マラソン大会における 事故と民事責任

連載
No. 5
基礎から学ぶ「スポーツと法」
マラソン大会における
事故と民事責任
―― 損害賠償請求についての基本的知識
高松政裕
1.はじめに
本年3月22日に東京マラソン2009が開
スポーツ法政策研究会、京橋法律事務所、弁護士
する基本的知識の解説を折り込みつつ、説
d「bとcとの間に因果関係があること」
明致します。
が必要です。したがって、被害者側が大会
主催者側に対し、不法行為を根拠として損
催されました。2007年度にスタートした
東京マラソンは、今年度で3回目を迎え、
応募者総数(フルマラソン、10kmを含む)
は定員の約7.5 倍の合計26万1981人に上
2.マラソン事故と
大会主催者側の責任
(1)基本的知識(主催者側に損害賠償
害賠償請求をするためには、上記aないし
dの事実を主張立証しなければなりませ
ん。この他に、もちろん、発生した損害額
り、出走者総数は3万4971人、そのうち
義務を生じさせる法的要件)
についても具体的に主張立証する必要があ
完走者数は3万3916人という結果となり、
1)損害賠償請求の根拠
ります。
マラソン大会に参加したランナーがレー
なお、大会主催者が国または地方公共団
一般の日本人にとってマラソンといえ
ス中の事故で死傷した場合、大会主催者側
体であって、その職員である公務員の不法
ば、一昔前は、アスリートが走る姿を専ら
は、もちろん無制限に損害賠償義務を負う
行為責任を追及するという場合には、その
観戦し、応援する側のスポーツでありまし
わけではありません。大会主催者側の被害
公務員本人に対して損害賠償請求をするの
たが、東京マラソンが開催され、芸能人や
者側に対する損害賠償義務を発生させるた
ではなく、使用者である国または地方公共
多数の市民ランナーがフルマラソンを完走
めの法律上の根拠が必要です。
団体を相手方として、国家賠償法1条に基
完走率は実に97%に達しました。
するのを目にしたことで、自ら気軽に参加
マラソン事故を原因として、被害者側が
づいて損害賠償請求をすることとなりま
して楽しむ側のスポーツに変化しつつあり
大会主催者側に対し、損害賠償請求をする
す。というのも、判例によれば、
「公権力
ます。
場合に考えられる法律上の根拠としては、
の行使」に当たる公務員がその職務を行う
大きく分類して、①不法行為(民法709条)
について故意または過失によって違法に他
掛けるスポーツです。実際に悲しいことに
または国家賠償法1条若しくは民法715条
人に損害を与えた場合には、国または公共
毎年、マラソン大会に参加したランナーが
(使用者責任)に基づくもの、②契約上の
団体が被害者に対して賠償責任を負うので
レース中に急性心不全や心筋梗塞等によっ
安全配慮義務違反(民法415条)に基づく
あって、公務員個人はその責任を負わない
て突然死する事故が発生しています。
ものが挙げられます。①は不法行為責任、
とされているからです(最高裁昭和30年
②は債務不履行責任と呼ばれることもあり
4月19日判決、民集9巻5号534頁)
。
他方で、マラソンは心臓に過度の負荷を
このように、マラソンが、一般市民にと
って、気軽に参加して楽しむスポーツとな
ます。
害賠償請求権を発生させるための要件は、
っていくにつれて、参加者の準備不足等を
原因とするマラソン大会における事故も今
そして、この国家賠償法1条に基づく損
2)不法行為責任
A「原告の権利(または法律上保護された
一般に「不法行為」
(①)が成立するた
利益)が侵害されたこと」
、B「国または
本稿では、マラソン大会において、参加者
めの要件としては、a「原告の権利(また
公共団体の公権力の行使に当たる公務員に
の突然死等の事故が発生した場合(以下、
は法律上保護された利益)が侵害されたこ
よる加害行為の存在」
、C「Bの加害行為
「マラソン事故」と言います)の主催者側
と」
、b「被告に故意または過失があった
が違法であること」
、D「Bの加害行為が
等の民事責任について、損害賠償請求に関
こと」
、c「原告に損害が発生したこと」
、
職務を行うについてなされたこと」、E
後増加するものと予想されます。そこで、
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基礎から学ぶ「スポーツと法」
「当該公務員に故意または過失があったこ
参考までに民法715条に基づく損害賠償請
