分岐鎖アミノ酸 (BCAA) の生理機能 【Key words】 分岐鎖アミノ酸代謝 BCAA metabolism 分岐鎖アミノ酸アミノ基転移酵素 branched-chain aminotransferase 分岐鎖α - ケト酸脱水素酵素 branched-chain α -ketoacid dehydrogenase タンパク質代謝 protein metabolism サプリメント supplement グルコース代謝 glucose metabolism 下村 吉治 名古屋大学大学院生命農学研究科 はじめに v! バリン、ロイシン、イソロイシンは、分子内の側鎖に分岐構造 をもつことより分岐鎖アミノ酸 (または分枝アミノ酸) と総称され る。英語の総称名の略称である BCAA(branched-chain amino acids) としても知られており、現在ではサプリメントや一部のス ポーツ飲料などに添加されるアミノ酸としても使用されている。 BCAA は必須アミノ酸であるため、ヒトは一般的にタンパク質 を摂取することにより BCAA を獲得しており、体内においても BCAA はタンパク質を構成する主要なアミノ酸として機能して いる。BCAA は食物タンパク質の必須アミノ酸の約 50%、また 筋タンパク質の必須アミノ酸の約 35%を占めることより 1)、ヒ トは多くの BCAA を摂取し、また体内に保有していることがわ かる。 一方、アミノ酸は遊離型としても体内に存在する。この遊離ア E> [7mol/LNB.\ w w w z yv z 110 225 320 60 85 770 1,110 122 430 v| 680 v 2,860 v|! 1,650 v| 420 ~! 3,960 ~ 19,970 ~ 1,660 z 350 900 x 17,680 53,362 ):nH+v!t$iVZpM£qrSV CoNBo.LUpP0.7 L/kg4*kesV NBoQTv!lhjp~(37%)lx(33%)g?<n5fV 表1 筋組織の遊離アミノ酸濃度 ミノ酸は、まとめてアミノ酸プールと呼ばれ、一定量が体内に存 在する。アミノ酸プールは体タンパク質合成の材料として利用さ 1.BCAA 代謝の特性と調節 れ、またそれは食事タンパク質の消化吸収および体タンパク質の 分解によって供給される。詳細なメカニズムは依然として不明な BCAA 分解系はほとんどの細胞に備わっているが、その系の 部分が多いが、アミノ酸プール量はかなり安定しており、遊離ア ほとんどがミトコンドリア内に局在する。ただし、脳・神経など ミノ酸が低下すると体タンパク質から供給され、また過剰の遊離 のごく一部の組織では、細胞質でも BCAA のアミノ基転移反応 アミノ酸が供給された場合には速やかに分解されるようである。 が可能となっている。BCAA 分解系の第 1 ステップと第 2 ステッ すなわち、アミノ酸プールの遊離アミノ酸は、タンパク質代謝に プは、3 つの BCAA に共通であり 1)、BCAA 代謝の特徴を示す おいて中心的役割を担っている。近年、 この安定したアミノ酸プー ステップである (図1) 。第 3 ステップ以降の分解ではそれぞれ 3 ルをもとにして、ヒトにおけるアミノ酸必要量を測定する方法 (例 つの BCAA に独自の経路が存在し、最終的にロイシンからはア えば 13Cで標識したアミノ酸を用いる指標アミノ酸酸化法 2)など) セチル CoA、イソロイシンからはスクシニル CoA とアセト酢酸、 が活用されている。 バリンからはスクシニル CoA が生成される。 タンパク質に組み込まれたアミノ酸は生理的には不活発である a) 分 岐 鎖 ア ミ ノ 酸 ア ミ ノ 基 転 移 酵 素 (branched-chain が、遊離アミノ酸は、上述したタンパク質代謝への作用も含めて aminotransferase: BCAT) 種々の生理作用を発揮することが明らかにされつつある。このよ BCAT は、BCAA 分解系の第 1 ステップを触媒する酵素であ うな背景より、組織中の遊離アミノ酸濃度の調節は極めて重要で り、可逆的なアミノ基転移反応を触媒する。この反応により、バ ある。骨格筋は、身体で最も大きな器官であり、運動器であると リン、ロイシン、イソロイシンからそれぞれの分岐鎖α-ケト酸 同時にアミノ酸の貯蔵器官としても機能している。そのアミノ酸 を生成する。BCAT には、ミトコンドリア型 (BCATm) と細胞質 プールの組成を表1に示した 3)。この遊離アミノ酸では、グルタ 型 (BCATc) のアイソザイムが存在し 5)、BCATm は肝臓を除く ミン濃度が最も高く、タウリン (システインの酸化生成物であり ほぼ全身の臓器細胞に発現しており、特に膵臓、胃粘膜、筋肉で 正確にはアミノ酸ではないが同様に取り扱われる場合が多い) 濃 は発現が高い 6)。一方、BCATc は脳・神経などのごく一部の組 度がそれに次ぐ。この中の BCAA 濃度は、全体の約 1%のみで 織でのみ発現しており 5)、脳においてこの酵素が発現している理 ありかなり低い。血中の遊離 BCAA 濃度も、約 400 µM 程度で 由は、神経伝達物質であるグルタミン酸の濃度を調節するためと あり 4)、筋肉と血液の遊離 BCAA 量を合計しても体内に存在す 考えられている 5)。