北里大学医学部ニューズ CONTENTS 第13回医学部ニューズ写真コンテスト応募作品「春来れり」 (横場正典さん) ■卒業を祝します…………………………………………………2 ■教授退任挨拶……………………………………………………3~5 ■教授就任挨拶……………………………………………………6~9 ■講師就任挨拶……………………………………………………10 ■学位記授与式を終えて…………………………………………11 ■平成26年度卒業生一覧… ………………………………………11 ■平成27年度北里大学医学部入学試験報告… …………………12 ■KITASATO- KAIST学術交流Symposium 開催報告… ………13,14 ■濱田潤一教授を偲んで…………………………………………14 ■日本放射線腫瘍学会第27回学術大会 開催報告… ……………15 ■第82回大腸癌研究会 開催報告… ………………………………16 ■「Journal of Clinical Investigation(JCI) 」掲載報告… ……17 ■解剖学実習を終えて……………………………………………18,19 ■倫理演習について………………………………………………20 倫理演習を受けて ■教育研究単位紹介 産婦人科学「婦人科学」…………………21 ■北里賞・北島賞・医学部北里会功労賞各賞受賞者…………22 2015.3 No.355 卒業を祝します 医学部長 東 原 正 明 (教授・血液内科学) ご卒業、誠におめでとうございます。医学部教職員を代 献し、その分野のリーダーとして活躍してください。 表し、心より祝福致します。 少子高齢化の流れは留まる事はありません。10年後には、 北里大学医学部は、本年創立45周年を迎えます。フロン 病院依存から地域依存に推移し、病院も急性期、回復期、 ティア精神に満ちた学習環境の中で学友と共に勉学に励み、 慢性期のどのタイプの診療を提供できるのか、役割分担を 切磋琢磨した同窓生は、諸君(40期生)116名を合わせて 求められます。諸君は初期・後期研修を終えたのちは、さ 総勢4,536名となります。昨年5月には新大学病院が開院 らに全国の病院で臨床を研鑽すると思いますが、開業も含 しましたので、学内で初期研修を行う諸君は、この新大学 め、どのタイプの病院にて勤務するのが最適かを熟考して 病院で研修することになります。新大学病院は、「医療を ください。 取り巻くさまざまな外部環境の変化の中で、自ら成長し続 医療倫理・研究倫理をわきまえ、臨床、研究に手腕を発 ける病院であること」をテーマとしています。諸君の医師 揮してください。京都大学の山中伸弥教授はiPS細胞研究 としての成長にも期待します。 でノーベル医学生理学賞を受賞しましたが、その臨床応用 平成28年1月に全学臨床教育センター建設が始まりま と倫理的諸問題の解決が今後の課題となっています。一方、 す。この全学臨床教育センターには、図書室、セミナー室、 STAP細胞事例のような論文捏造、研究不正は絶対に許さ スキルスラボのほか、医学部学生5年生、6年生の自習 れるものではありません。将来諸君が医学研究を行うとき 室、初期研修医、後期研修医、そして助教(研究員)の居 には、 「研究不正防止」 「利益相反」を常に考慮する責務が 室が設置されます。一階には750椅子を収容する食堂も設 あります。 置します。5階建てですが、東洋一を誇る設備と利便性を 私は毎年、卒業生諸君に三つの言葉を贈っています。 もつセンターを目指しております。屋根瓦方式の臨床教育 1)Reach the summit of profession:プロフェッションを が密に実施できる臨床教育環境が充実・整備されます。こ 極めてください。諸君の将来は、基礎研究者、リサー のセンターに魂を入れるのは諸君です。先輩の医師から指 チマインドを持った臨床研究者、そして臨床医という 導・教育を受け、後輩の医師、医学生には熱意をもって指 3つの方向性があると思います。 いずれにしろ、 「プロ」 導してください。医学部は、医学教育の国際認証受審に向 になってください。 け、臨床実習期間を52週から73週に増幅させたカリキュラ 2)Be the leader on medicine and medical care:医学・ ム改訂など、準備を開始しておりますが、2016年後半から 医療のリーダーになってください。確固たる倫理感 2017年前半にかけて受審できると思います。参加型臨床実 を持ち、人類の福祉に貢献するリーダーになってく 習のレベルアップの為にも、全学臨床教育センターは不可 ださい。 欠の施設と考えます。一方、他施設で初期研修を予定して 3)Enjoy on global life:グローバルな生き方をしてくだ いる諸君は、他大学出身者と、臨床の場で、また研究の場 さい。アメリカ、ヨーロッパへ2~3年留学しましょ で大いに競い合って下さい。ショックを受けることも多々 う。研究もグローバルです。在日の外国人医師・研究 あると思います。将来5年後でも10年後でも、チャンスが 者・留学生とも交流しましょう。国際学会も積極的に あれば北里大学に是非戻ってきて、後進を指導し、鍛えて 参加しましょう。 ください。 4月からは、輝ける医師としての第一歩が待っています。 医学部入学時から、医師としての生涯学習が始まってい 初期研修においては、全力で打ち込んでください。他大学 ます。思い起こしてください。諸君は「医師になる」という 出身の研修医と競い合って下さい。学生時代は、臨床実習 強いモチベーション、そして本学で学びたいという積極的 期間に、先輩の医師から教育を受けました。今度は、学生 な意欲を持って入学してきました。クラブ活動を両立させ、 を指導する役割、即ち屋根瓦式教育の担い手になります。 ハードな勉学・臨床実習に耐え、医学の基本を習得し、こ 臨床研修が始まると、これまで以上の知力・体力・気力を こに卒業の良き日を迎えることになりました。学生時代に 必要とします。諸君の言動、医療行為には、社会的責任が 培った知識と見識を大いに発揮してください。初心を決し 伴ってきます。北里大学医学部同窓生としての誇りをもっ て忘れないで下さい。今後はそのモチベーションに更なる てご活躍ください。諸君の大いなる健闘そしてご健勝を祈 磨きをかけること、研究者として、臨床医として社会に貢 念してやみません。 − 2 − 教授退任挨拶 医学部での13年間を振り返って 高 橋 正 身 (教授・生化学) いよいよ3月末日をもって医学部を退職することとなり れました。一つには私の赴任に合わせるかのように開設さ ました。2002年に就任してからの13年間は、自分にとって れた遺伝子高次機能解析センターがあります。これは当時 大変幸福なことであったと医学部の皆様に心から感謝申し の免疫学の篠原信賢教授が亀谷徹学部長の支援の基に作 上げます。生化学単位は私が赴任する少し前に生化学の2 られた奇跡のような動物施設であります。私たちは北里に 単位と生物物理の半単位が一つの中単位に改組されていま 来る直前に遺伝子改変マウスを作成しましたが、この素晴 した。このため従来4階と7階にあった研究室が4階に集 らしい施設とスタッフのお陰で、その解析を存分に行うこ 約され、私が来た時には部屋中に物が溢れ動くのもままな とが出来ました。この変異マウスの特徴の一つに、生後3 らない状態でした。事務のご厚意で隣の大学院自習室を使 週頃に自発性の全身発作を発症し、脳がてんかん化してい わせて頂けることになりましたが、それでも狭く、更に使 くことがあります。てんかん化の解析には電極を用いた脳 われていなかった事務室との壁を勝手に外し不法占拠した 波の測定が必要です。精神科学の全面的なご支援の基、こ のも今となっては懐かしい思い出です。 の技術をフルに活用させて頂き、退任までにてんかん化の 北里にお世話になる前には、町田市にありました三菱化 全貌を明らかにすることが出来たことも幸運であったと 学生命科学研究所に勤務しておりました。研究所では常に 思います。 前に進むことが求められており、報告会などでは常に新 医学部では毎年予算を確保し大型研究機器の購入を進め しい成果が求められました。このため赴任してしばらく ています。しかしどのような機器があるのか、どのよう は、講義内容も毎年変えていかなくてはいけないような気 にすれば利用できるかなどがほとんど分かりませんでし がしていましたが、私の講義を2回以上聴く学生は僅かで た。そこでDNA実験センター長をしていた時にセンター あることに気づき、プレッシャーが減ったのを覚えており のホームページを立ち上げ、センターの機器を検索できる ます。ワープロばかりを使っていたためか、黒板に字を書 ようにしました。さらに研究委員長の馬嶋正隆先生と相談 く際、漢字が出てこないのには参りました。結局はパワー し、生化学の五艘行信准教授に医学部共通機器のホーム ポイントを主に使い、字を書かずに済ませてしまいました。 ページを作って頂きました。医学部の予算の多くは授業料 パワーポイントの欠点は、ともすれば進む速度が速すぎる 収入に依存しており、出来るだけ有効に活用することが求 ことです。このためスライドの全部の図を印刷して配り書 められております。貴重な予算で購入した機器がほとんど き込めるようにしました。解説用のプリントも作りました 使われることもなく古びていくことを避けるためにも、今 が、説明文を全部質問形に変えてみました。ヒトは質問さ 後も購入機器の有効活用の取り組みを更に推進して頂くこ れると本能的に答えようとしますが、答えが分からない場 とを願ってやみません。 合はプリントを見ると、そこに答えが載っており、自然と 力不足ではありましたが、充実した13年間を過ごさせて 復習が出来るであろうと期待しました。その他にも試行錯 頂いたことは、医学部の皆様のご支援の賜と重ねて感謝申 誤を繰り返しましたが、果たしてどの方法が一番良かった し上げます。最後になりましたが、本学の益々のご発展を のかは、いつか卒業生に聞いてみたいと思っています。 心からお祈り申し上げます。 研究面でも北里に来られたことで幾つもの幸運に恵ま − 3 − 教授退任挨拶 已後而死(死して後やむ) 後は任せた 岡 本 牧 人 (教授 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学) 昭和50年3月東京医科大学卒業後、同年5月北里大学病 ここにきてようやく形が整い始めた。何と時間のかかるこ 院に病棟医として就職して以来、39年11か月北里大学に奉 とか。時間割を一つ変えるにも6学年へ影響がある。従来 職した。すまじきものは宮仕えと自ら言いつつここまで来 型の教育や既得権としての授業時間を変えてもらうため たのはほかに行き先が無かったからではなく、北里大学が の教員への意識改革にも多大のエネルギーが必要である。 それなりに魅力のある職場だったからである。 トップダウンでやれば済むことが民主主義的組織では何と 医師となった当初は、ほとんどの人と同じく早く一人前 時間のかかることか。 になりたい、他人の出来ない手術や治療ができるようにな 兎も角、卒業試験を筆記試験からMCQ(多肢選択試験) りたいという思いであった。それはどこの病院で研修し に変え、問題数も日数も国家試験に合わせ、臨床実習の終 ても達成できるものではない。(と気づいたのは大分あと 了時期を6年1学期とし、5年に全科の臨床実習を終え、 のことである。 )北里大学病院はその要望に十二分に応え そのために4年に臨床実習入門を導入した。当時の学部長 てくれる職場であった。たまたま勤めた病院がそうだった や内科診療部会長の和泉徹先生の協力で実現した。 ので、私は長い間どこで卒後研修を始めても同じだと思い、 国家試験の成績を上げるための一方策として挙げられた そのように学生にも勧めてきたが、とくにこの5年ほどは、 授業への出席についてはいくつかの思いがある。出席が合 北里での卒後研修を強く勧めるようになった。その大きな 格率に結びつくという客観的事実があっても、個々には相 理由は、当院の卒後教育の充実のほかに、病院として人の 関しなかったり、出席を取るときだけいて後はいなくなる 存在が重要であることを強く感じるようになったからであ とか、寝ている学生はどうなんだ、などと議論はつきない。 る。