ジェネリック・スキル論の展開とその政策的背景

東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 61 集・第 1 号(2012 年)
ジェネリック・スキル論の展開とその政策的背景
清
水
禎
文
知識基盤社会や知識経済社会などのスローガンが標榜される今日,いわゆる 21 世紀型人材育成論
が展開されている。その資質能力論は,ジェネリック・スキル,コア・コンピテンシー,雇用可能性
などさまざまな名称を持っているものの,その内容はある程度共通しており,従来の知識に加え,
コミュニケーション能力,問題解決能力など幅広い項目が挙げられている。こうした 21 世紀型人財
育成をめぐる議論の背景には,学校教育論ないし生涯学習論から内発的に発展したと考えられる側
面がある一方で,より高度で実践的な力量を備え,即戦力となる人材を要請する社会的・政策的な
側面が認められる。本稿においては,こうした背景を踏まえ,またジェネリック・スキル論の持つ
両義的性格を踏まえつつ,その展開と発展を論じ,その上で日本の学校教育へのインプリケーショ
ンをカリキュラム改革,教師教育改革,アセスメント方法の開発という 3 点から論じた。
キーワード:ジェネリック・スキル,コンピテンシー,ラーニング・アウトカム,21 世紀型人材育成,
カリキュラム改革
1
研究の背景
21 世紀は知識基盤社会,あるいは知識経済社会であると標榜されて久しい。アメリカを中心とし
たグローバル経済の展開は,既存の知識に加えて新たな知識を創出する能力,知識生成のためのリ
フレクション能力,広いネットワークの形成と豊かなコミュニケーション力など幅広い資質能力を
備えた人材を要求している。世界経済の動向は,必然的に高等教育機関を含む学校教育全体にも影
響を与えており,現在では世界各国で 21 世紀型人材育成への転換が模索されつつある。
こうした 21 世紀型人材育成論の流れの中で,教育のアウトカム(成果)として,知識・スキル・価
値を幅広く含むジェネリック・スキル論が世界的に展開されている。ジェネリック・スキルとは,
「「転
移可能スキル Transferable Skills」とも呼ばれ,創造性,柔軟性,自立性,チームワーク力,コミュニ
ケーション力,批判的思考力,時間管理,リーダーシップ,計画性,自己管理力など,特定の文脈を
越えて,さまざまな状況のもとでも適用できる高次のスキルのことである」
(川島太津夫 , 2010)
。
それは特定の職業的知識・スキルを含むものではなく,どのような職業にも求められるであろう基
教育学研究科
助教
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ジェネリック・スキル論の展開とその政策的背景
礎的な資質能力を指し,基礎教育と専門教育の中間に位置するものと考えられる(経済産業省,
2006)
。また,バーネットは,大学で育成すべきコンピテンスを「学問分野固有のコンピテンス」,
「学
問分野共通のコンピテンス」
,
「職業固有のコンピテンス」に分類し,これに加えて今後の進むべき
方向性として「汎用的なコンピテンス」
を挙げている(Barnett, 1994)。
こうした暫定的な定義あるいは位置づけがなされているものの,ジェネリック・スキル――後述
するように,「ジェネリック・スキル」は国や地域によって,また同一国内においても多様な名称を
持っている――には,なお明確な定義は不在であり,概念的な曖昧さがつきまとう。じっさい,
1990 年代,フォースターはオーストラリアにおいては義務教育終了後,後期中等教育以降の教育に
政策的導入された職業志向の強いカリキュラム,キー・コンピテンシー論に期待を寄せ,その上で
一般教育と職業教育との新たな統合を訴えた(Forster, 1996)
。しかし彼女の議論においては一般
教育と職業教育との差異が論じられておらず,結局オーストラリアにおけるキー・コンピテンシー
論の固有性とその本質を読み取ることができない。ハリデイは,英国,米国,オーストラリアにお
けるコンピテンシー論を引きながら,その政策と理論との間で不整合があること,またその概念と
実態とのズレが認められ,議論が焦点化されていないと述べている(Halliday, 2004)
。こうした概
念上の曖昧さ,また議論する主体による概念的なズレなどがあるにも関わらず,世界的に広く流布
している。ここには,ジェネリック・スキル論のある種の有効性とそれを推進する政策的な判断と
戦略が加わっていると推測すべきであろう。
本稿においては,ジェネリック・スキル論の展開を明らかにし,またその政策的背景を問い,日本
の学校教育へのインプリケーションを示すことを目的とする。
2
課題と方法
本研究の課題は,学校教育の質的改善に関わる一つの可能性をジェネリック・スキル論に代表さ
れる汎用的なコンピテンスの教育に見出し,その実践による教授 = 学習過程の変容を実証的に分析
することを目的とする。そのさい,ジェネリック・スキル論は,主として高等教育におけるアウト
カムとして論じられてきた傾向があった(たとえば川島,2009,杉本,2009,福留,2009,木戸,