さらに、脳において合成される 30 ∼ 50% るその重量は数 g 程度と算定される。BCAA をサプリメントも のグルタミン酸 (グルタミン) のアミノ基は、ロイシン由来である しくは薬剤として摂取した場合、体内のその濃度は急激に上昇し、 と報告されている 7)。 それにより生理作用を発揮すると考えられるので、 BCAA 代謝 (分 先にも述べたように、肝臓では、BCATm がほとんど発現して 解) の調節はその生理作用発揮に強く影響すると考えられる。そ いないため BCAA を直接分解できないはずである。しかしなが こで、ここではまず体内での BCAA 分解の特徴とその調節機構 ら、肝臓組織を用いて BCAT 活性を測定するとある程度の活性 を説明し、次いで近年明らかにされてきた遊離 BCAA の生理作 を検出できるが、これは真の BCAT 活性ではないと考えられる。 用について解説する。 なぜならば、一般的に in vitro での酵素活性測定では大過剰の基 質を加えて最大反応速度を測定するので、この条件では肝臓に存 在する他のアミノ基転移酵素が BCAA に対して作用するためで Nestlé Nutrition Council, Japan Nutrition Review December, 2009 ある 6,8)。実際に肝臓では、BCATm mRNA がほとんど検出でき ない。これまでに臨床では、BCAA は筋肉で代謝されると言わ れてきたが、BCATm の臓器特異的発現がその理由である。一方、 -~! Lv!v =3 (BCAT) ~! 6) BCAA (Leu, Ile, Val) 膵臓では特に BCAT の活性が高いが 、その生理的な意味は不 L-! (KIC, KMV, KIV) 明である。 b)分岐鎖α-ケト酸脱水素酵素 (branched-chain α-ketoacid dehydrogenase: BCKDH) 複合体 BCKDH 複合体は、BCAA 分解系の第 2 ステップを触媒する 酵素である。この酵素は、第 1 ステップで生成された分岐鎖α ケト酸から不可逆的な酸化的脱炭酸反応によりそれぞれの CoA NAD+ ATP / CO2 NADH + H+ ADP {Z L-!9.33 (BCKDH)K6 uZ J/ BCKDHK6 ! Pi R-CoA (IV-CoA, MB-CoA, IB-CoA) IV-CoA 脱水素酵素 MB-CoA 脱水素酵素 IB-CoA 脱水素酵素 CoA-SH 化合物を生成するので (図1) 、この酵素が BCAA 分解を律速す -¡.BCAAL ると考えられている。ラット肝臓では、ラットの他の臓器および 他種動物の肝臓と比べて BCKDH 活性が著しく高いため、この v-CoA }-CoA v,! 臓器の酵素活性を対象に多くの研究が行われている 9)。 KIC, -ketoisocaproate; KMV, -keto-ß-methylvalerate; KIV, -ketoisovalerate; CoA-SH, coenzyme A; IV-CoA, isovaleryl-CoA; MB-CoA, -methylbutyryl-CoA; IB-CoA, isobutyryl-CoA; R-CoA, acyl-CoA. 図 1 BCAA 分解系 BCKDH 複 合 体 は、E1 成 分 (E1α+ E1β ; branchedchain α-ketoacid decarboxylase) 、E2 成 分 (dihydrolipoyl transacylase) 、 お よ び E3 成 分 (dihydrolipoamide 2.タンパク質代謝に対する作用 dehydrogenase) から構成される。これらの成分のうち、E1 と BCAA はタンパク質合成の材料としてだけでなく、タンパク E2 が強固に結合しているが、E3 の結合は弱いため単離精製さ 質合成の刺激になっていることが明らかにされつつある。特に れた BCKDH 複合体は E1 と E2 成分のみから構成される 10) 。 mRNA 翻訳機構に作用してタンパク質合成を促進することが明 BCKDH 複合体活性は、E1αサブユニットのリン酸化により らかにされている。これまでに明らかにされた詳細なメカニズ 調節される。そのリン酸化により BCKDH 複合体を不活性化す ムについては他の総説 14 ∼ 16)を参照していただくこととして、こ る酵素が特異的キナーゼ (BCKDH キナーゼ) である。このキナー こではその概略を説明する (図2) 。BCAA の中でも特にロイシ ゼについては既に単離精製されその遺伝子クローニングも完了 ンは、動物の細胞内に存在するプロテインキナーゼの1つである しており、ミトコンドリアプロテインキナーゼとしては最初にク mTOR(mammalian target of rapamycin: ラパマイシンによって ローニングされた酵素である 10,11)。一方、リン酸化型 BCKDH 阻害される哺乳動物のプロテインキナーゼ) の活性化 (リン酸化) 複合体を脱リン酸化により活性化する酵素が特異的ホスファター を促進し、次いで mTOR は翻訳開始因子である eIF4E 結合タン ゼ (BCKDH ホスファターゼ) である。