米国金融市場の動向

2009 年 7 月 30 日 調査部
米国金融市場の動向
~証券化市場を中心に~
【ポイント】
1. 米国の短期金融市場はこのところ落ち着きを取り戻しつつある。
2. しかし、証券化市場の改善は緩やかである。米国では家計や企業の資金調達に果たす証券化の
役割が日本に比べ格段に大きい。ハイリスクの商品を発端に、一般の証券化商品まで発行・流通
が機能停止に陥ったことは、実体経済に大きな影響を与えた。対策として既に実施されている
FRB による公的 MBS 購入、ABS を担保として融資を行う制度(TALF)、金融機関への資本注入、
大手金融機関への「ストレステスト」等が奏功し、最悪期は脱したが、今後については①ハイリス
クで行き過ぎた証券化商品の市場は回復が難しいとみられること、②証券化市場、金融機関、デ
リバティブ等に対する規制が強化される見通しであること、等から証券化市場は縮小が避けられ
ないとみられる。その調整は住宅ローンやホームエクイティローン等の最終的な借り手である家
計の過剰債務の削減と一体となって進むと考えられる。
3. 中長期的にみると、米国では「銀行離れ」(Disintermediation)が進み時代を追って非預金金融機
関の比重の上昇が続いたほか、規制緩和に伴い金融機関の大規模化が進み、それら大手を中
心に高度な金融技術を用いた証券化やデリバティブ取引等が急速に拡大した。これらに対して適
切な規制・監督の体制整備が追い付かなかった点が今回の金融危機の背景として挙げられる。
米国の金融産業は監督・規制の能力に比し、複雑かつ大規模になりすぎていた。
4. このところの金融市場は全体としてみると次第に改善しつつあるものの、引き続き予断を許さない
状況が続いている。今後については商業用不動産融資等、一般融資債権の劣化がどの程度まで
進むかが懸念される。金融機関の種別では中小・地域金融機関の動向への注目度が増してい
る。
【目次】
1. 短期金融市場の動向
2. 証券化市場の動向
2-1 証券化市場の機能停止の背景
(参考 1)行き過ぎた証券化商品“CDO”
2-2 各種の対策
2-3 証券化市場の今後
3. 中長期的背景
3-1「銀行離れ」の進展
3-2 金融機関の大規模化
3-3 複雑かつ大規模になりすぎた金融産業
(参考 2)米国の金融規制改革案
4. 当面の注目点
1/16
2
頁
3
7
8
10
頁
頁
頁
頁
11 頁
12 頁
14 頁
15 頁
16 頁
1. 短期金融市場の動向
米国の短期金融市場はこのところ落ち着きを取り戻しつつある。 銀行間の取引金利であるドル
LIBOR3 ヵ月物はいわゆる「リーマン・ショック」後の 08 年 10 月上旬に、ほぼドル資金が枯渇するという
異常事態を受けて 4.8%台まで上昇したものの足元では 0.5%近傍まで低下している(図 1)。海外市場
に波及した資金のひっ迫も、為替スワップ市場経由でのドル調達コストの低下や、米国の中央銀行FRB
の他国へのドル供給額の減少などからみて、和らぎつつあるとみられる(図 2)。
[図1]ドルの短期金利
(%)
5.5
5.0
①ドルLIBOR3ヵ月(銀行間取引金利))
②市場参加者の予想する
3ヵ月間の政策金利、FFレート(OIS)
③3ヵ月国債の金利
4.5
4.0
3.5
①
3.0
2.5
②
2.0
1.5
1.0
0.5
③
0.0
-0.5
08/1
08/3
08/5
08/7
08/9
08/11
09/1
09/3
(資料)Bloomberg
(%)
2.5
09/5
09/7
(日次:~7/27)
(10億ドル)
[図2]為替スワップを用いてドルを調達する際の
ドルLIBORに対する上乗せ金利(プレミアム)と
FRBの他国へのドル供給
700
FRBの他国への
ドル供給(右目盛)
2.0
600
500
1.5
ドル資金市場ひっ迫
400
ドル資金市場緩和
1.0
300
0.5
円(太線 左目盛)
200
0.0
100
ユーロ(細線 左目盛)
週次:~7月4週
▲ 0.5
08/1
0
08/3
08/5
08/7
08/9
08/11
09/1
09/3
09/5
09/7
(注)ドル調達プレミアム=(ドル/円為替先物÷ドル/円為替直物)×(円LIBOR)×100-ドルLIBOR
(ユーロの場合も同様 期間3ヵ月、年率換算済)
為替先物を利用し他通貨(円、ユーロ)からドルを調達するコス トと、ドルを直接に銀行間市場で調達するコストを比較したもの。直接に銀行間市場で
調達が出来ない場合、割高なコストを払ってで も為替市場経由で調達する。値が大きいほどドル資金のひっ迫を表す。(資料)FRB Datastream
2/16
2.証券化市場の動向
2-1.証券化市場の機能停止の背景
証券化市場は最悪期を脱したものの、改善は緩やかである。ABS(資産担保証券:証券化関連の用語
につき表 1 参照)の発行市場は「リーマン・ショック」後ほぼ機能停止に陥った。09 年に入り僅かずつ発行
が回復し、09 年 6 月は前年同月を上回ったものの、ピーク時に比べると未だ低水準にとどまっている(図
3)。MBS(不動産向け融資の証券化)は 08 年 11 月を底として発行額が上向き、足元では住宅公社によ
る公的MBSが比較的高水準に発行されている。これはFRBが公的MBSの購入を大規模に進めているこ
とや、住宅ローンの借り換え促進策が採られていることもあって、一定の借り換え需要が発生しているた
めである。一方民間金融機関の組成による証券の発行は回復が遅れている(図 4)。
[図3]ABS(Asset Backed Securities)発行額
(裏付となるローン別)
[図4]MBS (Mortgage Backed Securities) (10億ドル)
月別発行額
(注) 250
120
民間MBS(民間金融機関の発
行債)
公的MBS(住宅公社発行)
(10億ドル)
その他(注1)
100
ホームエクイティーローン
(注2)
教育ローン
200
80
150
自動車ローン
60
クレジットカード債権
40
100
50
20
06年 07年
月間平均
0
0
08/6
08/8
08/10 08/12
09/2
09/4
06年 07年
月間平均
09/6
[表1] 主な用語
Mortgage Backed Security
① MBS
証
券
RMBS
Residential Mortgage Backed Security
化
CMBS
Commercial Mortgage Backed Security
商
品
Asset Backed Security
の ABS
