1 目次 はじめに.........................................................

目次
はじめに...........................................................................................................................2
第1章 「癒し系」が生活にもたらす影響 .....................................................................3
1−1 癒し系音楽の効果と分析∼ヒーリングアルバム『Feel』から∼ ...................3
『the most relaxing~feel3 Peace of mind』 .........................................................4
1/f揺らぎ ............................................................................................................7
シフトされる目的 .....................................................................................................9
1−2 メルヘン物語と癒しの関連性.......................................................................10
無意識への働きかけ................................................................................................ 11
1−3 人間の嗅覚と癒しの関係 ..............................................................................15
1−4 温泉が心に与える安らぎ ..............................................................................17
温泉の種類 ..............................................................................................................18
ヨーロッパのスパ ...................................................................................................20
日本の温泉 ..............................................................................................................22
癒し空間としての温泉 ............................................................................................22
第2章 癒しの概念化 ...................................................................................................25
2−1 癒し系としての4つの観点 ..........................................................................25
2−2 現代社会における癒しの必要性 ...................................................................26
2−3 アメニティ理論 ............................................................................................27
2−4 癒しとは .......................................................................................................28
第3章 癒しの空間化と総合的意義 ..............................................................................30
3−1 自然を取り戻すことの重要性.......................................................................30
3−2 エコロジーと癒し.........................................................................................31
社会における環境への取り組み ..............................................................................31
3−3 癒しの可能性................................................................................................32
おわりに.........................................................................................................................34
参考文献.........................................................................................................................35
1
はじめに
近年、
「癒し」という言葉を生活のあちこちで耳にする。それは癒しの本来の目的である
治療
の意味よりはむしろ、心の安らぎや生活の潤いを求める現代人の、何らかの希求
や渇望を感じさせるものである。
「癒されたい」という言葉が何の違和感もなく日常的に使われる社会の、異常ささえあ
えて問われることがない。そんな時代を私たちは生きているのである。
「癒し」を求める心は、いったい何を意味しているのだろうか。私達の生活空間は、そ
れによってどのように変わろうというのだろうか。癒しを求めることによって、より充実
した生活環境を築くことにつながると信じていいのだろうか。
私はこの日常的によく考え直されることも無く使われている言葉に注目して、その意味
の探求に取り組むことによって、私の生きるこの社会の成り立ちや課題に、今一歩近づく
ことができるのではないかと考えた。
この論文では、いわゆる「癒し系」の商品などの分析から初めて、その概念や本質を明
らかにするように研究に取り組んでみた。そこから私の生きる社会の本質構造と課題とが、
いくらかはっきりしてきたように思う。この研究を通して、普段何気なく感じている「癒
し」の感覚における意義を理解し、少しでも生活の改善と活性化に役立つことを期待して
いる。
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第1章 「癒し系」が生活にもたらす影響
人が普段の暮らしの中で「心地良い」と感じるのはどんな時だろうか。例えば、快晴で
暖かな陽気の日に外に出て散歩をする、といったようなそんな些細なことでも自然と心が
軽くなったり気分良く感じたりしないだろうか。人の心とは本来、私達が考えている以上
に単純なものなのかもしれない。心の起伏を複雑化しているのは私達自身なのだ。
感情とは、命の誕生と同時に生まれ、周囲からの影響を受けながら成長し、豊かになっ
ていくものである。しかし豊かになればなるほど、心には葛藤や混乱が生じてくるもので
ある。それを解きほぐすには、心に良い影響を与えるプラスの要素が必要である。私はそ
れを、人間の心の潤いとして生活の中で何気なく感じる
心地良い
た。冒頭でも述べたように、普段からどんな些細なことでもその
という感情に着目し
心地良い
という感情
は人にプラスの影響を与える。
傷付いているものを癒す
という感覚から生まれた言葉がある。いわゆる「癒し系」
と呼ばれるものである。確かに元々は癒す=治療するという意味だが、今日の私達の生活
においては、その意味も少しずつ捉え方に変化が生じてきたように思う。傷付いた心を治
療するだけに止まらず、さらにそこに「豊かさ」、言い換えれば暮らしに潤いや心地良さを
もたらすものとして、