この酵素の遺伝子クロー パク質 (eIF4E-BP1) をリン酸化することにより、その結合タン ニングはつい最近報告されたばかりであり、やっとこのホスファ パク質を eIF4E から解離させて、eIF4E と他の開始因子との翻 ターゼの存在が確認された 12,13)。この酵素は、Mn2+ を必要とす 訳開始複合体の形成を可能にする。さらに、mTOR はリボソー る PP2C 型ホスファターゼであり、BCKDH 複合体に対してか ムタンパク質 S6 に対するキナーゼ (S6K1) を活性化 (リン酸化) なり低い比活性 (4 nmol/min/mg protein) を持つことが判明し することにより、翻訳を促進する。一方、タンパク質分解におい 12) 。そのため、これまでに多くの研究者がこのホスファター ても、活性化された mTOR はリソゾーム系のタンパク質分解機 ゼを単離精製しようと試みたが十分な成果が得られなかった歴史 構であるオートファゴソームの形成を阻害して、タンパク質分解 がある。また、精製された BCKDH 複合体にはホスファターゼ を抑制することが明らかにされている 17)。また、ロイシンは他 のサブユニットは検出されないことから、ホスファターゼの複合 のタンパク質分解系であるプロテアソーム系にも同様に阻害的に 体に対する結合は弱いようである。これまでの BCKDH 複合体 作用するようである 18)。これらの機構により、ロイシンはタン の活性調節に関する報告から、複合体の活性はキナーゼにより強 パク質合成を促進し、同時にその分解を抑制するアナボリックな く左右されているようであり、おそらくホスファターゼの作用は アミノ酸であることが明らかにされている。このロイシンの作用 キナーゼ活性の低下した時に優位になると推察される。したがっ により、BCAA は肝硬変患者の低アルブミン血症改善薬として て、BCKDH 複合体活性の調節にはキナーゼによる影響が強いと 日本では使用されている。 考えられる。 ロイシンが不足した場合には組織タンパク質の損失が考えられ た るが、実際に BCKDH キナーゼの阻害剤であるクロフィブレー ト (中性脂肪降下薬) をラットに長期的に投与すると、筋タンパク 質が減少し、筋障害が発症することが報告されている 19,20)。正常 で安静状態の筋肉では、BCKDH キナーゼ活性が高く BCKDH 複合体活性は極めて低く保たれているが 21)、この状態は筋タン パク質合成のために BCAA を確保する重要な条件であると考え られる。運動により、エネルギー代謝が著しく上昇した場合には、 BCAA分解は亢進し 9) 、 タンパク質合成は抑制されることが分かっ ている 3)。これらの所見からも、BCAA 代謝状態がタンパク質代 謝に大きく影響することが分かるであろう。 Nestlé Nutrition Council, Japan Nutrition Review December, 2009 主成分とするアミノ酸サプリメントを投与するとその上昇をある 4!&5 程度抑制する効果も報告されている 27,28)。すなわち、BCAA サ :O !5'35 プリメントの運動前摂取は運動による筋損傷をある程度抑制でき る可能性がある。さらに、普段運動習慣を持たない被験者にスク ワット運動を負荷して筋肉痛と筋疲労を誘発する著者らの研究に おいて、運動前の5g の BCAA 摂取は運動の翌日以降に発生す "6+. %)61CD る筋肉痛 (遅発性筋肉痛) および筋疲労感を軽減することも認めら れた (図3)29)。BCAA サプリメントのこれらの効果の詳細なメ NP V*5-$S=DW *5-$S:O カニズムは現在のところ不明であるが、BCAA によるタンパク 質分解の抑制やタンパク質合成の促進が関係するであろう。 @YX4!&5*5-$S=D9T:OE;8RQL >7<H2-0!&5GJ*5-$S#,6(#,6(3/)61 *5-$S KFIHUA?B M=*5-$S 図2 ロイシンによるタンパク質合成促進と分解抑制、および BCAA 代謝調節 運動はエネルギー代謝を亢進すると同時に BCAA 分解 (消 費) を促進するが、その他のエネルギー代謝の亢進する状態でも BCAA の消費が予想される。著者らは、ラットに微量の内毒素 (エンドトキシン) を血管内に投与することにより発熱させた場合 3.サプリメントとしての BCAA の血漿アミノ酸濃度の変化を検討した 30)。その結果、発熱によ レジスタンストレーニング (特に伸張性筋収縮によるエキセン り BCAA を含めたほとんどの遊離アミノ酸濃度が有意に減少し、 トリック運動) は筋肉づくりに効果的であることは経験的にもよ 数時間後に回復もしくは元のレベルを上回ることを観察した。お く知られているが、レジスタンストレーニングだけでなく軽負荷 そらく、発熱によりアミノ酸の消費が亢進し、その後の回復では タイプの運動も筋細胞の遺伝子発現を変化してタンパク質代謝に 体タンパク質の分解によりアミノ酸が供給されたことが想定され 影響を及ぼす 22) 。この現象と関連して、運動中ではアミノ酸分 解が亢進すると同時にタンパク質合成は抑制される 3)。一方、運 る。発熱時においても BCAA 投与により体タンパク質分解を抑 制する効果が期待されるが、今後の検討課題である。 動によりタンパク質合成が増大するのは運動終了直後からである 3,23) C;[sA 。したがって、運動直後にタンパク質を摂取することにより、 タンパク質同化の効率が上昇することが考えられる。