名
CDO
Collateralized Debt Obligation
称
②
そ
の
他
08/8
08/10 08/12
09/2
09/4
09/6
(注)09年6月はBloombergによるデータで、公的MBSのみ。
民間債は不明。他の月はSIFMAによるデータ。
(資料)Securities Industry and Financial Market Association
(SIFMA) , Bloomberg
(注1)その他の内訳は不明。CDO等と推測される。
(注2)ホームエクィティローン:表1参照
(資料)Bloomberg
CDS
08/6
不動産関連融資を裏付けとした証券化商品。
住宅公社が発行する公的MBSと、民間金融機関が発行する民間
MBSがある。元々は公的MBSから証券化市場が発達。
住宅ローンを裏付けとした証券化商品(注)
オフィスビル、ホテル、賃貸住宅等の商業用不動産購入ローンを裏付と
した証券化商品
不動産以外の融資を裏付とした証券化商品の総称。クレジットカード
債権、自動車ローン等を裏付資産とする(注)。
ABSの一種。一般の融資債権や、債券・他の証券化商品等を担保と
して発行された証券。詳細は7頁(参考1)参照。
Credit Default Swap
クレジット・デフォルト・スワップ
貸付金、社債、売掛金などの金融資産に関して、保証料と引き換えに
信用リスクを移転する効果が得られる、保証類似の金融派生商品(デ
リバティブ)。CDOの組成等にも使われる(参考1参照)。
Home Equity Loan
ホーム・エクィティ・ローン
保有する住宅の資産価値が既存のローン残高を上回る部分を担保に
行う使途自由な借入。通例住宅ローンに次ぐ第2順位以下の抵当権
を設定。近年住宅の値上がり基調を背景に増加。
Subprime loan
サブプライムローン
信用力の低い借り手向けの住宅ローン。06年頃には実行された住宅
ローンの2割程度を占め、多くが証券化された。与信審査が緩く、不良
性が高い。一部には借り手が内容を理解しないまま契約する等杜撰・
違法な融資もみられた。
(注)サブプライムローンを裏付ないし参照資産とした証券化商品は、RMBSに分類される場合と、ABSに分類される場合がある。
3/16
[図5]証券化の仕組み(模式図)
組成
家計
(消費者)
ー
金融 消 住
融資 費 宅
機し者ロ
関た 向
けン
ロ ・
ー
企業
ン
等
を
一部のサブプライムローン等
は契約内容を理解できない借入人
に対する違法な融資も
売
却
再
投資銀行 証 証
商業銀行 券 券
化
化
証券化商品
転売
投資
米国
投資銀行
商業銀行
シニア(注1)
損失の可能性
が小さい
高格付取得
(AAA等)
メザニン以下
損失の可能性
が高い
低格付取得
(BBB等)
格付機関による格付
生命保険
年金
欧州
銀行
自己勘定だけでなく、
オフバランスの
特別目的会社(SIV)等も
使い投資
運用利回り向上の要請も
積極的な投資の背景
生命保険
年金
アジア等
の銀行他 (注1)シニア、メザニン:信用リスクの階級を表す
(注2)モノライン:証券の保証・信用補完を専門とする保
険会社。地方債の保証を主要業務としていたが、一部
は証券化商品に進出し、巨額の損失を計上。
(モノライン(注2) ・AIG等)
信用補完
証券化ビジネスは住宅ローン等の小口の融資等を束ね、それを担保に証券を発行し、投資家に転売
する(図 5)。1970 年代以降、公的MBSを皮切りに、民間MBSやABSが発達していった。現在の米国では
家計や企業の資金調達に果たす証券化の役割が日本に比べ格段に大きい。証券化商品の市場規模は
日本が 30~40 兆円程度とみられるのに比べ、米国は約 11 兆ドル(1 ドル=100 円換算として約 1,100 兆
円)に上る(次頁図 6)。住宅ローンは過半が証券化されており、クレジットカード債権、自動車ローン等も
多くが証券化されている。証券化商品の残高は 07 年まで増加を続けたのち、新規発行が停滞して最近
では漸減している。
今回の危機においては、サブプライムローンを裏付資産とするCDOのような証券化商品が危機の引き
金となったが、証券化商品の全てが行き過ぎたハイリスク商品では無く、その割合は一部にとどまる 1(行
き過ぎた商品を代表するCDOについては 7 頁参考 1 参照)。ハイリスクの商品の流動性低下、損失拡大
を発端に、一般の証券化商品まで流通、新規組成が停止した点が、米国や世界の実体経済に大きな影
響を与えた。
例えば、日本から米国向けの自動車の輸出台数は 08 年に急減し、09 年 6 月も前年比▲36.6%と低調
で、自動車産業はじめ日本経済に多大な悪影響をもたらしているが、米国で自動車販売が不振となった
一因は米国で自動車ローンを裏付とする証券化商品の発行が 08 年秋以降 09 年初頭までほぼ停止し
(前掲図 3)、消費者が自動車ローンを借り入れ難くなったことにある。自動車ローンの金利は 08 年 7 月
の 3.3%から 12 月には 8.4%へ急騰し、1 件あたりの融資金額も 7 月の約 28,000 ドルから 12 月には約
23,000 ドルに減少した(図 7)。自動車ローンに加え、教育ローンや、住宅を担保とした消費者ローンの一
種であるホームエクイティローンも含めた米国の消費者信用残高全体は 09 年 5 月に前年比▲1.8%であ
るが、うち証券化商品の寄与度は▲2.1%ポイントで(図 8)、証券化の停滞とともに、借入に依存した米国
家計の過剰消費は成り立たなくなりつつある。
1
日本の金融機関における証券化商品別の毀損率は、09 年 3 月時点で毀損率が高い順に①サブプライム関連 CDO(▲89.3%)
②サブプライム関連 RMBS(▲56.2%)③一般の(サブプライム関連以外の)CDO,CLO(▲21.2%)④一般の RMBS(▲6.6%)⑤一
般の CMBS(▲4.3%)となっている。毀損率は評価損益と引当および減損の合計を、減損前保有額で割った値。(金融庁資料よ
り)
4/16
[図6]米国の証券化商品の残高
各暦年末(~07)
その他(CDO/CBO含む)
(10億ドル)
08年4-6月期以降四半期
12,000
教育ローン
10,000
ホームエクィティローン(3頁表1参照)
クレジットカード
8,000
民間MBS(注)
自動車ローン
6,000
4,000
公的MBS(注)
不動産関連(MBS)
(03年以前は公的と民間の
内訳不詳)
2,000
0
00
01
02
03
04
05
06
07
08 Q2
08 Q3
08 Q4
