話のほぼすべ
ての怪物の父親である。つまりスフィンクスは、ケルベロス、ヒュドラ、キマイラの姉
妹であり、フォルキュスを通してゴルゴン、グライアイ、ペガソスと縁続きである。
古代の著述によれば、スフィンクスは姉妹キマイラからライオンの体、母エキドナか
ら若い女の頭部、それに祖母ハルピュイアから猛禽類の翼を受け継いでいた。アイ
スキュロスによれば「人さらい」であり、エウリピデスの目には「誘拐の化身」と映って
いる。テーバイの人々の頭上には誘拐の影が漂っているのである。
ゼウスの妻ヘラは、テーバイ王ライオスが若者クリュシッポスを愛し誘拐したことを
罰するため、テーバイの人々のもとへスフィンクスを送り込んだ。アポロンまたは冥
界の神ハデスが、テーバイの人々の不信心に仕返しをするためにスフィンクスを遣
わしたという説もある。
スフィンクスは山上から道を見下ろして通りかかる者に謎をだし、正しく答えない限り
この人々を通さなかった。別の説では、テーバイの人々が毎日町の広場で謎を解こ
うとしていたが解けず、スフィンクスは日毎に住人をひとりずつ食い殺したという。
テーバイ王クレオンの息子ハイモンは、その最後の犠牲者になった。クレオンはそこ
で、テーバイを怪物から解放した者に王国を残す、と約束する。
ついにオイディプスが答え、このおぞましい生き物は悔しがって岩から飛び降り、死
んでしまった。
オイディプス
資料
地図
オイディプスの名はホメロスの記述に初めて現れる。後に悲劇作家たちがそれぞれ
異なる解釈でオイディプスを取り上げ、一連の悲劇を生み出してこの伝説を不朽の
ものにした。テーバイの王ライオスはイオカステと結婚する。デルフォイの神託によ
り、王は自分が息子の手にかかって死ぬことを知る。恐怖に駆られた王は子どもが
生まれるやいなや足を刺して留め、キタイロン山に捨てた。赤ん坊は羊飼いに拾わ
れ、コリントス王ポリュボスのもとで育てられる。王はその子をオイディプス、つまり
「足が腫れた者」と呼んだ。
オイディプスは長じて自分の出自に疑問を抱き、やはり神託を聞くと、同じ予言が繰
り返された。父を殺し、母を娶るだろうという。予言に恐れをなしたオイディプスは、コ
リントスと養父母のもとを離れた。逃げてテーバイへ向かう道中、彼はライオスを殺
してしまった。
テーバイへ着くと、国はスフィンクスのせいで荒廃していた。
この怪物は旅人に次の謎を問い、答えられないと食い殺していたのである。
「朝には4つ足、昼には2本足、晩には3本足で歩く生き物は何か」
オイディプスは、「人間である。なぜなら幼年期には四つんばいで歩き、成長すると2
本足で歩き、そして年をとると杖をついて3本足で歩くからである」と答えた。
スフィンクスは負けを認め、岩山から飛び降りた。オイディプスが剣で殺したという説
もある。
テーバイの人々はオイディプスに感謝し、テーバイの王位を与え、ライオス王の未
亡人イオカステを娶らせた。神託が成就したのである。
美術におけるスフィンクス
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スフィンクスとオイディプス | ルーヴル美術館
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雄のスフィンクスはすでにミュケーナイの美術に見られるが、アルカイック時代に東
方の影響を受け、女の容貌をそなえたスフィンクスがギリシア美術のレパートリーへ
再び採り入れられると、悪に対する守護という意味は失われた。
前6世紀初頭、スフィンクスは若い戦士の体に乗った形で神話の一挿話に現れる。
この図像はヘシオドスの記述に従ったものだろう。そこでは「カドメイアの人々にとっ
ての災難、忌まわしいフィクス」が語られるが、このスフィンクスは不運なテーバイの
人々を食い殺したのである。
図像にその人食い本能ははっきり示されず、せいぜい今にも人に飛び掛ろうとして
いるか、鉤爪で人の体を掴んでいるかである。スフィンクスには翼があるにもかかわ
らず、ほとんどの場合じっとして動かず、空を飛ぶこともない。
ギリシア人の想像世界では、スフィンクスやサイレンまたはグリフォンのような混種
の動物は、常に恐ろしくて不吉なものであり、人間の運命を支配する制御不可能な
力を象徴している。スフィンクスは宇宙の秩序を保証するものとして、主要な場面を
囲んで描かれ、証人または番人としての役割を果たす。しかし、画家が伝説通り怪
