「光さす故郷へ」朗読劇台本抜粋

「光さす故郷へ」朗読劇台本抜粋
この朗読劇台本の抜粋は、第一稿であり、決定稿ではありませ
ん。
第一場
緞帳があがる。照明の中で語り始める作者。
作者 あの日、彼女は私に人生を語った。
照明の中に一人の女性(老女)がいる。よしである。
作者 彼女は、私にとって祖母の姉、大伯母にあたる。
家の人たちは留守で、広い部屋に私と大伯母が二人きりだった。
大叔母と私はたわいないおしゃべりをして、
ふと見ると、綺麗な洋食器を飾った陳列棚の上に、孫のものらし
き写真があった。
話を聞くと彼女には子供が四人、孫が九人もいるということだっ
た。
「おばちゃんはいいね、悩みがなくって」
将来自分もこんなおばあちゃんになりたいなあ、という程度の気
持ちだった。
よし 「あっちゃんの悩みって?」
作者
「私なんて悩みばっかりだよ。英語は赤点だったし、彼氏はいな
いし、最近ちょっと太っちゃったし。ああ、やだやだ」
よし 「そういうことで悩むんだねえ」
作者 「おばちゃんは、私と同じ歳の頃、どんなことで悩んでた?」
よし 「おばちゃんはどうだったかねえ、
そろそろ結婚しないとっていう悩みだったかしらねえ」
作者
「あ、そっか。昔の人ははやいんだもんね。おばちゃんはいくつ
で結婚したの」
よし 「そうだねえ、二十二だったっけねえ」
作者 「ふうん、そんなもんか」
よし
「おばちゃんは小さい頃ちょっと身体が弱くてね、なかなか結婚
できなかったのよ。
だから、友だちの中ではこれでも遅いほうだったの」
作者 「へえ。で、それからずっとここに住んでるの」
私は、その質問に深い意味など持っていなかった。
ところが大伯母は困った顔をした。
よし 「あのね、おばちゃんはねえ、二回結婚しているの。
だからこの家に入ったのは、もう四十になってからなの」
作者
「すごいね、おばちゃん。四十で再婚できるなんて相当魅力あっ
たんだね」
よし 「まあ昔はね。たまに可愛いなんて言われたりもしたけど」
作者 「言うね、おばちゃん」
私は大伯母の素直な性格に乗じて、じゃあ前のだんなさんとは
どうして別れたの、
子供はどうしたの、などの質問を、好奇心のおもむくまま無邪
気に重ねた。大伯母は、また少し困った顔をしたが、それでも質
問に答えてくれた。
戦争の効果音が入ってくる。
作者 彼女の話は全て、私の想像を超えたものだった。
照明の中で若い姿へと装いを変えるよし。
作者 最初はポツポツとことばを選びながら、次第に早口になり、そし
て最後は堰を切ったかのように彼女は話し続けた。
作者の照明消える。
兵士 「ソ連軍奇襲!ソ連軍奇襲!」
よし 五十年以上も前のあの夜を、今でもはっきりと覚えている。
張
「起きなさい!あと三時間しかない。奉天までの線路が爆破され
てしまう。日本人は皆避難しているぞ」
よし 家主の張文壇が私の寝室に飛び込んでくるなり、早口の中国語で
まくしたてた。
「どういうことです」
張
「ぐずぐずしていてはいけない。早く支度して逃げるんだ。さあ、
早く」
よし 混乱する頭の中で、自分が何もかも失ってしまうのかもしれない
と、ぼんやり考えていた。昭和二十年八月九日のことである。
暗転
第二場
よし 大正九年十二月六日、榛原郡川崎町の山元小間物店に、女の子が
誕生した。
父
「女の子は、誰にでも好かれる優しい子が一番。そういう良い子
になってほしい」
よし 父は私に「よし」と名づけた。生まれつき体が弱く、二歳になっ
たばかりの夏、疫痢にかかった私は、他の子供達に比べて著しく
成長が遅れていた。
四歳になるまで立つことすら出来なかった。
母
「よしちゃんは弱いんだから、人と同じことをしなくてもいいの
よ」
よし これが母の口癖だった。体が弱いことがコンプレックスとならな
いよう、私のために着物や、当時ではまだ珍しい洋服を何着も作
った。小学校を卒業し、榛原女学校の普通科に四年間通った後、
専攻科に進んだ。
今で言う家庭科や芸術科目を中心に学べるよう設置されていた特
別コースである。
昭和十一年、私が十六歳のときだった。
