米国スペース・シンポジウム2015(PDF/2.15MB)

工業会活動
米国スペース・シンポジウム2015
去る4月13日~16日に米国コロラドスプリングスで開催された第31回スペース・シン
ポジウムに参加する機会を得たので、その概要を報告する。
1.スペース・シンポジウム
以前は「National Space Symposium」との名
の政府予算であり、米国は世界一の宇宙活動
大国であることに起因すると考えられる。
称であったが、2014年の第30回より「Space
また、米国の宇宙予算の約半分が安全保障
Symposium」と名称を変更し、毎年3月∼5月
関連の予算であることから、シンポジウムの
に米国のコロラドスプリングスで開催されて
内容も安全保障関係の内容が多かった。
いるシンポジウムで、Space Foundation(創立
1983年のNPO)が主催している。
開催地のコロラドスプリングス市長によれ
2.政策発表等
(1)国際宇宙機関パネル
ば、コロラドスプリングス市は北約100㎞に
米国NASAをはじめとする14ヵ国の宇宙機
位置するデンバー市と一体となった地域で、
関(欧州ESA、英UKSA、仏CNES、独DLR、
教育を受けた優秀な人材が豊富であり、多く
日JAXA、韓KSA、等)が参加した宇宙機関
の防衛・航空宇宙企業が所在しているとのこ
のパネルが開催され、各国の宇宙政策・宇宙
とである。(宇宙関係の従業員数はカリフォ
プロジェクトの紹介が行われた。
ルニア州が第1位、フロリダ州が第2位であり、
コロラド州は第3位である。)
JAXAからは山浦雄一理事が日本の宇宙プ
ロジェクトを紹介し、
新型基幹ロケット
(H-Ⅲ)
このスペース・シンポジウムは、「米国に
の開発に取り組んで行くこと並びに、引き続
お け る 宇 宙 の 3 分 野(Commercial / Civil /
き国際宇宙ステーションISSに参加協力して
Defense)での関係機関の長クラスが一堂に会
行くこと等を発表した。NASAのボールデン
して情報交換を行う場」と位置付けられてお
長官から、米国の進める火星探査に協力を求
り、米国政府関係者による政策発表、諸外国
められたが、当面日本は月面探査を実施する
からの政策発表、パネルディスカッション、
計画であるとの答えに留まった。
企業からの発表、技術セミナー及び企業・組
韓国は、2013年1月30日に羅老(ナロ)ロケッ
織による展示が行われている。このシンポジ
トにより人工衛星を打上げることに成功した
ウムには約40ヵ国から、約1,200の企業・組織
が、この時はロシアとの共同開発だったため、
(約10,000人)が参加し、出展社は約150である。
次回は2020年までに韓国独自開発のロケット
これは、世界の宇宙予算のうち約半分が米国
24
を打上げたいとのこと。
平成27年7月 第739号
国際宇宙機関パネル(右から2人目がJAXA山浦理事)
(2)各国セミナー
業とする。
各 国 毎 に(5 ヵ 国:ド イ ツ、英 国、UAE、
日本、ベトナム)、宇宙政策・宇宙プログラ
・即応小型衛星の検討、JAXAと防衛省の
協力を進める。
ムに関して、より詳しく説明する時間が設定
・行動規範の策定など、国際協力を進める。
されており、日本からは内閣府・宇宙戦略室
このセミナーは日本の宇宙政策を他国に説
の末富理栄参事官が1人で登壇した。今年1月
明する良い機会となった。但し、他国の複数
に決定された(第3期)宇宙基本計画にのっ
人数での登壇と比較すると人数的には少しさ
とり、日本の積極宇宙政策を紹介した。説明
びしい日本セミナーであった。
英国はUKSA
(United Kingdom Space Agency:
のポイントは以下の通り。
・安全保障、出口戦略に力を入れている。
英国宇宙庁)、SSTL(Surry Satellite Technology
・準天頂衛星、H-Ⅲ、イプシロン等のプロ
Lid.)社等から4名の登壇があり、英国の宇宙
ジェクトを推進する。
政策、宇宙産業の紹介があった。英国の宇宙
・SSAに関しては米国と協力して進める。
産業の売上は110億ポンド(約2兆円、2013年)
・官民合わせて、今後10年間で5兆円の産
でupstream(宇宙機器)/downstream(通信・放
日本セミナーで説明する末富参事官
25
工業会活動
送サービスなど)の比率が20/80とのこと。従
「数年前、Boeing社の衛星工場で、同じ702
業員数は35,000人で、年7%の成長をしている
型バス(重量約13,000lb)を使用する商用通
(英国産業全体の成長率の4倍)との紹介が
信 衛 星 と 軍 用 通 信 衛 星(WGS:Wideband
