2016 年度 日本行政学会研究会 報告要旨

2016 年度
日本行政学会研究会
報告要旨
共通論題Ⅰ<首長と職員-行政の責任と政治>
「ポピュリズム型首長」登場の背景と行政職員の対処
―大阪と名古屋の事例を中心に―
後 房雄(名古屋大学)
[email protected]
本報告においては、元大阪府知事、元大阪市長の橋下徹氏、名古屋市長の河村たかし氏を主な
素材として、
「ポピュリズム型首長」ないし「劇場型首長」の登場の背景、およびそうした首長を
自治体行政職員としてどのように受け止めるべきかについて考える。
登場の背景としては、先進諸国の政治に共通の「パーソナル・パーティ」
(カリーゼ)ないし「大
統領制化」
(ポグントケ、ウェッブ)の動向と、二元代表制に基づく日本の自治体に広まっている
相乗り体制への反発という二点を重視する。
そのうえで、ポピュリズム型首長が自治体にもたらしたプラスの効果と弊害の両面を考慮しつ
つ、前者を活かし後者を抑えるためには行政職員側がどのような受け止め方をすべきかについて
考えたい。予定している報告の概略は以下の通りである。
1 パーソナル・パーティ(大統領制化)の背景
2 二元代表制のもとでの自治体相乗り体制の不可避性と弊害
3 ポピュリズム型首長の効果と弊害
4 ポピュリズム型首長と行政職員
5 行政職員はポピュリズム型首長をいかに受け止めるべきか
・政治的正当性への尊重
・政策知識、マネジメント能力の補完
・副市長の役割
<参考文献>
・後房雄「地方議会改革から地方政府形態論へ①~⑥」
、
『日経グローカル』第 199 号~第 204 号、
2012 年 7 月~9 月。
・ 同 「政権交代以後の混迷する2大政党と首長の反乱―2・6「名古屋・愛知の乱」は何をも
たらすか」
、
『都市問題』2011 年 3 月号。
・T.ポグントケ、P. ウェッブ編(岩崎正洋監訳)『民主政治はなぜ「大統領制化」するのか』ミ
ネルヴァ書房、2014 年。
・マウロ・カリーゼ(村上信一郎訳)
『政党支配の終焉[原題:パーソナル・パーティ]』法政大学
出版局、2012 年。
・有馬晋作『劇場型首長の戦略と功罪』ミネルヴァ書房、2011 年。
・出井康博『首長たちの革命 河村たかし、竹原信一、橋下徹の仕掛けた”戦争“の実像』飛鳥
新社、2011 年。
・朝日新聞大阪社会部『ルポ橋下徹』朝日新書、2015 年
共通論題Ⅰ<首長と職員-行政の責任と政治>
首長のリーダーシップと職員集団の対応戦略
―責任の距離・尺度とディレンマ状況―
大杉 覚(首都大学東京)
[email protected]
行政責任をシンプルに「X is accountable for Y to Z」というフレーズで説明すると、究極のプ
リンシパルである「住民」Z に対して、
「首長と職員」はともに X として包括的に位置づけられ
ることになる。もちろん、
「住民」Z への距離感は、
「首長」と「職員」とでは大いに異なる。
「首
長」と「職員」の間には幾重もの責任の連鎖構造がある。また、有権者としての「住民」と「首
長」との関係と、サービス受給者としての「住民」と「職員」との関係とでは対「住民」への間
尺は異なることから、当然ながら異なる「住民」Z が措定される。加えて、両者をプリンシパル
=エージェント関係と呼ぶならば、エージェンシー・スラックならぬプリンシパル・スラック(首
長の戦闘性?)が近年顕著になってきたことに本共通論題は大きく問題関心を寄せているようで
ある。地方分権改革や政治改革がもたらした首長権限の強大化、首長人材のリクルート面での変
化などがその背景にあるだろう。
そうしたなかで、
「首長と職員」の関係をどう捉え、「職員」の行動をどう評価すべきか。やや
もすると「闘う首長」が「政治主導」という名の独善的なリーダーシップのスタイルをとって、
行政職員集団の意向に関わらずトップダウン型政策決定を公衆の面前でごり押しする姿が描き出
されたりする。そのような首長の下では、行政職員集団は敢然と抵抗すべきなのか、それとも正
統な住民代表ゆえに粛々と忠誠すべきなのか、あるいは首をすくめ身を縮めて嵐が通り過ぎるの
を待つべきなのかが問われたりする。
あるいは、強力な手腕を持つ「闘う首長」が振りかざしたその政治手腕を、行政職員集団がし
たたかに先導的政策への跳躍に結びつける局面に出会うことがないわけではない。あくまでも住
民の福祉の向上に資するものとして賞賛されるべきか、それともそのような首長に功績をもたら
す協力は裏切り行為だと非難されるべきなのか。
一方、お気に入りの政策以外には無頓着な「闘う首長」も少なくない。関心の及ばないことに
かこつけて、旧来の行政の延長上で仕事を続けていて良いのか、関心を向けてもらうべく積極的
に首長に働きかけを行うべきなのか。本共通論題の問題意識のもとでも、エージェンシー問題を
見過ごしていいわけではないのである。
メディアでは一面的に描かれがちであっても、現実の自治政(ローカル・ガバナンス)の展開
のなかで、
「首長と職員」の関係は実に多様な様相を示している。そしてそのことを適切に評価す
るのはいずれにせよ容易ではない。
本報告では、
「首長と職員」の責任構造(X)を、首長のリーダーシップ戦略と行政職員集団の
行動様式とのゲーム論的対応を類型的に整理することから出発したい。と同時に、現実には、
「首
長と職員」の責任構造(X)は独自のダイナミズムを有しつつも、いかなる政策テーマ(Y)のも
とで、誰を責任対象(Z)とするかに応じて、その選択結果を帰着させることが引き続き要請さ
れるはずである。時代状況の変化のなかで扱われるべき政策テーマ(Y)は変化し、また、責任
対象(Z)は、
「住民」であり「議会」であり「国」でもありうる。こうした多様化傾向が行政責
任のディレンマ状況をより一層深刻化させていることを踏まえつつ、事例を交えながら「首長と
職員」の責任構造(X)について検討したい。
共通論題Ⅰ<首長と職員-行政の責任と政治>
自治体職員の行政責任
―誰に対しどのような責任を負うべきか、負えるのか―
真山 達志 (同志社大学)
[email protected]
1.自治体行政におけるアカウンタビリティとレスポンシビリティ
2.個人としての行政職員と行政責任―理念型
(1) 対上司
(2) 対首長
(3) 対議会
(4) 対市民(顧客)
(5) 対世論ないし民意
3.個人としての行政職員と行政責任―実態:大阪市の例を参考に
(1) 強力な上司・首長の存在
(2) 行政(特に行政事務)における専門性の曖昧さ
(3) 世論ないし民意の曖昧さ
(4) 市民の行政に対するイメージ
4.政策実施・政策形成と行政職員
(1) 施策・業務の形式的正当性(合法性)の程度と職務遂行
(2) 首長と議会が対立する施策・業務の遂行
(3) 政策への世論ないし民意の反映
5.まとめにかえて
分科会A<公務人的資源のマネジメント>
生活大国の指標
―人材育成・公務員教育の視点から―
佐々木寿美(平成国際大学)
[email protected]
自由な経済活動を最優先する”小さな政府”は、格差社会を容認し、税金による公務員の活動
を最小限にとどめることで、能力・業績主義に徹した、“公平な競争社会”を実現しようとした。
他方で、所得格差を最小化するために、公務員が様々な社会保障政策を実施していく“大きな政
府”は、”結果としての人々の暮らし”を公平なものにするために、高い税金を市民に課すかわ
りに、あらゆる側面から行き届いた公共サービスを提供していく。言い換えれば、低負担低福祉
の自由主義国家を追求するのか、高負担高福祉の福祉国家を実現するのか、といった議論のもと
に、各国が理想の国家像を追求していった時代も存在した。
更に近年では、自由主義経済を取り入れながらも、比較的高い水準の社会保障政策を実施する
第 3 の道を選択することで、自由な経済活動を保障しながらも、ある程度格差を是正するしくみ
を持つ国々も存在している。言い換えれば、規模や成長を適度に管理し、バランス良い政策配分
により“人々の暮らしやすさ”を多方面から総合的に実現する”生活大国”が、その理想の国家
像の一つとして台頭してくることになる。
本報告では、わが国が今後どのような国家像をめざしていくべきなのか、またその実現のため
に、行政システムにはいかなる改革が必要と考えられるか、等について、公務員教育や人材育成
という視点から考察していきたい。
本報告では、最初に「世界の行政システム」について考察する。若手を採用し、行政組織内で
研修等を通じてキャリア公務員を養成していく“閉鎖型任用システム”と、行政大学院等で MPA
(行政学修士号)
を資格として取得した者を、積極的に中途採用していく”開放型任用システム”
の2つの制度の違いを主眼としながら、世界各国でどのような公務員制度が採用され、行政管理
システムが実践されているのかを比較検討していく。
次に「わが国の公務員制度」について検討していく。閉鎖型システムを有するわが国の国家公
務員・地方公務員の各組織において、どのような任用・昇進システムが採用されているのかにつ
いて明らかにし、“採用システム”、”昇進のしくみ”、”研修・教育”、”退職制度”等につ
いて、今後改善していくべき点を明確化していきたい。
最後に「公務員教育」に関して、米国カリフォルニア州において実践されている行政大学院の
しくみを明らかにし、また、フランスの ENA(フランス国立行政学院)における教育内容を検討
しながら、わが国の公務員教育に取り入れていくべき視点はどのようなものであるのか、につい
て検討していきたい。
「生活大国」がどのようなものであるのか、明確な定義が存在しているわけではないが、多く
の国々で共通の目標である、”市民・国民のための行政を実現することが出来る“行政システム
を構築し、公務員を育成していく上で、世界各国の行政システム・人材育成の仕組みを比較検討
し、わが国の公務員制度改革について考察していくことは、有効な手段のひとつであると考えら
れる。
分科会A<公務人的資源のマネジメント>
公務員の職務における向社会的提言の要因
―「やる気(Public Service Motivation)」の影響 ―