「癒し」以上の価値を見出している。それを踏まえた上で第1章では、
今日「癒し系」と呼ばれている、人が生活の中で「心地良い」と感じる様々なものを比較
しながら分析していくことにする。
1−1
癒し系音楽の効果と分析∼ヒーリングアルバム『Feel』から∼
音楽とは実に不思議なものであると思う。自然でも動物でもない、人間が何もない無
の状態から作り出したもので、単調な音と音が重なり合ってメロディを奏でる。音楽の始
まりは、私達人間がそうした音と音の重なりで作られるメロディを「心地良い」と感じた
ことが最初のきっかけではないだろうか。そこから音楽の概念は広がり、初めは単調な音
の重なりだったメロディも、だんだんと複雑かつ自由な音の組み合わせで様々な音楽が生
まれていくようになった。ではそれが実際、
「癒し」として扱われ始めたのはいつ頃のこと
だろうか。
3
その歴史をさかのぼると、紀元前 2500 年前の古代エジプト時代には既に音楽は「魂の
薬」と呼ばれ、心を癒すものとして使われていたという。また、紀元前 600~400 年頃のギ
リシャ時代では、音楽は人間の思考や身体的健康に強く影響を与えるものとして広まって
いった。このように心を癒すものとしての音楽の歴史は古く、人々がいつの時代も心の癒
しを求めていたことが分かる。
しかし実際は、
「癒し系音楽」がひとつのジャンルとして確立してまだ日が浅い。癒し系
音楽のルーツと言われるピアノソロの音楽やシンセサイザーを使った新しい音楽技法が8
0年代に登場し、それが元になって90年代にそれまで見られなかったスタイルの幻想的
なサウンドが話題を呼び、この時初めて「癒し系」という言葉が定着した。そしてそれ以
降、癒し系音楽は一種の流行を生み出すことになった。その火付け役となったのが、
「癒し
系 コ ン ピ レ ー シ ョ ン ア ル バ ム 」 の 登 場 で あ る 。 代 表 的 な 作 品 と し て は 、『 the most
relaxing~feel』(東芝EMI)や『image』(sony music Japan)といったようなCDで、
どれも心地良いサウンドの音楽ばかりを集めたヒーリングミュージックアルバムであるこ
とが最も大きな特徴である。ではここで、この「癒し系音楽」の代表作として上に挙げた
アルバムを考察してみることにする。2000年の『feel』第1弾発売から早くも第6弾目
を発売した現在に至るまで、根強い人気を持ち続けている癒し系コンピレーションアルバ
ム『the most relaxing~feel』。<殺伐とした社会の中で、いろいろなものに感じる心を失
いがちな現代人の感受性をよび戻す、そんな“陽の癒し”の音楽>をコンセプトとして、ク
ラシックやポピュラー音楽など様々なジャンルから成り立って作られているアルバムであ
る。その中でも今回は『the most relaxing~feel3 Peace of mind』を例に挙げて分析する。
『the most relaxing~feel3 Peace of mind』
【Track1 静寂/アディエマス】"ヒーリング・ミュージック・シ
ーン"の第一人者、アディエマス。クラシックとエスニ
ック音楽の融合で新しいサウンドを生み出す。アディ
エマスが奏でる音楽は
地球の声
想的かつ神秘的である。
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と言われるほど幻
【Track2 遥かなる旅路/姫神】日本を代表するシンセサイザー奏者、姫神の新曲。伝統
なものに独特のアレンジを行うことによって生まれるその美しいメロディは
日本国内のみならず海外でも評価が高い。
【Track3
ホールニューワールド/ザンフィル】ザンフィルはルーマニアの民俗楽器"パ
ンフルート"奏者として世界的に有名。この曲は映画「アラジン」のテーマ曲
をカヴァーしたもので、パンフルート独特の音色が聞く者を魅了する。
【Track4 地上の星/古川 展生、中西 俊博、吉川 忠英、山木 秀夫】NHKテレビ「プ
ロジェクトX∼挑戦者たち∼」主題歌カヴァー・ヴァージョン。この Track
に収録されている地上の星は、力強いヴァイオリンや心地良いチェロの響きが
オリジナルとはまた違った魅力を感じさせている。
【Track5
私を泣かせて下さい/サラ・ブライトマン】 世界で最も美しい歌声
と賞さ
れるほどの実力を持つサラ・ブライトマン。彼女の歌声は心に強く響く力強さ
がある。
【Track6 マレーナ/エンニオ・モリコーネ】
「ニュー・シネマ・パラダイス」
「海の上の
ピアニスト」ほか映画音楽史上に燦然とその名を刻んでいる、巨匠エンニオ・
モリコーネ。映画『マレーナ』の挿入曲であるこの曲は、誰の記憶にもある切
ない想い出を人々に思い出させてくれるような淡いメロディが印象的である。
【Track7
蒼き海の道/東儀 秀樹】雅楽を世に広めるため、伝統を守りながらも様々な
異なったジャンルを取り込んでいく 東儀秀樹の試みは、多くのファンを魅了
しつづけている。この曲は TBS が取り組む『TBS 唐招提寺 2010 プロジェク
ト』のために作られた曲で、このテーマに相応しい壮大な楽曲に仕上がってい
る。
【Track8 自由の大地/服部 克久 and His Orchestra】服部克久の代表曲でもあるこの
曲はTBSの「新世界紀行」のテーマソングとして起用された。「地球」をテ
ーマにした壮大なスケールのこの曲は、生きることの感動と共感を伝えるとい
うコンセプトのもとに作られている。
【Track9 燕になりたい/チェン・ミン】二胡のそのやわらかな音色は、独特の心の安ら
ぎを生み出し、ジャンルや人種を超えて多くの人々の心を揺さぶり続けている。
【Track10 アマポーラ/ヌーノ】この曲は TVCM のために収録されたナンバーで、こ
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の曲には話題の楽器"テルミン"も使用され、ヌーノの魅力的な声が十分に生か
されている。
【Track11 アメリのワルツ/ヤン・ティルセン】映画「アメリ」挿入曲。60万人以上
も動員するロング・ヒットを続けているフランス映画「アメリ」を影で支えて
いるが、映画全体をつつむシンプルなヤン・ティルセンのメロディ。軽快なワ
ルツの心地良い音が胸に響く1曲。
【Track12 アダージョ・イン・C マイナー/ヤニー】アトランタ・オリンピックのテー
マ・ソングを手がけたこともある世界的キーボード奏者のヤニーは、CDの総
売り上げ 2,000 万枚を誇り、そのライヴ・コンサートは20ヶ国以上で開催さ
れ、65カ国以上5億人あまりの視聴者に向けて放送されるほどのスーパース
ター。
【Track13
ビヨンド・ジ・インヴィジブル/エニグマ】グレゴリオ聖歌をグラウンド・
ビートと融合させるなど常にジャンルにとらわれない新しいサウンド・クリエ
イトを行い、ヒーリング・ミュージック・シーンのパイオニアとして数々のヒ
ット・ナンバーを世に送り出している。
【Track14 エチュード/マイク・オールドフィールド】1973年ヴァージン・レコー
ド第1弾としてリリースされた『チューブラー・ベルズ』が全世界で1,00
0万枚以上という驚異的なセールスを記録して、スーパースターの仲間入りを
果たしたマイク・オールドフィールド。この「エチュード」は、ゆったりとし
た流れの不思議な雰囲気を醸し出す一曲。
【Track15 ソング・オブ・アワ・ホームランド/IZZY】イングランド出身の IZZY(イ
ジー)は9歳から歌を歌い始め、ロンドンの音楽学校で声楽・ピアノ・作曲を
学ぶ。彼女の透き通った歌声はまさに癒し系と呼ぶに相応しい、美しい流れを
持っている。
【Track16
First Love/島 健】宇多田ヒカルのメガヒットナンバー「First Love」の
インストゥルメンタル・ヴァージョン。ピアノの優しい音色とヴァイオリンの
綺麗な響きが印象的である。
【Track17 ニルヴェーナ/エルボスコ】スペイン発の音楽プロジェクトであるエルボス
コは、エル・エスコリアルの修道院に学ぶ生徒たちによる、"ボーイ・ソプラ
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ノ"を生かした合唱団である。澄んだ高音を聴かせるボーイ・ソプラノは、現
在の殺伐とした世の中において、ピュアなものを求める人々の心を和ませる。
【Track18
ドライ&ウェット/千住 明】作曲家としてのみならず編曲家・音楽プロデ
ューサーとしてもグローバルに活動している千住明。この曲は96年から99
年までアサヒ「スーパードライ」TVCM曲として起用された、メリハリのある
曲調の爽やかな一曲に仕上がっている。
以上が『the most relaxing~feel3 Peace of mind』の収録曲とその紹介である。
さらに細かく分析してみよう。
まず、以下のようなことに気付かされる。その収録曲の選曲から、「feel」というひとつ
のテーマの下、様々な国の音楽が寄せ集まって構成されているという点である。例えば、
Track1のクラシックとエスニック音楽の融合させたアディエマス。Track3のルーマニア