物を表現したのか、自分の芸術的着想に従って描いたのか、どちらとも判断しがた
いスフィンクスと人間の表現も数例みられる。
陶製の壺、ブロンズの壺や楯、テラコッタの小像および彫像において、スフィンクス
は次第に単なる装飾モチーフになっていく。
葬礼美術におけるスフィンクス
多くの場合スフィンクスは葬礼美術と結びついており、人をさらう悪魔つまり死神に
相当する。東方に起源をもつ他の空想上の混種の動物(サイレン、グリフォン)と同
じく、スフィンクスにも聖なる力があるとされている。
前5世紀初頭、赤像式の壺絵に新しい図像が現れる。餌食となった人を空へ連れ去
るスフィンクスで、これはエウリピデスの『フェニキアの女たち』の記述に沿っている。
画家は「息子メムノンの体を運ぶエオス」(ギャラリー・カンパーナの展示室43、ガラ
スケース24、G 115 ドゥーリスの杯)を図像の原型としている。
画家たちが採用したこの死者を運ぶという主題が、おそらく葬礼場面におけるスフィ
ンクスの役割のもとになっている。不吉な悪魔だったスフィンクスは、守護神になって
死者たちを見守り、そうして本来の守護能力を取り戻した。
ギリシア悲劇において、スフィンクスは人を食う怪物というよりむしろ死の象徴として
描写されることが多い。壺絵画家のみならず石彫の彫刻家やテラコッタ小像の職人
が、こうした葬礼場面での役割を担ったスフィンクスを再び取り上げている。
スフィンクスの像は次第に死者を想起させる装飾となり、葬礼記念建造物を飾るも
のとして頻繁に用いられるようになる。
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ミノタウロスとテセウス | ルーヴル美術館
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ミノタウロスとテセウス
ミノタウロス
Signée par Pamphaios, potier
Coupe à figures rouges
Vers 530 - 520 avant J.-C.
© R.M.N./H. Lewandowski
ミノス王の妃パシファエはポセイドンが送り込んだ牡牛に恋をしてしまう。このおぞま
しい交わりから、半分人間で半分牡牛という混種の生き物が生まれ、アステリオスと
名づけられた。これがミノタウロスである。ミノスは怒り狂い、またこれを恥じ、アテナ
イの芸術家ダイダロスを呼びにやると巨大な宮殿を建設させた。この宮殿は多くの
部屋と曲がりくねった廊下からなり、誰も外へ出ることができないという迷宮である。
建築家だけが脱出する方法を知っていた。ミノタウロスはここへ閉じ込められ、毎年
(9年毎という説もある)アテナイから来た14人の若者が与えられると、これを食い殺
していた。そこでアテナイの人々はミノスの息子アンドロゲウスを殺した。ミノスが7
人の若者と7人の娘を要求したからである。
テセウス
テセウスは説によって、アテナイ王アイゲウスとトロイゼン王の娘アイトラの息子で
あったり、ポセイドンとアイトラの息子であったりする。息子の命を守るため、アイゲ
ウスはテセウスをトロイゼンの母親の元で育てさせることにした。しかしテセウスが
16歳になりアイトラが本人に出自を明かすと、彼は父が置いていった剣を握り、アテ
ナイの父のもとへ向かった。アテナイへ到着したテセウスは、アイゲウスのところへ
行って息子だと認めてもらおうとする。しかし、そのころ王の側近だった魔術師メディ
アは、食事中に毒を盛って彼を追い払おうとした。ところが、ちょうどその瞬間テセウ
スが剣を取り出し、アイゲウスは彼を正式に自分の息子と認めた。
テセウスは父アイゲウスの忠告で、ミノタウロスを殺すためにクレタ島へ送り込まれ
た。彼はこの怪物を倒すため、他のアテナイの若者とともに出発する。テセウスは二
組の帆をそなえた船に乗り込んだ。黒い帆は往路のため、白い帆は凱旋のためで
ある。
資料
地図
ミノタウロスとの戦い
クレタ島に着いたテセウスは、ミノス王の娘アリアドネに出会う。アリアドネはテセウ
スに恋し、帰り道が分かるようにと一玉の糸を渡す。迷宮に入ったテセウスは怪物と
激しい戦いを交える。ついに相手を倒し、アリアドネの糸のおかげで宮殿から脱出し
た。もし生きて出てきたら彼女と結婚すると約束していたため、テセウスはアリアドネ
を船に乗せ、生き残った若者たちと逃げ去る。
文学作品によっては、テセウスがアリアドネをナクソスに置き去りにした、あるいはア
