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No.43
【寄稿】
アレキサンドリア文書館
−科学技術の倫理会議−に招かれて
福井医科大学名誉教授
藤 木 典 生
BA科学技術の倫理会議
2002年10月,エジプト共和国第2の都市アレ
キサンドリアで,2000年前に当時世界最古最大
であったアレキサンドリア図書館が新しく蘇っ
て,アレキサンドリア文書館(Bibliothecum
Alexandrina:BA)としていろいろなレベルの
図書館のみならず展示場,
国際会議場を併設して,
世界最古最大そして最新の情報科学機器を駆使し
た,エジプトの誇る総合施設のこけら落しに招か
れ,その直後の10月19−21日の3日間にわたる
フレナリーセッションでの筆者
アレキサンドリア文書館−科学技術の倫理会議
(BA-EST)に出席してきた。
この会議は,文書館のセラゲルデイン館長(世
界銀行副頭取であった)が科学の責務協会
Mouvment Universale de la Responsabilite
Scientifique (MURS) の国際本部長に就任して
上記の国際会議を広く世界に呼びかけたものであ
り,
筆者はこの協会の日本支部の事務局長として,
お祝いのメッセージと日本支部の歴史を述べると
共に,予知医学−IBPからHGDPまで−と題した
講演を行なってきた。
セラゲルデイン館長
福井医科大学附属図書館報
2003.3発行
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さて,第1日目の10月19日午後にムバラク大統領夫人の竣工を祝う歓迎の辞につづいて,セラ
ゲルデイン館長(科学の責務協会国際本部長)の開会の辞とその司会で,基調講演(1)各国の科
学の責務協会の現況がアメリカMURSのクレー会長,フランスMURSのドセー会長の代理として
メイジー副会長,日本MURS岡本会長の代理として筆者がお祝いの言葉を述べた。
1968年ドセー会長(HLAの研究によりノーベル賞受賞)が,科学者たるもの責務として自分自
身の存在する社会の中にあって,研究によっておこる様々な利点と欠点について倫理的な配慮をも
って啓蒙教育に務めるべきことを提唱し,科学の責務協会フランス支部を設立して以来,カナダ,
メキシコ,日本そしてスペイン,アメリカと次々に賛同の輪を拡げ,2000年に国際本部の設立と
今日の設立総会にまで進められてきた。このような自然科学者のみでなく,社会科学者,法学,倫
理学,宗教家,行政や一般の人々も含め,また米国科学アカデミーやユネスコのマヨール事務総長
の協力を得て進められてきた。1993年フランスの呼びかけに答えて日本MURSが岡本会長のもと
に発足し,ユネスコ国際生命倫理委員会のルノアール委員長の来日に合わせて,1995年東京,名
古屋,福井,京都で,さまざまな主題に合わせた会議が開かれ,それ以降,国際生命倫理福井セミ
ナーとの共催による日本MURSが1997,2000年に行われた。特に毎回宗教界,科学界,法曹界
や政策立案者の公開講演会が分り易いと一般の人々の好評理に行われ,現在では岡本会長,森(亘),
井村副会長,高久,他6名の理事と筆者が事務局を担当して,これまで会員(招待講演者)60名,
賛助会員(セミナー参加者)1,000名にまで拡がってきたことを,その歴史とともに報告し,また
恒例のフォローアップのトピックスとして「予知医学の黎明」と題して,IBPからHGDPへの変容
する歴史の中でSNP技術の功罪について討議した。
第2日目の20日午前は,基調講演(2)生命倫理学の動向と題して,ラックマン人類遺伝委員会
議長(英国)のワクチン,ダールストローム教授(スエーデン)の脳研究,カヤー教授(シリヤ)
の新しい倫理観,ボーリュー教授(フランス)の長寿と倫理などが熱っぽく語りかけられた。
その日の午後は,同時進行の5つのパネル・セッションで
1) 生命倫理学,保健医学と生殖医学,
2) 食糧,遺伝子操作生物(GMO)と水資源,
3) 地球環境と宇宙,
4) 情報及び通信科学,
5) 啓蒙教育と意思決定
が,それぞれの国の抱える問題点として討議され,
特に遺伝子検査や生殖技術,遺伝子組換え技術や水
資源の活用など,地元エジプトの科学者の努力は刮
目に値する問題提起であった,また,宇宙科学につ
いても,旧友のポンピドゥー教授(フランス)の