の民族楽器 パンフルート を奏でるザンフィル。Track7の日本の伝統芸能である雅楽を
独自の表現方法で世界に広めた東儀 秀樹。Track9の中国の伝統楽器である二胡奏者チェ
ン・ミンなど、各国々で守り続けてきた伝統的な文化や音楽を現代に残していこうとする
音楽家達の思いを受け止めるかのように、「feel」には世界のあらゆるジャンルの音楽が集
まっている。しかし、
「癒し系音楽」と言われているこれらのヒーリングコンピレーション
アルバムは、ただ世界の伝統的音楽を選曲すればいいというものではないはずである。
「癒
し」をもたらすものとしての役割を果たしていなければ、 ヒーリング としての価値はな
い。では、その「癒し」の基準となるものは一体どこにあるのだろうか。そこで、「癒し」
に関するひとつの理論に着目してみることにする。
1/f揺らぎ
自然の水音、つまり川のせせらぎやさざ波といったような音や、そよ風、小鳥のさえず
り、木々のざわめき、さらには心臓の鼓動さえも、そこにはある法則を持って小刻みに揺
れる「揺らぎ」がある。人間が心地良いと感じるその「揺らぎ」の程度が周波数(f)にほ
ぼ反比例する特性、それを「1/f揺らぎ」と言う。周波数とは、1秒間に何回の振動が
起こるかをヘルツ [Hz] という単位で表した空気の波である。その周波数と反比例する「1
/f揺らぎ」は、自然と人間の精神をリラックスさせる効果があるため、
「癒し系音楽」に
7
おいても十分にその効果を発揮していると言える。
中でも、その「1/f揺らぎ」が含まれている最も代表的な音楽と言えば、クラシック
楽曲である。例えばピアノで曲を演奏する場合、その音楽を特徴付けるのはキーの位置と
キーを叩く強さ、そしてキーからキーへの音の持続時間である。これを物理的に言えば、
キーの位置は音の周波数を決め、キーを叩く強さは音波の振幅または音響のパワーを決め
る。また、キーからキーへの音の持続時間は周波数と音響パワーの変化の速さを表してい
る。それを踏まえてアメリカのIBM研究所が行った音楽の音響パワーの変動に関するス
ペクトル分析の結果でも、クラシック楽曲が「1/f揺らぎ」を多く含んでいるというこ
とが証明されている。以下のグラフ1の(a)はアメリカでクラシック音楽専門の放送局の
放送を12時間録音してそのスペクトルを求めたものである。また、それと比較して(b)
はロック音楽専門の放送局の放送を同じく12時間録音してスペクトルを求めた結果であ
る。
「1/f揺らぎ」の特徴として、スペクトルが非常になめらかであるということが挙げ
られる。しかしこのグラフを見ても分かるように、(a)に比べて(b)は「1/f揺らぎ」
の特徴からは少しずれている。従って同じ音楽であっても、ロック音楽よりもクラシック
音楽のほうがより「1/f揺らぎ」の要素を多く
含んでいるということになるのである。
「1/f揺
らぎ」は前に述べたように、波音や木のざわめき
や心臓の鼓動など様々な音に含まれている。音に
はリズムがあり、人間や自然によって生み出され
るそのリズムの微妙で不規則な「揺らぎ」が人間
の精神に自然と安らぎや心地良さを与えているの
である。
(グラフ1)
音楽の音響パワー変動スペクトル
では以上のことを踏まえて、もう一度『feel』に収録されている音楽を詳しく見ていくこ
とにする。
8
始めに、このアルバムには伝統的音楽や民族音楽などが多く収録されていると述べたが、
それも実は「1/f揺らぎ」が大きく関係しているということが分かった。図1の実験結
果から分かるように「1/f揺らぎ」が比較的はっきりとあらわれるクラシック音楽は、
もともとキリスト教の宗教音楽から生まれたものである。つまりキリスト教の聖歌、例え
ば数年前に世界的に大ヒットしたキリスト教修道院の修道士が無伴奏で歌ったグレゴリオ
聖歌なども「1/f揺らぎ」に満ちた音楽であると言える。不思議なことに、
「1/f揺ら
ぎ」という概念がない時代でありながら、民族音楽として古くから伝えられてきた楽器や
メロディは、当時の人々が聞いていて自然と心地良いと感じる「揺らぎ」を直感で感じ取
っていたと考えられる。ゆえに、ヒーリングコンピレーションアルバムとして収録される
音楽にはそういった宗教的または民族的音楽、楽器が多く起用されているのであろう。
シフトされる目的
しかし、ここまで「癒し」としての音楽について述べてきたが、このように「癒し系」
と言われている音楽は、初めからその目的を持って作られたものではないということを最
後に触れておきたいと思う。どんな音楽にせよ、その作り手はひとつの「芸術」としての
価値を音楽に求めていることに変わりはない。その上で、人が心地良いと感じる揺らぎを
持った音楽は「癒し」というもうひとつの機能を兼ね備えている、と考えるほうが適切で
ある。
『Feel』のようなヒーリングアルバムに収録されている音楽は、もともとそのCDを作
成する目的で作られたものではなく、純粋に「芸術」としての価値を持っている。癒され
るという感覚は人々が後から付け加えた機能であって、誰もが同じようにその機能を感じ
取るとは限らない。世界中に数え切れないほどの音楽が存在する中で、果たしてヒーリン
グミュージックと呼ばれている音楽だけが、人の心を癒すのだろうか。
音楽は人間の個性の現われであると想う。個人個人の性格がそれぞれ違うように、どん
な音楽が好みかというのは、人によって多種多様である。国や文化によっても異なるし、
人々の身近な生活環境の違いによっても異なる。また、もしたとえ同じ生活をしていたと
しても、音楽の趣味はまったく違うかもしれない。何がその人の心に響くのか、それは経
験してみるまで分からないのである。そんな私達の「個性」は、
「癒し」にも変化をもたら
9
す。音楽においては、
「癒される」という表現では、どうしても「穏やか」とか「ゆったり」
としたイメージが強く付く。
「1/f揺らぎ」という言葉を前に取り上げたので、まさに「癒
し」の音楽はその揺らぎに沿ったものということが実証済みである。
けれども「1/f揺らぎ」に沿っていなければ、たとえ自分にとって心地良いと感じら
れる音楽でも「癒し」とは言えないのだろうか。私はそこが「音楽」のとても特徴的で重
要な部分だと感じた。例えば心が傷ついた時、それを癒すために誰もがヒーリンングミュ
ージックを聞くわけではなく、自分の好きな音楽を聞くことがほとんどではないか。それ
が激しいロックやサンバのリズムだったとしても、その個人にとっては非常に重要な意味
を持っていて、何よりも元気付ける薬になる。
つまり音楽は誰にでもその心に「癒し」に近い心地良い感覚を生み出し、その結果、あ
りのままに自分をさらけ出せる場所を、
「個性」というかたちで表現する機会を与えてくれ
るものなのだと私は思う。
1−2
メルヘン物語と癒しの関連性
誰もが子供の頃一度は読んだことがあるであろうメルヘンの物語。ほとんどの物語が、
主人公は困難や絶望に苦しめられながらも、その中で成長して困難を乗り越え、幸せな結
末を迎える、といったような展開で構成されている。ただ、時には悲しい結末で終わる物
語もあるが、どんな結末であれ、読み手としての私達はその物語の世界の中に入り込み、
主人公と自分を重ね合わせることによって、実際の人生の中で起こる様々な困難や試練に
立ち向かう克服法を学んだり、それによって心のわだかまりが軽くなり、自然と癒されて
いるのではないだろうか。
メルヘン物語の中には 現実では起こり得ないこと 、つまり空想上の世界がよく描かれ
ている。主人公が魔法を使えたり、実際にはいないようなドラゴンや恐ろしい怪物が登場
したり、動物が言葉を話したり、様々な不思議な世界が物語の中では当たり前のように表
現されている。私達はそれを不自然とは思わないし、むしろ期待や希望を持って読み進め
ていくだろう。子供の頃、そういった作り話を親が子供に読み聞かせるのは、子供達が物
語の主人公の活躍や成功に影響されて勇気や根気を与えられ、未来に希望を持って成長す
ることを期待しているからである。
10
ここでひとつの物語を取り上げてみることにする。ミヒャエル・エンデ原作の長編ファ
ンタジー『はてしない物語』という作品である。
《いじめられっ子の少年バスチアンが一軒
の古本屋で偶然手にした本「ネバー・エンディング・ストーリー」を読み進むうち、彼は
本の中の世界"ファンタージェン"に入り込んでしまう。"無"の存在によって滅亡の危機に瀕
していたファンタージェンを救うため、バスチアンはファルコンと共に冒険の旅に出る…》
という内容のこの物語は、メルヘン物語と子供の心の成長との関連性を非常に良く表現し
ていると思われる。
弱虫な少年が、小説の中で勇敢な少年やその仲間達と出会い、世界を救うという使命を
背負って戦い、最後には勇気と強い心を手に入れる。一見いかにもポジティブな展開のよ
うであるが、実はその中に欲望や嫉妬、卑下や憤怒といったネガティブで悪い感情も包み
隠さず描き出している。それがメルヘンの大きな特徴でもあり、そうした自分では受け入
れ難い「負の感情」を露わにすることで、読む者に「負の感情」が特別なものではないこ
とを語りかけているのである。子供はそれによって安堵し、善悪の判断も付くようになる。