発生時の救護措置義務」等を負っていたこ
と」
、F「原告に損害が発生したこと(及
求権を発生させる要件を挙げますと、Ⅰ
と、およびそれら「義務違反」の存在を具
びその金額)
」
、G「BとFとの間に因果関
「原告の権利(または法律上保護された利
体的に主張立証していくことになります。
係があること」です。このように、国家賠
益)が侵害されたこと」
、Ⅱ「被用者の加
償法1条に基づく損害賠償請求の場合、公
害行為の存在」
、Ⅲ「行為当時、被告と行
4)不法行為責任と債務不履行責任との
務員の加害行為が国または公共団体の「公
為者との間に使用関係が存在したこと」
、
相違点
権力の行使」に当たることが要件として必
Ⅳ「Ⅱの加害行為が被告の事業の執行につ
では、大会主催者側に対し、①不法行為
要となるのですが、一般に、国公立学校に
きなされたこと」
、Ⅴ「被用者に故意また
を根拠に損害賠償請求する場合と②契約上
おける体育の授業のような教育行政は「公
は過失があったこと」
、Ⅵ「原告に損害が
の安全配慮義務違反を根拠に損害賠償請求
権力の行使」に該当すると解されている一
発生したこと(及びその金額)
」
、Ⅶ「Ⅱと
する場合との具体的相違点はどこにあるの
方で、市民スポーツ大会の主催運営のよう
Ⅵとの間に因果関係があること」です。
でしょうか。
な所謂社会体育の実施は「公権力の行使」
とは解されておりません。ですから、国公
立の学校体育に関連したマラソン事故につ
まず重要なのは、消滅時効の期間の相違
3)債務不履行責任
次に、
「契約上の安全配慮義務違反」
(②)
です。すなわち、不法行為に基づく損害賠
償請求権の消滅時効期間は、原則として被
いては国家賠償法1条に基づいて学校設置
を根拠として損害賠償請求するための要件
害者またはその法定代理人が損害および加
者である国または地方公共団体に対して責
としては、i「原告と被告との間における
害者を知ったときから「3年」ですが、債
任追及できますが、市民スポーツ大会にお
契約関係(または特別な社会的接触関係)
務不履行に基づく損害賠償請求権の場合、
けるマラソン事故の場合には、主催者たる
の存在」
、ii「被告の原告に対するiに基づ
その期間は原則として損害発生時から「10
国または地方公共団体に対して損害賠償請
く安全配慮義務の存在」
、iii「被告の安全
年」です。したがって、不法行為に基づく
求をする根拠は国家賠償法1条ではないこ
配慮義務違反」
、iv「原告に損害が発生し
損害賠償請求権が時効消滅してしまった場
とになります。
たこと」
、v「iiiとiv との間に因果関係があ
合には、債務不履行に基づく損害賠償請求
1)国家賠償法 1 条における「公権力の行使」の意義
ること」が必要です。したがって、被害者
権が実益を持ってきます。
1)
については、学説上諸説あるところです。本稿は通説
的な見解に則って解説しましたが、解釈によっては市
民スポーツ大会という社会体育の実施も「公権力の行
使」に含まれるという見解も存在します。(伊藤進著
「不法行為法の現代的課題」総合労働研究所、84 頁以
下参照)
もっとも、
「公権力の行使」という要件
側が大会主催者側に対し、
「契約上の安全
次に、請求権成立のための要件が異なり
配慮義務違反」を根拠として損害賠償請求
ます。すなわち、上述した各要件を比較す
をするためには、上記iないしvの事実及
ればおわかりになると思いますが、不法行
び発生した損害額について主張立証するこ
為を根拠とする場合には、
「被告の故意過
とが必要となります。
失」を原告が主張立証しなければなりませ
を満たさないために国家賠償法1条に基い
「安全配慮義務」とは、ある法律関係に
んが、債務不履行を根拠とする場合には、
て損害賠償請求ができない場合には、民法
基づいて特別の社会的接触関係に入った当
原告がこれを主張立証する必要はありませ
715条に基づいて主催者たる国また地方公
事者間において、当該法律関係の付随義務
ん。ただし、注意が必要なのは、マラソン
共団体に対し、損害賠償請求をすることが
として当事者の一方または双方が相手方に
事故において被害者側が大会主催者側の責
考えられます。民法715条は、被用者の不
対して信義則上負う義務を言います。法律
任を追及するという場面では、大会主催者
法行為が原因で損害が発生した場合に、被
上具体的に規定されているわけではないの
側に被害発生についての「故意」があるケ
害者が加害者の使用者に対して損害賠償請