この仮説は、 パク質、7 g炭水化物、3g脂肪) を週2回のレジスタンストレー ニング (12 週間) の直後もしくは 2 時間後に摂取させる方法で比 ¦ C;[010\ 約 74 歳の高齢者に、タンパク質サプリメント (組成:10 gタン #\ ¡¨ ¡¦ BCAA ¡¤ ¥ ¡¢ ¤ ] ¡ ] £ ¢ ¦ ¤ ¢ タンパク質サプリメントを摂取した方が筋力と筋肉量は増大した 。 BCAA 。よって、運動前の投与タイミングにより筋タンパク質合成を レジスタンストレーニングの直前もしくは直後にアミノ酸食品 (組 25) -£}AnqrF0isC;n7is5 g BCAA@Ro G%YA'omf("0X80¡¦OV }AY¢ ¡ x §V BCAA[{\YA15L2n¥ g1&V ZpM29qrSV 一部異なることが明らかにされている。その一つの報告として、 品摂取において筋タンパク質合成率はより高いことが証明された タンパク質代謝等に及ぼす影響においてタンパク質投与の効果と 運動後の筋タンパク質合成率が検討され、運動直前のアミノ酸食 一方、運動に関係したアミノ酸サプリメント投与の効果は、筋 24) 成:6g 必須アミノ酸混合、35g ショ糖) を摂取させる方法で、 ] ¨ ] ¡ 較された研究により証明された。すなわち、トレーニング直後に 5DoC;o *P < 0.05. § 図3 スクワット運動により発生する筋肉痛に対する5gBCAA 投与の効果 4.BCAA によるグルコース代謝への作用 BCAA は、 タンパク質代謝に対する作用ばかりでなく、 グルコー より増大するのはアミノ酸サプリメントの特徴といえる。この研 ス代謝に対しても影響することが知られており注目されている 究では必須アミノ酸混合が用いられたが、必須アミノ酸の中でも 31) タンパク質代謝等に強く作用し、生理作用の強いアミノ酸として ンにおいて検討され、ロイシンはインスリン非依存的に筋肉への 注目されているのが BCAA である。 グルコース取り込みを促進することが in vitro で観察された 32)。 運動との関係で BCAA の作用を調べた研究は多くあるが、ヒ 次いで、ラットを用いた in vivo の研究でもこのロイシン作用が トにおいて運動中のタンパク質代謝に対する BCAA の作用を明 確認された 33)。これとほぼ同時期に、イソロイシンにも筋肉へ 確に示した研究については、MacLean ら 26) 。このグルコース代謝に対する BCAA の作用は、当初ロイシ が報告している。こ のグルコース取り込みを促進する作用があることが認められ、こ の研究では、 健康な成人男性 (年令18∼30才) に、 運動前に5∼ のイソロイシンの作用はロイシンよりも強かった 34,35)。これら 6g の BCAA(77mg/kg 体重;I:L:V=1:1.7:1.2) もしくはプラセ のロイシンとイソロイシンの作用メカニズムには不明な部分が多 ボを経口投与したのち、最大強度の約 70 ∼ 75%の運動を負荷 いが、BCAA が糖尿病などの耐糖能異常の改善薬として利用で した。その結果、BCAA を投与することにより、動脈血中と筋 きる可能性が考えられる。実際に、高脂肪食を摂取させたラット 中の BCAA 濃度が上昇し、筋タンパク質から遊離 (放出) される 36) 必須アミノ酸量は減少した。特に、BCAA の放出は大きく減少 食もしくは高 BCAA 食を与えて飼育すると、ラットの耐糖能が した。すなわち、投与した BCAA が筋肉中で分解されることに 改善した。これらの所見は、BCAA がその用途で使用できる可 より、筋タンパク質の分解が抑制されたと考えられる。したがっ 能性を支持している。 て、この結果は BCAA サプリメントによる運動中の筋タンパク 一方、インスリン感受性が低下した肥満や2型糖尿病の状態 もしくは自然発症2型糖尿病ラット 37)にそれぞれ高ロイシン 質分解の抑制を示すものである。 では、血漿 BCAA 濃度が有意に上昇 (ヒトでは 10 ∼ 20%上昇 また、高負荷の運動による血中の筋損傷マーカー(クレアチン 38) キナーゼ活性) の上昇に対して、運動前に BCAA もしくはそれを て、約 5% BCAA を追加した BCAA- 高脂肪食を摂取させると Nestlé Nutrition Council, Japan Nutrition Review ) することが報告されている。ラットを用いた研究 38)におい December, 2009 38) 、摂食量と体重は高炭水化物食摂取ラットと同じレベルにあっ 2009;55: 288-291. たにも関わらず、そのラットのインスリン感受性が低下するこ 5) Hutson SM, Berkich D, Drown P, Xu B, Aschner M, とが認められた。さらに、このインスリン感受性 (耐糖能) の低下 LaNoue KF. Role of branched-chain aminotransferase は、ラパマイシンを投与することにより正常化された。これらの isoenzymes and gabapentin in neurotransmitter 結果と肥満者の血液成分などの分析より、この論文の著者らは、 metabolism. J Neurochem. 