09 Q1
(参考 折れ線グラフ)日本における証券化の市場規模(1ドル=100円換算:1兆ドル=100兆円)
(注)日本の市場規模は、債権流動化商品の残高を1ドル=100円で換算
(資料)Securities Industry and Financial Market Association,IMF "Global Financial Stability Report",日本銀行
(ドル)
36,000
[図7]自動車ローンの引き締まりと
自動車販売台数(米国)
32,000
[図8]消費者に対する信用供与(米国)
前年比増減率 寄与度(注)
(百万台、
%)
18
08年12月
28,000
16
信用供与
合計
公的金融
14
24,000
8%
6%
4%
12
平均融資金額(左目盛:ドル)
20,000
自動車販売台数(棒グラフ)
(右目盛:年率換算:百万台)
16,000
0%
8
▲1.8%
12,000
6
8,000
4
4,000
2
自動車ローン金利(右目盛:%)
0
0
07/1
07/7
(資料)FRB, Datastream
08/1
08/7
2%
商業銀行
10
09/1
(~09/5)
-2%
その他
貯蓄金
融機関
金融会社(ノンバンク)
-4%
証券化商品
-6%
07/1
07/7
08/1
(注)住宅ローンは含まない
08/7
09/1
(~09/5)
(資料)FRB
一般の証券化商品まで発行・流通市場が全面的に機能停止に陥った点については、後述するように
証券化商品の組成が大手金融機関に限定されていたという証券化市場特有の構造が影響している。証
券化商品は複雑な商品性を持ち、会計、法務、税制、金融規制等を考慮して組成され、価格評価も難し
い。このため、証券化商品の企画開発や発行は、資本力があって金融技術に長け、高額な報酬により専
門性を持った人材を雇用できる一部の大手金融機関が得意としてきた。一方で、大手金融機関は地域
の中小金融機関に比べきめ細かな支店網等で劣り、顧客と密接なリレーションを築きにくいため、借入
者の信用履歴等、データに重点を置く融資手法(トランザクションバンキング)及びその証券化に活路を
見出してきた面もあるとみられる。住宅ローン等倒産履歴等のデータが整備されている定型的なローン
は、証券化商品の格付に際して必要となる原債権の信用リスクの階級分けや、投資家のニーズに合うよ
うなキャッシュフローを生み出すための商品設計に適していた。
5/16
このように、多数の金融機関に担われる融資市場と比べ、証券化は大手金融機関に担い手が限定さ
れた市場として成長した。証券化がピークを迎えた 06 年のABS組成・引受額ランキングをみると(表
2-1)、首位のシティグループ(シェア約 10%)を筆頭に、上位 10 社で全体の約 68%のシェアを占めた。民
間MBSについては 06 年にベアー・スターンズとリーマン・ブラザーズがともにシェア約 10%で首位を争
い、上位 10 社で約 72%を占めた(表 2-2)。証券の流通もこうした大手金融機関が支えてきた。
これら大手金融機関は組成した証券を第三者へ販売するのみならず、自己勘定やオフバランスのファ
ンド等でも多額を保有していた。その際、証券化商品を担保に借り入れを行い更に証券化商品を購入す
る、といったように、運用利回りを上げるため少ない元手で多額の投資を行っていた(高いレバレッジを
かけていた)ため、ハイリスクの商品の価格下落を発端に巨額の損失を計上し、資金繰りもひっ迫して、
それまで流動性の高かった一般の証券化商品まで投げ売りされた。ハイリスクの証券化商品に付与さ
れた高格付が結果的には誤っていたこと、AIGやモノラインといった証券化商品に「保険をかける」信用
補完機関が急激な損失の拡大から本来の役割を果たせなくなったこと等も、一般の証券化商品の価格
下落や流動性低下に拍車をかけ、新規の発行は途絶した。結局、ハイリスクの商品の損失をきっかけ
に、大手金融機関は一般の証券化の担い手としても機能しなくなった。
[表2]米国証券化市場の主要金融機関
[表2-1]米国ABS(Asset Backed Securities) 組成・引受額
(10億ドル)
06年順位
1 シティグループ
2 メリルリンチ
3 ドイツ銀行
4 リーマン・ブラザーズ
5 RBS
6 JPモルガン・チェース
7 クレディ・スイス
8 バンク・オブ・アメリカ
9 モルガン・スタンレー
10 カントリーワイド
06年上位10社計
06年
121
99
89
87
78
76
75
70
68
66
0
07年
107
66
56
62
58
76
n/a
62
47
n/a
08年
25
5
10
n/a
10
31
7
23
8
n/a
864
160
動向
公的資金注入、政府が将来の不良資産の損失を一部保証(9頁表3参照)
バンク・オブ・アメリカに吸収される
08年は戦後初の赤字
08年9月連邦破産法11条申請
イギリス政府が公的資本注入(出資比率70%)
公的資金注入後、返済(9頁表3参照)
増資(カタール投資庁等引受)、人員削減
公的資本注入(9頁表3参照)
公的資金注入後、返済(9頁表3参照)
バンク・オブ・アメリカに吸収される
829
合計(上記以外含む)
1,223
[表2-2]米国民間MBS(Mortgage Backed Securities) 組成・引受額
(10億ドル)
06年順位
1 ベアー・スターンズ
2 リーマン・ブラザーズ
3 RBS
4 クレディ・スイス
5 JPモルガン・チェース
6 ドイツ銀行
7 バンク・オブ・アメリカ
8 ゴールドマン・サックス
9 UBS
10 モルガン・スタンレー
06年上位10社計
06年
100
100
93
74
70
65
60
58
58
55
0
07年
83
96
52
67
67
44
56
n/a
n/a
74
0
08年
n/a
n/a
11
24
24
14
26
6
9
n/a
動向
08年3月実質破綻、JPモルガン・チェースにより救済
08年9月連邦破産法11条申請
表2-1に同じ
表2-1に同じ
表2-1に同じ
表2-1に同じ
表2-1に同じ
公的資金注入後、返済(9頁表3参照)
スイス政府が60億スイスフラン(≒5250億円)資本注入
表2-1に同じ
734
合計(上記以外含む)
1,013
922
187
(注)図3,4の発行額(SIFMA,Bloomberg調べ)とは公表元が異なり、暦年の合計金額は一致しない。
(資料)Thomson Reuters
6/16

(参考1)行き過ぎた証券化商品“CDO”