水野 和佳奈(岐阜経済大学)
[email protected]
1.本報告の目的
「会議の場で、やる気がある人ほど組織のために多くの発言をする」傾向があるように感じた
ことはないだろうか。こうした職務に関するアイディアや情報の提言は、労働者自身の利益のた
めというより、もっぱら組織や他者のために行われることも多い。このような提言は向社会的提
言(Prosocial Voice)と言われる。こうした提言によってアイディアや情報を共有していると,
組織がより良い業績を上げることを示す調査結果もある(Mackenzie et al., 2011)
。
本報告の目的は、公務員のやる気が向社会的提言につながるのか、それ以外にも重要な要因(職
務環境など)が存在するのかを解明することである。
2.先行研究と本報告の仮説
向社会的提言と職務意欲(やる気)の関係を解明するために検証すべきことは 2 つある。第
一の課題は「職務意欲をどのように測るか」であり、第二の課題は「職務意欲(およびその他の
要因)が向社会的提言に影響を与えるか」である。
(1)職務意欲の測定: 向社会的提言は、他者志向・利他志向の提言であることから、組織市
民行動の 1 つとして位置づけられており(Van Dyne et al., 2003)、比較的公益性が強い活動とい
える。公的活動に対する意欲は、先行研究で PSM(Public Service Motivation)と定義され,
Perry(1996,1997) では,PSM を実証的に分析するための測定指標が開発されている。本報告で
はこの指標を採用し、公務員を含む日本の労働者の PSM を測定する。
(2)向社会的提言の要因の分析: 先行研究では、主に民間企業の労働者について、上司の行
動、職務特性、組織特性、提案制度のほか、労働者個人の特性が職務における提言行動に影響を
与えることが分かっている(Frazier and Fainshmidt, 2012, Stamper and VanDyne 2001 他)。
しかし、公務員を対象に、PSM と提言行動の関係を検証したものはほとんどない。そこで本報告
では、中心的な仮説を「PSM が高い労働者ほど、向社会的提言に積極的である」と設定する。
3.分析方法
分析にあたっては公務員と民間職員の合計 446 名(公務員 90 名、民間職員 356 名)を対象と
したアンケート調査(Web 調査)の結果を用いる。PSM の測定は、Perry (1997) の指標を用い
て主成分分析を行い、職員ごとの PSM の値を算出した。そして、向社会的提言の要因を解明す
るために、PSM とその他の要因を説明変数とし、順序ロジットモデルを用いて分析を行った。
4.分析結果とその意義
分析の結果、公務員と民間職員のいずれにおいても PSM(やる気)が高い労働者ほど向社会的
提言に積極的であることが確かめられた。また、公務員については、PSM の他にも、上司や同僚
が提言行動に積極的である、職務のやりがい意識が高い、組織規模が大きいことなどが向社会的
提言の促進要因であることが分かった。本報告の結果は、向社会的提言を促進する職務環境の整
備に加え、行政組織内で向社会的提言がより多く必要な部署やプロジェクト(行政改革など)の
人選のような場面で活用することができると考える。
分科会A<公務人的資源のマネジメント>
戦後日本における外務官僚のキャリアパス
―「政官関係」を考察する含意を求めて―
竹本信介 (立命館大学)
[email protected]
本報告は 3 つの研究主題から構成されている。はじめに、1950 年(昭和 25)から 2015 年(平成
27)までの 65 年間を対象とした、外務省幹部の省内キャリアパスに対する考察結果―人事パター
ンの類型化―を報告する(①)。次に、先の考察結果が導き出される要因を求めて、近年その数が
増えつつある日本の元外務官僚による回顧録(オーラルヒストリー)を参照し、これらと先の考察
結果との関係性に対する推論を行う (②)。そして最後に、戦後日本外交の政官関係を考察する際、
どのような含意が①と②にはあると言えるのか(③)、以上の 3 点を本報告の研究主題とする。つ
まるところ、これらの考察を通じて発見したいものは、日本外務省(外務官僚)にある行政機能と
しての特性である。
本報告の意図は、近年に現れた日本の外交交渉事例を参照するとより明確になるのかもしれな
い。民主党の鳩山内閣時に行われた普天間基地の移設を巡る日米交渉は(2009 年 9 月から 2010
年 6 月まで)、日本外交における「政官関係」が可視化された事例として記憶に新しい。周知の通
り、鳩山氏自身による積極的な関連情報の開示、ウィキリークスを通じた日米両国間で取り交わ
された外交文書の流出、メディアによる調査報道により、先の日米交渉時において日本の外務省
(外務官僚)が能動的な外交アクターであったことは、現在十分に推測される状況にある。
しかしながら、戦後日本外交の先行研究では、総じて政治家の外交活動や外交政策自体に研究
上の焦点が当てられ、外交アクターとして外務省(外務官僚)を明確に捉えてきた知見が少なく、
そのため、上記のような日本外交をめぐる「政官関係」に対する研究視座は、依然不明瞭なまま
となっている。このように先行研究において外交アクターとして外務省(外務官僚)を明確に捉え
た知見の蓄積が少ない以上、その論理的帰結として、日本外交の「政官関係」を分析する理論的
枠組みについても、未だその知見は確立されていないと考えられる。
本報告が目指すのは、上記のような研究状況に対する 1 つの処方案として、外務省を中央省庁
の 1 つとして捉える視点、つまり「行政学」の研究視点に準拠することから、日本外交の「政官
関係」を考察しようとするものである。言うまでもなく政官関係論は「行政学」における主要な
研究主題として、これまで経済官庁を中心に数多くの先行研究業績があるが、本報告はそれらで
検討された理論や分類図式との関係性を踏まえながら考察を進めていくものとする。
分科会B<参加論・協働論の到達点―実践と理論の現在>
協働論の再考
―行政学を中心とした学際的視点から―
小田切 康彦(徳島大学)
[email protected]
近年の地方自治を議論するうえで重要な概念のひとつとして挙げられるのが「協働」である。
自治体と市民が対等な立場で相互を尊重、信頼し、パートナーとして公共を担う。このような協
働の理念は、分権型社会の構築を目指す行財政改革が進展するなかで、浸透してきた。首長が市
民との協働を方針として示すことが一般化し、自治体内に“協働”を冠する部署が相次いで設置
された。また、協働に関する条例・規則の制定や協働手法の整備等、協働の制度化が進展すると
ともに、福祉、都市計画、まちづくり・むらづくり、環境等、分野を問わずその実践が展開され
ている。
こうした協働の潮流は、学術的にも大きな関心事となってきた。行政学のみならず、多様な学
問分野において研究が蓄積されており、枚挙に暇がない。しかしながら、協働に関する研究は、
協働の推進を規範的・提言的に論じるものが多く理論的・実証的研究が少ないことや、多様なデ
ィシプリンごとに分断され論じられており、分析枠組みの断片化が起こっていること等が指摘さ
れている。協働をめぐる議論は、依然として整理統合されずに、散在された状態におかれている
ように思われる。
協働論としての発展を企図する意味では、これまでの先行研究の知見を整理し、
その体系化の方向性を探る作業が不可欠といえよう。本報告では、こうした問題意識のもと、協
働にかかわる先行研究の整理を行ない、その含意と課題を明らかにしたうえで、今後の体系化に
向けた論点の整理を試みたい。その際、行政学を中心としつつも、関連する学際的知見を動員し
ながら論じるという立場をとる。これは、複雑な協働現象の理解について、単一のディシプリン
のみへの依拠では、分析の正確な位置づけを与えることは難しいと考えられるためである。
具体的には、まず、概念定義、自治体と市民との関係性、いわゆる行政下請け化問題、協働の
成立要件等、協働にかかわる先行研究において論じられてきた主要論点ついての整理・検討を行
う。例えば、協働の概念定義については、協働・パートナーシップ・コラボレーションの関係性、
市民(住民)参加との関連、主体間における対等性の意味内容、等が論点となっているが、これ
らの議論の現時点でのそれぞれの帰結について理論的に整理を試みる。次に、先行研究から得ら
れる含意と課題を踏まえ、
研究文脈として十分に議論されていないと思われる点について論じる。
ここでは、行政法学の知見、および評価論の知見を中心に取り上げる。前者については、行政法
学における協働の位置づけとその法的課題を、後者については、協働を評価する理論的フレーム
ワークのあり方を議論する。最後に、協働論の体系化に向けていかなる研究の方向性が求められ
るのか、論点を掲示する。
<報告の構成(仮)>
1.はじめに
2.協働論の諸相
3.協働論の含意と課題
4.体系化にむけた論点整理
5.おわりに
分科会B<参加論・協働論の到達点―実践と理論の現在>
住民からみた「参加」と「協働」
―住民間協議という課題―
島田恵司(大東文化大学)
[email protected]
住民に主眼をおいて行政との関係を論じるとすると、差し当たり、大きく分けて「行政決定過
程への住民参加」と「地域における公共サービスの活動主体としての行政と住民との協働」の問
題があると思われる。ここでは、前者を「参加論」といい後者を「協働論」と呼ぶことにしたい。
「行政決定過程への住民参加(以下、参加論)」については、近年、制度が整いつつある。行政
手続、情報公開などの国の制度改革(分権改革も含まれるか)に加えて、自治体でも独自に住民
投票制度や市民参加条例が制定され、実際に実施されている。また、自治体では、行政分野によ
っては丁寧な住民への情報提供が行われたり、
地区ごとに説明会・懇親会が行われたりしている。
「地域における公共サービスの活動主体としての行政と住民との協働(以下、協働論)」が積極