2009,野田,2010,本郷・清水,2012)
。しかし,ジェネリック・スキルに含まれる創造性,柔軟性,
自立性,チームワーク力,コミュニケーション力,批判的思考力などのスキルは,高等教育のみで培
われ,完成されるものではなく,学校教育全体を通じて育成されるべきものである。そこで,本研
究においてはとくに後期中等教育から高等教育に至る過程を視野に入れ,汎用的なコンピテンスを
効果的に育成するカリキュラム開発の可能性を実証的に明らかにすることを目的とする。
本稿においては,こうした研究課題を遂行するための,いわば序論として,ジェネリック・スキル
論の成立と展開,そしてその社会的・政策的背景を明らかにすることを目的とする。この目的を達
成するため,ジェネリック・スキル論に関わる資料・文献を精査する。
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3
ジェネリック・スキル論の成立と展開
⑴
ジェネリック・スキル,その 2 つの源泉
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ジェネリック・スキルに代表される汎用的なコンピテンスが注目されるようになったのは,1990
年代以降と考えよい。たとえば我が国においては,高等教育における一般教養と専門教育とを巡る
議論の中で,
汎用的なコンピテンスに分類されうる資質能力について言及されるようになったのは,
1998 年の大学審議会「21 世紀の大学蔵と今後の改革方策について―競争的環境の中で個性が輝く大
学―(答申)
」
であろう。2000 年代には,文部科学省,厚生労働省,経済産業省が,それぞれ「学士力」,
「就職基礎能力」,
「社会人基礎力」といったスローガンの下,若者の多様な資質能力形成の必要性を
掲げるようになった。これらのスローガンには,産業界主導の能力論と学校教育ないし生涯学習を
基盤とした能力論とが併存している。
ジェネリック・スキルをめぐるこうした 2 つの傾向は,我が国ばかりではなく,他の国々にも認め
られる。ここでは,先駆的な事例であるオーストラリアにおけるジェネリック・スキル論の成立過
程 お よ び 2 つ の 系 譜 を 確 認 し て お こ う。NCVER(National Centre for Vocational Education
Research)によれば,オーストラリアにおいてはジェネリック・スキルの成立と展開には 3 つの段階
がある。
第一段階はジェネリック・スキル概念の誕生である。オーストラリアにおいては,最初にジェネ
リック・スキルが注目されるようになったのは 1980 年代に遡る。1985 年のカーメル委員会(Karmel
Committee)は,オーストラリアにおける教育の質について検討し,国際的に競争できる労働力に焦
点を当て,オーストラリアの教育のアウトカムがオーストラリアの国際的な競争力に貢献すべきこ
とを提言した。その際,同委員会は初等学校,中等学校は IT へのアクセス,コミュニケーション,
グループワークなどのスキルを獲得することによって,教育と雇用の両方に対して準備をすべきで
あるとした。
第二段階は産業界主導の段階である。1990 年代に入ると,産業界主導の政策のため,カーメル委
員会の提言が再評価された。1991 年,オーストラリア教育審議会の報告書(Finn Review)は,産業
界の変化にともない,義務教育終了後の青年がキー・コンピテンシーを習得していることが重要で
あることを指摘した。また 1992 年,同じくオーストラリア教育審議会の Finn 勧告は,若者が雇用
に対して一連のキー・コンピテンシーを身につける必要があることを指摘し,教育機関とビジネス
界と協議した結果,7 つのコンピテンシーを引き出した。
こ う し た 教 育 界 の 議 論 と 平 行 し て,1992 年 に は オ ー ス ト ラ リ ア 商 業・産 業 会 議(Australian
Chamber of Commerce and Industry)とオーストラリア・ビジネス審議会(Business Council of
Australia)が,ジェネリック・スキルに関する雇用者の調査を実施し,雇用可能性の基礎となるスキ
ルのリストを作成した。この報告書によれば,これらのスキルのコンビネーションが仕事上,高い
成果を導くことにつながる。さらに 1999 年,オーストラリア産業会(Australian Industry Group)
は「ハード」
なスキルと,
就職に先立って習得すべき問題解決,チームワーク,適応性などの「ソフト」
なスキルの両面の重要性に注意を払うべきとの報告書を提出した。
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第三段階は,
ジェネリック・スキルが実際に職業訓練教育や学校教育に浸透する段階である。オー
ストラリア国立職業当局(Australian National Training Authority)は,職業訓練のパッケージの中