1998;71 (2): 863-874. BCAA- 高脂肪食摂取ラットでは、血漿 BCAA 濃度の上昇がイン 6) Suryawan A, Hawes JW, Harris RA, Shimomura Y, スリン感受性の低下に関与する可能性を示唆した。さらに著者ら Jenkins AE, Hutson SM. A molecular model of human は、肥満者の血漿 BCAA 濃度の上昇がインスリン感受性の低下 branched-chain amino acid metabolism. Am J Clin Nutr. に関与している可能性 「BCAA overload hypothesis(BCAA 過 1998;68 (1): 72-81. 負荷説) 」 を提唱した。しかしながら、この仮説は、 (1)BCAA 7) Yudkoff M, Daikhin Y, Nissim I, Horyn O, Luhovyy B, 分解活性 (BCKDH 複合体活性) はヒトに比べてラットで著しく Lazarow A, Nissim I. Brain amino acid requirements and 6) 高いこと 、 (2) 高炭水化物食に BCAA を添加してラットに与 toxicity: the example of leucine. J Nutr. 2005;135(6 えてもインスリン感受性に影響しなかったこと 38)、 (3) インス Suppl):1531S-1538S. リン感受性の低下したラットに高 BCAA 食を与えるとインスリ 8) Hutson SM, Wallin R, Hall TR. Identification of ン感受性が改善したこと 36,37)、 (4)BCATm ノックアウトマウ mitochondrial branched chain aminotransferase and スでは、血漿 BCAA 濃度の著しい上昇 (14 ∼ 31 倍) に伴いイン its isoforms in rat tissues. J Biol Chem. 1992;267 スリン感受性は極めて高くなったこと 39) 、などの事実と相違も (22):15681-156816. しくは矛盾するため、 「BCAA 過負荷説」 は現段階では早計であ 9) Shimomura Y, Honda T, Shiraki M, Murakami T, Sato ると判断される。むしろ、インスリン感受性の低下による血漿 J, Kobayashi H, Mawatari K, Obayashi M, Harris RA. BCAA 濃度の上昇は、自然発症2型糖尿病ラットにおいて認め Branched-chain amino acid catabolism in exercise and られる BCAA 分解活性 (BCKDH 複合体活性) の低下 37)により説 liver disease. J Nutr. 2006;136: 250S-253S. 明されると考えられる。さらに、インスリン感受性の低下した状 10)Shimomura Y, Nanaumi N, Suzuki M, Popov KM, 態における BCAA 濃度の上昇は、耐糖能を改善する代償作用を Harris RA. Purification and partial characterization of 生み出す可能性が考えられる。実際に、高脂肪食摂取ラットの血 branched-chain α-ketoacid dehydrogenase kinase 糖はロイシンを投与すると低下する 40) 。いずれにしても、真相 の究明にはさらに多くのデータが必要であり、今後の研究に待た ざるを得ない。 from rat liver and rat heart. Arch Biochem Biophys. 1990;283: 293-299. 11)Popov KM, Zhao Y, Shimomura Y, Kuntz MJ, Harris RA. Branched-chain α-ketoacid dehydrogenase kinase: Molecular cloning, expression, and sequence similarity おわりに ここでは、BCAA の代謝調節と生理作用について、最新の情 with histidine protein kinases. J Biol Chem. 1992;267: 13127-13130. 報を取り入れて概説した。BCAA 代謝系はほぼ明らかにされた 12)J o s h i M , J e o u n g N H , P o p o v K M , H a r r i s R A . ものの、まだその詳細な調節機構には不明な部分が多くあり、今 Identification of a novel PP2C-type mitochondrial 後の研究課題である。BCAA の生理作用については、タンパク phosphatase. Biochem Biophys Res Commun. 質代謝に対する影響ばかりでなく、グルコース代謝に対する影響 2007;356 (1): 38-44. も明らかにされてきたので、BCAA の生理機能には改めて関心 13)Lu G, Sun H, She P, Youn JY, Warburton S, Ping P, が払われている。