日本語教育国際シンポジウム「東南アジアにおける

日本語教育国際シンポジウム「東南アジアにおける日本語教育の展望」
主催:タマサート大学教養学部日本語学科
後援:国際交流基金,東芝国際交流財団,タイ国高等教育委員会事務局
協力:国際交流基金バンコク日本文化センター,タイ国日本語教師会,タイ国日本語教育研究会,北部タイ日本語教師会
1. 開催日・会場
平成 20 年 10 月 16 日(木)・17 日(金)
アンバサダーホテルバンコク
2. プログラム
【1 日目】平成 20 年 10 月 16 日(木)9:00-17:00 午前 1 階 ホール A
時間
9:00-9:30
午後 3 階 カタリヤー1,2,3
内容
開会挨拶
Assoc.Prof.Warintorn Wuwongse (日本語教育国際シンポジウム実行委員長)
(在タイ日本国大使館特命全権大使)
小町恭士氏
名女川文比古氏
(東芝国際交流財団専務理事)
9:30-10:30 基調講演
「日本語教育を巡る世界の動きと東南アジア
-グローバルな視点及びグローカルな視点から-」
嘉数勝美氏
(国際交流基金日本語事業部長)
10:30-10:45 休憩
10:45-12:45 パネルディスカッション
テーマ:「東南アジアにおける言語政策と日本語の位置づけ」
Nandang Rahmat, Ph.D.
Carmencita K.C.Biscarra
Zubaidah Ali
Hak Serey
Songphone Vannaphachone
Ngo Minh Thuy, Ph.D.
Assoc.Prof.Tasanee Methapisit
12:45-13:45
13:45-15:15
15:15-15:30
15:30-17:00
(Padjadjaran University, Indonesia)
(Nihongo Center Foundation/Japan Foundation, Manila)
(International Languages Teacher Training Institute, Malaysia)
(Royal University of Phnom Penh, Cambodia)
(National University of Laos, Laos)
(University of Languages and International Studies attached to
Vietnam National University, Hanoi)
(Thammasat University, Thailand)
昼食会 3 階 オーキッド 2 ※
研究発表①
休憩
研究発表②
【2 日目】平成 20 年 10 月 17 日(金)9:00-13:00 3 階 カタリヤー1,2,3
時間
内容
9:00-10:30 研究発表③
10:30-10:45 休憩
10:45-11:45 研究発表④
11:45-13:00 昼食会 3 階 オーキッド 2
※ポスターセッションは二日とも掲示いたしますが、1 日目の昼食会の時間だけ発表者が立ちます。
会場配置図
The Ambassador Hotel
171 Sukhumvit11, Bangkok 10110
Tel.02-254-0444
研究発表の部
【一日目】 10 月 16 日(木) 13:45-15:15
A 会場
タイ人日本語学習者の作文にみられた
漢字の書き誤り
1
-書き誤り率と学習期間及び
漢字テストの成績の関係を中心に-
佐々木良造 尾沼玄也 上野亮一
日本語漢字の形態と意味の
対連合学習に関わる学習者の認知的特性
2
-タイ語母語話者の
視・空間保持及び処理の観点から-
B 会場
C 会場
学習者の分析と評価を活用した
ビジネス日本語教育の試み
鈴木伸子
批判的ふり返りを取り入れた
実習生の力量形成プログラムの試み
-実習提携校における実践を事例として-
3
-親しい友人同士の雑談コーパスを中心に-
吉澤明子
日本語とタイ語の現場指示の対照研究
-聞き手の役割に注目して-
Saranya Kongjit
池田広子
松田佳子
タイ国内における
初級タイ人学習者の漢字意識
Somchai Chaiyaketanan
「そうですか」「そうなんですか」の機能について
海外日本語教育における文化学習のための
教室活動実践の具体化とその課題
-タイにおける「文化リテラシー」育成のための
教室活動実践-
日本語の移動動詞における
意味と構文について
Aradee Apiwongam
松井孝浩
研究発表の部
【一日目】 10 月 16 日(木) 15:30-17:00
A 会場
タイ人日本語学習者の誤用文の研究
-日・タイ異文化コミュニケーションの観点から-
4
5
6
Pakatip Skulkru
Somkiat Chawengkijwanich
Suneerat Neancharoensuk
Tasanee Methapisit Upawan Benjapokee
談話レベルで使用される
授受表現「~てくれる」と「~てもらう」の習得
-タイ人日本語学習者を対象に-
Tewich Sawetaiyaram
縦断的発話資料に基づく
授受表現の習得に関する研究
-授受補助動詞の脱落から-
大野直子
B 会場
C 会場
講義理解のためのストラテジーに対する
留学生の意識の変化
-学部留学生のケーススタディから-
山下直子 品川直美
外国語教師の役割に関する
タイ人日本語学習者のビリーフ
-大学における日本語主専攻を対象として-
Achara Ungtrakool
モダリティとしてヨ・ネ・ヨネを教える
水野吉徳
遠隔講義に於ける
日本語教育分野からのサポート
國弘保明 上野亮一 尾沼玄也
佐々木良造 八重樫理人 三好匠
Development of a Multimedia CD-ROM for
Thai Students at a Pre-advanced Japanese Level
Soysuda Na Ranong Somchit Siriratanawit
Noppawan Boonsom Suneerat Neancharoensuk
コミュニケーションとしての作文指導の必要性
-E メール文通活動を通して-
松尾憲暁
研究発表の部
【二日目】10 月 17 日(金) 9:00-10:30
A 会場
1
ノンネイティブ教師研修における
小規模・相互学習型アクション・リサーチの試み
八田直美
Prapa Sangthongsuk
母語話者・非母語話者教師の
協調実現に向けた教師養成の課題
2
-アジアにおいて
「日本語母語話者性」が意味するもの-
B 会場
C 会場
「ほめ」の日・タイ対照研究
タイの日本語教科書にみられる
スピーチレベルシフト
―目上の人の能力に対する「ほめ」の分析-
Bussaba Banchongmanee
タイ語と日本語における代名詞使用の比較
Kanok Ruggeratigul
大峯まどか
-社会言語学的視点からみた日本語教育へ-
村木佳子
タイ人向け日本語教科書『日暹會話便覽』・
『日泰會話』・NIPPONGO のことば
伊藤孝行
平畑奈美
3
タイ人教師による
日本語音声教育の現状調査
Yupaka Siriphonphaiboon
磯村一弘
Pakatip Skulkru
研究発表の部
5
Khwanchira Sena
JF 日本語教育スタンダードの開発
古川嘉子
【二日目】10 月 17 日(金) 10:45-11:45
A 会場
4
依頼場面における間接的発話行為
-タイ人日本語学習者と日本語母語話者との比較-
バンコクの国立大学の
日本語専攻カリキュラム及び評価基準の調査
Patcharaporn Kaewkrisdang
Supaporn Srisattarat
コア図式を用いた多義的基本動詞
「たつ」の意味記述と日本語教育への応用
小浦方理恵
B 会場
C 会場
タイ・日本間における
動態性の日本語教育の可能性
川上郁雄
牛窪隆太
継承語としての日本語教育のあり方を問う
-継承日本語教育のカリキュラム開発に向けて-
深澤伸子
不同意談話における理由の表し方
-日本語母語話者とタイ人日本語学習者との比較-
Poranee Pinunsottikul
スピーチにおける助詞「ネ」の使用頻度
Asadayuth Chusri
ご挨拶
Thammasat University
日 本語教育 国際シンポジ ウム実行委 員長
Associate Professor Warintorn Wuwongse
2006 年 6 月 23 日 及び 24 日の 2 日間,バンドン 市パジャジ ャラン大学に おきまして 東南
ア ジア日本語 サミットが開 催されまし た.私はタ イの代表と してサミットに参 加させ てい
た だきました .サミット閉 会の直前に 会場で次の 日本語教育 国際会議はどこでしまし ょう
か との質問が 出て,それに 対してタイ ではいかがで しょうとの お誘いの声 が上がりま した.
そ れから2年 ,今回 タイ国 におけるこ れまでで最 大の日本語 教育国際シンポジウムを 開催
で きますこと は非常に喜ば しく,また 誇らしいこ とです.本 シンポジウムでは 特別招 聘者
数 7 名(内訳 :日本,マレ ーシア,イ ンドネシア,フィリピ ン,ラオス,ガンボ ジア ,ベ
ト ナムより), 発表者数 33 名,参加者含め,総数 約 300 名と なっております.
本会議の実 施に大いな る支援を頂き ました国際 交流基金,財団法人東芝 国際交流財 団,
タ イ国高等教 育委員会、な らびに国際 交流基金バ ンコク日本 文化センターに対して感 謝の
意 を表したい と思います. お越し頂き ました在タ イ日本大使 ,特別招聘者の皆様,そ して
発 表者の皆様 ありがとうご ざいます.また,このた び,ご尽力 をいただきました実行委 員,
関 係者の皆様 にも,この場 をお借りし て御礼を申 し上げたい と存じます.ありがとう ござ
い ました.
i
シンポジウム開催に寄せて
国際交流基金 東南アジア総局 長
バンコク日本文化センター所 長 吉川 竹二
「東南アジ アにおける日 本語教育の展望」と題 して本シン ポジウムが 2 日間にわた り,
タ イ全国の参 加者,東南ア ジア諸国そ して日本か らも多くの 発表者が参加して開催の 運び
と なりました .その実現を ともによろ こぶととも に,開催に 尽力された関係者,すべ ての
支 援者の方々 に私からも こころより感謝申し上げ ます.
東南アジア では 40 万人 を超える日 本語学習者がいま,6 千人 の教師のも とで日本語 を学
ん でいます.その大半 は 10 代,20 代の若者で ,7‐8 万人が 大学生,30 万 人近くが高 校生
以 下です .ノ ンネイティブ の教師の皆 さんは,多くの課題に 取り組みつつ困難をのり こえ
な がら外国語 である日本 語を教えてお られること と存じます .また,日本人の先生方 の多
く は,異文化 の環境下で種 々の制約に 苦労しなが ら工夫をこ らして教鞭をとっておら れる
こ とと存じま す.次代を担 う若者が皆 さんに助け られて「日 本語」という新たな世界 への
扉 をひらくカ ギを手にし てくれる意義は,まこと に大きいと 思います.
国際交流基 金(The Japan Foundation)は,1972 年の設立以降一貫して 教師支援と とも
に 教材・情報 ・学習者の 支援の観 点か ら,海外の 日本語教育普 及事業を行ってきまし た.
最 近では,毎 年 12 月に実施 する日本語 能力試験の 内容改訂と 年 2 回実施化や日本語教 育ス
タ ンダード( 仮称)の提示 などこれら の実現に向 けて準備を 進めています.また,全 世界
の 日本語教育 機関を結んで 連携強化を はかる「さ くらネット ワーク」もスタートした とこ
ろ です.これ からも,海外 の教育現場 の状況をよ りよくする ための支援,そしてその 意義
を アピールし ていく必要 性と責任の重 さを実感し ています.
今回のよう な大規模で地 域的な研究 発表の機会は,参加者 の情報と知識 の交換にと どま
ら ず,所属機 関をこえ都市 をこえ国境 をこえた教 師間ネット ワークを促進するうえで 大き
な 役割をはた すものと確信 します.デ ジタル化し た社会,イ ンターネットが発展した 現代
に あっても, 会場に足を運 んで一堂に 会し,意見 と笑顔をか わすことから得られる情 報量
に まさるもの はないから です.
最後に,こ のような機会 をもうける ため,なが い時間を費 やして準備に 力を尽くさ れた
ワ リントン・ ウウォン准教 授をはじめ 主催者タマ サート大学 に深甚の敬意を表したい と思
い ます.そし て,バンド ンからバンコ クへとつな げられたこ の対話と交流の機会がさ らに
次 にひきつが れることを祈 りつつ,私の挨拶とさ せていただ きます.
ii
日本語教育国際シンポジウム
「東南アジアにおける日本語教育の展望」の開催にあたって
財団法人
専務理事
東芝国際交 流 財団
名 女川 文 比古
世 界で日本 語を学習する 人口は年々 増加してお ります.国際 交流基金の調査により ます
と 2006 年現 在,133 カ国 で約 298 万人が日本語 を学習してお り,これは 前回調査の 2003
年 と比較し 60 万人余りの 増加となっ ており ます.地域別でみると東アジア が全体の約 60%
を 占め,東南 アジアはこれ に次ぎ 15%,44 万人と なっており ます.
日 本語を学 習する目的は ,国や初等 ,中等,高 等,及び大学 といった教育段階によ って
異 なりますが ,従来は日本 との経済的 な繋がりが深化する中 ,就職や事業などの実利 的な
も のから日本 文学,芸術, 産業などの 学術的興味が主流でし た.しかしながら,近年 では
日 本のアニメ ,マンガか ら音楽,コン ピュータゲ ーム等,若 者の新たな関心の広がり が日
本 語を学ぶ動 機の一つに なっているよ うです.い うまでもな く語学はそれ自身が目的 にな
る こともあり ますが,多く はそれぞれ の人達がそ れぞれの目 的を達成するための手段 とし
て 学ぶ事の方 が多いので はないでしょ うか.一方 ,母国語以 外の言葉を外国語として 教育
す る場合,学 生にとって は何かを達成 するための手段である にせよ,語学教育として は,
言 語のみなら ず社会や文化 にかかわる 背景を教育 者がしっか りと理解していることが 求め
ら れます.ま さに言語学と 異文化コミ ュニケーシ ョンの双方 が不可欠なものとなりま す.
今 回の日本 語国際シン ポジウムは ,2006 年に インドネシ アで開催さ れた「東南アジ ア日
本 語サミット 」に引き続く ものと伺っ ております .ASEAN 諸国 をはじめとする東南ア ジア
各 国はそれぞ れが独自の文 化,伝統と 歴史を有し 多様な社会を 形成してお ります.よって,
日 本語という 言語を外国 語として学ぶ 場合,各国 それぞれの 教育機関が抱える課題や 問題
点 は一様なも のではないと 思います. しかしなが ら,各国の 関係者が研究交流を通し ,そ
れ ぞれが抱え る問題点を整 理するとと ともに,研 究者間のネ ットワークを常態化する こと
よ り日本語教 育のレベル向 上が効率的に図れるも のと確信い たします.
私ども東芝国際交流財団は,国際交流をすすめ対日理解の促進を図るとともに国際社
会 ・現地社会 に広く貢献す ることを目 的としてお ります.今 回のシンポジウムの開催 は私
ど もの財団の 主旨に叶い, また時宜を 得た企画で あると思い ます.シンポジウムの開 催を
企 画されたタ マサート大学 及び関係者 の皆様のご 努力に深く感 謝と敬意を表します.
iii
目次
ご挨拶
Warintorn Wuwongse
日本 語教育国際 シンポジウ ム実行委員 長
i
シンポジウム開催に寄せて
吉 川竹二 国 際交流基金東 南アジア総局長 バンコク日本文化センター所長
ii
「 東南アジア における日本 語教育の展 望」の開催 にあたって
名 女川文比古 財団法人 東芝国際交流 財団専務理 事
iii
基調講演
日 本語教育を 巡る世界の 動きと東南 アジア
- グローバ ルな視点及び グローカル な視点から -
嘉 数勝美 国 際交流基 金日 本語事業部 長
1
パネルディスカッション:
「東南アジアにおける言語政策と日本語の位置づけ」
イ ンドネシア における日本 語を中心と した外国語 教育の実情
Nandang Rahmat, Ph.D.
Padjadjaran University, Indonesia
5
フ ィリピンに おける言語 政策の動向 と日本語の 位 置づけ
Carmencita K.C.Biscarra Nihongo Center Foundation/The Japan Foundation, Manila
新 見康之 The Japan Foundation, Manila
栗 夏海
The Japan Foundation, Manila
9
マ レーシア中 等教育にお ける日本語 教育の展望
Zubaidah Ali
International Languages Teacher Training Institute, Malaysia
14
カ ンボジアの言語政策
Hak Serey
Royal University of Phnom Penh, Cambodia
18
ラ オスにおけ る日本語教 育の現状と 課題
Songphone Vannaphachone
National University of Laos, Laos
22
国 家レベルの 言語政策の動 向と日本語の位置づけ ―ベトナム のケース―
Ngo Minh Thuy, Ph.D.
University of Languages and International Studies attached to
Vietnam National University, Hanoi, Vietnam
27
タ イにおける 言語政策の 動向と日本 語の 位置づけ
Tasanee Methapisit
Thammasat University, Thailand
32
研究発表
【一日目】
A 会場
タ イ人日本語 学習者の作文にみられた 漢字の書き 誤り
-書き誤 り率と学習 期間及び漢 字テストの 成績の関係を 中心に-
佐 々木良造 (Malaya University)
尾 沼玄也 (拓 殖大学)
上 野亮一 (芝 浦工業大学)
39
日 本語漢字の 形態と意味の 対連合学習に関わる学 習者の認知 的特性
- タイ語母 語話者の視・ 空間保持及び処理の観 点から-
松 田佳子 (Thammasat University)
44
タ イ国内にお ける初級タイ 人学習者の 漢字意識
Somchai Chaiyaketanan (Chulalongkorn University)
49
タ イ人日本語 学習者の誤 用文の研究
- 日・タイ 異文化コミ ュニケーショ ンの観点か ら-
Pakatip Skulkru (Thammasat University)
Somkiat Chawengkijwanich (Thammasat University)
Suneerat Neancharoensuk (Thammasat University)
Tasanee Methapisit (Thammasat University)
Upawan Benjapokee (Thammasat University(ex-lecturer))
54
談 話レベルで 使用される授 受表現「~ てくれる」 と「~ても らう」の習得
- タイ人日 本語学習者を対象に-
Tewich Sawetaiyaram (名古屋大学)
59
縦 断的発話資 料に基づく授 受表現の習 得に関する 研究
- 授受補助 動詞の脱落 か ら-
大 野直子 (Srinakharinwirot University)
64
B 会場
学 習者の分析 と評価を活用 したビジネ ス日本語教 育の試み
鈴 木伸子 (立 教大学)
70
批 判的ふり返 りを取り入れ た実習生の力量形成プ ログラムの 試み
- 実習提携 校における実践を事例 として-
池 田広子 (お 茶の水女子 大学)
75
海 外日本語教 育における文 化学習のた めの教室活 動実践の具 体化とその課題
- タイにお ける「文化リ テラシー」 育成のため の教室活動 実践-
松 井孝浩 (早 稲田大学)
80
講 義理解のた めのストラテ ジーに対す る留学生の 意識の変化
- 学部留学 生のケース スタディから -
山 下直子 (香 川大学)
品 川直美 (国 際交流基金関 西国際セ ンター)
85
外 国語教師の 役割に関する タイ人日 本語学習者の ビリーフ
- 大学にお ける日本語 主専攻を対 象として-
Achara Ungtrakool (Chulalongkorn University)
90
モ ダリティと してヨ・ネ ・ヨネを教 える
水 野吉徳 (Naresuan University)
95
C 会場
「 そうですか 」「そうなん ですか」の 機能について
- 親しい友 人同士の雑談コーパスを 中心に -
吉 澤明子 (Thammasat University)
100
日 本語とタイ 語の現場指 示の対照研究
- 聞き手の役割に注目 し て-
Saranya Kongjit (Chiangmai University)
105
日 本語の移動 動詞におけ る意味と構 文について
Aradee Apiwongam (Payap University)
110
遠 隔講義に於 け る日本語 教育分野から のサポート
國 弘保明 (拓 殖大学)
上 野亮一 (芝 浦工業大学)
尾 沼玄也 (拓 殖大学)
佐 々木良造 (Malaya Univerisity)
八 重樫理人 (芝浦工業大学)
三 好匠 (芝浦 工業大学)
115
Development of a Multimedia CD-ROM for Thai Students at
a Pre-advanced Japanese Level
Soysuda Na Ranong (Kasetsart University)
Somchit Siriratanawit (Kasetsart University)
Noppawan Boonsom (The Japan Foundation,Bangkok)
Suneerat Neancharoensuk (Thammasat University)
120
コ ミュニケー ションとし ての作文指 導の必要性
-E メ ール文通活動を通して -
松 尾憲暁 (Suan Sunandha Rajabhat University)
127
研究発表
【二日目】
A 会場
ノンネイティブ教 師研修における小規模・相互 学習型アクション・リサーチの試み
八 田直美 (国 際交流基金日 本語国際センター)
Prapa Sangthongsuk (The Japan Foundation, Bangkok)
133
母 語話者・非 母語話者教師 の協調実現 に向けた教 師養成の課題
- アジアに おいて「日本 語母語話者 性」が意味 するもの-
平 畑奈美 (東 京大学)
138
タ イ人教師に よる日本語 音声教育の 現状調査
Yupaka Siriphonphaiboon (Kasetsart University/政策研究 大学院大学)
磯 村一弘 (国 際交流基金日 本語国際センター)
Pakatip Skulkru (Thammasat University)
143
バ ンコクの国 立大学の日本 語専攻カリ キュラム及 び評価基準 の調査
Patcharaporn Kaewkrisdang (Thammasat University)
Supaporn Srisattarat (Siam University)
148
コ ア図式を用 いた多義的 基本動詞「た つ」の意味 記述と日本 語教育への応用
小 浦方理恵 (Chiangmai University)
153
B 会場
「 ほめ」の日 ・タイ対照 研究
- 目上の人 の能力に対する「ほめ 」の分析 -
Bussaba Banchongmanee (Kasetsart University)
159
タ イ語と日本 語における代名詞使用 の比較
Kanok Ruggeratigul (Silpakorn University)
大 峯まどか (Silpakorn University(ex-lecturer))
165
依 頼場面にお ける間接的発 話行為
-タイ人日 本語学習者と日本 語母語話者との比較-
Khwanchira Sena (National Institution of Development Administration)
170
タ イ・日本間 における動態 性の日本語 教育の可能 性
川 上郁雄 (早 稲田大学)
牛 窪隆太 (タ イ早稲田日 本語学校)
175
継 承語として の日本語教 育のあり方を 問う
- 継承日本 語教育のカ リキュラム開 発に向けて-
深 澤伸子 (早 稲田大学)
179
C 会場
タ イの日本語 教科書にみ られるスピー チレベルシ フト
- 社会言語 学的視点から みた日本 語教育へ-
村 木佳子 (東 京外国語大学)
185
タ イ人向け日 本語教科書『日暹會話便 覽』・『日泰 會話』・NIPPONGO のことば
伊 藤孝行 (Thammasat University)
190
JF 日本 語教育スタ ンダードの開発
古 川嘉子 (国 際交流基金日 本語国際センター)
194
不 同意談話に おける理由 の表し方
- 日本語母 語話者とタ イ人日本語学 習者との比 較-
Poranee Pinunsottikul (名古屋大学)
199
ス ピーチにお ける助詞「ネ 」の使用頻 度
Asadayuth Chusri (早稲 田大学)
204
日 本語教育国 際シンポジ ウム出席者 名簿
209
日 本語教育国 際シンポジ ウム実行委 員会 名 簿
211
ポスター発表
自 習素材とし てのイーブッ ク
山 口正喜 ( サイアム大 学 ホテル観 光学科)
観 光日本語」 指導の可能 性 ~ 2550 年度タ マサート大 学における授 業例から~
武 井啓子 ( タマサー ト大 学教養学部 日本語学 科)
動 詞の教授法
加 藤陽一郎 タイ国立 ウド ンタニ経営 観光高専
E - Book Development: Kanji1 for Senior High School 1 st Year Students
Montawan Seangnont (Rittiyawannalai School)
The Japanese Languages Course for Ecotourism in Champi Sirindhorn Forest
Ilada Sarttatat (Tepsatri Rajabhat University)
The One-Year Japanese Program for Elective Course
Pattarasupar Sieangyai (Kanchanaburi Rajabhat University)
The Use of Authentic Materials in Japanese Class
Pinida Prachanuchit (Ramkamhaeng University Demonstration School)
An Exploratory Study of Teaching Japanese History in Japanese
Piyawan Asawarachan (King Mongkut’s Institute of Technology Ladkrabang)
日本語教育を巡る世界の動きと東南アジア
-グローバルな視点及びグローカルな視点から-
国際交流基 金日本語事業 部長
嘉数 勝美
1. 論旨
グローバ ル化の波は ,文字 通り世界の隅々にひたひ たと押し寄 せている観 がある.一般
に この現象に ついては,冷 戦構造崩壊 後の新たな 世界秩序構 築の潮流として歓迎され てい
る と言ってよ いだろう.イ デオロギー の違いを超 えてヒト・ モノ・カネ,そして情報 が縦
横 に行き交う ことが保障さ れ,そこか ら新たな機 会や価値を 創出する可能性が広がる と信
じ られている からだ.しか し,グロー バル化を問 題視するア ンチ ・グローバリゼーシ ョン
の 動きが同時 に認められ るのも現状で ある.グロ ーバル化が 前面で多様性を重視しな がら
も ,裏腹に「 グローバル・ スタンダー ド」なる新 たな画一性 を目論むパワー・ポリテ ィク
ス の存在を感 じさせるから だ.世界中 の誰もが発 展を享受す るという観点から経済活 動が
高 度化し,資 本・資源及び 情報の多寡 による競争 力学がかつ てない規模で働くことに よっ
て ,想像を絶 する格差も生 れている. その連鎖の 中で地球温 暖化に象徴される文字通 りグ
ロ ーバルな環 境問題が深刻 化している ことが,グ ローバル化の 功罪を問う 端的な例で ある.
い ずれにし ても,もは やグローバル 化の勢いは止められな いレベルにまで達してい る.
人 権の尊重, 恒久平和の追 求など,良 きグローバ ル化は進め ばよい.しかし,人類の 破滅
に つながる環 境破壊など,悪しきグロ ーバル化は 協力して押し 止めなけれ ばならない のだ.
そ の力が何か と問われれ ば,民族や国 家を超えた 相互理解の 増進と連携に尽きるだろ う.
相 互理解の増 進は,何より も相互のコ ミュニケー ションによ るものであるし,その具 体化
が 言語コミュ ニケーション ,言語教育 のグローバ ル化なので ある.英語が依然として 世界
最 大の国際語 であることは否めない が,英語が言語上唯一の「 グローバル・ス タンダー ド」
に でもなれば ,国際間の力 の均衡は間 違いなく崩 れる.した がって,言語の多様性, 換言
す れば,文化 の多様性が保 障されると いう前提で の多言語主 義とその政策化は,各国 がこ
ぞ って取り組 むべき国際 協調の第一歩 と言っても過言ではな い.グローバル化は国際 間だ
け に留まらず ,いまや国 内での日常生 活 (local) にも及んで いる.その意味で,多言 語化
は ,実はグロ ーカル (global + local)な社会にお ける自然な 営みである.世界におけ る日
本 語教育と, 東南アジア における日 本語教 育を, グローバル及 びグローカルな視点か ら鳥
瞰 することに よって,新た な展開の方 向性と可能 性を考察す ることとする.
2. 世界の日 本語 教育の現状
グ ローバル化 の勢いが加速 する国際社 会では,程度の差こそあれ,確実 に多言語化 が進
ん でいる.む ろん,英語が 最有力な国 際語である ことは揺る ぎない事実であるが,逆 説的
な 効果として ,多様性(ア イデンティ ティ)への 意識化と相 まって,世界各地で社会 の多
言 語化が同時 多発的に観察 される.こ の情勢に直 接,間接に 影響を受けた結果として ,日
本 語教育の国 際的な伸張も また顕著である.国際交流 基金(以下 ,
「基金」)の 2006 年「海
外 日本語教育 機関調査」に よって, 世界の日本語 学習者が約 300 万人に達する勢いで ある
こ と が 明 ら か に さ れ て い る .「 国 際 化 」 を 意 味 す る 語 彙 が “internationalize” か ら
“globalize” へと移行し 始めた 90 年 代初めから 加速度を増してきた結 果である (図1) .
日 本政府筋は ,この勢いに乗じて, 早々に学習者 500 万人達 成を目論んで,世界に 100 か
所 の日本語教 育拠点を設置 することを 声高に主張 している. ただし,その背景に,や はり
同 じ潮流の中 で急激な世界 展開を進め る中国によ る「孔子学院 1 」への対抗意識がある こと
1
2004 年 ,中 国 の 政 府 機 関「 国 家 対 外 漢 語 教 学 指 導 班 弁 公 室 」に よ っ て 世 界 展 開 が は じ ま っ た 中 国 語 ・
中国文化教育機関.その名づけは,ドイツの「ゲーテ・インスティトゥート」に倣ったもの.主に各国
の 大 学 と の 連 携 協 定 に よ り 運 営 さ れ , 中 国 側 か ら は 毎 年 の 事 業 費 の 20~ 30% が 拠 出 さ れ る . 2007 年 12
月 末 現 在 で , す で に 210 を 超 え る 協 定 が 締 結 さ れ , 日 本 で も 8 大 学 が 開 設 し て い る .
1
を 公言して憚 らないのであ るから,実 際はその本 音がグロー バルな視点での多言語化 への
対 応でなく,「 国益」とい う視点から であることは明らかで ある.
図1:日本語学習者の推移(1979-2006)
(人)
学習者の総 数もさるこ とながら,特 筆すべきは,その分布が やはり 90 年 頃を境に,高等
教 育から初中 等教育へ急速 にシフトし ていること である.こ れは,グローバル化に伴 い多
言 語教育を整 備・強化する ようになっ た国々で顕 著なことで あり,その主眼が言語教 育を
通 じた国際相 互理解の増進 であること が知られて いる.結果 として,教育内容の構成 が,
言 語知識を核 とする「文法 ・構造シラ バス」から ,言語運用 能力を核とする「概念・ 機能
シ ラバス」へ と移行する ことも至当な ことである .
3. 世界の言 語教 育の現状と動向
多言語教育 の政策化の好 例としては ,カナダや オーストラリ ア,またヨ ーロッパに おけ
る それぞれの 取組みを挙げ ることがで きる.前二 者は,国内 における多民族の健全な 共生
の ために多言 語主義 2 を国 是とした. このうち,オ ーストラリ アでは,2008 年 1 月の 政権
交 代によって ,前政権末 期に一時減速していた多 言語教育 に復 活の兆しが見られ,日 本語
教 育も再びそ の恩恵に浴す ことが期待 されている.一方,ヨ ーロッパ(以下の文脈に おけ
る 主体は「ヨー ロッパ評議会」)は,多民族の共生による域 内の統合と 発展のため に,多文
化 共生とは不 即不離の多言 語主義を掲 げ,しかも それが他の 国際間協調や連携にも資 する
と いう観点か らも,先 進的な政 策を立案・導入し ている.20 種 以上もの多様な言語共 同体
が 存在するヨ ーロッパの経 済的・文化 的統合を実 現するには ,一部特定の言語に特権 的な
地 位(公用語 としての指定 )を与えて はならず, むしろ,多 言語間の相互利用を促進 する
た めの共通の 言語能力基準 と,その運 用システム を確立する ことが必須となる.
その具体化が,1971 年 から 30 年の 研究と試行 を経て策定・導入された 「ヨーロッ パ言
語 共通参照枠 組み:Common European Framework of Reference for Languages (以下,CEFR)」
な のである.CEFR につい て特筆すべ きは,「共通 参照枠組み 」の背骨と なる「言語能 力例
示 記述文:can-do statements (以下,CDS) 」の 制定である .それは文 字通り,学習 者が
対 象言語 のさま ざ まな活 動領 域 (domain 3 )において, 何 が,どの よう に「でき る」 のか を
具 体的に例示 するものであ り,従来の 言語教育に おいて,レ ベルの設定及び評価が概 ね学
習 時間や習得 語彙数を基準 としたもの とは,根本 的に異なっ ている.また,学習者が 習得
し た言語能力を CDS に基づいて 客観的に証明 する 運用シ ステムとして <European Language
Portfolio>を 装備し,各自 の言語運用 能力が公的 かつ公平に 認定される権利を保証す るこ
と とした.
アメリカの 言語教育に おいても, 90 年代 以降,従前の英語一辺 倒 (English Only) から
2
厳 密 に 言 え ば , オ ー ス ト ラ リ ア の そ れ は 1987 年 以 来 の LOTE (Languages Other Than English) で
あ り , カ ナ ダ の そ れ は 1972 年 以 来 の 「 二 言 語 を 公 用 語 と す る 多 文 化 主 義 」 を 指 す .
3 「私的領域」
,
「 公 的 領 域 」,
「 職 業 領 域 」及 び「 教 育 領 域 」が 設 定 さ れ て い る .各 々 の 領 域 に ,
「 場 所 」,
「 機 構 」, 「関 係 者 」, 「事 物 」,「 イ ベ ン ト 」,「 行 為 」,「 テ ク ス ト 」 な ど の コ ン テ ク ス ト が 加 わ り , CDS の
カテゴリーが構成される.
2
英 語以外の言 語 (English Plus) への シフトが見 られるよう になり,1996 年に は CEFR 同
様 に CDS を踏 まえた言語 能力基準と してのいわゆ る “National Standards” が制定され
て いる.99 年 には日本語 教育にも適用されること となり,2003 年の基金調査の時点ま では
堅 調な学習者 増が見られ た.と ころが,この勢い が 2006 年の調査時には大 幅に減速し てい
る ことが判明 したが,その 主因の一つ に挙げられ ているのが,前出の「孔子学院」に 代表
さ れる中国政 府による中国 語教育の 大々的な 海外 展開なので ある.その推論の適否は とも
か く,端的に 言えること は,アメリカ 自身が国内 外の多言語 化に対して本格的な取り 組み
を 始めたとい うことに尽 きる.
4. 日本語教 育を 巡る国内の動向
では,日本 自身は国際 社会における 多言語化の 現象をどう 捉えているの か.反語的 に言
え ば,日本国 内において同 様の現象が 生起すると認識してい るのだろうか.現実には ,身
近 に多言語化 する要因がな いとは言え ないからだ.まず,現 在国内には 200 万人を超 える
「 在留外国人 」が存在する こと,次に 今後その数 が増えるで あろうことを政府自身が 認識
し ,すでに関 連する取組に 着手してい る事実がそ れを物語っ ている.いわゆる「少子 化」
と 「高齢化」 による日本 社会の委縮が 現実感とな って迫って いるため,政府は外国人 労働
者 への国内市 場開放をそ の打開策の 一手として打 ち始めた.2008 年 8 月,日・インド ネシ
ア 経済連携協 定(EPA)によって看 護師・介護福祉士への門戸が まず開かれた.今後,同種
の 外国人労働 者の受入れは ,他の国々 との間でも 進められよ うとしている.また,中 国の
大 々的な国際 的展開を見る につけ,日 本の国際的 プレゼンスが相対的に低下している とい
う 危機感から ,一時的な「 在留外国人 」の増大で はなく,新 たな国民及び国力の源泉 とし
て 「移民」受 入れを政策 的に図るべし とする政治 的な動きも俄 かに表面化している.
本来,この ように外国 人を積極的に 受け入れよ うとする際 ,多文化共生 の生起を前 提と
す れば,社会 の多言語化を も視野に入 れなければ ならないが,今のところ日本側には その
認 識はないと 言ってよい. 既述の例で は,日本語の習得を原 則とすることが共通して いる
か らである. いわば「同化」政策が その根底にあ るこ とは否め ない.一時的在留者に 対し
て 言語的に「 同化」を求め ることは妥 当としても,移民を受け 入れようとするのであれ ば,
む しろ「統合」的な政 策を採るべき である.すなわち,
「 新たな国民 」の 多様な文化 を自ら
の 「国家的資 産」または「 文化的資産 」に加えよ うという心 構えである.すでに多言 語化
に 対応した言 語政策を布く カナダやオ ーストラリ ア,ヨーロ ッパ諸国との対比からし て,
日 本政府の認 識には,いま ひとつ切迫 感が感じら れない.前 二者は,国内における多 民族
の 健全な共生 のために,ヨ ーロッパは 多民族の共 生による域内 の統合のために,それ ぞれ
多 文化共生と は不即不離の 多言語主義 を掲げ,し かも,それ が他の国際間協調や連携 にも
資 するという 観点から先進 的な政策を 立案・導入 しているか らである.然るに日本に は,
国 際的な文脈 において,日 本語教育は おろか,国 語教育にも ,また英語を筆頭とする 外国
語 教育にも, いまだかつて 言語政策な るものが存 在していな い.既述のように,海外 にお
け る日本語教 育が 90 年代 以降急速に 規模を拡大し,しかもグ ローバル化 と国内事情と によ
っ て,外 国人の受入れ が必至の状 況となって いるにも関わ らず,である.2005 年,基 金が
既 述の「ヨー ロッパ言語共 通参照枠組み (CEFR) 」をモデル として「日本 語教育スタ ンダ
ー ド」の構築 に着手した のは,日本社 会がそのよ うな現実と 必然性に直面していると いう
認 識からなの だ.
5. 日本語で 世界 と東南アジアを 繋ぐ
今やグロー バル化は,従 来の国際関 係の枠組み を大きく変 えようとして いる.
ま た,それぞ れの国内社 会においても グローバル化(=グロ ーカル化)がさまざまな 形で
表 れることが 推測できる.したがって,日本と世界 の関係も,日本と東南 アジアのそれ も,
遠 からず再編 や再構築が不 可欠となる であろう. むろん,ま ったく新たな国際関係( アイ
デ ンティティ )が生まれ る可能性もあ り得る.と りわけ,日 本自身が大きな変化と変 革の
波 に晒されて いることは, 前項で言及 したとおり である.ま ずインドネシアから,い ずれ
フ ィリピン, ベトナム,タ イなどから も,同様に 日本の専門 職域において相応の人々 を受
3
け 入れる計画 が進んでい る.ただし, この際に行 われる日本 語教育は,いまのところ 同化
的 対策である .同化的であ るというこ とは,言い 換えれば, それが過渡的な措置に過 ぎな
い ことを物語 っているとも 言えよう. そうである ならば,日 本が東南アジアとの間で 新た
な 関係を構築 したことには ならない.
一 方,日本 が歴史上初め て「移民」 を受け入れ ようという構 想が生まれる背景には ,も
は や日本自身 がその民族 的・文化的単 一性の濃さ に拘泥して いられない状況に立ち至 って
い るというこ とにほかな らない.移民 受入れを国 力再生の起 動力にしようとするので あれ
ば ,多文化共 生が日常化し た民族複合 型国家の対 策や現状に 倣い「統合型」の政策を 導入
す べきであろ う.この際, 日本語教育 も新たに加 わる言語群 との関係における相対的 な機
能 を加味した ものに変革さ れるべしと ,これも史 上初と言うほ どの覚悟が 必要なので ある.
い わゆる日本 語の「第三の場 4 」を 想定した画 期的な取組 みの必然性 を意味する .そ の最も
有 効な前例が ,CEFR を創出 して新たな 国際間の連携・統合(アイ デンティテ ィ)を推 し進
め るヨーロッ パでの取組みと言って よい.
「日本語教 育スタンダ ード」の構築 を始めて間 もなく各国 の関係者との 間で共通関 心事
と なったのが ,東アジア経 済圏を視野 に入れた「 東アジア共 通言語参照枠組み」の構 想で
あ る.韓国語 ,中国語及び日本語の 3 言語による 限定的な枠組 みであるが,それぞれ の学
習 シラバス・ カリキュラ ムや言語テス トにおける CEFR のコ ンセプトの採り入れは, いま
だ 個別にでは あるにせよ,具体化が進 んでいる.すなわち,い ずれにおいても CEFR の国際
的 な普遍性が すでに認めら れているか らであろう.これをさ らに「東南アジア」,ひい ては
よ り広域の「 アジア」にま で敷衍して ,ヨーロッ パのそれに匹敵する共通言語参照枠 組み
を 拡大するこ とによって, 日本語を含 む各言語の 使用領域を 広め,国際通用性を高め る相
乗 効果を期待 するのは,私 一人ではな いと思う.
参考文献
嘉 数勝美(2006)
「 ヨーロッ パの統合と 日本語教育―CEF(「ヨー ロッパ言語教 育共通参照 枠」)
を めぐって ―」『日本語 学 第 25 巻 13 号』明治 書院.
国 際交流基金(2008)『海 外の日本語 教育の現状=日本語教育 機関調査・ 2006 年』.
国 際交流基金・ヨー ロッパ日本 語教師会(2005)
『ヨーロ ッパにおける日本語教育 と Common
European Framework of Reference for Languages』.
西 川長夫,渡 辺公三,ガバ ン・マコー マック(1997)『多文化主義・多言 語主義の現在 』
人 文書院.
吉 島茂,大橋理枝(2004)
『 外国語教育 Ⅱ―外 国語の学習,教授,評価の ためのヨーロ ッパ
共 通参照枠 ―』朝日出 版社.
Lo Bianco, J. (1987), National Policy on Languages , Australian Government
Publishing Services.
Lo Bianco, J., Crozet, C. & Liddicoat. A. J. (1999) , Striving for the Third Place
-Intercultural competence through language education, Language Australia.
4
現 在 の オ ー ス ト ラ リ ア の 言 語 政 策 を 提 唱 し た Lo Bianco な ど に よ る 考 え 方 . あ る 言 語 に つ い て 母 語
話 者 と 非 母 語 話 者 が 共 有 ・ 共 感 す る 言 語 使 用 の 場 を 指 す .と り わ け ,言 語 と 文 化 と の 相 関 が 重 視 さ れ て
いる.