においてスキルを改善するための多様なアプローチを試みた。この試行を通して,雇用可能性に関
わるスキルを明確にし,学校などのセクター横断的な協働を開始した。
こうした過程の中で注目に値するのは,1992 年のオーストラリア教育審議会の Mayer 委員会レ
ポートである。このレポートは,オーストラリアにおいてジェネリック・スキルを定着させる里程
標となり,今日でも,ジェネリック・スキル関係の教育政策に影響を持っている。
同委員会では,キー・コンピテンシー――1992 年段階では,キー・コンピテンシーという言葉が
使用されている――を次のように定義している。
労働と労働の世界に出現しつつあるパターンに効果的に参加する上で必須のコンピテン
シー。コンピテンシーはさまざまな労働の状況において,統合された方法で知識とスキルを応
用する能力に焦点を当てている。キー・コンピテンシーは,それらが特定の職業や産業で働く
ために専門化するのではなく,むしろ一般的に働くために適用されるという点においてジェネ
リックなのである。この特徴は,キー・コンピテンシーが労働に参加する上で必須であるばか
りではなく,継続教育や成人の生活全般に対して効果的に参加するためにも必須であることを
意味するものである。
ここには,産業界主導でジェネリック・スキル論は推進されてきたが,労働への準備と学習ない
し市民生活への準備という 2 つのモティーフを確認することができる。
雇用可能性に力点を置く論者は,産業界ないし雇用者の利害関係からジェネリック・スキル教育
を位置づけようとする。
たとえば,
「雇用者はこれらのスキルを持つ労働者をリクルートしようとし,
また雇用し続けようとする。こうして,このようなスキルを強調する教育プログラムは,学習者に
対して労働市場における相対的な利点を提供する。教育プロバイダーはジェネリック・スキルに関
心を持つ。なぜなら教育プロバイダーは学習者をして,いっそう省察的に(reflective)
,いっそう自
己決定的に(self-directed)なるよう奨励するからである」
(Hager, Holland & Beckett, 2002)。これ
は,産業界にニーズに基づき,教育セクターにおける教育の在り方を改変しようというのが趣旨で
あり,新自由主義的な発想に近似していると言えよう。
しかしその一方で,学習共同体に対する研究や生涯学習の研究が国際的に進展するにつれ,アク
ティブなシチズンシップやコミュニティがますます強調される傾向があり,そこではジェネリック・
スキルは,進歩的なコミュニティを発展させる基礎として注目されている。なお,ジェネリック・
スキルをリベラル・アーツ(liberal arts)における古典的教養観の延長と見なす見解もある(安原,
2008)
。
以上のように,ジェネリック・スキルを巡る論議は 1980 年代に始まり,本格的に始動するのは
1990 年代であった。その際,産業界からの要請を受け展開してきた。しかし,ジェネリック・スキ
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ル論には,産業界の一方的なイニシアティブによるものではなく,生涯学習,社会生活やコミュニ
ティ論などの痕跡も認められる。そこには,いわば 2 つの異なるベクトルが内包されていたと言え
よう。
⑵
ジェネリック・スキル論の多様な展開
ジェネリック・スキルは,国際的に見れば多くの名称を持っている。雇用可能性に関連させてい
る国(カナダ)
もあれば,
社会的な関連を強調する国(シンガポール)もある。表 1 はその呼称である。
表1
⑶
ジェネリック・スキルに相当する多様な用語
英国
Core skills, key skills, common skills
ニュージーランド
Essential skills
オーストラリア
Key competencies, employability skills, generic skills
カナダ
employability skills
米国
Basic skills, necessary skills, workplace know-how
シンガポール
Critical enabling skills
フランス
Transferable skills
ドイツ
Key qualifications
スイス
Trans-disciplinary goals
スペイン
Generic competencies
デンマーク
Process independent qualification
日本
学士力
OECD
DeSeCo(Definition and Selection and Development)
就職基礎能力
社会人基礎力
ジェネリック・スキルのリスト
汎用的な能力論の展開は,英国,米国,カナダにおいても,オーストラリアと同様の傾向が認めら
れる。ジェネリック・スキル論は 2 つの側面を持ちつつ発展してきた。1 つは,労働と生活との全般
に関わる一連のスキルを作り出したことである。もう 1 つは雇用者主導のジェネリック・スキル論
が強調される場合,
結果的に雇用可能性と密接に関連するスキルのリストを拡充することになった。
