臨床研究

臨床研究
宮崎医学会誌 25:114∼117,2001
綾部 貴典 他:橈骨動脈に対するニトログリセリンの効果
橈骨動脈グラフトに対するニトログリセリン経皮剤の
血管拡張作用に関する検討
綾部 貴典
福島 靖典
吉岡 誠
鬼 塚 敏 男1)
帖佐 英一
要約:近年冠動脈バイパス術に,橈骨動脈グラフト(RA)が積極的に使用され,RAのスパズム予防と
血管拡張を期待して,術前に血管拡張剤を点滴静注投与する機会が多いが,経皮製剤(テープ)の有効
性は検討されていない。ニトログリセリン( GTN)は一酸化窒素(NO)を介して,血管平滑筋細胞内
サイクリックGMP(cGMP)量を増加させ,血管を拡張させる。 GTNの経皮投与法と静注法において,
GTN血中濃度とRA組織内cGMP濃度を測定し,RAの血管拡張作用に関して検討した。1999年10月から
2000年3月の期間に当院で施行した冠状動脈血行再建術(CABG)症例のうちRAを採取した6例を対
象とした。年齢は51歳から75歳(平均62±6.7歳,男:女=4:2)
,平均バイパスグラフト数は3.0±0.9
本,RA吻合は対角枝4例,回旋枝2例であった。GTN投与法は,A群:経皮投与法(5mgのGTNを含
む4.0×4.5㎝のテープを2枚前腕内側RA採取部に貼付し,手術開始3時間前に2枚貼り変える)
,B群:
静注法(0.5μg/㎏/min持続点滴を右前腕末梢に施行)の2群で,両群とも手術の12時間前から投与開始
した。検討項目は,GTN血中濃度とRAグラフト組織内cGMP濃度で,採血はRA採取時に施行した。RA
組織は動脈末梢側先端を5㎜切断しドライアイス氷結した。GTNの血管拡張効果の判定は,血管組織内
cGMP濃度と術後早期グラフト造影所見を指標とした。1)GTN血中濃度は,A群:3.19±3.68 ng/ml
(n=3)
,B群:0.70±0.72 ng/ml(n=3)
,p=0.38であり,2)グラフト組織内cGMP濃度は,A群:
経8.03±0.68 pmol/g(n=3)
,B群:7.57±5.64 pmol/g(n=3)
,p=0.51で,有意差は認めなかった。
3)術後早期グラフト造影では6例( 100%)とも開存していた。 GTN経皮剤は,静注法と比較して遜
色のないGTN血中濃度と血管拡張作用が得られることが示唆され,有効と思われた。
〔平成13年7月24日入稿,平成13年8月27日受理〕
2例であった。バイパス内訳は,2枝2例,3枝2
エン20μlを加え,GC/二重収束質量分析装置(JMS-
例,4枝2例であった。平均バイパスグラフト数は
DX300,日本電子)を用いてGTN測定した。
3.0±0.9本,RA末梢側吻合は対角枝4例,回旋枝2
cyclic guanosine monophosphate(cGMP)濃度測定
例であった。
法:RA組織は周囲脂肪組織を取り除き,4℃の酸素
RA採取法:術前Allen testを血流ドップラーで行い,
化したKrebs solutionで洗浄し,迅速にドライアイス
RAは全例,左前腕手関節RA触知部から肘関節内側
で氷結した。SRL Co.(Japan)に依頼し,YAMASA
まで,外膜のfasciotomyは行わず,伴走静脈をつけ
cyclic GMP assay kit(Yamasashoyu Co., Japan)で
たまま採取した。分枝は超音波メス(Auto Sonix,
測定した。測定原理 1,2)は,標準溶液ならびに資料
オートスーチャージャパン㈱,Ultra Shears)で処
中に存在するcGMPをサクシニル化試薬にてサクシ
理切断し, RAは愛護的に扱い,塩酸パパベリン10
ニル化した後,125Ⅰ−サクシニルcGMPチロシンメチ
倍希釈液(4mg/10ml)で加圧し,PDEIII阻害剤ミ
ルエステル抗血清を競合反応させた。抗体に結合し
ルリノン(ミルリーラ10mg/10ml,山之内製薬)溶
なかった125Ⅰ−サクシニルcGMPをデキストランでコ
液に吻合直前まで浸した。
ーティングした活性炭に吸着させて除き,上清の放
手術及び術後管理:上行大動脈送血,右房−下大静
射活性をγ−カウンターで測定した。この測定値か
脈1本脱血による常温体外循環で行った。上行大動
ら資料中のcGMP量を組織の湿重量に対する値とし
