そう し て 彼 が 拾 っ たも の

そうして彼が拾ったもの
松田一理
貧乏大学生の夕飯はお互いにアルバイトを終えて深夜の十一時︑喧噪の中を生ききった疲労と安堵が
﹁あっ﹂
交差する顔で迎える一時である︒
古そうな綿壁が所々剥げた狭い一室︑家具と言えば小さいクローゼットに古い木の箪笥︑雑誌やらノ
ートやら一種の芸術のように堆く積まれた机︑哲学書から魔術書まで混沌と揃った隙間もない本棚︑そ
れくらいしかない︒一年中出しっぱなしのこたつの上には今晩の食事が質素ながら並べられ︑部屋の中
でそれだけが生活の温かさを感じさせてくれる︒
﹁ちょっと︑シュウ﹂
座布団の上に鎮座した小さいテレビは画面が不鮮明でテロップもほぼ判読不可能だ︒今時珍しく本体
にアンテナが付いていて︑気分の悪いときは叩いても蹴っても砂嵐しか映さないという︑今時中古家電
屋さんでもお目にかけない程アンティークを極めている︒生活の拠点によって移動させるのには便利だ
が︑要はそれくらいしか利点がない︒今日は機嫌がいいらしく︑先程から週末にありがちな下らないバ
ラエティー番組を流している︒馬鹿馬鹿しい︑分かっていてもつい見入ってしまうのがこの手の番組の
魔力だ︒
﹁シュウって﹂
やっと呼ばれていることに気づく︒
﹁あ?﹂
自分でも情けないと思う呆けた声を上げて︑正面で一緒に飯を食べている相手を見た︒
﹁あっ︑もーまたこぼした﹂
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﹁え?﹂
机を見ろ︑さっきからぽろぽろぽろぽろ﹂
言われて見れば︑テーブルの上に二︑
三粒︑白い点が散っている︒
﹁ご飯粒!
﹁テレビ見ながら食うな︒こぼすんだから﹂
怒っていると言うより最早呆れた表情で大げさなため息をつくと︑彼は母のように慣れた手つきでこ
まるで子供の扱いだ︒
ぼれた米粒を拭き取っていった︒
﹁悪い﹂
ばつが悪く︑誤魔化すように箸の柄で頭を掻けば︑彼は一瞬睨み付けて大げさにため息をつく︒
﹁全く大学生にもなって︒今日び小学生でももっとしっかりしてるよ﹂
﹁キョービって⁝⁝︒その言い方︑何かおばさんくさいぞ﹂
言ってしまえば十倍になって小言が返ってくるのを知りながらも︑ついそうこぼしてしまう︒案の定︑
﹁てめえがしっかりしねえからだろ!﹂
彼のこめかみの血管がぴくっと跳ね上がった︒
だんっ︒
お茶碗が小さく跳ねた︒
﹁あー⁝⁝あー︑はい︑仰るとおりで﹂
﹁食えばこぼすし歩けば汚す︑おまけに掃除洗濯皿洗い一切しない︑はっきり言ってその辺の子供の方
がよっぽど役に立つ!﹂
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そうして彼が拾ったもの
﹁はいはい﹂
そういう言葉がどうも所帯くさい︑と口に出して言う勇気はない︒
﹁だいたいねえ﹂
ほら始まった︒
﹁料理はできなくても少しは自活できるようにしてよ︑いつも僕に任せっきりで︒シュウは自動洗濯機
の動かし方すら知らないでしょ︒嫁さん貰うまで僕をこき使うつもり?﹂
テレビを見れば相変わらず馬鹿騒ぎのバラエティー番組である︒それでもどうしてか笑ってしまうの
がテレビの恐ろしいところで︑︱︱︱しかし︑今失笑すれば自分の身がどうなるかくらいは分かってい
る︒
﹁これからは家事も出来るようにならないと﹂
﹁はいはい﹂
適当に頷きながら目はまだしつこくテレビの画面を追っている︑だから︑相手の表情の変化には気が
付かなかった︒
︱︱︱⁝⁝﹂
﹁⁝⁝僕だって︑もうすぐ︑﹂
﹁え?
記憶は︑此処で途切れる︒
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