手技療法を習得するために

手技療法の寺子屋ブログ 総集編
手技療法を習得するために
~ 触診と治療のコツとヒント ~
くつぬぎ手技治療院
はじめに
近年、手技療法は数多くのテクニックが考案され、年々新しく紹介されるようになりました。それは、
手技療法の発展ともいえますが、反面、テクニックの数が増えるにつれて、多様化や細分化が進み過ぎ
ると、全体像を把握することが難しくなってきてしまいます。手技療法は、手で身体に触れて操作する
以上、各テクニックには共通性があるはずです。新たな知見にもとづいて進歩していくのは望ましいこ
とですが、一方でその共通性をまとめ、基本とて整理しておく必要もあるのではないでしょうか。そう
しなれければ、後進の方々が幅広く技術を習得することにも、いずれ支障をきたすようになると考えま
す。
私はこれまで、あらゆるテクニックに共通する基本は何か?という問いかけと向き合ってきました。
その答えを探して、試行錯誤しながら自分の考えを書き綴ってきたものが「手技療法の寺子屋」ブログ
であり、本書はそれに若干の修正を加えた総集編です。
为な内容として、体性機能障害の捉え方、触診のコツとポイント、触診のトレーニング方法、触診技
術のヒントなどを取り上げています。本書によって、手技療法の基本があまねく網羅されているわけで
はありません。しかし、パズルのピースとなる一遍の記事だけでも、何かしらお役に立てるのではない
かと思っています。
本書で述べられていることは、私がこれまで学び、考え、実践してきた体験に根ざしているものです。
みなさんがご覧になって納得していただけるものなら、それを日々の臨床で確認しつつ、ご自身のスタ
イルに取り入れてください。反対に、異論や違和感を持たれたら、自分ならどのように考えるかという
機会になさり、それを臨床で検証なさってください。こうして本書を通じて、より多くのセラピストが
学び・考え・実践していただくことで、手技療法の発展に役立ち、引いては多くの患者さんのためにな
るなら、著者として大きな喜びです。
まずは肩の力を抜き、エッセーを読む感覚で気軽にご覧ください。
くつぬぎ手技治療院
1
沓脱正計
本書の対象読者・特徴・構成
対象読者
本書は为に、手技療法を学ぶ学生や、経験三年程度までの方を対象としています。経験を積まれた方
には確認用として、または、後進へアドバイスをする際の参考として用いることもできると思います。
本書には、具体的なテクニックの手順などの、いわゆる「型」は紹介されていません。そのため、マッ
サージやストレッチなど、何かひとつテクニックも学んでおかれることをおすすめします。その過程で、
「どこに問題があるのかわからない」
「上手く効かせることができない」などの壁にぶつかったとき、
本書にはそれを乗り越えるためのヒントが数多く紹介されています。
特徴
本書の特徴は、手技療法を実施する上で基本となる、触診での感じ取り方や、テクニックを効かせる
コツに重点を置いているところです。触診やテクニックを解説している書籍では、繁雑さを避けるため、
コンパクトにまとめられていることが通常です。しかし、そのためにより効果的に用いるためのポイン
トが省かれていることも尐なくありません。専門書の内容に合わせて、本書で紹介されているコツを取
り入れることで、より技能が習得しやすくなるはずです。その意味で本書は、テクニックの専門書を補
完する書籍であるといえます。
また、手技療法の考え方を理解する上では、「比喩」や「イメージ」を多く用いています。多くの専
門書ではその性質上、対象となる身体構造を具体的に示して解説されていますが、手技療法を習得し実
践していくためには、抽象的なイメージによって全体像を把握しておくことも必要だと私は思っていま
す。抽象性は具体性の背景であり、支えともなっています。本書で用いている比喩やイメージを、個々
のケースやテクニックを関連づけるためのヒントとして、生かしていただければと思います。
構成
本書の構成は、過去の「手技療法の寺子屋ブログ」に掲載されてきた記事を、各章ごとのテーマに分
類し、アップロード順に紹介しています。そのため、内容が前後するところもありますが、一話、また
はシリーズでの読みきりとなっていますので、みなさんが関心を持たれたところからお読みくださって
結構です。読み進めるうちに、繰り返し同じようなことが述べられているところもあり、くどさを感じ
ることがあるかもしれません。自分が大切にしていることは、ついつい何度も書いてしまうためで、そ
の想うところを汲み取っていただき、ご容赦いただきたいと思います。
2
目次
はじめに
…1
本書の対象読者・特徴・構成
…2
Ⅰ.体性機能障害の治療をどう考えるか?
手技療法は掃除と同じ(機能的障害と器質的障害) (2008-03-28)
掃除(治療)にかかる手間と時間 (2008-04-05)
…8
…9
「散らかっている(機能的障害)」から「故障している(器質的障害)」へ (2008-04-11)
治療する (片づける)順序はどうする?その1 (2008-04-19)
…11
治療する (片づける)順序はどうする?その2 (2008-04-25)
…12
関節が先か?筋肉が先か? (2009-03-21)
…10
…14
体性機能障害はビタミン欠乏症に似ている その1 (2009-12-12)
…15
体性機能障害はビタミン欠乏症に似ている その2 (2009-12-19)
…16
体性機能障害はビタミン欠乏症に似ている その3 (2009-12-26)
…17
体性機能障害はビタミン欠乏症に似ている その4 (2010-01-09)
…19
手技療法にできることは「土を耕す」ことと同じ (2010-01-30)
…20
Ⅱ.触診のコツとポイント
触診で制限をみつけるコツ その1 (2008-07-19)
…22
触診で制限をみつけるコツ その2 (2008-07-26)
…23
マネすることからはじめてみよう その1 ≪評価について≫ (2008-12-13)
…24
マネすることからはじめてみよう その2 ≪評価について≫ (2008-12-20)
…25
マネすることからはじめてみよう その3 ≪評価について≫ (2008-12-27)
…26
マネすることからはじめてみよう その4 ≪評価について≫ (2009-01-10)
…27
社会人アスリートのスポーツ障害 (2009-02-21)
迷ったときは「パッチテスト」 (2009-08-22)
…28
…29
整形外科テストと軟部組織の評価を同時に行う (2009-10-24)
…30
「かたい」ときほど「やさしく」触診する 【 触診亓話 その一】 (2010-05-01)
深部の触診は「身体を沈めて」行う 【 触診亓話 その二】 (2010-05-08)
…31
軟部組織の触診は連続的変化を追う 【 触診亓話 その三 】 (2010-05-15)
…33
その四】 (2010-05-22)
…34
連続的変化を触診するための身体操作 【触診亓話
触診とテクニックの身体操作は同じ 【触診亓話 その亓】 (2010-05-29)
体性機能障害の評価の流れ1 ~左右の非対称性~ (2010-06-12)
…35
…36
体性機能障害の評価の流れ2 ~可動範囲と動きの質~ (2010-06-19)
…37
体性機能障害の評価の流れ3 ~ エンドフィール 1 ~ (2010-06-26)
…39
体性機能障害の評価の流れ4 ~ エンドフィール 2 ~ (2010-07-03)
…41
体性機能障害の評価の流れ5 ~関節終端感覚3と組織質感~ (2010-07-10)
3
…42
…30
Ⅲ.触診のトレーニング
練習は大きく動かす (2008-05-09)
…44
手技療法は触診が「命」 (2008-05-16)
…45
ひとりでできる!! 触診練習法 その1 (2008-05-24)
…46
ひとりでできる!! 触診練習法 その2 (2008-05-31)
…48
ひとりでできる!! 触診練習法 その3 (2008-06-07)
…49
ひとりでできる!! 触診練習法 その 4 (2008-06-14)
胸椎の棘突起と横突起の位置 (2008-06-28)
転んでもタダでは起きず (2009-02-14)
…50
…51
…52
ひとりでできる!! 関節あそび検査練習法 その1 (2009-11-21)
…53
ひとりでできる!! 関節あそび検査練習法 その2 (2009-11-28)
…55
ひとりでできる!! 関節あそび検査練習法 その3 (2009-12-05)
…56
等尺性収縮後リラクゼーションを触診で感じよう! その1 (2010-02-06)
…68
等尺性収縮後リラクゼーションを触診で感じよう! その2 (2010-02-13)
…59
等尺性収縮後リラクゼーションを触診で感じよう! その3 (2010-02-20)
…60
関節の構成運動を感じよう!! その1(2010-03-20)
…63
関節の構成運動を感じよう!! その2(2010-03-27)
…65
関節の構成運動を感じよう!! その3(2010-04-03)
…67
関節の構成運動を感じよう!! その4(2010-04-10)
…69
Ⅳ.治療技術のヒント
母指の支え (2008-03-22)
…71
痛がる患者さんにはどうする? (2008-10-04)
…72
くすぐったがる患者さんへの対忚 (2008-10-18)
骨折を防ぐために (2008-10-25)
…73
…74
立ち位置は脇と肩で決める (2008-11-01)
…75
治療中の姿勢 その1 ≪身体のつかい方≫ (2009-01-17)
…77
治療中の姿勢 その2 ≪身体のつかい方≫ (2009-01-24)
…78
治療中の姿勢 その3 ≪身体のつかい方≫ (2009-01-31)
…80
治療中の姿勢 その4 ≪身体のつかい方≫ (2009-02-07)
…81
小さな操作は大きく動かす (2009-02-28)
…82
「よい」もみかえしと、
「わるい」もみかえし (2009-05-30)
母指圧迫における「肘」の活用 その1 (2009-09-12)
…85
母指圧迫における「肘」の活用 その2 (2009-09-19)
…87
母指圧迫における「肘」の活用 その3 (2009-09-26)
…88
…84
治療で用いる刺激レベルの判断はどうする? その1 (2009-11-07)
…89
治療で用いる刺激レベルの判断はどうする? その2 (2009-11-14)
…90
操作は身体のそばで (2010-04-17)
…91
4
Ⅴ.手技療法習得へのステップ
手技療法習得のステップについて (2009-05-02)
…94
手技療法習得へのステップ1‐リラクゼーション その1 (2009-05-09)
…95
手技療法習得へのステップ1‐リラクゼーション その 2 (2009-05-16)
…96
手技療法習得へのステップ1‐リラクゼーション 余話 (2009-05-23)
…97
手技療法習得へのステップ 2‐メンテナンス その 1 (2009-06-06)
…99
手技療法習得へのステップ 2‐メンテナンス その 2 (2009-06-13)
…100
手技療法習得へのステップ 2‐メンテナンス その 3 (2009-06-20)
…100
手技療法習得へのステップ3‐トリートメント その 1 (2009-07-04)
…101
手技療法習得へのステップ3‐トリートメント その 2 (2009-07-11)
…103
手技療法習得へのステップ3‐トリートメント その 3 (2009-07-18)
…105
手技療法習得へのステップ3‐トリートメント その 4 (2009-07-25)
…106
手技療法習得へのステップ3‐トリートメント その 5 (2009-08-01)
…107
手技療法習得へのステップ3‐トリートメント その 6 (2009-08-08)
…109
Ⅵ.徒手的テクニックの使い分け
徒手的テクニックの使い分け1 (2010-07-17)
…112
徒手的テクニックの使い分け2 ~刺激の方向と加え方による分類~ (2010-07-24)
徒手的テクニックの使い分け3 ~関節面への他動運動~ (2010-07-31)
…115
徒手的テクニックの使い分け4 ~関節面への自動介助運動~ (2010-08-07)
…117
徒手的テクニックの使い分け5 ~関節面への自動運動~ (2010-08-14)
…119
徒手的テクニックの使い分け6 ~筋筋膜への他動運動~ (2010-08-21)
…120
徒手的テクニックの使い分け7 ~筋筋膜への自動介助運動~ (2010-08-28)
徒手的テクニックの使い分け8 ~筋筋膜への自動運動~ (2010-09-04)
徒手的テクニックの使い分け9 ~表の活用例1~ (2010-09-11)
…114
…123
…124
…127
徒手的テクニックの使い分け10 ~表の活用例2-1~ (2010-09-18)
…129
徒手的テクニックの使い分け11 ~表の活用例2-2~ (2010-09-25)
…131
徒手的テクニックの使い分け12 ~表の活用例2-3~ (2010-10-02)
…133
徒手的テクニックの使い分け13 ~分類しても分解しない1~ (2010-10-09)
…135
徒手的テクニックの使い分け14 ~分類しても分解しない2~ (2010-10-16)
…136
徒手的テクニックの使い分け15 ~最終回~ (2010-10-23)
…137
Ⅶ.ASTRのコツ
フックで指を傷めないために ~フックの技法~ (2008-02-03 )
…140
母指でのフック その1 ~フックの技法~ (2008-02-04)
…149
母指でのフック その2 ~フックの技法~ (2008-02-08)
…141
示・中指でのフック その1 ~フックの技法~ (2008-02-15)
5
…142
示・中指でのフック その2 ~フックの技法~ (2008-02-19)
四指でのフック ~フックの技法~ (2008-02-24)
…144
手根部(手掌)でのフック ~フックの技法~ (2008-02-27)
肘でのフック ~フックの技法~ (2008-03-01)
…146
膝でのフック ~フックの技法~ (2008-03-08)
…147
プレポジションではどこまでゆるめる? (2008-07-31)
フックもいろいろ (2008-08-09)
フックの角度 (2008-08-16)
…143
…145
…148
…149
…150
フックとは!! と、こぼれ話 (2008-08-23)
…151
ストレッチ中に大切になるモニター (2008-09-21)
…152
ストレッチはどのくらいの速さで? (2008-09-27)
…153
何回くらい ASTR をかければいいのか? (2008-10-10)
ASTR は痛いもの? (2008-11-15)
…154
…155
ストレッチポジションを楽しむ (2009-03-28)
ASTRの忚用と工夫 (2009-04-18)
…156
…156
ASTRの忚用あれこれ (2009-04-25)
…158
フックで指を握らない!! (2009-06-27)
…158
母指での「押す」フックについて (2009-08-29)
…160
制限のある方向に ASTR をかける (2009-10-31)
…161
ストレッチでフックがゆるむ理由 (2010-01-16)
…162
フックとは「…」である。 (2010-01-23)
…163
ASTR 忚用の実際 その1 (2010-02-27)
…164
ASTR 忚用の実際 その2 (2010-03-06)
…165
Ⅷ.治療の現場で感じたこと
ズレではないズレ (2008-06-21)
…167
『ズレ』という言葉の認識のズレ (2008-07-05)
まっすぐの悲劇 (2008-07-13)
…168
…168
アゴの痛みと手技療法 (2008-08-30)
…169
がんばれ!! 女性セラピスト (2008-11-08)
…171
ASTRで治療した最高齢の患者さん その1 (2008-11-21)
…172
ASTRで治療した最高齢の患者さん その2 (2008-11-29)
…173
ASTRで治療した最高齢の患者さん その3 (2008-12-06)
…175
『枕』に想う その1 (2009-03-07)
「枕」に想う その 2 (2009-03-14)
…176
…177
めずらしく腹が立ったこと (2009-04-04)
立派な枝ぶり (2009-04-11)
新鮮なうれしさ (2009-08-15)
…178
…179
…180
器用な人と不器用な人 その1 (2009-10-03)
…182
6
器用な人と不器用な人 その2 (2009-10-10)
…183
器用な人と不器用な人 その3 (2009-10-17)
…185
使えるかな? 入院中のふくらはぎのケア (2010-03-13)
ちいさな石ころ (2010-04-24)
…186
…188
「自然にみる」ことの難しさ (2010-06-05)
…189
Ⅸ.よもやま話
はじまりはじまり (2008-01-29)
…191
ずうずうしいツクシ (2008-02-09)
メタボなカンタ (2008-03-15)
…191
…192
くつろぎ手抜治療院??? (2008-05-03)
感謝 感謝 の3周年 (2008-09-06)
…193
…195
信じる者と書いて「儲かる」と読む? (2008-09-14)
迎春:タイトル変更しました (2009-01-03)
感謝 感謝 の 4 周年 (2009-09-05)
…196
…197
…198
あけましておめでとうございます。めでたく 100 回突破!! (2010-01-02)
7
…201
Ⅰ.体性機能障害の治療をどう考えるか?
手技療法は掃除と同じ(機能的障害と器質的障害)。
2008-03-28 21:27:15 | 治療についてのひとりごと
手技療法できることはどのようなことでしょうか。筋肉をほぐす。関節を動かす。多くの書籍が、こ
のように具体的に説明しています。一方で、全体像をつかむためにイメージで感覚的に捉えるという方
法もあります。なかには感覚的に捉えたほうが、しっくりくる方もいらっしゃるかもしれません。しか
し、そのような示し方をしている書籍は見当たりません。
私は手技療法の考え方や、治療の進め方を感覚的に捉えるために、いろいろな例えをつかって書いて
みたいと思いました。例え話は、患者さんに説明するときにも使いやすいと思います。参考にしてくだ
さいね。
身体を部屋に例えると、手技療法にできることは、こわれた家具の「修理」ではなく、部屋の「掃除」
と同じだと私は思っています。どういうことだと思いますか?
例えば、タンスの前にモノがあふれて、引き出しが開けられない。テーブルの上に荷物がいっぱいで、
置き場所がない。このような場合は、掃除をして整理すれば解決します。しかし、引き出しの金具が外
れた、テーブルの脚が折れた、というように壊れて「かたち」が変わってしまった場合。これは掃除で
解決する問題ではなく、修理が必要です。
手技療法では壊れて「かたち」が変わってしまったもの、例えば、骨が変形した、スジが切れたなど
を直接治すことはできません。けれども、たとえ家具が壊れていないとはいえ、部屋が散らかったまま
では生活に支障が出るようになります。脱いだ服や雑誌が散らかり、足の踏み場がないと、スムーズな
移動ができません。タンスにものがあふれていると、引き出しを開けるときに引っかかりやすくなりま
す。使いっぱなしで掃除や片付けをしないと、部屋の「はたらき」が徐々に機能しなくなってくるわけ
ですね。
身体の場合なら、動かすことが尐ない、あるいは運動してもケアせずに使いっぱなしにしていると、
徐々にスジが硬くなり、運動系や、循環系のはたらきが悪くなってくる、ということがこれに当たりま
す。このように、
「かたち」は変わっていなくても「はたらき」が悪くなっていることを「機能的障害」
といいます。反対に、かたちが変わってしまったものが「器質的障害」です。
折れた・切れたという器質的障害で、痛みがでてしまうのは分かりやすいのですが、スジが硬くて動
かない、あるいはそれによって血液の循環が悪くなったという機能的障害でも痛みは起こります。むし
ろケガなどを除いて、日常生活の中でよく経験する、ちょっとした痛みの多くは機能的障害です。手技
療法は、このような機能的障害に効果を発揮します。
8
痛みというのは身体が出している、
「何だかおかしいよう」「動きにくいよう」というサインなので、
機能的障害によって症状が出ているときは、動きが良くなれば痛みというサインは基本的にはなくなり
ます。手技療法は押したり、伸ばしたり、ひねったりすることで、身体の掃除をして機能的障害をなく
し、身体がスムーズに動かせる環境を作っているわけです。 ≪次回に続く≫
掃除(治療)にかかる手間と時間
2008-04-05 00:01:21 | 治療についてのひとりごと
前回は、手技療法で部屋の掃除(機能的障害の治療)はできるけど、修理(器質的障害の治療)はできな
いとお話しました。今回は掃除の例えをつかって、回復までにどれほど手間がかかるかというお話しで
す。
部屋の汚れも3日分なら、散らかるといっても大したことはないでしょう。汚れも、せいぜいホコリ
程度でしょうから、パッパと片付けて、サラッとぞうきんで拭いたり、掃除機をかける程度で済みます。
身体なら、ソフトでやさしい癒し系のマッサージで対忚できる範囲でしょうか。
3ヶ月分の汚れになると、サラッと済ませるわけにはいかないかもしれません。散らかり具合もひど
くなっているでしょうから、まずはそれらをセッセと片付けて、しっかりこすって拭き掃除をしなきゃ
いけないところも出てくるでしょう。時間も尐しかかってきます。身体なら、スジのこわばりも強くな
っているでしょうから、ゴシゴシとある程度の刺激が必要になるところがあるかもしれません。
3年分の汚れ…、想像するだけで恐ろしい。ゴミ屋敷状態でしょうか。
こうなったら、散らかったものをヨイショヨイショと片付けて、壁や床にもいろんなモノがこびりつ
いているでしょうから、拭くだけでは追いつかず、ゴリゴリと削り取らなきゃいけないところもあるで
しょう。時間も1日ではとても足らないはずです。身体ならガッチガチになっているところがあるでし
ょうから、そこにはゴリゴリと痛い刺激が必要かも。回復までの時間も手間も当然かかるでしょうから、
ちょっと長い目で見なければいけません。
3日、3ヶ月、3年と大ざっぱに書きましたが、汚れ(疲れ)の程度は、その人がどのような生活を送
っているかによっても変わってきます。つまり、回復までの時間や手間は、疲労・こわばりの程度や、
どれほどの時間をかかってそうなったかによって変わってくるということですね。
「そんなこと、常識じゃないですか」という声が聞こえてきそう。
そう、掃除なら散らかっていたらそれだけ時間がかかるというのは、誰でもすぐに分かる話です。と
ころが身体のことになると、相当な疲れがたまっていても、自覚できずに軽く考えている患者さんもけ
っこういらっしゃいます。そのために、回復までに時間がかかるということをよくお話をして、理解し
ていただく必要があります。 ≪次回に続く≫
9
「散らかっている(機能的障害)」から「故障している(器質的障害)」へ
2008-04-11 23:40:20 | 治療についてのひとりごと
今回は、部屋の汚れや散らかり(機能的障害)を放置しておくと、家具の故障(器質的障害)に結びつくと
いうお話しです。
タンスの引き出しにモノがあふれてなかなか引けないのを、ムリに引っぱる!!
なんてことを何度も
繰り返していれば、そのうち金具が外れて壊れてしまいます。ダンボールなど弱い箱の上にいろいろ積
んでおくと、箱がだんだん変形してきて、そのうちグッシャとつぶれてしまいます。このようなことが
起こるのは、身体でも同じですね。
ふくらはぎの筋肉が硬くなったまま、ムリをしてスポーツをしていると、アキレス腱がブチッと切れ
てしまうこともあります。ギックリ腰だってそうです。とくべつ重いものを持たなくても、ほんのちょ
っとしたはずみ、何気なく振り向いたとか、尐ししゃがんだときでも起こるときがあります。きっかけ
が大したことないと、患者さんのなかには「べつに腰にムリをかけた覚えはないんだけどなぁ」と、不
思議そうにお話される方もいらっしゃいます。
でも、腰がまったく問題ないのに、尐し動かしただけでギクッと傷めてしまうことなんて、まずあり
ません。たいていは知らず知らずのうちに疲れをため、尐しずつ身体が硬くなってきて限界を超えたと
き、ちょうど、ダムが決壊するかのように ギクッ!! となるわけです。
尐しずつ硬くなると、それに慣れてしまってなかなか異常に気づき難くなります。ギックリ腰のよう
に急激でなくても、スジの硬さによって、関節の偏った部分に負担がかかり続けると、やがて変形も起
こしてしまいます。このように、身体の中の機能的障害がベースになって、やがて器質的障害に結びつ
くこともあるわけです。日頃からの手入れや整理整頓が大切なのは、家具も身体も同じことですね。
ところで、この「ダムが決壊するように」という例え、これは自分では大したことをしていないのに、
急に痛み出したことを不思議に思っている患者さんへ説明するにはピッタリの表現で、私は愛用してい
ます。細かいところはハッキリしなくても、感覚的に理解されるのかもしれません。
患者さんに説明するときに、すじ道立ててお話しすることも大切ですが、ときに「喩え」や「イメー
ジ」を交えて伝えたほうが、すんなり納得していただけることもあります。ただ、場合によってはかえ
って混乱させたり、不安をあおったりとマイナスに働くこともあるので十分な配慮が必要です。「ダム
が決壊するように」という例えも、イメージが強烈ですから、不安が強い患者さんには不向きだと思い
ます。
「ことば」は道具ですから、その使い方によって薬にも毒にもなります。十分に注意したうえで使い
たいですね。こんなことを書いている私も、
「今の言い方はよくわかってもらえたな」
「あの表現はよく
なかったかな?」などと反省を繰り返す日々です。
10
≪次回に続く≫
治療する (片付ける)順序はどうする?その1
2008-04-19 21:01:30 | 治療についてのひとりごと
突然ですが、
「筋筋膜性腰痛」の診断を受けた患者さんを診るとき、どのような順序で治療を進めま
すか? 切り傷や骨折は、治療する手順がハッキリしています。切り傷なら、傷口を洗って消毒してバ
ンソウコウなどで保護しておく。骨折なら折れたところを整復して固定する。これは、世界中どこにい
っても同じでしょう。
ところが「筋筋膜性腰痛」など機能障害に対する治療で、そのように標準化された進め方というのは
今のところないと言ってよいと思います。そのためでしょうか。マッサージや指圧、オステオパシーに
カイロや整体など、手技療法の世界には体を診るための理論的な仮説がたくさんあります。よくみられ
るのは、背骨や骨盤など特定の部位を重視して、そこを中心に仮説を組み立てるというものです。
この世界に飛び込んだころ、あまりにもいろいろな考え方があるので、私は面食らってしまいました。
『背骨がまっすぐであれば、体は健康になる!』
私「ウンウンなるほど。それなら、背骨を注意してみればいいわけね。」
『いやいや、土台は骨盤なのだから骨盤のバランスが一番大切。
』
私「そういわれたら、そうかもしれんなぁ。
」
『体は足のウラで支えているのだから、足の歪みが全身に影響している!!』
私「エッ、ちょっと待って。
」
『それより手のほうがっ!!』
『いいやっ、アゴの状態こそっ!!』
『なんのなんの肋骨のバランスがっ!!』
『あなた方は物質の世界にとらわれすぎているっ、気の流れこそ肝心なのですぞ!!』
私「アーッ、もう何がなんやらワカランようになってきた。
」
こうなると理屈に振り回されて、どこから治療すればいいのか、私はわからなくなってしまいました。
みなさんもそんな経験はありませんか?このような、わけのわからない状態のなかで、どのように治療
を進めればよいのでしょうか?
自分が魅力を感じた治療法にドップリつかってしまう。例えば、脊柱もしくは骨盤の歪みを中心にし
て考えるというのも、それはそれでひとつの方法だと思います。この方法の長所は、身体の異常をパタ
ーン化しやすいということです。ナントカ型、カントカ型とパターン化することで、理解がスムーズに
なり、パターンに則って離れたところで起こる変化も予想できます。
ただし、そのときに注意しなければならないのは、パターンをムリやり身体に当てはめてはいけない
ということです。常にその考え方が正しいかどうか、確認しながら進める態度を忘れないようにしなけ
11
ればなりません。そして、つじつまが合わないようなことが起こったとき、それをあいまいにせず、謙
虚に考えて、仮説が通用するケースと、そうでないケースを明らかにするという態度がとても大切だと
思います。
ご本人が苦痛を感じていても、
「骨盤は整っているから問題ない」と言われて、途方にくれている方
も実際にいらっしゃいました。こうなると悲劇です。
代替療法を行う人の中には、現代の医療を批判して「病気を診て、病人を診ていない」ということを
言う方もいます。しかし、反対に私たちが「背骨を診て、病人を診ていない」ということにならないよ
う、よく省みることが大切だと思います。
一方で、あらかじめ特定の部位を重視する、パターン化して考えるということをせずに、治療部位を
決めていくという方法はないのでしょうか?それが、掃除をするときの発想です。つづきは次回に。
治療する (片付ける)順序はどうする?その2
2008-04-25 22:39:19 | 治療についてのひとりごと
≪今回のお話は、臨床に入ってまだ間がない方向けにつくってみました。≫
散らかった部屋を掃除するとき、みなさんはどのような手順でそれを行いますか?まず、ザッと部屋
を見まわして、いちばん生活に支障をきたしているところ、ベッドの上が散らかって寝る場所もないと
か、タンスの前にモノがあふれて引き出しが開けられないとか、そのようなところから始めようとする
のではないでしょうか。
片付ける場所を決めたら、その中でも大きくて目立つもの、脱ぎ散らかした服や、広げられた雑誌な
どから始めるはずです。こうして散らかり度合いのボリュームを減らし、ある程度動けるようにスペー
スをつくったうえで、閉まらなくなった引き出しを閉まるようにしたり、掃除機をかけたりすると思い
ます。最初から引き出しの中の小物を片付けたり、拭き掃除をするなんていう方…、いらっしゃるかも
しれませんが、どちらかというと尐数派ではないでしょうか。いかがでしょう???
機能障害への治療の順序も、このような掃除と同じ発想で行うことができます。問診や視診が終わり、
触診に移ったときには、その患者さんにとっていちばんツライ、生活に支障が出て困っているところか
ら順に診ていくようにします。そして、禁忌の状態ではないと判断できたら、身体のなかにある大きく
て目立つ制限から治療をはじめます。続いて反忚をみて、2 番目に目立つところ、3 番目に目立つとこ
ろとすすめていきます。
とても大ざっぱな言い方ですが、機能障害とは、組織に疲労が積み重なって溜まりに溜まり、身体が
耐え切れなくなって悲鳴をあげている状態が、症状として現れたものという捉え方もできます。この場
12
合、まずやるべきことは疲労のボリュームを減らしていくことだと私は考えます。ボリュームを減らす
には、目立っている制限に大きな疲労がたまっていると予想されるので、そこから治療を始めたほうが
効率はよいはずです。
2 番目以降が分からないときは、同じような作用をする協力筋、反対の作用をする拮抗筋、または隣
接する関節などを診てゆくとよいでしょう。頭の中だけで考えるのではなく、きちんとていねいに触診
して確認することが大切です。とくに、慢性的な症状になればなるほど、あちらこちらに回復力を妨げ
ている要素があるはずです。そのため治療範囲はある程度広がるので、より広い範囲を視野に入れて診
る必要があります。
「痛いところだけ治療しても良くならないよ」と言われるのは、このことを意味し
ているのですね。
「そんな広い範囲を診て判断することなんて、なかなかできません」という方、はじめは出来なくて
当然ですから、焦らずに症状が出ている部位の近くから、順に疲労のボリュームを減らしていけば大丈
夫ですよ。
患者さんの症状の変化もよくみて下さい。ある程度まで回復して足踏み状態が続くようなら、身体の
なかの隠れた疲労を見逃しているのかもしれません。生活の中に何か理由があるのかもしれません。ま
たは他の病気のためかもしれません。よく話をきいて、とにかくていねいに身体を触診する。そして、
「おかしい。これは、筋肉や関節の問題ではない」と思ったら、医師に診察していただくことが大切で
す。
筋肉の症状については、書籍でもよく紹介されている、トリガーポイントの関連痛領域も覚えておく
と、とても役に立ちます。このように、一歩一歩すすめていく方法はとても地味なようですが、堅実な
方法です。
ちょうど野球でいうなら、ヒットでつなげて得点を上げていく方法でしょうか。これに対して、前回
紹介したような特定の部位を予め重視して、そこを治療するのは一発ホームランを狙う方法といえるか
もしれません 。
どちらの方法を取るかは自分で決めることですが、個人的には今回ご紹介した方法をオススメしたい
と思います。理由はこちらの方が、患者さんの状態をありのままに診ることになるからです。そして、
患者さんが生活の中でムリをしていることと、身体の状態を結びつけて一つのストーリーを作りやすい
のです。
私は、身体の状態から、その患者さん独自のストーリーをつむぎ出すということも、手技療法で治療
を行う意義のひとつではないかなと考えています。こうすることで患者さんは、何がどのように影響し
て症状が出たのか、ということをより理解しやすくなります。それによって不安が尐なくなるとともに、
必要な対処法も分かるので、これからの生活をより元気に送っていけるのではないかと思っています。
13
もちろん一歩ずつ手さぐりで診るといっても、各部位ごとの評価や治療のコツなど重要なポイントは
ありますから、それらはセミナーなどにてご紹介する予定です。今回のお話はとても大きな内容をまと
めたので、改めて読み直すとたいへん荒削りな内容ですが、ちょっとでも何かのヒントになれば嬉しい
です。
関節が先か?筋肉が先か?
2009-03-21 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
手技療法にはいろいろなテクニックがあり、その背景には人間の身体をどのように捉えるのかという、
これまたさまざまな考え方があります。私が学んできた中でときどき耳にしたのが、治療するのは関節
からなのか?それとも筋肉からなのか?という話題でした。
「関節の機能障害が先であって、筋肉はそれによって反射的に緊張しているだけだから、関節の問題
さえ解決したら、筋肉の異常はほとんど良くなる」という意見。これは、関節を操作することを中心に
した治療、俗に言う矯正法を使っている人たちによくみられました。
反対に「筋肉が働くことで関節が動くのだから、筋肉の機能障害さえよくなったら関節の問題は解決
する」という意見。これは、筋肉をほぐすことを中心にした治療、指圧やマッサージ、またはストレッ
チやPNFを行う人たちにみられました。
いずれも正しいこともあるだろうし、正しくないこともありケースバイケースだと思います。関節包
内の運動が正常になっても、周囲の筋肉が線維化して短縮しているようなら、そちらにもアプローチし
ないとなかなか良くなりません。また、関節周囲の筋肉が正常な弾力性を持ったとしても、関節包や靭
帯に拘縮がある、あるいは凹凸の法則など正常な関節の運動にそぐわない動きを学習してしまっている
場合は、それらを解決しないと良くなりません。
慢性的なものであるほど、両者が混在していることが多いので、よく診ることが大切です。臨床では、
それぞれを比較してより制限の大きいほうからアプローチすればよいでしょう。好ましくないのは、は
じめから決めつけてしまう態度です。
関節か筋肉かといってもよくよく考えると、ハッキリと線引きできるものではありません。そうなる
とこの議論は、治療を実施する上ではあまり意味がないことかもしれません。
私自身は、どの場所にどれくらいの深さで、どの方向に正常な運動を妨げている制限があるかを検出
することを大切にしています。その制限をみつけてから、それを解剖に照らし合わせると何なのかとい
う順で考えています。あえて大まかにいうと、浅い深いにかかわらず体表に沿うような方向の制限が強
いなら、筋や筋膜の問題ということになり、身体を切断する方向に制限が強いなら、関節の問題という
ことになるでしょうか。みなさんはどのように考えていますか?
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体性機能障害はビタミン欠乏症に似ている
その1
2009-12-12 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
「なんじゃコリャ?」今日のタイトルを読んで、そう思いませんでしたか?あくまでイメージですよ。
手技療法は体性機能障害に対して適用できるものですが、ではいったい体性機能障害とはどのような
ことを意味しているのでしょう。教科書的には『体性機能障害とは、筋骨格系とそれに関連した血管・
リンパ・神経系の異常な機能的変化』となっています。
フムフムなるほど。でも頭では理解できるのですが、感覚的にピンと来るでしょうか?私は、なかな
かピンと来ませんでした。感覚的にピンと来るものがないと、いざ臨床となったとき「何をすべきか」
が分からずに迷いやすくなったり、尐し上手くいかなかっただけで手詰まりを起こしやすくなります。
反対に、感覚的に理解していれば、
「何をすべきか」という方向性が見えているので、仮にひとつの
方法で上手くいかなくても、ちょっと工夫したり、新たな視点からアプローチしやすいため、問題を解
決する力がグッと高まるのではないかと私は思います。そこで今回は、「そういえば、ピンと来ないな
ぁ 」という方が感覚的に理解できるよう、ビタミン欠乏症をモデルにしてお話したいと思います(流
れを示したいので、焦点を絞って単純化しています。かえって混乱させたらスミマセン )
。
ビタミン欠乏症は、
『ビタミンが不足することで、成長や代謝に異常を起こした状態』です。例えば、
ビタミンDが不足すると代謝機能の一部に支障が出て、初期症状としては顔が青白くなったり、筋肉や
皮膚に張りがなくなって、汗をかきやすくなります(正確には「するそうです」です。患者さんをみた
とき、これらの症状で「ビタミンDが足りないな」とわかったことはありません )。本来なら、あるは
ずのものがなくなることによって、身体が上手く働けなくなっているわけです。欠乏状態がさらに続く
と、成人なら骨軟化症や骨粗鬆症を起こし、やがて骨の変形に至ります。つまり、機能的障害から器質
的障害に進むわけですね。
さて、体性機能障害は、筋肉の緊張・短縮・硬化などによって、柔軟性や伸張性など身体の『動き』
に支障が出た結果起こります。本来なら、あるはずの『動き』がなくなることによって、身体が上手く
働かなくなった状態です。この『本来なら、あるはずの動きがなくなる(あるいはありすぎる)ことに
よって、身体が上手く働けなくなっている状態』
、これが体性機能障害だといえます。
『動き』の制限を起こした結果、筋肉の緊張により血管・リンパ・神経系の絞厄によって、循環障害
や反射異常が発生します。そして、痛みやしびれをはじめ、様々な不定愁訴を起こすという流れになる
わけです。さらにこの状態が長期間続くと、筋肉によって行われるはずの物理的刺激の吸収や分散が起
こりにくくなります。その結果、関節に局所的なストレスがかかり続け、やがて変形という器質的障害
に至ってしまいます。
いかがでしょう?発症までと、その後の流れがビタミン欠乏症と似ていると思いませんか? 体性機
能障害とはどのようなものかについて、感覚的にピンと来るものがありましたか? ピンときたら、つ
15
づいて「何をすべきか」という「治療」に入っていきます。
そうそう余談ですが、ビタミンが関係する疾患は欠乏症とともに、取りすぎによって起こる過剰症も
あります。これは体性機能障害なら、オーバーユースや過剰可動などがそれに当てはまると考えればい
いわけですね。 ≪次回につづく≫
体性機能障害はビタミン欠乏症に似ている
その 2
2009-12-19 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
ビタミン欠乏症はビタミンの欠乏、体性機能障害は動きの欠乏、両者は欠乏によって起こった異常と
いう点で共通しています。
ビタミン欠乏症の治療はどうすればよいのでしょう?いうまでもなく、不足したビタミンを補うこと
です。そうなると、
『動き』の欠乏症である体性機能障害に必要な治療とは、動きを回復させることで
ある、となるわけです。つきつめれば正常な『動き』を回復させることが、体性機能障害の治療であり、
手技療法の目標ということになります。
専門書になると難しく書いてありますが、くだいてみれば簡単なことですよね。簡単ですが、これこ
そが重要なポイントだと私は思っています。何てことないようですが、これを忘れてしまうと、手詰ま
りを起こしたとき、目標を見失って惰性的な治療になってしまうことも尐なくないのではないでしょう
か。
もう一歩進めれば、なにごとにつけ『量と質』ということがよく言われますが、体性機能障害も同じ
です。
『動き』の『量』である関節可動域を広げて柔軟性をつけ、
『動き』の『質』にあたる動的安定性
や、動きの滑らかさ、正しい動きの順序(recruitment pattern)を回復させる。このように考えれば、一
般の人でもすぐに理解できるくらい、シンプルなものになるのではないでしょうか。ものごとの原則に
は、このようなシンプルさが必要だと思います。
≪recruitment pattern は「動員パターン」と訳されたりしていますが、これでは何のことやらピン
と来にくいのではないでしょうか。
「正しい動きの順序」としたほうがよいと思うのですがいかがでし
ょう ≫
これさえお話すれば十分なので、今回はこれにておしまい… と言いたいところですが、あまりに短
か過ぎるので尐し肉付けします。後は枝葉のことなので紛らわしいようならパスしてください。
『動き』の欠乏状態は、痙攣(スパズム)や緊張に短縮、他にも拘縮や痙縮、強縮など様々な言葉で表
現されています。はじめのうちは、これらの言葉が互いにバラバラのまま、なかなか上手く整理できな
いかもしれません。そこでこれらを、
『動きの取り戻しやすさ』という観点からまとめれば、より実践
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的な整理になるのではないかと思います。
例えば、スパズムなら、それを間接的アプローチによって軽減・消失させ『動き』を回復させること
ができる。
緊張や軽度の短縮なら、伸張性を高め柔軟にする手技療法によって『動き』を回復させやすい。しか
し、短縮も陳旧化すると時間がかかる。とくに、それが非収縮性組織に起こった場合は根気が必要にな
る。
痙縮は中枢神経の異常も関係しているので、慢性化している場合、『動き』完全な回復は難しい。た
だし、短縮の改善や代償性の確保によって機能の改善を見込むことができるかもしれない。
強直は、関節内で骨同士の癒合が起こっているので『動き』の回復は見込めず、手技療法の適忚には
ならない。ただし、短縮した筋膜の伸張など、周囲の軟部組織の機能障害を改善することで、症状を軽
減できるかもしれない。
あくまで、私が思いつくままに書いた一例ですが、大ざっぱにでもこのようにまとめれば予後の良し
悪しは別にして、意識は常に「欠乏した動きを回復させる」という『何をすべきか』に方向に向いてい
ます。
「動きの回復」が軸となって、それぞれの状態がつながり合っているわけです。
身体の異常に関する知識の分類は、病理学的に系統立ってまとめられているのがふつうです。でも、
「医療」として現場で活かせる知識としては、病態生理を基本としつつも「目の前の患者さんが良くな
るためには何をすべきか」ということを軸として、つながりを持たせつつ分類し整理したほうが、臨床
に直結しやすいのではないでしょうか。
実際そのように分類するのは、なかなかたいへんですし、すべてに用いるのは無理かもしれませんが、
自分が日常的によく使う知識については、そうあってもよいのではないかと思います(恥ずかしながら
私の場合、臨床に結びつかない知識は、すぐに忘れてしまいます )
。以上は例に過ぎませんが、これら
を自分なりに整理してみてはいかがでしょう。つづいて、「動きを回復させる」という、治療の方向性
と手技療法の関係です。 ≪次回につづく≫
体性機能障害はビタミン欠乏症に似ている
その3
2009-12-26 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
前回のポイントは、
「正常な『動き』を回復させることが、体性機能障害の治療であり、手技療法の
为な目標のひとつである」ということでした。そうなると、さまざまな手技療法のテクニックも『動き』
を回復させるための、あの手この手の手段にすぎない、ということになります。
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尐し変かもしれませんが、治療を『身体への説得』と例えてみると、それぞれのテクニックはこのよ
うに表現できるかもしれません。
☆ 相手(体性機能障害)に対して、正面から向き合って「がんばって動いてみて 」と説得するの
が、直接的なマッサージやストレッチ。正面から向き合うとは、直接「圧迫する」「伸ばす」
ことです。
☆ 過敏になった筋、痙攣を起こした筋に、
「そんなに興奮しなくてもいいんだよ 」と、なだめ
て落ちつかせようとさせる、カウンターストレインなどの間接法。
☆ 「自分でも動けるから、やってごらん 」と手助けする(自動介助)、筋肉エネルギーテクニッ
クやPNF。
☆ それを経て自立に導く(自動運動)、さまざまなエクササイズ。
☆ あるいは、
「動きなさい!!」とばかりにやや強引にこちらの意思を押し通す、関節モビライゼ
ーションのグレード5(=スラスト / アジャスト / HVLA)
。
などなど、相手(体性機能障害)の状態によって、こちらの出方を変えているにすぎないわけですね。
『動きを回復させる』という方向に向かうことが大切なわけですから、ひとつの方法で上手くいかな
ければ、「押してもだめなら引いてみな」という自由な発想で、他のテクニックを用いればよいわけで
す。他人を説得する場合と、そう変わりありません。
ここで整理しましょう。
其の一 体性機能障害はビタミン欠乏症のように、あるべきものがなくなることによって起こる
ということ。
其の二 あるべきものとは『動き』であること。
其の三 『動き』を回復させるための、アプローチのひとつが手技療法であること。
其の四
さまざまな手技療法のテクニックも、『動き』を回復させる手段に過ぎず、自由にアレ
ンジしてかまわないこと。
いかがでしょう?
体性機能障害の感覚的な理解から、「何をすべきか」という意識の方向、テクニ
ックの位置付けまで感じていただけましたか? ≪次回に続く≫
18
体性機能障害はビタミン欠乏症に似ている
その4
2010-01-09 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
体性機能障害はビタミン欠乏症のようなものであり、感染症のように病原体に侵されて起こるのでは
ないというイメージは重要ではないかと思います。「欠乏した動きを回復させる」というのは、手技療
法などの物理療法で行えることに直接つながり、評価から治療まで、一貫したイメージを保ちやすくな
ります。
「病原体のようなものに侵されている」というイメージを持っているという方も、ひょっとしたらい
らっしゃるのではないでしょうか。これは、手技療法など物理療法ができることに直接つながりにくい
ので、イメージとしては不向きかもしれません。また、このイメージは、「抗原と抗体」のような「鍵
と鍵穴の関係」を連想させ、身体の中で唯一の原因を探そうという姿勢に結びつきやすくなるではない
かと思います。
そこさえ治れば、他はすべて解決するというような、メジャーな治療ポイントだけを探そうという姿
勢がこれにあたります。はじめのうちは、このような魔法のようなポイントを探すことに目を奪われが
ちです。もちろん、そのようなポイントが存在することを否定しているのではありません。ケースによ
ってはあり得ると思います。
しかし、体性機能障害が回復していく道のりというのは、決してひとつとは限りません。例えば、慢
性腰痛に対し、上半身のバランスを整えることで症状が楽になることもあれば、下半身にアプローチす
ることで良くなることもあります。あるテクニックを用いて、短縮した筋を伸張して症状が落ちつくこ
ともあれば、他のテクニックを用いて、抑制によって延長と筋力低下を起こした筋のトーンを上げると
緩解することもあります。症状が慢性的であればあるほど、複合した問題で発生していることが多いで
す。
「ある特定の方法で体性機能障害が回復した」というのは、それはある仮説にもとづいて治療を行っ
たら回復したので、ひとまずその仮説は正しかったとしているに過ぎません(仮説演繹法ですね )。と
いうことは、それ以外の方法が否定されているのではなく、他の方法で良くなる可能性もあるわけです。
いろいろ方法があるといわれると、何だかややこしく混乱しそうですが、実はこれこそがとても重要な
ポイントです。
体性機能障害の治療では、アプローチのルートをどれだか多く設定できるか、ということが大切だと
思います。患者さんの身体状況によってはルートが限られることがもちろんありますが、できるだけ多
く設定しておくことは、回復への可能性をそれだけ高めることになるからです。鍵となるたったひとつ
のポイントを見つけ出そうとする姿勢も、臨床家としてのあり方のひとつかもしれませんが、私はより
多くの可能性を見つけ出そうとするスタンスも大切ではないかなと思っています。
そして、もうひとつ。回復への道のりは一つではないということは、あるアプローチやテクニックを
使って上手くいったからといって、それでメデタシメデタシではなく、他にもっと良い方法がないかを
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追求する姿勢が大切なのだということも示しています。
これまで 4 回にわたって体性機能障害にまつわるお話しをしてきましたが、記事の内容から、私が臨
床においていかにイメージや発想を重視しているのか感じていただけたかと思います。画像検査や血液
検査などによって定量化しやすい器質的障害に対して、機能的障害はそれが簡単ではありません。視診
や触診などの評価によって、頭の中で機能障害の分布や形態をイメージし、さまざまな角度からアプロ
ーチできる発想をもっておく。これが、体性機能障害の治療において必要な『臨床力』(←今風でしょ)
ではないかなと、私は思います。
手技療法にできることは「土を耕す」ことと同じ
2010-01-30 20:20:20 | 学生さん・研修中の方のために
手技療法には、さまざまなテクニック・治療法があります。そして、さまざまな効果も宣伝されてい
ます。いわゆる民間療法になればなるほど、「難病が治る」といったビックリするようなふれこみもあ
ります。
それぞれのテクニックが、本当に病気そのものを治しているのかというと、決してそうではありませ
ん。私は手技療法が行っていること、できること、というのは、基本的には「畑の土を耕す」ことと同
じではないかと思っています
土が硬いままでは、作物はなかなか育たないでしょう。芽すら出ないこともあるかもしれません。耕
すことによって、あるていど土が軟らかくなると、ミミズも動き回ってさらに軟らかくなり、通気性や
保水性が良くなって微生物も繁殖し、肥えた良い土になっていきます。つまり、「耕す」こと以外は、
自然の働きで変化しているわけです。
手技療法によって刺激を与え、機能障害が改善すると、組織の活動性が高まって、循環機能や神経機
能、呼吸機能が向上し、正常な代謝活動が再開され、ADLの向上や治癒につながっていくわけです。
「刺激を与える」こと以外は、身体の自己修復・更新機能によって変化していきます。
両者とも同じようなものだと思いませんか? どんなに難しい症状が良くなったとしても、それは身
体が治したのであり、手技療法は「土を耕した」にすぎません。ここを忘れて、テクニックの効果を華々
しく語るのは考え方の飛躍というもので、セラピスト自身がとんでもない錯覚を起こすことになります。
とくに学生さんや研修中の方は、くれぐれも注意なさって下さい
そして当然のことながら、土を耕すだけで作物は育ちません。水や日光、堆肥も大切ですし、土を休
ませることも必要になるでしょう。場合によっては、農薬や間引き(枝切り)も必要になると思います。
同じように、手技療法だけで万事OKということなどあるはずなく、栄養や運動や休息も大切です。と
いうよりもそちらが基本です。状況によっては、薬物療法や外科療法が必要なときもあります。常識的
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なことですよね。
ただ、今の医療を見渡すと、
「土を耕す」という視点がちょっとおろそかになっているような気がし
ます。土を耕しさえすれば芽が育つ状況であっても、いろいろな農薬を使おうとしたり、枝を間引くほ
うに意識が向きがちである、といえるのではないでしょうか。ここに、体性機能障害の存在と、それに
対する手技療法の有効性を、私たちが为張していかなければならない理由があるのではないかなと思い
ます。
21
Ⅱ.触診のコツとポイント
触診で制限をみつけるコツ その1
2008-07-19 20:45:43 | 学生さん・研修中の方のために
手技療法では、最終的な治療部位を触診で決定します。ですから、触診はとても大切になるというこ
とは何度かふれてきました。ところが触診していても、ふつうに触れただけではどこに制限があるのか
わからないことがあります。
≪制限というのは圧痛・硬結・瘢痕・短縮・緊張亢進・トリガーポイントなどなど、手技療法が治療
対象とする体性機能障害の部位ということにします。≫
触れたとき、下の図のように制限が逃げてしまうのですね。そのような時には、どうすればよいので
しょうか?
答えは、組織を伸張して、やや緊張させた状態で触れるということです。こうすると制限が逃げにく
くなり、異常を検出しやすくなります。伸張することで全体的に緊張させると、もともと制限があった
ところはいくらか固定されるから分かりやすくなるのですね。
例えば頚肩部なら、側屈させた状態で触れると、最も緊張している組織がピンと糸が張り詰めるよう
に、あるいは浮き上がるように感じられます。上の図では制限をオレンジのだ円で表していますが、実
際には線維性の索状に触れることもあります。この方法は全身どこにでも用いることができるので、覚
えておくとよいですよ。
反対に深部にある組織は、起始と停止を近づけて、表面を弛緩させておくと分かりやすいです。例え
ば、中殿筋の奥にある小殿筋の場合、側臥位で股関節を外転させると触れやすくなります。ついでに覚
えておきましょう。
22
触診で制限をみつけるコツ その2
2008-07-26 21:33:13 | 学生さん・研修中の方のために
前回は、組織をストレッチしておいた状態で触れると、制限の部位がよりハッキリさせやすいという
お話しでした。今回は、それにもうひと工夫加えます。
例えば咬筋の動き、ここではその伸び具合をみましょう。それには、左右の頬に手を当てて、口を開
閉すれば分かるはずですが、脂肪が厚かったり、頬のようにもともと組織のあそびが大きいとなかなか
分かり難いこともあります。このように。
一度ご自分の頬で試してください。いかがですか?
わからないときは、予め皮膚を横方向に引っぱっておいて、あそびを尐なくした状態で調べるととて
も分かりやすくなります。頬なら、下から上へ皮膚を押し上げて組織のあそびをとり、口をゆっくり開
閉してみましょう。口を開けた時に、左右を比較してより早く緊張するほうが、もともと緊張が強い方
だといえます。
今度はこの方法で、もう一度試してみてください。いかがですか?
