曲目解説&ワーグナーの生涯

曲目解説
◆「さまよえるオランダ人」より“序曲"“糸紡ぎの合唱"“水夫の合唱"
《あらすし》
時は17世紀。悪魔に睨われ、七つの海をさまようオランダ人の船長は、7年に一度だけ上陸を許されたとき亘実
の愛を棒げる娘と出会うことによってのみ款われる。ノルウェー船長のダーラントは、嵐のため停泊した人㈲に
で、幽霊船のオランダ人船長から、もしダーラントの娘を妻にくれるならすべての財宝を差し出すと告げられる。
ダーラントの家では、娘ゼンタの乳母マリーと近所の娘たちが、「紡ぎ車が恋人を海から連れ戻すように」と
楽しげに歌い糸紡ぎに精を出しているが(糸紡ぎの合唱)、ゼンタは壁にかかった「さまよえるオランダ人」の
肖像画に見人って、彼を款うのは自分だと直感する。そのとき、父が連れ帰った男をその人と悟り、彼(オラン
ダ人船長)に永遠の愛を誓う。
港では、帰港したノルウェー船の水夫たちが上陸を喜び、陽気に騒ぎ、オランダ船の乗組員に個Bこ騒ごう
と声をかける(水夫の合唱)が、恐ろしげな叫び声におびえて一同逃げ出す。そこヘゼンタを愛するエリックが
やって乗て、ゼンタの心変わりをなじる。二人の会話を聞いたオランダ人は、二人を恋人同士と誤解し、絶望し
て幽霊前を出航させる。追いすがるゼンタが「あなたを枚うのは私よ!」と叫び海に身を投げると、自首船は海
中に沈み、やがて浄化されたゼンタと船長の魂は、朝陽のなか、昇天していく。
《聴きどころ》
序曲
対象的な二つの動機(テーマ)は全曲の中で何度も現れる。
オランタ:人のテーマ:ホルンで不気味に力強く奏でられる。ゼンタの救済のテーマ:木管で穏やかに奏でられる。
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(Jo − ho
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. ho − ho-hoe!)
《解説》
*題材は中世にあった幽霊船の伝説を基に、詩人ハイネの小説「フォン・シュナーペレヴォプスキー氏の回想」から着想を得てワー
グナーが独自に再構成した作品。
*ワーグナーは、1939年26歳のとき、債権者から逃れるためリガからロンドン経由でパリヘ向かうが、その際のすさまじい嵐の船旅
が、この作品のモチーフとなっているようだ。
*ワーグナー作品の原点といえる様々な特質(宿命的な一目惚れ、神がかり的なヒロインなど)が表れていて、特にワーグナーの終
生のテーマである「女性の愛による救済」が初めて明瞭に示されている。
◆ 「ローエングリン」より“第3幕への前奏曲9タ 66婚礼の合唱"
《あらすし》
ドイツ国王ハインリッヒは、募兵のためブラバント公国を訪れた際、公国の伯爵フリードリッヒから、同国の公女エル
ザが、行方不明になった彼女の弟で世継ぎのゴットフリートを殺したという訴えを間く。
エルザは無実を晴らすため夢に見た騎士が自分のために戦ってくれると語り、神に祈ると白鳥が曳く小舟に乗った騎
士が現れる。騎士はエルザに、決闘に勝った暁には夫となり領地を守るが、名前と素性を決して尋ねぬようにと誓わせ、
フリードリッヒと戦って勝つ。エルザの潔白が証明され、人々はエルザと白鳥の騎士を祝福する。婚礼を無事に済ませ、
召使に誘われて寝室に向かうエルザと騎士(婚礼の合唱)。二人の愛のひととき。しかし、疑念に囚われたエルザは禁じ
られた問いをしてしまう。
そこへ仲間を連れたフリードリッヒが侵入し、騎士に切りかかって連に殺される。河畔で騎士を待つ国王と兵士の
下へ青ざめたエルザと騎士が現れ、騎士は妻が誓いを破ったと告げ、ついに身元を明かす。聖杯に仕える王パルツィ
ヴァづレの息子ローエングリンであると。白鳥が小舟を曳いて迎えに来る。ローエングリンが祈ると白鳥は人間に変わ