4
インドネシアにおける日本語を中心とした外国語教育の実情
Nandang Rahmat,Ph.D(Padjadjaran University,Indonesia)
1.はじめに
外国語教 育という点 から見ると ,イ ンドネシア 人が最初に 出会った外国語はインド ネシ
ア に支配者の ことばとして 入ってきた オランダ語 でした.し かし,どんな社会階層の 者で
も 学校教育を 通じてオラ ンダ語を学ぶ 機会があっ たわけではあ りませんでした(のち によ
り 幅広い階層 の者も学べる ようになり ましたが). オランダ語 を学ぶこと が許されたの は,
貴 族階級だけ でした.オランダ の支配はお よそ 350 年に わたって続 き,日 本軍が軍政 (1942
年~1945 年)を開始する 1942 年まで,オランダ語は植民地政府 の公用語であり続けまし た.
イ ンドネシ ア語が 1945 年憲法(イ ンドネシア建 国時に公布 された憲法)によって正 式に
イ ンドネシア の共通語に定 められる以 前から,イ ンドネシア人 はリンガ・フ ランカとし てム
ラ ユ語を使っ ていました. ムラユ語は インドネシ ア語の原型 となる言語です.そして ,イ
ン ドネシアが まだオラン ダの支配を 受けていた 1928 年,「青年 の誓い」に ,インドネ シア
語 という概念 があきらかに され,この ことばをイ ンドネシア民族の統一言語にしよう とい
う 誓いが盛り 込まれまし た.
日 本軍政期 ,日本語はオ ランダ語に 代わって公 用語となり ました.また,日本軍政 府は
イ ンドネシア 語の公式な使 用も認めま した.この 時期に一般 庶民も初等教育を受けら れる
よ うになり,イ ンドネシア 人は学校教 育を通じて日本語を必修 することに なったわけ です.
2.日本軍政期の日本語教育
日本 軍 政 は , 日 本 語 教 育を 初 等・中 等 教育 で 行 い ま し た. こ の 時 代 の高 等 教 育機 関 の 学
問 分野は,ま だ理工学系に限られて いた ため,日 本語が大学で 教えられるということ はあ
り ませんでし た.この時期 の初等教育 における日 本語教育に はかなり多くの授業時間 数が
割 かれていた ようです.当 時の日本語 教育の成果 は,生徒た ちが日本語で書かれた学 校新
聞 や雑誌など を読み,理解 することが できたとい う元生徒の 話からも,かなり高いも ので
あ ったことが わかります.
ど のような 教育方法をと れば,その ように短期 間で日本語を 習得できたのでしょう か.
当 時は,現在 知られてい る,間接法, 直接法,サ イレント・ウ ェイ,コミ ュニカティ ブ・ア
プ ローチその 他のさまざ まな教授法 も生まれ てい ませんでした .また,視聴覚教材を 使う
LL 設備 や,近年盛んになってき た,IT 技術を用い たeラーニ ングも当然ありませんで した.
当 時の日本語 の先生はす べて日本人で あったとい われています から,考えられる方法 は,
日 本の国民学 校の教科書を 用いて教え ることです.さらに, 軍政期の状況下ですから ,軍
隊 的規律を持 って教育され たのではな いかと思い ます.現在 ,日本語ができることは 就職
な どで有利に なりますが, オランダ支 配の時代に も,オラン ダ語ができることは社会 的に
よ い地位を得 ることに結び つきました.しかし, 日本軍政は 4 年間と短か ったことも あっ
て ,日本語能 力の獲得が職 業などに直 結したかど うかはわかり ません.ただ,この 4 年間
で 日本軍政は ,国民学校か ら師範学校 までの初等 中等教育制 度を整え,日本語の教育 を行
い ました.日 本軍政期に日 本語教育を 受けた人の 中には,イ ンドネシア独立後,高等 学校
で日本語の科目ができると,日本語担当の教師になった人も見られます.
当 時の日本 語教育と現在 の日本語教 育とは,学 習者の年齢も 異なっているので一概 には
比 べられない とはいえ,現 在のように 多くの先進 的な教育法 や機材,教具,選択肢が たく
さ んある教科 書類があっ て,教師 も日 本やインド ネシアで行わ れる国際交流基金の研 修に
大 部分が参加 しているとい う恵まれた 教育環境に ありながら ,日本語能力試験の 1 級 はお
ろ か 2 級の合 格者もわず かに過ぎない というよう に,教育成 果に充分に反映されてい ない
と いう皮肉な 状況にあり ます.一方, 日本軍政期の日本語教 育は,現在と比べてすべ てに
5
お いて限られ た状況であ ったはずなの に,学習成 果から見れ ば現在よりはるかによか った
と いわざるを 得ません.
現 在の日本 語教育の問題 点を知るに は,教師, 学習者,教材 ,教育施設および設備 ,社
会 状況,そし て外国語教 育政策(こ の場合 日本語 教育政策など での教育文化省の後押 し)
の 欠如などの 点のどこに問 題があるの かを考えな ければなら ないと思います.
3.インドネシア独立後の日本語教育
インドネ シアの大学 のほとんど はインドネシ ア独立後に 設立されま した.総合大学とし
て インドネシ アで最初に日 本語教育が 開始された のは 1963 年,パジャジャラン大学に おけ
る ものです. 高等教育に日 本語教育が 取り入れら れたのは, 日本語を通して日本の優 れた
点 を学び,イ ンドネシアの 発展に寄与 する人材を 育成するこ とが目的でした.大学の 指導
部 は,日本が 短期間で経 済を立て直 した ことから ,その精神と 背景にある文化を知る 必要
を 感じ,日本 語学科を開 設したのです .
そ の後,い くつもの大学 に日本語学 科が開設さ れますが,そ れぞれに特徴を持って いま
す .たとえば 日本文学と文 化に重点を 置いたもの,日本から の観光客が増加すること を見
越 して観光関 係の日本語に 重点を置い たものなど もできまし た.そのようにインドネ シア
に おける日本 語教育,日本 学教育は, 社会の要請 に従って発 展していったもので,マ レー
シ アのルック・イースト政 策のような 政府の直接的 関与で行わ れたもので はないので す.
1970 年代に入る と,イン ドネシ アの経済成長 にともなっ て,インドネシア政府も日 本の
企 業の投資を 奨励しまし た.この時期 に投資が盛 んに行われ ,技術者などの専門家も 多く
派 遣されてき ました.そし て通訳の需 要が高まり ,それが各 地の大学の日本語学科の 設立
に 拍車をかけ ました.つま り日本語学 科の設立に は,理想や 学問よりも実利的な面が 作用
し ていたわけ です.です から,日本語 は,日本人や日本につ いて深く知るための手段 では
な く,仕事を得 るための道 具と見られ ていたわけで,現在の状 況もこれと 大差ありませ ん.
4.高等学校の日本語教育
高等学校 では,英語が第 1外 国語として 教えられてい ますが,第 2 外国語 として,フラ
ン ス語,ドイ ツ語,日本 語などが教え られていま す.インド ネシアの高等学校教育は おお
む ね,理科系 ,社会系,外 国語専修系 の3学科に 分けられて います.現在インドネシ アで
日 本語を教え ている高校 数はかなりの 数があって ,外国語専 修系では週9コマ(1 コ マ4
5 分)教えら れています. 理科系,社 会系の第2 外国語選択 必修としては週2コマ程 度で
す .レベルは 入門程度であ るのが一 般的です.
国 立大学の 入試に際して ,高校の外 国語系で学 んだ受験者に とって問題となるのは ,こ
れ らの生徒は 高校で社会 系の科目数が 少ないにも かかわらず,受験科目は社会系の受 験者
と 同じ受験科 目を受けな ければならな いという点 で不利にな ることです.なぜ国がこ のよ
う な政策をし ているのかは わかりませ んが,公平 性を欠く感じ がします.
と ころで, 高校の外国 語系の学科の 出身者の大 学の日本語 学科での傾向として,理 科系
や 社会系の学 科の出身者と 比して,成 績がいいの は最初の学 期だけで,その後はほか の学
科 からの出身 者のほうが よい成績にな っていく傾 向が見られ ます.
高 等学校の 日本語教師は 一般に教育 大学の卒業 生です.授 業の質の向上などの教 授 に関
す る問題や教 材開発など は,各学科ご との教師で 組織される 教師会(MGMP)の活 動に
参 加していま す.この活動 のための費 用は学校か ら出る場合 も,国際交流基金から援 助を
受 ける場合も あります.全 国規模の高 校日本語教 師教育や研 修のほうは,国際交流基 金が
よ り頻繁に行 っています. その意味で 国際交流基 金の協力へ の依存度はとても高いと いえ
ま す.
高 校の日本 語教育では, 国際交流基 金のジュニ ア専門家の方 々が巡回指導以外にも ,高
校 教師の勉強 会や日本文 化祭等のいろ いろな分野 の活動にわ たって,日本語教育を牽 引し
て くださって おり, その存 在は大変大きいもので す.
6
5.大学での日本語教育
大学にお ける日本語 教育は大学 の種類で2つ に大別でき ます.その2種とは総合大 学と
教 育大学です .これ以外に も外国語大 学校といっ た種類があ ります.外国語大学校の 日本
語 教育は,日 本語運用能力 の養成プラ ス観光分野の知識の獲 得のようなことに力点が 置か
れ ています. ここでは,総 合大学と教 育大学にお ける日本語 教育に限って述べること にし
ま す.
総 合大学で の日本語教 育には3つの コースがあ ります.それ は,3年制ディプロー マコ
ー スという, 学位取得を目 指さない コース,それ から,4年制 学士課程,そして大学 院修
士 課程(2年 )と博士課程(3年)です. 教育大学に は,ディプ ローマコースは設置され ない
の が普通です .
デ ィプロー マコースで は,実用日本 語が中心に 教えられて います.そのため,言語 学の
基 礎理論や一 般科目の比重 は,必修単位数110単位 の20%ほどに 抑えられて います.デ
ィ プローマコ ースは大学に よって,観 光日本語, 翻訳,ビジ ネス日本語などの特徴づ けが
な されていま す.
学 士号取得 を目指す4年 制課程では,日本語 能力養成系 の科目は第 6 学期までで ,第 7,
第 8 学期から は,大学によ って,日本 語学,日本 文学,日本 史,観光の日本語などの 専門
科 目が教えら れます.一般 的に各大学 とも 1 学科 につき,たと えば日本語学と日本文 学と
い ったように 2つの専攻が 用意され ています.履 修単位数は 144 単位から 150 単位ぐ らい
で す.卒業論 文を日本語で 書くかイン ドネシア語 で書くかは 大学の方針によって異な りま
す.
教 育大学系 の大学の日本 語教育の行 われ方は総 合大学の場合 と多少性質が異なって いま
す .教育大学 の基本的使 命は,高等学 校の日本語 教師を養成 ,輩出することですから ,教
育 カリキュラ ムも日本語 教育に力点がおかれてい ます.です から 卒業論文の内容も当 然,
イ ンドネシア の日本語教 育の問題に関 連するもの が多くなっ ています.
6.大学院の日本語研究
総合大学および教育大学の大学院で日本語関係の修士課程を持っている大学はパジャ
ジ ャラン大学 とインドネシ ア教育大学 です.パジ ャジャラン 大学は日本語学専攻課程 ,イ
ン ドネシア教 育大学は日本 語教育専攻 過程です. この二つの 大学はともにバンドゥン にあ
り ます.日本 語学専攻の博 士課程を有 している大 学は現在の ところパジャジャラン大 学だ
け です.(一般言語学の中 で個別言語 を扱うことが できる大学 はあります .)
イ ンドネシ アで日本語 専攻の修士課 程を開設す るための主 要条件は,この分野の博 士号
取 得者が3名 以上いるこ とです.博士 課程開設の ためにはさ らに,教授 2 名以上が必 要で
す .日本語学 分野での教授 がいないう ちは,他の 言語学分野 の教員に論文指導など協 力を
仰 ぎます.教 授の不足を補 うために国 際交流基金の助成プロ グラムで日本から客員教 授に
来 ていただい たこともあ ります.
パ ジャジャ ラン大学の大 学院組織に ついて説明 を加えます と,大学院の運営母体は 2 つ
あ ります.ひ とつは大学の 直轄組織に よる運営, もうひとつ は文学部による運営です .大
学 直轄組織に よる運営の大 学院修士課 程と博士課 程には日本 語学の講義はありません が,
学 生は日本語 に関する論文 を書くこと が可能です .文学部が 運営する大学院には日本 語学
関 係科目が設 置されてい ます.また, 文学部が運 営する博士 課程は By Research プロ グラ
ム というもの で,授業は なく,学生 は 3 名の指導 教官の指導の もとに博士論文に関連 する
課 題研究と発 表を行いな がら,博士論 文提出資格を取り,論 文を執筆します.修士論 文,
博 士論文とも にインドネシ ア語で執 筆します.
イ ンドネシ ア教育大学の 修士課程は,日本語教 育研究分野 により力点を 置いていま す.
講 義の内容も インドネシア の日本語教 育の問題の 研究などが 中心になっています.こ れら
二 大学以外で も,一般言 語学の修士課 程,または博士課程で あれば,日本語をテーマ とし
7
て 論文を書く ことは可能で す.ただし ,この場合 は日本語学 を専門としない教師ない し教
授 の指導を受 けることにな ります.
な お補足で すが,インド ネシアの大 学院運営は,国からなん らの補助も受 けることな く,
独 立採算制で 運営されて います.
7.終わりに
終わりに ,イン ドネシアの日本語教育に おいて,最も重要な問題のひとつである資 金の
問 題について触 れます.こ こでいう資 金とは研究 や教育の質の 向上のための資金のこ とで
す .インドネ シアの日本 語教育にかか る費用のほ とんどは, 国や大学の補助によるも ので
は ありません .たとえば研 究費を国と か大学から 得るには, 他学部や他大学との競合 を勝
ち 抜くために 多大な努力を 要します. 外国語教育の重要性は そこまで国に認められて いな
い ように思わ れます.政府 は国の進歩 への発展へ の寄与がは っきりわかる理科系の分 野を
優 先させてい るようです. ですから, 国際交流基 金の日本語 教育分野への資金その他 の援
助 は大変意味 があります.しかしなが ら,基金の 援助にもい ろいろ制約もあるでしょ うか
ら ,基金に頼 り続けるこ とはよくない のではない かと考えま す.
参考文献
イ ンドネシア 日本語教育学 会・国際交 流基金・パ ジャジャラン 大学日本語研究センタ ー
『Southeast Asia Summit on The Japanese Language Education:National Academic
Conference 2006 on The Japanese Language Education in Indonesia (東南アジア日本
語 教育サミ ット報告書)』.
国 際交流基金(2006)『日 本語教育論 集 世界 の日 本語教育』 第 16 号.
藤 原雅憲・ 堀 恵子・西村よ しみ・才田いずみ・内 山潤編(2007)『大学に おける日本語 教
育 の構築と 展開 大 坪 一夫教授古希 記念論文集 』シリーズ 言語学と言語教育 10 ひつ じ
書 房.
Keputusan Menteri Pendidikan dan Kebudayaan Republik Indonesia Nomor 223/U/1998
Tentang Kerjasama Antar Perguruan Tinggi.
Peraturan Pemerintah Republik Indoensia No.60 Tahun 1999 Tentang Pendidikan
Tinggi.
連絡先
Department of Japanese Language Studies, Faculty of Letters,
Padjadjaran University
Jl. Raya Jatinangor Km.21, Sumedang, Jawa Barat, Indonesia
Tel/Fax: + 62-22-7796388
Email: [email protected]
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フィリピンにおける言語政策の動向と日本語の位置付け
Carmencita K.C.Biscarra(Nihongo Center Foundation/The Japan Foundation, Manila)
新見康之 (The Japan Foundation, Manila)
和栗夏海 (The Japan Foundation, Manila)
1.はじ めに
フィリピン は約 7,000 の 島からなり ,約 140 の言 語が存在す る多言語国 家である 1 .全国
共 通言語とし ては,フィ リピノ語と英 語があり, 両言語は共 に生活・教育・経済・政 治な
ど 様々な場面 で使用され ている.英語 に関して言 えば,外国 語としてではなく,第二 言語
( 人によって は母語)とし て浸透し ている.
こ のような 言語環境の元 で,国家レ ベルの言語 政策の中に日 本語を含む外国語は位 置づ
け られていな い.つまり, 政府は外国 語を重要視しておらず ,言語政策の議論の中で 取り
上 げられてい ないのであ る.
で は,フ ィリピン で日本語教 育が行われて いないのか というと,そ うではない.2006 年
度 の国際交流 基金海外日本 語教育機関 調査の結果 によると, フィリピンにある日本語 教育
機 関は 155 機 関で,学習者数は 18,199 人 である.学習 者数は,世界 133 の国,地域の 中で
16 位で あり,決 して少な い数ではな い.学 習者数の内 訳を機関別で 見ると,初 中等教 育機
関 が 2,251 人と少なく, 続いて一般 教育機関が 6,550 人,そして高等教 育機関が最 多の
9,398 人 である.
しかし,日 本語のレベル は高くなく ,ほとんどが初級前半 で学習を終え ている.例え ば,
学 習者数が最 も多い高等 教育機関では,選択外国語科目としての 履修が 中心で,50 時 間~
100 時間程度,多くても 200 時間程度学ばれ ているだけ である.
本発表では ,なぜフィ リピンでは, 国家レベル で日本語を 含む外国語教 育が言語政 策の
中 に取り入れ られないのか,と いうことを報 告する.
「言語政 策の中に日 本語が位置づ けら
れ ていない」 のは,他の東 南アジア諸 国と比較す ると非常に 特異なことである.フィ リピ
ン の言語政策 を考察する ことは,フィ リピンの日 本語教育の 現状や問題点を理解する ため
に 役立つのは もちろんのこ と,他の東 南アジア諸 国の日本語 教育をより深く理解する 鍵に
な るのではな いだろうか.
2.フィリピンの言語政策
ま ず以下にフ ィリピンの言 語政策の 流れを記した い.
2.1 言語政 策の歴史
2.1.1 ス ペイン植民地時代以前:~1565 年
フィリピン は 16 世紀か ら 19 世紀末 までほぼ 300 年間スペインの植民地 であったが ,そ
れ 以前の 14 世紀末にミン ダナオ島に イスラム教が 伝えられ普 及すると共 に,コーランを読
むためにアラビア語が必要になった.その時から現在まで,イスラム教の教えを学ぶ
「Madrasah」 ではアラビア 語が使われ ている.
1
フ ィ リ ピ ン は ア ジ ア 大 陸 の 南 東 方 に あ る 島 国 で あ り ,主 要 な 島 は ル ソ ン 島 ,ビ サ ヤ 諸 島 と ミ ン ダ ナ オ
島 で あ る .マ ニ ラ 首 都 圏 の 位 置 す る ル ソ ン 島 で 主 に 使 わ れ て い る 言 語 は , 話 者 が 一 番 多 い タ ガ ロ グ 語
の他にイロカノ語,ビコル語,及びパンパンゴ語がある.ビサヤ諸島では大多数の者はセブアノ語,
ヒ リ ガ イ ノ ン 語 と ワ ラ イ 語 の 三 つ の 言 語 を 使 用 し て い る .ま た ,ミ ン ダ ナ オ 島 で は ル ソ ン 島 ,ビ サ ヤ
諸 島 と 同 様 に 少 数 言 語 が 多 数 あ り ,マ ラ ナ ウ 語 ,マ ギ ン ダ ナ ワ ン 語 ,タ ウ ス グ 語 が 最 も 話 さ れ て い る .
し た が っ て ,同 じ フ ィ リ ピ ン 人 で あ っ て も 使 用 す る 土 着 語 が 違 う な ら ,必 ず し も お 互 い を 理 解 で き る
わけではない.
9
2.1.2 スペイ ン植民地時 代:1565 年~1898 年
フィリピン はおよそ 300 年ほどスペ インの植民 地であった.そのため ,ルソン島と ビサ
ヤ 諸島の低地 地方で話され ていた土着 諸語にスペ イン語の語 彙が取り入れられるよう にな
っ た.1863 年を始まり として,小学校 を組織した り教師養成 学校を設立したりするこ とは
キ リスト教を 普及すると いうスペイン の大きな目 的であった.
しかしなが ら,全国でスペイン語が話せた のは少数で,エリ ートの一部 にすぎなか った.
2.1.3 アメリ カ植民地時 代:1898 年~1942 年 1 月
20 世 紀の初め,フィリ ピンがアメリ カの植民地 になったこと は国内の教育の発展に 大き
「Thomasites」と呼 ばれる教師 がフィリピンに派遣され ,公
く 影響したと 考えられて いる.
教 育が展開さ れた.学校 現場では,ア メリカのカ リキュラム が手本となり,英語を使 って
授 業が行われ るようになっ た.英語は ,職業訓練としてフィ リピン人を育成し,多言 語国
家 のフィリピ ンの人々を結 ぶための共 通の言語に もなった.
しかしその 一方,英語の 普及でフィ リピン人の 民族意識が 高まり,国語 を制定しよ うと
い う動きが生 まれた.その結果 ,1937 年に首都 圏を中心に 話されてい る「タガ ログ語」が
「 国語」とし て定められ ,1940 年に公用語 になった.
2.1.4 日本占 領時代:1942 年 1 月~1945 年 8 月
1942 年,日本が フィリピンを 占領し日本 語が 1943 年 から学校教 育において必 修とされ
た .しかし,同年 10 月日 本の軍政が終 了し,以後 選択外国語 科目として 日本語が教え られ
る ことになっ た.日本語が 必須とし て教えられた のは,1 年足らず のことであっ た.
この間も英 語は政府や商 業の場で 使用し続けら れた.
2.1.5 独立以 後:1946 年 7 月 4 日~
1946 年に国家が 独立後,再 び学校現場では英語が媒体として使 われ,社 会の様々な分野,
例 えばマスメ ディアや教会 でもフィリ ピン風の英 語が広がり ,英語は徐々にフィリピ ンの
第 二言語とし て発展した.
1957 年には,公 立学校での教 室用語とし て土着語の 使用が認めら れた 1 .
1959 年,タガロ グ語話者以外 の強い要望により,国 語が「ピリピ ノ語(Pilipino)」に
名 称が変更さ れた.さら に愛国主義の 高まりによ りフィリピン人のアイデンティティ ーを
高 めたいとの ことから教育 にピリピノ 語をもっと 取り入れる ことになった.
1969 年には,フィ リピン教育大統領諮問委 員会において,これまで 教科目の一 つであっ
た ピリピノ語 を教育用語と して英語と ともに使用 する「バイ リンガル教育政策」が決 定さ
れ た.
1973 年憲法には,国会が権限 をもって国語 の開発・制 定に着手す べきと記さ れており,
そ の国語であ るピリピノ語 はフィリピ ンのすべて の言語に基 づいて開発されなければ なら
な いと定めら れている.さ らにピリピ ノ語と英語を これまでと同じく継続 して公用語 に指
定 している 2 .
1974 年の憲法公 布によりバイ リンガル教 育政策 が実 施され,小学校とハイスクール では
文 科系教科は ピリピノ語を ,理科系教 科は英語を教育用語とし て使用されることになっ た 3 .
1987 年に国語の 表記が「ピ リピノ語(Pilipino)」から「フィリ ピノ語( Filipino)」に
1
当時の学年による教室用語は以下の通りである.
・ 小 学 校 1・ 2 年 - 土 着 語 . 英 語 は 別 科 目 .
・ 小 学 校 3・ 4 年 - 英 語 . 補 助 言 語 は 土 着 語 .
・ 小 学 校 5・ 6 年 - 英 語 . 補 助 言 語 は タ ガ ロ グ 語 ( 国 語 ).
2
同 年 ,ス ペ イ ン 語 を 第 3 の 公 用 語 に 指 定 し て い る .こ れ は 現 在 な お 効 力 を 有 す る 法 律 に ,ス ペ イ ン 語
で書かれたものが残っているためである.
3
非 タ ガ ロ グ 圏 で は 1974- 1978 年 ま で を ピ リ ピ ノ 語 使 用 に 備 え る 期 間 と し , 段 階 的 に ピ リ ピ ノ 語 を 使
用することとされた.
10
変 更された.これはタガロ グ語にな い「F」の音が 非タガログ 語圏の言語では可能なこ とに
よ る 1.
1988 年,政府と してフィリピ ノ語を普 及 し た い と考 え , ア キ ノ 大 統 領 は「 公 務 の 処 理,
情 報,文通に はフィリピノ 語を使用す るべし」と いう大統領 命令を出した.
しかし,2003 年,現 在のアロヨ大統領は ,国 の 経済の発展の ために英語 を優先する 方が
技 術革新に適 応した就労 機会の創出に つながると考え,英語 を教育現場の媒介 語とし て強
化 する旨の大 統領命令 210 号を出した .この政策 は多くの教 育者や文学 界の著名人に 反対
さ れて,「第 13 回上院議 会」で否決 された.
2.2 概約
以 上,フィ リピンの言語 政策を概観 してきたが ,一言で言う と常に「タガログ語対 非タ
ガ ログ語」「フィリピノ語 の制定」「英語の位置付 け」に追わ れてきたと 言える.
「フィリピ ノ語」に関し ては,現在も なお全国民 が不自由な く使用でき るだけの確固 たる
「 国語」とし て浸透しき れていない.これは,各地 域独自の言語 を推進する動きと同時 に現
実 問題として,地方の人々 にとっては母語に加え ,人によっては地方での共通語,さら に英
語,フィリピ ノ語と多数の 言語を身に つけなけれ ばならず,言語の負担が大きいことに よる
と 考えられる.
また,英語の 位置付けの 高さもしば しば取り上げ られている.アメリカの 植民地時代 以降,
特 に教育現場 で英語の影響 力が強く, それが現代 でも名残と なっている.さらに,英 語が
現 代でも世界 の共通語とし ての地位に あることか ら,海外就 労者が国内経済に大きく 寄与
し ているフィ リピンでは, 政府は英語 の素地を活 用してさら に海外就労を推進する意 向が
強 い.それに より外国語と してではな く母語と同 じ程度に重 要視されている.
このように,フィリピン の言語を取 り巻く状況は 非常に複雑 であり,日 本語を含む外 国語
が 国家レベル の言語政策を 議論する上 で注目され ,大きく取り 上げられる余裕がなか った
と いうのが現 実である.
3.現在のフィリピン政府関係の日本語教育機関
では,外 国語教育が 全くないの かというとそうではない .フィリピン政府機関で の外国
語 教育の位置 付けについ て記したい.
( 日本政府が 国際交流基 金を中心に行っている活 動に
つ いては、こ こでは触れ ない)
3.1 教育機関
3.1.1 高 等教育機関
高等教育委 員会は,フィ リピンにお ける高等教 育を管轄し, 各大学のカ リキュラム を認
可 ・指導する 機関である. 日本語教育 を主・副専 攻として正 規のカリキュラムに入れ るに
は 当委員会の 承認 を要する.
後 述する貿 易産業省投資 委員会及び 在比日本大 使館の働きか けにより,大学におけ るビ
ジ ネス日本語 の展開につ いて認可した が,自ら日 本語教育を 推進する動きは見られな い.
3.1.2 中 等教育機関
中等教育を 管轄するの は教育省であ るが,理科 系の優秀な人 材を育成す るための国家政
策 として,科 学技術省管轄 のサイエン ス・スクー ル(中高校 )が国内各地にある.
マニラサイ エンス高校は サイエンス ・ハイスク ールの例外と して教育省 が管轄している
が 、同校にお いて JOCV(青年海 外協力隊) 日本語教師隊 員によ る日 本語教育が 2004 年か
ら 2008 年まで行われてい た.し かし,現在( 2008 年 7 月)は 隊員が派遣さ れておらず休止
状 態である.
1
フィリピノ語をフィリピン人のアイデンティティーの象徴として促進させるということは非タガロ
グ語圏,特にセブアノ語圏では抵抗がある.セブアノ語圏では,セブアノ語による教育を促進した
いという考えもある.
11
ま た,「21 世紀東 アジア青少 年大交流計画(JENESYS プログ ラム)」により派遣され た若
手 日本語教師が 2008 年 7 月から,首都圏の6校の サイエンス スクール他 1 校の計 7 校 で日
本 語教育を開 始した.しか し,ここに おける日本 語教育は正 規カリキュラム外の位置 付け
で あり,各校 の裁量で取り 入れられた ものであっ て管轄する 省庁に認可されたもので はな
い.
し たがって 現 在,フィ リピンにお い て国家政策 として中等教 育で日本語 教育を展開する
方 針はない.
3.2 その他
3.2.1 貿 易産業省(投資委員会)
貿 易産業省 投資委員会は,日本産業界からの要望 を背景に,同国における 投資環境整 備の
一 環として JICA(JOCV)による ビジネス日 本語プログ ラムを推進し ている 1 .
し か し な が ら ,目 標 と す る フ ィ リ ピ ン 国 内 の 日 本 語 が で き る技 術 者 の 育 成 に つ い て は 当
国 がアウトソ ーシング先の 競合相手と 目している ベトナムやイ ンドなど他のアジア諸 国に
依 然遅れをと っているのが現状であ る.
こ れは大学 や高校など の教育機関に おける日本 語教育が東南 アジア諸国の中で著し く遅
れ をとってい ることに起因 し,それが 学習者の絶 対数の少な さ,高い日本語力を有す る者
や 教師の少な さにつながる 悪循環とな っている.
大 学の卒業 生で日本語が 十分できる 人材がほと んどいないこ とは即戦力として日本 語の
で きる人材を 求める IT 企 業などにと って大きなコ スト負担に なっている .
そ こで,投資委員会は国 内の大学が 広くビジネ ス日本語教育 を取り入れ ることを提 案し,
高 等教育を管 轄する高等 教育委員会に協力を申し 入れ認可さ れたが, この 計画につい ては
日 本政府機関 が主導して おり、 すべて を日本から の援助を前提としたものであったた め,
実 現には至っ ていない.
3.2.2 技 術教育開発庁
2007 年に,アロヨ大統領がフ ィリピン人海 外就労者( OFW)を さら に奨励し,他 国か らの
就 労者との差 別化を図るた めの技術習 得の一環と して,就労 当該国の言語を学ぶラン ゲー
ジ センター(Language Skills Institute)の設置を提唱し,同年 7 月から 技術教育開 発庁
内 に当センタ ーを設け,外 国語教育を 開始させた.10 月末から 6 ヶ国語の一 つとして日 本語
コ ースが開講 されている 2 .
受 講者は一 定の資格を 備 えていれば 様々な分野 から受け入 れられており,奨学金に よる
受 講料全額補 助を受けて いる.目標到 達レベルは初級前半で あり,実際の海外就労に おけ
る 業務にでは なく基礎的な コミュニケ ーションの レベルである.
全 国に 35 ヶ所のセンタ ーがあり, 全国展開と いう意味で意 義がある. しかし,コー ス終
了 後のフォロ ーや計画が特 になく,他関係省庁・機関との連携 も見られないことから,具体
的 な効果は不 明である.
4.おわりに-日本語教育の可能性
国語である フィリピノ語 と,その国 語に匹敵す るほど重要 視されている 英語とのバ ラン
ス でフィリピ ンの言語政 策は常に揺ら いでおり, どちらかの言語が圧倒的優位性を持 って
真 の「国語」 になり切れて いないと言 える.英語 は少なくと も「外国語」ではなく「 第二
言 語」の地位 を占めてい る.
1
投資委員会では投資促進の一環としての日系 企業従 業員への 日本語 教育 ほど優 先順位は 高く ないが,
フ ィ リ ピ ン 国 内 で の 日 本 人 退 職 者 村 や そ れ に 係 る 医 療・介 護 関 連 施 設 の 就 労 者 に 対 す る 日 本 語 教 育 の
実 施 も 検 討 し て い る .そ れ ら 医 療 産 業 の 労 働 市 場 に 日 本 か ら の 関 連 業 種 の 投 資 が 見 込 め る と い う も の
である.
2
開講言語は他に英語、韓国語、中国語、スペイン語、アラビア語がある.
12
したがって ,優先され るこの二言語 の推進・浸 透を差し置 いて他の外国 語が特に政 府内
に おいて存在 感を示せる ような状況に はない.日 本語に限ら ず他の外国語も同様の位 置付
け であること がこの国の言 語政策の特 徴を表わし ている.言 語についての様々な議論 はあ
る が,外国語 についてはほ とんど考えられていな いと言える だろう.
日本語教育 に関しては 一方で,EPA(経済連 携協定)に関連して看護師・介 護福祉士業界,
ま た IT 業界を中心とした 日本の産業 界から日本語 教育の必要 性が注目さ れている.
しかし,国 家の言語政 策の中で,外 国語の一つ に過ぎない 日本語は高く 位置づけら れて
お らず,高い 日本語力を 持つ人材が育 ちにくい(育てにくい )状況の中にある.フィリ ピン
の 日本語教育 が今後ドラ スティックに 進展するか どうかは, 日本という国がフィリピ ンの
言 語政策に関 わるような大 きな存在感 と影響力を 示せるかに かかっていると言えるだ ろう.
参考文献
小 野原信善(1998)『フィ リピンの言 語政 策と英語 』窓映社.
神 谷道夫(2000)「太平洋 戦争期フィリ ピンにおけ る日本語教 育」『小出記 念日本語教育
研 究会論文 集』8 号 小出記念 日本語教育 研究会, pp.7-20.
中 原功一朗(2006)「フィ リピンの社 会・言語状況 と同国にお ける英語と フィリピノ 語の
将 来」『自然・人間・社 会』関東学 院大学経済学 部教養学会, pp.33-50.
平 尾節子(2001)「フィリ ピン共和国に おける言語 教育政策」
『 愛知大学語学教育研究紀 要』
言 語と文化 第5号 愛知 大学語学教 育研究室, pp.13-35.
Aquino, C. (1988) “ Executive Order No. 335 ,” Supreme Court E-Library, 2004, July16,
2008 <http://elibrary.supremecourt.gov.ph/>
“ Educators Challenge Language Policy in SC, ” The Manila Times, April 28, 2007,
July 16, 2008 <http://www.highbeam.com/doc/1P3-1264234041.html>
Gonzales, A. (2003) “ Language Planning in Multilingual Countries: The case
of the Philippines,” Conference on Language Development, Language
Revitalization, and Multilingual Education in Asia, SIL International,
Mahidol University and UNESCO, pp.1-6.
Philippines, Department of Education, Culture and Sports “The 1987 Policy on
Bilingual Education,” (Manila, 1987).
連 絡先 The Japan Foundation, Manila
12 th Floor, Pacific Star Building,
Sen Gil Puyat Ave.cor. Makati Ave.
Makati City, 1226 Philippines
E-mail: [email protected]
13
マレーシア中等教育における日本語教育の展望
Zubaidah Ali
(International Languages Teacher Training Institute, Malaysia)
1.はじめに
マ ハティー ル首相は 1981 年に就任 してから6ヶ 月後に,東方政策 を提唱した .日本 の成
功 と発展の秘 訣は日本人の 労働倫理, 勤労意欲な どにあると 考えたようである.
こ の東から 学ぼうとい う構想はこ こ 27 年間マレ ーシアの国 造りに大き な影響を与 えて
き た.
日本語教 育に関わ る プログラムは主に7つに 分けられる .
① 産業 技術研修 生の ための日 本語プログラ ム
② 経営 幹部のた め の実務研修
③ 政府 幹部職員 研修
④ 日本 留学のた め の予備教育プ ログラム
⑤ レジ デンシャ ル・ スクール及 び一般の学 校における日 本語教育
⑥ マレ ーシア人 日 本語教師養成 プログラム(日本留学 プログラム)
⑦ マレ ーシア人 日 本語教師養成 プログラム (国内)
2.マレーシアの教育制度
マ レーシア の教育制度は 初等教育6 年,中等 教育5年,予備教育2 年,大学 の6・ 5 ・
2 ・4制であ る. 義務教 育は小学校の 6 年生まで 制度をとっ ているが,初等教育6年 間と
中 等教育5年 間は学齢期に あるすべて の子どもが就学できる ことになっている.
小 学校への 就学率は 99%以上( 1996 年 )である.なお,就 学前教育 は公教育制度に 位置
づ けられてい る.
期間
年齢
就 学前教育
2 年間
5 ~6
初 等教育
6 年間
7~12
中 等教育
5 年間
13~17
中 等教育以後, 高等教育
3~ 6年間
 大学*
17 以 後
 師範 学校
初 中等教 育の教師養成
6年間
 ポリ テクニック(総合技術専門学校) 2~ 3年間
 カレ ッジ
2~3 年間
2~ 3年間
* ただし大学 に入るには 2年間の 予備 教育または フォーム6 が 必要
3.多言語国家マレーシアの言語政策・言語教育対策





教育は主な部分が政府主導で行われる(とくに初等・中等教育)
マ レーシア国 民統合のた めの国語(マ レー語)教 育
民 族のアイデ ンティティを 維持するた めの母語教 育(国民型 学校)
国 際化のため の英語教育
- 初等教育 から必修科 目
- 2003 年から初 等・中等教育 において数 学と理科の 授業が徐々に
英語で教 えはじめ られ てきている
中 等教育にお けるマレー語 ,英語以外 の言語科目 :
14
-
-
-
中国語, タミール語 ,アラビア 語
全寮制中 高等学校(レ ジデンシャ ル・スクー ル)では, 第 2 外国語
は,アラ ビア語, ドイ ツ語,フラ ンス語,中 国語,日本 語の 5 つか
ら 1 つを 選択し,5年間履修す る
2005 年から一 部の一般中等 学校では日 本語,フラ ンス語,ドイ ツ語,
中国語, タミール 語の 授業が選 択科目として ,授業を開 始
4.日本語の略史
年
1966
1981
1982
1984
1986
1989
1990
1990
1991
1992
1995
1998
2000
2003
2004
2005
2006
主なで きごと
マラヤ大学にて日本 語講座開設 (その後各大 学で開講)
マハティール政権「 東方政策」 提唱
マラ工科大学 政府 派 遣技術研 修生の赴日 前集中講座の 開講
マラヤ大学予備教育 課程(AAJ)開 設(日本留 学のための 日本語教育)
レジデンシャル・ス クールで日 本語が第2 外国語選択科 目として開 始
レジデンシャル・ス クールのシ ラバス完成
レジデンシャル・ス クールの教 科書「日本語 こんにちは 」完成
マレーシ ア教育省マ レーシア日本 語教師養成プログラム開 始(教員が 日本
の大学に留学して学 位を取得)
「日本語こんにちは 」1年生, 2年生と3 年生の練習ノ ート完成
「日本語こんにちは 」4年生の 練習ノート 完成
「日本語こんにちは」教科書改 訂
日本語教師養成プロ グラムの第 一期生帰国
日本語教師養成プロ グラム第 9 期生をもって一時休止
最後の協力隊員が任 務を終了, 及び帰国
日本語教師養成プロ グラムが再 開
RS の日本語教 師が中心と なった「ア クティビティ 集」完成
中等教育の新シラバ ス完成.シ ラバスのスペ シフィケー ションの作 業開始
一般中等教育機関で の日本語教 育開始
中等教育の新シラバ ス準拠教科 書作成開始
教育省国際言語教員 養成所が日 本語教員養 成 1 年コース 開始
5.中等教育における日本語教育
5.1
2008 年現在 日本語教育実地校数
中等 教育での日 本 語教育は主 に二つに分 けられる.
 国立全寮制 中等学校
(43 校)
 一般の普通 国民中等学 校(22 校)
国立 全寮制の学 校 では選択必 修科目として実施され,すべての授 業は時間割 内で
行わ れている.一方一般の普通国民学校 では日本語は選択科目 として教えら れて
いる.時 間割内で行っている学校もある が,ほとんどの場合は 取り出し授業 とな
って いる.
学習 時間は週 3 コ マの 120 分 であり,生 徒は 5 年間で 日本語を学 習する.
5.2 日本語 教師
開 始 当初日本 語教 師は全員日 本人(青年 海外協力隊 派遣)であり,2001 年か
ら す べての学 校で は現地の日 本語教師が 配属され,マ レーシア人教師のみで 日
15
本語 教育が行われ ている.
年
1984
1990
1995
2000
2006
2008
学校数
6校
6校
9校
25 校
59 校
64 校
生徒数
474 人
988 人
1350 人
4108 人
8218 人
12,203 人
教師数
6 人(全 員日本人教師)
12 人(全員日本人教師)
21 人(18 人日本人 教師)
59 人(6 人日本人 教師)
63 人(全員現地の教師 )
78 人(全員現地の教師 )
5.3 教材・日本語シラバス
当初,協力隊派 遣の日本語教 師は国際交 流基金の「日 本語初歩」を教科書とし て利
用し たが,レ ジデンシャ ル・スク ールの事情 に適ってい ないと考え,1986 年 に新
教科 書作成が開 始され,1987 年 12 月に青 年海外協力 隊員によって開発された オリ
ジナ ルテキスト「 日本語 こんにちは」が完成した.この 教科書は教 育省の認定 教科
書と なっている.
2002 年 5 月にカ リキュラム開発センタ ー 1 に外国語 課が設置され,マレーシ アの
教育思想に沿った 外国語の新シラバスが必 要とみなさ れ,日本語 ,ドイツ語, フラ
ンス語のシラバス 作成が開始された.2003 年に 新しいシラバ スが完成し た.
5.4 評価
中等 教育における 評価は2つ に分けるこ とができる.
 終了試験
生徒が 4 年次の ときに受け る日本語の 終了試験で ある.試験問 題は聴解と 筆記
( 文 字 ・ 文 法 ・ 語 彙・ 読 解) の み で , 中等 教 育 の 日 本 語 教 師 によ っ て 作 ら れ て
い る . 本 来 生 徒 の コミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の能 力 を 測 る 評 価 方 法 も考 え な け れ ば な
ら な い が オ ー ラ ル 試験 を 行 う に は 人 的 なリ ソ ー ス が 問 題 で , 実行 す る の が 難 し
い.試験の 内容と時間の 配分は以下 のようであ る.