的に論じられるようになった背景には、公共サービス分野の拡大がある。並行して、民間事業者
の活動領域が広がっているだけでなく、NPO など市民団体についても多数設立され力をつけつ
つある。その一方、近年行政は絶えず減量化を迫られ直接経営からの撤退が進んでいる。福祉分
野や環境保護分野では、もはや民間事業者や NPO の存在を抜きに語ることができない状況にあ
る。
参加論と協働論の両方を併せ持つ分野もある。地域自治組織など地区の住民組織に予算が配分
され事業を実施する場合は、その一例といえるだろう。
しかしながら、いずれの問題についても、課題が存在している。参加論については、制度の整
備にもかかわらず、住民の行政への不満は必ずしも減少していない。住民の行政への関心は高ま
らず諦めが広がっているようにも思える。住民意思の行政への反映は、行政内部の前例踏襲や組
織温存主義の壁に阻まれ、
優先順位が低いのが一般的である。
住民間の対立が明確である場合は、
行政主導で決定され情報すら住民に提供されない傾向がある。また、分権改革の効果も住民まで
は届いていない。一方、協働論については、公共性をいかに担保するかという課題がある。行政
が占有している場合に比べて自由があるとはいうものの、単なる行政の下請けであれば、公共サ
ービスの低下をもたらす。
いずれの課題にも共通する問題として、
住民代表性と民主的統制がある。住民参加といっても、
だれが住民を代表するのかという問題があり、一方、協働の分野でも、地域における民間活動を
どのように民主的に統制するのかという問題がある(当然、議会のあり方が問われるが、ここで
は、主要な課題としては取り上げない)
。
さらに、参加論でも協働論でもない課題もあると思われる。つまり、住民が行政に関心を抱か
ないのは、もっと別の社会変化に原因があるのかもしれない。都市化の進展とコミュニティの喪
失によって、人々は自己責任でしか問題は解決できないと考えている可能性がある。市町村合併
は、その傾向を助長しただろう。
こうした中にあって、報告者の関心は、住民同士がいかにすれば協議を始めるか(住民間協議
と呼ぶ)
、にある。行政が積極的に住民参加を進めれば、おそらく住民は行政課題への関心を高め
るだろう。住民自らが活動することで地域の課題を解決できると知れば、住民組織の力で解決す
る道を選ぶかもしれない。
住民間協議にふさわしい課題はあるのか、住民間協議を進めるための行政側の課題はどこにあ
るか、などについて考察を行いたい。
分科会B<参加論・協働論の到達点―実践と理論の現在>
都市計画に関する参加論の諸相と展開
―都市計画学の死角と行政学・行政法学の知見―
内海麻利(駒澤大学)
[email protected]
本報告に与えられた課題は、都市計画分野の参加ないし参加制度について、その実態を示し、
これにかかわる議論の諸相と展開を示すというものである。
かつて、日本の都市計画は、法律によって参加制度を設けることはなく、従来、むしろ市民参
加を全く拒否してきた行政分野であり、計画内容については、いわば門外不出とされたという(田
村明 1972)
。それが、新都市計画法(1968 年制定、以下「都市計画法」)制定から今日に至るま
で、法律や条例等により、都市計画の策定プロセスに住民あるいは市民の参加を可能とするいわ
ゆる「参加制度」が、他の分野にもまして創設ならびに導入されるに至っている。これらの相反
する状況とその変遷は、いずれも、
「都市計画」の性質が、公共の福祉に寄与する一方で、個別利
益の影響を受けやすいことに起因しているからであると考えられる。
「都市計画(=計画技術)の実務に寄与すること」を目的とする「都市計画学」においては、
上記の変遷と呼応して、実務における参加制度の運用は重要な課題となり、これまで多くの研究
がなされてきた。例えば、2010 年には、日本都市計画学会がその雑誌において、
「市民参加の到
達点」という本分科会の趣旨と同様の特集を組んでいる。ただし、都市計画学会を中心とする約
350 の学術論文を分析してみると、制度に立脚する事例研究を中心に、多様な参加の実態が検討
されているものの、学問領域における視座の限界などにより、参加論に対する死角が存在し、そ
のことが、参加制度の課題解決の方途を閉ざしている、あるいは、議論の停滞を招いているよう
にも思われる。例えば、都市計画学では、都市計画の性質に深くかかわる、権利利益の保護や都
市計画と民主主義との関係などについて多くを触れてこなかった。
他方で、
「行政学」や「行政法学」における参加ないし参加制度に関する研究では、
「都市計画」
を素材とすることも少なくない。とりわけ、日本の高度成長期以降の参加をめぐる研究では、都
市計画の性質にかかわる都市計画学では見えなかった主題に関して議論がされていると考えられ
る。
そこで、本報告では、都市計画の性質と都市計画学の視座を示し、都市計画における参加制度
の変遷と参加の実態を整理した上で、第一に、都市計画学における参加論の様相と死角を分析す
る。第二に、その死角に関して、都市計画学、行政学、行政法学の知見を総合することで都市計
画に関する参加論を展開していきたい。
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
はじめに
都市計画の性質と都市計画学の視座
都市計画の参加制度の変遷とその実態
都市計画学における参加論とその死角
死角にかかわる行政学・行政法学の知見
都市計画に関する参加論の展開
おわりに
日韓交流分科会
韓国自治体の紛争処理に関する研究1
――ソウル市の紛争管理システムを素材に
河東賢(安養大学校)・洪修呈 (ソウル市紛争調整担当官)
[email protected]
1990 年代以降、韓国の社会的紛争はさらに複雑化、深刻化されつつある。
「公共紛争に関する
韓国人の意識調査」によると、韓国社会の紛争レベルは 10 満点に 7.6 点でかなり高く、国民の
90.3%は紛争がますます深まっていると認識した2。民主主義が定着し、市民運動が活性化され、
地方分権が進まれることにより、住民の主権意識が高まり、個人や地域の利益が噴出された。し
たがって、苦情が急激に増え、社会的紛争に転換している。これらの紛争をどのように対処すべ
きか、重要な社会問題に浮かんでいる。
本研究では、韓国ソウル特別市の紛争調整システムを対象に、韓国自治体の紛争処理の実態を
分析する。ソウル市では、2012 年 1 月に紛争調整官をチーム長に紛争解決支援の担当組織を設け
た。2012 年 10 月に「ソウル特別市公共紛争の予防と調整に関する条例」を、2013 年 1 月には「ソ
ウル特別市公共紛争の予防と調整に関する条例施行規則」を制定し、紛争調整システムの制度的
基盤も固まった。ソウル市の紛争調整システムと専門担当組織の設置は、韓国自治体においては
初めて取り入れたシステムであって、その以後ほかの自治体にも広がった。
それでは、ソウル市の紛争調整システムは、どのように構築され、運営されているか?導入さ
れて以来、どのような変化がおこなったのか。紛争解決のための効率的なシステムなのか、その
課題は何か、これを解明することが本稿の目的である。
ソウル市紛争調整の原則は、基本的に事業を担当する組織がその責任を負う。紛争調整担当官は
事業担当組織とその紛争を事前に協議、点検、サポートし、紛争解決に必要な課題を早期に把握
しながら、紛争管理プロセスの全般を調整することになる。一方、ソウル市の紛争管理プロセス
は、4 つのステップからなる。第 1 ステップは、紛争診断であり、様々な事業をリストアップし、
紛争レベルを三つに分ける。第2ステップは、紛争対応計画の策定であり、具体的に実行可能な
紛争対応戦略が作成される。 第3ステップは、紛争の調整であり、紛争の性格に合わせて利害調
整が試みられる。
利害関係者間の合意の場として紛争調整協議会が設置される。第4ステップは、
継続的な管理であり、紛争管理の実態をチェックし、適切な管理が行われるように支援する。こ
のプロセスに基づいて紛争管理が体系的に実施されている。
本研究では、文献研究、紛争事例、関係者のインタビューなどによって行われる。そして、次の
ような手順で作業が進められる。まず、公共紛争と管理に関する理論的概念やその背景を検討す
る。第二は、ソウル市が導入した紛争調整システムの概要や運用状況を把握する。第三に、紛争
調整担当官は、紛争管理プロセスにおいてどのような役割を果たしたのか、第四に、システムが
適用された事例を選定して分析する。事例分析を通じて利害関係者間の対立状況、紛争の争点、
時期別プロセスなど、どのような紛争の解決策が駆使され、紛争解決のレベルを左右したのかを
把握する。最後に、効果的な紛争管理のインプリケーションを導く。
1
韓国では、
‘紛争’より‘葛藤’を使っている。したがって ここでは、
「葛藤」を「紛争」と言い換え、葛藤管
理を紛争管理、葛藤調整システムを紛争調整システムなどとしている。
2
第 3 次“2015 公共紛争に関する韓国人の意識調査”全国 19 歳以上の男女 1000 人。調査期間:2015 年 12 月 18
日-23 日。
(韓国リサーチ)
日韓交流分科会
公務員教育の在り方に関する考察
―グローバル環境の公務員の政策能力のために―
洪秦伊(地方行政研修院)
[email protected]
過去には公務員教育とは一般的に狹義の概念として使われ、自分が担っている職務の遂行に直
接に必要な知識と技術の向上のための活動だけを意味していた。しかし、最近、行政の環境の変
化とともに公務員の教育訓練に対する必要性が拡大されているし、その性格と変化している。
今や公務員の教育訓練は個人の価値観と態度の変化を含むことで職務遂行の能力を開発し発展
させる一連の過程として変化している。また、公務員に対する社会的な認識には肯定的な面と否
定的な面に別れ、
職務の中で個人的に遂行できる水準を越える場合もある。このような場合には、
役人らの職務ストレスを增加させて組織の目標の効率的な達成に問題を発生させることもある。
従って、公務員教育課程にはこのようなことを念頭に入れながら、職務ストレスの適切な解消も