る。それはフリードリッヒの妻(魔女)の魔法により行方不明にされたゴットフリートだった。去っていくローエングリン
にエルザは悲しみのあまり弟の腕の中で息絶える。
B
F
《聴きどころ》
第3幕への前奏曲
荘厳な主題。結婚式へ導くための華やかなざわめきを描く。各音符にはアクセントがつけられ、歌詞が強調されている。
全曲を通して繰り返される。エルザの問いを導き出してしまうかのように
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Sehr
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国
婚礼の合唱
新婚の間。寝室にローエングリンとエルザを伴い、二人を残して遠ざかってゆく人々の動きが長大なクレッシェンドとデク
レノシェンドによって表現される。ワーグナー作品とは知らなくてもメロディーは有名。同じく有名な「結婚行進曲」はメ
ンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」に登場する。
《解説》
*「タンホイザー」に続いて作曲された歌劇で音楽形式の上から楽劇形式が確立されている。2組のカップルの善悪、光と闇の対比
も明瞭である。総譜は1848年に完成したが、世は革命(パリの2月革命、ウィーン、ペルリンの3月革命)の高まりのさなかで上演の
めども立たず更にワーグナーはドレスデン革命(1849)の首謀者として指名手配されてしまう。しかし、パリヘの逃避行以来の友
人であるフランツ・リストの尽力で、1850年8月ワイマールにおいてリストの指揮により初演された。
◆「タンホイザー」より“入場行進曲9タ 66巡礼の合唱"“若い巡礼の合唱"
《あらすし》
中世ドイツの騎士タンホイザーは、清らかな恋人エリーザベトがいながら愛欲の神ヴェーヌスの虜になっていたが、愛
欲の日々に飽きた彼はヴェーヌスの誘惑を振り切り、ヅァルトブルグに帰ってくる。親友ヴォルフラムや昔の騎士仲間、恋
人エリーザペトと再会したタンホイザーはともに喜び合う。
やがて、テューリングンの領主ヘルマンをけじめ、騎士、貴族、従者たちが入場し、歌合戦が始まる(入場行進曲)。
テーマは「愛」。ヅォルフラムは純粋な愛の理想を歌うが、タンホイザーは快楽を称える歌を歌って反感をかい、禁断の
地ヴェーヌスにいたことが知られてしまう。観衆は激怒しタンホイザーを非難するが、エリーザペトは彼に黄海させるよう
にと領主に願う。領主はタンホイザーにローマ教皇の許しを受けるため、ローマヘの巡礼を命じる。
聖母像の前で祈るエリーザベト。そこヘローマから、巡社団が恩赦を受けて喜びながら戻ってくる(巡礼の合唱)。
しかしタンホイザーの姿はない。エリーザベトは彼の罪を陵うため、自らの命を天に召すよう願い、果てる。救済が拒否
され、タンホイザーが疲れ果てて戻って来るが、自暴自棄になり、ヴェーヌスの名を呼ぶ。ヴォルフラムに引き止められて我
に返り、エリーザベトの名を呼ぶと、遠くから「罪人は赦われた」との声が聞こえる(若い巡礼の合唱)。エリーザベトの亡
骸が運ばれ、彼女が自分のために犠牲になったことを聞いたタンホイザーは、彼女に寄り添うように息を引き取る。
《聴きどころ》
入場行進曲
トランペットの高らかな導入によって奏でられる大行進曲。く荘厳で力強いテーマバ高稚なテーマ〉〈騎士的なテーマ〉
と3つの主題から成っている。
巡礼の合唱
無伴奏男声合唱。彼方から聞こえ次第に近づき、力強く盛り上がり、やがて遠ざかっていく。(本日は、途中から「若い
巡礼の合唱」を続けて演奏する)
若い巡礼の合唱
若い巡礼を女声が歌う。「神より救済が下された」とタンホイザーの罪が許されたことを歌い、男声も加わり神を称え