現代社会に蔓延するメタボリック・シンドローム Vondriska TM, Cai H, Lynch CJ, Wang Y. Protein との関係で、BCAA 代謝の調節および生理機能に関する研究は phosphatase 2Cm is a critical regulator of branched- 益々面白さを増してきたようである。 chain amino acid catabolism in mice and cultured cells. 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Am J Physiol Gastrointest Liver Nestlé Nutrition Council, Japan Nutrition Review December, 2009 The physiological functions of branched-chain amino acids 【Key words】 BCAA metabolism branched-chain aminotransferase branched-chain α-ketoacid dehydrogenase protein metabolism supplement glucose metabolism Yoshiharu Shimomura Nagoya University Graduate School of Bioagricultural Sciences Branched-chain amino acids(BCAA: valine, leucine, and isoleucine)are essential amino acids for humans. We ingest a lot of BCAA as dietary proteins and store those in body proteins. Free BCAA are also present in our body and are physiologically active in regulation of protein metabolism, although its content is very low compared to that in body proteins. The regulation of the BCAA catabolism is very important in control of the concentrations of free BCAA. The BCAA catabolism is regulated by branched-chain α-ketoacid dehydrogenase(BCKDH)complex, which is located in the second step of the BCAA catabolic system. It has been elucidated that the BCKDH complex is strictly regulated by a phosphorylation-dephosphorylation cycle, in which specific protein kinase and protein phosphatase are involved. Since exercise promotes protein degradation as well as BCAA catabolism, a BCAA mixture is used as a supplement in relation to sports. The recent studies showed that BCAA supplementation before exercise attenuates muscle protein degradation and reduces delayedonset muscle soreness induced by eccentric exercise. Furthermore, it has been shown that BCAA ingestion improved insulin sensitivity in high-fat diet-fed rats and spontaneous type 2 diabetic rats. These findings indicate that BCAA have functions beyond its role as essential amino acids. However, only limited data are available for the physiological role of BCAA in humans. Especially, it is important in future studies to elucidate the BCAA functions in humans with insulin resistance. Nestlé Nutrition Council, Japan Nutrition Review December, 2009
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