リアドネが航海の最中に死んだという説もある。アッティカの沿岸に近づいたが、テ
セウスは船の黒い帆を換え忘れていた。息子の帰還を待ちわびていたアイゲウス
は海に身を投げ、それ以来その海にはアイゲウス海、つまりエーゲ海という名がつ
いた。
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ギリシア陶器 | ルーヴル美術館
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ギリシア陶器
原幾何学様式から東方化様式まで
© Musée du Louvre / A. Dequier
ギリシア陶器の様式と形は、多少の違いはあるものの、ギリシア全体で共通してい
る。しかし、各段階で最も高い完成度に到達したのは、アテナイにおいてである。
原幾何学様式は、前1050年頃にアテナイで誕生したと考えられる。初めは明るい地
に、後にはくすんだ地に線や円や半円が描かれている。
次第に文様の種類は充実する。三角形、鉤形、菱形、メアンダー文が光沢のある黒
い釉薬で描かれ、ついには壺の表面全体を覆うようになった。幾何学様式と呼ばれ
るこの洗練された様式が頂点に達するのは、前9世紀と、とりわけ前8世紀のアッ
ティカでのことである。後期幾何学様式時代(前770‐前700年)には人物を描いた場
面が、葬礼場面や花車の行列、戦いの場面とともに現れる。
前8世紀末から前7世紀にかけて、幾何学様式は変容する。
レヴァントとの交易により、とくにコリントスやエーゲ海の群島の美術に東方的な要
素が取り入れられる。東方化様式時代、陶器に描かれるモチーフは多様化した。織
物から借用した装飾、植物装飾、異国の動物や混種の動物などである。
資料
地図
黒像式と赤像式
アッティカは、陶器生産の中心地として地位を固めつつあった。この時代のアッティ
カの壺は黒像式である。焼成した陶土のオレンジがかった地に像のシルエットが黒
色で描かれ、細部は線刻および紫と白のハイライトで加えられる。
前560年頃にこの技法は頂点を極め、アッティカ陶器は優位を確立した。画家が好
んだ主題は、トロイア戦争を題材とする詩からの悲劇的な場面や神話の厳粛な場
面、および戦いの場面にとどまらず、日常生活の諸場面も描かれた。婦人部屋や泉
のほとりに集う女たち、祝宴や格闘技場の様子などである。
前6世紀第4四半世紀、行き詰まりを見せていた創作に赤像式の技法が新風を吹き
込む。前530年頃、2色を反転させるという考えが生まれた。それ以降、芸術家は好
んで地を黒で塗り、人物像を陶土そのままの色に残すようになった。このため、もう
細部を線刻する必要はなく、描いたり塗ったりすることで仕草はより柔軟で自然にな
り、さらに魅力的な装飾効果を得られるようになった。
アッティカ陶器の衰退期
前480年頃、壺絵画家たちは側面観の目を描き、動いたり静止したりしている人体
の今までより的確な表現に成功する。アルカイック時代の慣例からすっかり解放さ
れたのである。画家たちは人体の動きを自在に表現し、巧みに遠近感を操った。
前410年頃の画家たちは、金のハイライトを入れた極めて洗練された壺を、優雅な
神話場面や婦人部屋の光景で飾っていた。人物像を重ねて奥行きを追求することも
続く。着飾った女たち、気取った姿勢、豪華に飾った布地などは、明らかに「豊かな
様式」の彫刻から影響を受けており、こうして凝った様式が生まれた。これはアッティ
カ美術の黄金時代末期における最後の輝きだった。
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古代の著作における混種の生き物 | ルーヴル美術館
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英雄と怪物たち
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古代の著作における混種の生き物
キマイラとベレロフォン
「エキドナはさらにキマイラを生んだ。キマイラは無敵の火を吹き、恐ろしくて大きく、
動きが素早く力強い。3つの頭部をもち、そのひとつは燃えるような目をしたライオン
の頭、もうひとつはヤギの頭、残りは蛇またはドラゴンの頭である。キマイラは勇士
ベレロフォンとペガソスによって退治された。」(ヘシオドス『神統記』319‐325行)
「アテナはベレロフォンに最も助力を惜しまなかった女神である。アテナは、自分自
