Helios Gene Gunを用いた神経細胞への遺伝子導入 Helios - Bio-Rad

Nippon
Bio-Rad Laboratories
1998 DEC.
Helios Gene Gun
特集号
目 次
●Helios Gene Gunを用いた神経細胞への遺伝子導入 …………………………………………………………1
●Helios Gene Gunによるシロイヌナズナへの遺伝子導入 ……………………………………………………4
●細胞内寄生菌に対するDNAワクチンの開発:ハンディタイプ遺伝子銃Helios Gene Gunの有効性……6
●分子生物学会バイオテクノロジーセミナー開催のお知らせ ……………………………………………………8
Helios Gene Gunを用いた神経細胞への遺伝子導入
群馬大学 医学部 神経内科 脳科学総合研究センター 分子神経生物学研究室 相原優子
東京大学 医科学研究所 化学研究部 井上貴文
しかし、 Helios Gene Gunを用いることによって、神経
細胞への外来遺伝子導入が簡便に行えるようになった。
本稿では、Helios Gene Gun システムを用いて神経細胞に
カルシウム濃度感受性蛍光指示タンパク質である
cameleonを導入・発現させ、観察した例を紹介する。
はじめに
近年、分子細胞生物学の発展により、遺伝子の機能を
解析するために、生細胞に外部から様々な遺伝子を導
入・発現させ、観察できるようになった。分裂する培養
細胞では、通常、リン酸カルシウム法、リポフェクショ
ン法、エレクトロポレーション法が用いられるが、分裂
終了細胞である神経細胞標本 (初代培養細胞、培養脳切
片)に外来遺伝子を発現させるためにはこれらは分裂細
胞の場合程には有効ではなく、1)トランスジェニックマ
ウスの作製、2)ウィルスベクターの使用、3)微小ガラ
ス管を用いたRNAの神経細胞への注入やDNAの核内注入
といった方法がとられてきた。1)、2)は効率よく遺伝子
を目的の細胞に発現させることが可能であるが、非常に
時間と手間がかかり、また、神経細胞は極めて脆弱なた
め、3)の核酸の注入法は手技的に困難さを伴う。さらに、
培養脳切片中の細胞は、組織中に埋もれているため、微
小ガラス管を用いた注入法は、ガラス管の先端がすぐ使
用不可能になってしまうので事実上不可能である。
Helios Gene Gun システム
Helios Gene Gun は、核酸をコーティングした金粒子
(microcarrier)を高圧ヘリウムガスによってショットガン
的に細胞内へ打ち込む方法をとるため、直接核内にDNA
を導入することが可能であり、細胞分裂をしない神経細
胞でも外来遺伝子を発現させることができる。特徴とし
て、1)打ち込み操作(トランスフェクション)が簡単か
つ迅速であること、2)細胞種、標本の形態(分散培養、
組織培養)を問わないこと、3)(通常のトランスフェク
ション法とは異なり)必要とするDNAやRNAは少量であ
ること、4)(マイクロインジェクション法と異なり)一
1
胞内移行シグナルを付加することにより、細胞内の特定
のコンパートメントのカルシウム濃度を測定することも
できる。今回は、細胞質に局在するタイプのcameleonを、
マウスの小脳培養切片に導入・発現させ、電気的刺激に
よる細胞内カルシウム濃度の変化を観察した。
度にたくさんの細胞に打ち込めること、5)DNAのサイズ
を問わないこと、6)複数の種類のDNAを同時にそれぞれ
の細胞に導入できること等が長所としてあげられる。プ
ラスミドの調製が終了すれば短時間のうちに打ち込みが
可能であるため、導入遺伝子(およびプロモーター)の
塩基配列を改変したものを次々に打ち込んで発現させる
ことも容易であり、この点はトランスジェニックマウス
やウィルスベクターを用いる場合に対して非常に大きな
利点である。また、培養細胞のみでなく、脳切片中の細
胞に対しても容易に使用可能である(1)。
準 備
1.Helios Gene Gun システム(Bio-Rad社)