聴解:20 点(30 分)
文字:25 点(20 分)
文法 /語彙/読 解:55 点(60 分)

合計 100 点
中間試験・期末試験
1 年 生 か ら 4 年 生 ま で の 生徒 が 年 に 何 回か 受 け る試 験 で あ る . 学 校 に よ っ て ,
回数が異な るが少なく とも中間と期 末の2回は 行われている .
5.5 日本語教育活 動
日本語の生 徒の モチベーションを維 持するために ,学校ではさま ざまな活動 が行
わ れている.
‐スピーチコ ンテ スト
‐作文コンテ スト
‐日本文化の 日
‐ホームステ イ・ プログラム
1
マレーシアの中等教育のすべてのシラバスを開発する機関
16
8.今後の課題
・ 日本語教師の運用力 をどうやっ て維持する か
・ 生徒のモチベーショ ンをどうや って高める か
参考文献
阿 部洋子(2000)「マレー シアにおける日本語教育 の概要」調査 研究部会第 5 回海外日 本語
教 育研究会 「マレーシ アの日本語 教育」2000 年 3 月 11 日.
ク アラルンプ ール国際交 流基金(2000)『Learning Japanese Among Secondary School
Children』.
楠 本貴久編著(2004)『マ レーシア国 全寮制中等教 育機関 日本語教育 20 年の歩み』.
坪 山由美子(2000)「レジ デンシャル・ スクールに おける日本 語教育」調査研究部会第 5 回
海 外日本語 教育研究会「 マレーシア の日本語教 育」2000 年 3 月 11 日.
根 津誠(2006)『マレーシ アにおける 日本語教育事 情』国際 交流基金.
http://www.jpf.go.jp/j/japanese/survey/country/2007-2008/malaysia.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/malaysia/kankei.html
Curriculum Development Centre (2005) Foreign Language Unit, Ministry of Education
Malaysia.
連絡先
International Languages Teacher Training Institute
Lembah Pantai 59200 Kuala Lumpur Malaysia
E-mail: [email protected]
Mobile: 012-355-1234
17
カンボジアの言語政策
Hak Serey (Royal University of Phnom Penh, Cambodia)
1.はじめに
カ ンボジア は東南アジ アの国の一 つである.1 世紀からカ ンボジアの人々は自分 の 言語
を はじめ自分 の生活様式や 文化を発展 させ始め, 長く優れた 歴史を作ってきた.しか し,
そ の発展の途 上で,様々な 問題に遭い ,戦争も少 なくなかっ た.すなわち,国の文化 や言
語 は常に発展 していたとい うわけでは ない.ここ ではカンボ ジアの言語(クメール語 )と
文 字の発展, 政府の言語 政策の歴史を 手短に取り 上げる.そ の上で,現代のクメール 語教
育 および外国 語教育の状 況を紹介す る.
2.クメール語とクメール文字の発達
2.1 クメール語の発展
カ ンボジア 人は先史時 代に今のカン ボジア国土 とその周辺 地域に住み始めたと言わ れて
い る.Loang Spean という発掘 場所の研究 からは,5 つの地層 が発見されている.最 低地
層 は紀元前 6800 年(Hoabinghian 時代),第 2 地層は紀元 前 4300 年,第 3 地層は紀 元前 2000
年 ,第 4 地層 は紀元前 500 年,最高地 層は 800 年である.第 2 地層では最古の焼き物 が発
見 された.
他 には,Krek は紀元前 3000 年,Mlouprei は紀元 前 2000 年,Angkor Borei は紀 元前 1500
~500 年 である(Meakh, 2008).各地層 からクメール 人の社会が あったことが分かってい る.
ク メール語 は誕生から今 まで三回大 きく変わっ てきたと言 われている(Meakh 同上).
1. 古代クメ ール語(~ 15 世紀)
- 先史時代 クメール語( ~1 世紀)
- 先アンコ ール時代ク メール語( 1~8 世 紀)
- アンコー ル時代クメ ール語(9~15 世紀)
2. 中期クメ ール語(16~19 世 紀)
外 国からの 侵入や国内 戦争のため, この時代の クメール語は 複雑になり,クメール 語教
育は一貫性 がなくなった .フランス 統治時代に は,クメー ル語教育は寺 院内でのみ 行わ
れた.
3. 現代クメ ール語(19 世紀の 終わり~)
19 世 紀の終わり から現 在まで クメール語 の語彙・表 現が幅広く発 達した.
2.2 クメール文字の発達
Nokor Phnom(Funan)時 代(1 世 紀)以前はクメ ール語は文 字を持たな い言語であっ た.
し かし,Nokor Phnom 時代 にカンボジ ア人は南イ ンドの Preami という文字 を採用し, 自分
の 文字にした という.Vo Kanh(現在 の南ベトナム の Nha Trang)でカン ボジア最古 の石
碑 文(2,3 世 紀)が発見 され,それ に Preami 文字が使われ ていたので ある.最初 のクメ
ー ル文字での石碑文は Wat Kumnu の石 碑文で,611 年に作ら れ たとされている.様 々な石
碑 文 の 文 字 の 形 か ら , ク メ ー ル 文 字 は 現 在 ま で 10 回 大 き く 変 わ っ て き た こ と が 分 か る
(Meakh 同上).
3.政府の言語政策
3.1 フランス 統治時代( 1863~1953)
こ の時代, カンボジアだ けではなく ,ベトナム もフランスに 入植されていたが,カ ンボ
ジ アの教育は ベトナムほど 発展しなか った.この 時カンボジ アはあまりフランスと協 力し
な かったから である.クメ ール語の教 育は仏教寺 院で僧侶た ちによって行われていた .フ
18
ラ ンスの建て たわずかな学 校ではフラ ンス語での み授業が行 われた.カンボジア人に はこ
の ような外国 語だけの教育 はあまり受け入れられ なかったよ うだ.
ク メール語 教育は様々な問題に遭 いながらも, Norodom 王(1860-1904)と Sisowat 王
(1904-1927),そしてク メール人自身 によって守 られた.例 えば,1911 年 11 月 10 日に
Sisowat 王が 3 つの命令を出し ている.
第 1 条:クメール語 はカンボジ ア全土の寺院 内の学校で 教えられな ければなら ない.
第 2 条:親は 8 歳に なった息子 を学校に通わ せなければ ならない.
第 3 条:カリ キュラムの作 成は僧正の 責任となり ,教育の目的はクメ ール語の読 み書
き,およ び計算ができ る子供を育 てること.
1921 年にプノンペ ンに「 クメール図 書館」が できた.そ の ころは様々なクメール語 の本
が 書かれ,出 版された.そ の中で仏教 に関する本 が多く,政 治に関する本は禁止され てい
た .フランス がカンボジア 人の反乱を 懸念したた めである.
同 年,『速習法』とい う本が 3000 冊 出版され, 学校に配ら れた.その 本の中でそれ まで
ク メール語の 表記法にな い記号が使わ れたので,教師たちをびっ くりさせた .1926 年 9 月
8 日にそ れらの句読点について の会議が行わ れた.そこ で,10 個の記号を新たに使 う こと
が 決まった.
1927 年 1 月 6 日 にカンボジア の国語辞典 ができ,クメー ル語の正書 法が決めら れた.こ
の 辞典は現代 でも使われ ている(Meakh 同上).
3.2 独立時代(1953~)
フ ランスか ら独立して,政府は公用語 を定めた.1959 年以 降の憲法に次のような記 載が
あ る(Meakh 同上).
第 2 条:公 用語をクメ ール語とす る.(憲法 1959)
第 2 条:公 用語をクメ ール語とす る.(憲法 1972)
第 1 条:公 用語をクメ ール語とし, クメール文 字で表記す る.(憲法 1981)
第 1 条:公 用語をクメ ール語とし , クメール文 字で表記す る.(憲法 1989)
第 5 条:公 用語をクメ ール語とし, クメール文 字で表記す る.(憲法 1993)
3.3 1979~現代
こ の時期, カンボジア政 府はクメー ル語を発展 させるために ,様々なことをしてい る.
例 えば,教育 法や政策を作 ったり,国 全体で学校 の数を増や したりしている.また, 私立
学 校を認可す るようになっ た.国語研 究所,法律 用語を決め る委員会,国立クメール 語委
員 会などを設 立し,クメ ール語の研究 ,保護に努 めている. 中でも,国立クメール語 委員
会 はクメール 語の書き言葉 ,文字の 読み方,表記 法,語彙 など を整備し,一貫性を持 たせ
る ようにする 責務を負っ ている(Meakh 同上).
教 育省は学 校での使用 言語を教育 法第 24 条で次 のように規 定している . 1
- クメール語 を国立学校で の使用言語 とし,カリ キュラム上 の科目の一つとする.
- 私立学校で もクメール語を一科目 とする.
- 少数民族に 対する教育 言語は教育省 が定める.
- 学習者のニ ーズに応えて ,外国語を カリキュラ ム上の一つ の科目とする.
4.クメール語教育と外国語教育の現在の状況
小 学校から 中学校まで どの段階でも クメール語 を主要な科目 としている.そして, どの
科 目もクメー ル語で授業を 行うことに なっている.クメール 語の授業では児童生徒は クメ
ー ル語の文法 ,作文,文学 を学ぶ.
1
Kingdom of Cambodia: Law of Education ( 2007)
19
表 1:各 学年のクメール語の授 業数(2003-2015 年の計画) 1
一年生
二年生
三年生
四年生
五年生
六年生
13 コマ/
13 コ マ/
13 コ マ/
10 コ マ/
小学校
8 コマ/週 8 コマ/週
週
週
週
週
中学校
6 コマ/週 6 コマ/週 6 コマ/週
高校
6 コマ/週 6 コマ/週 6 コマ/週
 小学校の場 合:1 コマ=40 分,1 週=27-30 コ マ
 中学校の場 合:1 コマ=50 分,1 週=32-35 コ マ
 高校の場合 :1 コ マ=50 分,1 週=32 コマ
上 記は予定 としている授 業数である .例えば, プノンペンに あるイントラックテー ヴィ
ー 高校の現在 の授業数は上 記と異なる .一週間の授業数 は 24 コマで ,クメール語の授 業は
4 コマ, 外国語の授業は 1 コマ である.
学 校教育で の外国語教 育は中学校か ら始まる.中学校と高校の授業は週 32-35 コマ ある.
そ の中で外国 語の授業は主要な科目 として週 4 コマである.中 学校のカリキュラムに ある
外 国語は英語 とフランス語 である.学 習者はこの二つの言語 から一つ選んで,学ぶこ とに
な っている. しかし,現在 ではフラン ス語よりも 英語の学習 者の方が多い.
学 校教育以 外にも生徒は 多くの民間 学校で外国 語教育が自由 に受けられる.そこで は英
語 とフランス 語だけでは なく,タイ語 ,中国語, 韓国語,日 本語などの勉強も可能に なっ
て いる.カン ボジア政府は 国の公用語 をクメール語としてい るが,外国語の教育につ いて
は 特に制限は ない.
大 学は使用 言語が決まっ ていないと いう点で小 ・中学校と異 なる.現在,外国語, 特に
英 語で授業を 行っている大 学もある. 王立プノン ペン大学外 国語学部の場合,英語学 科,
フ ランス語学 科,日本語 学科,韓国語 学科があり ,それらの授 業は普段外国語で行わ れて
い る.それ以 外,外国語が 専攻ではな い大学でも 様々な授業 が英語で行われている. 例え
ば,私立のカン ボジアパニ ャーサスト ラー大学で は経済学の授 業が英語で 教えられて いる.
カ ンボジア の教育は前よ り発展して いると言え るが,識字 率はまだ低い.高い中退 率に
そ の一因があ ろう.
表 2:カ ンボジアの中退率 2004/2005 2
小学校
中学校
高校
11.7%
22.3%
17.0%
表 3:成 人識字率 1994-2004 3
調査
成人識字率
CSES 1993/94
67.1
CSES 1996
66.4
Demographic
Survey
68.7
1996
CSES 1997
67.2
Population Census 1998
67.3
CSES 1999
71.5
Inter-censal
survey
73.6
2004
CSES 2004
69.6
CSES=Cambodia Socio-Economic Survey
1
2
3
カンボジア教育青年スポーツ省ホームページ
http://www.moeys.gov.kh/en/education/cur/index.htm
Ministry of Education, Youth and Sport. Education Statistics & Indicators 2005/2006
計 画 省 ホ ー ム ペ ー ジ http://www.stats.nis.gov.kh/SURVEYS/CSES2003-04/table12.htm
20
5. 日本語教育
日 本語は最 近人気が出て きて,これからも 学習者の数 が増えてい くであろう.
『海外 の日
本 語教育の現 状―日本語 教育機関調査・2006 年 ― 』に よ る と , 次 の よ う なこ と が 分 か る.
表 4:カ ンボジアの日本語教育 機関数,教 師数,学習 者数 1
機 関数
教師数
学習者数
学 校教育
学校教育 以外
8
17
166
5,431
日 本語教育機 関の多くは プノンペンと シェムリア ップにある.その中で,日本語を正 規科
目 としている のは,2 か所 のみで,王 立プノンペ ン大学外国 語学部日本語学科と私立 のカ
ン ボジアメコ ン大学であ る.それ以外 の学校は普 通の語学学 校と同じで,短期の日本 語コ
ー スしかない.
王 立プノン ペン大学の 日本語学科 は 2005 年に開設,カンボ ジアで初の 4 年制日本語 学士
コ ースとなっ た.王立プノンペン大学に おいての日本語教育は,1994 年に JICA の JOCV の
ボ ランティア 教師によっ て始められ ていた.2006 年にこの JOCV の日本語 コースが終 了し
て いる.現在,同大学にあるカ ンボジア日 本人材開発 センター(CJCC)が Non-degree の日
本 語コースを 開いている.
6.まとめ
カ ンボジア は外国から の侵入や内戦 によって, その文化と言 語が常に脅されてきた .そ
ん な中で,カ ンボジアの国 民と政府は 政策と法律 によって, 自国の文化と言語を守っ てき
た .外国 語教 育に関して は,英語,フ ランス語に ついて教育 法で定められているだけ であ
る.
参考文献
国 際交流基金 (2008)『 海外の日本語教育の 現状―日本 語教育機関 調査・2006 年』pp.16-17 .
カ ンボジア教 育青年スポ ーツ省ホー ムページ
http://www.moeys.gov.kh/en/education/cur/index.htm
計 画省ホーム ページ
http://www.stats.nis.gov.kh/SURVEYS/CSES2003-04/table12.htm
Kingdom of Cambodia: Law of Education (2007)
Meakh, Sary. (2008) National Policies for Language Instruction in School in Cambodia,
Celebration of International Mother Tongue Day and International Year of
Language, March 19,2008, Phnom Penh, p.3 .
Ministry of Education, Youth and Sport. Education Statistics & Indicators 2005/2006 .
連絡先
1
Royal University of Phnom Penh, Institute of Foreign Languages,
Department of Japanese, Room Nº 3.17,
Russian Federation Blvd., Khan Toul Kork, Phnom Penh, Cambodia,
P.O. Box 416.
国 際 交 流 基 金 ( 2008) 『 海 外 の 日 本 語 教 育 の 現 状 ― 日 本 語 教 育 機 関 調 査 ・ 2006 年 』 , P. 16-17
21
ラオスにおける日本語教育の現状と課題
Songphone Vannaphachone(National University of Laos, LAOS)
1.ラオスという国
正 式名称
人口
面積
民族
公 用語
義 務教育
宗教
国 の標語
ラ オス人民 民 主共和国(社会主義国)
約 600 万人
約 23.7 万平方 キロメート ル
低 地ラオ族 68%,丘 陵地ラオ族 22%, 高地ラオ族 9%.
ラ オス語
小 学校 5 年間
ほ とんどが 上座 部(小乗 )仏教
平 和,独立 ,民 主主義, 統一,繁栄
2.ラオスの教育制度と外国語教育
2.1 教育制 度
ラオスでは小学校が 5 年 間,中学 校が 3 年間 ,高校が 3 年間となっ ている.高等教育機
関 としては,中 等技術学校が 3 年間,高等 専門学校が 3 年間,大学が 5 年間(医 学部 6 年)
で ある.すべ ての教育機 関は教育省 に管轄されて いる.
2.2 外国語 教育政策
教育省の中 等教育局によ ると,次の ような計画 があるとの ことである.
・中学・高校で学 ぶ外国語の割合を,英 語 60%,フランス 語 30%,他の言語(ベト
ナム語,中国語, 日本語,韓国語,ドイ ツ語,ロシア語など)10%にする.
・ 将 来は,小学 校 3 年生から 外国語の勉 強を開始す る.
教育省によ る外国語教 育のスタンダ ード,指導 要領等は策 定されていない.
2.3 外国語 教育の実施状 況
2.3.1 中等教育機関(中 学・高校)
・ 中学,高校では, 週に 3 時間正規の授業として 外国語教育が行われて いる.教え
られて いるのは英語 とフランス語である.1980 年代に人 気があった ロシア語は,
現在は教えられてい ない.
・ 学校によ って,教え る外国語と学 習時間が違 う.英語だ けを教える学 校と,英語
とフランス語の両方 を教える学 校がある.フランス語 だけを教える 学校はない .
・ 高校 3 年 生では履修 科目が全部 で 9 科目あり, 数学,物理 ,化学,生 物,ラオス
語,地理 ,歴史,社 会,外国語( 英語とフラ ンス語)であ る.ただし ,外国語科
目は地方 によっては 教えられて いない学校も あるため, 高校卒業認定 試験の科目
からは外されている .また,中等技術学校の入 学試験,高等 専門学校の 入学試験,
大学の入学試験のい ずれにも, 外国語の試 験は課され ていない.
2.3.2 高等教育機関(大 学)
2.3.2.1 国立 大学
ラオスには 三つの国立 大学がある.首都ビエンチ ャンにある ラオス国立大学,ルアン パ
バ ン県にある スパヌウォン 大学,チャム パサック県にあるチャム パサック大 学の三つであ
る .ス パヌウ ォ ン大 学 の名前 は ,ラ オスの 革 命のリ ーダー であり , 1975 年に初 めて ラ オ
ス 人民民主共 和国の大統 領になったス パヌウォン からとられた.スパヌウォ ン大学とチャ
ム パサック大 学では,英語教育は実施され ているが,日本 語教育は実施 されておら ず,現
在 ラオス国立 大学文学部の 日本語学科 が唯一の日 本語主専攻学 科である.
ラオス国立 大学文学部は ,名 称は文学部 であるが,実態は外国語学部 に近く,公用語 で
あ るラオス語 学科と英語,フラン ス語,ド イツ語,日本語,中国語,ベトナム 語,韓国 語
の 七つの外国 語学科を有し ている.ま た,教育学 部に は 英 語 教 育 学 科 が 開講 さ れ て い る.
22
2.3.2.2 私立大学
近 年,大 学入学希望者 が増加して おり,私立 大学(主 に単科大学)の数も年 々増えてい
る.それら の機関では,英語の学 習者が圧倒 的に多く,ラオス国立 大学日本語 学科の学生
の 中にも,放 課後これら の機関で英語を学んでい る学生が少 なくない.
2.3.3 特別な学校での外 国語教育
ラオスには ,特別な学校 が全国で 13 校あ る.特別な 学校という のは,両親が 亡くなっ
た 子どもや田 舎に住んで いる貧しい人 々の子ども などが,学校の寮に入 り,政府 の奨学金
を もらって学 ぶ学校のこ とである.この学校で は,外国語としてベ トナム語と中 国語だけ
が 教えられて いる.
3.ラオスの日本語教育の現状
3.1 沿革
ラ オスでは,1965 年 から,青年海外協 力隊により ,ビ エンチャン 市内のいく つかの公的
機 関で日本語 教育が盛ん に行われて いたが,1975 年に王 国の国から 社会主義の 国になって
以 来,日本語 教育は全く 行われなく なった.全 国の中学校 ,高等学校,中等技術 学校,高
等 専門学校,大学では ,それま での主要外国 語のフラン ス語に代わ ってロシア語 が教えら
れ るようにな った.しかし,1991 年の旧ソ連の崩壊以降は,ロシア 語を教える 学校の数が
だ んだん減り 始め,その後 はロシア語 に代わって ,英語が人気 を集めるようになった .
日本語教育 が再開され たのは 1990 年代であ る.1990 年から日本の文部科学省の奨学金
が 取得できる ようになり,1995 年に,日本の 文部科学省 奨学金によ る国費留学 生の準備コ
ー スとして,ラオス国 立大学基礎教 養課程の日 本語コース が設置された .この日 本語コー
ス では,以後 毎年 20~ 30 名の 留学候補者を対象として約8ヶ月間 初級の日本 語教育を行
っ ていたが, 現在休止し ている.
また,2001 年に国際 協力機構(JICA)のプ ロジェクト によるラオ ス日本人材開 発センタ
ー が設立され,日本 語コー スを開講し ている.
そ の後,2003 年に は,ラオス国 立大学文学 部にそれま でのラオス語 ,英語,フラ ンス語,
ド イツ語の各 学科に加え,日本語学科が新設さ れ,本格的に日本語 を学ぶ学生を 受け入れ
る ことになっ た.日本語 学科と同時 に,ベトナ ム語学科,中国語学科 ,韓国語学 科も開設
さ れている.
3.2 現状
現在,上記の公的機関 の他,民間の日本語学 校が 6 校あ り,最近は ,首都のビ エンチャ
ン 以外でも少 しずつ日本 語が教えられ るようにな ってきた.毎年実 施される日本 語弁論大
会 の参加者は ,以前は首 都ビエンチ ャン市内の 日本語学 習者 だけだった が,最近では,地
方 で日本語を 学んだ人の参加も増え ている.
ラオスの日 本語学習者は約 540 人で ある.学習者数は,数字だけを見 ると少ない が,首
都 ビエンチャ ンの人口(約 70 万人)と 学習者のほとんどがビエ ンチャン在 住であること
を 考えると, ビエンチャン 市内での日 本語学習者 は少ないと はいえない.
教師は 28 名で, 日本人教師が約 3 分の 2 を占めている.教師 会や学会はまだ設立され
て いないが, 日本語教育研 究会が年に 数回実施さ れている.
初級の主教 材としては,ほとんどの機関で『み んなの日本 語 Ⅰ・Ⅱ』が使用されており ,
「 本冊」と「翻訳文 法解説・ラオス語版 」がラオ ス日本人材 開発センターにより出版・販
売 されている.
また,2007 年 12 月には,ラオスでは初 めての日本語能力試験が実施され,約 140 名が
受 験した.
ラ オスの日本 語教育機関
機関 名
学習者 数および教師 数
教師数
ラオス
人
日本人
学習者数
(概数)
1
ラ オス国立大 学文学部日本 語学科
6
4
2
80
2
ラオス国立大学日本人材開発セン
ター
7
3
4
100
23
3
ラ オス国立大 学工学部日本 語教室
4
民 間日本語学 校
合計
1
0
1
10
14
2
12
350
28
9
19
540
平田(2008)
3.3 ラオス 国立大学の日 本語教育
3.3.1
ラオ ス国立大学
ラオス政府 は,国家の開 発のために 上級公務員,会社経営者及 び各種の専門技術者を も
っ と増やさな ければならな いと考え た.そこで,以 前からあった ビエンチャ ン教育大学 や
医 科大学,農業大学,ポリテクニク 大学,法 律学校など の 11 の高等教育機 関を一つに ま
と めて,1996 年に ラオスで最初の 総合大学 を創立した .ラオス国立 大学は学部が 11 あり,
ビ エンチ ャン郊 外に あ るメイ ン キャン パス に は,教育 学部 , 社会 学 部,科 学 部,文 学 部,
経 済経営学部 ,森林学 部の 6 学部 がある.農学部,法律学部,医学部,工学部 ,建築学 部
の 5 学部はそ れぞれ違うキ ャンパスに ある.
3.3.2
ラオ ス国立大学 文学部日本語 学科
ラ オスと日 本は,最近経済や技術協力の 面で交流が 盛んになって いる.また,現在ラ オ
ス には日本か らの援助プロ ジェクトが 多数あり,それらを効率的 に進めるた めに日本語が
で きる 人材が 必 要と さ れてい る.こ うした 背 景のも と, 2003 年,ラ オス で 最初の 主専 攻
学 科である日 本語学科が開 設された. 今年,第一 期生を卒業 生として送り出した.
1) 設立の目 的
設立の目的 は,日本の文 化や習慣,日本事情に通 じた日本語ができる 人材を育成する た
め ,また,ラオス と日本の 二国間の理解を 深めるため ,さらに ,日本の 経済,歴 史,文 学
な どについて の専門知識を 習得させる ためである.
2)
カリキュ ラム
学 生の在籍 年数は 5 年で ある.昨年 度まで,入学 後 1 年間の基 礎教養課程を経て日本 語
学 科に入ると いうシステム であったが,2007-2008 年 度より,入 学時から専門課程とし て
日 本語を学ぶ カリキュラム に変更され ている.卒業 に必要な単 位は 163 単位であり,そ の
う ち日本語・ 日 本事情等の 科目はお よそ 60%の 97 単位 である.
3) 教師
教師数はラ オス人が 4 名,国際交流基金から 派遣され た日本語の 専門家が 2 名である.
ラ オス人教師の 専門は日本 語ではない が,日本へ留学したこと があり,日本 の社会や日 本
語 に非常に興 味を持って いる.また, ラオス国内 で短 期 日 本 語 研 修 を 受 けた教 師 も い る.
4) 学生数
2003 年に入学し た第一期生は 13 名であ った.2008 年現在,学生数は 78 名であ る.
( 1
年 生 20 名, 2 年生 14 名,3 年生 11 名,4 年 生 21 名, 5 年生 12 名)
5) 学位
日本語が 主 専攻で,学位は B.A. degree in Japanese as a Foreign language(学士).
特 徴は日本語の 学士の学位 が授与され ることであ る.日本語の専 門家の 指導 で授業が 行わ
れ ており,専 門家はカリ キュラム・時間割の 編成 ,教材の開発 などをしている.
6) 日本語学 習の動機
 日 本へ留学し たい
 仕 事につなげ たい
卒業後の 希望
 国 内の学校で ,日本語を教えたい
 国 内にある観 光会社や日本と関係があ る会社に勤 めたい
 公 的機関で翻 訳者や通訳になりたい
24
④
日本の大学 院に進学したい
7) 現在抱え ている問 題:
日本語学科 はゼロから 始まったの で,最初 は学科の事 務室しかなか った.その後,国
際交流基金等 の支援によ り,教材も 徐々に 充実し ,学生もだ んだん増えている.この 5
年間で日本 語学科の 状態 は少しずつ 良くなってき ているが,現在も 教室・機材等の設備
面をはじめ, いろいろな問題を抱え ている.
教師側の 問題
学生数がだんだ ん増えていて,教師の数 が足りない こと.
今のラオス人教 師は 日本語能力があまり 高くなく,上 級のクラス は教えられ な
い こと.
学生側の 問題
大学に入る前に ほとんど日本語を勉強し てい ない.大学に入ってから,日 本 語
の 勉強を始め るので,3 年生にな っても日本 語がなかな かうまくなら ない.
教室以外で日本 語を使うチャンスがほと んどない.
将来,日本語学科 をさらに発展させるため には,次の ことが必要だ と考える.
専門家派遣の 継続
教室の確保・ 機材の整備
カリキュラム の開発
④ ラ オス人 講師の日本語研修への参加
⑤ 日 本への短期留学プログラムの継続
⑥ 日 本への長期留学プログラムの創設
3.4
その他 の機関
3.4.1 ラオス日本人材開 発センター
2001 年,ラ オ ス国 立大 学 内に 人材育 成と 日本 ラオス 両 国の 人的 交流・ 相互 理解の 拠 点
と なるラオス 日本人材開発 センターが 設立された .
ラオス日本 人材開発セン ターの日本 語コースで は,入門から初 中級までさまざまなレベ
ル のクラスや 教師入門クラ スなどが開講されてお り,常時 100 名~150 名の 学習者が在 籍
し ている.修了者には,学位 ではなく,証明書が 授与される .また,日本語教育以外に ビ
ジ ネスコース ,相 互理解促進事 業,コンピュー ターコース などがあり,ラオ スと日本の 文
化 交流活動, 研修や 各種セ ミナー,ワ ークショッ プなどが行わ れている.
3.4.2 民間語学学校
民間学 校の学 習者数は 学習 者 全体の 約 60%を占めて お り, 初級を 中 心 とし た日本 語 教
育 が実施され ている.首都ビエンチャンに ,チ ャンパ日本 語学校,シーホムウィタニャ ー
語 学学校,天 理日本語セン ター,て っちゃんネッ ト,KPIT 専門学 校の 5 校 がある.さ ら
に ,昨年より ,ルアンパ バンの語学学 校でも日本 語が教えら れ始めた.
4.ラオスにおける日本語教育の課題
4.1 教師
・ 教師の育 成
ラオスは,日本語教育が再開されてまだ年数が浅く,日本語を専攻した教師がいな
いため,現在,日本語能力試験二級に合格している教師はまだいない.教師の育成
が最重要 課題である .
・ 教師の待 遇
ラオス人 教師は専任と して日本語 を教えてい るが,ほと んどの場合, 同時に非常 勤で
他の言語 も教えてい る.
4.2 教材
・ 書店 では日本語の 書籍を販売 しておらず ,国 内で教材を入手 することが できない.学
生も教科 書以外の日本 語で書かれ たものを目 にする機会 がない.
25
・
現在,日本語・ラ オス語―ラオス語・日本語の学習に適し た辞書がなく,学習 者は初
中級以降 ,タイ語―日 本語辞典を 使用してい る.
4.3 学習環境
・ 教 室,機材(視聴覚機材,PC な どの機材)の不足
・ 現 在,ラオ スではテレ ビやラジオ などによる日 本語教育番 組はまだ放 送されておら ず,
学 校で学ぶ以 外に日本語の学習方法 がない.2008 年 10 月よ り,国 際交流基金 制作の『エ
リ ン が 挑 戦 ― 日 本 語 で き ま す 』 が ラ オ ス 国 営テ レ ビ で 放 映 さ れ る 予 定 で あ る . こ の 番
組 は,ラオス 国立大学日本 語学科の学 生がラオス 語訳を担当 している.
4.4 ノンネイ ティブ教師 の問題
ラオス人教 師は全員専 門が日本語で はないため,教える際,さまざまな問 題に直面す る.
問 題は,人に よって,また 担当する科 目やクラス のレベルによ って違うが, 授業中困 るこ
と は,学生が 複雑な文を作 ったとき,そ の文が正 しいか正しく ないかなかなか決めら れな
い ことである .特に,文法 や語彙,表 現の練習を するとき, このような問題が起こり やす
い.
その他,新 しい言葉を教 えるときも 同様の問題が起こる. 例えば,中級 クラスでは ,新
出 語彙を使っ て学生に例文 を提示した いと思うが ,例文が作 れないことがある.特に ,知
ら ない言葉や わからない漢 字などがあ る場合,例 文を作るの は大変難しくなる.今後 ,ラ
オ ス人教師は ,日本語能 力を高め,日 本語を教え る経験をさ らに積む必要がある.
また,中級 のクラスでは ,文法項目 や語彙を練 習するとき ,わかりにく い文 を作る 学生
が いる.ラオ ス語と日本 語は文法構造 が違うが, 彼らは最初 にラオス語で考えて,そ れか
ら 日本語でラ オス語での考 えのとおり に文を書く ため,日本 語としてわかりにくい文 を作
っ てしまうの である.これ は日本語を 勉強してい るラオス人 にとって,日本語がなか なか
上 手にならな い原因の一つ である.
参考文献
『 データブッ クオブザワ ールド(2007 年版 VOL.19) ―世界各国要覧と最 新統計 』二宮
書 店 pp.246-247.
国 際交流基金(2008)『海外 の日本語教 育の現状― 日本語教育 機関調査・2006 年』凡 人社.
平 田好(2008)「ラオスにおける 日本語教育の 現状と課 題―近隣諸国 との比較か ら―」
『 ラオ
ス の社会・経済基盤』 JICA ラ オス事務所 pp.227-254.
連絡先
Japanese Language Section, Faculty of Letters,
National University of Lao, DongDok Campus
P.O. Box 7322, Vientiane, Laos
Mobile: 856-205616215
Email: [email protected]
26
国家レベルの言語政策の動向と日本語の位置づけ
―ベトナムのケース―
Ngo Minh Thuy
( University of Languages and International Studies
attached to Vietnam National University, Hanoi )
1.初めに
ベ トナムに おいてはず いぶん前 から 外国語が重 要とされ,外 国語教育は国民教育の 必修
科 目として政 府が関心を持 ってきた.北部で は 50 年代 から外国語師 範大学(現在の国 家大
学 附属外国語 大学)で中国 語やロシア 語,英語等の外国語教 育が始まった.後にハノ イ外
国 語大学(現 在のハノイ大 学)やハノ イ師範大学,ハノイ総 合大学,ハノイ貿易大学 ,外
交 大学でも外 国語教育が行 われるよう になった.南部では国が統一される 1975 年まで のデ
ー タが少なく ,全体的統計 がないが,英語やフラ ンス語,それ に日本語教育も 50 年 代から
学 校教育の中 で行われて いたようであ る.特 に,1975 年以 降,北部 だけではな く,南 部と
中 部の大学で 外国語教育が 盛んになり ,そのおか げで外国語 ができる人材が養成され ,国
の 経済発展や 国際関係の発 展に多く貢 献できるよ うになった.
し かしなが ら,外国語 教育(厳密には個別の外 国語教育)はいつも発展の一途であっ たわ
け ではなく, 盛んになり学 習者数や機 関数が急激 に増えたこ ともあれば,逆に短い間 に急
に 衰退したこ ともある.こ れには様々 な原因があ り,就職や 人々の興味に関連した原 因以
外 にも,国レ ベルの外交 関係や外国語 教育に対す る政府の政 策に影響される原因も考 えら
れ る.
本稿では国 レベ ルの言語 政策・外国 語教育政策や,ベトナム における教育 制度を踏ま え,
現 在の外国語 教育事情を述 べる.また ,盛んにな っている日 本語教育の事情を紹介し ,こ
れ からのベト ナムにおけ る日本語教育 の展望や解 決すべき問 題点を挙げる.
2. ベトナムの一 般事情とベトナムに おける言語政策・外 国語教育政策
2.1 ベトナム の一般事情
ベ トナムの 正式名称は「 ベトナム社 会主義共和 国」であり, 面積は 331,211 ㎢ (日 本の
九 州を除いた 面積とほぼ同じ)で ある.2006 年現在,ベ トナ ムの人口は約 8,400 万人であ
り ,多くの人が首都ハ ノイ やホーチミ ン市に集ま っている. ハノイとホーチミン市以 外に
も ,ダナン,フエー,ハイ フォン等の 大きな都市がある.その 中で,ハノ イは政治,文 化,
教 育の中心で あり,ホー チミン市は経 済の中心と よく言われ ている.しかし,最近ハ ノイ
で も急速に経 済発展が進ん でおり,日 本企業をは じめとした 多くの外国企業がハノイ とそ
の 周辺に進出 してきている.宗 教の面では ,仏 教 が 80%以上占めて おり,そ の他キリ スト
教(9%)や イスラム 教 ,カオダイ 教,ホアハオ教,ヒン ドゥー教など ある.
2.2 ベトナム の国レベル の言語政策
ベ トナムは 50 以上の民 族を持ち, その中でキ ン族(ベト族 )は人口の 約 90%をし めて
い る.ほかの 民族は少数 民族と呼ばれ ,タイ族, メオ族,ザ オ族等がいる.
多 民族であ り,ほとん どの民族は独 自の言語を 持っている が,共通言語,また国家 言語
は ベトナム語(ベト語,キ ン語とも言 う)であり,学校での授 業はベトナ ム語で行わ れる.
最 近,いくつ かの中等学 校では少数民 族の言語も 選択科目と して教えられるようにな って
い る.
2.3 ベトナム の外国語教 育政策
現 在ベトナ ムで行われ ている外国語 教育に関連 した政策を理 解するために,1945 年(ベ
27
ト ナム独立の 年)以前から の外国語教 育政策につ いて述べて おきたい.
2.3.1 1945 以前の ベトナムの外国語教育
1945 年以前,ベ トナム の初等・中等学校 ではフランス語教育が中 心的に行わ れ,小 学校
1 年から フランス語が教えられ た.4 年生になると 全ての科目 がフランス語で教えられ るよ
う になり,ベ トナム語は週 に 3 コマし かなかった .多くの学校では生徒たちはフラン ス語
の 他に英語か ,英語とも う一つ他の外 国語を勉強 した.高校 卒業時にフランス語が流 暢に
使 用でき,英 語もよく話せ るというの は一般的な ことであっ た.
1940~1945 年には日本 軍がベトナ ムに入り,日 本語教育が 短い期間に 盛んになっ たが,
学 校教育では なく,個人 的なコースや 民間の学校 ・センター のみで行われていた.
2.3.2 1945 年から 1954 年まで のベトナムの外国語教 育
国 が独立し てから,ベトナム の教育は多 くの変化を 経て発展して きた.1945 年 から 1950
年 にかけては 初等・中等教育 は 12 年間(5 -4-3)の教 育制度がと られ,中学校1 年か
ら フランス語 と英語の2つ の外国語を 勉強しなけ ればならなか った.高校卒業試験で フラ
ン ス語と英語 両方の外国 語の試験が課 せられた.
1950 年に入ると ,ベ トナムでは 第一次教育改 革が行われ た.旧ソ連の教育から大き な影
響 を受けた教 育改革によ って,教育制 度が 9 年制 (4-3-2 )に変更された.この 時期
に は初等・中 等教育が普及 し,学校数 も急激に増 加した.し かしながら,外国語教師 の不
足 をはじめと する様々な問 題があり, 学校での外 国語教育に 対する関心や支援が得ら れな
く なった.中 学校と高校で は外国語教 育が行われ ていたが, あまり重視されておらず ,卒
業 試験に外国 語の試験が課 されなかっ た.そのた め,この時 期には国のほとんどの地 方で
外 国語教育の レベルが落 ちてしまった.
高 等教育で は,戦争が続 いていたた め,開講し ている大学の 数は非常に少なかった .当
然 のことなが ら高等教育に おける外 国語教育も発 展しなかっ た.
2.3.3 1954 年から 1990 年代までの 外国語教育
1954 年にベトナム の北部は解 放されたが ,国 は北部と南 部に分けら れた.北部では 政府
は 様々な政策 を実施し,外 国語教育に 多くの変化 が見られた.
1954~1957 年に はフランス語 は中等学校 で教えられ,一番 重要な外国語として扱わ れて
い た.しかし,1957 年か ら 1975 年に かけてはほ とんどの学 校でロシア語と中国語だ けが
教 えられ,フ ランス 語と英語の 教育は中等 教育から姿を 消した.1970 年代に入 ると,フ ラ
ン ス語と英語 は再び試行 科目として中等教育に取 り入れられ た.
1975 年の国の統 一以降,政府 の政策によ り,ロシア語,中国語, 英語,フラ ンス語の 4
つ の外国語が 学校教育の正 式科目とさ れた.しか しながら, 国際関係やベトナムと他 国と
の 外交関係に は様々な変 化があり,1980 年代ご ろから中国 語は初等・中等教育でも高 等教
育 でも教えら れなくなった .また,この時期の外 国語教育に は同時に 2 つ のカリキュ ラム
が あり,南部 では 7 年間(中学校+高校),北部で は 3 年間(高 校のみ)実施されてい た.
教 科書の内容 や使用され る教授法は古 く,不十分であったた め,学習者の外国語のレ ベル
は あまり高く ならなかった .一方,こ の時期に, 多くの優秀 なベトナム人の若者が東 ヨー
ロ ッパへ留学 した.彼らは 帰国時に専 門的な知識 だけではな く,外国語の高い能力も 持っ
て いた.
(その人材 は今までも国 の様々な分 野で活躍し ,国の 経済発展や 教育発展に多 く貢
献 している).
1980 年代の初め に初等・中等教育は 11 年制をとり,後 1992 年に 12 年間 に変更され た.
1990 年代になる と,中国 語教育が再 び大学で盛 んになり,2000 年代から中等教育で も再
び 教えられる ようになった .一方,こ の時期,旧 ソ連の政治 変動のため,それまで盛 んで
あ ったロシア 語教育は地位 がさがり, ロシア語教 育を行う学 校数も学習者数も少なく なっ
て きた.特に,南部では 1999 年現在ロ シア語を教え る中等学校 は一校もな くなった.逆 に,
英 語に対する 関心や人気が 高まり,ニ ーズが大き くなった.
28
2.4.現在のベトナムの教 育事情と外 国語教育の 発展及び外国 語教育政策
1986 年のドイモイ 政策以降,国 の発 展と共に ,ベト ナムの教育は一層発展 し てきた.現
在 ベトナムは 5‐4‐3‐4 という教育 制度をとっ ている.初 等・中等教育 が 12 年間と高等
教 育が 4 年間 である. 以下 の表は 2006 年現在の全 国の教育機 関数と学生・生徒数である.
学校
学校数
国立
初等
中等
教育
小学校
中学校
高等
教育
私立/
民間
学生・生徒数
総計
国立
私立/
民間
総計
14,601
9,334
87
52
14,688
9,386
7,288,694
6,344,041
33,045
114,477
7,321,739
6,458,518
1,426
527
1,953
2,070,611
906,261
2,976,872
高等専門学
校
229
55
284
422,657
77,597
500,252
短期大学
142
9
151
277,176
22,118
346,891
79
25
104
949,511
138,202
1,016,276
高校
大学
(ベトナ ム教育訓練省 2006 年レポートによる)
1986 年からベトナ ム政府はオ ープンな外 交政策を行 い,世 界各国との外交関係は発 展す
る ようになっ た.その結果 ,ベトナム には様々な 外国の機関や 外国人が入り,ベトナ ム人
と 外国人との 交流や協力も 一般的にな った.それ にしたがっ て,ベトナムでの外国語 教育
が さらに盛ん になってきた.