終幕を飾る。
《解説》
*タンホイザーは、13世紀のドイツに実在したミンネゼンガー(騎士階級の吟遊詩人)で、その伝説や、1206年テューリングンの領主
ヘルマンの城で行われた歌合戦の話をワーグナーが融合したもの。
*「巡礼者」は、王侯貴族、騎士だちと対比されるいわば「罪人」で悔い改めるべき者とされている。
9−
◆「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より
第1幕 ニュルンベルクの聖カタリーネ教会
16世紀中頃、ニュルンペルクにきた騎士ヴァルターは、教
ハンス・ザックス
(靴職人)
会で全細工師の親方ポーグナーの娘エーファに出会い、お互
ポーグナー
(金銀細E師)
ベックメッサー
(市役所のilF記)
いに一目惚れをする。聖ヨハネ祭に行われる歌合戦の勝者が
ダーヴィッド
エーファに求婚できると聞き、歌の作法を知らないヅァルター
トに歌の作法を習い、歌試験に挑む。エーファとの結婚をもく
ろむ市の書記官ベックメッサーは記録係を担当し、ヅァルター
が歌い出すとすぐさま妨害。ヅァルターは試験に落ちる。
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は失望するが、靴職人の親方ハンス・ザックスの徒弟ダーヴィッ
□
宍
詰
○
(ザックスの徒弟)
‘’考えたこと
●もない
グナーの娘)
第2幕 ニュルンベルクの街(ザックスとポーグナーの家)
ヴァルターが試験に落ち、歌合戦に出られないことを聞いたエーファは落胆する。ザックスに相談を待ちかけるが、秘
かに彼女を愛しながらも、ヅァルターと結ばせてやろうと考えるサックスは言葉巧みにはぐらかす。エーファとヴァルター
は駆け落ちを決心し逃げようとするが、サックスは止める。
第3幕 ザックスの仕事場、ベグニッツの野原
ザックスはヴァルターが見た夢を書きとめ、応募歌にと勧めて歌の規則を伝授する。二入のいない間にこっそりサック
スの家に入り込んだベックメッサーは歌詞を見つけ、サックスの作と勘違いして書き写そうとするが焦ってうまく書き取れ
ない。サックスはある名実を思いつきそ知らぬふりをする。ベックメッサーは大喜びで帰って行く。
第3幕 第5場 歌合戦の場(本日の場面)
ペグニッツの野原に祭のファンファーレが鳴り響き、職人組合とその家族、街の人々、徒弟たちも娘だちと踊りながら
入場して来る。そして9人のマイスターシンガーが登場し、最後にサックスが現れ、人々は敬意を大して合唱する(目覚め
よ、朝は近づいた)。いよいよ歌合戦が始まり、まずベックメッサーが歌うが歌詞がうろ覚えで何度も間違え、失笑をか
う。彼は怒ってにれはザックスが作った歌だ。」と言い捨てる。サックスは真の作者としてヴァルターを紹介する(この歌
は私のものではありません)。ヴァルターは見事に歌い(朝はバラ色に輝き)、人々を感勣させエーファは彼に月桂冠を贈
る。エーファの父ポーグナーはヅァルターにマイスターシンガーの称号を与えようとするが、彼は辞退する。しかしサック
スに諭され(マイスターを侮らないで)、受け入れる。皆はザックスの気高い精神とドイツ芸術を称えて(ドイツのマイス
ターたちを尊敬せよ)と歌い、歓喜のうちに幕となる。
《聴きどころ》
第1幕への前奏曲
この前奏曲にはくマイスターシンガーのテーマバマイスタージンガーの行進のテーマバ芸術のテーマバ愛のテーマ〉
など重要な役割を果たすモチーフがいくつか現れ、この作品全体を象徴的に提示している。
マイスターシンガーのテーマ
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miissig bewegt i l
コ ; ;  ̄→・