このように,ジェネリック・スキルには唯一の明確なリストはない。その代わりに,多くのリスト
があるのが現状である。雇用可能性を強調する後者の場合,表 2 のようなリストとなる。
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表2
雇用可能性スキル
雇用可能性スキル
コミュニケーション・スキル
被雇用者と顧客との生産的で調和的な関係を産み出すことに貢献する
チームワーク・スキル
生産的な労働関係や成果に貢献する
問題解決スキル
生産的な成果に貢献する
イニシアティブと起業的スキル
イノベーティブな成果に貢献する
計画と組織づくりのスキル
長期,短期の戦略的な計画に貢献する
自己マネジメント・スキル
被雇用者の満足と成長に貢献する
学習スキル
被雇用者と会社の業務と成果において継続的な改善と拡張に貢献する
テクノロジー・スキル
効果的な業務の遂行に貢献する
出典:オーストラリア商業・産業会議とオーストラリア・ビジネス審議会(2002 年)より作成
これに対して表 3 は,多様なジェネリック・スキル論の共通項目を抽出したリストである。
NCVER のレポート Defining generic skills; At a glance によれば,多様なリストをまとめると,以
下の 6 つの共通する要素が挙げられる。
表3
ジェネリック・スキルにおける 6 つの資質能力
基礎 / 根本的スキル
basic/fundamental skills
リテラシー,算数の活用,テクノロジーの活用など
人間関係スキル
people-related skills
コミュニケーション,人間関係(interpersonal),チームワーク,顧客サー
ビス・スキルなど
概念的 / 思考スキル
conceptual/thinking skills
情報の収集と組み立て,問題解決,計画づくりと組織作り,学ぶための学
習スキル,イノベーティブな思考,体系的な思考など
個人的なスキルと特性
personal skills and attributes
責任的であること,資源が豊富であること,融通性があること,自分の時
間管理ができること,自尊感情を持つことなど
ビジネス界に関わるスキル
skills related to the business world
イノベーション・スキル,起業的スキルなど
コミュニティに関わるスキル
skills related to the community
市民的ないし市民性知識とスキルなど
出典:NCVER, 2003, Defining generic skills; At a glance
表 2 と表 3 を比較すると,
表3には雇用可能性に関わるリストの割合は低下している。その一方で,
初等教育から社会生活(生涯学習)にまで関わる項目が掲げられており,表 3 のリストがいっそう包
括的であることが分かる。このように,ジェネリック・スキルをいかなる側面から切り取るか,ま
たいかなる段階で切り取るかによって,ジェネリック・スキルの見え方は異なってくる。表 3 は,相
対的に包括的な捉え方と言えよう。表 3 のリストには,学校教育や生涯学習に広く活用できる可能
性が秘められている。
4
ジェネリック・スキル論の地平としての政策―日本の場合
これまで述べてきたように,⑴ジェネリック・スキル論は産業界からの要請によって主導されて
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きた側面が強いが,その一方で生涯学習やコミュニティ論に由来すると考えられる要素も盛り込ま
れており,その起源は単純ではない,また⑵かりにジェネリック・スキルが一つの能力であると仮
定した場合でも,どの段階で,いかなる観点から切り取るかによって,その断面図は大きくことな
ることが確認できた。こうした曖昧さを抱えながらも,ジェネリック・スキル論が展開されている
背景には,既存の能力観に対する批判的な見方――産業界であれ,教育界であれ――,また政策的
な推進があると想定すべきであろう。ここでは,主として日本の政策に限定して,若干の整理をし
ておこう。
2008 年 12 月に中央教育審議会は,21 世紀の日本の高等教育のあり方に関する基本的考えをまと
めた「学士課程教育の構築に向けて」
(答申)をまとめた。この答申の骨子は,グローバル化する知
識基盤社会の進展の中で OECD や EU などが唱える世界の高等教育の標準化への動きに合わせて,
日本も国際的に通用する高等教育の質の保証と向上を図らなければならないという国際的次元での
要請と,
国内的にも大学全入・ユニバーサル化が進む中で,大学教育の質保証は社会的な責任であり,
この責任を満たさなければならないという国内的課題を提示しているところにある。そしてこの答
申は,日本の「21 世紀型市民」の育成のために,この国際的・国内的両課題を同時に満足させ,大学
生が 4 年間の勉学を修了するまでに身につけておくべき「学士力」の水準を「Learning Outcomes」
として明示した。
ここには,1997 年の大学審議会答申以降,教養教育の再検討がなされる中で議論されてきた事柄
