CDS清算機関整備の動き-清算機関の分立状態は収斂するのか

金融危機とクレジット市場
CDS清算機関整備の動き
―清算機関の分立状態は収斂するのか―
片 山 謙
(日本証券アナリスト協会検定会員
〈CMA〉)
中垣内 正 宏
(日本証券アナリスト協会検定会員
〈CMA〉)
石 井 英 行
目
はじめに
1.CDS清算機関の設立検討に至る経緯
2.期待される役割
3.監督当局による利用促進
次
4.分立するCDS清算機関
5.今後の課題
終わりに
【参考】CDSの処理プロセス
片山 謙(かたやま けん)
野村総合研究所 金融市場研究室 上級研究員。1989年早稲田大学理工学部電気工学科卒
業。同年4月、野村総合研究所入社。技術産業研究部、NRIアメリカ、資本市場研究部、
NRIヨーロッパ等を経て、2008年4月より現職。証券決済制度や資産運用・管理とIT活用
などを研究。
中垣内 正宏(なかがいと まさひろ)
野村総合研究所 金融ITイノベーション研究部 上級研究員。1993年慶應義塾大学法学部
法律学科卒業。同年4月、野村総合研究所入社。投資情報サービス部等を経て、2005年
4月より現職。金融、資本市場制度の研究や、証券会社、金融機関等の証券業務の設計な
どを担当。
石井 英行(いしい ひでゆき)
野村総合研究所 金融戦略コンサルティング二部 主任コンサルタント。2002年慶應義塾
大学法学部法律学科卒業。同年4月、野村総合研究所入社。経営コンサルティング三部、
アジア・中国事業コンサルティング部、金融コンサルティング部等を経て、09年4月よ
り現職。主に、証券会社や銀行等金融機関の戦略立案や事業管理の仕組み導入、資本市場
や金融法制度などを調査研究。
©日本証券アナリスト協会 2009
本稿は、『証券アナリストジャーナル®』平成21年10月号に掲載された論稿を同誌の許可を得て、転載したものです。
本論稿の著作権は日本証券アナリスト協会® に属し、無断複製・転載を禁じます。
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本稿では、欧米や日本におけるCDS清算機関整備の動きや今後の課題について展望する。金融危機を契機に、
欧米の監督当局は、OTCデリバティブ取引規制を強化する施策の一環として、CDS清算機関の整備と利用を強く促
進する姿勢を打ち出した。この姿勢に後押しされてCDS清算機関が相次いで稼働したが、複数のCDS清算機関が
分立することで、市場参加者における業務負荷の増大や担保効率の低下が懸念されている。その中で、日本でも
CDS清算機関の設立準備が進んでいるが、足元の市場規模は小さく限定されているため、先行する欧米の動向を
踏まえた上で、将来的な取引拡大への備えとして整備されてゆくことが期待される。
はじめに
(想定元本)の残高は、05年6月の10兆ドルから、
リーマン破綻前の08年6月の57兆ドルへと、わ
欧米では、クレジット・デフォルト・スワッ
ずか3年で5.7倍に膨らんでいた。その背景には、
プ(CDS)取引の清算機関が本格稼働期に入った。
債券やローンなどの原債権を保有することなく、
米国では2009年3月にサービス開始したCDS清
CDSによりクレジットリスクを売買してリターン
算機関が、8月までの累積で想定元本1.8兆ドル
を得ようとする取引が拡大したことがある。同じ
の清算実績を積むに至っている。
参照組織に対するCDS契約が幾重にも行われたこ
CDSという、OTC(店頭)デリバティブ商品の
とで、CDS残高は原債権の残高をはるかに超えて
一種を、取引所取引のように清算機関の対象とす
巨額となり、大規模な参照組織の破綻や、一部の
ることは容易ではない。その困難をおして清算機
大手市場参加者の破綻により、
決済に支障が出て、
関の実現が進んだ背景には、金融危機により、監
連鎖破綻を招くのではないかという懸念が広がっ
督当局がCDS清算機関の設立と利用を市場参加者
た。
に強く促したことが挙げられる。一方で、当局
市場参加者が手をこまねいていたわけではな
主導の設立推進は、地域ごとに複数のCDS清算機
い。同じ参照組織に対し残存するCDS契約を削減
関が分立する状態を生んでおり、清算効率の低下
してプレミアム支払いの手間や必要資本を低減す
を懸念する声が上がっている。そこで、本稿では
るため、ポートフォリオ圧縮と呼ばれる手法を金
CDS清算機関に期待される役割をおさえた上で、
融危機以前から活用していた。ポートフォリオ圧
複数の清算機関が分立する状態が生まれた経緯と
縮は、数多くの市場参加者が持つCDS契約情報を
各清算機関の動向を概観し、今後の課題を展望し
集め、全体のリスク特性やポートフォリオ価値を
たい。
維持したまま、相殺できる多数の既存契約を解
消したり、少数の新しい契約に置き換えたりす
1.CDS清算機関の設立検討に至る経緯
る(注1)。同一参照組織のCDSを市場参加者Aが
参加者Bから買い、BはCから、CはAからという
欧米のCDS市場は08年までの数年間で急拡大
ように、全体で一周するつながりがある場合に特
してきていた。国際決済銀行によれば、CDS契約
に有効とされる。
(注1)
多数の既存契約を解消するためのアドバイスを、情報サービス・ベンダのTriOptimaが提供、少数の新
しい契約に置き換えることを支援するサービスをインターディーラー・ブローカーのCreditexが提供して
