Superyacht Spirit of Tradition

photo by Cory Silken
Superyacht
KAMAXITHA
Spirit of Tradition
文=永井
潤
構成=西
朝子
text by Jun Nagai, edit by Tomoko Nishi
協力=ロイヤルハイスマン
special thanks to Royal Huisman
アムステルダムの海洋博物館前に停泊する
〈カマキシー
タ〉
。長いバウスプリットとプラムバウ、
カウンタースター
ンを持つが、なにより長さに圧倒される。その船首近く
に舫いをとるのは、1749 年の処女航海で沈没した東イ
ンド会社の船〈アムステルダム〉のレプリカ
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水面上の高さを56.8mに抑えたケッチリグ。バウス
プリットだけでなく、カウンターとなったスターンも長
く、長いミズンブームも無理なくシーティングできる。
その結果、ボートの長さに対し、大きなセールエリア
を展開できている チョッピーな波が立つことで知られて
おり、ここで水先案内船として活躍する
ために、長年にわたって改良が続けら
れたのが、長く突き出たバウスプリット
が特徴的なブリストル・パイロットカッ
ターである。
一方、ブリックハムはイギリス海峡に
面した港町で、ここを基地に北海に出
漁していたケッチのトロール帆走漁船
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非常にシャープなバウ。中小型のセーリングヨットでは直立したステムは一般的になってきたが、
特
性(性能)的には超大型艇であってもまったく同じである
が、
ブリックハム・トローラーである。快
速を売りにしており、確かにパイロット
カッターよりは大きく、30mに達する長
さのものもあったが、幅もまた広かった。
この二つを下敷きにすると、果たして
どのような船になるのか ?…… まった
くもって興味津々であった。
水先案内船と
外洋漁船がモデル
ところがである、パイロットカッターと
いうのは、水先案内人を乗せる帆船で
特大セールエリアの確保
あり、沖合いで入港船を長時間待ち、
オランダのロイヤルハイスマン造船
船が来ると早いもの勝ちで水先案内を
次にこのスーパーヨットがニュース
所が「47mのクラシックケッチを建造」
買って出て移乗する、というものだ。
になったのは、2010 年 4月。倒立の状
しようとしている——と報じられたのは
そういった用途の船や、あるいはカッ
態でハルを造った後、正立の状態に
2008 年 6月だった。
ターが日本では「短艇」と訳されること
ひっくり返した時だ。工事ナンバーは
当時の専門誌やウェブサイトの記事
があるように、
これは明らかに小型艇で
388。プロジェクト全体は「Spirit of
には、初期の“パイロットカッター ”を下
ある。それを途方もなくサイズアップす
Tradition (SoT)」
と名づけられていた。
敷きにし、バウスプリットを含んだ長さ
る、というのはなんともイメージの湧か
改めてそのスペックを見てみよう。
は53.75m。アルミハルにリフティング
ないことであった。
ハルの長さは48.97m、バウスプリッ
キール、
カーボンのスペードラダーやス
そんな思いでいたところ、「このスー
トを含めた全長は55.42m。
パーを備え、軽く、セールエリアの大き
パーヨットはブリストル・パイロットカッ
数値的には、水線長 42.08mに対し、
いハイパフォーマンスボートだと書か
ター
(Bristol Pilot Cutter)
とブリック
全幅が 9.06mと細く、排水量は軽めの
れていた。
ハム・トローラー
(Brixham Trawler)
を
245tだ。普通、水線長が 40m台だと
設計は、造船にオランダのディクス
ベースにした」
と再案内されたのである。 重さ300tを超えるのが通例なので、相
トラ 造 船 工 学 所(Dykstra Naval
ブリストルはイギリス南西部の港町
Architects)、インテリアにイギリスの
の地名。この海域は、非常に速い潮と、 ハイパフォーマンスに拍車をかける
当に軽排水量の船といえる。
ローデス・ヤング デザイン
(Rhoades
Young Design)が起用されている。
クラシックボートの良さをスーパー
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ヨットに取り入れようとする場合、
当然の
ことながら元の船のイメージを大切にす
る。サイズを多少変えて造ることはある
にせよ、下敷きとなるのは、基本的に相
当大きいボートであることは必然だ。