教育課程のなかに含まれる必要性があると指摘されてきた。
断片的で形式的な教育訓練ではなくグローバル環境に公務員の持続的な政策能力のために公務
員教育はどのよう対応すべきなのだろうか。
このような認識の元で最近、行われている韓国での公務員教育の変化を事例として紹介しなが
ら公務員教育の在り方に関して考えてみる機会にしたい。
日韓交流分科会
フランス地方公務員上級幹部職をめぐる人材獲得・育成戦略
玉井 亮子(京都府立大学)
[email protected]
本報告では、フランス地方公務員上級幹部職を対象とした職員研修システムを取り上げる。地
方公務員の職員研修プログラムの具体的な内容や最近の研修制度改正の動向を検討することで、
優秀な人材を地方公務員として獲得し、上級幹部職として育成するシステムの実態を明らかにし
たい。
まず、地方公務員制度や上級幹部職の概要を把握するために、上級幹部職に関する職員研修シ
ステムについて検討する。上級幹部職たちが受講する研修プログラムは、他の地方公務員のプロ
グラムとは様々な点で区別されている。フランスでは、地方公務員専門の人事協力組織 CNFPT
が地方公務員を対象とした研修を主に担っているのだが、上級幹部職については、CNFPT の一
機関である INET とその支局が職員研修を担当している。またいわゆる政治任用でない形で、一
定の人口規模の地方自治体に地方公務員が上級幹部職として勤めるためには、内部昇任試験合格
のほかに、高等専門教育機関でもある INET の入学試験に合格し、その課程を修了するという道
がある。INET 入学者は、上級幹部職候補者用の初任者研修を受け、卒業後に自治体ポストを得
てからも INET はじめ各種機関で職員研修を受講している。内部昇任試験合格者についても、研
修受講の義務を負う。そこで INET 入学試験と内部昇任試験の実施状況や INET 入学者対象の初
任者研修プログラム、INET 主催の職員研修プログラムの内容を確認し、上級幹部職に求められ
る(と INET が想定している)能力の具体的な内容を確認する。併せて INET 入学者の経歴から、
彼らを取り巻く社会環境の特徴を提示する。
次に、地方公務員制度上の研修システムの位置づけやその現状を捉えるため、近年、実施され
た研修制度改正について検討する。2007 年 2 月 2 日法並びに同年 2 月 19 日法は、いわゆる「生
涯学習」の概念を公務員全体に義務として適用することを定めたものであった。また 2009 年 8
月 3 日法では、公務員の異動を促進し、職員異動を通じた研修という方向性が示されている。こ
れらは職業訓練の機会保障強化を通じて、地方公務員の能力向上を促すものとなっている。さら
に、オランド政権下では、公務員という職をより魅力あるものとするため、職員研修のみならず
給与改正も含めた検討がなされている。そこで研修システムや近年の制度改正が、公務員組織内
外から優秀な人材獲得を狙う戦略とどのように結びついているのかについても示す。
一連の検討から、地方自治体で活躍するために必要となる上級幹部職の能力がどのように捉え
られているのか、またその研修システムを通じて優秀な人材をどのように獲得・育成しているの
かを明らかにする。こうした地方公務員を対象としたエリート養成システムにより、中央政府の
みならず地方自治体にも、いわゆる“テクノクラート”が生み出されているのか、といった点に
ついても言及したい。
日韓交流分科会
地方分権と中央地方間の権力関係の変化
―日韓比較―
南京兌(京都大学)
[email protected]
本研究の目的は、日本と韓国を分析対象に、地方分権政策を政治的分権・財政的分権・行
政的分権の三つに分けた上、地方分権による中央地方間の権力関係の変化が両国に異なるの
はなぜなのかという問いを発し、その変化の程度の違いをもたらす原因を解明することであ
る。より特定していえば、韓国の地方分権改革が中央地方間の権力関係の変化に与えた影響
は大きかったのに対し、日本では小さかったのはなぜなのか、というパズルに解答すること
が本研究の目的である。
中央地方間の権力変化という着想は、ファレーティにおいて提示した視点であり、中央政
治家はできるだけ集権体制を維持しようとするために、行政的分権(中央政府によって提供
されている教育・医療・社会福祉・住宅といったサービスを地方政府に移転すること)を最
も好み、財政的分権(中央政府からの財源の移譲、地方税の新設、地方政府による税率変更
の自律性を拡大すること)と政治的分権(地方政府の首長が中央政府による派遣から地域住
民の投票による公選にシフトすることや地方議会を設立することなど、地方政府の自律性を
強化すること)の順番に利害関心を示すという。他方、地方政治家は中央政治家の選好とは
逆の選好、すなわち、政治的分権を最も好み、次に財政的分権、そして行政的分権はそれほ
ど好まない。したがって、政治的分権から財政的分権、行政的分権の順番に分権政策が行わ
れると、中央地方間の権力の変化が最も激しくなる。その反面、行政的分権からその次に財
政が移転され、最後に政治的分権が配列されると、中央地方間の権力変化の程度は低くなる。
こうした三つの地方分権が施行される時間的な配列に着目する逐次理論の観点から、経済
的資源(中央政府・地方政府・社会保障基金から構成される一般政府に占める地方政府の「歳
入の構成比」と「歳出の構成比」
、および、地方政府の「課税力」指標)
、法的権限(市長と
知事が「公選制か任免制」のどちらに基づいて選ばれるか、および、
「新たに設立された地方
議会の数」
)、そして組織的能力(
「全国知事会のような知事•市長による下位レベルの連合数」)
という指標を用いる。
逐次理論が示唆する通り、韓国の場合、政治的分権・財政的分権・行政的分権の順に分権
改革が行われた結果、自治体の自由度は大幅に高まった。これに対し、日本では、中央レベ
ルの地域利益を持つアクターによって行政的分権から財政的分権への分権化の順序が決まっ
てしまい、中央地方間の権力関係はそれほど変わらなかったのである。
分科会C<地方行政と政治>
米国における人権行政を巡る連邦―州関係
―投票権法の「事前承認条項」をめぐる連邦―州政府の攻防を中心に―
安岡 正晴(神戸大学)
[email protected]
1965 年投票権法はアメリカ公民権運動史の一大画期とされ、合衆国憲法修正第 15 条(1870)
で参政権が認められつつも、州レベルでの差別的立法で投票参加できなかったアフリカ系市民の
投票参加を保障するための重要な立法として改正・更新され今日に至っている。しかし投票権法
の第 5 条は、
「事前承認条項」と呼ばれ、第 4 条で名指しされた、1965 年時点で人種差別的な選
挙法を制定していた州や自治体(アラバマ、アラスカ、アリゾナ、フロリダ、ジョージア、ルイ
ジアナ、ミシシッピー、サウスカロライナの各州とカリフォルニア州内の 5 郡、ミシガン州内の
2タウン、ニューハンプシャ州内の 10 タウン、ニューヨーク州内の 3 郡、ノースカロライナ州
内の 40 郡、サウスダコタ州内の 2 郡)が選挙法や選挙手続きを変更する際には連邦司法省の事
前承認(preclearance)が必要だと規定し、
「当該州や自治体は、選挙法を改正する場合は、人種、
民族、言語などによって投票権を制限する意図がないことを証明しなければならず、また意図い
かんにかかわらず、その効果で投票権を制限しないことを証明しなければならない」と定めてい
たため、州の自主権を阻害する時代遅れな規定であるとしてしばしば批判されてきた。2013 年 6
月 25 日に連邦最高裁は、アラバマ州シェルビー郡の「投票権法の延長は議会の裁量を超えてい
る」との訴えに対して、
「50年近く前の状況で国を分けることは、もはや適当でない」とし、過
去に差別的な手段を用いた州などを対象に、選挙に関する規定を変更する際に連邦政府の事前承
認を義務づけることを違憲と判断した(シェルビー対ホルダー事件)
。この判決は、最高裁内でも
5 対 4 と賛否が分かれ、リベラル派のギンズバーグ判事は、
「事前承認が依然として投票に関連す
る法の差別的な変更を防いでいるという証拠は十分すぎるほど存在する。1982 年から 2004 年ま
でに司法省が反対した件数(626 件)は,1965 年から 1982 年の更新まで(490 件)よりも多い。
1982 年から 2006 年までに,司法省および個人は5条の事前承認の要件を執行するための 100 以
上の訴訟で勝訴している。連邦司法省が追加の情報の提出を求めたために,州や地方自治体が変
更案を修正したり撤回したことも 800 件以上ある。これほど件数が多い以上,この救済がなけれ
ば,適用対象地域における投票権の状態は全く違ったものになると予想される。いくつかの実例
を見ても,第5条はマイノリティの投票権を保護し続けているといえる」と反対意見を述べてい
る。最近 15 年でも共和党が知事を務める州を中心に有権者登録の際に写真付きIDの提示を求
める投票参加規制強化法(Voter ID Laws)制定の動きが強まっており、そうした立法はアフリ
カ系やヒスパニック系の投票参加に不利に働いていると指摘されてきた。このように争点となっ
てきた投票権法の「事前承認制度」は、連邦―州関係という点から検討するとどのような問題点
があるのか、人種差別の撤廃という観点で連邦による州政府の規制は公民権法制定から 50 年を
経過した今日においてどの程度正当化できるのか?本報告では、投票権法の「事前承認条項」
」を
巡る論争を中心に、人権行政を巡る連邦―州関係の現状の問題点と論点を考察したい。
分科会C<地方行政と政治>
自治体間連携と地方自治
連携中枢都市制度と自治体の役割を中心に
鶴谷将彦(奈良県立大学)
[email protected]
第 30 次地方制度調査会の答申を踏まえ、2014 年 5 月に地方自治法は改正された。その大きな
柱は、
「連携中枢都市」を中心に複数の自治体が「連携協約」を締結する新たな自治体間連携の仕