卒後研修施設としての北里大学病院は全国の中でも異 出席不足を救済するためにどうすべきという議論は教育委 色で、都心ではない立地条件と私立大学であるにも関わら 員会でも教授会でも延々と行われた。その結果、出席を把 ず、初期研修医を比較的多く確保できている。もちろん大 握するために電子カードの導入やビデオの導入などに進ん 部分は卒業生であるが他の私立大学でもそのようなところ で行った。どうも何か違うのではないか。出席など自分の は少ない。いろいろ理由はあるだろうが、この研修医がや 責任の問題で、3分の1ルールがあれば、何であれ、アウ がては病院にとって大きな財産となり、次の研修医を呼び トというだけのことではないか。学生の義務を忘れた学生 込む。この連鎖は重要である。 の権利の保護のもとに、不毛な時間と費用をかけて、その 充実した卒後研修といっても40年の間には医療の変化と 結果教員と学生の距離が遠くなり、何より学生の自立心が ともにいろいろ変わってきた。開院以来患者さん中心の医 失われた。これは残念なことであった。 療といいつつ、その中味もずいぶん変化・進歩してきた。 出席に関して何を期待していたか。私がもっとも期待し しかし、なお十分でない部分もある。ここまできたら安心 ていた答えは、学生側から、自分たちは大人であって、責 ということは医療においても医学においてもない。不断の 任も自分たちで取るから、つまらない出席の取り方などや 努力が求められる。 めて欲しい。ついては学生の方で自主的に出席の管理をす さて、医師としていっぱしのことができるようになる るというような申し出である。一時期そういう方向に向か と、後進の指導だけでなく学生の相手もしなければならな いつつあったのだが、いつのまにか消滅してしまった。こ い。私も耳鼻咽喉科の学生担当から、医学部教育委員とし れは我々に責任のあることでもある。教育改革を善意のパ て、さらには、平成13年10月から16年9月迄1期半、平成 ターナリズムのもとに教員が行ってきたことである。そこ 19年10月から23年9月迄2期、教育委員長を拝命した。 に学生を参加させなかったことである。これには深い根が 教育も医学・医療と同じで年々進歩しており、新しいこ あって、1960年代の学生運動に遡り、医学部はそういうこ とへの挑戦が常にあったという点で、医学部における生き とが起こらない大学として発足した経緯がある。しかし50 方と相通じるところがあった。 年を経てそろそろ学生の教育への参加があっても良い時代 平成13年国家試験成績が低迷していたが、教員の意識と ではないかと思う。 しては国家試験など学生が勉強するかどうかの問題という 医療も医学も教育も常に進歩している。それに遅れを のが一般的考え方であった。それをシステムの欠陥やその とってはならない。それを担うのは若き教員であり、学生 改善で対応すべきというのは、医療事故における改革と似 である。かつて私たちも進歩に対応し困難に立ち向かって ている。 きた。次はあなたたちの番である。それがある限り、北里 それまで単なる時間割と思われていたカリキュラムを目 大学は永遠に不滅であると言えるであろう。 的達成のための本来の戦略的カリキュラムへ変える試みは − 4 − 教授退任挨拶 ― 相模原キャンパスで過ごした45年間 ― 鎌 田 貢 壽 (教授・腎臓内科学) 昭和45年、丹下健三氏設計の教養部校舎、白百合寮、看 の無理と思われる要求を断らずに、全力をあげて努力する 護婦療一棟のみが建つ広大な相模原校地に、医学部第一回 自分が育ったことを感じます。 生の一人として立ちました。以来45年間、米国留学の2年 米国留学もそうでした。上司はある日、 「これ以上臨床 間を除いて一度も出向を命じられることなく北里大学医学 や研究を頑張っても飛躍は望めない。米国に留学しなさい。 部の一員として過ごしてきました。これ程長い時間を北里 留学するならハーバード大学に留学しなさい。」と言うの 大学医学部で過ごす人はもう現れないものと思います。今 です。留学の方法を聞くと、 「自分で手紙を書いてポジショ 振り返りますと、医学部の発展と私の人生は軌を一にして ンを得なさい。 」でした。そこで、論文で名前を知った先 いたと感じます。 生方に十数通の手紙を出したところ、4、5通の返事がき 戦後初の医学部として産声を上げた北里大学医学部、北 ました。いずれも面接は可能とのものでした。そこで米国 里大学病院には、「日本の医学の歴史に新風を吹き込む」 心臓学会から分化して間もない米国腎臓学会に演題を発表 という強い意志がありました。私は、教員の先生方の熱意 すると共にハーバード大学に出向きC.B.Carpenter教授 と新しい教育システムからの影響を受けて、これに共感し の面接を受けました。医師となって6年目の秋のことでし て走ってきたのだと感じます。 た。その後、曲折を経て、ハーバード大学、マサチュー 北里大学医学部の初期の教育で特筆すべきは、器官系別 セッツ総合病院の病理部長 Robert T. McCluskey 教授の 総合教育で臓器の機能と病気の成り立ちを教えたうえで、 もとへ、卒後8年目から2年間の留学をしました。ここで 病気の姿、生活への影響は、患者から直接に学ぶべきとし も北里大学で受けた研究教育が役立ちました。留学前に て、2年間にわたる長期の臨床実習を行ったことにあると は、研究課題の発見、研究プロトコールの作成、研究の実 思います。この教育の特徴は、学習の方法と基礎知識だけ 施、データ処理、論文の執筆・完成、投稿、レビューワと を教育し、病気の膨大な情報は患者の生きた姿から直接に のやり取りなどを何度か体験しておりましたので、研究に 学び、既知の医学情報は、教科書、学術書、論文などを、 見通しを持てたことが自信につながり、データの出ない 自ら検索、選択して学ばせたことにあります。改めて考え 日々も冷静に過ごすことができました。米国では、途絶え ますと、この教育方法は、記憶、技術、情緒の獲得の方法 ていたHeymann腎炎モデル(ラット実験膜性腎症モデル) として合理的であると思います。この教育が『北里大学医 を復活させて、腎臓病を分子レベルで解析する技術を得る 学部卒業生は臨床ができる』との評価を得る礎になったと ことができました。帰国後、腎臓内科講師として教育、研 思います。これに気づいた私は、長年にわたり臨床実習入 究、診療に携わることになり今日に至っておりますが、当 門『カルテの書き方』を担当し、この考え方を実践する方 時は、これほど長くの時間を本医学部で過ごすとは思って 法を教育してまいりました。 もおりませんでした。 学生時代の記憶でもう一つ忘れ難いのは、初代医学部長 さて、私の人生の目標である『一流の医師』になれたか 黒川正治先生のおっしゃった「北里大学医学部の評価は、 は皆さまに評価を委ねることになりますが、私自身が自分 諸君の活躍に対する世の評価をもってしたい。」との言葉 の到達した技量に満足して定年を迎えられますことは、大 です。一流の医師になりたいとの夢を抱いていた私には刺 変に幸せなことと感じております。恩師、同僚、後輩、そ 激的な言葉であり、いつしかこの期待に少しでも応えたい してご支援を頂いた多くの皆様に心よりの感謝を申し上げ と思うようになりました。 ます。 医学部卒業後、北里大学病院で医師としての研修生活を 私は定年を迎えた後、相模大野駅前に診療所を開設して、 始め、学生時代に最も分りにくいと考えた腎臓内科に入局 これまで培ってきた医学知識、医療技術を地域の皆様にお しました。内科初期研修では、2年間にわたり内科の全て 返しすることに致しました。今後は、地域医療に貢献しつ の分野をローテーション研修しました。この研修では、い つ、医学・医療の進歩を学ぶことを楽しみに生活をしてま ずれの科にも教授以下、一騎当千の兵(つわもの)といえ いります。皆さまには引き続き、ご支援、ご鞭撻のほどを る強い志を持った方々がおり、気の抜けない日々が続きま お願い申し上げます。 したが、この研修は私の中に、患者を診るときの厳密さを 長い間大変お世話になり、ありがとうございました。 育ててくれました。その後の腎臓内科研修を通じて、上司 − 5 − 教授就任挨拶 長 沼 英 明 ⎛教授・新世紀医療開発センター⎞ ⎜ 先端医療領域開発部門 ⎜ ⎝ 神経耳科学 ⎠ この度平成27年1月1日付きで新世紀医療開発センター、 た学生、医師を育てたいと考えています。我々医師は、特 先端医療領域開発部門、神経耳科学教授を拝命致しました、 に大学病院に将来長く勤める医師であればなおさら、原因 長沼英明と申します。私は昭和60年に北里大学医学部を卒 不明の疾患の病態を解明すること、より優れた新しい治療 業後、設楽哲也名誉教授が率いる耳鼻咽喉科学教室に入れ 法を開発することを目標に、日々の臨床を行うことが非常 て頂き、北里大学病院において医師としての一歩を踏み出 に重要と考えます。そのbaseになるものがやはり継続した しました。当時はこのように長く大学での研究・教育・診 研究です。研究があるからこそ、後述する病態モデルを自 療に携わっていけるとは考えておりませんでしたが、診療 ら構築することができるようになると考えます。 を行う上での研究の重要性を徐々に感じ始め、徳増厚二名 小生の臨床を行う上での目標とする姿勢をここで述べさ 誉教授の御指導を賜りつつ、気がつくと耳科学、特に神経 せて頂きます。研究で得られた知見、理学所見・症状・検 耳科学のおもしろさにひかれ、同学問に没頭するように 査結果を踏まえ、その疾患にオリジナルの病態モデルを自 なっておりました。この度、岡本牧人耳鼻咽喉科・頭頸部 ら想定しています。診療を重ねる度に症状や検査結果の変 外科学教授のご配慮を頂き、教授に就任致しましたが、こ 化、更新される自らの研究結果を情報として加えていき、 の場をお借りして今後の研究・教育・診療に対する抱負を 病態モデルを改良します。そしてある一定以上に向上した 述べさせていただきます。 病態モデルについて思い巡らせると、そのモデルが正しけ 学校法人北里研究所をより優れたものにしたいと心から ればそれにあった特有の検査結果や症状が想定されること 願っております。そのためには、本学に従事する医師、研 になります。そこで想定される検査結果や症状は当然教科 究者が独自のアイデアを基にして研究を繰り返し、原因不 書には書かれていない、またはこれまでの常識では考えら 明の病態を解明すること、新しい治療法の開発を行うこと れないようなものもあり、不定愁訴としてしか考えられな の努力を続けることが非常に重要であると考えています。 い症状かもしれません。しかし実際の患者さんが述べる症 設楽哲也名誉教授の御指導を受けた、「外来で行う鼓膜 状や検査結果がそれらと一致した場合は、想定した病態モ 形成術の治療成績の向上」に関する研究が本格的な(自称) デルの一部は正しいかもしれないと気づくことになります。 研究経歴の第一歩となりました。それから25年が過ぎ、現 これは新しい病態モデルを構築、病態解明に一歩前進した 在の研究テーマは、メニエール病の病態メカニズムの解明 と考えられます。このように独自の病態モデルをいつも想 に関する研究であります。メニエール病などの内耳性難聴、 定・構築している医師にとってはその予想外の症状・検査 内耳性めまい症の発症と精神的・肉体的ストレスの関連性 結果はかなり重要な所見としてとらえられることになり、 が臨床上指摘されていますが、そのメカニズムは不明であ 新たな発見となります。いろいろな方法があるにせよ、自 ります。これまで本学生理学教室、河原克雅教授の御指導 由な思考の出来る医師を育てるべく、医学部学生の教育や を受けた研究の結果、後述のメニエール病に対する「水分 卒後教育を行っていきます。 摂取療法」を開発致しました。 診療においては、北里大学オリジナルの治療法を展開し 最近はストレスによる細胞障害の発生メカニズム、ス ていきます。現代のストレス社会で罹患率が増加を続ける トレス疾患の発症予防を含む治療への応用に関する研究 疾患の一つであるメニエール病に対する新たな北里大学オ をされている、共同研究者である理化学研究所・脳科学 リジナルの治療法「水分摂取療法」と、急速に進む高齢化 総合研究センター、御子柴克彦先生により1.Inositol 社会に於いて、高齢者の平衡障害に対する治療として、先 trisphosphate receptor : IP3 受 容 体 が 小 胞 体 ス ト レ ス に 代の徳増厚二名誉教授により開発されました北里方式の平 よって破壊され、神経細胞死が誘導される分子メカニズム、 衡訓練(めまいのリハビリテーション)を推し進めた結果、 2.