いる。
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証券アナリストジャーナル 2009.10
ただし、ポートフォリオ圧縮は、全体のリスク
特性やポートフォリオ価値を維持する取引を残す
2.期待される役割
あるいは新たに作る手法である。したがって、市
CDS清算機関は、CDSプロテクションの売り手
場参加者が取引相手に対し抱える信用リスク(い
に対し買い手として、買い手に対して売り手とし
わゆるカウンターパーティリスク)がゼロには
て契約に伴う債権債務を引き受ける。実際には、
ならない。そこで、CDS契約に係る債権・債務を
市場参加者が相対で結んだCDS契約の譲渡(ノベ
集中的に引き受ける存在として、CDS清算機関の
ーション)を受け、新たな契約相手(カウンター
設立が業界で検討されるようになった。とりわ
パーティ)となる。数多くの債権債務を集中的に
け、08年3月にベアー・スターンズが経営危機
引き受けることから、セントラル・カウンターパ
に陥った際に、連鎖的な破綻や損失拡大が危惧さ
ーティ(CCP:集中清算機関)とも呼ばれる(図
れたことが、検討を前に進める大きな契機とな
表1)
。
った。具体的には、大手ディーラーの支援の下
CDS取引の清算には、大手ディーラー同士の取
で、先物決済機関として実績を持つThe Clearing
引の清算と、大手ディーラーとヘッジファンドや
Corporationが、主にCDSを対象とした清算機関の
保険会社などバイサイド間の取引の清算の2種類
設立を08年上期に検討開始した(注2)。
がある。前者は、限られた大手ディーラーが比較
的標準的なCDS契約を取引しているため、清算機
関の活用に向いている。後者は、数多くのバイサ
イドに対して個別性の強い契約条件の取引が行わ
図表1 清算機関の役割
相対取引(原契約)
ポートフォリオ圧縮後
清算機関利用
参加者
参加者
参加者
参加者
参加者
参加者
参加者
参加者
参加者
清算
機関
参加者
参加者
参加者
参加者
参加者
参加者
ある参加者の破綻が他の参
加者に連鎖的に波及する恐れ。
契約関係はある程度整理され
るが連鎖破綻の恐れは残る。
参加者
参加者
参加者
清算機関が債権債務関係を
引き受け、集中的にリスク管理。
(出所)筆者作成
(注2)
この検討が、第4章で取り上げる、ICE Trustの設立につながる。
©日本証券アナリスト協会 2009
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れているため、清算機関の活用には工夫が要る。
なったが、CDSの時価評価に活用し得る価格情報
清算機関に期待される役割には、主に、連鎖破
についてはあまねく提供されていなかった。
綻の防止や、市場の透明性向上の二つがある。
そこで、CDS清算機関が、清算に用いる公示価
格を日々算出し、清算ボリュームとともに開示す
 市場参加者の資金による連鎖破綻の防止
れば、市場の透明性向上に大きく役立つと期待さ
清算機関の要はリスク管理である。参加者の残
れている。信頼性の高い価格情報が日々提供され
高に応じて証拠金や保障基金を前もって預かり、
れば、例えば、正確な基準価額の算出を毎日求め
ある参加者が破綻しても、他の参加者へ影響が及
られる投資信託によるCDS投資に道を開き、市場
ばないようにする、いわば防波堤の役割を果たす。
の厚みを増すことにつながる。監督当局がCDS清
ある参加者が破綻すると、清算機関が負う債務の
算機関に集まる取引データと価格データを日々監
支払いについて、まずは、破綻した参加者自身が
視できれば、問題へよりタイムリーに対応し得る
差し入れていた証拠金や基金により行う(デフォ
と期待される。
ルターズ・ペイ)
。それでも不足する場合は、清
算機関の資本金や保険金、他の参加者が差し入れ
た証拠金や基金により支払いを行う(サバイバー
3.監督当局による利用促進
ズ・ペイ)。
米国では、金融危機以前は、CDS取引処理の改
米国では、CDS取引で巨額のポジションを抱え
善について、ニューヨーク連銀など監督当局に促
たAIGが流動性危機に陥った際に、市場参加者の
されつつも、市場関係者などの自主的な努力が主
連鎖破綻を防止する目的で多額の税金投入を余儀
体であった。しかし、リーマンの破綻やAIG危機
なくされた。そのため、議会は監督当局に再発防
を機に、政治の様相が一変し、当局は規制強化の
止策を強く求めた。防止策の一環としてCDS清算
姿勢を明確に示すようになった。例えば、米国財
機関を設立することにより、政府(税金)ではな
務省は09年5月13日に、OTCデリバティブ規制
く、市場参加者(証拠金や保障基金)が連帯して
改革案を発表した。ガイトナー財務長官がリード
危機拡大を防ぐことが期待されている。
上院議員(上院銀行小委員会の委員長、民主党院
内総務)に宛てた書簡では、次の項目を含む大方
 CDS市場の透明性向上
針が示されている。①標準的なOTCデリバティブ
清算機関には市場の透明性を高める役割も期待
について清算機関利用を義務化する。②清算機関
されている。CDS取引はOTC取引の一種であり、
の対象とならない取引についてはレポジトリー
市場動向の把握が取引所取引よりも難しい。
(記録機関)に登録させる。③取引や価格情報は