メルヘンは読む者の
無意識
的な世界に働きかけているのである。
無意識への働きかけ
メルヘンの構造は一体どんな風に成り立っているのだろうか。メルヘンは大きく分けて
3つの特徴を持っている。
第1の特徴は、ストーリーが単純で全体が一つのモチーフで出来上がっているというこ
と。メルヘンは古くに作られた物語が人から人へ伝承されてきたものであるから、長い月
日の中で主人公の細かい心理描写や時代の流れ、季節など物語を飾る表現が抜け落ちてし
まった部分があり、実際に残っているのは物語の重要な中心部分だけである。だからメル
ヘンとは単純で短いものが多いのであるが、それでも主人公の成長の過程など簡潔にしっ
かり表現されているものである。
第2に、フレーズの組み立て方や言葉の使い方に反復のパターンが多様されていること
が特徴として挙げられる。例えば『赤ずきんちゃん』では、おばあさんに変装した狼に少
女が何度も同じような言い回しで質問をする様子が描かれている。
「おばあさんはどうして
…なの?」という言葉が繰り返し使われ、それに狼が答える。読者はおばあさんが狼の変
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装だと分かっているのであるから、いつそれがばれて少女が危険な目に合うか、少女の言
葉を聞く度にハラハラする。そのように、同じフレーズが繰り返されることによってスト
ーリーにリズム感と適度な緊張感が与えられ、読み手を飽きさせないのである。
そして最後に第3の特徴としては、メルヘンでは現実と非現実の境界が曖昧で、両者が
簡単に入れ替わることが可能であること。読み手としての私達はその物語の世界の中に入
り込み、主人公と自分を重ね合わせることによって、実際の人生の中で起こる様々な困難
や試練に立ち向かう克服法を学ぶ、と前に記述したが、それはメルヘンの物語が現実との
境界を曖昧にしているからであって、非現実なことを知り理解し、読み手は現実での可能
性を広げていくのである。
以上の3つの特徴は、メルヘンがいかに人間の無意識の世界を描き出していると言える
かを理解する上で重要な手掛かりとなる。普段、私達は意識的に動いているように思える
が、実は無意識の状態でいることも多いのである。そんな無意識の世界をメルヘンから感
じ取り、自分の生き方に取り入れていくことで心の活性化を促進しているのである。
メルヘンが心を癒す効果を示すのは、私達が普段からそうした無意識の世界を持ってい
るからである。私達の見る「夢」がその無意識の世界のひとつである。自分の持っている
コンプレックスを映し出す鏡として「夢」は現実では起こり得ないことも鮮やかに描き出
す。そしてまた、それはメルヘンの世界にも共通しているように思う。ベレーナ・カース
トは『治療としてのメルヘン』の中で、
「メルヘンのモチーフは以前私達の掴み得なかった
自分自身の精神状態に対する象徴となる。私達が実際に言葉で捉えることができず、しば
しば不愉快さでのみ自分を満たす葛藤は、メルヘンの象徴の中に一つのイメージを見つけ
出すことができる」と述べている。その点において、メルヘンは特に子供の成長過程に良
い影響を与えていると思う。子供は物語の中から希望や期待を得、それを現実で生かそう
と努力する。
では、物語は具体的にはどんな希望や期待を与えてくれるのか。次に様々な国の物語を
比較して「物語」の特性を検証してみよう。
12
表1.物語の比較
タイトル
テーマ
『ヘンゼルとグレ 子供の知恵
ーテル』(グリム
童話)
『白雪姫』
憎しみと愛
(グリム童話)
『みにくいアヒル 成長
の子』(アンデル
セン童話)
『マッチ売りの少 孤独と安らぎ
女』(アンデルセ
ン童話)
『シンデレラ』(ペ 人生の転機
ロー童話)
『かぐや姫』(日 家族愛と別れ
本童話)
『桃太郎』(日本 恩返し
童話)
主人公
男の子と女の子
試練
お菓子の家の魔
女に捕まり殺さ
れそうになる
お姫様
一国の王女
王妃の嫉妬を買
って、毒林檎を
口にしてしまう
アヒルの子
みにくいアヒル
兄弟からいじめ
られて追い出さ
れる
少女
身寄りのない少 雪の道で孤独に
女
マッチを売り続
ける
貧しい女性
召使い
夜 12 時に魔法
が解けて元の召
使に戻ってしま
う
竹から生まれた 養子
育ててくれた祖
少女
父母と別れ、月
へ帰る
青年
境遇
捨て子
桃から生まれる
結末
魔女を退治し家
に戻る
七人の小人と王
子が救う
成長し、湖に映
る自分の姿が美
しい白鳥となる
おばあさんが現
われ、共に天に
旅立つ
ガラスの靴がぴ
ったり合い、国
の王子と結婚す
る
かぐや姫と別れ
た老夫婦は富を
得て幸せに暮ら
す
鬼ヶ島へ鬼退治 鬼を退治に仲間
に行く
と共に帰って来
る
どれも有名な物語ばかりだが、何の関連性もない7つの物語である。しかし、それを比
較してみると明らかになってくることがある。
まず共通点としては、結末が比較的良い終わり方をしているということ。ただそれは単
純なハッピーエンドともいえないようだ。
『マッチ売りの少女』は最後には少女が寒さと飢えで死んでしまう結末ではあるが、マ
ッチを擦ることによって懐かしいおばあさんと再会し一緒に旅立っていくというストーリ
ーからは、少女が孤独から解放されたということが読み取れる。
『かぐや姫』の場合は最後に、育ててくれた老夫婦と悲しい別れをするが、かぐや姫が
老夫婦を想う気持ち、育ててくれた感謝の気持ちも表現されていて、読者を暖かい気持ち
にさせる。
また、もうひとつの共通点として、物語の始まりにおける主人公の境遇が、貧困であっ
たり孤児であったり、恵まれない境遇にあるという点である。
『白雪姫』では、主人公は国のお姫様で不自由のない暮らしを与えられているが、その
美貌がお后の嫉妬を買い、城を追い出されて、その後は小人の家を見つけるまで森を彷徨
13
い途方に暮れてしまう。
そしてこれらの物語は、そんな恵まれない境遇にも関わらず、さらに追い討ちをかける
ように、必ずと言ってよいほど物語の中盤に何かしらの試練が待ち受けていて、主人公は
それに立ち向かわなければならない。
そういった点からもメルヘンには、やはり苦しい状態から立ち上がるという流れの物語
が多いということが分かる。それが何を意味するかは最初に述べた通り、読み手に困難や
試練への克服を促す結果をもたらすのである。
さらにもうひとつ、比較を通じて気付いたことがある。それは、物語に登場する主人公
が比較的若い(幼い)世代であるということだ。
そのため、おそらく作者は読み手である私達の心に、子供の雑念のない純粋な視点から
物語の方向性を読み取ってほしいと期待しているのではないだろうか。そうすることで、
現実の子供達は自分と同じ世代の少年少女が物語の中で活躍しているのを見て共感を抱き
やすいし、大人でも子供の心を取り戻して純粋に物語を楽しむことが出来る。
空想をもとに作られたメルヘンとは、変な違和感や疑いを抱かずに、素直な気持ちで楽
しむ物語であるべきだと私は思う。
では、次に物語によって異なる点は何か。それは、それぞれの「テーマ」の違いである。
最後には良い結末を迎えるという物語の方向性は同じであっても、何を軸として展開して
いくかによって、その物語ごとの特質が見えてくる。それが物語を盛り上げる中心となり、
作者が読み手に伝えたいメッセージ性を持つことにもつながる。しかし、それを直接的に
「テーマは∼です。」と言葉にするのではなく、ストーリーの中から自然に読み取れるよう
に文章は構成され、そうすることによって読者の無意識の世界に働きかけることが出来る
のである。それゆえ、メルヘンが現実性を持っていないということが、返って人間の無意
識的な感覚を引き出し、現実をより豊かにするのではないだろうか。
物語は読んでいるうちにいつの間にか読み手はその物語の中へと入り込み、物語の主人
公のような感覚を持つことができる。それはつまり、物語が人々を夢中にし、無意識のう
ちに物語と共通するつながりとして「一体感」という心地良さを与えているのである。
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1−3
人間の嗅覚と癒しの関係
もともと花はその鮮やかな色彩と様々な形や大きさなど、人が「綺麗」だと感じる感覚
を目で見て楽しむものという意識が強い。しかし実際は花の「香り」もまた、人々の心を
癒したり魅了する重要な要素である。
「アロマテラピー」という言葉は、フランスの化学者
ルネ・モーリス・ガットフォセが実験中にやけどを負い、その傷をラベンダーの精油で治
したことから精油の研究をはじめ、その著書で用いたことから広く知られるようになった。
香りは人の心を落ち着かせる効果があるとよく言われるが、具体的にはどのような原理で
そう言われているのだろうか。それにはまず、私達人間の仕組みにおいて理解することが
必要であると思う。
香りを嗅ぐという行為は、人間の嗅覚による働きがもたらすものである。人間の嗅覚は
驚くべきことに1万種の香りを嗅ぎわけることが出来ると言われている。それらの香りは
嗅覚神経細胞に送られて、ひとつひとつの細かい情報として脳の奥へと記憶される。嗅覚
による情報は、感情や本能が記憶されている大脳辺縁系に直接働きかけるため、大脳皮質