ただ触れているだけのときよりも、分かりやすいのではないでしょうか。咬筋だけではなく、左右の
下顎頭のどちらがはやく前方に移動しているのか、ということも分かりやすいと思います。
気づいた方もいらっしゃると思いますが、この方法は ASTR の手順と同じですね。テキストにも紹介
していますが、はじめに手掌などの広い範囲で触れて、軽く組織のあそびをとる(フックポジション)。
そして、関節運動を行って組織を伸ばす(ストレッチポジション)。このとき手掌の下で、最も緊張して
いる、あるいは伸びが悪い組織を治療すべきポイントの候補にする。このようにすれば、制限が小さい
部位でも短時間で検出することができます。
もちろん ASTR だけではなく、他のテクニックを行うために検出法としても用いることができます。
今回紹介した動的な触診法は、全身に忚用できるので、それぞれの部位で工夫してみてください
23
マネすることからはじめてみよう その1 ~評価について~
2008-12-13 20:55:50 | 学生さん・研修中の方のために
医療では、治療の前に検査や評価をすることが大前提になっています。当然、手技療法もそれは同じ
です。
手技療法で用いられる評価も、さまざまな方法があります。問診によって、適忚と禁忌を大まかに判
別する。手足や体を前後左右に動かしてもらい、動きの対称性や滑らかさをみる。症状のある部位を触
診して、その組織の状態をみる。圧痛や反射や筋力をみる。などなど
学生さんや研修中の方は、きちんと評価ができるようになるため練習を重ねられていると思います。
その練習と並行して、やってほしいことがあります。それは、症状を訴えている患者さんの姿勢や、動
きをマネするということです。マネをして、自分の体のどこが緊張して疲労するか、よく感じ取って下
さい。わからなかったら、大げさにしてみるとよいでしょう。
例えば私の場合、猫背になってアゴを前に出す姿勢で座っていると、しばらくすれば首の後ろに圧迫
感と重さを感じ始めます。そのまま続けると、肩甲上部が尐しずつ緊張しはじめ、苦しくなるので顔を
尐ししかめてコメカミあたりが緊張します。やがて肩甲骨の内側に違和感が起こり、それが腰に広がっ
ていきます。と、このように自分の体に意識を集中して変化を感じ取るわけです。
続いて、異常を感じたところに手で触れて、緊張状態をよく感じ取ります。正常と比べて、どのよう
な変化がみられるでしょうか?前弯が強まり反っている後頚部と、後弯が強まりつっぱっている肩甲骨
間では明らかに異なっていると思います。こうして状態の変化を、触診によって感じ取る経験を重ねま
す。
評価技法を習得するのはセラピストとして必須ですが、このように自分自身で機能障害が起こる過程
を体感することはとても大切になります。なぜかというと、そうすることで機能障害を体の中の『連続
的な変化』として捉えられるようになるからです。
通常の評価では、頚椎の伸展が何度とか三角筋に圧痛があるなど、部位ごとにバラバラな情報が集ま
ります。しかし、筋骨格系の機能障害が単独で存在することはほとんどありません。ですから、部位ご
との情報を統合するには、身体の連続性を自分自身がよく体感しておく必要があるのです。
理論的に全身を関連づけているような考え方はいろいろあります。それらを学ぶことも大切ですし、
役にも立つでしょう。しかし、それが目の前にいる患者さんに合っているかどうかは何ともいえません。
やってはいけないことは、頭の中にある知識をよく診ないで患者さんに当てはめることです。とくに、
学びはじめの頃はけっこうありがちです。これは評価ではなく、一種のバクチです(仲間どうしで試し
てみるのはアリだと思いますが)
。
24
それに手技療法の世界には???と思わせるような、評価方法も多々あります。そのような情報に振り回
されないためにも、マネをして連続的変化を体感して、自分が感じたことと理屈のつじつまが合うか、
よく吟味できるようになる必要があるわけです。
かといって、マネさえできればいいのか?というと、そうではないのですが、尐なくとも自分の中で
実感を伴った判断材料ができるというのは意味あることだと思います。 ≪次回に続く≫
マネすることからはじめてみよう その2
≪評価について≫
2008-12-20 18:54:19 | 学生さん・研修中の方のために
患者さんの動きや姿勢をマネして、緊張状態の変化を体や手で感じ取ったら、続いてそれらの解剖学
的部位を明らかにします。解剖図譜集などが役に立つでしょう。図や写真を見てそのイメージを頭に焼
きつけながら、もう一度触診しましょう。こうして手の感覚と、頭の知識がリンクしてくるわけです。
学生時代に学んでいるときは、どうしても知識の記憶が優先されがちです。それも大切なことですが、
「知っているけど触れない」では現場で役に立ちません。
最近は書店でも、触診の方法を写真つきで紹介した書籍を多く見かけるようになりました。触れて覚
える、これはたいへん良いことだと思います。私は学生だった頃、頭で筋肉の起始と停止を覚えようと
していましたが、脳ミソが受けつけなかったのか結局最後の国試まで…、正しくは国試後も覚えること
はできませんでした。ようやくできたのは卒業後、自分の体で触診しながら覚えるということを行って
からでした。
ところで触診の本は、筋肉や骨などの解剖的名称に則って解説しています。例えば、上腕二頭筋なら
起始と停止と表して、その形態を触診するといった具合です。ところが前回の記事にもあるように、臨
床では上腕二頭筋だけがクッキリと機能障害を起こして、他は大丈夫などということはほとんどありま
せん。上腕二頭筋へのアプローチのみで良くなることもありますが、関連しているその周囲もケアして
おかないとなかなか回復しないとか、あるいはすぐに再発しやすいといったことも起こります。そのた
めにもマネをして機能障害の連続性を体感し、それが解剖の知識と連動できるようにしておく必要があ
るわけですね。
この経験を重ねると、機能障害を起こしている部位から、クセのある姿勢や動きを予想しやすくなり
ます(こんなことを書いていますが、私もまだまだわからないことはたくさんありますよ)。そうすると
患者さんにも「こんな動かし方をしたり、姿勢をとっていませんでしたか」などという質問ができるよ
うになります。偏った動かし方や姿勢は、患者さんも自覚していないことがあるので、言われてはじめ
て気づく方もいらっしゃいます。その場ではっきりしなくても、これを機会に患者さんは自分自身の観
察を始めるので生活を送る中でハッと気づき、後日「じつは、こんなことをしていました」と報告を受
けることもあります。
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症状のなかには、患者さんが体の使い方を変えない限り良くならないものもあるので、こうして気づ
くことが治療や予防につながっていきます。そして、その報告を聞くことによって、私たちも洞察力を
より深めていくことができるわけです。というわけで、ドンドンまねして体得しましょう。
片マヒで上肢の屈曲回内位が続くと、どのような感じがするでしょうか。10 分でもよいのでその姿勢
を保ってみましょう(できれば痙性を再現させるために尐し緊張させて) 。ぶんまわし歩行をしばらく続
けると、どんな感じがするでしょう?腰の具合はどうですか?これらはすべて生きた知識になり、その
まま治療に直結していきます。 ≪次回に続く≫
マネすることからはじめてみよう その 3
≪評価について≫
2008-12-27 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
じっとしている姿勢をマネしているときに、注意したいことがあります。それは「受動的短縮」です。
これは、筋肉の起始と停止が近づいた状態のまま長い時間過ごすことで、その筋肉が縮んでしまうこと
です。まわりの状況によって縮まされるので「受動的」というわけですね。じっとしているときに表面
がタルんでいるところ、と言い換えてもよいでしょう。
例えば、猫背の姿勢でイスに座っているとします。このときに受動的に短縮しているところは…
後頚部…アゴが前に出て後頭部と胸椎が接近し、頚椎が伸展位をとることで後頚部の筋肉は短縮
します。
腹部…脊柱が円背位を取ると胸郭と骨盤が接近し、腹直筋や腹斜筋などが短縮します。
ハムストリングス…円背位に伴い骨盤が後傾位をとることで、ハムストリングスが短縮します。
大まかにはこんなところがあげられるでしょうか。そうそう、肩が前にいくことで胸部の筋も短縮す
るかもしれません。
受動的短縮で注意したいというところは、緊張している部位と異なり、比較的自覚しにくいというこ
とです。私は猫背で座っていると後頚部は違和感を持ちますが、腹部やハムストは何も感じません。で
は、何も感じないところは何も悪さをしないのかというと、決してそんなことはありません。
本格的に短縮したままにると、腹部やハムストは猫背の姿勢のまま身体を固定させようとする力にな
ります。すると、私の後頚部にはつねに負担がかかり続けることになり、慢性的な頚の痛みを起こすこ
とになります。頚の症状を治すために、いくら頚を治療しても、その時は楽になるかもしれませんが、
生活しているうちにすぐ再発してしまいます。なぜなら、腹部やハムストの短縮によって、すぐに猫背
になるために頚にストレスをかけ続けるからです。
この場合、腹部やハムストは症状を持続させる原因となるので「持続因子」ということができます。
受動的短縮を起こした部位は、他のところで発生している症状の、持続因子になる可能性があるわけで
す。しかも、自覚されないために見過ごしてしまう可能性も高くなります(臨床では見過ごしを防ぐた
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めに動的な評価をすることによって、異常をよりハッキリさせる必要があります。また不良姿勢の問題
は、緊張や短縮と同時に、延長や筋力低下も合わせて考えないといけません。)。
ですから、じっとしている姿勢をマネしているときは、緊張している部位を感じることもさることな
がら、力が抜けてタルんでいるようなところがないかもしっかり意識しましょう。そこが受動的短縮を
起こす可能性がある部位になると共に、治療ポイントの候補にもなります。
≪次回に続く≫
マネすることからはじめてみよう その 4 ≪評価について≫
2009-01-10 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
「受動的短縮」とは、筋肉の起始と停止が近づいた状態のまま長い時間過ごすことによって、その筋
肉自体が縮んでしまうことでした。猫背の姿勢で座り続けることを例にして、後頚部や腹部、ハムスト
を受動的短縮が起きる部位としてあげました。ここで、受動的な短縮を起こしたところは自覚しにくく、
私も腹部やハムストは何も感じないと書きましたが、もちろん症状を出すこともあります。
例えばハムストの短縮があると、膝の完全伸展が妨げられます。膝は、完全伸展位で下腿が外旋する
ことによってロッキングが起こり、関節が安定します。よって膝の完全伸転が妨げられると、関節の安
定性が得られないために負担がかかり、膝の痛みが起きやすくなります(特に内側ハムストの短縮によ
って、下腿の外旋が制限されると影響はより大きくなります)。実際に、何年もデスクワークを続けて
ハムストがすっかり短縮しているのに、急にジョギングを始めた結果、膝を痛めた患者さんにそれが起
こっていたこともありました。
ジョギング中に腹痛を起こす原因が、実は腹直筋の短縮だったということもあります。夜間 、仰向
けで寝ているときの腰痛を訴える方では、短縮した腹直筋の関連痛としてそれが起こっていたケースも
ありました。同じ就寝時の腰痛が、腸腰筋の短縮によることもありますし、大腿直筋や大腿筋膜張筋の
短縮によって骨盤が前傾して腰椎が過伸展し、ちょっと動いた拍子に腰部多裂筋が反射的なスパズムを
起こして腰痛になることもあります。機能障害による発症パターンは、挙げればきりがありませんね。
ちょっと話が広がりましたが、受動的短縮などの機能障害が連続して起こっいていたとしても、私の
場合は頭痛、人によっては腰痛や腹痛、あるいは膝の痛みと実際に発症する部位はそれぞれです。なぜ
そのようなことが起こるのか?いちばん弱いところに出るとか、機能障害の程度が強いところから起こ
るとか、いろいろ考えられますが、ホントのところは私には分かりません。この、機能障害≠症状とい
うことが、ややこしいところです。
だからこそ問診や視診、そして触診によって、その患者さん固有の問題を評価できることが重要にな
ってくるわけですね。そうなるための練習法のひとつとして、患者さんの動きや姿勢をマネすることは、
とても勉強になるわけです。ちょっと強引なまとめ方だったかな?
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社会人アスリートのスポーツ障害
2009-02-21 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
最近のマラソンブームのためか、社会人ランナーの相談も多くなっています。ランニング中に痛みが
起こるなら、身体のバランスの他に、フォームが問題なのか?靴が問題なのか?などとランニングに関
係する何かがおかしいとふつうは考えます。しかし、他に原因があることもまれではありません。
先日、数ヶ月前からマラソンを始めたという方から、「走っていると、右のアキレス腱が痛くなって
くるんですよ」という相談がありました。いろいろ調べて気になったのは、右の下腿三頭筋です。
不思議なことに腓腹筋はさほどでもないのに、ヒラメ筋だけ異常に緊張していました。当然、ランニ
ングでは腓腹筋も働くので奇妙なことです。反対側の左腓腹筋・ヒラメ筋は、ともにほぼ同じ状態です。
念のため、ふだん履いている靴の底を見せてもらいました。右のヒラメ筋を、特に強く働かせる走り方
をしているなら、靴底の減り方も左右差があるはずです。しかし、それもはっきり差が出ているという
ほどではありませんでした。
治療をしながらいろいろ話を聞いたのですが、なかなかピンとくるものがありません。仕事はデスク
ワークで一日中イスに座っているということから、ふと思いついて、「座っているとき、右のつま先を
立てているなんてことはありませんか?」とたずねました。このポジションは腓腹筋を弛緩させ、モゾ
モゾ動かすときにはヒラメ筋が緊張します。
しかし、患者さんも首をかしげるばかりでした。結局その日は、ヒラメ筋へのセルフケアをお話しし
て終了となりました。
そして、次の来院日。患者さんがやって来るなり、開口一番で「いや~ビックリしましたよ。自分で
も気がつかなかったんですが、右のつま先を立てて座っていました」とお話しされました。どうやら仕
事中、無意識につま先を立ててヒラメ筋を短縮させ、しかも、仕事が忙しくなると力が入って緊張させ
ていたようです。
それが歩く程度なら影響なかったのですが、ランニングをするくらいの負荷になると、耐え切れなく
なって痛みを起こしたというわけでした。それからは仕事中の右足の位置に気をつけながら、ヒラメ筋
のストレッチを続けることで症状は起こらなくなりました。
他の相談でも、走っていると身体が左に寄っていくという原因が、フォームや身体のバランス以前に、
職場で身体を左に傾けてパソコン入力を続けていたためということもありました。
ランニング中に痛みが起こるなら、ふつうはランニングに関係する何かがおかしいと考える…という
よりも、ランニング関連のことに考えが偏り、固定されてしまいやすいといったほうがいいかもしれま
せん。しかし、それ以外の生活の中でも、身体のトラブルを起こす可能性は十分にあります。
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社会人の場合なら、いくらがんばっても仕事より多く練習に時間は取れないはずです。そのため、仕
事中の身体の使い方によってムリを重ねたところが、ランニングなど趣味のスポーツで痛み出すという
のはよくあります。ここは大切なポイントですよ~。
迷ったときは「パッチテスト」
2009-08-22 20:00:00 | ASTRについて
ASTR に限らず、禁忌の判断はとても大切です。ASTR の場合は体表から組織を引っかけるようにし
て伸ばすので、とくに出血傾向の方には注意が必要です。
局所的な炎症や皮膚疾患の場合は判断しやすいのですが、ヘパリンやワーファリンなどの抗凝固剤の
投与や、長期間のステロイド服用、あるいは、もともとの体質によって出血傾向がみられるときは、ど
の程度の刺激を入れてよいものなのか迷うことがあると思います。
経験を重ねると、加減を上手くコントロールできるようになるので、問題は起きにくくなるのですが、
慣れないうちは心配だと思います。それに内出血してアザだらけになり、患者さんが不安になったり、
思わぬトラブルになっても困りますよね。
そんなときにオススメしたいのが、
「パッチテスト」です。そう、薬剤などにアレルギー反忚を起こ
すかどうかを調べる検査法ですね。ASTR の場合は、塗ったり貼ったりするわけでないので「パッチ」
とはいえないかもしれませんが、あの要領でテストをするわけです。
方法は、患者さんに「内出血するようだったら困るので、まずテストをしますね」ということをお伝
えし、同意していただいた上で、対象となる部位の一か所に ASTR を行います。そして、次回来院され
たときに結果を確認し、問題なかったようなら自信をもって ASTR を使っていくことができます。仮に
内出血したとしても、あらかじめ患者さんにテストである旨を伝えてあるので不安になることもないで
しょう。アレルギーのパッチテストの反忚として腫れたとしても、それを心配する人はいないというの
と同じですね。この方法は、ASTR 以外にも用いることができます。
もちろん、はじめに問診で内出血しやすいかとか、ぶつけるとすぐアザになるかなどを確認しておく
ことも忘れてはいけません。それからテストでOKだったとしても、「治療によって、もし内出血を起
こすようだったら、すぐに教えて下さいね」と、患者さんにお話ししておくことはとても大切です。患
者さんが医療不信を起こすきっかけは、ほんのわずかなことからはじまります。この一言があるかない
かで、まったく違ってくるはずです。
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整形外科テストと軟部組織の評価を同時に行う
2009-10-24 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
私たちは、徒手的な整形外科テストを日ごろからよく行っています。ラセーグテストや、SLRなど
の腰椎のテンションサインをはじめ、胸郭出口症候群を評価するライトテスト、陽性なら頸椎の神経根
障害を疑うスパーリングテストなどなど。関節可動域(ROM)検査もよく行いますよね (私はROM検
査を目測で行っているので、いい加減だと思います)。
みなさんは、その時一緒に軟部組織の評価も行っていますか? していないようなら、ぜひ行ってみ
て下さい。ラセーグテストやSLRなら、下肢を挙上して陽性の有無を確認し、続いてそのままハムス
トリングスの状態を触診します このとき、緊張状態の分布を把握するようにしましょう。ちょうどハ
ムストリングスはストレッチされている状態なので、ある程度緊張していますが、もともと短縮がある
ところは、周囲よりもより強く緊張しているはずです。
それはどこでしょうか? 起始側でしょうか? 停止側でしょうか? 外側でしょうか? 内側でしょ
うか? おおまかにでも構わないので、緊張状態の分布をイメージとしてつかんでおきましょう。これ
を把握しておくことは、治療のときにとても大切になります。
記録としては、ハムストの短縮と記しているとしても、実際はハムストの全てが短縮しているとは限
りません。例えば、過去に肉ばなれを起こした部位の周囲に線維化を起こしているときなどです(昔の事
だったら、患者さん本人も忘れていることがあります)。ASTRなど手技療法を用いるときは、その部
分に刺激を集中させる必要があります。その部位がわからないまま、ただ漠然とハムスト全体を刺激し
ても、効果を上げないかもしれません。
ライトテストなら、胸郭の状態を触診しましょう。スパーリングテストなら、頚部側面の状態も触診
しましょう。緊張状態の分布は、頭の中で地図のように図的にイメージしておくようにします。これが
慣れてくると、筋骨格系の状態を 3 次元的にイメージできるようになりますよ。
「かたい」ときほど「やさしく」触診する
【 触診五話
その一】
2010-05-01 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
触診を行っていると、緊張が強くなって「かたく」感じる部位をみつけます。そのようなところがあ
ると「オヤッ、これは何だろう 」といろいろな方向から押さえて探ろうとします。このとき、より正
確に状態を把握するため大切なことは「かたい」と感じるときほど「やさしく」触診するということで
す。
「やさしく」とは、指先に強く力が入っていないということです。慣れていない方ほど異常なところ
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をみつけると、指先に力を入れてグイグイ押さえようとしがちです。しかし、こうするとかえって分か
りにくくなります。手に力が入ると、感覚が鈍くなるからです。
より「深く」触診する必要があるときは、「押し込む」のではなく、セラピストの手を患者さんの身
体を預け「沈んでいく」ように押さえましょう。腕立て伏せをしたとき、腕で地面を押してはいません。
あくまで、身体を支えているだけです。この要領で、深いところに触れていくわけです。外から見た動
きに、あまり大きな違いはないように見えるかもしれませんが、感覚の敏感さは全く違います。
話は反れますが、患者さんの身体を操作しているときにも注意点があります。それは、患者さんが緊
張して「力を入れたとき」ほど、セラピストは「力を抜く」ということです。こちらも慣れないと、つ
いつい力比べをしてしまいます。こうなると治療どころではありません。
例えば、亓十肩の場合がそうです。可動域回復のためにモビライゼーションが必要でも、緊張のため
に力んでいる患者さんもいらっしゃいます。そんなときに「必要だから 」ということで、ムリやり動
かそうものならスパズムを起こして、より悪化する可能性があります。
患者さんが力を入れたときほど、セラピストは力を抜き、手で身体を「つかむ」というより「支える」
「そえる」ようにし、口頭で指示しながら操作するようにします。こうすると、緊張で力みがちな患者
さんも、自分の怖くないペースでゆっくり動かしてくださいます。そして制限された可動域まで達した
とき、尐し力を加えてモビライゼーションを行うようにします。これなら安全に実施できるでしょう。
≪次回に続く≫
深部の触診は「身体を沈めて」行う
【 触診五話
その二】
2010-05-08 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
≪今回は、前回尐しお話した「身体を沈める」という操作方法を、掘り下げていきたいと思います≫
人間の身体は、皮膚 ⇒ 皮下組織 ⇒ 筋肉 という具合に層構造になっています。尐々乱暴なイメー
ジですが、人間の身体は「たまねぎ」や「バウムクーヘン(←私の好物です)」みたいなものだと表現で
きるかもしれません。???と感じられるかもしれませんが、このような視点を持つことで見えてくる
ものもあると思います。
それはさておき、体性機能障害は浅層から深層までの、いずれの部位でも発生する可能性はあります。
ですから、浅層に問題なければ深層へと触診を進めていかなければなりません。そのときの身体の使い
方として、コツや注意点があります。
それは、「手先の力で押しこまない」ということです。同じようなことはこれまで何度もお話しして
きたので、耳にタコでちょっと「ウンザリ」かもしれません。でも大切なことなので、実際の動きを交
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えてお伝えしたいと思います。
左下の写真は、手が宙に浮いている状態ですが、身体に触れている状態だと仮定します。( 携帯の写
メで、セルフタイマーを使って撮ったら、首なしで、こんな端っこに写ってしまいました )
≪コンタクトポジション≫
≪手先の力を用いた望ましくない触診≫
ここから、深部に触診していくときにありがちなのNGが、手先をはじめに動かし、続いて肘を伸ば
していくというものです(右上)。こうすると手先に力が入りやすくなるために、指の感覚が落ちてし
まいます。また、触れられた印象も鋭く感じるので、患者さんは緊張しやすくなり、ますます正確な触
診ができなくなります。すると、わからないものだから、ますます手に力を入れて探そうとする。患者
さんはさらに緊張する。…悪循環に陥ってしまうわけです。
患者さんにリラックスしていただき、正確な触診を行うためにも、指はできるだけ力まない状態をキ
ープさせなければなりません。そのためには、手から離れたところから動かすようにします。まずは、
膝を曲げて腰を落としましょう。そうすると、手は体の深部に自然と進みます。さらに肩を落として肘
を伸ばします。すると手はさらに深部まで進みます。
≪膝を曲げて手を沈める動き≫
≪肩を落とし、肘を伸ばして手を沈める≫
深部まで進んでも、手先の力は使っていないので、手指には余裕があります。そのため、より鋭敏に
組織の状態を感じ取れると同時に、調べる方向に向けてわずかな微調整も行いやすくなります。また、
身体の力を使っているために、あたりがやわらかく、患者さんも安心して受けることができます。結果
的に、より正確に組織の触診ができるわけです。以上の一連の動きが、「身体を沈める」という操作で
す。
「沈める」という表現が、いまいち分かり難いかもしれませんが、周囲が動くことで、手が勝手に「沈
んでいく」という状態で触診するわけです。先週の記事では、
「やさしく」
「深く」触診することを「手
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先に力を入れない」
「身体を預ける」と表現しました。それをより細かく説明すると、以上のような身
体操作になります。
今回お話しした方法は、マッサージや指圧で行う「圧迫法」と同じです。圧迫法というと、こちらか
ら働きかけるようなイメージがありますが、じつは感じ取るための技法でもあるのです。ただグイグイ
と押しているだけではいけない ということですね。
ぜひいちど、
「手先で押しこむ」ような動かし方と、
「身体を沈める」動かし方、どちらの方が分かり
やすいか、心地よく受けることができるか、仲間同士で練習してみて下さい。意外なほど大きな違いが
あると思いますよ。 ≪次回に続く≫
軟部組織の触診は連続的変化を追う
【 触診五話
その三 】
2010-05-15 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
体性機能障害の評価では、以下の3つを为に診ます。
「左右の対称性」
「可動範囲」
「組織質感の異常」
このなかで、
「組織質感の異常」を検出するのが、触診の重要な役割になります。
「左右の対称性」や
「可動範囲」は視診でも行えますが、組織質感は触診でしか診ることができません。組織質感の異常を
触診するとは、組織の質的変化を手で感じ取るということになります。
質的な変化を感じるときに大切なことは何でしょうか?軟部組織は連続性のある組織です。ですから、
連続性の中で質的変化を捉えることが重要です。具体的には触診のとき、
「さする」
「なでる」ように連
続的に触れていくということです。
≪連続的触診≫
≪断続的触診≫
ポンポンと跳ねるように触診するのは「連続的」ではなく「断続的」です。断続的な触診でも、異常
をみつけることは可能かもしれません。しかしそれでは、機能障害を立体的に感じ取ることが難しくな
ります。
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触診では、機能障害が「どこが」「どの範囲で」「どの深さの」「どの方向に」存在し、それが「解剖
学的に何であるのか」を判断する。つまり、機能障害を立体的に捉えることが重要です。
組織を「さする」なかで、機能障害の存在するのは「どこか」がわかったら、そのまま「どの範囲で」
を特定します。それから、手指を沈めて「どの深さの」「どの方向に」を検出していくわけです。私と
しては連続的変化を追うように触診されることをおすすめします。
伏臥位で後方から押圧を加える脊柱のスプリング検査でも、手を身体から離さず、脊柱の上をすべら
せながら行うと、より分かりやすいと思います。組織の連続的な質的変化を追うために、大切なことが
「身体の操作」です。次回は、その方法をお話したいと思います。
連続的変化を触診するための身体操作
【触診五話
その四】
2010-05-22 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
組織の連続的な質的変化を追うために、大切なことは「身体の操作」です。
「さする」
「なでる」とい
う操作のとき、はじめから手先や手首を大きく動かして調べるのではありません。
触れた状態から(左下図)
、はじめに手を動かすのではありません。ここでも「身体を沈める」操作
同様、手から離れたところから動かすようにします。
≪コンタクトポジション≫
≪腰を引いて手を動かす≫
≪肘を引いて手を動かす≫
まず、腰を引き(上中央図)
、次いで肘を引いて触診していきます(左上図)
。このように 触診のた
めの操作を「身体を引く」という大きな動作で行うことによって、指は感じることに集中しやすくなり、
組織の連続的変化の中で起こる、質的な異常を捉えやすくなります。また深部を診るなら、「身体を沈
める」操作を加えます。すべてつながってきますよね。
ここで紹介した「さする」
「なでる」という身体操作は、マッサージでいう「軽擦法」そのものです。
前々回の「圧迫法」同様に、決して特殊なものではありませんが、上で述べたような操作することが大
切になります。しかし、
「圧迫法」は体重をのせて押さえるだけ、
「軽擦法」は手でさするだけ、と考え
ている方は意外と多いように思います。大切な基本を、おざなりにしてはいけません
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マッサージは「軽擦に始まり、軽擦に終わる」と言われます。軽擦法によって、はじめに患者さんの
身体に手を馴染ませて、マッサージを受ける準備をさせたり、マッサージよって興奮した組織を、最後
に落ちつかせることを目的としています。でも私には、評価と再評価のために「きちんと触診しなさい
よ」というメッセージであるようにも聞こえます。そして、きちんと触診するためには、それを支える
身体操作が重要になるわけですね。 ≪次回に続く≫
触診とテクニックの身体操作は同じ
【触診五話
その五】
2010-05-29 20:20:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回のシリーズでは、触診によって組織の質的な変化を感じるための、身体操作法についてお話をし
てきました。
「身体を引く」
「身体を沈める」操作は、
「軽擦法」
「圧迫法」と同じ方法だとお伝えしてき
ましたが、これは体幹などの大きな部位だけに用いるのではなく、DIP 関節など手足の小さな部位でも
同じです 。
体幹はイメージしやすいのですが、小さな部位はピンときにくく、どうしても手先の力に頼りがちで
す。でも、このような小さな部位の操作でこそ、質的な変化を感じるためには、身体を大きく動かして
練習することが大切です。
「小さな操作は大きな動作で行う」≪参照:p.82≫ですね。
「ひとりでできる!! 関節あそび検査練習法」≪参照:p.53≫で DIP 関節を取り上げたのは、そのよ
うなことを知っていただきたいためでもありました。もう一度、身体を大きく動かして、DIP 関節の関
節あそび検査を練習してみてください。手先だけの力を用いた場合と、明らかに印象が違うと思います。
ところで、もしかしたら混乱されるかもしれませんが、この際ですので大切なことをお話ししたいと
思います。一見、評価である触診と、治療法であるテクニックは別々のようにみえます。評価と治療は、
油断するとナアナアになるので、臨床を進める上では分けて考えるべきものですが、身体操作という観
点からは分けてはいけません。
触診のときは感じることに専念して、テクニックのときは行うことに集中する、ではイケナイわけで
す。圧迫法のときにもお話ししましたが、手技療法のテクニックは「働きかける技法」であると同時に
「感じ取る技法」でもあります。これらが両立していないと、思わぬ事故を招く可能性もあります。
「両立」と申しましたが、小姑のようなことを言えば、これもすでに両者を分けて考えていることに
なります。身体を動かすことと感じること、知覚と運動は生理学的には分けることができても、実際の
行動レベル(つまり身体の操作)では分けることができません。分けて考えることは、分類や整理をする
うえでとても便利な半面、行動レベルでは弊害も生んでしまう可能性があります。
尐々乱暴な表現をしますと、身体を操作するという観点からは、触診とテクニックは便宜的に名称を
分けているにすぎません。両者の違いは、身体を動かす範囲、加える力、スピード、この3つのレベル
の差です。
35
触診のとき、すでに患者さんに働きかけているのであり、テクニックを行っているときは、常に患者
さんのことを感じながら行わなければなりません。触診の「触れる」という行為を行った瞬間、患者さ
んの心身に影響を及ぼしています(もっと言えば、会った瞬間から影響を及ぼしています )
。
テクニックの時に行う触診は「モニター」と呼ばれています。モニターによって、機能障害に対して
正確にコントロールされた刺激が及んでいるかを感じ取り、患者さんが不用意に力を入れたり、緊張し
たときにはセラピストは直ちに力を抜くなど適切な対忚が可能になります。
【触診亓話 その一】≪参照:p.30≫でお話しした、「やさしく触れる」ことと「力を抜く」ことは、
別々ではなく、同じループに含まれるわけです。何気なくサラッと書いていたように見えたかもしれま
せんが、別なものではないということは大切なポイントです。
手技療法の身体操作において、
「評価と治療」「触診とテクニック」「感じる技法と働きかける技法」
は同じものであるということ。ちょっとややこしかったかもしれませんが、お分かりいただけたでしょ
うか。無意識にできている方も多いと思います。何てことないように感じるかもしれませんが、とても
大切なことだと私は感じているので、確認の意味も込めてぜひ押さえておいてください。
イカンイカン、何だか酔っ払い親父みたいにくどくなってきたナァ。 【触診亓話 おわり】
体性機能障害の評価の流れ1
~左右の非対称性~
2010-06-12 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回のシリーズは、評価のおおまかな流れについてお話したいと思います。評価で最も大切なのは、
適忚と禁忌の鑑別なのですが、今回はそれをあえて外し、機能障害を特定するまでの流れに重点をおき
ます。
先月アップしました「触診亓話:その三」≪参照:p33≫のなかで、体性機能障害は、「非対称性
(Asymmetry)」
「関節可動域
(Range of motion)」
「組織質感 (Texture of tissue)」の3つを評価する
とお話しました。
実はこの3つ、何気なく並んでいるのではなく、評価の順番も示しています。「非対称性」⇒「関節
可動域」⇒「組織質感」という順で評価していくわけです。英語の頭文字をとって、
『 A R T 』 と記
憶する方法もあるようです。
それでは、はじめましょう。まずは「非対称性」です。最初は、基本的に動かない静的な状態で姿勢
を評価します。ランドマークとなる指標を手がかりに、位置的な上下・左右・前後のちがいをみるわけ
ですね。正面から見て、鼻とヘソを結ぶラインがまっすぐか。背面から見て、脊柱のラインがまっすぐ
36
か。側面から見て、耳孔と肩峰のラインがまっすぐか。肩や骨盤の高さは地面に対して平行か、などを
みるわけです。
そして、もうひとつは肥大や萎縮など、筋の発達の程度も調べます。萎縮や肥大をみるときは、反対
側との比較が参考になります。もちろん、両側とも萎縮していることもありますから、他の人と比べて
という視点から診ることも必要ですよ。
姿勢の非対称性について注意しなければならないのは、この段階では、どこに、どのような機能障害
があるかを決定することはまだできないということです。位置が左右でちがう、背骨が曲がっていると
いうだけで何か判断せず、情報としてはあくまで手かがり程度にとどめましょう。
例えば、左下の写真をみただけでは、
「右肩が上がっている」といえるのか「左肩が下がっている」
といえるのか、分かりません。機能障害がどちらにあるのかわからないからです。これを明らかにする
には、動かしてみる必要があります。
「関節可動域」をみるわけですね。では、両腕を挙上してみまし
ょう(右下)
。
≪上肢下制位≫
≪上肢挙上位≫
左腕は、完全に挙上できているのに対し、右腕は制限を起こしています。ここではじめて、「上がっ
ている右肩が挙上制限を起こしている」という表現を用いることができるわけです。実際の臨床では、
他にもさまざまなパターンの機能障害が起こりますが、まずは、シンプルなこのかたちを基本として押
さえておいてください。次回は、
「関節可動域」に含まれる項目をみてみましょう。
体性機能障害の評価の流れ2
~可動範囲と動きの質~
2010-06-19 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
体性機能障害の評価では、はじめに「左右の非対称性」を評価して位置的変化を認めたら、次に「関
節可動域」をみて、どこに、どのような運動制限があるかを調べます。この「関節可動域」をみるとき
には、
「可動範囲」
「可動域内の動きの質」
「関節終端感覚」の3つのポイントがあります。
まずは「可動範囲」
、狭い意味での「関節可動域」ですね。これには、
「絶対的」と「相対的」の2つ
あります。
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「絶対的な可動範囲」とは、解剖学やリハビリテーションのテキストに記載されている可動範囲です。
肩の挙上なら 180°、水平外転位からの外旋なら 90°、内旋なら 70°というような、教科書的な可動
範囲のことです。
「絶対的な可動範囲」は一忚の基準にはなりますが、実際の臨床でむりやり当てはめて、正常な範囲
まで回復させようとすると事故を起こしかねません。可動範囲はもともと個人差がありますし、人によ
っては先天的な骨の形態から可動域が生理的に尐ないこともあるからです。例えば、股関節の前捻角が
大きい・小さいなどです。前捻角が大きいと外旋が、小さいと内旋の可動域が尐なくなります。
ですから、その人の中で可動域を比較する必要があります。これが「相対的な可動範囲」で、「関節
可動域」の「非対称性」をみます。相対的な可動範囲のほうが、その人にとっての問題点を明確に示し
ています。臨床では、絶対的と相対的の可動範囲を天秤にかけながら、どの範囲まで回復するのがその
人にとって望ましいかを判断していきます。
続いて「可動域内の動きの質」です。可動域をみるなかで、同時に、動きの協調性や滑らかさも調べ
ます。臨床では、見た目に明らかな可動域の制限がなくても、協調性の異常によって症状を起こすこと
もあります。
例えば前回も紹介した左下の写真では、右肩に可動域制限がありますが、左肩は完全に挙上できてい
ます。このようなケースでは、ふつうは可動域制限のある右肩に訴える方が多いのですが、なかには右
ではなく左肩に痛みを訴える方もいらっしゃいます。
≪上肢挙上位≫
≪上肢下制位≫
挙上前の状態をみてみると、左肩が下がっていることによって、肩甲骨は下制し、下方回旋していま
す(右上)
。すると、挙上時に肩甲上腕リズムによって起こるはずの、肩甲骨の挙上と上方回旋が制限
されてしまいます(肩の挙上運動 180°のうち、120°が肩甲上腕関節、60°が肩甲胸郭関節によって行
われます )。
これがそのまま可動域制限として現れることもあれば、肩甲上腕関節が肩甲胸郭関節の可動域を代償
し、左上の写真のように、全体としての動きは確保できていることもあります。後者の場合、一見する
ときれいに腕が挙がっているようにみえるのですが、実は肩甲上腕関節は過剰可動によって負荷がかか
り続けるため、やがて痛みが現れてしまうということになります。
38
このように全体の動きは正常でも、その内訳やリズムがおかしい、つまり協調性の異常も体性機能障
害として発生します(前回のおわりに書いた、明らかな可動域制限の部位に症状を訴えるというような
シンプルなケースばかりではありませんというのは、この例えのようなことが起こるからです )。協調
性の異常があると、自動運動も滑らかさがなくなり、ぎこちなさを認めやすいので、そこを注意して観
察するようにします。
ちなみに、ここまでの「非対称性・可動範囲・可動域内での動きの質」をみるのが『動作分析(また
は運動分析)
』と呼ばれるものです 運動療法では、この動作分析に基づいて、可動域そのものを改善し
たり、運動のリズムやパターンなどを修正するプログラムを組んでいくということになります。
続いて「関節終端感覚(エンドフィール)
」
。ここからは手技療法を実施する上で重要になる評価です。
体性機能障害の評価の流れ3
~ エンドフィール 1 ~
2010-06-26 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
前回の記事で、「股関節の前捻角が大きいと外旋が、小さいと内旋の可動域が生理的に尐なくなるの
で、その人の中で可動域を比較する必要がある」というお話をしました。けれどもこれだけでは不十分
です。前捻角が左右同じとは限らないからです。
そのために必要な評価が「関節終端感覚(End feel)」です。これは専門書でも「エンドフィール」と
表記されることが多いので、そちらを用いることにします。エンドフィールは、関節のあそび検査で可
動域の終端部に達したとき、弾力性があるか、硬いものがあたっているような硬さかという感触をみる
検査です。
この、フィール(Feel=感覚)という表現を用いるあたりが、定量的に測定することが難しい、体性
機能障害の性質をよく表していると私は思います。
エンドフィールは、
「軟らかい弾力性(Elastic Soft / ES)」「硬い弾力性(Elastic Hard / EH)」「骨性の
硬さ (Bony Hard / BH)」の、
」大きく 3 つに分けられます。
「軟らかい弾力性」が正常になるわけです
が、それが「硬い弾力性」であるとき、関節機能障害を起こしている可能性が高くなります。
でもそうはいっても、何が硬くて何が軟らかいのか、はじめのうちはなかなか分かりません。これが
わからないと手がかりをつかむことができないので、まずは、硬い弾力性と軟らかい弾力性を感じ分け
られるようにならなければいけません。その感触のちがいを、手関節を使って体感していただきたいと
思います。
まず下の写真のように、一方の手を広げて 手首の力を抜いて曲げ、その上にもう一方の手を乗せま
す。
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上に乗せた手で、下の手に下方向 に向けて圧力を加えていきます。動いている途中の抵抗感と、動
きが止まったところで軽く「もうひと押し」したときの抵抗感である、エンドフィールをよく覚えてお
きましょう。仮に、これが正常な「軟らかい弾力性」の硬さだということにします。
≪軟らかい弾力性の例≫
いちど上の手をゆるめましょう。続いて、今度は下の手で握りこぶしをつくります。この状態で先ほ
どと同じように、上の手で下の手を圧してみましょう(下)
。
≪硬い弾力性の例≫
いかがでしょう?動いている途中の抵抗感と、エンドフィールがはじめと比べて「硬く」なったよう
に感じられませんか? この質的な変化が、
「軟らかい」と「硬い」の違いです。ついでに、可動域も減
尐していることが確認できると思います。
今回ご紹介した方法は、手関節伸筋の緊張を変化させただけなので、あくまでも例えですが、大切な
ことは同じ関節で起こる質的な変化です。質的な変化を感じるには、練習によって経験を積む、つまり
場数を踏むしかありません。ひたすら練習、練習です。
幸い私たちには、ひとりに一体、自分の身体があるので練習相手に困りません(変な表現だったか
な?)
。暇をみつけては、自分の身体のさまざまな関節に触れ、練習を重ねましょう。そのときも、た
だボンヤリと機械的に動かすのではなく、よ~く感触を味わいながら、経験値を上げていってください。
≪次回に続く≫
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体性機能障害の評価の流れ4
~ エンドフィール 2 ~
2010-07-03 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
関節の終端感覚、つまりエンドフィールは、
「軟らかい弾力性(Elastic Soft / ES)」
「硬い弾力性(Elastic
Hard / EH)」
「骨性の硬さ (Bony Hard / BH)」の、
」大きく 3 つに分けられます。 前回は「軟らかい弾
力性」と「硬い弾力性」の質的な違いを感じ分ける方法を紹介しました。その中で、
「軟らかい弾力性」
は正常としましたが、注意が必要なのは「可動性亢進(または過剰可動)
」の存在です。
可動性亢進は、関節周囲の靭帯などが弛緩することにより、正常以上の可動域を持ってしまっている
関節のことです。つまり、抜けかけの歯のようにグラグラになっている関節です。可動性亢進関節には、
関節モビライゼーションは禁忌です。グラグラになっているところに、グラグラになるような刺激を加
えるのは、とんでもないことだからですね。
では、いかにして可動性亢進関節を見分けるのか?肩関節のルーズショルダーや、内反捻挫を繰り返
した足首ように、四肢でそれをみつけるのはさほど難しくありません。けれども脊柱に関しては、可動
性が減尐した関節をみつけるよりも、難易度は高いと思います。可動性亢進は、胸椎よりも頸椎・腰椎
に多くみられます。
私が感じている感触ですが、可動性亢進関節を動かしたときは、とくに動かし始めに 「フワッ」 と
抵抗なく動く感じがします。正常な関節なら周囲の軟部組織には、力を抜いていたとしても、ある程度
のトーヌスがあるので、軽くても自転車をこぎ始めたときのような抵抗感があります
しかし、可動性亢進関節にはそれが乏しく、まるでチェーンの外れた自転車をこいだときのようなあ
の感じ、分かりますか?自転車に乗っている人なら、一度は経験あるのではないでしょうか。それに近
い感覚を覚えます。
「スカッ」という感じ、ともいえるとかもしれません。他には、
「肩すかしをくらった感じ」
「のれん
に腕押しという感じ」そんな感じが、動かし始めの可動性亢進関節にはあります。ほんのわずかな感覚
ですよ。いつくか並べてみましたが、これは感触なので体験して感じる意外に伝える方法がありません。
それまでは、ご自分にしっくりくる表現をイメージしておいて下さい。
「早くこの感覚を身につけないと、不用意に脊椎の可動性亢進関節を動かしてしまうなんてことはな
いのですか?」と、心配される方もいらっしゃるかもしれませんが、それは大丈夫です。
「硬い弾力性」
の関節を探すという意識で調べているなら、正常よりも動きの大きい可動性亢進関節は、自然と除外さ
れています(ただし治療をするには、刺激を限局化させるローカリゼーションの技術は身につけておく
必要があります)
。
ですから、はじめのうちは徹底的に「硬い弾力性」の経験値を重ねることを私はおすすめします。そ
の経験があるレベル以上になると、対極に位置する「軟らかすぎる」という感触も知覚しやすくなりま
す。あせらず地道に進んで下さい。 ≪次回に続く≫
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体性機能障害の評価の流れ5
~関節終端感覚3と組織質感~
2010-07-10 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
エンドフィールのさいごは、
「骨性の硬さ (Bony Hard / BH)」です。骨性の硬さ (Bony Hard / BH) と
は、関節を動かして終端部に達したとき、骨同士がぶつかっている感触のことです。
肘関節を屈曲位から(左下)伸展したとき(右下)、尺骨の鉤状突起が上腕骨の鉤突窩に入ったとき
に感じる、コツンコツンというあの感触です。肘関節の伸展でみられるのは生理的なものですが、これ
が他の一般的な関節でも感じられるようなら異常です。
≪肘関節屈曲位≫
≪肘関節伸展位≫
骨性の硬さは、重度の変形や関節遊離体(いわゆる「関節ねずみ」)などでみられます。もしくは、
まったく弾力性がなく、関節部分が一本の棒のようになってしまっているなら、骨癒合を起こしている
可能性があるサインです。これを感じたら、関節モビライゼーションなどの関節面に直接アプローチす
るような治療手技は禁忌となります。
ところで脊柱では骨癒合と、非常に強い拘縮を起こしているケースとの感じ分けが難しいことがあり
ます。ほんのわずかな『しなり』があるかないかで判断する、というのが容易ではないところですが、
一般的には高齢者では癒合が、青壮年では拘縮を起こしている可能性が高いです。
ですから脊椎の可動性検査をしていて、骨性の硬さか、拘縮かを迷うようなときは、患者さんがご高
齢なら、関節への直接的なアプローチはまず控え、筋筋膜へのアプローチを行ったほうがよいと思いま
す。青壮年なら、試行的に軽いモビライゼーションを行い、痛みが増強せず、弾力性やしなりが増すよ
うなら継続するようにしていきましょう。
これまで 3 回にわたってお伝えしてきた、可動範囲・動きの質・関節終端感覚が「関節可動域」で評
価する内容です。左右の非対称性、関節可動域と進んできまして、いよいよ最後が「組織質感」です。
組織質感では、緊張亢進・緊張低下・腫脹・膨隆・萎縮などをみます(エンドフィールも、組織質感を
みているといえるでしょう )
。これによって、治療手技を用いる上での最終的な評価が決定されます。
このシリーズのはじめに「挙上制限のある右肩が上がっている」という例を示しました。では、その
ような状態になっているのはなぜでしょうか?三角筋が緊張し、かつ優位に働きやすい状態であるため
か、または、肩甲上腕関節が拘縮を起こしているためか。あるいは、体幹に生じた弯曲によって、肩甲
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骨が挙上位で固定されてしまったためか?などなど(下)。
このように、どこでどのような異常を起こしているのかを特定するのが、組織質感の評価です。そし
て、組織質感を評価するために必要不可欠なのが、触診技術です。この技術の基礎に当たるのが、前回
のシリーズ「触診亓話」≪参照:p.30~≫で、お伝えしてきたことです。
このような流れで組織質感まで評価することで、治療部位が決定し、治療、そして再評価へという組
み立てが出来上がっていくわけですね。お分かりいただけたでしょうか。
この「手技療法の寺子屋」ブログをはじめて 2 年半が過ぎました。タイトルの副題に掲げた、私が夢
にしている「手技療法の体系化」にはまだまだですが、こうして振り返ると、尐しずついろいろとまと
まって来たように思います。
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Ⅲ.触診のトレーニング
練習は大きく動かす
2008-05-09 22:30:40 | 学生さん・研修中の方のために
手技療法を学ぶとき、早く身につけたいばかりにアセる方がいらっしゃいます。いきなり慣れた人が
するような動きをマネしようとするのです。
例えば、脊柱の関節モビライゼーションを行うとき、慣れた人はムダのない最小限の動きでテクニッ
クを行います。それでも、ポイントを外さないから効果をあげます。ところが慣れていないのに、いき
なり最小限の動きでしようとすると、ポイントが外れて刺激がぼやけ、効果をあげることがなかなかで
きません(なかにはとてもカンのいい人もいらっしゃいますが…。不器用で時間のかかった私からすれ
ば、ウラヤマシイかぎりです)
。
手技療法を身につけることは、野球などのスポーツを習うことと同じです。野球でボールの投げ方を
覚えるとき、はじめから牽制球を投げるようにコンパクトな投球フォームは練習しませんよね。バット
を振る練習も、いきなり流し打ちからはじめることはないはずです。はじめのうちは大きなモーション
でボールを投げたり、バットを振ったりするでしょう。こうして身体の使い方、言い方を変えたら、ど
のようにして上手く力をボールやバットに伝えるのかということを身につけてから、はじめてコンパク
トな動きでも力強い投球や打撃ができるようになるわけです。
手技療法の練習のときも、はじめはオーバーなくらい大きく動いてみてください。練習のときの大切
なポイントは、自分の身体がどういうふうに動いているのか、ということをきちんと意識するというこ
とです。これを意識しないと、ついついパートナーを動かすことだけに気持ちが奪われがちです。もち
ろんこちらも大切なことですが、注意しないとおかしなクセがついて、小手先だけのテクニックを覚え
たり、ムリな体勢で動かそうとするので腰を傷めやすくなったりします。
そして、いざ臨床にのぞんでも体力のロスが大きいので、仕事として長時間続けるのは不向きですし、
効果も現れにくいので 「このテクニックはつかえないヤッ」 と投げ出しやすくなります。これはもっ
たいない。そのようなことにならないためにも、練習の時は、どのように身体の中を力が伝わっていっ
ているのか、あるいはどこにムリな力が入っているのか、それをどうすれば楽に行えるようになるのか
をよく感じ取って、工夫を重ねなければなりません。
とことん練習して身体にしみこませ、いざ臨床になったら自分のことは忘れて患者さんのことだけ考
えていても、身体はきちんと動いている。自分の身体にムリがかかったら、それを改めるよう自然と調
整している。こうなるまで練習しなければなりません。
とはいっても、いきなり自分とパートナーの両方を意識するというのは難しいですよね。そんなとき
は、今回は自分の身体の動きを、次はパートナーの身体をコントロールすることを、という具合にテー
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マを決めて練習するといいでしょう。
野球やサッカーなどのスポーツは、トレーニングや指導する方法がまとまっていますが、手技療法の
場合はまだまだです。ですから、習っている人自身がよっぽど意識して練習する必要があります。がん
ばりましょう。忚援しています。
手技療法は触診が「命」
2008-05-16 22:27:57 | 学生さん・研修中の方のために
突然ですが、手技療法は触診が「命」です。そこで学生のみなさん、触診の練習はしていますか?
学生さん『ハ~イ、実技の授業中にしていま~す』
私「ん~っ、そら足らんわ!! そんなんやったら、ぜんぜんアカンんよ!!(私は大阪出身です)」
『エエッ!!』
「あんなぁ、触診の感覚を鍛えるっちゅうことは、料理人なら舌、音楽家なら耳、ボクサー
なら目を鍛えることと同じやでェ」
「週に何時間かの練習やったら、やらんよりマシッちゅうだけで、とてもやないけど追いつ
かんよ」
「学校の部活でも、もっと練習時間は長かったやろ」
『ハイ』
「君はプロになるわけやんなぁ、プロに」
『ハイ』
「この仕事でメシ食っていこうっちゅうのに、そないなことでドないすんのォ、ホンマにぃ
~」
『ダッテー、みんなも同じですけど』
「ダッテもソッテもあれへんがな!!」
(↑これは母が私を叱るときによく使っていたセリフです。この後には 「みんなが死ん
だら、お前も死ぬんカッ」 と怒鳴りつけていました。)
「現場に出たら、君が担当する患者は、君に責任があるんやで」
「いざ現場に出て、身体触ってもようワカランで、お粗末な仕事しかでけへんかったら、患
者さんに申し訳が立たんやろ」
『ハイ』
「それやったら、練習、練習。今のうちからとにかく練習せなあかんよ。がんばりや」
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ふだんの私は温厚なほうだと思うので、ここまで一方的な言い方はしませんから、これは半分フィク
ションですが、近い話をしたことはあります。
身体のどこに手技療法を使うかという判断は、問診・視診を通して、最終的には触診によって決めら
れます。テクニックも触診の延長上にあって、再評価も触診によって判断します。軟部組織の機能障害
が起こるところもイロイロあって、たとえば筋肉なら、起始側・筋腹・停止側、あるいは隣の筋との境
目に見つかることもあります。これらを見わけることができるのは触診だけですから、触診の能力を高
めておくことはとっても大切になります。
ところが、学校のカリキュラムはどちらかというと知識をつめ込むほうに力が注がれがちです。もち
ろん、医学的知識を身につけておくことはプロとしても当然です。でも、野球のルールブックを覚えて
も、野球が上手くなることはありません。私たちは、評論家ではなくプレイヤーになるわけです。手と
頭がバラバラだったら、目もあてられません。
しかも、尐ない実技の時間のなかでも、
「押し方」や「動かし方」などテクニック的なことが中心で、
触れてみてそれが何であるか感じるという、いちばん大切な「触診」には意外と時間が使われません。
テクニックを通して、触診もある程度身につくのでしょうが、やはり私は、触診は触診で練習する必要
があると思います。
カリキュラムの中で十分に時間をとられていない以上、学生さんは自分達で練習しなければなりませ
ん。筋肉の起始・停止や骨などは、触診の練習をとおして覚えたほうが、知識と触れた感覚が関連づけ
られるのでずっと記憶しやすいですよ。ちょうど、歌の歌詞を思い出そうとしてなかなか出てこなくて
も、曲が流れるとすんなり思い出すということと同じですね。解剖学のテスト中に、身体にあっちこっ
ち触れてもカンニングにはなりませんから、一石二鳥です。さいわい、最近は触診のことを詳しく紹介
した書籍も出版されていますから、ひとりでも学ぶことができます。
私は今でも、仕事が暇なとき (これはあまり自慢できたことではありません) 、お風呂に入っている
とき、布団に入って寝つくまでの間 など、暇があったら自分の身体を触って練習しています。その日
の体調によっても、身体の緊張状態はちがっているのでとても勉強になります。次回は、そんな私が日
ごろ行っている、オススメの触診練習法を紹介したいと思います。
ひとりでできる!!
触診練習法
2008-05-24 19:08:55 | 学生さん・研修中の方のために
前回、手技療法は触診が「命」と書きましたが、その触診の感覚をいかに鍛えていくのかというのが
今回のテーマです。
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触診によって、腫れや熱感、圧痛や硬結など大切な情報を捉えることができますが、その中のひとつ
に、関節がうまく動いていないという「可動制限」があります。肩や肘などの大きな関節なら、視診で
ある程度分かりますが、脊椎のような小さな関節が連続しているところではどうでしょう?一部の椎間
関節が動かなくたって、脊柱の他の部分でカバーするだけの余裕がありますから、部分的な可動域制限
は目立たないこともあります。でも、この一部が動かないために不快な症状を出したり、他の部位にム
リをかけることになります。
脊柱のモビライゼーションは、このような分節的な可動制限に対して有効なテクニックですが、どこ
にどのような制限があるのか分からなければ使うことはできません。そこで、脊椎の分節的な可動性を
感じとる感覚を磨く必要があるわけです。
まずは、頚椎からはじめましょう。触れる指は人差し指や中指など、使いやすい指でかまいません。
後頭部に触れて、指を下方にすべらせると第2頚椎の棘突起に触れます(左下)。ここは大きいから分
かりやすいですね。さらに下にすべらせると第3・4頚椎と続くはずですが、これらは棘突起が小さい
のでなかなか分かりにくいと思います(右下)。
頚椎を屈曲させることで触れやすくなる方もいらっしゃいます。このときのコツは、顎を引くように
して頚椎の前弯をとるように屈曲させること。頭部を前に倒すと起立筋が緊張してかえって分かりにく
くなります。
続いて第5・6・7頚椎、これは触れやすいですね。それでは、この第5・6頚椎の棘突起間で動的
触診(モーションパルペーション)の練習をしてみましょう。まず指を棘突起間に当てて、それから頭部
を前屈してみてください。典型的な頚椎は、関節面が斜め 45°前上方に向かっているので、このとき第
5頚椎の棘突起が前上方にすべっていくのが感じられるはずです。
いかがですか?次に頭部を後屈しましょう。今度は第5頚椎の棘突起が、後下方にすべりおりてくる
ように感じられると思います。これが動いているという感覚です。
そして、この「すべり」が起こっていない状態が、脊椎可動制限の状態です。「動いていない」とい
う可動制限を感じとるためには、「動いている」という感覚をたくさん経験する必要があります。多く
の椎間関節の正常可動域は 10°以内、だいたい 5°前後なので、動いているといってもほんのわずかで
すから、はじめのうちは???と思うかもしれません。根気が必要です。
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「動いている」という感覚を養ったうえで、
「動いていない」関節に出会うと、
『アレッ、何か変だぞ』
という違和感を覚えます。臨床では、この違和感が大切になります。そこから違和感の中身がいったい
何なのか、より詳しく調べていきます。ここで、解剖学をはじめとした医学的知識が生きてきます。
とにかく、
「おかしい」ところをまず見つけられないと、時間が限られる現実の臨床ではとても間に
合いません。ですから学生さんは、まず下部頚椎で「動いている」という感覚をしっかり身につけて練
習しましょう。次回以降は、頚胸移行部、そして腰椎に入っていきます。
ひとりでできる!!
触診練習法
その2
2008-05-31 19:15:09 | 学生さん・研修中の方のために
頚椎と胸椎の境目は「頚胸移行部」と呼ばれています。目印になるのは頚椎 7 番、別名「隆椎」と呼
ばれているとことで、その名のとおり、棘突起が他よりも大きく発達しているので分かりやすい・・・、
と教科書的には書かれています。
ところが実際は、その上下にある頚椎 6 番や胸椎 1 番の棘突起のほうが大きい人もいたり、特に大き
く出ているところが見あたらず、はっきりしない人もいたりします。レントゲンなどに頼らないで、頚
椎7番をみつけるにはどうすればよいのでしょうか。そんなときに役に立つのが動的触診(モーションパ
ルペーション)です。
さっそくはじめてみましょう。まず、このあたりが頚椎7番の棘突起かな?と思うところに触れてみ
てください。このとき下の写真のように、人差し指と中指で棘突起をはさむようにしたほうが、分かり
やすいかもしれません。
続いて、頭部を左右に回旋させてみてください。棘突起も左右に動いていますか?この棘突起が動い
ている幅を覚えておいて、もうひとつ下の椎骨でも同じことをしてみてください。上の椎骨と比べて、
棘突起の動きの幅はどうでしょう?
比較して動きがあきらかに尐なくなっているようなら、そこが胸椎1番になりますから、最初にふれ
たところは頚椎7番で合っています。胸椎では肋骨によって回旋運動が制限されるので、頚椎 7 番と比
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べて胸椎 1 番の動きは尐なくなるわけです。ですからこの可動域の変化は、正常なもので異常ではあり
ません。
上も下も同じ程度の動きなら、両方とも頚椎、または胸椎だったということになるので、さらに上下
を比較して、動きの幅が変わるところを探してみてください。四肢の可動性検査では、左右の上下肢で
可動域の差を比較しますが、脊柱の場合はこのように上下の椎骨で比較します。頚椎 1 番の回旋は大き
いとか、胸椎の回旋は小さいなど、生理的な場合を除いて上下の椎骨と比較して動きが明らかに異なる
場合、機能障害を起こしている可能性があります。
今回紹介した隆椎もそうですが、実際の臨床では教科書に書かれていることとの間にギャップを感じ
ることが多々あります。そのとき頼りにできるのは、自分で評価する力です。しっかり練習しておきた
いところです。
ひとりでできる!!