現 在中等教 育では英語, フランス語 ,ロシア語 ,中国語,日 本語の 5 つ の言語が必 修科
目 として教え られている.ベトナム教育 訓練省(MOET)によ って,全国統一で中学・高 校の
7 年間,外国語が必修とさ れているが,第 2 外国語とし て勉強させる学校もあ る.さら に,
そ れより早く 小学校から外 国語教育を行う学校も ある.また ,上述の 5 つ の外国語の うち
の 一つが高校 卒業試験に出 されるが,どの外国語 が試験 科目と なるかは中等教育で勉 強し
て いた外国語 科目によっ て異なってい る.それに,どの外国 語がどの学校でどのよう に教
え られるかは 各地方の教育 訓練局(DOET-県及び 政府直轄都市 の教育管理局)によっ て決
定 される.即 ち,例えば中 国語の場合 ,ある地方 では中国語 が教えられるが別の地方 では
教 えられない ,あるいは同 じ地方でも 教えられる学校と教え られない学校がある.ま た,
1 つのクラス で英語は第 1 外国語科目 として教え られ,同時 にフランス語か日本語が 第 2
外 国語科目( 選択科目)と して教え られる場合も ある.
現 在,初等・中等教育で は英語が一 番人気があ り,学校数も 生徒数も 95 パーセント以上
占 めていると MOET が発表 している.フランス語はまだ 教えられて いるが,履修希望が 以前
と 比べてより 少なくなっ ていることが 知られてい る.一番大 きな原因はフランス語に 関連
し た職業が少 なく,勉強し ても使用す る機会があ まりないか らではないかと考えられ る.
逆 に,日本語 に対する興味 や関心はま すます高く なっている .以下,ベトナムにおけ る日
本 語教育事情 とその展望 及び問題点について指摘 したい.
3.ベトナムにおける日本語教育とその展望及び問題点
3.1 ベトナムにおける日 本語教育事 情概要
日本 語教育は1957年に南部で,1961年に 北部で 正式に開始 され,発 展した後 ,10年 間ぐ
ら い(1978年~1989年)の 休眠の時期を経た.1987年に北部の 貿易大学で再開された が,
南 部(ホーチ ミン市)で の再開は1989年である. また,1993年 に中部のフエで日本語 教育
が 開始された .その後,ベ トナムと日 本との友好 関係がさら によくなると共に,日本 語教
育 はますます 発展するよ うになってき た.
2003 年 3 月 に日本国大 使と教育訓 練大臣 の間で 中学校にお ける日本語教育導入の合 意が
な され,半年 後の 2003 年 12 月にハノ イのモデル 校にて日本 語が開講さ れた.その後 ,ホ
ー チミン市, ダナン,フエ でも中等教 育の日本語 教育が開始 された.一方,ハノイ国 家大
29
学 外国語大学 では大学附 属外国語専門 高等学校( 外国語能力 がある優秀な生徒のため の高
校 )で日本語 教育を開始し ,また同大 学東洋言語 文化学部に て日本語教師養成課程が 設立
さ れた.ま た,その 後,MOET の決定 で,2007 年に改 めて日本語 が高校入学試験科目にな り,
2008 年 に高校卒業試 験と大学入 学試験科目 になった.これ に従って,ベトナム全体で 日本
語 教育が普及 する段階に なった.
高等教育で は,貿易大 学の他に,ハ ノイ国家大 学外国語大学やハノイ大 学でも日本 語学
科 が設置され ,2008 年現 在どちらの 大学でも 15 年以上の歴 史を持つ. その後,ホー チミ
ン 市国家大学 やダナン大学 ,フエ大学 でも日本語 教育が始ま り,私立短期大学や私立 大学
で も日本語教 育が盛んに なっている.
国 際交流基 金の「 海外日本語 教育機関調査 」の 結果に基づく と,2006 年現在ベトナ ムに
は 110 の日本 語教育機関が あり,世界で 18 位になっている.また,教 師は 1,037 人,学習
者 数は 29,982 人と いうのはい ずれも世界第 9 位である.2003 年か らの 3 年間で,機 関数
は 2倍,教師 数は 1.8 倍, 学習者数は 1.6 倍に増 加している. 日本語教育機関の中で ,初
等 ・中等教育 機関が 6.2%,高 等教育機関が 34.8%を占め,もっとも多 い機関は学校 教育
以 外の機関(58.8%)であ る.
日 本語能力 試験受験者 数を見ると ,2006 年の 8,045 名か ら 2007 年に は 11,433 名と,一
年 間で 40%以上も 増えている.
3.2 ベトナムにおける日 本語教育の 展望と問題 点
上述した日 本語教育機関 数や,学習 者数及び日 本語能力試 験受験者数が 増加したこ とを
見 ても明らか なように,ベ トナムでの 日本語教育 の拡大には目 を見張るものがある. この
よ うに急速に 盛り上がっ た外国語教育 の例はベト ナムでは過去 にはない.
なぜ,ベト ナムでの日本 語教育はこ のように急 速に盛り上 がったのか. まず,国レ ベル
の 日本とベト ナムとの経済 関係・外交 関係の活発 化や日本文 化に対する人々の関心が 高ま
っ たことに原 因があるの ではないかと 考えられる.また,ど の外国語を学ぶか決定す ると
き ,人々には 考えや目的 があったはず である.それゆえ,筆者 は 2008 年度にハノイに ある
3 つの大 学の 100 名の学生(3 年生と 4 年生)を対象に ,アン ケート調 査を行った .結 果で
は,「なぜ日本語を勉強し ているか」 という質問へ の答えでは 「将来の就 職のため」 が一
番 多く,95%を占めている.その他に,
「 就職のため」に 加えてもう1 つのほかの 理由(「日
本 文化を知り たい」,「日本 文化が好き」,「日本の 政治・経済 ・社会に関する知識を得 る」
等 )を挙げてい る.また,
「日本語 ができること で,自分の将 来の職業に 明るい展望が 持て
る か」という 質問へは 100%の学生から「持てる 」という答えを得た. このように, 国レ
ベ ルの日本と ベトナムとの 各分野での 関係から見 ても,人々 の意識から見ても ,ベト ナム
で の日本語教 育の発展は長 期的に続 くものである と予想され る.
しかしなが ら,ベトナ ムにおける日 本語教育で は問題も少 なくないと考 えられる. 教育
段 階別に日本 語教育上の問 題点を見て みると,初等・中 等教育 機関では,
「 教師が不十 分」,
「 教師の教授 法が不十分」があげられている.これ は最も大き な問題であると考えられ る.
高等教育機 関では,
「教師 数の不足」とい う問題もあるが,この問題 は初等・中等教 育機
関 ほど深刻で はない.か わりに,
「大 学院を卒業した講師の数 がまだ少な く,理論的な 科目
を 担当できな い」や「研究能力 が不十 分」,
「教 授法等の日 本語教育の知 識が不十分 」 等の
高 いレベルの 知識が不足し ているとい う問題が多 くある.それ以外に,
「 適 切な教材の 不足」
や 「施設・設 備が不十分」 という問 題も挙げられ ている.
ま た,国全 体からみる と,ベトナム での日本語 教育機関のネ ットワークはまだない ,も
し くはあるが まだ不十分で あると考え られる.そ のため,日 本語の講師も研究者も互 いに
研 究成果や経 験を交換・共 有すること が実現しに くいと思わ れる.
さ らに,全国 レベルでの 日本語教育 のための広報 もまだ不十 分ではない かと考えられ る.
ベ トナムは発 展途上国であ り,大都市 と田舎にい る人々の情 報習得方法や取得のチャ ンス
に かなり差が ある.
「日本 は経済発展 している国で あり,ベト ナムとの友 好関係や経 済・文
化 ・関係が盛 んになってい るため,日 本語を勉強 すれば将来 によい職業を得られる」 とい
う ことは大都 市の人々はわ かっている が,地方に いる人びと は誰でもわかっているわ けで
30
は ない.外国 語教育の政策 を実現する 担当者の中 で,このこ とを十分に理解していな い人
も いるのが現 実である.上 に述べたよ うに,日本 語は英語, フランス語,ロシア語, 中国
語 と同様に,中学校・高校の必修科目になっ ているが,どんな外 国語を教えるかは各地 方で
別 々に決定さ れる.決定す る際に情報 が不十分な らば,国の 発展に適当ではない決定 がな
さ れる可能性 もあるのでは ないかと考 えられる.
4.おわりに
以 上, ベト ナムにおける 国レベルの 言語政策・外国語教育 政策や教育制度を踏まえ ,現
在 のベトナム の外国語教 育事情と日本 語教育事情について述 べた.現在,ベトナムに おけ
る 日本語教育 は盛んにな り,政府の関 心と人々の 関心及び人 気を集めている.筆者は 日本
語 の教育がこ れからさらに 発展し,多 くの成果が 得られると確 信している.しかしながら,
日 本語教育は 短い 間に急に 発展してき たので,ま だ準備が不十 分なところや問題にな って
い る点も少な くない.日本 語教育が安 定的に発展 するために 問題点を解決することが 必要
で ある.また ,上述したこ とからもわ かるように,ベトナムで の外国語教 育は現在まで 様々
な 影響で多く の変化を経て きた.これ から日本語 教育は流行 ったり落ち込んだりしな いよ
う に,国全体 の長期的な, 柔軟な政策 が必要であ ると考える .また,これを実現する ため
に 多くの機関 の協力が必要であると 考える.
参考文献
ベ トナム教育 訓練省(2006)「全国教育事情報告」 .
国 際交流基金(2006)「海外 日本語教育 機関調査報 告」.
連絡先
Faculty of Oriental Languages and Cultures,
University of Languages and International Studies
attached to Vietnam National University, Hanoi
144 – Xuan Thuy, Cau Giay, Hanoi
Telephone +84-4-7549557 Fax: +84-4-7548057 (office)
Email: [email protected]
Mobile: +84-904139936
31
タイにおける言語政策の動向と日本語の位置付け
Tasanee Methapisit (Thammasat University,Thailand)
1. はじめに
グローバル 社会への変 貌につれ,世 界各地で多言 語多文化社 会が叫ばれ ることとな った.
グ ローバル社 会において,英語教育の充実はもちろ んのこと,国際貿易や国 際間の安全 性な
ど を確保する には,異国の 文化や言語 の受け入れ も避けられ ない.相手の言 葉を理解す れば
国 際間の摩擦 も軽減され る.タイでは,最近の国策として,「2 言語プログラム」そ して「 初
中 等教育にお ける中国語 教育」が推進され ているが,J-POP の浸 透等により親日家の若 者の
数 も 年 々 増 加 し て い る .タ イ に お け る 言 語 政 策 の 動 向 と 日 本 語 の 位 置 づ け は ど の よ う に 変
わ っ て い く か は,ま さ に 臨 界 期 で あ り,目 を つ ぶ る こ と の で き な い 状 況 に あ る と 言 え よ う .
本 稿では,現在のタイにお ける言語政 策の中で日 本語教育 の位 置付けを中 心に述べる .
2. タイの教育制度
1978 年よりタイ の教育制度 の基本体系 は 6-3-3-4 制に改正され,1999 年にはタイ で初
め ての教育基 本法である「国家教育法 」が制定さ れ,義務教育は 9 年間に 延長された.2001
年 には小中高 12 年一貫の 新たな基礎 教育カリキュ ラムが定め られ,学習内 容が①タイ 語,
② 数学,③理科,④社会科・宗教・文化,⑤保健・体育,⑥芸術,⑦職 業・建築・テクノロ ジー,
⑧ 外国語の 8 グループに定められた .(外国語は人 間性を育成し,思考や仕 事における基 礎
的 能力を育成 するための学習内容と されて いる)
教育 行政の 担当 官庁は教育省 であり,2003 年 7 月に教育省( 初等教育,中等教育,一 部の
大 学を管轄),大学庁(総合 大学を管轄 ),国家教育 委員会が統 合され,新し い教育 省とな り,
省 内機構改革 も実施され た.
基礎 教育を行う 学校は 32,475 校が初等教 育,11,124 校が前 期中等教育,そして 3,173 校
が 後期中等教 育を提供し ている.高等教育に関わっ ている機関 数は全国に 635 校あり,この
う ち大学は 156 校あると いう.2006 年の統計によると ,全レベルの就 学生総人口 は約 1,400
万 人いるが,高校や専門学 校まで進学 し た人は約 77 万人で,大 学への進学 率は 18-24 歳の
人 口の約 25%に過 ぎない.
2.1 タイの言語政策
1990 年代以降,タイの 文教政策は ,単一の国民 文化や国語を 強調すると いう方針か ら,文
化 の多様性や タイ語以外の 言語学習の 重要性を認 識した方針へ と転換した.また,グロ ーバ
ル 化の進展に 伴 い,タイ国 民の個人能 力および国と しての競争 力を上げる には外国語 能力
が 不可欠だと 政府は痛感 し,1995 年 12 月に 外国語教育奨 励案を内閣 で承認し,英 語を必修
科 目,つまり第 1 外国語と して初等教 育から教える ことが決ま った.その後,1996 年より「2
言 語プログラ ム」つまり,タイ語,社会,法律,文化 以外の科目を 英語で指導できるとい う
「English Program(EP)」が導入さ れた.たとえば,2003 年より EP を導入して いるバンコ
ク 市内にある ベンチャマボ ーピット学校では,小学 1 年生 1 学 年内の 2 クラスに EP を 導入
し ている。外国語,数学,理科,保 健・体育,芸術,総合学習などの授業におい て英語で週 に約
15 時間 行われている.
現在, タイ 全国に EP ス クールが 183 校あり,生 徒数 30,219 人,教員数 1,675 人とな って
い る.インターナショナル スクールは 110 校ある.EP を はじめ,全 国の英語教 育普及活動
を 担当してい るのは教育 省 ENGLISH LANGUAGE INSTITUTE であ る.我が子をバイリンガ ルに
育 てようと望 む親が増加し ていること はこの数字 からも伺え よう.
英語力のあ る人材を育成 するために,教育省高 等教育委員会 事務局は 2003 年に英語 開発
セ ンターEnglish Language Development Center(ELDC)を設立し,サービス 業などに必 要な
英 語研修プロ グラムや社会 人向けのオ ンライン教 材などを提供 している.
32
し か し な が ら ,教 員 不 足,専 門 外の 教 員 ,勤 務 態 度,就 労 ビ ザ な ど の問 題 も あ り ,質 の よ い
教 員 の 確 保 が困 難 で あ る . タ イ 人 英 語 教 師 養 成,ま た 現 役 の タ イ 人 英 語 教 師 の 再 教 育 な ど
も 重要な課題 とされている.
最近の動向として ,英語に次ぐ重要な外国 語は,中国語とされてい る.タイの華人人口は
705 万人にのぼるにもかかわら ず,長年低迷 していた中 国語教育は 21 世紀に入 り一気にそ
の 人気を吹き 返した.2003 年に ,タイ政府の方針により バンコク市 内にある初中 等学校に
中 国語コース が開設され た.中国政府からの支援 により,孔子学院が全国に 13 校開設さ
れ,2006 年にはボランティア中 国語教師も 447 人ほど派 遣されてい る.同年には「タイ国中
国 語教師協会( Chinese Language Teachers' Association of Thailand )」が発足 した.中国
語 に関しては,タイ国教育 省は,教授法やカリキュ ラムの標準 化を図るとと もに,グローバ
ル 市場に適応 できる人材の育成を目 指すとしてい る.ここ数年 テレビでも中国語 3,500 字
の 意味を教え る,大型電子 芸術教学片『 汉 字宮 』という番 組が放映され ている.
第 10 次国家 経済 社会開発 5 カ年計 画(2007-2011 年)を 受け, タイ学術 研究会議 Office of
the National Research Council of Thailand(NRCT)は 2008-2010 年の研 究課題要綱に,10
項 目の緊急課 題を掲載し た.「足るを知 る経済対策」と「国家安 全保障およ び国防力の強 化」
に 次いで 3 番 目に重要な課 題として「教育改革」が掲げられ,外国語教育の重要性が強 調さ
れ ている.基礎学習内容で ある外国語 では,基礎教 育カリキュ ラムを通し て一貫して学 習す
る 言語を英語と定め,その 他の外国語については ,適切性に基づいて学習を提供する教 科を
策 定する教育 機関の公正な 判断の元 に置くものと している.現 在,民間の語学学校で最 も人
気 のある外国 語は,中国語,日本語,韓 国語であると いう.
2.2 外国語教育と入試制度
タイにお ける外国語 教育はこれま で,英語,フ ランス語,ド イツ語など の欧米言語と中国
語,日本語などのアジア言 語が中心だ ったが,今後は,それに加えてロシア語,スペイン語,
ベ トナム語,カンボジア語 などの言語 教育も行わ れるようにと 提唱されて いる.
1990 年代後半か ら現在にかけては,大学 入試科目に外国語が選択 科目として採 用され,
ド イツ語,フランス語,日本 語,中国語,アラビア語 ,パーリー語 の 6 科目の 中から選択可 能
で あるが, 2010 年 からは新試験 制度が採用されること になっている .
管轄機関の National Institute of Education Testing Service (NIETS)によると,2010
年 より実施さ れる新試験 制度(通称アドミッション)は基本的には次の 4 つの要素によ って
構 成されてい る.
GPAX
(後期中等教育 6 期分の成績 )
20%
O-NET (大学入試センター試験 )
30%
GAT 1 (一般知識:数 学と英 語)
10-50%
PAT
(専門知識: 複数)
0-40%
GPAX 及び O-NET により 高校での成 績を 50%採用し ている.残り の 50%は GAT つまり数 学と
英 語の能力の 成績だけを 見るか,専門知識も考慮す るかは,それぞれの大学の判断に委 ねる.
英 語以外の外 国語は PAT に含まれてい る.
専 門知識を 測る試験で ある PAT は 7 つ に分類される.PAT1 は数学,PAT2 は理科,PAT3 は工
学, PAT4 は建築学, PAT5 は教育 学, PAT6 は芸術美術学, PAT7 は第 2 外国 語(フランス語,
ド イツ語,日本語,中国語,アラビア語 ,パーリー語 )で ある.(最初の 構想では,PAT7 の 第二
外 国語ははず されたが,フ ランス語教 師協会の有力 者の働きか けにより復 活.但 し,PAT7 が
占 める割合は 10% に止まってい る.)
2010 年より実施 のアドミッションは年に 3 回(7 月,10 月,3 月)行われ ,そのうち最も高
い 得点を採用,有効期限は 2 年とされ ている.
今の時代の 理想の大学 卒業生の資 質として,基礎 的 IT 能力のほか,最低 2 つの外国語が使
い こなせ,国際的な環境の 中で業務が 果たせると いう能力が要 求されてい ると,第 9 次 高等
教 育開発計画(2002-2006 年)に 記されている.
2.3 タイの日本語教育の現状
タ イで初めて 日本語教育が誕生した のは 1947 年 であったが,1981 年に日 本語は外国 語と
33
し て 8 つの基 礎内容の一つに認定さ れた.1991 年に国際 交流基金日 本語センタ ーが設立さ
れ,1994 年に日本語教師養成コ ースが設け られてから ,日本語教師数 はもちろん のこと,日
本 語学習者数 が急増した.1995 年には日本語は人材不足 分野である と定められ,この分野
の 人材育成が 急務となっ た.1998 年までのタイの日本語 教育の変遷 は松井嘉和等 (1999)
を,また,1990 年代 後半から最近 にかけての大まかな動 向について は伊藤(2008)も参照さ
れ たい.本稿では最近の動 向を重点的 に述べる.
1997 年 には,タマサート大学大 学院修士課程 において「 日本学研究科 」が開設され ,1999
年 には,チュラーロンコー ン大学大学 院修士課程に,「日本文学及び日本語 学研究科」 が開
設 された.
1998 年 には日本語 は初めて大学 入試の試験 科目に採用 され,2005 年度の入試では,19 大
学 87 専 攻で受験者 が日本語を選択すること ができた.近 年,第 2 外国語の中ではフラン ス語
に 次ぐ受験者 数(約 3500 名)になっ ており,こう した状況が 中等教育での日本語学習 者の
増 加を後押し していると考 えられる.
ここ数年で 新規に日本 語専攻講座を 開設する高 等教育機関が 急増してい る.このよう な
目 覚しい発展 は国際交流 基金の支援によるところ が大きいと 思われる.特 に最も評価 すべ
き 活動は 1994 年より実施 の初等中等 教育の現職教 員を対象と した 「日本 語教師養成講 座」
で あり,現在までに 189 名 の教員を養 成している.日本語教師の質の向上 を目指し,引き続
き 年に数回の 研修プログ ラムが行わ れている.その結果,新規に日本語コー スを開設す る学
校 も増えつつ ある.2006 年の調査によ ると,タイの 教育機関数,教員数,学習者数は表 1 に示
し たとおりで,日本語学習 者数は 1998 年に比べて約 40%増加してい ることがわ かる.ちな
み に,タイの日本語学習者 数は世界で 7 位となって いる.
表 1:タイ における日 本語教育機関 数,教員数 ,学習者数
東南アジアの
全世界の日本語
学習者数
学習者数
39,822
132,409
2,102,103
864
54,884
206,014
2,356,745
1,153
71,083
429,736
2,979,820
調査年
教育機関数
教員数
学習者数
1998
200
615
2003
274
2006
451
国際交流基 金バンコク日本文化セ ンター(2008)によ れば,2007 年現在,全国の国立大学
24 校の うち 14 校で ,私立大学 67 校のうち 4 校で,ラチ ャパット大学 40 校のう ち 15 校で,
そ してラチャ マンカラ工 科大学 9 校のうち 2 校で日 本語専攻講 座が開設さ れている.年 間お
よ そ 1000 名近くの日本語 専攻生が世 に送り出さ れているとい う計算にな る.タマサー ト大
学 大学院の過 去 10 年間の修了生は 62 名となって いる.チュラーロンコーン 大学大学院 過去
8 年間の 修了生は 17 名となって いる.
日 タイ修好 120 周年を迎えた 2007 年には,長年 言われてき た教員不足問題を解決す るた
め に,コンケン大学教育学 部に「日本 語教育学」 が,チュラーロンコーン大 学大学院に も修
士 論文を必修としない 1 年半の教員養 成修士課程が設立され た.今後の教 師養成や研 修は
国 内でも行わ れることがで きるように なった.また,ものづくりマインドを 持った即戦 力人
材 を育成,産業界に供給す る ために,日本語・英語と,工学,科学,経営学等の 専門知識の 教育
を 並行した非 常にユニー クな教育課程を提供する 泰日工業大 学(TNI)も開 学し,現在の 登録
学 生数約 1,200 名には,今 後の活躍が 期待される.さらに,来年 度には国立マヒドン大 学で
も 日本語専攻を開講,また カセサート 大学でも大学 院修士課程 を開設の予 定である.
なぜタイ で日本語学 習がブームに なったかと いうことにつ いては,様 々な要因が 考えら
れ る.まず,一 般の人でも,日本語能力があると ,就職で有利になるという認 識がある.マン
ガ,アニメ,ビ デオゲーム,歌などの J-POP 文化の浸 透により,日本文化,社会・政治・経済,
科 学技術など にも関心を 示し,直接日本語で理解し たいと思う 若者が多い .そして日本 留学
経 験者が様々 な分野にお いて活躍し ているため,タ イで独自に 作成された 日本語教科書,日
34
本 に関する参 考書,文芸誌,学会誌,マ ンガ,小説の 訳書などが 充実してきて いる.
3. タイにおける日本語教育の可能性
タイにお ける日本語 教育は,日本 企業の進出 ,国際交流基金 の積極的な 教師養成プ ロジェ
ク ト導入に依 存するとこ ろが大きか ったが,最近で は日本文化,サブカルチ ャーが浸透 し,
日 本語日本文 化に興味が あり,日本語を自発的に勉 強しようと する若者が 増加した.今 後の
日 本語教育の さらなる振興 を図るには,学習者の低年齢化,学習者の動機の 多様化が重 要な
キ ーワードに なろう.学習 者の適性や 個人の異なる 背景知識を 考慮しつつ ,柔軟に対応でき
る 日本語教育 が要求され てくると思 われる.
そのため には,国際交 流基金をは じめ,タイ国 元日本留学 生協会や泰日 経済技術振 興協会
な どの支援を 継続的に受 けながら,既存の主要なネ ットワーク を機能させ ることが効 果的
な 方策である と考えられ る.最近行われている活 動には,定例研究会,滞日 未経験の教 師を
対 象とした短 期訪日研修,学習者のスピーチコンテ スト、作文コンテスト、ドラマコ ンテス
ト 等がある。 現在タイに あるネットワ ークには以 下の ものが ある.
組織名
タイ国日 本語教育研究 会
タイ国日 本語教師会(2008 年 より「タイ 国日本語文化教師協会」 として登録 )
ラチャパッ トの日本語 教育を考え る会
イサーン日 本語教師の 会
東北タイ中 等学校日本 語教師の会
みんなの勉強会
北部タイ日 本語教師の 会
北部タイ中 等教育日本 語教師会
タイにおけ る母語・継 承語として の日本語教 育研究会
南部日本語 教師会
2008 年 8 月現在タ イで活躍している日本 語教師数は,非常勤も含め て 1,096 名,この うち
日 本人教師は 403 名いる.最近タイ人教師が日本 語 教員の多様 化が進んで いる中で,細 分化
さ れたニーズ を個々に掘り下げてい くミクロな視 点と,全体の 連携を図る マクロ的な ネッ
ト ワーク作り が求められ る.日本語教育の普及に は,タイ人教師及び日本 人教師が 協働 して
積 極的に取り 組ん でいく ことが必 要で あろう.
4. おわりに-今後の課題
タイ国内 における日本 語教育は 充実してきて いるが,課題 もある.
日本語教育 のいっそうの振興を図 るには,既に設 置されてい る「日本語 教師養成コ ース」
を 充実させ,既に教育経験 のある教師 には,最新情 報の提供,技術の普及 ,レベルアップのた
め の教育指導が必要 であ る.特に中等教育機関で教 えているタ イ人教師へ は継続的な研 修
プ ログラムが 必要である.
学習者の 変化に対して は,個別学 習などに対 応できるよう ,E-Learning 教材 の作成,また
は 国を超えた リソースの共 有が重要に なってくる.特に,中級か ら上級学習者のための 教材
の 充実が求め られよう.
国家レベ ルを超えた草 の根の交流 を促進する には,グロー バルな視野 を持ち,異文 化に対
応 でき,しかも,日本語が使いこなせる ,高いコミュ ニケーショ ン能力を有 する人材育成 は
も ちろん,日本研究者の育 成も必要で ある.
最後に,ネッ トワーク構 築 や,ワーク ショップの 企画を担う 中核的人材の育成が必要 であ
ろ う.これらの活動を重ね ることによ り,近隣諸国 にいる日本 語教育関係者 との連携を とり,
ネ ットワーク を拡大して いくことにな ろう.
35
これまで見 てきたように,タイにお ける日本語教 育の未来に は,明るい要 素がたくさ んあ
る .日 本 と タ イ の 両 国 間の 文 化 交 流 ,学 術 交 流 が さ ら に盛 ん に 行 わ れ ,日 本 研 究 に 関 す る 修
士 課程の増加,博士課程設 立の日が来 るであろう .様々なネットワークが互いの言語や 文化
へ の理解を深 めるために活 発な活動 をすることに なる.さらに 言えば,国籍 や母語を問 わず,
ま た東南アジ ア地域のみ ならず,世界各地にいる日本語教師,研究者,学習 者同士が「日本語
を 媒介語とし て」コミュニ ケーション を図り,国際 的な活動に 協働してとり かかること もも
は や夢ではな くなる.
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ระดั บ อุ ด มศึ ก ษาฉบั บ ที่ 9 (2545-2549)
http://www.niets.or.th/niets_news.html ฉบั บ ที่ 11 ประจํา เดื อ นกรกฎาคม-สิ ง หาคม 2551.
36
連絡先
Department of Japanese, Faculty of Liberal Arts, Thammasat University
Tha Prachan Campus
2 Phrachan Road, Phranakorn, Bangkok 10200 THAILAND
Tel:
+66(0)2-613-2629~30
Fax:
+66(0)2-623-5100
Rangsit Campus
99 Moo 18 Paholyothin Road, Klongnung, Klongluang, Pathumthani 12121 THAILAND
Tel:
+66(0)2-696-5621
Fax:
+66(0)2-696-5626
email: [email protected], [email protected]
37
10 月 16 日(木)
A 会場
38
タイ人日本語学習者の作文にみられた漢字の書き誤り
-書き誤り率と学習期間及び漢字テストの成績の関係を中心に-
佐々木良造(Malaya University) 尾沼玄也(拓殖大学) 上野亮一 (芝浦工業 大学)
1.はじめに
日 本 語 学 習 に お け る漢 字 の 学 習 は ,非 漢 字 圏 の 日 本 語 学 習 に と っ て 大 き な 負 担 に な る と
い われている.漢字の導入 ,漢字学習教材,指導法な どの検討が 盛んに進め られている が,学
習 者の産出し た漢字に関 する研究は 少ない.
学習者の産 出した漢字には正確な 形の漢 字もあ れば,書き誤 った漢字も ある.学習者 の書
き 誤 り を 分 析 す れ ば ,指 導 の 際 の 貴 重 な 資 料 に な る で あ ろ う .ま た,教 材 や テ ス ト の 作 成 の
際 にも役に立 つと考えら れる.
2.先行研究と研究の目的
漢字の書き 誤りの研究は,非漢字圏 の学習者を対 象とした Hatta et al(1997,1998),大北
(2001),佐々木・尾沼(2007),佐々木(2008)の研究,漢字圏の学習者を対象 とした伊藤(2006)
な どがある.いずれの研究からも,日本語学習者の 漢字の書き 誤りは,同音 異義語,同訓異字
語 より,非漢字(日本語の漢字にない 形 の漢字)が 多いことが 報告されて いる.
先行研究か ら「学習者の 書き誤りに は非漢字が 多い」とい うことが言え る.しかし,日本
語 教 育 の 現 場 に と っ て ,書 き 誤 り の 種 類 の 情 報 だ け で は不 十 分 で あ ろ う .書 き 誤 り の要 因 ,
書 き誤りの段 階,判定基準,訂正の方法など,明らか にしなけれ ばならない点が多々あ る.そ
こ で,本研究では,その中でも,日本語学習期間と漢 字の書き誤 りの数,およ び漢字能力と漢
字 の書き誤り の数の関係を 探ることを 目的とする.
3.調査方法
調査対象者 は,タイ国タ マサート大 学の日本語 専攻の学生(47 名)で,日 本語能力は 中級,
母 語はタイ語 である.2007 年 12 月から 2008 年 1 月にかけて,授業の一環 として書か れた作
文 から漢字の 書き誤りを 収集した.漢字の能力につ いては,2004 年度日本語能力試験 4 級か
ら 1 級の文字 語彙の問題よりそれぞれ 6 問選び,計 24 問の漢字 テストを作成した.
3.1 漢字の書き誤りの判定基準
佐々木(2008)の分類に基づき,以下 の条件に抵触 する漢字を 書き誤りと 判定した.判 定者
は 筆者と共同 研究者の計 2 名で,両者 の見解が分か れた書き誤 りは除外し た.表 1 に分類と
例 を示す.分類(8)の例は ,表 2 に示す .
3.2 漢字能力判定テストの作成 基準
漢字能力を 判定するた めに,2004 年 度日本語能力 試験 1~4 級の文字語彙の問題のう ち,
問 題文の下線 部の言葉の漢 字を選択す る問題から,各級 6 問,1~4 級で計 24 問を抜粋し た.
抜 粋 の 方 針と し て ,1)該 当 級 の 受 験 者 の 正 解 率が 際 立 っ て 高 い 問 題 ,ま た は 2)該 当 級の 受
験 者の正解率 が際立って 低い問題を 除き,識別力が 高い問題を 採用した.識 別力は 0.3 以上
で,正答率は 0.7 以 上のものとした.候補が 6 つ 以上あった場合は,識別 力の高い問 題から 6
つ 採用した.また,識別力が 0.3 以上の 問題であっ ても,正答率 が低い問題 は採用せず ,正答
率 の高い順に 6 つの問題を採用した .以下,本稿で は漢字能力 判定テストを「漢字テスト」と
呼ぶ.
4. 結果と分析
4.1 漢字の書き誤り数について
3.1 の表 1 および表 2 に 基づき,被験者ごとに,正確な形で書いた漢字の 数(以下,正 用数)
と 書き誤り数 を延べ数で 数えた.以下,書き誤り数 を正用数で 割り,百分率 で表わしたも の
39
表 1: 漢字の書き誤りの判定基 準と書き誤 りの例
誤用 例
正用
(1)音が似ている漢字で代 用
面説
面接
(2)形が似ている漢字で代 用
仲門
仲間
(3)意味が似ている 漢字で代用
彼男
彼氏
(4)音と形が似ている漢字 で代用
新友
親友
(5)音と意味が似ている漢 字で代用
多い に
大い に
(6)形と意味が似ている漢 字で代用
少さ い
小さ い
(7)音と形と意味が似てい る漢字で代 用
少学 校
小学 校
(8)非漢字で代用
(表 2 参照)
(9)二字熟語の順番の誤り
手上
上手
(10)その他
楽学
楽器
表 2: 分類(8)の 下位分類とその例
誤用例
正用
(a)1 画/2 画多い または少な い
書/対
(b)異 なる部品の 使用
顔/変
(c)異 なる部品の配置
知/宿
(d)部 品の付加あ るいは脱落
友/意
(e)向 きが違う書 き誤り
外/誕
(f)突 き出るか突 き出ないか の書き誤り
乗/常
(g)線 の長短の書 き誤り
卒/宿
(h)部 品の分解に 関する書き 誤り
何/家
(i)非 部品の使用
英/彼
(j) (a)から(i)の 2 つ以上の組み合わせ
愛/言
を 「書き誤り 率」と呼ぶ.正用数は 152 字から 814 字で平均約 378 字であった.
書 き 誤 り率 は 1.0%か ら 12.0%で ,平 均は 5.0% で あ っ た .内 訳 を見 る と ,5% 未 満が 27
名,5%以上 10%未 満が 17 名,10%以上が 3 名であった.書き誤り率 が 10%以上の被調 査者
の 正用数を見 ると,267 字,282 字,359 字と 3 名とも平均 以下であっ た.
4.2 漢字テストの結果について
被 験者ごと の得点を表 4 に示す.最低点が 10 点,最高点が 17 点,平均が 13.7 点であっ た.
結 果から被験 者は日本語 能力試験 3 級 レベルの漢 字の知識が あり,うち,約 3 分の 1 が 2 級
レ ベルの漢字 の知識があ ると言える.
4.3 日本語学習期間について
日 本語学習 歴は 7 か月か ら 84 か月で,平均約 44 か月であっ た.表 5 に被 調査者の学 習期
間 を示す(単 位は「か月」).
40
表 3:書き誤り 率
No. 正用数
書 き誤り数 書き誤り率
No. 正用数
1
361
16
4.4
25
407
2
271
9
3.3
26
323
3
171
3
1.8
27
371
4
332
24
7.2
28
402
5
332
23
6.9
29
267
6
365
8
2.2
30
471
7
480
15
3.1
31
392
8
312
10
3.2
32
377
9
447
11
2.5
33
359
10
351
12
3.4
34
334
11
421
17
4.0
35
477
12
403
38
9.4
36
282
13
152
9
5.9
37
422
14
244
4
1.6
38
387
15
219
6
2.7
39
497
16
337
11
3.3
40
359
17
435
30
6.9
41
306
18
447
13
2.9
42
397
19
336
14
4.2
43
355
20
814
8
1.0
44
370
21
341
9
2.6
45
408
22
323
8
2.5
46
362
23
644
12
1.9
47
403
24
506
16
3.2
No. 得点
1
13
2
17
3
14
4
12
5
16
6
15
7
16
8
17
9
17
10
15
No.
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
書き誤り 数 書き誤り率
24
5.9
16
5.0
5
1.3
22
5.5
31
11.6
42
8.9
31
7.9
16
4.2
22
6.1
12
3.6
39
8.2
33
11.7
32
7.6
11
2.8
20
4.0
43
12.0
25
8.2
15
3.8
18
5.1
10
2.7
14
3.4
35
9.7
26
6.5
表 4:漢字能 力判定テス トの結果
得点
No. 得点
No. 得点
13
21
17
31
11
14
22
12
32
13
15
23
16
33
15
14
24
12
34
13
15
25
15
35
13
14
26
13
36
14
17
27
12
37
11
16
28
13
38
11
17
29
11
39
12
16
30
13
40
11
No. 得点
41
12
42
14
43
13
44
13
45
12
46
10
47
12
4.4 分析
日 本語学習 期間と書き 誤り率,および漢字能力と 書き誤り率 の関係を探 るため,ピア ソン
の 積 率 相 関 係 数 を 求 め た.漢 字 テ ス ト の 点 数 と 書 き 誤 り 率 の 相 関 係 数 は-0.409 で あ っ た.
ま た,日 本 語 学 習 期 間 の 長 さ と書 き 誤 り 率 の 相 関 係 数 は ,-0.326 で あ っ た.5% 水 準 で 無 相
関 検定を行っ たところ,漢 字テストと 書き誤り率の 相関係数は,t=-3.01,df=45,学習期 間と
書 き誤り率の 相関係数は,t=-2.32,df-45 で いずれも有 意であった.
図 1 は,漢字 能力判定テ ストと書き 誤り率の結 果の散布図で ある.図 2 は 日本語学習 期間
41
No. 学習 歴
31
19
32
19
33
18
34
26
35
7
36
19
37
18
38
19
39
16
40
41
No. 学習歴
41
72
42
26
43
60
44
60
45
36
46
48
47
24
%
の 長さと書き 誤り率の散布 図である.
表 5: 被調査者の学習歴
No. 学習歴
No. 学習歴
No. 学習歴
1
60
11
66
21
48
2
62
12
62
22
62
3
62
13
56
23
56
4
59
14
56
24
60
5
24
15
60
25
56
6
78
16
60
26
60
7
56
17
60
27
42
8
42
18
56
28
18
9
56
19
27
29
26
10
60
20
40
30
18
14.0
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
0
5
10
15
20
点
図 1: 漢字能力判定テストと書 き誤り率の 散布図
4.5 考察
漢 字テスト と書き誤り率 にゆるやか な相関関係 がみられた .しかし,相関 係数が-0.409
と あまり高く ない. 文脈に 適切な漢字 を選ぶ能力 と書字能力は同一ではないと考えた 方が
い いだろう.漢字テストの 結果から安 易に書字能力を推測する ことは出来 ないと思わ れる.
ま た,図 1 を見 ると漢字テ ストが 12 点の場合,書き 誤り率は 1.3%から 8.2%,14 点 では
1.6% か ら 11.7% と 開 き が あ る こ と か ら も,書 字 の 指 導 の 必 要 な 学 習 者が 存 在 す る こ と が
わ かる.
日 本 語 学 習 期 間 と 書 き 誤 り 率 に は ,弱 い 相 関 が み ら れ た.全 体 的 に み れ ば,学 習 期 間が 長
い 学生のほう が書き誤り率が低いよ うに見える.し かし,図 2 の 20 か月お よび 60 か月 付近
を 縦に見ると,個人によっ て書き誤り 率にばらつ きがあること がわかる.同 じ学習期間の学
生 でも,書字についてはど のくらい正 確に書ける かについては ,学習者一人 一人に注意 を払
う 必要がある と言 えるだ ろう.
中 級 以 降は ,文 字 の 指 導 よ り 語 彙 の 指 導 の ほ う に 重き が お か れ る 傾 向 が あ る よ う に 思 わ
れ る.学習者に とって,書字 の正確さが どのくらい 重要なのか は一概には言 えないが, 書き
誤 り率が中級 以降飛躍的に 減少するわ けではない 点を教授者は 留意すべきであろう.
42
%
14.0
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
0
20
40
60
80
100
か月
図 2:日本語学習 期間と書き誤り率の散 布図
5. まとめと今後の課題
本 研 究で は ,漢 字 判 定 能 力 テ ス ト の 結 果 と 日 本 語 学 習 期 間 と が 書 き 誤 り 率 に 関 係 が あ る
か どうかを調 べた.結果,弱い相関があることがわ かった.今後は,どのよう な要因が書 字能
力 と関係があ るかを探 って いきたい.
参考文献
伊 藤寛子(2006)「日本語 学習者の漢字 の記憶検索 過程に関する 研究」東北大学情報科 学研
究科博士学 位論文
大 北葉子(2001)「漢字の書き誤 りが漢字教 育に示唆する こと」
『日本語教 育のための アジア
諸言語の対 訳作文デー タの収集とコ ーパスの構 築』国立国 語研究所, pp.19-28
佐 々木良造 (2008)「マレ ー人学習者 の作文にみら れた漢字の 書き誤り」『 世界の日本 語教
育』第 18 号 国際交流 基金 pp.201-213
佐 々木良造・ 尾沼玄也(2007)「漢字の書き誤りの 分類と指導 上の留意点 について:マ レー
語を母語と する非漢字 圏日本語学習 者の作文か ら」国際交 流基金クアラ ルンプール 日本
文化センタ ー主催 第4回 日本語教育セミナー,ク アラルンプ ール,マレー シア
佐 々木良造・尾沼玄也・上 野亮一(2008a)「タイ人 日本語学習 者の漢字の書き誤りに関 する
一考察」第7会日本語教 育国際研究 大会,釜山 ,韓国
Hatta,Takashi.,Kawakami,Ayako.(1997) Kanji writing errors in Japanese college
students and American Japanese students Congnitive Processing of Chinese and
Related Asian Languages. The Chinese university press, pp.401-416
Hatta,Takashi.,Kawakami,Ayako.,Tamaoka,Katsuo.(1998) Writing errors in Japanese
Kanji: A study with Japanese students and foreign learners of Japanese.