ロッカーが浅く、前後に排水量を分布させた高速船型であることをうかがわせる船型。なお、進水から2 年
がたった現在は船底を赤に塗り直している
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たが、日本でのイメージとはほど遠い。
自身がスーパーヨットを所有することも
多く、オーナーにとってはマリンスポー
ツの師であり、遊び相手であり、良き相
談相手となる。
マリンスポーツは奥が深く、
スーパー
ヨットやメガヨットは複雑なものなので、
経験の浅いオーナーがいきなり自力で
購入して遊ぶのは無理がある。超大型
のボートに精通し、遊びの面でも導い
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てくれる師、
いわゆる
「メンター」は必須
メインコックピットからデッキハウス内に入る。中央から左舷にかけてのダイニング、
右舷側にはナビ
ステーションがある。造作のマホガニー、床板のウォルナット、白ペイントの配色が美しい
といえる。ブローカーは、多忙なオー
ナーの意を汲んで代行者として動き、
デザイナーと造船所を決定する。おそ
いうことであろう。なお、氏はコンサル
デザインと呼ばれるデッキ上の意匠に
らく主要なサプライヤーもほとんど決め
タントとして30 年以上の実績があり、
ついては担当の記載がないが、やはり
ているはずである。
近年手掛けたスーパーヨットだけでも、 オリジナルの実用船のエッセンスが大
ただし、技術者ではない場合が多い
トリップデザイン、
ウォーリーブランドの
切にされている。
のが、
リフティングキールだ。航行区域
ので、建造面における実務的な管理は
45m〈Saudade〉、ロイヤルハイスマン
低めにコンパクトにまとめられたデッ
を広くするために不可欠な浅喫水と、
設計事務所、あるいは造船所に任せる
建造の36.5m〈PUMULA〉、ビッター
キハウス、広いワーキングデッキ、そし
性能から要求される深い喫水 &低重
ことになる。造船所の内情に通じてい
ズ建造の42.6m〈Sarissa〉、92 mの
てトラディショナルで頑丈なディテール
れば、工程管理にも口をはさむこともあ
3 本マストスクーナー〈Eos〉
などがある。 などである。構造物のチークにはニス
るだろう。
を刷毛塗り、そしてチーク打ちのフロア
オーナーとブローカーの関係は、し
伝統的なスカイライトが
アクセント
やオーニングは白っぽく、美しい対比を
デッキ上の中心は、中央部のデッキ
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心を両立するための、切り札的なコン
フィグレーションである。
古来から、そのような目的で大型艇
にセンターボードが採用されてきたが、
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上:実用帆船を思わせる上部構造物。オーニングは別として、全体的に高さは低く抑えられている
左下:メインマスト前に設けられたカディの両サイドにあるスカイライトとマッシュルームベンチレータ
右下:前後のデッキハウスの前端にある伝統的な明かり取り。見事な意匠と細工だ
オーナーの外国への転居などがあった
技術の発達により、バルブタイプの低
見せる。では、細部を見てみよう。
重心キールを上下できるようになった。
のハルサイズを何の妥協もなく設定で
ス・コーネルセン。ヨット・コンサルタ
りしても、ほとんど変わることがなかっ
SoTは予定通り2011 年 9月に進水
ハウス。これだけの大きさのボートにか
このため、SoTではスーパーヨットでよ
きる。制限となりそうなのは喫水やマス
ントという肩書になっているが、その
たりする。
し、〈Kamaxitha〉(カマキシータ)と
かわらず、メインデッキハウス内の床位
く見られる5.5mという制限にとらわれ
ト高だが、
リフティングキールとケッチリ
ウェブサイトにはあまり情報がなく、広
こうしたブローカーの呼び名である
名付けられた。
置はかなり下がっており、その後ろのコ
ることなく、
4.5mから6.25mというフレ
グを採用することにより、SoTではこの
く営業活動を行うというよりも、人脈を
が、ヨット・コンサルタント、プロジェク
プラムバウに長いバウスプリット、低
の字型シートとテーブルを備えたコッ
キシブルな喫水を手に入れることがで
問題は回避されている。その結果、
ベースにした仕事をしているのだろう。
ト・マネージャー、オーナーズ・リプレ
めのエレガントに反ったシアーライン、
クピットから、
コンパニオンウェイを上り
きた。
スーパーヨットとしては特大のセール
この人物、いわゆる「ブローカー」で
ゼンティブ
(オーナー代理)
とされること
