絶対文感 【忘 却篇】 第二十 二章 丸谷才一 陽羅 義光 伊藤整 亡き あと、 いわば 「文 壇ジャ ー ナリズム 」の 中心人 物にな った のは、丸 谷才 一(1 925 ~20 12 ) である。 伊藤と の共 通点は ただひ とつ、いわば「文学イ ンテリ 」、別の言 い方を すると「 文壇 の先生 」であ ったこ とで あ る。 むろん わた しは苦 々しい おもい でそ う 書いてい る。 作家は 、そ んなも のにな ったら 堕落 に 等しいか らで ある。 中村真 一郎 の小説 をしき りに ほめた 丸 谷才一も 、中 村と同 様に、 その 小説は面 白く ない。 そ れ で も、 伊藤整 の小説 がベ ストセ ラ ーになっ たの と同じ ふうに 、丸 谷才一の 小説 もベス トセラ ーにな った 。 恥ずか しな がらわ たしも 本屋 にすっ と んでいっ て購 入した 『たっ た一 人の反乱 』、『 裏声で 歌へ君 が代 』、そ し て『女ざ かり 』であ る。 いずれ にも 当時の 作家、 文芸 評論家 の 賛辞が残 って いるが 、記憶 に残 るのは『 女ざ かり』 に就い ての、 筒井 康 隆のこん な賛 辞であ る。 【『女 ざかり』は古典 的作 法に則 った構 成 の妙をす べて の読者 に味わ わせ 、 そして最 近そ んな小 説はめ った にない か ら、そう した 面白さ をまっ たく 知らない 読者 を啓蒙 する小 説で ある。 こ れはディ ケン ズ張り の緻密 な計 算による 、ほ とんど 頽廃的 なま でに長 篇 の技法を 駆使 した作 品で、 それ をここま で徹 底的に やった 丸谷作 品は 他 にはない 】 【『女 ざかり 』が 売れ ている 理由の ひとつ は、小 説特有 の面 白さが なくな った現代 文学 から離 れつつ ある 小説好 き が、その 古典 的構成 の復活 に喜 んで飛び つい てきた からで ある】 いいか げん な「断 筆宣言 」を して、 い いかげん な「 復活宣 言」を した 筒井康隆 の言 葉だか ら、と うぜ ん信じ ら れないし 信じ なくて もいい わけ であるが 、 「古典 的作法 に則 った構 成の妙 」とか「古典 的構 成の復 活」と か言われ ると 、信じ る信じ ないと いう 前 に、笑っ てし まうよ 。 筒井に 、 「 古典的 構成」が何で ある のか なんて、解るは ずがな いか らで ある。 それに 、売 れる理 由なん て、 尾崎紅 葉 の『金色 夜叉 』から 島田清 次郎 の『地上』まで、村上春 樹の『 ノルウ ェイ の森』か ら又吉 直樹の『火花 』 まで、構 成の 問題で あろう はず がない の は歴史が 証明 してい るし、 それ になにせ 買う 前には 読んで いない から で ある。 もしも 筒井 に、丸 谷に対 する おおき な 恩義があ って 、それ でこう いう ことを書 いた なら、 すこし は筒井 を見 直 してもい いの だが。 さて『 女ざ かり』 は、読 売新 聞社 で 大 幹部(お そら く大新 聞社の 女性 記者とし ては 初めて の快挙 のは ずであ る )にまで 登り つめた 、実在 の女 性記者が モデ ルにな ってい る。 小説で は南 弓子と なって いる この女 傑 を中心に 、哲 学者、 元大女 優、 政治界の 大物 たちが 登場し 、新 聞、政 治 、宗教の 陰湿 な関係 にまで 踏み 込んだ作 品に なって いるの だが 、再読 し てもちっ とも 面白く ないの は、 まずは、 せっ かく大 風呂敷 をひ ろげて も 、文章に 緊張 感がな いせい であ ろう。 この緊 張感 のなさ は、丸 谷才 一の絶 対 文感であ り、 そこに 西欧と 日本 の古典文 学の 魅力を かんじ る、 呑気な 文 芸評論家 など がいそ うだ が 、い やじっさ いに いるの だが、 中村 真一郎 の 小説同様 に、 やはり お坊っ ちゃ ん小説と いう 他はな いであ ろう。 もうす こし 妥協し て、高 踏、余 裕、 小 説かな。 【弓子が 坪庭 のとこ ろまで 来た とき、 だ しぬけに 、不 思議な 感覚が 訪れ た。何か 途方 もなく 広大な もの 、よく は わからな いが たぶん 宇宙が 、い ま自分が ガラ ス戸越 しに見 てい るこの 凹 み、狭く てみ すぼら しい平 凡な 庭へと圧 縮さ れた】 こうし た文 章に 、 「胸 踊る」と 書い た文 芸評論家 がい たが、ま あ首 をか しげるし かな いな。 もうす こし 妥協し て、胸 騒ぐ、 かな 。 【「あ 、ひど いな あ。人 がこれ だけ困 つ てるのに 」 「ごめん なさ い。で も、こ のあひ だと そ つくりな んで すもの 」 「うん、 滑稽 だらう な。