校長のひとりごと5~接客と接遇(その2)~ ● 前回、 「接客」と「接遇」の違い、つまり「サービス」と「おもてなし」の違いについて書きました。 その中のエピソードの一つとして、東京ディズニーランドのレストランのキャストによる「神対応」 を話題としました。 ● そんな話は、世の中にはたくさんありますね。マニュアルや決まりを杓子定規に適用することは、 サービス業にとっては、ときには大きなチャンスを逃す結果になることがあります。私たち学校の教 員が「杓子定規」に生徒を指導することは、生徒の成長のチャンスを逃し、その可能性をつぶす危険 性があるのではないかと常々思っています。 ◆ ちょっと残念な写真屋さんだった。実は、東京在住の娘に7歳と5歳の子どもがいるのだか、先頃 都内の神社で七五三をし、その後、記念写真を撮りに写真屋さんに入った。そこでの出来事である。 ◆ 料金プランの説明があった。Aコースは「子ども1人3カットと家族写真」で 3万5000円。Bコースはそれに「祖父母と孫」の写真をプラスして4万50 00円。単品だと家族写真のみで9800円。その日、晴れ着姿の子どもが2人 いたので、 「Aコースに1万円追加して子ども2人のカットと家族写真でどうです か」とオーダーしたところ、「それはできない」と言われた。「子ども1人3カッ ト」が基準なのだそうだ。 「子ども2人」となると、Aコースの場合、2倍の7万 円になるという。これには一瞬、躊躇した。子ども1人のカットを追加するだけ で、お店にとっては4万5000円の売り上げになると思うのだが、頑として妥 協しない。結局、家族写真だけの単品を選んだ。 ◆ ふと、とある経営コンサルタントから聞いた残念な話を思い出した。彼は大きな経済団体のEさん と都内の某高級ホテルのラウンジに入った。Eさんは翌年開催する全国大会の会場を探していた。 「小 腹が空いた」と、パンケーキを注文したEさんにウエイターがこう言った。 「申し訳ございません。パ ンケーキは夕方5時までとなっております」 時計を見たら、5時を10分ほど過ぎていた。2人は コーヒーだけを飲んでホテルを後にした。ホテルを出ると、Eさんはつぶやいた。 「来年の会場はここ じゃないな」 ◆ コンサルタントの彼は言う。 「もしあのとき、 『かしこまりました。時間はちょ っと過ぎていますが、私がこれからシェフに掛け合って、何とかパンケーキを焼 かせます。少々お時間をいただけますでしょうか』と言っていたらどうなってい たと思いますか。あの全国大会がホテルに及ぼす経済効果は3000万円は下り ません。時間外にパンケーキを1枚焼いてお客の心をつかむのと、自分たちの決 まりを順守するのと、どちらが大事でしょうか」 ◆ さて、すごいのは「ザ・リッツ・カールトン大阪」の話だ。同ホテルを経営 するザ・リッツ・カールトン・ホテル・カンパニーの前日本支社長・高野登さん が、著書『大人を磨くホテル術』で紹介している。 ◆ ある日、 「リッツ・大阪」に角部屋を予約した若い男 性がやってきた。「レストランではなく部屋で食事をし、 その後で彼女にプロポーズをしたいのです。そこで…」と 言って、次のようなお願いをしてきた。 「ルームサービスはワゴンで一度に料理 を運んでくるのではなく、レストランと同じように一品ずつ分けて持ってきて ほしいのですが、できますか?」 前例はなかったが、ホテルのスタッフはた めらうことなく答えた。 「もちろんです」 さらに彼は言う。「ハート型の氷を 作って、その中に指輪を埋め込み、食事が終わった頃に氷が溶けて、中から指輪がチャリンと音を立 てて落ちるようにしてほしいのですが、できますか?」 スタッフは言った。 「ぜひ一生の思い出づく りのお手伝いをさせてください」 ◆ 料理長は「エライことを引き受けたな」と言いつつ、にやけた。こうして「プロ ポーズ大作戦」が動き出した。一品ずつ料理を運ぶために従業員専用エレベーター を確保した。そのため他の部署のスタッフにも事情を説明して協力を求めた。指輪 を氷細工に埋め込み、同じタイプの部屋で室温を調整して氷の溶け具合をチェック した。2人の食事時間なども考慮してリハーサルを2回行い、準備万端で当日を迎 えた。 ◆ 結果は大成功だった。しかし、この物語はここで終わらない。その吉報が料理長に届き、皆で祝杯 を挙げて終幕となるので。 ◆ 高野さんは言う。 「サービスはお客様の期待に応えること。そのお客様の期待を超えたとき、誰かに 話したくなる感動の物語が生まれるのです」と。