あった。また、2018年までにSpace Port(宇宙
Global Satcom)が同時に製造されていた。商
港:弾道飛行用宇宙船や空中発射ロケットを
用通信衛星は期間約3年、約2億5,000万ドルで
搭載する航空機が発着する滑走路を有する施
製造されるが、WGSは期間約5年、約4億ドル
設)を作りたいとの発言もあった。
で製造される。この時、視察に来ていた顧客
である空軍関係者に対して、『ほぼ同じ形状
(3)安全保障パネル
各国の軍の宇宙安全保障担当者が登壇し、
各国の状況と国際共同の状況を発表した。登
で、通信性能もほぼ同じであるが、契約方式
の差、品質要求の違いで価格は大きく異なっ
てくる。』と説明せざるを得なかった。
壇者は、米国、英国、フランス、ドイツ、カ
従って、可能であれば、空軍がよく採用す
ナダ、ブラジルの6ヵ国である。ブラジルを
る管理要求の厳しい原価実績契約(Cost Plus
除く5ヵ国は宇宙先進国であり、既に通信、
Contract)でなく、民間がよく採用する固定
偵察分野での宇宙利用が進んでいる。今後は
価格契約(Fixed Price Contract)として低コス
SSA(Space Situational Awareness:宇宙状況
ト化を図るべきである。
認識)で国際協力を進めて行きたいとのこと。
ブラジルは国土が広く、宇宙からの各種監
視(Civil use/Defense use)が必要である。また、
ただし、プロジェクトにより状況は異なる
ので、単一的適用は出来ないが。」
これらの発言は以前から様々な場面で発信
将来は衛星の自国打上げを行いたいとの説明
されてきたアイデアであるが、コスト低減は
があった。
個々のプロジェクトの特殊事情もからんでい
カナダは、
MDA
(Maritime Domain Awareness:
海洋状況認識)に宇宙を積極的に利用したい
るため、難しい課題であることが再認識でき
た。
との説明があった。
(5)国務省Frank Rose次官補講演要旨
(4)調達関係パネル
米空軍の調達担当者、NRO(国家偵察局)
宇宙空間での脅威は増え続けている。2007
年の中国ASAT(anti-satellite)実験によりデ
の調達担当者と主要企業3社(Lockheed Martin
ブリが大きく増えた。また、中国は2014年7
社、Boeing社、Northrop Grumman社)の幹部
月にもASAT実験を行った。(2014年は実験に
が登壇して調達関係のパネルが行われた。発
よるデブリ発生無し。)宇宙活動の透明性が
表の要旨は下記の通りである。
重要で、中国、ロシアとは対話を継続して行
・Hosted PayloadはCost Effectiveである。
きたい。
・複数の契約でなく、まとめ買い(Block
Buy)によりコストを低減できる。
・3Dプリンタを使用してコスト低減が可能
になってきている。
またBoeing Networking and Space Systems社
長は以下の様に述べた。
26
(6)米空軍Deborah Lee James長官講演要旨
宇宙空間は国家安全保障にとって重要であ
る。GPSに代表されるように、国民全員が日
常において宇宙を利用している。この宇宙空
間をJSpOC
(Joint Space Operation Center)が監
平成27年7月 第739号
視しており国際協力も進めている。
例えばオー
まず第1段、その後第2段、最終的には再使用
ストラリアには米国のSSA用のCバンドレー
可能なロケットエンジンを開発する。低価格
ダと光学望遠鏡を設置させてもらっている。
のSpaceX社のFalcon-9を競合相手として考え
衛星打上げ手段も競争力が必要である。現
ているとのこと。
在審査中であるが、SpaceX社のFalcon-9ロケッ
第1段は、Blue Origin社のBE-4エンジン(燃
トは米空軍の衛星を打上げられると考えられ
料:メタン)を改良する計画であるが、Aerojet
る。(注 記:こ の 後、米 空 軍 は 5 月 26 日 に
Roketdyne社のAR-1エンジン(燃料:ケロシン)
Falcon-9ロケットによる軍事衛星の打上げが
もバックアップで検討している。エンジン選
認可されたと発表している。)
択は2016年に行われる。
また燃料タンクは、ULA社のDelta-4ロケッ
3.企業発表等
ト(燃料:液体水素)の燃料タンクの長さを
延長する計画である。このDelta-4ロケットは
(1)ULA社
米 国 の ULA 社(United Launch Alliance:
Boeing社とLockheed Martin社の50/50の合弁会
高コストの為2018年−2019年頃に運用終了す