同受容体が小胞体ストレスから神経細胞を守る働きを 東病院神経耳科の年間のめまい疾患の初診患者数は国内大 していることなど画期的な報告がされました。我々の共同 学病院でトップクラスになっております。この患者数を背 研究ではIP3 受容体に関連し、小胞体ストレス負荷により 景に、わが国の末梢性めまい疾患の基幹病院(科)として 誘導される内耳構成細胞における同ストレスを検出し、形 発展させるつもりです。 態学的、生理学(機能)的に調査することにより、内耳障 ここまで臨床医・研究者・教育の職を続けてこられたの 害とストレスの関連性を解明することを試みています。こ も、多くの諸先輩のご指導を賜れたためと心より感謝いた の研究が成功すれば、メニエール病の全く新しい概念に基 しております。微力ながら学校法人北里研究所をより優れ づく治療法の開発が期待できます。 たものにするため精進いたしますので、今後とも何卒よろ 教育においては、知識に立脚した思考ができ、かつ常識 しくお願い申し上げます。 にとらわれることなく自由に発想ができる勇気を兼ね備え − 6 − 教授就任挨拶 小児外科のアイデンティティー ― 北里大学での認知を目指して 田 中 潔 ⎛教授・新世紀医療開発センター⎞ ⎜ 先端医療領域開発部門 ⎜ ⎝ 小児外科学 ⎠ このたび、平成27年1月1日付で北里大学医学部新世紀 治療の発展、新生児集中管理の進歩による超低出生体重児 医療開発センター先端医療領域開発部門小児外科学教授を の救命、静脈栄養をはじめとする栄養管理法の進歩、悪性 拝命いたしました。この場をお借りしてご挨拶申し上げます。 腫瘍に対する集学的治療の進歩、鏡視下手術や小切開創か 私は昭和59年に北海道大学医学部を卒業し、研修生活の らの手術による低侵襲かつ整容面に優れた手術アプローチ、 のち昭和61年に東京大学医学部小児外科学教室に入局いた 肝移植を中心とした移植医療の進歩、気管狭窄症などに対 しました。当時の東京大学小児外科教授であり、私の恩師 する気道外科の進歩などにより、小児外科疾患を有する患 でもある中條俊夫先生は開院当時の北里大学病院で小児外 児の生命予後、QOLは著しく向上いたしました。胆道閉 科診療を始められた先生でもあります。当時から私と北里 鎖症では生命予後はほぼ100%となり、小腸が10cmにも満 大学には何らかの縁があったのかもしれません。入局後は、 たないような短腸症候群の長期生存が可能となっています。 東京大学をはじめとして、埼玉県立小児医療センター、自 これからは、小腸移植が日常医療になっていくと思います 治医科大学、国立小児病院、国立成育医療センター(現国 し、再生医療の臨床応用も進みます。小児外科疾患を抱え 立成育医療研究センター)といった患者数に恵まれた施設 る子供たちもさらに多くの恩恵を受けられるはずです。新 で、多くの経験をさせていただきました。小児外科は稀 世紀医療開発センターという名前に必要以上に身構えるこ 少疾患が多い分野ですが、全国の施設から重症、難治症 とはありませんが、時代の流れに遅れず、北里大学からも 例が紹介されてくる施設で勉強できたことは私の大きな 新たな発信をするよう努力をする所存です。 財産となっています。また、自治医科大学時代には1年 “Pediatric surgery is never boring.” とよく言われます。 3か月と短い期間ではありましたがIreland, Dublinにある 一生のうち1、2回しか遭遇しないような小児外科疾患も Children'sResearchCentre,OurLady'sHospitalforSick 数多く、また同一疾患であっても一例一例病態が異なって Childrenに留学する機会をいただきました。そこでは、消 いることから、小児外科診療にはマニュアル医療は存在し 化管の神経系を中心とした研究に従事いたしました。また、 がたく、その都度考え、過去の類似症例を勉強し、他施設 外から日本を見つめる貴重な経験となりました。 の先生とも相談しつつ診療を進めることになります。その 私は2004年に北里大学医学部外科学教室に入局いたしま 治療結果は患児のその後の数十年の人生を大きく変え、次 した。渡邊昌彦教授の大きな度量により小児外科診療を任 世代にまで引き継がれていきます。小児外科医を続ける限 せて頂き、10年余りが経ったことになります。重圧の中で り飽きることは絶対にありません。このinterestingな小児 の10年間でしたが、小児外科臨床において責任ある立場と 外科を志す若い人が一人でも増えるよう、その魅力を今後 して過ごすことのできたこの10年間はそれまでの20年間に も語り続けていきたいと思います。 「小児外科のアイデン 勝る大きな10年間でした。外科の先生方、小児科をはじめ ティティー ― 社会での認知を目指して」は十数年前の日 とする他科の先生方、コメディカルの方々のご指導や支え 本小児外科学会学術集会のテーマでした。北里大学や近 があったからこそ現在があると思っております。この場を 隣においては小児外科の認知度はまだ十分とは言えません。 借りてお礼申し上げます。 小児外科の認知度を高め、メジャーな分野にすべく一層の さて、小児外科を取り巻く医学・医療は日進月歩です。 努力をしてまいります。 今後とも、皆様には引き続いてご 例えば、出生前診断の進歩に伴う周産期管理の進歩や胎児 指導を頂きますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。 2015.3 No.355 − 7 − 教授就任挨拶 臓器移植・再生医療学の 教授に就任して 吉 田 一 成 ⎛教授・新世紀医療開発センター⎞ ⎜ 先端医療領域開発部門 ⎜ ⎝ 臓器移植・再生医療学 ⎠ この度、本年1月1日をもって新世紀医療開発センター さらに、医療従事者、そして一般の皆様にも移植医療の 先端医療領域開発部門 臓器移植・再生医療学の教授に 現状を正しく理解していただくような啓発活動と、医学生 就任いたしましたのでご挨拶申し上げます。 をはじめ学生の皆さんへの教育活動を押し進めて参ろうと 当大学では大学病院開設直後の1972年より現時点に至る 考えております。現在も移植医療の啓発、教育活動は他の まで540例に及ぶ腎移植を手掛けて来ており、この中には 移植施設とも協力して移植チームで行っていますが、メ 150例を超す献腎移植も入っています。腎移植は腎不全治 ディアや行政を巻き込んでさらに広げて行く必要がありま 療(腎代替治療)の中では現時点において最良の治療法で す。この観点からも移植医療支援室の活動の重要性がさら すが、血液透析や腹膜透析と違って腎臓をくださるドナー に増しますので、その活動範囲を広げて行きたいと考えて が必要であるという大きな問題があります。近年、iPS細 おります。 胞や遺伝子操作により細胞から臓器を造るとか異種移植な 腎移植は移植外科医のみではできず、内科医、移植コー どの研究が進んできましたが、腎臓はその複雑性から臓器 ディネーター、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカーなど、 として造り上げるのはまだまだ不可能で、達成には時間が 広範囲の職種がチームを組んではじめてうまく行くチーム かかると言われています。また、異種移植や免疫寛容も拒 医療の典型です。近年、腎不全患者に占める糖尿病患者の 絶反応を制御するためにはまだ多くのハードルがあるよう 率が増加しており、これに伴って糖尿病性腎症から腎不全 です。よって暫くはヒトから臓器をいただいて移植する方 となり、腎移植を受ける患者数が増してきました。また、 法を続けざるを得ません。移植医療ではドナーから臓器を いろいろな病気の診断技術や治療方法の発達、免疫抑制療 採取し、障害を最小限にして移植、拒絶反応を押さえつつ、 法の発展はめざましいものがありますが、移植前後の合併 合併症のコントロールをする事が必要です。日本では大半 症、慢性拒絶反応のコントロールにはまだまだ解決するべ を占める生体腎移植の場合、健康な生体ドナーを傷つけて き事が山積しています。むしろ今までは避けられてきたよ 臓器を取り出すためにドナーの腎機能低下は免れず、充分 うなハイリスクの移植が行われるようになってきており腎 な検査と準備、そして慎重な評価が移植前に必須ですし、 移植における多職種のチーム医療の重要性は増すばかりで できる限り低侵襲で腎臓を採取して、術後もきちんと経過 す。現在も腎移植外来には腎臓内科医、移植コーディネー を診て行く必要があります。ドナーの権利擁護の重要性は ター、栄養士、薬剤師に参加していただいていますが、今 増すばかりです。 後は糖尿病専門医、糖尿病専門看護師との連携をさらに密 一方、献腎移植は亡くなった方とその家族の善意により にするよう計画しています。 死後に臓器を採取して移植をしますが、臓器提供が他の 将来的には再生医療が発展し、あるいは免疫寛容が達成 国々に比べて日本においては極端に少なく、極めて長期間 されれば移植医療におけるドナーの問題や免疫抑制薬の副 にわたる透析による合併症との厳しい戦いを強いられてい 作用による合併症の問題はかなりの部分が解決されると思 るのが現状です。また、最愛の方を亡くされた臓器提供者 います。しかし、このような研究は規模や費用が莫大で、 の家族の悲嘆は深いものであり、しかもそれが極めて短期 当学独自で行う事は難しいので他施設とのコラボレーショ 間に起こるので、この過酷な状況を受け入れられない事が ンが大切になります。現在でも国内の移植施設との共同研 多いと考えられます。北里大学病院は高機能・急性期病院 究を進めていますが、今後はこれをさらに広げて押し進め であり、なかなかこのような非癌で短期間に深い悲しみに る必要があると考えています。 曝される方々のグリーフケアに力を注ぐ事ができにくい状 所属は変わりましたが、今まで行って来た北里大学医学 況です。また、当学には文科系の学部が無いためにグリー 部の腎移植の仕事を続けて行っており、北里大学病院泌尿 フケアを進めるにあたりご協力いただける職種の方々が多 器科での腎移植や腎不全外科に関連した治療、また、移植 く居るとはいえず、この点は文科系の他施設とのコラボ 医療支援室の室長としての仕事も続けてさせていただいて レーションが必要だと思っております。私自身は移植をす います。今後とも移植・再生医療の発展に寄与できるよう る側に居て、臓器提供の場面には入る事ができない現状で 教育、研究、診療に邁進して参りたいと存じますので、皆 すが、移植医として臓器提供を増やすにはこのようなグ 様のご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。 リーフケアが重要であると考えております。 − 8 − 教授就任のご挨拶 このたび、医学部附属新世紀医療開発センター、横断的 医療領域開発部門集中治療医学の教授を拝命いたしました、 新井正康でございます。教授就任に当たり御挨拶申し上げ たいと思います。 私は北里大学医学部の13回生で、1989年に北里大学医学 部を卒業し、初代麻酔科、田中亮教授の麻酔科に入局しま した。学位取得後、県立広島病院救命救急センターで研修 ののち母校に戻り、救命救急センターに6年間勤務いたし ました。その後一旦退職し、弘前大学医学部救急災害医学 講座、国立病院機構静岡医療センター集中治療部、埼玉医 科大学国際医療センター救急科を経て、北里大学医学部麻 酔科学に復帰しております。約半分の年月を集中治療ある いは救急と名前の付く施設で勤務してまいりました。大学 病院では、2011年からはRST・RRT室長、2014年10月か らは集中治療センター長を兼任しております。 さて、集中治療とは「重症化した患者、侵襲の大きな処 置を受けた患者の生命と安全を維持しながら、原疾患が治 癒する時間やチャンス(侵襲が制御される、薬物治療が効 果する、自然治癒力が発揮される、などを含む)を最大限 に引き出す、高度かつ横断的、集学的医療」ということに なります。世界的には各国各地域で様々な集中治療の形態、 集中治療専門医がいますが、医学体系的には確立された専 門分野であり、標準的な教育カリキュラムがあるのが普通 です。