ですが、最高裁の判決によって認められ、
ースは考え難いですから、通常「過失」の
求をすることを認めた規定です。この民法
確立された概念です。たとえば、労働契約
有無が争いとなります。そして、ここで
715 条に基づいて発生する損害賠償義務
であれば、雇用主は、労働者に対し、職場
「過失」とは、一般に「結果発生の予見可
は、一般に「使用者責任」と言われます。
の安全に配慮すべき義務を負うというわけ
能性がありながら、結果の発生を回避する
市民マラソン大会の主催者である国または
です。
ために必要とされる措置(行為)を講じな
地方公共団体と職員の関係もまさに使用者
ですから、マラソン事故において被害者
かったこと」
(結果回避義務違反)と定義
と被用者の関係になりますから、職員の過
側が大会主催者側に対し、安全配慮義務違
されております 2)ので、結局、大会主催
失によってマラソン事故が発生した場合に
反に基づいて損害賠償請求する場合には、
者側にマラソン事故という「結果」の「回
は、被害者側は、民法715条に基づいて主
「安全配慮義務」およびその「義務違反」
避義務違反」の存在について、原告は主張
催者たる国または地方公共団体に対して損
の内容として、主催者側が「事前の事故防
立証していくこととなります。すると、こ
害賠償請求をすればよいわけです。なお、
止義務」
「看護救助体制の確立義務」
「事故
のマラソン事故発生の「回避義務違反」と
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「安全配慮義務違反」とは、その内容がほ
公共団体主催の市民マラソン大会での事故
イ.大阪地裁堺支部平成 5 年 12 月 22
ぼ重なってきますから、結果的に、不法行
とに大きく分類できます。そこで、前者を
日判決、判例タイムズ 846 号192 頁
為を根拠とする場合と安全配慮義務違反を
「学校主催型」
、後者を「市民参加型」とし
公立小学校のマラソン大会の前日に、大
根拠とする場合とで、原告が主張立証すべ
て、以下興味深い事例を幾つか概観してい
会の合同練習に参加した小学校6年生の女
きことも重なってくるわけです。したがっ
きます。
子生徒がゴール手前約80m地点で突然倒
れ、急性心不全のため死亡した事故につき、
て、
「被告の故意過失」の主張立証責任に
関し、実質的には両者の間にとくに差異は
2)学校主催型
両親が学校に対し、カリキュラムを策定実
ないと言ってよいでしょう。
ア.静岡地裁富士支部昭和 63 年 10 月 4
施した学校長及び女子生徒を指導した担任
日判決、判例タイムズ 691 号 208 頁
教諭にそれぞれ過失があった旨主張して、
2)潮見佳男著「債権各論Ⅱ
不法行為法」新世社、
27頁参照。
T大工業高校の全校生徒による校内マラ
国家賠償法1条に基づき損害賠償請求しま
要件の点で他に指摘すべき相違点は、債
ソン大会に参加した生徒の1人が、スター
したが、裁判所は、学校長および担任教諭
務不履行を根拠とする場合には当事者間に
ト直後、スタート地点から100ないし150
の各過失を認めず、請求を棄却しました。
何らかの契約関係が存在することが要件と
m進行した付近の防潮堤海側に倒れたま
つまり、上述の国家賠償法1条の要件のう
して必要ですが、不法行為を根拠とする場
ま、発見が遅れ、病院に運びこまれたが心
ち、E「公務員の過失」が認められずに請
合には当事者間の契約関係は不要であると
不全により死亡した事故につき、生徒の両
求が棄却されたわけです。
いう点です。したがって、被害者と大会主
親が高校の設置者であるT大学に対し、安
催者との間で何らかの契約関係が存在する
全配慮義務違反を根拠に損害賠償請求しま
ことを主張立証できない場合には、不法行
した。
為を根拠としたほうがよいということには
裁判所は、T大学の安全配慮義務違反の
3)市民参加型
市民マラソン大会での事故について公刊
集に掲載されている裁判例は非常に少ない
なります。ただし、後述の裁判例のとおり、
有無につき、①「事前の健康チェック」に
ので、関連する例を挙げてみます。
マラソン大会においては、大会主催者と被
ついては、健康診断、数度の試走、体調不
ア.大阪高裁平成 3 年 10 月 16 日判決、
害者との間には何らかの契約関係が認定さ
調者の自己申告調査などを実施し、万全を
判例タイムズ 777 号146 頁
れていますし、また、不法行為を根拠とし
尽くしていたし、②「看護・救助体制」に
