特 集 心臓血管外科手術後のせん妄 −危険因子と術中脳モニタ− 山口大学医学部大学院医学系研究科麻酔・蘇生・疼痛管理学 山下 敦生、石田 和慶、松本 美志也 PROFILE ──────────────────────────────── ─ 山下 敦生 山口大学医学部大学院医学系研究科麻酔・蘇生・疼痛管理学 Atsuo Yamashita 山口大学医学部附属病院手術部 助教 1997年:山口大学医学部卒業 同 年:山口大学医学部附属病院麻酔科蘇生科 研修医 1998年:社会保険徳山中央病院麻酔・集中治療科 2003年:山口大学医学部附属病院麻酔科蘇生科 医員 2005年: 同 助手 2007年:山口大学医学部大学院医学系研究科麻酔・蘇生・疼痛管理学 山口大学医学部附属病院手術部 助教 趣味:旅行 ───────────── はじめに せん妄は身体的な原因を基礎とする急性脳機能不全で、脳酸素代謝不均衡や脳内 への炎症反応波及により、アセチルコリン系の機能低下やノルアドレナリン系やド パミン系の機能亢進などの神経伝達物質不均衡が生じ、意識障害、認知障害、注意 力低下、精神活動性の亢進または低下、睡眠障害をきたす疾患である1)。せん妄は 短時間で経過し可逆的な病態であると考えられてきたが、入院期間延長や医療費増 大に加え、近年身体予後悪化の独立危険因子であることや術後高次脳機能障害との 関連も示されており、その予防や早期治療は重要である1)。せん妄の発症要因は、 背景因子(例:高齢、認知症)に脳機能破綻をきたす直接因子(例:手術、感染、臓 器不全、薬剤)が加わり発症し、さらに誘発因子(例:睡眠リズム障害、痛み)で増 悪する。これらが複合的に関わるため、せん妄の予防や治療は困難で、様々な試み が行われている。本稿では心臓血管外科手術後せん妄の危険因子について概説し、 特に麻酔科医が頻用し精通している術中脳モニタと術後せん妄発生との関連性につ いて自験例を含めて紹介する。 ───────────── 心臓血管外科手術後せん妄の 危険因子 心臓大血管手術後せん妄の発症頻度は 3 〜57%と、非心臓大血管手術の 5 〜28% より高い2)。低心肺機能や動脈硬化病変が背景因子となり、加えて心臓手術特有の 手技による脳潅流、脳代謝のバランスの崩れが直接因子として影響する。さらに 術後ほぼ全例集中治療室(ICU)に入室するためその環境が誘発因子になると推測さ れる。 術前からの背景因子として高齢、認知障害、うつ病、脳卒中の既往、末梢血管障 *:EuroSCORE;心臓血管外科領域に おける手術リスクの評価手段とし て用いることの出来るリスク解析 モデル 害、心房細動、糖尿病、EuroSCORE*高値などが挙げられ3)、これらの背景・関連 病態として動脈硬化病変との結びつきが連想される。Rudolphら4)は冠動脈バイパ ス術における術後せん妄の危険因子を調べた結果、頚動脈に50%以上の狭窄、上行 大動脈の高度硬化性病変を挙げ、動脈硬化とせん妄の関連を述べている。近年画像 診断の進歩と心臓血管外科手術後脳障害の関心の高まりから、手術前後に頭頚部の MRIを撮影する機会が増えている。これにより術前MRIで脳梗塞が広範囲に多数認 13 A net Vol.19 No.3 2015 められること5)や大脳白質に高信号域が大きく融合していること6)が術後せん妄の危 険因子として報告された。大脳白質病変は脳細動脈の動脈硬化との関連が示されて おり7)、周術期の脳潅流異常や炎症反応の波及により神経伝達物質の機能異常が生 じ、術後脳機能障害に結びつくと考えられ注目されている。 術中の直接因子として人工心肺(cardiopulmonary bypass:CPB)、アテローム塞 栓や空気塞栓、循環停止や脳分離循環などが、高率な術後せん妄の発生に関与して いると考えられてきた。したがってCPB非使用(OFF)−冠動脈バイパス術(coronary artery bypass graft:CABG)は、送血管挿入や大動脈遮断を行わないため塞 栓が生じにくく、また非生理的な定常流を回避できるため、術後せん妄の減少が期 待された。Buceriusら 8)は、CPB 使用(ON)−CABG群8,917例、OFF−CABG群 1,842例、弁形成・置換術(VALVE)群5,425例で、術後せん妄の発生率を比較し、 OFF−CABG 群が2.3%と最も低く、VALVE 群が11.2%と最も高いと報告した。 しかし近年の報告では、術式の違いは術後せん妄の危険因子として挙げられていな い 9,10)。当施設でもON−CABG群11例、OFF−CABG群38例、VALVE群66例、上 行・弓部人工血管置換術(AO)群28例を対象に後方視的に検討した術後せん妄の発 生率は、ON−CABG群で 2 例(18%)、OFF−CABG群で 4 例(11%)、VALVE群で 15例(23%)、AO群で 8 例(29%)と 4 群間に差を認めなかった。