翻って本邦では、この領域の確立はいまだ不十分と 言わざるを得ません。欧米では、人口10万人あたりのICU ベッド数は7~24ベッドと言われております。一方、2006 年に行われた集中治療医学会の全国調査によれば、本邦の ICUのベッド数は人口10万人あたり4ベッドと言われてお ります。別の数字としては、総病床数に占めるICUベッド 数は、米国8.0%、欧州3.0%、日本0.6%とも言われており、 ICUベッド数が少ないことだけは確かなようです。経済的 な事を言えば、米国ではICUの一泊は2,000-3,000ドル(20 万~30万円)で、一般病棟の6倍、病院総費用の20%、国 民総生産の1%がICUで消費されているとも言われていま す。現在本邦においては、特定集中治療管理料は最も多く て13万5千円で計算されています。治療効果という面で見 れば、本邦の集中治療施設における最近の治療成績は、北 米、欧州のそれと並び、死亡率が15%未満と非常に良好で あるとされています。集中治療に関わる未整備な点が多々 ありながら、コストパフォーマンスはいいと言えるのかも しれません。しかしさらに多く国民が、集中治療の担保の もと、安心して医療が受けられるとするには、ベッド数、 教育や診療報酬といった制度面に、まだ課題は多いような 気がいたします。 日本集中治療医学会では、1989年より専門医制度を発足 させ、2012年4月時点で935名の専門医が認定されていま す。米国の集中治療医は8,000人です。単純に人口比で比 新 井 正 康 ⎛教授・新世紀医療開発センター⎞ ⎜ 横断的医療領域開発部門⎜ ⎝ 集中治療医学 ⎠ 較しても、本邦にも3,000人の専門医がいてもおかしくあ りません。また数だけではなく、本邦の集中治療は、その 学問の輪郭、あるいは提供できる医療内容が不明瞭という 問題がありました。集中治療専門医は、第29番目のサブス ペシャリティー領域の専門として認められ、専門医2段階 制度の2階部分と位置付けられ、2015年からは日本専門医 機構の承認を受けてゆくことになります。さらに教育体制 の整備と標準的な医療を提供でき、国民の視点に立った専 門医の姿が求められるようになると考えられます。 私の考える北里大学病院における集中治療の展開とし ては、上記問題を踏まえ、本邦における医療行政や学会動 向を注視しつつ、欧米などの標準的な教育カリキュラムを 参考にしながら、次世代の集中治療専門医を育成し、大学 病院としての治療成績や医療安全、病院収益に寄与できる ようにしてゆかなければならないと考えております。何よ りも重症患者管理に学問的関心を持ち、医師としてのやり がいをもつ仲間を増やしてゆくことが重要だと考えてお ります。 さて、ここまでは集中治療の話だけをしてまいりまし たが、同時に私は自分の専門とする領域に、Respiratory Care(呼 吸 ケ ア) とRapid Response System(急 変 時 迅 速対応システム)を合わせて行うこととしています。こ れらは集中治療と深く関連する医学領域といえます。私 が兼任室長となっているRST・RRT室とは、Respiratory Support TeamとRapid Response Teamの頭文字をとった ものです。前者は安全な人工呼吸器の使用を教育啓蒙する ものです。また呼吸関連器具、ケアの手技、方法などの標 準化を行い、マニュアル作成並びに教育指導をして、医 療安全に寄与する部署です。加えて、欧米にあって本邦 にはいない呼吸療法士Respiratory Therapist、ならびに これにより構成される呼吸療法部門Pulmonary Service Departmentの役割を補完する機能をRSTに持たせること で、院内において適切な呼吸療法を展開したいと考えてお ります。一方、RapidResponseSystemとは、院内急変時 迅速対応と呼び、予期せぬ院内死亡を防止する事が目的で あります。そのために、心停止になってから、あるいは重 篤化してから蘇生チームを招集するのではなく、急変する 前の軽微なバイタルサインの異常の段階で対処を開始する もので、危険度が高いと判断されればICUに収容すること になります。北里大学病院の集中治療センターは、このよ うな領域を包括することで他施設とは異なった院内急性期 医療の特色を発揮し、後進の育成を行うとともに、高度先 進医療と医療安全の両立を目指したいと考えております。 以上、ご挨拶とともに、若干の抱負を述べさせていただき ました。今後ともご指導賜りますことを、心よりお願い申 し上げます。 − 9 − 講師就任挨拶 後 関 利 明 (講師・眼科学) 平成26年10月1日付で北里大学医学部眼科学講師を拝命 intraoperative floppy-iris syndrome” JCRS 2012)や眼瞼 いたしました後関利明です。この場をお借りしてご挨拶を 痙攣、片側顔面痙攣の治療薬であるボツリヌス毒素の研究 申し上げるとともに、清水公也教授に心から感謝を申し上 ( 「神経眼科と薬物治療 神経眼科とボツリヌス療法」神経 げます。 眼科 2014)など報告することができました。 私は、東京都両国に生まれ、東京都杉並区にある佼成学 私の臨床の専門は、神経眼科と斜視弱視です。聞きなれ 園高等学校を1995年に卒業し、同年北里大学医学部に入学 ない分野だと思うので、この二つ専門分野についてお話し をしました。大学在学中は、アメリカンフットボール部に させていただきます。神経眼科とは、眼球運動障害(眼の 所属し、毎日三ノ原グラウンドで楕円球を追っかける学生 動きが悪い) 、複視(ものが二重に見える) 、視神経の異常、 時代を過ごしていました。私の両親は、医師ではなかった 瞼の異常など、眼に関わる神経疾患を診断・治療する分野 ため、何科に進むかという縛りはなく、漠然と機能系の科 です。斜視弱視とは、眼の位置のずれ(斜視)、様々な原 に進みたいと思っていました。医学部6年生のときに、清 因で視力が十分に成長しない疾患(弱視)を診断・治療す 水公也教授の芸術的な手術と出会い、いつか自分でもあの る分野です。両分野とも、眼科においては、白内障や緑内 綺麗な手術をしてみたいという思いで、2001年5月に眼科 障のような多くの患者はいませんが、なくてはならない分 学教室の門をたたきました。研修医時代は、3か月の内 野だと思いっています。当科では、最初の数年間は各専門 科研修以外は、すべて眼科での研修をつみ研修医終了後 班をローテーションで回ります。その後、専門医取得前後 に、大学院医療系研究科に進みました。当教室では大学院 に専門分野を決めていきます。私も、同じように研修のカ 進学後も臨床の手をとめることがなく、外来、病棟、手 リキュラムに乗って、眼科の各分野を学びました。清水教 術をしながら研究を進めるというスタイルが可能であり、 授から白内障手術をはじめとする顕微鏡手術の基礎や、術 私も、臨床の仕事と研究を並行して行わさせていただき 者(医師)の心得を教えていただきました。その後、神経 ました。“Pharmacological vascular reactivity in isolated 眼科と斜視弱視を専門とさせていただきました。この分野 diabeticrabbitciliaryartery”ExpEyeRes2006という糖 を選ぶにあたっては、大学院で直接的にご指導いただいて 尿病家兎の眼動脈循環に関する論文が掲載され、北里大学 いた石川均先生の影響が大きかったと思っています。今後 大学院医療系研究科医学専攻博士課程 優秀学位論文賞を は、北里大学の殻に閉じこもらずグローバルに活躍できる いただくことができました。大学院での研究の直接的指導 ように、更なる精進を続けていく所存であります。また、 は当時、専任講師であった石川均先生(現:医療衛生学部 眼科医になろうと志高く入局してくれた後輩たちに、今ま リハビリテーション学科視覚機能学専攻 教授)にしてい で得た経験と知識を還元し、魅力的な眼科医になれるよう たただきました。その後も、石川均先生には眼薬理の研究 に指導していきたいと思っています。そして、これからも のご指導をいただき、前立腺肥大症の治薬が原因で内眼 北里大学医学部医学部眼科学の発展に全力を尽くし、皆様 手術中に瞳孔が縮瞳してくるIFISという病態の薬理学的解 のご期待に添うよう努力していきます。何卒格別のご指導 明(“Effectsoftamsulosinandsilodosinonisolatedalbino ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。 andpigmentedrabbitirisdilators:Possiblemechanismof − 10 − 学位記授与式を終えて 渋 谷 明 隆 第6学年主任 ⎛教授・医学教育研究開発センター⎞ ⎝ 医療管理学研究部門 ⎠ 平成27年3月23日大安の月曜日、北里大学学位記授与式 導 栗原克由教授)、斎藤俊祐君、佐藤友里恵君、鈴木沙 が東京国際フォーラムで挙行された。午前10時よりホール 由美君、三谷優太朗君、森田修君、山崎優君、和田涼子君、 Aで行われた全学授与式では、大学院、薬学部、医学部、 斯波知也君(指導 坂本尚登教授)、斯波知也君、清水順 海洋生命学部、看護学部、理学部、医療衛生学部の各学部 也君(指導 河原克雅教授)に授与された。この学年は合 卒業生とご父母で広いホールが埋まり、厳粛で盛大な式典 計12人の学生が学生医学論文賞を受け、うち8人は坂本教 となった。最初に大学院及び各学部卒業生総代に小林弘祐 授のもとで学生医学論文を指導されていた。坂本尚登教授 学長から学位記が授与された。医学部では卒業生を代表し は本学の5回生であるが、ご自身が学生の時に当時の丸茂 て木幡あや那君が学位記を受領した。次に各学部北里賞受 文明助教授(のちに東京医科歯科大学教授)に学生医学論 賞者へ賞状と記念品が授与され、医学部では片山智也君と 文のご指導を受けており、本学部の特徴が伝統として脈々 早川秀輝君が受賞した。小林弘祐学長は式辞の中で、今回 と受け継がれていることに敬意を表したい。続いて、医学 卒業の学生の多くは東日本大震災のため入学式を経験して 部北里会功労賞が石崎純郎君と松島圭吾君に贈られた。東 いない学生であること、北里大学としても大船渡の海洋生 原医学部長から式辞として、医師としてプロになること、 命学部が大打撃を受けて相模原への学部移転を余儀なくさ 倫理観を持ったリーダーたること、グローバルな視点を持 れたことに言及され、本学卒業生として「命を尊び、命を つことの重要性が示された。また海野信也大学病院長は、 育み、命を守る」ことへの期待を述べられた。理事長、来 臨床医学とは患者一人ひとりに対する診療の積み重ねであ 賓からのご祝辞、在校生送辞、卒業生答辞ののち、出席者 ること、リーダーとして仕事を進めて行くうえで、自分に 全員で校歌「生命の北辰」を斉唱して北里大学全体の学位 ないものを持っている人をリスペクトすることの大切さに 記授与式を終了した。 ついて祝辞された。 続いてホールB5で医学部医学科の平成24年度卒業生116 今年の卒業生は116名と例年になく多く、国家試験合格 名の学位記授与式が、ご父母、医学部教職員臨席のもと行 率もほぼ全国平均となっている。同期が多いことは将来に われた。まず、東原正明医学部長が、卒業生一人一人の名 わたり心強いことである。このうち54名は北里大学病院・ 前を呼び学位記が手渡された。苦しい卒業試験を勝ち抜き、 東病院で、また5名は北里メディカルセンター病院で研修 国家試験を通過してきた学生たちは、誰もが少しはにかみ を受けることになっている。北里で研修を受ける卒業生も、 ながらも緊張の面持ちで卒業証書を受けていた。彼らの晴 他の病院へ羽ばたく卒業生もこの日の感激とこれまで支え れ姿は会場の後ろで見守るご父母の瞼にも誇らしく焼付い てくださったご父母への感謝を忘れず、大きく飛躍し次の たことと思われる。医学部北里賞の授与に引き続き、学生 時代の医療の担い手になることを期待している。 