組みと、ほかの自治体の長に自らの自治体の名をもって管理執行される「事務の代替執行」制度
が創設された。これは、自治体における行政水準の維持を図るために、これまで市町村が採用し
ていた「フルセット自治(行政)」を放棄し、市町村間や市町村・都道府県間における新たな広域
連携を推進することとなったといえる。つまり、総務省は「市町村合併から自治体間連携へ」と
舵を切ったといえよう。
そもそも、この地方自治法改正は、1990 年代以降議論されてきた一連の地方分権改革の延長線
上であるといえる。そのため、日本の基礎自治体の役割をどう設計するのかという視点を中心に
制度を形作ったという側面が強いのだが、この法改正は、同時に基礎自治体がどのようにそれぞ
れの位置づけを描くかという側面も強いといえるのではないだろうか。特に連携中枢都市は、政
令指定都市やこれまでの中核市が、中心市宣言を行い周辺の自治体との連携を首長間の交渉によ
って連携の枠組みを決定する方式を採用している。これは、首長の裁量がきわめて強く、これま
での日本の地方自治ではみられない影響もあるといえる。
もう一点、付け加えれば、連携中枢都市制度などの枠組みからこぼれ落ちる条件不利地域は、
都道府県による垂直補完によって対処するということとなる。そのため、都道府県の役割は、大
きく変容する可能性を秘めているともいえる。
そこで、本研究は、2014 年 5 月の地方自治法改正によって、新たに誕生した枠組みは、地方
自治体における行政サービスの維持のみならず、自治体間の連携や都道府県の位置づけにどのよ
うな影響を与えたのかについて、連携中枢都市制度とそれに参画する自治体に注目しながら、日
本の地方自治への影響を検討する。
本研究は、連携中枢都市制度や都道府県の垂直補完が期待される「条件不利地域」についても
事例を紹介しながら検討することを試みる。
分科会C<地方行政と政治>
二元代表制をめぐる議会影響論の展開
―東京都議会の審議過程―
光延 忠彦(島根県立大学)
[email protected]
二元代表制における首長の影響力が、政策形成をめぐって議会と競争関係にあるという見方は
地方政治研究において目新しいものではない。
たとえば、執行機関としての独任の首長と、議決機関としての議会を構成する議員とが各々公
選される制度の下で、権力の分割と抑制均衡がその基本的特徴とされるにも拘わらず、当該制度
は、そうした制度の基本型である米国の大統領制に比較して、執行機関の優位が長らく指摘され
てきた。議会への議案の提出は、首長による場合が圧倒的であり、首長提出議案に対する修正・
否決も過少であったとされる。
この議論の背景には、日本の自治体議会のおかれた歴史的性格や、
行政機能の拡大と行政の専門化・複雑化という要因に加えて、
「首長の権限」という制度的要因が
強固であったという点が指摘されている。
こうした首長の優位性を、その権限に帰する見方に対して、議会の同等性を「議会の影響力」
に帰する見方も提出されている。政党化した大規模自治体の個々の議員は、当選回数の累計を通
じて、政策に関する専門的能力を開発・発展させた結果、職としての専業性とその能力を向上さ
せ、個々の議員の明示的影響力の増大は、議員を包括する議会内会派の影響力にも波及した。重
要課題に対する会派間交渉や妥協の際、会派は首長の決定内容に強く介入できたとされるのであ
る。しかも、議決に対する数の影響力は、一層、議会の影響力を強力にしたというのがここでの
主張である。
これらは、戦後の二元代表制をめぐる首長と議会の関係についての代表的な議論であるが、こ
の報告では、こうした議論を踏まえた上で、首長の優位性が弱化する要因を、
「議会内における過
大代表性」に求める。すなわち、二元代表制における多くの政策形成では、首長→議会という過
程を経るが、この過程における進行が停滞しない限り二元代表制は順調に機能し、首長提案は安
定的に正統化されるはずである。しかるに、首長提案成立への不安定性の惹起は、こうした一連
の政策形成過程に阻害要因を生起させることになる。如何なるとき、二元代表制下の首長提案成
立に不安定性が惹起されるのか。首長の政策形成における優位性が不安定になるのであれば、そ
の典型例が明らかにされる必要がある。
そこで、この報告では、多数党の不存在と多党化した自治体議会における「過大代表性」につ
いて、東京都議会の事例を通して検討する。この事例は、1965年の「刷新都議会議員選挙」
以降ほぼ多数党が存在せず多党化し、議会審議における政策距離が近接して首長提案に同意可能
の議会内政党が2党から5党までにも達していたこと、そして各政党の党派的選好に沿って首長
支持・不支持が可能であったことなど、近年まで、分析の前提条件はほぼ一定である。加えて、
ここで取り挙げる公営事業政策の都営地下鉄、
上・下水道事業の運賃や料金の議会内審議過程は、
政策審議の状況を測定しやすいこと、議会議員選挙後ごとの議会審議過程で各々の政党勢力と政
党ごとの党派的主張との関係も理解しやすい点に加えて、議会議員選挙後ごとの審議過程を分析
する場合、観察事例も複数が可能であることなどから、格好の材料を提供するように思われる。
分科会D<行政活動における制度・技術・人間-インターフェイスの変容>
市町村における支所・出張所の役割の変遷と今後の展望
武岡 明子(札幌大学)
[email protected]
本報告では、自治体を取り巻く多様なアクターをつなぐインターフェイスのひとつとして、
「制
度」という観点から、市町村の出先機関である支所・出張所を取り上げる。支所・出張所は、本
庁からみれば主として窓口業務を処理する“末端”機関にみえるかもしれないが、見方を変えれ
ば住民に最も身近な“先端”行政機関とみることができる。
報告の問題意識は次の二点である。第一に、支所・出張所は、いずれなくなる過渡的な存在と
されながらも多くの市町村で存続してきているが、それはなぜなのか。第二に、支所・出張所に
コミュニティ活動の拠点としての役割を期待する声があるが、そのためにはどのような条件が必
要か。
このような問題意識に基づき、支所・出張所について、歴史をたどりながらその果たしてきた
役割を検証し、今後の展望を考察したい。
支所・出張所の制度化の端緒は、第二次大戦後、GHQによって町内会が禁止されたことにあ
る。戦時中、町内会は市町村の下部組織として法人化され、生活必需品の配給事務、本庁との連
絡事務、軽易な窓口事務等を処理していた。町内会が禁止されたため、これらの事務は市町村に
移管されたが、その際、必要があれば市町村の出張所または駐在員を置くことが認められた。
その後、昭和の大合併において、合併関係市町村の旧市役所または役場を新市町村の支所また
は出張所として残すというケースが全国的に数多く見られた。これは、合併に対する住民の感情
に配慮し、合併を進めるためのいわば妥協の産物として行われた。こうして設置された支所・出
張所は、過渡的なものとされ、新市町村建設促進法では速やかに廃止または統合をはからなくて
はならないと規定していた。しかし、実際にはそのとおりにはいかなかった。その理由は何か。
その後、1970年代に盛んになったコミュニティ政策において、多くの市町村でコミュニテ
ィセンターの住民自主管理が行われる中、支所・出張所を住民活動の拠点と位置付ける自治体が
現れた(東京都世田谷区の「5つの総合支所と27の出張所による地域行政」制度、中野区の「地
域センターと住区協議会」
制度など)
。
世田谷区ではその後、見直しを経て制度を継続しているが、
中野区は制度を廃止している。対応が分かれた両自治体のケースを検証したい。
平成の大合併においても、昭和の大合併の時と同様、ほとんどの市町村で支所・出張所が設置
された。昭和の大合併の時と違うのは、
「総合支所」という名称を用いるケースが増えたことであ
る。しかし時間の経過に伴い、配置される職員数が減ったり、廃止・統合案が持ち上がったりし
ている。
「総合支所」方式の内容と現状はいかなるものか。また、平成の大合併で制度化されたい
わゆる「地域自治組織」においては、支所が事務局を担うケースがほとんどであるが、その実情
はどのようなものか。
さらに、近年、用地確保の問題や空きスペースの活用といった理由から、支所・出張所と他の
施設との複合化が進んでいる。また、いわゆるマイナンバー制度の導入に伴い、諸証明のコンビ
ニ交付を導入する市町村が増加することが見込まれる。最後に、こうした動きが今後の支所・出
張所のあり方にどのような影響を及ぼすかを検討したい。
分科会D<行政活動における制度・技術・人間-インターフェイスの変容>
行政活動におけるオープンデータ活用とインターフェイスの変容
―電子政府をめぐる動きから―
藤本吉則(尚絅学院大学)
[email protected]
技術がすべてを決定づける要因ではないが、それでも技術の変化が社会に及ぼす影響は大きい。
特にここ半世紀の間に生じた情報通信技術は社会に大きなインパクトを与えた。情報通信技術と
行政の関わりに注目すると、2001 年の e-Japan 戦略から始まり、データカタログサイト
「DATA.GO.JP」や「Open DATA METI」などオープンデータを活用した動きが見られる。オ
ープンデータとは、使用が制限されず、そして、コンピュータで加工可能なデータを指す。日本
では、2012 年「電子行政オープンデータ戦略」
(IT 戦略本部決定)から本格的な取り組みが始ま
り、現在の電子政府推進戦略である「世界最先端 IT 国家創造宣言」
(閣議決定)のなかでも、オ
ープンデータの活用は主要な政策の一つとなっている。アメリカのオバマ政権のオープンガバメ
ントの取り組みやイギリスのキャメロン政権におけるオープンデータの推進のほか、2013 年の
G8 では「G8 オープンデータ憲章」が採択されるなど、世界的にオープンデータ活用の動きが見
られる。
そもそも電子政府は、アカウンタビリティの確保、政府の合理化・効率化、行政サービスの向
上、住民の利便性の向上、住民参画の機会の増加、行政活動の透明性の確保など、多岐にわたる
目的を持った政策である。なかでもオープンデータは、透明性の確保や住民参加の推進に資する