かつては、CDS市場の動向を把握する手段が、
速やかに開示と伝達を行わせる。
定期的に実施される参加者調査などに限定されて
ここで、何が「標準的」なCDS取引であるかに
おり、日々の状況把握が困難であった。金融危機
ついて、当局は特に明示していない。取引条件の
後は、数多くのCDS取引を記録する、米DTCCの
標準化に向けた活動は、主に市場参加者側で進め
Trade Information Warehouse(TIW)に蓄積された
られている。
具体的には、
市場参加者は、
北米企業、
ポジションの統計情報が週次で開示されるように
欧州企業を参照組織としたCDSについて、それぞ
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証券アナリストジャーナル 2009.10
れ、09年4月、6月の取引分から、クーポン利
率や、
(クレジット・イベント発生時の)回収率、
4.分立するCDS清算機関
クレジット・イベントの定義、経過利子の扱いな
監督当局によるCDS清算機関の利用促進姿勢を
どの条件を、幾つかの選択肢に限定することを開
受け、相次いで取引所グループや専業清算機関が
始した(注3)。標準化が進めば、それだけ、相殺
CDS清算サービスへの参入を表明した。09年8
できる取引が増え、清算効率の向上に寄与する。
月現在、欧米で五つのグループ、日本で二つのグ
欧州も、監督当局が主導して取引管理の強化を
ループがCDS清算機関を設立あるいは設立の検討
進めている。米国のように法改正を伴う規制改革
を進めている。各グループの差異は、想定する主
の検討までには至っていないが、法的強制力の可
な清算対象取引と、ユーザーの声を反映する仕組
能性に言及することで、市場慣行の改革と清算機
みにある。
関の設立・利用を市場参加者に強く促した(注4)。
全体的には、目下のところ、米国系で大手ディ
市場参加者、とりわけグローバルに活動する大
ーラーの支持を得ているICEグループの取り組み
手ディーラーはCDSの清算機関が地域的に分立す
が取引実績で群を抜いた存在となっている。ICE
る状態は避けたいところであった。しかし、強い
は、大手ディーラー(セルサイド)間の取引を
当局の意向を受け、主要参加者9社からの書簡と
主な清算対象とする。大手ディーラーの支持を
して、09年7月31日までに欧州域内の清算機関
受 けてCDS清 算機関 の 設立を 検討 して いたThe
利用をコミットするという宣言を出すに至った。
Clearing Corporationを買収して参入し、主要ユー
欧州の監督当局が、域内にCDS清算機関の設立
ザーである大手ディーラーの声を強く反映し得る
を求める理由として、ECBは、CDS清算機関をグ
よう、清算機関の所有構造をつくった。
ローバルに一本化することにはシステミックなリ
一方、大手ディーラーとバイサイドとの取引の
スク集中の懸念があることや、現地(ユーロ)通
清算を扱うことで、サービスに特徴を持たせよう
貨建CDS取引の清算機関には現地通貨による流動
としたNYSEユーロネクストは、大手ディーラー
性供給を担う中央銀行の後ろ盾が必要であると主
の支持を集められず、サービス休止に追い込まれ
張している。これに加えて、取引契約の解釈に
た。同じく、バイサイド(ヘッジファンド)と提
齟齬が生じた場合や破綻時の担保の取り扱いに際
携して清算サービスを開発していたCMEグルー
し、欧州規制当局が法的手段を持たなくなること
プも09年3月にSECの認可を得たものの、本格的
は避けるべきと考えたことが推察される。
なサービス展開にまだ至っていない。これら2社
の教訓を踏まえ、ユーレックスは、大手ディーラ
ーを重視した戦略で参入したが、どこまで支持を
(注3)
ISDA主催クレジット・デリバティブ・カンファレンス(09年7月28日)における、みずほ証券説明より。
北米、欧州以外のCDS標準化も議論中という。
(注4) 09年2月にマクリービー欧州委員が、「業界が欧州に少なくとも一つCDS清算機関を設立することに合
意すると期待していたが、かなっていない。欧州証券規制当局委員会および欧州中央銀行は欧州域内の
CSD清算機関設置が市場の安定および監督にとって非常に重要であると考えている。業界が動かなければ、
規制的な対処も必要になる」と述べて、業界に対応を強く促した。
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集められるか、今後の推移が注目される。以下で、
個々のCDS清算機関の特徴について概観する。
図表2 ICE US Trustの所有構造
インターコンチネンタル
取引所(ICE):上場
 ICE
当初清算会員
(大手金融機関)
米ICE(インターコンチネンタル取引所)は、
ICE US Holding
Company GP LLC
米 国CDSに つ い て、ICE Trust(ICE Trust U. S.
...
LLC)を設立して清算サービスを09年3月9日
に開始した(注5)。清算実績は、サービス開始約
4カ月後の8月19日時点で、想定元本1.8兆ドル
ゼネラル・パートナー
(21,029件)に達している。清算対象取引は当初、
リミテッド・パートナー
ICE US Holding Company L.P.