2.プラスミドDNA
使用するプラスミドDNAは通常の遺伝子導入用の
精製度にて、水またはTE(Tris 10mM, EDTA 1mM,
pH8.0)で1mg/ml前後に溶解し、凍結して保存する。
3.カートリッジ
カートリッジの作成の詳細はGene Gun のマニュア
ルを参照されたい。一回の打ち込みにカートリッジ
1個を用いる。チューブ一本から約50個のカートリ
ッジが作製可能である。チューブ作製の所要時間は
数時間である。作成したカートリッジは密封して
4℃で8ヶ月保存可能である。我々は神経細胞に使用
する際、以下の条件でカートリッジ作製を行ってい
る。
1)金粒子を縣濁する際のPolyvinylpyrollidoneの
濃度:0.01-0.02mg/ml
2)金粒子の大きさ:1.0-1.6μm(細胞、組織の
形態により必要な貫通力が異なる)
3)金粒子の用量:6.25-25.0mg/チューブ=0.1250.5mg /カートリッジ
4)DNA量:6.25-50μg/チューブ=1.0-2.0μg
DNA/mg金粒子=0.125-1.0 μg DNA/カート
リッジ
cameleon
昨年 (1997)、宮脇らによって、GFPとカルモジュリン
の構造を組み合わせたカルシウム濃度感受性蛍光指示タ
ンパク質cameleonが発明された(2)( 図1 )。タンパク質か
らなるカルシウム濃度指示物質としては、やはり発光ク
実験手順
1.細胞の準備
今回は、マウスの小脳培養切片を使用した。我々は
Stoppiniらの方法(3)を改変して培養している。
2.遺伝子導入
Helios Gene Gunシステムを用意し、ヘリウムガス
圧の調整(100-120psi)を終了後、準備した培養切
片にHeliosで金粒子/DNAを打ち込み、培養を再開
する。
3.観察
遺伝子導入から約24時間後以降、蛍光顕微鏡で
cameleonの発現を観察し、発現細胞に電気刺激を
与え、その際起こる細胞質内カルシウム変化を観察
する。
図1. yellow cameleon の構造
ラゲより単離されたエクオリンが存在するが、その使い
にくさゆえに使用は一部にとどまっていた。
cameleonはこれに対し、非常に明るく、通常のCCDカ
メラや共焦点顕微鏡が使用できること、蛍光二波長の比
率をとることによりカルシウムの絶対濃度を求めること
が可能であることが非常に大きな長所である。従来の合
成カルシウム指示薬(Fura2, Fluo3等)は、1)直接細胞に
注入するか、2)アセトキシメチル基を付加したAM体を
用いて細胞外から浸透させる方法が行われていたが、
cameleonを用いることにより、1)に対してはより簡便で
あること、2)に対してはバックグラウンドの蛍光がない
こと、蛍光物質が細胞から排出されないので数時間(数
日)以上の長時間にわたっての観察が可能であることが
長所としてあげられる。更に細胞中でこのcameleonは細
実験例
1)生後10日目のマウスから、小脳虫部切片を作成し、
6well plateとMillicell membrane culture dish 30mm
2
Bio-Rad Laboratories
(Millipore)を使用し、切片培養を開始する。
2)培養開始後、実験目的によっては切片の培養状態が
安定するまで一週間程待つ。
3)1.6μmの金粒子を使用した0.25mg金粒子を1.0μg
DNA/カートリッジをHelios Gene Gunに装着し、ガ
ス圧を120psiに設定し、yellow cameleon 3遺伝子を
導入する。
4)培養を再開し、遺伝子導入から約40時間後、培養し
た切片をmembraneごと切り出し、蛍光顕微鏡にて
cameleonを発現している細胞を探す。
5)cameleonを発現しているプルキンエ細胞を顕微鏡視
野に置き、平行線維に電気刺激を加え、プルキンエ
細胞の細胞質内カルシウム濃度変化を測定する
(図2)。
(A)
(B)
(C)
図3. yellow cameleon を発現させたマウス小脳培養切片
