日本野外教育学会第 10 回大会研究発表抄録集 プレプリント 2007 年6月 17 日(代々木オリンピックセンターにて) 高等学校林業教育に野外教育の要素を取り入れた教育実践 -グリーンライフ科にみる新しい森林教育の方向性- ○井上真理子・大石康彦(森林総合研究所多摩森林科学園) キーワード:林業教育,高等学校,グリーンライフ,森林教育,自然体験 Ⅱ.方法 Ⅰ.はじめに 森林が国土の6割以上を占める日本では,森林 1)高校教育でのグリーンライフ科の現状につい での教育活動が盛んに行われている。森林を教育 て文献や教科書,インターネット(HP)を調べた。 の題材や場とした教育には,林業技術者養成の流 2)グリーンライフ科の教育実践を,担当教諭へ れを持つ林業教育と,野外教育,環境教育などが の聞き取りと学校要覧等の資料より調査した。調 ある。森林が自然体験の場や地球温暖化対策とし 査内容は,グリーンライフ科設置の背景,教育目 ても注目される中で,林学分野と野外教育など他 標,教育内容,入学と進路状況,教育の効果と課 5) 分野等の連携の必要性が指摘されている 。 題とした。調査対象は,グリーンライフ科の設立 林業教育に野外教育の要素を取り入れた教育実 が早く,森林での教育を行っている2校とし,調 践として,高校のグリーンライフ科の取り組みが 査を 2006 年2月,2007 年2月に行った (表-2) 。 ある。グリーンライフ科は,林業科を改編した農 3)以上の結果より,林業教育と野外教育の要素 業系専門学科として始まり,1999 年に新設された を取り入れた新しい森林教育の方向性を考察した。 農業専門科目 「グリーンライフ」 の起源でもある。 Ⅲ.結果 科目「グリーンライフ」は,農業・農村の特性を 1)高校教育でのグリーンライフ科の現状 生かした対人サービスを学習する科目で,内容と グリーンライフ科の設置状況を,文部科学省の してグリーン・ツーリズムや農村体験,地域文化 資料( 「特色ある学科・コースを設置する高校」の や交流・余暇活動を取り上げている2)。初年度の リスト)1)とインターネット検索で調査した結果, 実施が 195 校,受講生 6,000 名以上(2005 年度予 4校であった(表-1) 。4校とも農業専門学科で 3) 定) あり,農業科目として注目されている。 本研究では,林業教育に野外教育の要素を取り ある。グリーンライフ科に改編する前は,2校が 林業科,残り2校は生活科学科*であった。 入れた教育の実践事例としてグリーンライフ科の 科目「グリーンライフ」の教科書から教育内容 取り組みを調査し,新しい森林教育の方向性につ を見ると,農村交流や農産物生産などで,生活科 いて考察した。 の要素も多い。林業教育の要素には,森林を活用 表-1 グリーンライフ科の設置状況 学 校 設置年 改編前学科 熊本県立八代農業高校泉分校 1998 林 業 科 群馬県立勢多農林高校 2003 生活科学科 長野県更級農業高校 2005 生活科学科 群馬県立利根実業高校* 2005 森林科学科 *1997 年に森林科学科は林業科から改編 した体験活動(自然観察,山仕事,キノコ栽培, 炭焼き等)があるが,多くない(30/203 ページ)4) 。 グリーンライフ科4校の教育内容を高校 HP か ら調べた結果, 3校に森林・林業のコースがあり, 4校に生活や園芸のコースがあった。 *生活科学科:学習指導要領(1989 年版)での農業の 1分野。この指導要領で生活科から名称変更した。 日本野外教育学会第 10 回大会研究発表抄録集 プレプリント 2007 年6月 17 日(代々木オリンピックセンターにて) きており,学校の存続が保たれている。街の中心 2)グリーンライフ科の教育実践 教育実践を森林での教育を中心にまとめた。 部からの遠距離通学者や県外からの下宿者もいる。 (1)グリーンライフ科設置の背景: 泉分校では, 進路先は,改編前に志願者のいなかった進学が増 少子化により閉校寸前だった学校再建の方向性と え,森林・林業系や教育系の大学,アウトドア系 して,当時の教頭により発案された。