触診練習法
その3
2008-06-07 21:33:16 | 学生さん・研修中の方のために
今回は腰椎の可動性をみる練習です。腰椎でも2・3・4番の棘突起は特に大きく、すぐ分かります。
腰に手をまわして棘突起にふれたら、たいてい2~4番でしょう。では棘間部に指をあて、体を曲げ伸
ばししてみてください。棘突起が上下に離れたり、閉じたりするのが分かりますか?(下)
腰椎の場合は開いたり閉じたりという感じでしょうか。よくわからなくても、指を強く棘間部に押し
つけないようにしください。わからないと、慣れないうちはどうしても力を入れてしまいがちです。で
も、そうすると指先の感覚が鈍くなって、余計にわからなくなってしまいます。わからないときほど、
意識して軽くふれるようにしましょう。
「軽く触れたら、なおわからないんですけど」
そう、はじめはそうかもしれません。でもこれは、感覚を鍛えるチャンスです!! わからないながらも
指先に気持ちを集中して動かしていると、指の感覚がだんだん敏感になってきて分かるようになってき
ます。それには根気も必要ですよ。感覚を鍛えるのは筋トレと同じで、すぐについてくるわけではあり
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ません。そして、練習したら必ずついてくるのも筋トレと同じです。
曲げたときに、背中の筋が緊張することで分かりにくくなるようなら、上半身を曲げ伸ばしするので
はなく、ヘソを出したり引いたりしてみてください。ヘソを出したときには腰椎の伸展、引いたときに
は屈曲になります。
座位での腰椎モビライゼーションや、筋肉エネルギーテクニックを行う時、ヘソの出し入れという動
きを患者に指示できるかできないかで、テクニックが上手くいく、いかないの分かれ道になることもあ
ります。ぜひ覚えておいてくださいね。
ひとりでできる!!
触診練習法
その 4
2008-06-14 20:16:47 | 学生さん・研修中の方のために
今回は触診というよりも、すべてのテクニックに通じる注意点についてです。前回紹介した腰椎から、
そのままどんどん上にあがって胸椎に入っていきましょう。胸椎に入るとだんだん棘突起も小さくなっ
ていくので、ちょっと分かりにくくなるかもしれません。そして、手も後ろにグイッとひねらないとい
けませんから、上部に上がるにつれ、窮屈でムリな状態になってなおさら分かりにくくなるのではない
でしょうか?この、
『ムリな姿勢で触診したら、感覚が鈍くなって分かりにくくなる』ということも大
切なポイントです。
ムリな姿勢で触診して「わからない」
「わからない…」といっている方が、姿勢を変えて楽な状態で
触診したとたん、
「わかった!!」とおっしゃることも珍しいことではありません。触診に限らず、テクニ
ックを使っているときも窮屈な姿勢になっていないか、よく自分を振り返りましょう。これは、私たち
の身体のトラブルを防ぐためでもあります。
姿勢以外には、自分の呼吸に注意することも大切です。息をつめたりしていませんか?この状態で長
時間仕事をしていると、尐しずつ身体が酸欠になって、頭がボーッとして集中できなくなったり、疲労
を感じやすくなったりします。ポイントはゆっくりと穏やかな呼吸を続けることです。
こうしてみると、小手先の技術以前に気をつけないといけないことがけっこうありますね。テクニッ
クとなると、どうしても小手先のほうに目が奪われがちです。覚えるほうの気持ちとして仕方のないと
ころもありますが、そのベースに姿勢や呼吸が重要になってくるのは、あやゆるスポーツや芸事と同じ
だと思います。
一度にすべて注意するのは難しいですから、練習する時は「今日は呼吸に注意しよう」というように、
テーマを決めてかかるといいですよ。そのうち、車や自転車の運転と同じように無意識にできるように
なります。
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脊柱の動的な触診について、その一部を数回にわたって書いてきましたが、脊柱は手技療法でもひと
つのカギになるところです。他にも練習法はありますが、この方法で私もいまだに練習していて、いつ
でもどこでも手軽にできますからオススメですよ。
胸椎の棘突起と横突起の位置
2008-06-28 21:21:30 | 学生さん・研修中の方のために
胸椎は横突起と棘突起の位置の違いが他に比べて大きく、棘突起の真横にある横突起は、1 椎以上下
の椎骨などということもみられます。では、どのようにして横突起の位置を確認すればよいのでしょう
か? 教科書的に、何番はどれくらい違うということを覚える方法もありますが、ここでは触診による
確認方法を紹介したいと思います。
まず、パートナーには伏臥位でリラックスしてもらいます。次に、片方の指で棘突起の側面に引っ掛
けるように触れます。写真(左下)なら左拇指で棘突起の右側に触れています。
そして、棘突起を左に向かって繰り返しリズミカルに引きます。同時に、横突起の位置へ反対の指で、
上からまたは下から触れていきます。このとき、いちばん横突起がよく動いたところが、同じ椎骨の棘
突起と横突起だということになります。ことばでは簡単ですが、微妙な動きなので練習が必要かもしれ
ません。でも、こうして体で覚えた方が確実だし役に立ちます。
横突起が分かりにくければ、脊柱模型で確認しましょう。注目してほしいのは、胸椎の横突起は下部
になると幅が狭くなるということです(左下)。そしてもうひとつ、横から見ると胸椎の横突起は、後方
に伸びています(右下)。この特徴から、胸椎の横突起は触診しやすくなっています。頚椎の横突起や
腰椎の肋骨突起が、ほぼ真横に伸びていることに比べて対称的ですね。これらの解剖学的特徴は、きち
んと押さえておきたいところです。
慣れてくれば、棘突起から椎弓をたどって横突起にたどりつくという練習にもチャレンジしてみまし
ょう。これは、脊柱起立筋を介して椎骨をたどっていくのでなかなか難しいですが、わかってくると面
白いですよ。
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転んでもタダでは起きず
2009-02-14 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
私が住んでいる札幌は今、雪の季節です。
ふつうに積もるだけならそうでもないのですが、いちど気温が上がって雪が溶け、再び下がって凍結
すると街はツルツル地獄になります。最悪なのは凍結した路面の上にうっすらと雪が積もったとき…。
「アイススケート場よりすごいかも」と思うくらい、ツルツルになります。当然、すべって転びやすく
なります。私も気をつけてソロソロと歩いていました。
ところが先日の朝、凍結した自宅の駐車場で車に乗ろうとドアを引いたときです。ドアを引く力に足
が踏んばりきれず、横方向にすべって転び、左の大転子をおもいっきり強くぶつけてしまいました。
星が飛びました。北海道に来て 4 年半、いちばん痛かったです。ジッとしていてもズキズキ痛み、足
を引きずらないと歩けません。そのままガマンして治療院に向かいました。患者さんにはバレないよう
何食わぬ顔で仕事をしていましたが、動きはギコちなかったと思います。
でも…、こんなときこそ生きた勉強のチャンス!! 冷やしもしないでほったらかしたまま、仕事を終え
て家に帰ってから触診をしてみました。ぶつけていない側と比べると、なるほど腫れて熱を持っている
のはすぐに分かります。炎症性浮腫ですね。ふつうの浮腫と比べて緊張感が強いようです。
さらに注意深く触れて奥に意識を持っていくと、骨の表面がほんの尐しブヨブヨしています。骨膜が
腫れているようです。そりゃ痛いわけだよ、トホホ。
続いて皮膚から手を放して、手を患部にかざします。このように書くと「気功ですか?」と聞かれる
かもしれませんが、とくに何かエネルギーを出しているつもりはありません。これは、MTD(Manual
Thermal Diagnosis)といわれるものです。直訳すると「徒手温度診断」となるでしょうか。
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ここでは体表から出ている輻射熱(ふくしゃねつ)を感じます。ストーブに手をかざすと暖かく感じる、
あの理屈と同じです。そう考えると不思議なことではありませんね。
炎症を起こした部位は温度が高くなっているはずなので、それを感じられるように練習します。はじ
めのころ私は、蚊に刺されたときに手をかざして練習していました。当時は東京に住んでいたので虫刺
されには不自由しなかったのですが、北海道にきてからはめっきり尐なくなりました。蚊やゴキブリ、
スギ花粉がダメな方には北海道はオススメです。その代わり、ツルツル地獄が待っています。世の中、
すべて OK とはなかなかいきません。
それはさておき、手をかざしていると…。アレアレ?ぶつけた左の大転子はもちろんですが、外側広
筋のほうにも熱を感じます。触れてみると大転子ほどではありませんが痛みがあります。思い返すと、
転んだ時に身体をひねって回転しようとしていました。そのときにぶつけたのでしょう。いろいろ気が
つくことがあるものですね。
そして仕上げの実験。炎症のとき、手技療法はそれを悪化させる恐れがあるので禁忌だといわれてい
ます。でもそれって本当でしょうか? そこで、外側広筋を一生懸命もんでみました。痛みをこらえつ
つ、痛みをこらえつつ。
翌朝、太ももはズキズキ痛み、炎症は悪化していました。みなさ~ん、やはり炎症のときに手技療法
は禁忌ですよ~。アホみたいなことをしていますが、こんなことからときに大きな拾いものをすること
も (たま~にですが) あります。
その後、毎日触診してどのように治っていくのか観察しましたが、とってもよい勉強になりました。
みなさんも、打撲をしたときにはぜひお試しください。
ひとりでできる!!
関節あそび検査練習法
その1
2009-11-21 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回は、関節あそび検査の練習法を紹介したいと思います 関節の運動は、大きく二つに分けられま
す。自動運動で行うことができ、屈曲・伸展・外転・内転・外旋・内旋の 6 方向で表現される『生理学
的運動』と、自動では行えない関節包内の運動である『副運動』です。
副運動はさらに、生理学的運動のときに自動的の起こる『構成運動』と、他動的に動かすことで確認
できる『あそび運動』に分けられます。この関節あそび運動が、何らかの理由でなくなってしまうと『関
節あそび運動の消失』となり、関節機能障害を起こしたことになります。
『関節のあそび』は、すべての滑膜関節に存在し、離開、圧迫、すべり(滑走)、傾斜などの動きがあ
ります。つまり、解剖学的には1軸性関節であったとしても、関節のあそびは多軸性に存在するという
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ことになります。そして、関節あそび運動の範囲は多尐のばらつきはあってもおよそ3㎜とされていま
す。
3㎜…、ほんのチョットですね。さらにそれが減尐した状態となると…。これは練習しないといけませ
ん。
というわけで、示指のDIP関節(遠位指節間関節)を用いて、ひとりでできる関節あそび検査の練
習をしましょう。この関節は蝶番関節ですから、生理的には屈曲・伸展の1軸性にしか動きません。そ
れが、他の方向にも動くとは、一体どのような感触なのでしょうか?
まず、『側方傾斜』からはじめましょう。このように検査する側
(写真は左手) の示指の中節骨を、
中指の橈側と、母指の指紋部で挟むようにして固定します(左下)。つづいて末節骨の先端を、反対側
の手の母指と示指でつかみます。
≪側方傾斜テスト開始位≫
≪側方傾斜テスト終了位≫
そのまま、床側に向かって末節骨を動かすと、天五側の関節面が開いて側方傾斜が起こります(右上)
。
ただし、外見上はほとんど動いているように見えません。
はい、ここでストップ!!
ただ動いているというだけではなく、きちんと関節面上を末節骨が傾斜しているのを感じ取れました
か?このように(下)
。
関節あそび検査は、ほんの数ミリという動きを感じ取らないといけません。うまく感じ取れなかった
としたら、つかみ方や動かし方に問題があったのかもしれません。 ≪次回に続く≫
54
ひとりでできる!!
関節あそび検査練習法
その2
2009-11-28 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
関節あそび検査では、
「骨をつかんだ」という感触が大切になります(左下)
。まずつかみ方の注意
から。慣れないうちは、とにかくゆっくり確実にやりましょう。検査側の中節骨をつかむとき、いきな
りギュッとおさえないでください。決して下中央図の矢印のようなイメージで、力をかけるのではあり
ません!!
≪側方傾斜テスト開始位≫
≪誤った固定≫
≪正しい固定≫
皮膚に触れたら、尐しずつ圧力を高め、圧力が骨に伝わって固定できたところで止めます(こうするこ
とで皮膚のあそびをとるわけです )。その位置のまま、万力で固定したように止め、それ以上おさえこ
まないようにします。ちょうど、右上図のようなイメージです。
このように、最小限の力で骨を固定したとき感じるのが、「骨をつかんだ」という感触です。末節骨
の固定も同じように行ってください。いかがでしょう。
「骨をつかんだ」という感触がわきましたか?
ではそのまま、ゆっくりゆっくり、末節骨を床側に向けて動かしましょう。指先をつかんでいるので、
関節面には側方傾斜の力がかかります(下)。天五側の関節面が開いて、傾斜している感覚がつかめま
したか?
そのとき、頭の中で中節骨と末節骨をイメージして、末節骨が傾斜していくイメージと手の感覚を一
致させましょう ほんの数ミリわずかに動いた後、壁に当たるような感触を覚えて動きが止まると思い
ます。このわずかな動きが『関節のあそび』です。
感じ取れましたか?
55
さあ、続いて天五側に動かしてみましょう。床側のときと比べて、動きの幅はどうなっているでしょ
うか。正常なら同じはずです。
今度は反対側のPIP関節も検査してみましょう。このなかで明らかに動きが尐なく、側方に傾斜し
ないところがあったら、それは『関節あそびの消失』を意味し、関節モビライゼーションの対象になる
かもしれません。何はともあれ、まずは側方傾斜の関節あそび運動を感じられるように練習してみてく
ださい。 ≪次回に続く≫
ひとりでできる!!
関節あそび検査練習法
その 3
2009-12-05 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
さて、今回は『側方すべり』を検査しましょう。部位は前回と同じ、示指のDIP関節です。中節骨
のつかみ方は前回と同じですが、末節骨はこのように、まん中(体部)をつかみます(下)
。そして、つか
み方のイメージは前回同様、万力で固定するような感じです。
≪側方すべりテスト開始位≫
そのまま、末節骨を床方向へ平行移動させましょう。いかがでしょう。末節骨が関節面上を滑ってい
るのが感じられましたか?
≪側方すべりテスト終了位≫
前回の
『側方傾斜』と比べて、『側方すべり』は、やや感じ取るのが難しいかもしれません。手元
だけをみると、開始時と終了時を比べても、あまり動きがないようにみえます。
ここで重要なことがあります!! 分からないからといって指先だけの力で動かしていたら、ますます
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分からなくなります。身体の力を使って検査しましょう。過去の記事にも書きましたが、小さな操作は
大きな動作で行うようにします。
開始肢位から(左下)、床方向への側方すべりをみたときの動きです(右下)。
≪側方すべりテスト開始位≫
≪側方すべりテスト終了位≫
よく比較してみてください。開始肢位とくらべて、右胸郭が下がり、脊柱もやや右に側屈しているの
が分かるでしょうか。こうして体幹と胸郭の力を末節骨に伝えることで骨を動かし、指先は側方すべり
を感じ取ることに専念しているわけです。
んっ、身体の力を指先に伝え、指先は感じることに集中する…。何だか、聞き覚えがありませんか?
そう。ASTRのフックや、マッサージでのコンタクトなど、これまで繰り返しお話ししてきたこと
です。関節可動検査でも同じことがいえます。
つづいて、天五側への側方すべり検査はこのようになります(下)。前回、骨をつかむときは万力で
固定したように止め、それ以上おさえこまないようにしてくださいとお話した理由は、指先の力を最小
限にするためです。慣れれば慣れるほど、軽い力でも『骨をつかんだ』感覚が分かり、検査できるよう
になります。
さて、ひとりでできる練習法として、示指 DIP関節のあそび検査をご紹介しましたが、この感覚さ
えつかめたら、全身どこの滑膜関節でも同じように検査できます。さらに、この延長に関節モビライゼ
ーションがあり、その最終段階にスラスト(=HVLA)があります。ですから、関節モビライゼーショ
ンを行うには、関節あそび検査をきちんとできるということが必要条件になります。
電車で、バスで、トイレで。または、テレビをみているときや、ヒマな授業のとき(先生に怒られます
ね)、こま切れの時間を利用して練習し、ぜひ感触をつかめるようになってください。
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等尺性収縮後リラクゼーションを触診で感じよう!
その1
2010-02-06 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回は「ひとりでできる触診練習法」として、筋肉エネルギーテクニックやPNFでよく用いられる、
等尺性収縮後リラクゼーション(Post Isometric Release : PIR)を利用したテクニックの練習を、3回シ
リーズでご紹介したいと思います。
「等尺性収縮」とは筋肉の長さが変化しないまま筋力を発揮している状態です。例えば、壁を押して
いるときがこれにあたります。壁を押しているとき、力は入っていますが身体は動いていません。つま
り、筋肉の長さは変化していないことになります。
これに対して、筋肉の長さが変化しながら筋力を発揮している状態が「等張性収縮」です。ものを持
ち上げるときなどは、この等張性収縮が起こっています。
筋肉のもつ性質として、等尺性収縮が起こった後、筋にリラクゼーションが起こって弛緩するという
ものがあります。この性質を利用して、緊張・短縮を起こした筋をリリースさせ、本来の静止長および
伸張性を回復させる。そして、骨関節を正常なアライメントに近づけるというのが、等尺性収縮後リラ
クゼーションを利用した筋肉エネルギーテクニックの目的になります。特に筋の緊張が、促通によって
持続されているときには有効です。
(ちなみに多くテクニックで、緊張や短縮などを起こした組織の柔軟性を回復させることをリリース
〈=解放 〉と呼んでいます )
オッホン、エ~ッ、そもそも等尺性収縮後リラクゼーションは、α運動ニューロンを抑制させること
によって…。なんてことは、書籍やネットでも検索できるのでそちらにお任せしたいと思います(正直に
いえば、このあたりのことが苦手です。αやらβやらが出てくると、本を読んでいる時は何とか分かる
気がするのですが、閉じた後すぐに消えてしまいます。仕方がないので、この手のことはイメージとし
て記憶するようにしています。)。
何はともあれ今回の目標は、等尺性収縮後リラクゼーションによるリリースを感じるということです。
リリースして、筋が弛緩し伸びていく感覚をつかむことは、筋肉エネルギーテクニックなどを用いる上
でとても大切です。
ハムストリングスなどの大きな筋なら、リリースして伸長性が回復すると「床に手がつきやすくなっ
た 」など、視覚的にも変化が分かりやすいです。しかし、脊柱の筋、とくに2椎・3椎間にまたがる
ような小さな筋肉は、可動域の視覚的な変化は、あまりはっきりしないことも尐なくありません(むし
ろ、動かした時の痛みが変わったというほうが多いかもしれません。)
。ですから、モニターしている手
によって、弛緩して伸張していく様子を感じ取る必要があるわけです。
それでは参りましょう。今回は、後頭環椎間を対象に練習します。
58
①
まずは、後頚部の筋がごく軽くストレッチされる程度、頭部を前に倒します(左下)
。
②
次に片手 (写真では左手)で、後頭部よりもやや頭方(ラムダ縫合付近)を保持・固定します。あく
まで固定するだけです。それ以上力を入れて、前に屈曲させようとする必要はありません(右上)
。
③
つづいて、もう一方の手(写真では右手)で後頭環椎間に触れてモニターとします(右上)。私は示
指や中指で触れています。これで準備 (セットアップ) が完了となります。
④
頭部を軽く元の中立位に戻す方向、または、頭部と頚部の境目を反らせるように力を入れます。
ごく軽く、1~2割程度の力で結構です。そのとき頭部を固定している手は、頭部が動かないよう
に抵抗して固定しておきます。モニターしている右手は、筋の収縮を感じているでしょうか?
⑤
力を入れた状態を5~10秒程度持続させ、力を抜きます。力を抜いて数秒経つと、筋が弛緩し
て尐し伸びるようになります。モニターしている右手の感覚に集中しましょう 筋にリラクゼーシ
ョンが起こり、弛緩して伸びている (動いている) 様子が感じられるでしょうか?
⑥
伸びるようになった分だけ、頭部を前に屈曲させ、左手で固定します(このような作業が「スラッ
クアウト( あそびを取る )」といわれるものです。)。
⑦
ここまでの手順を数回繰り返していきます。
以上が基本的な手順です。始めのうちは、リラクゼーションを感じるというのは難しいかもしれませ
ん。より感覚をつかみやすくするために、次回は私が感じている印象をお伝えしたいと思います。
≪次回に続く≫
等尺性収縮後リラクゼーションを触診で感じよう!
その2
2010-02-13 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
まずは前回紹介した手順の確認から。
①
頭部を前に屈曲し、後頚部の筋を軽くストレッチする。
②
片手(写真では左手)で、後頭部の頭側を保持し固定する。
③
もう一方の手(写真では右手)で後頭環椎間に触れてモニターとする。
59
④
頭部を中立位に戻す、または、頭部と頚部の境目を反らせる方向に軽く力を入れ、左手はそれ
に抵抗し固定を維持する。
⑤
5~10秒程度持続させ、力を抜く。
⑥
等尺性収縮後リラクゼーションによるリリースを触知し、伸張性が得られた範囲、再び頭部を
屈曲させて固定する。
⑦
①~⑥を数回繰り返す。
この手順の中でもっとも難しく 、そして大切なのが⑥の「リリースを触知する」というところです。
この感覚は自分の力でつかんでいくしかないのですが、私が感じている印象をお伝えして尐しでもサポ
ートになるようにしたいと思います
はじめに④の、頭部に力を入れて反らせたとき手に感じる緊張、これは分かりやすいと思います。そ
して⑤で力を抜いた瞬間、当然ながらそれまでよりも軟らかくなります。問題は、脱力して軟らかくな
った後の変化です。
脱力して数秒たつと、ジワジワッと、またはフワッとした感覚が伝わり、指の下で組織が横に広がっ
たように感じます。場合によっては、すみずみまで血液が流れ出したかのような、温かくなった感じが
するときもあります。
力を抜いてから、しばらくの間はそのまま待ってみましょう。待っているとき、頭部を保持している
手も力を抜いておき、引っ張らないようにします。私の場合、リリースする瞬間というのは「あぁ、生
きているんやなぁ 」と何とも言えない嬉しい気分になってしまいます(ちょっと変かな?)。
1回の収縮ではリリースがわからないときもあります。とくに慢性的な緊張の場合は、回数が必要で
す。2回・3回・4回と、繰り返してみてください。
「何となくそんな気がするかなぁ 」という感じか
らで大丈夫です。その感覚を大事に育てていってください。
なかなかリリースが感じられないとき、はじめのストレッチが強すぎることが原因の場合もあります。
はじめからストレッチをしっかり行いすぎると、強い張力がかかっているために、リラクゼーションが
起こったときのフワッとした感覚をつかむことが難しくなります。はじめのストレッチは、ごくごく軽
く行うようにしてください。
実際の治療でも、ハムストリングスなど四肢の大きな筋には、ある程度の力をかけて伸ばしていくこ
ともあります。しかし、脊椎への分節的アプローチを行う時には、大きな力はさほど必要なく、むしろ
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身体の操作によってその分節を可動させる刺激を集め、それを感じ取ることが大切になります。ですか
ら、ここでも感じることを優先して、はじめのストレッチはごくごく軽くから行うようにして下さい。
なかなか変化を感じないときは、頭を反らせる力を尐し強めてもよいでしょう。それでも「やっぱり
分かりません 」という方も、いらっしゃると思います。でも、あきらめずに根気よく練習を続けてみ
てください。集中できるよう、静かなところで練習するのもよいでしょう。嫌になったらしばらくの期
間休み 、またチャレンジしても構いません。以前はわからなかったのに、久しぶりにやってみたら「わ
かった 」ということもあります。
この感覚を身につけることは、単に筋肉エネルギーテクニックが使えるようになるというだけではな
く、組織の変化を感じ取れるということになるので、あらゆるテクニックで生きてきます。ぜひ身につ
けていただきたい感覚です。次回は、この練習を通して感じていただきたいことを、もうひとつご紹介
します。 ≪次回に続く≫
等尺性収縮後リラクゼーションを触診で感じよう!
その3
2010-02-20 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回感じ取っていただきたいのは、筋を収縮させる時の動かし方による緊張パターンの違いです。も
ういちど手順を確認しますと、
①
頭部を前に屈曲し、後頚部の筋を軽くストレッチする。
②
片手(写真では左手)で、後頭部の当方を保持し固定する。
③
もう一方の手(写真では右手)で後頭環椎間に触れてモニターとする。
④
頭部を中立位に戻す、または、頭部と頚部の境目を反らせる方向に軽く力を入れ、左手はそれ
に抵抗し固定を維持する。
⑤
5~10秒程度持続させ、力を抜く。
⑥
等尺性収縮後リラクゼーションによるリリースを触知し、伸張性が得られた範囲、再び頭部を
屈曲させて固定する。
⑦
①~⑥を数回繰り返す。
意識していただきたいのは、④の「頭部を中立位に戻す」と「頭部と頚部の境目を反らせる」は、同
じことを言っているのではないということです。実際に「頭部を中立位に戻す」ようにした場合と、
「頭
部と頚部の境目を反らせる」ように力を入れたときを比べてみてください。
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いかがでしょう? 力の入り方、緊張の仕方が明らかに違うと感じるのではないでしょうか。おそら
く「頭部を中立位に戻す」よりも「頭部と頚部の境目を反らせる」ようにした場合の方が、同じ力の入
れ加減でも、より強い収縮を感じたと思います。後者のほうが、モニターしている後頭環椎部付近の筋
をより多く働かせたからですね。
このように、動かし方によって働く筋が異なるということを、ここで確認しておいてください。当た
り前のことのようですが、これを感覚的につかんでおくことが大切です。
これは、緊張や短縮をリリースさせるときもそうですが、筋を促通・強化するときにも重要になりま
す。弱化した筋を強化するエクササイズを行うとき、注意しないと患者さんは無意識のうちに弱化した
部分を働かせないで、周囲の強い筋を使用する代償運動を行ってしまいがちです。これではせっかくト
レーニングをしても、その効果があまり期待できないのでもったいないです。
強化エクササイズを行う時には、代償運動を防ぎ、弱化した部分をしっかり働かせることが肝心です。
収縮運動は視覚的にも確認できますが、やはり、触診によって筋が働いているかどうかを直接確認でき
るのがベストでしょう。可能なら、患者さんにもその部分に触れてもらって、弱化した筋が働いている
か確認できるようにすればさらによいと思います。その部分を意識し、きちんと収縮しているかどうか
確認しながら動かすことで、より効果も期待できますし、患者さん自身が目標をハッキリ持つことがで
きるという意味もあります。
また、トレーニングを行いながらフィードバックができるので、フォームが崩れてしまうリスクも避
けることができるでしょう。さらに強化されてくると、動かしやすくなったという感覚的なものはもち
ろんですか、以前は頼りなかった筋が、今は硬くしっかりと収縮している確認できるようになります。
これは、モチベーションをアップさせる材料のひとつにもなります。
今回のシリーズでは、等尺性収縮後リラクゼーションを触診で感じることをテーマにお送りしてきま
した。筋がリリースして伸びてきている感覚や、きちんと収縮している感覚を触診によってつかめるこ
とは、リハビリテーションを行う上でもとても大切になってくると思います。
触診ができなくても、ある程度仕事はできるかもしれません。しかし、触診ができることで、仕事の
質が向上するのはもちろんのこと、仕事自体がより楽しくなってきます。
「分かると楽しい 」 「できると楽しい 」
これは、仕事や勉強やスポーツすべてに共通することですね。その意味でもこのシリーズでご紹介し
た方法は、とてもよいのではないかと思いますので、ぜひ練習して役立てて下さい。
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関節の構成運動を感じよう!! その1
2010-03-20 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
関節の「あそび運動」を触診で練習する方法について、以前「ひとりでできる!!
関節あそび検査練
習法」≪参照:p.53~≫としてご紹介しました。今回からは4回シリーズで、
「ひとりでできる!! 関節構
成運動の触診練習法」をお伝えしたいと思います。
はじめに知識の整理をしましょう。関節構成運動とは、自・他動動運動によって起こる、意識して動
きを出すことが出来ない関節包内の運動のことで、「滑り」「転がり」「軸回旋」の3つの運動がありま
す。
「滑り運動」とは、一方の関節面の接触部位は変わらずに、他方の関節面の接触面を変えながら運動
が起こることです。このように書くと難しいのですが、氷の上を滑ったときに、足の裏は地面についた
まま変わりませんが、地面の氷はどんどん場所が変わっていきます。これが「滑り」です。生活感覚で
は簡単でも、言葉で定義づけると何だか難しくなりますね
「転がり運動」とは、関節面相互の接触部位が一対一の割合で変わりながら動くことです。ちょうど
前方へでんぐり返りをしたとき、背中と地面の着く位置は互いに変わりながら回転していきます。これ
が「転がり」です。
「軸回旋運動」とは、一方の関節面に対して他方の関節面が、ある軸を中心として回転することです。
フィギアスケートで、クルクルとスピンして回っているあの動きですね。
関節構成運動のなかでも、機能障害としてよくみられ、症状としても大きな影響を及ぼすのが「すべ
り運動」の減尐・消失です。
「すべり運動」が消失すると、どのようになるのでしょうか。
「凹凸の法則(concave-convex rule)」に基づいて確認しておきましょう。凹凸の法則とは、骨運動と
関節面の運動との間に起こる一定の法則のことです。関節は基本的に、凹の関節面と凸の関節面の組み
合わせで出来ています。骨運動が起こる側の関節面が凹か凸かによって、凹の法則と凸の法則に分かれ
ています。
まずは、
「凹の法則(concave rule)」です。凸側の関節面を固定し、凹側の関節面が運動する場合、関
節面は骨の運動と同じ方向に滑るというものです。下のイラストのように、頭側へ骨運動が起こると共
に、すべり運動も頭側に起こることで、関節面は適合性を保ったまま運動することができます。
63
では、ここですべり運動が起こらないとどうなるか? 頭側へ骨運動のみが起こると、下のイラスト
のように、ビンのフタを、栓抜きで空けたときのようなテコの運動になってしまいます。その結果、関
節面の適合性が悪くなって関節同士がぶつかり合うかたちになり、やがては損傷に至ってしまうことに
なります。
つづいて「凸の法則(convex rule)」です。これは、凹側の関節面を固定し、凸側の関節面が運動する
場合、関節面は骨の運動と反対方向に滑るというものです。ちょうど下のイラストのように、頭側に骨
運動が起こるのに対して、すべりは尾側に起こります。このとき、転がり運動は頭側に起こっています
が、尾側へのすべり運動が起こっているために、関節の位置はズレずに適合性を保ったまま運動できる
わけです。
ところが、すべり運動が起こらないと、頭側への転がり運動によって、骨頭の位置が頭方に移動し、
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関節窩から飛び出そうとする動きになります。そして、関節面同士がぶつかり合うようになり、やはり
損傷するに至ってしまいます。
このように、
「すべり運動」が確保されているかどうかは、関節の機能にとってとても大切になって
きます。それでは次回から、この「すべり運動」を感じるとるための練習法を紹介します。 ≪次回に
続く≫
関節の構成運動を感じよう !!その2
2010-03-27 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回から実技に入ります。知識はもちろん必要ですが、ここでは「どのように感じるか?」というこ
とを大切にしてお話したいと思います。
まずは、「凹の法則」で起こる「すべり運動」を触診によって感じる練習です。左示指の中手指節関
節(MP 関節)を使って練習しましょう。右手で左指をくるむようにつかみ、左示指の中手指節関節上を、
背側から示指でコンタクトします。
≪開始位≫
≪終了位≫
右手で左示指を背屈させましょう。このとき正常なら、基底骨の基部が背側に「出てくる」ような感
触を覚えます。下のイラストなら、右の関節窩が背側に出ているような感じです。まずは、この「出て
くる」感覚をしっかりつかみましょう。
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その上で余裕が出てきたら、関節面をコンタクトしている右示指だけではなく、保持している他の指
の感覚も働かせて、MP関節全体をイメージしながら動かしてみましょう。中手骨の上で基節骨がすべ
っている様子を、立体的に感じることができますか?そこまでできればOKです。
この MP 関節に機能障害があるときは、
関節窩がスムーズに前へ出て来ず、
動きがぎこちなかったり、
引っかかったりする感じがします。下のイラストのように。
このような異常を感じたら、次に正常な動きを妨げている抵抗感が、関節面のどの位置にあるのか感
じ取るように集中して動かしてみて下さい。腹側でしょうか? 背側でしょうか? 内側、外側、それ
ともこれらの組み合わせでしょうか?
それをはっきり認識することが出来たら、関節モビライゼーションなどを使って治療するときも、そ
の抵抗感がある方向に向けて行えばよいでしょう。こうすることで、ただ漫然とモビライゼーションを
行うよりも、より精度の高い刺激を加えることができます。
もしかしたら、関節面にそのような抵抗感はなく関節をまたいで感じるかもしれません。そのような
ときは、緊張している組織に対してマッサージを行うのもよいでしょう。
ちなみにASTRは、このようなとき特にオススメできます。というのもこの場合、通常のストレッ
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チなら、関節の引っかかりを感じた角度(制限)から伸張刺激が加わります。そうなると、関節の異常運
動を起こして関節面を傷める可能性があります。上のイラストの状態がまさにそうですね。
ところがASTRは、はじめに弛緩させた組織に対してフックを行うために、予め、あるていど伸張
しておくことになります。そのため次のストレッチに入ったとき、制限されている角度に達する前に、
緊張した組織に対して十分な伸張刺激を加えることができます。関節包外の問題によって、すべり運動
の制限があった場合、ASTRを行った後に再び評価すると、関節がスムーズに動いていることを確認
することができます。ぜひ、お試しください 次回は、
「凸の法則」による関節構成運動の動的触診です。
関節の構成運動を感じよう !!その3
2010-04-03 20:20:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回は、「凸の法則」で起こる関節構成運動を動的触診によって感じる練習をしましょう。部位は、
おなじみの肩甲上腕関節です。
まず、肩の力を抜いたまま外転位をとれるように、何かにつかまりましょう。机の上に、腕を乗せて
もかまいません。このとき、肩の力が十分に抜けているのがポイントです。 壁に手をつくのは慣れれ
ば大丈夫ですが、はじめのうちはオススメしません。
≪開始位≫
≪終了位≫
そのまま反対の手で、肩甲上腕関節にコンタクトします。肩峰と上腕骨頭の間の溝を、はっきり感じ
るように意識を向けてください。
つづいて、膝を曲げて腰を落とすことで、肩関節を外転させます。正常なら、上腕骨頭が奥に「沈ん
でいく」ような感触を覚えます。この感覚をきちんとつかんでください。
この場合、上腕骨は外転によって上にあがってくるので、はじめのうちはその感覚が紛らわしいかも
しれません。肩峰と上腕骨頭の間の溝に意識を集中させて、よく感じ取ってください。慣れてきたら、
前回ご紹介したMP関節の時のように、肩関節全体をイメージしながら動かしてみましょう。上腕骨頭
が関節窩の中で上方に転がりながら、下方に滑っているのを感じ取ってください。
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≪正常な凸の法則≫
≪異常な凸の法則≫
関節が拘縮などを起こしているときは、上腕骨頭が下方に滑らないために、沈んでいくような感触が
ありません(右上)
。異常を感じたら、MP関節を検査したときと同様に、正常な動きを妨げている抵
抗感が、どの位置にあるのか感じ取りながら動かして下さい。
肩関節の痛みを訴える患者さんを診るときには、下のような他動的な外転検査をよく行うと思います。
そのとき、ただ外転の角度を測るのではなく、これまでお話ししてきましたように骨頭の動きも同時に
触診してください。合わせて、周囲の筋肉組織の状態も把握しておきましょう。他動的に外転している
だけなら、三角筋など肩関節の前・上・後方にある筋は弛緩しているはずです。これらの筋が緊張して
いるということは、何らかの機能障害を示すサインです。そのような部位がないかどうか調べましょう。
また、他動的な外転によって、大円筋や広背筋など、肩の下方要素の筋はストレッチされています。
ストレッチしながら、不自然に緊張が強まっている部位がないかもよく触診しましょう。このように評
価することで、外転の制限が、関節包内の問題によるのか、包外の筋筋膜の問題によるのか、おおよそ
のところを把握することが出来ます。
忙しい現場では、時間に追われて仕事をするということも尐なくありません。そのため、いろいろ評
価したいと思っても、それがなかなか難しいという状況もあると思います。今回ご紹介した方法によっ
て、通常行っている評価に尐し意識して触診を加えるだけで、時間をかけずに役立つ情報を入手するこ
とができます。ご参考になさってください。 ≪次回に続く≫
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関節の構成運動を感じよう !!その4
2010-04-10 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回は、膝関節の構成運動を触診で感じる練習です。大腿骨に対して脛骨は、伸展に伴って外旋が、
屈曲に伴い内旋が加わるという動きになります。いろいろ試してみたのですが、もっとも感じ取りやす
かったのが、屈曲 90°以降の下腿の内旋でした。
ではさっそく、両手の示中指で内顆と外顆にコンタクトします(左下図)。仰臥位で下肢を挙上し、
そのまま屈曲させ、内顆と外顆の動きを比べてみてください(下中央・右下図)
。
≪コンタクトポジション≫
≪開始位≫
≪終了位≫
内顆が外顆に比べ、より「沈んでいく」ような感じを覚えるのではないでしょうか 屈曲 90°以降は
脛骨の外側関節面の動きが止まり、内側関節面のみが背側に滑ることによって、下腿の内旋が起こりま
す。この動きが、内顆が外顆よりも沈んでいくような感覚になるわけです。これは前回までに紹介した、
MP 関節や肩関節に比べてより微妙です。よ~く練習してくださいね。
ちなみに完全伸展位から0°~15°までは、外側上関節面を中心に内側上関節面が背側に滑りと転が
り運動が起こることで、脛骨の内旋が起こります。その後 15°~90°までは、脛骨の内・外側上関節
面はそろって背側に滑ります。そして、90°以降の動きにつながっていきます。
ちょっと脱線しますね。私の考えですけれども、動的な触診を練習するとき、はじめのうちは「内旋
する」とか「骨頭が下方に滑る」、という知識を意識しながら行わないほうがよいと思っています。手
が慣れていないのに、このようなことを考えると、感覚に集中しにくいからです。知識があっても触れ
ることが出来ないと、手技療法を用いて効果を挙げることが難しくなります。
はじめは「出てくる」とか「沈む」など、体に馴染んだ身近な表現によって感じ取ることに集中し、
それが出来た上で知識を当てはめても、まったく遅くありません。むしろ「急がばまわれ」で、そのほ
うがより確実に身につくのではないかと思っています。
もちろん、すべての動きが触れて分かるわけではありません。私も、膝関節の完全伸展位で起こる脛
骨の外旋を、確実に感じとれていません(座位や仰臥位では、脛骨の外旋よりも大腿骨の内旋が起こりや
すいようです。膝が完全伸展するとき大転子を触れていると、内旋方向に動こうとするからです。)。で
も、やはり手技療法に携わっている以上は、できるだけチャレンジしたいですよね。
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今回のシリーズでは、関節の構成運動を触診で感じ取る練習をご紹介しました。ついでに、治療のこ
とも尐しお話ししましょう。構成運動に異常が見つかったら、関節モビライゼーションが適忚になる可
能性が高まります。なかには、他動的に動かして調べる「関節のあそび」は比較的保たれているのに、
「構成運動」の制限が認められるケースもあります。
こ の よ う な 場 合 、 マ リ ガ ン (Mulligan) テ ク ニ ッ ク の 運 動 併 用 モ ビ ラ イ ゼ ー シ ョ ン (MWMS :
Mobilization with movements )が役に立ちます。これは、モビライゼーションに合わせて、関節周囲の
筋収縮による自動運動を加えることで運動の協調性が修正され、関節運動に伴う軌道が正しい状態に戻
るというものです。ちょうど自動運動に合わせて、構成運動をサポートしてあげるようなかたちになり
ます。ただ個人的な経験としては、周囲の筋筋膜の緊張が非常に強い場合は、そちらを先に解決したう
えで MWMS を行ったほうが効果的であるように感じています。
ここまで書いてきて手が止まりました。
機能障害に対する徒手的なアプローチではふつう、関節包外の異常はマッサージやストレッチのグル
ープ、関節包内の異常は関節モビライゼーションをおこなうというのが基本です。しかし、筋筋膜の制
限(関節包外の異常)を除くことで構成運動(関節包内運動)が回復することもあれば、その反対が起こるこ
とも珍しくはありません。
前々回の記事≪p.65≫でも同じようなことを紹介しましたし、今回の例として挙げた、膝関節屈曲に
伴う脛骨内旋の制限でも、前処置のつもりで行っていた大腿四頭筋の緊張を除いたら、内旋が回復した
ということもあります。
さらには、筋筋膜の制限を除いただけで、関節包内運動のみならず、動的安定性やリクルートメント
パターンなどの協調性まで一気に回復するケースもあります。
そうかと思えば、筋筋膜の制限をASTRによって除き、関節包内運動をモビライゼーションによっ
て再開させ、動的安定性を保つためのエクササイズまでアドバイスしなければ回復しないこともありま
す。
こうしてみると、体性機能障害の治療というのは「教育」に近いものかもしれません。いったい何が
効果を挙げるのか、本当のところはやってみないとわからない。一を聞いて十を知る、という人もいれ
ば、一から十まで手とり足とり教えないとわからない、出来るようにならない人もいるなど、たくさん
の個性がある。
ウ~ン、体性機能障害というのはつくづく「 人間くさい 」ものだなあ、と思います。
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Ⅳ.治療技術のヒント
母指の支え
2008-03-22 19:45:01 | 治療についてのひとりごと
母指を使ったマッサージや指圧を習うとき、残りの 4 本指は伸ばして支えるように指導されます。こ
のような感じで(下)
。正確には、母指の中手指節関節を外に出せといわれます。でも、そうすると指
のカタい私の場合、指先だけで当たるようになり、自分も痛いし使いにくいので、外にはあまり出して
いません。
指導されるかたちでも、無理なくできればもちろん良いのですが、ちょっと気になるところがありま
す。それは、このかたちをとると、角度によっては母指と小指を近づける対立運動を起こしやすいとい
うことです。小指を曲げるような力が入ると、手の平にある手内筋をはじめ、前腕の屈筋群が緊張し、
必要以上に力が入ってしまいます。そのまま長時間使い続けると指を早く疲れさせ、傷めやすくなりま
す。
えっ、何ですって?「そうならないように修行するのがプロだろ!」ですって?
ごもっとも。おっしゃるとおりです。けれども他に、指の使い方を工夫するという道もあります。
私がよく使うのは、小指と薬指の近位指節関節(PIP 関節)を曲げて、中節骨を支えにするというもの
です。 あれこれ試しているうちにできたのですが、こうすると指の形を保つために、母指・示指・中
指は屈筋が働いて入るのに対し、小指と薬指は伸筋が働いているためか、ちょうどバランスがとれるの
か指も疲れにくいです。
何かと使いやすく、愛用しています。でも、偏った使い方はいずれにせよよくないので、実際にはふ
つうの方法と交互に用いて負担を分散させています。
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スポーツ選手をみても、みなさん必ずしも教科書にのっているようなフォームでプレイしているわけ
ではなく、自分の体に合うように工夫して使っていますよね。手技療法も同じです。自分に合わない方
法で、体をこわしては元も子もありませんから、そのときはあれこれ工夫しましょう。とにもかくにも
施術中に指が疲れやすいという方、いちどお試しあれ。
痛がる患者さんにはどうする?
2008-10-04 18:54:05 | ASTRについて
ASTR はピンポイントで組織をストレッチできる手技です。
しっかり ASTR をかけると局所に刺激が集中するので、患者さんによっては「イテテテテ・・・」
「皮が
つっぱるぅ」
「切れる切れるっ」など、さまざまなリアクションをする方もいらっしゃいます。そのよ
うな反忚をみると、慣れないうちは「ホントにやって大丈夫かな?」と思ってしまうのもムリありませ
ん。
今の世の中は、どちらかというとソフトな治療が为流で、ハードな刺激は「体を傷める」と考えてい
る方も多いからです。手技療法を行う目的が循環を促す、あるいはリラックスさせるということならソ
フトな手技でもよいでしょう。
ところが運動不足やケガの後遺症で、あまりにも組織が硬くなりすぎ、線維化や瘢痕を起こしている
方に対してはソフトな刺激ではなかなからちがあきません。それらを解除したいときには、あるていど
力をかけていく必要がどうしてもあるのです。他の手技ではマッサージの強擦法、PNF の遠心性収縮(ア
イソリティック)を用いた手法も同様の考え方をしています。
でも、そうはいっても人間は感情の生き物です。痛みを伴う治療を受けていて、「痛いけど、悪いと
ころに当たっている感じがする」とか「ここが緩めば楽になる気がする」というように直感的にプラス
の印象を持つ方もいれば、痛みによる不安が先立って「痛い、痛い、コワサレルゥ~」とマイナスに受
け取ってしまう方もいらっしゃいます。プラスに感じる方は問題ありませんが、マイナスに取ってしま
う方にたいして、必要だからといって最初からむりやりしっかり刺激を加える必要はありません。ムリ
をすると、かえって筋肉のスパズムを誘発して、痛みを強める可能性もあるからです。
こういう場合、はじめは手掌など広い面を当て、接触面積を増やして刺激を分散させる方法からスタ
ートし、慣れてくるにしたがって焦点を絞ってくるとよいでしょう。もちろん、ASTR にこだわる必要
はありません。
局所の過敏性が強いようなら、ポジショナルリリースセラピーや相反抑制を用いた PNF など、症状
を訴えている部位に負担をかけない手技を用いて、患者さんに安心していただいてから次に進むという
のもよいでしょう(私もそのようにしています)。
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くすぐったがる患者さんへの対応
2008-10-18 20:37:08 | ASTRについて
「アッ、くすぐったい!!」
脇の下やわき腹、筋肉でいうと肩甲下筋・前鋸筋・腹斜筋へのASTRをかけようとすると、くすぐ
ったがる患者さんがなかにはいらっしゃいます。ASTRに限らず、通常のマッサージや指圧を行って
いても経験されたことがあるのではないかと思います。
「どう対忚してよいか困ってしまう」なんてことはありませんか?しばらくその部位には触れないで、
周囲を治療することで変化するか様子をみるというのもひとつの方法ですが、どうしてもアプローチす
る必要があるときは、以下の方法を参考にしてみてください。
その一 ソロソロ触れずにキビキビと触れる
ソロソロとぎこちなく触れると、なおくすぐったくなります。ゆっくり触れようとすると、そのし
ぐさを見ただけで、くすぐったくなる方もいらっしゃいます。キビキビと、またはスパッというイメ
ージで触診やテクニックを行ってみてください。
その二 点ではなく面で触れる
指先などを使ってポイントで触れると、くすぐったさを感じやすくなります。手掌や手根などの広
い面を使って刺激を分散させると和らぎやすいでしょう。
その三 姿勢を変えて触れてみる
姿勢を変えることで、くすぐったさが落ち着くこともあります。例えば、仰臥位ならダメだけど、
伏臥位や側臥位なら大丈夫だとか。心因性ということでしょうか?反射的な作用が影響しているので
しょうか?理由は分かりませんが、人間は不思議なものですね。
その四 それでもダメなら、患者さん自身の手を使う
あれこれ試してもダメなら最後はこの手を使います。自分で自分の体に触れてくすぐったがる人は、
めったにいないでしょう。ASTRなら患者さんの手にフックの形をとっていただき、術者はその手
を操作してテクニックを行います。触診する場合はまず患者さんの手をおいて、その上から術者の手
を置き、圧を加えて組織の緊張を調べます。この方法でも慣れると分かるようになりますよ。
このようなことはなかなか学校では教わりませんし、テキストにも見かけないのではないでしょうか。
治療効果にはあまり関係ないからでしょうが、困ったときには意外に役立つ「現場の知恵」です。参考
にしてみてください。
それから、機能障害によって感覚が過敏になったために、くすぐったさが起きていることもあります。
くすぐったさに左右差があるときは、その可能性が高いのですが、治療によって落ち着くこともありま
す。それが確認できたときには、「くすぐったさがなくなったのも、回復のサインなんですよ」とお話
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ししてあげるとよいでしょう。
回復過程はさまざまな変化を身体に起こしながら進んでいきますが、患者さんがそれに気づかないこ
ともあります。わずかなサインでも、回復の兆しを示すものを確認できたら、それを患者さんに伝えて
喜びを分かち合うことは、健康を取りもどすための自信や心の支えになると思います。
骨折を防ぐために
2008-10-25 20:40:14 | 学生さん・研修中の方のために
手技療法による医療過誤の中で、最も注意しなければならないものの一つに骨折があります。
なかでも多いパターンが、患者さんがうつ伏せの状態で背中から押さえたときに肋軟骨を傷めてしま
うというものです。とくに年齢を重ねて軟骨が硬くなり、骨粗しょう症も伴っている方への治療は骨折
のリスクが高くなります。だからといってそのような状態の患者さんも相談にみえるので、治療する機
会も尐なくありません。
「気をつけないと肋骨は簡単に折れるよ」
現場で先輩からそのようなことを注意されて緊張した経験は、多くのセラピストが持っていると思い
ます。ではいったいどのように対処すればよいのでしょうか? よく言われるのは「軽く触れなさい」
ということ。なるほど、確かに軽く触れることで骨折のリスクを回避できるはずです。
しかし、ご高齢の方とはいえ、筋肉の状態からあるていど力を加えていく必要がある、と判断したと
きはどうすればよいのでしょうか?
あきらめて軽擦などで様子をみる。それもひとつの方法かもしれません。でもその前に、どういうと
きに骨折する危険性が高まるのか考えたいと思います。
側臥位での腰椎のスラスト(バキッと動かす矯正法)で、肋骨突起の骨折を起こすことがあるそうです。
それは外からの矯正する力に加えて、患者さんがビックリして大腰筋が瞬間的にスパズムを起こしてし
まうことで、肋骨突起に大きな力がかかり骨折してしまうようです。
同じことが肋骨で起こるとすれば、背中からの押す力に加えて、患者さんの肋間筋がスパズムを起こ
して骨にストレスがかかり、骨折するというメカニズムが考えられます。ということは、患者さんの筋
スパズムを防ぐことができれば、骨折のリスクを下げることができるということになります。
では、どうすれば筋スパズムを防げるのか?
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私たちがビックリするときというのは、不意に突然何かが起きたときです。手技療法でいうと、急に
押されたり動かされたりしたときでしょう。反対に何が起こるかわかっているときは、ビックリせずに
力も抜いていられます。ですからまずは、患者さんに予めどのようなことをするのか伝えておくことだ
といえます。
それは言葉によることもあれば、ゆっくり触れて徐々に力を加えることで、体を介して伝えるという
こともあるでしょう。両方使えばより丁寧ですね。はじめから指腹部などの狭い範囲で刺激せず、手掌
などの広い面で感覚をなじませるというのもよいでしょう。
「なんだそんなこと」と思うかもしれませんが、とっても大切なことです。「実は骨折させたことが
あるんだよ」というセラピストの動きを見ていると、触れてから力を加えるまでの時間が早いなという
印象を持ちます。そして、はじめから指腹部などの狭い範囲で触れています。これではポイントで刺激
が入るので、何をされるかわかっていないと、患者さんはビクッとして瞬間的に力を入れる可能性が高
くなります。そのため、本人としてはそんな力を入れているつもりはなくても、結果的にダメージを与
えてしまうことになるのではないかと思います。
もういちどポイントを整理すると、
・患者さんにどのような操作を加えるか口頭できちんと伝える(とくに伏臥位のとき)。
・はじめには手掌などの広い面で触れてから、指腹部に移行する。
・触れてからひと呼吸おいて、徐々に力を加える。
・患者さんが治療を受けることに緊張しているうちはムリをせず、回数を重ねてリラックスできるよ
うになってから力を加える。
私は必要に忚じて、ご高齢の方にも力を加える治療をしていますが、とくにこの4点は注意していて、
今のところ骨折の事故は起こしていません。人間に関わることですから 100%ということはないでしょ
うが、これだけでも相当リスクを下げることができるのではないかと思っています。
なお、背中が丸まっている患者さんをうつ伏せにして後ろから力を加えるときは、胸が浮かないよう
にクッションをいれる。あるいは、側臥位にして力が逃げやすいようにするといった工夫も必要です。
参考にして下さい。
立ち位置は脇と肩で決める
2008-11-01 20:04:09 | 治療についてのひとりごと
ASTR に限らず手技療法のテクニックを使っていると、何だかやりにくかったり、窮屈だったりする
ことがあります。理由はいろいろありますが、意外と気づき難いのが立ち位置が悪さです。
立ち位置が悪いということは、ムリな姿勢で治療を行うことになるので、腰を傷めやすくなりますし、
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体の力を使えないので手先に負担がかかりやすくなります。ですから立ち位置はとっても大切です!!
ところが、最適な立ち位置ということになると、セラピストと患者さんの体格差や状況によって決ま
ってくるので「必ずこうする というように、型にはめてしまうことはなかなかできません。
現場ではどのように判断すればよいのでしょうか?
最終的には感覚的に楽にできているか、しっくりきているかどうかで判断するので、適当に動かして
試行錯誤を重ねるというのもよいのですが、ひとつの目安として、脇や肩を基準に考えるというのも良
いかもしれません。
脇が開いている、あるいは締めすぎているというのは、格闘技をはじめとした多くのスポーツで好ま
しいこととされていません。動きのパフォーマンスが著しく低下してしまうことを、経験的に知ってい
るからでしょう。私は子どもの頃に剣道を習っていたのですが、先生から「脇の下にタマゴをはさんで
割れないように、落とさないようにするつもりで構えなさい」と教わりました。当時は、仲間と一緒に
脇をあけたり締めたりしては「タマゴ割れてもたっ」とか「あっ、落ちてもた」とふざけていたのです
が、今思い返すとよい指導法だったと思います。
同じ理由で、肩が上がっている状態もよしとされていません。たいてい、「肩は落とすように」と指
導されています。脇や肩についての注意は、手技療法を行う上でも当てはまるでしょう。
テクニックの開始位についたとき、自分の体と相談して何か違和感があるようだったら、肩がきちん
と下がっているかどうか、脇の開きすぎや締めすぎがないか確認してみてください。ASTR ならプレポ
ジションをとってこれからフックしようとしたとき、マッサージや指圧ならコンタクトして力を加えよ
うとしたとき、関節モビライゼーションならセットアップが完了したときがよいでしょう。
このときに、肩が上がっていたり、脇の開きすぎや締めすぎがあるようなら立ち位置を変えてみまし
ょう。どう動いてわからないときは、以下の 3 つの方向で工夫してみてください。
患者さんに対して
・近づくか離れるか
・正面を向くか、体を回転させて半身になるか
・頭方に移動するか足方に移動するか
慣れてくると無意識に調節できるようになります。注意していただきたいのは、ムリな姿勢でも繰り
返すうちそれに慣れてしまうことです。その結果、部分的にムリがかかるところが出てきてセラピスト
の体を傷めてしまう。じつは私も、いまだにハッとして反省することがよくあるのです。
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治療中の姿勢
その1≪身体のつかい方≫
2009-01-17 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
治療中に腰が痛くなった経験ってありませんか?
私はあります。まわりの仲間に聞いてもチラホラ耳にします。痛くても、患者さんには気づかれない
ようにしますよね。これって「ミイラとりがミイラになる」ですから、他人に知られるのはちょっと恥
ずかしいです。それも身体介助のように、いかにも腰に負担がかかる作業なら分かるのですが、ふつう
にマッサージや指圧をしているうちに痛くなることもあります。
どうしてでしょうか? 前かがみの姿勢で仕事をしているから?それもあるかもしれませんが、それ
だけが原因なら、セラピストは全員腰痛持ちのはずです。
同じ仕事をしていても腰痛になる人とならない人、あるいはなる時とならない時があるのはなぜか?