症例数が少なく確 定的ではないが、粥腫飛散防止のため術中エコーでの大動脈壁評価による送血管挿 入位置や大動脈遮断位置の決定や、術前の脳血管評価を基に潅流圧を高値に保つな どの工夫により、CPBや開心術の影響が減弱している可能性が考えられる。 術後の危険因子や誘発因子として低心拍出量症候群やそれに伴う循環作動薬や 大動脈内バルーンポンピング(intra-aortic balloon pumping:IABP)の使用、術後 感染や炎症反応3)、ICUでの人工呼吸時間11)などが挙げられている。昨年日本集中 治療医学会から「日本版・集中治療室における成人重症患者に対する痛み・不穏・ せん妄管理のための臨床ガイドライン」12)が発表された。これによるとせん妄の予 防や治療に有効と考えられる薬物は乏しいようで、現時点では誘発因子を取り除く ような管理すなわち患者が落ち着ける環境を整え、積極的なリハビリテーションを 行うことが術後せん妄の抑制に望ましいとされている。 ───────────── 術中脳モニタと術後せん妄の 関連 前述のように術後せん妄の重要な患者背景として動脈硬化病変が挙げられ、それ による脳潅流異常がせん妄の引き金の一因として考えられている。また心臓血管外 科手術では脳潅流、脳酸素代謝の不均衡が生じ易いと思われ、術中の脳モニタによ り術後せん妄の発生を予測する試みが行われている。Schoenら13)は近赤外線脳酸 素モニタを用いて心臓外科手術患者(231名)における局所脳酸素飽和度(rSO2)を測 定した。彼らは術後せん妄患者(62名、27%)で術前の rSO2 値が低く、rSO2 が50% 未満のAUCが大きいことを示した。このことから術前から脳潅流障害を有する患者 は、容易にせん妄を発症するような脳潅流障害域に達すると結論付け、rSO2 値が 術後せん妄の発生予測に利用できる可能性を報告した。また前述した当施設の患者 による検討では、rSO2 の左右差のAUCがせん妄患者で大きかった(Fig.1)。これは 心臓血管外科手術における術中脳合併症とrSO2 との関連で、10%以上の左右差が 危険因子であるという指摘14)に合致する。したがってrSO2 の左右差は脳血流分布 不均衡を表している可能性があり、術後せん妄の病態に関与している可能性が考え られる。Palmbergenら15)は、予定のCPBを用いるCABGと弁置換術やMaze手術な による中 どを行う患者を対象に、術前の経頭蓋ドプラ (transcranial doppler:TCD) 14 特 集 (%・min) 6000 #:p < 0.05 5000 4000 # 3000 2000 1000 0 + − せん妄 Fig.1. rSO2 値 左右差のAUC (1分毎の左右の rSO2 値の差の総和) 大脳動脈の血流と頚動脈エコーによる狭窄所見ならびに術中のrSO2 値を指標に脳 血流維持を目指した介入を行った。介入方法としてTCDや頚動脈エコーで脳血流 が減少していると判断した時は、①心臓手術前に頚動脈形成術を行う、②術中軽度 低体温にすることで対応し、術中のrSO2 値が術前の基準値の20%を下回った場合は、 ①昇圧、②CPB流量増加、③動脈血二酸化炭素濃度上昇、④吸入酸素濃度上昇、 ⑤ヘマトクリット値上昇にて対応した。彼らはこの介入を行う前後 1 年間の術後せ ん妄の発生率を比較し13.3%から7.3%に減少(p=0.019)したと報告した。以上から、 術前よりrSO2 値が低い患者に注意し、術中はrSO2 値の左右差の発生や低下を可 能な限り防ぐことで術後せん妄の発生を減少させることができる可能性があり、 われわれ麻酔科医にとって非常に有益で興味深い。術中のbispectral index(BIS) 値と術後せん妄の関連を調べた報告は見当たらないが、Hofsteら16)によると、心臓 手術後にせん妄を生じた患者は復温からCPB離脱時に脳波が高振幅徐波を示した と報告している。彼らは低潅流が原因ではないかと推測しているが、片側のBIS値 では術後せん妄との関連を見出せない可能性が高く、複数の電極による脳波モニタ が必要と思われる。粥腫や空気塞栓の飛散は、術後脳機能障害の原因の一つに挙げ られているが、現時点ではTCDによる両側中大脳動脈での塞栓子シグナル(micro embolic signals:MES)数と術後せん妄の関連は明確ではなく17)、MES数だけでは 術後せん妄と関連づけるのは難しい。このことはMES数に差を生じると考えられ るCPBの有無や術式の差により術後せん妄の発生率に差を認めないことに一致す る。