聴覚刺激は視覚的時間知覚の正確性・安定性を高めるのか ○朝岡 陸 1・行場次朗 1 (1 東北大学大学院文学研究科) キーワード:時間知覚,視聴覚統合,時間的腹話術効果 Would auditory stimuli improve accuracy and stability of the visual time perception? Riku ASAOKA1, Jiro GYOBA (1Graduate School of Arts and Letters, Tohoku University) Key Words: time perception, audio - visual integration, temporal ventriloquism 目的 聴覚刺激と視覚刺激が時間的に近接した位置に提示されると,視覚 刺激が聴覚刺激の方向に引きつけられる時間的腹話術効果が知られ ている (Morein - Zamir, Soto-Faraco, & Kingstone, 2003)。一方,視覚刺 激の継続時間は,物理的時間よりも短く感じられることが報告されて いる (Walker, & Scott, 1981)。そこで,もし,視聴覚統合が安定した知 覚を効率よく形成するために生起するなら,時間的腹話術効果によっ て視覚的時間知覚の正確性や安定性が向上することが可能性として 考えられる。本研究では,視覚刺激の前後に短い音を 2 回提示し,視 覚的時間知覚が伸長するかどうか,また,時間知覚の正確性や安定性 に影響を及ぼすかどうかを検討した。 実験 1 参加者:学生 10 名 (男性 7 名,女性 3 名,平均年齢 23.2) 刺激:灰色の背景に黒色の注視点 (0.8deg × 0.8deg)と,300,500,700, 900ms のいずれかの時間で視覚刺激 (○ or △;2.0deg2)を提示した。聴 覚刺激は純音で,周波数は 440Hz,音圧は 65dB,提示時間は 50ms で あった。視覚刺激は 19 インチの CRT モニター,聴覚刺激はヘッドフ ォンを通して提示した。 手続き:注視点 (500ms),ブランク (500ms),視覚刺激,ブランク (500ms) の順で提示された。視覚刺激と聴覚刺激の刺激提示間隔 (ISI) が操作され,聴覚刺激は 2 回のブランク時のいずれかのタイミ ングで提示された。ISI は,0,100,200,300,400ms,もしくは聴覚 刺激が提示されない条件の計 6 水準が設けられた。参加者の課題は 提示された視覚刺激の時間的長さを「長い」 「やや長い」「やや短い」 「短い」の 4 段階のカテゴリーを用いて評定することであった。各カ テゴリーの時間的長さについて基準を作ってもらうために,本試行に 先行して,視覚刺激の各提示時間の長さを見て覚える課題を 16 試行, 実際にカテゴリー評価を行う課題を 56 試行行った。カテゴリー評価 は「長い」なら 3, 「やや長い」なら 2,「やや短い」なら 1,「短い」 なら 0 のキーを押すことで行われた。また,提示される聴覚刺激は無 視するように教示を行った。参加者は視覚刺激の提示時間 (4) × ISI (6) × 繰り返し (16) の計 384 試行を行った。 結果と考察:条件ごとに参加者のカテゴリー評定の平均を算出し,6 (ISI) × 4 (視覚刺激の提示時間) の分散分析を行った結果,ISI と刺激 提示時間の主効果が有意であった [ISI: F (9, 45) = 13.48, p < .001, η2p = .60; 刺激提示時間: F (9, 27) = 279.91, p < .001, η2p = .97]。なお,交互 作用は有意ではなかった。ISI の多重比較 (Ryan’s Method) の結果, 音なし条件は,200ms 条件に比べて時間が短く知覚されること (ps < .05),0ms 条件は他のすべての条件に比べて短く知覚されることが 示された (すべて ps < .05)。視聴覚統合が生起するには視覚刺激と聴 覚刺激の時空間性の一致が必要であることが報告されている。今回の 結果でも,300,400,音なし条件間に有意差はなかったのに対し,ISI が 200ms の場合は有意に長いカテゴリーに判断された。