医学論文賞が猪狩知美君、菅野彩香君、橋本真美君(指 平成26年度卒業生一覧 相 澤 一 貴 秋 本 貴 子 秋 山 志 穂 秋 山 千 佳 朝 倉 清 史 天 野 明津紗 飯 塚 藍 飯 塚 雅 貴 猪 狩 知 美 石 崎 純 郎 伊 藤 公 美 伊 藤 竜 井 上 佳名子 宇 井 万里子 植 草 由 伊 魚 住 知 美 薄 井 利 大 大久保 由 有 大 東 華 子 岡 田 博 美 荻 原 沙 織 長 田 真由子 小田切 祐 一 粕 谷 友 香 片 山 智 也 勝 又 洋 樹 金 淵 優 樹 金 山 芳 郎 川 井 浩 平 川 上 雄 平 菊 池 雄太郎 北 野 まり恵 久津間 朋 子 久保田 努 黒 田 百 恵 釼 持 奈緒美 五 島 裕 之 木 幡 あや那 齋 藤 亜 希 齋 藤 俊 祐 斎 藤 大 樹 齋 藤 広 樹 阪 口 楓 佐々木 梓 佐 藤 友里恵 眞 山 到 澤 村 英 祥 塩 野 良 太 斯 波 知 也 清 水 順 也 下 鑪 秀 聡 荘 慎太郎 菅 野 彩 香 杉 山 諒 鈴 木 沙由美 鈴 木 惇 也 鈴 木 崇 久 鈴 木 龍太郎 曽 根 英 之 平 良 紗 月 高 尾 和 弘 髙 橋 拓 大 髙 橋 華 子 髙 橋 正 典 田 上 和 磨 竹 中 淳 悟 立 川 聖 哉 田 辺 美 奈 − 11 − 玉 川 達 田 村 佳 美 近 石 和花菜 千 葉 京 土 屋 真 穂 時 任 崇 聡 永 田 貴 子 中 田 匠 哉 長 沼 竣 中 村 吉 成 名 取 磨 依 生天目 修 平 西 川 一 眞 西 島 純 一 西 野 瑶 子 西 山 景 子 野 間 絵梨子 橋 本 真 美 花 岡 太 郎 早 川 秀 輝 姫 野 裕梨香 深 澤 まりか 藤 川 直 也 藤 嶋 伶 保 坂 公 雄 細 谷 真 司 本 間 友香理 前 ゆうき 松 島 圭 吾 松 本 千 夏 眞 部 優 作 三 谷 優太朗 三 井 康 平 三 村 悠 祐 宮 坂 竜 馬 村 上 皓 則 村 田 博 朗 森 美紀子 森 田 修 森 田 祐 規 山 﨑 拓 也 山 崎 優 山 﨑 理 紗 横 関 雄 司 吉 田 誠 吉 峰 知 宏 和 田 涼 子 渡 邉 秀 平 平成27年度北里大学医学部 入学試験報告 入試実行委員長 阪 上 洋 行 (教授・解剖学) 入試報告において、平成26年度の志願者数(2,286名)が 平成27年度の北里大学医学部入学試験は、定員119名に対 過去最多となったことを報告したばかりなのですが、本 して、指定校推薦入学試験と一般・学士入学試験からなる 年度は昨年度をさらに341名上回り、2,627名となりました 2つの選抜方法で実施されました。その結果、難関を突破 。医学部の志願者数の増加は全国的な傾向ですが、本 された120名(男性60名、女性59名、学士1名)新入学生の (図) 学部のように前年度に比べて志願者数が300名以上も増加 皆さんが、4月5日(日)にパシフィコ横浜国立大ホールに した大学は、全国で数校程度に留まっています。このよう おいて入学式を迎えられることとなりました。夢をひとつ実 に本学部が他校と比べて志願者が増加した理由として、一 現され、医学部第46期生となられた入学生とご両親の皆様 次試験日が他校に比べて早い時期にあり、さらに2日間に に対しまして、心から入学のお祝いを申し上げます。以下 分けて実施する二次試験日の事前選択制を平成22年度より に平成27年度の医学部入学試験についてご報告致します。 導入したことにより、受験生が併願しやすい受験日の設定 指定校入学試験は、本学部へのこれまでの入学実績や学 になっていることが考えられます。特に、本年度は、新学 業成績などの種々の観点から独自に選定された92指定校か 習指導要領の履修者が新卒受験生となり、旧課程履修者に ら推薦された64名の高校3年生を対象に、平成26年11月16 対する経過措置が多くの大学で本年度のみであることから、 日(日)に医学部棟において実施されました。指定校入学 旧課程履修者の危機感も高かったものと思われます。実際、 試験では、医学への強い志を持った豊かな人間性と思考力 一次試験合格者の浪人生の割合は,例年に比べて高い傾向 を持った学生を選抜するために、適性検査、論文、面接試 にありました。 験を実施しています。適性検査は、これまでの学生生活の しかしながら、併願率の高さは、競争率を高め合格者の なかで培った理系としての思考力や論理力を問うための複 学力水準を引き上げますが、逆に合格者の入学辞退率が増 合的な論述問題からなり、面接試験は、課題に対するグルー 加する可能性も懸念されます。今後、正規合格者の入学率 プ討論のなかで、思考力、論理的に述べる能力、倫理観な を高めるためには、学費の引き下げとともに、学費に見合 どを評価するもので、本学部の特色ある試験方法です。本 年度は、42名(男性15名、女性27名)の合格者としました。 う教育施設や教育環境のさらなる充実により本学の魅力を 高める努力が必要であるものと考えられます。その一環と これまで指定校入試で選抜された学生の多くは、入学後も 勤勉で学習意欲が高く、成績上位を占めていることより、 して、医学生の自習室、図書館、スキルスラボ、研修医の 居室などを含む全学臨床教育センターや新医学部棟の建設 指定校入試は、少子化時代のなかで質の高い現役生の獲得 が計画されており、積極的に本学部の将来性をオープン の点で、今後も重要な位置を占めるものと考えられます。 キャンパスなどの機会にアピールしていければと考えてい 一方、一般・学士入学試験は、一次試験と二次試験の二 段階選抜方式で行われました。平成27年1月24日(土)に、 ます。ところで、志願者数の増加は、学生の質の向上や学 部経営の面で喜ばしいことばかりなのですが、入試実行委 学士受験生12名を含む2,548名の受験生が、相模原キャンパ 員長の立場からすると、試験会場の確保や試験運営の点で ス試験会場(L1、2号館)において、数学、英語、理科(一 頭の痛い問題が生じています。例えば、試験会場は、学生 般入試では物理、化学、生物より2科目選択、学士入試で の試験室とともに、試験監督の控え室や問題の取りまとめ は化学と生物の2科目必須)からなる学力試験に挑みまし 等を行う実行本部など様々なスペースの確保が必要となり た。その結果、一般試験の学力試験の成績上位者381名と ます。現在、試験会場として隣接した一般教養部のL1号 学士受験者2名の一次試験合格者を1月29日(木)に発表 し、その週末1月31日(土)と2月1日(日)に適性検査、 館とL2号館を利用していますが、最大収容人数が2,800名 程度で、これ以上増加した場合は、新たな試験会場をさら 論文、面接試験からなる二次試験を実施しました。一次試 に検討する必要があり、入試実行委員長として来年度の志 験の成績結果に二次試験での論文と面接試験の成績を加算 願状況と試験会場の確保が今から気になっています。 した総合成績により合否判定が行われ、一般及び学士入試 さて、入試実行委員の業務は、指定校の入試担当者への それぞれ125名と1名の正規合格者を2月4日(水)に発 説明会、試験問題の校正作業の補助、試験会場の試験監督 表するに至 等の人員配置、試験問題などの袋詰め、試験結果の集計作 りました。 業、合否の提案、入学予定者への入学前プログラムの開催 医学部志 など多岐にわたります。その過程で、入試業務は多くの教 願者数の増 職員と事務系職員の方々のご協力とご理解により成り立っ 加は、ここ ていることを実感致します。本年度も、恙無く入学試験を 数年留まる 執り行うことができたことに対しまして、この場を借りて ところを知 深く感謝申し上げます。また、この難関をくぐり抜けた入 らず、医学 学者の皆様が、北里大学医学部で充実した大学生活を送ら 部ニューズ れることを心よりお祈り申し上げます。 の昨年度の − 12 − KITASATO- KAIST学術交流 Symposium 開催報告 医療系研究科長 馬 嶋 正 隆 (教授・薬理学) 北里大学は、現在、世界10か国29学術機関との間で学術 術資料、刊行物及び情報等の交換、4)共同研究・シンポ 交流を進め、教育・研究レベルの向上に努めている。医療 ジウムの実施、などが締結したKAISTとの学術交流の中 系研究科では、上記学園の重要施策に則り、七里眞義教授 身である。学術交流の果実として、院生の益になる取り組 を委員長とする国際化推進委員会が中心になり、国内外の みであることが重要であり、院生の参加無くして学術交流 大学院と交流協定を締結し、教員、大学院生の派遣・受け をすすめることは意味が無い。現在、進められている取り 入れや共同研究、情報交換等を推進している。 組みのうち、実質的な院生や若手研究員の交流が実施され これまでに、医療系研究科ではハサヌディン大学大学院 ているものは限られている。 医学研究科(インドネシア共和国)、ガブリエレ・ダヌンツィ 平成26年4月に筆者らは、国際化推進委員会の活動の オ大学医学部(イタリア共和国)、マサチューセッツ大学 一環として、Kitasato Vascular Biology Forumを開催し、 医学校大学院医学生物学研究科(アメリカ合衆国)をはじ 海外からの著名な血管生物学を専門とする研究者を招聘し めとし、数機関と交流協定を締結しており、さらに他大学 た。その際、院生を含めた若手研究者もあわせて自己の成 院との協定に向けての取り組みを進めている。 果を発表してもらい、多いにdiscussionすることで、世界 上 記 に 加 え、 筆 者 ら が 中 心 と な り、KAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)医療科 学・工学研究科と5年間にわたる学術交流協定を、医療科 学・工学研究科長OokJoonYoo教授、GouYoungKoh教 授を招いて2012年12月に締結した。KAISTは、韓国大田 広域市儒城区に本部を置く国立の大学院大学である。1981 年に設置され、韓国における科学技術研究の中心的役割を 担う大学院大学のひとつであり、医療科学部門もその後設 置され、韓国科学技術省の管理下、財政面のみならず教 育、研究開発面でも優遇を受けている。イギリスの国際 高等教育情報機関クアクアレリ・シモンズ(Quacquarelli Symonds)社で行っているアジア大学評価ランキングで は、2011年調査で11位、2012年調査には7位に位置してい る。1)教員及び研究者の交流、2)学生の交流、3)学 シンポジウムに先立って行われた打合会 − 13 − 開会の辞を述べるKAIST Koh教授 のscienceのレベルを実感するとともに、すぐに成果を世 のKAISTの院生諸君も参加し、熱心に討論が交わされた。 界に問えるscienceのすばらしい側面も実体験してもらっ シンポジウムの終わりに、馬嶋の方から、生命科学に特化 た。文部科学省はじめ、多くの大学教育の国際化推進プロ した北里大学の特色、医療系研究科の人材育成の特色を グラムの公募がある。その応募に際しては、いかに実質的 プレゼンテーションした。次のステップとして平成27年 な交流活動がなされているかが、重要要件として審査され 度には、若手研究者および院生中心の発表会を含むjoint る。審査の土俵にあがれるか否かは、実質的な人的交流に meetingを北里で開催することで同意した。 かかっているといえる。北里大学ではこの側面が極めて脆 大学院医療系研究科で、在学中の大学院生の中から学術 弱であることは認識すべきである。交流協定の締結が決し 交流締結大学への派遣留学生を募集している。留学期間 て最終ゴールではないことは明らかである。 は、当面、1学期(1セメスター)以上の研究課程を修了 今回、KAISTとの学術交流の成熟化をはかる1つのス するまでとしているが、必要があれば最長2年まで留学期 テップとして、同大学院を訪問し、合同シンポジウムを持 間を延長できることにしている。また、医療系研究科博 つことが出来た(プログラム参照)。研究科からは、七里 士課程においては、2年間を上限として留学期間を在学年 眞義教授(内分泌代謝内科学)、岩渕和也教授(免疫学)、 数に算入することができることとしている。興味ある人 岡田大助講師(生化学)、加藤弘講師(臨床研究センター) は、大学院医療系研究科へ詳細を問い合わせてもらいたい。 にそれぞれ最新の研究成果を発表してもらった。KAIST からも中堅の研究者がtop journalにacceptされた内容を KITASATO-KAIST kick-off symposium 中心に発表が行われ、実に充実した内容であった。