実効的な原子力安全確保の考え方 日本溶接協会第51回国内シンポジウム 2016年6月21日 溶接会館 東京大学名誉教授 班目春樹 確率論的リスク評価の活用 保全作業におけるPRAの活用 Ø 我が国では安全上重要な機器のオンラインメンテナンス は認められていない Ø しかし原子炉運転中でも各種の保全作業は実施されて いる Ø また定期点検中の作業においてもリスクの認識は重要 である あらゆる保全作業の実施前にリスク評価を実施すべき 現状における運転中保全 現状、実施不可 計画的な 保全 予防保全 待機除外を 伴う保全 (分解点検等) 原子力発電所の 全ての 運転中保全 待機除外を 伴わない 予防保全 (状態監視、 サーベランス、 巡回点検等) LCO対象機器 への保全 非LCO対象機器 への保全 実施可能 事後保全 やむを 得ない 保全 実施可能 LCO逸脱 を宣言し 実施可能 原子炉安全小委員会 第2回運転管理WG資料より 米国におけるリスク管理 (1) 1. PRAでは内部事象を扱う 2. PRAからレベル1の所見(炉心損傷頻度への寄与)を得 る 3. PRAを拡大し格納容器のパフォーマンス(レベル2)、外 部事象、出力運転以外の状態の定量的解析は任意 4. PRAを定期的に見直し、必要に応じて更新し、プラントの 現行設計を適切に反映 以下略 NUMARC 93-01 Chapt.11 日本機械学会 原子力の安全規制の最適化に関する研究会 平成21年度活動報告書 米国におけるリスク管理 (2) 基本スケジュールの作成 1燃料サイクル以前 担当作業週の計画作成 12週以上前から 各週の責任者 により開始 作業内容の明確化 規制要件 放射線管理上の問題 労働力 予備品 足場等の制約 リスク評価結果 固定化・最終化 運転中の評価は 定量評価が主体 日本機械学会 原子力の安全規制の最適化に関する研究会 平成21年度活動報告書 米国におけるリスク管理 (3) リスク低減措置 1. リスク高の作業スケジュールの短縮 2. スケジュール再調整によるリスク増加の減少 3. 事象発生原因となるヒューマンエラー発生確率の低減 作業実施前の特別訓練・作業に特化した手順書作成等 リスク相殺措置 1. 潜在的なプラント事象に対する不測事態対応計画作成 代替系統使用計画の作成・運転班による代替措置実施・ 保守時に必要な冗長系機器の事前試験 2. 保守時のリスク低減のためのプラント運転状態の変更 保守時のバックアップ系統の運転・リスクを増大させる活 動の不実施の確認 など 日本機械学会 原子力の安全規制の最適化に関する研究会 平成21年度活動報告書 2007年のIRRSの提言 IRRS : Integrated regulatory review service (by IAEA) この新たな方針に沿って、いくつかの規制判断を支援するツールとしてリス ク評価を用いている。以下のようなリスクの知識(insight)向上の具体例が IRRSチームに示された。 - 炉心損傷頻度評価値を低減するためアクシデント・マネジメント措置 を立案すること - 耐震設計の新たな指針の策定 - 保安検査で原子力安全を保証するため最も重要な問題に着目する こと 良好事例 12 : リスクインフォームド規制の適用は体系的な基盤の開発に よって支援されている。即ち、基礎的な概念及び政策、 PSAモデルの改善と品質保証、及びこれらのモデルに必要 な事業者からの故障データの収集である。 保安院からチームへの情報提供が不十分だった? 海外の専門家の見方 元米原子力規制委員長 リチャード・メザーブ NRRC顧問 -例えば、確率論的リスク評価を日本は取り入れていません。 「確率論的リスク評価はプラントが抱えるリスクをシステマチッ クに知り対応法を考えるのに有益な手立てだ。まず事業者が この手法を学び、実際に使って、その有用性を示すべきだ。 事業者が先陣を切って活用し規制当局を納得させなければ、 規制に取り入れられないだろう。有用性が確かめられれば規 制当局が採用しないはずはない。