が集約されていると考えられる。たとえば,1998 年の大学審議会答申「21 世紀の大学像と今後の改
革方策について―競争的環境の中で個性が輝く大学」では,
「高等教育においては,
「自ら学び,自
ら考える力」の育成を目指している初等中等段階の教育を基礎とし,変化が激しく不透明な時代に
おいて「主体的に変化に対応し,自ら将来の課題を探求し,その課題に対して幅広い視野から柔軟
かつ総合的な判断を下すことのできる力」
(課題探求能力)の育成を重視することが求められてい
る。さらに自主性と自己責任意識,国際化・情報社会で活躍できる外国語能力・情報処理能力や深
い異文化理解,さらには高い倫理観,自己を理性的に制御する力,他人を思いやる心や社会貢献の
精神,豊かな人間性などの能力・態度のかん養が一層求められる」とし,多様な資質能力育成の必要
性を述べている。
また 2002 年の中央教育審議会答申「新しい時代における教養教育の在り方について」においては,
「新たに構築される教養教育は,学生にグローバル化や科学技術の進展など社会の激しい変化に対
応しうる統合された知の基盤を与えるものでなければならない。各大学は,理系・文系,人文科学,
社会科学,自然科学といった従来の縦割りの学問分野による知識伝達型の教育や,専門教育への単
なる入門教育ではなく,専門分野の枠を超えて共通に求められる知識や思考法などの知的技法の獲
得や,人間としての在り方や生き方に関する深い洞察,現実を正しく理解する力の涵養など,新し
い時代に求められる教養教育の制度設計に全力で取組む必要がある」とし,専門分野を超えたスキ
ルや態度の涵養について言及している。
さらに 2005 年の中央教育審議会答申「我が国の高等教育の将来像」においては,「学士課程段階で
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の教育には「教養教育」や「専門基礎教育」等の役割が期待される一方で,職業教育志向もかなり強
い。したがって,今後の学士課程教育は,
「21 世紀型市民」の育成・充実を共通の目標として念頭に
置きつつ,教育の具体的な方法論としては,様々な個性・特性を持つものに分化していくものと考
えられる」
とし,多様で質の高い教育が展開されることに期待を寄せている。
こうした高等教育における一連の教養教育改革論の末に,「学士力」が位置づいていると考えるべ
きであろう。表 4 は多様な背景から構成された「学士力」のリストである。
「知識・理解」
,
「汎用的
技能」,「態度・志向性」,
「統合的な学習経験と創造的思考力」という 4 つの領域と「多文化・異文化
に関する知識の理解」
,
「人類の文化・社会と自然に関する知識の理解」等の 13 のカテゴリーが示さ
れている。
表4
文科省の「学士力」 中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」
(2008)
知識・理解
専攻する特定の学問分野における基本的な知識を体系的に理解
⑴ 多文化・異文化に関する知識の理解
⑵ 人類の文化・社会と自然に関する知識の理解
汎用的技能
知的活動でも職業生活や社会生活でも必要な技能
⑶ コミュニケーション・スキル
⑷ 数量的スキル
⑸ 情報リテラシー
⑹ 論理的思考力
⑺ 問題解決力
態度・志向性
⑻
⑼
⑽
⑾
⑿
統合的な学習経験と創造的思考力
これまでに獲得した知識・技能・態度等を総合的に活用し,自らが立てた新た
な課題にそれらを適用し,その課題を解決する能力。
⒀ 自らが立てた新たな課題を解決する能力
自己管理力
チームワーク,リーダーシップ
倫理観
市民としての社会的責任
生涯学習力
このように文科省では,教養教育の再検討の中で,新たな資質能力としてのジェネリック・スキ
ル論を展開してきた。しかし,ジェネリック・スキル論を展開しているのは文科省ばかりではない。
厚労省や経産省にも同様の動きを認められる。ここでは厚労省の「就職基礎力」
(2006)について触
れておこう。
厚労省の「就職基礎力」
の背景には,社会福祉政策と労働政策との 2 つの流れがある。
社会福祉政策に関しては,
「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討
会」において,社会的に排除されている人々を網羅的に取り上げて検討を行った。その報告書(2000
年)
によれば,従来の社会福祉政策の対象は「貧困」であったが,「経済環境の急速な変化」,「家族の
縮小」
,
「都市環境の変化」
,
「価値観のゆらぎ」
が進行する中で「心身の障害・不安」,「社会的排除や
摩擦」
,「社会的孤立や孤独」といった問題が重複的に生じている実態に鑑み,社会福祉の概念を拡
張し,
「新たな「公」の創造」――今日的な「つながり」の再構築,ソーシャル・インクルージョン―
―が政策的課題であることを指摘した。ここには若年層の不安定問題も社会福祉政策の対象として
含まれていた。
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第 61 集・第 1 号(2012 年)
