報告書 (2011/3/21∼2012/2/11) TEAM RBP 「ラジオバトン・プロジェクト」報告のご挨拶 このプロジェクトが始まってあっという間の一年でした。 まずは何より、今までこの活動にご賛同いただいた方々に、 深く、深く、御礼申し上げます。本当にありがとうございます。 勿論、僕たちのブログ(http://ameblo.jp/shooyamamoto)を 見ていただいている方はご存知かとは思いますが、このプロジェクトは今も継続中です。 僕たちのこの活動は、当初は、ラジオ・ライト・電池などを支援物資として届ける というものでしたが、時間の経過とともに、その時々に合わせて、 支援の内容を変えながらも、合言葉である「We are シンセキ!」の 被災された方々にとって、必要で、当り前の「お節介」をさせていただいております。 僕たちがこの活動を続けてこれているのも、一人一人の賛同してくださる方々の 「愛」の力だと確信しています。 そして何より、ご報告したいのは、語りつくせぬほどの被災地からの感謝の気持ちを 本当に沢山いただいているということです。 賛同者である、あなたの支援物資や、支援金、そして「心」が被災地に届いて、 一体どうなっているのか? その一つ一つを、お一人お一人に説明することは難しいですが、この報告書とともに、 どうか、僕たちのブログの中にある、被災されたみなさん(シンセキ)の笑顔から 読み取っていただければ幸いです。 見てください!この笑顔!、笑顔!、笑顔!これらの笑顔はただの笑顔ではありません。大切な人、愛している人、 いつも話をしていた人、そばにいるのが当たり前だった人、 共に笑い、共に語り合った人、間もなく卒業する子ども、新学年や、入学を楽しみにしていた子どもたち、その親御 さんたち、心を支えてくれた可愛いペットたち・・・、 そんなかけがえのない人が、ある日突然いなくなり、会いたくとも会えなくなるという、あまりにも胸を締め付ける 悲しみと苦しみ、とても受け入れることができないという現実を経験され、大切な日常、想いでを強引に奪い去られ てしまった方々が、それでも生きていかなければ、それでも、あの人のためにも負けずに、 生きていかなければと、一日一日を必死に生きている大変な状況の中で生まれた とてもとても強くて素敵な笑顔なんですね。 賛同者のあなたがくださった「愛」は、そんな「笑顔」を届けさせてくださいました。 本 当 に 、 本 当 に 、 あ り が と う ご ざ い ま す ! ま さ に 、「 ラ ジ オ バ ト ン ・ プ ロ ジ ェ ク ト 」 は 、 「命のバトン・プロジェクト」になっています!と言うことをお伝えしたいと思います。 被 災 地 に 仲 間 と 一 緒 に 入 っ た 瞬 間 、「 え ? 何 こ れ ? な ん で ? ・ ・ ・ 」 と 言 葉 を 失 い ま し た 。 それから僕の心から自然と出てきた言葉は、正直「く∼そ∼!」でした。 言いようのない悔しさなのか、怒りなのか、無力感なのか分かりませんが、 とにかくその感覚が、力をくれているのは確かでした。 僕の仲間も素敵です! ぶっちゃけ一人一人が色んなものを抱えている者もいます。 な の に 、 何 と か 時 間 を 作 り 、 力 を 振 り 絞 り 、「 で き る こ と を 、 で き る 範 囲 で 、 諦 め な い で ! 」 と 言 う 気 持 ち で 、 今まで継続してきました。でも、なぜ?仲間の一人一人がここまで 一生懸命に頑張るのかを聞いたことはありませんでした。勿論一人一人に理由は あるでしょう。でも、一つだけ想像できることは、当初、一つ一つ形の違うラジオが 全国のラジオ局を通じてや、色んなところから直接集められた時、 その一人一人の送り主の“ココロ”に、仲間はみんな感動していたのは確かです。 そのとき心は繋がったんだと思います。この想いを届けたい!それは、まるで、 頑張れ!と賛同者の方々からエネルギーをいただくかのような不思議な感覚もありました。 長くなってしまいましたが、改めて、この一年間本当にありがとうございました。 そ し て 、 更 に 、「 W e a r e シ ン セ キ ! 」 へ の お 節 介 は 続 き ま す ! この一年の活動報告をさせていただくとともに、どうぞ、これからも、 シンセキの一人として、シンセキを支援するこの活動を支えていただきたいと願います! 「W e are シンセキ!」 