並々ならぬ情熱に敬服したし,バドル教授(エジプ
ト)の胚研究の倫理をはじめ,デゴ教授(フランス)
の胚性幹細胞による臓器移植,ヒュレー教授(フラ
ンス)の着床前診断,ハマムジー女史(エジプト)
の研究費配分の問題点,チュービンゲン大学ゲー学
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地元新聞の記事
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長(ドイツ)の知的所有権の社会的責務など,今回のBA−EST会議には地元のエジプトの科学者
33名はじめ多くの分野そして14ヶ国(佛,加,英,米,露,独,蘭,北欧3国,欧州連合,メキ
シコ,チリー,日)の科学者39名が演者として参加し,多大の貢献をなしとげたことを地元新聞
が絶賛していた。
さて,このようにして,基調講演(3)では,ラポー(アメリカ)
,チボコフ(ロシア),ソラド
(エジプト)教授の3人による「教師への贈物としてのBA-スーパーコース」が紹介され,セラゲ
ルデイン館長の国際MURSへの情熱が語りかけられて,レセプションで,2日目を閉じた。
また,公衆への啓蒙教育については,後述するアレキサンドリア文書館の新しい特色の一つでも
ある情報科学技術の応用としてのインターネットを充分に活用して,3日間の会議の終わる直前に
は,立派な装丁の会議のまとめを,そしてこの3月には会議録の発刊といった素早さで,こうした
情報が流されることになっているのには,敬服の他はない。また「BA-スーパーコース」と呼ば
れる啓蒙教育用の科学技術の論文集(1000タイトル)を収録したCD-ROMが参加者に配られ,
筆者もその内容の豊富さに感服し座右に愛用している。
そして最後の3日目10月21日は,基調講演(4)として前日のパネル討議の結果が,バトル
(エジプト),ソルマン(エジプト),ビュフェー(フランス),エルガマウ(エジプト),サンレミ
ー(フランス)の5名の書記から報告され,最後にセラゲルデイン会長の閉会の辞でもって2004
年4月2-3日に再会することを約して散会した。
そのまとめと「BA」の紹介記(セラゲルデイン著)がコーヒーブレイクの直後に各自に手渡さ
れ,その後の自由行動で蘇ったアレキサンドリア図書館の全容を見学することができた。
セラゲルデイン著述のガイドブック
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そんなわけで,国際会議の内容の紹介とともに,エジプトの誇るアレキサンドリア文書館(BA)
についても,是非とも周知して頂きたく,図書館の紹介にも筆を運んだ。
BAの歴史
そもそも,BAは紀元前エジプト文明に栄える中にあってアレキサンダー王朝によって初めて,
世界最古そして最大の公共図書館として造られたが,シーザーの率いるローマ軍侵攻によって火災
をうけ,クレオパトラの要請によってアントニオによってローマのペルガモン図書館から寄贈をう
けて一旦立ち直ったものの,再びアッシリアの侵攻によって灰燼に帰したまま,細々と続けられて
きた。
古代エジプトのアレキサンドリア図書館と文化遺産の再建が,世界中の有識者,文化人,科学者
の間でささやかれ,1974年アレキサンドリア大学のロフティ学長やアバディ教授などの提唱から,
歴史的な文化発祥の東港の近くに作られることになり,ムバラク大統領のアレキサンドリア図書館
建設 The General Organizaton for Alexandria Library(GOAL)という大統領令による国
家プロジェクトとして,スロー教育相のもとで具体化し,ユネスコの協力を得て,激動する世界情
勢の中で1986年ムバラク大統領夫妻出席のもとで,アスワン宣言として採択され,エジプト,サ
ウジアラビアなど近隣諸国(565ミリオン$)や欧州諸国やアメリカ,日本など27ヶ国の国々
(777ミリオン$),研究機関(100ミリオン$)の基金が寄せられ,選出された理事会のメンバー
によってその運営と経済支援によって,1)エジプトに向けられた世界の窓,2)世界に開かれた
エジプトの窓として,3)エジプト,ギリシア時代の素晴らしい研究施設として,4)対話と理解
の証言,といった4つの行動目標が示され,その後10年にわたってこれらの論点が,蘇ったBAの
多くの諸施設が創設されたことは,こけら落としの式典に述べられた,BA理事長のムバラク大統