多く November 14th (Friday), 2014 09:30~9:40 Opening Remarks Gou Young Koh (KAIST) Session I Metabolism and Neuronal Diseases 09:40~10:05 Masayoshi Shichiri (Kitasato Univ.) 10:05~10:20 Jeong Ho Lee (KAIST) 10:20~10:40 Daisuke Okada (Kitasato Univ.) 10:40~10:55 Homin Kim (KAIST) 10:55~11:10 Coffee Break Session II Immune Modulation and Vascular Diseases 11:10~11:35 Kazuya Iwabuchi (Kitasato Univ.) 11:35~11:50 Seung Hyo Lee (KAIST) 11:50~12:10 Hiroshi Katoh (Kitasato Univ.) 12:10~12:25 Injune Kim (KAIST) Session III 12:25~12:40Introduction of Kitasato Univ. and Closing Remark Masataka Majima (Kitasato Univ.) 12:40~12:45 Taking Photos KAIST研究棟 濱田潤一教授を偲んで 西 山 和 利 (教授・神経内科学) 濱田潤一先生(神経内科学教授)は去る平成27年2 究所病院神経内科部長としても活躍してこられました。 月16日にご逝去されました。享年58歳、現役の教授と 特に頭痛の研究においては本邦第一人者と評価され、 して御在職中の早すぎるお別れでした。ここに謹んで 平成27年11月に開催される予定であった第43回日本頭 ご冥福をお祈り申し上げます。 痛学会の大会長に指名された矢先の訃報でした。濱田 濱田先生は昭和31年11月28日のご誕生で、北海道は 先生の温厚なお人柄は誰からも慕われておりましたし、 旭川の御出身と伺っております。昭和56年に慶應義塾 その包容力溢れる風格は誰からも愛されておりました。 大学医学部をご卒業され、神経内科学を専攻されまし これまで多くの関係者が先生からの心温まるご指導、 た。米国ペンシルバニア大学への留学を経て、平成12 ご助言を頂戴しておりました。本当に有難うございま 年から慶應義塾大学専任講師、そして平成17年から北 した。ここに先生の偉大な功績を偲びつつ合掌いたし 里大学神経内科学に赴任され私共のご指導にあたられ ます。 ました。平成23年10月からは教授に昇任され、北里研 − 14 − 日本放射線腫瘍学会第27回学術大会 開催報告 ~過去最大規模の学術大会を終えて~ 早 川 和 重 (教授・放射線科学「放射線腫瘍学」) この度、日本放射線腫瘍学会(JASTRO)第27回学術大 のPoortmans会 長 の 基 調 講 演 を 含 むESTROと のjoint 会(於パシフィコ横浜、平成26年12月11日~13日)の開催 symposium、昨年急逝されたKian K. Ang先生のご功績を にあたり、北里大学医学部から温かいご支援を頂きました。 偲び企画したMD Anderson Radiation Oncology/ Gilbert お蔭様で無事終了しましたので、医学部ニューズの紙面を H.FletcherSocietyとのjointsymposium、米国放射線腫瘍 お借りしてご報告と御礼を申し上げます。 学会(ASTRO)会長Steinberg先生のご講演(全て同時通 今回の学術大会ではメインテーマを、「臨床腫瘍学に基 訳付)などの国際セッション、新たな試みとしてスマホや づく放射線療法の標準化から個別最適化へ」とさせて頂き iPadによるアンサーパッド対応、ツイッターでの参加可能 ました。各種臓器がんの特徴に基づいた放射線治療法の最 なセッションを多く企画しました。看護セッションへの参 適化に向けての今後の目指すべき方向性を示せるようプロ 加者も非常に多く、機器展示では、今回初めて4社から実 グラムを企画し、臨床腫瘍学的な視点から、他学会の協力 機展示があり、会場は大いに盛り上がりました。さらに を得て、外科医や腫瘍内科医との討論の場を多く設定しま 国民に開かれた学会を目指し、初の試みとして"Patient した。とくに学内の関係の深い先生方からは企画立案に多 Advocate Program” を後半2日間に組み入れました。事 大なご協力を頂きました。その結果、一般演題・要望演題 前登録55名中42名が参加されましたが、参加者からは「参 には660題もの応募があり、シンポジウム、パネルディス 加して非常に良かった」と好評をえました。最終日午後の カッション、特別講演などを合せると演題数は計700題を コンサートと市民公開講座も高い評価を頂きました。この はるかに超える過去最大規模となりました。また、参加者 ようにJASTRO第27回学術大会を無事終了することがで 数も2,800名を超え盛会裏に大会を終えることができ、安 きましたのも北里大学医学部のご支援の賜物と心より感謝 堵しております。 申し上げ、御礼の言葉とさせて頂きます。誠にありがとう 大会概要を述べますと、欧州放射線腫瘍学会(ESTRO) ございました。 閉会式後の集合写真 会場(メインホール)風景 − 15 − 第82回大腸癌研究会 開催報告 山 梨 高 広 (助教・外科学) 2015年1月23日に、外科学の渡邊昌彦教授が当番世話人 今回の目玉は東京駅の夜景とJAZZカルテットによる生演 として、第82回大腸癌研究会をJPタワーホール&カンファ 奏、そしてバーテンダーがつくる第82回大腸癌研究会オリ レンスで開催しました。外科の下部消化管チームが中心と ジナルカクテルの3本です。研究会ポスターにも使用した なり私が事務局長として約1年前より準備をしてきました テーマ色であるdark blueを基調とした3種のオリジナル が、本稿では研究会の概要につき報告します。 カクテルは見た目も鮮やかで(味は若干微妙) 、オリジナ 大腸癌研究会は「大腸癌に関する研究を行い、その診断 ルレシピカードを配るなどかなり好評でした。若手からベ ならびに治療の進歩を図ること」を目的として1973年6月、 テラン医師まで最後まで盛況裡に終わりました。 初代会長に陣内傳之助先生(大阪大学医学部第二外科教授) 研究会では、今回「主題Ⅰ 進行大腸癌に対する腹腔鏡 先生をむかえ設立されました。第1回大腸癌研究会は1974 下手術を検証する」、「主題Ⅱ 内視鏡的切除の適応拡大の 年8月に大阪で当番世話人・陣内傳之助会長のもと開催さ 可能性を問う」の2つの主題を設け、多くの演題応募を れ、以後年2回のペースで研究会が開催されてきました。 頂きました。そして、これまでの研究会にはない新しい 本会は各種委員会やプロジェクト研究から、「大腸癌取扱 チャレンジを試みました。パネルディスカッションとミニ い規約」や「大腸癌治療ガイドライン」、一般の方向けに オーラル発表(デジタルポスター、ePOSなど)の導入です。 「大腸癌治療ガイドラインの解説」などを出版し、大腸癌 これまでの大腸癌研究会は、一般口演(口演発表)とポス 治療の発展と普及、標準化に日々貢献してきました。すな ター発表(示説発表)の2本立てで、1日開催のため発表 わち、今回41年目をむかえる大腸癌研究会とは日本の大腸 時間が短く3-4分の発表でした。そこで一般口演をパネ 癌治療の根幹を規定している伝統と歴史ある研究会であり ルディスカッション形式へ変更し、発表時間を8-15分へ ます。大腸癌研究会そのものは1日間開催ですが、前日に 拡大し、白熱した討論を展開していただきました。またポ 20におよぶ各種委員会とプロジェクト研究が、そして夜に スター発表をミニオーラル発表へ変更し、5ブース同時展 は全員懇親会が行われます。 開することで、全体の演題数を維持したまま発表時間を5 今回の第82回大腸癌研究会は、東京駅に隣接するJPタ -8分へ拡大することができました。1日開催ですが全体 ワーという旧東京中央郵便局敷地に建設された超高層ビル で171演題と多数の発表をいただき、各ブースで活発な討 内にあるJPタワーホール&カンファレンスを会場に選び 論が行われ研究会も成功裏に終了いたしました。 ました。全国の先生方にとり利便性が高く、また東京駅開 本研究会は全国の大腸癌治療に携わる主に外科医、内科 業100周年という話題性もありました。建物が2013年3月 医、病理医が参加します。ここ最近では約800~850人の参 に全面開業され新しくとてもきれいな会場で、東京駅の目 加人数で開催されてきましたが、今回は参加人数1,003人 の前ということもあり、ご参加いただいた先生方からとて と大幅に記録を塗り替えました。また、参加者からは「大 も良い評価を得ました。 変勉強になった」 「楽しかった」など多くのお褒めの言葉 研究会前日は夕方まで各種委員会が粛々と行われ、夜は を頂き、私達の苦労も実を結んだと言えましょう。最後に メインイベントである全員懇親会が開催されました。この この場をお借りし、ご協力いただいた秘書の方々へ深謝申 懇親会では毎回当番世話人がいろいろと趣向を凝らします。 し上げます。 第82回大腸癌研究会・開会の辞 第82回大腸癌研究会・当番世話人 北里大学医学部外科学渡邊昌彦教授 研究会の様子 第82回大腸癌研究会・医局スタッフ − 16 − 「Journal of Clinical Investigation (JCI) 」 掲載報告 小 川 史 洋 (助教・臨床研究センター) この度、当大学医療系研究科在籍時より行っておりま がリンパ節内のsubcapsular sinusで増加し、また腫瘍転 した研究「Prostanoid induced premetastatic niche in 移成立後に同部位に腫瘍が生じることから、SDF-1がpre- regionallymphnodes」がJournalofClinicalInvestigation metastaticnicheformation(転移前ニッチェ形成)に関与 (JCI)にacceptされました(PMID: 25271626 http://www. していることを証明し、さらにSDF-1受容体拮抗剤・中和 jci.org/articles/view/73530)。このような名誉のある雑誌 抗体で転移が抑制されることも証明しました。このSDF-1 にacceptされましたのも、医療系研究科入学当初からご助 の発現には未分化樹状細胞やregulatory T cellsが関与し 言・ご指導くださった方々および同僚のおかげであり、ま ており、特に未分化樹状細胞がサイトカインや免疫細胞 ずは、この場をお借りして研究に協力していただいた方々 の不活化の司令塔となり、 腫瘍免疫を調整し、更なる腫 に深謝いたします。 瘍の転移を来します。したがって、COX-2誘導PGE2-EP3 この研究は、私が医療系研究科入学時から8年間の呼吸 シグナリングが樹状細胞・SDF-1の発現を調節することに 器外科医としての臨床経験の中で、予後が悪いとされてい よって転移を調節していること、それに派生し樹状細胞が る肺癌患者の予後を改善させるためにはいかなるメカニズ TGF-β産生に関連し、それによるregulatory T cellsの免 ムが関与しているのかという疑問から始まったものであり 疫抑制機構ががん転移およびさらなる進展を助長するとい ました。肺癌に関しては、ご存知の通り死亡数は年々増加 う内容になります。 傾向を示し、本邦の悪性腫瘍で最も多い死亡原因でありま 当研究は、新しいがん治療法の開発の基礎となり、将来 す。それに対する治療方法の進歩は日進月歩であり、徐々 肺癌治癒率を飛躍的に向上させることが期待され、術前導 に5年生存率も改善傾向がみられるものの満足できる状況 入療法もしくは術後補助化学療法の必要性の有無を生検検 ではないのが現状です。根治的手術を行った症例でさえ再 体および手術検体から検討可能であり、また、リンパ管系 発・転移し、死の転帰を辿る例もあり、効果的な治療法の を標的とした薬剤の開発も積極的に推進することにより新 開発・再発予防が非常に大切な部分であります。