Congnitive Processing of Chinese and the Japanese Languages . Kluwer Academic
Publishers,pp.303-316
連 絡先
佐 々木良造 [email protected]
謝辞
本 調 査 に あ た り,タ イ 国 タ マ サ ー ト 大 学 日 本 語 学 科の 鈴 木 恵 理 先 生 ,吉 澤 明 子 先 生 ,松 田 佳
子 先生にご協 力いただき ました.ここに記して感謝いたします .
43
日本語漢字の形態と意味の対連合学習に関わる学習者の認知的特性
-タイ語母語話者の視・空間保持及び処理の観点から-
松田佳子(Thammasat University)
1. 問題と目的
1.1 先行研究 と本研究の 位置づけ
日本語学習者にとっ て漢字学習 は困難なもの の一つであ る.これ までは主に ,
「何を どの
「どのよ うな
よ うに教え,学習 させるか」と いう観点から の研究がな されてきた.し かし,
学 習者に」と いう観点から の研究はほ とんど行な われてこな かった. 加納(1999)は, 漢字
研 究の結果を 学習者の特性 や目的に応 じて教育や 教材に反映 させることが望ましいと 述べ
て いる.では ,漢字学習で は,学習者 のどのよう な特性が関 わるのだろうか.
漢字学習 に関わる学習 者の特性と して石井(1998)は,漢字圏学習者と非 漢字圏学習 者と
い った漢字学 習のレディ ネスの違いや ,図形認識など視覚情 報処理に優れた学習者と 音声
情 報処理に優 れた学習者との違い, 理論的・体 系 的学習を好む 学習者と感覚的・体験 的学
習 を好む学習 者との違いを 挙げ,こう いったもの が漢字学習 に関わる重要な要因であ ると
述 べている.しかし,学習 者の特性の 中でも,認知的特性(図 形認識などの視覚情報処 理や
音 声情報処理 に優れてい るという点)に関して検討した 研究は 少ない.
漢字学習 に関わる認知 的特性に着 目した研究 としては,河 村・前川(2006)と村上(1995)
が ある.河村・前川(2006)は,日本人小学生の音 韻や視・空 間情報の一 時的保持力が 漢字
の 読みや書き と関連する ことを示し ている.また ,村上(1995)は,日本語学習者の視 ・空
間 情報の一時 的保持力や弁 別力が漢字 の読みと関 連すること を示している.これらの 研究
は 漢字学習に 認知的特性( 視・空間情 報の一時的 保持力や弁 別力)が関わっているこ とを
示 しているが ,認知的特 性が漢字学習 の到達水準の差を生み 出す要因であるか否かは 明ら
か になってい ない.つま り,ある特定 の優れた認 知的特性を もった者は漢字学習が得 意で
あ り,そうで ない者は漢字 学習が不得 意であると いえるのかは明らかになっていない .以
上 をふまえ, 本研究では学習者の認 知的特性に 着 目し ,それ が漢字学習に与える影響 を実
験 的に検討す る.
1.2 学習者の特性
1.2.1 非漢字系学習者と 漢字学習
非漢字系学 習者は漢字 系学習者に 比べ,母 語に表意文字をもた ないため,漢 字学習 にか
な りの労力を 要する.この ことから, 本研究では 非漢字系で あるタイ語母語話者を対 象と
し ,日本語漢 字の知識やそ の学習スト ラテジーを もっていな い漢字未習者を取り上げ る.
また,ア ルド(1992)は,非 漢字系学習者特有の 問題として 漢字の形の分 析能力が発 達し
て いない点を 指摘してい る.そこで本 研究では, 漢字の 形態 学習に焦点をおく.さら に,
漢 字は表意文 字であるた め,形と意 味が密接 な関 係にある.よ って漢字学習として, 形と
意 味の対連合 学習を取り 上げる.
1.2.2 認知的特性
本研究で は,漢字 学習に関わる認知的特性 を考える際 に,作動 記憶の理論を用いる.作
動 記憶(Working Memory)とは,Baddeley & Hitch(1974)によっ て提唱され た概念で,「 種々
の 認知課題を 遂行するた めに一時的に 必要となる記憶の機能 ,あるいはそれを実現し てい
る メカニズム やプロセス」である(齊藤 2000).
Baddeley(1986)のモデ ルには,中心的な役 割を担う中央制御部(central executive)と,
2 つ の サ ブ シ ス テ ム で あ る 音 韻 ル ー プ (phonological loop) と 視 ・ 空 間 ス ケ ッ チ パ ッ ド
(visuo-spatial sketch pad)と が 想 定 さ れ て い る . 図 1 に Logie (1995)が 改 良 し た ,
Baddeley(1986)の作動記 憶モデルを示 す.
44
図1
バド リーの作動 記 憶モデル -ロジー によ る改良版-
(松見 2006 よ り引用)
音韻ループ は,音声化さ れたあるい は文字化さ れた言語情 報の一時的な 貯蔵のため のサ
ブ システムで ある.また視 ・空間スケ ッチパッド は,視覚的 イメージや物体の位置な ど,
視 覚的・空間 的情報の一時 的な貯蔵に 携わるサブ システムであ る.これら 2 つのサブ シス
テ ムは,中央 制御部によ って制御さ れる (松見 2006).
この作動記 憶モデルを使 って考える と,学習者が漢字を学 習する際,目 から入った 漢字
情 報は様々な 処理を経て, 最終的に長 期記憶に貯 蔵されるこ とが望ましい.その際, 長期
記 憶により多 くの,そし て正確な漢字 情報が貯蔵 されていれ ば,漢字を正しく理解で き,
産 出できる確 率が高くな るといえる. 長期記憶に 多くの漢字 情報を貯蔵するには,視 ・空
間 スケッチパ ッドで形態 情報を一時的 に多く保持 することが 重要である.情報を一時 的に
多 く保持でき れば,そ の分,長期 記憶にも多 くの情報を 貯蔵できる.そこで,どれだ け 視 ・
空 間情報を一 時的に保持で きるか,こ れを,視・ 空間短期記 憶範囲と呼び,視・空間 保持
能 力の一つと する.また, 長期記憶に 正確な漢字 情報を貯蔵 するには,形態特徴を正 確に
把 握し,他の 漢字との違い を正確に見 分けられる ような処理 能力が重要であると考え られ
る .そこで, どれほど速く 正確に形の 特徴を捉え ,見分けら れるか,これを図形の弁 別・
識 別力と呼び ,視・空間 処理能力の一 つとする. 以上のこと から,本研究では,認知 的特
性 として,視 ・空間保持 能力と しての 「視・空間 短期記憶範囲」と,視・空間処理能 力と
し ての「図形 の弁別・識別 力」を取 り上げる.
1.3 本研究の 目的
第一の目的 は,漢字未 習のタイ語母 語話者を対 象として, 視・空間保持 能力及び視 ・空
間 処理能力の 高低が,漢字の形 態と意味の対 連合学習(形態の再認成 績,再生成績及び 意味
再 生成績)の差(到達水準の 差)を生む要因であるか 否かを検討 することである.
さらに,本研 究では,漢字 形態の属 性として形態 情報量(以下,画数)と形 態イメージ性(形
態 から意味の 想起のしや すさ)を取り上げる.第二の目 的は,漢 字の形態属性と しての形態
情 報量と形態 イメージ性と の関連にお いて,視・ 空間保持能 力及び視・空間処理能力 が,
形 態の再認や 再生成績及び 意味再生成 績の違いを生じさせる か否かを検討することで ある.
2. 実験1
2.1 目的
漢字形態の 再認(5 肢同定判断課題)成績と 意味再生成績に及ぼす視・空間短期記憶範囲
と ,図形の弁 別・識別力の影響を検 討する .
2.2 被験者
タイ語を母 語とする 大学 生
漢字 未習者 12 名.
45
2.3 実験計画
(1)2×2×2 の 3 要因配 置.第 1 の 要因は視・ 空間短期記憶 範囲で大 , 小の 2 水準 .第
2 の要因は画数 で 多,少 の 2 水準.第 3 の要因は 形態イメージ 性で高 ,低の 2 水準.
第 1 の要 因は被験者 間要因.第 2,第 3 の要因は被験者内要因 .
(2)2×2×2 の 3 要因 配置.第 1 の要因は図形の弁別・識別力で 高 ,低の 2 水準.以下,
(1)と同 様.
2.4 材料
(1)学 習漢字:(a)少画数・高形態イメージ性,(b)少画 数・低形態イ メージ性,(c)多画 数・
高形 態イメージ 性,(d)多画数・低形態イ メージ性の 4 条 件.各条件 10 漢字.加納(1988)
を基に 4~7 画が画数の少 ない漢字,9~12 画が画数の 多い漢字.形 態イメージ 性は
桑原(1998)を使 用.
(2)視・空間短 期記憶範囲 課題:Ichikawa(1983)を基に 5×5 のマ トリクスに黒丸が 3~8
個ラ ンダムに配 置されたも の 30 パター ンを作成 .
(3)図形の弁 別・識別課 題:WAIS-Ⅲ成人知能検 査第 3 版「 記号探し」採 用.全 60 問.
2.5 手続き
漢 字 1 字に つき 5 回,形 とタイ語の 意味を書い て学習させ た.各条件の学習終了後 ,
30 秒間,介在課題(口頭に よる計算 )をさせ,再認 テストを行 なった.コ ンピュータ 画面,
最 大 4 秒間呈 示される選択 肢を見て,学習した形 と全く同じ ならば Yes を,同じでな いな
ら ば No を押すよう求めた.被験者には,あらかじ めテストを行 なうことを 知らせてい たが,
5 肢の内 1 つ が正しい選択 肢であるこ とは知らせ ていなかった.全ての学習と再認テ スト
終 了後,視・ 空間短期記憶 範囲課題を 行なった.4 秒間,コン ピュータ画面に呈示さ れた
マ トリクスを 見て覚える よう教示し, 画面からマ トリクスが消えた後,即座に手元の マト
リ クスに先ほ ど覚えた黒丸 を再生する よう求めた .その後, 図形の弁別・識別課題を 行な
っ た.用紙の 左側にある図形が右側 の 5 つの図形 の中にある かないかを,なるべく速 く正
確 に判断する よう求めた. 制限時間は 2 分 30 秒で あった.最 後に意味再 生課題を行 ない,
形 態に対応す る意味をタ イ語で書くよ う求めた.偶発学習課題で制限時間 は 5 分であっ た.
2.6 結果と考 察
(1)視・空 間 短期記憶範 囲大群と図 形の弁別・識 別力高群は ,小群や低群 よりも漢字 形態
を正しく 再認できる . 漢字を学 習する際,視 ・空間短期 記憶範囲大群は,小群よ りも
形態情報 を多く保持 でき,図形 の弁別・識別 力高群は, 低群よりも 正 確に形態情 報を
処理でき たと考えら れる.よって ,長期記憶に 多くのある いは正確な情 報が貯蔵さ れ,
形を正し く再認でき たと考えら れる.
(2)視・空 間 短期記憶範 囲小群は画 数の多い漢字 形態を ,図 形の弁別・識 別力低群は 形態
イメージ 性の低い漢 字形態を正 しく再認でき ない.漢字 には画数の 多い漢字や 形 態イ
メージ性 の低い漢字が多い こと をふまえると, 学習漢字 が増えるにつ れ,視・空 間保
持能力低 群や視・空 間処理能力 低群は,漢字 形態の保持 や弁別・識 別が困難にな り,
高群との 間に到達水 準の差が生 じる可能性が ある.
(3)意味再生 成績にお いて,視・空間 短期記憶範 囲大群と小 群との間に成 績差がみら れな
かった. 図形の弁別・識別力高 群は画数の多 く形態イメ ージ性の高い 漢字におい て,
低群より も意味を再 生できる可 能性がある.ただし,成 績全体に床 効果がみられ たた
め,形と 意味の連合 形成に及ぼ す視・空間保 持能力や処 理能力の影響 を明確に結 論づ
けること はできない.
46
3. 実験2
3.1 目的
漢字の意 味を手が か りとした形態 再生成績に 及ぼす視・空 間短期記憶範囲と,図 形の
弁 別・識別 力の影響を 検討する.
3.2 被験者
タイ語を 母語とする 大 学生
漢 字未習者 14 名 .
3.3 実験計画
実験1と同様.
3.4 材料
(1)学習漢字:漢字 条件 と選定基 準は実験 1 と同様.各条 件 6 漢字.
(2)視・空 間短期記憶 範囲課題,(3)図形の弁 別・識別課 題:実験1 と同様.
3.5 手続き
学 習方法と 介在課題は 実験 1 と同様 であった. 再生テスト は用紙に各条件の学習漢 字の
意 味(タイ語 )が呈示して あり,意味に 対応する形を書くよう 教示した.制限時間は 5 分で
あ った.被験 者にはあら かじめ再生テ ストを行な うことを知 らせていた.全ての学習 と再
生 テスト終了 後,実験1と 同様の視・ 空間短期記 憶範囲課題と図形の弁別・識別課題 を行
な った.
3.6 結果と考 察
(1)視・空間短期記憶範囲大群,小群と,図形の弁別・識別力高群 ,低 群との間に成 績差
がみられ なかった.
(2)視・空間短期記 憶範囲小群は ,形 態イメージ 性の低い漢字 の再生が困 難な可能性 があ
る.形態 イメージ性 の低い漢字 はイメージを学習に利用 しにくく, 形態そのもの に着
目した学 習をする必 要がある. しかし,視・ 空間短期記 憶範囲小群は ,形態情報 を一
時的に多 く保持でき ないため, 長期記憶にも 十分な情報 量を貯蔵でき ず,再生が 困難
であった と考えられ る.
4. 総合考察
漢 字未習の タイ語母語 話者の視・空 間保持能力 や視・空間 処理能力が,形態レベル の再
認 成績差を生 む要因であ ることが明 らかになった .ただし, 漢字 を,意味を絡めた文 字情
報 として扱う 必要がある再 生テストや 意味再生テ ストの場合 は,視・空間保持能力や 視・
空 間処理能力 が成績差を生 む要因では ないという ことが明ら かになった.このように ,再
認 テストと再 生テストで, 認知的特性の影響が異 なる結果と なった. 再認テストは主 に形
態 情報を活性 化すること が求められた .つまり, 漢字情報を 検索・生成する必要がな く,
照 合が求めら れた.他方, 再生テスト は意味が再 生手がかり として与えられているた め,
ま ず,漢字の 意味情報を活 性化し,そ れに対応す る形態情報 を活性化することが求め られ
た .つまり, 漢字情報を検 索・生成し ,照合する ことが求め られた.このことから, 再認
テ ストは認知 的負荷が小さ い課題,再 生テストは認知的負荷 が大きい課題であると考 えら
れ る.以上を ふまえると, 再認テスト は,認知的 負荷が小さ いため,視・空間保持や 処理
能 力による長 期記憶情報の 量や質の違 いが,成績 に反映され やすかったと推測される .一
方 ,再生テス トの場合,漢 字学習の段 階で,視・ 空間保持や 処理能力が影響し,長期 記憶
情 報の量や質 に違いがあ ったとしても ,形と意味 情報を活性 化させ,検索するのが困 難で
あ ったため, 長期記憶情報の違いが 成績に反映 さ れにくかった と推測される.
47
5. 教育的提言
漢字未習の タイ語母語 話者が,漢字の形態 情報に着目 する場合(再 認テスト)は,視・空
間 保持や処理 能力の影響が みられた.よって,教師がタイ語母 語話者の漢字学習入門期 に,
学 習者の認知 的特性(視・ 空間保持能 力や視・空間 処理能力)に応じた形態 レベルでの指導
を 行なうこと は意義があ ると考えられ る.例えば,教師は漢字 形態の基本構 造を理解さ せ,
漢 字を構成要 素に分解す る練習 をさせ るなどであ る.一方,漢字を,意味を絡めた文 字情
報 として扱う 場合(再生や 意味再生テ スト)は,視 ・空間 保持 や処理能力の影響 がそれ ほど
み られなかっ たことから,現段階では 漢字学習全 般において ,認知的特性(視・空 間保 持能
力 や視・空間 処理能力)に 応じた指導 の必要性を 強く主張 する ことはでき ない.
また,学習 者の 認知的 特性の違いに よって, 画 数の多い漢 字や 形態イメ ージ性の低 い漢
字 の記憶成績 に差が生じる 可能性が あ るため,教 師は漢字の形 態属性を軽視せず,慎 重に
扱 うことが求 められる.例 えば,画数の多い漢字は,形態レベ ルの学習か ら始める配慮 や,
形 態イメージ 性の低い漢字 は,部首や 構成要素に 意味を付与 し,視覚的イメージなど を媒
介 として学習する方 法など を積極的に 取り入れて,学習を援助することな どが考えら れる.
参考文献
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編)(2006)『日本版 WAIS-Ⅲワークブッ ク』日本文 化科学社.
加 納千恵子(1988)「外国 人学習者に とっ ての漢字 の字形の複 雑性」『筑波 大学留学生 教育
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加 納千恵子( 1999)「漢字 教育の動向 -情報処理 科学や認知 科学の視点か ら」『月刊言 語』
28 号 pp.70-76.
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第 3 回日本 ワーキングメ モリ学会大 会ポスター セッション発表レジュメ
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齊 藤智(2000)作動 記憶 大 田 信夫・多鹿秀 継(編) 『記憶 研究の最前 線 』 北大路書 房 第
2 章 pp.15-40.
松 見法男(2006)言語学 習と記憶 縫部義憲(監修) 迫田久 美子(編)『講 座・日本語 教育
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Baddeley, A.D.(1986) Working memory . Oxford: Oxford University Press.
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Ichikawa, S. (1983) Verbal memory span, visual memory span and their correlations
with cognitive tasks, Japanese Psychological Research , 25, pp.173-180.
Logie, R. H.(1995) Visuo-spatial Working Memory , Hove, UK: Lawrence Erlbaum
Associates.
連絡先
[email protected]
48
タイ国内における初級タイ人学習者の漢字意識
Somchai Chaiyakhettanang(Chulalongkorn University)
1.はじめに
非 漢字圏の タイ人学習 者が初級が終 わった段階 から中級に上 がっての学習困難の1 つに
漢 字の問題が 挙げられる. 漢字を習得 しにくい原 因はタイ国 内では学習者が漢字に接 する
機 会が少ない ことが考えら れるが,そ の他に習得 を阻害して いる学習上教育上の問題 はな
い のだろうか .この点につ いて学習上 の問題を特 に学習者の意 識面から取り上げて検 討し
て いる研究は あまりない.
2.研究の目的
本 研究は① タイ人学習 者が漢字学習 に関してど んな点に問題 を持っていると意識し てい
る かを明らか にし,②その 問題を解決 するための解決案の提 案を目的とする.本研究 では
初 級漢字を取 り上げ検討 する.
3.先行研究
漢 字学習に 関しては字形をはじめ ,読み方,意
味 などの様々 な困難があ る.加納( 1994)は非漢
字 圏だけでな く漢字圏留 学生からも「 漢字が難し
い 」という声 がよく聞かれ ると述べて いる.加納
(1994)によ ると,漢字の難しさは ①数 の多さ,
② 字形の複雑 さ,③音読み ,訓読みな ど,読みを
複 数もつとい う多読性,④ 単独の意味 と派生的意
味 をもつとい う多義性,⑤ 字形,読み ,意味,と
い う三つの情 報をセット に覚える必要 があるとい
う 情報量の多 さ,⑥単独で 語を作ると いう表語性
と 組み合わせ て熟語を作る という造語 性,さらに,
⑦ 似ている字 形が多い,⑧ 同音字が多 い,⑨類議
字 が多い,な どと報告し ている.
図 1漢字の難 し さ
4.調査対象者
対 象者は学 習者と教師で ある.学習 者はタイの 大学4年生 52 名,レベ ルは初中級で ,3
年 生の前期に 既に初級教 科書『みんなの日本語初 級 Ⅰ・ Ⅱ』( ス リ ー エ ー ネ ッ ト ワ ー ク )を
終 わっている .52 名の内 ,男 性が7名,女性 が 45 名であ る.また,52 名 中 33 名が日 本語
能 力試験3級 の保持者であ る.全員日 本語 1,300 時間の既習 者である.教師は7名で その
内 ,タイ人教 師は5名で,日本人教師 は2名であ る.
5. 研究方法
本 研究は学 習者側,教師 側の双方に 調査した. 学習者側には 初級漢字 283 字(3級 能力
試 験の漢字) の各々につ いて読み・書 き・意味に ついての学 習者の習得意識,漢字の 記憶
の 度合い及び 親密度を調査 した.次に,漢字学習に ついてアン ケートに記入させ,その後,
フ ォローアッ プインタビュ ーを行っ た.
〈 調査期間 〉 調査は 2008 年1月か ら2月にかけ てタイ語で 実施した.
調 査票の作 成 :本調査に 使う調査票 を作成する ために,予備 調査を2回行い,各回 の予
49
備 調査の結果 を見て,調査 票の項目を 調整した. 漢字数に関 しては予備調査の結果,「一,
二 ,三」の三 字は全く問題 が生じなか ったため対 象漢字から 除いて,280 字とした. 各々
の 漢字につい て次の各項 目に該当する かどうか調 査した.項 目は,①読めない②書け ない
③ 意味を覚え ていない④一 字では分か らないが熟 語なら分か る⑤字形が難しくて記憶 困難
な 漢字⑥ 親密 度が高いが覚 えていない ⑦ほとんど見ない,で ある.これらの項目は3 つに
カ テゴリー化 した.①,②,③は「漢字に関する問題 意識」,④,⑤は「漢字 の記憶度合 い」,
⑥ ,⑦は「漢 字の親密度」 とした.
本 調査 :上 記の調査票に より調査を 実施した.所要時間は ほぼ1時間である.記入 後,
グ ループに分 けて(グル ープ 7,8 名ぐらい)フォ ローアップ インタビュ ーを行った .
上 記の調査 票の他に漢字 学習につい ての自由記 述式のアン ケート調査を実施した. アン
ケ ート調査の 回収は 52 名 中 43 名であった.教師 側には漢字 教育について のアンケー トに
回 答してもら い,その後, フォローア ップインタ ビューを実 施した.
6. 結果と考察
調 査票での 調査結果か ら :前述のよ うに,調査 票の項目は 3つのカテゴリーに分か れて
い る.それぞ れの結果は 次の通りで ある.
〈 漢字に関 する問題意 識〉
先ず各漢 字に読み方・ 意味に問題 があると意 識した学習 者の割合をみ てみる.
図 2 読 み 方 ・ 意 味 に 問 題 が あ る と 意 識 し た 学 習 者 の 割 合 ― 1 8 字
19
19
19
19
25
25
21
25
25
25
23
21
19
20
21
27
31
31
23
27
31
33
25
33
31
33
35
35
40
42
27
30
意味
35
35
%
40
読み方
48
50
48
54
60
60
70
10
0
洋 軽 究 研 注 堂 借 貸 菜 姉 洗 進 区 真 毛 走 写 院
漢字
図 2の漢字は 20%以上の学習者が 読み方 と意味に問 題があると意 識している 漢字,上位
18 字で ある.18 字は ,
「洋,軽,研,究,注,堂,借,貸 ,菜,姉,洗,進 ,区,真,毛,
走 ,写 ,院 」である.なお,
「書 けな い」と いう項目も 調査したが,調 査 漢字が調査票 の左
側 に書かれて いるため,実 際に書ける かどうかの意識に影響 があると考え,今回は分 析か
ら 外した.
図 2 に よ り , な ぜ 学 習 者 が こ の 18 字 に 問 題 が あ る と 意 識 し て い る の か . フ ォ ロ
ー アップイン タビューを した.その結 果,学習者が漢字熟語 でのみ学んだ場合が多く ,そ
の ため,単独の漢 字の意味が分からない ことがわかっ た.例えば,
「医 者」の意味は分 かる
が,
「医」の意味は分からない ,その他 に「洋食」
「研 究」
「食堂 」
「野菜」
「写真 」など,と
い う漢字も全 て漢字熟語で学んだと の回答 であっ た.中上級は 漢字語彙が多く,漢字 自体
の 意味が分か らなければ, その漢字を 含む熟語の 意味の予測 などができない.学習者 が中
上 級に入ると 漢字熟語で覚 えなければ ならないと き,基本漢 字の意味がしっかりと分 から
な ければ,覚 えるのに多大 な負担がか かるし,習 得も困難に なると考えられる.
50
〈 漢字の記 憶度合い〉
漢 字 の 記 憶 度 合 い に つ い て ,「 一 字 で は 分 か ら な い が 熟 語 な ら 分 か る 」 と い う 項
「 族,写,研,京,主,
目 では学習者の 20%以上が問題 だと意識し ている漢字は次の8字,
仕 ,堂,真」である.
京
主
仕
21
25
研
21
25
写
27
33
族
29
35
%
図3 一字では分からないが熟語でのみ覚えている漢字―8字
40
35
30
25
20
15
10
5
0
堂
真
漢字
図 3の漢字 で図2に共通 している漢 字が,「写, 研,堂,真,」であり, フォローア ップ
イ ンタビュー によると,
「 写真 ,研 究 ,食 堂 」で学んだと いう回答で,これ は図2の読 み方
と 意味が分か らないと同じ である. 他の字に関し ては「家 族, 東 京,主 人,仕 事」で 覚え
て いると回答した.
「字形が難しくて記憶困難な漢字」の項目で、学習者がそう意識している割合
は 低い.15%以上 の学習者が字形が難しい と意識した 漢字は図4の 4字「洋,妹,姉,注」
で ある.
17
図4 字形が難しくて記憶困難な漢字―4字
17.5
17
15
15
%
16
15.5
15
15
16.5
妹
姉
注
14.5
14
洋
漢字
フ ォローア ップインタ ビューの結果 ,漢字の部 首が同じで あるから,なかなか覚え られ
な いとの回答 を得た.(洋 と注の「氵 」,妹と姉 の「女」).
〈 親 密 度 〉 学 習 者 の 20 % 以 上 が 「 親 密 度 が 高 い が 覚 え て い な い 」 と 意 識 し て い る
漢 字は「 軽(25%),洋(21%),究(20%)」の3字で ある.これらの漢字も図2の漢 字と
共 通している .一 方,
「ほとんど 見ない」の項目では該当す る漢字はほ とんどなか った.初
級 漢字は見慣 れていて親密 度は高いと 考えられる .
アンケー ト及びフォ ローアップイ ンタビュー の結果 :漢字 学習につい て自由記述 式のア
ン ケート調査 を実施した が本研究では 漢字の難し さについて のみ分析した.回答のあ った
記 述は9つの カテゴリーに 分類し,そ れぞれの頻 度を算出した .表 1 に結 果を示す( 複数
回 答となる.).
表1タイ人学習者 が意識してい る漢字の難 しさ(%)
(N=43)
項目
人数
読み 方が多い
38(88%)
字形 が類似して 覚えにくい
21(49%)
画数 が多い
19(44%)
51
書き にくい
12(28%)
意味 が多い
10(23%)
数が多い
6(14%)
覚え られない
6(14%)
きれ いに書け ない
1(2%)
親し く感じな い
1(2%)
表 1により ,漢字の難し さとして「 読み方が多 い」が一番 多く9割近い学習者が挙 げて
い る.次に, 字形が類似し て覚えにく い・画数が 多いとの回 答が多かった.加納(1994)
の 図1と関連 付けると,漢字の「 多読性」
「複 雑性」
「類似形が多 い」
「多 義性」と「 数 が多
い 」に該当す る.
図5
タイ人学 習者 の 漢字の難し さの 意識― 加 納(1994)の漢字 の難 しさの図に関連 して
きれいに書けない(2%)
画 数 が 多 い ( 44% )
数 が 多 い( 14% )
書 き に く い ( 28% )
字形が類似して
読 み 方 が 多 い ( 88% )
覚 え に く い ( 49% )
意 味 が 多 い ( 23% )
ま た,アン ケートとフォ ローアップ インタビュ ーで,学習 者の半数以上から漢字授 業が
少 なすぎると いう回答があ った.日本 語専攻のあ る主な大学 のカリキュラムを調べて みる
と,漢字授業が非常に少ないことが明らかになった.表2はタイの大学の日本語専攻の
2008 年 度カリキュラ ムである.
表2
2008 年に 使用さ れて いるタイの 大 学の 日本語専 攻のカ リキュ ラ ムにおける
漢 字授業の単 位 数と全 日本 語科目に占 め る比 率
大学 名
全日本語科目の単位
漢字という科目の単位
比率(%)
シーナカリンウィロート大学
78
6
7 .6 8
チェ ンマ イ大学
66
3
4 .5 5
シラ パー コン 大学
70
2
2 .8 6
カセ サー ト大学
84
0
0
ナレ ース ワン 大学
69
0
0
ホー ガー ンカ ー タイ 大学
60
0
0
そ の他に, 漢字が学べる 読解の授業 でも文法中 心で,時間の 関係から,漢字自体は 詳し
く 学習されな いという回 答もあった. さらに,大 学で漢字を勉 強するための本が決ま って
い ないとの回 答もあった. 今回調査し た大学では 『みんなの 日本語』を使用している が,
み んなの日本 語の『漢字 練習帳』は使 われていな い.特定の 漢字教材がないことも学 習者
の 自習や復習 の機会を少な くしている と考えられ る.
次 に,漢字 教育・学習の 重要性につ いて学習者 及び教師にフ ォローアップインタビ ュー
52
を した結果を 述べる.学習 者では,漢 字は「非常 に大切であ る」と答えたのは 52 名中 32
名( 62%),
「 大切である」と答 えた人は 10 名( 19%)で あり,8 割の学 習者が重要性 を意
識 している.
一 方,教師 側の調査では 調査人数が 少ないが, 7名のうち「 非常に大切である」は 半数
の 4名(日本 人教師2名, タイ人教師 2名),「大 切である」 と答えたのは3名(タイ 人教
師 のみ)で, 7名全員が重 要性を意識 している. この結果か ら,学習者・教師双方と もに
漢 字が重要で あることを意 識してい ることが分か った.
7. 教育への提案
表 1により ,学習者が漢 字について 難しさを意 識している のは主に読み方・書き方 と次
に 意味である .また,漢字 授業が少な すぎるとい うことも, 明らかである.教育への 提案
で は,①漢字 教 育をもっ と重視するよ うなカリキ ュラムの改善 が望まれる.つまり, 漢字
の 授業を適切 な割合で増や すべきであ る.②適切 な漢字指導 法も改めて検討するべき であ
る .即ち,読 み方につい ては熟語のみ だけでなく,各漢字の 基本的意味の情報を与え ,音
訓 など重要な 情報も指導す る.書き方 については部分を分け て指導することも考える べき
で ある.アル ド(1992)が 提案した練 習も字形を よりよく覚 えられるために参考にな るだ
ろ う.
(例:1. 比―a. 北、b. 止、c. 此、d. 址、e. 比、f. 化、g. 正/2. 牛― a. 午、
b. 牛、c. 年、d. 干、e. 千、f. 卆、g. 下など )さらに, 覚えやすくす るために, 大北
(1995)が心 的イメージ を作る,日本 語のパター ンを探す,音 と漢字のイメージを組 み合
わ せるなどの 様々な記憶 法を提案し ている.
8. 今後の課題
本 研究では 学習者の漢字 についての 意識を調査 した.読める と意味が分かるについ ては
意 識だけでな く実際に試験 をしてみる必要がある だろう.今後 の課題とし ては学習者 が意
識 しているこ とと実際を確 認するため の試験を行 うことであ る.また,書き方につい て,
今 回は分析か ら外したが適 切な意識調 査を試みる ことである.また,調査対象者では,今回
教 師数が少な いため,結果 としては参 考としてし か言えなか ったが,今後は教師数を 増や
す ことも検討 している.
参考文献
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考 察」『日 本語教育論 集―世界の 日本語教育』 2 号 pp.65-76.
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教 育』第 5号、国際交 流基金日本 語国際セン ター pp.105-124.
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東京国際日 本語学院(2004)『みんな の日本語初 級 Ⅰ・ Ⅱ- 漢字練習帳 』 スリーエー ネッ
トワ ーク .
連絡先
491/26 Soi Panchit-uthit, Bangkhunsri, Bangkoknoi, Bangkok 10700
[email protected]
53
タイ人日本語学習者の誤用文の研究
―日・タイ異文化コミュニケーションの観点から―
Pakatip Skulkru(Thammasat University)
Somkiat Chawengkijwanich(Thammasat University)
Suneerat Neancharoensuk(Thammasat University)
Tasanee Methapisit(Thammasat University)
Upawan Benjapokee(Thammasat University(ex-lecturer)
1.はじめに
日本語教 育に携わっ ている者に とり,学習者の 誤用文に出 会うことは日常茶飯事で ある.
こ れらの誤用 は日本語ネイ ティブなら まず犯しそ うにないもの であるが, なぜか非母 語話
者 の日本語に は非常に多く 見られる. タイ人学習 者の日本語 も例外ではない.そして ,日
本 語なのに時 々ここで何を 言いたいの か,当人が 考えていた 本当の意味は何なのか, どう
直 せばよいの か,日本人 教師は大変理 解に苦しむ ような場合 が多い.が,一方で,タ イ人
教 師にはすぐ 理解できる部 分が少なく ない.これ は,日本語 でありながら,日本語で ない
と いうことが 原因である と考えられる .その多く の場合,発 想法などがタイ式そのま まで
あ ることが分 かった.
本 研究は,タ イ人日本語 学習者の誤 用文を日・タイ異文化 コミュニケーションの観 点か
ら 究明する.
2.
1)
2)
3)
4)
5)
3.
1)
2)
3)
4)
4.
1)
2)
3)
5.
研究目的
タイ人日 本語学習者の 誤用文を収 集,分類, 分析し,ま た原因を究明,かつ,そ
の解決法 を提案す る .
タイにお ける日本語 教育に役立つ 誤用コーパ スを作成する .
タイにお ける日本語 教授法の見直しに役立つ ようにする .
タイ人学 習者向けの教 材開発に役 立つように する.
日・タイ 異文化コミ ュニケーショ ンの向上に 役立つよう にする.
研究方法
タマサー ト大学教養 学部日本語学 科の学生の 誤用文を約 5,000 例収集.
3 名 の日本人教師による確 認・再評価.
日・タイ 異文化コミ ュニケーショ ンの観点か ら 5 名のタ イ人研究グループにより
誤用文の 分類・分析 を行う.
分析の結 果をまとめ ,誤用文の原因を探り ,解決法を提案する.
データについ て
誤用例文 のレベルは初 級・中級・ 上級にわた る.
誤用例文 はタイ語話 者,主に日本 語専攻の学 生の日本語 作文等,書かれたものか
ら選択し た.一部, 会話等よく見られる話し ことばの誤 用も含まれ ている.
基本的に 一文レベル の誤用を文法 的および社 会言語学的 観点から分類・分析した .
先行研究
誤 用分析の 始まりは,イ ギリスの言 語学者の Corder(1967)“The Significance of
Learners’Errors”とさ れる. 誤用分 析研究は二 つの側面を担っていると考えられ, 理論
54
的 アプローチ と実践的アプ ローチとが ある.理論 的アプロー チは中間言語研究などの よう
に 第二言語習 得理論とし て専門化して いく方向と ,もう一つ の実践的アプローチは言 語教
育 への貢献と しての方向 である. 当初 から言語教 師の間で言語 教育への貢献が期待さ れて
い たという.1998 年の 広島大学の調査による と,日本語教育に おける誤用認定に関す る参
考 文献は 1973-1998 年まで 25 年間で約 130 点にも及ぶ.しかしなが ら,誤用分析研究が言
語 教師の期待 に添える実際 的な成果は ある程度見られるもの の,教育現場への具体的 な貢
献 は不十分で あるというの が現状と 市川(2005)は指摘している.
そ の問題点 としては,誤用収 集の仕方やデータの数 ,誤用の判断基 準等が挙げ られる.ま
た ,誤用デー タにおいて, 発話時点で の発話者の 意図が分か らない場合や文章が正 確 につ
か めないこと などで誤用の 特定が困難な場合が多 いと指摘さ れる.
タ イ人学習 者の誤用分 析に関して は,Pakatip(1987),Pattarawan(2002),Soysuda (2003,
2004),Tasanee(2006),Suneerat(2007)の研究等 が出ている. 中には,母語の干渉が 確認
で きたという 指摘もあっ たが,明確に は究明され ていない.
本研究は,誤用文約 5,000 例を収集 ,分類,そ して,その内 ,どの程度 が日本人・ タイ
人 の発想・考 え方の違いに よるものな のか,日・ タイ異文化 コミュニケーシ ョンの観 点か
ら 究明する.また,それら の誤用文を 分析し,なぜ このような誤りを犯し てしまったの か,
原 因を究明し ,その解決 法を提案す る.
6.
分析結果
6.1 誤用文 の分類
誤 用文を約 5,000 例収 集した後, 3 名の日本人 教師によっ て再検討し ,誤用の特定 が行
わ れた.その結果 ,4,948 の誤用例が 確認できた.その後,5 名のタイ人研 究グループ によ
り 誤用文の分 類・分析を 行った.
誤用 文は,まず「 母語の影響がある」と 「母語の影響がない」と 2 つの グループに分類
さ れた.分析の結果,表 1 のように,
「母語の影響があ ると思わ れる 誤用」は 25.5%で,
「母
語 の影響がな いと思われ る誤用」は 74.5%で,学 習者の誤用 の約 4 分の 1 母語の影響によ
る ものである ことが明らか になった. その他,教 室での指導 や練習,言語学習の方策 ,規
則 の過剰一般 化などに関わ っている誤用ではない かと考えら れる.
表1
誤用文 の分類
分類
1
2
データ数
母 語の影響があ ると思われ る誤用
母 語の影響がな いと思われ る誤用
計
1,263
3,685
4,948
パーセンテージ
25.5%
74.5%
100%
また,母 語 の影響があ る誤用の中で ,下 位分類として a. 敬 語に関する もの b. 授 受表
現 に関するも の c. 変化 表現に関す るもの d. 語彙・表現 に 関するもの e. 感情表現に
関 す る も の f. 文 構 造 に 関す る も の g. 助 詞 に 関 す る も の h. 視 点 に 関 す る も の に 特
定 することが できた.結果 は表 2 の通 りである.
一方,
「母語の影 響がある誤用」の中では,d. 語彙・表現 に関 するものがもっとも多 かっ
た .ことばの 意味・使い方 は物の価値 ,社会にお けるその物 の重要性を示すと考える と,
語 彙・表現 に 関する誤用は 日・タイの 世界観,物 に対する価値 観などが要因ではない かと
考 えられる.
55
表2
タイ プ
a
b
c
d
e
f
g
h
敬語
授受 表現
変化 表現
語彙・表現
感情 表現
文構造
助詞
視点
母語 の影響 があ る誤用 のタイプ
データ数
パーセンテージ
54
4.3%
49
3.9%
74
5.9%
651
51.5%
27
2.1%
204
16.2%
119
9.4%
85
6.7%
計
1,263
100%
順位
6
7
5
1
8
2
3
4
母 語の影響 がある誤用のタイプ別の例は下記の通りである.
a. 敬語
先 生,コーヒ ーをの み たい ですか( →は いか がですか).
私 は毎年正月 に両親に欲し いものを い ただき ます( →もらい ま す).
A : も しもし,社 長さんはいら っしゃいま すか.
B : いい え,社長は い らっしゃいま せ ん( →おり ません ).
b. 授受表現
A 先生が 教え ました ( →教 え てくださ い まし た).
日 本人は日本 語が上手だ と ほめま した ( →ほ めてく れました).
私 は写真をと っ てあげ ますか?( ➞ 写 真を とりまし ょうか.)
c. 変化表現
日 本料理を作 られたい( ➞ 作れるよう に なり たい) と 思った.
高 校生の時、日本 のドラマを見 て、分 かりた かっ た( ➞分かる よう に なりたかっ た)の で、
日 本語の勉強 を始めた.
d. 語彙・表 現
イ ンターネッ トを遊 び ます( ➞します ).
彼は 遅れる の が好きで す( ➞よく遅れ ま す).
こ の子どもは 上 手な( ➞頭 がいい) 子で す.
私は 食べる の が上手で す( ⇢たくさん食べ ます ) .
e. 感情表現
姉は( →が )結婚します.親はとて も うれ し い( ➞うれしそ う) です.
パ ーンさんは外国に 住 みた い☆( →そ うだ).
f. 文構造
私 は友達を海 へ 行って( ➞ に) 誘いま した.
私 の夢は日本 語教師に なり たい(→なる こ と) です.
バ ンコクのい いところは、食べ物が おいしい ☆(→と ころ) です.
g. 助詞
大 学から( ➞ を) 卒業して から、日本 で( ➞ へ) 留 学に行きました.
デ パート で( ➞へ) かばん を買い物( ➞買い)に行きます.
BTS のサイヤム駅か ら (→を ) 出 て( →出る と)ショッ ピングセンタ ーは4つも ある.
56
h. 視点
今 度私の家に 遊びに 行 って( ➞来て) ください.
き のうおなか が こわれ て( ➞をこわし て) しまいました.
先 生は私をほ め て( →私は 先生にほめ ら れて )、うれし いです.