CDXなどの米国CDS指数としている。CDSの個別
銘柄も将来の対象としているが、標準化の進展度
ICE Trust U.S. LLC
合いによるものとみられる。
ICE Trustの特徴は、第1に所有構造(図表2)
(出所)ICE Trustおよび連邦準備制度資料より筆者作成。
である。上場会社のICEを母体に持ちつつ、間に
パートナーシップを入れ、ICE Trustの当初清算会
ディーラーの意識をうまくとらえた方策と言え
員となる大手ディーラー 10社をリミテッド・パ
る。
ートナーとして迎えている(注6)。これら大手デ
なお、大手ディーラーの影響力が強いというイ
ィーラーの意向が反映されやすい所有形態と言え
メージをバイサイド等に持たれることを避ける
る。これら当初清算会員は特別な料金体系を享受
ため、ICE Trustは、ICEの独立取締役4名および
できる(注7)。規制強化の中で、清算機関の導入
ICEの経営者代表3名から成る独立した取締役会
が避けられないのであれば、コントロール権を確
による独立性の高い経営であると強調している。
保した上で清算機関の整備を進めたいという大手
第2に、価格発見機能である。CDSの持つOTC
(注5)
ICE Trustは09年3月4日に連邦準備制度のメンバーに(ニューヨーク連銀の株主として)なることを
認められ、5日にニューヨーク州銀行監督当局から認可を得、9日よりCDS清算サービスを開始した。清
算サービス開始直前の6日に、ICEはThe Clearing Corporation(TCC)を買収した。TCCは、シカゴ商品取
引所(CBOT)の清算部門が起源であり、CBOTがデリバティブ取引所最大手のCMEグループに買収され
た際に独立した経緯を持つ。
(注6)
ICE Trustは、ケイマン籍の有限パートナーシップであるICE US Holding Company L. P.の100%子会社と
なっている。ICE US Holding Companyは、米デラウェア州の有限責任会社であるICE US Holding Company
GP LLCをゼネラル・パートナー、当初清算会員10社をリミテッド・パートナーに迎える。これら当初清
算会員には別個の(制限付きの)料金体系が適用される。当初清算会員10社は、バンク・オブ・アメリ
カ、バークレイズ・バンク、シティバンク、クレディ・スイス、ドイチェ・バンク、ゴールドマン・サッ
クス、JPモルガン・チェース、メリル・リンチ、モルガン・スタンレー、UBS。5月19日にRBSが、5月
26日にHSBCが清算会員として加わった。
(注7)
ICE Trust U.S. LLC開示資料より。また、Reuters報道(2009年7月29日)によれば、今年は清算手数料
収入の15%を、来年は清算手数料の50%を10社が受け取る権利を得るという。
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証券アナリストジャーナル 2009.10
取引としての特徴を維持しつつ、CDS清算機能を
図表3 バイサイドへのアプローチ
実現するため、次のプロセスを組み立てている。
バイサイド
①清算会員から日々の終値(気配値)および日中
の価格推移を、CDS情報ベンダのMarkitに伝達す
る。②Markitはこの二つの情報ICE Trustに伝える
ICEリンク (I/F)
とともに、清算に用いる終値を提案する。③ICE
Trustは公式な終値を確定し、Markitを通して清算
清算会員
会員に伝える。④終値情報と、DTCCから得た清
算会員のポジション情報を基に証拠金を計算し、
⑤不足する/余った証拠金を清算会員の口座から
ICE CDS清算サービス
引き落とす/振り込む。なお、③において、ICE
Trustは取引所ではないが、清算目的に限って独
ICE Trust
U.S.
ICE Clear
Europe
自の価格発見機能を提供してよいという認可を、
SECから期間限定付きで得ている。
共通のリスク管理および
清算オペレーション
第3に、欧州市場への進出である。ICEはICE
の先物やOTCエネルギー取引の清算サービスを提
(出所)ICE US Trust資料より筆者仮訳。
供するICE Clear Europeを、100%子会社として英
国に設置している。同社に、CDS清算用の保障基
ン維持深耕を支えるサービスとなる。
金や証拠金口座を設けることで、欧州iTraxx銘柄
を当初の対象としたCDS清算業務を開始したと7
 NYSEユーロネクスト
月29日に発表した(注8)。開始後の2週間で840
欧米を跨ぐ大手取引所グループのNYSEユーロ
件、想定元本378億ユーロの清算実績を積んだ。
ネクストは、傘下のデリバティブ取引所Liffeが提
第4に、バイサイドへのアプローチ(図表3)
供する、OTCデリバティブ清算サービスである
である。清算機関の利用意向を持つバイサイドに
Bclearの機能を拡張して、欧州CDS清算サービス
対し、清算会員(大手ディーラー)の破綻リスク
を世界で初めて08年12月に開始した。主に、大
から遮断された状態で、CDS清算サービスを利用
手ディーラーとバイサイド間の取引の清算を強く
可能とするという(注9)。また、バイサイドが清
意識してサービス開発をしたとされる。しかし、
算会員1社と取引関係を持てば、米国と欧州の清
大手ディーラーからの支持を集められず、清算実
算サービスを、共通のリスク管理(証拠金計算)
績を全く出せないまま、09年8月にCDS清算サ
と清算オペレーションで利用可能としている。こ
ービスの休止に追い込まれた。
れは清算会員におけるバイサイドとのリレーショ
(注8)
ICE Clear Europeの当初清算会員は、ICE Trustの当初清算会員と同じ10社。
(注9) 清算会員の口座とは別に、顧客(バイサイド)の混蔵管理口座をICEに設ける。そして顧客と清算会員
間の基本契約を標準化し、清算会員に破綻の恐れあるいは破綻の際に、他の清算会員に資産移管を可能と
している。
©日本証券アナリスト協会 2009
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 CME
算サービス整備に道を開く。清算対象としてCDS
デ リ バ テ ィ ブ 取 引 所 最 大 手 のCMEは、 傘 下
に加え、ユーレックスが提供する他のスワップ取
のCME Clearingと 呼 ぶ 清 算 組 織 の 機 能 を 拡 張
引などを想定している。