肺癌の予 しいがん治療法を確立することが期待されます。 後因子としてリンパ節転移が挙げられますが、その詳細な この研究内容は、医療系研究科在学中にも国内・海外で メカニズムはまだ不明な点も多く、このリンパ節転移のメ 発表させていただき、以前にも医学部ニューズで報告させ カニズムの解明による肺癌患者の予後改善を目的としてこ ていただきましたが、今年(平成26年)5月にSan Diego の研究を行いました。 で開催されましたATS2014(米国胸部学会)で、Young 当研究室であります医学部薬理学馬嶋研究室では、過去 InvestigatorAward(JoRaeWrightAward)に選出され にcyclooxygenase(COX)およびprostaglandin(PG)な ました。 5743 abstracts中の1人に選出されたという名誉、 どの炎症性メディエーターが受容体シグナリングを介して 学会で得たものは何事にもかえられない自身の糧になりま 炎症および腫瘍増殖に関与しているということが共同研 した。 究者らによって報告されています(Trends in Phamacol. こ の 業 績 を も と に、 私 は 本 年 9 月 よ りWeill Cornell Sci. 24: 524-9. 2003, J Exp Med. 197: 221-32, 2003)。 Medical College(New York)で Prof. Crystal(Genetic しかし、COX, PGとリンパ節転移および腫瘍周囲微小環 Medicine)の下で最先端の肺癌に関する研究をおこなって 境とそれに関わる炎症性サイトカインや免疫細胞との関 います。この米国での留学を通じて学んだ知識・技術を帰 連を報告したものは少ないのが現状であります。(Biomed 国後にfeedbackできるよう精進したいと思います。 Pharmacother. 64(2):101-106. 2010)。 今回のこの名誉ある雑誌にacceptされたことに関しまし 以上の文献的考察から、肺癌リンパ節転移動物実験モデ て、御指導いただきました医学部薬理学馬嶋正隆教授、臨 ルを作成し、COX-2誘導性PGsがリンパ節転移に関与して 床研究センター熊谷雄治教授、薬理学天野英樹講師をはじ いることを証明し、それをCOX-2阻害剤で抑制することに め、医学部免疫学岩渕和也教授、江島耕二准教授、医療衛 よりリンパ節転移が抑制されることを証明しました。 生学部北里英郎教授、医学部薬理学スタッフの皆様および さらに、COX-2とサ イトカインで あるStromalderived 大学院生の皆様には深く御礼申し上げるとともに、今後米 factor-1(SDF-1)との関連に注目して検討すると(Am J 国留学において肺癌に関する新たな課題のもと精進してい Pathol. 176(3):1469-83. 2010) 、 腫 瘍 転 移 前 にSDF-1 きたいと思います。 − 17 − 解剖学実習を終えて 第2学年 定 兼 伊 吹 第2学年 飯 田 英 希 9月から始まり約3か月の間行われた解剖学実習は、医 9月1日から始まった解剖学実習も、12月11日墓前祭で 学に対する興味・関心を引き出すとても充実したものでし 終わりを迎えた。解剖学実習を行って感じたことは、2つ た。最初のうちはどの様に手を進めて良いか分からず、叡 である。1つは、人体の精巧さである。講義中にも何度か 智(座学知識)と実践の違い、そして本物の人体に対し戸 先生方がおっしゃっていたが、まるで誰かが設計したかの 惑う場面も多くありました。ですが、先生方からの指導や、 ような構造ばかりであった。例えば、眼や筋肉などである。 班員たちとともに考えていく中で、座学だけでは理解でき 眼は、視覚という我々人間が最も頼っている感覚を担って なかった人体の立体構造や機能、各器官の関連性について、 いる。眼球の中の水晶体などの構造や眼球を動かす筋肉な それらを統合し理解することが出来たと感じます。実際に ど、1つの「視る」ことにこんなにもたくさんのものが関 ご遺体を前に自らメスを入れることに違和感を感じること わり合っているということに驚き、さらに学習したいと も多くありました。特に血管や神経の走行の変異、治療後 思った。筋肉にしても、ただ腕を曲げるという動作に、上 箇所などを見た経験は、自分の中で構築していた観念を脅 腕二頭筋や上腕筋など様々な筋肉が使われている。大事な かすものでした。しかし同時に、これは人体の専門家であ 部位をしっかりとした骨や靭帯に守られていて、四肢など る医師への第一歩を踏み出したのだとも感じました。自分 はなるべく動きやすいようになっている。このような複雑 の無知さを自覚し、人体の神秘を多く学んでゆくにつれ、 な構造を理解するには座学だけの二次元的勉強では難しい。 私は胸が高鳴りました。実習の中で実際に自ら触れ、手を 御遺体で三次元的な勉強をすることで何倍も深く理解でき 動かしていく中で新たな発見や疑問、関心が多く生まれま た。そして一度しっかりと見たものはなかなか忘れないも した。疑問が発見を生み、そして興味・関心が引き出され のであると思う。これから先病気などを勉強していく中で また疑問が生まれる、この繰り返しが人体についてのより も、ここで得た人体の基礎知識は間違いなく使われるだろ 深い理解を与えてくれました。何より、私の頭の中に鮮明 う。応用をするにもまず基礎から。基礎がしっかりしてれ な記憶として刻まれたこの解剖学実習は、医師として働き ばそのうえに積み上げるものは多くなる。だからこそ今回 出してからもずっと大いに役立つことでしょう。 理解したことをしっかり覚えて、次のステップに進みたい ご献体してくださることにより、私たちにこのような機 と思う。 会を与えてくださった方々、そしてそれを理解し許してく そしてもう一つは、感謝の気持ちである。今回の実習を ださったご遺族の方々、並びに先生方には感謝尽きぬ思い 通して、我々医学生は多くの人に支えられているというこ です。人の命に責務を負う医師を志す自身は、以降も勉学 とを再確認できた。御献体いただいた方々はもちろん、先 に励み、確固たる知識を身につけるよう日々邁進していく 生や家族、友人など、多くの助けがあってやっと私は医学 ことを誓います。そしてこのご恩に報いるべく、医療とい 生をやれているということを強く思う。実習中でも、ご遺 う形で社会に還元し、恩返ししていく所存です。いつか将 体のこの方はどのような人生を送ってきたのだろうと考え 来医師として働き出す次第には、納骨堂に再度足を運び、 ることがあった。筋肉や臓器から、運動をよくしていたん 自分の成長をご報告したいと思います。 だな、ここが悪くて生前は痛かっただろう、などと考えて 有意義な3か月間の実習を提供してくださった先生方へ いるうちに、自分がどれだけすごいことをしているのか分 の感謝並びに、ご献体くださった方々の御霊に対し、謹ん かった。普通の方ではできない行為をさせてもらっている で哀悼の意を表すとともに心から感謝いたします。どうも のだから、それだけ感謝の気持ちを忘れずにいたい。 ありがとうございました。 私はこの解剖実習でやっと医師になるという実感をもつ ことができた。ただ解剖実習で大体の構造を見た、という ことで終わりにしてはいけない。ここで見たものをすべて 覚えて、体に刻み込んでこそ本当の意味で解剖実習が終わ りなのだと思う。献体してくださった方々に感謝し、これ からなおいっそう勉学に励んでいきたいと思う。 − 18 − 第2学年 中 原 翔 平 第2学年 中 瀬 有 美 解剖学実習は、実際のご遺体を解剖させていただき、人 暑さが一段落した9月、解剖学実習1日目。初めて解剖 間の体の構造を理解するという実習です。私は医学部に入 学実習室に並ぶご遺体を目の当たりにしたとき、胸の高鳴 る前から、解剖学実習がどの医学部でも存在し、全ての医 りとともに今までに感じたことがない程の緊張感が私に襲 師が解剖学実習を学生時代に経験していることも知ってい い掛かった。教室とは全く違う静寂な雰囲気が「神聖な場 ました。ですからこの解剖学実習には以前から漠然と興味 所」であることを象徴しているように感じた。そのときの を持っていました。 感覚は、実習が終わった今でも体に染みつくように残って 2年生前期において解剖学という座学の授業があり、そ いる。 こである程度の人間の体の構造を学びました。しかし机上 解剖学実習は、約3か月にわたりほぼ毎日行われた。前 の勉強だけでは、人間の血管や神経、筋肉などの複雑な構 期の授業で座学としての解剖学を学んだ際に、理解するこ 造を理解することはとても困難でした。そこで解剖学実習 とが難しかった複雑な構造や入り組んだ位置関係は、視覚 で実際にその構造を見てみたいと思うようになりました。 という直接情報によって、立体的にイメージとして理解で また2年生前期にはチュートリアルという授業があり、 きた。人体は各器官が寄せ集まってできたのではなく、そ そこで私は後期に行う解剖学実習について、白菊会会員の れぞれの構造や位置関係には意味がある。誰一人として同 方々の献体によって成り立っていることを学びました。さ じ外見の人がいないように、図譜とは違う個人差があるこ らに、実際にご遺体を解剖して学ぶ必要はあるのかなどを とも学んだ。将来診る患者さんにも個人差があることを考 考える機会に置いて、医師からも意見を聞くことができ、 えると、枠にはまった勉強より柔軟な関連性をもって相対 患者さんを診察・手術する際に必ず人間の正常構造をイ 的に勉強していく必要があると思った。 メージしながら行わなければいけないので、その際に学生 また、毎日ご遺体と向き合う中で、その方が送られた人 時代の解剖学実習の経験が生きてくるということを教えて 生を想像し、人の死や生命の尊厳について考えた。どんな いただきました。 人柄で誰を愛し何が好きだったのか、そんなことまで想像 後期に入り解剖学実習が始まり、まず第一週に骨学実習 している自分がいた。こうやってご遺体と寄り添うことで、 で人体の骨の構造を理解した後、第二週からいよいよ肉眼 さらに多くのことを教えて頂けたと思う。医師になった際 解剖が始まりました。初めてご遺体を目にしてこれからこ にも、患者さんに寄り添って、その人が置かれている環境 のお体を解剖させていただくことを実感し、上手く実習を や性格を考慮した上での治療を行っていきたい。 行えるかどうか不安になりました。しかし実習前の講義で さらに、4人1組で実習を行うことで仲間との結束力が 知識を深め、実習中の先生のご指導により、決して上手だ 強くなった。班員と一緒に作業したり、近くの班とも協力 とは言えませんが、観察すべきポイントをしっかりと確認 して分からないことを解決した。困ったときは助け合い、 できたと思います。実際にご遺体を解剖して、体のあらゆ 悩んだときは支え合い、意見が対立したときには話し合っ る場所で血管や神経、臓器が複雑な構造を取っており、私 た。実習が終わった今、一人では乗り越えられなかったと たちが普段生活している中で、これらの器官が連携してい 痛感し仲間の大切さを思い知った。医療行為も間違いなく るのだということを感じました。さらに細かい器官の配置 自分一人で提供できるものではない。医師はもちろん、周 がページごとにまとまっている解剖学の参考書とは異なり、 りの医療従事者やスタッフとの密な連携によって、良い医 頭から足までの構造の全体のつながりを把握することがで 療が提供できるのだろう。自分を取り巻く環境下で、様々 きました。 な考えを持つ人と大きな信頼関係を築くことが大切だと実 この解剖学実習を通して、人体の構造を立体的に学べた 感した。 ことは、これから先勉強して医師になっていく上でもとて 実習を通して得た知識や様々な思いは、私の胸に深く刻 も貴重な経験になると思います。このような機会を得られ まれ、かけがえのない大きな財産となった。無条件・無報 たのも、献体してくださった白菊会の会員の方と、熱心に 酬で、自らの意思で進んで体を提供してくださった方や、 指導してくださった先生方のおかげです。この実習の経験 その意思を理解して了承してくださったご遺族の方々には、 をこれから先の勉強の糧にしたいと思います。 言葉では言い表せない程の感謝の気持ちでいっぱいだ。