今後MESの内容評価(固形性のものか気泡性のものか)を加味すればMESとせ ん妄の関連が明らかになるかも知れない。 ───────────── 最後に 心臓血管外科手術患者は、潜在的な動脈硬化病変によりせん妄の術前危険因子 (直接因子) (背景因子) を多数有する場合がある。このような患者に術中・術後因子 が加わるとせん妄の発生率が高まることは容易に想像できる。したがってわれわれ 15 A net Vol.19 No.3 2015 麻酔科医は直接因子を軽減させるような周術期管理が望まれ、その指標の一つとし てrSO2 値のモニタリングが有用であると思われた。 ───────────── 引用文献 1 )岸 泰宏:術後せん妄の診断と対応. Cardiovasc Anesth 17:9−16, 2013. 2 )入江洋正, 若松弘也, 坂部武史:術後せん妄.坂部武史, 編:手術・麻酔後の 高次脳機能障害−発生をいかに予防・軽減するか−(第 1 版) .真興交易㈱医書 出版部, 東京, 2009, 191−214. 3 )Koster S, Hensens AG, Schuurmans MJ, et al.:Risk factors of delirium after cardiac surgery:a systematic review. Eur J Cardiovasc Nurs 10:197−204, 2011. 4 )Rudolph JL, Babikian VL, Birjinink V, et al.:Atherosclerosis is associated with delirium after coronary artery bypass graft surgery. J Am Geriatr Soc 53: 462−466, 2005. 5 )Otomo S, Maekawa K, Goto T, et al.:Pre-existing cerebral infarcts as a risk factor for delirium after coronary artery bypass graft surgery. Interact Cardiovasc Thorac Surg 17:799−804, 2013. 6 )Hatano Y, Narumoto J, Shibata K, et al.:White-matter hyperintensities predict delirium after cardiac surgery. Am J Geriatr Psychiatry 21:938−945, 2013. 7 )Ovbiagele B, Saver JL:Cerebral white matter hyperintensities on MRI:current concepts and therapeutic implications. Cerebrovasc Dis 22:83−90, 2006. 8 )Bucerius J, Gummert JF, Borger MA, et al.:Predictors of delirium after cardiac surgery delirium: effect of beating heart (off-pump) surgery. J Thorac Cardiovasc Surg 127:57−64, 2004. 9 )Kazmierski J, Kowman M, Banach M, et al.:Incidence and predictors of delirium after cardiac surgery:results from The IPDACS Study. J Psychosom Res 69: 179−185, 2010. 10)Burkhart CS, Dell-Kuster S, Gamberini M, et al.:Modifiable and nonmodifiable risk factors for postoperative delirium after cardiac surgery with cardiopulmonary bypass. J Cardiothorac Vasc Anesth 24:555−559, 2010. 11)Smulter N, Lingehall HC, Gustafson Y, et al.:Delirium after cardiac surgery: incidence and risk factors. Interact Cardiovasc Thorac Surg 17:790−796, 2013. 12)日本集中治療医学会J−PADガイドライン作成委員会:日本版・集中治療室にお ける成人重症患者に対する痛み・不穏・せん妄管理のための臨床ガイドライ ン.