6.2 授受表 現に関する誤 用の究明
授 受表現と は「さし上げ る/あげる/やる,くだ さる/くれる ,いただく/もらう」と いっ
た 動詞を使っ て,物や動作 ・行為によ る恩恵の授 受を表す表 現であり,やりもらい表 現,
受 給表現とも 呼ばれる.
タ イ人学習 者による授受 表現の誤用 を分析した 結果,下記 の誤用の型が特定できた .
1) 恩知らず型 52 %
2) 恩売 り 型 27 %
3) 視点混乱 型 10.4%
1) 恩知らず型
日 本人なら頻繁に 授受 表現を 使う場 合に,タイ 人は使わな い.そのため,知らない うち
に 恩知ら ずと 思われ て しま う 恐 れが あるケ ー スである.つ まり , 「 あ なたが 勝手に した .
私 には関係の ないこと」と 聞こえる場 合である. 例:
A 先生が 教え ました ( →教 え てくださ い まし た).
彼 は私を家へ 車で 送っ た( ➞送ってく れた).
彼 は私の誕生 日のお祝い を した( ➞し てくれ た).
ア ンさんは私 をたくさん 助けま した( →助け てくれ ました ).
姉 が数学を教 えた( ➞ 教え てくれた) の で,私は大学に入学で きました.
み んな先生が また 教え ら れる( →教え てくだ さる) 日を待ってい ます.
日 本人は日本 語が上手だ と ほめま した ( →ほ めてく れました).
2) 恩売り型
日 本人が普段 授受表現を 使 わない場合 に学習者は 使う.その結果,学習者は知らない うち
に 恩を売 って いると思われ てしまうこ とになる.
「あな たのためにし たのですよ .恩を 感じ
な さい.感謝 しなさい.」 と聞こえる .例:
先 生、お荷物を 持っ て あげ ます(➞お 持 ちし ましょう か).
先 生、 私は本 を 持って きて差し上げま す ( ➞ 私が本を お持ち しまし ょうか).
私 は写真をと っ てあげ ますか?( ➞ 写 真を とりまし ょうか.)
3) 視点混乱型
誰 が誰に対 して授受を行 っているの か混乱して しまうケー ス.例:
病 気の時,母 がおかゆを食べさせて あ げた( ➞くれ た).
先 生は面接の 日にちを変 えて いただき ました ( →く ださいま した ).
私 は友達 から( ➞に ) いろ いろなこと を手伝って く れた ( →も らっ た).
これらの誤用の原因は 日 本人・タイ人の発想の 違いに よるものと考えられ,その発想 の違
い は次のよう に推測でき る.
表3
授受表現 :日 ・タイの 違い
日本人の発想法・ 心
タ イ人の発想 法・心
・恩 恵を表す
・あなたを思う気 持を表す
あ なたのため にする
あ な たのためにす る
授受 表現
恩 を感じる・感じなさい
あ な たを思って のこと
感謝する・ しなさい
日 本人・日 本文化を理解 するための キーワード として,謙虚 さ・おかげさまで・感 謝・
相 手を思う気 持ち・思いや りなどが挙 げられる.
57
日 本人は伝 統的に謙虚さ を美徳とす る風潮があ り,授受表 現は,その日本人の謙虚 さ・
相 手に対する感謝 の気持を 表す.日本 人は日常会 話の中でよ く授受表現を使用する.
授 受表現を使 いこなせるに は日本人の 発想法・ 心 を理解する ことが必要である.そし て,
恩 恵/うち ・そと/目上 ・目下の三 つの要素を まず理解する ことが必要 であろう.
7.おわりに
以 上,本研究では, 誤用 文約 5,000 例を収集,分類,そして,その内 ,どの程度が 日本人・
タ イ人の発想 ・考え方の違 いによるも のなのかを考察した. また,それらの誤用文を 分析
し,なぜこの ような誤りを犯してしま ったのか,原 因を究明し,その解決法 を提案する .
第 二言語能 力として 1)言 語能力 2)社 会言語能 力 3)社 会 文化能力の三つが要求さ れる
と 言われる. ことばは文化 である.こ とばは形で はなく,心 ・考え方を表すものであ る.
こ とばをマス ターするに はただ規則を 覚えればよ いというもの ではない.その背景に ある
文 化を理解す ることが不可 欠である と痛感する .
授 受表現の 誤用を解決す るには次の ようなこと を提案した い.まず,
1)学習者にタイ人の発想 法と比較し ながら,日本 人の発想法 ・心を理解 させること.
2)INPUT を十分に与える.日本 人が使用頻 度の高い文をたくさん聞 かせ,読ませ ること.
3)CORPUS BASED TRAINING:誤用のコーパス(大量 の言語デー タ)を基に練 習問題等
を作成し,練習させ ること.
そ のために は,学習スト ラテジーと してさまざ まなことが考えられる.
1)DVD 使用(映像など目で見え るもので授受 表現が実際に使われる 場面 を提供)
2)PEER LEARNING + NOTICING(学習者同士で気付いてもらう )
3)SHADOWING(聞こえてく る授受表現の 文をそのま ますばやく繰り返す)
4)その他,絵・動作など を理解の助 けに利用す る.
誤 用は教授 の鏡のよう なものであり,重要性が 高いと考え る. 誤用分析結果を単に 参考
資 料として扱 うのではなく ,常に教材 や教授法, 練習,テス ト等に直接的に利用する こと
が 大切であり ,日本語教 育への直接的 応用を考え る態度が教 師には必要であろう.
(本 研 究 は , 財 団 法 人
東 芝国際交流財団より研究費補助金の助成を受けました.)
参考文献
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-」『日本語教育』95 号,pp.1-12.
市 川保子(2005)「誤用研 究と日本語 教育」『開か れた日本語 教育の扉』 スリーエーネ ット
ワ ーク.
市 川保子(2000)『日本語 誤用例文小 事典』『続・ 日本語誤用 例文小事典』凡人社.
稲 垣滋子(1985)「誤用 分析(1)-(6)」『日本語学』4 巻 1 月号-6 月号, 明治書院.
遠 藤織枝(1978)「作文に おける誤用 例」『日本 語教育』34 号,pp.35-46.
佐 治圭三(1991)「誤用分 析の一例」『日本語学』 10 巻 2 月号, pp.26-33.
張 麟声(2003)『日本語教 育のための 誤用分析― 中国語話者の 母語干渉 20 例―』スリ ー
エーネット ワーク.
水 谷信子(1984)「誤用分 析 1― 事実志向と立場志向― 」『日本語学 』3 巻 4 月~5 月号
pp.122-124.
森 田良行(1988) 『誤用文 の分析と研 究―日本語学への提言― 』明治書院 .
吉 川武時(1982,1983)「外 国人の日 本語 誤 用分 析 I」『日本語学』 1 巻 1 号-2 巻 4 号.
Corder,S.Pit(1967) The Significance of Learners’Errors .IRAL5.
http://home.hiroshimau.ac.jp/~nihongo/forT_S/articles/souken1998/goyo.txt
連 絡先
[email protected]
58
談話レベルで使用される授受表現「てくれる」と「てもらう」の習得
-タイ人日本語学習者を対象に-
Tewich Sawetaiyaram(名古屋大 学)
1.問題の所在
本 研 究 は タ イ 人 日 本 語 学 習 者 を 対 象 に 「 て く れ る」 と 「 て も ら う 」 の 習 得 状 況 を 探 る .
第 二言語とし ての日本語の 授受表現(「てあげる」,「てくれる」,「ても らう」)に関 する
習 得研究は多 岐にわたる.学習者のレベルが上が るにつれ,授受表現の習得は進んだと いう
結 果が明らか にされている.しかし,多 くの先行研 究で採用され ている調査方法は空欄 補充
形 式テスト,作文テスト,文生成テストであり(岡田 1997,田中 1997,稲熊 2004,尹 2006 等),
談 話における 学習者の口 頭データを分 析対象とし た研究は大塚 (1995)と 田中(2001)し
か 見 当 た ら な い.実 際 の 言 語 使 用 に は 授 受 表 現 が ど れ ほ ど反 映 さ れ て い る か に つ い て は 学
習 者の発話の 分析を盛り込んだ調査 をする必要が ある.また,筆 者の管見の限りでは学 習者
の 理 解 と 運 用 の 両 側 面 を 調 査す る 研 究 が 未 だ 稀 少 で あ る .こ れ ま で の 先 行 研 究は 一 種 類 の
手 法にたより,学習者の中 間言語体系 に言及してい る.授受表現に関する学 習者の理解 と運
用 の両側面を 調査する必 要があると 考える.これら の問題点を 踏まえ,本研 究では 理解と産
出 を 調 査 す る テ ス ト を 併 用し ,事 後 調 査 で 学 習 者 の 授 受 表 現 の 使 用 に つ い て の 彼 ら の 判 断
基 準,つまり中間言語の実 態を確認す るという手 法をとった.
2.先行研究との関連と本研究の位置づけ
授 受 表 現 の 習 得 に 関 し て は ,様 々 な 言 語 を 母 語 と す る 学 習 者 を 対 象 に 研 究 が な さ れ て き
た.大塚(1995)は JSL 1 の 日本語学習 者 2 (主に英 語話者,中国語話者,韓 国語話者) がセリ
フ のない 20 コマ漫画をみ て話を描写 する(話者が直接 関与しない 場面)という口頭デ ータ
を 用いて授受 表現の使用 率を調べて いる.その結 果,「てもらう」が「てく れる」より 早く
生 成されてい ることが分 かった.岡田(1997)は JSL の日本語 学習者 64 名(主に英語話 者,
中 国語話者)を対象 とし,4 ヶ月かけて 作文データ を収集した .その結果,① 日本語能力が上
が るにつれ,授受表現が正 しく使用で きる.②談話 の中では初 級終了レベ ルでは「てく れる」
の 使用回避と「て あげる」の過 剰使用の傾向 が見られる.③中級前期・後 期レベル では「て
く れる」の非 用はまだ多く見られる ことが分かっ た.田中(2001)は JSL の英語話者,中国
語 話者,韓国語話者の OPI を文字化し た KY コーパ ス 3 を使用 して,「てくれる」,「て くださ
る」,「てもらう」,「てい ただく」 と使 役受益表 現の習得状 況を調査した .その結果 ,①初
級 レベルでは 学習者の母語 に関わらず授受表現が 現れていな い.②英語話 者の中には ,中級
レ ベルに達し ても,正しく 用いること ができず,非 用及び誤用 のみを産出する学習者が いる.
③ 「てくれる 」が「ても らう」より早 く生成され ていると報告 されている.
ど の 研 究 に お い て も 授 受 表 現 を 視 点 を 表 す 文 法 項 目 と し て 扱 っ て い る .授 受 表 現は 視 点
と 関係がある 表現である が,恩恵に対する配慮を表 す表現でも ある.この観 点から授受 表現
を 考察する 必要が ある .また,JFL 4 の環境で ,学習者の熟 達度に応じて ,授 受表現の習 得状況
が どのように 変わってい くかを調べ た研究が少な い.そこで,本 研究は「てくれる」と 「て
も らう」に焦 点を当て,タ イ国内の学 習者(JFL) を対象に以 下の Ⅰと Ⅱを 目的とする.
1
JSL は Japanese as a Second Language の 略 語 で あ る .
大 塚 ( 1995) の 被 験 者 は 48 名 で あ る .27 名 を 横 断 的 に ,21 名 を 縦 断 的 に 調 査 し た .
3
OPI( Oral Proficiency Interview) は ACTFL( the American Council on the Teaching of Foreign
Languages)に よ っ て 開 発 さ れ た 汎 言 語 的 な 会 話 能 力 テ ス ト で あ る .ま た ,KY コ ー パ ス は ,英 語・韓 国 語 ・
中 国 語 話 者 各 30 名( 初 級 5 名 ,中 級 10 名 ,上 級 10 名 ,超 級 5 名 の 4 レ ベ ル に 分 け ら れ た )で ,計 90 名 の
被験者と日本人テスターのインタビュー会話からなるデータである.
4
JFL は Japanese as a Foreign Language の 略 語 で あ る .
2
59
Ⅰ.
Ⅱ.
日本 語母語話者( 以下,JNS 1 )と JFL の授 受表現の使 用の違いを 探る.
熟達 度に応じて,JFL の「てく れる」と「 てもらう」 の習得状況が どのように 変わ
っていくかを探る .
3.調査・分析方法
3.1
調査協力者と調査期間
本研究の観 点を明らか にするために,JNS60 名と JFL63 名を対象にした .文法性判断テス
ト を受けた JNS30 名全員 が名古屋大 学の農学部 の一年生であ り,オーラル ナレーショ ンタ
ス クを受けた JNS30 名は名 古屋大学の 大学院生で ある.専門は 様々である が,日本語を 専攻
し て い る 人 を 除 外 し た . 一 方 ,JFL63 名 は タ イ の タ マ サ ー ト 大 学 の 三 年 生 と 四 年 生 で あ
る.JFL の熟達度に応じて ,授受表現の習得状況が どのように変わってい くか調査する ため,
本 研究は「SPOT 2 」を使用し,JFL のレ ベルを中央 値で上位群と下位群に分 けることに した.
そ の結果,上位群は 30 名で,SPOT 点数の平 均値は 52.00 で ある.下位群は 33 名で,SPOT 点数
平 均値は 35.97 である.調 査期間は 2006 年 2 月か ら 5 月まで である.
3.2
調査方法
本研究が使 用した調査 方法は,①理 解を調査する 文法性判断テスト(以 下,GJT 3 ),② 産出
を 調査するオ ーラルナレー ションタス ク(以下,ONT 4 )と,③事後調査で あった.
GJT は全部 30 問 ある.その中に「てく れる」と「てもらう」に関する問 題が 5 つある.そ
れ ぞ れ の 問 題 の 中 に 下 線が 引 い た と こ ろ が あ り ,下 線 が 正 し い か 否 か を 判 断 さ せ る 方 式 で
あ る(本稿 末尾の資料 1 を参照).便宜上,「 てくれる」を TeK,「 てもらう」を TeM に 表現
す る.以下は問題 5 問の内 訳である.
①.問題 1「てく れる」だけが正しい問題 (以下,-TeK)
問題 2「ても らう」だけが 正しい問題 (以下,-TeM)
②.問題 3「てく れる」も「てもらう」も どちらも正しい問題(以 下,±TeKM)
③.問題 4「てく れる」と「他の文法形式 5 」が正しい問題(以下 ,+TeK)
問題 5「ても らう」と「他の文法形 式 6 」が正しい問題(以下 ,+TeM)
一方,ONT は 4 コ マの漫画から構成された タスク(6 つ)であ る.どの漫画 にも「話者 が恩
恵 行為の受け 手」を描写す る絵がある.漫画の中に 使用され た「 てくれる 」と「てもら う」
の 使用 7 をす べて研究対象 とした(本 稿末尾の資料 2 を参照) .事後調査は調査協力者の授
受 表現の理解 と判断基準を確認する ために用いら れた.
3.3
分析方法
JNS から収集した データを判断基準とし て扱った.JFL の回 答が JNS のデ ータにはな い場
合,3 年以上日本語を教授 した経験が ある日本人に正用かど うかを判断し てもらった .統計
処 理の対象は 正用のみと し,カイ二乗検定で JFL と JNS の有意 差を検証 し た.
4.結果と考察
1
JNS は Japanese Native Speaker の 略 語 で あ る .
SPOT は Simple Performance-Oriented Test の 略 語 で あ る .自 然 な 速 度 の 音 声 テ ー プ を 聴 き な が ら ,
回 答 用 紙 に 書 か れ た 同 じ 文 を 目 で 追 っ て 行 き ,文 中 に 設 け ら れ た 欠 落 箇 所 に 聞 こ え た 音 を ひ ら が な 一 文
字で補うというテスト法である.
3
GJT は Grammaticality Judgement Test の 略 語 で あ る .
4
ONT は Oral Narration Task の 略 語 で あ る .
5
授受を使わない表現を指す.
2
6
受 動文を指す.
7
ここで述べている使用は正確に使用された使用のみを指す.
60
4.1
GJT の結果
図1
GJT の 問題 1,2,3 の回答
図2
GJT の問 題 4,5 の回 答
30
30
20
20
10
10
0
TeK TeM TeM TeK 能動
問題1
(-TeK)
TeM TeK 能動
問題2(-TeM)
0
問題3(±TeKM)
TeK
しない TeM その他 TeM 受動
問題4(+TeK)
JNS
30
0
30
0
0
24
6
0
JNS
JFL上位群
JFL下位群
30
26
0
7
20
22
8
3
2
8
17
14
11
16
2
3
JFL上位群
JFL下位群
TeK
問題5(+TeM)
22
18
8
3
0
9
0
0
21
22
9
0
0
8
11
8
11
3
15
0
18
図 1 と 2 は回 答数をグラ フにしたもの であるが,JNS と JFL の 間に有意な 差が見られ るか
検 証した.表 1 はその結果である.
表 1 GJT における JNS と JFL( 両グループ)の カイ二 乗検定の比 較
問題
JNS と上 位群
JNS と下位群
上位 群と下位 群
1(-TeK) 一定のた め計算されな い χ 2 (2)=7.15 , p< .01
χ 2 (2)=7.15 , p< .01
2(-TeM) χ 2 (2)=12.00, p< .005
χ 2 (2)=12.11, p< .005
χ 2 (2)=.000 , n.s.
3( ±TeKM) χ 2 (2)=2.06 , n.s.
χ 2 (2)=2.86 , n.s.
χ 2 (2)=.126 , n.s.
2
2
4(+TeK) χ (2)=10.58, p< .005
χ (2)=16.36, p< .001
χ 2 (2)=1.04 , n.s.
5(+TeM) χ 2 (2)=9.23, p< .005
χ 2 (2)=22.90, p< .001
χ 2 (2)=5.03 , p< .05
JNS と上位群の間に問題 1(-TeK)と 問題 3(±TeKM)を除 き,有意な 差が見られた.JNS
と 下位群の間 に問題 3 を除き,有意な差が見られ た.上位群と下位群の間で は問題 1(-TeK)
と 問題 5(+TeM)に有意な 差が見られ た.上位群に なると,授受表現に関す る知識が深 まっ
た ことが回答 から確認で きた.問題 3(±TeKM)は「てく れる」か「てもらう」を使用しな
け ればならな い問題であ る.JNS と JFL の 間に有意差が ないことか ら,JFL の 両グループが恩
恵 行為を受け たとき,授受 表現を使用 することを理解してい ると考えられ る.
しかし,問題 2(-TeM) では JFL が 「~が(私に )~てく れる」と「( 私 は)~に~ ても
ら う」の差を考慮せず,恩恵 を表すとき に授受表現 を使用しな ければならないと考えて いる
よ うである.問 題 4 と問題 5 でも JFL が 授受表現を 区別しない で使用して いる傾向が見 られ
た .JNS の 問 題 4 と 問 題 5 の 回 答で は ,授 受 表 現 の 他 に 他 の 文 法 形 式 が 使 用 さ れ た .し か
し,JFL の回答では授受表 現を選択し たものが最 も多かった.事後調査では,JFL(両グ ルー
プ )から「恩 恵を受けて いるから授受 表現を使用 した」とい う回答が確認できた.
ど の 問 題で も ,話 者 が 恩 恵 を 受 け て い る 場 面 を 表 す 問 題 で あ る .し か し,JNS は そ の問 題
の 中 に あ る 助 詞 及 び 問 題の 内 容 を 確 認 し ,授 受 表 現 に す る か 他 の 形 式に す る か 考 え な が ら
形 式を選択し た.しかし,JFL は 恩恵の意味を意識するあまり,「てく れる」か「 てもらう」
を 区別するこ とには注意が向かなか ったようであ る.
4.2
ONT の結果
図3
ONT の 授受表現の 使用率
60
40
20
0
てくれる
てもらう
57
56
JFL上位群
32.5
30
JFL下位群
18.5
10
JNS
使 用 率 で は ,「 て く れ る 」 に お い て も 「 て も
らう 」においても JNS の 方が JFL の 両グループ
より 高かった.そして,下位 群は JNS と上位群を
比較するとほとんど授受表現を使用しなかっ
た( 特に「ても らう」)こ とが分かっ た.JNS と
JFL の間に見られたこ の差は本当に 有意な差か
どう かカイ二乗 検定で検証 した.表 2 はその結
果で ある.
61
表 2 ONT における JNS と JFL( 両グループ)の カイ二 乗検定の比 較
項目
JNS と上 位群
JNS と下位群
上位 群と下位 群
2
2
2
て くれる
χ (2)=12.72, p< .05
χ (2)=31.40, p< .001
χ (2)=10.61, n.s.
て もらう
χ 2 (2)=11.42, n.s.
χ 2 (2)=31.62, p< .001
χ 2 (2)=12.00, p< .05
JNS と上位群の間 では「 てくれる」のみ有 意な差が見られた.一方,JNS と下位群の間 では
「 てくれる」も「ても らう」も有意な差 が見られた.上位群と下 位群の間で「てもらう」は
有 意な差が見られたが,「 てくれる」 は有意な差 が見られな かった.使用率とカイ二乗 検定
の 結果から,JFL は JNS と比べて授受表現 の使用率が低かったこと ,JFL は日 本語能力が上が
る につれて授 受表現の使用 が多くなっ たこと,上位 群になると「ても らう」の使用が多 くな
り,JNS との間に差 が見られなく なったこと が分かった.
JFL は JNS と比べ ,授受表現の使用率が低 かった.では,JFL は 授受表現の 代わりに何 を産
出 したのかを考察した.そ の結果,JFL(特に,下位 群)の誤用は以下の 3 つの傾向があ るこ
と が分かった.JFL が産出 した誤用は ,①授受表現 が必要な文 脈であるが授受表現が使 用さ
れ ていない「 無使用 1 」の 発話と,②授受表現を使 用してはい るが,形式と 助詞の間違い でタ
ス クの内容と 異なる内容に なる「 形式・助詞の混乱 2 」の 発話と,③ 他の文法形 式(例 えば,
使 役表現)の 使用,合計 3 つである.本研究では他 の文法形式 の使用とい う誤用が少な かっ
た ため,省略する.図 4 は JFL の発話に 見られた誤 用の数を表 す図である.
図4
ONT に おける JFL の誤用
60
40
20
0
無使用
形式・助詞の混乱
JFL上位群
22
9
JFL下位群
53
14
JFL の 誤 用 の 中 で 最 も 多 く 観 察 さ れ た の は
「 授受表現の 無使用」で ある.GJT で は,JFL は
授 受 表現 の恩 恵 の意味 を意 識す る あ まり,助 詞
の違いを区別することには注意が向かなかっ
た という結果となった.し かし,ONT ではその傾
向 が 見ら れな か っ た.授受 表現 が 必 要な 場面 に
も か かわ ら ず,JFL は授受 表現 を 発話し ない と
い う結果とな った.
日本語では,話者が恩恵 行為の受け 手である場合,円滑な人間 関係を確立 ・維持する ため
に 「てくれる 」か「ても らう」を使 用しなければ ならない.し かし,学習者の発話は無 使用
が 多かった.授受表現を付 加せずその まま表現して しまうと,JNS にとって は配慮に欠 けた
失 礼ともとれ る言い方に 聞こえてしま う.学習者に この点を意 識化させる 必要がある.
また,上位群 になると「 てもらう」 の使用が増加 したことに ついて,本研 究では上位 群の
学 習者に事後 調査を行っ たところ,彼らが日々感じ 取っている母語話者( 日本人の先 生,日
本 の番組)の発 話の特徴の 一つで,それを真似てい るからであ るということ が分かった .「 日
常 生活で日本 人がよく使う 表現だから 使ってみた い」という 学習者の言語心理学的側 面が
要 因として考えられる.田 中(2003) においても同 様の結果が 指摘された.
5.まとめ
Ⅰ. JNS と JFL の 授受表現の使 用の違いを 探る.
GJT では,JNS はその問題 の中にある 助詞や問題 の内容を確認 しながら授 受表現にす るか
1
無 使 用 と は ,使 用 す べ き と こ ろ に も か か わ ら ず ,学 習 者 が 授 受 表 現 を 使 用 し て い な い こ と を 指 す ( 堀
口 1984) .
2
例 え ば ,「 母 が ( 私 に ) 治 療 し て く れ た / ( 私 が ) 母 に 治 療 し て も ら っ た 」 と い う 内 容 を 述 べ る 際 ,
学 習 者 が 「 母 に し て く れ た / 母 が し て も ら っ た 」 と 発 話 し た こ と を 指 す .こ の 場 合 ,助 詞( が / に )の 問
題 な の か ,形 式 ( て く れ る / て も ら う ) の 問 題 な の か 判 断 す る の が 難 し い た め ,「 形 式 ・ 助 詞 の 混 乱 」 に
まとめた.
62
ど の文法形式 にするかを選択した.それに対し ,JFL は恩 恵の意味を意識するあ まり,「 てく
れ る」か「て もらう」を区 別すること には注意が 向かなかっ たようである.また,問題の助
詞 に注意を払 わないで答え を選択し た学習者がい た.ONT では,JNS は授受表現が必要 な場
面 では必ず「 てくれる」か「てもら う」を使用し た.しかし,JFL(特に,下 位群)は授 受表
現 を使用せず に能動文をそ のまま発 話する傾向が 見られた.
Ⅱ. 熟 達度に応じ て,JFL の「てくれ る」と「て もらう」の 習得状況が どのように変 わっ
てい くかを探 る.
JFL の上位群 と下位群の間 で GJT でも ONT でも有 意な差が見 られなかった項目があ った.
し かし,全体的に見ると ,日本語能力が上がるにつ れ「てくれ る」と「て もらう」の正 用数
が 高くなった ことが分か った.熟達度に応じて ,JFL の「てくれる」と「て もらう」の 習得
が 進んだと考えられた.ま た,本研究で言語能力の 上位・下位 群の学習者を 比較し,上位群の
授 受表現使用が JNS の使 用により近 づいていたこ とから,日本語能力の向 上と共に授 受表
現 の中間言語 が変容して いくという過 程が観察さ れた.
主な参考文献
大 塚純子(1995)
「 中上級日 本語学習者 の視点表現の 発達につ いて-立場志 向文を中心 に-」
『 言語文化 と日本語教 育』9, pp.281-292.
岡 田久美(1997)「授受動 詞の使用状 況の分析-視 点表現にお ける問題点 の考察-」『 平成
9 年度日本語教育学会春季大 会予稿集』 pp.81-86.
田 中真理(2001)「日本語 の視点・ヴ ォイスに関 する習得研 究:英語,韓国 語,中国語,イン
ド ネシア語 ・マレー語話 者の場合」国際基督教 大学博士学 位論文
_ ___(2003)
「 韓国語話者の ヴォイス習 得の要因と ヴォイス教育 -JFL と JSL の環 境に
お ける follow-up study-」 平成 13 年度 ~平成 14 年 度科学研究 費補助金( 基盤研究 C
(2))研究 成果報告書
掘 口純子(1984)「授受表 現に関わる 誤りの分析」『日本語教育』52, pp.91-103.
資 料 1 文法性判断テスト
1 )
田中 : こ の ドレス、か わいい!
(-TeK の 問題)
( )佐藤 : でしょ !去年の誕 生日に姉が 買 ってもらっ た の。
2 )
佐 藤 : 日 本 では何でも高いですね 。
( )マ ナ : そう ですね。ア ルバイトして いるんです が、全然足 りないんです 。
(-TeM の問題)
毎月母か ら お金を送 っているので す。
3 )
田 中 : ホ ー ムステイは どうだった?
( )マ ナ : 楽 し かったよ.いろいろなと ころを案内した .
田 中 : そ れはよかったね.
(±TeKM の問題)
4 )( )部 長 : 明 日 の会議,代わりに出席し ない?
部下 : え! ぼくで いいんですか.
(+TeK の 問題)
5 )
春 子 : 仕 事 はもう決ま った?
( )夏子 : う ん.お父さん に紹介して くれた会社 な んだけどね. (+TeM の問題)
資料 2
連絡先
オーラルナ レーション
[email protected]
63
縦断的発話資料に基づく授受表現の習得に関する研究
―授受補助動詞の脱落から―
大野直子(Srinakharinwirot University)
1.はじめに
授受表現に おいては「 あげる」と「 くれる 」に 相当する語が 同一で,
「もらう 」に 相 当す
る 語と対立す る言語が最 も一般的で ある(山田 2002).しかし ,日本語は授受を「あ げる」
「 くれる」
「も らう」とい う 3 系列で表 す言語であ る.そのた め授受表現は初級で導入 され
る が,日本語 学習者にと って習得が難 しい学習項 目の 1 つと されている(堀口 1983).
第二言語習 得研究にお ける授受表現 の研究では,主に「あ げる」「くれ る」「もらう 」が
ど のような順 序で習得され るかという 授受表現の 習得過程に 関する研究や,習得上の 問題
点 に関する研 究が行われ てきた.特に 後者におい ては,日本 語能力が向上しても,
「 てくれ
る 」が脱落し やすいことが指摘され ている(堀口 1983, 岡田 1997).「て く れる」は脱 落す
る ことにより ,話 者の視点表示のない客 観的な叙述となり(岡田 1997),文法的には正 しい
の だが,日本語らしい表現 としては適 切さを欠く こと(堀口 1983)が 指摘されて いる.また,
脱 落は教師に 明らかな誤りではないと 判断され,見 逃されるこ とがあり(堀 口 1983),脱落
が 表現上問題 であるという ことに学習 者は気付き にくい可能 性がある.そのため,授 受補
助 動詞の脱落 は授受表現 習得における 重要な問題 であると言 える.しかし,その要因 に関
す る研究はほ とんど見られ ないのが現 状である.
そこで,本 研究では授 受表現の運 用 場面におい て学習者がど のように授 受表現を使 用し
て いるのか, またはしない(脱落)のか ,その実態 を明らかに し,脱落の要因を検討す る.
2.先行研究
2.1 授受表現 の習得順序に関する研 究
授受 表現 の 習 得 順序 に関し て は , 授受 本動 詞 (あ げ る・くれ る・も ら う)およ び授 受 補 助 動
詞 (てあげる・て くれる・て もらう)の両方 を分析対象とした大塚 (1995),坂本・岡 田(1996),
「 て もらう」のみを 分析
岡 田(1997),授受補助動 詞のみに着 目した研究 のうち「てくれる」
対 象とした田 中 (2001)がある.前者の研 究においては,「(て)く れる」が最も習得が難 しい
と されたが, 後者の研究に おいては「 てもらう」 よりも「て くれる」の習得が容易で ある
と いう結果と なっており, 研究者によ って「てく れる」と「 てもらう」のどちらの習 得が
困 難であるか という見解が 異なってい る.そのた め,
「てくれ る」の習得 が困難である ため
に 「てくれる 」が脱落しや すいのかど うかは,明 らかになっ ていない.
2.2 授受表現 の脱落に関 する研究
堀口(1983)では様々な作 文資料より授受表現の 誤用を分類し た.その中 で最も問題 とな
る のが授受補 助動詞の脱 落 であり,特 に「てくれ る」 の脱落が 目立って多かったこと を指
摘 している. また,岡田 (1997)は学習 者の作文を 分析し,脱落しやすい動詞を記述し た.
し かし,これ らの研究にお いては, どうして脱落 するのかと いう 要因については検討 され
て いない.
脱落の要因 を検討した 研究に劉(2000)がある. 劉(2000)では 「てくれる 」の脱落に 着目
し,日本語 学習者の母 語,教科書 での先行動 詞の出現頻 度,先行 動詞の性質 (先行動詞が「人
に 」を必要と するか否か)という 3 点 に着目し,韓 国語・中国語話者を対象 に空欄補充 式会
話 完成テスト を行った.そ の結果, 母語に関わら ず脱落するこ と,教科書で授受構文 とし
て 出現する頻 度が高い動詞 ほど脱落し にくいこと,動詞の中 でも動詞自体が 方向性を 含む
動 詞(例:貸す)の場合, 韓 国語話者に脱落 が多い という 3 点が 明らかになった.この 結果
64
に より,授受 表現に先行す る動詞によ って,脱落しやすさが 異なる可能性が示された .し
か し劉(2000)では,会話 場面と先行動 詞があらか じめ設定さ れているため,実際の運 用場
面 においても 同様の結果が 得られるか どうかを検 討する必要 性があると考える.
2.3 本研究の 目的
先 行研究よ り,本研究では以下の 2 点を研究目 的とする .
(1)運用場面に おける脱落 を含めた授受 補助動詞の 使用の実態 を明らかにすること
(2)先行動詞に よって,脱 落に傾向が見 られるかど うかを明ら かにすること
3.分析
3.1 分析資料
サコダコー パスを用い,韓国語・中国語話 者各 3 名の 授受補助動詞の使用,脱落を分 析し
た .サコダコーパ スとは,調査 者(日本語母 語話者)が被 調査者 6 名 に対して,3 年間,約 4
ヶ 月ごとに 8 回 1 (但し①期か ら②期の間 は 8 ヶ月)行 った対話調 査の文字化資料を指す.調
査 では,約 1 時間のイン タビューが行 われ,毎回 の話題の内 容は 1 回ごとに設定され てい
る.被 調査者の個人識別記号は、韓国語話者 TN,CH,YN,中国語 話者 RY,SH,LL である.
ま た全被調査 者は,同一の 教育機関に おいて『日 本語初歩』で 学習した経験を持つ.
3.2 分析方法
学習者が使 用した 授受 補助動詞, 及 び授受補助 動詞の使用が 適切な場面 で使用して いな
い 箇所を脱落と判断し 全て 抽出した. 正用,脱落 の判断は,筆 者及び日本語母語話者 1 名
で 行った.また,
「(て)くださる 」などの敬 語は考慮せ ず,
「(て)くれる」として判断した,
本 分析資料に おいては,全 被調査者に おいて「て あげる」は脱 落していなかった.そ のた
め ,話し手が行為 の受け手の場合におけ る脱落「(て)く れる」
「(て)もら う」について分析
を 行った.
3.3 分析結果
3.3.1 授 受補助動詞の正用と脱 落
表 1 に全被 調査者の「て くれる」「てもらう」 の正用と脱落 の時期及び 数を示す.
表 1 被調査者別「てくれる」「てもらう」の正用・脱落 一覧 2
被調査者名
韓
TN
国
語
CH
話
3期
4期
5期
6期
7期
8期
てくれる
-
-
①❸
❼
-
❶
❶
❶
てもらう
-
-
-
-
-
-
-
②
てくれる
①❾
⑩❷
③
⑫❷
⑪❶
⑤
④
てもらう
①
YN
てくれる
❶
②❷
てもらう
-
中
RY
てくれる
-
てもらう
-
-
てくれる
❶
語
SH
話
者
2
2期
者
国
1
1期
LL
①
①
③
①
-
①
②❸
⑭❸
⑪❷
⑪
⑤
④
❷
-
⑥
④
⑥
②
④
-
❶
-
①❶
⑤❷
③❶
④
-
-
-
-
①
①
❸
❸
❶
①
③
③❻
てもらう
-
❷
❶
❶
①❶
❶
①❶
てくれる
❶
⑤❻
②❷
③❶
②
②
⑥❸
てもらう
-
-
①
❶
②
-
③❶
CH, SH, LL は ② 期 が 欠 損 し て い る .
表中の○は正用,●は脱落,丸内の数字は出現数を示している. 表 2 も同様.
65
母語に関わ らず「てく れる」が「て もらう」よ り早期また は同時期に正 用が生成さ れて
い る.ま た,正 用数に着 目すると,
「てもら う」よ りも「 てくれる」を 使 用する傾向 が見ら
れ ,行為の受 け手が話し 手の場合は,
「てくれる」を使用しや すいという 授受補助動 詞の使
用 に偏りが見 られることが明らかに なった.
次に,脱落に 着目した. 母語に関わ らず,正用 が見られな い(あるいはほ とんど見ら れな
い)時期と正用が生成され ている時期 という 2 つの 時期で脱落 していることがわかった.し
か し,時期を 経るごとに脱 落は減少す る傾向が見 られる.しか し,補助動詞別には, 異な
る 傾向がある ことが分か った.
「 てく れる」は 6 名に 共通して正 用生成後も 脱落してい るが,
「 てもらう」 は 4 名(TN,CH,YN,RY)に共通して ,正用生成 後は脱落し ていない.
3.3.2 先行動 詞別の脱落
次 に,先行 動詞に着目し た分析を行 った.脱落 していた動詞 は正用になるのかどう かと
い う点に着目 したため,複 数期にわた って使用さ れた動詞の みを分析対象とした.6 名に
共 通して複数 期に生成され た先行動詞は「教 える」と「言う 」(RY のみ 6 期のみで脱落)で
あ った.そのため,この 2 つの動詞に 着目した分 析を行った.
「教える」は 5 名脱落し ていたが,3 名は 正用への変 化が見られ ,2 名に も脱落のみ でな
く 正用も見ら れた.一 方,
「言う」は 6 名に脱落が見ら れたが,そのうち 3 名は脱落のみ で,
正 用への変化 が見られた のは 1 名のみ であった.
次に,各動詞の脱 落時期に着目した.表 2,表 3 を表 1 と照 らし合わせ ながら分析 した.
表 1 と表 2 か ら TN,CH,YN,SH において「 教える 」は,正 用が ほとんど見られない時 期で
脱 落していた.一方,表 1 と表 3 から 「言う」は ,正用がほ とんど見られない時期及 び正
用 が生成され ている時期 の 2 つの時期 にわたって 脱落してい ることが明らかになった .
表 2「教 える」の正用,脱落一 覧 1
被調査者名 1 期 2 期 3 期
TN
4期
5期 6期 7期
●
CH
●
YN
●
○
●
○
○
RY
SH
LL
表 3「言 う」の正用,脱落一覧
○
8期
被調査者名 1 期 2 期 3 期
○
TN
○
○
○
CH
○
○
○
YN
○
○
○
RY
●
○
●
SH
○●
○
○●
LL
4期
5期 6期 7期
●
●
●
●
○●
○●
8期
●
○
●
●
●
●
●
4.考察
4.1 授受表現 の習得過程における脱 落
こ こでは,研究 目的(1)について 考察する.3.3.1 より「 てくれる」は「てもらう」に比
べ ,正用が早 い時期(ある いは同時期 )から生成さ れること, また行為の 受け手が話し 手の
場 合は,「てくれる」が選 択される傾 向があるこ とが明らかに なった.
田中(2001)では,本研 究の被調査者 の母語であ る韓国語, 中国語の最も 基本的な構 文は
動作主を主語とする能動文であると指摘した.能動文からの文構造の変換という点では,
「 てくれる」は能 動文に「てくれる 」を 付加するという文末操 作で済むが,
「て もらう」は
文 内の項の移 動や格助詞の 調整など,
「てく れる」より大きい処 理能力が 必要とされる と述
べ ている.そ のため,統語 面で単純な 「てくれる」のほうが 早く生成され,習得も早 いと
指 摘している .本研究に おいても, 田中(2001)の結果と同様に「てくれる」の生成は 「て
も らう」より 早かった.
こ こ で,文 構 造 の 変 換 が 単 純 な も の の ほ う が 生 成 さ れ や す い と い う 田 中(2001)の 主 張を
検 討するため ,「てくれる」「てもらう」と同様の 文構造の変 換を必要と する本動詞「 くれ
る」
「もらう」に着目し,両者 の正用の生成 時期と数を被調査者ご とに比較した.田中(2001)
1
○は正用,●は脱落を示す.表 5 も同様.
66
●
の 主張の通り であるならば,本 動詞で も同様に統 語面で単純な「くれる」が生成され やす
い 傾向がある と考えられ る.
表4
授 受本動詞「く れる」「もらう」の使用 一覧
被調査者名
韓
TN
国
語
CH
話
者
中
YN
RY
国
語
SH
話
者
LL
1期 2期 3期 4期 5期 6期 7期 8期
くれる
-
-
-
-
①
-
-
①
もらう
-
-
⑥
①
⑦
④
①
②
①
⑥
⑥
①
③
③
②
⑦
④
-
①
①
くれる
もらう
②
くれる
-
②
①
-
⑥
-
①
②
もらう
-
④
⑤
②
⑤
⑤
③
③
くれる
-
-
-
-
-
①
-
-
もらう
-
①
-
②
③
①
くれる
-
-
-
-
-
-
-
もらう
-
-
⑥
②
⑧
⑨
②
くれる
-
②
-
-
-
-
-
もらう
②
-
⑤
④
-
-
②
表 4 より,
「もら う」が「 くれる」よ り早期に生 成され,正 用数も 多いことがわ かる.つ
ま り,これは田中(2001)の主張と異なる結果を示 しており, 統語面で文 構造が単純で ある
以 外の要因が 日本語学習者の「てく れる」の選 択 に影響を与え ている可能性が示され た.
本研究では ,他の要因と して文法の 単純化の可 能性を指摘 する.本動詞 と補助動詞 各々
で 使用に偏り が見られる ことから,日 本語学習者は行為の受 け手が話し手である場合 に,
受 けるものが 物の時は「もらう」,行為の時 は「てくれる」を 使用すると いうような本 来の
文 法規則を単 純化した学習 者独自の規 則を作り出 しているの ではないだろうか.この よう
な 傾向は,特 に授受表現を まだよく理 解していな いと考えら れる初期段階に見られ, 日本
語 能力が上が るにつれ,次 第に両者を 適切な文脈 で使用でき るようになっていく ので はな
い だろうか.
次に,脱 落に着目す ると,「て もらう」の生成は「てくれる 」に遅れ るが,4 名にお いて
「 てもらう」には正用が 生成された後 は脱落して いたが,
「て くれる」においては 6 名 全員
に 共通して正 用生成後も脱 落していた .また,脱 落する時期 に着目すると,正用がほ とん
ど 見られない 時期と正用が 見られる時 期という2 つの時期が あることが明らかになっ た.