そ のご厚意を無駄にしないためにも、勉学に励み今回学んだ ことをより発展させ、期待に応えられる医師を目指して、 社会に貢献していこうと強く決意した。 − 19 − 倫理演習について 齋 藤 有紀子 ⎛准教授・医学教育研究開発センター⎞ ⎝ 医学原論研究部門 ⎠ 1年生夏の医学原論演習「倫理演習」は、相模原キャン 心に湧く違和感を適切に表せる学生が日ごとに増えていく。 パスで3日間行われる。2014年度は34人の学生が参加した。 いのちをめぐる問題に、結論を急がず、問いを立て続ける 1日目のテーマは「動物と人間の関係」、2日目は「安楽死・ ことの大切さに、お互いの声から気づいた3日間だったの 尊厳死」、3日目は「障害をもつ人の性」。1日の中でグルー ではないだろうか。自分だけでは想像もつかない気持ちを プワークと映像鑑賞を繰り返し、自分の考えを深め、表現 患者さんは持っている。その「思いも寄らない」心に耳を し、振り返る中で、新たな視点に何度も出会う。少数意見 傾けられる医師になってほしい。 や余談の中に本質的な問題が潜んでいることを発見したり、 倫理演習を受けて 第1学年 清 水 菜 美 第1学年 長谷川 大 祐 今回の倫理演習では、普段あまり深く考えないようなこ この3日間で印象に残った言葉や考えは全て自分以外の とについてまず自分で考え、その後仲間と話し合って、 様々 人から得られたものである。人と話し合い新たな視点を得 な人の意見をきくことで物事の見方が広がりました。また、 ること、自分の意見が絶対正しいと考えるのではなく、人 自分とは反対の意見の人の話をきいたうえで、自分の考え の意見を素直に受け入れること、自分の考えの至らなさを をしっかりと持つことができるようになったので良かった 認識すること、こういうことが大切であるとこの3日間で です。自分の意見を相手に押し付けるのではなく、相手の 実感した。 意見もちゃんときいて受け入れることの大切さを学びまし 医師とはどのような職業であるか。人の命を扱う仕事で た。先生からアドバイスをいただき、一つの意見について あり、責任が大きい仕事ということは分かっているつもり 掘り下げて皆で考えるのが非常に面白かったです。 でいた。しかし責任が大きいということは多くのことを学 この演習で初めてロールプレイをして、劇をしている最 び、考え続けなければならないということである。自分が 中は相手がどうしてこういう風に言うのだろうと相手の気 一回考え、学んだりしたことを再度考え直すこと、人から 持ちを全く理解することができませんでした。しかし、 ロー の意見を尊重し学ぶこと、この繰り返しを続けていくこと ルプレイ後に配布された全員分の状況が書かれたプリント で初めて人の命を扱える資格が貰えるのではないか。 を見て、相手の置かれている状況が分かると、相手がそう この演習で扱ったテーマは、よく小論文の授業として高 言うのは当然だなと思い、相手の言動に対して納得するこ 校で学ぶことである。最初は習ったことがあるから大きな とができました。しかし、現実には相手の気持ちや状況が 発見は無いだろうと斜に構えて授業を受けていたが、実際 書いてあるプリントなど存在しません。自分でしっかりと に授業を受けてみると高校では実感し得なかったことが多 相手の話をきいて相手の気持ちを理解しようとしない限り、 くあった。これは小論文の試験を突破する為に設計された 相手の気持ちなど分からないのです。医師は患者さんの気 授業と、本当にこの問題を考えてほしいと設計された授業 持ちを理解するために、しっかりとコミュニケーションを の立ち位置の差であろう。医師とは、この様な問題を真正 とって、患者さんの立場になって考えることが大切だと改 面から、真剣に考えなければいけない大変な職業であるこ めて思いました。相手の話をきちんときくといった行為を とを改めて実感した。 この演習で身につけることができたので、今後医師になる この3日間は自分が学んできたことをいい意味で否定さ にあたり役立てていきたいです。 れ、新たな視点や知見を多く学ぶことができた。この繰り この倫理演習では将来私たちが医師になった時に役立つ 返しを今後も自分の手で続け将来に役立てていきたい。 ようなテーマ、生と死について多く考えました。これから 医者になる私たちにとっては生と死は避けては通れない道 です。ですから、この演習で改めて皆ときちんと話し合う ことができて本当に良かったと思います。 − 20 − 教育研究単位紹介 産婦人科学「婦人科学」 恩 田 貴 志 (教授・産婦人科学「婦人科学」) 産婦人科学「婦人科学」は、元々1単位であった産婦人 のためスタッフや病棟医を出向に出していたり、等の事情 科学が、2011年10月に「産科学」と「婦人科学」に分かれ もありますが、非常に苦しい状況を強いられています。た て出来た教育研究単位です。産婦人科で後期研修を行う場 だ、その様な状況でも、和やかな雰囲気の中で楽しく仕事 合、約3年半で産婦人科の専門医を取得、4年で後期研修 を行っていることが婦人科の一つの特徴と言えると思いま を終えます。助教(研究員)となって以降は、専ら産科医 す。明るい話題として、3月で産婦人科の後期研修医を終 あるいは婦人科医として勤務しますが、後期研修医の期間 了する3人のうち、1人は(育児中のため時短勤務となり は、従来通り産婦人科医として産科にも婦人科にもロー ますが)腫瘍、2人は生殖・内分泌(うち1人は大学院進 テーションして勤務しています。 学)の仲間となることが決まっています。 婦人科学には大きく分けて二つの分野があります。一つ 婦人科の腫瘍において、初期子宮体癌の腹腔鏡下手術が は腫瘍で、もう一つは生殖・内分泌です。腫瘍分野では子 2014年4月に保険収載され、子宮頸癌に対する腹腔鏡下広 宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌を中心に、卵管癌、腟癌、外陰 汎子宮全摘術が2014年12月に先進医療に認定されました。 癌なども含めて女性性器に発生する婦人科悪性腫瘍に対す また北里大学新病院には(婦人科ではまだ使用していませ る手術、化学療法、放射線療法などを主に行っていますが、 んが)ロボット手術の機械(da Vinci)も導入されていま 子宮筋腫、子宮腺筋症、卵巣嚢腫など良性腫瘍に対する開 す。現時点ではとても「余裕がない」状況ですが、今後若 腹手術、子宮頸部異形成、子宮内膜異型増殖症などの前癌 手医師が仲間に加わってくれれば、腹腔鏡下悪性腫瘍手術 病変に対する治療も行っています。 やdaVinci手術も導入していきたいと考えています。 生殖・内分泌分野では、不妊症、不育症、婦人科内分泌 北里大学病院の婦人科は決して楽な診療科ではありませ 異常の治療、生殖器先天性異常に対する手術、子宮内膜症、 んが、多くの症例を経験できたり、新しい手術に挑戦でき 子宮筋腫、子宮腺筋症、卵巣嚢腫など良性疾患に対する保 たり、といった魅力があります。婦人科では1人1人が欠 存的治療や腹腔鏡下手術、異所性妊娠に対する薬剤注入治 かすことの出来ない貴重な役割を担っているという充実感 療などを行っています。不妊症に対する治療としては、人 も得られる事でしょう。今後進路を検討する初期研修医の 工授精、体外受精、顕微授精、受精卵凍結保存・融解移植 先生や、学生には是非(産)婦人科に興味を持って頂きた などを実施しています。 いと思います。 北里大学病院婦人科は相模原市のみならず、神奈川県北 西部の中核病院として多くの症例の治療を行っています。 特に腫瘍部門では、日本産婦人科学会で行っている集計の 最新の2012年報告で、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、卵巣 境界悪性腫瘍を合わせた症例数が、年間163例で、全国の 病院中16位、大学病院に限ると全国8位、神奈川県1位の 症例数を誇り、2013年はさらに症例数が増加しています。 他に、子宮頸部異形成や上皮内癌の円錐切除が年間100例 前後、良性腫瘍手術が年間100例前後あります。この豊富 な症例数が当院婦人科の特徴の一つです。 婦人科腫瘍のスタッフは教授の他に、新井正秀講師、岩 瀬春子講師、髙田恭臣助教、佐藤英貴助教の4人、生殖・ 内分泌は川内博人講師1人で、ローテーションの病棟医、 初期研修医3-4人と共に診療を行っています。病休中、 育休中、大学院在学中などの医師がいたり、関連病院維持 婦人科学スタッフと産婦人科学病棟医 上段左から岩端俊輔、岩瀬春子、川内博人、恩田貴志、新井正秀、本田雅子 下段左から遠藤真一、西山香織、佐藤英貴、髙田恭臣、吉村嘉広 − 21 − 毎朝、医学部から病院本館へと廊下を歩いていると、コーヒーの香りに包まれる。 1 階のコーヒーショップからである。私にとっては「懐かしい朝の香り」である。和朝食が 好きな父の隣で、 パンを食べコーヒーを飲む母の光景が直観的に浮かんでくる。匂いは 「好 き」か「嫌い」にしか分けられないとされる。皆さんも小さい頃は、わからないものを見 ると匂いを嗅いで判断していた記憶がないだろうか。私はこのせいで南瓜のスープが飲 めなかった。それがいつしか、匂いによって過去の光景が浮かぶようになり、味を予想す るようになった。 「年をとってきた」のではなく「経験値が増えてきた」のである。結婚 式で涙することが多くなったのもそうだ。診察室に着き、診察レベルは上がっているだろ うかと不安になった。今日も経験値があがると信じて扉をあけた。 (W・T) 平成27年度 平成26年度 北島賞受賞者 北里賞受賞者 片 山 智 也 早 川 秀 輝 第2学年 棚 元 な な 能 野 志 芳 第3学年 川 島 侑希子 白 井 杏 子 第4学年 朝 倉 啓 友 髙 橋 かおり 第5学年 久 代 聖 子 桑 鶴 良 季 第6学年 酒 井 希 天 並 木 萌 子 平成26年度 医学部北里会功労賞受賞者 石 崎 純 郎 松 島 圭 吾 編 集 後 記 「春は名のみ・・」、「三寒四温」など、人々が春を待ちわび る心情を現す言葉には、悠久の歴史の中で育まれた日本語独特 の趣を感じます。そんな季節を迎える中、今年も116名が医学 部を巣立って行きました。個人にとって卒業は新たな目標への 出発点でもあり、今は前を向くのみで振り返る時ではないで しょう。しかし、ひとりひとりが学生生活の中に何らかの形で 足跡を残し、レジェンドになったかどうかは別として、北里大 学医学部45年の歴史に名を刻んだことには間違いはありません。 「思い出」とは、時間とともに美化され不要なものを削り落と した記憶です。将来どのような「思い出」が彼らの中に残るのか、 私も30余年前の卒業生として楽しみにしています。 東原医学部長が卒業生に送られた3つ言葉にはどれにも含蓄 があります。特に “Reach the summit of professional” と言う 言葉は卒業後、何年経っても心に留め置くべきメッセージだと 思います。プロであることにプライドを持ち、そのプライドを 維持するための努力を欠かさず、常に自分に厳格であること。 これこそ不正や捏造などの誘惑に惑わされない真摯な科学者に とって、どの時代でも必要不可欠な心構えではないでしょうか。 この春、北里大学医学部の歴史を築いてこられた3名の教授 がご退任になります。どの先生の文章にもご在任中の「思い出」 と北里大学医学部に対する愛、そしと後進への期待が溢れてい ます。惜別の情に堪えませんが、先生方への感謝の気持ちをモ チベーションに、医学部のさらなる発展と後進の育成へ向け努 力することが残された者の努めだと思います。お疲れ様でした、 そしてありがとうございました。(M・I) 医学部ニューズ〔第355号〕 http://www.med.kitasato-u.ac.jp/ - 未 来 科 学 の 創 造- 2012年北里大学創立50周年 ●発行責任者 東 原 正 明 2014年北里研究所創立100周年 ●編集責任者 井 上 優 介 〒252-0374 相模原市南区北里1-15-1 北里大学医学部内 医学部ニューズ編集委員会 TEL.042-778-8704 (直通) FAX.042-778-9262 E-mail [email protected] ●発 行 日 平成27年 3 月31日発行
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