A: 透過像
B: 蛍光像
C: AとBを重ね合わせた像
神経細胞への遺伝子導入にGene Gunを用
いる際の問題点
(A)
図3に示されるように導入効率は神経細胞ではかなり低
い。しかし株細胞を用いた場合の遺伝子導入効率では各
種DNAトランスフェクション法に比して高い数値である
ことが報告されている(4)ので、神経細胞における低い導入
効率は、神経細胞は細胞分裂しないために細胞質に入っ
た金粒子が利用されず、核内に入った時のみ導入される
ことが原因と考えられる。ウィルスベクターを用いた遺
伝子導入法では神経細胞に対してもほぼ100%の発現率が
得られるので、高い導入効率を神経細胞標本で求めると
きにはウィルスベクターの使用を考慮に入れる必要があ
る。反面、単一の細胞の形態を観察する場合は、細胞同
士の重なりを嫌って、かえって低い導入効率の方が好ま
れることもあるので、実験目的によって、より最適な遺
伝子導入法を選択していくことが望ましい。
(B)
おわりに
以上、Helios Gene Gun システムを用いた培養神経細胞
への遺伝子導入について概説した。その簡便性から、
Helios Gene Gun システムは今後、ますます広い範囲での
応用が期待される。
参考文献
(C)
(1)Lo, D. C., et al.: Neuron, 13: 1263-1268 (1994)
(2)Miyawaki, A., et al.: Nature, 388: 882-887 (1997)
(3)Stoppini, L., et al.: J. Neurosci. Methods, 37: 173-182
(1991)
(4)Heiser, W.C.: Anal. Biochem., 217: 185-196 (1994)
図2. A:yellow cameleon 遺伝子を導入・発現させたマウ
ス・プルキンエ細胞(刺激電極で平行線維にテ
タヌス刺激を加える)
B:F1=CFPの蛍光像
F2=YFPの蛍光像(図1参照)
C:F2/F1で表示した経時的カルシウム濃度変化
棒線は、電気刺激を加えていた時間
3
Helios Gene Gunによるシロイヌナズナへの
遺伝子導入
千葉大学 薬学部 薬用資源教育研究センター 野路征昭・井上健司・Ho Chai-Ling・斉藤麻依子・斉藤和季
はじめに
,,,,,
,,,,,
酵素タンパク質の細胞内局在性の情報は、生体内にお
ける酵素タンパク質の機能を分子レベルで解明するうえ
で非常に重要である。当研究室では、植物より単離した
硫黄同化系やセリン生合成に関与する酵素のN-末端の配
列をオワンクラゲの緑色蛍光タンパク(GFP)に融合した
キメラ遺伝子を作製し、Helios Gene Gunシステムを用い
てシロイヌナズナに導入、一過的に発現させることで植
物細胞での局在性を観察し、その酵素タンパク質の生理
的機能の解明に役立てている。今回、植物硫黄同化系の
鍵酵素であるセリンアセチル転移酵素について、この方
法で細胞内局在性を決定したので報告する。
セリンアセチル転移酵素(EC2.3.1.30)はセリンとアセ
チル-CoAからO -アセチルセリンを生成する反応を触媒す
る。この反応ステップはセリン代謝とシステイン生合成
(硫黄同化)の分岐点に位置するため、代謝制御のポイン
トになると予想される。シロイヌナズナからNー末端のア
ミノ酸配列が異なるため細胞内局在性の異なると考えら
れる3種類のセリンアセチル転移酵素cDNA(SAT-c, SATp, SAT-m)が単離されている。生理学的な研究からホウレ
ンソウ、エンドウなどでセリンアセチル転移酵素の活性
は細胞質、葉緑体、ミトコンドリアに存在することが証
明されていたので、これら3種類のクローンはそれぞれの
アイソザイムをコードするクローンと予想された。そこ
で以下の方法でシロイヌナズナの3種類のセリンアセチル
転移酵素の細胞内局在性を決定した(1)。
CaMV35S
N-terminal
of SATase
Sal I
,,,,,,,,,
,,,,,,,,,
GFP