でその刺激が処理される視覚や口腔を経て得られる味覚とは違い、無意識のうちに脳へ影
響をもたらして生理的、また感情的な面と深く関わってくるようである。特に後者は香り
が心に影響を与えることを示す重要な手掛かりとなるため、深く探っていくことにする。
では香りが人間の心に影響を与えるということを示した事例を元に、癒しの効果につい
て述べていきたいと思う。『心を癒すアロマテラピー』
(フレグランスジャーナル社)によ
れば、においの作用において以下のような実験が行われたと言う。「1920 年代初頭にジョ
バンニ・ガッティとレナート・カヨーラというイタリア人の医師が『精油の神経系に及ぼ
す作用』という報告を出版し、不安と憂鬱という相反する状態に対する様々な精油の効果
について調べました。実験は、精油をしみ込ませた脱脂綿をマスクにつけて口に当てるか、
精油の液を室内にスプレーして、被験者が香りを吸入するようにして、医師が心拍数と血
液循環と呼吸の深さの変化を測定する方法をとりました。その結果、精油を吸入した場合
はほとんど瞬時にして効果が現われ、鼻から入った香りの効果は非常に早く脳に伝わると
いうことを示しました。これは、経口で用いた場合に精油が消化器官を通じてゆっくりと
吸収されたのとは対照的でした。
(p.104)」またこの実験により、精油の種類によって少量
使用すると興奮剤として作用し、大量に用いると鎮静効果が現れるものがあるということ
も同時に分かり、つまり『においの感覚は反射作用によって中枢神経系の機能に非常に影
15
響を与える』という結論に至ったのである。
またもうひとつ、香りが人に与える影響として注目しておきたいことがある。1970 年代
にミラノ大学のパオロ・ロベスティ教授の研究によって導き出された香りの特性である。
それは、一種類の香りを単独で使うよりも、何種類かを混合して用いたほうが脳への刺激
や影響が大きいということである。脳には不快と感じられるにおいに対して拒否する傾向
があるので、例えばアロマテラピーを行うにあたって、そのにおいに強力な鎮静作用があ
るとしても、それが相手にとって好ましくないにおいであれば、その効果は期待すること
ができない。よっていくつかの香りを混合して用いることによって、より高い治療効果の
可能性を引き出すことができるというわけである。
表2.精油が神経系へ与える作用
鎮静作用(不安感)
刺激作用(鬱状態)
アニス
アンジェリカ
ローレル
バジル
ベルガモット
ボルネオル
カユプテ
カルダモン
カラマス
シナモン
キャロットシード
クローブ
カモミール
フェンネル
クラリセージ
ゼラニウム
サイプレス
ジャスミン
ゼラニウム
レモン
ホーソーン
オレンジ
ヘリオトロープ
パイン
ラベンダー
ローズマリー
レモングラス
サンダルウッド
ライム
セージ
マージョラム
セーボリー
メリッサ
バーベナ
16
ネロリ
イランイラン
オポパナックス
プチグレン
バラ
タジェティーズ
バニラ
バイオレットリーフ
バレリアン
ヤロウ
表2のように、香りの種類によってもたらされる効果は分類されるのだが、実際はそれ
以外にも個人的要因に大きく左右されるということも分かっている。
①においを嗅いだ方法、②嗅いだにおいの量(濃度)、③においを嗅いだ環境、④におい
を嗅いだ当事者(年齢、性別、性格)、⑤その人の最初の気分、⑥においに関する過去の記
憶、⑦無嗅覚症や嗅覚障害、⑧そのにおいに対して持っている期待や考え、等の様々な要
因にも影響されるということがある。それだけ嗅覚は人間の心身に直接的かつ敏感に働き
かけているのである。
心理療法として香りが注目されるのは、感情と嗅覚がそのような密接な関係を築いてい
るからではないだろうか。
そしてまた、現在の身近な暮らしの中でも、部屋に芳香剤や線香を炊くなど色々な方法
でアロマを楽しむ習慣がある。これまで述べてきたように、香りには心をリラックスさせ
る作用が視覚や味覚よりすばやく脳に伝わるため、心に癒しをもたらすものとして簡単で
最適な方法として人々に受け入れられてきた証拠なのだろう。
1−4
温泉が心に与える安らぎ
天然の湧き出るお湯が、身体の疲れや痛みを暖和する効果をもたらす温泉。しかし、人々
が温泉に浸かりに遥々遠くまで出かける目的はそれだけではないように思う。温泉には2
つの特徴がある。それは「身体のケア」と「心のケア」である。つまり、温泉とは身体だ
17
けでなく心にも癒しを与えるものだということを念頭において、温泉と人との関わりにつ
いて探っていきたいと思う。
温泉の種類
そもそも「温泉」とは、単に湯が湧き出る場所を指すのではなく、昭 和 23 年 に 制 定 さ
れ た 温 泉 法 iと い う 法 定 に よ り「 地 中 か ら 湧 出 す る 温 水 、鉱 水 及 び 水 蒸 気 そ の 他 の
ガ ス ( 炭 化 水 素 を 主 成 分 と す る 天 然 ガ ス を 除 く ) で 、 ① 源 泉 温 度 が 25 度 以 上 の
もの、②鉱水 1 ㎏中に規定以上の物質が含まれているもの」と定められている。
地 中 か ら 湧 き 出 る 水 の 温 度 が 25 度 以 上 で あ れ ば 、 場 所 に 関 係 な く そ れ は 温 泉 で
あ り 、ま た た と え 冷 た く て も 定 め ら れ た 量 以 上 の 物 質 が 含 ま れ て い れ ば 温 泉 と 呼
べ る と い う こ と で あ る 。温 泉 に 含 ま れ る 鉱 水 1 ㎏ 中 の 物 質 と そ の 量 は 以 下 の 表 3
の通りである。
表 3.温 泉 に含 まれる物 質
物質名
含有量(1kg 中)
溶存物質(ガス性のものを除く)
総量 1,000mg 以上
遊離炭酸
250mg 以上
リチウムイオン
1mg 以上
ストロンチウムイオン
10mg 以上
バリウムイオン
5mg 以上
フェロ又はフェリイオン
10mg 以上
第一マンガンイオン
10mg 以上
水素イオン
1mg 以上
臭素イオン
5mg 以上
沃素イオン
1mg 以上
フッ素イオン
2mg 以上
ヒドロひ酸イオン
1.3mg 以上
メタ亜ひ酸
1mg 以上
総硫黄
1mg 以上
18
メタほう酸
5mg 以上
メタけい酸
50mg 以上
重炭酸そうだ
340mg 以上
ラドン
20mg 以上
ラジウム塩
1 億分の 1mg 以上
また温泉は、その特徴や成分、効能などの違いから、単純温泉、放射能泉、炭酸水素塩
泉、硫黄泉、酸性泉、塩化物泉、二酸化炭素泉、硫酸塩泉、含鉄泉という9つに分類でき
る。
† 単純温泉:
無色透明で含まれる成分が比較的少ないため身体への刺激も少なく、万人
向けの温泉とされている。
† 放射能泉:
別名ラジウム泉とも呼ばれ、冷泉が多くほとんど無職透明。血圧降下、循環
器の障害改善に効果が見られる。
† 炭酸水素塩泉:
汚れた皮膚の角質を洗い落とし、肌をすべすべにしてくれる効果があるため
美人の湯と呼ばれている。
† 硫黄泉:
硫黄型と硫化水素型に分けられる。独特の硫黄臭があり、色は白から微黄
色。肌に良く、これもまた美人の湯と呼ばれている。
† 酸性泉:
活 火 山 の噴 気 口 近 辺 から湧 く塩 酸 ・硫 酸 ・ ほう酸 を多 く含 む日 本 特
有 の泉 質 。ほとんど無 色 か微 黄 褐 で酸 味 があり、殺 菌 力 は高 いが人
によっては浴 後 肌 が荒 れることもある。
† 塩化物泉:
海 水 の成 分 によく似 た食 塩 を含 み、もともとは「食 塩 泉 」と呼 ばれてい
た 。 日 本 の温 泉 に多 くみられる泉 質 で、 成 分 が体 に付 着 して毛 穴 を
ふさぐ為 に、特 に保 温 効 果 に優 れている。
† 二 酸 化 炭 素 泉 : 入 湯 すると全 身 に炭 酸 の泡 が付 着 する。人 肌 ほどのぬるめのお湯 の
ため、心 臓 に負 担 をかけない温 泉 とも言 われている。
† 硫酸塩泉:
無 色 透 明 で、西 ヨーロッパ方 面 では飲 用 水 とされ沈 静 効 果 があるこ
とで広 く知 られている。「傷 の湯 」と呼 ばれ、外 傷 に効 く。
† 含鉄泉:
鉄 分 を多 く含 み、貧 血 にも効 果 が見 られる。沸 き出 し時 は無 色 透 明
でも空 気 に触 れると褐 色 に変 化 する特 徴 を持 っている。
19
温泉にはこのように様々な種類と特徴があり、それぞれに身体の傷や痛みを和らげる効
果があるということが実証されている。つまり「身体のケア」としての温泉、それがまず
ひとつの存在意義として挙げられる。それを踏まえた上で、ここから本題である「心のケ
ア」としての温泉の特徴を探っていく。そこで、温泉の歴史が古いヨーロッパと日本の温
泉において取り上げて、比較していくことにする。
ヨーロッパのスパ
まずヨーロッパでは、スパ(温泉)とは「サルー・パー・アクア」の頭文字で
水からつくられる
ということを意味している。従って、温泉が
癒し
健康は
であることは、
古くから温泉が繁栄したヨーロッパにおいて基本的要素だったようである。
そもそも自然界には土地、海、気候といった自然治癒的資源と呼べるものがあり、私達
人間は昔からそれを大いに活用してきた。治癒(クア)とは人間の病気の療法、予防、回