戦争の効果音が入ってくる。
よし しかし、昭和十二年にはいると、この専攻科の授業も戦争色に染
まっていく。
一月から二月にかけて、軍服のボタン付け作業が大量に課せられ
た。
続いてお茶やお花や音楽の授業がなくなった。軍服の山は途絶え
ることがなかった。
一番がっかりしたのは音楽室の琴やピアノがなくなっていた時だ
った。
「なんだかとっても寂しかったわ。合唱部にも入っていたし、
音楽の時間が一番好きだったのよ。それが、ある日行ってみた
ら、音楽室が急にがらんと広くなっちゃったじゃない。いくら
戦争っていったって、こんなことまでしなきゃならないのかっ
て思ったら悔しくって悔しくって」
戦争の効果音大きくなる。
よし まだ戦争のにおいが薄かった昭和十年前後に、片田舎の比較的裕
福な家に育ち、気楽な日々を送っていた一少女。それが私。ふわ
ふわ過ごせた少女の頃。
「そんなこともあったかねえ、もう忘れちゃったよ」五十年以上
経った今。
戦争の効果音さらに大きくなる。照明が暗くなっていく。
よし 幻のように、遠い記憶。
暗転
第三場
よし 自分の結婚話がとんとん拍子で決められていくのを、他人事のよ
うに聞いていた。両親に任せておけばいいようになるだろうとい
う楽観的な予想があった。
あれよあれよという間に式の段取りが決まり、
照明の中に一人の男性がいる。よしの夫、寅雄である。後ろを向
いている。
よし 大石寅雄。顔も知らぬ相手。昭和十八年二月一日。
ふりかえる寅雄。
よし 「私はこの人と連れ添うんだ」、特別の感慨もなく納得した。
満州へ行くということについて詳しい話を聞いたのは、式の翌日
のことだった。
寅雄 「自分は二月十日に満州国軍歩兵中尉として満州に戻ることにな
っています。よしさんも一緒に来てくれますよね」
よし 私が黙っていると、寅雄は満州での生活について話し続けた。
彼の言う通り、おそらく満州はすばらしいところなのだろう。け
れども…
寅雄 「よしさん、自分は必ずあなたを幸せにしますから、どうか一緒
に来て下さい」
よし 「…わかりました。私も参ります」
寅雄の照明消える。明るくなる。寅雄と父たちがいる。
よし 出発は結婚式から十日後の、昭和十八年二月九日の朝だった。
藤相鉄道片浜駅の小さなプラットホームはまだ夜が明けきってお
らず暗かったが、町中から四十人近くが駅まで見送りに出てきて
くれていた。
皆手に手に日の丸を掲げ、明るく呼びかけてくれた。
やがて列車が見えてきた。
父
「寅雄さん、どうか娘をよろしく頼みます。よろしく頼みますわ。」
よし 父親の声がかすれるのを、初めて聞いた。
列車が発車する音。ひじょうに短い暗転。よしにのみ照明。
よし 乗り換えの藤枝駅のプラットホームには、出征兵士を見送る人々
が大勢いた。
女も子供も老人もいた。徴兵制度が拡大され、学徒出陣が始まっ
た頃だった。
まだ、日本の勝利を疑う者などほとんどいなかった。
歌
勝ってくるぞと勇ましく
誓って国をでたからは
手柄立てずに死なれよか
進軍ラッパきくたびに
瞼に浮かぶ
旗の波
機関車が発車する音。
よし 東海道本線を一路西へ、そして下関から釜山までは船旅だった。
この船には全国から集められた満蒙開拓団や青少年義勇軍開拓団
も乗り合わせた。
声
「二十年間で、百万戸、五百万人の満州農業移民」
よし この政策に基づいて、終戦を迎える昭和二十年まで日本から満州
へ、満蒙開拓団と称される移民が続々と送られていた。貧しい村
の小作や、次男以下の食うや食わずの農民たちが家族ぐるみで名
乗りをあげ、参加していた。青少年義勇軍開拓団とは、小学校高
等科あるいは青年学校を卒業した男子を、半武装移民として満州
へ移住させるという政策だった。
汽笛の音。大きな歓声。出航である。
よし 船は下関港を発った。足が地に着いていないような不安定さがと
ても嫌だと思った。一秒ごとに日本から遠ざかってしまうことが
怖かった。
波の音。また、汽笛の音。
よし しばらくして海面の色があせて見えてきた頃、前方に朝鮮半島が
浮かび上がった。
客
「見えたぞ」
よしの横に寅雄。
