Supersonic Testing of Ductile Iron Castings

球状黒鉛鋳鉄品の超音波試験
−有害なきず、無害なきず−
鹿 毛 秀 彦
㈲ 日下レアメタル研究所
球状黒鉛鋳鉄品実体での試験・検査を念頭に、この鋳鉄品の規格である
JIS G 5502 をフォローする非破壊試験・検査の一つである超音波試験の
現状と試験概念そして具体的な手順について説明する。
1.はじめに
鋳造業界では、簡単に「〇×△欠陥」と呼ぶのが
分析方法そして製品の寸法、内部や表面の「有害な
通常であるが、欠陥とは製品をだめにする有害な物
きず」について規定している。鋳鉄品として重要な
である。中には有害でも発見されずに欠陥無しで流
「内部の健全性」と「外観」については、有害と無害
通する物、無害でも廃棄される物もあるだろう。こ
の境界やその試験方法の規定が無い。これが意図的
のようなことは鋳物品に限らずすべての機械部品に
なものかどうかは別にして残念なところでもある。
多かれ少なかれ起こっていると思われる。「構造材
ところで、この JIS に「欠陥」の文言は何処にも
料、機械部品で完全無欠なものはない」から始まる
なく「有害なきず」である。これは製品を検査する
「破壊力学」は、有害と無害の境界がどこにあり、我々
には、これまでのような破壊試験では評価できない
が「欠陥」と呼ぶ全てが有害かどうかを教えてくれ
事、それに替わる非破壊試験の必要性を暗示してい
るものの一つである。
るようにも思われる。現 JIS を土台にして非破壊試
さて、製品の一般的な公的規格(仕様)は、JIS で
験の可能性について検討する事が必要である。以下
ある。球状黒鉛鋳鉄品の規格は、JIS G 5502 である。
に JIS G 5502(球状黒鉛鋳鉄品の規格)と超音波試
この規格は、主に材質とその試験方法、成分とその
験などについて具体的にまとめる。
2.JIS G 5502(球状黒鉛鋳鉄品の規格)
2.1 材質など
2.2 鋳造品の評価
この規格は、球状黒鉛鋳鉄品の材料の試験方法や
8 ∼ 10 項に鋳造品としての評価について記述され
評価基準を明示している。供試材(Y ブロック)の作
ているので、以下にその内容を原文どおり抜粋する。
り方、引張試験片の形状・寸法、測定方法などを規
定し、破壊試験での具体的な判定値を示している。
< JIS G 5502 より抜粋>
具体的な値は、① 引張強さ、② 伸び、③ 0.2% 耐力、
④ 衝撃特性(種類限定)、⑤ 硬さ、⑥ 代表的基地組織、
8. 内部の健全性 : 鋳鉄品の内部には, 使用上有
⑦ 化学成分そして ⑧ 黒鉛球状化率である。①∼④と
害な鋳巣などがあってはならない.
⑧ は規格値で ⑤∼⑦ は参考値である。
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特集 鋳造欠陥を正しくとらえる解析 · 測定機器
品実体の評価については「球状黒鉛鋳鉄品」の JIS
9. 形状 , 寸法 , 寸法公差 , 削り代及び質量 : 鋳鉄
としては当を得ていない。この JIS で「非破壊試験」
品の形状及び寸法は , 図面または模型で指示する
のが出てくるのは、12. 2. 2 バッチごとの試験回数 b)
ものとし , 寸法公差及び削り代は , 特に注文者の
項で「1 バッチごとに引張試験、黒鉛球状化率判定
指示がない場合 JIS B 0403 の球状黒鉛鋳鉄によ
る.鋳鉄品の質量は , 受渡当事者間の協定による.
10. 外観 : 鋳鉄品の外観は , 使用上有害なきず,
鋳巣などがあってはならない.