Nco I
Particle bombardment to Arabidopsis thaliana leaf
図1.キメラ遺伝子の構築
平衡密度勾配超遠心法で精製した。5mgの金粒子(直径
1.0μm)に10μgのプラスミドDNAをコーティングするこ
とで10shots分のサンプルを調製した。詳しい調製法は
Helios Gene Gunの操作マニュアルに従った。
シロイヌナズナの葉への撃ち込み
GM寒天培地(4)(シャーレ:直径9cm)に約50粒の種子
を播種し成育(4週∼6週間)させたシロイヌナズナの無
菌栽培プレートを、撃ち込むサンプルの数と同じ枚数用
意した。無菌栽培シャーレのふたを取り、寒天培地上で
成育しているシロイヌナズナの葉にそのまま直接、1shot
あたり0.5mgのDNAコーティングされた金粒子を100psiの
ヘリウム圧で撃ち込んだ。各DNAをそれぞれ一枚の無菌
栽培プレートにまんべんなく10shots撃ち込んだ。我々の
撃ち込み法では、ヘリウム圧を100psi以上にすると葉が植
物よりちぎれて飛び散ってしまったため、これ以上の圧
での撃ち込みは不可能だった。また葉の表面に水が付着
していると撃ち込みの効率が悪くなったため、水分が多
い場合は紙タオルを用いて軽く水を除いた。撃ち込みの
終わったシロイヌナズナは、シャーレのふたをし、さら
に20時間栽培した。
キメラ遺伝子の構築
セリンアセチル転移酵素のN-末端配列(約50∼100アミ
ノ酸)を改変型GFP(2)に融合するようにデザインされたキ
メラ遺伝子を構築した(図1)。葉緑体に局在するポジテ
ィブコントロールとして、Rubisco small subunitのトラン
ジットペプチドとGFPとの融合GFPを用いた(2)。ミトコン
ドリアに局在するポジティブコントロールとしては、ホ
ウレンソウのミトコンドリア型システイン合成酵素Cと
GFPとの融合GFPを用いた(3)。
蛍光顕微鏡による融合GFPの観察
撃ち込みから20時間後、シロイヌナズナの葉を切り取
り、蛍光顕微鏡を用いて遺伝子が導入され融合GFPの発現
している細胞を観察した(図2)、(a)はRubisco small
subunitのトランジットペプチドとの融合GFPの結果で葉
Helios Gene Gun用サンプルの調製
構築したプラスミドDNAは大量調製後、塩化セシウム
4
Bio-Rad Laboratories
図2.融合GFPの細胞内局在性
という短時間でセリンアセチル転移酵素の細胞内局在性
を知ることが出来た。今後撃ち込みの条件を検討するこ
とで、様々な植物に対して遺伝子導入が可能となること
が期待される。
最後になりましたが、改変型GFPベクターを提供してい
ただきました静岡県立大学、丹羽康夫博士に感謝いたし
ます。
緑体に、(b)はホウレンソウのミトコンドリア型システ
イン合成酵素Cとの融合GFPの結果でミトコンドリアに局
在している。(c)はGFPをそのまま撃ち込んだ結果で細胞
質でGFPの蛍光が観察できる。(d),(e),(f)はそれぞれ
SAT-c, SAT-m, SAT-pの融合GFPを栽培4週目のシロイヌナ
ズナの葉に撃ち込んだ結果を示しており、SAT-cは細胞質、
SAT-mはミトコンドリア、SAT-pは葉緑体に局在すること
が明らかとなった。また興味深いことに、SAT-pの融合
GFPを栽培6週目のシロイヌナズナの葉に撃ち込んだ場合、
葉緑体(g)と細胞質(h)の両方に局在性を示した。遺
伝子の導入された細胞を100以上観察した結果、(g)と同
様の局在性を示す細胞は10%、(h)と同様の細胞は90%
であった。
用いた省略記号
SATase:セリンアセチル転移酵素
CaMV35S:カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター
Rubisco:リブロース二リン酸カルボキシラーゼ・オキシゲナーゼ
引用文献
(1)Noji, M., Inoue, K.,Kimura, N., Gouda, A. & Saito, K.