身で解放し飼い慣らしたペガソスをベレロフォンに贈った。」(パウサニアス、2巻4章
2節)
「ベレロフォンは、メドゥーサとポセイドンから生まれた有翼の馬ペガソスに跨り、空
に舞い上がると、天の高みからキマイラを倒した。」(アポロドロス『ギリシア神話』2
巻3章2節)
「(キマイラは)ライオンの前躯とドラゴンの尾をもち、中央にある3番目の頭はヤギ
の頭でここから火を吹く。そしてこの地方を荒らし、家畜を殺していた。ただ1匹で3つ
の怪物の力をもった生き物だからである。」(アポロドロス、2巻3章1節)
「イオバテスはベレロフォンに無敵のキマイラを退治するよう命じた。キマイラは人
間の仲間ではなく、神が生み出した生き物である。前躯はライオン、後躯は蛇で、中
央はヤギである。吐く息からは恐ろしく燃えあがる炎が噴出する。それでもベレロ
フォンは、神々のお告げに守られてキマイラを殺すことができた。」(ホメロス『イリア
ス』6巻179‐183)
ミノタウロスとテセウス
「パシファエはアステリオスを生み、この子はミノタウロスと呼ばれた。牡牛の頭をも
つが、体の他の部分は人間だった。」(アポロドロス、3巻1章4節)
「この生き物は二重の体をもっていた。上半身は肩までが牡牛で、残りは人間の体
だった。」(シチリアのディオドロス、4巻77章3‐4節)
「この金色に輝く装身具が私の手から落ちる。これを海の底から取ってきなさい。あ
なたの父親の住処に勇気をもって飛び込むのだ。海に住むイルカたちが、馬に縁の
ある父神の住処に偉大なテセウスを瞬く間に連れて行った。彼は神々の宮殿に到
着した。」(バキュリデース『ディテュランボス』3巻36‐37、56‐57)
ゴルゴンとペルセウス
「ケトは恐ろしい運命を背負ったゴルゴン姉妹、ステンノ、エウリュアレ、メドゥーサを
生んだ。メドゥーサは違ったが、2人の姉は不死身で年老いることもなかった。メ
ドゥーサだけが、自分のそばに青い鬣の神が横たわっているのを見た。」(ヘシオド
ス『神統記』274行)
「ゴルゴン姉妹は、蛇の尾がからみついた頭と猪のように大きな歯、青銅の手と金
の翼をもっていた。そのため姉妹は空を飛ぶことができ、また見る者を石に変える
のだった。」(アポロドロス、2巻4章2節)
「メドゥーサはかつて、輝くばかりに美しかったのだ。彼女は無数の若者たちから熱
心な求愛を受けていたのだから。海の神が彼女の魅力にとりつかれ、大胆にも一緒
にパラスの神殿を汚してしまった。女神は赤面して慎み深い目をそらし、2人を自分
の楯の下に隠した。祭壇が汚された仕返しに、女神はメドゥーサの髪の毛を蛇に変
えた。今なおユピテルの娘はこの恐れを心に刻むため、胸を覆う忌まわしい楯にゴ
ルゴンの首と恐ろしい蛇をつけている。」(オウィディウス『変身物語』4巻791)
「そこでペルスウスは姉妹が眠っているところを不意打ちにした。そしてアテナに手
を導かれ、ゴルゴンの姿が映る輝く楯を用心深く見ながら、首を切り落としたのであ
る。首が切断された際、ゴルゴンの首から有翼の馬ペガソスとゲリュオンの父クリュ
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古代の著作における混種の生き物 | ルーヴル美術館
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サオルが飛び出した。メドゥーサはポセイドンとの間にこの2人をもうけていたのであ
る。」(アポロドロス、2巻4章2節)
スフィンクスとオイディプス
「エキドナはオルトロスを生むという罰を受けた後、再び忌まわしいフィクスを生ん
だ。カドメイアの人々とっての災難である。」(ヘシオドス『神統記』326行)
「(スフィンクスは)女の顔、ライオンの乳房と脚と尾、鳥の翼をもっていた。」(アポロ
ドロス、3巻5章8節)
「お前は大地と恐ろしいエキドナから生まれた有翼の娘。カドマイアの人々をさらい、
町を荒らし人々を嘆かせる。お前は半獣の乙女で忌まわしい怪物。あちこち飛び回
り、猛禽類の爪を振り回す。」(エウリピデス『フェニキアの女たち』101行)
「有翼の乙女にして山の怪物スフィンクスは、(中略)かつてその四重の爪でカドモス
の息子たちをさらった。」(エウリピデス『フェニキアの女たち』806行)
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古代の著作に描写される、ヘラクレスが退治した生き物たち | ル...