ことが期待されている。
社会が直面する問題解決に行政のみで対応することが困難になりつつあるなか、多様なアクタ
ー(住民、専門家、NPO、民間企業など)を巻き込み、ネットワークを形成しながら課題解決に
あたるためには、情報の共有、活用が重要であり、効果的である。
「Code for America」のように
専門的知識を持つ住民らにより技術を用いて政策提言を行うもの、
「ちばレポ」のように地図情報
とスマートフォンを組み合わせた形で住民を巻き込み地域課題解決に役立てようとするもの、
「IT DASHBOARD」や「税金はどこへ行った? -WHERE DOES MY MONEY GO? -」のよう
に行政活動に対する監視、透明性を高めようとするものなど、様々なアクターによりオープンデ
ータを活用した試みが行われている。
これらの取り組みの特徴は、行政が提供するデータをそのまま受け取り活用するのではなく、
それぞれの立場のアクターが目的に応じてデータを加工するところにあり、実行するにあたり技
術が大きな役割を果たしている。このオープンデータとして行政から提供されている情報の項目
自体はこれまで公開されたものと同じものが大半であるが、技術のインターフェイスの発達によ
って加工可能性など、情報の持つ価値が変化している。例えば、API(Application Programming
Interface)やデータをコンピュータ同士で自動的に結び付ける BOLD(Big and Open Linked
Data)のように、行政の所有する情報と利用者の接続面がコンピュータ処理されることで、これ
までにない情報価値を見出すことが可能となった。
オープンデータの活用について、
現在過渡の段階であり、十分な成果が見られていないものの、
技術を活用した協働の試みが進みつつある。そこで、本報告では、電子政府におけるオープンデ
ータ促進の取り組みが、協働を推進していく上で住民をはじめとするアクターと行政の間のイン
ターフェイスのあり方にどのような影響を与える可能性があるのか、その変容についていくつか
の事例を踏まえ技術の観点から検討する。
分科会D<行政活動における制度・技術・人間-インターフェイスの変容>
集落支援における行政と住民の接点の現状と今後の展望
―京都府北部地域を事例として―
藤井誠一郎(大東文化大学)
[email protected]
2013 年 11 月を皮切りに「消滅可能性都市」の列挙を含む一連の論文や著書(「増田レポート」
)
が発表され、社会に強いインパクトを与えた。しかし、実際に、消滅するとされた自治体のいく
つかの農山漁村の集落に足を運ぶと、本当に消滅するのか疑問に思える地域も存在する。そこで
は、1960 年代から高度経済成長と共に進んだ集落の人口減少に直面し、住民が危機感を抱き、行
政としっかりとスクラムを組み、今後のことを視野に入れながら様々な身を削る工夫を凝らして
地域を継続させてきた経緯がある。また、その中でも先進的な地域では、危機意識を共有した住
民たちが、古くから地縁組織を中心に住民活動団体等と連携する協議会を立ち上げて活動を展開
しており、そこで蓄積した経験を踏まえて、今後も集落を継続させていくような地域づくりを目
指しているところもある。このような状況に鑑みると、
「増田レポート」の「消滅」という言葉は、
条件不利地域において集落の存続をかけて地道に地域づくり活動を行っている人々のモチベーシ
ョンにマイナスの影響を与えたと推察する。
ところで、このような地域づくりが展開されている現場では、住民により組織された自治会・
町内会といった地縁組織、ボランティアをはじめとする住民活動団体、さらに近年では NPO と
いった多様なアクターが連携し、行政の支援も受けながら活動を展開している。そして、この連
携の現場を紐解くと、
各主体同士の間には何らかの連接面、すなわちインターフェイスが存在し、
そこで各主体に属する「人間」が向い合っている状況にある。
昨今、住民と行政の関係のあり方が議論されているが、地域づくりの現場での住民と行政の連
接面にはどのような意味を持つインターフェイスが存在し、そこでどのような人間が向い合って
活動を展開しているのであろうか、そこにはどのような問題や課題が存在し、それが他のインタ
ーフェイスにどういった影響を与えているのであろうか、さらには、インターフェイスでの人間
同士の作用により、住民と行政の新たな関係を構築することで地域はどのような方向に進もうと
しているのか、といった疑問が生じる。
そこで本報告では、近年住民と行政の多様なインターフェイスが存在するようになった京都府
北部地区(京丹後市大宮町奥大野地区、与謝野町滝・金谷地区)を取り上げ、そこでの各主体の
インターフェイスで活躍している人間に着目して議論を進めて行く。なお、そこには、①地域の
住民、②地域振興にあたる市町村の担当者、③京都府が展開する「命の里事業」により地域に入
る「里の仕事人」
(京都府職員)
、④半公半民の性質を有する「公共員」、⑤地域おこし協力隊や集
落支援員の制度を利用した「里の仕掛人」
、といった「人間」が活動しており、住民と行政の接点
の現状の分析を行うにあたり有用であると判断するため、事例として取り上げる。
分科会E<わが国における自治体組織形態のあり方を考える~日本型シティ・マネジャー制
度導入の可能性~>
シティ・マネジャー制度の展開と国際的潮流
外山 公美(立教大学)
[email protected]
本分科会E<わが国における自治体組織形態のあり方を考える~日本型シティ・マネジャー制
度導入の可能性~>は、日本行政学会と日本学術会議・行政学/地方自治分科会との共催で実施
され、日本行政学会員以外にも広く一般公開される。
日本学術会議同分科会では、共催企画の目的を「今後、わが国では人口減少が一段と進展する
ことはいうまでもない。地方創生の動きにかかわらず、人口減少、高齢化、財源不足等により消
滅へ向かう自治体は、確実に増加すると考えられる。このような状況下で、短期的には、住民へ
の行政サービスの質を維持するためのマネジメント能力の向上、自治体相互間の連携策を模索す
べきであろう。また、長期的には、合併統合によるコミュニティの再編維持、あるいは、計画的
な対応への道筋を考えるべきと思われる。そのような中で、短期的な行政能力の維持の一つの有
効な方法としてシティ・マネジャー制度の導入や議員から首長を選ぶ方法の検討も必要であろう。
諸外国の制度は、前提も発想もわが国とは相当異なり即座に参考になるとは考えにくいものの、
アメリカのシティ・マネジャー制度の創設理由と現状を学ぶことによって、わが国にも参考にな
るものと考えられる」としている。
本報告では、このような本分科会の趣旨や目的から、まず、一般市民の聴講者の方にもシティ・
マネジャー制度を正確に理解してもらえるように同制度を市長-議会制(権限の強い市長-議会
型、権限の弱い市長-議会型、行政管理官型)
、参事会(委員会)制、そして住民総会制などの他
制度と比較しながらその特質を解説する。
次にシティ・マネジャー制度を歴史的側面から考察したい。同制度の起源については諸説ある
が、一般的には 1908 年にヴァージニア州のスタントン市での「総支配人」
(General Manager)
の創設とされている。その後、1912 年にサウスカロライナ州サムター市、また 1914 年には、当
時人口 13 万人余だったオハイオ州デイトン市で採用され、全米的に注目された。これを機にシ
ティ・マネジャー制度は急速な拡大をみせたのである。隣国カナダにおいても 1913 年にケベッ
ク州のウエストマウント市ではじめて導入されている。
スタントン市で同制度が導入された 6 年後の 1914 年には 8 人のシティ・マネジャーが、オハ
イ オ 州 ス プ リ ン グ フ ィ ー ル ド 市 に 参 集 し 、 現 在 の ICMA ( =International City/County
Management Association)の前身である CMA(=City Managers’ Association)が発足してい
る。2014 年には、ノースカロライナ州シャーロット市で 100 周年記念大会が開催されている。
ICMA は、現在、約 10,000 人の会員を擁し、世界 20 ヵ国以上の地方行政専門職の団体と提携を
結んでいる。また、様々なプロジェクトを通じて、世界各国のシティ・マネジャー職のスキル向
上のための国際的な活動も積極的に展開している。
本報告では、以上のようにシティ・マネジャー制度の歴史を繙きながら、今日の ICMA の国際
的活動や各国の動向をふまえて、わが国における地方自治体組織の多様化の参考に資する事項に
ついて考察していく。最終的には、企画目的にも掲げられている人口減少、高齢化、財源不足、
合併後のコミュニティのあり方、そして災害時の危機管理や復旧・復興の手法などの課題を抱え
るわが国の地方自治体の現状をふまえて、シティ・マネジャー制度あるいはシティ・マネジャー
職理念のわが国への導入可能性について言及したいと考えている。
分科会E<わが国における自治体組織形態のあり方を考える~日本型シティ・マネジャー制
度導入の可能性~>
The Professional City Manager System in US Local Government
Clay J. Pearson, City Manager, Pearland, Texas USA
[email protected]
Presenting to the Society will be a local government practitioner from the United States, Clay Pearson.
Mr. Pearson holds a Master of Public Administration degree from the University of Kansas, the
