平成 14 年度研究報告 サイトカインによる子宮内膜症細胞増殖機序と 性

平成 14 年度研究報告
研究テーマ
サイトカインによる子宮内膜症細胞増殖機序と
性ホルモンの影響に関する研究
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サイトカインと子宮内膜症細胞の増殖
鳥取大学医学部
器官制御外科学講座
講師
原田
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生殖機能医学分野
省
現所属:鳥取大学医学部生殖機能医学
✻ サマリー ✻
子宮内膜症は生殖年齢女性のおよそ 10%に発生し,疼痛と不妊を惹き起こしリプロダクティブヘ
ルスを著しく損なう疾患である.内膜症の発生病因については未だ明らかではないが,月経血の逆
流がその発生に重要であり,疫学的にも,月経の回数と期間が増加するほど子宮内膜症の発生頻度
は増加することが知られている.本症の発生頻度の増加が少子化や晩婚化といった現代女性のライ
フスタイルと密接に関連することから,現代病として社会的関心も高い.
私どもは,子宮内膜症患者の腹水中には Interleukin-6 (IL-6),IL-8,Tumor necrosis factor α (TNFα)
等のサイトカイン濃度が上昇していることを明らかとした.これらのサイトカイン濃度は,子宮内
膜症の初期活動性病変と考えられる赤色病変の程度と相関することも示された.IL-8 は子宮内膜症
由来の間質細胞の増殖を促進することで子宮内膜症の進展に関与することが示された.さらに,
TNFα は子宮内膜症由来の間質細胞からの IL-8 遺伝子の発現と蛋白産生を濃度ならびに時間依存性
に up-regulate することを明らかとした.
TNFα は,細胞のアポトーシス,増殖,分化にかかわる多様な働きを有するサイトカインであり,
転写因子 NF-κB を活性化することによりその作用を発揮する.したがって,TNFα による内膜症間
質細胞の IL-8 産生誘導における NF-κB の関与について検討した.TNFα の添加 24 時間後のリン酸
化 IκB の発現を Western blotting で検索した.TNFα は,リン酸化 IκB の発現を誘導した.NF-κB の
活性化を Electrophoretic mobility shift assay にて検索すると,TNFα は NF-κB の活性化を誘導した.
さらに,NF-κB 阻害剤である TPCK 添加が IL-8 遺伝子と蛋白発現に及ぼす影響についても検討し
た.IL-8 遺伝子および蛋白発現を Northern blotting と ELISA で検索すると,TPCK は TNFα の IL-8
遺伝子と蛋白発現の誘導を減弱した.子宮内膜症の増殖・進展は,エストロゲンに依存する.そこ
で,E2 を併用添加すると,TNFα による IL-8 遺伝子と蛋白発現およびリン酸化 IκB の発現を増強
した.以上の成績から,TNFα は NF-κB を活性化することで子宮内膜症細胞の IL-8 遺伝子発現と
蛋白産生を誘導することが明らかとなった.子宮内膜症患者の腹腔内で,TNFα は IL-8 産生を誘導
して子宮内膜症細胞の増殖を促進することにより,本症の進展を促すものと考えられる.E2 の添
加は,TNFα によって誘導される NF-κB の活性化を増強し,IL-8 産生を促進することが示された.
この成績は,これまで明らかではなかったエストロゲンによる子宮内膜症細胞の増殖進展メカニズ
ムの一端を示すものと考えられる.