「 ラ ジ オ バ ト ン ・ プ ロ ジ ェ ク ト 」 ラジオ DJ 山本シュウ 2012 年 3 月 報告書(2011/3/21∼2012/2/11) 物資配布リスト ♦ラジオ 3323 台 ♦ライト 1543 台 ♦ドッチボール 53 個 ♦訪問避難所数 約 ♦参加人数 30 箇所 約 20 人 経費詳細 <ラジオ•バトン•プロジェクト経費合計> (2011/3/21∼2011/7/30) (2011/9/25∼2012/2/11) ♦ガソリン代 ¥483,000 ♦ガソリン代 ¥95,561 ♦高速料金 ¥104,450 ♦高速料金 ¥23,900 ♦支援物資 ¥328,332 ♦支援物資 ¥6,675 ♦食事代 ¥264,710 ♦ 炊き出し関連 ¥322,967 ♦ バスチャーター代 ¥120,850 ♦雑費 ¥10,770 合計 ¥1,191,262 合計 ¥569,953 合計 ¥1,761,215 *2011 年 4 月∼5月までは、 佐野市から支援物資搬送車両の通行証を発行されていたため、 東北道の高速料金はカウントされていません。 報告書(2011/3/21∼2012/2/11) 物資詳細 日時 3月 (2011年) 4月 (2011年) 5月 (2011年) 6月 (2011年) 配布した避難所名不明と路上での配布等 合計 報告書(2011/3/21∼2012/2/11) 被災地の訪問マップ ( 抜粋 ) 岩手県 @ 大船渡市 550 km 宮城県 @ 石巻市 福島県 @ 相馬市 415 km 315 km シンセキ村 @ 栃木県佐野市 報告書(2011/3/21∼2012/2/11) 被災地の現状と今後 ∼被災地の現状と今後∼ 2011 年・7 月 3月11日に東日本大震災が起こってすぐに、阪神淡路大震災の経験から、僕たちは、「ラジオバトン・プロジェクト」を立ち上げました。 その目的は、すぐに被災地において予想された、電気・ガス・水道・通信網などのライフラインが完全に崩壊しているであろうということから、 ラジオの仕事をしている人間として、ラジオ・ライト・電池を一つでも多くお配りするということでした。 被災地のラジオ局のシンセキたちは、みんな不眠不休で、命を削りながらラジオを守っていました。ところが、 一 番 情 報 が 必 要 な 被 災 者 の ほと ん ど が 受 信 機 で あ る ラ ジ オ を 持 っ て い ま せ ん で し た 。 い く つ か の 企 業 さ ん や 団 体 は ラ ジ オ を す ぐ に 多 数 配 ら れ ま し た が 、 ご 存 知 の よ う に 、今 回 の 災 害 の 被 害 の 範 囲 が あ ま り に も 広 す ぎ る の で 、 そ れ で も ま だ ま だ 足 り る こ と は あ り ま せ ん で し た 。 だからすぐに日本中のシンセキであるラジオマンに協力をお願いしたのですが、 そ の 時 に 驚 い た の は 、日 本 中 の お 店 か ら ラ ジ オ が あ っ と い う 間 に 消 え て し ま っ た と い う こ と で し た 。 だから、リスナーの方々自身のおうちや、身近な人たちのおうちの中に眠っているラジオを掘り起こさなくてはならないと感じました。 そして、全国から集められたラジオをすぐに届けようと思ったのですが、当初、被災地にはそんな簡単には行くことができませんでした。 それでも21日に僕たちは日本海側から、新潟を経由して、そこから太平洋側に向かいました・・・。 それから、毎週末のように仲間と一緒にできる限りの情報を集め、細かく配りに行きました。 勿論、被災地の全体から言えば、少ない数のラジオだったかもしれませんが、大切なのは、一人でも多くの人がラジオで情報を手に入れ、 心がいやされ、元気になることで、その連鎖が起こる機会を一つでも多く増やすことがラジオの数以上の力になると信じていました。 そんな中で、4月末あたりに、学校などには、必要な文具はそろそろ十分そろいだしている感じがしていたのですが、 ところが、未だに津波で流されてしまった「水彩道具セット、書道セット、算数セット、裁縫道具セット、鍵盤ハーモニカ」以上5つの アイテムが、どこも不足し、それによって子どもたちの中で心を傷つけられている子もいると知り、プロジェクトとして全国から そ れ ら を 募集 さ せ て い た だ き ま し た 。 現在では、それらも教育委員会や、企業さんなどのお力で、大体が行き届いたと伺っています。