寅雄 「もうすぐ着きますね」
よし 船の速度が徐々に落ちていく。乗客たちがそわそわと身支度を始
め出す。
寅雄 「よしさんは、どんな少女時代を送っていたんですか」
よし 何と答えればよいかわからず、戸惑った。
寅雄 「女学校時代、歌を習っていたそうですね。…歌ってもらえませ
んか
…日本の歌を、何か聞きたいんです」
よし かぶりを振った。歌えなかったのではない。自分の歌声を彼に聞
かせることに、
強い抵抗を感じていたのだ。本当は、歌うことが大好きだったの
に。
「突然言われましても、もう歌えませんわ」
寅雄 「それもそうですね。すまない。…あのう、よしさん。よしさん
は自分のことを、覚えていますか、…やはり、覚えていないよ
うですね」
よし 「なんのことでしょう」
寅雄 「よしさん、自分は、実はあなたと結婚できるように仕組んだん
です。
…あなたと結婚するより一月前に、あるところのお嬢さんと見
合いをしました。
見合いというより、もう決まりかけていた話だったのですが、
満州に戻る自分にとって、結婚はとても重要なことでした。
外地で共に生きていける女性かどうかちゃんと確かめておきた
かった。
それでわざわざ頼んで見合いの席を設けてもらったのです」
よし 「それで、そのお見合いはどうでしたの」
寅雄 「それが、相手の女性はとても、お高くとまっていましてね。
自分はこの人を連れて満州へ行くんだと考えたら…。
それで、その見合いは断らせていただいたのです」
よし そこまで聞いたとき、頭の奥の方にぼんやりとした場面が浮かび
上がってきました。
寅雄 「本当にがっくりきましてね。一人きりになりたかったんですよ。
で、駅前の小間物屋にふらふらっと寄ったんだ」
よし 「あの時の方だったんですね」
寅雄 「一目惚れだったんです。知り合いのつてを辿ってあなたの家と
の接点を見つけ、まるで子供のように騒ぎを起こして例のお嬢
さんとのお見合いを断った後、何とかあなたとの結婚に漕ぎ着
けたのです」
よし 「それで父が、いい縁談だからとやっきになって私に勧めたので
すね」
寅雄 「本土を離れることになって、本当にすまなかった。
一人で戻る勇気がなかったわけではないんです。けれどもあの
日、あなたを見たときから自分はずっと、満州へ花嫁を連れて
戻るときは、この人しかいないと思っていました。…ああ、や
っと本当のことが言えた。これまで黙っていてすまなかった。
どうか許して下さい」
深々と頭を下げる寅雄。
よし 「まあ、いやですわ。…顔を上げて下さいな」
ゆっくりと、顔を上げていく寅雄。
よし その時、初めて夫と心を通わせた気がしました。
到着を知らせる汽笛の音。暗転。
第四場
よし 釜山で一泊してから京城、平壌へと汽車を乗り継ぎ新義州へ着い
た。
国境の役割を果たすヤールー川を渡った安東市を経てたどり着い
た奉天駅に、寅雄の兄夫婦が迎えに来てくれた。不安を抱えやっ
て来た満州で、意外にも暖かく迎えられ、にぎやかな会を開いて
もらえたこの日は、忘れ得ぬ思い出の一つとなった。翌日、新京
から鉄道を乗り継いだ。
鉄道の音。
よし 赤峰街の駅前には、満州国軍の馬車が用意されていた。寅雄の姿
を見つけるや、馬車から満人兵が降り、びしっと敬礼した。
馬車の音。
よし 赤峰街随一の大富豪、張文壇の邸宅を一部屋間借りして暮らすこ
とになっていた。張家の邸宅は、「なんと立派なところなのだろ
う。」
それまで抱いていた不安な気持ちを忘れ、見入った。
こんなに大きく豪華な邸宅を、日本にいた頃は見たことすらなか
った。
両親や兄弟、友人にも見せてあげたいと思った。同時に、
満州国軍にこれだけの待遇をしてもらえる寅雄の妻であるという
ことが、何とも誇らしかった。
照明の中に、張文壇がいる。
よし 張文壇は、私を大石夫人(タースータイタイ)と呼んだ。
張
「大石夫人、私のことを実の父親だと思って、なんなりと言って
下さい」
よし その日から始まった生活は、まるで宮廷婦人のように贅沢なもの
だった。
食事の内容もまた、日々豪華だった。
張文壇邸での暮らしの中で何よりも印象的だったのは、