/ l 芸術のテーマ
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図
10
○回
○回
相関図
《あらすし》
○回犬
“第1幕への前奏曲99 16第3幕第5場(歌合戦の場)"
第3幕 第5場 歌合戦の場
目覚めよのテーマ(コラール)
サックスに敬意を大して人々がこのコラール(ドイツ・プロテスタントの賛美歌)を合唱する。
(A11e)★) が?`。 ガバ艦二之’
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ch auf! es._ na
−het gen den Tag;
朝はバラ色に輝き
Nicht schleppend
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Mor.sen .lich
│&Jch ・ tand_im_ro
si・lam Schein, v㎝Bliit und
ヴァルターの歌
Morgenlich leuchtend im rosigen Schein.von Bla
朝の光は バラ色に輝き
und Duft geschwellt die Luft;
ベックメッサーの誤った歌
Morgen
ich leuchte in rosigem Schein,von Blut und Duft geht schnell die Luft:
花の香りは やに満ちる
朝の目仮に
バラ色に
位「飢の香り
空に似ず
《解説》
*他の作品では神話や伝説の世界を舞台としているが、《マイスタージンガー》
は歴史・場所において特定されたワーグナーオペラ唯一の喜劇である。初演は
1868年6月21日、ミュンヘンの宮廷国民劇場でハンス・フォン・ビューローの指揮
により、大好評を博しか。
*〈マイスター〉とは│親方」という意味。中世ニュルンペルクの手工業者たちは
芸術にも携わって歌手も兼ねており、手工業の親方は歌の親方くマイスタージン
ガー「親方歌手」〉と呼ばれた。教会音楽から脱した世俗音楽が成長してきた15世
紀から16世紀の頃、南ドイツでは市民階級が台頭し、ニュルンベルクを代表裕と
する自由都市の気風があふれていた。手に職を持つ職人達は、市政を握る富裕層
に対抗して団結し、組合組織が発達しか。この職人達の中で、親方、職人、徒弟と
いう縦の関係ができ、その中でも、歌に優れ、作詞作曲もする教養のある親方は
尊敬を集めていた。こうして親方を認可する場合に、職人としての技量と共に歌
の実力も重要視するようになったわけである。
*ハンス・ザックス(1494-1576)は実在の人物で、ニュルンペルクのマイスター
ジンガーとして多くの詩や歌曲が残っている。コラール「目覚めよ、朝は近づい
た」は、実際のサックスの詩に基づいている。
ワーグナーが、ローエングリンなどと違い、このような実在の人物を取り上げた
のは、「芸術的創造力に富んだ国民精神の最後の人物として把握し、人気取りの
俗物に対立するもの」と本人は述べているが、ドイツ芸術の庶民性を称えること
で、芸術的に反対する立場の者たちを非難もしたようである。
ちなみに、ワーグナーと対立した批評家ハンスリックをベックメッサーにな
ぞらえている。
ニュルンベルクにある
ハンス・ザックスの像(テノール降幡弘人撮影)
注:文中語例にある「テーマ│は、ワーグナーの「示原動機(ライトモチーフ)」をわかりやすく表現したもの
一
曲目解説:天野美佐子、野田昌代(ソプラノ)、稲古市和(テノール)太田敬久(バス)
11
リヒャルト・ワーグナー(1813∼1883)の生涯
年代(年齢)
一
1813(O歳)
ワーグナー関連事頂
誕生(5月22日 ライプツィッヒ)。
その頃、他の音楽家は?