理由のひとつとしては、身体の使い方が違っているということが挙げられるでしょう。
テクニックの解説書に載っている写真をみていると、とてもよい姿勢で治療している様子がたくさん
写っています。こんな感じで(下)
。いや、もっと良い姿勢かな?
とにかくこのように、背筋がピーンと伸びた状態です。なかには身体が反っているものもあるくらい
です。治療の流れの中で一時的にこのような姿勢をとるのはよいのですが、ずっとこのままキープしよ
うとすれば、たいてい腰を痛めます。なぜかというと、常に脊柱起立筋を緊張させた状態だからです。
この姿勢で体幹を固定したまま、身体を前後に動かしてマッサージなどを行っている人もなかにはい
ます。腰にとっては固定するようにふんばったまま、重心の移動にも対忚しなければならないので、た
まったものではありません。そこで、私はこのような姿勢もとっています(下)。
見てくれはあまり良くないかもしれませんが、私は前者の姿勢に加えて、後者の姿勢も織り交ぜる
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ようになってから腰痛は起きなくなりました。白衣なのでよく分かりにくいのですが、はじめの写真は
腰部が伸展し、骨盤は前傾しているのに対して、こちらは腰部が屈曲し、骨盤はやや後傾位をとってい
ます。
異なる表現を使うと、前者は脊柱起立筋などの筋力で支えているのに対し、後者は棘上・棘間靭帯な
どの軟部組織にひっぱってもらっている、それらに身を委ねている状態です。この二つを使い分けるこ
とで、負担を分散させているわけです。これらの中間あたりの姿勢をとることもあります。
大切なことは、身体の同じところばかり負担をかけ続けることは避けなければいけないということで
す。慣れてくると、無段階に調節して負担を分散できるようになります。治療中に腰が痛くなるという
方、どうぞ参考にしてみてください。
ところで、修行をしたお坊さんはなぜ坐禅を長時間組めるのでしょうか?みなさんはどう思います
か?
答えは、外から動いていないように見えても重心を徐々に変えることで、負担を分散させているから
です。以前、このテーマをテレビで取り上げていたのですが、それを見ていて、私は思わず感心してし
まいました。座禅中のお坊さんは動いていないようでも、ある意味では動きのエキスパートなのですね。
おそらく自覚してではなく、無意識に動かしているのだと思うのですが、これができないと脚が痛く
なって、とてもじゃないけど精神力だけでは続かないはずです。つまり、いくら良い姿勢とはいえ、固
定された状態は決して良いとはいえないということになります。
前傾姿勢を続けているようでも腰痛を起こさないセラピストは、そのような負担の分散が身体の中で
上手く出来ているのでしょう。あらゆる仕事でも同じことがいえます。いかに負担を分散させるかとい
うことは、腰痛などを繰り返す患者さんにアドバイスするうえでも大切なポイントになります。
それにしても、患者さんにはアドバイスするのに、私たち自身が実はできていないことって意外とあ
ると思いませんか。私もハッとすることがけっこうあります。 ≪次回に続く≫
治療中の姿勢
その2≪身体のつかい方≫
2009-01-24 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
前回紹介した、腰椎が屈曲して骨盤は後傾している姿勢を取るときに、とくに大切なことがあります。
それは、しっかり膝を曲げるということです(左下)。このように膝を曲げることで、上体は棘上・棘間
靭帯など非収縮性の軟部組織に支えられ、脊柱起立筋は最小限の働きになって休むことができます。
膝が伸びたままでは…(右下)
。重心が前方移動したこの姿勢を保つために、脊柱起立筋は緊張する
ので、かえって腰痛を起こしやすくなります。これに近い姿勢で、治療されている方を見かけませんか。
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「膝を曲げて腰を落とす」スポーツや舞踊など運動をされる方は、このようなことをよく注意された
のではないかと思います。この「腰を落とす」というのは骨盤を後傾させる、ということでもあります。
う~ん、後傾というと極端に傾けることかと思われるかもしれません。そうなると「腰が抜けた」状態
になってしまうなぁ。
後傾というよりも「直立させる」といったほうがいいかもしれません。スポーツでは「骨盤を立たせ
る」という表現で指導される方もいらっしゃいます。このことですね。
もちろん状況によりけりです。重量挙げのような瞬間的に力を入れて物を持ち上げるときは、骨盤が
前傾して腰椎が伸展するいわゆる「腰が入る」ことが大切です。しかし、「構え」のような姿勢をとる
場合は、膝を曲げて腰を落とす(骨盤が立つ)状態がよいということになります。治療中では反復刺激を
送る、あるいは治療部位を変えるなかで、この間をユラユラ動くことによって腰にかかる負担を分散さ
せるわけです。
ところで、身体の動かし方なんて書いているので、私はさぞかし運動ができるのだろうと思われる方
もいらっしゃるかもしれません。でも実は、何を隠そう大の運動音痴です。おまけに喜んで身体を動か
すほうではありません。どちらかというと、物思いにふけってボンヤリしているほうが好きです。運動
といえばせいぜいウォーキングぐらいで、夏の間は足にアンクルウェイトと巻いて歩きますが、冬は雪
で道がツルツルになるので、おっかなくってやりません。さらに手も不器用ときていて、字も下手です
(セミナーで黒板に書いた字をご覧になった方は、ご存じだと思います)。
そんな私が、どうして身体の使い方なんて大それたことを書くのか?それは、私と同じように運動音
痴で不器用な仲間のためです。不器用な私が工夫してできるようになったことは、不器用な仲間にもき
っと役に立つだろうと思います。
もうひとつ、数学が好きでも計算の嫌いな人が数学者に向いているという話も励みになっています。
なぜ向いているのか?その理由は、計算が嫌いなのでもっと効率のよい解き方はないかと工夫して、新
しい解法を発見するからだそうです。
私は手技療法が好きです。そして、運動嫌いで不器用だからこそ、要領や効率のよい動かし方を、誰
にでもできる方法で行えないものかと考えています。そのようなわけで、自分で「向いているかも」な
んて勝手に解釈してあれこれ考え、自己満足にひたっています。でもその自己満足が、たくさんの仲間
の役に立ってくれれば嬉しいなぁ、と思っています。 ≪次回に続く≫
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治療中の姿勢
その3≪身体のつかい方≫
2009-01-31 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
腰椎は軽く屈曲して骨盤を立て、膝は曲げる(下)。これで脊柱起立筋がリラックスできるはず…、
とは実は限らないのです!!
というのも、いくらリラックスできる姿勢をとっていても、力んでしまう方がいるからです。そうな
ると良い姿勢、楽な姿勢をとっている意味がありません。そこで、きちんと力が抜けていることを覚え
て、その状態をキープする必要があります。
まずは上の写真の姿勢をとったまま、身体をブラブラゆさぶって力を抜いた状態をつくります(下)。
つぎに、起立筋に手を当てて上体を前後にゆっくり動かし、もっとも起立筋の力が抜けている角度を探
します。そこが起立筋のリラックスできている姿勢、ということになりますね。
ではそのまま上体をできるだけ動かさないで、起立筋に力を入れてみてください。そうです。等尺性
収縮をするわけです。
いかがですか? 同じ姿勢でも印象がずいぶん違うのではないでしょうか。力が入りにくいという方
は、それだけ上手くリラックスする姿勢をとれていたということなので、それはよいことです。でもこ
こは実験なので、ほんの尐し骨盤を前傾させてみてください。起立筋に力が入りやすくなると思います。
こうして、力が抜けている状態と入っている状態をしっかり身体で覚え、力んだらきちんと自覚でき
るようになっておき、仕事中に気づいたらすぐに修正するわけです。バイオフィードバックを用いたト
レーニング方法ですね。
臨床でも、姿勢は良く見えるのだけれど、肩がこる、腰が痛いなどの症状を訴える方の中には、無意
識の力みが原因となっていることもよくあります。つまり、見た目のかたち(姿勢)だけではなく、身体
の中でどのような力が働いているかが問題になります。この視点は、筋骨格系の機能障害の臨床でとて
80
も大切なポイントです。
ところで、みなさんは千本ノックというものをご存じですか?野球の特訓法のひとつで、ノックされ
たボールをとってファーストに送球するということを延々と繰り返すものです。長嶋茂雄さんも受けた
と聞いているのですが、最近では耳にしなくなりました。この千本ノックの目的は、体力をつける、あ
るいはド根性をつけるというのではなく、じつはうまく力を抜いたプレーができるようになる、という
ことだそうです。
私も意外に思いました。無駄な力みがある状態では、とてもとても千本ノックに耐えられません。
そのためには、力を抜いてプレーするということを覚えざるをえないわけです。そういわれるとなるほ
ど納得です。でもそこは昭和のトレーニング方法。そんなことまで教えられるわけはなく、本人が気づ
くまでのたうちまわらせたそうです。まさに荒業ですね。 ≪次回に続く≫
治療中の姿勢
その4≪身体のつかい方≫
2009-02-07 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
前回でも紹介した、腰椎は軽く屈曲し骨盤を立て、膝は曲げた姿勢から、いざ身体を伸展しようとす
るとき、みなさんならどのような順序で行いますか?(下)
背筋を伸ばしてから、下肢を伸ばす?
これは×××!! ありがちですが間違いです。この動かし方は腰椎‐骨盤リズムに逆らっていて、脊
柱起立筋に大きな負担がかかります。
腰椎‐骨盤リズムというのは、屈曲するときは腰椎から骨盤(股関節)の順に、伸展するときは骨盤(股
関節)から腰椎の順に動くという運動のリズムですね。この流れにしたがって動かすことで、より負担が
尐なく合理的に動かせるわけです。というわけでこの場合、股関節そして腰椎と伸展させていくわけで
すが、意識して順に動かすと何だかギクシャクしませんか?
このときに、動かし方のイメージとしてちょっとしたコツがあります。それは、骨盤を前に突き出す
ように動かすということです(下)
。≪これはちょっと大げさです。実際はほんのちょっとしか動きま
せん。それにしても不格好だなぁ≫
81
ヘソの下、あるいは丹田を突き出すでもよいでしょう。そうすることで、股関節は伸展し骨盤前方に
力がかかります。骨盤が前方移動しようしているとき、胸郭は動かさないでおくと、腰椎は屈曲位から
自動的に伸展し始めます。そして、このときに働いている筋は強力な殿筋です。殿筋の力で胸背筋幕を
緊張させて、さらに腰椎の伸展を誘導させているわけですね。この動きの最後に、尐し起立筋に力を入
れて上体を起こしきってあげれば完了です。どうぞ、やってみてください。
いかがでしょう? はじめは妙な感じかもしれませんが、この動かし方のほうが楽ではないでしょう
か? 私達は仕事で、一日何回も前傾姿勢から身体を起こすという動作を繰り返します。1 回 2 回はたい
したことなくても、累積疲労で機能障害を起こすことはよくあります。RSI(Repetitive Strain Injury
=反復性ストレイン障害)というものですね。
そして、こういった何気ない動作は、セラピストにとっては当たり前すぎて意識すらしないので、な
かなか気づきません。そのために治療しても治療しても、負担がかかり続けるためにすぐに再発してな
かなか良くなりません。
同じ問題は、私達が相談を受けているような、体性機能障害のある患者さんには非常に多くみられる
ものです。ですから慢性的な痛みを繰り返す患者さんには、治療と平行して、何かムリのかかる動かし
方を無意識に行っていないかどうか、よくみていく必要があるわけです。
いや~、こうして手技療法の寺子屋ブログを書いていると、セミナーでは伝えきれないような細かい
話ができるものですね。このようなある意味マニアックな内容は、セミナーでは「ふ~ん」という感じ
で、あまり受けは良くないかもしれません。でも私はこういう地味なところこそ、とても大切なところ
だと思っています。
小さな操作は大きく動かす
2009-02-28 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
ASTR に限らず、手技療法のテクニックを使うときは手先ではなく、身体全体の力を使うことが必要
です。手先だけの力で行うと、組織の状態をモニターしている手の感覚も落ちてしまうだけではなく、
術者の手を傷めやすくなってしまいます。…ということは、これまで何度も書いてきたので耳にタコで
しょうか。
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今回は身体全体を使う感覚を養うために、私が行っている練習方法を紹介します。とはいっても、そ
んなあらたまったものではなく、朝のそうじを練習に利用しているだけですよ。私の治療院では、床掃
除にクイックルワイパー(のようなもの)を使っています。ふつうグリップの部分をにぎる時は、こんな
感じだと思います(左下)。
≪通常の握り方≫
≪トレーニング用の握り方≫
このようにしっかり握って前後に動かし、方向を変えながら床を拭いていくわけですね。この握り方
をしていて方向を変えるときは、为に手首の力でグイッと動かそうとするのではないでしょうか。そこ
で、右上図のような握り方にしてみます。
小指をしっかり、薬指を尐し軽めに、中指から親指までは浮かすか、ごく軽く添える程度にします。
剣道の竹刀の握り方に近いです。こうすると方向を変えるとき、親指やひとさし指が利かないために手
首の力があまり使えません。すると、肘を張ったり、身体を大きくまわして動かすしかなくなります。
手先を使うよりめんどうです。でもこの感覚こそ、身体を使って操作している感覚なのです。
大きく動かす手間はありますが、どうでしょう?手先の力だけで動かしているときより微妙な方向の
コントロールができるはずです。これがテクニックを行うときには、とても大切になってきます。
例えば、関節モビライゼーションで頚椎の操作を行うとき、手先の動きだけでは、頭部を支えるのも
大変ですし、関節面に沿った刺激を加えるための微妙な調整も、よほど腕の力がないと難しいはずです。
でも肘を張り身体をまわりこませれば、動作は大きくなりますが、頭部を上肢~体幹~下肢で支えるこ
とができ、身体を動かすことで角度調整をより正確で楽に行うことができます。
つまり大切なポイントは、
『小さな操作を大きな動作で行う』ということです。面倒なのでおろそか
にしがちですが、これはとてもとても重要なポイントです。ASTR やマッサージ、ストレッチを行う時
も全く同じです。
もうひとつ大切なことを。それは、その気になればいろいろなことが練習のために利用できるという
ことです。実際に現場に出て仕事を始めると、練習のための時間は限られるようになります。忙しさを
理由に、または相手がいないことを理由に練習ができないとこぼす方もいらっしゃいます。でも、この
ような工夫を重ねることで、いくらでも練習できるわけですね。
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「よい」もみかえしと、
「わるい」もみかえし
2009-05-30 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
「もみかえし」ということばがあります。マッサージなど手技療法による反忚のひとつで、治療後に
かえって痛みがでたり、だるくなったりすることですね。これには「よい」もみかえしと、「わるい」
もみかえしがあります。
「よい」もみかえしとは、組織の癒着が除かれたり、緊張がゆるむことで代謝が再開されて起こる現
象といえます。ちょうど、シモヤケやアカギレが治るときには痛カユくなる、というものに似ているか
もしれません。
これに対して「わるい」もみかえしとは、組織を傷めるような刺激を与えたために局所的な炎症を起
こしている状態です。イメージでは、首の寝違えを起こしたような感じでしょう。では、どうすると組
織を傷めるような刺激の与え方になるのでしょうか。
いくつかあるかと思いますが、そのひとつに指先でこねるような刺激の入れ方を行ったときにも起こ
りやすいのではないかと思います。つまり、指節関節を動かすような刺激の与え方ですね。左下図のよ
うに母指を伸ばした状態から、曲げて(右下)
、また伸ばして(左下)という、こねるような感じです。
⇔
とくに、マッサージや指圧を一所懸命行うあまり、このような動きをしてしまう方もいらっしゃいま
す。ASTR でも、フックをしっかりかけようとするあまり、ついついこねてしまう方がいらっしゃいま
す。これは危ないかもしれません。
なぜ、このようにすると組織にダメージを与えるのか? 私の想像ですが、組織をすりつぶすような
動きになるためではないかと考えています。例えば、マッサージの「揉捏法(じゅうねつほう)」つま
り「もむ」という技法は、圧迫を加えた状態で、ヨコ方向に反復して動かすわけですが、このとき組織
にかかる力は圧迫と横方向への運動の2方向です。これに指先を曲げる動きが入ると、状況によっては
3方向の力が加わってすりつぶすような動きになり、患者側の条件によってはダメージを与えてしまう
のではないか!! などと想像しています。
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寝たきりの高齢者など、皮膚が極端に弱くもろくなった(脆弱)患者にみられる「床ずれ」は、長時間
の圧迫だけではなく、ずれる力(揃断力)が加わることで発生するといわれています。このように複合し
た力が組織にかかることで過剰な刺激になってしまい、ダメージを与えやすくなってしまうのではない
でしょうか? あくまでも想像ですが。
もちろん、このような方法が絶対的に悪いというわけではなく、使いようによっては線維化や癒着を
はがすアプローチ法にもなると思いますが、リスクは高そうだと思います。それに軽くならともかく、
しっかり圧迫を加えたまま指節関節を動かすことは、術者も指を傷めるリスクが同時に高くなります。
指先には力が入らないようにということを、何度もお伝えしてきましたが、言いかえればそれは、指節
関節を動かさないということです。指節関節は伸ばしたなら伸ばしたまま、曲げたなら曲げたまま使う
のがよいでしょう。
もみかえしについては、それが良いものであるのか、悪いものであるのか、冷静な状態なら患者さん
は直感的に理解していらっしゃるようです。よいもみかえしなら、気になりつつもドンと構えていられ
るというか、落ち着いて様子をみていることができ、わるいもみかえしなら、切迫感のようなものを感
じられるようです。ただ、よいもみかえしの場合でも、これに不安が加わるとマイナスの影響が出てし
まうでしょうから、あらかじめきちんと説明しておくことが大切でしょう。
母指圧迫における「肘」の活用
その1
2009-09-12 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
マッサージなど、軟部組織マニュピレーションの基本の中に「母指での圧迫」があります。「指圧」
のなかには、
「母指での圧迫」がすべてという流派もあるくらい、基本中の基本になっています。私も
よく使っていますし、治療院やクイックマッサージ、整骨院や病院のリハビリ科にお勤めの方は、日常
的によくお使いなのではないかと思うのですがいかがでしょうか?
母指でのコンタクト方法は、いろいろなテキストで紹介されていますのでそちらに譲りまして、今回
は「肘の活用」についてです。母指での圧迫に、肘を活用する? 何のことか、ピンときにくいかもし
れません。でも身体の使い方としては意外と大切なことですよ。
「身体を使う」というと、ほとんどイコール「体重を乗せる」ことのように教わります。そのためか母
指での圧迫を行っているとき、肘をピンと伸ばしたまま一本の棒のようにして、ペッタンペッタンと餅
つきバッタのように身体を前後に動かしている方がいます。体重は伝わっているはずだから、これで
OK といわれればそうなのかもしれません。でも身体の使い方としては、まだまだ工夫の余地ありだと
思います。
上手く身体を使うというのは、体重や重力を利用するのはもちろんですが、言いかえると下肢や体幹
で生じた力を、上肢で増幅させながら手に伝えるということです。「増幅」なんていうと、よけいにや
85
やこしく感じるかもしれません。下肢や体幹の力をスムーズに手に伝えながら、上肢の力も加えていく
ことから増幅という言い方にしてみました。このイメージは大切なのですが、より分かりやすくするた
め具体的にいきましょう。上肢を上腕と前腕、そして手に分けて考えます。
まずは上腕から。体幹の力がスムーズに上腕を通過するためにはどうすれば良いのでしょうか?
答えは、「上腕が(軽く)外旋する」ことです。上腕が外旋していると、肩を下げて脇をしめやすく
なり、体幹の力はスムーズに手に伝わります。反対に上腕が内旋していると、肩が上がって脇が空き、
体幹の力はスムーズに手に伝わりません。スポーツや武道でも、肩が上がって脇が空いているのは好ま
しいとはされないはずです。
試しに写真のように片手でイスやベッドの縁をつかみ、身体を支えてみて下さい。まずは外旋し
て。
・・・いかがでしょう?わりと楽に安定して身体を支えられるのではないでしょうか(左下)?
≪上腕の外旋≫
≪上腕の内旋≫
では次に、内旋してみましょう。
・・・いかがでしょう(右上)
。力まないと支えにくく、油断すると
肩が上がり、何やら肩峰のあたりにツッパリ感を感じませんか?これは、せっかくの体幹の力が肩峰に
逃げているのです。逃げているだけではなく腱板にもストレスをかけてることになり、術者の肩を痛め
るパターンになっています。ときどき、肩がすくんだ状態で施術をしている方を見かけるのですが、そ
の時たいてい上腕は内旋しています。くれぐれも注意なさってください。
(上の写真は、違いを強調するためにオーバーにしています。意識することで、肩を挙げた状態で上腕
を外旋させる、あるいは、肩を下げた状態で内旋させることももちろん可能ですが、外旋させた状態で
肩を下げたほうが、一番安定すると思います。)
上腕は(軽く)外旋させることが大切だ、ということがお分かりいただけたでしょうか?そして、中
立位から外旋方向に向かうときに上腕の力が発生して体幹からの力に加わって増幅し、前腕から手に伝
わっていくわけです。
ところがところが、母指での圧迫のときに前腕は回外(外旋)しないほうがよいのです!!
く≫
86
≪次回に続
母指圧迫における「肘」の活用
その2
2009-09-19 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
母指の圧迫では、上腕は外旋すべきなのに、前腕が回外(外旋)してはいけない。どういうことでしょ
う?
とにかくここは前腕で試してみましょう。上肢を水平に挙げ、上腕が動かないように反対の手でつか
んで固定します。手は母指で圧迫するポーズをとりましょう。まずはそのまま前腕を回外(外旋)させな
がら、母指で圧迫を加えようとしてみてください。
≪前腕の回外≫
≪前腕の回内≫
この感触、おぼえておいて下さいね。つづいて前腕を回内(内旋)させながら、母指で圧迫を加えよう
としてみてください。どちらのほうが、母指に力が伝わる感触があったでしょうか?。
きっと回内(内旋)させたほうではなかったかと思います(強引に誘導しているかな?)。回内させたほう
が前腕の安定感が増し、母指球にも自然な緊張が生まれます。空手でも、前腕を回内させながら正拳突
きをします。ですから前腕は回内させることで、力が手へとスムーズに伝わるわけです。
さて、上腕は外旋させろといい、前腕は回内させろという、互いにケンカになりそうな状況を上手く
まとめて体幹の力を伝えながら、さらに上肢の力も加えて増幅させる仕事をしてくれるのが「肘」とい
うわけです。
いや~、肘というのは「遠山の金さん」や「大岡越前」らのような「名奉行」の働きをするのですね。
でも前回お話ししたような、上肢を一本の棒のように固定して使っているとそうはいきません。上腕
の顔が立つように上肢全体を外旋すれば前腕が困り、前腕の顔を立てて上肢を内旋すれば上腕が困って
しまい、肘は板ばさみになって「迷奉行」にしかならないのです。肘を上手く活用することが大切です。
どのように活用して肘を「名奉行」にするのか?みなさん考えてみてください。 ≪次回に続く≫
87
母指圧迫における「肘」の活用
その3
2009-09-26 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
上腕は外旋させ、前腕は回内させるために、肘はいかに立ち振る舞えばよいのか!! みなさん考えてみ
ましたか? では、答えを発表します。
答えは「肘だけ外旋させる」です。
「エ~ッ、それだけのこと~!!」 そう言いたくなった方もいらっしゃるかもしれません。でも、そん
なことが大切なんですよ。ちょっとやってみましょう。写真は手を宙に浮かしていますが、ここではベ
ッドや机などにつけて行ってみてください。
≪肘の中立位≫
≪肘の外旋≫
母指圧迫の形を作ってベッドにあて、体重をかけてみます。そのまま、肘だけ外旋してみましょう。
いかがでしょう?力が母指へさらに加わっていくのが分かりますか?こうすることで上腕は外旋し、前
腕は回内して、肩甲帯から前腕にかけての力がスムーズに発揮されます。「これにて一件落着~」とい
うわけで、無事に肘は「名奉行」の役割を果たすことができました。
あまり説明されない使い方かもしれませんが、上手な人はこのような動きを無意識に行っています。
肘を伸ばしっぱなしにしている、あるいは単に曲げ伸ばしだけをしているというのは、とてももったい
ないことなのです。
もったいないだけではなく、力をさらにかけようとしたとき、指先の力で押し込もうとしやすくなる
ために、指を傷めるリスクが高くなります(また出ましたね。私の十八番)。肘の活用を知っていれば、
肘を外旋させるだけで力が伝わっていくのです。この違いは大きいですよね。
それから注意していただきたいのは、決して上腕が外旋位、前腕が回内位を保つことが重要なのでは
ないということです。大切なのは、上腕が外旋方向に、前腕が回内方向に「動こう」としていることで
す。それが実際は動いているように見えなくても、
「動こう」としているときには力が発生しています (等
尺性収縮ですね)。ですから見た目の位置ではなく、身体の中でどのような力が発生しているかを自分で
感じることが肝心なわけです。
88
これを感じ取れるようになることは、患者さんの身体にどのような力がかかり続けたことで機能障害
を起こしたかを理解する上でも大切ですよ。同じような動きをしていても、ベテランとビギナーで効き
が違うのは、身体の中で発生している力が違うということも、ひとつあると思います。
さて今回のシリーズは「肘の活用」をとおして、身体の使い方についてご紹介してきましたが、これ
は他の部位でも活用できる動かし方です。ですから、ぜひみなさんそれぞれで工夫なさってみてくださ
い。私も日々工夫しているのですが、これからも積み重ねていってどんどん熟練していきたいと思って
います。
治療で用いる刺激レベルの判断はどうする?
その1
2009-11-07 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
ASTRに限らず、マッサージや関節モビライゼーションなどでも、
「治療の効果を上げるためには、
どれくらいの強さで刺激すればよいのか?」 というのは、なかなか悩ましい問題です。
痛みを伴わせてはいけないという意見もあれば、痛気持ちよい程度で行うというものもあり、はたま
た、多尐痛くてもシッカリ動かして柔軟性をつけたほうがよいという考え方もあります。多くの方は経
験を重ねるにつれ、徐々に適度なレベルを見つけていくのですが、その適度なレベルというのが人によ
ってバラバラです。学んで日が浅い方にとっては、「いったい何を信じてよいのやら」と、迷ってしま
うかもしれません。
私もオステオパシーの学校に通っていたとき、驚いたことがありました。頭蓋仙骨治療(クレニオ セ
イクラル セラピー)というテクニックでは、とってもソフトな力で身体に触れて操作します。
その力は何と 5g!!
私は最初に指圧を学んだので、5gにはビックリたまげてしまいました。指圧はある程度体重をかけ
ていくので、本当に 5gで身体を変化させることができるのか?疑いたくなるのも無理ないですよね。
でも実際に効果を上げるのですから、参ってしまいました。それまで固定観念に縛られていたわけです。
とにかくこの感覚を身につけるために、デジタル重量計の上に指をのせて 5g の力を練習したもので
した。でもなかなか上手くできず、指先に神経を集中するあまり、息を止め続けていたのか途中で頭が
クラクラしたのを覚えています。夜、布団に入って寝つくまで、頭に軽く触れて練習したものでした(こ
れは今でも時々やっています)。
余談でした。
頭蓋仙骨治療のようにソフトなものもあれば、癒着を除くためのフリクションマッサージのようにハ
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ードなものもあります。本来なら、身体の状態に忚じて使い分けるべきはずですが、刺激を選択するた
めの判断基準は、それぞれのテクニックのなかで断片的にあったとしても、手技療法全体として統一さ
れているとはいえません。
基準を設けることを難しくさせているのは、身体の状況に加えて、患者さんが刺激に対してどのよう
な印象を受けるか、という心理的な問題も絡んでくるからです。そのため、ある人にとっては心地よい
刺激になったとしても、他の人にとっては不快なものになるということが起こってきます。不快な刺激
を与えられると筋緊張がさらに強まったり、気持ちが悪くなることもあります。
一般的には、強すぎる刺激を戒める傾向が強いのですが、軽ければよいというわけでもありません。
患者さんによっては、軽すぎる刺激だとフラストレーションを起こしてイライラし 、かえって具合が
悪くなるということもあります。このように、スパズムや線維化を伴った短縮などの身体的要素に加え
て、不安や恐怖など心理的要素も考えていく必要があるため、基準の整理がとても大変になってくるわ
けです。
ホントに人間は難しいですね。だから興味が尽きないともいえるのですが。
というわけで今のところ、それぞれの現場で患者さんの反忚をみながら判断していくしかありません。
そうなると、触れることを介して組織と対話することがとても大切になるわけですね。組織との対話か
らどう判断していくのか?私が実践していることを、次回紹介したいと思います。 ≪次回に続く≫
治療で用いる刺激レベルの判断はどうする?
その2
2009-11-14 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
刺激の強さの判断について学校では、
「患者さんの表情が険しくなっていないか」とか、
「呼吸が乱れ
ていないかなどをよく見るように」と指導されると思います。でも手技療法を行う上で、やはり決め手
となるのは、コンタクトした手を通して患者さんの身体の反忚を感じ取り、それにもとづいて決定する
というものでしょう。いわゆる「組織との対話(tissue dialogue)」ですね。
でも、どのように対話して刺激をコントロールするのかについて、触れている書籍はなかなか見かけ
ません。言葉にするのは難しいので、それぞれが体得するしかないということなのでしょう。しかし、
不完全であったとしても何らかの形を残しておけば、勉強する方のヒントになるかもしれません。そこ
で、私が行っている方法を紹介したいと思います。数値化など具体的に示すのはやはり難しいので、私
が感じている印象をお伝えしますね。
大まかな感覚でいうと、私は身体が刺激を「受け入れている」のか「拒絶している」のかで判断して
います。 例えば、マッサージなどで圧迫法を用いるとき、コンタクトしている指が沈み込んでいくよ
うなら、身体が刺激を受け入れていると判断します。さらに刺激を強めていくと、指が身体から押し返
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されるような印象を受けるようになります。これを感じたら、身体が刺激を拒絶していると判断して、
それ以上は刺激しないようにします。
ですから、たとえ表情を変えたり、痛みを訴えたりしなくても、コンタクト部位を押し返してくるよ
うな緊張が起こるようなら、すぐに刺激量を減らすか中止するようにしています。反対に、患者さんが
「イタイ!イタイ!!」 とおっしゃっても、コンタクトしている指が押し返されない、または沈み込んでい
くようなら、身体が抵抗していないと判断してそのまま続けることもあります。
ただし、人間は感情の生き物でもあるので、身体的には必要であったとしても、気持ちが受け付けな
いこともありますよね。慢性的な緊張などでしっかり刺激する必要があると思うときは、予め以下のよ
うにお話ししています。
「このコリは、時間がたってこわばりが強くなっていますから、しっかりほぐす必要があります」
「そのとき、つっぱった感じがしたり、痛みを感じたりするかもしれません」
「受けていらっしゃって、
『痛いけど気持ちいい』とか『痛いけど、これがほぐれたら楽になりそうな
気がする』というプラスの印象が持てるようだったら、がんばってみてください」
「でも、もし『怖い』とか『受け付けない感じがする』などマイナスの印象を、もたれるようでした
らすぐに教えて下さい」
このように伝えておくだけで、患者さんの気持ちの負担や不安は全く違ったものになってきます。
身体が刺激を「受け入れている」のか「拒絶している」のかを感じ取って判断するためには、コンタ
クトしている手指に余計な力が入っていないことが必要になります。やはりここでも、これまで繰り返
しお話ししてきました、指に負担をかけないコンタクトの方法が大切になってくるわけですね。
今回ご紹介した方法は、あくまで私の印象に基づくものですが、けっこう使える方法ではないかと思
っています。ご参考になれば嬉しいです。
操作は身体のそばで
2010-04-17 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
手技療法では患者さんの身体を、さまざまなかたちで操作します。例えば可動性検査や、その延長上
にある関節モビライゼーションなどなど。そのとき注意しなければならないのは、上肢や下肢や頭部な
ど患者さんの身体を操作する時は、セラピストの身体のそばで行うということです。
これは「鉄則」といってもよいくらいです。その理由を、本当はみんなわかっています。荷物を持つ
ときに、身体から離していれば重くなり、そばなら楽に持てる ということを生活の中で経験している
からです。
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ところが、いざ触診やテクニックの練習をするとなると、とんでもなく離れたポジションで操作して
いる方もいらっしゃいます。私も、自分がそうだった記憶があるので分かるのですが、感じることに集
中しすぎるため、自分の身体のポジションまで気が回らないのです。
しかし、離れたポジションで練習しても、なかなか上手くなりません。例えば、仰臥位で頭部を保持
して頸椎の可動検査をするとき、脇が開いて両肘も離れているくらい遠くで支えているとします(左下)。
まだ頸椎の触診に慣れておらず、とにかく夢中で調べようとしている方に時々みられます。なかには手
の感覚に集中しようとするあまり、右下図のように頭まで下げている方も、まれにですがいらっしゃい
ます。その真剣さはとても大切だと思います。
≪悪い例1≫
≪悪い例2≫
しかし、身体から離して操作をしていると、重い頭部を支えるうえで必要な力を、手先の筋力に頼る
ために、
①
細かい動きを感じ取ることができず、正確なパルペーションやモニターが行えない。
②
細かい動きをコントロールすることができず、テクニックを用いる上で、適切な刺激を与える
ことができない。
③
セラピストの腕が早く疲労し、支え続けることができない。
④
患者は不安定な感覚を覚え、緊張して力が抜けない。
せっかくがんばっているのに、以上のようなマイナスのことが起こります。特に④は、正確な評価や治
療にも妨げとなり、場合によっては治療によってかえってダメージを与えてしまいます
望ましい方法は、できるだけセラピストの身体の近くで保持し、操作するようにしましょう。この場
合なら、肘が身体の横側に来るまで引いて保持します。
≪良い例≫
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高さとしては、みぞおちから下腹部の間くらいです。こうすることで、体幹側にある筋を働かせやす
くなり、手先の筋にかかる負担が尐なくなるので、①~④のような問題も起こさなくなります。他の部
位でも基本的には同じです。はじめてのうちは、自分の前腕や手を腹部につけて操作するくらいの気持
ちでもよいかもしれません。とても大切なことなので、ぜひ習慣づけるようになさって下さい。
93
Ⅴ.手技療法習得へのステップ
手技療法習得へのステップについて
2009-05-02 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
手技療法には、さまざまな名称のついたテクニックがあり、習得するための練習法もそれぞれで考え
られていますが、手技療法としての大きなくくりの中でまとめられた習得法はまだありません。そのた
めに、手技療法を学ぼうとする人は、各自でそれぞれのテクニックを学んで、自分の中でまとめていく
ということになります。
それで上手くいけばよいのですが、下手をすると場当たり的な治療になり、自分でも何のためにその
テクニックを使っているのかわからないということになりかねません。このような状況のままでは、こ
の世界を持って入ってきてくれた方にも、そんな治療法を受ける患者さんにとっても不幸なことではな
いでしょうか。ですから、手技療法のなかでステップ化を行っていく必要があると思います。
とはいってもまったく新しいものをつくるというのではなく、すでにあるものを整理するだけですよ。
現在、手技療法は大きく分けて「慰安」
「保健(予防)」
「医療(治療)」の 3 つの目的で行われているといえ
ます。
ウ~ン、なんだか硬くみえますね。ちょっとヨコ文字を使ってみましょう。
「リラクゼーション」
「メ
ンテナンス」
「トリートメント」こんなところでどうでしょう。いくらか今ふうになったでしょうか?
文字どおり、リラックスして疲労を回復させることを目的とした「リラクゼーション」。
症状が起こる以前に、身体に現れた変調に対してあらかじめ予防的処置を行い、良好な身体機能を保
つことを目的とした「メンテナンス」
。東洋医学でいう「未病知」ですね。
そして、実際に現れた症状を手がかりにして身体機能の回復を目的とした「トリートメント」
。
これらは今まで、身体への作用という視点から分類されることが多かったと思います。それが本筋な
のですが、私はこれらを、手技療法を習得していくステップとしても用いることができるのではないか
と考えています。このようなことは、それぞれの現場で経験的に行われてきたかもしれませんが、これ
からのことを考えると、いちど整理しておく必要があるのではないでしょうか。
そこで、習得のステップという観点から、私なりにまとめてみたいと思います。 ≪次回に続く≫
94
手技療法習得へのステップ1
リラクゼーション
その1
2009-05-09 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
手技療法におけるリラクゼーションは、心身ともにリラックスして疲労を回復させることを目的とし
ています。リラクゼーションを技能習得の最初のステップとして捉えたとき、この段階の大きな目標と
して「触れることに慣れる」ということが挙げられるでしょう。
解剖や生理を学ぶ重要性はいうまでもありませんが、これは野球でいうならルールブックを読むとい
うのに近いです。それだけで野球が上手くなるわけではなく、実際に練習しなければ何もできません
「触れることに慣れる」といっても、はじめはどこにどう触れていいのかわからないので「型を覚え
る」ということからスタートします。あらゆるスポーツや芸事も、ここからはじまるはずです。どのよ
うな型を学ぶかについて、いろいろ迷うかもしれませんが、まずは自分と縁のあった学校や勤め先で教
わる手順を覚えればよいでしょう。
テクニックとしては、マッサージをはじめに習う方が多いと思います。このときに大切なことが、型
をはじめとした「基本練習の反復」です。すべての習い事で共通する、鉄則のようなものですね。
この反復練習を通して「身体の使い方」を覚えるわけです。ここで意識していただきたいのが、練習
しながら自分の身体の声に耳を傾けるということです。ひととおりの型を覚えたら、ぜひ早いうちに習
慣にして下さい。というのも、はじめのうちは「押す」とか「動かす」など、何かを「する」ことに意
識が奪われて、自分の身体がどのように動いて、どこに力が入っているかということまでなかなか気が
回りません。ですから、不自然でムリな身体の使い方をしていても気がつかず、そのうち身体を傷めて
しまうことがあります。
そのようにならないよう、練習のときに何かムリがかかっていないか、窮屈な感じがしないか、自分
の身体によく問いかけてみてください。あまり深く考えず、楽に行えているどうかを「感じる」ように
します。そしてムリで窮屈な感じがするようなら、身体の動かし方をいろいろ変えて工夫し、楽に感じ
るポジションを探してみてください。
身近にアドバイスをしてくれる方がいない場合は、試行錯誤が続くと思います。それでも大丈夫です。
というよりも試行錯誤が大切です。悶々とした気持ちが続くかもしれませんが、試行錯誤は、結果的に
動きのレパートリーを増やしていることになります。
仮に工夫を重ねる中で多尐痛みが出たとしても、習慣になっているわけではありませんので心配あり
ません。休ませるなりケアをすることですぐ回復しますし、さらに工夫を重ねることで起こらなくなる
はずです。そうそう、この自分でケアする方法を工夫するというのも、患者さんにセルフケアの方法を
教えるときに役立ちます。
本当にダメで煮詰まるまで、あえて誰のアドバイスも受けないというのも、大きな糧になるはずです。
95
慣れてくると、実際の治療中にムリな姿勢や動かし方をしていると、半分無意識に修正するようになっ
てきますよ。
さて、次に大切になるのが患者さんと「呼吸を合わせる」ということです。 ≪次回につづく≫
手技療法習得へのステップ1
リラクゼーション
その 2
2009-05-16 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
手技療法を行う上で、患者さんと「呼吸を合わせる」ことは大切です。いくら押そうが矯正しようが、
患者さんが身構えて力んだ状態では治療効果は望めないでしょう。手技療法によって筋骨格系の機能障
害を改善するというのは、つきつめれば軟部組織の緊張状態や運動パターンを変化させるということだ
からです。
「呼吸を合わせる」というと、患者さんが息を吸ったときには刺激を緩め、吐いたときに刺激を入れ
ることで患者さんはリラックスする、というように教わったのではないでしょうか。これは導入のため
の手段ではありますが、あまりそれにとらわれると本質的なことを見失ってしまうのではないかと思い
ます。
社交ダンスでも、上手いペアは「呼吸がピッタリ合っている」などと表現されます。でも、本当に二
人の呼気と吸気がピッタリ合っているということではありません。二人が一体になって踊っていること
ですね。
「呼吸を合わせる」とは、ただ呼吸のリズムを合わせるのではなく、本来別々のものがまるで一体に
なっているかのような違和感がないことをいうのだろうと思います。つまり、ここでは治療者と患者が
一体感をもった状態だといえます。この一体感を持った状態を保ちつつ、一定の手順やリズムでマッサ
ージを行うことができれば、技能としてリラクゼーションのステップはクリアしたといえるでしょう。
エッ、一体感ってどんな感覚なの?って!! これは難しい…。
感覚としての一体感を、言葉として的確に表現することは、私には難しいです。ちょうど砂糖の甘さ
や塩のしょっぱさを、食べたことのない人に伝えるようなものでしょうか。
一体感をいちばん体得しやすい方法は「指圧」かもしれません。指圧の基本は安定持続圧です。どこ
でもかまわないのですが、相手に身体を預けるように圧迫を加えてそのまま持続します。試しに、目を
閉じて 30 秒ほどジッと待ってみましょう。するとどうでしょう?目を閉じることで、視覚情報を遮断
すると相手と自分の境界があいまいでわからなくなるのではないでしょうか。これが一体感の最もシン
プルなものです。
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治療中にこの感覚をキープできれば、患者はリラックスして治療の刺激を受け入れている、呼吸の合
った状態だといえるでしょう。反対にこの感覚が保てないときは、患者が緊張しているか、セラピスト
に不自然な力が入っているときですから、いったん手を休めて仕切り直さなければなりません。そうし
ないと、患者さんにダメージを与えてしまう可能性もあるからです。
一体感を体得しているのといないのでは、触診の精度もまったく違ってきます。触れられたときの印
象も違います。それを体得していれば、安心して身体を任せられる感じがするものです。
リラクゼーションでのゴールは、「押す」「もむ」「さする」などの基本技法はもちろんですが、この
ように患者さんと一体感をもって「触れる」ようになるということだと私は思っています。そのために
も基本的な型を覚えて反復練習をし、ムリのない身体の使い方を身につけておく必要があるわけですね。
(一体感について、私は経絡指圧の故・増永静人先生の書籍から多くを学びました。国家資格を取得し
たあと、増永先生の開設された医王会指圧センターでも所員としてお世話になりました)
≪次回に続く≫
手技療法習得へのステップ1
リラクゼーション余話
2009-05-23 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
これまでお伝えしてきたように、リラクゼーションのためのマッサージや指圧は、手技療法の基本に
なります。ところが、手技療法を学んでいる方の中には、リラクゼーションやマッサージを小バカにす
る方もいらっしゃいます。これは治療としての色合いが濃い理論や、矯正法などいかにもそれらしいテ
クニックを学んでいる方にみられます。
実は私もそうでした。
とんでもない勘違いでした。何か複雑そうなことを学んでいれば、ちょっと偉くなった気がするとい
うのは浅はかな錯覚だったと、今となっては反省しています。矯正法と比べて、マッサージや指圧はシ
ンプルに見えるかもしれませんが、だからといってホンマのホンマに簡単かというと、決してそうでは
ありません。ちょうど包丁で野菜を切るのは誰でもできますが、切り方にこだわれば、とても高度な技
術が必要になることと同じです
私もいろいろなテクニックを学んできましたが、最近はマッサージや指圧などもよく使うようになり
ました。結局は体がどういう状態かを見極める「評価」や「診断」が大切で、それを変えることができ
るなら、どのようなテクニックを使ってもよいからです(これは松本不二生先生から繰り返し教わりまし
た)。
包丁でいうならマッサージや指圧は万能包丁で、特殊な名称の付いたテクニックは出刃包丁や刺身包
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丁ということになるでしょうか。慣れてくれば万能包丁でも、相当なことができるはずです。手技療法
でも同じですね(ちなみに私は、料理はからっきしダメです)。
ただ、このリラクゼーションやマッサージ批判の中には、漫然と流れ作業的に行っているということ
を指摘するものも含まれますが、これについては私も同意見です。リラクゼーションを学ぶ段階では、
基本的な型を反復練習することが大切だと、前々回の記事で書きましたが、型にハマリきってしまうの
は問題だと思います。慣れてくれば居眠りしながらでもマッサージができるかもしれませんが、きびし
い言い方をすればこれは堕落といえるでしょう。
リラクゼーションとは、リラックスするという目的そのものであると同時に、技術的にはメンテナン
スやトリートメントへとつながる過程であるといえます。ですから、家族の健康のために覚えるだけな
らここまででもよいのですが、プロとしてやっていくなら、ある時期にきたらメンテナンスへとステッ
プアップしていかなければならないと思います。
ところで、私のいうリラクゼーションとは、気持ち良くなってうっとりしてしまう、ことだけを意味
するのではありません。
私の治療院は、一部の方から「激痛治療院」と呼ばれています。すき好んでそのようなことをしてい
るのではなく、必要上やむなく行っているのですが、ではその痛い治療を受けている人はリラックスで
きないかというと、意外とそうでもないと思っています。
治療を受けながら「痛い!イタ~イ!!」と言っている患者さんの脈拍は上がっていませんし、その直
後にウツラウツラとされるときもありますまた、お腹がグルグルッと鳴る時もあります。お腹が鳴ると
いうのは、腸が動いていることですから、副交感神経が働いている。つまり、リラックスしているとい
うことになります。…ちょっと強引かな?
あくまで経験上なのですが、このような緊張した、あるいは覚醒したリラックス状態というのもある
のではないかと思っています。ちょうどスポーツ選手が、ボールや相手の動きがよく見えているという
状態と同じかもしれません。…でも、同じとはいえないかも。
もしかしたら、緊張⇒リラクゼーションという流れで起こる変化があるのかもしれません。筋活動が
起こった後に筋がリラックスするという、等尺性収縮後リラクゼーションのように。または、冷たい水
に手を入れた後、はじめは血管収縮が起こっても、その後に血管が広がり、かえって血流が増えるとい
う二次性の血管拡張反射のように。身近な例では、運動をした後で気分がスッキリすることに近いのか
もしれません。
そういえば、関節モビライゼーション行うとはじめは交感神経が興奮し、さらに持続すると交感神経
が抑制されたという実験の報告もありました。このような感じで、二次的に身体全体のリラクゼーショ
ンが起こるという現象もあるのではないでしょうか。
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う~ん、一般的なリラックスのイメージと尐し違いますから、何をもってリラックスとするのかとい
うことを考えないといけないかもしれませんね。
手技療法習得へのステップ 2
メンテナンス
その1
2009-06-06 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
リラクゼーションでは、
「型」を覚えて、
「身体の使い方」を身につけるところからスタートしました。
そして、患者さんと「呼吸を合わせ」て一体感を持つようにする。これは、触れられるということに患
者さんが違和感を持たないようにすると共に、リラックスして副交感神経優位の状態をつくりだせるよ
うにするトレーニングだともいえます。
次のステップであるメンテナンスは、患者さんにとっては症状の予防・再発防止など、良いコンディ
ションを維持することが目的となります。そのためには、個体差も含めて組織の緊張の変化を、触診に
よって読みとれるようにならないといけません。つまり「身体を診る」ということが、このステップで
は求められるようになります。
身体を診るための練習として用いたいのが「軽擦法(けいさつほう)」です。軽擦というと、皮下のリ
ンパの流れなどを良くすることを目的にして、サーッサーッとなでさするような方法ですが、ここでは
それを触診のつもりで、ゆっくりゆっくり行います。手掌全体で触れてゆっくり動かしながら、体表を
たどってその輪郭を感じ取り、さらにスキャンするようなイメージで深部の緊張状態を調べます。
はじめは体表の輪郭を、たどるところからスタートするとよいでしょう。練習として、イスに座った
状態で自分の大腿部をゆっくり軽擦してみましょう。両手同時に行えば、左右差を比較できるのでより
分かりやすいかもしれません。
いかがでしょう。左右ともまったく同じ輪郭でしょうか? 太さそのものに差があることもよくあり
ます。あるいは右は膨らんでいるのに、左はそうでもない、むしろへこんでいるように感じるところが
あるかもしれません。または右は硬くなっているのに、左はそうでもないということもあるでしょう。
これらが大切な情報になります。
膨らんでいるのは、筋が発達しているためかもしれませんし、緊張がより強まっているのかもしれま
せんし、あるいは浮腫を起こしているのかもしれません。凹んでいるところは、筋が発達していないの
かもしれませんし、神経的な抑制が長期間かかり続けることで、萎縮してしまったのかもしれません。
さらにていねいに触診することで、それらを明らかにしていきます。
続いて、異常を感じた部位が、解剖学的には何に当たるかも調べましょう。どちらかというと、あら
かじめ触診する筋を決め、体系的に触診の練習を行うという方法が为流です。ファーストステップとし
てはそれも重要なのですが、感じ取ったものを知識に照らし合わせるという方法のほうが臨床に直結し
てより実践的です。このような要領で、身体全体を軽擦して触診していきます。 ≪次回につづく≫
99
手技療法習得へのステップ 2
メンテナンス
その 2
2009-06-13 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
触診によってみつけた異常が、手技療法の適忚になる組織の緊張亢進や硬結だったとします。ここで
はそれらをまとめて、より一般的な名称として使われている「コリ」と表現します。コリの部位が、リ
ラクゼーションのステップで覚えた「型」から外れたところに存在するということも当然ありえます。
そのようなときは、どうすればよいでしょう。
型から外れた部位にアプローチする時は、基本的な身体の使い方は同じでも、形を変えて行う必要が
あります。はじめは型から外れた形で行うと、手足がバラバラに動いているような気がするかもしれま
せん。ここが工夫のしどころです!!
さまざまなテクニックのテキストが出版され、それぞれ分かりやすいように図や写真入りで解説され
ていますが、最終的には自分の身体、または患者さんとの体格差に合った形にアレンジできないと使い
ものになりません。そのアレンジの練習をここで行うわけです。次の記事も参考になさってください、
「立ち位置は肩と脇で決める」≪参照:p.75≫。
「コリ」があるのは一ヶ所だけなんてことは、まずありません。身体の中の、ある範囲にわたって分
布しているはずです。それらを、地図を覚えるように、頭の中で映像として記憶するようにしましょう。
はじめは部分的でもかまいません。慣れてくるに従って、より広い範囲を記憶できるようになってきま
す。
ここでは「コリ」を取り上げていますが、体性機能障害は緊張亢進や硬結などのコリだけではなく、
筋力低下や萎縮もあります。もしかしたらコリのある部位の反対側、つまり拮抗筋には筋力低下がある
かもしれません。ややこしいようでしたら、はじめはコリの分布だけでもイメージできるようになって
おくとよいでしょう。脊柱を診る方は、その関節機能障害とコリの分布がどのように関係しているかを
比べて考えてみるのも面白いと思います。触診による体性機能障害の分布をイメージでき、それに対し
て型をアレンジできるようになれば、つづいて「関節を動かす」ということを行ってみましょう。 ≪
次回に続く≫
手技療法習得へのステップ 2
メンテナンス
その 3
2009-06-20 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
関節を動かすテクニックは大きく 2 つに分けられます。ひとつは为に筋肉の伸張を目的としたストレ
ッチであり、もうひとつは関節拘縮の改善や正常な関節包内運動の再開をめざす関節モビライゼーショ
ンです。ここではストレッチを取り上げたいと思います。
「ストレッチなんてありきたりな」などと、思われる方もいらっしゃるかもしれません。でもそれが
100
きちんとできるかどうかが、関節モビライゼーションをはじめ、PNF、筋肉エネルギーテクニック、
ASTRなどを使いこなせるかどうかに直接結び付きます。筋をストレッチするのではなく、弛緩させ
る状態にもっていく、ポジショナルリリーステクニックなどの機能的(間接的)テクニックといわれるも
のも、きちんとストレッチできる技術があるからこそ、弛緩させることもできるわけでです。ストレッ
チの基本や注意点、例えば「伸張反射を起こさないようにゆっくりと動かす」などは、ここでは触れま
せんので各書籍をご覧下さい。
ここで紹介したいのは、ある筋肉のストレッチを加えたまま、円を描くように可動域いっぱいのライ
ンをたどって動かすということです。例えば、仰臥位で下肢を挙上するSLRテストでは、筋肉では为
にハムストリングスが伸張されます。下肢を挙上して限界まできたら、そのまま、内転⇔外転してみて
ください。
いかがでしょう?角度によって抵抗の強さが変わるのが感じられるのではないでしょうか。とくに抵
抗の強い位置をキープしたまま、片手でハムストリングスの状態を触診して状態を確認しておきましょ
う。今度は反対に最も抵抗の尐ない位置を探し、同様に触診して比較します。角度によってストレッチ
される筋線維が異なるということが、感覚的に理解できると思います。
ストレッチが高い効果を発揮するのは、最も抵抗の強い、すなわち硬くて伸びにくい線維に伸張刺激
が加わったときです。ただ漫然と伸ばしているだけでは効果がないとはいいませんが、それではあまり
にもMOTTAINAI!!
ですから臨床では、ストレッチを加えた状態から角度を微調整して、最も抵抗が強くて伸びにくい角
度を「探す」必要があるわけです。先ほど挙げた、関節モビライゼーションや筋肉エネルギーテクニッ
ク、ASTRもその角度を探せるかが、治療の成否を決める重要な要素になってきます。
触診によって体性機能障害の分布を把握し、その部位に対してアプローチするよう基本的な型をアレ
ンジでき、最も伸びにくい筋線維をきちんとストレッチできるようになったら、身体に現れた変調に対
して予防的処置を行えるようになります。これで、メンテナンスに必要な技能はおおよそクリアしたと
いえるでしょう。 ≪次回に続く≫
手技療法習得へのステップ3
トリートメント
その 1
2009-07-04 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
これまで、技能習得の流れということで「リラクゼーション」 「メンテナンス」と進んできました。
最後のステップは「トリートメント」です。この段階は、症状の回復や改善を目的としています。当然
ながら同じような症状でも、患者さんそれぞれによって原因は異なっています。そのためトリートメン
トでは、より高い「個別対忚の技術」が求められることになります。
101
本来なら治療を行う前提として、適忚と禁忌の鑑別をはじめとした「評価」が必要になるのですが、
ここではテクニックを習得するということを中心にまとめているので省きますね。
トリートメントに相当するテクニックというのは、数え上げればきりがありませんが、それらを実施
する上で共通する重要なポイントがあります。それは「評価によって検出された部位へ、いかに刺激を
集中させるか?」ということです。
前回のメンテナンスでは「ストレッチを加えた状態から角度を微調整して、最も抵抗が強くて伸びに
くい角度を探し」ました。今回のポイントは、それをより進めたものといえます。
具体的に脊椎の関節モビライゼーションを例としてあげましょう。脊椎関節モビライゼーションは、
脊柱に対して分節(セグメント)的なモビライゼーションを行う、例えば L1-2 間など部分的な椎骨間の可
動性を回復させることを目的としたテクニックです。
L1-2 間に刺激を集中させるにはどうすればよいでしょうか? ただ単に腰を回旋させればいいのか?