脈ベント,順行性warm blood cardioplegiaを施行し
て算出した。
た。RA末梢側吻合は end-to-sideで7.5ポリプロピレ
統計処理:各測定値は平均±標準偏差で表し,2群
ン糸,RA中枢側吻合は大動脈遮断下に上行大動脈
間の有意差検定はMann-Whitney U-testを用い,p
に4.5㎜でパンチアウト後5-0ポリプロピレン糸の連
<0.05を有意差ありと判定した。
続縫合により吻合した。心再拍動後より,GTN持続
結 果
点滴(30μg/kg/hr)を行い,術後2日目よりGTN
経皮剤(2枚/日)に変更し,aspirin 81mg,dipyri-
1)GTN血中濃度(図1)は,A群:3.19±3.68 ng/
damole 150mgを経口投与した。
ml(n=3)
,B群:0.70±0.72 ng/ml(n=3)
,
G T N投与プロトコール :G T Nは,ミリステープ
p=0.38で,両群間に有意差は認めなかった。
(GTN5mgを含む4.0×4.5㎝のテープ,日本化薬),
2)グラフト組織内 cGMP濃度(図2)は,A群:
ミリスロール注( 50mg/100ml,日本化薬)を使用
8.03±0.68 pmol/g(n=3)
,B群:7.57±5.64
し,術前12時間より投与した。GTN投与法別により
pmol/g(n=3)
,p=0.51で,両群間に有意差
2群に分けた。A群(n=3)は,GTNテープ2枚
はじめに
近年冠状動脈血行再建術(CABG)に使用される
プ)の有効性は検討されていない。ニトログリセリン
を左前腕内側皮膚に貼付し,手術開始3時間前に新
(glycerol trinitrate:GTN)は一酸化窒素(NO)を
たに貼り変えた(写真1)
。B群(n=3)は,GTN
介して,
血管平滑筋細胞内サイクリックGMP(cGMP)
動脈グラフトとして,橈骨動脈グラフト(RA)の有
量を増加させ,血管を拡張させる。我々は,予備実
を右前腕末梢に持続点滴静注した(30μg/kg/hr)。
検討項目は,1)RA採取完了時のGTN血中濃度,
用性が報告され,内胸動脈に次ぐ第2の動脈グラフ
験的な検討段階ではあるがGTNの経皮的投与法と静
2)RAグラフト組織内cGMP濃度,3)術後早期グ
トとして再び注目され始めたが,依然血管れん縮の
注法における, GTN血中濃度と RA組織内cGMP濃
ラフト造影所見である。
問題点が残存し,その防止のために血管弛緩剤が術
度を測定し,得られた結果を報告する。
中,術後に投与されている。RAの血管れん縮予防と
対象と方法
血管拡張を期待して,術前から血管拡張剤を点滴静
注投与する機会が多くなってきたが,経皮剤(テー
GTN血中濃度測定法:ヘパリン25μl(heparin sodium 1000U/ml,Mochida Pharma. Co, Japan)を添加
したガラス管遠心管に右手動脈圧ラインより5ml採
対象:1999年10月から2000年3月の期間に当院で施
血した。冷却遠心(3000rpm,4℃,10分)後の血
行し,インフォームドコンセントの得られた CABG
漿0.5mlにn-ヘキサン8mlを加え,抽出を10分間行い,
宮崎市郡医師会病院外科(宮崎市)
症例のうち RAを採取した6例を対象とした。年齢
遠心分離(3000rpm,4℃,10分)後,有機層を得
1)宮崎医科大学第2外科
は51歳から75歳(平均62±6.7歳),男性4例,女性
た。この有機層を減圧下に濃縮(5-10μl)し,トル
― 114 ―
は認めなかった。
3)術後早期グラフト造影は全例開存し(100%),狭
写真1 前腕内側RA採取部にニトログリセリンテープ
を貼付する。
― 115 ―
宮崎医学会誌 第25巻 第2号 2001年9月
綾部 貴典 他:橈骨動脈に対するニトログリセリンの効果
窄やスパズムは認めなかった。
考 察
近年,動脈グラフトを用いた CABGが広く行われ
り,RA血管れん縮予防処置を行っている。さらに,
が,通常投与量の静注法より,有意差はないものの
RAの血管れん縮予防には,愛護的に,冷やさない,
血中濃度が高い実測値が得られた。両群とも,副作
乾かさない,麻酔深度を深くする,血管に血液が付
用の血圧低下や,反射性頻脈はみられなかった。テ
着しないようになどの手技上の注意も必要である13)。