る計画である。
社)が、現在使用しているAtras-5とDelta-4の
補助固体ロケットは6本まで取り付け可能
後継として新型ロケットVulcanを開発すると
で、Orbital ATK社、
もしくはAerojet Rocketdyne
発表した。
社が製造することになる。
Vulcanロケットの開発経費は全体で約20億
次の開発段階は、新型の第2段の開発で、
ドル(約2,400億円)であり、そのうち約10億
Advanced Cryogenic Evolved Stage(ACES)と
ドル(約1,200億円)が新型エンジンの開発に
呼ばれている。これは宇宙空間で数週間の作
使用される。開発は9年間であり、段階的に、
動が可能で、このことにより打上げ能力を大
補助ロケット6本タイプのVulcanロケット
(出典:ULA社)
27
工業会活動
幅に増大することが出来る。この新型第2段
のデビューは2023年が計画されている。
固体補助ロケット6本と新型第2段ロケット
に よ り、Vulcan ロ ケ ッ ト は、現 在 の Delta-4
・Launcher-One(空中発射−小型衛星打
上げロケット)の開発は順調である。
イ)Sierra Nevada社(Sirangelo副社長)
・Dream Chaser(有翼・再使用型宇宙船)
Heavyロケットの1.3倍の打上げ能力を持つこ
は、30∼40日で再使用できる様に開発
とになる。
中である。
最後の開発として、第1段のロケットエン
ジンの回収、再使用が計画されている。この
シーケンスは、第1段の燃焼終了後に燃料タ
ンクとロケットエンジンを切断し、エンジン
部分をパラシュートで減速降下させ、空中で
4.技術セミナー
Technical Trackと称して、約50のプレゼン
(各種技術の紹介:各20分間)が行われたので、
そのうちいくつかを紹介する。
ヘリコプタにより回収するものである。エン
ジンを再使用することにより、ロケットのコ
ストが2/3に削減できるとしている。
(1)SSAに関して:Sandia National Laboratories
発表要旨
人工衛星やデブリの観測にレーダと光学望
遠鏡が使用されている。低軌道の物体には
(2)商用打上げパネル
商用打上げに関するパネルが開催された。
レーダ観測が行われるが、距離が遠い場所(高
残念ながらSpaceX社の登壇は無かった。
い軌道)の観測には光学望遠鏡が使用される。
ア)Virgin Galactic社(Whiteside社長)
この光学望遠鏡には種類があり、口径の大小、
・昨年Space Ship-2(空中発射−有人弾道
地上から観測(地上据え付け型)か軌道上観測
飛行用の宇宙船)の1号機の事故があっ
(衛星搭載型)か、などのメリット、デメリット
たが、現在2号機を製造中である。
を考慮し、組み合わせて使用する必要がある。
製造中のSpace Ship-2 の2号機
28
(出典:VG社)
平成27年7月 第739号
種 類
地上設置レーダ
GEODSS
SST
SBSS
Sapphire
ORS-5
GSSAP
内 容
昼夜観測可能。主に低軌道デブリ観測
1m口径望遠鏡、9基3ヵ所(NM州、ハワイ、ディエゴガルシア)
3.5m口径望遠鏡1基(NM州⇒豪州)
30㎝口径望遠鏡搭載のデブリ観測衛星1機、太陽同期軌道
15㎝口径望遠鏡搭載のカナダのデブリ観測衛星1機、太陽同期軌道
10㎝口径望遠鏡搭載のデブリ観測用小型衛星(MITで開発中)、赤道上低軌道
静止軌道付近のデブリ観測衛星2機
GEODSS:Ground-based Electro-Optical Deep Space Surveillance
SST:Space Surveillance Telescope SBSS:Space Based Space Surveillance Sapphire:Canada Satellite
ORS-5:Operationally Responsive Space - 5 GSSAP:GEO SSA Program
GEODSS望遠鏡(NASA)
SST望遠鏡(DARPA)
(2)電気推進に関して:Space Systems/Loral社
ORS-5衛星(MIT)
学推進から電気推進に変更することにより、
発表要旨
必要となる燃料が少なくなり、ペイロードを
電気推進(SEP:Solar Electric Propulsion)
多く搭載することが出来る。従って、通信量
は商用衛星だけでなく宇宙探査衛星にも大き
を増やし、多くの収入を得ることが出来る。
な影響を与えると考えられる。
ペイロード比率は、9%⇒16%⇒30%となる
商用衛星(静止軌道の通信衛星)は、静止
予定である。