試験及び衝撃試験を行わず、12 バッチ以下をまとめ
て1グループとし、その中の1バッチをこのグルー
プの代表とする場合、黒鉛球状化処理が毎回確実に
行われていたことを顕微鏡組織試験、非破壊試験、
破面試験、その他の方法を用いて確かめなければな
以上である。9 項は具体的に述べられているが、8
らない」と書かれた一文に加えられている。すなわ
と 10 項については使用上有害なきずや鋳巣について
ち、材質保証するための黒鉛球状化率を確かめる1
の試験法方法も評価基準も記載されていない。材質
方法として取り上げられ、鋳鉄品の鋳巣などの内部
については具体的で詳細な記述になっているのに製
きずに関するものではない。
3.使える非破壊試験
超音波(UT)、放射線(RT)、電磁気(磁粉探傷:
8項は UT、RT を 10 項については MT、CT、PT を
MT、渦流探傷:CT など)、浸透探傷:PT などがある。
適用できると思われる。実際にこれらの非破壊試験
内部のきずには UT や RT を表面付近のものは MT
機器は現場にかなり導入されている。
や CT を使用できる。先述の JIS に関していえば、
4.球状黒鉛鋳鉄品の評価基準
その変遷を辿ると「代替試験片 Y ブロックでの
は、まだ不十分である。非破壊試験(NDT)での評
材質評価」、「抜取りでの製品切出し試験片での材
価基準とその方法について具体的に示す事が必要
質評価」、「抜き取りでの非破壊評価」そして「非
と考える。それに NDT 技術者の養成を併せてやる
破壊試験による実体の全数評価」となる。
必要がある。規格や装置だけあっても基礎を知り
まだまだ、材料評価的で破壊試験値が主で、客
使える技術者がいなければならない。
が要求する製品の評価(実体での品質管理、保証)
5.球状黒鉛鋳鉄品とは
5.1 材質と鋳鉄品
機械的・物理性質は,主に①黒
鉛組織(図 1)と②基地組織(図 2)
に よ っ て 決 定 さ れ る。 ③ そ の 他、
鋳巣や非金属介在物などの内部き
ずなどをあげる事ができる。
それぞれを詳細に見ると①の黒
鉛組織は、化学成分、凝固速度(肉
厚効果)、溶湯処理技術、フェーディ
ングさらに鋳込み後固まるまでの
鋳型壁との反応(鋳型から発生する
球状化阻害ガスなど)、②の基地組
織は、さらに凝固から室温までの
(A) 黒鉛球状化率と引張強さ
(B) 黒鉛球状化率と伸び 図 1 黒鉛組織(黒鉛球状化率)が機械的性質に及ぼす影響
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あるいは複合的に関係して自動車部品のよ
うな鋳鉄品ができるのである。
5.2 鋳鉄品は「きず」だらけ
自然にできる複合材料である鋳鉄に内在す
る黒鉛は、
「きず」の一つでこの黒鉛形状が
機械的・物理的性質を決めることを先述した。
球状黒鉛鋳鉄において JIS G 5502 では,球状
化率が 80% 以上ならば、無害で以下なら有
害と言い換える事ができる。さらに爆発状黒
硬さ,HB
硬さ,HB
鉛、チャンキー黒鉛、表層の異常微細黒鉛な
どは有害である。逆チル、鋳巣、ブローホー
図 2 基地組織(硬さ)と機械的性質との関係(黒鉛球状化率 80%以上の試料) ルなどの「内部きず」やピンホール、のろ噛
み、打痕などの「表面きず」もあるが、これ
冷却速度、冷却後にオーステナイト化(共析変態温
らについては「有害なものがあってはならな
度を超えて加熱)後、任意の温度で室温に冷却す
い」となっている。受渡当事者間の協議によ
る熱処理が加わる。さらに③は、湯口方案や鋳込
るものになるのだろうが、何らかのガイドラ
み温度にも左右される。ここに上げた因子が単独
インが示されるべきである。
6.超音波による非破壊試験
6.1 黒鉛形状
ここで鋳鉄の音速と黒鉛球状化率の実測値の関係
超音波が鋳鉄内を伝播する速度(音速:V)は、鋳
を整理したのが図 4 である。
鉄の持つヤング率:E と密度:ρ から次式で表される。
V = α
α は係数である。
それぞれの代表的ヤング率をは、以下のようになる。
・球状黒鉛鋳鉄(FCD):165 ∼ 185 GPa
・CV 黒鉛鋳鉄 (CV) :140 ∼ 155 GPa
