目黒のサンマ ① 日本の首都東京。昔は江戸と呼んでいましたが、その江戸を舞台にした、 江戸時代のお話です。 お城にお殿様が住んでいました。お殿様というのは身分の高いサムライの ことで、大きな家に住んで、多くの家来を持っています。さて、このお殿様 は馬に乗って遠出をするのが趣味でした。 ある秋の日。 「今日はいい天気じゃ。遠乗りに出かけるぞ。このあいだは東の方に行っ たから、今日は西のほうにでも行ってみるか」 馬に乗るのはお殿様ひとり。家来たちは歩いて行くので、大変です。 ② お殿様たちが目黒という村にさしかかったとき、いい匂いがしてきました。 「おお、これはいい匂いじゃ。何の匂いじゃ、何かを焼いておる匂い か?」 ひとりの家来が答えました。 「これはサンマを焼く匂いでございます」 「何、サンマじゃと? サンマとはどのようなものじゃ」 「サンマは細長い形をした魚でございます。今頃がちょうど旬でございま して、脂が乗って、おいしいのでございます。七輪で焼きますと、その脂 がジュウジュウとしたたりおちまして、、、」 お殿様は「サンマ」というものを見たことも、食べたこともなかったので す。サンマは庶民が食べる安い魚で、身分の高い人たちはあまり食べなかっ たのです。 でも、この家来の話を聞いているうちにおなかがすいてきて、どうしても サンマを食べたくなりました。 「ちょうど昼飯時じゃ。だれか、サンマを買ってこい。買ってきて、七輪 とやらでジュウジュウと焼いて、食べようではないか。」 お弁当はちゃんと持ってきています。でも、それを食べずに、サンマを買 って、焼いて食べようなどとは、本当にわがままなお殿様です。しかし、お 1 殿様の命令に家来は背くことができません。仕方なく、方々を探しましたが、 サンマはみつかりません。 ③ しょうがないので、家来はサンマを焼いている農家に行って、食べさせて くれるよう、頼みました。 「え? 何だって? 人の昼飯を食わせろだと? バカも休み休み言え! お ととい来やがれ!」 「ダメですか。実はお殿様が、、、」 家来はため息をつきながら、事情を話しました。 「なんだ、おまえが食うんじゃなくて、お殿様が食うのか、それを早く言 え」 口の悪いお百姓さんですが、根はいい人です。快く、お殿様にサンマを譲 って差し上げました。 ④ 「サンマというものは本当にうまいのう!」` お殿様はサンマがおいしくて、ごはんを3杯も食べました。 家来はお百姓さんにたっぷりのお礼をしました。お百姓さんも大喜び。 ⑤ さて、お城に帰ったお殿様。毎日、プロのコックが作った上品な料理を食 べています。おいしいにはおいしいのですが、忘れられないのは、あの目黒 の村で食べたサンマの味。脂がジュウジュウ、焦げ目のついた、旬のサンマ の塩焼きです。 お殿様はコックにリクエストしました。 「サンマが食べたい」 ⑥ コックは日本一のプロフェッショナルなコックですから、お殿様のリクエ ストに張り切って、手間をかけた最高のサンマ料理を作りました。 2 お殿様の健康のことも考えました。脂がたっぷりでは体に悪いと、蒸して から焼くことにしました。骨がのどに刺さっては大変ですから、骨を取り除 きました。 ⑦ 今日は友達が遊びに来ています。お殿様が友達に言いました。 「サンマというものをご存知か」 友達も身分の高いサムライですから、庶民の食べもの「サンマ」を食べた ことがありません。 「では、わたしがごちそうしよう」 さて、サンマが焼きあがりました。お殿様は一口食べて、顔をしかめまし た。 「ン...?」 お殿様はコックを呼びました。 「これはなんじゃ?」 「サンマでございます」 「これがサンマじゃと? どこのサンマじゃ。」 「日本橋の魚河岸で今朝仕入れましたサンマでございます」 お殿様は友達の方を向いて言いました。 「日本橋のサンマはこんなもんじゃ。やはり、サンマといえば、目黒のサ ンマが一番うまい!」 3
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