し、CDS清算サービスを09年第1四半期に開始
する予定であった。CMEは、バイサイド取引の
 LCHクリアネット
扱いを強く意識して、Citadel Investmentと合弁で
専業清算機関のLCHクリアネット・グループの、
CMDXを設立し、①CDS取引の場としての機能を
フランス子会社(LCH. Clearnet SA)は、09年12
兼ね備えたものとする、②多様性に富むOTC取引
月までに、ユーロ建てCDS取引の清算機関を設
契約の債権債務を引き受ける際に、取引所取引の
立する予定と09年2月に発表した。発表時期は、
ような「標準的な」契約内容に置き換えるという
欧州委員会が業界の対応を強く促していたころで
アプローチをとった。しかし、09年3月に、SEC
あり、フランス中銀の監督を受ける銀行として、
から認可を得たものの、4月以降、CDS清算サー
当局の期待に応えようとしたものと窺える。し
ビスに関して目立った発表をしておらず、顧客獲
かし、欧州域内のCDS清算機関利用に市場参加者
得に苦戦しているのではないかと推察される。
がコミットし、実際にICEやユーレックスによる
CDS清算機関が立ち上がった現在、ユーロ圏内に
 ユーレックス
もう一つ新たな清算機関が必要なのか定かではな
ドイツ証券取引所とスイス証券取引所の合弁会
い。
社で大手金融先物取引所のユーレックスは、傘下
の清算機関Eurex Clearingを通してCDS清算サービ
 日本におけるCDS清算サービスの整備
スに参入した。欧州の主要市場参加者9社がEU
日本においては、二つの取引所グループがCDS
委員会に欧州CDS清算機関の利用開始をコミット
清算サービスの整備を検討している。一つは、東
した、09年7月31日という期限直前の7月30日
京証券取引所(以下、
「東証」
)および日本証券ク
にEurex Credit Clearと呼ぶ欧州CDS清算サービス
リアリング機構(以下、
「JSCC」)
、もう一つは東
を開始した。サービス開始に当たり、CDS専用に
京金融取引所(以下、
「TFX」)である。
リスク管理モデルを開発し、また、ユーザー(大
東証、JSCCおよび証券保管振替機構は、08年
手ディーラー)の意向確認や、商品およびサービ
9月に「OTCデリバティブのポストトレード処理
ス範囲の決定に係るガバナンス、そして経済効果
の整備に関する研究会」を設置し、証券会社や銀
を分かち合う姿勢を強調している。また、清算に
行など、セルサイド取引の清算に係る想定ユーザ
当たりポジション情報は米DTCCのTIWから得る
ーの声を集めた上で、09年3月に最終報告書を
としており、別途開発する場合と比べて、ユーザ
取りまとめた。報告書では、金利スワップ取引お
ーの追加的負担を抑えようとしている。
よびCDS取引(指数)の清算機関について、10
ユーレックスは、欧州CDS清算サービス開始か
年前半(10年6月)までの清算業務開始が望ま
ら間もない8月4日、米国のCFTCから事業認可
れるとした。その後、東証およびJSCCは「OTC
を得たと発表した。これは米国に抱える75社の
デリバティブに係る清算業務検討ワーキング・グ
参加者を対象とした、OTCデリバティブ取引の清
ループ」を5月に設置し、主要金融機関・証券会
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証券アナリストジャーナル 2009.10
社および中央銀行・インターディーラー・ブロー
 参加者から見た清算効率の向上
カーなど25社に上る関係機関の声を反映する会
Duffie and Zhu[2009]は、現行のCDS清算機
議を作り、制度検討を進めている(注10)。また、
関設立策について、清算対象をCDSというOTCデ
Markit iTraxx Japanインデックスに関するデータ
リバティブの1種類に限定しており、数多くの
を、CDS(信用リスク)ベンチマーク情報として
OTCデリバティブ取引を対象に必要担保額を相殺
東証のウェブサイトに09年3月から日々掲載し
計算してきた相対取引より清算効率が低下しかね
ている。
ない、また、複数のCDS清算機関が分立する状態
TFXは、04年よりCDSの価格指標「J-CDS」の
になれば、なおさら効率が低下すると問題提起し
公表を行い、09年2月にはクレジット・デリバ
ている。
ティブQ&Aを同社のウェブサイトに掲載して商
清算対象の拡大に関しては、将来的に、CDS取
品への理解増進に努めてきた。CDS清算機関の設
引や金利スワップ取引などを総合的にとらえた、
立については「OTCデリバティブ取引のクリア
効率性の高いOTCデリバティブ取引清算サービス
リング制度に係る検討会」を08年10月に設置し、
の実現が課題となろう。CDSよりも市場規模が大
証券会社や銀行など想定ユーザーの声を集めた上
きな、金利スワップ取引市場に係る清算サービス
で、09年3月に報告書を取りまとめた。金利ス
については、既に英国のLCH. Clearnetという清算
ワップとCDSの清算機関設立に向けて、個別に具
機関がグローバルな大手ディーラーの参加を得て
体的検討に着手したという。TFXも、09年7月か
担っており、異なる清算機関の国際連携の可否が
らはMarkit iTraxx Japanインデックスの価格情報
注目点となる。
をウェブサイトに日々掲載している(注11)。
複数のCDS清算機関が分立することについて
は、地域ごとの分立と、同一地域内の分立への対
5.今後の課題
処が課題となる。前者は、前述の通り、欧州の
監督当局が、欧州(ユーロ建て)CDS銘柄の清算
CDS清算機関は、金融危機を契機に、短期間で
機関を欧州で設立することを求めたために生じ
整備されている。そのため、参加者から見た効率
た(注12)。市場参加者は、CDSの銘柄により清算
性や、OTC取引特有の清算対象になじまない取引
機関を使い分けなければならなくなった。この課
の扱いなどの課題が残されている。
題に対して、ICEは、米国(ICE Trust U.S.)およ
び欧州(ICE Clear Europe)に設立した清算機関
のリスク管理
(証拠金計算手法)
、
オペレーション、
(注10)
ISDA主催クレジット・デリバティブ・カンファレンス(09年7月28日)における、東証説明より。
(注11)
ISDA主催クレジット・デリバティブ・カンファレンス(09年7月28日)における、TFX説明より。
(注12)
欧州の監督当局が域内にCDS清算機関の設立を求めたのは、欧州金融機関の監督および危機対応の権