そ れは わかる 。 でも、笑 ふの は失礼 ですよ 。お 詫びのし るし に、こ れを直 して下 さい 」 と言つ て浦 野は原 稿用紙 を差 出し、 内 心、じつ にい い呼吸 だなあ とわ れながら 感心 した。 弓子は また もや、 つ い受け取 つて しまつ た。今 度は どんなも のを 書いた かとい ふ好 奇心も あ るけれど 。そ してく すくす 笑ひ ながら読 み終 へた】 旧仮名 遣い が丸谷 才一の 絶対 文感で あ るが、そ れは まあ好 き好き とし ても、新 仮名 遣いが 〈前提 必須 条件〉 で ある戦後 の新 聞記者 が、旧 仮名 遣いを念 頭に おいて 、喋る はずが ない で はないか 。 従って 、あ らかじ めこの 小説の リア リ ティは瓦 解し ている 。 糞リア リズ ムの小 説は読 みたく ない が 、リアリテ ィを喪 失し た小説 は、 もっと読 みた くはな い。 『女ざ かり 』は、 大林宣 彦監 督、吉 永 小百合主 演で 映画化 された けれ ども、 (大 林さん 、吉 永さ んと親 しいわ た しとして はい いたく はない のだ が)失敗 作と いうし かない 。 その理 由を 、小生 は『 吉永小 百合 論』に 書いたか ら、重複は やめ るが、 いまかん がえ てみれ ば、こ うい う緊張 感 のない小 説を 映画化 しても 、成 功させる の は 難しい とおも われる 。 余談で ある が、わ たしは 南弓 子のモ デ ルとなっ た女 性記者 を知っ てい る。 半世紀 前の ことで あるが 、当 時わた し が嘱託を して いた読 売新聞 本社 の内信部 に、 ( 新聞社 内でも 有名 で一目 置 かれる存 在で ある )この 女傑は 、 よく顔を だし た。 筆禍事 件の あとで、格下げ された 彼女 はたしか 婦人 部の部 長であ って 、 内信部の 部長 とあれ これコ ミュ ニケを と るために 顔を だして いたの であ るが、吉 永小 百合と いうよ りも、 和田 ア キ子であ った 。 丸谷が 、万 が一、 生前、 偉そ うな顔 を して偉そ うな ことを いって いた だけの存 在に せよ、 亡くな った いまと な っては、 なん とか思 い出し ても らえると ころ を、紹 介して ほしい とい う 、優しい 君よ 、了解 しまし た。 話題に なっ た『忠 臣蔵と は何 か』も 含 蓄にとん だも のだが 、やは り真 骨頂は『 文学 のレッ スン 』、『日 本語の た めに』等 々の 、文学 エッセ イで ある。 共鳴す るに せよ反 発する にせ よ、古 今 東西の該 博な 知識を 基礎と した 発言は、 とに かく勉 強にな る、そ うと う に考えさ せら れる。 読者に 自分 の考え を押し 付け るので は なく、読 者に 文学を 考えさ せる ことを目 的と した丸 谷の文 学エ ッセイ は 、肯定否 定の 次元は ともか くと して、参 考書 と いう 意味で は、 百年経 っ ても色褪 せる ことは ないで あろ う。 ごく最 近出 た古谷 野敦の 『こ のミス テ リーがひ どい !』と いう本 は、 ひさかた ぶり の快著 である が、 そこに 丸 谷才一の こと がこう 書かれ てい あって、 興味 深い。 【推理小 説好 きで、 グレア ム・ グリー ン を尊敬し てい た丸谷 才一は 、推 理小説的 な小 説を少 なくと も二 作書い て いる。『横 しぐれ 』と『 樹影譚 』 である。 私は 丸谷の 『たっ た一 人の反 乱 』以後の 長篇 は評価 しない のだ が、それ 以前 の『笹 まくら 』は 、グリ ー ンばりの 小説 で、あ と『横 しぐ れ』は一 番の 傑作だ と思う 】 作者が 一番 力を 入 れて書 いたも のを 評 価しない で 、作者 の文学 思想(反 私小説) に反 する作 品を評 価さ れると い うのは、 小谷 野の臍 曲り性 格の たまもの であ るが、 生きて いたら 作者 も 片腹痛い にち がいな い。 ところ でつ いでだ から 、 『 このミ ステリ ーがひど い! 』の 内容を すこし 紹介する が、ミ ステリ ーど ころか 、 「 この 純文学が ひど い!」と 的を 射た ことをい って いると ころに 、この 本の ホ ントの面 白さ がある のであ る。 この本 によ ると、 「平野啓 一郎 の『日 蝕』は 、擬 古典的 な 文章でこ けお どしし ただけ の愚 作」であ り、 「奥泉光 の『 グラン ド・ミ ステ リー』 や 久間 十義 の『 世紀末 鯨鯨記 』な どは、壮 大な 失敗作 」であ り、 「川上弘 美と 小川洋 子の小 説は 、〈ス イ ーツ小説 〉」 であ る。
© Copyright 2024 Paperzz