ですので、この中間報告をもって、 一応、ラジオ・ライト・電池・水彩道具など5つの教材アイテムに関しましては、募集の締め切りとさせていただきます。 ほ ん と う に 、こ れ ま で 懸 命 に 集 め て い た だ い た シ ン セ キ の ラ ジ オ マ ン の 皆 さ ん や 、団 体 の 方 々 、ま た 、 個 人 的 に 送 っ て い た だ い た シ ン セ キ の 方 々に 、 心 か ら 感 謝 し て い ま す 。 あ り が と う ご ざ い ま し た ! そして、引き続き今後のことですが・・・ 何より恐れているのは、メディアなどで東日本大震災の報道が少なくなり、人の意識からだんだんと忘れ去られていくことが、 被災地が本当の意味で被災地となってしまうということです。 現在の被災地はどうなっているかと言うと。 「人手不足なところは未だ人手不足」 ゴールデンウイーク以降ボランティアの数が激減しています。勿論、人手は足りているというところも実際ありますが、 全く足りていないという場所もあります。更に、コミュニケーション作り、コミュニティー作りのためのイベントを開催するにあたって、 人手がほしいというところや、色んな技術や、免許を持っている人がピンポイントでほしいというところもあり、 今後まだまだそういう面での人的支援は続いていくと思われます。 ②「 通 行 許 可 書 が 出 に く い 」 通行許可書に関しては今までも状況の変化によってどんどん変って来ています。行政的には、僕らのような民間ボランティアが2 トン未満の 車両通行許可書を行政からもらうためには手続きが複雑で、入手しにくくなっています(実質、入手困難な状況です)。 ですから最近は僕たちは自腹です。つまり、支援金のお陰で被災地に向かえています。 ③「絆づくりのお手伝い」 今回の津波で、家を失い、仮設住宅に入られた方や、引っ越しを余儀なくされた方などの、新たなコミュニケーションや、 コミュニティー作りのお手伝いが必要です。冬の時期には、どうしても自分の家にこもり気味になってしまいます。 そうして孤独を感じる人が増えてしまいます。ですから、この夏の時期から冬場に向けて、 特に仮設住宅などの中のコミュニティー作りであったり、その他の地域での新しい仲間作りだったりが 重要なテーマとなっています。その際の色んな場面でのお手伝いが必要になると思われます。 ④「その他」 その他にも、「就労支援」「街の再生支援」「観光地としての再生支援」「県外企業との絆 作り」「学習サポート」「イベント運営支援」・・・などなど、こういった色んなテーマに 沿って、時期によって、さまざまな形での支援はまだまだ必要です。 以上、被災地の色んな場所によってサポートできることが細かく違って来ていますが、 今回もいつものように現場のシンセキからのリサーチをもとにご報告ささせていただきました。 当然僕たちは、これらすべてにおいて、国や、行政の動きに寄り添いながら、また、行政では動きずらいところなどは、 NPO、NGO などと協力しながら、必要な、“愛のお節介”を皆様と共に実行していこうと考えています。 ですから、どうぞ、僕たちがいつもプロジェクトの仲間と言っている、 「できることを、できる範囲で、あきらめないで!」と言う気持ちを胸に、今後も、色んなご報告をさせていただきたいと思っています。 どうぞ、We are シンセキ!のみなさん、引き続きあなたの ココロを集めてさせていただきたいと願っています。どうぞよろしくお願いします! ラジオバトン・プロジェクト 一同、 プロジェクトリーダー ラジオDJ 山本シュウ 報告書(2011/3/21∼2012/2/11) あなたの命は みんなの大切な命 だから、みんなシンセキ 「合い言葉は We are シンセキ !」 4 ヶ月を経過しライト、ラジオの需要が減少∼ 避難所で出会ったシンセキが住む仮設住宅を何度か訪ねる中で、仮設住宅 の 状 況 を 知 り 、物 資 の 支 援 か ら「 コ ミュニ ケ ー ション の 場 」を 提 供 す る 方 向 へ 福島県相馬市大野台第二仮設住宅 「シンセキ祭り 夏 」 福島県相馬市大野台第二仮設住宅 「シンセキ祭り 夏 」 実施日 : 7 月 30 日 ( 土 ) 実 施 時 間 : 1 1 : 0 0 1 5 : 0 0 ( 子 供 編 ) / 19 : 3 0 2 1 : 3 0 ( 大 人 編 ) 会場 : 大野台第二仮設住宅 L-3 集会所 