ープ貼付法は,橈骨動脈採取部位に貼付したために,
直接的な術前の胸痛発作予防の全身効果のみならず,
るようになり,その長期開存率及び予後に著しい向
nitroglycerinは,心筋虚血に対する予防に100年
上がもたらされ,RAの術後早期成績は開存率90―99
以上も使用されてきたが,その解明された臨床的効
局所効果としてのRA組織内cGMP濃度を増加させる
%と良好と報告されている
果は冠動脈と全身の血管床の血管拡張効果に関連し
効果が期待される。RA組織内cGMP濃度は,静注法
。RAの利点は,採取
3∼5)
の手技,吻合操作とも容易であり,16―20㎝の長さが
ている
。second messengerであるcyclic GMPを
と貼付法とは有意差はみられなかった。コストも安
得られ,冠状動脈のどこにでも到達可能であること
介する血管弛緩反応には,内皮細胞より放出される
く簡便で一定の皮膚吸収の得られるGTNテープ貼付
や,長期成績が良好であることが期待されることで
内皮依存性弛緩物質(EDRF=endothelium-derived
法は,従来の静注法と比較しGTN血中濃度やグラフ
ある。
relaxing factor)を介する反応16)と,血管平滑筋細
ト組織内 c G M P濃度があまり変わらないことから,
胞に直接作用する硝酸剤による反応がある17)。nitro-
同等の効果が得られることが推察された。
RAの開存率不良の原因は,血管れん縮と内膜肥厚
14,15)
であることが明らかにされ,採取時に電気メスの使
g l y c e r i nなどの硝酸剤の多くは生体内で代謝され,
用やprobeによる機械的拡張をさけることなどの手技
一酸化窒素(NO)を生成し,グアニル酸シクラーゼ
的改良,diltiazem投与による血管れん縮防止などで
酵素の活性化が細胞内 cGMPレベルの増加をもたら
飛躍的に成績が向上することが判明している 3,6∼9)。
す経路により,血管平滑筋の弛緩反応を起こすと考
CABGの行われる患者にRAの血管れん縮を緩和する
えられている 17,18)。以上のことから,本研究におい
ために,カルシウム拮抗剤,ACE阻害剤,硝酸徐放
て,nitroglycerinによるRAの血管拡張効果の判定は
剤,phosphodiesterase Ⅲ inhibitorsなどの血管拡張
血中GTN濃度とRA組織内cGMP濃度を指標とした。
剤が,それぞれの適応によって使用されている。RA
また,GTN投与がより簡便なテープ法に着目し,静
血管れん縮の予防の内科的治療として,diltiazemが
注法と比較した。GTNテープ剤の特徴は,1)内服
周術期に静脈内投与され,また,術後6∼12ヶ月間
薬を節約できる,2)治療のベースにできる,3)コ
経口剤として投与され,RAグラフトの血管れん縮
ンプライアンスを高められる,4)狭心症発作を予
を減少させると信じられている3,10)。しかし,最近
防できる,5)治療選択肢を拡大できる,6)患者
の文献では, diltiazemはヒトRA血管れん縮にはほ
に精神的安心感を与える,など多くの利点がある反
とんど効果はなかったとする報告 11)がある一方,一
面,1)皮膚吸収に個人差がある,2)皮膚のかぶ
酸化窒素(NO)はRA血管れん縮を抑制し,むしろ
れを生じる,3)薬剤耐性を生じる,などの短所が
拡張させたと報告
11)
されている。 nitroglycerinは,
ある。経皮吸収剤はGTNが肝臓を通過せず,その効
diltiazemと比較してグラフトの血管れん縮予防に関
力が破壊されないために,長時間血中濃度が保たれ
して優れているとの報告がある12)。われわれは,術
ると報告19)されている。我々の検討は症例数が少な
前12時間からニトログリセリンを投与することによ
く予備実験的な検討段階ではあるが,テープ投与法
図1 血中ニトログリセリン濃度
図2 RAグラフト組織のcGMP濃度
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本論文の要旨は,第53回日本胸部外科学会総会(大分)
にて発表した。
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