日集中医誌 21:539−579, 2014. 13)Schoen J, Meyerrose J, Paarmann H, et al.:Preoperative regional cerebral oxygen saturation is a predictor of postoperative delirium in on-pump cardiac surgery patients:a prospective observational trial. Crit Care 15:R218, 2011. 14)石田和慶, 坂部武史:全身麻酔中の脳循環・酸素代謝とNIRSモニター.岡田 英史, 他編:NIRS−基礎と臨床−(第 1 版).新興医学出版社, 東京, 2012, 210−218. 15)Palmbergen WA, van Sonderen A, Keyhan-Falsafi AM, et al.:Improved perioperative neurological monitoring of coronary artery bypass graft patients reduces the incidence of postoperative delirium:the Haga Brain Care Strategy. Interact Cardiovasc Thorac Surg 15:671−677, 2012. 16 特 集 16)Hofste WJ, Linssen CA, Boezeman EH, et al.:Delirium and cognitive disorders after cardiac operations:relationship to pre- and intraoperative quantitative electroencephalogram. Int J Clin Monit Comput 14:29−36, 1997. 17)Rudolph JL, Babikian VL, Treanor P, et al.:Microemboli are not associated with delirium after coronary artery bypass graft surgery. Perfusion 24:409−415, 2009. 今 日 も ほ ろ 酔 い トマト栽培とワイン 琉球大学医学部生体制御医科学講座 麻酔科学分野 教授 垣 花 学 私は小学1年生の時、最初の理科のテストで20点(100点満点)をもらってしまいました。早生まれで、 自分の名前もまだ書けなかったため、当然のことながらテストの設問が理解できず、正解にたどり着けな かったのです。その時のテストのテーマは、 「あさがおの観察」だったと記憶しています。それが理由なの かは分かりませんが、それから植物に関わる理科の授業はとても嫌いでした。 そんな私ですが、新居の敷地内にある小さな花壇に植えた トマトの苗の観察にのめり込んでしまいました。昨年の10月 頃に植えたトマトの苗は順調に成長し、2月頃からトマトの実 な が生りはじめました(Fig.1)。たわわに実った真っ赤なトマトを 収穫する(Fig.2)と、どのような料理に使おうかいろいろ考え ましたが、やはり料理に合うワインのことも同時に考えていま Fig.1. たわわに実ったトマト Fig.2. 収穫した真っ赤なトマト した。 フランスのボルドーやブルゴーニュ、カリフォルニアのナパバレーやソノマ、 イタリアやスペインなど有名どころのワインは、やはり美味しくいろいろな料 理を引き立ててくれます。 ワインにはオールドワールドワインとニューワールドワインがあります。 ニューワールドとは、歴史的にヨーロッパ人が入植し、新たにワイン造りを始 めた地域のことを指します。最近、私はそのニューワールドワインに凝って います。特に、カベルネ・ソーヴィニヨン100%のモンテス・アルファ(Fig.3)を 好んで飲んでいます。 Fig.3. チリワインのモンテス・アルファ これは、モンテス社に最初に名声を与えたワイナリーを代表するワインであり、今ではエアラインの ファーストクラスや世界各国の一流レストランでも提供されるほど完成度の高いワインといわれてい ます。実際飲んでみると、まずその香りに圧倒されます。少し黒胡椒の風味が攻撃的ですが、時間がた てばプラムのような香りと樽の香りへと変身してくれます。これほど完成度の高いワインにもかかわら ず、コストパフォーマンスが良いため、お手軽に購入できることも気に入った理由です。皆さん、お試し あれ! 17
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