領夫人の「共通の人間性と文化の価値を尊重」,そしてセラゲルデイン館長の「長い歴史の中で培
われた図書を手にして「Why」
「Why not」の理念から,今一度古代アレキサンドリア図書館の多
彩な文化の展開を期待したい」との開会の辞で,華々しく扉が開かれた。
BAの構造と機能
建築にあたっては世界中から数百の建築家が参
加して,デザインコンペが行われ,ノルウェーの
スノヘッタがデザイン賞を獲得し,その後エジプ
トのヘムザ企業による設計,イタリア,エジプト
の共同出資体による建築工事が(1995年)5年
がかりで進められてきたわけである。
BAのロゴマークに示されているように,紺碧
の地中海とまぶしいばかりの陽光に映える半弧状
の白い屋根に映えて,旧アレキサンドリア図書館
の跡地の歴史的に繁栄をもたらした東港の海岸べ
りに近く,ブレマイオス王朝の離宮にも近い景勝
の地である。新しいBAはさまざまなレベルの図
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BAの全景とロゴマーク
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書館とプラネタリウム,展示場,国際会議場からなる大総合施設で,広大な敷地の広場の中で互い
に地下道によって結ばれていて,広場には強大な文化施設をイメージしたオリーブの樹々に映え,
図書館自体は灰色の御影石の石垣に囲まれていて,そこには120カ国語のアルファベットが刻み込
まれている。
御影石の外壁
将来,80万冊の蔵書を分類したさまざまな層の図書館がスロープで結びつけられ,1つの情報科
学研究センター,そして古代遺産,科学及び古美術の3つの博物館と1つのプラネタリウムがイン
ターネットで結び付いて,この他にアスワン宣言に基づく各国研究施設で,科学の展示(スエーデ
ン),ノーベル賞事業(北欧3国),児童合唱団(ノルウェー),蔵書博物館の展示(イタリア),古
美術博物館の見事な彫刻(ギリシア),科学博物館と電子技術の応用(フランス),プラネタリウム
の1000年の展示(イギリス),インターネットの構築(アメリカ),若人向けの図書館(ドイツ)
など夫々の国の国際協力事業が進められている。この他に,3つの展示場と1つの美術画廊に加え
1,700席収容の大国際会議場と3つの小ホール(夫々300席)が付設されていて,知識の追求と対
話のセンターとして充分な機能を果たすべく努めている。
図書館本来のスケールは膨大なも
ので,敷地面積1,600平方米,地下
4階,地上3階と7階建(後楽園ドー
ムの2倍),それらの外壁と屋根は
さまざまな角度の陽光によって室内
の照明が充分に考慮されていて,全
体として浮島のような感覚には刮目
に値する処であり,正に知識の新し
い灯台としてのシンボルにぴったり
の,21世紀の日の出を迎えるにふ
さわしい建造物であった。
3階から1階の一般向け図書室の書架を眺めて
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7階建の各レベルにはその資料や蔵書,寄贈品がグループ毎に分けられ,
拭
地下4階の最低階は知識の根源にある哲学,宗教学,歴史学,地理学の書籍や,地図,絵画な
どさまざまなサイズの資料
植
地下3階は,文学,詩歌そしてTeha Hussein Hallでエジプトの作家で且つ識字教育家の
Hassemの名を冠した視覚障害者用の展示室
殖
地下2階には美術文化やオーディ・ビジブルな作品が収蔵され
燭
地下1階には国連や欧州共同体といった国際機構の刊行物の収蔵と展示があって,広場の地下
道を通じて以下に述べる展示会場と3つの博物館やプラネタリウムと繋がっている。
織
地上1階の入口ホールに相当しているが,インターネット設備と社会科学,法律の書庫に分け
られている。
職
地上2階は自然科学系の蔵書が分類展示されていて, ロビーからのゆるやかなスロープで他の
研究施設や若人向け,幼児向けの図書館やアレキサンドリア図書館友の会,エジプト図書館協会
などの事務室や集会室がある。
色
地上3階には,所長室,貴
賓室や会議室の他に,技術関
係の2つの事務部局が配置さ
れていて,2つのセミナール
ームとは浮島のように橋で結
び付いている。
このように,BAは11階建,
全床面積は85,405平方米(後
楽園ドームの4倍)高さ33米の
巨大な建物群であり,図書館は
読書室が2,000席(13,625平