CDO(Collateralized Debt Obligation)と呼ばれる証券化商品は、各種証券化商品の中でも最も損失率が高く、「行き過
ぎ」を象徴的に示し、足元では発行が極めて低調である。以下世界全体(米国以外も含むが、過半は米国での発行とみ
られる)の 07 年(発行総額約 4,800 億ドル)の内訳を A:裏付資産別、B:発行方法別、C:発行目的別に示し、特徴をみる
(参考図 1)。
一部の大手金融機関は、こうした CDO を組成し、特別目的会社である SIV(Structured Investment Vehicles)や ABCP
コンデュイット(Asset Backed Commercial Paper Conduit)といった仕組みを使い、自らも投資していた。
A:裏付資産別でみると、ストラクチャードファイナンス型が多数。これは主に他の証券化商品や別のCDOを裏付資産と
する(「2 階建て」の構造)。リスク特性が複雑と言われる。
B:発行方法別でみると、07 年にかけては信用リスクを取引するデリバティブ取引であるクレジット・デフォルト・スワップ
(CDS)を組み込み、実際には裏付資産を有しないものの、CDSによりキャッシュフロー型と同様の効果を生み出す合成
型(シンセティックCDO)が急増した(参考図 2)。このほか、マーケットバリュー型は裏付資産を入れ替えつつ収益を追求
する、ヘッジファンドに近い性格の商品。
C:発行目的別でみると、一部には金融機関が自己資本比率規制を回避する目的で融資債権をオフバランス化するた
めに発行する、バランスシート型が存在。
[参考図1] CDOの内訳(世界全体の07年発行額約4,800億ドルの内訳)
ハイイールドローン型
ストラクチャードファイナンス型
信用力の低い融資債権を裏付資産として発行
他の証券化商品(RMBS,CMBS,ABS,他のCDO)等を裏付資産として発
行
投資適格級債券型
その他
信用力の比較的高い債券を裏付資産として発行
A裏付資産別
29%
16%
1%
54%
キャッシュフロー型
合成型
マーケットバリュー型
実際の債券、債権からのキャッシュフローが
元利金として投資家に支払われる
クレジット・デフォルト・スワップ(CDS) を利用
した「疑似」 キャッシュフロー型
運用担当者が存在し、担保資産を入れ替えつつ
収益を追求。ヘッジファンドに近い性格。
B発行方法別
71%
19%
10%
アービトラージ型
バランスシート型
担保とする証券化商品等から得られる収益と、CDO を発行する際に投資家に支払う
金利や手数料を比較し、前者が後者を上回る場合に発行
金融機関が自己資本比率の改善を目的として債権を
売却するために利用
C発行目的別
90%
10%
(資料)SIFMA
[参考図2]発行方法別「合成型」の仕組み
国債等低リスク債券
購入
元本償還c
保証料a
CDSのカウンターパート
(CDSの買い)
CDS契約
利息b
利息(aとbで充当)
CDO発行体
(CDSの売り)
(CDOの売り)
原債権不履行の
場合債権額支払e
CDO投資家
元本償還d(cで充当)
(CDOの買い)
CDO購入
CDSの原債権不履行の際の支払額eがaでカバーできる範囲を超えて拡大するとcをeに充当せざるをえなくなり、dが減少するので、
CDOの償還リスクが高まる
7/16
2-2.各種の対策
証券化市場の機能停止に対し、09 年に入り各種対策が打ち出されている(以下㋐~㋒)。
㋐FRBは住宅公社発行の公的MBS購入(最大 12,500 億ドル)を進めているほか、ABS新規発行の活発化
を目的として政府が一定の損失を負担しつつ各種ABSを担保として融資を行う制度(TALF:Term Asset
Backed Securities Loan Facility)を開始している(図 9)。図 3,4 でみたABSの発行回復、公的MBSの発行
額の増加にはこのTALFが効果を発揮している模様である。
㋑09 年秋にかけ始動予定の官民ファンドは、TALFがABSの新規発行促進を主眼としているのに対し、既
存の証券化商品の買い取りを行うことにより、金融機関のバランスシートからの不良資産切り離し、証券
化商品の流動性向上、取引価格の形成等を目的としている(図 10) 2。
[図9]FRBの資金供給
(証券化商品、住宅関連)
(10億ドル)
800
TALF
(10億ドル)
TALF(ABS担保の貸出)
裏付資産
6
7/7実行分
600
5
その他
4
クレジットカード
債権
自動車ローン
500
3
2
1
400
0
300
公的MBS
(住宅ローン
担保証券)
買取
200
政府機関債買取
(住宅公社への資金供給)
0
8
/
9
0
8
/
1
(資料)FRB 0
0
8
/
1
1
700
0
8
/
1
2
0
9
/
1
0
9
/
2
100
0
9
/
3
0
9
/
4
0
9
/
5
0
0
0
9
9
/
/
6
7
(週次:~7/22)
[図10]官民ファンド(PPIP:Public Private Investment Program)
の仕組み(証券化商品版)
投資経験、一定規模を有す
るファンドを選定
(09年7月9社選定済)
組成当初高格付(AAA)で
あった不動産証券化商品
を400ドルで購入
出資
民間ファンド
100ドル
公的資金
100ドル
借入
米国財務省が官民の出資
額に対し、最大100%(20
0ドル)の公的融資を提供
政府機関(財務省
等)の監督下で運用
長期的に運用(短期的な売買は不可)し、仮に500ドルの
収益
(元金の償還や利息収入)を得られれば、
500ドル―400ドル(出資+借入)=100ドルの運用益
運用に失敗しても損失は最大で民間出資の100ドル
にとどまり、あとは公的な負担。買い手側には有利
※全体では公的資金、融資を当初300億ドル提供し、全体
で400億ドルの証券化商品の買取が可能な規模でスタート
予定
(資料)米国財務省
(注)PPIPには「融資版」もあるが、実施時期未定
㋒安定的に与信業務を行うに十分な資本を金融機関に確保させるため、08 年秋以降大手から小規模ま
で 600 を超える金融機関に資本注入を進めている(表 3-1,3-2)。更に 09 年 5 月にかけては大手金融機関
19 機関に的を絞り財務の健全性をチェックする「ストレステスト」を実施した(図 11)。これは仮に 2009,10
年が厳しい経済情勢で推移しても、安定的な与信業務を行うに十分な資本を有しているかチェックし、有し
ていない場合は資本の増強を促す目的で実施された。10 機関が資本不足とされたものの、うち 9 機関に