労働政策に関しては,若年者の就職能力に関する実態調査を実施し(報告書は 2004 年),YES プ
ログラム(Youth Employability Support Program)を立ち上げた。調査では,11,255 社の企業を対
象とした調査を実施し,
「若者が社会に出るにあたって最低限身につけてほしい力」として「就職基
礎能力」のリストを作成した。そこでは,就職基礎力として,
「コミュニケーション能力」
,
「職業人
意識」,「基礎学力」
,
「ビジネスマナー」
,
「資格取得」の 4 つの領域の下,13 の要素が掲げられてい
る(表 5)
。13 の要素の中には,
「語学力関係」
など「ハード」な知識・技能に関わる項目から,
「協調性」,
「向上心・探求心」など「ソフト」なスキルや,
「職業意識・勤労観」
,
「社会人常識」などの倫理・態度
に関わる項目が掲げられている。
表5
厚生労働省「就職基礎能力」
とその要素
就職基礎能力
要
素
コミュニケーション能力
意思疎通,協調性,自己表現能力
職業人意識
責任感,向上心・探求心,職業意識・勤労観
基礎学力
読み書き,計算・計数・数学的思考力
ビジネスマナー
社会人常識
資格取得
情報技術関係,経理・財務関係,語学力関係
さて,マクロ政策におけるジェネリック・スキルのリスト,あるいはその指し示す方向性は各省
によって異なるものの,既存の知識・技能に加えて,コミュニケーション能力など「ソフト」なスキ
ル,
価値観などがクローズアップされている点においては共通性を認めることができよう。そして,
マクロ政策の共通する背景として,グローバル化する知識基盤社会の進展とそれにともなう経済環
境の急速な変化等の社会構造の転換を挙げることができる。文科省は「21 世紀型市民の育成」を掲
げているが,見通しのきかない社会構造の転換の中で,より高度で,より幅の広い知識・スキル・態
度や価値観が求められるようになっていることが伺える。ここにはより高度な人材選抜,
「ハイパー・
メリトクラシー化」
(本田,2005)の危機が潜んでいることも否定できない。じっさい,米国におい
ては,ジェネリック・スキルは知能検査や SAT とは高い相関関係があるとの指摘もある(金子,
2008)
。この意味では,ジェネリック・スキルは産業界の要請に応じた社会的選抜のための,いっそ
う高度なツールとなることも危惧される。
5
日本の学校教育へのインプリケーション
ジェネリック・スキル論の展開する地平には,世界経済の構造転換の中でより高い利潤の追求を
模索する経済的な要因が作用していることは明らかである。しかし,その一方でジェネリック・ス
キル論に示される多様な資質形成は,個々の人間の有する資質能力を開花する上で有益な指標でも
ある。ここには,ジェネリック・スキル論には資本の論理学習者の学びとコミュニティの論理との
相克が存在することが予想される。
かりに学びとコミュニティの論理が資本の論理を凌駕すべきであるとするならば,ジェネリック・
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ジェネリック・スキル論の展開とその政策的背景
スキル論のカタログに示された資質能力――批判的思考力,リフレクション能力,コミュニケーショ
ン能力など――を,抽象的概念として理解するだけではなく,学習者により深く身体化させるため
の教育改革が不可欠である。そのためには,少なくとも以下の 3 つの条件が必要であろう。
第一にカリキュラム編成の改革である。多様な資質形成は,特定の活動や教科によって達成され
るものではなく,学校教育全体を通して形成されるべきものである。したがって,教育の目標に照
らして,カリキュラム全体の改変が求められる。これまでも教科融合型カリキュラム,クロス・カ
リキュラムなどのさまざまな提案がなされてきた。しかしこれらの試みは,これまで教科間の「壁」
を乗り越えることができていないのが現状であろう。その結果,たとえば「総合的な学習の時間」は,
教育課程の中で周辺的な位置を与えられているに過ぎず,学びの転換を促進するには至らなかった。
コアとなる資質能力を軸としたカリキュラム編成が求められる。
第二にカリキュラムに基づいて実際に教育活動を行う教師教育の改革である。教育目標して掲げ
られている抽象的理念を,
自らの生きている生活世界の具体的かつ個別的状況的に即して再解釈し,
その中心的なメッセージを主体的に受け止め,実践し続ける教師の存在は必要条件である。たとえ
ば,21 世紀型教育への転換を目指すシンガポールの教育改革においては,教育課程改革と教師教育
改革を両輪ととらえ,国立教育研究院を中心とした TE21(Teacher Education 21)プログラムが実
施されている(清水・宮腰,2012)
。
第三に教育評価の改革,あるいは形成的アセスメントの導入である。知識に関してはいわゆる客
観テストで測定できるものと通念がある。しかし,ジェネリック・スキルのカタログには,客観テ
ストに馴染まない能力も掲げられており,それらの資質・能力をいかにしてアセスメントするか。
ルーブリック等を活用した形成的アセスメントが有効な手段と考えられるが,日本では未だ一般的