ヴェルディ 生まれる
ベートーヴェン 43歳、ウェーバー 2フ歳、
メンデルスゾーン 4歳、
シューマンおよびショパン 3歳
Uスト 2歳
ワーグナー6ヶ月の時、父フリードリッヒ没。
ワーグナー
ワーグナーが生まれた頃のヨーロッパ
ナポレオンが、全ヨーロッパの征服にのりだした反動が
起爆剤となって、各国がナショナリズムに目覚めた時期。
ライプツィッヒの戦いで敗れたナボレオンの「星」が沈み
かけ、また最初の蒸気機関車が作られた年に彼は生れた。
19世紀は社会動乱と技術革新の世紀であった。
1814(1歳)
母ヨハンナが父の友人であったガイアーと再婚、一家はドレスデンヘ。
1821(8歳)
義父ガイアー没。
1830(17歳)
トーマス学校へ転校。ベートーヴェン「第九」をピアノ編曲、ショット社へ出版依頼。
母親ヨハンナ・ワーグナ
1
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ワーグナーと「第穴」
ワーグナーは17歳のとき手本と仰ぐベートーヴェン「第九」のピアノ2手用編曲版を出版社に送った。
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断られてもしつこく送付したため、そのまま保管された。これが現存するワーグナー最初の手紙。
1833(20歳)
ヴュルツブルクの劇場に合唱指揮者として就職。指揮者生活が始まる。
1834(21歳)
マグデブルクのベートマン劇団指揮者に就任、女優ミンナ・プラーナー
(25歳)と出会う。
ミンナに一目ぽれ
当初ワーグナーはベートマン劇団の水
準が低く思われたので、指揮者就任を
断ろうと思ったが、看板女優ミンナに
一目ぼれしたため引き受けた。
女優ミンナ・プラーナー
1836(23歳)
ケーニヒスベルクでミンナと結婚。
1837(24歳)
ロシア領リガの歌劇場指揮者となる。
1839(26歳)
劇場支配人との不和から歌劇場指揮者の職を失う。浪費癖のため債権者に追われ、夫婦でパリに逃避。
途中暴風雨に会いノルウェー海岸に漂着し、窮乏生活を送る。
「リエンツィ」総譜完成
-
1840(27歳)
12−
年代(年齢)
ワーグナー関連事項
1841(28歳)
パリでリストに出会い、ハイネ、マイヤーベーア、ベルリオーズなどか
らも多くの刺激を得る。「さまよえるオランダ人」総譜完成。
1842(29歳)
パリを離れ、ドレスデンヘ戻る。
「リエンツィ」ドレスデン宮廷歌劇場で初演し成功。
1843(30歳)
「さまよえるオランダ人」同劇場でヮーグナー指揮にて初演。
ドレスデン宮廷歌劇場(ゼンパーオパー)の指揮者に就任。
1844(31歳)
ウェーバーの遺骨をロンドンからドレスデンに移送。改葬式典にて
Uスト
ヮーグナーの「葬送il一楽」演奏される。ヮーグナーが墓前にて追悼演説。
抑:・印四巾附図ealtmihc11.
1845(32歳)
4月に「タンホイザー」総譜完成し、10月にドレスデン宮廷歌劇場でヮー
グナー指揮にて初演。
1848(35歳)
母ヨハンナ74歳、ライプツィッヒにて没。
パリで2月革命。ウィーンでも革命勃発し、熱狂的な賛同の詩を誌上に
寄稿。
「ローエングリン」総譜完成。
1849(36歳)
2月革命の影響でドレスデン市民革命が起こり、ヮーグナーも参加。革
命失敗後、逮捕状が出たので亡命。ヮイマールにリストを訪ね、その勧
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めでスイスのチューリッヒに逃れ、以後10年以上の亡命生活を送る。
「芸術と革命」「未来の芸術作品」を執筆。
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右司f.
ワーグナーの手配書
X
XX
ドレスデン革節
1848年、王政を倒したパリの2月革命がドイツに飛び火。ベル
リンやウィーンで民衆は勝利を収めたかに見えたが、王の首は
つながり革命は退潮していった。
1849年、ドレスデンで業を煮やした民衆は、憲法制定と議会
民主主義を求めて武装蜂起。革命軍にはワーグナー、建築家ゼ