: 75 ∼ 155 GPa
・片状黒鉛鋳鉄(FC)
・密度は 7.0 ∼ 7.5 g/cc の範囲にある。
したがって、音速は FCD > CV > FC の順になるこ
とがわかる。
実際の音速は、測定物の肉厚:L、片道超音波伝
播時間:t から V=L/t で求める事ができる(図 3)。
これまでに報告されている音速は FCD:5,600m/s ≦、
図 4 音速と黒鉛形状との関係
CV:5,200 ∼ 5,500 m/s、FC:4,000 m/s 台である。
図 3 音速測定の原理
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図 5 <音速×硬さ>と引張強さとの関係
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CV から FCD 間で明瞭な正の相関関係(相関係数 r
K Ic は 1986 年1月発行の改定 4 版「鋳物便覧」にも
は 0.9 以上)が認められ、音速を用いて黒鉛形状を推
掲載されている。
定できる事が分かる。したがって音速を測定すれば
② 破壊靭性値ときずとの関係
鋳鉄の種類を区別する事が可能になる。
「きず」が存在する材料が破壊するかどうかは、
また、引張強さを音速と硬さの積で整理すると、
きずの大きさ:a ときずがある箇所にかかる作用応
片状黒鉛鋳鉄から球状黒鉛鋳鉄それぞれに正の相関
力:σ の種類(静的なのか疲労なのか)と位置(内部
関係が得られるのが分かる(図 5)。
なのか表面なのか)に依存している。静的で大きさ
a(m)のきずが内部にあるとき、その部分の応力拡
6.2 内部きずの定量化(探傷)
大係数:K I は、K I = σ
超音波探傷器と呼ばれる物が市販されている。一
超音波探傷試験によって求める事ができれば、作用
昔前、鋳鉄は減衰が大きな材料のため使用できる機
応力は設計上分かっているのでこの箇所での K I を
器がなかった。その需要が無かったので関心がな
算出できる。
かった。超音波試験についてよく知る技術者がいな
先述の K Ic は K I の限界値に相当するので、これ
で表される。この a を
かった。などの理由で超音波による非破壊試験など
らを比べて K I << K Ic ならば、この大きさ a(m)
考えもしなかった。現在、機器の進歩目覚しく、客
のきずは無害、K I ∼ K Ic や K I > K Ic ならば有害な
先の実体全数検査の要求あり、基礎データも使える
きずと判定できる。
段階にあり、鋳鉄品の UT 技術者も養成されだした。
例えば、フェライト基地球状黒鉛鋳鉄品の内部に
技術者が鋳鉄に適切な超音波機器を選択し、適切な
超音波探傷試験で 16 mm のきずが見つかった。内部
試験方法を構築し、超音波機器の取扱に熟達すれば
に あ る の で 2 a = 16 mm = 16 ×10 ⇒ a = 8 ×10 、
内部きずの有害 / 無害が可能な段階にきている。
この部品のきずが存在する部分の設計応力が 80 MPa
-3
と す る と K I = 80
-3
= 12.7 MPa と な る。
6.3 内部きず、有害 / 無害の判定基準
この鋳鉄品の K Ic は 58.4 MPa、K I << K Ic となり内
① 破壊靱性値
在する 16 mm のきずは無害、すなわち設計範囲内で
破壊力学という学問がある。破壊力学を用いて鋳
の使用で「きず」は進展せず存在し続け、この部品
鉄を評価した結果が報告されたのが昭和 59 年(1984
がこのきずで壊れる事はないと判断される。
年)2 月のシンポジウム「破壊力学による鋳造品の評
価とその適用」
:㈶ 綜合鋳物センター、その後は「球
状黒鉛鋳鉄の強度評価」
:アグネ技術センター発行
(1999)がある。各種鋳鉄から試験片(コンパクト試
6.4 超音波探傷試験における「きず」の大きさ
の評価方法
試験方法は JIS Z 2344 金属材料のパルス反射法に
験片、三点曲げ試験片、衝撃試験片など)を切出し、
よる超音波探傷試験方法通則に従って実施する。き
予き裂を入れた後き裂進展が開始される時の破壊抵
ずの大きさの評価は 9 項(4)等価欠陥直径を用いる。
抗パラメータ:破壊靱性(単位:MPa