(1998) J. Biol. Chem., in press
(2)Chiu, W.L., Niwa, Y., Zeng, W., Hirano, T., Kobayashi,
H. & Sheen, J. (1996) Curr. Biol. 6, 325-330
(3)Takahashi, H. & Saito, K. (1996) Plant Pysiol. 112, 273280
(4)Valvekens, D., Van Montagu, M. & Van Lijsebettens,
M. (1988) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85, 5536-5540
まとめ
パーティクルガンを用いて植物に遺伝子を導入すると
いう研究はこれまでに数多くなされているが、我々は今
回が初めての使用であった。そのためDNAの量や撃ち込
み圧などの遺伝子導入条件や、遺伝子導入の効率などに
ついて十分に検討したわけではない。しかしながら今回
の実験ではHelios Gene Gunによる遺伝子導入システムと
GFPを用いることにより、キメラ遺伝子作製後わずか2日
5
細胞内寄生菌に対するDNAワクチンの開発:
ハンディタイプ遺伝子銃 Helios Gene Gunの有効性
浜松医科大学 微生物学教室
はじめに
永田 年・吉田篤司・内嶋雅人・小出幸夫
リステリア菌に対するDNAワクチンの開発
最近、プラスミドDNAを直接、動物個体に撃ち込むこ
とで細胞内でのタンパク発現が試みられてきているが、
その中で応用面として注目されているのが、感染症や腫
瘍に対するDNAワクチンである。特に感染症の分野では、
種々のウイルス、細菌、寄生虫抗原を用いたDNAワクチ
ンの報告がある。現在、我々は細胞内寄生細菌に対する
DNAワクチンについて研究をしているが、最近Bio-Rad
Laboratories社のHelios Gene Gunを使用しており良好な結
果を得ているので報告する。
ウイルスや細胞内寄生細菌などの細胞内寄生病原体に
対する感染防御には効果的な細胞性免疫を誘導させるこ
とが必要である。そのため、細胞内寄生病原体に対して
は弱毒生ワクチンが最も感染防御能が高く有効なワクチ
ンとして使用されている。しかし、生ワクチンはその反
面、種々の問題点をはらんでいる。すなわち、強毒株へ
戻る可能性、温度安定性に乏しく保存に注意が必要であ
ること、混入物質・微生物の可能性、免疫不全個体に対
して重篤な感染症を起こす危険性などである。これに対
し、DNAワクチンは、感染力がなく、安定であり長期の
保存に耐えるなどの利点を持つ。また、生ワクチンが開
発できていない、あるいは不可能である多くの病原体に
対しても、標的となる病原体遺伝子さえ明らかならば、
原理上DNAワクチンは開発可能である。またDNAワクチ
ンは生ワクチンと同様、その原理上、遺伝子が生体細胞
内で発現するため、特異的抗体の産生のみならず特異的
な細胞性免疫の誘導に有効であると考えられる。これら
のことより、DNAワクチンは、従来の弱毒生ワクチン、
組換え生ワクチンに代わるものとして期待されている。
当初は、プラスミドがヒトのゲノム中にランダムに挿入
される可能性や抗DNA抗体が出来ることによる自己免疫
疾患の誘導の可能性などが危惧されたが現在のところ、
そういった問題点は報告されていない。
DNAワクチンのルートとしては、生理的食塩水にプラ
スミドを溶解し、その溶液を筋肉内や皮内に注射する方
法(注射法)とプラスミドを金粒子にコートし遺伝子銃
で皮膚に注射する方法(遺伝子銃法)がある。当初は注
射法が盛んにおこなわれていたが最近では遺伝子銃法に
よる報告が多くなっている。遺伝子銃法が注射法に比べ
有利な点には、(1)効率よく確実に宿主細胞内にDNAを
導入することができること(2)免疫誘導能の高い皮膚表
皮内に到達できること(3)齧歯類のみでなくより大きな
動物にも応用可能であること(4)使用するプラスミド量
が注射法に比べ100倍程少なくて済む等である。
当研究室では、細胞内寄生菌のモデルとしてリステリ
ア菌を選びそのDNAワクチンの研究をおこなっている(1)。
リステリア菌は、宿主細胞の食胞内に寄生するが、一部
は、菌の産生するリステリオリジンO(LLO)の働きによ
り細胞質に移行する。食胞内のリステリア菌に対しては、
MHCクラスII 分子による抗原提示が働き特異的1型ヘルパ
ーT細胞(Th1)の誘導、それによるマクロファージの活
性化が起こると考えられるが、それととともに、細胞質
に移行したリステリア菌に対しては、MHCクラスI分子に
よる抗原提示が働き細胞障害性T細胞(CTL)の誘導が生
じ、これも菌の感染防御に重要な働きをしているものと
考えられる。我々は、まずLLOを用いて細胞傷害性T細胞
誘導型DNAワクチンの研究を行った。LLOの中で最も主
要なMHCクラスI 結合ペプチドとして、H-2K d 拘束性の