カウンタースターン、そしてケッチリグ
下りしてアクセスするようになっている。
ところで、5mを超える長いバウスプ
を展開できるようになった。
あると思われる。
もある。SoTでは、
プロジェクト・マネー
は、
オリジナルのブリストル・パイロット
このあたり、完全に伝統的なスタイルを
リットにはどのような意味があるのだろ
ハル材質は、おなじみのアルミ合金
日本ではあまり知られていないが、
ジャー・オーナーとなっている。つまり、 カッターや、ブリックハム・トローラー
踏襲したもの。細かいところでは、デッ
うか。一つは、下敷きになった船の特
アルスター。ラダー、
スパー類はカーボ
欧米では、オーナーがスーパーヨット
コーネルセンから発注されたも同然、
と
を受け継いでいる。
キハウス前部の明かり取りに注目だ。
徴でもあるイメージ的な狙いだ。もう
ンであるが、バウスプリットは高張力ス
やメガヨットを購入する際、多くの場合、
しかし実際には、現代的な細く軽い
コックピットにはオーニングがかけら
一つ考えられるのは、ハルのサイズアッ
テンレス鋼となっている。
このような業者が介在している。
カヌーボディを持ち、
フォアフットなどは
れ、
デッキ上では最も高さが目立つもの
プを避けつつ、一方でセールエリアを
ブローカーはほとんどの場合、個人
ロングキール艇とは段違いの浅さであ
となる。
増したい場合だ。
ヨットコンサルタントの存在
で、オーナーの代理となって新艇のす
る。これだけの大きさでプラムバウと長
その後ろ、ミズンマストの直前にはヘ
べての手配をするだけでなく、ブロー
いバウスプリットの組み合わせは見たこ
ルムステーション。2m近くもあろうかと
の点を除けば、大きくすることによるメ
SoTのオーナー情報は伏されている
カー同士のネットワークを通じて旧艇、
とがなく、非常にシャープで先鋭的な
いう大きなホイールが 2つ備えられて
リットが常にあるが、これほどのスー
が、代わりに興味深い人物の名前を目
すなわち中古艇の流通にも一役買う。
感じがする。
いるが、さすがに昔ながらの木製舵輪
パーヨットとなると、最初からぴったり
にすることができる。その名はジェン
業者、ブローカーという言葉を用い
上部構造物、しばしばエクステリア
ではない。
小型艇の場合は、コストや取り回し
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ばしば生涯を通してのもので、例えば
後ろから見たところで、シアーラインはエレガント
に反っていて、均整のとれた美形である
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コンセプトに合わせて、伝統的なインテ
リアをデザインしてきた。
基本のテーマは、
マット(サテン)フィ
ニッシュされたマホガニーと、白くペイ
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ントされた天井(および壁面や造作の
一部)、そして、ウォルナットの床板であ
る。デッキ上もそうだったが、この三つ
の配色が美しい。
もう一つのテーマは、ハンドワークだ。
白のペイントは刷毛塗りであり、手すり
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などを支える装飾付きの細めの支柱の
ミズンマストの左横あたりからステアリングスペースを見る。縦に二つ並んだウインチはプライマリーと
メインバックステーのように見える
製作には手回しロクロが用いられてい
る。職人の息遣いを感じ取れる、温か
さのある船内だ。
トータルでは、昔の客船風のイメー
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左上:アフトデッキハウスから前方に降りたオーナーズスイート。右舷にはシート、テーブル、カウンターなどがある
左下:アフトデッキハウス内。右舷側を見たところで、左舷はベンチシート。写真右下にベッドが見える
右:このプライベートスペースは、写っていないがミズンマストがあり、階段からデッキハウス内が見えるなど、開放感がある
ジ、といっていいかもしれない。
レイアウトに移ろう
程度が休めるようだ。
軽排水量で、造波抵抗の少ないカ
ミズンマストの後ろにあるデッキハウ
シュルームベンチレータだろう。
メインデッキハウス内は視界も良く、
メインデッキハウスに戻り、今度は後
ヌーボディと大きなセールエリアにより、 ないものだ。これらにより、〈カマキ
ス+コックピットは、メインのそれをサイ
アッパーサロンというべき部屋となる。
部のステップを降りると、ゲストやオー
風速 14ktのクローズホールドで、ハル
シータ〉はレーシングモードから一転し
ズダウンした格好だ。こちらは船内後