軌道に投入するときに多量の燃料を消費す
また、次頁のSEPロードマップは、3つの適
る。このため、ミッションペイロード(通信
用例(商用静止軌道衛星、深宇宙探査衛星、
機器)の搭載量が大きく制限されている。化
大探査衛星)を示している。
ペイロード比率の比較
(出典:SSL社)
29
工業会活動
(出典:SSL社)
SEPロードマップ
(3)展開可能な膜型光学望遠鏡:US Air Force
Real-Time Exploitation)衛星の構想を発表し
Academy(USAFA)
ている。口径20mの膜型(Membrane)光学望
DARPAは静止軌道から地表をビデオ観測
遠鏡を開発する予定である。膜型は軽量であ
す る MOIRE(Membrane Optical Imager for
り、かつ折りたたむことで打上げ時のロケッ
MOIRE静止衛星
30
(出典:DARPA)
平成27年7月 第739号
トへの収納性が良くなる。但し、通常のガラ
型光学望遠鏡を有しているCube Satで、太陽
ス製の望遠鏡と比較して集光効率は低下す
観測を行うものである。この膜型光学望遠鏡
る。DARPAは集光効率を30%∼55%にしたい
の地上試験で、集光効率が目標の30%でなく、
としている。
わずか1.5%であったが、太陽観測には支障が
こ の MOIRE 衛 星 開 発 の 第 1 段 階 と し て、
無いので予定通り2016年に打上げ予定であ
DARPAも出資して米空軍大学でFalconSAT-7
る。打上げ後、膜の展開性、通信性能などの
の開発が行われている。この超小型衛星は膜
試験が行われる。
(出典:USAFA)
(出典:USAFA)
FalconSAT-7
5.展示
膜型光学望遠鏡の回折格子
(1)日本
多くの企業、組織でブース展示を行ってお
我が国からはJAXA共同ブース出展として
り、それぞれの特徴をPRするとともに、レセ
NEC、MHI、富士通、IHIエアロスペース/明
プションを開催して集客を図っていた。
星電気、シンフォニアテクノロジー、三菱プ
展示会場の様子
31
工業会活動
JAXA共同ブースのPRパネル
JAXA共同ブース展示の様子
レシジョンの7社が出展し、その隣にJETRO
SLS次期大型ロケット、ALASA空中発射ロ
共同ブース出展としてNESTRA(次世代宇宙
ケット(F-15戦闘機から超小型衛星を打上げ
システム技術研究組合)、東成エレクトロビー
るロケット)、ISS国際宇宙ステーション、702
ムの2社が出展した。4月14日にはJapan Hour
衛星ファミリー(静止通信衛星)等の縮尺模
Receptionを開催した。
型が展示されていた。また、502-Phoenix小型
衛星(供給電力0.5∼3kW)は実物大模型が展
(2)Boeing社
Boeing社は多くの模型展示を行っていた。
32
示されており、小型衛星分野へも力を入れて
いることを示していた。
平成27年7月 第739号
502-Phoenix小型衛星バス
(3)Lockheed Martin社
(実物)の耐熱タイルが展示されていた。米
LM 社 は GPS- Ⅲ 模 型 な ど の 展 示 に 加 え、
2014年12月に無人での試験打上げが行われ、
国国旗ペイント部分は再突入時の空力加熱に
より、一部に剥がれ落ちている部分があった。
再突入後に大西洋で回収されたOrion宇宙船
(出典:NASA)
着水直後のOrion宇宙船
(4)Airbus Defense & Space社
Orion宇宙船の耐熱タイル
(5)その他
欧州のAirbus Defense & Space社は大手の衛
XCOR Aerospace社は2人乗りの有人弾道飛
星システムメーカであるが、今回の展示では
行宇宙船(Lynx)を開発している。実物大模
あえて衛星ではなく、衛星のコンポーネント
型を展示して、見学者を乗員室に案内して開
を展示していた。
発が順調なことをPRしていた。また、Orbital
ATK社は、小型ロケット(Minotaur)と戦略
33
工業会活動
ADS社の衛星コンポーネント(推進系)
XCOR社のLynx宇宙船
Orbital ATK社のロケット
ミサイル(Trident 、Minuiteman-3)の模型を
事・商業分野での宇宙活動(政策、技術)の
展示していた。
現状と動向を把握することが出来た。米国は
着実に研究開発を推進しており、宇宙産業の
6.所感
競争力強化に繋がるものと考えられる。今後
このSpace Symposiumは宇宙分野の総合的
もその進展を注視する必要があると感じた。
シンポジウムであり、米国における民事・軍
〔(一社)日本航空宇宙工業会 技術部(宇宙担当)部長 宇治 勝〕
34