いまは過渡期にある」 日経新聞電子版 2016/4/11 海外の専門家の見方 米MIT名誉教授 ジョージ・アポストラキス NRRC所長 -原子力規制委員会も適合性審査の案件が山積みで、確率 論的リスク評価など新しい試みを始められるとは思えません。 過渡的状況はいつごろまで続くとみますか。 「規制当局は元来、保守的なもので自分から新しいことを始 めようとはしない。産業界から提案しなければならない。例え ば点検のやり方。かつてNRCは基準から少しでも逸脱したら 違反だとした。しかし逸脱のもたらすリスクを客観的に評価す ることによって、すべてが同程度の違反というわけではなく、 規制当局が介入しなくても事業者が自ら対応すればよい場合 もあるということになった。リスク情報をうまく使って(ヒト、モノ、 カネの)リソースの優先付けができるとなれば、規制当局も利 点を認める」 日経新聞電子版 2016/4/11 日本の産業界がまずすべきことは 日常の保全活動におけるPRAの活用 リスク評価結果の周知徹底 保全・運転担当者のリスク意識の向上 リスク低減提案の積極的受付け・発信 PRAプログラムの見直し 機器の信頼性データの拡充など 「規制を守りさえすれば」の意識改革 規制改善を主導する姿勢 現場の声の活用 リスク低減提案の積極的受付け リスク低減提案の積極的外部発信 発電所固有の問題への対処 原発の安全確保は事業者に任せるべきとの 世論の醸成 原発の安全確保は主体的に 旧原子力安全委員会が大飯3,4号以外の 総合的安全評価(ストレステストの評価)を拒否した理由 Ø 全文が大飯3,4号のコピー(フォントの違い以外はほと んど同文) Ø 事業者が自らウォークダウンして自プラントの弱点を 真剣に見つけようとした形跡が皆無 このようなものの公表は事業者に対する信頼感の醸成 に悪影響 海外の専門家の見方 元米原子力規制委員長 リチャード・メザーブ NRRC顧問 -福島事故以前、日本の原子力事業者のどこに問題があった と思いますか。 「事業者も規制に対応するだけで十分だと考えていた。事業 者は施設のどこに弱点があり、どう対応すべきかを常に自問 自答する必要がある。福島第1では明らかに津波について考 え通していなかった。非常用発電機や電源盤が低い場所に あり水没し電源を喪失した」 日経新聞電子版 2016/4/11 2007年のIRRSの提言 IRRS : Integrated regulatory review service (by IAEA) 保安院と事業者のあらゆるレベルで情報交換および議論を改 善するため、多くのイニシアティブが導入されている。 (中略) しかし、IAEA評価チームは、保安院が運転組織の見解に耳を 傾け評価するというより、指示を与え押し切っているような印象 も受けた。多くの詳細な決定が、保安院によって行われている。 この指摘は事業者も重く受けとめるべきではないか? いくら規制当局が努力しても 事業者が意見を述べなければ事態は改善しない! 海外の専門家の見方 米MIT名誉教授 ジョージ・アポストラキス NRRC所長 -事業者がコストをかけて自主的な安全向上に取り組むイン センティブは何ですか。 「規制当局に命令されるのを嫌って先取りしようとする側面が あるだろう。ただそれだけだというのはフェアではない。事業 者が備蓄センターを設けた『FLEX計画』は産業界側が示した 非常に前向きな対策だった。米国は日本の状況とは違うのだ から、米国の原発に追加的な対策を求めるのはおかしいとい う声もないわけではない。