それでは刺激が分散してしまいます。もっとも、身体をテコにしてテクニックを行う場合、L1-2 間だけ
動かすというのは不可能ですから、実際には L1-2 間が頂点になるように身体を曲げたりひねったりす
るということを行うわけですが。具体的な手順については専門の書籍をご覧いただきたいのですが、テ
クニックを行うにあたって常に意識しておかなければならない重要なポイントがあります。
言葉で表現するのは難しいので、イメージでお伝えしますね。下の写真はベルトを持っている状態で
す。このベルトをただ曲げようとすると、このようになります(下)
。
ご覧のように、全体的に弓なりになって刺激が分散してしまっています。これでは、ただ腰を回旋さ
せているというのと同じことです。分節的な刺激とはいえません。
持つ位置はこのままにして、ベルトの右寄りを曲げようとすれば、どのような力のかけ方をする必要
があるでしょうか。似たようなことを、みなさんも子どものころ遊び半分でやったことがあると思いま
す。では、久しぶりに童心にかえってやってみましょう。
いかがでしょう?簡単にできますよね。そのときに、自分の身体の状態がどうなっているかよく観察
してみてください。きっと、曲げる部位に意識を集中して、手の角度や力の入れ方をコントロールして
いるはずです。このような動かし方をすることで、ねらった部分に刺激が集まってくるわけです。
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この意識の仕方、力の入れ方、コントロールの仕方こそ、分節的な脊椎のモビライゼーションで必要
なことなのです。何となく私のお伝えしたいこと、感じていただけるでしょうか。
このベルトの例では「曲げる」という一方向のみですが、実際は屈曲⇔伸展・右側屈⇔左側屈・右回
旋⇔左回旋という 3 次元的な方向性の中で決定されます。そうすることで、L1-2 間の可動性を回復さ
せる刺激がより高い精度で加わるわけです。ところがテキストを読んでも、足を曲げて手を引っぱる、
などということは書いてあるものの、このような意識の仕方についてはなかなか書いていません。
言葉で表現するのは難しいことなのですが、これこそが重要なポイントです。テキストどおりやって
いるはずなのになかなか上手くいかないという方は、このポイントを押さえず、ただ漫然と手を引っぱ
って、脚を曲げて、身体をひねっている可能性があります。
このポイントは関節モビライゼーションに限らず、ASTRも含めてありとあらゆるテクニックに共
通しています。新しいテクニックを学び、ひとまず手順や型は覚えたものの、いまいち効いている気が
しないというときは、ベルト(でも何でもいいのですが)を持ってねらったところを曲げ、そのときの意
識の仕方や力のコントロール方法を確認し、それをテクニックに当てはめてみましょう。 ≪次回に続
く≫
手技療法習得へのステップ3
トリートメント
その 2
2009-07-11 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
前回は、手技療法のあらゆるテクニックの共通テーマである「評価によって検出された部位へ、いか
に刺激を集中させるか?」ということについてのポイントをお話しました。
身体の状況によっては、制限が広い範囲にあるときや、組織が弱くなっているときなど、刺激の集中
が高いリスクをもつときは、分散させることが必要な場合もあります。ただ、技術的に刺激を集中させ
ることができれば、分散させることは難しくありません。
さて、手技療法のテクニックとして名称のついているものはたくさんあり、さらに、ほぼ毎年新しい
名称のテクニックが発表されているので、それらをすべて身につけようと思ったら、とてつもなく大変
です。学ぶことが大切であることは言うまでもありませんが、数多くのテクニックを追いかけすぎて、
それに振り回されないように注意する必要があると思います。ですからこのステップでは、テクニック
の習得以前に「学ぶ上での意識のあり方」が、重要になると思います。
「自分のスタンスを創り上げよう」と意識することです。
学ぶ上でのテーマを決めたり、
「こんな臨床家になりたい」とイメージを持つのもよいかもしれませ
ん。途中で方針を変えるのは、全く構わないことなので、今の時点で決められる範囲で決めてしまいま
103
しょう。それが方位磁石の役割を果たしてくれます。参考までに、私自身はどのような思いを持って学
んでいたかご紹介します。
私の場合、
「各テクニックの共通している要素は何かを知る」ということをテーマとしていました。
当時の私を知る人がいたら、何やら食い散らかすがごとく、あっちこっちに顔を出しているように思わ
れたかもしれませんが、それはこのテーマの答えを探そうとしていたからです。各テクニックの共通要
素さえわかれば、自分なりにいろいろアレンジして新しいものを創っていくことができるはずだと考え
たからです。そこから得たものを、この「手技療法の寺子屋」で尐しずつお伝えしています。
このテーマを持ち続けることで、私は多尐のことがあってもブレずに来られたのだろうと思っていま
す。ですから、くどいようですが、自分のスタンスを創りやテーマを決めておくことは、さまざまなテ
クニックを学んでいく上で、本当に大切なことだと思います。
臨床経験は長くても、自分のスタンスを創っていないために「いろいろ見聞きしているんですが、ど
うすればいいのか迷っているんです」という方、ときどき見かけます。今からでも自分のスタンスを作
るように意識してください。
「いろんなことを勉強はしたのですが、結局何も使えないんです」では悲
しすぎます。
なかには「この治療法さえ覚えたら大丈夫」という夢のような話を求めて、あっちこっちを渡り歩い
ている方もいらっしゃいます。これは「青い鳥症候群」と同じで、ちょっといただけないかもしれませ
ん。
反対に、臨床に出てまだ間がないために、「今の自分に、まだまだ自信が無くて不安です…」という
方、その気持ちよく分かります。でも、焦って自分を見失わないで下さい。「自分のスタンスを創るん
だ」という気持ちさえ忘れず、一歩ずつ進んでいけば、徐々にかたちになっていくはずです。
私はあれこれ手を出しましたが、もちろんマッサージひとすじとか、スラスト専門というのもあって
いいと思います。また、私は手技療法にこだわっていますが、鍼灸を組み合わせたり、治療機器を用い
るのも当然 OK です。いろいろなタイプの臨床家がいることは、業界の層を厚くして手技療法を発展さ
せ、多くの患者さんに役立つためにも必要です。ただ、お山の大将にならないようには注意したいとこ
ろです(私を含めて…)
。
実は、より精度の高い個別対忚の技術がトリートメントでは求められるといっても、手技療法の基本
的なところはリラクゼーションやメンテナンスで紹介した内容で習得できています(それほど前の 2 つ
でお伝えしたことは重要だと思っています)。ですから、これまで学び身につけたことを自分の支えに
して、着実に進んでいきましょう。 ≪次回に続く≫
104
手技療法習得へのステップ3
トリートメント
その 3
2009-07-18 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
新しいテクニックを学ぶ時のアドバイスを、もう尐し続けたいと思います。トリートメントのステッ
プというのは、前の 2 つの段階で身につけたことをベースにして、幅を広げていく段階だといっていい
かもしれません。
ちょうどカラオケでいうなら、持ち歌のレパートリーを増やすことと同じです(ちなみに私は、カラオ
ケが大の苦手です)。
「リラクゼーション」
「メンテナンス」で行ったことは、歌ならボイストレーニング
に相当します。トリートメントとして行われる各テクニックは、ポップスやロック、あるいはド演歌に
含まれる各楽曲です。
このように考えて、関心を持ったテクニックから気軽に学びましょう。テクニックが教えてくれる、
新しい視点を体験しましょう。はじめから効果があるのか疑ってかかるのも、信じきって鵜呑みにする
のも、どちらも良くありません。
カラオケに行ってマイクを持つと、すっかりその世界に入り込むけど、歌い終わるとケロッとしてい
る方、みなさんの身近にもいらっしゃると思います。このような態度は、新しいテクニックを学ぶとき
にも大切かもしれません。あやかりましょう(カラオケに関しては、私にゃとうていムリですが)。
つまり、はじめは先入観を持たずに素直に受け入れ、云わんとしていることがわかったら、それが納
得できるものであるかどうか判断するわけです。学ぶときには、そのテクニックにはどのような特徴が
あるか?長所は?短所は?を常に念頭におきましょう。それまでの固定観念がひっくり返ることもある
かもしれません。それもひとつのチャンスです。
実際問題としてテクニックにも相性があり、いまいち覚える気にならないとか、学んでみたものの使
う気にならないというものも当然出てきます。私の場合は胸椎スラストのテクニックにある、患者の体
幹を抱え込んで行うチェスタードロップ(ドッグテクニックと呼ぶ人もいます)や、うつ伏せになった
患者の脊椎を押す(←厳密には違いますが)バリットテクニックは、どうも受けつけませんでした。
歌の中にはどうも自分には馴染まない曲がってありますよね。それと同じことです。馴染まないテク
ニックはムリに自分の中に取り入れなくても、学んだことによって視野が広がっているはずなのでムダ
にはなっていません。
为体性をもって、何が今の自分に必要かを冷静に判断しながら、積み木を重ねるように一歩ずつ学ん
で自分のものにしていって下さい。いろいろなテクニックを学ぶことを通して、筋骨格系のはたらきと
いうものを肌で感じ、自分なりにまとめていきましょう。その過程で自分なりの核、つまりスタンスが
できてくれば、テクニックの名称に振り回されることはなくなり、それぞれのテクニックの良いところ
を自分の中に取り込んでいくことができます。こうなればしめたもの。
105
ある程度レパートリーが増えてきたら、身につけたテクニックを整理しておくとよいでしょう。
≪次回に続く≫
手技療法習得へのステップ3
トリートメント
その 4
2009-07-25 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
さまざまなテクニックを学んで、使える道具が増えてきたら、頭の中の道具箱に整理しておくとよい
でしょう。そうすることで各テクニックの特徴がつかみやすくなり、新しい技法と出会ったときも「こ
のテクニックは、あのテクニックと似ているな」とか「あのテクニックと同じグループに入るな」とい
う具合に自分で判断できるようになり、テクニックの種類にも振り回されなくなります。
さらに、すでに習得した同じグループに属するテクニックの経験を生かすことで、新しい手技も早く
覚えられます。ひとつの参考として、私なりに整理したものを紹介しますね。
いろいろあるテクニックも下の表のように「他動的」
「自動介助的」
「自動的」の 3 つと、関節運動を
「伴う」
「伴わない」に分類できると思います。
他動的テクニックは、術者により外から力を加えられて行うテクニックで、関節運動を伴うグルー
プのストレッチ、関節モビライゼーションなどと、関節運動を伴わないグループのマッサージや、筋筋
膜リリースなどが含まれます。
自動介助的テクニックは、術者によって外からコントロールされつつも、患者自身の力(内在力)によ
って行われるテクニックで、筋肉エネルギーテクニックやPNFなどの関節運動を伴うテクニックが存
在します。
関節運動を伴わない自動介助テクニックなんてのは、ちょっと考えにくいかな?
そして上の表には示されていませんが、自動的テクニックになるとマッサージやストレッチももちろ
ん含まれ、さらにエクササイズというよりアクティブな要素が強くなります。エクササイズボールやセ
106
ラバンド、バランスディスク、ストレッチポールなどを使用した方法はもこれに含まれるでしょう。こ
れらも広い意味での「徒手医学」の概念の中に入ってくるので、手技療法の仲間だといっていいと思い
ます。
さらに、それぞれのグループ(表のマス/セル)は、下の表のように直接法と間接法に分類できます。
直接法とは、制限のある部位の起始と停止を遠ざける、縮んだ組織を伸ばすなど、制限に直接ストレス
をかける治療手技です。間接法とは、制限のある部位の起始と停止を近づける、縮んだ組織をさらに縮
めてリラックスさせるなど、制限に間接的に働きかけてリリースする治療手技です。筋スパズムなど、
組織が過敏になっているときは間接法からはじめるとよいでしょう。
このように私は、
「自動か他動か」
「関節運動の有無」「直接的か間接的か」という 3 つの軸で分類し
ています。もちろんこれらは大ざっぱに分類しただけですので、キッチリ線引き出来るものではありま
せん。 ≪次回へつづく≫
手技療法習得へのステップ3
トリートメント
その 5
2009-08-01 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
前回、私なりに整理した表をご紹介しましたが、分類しようとすればそこに当てはまらないものも出
てきて、なかなか難しいところもあります。もう一度、表を出しますね。
例えば、関節モビライゼーションも他動的なものばかりではなく、Mulligan テクニックの MWMs
のように、自動介助で行うものもあります。さらに関節モビライゼーションには、Maitland の振動運
107
動法や Kaltenborn の持続的伸張法のように直接的に行うものもあれば、それとは反対の間接的なもの
も あ り 、 さ ら に Maigne が 分 類 し て い る よ う に 半 間 接 的 マ ニ ュ ピ レ ー シ ョ ン (Semi-indirect
Manipulation)なるものまであります(余談ですが、Maigne の考え方は「痛みのある方向とは反対に動
かす(Role of no pain and opposite movement.)」ということなので、必ずしも制限に対して直接か間接
かという観点から捉えていません。いろいろな見方があるものですね )
。
ASTRも、術者がフック・ストレッチを行えば他動的ですが、術者がフックして、患者がストレッ
チを行えば自動介助となり、患者がフック・ストレッチを行えば自動的テクニックとなるわけです。で
すので、この分類はあくまでもひとつの目安として捉えてください。
治療を進める手順として、例えば、自力では解決しにくい機能障害に対して、まずは他動的テクニッ
クで筋疲労や関節可動域など量的な問題を回復させる。続いて、自動介助的テクニックで可動域をさら
に広げるとともに運動の質を高めていき、自動的テクニックで良いコンディションを維持するとともに、
心理的にも自立できるように支援する。このように、大きな流れとしては他動から自動に向かう方向で
治療を組み立てます。
後者になればなるほど、よりアクティビティーを高めていくといえますね。まずは、構造的バランス
の改善に対し、次に生理的機能を高め、全体を通して心理的安定を図っていくという言い方もできるか
もしれません。
ちなみに私自身の技量としては、手技療法好きなためか他動的テクニックのほうが得意で、エクササ
イズ(自動的テクニック)を指導するようなスポーツトレーナーやジムのインストラクターが行うこと
は、どちらかというと不得手なほうです。ついでに、包帯やテーピングはさっぱりダメです (自慢にな
りませんが)。このように分類・整理することで、自分自身をよく知ることもできるわけですね。
今回紹介した分類法を、私は便宜的に使っていますが、実はまだまだ満足していません。身体への働
きかけ方、つまりテクニックの特徴から分類しているので、習得する上での参考として役には立つので
すが、臨床的にはイマイチ使い勝手が悪いように感じています。臨床では「このような状況の時には、
このグループに属するテクニックを用いるとよい」という具合に分類・整理されていたほうがきっと使
いやすいでしょう。ですから、
「身体にどのように作用するか」という視点から分類できないものかと
考えています。断片的にはできるのですが、体系的に分類して整理するのはなかなか難しく、今の私の
課題となっています。今回は私の場合ということでご紹介しましたが、みなさんもそれぞれの視点・切
り口からご自身が使いやすいように整理するといいかもしれません。
さて、これまで手技療法習得のステップ化と称して「リラクゼーション」
「メンテナンス」
「トリート
メント」と 3 段階に分け、雑駁ながらもまとめるという試みをご紹介していきました。ずいぶん大それ
たことを書いてきたのに、今さら言うのもなんですが、私もありとあらゆる手技療法を学んだわけでは
ありません。ではなぜチャレンジしようと思ったかというと、私がこの世界を志して 15 年が過ぎ、こ
れまでの経験をまとめることで、後に続く人たちの道しるべになればと思ったからです。
108
内容としてはまだまだ不十分ですが、大まかな枞組みというか、「だいたいこの順序で進めばいいん
だな」という方向性を、参考にしていただければ嬉しいです。今後は、このステップをベースにそれぞ
れを肉付けしていこうと思っています。
さて次回は、このシリーズの最終回です。先ほど「心理的安定」について触れましたが、テクニック
から尐し離れて、私の臨床家としてベースになっている考え方をお伝えしたいと思います。
手技療法習得へのステップ3
トリートメント
その 6
2009-08-08 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
この「手技療法習得のステップ」というシリーズでは、これまでテクニックの習得という技術的なコ
ツ?や、学ぶ上での心構えをお伝えしてきました。シリーズの締めくくりとなる今回は、私のベースと
なっている考えを紹介したいと思います。
以下は、昨年「心理学ワールド」という雑誌に掲載された私の記事で、心理関係の方に、自分の仕事
を心理学と絡めて紹介するというものでした。私の治療技術は、この思いの上に組みあがっています(内
容を一部改変しています)。
手技(しゅぎ)療法の理解を深めてくれた心理学
心理学には心にまつわる多くのパラダイムがあります。これらに共通している基本的なことは、
人間のとる行動から心の働きや意味を推し量り、人間理解のために役立てるということでしょう。
自分の仕事をこの視点から改めて見つめ直したとき、私はそれまでよりも広い視野で考え、日ご
ろ何気なく行っていたことにも意味を見い出せるようになりました。
手技(しゅぎ)療法について
私の仕事は、マッサージや整体の総称である手技療法によって、痛みやしびれなどの相談にの
ることです。手技療法では健康回復のために手を使って体を刺激し、適度な柔軟性をつけるよう
働きかけます。その効果はどちらかというと、左右のバランスを整えるなど身体的な側面が強調
されがちです。もちろん、スキンシップが心に与える影響などを尐しは理解していましたが、心
と体について自分なりの統一された考えを持つには至らず、何かスッキリしない気持ちで過ごし
ていました。しかし、心理学を学び、手技療法とは「サルの毛づくろい」と同じなのだと気づい
たとき、ようやく自分なりの、仕事に対する考えの核ができたような気がしました。
毛づくろいとしての手技療法
サルの毛づくろいには 2 つの意味があるそうです。ひとつは皮膚を清潔にして、体の健康を保
つこと。これは手技療法なら、筋肉を刺激してバランスを整えるという身体的な効果のことだと
いえます。もうひとつは、サル社会の一員として認められることによって、心の健康を保つとい
う働きです。仲間から毛づくろいをしてもらえなくなったサルは、心もおかしくなってしまうそ
109
うです。サルの場合、心身の健康を保つための行動は、毛づくろいという直接的なふれあいによ
りますが、人間ではふれあいというと心理的な意味合いが強くなります。いずれにせよ「ふれあ
う」とは「つながっている」ことでもあり、この感覚は社会的な生物である人間にとって大切な
はずです。
ところが、現代は社会構造の変化に伴って人とのつながりが乏しくなり、過度の競争を強いら
れることによってそれぞれが孤立し、孤独感にさいなまれやすくなっています。このような状況
の中で、つながっている感覚を取り戻すためには、直接的なふれあいというリアルな感覚によっ
て、心のバランスを回復させるというのもひとつの手段かもしれません。近年の癒しブームにの
って、リラクゼーション目的のマッサージ店が増加しているのは、このような欲求の反映ともい
えるのではないでしょうか。手技療法には、身体的なふれあいを通して体の変調を整えると共に、
人とのつながりを実感し、ストレスや孤独感をやわらげる働きもあるのではないかと私は思って
います。
また、患者との関わりにおいて、手技療法では患者に自分の体を乗せるようにして刺激を送り
ます。視点を変えれば、このとき医療者の体は患者に支えてもらっていることになり、まさに医
療者と患者は互いに支えあう関係にあるということを、肌で感じさせてくれます。このような経
験をすると、患者とは立場の違いこそあれ互いに明日をも知れない人間どうし、地球というサル
山の上で身を寄せ合って生きていくしかない存在なのだなあ、としみじみ思ったりするのです。
医療者は、このような感覚を肌で感じておくことが大切かもしれません。
このように「手技療法とは毛づくろい」であるという概念?によって、私は自分の仕事に新た
な意味を見い出すことができました。仕事に就くということは、社会から求められた役割を果た
す責任がありますが、同時に自分の職業のあり方や意義を掘り下げ、拡大していくことも大切で
しょう。私にとって心理学を学んだことは、より創造的に仕事をするための力になっているとい
えます。(終)
みなさんは幼いころ、おなかが痛くなったときや転んでどこかをぶつけたとき、お母さんから手でさ
すってもらった記憶があると思います。手技療法とは、そのような手あての心がベースとなって、その
行為を技術的により精錬させたものだといえます。
どのような仕事もそうでしょうが、人間同士のふれあいの中で行われる以上、手技療法もこれで完成
ということはないものだと思います。だからこそ、一生続けられる面白味のある仕事とだといえるので
しょう
ついでながら、私の父がよく言っていました。「お前の仕事はエェ仕事やでェ、ホンマにィ。お客さ
んから『ありがとう』って直接感謝してもらえて、お金までもらえるんやからナァ(←このへんは大阪の
感覚です)」
ホンマにそのとおりで、ありがたい仕事やと思います。これからもより多くの患者さんに役立てるよ
110
う、そしてセラピスト自身の人生も実りのあるものになるよう、手技療法を発展させることができたら
と私は思っています。
さてさて、ようやく一区切りつけることができました。実は書き始めたとき、具体的な内容は考えて
いませんでした。いざスタートしてみたものの、「何を書けばよいやら」と途方にくれたときもありま
したが、最後はやや強引ながらも、何とかまとめることができました。追いつめられればどうにかなる
もんや、とあらためて思います。
これまで手技療法習得のステップ化と称して、ああだこうだと好き勝手に書いてきました。でもこう
して振り返ってみると、みなさん、とくに後進の方々へお伝えしたかったメッセージは
「やろう!!」
と思ったことはひとまずやってみる、そういうことだったのかもしれないという気が、今になってして
きました。
111
Ⅵ.徒手的テクニックの使い分け
徒手的テクニックの使い分け 1
2010-07-17 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
「系統別・治療手技の展開 第 2 版(奈良 勲/偏,共同医書出版社:2007)」という書籍があります。こ
の本は、さまざまな手技療法のテクニックを筋系や神経系、関節系など系統別に分かりやすく分類・整
理されていて、私の気に入っている書籍のひとつです
序論では、各系統に対する第一義的な治療手技として、以下のテクニックを一覧表にして紹介してい
ます。
☆感覚器系(特に外皮)
触圧覚刺激法
☆結合組織
筋膜リリース
/
筋膜マニュピレーション
結合組織マッサージ
/
ロルフィング
/
/
伝統的マッサージ
指圧
軟部組織モビライゼーション:横断マッサージ・機能的マッサージ
☆リンパ系
リンパマッサージ
☆筋系
ストレッチング
/
マイオチューニング
/
プレイティング
ストレイン・カウンターストレイン
☆神経系
神経系モビライゼーション
/
マイオセラピー
☆関節系
関節モビライゼーション(Kaltenborn , Maitland , Paris)
マッスルエナジーテクニック
/
マッケンジー法
☆その他
中枢神経系:頭蓋仙骨治療
内臓系:内臓マニュピレーション
エネルギー系:鍼 ゼロバランス
感情/精神ストレス: 体性感情開放
112
/
/
マリガンコンセプト
関節ファシリテーション
続いて各章で、代表的なテクニックの要点がコンパクトにまとめられています。
最後に、その他の治療手技として、
メディカルトレーニングセラピー
MSI アプローチ-運動系機能障害症候群の評価・治療-
フェルデンクライス・メソッド
の3つが紹介されています。
このように、あらゆるテクニックを網羅している書籍は珍しく、全体を見わたし要点をつかむにはと
てもよい本だと私は思います。
その反面、心配することがあります。手技療法を学ぼうとする学生さんや、新卒の方がこの本を手に
したとき、どのように感じるかということです。さまざまなテクニックを前にして、「これはスゴイ!!」
「面白そう」と感じて、ヤル気を燃やす方もいらっしゃるでしょう。けれども中には、「こんなにいろ
いろあるテクニックを、どうやって使い分けたらいいの?」「どれから手をつけて良いかわからない」
と、途方に暮れる方や、もしくは、
「こんなにあるのを全部覚えないといけないの?」と感じて、気持
ちが折れてしまう方もいらっしゃるかもしれません。みなさんはどう感じられましたか?
また、このテキストは系統別にテクニックが分類されているので、知識を整理する上でとても優れて
いると思います。しかし、実際の臨床で目の前にいる患者さんに対して、どれを選択して働きかければ
よいかを判断するところまでは触れられていません。手技療法の世界を見渡しても、それぞれのテクニ
ックごとに評価方法が分類されているというのが現状です。各系統をまたがるようなより大きな視点か
ら、適用するテクニックを判断していく方法については、まだまだ整理が及んでいないと思います。
前々から何とかそれを整理できないものかと悩んでいたのですが、試行錯誤したものを昨年のシリー
ズ「手技療法習得のステップ」で尐しご紹介しました。あれから 1 年が過ぎ、徐々にまとまってきまし
たので、今回のシリーズでは、
「テクニックの使い分け方」について取り組んでみたいと思います。
私が試みようとすることは、ひとつのテクニックを普及させようと、一生懸命に努力されている方に
とっては「ナント乱暴な!!」という印象をもたれるかもしれません。けれども、学んで使う側の立場と
しては、使い分け方や、全体の中での位置づけを、大まかにでも理解しておくというのは、とても大切
なことだと思っています。ですから、不十分なところもあるかと思いますが、あえてバッサリと切り分
けたいと思います。
参考にするテキストは冒頭でご紹介した「系統別・治療手技の展開」です。このテキストに載せられ
ているテクニックを中心に、尐しでも臨床で使いやすいように整理してみたいと思います。
昨年の「手技療法習得のステップ」につづく、今年の一大巨編です。
113
徒手的テクニックの使い分け 2 ~刺激の方向と加え方による分類~
2010-07-24 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
テクニックの使い分け方を判断するためには、各テクニックの特徴を分類・整理する必要があります。
ここでのポイントは「刺激を加える」という観点から分類するということです。テクニックが身体に及
ぼす機能的・生理的変化はもちろん大切ですが、ここでそれを持ち込むと、かえってややこしくなって
しまいます。
思いつくまま並べてみますと、刺激を加える「部位」
「範囲」
「深さ」
「方向」
「加え方」
「リズム」
「強
さ」などが候補として挙げられるでしょうか。さらに分かりやすくするため、この中から2つの特徴を
選んで表を作成します。私は下位項目の分けやすさという点から、治療刺激を加える「方向」と、刺激
の「加え方」の 2 つの要素を選びました。
まず、どの「方向」に刺激を加えるのか?について、下位項目を決めたいと思います。その前にちょ
っと復習ですが、体性機能障害には軟部組織の緊張・短縮、筋力の低下や、動的安定性の欠如などさま
ざまなタイプがあります。なかでも手技療法の为な対象は、軟部組織の緊張・短縮・癒着・瘢痕・拘縮
になります。
関節機能障害もつまるところは、関節周囲の軟部組織の緊張・短縮などによって引き起こされている
といってもよいでしょう。軟部組織の緊張・短縮などは、触診では「かたさ」として触知することにな
ります。「どこに」その「かたさ」があるかがわかったら、それが「どの範囲で」「どの深さの」「どの
方向に」存在するかを調べ、
「解剖学的に何であるのか」を判断するようにします≪参照:軟部組織の
触診は連続的変化を追う【触診亓話 その三】p.33≫。ここで注目する「どの方向に」に至るのは、上
記のプロセスを経た上での話だということを覚えておいて下さい。
手技療法で治療刺激を加える方向は、体表面に沿う方向と関節面に沿う方向に分けられます。かたさ
の方向が、体表面に沿っているなら筋筋膜へのアプローチ、関節面に沿っているなら関節面へのアプロ
ーチということになります。ちなみに、
「筋筋膜」が「関節包外」、「関節面」が「関節包内」の機能障
害と表現されることもあります。
では次に、刺激の「加え方」について下位項目を決めましょう。刺激を加えるとは、運動するという
ことでもあります。運動の種類は「他動運動」
「自動介助運動」
「自動運動」の三種に分けられます。リ
ハビリの進め方でも基本的に、身体機能の程度に忚じて「他動」⇒「自動介助」⇒「自動」と進めてい
きます。この分類が便利なので、ここでも用いることにします。
こうして、刺激を加える方向として「筋筋膜」と「関節面」が、刺激の加え方として「他動運動」
「自
動介助運動」
「自動運動」を下位項目とする2×3の表ができました。次回からは、A~F までの各セル
に「系統別・治療手技の展開」で紹介されているテクニックを振り分けていきたいと思います。
114
徒手的テクニックの使い分け 3
~関節面への他動運動~
2010-07-31 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回のシリーズのテーマは、
「手技療法のテクニックを、どのように使い分けるのか」ということで
す。前回、治療刺激を加える「方向」と、刺激の「加え方」の 2 つの要素を選びました。そして、それ
ぞれ「筋筋膜」
「関節面」と、
「他動運動」
「自動介助運動」
「自動運動」を下位項目として2×3の表を
作成しました。今回からは、
「系統別・治療手技の展開」で紹介されているテクニックを表の中に分類
していきます。
まず、刺激を加える方向が「関節面」に沿っていて、
「他動運動」で行うテクニックは、
「系統別・治
療手技の展開」の中では、Kaltenborn , Maitland , Paris の関節モビライゼーションと、関節ファシリ
テーションが該当するでしょう。各テクニックの詳細につきましては、「系統別・治療手技の展開」な
どを参照してくださいね。
同書で紹介されている以外のこの種の技法としては、オステオパシーのアーティキュレーションや、
カイロプラクティックのアジャストメント。またはクラインフォーゲルバッハの機能的運動療法や、日
本で有名な関節運動学的アプローチ(AKA)、構造医学などが挙げられるでしょう。
これらのテクニックに共通することは、関節を構成する一方の骨を固定し、もう一方の骨を関節面に
沿って動かすことで、関節可動域の回復を促すというものです。
「テコの力」を用いて関節を動かすわけですが、関節を構成する骨に直接コンタクトして動かすのは、
115
左下の小さなテコを使ったモビライゼーションになります。これに対して、肋骨を動かすために上肢を
操作したり、腰椎を可動させるために骨盤を回旋させたりという離れた部位にある骨を操作するものは、
右下の大きなテコを使ったモビライゼーションです。小さなテコのほうが関節面に沿った動きを誘導さ
せやすく、大きなテコのほうは大きな力を安定して出しやすいという特徴があります。
≪小さいテコを用いたモビライゼーション≫ ≪小さいテコを用いたモビライゼーション≫
ところで、他動的な関節モビライゼーションを行う際に、関節面を接近させる圧縮法を用いるのか、
離解させる牽引法を用いるのかという方法の違いがあります。伝統的な方法は牽引させることが多いの
ですが、関節ファシリテーションや構造医学など、比較的最近になって発表されているテクニックは圧
縮を勧めているものが多くなっています。
牽引派?の为張は、関節面を離開させると、関節周囲の軟部組織にも伸張刺激を及ぼすことができ、
また関節のロッキングも行いやすくなるというところが为なものです。これに対して圧縮派の为張は、
関節面を接近させると、接触する関節面の摩擦が尐なくなり、よりなめらかな関節運動を行うことがで
きるというもので、水力学的モデルや潤滑モデルとも呼ばれています。牽引派が関節を機械的に捉えて
いる色合いが強いのと比べて、圧縮派のほうがより機能的に捉えているといえるかもしれません。
はてさて、双方の为張に挟まれて、現場にいる私たちはどうすればよいのでしょうか?
考え方については、それぞれうなずけます。ですから、理論だけを追いかけて判断しようとすれば、
迷いに迷ってしまいます。とにかく現場のプレイヤーである私たちにとっては、目の前にいるその患者
さんに対して、どのように働きかけるべきかという問題が最大の関心ごとですよね。
ここで大切なことは、臨床の場で牽引が上手くいっていることもあるし、圧縮で上手くいっているこ
ともあるという現実をみつめることだと思います。両方ともあり得るということは、どちらが正しいと
いうよりも、それぞれ効果を挙げる状況が違っているのではないかということになりますね。そうなる
と、それぞれの使い分け方を考えなければなりません。
統一された考え方はまだないように思いますが、私自身は、まず離開させてモビライゼーションをか
け、関節包などの軟部組織を伸張させてから、圧縮を加えて動かすようにしています。まず「量」を確
保し、
「質」を高めるという考え方です。もちろん例外もありますし、牽引も圧縮もせず、そのまま動
かしていることも尐なくありません。
116
私は自分の考え方を、できるだけシンプルなものにしようとしていますので、基本的には「量を確保
し、質を高める」という進め方を、すべてにおいて適用しています。今回の場合、大切なのは何はとも
あれ可動域が回復すればまずはよいということです(ずいぶんザックリ書きましたが、片マヒの方にみ
られる適忚的な拘縮などは例外です)
。そのため、可動域という量を確保し、動きの滑らかさという質
に働きかけるようにしています。
新しい考え方がそれまでの考え方と異なっているとき、どちらが正しいかを考えるのもひとつのあり
方でしょう。しかし、白黒つけがたいときは両方の考え方を飲み込んで、それぞれが適用できる状況の
違いを考える、という方法もありだと思います。
適用できる違いがわからないうちは、まずは禁忌を除外した上で、組織の反忚をみながら「あれがダ
メならこれを使う」というように対忚して、試行錯誤しながら適用の条件を探していくようにしていま
す。このように、常に臨床という地に足をつけて思考し、理論だけが空転するようなことがないように
したいと私は思っています。
徒手的テクニックの使い分け 4
~関節面への自動介助運動~
2010-08-07 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
続いて、刺激を加える方向が「関節面」 に沿っていて、
「自動介助運動」 で行うテクニックです。
これには、マリガンコンセプトによる関節モビライゼーションや、筋肉エネルギーテクニックが該当す
るでしょう。
マリガンの関節モビライゼーションにも、NAGS という他動運動や、セルフ SNAGS という自動運動
もありますが、このテクニックで最も特徴的なのが、SNAGS や MWMS というテクニックだろうと思
うのでここに分類しました。SNAGS や MWMS は、機能障害を起こした関節の骨に対して、可動性が
回復する方向に押圧を加えて介助したまま、自動運動させるというものです。
筋肉エネルギーテクニック ( MET )は、機能障害を起こした関節に対し、その位置が正しくなるよう
な特定の姿勢を取らせて抵抗運動させる治療手技です。これによって、異常な関節の固有受容器をリセ
ットし、硬くなった線維性組織を伸張させるとともに、可動域の回復、運動パターンの再構築、脊椎に
付着する筋群の筋トーンや神経システムの安定、組織の浮腫およびリンパ系や血流を改善によって、よ
117
り正常な姿勢を保たせるようにするというものです。
このカテゴリーに含まれるテクニックに共通していえることは、「筋肉」と「関節」と「神経」の機
能的な相互関係を向上させるように働きかける技法だということです。より機能的な色合いが強くなっ
ていますね。
機能的といえば、マリガンは仰臥位で関節モビライゼーションを行って可動域を回復させても、座位
になると再び可動域が制限されていることがあるという臨床での観察から、座位での治療を推奨してい
ます。これなども、座位をとることによって重力負荷がかかり、関節周囲の固有受容器が刺激された状
態で可動させることで、より「筋肉」
「関節」
「神経」の協調性を高めるということなのかもしれません
ね。
ちなみにマリガンのテクニックは、前回ご紹介した、関節を構成する骨に直接コンタクトして動かす
という、小さなテコを使ったモビライゼーションになります。そのため、とくに脊椎の関節が線維化を
起こしているような硬い状態だと、動かすのはちょっと大変なように感じます。
私は関節面の機能障害があるときには、まず仰臥位などで行う大きなテコを使ったテクニックを用い
てそれを除き、座位で再評価したときに痛みや運動制限が残っているようなら、小さなテコのテクニッ
クを行うという方法をとっています。
「量」から「質」へ、ですね。
ところで、臨床的なことは抜きにして、脊椎に対する手技療法の基礎としては、まず仰臥位や伏臥位、
側臥位で練習したほうが良いと思います。
脊椎の徒手的テクニックは、棘突起を除くと、頚椎なら関節突起、胸椎なら横突起、腰椎なら肋骨突
起にコンタクトして行うというのが为です。ところが座位では起立筋のトーンが上がりやすいため、慣
れていないとこれらの突起の触診はやや難しくなります。テキストに書いてあるとおりの形で行っても、
位置や角度がずれていては効果を挙げることが難しいかもしれません。
「何となく、この辺かなあ~」で、たまたま上手くいったとしても、それはラッキーパンチにすぎま
せん(もちろん、なぜラッキーパンチが当たったのかを追求することで、技術を自分のものにするとい
うプロセスもありだと思います)。ですから、テクニックをきちんと身につけるために、骨にコンタク
トしている感触をきちんとつかんでおくことがとても大切です。
そのためには、仰臥位や伏臥位という起立筋がリラックスしやすいポジションで、頚椎の関節突起、
胸椎の横突起、腰椎の肋骨突起を触診して、テクニックを使う練習をしっかり行っておいたほうが良い
と思います。その感触をつかんだ上でなら、座位でのテクニックも習得が容易になります。
座位のテクニックの写真を何気なく眺めていると、仰臥位や伏臥位のテクニックと比べてシンプルそ
うに見えるかもしれません。しかし、それだけに触診で感触をつかんでいることや、目標とする部位に
刺激を集めることができる操作など、基礎をしっかり身につけておく必要があります。座位のテクニッ
118
クはシンプルそうですが、きちんと行うのは決して簡単ではないと私は思います。仰臥位や伏臥位のテ
クニックのように、あれこれと細かく動かし方を指示されているほうが、ステップが細分化されている
ためにかえって身につけやすいです。
触診を覚え、操作を覚える。このような意味からも、まずは仰臥位や伏臥位の関節モビライゼーショ
ンを練習したほうがよいと私は思っています。
徒手的テクニックの使い分け5
~関節面への自動運動~
2010-08-14 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
続いて、刺激を加える方向が「関節面」に沿っていて、「自動運動」で行うテクニックです。これに
は、マッケンジー法が当てはまるでしょう。
マッケンジー法の特徴のひとつは、セルフケアを非常に重視していることです。他のテクニックなら、
セラピストによる治療を行った上でのセルフケアというのが通常です。しかしマッケンジー法では、ま
ずセルフケアありきで、それでもダメならセラピストが手助けするという考え方になっています。これ
は、患者さんの依存性を防ぎ、为体的に治療を行うためとされています。そのようなわけで、マッケン
ジー法をこのカテゴリーに分類しました。
マッケンジー法は、評価や治療の考え方にも特徴があります。評価法では、力学的な刺激を反復また
は持続して加えたことによる、身体の反忚をパターン化して患者の状態を分類しています。かんたんに
述べますと、反復運動によって痛みの範囲が減尐するなら治療を続けて OK、拡大するなら NG という
いものです。そのため、原因組織を特定する必要がありません。とても実用的ですね。
(実際には、反復運動によって放散痛が中央部に移行するものを Centralization と呼んで適忚となり、
抹消側に拡大していくのを Pelipheralization として禁忌とされます。ただ個人的な経験として、末梢
側に移動しながらも疼痛範囲が減尐しているなら改善傾向をみせているケースもあるので、私は疼痛の
範囲で判断するようにしています。
)
そして治療法では、正常な脊柱カーブを取り戻す方向に、持続的・反復的な運動を繰り返します(ち
ょっとラフすぎるかな?)
。その運動は、他の関節モビライゼーションと比較して、言葉は悪いのです
がとても大ざっぱです。でも悪い意味ではありません。
119
それまで、多くの関節モビライゼーションでは、脊椎の分節的な制限を除くというスタンスをとって
きました。この考え方は有効なのですが、行き過ぎてしまうと「木を見て、森を忘れる」という状態に
陥ってしまいます。マッケンジー法は、
「森を見る」ということを思い出させてくれる機会となりまし
た。もちろんそれ以前にも、複数の分節にまたがる機能障害を捉えているものはありましたが、マッケ
ンジー法ほど整理されてはいませんでした。
このようにマッケンジー法は、マニュアルセラピーの世界に大きなインパクトを与えました。私自身
も大きな影響を受けています。マッケンジーの体系そのものを取り入れているわけではないのですが、
発想法を私なりに解釈して吸収しています。
例えば、この「手技療法の寺子屋」ブログの、初期の頃に書いた「片づける(治療する)順序はどうす
る?」≪参照:p.11≫でご紹介した「自分が分かりやすいとこからみていく」という考え方は、この「森
をみる」流れからつながっています。治療の進め方も、慢性的になるほど分節性ではなくグループ性に
刺激を分散させて、残ったところを分節的な刺激で解除するというようにしています。このように考え
るようになってから、余裕を持って臨床に臨めるようになりました
以前は、何かのテクニックを学ぶとき、とにかくそれを覚えこむことに一生懸命でした。でも最近は、
テクニックの内容そのものよりも、それを創った方がどのように発想し思考して生み出したかを、自分
なりに読み取るということを心がけています。よく言われる「行間を読む」という意味が、尐しずつわ
かってきたような気がしています。ですから、マッケンジー法の影響を受けているといっても、ずいぶ
ん自分に都合のよいように解釈して使っているので、マッケンジー法を勉強している方からは、厳しい
ご指摘を受けるかもしれません。
でも大切なことは、自分の目と手で確認できたことを、よく考えた上で取り入れる態度だと思います。
ひとつの考え方や方法だけでは当然カバーできない範囲がありますし、他人の話をうのみにして失敗し
ても、その人が責任をとってくれるわけでもありません。自分の臨床は、自分で責任を持つ必要があり
ます。だからこそ、自分の目と手で確認できたことを、よく考えた上で取り入れる態度が大切になって
くるのです。
徒手的テクニックの使い分け 6
~筋筋膜への他動運動~
2010-08-21 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回からは、
「筋筋膜」の方向へ刺激を加えるアプローチ、まずは「他動運動」で行うテクニックか
らですね。このカテゴリーに含まれるテクニックが、手技療法の中でもっとも多いと思います。
「系統別・治療手技の展開」 で紹介されているものだけでも、
触圧覚刺激法 / 筋膜リリース / 軟部組織モビライゼーション(マッサージ)
プレーティング / マイオチューニングアプローチ / ストレインカウンターストレイン
120
マイオセラピー / 神経系モビライゼーション
と多彩です。
ストレッチはもちろんですし、ASTRもこのカテゴリーに含まれます。リラクゼーションに属する
技法も、これに入ってくるでしょう。このようにたくさんありすぎると、目を白黒させてしまいますよ
ね。
多くのテクニックがそれぞれ独自の特徴をうたっていますが、「刺激の入り方」という視点からよく
よく観察すると、実は 2 パターンしかありません。それは、筋筋膜を「伸ばす」のか、「押さえる」の
いずれか、もしくはその組み合わせです。
「エッ、そんなに割り切っていいの?」と思われるかもしれません。割り切りましょう。必要なら付
け足せばよいだけです。
では「伸ばす」
「押さえる」を、マッサージの代表的な手技である、軽擦法・揉捏(じゅうねつ)法・強
擦法・叩打法・振せん法・圧迫法に照らし合わせてみましょう。
まず、軽擦法です。なでる、さするということですが、これはセラピストの手を患者の皮膚にぴった
りと軽く「押さえ」
、手を横に滑らせることで組織をわずかに「伸ばし」ています。
「クリニカルマッサ
ージ(医道の日本社)」で紹介されている、ストリッピングという方法は、軽擦法の「押さえ」を、より
強めて行う方法です(重くさするから「重擦法」とでも訳したらいいのかな?)
。
いわゆる「もむ」という、マッサージの最もポピュラーな手技である揉捏法は、組織を「押さえ」た
まま、揺さぶるように反復して組織を横方向へ「伸ばす」方法です。
強擦法は、揉捏法と軽擦法の混合手技とされているので、「伸ばす」と「押さえる」の組み合わせで
あることは明らかです。この技法は、癒着した組織をはがして、動きの悪い組織の可動性を向上させた
り、皮膚の瘢痕などを軟らかくするもので、比較的強力な手技です。DTM(Deep Transverse Massage
= 深部横マッサージ)も同様の手法です。
叩打法は、組織をたたくということ、つまり瞬間的に組織を「押さえ」て離すことです。
圧迫法は、
「押さえる」ことですね。
121
いかがでしょう?すべて「伸ばす」
「押さえる」の組み合わせで説明できることがお分かりいただけた
でしょうか。
ついでにお話ししますと、ストレッチは「伸ばす」ことです(当たり前か)
。
ASTR は、組織を「押さえ」たまま、横方向に「伸ばす」ことでフックし、さらに関節運動を伴った
ストレッチを加えることで、組織をより「伸ばす」治療手技です。
筋筋膜リリースでよく用いられるクロスハンドテクニックは、両手を交差したまま組織を「押さえ」
、
そのまま交差を深くしていくことで「伸ばし」ていく方法です。
結合織マッサージのピンチロールテスト、つまり、皮膚をつまんで皮下組織のあそびをみる検査では、
母指と示指で2点を「押さえ」て、接近させることで組織を「伸ばし」ています。
こうなると、あらゆるテクニックに共通する要素である「伸ばす」技法と「押さえる」技法さえ身に
つければ、筋筋膜への治療技術はより習得しやすくなるということになります。包丁の使い方の基本を
みっちり学んで体得すれば、日本料理でも中華料理でも、フランス料理でもイタリア料理でも生かすこ
とができるということと同じですね。
ちなみに、関節面への治療で共通する要素は「滑らせる」です。
この「伸ばす」
「押さえる」「滑らせる」は、「刺激の入り方」という視点に立っていますが、それら
を行うセラピストの動きは「押す」
「引く」「まわす」の 3 つにまとまると考えています。
私は、今回紹介しているカテゴリーである、
「筋筋膜」方向への「他動的」なテクニックに留まらず、
「押す」
「引く」
「まわす」は、あらゆる徒手的技法の基本になり、すべてのテクニックはこの動作の組
み合わせで成り立っているとみています。
ちょうど生物の遺伝子が、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の組み合わせですべ
て成り立っているということと、同じようなものだといえるかもしれません。異なる表現を用いれば、
テクニックという「木」の幹は、「押す」
「引く」「まわす」であり、その先はすべて枝葉ということに
なります。
ただ誤解しないでくださいね。枝葉だから重要ではない、ということを言いたいのではありません。
このように表現した意図は、長くなるのでまた次回にお話しします。
122
徒手的テクニックの使い分け
7
~筋筋膜への自動介助運動~
2010-08-28 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
続いて、刺激を加える方向が「筋筋膜」に沿っていて、
「自動介助運動」で行うテクニックです。
「系
統別・治療手技の展開」では、筋肉エネルギーテクニックがこれにあてはまります。このテクニックの
基本的な考え方は、徒手的テクニックの使い分け4「関節面への自動介助運動」≪参照:p.117≫でお話
し し た 内 容 と 同 じ で す 。 そ れ 以 外 の テ ク ニ ッ ク と し て 、 PNF ( Proprioceptive Neuromuscular
Facilitation:固有受容性神経筋促通法)や、日本で考案された操体法なども含まれるでしょう。
このカテゴリーのテクニックで大切なのは、患者さんが力を入れて行う運動を、セラピストはしっか
りコントロールしておくということです。なかでも動きを誘導するところがポイントです。また、異常
を起こしている、もしくは関与している部位に、きちんと力が入っているかをモニターしておく必要も
あります。
テクニックのかたちだけ覚えて、ただ漫然と行っても効果のムラは大きくなります。これは、あらゆ
るテクニックに共通することですね。そして、異常を起こしている部位を把握するのは触診です。耳に
タコかもしれませんが、大切だと思っているところなので何度も書きます。
まず、
「まわりと比べて、かたさが強くなっているところはどこか?」という意識で触診し、
「どこか」
を明らかにします。続いてその「かたさ」が、「どの範囲で」「どの深さの」「どの方向に」存在するか
を調べ、
「解剖学的に何であるのか」を判断します。
そして、テクニック実施中は可能な限り、その部位をモニターしてリリースしていくかをチェックし
ます。テクニック実施中の、患者さんのコントロールや組織質感の変化については「等尺性収縮後リラ
クゼーションを触診で感じよう!その1」≪参照:p.68~≫のシリーズが参考になります。以上の点さえ
押さえて技術の練習を重ねれば、このカテゴリーのテクニックの習得はスムーズだと思います。
さて前回、テクニックという「木」の幹は「押す」
「引く」
「まわす」であり、その先はすべて枝葉だ
とお話ししました。だからといって『枝葉の、こまごましたテクニックなんて覚える必要はない』など
ということを言いたいのでありません。幹しかない木は異様ですし、枝ぶりの良さは木には大切なので
枝葉も必要です。だから、さまざまなテクニックを学ぶ価値があり、私自身もそうしてきました。それ
に、苦労してテクニックを考案・整備された先輩たちへも敬意も払っています。
123
ただ、学ぶ側の立場に立つと、ひとつのテクニックを1から10まで勉強して、また次のテクニック
を1から10まで勉強するでは、効率が悪く余計な時間がかかってしまいます。時間がかかれば、その
先にいる患者さんは、良くなるはずの機会を逃してしまうかもしれません。これは、セラピストにとっ
ても患者さんにとっても不幸なことです。そのようにならないよう、尐しまとめておく必要があると思
っています。
どれほどの独自性があったとしても、手技療法なら手で触れて身体を操作するという点では同じなの
で、尐なくても半分は他のテクニックとの共通性があるはずです。ということは、共通性のある1から
5まで基礎としてみっちり押さえておけば、他のテクニックを学ぶときは、残りの5から10を覚えれ
ば済むということになります。
そうすることで、小手先の違いに目を奪われず、考案者が为張するオリジナルな視点を素早く吸収で
き、本質的なところをより深く学ぶことができるのではないでしょうか。また、共通性のある基礎を整
備することによって、他のテクニックとの関連性を感覚的に理解しやすくなり、テクニックどうしがバ
ラバラにならず、連続性を持ったものとなります。
さらに、共通する基礎を整備することによって、たとえば私たちが2年かかって習得したことを、後
進の人たちは頑張れば1年で習得できるようになるかもしれません。可能・不可能はともかく、こうな
るように努力することは、私たちの代の責任だと思います。
そして、後進の人たちは1年早く習得したものを、さらに進歩させるか、あるいは1年で学んだこと
を半年で学べるようにする。これが後進の方々の責任です。こうしてバトンをまわして、次々とつなげ
ていけたらステキですよね。それに伴って、より多くの患者さんの力になることができます。
このように、テクニック間の共通性や連続性を持たせるために、幹と枝葉の例えを用いました。。
というわけで、今の私がつくりたいのは、前回お話しした手技療法の幹となる「押す」
「引く」
「まわ
す」 の身体操作を整備することです。掛け算なら「九九」の表にあたるものをつくれたらなぁ、と思
っています。でも基本的なところほど難しく、考えてはボツに、考えてはボツにを繰り返しています。
徒手的テクニックの使い分け
8
~筋筋膜への自動運動~
2010-09-04 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
さいごに 「筋筋膜」 の方向へ刺激を加える 「自動運動」 でのアプローチですこれは「系統別・
治療手技の展開」で紹介されているものでは、
メディカルトレーニングセラピー
MSI アプローチ-運動系機能障害症候群の評価・治療-
フェルデンクライス・メソッド
が当てはまります。
124
これ以外にも、ピラティスに太極拳にラジオ体操、バランスボールやストレッチポールを用いたエク
ササイズ、はたまたアレクサンダーテクニックなどもここに含まれるでしょう。いわゆるトレーニング
や、コンディショニングと呼ばれるグループですね。
このカテゴリーはとても大きく、この分野だけで表をつくって分類することもできると思います。今
回は、徒手的テクニックの使い分けという観点から表を作成しましたので、一緒にまとめてしまいまし
た(もうひとつの理由は、私が運動嫌いなために運動療法の勉強を怠りがちで、うんちくを語れるほど
詳しくないということもあります)
。
このカテゴリーに含まれる方法によって、柔軟性の向上や筋力増強をはじめ、動的安定性や、正しい
動かし方の順序(リクルートメントパターン)の習得など、動きの質的な側面をより高めることができ
ます。
これで、ようやく表が完成しました。せっかくですから名前をつけましょう。「刺激の方向と加え方
による徒手的テクニックの分類」なんてどうでしょう。なんだかふつうですね…。他に良いネーミング
があったら教えてください。
この表によって、他動運動による動きの「量」的拡大から、自動運動による動きの「質」的向上へと
いう流れを示すことができます。
言い換えると、
「動かない」ところは他動運動で動かし、
「動かせない」ところを自動介助運動によっ
て動かせるようにし、自動運動によって「より動かせる」状態をつくるというわけです。自動運動へ向
かうほど、
「関節面」と「筋筋膜」との境界があいまいになるかもしれません。
いかがでしょう?テクニック同士の関係や、連続性を感じ取っていただくことができたでしょうか。
125
ところで、このシリーズのなかでも尐し触れましたが、自動運動に熱心な先生の中には、マッサージ
などの他動運動が積極的に行われることは、かえって患者さんの依存性を高めるので好ましくないとい
う考えの方もいらっしゃるようです。いくつかのリハビリのテキストでも、そのような書き方をしてあ
るのを読んだ記憶がありますし、とっても頑固な自称「自動運動派」の先生とお会いしたこともありま
す。その考え方に、うなずけるところも確かにあります。私も最終的にはセルフケアなどによって、自
立を促すということには賛成です。でも、何はともあれ自動運動をという意見とは、違った考えを私は
持っています。
私は、体性機能障害のベースには「疲労」があるという捉え方をしています。疲労には「身体的疲労」
と「精神的疲労」があります。例えば腰痛などで相談にみえた患者さんには、多かれ尐なかれこの2つ
の疲労が混在しています。いわゆるギックリ腰など急性期の症状なら、身体的疲労の影響が大きいでし
ょうが、慢性的であればあるほど精神的疲労の割合も増えてきます。精神的ストレスという心理的要因
や、職場・家族関係などの社会的要因が背景として存在することによって、それらが筋骨格系に影響を
及ぼし、症状を持続させているということもあります。
そんな肉体的にも精神的にも疲労困憊した方に、いきなり「(依存しないで)自分で治してください」
では、あまりにも気の毒だと思います。場合によっては打ちひしがれて、より症状を悪化させることも
あるかもしれません。まずは受け止めてあげなければならないケースもある、と思っています。
とくに、人とのつながりが希薄になって、孤独感にさいなまれやすくなった今の世の中で、人間とし
て最も基本的なコミュニケーションの手段である、
「ふれる」
「体温を相手に伝える」という行為の意味
は、決して小さなものではないと考えています≪参照:手技療法習得へのステップ 3‐トリートメント
6/p.109≫。
もちろん、患者さんもセラピストも互いに馴れ合いになっているような状況は、反省して考えなすべ
きだと思います。でもそれは、マッサージなどの他動運動が悪いのではなく、そのような使い方をして
いる私たちセラピスト側の責任です(とくに患者側の依存だけではなく、患者が依存せざるを得ないよ
うな状況をつくることで、セラピスト自身も患者に依存している「共依存」の関係には注意を払わなけ
ればなりません)。それを棚に上げて、他動運動を問題視するのは、ボールが打てないのをバットのせ
いにしたり、包丁で指を切ったら包丁のせいにするということと同じです。テクニックはあくまで道具
にすぎません。考えて工夫し、道具を生かして使う必要があります。
例えば、患者さんのなかには、動かすことそのものに恐怖を覚えている方もいらっしゃいます。また、
上の表のように、自動運動では「動かない」「動かせない」状態になっていることは、肩こりや腰痛な
ど一般的な相談でも珍しくありません。そのようなときにはセラピストが他動的に「動く」ようにしつ
つ、患者さん自身に「ここまで動かしてもいいんだ」「ここはもっと動くところなんだ」と認識してい
ただくことで、安心して自動運動を行えるようになるというケースもあります。他動運動によって助走
をつけ、自動運動によって飛び立っていただくわけです。
このように、自動運動や他動運動にとらわれず、患者さんの回復に合わせて次のステップにつなげて
126
いくようにすることが望まれると思います。そのためには、テクニック間の特徴と連続性を感覚的に理
解しておく必要があり、それが、このシリーズで表の作成を試みた理由のひとつにもなっています。
ところで、この表をどのように用いていけばよいのでしょう?次回は、この表の活用例として、私の
行っている治療の組み立てについてお話しをしたいと思います
徒手的テクニックの使い分け9
~表の活用例1~
2010-09-11 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回は、このシリーズで作成した 「刺激の方向と加え方によるテクニックの分類」 の活用例とし
て、私の治療の組み立て方を、表と照らし合わせながら紹介したいと思います。あくまでもひとつのモ
デルに過ぎませんが、この表が実際の臨床で「このように使えるんだ」ということをご覧いただき、参
考になさってください。
『
ある日、イスに座っていて後ろの物を取ろうと身体をひねったときギックリ腰になり、強い痛みを
訴えている患者さんが来院されました。
問診や視診、整形外科的テストの結果、炎症の反忚や馬尾神経症状など禁忌の所見は認められず、筋
スパズムによる症状の可能性がどうやら強いようです。触診によって、まわりと比べてかたさが強くな
っているところと範囲、深さを調べ、それを解剖学に照らし合わせてみると、L3 を中心とした腰椎と、
そこから外側の腰方形筋にスパズムによる筋緊張を感じます。かたさの強い方向はL3の伸展方向と、
腰方形筋を外方から内方に向かって圧迫を加える方向でした。比べてみると関節より筋筋膜の制限であ
る、腰方形筋の緊張のほうが強いようです。
まずは「表中D」のカテゴリーに含まれるマッサージを行ったところ、スパズムを軽減させることは
できましたが、まだ筋が興奮しており、身体を動かそうとすると痛みを起こします。
そこで、「表中E」の筋肉エネルギーテクニックによって、相反抑制や等尺性収縮後リラクゼーショ
ンを利用し筋のトーンを下げた後、再び評価しました。筋のスパズムはほぼ改善したものの、L3の伸
展制限はまだしっかり残っています。
127
これに対して、「表中A」の関節モビライゼーションを行い、伸展制限を解除しました。続いて座位
で検査したところ、いくらか筋肉の張り感は残っているように感じるものの、強い運動時痛はなくなっ
ています。
念のため、自動運動で L3 の屈曲・伸展を確認しましたが問題ありませんでした。ここで異常があれ
ば、
「表中B」に含まれるマリガンの SNAGS を用いて関節のすべりを回復させる考えでしたが、その
必要性はなかったようなので、これで初回は終了しました。
』
いかがでしょう?おおまかにでもイメージをつかんでいただけたでしょうか?上の例は分かりやす
くするため、シンプルにまとめましたが、実際には以下の 3 つも織り交ぜながら進めて行きます。
①
患部に負担をかけている周囲の状態をチェックする。
腰部に負荷をかけているのは、たとえば胸郭が制限を起こしているために、腰部が回旋運動を代
償しているためなのか。それとも、ハムスト等の短縮により座位で骨盤が後傾し、腰部の後彎が強
まっていたのか。または、体幹筋の機能が低下し、腹圧による腰部のサポートが得られなくなって
いたためなのか、などなど。そのようなところをみつけたら、患部と同じような流れでアプローチ
します。
②
患部に負担をかけているような、身体の使い方をチェックする。
胸郭の制限が除かれた後にも、たとえば胸郭を固定して体幹を回旋させるような習慣が残ってい
ることで、腰痛を再発しやすくなっていないか、などをチェックします。この場合、運動のパター
ンを修正するようなエクササイズをアドバイスします。
習慣を変えることになるので、スムーズにいかないこともありますが、これまでのプロセスから
患者さん自身が、症状の成り立ちを感覚的に理解しているために、再発しても「またやっちゃった
か」という具合で、心まで不安に陥ることがありません。文字通り、腰を落ち着けて取り組むこと
ができます。
③
患部やその周囲の疲労を除くようなセルフケアを行う。
「表中C・F」 のカテゴリーに含まれるものですね。②でお話した、身体の使い方もここに入
ってくるでしょう。
セルフケアについて、私の治療院を利用される方は、仕事や生活に疲れきっていらっしゃる方も
尐なくありません。その状態で、いきなり大きなエネルギーを使うようなエクササイズをアドバイ
スしても、なかなか実行は難しいです。運動嫌いな私が患者さんの立場でも、同じように続かない
と思います。そこで、はじめの段階でよくおすすめしているのが、テニスボールやカサなど、身近
な道具を用いる方法です≪くつぬぎ手技治療院サイト内「身近な道具を使ったコリとり体操」をご
参照ください。≫。
これらは、寝ながら体重をかけたり、腕の重みを伝えたりするだけで、かんたん、楽ちん、効果的に
128
ケアできるので、疲れている方にも実行していただける可能性が高くなります。そこからスタートし、
心と身体の回復の度合いと、とにかくセルフケアが習慣になりつつあるかをみながら、必要に忚じてよ
りアクティブなエクササイズをアドバイスするようにしています。
こうして見てみますと、基本的に私の組み立て方は、表の左から右に向かって進めている、という流
れになっていることが感じていただけるかと思います。
いかがでしょう? 実際の臨床で多くのテクニックの中から、どれを選択して進めるかを判断してい
く流れが、表を利用することで尐しでも判りやすくなったでしょうか?冒頭にも述べましたが、これは
あくまで私の場合ということなので、この方法だけが正しいなんてことはありません。
尐ないスタッフで、多くの患者さんを診る必要がある現場では、表中 C・F の自動運動からスタート
して、回復が思わしくない方に対して、より分節的なアプローチができる A・B・D・E のテクニック
を用いていくというのも現実的だと思います。
回復までの道のりは、登山ルートと同じで決してひとつではありません。体性機能障害はデリケート
なところもある反面、許容量が大きい一面もあり、さまざまなルートを作ることができます。この表を
上手く活用することで、ルートを確認する地図のような役割を果たしてくれるかもしれません。また、
治療の流れのイメージや、何をすべきかというヒントも得られるのではないかと思います(そうなって
くれたら嬉しいです)
。
次回は他の活用例として、シリーズの第1話でも触れた、多くの徒手的テクニックを前にして「どれ
から手をつけて良いかわからない」
「こんなにあるのを全部覚えないといけないの?」という疑問を感
じている方へのアドバイスをお話したいと思います。
徒手的テクニックの使い分け10
~表の活用例2-1~
2010-09-18 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
手技療法には多くのテクニックがあるので、興味を持ってこの世界に入ってきたものの、
「いったい、
何から学べばよいかわからない」という方もいらっしゃいます。そのような時は、どうすればよいので
しょうか?