この結果か ら,時間的腹話術効果によって,視覚的時間知覚が伸長したと解釈で きる。また,0ms 条件は音なし条件よりも有意に短いカテゴリーに分 類されることが示され,伸長効果だけでなく,短縮効果も確認された。 これらの伸縮効果が時間知覚の正確性に及ぼす影響を調べるため に,条件ごとに正答率の平均を算出し,6×4 の分散分析を行った。そ の結果,交互作用のみが有意であった [ISI: F (9, 45) = 1.61, n. s., η2p = .15; 刺激提示時間: F (9, 27) = 0.43, n. s., η2p = .04; 交互作用; F (15,135) = 3.99, p < .001, η2p = .31]。単純主効果の多重比較の結果,ど の刺激提示時間でも,音なし条件と他の条件の間に有意差は認められ なかった。したがって,視覚刺激の前後に短い聴覚刺激を提示するこ とによって,視覚的時間知覚が伸縮することは確認されたが,その伸 縮効果が時間知覚の正確性を向上させるという結果は得られなかっ た。実験 2 では再生法を用いて,聴覚刺激が視覚的時間知覚の安定性 を向上させるかどうか検討した。また実験 1 で見られた視覚的時間 知覚の伸縮効果が異なる測定法でも確認されるかどうかを検討した。 実験 2 参加者:学生 14 名 (男性 7 名,女性 7 名,平均年齢 21.3) 刺激:刺激は実験 1 と同様であった。 手続き:注視点,ブランク,視覚刺激,ブランクの順で提示されるま では実験 1 と同様であった。その後にスペースバーを押すよう教示 する画面を提示した。参加者がスペースバーを押すと,視覚刺激が提 示され,もう一度スペースバーを押さないと提示が終了しないように 設定された。参加者の課題は最初に提示された視覚刺激と,スペース バーを押して提示を開始させた視覚刺激の提示時間が同じになるよ うにスペースバーを押すことであった。実験計画は実験 1 と同様の 6×4 の参加者内要因計画で,参加者は視覚刺激の提示時間 (4) × ISI (6) × 繰り返し (16) の計 384 試行を行った。 結果と考察:条件ごとに再生時間の平均を算出し,6 × 4 の分散分析 を行った。その結果,ISI と刺激提示時間の主効果が有意であった [ISI: F (13, 65) = 6.70, p < .001, η2p = .34; 刺激提示時間: F (13, 39) = 361.45, p < .001, η2p = .97]。なお,交互作用は有意ではなかった。ISI の 多重比較の結果,0ms 条件と比較して,100,200,300,400ms 条件 ではより長い時間再生が行われた (すべて ps < .05)が,音なし条件と 他の条件の間に有意差は認められなかった。このため,再生法では聴 覚刺激による視覚的時間知覚の伸縮効果は認められなかった。この原 因として,2 回の聴覚刺激が提示されるタイミングに,スペースバー を 2 回押すタイミングが同期してしまった可能性が考えられる。 聴覚刺激が時間知覚の安定性に及ぼす影響を調べるために,ISI 条 件ごとに変動係数 (標準偏差/平均) の平均を算出し,一元配置の分 散分析を行った結果,有意であった [F (13, 65) = 3.00, p < .05, η2p = .18]。 しかし,多重比較の結果,条件間に有意差は認められなかった。よっ て,聴覚刺激が視覚的時間知覚の安定性に及ぼす影響は強くないこと が示された。 総合考察 本研究の目的は視覚刺激の前後に短い音を 2 回提示したときに,視 覚的時間知覚が伸長するかどうか,また,視覚刺激時間知覚の正確性 や安定性が高まるかどうかを検討することであった。実験 1 では音 による視覚的時間知覚の伸縮効果が認められた。しかし両実験ともに, 聴覚刺激が視覚的時間知覚の正確性・安定性を向上させるという結果 は得られなかった。今後は手法として二肢強制選択法,正確性の指標 として主観的等価点を使用して検討していく予定である。
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