ただあれだけ大きな事故が起きた のだから、もし米国で起きたらと考え、対策を考える必要があ ると判断した」 日経新聞電子版 2016/4/11 FLEX計画とは Ø 長時間交流電源喪失及び最終ヒートシンク喪失への対処 能力の確立 Ø 対象とする外部事象ハザードの決定 Ø ハザードを考慮した機器配置など全体戦略の決定 緊急用機器の地域センターの開設を含む 産業界が定めてNRCの評価を要求 NRCにおける審査 NRCによるエンドース 日本の事業者に望まれるもの 規制当局に命令されるのを嫌い先取りする姿勢 規制当局より先に学協会規格の制定を! そして規制委員会にエンドースを求めよ それにより多くの懸案も解決されるはず 例えばオンラインメンテナンスの採用 事業者の安全性向上の積極姿勢なくして 国民の信頼は得られない 学協会規格のエンドース状況 Ø 日本機械学会「発電用原子力設備規格 設計・建設規格(2012年 版)」<第1編 軽水炉規格> Ø 日本機械学会「発電用原子力設備規格 材料規格(2012年版)」 Ø 日本機械学会「発電用原子力設備規格 溶接規格(2012年版/2013 年追補)」 Ø 日本機械学会「JSME 発電用原子力設備規格 設計・建設規格(2012 年版(2013年追補含む))〈第Ⅰ編 軽水炉規格〉(JSME S NC12012/2013)正誤表」 Ø 日本電気協会「原子炉構造材の監視試験方法(JEAC4201-2007) [2013年追補版]」 Ø 日本機械学会「設計・建設規格(JSME S NC1)、材料規格(JSME S NJ1)及び溶接規格(JSME S NB1)正誤表」 Ø 日本電気協会「原子炉格納容器の漏えい率試験規程(JEAC42032008)正誤表」 原子力規制委員会の方針 Ø 技術基準が性能規定化されていることを踏まえ、技術基 準を満たす仕様規格として、原子力規制委員会としての 技術評価を行った上で、学協会規格を活用する Ø 原子力規制庁職員の学協会規格策定委員会への関与 は、意思決定には参加せず、規制当局としてのニーズ、 意見の表明、情報の収集等を行う形での出席に留める Ø 技術評価における確認事項 1. 公正、公平、公開を重視した学協会規格の策定プロ セス、偏りのないメンバー構成、議事の公開 など 2. 規制の要求範囲との整合性 3. 技術的事項について、具体的な手法や仕様を提示 した規格であること 4. 技術的根拠等が明確 2007年のIRRSの提言 IRRS : Integrated regulatory review service (by IAEA) 技術基準で規定する要件に適合するための許容基準として、 保安院は公開文書で民間コンセンサス規格を多数エンドース している。 日本機械学会、日本原子力学会、電気協会、火力原子力発電 技術協会などの学協会は、米国機械学会(ASME)コードなどの 海外の原子力コミュニティを参照して民間コンセンサス規格を 発行している。学協会の規格を規制基準として採用する前に、 保安院は、その制定プロセスの妥当性、規格の技術的根拠お よび規制要件との整合性を審議する。 勧告 9 : 日本における規制機関として、保安院は、安全規則や 指針の策定と是認(エンドース)に主たる責任を果た すべきである。 原子力安全教育の充実 社員教育に望まれるもの PRAの手法についての教育は必須ではない 担当業務が深層防護のどの層を担っているのか の意識づけは必要 これによって安全対策の総合的視野を育む 教育の繰り返し実施が必要 なぜなら 現状の社員教育では 原子力専攻(専門職大学院)に入学したA君は、そ れまでの会社での業務について教授に聞かれ、制 御棒の設計だと答えた。どこが設計では難しい点か とさらに聞かれ、通常時に確実に作動すること、スク ラム時には4秒未満で挿入できる必要があることなど、 構造の複雑さを述べた。そこで教授が、スクラム時に はなぜ4秒未満で制御棒が挿入できないといけない のか、それより遅れると何が起きるのかを聞くと、答 えることができなかった。 スクラム時の挿入実績が4秒よりずっと短いことをもって 安全神話を信じ込んだりしていないか? 社員教育の目標は 自分の知識が不十分であることを自覚させること それにより Ø 自ら学ぼうとする意志が生まれる Ø 常に問いかける姿勢が生まれる 安全性向上の提案もそこから出てくる 常に問いかける企業風土の醸成 現場からのリスク低減策の提案を増やすには 提案受け付け制度・表彰制度の整備 採用されたアイデアの公表 そのプラントならではのリスク低減策の認知 国民の信頼感の獲得 2016年のIRRSの指摘 IRRS : Integrated regulatory review service (by IAEA) 本 IRRS ミッションは、評価対象となった分野のほとんどにおいて、 改善のための勧告及び助言を提供した。