ではない(OECD,2008)
。形成的アセスメントの具体的なツールと活用方法――ポートフォリオな
どの資料収集のノウハウ(たとえば,田中耕治,2010,西岡加名恵,2003)
,アセスメントの方法(教
師によるアセスメント,
ピア・アセスメント,
自己アセスメント),学習過程への効果的な活用方法(た
とえば石森広美,2012 など)――の開発が求められる。
ジェネリック・スキルをコアとしたカリキュラムが実現するとすれば,それは外見上,既存のカ
リキュラムと大きな変化はないカリキュラムであろう。しかし,そこでは各教科が有機的にコアで
あるジェネリック・スキルに結びつき,個々の教科の教授や学習の意味は根本的に転換することに
なろう。そのさい,抽象的な概念であるジェネリック・スキルを具体的・現実的な文脈に即したブ
レイク・ダウン,抽象的概念の深掘り,具現化作業を行い,それらを教師と生徒の主体的な学びと生
き方へと高めていく教育実践の開発が急務であろう。
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東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 61 集・第 1 号(2012 年)
The Development and Spread of the ‘Generic Skills’ and
its Political Background
Yoshifumi SHIMIZU
(Assistant Professor, Graduate School of Education, Tohoku University)
In this decade we often hear a slogan that our society became a knowledge-based society or
knowledge economy society. In this context we discuss the ‘development of 21st century human
resource’. It has different and various names such as a generic skills, core competencies or
employability and so on. These concepts seem to have basically the same root; in 21st century we
need to acquire not only the traditional knowledge in a traditional way, but also a wide range of
skills or values like communication skills or problem-solving ability. We find that some aspects of
these concepts are derived from a new type of educational theories especially from the viewpoint
of a life long learning theory. On the other hand we also find that there are several kinds of
political or economical background; our society requires human resources with more practical
and higher level of skills, which are essential especially for employers. In this article we examine
the origin and development of discussions about generic skills, paying attentions to the ambiguity
of this concept. And we also consider its implication for school education in Japan. In order to
introduce ‘generic skills’ to school education in Japan, we need to reform the curriculum, to
change the consciousness of teachers and to develop a new type of assessment tools.
Keywords:generic skills, core competencies, learning outcomes, education for the 21st century
human resources, curriculum
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