限確保が目的であった。しかし、欧州金融機関は米国CDS銘柄の取引も行っていると見られる。CDS銘柄
の地域区分と金融機関の本社所在地は一致していない。完全を期すのであれば、欧州CDS清算機関におい
ても、米国CDS銘柄の清算が必要になるが、米国CDS清算機関と対象取引を分けることになり、清算効率
の低下が懸念される。
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インターフェイスの共通化により参加者の負担増
いて、レポジトリー(記録機関)への登録を義務
大を抑えようとしている。
後発のユーレックスも、
付ける政策を打ち出しているが、欧州や日本など
欧州に加えて米国におけるサービス展開の準備を
他の市場における現地レポジトリーの必要性、あ
進めており、同様に、利用条件の共通化を図ると
るいは、グローバル・レポジトリーへの情報アク
推察される。
セスの確保が検討課題となろう。
同一地域内の分立は、08年末から09年初にか
けて、数多くのグループが参入を表明した時点に
 日本における課題
おいて、市場参加者に強く懸念されていた。しか
日本でのCDS清算機関設立検討には、まず、取
し、09年3月にICEがサービスを開始し、米国お
引量の少なさがネガティブ要素となる。CDS清算
よび欧州で大手ディーラーの参加を獲得し、群を
機関はいずれも、それぞれの地域のCDS指数を、
抜いて清算実績を積む中で、競争により収斂が進
当初の清算サービス対象としているので、ここで
むのであれば、杞憂に終わるのかもしれない。
は指数同士で取引規模を比較する。DTCCのTIW
に登録されているCDS取引情報において、日本の
 非標準的な取引の扱い
CDS指数であるiTraxx Japanと、欧米の主要CDS
バイサイドとの取引の多くは非標準的なCDSで
指数の取引規模(図表4)は数十倍から数百倍以
あり、そのままでは清算になじまないとされる。
上の開きがある(注13)。
また、先行するICE Trustは、バイサイドの参加を
取引量以外でも、昨年、金融危機の影響で、米
拒んでいないものの、参加者基準として純資産
国 の 代 表 的 なCDS指 数 で あ るCDX. NA. IGや 欧
50億ドル以上、申請時の長期格付けA以上(S&P)、
州 のCDS指 数 で あ るiTraxx Euroの ス プ レ ッ ド が
相対の取引残高実績5,000億ドル以上などの高い
200bps程度であった時期に、iTraxx Japan 50は一
ハードルを設けている。したがって、大半のバイ
時500bpsを超え、薄商いの中でごく一部の参加
サイドは、清算参加者(大手ディーラー)との相
者の動きでスプレッドが大きくワイドニングする
対取引を通じて清算サービスを利用することにな
異常事態が見られた。日本のCDS取引参加者層の
る。ここで、清算参加者の破綻時にバイサイドを
保護する方策が講じられているものの、バイサイ
ドの破綻リスク管理は清算参加者の責任になると
推察される。多額の税金投入に至ったAIGは大手
のバイサイドであった。バイサイドとの取引が清
算対象とならないのであれば、少なくとも監視す
る手段が必要となる。米国は、非標準的取引につ
図表4 日欧米の主要CDSインデックス残高
インデックス名
グロス残高 ネット残高
ITRAXX JAPAN SERIES 11
13,032
1,448
CDX.NA.IG SERIES 9
1,324,894
75,213
DOW JONES CDX.NA.IG.7
602,239
40,001
契約件数
1050
22334
4688
(残高単位:100万米ドル)
(図表注)09年8月7日時点の登録情報。日米欧の各地域
のCDSインデックスの中で、最も残高が多いも
のを掲載。
(出所)DTCC TIWのデータに基づき、筆者作成。
(注13)
日本市場の市場参加者へのヒアリングによると、iTraxx Japan等の日本関連INDEXの取引量は、日系デ
ィーラーよりも欧米系大手ディーラーの日本拠点の方が多いと聞く。したがって、TIWの登録データは、
TIW未利用の日系ディーラーの取引は入っていないものの、日系ディーラーのカウンターパーティの大部
分は欧米系大手ディーラーが担っていると想定され、欧米ディーラーの大多数はTIWを利用している点を
考慮すると、大部分はTIWに登録されているのではないかと考えられる。
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証券アナリストジャーナル 2009.10
薄さを象徴する出来事と言えよう(注14)。
めて記録している記録機関へのアクセスが重要と
そのため、iTraxx Japan等の日本のCDS指数を
なる。CDS取引情報の記録機関としては、DTCC
対象とするCDS清算機関を設立するとして、これ
のTIWが、グローバル・レポジトリーとしての地
までの取引規模のみを前提として事業化すること
位を固めつつあり、監督当局間の連携を含めたモ
は容易ではない。むしろ、CDS清算機関が稼働す
ニタリング態勢の整備が注目される。
ることで、清算価格情報が算出・開示されるなど
市場の透明性が高まり、取引参加者層の厚みが増
すなど、ポジティブ要素をどこまで見込めるかが
課題と言える。言い換えれば、日本のCDS清算機
関設立は、将来の市場拡大への備えという位置付
けではないであろうか。
終わりに
本稿の執筆に当たっては、CDS取引にかかわる市
場関係者の方々から貴重なご意見を頂いた。厚く
御礼申し上げる。なお、本稿で意見や見通しに言
及する部分は筆者個人のものであり、筆者が勤務
する株式会社野村総合研究所の公式見解ではな
い。
【参考】 CDSの処理プロセス
本稿では、CDS清算機関の設立動向を概観した。
CDS取引の記録機関や清算機関の理解を深める
金融危機後、監督当局主導で推進したことを背景
一助として、CDS取引の基本的な処理プロセスと、
に、グローバルにCDS清算機関が数多く分立林立
改善の歴史をご紹介したい(図表5、図表6)。
する可能性を懸念する声が上がった。しかし現実
取引処理プロセスで扱った参加者のポジション情
には、大手ディーラーの支持を得たICEが米国市
報がレポジトリー(記録機関)に蓄積され、CDS
場で好調に立ち上がり、欧州市場へも好調な展開
清算機関が提供するサービスの基礎となっている
を見せており、少数のグループに収斂してゆく可
ためである。
能性も高いと見られる。
同一グループであっても、地域ごとに清算機関