ついては自力による新規の増資が具体化するなどし(表 3-1)、一部大手金融機関は既に公的資金を返
済した。結果的にはこのストレステストの結果が公表された 5 月初旬を境に、大手金融機関に対する資本
不足の懸念は和らぎつつある。
2官民ファンド(証券化商品版)は当初
09 年 3 月に詳細が明らかにされた。その後ストレステストの結果などを受けて金融市場の
改善が進んだことなどから、09 年 7 月に当初の規模を縮小して実施されることが発表された。
8/16
[図11]大手19金融機関に対するストレステストの概要
厳しい景気シナリオ(注)を仮定しその下での(A)予想損失額と、
普通株主資本比率4%に達するための(B)必要資本増強額を試算
①住宅ローン②商業用不動産融資③企業向け貸出
④クレジットカード債権⑤証券化商品等⑥トレーディング・その他
(A)09,10年
①185.5
の予想損失
②53
③60.1 ④82.4
⑤35.2
⑥183
⑦2年間の利益による資本増加見込等⑧09年1-3月期既手当済
(B)必要資
本増強額
⑦362.9
0
⑧110.4
100
200
300
⑨追加的な
資本増強
(外部調達)が
必要な金額
⑨74.6
400
500
600
(注)厳しい景気シナリオにおける経済指標の仮定:
実質GDP 09年▲3.3%、10年+0.5%
失業率 09年8.9%、10年10.3% 住宅価格 09年▲22.0%、10年▲7.0%
(資料)FRB
700
(10億ドル)
[表3-1]個別金融機関への公的資金注入額、ストレステストによる普通株資本不足額及び対応
①08年10月以降の公的資金注入額
(優先株:返済済も含む)
②09/5ストレステスト
資本(普通株)不足額
①
③資本不足への対応、
現況
③
②
(10億ドル)
[表3-2]金融安定化法(TARP)に基づく公的資金の利用額(7/24時点)
金融機関
への資本
注入(A)
公的資金利用額
上記のうち、既返済額
自動車
自動車
シティグ
会社
部品会社 ループと
(GM,クラ (GM,クラ バンク・オ
イスラー) イスラーの ブ・ア メリカ
(B)
サプライ へ資本注
ヤー)
入の別枠
204
80
4
40
70
2
0
0
(注)表3-1の①は、表3-2のうち(A),(B),(C)から拠出されている
9/16
シ ティグ
TALF
ループの (8頁参照)
不良資産
の損失を
保証
5
0
20
0
AIG
(10億ドル)
住宅市場
安定化プ
ログラ ム
70
0
20
0
合計
443
72
(資料 )米国財務 省、FRB、各種報道
2-3.証券化市場の今後
これら対策の効果から、証券化市場は最悪期を脱した。 図 3 のように新規の ABS や公的 MBS の発行
も回復しつつあることに加え、ABS や MBS の利回りと国債利回りとの格差(プレミアム)も、08 年末から
09 年初頭にかけ大きく拡大したものの、このところ縮小しつつある(図 12)。
ただし、中長期的には米国の証券化市場は縮小が避けられないとみられる。まず、①CDO等、ハイリス
クで行き過ぎた証券化商品は、今後とも市場が回復することは難しいとみられる。次に、②証券化市場、
金融機関、デリバティブ等に対する規制が強化される見通しである。具体的には 09 年 6 月の米国政府の
金融規制改革案においては、証券化商品の組成者に総額の 5%を保有し続けることを課して無責任・野
放図な組成を防ぐことや、証券化商品に高格付けを付与してきた格付機関への規制強化が提言されて
いる(米国の金融規制改革案につき 15 頁参考 2 参照)。会計面でも、金融機関が証券化に利用するオフ
バランスの特別目的会社については、情報開示の強化やバランスシートへの連結範囲の拡大が見込ま
れる 3。
これらから証券化市場は縮小が避けられないとみられ、その調整は住宅ローンやホームエクイティロー
ン等の最終的な借り手である米国の家計の過剰債務の削減と一体となって進むと考えられる。
(bp=
0.01%)
[図12]ABS,MBS
国債利回りとの利回り格差(プレミアム)(注)
1,200
ピーク 09年1月5日
980
1,100
1,000
900
リーマン・ブラザーズ
破たん
800
700
600
500
ABS
400
ピーク 08年12月23日
192
300
200
100
09/7
09/5
09/3
0
09/1
08/11
08/9
08/7
08/5
08/3
08/1
07/11
07/9
07/7
MBS(公的MBS含む)
(日次:~7/24)
(注)Merrill Lynch Asset-Backed Master Index Fixed Rate,同Mortgage Master IndexのOption
Adjusted Spread
(資料)Merrill Lynch
3
09 年 6 月 12 日 FASB(米国財務会計基準審議会)声明など
10/16
3. 中長期的背景
3-1.「銀行離れ」の進展
次に中長期的な視点から危機の背景をみる。戦後の米国金融機関は、連邦制のもと極めて多数の銀
行が地域毎に分散する構造を特徴とした。商業銀行等の預金金融機関は 1950 年に全金融機関の 69%
の資産を占めた(表 4)が、次第に資金が銀行の金融仲介を経なくなる「銀行離れ」(Disintermediation)が
進み、時代を追って非預金金融機関の比重が高まった。例えばMMMF(Money Market Mutual Fund:預
金型投信:”Mutual”を抜かしてMMFと呼称されることも多い)は、投資信託と相互の乗り換えが便利な
CMA(Cash Management Account)等を通じて提供され、1980 年代以降資金を集めた。MMMFには預金
保険制度のような公的な元本保証が無い様に、ファンド等の非預金金融機関に対しては規制・監督が必
ずしも十分でない面があった。一方、地域において主に小口の預金を集め、住宅ローン等を貸出の中心
とする貯蓄金融機関は 80 年代の金利上昇期に資産の運用利回りと資金調達コストが逆ザヤに陥った
り、その後もハイリスクの資産運用へ傾斜したりして、90 年代にかけ 2 度の危機を生み、退潮を示した。
[表4]米国金融機関の金融資産規模、構成比
通貨当
局
(FRB)
商業銀
行
1
2
3
4
3
4
5
6
5
5
6
4
7
16
45
262
568
1,221
2,127
2,742
3,092
2,217
合計
構
成
比
構
成
比
構
成
比
%
%
%
1
1
1
1
2
3
3
4
5
5
4
0
0
1
16
251
384
1,172
1,244
1,323