復に向けた健康増進を促すものであるが、実際の治療形態はそれだけに留まらない。はじ
めに述べたように、温泉地での社会的触れ合いや、文化事業への参加、娯楽等の社会的活
動も、病気や虚弱さの予防に役立っており、まさに温泉は病気予防と余暇活動の両方の機
能を合わせ持っていると考えられる。
ローマ時代の温泉は人類の歴史の、古代水文化として最後の繁栄した時期と見られてい
る。衛生上、医学上そして宗教上の理由から、冷水浴およびシャワーは非常に歴史が古い
ようである。北欧では、近くの川や湖で最後に仕上げとしてリフレッシュするために熱い
蒸気風呂(サウナ)に入ることがよく知られているが、ローマ時代の温泉はこのような伝
統的温泉の要素が多く組み込まれ、人類有史以来の温泉文化の発達を最初に集約したもの
と言える。ローマでは紀元前330年には、11の大温泉と850以上の公衆浴場があり、
そのほとんどが貧しい住民からは入浴代を取らなかったという。
また紀元350年頃、ローマの人口密度は非常に高いものであった。娯楽を兼ねた入浴
の楽しみは、皇帝時代後期にはローマ人の生活の主要な活動となり、そのような大衆の多
くが温泉を健康管理の場所として日々利用していたということは、ローマ時代の繁栄を非
常によく物語っている。その後、西ローマ帝国滅亡によりヨーロッパが再結成され、ヨー
ロッパ温泉文化の第2の繁栄期が訪れ、 万人のための温泉”をというスローガンが掲げら
れた。北からは古代ゲルマンとスラブの温泉の慣習が、そして南からはローマの慣習が交
20
じり合い、強い影響を与え合った。
ロンドン、パリ、ケルン、ハンブルグ、プラハ等の大都市の発達によって、清潔で健康
的な生活のための集中的水利用のニーズが強まり、中世には浴槽のある浴室が特に裕福な
市民の住宅や商業用の都市の温泉で発達していった。紀元11∼12世紀の聖地巡礼は、
再びローマ時代の温泉の伝統を強めることともなったが、プロテスタント倫理は、都市温
泉の利用、特にその娯楽的機能を極度に低下させていった。15∼16世紀には、ペスト
と梅毒の大流行や木材価格の高騰により都市浴場の時代は終わり、ミネラル温泉の時代の
幕開けとなった。
図1)中世ヨーロッパの温泉
温泉を利用した集団治療
ハンガリーのゲレルト温泉
このように古くローマ時代から温泉は人々に注目されてきたのだが、今や私達の住むこ
の日本各地にも世界に劣らない有名な温泉地が数多く点在する。では日本の温泉はいつど
のように広まったのだろうか。次に日本の温泉について取り上げてみると、その歴史は遥
か古墳時代にさかのぼる。
21
日本の温泉
風土記、日本書紀、古事記などでは天皇の入湯記録があり、これらの歴史的文献に基づ
いて、「伊予の湯」=愛媛県・道後温泉、「牟婁の湯」=和歌山県・白浜温泉、「有間の湯」
=兵庫県・有馬温泉が「日本三古湯」と呼ばれているようである。また「出雲国風土記」
にも島根県・玉造温泉の記録があり、やはり古い歴史を持っていることが分かっている。
また、平安時代に編纂された「万葉集」にも多くの温泉地が登場する。そこから神奈川
県・湯河原温泉や長野県・上山田温泉など、東国の地域の温泉も利用されていることが明
らかになっている。この頃の温泉は、貴族僧侶達の遊興や病気を治す目的で温泉を利用し
た湯治が行われたり、僧侶の布教活動の一翼として温泉指導が行われており、仏教との関
わりも深かったという。
鎌倉時代以降は関東、東海、東北、甲信越などの多数の温泉地が文献に登場する。戦国
時代になると戦傷者の治療を目的として盛んに利用されるようになった。
江戸時代になるとさらに温泉の研究が進み、まだ医療技術が発達していなかったこの時
代に温泉の効能はとても重要視されていたようである。その頃から蒸し風呂からお湯風呂
へと転換し、銭湯という共同浴場も流行し始め、身体の治療としても心の治療としても温
泉が一般庶民にも身近になってきた時代であった。
癒し空間としての温泉
こうしてヨーロッパと日本の温泉の歴史を辿ると、その発展の段階にはさほど違いは見
受けられないように感じられた。どちらも健康維持の目的で温泉を利用し、その結果「癒
し」効果を得ている。
ただひとつ違うのは、その発展の仕方である。ヨーロッパでは多くの国が密集している
ため、その国々が影響し合い混ざり合って多面的で幅広い大きな文化を作っている。それ
に対して島国である日本では、長い間の鎖国の影響もあって異文化の影響を受けず、独自
の文化生活に従事して発展しているという特徴がある。もちろんそれは温泉に限らず、一
国の文化や社会全体に言えることだと思うのだが。そしてそれは、温泉の目的や機能では
なく、概観や雰囲気という温泉のひとつの見方をかたち作ることとなった。
下の図2はヨーロッパと日本の温泉である。比較して見てみるとその雰囲気の差がよく
22
分かると思う。豪華さや華やかさ溢れるローマ風呂とは対照的に、日本の温泉は秘湯と呼
ばれるように都会と離れた場所でひっそりと静かにその風情を守ってきたというイメージ
が強く感じられる。私はその風情や雰囲気こそが「癒し」につながるのではないかと思う
のである。
図2)ヨーロッパと日本の温泉
ドイツ カラカラ浴場
スイス ロイカーバード
岐阜県 下呂温泉
静岡県 土肥温泉
それは私が日本人であり、日本の観点から考えているからかもしれないが、上の写真を
見ても、
「癒される」と思わせるのはどちらかと言えば日本の風情ある温泉ではないだろう
か。風情とは趣や味わいのこと言うが、それはやはり自然に近い状態のほうが強く感じら
れるものである。
癒し空間として考える時、私は「温泉」というひとつのジャンルにおいては、自然との
共存、それも風情のある落ち着いた雰囲気を醸し出す空間がとても重要だと考える。しか
23
し、だからと言ってヨーロッパの温泉が「癒し」と関係ないというわけでは決してない。
というのも、温泉には心身の健康を促進される以外に、第3の機能として「社会的な健康」
にも通じるからである。温泉は家の浴室と違い、多くの人が同時に利用可能な公共の場で
ある。そのような人と人との触れ合いを得る社交的空間もまた、心に健やかさをもたらす
のではないだろうか。温泉へ出かける行為、その先にある地元の風景、泊まる旅館やホテ
ルのもてなし、出会った人達との語らい、温泉に浸かる心地良さ等、それらすべてが温泉
のもたらす癒しの空間をつくり出しているものと私は思う。
24
第2章 癒しの概念化
前章で見るように、癒しを与えてくれるものには様々な種類があり、そのかたちについ
てみればとても一様には捉えきれない。しかしそれらには、ある一定の概念の傾向がある
のではないだろうか。
本章では事例分析から得たものを概念化することに取り組む。
2−1
癒し系としての4つの観点
第1章で取り上げた音楽、メルヘン物語、アロマ、温泉の4つの視点から探っていくと、
そこに癒しのある特徴が見えてくる。
まず第1の特徴は癒し系音楽に現われている。本来それぞれ音楽は、それぞれがひとつ
の作品としての価値を持っており、癒し系と呼ばれる音楽もその例外ではない。作品の制
作に関わる人々はどんなジャンルの音楽にせよ、芸術作品を作るということを目的として
いる。しかしそれが
品への
集中
癒し
として働く時、芸術における一般的特徴である、鑑賞者の作
という特徴が消えてしまうのである。むしろ集中は回避され、その結果と
して、作品そのものも
消えて
しまう。極端にいえば、どんな曲かも忘れて、意識に上
らないような状態が癒しの音楽として働いている状態といえるかもしれない。
つまり、 非−目的性
という特徴が見えてくる。
次にメルヘン物語においては、作者の空想上のストーリーで構成されていて、現実性を
持っていないことをまず特徴としてあげることができるだろう。そこから癒しの第2の特
徴が見えてくる。
現実性を持っていないということは、私達の日常を構成する意識とはずれてくるという
面がある。日常から離れた空想上の世界は、想像力を掻き立て、新たな発見を促し、自分
がいつもは意識していないような領域への感覚を呼び起こす力がある。それは言い換えれ
ば、人間の「無意識」の世界である。
メルヘンは私達の無意識の世界を活気付けるのではないだろうか。私達の意識は、この
無意識の下支えによって成立していると考えられる。無意識の世界の活性化が、意識の世
界、論理的思考や実際の行為を駆動する働きに良い影響を与えるのだと言えるのではない
だろうか。
25
さて
香り
という嗅覚から伝わって身体への影響をもたらすアロマの効果はどうだろ
うか。先に見たように、アロマは、音楽やメルヘンのように精神の構造に働くというより
は、神経系に直接働きかけるものと言える。つまり、心身の相関関係を活性化するものと
言えるだろう。
温泉は以上のものも含めたような、総合的な施設として、それぞれの文化の様式にあわ
せて発展してきたようである。都市に対しての自然との交流とか、あるいは都市的な人の
交流とか、個人の内面や身体を超えた、よりマクロなレベルでの相関関係の活性化という
点が見て取れそうである。
以上の4つの異なる「癒し系」の違いを概念的に整理してみると、それらに共通するひ
とつの傾向として、精神の統一性、心身の統一性、社会や関係の統一性など、本来バラバ