結論からお話すれば、どれから学んでもかまいません。このシリーズを通してお伝えしたかったメッ
セージのひとつは、あらゆるテクニックはバラバラではなく互いに関連性があるということです。
さまざまな名称に惑わされてしまうかもしれませんが、生理学的な作用機序や哲学のようなものを除
いて、テクニックを使うという視点からは、刺激を加える「部位」
「範囲」
「深さ」
「方向」
「加え方」
「リ
ズム」
「強さ」などのちがいにすぎません。ですから、フィーリングや好みで選んでかまいません。
129
あるテクニックの魅力を熱く語るセラピストもいらっしゃいますが、よく様子を見ていると理屈より
も、むしろその方の好みやタイプに合っているからじゃないのかなと感じることが尐なくありません。
みなさんも思い返してみてください。
おだやかなテクニックを好んで用いている方や、バリバリとしっかり動かすテクニックを使う方、エ
クササイズを極端に重視している方など、それぞれ持っている似かよった雰囲気があると思いませんか。
それらしい理由はあるけれど、実はただ相性が良かったからということ、これって結構あると思います。
それぞれのテクニックに優务はなく、特徴の違いがあるだけです。ですから、何となく自分の好みに
合うというテクニックからスタートして問題ありません。「好みかどうかはわからないけど、たまたま
縁があったから」それでも結構です。
手技療法の入り口はとても広く、どこから入っても構いません。ひとつのテクニックを学び、そこで
乗り越えられない壁を感じたら、躊躇せず他のテクニックを学べばよいのです。他を学んで、また元の
テクニックに戻ったとき、以前よりも上手くできるようになっているはずです。
では、表「刺激の方向と加え方によるテクニックの分類」を用いつつ、より具体的なモデルを 2 例ほ
どご紹介しましょう。
『
ストレッチ(表中 D のカテゴリー)を学んでいたXさん、最もかたさの強い方向にストレッチする
ことを心がけるようになってから、治療の効果も高くなっていました。でも最近、関節付近のかたさが
どうも上手く除かれていないことに気がつきました。ストレッチをかけたときに関節に痛みを訴えてい
る場合も、なかなか改善させることができません。
そこで、Maitland の関節モビライゼーション(表中Aのカテゴリー)を学んでみました。異なるテ
クニックだといっても、筋を長軸方向に伸ばしていた技法を、関節面に沿って動かすというように力の
方向を変えるだけなので、より細かい操作は必要になりますが、ストレッチの技法を生かすことができ
ました。Maitland 法を身につけたおかげで、関節付近のかたさも除けるようになりました。
ところが今度は腰痛の患者さんなどで、椎間関節の動きを回復させても、座位や立位で動かしていた
だくと違和感が残るという方がでてきました。よくよく調べてみると、確かに座位で動かしている途中、
腰の一部分に緊張が強くなっていました。どうやら、運動時の筋のコントロールが上手くいっていない
ようです。
130
そこで、Xさんは筋肉エネルギーテクニック(表中 B のカテゴリー)を学ぶことにしました。このテ
クニックは関節モビライゼーションをかける姿勢までもっていってから、患者さんに力を入れていただ
いて抵抗運動をするので、Maitland 法を学んでいたことが役に立ちました 』
いかがでしょう。この例のように、はじめからすべてを行える人などいません。まずは好みのテクニ
ックを学び、それを使っていくうちに壁にぶつかり、次の問題が浮かび上がってきます。そうしたら、
他の方法を学ぶというようにすればよいでしょう。熱心な方ほど、できないことばかりに目を奪われて、
焦ってしまいやすいです。
私たちは一歩ずつしか進むことができませんし、また一歩ずつ進まなければ確実に身につかず、小手
先だけの技術になる恐れもあります。地道に行きましょう。
ちなみに、評価し使用するテクニックを判断する重要なポイントは触診になっているというところを
押さえておいてください。次回は、運動療法から入っていくモデルをご紹介します。
徒手的テクニックの使い分け 11
~表の活用例2-2~
2010-09-25 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回は、運動療法から入っていくモデルをご紹介します。
『
運動療法への関心が高く、MSI アプローチ(表中の F のカテゴリー)を実践していたYさん、動
作分析を行い、不適切な身体の動かし方を修正するエクササイズをアドバイスすることで、運動時痛な
どを訴える方に効果を挙げていました。
しかし、なかには自動運動だけでは上手く動かせるようにならない方もいらっしゃいます。そこで、
神経と筋の協調性を高め、よりスムーズに運動できるよう働きかけるため、PNF(表中 E のカテゴリー)
を学ぶことにしました。
身体に触れて操作することに慣れるまでは大変でしたが、患者さんに適切な方向と力で動かすよう指
示することは、MSI アプローチで行っていた指示の方法が役に立ちました。こうして、自動運動だけで
131
はなかなか変化しないときは、PNF によってより理想的な運動パターンとなるよう支援し、再び自動
運動を行っていただくことで、よりスムーズに治療が進むようになりました。
ところが今度は、大きく体幹を動かすようなエクササイズでは、改善しにくい患者さんが現れてきま
した。そこで分節的なアプローチができる、筋肉エネルギーテクニック(表中 B のカテゴリー)を学び
ました。このテクニックを身につけるうえでも、MSI での指示方法や、PNF の抵抗運動をコントロー
ルしながら動かす技術が役に立ちました。
Yさんはその後、マッケンジー法(表中Cのカテゴリー)を学び、関節の機能障害をもっている患者
さんにもアドバイスできるようになりました。もともと動作分析が得意だったYさんは、触診技術も身
につけることで、よりきめ細かいアプローチが可能になり、自分の治療の幅を広げていきました。
』
ご紹介した 2 つのモデルケースで注目していただきたいのは、新しいテクニックを学んだとき、それ
まで学んだテクニックが自動的に生きてくるのではないということです。自動的に生きるなら、セミナ
ーオタクと呼ばれる方たちほど出来るはずですが、そうとは限りません。
Xさん、Yさんのように、過去に学んだことを新しいテクニックに生かそうと、意識して組み込んで
いく必要があります。それによって習得がより早まると共に、テクニック間の関連性を感覚的に理解で
き、さらには使い分けが可能になってきます。
余談ですが、Xさん、Yさんの例を「刺激の方向と加え方によるテクニックの分類」の表に照らし合
わせると、自分が学んだテクニックから、縦か横のカテゴリーに含まれるテクニックを次に学んでいま
す。縦か横でつながっているテクニックは、似ているところも尐なくないので吸収しやすいと思います。
斜めに移動しても構わないのですが、身につけなければならないことが多い分、ちょっと大変かもしれ
ません。
話はコロコロ変わりますが、個人的には様々なカテゴリーのテクニックを学んだほうがよいと考えて
います。でも、いろいろな考え方があるので、ひとつのカテゴリーをより深く学ぶというスタンスもあ
ってよいでしょう。表中 D に属するマッサージを学び、同じカテゴリーのストレッチを学び、さらに
ASTR を学ぶというパターンだって構いません。
「マッサージをとことん極めたい!!」というスタイルだ
ってありです。ただし、表をよく見て自分ができる範囲を認識しておくことが大切です。
限界というのはどなたにでもあるのことなので、みんなが現時点でのそれを認識しておく必要があり
ます。私の場合は、表中 F のカテゴリーがまだ弱いという認識を持っています。表を活用することで、
自分がどの範囲までカバーできるかを確認することもできます。
さまざまなテクニックを学んだほうがよいとは書いたものの、無理をして「すべてのグループを押さ
えなきゃいけない」などと思い込んで、自分にプレッシャーをかける必要はありません。確かに、それ
ができるに越したことはありませんし、世間的にはあらゆることに対処できるよう幅広く学ばなければ
ならない、というのが建前でしょう。
132
しかし、人それぞれ能力や嗜好が異なっています。歌って踊って演奏もできるマルチな才能を持った
方もいれば、マイク一本、歌だけで勝負という方もいらっしゃいます。調理師なら、調理を行う上で求
められる最低限の技能を身につけたら、あとはソバ専門でも、定食屋でもよいはずです。そう考えたら、
自分が高いモチベーションを維持して行えるスタイルを、その限界も理解しながら築いていけばよいと
いうことになります。
「ソバを極める!!」「いろいろな方においしく食べてもらえる定食屋を作りたい!!」どちらのスタイル
も社会では必要とされています。手技療法も同じだと思います。どうあるべきか?決めるのはまわりの
誰かではなく、みなさん自身です。自分自身が心地よく感じるスタイルを見つけ出してください。
ただせっかくの機会なので、次回はさまざまな種類のテクニックを学んだほうがいいと私が考えてい
る理由と、仮にいくら練習しても身にならない苦手なテクニックがあっても、心配しなくて大丈夫とい
うお話をしたいと思います。
徒手的テクニックの使い分け12
~表の活用例2-3~
2010-10-02 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
テクニックを学んでいると、得手不得手はどうしても生まれてしまいます。共通する基本は同じでも、
やはりそれぞれの特徴があるので、合う、合わないが起こってしますのは人間関係と同じかもしれませ
ん。不得手なものでも、練習してある程度できるようになっておいたほうがよいのですが、あまり上手
くできないからといって、引け目に感じることはありません。
体性機能障害の治療というのは、ゴルフに似ていると私は思います。ゴルフは、スタート地点である
ティーグランドからクラブでボールを打ち、グリーン上のカップを目指すスポーツです。短いコースを
除いて、通常はグリーンに乗せるまで何打か打ちます。
ここでは、3打で480ヤード(1ヤード=80 センチ)先のグリーンまで乗せたいとしましょう。ある
人は、第1打で200ヤード、第2打で170ヤード、第3打で110ヤードを打ってグリーンに乗せ
ました。またある人は、第1打から3打までを、240⇒200⇒40でグリーンに乗せました。さら
にある人は、190⇒160⇒130でした。それぞれの飛距離は異なりますが、3打でグリーンに乗
せていますから結果は同じです。ふつうは、なかなかないと思いますが、160⇒160⇒160だっ
てルール上は問題ありません。
ゴルフで例えましたが、グリーンを「治療の目標」のひとつである関節可動域の回復とし、第1~3
打をそれぞれ用いるテクニックに置き換えてみましょう。
仮に第1打を他動運動のメイトランド法、第2打を自動介助運動の筋肉エネルギーテクニック、第3
打を自動運動のマッケンジー法とするといかがでしょう。
133
メイトランド法で大きく回復させ、筋肉エネルギーテクニックでさらに寄せ、マッケンジー法を尐し
加えて可動域を元に戻す。メイトランド法ではさほど振るわなくても、筋肉エネルギーテクニックある
程度寄せ、マッケンジー法で挽回して可動域を回復させる。または、3 つのテクニックをバランスよく
使う。
この 3 つのパターンいずれでも、またはテクニックの順序を入れ替えても、さらにはそれ以外のパタ
ーンでも問題ありません。ですから、苦手なテクニックを用いなければならないときは最低限だけ行い、
後は他のテクニックでカバーしてもよいわけです。だから、上手く出来ないテクニックがあっても大丈
夫です。
次に、様々なテクニックを学んだほうが良いという理由について。ゴルフの1打目で为に用いるドラ
イバーは距離を飛ばせますが、バンカーや池、深いラフからボールを出すにはちょっと大変です。また、
気候や風、コースの条件によって、さまざまなクラブを使えた方が便利です。
手技療法のテクニックも、それぞれ特徴があり、患者さんの病態や回復段階、刺激に対する感受性、
不安などに合わせて、さまざまなテクニックを使えた方が便利です。表に示している、異なるカテゴリ
ーのテクニックを学ぶことによって、カバーできる範囲が広がります。いろいろなテクニックを学んだ
ほうがよいというのはそのためです。
しかし、ただやみくもにたくさん種類を覚えても、使いこなせなければ意味がありません。ゴルフク
ラブもフルセットそろえただけでは、役に立ちません。そこで、はじめは 8 番アイアンなど、ひとつの
クラブを用いて徹底的に打ち方を練習します。ゴルフは多くのクラブを使い分けますが、打ち方の基本
は同じはずです。そこをしっかり練習しておけば、他のクラブの習得も早いそうです。
んっ、どこかで聞いた話ではありませんか?
そうです。このシリーズでも同じようなことをお話ししてきました≪参照:徒手的テクニックの使い分
け6~筋筋膜への他動運動~/p.120≫。私はゴルフの基本的な打ち方の練習は、手技療法なら「押す・
引く・まわす」操作だと考えているわけです。各テクニックに共通する技法を整備したいという理由が、
ゴルフの例えによってよりお分かりいただけたのではないでしょうか。ちなみに…。私はゴルフができ
ません。打ちっぱなしに行ったことがあるだけです。
134
いかがでしょう。
「どれから手をつけて良いかわからない」
「こんなにあるのを全部覚えないといけな
いの?」という疑問を感じている方、参考になりましたでしょうか?次回は、この表を用いるときに注
意してほしいことをお話したいと思います。
徒手的テクニックの使い分け13
~分類しても分解しない1~
2010-10-09 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
このシリーズでは、手技療法の「刺激の方向と加え方によるテクニックの分類」を表として作成した
わけですが、ここでご注意いただきたいことがあります。それは、分類しても分解しないということで
す。
分類することは、知識の整理と理解に役立ちます。しかし、それはあくまで便宜上の話で、実際はあ
らゆるものが分かれて機能しているわけではありません。このようなことはどなたでも理解しているこ
となので、もしかしたら「大きなお世話だ」と思われるかもしれません。けれども私たちは、分類する
ことで無意識のうちに線を引き、別々のものであるように認識してしまっている、ということがあるの
ではないでしょうか。
今回も、テクニックの使い分けを理解しやすくするための手段として分類を試みましたが、それらは
きっちりと線引きできるものではなく、繰り返しお伝えしてきましたように、互いに関連性や共通性が
あります。常にそれを認識しておかなければなりません。これを忘れて分解し、バラバラにしてしまう
と問題を起こすかもしれません。
例えば、マッサージのなかに、リンパマッサージというテクニックがあります。リンパマッサージと
いう概念によって、リンパ還流というポイントがクローズアップされ、リンパ系の機能と手技療法が及
ぼす効果を、より効率よく理解することができます。このように分類し、特定の概念を構成するのは、
「伝え」
「学ぶ」手段としてやむを得ないことです。
しかし、リンパマッサージを行うからといって、リンパしか意識していない、つまりリンパ系と筋骨
格系が分解されているとすれば、リンパ系以外に身体へ及ぼしている影響を考慮しないために、他への
効果を見逃しやすくなるかもしれません。これは、とてももったいないですね。リンパマッサージは、
リンパにしか作用しないということはないはずです。
効果を見逃すならまだしも、他の部位への配慮を怠ることで事故を招くこともあります。マッサージ
で多いのは、伏臥位で肋骨を傷めることです。特に伏臥位になったとき、患者さんの胸部がベッドから
浮いているときは注意が必要です。リンパ還流に気を取られ、胸部がベッドから浮いたまま、不用意に
背部から力を加えると危険です。
関節包内運動を考慮せずにストレッチを行うことで関節を傷めたり、筋筋膜に配慮しない関節モビラ
135
イゼーションによって、周囲の軟部組織を傷めてしまうケースなども、他への配慮を怠ると起きてしま
うことです。
このような注意点は、習うときに指導されるはずですが、個人の思い込みや、とらわれによって忘れ
られてしまいがちです。なかには頭では配慮していると思い込んでいるものの、実際はできていないと
いう方もおられます。そうなると、自分が原因で招いた事故も、降って湧いた災難としか受け止めなく
なります。とくに経験を重ねているセラピストがこうなってしまうと、注意してくれる人が誰もいない
ので、本人は知らないまま、陰で恐れられるようになってしまいます。これは悲しいことですね。
分類によって分解されている、その最たるものが筋筋膜と関節です。 ≪次回に続く≫
徒手的テクニックの使い分け14
~分類しても分解しない2~
2010-10-16 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
筋筋膜と関節を分けて分類することは、整理しやすくて確かに便利です。けれども、関節の問題も
つきつめれば関節包やそれに付着する靭帯、腱から筋肉の異常も関与していますし、筋筋膜のトラブル
も関節の運動を無視するわけにはいけません。相互に関連性があるわけです。
ところが、現場では「僕は筋筋膜派」
「私は関節派」と、何やら流派のように分かれていることがあ
ります。自分の立場やスタイルを決めるのは良いことだし必要だと思うのですが、筋筋膜と関節に分解
されたまま視点が固定されると、柔軟性がなくなり、さまざまな可能性を閉ざしてしまいます。 これ
も、もったいないことです。
このようにお話ししている私も以前は、あるときは関節よりに、またあるときは筋筋膜よりにと、2
つの間を行ったり来たりしていました。つられたり、流されたり、振り回された結果、今ではいずれに
偏ることも正しくないと思うようになっています。
ただ参考までにお話ししておきますと、経験的に脊柱・骨盤では筋筋膜をリリースしてから、関節に
アプローチすることが多いです。筋筋膜の柔軟性は比較的保たれているものの、関節の制限が明らかに
強い場合は、関節からアプローチします。四肢では、例えば亓十肩なら、はじめに関節のあそびを確保
して、次に関節周囲の筋筋膜の伸張性をある程度回復させ、さらに関節包内の運動を促すことで可動域
を拡大するという流れが多いように感じています。
「感じています」なんて、無責任な言い方に聞こえるかもしれませんが、それは理論先行ではなく、
動きをみて触診で感じとるという、評価に基づいて治療を組み立てているので、そのような表現になっ
てしまいます。あくまで抵抗感の強い、運動制限の強い方向を探索した結果、それが筋筋膜の方向だっ
たのか、関節面の方向だったのか、という違いです。はじめから、どちらかの側に立つと決めてみてい
るわけではありません。
136
しかし、そうはいっても私も広い意味では、軟部組織の機能障害をみる、という限定された視点でみ
ているといえるかもしれません。あらゆることをカバーするのは、個人の力では不可能です。
だから大切なのは、以前も述べましたように自分の限界をわきまえておくことです。その上で、偏っ
たり、とらわれたり、分解して考えがちになる自身の視点に注意しつつ、身体相互の関連性や共通性な
どのつながりを忘れないようにみるということでしょう。
いよいよシリーズの締めが近いてきました。そこで、私が今回お話したいことを、ちょっとかたい表
現でまとめますね。
みなさんがこれからテクニックや身体構造など、何かを新たに分類したり、統合しようとするときに
は、
「分類は統合を、統合は分類を包含し、互いに志向する」ようにしてほしいと思います。分類のた
めの(またはそれを前提とした)統合であり、統合のための分類であるという、一見矛盾することをい
っているように感じるかもしれません。分類と統合のいずれの方向にも考えを働かせ、かつ両者をコン
トロールする、という言い方も可能でしょう。
こうすることによって分類による分解を、統合による混乱を避けることができ、さらに両者の間をと
どまることなく往復していくことによって、よりシンプルで分かりやすい整理ができていくのではない
かと思っています。
それを成り立たせるのは、繰り返しになりますが、相互の特徴を踏まえつつも、関連性や共通性によ
ってつながりを見出していくという考え方です。このシリーズでも、各テクニックを分類しつつも、カ
テゴリー間の関連性、カテゴリー内の共通性を忘れず、つなげて考えることを心がけました。
このような、つながりを持たせるという考え方が、人間という、何かとつながりを持たなければ生き
ていけない社会的な生物を診ていく上でも、必要なことではないかと私は思っています。
みなさんにこのようなことをお話しする以上は、誰よりも自分自身にもよく言い聞かせたいと思いま
す。次回は、いよいよこのシリーズの最終回です。
徒手的テクニックの使い分け15
~最終回~
2010-10-23 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
今回のシリーズでもいろいろ思うがままお話してきましたが、大きな目的としては、細分化されす
ぎて、全体としてのまとまりを欠いているようにみえる手技療法を、分類して再構成することでした。
これまでも、できるだけ現場で使いやすいものとなるよう、筋系や関節系などの各系統をまたがるよ
うな視点から、適用するテクニックを判断していく方法を私なりに模索してきました。その中でもっと
137
も試みやすかったのが、視点をテクニック側に置き、
「刺激を加える」という切り口から、
「刺激を加え
る方向」と「刺激を加える力」の2つを手がかりとして分類することでした。この2つを用いて、各テ
クニックの全体の中での位置づけを視覚的に理解する助けとするため、表を作成しました。
そして、A~Fまでのカテゴリーについて、大まかに内容をお伝えし、さらに表をどのように活用す
るのか例をいくつか示しました。テクニックそのものを中心に据えてまとめるという方法はあまり取ら
れていませんが、新しい気づきを与えてくれるなど、役に立つ一面があるのではないかと思っています。
ただし、昨年に目標として示した、患者の状況によるテクニックの使い分け方を知るには、この表で
はその一部しか分かりません≪参照:手技療法習得へのステップ3‐トリートメント その 5/p.107≫。そ
の意味ではまだまだですが、昨年よりいくらか前進はしていると思います。ご覧になってきて、いかが
でしたか? みなさんの中で整理し、まとめるための参考になったでしょうか。
今回のテーマに取り組んだのは、学生さんや新卒者の方のためにも、テクニックの使い分け方を何と
かして整理しなければならないという、はじめにお話した思いと共に、あらゆるテクニックを否定せず、
存在の位置づけを持たせるためにはどうすればよいかという気持ちもあったからです。
現場では「あのテクニックは効かない」とか「よくない」という話をよく耳にします。私はこの手の
話を聞くと、何だか疲れてしまいます。効かないのはテクニックが悪いのではなく、テクニックという
道具を使いこなせていないセラピスト側の責任だと思っています。さらには、テクニックという各道具
を使い分けるための道具箱の整理に力を注いで来なかった、この業界の責任ともいえるかもしれません。
そこで、どのようなテクニックでもむやみに否定されなくて済むように、刺激の入れ方と方向という、
どのテクニックでも持っている要素で分類し、表の中のいずれかのカテゴリーに含まれるようにしまし
た。このような表を手がかりにして、それぞれのテクニックをどう生かすかという検討が、今後進んで
行けばと思っています。
話は変わりますが、むやみに否定したくないのはテクニックだけではなく、治療の組み立て方も同じ
です。手技療法の多くは、姿勢バランスなど構造モデルによって診立てを行います。そこで登場するの
が、頚椎や骨盤など特定の構造を中心に組み立てる考え方です。構造モデルには数多くの診立て方があ
るので、ここでもはじめのうちは振り回されてしまいます。あらゆる構造モデルが共存できる考え方は
ないものだろうか? 今、それを「量的モデル」としてまとめていますので、来年にはお伝えできるか
138
と思います。
さて、15回にわたるシリーズをようやくまとめ終えることができました。ご紹介した「表」の形に
なるまで、2年以上試行錯誤を繰り返しました。いざ文章としてまとめるのも、このシリーズはけっこ
う苦戦しました。こうして終わった今、やり遂げたという達成感と、まだ分類として不十分だというフ
ラストレーションと、頭を使い切って何やらボーッとしている感覚が、まぜこぜになって巡っています。
昨年の「手技療法習得のステップ」と同様、今年の「徒手的テクニックの使い分け」も、このブログ
のサブタイトルで示しているように、手技療法の体系化という私が夢見ているものを形にしたものです。
このシリーズで作成した分類が、手技療法と、それを学ぶみなさんのために役立てることを願いつつ、
幕を下ろしたいと思います。
139
Ⅶ.ASTRのコツ
フックで指を傷めないために
~フックの技法~
2008-02-03 22:57:33 | ASTRについて
ASTR は、脊柱のモビリゼージョンなどと比べればシンプルですが、それでも注意すべきポイントが
あります。とくに指でフックする場合、はじめは押さえることに意識が集中しやすく、指先だけの力に
頼りがちです。これがクセになると、指を傷めるリスクが高くなってしまいます。そのようなことにな
ったら、治療する人が治療を受けるハメに…まさにミイラ捕りがミイラになってしまいます。
それに、フックした指の感覚から組織の緊張をモニターすることによって、テクニックの方向や強さ
を判断できます。けれども力が入っていると、手指はモニターとしての重要な役割を果たせなくなり、
患者さんに必要ない刺激を与えてしまう可能性もあります。
そのようなことにならないよう、はじめのうちに負担の尐ないフックの方法を覚えておきましょう。
大切なことは、指の力は可能な限りフックの形を保つという必要最低限の力だけにするということです。
とはいうものの、慣れないうちはどうしてもムリな力が入ってしまうのは、スポーツと同じで仕方の
ないことですが…。でも、その状態を早く抜け出せるように、次回から体の負担をより尐なくするフッ
クの技法を紹介したいと思います。手指でフックするコツや感覚をおぼえた後は、「肘」や「膝」での
フックを積極的に使うようにするといいですよ。これらができるようになれば、殿部や大腿部などの筋
膜が厚く強い組織へのASTRもより簡単になります。
そしてここが肝心!! 仕事のあとはセルフ ASTR などによってケアし、みなさん自身の体を傷めない
ようにしてくださいね。
母指でのフック‐その1
~フックの技法~
2008-02-04 23:06:12 | ASTRについて
母指は指圧やマッサージなど、いわゆる体を「ほぐす」テクニックではたいへんよく使われます。そ
れだけにムリをかけやすいところで、マッサージ師でも腱鞘炎を起こしてしまう人もおり、注意が必要
です。私がずいぶん前にアルバイトをしていたマッサージ店には、腱鞘炎になった母指をテーピングで
ぐるぐる巻きに固定して仕事をしている人がいて、何やら悲壮感がただよっていました。
指でのフックには、伸ばしてフックする、または曲げてフックするという2通りの方法があります。
まずは、母指を伸ばしてフックする場合ですが、これは指の骨から前腕の骨(指節骨・中手骨から橈
140
骨)にかけてできるだけ一直線に保ってその状態でフックし、残りの四指は、母指を安定させやすいよ
うに支えます(下)。こうすることで手を骨格で支えてフックすることになるので、体重をかけていって
も筋肉への負担は最小限になります。
反対に、母指が外に開いたり、内側に閉じたりした状態でフックすると、母指球の筋がふんばりだし
ます。これはいかにも「がんばって仕事しています」という感じにはなるのですが、筋肉や腱へ必要以
上のムリがかかるので、ホドホドにしておいたほうが無難です。とはいうものの、フックする部位や角
度、患者さんとの体格差のために指を曲げざるをえないときもありますが、クセにならなければ大丈夫
でしょうから、そのあたりは臨機忚変にいきましょう。母指を伸ばしてフックする方法は、全身のあら
ゆる部位で用いることができてとても便利です。
そうそう、親指を傷めないようにという話のついでですけど、マッサージには強擦法や DTM(Deep
Transverse Massage)という、組織を圧迫した状態でグリグリと動かして癒着をはがしたりする方法が
あります。これをするときに、親指をこねるように動かしてする人がいます…。
危ないでっせー! いっぱつで指ヤラレまっせー!! 強擦法や DTM を母指で行うときは、前腕(関節
としては肘)から動かすようにしましょう。
母指でのフック‐その2
~フックの技法~
2008-02-08 22:45:24 | ASTRについて
今回はASTR母指フックの 2 つ目、指を曲げてフックするという方法です。方法は、母指の関節(中
手指節関節・指節間関節)を曲げた状態でフックするだけというシンプルなもので、为に前腕の腱や手
や足にある小さい筋肉に対して用います(下)。
ところがこの方法も力の入れ方が大切で、ついつい親指を曲げる力で押し込んでしまいがち(左下)。
141
でもこれは×。指を傷めます。
負担の尐ない方法は、母指を曲げた状態で、指のつけ根にある関節(中手指節関節)拇指を支点にして
肘を動かすことでフックさせます(右上)。親指の力は指をこの形で保つことに使い、できるだけ押し込
まないようにしましょう。
前回も、
強摩法や DTM を行うときに肘から動かすと書きましたが、
そういえば駆け出しの頃に読んだ、
経絡指圧の増永静人先生が書かれた本の中に、このような賛歌がありました。
「指圧をば 指で押すとは
思うなよ 肘より押せよ それが秘事なり」
当時はシャレのきいた歌だなあと思った程度だったのですが、今はその大切さがよく分かります。マ
ッサージにしろ、関節モビライゼーションにしろ、手技療法では肘の使い方がとても大切になります。
手先の力をがんばって使うと、マッサージでは表面的に鋭い刺激になるだけで深部まで届きませんし、
方向や強さが一定した関節モビライゼーションもできなくなります。肘から動かすことで指先の負担が
減るとともに、刺激のあたりもやわらかくなり、刺激のコントロールも容易になります。さらに付け加
えると、肘の曲げ伸ばしだけではなく肘の位置が変わるということは、上肢帯から体幹が動いていると
いうことです。つまり「肘より押せよ」というのは「体全体の力を使って押せよ」ということを示して
いるのだろうと私は思っています。
示・中指でのフック
その1
~フックの技法~
2008-02-15 23:21:25 | ASTRについて
ASTRでの示・中指フックも、母指と同じく「伸ばして」または「曲げて」行う方法があります。
まず伸ばしてフックする方法から。
示・中指(指節骨・中手骨)から前腕(橈骨)にかけて、出来るだけまっすぐになるようにしてフッ
クします(下)
。中指は写真のように軽く曲げて示指にそろえてもかまいません。残りの三指は軽く握
っておいたほうが手の平が固定でき、より尐ない力で安定させることができます。この方法は母指に比
べて強さは务るものの、微妙な方向をコントロールしやすいです。
142
私はフックする方向がはっきり決まらない時、この方法でフックして、いくつかの方向へ試行的に
ASTR を行ってみて、きちんと組織にテンションがかかる方向を探し、それから母指や肘など、より強い
ところを使ってフックするようにしています。
このように、この部位には絶対にこのフックでというふうに決まったものはなく、自由に、やりやす
いように変えていって構いません。むりにひとつの方法にこだわってフックすれば、術者の負担も大き
くなって体を傷める原因になり、患者さんにとっても余計な苦痛を与えかねません。大切なことは、治
療すべきポイントに必要な方向・深さ・強さの刺激が加わることで、その手段は何でもいいわけです。
手段はあくまでも柔軟にいきましょう。
示・中指でのフック
その2
~フックの技法~
2008-02-19 22:45:02 | ASTRについて
ASTR での示・中指フック、次は曲げてフックする方法です。示・中指をカギ状に曲げた状態(MP・PIP・
DIP 関節を屈曲)でフックするというものです。この方法は、手や頚肩部の小さな筋肉、胸郭周囲のセ
ルフ ASTR に用いやすいです。ただし、これも注意しないと指を曲げる力に頼ってしまい、浅・深指屈
筋や虫様筋に負担をかけやすくなるので注意しましょう。
より負荷の尐ないフックの形の作り方として、まず四指を軽く握った状態から(左上)、薬・小指が手
の平から離れない程度、示・中指を伸ばします(上中央)。次に母指で示指を横から押さえ、小指の握り
をやや強めます(右上)。こうすることで示・中指の固定を外側と内側からサポートすることができるわ
けですね。
143
この方法でフックするときの力のかけ方は、手首を曲げるのではなく、肘を引くようにすれば胸郭の
力を用いることができ、手指への負担がより尐なくて済みますよ。
毎回うるさく、あーすると指を傷める!
こうすると指を傷める!
と小姑のようにいっていますが、
プロは一日何人も診ることを何十年もつづけるわけですから、小さな積み重ねがやがて大きなダメージ
になってくるのですね。指のトラブルが原因で、手技療法の世界から身を引いてしまう人が出ないよう
に私はしたいのです。
四指でのフック
~フックの技法~
2008-02-24 20:35:18 | ASTRについて
ASTR の四指(示・中・薬・小)フックも、伸ばしてあるいは、曲げて使う 2 通りあります。伸ばしてフ
ックする方法は、示・中指の場合と同じですから、やりやすいほうでフックすればよいでしょう。四指
といっても実際には、小指は浮いてしまうでしょうが…。とにもかくにも、曲げてフックする方法の紹
介です。
まず四指を曲げ(MP・PIP・DIP 関節を屈曲)
、母指で示指の側面を軽く押さえます。この状態にフッ
クポイントにコンタクトし、手首を小指側に傾けながら(尺屈)させながらフックします(下)。
実際にフックしている時、手首は親指側(橈屈位、中立位)に傾いていることもありますが、小指方
向に力がかかっていることが大切で、これで四指の指の力は最低限で固定できます。このフックの方法
は、座位での上部僧帽筋や肩甲挙筋に用いやすいです。
そうそう!! フックポイントというのは、組織の緊張亢進や短縮・硬結・トリガーポイントなど、ASTR
で治療すべきところを指した、あくまでも便宜的な名称ですよ。いちいち短縮や硬結なんて書き分けて
いたら、かえってややこしくなるので、まとめてそう呼ぶことにしました。
ところでこれまでも、身体を使ってフックすることが大切だとお話ししてきました。今回紹介した方
法ができた方は、次のことにも挑戦してください。それはフックするとき、手首が支点、肘が力点、フ
ックする指が作用点になるようイメージした動かし方です(下)。
144
こうすると、テコの原理が働きますので、加える力は尐なくても、運動量を多くすることで、より大
きな力がフックポイントにかかります。母指フックを紹介した時にも触れましたが、肘を上手く使うこ
とが大切です。さらに肘に向かって、上肢帯や体幹さらに下肢の力を伝えることができれば、局所で負
担する割合はもっと減り、より効率のよいフックが行えます。
つまり、
「身体全体の力をつかう」とは、
「より多くの部位を参加させてテクニックを行う」というこ
とになるわけですね。はじめのうちはどうしても手先の力に頼りがちですが、それは仕方がありません。
でも、ある程度かたちを覚えたら、肘、次に肩、そして体幹とそれぞれの力を指先に伝える練習をする
必要があります。そうすることで、技術はより精妙になっていきます。
手根部(手掌)でのフック
~フックの技法~
2008-02-27 11:38:26 | ASTRについて
ASTR の手根部(手掌)フックは他のフックと比べて、やさしくフックできます。過敏なところや、痛み
に不安を訴える患者さんにはこの方法を使います。また、他のフックを用いる前に組織を慣らしたり、
広い範囲の制限に対して(ハムストリングスなどによくあります)、肘や膝でフックする前にストレッ
チする方向を決定するため、試行的に行ったりもします。
この方法は、手関節を軽く背屈させて、手根部もしくは手掌で圧迫して、そのまま横方向に押すとい
うというとってもシンプルなものです。やってはいけないのは、手関節を過伸展させることです(左下)。
せいぜい右下の写真の程度までにしたほうがよいでしょう。
145
ASTR は横方向に押すので、手首を過伸展させることはほとんどないとは思うのですが、問題なのはマ
ッサージをする場合です。90 度以上曲げてしまうのは×××。この状態で体重がかかると、手根管に負
荷をかけ正中神経の障害を起こすことがあります。私も経験の浅い頃、無理な使い方をして手首の痛み
と掌のしびれに悩まされたことがあります。下橈尺関節が緩んでしまい、回復するのに数カ月かかりま
した。苦い経験です。
手首を過伸展させるのは、関節は柔らかいけど腕力は弱いという女性セラピストによくみられます。
きっと手首を背屈させ固定することで安定性を高め、体重を乗せて力を補っているのだと思いますがと
ても危険です。それなら肘を使ったほうがよっぽど便利だし、身体にもやさしいですよ。手首を過伸展
した使い方は、初心者の人にも見られやすいので注意しましょう。
肘でのフック
~フックの技法~
2008-03-01 21:02:46 | ASTRについて
はい、いよいよ肘でのフックの紹介ですね。私、個人的にはとてもよく使っています。肘・膝を使う
というと刺激が強い、ちょっと乱暴なイメージがあるかもしれません。でも、広い面でコンタクトする
ので刺激が分散して、かえって指よりも鋭くならないのですよ。それに広い範囲に緊張や短縮があると
き、指でセッセと ASTR するのはたいへんですが、肘や膝を使えばより効率よくリリースできます。
とくに、腰下肢は筋膜の強い部位も多いので指のみでフックしていると、無理がたたって「使いすぎ
症候群(over use syndrome)」を起こす原因にもなります。一日に多くの患者さんを診る方や、筋肉質
なのにストレッチをしておらず、身体がガチガチになっている患者さんを治療する場合などは、なおさ
らそのリスクは高まるので、肘・膝でのフックができるようになったほうがいいですよ。とにかく一度
覚えれば、とっても便利です。
ではその方法ですが、肘を屈曲してコンタクトし、そのまま皮膚を横方向に押すようにフックします。
コレだけ聞いたら簡単に聞こえますよね。でも、ちゃんとコツや注意することがあります。
コツは肩を落とし、手のひらを広げて手首の力を抜き、肘をついて机にでも寄りかかっているつもり
でフックします。こうすると、体の力を無理なくフックポイントに伝えることができ、不自然な力みも
ないためモニターしやすくなります(左下)。ネッ、無理がないでしょう。
146
強さや刺激の範囲は、肘の角度で調整します。鋭く強いフックを行うには肘を鋭角に曲げ、広くやわ
らかくするには直角に近づけてフックします。
ただ、手を握りしめ、肩をいからせて押さえるような方法は、力んで使うことになり、術者の胸郭か
ら腕の筋力を無駄に消耗して、フックしている部分のモニターの感度も下がるので避けて下さい(右上)。
細かい話をすると、このような使い方は上腕骨頭を頭方に上げ、腱板を挟み込んだ状態でグリグリと腕
を動かすことになるので(インピンジメントですね)、腱板を傷めるリスクも生まれてしまいます。
あれやこれやと注意しているので、何だかとっつきにくく感じるかもしれませんが、最初にがんばっ
て身につけてしまえば、無意識にできるようになります。車の運転と同じですね。
膝でのフック
~フックの技法~
2008-03-08 00:31:22 | ASTRについて
今回は、ASTR の膝フックの紹介です。膝を使うなんてそんな乱暴な!!なんて思うかもしれませんね。
でも、肘と同様に当たる面積が広いので、受けた感じは柔らかくて見た目ほどハードではありません。
特に下肢の内転筋は感覚も敏感なので、はじめから指でしっかりフックするととても鋭く感じます。そ
んなときも膝なら患者さんも受けやすいです。とにかく体重を乗せやすく、楽に広い範囲に ASTR をか
けることができます。ハムストリングスにも使いやすいですよ。
方法は、膝を屈曲してコンタクトし、体重を乗せながら皮膚を横に滑らせるようにしてフックします。
このとき、ドンと体重を乗せると、急に圧迫力がかかって患者さんもビックリしてしまうので、押そう
とせずに体を預ける、よりかかるつもりでフックするとよいでしょう(下)
。
実際の使い方の例として、ハムストリングスの広い範囲に制限があった場合、まず手掌でその範囲と
方向を確認して、肘や膝をフックした ASTR を行い、制限のボリュームを下げます。その後、改めて手
掌でどのように変化したか確認し、残っている細かな制限を手指で ASTR するという流れで行えば、き
め細かく、スピーディーな治療が可能になります。
そして最後に、組織の柔軟性が回復したか、手掌でもう一度確認する。ASTR をした後の確認、この「再
評価」というのも大切です。治療したら再評価というのは基本中の「キ」ですし、慢性的な緊張の場合、
すぐには症状が変化しないこともよくあります。そんなときでも、再評価したときに柔軟性が回復して
147
いたら、患者さんにも自信をもって説明でき、腰を落ち着けて経過を観察することができます。
それが、やりっぱなしで再評価もせず、症状が変わらないとなると、アセッてオロオロするか、お茶
をにごすような言葉をかけるしかなくなります。これはいただけません。ですから ASTR に限らず、施
術の後に再評価は忘れないようにしましょう。ほんの数秒でできることです。
ちょっと脱線しましたね。肘や膝のフックは、体力的に楽にできる反面、指に比べて組織をモニター
する感度は落ちるので、微妙なコントロールを覚えるには練習が必要になります。
これまでさまざまなフックを紹介してきましたが、ひとまずこれで大よその範囲をカバーできると思
います。一度にすべて身につけるのは大変なので、まずは自分がいちばんやりやすい方法からマスター
して自信をつけ、それから他の方法も練習するといいかもしれません。
プレポジションではどこまでゆるめる?
2008-07-31 21:51:21 | ASTRについて
ASTR では、はじめのプレポジションで、関節を屈曲させるなり伸展させるなりして、治療対象にな
る部位を弛緩させます。そうしておいて組織を圧迫、横方向へのけん引を加えてフックし、続いてスト
レッチしていくわけですね。ではプレポジションをとるとき、どこまで組織を弛緩させればよいのでし
ょうか?そんな質問を受けることがあります。
実際のところ、体は半分無意識に動いているので、あらためて質問されると、尐し戸惑って思わず考
えてしまいます。ちょうど昔話で、ムカデが「どうしてボクは、たくさんの足を動かして歩いても足が
もつれないのかなあ?」と考えたとたん、歩けなくなってしまったというお話がありましたが、それと
同じかもしれません。体で覚えていることを、ことばで表現するというのはなかなかたいへんです。
とはいえ、たくさんの方に ASTR を伝えるためには避けて通れないところなので、あれこれ考えてみ
ると、結局は、フックできる程度に弛緩させればよいということになるでしょうか。
ASTR では、プレポジション・フックポジション・ストレッチポジションと 3 つのステップに分けて
いますが、これは分かり易くするため便宜的にそうしているだけで、実施する時にそれぞれ区切って行
わないといけないということはありません。
自分自身を振り返ると、プレポジションを取るために組織を弛緩させていくと同時にフックをかけて
いき、かかった時点で切り返してストレッチに入るという流れになっています。もちろん、はじめは分
けて行ったほうが覚えやすいと思いますが、慣れてくるとこちらのほうが実践的です。「ASTR の手順
は身についたよ」という方、チャレンジしてみて下さい。
148
フックもいろいろ
2008-08-09 20:04:03 | ASTRについて
ASTR でのフックは、組織を圧迫して横方向にけん引するという技法です。どこを使ってフックする
のかは、以前このブログでも「フックの技法」というシリーズで紹介しました。母指やそれ以外の四指
で、あるいは肘・膝で、という方法だったと思います。では、それら以外のところは使えないのでしょ
うか。
そんなことはありません。フックの目的にかなうなら、どこを使ってもよいのです。決して、型には
まってしまわないでください(はじめのうちは型も大切ですが)。私も状況によって使い分けています。
手掌や手根、小指球や第亓中手骨の尺側縁、これらは大胸筋や内転筋群に使いやすいです。
≪手根でのフック≫
≪小指球でのフック≫
≪尺側縁でのフック≫
大胸筋や内転筋群は三角筋や殿筋などに比べて、日ごろから何かに当たったりぶつかったりすること
が尐ないので、物理的な刺激にはちょっと弱いところです。そこにアタリが鋭い刺激を不用意に送ると、
余計な緊張を与えかねません。この点、手根や小指球ならアタリもマイルドですから、緊張する可能性
も低くなります。
他には、ナックルを使うこともあります。これは、伏臥位でのハムストリングスや腸脛靭帯に対して
用いています。
≪ナックルでのフック≫
また、肘の場合、鋭角にして肘頭を使うと非常に強力なフックがかかり、鈍角にして尺骨縁を使うと
広い面であたるのでマイルドになります。
149
≪肘頭をつかった鋭角な肘のフック≫
≪尺側縁をつかった鈍角な肘のフック≫
適度な刺激になるように、角度によって調節するわけです。肘というと刺激が強いイメージがありま
すが、コントロールすることでやさしく使うこともできるわけです。
このようにいろいろできるわけですが、現場でどのように使い分けているかといえば、しっくりくる
かどうかで判断しているということになるでしょうか。とたんに曖昧な言い方になってしまいましたが、
こればっかりは試行錯誤して経験を重ねて身につけるしかありません。でも、地道に積み重ねていけば、
しっくりくる感触は必ずつかめるはずですよ。
フックの角度
2008-08-16 19:52:16 | ASTRについて
ASTR では、フックの角度によってその強さを調節します。組織に対して鋭角にフックすると強い
ASTR がかかり、鈍角では弱くかかるという具合にです(このあたりはテキストを参照してください)
。
角度調節の判断はそれ以外に、組織中の制限がどの位置にあるかによっても変わってきます。
制限が浅い位置にある場合は、鋭角のフックを用います(下)。例えば、皮膚や皮下組織に残った瘢痕
をとる場合などはこれがよいでしょう。
≪オレンジ色が制限です≫
制限が深い位置にある場合は、鈍角のフックを用います(下)。深層にある筋は、こちらで行う必要が
あるかもしれません。
150
理屈でいうとこのようになるのですが、実際の臨床では瘢痕を取るから鋭角のフック、深部だから鈍
角なフックと、はじめからパターン化したものを当てはめているわけではありません。
あらかじめ必要な評価を行ってから、触診して制限をみつけたときに、頭側か尾側か、外側か内側か、
鋭角か鈍角かなど、どの方向に最も動かないのか調べます。そのうえで、この手ごたえを与えている組
織は何なのか? どういう状態なのか? というように、知識や経験に照らし合わせます。
そして、手技療法を適用してもよいか最終的な判断をしてから、触診によって導かれた方向に向かっ
てフックをかけ ASTR を行う、というように私は使っています。触診の大切さについてはくり返し述べ
てきましたが、こういうところでも生きてくるわけですね
フックとは!!
と、こぼれ話
2008-08-23 20:37:03 | ASTRについて
ASTR では、組織をきちんとフックすることが大切です。でも、「フック」という特別なことばをつ
くると、なぜかそれがひとり歩きをして、秘技だとか秘伝だとか、何やらたいそうになることもよくあ
る話ですが、そんなことは全然ありません。ちょっとした工夫とか、アイデアといったところです。
テキストにもあるとおり、フックとは「組織に対して、圧迫を加えたまま横方向(あるいは縦方向)へ
牽引し、予備的な伸張刺激を与えた状態」です。でも、この表現ではちょっとムズカシイという方もい
らっしゃいます。そこで、下にイラストで表してみました。
フックは下図のように、圧迫+横すべり(点線矢印)から成り立っています。
151
まず、組織に対して圧迫を加え、制限に触れて抵抗を感じたところで横すべりして牽引するという感
じです。その結果、合力は実線矢印の角度にかかっていることになります。この角度が鋭角か鈍角かに
よって、フックの強さなり、刺激の深さが変わるというのが前回の記事の内容でした。
いかがでしょうか?イラストにしたら、分かりやすくなったでしょうか。
ところで、こんな話をすると「これは引っ掛ける(Fook)というよりは、押し伸ばしているんじゃない
の?」なんてことをおっしゃる方がいるかもしれません。それには、このようないきさつがあるのです。
ASTR という名前もできる前のことでした。共著者の松本先生と、この新しいテクニックについて大
胸筋のセルフ ASTR をモデルにして、いろいろと話しをしていました。大胸筋のセルフ ASTR では、
示~小指までの四指を曲げて起始側に向かって引っ掛けるようにして使います。この状態が、Fook と
いうことばにピッタリなので、フックと呼ぶことにしました。
フックを全身のあらゆるところに用いると、押すこともあれば引くこともあるのですが、ややこしく
なるので統一しています。そして、
「フックポジション」の前後をそれぞれ「プレポジション」・「スト
レッチポジション」として、3ステップに整理することでより伝えやすくなるのではないか、というこ
とで現在のかたちになったわけです。
できてしまえば、ことばだけが表に現れますが、それが生み出されるまでにはいろいろなエピソード
があるものですね。ちょっとしたこぼれ話でした。
ストレッチ中に大切になるモニター
2008-09-21 19:05:43 | ASTRについて
フックと呼ぶ組織を圧迫して横すべりさせる状態を保ったまま、関節を動かして組織を伸張していく
段階、これを ASTR ではストレッチポジションといいます。ここで局所的にストレッチする力が組織に
加わり、
「ASTR がかかった!!」状態になるわけです。ちょうど下の図のように。
では、どこまでそれを伸ばしていけばいいのでしょうか?患者さんの顔をよくみて、痛がらない範囲
だけ動かす?いやいや、痛がろうが動かせる範囲めいいっぱい動かさないといけない?
152
状態によって必要な刺激の量は変わるので、はじめから「絶対にここまですべき!!」だなんてことは
いえません。基本的には、目標にした組織がしっかりストレッチできればそれで十分なのですが、どこ
までやればしっかりストレッチできたといえるのか、人によって意見が分かれるところだと思います。
その判断を自分でしていくために最低限必要なことは、ストレッチ中もフックした指や肘で組織の緊張
状態がどのように変化しているか、きちんと感じ取っておくことです。
これをモニターといいます。きちんとモニターするために大切なことは、フックした指先や肘が力ん
でいないことです。手先が力んだままでは、感覚を上手くひろうことができません。それは、刺激をコ
ントロールできていないということになり、余計なダメージを与えてしまうリスクが高くなります。
力んでフックしないためには、体の力を使う必要があります。私はセミナー中に、「脇をしめて」と
か「肩をおとして」とか「肘を引いて」とか「立ち位置はこうして」などということを、小姑のように
うるさくうるさくいっています(うっとおしく思う方もいらっしゃるかもしれません・・・)
。それは、指
先の力はフックの形を保つという程度にして、できるだけ体の力を使ってフックすることで、モニター
している指の感覚を落とさないためです。
もうひとつの理由は、手先が力んだ刺激は制限のシンを捉えることができないからです。このへんは
感覚的な話しですが、球技と同じで野球のバッティングやゴルフのスイング、バレーボールのサーブや
アタックも、手打ちではボールのシンを捉えることはできません。
そして最後の理由は、何度も書いてきましたが術者の体を傷めないためです。体を上手くつかうとい
うことは ASTR に限らずすべての手技療法に必要な技術であり、さらにあらゆる仕事のスタイル、スポ
ーツや芸事のフォームにも関係してきます。
あれれっ、話しがまとまらなくなってきた。ちょっと膨らんでしまいましたが、とにかくASTRの
基本的な形を覚えたら、きちんとモニターして体の状態を感じ取っているかどうか確認しながら行うと
いうことも大切ですよ~。
ストレッチはどのくらいの速さで?