✻ 研究報告 ✻
Ⅰ.子宮内膜症とサイトカイン
子宮内膜症は生殖年齢女性のおよそ 10%に発生し、疼痛および不妊を主症状とする疾患であ
る。内膜症の発生に免疫が関与することは以前から指摘されており、サイトカインの役割が注
目されている。
サイトカインは炎症反応の主要なメディエーターであり、細胞の増殖、分化、死を制御する生
理活性物質である。内膜症患者では内膜症のない患者と比較して腹水量が多く、腹水中に様々
なサイトカインが増加していることが知られている。著者らは内膜症患者の腹水中に高濃度の
TNFαと IL-8 が存在することを報告した。
サイトカインの産生源は腹水中に増加した活性化マクロファージと考えられていたが、卵巣チ
ョコレート嚢胞から分離培養した内膜症間質細胞においても IL-8 遺伝子および蛋白発現が認
められ、これらの発現は TNFαの刺激により著明に増強されることが分かった。IL-8 と TNFα
の添加は内膜症間質細胞の増殖を促進し、TNFαの作用は抗 IL-8 抗体あるいは IL-8 アンチセ
ンスの添加により中和されたことから、TNFαは IL-8 のオートクリン作用を介して子宮内膜症
細胞の増殖を促進するものと考えられた。
Ⅱ.NF-κB シグナルによる IL-8 産生調節
TNFαのシグナル伝達には転写因子である NF-κB が関与することが知られている。NF-κB は細
胞質内で p50、p65、IκB の三量体として存在し、IκB により核内への移行をブロックされてい
る。TNFα刺激により IκB がリン酸化されて複合体から離れると、NF-κB は核内へ移行して標
的遺伝子の転写を促進する。TNFαの添加は IκB のリン酸化および NF- B の活性化を誘導し
(図 1A)、NF-κB 阻害剤である TPCK は TNFαにより誘導された IL-8 遺伝子および蛋白発現を
抑制することが示された (図 1B)。これらの結果から、TNFαは NF-κB を介して IL-8 産生を誘
導することが明らかとなった。
Ⅲ.子宮内膜症治療薬と IL-8 産生
子宮内膜症はエストロゲン依存性に発生、進展することが知られている。エストラジオール
(E2) が内膜症間質細胞の IL-8 産生に及ぼす影響を検討したところ、E2 の添加は TNFαによる
IL-8 蛋白発現を有意に促進した。しかしながら、内膜症治療薬である GnRH アゴニストを投
与された患者の細胞では、TNFαと E2 による IL-8 の産生誘導はみられず、GnRH アゴニスト
による長期の低エストロゲン状態は内膜症細胞の TNFαに対する反応性を低下させることが
示された。
さらに、GnRH アゴニスト以外の内膜症治療薬の効果について、内膜症間質細胞の IL-8 産生
を指標に検討した。プロゲステロン、ダナゾール、およびジェノゲストは、TNFαと E2 によ
り誘導される IL-8 遺伝子と蛋白の発現および NF-kB の活性化を抑制した。
インスリン抵抗性改善薬であるピオグリタゾンは PPARγのリガンドであり、NF-kB を介して
抗炎症作用を発揮することが知られている。そこで、内膜症治療におけるピオグリタゾンの有
用性について、内膜症間質細胞の IL-8 産生を指標に検討した。ピオグリタゾン添加は TNFα
により誘導される IL-8 蛋白発現を抑制し(図 2A)、リン酸化 IkB 蛋白発現には影響を及ぼさ
ずに核内 p65 蛋白濃度を減少させた(図 2B)。したがって、ピオグリタゾンは活性化 NF-kB
の核内移行をブロックして IL-8 産生を抑制するものと考えられた。
Ⅳ.まとめ
子宮内膜症細胞において、TNFαは NF-kB の活性化を介して IL-8 産生を誘導し、細胞増殖を
促進することが示された。エストロゲンは IL-8 産生を促進すること、GnRH アゴニストによ
る長期の低エストロゲン状態は TNFαに対する反応性を低下させることが判明した。プロゲス
テロンなどの内膜症治療薬は NF-kB の活性化を抑制し、PPARγリガンドは NF-kB の核内移行
を阻害することから、サイトカイン産生を抑制して内膜症治療薬となる可能性が示された。
1
2
3
4
5
NF-κB
p-IκB
0
5
10
20
30
60
1. Control
2. TNFα ( 0.1 ng/ml )
3. TNFα + anti-p50 ab
4. TNFα + anti-p65 ab
5. TNFα + cold probe
(min)
図 2-A 子宮内膜症細胞における TNFαによる NF-kB の活性化と阻害剤の効果
IL-8
28S
TNFα
TPCK
−
−
+
−
図 2-B
+
+
IL-8 ( pg/ml )
p < 0.05
4000
3000
2000
1000
0
TNFα
TPCK
− + +
− − +
TPCK 添加と IL-8 遺伝子および蛋白発現
*P<0.01
100
*
*
% Control
80
*
60
40
*
20
0
-
+
+
+
+
pioglitazone (μM) -
-
0.1
1.0
10
TNFα(100pg/ml)
P65 concentration (% Control)
図 3-A ピオグリタゾン添加と子宮内膜症細胞における IL-8 産生
100
p-IkB
IkB
50
*
*
0
TNFα(100pg/ml)
- - + +
- + +
pioglitazone (μM)
- + - +
- - +
*P<0.01
図 3-B ピオグリタゾン添加と IkB リン酸化および核内 p65 蛋白濃度