1,651
2,711
0
0
0
0
2
2
3
2
2
3
4
)
3
12
47
195
478
897
1,965
2,819
2,873
3,174
3,387
その他
(注4)
)
0
0
0
2
7
7
7
7
7
7
8
131,499
165,645
200,382
(
%
16,861
40,543
101,477
)
%
証券会
社(含む
投資銀
行)
3
4
5
5
4
3
3
4
3
3
3
(
構
成
比
10
29
71
213
596
705
1,213
1,857
1,891
1,911
1,852
(
構
成
比
デリバ
ティブ想
定元本
(注6)
構
成
比
)
0
0
5
114
1,020
1,571
2,493
3,542
3,837
4,464
4,961
政府系
金融機
関
(参考)
(
0
0
0
0
2
3
4
7
7
7
7
6
12
15
17
20
22
21
18
18
17
13
)
2
4
4
3
9
13
18
17
18
19
17
21
84
224
801
2,716
4,787
7,576
9,111
10,276
10,821
8,160
(10億ドル)
%
(
6
24
58
150
1,184
2,766
6,518
8,934
10,443
12,104
10,185
公的M
BS向け
不動産
融資の
プール
(証券
化関連
②)
26
23
17
14
14
13
11
11
11
10
9
)
)
1
2
3
1
4
9
12
12
12
12
9
%
92
159
265
656
1,895
2,814
4,006
5,599
6,023
6,316
5,822
(
%
構
成
比
)
%
証券化
商品(A
BS、民
間
MBS、
ABCP)
発行体
(証券
化関連
0
0
0
0
268
663
1,497
3,376
4,184
4,517
4,095
69
58
55
51
35
27
22
23
22
22
26
(
構
成
比
(
構
成
比
)
0
0
0
2
4
3
5
4
4
5
6
投資信
託等
(ミュー
チュア
ルファン
ド)
3
17
47
62
608
1,853
4,433
6,049
7,068
7,829
5,435
(
0
0
0
76
493
741
1,812
2,007
2,312
3,033
3,757
%
)
1950
1960
1970
1980
1990
1995
2000
2005
2006
2007
2008
構
成
比
(
MMMF
(注3:
預金型
投信)
243
397
838
2,390
4,911
5,843
8,149
11,817
12,655
13,786
15,769
%
)
ファンド
合計
(注2)
%
構
成
比
金融会
社
(ノンバ
ンク)
(
11
16
16
17
10
5
3
3
3
3
2
%
)
39
112
253
792
1,323
1,013
1,218
1,789
1,715
1,815
1,524
構
成
比
年金
(民間・
公的
計)
(
42
33
34
32
24
21
18
18
18
18
22
構
成
比
)
150
229
517
1,482
3,337
4,494
6,469
9,320
10,203
11,192
13,409
保険
会社
(
)
)
14
8
6
4
2
2
2
2
2
2
4
構
成
比
%
%
)
50
53
86
174
342
472
636
879
908
951
(注5)
2,271
貯蓄金
融機関
(
%
1950
1960
1970
1980
1990
1995
2000
2005
2006
2007
2008
構
成
比
(
(
構
成
比
預金
金融機
関
(注1)
354
688
1,534
4,681
13,862
21,413
36,397
51,258
57,107
62,742
61,386
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
(注1)預金金融機関には、商業銀行と貯蓄金融機関の他、クレジット・ユニオンを含む。
(注2)ファンド合計には、MMMF、投資信託等の他、REIT、ETF、クローズド・エンド型投信を含む。
(注3)MMMFはMoney Market Mutual Fundの略。預金型の投資信託。資金の出し入れが自由で、小切手の発行が可能。MMFと同
義。
(注4)その他の内訳は外国金融機関の資金調達会社、ノンバンクの持ち株会社、FRBによるベアー・スターンズやAIGの救済融資等。
(注5)2008年に通貨当局(FRB)の資産規模が拡大しているのは、金融危機対策による各種貸出や、資産の購入のため。
11/16
投資信託やMMMF等のファンドに対して証券化ビジネスは運用機会を提供した。MMMFについては短
期かつ高格付の証券を中心に投資するため、これまで見てきたような中長期のABSやMBSへ直接投資
することは少ないものの、 CP(短期社債)の一種であるABCP(Asset Backed Commercial Paper:資産を
担保とする短期社債)への投資を通じて証券化と関わっていた。 ABCPは比較的短期の売掛債権等が
裏付資産に占める割合が高いといった違いはあるが、ABSやMBSと組成方法等が似ており、ABSや
MBSの組成までのつなぎ資金の調達に利用されることもあるなど、両者は密接に関連している(FRBの
統計ではともに「証券化商品発行体」の負債として計上されている:図 13)。近年はCDO等のハイリスク
の証券化商品を裏付資産とするABCPも現れ(7 頁参考 1)、MMMFの一部はそれらも購入していた。
MMMFや、ABS、MBS、ABCPは共に大手金融機関の影響下にあった。 MMMFの多くに対しては大手
金融機関がスポンサーとして資金支援を行う立場にあったし、ABCPの発行体に対しても大手金融機関
が融資枠を設定するなどし、資金調達に不安の無いような仕組みとしていた 4。これらの相互の関連の脆
弱さが最も顕在化したのがリーマン・ブラザーズの破たん時で、同社のCPを購入していた一部のMMMF
が元本割れしてMMMFに解約要請が殺到し、CP市場から急速に資金を引き揚げたため(図 14)、MMMF
やABCP発行体を支援する立場にある大手金融機関、ひいてはドル短期金融市場全体の資金枯渇に結
びついた。証券化市場も同時に機能不全となった。
3-2.金融機関の大規模化
既にみた通り、今回の危機については大手金融機関の役割が大きい。規制緩和に伴い金融機関が