)
鋳鉄品は FCD で 10 種類あり、製品ごとに化学成分
が求められている。これらは、
K Ic,
J Ic,
∆K th などで、
や基地組織が異なる。さらにその複雑な形状により
,kgf
探傷器接続された探触子を被検物の
試験箇所の探傷面接触媒質を当て、超
音波パルス波を被検物に入射する(図
下段)。内部に鋳巣などのきずの有無を
探傷器の表示画面(図上段)で観察する。
きずなどの不連続部が無ければ発信波:
T と底面反射波:B1 しか現れない(図
左側)。きずが在れば、T と B1 間にき
ずからの反射波:F が、きずの位置に
現れる。
図 6 超音波探傷試験の原理
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製品内でも顕微鏡組織、機械的性質が異なる。した
b) マスターの人工きずからの最大エコーを捕らえる。
がって、人工きず(平底ドリル穴:FBH など)を開
c) そのエコー高さをが 80%:h0 になるように感度
けた対比試験片を製品ごとに作成する事が大切であ
調整する。この感度が探傷感度となる。
る。作り方を以下に簡単に説明する。
・・・・・以上で探傷器の設定完了・・・・・
・被検物(製品)でマスターを作る
① 被検物の試験箇所が決める。
② 内部きずの位置を決める(これまでの経験や客先
の要求、凝固シミュレーションなどで)。
③ 設計上の作用応力が分かれば、その鋳鉄の K I =
K Ic =
をから FBH の径が求めるので、設計
者や客先と協議して人工きずの大きさを決定す
d) 被検物の探傷試験を開始する。試験感度を(探
傷感度+ 6dB)にして粗探傷を行う。
e) 自然きずを発見したら、そのきずの最大エコー
を捉えその場で探触子を保持する。
f) 試験感度を探傷感度に戻してから、自然きずか
らのエコー高さ:hf を読み取る。
・・・・・以上で実技終了・・・・・
る。
④ 前項の FBH を製品の探傷面に垂直に、決められ
た位置に開ける。
⑤ 探傷面は、被検物と同じくする(ショット肌、グ
ラインダー肌、加工肌など)。
g) h0 と hf の比から自然きずの反射面積が計算でき
るので、それを円形きずとみなして直径を算出する。
h) 算出した直径を自然きず大きさ af として K I を計
算で求め、K Ic と比較、有害 / 無害を判定する。
・試験条件の決定
a) 探傷器の基本設定(パルス反射法時間軸の設定
など)を行う。
7.おわり
不十分で分かりづらいところもあることだろう
・研究報告 47;
「鋳鉄溶湯の性状及び材質
(超音波音速)
判定」
が、全体の流れをイメージしていただけたら幸いで
に関する研究(1987)
:日本鋳物協会(現:日本鋳造工学会)
す。詳しいことについては、以下にあげる参考文献、
素形材センター主催の実践講座(座学)、鋳造工学
会の鋳鉄品の超音波技術者養成講習会(年 2 回、座
学+実習)や鋳造境界の「鋳造カレッジ」などを利
用してください。
参考文献
・JIS ハンドブック 2007 鉄鋼Ⅰ
・JIS ハンドブック 2007 非破壊検査
・改定 4 版 鋳物便覧
・研究調査報告 336,357;球状黒鉛鋳鉄の超音波探傷試験
に関する調査研究(Ⅰ),(Ⅱ)(昭和 62 年 6 月)と(昭
和 63 年 6 月):日本強靭鋳鉄協会(現:日本鋳造協会),
素形材センター
・非破壊評価の標準化に関する調査研究(平成元年∼ 3 年
度調査報告書)1990 年∼ 92 年 3 月:日本非破壊検査協会
・研究報告 85;「鋳鉄材料の非破壊評価に関する研究」(平
成 12 年 9 月)日本鋳造工学会
・研究報告 94;
「鋳造品の非破壊材質評価技術に関する研究」
(平成 16 年 9 月)日本鋳造工学会
・シンポジウム「破壊力学による鋳造品の評価とその適用」
テキスト,昭和 59 年 2 月:日本機械工業連合会,綜合
鋳物センター(現:素形材センター)
・「球状黒鉛鋳鉄の強度評価」原田昭治,小林俊郎:アグ
ネ技術センター発行(1999)
・鋳鉄品の超音波技術者養成講習会テキスト
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