 CDSのポストトレード処理
の器が設立されれば、地域の監督当局がリスク管
CDSはスワップ取引契約の一種であり、ポスト
理や情報開示態勢を十分に監督する手段が確保で
トレード処理とは、取引成立、すなわち取引条件
きる。したがってCDS清算機関に期待されている、
の合意から、契約の取り交わしに至るプロセスで
市場参加者の資金による連鎖破綻の防止や市場透
ある。主要な金融機関間の取引であれば通常、取
明性の向上には問題ない。一方、バイサイドとの
引当事者がISDAのマスターアグリーメントをあ
取引への対応については、清算機関による直接対
らかじめ取り交わした上で、トレーダーが電話等
応の実現が遠のいている。各国の監督当局がバイ
で、直接あるいはインターディーラー・ブローカ
サイド取引を含めたCDS市場全体のタイムリーな
ーを経由して、個々の取引の条件を相対で交渉す
監視を行うのであれば、非標準的なCDS取引を含
る(注15)。合意に至ると、取引内容がそれぞれの
(注14)
なお、この問題には、iTraxx Japan 50に、消費者金融や建設会社等の組み入れが多く、構成銘柄や指数
算出方法が、スプレッドのワイド化の原因にもなっているようだ。この点について、見直しの動きが進ん
でいるという。
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図表5 CDSの処理プロセス(手作業)
市場参加者A
トレーディング
(フロントオフィス)
市場参加者B
インターディーラー・
ブローカー
トレーディング
(フロントオフィス)
電話等による約定/
約定確認
ドキュメント・
リーガル
(ミドルオフィス)
FAX等による確認書
(コンファメーション)
の取り交わし
オペレーション
(バックオフィス)
ドキュメント・
リーガル
(ミドルオフィス)
オペレーション
(バックオフィス)
保管
資金管理
決済
保管
利金・担保の授受
イベント時の決済
資金管理
決済
(出所)筆者作成
社内システムに入力される。従来の手作業の処理
管理である。
では、両社のミドルオフィスが法的な契約効力を
持つ確認書(コンファメーション)を作成する。
 ポストトレード処理改善の歴史
両社がコンファメーションを取り交わし、確認・
欧米市場ではCDS取引件数が急速に伸びたた
署名すると契約成立となり、両社は確認書を保管
め、CDSのポストトレード処理プロセスに伴う、
する。
手作業の問題が顕在化した。05年当時は、コン
ファメーション取り交わしをFAX等で行い、目視
 CDSのポスト・コンファメーション処理
で確認・修正する作業が主流であった。そのため、
コンファメーション取り交わし後は、契約期間
取引の急増とともに、トレーダーが合意したもの
にわたって、各種の契約管理(ポスト・コンファ
の、確認書の取り交わしが未完の積み残し(コン
メーション処理)が発生する。契約期間中に定期
ファメーション・バックログ)の問題が大きくな
的に発生する利金の計算および支払い、契約の転
った。
売(ノベーション)に伴う契約内容の修正・確認、
バックログ問題を重視したニューヨーク連銀等
取引相手に差し入れる、あるいは受け取る担保の
の関係当局は、05年9月に、主要な市場参加者
(注15)
ISDAとは、International Swap and Derivatives Association(国際スワップ・デリバティブ協会)の略称で、
世界の銀行や証券会社が加盟する事業者団体。マスターアグリーメントとは、ISDAが策定した、デリバ
ティブ取引の基本契約書の様式のこと。
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証券アナリストジャーナル 2009.10
図表6 CDSの処理プロセス(STP)
市場参加者A
市場参加者B
インターディーラー・
ブローカー
トレーディング
(フロントオフィス)
電話等による約定
トレーディング
(フロントオフィス)
AffirmXpress
電子的な
約定確認
ドキュメント・
リーガル
(ミドルオフィス)
オペレーション
(バックオフィス)
DTCC
Deriv/SERV
電子的な
確認書の
照合
(保管管理)
資金管理
決済
利払い額
の算出
エクスポー
ジャー情報
ドキュメント・
リーガル
(ミドルオフィス)
Trade
Information
Warehouse
保管管理
オペレーション
(バックオフィス)
(保管管理)
資金管理
決済
利払い額
の算出
エクスポー
ジャー情報
Euroclear
DerivManager
ポジション
情報
債権債務
債権債務
清算機関
(出所)DTCC、Euroclear、清算機関資料等より筆者作成。
14社(金融機関。いわゆるセルサイド)を招集し、
セルサイド各社は、
バイサイド対応も強化した。
早期解決を要請した。各社は改善目標の設定や処
CDS取引参加者として存在感を高めていたバイサ
理スタッフを増員するとともに、証券決済機関の
イド(ヘッジファンド)
が多用した、
契約の転売
(ノ
DTCCが提供する、Deriv/SERVという電子的照合
ベーション)に伴うものが、バックログ全体の約
サービスを利用した社外STP化(注16) を進めた。
半数に上ると指摘されたためである(注18)。
現在、Deriv/SERVは欧米の大手ディーラーの大半
さらに、市場参加者の社内において、トレーダ
に普及していると推察される。また、各社の社内
ーがミドル・バックオフィスへ伝える取引情報自
におけるSTP化も順次進めた(注17)。
体に誤りが多かった問題を解決するため、トレー
(注16)
STP:ストレイト・スルー・プロセッシング
(注17)
DTCCのDeriv/SERVと、金利スワップの電子確認支援サービスのMarkit Wireは09年8月に事業統合され、
Markit/SERVとなった。
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ダー段階で合意内容を確認するAffirmXpressとい
サービスを06年11月に提供開始した。TIWでは、
うサービスをDTCCとインターディーラー・ブロ
蓄積された契約情報を基に、相対ベースで相殺さ
ーカー3社が06年6月に提供開始した。
れた利金受払い額の算出も行っている。
努力の結果、バックログは半年で半減した。
また、欧州の証券決済機関であるユーロクリア
05年9月末に15万件以上あったものが、06年3