開放感あるオーナーズルーム
左舷には10 人くらいまで対応できるダ
ナーのスペースだ。
スピードである18ktに楽々と達し、動き
て、すばやく入港したり停泊したりする
イニングスペース。
左舷に二つ、右舷に一つのゲスト
が非常に軽い。
ことが可能となっている。
の一部となっている。
インテリアを担当したローデス・ヤ
そこから前方に降りると、全幅いっぱ
キャビンがあり、そのほかのスペース、
特筆すべきはそのヘルム・フィーリ
トライアル・セーリング後、〈カマキ
デッキ前半には大きな構造物が少な
ング・ デザインは、他 にも36.5mの
いのもう一つのサロン的なスペースが
つまり後部のデッキハウスやコックピッ
ングだ。適切なフィードバックのあるダ
シータ〉は大西洋を横断し、西インド諸
トから降りた、残りの右舷後部の空間
イレクト・ステアリング・システムによ
島の小アンティル諸島に滞在した。こ
部のオーナーのプライベートスペース
く、広いワーキングスペースとなる。
〈PUMULA〉、66.7mの〈Hetairos〉、 ある。左舷は大人の雰囲気のバーが、
メインマスト後ろには両舷の明かり
42.6mの〈Sarissa〉などを手がけてい
暖炉のある居心地の良いセティにつな
は、広々したオーナーズスイートとなっ
り、これだけの大きさのボートが俊敏に
の夏にはヨーロッパに戻って、地中海
取りとテンダー収容スペース。このス
るが、ウェブサイトを見た感じでは、明
がる。右舷はダイニング。その前方は
ている。
反応するという。
中東部のクルーズを楽しむ予定だ。
ペースは、
オープン感あふれるダイニン
るくモダンな内装を得意としているよう
二つのバースのあるコンパクトな船室
ちょっと説明が難しいが、ステップを
ステアリング・ホイールはジブの前
なお、
〈カマキシータ〉は、2013 年 2
グスペースにも変身する。
だ。エクステリアデザインも担当するこ
となる。ここは車椅子ユーザーにも使
降りたあたりはミズンマストも立ち、一
縁が見やすい位置に配され、タッキン
月、ワールド・スーパーヨット・アワー
マスト前はクルー部屋へアクセスす
とがあり、大 型 船に精 通したデザイ
用しやすく配慮されている。
見ロビーのような空間だが、カーテン
グも、ジブのオーバーラップやインナー
ド 2013のベストセーリングヨット 40m
るためのコンパクトなカディ。ここでの
ナーが顔をそろえているのであろう。
これらのサロンスペースの前方は、
で目隠しされるダブルベッドやバス
フォアステーがないため非常に速く、加
以上部門ファイナリストにノミネートさ
見どころは伝統的なスカイライトとマッ
ただし、〈カマキシータ〉
では、
ボート
ギャレーやクルースペース。最大 8 人
ルームが配され、実際には完全なプラ
速もとても大型艇とは思えないほどで
れたことを付け加えておこう。
イベートスペースとなる。
ある。まさにレース仕様。羊の皮をか
クラシックタイプのボートは、内部空
ぶった狼、あるいはロケット・シップと
間 は 欲 張らないものだが、〈カマキ
の異名の通りだ。
左:ロワー・サロンスペースの左舷側後方、すなわちステップを降りると左側にある“ジェントルメンバー ”
中:“ジェントルメンバー ” の前方にはL字型セティ。暖炉、TVモニターなどがあるカジュアルなシーティングエリアだ
右:こちらは右舷側にあるダイニング(バウ側より見る)。デッキハウス内のそれと同程度のものだ
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としてきっちりはまり込み、抵抗となら
photo by Cory Silken
S
P
E
C
I
F
I
C
A
T
I
O
N
S
シータ〉も、必要なものをよく吟味した、 62tのリフティングキールは、10 度
photo by Cory Silken
雰囲気のある内装といえる。
ヒールしていても2 分 15 秒で上下でき
ることが確認された(たいていのリフ
レースからクルージングまで
ティングキールはアップライトの状態で
しか上下できない)。
〈カマキシータ〉
は、
テスト・セーリング
アンカーはサブマリンタイプで、通常
で、そのパフォーマンスをいかんなく見
のアンカーと比べて軽量で、スイングす
せつけることとなった。
る部分もなく、揚げたときに船底の一部
KAMAXITHA
○全長(含バウスプリット)
:55.42m/181.8ft
○全長(ハル)
:48.97m/160.7ft
○水線長:42.08m/138.0ft
○全幅:9.06m/29.7ft
○吃水:4.50 〜 6.75m/14.8 〜 22.3ft
○排水量:245t
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