前 者では,授 受表現自体が 使用できな い習得初期 段階である ために脱落した可能性が 考え
ら れるが,後 者は正用も同 時に生成さ れているた め,授受補 助動詞の生成が困難であ るた
め に脱落 して いるのではな く他の要因 が関わって いる可能性 が考えられる.つまり, 脱落
の 時期によっ て,脱落する 要因が異な ると言える のではない だろうか.
以上の結果 より,文構造の変換が単純なも のが使用さ れやすい(田 中 2001)とは必ず しも
言 い切れず,また脱落 からは「て くれる」の習得は「てもらう」より早いとは言いがた い.
4.2 授受補 助動詞に先行する動詞に よる脱落
こ こでは,脱落の要因の 1 つと考え られる先行動 詞に関する 研究目的(2)について考 察す
る .6 名に 共通して複 数期に使用された動詞「教える」,「言う」に着目 し,分 析を行った.
「 教える」
「 言 う」は動詞自 体に方向性 が含まれると いう共通の 性質を持っ た動詞であ るが,
授 受補助動詞 の発達の様相 が異なる ことが明らか になった.
まず「教え る」は,脱落 はしていた ものの,正 用がほとん ど見られない 時期の脱落 であ
っ た.これは「 教える」に 限らずどんな 動詞でも脱 落しやすい 時期であるため,脱落し た可
能 性が考えら れる.ま た,4 名にお いて正用生 成後は脱落 していないた め,
「 教える」は授
受 補助動詞と 使用しやす い動詞である 可能性が高 いと考えら れる.一方,
「言う」にお いて
67
は,正用が生成 されるよう になる時期 に おいても脱 落から正用 への変化は 見られず,
「 言 う」
は 授受表現が 脱落しやす い動詞の可 能性が考えら れる.
では,なぜ このような違 いが生じ るのだろうか .劉(2000)で は教科書の 出現頻度が 高い
動 詞は脱落し にくいことを 明らかにし ている.本 研究の被調 査者は教室環境学習者で ある
た め,教科書 からのインプ ットが影響 を与えてい る可能性が 考えられる.そこで彼ら が使
用 した『日本 語初歩』を分 析した.そ の結果,授 受補助動詞の 例文 75 例 中 21 例と「 教え
る 」は最も例 文が多かっ た.一方,「言う」を使 用した例文は 1 例も見ら れなかった.つま
り,教科書での 使用頻度が 高い動詞は 脱落しにく いという劉(2000)を支持 する結果とな り,
実 際の運用場 面での授受 補助動詞の使 用でも,教 科書の影響 が示されたと言える.
以上,動詞 によって脱落 する傾向が 異なる可能 性が示され た.先行研究 では脱落が 問題
で あると指摘 されてきた(堀口 1983,岡田 1997)が,脱落する 時期が重要であり,特に 正用
が 見られる時 期の脱落が問題である と言える.
5.まとめ
本 研究で明 らかになった ことは, 以下の 3 点で ある.
① 行 為の受け手 が話し手であ る場合,「(て)くれる」」「(て)もらう」の ど ちらか片方のみ
を 使用しやす いという使 用の偏りが ある.
② 時 期 に よ っ て 脱 落 の 要 因 が 異 な る 可 能 性 を 指 摘し た . 脱 落 は 正 用 の 生 成 が ほ と ん ど 見
ら れない時期 と正用が生成されている 時期という 2 つの時 期で見られ た.前者は 授受
補 助 動 詞 自 体 が 生 成 で き な い こ と に よ り 脱 落し て い る 可 能 性 が 高 い が , 後 者 は 正 用 が
生 成 さ れ て い る こ と か ら , そ れ 以 外 の 要 因 が関 わ っ て い る 可 能 性 が あ る こ と を 指 摘 し
た . ま た , 前 者 は 時 期 を 経 れ ば 正 用 に な り や す い が, 後 者 は 時 期 を 経 て も 正 用 に な り
に くい.
③ 先 行する動詞 によって,脱 落しやすさ が異なる可 能性がある.
以上の結果から ,先行 動詞によって 授受表現の 発達の様相が 異なること が明らかに なっ
た .そのため ,授受表現 指導において ,先行動詞に着目させ る練習も必要であること が示
せ たと考える .しかし,本研 究では非常 に限られた動詞のみに しか言及できなかったた め,
よ り多くの動 詞を対象とし た研究を行うことを今 後の課題と する.
参考文献
大塚純子(1995)「中上級 学習者の視 点表現の発達 について- 立場志向文 を中心に-」『言
語文化と 日本語教育』 第 9 号 pp.281-292.
岡田久美(1997)「授受動 詞の使用状 況の分析-視 点表現にお ける問題点 の考察-」
『 平成 9 年 度日本語教育 学会春季大 会予稿集』 pp.81-86.
国際交流基 金(1982)『日 本語初歩』 凡人社.
坂本正・岡 田 久美(1996)「日本語 の授受表現 の習得につ いて」『アカ デミカ』文学 ・語
学 編 61 pp.157-202.
坂本正(2001)「日本語の 授受動詞の 習得-母語と 第二言語を 比較して-」『日本文化 學
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田中真理(2001)『日本語 の視点・ヴ ォイスに関 する習得研 究 :英語,韓 国語,中国 語,
インドネ シア・マレー語話者の場 合』国際 基督 教大学大学 院博士論文.
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水谷 信子(1985)『日英 比較話しこ とばの文法 』 くろしお出 版.
山田敏弘(2002)「日本語 におけるベ ネファクティ ブの記述的 研究第 14 回 ベネファク ティ
ブ の類型 論的考察」『 日本語学』 vol.21,1 pp.80-89.
劉美雯(2000)『中国語話 者・韓国語 話者による「 ~てくれ る」の習得と 脱落に関す る
研究-母 語と先行 動詞 の観点から -』広島大学 大学院修士 論文 .
連絡先
[email protected]
68
10 月 16 日(木)
B 会場
69
学習者の分析と評価を活用したビジネス日本語教育の試み
鈴木 伸子(立教大 学)
1.はじめに
筆 者は、少 人数制のビ ジネス日本語 クラスを対 象に、ビジ ターセッション・電話応 対実
習 ・企業訪問 など接触場 面を豊富に取 り入れた、 実戦的な日 本語プログラムを構成し た。
そ の際、IC レコーダーを 利用して、 活動ごとに学習者の日 本語会話を記録し、学習 者自
身 による振り 返りと教師に よるフィー ドバックを行った。本 発表では、この実践のあ らま
し を紹介しつ つ、学習者が 自らの日 本語を認識し て、目標 設定 や次の学習に結びつけ てい
く 学びのプロ セスに注目し 、学習者自 身による分 析・評価の 重要性を検討する。
2.実践の背景
筆 者 は か つ て 「 ホ ー ム ビ ジ ッ ト 」 と 呼 ば れ る学 習 活 動 を 手 が け た 経 験 が あ る 。 こ れ は、
学習 者が母語話者 の自宅を訪問し、教 室とは異な る状況下で 接触場面のコミュニケー ショ
ンに 参加するもの で、その前後には、訪問の道順や日時を確認 するための電話、お礼 状執
筆、報告書作成な どのタスクを設定する ことが可能で ある(鈴木 2004)。 また、その タス
クは 日本語の練習 に終始するものではな く、訪問の為、もしくは謝意を 表す 為などの 目的
があ り、そのた めに日本語を使用し、そこに学習が生まれる ことを意図しており、タ スク
の達 成が社会的な 実践となることを目指 している。
こ の実践を通じ て感じたことは、学外における成人母語話者 との接触によって、多 様な
母 語 話 者 の 言 語 使 用 ・ 思 考 ・ 生 活 空 間 な ど に 接 す る 機 会 が 創 出 で き る 、 と い う 点 で あ る。
また、当時は一般的な中上 級日本語ク ラスにおいて、待遇表現を含む日 本語コミュニ ケー
ショ ンや日本事情 の学習を目的に実践に 取り組んだが、ビジネ ス日本語のように、場 面状
況に 依存する傾向 が強い日本語の指導に 際しては、企業など実 際のビジネスの現場に 出向
くこ とや、現 役の母語話 者ビジネスパ ーソンと接 触すること には大きな意味があると 考え
た。そこで、2007 年 10 月からスター トしたアジ ア人財資金 構想による 本学のビジネ ス日
本語 クラスでは、 インタビューや企業訪 問などを導入した日本語 教育を試み た。
3.「アジア人財資 金構想」による留学 生教育とその目的
本 学のビジ ネス日本語ク ラスは、経済産業省と文部科 学省による「アジ ア人財資金 構想」
の 高度専門留 学生育成事 業に採択され 、設置され たものである。そこで、まずはこの 事業
を 概説し、そ の中で本学 のプロ グラム がどのよう な特色を有するものかを簡単に述べ る。
同 構想は、 平成 19 年度 に経済産業 省の事業と してスタート した。これは、 留学生 の募
集 ・選抜から 専門教育・日 本語教育、 就職活動支 援までの留 学生プログラムを、産学 協同
の 体制で行う ものである( http://www.ajinzai-sc.jp/asia.html)。そもそも、この事業 の背
景 には、グロー バル化の進 展と日本社 会の少子高齢 化という地 球規模の大 きな流れが ある。
そ こで、日本 の経済界がこ の潮流に立 ち向かう方 策のひとつ として、優秀なグローバ ル人
財 を日本企業へ導 入し、将 来的にはア ジアの相互 理解と経済 連携を促進させようとい うの
が 、この事業 の狙いであ る。
70
4.立教大学におけるアジア人財資金構想事業の特色
「ア ジア人財資金 構想」には、大学が中核 となって企 業とコンソ ーシアムを形 成する「高
度 専門留学生 育成事業」と 、地域を基 盤にして複 数の大学と 企業がコンソーシアムを 形成
す る「高度実 践留学生事業 」がある。 本学の「観 光教育イニ シティブ」は、前者の事 業と
し て採択され たもので、本 学観光学部 と観光業界の企業で観 光関連業界への就職を目 指す
人 財を育成す るもので ある。コンソー シア ム 企業とし ては、日本 航 空、 JTB、日本ツ ーリ
ズ ム産業団体 連合会、日本 スターウッ ド・ホテル 株式会社が含 まれ、各社と本学の協 働に
よ って観光業 界に特化した 専門教育を 展開してい る。具体的には、各企業 の社員によ る「エ
ア ラインビジ ネス論」
「旅 行商品マー ケティング論」など実践 的な専門科 目の開講、各 社に
よ るインター ンシップの受 け入れな どが実施され ている。
4.1 立教大学におけるビジネス 日本語教育
本 構想を立 ち上げた経済 産業省は、 留学生が日 本企業への就 職を果たし、ビジネス 現場
で 活躍するた めには、日本 語による 高度なコミュ ニケーショ ン能力と、日本の企業文 化へ
の 理解は不可 欠と指摘し ている(前 掲の HP 参照。 http://www.ajinzai-sc.jp/asia.html)。
そ のため、ビ ジネス日本 語教育はどの アジア人財 事業の大き な柱の一つと位置づけら れて
お り、本学のプ ログラムで もその点は 同様である。日本のビジ ネス習慣に 深い理解をも ち、
ビ ジネス場面 の交渉やデ ィスカッショ ンがこなせ る高度なビ ジネス日本語能力を有す るグ
ル ーバル人財 を育成する ための重要 な役割を担っ ている。
本 学の場合 、少人数なが らも中級か ら超級まで という実力 差の大きな 学生が対象と なる
た め、全部で 6つのクラ スを開講し、 各人のレベ ルに合わせ て組み合わせたクラスを 履修
す る仕組みを とっている。 うち3科目 は、基礎力 強化のため の「高度日本語1・2・ 3」
で 、残り3コ マが応用中 心の「高度ビ ジネス日本 語1・2・ 3」である。基礎力に不 安の
な い平均的な 学生は後者の 3科目を履 修するが、 プレースメ ントテストの結果、基礎 力の
強 化が必要と 思える学生の 場合は最大 5科目を履 修し、既に 十分高度な日本語能力を 有し
て いる場合は 、「高度ビジ ネス日本語 1・2・3 」の1ない し2科目を履 修する。
以 上のよう に構成さ れた 日本語クラ スのうち、 筆者は「高 度ビジネス日本語3」に おい
て 、接触場面 を活用する学 習活動に取 り組んだ。 本稿では、 2007 年 10 月か ら 2008 年7
月 にかけて、 のべ 10 名の中上超 級学習者が 履修した授業 実践につい て報告する 。
「高度日 本語1 ・2・ 3」
「高度 ビジネス 日本 語1・2・ 3」
◎ 目標:基本 的な日本語 能力の底上 げと
四技能 のレベル アッ プ
・ 少人数指導 で習慣化し た文法 ・発音な
ど の弱点の発見と強化
・ 作文添削の 繰り返しに よる論理的な
段 落構成能 力の育成
◎目標:ビジネス場面を想定した 実践的
コミ ュニケーショ ンスキルの習得
・電話応対・インタビ ュー等、接触場面
や 実際の 場面状況を 利用した学 習
・グループ ディスカッ ションにおけ る
協 調的態 度と理論的 発話の養成
⇨
本 プログラム 採 用学生 の概要
1 期生
4 名(中国2 、韓国2)
OPI 結果:上の下〜上の上
2 期生
5 名(中国3 、ベトナム2 )
OPI 結果:中の上〜超級
※ 2期生は、 08 年9月に追 加採用3名 (全員中国)が加わり 、後期は計8名となった 。
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5.「ビジネス日本語3」の学習活動
ビ ジネス日 本語の指導に あたって筆 者が最も重 視している ことは、接触場面を活用 する
こ とと、具体 的な場面状 況を学習に盛 り込むこと である。そ こで今回は、産学協同で の教
育 体制という 点を生かし、 コンソーシ アム企業で 社員へのイ ンタビューという活動を コー
ス の後半に設 定した。さら に、この活 動をコース の仕上げと 位置づけて、そこに至る まで
に 徐々に難易 度が上がっ ていくよう複 数の活動を 配置した。 それらの活動に含まれる 日本
語 運用場面に 取り組むこ とで、就職活 動や入社後のビジネス 現場にも対応できるスキ ルを
身 につけるた めである。具 体的には後 述するが、 アポイント をとるための電 話やメー ル、
お 礼状、電話 の伝言メモ、 インタビュ ーにおける 談話管理など を視野に入れている。
活動
ビジター
セッショ ン
電話応対
インタビュー
イン タビュー
場所
学内
学内
学内
学外 (企業)
学内関係者を主と
コ ンソーシア ム
学内の若手職員
する 不特定多数
企 業の若手社 員
上 記のよう に、ビジタ ーセッション に始まりイ ンタビューに 終わる一連の活動で、 学習
者 には IC レ コーダーを用 いて自分た ちの日本語 会話を録音 させた。この録音データ は当
日 の活動直後 もしくは翌日には本人 に配布し、会 話ス クリプ トの作成と会話における 自己
評 価という課 題を与えた。 会話スクリ プトを作成 するには、 何度もデータを聞き直さ ねば
な らない。つ まり、学生た ちは自らの 日本語会話を繰り返し 聞かざるを得ない状況に 直面
し 、更には完 成したスク リプトを手が かりに、日 本語スキル の分析と自己評価を行う 。こ
の プロセスを 経て、学習 者は自分の日 本語会話が どのような 特徴を有し、それをどう 改善
す べきなのか 、それぞれ音 声・文法・ 談話的側面 などにおける 課題の発見を目指した 。
中 上級学習 者が更なる日 本語スキル の向上を目 指す場合、自 分の日本語のどこに問 題点
が 残されてい るのか、その 発見なしに は新たな学 習を開始す ることはできないだろう 。し
た がって、自 分の音声デー タを繰り返 し聞くこと は、自分の 日本語力を客観的に眺め て内
省 し、その課 題を発見する ために非常 に重要な学 びの出発点 となる。続いて、日常的 な意
識 化ができて 初めて課題の 解決へとつ ながるので はないだろう か。
た とえば本 実践でも、中 国人学習者 で、日本語 の音声リズ ムがうまくとれず、頻繁 に促
音 と長音を割 愛していた学 生の場合、 教師による音声指導の 後に、自分の音声データ を聞
い て、自分の 長音や促音の 短さに気 づくことがで きた。 それ によって、仲間同士で日 常的
に「 今のは短い」
「 促音になって ない」などと指摘し合うよ うになった 。中上級学習者 がさ
ら なる日本語 力の向上を目 指すには、 弱点の自覚 と日常的な 意識化が不可欠だろう。 それ
を 促す為に、 自らの日本 語を客観的に 観察する機 会は有益で ある。本実践でもこのプ ロセ
ス を経て「自 分の日本語は まだまだだ とわかった」と感想を 述べる学生がいた。
相手
30 代主婦
6.活動の実際─電話応対
電 話 応 対 に は 、 定 型 の 待 遇 表 現 が 多 く 、 し か も完 璧 に 使 え な い と 「 誤 用 」 と 見 な さ れ、
マナ ー違反と指摘 されることさえある。そのため、母語話者で あ っても、就職活動中 には
マニ ュアル本や就 職活動セミナーへの参 加などによっ て敬語や電 話特有の表 現を学ぶ。中
でも、電話会話は就職活動 時の企業へ の問い合わせや確認のた めに学ぶ必要性が高く、入
社後 には多くの新 入社員がいわゆる「電 話番」を 体験するこ とから、ビ ジネスパーソ ンと
して は必須のスキ ルと言える 。さらに、電話会話を学ぶこと で、電話に 特有の表現は もち
ろん のこと、敬語 全般の復習、ウチ/ソ トの概念の習得もできる 。
そ こで、本 実践では電話 会話を確実 に習得する ことを目指し 、徹底した電話応対の 練習
を 行った。ま ず、プリン トを使 用しな がら、基本 的な表現を学び、学習者同士のロー ルプ
レ イを行って 、使い方 に慣れる。次に、研 究室内の電 話を利用した 、実習を 行う。これ は、
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ホ ワイトボー ドに架空の行 動予定表を 記入し、そ こに行き先 が明記されて不在の社員 あて
に かかってく る内線電話を とり、不在 を伝えて伝 言メモを作 成するまで、円滑な応対 をす
る ものである 。内線電話は 、あらかじ めホワイト ボードの行 動予定表と同じメモを手 渡し
た 学内職員に 依頼をして かけてもらい 、名指し人 が不在の場 合の電話応対の練習につ きあ
っ てもらった 。この活動 はすべて IC レコーダー で録音し、学 生自身がスクリプト化 する
こ とを課題と した。
7.インタビュー
以 上のよう に、本実践で はまず、電 話会話やビ ジターセッシ ョンなど接触場面を活 用し
た 学習活動を 行って、その 度に録音デ ータに対す る自己分析 と評価を行い、さらに教 師の
フ ィードバッ クを加える という作業を 行った。そ の後、イン タビューの実施である。 これ
は 、就職活動 を視野に入れ たインタビ ューで、就 職活動にお ける OB 訪問 を念頭に置いて
い る。まずは 学内で、職員 を相手に実 施し、その 後、コンソ ーシアム企業の協力を得 て、
旅 行業界各企 業の社員にイ ンタビュー を実施した 。
■ インタビュ ー活動の流れ
・インタビュ ーに必要な 言語表現の 指導
・質問リス トの作成
インタビュー準 備
・アポ入れメ ールもしく は電話のか け方
・訪問時のビ ジネスマナ ー
↓
学内インタ ビュ ー
(志望業界 外)
企業インタ ビュ ー
(志望業界 )
・就職活動の 体験を聞く
・(終了後) インタビュー における各自の発話の 振り返り
・お礼状や感 想文の執筆
↓
・企業のオ フィスを訪れ てビジネス マナーを実践 する
・就職活動の 体験を聞く
・その企業の 社風や職場 環境、事業 などを聞く
・(終了後) インタビュー における各自の発話 の 振り返り
・お礼状や感 想文の執筆
学 内インタ ビューと企業 インタビュ ーは一見、似 たような活動に思える かも知れない が、
場 面状況の違 いによって学 べるポイン トも上記の ように多少 異なる。前者では、転職 経験
や 営業経験の ある学内の若 手職員に、 後者はコン ソーシアム企業(=本コンソーシア ムの
学 生にとって は就職志望 業界)の若手 社員に、就 職活動にお ける仕事選びのプロセス やや
り がいなどを 語ってもら う点は共通し ているが、 後者では、 就職志望先の特徴につい て内
部 の方の声を 聞く他、教室 で学んだビ ジネスマナ ーを実践す ることも目的であ る。
と はいえ、 この企業イン タビューを 充実させる 為には、それ 以前に各学習者が「自 分と
仕 事」につい て明確なイ メージを持ち 、就職活動に対してす でに目標設定を行ってい る必
要 がある。自 己分析がな ぜ必要なのか 、自分が働 きたいのは どのような特徴のある企 業な
の か。自らに 問いかける には、先輩の 体験を聞く ことが効果 的である。実習に参加し た学
習 者の感想は 次ページの通 りである。
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■学内イン タビューにお ける学生の 振り返りか ら ─①就職 活動への 心構 え
・ Hさんから 、学生時代に 何かをやり 遂げた自信 があれば、 就職活動でも 「自分は
絶対に採用 される」とい う自信を持 てると聞き 、今まで不 安や心配ばか りだった
が、就職活 動を始める上 でポジティ ブな気持ち になった。
・ 最初から自 分に向いてい る仕事を探 すのは難し いが、仕事 をしているう ちに自分
がどんな人 間でどんな仕 事に向いて いるのか明 らかになる 。そんなM さ んの体験
談は私にと って励まし となった。
・ Hさんは、 自分の経験を 説明しなが ら、就職活 動では「自 分が何をした いのか、
どういうこ とが好きなの か、どうな りたいのか」を考える のが重要だと 何度も強
調しました 。私もまず、 この点をし っかり考え なければい けないです。
■②言語的 な側面での 気づき
・ 相づちがう まくうててい た。イント ネーション がよくない。
・ Hさんは、 出された質問 に対して、 自分の言葉 でまとめて 確認をしてい た。
・ 「階段」と 「段階」を間 違って使っ ていた。
・ 「集めると ころ」を「集 まるところ」と間違え ていた。
こ れらを受 けて、授業で は教員が就 職活動のプ ロセスを確認 するほか、言語的なス キル
の 訂正(「そうですね 」と「そうで すか」の誤用、自他動詞の誤用、音声の誤 用など)をは
じ め、談話的 な注意点も指 導する(質 問のテーマ が小 →大よ りも、 大 →小のほうが話 しや
す い、個人の 意見と一般 的な意見と、どちらを問 うているの か?等)。
8.結論
ビ ジネス日 本語のよう に、主に上級 学習者を対 象とする日本 語教育では、飛躍的な スキ
ル 向上ではな く、取りこ ぼしを減らし た日本語能 力と、昨今 、日本語母語話者を対象 とす
る 大学教育で も強く求めら れている高 度なコミュ ニケーション能力を目指すことにな ろう。
そ の場合、教 師による一方 的なフィ ードバック以 上に、 学習 者自身による自己分析と 評価
の ほうがより 高い学習効 果をもたらす のではない かと思われ る。また、企業のオフィ ス等
オ ーセンティ ックな場面で コミュニケ ーション活 動を実践する ことも同様であろう。
但 し、今回 の授業実践は 、いまだに ごく少数を 対象とする もので、データの蓄積も 十分
で はない。今 後は、さら に実践を継続 してデータ の収集から 確かな実証研究へとつな げて
い きたい。
参考文献
ア ジア人財資 金構想ホー ムページ http://www.ajinzai-sc.jp/asia.html(2008年7月末
現在)
鈴 木伸子(2004)「日本事 情における 家庭訪問プロ グラムの試 み」『世界 の日本語教育 <事
情報告編>第7号 国際 交流基金 pp.209-225.
連絡先
〒352-8558 埼 玉県新座市北 野1-2-26
[email protected]
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批判的ふり返りを取り入れた実習生の力量形成プログラムの試み
―実習提携校における実践を事例として―
池田広子(お 茶の水女子 大学)
1.日本語教員養成 における教育実習の 現状
近年急速な 国際化,社会 の変動に伴 い日本語学 習者の増加 ,学習者ニー ズの多様化 が進
行 している. また,この ような動きと 連動し,様 々な学習者 ニーズ,多様な教育現場 に対
応 することが できる日本 語教員養成の あり方が求 められてい る.教員養成の中でも, とり
わ け,実習が 重視されて いることは, 日本語教育 関係者の間 では一致しており (国立 国語
研 究所調査 2002),実習の あり方を検 討すること は重要だと されている.このような 状況
の 中で近年, 大学の教壇 実習では,実 習生の大学と提携を結 んだ教育機関で教壇実習 を行
う 傾向が見ら れる.提 携を結ぶ教育 機関には,国内の日 本語学校,語学学校,海外の協 定 ・
提 携大学,地域 のボランテ ィア教室 な どがあげられ る.提携先で教壇実習 を行なう利点 は,
実 際の教育機 関の中に身を おき,眼前 の学習者を 対象とした 実践が経験できることで あろ
う .しかし, 提携先で経験 したことを その後どの ように生か していくのか,実習生ら の力
量 にどのよう につなげて いくのかを検 討していく ことも重要 ではないだろうか.
本研究では ,実習生の力 量を形成し ていくため の取り組み として,提携 先で行った 実習
後 に批判的ふ り返り活動( 詳細は後述 )を取り入 れ,実習生 らの実践を内在化するこ とを
試 みる.提携 先での実習を 体験した実 習生らを対 象に批判的 ふり返りを実施す ること によ
っ て,実習生 らにどのよう な学びが見 られるのか を追求する .その上で批判的ふり返 りの
可 能性につい て検討する ことを目的 とする.
2.先行研究
専門家教育 の中でショ ーン(1983)が 提唱した「 省察的(内省 的)実践家 」に基づき ,岡
崎 ・岡崎(1997)は,主体 性や自律性 を重視した 「自己研修 型教師」の必要性を示し た.
ま た,多様な 教育現場に対 応するため に自己研修 型教師の養 成をめざした「内省モデ ルに
基 づく日本語 教育実習プロ グラム」を 実施した報 告がされて いる.横溝(2000)は教 師の
成 長を促す手 段としてア クション・リ サーチの有 効性を示し ,迫田(2000)は,自己 研修
型 教師の育成 を目指す日本 語教育実習 にアクショ ン・リサー チを取り入れる試みを報 告し
て いる.以上 のように,日 本語教育分 野では,シ ョーンが最 初に示した「省察的実践 家」
と いう考え方 が重視され,実践され ている.
内省(ふり 返り)を基に したショー ンの考え方 は,成人学 習分野におい ても影響を 及ぼ
し ,内省を通 して 実践者の 意識の変容 についても 考慮する考え 方へと発展していった .メ
ジ ロー(1994)は,フレ イレによる「 解放的学び 」や批判的 思考の影響を受け,成人 学習
者 の批判的ふ り返 り,つま り,徹底し てふり返る ことによる意 識変容の学習を提唱し た.
さ らに,Cranton(1992/2003,1996/2004)は,批判 的ふり返り による意識変 容の学習の 考え
を 専門家や教 育者の能力 開発の実践に 取り入れて 精緻化した.
こうした成 人学習の考え 方や批判的 ふり返り活 動を日本語 教育分野に取 り入れ,批 判的
ふ り返りの可 能性を様々な 観点から追究した研究 として,池 田・朱(2007)がある. この
研 究では,実 践を徹底して ふり返り, 語ることに より,どの ような学びが見られるの かを
追 求した.ま た,朱・池 田(2007)で は,実践を 聴く側に焦点 を当て,聴き手が寄り 添っ
て 聴くことに よって,どの ような学び が聴き手に 見られるの かが示されている.しか し,
提 携先の教育 機関との連携 を取る実習 プログラム の中に批判 的ふり返り活動を取り入 れ,
そ こでどのよ うな可能性が 見られるの かについて は,ほとん ど追求されてはいない.
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3.研究の目的
本稿では, 大学の教員 養成における 実習プログ ラム(提携 校との連携を 取る実習) の中
に 批判的ふり 返り活動を取 り入れ,そ こでどのよ うな学びの 可能性が見られるのかに つい
て 追求するこ とを目的とす る.具体 的には,他者 と共に 実践を 徹底的にふり返ること によ
り ,どのよう な省察や学 びが見られ るのか につい て追求して いく.
4.調査方法
4.1.実践の批 判的ふり返 り
本稿では,Cranton(1992/2003,1996/2004)の考 え方を基礎とした三輪 (2005)の手法に基
づ いて批判的 ふり返り活動 を実施した .実習生ら は,1グルー プ 3~4 名 になり,自分の実
践 を語る語り 手と他の実践 を聴く聴き手に分かれ て,ふり返 り活動を 3 週 に分けて実 施し
た .各グルー プには進行 役を一人立 てた.第 1 回目は,事前 課題(提携先での実習を ふり
返 って,最も 重要だ と考え ていること を A4用紙 に記述する こと)を基に,語り手は 自身
の 経験を語り (約 30~40 分),聴き手 は,語り手 の内容を丁 寧に聴いた .語りの後, 事実
に ついての確 認の質問を 行なった. 第 2 回目は, 同じメンバ ーで前回語り手が語った 内容
を 確認し,そ の上で聴き手 と語り手で 内容に関す る質問を行 い,自然なやり取りが行 なわ
れ た.第 3 回 目は,3 回目 のふり返り の内容を整 理した上で ,内容についての質問を 行な
っ た.
4.2.調査対象
調査対象は ,平成 19 年 A 大学の実 習授業(通年 開講 週 1 回)を受講 した実習生 10 名
で ある.実習 生らは, まず,A 大学の 前期の実習 授業で模擬 授業を体験し,夏季休暇 に A
大 学と提携を 結んだ教育 機関で教壇実 習を行なっ た(各実習 生は教育機関の選択が可 能).
そ して,後期 には A 大学の 実習授業に 戻り,提携 先で体験し た実践について「批判的 ふり
返 り」活動を 行い,その上 で新たな実習に取り組 んだ.以下 に A 大学における日本語 教育
実 習の年間ス ケジュールと 批判的振り 返りを取り 入れた期間 について以下に示す.
【 教育実習全 体の年間スケ ジュール】
5
6
7
8
9
4
前 期授業【校 内模擬実習】
10
11
12
1
後期 授業【校内 模擬実習】
校外実習提携
先での実習
2
3
批判的ふり
(国内・国外)
返り活動
実 習報 告書執筆
作成(2 月上旬)
4.3 分析方法
三輪(2005)の手法に基 づき,他の 実習生らと共 に自分の実 践を協働で 丁寧にふり返 りを
行 なった(毎 週全 3 回). その後,「ふり返りシー ト」に自分 の実践につい て考えたこ と,
を 記入し,提 出してもら った.データ は,主にふ り返りシー トの記録である.このデ ータ
を 基に何をふ り返りの話題 として取り 上げ,語り 手と聴き手 の側から実践をどのよう に考
え ていったの かについて質的に分析 した.
5. 結果と考察
ここでは,4 名の実習生(実習生 A,B,C,D)のふ り返りシー トに記述さ れた内容を取 り上
げ ,実習生ら の学びを探っ ていく.尚 ,各実習生は,批判的 ふり返り活動において, 語り
手 の立場と聴 き手の立場の両方で参 加した.
【実習生 A】:国内 日本 語 学校での実践
神 奈 川 県 に お け る 某 日 本 語 学 校 で 2007 年 8 月 下 旬 ( 1 週 間 ) に 初 級 の 日 本 語 学 習 者 ( 16 名 ) を 対 象 に
日 本 語 を 教 え ,日 本 語 教 育 実 習 を 行 っ た .教 科 書 と し て『 み ん な の 日 本 語 』34 課( ~ と お り に ~ )の 文
76
法事項の導入,練習,発展練習を行なった.
【事例 1】文法知識に対する指導 教員の考え方
私 は 文 法 の 知 識 が 足 り な く 叱 ら れ た け ど ,ど の よ う な テ キ ス ト を 使 っ て「 初 級・ 中 級 を 教 え る た め の
文法」を勉強すれば良いのか分からなかったと報告しました.
私 の 報 告 に 対 し て ( 他 の 実 習 生 か ら )「 な ぜ 実 習 先 の 先 生 は 文 法 の こ と で そ ん な に き つ く い っ た の だ
と 思 い ま す か ? 」 と 聞 か れ ,「 文 法 知 識 は 先 生 に な ろ う と し て い る 人 を 評 価 す る に は , う っ て つ け の も
のだから私ももっと勉強していくべきだった.隙を見せるべきではなかった」と答えました.
日本語学校 の教員が実習 生に対して ,文法知識を持ってい ることを期待 しているこ とが
窺 える.また,実習生 A の語り から,実習生の評 価のために文法知識は 不可欠なもの と考
え ていること が確認され る.
【 事例 2】文法知識 に対する考え方 (1)
こ れ か ら ,日 本 の 大 学 に 入 っ て ,勉 強 し よ う と い う 人 々 に と っ て ,文 法 は 日 本 語 習 得 の 鍵 に な る と て
も 大 切 な こ と だ と 思 っ て い ま す .ふ り 返 り を す る 前 は ,「 隙 を み せ て し ま っ た 」と か ,「 意 地 悪 さ れ た の
か な ? 」と か 思 っ て い た け ど ,結 局 は ,大 学 進 学 を 目 指 し て る 学 生 に 教 え る に は ,教 え る 側 の 文 法 知 識
が 最 重 要 項 目 で そ れ が な け れ ば ,他 の こ と を ど ん な に 一 生 懸 命 や っ て も ダ メ だ と い う こ と が い い た か っ
た の で は と 気 づ き ま し た .生 徒 達 の 様 々 な ニ ー ズ に 応 え て こ そ ,プ ロ の 日 本 語 教 師 で あ り ,自 分 の 得 意
分 野 に 生 徒 を あ わ せ よ う と し て は い け な い の だ と 思 い ま し た .生 徒 の ニ ー ズ に 合 わ せ て 自 分 は も っ と 自
己研鑽していかなければいかないと思いました.
事例 1 では,文法知識は 教師に不可 欠なものと考 えていたの に対し,事例 2 では,学習
者 の視点から 文法知識の必 要性につい て考えてい る様子が窺 える.つま り,事例 1 の 段階
で は,日本語 教師の先生に 評価される ために必要 な知識だと 考えていたのに対し,事例 2
で は,学生・ 学習者のニ ーズに応える ために文法 知識が必要 であると,認識が変化し てい
っ た様子が窺 える.
【事例 3】文法知識に対する考え方(2)
夏 季 の 校 外 実 習 で は ,前 期 に や っ た 教 案 作 り や 模 擬 授 業 の 体 験 が と て も 生 き ま し た .前 期 に や っ て お
り 本 当 に よ か っ た な と 思 い ま し た .文 法 知 識 は つ け や き ば で ,自 分 の 担 当 す る か の も の し か 勉 強 す る こ
と が で き な く ,そ れ と 実 習 先 の 先 生 に 見 抜 か れ て し ま い ま し た .後 期 の ふ り 返 り を 通 し て ,文 法 を 網 羅
し て い る こ と の 大 切 さ と ,生 徒 の ニ ー ズ に 応 え る 努 力 を す る 事 の 大 切 さ に 気 づ き ま し た .ど ん な ニ ー ズ
にも応えられるように沢山のアイデアや知識を広げて守備範囲を広げておく事が必要だと思いました.
実 習生 A は,ふり返りを通し て日本語学校 の教員は,なぜ 文法知識を 重視するのか とい
う 疑問を持ち ,文法知識の 有無が評価 基準になる ためだと考 えていた.しかし,ふり 返り
を 重ねること で文法知識は 学習者(就 学生)に重 要であると いう別の視点ができあが って
い ったと示唆 される.続 いて実習生 B の 記述を紹介する.
【実習生 B】海外:中 国 B 大学 での実践
中 国 上 海 に お け る B 大 学 の 第 二 言 語 と し て の 日 本 語 講 座 で 2007 年 9 月 中 旬( 1 週 間 )上 級 レ ベ ル の 日 本
語 学 習 者 ( 約 30 名 ) を 対 象 に 主 に 精 読 ク ラ ス を 担 当 し た . ま た , 聴 解 , 日 本 事 情 , 文 学 , 読 解 の 授 業
を見学したり,日本社会についてのグループ・ディスカッションに学習者とともに参加し,議論した.
【事例 4】指導者の姿勢
仲 間 の 実 習 は ,本 当 に 大 変 そ う で し た .ま ず は ,先 生 が 厳 し い .あ ま り 褒 め て く れ な い .教 案 の 添 削( 当
日 )な ど ,何 倍 も 辛 い 気 が し ま し た .自 分 が 笑 っ て 授 業 を 進 め る こ と が で き な い の は 悲 し い と 思 い ま す .
実 習 を 行 な う 機 関 に も よ る と 思 う が ,楽 し く 授 業 が 行 な わ れ て い な い 学 校 は ,学 習 者 に と っ て も「 日 本
語 の 勉 強 = 苦 」に な っ て し ま い ,動 機 も ど ん ど ん 下 が っ て し ま う と 思 い ま す .そ の た め に ,私 自 身 の 今
回 の 実 践 は ,授 業 を 終 え て か ら 数 人 の「 楽 し か っ た 」「 良 か っ た 」と い う 言 葉 を 聴 く こ と が で き た の で ,
良い経験になったと思います.
上述のよう に事例 4 では,実習生 B が仲間 の実践を聴く ことによっ て,自分の実践 の指
導 者と他の仲 間の指導者と比較し, 厳しい指導者 のあり方に疑 問を持っていることが 確認
さ れる. 実習 生 B からは,(1)実習は提携先に よって質的 に異なるこ と(2)提携 先に
77
よ って指導者 の姿勢にも違 いが見られ ることを認 識し,実習 生 B の中での気づきや疑 問と
な っているこ とが窺えた.続いて,実習生 B と 同じ海外で の実習を経験 した実習生 C の記
述 を紹介する .
【事例 5】国内外の比較,学 習者の状況の比較
学習者の学習理由,到達目標・レベル・生活状況を質問した.
理 由 は ,学 習 理 由 ・到 達 目 標 の 違 い に よ っ て ,学 習 意 欲 も 大 き く 異 な っ て い て ,そ れ が 実 際 の 授 業 に お
い て , 授 業 の 集 中 力 , 予 習 , 復 習 等 に 多 大 な 影 響 を 与 え る も の で あ る と 考 え る た め . ま た ,「 レ ベ ル に
あ っ た 学 習 」と い う も の が ,ま だ 設 定 す る こ と が 難 し い の で ,皆 の 事 例 を 聞 い て 参 考 に し た か っ た の で ,
だた,初・中・上級というレベル分けだけでなく,理解度なども細かく聴いた.
最 後 に ,日 本 語 教 育 の 実 状 を 生 で 知 り た か っ た の で ,生 活 状 況 を 聞 い て み た .私 の 行 っ た 大 学 生 は あ
る 程 度 ,生 活 水 準 が 高 く ,1 つ の ス キ ル と し て 日 本 語 を 学 ぶ 学 生 が 多 か っ た の に 対 し ,他 の 実 習 校 で は ,
生きるため,お金を稼ぐために日本語を学習する学生も多く,また,そんな学生ほど,時間に追われ,
十分に学習に当てている時間を確立できないものもいて歯がゆさを感じた.
学習者の学 習環境の面か らも自分の 実習先の学 習者と他の 実習機関にお ける学習者 を比
較 しながら, 経済的な問題 が学習に影 響している現実を認識 している様子が窺える. 続い
て ,非母語話 者である実習 生 D の記述 を紹介する .
【実 習 生 D】韓 国 の留 学 生 :国 内 日 本 語 学 校の実 践
実習生 D は,留学生(韓国人)である.韓国の日本語学校で日本語を学び,A 大学の日本語教員養成コ
ー ス を 受 講 .日 本 語 学 習 経 験 7 年 .2007 年 8 月 下 旬( 1 週 間 ) に 神 奈 川 県 の 日 本 語 学 校 で 就 学 生 を 対 象
に 日 本 語 教 育 実 習 を 行 っ た .実 習 先 で は ,初 級 の 学 習 者 を 対 象 に「 ~ な が ら 」の 文 法 項 目 を 4 5 分 で 教
え た .ま た ,中 級 上 級 ク ラ ス を 見 学 し ,時 事 問 題 に 関 す る デ ィ ス カ ッ シ ョ ン も 学 習 者 と 共 に お こ な っ た .
【事例 6】非母語話者教師の利 点
私 は 留 学 生 な の で ,学 習 者 の レ ベ ル が 大 体 予 想 で き ま し た .テ キ ス ト で「 み ん な の 日 本 語 」を 使 っ て い
ま し た が ,そ の 流 れ も わ か っ て い た の で ,教 案 を 作 る と き は 少 し 楽 で し た .し か し ,私 は 母 国 で ,母 語
で 日 本 語 を 学 ん だ の で ,意 味 が 分 か ら な い と き は ほ と ん ど あ り ま せ ん で し た .日 本 で ,日 本 語 で 日 本 語
を 教 え な け れ ば な ら な い と 思 う と ,心 配 で し た .自 分 の 発 音 に 自 信 が な か っ た の で ,言 葉 を は っ き り 言
え ず ,声 も 小 さ く な っ て し ま っ た と 思 い ま す .逆 に ,日 本 人 だ と 発 言 は そ ん な に 問 題 に な ら な い と 思 い
ます.かわりに,国語とは少し違う,留学生が学ぶ日本語の文法や単語などが難しかったと思います.
自分の能力 について,母 語話者と非母語話者の 観点から比 較し, 非母語 話者ならで はの
利 点を生かし , 自分にで きることを整 理している 様子が窺える .