LLOの91番目から99番目のアミノ酸領域 (LLO91-99)が
ある。LLO91-99ペプチドをコードする遺伝子をCMVエン
ハンサー/プロモーターでドライブした発現プラスミド
(p91wt)を構築した。当初、我々は筋肉注射法を用いて
このプラスミドをBalb/cマウスに導入したが、有意な特異
的CTLの誘導は認められなかった。ウイルスと違って細菌
や原虫の遺伝子はコドン使用頻度が哺乳類細胞のそれと
比べて偏りがあることが知られている。それが細菌に対
するDNAワクチン開発の際の問題点のひとつである(1)。そ
こで、次にLLO91-99領域の遺伝子のコドンをマウスのそ
れに最適化したDNAワクチン(p91mam)を作成し、それ
をBalb/cマウス前頚骨筋および大腿四頭筋に免疫したとこ
ろ、特異的CTLの誘導が確認された(2)。しかしながら、筋
肉注射法では、結果の再現性は良くなかった(図1A)。筋
肉注射法では、種々の工夫をしたり、接種を注意深く行
わないとよい結果が得られないといわれている。すなわ
ち、ブピバカイン(局所麻酔薬)やカルジオトキシンで筋
肉の前処置を行うことや、接種時、筋線維に平行に針を
刺入することなどが免疫効率を高めるために必要だとさ
れる。我々もこれらのことに注意して免疫していたが、
安定した結果は得られなかった。現在では、Bio-Rad Laboratories社製のハンディタイプ遺伝子銃Helios Gene Gunを
用いてマウスの免疫を試みている。その結果、筋肉注射
法に比べ非常に高い再現性で特異的CTLの誘導が確認され
ている(図1B)。またLLO91-99ペプチドで試験管内再刺激
後、感作脾細胞において抗原特異的なインターフェロン-γ
の産生をELISA法にて検出したが、この結果も非常に高い
再現性を持って検出できるようになった(表1)。さらに生菌
を使った感染防御実験で感染防御効果があることを確認
6
Bio-Rad Laboratories
製しなくてもよくなった。これは、遺伝子銃法と筋肉注
射法とで免疫誘導のメカニズムが異なることにも関係し
ていると考えられる。すなわち遺伝子銃法では、表皮に
直接プラスミドが導入される。表皮における主要な抗原
提示細胞はランゲルハンス細胞である。ランゲルハンス
細胞が直接プラスミドを取り込んで所属リンパ節に移行
した後、細胞表面の自己のMHCクラスI分子上の抗原ペプ
チドをT細胞に提示するものと考えられている。ランゲル
ハンス細胞が非常に効率よくDNAワクチン由来の抗原を
提示できるのであろう。最近の我々の遺伝子銃法のデー
タではBalb/cマウスに、コドンを最適化していない本来の
LLO91-99領域の遺伝子を用いたDNAワクチンを免疫して
も、コドンを最適化したDNAワクチンには及ばないもの
の、ある程度有効な特異的CTLの誘導を認めている。この
ことも、細胞内寄生細菌に対するDNAワクチンにおける
遺伝子銃法の有効性を示すものである。しかしながら、
いくつか危惧される点もある。細胞内寄生細菌に対する
感染防御において中心的役割を果たすエフェクター分子
としては、細胞傷害性T細胞の他に、1型ヘルパーT細胞
(Th1)によるマクロファージの活性化がある。今回の
我々の研究は細胞傷害性T細胞の誘導を狙ったものである
が、特異的Th1細胞の誘導を狙ったDNAワクチンも考えら
れる。Feltquateらは、注射法でDNAワクチンを免疫する
とTh1型のヘルパーT細胞の誘導が起こりやすいのに対し、
遺伝子銃法ではTh2型のヘルパーT細胞の誘導が起こりや
すいという報告をしている(3)。もしそうであれば、遺伝子
銃法では有効なTh1型細胞性免疫の誘導に問題があること
になる。これについては我々も現在検討中であるが、
種々のアジュバンド物質・分子を用いて適切な免疫機構
を誘導することが必要となるかもしれない。
以上、簡単に細胞内寄生菌に対するDNAワクチン開発
におけるHelios型ハンディタイプ遺伝子銃の有効性を紹介
した。
A
Exp. 1
Exp. 2
Exp. 3
Exp. 4
Exp. 5
Exp. 6
70
Specific Lysis (%)
60
50
40
30
20
10
0
100
33
E:T ratio
11
B
Exp. 1
Exp. 2
Exp. 3
Exp. 4
Exp. 5
Exp. 6
Specific Lysis (%)
70
60
50
40
30
20
100
33
E:T ratio
11
図1. 筋肉注射法と遺伝子銃法のLLO91-99に対するCTL誘導能の比較
LLO91-99ペプチド/H-2Kdに対する特異的CTL活性を筋肉
注射法と遺伝子銃法で比較した。
A.筋肉注射法 B.遺伝子銃法
文献
(1)Koide, Y., Nagata, T., Yoshida, A., Uchijima, M.: DNA
vaccines for infections with intracellular bacteria. Cur.