ラにはあり得ないものの関係を、回復する働きが見て取れるように思う。
本来の目的や機能、あるいはそれに立ち向かうことのできる身体や姿勢、体制などが、
癒しの基本的な目的として浮かび上がってくるように考えられる。
2−2
現代社会における癒しの必要性
現代を生きる人々にとってストレスは心の敵である。ストレスが増えればそれだけ心は
傷付いてしまう。だからこそ、心のケアは現代の人々にとって重要な要素である私は考え
ている。けれども、それは心理療法のような限られた人にだけ与えられる方法ではなく、
誰にでも例外なく与えられる癒しの必要性を考えるべきである。
つまり上記に見たように、本来統一されてあるものが、要素ごとにバラバラになってし
まった状態。それが過度なストレスの原因となるもので、癒しとは、そのバラバラの要素
を本来の位置に置き直して、関係としての全体を取り戻すことなのではないだろうか。
私達の生活を取り巻く環境がストレスの原因を作っている。社会、都市、人間関係とい
ったような様々な角度から心理的な重圧がかかり、仕事においてのトラブル、人口過密に
よる満員電車などの不快感など、様々な問題が本来の健康な状態を痛める要素となってい
る。その様々な問題を社会環境から取り除くことが出来れば、本来の心の健康な状態を取
り戻せるのではないかと思う。
それには、まず社会の中を整える必要がある。私達を取り巻く環境がストレスの要因な
26
らば、そのような要素のつながりを断ってしまうような環境をこそ、改善すべきなのであ
る。
そして社会環境を望ましいものに作り変えることで、人々の気持ちにもゆとりができる
のではないだろうか。第 1 章では癒しを考える上で、人間個人に影響を与える必要な安ら
ぎを中心に述べてきたが、以下ではより広い視野で、社会に今必要なものを考えみよう。
2−3
アメニティ理論
そこで、癒しという観点から社会にとって必要なものとは何か、何が欠けていて何を補
わなくてはならないのか。それを「アメニティ」という言葉に着目して考えてみる。
アメニティとは一般的には快適さ、美しさ、上品さ、喜ばしさなどを意味するが、もと
もとは
物が本来あるべきようにする
概念、具体的には自然環境や歴史的環境の保存理
念として環境の質を表す概念である。大気汚染、環境破壊、都市環境の不衛生さなどが人
間の生命に危機を及ぼすことは極めて問題であり、自然環境を保護するためにも、そして
より快適で安全な生活環境を作っていくためにも、アメニティの概念は非常に重要である。
具体的には、ビルに囲まれた都市の中に緑豊かな公園を建設するということであったり、
田舎にしか生息しないホタルを都市の中に放して繁殖させるといったような試みが行われ
ている。それらは一見、自然環境という大きな問題に対して、絶対的に必要だとされる試
みではないようにも感じられる。それよりも環境保護とか汚染防止といったような、もっ
と大きな取り組みに目が行ってしまいがちである。しかし、たとえどんなに小さなことで
あっても、そしてどんなに困難なことであっても、取り組んでいくという姿勢は決して無
駄とは言えないのである。諦めないことこそが、まだ誰も見たことのない未知なる未来を
作り出すのだ。
物が本来あるべきようにする
め
概念、つまりアメニティ理論は、そうした人間の
諦
を取り除き、失いかけた希望を取り戻すきっかけとなるのではないだろうか。そのこ
とに私達は早く気付き、意識を高めていかなくてはならない。
27
アメニティの概念で都市の中に位置する公園の存在価値を捉えた時、公園はそこで何か
をするという目的のためより、 そこにある という空間的な意味を強く持つ。例えば、仕
事で忙しく働く人々が、公園という都会とは離れた異空間に足を踏み入れたら、一瞬では
あっても日常から開放され、張り詰めていた気持ちをリラックスさせることが出来る。公
園に寄るという素朴な行為は、たとえ無目的に行われたとしても、都市の中の公園という
存在自体が私達の無意識の世界を引き出していると考えられる。その点において癒しの概
念に通じると考えられるのではないだろうか。
また、ホテルなどでアメニティグッズというものが用意されている場合がある。アメニ
ティグッズとは、ホテルでの滞在時間をより快適で過ごしやすいものにするための、タオ
ルや歯ブラシ、浴衣などの宿泊用品のことである。ホテルに宿泊するという目的に付け加
えて、より快適性を上げる非目的な付加価値であると言える。
こうした概念は、都会で暮らす人々や仕事に追われた毎日を送る人々にとって、たとえ
意識することがなくても自然と気持ちが満たされる癒し空間を作り出し、窮屈になってし
まった心にゆとりをもたらすものであるとして、特に重要な考え方であると捉えている。
2−4
癒しとは
本章の最後に、私がこれまで論じてきたことを踏まえて、
「癒し」の概念を定義付けてみ
たい。結論から言うと、「癒し」とはつまり
自然な感覚
である。
ここで強調したいのは、 自然な (形容詞)ということであって、 自然 (名詞)では
ない、ということだ。自然とは、
『①おのずからそうなっているさま。天然のままで人為の
加わらぬさま。②人工・人為になったものとしての文化に対し、人力によって変更・形成、
規整されることなく、おのずからなる生成、展開によって成りいでた状態。
(広辞苑より)』
である。対して癒しとは、非目的、無意識、神経といったような
かすことは出来ないが、自然と感じ取ることができる感覚
人間が自らの意思で動
として捉えられるものと私は
考えるに至った。
その点において、癒されることを目的とする行動は、私が求めるところの真の「癒し」
ではない。癒しを目的として行われる行為、すなわちカウンセリングや心理療法などの医
学的な分野のことである。これは治療としての癒しであって、それ自体に意味を持ってい
28
る。そのために傷ついた心を元に戻すために必要とされるものであって、精神に効果的に
働きかけ、回復という形でその結果が明確に現れる癒しである。それに対して、先に述べ
た「癒し系」と呼ばれる物や場所や行動は、心の変化が曖昧で分かりにくい。
「非目的」
「無
意識」
「神経」といったような自然的な感覚であるからこそ、明確な結果というものがはっ
きりせず、自分の感じ方ひとつで癒しの対象にもなるし、またまったく癒しとは関係のな
いものにもなり得る。患者という対象を持つ医学的な癒しとは違い、それは感情というも
のを持つ私達すべての人間に対して関わってくる感覚である。癒されるという感覚は個人
的な問題であるが、それと同時に生活に密着した社会的な部分にも関わっているというこ
とを踏まえて、次の章に移ることにする。
29
第3章 癒しの空間化と総合的意義
癒しを概念として考えてきたが、それが私達の具体的な生活の中でかたちとなるために
は、生活を実現する空間の中で現実化される必要がある。つまりは、より快適で住み良い
生活空間とは何なのか、ということである。
3−1
自然を取り戻すことの重要性
癒し系が私達にどんなに安らぎをもたらして、人間がいくら自然的な感覚を取り戻した
としても、環境がそれに追い付かなければ意味がない。なぜなら、人間は環境の中で生き
ているからである。では、社会や環境を健康な状態に持っていくということは、一体どう
いうことだろうか。それを私は
自然を取り戻すこと
だと考えている。自然を取り戻す
とは、つまり本来あるべき形に整えるということである。
まずその言葉通りの
自然
nature から考えてみよう。
自然は本来、循環するという構造をしている。川を流れ海に注ぎ込んだ水が、水蒸気に
なって雲となり、また雨となって山に降り注ぐように、また虫を食べた魚が鳥に食べられ、
その鳥を食べた獣が死んで、また虫に食べられるように、モノと生命の区別さえも超えて、
あらゆるものが循環し合うことによって成り立っているのだ。
しかし、モノを使っては捨てる消費社会における現代の暮らしでは、その自然の循環を
一方方向の流れに強制してしまっているようだ。モノを捨てればゴミが増える。ゴミは焼
却され、大気にダイオキシンを撒き散らして地球のオゾン層を破壊する。また、不燃物は
埋立地に持っていかれ、ゴミの島を作る。海も緑も同じように人間の消費によって汚され、
破壊されている。これらは一つの終末に向かって後戻りさえできない一本道をひたすらに
進み続けているようでさえある。
そんな循環バランスの崩れた世界で、私達は生活しているのである。その中で果たして
真の「癒し」を感じることが出来るだろうか。それはとても困難だと思う。
それでは
自然な
natural という面から捉えたらどうだろうか。
自然な状態を取り戻すということは、バラバラになった状態を元あった姿かたちに戻す
ということに他ならない。いくら現代社会が窮屈で、ストレスや不安を抱えた不安定な心
30
の状態を作り出すとしても、結局それは人間が撒いた種である。しかしそこで仕方がない
と諦めてしまっては何も改善されない。この世界を作り出したのが人間だからこそ、もう
一度自らの手で混乱を解きほぐして元の
自然な
状態を取り戻さなければならない。少
なくとも人間にはそれが出来るだけの能力、そして可能性があると私は信じている。
3−2
エコロジーと癒し
上記に述べたように人間が自らの手で
自然な