2008-09-27 21:49:24 | ASTRについて
ASTR でストレッチを行うとき、どのくらいの速さで行えばよいのか?ときどき質問を受けることが
あります。スピードについて、じつは私もあまり深く頭で考えて行っているわけではありません。あえ
て言うなら、患者さんが力を抜いていられるスピードでということになるでしょうか。患者さんがつい
て来られないスピードで行うとよけいな力みが入り、上手く ASTR がかからなくなります。でもこれは
個人差があるので、あくまで現場で反忚をみながらということになります。前回のテーマだった、モニ
ターすることの大切さはここでも生きてくるわけです。
153
モニターするということは、フックしたポイントの状態を捉えるということもそうですが、患者さん
の表情や息づかい、身体がリラックスできているかなど、全体の状態を観察して感じ取ることを意味し
ています。最初からすべては難しいので、局所からスタートして徐々に全体へと広げていけばいいです
よ。
話をスピードにもどして大まかなことをいうと、体幹に近い大きな関節はゆっくりした動きになり、
指などに抹消なると速くなるともいえます。でもこれは意識的に速くするというよりも、勝手に速くな
ってしまうといったほうがいいかもしれません。
あえて例えるなら「あくびをして伸びをしたときくらいのスピードで」とお話ししたこともありまし
た。これくらいのゆっくりしたスピードなら、どこでも安全に行えるでしょう。何か基準がないと分か
らないという方は、これを参考にするとよいと思います。
何回くらい ASTR をかければいいのか?
2008-10-10 21:13:51 | ASTRについて
一回の治療でひとつの部位に、何回くらい ASTR をかければよいのでしょうか?
それは体の状態によって違うので、一概には言いにくいところです。基準になるのは、フックによっ
てモニターしている指の感覚です (ここでもモニターが大切になってきますね)。
ASTR を繰り返しているうちに、組織がリリース(伸びてくる、あるいは軟らかくなってくる)でき
たと感じたら OK です。慣れてくると ASTR をかけているうちに、それ以上リリースしなくなるときが
分かるようになります。それを感じたらその日は終了し、また次回どのように変わったか様子をみれば
よいでしょう。むりやりそれ以上行うと、よけいな負担をかけてしまうことになるかもしれません。
ASTR をかけながらリリースしてくる感覚がわからないうちは、回数を決めて行うとよいでしょう。
まず、評価によってみつけられた制限があるところに、5~10回くらい ASTR をかけてみます。それ
から再評価してリリースの度合いを確認し、また ASTR を行います。これを繰り返して、それ以上リリ
ースしなくなったら終了するとよいでしょう。
このように、わからないうちは「ASTR をかける」ことと「再評価」することを分け、合い間合い間
に再評価を行って変化を感じるわけです。これは他のテクニックでも同じです。経験を重ねるうちに、
ASTR をかけている途中で組織がリリースしていくのを感じられるようになります。
これはとても楽しい体験ですよ。
154
ASTR は痛いもの?
2008-11-15 19:17:23 | ASTRについて
最近、『ASTR って痛い治療法ですよね』なんてことを時々聞かれます。そんな時、私は「マッサー
ジやストレッチは痛いものだと思いますか?」とたずねています。
質問者『ウ~ン、痛いこともありますけど、痛くないようにもできるし、やり方しだいですよね』
私「ASTR も同じでやり方しだいなんですよ」
『そうかぁ、考えてみたらそのとおりですね』
ASTR にせよ、マッサージにせよ、ストレッチにせよ、道具であり手段の一つです。道具は使い方に
よって毒にも薬にもなるわけですね。でも、なぜこのようなイメージを与えてしまっているのか考えて
みました。
ASTR の特徴のひとつは、ピントのしぼった細かいストレッチが出来るということです。それによっ
て、従来の方法ならリリースの難しかった局所的な線維化や瘢痕へのアプローチも可能になりました。
ところが、
線維化を起こした部分への治療というのは多かれ尐なかれ痛みを伴うものです。
だから ASTR
は痛い手技だという誤解を生むことにもなったのだろうと思います。
それから、もうひとつの理由は私たちの責任でもあります。セミナーでは「まずしっかり ASTR をか
けてみてください」とお話ししているからです。ASTR はピントのしぼった刺激を送ることができるた
め、局所に大きな力がかかりやすいです。セミナーで練習する時は、しっかり ASTR をかけるとその力
がどのくらいのものかよく体験しておく必要があります(セミナーならお互い恨みっこなしですから)。
知らないで患者さんに、負担をかけるようなことをするわけにはいきません。
また、はじめのうちは大きなフォームで練習する必要があります。これはスポーツなどでも同じです
ね。はじめからコンパクトな動きの練習はしません。大きなフォームでしっかり練習してコントロール
が不十分だと、どうしても痛い刺激が入りやすくなります。そのため、セミナー参加者の方にとっては
ASTR との初めての出会いが「痛い」ところからスタートするので、そのような印象を持ちやすいのか
もしれません。大切なことはフックした部分がきちんとストレッチできていることなので、痛いかどう
かなのではないですよ。
ただ、どうしても通常のストレッチや、マッサージではリリースしにくいガンコな制限に ASTR は使
いやすいので、痛みを伴うことが多いというのも事実なのですが…。
そうなると、
「コリャ痛い治療法だ」といわれても仕方ありません。このあたりは私も複雑な気持ち
になるところです。
155
ストレッチポジションを楽しむ
2009-03-28 20:00:00 | ASTRについて
ASTR はプレポジション⇒フックポジション⇒ストレッチポジション、そして再びプレポジンション
へという流れで行います。セミナーなどで練習するときは、この 3 つのステップを一定のリズムで繰り
返して行っています。そこで時々、こんな質問をいただくことがあります。
「ストレッチポジションの状態で、しばらく時間をおいてもいいのでしょうか?」
もちろん OK です!! 大切なのは、組織がリリースされることです。そのための方法として、いろいろ
なアプローチがあって当然です。私もストレッチポジションのまましばらく持続することがありますが、
とても楽しいひと時です。楽しいひと時なんて変ないい方かもしれませんが、それは組織が徐々にリリ
ースしていく様子を体感できるからです。私の感じでは、バターが溶けていくような、パンがふくらん
でいくような、そんな感覚です。筋筋膜リリースをかけている時も、同じような感覚を覚えます。
組織がリリースしてくのを感じているとき、私はとても嬉しい気持ちになります。大げさにいうと『生
きていることを実感している』そんな感じでしょうか。硬くこわばった組織が、軟らかく、あたたかく、
フワッと焼きたてのパンのような状態にもどったとき、「ああ、生きているんやなあ」としみじみと思
うのです。何だか食べ物の例えばかりですね。
考えてみると私たちは、患者さんが生きていることを知ってはいますが、それを実感することは尐な
いのではないでしょうか。そういう意味でも、この瞬間は貴重な体験だと思います。まだやったことの
ない方は、ぜひ試してみてください。
ASTRの応用と工夫
2009-04-18 20:00:00 | ASTRについて
ASTR の基本的なステップは、
プレポジション…筋肉の起始と停止を近づけて、組織を弛緩させる。
フックポジション…制限に対して圧迫・伸張し、局所的に予備的な伸張刺激を加える。
ストレッチポジション…筋肉の起始と停止を遠ざけてストレッチを行い、フックした組織をさらに
伸張させる。
というものです。
このステップに則ることで、身体のあらゆる部位に対して、ASTRの特徴であるピントを絞った限
局性の高いストレッチをかけることができます。だからといって、このステップを金科玉条のようにし
てこだわる必要はありません。臨床では、機能障害に対して最も効果をあげるアプローチを行えばよい
のです。
156
例えば私は、中立位でフックして筋の起始と停止を近づける ということもよく行います。このよう
なイメージでしょうか(下)
。
人間の身体をシンプルにみると、皮膚⇒皮下組織⇒筋肉という具合に層構造をしています。触診をし
ていると、層どうしの滑り、いわば「滑動」が制限されているように感じることがあります。調べ方は、
皮膚に触れて横すべりさせるように動かして、動きの幅をみるというシンプルなものです。滑動制限が
あるときに上図のような技法を用いると、層どうしの動きが改善し、機能の回復に伴って症状も良くな
ることがあります。
浅層で滑動が制限されている場合、皮下に軽い浮腫を感じることもあります。これはもしかしたら、
制限によって皮下のリンパ還流が低下したために浮腫が起こっているのではないか、などと考えていま
す。ちょっと脱線しました。
大切なことは、どのような性質の機能障害が、どの位置にどの深さで、どの方向に存在するかを導き
出すことです。繰り返しになりますが、評価によって制限の種類を導き出し、それを改善する技法であ
れば、直接法でも間接法でも、マッサージでもストレッチでも何でもかまいません。
ASTRの基本的な技法も、導き出された機能障害に対するアプローチのひとつです。今回紹介した
ようなASTRの忚用といえる技法も、目の前にいる患者さんの機能障害を改善するにはどうすればよ
いかと、あれこれ工夫を重ねるなかで行うようになったものです。
私がみなさんに願うことは、すでに開発されたテクニックを学んで参考にしつつ、自由に発想して工
夫を重ね、新しいアプローチを生み出して欲しいということです。そして、さらに他の人に伝えやすく
するために整理してみてください。
ASTR では 3 つのステップに分けるという方法をとり、
伝達性や習得性が容易になるようにしました。
工夫し整理した成果を互いに教えあって分かち合えたら、さらに多くの患者さんの力になれることにな
ります。これってとてもステキなことだと思います。
私の想いはASTRの「序」に記してあるとおりです。お手元にある方は、ご一読いただければ嬉し
いです。
157
ASTRの応用あれこれ
2009-04-25 20:00:00 | ASTRについて
前回は、すでにあるテクニックを参考にしつつ、自由に発想して工夫を重ねて欲しいということをお
伝えしました。今回はその流れで、私がよく用いているASTRの忚用や変法ともいえるような方法を
いくつか簡単に紹介します。
まずは、ストレッチした状態で圧迫をかけるという方法。私は指圧学校出身ということもあって、指
圧や圧迫法をよく用います。そのまま圧迫するだけでは機能障害を上手く捉えられないとき、あらかじ
め組織をストレッチしておくと捉えやすいです。最も緊張する角度に合わせてストレッチするのがコツ
です。
次に、圧迫を加えたまま関節運動を繰り返すという方法。伸張方向ではなく、圧迫方向に緊張が強い
場合に用いています。表層の緊張が強くて、上手くフックできないときにも使います。関節運動(プレポ
ジション⇔ストレッチポジション)を繰り返す方向は、機能障害のある組織がよくストレッチされる方向
です。
そして、圧迫を加えたまま筋収縮を行わせるという方法。前の技法と同様に圧迫方向に緊張が強い場
合に用いますが、特に筋が慢性コンパートメントを起こして、筋腹がパンパンに膨れているときに行う
と効果的です。圧力を加えたまま患者さんに筋の収縮を行わせるなんて乱暴なようですが、決してムリ
はさせないようにすれば、自動運動であるために傷めてしまうほどの刺激は加わらず、安全に行えます。
以上の方法を用いた後、ASTRによって伸張刺激を加えるという段階的なアプローチも、もちろん
OKです。参考になさって下さい。
フックでは指を握らない!!
2009-06-27 20:00:00 | ASTRについて
上部僧帽筋や肩甲挙筋は、肩こりなどの愁訴と関係も深く、機能障害も頻繁にみられる部位です。座
位で ASTR をかけるのが行いやすい方法ですが、ここでのフックは示~小指の4指を用いるのが便利で
す。このように(下)≪DVD 版「ASTR」より≫ 。
158
このかたちでフックを行うとき、注意していただきたいことがあります。それは「フックでは指を握
らない」つまり、指に力を入れて曲げないということです。この誤りは、腕力に余裕のある男性に比較
的みられます。いちど指をカギ型に曲げてフックしたら、指の角度はできるだけそのまま固定します
(下)
。くれぐれも、握り込んではいけません 理由は二つあります。
このブログを以前からお読みいただいている方は、もうお分かりですね。そうです!!
ひとつは「術者の指を傷める」からです。フックしたまま、さらに指に力を入れて握り込むのは、前
腕をはじめ手内筋に大きな負担をかけてしまいます。
そしてもうひとつは「モニターの感度が落ちる」ということ。ASTR をかけているとき、フックして
いる組織にどれくらいの力がかかり、組織がどのように変化しているのか、指先をモニターにして感じ
取る必要があります。ところが握ることで手に力が入ると、モニターの感度が鈍ってしまいます。その
結果、患者の状態を正確に感じ取ることができず、ダメージを与えてしまう危険性も生じます。
ですから指はそのまま固定し、できるだけ身体の力を使ってフックの形をキープしなければなりませ
ん。座位での上部僧帽筋なら、肘を外方に突き出すようにしてフックをキープさせます。部位や体格差
によって、工夫をしてもなかなか指でフックできないときは、手根や肘などそれ以外の部位も試してみ
て楽に行える方法を探しましょう。こうして術者自身が楽にテクニックを行えるからこそ、患者もリラ
ックスして受けることができ、それによって治療の成果も上げやすくなります。
ムリなく自然なかたちで行えるのがベストですね。とはいえ「自然に」というのは茶道 でも言われ
ることですし、ゴルフのアドバイスで「自然なスイングで 」というのを聞いたことがあるのですが、
これが一番難しいことでもあります。何を隠そう、私自身もあれこれ工夫を重ねるなかで不自然な力の
使い方をして、指がダルくなるなんてことはしょっちゅうでした。「でした」なんて過去形ではなく、
実は現在進行形でもあります。
セミナー会場で、物知り顔をして身体の使い方をアドバイスしているのも、実はその前に自分で変な
使い方をしたために痛い思いをするなど、さんざん失敗した経験があるからです。そして、ダルくなっ
た手をいかにケアするかまた工夫する。そうしているうちに、効率の良い方法をいろいろ覚えていくわ
けですね。その経験を生かして、みなさんには私が3日工夫して出来るようになったことを、せめて2
日、できれば1日で覚えていただけるようにできたらなと思っています。
159
母指での「押す」フックについて
2009-08-29 20:00:00 | ASTRについて
ASTRの手指を用いたフックには、
「押す」フックと「引く」フックがあります。今回は母指での
押すフックについて、すこしお話ししたいと思います。
セミナー会場などで、私はよく「押すフックの場合は、指節骨⇒中手骨⇒橈骨のラインが、できるだ
けまっすぐになるようにフックしてください」とお話しします。理由は、そのラインに沿っていれば骨
格で支えることができるのですが、外れれば外れるほど指先の筋に大きな負担がかかるからです。では
私自身が本当にまっすぐ、一本の棒のようにフックしているのかというとそうではありません。見る角
度によっても異なります。
このように見ればまっすぐですが…(左下)。回転させると、まっすぐではありません(右下)。指圧
では母指の圧迫をするとき「MP関節を外に出す」という教えられ方をしますが、それに近い形ですね。
ポジションや角度によってはまっすぐのラインを保つのが難しい、あるいはかえって不自然なこともあ
るので、実際はこれくらい外れていてもOKです。
では、なぜ「まっすぐ、まっすぐ」とウルサく申し上げるのかというと、慣れないうちはまっすぐの
ラインから大きく外れがちだからです。夢中になって練習しているうちに、これくらい外れている方も
めずらしくありません(下)
。
こうなると、母指の屈筋や内転筋には遠心性収縮の力がかかり続けることになります。遠心性収縮は
筋を傷めやすいものです。このような習慣が身についてしまったら、後々たいへんです。だからはじめ
のうちに、できるだけまっすぐのラインを保ってフックできるようになるよう、ウルサくウルサく言う
わけです。
まっすぐのラインを保とうとする習慣が身についたら、たまにイレギュラーとして大きくラインから
外れるフックをしても、すぐに修正でき、指を傷めるまでにはいたらないでしょう。指のラインが橈骨
160
に沿うようまっすぐにする、という説明の真意は、「指先の力を最小限にしてフックする」ということ
です。私もこれを心に留めて練習し、工夫をするようにしています。
制限のある方向に ASTR をかける
2009-10-31 20:00:00 | ASTRについて
ASTRは筋肉の長軸に沿って行うのが、教科書的なお約束です。下図のような方向で(だ円形のもの
が筋肉です)。実際に長軸方向に行うのがほとんどです。だからといって、この方向ばかりというわけで
はありません。
例えば、外傷後や不動などによって起こる線維化は、長軸方向に沿って起こっているわけではありま
せん。網目状にランダムな方向に起こります。これによってスムーズな筋の動きが妨げられ、やがて機
能障害を招いてしまいます このような場合は、下の図のように、線維化によって最も動きが制限され
ている方向にASTRを行う必要があります。
前回紹介したような評価によって、制限の存在する場所を検出したら、その部位に触れて上下左右・
斜めに組織を動かしてみましょう。その中で、最も動きにくい方向はどこでしょうか?その方向に合わ
せてASTRをかけてみましょう。もしかしたら部位によっては、回旋しながらストレッチをかけた方
が上手くいくかもしれません フックしている組織をよくモニターして、もっとも張力がかかる方向を
捜しながらストレッチしましょう。
このように大切なことは、テクニックを制限に当てはめるのではなく、制限の状態に合わせてテクニ
ックをつくっていくということです はじめは難しいかもしれませんが、ASTRに慣れてきたら、ぜ
ひチャレンジしてみて下さい。効果も違ってくるはずです。
161
ストレッチでフックがゆるむ理由
2010-01-16 20:00:00 | ASTRについて
ASTRは、あらかじめゆるませておいた組織に、フックという圧迫と横方向への伸張を加えた状態
で、関節運動を伴うストレッチを行うことで、より限局性の高い伸張刺激を組織に加えることができる
という治療手技です。
このASTRを使っていて、ストレッチポジションになるとどうしてもフックが緩んでしまい、「な
かなか効果が出せません 」という方がいらっしゃいます。その原因のひとつには「重心の移動」があ
ります。
下腿三頭筋(起始側)へのASTRを例にお話ししましょう。下腿三頭筋にフックをかけたとき、重心
が前にあることで、ストレッチをしてもしっかり組織を固定できます。ところが、ストレッチに入ると
同時に重心が後ろに移動してしまうと、フックがゆるんでしまいます。重心はフックをかけた側に、で
きるだけ残しておきましょう。
≪下腿三頭筋フックポジション≫
≪下腿三頭筋ストレッチポジション≫
このような誤りは、ASTRを使い始めてまだ慣れていない方にときどきみられます。仕方のないこ
とでもあるのですが、慣れていないうちは、フックはフック、ストレッチはストレッチと、それぞれに
動きに気持ちが集中して別々になりがちです。そのために、フックしたときは重心がフックの側にある
のですが、ストレッチするとストレッチした側に移動してしまうわけです。
気づいてしまえば何ということはないのですが、わからないうちは重心が移動してもフックがゆるま
ないように、指先に力を入れてしまいがちです。これは指先のモニターの感度を落とし、セラピストの
指を傷め(耳にタコですね )
、そして何より疲れやすくなります。
仕事として毎日長時間行うわけですから、できるだけ余計なエネルギーを消費しない、燃費の良い、
エコな治療(?)をする必要があります。そのためにはストレッチに入ったときも、むりなく支えておけ
るように、重心はできるだけフックをかけた側に残しておきましょう。
重心がストレッチした側に大きく動いてしまうと困る、もうひとつの理由は、ストレッチしている手
にも力が入りがちになるということです。そうなると、上の下腿三頭筋の例では、膝をむりやり伸ばし
てしまうことになります。すると患者さんによっては、むりやり伸ばされるのに対して無意識に力が入
162
って抵抗してしまい、上手くストレッチできなくなることがあります。場合によっては、ダメージを与
えてしまうこともあるでしょう
このようなことを防ぐためには、ストレッチは患者さんが受け入れられるスピードと範囲で行わなけ
ればなりません。ですから、ストレッチを行う手はフワッ~とくるむようにつかみ、ストレッチする方
向へ誘導する程度にし、患者さんの腕や脚など身体の重みを利用してストレッチするようにします。
それでも患者さんがどの方向に動かしてよいかわからないときは、口頭で伝えるとよいでしょう。く
れぐれも、ギューッとにぎり込んで、ガバッとむりやり伸ばさないようになさって下さいね。
フックとは「…」である。
2010-01-23 20:00:00 | ASTRについて
これまでセミナーなどでASTRをお伝えしてきて、もっとも大変だったのが「フックする」という
感覚をつかんでいただくことでした。あれこれ悩んで考えて、最近ようやく誰でも分かる、誰でもやっ
たことのある例えにたどり着きました。何だと思いますか?
…
…
…
…
… …
それは「アッカンベー」です。
誰でも小さいころ、1度や2度はやったことがあると思います。フックとは「アッカンベー」と同じ
なのです。あまりにバカバカしくて、拍子抜けしませんでしたか? でも、テクニカルなことを早く習
得するためには、自分にとって身近で、こなれていて、感覚的に分かるものでないとなかなか身につき
ません。
では童心にかえってやってみましょう。この場合、舌は出さなくても結構です。「下まぶた」だけ指
でひきます。
はい、アッカンベー。
久しぶりにやってみて、いかがでしょうか? さすがに写真をアップするのは恥ずかしいので、止め
ておきますね。アッカンベーは、まず人差し指で下まぶたに触れて圧迫し、そのまますべらないように
足方に引きます。下まぶたを強く押して、骨に押しつけたりはしません。
163
足方に引くときも、皮膚をすべってズルズルと口まで滑らせることようなことはなく、下まぶたを引
いてそれ以上動かなくなったところで止めます。まさにフックそのものです。
練習をしていると、フックとはどういうものかわからなくなる時があると思います。そんな時は、押
さえて引っぱる「アッカンベー」を思い出してください。「きちんとアッカンベーができているかな 」
これを確認に使えば、きっと上手くいくと思います。
もちろん実際の臨床では、緊張が強い部位には圧迫の度合いを強めますし、フックポジションからス
トレッチポジションに入っているとき、多尐皮膚がすべることもあります。組織の状態によって変化さ
せますので、
「アッカンベー」はあくまで基本だと思っていて下さい。野球の試合では、キャッチボー
ルをしているときのようにボールを投げることはないけど、基本となるキャッチボールは大切というの
と同じです。
それにしても「アッカンベー」の例えは、我ながら「これはいいナァ 」と思ったのですが、かしこ
まったテキストなどでは、なかなか使えない表現ですよね。
ASTR 応用の実際
その1
2010-02-27 20:00:00 | ASTRについて
今回は ASTR のバリエーションについてです。ASTR の基本的な手順として、はじめに筋肉の起始と
停止を近づけて弛緩させます(プレポジション)。次に、弛緩させた組織に、圧迫を加えそのまま横へス
ライドさせることによって、組織を予め伸張させます(フックポジション)。最後に、関節運動を伴わせ
て起始と停止を遠ざけストレッチを加えます(ストレッチポジション)。
この手順がベースになるわけですが、他にも別法としてバリエーションはいくつかあります。という
よりも、手順というのは基本を覚えるための「型」であり、実際には機能障害の状態によって、テクニ
ックの形はいろいろ変化させる必要があります。変化させるための発想法、工夫の仕方を知るために、
バリエーションを覚える意味があるわけです。
そして、変化させてテクニックを使うということは、対象となる機能障害の部位や範囲、深さ、方向
を把握しておく、つまり評価が何より重要ということになります。単に形を覚えるだけでは、あまり意
味がありません。
バリエーションのあらましについては、去年の 4 月にご紹介しました≪参照:ASTR の工夫と忚用
/p.156)。もうすぐ1年か…。時間のたつのはホンマに早いなぁ。…という感傷はさておき、今回は変化
と工夫の実際についてお話したいと思います。
部位は「菱形筋、中・下部僧房筋」です。胸椎の後彎が強い、いわゆる猫背の姿勢で肩背部のコリや
164
不快感を訴える相談はよくみられます。猫背になると肩甲骨は外転し、菱形筋や中・下部僧房筋は伸張
され、そのままの姿勢が続くことで筋力低下を起こします。これに対し、肩甲骨を内転させるエクササ
イズにより、正常な筋トーンを保たせるよう試みられますが、なかなか症状が改善しないことも尐なく
ありません。
このような身体の状態をよくみてみると、菱形筋や中・下部僧房筋の上を覆っている皮膚の動きに異
常をみつけることがあります。その皮膚を指で押さえて棘突起に向けて動かすと、動きの幅が尐ない、
または抵抗が強くスムーズに動きません。皮膚のあそびが内転方向に制限されている、浅筋膜の滑りが
制限されているということになります。この制限があることで十分な筋活動が妨げられ、内転エクササ
イズも効果を挙げにくいのではないかと思います。
そこで、この動きを回復させましょう。テキストで紹介されている方法でも、もちろん構いません。
でも今回は「ASTR の工夫と忚用」でご紹介した、中立位でフックし起始と停止を近づけるという方法
で行ってみましょう。
その手順は…。次回、紹介します。来週まで、みなさんだったらどのように行うか?イメージして考
えておいてください。
ASTR 応用の実際
その2
2010-03-06 20:00:00 | ASTRについて
前回、宿題?にしました、菱形筋、中・下部僧房筋(左)へ中立位でフックし、起始と停止を近づける
という ASTR を実際に行ってみましょう。
① モデルは右側臥位になる。
② セラピストはモデルの背側に位置し、左手でモデルの肩を保持し、肩甲骨を中立位にさせる(プ
レポジション)。 プレポジションは筋肉の起始と停止を近づけて組織を弛緩させることを目的に
しますが、その程度はフックできる程度弛緩させればOKです。写真のようにモデルの身体が
後ろに倒れないよう、セラピストの膝で支えてあげるとよいでしょう。
③ セラピストは右手の手根部で肩甲間部の菱形筋、中部僧房筋に押圧を加え内方に滑らせる(フッ
クポジション)。皮膚に大きなシワを作るつもりでフックしましょう(左下図)。
④ 左手で保持している肩を前方から後方に向けて押し、肩甲骨を内転させつつ、フックした部位
をさらに内方に滑らせ伸張することで、筋膜を滑走させる(ストレッチポジション・上中央図)。
ちょうど右上図のような感じになります。
165
≪菱形筋フックポジション≫
⑤
≪菱形筋ストレッチポジション≫
≪ASTR別法≫
②~⑤を数回繰り返す。
いかがでしたか?同じようなかたちになったでしょうか?これは一例ですので、他のかたちでももち
ろんOKですが、私はいろいろ試してみて、この方法がいちばん行いやすかったです。
このタイプの筋膜の制限は、意外と見落とされがちで、そのため患者さんの症状がなかなか良くなら
ないこともあります。強い苦痛を強く訴えているものの、触診で押さえてみても、それほど緊張は強く
ないというときに、筋膜の滑走が制限されているということがあります。
実際にASTRを行ってみると、手根部で押さえているだけなのに、患者さんは『つねられている 』
ような感覚を覚えてビックリされます。ですからあらかじめ、「手のひらで押さえているだけですけれ
ど、つねられている感じがするかもしれないですよ 」とお伝えしておくとよいでしょう。
はじめは、つねられているような感覚でも、何度か治療を行っていくうちに、何とも感じなくなって
きます。そうしたら「以前はすごくつねられた感じがしたけど、今はぜんぜん平気です 」とお話され、
自分の身体が軟らかくなり、良くなっているのだと感覚的に理解されるようになります。
その頃になると、背部の不快感も尐なくなっているはずです。ここで必要に忚じて、肩甲骨を内転さ
せるエクササイズも行っていくとよいでしょう。そうそう、猫背のために菱形筋や中部僧房筋が伸張さ
れていたということは、大胸筋は短縮していることが多いです。大胸筋の短縮をとっておくことも大切
ですよ~。
166
Ⅷ.治療の現場で感じたこと
ズレではないズレ
2008-06-21 21:59:47 | 学生さん・研修中の方のために
脊柱を触診していると、ときどき一ヶ所の棘突起だけ横にズレているようにみえるときがあります。
慣れないうちは、このようなところに出会うと「アッ、背骨がズレてる!!」なんて言いがちです。でも、
背骨が一ヶ所だけヒョッコリとズレるなどということはありません。あるとすれば、外傷による脱臼骨
折ということになりますが、これはただ事ではないし手技療法の出番ではありません。
脊柱の関節機能障害が起こると、複数の椎骨がなだらかにカーブを描いたり、ゾウキンをしぼったよ
うに回転しているようにみえ、その中で何ヶ所か動きにくくなっている関節がある、というのがふつう
です。側弯症や圧迫骨折では、そのカーブのラインが急であったりしますが、それでも 1 つだけズレて
他は何もないということはまずないでしょう。
では、なぜ一ヶ所だけズレているようにみえるのか?その正体は「棘突起奇形」といわれるものです。
奇形ということばはおだやかではありませんが、なにか悪さをするということもほとんどないので、
異常とはいえません。ちょうど、鼻が尐々曲がっていても、美容上はともかく病気とはいわないことと
同じです。棘突起のように体重を支える必要のない骨では、わりとあっちを向いたりこっちを向いたり
しています。
胸骨の剣状突起や、尾骨などもそうでしょう。こちらもふつうは悪さをしないのですが、身体がとて
もやせていて、尾骨が後ろに出ている方の中には、硬い床の上で座ったり仰向けに寝ると、骨が当たっ
て痛むということもあります。
では、一ヶ所だけズレているような棘突起をみつけたとき、「これは問題ないんだ」ということをど
のようにして確認すればいいのか?そんなときは、まず横突起の位置を調べてみてください。横突起の
位置が上下の横突起と比べてそんなに変わらないのに、棘突起だけずれているなら棘突起奇形でしょう。
これを調べるとき、とくに胸椎は横突起が同じ椎骨の棘突起よりも頭方に位置していることに注意しま
しょう≪参照:胸椎の棘突起と横突起の位置/p.51≫。
他には、関節の動きを調べるモーションパルペーション(動的触診)を行うという方法もあります。モ
ーションパルペーションをして、左右の可動性が保たれているなら問題ないといえます。もし、可動性
がなくなっていても、関節を動かすモビライゼーションなどを行って可動性が回復するようなら大丈夫
です。
ですから、一ヶ所だけズレている背骨に出会ったとしても、ビックリなんてしないでくださいね。
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『ズレ』という言葉の認識のズレ
2008-07-05 19:16:46 | 治療についてのひとりごと
触診で感じる背骨のズレについて前々回の記事に書きましたが、背骨が『ズレる』という言葉は、医
師がレントゲンの説明をするときにもよく使われます。
「4 番目の腰の骨が、ちょっとズレていますねぇ」
という具合に。
多くは関節の変形や、椎間板が薄くなったなどの年齢的な変化のために背骨の並びが悪くなった結果、
画面上ではそのようにみえているという意味で使われています。年齢的な変化があるからといって、元
気にすごしている人はたくさんいますから、これがすぐ大問題になるというわけではありません。医師
も『ズレ』という言葉を、説明のための方便、言葉のあやとして使っているはずで、決して大ごととし
てお話している訳ではないでしょう。ほとんどの患者さんは、その意図しているところを理解されます。
ところが、性格的に非常にデリケートな方のなかには『ズレ』という言葉を重く受け止め、ショック
を受けてしまう方もいらっしゃいます。私が経験したケースでは、「背骨がズレる」⇒「脊髄を圧迫し
て脊髄損傷を起こす」⇒「いずれ車イスか寝たきりの生活になる」というところまで、考えていた方も
いらっしゃいました。
おそらく『ズレ』をいう言葉を聞いて、それまで見聞きしてきた情報と合わさり、頭の中で想像が膨
らんだ結果そうなったのだろうと思います。まわりからみると「そんなオーバーな」と思うのですが、
実際に症状が出ていて悩んでいるご本人にとっては現実的な問題となっています。
その結果、例えば腰椎4番がズレているといわれた人なら、
「とにかく4番を何とかして欲しい!!」
「4
番をもとに戻してっ!!」という訴えが執拗になり、腰椎4番に気持ちが集中して他が見えなくなってし
まいます。仮に、その方の感じている腰痛を治すためには、骨盤や脚の筋肉の状態を良くする必要があ
ったとしても、はじめから他の部位にアプローチするのは不信感を与えてしまうかもしれません。こう
なると、治療も身体と平行して、心にもアプローチせねばならず、時間をかけて尐しずつ視野が広がっ
ていくように働きかける必要性が生じます。
医療者が発する言葉の意味と、それを受け止める患者さんの認識のズレ。このような状況に出会うと
言葉の難しさを改めて感じてしまいます。
まっすぐの悲劇
2008-07-13 22:38:28 | 治療についてのひとりごと
健康を保つためには『背骨はまっすぐでないといけない』という考えがあります。確かに正しい一面
もあるのですが、あまりこの言葉にとらわれすぎると、かえってマイナスになることもあります。
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以前、このようなことがありました。
身体のあちこちが痛み、それがどんどんひどくなっているという方からの相談でした。お話をうかが
いますと、最初は背中の鈍い痛みから始まったそうです。病院で検査しても、骨には異常なかったもの
のなかなか良くなりませんでした。いろいろな健康関係の本を読んでみると「体のゆがみが病気を起こ
す」
「まっすぐな背骨が健康の秘訣」ということがあちこちに書いてあります。非常に几帳面な方でし
たので、いろんな本でそのように書いてあると「とにかく人間の体はまっすぐでないといけないんだ」
と思い込んでしまったのでした。
その後は、立っているときも座っているときも、背中を張り詰め緊張させるようになったそうです。
ところが、痛みは治まるどころかますます広がり、そのうち尐し振り向いただけで、腰やわき腹に痛み
を感じるようになったのでした。
「自分は注意して生活しているのになぜ良くならないのか」、患者さん
はだんだん途方にくれるようになってしまいました。
初診時に調べてみると、背中を緊張させ続けたためでしょうか、筋肉が固まって伸びにくくなってい
るようでした。そのため、尐し動かしただけで動かせる範囲の限界に達してしまい、あちこちがひきつ
れて痛むようになったのです。一度こうなってしまうと、自分からはなかなか動かさなくなるために、
なお筋肉が硬くなって痛むという悪循環が起こっていました。
私は「悪いからと痛いのではなく、動かせないから痛いのだ」ということを、繰り返しお話しながら
治療を進めました。ところが「動かしたら悪くなってしまう」という思い込みがあったために、なかな
かスムーズにいきません。このメッセージが受け入れられるまでには時間が必要でした。
やがて、動きが広がるにつれて痛みが起こりにくくなる、ということをご自身で実感されるようにな
ってから、尐しずつ明るい表情がもどり、回復への道のりを歩んで行かれたのでした。
考えてみれば、私たちは人間である以前に動物です。動物は「動く物」と書くように、動かせてナン
ボなわけです。人間にとって大切なことは、動物らしく前後左右にキチンと体を動かせることです。そ
の上で力を抜いて元に戻したときに、まっすぐの位置だったらなお良いということではないでしょうか。
ところが、どういうわけか姿勢をまっすぐにという言葉が独り歩きしてしまうと、なかには誤解をま
ねいてしまい、今回のようなケースに陥ってしまうこともあるのでしょう。こうなったら悲劇です。こ
の経験も、言葉について考えさせられた出来事でした。
アゴの痛みと手技療法
2008-08-30 21:30:28 | 治療についてのひとりごと
手技療法でアゴの痛みを治療するというと、不思議に思う方もいらっしゃるかもしれません。
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「アゴの痛みというと歯医者さんじゃないの?」
そう、そのとおりです!!
実際に虫歯・歯槽膿漏・顎関節症は歯科の3大疾病と呼ばれているくらいなので、アゴの痛みを起こ
す顎関節症は歯医者さんに診ていただくのがふつうです。
「ホントにアゴの痛みに手技療法なんて役に立つの?」
実は立つのですよ!!
顎関節症は歯の問題はもちろん、心理的なストレスや姿勢など、いろいろな問題が合わさって起こる
ので複合的なアプローチが必要とされています。
しかし、その中に手技療法が加わることはメジャーではなく、文献の中でも一部に紹介されている程
度で、医療関係者の中でもまだまだ認識は低いです。もちろん、手技療法だけで解決しないこともたく
さんあります。心理的なストレスもそうですし、歯そのものの問題も対処できません。顎関節について
は円板が外れて、もとに戻らなくなっているようになると難しいでしょう。このように限界はあっても、
顎関節症のケアに手技療法はとてもに役に立つと、私は思っています。
筋肉や腱、靭帯など軟部組織の異常な緊張は痛みをもたらします。手技療法はこれら軟部組織の異常
な緊張、つまり体性機能障害に対して有効です。顎関節は特殊なところもあるものの、基本的には他の
滑膜関節と同じ構造です。ですから顎関節でも体性機能障害による痛みが起こっている場合、手技療法
が役に立つわけです。このように順序だてて考えたら、不思議なことではないと思います。
より具体的に 3 つあげると、ひとつは姿勢の改善。
これに手技療法が有効なのは、よく知られていることですね。姿勢の悪さによって、頭の位置が変わ
るとそれに伴って筋肉の緊張状態も変化し、それがアゴに負担をかけます。姿勢を良くするのは最終的
には患者さん本人の意識や努力 によるのですが、体の中に余計な緊張があると、良い姿勢をとろうと
してもそれを続けることはなかなか難しくなります。そこを手技療法でカバーすれば、姿勢のコントロ
ールもより行いやすくなり、結果的に顎関節にかかる負担も減らすことができます。
(このケースとは反対に、歯のトラブルから顎関節にムリがかかり、それが全身に影響する場合もありま
す。このように顎から全身に影響することを下向性の障害、全身から顎に影響することを上向性の障害
と分類することもあります。)
もうひとつは、軟部組織の緊張による症状の持続を防ぐということ。
アゴや歯が痛むというケースのなかには、筋肉が原因のこともあるのです。例えば、歯は治療完了し
170
ているのに痛みが続いている場合、筋の持続的緊張が関係している可能性も考えられます。また、歯科
での治療と平行して軟部組織の緊張を除いていくことによって、より早く症状が改善することが期待で
きるケースもあるでしょう。
そしてセルフケアによる、悪化や再発の防止。
顎関節症の原因が仕事や家庭でのストレスによる場合、「治す」ということはなかなか難しいことが
あります。しかし、症状をコントロールすることができれば、患者さんは生活に「適忚」することが可
能になります。手技療法の技法はそのままセルフケアで用いることもかんたんなので、症状をコントロ
ールする手段の一つとして役立ちます。また患者さん自身にとっても、症状を自分でコントロールでき
るという感覚は、心理的にもプラスに働くでしょう。
このように、状況と使いかたによってはとても役に立つはずなので、何とかそれを伝えられないもの
かと思っています。そのためにも、まず手技療法を使っている私達が、顎関節症への手技療法の有効性
を認識できるようにならなければいけません。
がんばれ!!
女性セラピスト
2008-11-08 18:59:45 | 治療についてのひとりごと
手技療法には、関節の運動を伴うテクニックがいくつもあります。これらを学ぶときに、はじめのう
ちは体力的な差のためか、女性は男性よりも大変な思いをしがちです。とくにセラピストが小柄で患者
さんは大柄になると、身体の操作をするにはホネが折れます。その点、男性の方が腕力はあるので小手
先の力で何とかなるし、また何とかしがちです。テクニックの習得も早そうに見えます。
周囲がどんどん出来るようになっていくのに、自分はなかなか進まないと「私にはムリ」と早々とあ
きらめてしまう方もいらっしゃいます。これは、とてももったいないことだと私は思います。
私は身体の使い方について、けっこうウルさく言う方です。そのほうが、楽に大きな力を出せるし、
精度の高いテクニックが行えるし、セラピストの身体も傷めずにすむからです。実は私がそのような方
法を学んだのは、先輩の女性セラピスト達からでした。それも小柄な。
先輩達のテクニックに小僧だった私は目を見張りました。動きにムダがなく、とてもきれいなフォー
ムだったからです。こういうのを「機能美」というのでしょうか。
セミナー会場などで小がらでフォームのきれいな方がいると、その動きをよく観察し、自分でもマネ
をして覚えていきました。小柄なセラピストが、大柄な患者さんの関節を操作するときには身体全体の
力を使わないと、とてもじゃありませんが追いつきません。ですから先輩方は、それぞれ工夫せざるを
えなかったのでしょう。試行錯誤を繰り返されたのだろうと思います。けれど、一度身につけると一生
171
ものです。
反対に、腕力に頼った小手先の方法では一時的には通用しますが、故障するなどして途中で立ち行か
なくなる可能性が高くなります。ですから、はじめは大変でもどうか根気よく練習して、工夫を重ねて
ほしいと思います。もちろんこれは、女性に限らず男性でも同じことですよ。私も忚援しています。
そうそう、とくに女性は手首の使い方に注意してください!!手根でマッサージを行うとき、反らしす
ぎて使う方が多く、そのため手首を傷めてしまいやすいのです。私は男ですが腕はヒョロくて力がない
ので、この使い方をしていたらほんとにエラい目にあいました≪参照:手掌部(手根部)でのフック/p.145
≫。
ASTRで治療した最高齢の患者さん
2008-11-21 23:09:00 | ASTRについて
ASTRは痛い治療法だというイメージを持っていると、ご高齢者の方に用いるのはためらってしま
うかもしれません。そこで今回は、私がASTRで治療した最高齢の患者さんとのエピソードを紹介し
たいと思います。
以前、医療保険で行われている訪問マッサージを手伝っていたことがあったのですが、私が担当した
患者さんのひとりに 90 代半ばの女性の方がいらっしゃいました。その患者さんは廃用によって寝たき
りになり、
『要介護度5』で寝返りもうてなくなっていらっしゃいました。
まずは寝返りをうてるように、という目標を立てて治療を開始したのですが、動こうとすると左の内
股に痛みが走ります。調べてみると、萎縮している左の内転筋群の中にトリガーポイントがあり、左下
肢を動かす時にそれが刺激されて痛みを起こしているようでした。
ここでひとつ大切なポイントは、トリガーポイントというと筋肉が緊張してるところ、いわゆるコッ
ているところにあると考えがちです。それは間違いではないのですが、萎縮した筋の中にも発生します。
この場合、やせて張りのなくなった筋線維の中に小さくスジ張った硬結のようなものを触れ、刺激する
と痛みを起こします。
この左内転筋群の障害も含まれますが、寝返りがうてなくなっている大きな理由のひとつが股関節の
屈曲拘縮でした。とくに、大腿筋膜張筋と内転筋群の短縮が両下肢とも存在していました。私は股関節
の伸展性を回復させるため、それらの筋肉をASTRで治療することから開始しました。
まずは仰向けで両膝を立て、母指球や小指球でフックして左内転筋へのASTRを行いました。患者
さんは寝たきりになる直前に、原因不明の下肢の浮腫を治療するため、大量のステロイドを使われてい
ました。長期的なステロイドの使用は組織をもろくさせ、ASTRによる内出血のリスクが高くなるの
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で慎重さが必要です。この患者さんは比較的短期間の使用でしたが、年齢も考えて初回は軽く組織をス
トレッチする程度の刺激からスタートしました。
2 回目のとき、内出血を起こさなかったかどうか確認したうえで様子をおたずねすると、
「治療の翌日、
左の太ももにいくらか圧迫感を感じたけれど、すぐに引いていった」ということでした。そこで徐々に
に刺激を強め、母指でのフックに切り替えて、線維化が強い部位にポイントをしぼって治療を進めまし
た。とはいうものの、患者さんの表情が変わらない程度の強さです。「痛みますか」とたずねると「え
えまぁ、多尐は感じますが伸びているかなという程度ですよ」という具合でした。
股関節伸展性の回復と共に、平行して殿筋や体幹の筋力を高めることも行いました。この場合は、筋
線維を太くするよりも筋トーンを高めることが目標でした。こうして週 2 回の訪問で 2~3 週間ほど経
過したとき、拘縮の解除は完全ではなかったのですが、患者さんは自立して寝返りがうてるようになっ
てきました。
重い病気やその後遺症がなく、軟部組織の機能的な短縮や筋力低下による影響が大きかったので、比
較的短期間での改善でした。ご本人はもちろんですが、同居していらっしゃったご家族も夜中の寝返り
介助から解放されて喜んでいらっしゃいました。夜中に何度も起きることは家族の体力も消耗しますの
で、自力で寝返りがうてるようになったことは大きな意味がありました。
いかがでしたか?このエピソードから、それほどハードな治療をしている印象は持たなかったのでは
ないかと思います。だからといってソフトなことばかりしているのではなく、ハードな方法をとる患者
さんも、もちろんいます。
私の治療院にはスポーツやお仕事がら、マッチョな方もお見えになりますが、その方たちには「失神
するかと思った」というくらいの刺激を入れることもあります。鍛えるだけ鍛えてケアをおろそかにし
ている方もいるので、とんでもない状態になっていらっしゃることに加えて、できるだけ尐ない回数で
線維化を解除しようとするからです。また、基本的なところでは元気といえる方々だからというのも理
由に挙げられます。ほんとうにケースバイケースですね。
ところで寝たきりだった患者さんのエピソードですが、ここからがもっと大切なお話しになります。
つづきは次回に。
ASTRで治療した最高齢の患者さん-その2
2008-11-29 20:14:01 | ASTRについて
寝返りをうてるようになった患者さんですが、次の願いは「自宅のトイレを使って、自分で用を足せ
るようになりたい」というご希望でした。自分で用を足せるということは、とても大切です。排泄に介
助が必要になることで、無気力から抑うつ状態になる方もいらっしゃるからです。排泄は日常生活動作
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のなかでも、人間の尊厳とより強くかかわっているといっても決してオーバーではありません。
その患者さんは当時、ベッド脇においたポータブルトイレで、介助を受けながら用を足していらっし
ゃいました。そこから自立して自宅トイレを使うとなると、なかなかたいへんな道のりです。それでも
患者さんはめげませんでした。起き上がりの訓練や座位保持、立ち上がり、立位バランス、四つ這い歩
行、介助歩行など一生懸命にリハビリされました。その過程で起こる筋肉疲労の回復や、可動域の改善
には手技療法を用いました。
運動機能の向上にともなって、自室からトイレまで安全に移動できるように、ご本人とご家族、担当
のケアマネさんと相談して手すりの設置など住宅改修を行いました。私の訪問日時に工事を合わせて手
すりの高さを決めたのですが、気負われていたためでしょうか、その時の緊張された面持ちがよく記憶
に残っています。
こうして訪問をはじめてから 5 ヶ月目、ついに手すりにつかまり歩行をしながら自立してトイレが使
えるようになられたのでした。ここまで回復しただけでもすばらしいことですが、患者さんの希望はさ
らに膨らみます。
「家の外を歩きたい」
「外を歩いて風に吹かれたり、急に降った雤にあたって『ひどい雤だったね』っていってみたい」
お歳が 90 代なかばとはいえ、これまでの経過から考えて、雤風はともかく杖をついて歩くことは可
能だろうと私は思いました。
ところが、なんと患者さんのご希望は「杖なしで」!!
とにかく、屋外での杖なし歩行をめざしてトレーニングをつづけました。外を歩くとなると、デコボ
コして不規則な地面に対忚できるようにならないといけず、より高いバランス感覚が求められます。そ
こで片足立ちになったり、さらに眼をつぶったりというトレーニングも重ね、杖歩行も練習しました。
こうして訪問開始から 10 ヶ月がたったころ、ご自宅の庭で杖がなくても数メートルほど歩けるように
なりました。
私の担当は 1 年で終了したのですが、最後には 10 メートルおきにつかまって休みながら、80 メート
ルほど歩けるようになっていらっしゃいました。再び歩けるようになったとき、患者さんはおっしゃい
ました。
「歩ける人生はすばらしいですね」
『ことば』はどのような経験を重ねてきて何を感じてきたかによって、そこに込めた意味が変わって
くると思います。患者さんのおっしゃったことばの意味を、私はすべて汲み取れてはいないでしょう。
それでも、このことばは私の心のなかに深くひびいて忘れられないものになりました。
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今回ご紹介したのは、ASTRで治療した最高齢の患者さんのエピソードでしたが、このお話しは治
療、とくに在宅での機能回復を行っていくうえで、ASTRを含めた手技療法のポジションというもの
をよく示しているといえます。またまたつづきは次回に。
ASTRで治療した最高齢の患者さん-その 3
2008-12-06 22:22:37 | ASTRについて
寝たきりからトイレの自立、そして外での杖なし歩行にいたるまで、手技療法は要所要所で役に立ち
ました。最も力を発揮したのは廃用によって、筋の委縮とともに起こっていた線維化の解除でした。こ
れが残ったまま、大きな動作の運動を始めるとその部分が引きつれて痛みを起こすことがあります。こ
のような部分的な制限には、ASTR はとくに有効です。では、歩けるようになったのは ASTR など手技
療法のおかげといえるでしょうか?