ンパー等も参加(革命萌の状況は、作曲家シューマンの妻クラ
ラの日記に詳しい)。最終的にプロイセン軍を後ろ盾とした反
革命軍が勝利し、民主的なドイツ統一は先延ばしになった。
1850(37歳)
リスト指揮によりワイマールにて、「ローエングリン」初演。
匿名で反ユダヤ的論文「音楽におけるユダヤ性」執筆。
1853(40歳)
「ニーベルングの指輪」台本朗読会 ワーグナー夫人のミンナ、隠れ家を
提供することになるオットー・ヴェーゼンドンク夫人マチルデ、コージマ
と夫ハンス・フォン・ビューローも同席。
1854(41歳)
「ラインの黄金」総譜完成。
ショーペンハウアーの哲学に接し、その著書に感銘。
「ワルキューレ」総譜完成。
1857(44歳)
チューリッヒのヴェーゼンドンク提供の隠れ家に転居。
1858(45歳)
マチルデとの関係発覚 ジュネーブを経てヴェネツィアヘ。
一
1856(43歳)
13
コージマ
ワーグナー関連事項
年代(年齢)
1859(46歳)
ルッェルンヘ移り、「トリスタンとイソルデ」総譜完成。
その後パリヘ引っ越す。
1861(48歳)
パリ・オペラ座で「タンホイザー」」こ演、妨害で3回のみ。
1862(49歳)
「マイスタージンガー」の朗読会でハンスリックと対立。
1863(50歳)
プラハ、ベテルブルク、モスクワヘ自作の演奏旅行。
ベルリンでコージマと愛を誓う。
ワーグナーと麗く関わった3人のtl牲
青年時代に劇団の花形女優ミンナに一目ぼれし、結婚。
だが、彼女の家庭的な性格はワーグナーの芸術についていけなかった。
そんな時に現われたのが、チューリッヒの絹織物商ヴェーゼンドンク
夫人マチルデ。自らも詩を書き感受性豊かで、ワーグナーの芸術に深
ハンス・フォン・ビューロー
い共感を示し、やがて恋に発展。実生活を映したような「トリスタンと
リストの弟子。その娘のコージ
マと結婚するが、のち離婚。
ベルリンフィルの初代指揮者。
イゾルデ」の台本を授かったが不倫は不和を引き起こし、消滅。
最後はリストの娘コージマ、すでにUストの弟子ビューローの妻で2
児の母であった。愛を誓った時25歳で、ワーグナーは50歳たった。
コージマは誰よりもワーグナーの芸術を深く理解し、あらゆる障害を
乗り越えて生涯連れ添うこととなる。
氷 %I
二
誼舞に替えられ惣報酬
1864(51歳)
莫大な負債を抱える中、バイエルン国王ルートヴィッヒ2世から
招待を受ける。負債を完済しミュンヘン郊外の館入居。ジークフ
リートの作曲を7年ぶり再開。国王は高額の年俸支給を許可。
1865(52歳)
1885年10月、ワーグナーヘの巨額
の報酬に反感を抱いていた王室金庫
の役人は、報酬を細かい銀貨でいく
つちの大きな袋に詰め、護衛付の馬
コージマとの間に長女イソルデ誕生。高額の年俸につき、王の廷
車に載せて人目につくように運はせ
臣や地元紙から非難受け、ミュンヘンより追放される。
た。この嫌がらせは効束てきめんで、
「トリスタンとイソルデ」ビューローの指揮で初演。
ジャーナリズムの誹膀中傷は激しく。
ミュンヘンの誌上には風利絵が掲載
1866(53歳)
1867(54歳)
妻ミンナ、ドレスデンにて没(56)。コージマとジュネーブで合流
された。ルートヴィッヒ2世も周囲の
し、トリープシェンに移住。
圧力に負け、心ならずもワーグナーの
次女エーファ誕生。
国外退去を命することになった。
「ニュルンペルクのマイスタージンガー」総譜完成。
ルツェルンのプロテスタント教会でコージマと結婚。
︱
nlU
1870(57歳)
長男ジークフリート誕生。哲学者ニーチェとの親交。
I
II
DI
1869(56歳)
「ジークフリート牧歌」コージマの誕生日に演奏。
lillb,lai同d.
aa'抑・'1陶11tanS.琢.e41ei4.
3幽u3il財t一一.
1871(58歳)
「ジークフリート」総譜完成。
1872(59歳)
楽劇用のバイロイト祝祭劇場定礎式。式辞に続いて、ベートー
→←−=¶一一a---¶一一- ・ ♂ - j l j ' - - J k i j = a J - ■ - ■ 四四
N?・ ll. 愕然ご以7緊訟次器ま17.四回G7.