そこに高い料金を払うことにお客は決して躊躇しな いだろう。 <みやざき中央新聞 魂の編集長 水谷謹人さんの「社説」より引用> ● 人の心を掴む「おもてなし」の心で人と対応ができるということは、サービス業で働く人たちだけ に必要なことではありません。自分以外の人との関わりがある人すべてに(つまり誰にでも)必要な 能力です。家族を考えてみましょう。夫婦や親子で会話をするとき、果たして話している相手のこと を思って話をしているでしょうか。話を最後まで聞かずに決めつけたり一方的に説教する、言っても 無駄だと思って黙り込む、こんな対応をする場合が案外多くありませんか。そうなると心が通うこと はなく、ケンカ(口喧嘩や無視)にしかなりませんね。 ● だから、ちょっと冷静になって相手の話に耳を傾けることが、よりよい人間関係を作るためにはす ごく必要なことです。よく聴き取った上で、相手の言い分を完全否定せず、 「私は…と感じるよ」と自 分の思いを伝えることが重要です。それが、お互いが分かり合える第一歩になります。 ● さて、人とコミュニケーションをとるとき、真意が最も伝わりづらい方法は、文字によるコミュニ ケーションです。だからメールや SNS では、書かれている文字による言葉の行き違いから頻繁にト ラブルが生まれています。案外、いじめもそんな些細なことから始まるようです。 ● 次に難しいのが電話などによる音声のみのコミュニケーションです。企業にとっては、お客様との 電話応対による行き違いからネットが炎上して、大きな問題が発生することがあります。そんなこと を防ぐために、電話応対の研修に力を入れている企業も少なくありません。電話応対力の向上を図る ために、毎年開催されている電話応対コンクールに参加している企業も少なくありません。次の文章 は、電話応対技能検定指導者級資格保持者でジョブカードキャリアコンサルタントをやっている方の 言葉です。 □ 私の電話オペレーターとしての仕事は、1986 年の自宅横の車庫から始まります。 「電話秘書代行」 という当時聞きなれない仕事を開業しました。机と電話一台を置いてスタートです。あとは、電話が 「リーン」と鳴るのをひたすら待ちます。電話に関連する仕事、コミュニケーションを必要とする仕 事といえば、電話交換手・デパートの館内放送係・アナウンサー等がありますが、どれ一つとっても、 私は未経験でした。唯一経験したことといえば、OL 時代、デスクワークで会社にかかってくる電話応 対くらいです。その中で、電話秘書代行業を開業した理由は、 「働きたい」との気持ちからです。強く 思う心が行動へと変わりました。 □ 時間が経ち、業務は秘書代行のみでなく、通販受付センター等々増えてきました。そんな中、私が 今でも心に留めている出来事が起こりました。雇用していたオペレーターが急病の為休みを申し出た ので、その日万全の体調でない私が電話の前に座ることになりました。喉の調子が気にはなりました が、 「笑顔で明るいさわやかな声を作ろう。敬語でゆっくり話そう」と自分に言い聞かせながら電話の 前に座りました。そこへ、お客さまから登録内容変更依頼の電話が入りました。 □ 「お電話ありがとうございます。*****です」 「ご登録内容のご変更でございますね」 ~中略~ 「ありがとうございます、○○がご変更を承りました。他にご不明な点はございませんか」 無事に マニュアル通りの応対が終わろうとした、そのときです。お客さまから荒い口調で、「あなたの名前 は?」 「商品は良いので今後も使用しますが、あなたが出たら電話を切ります」 「あなたの声は 覚えておきます」と激怒され、電話を切られたのです。 □ 身体が氷のように冷たくなり、一瞬何が起きたか分からなくなりました。体調の悪かった私は、声 や話し方の「かたち」だけに注力し、時間を割いてお電話を掛けてくださるお客さまの「きもち」に 寄り添う余裕もなく、自分の業務のみを優先していたことに気付かされました。 □ 仕事は「かたち」ではないのです。お客さまの状況や「きもち」を考えることが大切なのだと、教 えていただきました。今でも、何かあるごとにお客さまがお話されたことばを思い出します。 □「働きたい」と思う「きもち」だけで始めた仕事です。たくさんのお客さまとの電話での出会いで、 教えていただくことがなければ、ここまで続いてはいなかったと思います。
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