(Euroclear)は、CDS契約のエクスポージャー管
月末には7万4,000件になったという(注19)。
理や担保管理を支援する、DerivManagerと呼ぶサ
ービスを07年11月に提供開始した。統一基盤の
 ポスト・コンファメーション処理の改善へ
上で取引当事者が互いに算出したエクスポージャ
バックログ問題解決に目処をつけた市場参加者
ーを共有することにより、認識の齟齬を未然に防
は、次に、ポスト・コンファメーション処理の改
ぎ、適切な担保管理を行うことを支援するとされ
善に取り組んだ。特に力を入れたのが担保管理で
た(注20)。
ある。CDS取引は相対契約であり、取引相手の信
用リスク(カウンターパーティリスク)がある。
当リスクを低減するため、担保の差し入れを受け
る。参照組織の信用度に応じたエクスポージャー
や、取引相手の信用度は日々変化するため、担保
額を調整する。取引内容の高度化に従い、エクス
ポージャーの評価モデルも複雑となる。各社で考
え方が大きく異なることも少なくない。双方が納
得できる評価が重要となるため、中立性の高い、
外部プロバイダの活用などが検討された。
〔参考文献〕
『月
片山謙[2009]「欧米のCDS清算機関設立動向」、
刊資本市場』3月号.
河合祐子・糸田真吾[2008]『クレジット・デリバテ
ィブのすべて 第2版』、財経詳報社.
東京金融取引所[2009]「OTCデリバティブのクリア
リング制度に係る検討会とりまとめ」.
日本証券クリアリング機構・証券保管振替機構・東
京証券取引所[2009]「OTCデリバティブのポスト
トレード処理の整備に関する研究会最終報告書」.
吉井博[2009]「クレジット市場における検討課題 が挙げられる。DTCCは、Deriv/SERVサービスで
わが国社債市場の問題点、およびCDSの集中清算
機関の設立と規制の動向」
、金融庁金融研究研修セ
ンター『今後の証券市場の在り方に関する研究会
報告書』.
Commission of the European Communities[ 2009 ]
照合が完了した契約情報を蓄積する、TIWと呼ぶ
“Ensuring efficient, safe and sound derivatives markets,”
外部プロバイダとしては、まず、計算の大元と
なる契約情報の蓄積サービスを提供する、DTCC
(注18)
ノベーションとは、CDS契約を契約当事者以外の第三者に譲渡することである。譲渡時に既存の契約
者の同意を必要とする。実際には取引相手に通知する前に第三者に譲渡してしまうケースが多かった。通
知を受けずに転売された既存契約当事者は、誤った先と資金授受したり、正確なリスク管理が困難になっ
たりする問題を抱える。ノベーション問題の解決のため、ISDAは「遅くともノベーション実施当日の午
後6時までに、Eメール等の電子的通信手段による文面で、もう一方の契約当事者から同意を取り付ける」
というルールを05年9月に策定した。当ルールの導入に、ヘッジファンドは反対の姿勢を見せたものの、
大手CDS取引業者が、ルールに同意しない限り、今後取引を行わない旨を表明したため、最終的に多くが
ルール遵守の同意書を差し入れたという(日本証券業協会「クレジットデリバティブ取引処理の効率化に
向けた動き」
(2005年12月)より)。
(注19)
日本証券業協会「クレジットデリバティブの取引処理効率化の進展」(2006年6月)より。
(注20)
ポスト・コンファメーション管理の改善については、日本証券業協会「OTCデリバティブ取引処理の
STP化の方向性」(2008年6月)より。
42
証券アナリストジャーナル 2009.10
Communication from the Commission, COM (2009)332
final.
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Counterparty Reduce Counterparty Risk?”Rock Center
for Corporate Governance Working Paper No. 46 ,
Graduate School of Business Research Paper No. 2022.
Duffie D.[ 2009 ]“The Failure Mechanics of Dealer
Banks,”Rock Center for Corporate Governance
Working Paper No.59.
European Central Bank[2009]“Credit default swaps
and counterparty risk,”August ISBN 978 - 92 - 899 -
0454-4 (online).
Federal Reserve System[ 2009 ]“ICE US Trust LLC
New York, New York, Order Approving Application for
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©日本証券アナリスト協会 2009
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McCreevy at the EP Committee on Economic and
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Securities and Exchange Commission[ 2009]“Order
granting temporary exemptions under the securities
exchange act of 1934 in connection with request on
behalf of ICE US Trust LLC related to central clearing
of credit default swaps, and request for comments,”
Release No.34-59527;File No. S7-05-09.
U. S. Department of the Treasury[2009]“Regulatory
Reform Over-The-Counter(OTC)Derivatives,”May
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