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古代の著作に描写される、ヘラクレスが退治した生き物
たち
レルネのヒュドラ
「彼女はまたヒュドラという、むごい仕業しか知らないレルネの怪物を生んだ。女神
ヘラは怪力ヘラクレスに対するすさまじい恨みを果たすため、その白い腕でこの怪
物を育てた。しかしゼウスの息子にしてアンフィトリオンの子ヘラクレスは、好戦的な
イオラオスと戦利品を集めたがるアテナの助言に従って、冷酷非情にヒュドラを倒し
た。」ヘシオドス『神統記』313行
ケルベロス
「オルトロスの後、エキドナはまた無敵の怪物を生んだ。名を呼ぶのも憚られるが、
これはケルベロスというハデスの残酷な犬である。恐ろしい声と50の頭をもち、冷酷
で力強い。」(ヘシオドス『神統記』310‐312行)
「ヘラクレスに課された11番目の任務は、ハデスの犬ケルベロスを連れてくること
だった。このケルベロスは犬の頭3つとドラゴンの尾をもち、背中にはあらゆる蛇の
頭がついていた。(中略)ヘラクレスがプルトンにケルベロスが欲しいと頼むと、持っ
ている武器を使わずに取り押さえるならという条件で、プルトンはこの動物を連れて
行くよう命じた。ヘラクレスはアケロン川のほとりに犬を見つけると、鎧で身を固めネ
メアの獅子の皮を被って、獣の首の周りに腕を回した。獣の尾のドラゴンがヘラクレ
スに噛み付いたが、彼は腕を緩めず、獣がうめき声をあげるまで締め付けた。こうし
てヘラクレスはケルベロスを捕らえ、トロイゼンを通って連れ去った。(中略)ヘラクレ
スはエウリュトスにケルベロスを見せてから、これをハデスに返した。」(アポロドロ
ス、2巻5章12節)
「しかし、ヘラクレスが連れてきた生き物を初めて『ハデスの犬』と呼んだホメロス
は、キマイラの場合のように名前を与えたり多様な姿を描写したりはしなかった。後
に詩人たちはこれをケルベロスと呼び、犬に似ているが頭は3つあると語っている。
ところがホメロスは、ハデスの犬を『まさに蛇だ』とも言っていなければ、これが人間
の友である犬だとも言っていない。」(パウサニアス、3巻25章6節)
トリトン
最初にトリトンに言及したのはヘシオドスである。
ヘシオドス(?)『神統記』930-933行「とてつもない力もちの偉大なトリトンは(中略)
恐ろしい神である。」
「頭の先から背中と腰を含めて腹まで、体は立派な貫禄があってまさに神々のよう
に見えた。しかし、わき腹の下には左右に海の怪物の尾が二股になって広がり、波
打つ背骨の表面を割り、背骨の先端は分かれて三日月の先のように尖って丸くなっ
ていた。」(アポロニオス・ロディオス『アルゴナウタイ』4巻1598)「海の怪物」
(1610‐1619行)
「トリトンは半獣半人のように腰から背中までたいそう毛を生やした、緑がかった魚
である。」(中略)「腰が2つあり、人間の姿をしているが、異なるのは腰から頭まで半
分が緑色だということである。濡れた腰からは曲がって先が割れた魚の尾が下がっ
ていた。」(ノンノス、36巻93‐94および43巻205‐209)
アケロオス
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古代の著作に描写される、ヘラクレスが退治した生き物たち | ル...
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「メルポメネはアケロオスとの間にサイレンをもうけた。」(……)「ヘラクレスはデイア
ネイラをめぐって、牡牛に姿を変えたアケロオスと戦い、その角を1本折った。こうし
てヘラクレスはデイアネイラと結婚し、アケロオスはアマルテイアの角を代わりに与
えて自分の角を取り返した。」(アポロドロス、1巻3章4節および2巻7章5節)
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の著作 (2) | 参考文献
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この特集を執筆するにあたって役に立った参考文献リスト
J. Boardman, The History of Greek Vases, Londres, 2001.
- CARPENTER T.H., Les Mythes dans l'art grec, Londres, 1997.
- CLARK A.J., ELSTON M., HART M.-L, Understanding Greek Vases - A guide to terms, styles, and techniques, J.Paul
Getty Museum, Los Angeles, 2002.
- DENOYELLE M., Chefs-d'oeuvre de la céramique grecque (Collections du Louvre) RMN Paris, 1994.
- GRIMAL P., Dictionnaire de la mythologie grecque et romaine, Paris, 1969.
- LIMC : Lexicon Iconographicum Mythologiae Clasicae, 1981-1997.
- MORETJ.-M., Oedipe, la Sphinx et les Thébains, Genève, 1984.
- PASQUIER A., Héraclès, un héros grec, RMN Paris, 1988.
- SCHEFOLD K., Gods and Heroes in late Archaic Greek Art, Cambridge University (Pen.), 1992.
- The Centaur's Smile, The Human Animal in Early Greek Art, Princeton University Art Museum, 2004.
参考文献
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