大規模化し、それら大手が高度な金融技術を用いた証券化やデリバティブ取引を急速に拡大させていっ
たのに対し、規制・監督が追い付かなかった。
80 年代以降規制緩和が進み、特に 99 年の銀行・保険・証券を併営する総合金融サービス業の解禁
や、04 年の投資銀行への資本規制緩和が大規模化を促した(表 5)。93 年に銀行の大手 10 行は、全行
の総資産のうち約 18%を占めるに過ぎなかったが、破たんや統合を経て金融機関数が減少するなか、
08 年には約 48%の資産が上位 10 行に集中するようになった(図 15,16)。投資銀行も大手銀行との競争
が激化するなか、資本規制が緩和され自己資本の 20 倍~30 倍まで総資産を膨らませた(図 17)。こうし
た大手金融機関は大規模化に伴い証券化ビジネスを大きく拡大させた。更に、危機を増幅させたクレジ
ット・デフォルト・スワップ(3 頁表 1 参照)に代表されるデリバティブ取引も殆どを大手金融機関が手掛け
ていた(図 18)。大規模化は「大きすぎて潰せない」(Too big to fail)といった監督上の問題も生み出した。
[図13]証券化商品発行体の貸借(07年末) (10億ドル)
資産
負債
住宅・商業用不動産ローン 2,957 短期社債(ABCP)
643
消費者ローン
684 長期社債
3,877
360 (証券化商品 ABS,MBS
公的MBS(注)
シンジケートローン等
328
その他(含む売掛債権) 189
4,517
4,520
[ 図14]短期社債(CP)での資金運用の前期差(投資家別)
600
リーマン・ブラザーズ
破たん直後
400
200
0
▲200
その他
▲400
(注)公的MBSを元に、民間でCMOと呼ばれるMBSの一種を組成する場合があるため。
(資料)FRB
▲600
MMMF
▲800
投資信託等
(ミューチュアルファンズ)
08/3
(資料)FRB
08/6
08/9
08/12
▲1,000
09/3
(四半期:~09年1-3月期)
4ABCP 発行体の資産側は比較的中長期に資金が固定されるのに比べ、負債側は短期調達であるという期間構造のミスマッチが
大きくなるため、通例は ABCP の借り換えを繰り返す上、資金調達に不安の無いように大手金融機関が融資枠等を設定する。
(参考文献:Moody’s 2003 “The Fundamentals of Asset-Backed Commercial Paper”)
12/16
[表5]米国の金融制度改革、規制変更(抜粋)
1933
1980
グラス・スティーガル法
金融制度改革法
1994
1999
リーグル・ニール法
グラム ・リーチ・ブライリー法
2004
ネット・キャピタル・ルールの変更
(SEC:証券取引委員会)
銀行業務と証券業務の分離、預金保険制度創設、連邦準備制度の改革
預金金利の自由化、貯蓄金融機関の業務範囲自由化、全預金金融機関の連
銀システム加盟
州際銀行支店設置の自由化
金融持ち株会社を通じ、総合金融サービス業を解禁。銀行に証券、保険業務
などの非銀行業務を解禁
大手投資銀行に対する自己資本規制を緩和
[図15]米国銀行(注)の資産規模
上位10行とその他
[図16]米国の銀行数
(商業銀行+貯蓄金融機関)
(10億ドル)
16000
16,000
14000
14,000
その他
12000
12,000
上位10行
10000
10,000
8000
8,000
6000
貯蓄金融機関
4000
商業銀行
6,000
4,000
2,000
2000
0
0
91
93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08
(注)商業銀行+貯蓄金融機関
(資料)FDIC
93
95
97
99
01
03
05
(資料)FDIC
(暦年)
(暦年)
[図17] 大手金融機関の財務レバレッジ
(総資産÷自己資本)
(倍)
35
30
投資銀行
25
20
15
10
商業銀行
5
(暦年)
99
00
01
02
03
04
05
06
07
(注)投資銀行はゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、メリルリンチ、リーマン・ブラザーズ4社の
平均、商業銀行はJPモルガン・チェース、シティグループ、バンク・オブ・アメリカ3社の平均
(資料)Bloomberg
13/16
07
0
[図18]米国商業銀行のデリバティブ取引想定元本 上位5行のシェア(08年末)
デリバティブ取引全体
①
②
③
上位5行
以外
④
⑤
うちクレジット・デリバティ
ブ(クレジット・デフォルト・
スワップ等)
①
0%
5%
②
③
④
⑤
10% 15% 20% 25% 30% 35% 40% 45% 50% 55% 60% 65% 70% 75% 80% 85% 90% 95% 100%
(注)①JPモルガン・チェース②バンクオブアメリカ③シティバンク④ゴールドマン・サックス(08年以降銀行持ち株会社に移行したため本統計に含
まれる)⑤HSBC 想定元本はデリバティブ取引全体で2,003,816億ドル、うちクレジット・デリバティブが158,967億ドル
(資料)OCC
3-3.複雑かつ大規模になりすぎた金融産業
「銀行離れ」や金融機関の大規模化、金融技術の高度化の動き等を単純にまとめると、米国の金融産
業全体が当局の規制・監督能力に比し複雑かつ大きくなりすぎたといえよう。
雇用の面からみると、金融産業が米国の就業者全体に占める割合は 5%に満たない程度で、近年そ
のシェアはほとんど変わらない。にもかかわらず、これまで見てきたような動きを背景に、収益面では金
融産業のシェアは大きく拡大を続けた。特に 2001 年以降 2007 年までは米国の全産業の利益のうち 25%
以上を金融産業が稼ぎ出していた(図 19)。金融機関の金融資産の規模(11 頁表 4)をみても、GDP 対比
で 1950 年の約 1.2 倍から、2007 年には約 4.5 倍まで拡大した。
金融産業が複雑かつ大きくなるのに対し、監督官庁は業態毎に細かく分かれ、重複があった一方、大
手金融機関に対応できるまでには監督能力が追い付かなかったり、証券化やクレジット・デフォルト・スワ
ップのようなハイリスクの新しい金融技術には規制の目が行き届かなかったりした。
[図19]米国の企業利益と雇用に占める金融産業の割合
35%
30%
企業利益(Corporate profits)
のうち、金融産業の占める割合
25%
20%
15%
10%
5%
就業者のうち、金融産業の占める割合
1950
55
60
65
70
75