和歌山県K町ほかが主催するトライアス
た場合にも、
「過失」の内容となる結果回
ついては、医師を配置していなかったもの
ロン大会における最初の種目である水泳競
避義務の存在を導くために、被害者と大会
の、救助専用車を用意し、養護教諭を待機
技の際に、当時59歳の男性参加者が海上
主催者との間の何らかの法律関係を主張立
させるなどの措置をとっていたものである
で心臓停止に陥り、4日後に死亡したとい
証していくことになりますから、結局、契
が、③「事故発生の監視体制」については、
う事故について、遺族が主催者であるK 町
約関係の存否の点も、マラソン大会におけ
本件マラソン大会の規模、コース、実施方
に対し、安全配慮義務違反または不法行為
る事故の場面においては実質的な差異はな
法等に照らせば、転倒者、落伍者の有無の
を理由に損害賠償請求しました。
いものと言えるでしょう。
調査、確認等の安全保護に万全を尽くした
裁判所は、安全配慮義務違反の点につき、
したがって、マラソン事故について損害
ものとは認められないとして、安全配慮義
まず、参加者と大会主催者との間には「競
賠償請求をする場合に、不法行為を根拠と
務違反を認めつつも、心不全の原因は現代
技会の実施に関する契約」が成立すること
する場合と債務不履行を根拠とする場合と
医学によって解明されていない原因不明の
を認め、本件のような危険を伴う競技大会
では、その要件面においては実質的な差異
疾病であって基礎疾患のないときは予測不
の主催者は、競技コースの設定に配慮する
はなく、両者の最大の相違点は消滅時効の
可能であるうえ、仮に転倒後直ちに発見さ
とともに監視者・救助担当者を設置し、救
期間の差異であると言えます。
れて一定の救助措置を受けたとしても、確
助機器を用意して救助態勢を整え、かつ参
実に救命される蓋然性があったとは認めら
加者に救助を要する事態が発生した場合
れないという理由で、T大学の安全配慮義
や、参加者から救助の要請があった場合に
務違反と死亡との間に相当因果関係がある
は直ちに救助する義務を負うとしました。
これまで述べてきた損害賠償請求につい
とは認められないとして、請求を棄却しま
そのうえで、本件事故について具体的に検
ての基本的知識を前提に、具体的なマラソ
した。つまり、裁判所は、上述の要件
討し、義務違反とは言えないまでもその監
ン事故についての裁判例をみていきます。
(2.(1)の3)参照)のうち、vの「因果
視態勢は不十分であったと認定しつつ、監
マラソン事故は、学校主催の校内マラソン
関係」の要件が認められないとして、原告
視態勢が不十分であったがために救助が遅
大会での事故と東京マラソンのように地方
の請求を認めなかったわけです。
れたとは言えないから男性の死亡との間に
(2)裁判例
1)はじめに
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基礎から学ぶ「スポーツと法」
相当因果関係が認められないとして、請求
は、大会主催者側の安全配慮義務違反の点
合計43カ所配置されていただけではなく、
を棄却しました。つまり、上述の要件
およびこの安全配慮義務違反と被害結果と
コース上を自転車でAEDを背中に背負っ
(2.(1)の3)参照)のうち、iii の「安全
の間の因果関係の有無の点です。裁判例で
て走行するAEDモバイル隊が合計18組配
配慮義務違反」およびvの「因果関係」の
は、結果的に大会主催者側の責任が否定さ
置され、参加者の心臓事故等に備えていた
要件が認められず、請求棄却となったもの
れるケースが多いのですが、本稿で挙げた
とのことです。
です。
裁判例のうち、静岡地裁富士支部昭和63
3.免責同意書の効力
配慮義務違反があったことを一部認めてい
年10月4日判決は、大会主催者側に安全
市民参加型のマラソン大会においては、
ますので注意が必要です。
5.結語
本稿では、マラソン事故における大会主
催者側の民事責任を題材としながら、損害
参加者が申込みの際に、大会主催者側から
安全配慮義務違反の有無については、結
賠償請求をする際の代表的な法律上の根拠
免責同意書に署名することを求められるこ
局、個別のケースごとに具体的に判断され
について説明しました。法律を通したもの
とも多いです。かつては、免責同意書の内
ることとなりますが、大会主催者側の心構
の考え方を紹介することが目的でしたの
容は、
「参加者は、万一の事故の場合には