実施内容 : 陶芸体験 / クリケット体験 / カラオケ / 炊き出し ( お 好 み 焼 き 、か き 氷 、 綿 ア メ 、 ス イ カ 、 メ ロ ン 等 ) 参 加 者 ( 団 体) : 津 軽 金 山 焼 き チ ー ム / C r i c k e t f o r s m i l e / 第 一 興 商 / T E A M D J S H I N J I はるな愛お好み焼きチーム / 少路和伸 / 加藤富久 / ラジオバトンプロジェクトチーム 主催 : 福島県相馬市中村第二小学校で出会ったシンセキ 協力 : 第一興商 / はや川提灯店 / 鮨義 / 日本クリケット協会 /Isome house / Trinity / 欣泉 シンセキ村 / 大野台第二仮設住 宅の皆さん 福島県相馬市大野台第二仮設住宅 シンセキ祭 り ∼ クリケット体 験 & カラオケ大 会 ∼ 福島県相馬市大野台第二仮設住宅 シンセキ祭 り ∼ クリケット体 験 & カラオケ大 会 ∼ 日 時 : 2 0 1 1 年 9 月 2 5 日 ( 日 ) 1 9 : 3 0 2 1 : 3 0 会場:大野台二丁目 第二仮設住宅 L3 集会所 内 容 :* カ ラ オ ケ 大 会 / ク リ ケ ッ ト 体 験 主催:中村第二小学校で出会ったシンセキ!(子供と親) 栃木県閑馬市 シンセキ祭り∼稲刈り & 餅つき大会∼ シンセキ祭り∼稲刈り & 餅つき大会∼ 栃木県閑馬市 シ ン セ キ 祭 り ∼ 稲刈り & 餅つき大会∼ 日 時 : 2 0 1 1 年 1 0 月 2 日 ( 日 ) 会場:栃木県閑馬市 内 容 :* 福 島 県 相 馬 市 大 野 台 の 家 族 を 栃 木 県 閑 馬 市 に 招 い て 、 稲 刈 り & 餅 つ き 大 会 主催:中村第二小学校で出会ったシンセキ!(子供と親) 福島県相馬市大野台第二仮設住 シンセキ祭り∼陶芸受渡し & 炊き出し∼ シンセキ祭り∼稲刈り & 餅つき大会∼ 福島県相馬市大野台第二仮設住宅 シ ン セ キ 祭 り ∼ 陶芸受渡し & 炊き出し∼ 日時:2011 年 11 月 2 日 ( 水)時間 :17:00∼19:00 会場:福島県相馬市大野台 内 容 :* 9 月 に 制 作 し た 陶 芸 の 焼 き 物 を 受 渡 し & 元 祖 鉄 板 焼 き キ ノ シ タ の 炊 き 出 し 主催:中村第二小学校で出会ったシンセキ!(子供と親) 福島県相馬市大野台第二仮設住宅 シンセキ祭り∼クリスマスパーティー∼ 福島県相馬市大野台第二仮設住宅 シ ン セ キ 祭 り ∼ クリスマスパーティー∼ 日 時 : 2 0 1 1 年 1 2 月 2 5 日 ( 日 ) 1 7 : 0 0 2 0 : 0 0 会場:大野台二丁目 第二仮設住宅 L3 集会所 内 容 :* み ん な で ク リ ス マ ス ケ ー キ づ く り ! * レ モ ン サ ン タ と ゲ ー ム 大 会 *「 光 り 絵 ア ー ト 」 ラ イ ヴ • パ フ ォ ー マ ン ス ( 光 を 使 っ た ラ イ ブ ペ イ ン テ ィ ン グ ・ パ フ ォ ー マ ン ス 光 り 絵 ( ひ か り え ) 暗 転 の 室 内 で 様 々 な ラ イ ト を 使 っ て 描 か れ る 幻 想 的 な 光 の 風 景 。 日 本 を は じ め 海 外 で も 公 演 の 場 を 広 げ る 。 G L A Y 1 5 t h シ ン グ ル 「 春 ま で は 」 で は P V で コ ラ ボ 。) * 炊 き 出 し 主催:中村第二小学校で出会ったシンセキ!(子供と親) 福島県相馬市大野台第二仮設住宅 「シンセキ祭り 餅つき大会 」 福島県相馬市大野台第二仮設住宅 「シンセキ祭り 餅つき大会 日 時 : 2 月 1 1 日 ( 土 ) 1 1 : 0 0 ̅ 1 7 : 0 0 会場:大野台二丁目 第二仮設住宅 L3 集会所 内 容 :* マ ッ サ ー ジ サ ー ビ ス ! ( 1 1 : 3 0 ̅ 1 5 : 0 0 ) @ L 3 集 会 所 <まげん DE ネット宮城> *大工さんの包丁研ぎサービス (14:00̅17:00)@L3 集会所前 *みんなで餅つき! (15:00̅17:00)@L3 集会所前 主催:中村第二小学校で出会ったシンセキ!(子供と親) 」
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