以下はその例である。 Ø 原子力規制委員会は、有能で経験豊富な職員の獲得や、教 育・訓練・研究・国際協力を通じた原子力及び放射線安全に 関する職員の力量の向上に取り組むべき。 Ø 日本の当局は原子力施設、放射線利用施設に対する原子 力規制委員会の検査の実効性が担保されるよう、関連法令 を改正すべき。 Ø 原子力規制委員会は全ての被規制者とともに、常に問いか ける姿勢を養うなど、安全文化の浸透に向けた努力を強化 すべき。 https://www.nsr.go.jp/data/000137025.pdf 2016年のIRRSの指摘 IRRS : Integrated regulatory review service (by IAEA) 常に問いかける姿勢の養成 (fostering a questioning attitude) 本来、日本人の得意分野ではないのか? 現場からの提案による品質改善 これが原子力事業者の企業風土なのか? 話は少し変わりますが ところでこの2016年IRRSの指摘は? IRRS : Integrated regulatory review service (by IAEA) 原子力規制委員会は、有能で経験豊富な職員の獲得や、 教育・訓練・研究・国際協力を通じた原子力及び放射線安 全に関する職員の力量の向上に取り組むべき 規制当局の力量が上がるなら 事業者の力量はそれ以上でなければならない 特に事故対応能力は十分か? 福島事故当時の東電の対応体制 本店緊急時 対策本部 発電所緊急時 対策本部 政府事故調 中間報告 p.50 本 社 部長 長 本 部 長 発 電 所 長 官庁連絡班 情報班 広報班 給電班 保安班 技術・復旧班 厚生班 総務班 資材班 通報班 情報班 広報班 保安班 技術班 復旧班 発電班 厚生班 医療班 総務班 警備誘導班 資材班 緊急時対応班員の資格は? 資材班(発電所・本店とも)を例に Ø ごく基礎的な原子力の知識 Ø 必要機材の把握能力 緊急時に必要となりそうな機材に関する基礎知識 最低限の確認で相手の要求を理解する能力 Ø 機材の緊急時輸送可能性の判断能力 機材の重量・サイズ等の基礎知識 緊急時の機材輸送担当機関に関する基礎知識 Ø 輸送担当機関との人的つながり 輸送依頼先との信頼関係 資格制度の創設・訓練実施は進んでいるのか? 訓練実施は常に問いかける姿勢の養成にも有用 ところでこの2016年IRRSの指摘は? IRRS : Integrated regulatory review service (by IAEA) 日本の当局は原子力施設、放射線利用施設に対する原 子力規制委員会の検査の実効性が担保されるよう、関連 法令を改正すべき。 検査制度も大きな改革が進む可能性 現状の問題を指摘するチャンスでは? おわりに Øリスク評価は確率計算であるだけでなく、働く者に常にリスクの 存在を認識させるツールである Øオンラインメンテナンスが認められていない現状でもPRAの活用 の場は多く、日常的に実施すべきである ØPRAの活用は事業者こそが先頭に立って実施すべきものである Ø学協会規格の制定にもっと熱心に取り組むべきである Ø社員教育では担当業務が深層防護のどの層を担っているかを 意識させ、総合的視野を育成すべきである Ø社員教育では自己の知識の不完全さを認識させ、常に問いか ける姿勢を育てるよう心がけるべきである Ø事故対応班員の資格制度を定め、訓練することは常に問いか ける姿勢の育成にも有用である ØIRRSが検査制度の改革を求めている今こそ積極的に動くべきで ある
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