決してそんなことはありません。寝たきりから歩けるようになるまで回復できた最も大きな力は、ま
ぎれもなくご本人の意思と努力でしょう。ご紹介した患者さんは、自宅トイレを使えるようになりたい、
もういちど歩きたいという強い思いをお持ちでした。それに向かって、トレーニングも積極的になさい
ました。
そして、家族のサポートです。私は以前、居宅のケアマネージャーしていたことがあるのですが、本
人と家族の希望が食い違うことがあります。例えば、本人は動けるようになりたいのに、家族はケガを
すると危ないから動けないままでいて欲しいという希望があった場合、その調整は大変でなかなか理想
どおりには行きません。
しかし、今回のケースのご家族は、患者さんをサポートしようという気持ちがたいへん強く、私の訪
問日以外でも、歩く練習を後ろから見守るなどなさっていました(ときどき、歩き方について口出しし
ては親子喧嘩になったそうですが)
。ご家族の支えがないと、これほどまでの回復は難しかったのでは
ないかと思います。
このような本人の意思や家族のサポートという基本的なことがあって、はじめて手技療法や機能訓練
が生きてきます。手技療法や機能訓練が、本人や家族の回復への動機付けをより高める手段になること
もあるでしょう。ときには手技療法がめざましい効果をあげることもありますが、それでもジクソーパ
ズルに含まれるピースのひとつにすぎません。今回のケースならば、痛みやこわばりをとってスムーズ
に機能訓練に移行するためのステップであったといえます(文字通り「段差解消」ですね)。
専門職になると、どうしても専門分野というサングラスをかけてものごとを見やすくなってしまいま
す。その結果、基本的なことを忘れてしまい、回復したのは手技療法のおかげだ、リハビリのおかげだ
と私たち自身が思い込んでしまうこともあるかもしれません。患者さんが感謝してそうお話しくださる
のはありがたい、仕事冥利につきることですが、私たちが自分で思い込むのはちょっと違うと思います。
175
そもそも、手技療法や機能訓練にかぎらず、私たちの存在そのものが歌舞伎でいう黒衣の役割だといえ
るでしょう。私も日々反省しつつ、謙虚さを忘れないようにしたいと思います。
『枕』に想う
2009-03-07 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
「自分に合う枕って、どのくらいの高さなのでしょうか?」という相談を時々受けます。お話を聞く
と、寝ても疲れが取れず頭痛や肩こりも治らないので、枕のせいではないかと考えられているようです。
メディアでもそのように取り上げられていますし、寝具メーカーもこぞって快適な睡眠を約束する枕を
売り出しています。あまりにも情報が氾濫しているので、迷ってしまうそうです。
良い睡眠がとれないと、体力もなかなか回復しませんから切実な悩みです。ですから、自分に合った
良い枕を!! という気持ちはとてもよく分かります。なかには理想の枕に出会うために、いくつも買い
替えて枕行脚をする方もいらっしゃいます。でもここで、尐し落ち着いて考えてみませんか。
人類と枕との歴史はそうとう古いらしいのですが、やれ素材がどうだとか、頚椎のカーブだとか大騒
ぎ出したのは、ここ数十年の間、しかも一部の先進国といわれる地域だけです。日本でも、昔は木を切
って枕として使っていたそうです。低反発全盛の今からみると考えられませんね。そのさらに大昔の祖
先は野原を歩き回り、そこら辺でゴロゴロ寝ていたはずです。
江戸時代にはビックリするくらい高い枕がありましたが、それは当時の日本髪やらチョンマゲが崩れ
ないよう首にあてていたそうです。あのような高い枕は、快適な睡眠とは程遠いように見えるのですが、
慣れということもあるのでしょうか。実際に使われていたということは、きちんと眠れていたのでしょ
う。
そのような枕を使えたのは一部の人たちで、農村に行けば、ワラを束ねたようなもので寝ていたとこ
ろもあるはずです。昭和の初めころまでは、お母さんが一家の枕を作っていたそうです。つまり、みん
ないろんな高さや硬さの枕を使いながらも、これまで元気に暮らしてきたということです。
そうなると最近の頚椎のカーブを精密に測定して、その人に合ったものを作るというのは、本当に優
先して考えなければならないことなのでしょうか。もちろん枕は道具ですから、より進歩して当然です
し、身体の状態によって特定の枕が必要になることもあるでしょう。でも近ごろの話はちょっと行きす
ぎではないかとも思いますし、その前にやらなきゃいけないことが置き去りにされているような気がす
るのです。
それは、いろいろな枕(地面)に適忚できる身体をつくるということです。≪次回に続く≫
176
「枕」に想う
その 2
2009-03-14 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
私達が歩くときや座るときは地面のかたちに適忚できるよう、それに合わせて体を曲げたり傾かせた
りして、楽な位置でバランスをとろうとします。寝るときもそうです。ところが、眠れないから枕がお
かしいという方は、ふとんやベッドのかたち・弾力性に適忚できないくらい、余裕のない身体になって
いることが尐なくありません。
例えば、仰向けで寝たときには胸郭が伸展しないといけません。しかし、いわゆる猫背では、背中が
丸まったまま伸びないことがあります。すると、頚椎は過伸展して窮屈な状態になります。なかには関
節面が接触してしまうほどの方もいます。そうなると後頚部の筋は緊張してリラックスできず、寝つき
が悪かったり、寝ても疲れが取れなかったり、場合によっては頭痛や頚の痛みを起こすこともあります。
さらに、猫背の方は前頚部や胸部の筋が短縮しがちですが、仰向けに寝るとそれらがストレッチされ
て刺激されるため、腕にしびれが起こったり、なかには動悸のような症状を訴える方もいらっしゃいま
す。先日相談にみえた方は、寝ると動悸が始まりビックリして起きると治まるという症状で、循環器科
に相談しても心臓には異常がないということでした。
このようなことでは困りますから枕を高くすることで補おうとするのですが、頚椎がリラックスする
くらい頭を上げると、今度は気管が窮屈になって寝苦しくなります。こうして、低くてもダメ高くても
ダメという状態になり、神経質なくらい微妙な調整をしなければならなくなります。こうして余裕のな
い、適忚性の低い身体になってしまうというわけですね。
このような方々に必要なのは、前頚部から胸部の筋・筋膜の伸張性および胸椎の伸展性を回復させる
ことによって、胸郭が楽に伸展できるようにすることです。そのためのアプローチには、手技療法はと
ても役に立ちます。方法は目的にかなうなら、マッサージだろうが、ストレッチだろうが、ASTR だろ
うが、関節モビライゼーションだろうが何でもかまいません。
実際、胸郭の伸展性が回復することですっかり安眠できるようになり、枕が変わっても全く大丈夫と
いうくらい適忚力がついている方もいらっしゃいます。旅行好きの患者さんだったのですが、枕が変わ
ると眠れないというのでは、旅行の楽しみも半減してしまいますよね。寝ると動悸がするという患者さ
んも、大胸筋への ASTR を行い伸張性が回復してからは起こらなくなり、グッスリ眠れるようになりま
した。大胸筋の制限に対する刺激症状として、動悸のような感覚がおこっていたのでしょう。
もちろん、不眠にはストレスによる一過性あるいは持続性の緊張や、抑うつなど他の理由によること
もあるでしょうし、枕は道具なのでより快適なものに変えることが悪いわけではありません。しかし、
身体の適忚性を高めることが本筋で、はじめに枕ありきというのはちょっとおかしいと思います。枕が
合わないので眠れないというのは、言ってみれば、ボールが打てないのをバットのせいにしているとい
うことに近いかもしれません。
177
このように、ちょっと考えると???と思わせるようなことは、健康関連ではけっこう多いと思います。
メディアからさまざまな情報があるとついつい流され、思考も偏ってしまいやすいです。でも、こうい
った問題こそ「ちょっと待てよ」と踏みとどまって考えたいですね。
めずらしく腹が立ったこと
2009-04-04 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
先日、腰痛の相談で女子高校生とその母親の方がご来院されました。腰痛そのものは、両側の股関節
前面の筋が短縮して骨盤が前傾し、さらに腹圧のコントロールが上手くいかなくなっているために起こ
ったもので、幸い特別大きな問題はありませんでした。
ところがお話しをうかがうと、他院でマッサージ師か整体師から「骨盤が歪んでいるから、将来、子
どもが産めないかもしれない」といわれてショックを受け、とても心配しているとのことでした。私は
ふだん温厚なほう(だと自分で思っているの)ですが、この手の話を聞くと、ハラワタが煮えくり返り
そうになります。
いったい、何を根拠にそんなことをいっているのでしょうか。
おそらく骨盤の歪みによって、その中に入っている内臓、この場合は子宮にもストレスがかかり、結
果として妊娠できないという話の組み立てだと思います。しかし、このような論法は、骨盤の歪みがあ
るにもかかわらず、出産して元気にしている方がいれば正しいとはいえなくなります。
確かに、体性機能障害はさまざまな問題を引き起こす可能性があります。ですから、妊娠し難いケー
スがある可能性も否定はできませんが、はっきりしていない以上は慎重であるべきで、簡単に口にする
など、もってのほかです。
私がこれまで出会ってきた患者さんの中には、重度の先天性股関節脱臼のため、あきらかに骨盤に左
右差があるにもかかわらず、お子さんを 2 人出産されてしっかり育て上げ、立派に独立させた方もいら
っしゃいます。足は引きずらないと歩けないのですが、ご自身はダンスを趣味とされていて、尐しでも
スムーズに踊りたいという相談でみえていました。幼尐期に罹ったポリオの後遺症によって、片脚が萎
縮してしまった患者さんも、出産して子育てもきちんとされ、お仕事もしながら、たいへん朗らかに過
ごしていらっしゃいます。つまり、多尐骨盤に歪みや左右差があっても、無事に出産され元気に過ごし
ている方はたくさんいらっしゃるということです。
しかも、半分脅し文句のようなことを言うだけで、どうしていけばよいかという対策も立てないとこ
ろなど、とてもプロフェッショナルとはいえません。その歪みが機能障害によるのであれば、手技療法
などによって改善する余地は十分にあるわけですから、せめて「将来にそなえて、骨盤のまわりのバラ
ンスを整えておきましょう」という言葉でも出て来ないものでしょうか。まったく無責任きわまりなく、
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腹立たしいかぎりです。
このような話はつい数ヶ月まえにも聞いたのですが、意外と耳にします。のうのうと、このようなこ
とを言うセラピストがいては、いつまで経っても手技療法が医療界の中で斜めに見られていても仕方あ
りません。たいへん嘆かわしいことです。
立派な枝ぶり
2009-04-11 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
前回は身体の歪みについての記事でしたが、私があのような考えを持つに至ったのは、「たとえ曲が
っていても、枝ぶりが立派ならそれはよい盆栽だ」という言葉を、整形外科医の松本不二生先生よりい
ただいてからです(松本先生は、私がお世話になった高野台松本クリニックの院長をされており、AST
Rを共著させていただいた先生です。松本先生のご指導によって、私は臨床家として大きく成長するこ
とができました) 。
はじめて聴いたとき私は衝撃を受け、まさに眼からウロコでした。それまでは人間の身体は左右対称
で、まっすぐ整っていなければいけないと思っていたからです。でも考えてみれば、顔にしても手足に
しても完全に左右対称ということはありません。
それに、バランスが大切といっても動物にとって重要なバランスとは、静的に左右対称ということで
はなく、動的平衡が保たれているということであり、それが恒常性(ホメオスターシス)の維持であると
いうのは教科書にも書いてあることです。
筋骨格系に関しては、きちんと曲がって、きちんと反れるという、動物としての運動機能の基本が発
揮できるということが重要で、その上で力を抜いたときにまん中に来ていればそれに越したことがない、
ということを表していると思います。
では「立派な枝ぶり」とは何でしょうか? 私は折にふれてこの言葉を思い出し、立派な枝ぶりとは
どういうことだろうと考えてきました。それは、つまるところ「その人らしさ」ということではないか
と思います。
身体にはみんなそれぞれ個性があり、加えてこれまでの人生を通して身につけた、立ち方、歩き方、
動かし方など生活スタイルが現れています。大げさにいえば、その人の生きざまが現れていると言える
かもしれません。ですから、多尐の曲がりやゆがみがあっても、その人らしく元気に生活できていれば
健康であり「立派な枝ぶり」だといえます。ちょうど、ポリオの後遺症や先天性股関節脱臼があっても、
立派に子どもを育て上げられた前回のお二人のように。
これに対して、痛みなどの症状が出ている状態というのは、仕事や家庭などでの環境との間にムリが
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生じ、今のままのその人らしさでは、立ち行かなくなっているというサインです。そのとき私たちは、
機能障害への直接的なアプローチを行うと同時に、どうすれば再びその人らしさを発揮しつつ、生活に
適忚できるようになるのかを考える必要があります。
つまり庭師のような視点で、その木が環境と調和しつつ、枝ぶりが映えるように剪定するということ
になります。偏りによってムリのかかるところを示して自覚を促し、使い方の工夫やセルフケアによっ
て、それをフォローする方法を覚えることなども大切になるでしょう。単純に、身体はまっすぐかつ左
右対称ならよいというのであれば、その人がどのような状況に置かれているのかということを考えなく
て済みます。でも、生物は環境を無視して存在することはできません。
環境との兼ね合いを考えない治療は、問題を生むケースも多いと思います。単純に症状をとるという
だけではなく、何がその人らしい身体であり、どうすればその人の置かれている環境に適忚できるよう
になるのかと考える。やや抽象的ではあり、決まった答えはないものですが、このように考えれば、私
たちの仕事の幅もさらに広がるのではないでしょうか。
いやはや、もっともらしいことを書きましたが、これは自分自身に対して言い聞かせているようなも
のです。私自身もまだまだ至らず、目指す道のりは遠いですが、臨床においてはこのような姿勢であり
たいと思います。
新鮮なうれしさ
2009-08-15 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
以前、中学生の女の子が、お母さんに付き添われてご来院されました。ご一緒に、小学生の妹さんも
いらっしゃいました。中学生のお姉さんご本人は、特に症状を感じているわけではありませんでしたが、
お母さんが「娘の身体は歪んでいるのではないか」と心配されたためにご相談にみえたのでした。
このようなことはときどきあります。
ご本人はケロッとしていても、学校の検診で側彎症といわれたことをご両親が心配して相談にみえる、
というパターンが多いでしょうか。このような自覚症状がないケースでは、ご本人に身体の状態を体感
していただくことが大切になります。そうでないと自覚症状がないために、せっかくエクササイズをア
ドバイスしても継続するためのモチベーションが保てないからです。
私「ほら、身体を右と左にたおしてみて。左右で動かせる幅がちがうでしょう?」
患者さん『あ~っ、ほんとうだ!』
「脚の太さも確認してみて。左右でちがうでしょう?」
『え~っ、気がつかなかった!!』
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このようなことを、ご本人はもちろんですが、お母さんにも確かめていただきます。ご本人以上に気
にしているのが親御さんであることが多いので、身体の偏りはどこがどのようになっているためなのか、
その理由と対策方法を知っていただくことは大切です。
中学生くらいになると、親がどうこう言っても、「ウザイ」の一言で流してしまってもおかしくない
年齢です(ちなみに、今回の患者さんはとても素直な中学生でしたよ。あしからず)。でも、幼い時ほ
ど親の影響を受けやすいものです。とくに母親の影響が大きいです。ですから、母親が不安になってい
ると、それが子どもに伝わって不安を呼び起こすことにもなります。今回は、中学生の方でしたので、
その辺は心配ないと思ったのですが、お母さんにはできるだけきちんとお伝えするように心がけました。
そんななか、マジマジとこちらを見つめる視線が…。そう。ご一緒にいらした小学生の妹さんです。
好奇心旺盛な妹さんで、とても興味を持っている感じだったので、一緒にみていただきました。治療
後、再び確認して、左右の動きの差などが改善していることを確認していただくと、ご家族みんなでよ
ろこんでいらっしゃいました。
こういう瞬間って、仕事冥利につきますよね。
そして、セルフケアのメニューをいくつかアドバイスし、忘れないようにそれらを写メで記録してい
ただきました(←この方法もけっこう使えますよ)
。まずは 1 か月間エクササイズを行ってみて、お母
さんの目から見て、まだ偏りが気になるようだったら相談してくださいと伝えて終了しました。
終わった後に妹さんがひとこと、
「大きくなったらこの仕事をしたい」とお話しくださいました。
ほんとうにうれしかったです。
患者さんが良くなっていくことが一番うれしいのは確かですが、こういうことって何というか新鮮な
うれしさがありました。子ども達から、そのように思ってもらえるっていいですよね。
そしてお会計のとき。おつりと領収書をお母さんにお渡ししたら、また妹さんがひとこと。
「これだけ楽しめてこの値段は安い」
エ~ッ!! エ~ッ!! エ~ッ!!(←お母さん・お姉さん・私の三人)
この年齢にして、そのセリフがでるとは…。すえおそろ…、いや将来がたのしみなお子さんですね。
お母さんもすっかり恐縮なさっていました。
私は常々、人に感動を与えるような仕事をしたいと思っています。どのような仕事でも、プロとして
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行う以上はそうありたいですよね。そして今回の出来事から、子どもたちに夢を持たせられるような仕
事をしたいなぁと思いも、より強く持つようになりました。
器用な人と丌器用な人
その1
2009-10-03 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
ASTR などのテクニックを練習していると、あっという間に身につける人もいれば、なかなか覚える
ことができない人もいます。器用な人と不器用な人ですね。人にはいろいろな個性があるので、これは
仕方のないことです
不器用な人へ。まわりの人がドンドンできるようになっていくと、焦ってしまうかもしれません。で
も、大丈夫ですよ。何を隠そう、私も大の不器用です。私がこの道に進むと決めた時、親からも「お前
みたいな不器用なのが、そんな仕事についたらケガ人がでるワィ」と言われました。ようやく資格を取
った後も、しばらく身体を診させてもらえないほど、手先については全く信用されていませんでした。
実の親からもらったお墨付きのとおり、身につけるまでには、やはり手間ひまかかりました。一緒に
学んだ仲間からは「手と足がバラバラに動いている 」と笑われたこともありました。働き始めて駆け
出しのころ、あまりの下手さ?のためか、施術していた患者さんに「ちょっとアンタ寝てみなさい 」
と突然言われ、うつ伏せにさせられ「こうするのよ!! 」と背中を押されたこともありました。
新人として現場に出たら、まわりからいろいろ言われるものですが、実際に患者さんからマッサージ
された人というのは珍しいのではないでしょうか。悔しくて悔しくて、電車に乗っているときまで自分
の身体を使って練習をしていたら、変質者にみられてしまいました。今となっては良い思い出…という
か、今でも似たようなことが続いているところもあるのですが…。
ちなみに、家族からは今でも仕事以外のことは信用されていません。例えば、車のタイヤ交換は禁止
令がでています。脱輪しそうで、安心して乗れないからだそうです。こんな私でも、おかげさまで無事
に独立して、ごはんを食べていけるようになりました。
このように不器用な人は、技術を身につけるまでは大変な思いをしなければなりませんが、一度覚え
てしまえば強いですよ。
まずは「スランプに強い」といえるでしょう。技術は人が行うものである以上、どうしても波があり
ます 上達すればその波は小さくなって安定するのですが、全くなくなることはなく、大きく落ち込ん
だときはスランプになります。不器用な人は習得する過程で、ひとつひとつの技術を、地道に 地道に 積
み重ねて覚えてきている (というよりもそうせざるをえない ) ので、いざスランプになっても、どこが
おかしいかを自分で見つけやすいのです。私がセミナーで、受講生の方に上手くアドバイスできていた
としたら、それは私自身がすでに経験済みだからです。
182
それに、不器用な人は言ってしまえば、はじめからスランプが続くわけですから、メンタル面も鍛え
られているわけですね。ですから、身につけてからスランプになったとしても立ち直りが早いです。も
しかしたらスランプに陥ったことすら、気づいていないことがあるかもしれません。
そのようなわけで、いかにして身につけるまでを乗り越えていくかがカギになります どれだけ粘り
強く続けられるかが勝負です。それには、
「何としても身につけたい!!」と思えるかが絶対条件になりま
す。私の場合は、手技療法に対して情熱を傾けることができましたが、同じことを経理やITの分野で
できるかというと、そうはいきません。やはり「コレダッ!!」という分野でなければ、粘り強さは発揮
できないと思います。その思いさえあれば見込みは十分にあります。
ただそうは言っても道の途中でつまずき、心が折れそうになることもあるはずです そんなとき、自
分自身に対して行って欲しい問いかけがあります。
器用な人と丌器用な人
≪次回に続く≫
その2
2009-10-10 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
不器用な人がはじめに何かを習おうとしたとき、何か深い霧の中を歩いているような感覚になるかも
しれません。おおまかにはできても、細かいところは何をどうして良いかわからず、自分でもハッキリ
分かるほど手足の動きもぎこちないでしょう。
やがて気持ちが続かなくなってくると、「どこまで、できるようになっているか」というように冷静
に自分をみることができなくなってきます。そして、
「全くできない 」
「とにかく全然ダメ 」というよ
うに、
『できない』ことに意識が集中してしまいがちになります。
でもここで腐ってはいけません。自分との勝負のしどころです。何かをしようとしている以上、全く
できていないなどということはあり得ません。そこで、自分自身へこのように問いかけてみて下さい。
「全くできていないのを 0 点、完璧にできているのを 100 点だとしたら、自分は今何点だろうか? 」
他人に聞いてはいけません。あくまで自分で考えて下さい。間違っていたとしても構いません。感じ
たままで結構です。
20 点でしょうか?35 点でしょうか?40 点でしょうか?仮に 20 点だったとしたら、
次はこう問いかけましょう。
「20 点を 25 点にするには、どうすればいいだろうか?」
いきなり 100 点を目指すというと、現実的ではないでしょうし、気も萎えるでしょう。でも 5 点アッ
プを狙うなら、可能だと思いませんか? 5 点だけなら、手のかたちか、肩の高さか、体幹の向きか、脚
の位置を変えるだけで達成できるはずです。どうすればよいか考えましょう。
183
そうはいわれても、どこが悪いかもわからないかもしれません。それでも考え続けましょう これが
重要なプロセスです。悩んで 考えて 試して 失敗して、また悩んでもわからなかったとき、ここで経
験者からのアドバイスが本当の意味で生きてきます。
漫然と聞いたアドバイスを行っているだけでは、なかなか身につきません。ある種の「飢え」や「渇
望感」が必要です。アドバイスを受けたら、まずはそこだけを徹底的に練習してできるようになりまし
ょう。ほんの尐しでも、やりやすくなっているようなら達成です。間違いなく前進しています。続いて、
30 点をめざすにはどうすればよいでしょう?同じことを繰り返してみてください。
こういう経験を何度も繰り返すと、そのうち「何ができないから上手くいかないのか」が分かるよう
になってきます。これを意識できるようになったら大進歩です。
できるようになるためには、
「はっきりしないもの」が「はっきり分かるようになる」までの過程を、
何度も繰り返し経験する必要があります。はじめに点数を決めて欲しいといいましたが、実はそれに大
きな意味があるのではありません。漠然としたものを、尐しずつはっきりしたものに変えていく手段と
して利用しただけです。漠然としているものを明確にさせる。これは不器用な人が「技術」を身につけ
る上での必要条件だと思います。
「それはわかったけど、こんなことを延々と繰り返さなきゃいけないの」 と、途方にくれる方もい
らっしゃるかもしれませんが心配ありません。同じようなパターンを何度も経験することで、部位が変
わっても習得までのスピードは早くなっています。
「学習」しているからですね。
これまでのプロセスを繰り返していくと、いつの間にか 50 点になり 70 点になりと上がっていきます。
不器用な人は常に地固めをしながら、前に進んでいるようなものですから、進歩は遅いかもしれません
が、そのぶん揺るぎないものになります。マイナス面ばかりではなく、このようなプラスの面もよく理
解し、ご紹介した方法を参考にしつつ、歩んでいって欲しいと思います
ところで、悩むことがクセになっている人は、いつまでたっても「あれができていない」「これがで
きていない」と悩み続けるかもしれません。そんなときは、このように問いかけてみてください。
「3 ヶ月や半年前と比べて、同じことで悩んでいるだろうか?」
悩んでいる内容が変わっているようなら進歩していますよ。続いて器用な人についてです。
≪次回につづく ≫
184
器用な人と丌器用な人
その 3
2009-10-17 20:20:00 | 学生さん・研修中の方のために
器用な人はテクニックを学ぶとき、要領よく勘どころを押さえて、アッというまに覚えてしまいます。
不器用な私から見れば、ホントにうらやましい限りでした。
器用な人を観察していると 2 通りの人がいます。身につけたテクニックを説明できる人と、そうでな
い人です。説明できる人は申し分ないのですが、できない人はちょっと注意が必要です。というのは、
センスの良さを活かして感覚的に行えていても、それがなぜ上手くできているのかがわかっていないと、
スランプに陥ったとき、立ち直るきっかけがなかなかつかめないからです。
そんな方にオススメしたいのが、不器用な人に教えるということです。不器用な人に教えるときは、
技術を分解して説明できなければなりません。あれこれ考えながら、単純化したり、かみ砕いたり、
『例
え』を使って教えていると「あっ、こんなことを自分はやっていたんだ 」という新たな発見がありま
す。
その瞬間、技術はより確かなものになっています。これを繰り返していくことで、無意識に行ってい
たことを意識できるようになり、スランプにも強くなっていくわけです。
ときにはどのように教えてよいかわからず、お手上げになってしまうかもしれません。もしかしたら
不器用な人に対して、イライラするかもしれません。そんな経験ってありませんか?でも実はこれって、
上手く教えられない自分に傷ついて、その怒りを相手にぶつけているにすぎないのかもしれませんね。
世の中、なかなか自分の思い通りにはならないものです。だから、人に一生懸命教えたとしても、相
手の理解して飲み込むスピードが、こちらの思い通りになるはずありません。本当に教えることが上手
な人は、相手が飲み込むまでそれを「待つ」ことができます。
「待つ」ということは、臨床でとても大切な意味を持ちます。とくに私たちが対象としているような、
体性機能障害は広い意味での生活習慣病といえます。生活習慣病は、患者さん本人が自分の生活の中に
ある原因に気づいて納得し、行動に移さないと最終的には良くなりません。
ところが、いくらそれが正しくて合理的だとしても、すぐに実行されるとは限りません。人間は感情
の生き物でもあるので、
「わかっちゃいるけど 」というのも人情でしょう。そこで、伝えるべきことは
伝えつつ、根気よく「待つ」ことが必要になります。だから、器用でせっかちな人にとって、不器用な
人に根気よく教えることは、待つ能力を磨くすばらしい機会となります。
さて、器用な人と不器用な人について書いてきました。このお話を通して私がお伝えしたかったこと
は、器用な人は無意識に行っていたことを意識化させる、不器用な人は漠然としていたことを明確にさ
せることが必要で、見た目の速い遅いはあるものの、内面的には似たようなことが行わなければならな
いということです。一体それは何か?
185
答えは、粘り強く課題と向き合い続けて「心を鍛える」ことです。このようなことをあんまり書くと
説教臭くなるので、
「心の何を鍛えるのか」については、紹介したプロセスの中から察してくださいね。
技術は単なる技術にすぎないという考え方もあるかもしれませんが、心を鍛えることを怠った人は、
腕は良くても、他人よりできることでプライドを満たしているような、横柄な人になっている印象があ
ります。技術の向上と心を鍛えること、この二つは切っても切れない関係だと私は思っています。
使えるかな?
入院中のふくらはぎのケア
2010-03-13 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
今回は、みなさんにぜひお試しいただきたいことがあります。
それは、テニスボールを使ってふくらはぎをケアする方法です。脚のだるさや疲れはもちろんですが、
むくみやこむら返りの予防にも役に立ちます とくに病院や老健施設などでお仕事していらっしゃる方、
「もしかしたらいいかも」と感じられたら、入院・入所中の方におすすめしていただけたらと思ってい
ます。
方法は簡単です。あおむけで寝て、ふくらはぎの下にテニスボールを置き、反対の脚を組むようにし
てのせます(下)
。 もちろん刺激が強いようなら、片脚だけでもかまいません。
そのままで気持ち良いなら、乗せておくだけでもよいですし、金魚運動のように脚を左右にモゾモゾ
動かして刺激してもいいでしょう。けっこう気持ちよくないですか?高齢者の方にとってポイントとな
るのは、この「気持ちよい」ということと「金魚運動」です。
≪これで物足りないようなら、正座をして行う方法もあります。くつぬぎ手技治療院ホームページ 「身
近な道具を使って、かんたん! スッキリ!! コリとり体操」をご参照ください。≫
ご高齢で入院・入所中の方に、よく配慮しなければならないことのひとつが廃用の予防です。とくに、
体幹筋力の維持はとても大切なテーマです。しかし、予防のために運動を行うとなっても、体力が落ち
ていたり、何より気力がわかないと継続は難しいというのが実際のところではないでしょうか。
そのために、このテニスボールを使ったふくらはぎのケアをおすすめしたいのです。このケアのポイ
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ントである「気持ちよさ」というのは、人間の意欲に対してプラスに働きます。
もうひとつのポイントである「金魚運動」は、体幹筋を働かせることになります。実際に行ってみる
と分かりますが、意外と腹斜筋や腰方形筋を使います。入院・入所中の方で脚のだるさやツレを訴える
方は尐なくないと思います。リハビリでカバーしようとしても、他のメニューが優先されると、なかな
か手が回りにくいのではないでしょうか。
そこで、患者さんご本人に自分でテニスボールを使ってふくらはぎケアをしていただきます。この刺
激が「気持ちよい」と感じてもらえるようなら、自発的に継続させやすいはずです。そして、モゾモゾ
動かしている間に体幹筋も刺激され、廃用をいくらかでも防ぐことができるのではないか!そのように
考えています。
廃用を予防するために運動するのではなく、「気持ちよい」ことをしていたら、勝手に運動になって
いるという状態にするわけです。もちろん身体状況にもよりますし、意識があって自分でコントロール
できるということ最低条件になります。ですから、全員に適忚というわけにはいかないはずですが、こ
の方法が役に立つ方もなかにはいらっしゃるのではないかと思います。
私は入院・入所施設で仕事をしたことはないのですが、以前、ケアマネージャーをして施設を回って
いたころ、脚のツレのような、積極的な治療やリハビリの対象にはならないけれど、患者さんが困って
いることを何とかできないものだろうかと考えていました。
治療院を開業してここ数年は、疲れきっていてエクササイズをする気力がわかなくても実行しやすい
ように、身近な道具を使ったケアの方法にも力を入れてきました。とくにテニスボールを使ってケアす
る方法は、日ごろ運動をしない方、運動嫌いな方でも気に入って習慣にされることが多く、手ごたえを
感じていました。
たまたま他の病気で入院して方が退院してきた後、「同室の人たちは背中が苦しそうだったり、脚が
つって大変そうだったけど、自分はベッドの上で、テニスボールでケアをしたらそのようなこともなく、
快適に過ごせた」というお話をうかがい、今回のようなことを思いつきました。
私の治療院を利用して下さる看護師さんたちにもお話しするのですが、なかなか勝手に取り入れるの
は難しいようです。コストもあまりかからず、よい方法だと思うので私としては何とか広めることがで
きないものかと考えています。このブログをご覧になっているみなさん、興味を持っていただけたら、
ぜひお試しになってみて下さい。結果や感想をお教えいただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願い
します。
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ちいさな石ころ
2010-04-24 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
私の治療院は、ひとりでやっている、ちいさな治療院です。
一日に診ることができる患者さんの数も多くはありません。
世の中全体から見れば、やっていることはちっぽけなことかもしれません。
でも、意外とそうでもないと思っています。
患者さんは治療院の外に出ると、さまざまな方と関わり合います。
ということは、ひとりの患者さんを元気にすることができれば、その先にいる人々にも影響を与える
ことになります。
症状が出て辛いときには気持ちに余裕が持てないために、家族にもきつく当たるかもしれません。
仕事も思ったように仕事がはかどらないでしょう。
そのためにイライラしたら、自分だけではなく、まわりにいる人たちも不快な気持ちにします。
しかし、元気になれば、家族ともおだやかな気持ちで過ごすことができます。
家族も心地よく過ごすことができます。
その気持ちで家族が他人に接すれば、その先にいる人にも心地よさを与えることになります。
仕事も、効率が上がったり、新しい発想が生まれやすくなることで、活気づくかもしれません。
職場やお店の雰囲気もよくなるでしょう。
すると取引先やお客さんにも、よいサービスを提供しやすくなるはずです。
よいサービスを受けた人は気分がよくなって、その先にいる人にもよい影響を与えます。
こうして、小さな小さな治療院だけど、その影響は地域から街全体に広がっていくことになります。
ちょっと楽観的すぎるでしょうか。
たしかにそうかもしれません。
でもそう思い、信じることができれば、毎日の仕事がとても楽しくなります。
そのような想像力は、臨床家にとって大切ではないかと私は思います。
私たちは、ちいさな石ころにすぎません。
でも池に落ちた石ころは、自分の大きさの何十倍も何百倍も大きな波紋を広げることができます。
私たちはちっぽけな存在ですが、自分たちが思っている以上に、世の中をより良くしていく力がある
のではないかと、私は信じています。
188
「自然にみる」
ことの難しさ
2010-06-05 20:00:00 | 治療についてのひとりごと
わたしは筋力検査を封印しています。
「なんのこっちゃ?」
そう感じられた方も、いらっしゃるかもしれません。とはいっても、いわゆる徒手筋力検査(MMT)
ではありません。それは必要に忚じて行っています。何かというと、オーリングテストや、カイロプラ
クティックのアプライドキネシオロジー(AK)で用いられる筋力検査です。患者さんが力を入れた瞬間の、
筋肉の反射的な反忚をみるので、筋力反射検査といった方がよいのでしょうか?
じつは一頃、AK をほんの尐しだけ勉強したことがありました。セミナーに出たり、考案者のグッド
ハート DC が来日した時には、話を聞きに出かけたりもしました。AK で用いられる筋力検査では、反
忚が弱化した筋肉を調べ、何らかの刺激を加えた後、筋力が回復しているかを検査します。治療後に筋
力が回復していたら、治療成功というわけです。
ある日、大腰筋の筋力検査を行っていたとき、自分が恐ろしいことをしていることに気がついてしま
いました。なんと私は、治療前の筋力検査ではしっかり力を加え、治療後の筋力検査では軽めに加える
ということをしていたのです。
同じように検査しなければならないのに…。若気の至りでしょうか。私の中の、デビルくつぬぎ の
ささやきに負けていたようです。
そこに、エンジェルくつぬぎが、
「お前っ!! チョロまかしとるやないか~」と、後ろからハリセンで
頭を叩いてカツを入れてくれました。どうやら、デビルくつぬぎ よりも、エンジェルくつぬぎ のほう
が厳しいようです。ようやく目を覚ました私は、「アカン、こんなスケベ根性丸出しの、煩悩のかたま
りやったら、筋力検査を使う資格がないわ 」と封印することにしました。
あれから 10 年ほど経ちましたが、未だに煩悩が抜けきらないので、封印したままになっています。
かといって筋力検査を否定しているわけではなく、(できないのだから肯定も否定もしようがないのです
が )、いつかまた勉強し始めるかもしれないと、自分の中で保留にしています。
そのようなわけで、セミナーなどでお会いした方に、筋力検査のことを質問されることがあるのです
が、正直困ってしまいます。とにかく今は、自分が納得して行える評価の方法、触診に磨きをかけるよ
う心がけています。
しかし、触診も自分が納得できたとしても、客観的に示すのは難しい…。しかも、先入観を持って触
診すると、そのように見えてしまうから不思議です。たとえば、左短下肢が多いという頭で触診すると、
本当にそう見えてしまいます。これは、左短下肢に見えるような視点で見たり、触れ方や、動かし方を
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してしまうからだと思います。私が筋力検査で行っていたことと、似たような誤りですね
触診にせよ筋力検査にせよ、先入観や思い込みを持たず、鏡に映るのように、自然にありのままを見
なければなりませんが、これが一番難しいことだと思います。茶道でも、自然が一番だが、それが一番
難しいと教えていたと思います。ゴルフでも、自然なスイングが一番といわれるそうですが、やはりそ
れが一番難しいのだそうです。何ごとにも通じることなのですね。
「自然にありのままをみる」とは一体どういうことなのか?まったく悩みは尽きません。
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Ⅸ.よもやま話
はじまりはじまり
2008-01-29 22:37:39 | よもやま話
みなさん、こんにちは。
ついにはじまりました「くつろぎ通信」。手技療法の考え方やテクニックのこと、生まれも育ちも大
阪の私が、北海道で暮らして思うこと。そして、いっしょに暮らしている 3 匹のネコのことなど、思い
つくままつづっていくつもりです。
じつは私、生まれてこのかた日記・手帳というたぐいは続いたためしがありません。ブログも一度挫
折し、二度目の挑戦になります。今回も、こういうことにズボラな自分の性格を思うと、はじめは腰が
重かったのですが、
「徒手医療協会のために!!」という古川理事長の熱い思いに動かされ、気持ちも新た
にスタートすることにしました。
さてさて、いつまで続くことやら。われながらホンマに見ものです。わたしもくつろいで書いていき
ますので、どうか遊びにいらしたみなさんもくつろいでご覧下さい。
ずうずうしいツクシ
2008-02-09 21:47:54 | 我が家のドラ猫たち
わが家には 3 匹のネコがいます。手前からカンタ(5才♂)・タスケ(推定 16 才
♂)・ツクシ(2才♀)です。みんな元捨て猫で、義母と妻が拾ってきました。
私はもともと犬派だったんですが、ネコと住むようになってすっかりネコ好き
になりました。
なんといってもしぐさが面白い。
3匹の中でいちばん若いのがツクシで、私が名前をつけました。ちょうど去年の今ごろ、雪深い寒い
季節に拾ってきました。汚れた体をゴシゴシ洗ってきれいになった毛の模様が、私が小さい時に遊んだ
ツクシの原っぱのようだったので「ツクシ」と名付けました。
われながら気に入っている名前です。
けれどもこのツクシ、なぜか私になつきません。
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まず寄りつかないし、体をなでてあげようとしたら目がビックリ目になるか、迷惑そうな顔をします。
反対に妻にはベッタリで、抱っこしてもらいたくて体によじ登ろうとしたり、ずっと後をついて回ろ
うしとます。
なんやろう、この待遇のちがい…。
名前が気に入らんかったんやろうか…
ちょっとジェラシー…
ところが先日、義母と妻が3日ほど留守にしたとき、ツクシの態度はコロッ
とかわりました。ちょっと見てください、この必死のゴマすりよう!!
しかし、目は甘えていない!! 「チッ、たまにはあいそよくしてやるカッ」と
いわんばかりのふてぶてしい表情。
ホンマにあきれました。たくましいというのかなんというのか、エライずう
ずうしい奴やっ。
ツクシ… おまえ人間やったら嫌われんで
エヘへッ、イヤ~お恥ずかしいニャー。(ツクシ談)
そして妻が帰ってきた後、再び私は相手にされなくなりました…。
メタボなカンタ
2008-03-15 20:40:46 | 我が家のドラ猫たち
我が家は札幌にありますが、一番下に写っているカンタは東京生まれです。
当時、東京都の練馬区に住んでいたのですが、妻が近所の石神五公園で拾ってき
ました。
その頃の私は、とくべつ猫好きではありませんでしたし、住んでいたアパートは
動物×なので、私の口から出てくることばも当然「ダメッ!!」
。
すると妻は、あろうことか「札幌の実家に連れていく」などと言い出したのでした。
開いた口がふさがらない私を横目に、サッサと準備を進めた妻。こうして飛行機代、猫を入れるゲー
ジ代と、バカにならないお金をつかってカンタは札幌にやって来ました。
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札幌では義母が育てたのですが、生まれたときから飢えを経験していたらしく、
食べても、食べても、食べても、食べても、まだ欲しがったそうです。
情にほだされた義母は、ついついエサをあげすぎてしまいました。
その結果はじめは、こん~なだったカンタは、私たちと同居したときにはすっ
かりこのとおり、
ど~んとダンボールにもナミナミいっぱいの、メタボになっていたのでした…
まあ、こうなってしまうのは飼い为の責任なのですが、お願いした立場の妻と
しては義母にキツイことも言えず、尐しずつダイエットすることに。
そうなるとお腹の空いたカンタは、野性が目を覚ましたかのように、ちょっと
目を離したスキに私たちのおかずを取っていくのでした
そんな仁義なき争いが数年続き、中年にさしかかったカンタ。さすがに自分の
体のことを気にし始めたのか、次に手を出し始めたのが義母の健康食品。
よっぽど気に入ったのか、寝ていても手でキープしています。
でもこれはブルーベリーやから、あまり君の役には立たへんと思うんやけど…
ヘッ?
くつろぎ手抜治療院???
2008-05-03 22:06:58 | よもやま話
私の治療院は「くつぬぎ手技治療院」という名前です。
「 手技(しゅぎ) 」は、マッサージや指圧、整
体やカイロなど、手を使って治療する方法をまとめた手技療法のことを指しています。
『 指圧や整体などのテクニックをむりやり患者さんに当てはめるのではなく、身体の状態をよく診
て、その人に合った方法で治療する治療院にしたい!!』という、私なりの思いを込めて名付けました。
ところが…、いくら自分に思い入れがあるとはいえ、「~マッサージ」や「~整体」というものと比
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べると、当然ながら一般の方にはあまり耳慣れません。そのためか、開業してからもなかなかPRが上
手くいかず、
「あぁ、なかなか患者さんが来てくれへん。どないしよう」と、悶々とした毎日を送って
いました。
そんなある日…、買い物をしたときに書いてもらった領収書の宛て名をみて、私はガクゼンとしたの
でした。
『くつぬぎ手抜治療院』
『くつぬぎ手抜治療院』
『くつぬぎ手抜治療院』
手抜(てぬき)やて~っ!! そらアカン。
「手技」やのに「手抜」と読まれたら誰も来るわけないわ…
当時はせっぱつまっていたので、けっこう落ち込みました。
それからしばらくたって、別のお店で領収書を書いてもらったら、今度は、
『くつろぎ手技治療院』
くつろぎ…か
まぁ これはこれで悪くないかも…。ア~ァ、もうエエヮ。何とでも勝手に呼んでちょうだい。
いや、ちょっと待てよ。こうなったらいっそのこと「くつろぎ手抜治療院」に名前を変えてみよか。
どんな治療院やと思われるやろか。それはそれでオモロイかもしれんなぁ。などと、一人で考えて笑っ
ていました。
経営に波風はつきものです。時にはこんなユーモアも、しんどい時を乗り越えるために必要かもしれ
ません。今ではおかげさまで、たくさんの方に利用していただける治療院になり…つつあります。これ
からもしっかり治療して、ほんとに「手抜」治療院なんて言われないようにがんばりたいと思います。
ところで「くつぬぎ」ですが、私の本名ですからね。
時々、芸名か何かだと思う方もいらっしゃるのであしからず。
そういえば、
「くつ」を「ぬぐ」から、
『足裏マッサージ』の店かと思った方もいたっけなあ。変わっ
た名前というのは、それだけでいろいろなドラマがあるものですね。
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感謝 感謝 の3周年
2008-09-06 20:33:47 | よもやま話
9 月 2 日に開院 3 周年を迎えました。
ありきたりな言葉ですが、アッという間の 3 年でした。おかげさまで、最近は多くの方がご来院され
るようになり、ただただ、ありがたいと感謝しています。
思い返せば 3 年前、気合いを入れ鼻息を荒くして開業したものの、はじめ (どころかしばらく) は大
変でした。治療に関してはそれなりに経験を重ねていましたが、商売はズブの素人ですから当然といえ
ば当然かもしれません。それに、医療は保険がきくのが常識のなか、自費の治療院ですから、どこの誰
がやっているのかわからないうちは、患者さんにとっても敷居が高くて当たり前です。
とくに滅入ったのは、開業して半年が過ぎた 2 月でした。この時期、札幌の街は深い雪におおわれま
す。ただでさえ尐ない売り上げの中、1 週間、誰も来なかったときがありました。さすがに開業して半
年もたつのに、このありさまだと気持ちは落ち込みます。気持ちだけではなく、通帳の残高もドンドン
落ち込みます。
1 日誰も来ない治療院にいて、夜、外の看板を下げにビルの三階から降りて行ったとき、一階の焼肉
屋さんで家族や仲間同士で楽しそうに食事をしている人たちの姿が見えました。ガラス1枚へだててい
るだけなのに、まるで別世界にいるようでした。
気分はマッチ売りの尐女です(こういうことを思いつくので、根は楽天的かもしれません)。
こうなると、
「自分はもう、世の中から必要とされていないんとちゃうやろうか」というようにロク
なことは考えなくなり、気持ちもおかしくなりかけます。でもそのときは、家族に支えられてふんばれ
ました。
雪が解けかけたころ、学生時代に住み込みで新聞配達をしていたときの先輩から、数年ぶりに電話が
入りました。先輩は東京で衣料品販売の事業を起こされていて、すでに数店舗経営しているという商売
でも私の先輩です。連絡無精で開業したことを伝えていなかった私に「冷たいなぁ、どうして何もよこ
さなかったんだよ」とひとこと言われたあと、私がどのように商売をしていて、今どういう状態か話を
すると、先輩から「ダメだそれじゃ!!くつぬぎの思いを患者さんに伝えられていないッ!!」と一喝されて
しまいました。
その後、電話で、メールで経営のため(この場合は集客)の個人レッスンが続きました。同じ釜の飯を
食べた先輩後輩や仲間というのはありがたいもので、家族みたいに親身になってくださいました。先輩
からアドバイスを受けながら、ホームページを作り直したり、自分の思いを伝えられるようにチラシを
工夫して、それをプリンターで印刷し(このとき、経費を抑えるための補充インクも教えてもらいました)、
早朝に一人でポスティングしてまわり、その反忚をみてまた作り直したりとあれこれやりました。
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そうするうちに尐しずつ患者さんがみえるようになり、3年たった今では、患者さんからの紹介で新
しい方にご利用いただき、その方がまた紹介してくださるというようになりました。
今回は先輩のことだけ紹介しましたが、このように「もうダメだ」と思ったときに誰かが手を差し伸
べてくれる、人生の不思議さ面白さ、そしてありがたさに触れた3年間でした。節目になるこの機会に、
ご縁があったすべての方に感謝いたします。
振り返ると、はじめのうちにあのような思いを味わって良かったです。最初から順調だったら、傲慢
になっていたかもしれません。今は、自分の掲げた看板に人が集まってきてくださっているこの喜びを、
かみしめながら日々治療をしています。事業をはじめた者にとって、これほどありがたいことはありま
せん。まだまだ小さなイカダの船長ですから、いつ転覆?するかわかりませんが、今の気持ちを大切に
毎日過ごしていきたいと思っています。
信じる者と書いて「儲かる」と読む?
2008-09-14 00:26:02 | よもやま話
今回は、珍しく経営の話。
治療院経営を三年続けるなかで、気づいたことがありました。私は商売についてはズブの素人だった
で、開業準備のころからいわゆるビジネス本を読みあさっていました(はじめは書店で買って、経営が
あやしくなってきたら古本屋で買って、いよいよダメになってきたら図書館で借りて)。その中に書い
てあったことで、気になる文言がありました。
「信者と書いて儲けると読む。だから、儲けるためにはお客さんを信者にしなければいけない!!」
「ツ
ールや特典などを駆使して、お客さんを信者にするためのシステムをつくりあげる!!」などなど。
「お客さんを信者にする」私はどうもこの表現に違和感を持ってしかたがありませんでした。そのよ
うに書いてある本は何冊もありましたし、実際にそのように話している人にも会いましたが、やはり釈
然としませんでした。
そして三年たった今、わかりました。これは、
「お客さんを信者にすると儲かる」のではなく、
「お客
さんを信じる者が儲かる」という意味なのだろうと。お客さんを信者にしようとする態度は、売り手側
の視点に立つことになり、お客さんを信じる態度は買い手側、つまり顧客の視点に立つことになる、と
もいえるでしょう。
確かに、お客さんを信者にしたら短期的には利益を上げるかもしれません。しかし、売り手側の視点
にあまりにも偏ると、お客さんを属性や数字などのデータでしかみられなくなるかもしれず、そうなる
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とお客さんの心が離れてしまうのはあきらかです。
コミュニケーション技法をはじめ、ツールやキャンペーンなどテクニカルなことも、営業活動を通し
て得られたデータも、商売をする上ではもちろん必要です。私もこれらを知らなかったばかりにえらい
目にあいました。でもテクニカルなことを、どのような考えや信念(おカタくいうと思想や哲学)のも
とに行っているかがいちばん根本的なことです。これを「木」で例えると、テクニカルなことは「枝葉」
にあたり、考えや信念は「根」にあたるといえるでしょう。
枝葉は目にはっきり見えて、あちらこちらに枝分かれ(方法や手段がいろいろあるということ)して
います。そして根は地面の下にあって表には見えませんが、木全体を養っています。だから、どのよう
な考えや信念を持つかによって、同じ営業手法でも結果が違ってくるわけですね。
ところで、私たち医療者にとっては「お客さん」を「患者さん」とおきかえても通用します。良い医
療を行うためには信頼関係が大切、患者さんから信頼されるような医療者になければならないという話
はよく聞きます。そのために、接遇などのテクニカルな研修もさかんに行われます。これも大切ですが、
でもその前に私たちがしなければならないのは患者さんを信じることではないでしょうか。
商売人にとって大切なのはお客さんを信じること。医療者にとって大切なのは患者さんを信じること。
これが 3 年の間、体験を通して学んだことの一つです。
迎春:タイトル変更しました
2009-01-03 10:41:55 | よもやま話
あけましておめでとうございます。
新しい年を迎えたのを期に、ブログのタイトルも変更してみました。その名も「手技療法の寺子屋」
です。そう、当院で開催しているセミナーと同じタイトルです。
今月でブログを開設して 1 年になろうとしていますが、あらためてバックナンバーを見てみると、な
んとほとんどが手技療法の記事でした。そういえば、私は生まれてこのかた日記が苦手で続いたためし
がなく、夏休みの宿題の日記も 8/31 にでっち上げて書いたものでした。しかし、手技療法のことなら、
あれこれ頭を悩ませつつも書くことができます。それならということで、いっそタイトルも変えてしま
うことにしました。
寺子屋といえばその昔、読み・書き・そろばんなどの基本を繰り返していねいに教えたそうです。私
が当院のセミナーを「寺子屋」としているのも、手技療法の基本的なところをじっくり大切に伝えたい
と思ったからです。今の世の中は忙しいためなのかインスタント感覚が为流のようで、てっとりばやく
身につけようとする方が多いように思います
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しかし、やはり手間ひまかけないと身につかないことはたくさんあります。評価にせよテクニックに
せよ、技術的なことは繰り返し練習しなければなりません。球技のドリブルやシュート、格闘技の突き
や蹴りなどの基本練習というのがどれほど大切なものなのか説明はいりません。ところが手技療法は、
その基本を習得するステップすら整備されているとはいえないのではないでしょうか。
基本の中でも私がいちばん重視しているのは、何度も書いて来ましたが「身体の使い方」です。テク
ニックを使うとき、身体の力を使ってということはよくいわれます。ではどう使うかというと「体重を
乗せて!!」にとどまっていることが多いようです。そのため、体重を乗せにくいところは手先の力を用
いがちです。
手先の力を使うと、組織の緊張状態を感じ取るモニターの感度が落ちるとともに、微妙な力のコント
ロールをしにくいので患者さんによけいなダメージを与える可能性があります。そして、セラピスト自
身の身体も傷めやすくなります。
せっかくこの業界に入ったのに、指などの身体を傷めて離れてしまう方と今まで何人も会ってきまし
た。自分の身体を傷めるというのは、たいへんマジメな方です。手を抜いて適当にやっていたら、自分
の身体を傷めるなんてことはないでしょう。そんなマジメな方が、業界から離れてしまうなんて私はと
ても悲しいです。そのようなことが起きないよう、習得方法をステップ化していく必要があります。
センスがものをいう側面があるのは何ごともおなじですが、それを技術化して、より多くの方が努力
さえすればきちんと習得できるように整備していくのは、先にこの道に入った者の務めだと思います。
また、それが多くの患者さんのためにもなります。ですから私は、いろいろなテクニックの共通要素を
まとめて、どのテクニックを行うにせよ身につけておかなければならない技法を整備したいと思ってい
ます。
まずは私自身も考案にかかわった ASTR を为として、試行錯誤しつつその成果をお伝えするつもりで
す。
「手技療法の寺子屋」にはそのような思いを込めています。セミナーと合わせて、ブログでもその
ようなことができたらいいなと思います。でも考えが煮詰まって、更新が滞ったときはご勘弁してくだ
さいね。
それでは、今年もよろしくお願いします。
感謝 感謝 の 4 周年
2009-09-05 20:00:00 | よもやま話
おかげさまで 9 月 2 日に開院 4 周年を迎えました。そして、北海道に来て 5 年が過ぎました。多くの
方の支えがあって、ここまで来ることができました。ほんとうにありがとうございます。
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思い返せば本業はもちろんですが、それ以外のこともいろいろ経験することができた 4 年間でした。
これまで縁もゆかりもなかった土地で開業したためか、単に商売下手なのか、はじめの 1 年半は赤字
でした。誰も来ない日がしばらく続くと、自分は世の中から必要とされていなのではないかと、ロクで
もないことを考えたものでした。
ちょうどそのとき、昔、新聞配達をしていた頃の先輩が心配して声をかけてくださりました。先輩か
らアドバイスをいただいてチラシをつくり、早朝にポスティングをして回りました。あるマンションの
集合ポストに『無断でチラシをいれた業者は、罰金として 3 万円をいただきます』と書いてあるのを読
んで、本気でビビッてしまいました。
そのようなこともありましたが、尐しずつ成果が出て、おかげさまで今では多くの方にご利用いただ
けるようになりました。ついつい、
「技術さえ身につければあとは大丈夫」と思いがちだったのですが、
いかにPRするか、つまり、自分のことを知ってもらうかということの大切さを思い知らされました。
ヒマな状況を何とかしようとホームページでのPRも考え、金銭的な余裕がないので自分で作ろうと
したものの、なかなか上手くいかず、何度もパソコンに向かってパンチしそうになりました。ながーい
時間をかけてようやくできた自作のサイトに、幸いにもFMラジオ局が目を留めてくださり、出演の依
頼が舞い込みました。
ところが、せっかく出演したラジオなのに、緊張のあまり話もできず、パーソナリティーの方の話に
うなずくばかりで、終わった後に「ラジオでうなずいとっても意味ないがな~」と打ちひしがれました。
でもありがたいことに、番組を聞いていたリスナーの方がご来院くださり、その方がどんどん紹介して
くださりました。
前職でお世話になった松本先生と一緒に考案した「ASTR」が、共著で医道の日本社より出版され
ることになり、本を書くという貴重な経験をすることができました。原稿を書いているときは、治療院
がまだ赤字の期間中だったので、ゆっくり時間をかけることはできたのですが「こんなヒマヒマ治療院
の院長が、本なんて書いてエエのやろうか」とか、
「本の出版もいいけど、治療院をまず何とかセエよ」
と自分にツッコミを入れながらパソコンに向かっていたことを覚えています。それでも、松本先生や編
集部の担当者さんと、メールのやり取りをしながら本を作っていったのは本当に楽しかったです。おか
げさまで、
「ASTR」は専門書にしては多くの方にご覧いただける本になりました。
本の出版にあわせてDVDも撮影され、緊張で汗だくになりながら実技の解説をしました。セリフを
必死になって覚えたのですが、スポットライトがパッと光った途端、頭の中からセリフもパッと消えて
しまいました。何度もカットが入り、撮影スタッフの方々にも迷惑をかけてしまいました。撮影は2台
のカメラで行われたのですが、どっちを見ればよいのかわからず、あいだを取って2台のまん中を見る
という、我ながら間の抜けたことをしていました。
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仲間の支援のおかげで「徒手医療協会」さん为催のASTRのセミナーが開催されるようになり、北
海道でも「北海道ハイテクノロジー専門学校」さん、「札幌高等盲学校」さんからのご依頼でASTR
セミナーを行いました。最近では訪問マッサージの「まごころベルサービス」さんから、定期的にセミ
ナーの依頼を受けるようになりました。そして自分の治療院でも、「手技療法の寺子屋」というセミナ
ーを開催するようになり、札幌でも尐しずつ手技療法を伝える仕事を行えるようになってきました。
また、ASTRを出版したおかげで、札幌で「オリエント歯科」さんを開業されている安五先生とご
縁ができ、北海道全身咬合研究会に参加させていただくようになりました。この会は、歯の咬み合わせ
と全身の関係に関心をもっている歯科医師の先生方の集まりです。歯科医師のグループのなかに、ひと
りポツンとマッサージ師が入っている状態なので、はじめの頃は歯科の専門用語がチンプンカンプンで
した。でも、先生方が親切に教えてくださったので尐しずつ理解できるようになり、おかげさまで今で
は会の中で「歯科医師のための手技療法」というセミナーを、シリーズで行わせていただけるようにな
りました。
患者さんからご推薦をいただいて、雑誌で紹介されたこともありました。取材で写真撮影のとき、な
かなか上手く笑顔をつくれず、苦戦しました。すると、記者の方が不意に突然、「あ~、先生の人柄が
あらわれている、とってもいい笑顔ですね」なんておっしゃったので、私は「なんのこっちゃ」と思わ
ず吹き出したら、その隙にバシャバシャバシャバシャと写真を撮られてしまいました。プロの手口はこ
ういうものかと、思わず感心してしまいました。
道(未知)というのは、一歩の行動からどんどん切り開かれていくものなのですね。これまで私なりに
もがんばってきたつもりですが、それ以上に出会った多くの方の支えがあったからこそやって来られた
ことを実感しています。私はもともと独立心が旺盛なのか、「自分でやろう」とする気持ちが、どちら
かというと強いほうです(自宅では、出したら出しっぱなし、開けたら開けっぱなしというのはさてお
いて)
。
でも自分でやろうとすればするほど、陰になって支えてくれる人の存在がいかに大きいかを、かえっ
て思い知らされてきました。だからこそ私達の先祖は「おかげさま」という言葉をつくり、影から支え
てくれる人たちを大切にしてきたのかもしれませんね。ほんとうに良い言葉だと思います。私には特定
の信仰心はありませんが、この「おかげさま」だけは自分の中で大切にしつつ、これからもがんばって
いきたいと思います。
そして、家族へ。開業後のシンドイ時期をよく支えてくれました。長い間、赤字だったにもかかわら
ず「稼ぎが悪い」なんてことは一言もいわなかったこと、私にとってはとてもありがたかったです。日
ごろは口うるさいですが、いざとなったら一番の「おかげさま」になってくれる。そんな家族に心から
感謝します。
200
あけましておめでとうございます。めでたく 100 回突破!!
2010-01-02 20:00:00 | よもやま話
あけまして、おめでとうございます。いつも「手技療法の寺子屋」ブログをご覧いただいてありがと
うございます
2008 年の 1 月から、ほぼ週 1 回のペースで続けてきましたが、お陰さまで 100 回を突破していまし
た。第 1 回でも書いたのですが、私は日記というのが苦手で、これまで 1 週間と続いたためしがありま
せんでした。このブログは、日記とはいえない内容ですが、それにしてもここまで続いたのは私にとっ
て快挙です。みなさんに感謝感謝です。
あらためて過去の記事をパラパラと読み直して見ると…
…
…
…
アレアレ、知らない間に内容が重なっているところもあるナァ。書くときは、毎回新鮮な気持ちで書
いているつもりなのですが…。まあ、重要なことは繰り返しが大切ということで…。いやいや、もしか
してそろそろネタ切れなのかも…。
これからも同じようなことがあると思いますが、ご容赦のほどを。この「手技慮法の寺子屋」ブログ
を続ける中で、いつも心に留めてきたのは、できるだけ臨床に近いことを、分かりやすく書こうという
ことでした。
ときには「ことば」で表現することが難しいものもありました。テクニックを用いるときのちょっと
したコツなどですね。でも、それを知っているかどうかで結果が違ってくることもあるので、上手く書
けたかわからないのですが、脳ミソをできるだけシボり 、例えやイメージを用いて表現してみました。
このようなことをしているのも、手技療法に興味を持ったすべての方に、その面白さを伝えたいから
です。せっかく関心を持って手技療法の勉強をはじめても、ちょっとしたコツが分からなかったために
身につかず、離れていってしまうなんてことがあったらとても残念です。その方にとっても、そして、
手技療法によって手助けできたはずの患者さんにとっても。
最近は、手技療法の専門書も増えてきました。内容も、基礎研究の新しい研究結果が反映され、より
詳細になってきています。これは、手技療法の発展のために良いことであるのはもちろんです。ただ、
その半面、とっつきにくい印象を持たせてしまうのではないかという心配も私はしています。
また「触れて動かす」という、ごくごく基本的なところがおざなりになっている気がしてなりません。
手技療法は、もともと『痛いところに手を当てる』という本能的なところからスタートしている、とっ
ても身近なものです。私は手技療法が、
「とっつきやすさ」「身につけやすさ」「使いやすさ」を持ちつ
つ、それがきちんとした根拠に裏付けられ、さらに、より高度なテクニックも備えているという奥行き
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を持ったものになればと思っています
ここまで手技療法の基本的なところにこだわるのは、私は「手で触れる」という行為そのものに、興
味をもってこの世界に入ってきたからかもしれません。「手技療法は体性機能障害を治療する『手段』
のひとつです」と、これまでも書いてきましたので矛盾しているかもしれませんが、私自身にとって手
技療法は「目的」そのものです。大げさかもしれませんが、自分の一部といえるほど手技療法は私にと
って大切なものです。だからこそ手技療法に多くのエネルギーを注ぎ 、たくさんの方に役立てるよう
にしていくことが自分の役割かなと勝手に思っています。
でも裏を返せば、とても偏りがあるといえます。ですから、すべての方が私と同じようなスタイルに
なるのは世の中としても良くないと思いますが、尐しくらい私みたいな人がいてもいいですよね(「う
ん 」と言ってほしい… )
。難しい理論的なことはそれが得意な方にお任せして、私はテクニカルなほ
うでがんばろうかな。
当面は、ASTRをより覚えやすく、より使い勝手の良いもへと整備することに力を入れるつもりで
す。それから、たくさんある様々なテクニックを、使い勝手という観点から統合して整理していくこと
について考え、手技療法の可能性を追求したいと思っています。さらに、触れることによって相手の心
へどのように働きかけることができるのか。そして、触れ合うということは人間にとってどのような意
味があるのか、自分なりの答えを出したいと思っています。
その答えが出るころには、そろそろお迎えが来ているかな? そんなふうに自分の人生を考えていま
す。このブログも、私の脳力的な問題で?いつまで続けられるかというところですが、尐なくてもひと
つの節目として 3 年、来年の 1 月まではがんばりたいナァ、なんて思っています。
ところで、みなさんにお願いがあります。このブログをご覧になって、「あんなことが役に立った」
とか「こんなことがよかった」などありましたら、ぜひコメントください。私も励みになります。
今後ともよろしくお願いします。
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開院5周年と、ブログ連載 150 回を記念して。
沓脱 正計 10/10/10
手技療法の寺子屋ブログ総集編
「手技療法を習得するために ~触診と治療のコツとヒント~」
Copyright (C) 2010 くつぬぎ手技治療院. All Rights Reserved
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