ヴェンの「第九」を指揮した。
1874㈲歳)
1876(63歳)
「神々の黄昏」総譜完成。ヴァーンフリート館入居。
第1回バイロイト祝祭にて「ニーベルングの指輪」四部作
(「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄
論文「宗教と芸術」。
-
1880(67歳)
・
バイロイト通信発刊。ニーチェと対立。
皿・
1878(65歳)
J・
昏」)初演。
金庫をノックするワーグナーのカリカチュア
14−
ワーグナー関連事項
1882(69歳)
「パルシファル」総譜完成、バィロィト祝祭劇場で初演。
1883(69歳)
2月13口、論文執筆中に心臓発作、ヴェネツィアで死去。棺はバイロイトヘ移送され、ヴァーンフリート
館の裏庭に埋葬される。
悲劇の王/し一トヴィツヒ2世
ワーグナーの最大のパトロンであるルートヴィッヒ2世は汀ローエングリン」以来ワーグナーに心酔し、ワーグ
ナー専用の歌劇場バイロイト祝祭劇場やワーグナー邸であるヴァーンフリート館を建設。
のみならす、ワーグナー作品の壁画をちりはめた王城(ノイシュヴァンシュタイン城など)の建設にも情熱を燃
やした。ワーグナーの死を聞いたとき「死体は私のものだ」と泣き叫んだという。
王は白鳥の王子を夢見ながらも、財政難を招き、政府から精神異常を理由に退位を迫られ、ついには湖水に水死
体として浮かぶ最期を遂げた。
ノイシュヴァンシュタイン城(ノィ:新しい、シュヴァン:白鳥)シンデLノラ城として有名
ルートヴィッヒ2世
***コラム***
[ワーグナーの芸術]
前半(「ローエングリン」まで)はウェーバーに始まる、ドイツロマン派のオベラを高めようとした。後半は、従来のオベラ
をアリアのカタログになると批判し、劇の下に音楽、文学、美術などの諸芸術が統一される総合芸術としての新しい世界を
創造しようとした。その意味で「トリスタンとイゾルデ」以後のワーグナーの歌劇は『楽劇』と呼ばれている。
その特徴は、①せりふと音楽が密接に結びつき、音楽が劇の表現に奉仕 ②従来のオべうのようなレチタティーヴォとア
リアの区別がない ③無限旋律一独立の楽曲の集合体である従来のオペラとは違い、音楽が休みなく続く ④劇の表現を
重要視し、自ら台本を書き、その内容を充実させた ⑤示導動機(ライトモチーフ)一管弦楽で劇の表現を行い(「サックスの
テーマ」など)表現範囲を大幅に拡大 ⑥主題を時代や地域を超えた神話や伝説によって普遍的に表現した。
[ワーグナーの政治性]
ワーグナーは、その著述の内容や革命に参加するようなところから「政治的」音楽家であったとよく言われる。確かにドレ
スデン革命のとき、同じくドレスデンにいて全く無関心を決めこんだシューマンのような音楽家とは大きな違いはある。し
かし、ワーグナーの目指した「革命」とは、古代ギリシャにおいて統一的な形態にあった芸術を復興させるべく、あくまで芸
術の救済のために社会そのものの変革が必要と説いたものである。そのための「貴族嫌い」であり、金権の象徴である「ユダ
ヤ嫌い」であり、「民衆への賛同」であった。彼は、その著書「未来の芸術作品」において、舞踊、音楽、詩からなる三位一体の芸
術の優位性を説き、その理想的形態はギリシャ悲劇であるとして、シェイクスピア劇、ベートーヴェン「第九」にその要素を
求めている。
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年代(年齢)
参考文献(曲目解説、年表共)
*作曲家別名曲解説ライブラリー②『ワーグナー』
*オペラ鑑賞ガイド 小学館
音楽之友社
*[ワーグナーヘの旅]本之下晃 堀内修 新潮社
*作曲家 人と作品シリーズ「ワーグナー」吉田真
*目梁作オペラはこうしてできた」訳 立石光子
音楽之友桂
白水杜
*「ワーグナーと狂気」伊藤嘉啓 近代文藷杜
*スタンダード・オベラ鑑賞ブック[4]『ドイツ・オ
ベラ(下)』音楽之友社
年表作成:稲吉康和一降格弘人(テノール)・太田敬久(バス)
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