勢多農林高 専門学校,また森林組合等への就職がある。勢多 校では,生活科を改編する際,以前に「林業一般」 農林高校では,学校が市街地にあり選択枠が多い に活用していた演習林施設を活かした教育を行う ため, グリーンライフ科の人気が高い訳ではない。 ため設置された。学科の教育実践にあたり,外部 進路は, 関連分野への進学者がでるようになった。 組織や講師の協力を得ている(泉分校:国際自然 (4)教育の効果と課題: 大学校,勢多農林高校:東京環境工科専門学校) 。 で,自己発見,チャレンジや協力を学ぶこと,地 (2)教育目標と教育内容,指導体制: 泉分校で 域との連携が挙げられ,勢多農林高校では,自ら は,2年次から2コース(グリーンサイエンス, 企画,立案,実施できることが挙げられた。課題 ライフサイエンス)に分かれる。山間部の自然環 として,両校とも教育内容の改良を継続的に行っ 境を活かし, 「森で学ぶ,森に学ぶ」をコンセプト ていた。グリーンライフ科では「楽しむこと」を に,自然を活かした人間教育を行っている。教育 基本とした教育の成果の実感を得つつ, 「グリーン 内容には,アウトドア(マウンテンバイク,カヌ ライフとは何?」 「遊んでいる」との批判の対処に ー,キャンプ) ,演習林での自然観察,木工等を取 配慮していた。また,教員の異動による教育内容 り入れ,校外学習でキャンプや冒険教育を行って の変化を危惧し, 教育内容の記録等を行っていた。 いる。森林では,炭焼き,間伐,環境調査や測量, Ⅴ.まとめ ネイチャーゲーム等を行っている。指導は,農業 教育の特色は,泉分校 グリーンライフ科では,森林を活用する技術と, 教諭3名(園芸 2,林業)を中心に職員全体で行う。 野外教育の技術を取り入れて,生徒が自ら発見し 勢多農林高校では,入学時から2コース(グリ 取り組むこと,仲間との協力や運営などの人間関 ーンライフ,フラワーデザイン)に分かれる。教育 係,自然や地域に学ぶことを目指した人間性の教 の目標は,交流型余暇活動を自ら企画,実施でき 育を行っていた。グリーンライフ科の教育は,専 る人材育成である。農林業を体験的に学習し,自 門教育として,自然を教材に,地域や関連産業, 然環境の学習とあわせて,創造的,文化的な生活 社会の変化に対応できる人材育成を目指している。 を創出する能力と態度を育成している。教育内容 同時にグリーンライフ科の教育の方向性は,文部 は,グリーン・ツーリズムと生物分類を基本に, 科学省の「生きる力」教育に直結していると言え 植物観察,イベントの企画,運営等である。森林 る。 今後教育上の意味づけや指導者の確保等,新た では,林業体験,テレメトリー調査(野生動物) , な森林教育のあり方を検討することが求められる。 木工や炭焼きを行っている。グリーンライフコー 引用文献 スの指導は,農業教諭2名(林業,園芸)が行う。 1)文部科学省資料(2004)高等学校教育改革の推進 (3)入学希望,進路状況: 2校共生徒の評判は 悪くない。泉分校の入学希望者数は,地元の中学 卒業生数より多く,学科を維持できる数が確保で 表-2 調査したグリーンライフ科の概要 学 校 生徒数(全校数) 位地 演習林 八代農業泉分校* 63(63) 山間部 あり 勢多農林高校** 118(689) 市街地 あり *2006 年度 **2005 年度 (http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kaika ku/2004/index.htm.2007.5.15.現在) 2)文部省(1999)高等学校学習資料要領,388pp. 3)佐藤誠(2005)グリーンライフの時代が始まっ た!,現代農業 68,14-29. 4)佐藤誠他 (2005) グリーンライフ,216pp,農文協. 5)関岡東生(2002)森林教育の歴史と展望,野外教 育研究 11,14-16.
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