top-ranked school for public administration in the United States for city management. He has been in
local government for 25 years, working in suburban cities of Elgin, Illinois; Novi, Michigan, and now
Pearland, Texas. He worked with community and staff members on areas of property maintenance,
capital infrastructure improvements, finance and budgeting, economic development, technology, and
organizational development. Pearland is a growing city immediately south of Houston. The community
has grown from 37,000 population in the 2000 Census to an estimated 115,000 residents in 2016, just
16 years later.
As city manager in the United States, Mr. Pearson and those in such position, are appointed by the
elected, part-time/volunteer governing body (i.e., the City Council).The city manager is a non-partisan
professional appointee who has a contract to manage the day-to-day operations of the City and bring
modern management techniques, recommend budget and policy matters, and advise the City Council.
Staff members report to the city manager; typically, only city manager and perhaps the city attorney
report directly to the City Council.
Pearson is a member of the International City/County Management Association. ICMA is the premier
organization of professional local government leaders building sustainable communities to improve
lives worldwide. Pearson has chaired the ICMA International Committee for three years and been
involved in international exchanges and best practice sharing for many years. He has been a friend
and supporter of the Japan Local Government Center in New York, an office of the Council of Local
Authorities for International Relations (CLAIR).Pearson has led exchanges to Tokyo and Sendai with
ICMA to Clair, participated in a CLAIR Fellowship in Japan, and hosted Japanese delegations into Novi,
Michigan which has a large Japanese expatriate and business community. With ICMA, Pearson has
also worked with local government colleagues in India, Australia, New Zealand, South Africa, Canada,
the United Arab Emirates, and throughout Europe.
In remarks to the Society of Japanese Public Administration, Pearson will share:
1. The wide variety of local government structures in the United States and the responsibilities
of city governments in the United States, relationship to the state and national government
levels. Such responsibilities and autonomy and self-reliance for local government in the US are quite
different that structures in much of the rest of the world.
2. The practical professional world of a city manager:
How local governments recruit city
managers. Then, the work of being a city manager in the United States, including working with staff,
community stakeholders, and the Mayor and City Council members.
3. Routes for becoming a city manager and similar positions in the United States, including the
education system to be a city manager at universities and graduate schools.
4. The specific example of local municipal government in Pearland, Texas, including budget and
finance resources, land planning, intergovernmental relations, and capital improvements.
分科会E<わが国における自治体組織形態のあり方を考える~日本型シティ・マネジャー制
度導入の可能性~>
日本の地方行政とシティ・マネジャー
-自治体の運動量と活動幅からの検討―
中邨 章(明治大学名誉教授、Fellow(NAPA, USA)
[email protected]
日本ではこれまで数次にわたって、アメリカのシティ・マネジャー制に関心が集まり、それを
地方行政に導入することが検討された時期があった。とりわけ、1982 年から始まる中曽根内閣で
は、政権が進める行政改革とも絡んで、この制度を日本の地方レベルに定着させることが真剣に
考えられた。この試みは頓挫するが、こうした歴史的な展開を背景にしながら、この報告では3
点につき論議を進めるつもりにしている。
1. 役割が交錯する日本の地方行政とアメリカ自治体
日本の地方行政は、アメリカなどと異なり活動の幅が広く、活動量が突出して多いという特色
を備える。日本では、社会政策と考えられる施策は、ほとんどが地方自治体の責任になる。アメ
リカの自治体は、社会政策をほとんど対象にしない。保健、衛生、医療、道路など、日本で地方
行政の職掌とされる事項は、アメリカでは連邦政府、州政府、そうでなければカウンティの責任
である。中心街(CBD)が荒廃することの多いアメリカの自治体では、経済の活性化に多大の関
心を払う。日本では経済政策は中央政府の役割になる。自治体の経済問題への関心は、地元産業
の育成などに限られる。こうした役割の交錯がマネジャー制度を考える上で重要な要件になる。
2. 首長主導の日本の地方行政と弱い首長のアメリカ自治体
日本の自治体は、強首長制を採用している。アメリカでは大多数が Council Manager System of
Government を採る。独任制の市長制度を採用する日本、独任制を取らないアメリカ、この差異
に加えて日本の首長は多数の職員を抱える行政部のリーダーである。一方、アメリカの自治体は
通例、日本ほどの職員を抱えるところはごく少数に限られる。マネジャー制度はこうした条件の
違いを念頭に置いて考えるべきである。日本のように行政事務が多量化し多様化している自治体
では、事務統括の責任は首長にある。そこに行政実務を専門とするマネジャー制を別置する意味
は少ない。市長の過剰負担を軽減するため、副市長の行政部に関わる管理責任を拡大する自治体
もある。マネジャー制を日本式にアレンジした方式と言えるかも知れない。
3. 議会折衝が必要な日本―政行分離のマネジャー制
アメリカの自治体に比べ議会規模が大きい日本では、政策審議と政策実施に当たって行政部は、
議会との交渉や折衝に相当の時間をかける。議会を如何にコントロールするかが、首長の腕の見
せ所であり、行政部幹部の力量になる。これは政行分離を背景に出てきたマネジャー制では、想
定されていない課題であり、マネジャー制が不得手とする案件かも知れない。政治折衝が重視さ
れる日本の自治体では、仮にマネジャー制が採用されても、この職に就くのは自治体の生え抜き