状態を取り戻す、とはいっても一体何
を手掛かりに考えていけばよいのだろうか。
田舎や都会の空間の変貌、そして景観と風景の破壊は、直接目に見えるだけに環境汚染
の一形態を私達に知らしめる。大型の土木作業、都市の過密集中化、中心街や都市周辺の
変貌、巨大産業コンビナートの建設、海岸や森林地帯のリゾート建設などは、地質時代的
な時間の尺度に比べれば、あっという間に地表を転覆させた。しかし、その変貌に対して
私達はいつの間にか生活を上手く順応させてしまっているのだ。だから、空間の破壊に気
付かずに普通に暮らし続けているのである。さらには、土地を崩して道路や高層ビルの建
設などが進むことが、便利で住み良い街作りのためには必要なことだ、という考えを持っ
ていることが、私達の住む世界を
自然な
状態に持っていくにあたっては非常に解決し
にくい問題である。その改善を促す手段として、エコロジーというものをもっと重要視し
ていく必要があるのではないかと考えた。
社会における環境への取り組み
生活と密着したエコロジーの考え方としてエコ・タウンという言葉がある。
「ゼロ・エミ
ッション構想iiを地域の環境調和型経済社会形成のための基本構想として位置づけ、併せて、
地域振興の基軸として推進することにより、環境調和型の地域経済形成の観点から既存の
枠にとらわれない先進的な環境調和型まちづくりを推進することを目的とした制度で、97
年度に創設された。それぞれの地域の特性に応じて、都道府県又は政令指定都市が作成し
たプラン(エコタウンプラン)が承認を受けた場合、当該プランに基づいて実施される中
核的な事業について支援が受けられる。
(「エコロジーオンライン」HPより)」制度である。
環境を考えたこうした取り組みが少しずつ増えているのは、やはり現代の社会に問題があ
31
るという証拠なのだろう。しかし、これはあくまで社会としての環境改善の見直しである。
個人はそれに頼ってばかりいるのではなく、真剣にエコロジーの必要性を考えて自ら動き
出す力を持たなければならない。そしてまた、実はそれこそが心の癒しにつながるという
ことなのである。
私達の身近なところで言えば、公園が癒しの空間に当たると思う。緑豊かで静かな公園
にいて心が落ち着くという感覚は、まさにエコロジーを通して癒しの空間を作っていると
いうことを示している。公園も人工的な場所ではあるが、そこには必ず多くの緑が植えら
れ、自然的な要素が多く取り込まれた空間となっている。つまり自然の姿に少しでも近付
こうとしているのである。特に都会の公園においては、ビルやコンクリートに囲まれた風
景の中で、公園という空間だけが本来あるべき自然の姿を垣間見せてくれる。木は酸素を
出し、空気を綺麗にする。そうした自然環境の循環が、人工的な都会の中で行われている
のである。現代社会を取り巻く環境は人々にストレスを与えるが、そこにエコロジーの考
え方が加わることで、心に安らぎを与えてくれるものとなる。
私達は現代を生きていく中で、そのような自然環境の循環を保護していく必要がある。
そのためには何か出来るのだろうか。最後に、癒しとエコロジーの関係をもとに、これか
らの生活環境をより快適で安らぎのある空間にするために、私なりの提案をしていきたい
と思う。
3−3
癒しの可能性
エコロジーとはその学問的な根拠は自然科学にある。循環的な自然観というものも、実
は専門化された科学領域の反省から生まれたもの、総合科学の視点によるものである。
しかし科学の専門家ではない多くの人々にとっても、このエコロジーはひとつの世界観
を生み出している。それは、自然科学の対象としての
の
自然な
自然
にとどまらない、人と世界
あり方についての総合的なイメージである。
私はこの一見素朴な
感覚
にこそ、重要なものがあるのではないかと考えている。
それは厳密な意味での概念でも理論でもないかもしれない。しかしその感覚は誰もが 本
当らしさ
を感じるものであり、その感覚に基づいて、具体的な一つ一つの行動が規定さ
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れてゆくようなものである。
もちろんその感覚には深さや程度があるだろう。浅く曖昧なものでは実際に何かを良く
してゆくことには結びつくことは難しいだろう。だからこの感覚を育ててゆくことこそ、
今の私たちの社会にとって大切なことではないかと私は考える、いや
社会において感覚を育てるということは、 共感
癒される
感じる
のだ。
あるいは関係の構築である。
という感覚が個人的な範囲に止まらず、もっと大きな領域でも捉えられる
ことが出来れば、その
共感
の構築に明確な意味付けをすることが出来るのではないだ
ろうか。それには、何が重要であるか、そしてそれによって何をすべきか、私達ひとりひ
とりが、ひとつの問題に対しての意識や認識の高さをもっと深めていかなくてはならない。
そして、現代の社会を生きる私達が
共感
というつながりの上で、 自然な
あり方を
取り戻す総合的な空間を支えるネットワークとなっていければ、そこに私の研究における
癒し
が本当の意味で価値あるものとなっていくのではないだろうか。
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おわりに
私達が社会で生活していくということは、地域や組織といったひとつのまとまりの中で
生きていくということに他ならない。普段はあまり意識していなくても、私達はいつの間
にかその社会という集団の中へと足を踏み入れているのである。そこには社会的秩序が存
在し、個人はその秩序を守って身勝手な行動や言動を避けなければならない。それゆえ、
ストレスや不安など心に多くの負要素を溜め込んでしまっている。医学的な心のケアを求
める人が増えてきているのも、そうした社会的要因が影響していると考えられる。しかし、
この論文を通して「癒し」とは何かを見てきたことによって、私は普段の生活においても
個人がもっと考えるべきことがあると思った。
私達の生活には癒しに通じるものが多く存在するが、それはあくまでも存在するという
だけで、それが何かを与えてくれるのではなく、実際は自らが気付き行動しなければ癒し
の価値はないのである。
今日において癒し系と呼ばれる自然的な感覚としての癒しは、負の感情を抱えた日常の
生活から開放された別の無意識的な空間、つまり自分にとって「癒し系」となる状況に自
らを持っていく意思があれば、誰にでも獲得し得る心のオアシスとなるのである。
アメニティ空間を考えるということは、実にそれにつながると思う。自然環境の改善を
図るのと同じように、人間も本来あるべき姿を取り戻すことが「癒し」の真の意義ではな
いだろうか。また、今後さらに発展が進むであろう社会環境の中で、自然との共存も考え
ながら、最適で望ましいと思える生活空間をいかに保っていけるか、私達ひとりひとりが
取り組んでいくべき課題でもあるのではないだろうか。
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参考文献
・HP『音楽が人間に与える影響』
http://www.sipeb.aoyama.ac.jp/~mt-home/students/okuyachi/music.html
自然界の 1/f ゆらぎの不思議』
・『ゆらぎの世界
・『メルヘンがこころを癒す
武者利光著
メルヘンの深層心理』
講談社
森省二・森恭子著
1980 年
大和書房
1998 年
・『はてしない物語』
ミヒャエル・エンデ著
1982 年
岩波書店
・
『心を癒すアロマテラピー』 ジュリア・ローレンス著
フレグランスジャーナル社
1996 年
・HP『温泉浪漫』http://www.yadoplaza.com/onsen/
・HP『ドイツの水の物語』http://www.japanese-guide.de/menue01/frame.htm
・HP『エコロジーオンライン』http://www.eco-online.org/contents/words/index.html
・『自然をとり戻す人間』
・『かくれた次元』
ジャン=マリー・ペルト著
エドワード・ホール著
みすず書房
工作舎
1998 年
1970 年
温泉法 http://www.onsen-info.com/jiten/onsenhou-page.html
ii 「エミッション」の意味は英語で排出。産業の製造工程から出るゴミを、別の産業の再
生原料として利用する「廃棄物ゼロ」の生産システムの構築を目指す。地球サミットで「持
続可能な開発」が採択されたのを受けて国連大学が提唱。95年4月からスタートした。
国連大学では、具体化を目指す企業に人材を派遣するなど、積極的に推進をしている。自
治体でも「屋久島ゼロエミッション構想」など、多くの取り組みが始まっている。
i
謝辞
最後に、この論文を製作するにあたりまして、完成まで細部に渡り厚く御指導下さいま
した犬塚潤一郎助教授に心より感謝申し上げます。研究室で学んだことと培った力を、今
後社会に出ても最大限に生かしていきたいと思います。本当に有り難う御座いました。
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