方米)のメインと3,930平方米
の特殊図書席が,子供向け,若
会議場と図書館間の広場の奥に
プラネタリウムの入口が見える
人向け,マルチメディア向けや盲人向け,インターネットやマイクロフィルムなどを有し,書庫は
17,000平方米,博物館は2,655平方米,展示室と画廊を合わせて4,540平方米の他に,考古学図
書館はエジプト文化省がBAの竣工を祝って,ポレミイの灯台近くから発掘された100体近くのイ
ムネースの立像が博物館の入口に飾られていて,これにファラオス時代のミイラ,ローマ時代のコ
プライック,イスタニー王朝時代やナポレオン遠征時代までの様々な資料が展示されている。港に
沈んだフランス船から印刷物の手紙まで含まれている。これらの埋蔵文化財は,アル・アズナール
図書館などに収蔵されていた旧アレキサンドリア図書館にあったもので,現在では6,700冊の稀覯
本が10,000タイトルでカタログされていて,大半はマイクロフィッシュやCD-ROMとして保存
されている。
このアレキサンドリア図書館でもっとも古いハデイオコレクションの1部は10世紀のものと言われ
ている。日本では百万陀羅尼経を納めた白木の塔が称徳天皇によって100万人の死者の霊をとむら
って恵美押勝の乱(770年)の折に,写経され納められたと言われるものが, 6年の歳月を要して作
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十世紀の最古の古文書
百万陀羅尼経が納められた白木の塔
られ,現在では大阪の四天王寺をはじめ,ごく僅かが収蔵されている他,日本中に散逸しており,
今立の和紙の里会館でも見ることが出来る。次回の和紙の展示を特別出展品として,BAで展示す
ることになれば,世界中の人々にお目にかけることが出来るのではないかと考えている。
この他,考古学,科学史,美術史の博物館,書字学研究所,ノーベル財団分室など枚挙にいとま
がないが,紙数の関係から割愛した。
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まとめに
これまで述べてきたように,人間の思考過程の中で,このすばらしいアレキサンドリア文書館
(BA)は,偉大な古代エジプトとギリシア文明の歴史の跡をふりかえり,夫々の国の文化を相互
理解することがBAの目的とするところであると,理事長であるムバラク大統領夫人とセラゲルデ
イン館長も述べているところであり,この機会に古代エジプト文化の中で,この国の文化の発祥の
一つであるパピルスと軌を一つにする東洋の紙(後漢の蔡倫に端を発し,わが国の越前を中心に拡
がった後に再びシルクロードからヨーロッパに渡った和紙)のさまざまを展示,紹介することも有
意義なことであると考えて,和紙展示を企画した。これまで,日本の伝統美を広く世界に知らせよ
うと,パリ,フランクフルト,アトランタなどで行ってきた和紙展を,今回パピルス発祥の地であ
るエジプトで,BAのような最古,最大そして最新のIT設備を備えた図書館で行うことが出来れば,
誠に有意義であり,すばらしい展示は国際交流にも貢献するものと信じつつ,拙稿を終えたい。
タイトルページにある文書館のパンフレットとBA-スーパーコースのCD-ROMは本学図書館に
寄贈してありますので,御興味のある方は実物を御覧下さい。また,本文中に挿入している写真は,
アレキサンドリア文書館のパンフレットに掲載されたものを利用させて頂いたことを付言して,セ
ラゲルデイン館長のご好意に対して謝意に代えます。
最後に「はこぶね」に掲載して頂いた本学図書館のご厚意に深謝します。
《 編集後記 》
今回の著者は,本学名誉教授・藤木典生先生です。先生は,初代内科学植教授として昭和56年4
月から平成6年3月まで本学に在職され,その間,第2代附属図書館長(S61.5-H2.4)としてもご尽
力くださいました。この度,世界のすばらしい図書館をぜひ紹介したいということから,お忙しい
中にもかかわらずご寄稿いただきました。この場を借りて深謝申し上げます。
編集:福井医科大学教務部図書課
発行:福井医科大学附属図書館
〒910-1194
福井県吉田郡松岡町下合月23-3
TEL (0776)61-3111 FAX (0776)61-8100
URL http://wwwlib.fukui-med.ac.jp/
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