80
85
90
0%
95
2000
05
(暦年:企業収益は~08年、雇用は~07年)
(注)企業利益は税前利益。金融部門のうち、連邦準備銀行を除く
(資料)米国商務省
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
(参考2)米国の金融規制改革案
米国政府は 09 年 6 月に入り包括的な金融規制改革案を発表した。業態・商品毎の規制を超えて金融市場全体を監督
することの重要性や、金融システム全体への影響という視点からの金融機関の監督強化、破たん処理、証券化市場や
デリバティブ市場の規制、国際的に監督水準を引き上げて協調を進めること等を意識した内容となっている。
具体的には、金融システム全体へ大きな影響を及ぼしうる金融機関や、規制の不備を突いたような市場の動きについて
は新設予定の金融サービス監督評議会(財務長官や主要な監督機関の長で構成)が監視。金融システムに大きな影響
を与えうる金融機関については、銀行であるか否かにかかわらず、FRBが監督・規制。証券化については組成者が証
券化商品の 5%を保持し続けることや格付け機関の監督強化等を提言。クレジット・デフォルト・スワップ等の店頭デリバ
ティブ取引では取引所取引への移行や、レバレッジの規制を提言。危機が国際的に拡散したことも踏まえ、国際的に監
督水準を引き上げ、協調を進めることを提言。
米国政府の金融規制改革案抜粋(09年6月発表)
1.監督機関の新設・再編と機能(既存機関は新たに想定される機能を記載)
金融サービス監督評議会(新設)
Financial Services Oversight Council
財務長官、FRB議長他監督機関の長計8名で構成する評議会。金融システムにリスクをもたらす可能性
のある金融機関や市場の動きを感知し、各監督機関の政策協調を主導。
FRB
金融消費者保護庁
規模、レバレッジ、他機関への影響度合い等の
観点から、金融システムに大きなリスクを与える
可能性がある金融機関(Tier1 FHC)を、銀行であ
るか否かに関わらず規制・監督
Consumer Financial Protection Agency(新設)
一部のサブプライムローンにみられたような消費
者向けの違法な貸出の防止を念頭に、消費者保
護の観点から金融市場を監督・規制
National Bank Supervisor(新設)
貯蓄金融機関を監督するOTS(The Office of Thrift
Supervision)を解消、連邦連邦法に基づく銀行を
監督するOCC(The Office of the Comptrloller of
the Currency)の機能を受け継ぎ、連邦免許に
連邦預金保険公社(FDIC)
大規模金融機関の破綻処理
基づく預金金融機関を一元的に監督
2.金融市場の改革
証券化市場の改革:無責任な組成を防ぐため、証券化商品の組成・引受者が一定のリスク(5%)を負
担し続ける仕組みの導入、格付け機関の規制
CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を含む店頭デリバティブ取引の規制(定形化された取引の取引
所への移行、オーダーメイドの店頭デリバティブ取引のレバレッジ規制等)
3.国際的な対応
米国内で活動する外国金融機関にも同等の基準を要請
バーゼル銀行監督委員会に銀行資本規制の改革を提言(証券化商品やトレーディング勘定、オフバ
ランスの金融商品に対する資本規制を改善することや、高レバレッジを是正するため、リスクウェイトを
考慮しない自己資本比率を監督基準として考慮すること等)
バーゼル銀行監督委員会に国際間の金融機関の破綻処理の仕組みの改善を提言
G20の合意に沿って、CDS取引等店頭デリバティブ取引の標準化や監督の改善を各国に要請
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4. 当面の注目点
以上のような短期金融市場や証券化市場の動向を含め、米国の金融市場はこのところ全体として次
第に改善しつつあるものの、引き続き予断を許さない状況にある。
今後については、ストレステスト(図 11)の結果でもみられるように、証券化商品による追加的な損失計
上は大きくないとみられる一方、一般融資債権の劣化がどの程度まで進むかが懸念されている。特に商
業用不動産向け融資等で厳しい状況が続いている模様である。
金融機関の種別では、中小・地域金融機関の動向への注目度が増している。減少してきたとはいえ、
他国に比べると米国は未だに金融機関数の多い国である(図 16)。伝統的な中小・地域金融機関が地域
経済に果たす役割は大きく、証券化市場の縮小が避けられない中で、むしろ期待は高まっているともい
える。ところが、大手金融機関、証券化市場を中心とした「新しい」金融部門→実体経済への負の力は、
実体経済→「古くからの」金融部門、中小・地域金融機関へ大きな波及を見せている。中小・地域金融機
関の融資債権は劣化が進み(図 20)、破たん銀行は増加し続けている(図 21)。こうした動きが先行きの
米国経済を一層下押しすることが懸念される。
米国政府の対策もこうした中小・地域金融機関への配慮が増しつつある。例えば、大手金融機関が返
済した公的資金は、資産規模の小さいこうした中小・地域金融機関への資本注入等に再利用が見込ま
れている。
[百武]
お問い合わせ先:℡ 03-3246-9370
[図20]米国中小銀行の延滞率の推移(%) 9
[図21]米国の破たん銀行数
(商業銀行+貯蓄金融機関)
8
300
250
商業用不動産
7
クレジットカード債権
第2次S&L危機
(貯蓄金融機関が多く破たん)
6
200
5
150
4
企業向け融資
100
3
(注)
2
50
住宅ローン
1
全規模・全種類(点線)
0
0
91
93
95
97
99
01
(注)中小銀行は、資産規模100位未満の銀行
(資料)FRB
(参考文献)
03
05
07
91
09
93
95
97
99
01
03
05
07
09
(注)09年は7月17日までの数値
(四半期:~09年1-3期)
(資料)FDIC
(暦年)
『図説 アメリカの証券市場 2009年版』日本証券経済研究所、2009年
『アメリカの金融制度 改訂版』高木 仁、東洋経済新報社、2006年
『米国発金融再編の衝撃』大和総研、日本経済新聞出版社、2009年
『金融革新と市場危機』藤井真理子、日本経済新聞出版社、2009年
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