屋敷の裏手から山の方まではるかに続く芥子の花畑だ。
わずかな空気の揺れにも敏感に反応する薄紫色のさざ波が、
この世のものとは思えないほど美しかった。
風向きによっては部屋にほの甘い香がはこばれてくることもあり、
その瞬間が大好きだった。
張
「これは、金の生る花だ」
よし 張家の豊かな暮らしの理由は小作人に土地を貸し出すことの他に
これだった。
蜜柑ほどの実をつけた芥子の茎を錐で薄く傷つけると、白っぽい
汁がこぼれ出る。
寅雄 「アヘンを吸うと頭の弱い子が生まれるから、誘われてもけして
吸わないように」
よし その汁をヘラでかいて集める。集めた液体を精製すると純粋なア
ヘンとなる。
張
「足りないものや欲しいものがありましたら、使いの者に命じて
下さい」
よし 張家ではこれをもとに巨額の富を得ていたのだ。
三人の奥方、毎日家庭教師の個人レッスンを受けている箱入り娘
たち、大きな馬車、曲芸や楽しいお芝居、優雅な着物、高価な部
屋の小間物、
…愉快な毎日だった。のどかで優雅な、満ち足りた生活。
そして何よりも、
照明が変わる。薄紫、菫色。
よし 窓の外の花畑。陽が沈んだ後も、しばらくの間ほの青いような余
光が、山の向こうから空を包んでいる。するとほんのひとときだ
け、花畑の薄紫と、空の菫色とが境界をなくし、この世のものと
は思えない美しさが広がるのだ。
…内地のことも世の戦争のことも全て忘れて、涙しそうになった。
暗転。
第五場
産声。
よし 昭和十九年三月、出産のため単身で戻った静岡で、私は女の子を
出産した。
電報を打ったところ、寅雄から、張文壇が大喜びしたことを伝え
る返信が来た。
そこには、寅雄の考えた赤ん坊の名前の案も書かれていた。
寅雄 「初代といふ名はどうでせう」
母
「ハイカラな感じがしていい名前だね」
よし 父親も同様だった。私も「はつよ」という優しげな響きが気に入
った。
声
「あれまあ、可愛らしいこと」
声
「赤ん坊なのに、もうこの目鼻立ちだよ。この子はきっと美人に
なるね」
よし 皆が口々に初代のことを褒めそやすのを聞き、天にも昇る心地だ
った。
山元家の誰もが、この小さな天使の一挙一動を、幸せな気持ちで
見つめた。
…やがて赤峰にいる寅雄から、子供の顔を見たいので早く戻って
きてほしい、という内容の手紙が送られてきた。
父
「大石さんが心配しているじゃないか。はやく帰ってやりなさい」
母
「満州ってとこにね、私も一度はいってみたかったのよ」
よし こうして私が母と初代と一緒に、張文壇邸に戻ったのは、初代誕
生から三ヶ月後の、昭和十九年六月、赤峰が美しい初夏を迎える
頃だった。
戦争の効果音。
よし この頃、ヨーロッパでは米英連合軍がノルマンディ上陸を開始し
ていた。
米軍は南鳥島を空襲し、サイパン島へも上陸を開始した。
戦局は日本にとってますます不利なものとなっていたが、私は知
らなかった。
小間物屋の一店主である父も母も、日本の勝利と、
娘を行かせる満州国のますますの繁栄を確信していた。
戦争の効果音。と鉄道・馬車の音がクロスする。
母
「すごいお屋敷だあねえ」
よし 張家がその時それだけの土地を所有していられたのは、
満州国政府にアヘンを流したり、開拓団のために土地を献上した
りなどと、早い内から日本の政策に迎合していたからである。
特にアヘンは、張文壇と満州国政府との架け橋だった。
芥子の花は、まさに「金の生る花」というわけである。
「さ、お母さん、礼儀正しくしてちょうだい」
張
「最近足腰がどうも痛くて、外まで出迎えに行けなくてすまなか
ったねえ」
母
「娘が長いこと世話かけまして…」
張
(初代を見て)「この子に幸せがやってきますように」
よし 用意されていた美しいゆりかごの中に初代を寝かしつけると、
その後二人は食事に呼ばれた。食卓には色とりどりの美しい料理
が並んでいた。
どれも、母が見たことのないような珍しい宮廷料理だった。
腹の中に野菜を閉じ込めた鯉の丸揚げ、種類豊富な点心の山、
そして鳥の丸焼きまで、贅を尽くした皿の数々で食卓が埋め尽く
されていた。