の職員になる。外部から契約で登用するアメリカのマネジャー制度は、日本にはなじまない制度
と考えられる。
共通論題Ⅱ<多様性と行政>
包摂型社会政策と地方行政
宮本太郎(中央大学)
[email protected]
生活困窮者支援、障害者福祉、地域包括ケアなどの領域を中心に、社会的な排除を克服し、イ
ンクルーシブな社会を実現することが地方行政の課題とされるようになった。人々の社会参加と
共生を支える包摂型の社会政策が浮上しているのである。
しかしながら、こうした領域で人々が抱え込む困難は、経済問題、家族のケア、心身の弱まり、
住宅問題など多様な事柄が絡み合って生まれている。加えて、母子世帯や年金依存型同居のよう
に、困難が親族・家族で連鎖し、世帯ごとにさらに複雑なかたちをとっている。さらに、年間の
べ1100万をこえるコールがある緊急電話相談「よりそいホットライン」が独自の窓口を開設
していることからも窺えるが、性的マイノリティなどの社会的不利も背景にある。
多様な複合的な困難に地方行政はどのように対処できるか。行政の分権化や多元化などのガバ
ナンス転換は、こうした新たな課題にいかに応えているか。
踏み込んで考えると、包摂をすすめるということは「外」を「内」に取り込むことであり、包
摂と社会的多様性との両立は実は簡単ではなさそうだ。総理大臣が「みんなちがって、みんない
い」という詩を引用して始まった「一億総活躍」会議だが、結局は労働市場への動員になるので
はないかという懸念も表明される。
本報告では、このような問題意識から、包摂型社会政策を担う地方行政の現状と今後の見通し
を考える。
第一に、社会的包摂、アクティベーション、積極的福祉など多様なアプローチで論じられてき
た包摂型社会政策について、その背景を含めて問題を整理する。
第二に、すでに一種の正当性を獲得しつつある(ようにも見える)包摂型社会政策がなぜ現実
には進捗しないかを考える。新制度論(制度ドリフト論)やストリートレベルの官僚制論などの
知見もふまえつつ、地方行政およびその国との関係という視点から検討する。
第三に、富士宮市、野洲市、豊中市、和光市、秋田県藤里町などの取り組みをふまえて、地方
行政が多様な民間の事業体と共に包摂型社会政策を実現していくための課題を示す。
共通論題Ⅱ<多様性と行政>
渋谷区における男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する取組について
長谷部健(渋谷区長)
本区では、これまで、男女平等社会の実現を目指して、男女共同参画行動計画を策定し、推進
することにより、男女の人権の尊重に積極的に取り組んできた。しかし、男女に関わる問題にお
いては、今なお、性別による固定的な役割分担意識とそれに基づく制度や慣行が存在すること、
一部の性的指向のある者及び性同一性障害者等の性的少数者に対する理解が足りないことなど、
多くの課題が残されている。
日本には、他者を思いやり、尊重し、互いに助け合って生活する伝統と多様な文化を受け入れ
発展してきた歴史があり、とりわけ渋谷のまちは、様々な個性を受け入れてきた寛容性の高いま
ちである。一方、現代のグローバル社会では、一人ひとりの違いが新たな価値の創造と活力を生
むことが期待されている。このため、本区では、いかなる差別もあってはならないという人権尊
重の理念と人々の多様性への理解を、区民全体で共有できるよう積極的に広めていかなければな
らない。
これから本区が人権尊重のまちとして発展していくためには、渋谷のまちに係る全ての人が、
性別等にとらわれず一人の人間としてその個性と能力を十分に発揮し、社会的責任を分かち合い、
ともにあらゆる分野に参画できる社会を実現しなければならない。
こうした考えのもと、本区では「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」
を策定し、2015 年 4 月 1 日に施行した。本条例の策定に至る過程や、本条例に基づいて交付さ
れるパートナーシップ証明書について紹介するとともに、本区が目指す、性別等にとらわれず、
多様な個人が尊重され、
一人ひとりがその個性と能力を十分に発揮し、社会的責任を分かち合い、
ともにあらゆる分野に参画できる社会の実現のため、行政としてなすべき役割、解決していくべ
き課題等について言及する。
共通論題Ⅱ<多様性と行政>
社会的包摂をめざして:標準世帯から多様な世帯へ
阿部彩(首都大学東京)
[email protected]
近年、人々の意識における多数(マジョリティ)と少数(マイノリティ)の感覚と現実社会に
おける実態との間に大きなズレが生じている。その最たる例が、家族タイプである。社会保障制
度を始め、行政の仕組みの多くが、実父、実母、子2人という「標準世帯」をモデルとした設計
となっているが、日本社会においては、最も多い世帯タイプは単身世帯である(32.4%、平成 22
年国勢調査)
。都道府県別に見ても、単身世帯は全世帯の3分の1から4分の1となっており、も
はや、政策は単身世帯を前提として設計しなければいけない状況となっている。しかしながら、
社会の制度や仕組みにおいては、この現状を反映せずに設計されている。例を挙げると、生活保
護制度の最低生活費の算定方式は「夫婦+子1人」の3人世帯を基準に決定されているが、現時
点の被保護世帯の7割以上が単身世帯であり、結果として被保護となる世帯の大多数は、自分と
は異なる世帯タイプの最低生活費を統計的に「調整」した数値を当てはめられる運用となってい
る。
これまで、特殊なケースとして扱われやすかった離別者、未婚者、ひとり親世帯、セクシャル・
マイノリティなども、人々が想定するよりもはるかに大きい割合を占めている。45 歳から 54 歳
の女性の9%は離婚者であり、その他の年齢層も8%を上回る(総務省「平成 22 年国勢調査」)
。
生涯未婚率(50 歳時の未婚率)も、男性は2割、女性は1割を超えている(内閣府「男女共同参
画白書平成 25 年版」
)
。すなわち、45 から 54 歳の女性で言えば、2割が離婚者・未婚者という
ことになる。また、ひとり親世帯に育つ子どもは全子ども数の 8~12%程度と推計される。セク
シャル・マイノリティの人々も、人口の 8%であるという報告がある(電通 2015)
。
これらの人々は、割合的には「マジョリティ」ではないものの、決して「マイノリティ」とも
言えない。比較で考えると、18 歳未満の子どもがいる「夫婦と子供」世帯(すなわち標準世帯)
は、全世帯の 16%に過ぎず、単身世帯の割合よりはるかに少ない。
このように、数的には、すでに、決して少なくないこれらの人々が、未だに厳しい社会経済状
.....
況にあり「社会的弱者」となってしまう背景には、社会において「何が標準(であるべき)か」
という暗黙の前提があり、それが彼らを制度や仕組みから排除する方向に働くからである。すな
わち、多様性の言説は、ただ単に「自分とは異なる人々をもこの社会に受け入れよう」といった
上から目線の議論ではなく、これまで「標準」とされてきた「望ましい社会の姿」の意識を変容
する議論をも含まなくてはならない。
参考文献
総務省統計局「人口・世帯」http://www.stat.go.jp/data/nihon/02.htm
電通総研(2015)
「電通ダイバーシティ・ラボが「LGBT 調査 2015」を実施― LGBT 市場規模を約 5.9 兆円と
算出 ―」2015.4.23.
http://www.dentsu.co.jp/news/release/2015/0423-004032.html
内閣府(2013)
「男女共同参画白書 平成 25 年版」
共通論題Ⅱ<多様性と行政>
「多様性行政」における政治志向と行政志向
―生活保護世帯における子どもの就学を例に―
山口道昭(立正大学)
[email protected]
1 報告の枠組み
本報告では、「多様性行政」について、さしあたり「社会成員の多様性に配慮する行政」と定
義する。単純には、政治・行政は多数派の意向に沿って行われると考えられる。こうしてみると、
多様性行政は少数派にも配慮する政治・行政だととらえることが可能であり、やや複雑な行政ス
タイルだということができる。こうした行政スタイルは、政治と行政のうち、どちらが主導して
採用するようになったのだろうか。
政治が主導すると考える「政治志向モデル」では、多数派志向のため、少数派を対象にする多
様性行政は政策課題に設定されにくい。ただし、世間が注目する政策課題に関しては、少数派を
対象にするものでも積極的に取り組むように思われる。
行政が主導すると考える「行政志向モデル」では、行政は政治の下にありつつも、行政官僚を
中心とする政策ネットワークのなかで課題を設定し解決策を形成・決定するため、少数派が政策
ネットワークにアクセスできるようになれば、多様性行政が推進される可能性がある。
近年、多様性行政が政策課題になってきたのは、どちらのモデルの影響が大なのだろうか。政
治志向モデルによれば、政治主導で課題が設定され政策が形成・実施されつつあるといえるが、
果たしてそうなのか。行政志向モデルによれば、今日の取組みはこれまでの政策の延長線上に位
置づけられることになる。
昨今、貧困の連鎖解消が政策課題に浮上し、「子どもの貧困対策の推進に関する法律」(2013
年)が制定されるまでに至った状況を踏まえ、従前、見捨てられてきた存在であった生活保護世
帯における子どもの就学を例に検討する。
2 報告の構成
○政治と行政の志向性の違い
・多数派志向の政治
・少数派にも目が届きやすい行政
○多様性志向と効率性志向の行政部局
・行政内部における多様性の許容と拒否
・企画的多様性 首長PR、団体自治志向
・財政的効率性 財政制度(国庫補助金)、中央集権志向
○政策課題化の前と後
3 具体例
○保護の実施要領
○生活保護における就学関係費の取り扱い
・小学校、中学校:教育扶助
・高等学校:世帯認定、世帯分離、収入の取り扱い
・大学:世帯認定、世帯分離、収入の取り扱い
○「世帯主義」における子ども(世帯員)の位置づけ