Trends Immunol., in press.
(2)Uchijima, M., Yoshida, A., Nagata, T., Koide, Y.: Optimization of codon usage of plasmid DNA vaccine is
required for the effective MHC class I-restricted T cell
responses against an intracellular bacterium.
J. Immunol., in press.
(3)Feltquate, D.M., Heaney, S., Webster, R.G., Robinson,
H.L.: Different T helper cell types and antibody isotypes
generated by saline and gene gun DNA immunization.
J. Immunol., 158, 2278-2284, 1997.
Exp.1 Exp.2 Exp.3 Exp.4 Exp.5 Exp.6
遺伝子銃法
6850
8130
9720
7840
8440
9110
筋肉注射法
2140
7110
<100
<100
<100
<100
表1. 遺伝子銃法と筋肉注射法による免疫マウス脾細胞に
おける特異的IFN-γ産生量(pg/ml)の比較
した。
このように、ハンディタイプ遺伝子銃Helios Gene Gun
を用いて非常に高い再現性を持って特異的なCTLの誘導が
確認できた。また遺伝子銃では、筋肉注射法に比べ極く
少量のプラスミドの免疫で有効である。我々は筋肉注射
法では1回の免疫に50μgもの精製プラスミドを用いていた
が、Helios型ハンディタイプの遺伝子銃では1回の免疫に
用いているのは2μgでありプラスミドも以前ほど頻回に調
7
日本バイオ・ラッドラボラトリーズ(株)では、第21回日本分子生物学会におきまして、
12/18(金)9:30AMよりバイオテクノロジーセミナー「遺伝子銃による遺伝子導入の
展望 - PART3 - 」を開催いたします。
「Helios,PDSによる植物への遺伝子導入」
農林水産省 農業生物資源研究所 生物工学部 細胞工学研究室
萩尾 高志 先生
世界的にみて、パーティクルガンによる植物への遺伝子導入は単子葉植物において最も広く行われている遺伝子導入法と
なっている。また1996年には大気中で使用するハンドヘルド式の装置が製品化(Helios)され in vivo での遺伝子導入技術も
大きく前進することとなった。
B.campestris(アブラナ科の植物)とオオムギを用いた実験では、従来の機種(PDS)では、葉を切り離してから遺伝子
導入を行い、今まで遺伝子発現を全く認めることができなかったが、ハンドヘルド型の Helios を用いて in vivo での遺伝子
導入を行うと、全ての試料で遺伝子発現を認めることができた。
現時点での、 Helios を用いて植物を対象とした遺伝子導入条件は①ヘリウムガスの圧力は100-200psi ②金粒子のサイズは
1.6μmが適当であると思われる。また付属の Helios Gene Gun Screen は組織や細胞が受ける物理的な損傷を低減させる効果
が大きいので、条件設定のための予備実験のときには必ず試してみる必要がある。
「Helios Gene Gunシステムを用いたスギ花粉症治療のためのDNAワクチン技術の開発」
国立感染症研究所 免疫部
戸田 雅子 先生
我々は、スギ花粉症の予防および治療を目的としたDNAワクチンの開発を進めている。 Helios Gene Gun System を使用
して、スギ花粉アレルゲンであるCry j 1 を発現するプラスミドをマウスに投与した場合、効率よくCry j 1 に特異的な免疫応
答が誘導できることを確認している。
「遺伝子銃を用いた高等植物への遺伝子導入実験」
奈良先端科学技術大学院大学 植物遺伝子機能学講座
平塚 和之 先生
遺伝子銃を用いた高等植物への遺伝子導入実験についてGFP、ルシフェラーゼを用いた実例を挙げて概説する。さらに、
Helios ハンドヘルド型遺伝子銃の使用例についても数種植物の例を紹介し、問題点と今後の展望について議論する。
「パーティクルデリバリー法を用いた遺伝子接種による抗体産生および細胞傷害性T細胞の誘導」
科学技術振興事業団 加藤たん白生態プロジェクト
伊藤 功一 先生
パーティクルデリバリー法を用いて発現ベクターに組み込まれたGreen Fluorescent Protein またはヒトの遺伝子をマウス
に接種したところ、それら蛋白質に対する抗体産生ならびに細胞傷害性T細胞の誘導ができた。今後、この方法は、免疫反
応を誘導するための新しい手段として利用できることが示唆された。
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