母
「よしは幸せ者だ。大石さんに嫁がせて本当によかった」
よし やがて、酒がまわったのと、家主張文壇が大らかな笑顔を見せた
こととで、母はすっかりこの家の人々と打ち解けた。
楽器の音。歌声。
よし 祭のような一夜だった。
楽器の音と歌声、だんだん小さくなっていく。
よし 翌日、任務を終えて帰ってきた寅雄はまだ薄く目を開けているだ
けの初代を見て、
寅雄 「よしに似てよかった。
…日本が勝ったら早速転地願いを出して内地勤務にしてもらお
う。
父さんたちに初代を抱かせてやりたいからなあ」
よし 初代を見てからというもの、寅雄は、日本がどれほど優勢かとい
うことを、やれどこそこでは日本の艦隊が米軍を打ち破っただの、
やれ日本軍の必死の攻防に連合軍がこぞって撤退しただの、
そういったことをとりとめもなく語るようになった。
寅雄の話しぶりは、酒が入るとひどく感情的になったり、独白調
になったりした。よしに対する説明というよりむしろ、自分自身
に言い聞かせるような口振りだった。
照明の中によしの弟。
弟
「母さん」
よし 母は、半月後内地へ帰ることとなった。
母の出発は、関東軍ハイラル十八部隊に属していた私の弟が休暇
で赤峰を訪れた時、私のいないところで母にだけそっと耳打ちし
たその内容が理由だった。
弟
「悪いことはいわないから、俺が部隊に戻るときに一緒にここを
出よう。
詳しいことは言えないけれど、このままここに滞在するのは危
険な気がするから、どうか俺に従ってくれ」
母
「でもそれじゃ、よしと初代はどうなるの」
弟
「大石さんが守ってくれるさ」
母
「本当かい、大変なことになったりしないかい」
弟
「何言ってるのさ、大石さんは立派な満軍の軍官だよ。
失礼なことを言っちゃいけない。それより俺はいざというとき
に、母さんが足手まといになるんじゃないかと思っただけさ」
よし こうして母は、息子の強引な勧めに従って内地へ戻ったのだった。
…弟はその直後、ハイラル十八部隊から南方へと転戦した。
弟
「今、半袖のシャツを着て、バナナを食べているよ」
よし 静岡の山元家に届いたハガキには、力強い文字が並んでいた。
彼はその後、フィリピンのルソン島で敵の銃弾に撃たれた。
掲げた連隊旗を仲間に譲り渡してから、部隊の足手まといになら
ぬよう、割腹自殺したという。
弟
「…母さんが足手まといになるんじゃないかと思っただけさ」
よし 二十二歳の若さだった。
戦場の効果音。すぐに小さくなっていく。
よし 母が内地へ帰ってからも、張文壇邸には相変わらずのどかな時間
が流れていた。
芥子の花は、初めてここで見た一年前から何も変わらず、薄紫色
の大河のように、風の吹く方角へ同時に首を振りながら咲き誇っ
ていた。
ここは、薄紫の雲の上をふわふわと漂う、楽園のようなものだっ
た。日本が英米と戦争をしていることも、その戦況がどのように
動いているのかも、アジアと日本がどのような状態におかれ、ど
のように関係しているのかも、満州国が世界中からどのように見
られているのかも、全く知る必要がなかった。
…小さく愛らしい初代、私たちにとびきりの奉仕を惜しまない張
文壇、そして、週末になると息せききって帰ってくる寅雄、
…それだけが、私に見えていた世界の全てだった。
暗転。
第六場
舞台暗いまま。破壊音。声。
声
「ソ連軍奇襲!ソ連軍奇襲!」
よしに照明。
よし それは、昭和二十年八月九日のことだった。
舞台薄暗く照明。
張
「起きなさい!大変だ、恐ろしいことが起こった!」
よし 寅雄は、ここのところ仕事が忙しいらしくもう二週間ほど前から
家を空けていた。
張
「早く開けなさい、大石夫人、大石夫人、起きているのか」
よし 「何事です」
張
「大変なことになった!あと三時間後に、奉天までの線路が爆破
されるらしい。
日本人は、みんなこの町から避難しているぞ」
よし 「どういうことです」
張
「ソ連軍が攻めてきたんだ。奇襲をかけたんだ」
※物語はつづく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。