えとしては、大会前、大会中、事故発生後
で、法律上の議論については言及せず、一
全て参加者個人の責任で処理し、主催者そ
という時系列で義務の内容を考えるとイメ
般的な実務の解釈に基づいています。
の他関係者は何らの責任を負うものではな
ージを持ちやすいです。つまり、大会前に
本稿がきっかけで、スポーツはもちろん
いことに同意する」というように、主催者
は、参加者の健康状態を確認し、体調が悪
法律にも興味を持っていただけると嬉しい
側の責任を一切免除する内容になっていま
ければ参加を控えるべきことを啓蒙し、大
です。
したが、平成13年に消費者契約法が施行
会当日の救助態勢を確立すること、大会中
された関係で、損害の「全部」を免除する
は、事前に準備した救助態勢に基づいて、
条項は、消費者契約法8条1項1号または
医師や看護師を適切な場所に配置し、
3号に抵触し、無効となるため、同意書の
AED を複数箇所に設置し、事故発生を早
ひな型を変更し、
「保険給付額以上の損害
期に発見できるように参加者の動向をスタ
は請求しない。
」のように損害の一部を免
ッフが監視すること、事故発生後は、迅速
除する内容になっている例があります。こ
かつ適切な応急措置を施し、医療機関へ搬
の場合、消費者契約法8条1項2号または
送すること等です。
4号に該当し、主催者側に「軽過失」しか
また、免責同意書の法的効果は別として、
ない場合には、その効果が認められると解
参加者に対し、自己の健康状態に注意を払
されることもあります。しかし、旧来型の
う旨の誓約書の提出を義務づけることは、
免責同意書に関し、人間の生命・身体とい
参加者自身の自覚を高めるとともに、大会
う極めて重大な法益に対する危害の発生に
当日の体調が悪ければ出場を辞退すること
ついて予め一切の責任追及を放棄するとい
の必要性についての啓蒙となりますから、
う内容の同意書は公序良俗に反し無効であ
無駄ではありません。
ると判断した裁判例(東京地裁平成13年
他方、大会参加者の心構えとしては、決
6月20日判決、判例タイムズ1074号220
して無理をしない、ということに尽きます。
頁)に鑑みれば、責任の一部を免除する新
当日、些細なことでも体調に異変を感じた
型の免責同意書についても、同じく生命・
ら勇気を持って参加を辞退または棄権すべ
身体という法益を放棄の対象としているこ
きです。
とから、公序良俗に反し無効であると解す
べきでしょう。
なお、東京マラソン事務局の話によると、
先日行われた東京マラソン2009では、医
師が待機する救護所を14カ所設置し、さ
4.大会主催者および
大会参加者の心構え
マラソン事故に関して訴訟で争われるこ
ととなった場合、主な争点となってくるの
Sportsmedicine 2009 NO.110
らに10km地点以降には50名のランニン
グドクターが参加者と同じコース上を走行
して緊急時に備えていたそうです。また、
AED については、コース沿道1kmごとに
〔参考文献〕
・伊藤堯編著「ケーススタディ スポーツアクシ
デント(改訂第5版)
」体育施設出版
・スポーツ問題研究会編「Q&A スポーツの法律問
題(改訂増補版)
」民事法研究会
・中田誠著「商品スポーツ事故の法的責任」信山
社
・三浦嘉久編著「スポーツ事故の総合的研究」不
昧堂出版
・伊藤進著「不法行為法の現代的課題」総合労働
研究所
・潮見佳男著「債権各論Ⅱ 不法行為法」新世社
スポーツ法政策研究会
代表幹事/菅原哲朗・キーストーン法律事務所
幹事/竹之下義弘・東京六本木法律特許事務所、
白井久明・京橋法律事務所、伊東 卓・新四谷法
律事務所
会計/高木宏行・横松・高木総合法律事務所
●入会方法
参加資格/幹事の承認を得たうえで参加していた
だきます。
年会費/5,000円
入会申し込み/会入会希望の旨を下記事務局ま
で、電話、FAX、E-mail にて申し込み、所定の申
込書に必要事項を明記し返送する。
●事務局
〒104-0031
東京都中央区京橋1-3-3 柏原ビル2階
京橋法律事務所内「スポーツ法政策研究会」
事務局長/片岡理恵子
TEL:03-3548-2073
FAX:03-3548-2071
E-mail:[email protected]
http://www.keystone-law.jp/sports/sports-index.htm
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