6.まとめと今後の課題
本稿では, 大学の教員 養成における 実習プログ ラム(提携 校との連携を 取る実習) の中
に 批判的ふり 返り活動を取 り入れ,そ こでどのよ うな学びと 可能性が見られるのかに つい
て 追求するこ とを目指した .実習生 A~D(4 名) が何をどう認 識していくのかについ て示
し ,考察を試 みた.その結 果を以下 にまとめる. 実習生 A は, 指導教員の評価尺度と して
実 習生の文法 知識の有無は 不可欠であ ると考えて いたが,ふ り返りを積み重ねていく うち
に ,学習者( 就学生)のニ ーズに必要 であると考 えるように なっていった.つまり, 実習
生 A において は,1 つの現 実を決まっ た視点だけ でなく,別 の視点からも捉えていく とい
う ような変化 が確認され た.次に,実習生 B,C は海外の大 学での実践について,自分 の経
験 は何だった のか,他の実 習生の実践 と比較しな がら自身の 経験を位置づけていく様 子が
確 認された. この中で,な ぜ自分たち の実習は他 の実習生の 経験とは質的に異なるの かに
つ いて考えて いく様子が窺 えた.実習 生 D は自身 が非母語話 者教師であるという点を 意識
し ,母語話者 が教師であ る場合と,非 母語話者が 教師である 場合の長短所について, 主体
的 に考えてい く様子が見 られた.
では,上述 した結果から 批判的ふり 返りにおけ る学びと可 能性はどのよ うに捉えら れる
だ ろうか,以 下で述べて いく.第一に ,各実習生が批判的ふり 返りで取り上げた内容 につ
78
い て検討する . 実習生がふ り返りとし て取り上げ た話題や課題 を見てみると,各実習 生の
こ れまでの経 験や価値観を 基にしてい るものが多 く,課題の 内容は 一様ではないこと が確
認 された.Schön (1983)は,教師のようなマイナ ーな専門職の力量形成 には,問題解 決の
力 よりもむし ろ課題を設定 していく力 が重要だと 指摘してい る.つまり,複雑 で多様 ,混
沌 とした文脈 と常に向き合 いながら実 践を推し進 めていく教師 には,この文脈の中で 状況
を 主体的に把 握し,課題や問題とし ていく 力が重 要である とい うのである. ふり返り 活動
に 取り組む前 の事前課題で 何を取り上 げるのかに ついて決め ,この話題について,と もに
振 り返りを繰 り返すこと によって,何 が自分の中 で問題とな っているのかがより焦点 化さ
れ ていったと 言える.この ようなプロ セスを協働 で行なうこ とは,自律的な能力を養 成す
る だけでなく ,実践を内在 化していく 点で重要だ と考える.
第二に,ふ り返りを重ね ることの可 能性につい て検討する .上述したよ うに, ふり返り
を 繰り返し, 他の実習生ら の経験を共 有すること によって, 自分の実践を他者の実践 と比
較 して整理し たり,捉え 直したり ,吟 味する様子 が確認され た.また,提携先での実 践を
自 身の中に位 置づけられ ていく様子も 確認された.さらに教育機関の状況,実習のあり方,
指 導の姿勢の 異同を把握す るだけでな く,なぜ, 教育機関に よって異なるのかについ ても
考 え,自 身で答えを 探っていく姿勢が窺え た.Cranton (1996/2004)は,成 人の学習の 特徴
と して,今ま で無意識・半 意識的だっ たことに気づ いたり,こ れまでの自 信を喪失した り,
価 値観や前提 を批判的に捉 え直し,絶 えず様々な 方向に変容 していくことであるとし ,意
識 変容の学び が成長でも あると示し ている .Cranton (1996/2004)に依 拠すれば,今回の実
践 で確認され た変容のプ ロセスは,実 習生らの成 長の一端で もあると示唆される.
本稿で示し てきた実習 生らのふり返 りの記録は 生涯発達の 観点で見てみ ると,ある 地点
の 実習生らの 認識に過ぎな い.今後実 習生らがさ らに実践と ふり返りを積み重ねてい くこ
と で,どのよ うに今回の実 践を考えて いくのかに ついて記述 していく必要がある.
参考文献
池 田広子・朱 桂栄(2007)「批判的ふり返りによる 教師の自己 能力開発の 試み-意識変 容の
学習理論の 観点から」『言語文化と 日本語教 育』 第 33 号, pp.105・108.
岡崎敏雄・岡崎眸(1997)『日本語 教育実習 理 論と実践』アルク
迫 田久美子(2000)
「アク ション・リ サ ーチを取り 入れた教育 実習の試みー自己研修型 の教
師を目指し てー」『広島 大学日本語 教育学科紀 要』第 10 号,pp.21・29.
朱 桂栄・池田 広子(2007)「批判的ふり返りにおけ る聴き手の 役割-日本 語教師の意識 変容
の学習を目 指して」『お 茶の水女子 大学 生涯 学 習実践研究』第 5 号, pp.124・137.
三 輪建二(2005)
「 専門職が 大学院で学 ぶということ -成人学習 論特論Ⅰ(2004)を例にし て」
『生涯学習 実践研究』 第 3 号, pp.1・42.
横 溝紳一郎(2000)『日本 語教師のため のアクショ ン・リサーチ』凡人社
Cranton, P. (1992) Working with Adult Learners . Toronto: Wall & Emerson/入江直・
豊田千代子 ・三輪建二 共訳(2003)『 おとなの学 びを拓く-自 己決定と意 識変容を求 めて
-』鳳書房
Cranton,P.(1996) Professional Development as Transformative Learning-New
Perspectives for Teachers of Adults. San Francisco: JosseY-Bass /入江直子 ・三
輪建 二監訳(2004)『おと なの学びを 創る-専門職 の省察的 実践をめざし て-』鳳 書房
Mezirow,J.(1994) “Understanding Transformation Theory.” Adult Education Quarterly ,
44(4).
Schön,D.A.(1983)The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action.
Basic Books.
連絡先
東京都 文京区大塚 2-1-1 お茶の 水女子大学人 間文化創成 科学研究科
[email protected]
79
海外日本語教育における文化学習のための
教室活動実践の具体化とその課題
-タイにおける「文化リテラシー」育成のための教室活動実践-
松井 孝浩(早稲 田大学) 1
1.問題の所在
海外日本語 教育におけ る日本文化の学習につい て,宮崎(2000)は,
「日 本人とのイ ンタ
ー アクション 場面,特に教 室以外での 接触場面が 限られると いう点」が国内と異なる と指
摘 している.そして,
「外 国での日本 語学習環境の 中で処理で きる,日本 に関する社会 文化
( または経済 )情報を ,従来の日 本事情と区 別する意味 で海外の日本 事情,ま たは単に「 」
付 きで「日 本事情」と 呼ぶことに する.」と し,日本 事情教育の文脈から「 国内の日本事情」
異 なる,
「海外の日 本事情」の 重要性 を指摘してい る.ま た,ト ムソン( 2002)は 海外 日本
語 学習者の日 本文化につ いての学習を 支援する教 師は,
「学習者が複 数の情報源 を持ち,多
角 的に,そし て自分なり に文化を理解 していける ような環境を 設定してやること」が 必要
で あると述べ ている.そし て,タイにおいて日本文 化 社会をど のように教え るべきかと いう
問 題について は,インカピ ロム(1988)が教材と教 師の能力の 面から考察 を行っている .
また,海外日 本語教育に おいて文化を扱うこと の目的を矢部(2001)は「 知識として文化
を 教えること 」で はなく,
「異な る文化を捉 え,受けとめ対 応する能力 として『文化リ テラ
シ ー』を育成 すること」で あるとした.続いて矢 部(2007)は,Kramsh(1993,1998)の
論 考を以下の ように翻訳 している 2 .
Kramsh(1993,1998)は,外国語教育を文 化の境界を越えてアイ デンティティ を構
築してい く営みとし て捉え直し, 言語教育の 中でめざすの は,学習者 が,目標言 語で
話される 社会で規範と される言語 や文化行動 のパターンに 単純に従っ たり,
「 母語 話者
のように 」話したり行 動したりす ることでは なく,自分が その社会の 中でどのよ うな
目標を達 成しようと しているかと いうことに 合わせて言語 や行動を「 自分のもの にし
ていく(to appropriate)」ことであるとい う視点を示 した.そして,それは学習 者が
それまで育った 母語・母文化と,新たに参入し ようとする社会の言語・文化との間 で,
自 己 の 独 自 の 「 第 三 の 場 所 ( third place)」 を 創 造 し て い く こ と で あ る と 論 じ た .
(Kramsch 1993:1-14,233-259)
さらに,細 川(2002)は「文化リテ ラシー」を「 能力として の『文化』」 として,それ は学
習 者ひとりひ とりが具体 的な他者と関 係を構築す る過程にお いて経験的に育成される もの
で あると主張 した.しかし,細川は非日本 語環境(海外 日本語教育)に おける「文化リ テラ
シ ー」の 育成については,「自分の考 えていること を日本語で 表現する枠組みを作りさ えす
れ ばいいので ある.」と述 べるのみで ,その具体的な活動設 計については 言及してい ない.
このように ,海外日本 語教育におけ る日本文化についての 学習は,理論 構築が着実 に進
ん でおり,今 後は実践を 基にした議論 が期待され ていると言 える.筆者はこの細川(2002)
の 理論を援用 しつつ, また,Kramsh( 1993,1998)の「第 三の場所( third place)」の概
念 をもとに, 宮崎(2000)が指摘するところの「 国内の日本 事情」につい てのモデル やバ
リ エーション を学ぶので はなく,外国 語を学ぶ学 習者同士とい う立場からタイ人学習 者と
日 本人協力者 の「いま,こ こ,このひと」に注目し た 文化学習 のための学習 活動を設計 し,
実 践を行った .本稿では, 筆者が実践 した「文化 リテラシー 」の育成のための学習活 動の
分 析と考察を 通して,海外 日本語教育 における文 化学習のた めの学習活動について, 一つ
1
2
早稲田大学日本語教育研究科修士課程
元 シ ー ナ カ リ ン ウ ィ ロ ー ト 大 学 人 文 学 部 日 本 語 科 専 任 講 師 ( 2003‐ 2007)
本来であれば,原典から翻訳を起こすべきであるが,今回は矢部の論考をもとに議論を進めたため ,
あえて矢部の翻訳を利用した.
80
の 方向性を提 案する.
2.実践の概要
学習活動は,筆者が 1 年 生の時から 指導を行っ てきた日本 語専攻の 4 年生を取り巻 く状
況 を念頭に置 いて設計した .まず,来 年卒業を控 えた学生た ちに,今までの日本語学 習の
振 り返りと, 卒業後日本語とどのよう に関 わって いくべきかを 考える活動をしたいと いう
思 いがあった .そして,そ の活動を同 じ外国語と してタイ語 を学んでいる留学生との 対話
を 通して進め ていきたいと 考えた(こ の大学にはタ イ語を学ぶ 日本語母語 話者の留学 生が,
常 時 20-30 人 在籍してい る).このような留学生 であれば, 外国語を学 ぶ学習者同士 とい
う 立場から,
「 国内の日本 事情」につい てのモデル やバリエーシ ョンを学ぶのではなく,
「い
ま ,ここ,こ のひと」に注 目した学習 活動ができ るのではない かと考えた.そして, この
よ うな活動を 通して,外国 語学習を振り返り,ま た今後の外 国語学 習と自分との関係 につ
い ての対話を 行うことこ そが,
「第三の場所(third place)」を創 造していくことであろ う。
さ らに,その 過程そのも のが「文化リ テラシー」 の育成とな るのではないだろうか.
活動の設 計は細川 (2002) における 総合 活 動型 日本語 教 育の枠組 み を 援用 1 し,「 私はな
ぜ ○○語を学 ぶのか」とい うテーマに ついて対話 を行いなが らレポート執筆を行うこ とと
し た.つまり ,日本語学 習者(日本語 科 4 年生) であれば,テ ーマは「なぜ私は日本 語を
学 ぶのか」と なり,タ イ 語学習者( 留学生)で あ れば,
「なぜ私は タイ語を学 ぶの か」と な
る .この学習 活動の細川の 総合活動型 日本語教育の枠組みと 同じ点は,動機文,対話 ,結
論 の執筆を対 話を行いな がら行う点で ある.しか し,細川の 総合活動型日本語教育で は,
テ ーマはひと りひとりが自 由に設定するのに対し ,今回の実 践では,4 年生が卒業を 控え
て いること, 同じ外国語を 学ぶ学習者 同士という視点から活 動を行ってもらいたいと いう
趣 旨からテー マは筆者が設 定すること とした.従 って,この 活動には協力者,学習者 の間
に は立場上の 違いはなく, 日本語学習 者であるタ イ人学生と タイ語学習者である日本 人学
生 がまったく 同じ活動を行 うのである .実践の参加者は日本語学習 者 11 名,タイ語学 習者
3 名の計 14 名であ った.ま た,日 本語科の 教師 3 名も時 間に都合が つく限り参 加し,学 生
た ちとの対話 に参加して もらうことが できた.実 践の流れは 以下の通りである.なお ,レ
ポ ートの評価 は,この実践 が希望者の みを対象に した課外活 動であったため,担当者 であ
る 筆者と,対 話相手がレ ポートにコメ ントを付け ることで行 うこととした.
第1回
第
第
第
第
*
2007 年 8 月 22 日(水) 午後 1 時~4 時
活動全体の 説明と動機文 「なぜ私は○○語を学 ぶのか.」執筆の説明.
2 回 2007 年 8 月 29 日(水) 午後 1 時~4 時
動機文「 なぜ私は○ ○語を学ぶ のか.」の読 み合わせと 意見交換.
3 回 2007 年 9 月 5 日(水) 午 後 1 時~4 時
動機文「 なぜ私は○ ○語を学ぶ のか.」をも とにしての 対話活動
4 回 2007 年 9 月 12 日(水) 午 後 1 時~4 時
対話の報 告と結論の構 想をまとめ る活動
5 回 2007 年 9 月 19 日(水) 午後 1 時~4 時
相互自己評 価,対話相手 のレポート についてコ メントをする .
実践終了 後に参加者 全員に個別にインタビュ ーを行った .
3.実践の分析と考察
実 際の学習 活動は,矢 部( 2001)の「知識とし て文化を教え ること」で はな く,
「異 なる
文 化を捉え, 受けとめ対応 する能力と して『文化 リテラシー 』を育成すること」,ま た,
Kramsh(1993,1998)の「 自分がその 社会の中で どのような目標を達成しようとして いる
か ということ に合わせて言 語や行動を「 自 分のものにし ていく( to appropriate)」こ とで
1
こ の 「 総 合 活 動 型 日 本 語 教 育 」 の 枠 組 み に お け る 実 践 は , 2005 年 , 2006 年 に 続 い て 3 年 目 と な る 。
詳 細 は , 松 井 ( 2006), 松 井 ( 2007) 参 照 .
81
あ るという視 点」という考 え方をもと に捉えた場 合,どのよ うなものであったと言え るだ
ろ うか. 日本 語学習者Wが 書いたレポ ートの一部は以下の通 りである.Wは,学習活 動中
に 日本人教師 Tと対話活 動を行った.
私は日 本 語を勉 強 することの目 的は色々なことがある.一番 大 切な目的は自分の幸せ
のためである.それは、何かをして、自分に緊張させないことや、緊張させても、面白い感じ
があることなどである.例えば、日本語の本や漫 画 などを読みたい.それから、その本を翻
訳 する.わからない言 葉 とか難 しい文 法がたくさんあるので、ちょっと緊 張 する.でも、本の
内 容 を知 りたいので、言 葉 を捜 すことや文 法 を勉 強 することは面 白 いことになると思 う.そ
れで、日本語で本を読むことやアニメを見るなどを使って面白くて幸せになると私は思う.
しかし、本を読 むこととかアニメを見ることは趣 味ですが、それが良 くできたら、その趣 味
は職 業 になる.私にとって、仕事を働く時、幸せに働 くことを働 きたい.それで、趣味から仕
事 になる職 業 を働 くと思 う.日 本 語 を使 う仕 事 だったら、できれば、私 はそのような仕 事 だ
け働 きたい.最 後 に、私 の一 番 大 切 な目 的 は自 分 の幸 せのためだから、日 本 語 を使 う職
業をしなくても、大 丈夫だと思う.
W は,日本 人教師Tとの 対話から日 本語学習は ,自分の幸せ のためであると位置付 けた
よ うである. 趣味である漫 画やアニメ の翻訳を生 かせるよう なものなら,日本語 を使う仕
事 をしてもよ いが,工場 通訳のような 自分の趣味 が生かせな いようであれば無理に日 本語
を 使った仕事 はしたくない と考えてい る.とにか く日本語を 仕事に活かしてていきた いと
い う学生が多 い中,Wは自 分の日本語 学習の振り 返りから, Wなりの日本語を通して の自
己 実現の方法 を見出して いるように思われる.
そ の一方で 日本語学習者 Aは大学で ジャーナリ ズムを学びた かったのであるが,父 の強
い 勧めで大学 では日本語を 学ぶことに なり,自分 の夢である マスコミの仕事と大学の 専門
で ある日本語 との間に何と か関連を見つけること に苦労して いるよ うであった.
この質問は私にとってとても難しい事である.誰かに聞 かれて,私は本当 の答えがなかな
か探 せない.何 故 なら,日 本 語 の専 攻 に決 めるのは私 だけではなくて私 の父 である.私 の
夢はジャーナリズムマスコミ学 部で勉 強して,それと関 係の仕 事 をする事なのに,父は私の
夢に強く反対した.
父 によると,現 在 ,ジャーナリズムマスコミ学 部 を出 た卒 業 者 が多 すぎて,そんな仕 事 を
探 しにくいとのことである.私 の父 は英 語 以 外,もう一 つの言 語を勉 強 した方 が良 いと勧 め
た.沢 山 の言 語ができればできるほど就 職 しやすくなるからだといっていた.父 の意 見 は良
い勧めだと思うが,大学でどんな専門分野を選んで勉強しても,大 学が終 わった後で,言語
学 校 で他の言 葉 を習えるとも私は思 う.だから,大 学 で外 国 語 を専 攻 するのは必 要ではな
い事だと考える.
(中 略)
以 前 ,日 本 語 を辞 めるのは私 のやりたい仕 事 に役 に立 たないからだと思 った.私 はマス
コミと関係 の仕 事をしている人を相 談に乗って見 た.あの人によると,今 日本 からの雑 誌が
増 えていて,日 本 語 ができれば,そんな仕 事 ができるらしい.又 ,日 本 語 ができない人 と比
べて,私は仕事を探しやすそうだと聞いた. 日本語は夢の仕事に使えると分かって日本語
を頑張って勉強するようになった. 三年 間が経って,私の日 本語を学習 する目的 ははっき
りと明 白になってきた.日本 語の勉強は私の夢まで行く道になった.わたしはマスコミと関係
の会 社で働きたいので,日 本からの漫画や雑誌を翻訳する会社に入ろうと思っている.
Aは,Wと 違って日本 語を自分の夢 である職業を結びつけ ることによっ て自己実現 を図
82
ろ うとしてい ることがう かがわれる. このように,それぞれ が日本語をどのように自 己実
現 と結びつけ るのかを学習 活動を通して模索して いる様子が わかる.
ま た,タイ 語学習者Yは 日本語学習 者Pとの対 話を通して, Pの日本語学習に対す る意
欲 の高さに驚 き,Y自身の タイ語学習 についての反省を促さ れたようであった.以下 はP
の レポートの 一部と,実践 終了後に筆 者が行った Yに対する フォローアップインタビ ュー
の 一部である.
私にとって日本 語は本当 に挑 戦のような気がする.毎日 日本語を勉強 することは一度も
つまらないという気 持ちがない.もちろん難 しいことがあった時には落 ち込 むことがあるが、
もう勉 強 したくない気 持 ちが全然 ないんだ.日本 語 を勉強 したこと自 分 の選 んだ道だった.
初 めて勉 強 に対 して達 成 感 のような気 がした.だから、毎 日 日 本 語を勉 強 することは楽 し
い.「自 分 はどこまでできるか、自 分 の能 力 を試 してみたいなぁ」と思 った.多 分 将 来 は日
本語に興味がだんだんなくなるかもしれない.けど、私はただ今のやりたいことができて、幸
せになれて、それまでだ.
Y
: あの、一番大きかったのは、友だちの、同世代の友達の意見が聞けた、何か勉強に
対する熱意とかが、伝わってきて、私はまだまだ駄 目だなと思って、
筆者: あんままじめに勉強してなかった?
Y : いや、何か熱意、温度差を感じてしまって、なんかその、
筆者: ああ、うん
Y : 絶対こうなるみたいな、目標があるっていうか、自分を向上させようという、とくにPさ
んとかは、もう、日本語は挑戦だとか言って、なんか、難しい、あ、簡 単なことをしても
意味がない、難しいことをしないと、自分を高められないと、それを聞いてそうだなと
思いました.私も頑張らなければと、
筆者: ああ、それで自分のタイ語学習も、もうちょっときちんとやろうと、
Y : ちょっと意欲がたりなかったなと、ちゃんとやってきたつもりだけど、もっと、もっと、
筆者: ああ、こんなにまじめにやっている人もいるんだと
Y : 思いましたね.
Pは日本語 学習を「挑戦 」というキ ーワードで捉えている .そして,自 分の選んだ 道に
進 むことがで きて幸せだ と書いている .しかし,P は大学から 日本語学習 を始めた学生 で,
教 師の目から すると 1,2 年生の時は ,日本語学 習に相当困 難を感じている様子であ った.
周 りの同級生 は,高校の時 から日本語 を学んでいる もの多く,そのような 学生との比較 で,
学 習が一向に 進まないこ とに辛い思い を抱えてい たようである .それが,3 年生の中 ごろ
を 過ぎるよう になると,今までの努 力の甲斐も あ って,成績が上がり始め,3 年生の 終わ
り にはクラス でもトップ クラスの成績 を収めるよ うになった. このレポートからは,1,2
年 生の大変な 時期,Pがど のように学 習を進めてい たのかを推 測すること ができる.また,
Y は,Pの学 習に対する意 識の高さか ら,自己の タイ語学習 について,まだまだ意欲 が足
り なかったと の感想を述べ ている.
以上のデー タの分析から WとAは日 本語学習を 通した自己 実現への道筋 を学習活動 を通
し て見出して いく様子がわ かる.これ こそが「自 分がその社 会の中でどのような目標 を達
成 し よ う と し て い る か と い う こ と に 合 わ せ て 言 語 や 行 動 を 『 自 分 の も の に し て い く ( to
appropriate)』こと」の過 程そのもの であり,今 回の学習活 動はその入口に立つもの であ
っ たと言える だろう.また ,YとPと の間の対話 から知るこ とのできたPの学習につ いて
の 意識は,Y の印象に強く 残りYのタ イ語学習に ついての振 り返りを促している.文 化を
83
学 ぶこととは ,単に情報を 交換するだ けでなく, 目標言語を 使って他者と様々な認識 を共
有 したり,対 話によって自 分の認識を 組み替えて いくことで ある.従って,Yに振り 返り
を 促したこの ようなやり取 りの積み重 ねこそが「 異なる文化を 捉え,受けとめ対応す る能
力 として『文 化リテラシ ー』を育成す ること」で あると言え るのではないか.
4.結論と今後の課題
今 回 の 実 践 で は ,「 な ぜ ○ ○ 語 を 学 ぶ の か 」と い う テ ー マ で の レ ポ ー ト 執 筆 の 過 程 で 日
本 語学習者と タイ語学習が 対話を行う ことによっ て,外国語 学習を通したアイデンテ ィ構
築 のための入 口に立つこ とができたの ではないか と思う.もちろん,今回 の実践だけ で「文
化 リテラシー 」が育成でき たとはいえ ないだろう し,このよ うな自他との対話は外国 語を
学 ぶ以上,終 わることなく 続いていく ものである と思う.
学生たちは今後, 大学を 卒業し,社 会の様々な 場所で日本 語を使っての 自己実現を 図っ
て いってもら いたいと思う.それは,ある学生にと っては,仕 事を通して かもしれない し,
あ る学生にと っては趣味を 通してかも しれない. このように ,ただ語彙や文法,ある いは
情 報としての 文化を学ぶだ けではなく ,自分と外 国語とのか かわりについて考え,よ りよ
い 自己実現の ために外国 語を活用し, 自分の人生 をより豊か に展開していく力こそが 「能
力 としての『 文化』であ り」「文化リテラシー」 ではないだろ か.
今 後の課題 は,このよ うな学習活動に参加した 学習者が卒 業後,社会に 出た後で今 回の
活 動をどのよ うに捉えて いくかを継続 的に調査し ていくこと である.それによって, 今回
の 実践の意義 や課題など がより明らか になってい くことだろ う.今後も,このような 実践
の 行うことと 並行して,学 習活動に参 加した学習 者について の調査を行っていきたい .
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矢 部まゆみ( 2007)
「日本 語学習者は どのように『 第 3 の場』を 実現する か-『 声』を 発し
響き合せる『対 話』の中で」
『日本 語教育のフ ロンティア-学習者主 体と協働』くろ しお
出版.
連絡先
[email protected]
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講義理解のためのストラテジーに対する留学生の意識の変化
―学部留学生のケーススタディから―
山下直子(香 川大学)
品 川直美(国際交流基金関 西国際セン ター)
1.はじめに
大学で学ぶ 外国人留学生(以 下,留 学生とする)にと って,講義を聞き 理解すること は,
入 学直後から 必要となる最 も基本的で ,かつ重要 な能力であ る.これまで日本語教育 にお
い ても,大学 の講義に関し ては,講義 の談話や語 彙の特徴を 明らかにするもの(金久 保他
1993)や聴解 指導(山本 1995)に関する ものなど多くの研究が行 われてきた.西條他(2006)
で は,講義の 談話構造に着 目し講義理 解能力の養 成を探って いるが,講義理解のスト ラテ
ジ ーに関する 研究は多くは ない.また ,学習者の ストラテジ ーに関しても多くの研究 があ
る が,言語学 習ストラテ ジーやコミュ ニケーショ ン・ストラ テジーに関するものがほ とん
ど である.
一方,第二 言語として の英語によ る講義に関し ては,Flowerdew and Miller(1992)や
Mason(1994)など,学習者 が何を考え,どの ような行動 を取ってい るかに焦点 を当て,講
義 理解のスト ラテジーを研 究した先行 研究がある.これらの先 行研究を参 考に,山下( 2000)
で は,留学生 と日本語母 語話者の大学 生に講義理 解に関する 質問紙調査をし,因子分 析を
行 った.その 結果,両者の 講義理解の ためのスト ラテジーの因子構造は異なり,認識 の違
い が明らかに なった.しか し,質問紙 による量的 調査では, 質問が単純化され画一的 なも
の になるため ,とらえき れない面もあ り課題が残 された.そ こで,本研究では,縦断 的な
質 的調査を行 うことで,講 義理解を多 元的に探る ことを試み る.講義理解の当事者で ある
留 学生のスト ラテジーを探 ることは, 第二言語に よる講義理 解の能力の養成をどのよ うに
行 うべきかを 考えるため の重要な基 礎資料になる ものと考え る.
本研究の目 的は,学部 留学生を対象 とした縦断 的な質的調 査によって, 講義理解の ため
の ストラテジ ーに関する認 識を探るこ とである. そのため, 講義理解のストラテジー につ
い てインタビ ューによる調 査を行い, データを個 人別,学年 別に記述する.データを 分析
し ,留学生は どのようなス トラテジー を使用して いるのか, また大学在学中の四年間 にス
ト ラテジーの 使用に変化は あるのか,あるとすれば どのような変化なのか を明らかに する.
2.研究方法
2.1 調査方 法
調査方法は,日本 語によ る面接法, 半構造的イ ンタビューで ある.具体 的な状況を 詳細
に 記述するた め,一対一の 対面でイン タビューし,許可を取 ってカセットテープに録 音を
し た.使用言 語は日本語で ある.一年 に一度,主 として二学 期の開始前後にインタビ ュー
を 行った.時 間は一人 35 分から 60 分 である.不 明な点に関 しては,後 日,フォロー アッ
プ ・インタビ ューを行った .調査期間 は 2000 年9 月から 2004 年2月であ る.
質問項目は ,Mason(1994)等を 参考にし,わか りにくい授業とわかりや すい授業は どの
よ うなものか ,授業がわ かりやすくな るよう工 夫 していること があるか,授業でわか らな
い ときどうし ているかな どである.さ らに,講義 の理解度に 変化が見られたかどうか につ
い ても尋ねた .
録音したイ ンタビューの テープをす べて文字化したものを 分析データと し,ストラ テジ
ー に関する言 及を抽出し分 類した. 分類の枠組は 山下(2000) を元にし,新たに得ら れた
項 目について は追加した.
85
2.2 調査対 象者
国立大学に 所属する学部 留学生を対 象とし,4 回のインタ ビュー全てに 答えた4名 のデ
ー タを分析に 使用した.内 訳は表1の とおりであ る.4名と も大学入学前に日本滞在 期間
が 1年以上あ り,日本語 能力は上級( 日本語能力 試験1級取 得程度)である.表1に 調査
対 象者の内訳を示す.
表 1.
所属
性別
調査対象者の内訳
出身地
年 齢 (4年 次 )
A
経済学部
男
中国
20 代 前 半
B
経済学部
女
中国
30 代 前 半
C
教育学部
女
韓国
20 代 後 半
D
法学部
女
カンボジア
20 代 前 半
3.結果と考察
3.1 講義理 解のためのさ まざまなス トラテジー
インタビュ ーからスト ラテジーに関 する言及を 抽出し分類 した結果,山 下(2000) で得
ら れた留学生 の講義理解の ストラテジ ーに関わる 3つの因子に 含まれるもの以外に, 講義
で わからない ことがあっ たときに「ネ ットで調べ る」,背景知 識をつける ため「テレビ やメ
デ ィアを利用 する」や「授 業に関する 情報を得て ,とり方を 工夫する」など,さまざ まな
ス トラテジー が得られた .山下(2000)では「留 学生は授業 中の聞き取りの工夫だけ でな
く ,授業の前 後でもそれ を補う努力を 行い,理解 を促進しよ うとしている」と考察し てい
る が,
「補う努力」の具体策を知 ることが出来 た.以下 では,留 学生の言及 を引用しなが ら,
本 調査で明ら かになった点について 述べる .
辞書は手放せな いとい う言及は山 下(2000)と 共通してお り,授業中や 前後に関わ らず
辞 書が活用 され て いる .漢字 の書 き方や意 味 (「こうい う 漢字出そ う と 思って (2D) 1 」),同
音 異 義 語 の 区 別 (「 音 が 一 緒 で 意 味 が 違 う も の っ て い っ ぱ い あ る で し ょ. そ れ を 見 つ け る
(3C)」),国名 の情報など を調べる(「 分からない国 の名前はや っぱり辞書は使わないと ,分
か らないっす よ(2A)」)といった 多様な目的 で使われて おり,留学生にと って手軽でか つ有
用 な道具であ ることがわか る.しかし ,授業中に 分からない 言葉が多すぎると辞書も 意味
を なさない, 授業の流れが わかってい なければ同 音異義語で も,どれなのかわからな いと
い った言及も あった(「だ いたいが流 れの意味が分 からなかっ たら,辞書 が出てきて も,そ
う いうどっち が選ぶのか わからないで すよね(3A)」).また,日本語能力も上がり,専 門性
も 増すと,専 門用語や新し いカタカナ の言葉など 普通の辞書 ではカバーできないとい うよ
う に機能しな い面もある ことが,わか った(「まだ 辞書のって ないのもありますよ.新 しい
も の…それが 苦労しまし た(4A)」).A は辞書の限 界を感じる とすぐにインターネット を活
用 して対処し たが,他の 3名は十分 な対応 策をと ることはでき なかったようである.
ネットの他にも, 背景 知識をつける ために関連 する本だけ でなく,テレ ビのニュー ス等
を 見るという 言及もあっ た.このよう なメディア の利用は今 後も増加していくと予測 され
る .しかし留 学生が日本 語の環境でメ ディアを活 用すること は容易ではないだろう. 専門
分 野について の必要な情報 を選び出す にあたって はその困難 はなおさらである.ネッ トを
初 めとするメ ディアを活用 した学習支 援ツールや情報検索の 方法等のスタディスキル を学
ぶ ことは,留 学生のみな らず日本人大 学生にとっ ても有効で はないだろうか.
また,
「授業の情報収集」にも言及があっ たが,これは,授業 や担当教師 に関する情 報を
友 達や先輩か ら集め,その 情報を元に 履修科目を 決めるとい う工夫である.言及の中 でも
多 いのは,履 修科目を減ら すことであ った.これ は講義の内 容を理解するための直接 的な
ス トラテジー ではないが, いかに効率 よく講義を 受講し良い 成績を修めるかというメ タ認
知 ストラテジ ーである.学 年が上がり 情報量が増 えると,留 学生たちは内容への興味 だけ
1
以下,引用部分につけたアルファベットは調査対象者を,数字は学年をそれぞれ示す.
86
で なく,授業 自体の負担 度も加味して 履修科目数を調整して いる(「3年 の前期か,減 らし
て ,優を半分 以上,70%く らい優 取る …やっぱり こういう方が…効率的ですよねと思 いま
し た(4A)」).しか し,1年では,
「なん か私だけ空けたら変な感 じで,みんなやるから,私
も いっぱいと言う感じ(2C)」というように,主体 性のないま ま多くの科 目を履修する 者も
い る.単位の 必要な講義, 自分に必要 な講義,理 解できる講 義のバランスの中で,よ り効
率 的に学業を 修められる よう,履修に 関する先輩 からのアド バイスなどをうまく利用 でき
る ような工夫 が必要であ ろう.
3.2 ストラ テジー使用の 変化
縦断的に調 査したこと により,その 内容や使い 分け,四年 間での変化な どが浮かび上が
っ てきた. そ れぞれの留学 生が用いる ストラテジ ーには個別 の特徴が見られたが,共 通す
る 部分も見ら れた.その1 つとして, 漠然として いたストラテ ジーが,次第に具体的 ・分
析 的になって いく点があ げられる.1 ・2年では ,講義が「 わかんなくても,しんど くて
も ,どうして も聞いてる(2D)」,「ノー トはもう全 部,黒板に 書くから.それを写す(1A)」,
「 発音によっ てひらがなで 書いて,後 辞書を調べ(1B)」るな ど,体当たりで講義に臨 んで
い る.しかし ,徐々に「後 で自分イン ターネット とか調べて .仲がいい友達だったら ,ま
あ ,授業 終わって聞くとか,何かする とか,まあ,本当に大事 なところ分 かんなかっ たら,
後 で先生が出 るときは,も う先生.(ああ,先生に.)うん.もう聞いた りとか.何か しま
す(3A)」とい うように,講 義以外の場 で物的・人 的リソース を活用するようになる.
また,スト ラテジー使用 に際し目的 や意図を持 つようになる .例えば,A の予習・ 復習
に 対する考え は次のよう に変化してい る.1年で は「何回も 繰り返して読んで.教科 書と
か ,練 習の問題とか.」と 述べていた が,2 年では「 毎週が理 解できなか ったら,も う,次
の 授業が聞い ても分から ないっ すよ.それ は,もう,復習しない と,絶対駄目で すよ.」と
目 的を持った 復習となり, さらに3年 では「やっ ぱり興味が あって,一生懸命予習と か復
習 とかしたら ,ま あ,予習はし ないかもしれ ないけど,勉 強したらよ く分かるし.」と 予習
に も言及する ようになる.また,D は 1年で「本 当は,新聞と かテレビとか見なけれ ばな
ら ない.テレ ビとかちょこ っと見るが 」とテレビ を利用する ことを考え,3年では「 ニュ
ー スとか見て 自分の新しい 考えとか出 てくるじゃ ないですか,その情報とか」のよう に,
そ の効果を実 感し継続して活用を続 けている.
以上のよう に自分のス トラテジーを 意識し,評 価し,有効な ものを活用 し問題解決 して
い く過程は, メタ認知スト ラテジーで あるといえ る.学習ス トラテジーを適切に使用 する
に はメタ認知 が鍵である とされる( 大和他 2005).今回の対象者は試行錯 誤の中でメ タ認
知 ストラテジ ーも使うよ うになったが ,すべての留学生にそ れが当てはま るとは言え ない.
限 られた留学 期間を考えれ ば,より効 率的に学ぶ ためにはス トラテジーを意識させる 指導
も 必要であろ う.
3.3 社会的 ストラテジー の活用
講義理解で 起こる問題に 対処するた めに,留学 生がさまざま なストラテ ジーを用い てい
る ことがわか ったが,同時 に,ストラ テジーを有 効に活用で きない状況についての言 及も
み られた.特 に,他者へ働 きかける社 会的ストラ テジーを効 果的に利用するには,そ のた
め の環境作り が必要であ ることが示 唆された.
社会的スト ラテジーの一 つである「 質問する」 では,質問 の相手として 主に友達と 教師
が 言及された .しかしこ の両者には使 い分けが見 られた.ま ず友達には「え,これっ て何
言 っている? という感じの ものは,友 達に聞いて ちょっと文字 の確認とい うか(3C)」など,
言 葉の意味や 書き方の確認 など簡単 な質問をして いる.そ の理 由は,1 年の頃は「友 達は
少 ない(1D)」ので 質問できなかった.友達は いても,
「聞いても分から ない(1A)」など頼り
な らないと感 じて質問を避 けたり,留 学生の年齢 が同級生よ り上のため,同じ友達で も先
輩 には聞きや すいが,同級 生に聞く のは「抵抗が あるんです よね(4D)」な どである. 一方
教 師には内容 的な質問が多 い.
「本当 に大事なとこ ろ分かんな かったら,後で,先生が 出る
と きは,聞いた りとか(3A)」し かし,
「みんな の前で何か質 問するのは ,ちょっと何か 恥ず
87
か しさがある(4B)」とい うように,授 業中の教師 への質問に は抵 抗や遠慮が見られ, オフ
ィ スアワーや メールを使 って質問し ている.Mason(1994)は大学院生 に対する調 査で,留
学 生はクラス では質問しな いという結 果を出して いるが,今 回の調査でも同様の結果 とな
っ た.教師と のコミュニケ ーションの 場を確保す るためにオ フィスアワーを充実させ る等
の 対応策が必 要であろう.
また,教師 や同級生以 外に,中間的 な立場であ るチューター や先輩との つながりも 重要
で ある.C と D は,友達 作りの努力を しようと思 ってはいるが ,同級生との関係はあ まり
満 足いくもの ではない.し かし ,C は 3 年で 優秀な先輩と親し くな り,
「先 輩とだった らや
っ ぱり学問的 というか,そ んな話を聞(4C)」けて,話す内容が 具体的で役に立ち,情 報交
換 になるとい う.フォロ ーアップ・イ ンタビュー でも,日本 人学生に自分の母語を教 え初
め,教えるこ とに意義を感 じ,後輩や 先輩とのつ ながりができ たことを喜んでいる.また,
D も「専門用 語は大変で, 先輩…チュ ーターと一 緒に勉強す るんですよ( 2D)」のよう に,
1 ・2年では チューターや その友達と のつながり があり楽しか ったという.このよう に,
2 人とも先輩 ,チュータ ーとの人間関 係があり, そこでの社会 的ストラテジーは有効 であ
る と認識して いる.
「他の人々 と協力する」 ことも社会 的ストラテ ジーであるが,友達との 付き合いに つい
て は,友達が欲し いがなかなかできない(C・D),友達はいなくてもいい(A),友達が心 の支
え(B),と個人差が見られ る.C と D は同じ 国の留学生がいないが, A や B は同国人の 留学
生 が 多 い と い う 状 況 の 違 い も 影 響 し て い る の で あ ろ う. 日 本 人 の 友 達 が い な い 最 初 の 頃 ,
「 日本語の授 業も出てる から,この留 学生の友達 もいっぱい いて.まあ,その分は, ちょ
っ とカバーし てくれたで す.日本人 の友達がいな くても(2B)」 というように留学 生の友達
の 存在は大き いという声も ある.日本 人大学生は もちろんで あるが,留学生間でつな がり
を 持つことも 大切である と思われる.
「2つ3つ の授業,一緒 に出た人,わりとすぐ 友達になっ たから(2B)」というよう に,
入 学後かなり 早い時期から 友達関係を 上手く作れ た場合もあ り,学年が上がるにつれ ,次
第 に社会的ス トラテジーを 使えるよう になるとい うのではなく,性格や状況に左右さ れる
側 面も大きい と思われる. 同級生との 横のつなが りだけでなく,先輩との縦のつなが りや
他 の留学生と のつながりな ど,多方面 のネットワ ークを広げて いくことが社会的スト ラテ
ジ ーをより有 効に利用でき る環境作り につながる と考えられ る.どのようなストラテ ジー
を 使うかは本 人の判断によ るが,ネッ トワーク作 りのきっか けになるさまざまな可能 性や
選 択肢を用意 し,利用でき るリソース を示すこと は留学生の 受け入れに際し重要では ない
だ ろうか.
3.4 講義ス タイルの影響
Mason(1994)の結果にあ る講義スタ イルの違い による理解 への影響や演 習などへの 口頭
に よる参加の 重要性は, 山下(2000) の質問紙調 査では明らか にならなかったが,今 回の
調 査では,個 人差はある ものの,いく つかの言及 がみられた. 講義形式での授業を理 解す
る ために活用 されているノ ートテーキ ングについ ては,1・ 2年で言及があるが,そ の後
消 え,専門科 目が増える3 年以降は演 習に関する コメントが出 てくる.B はゼミ形式の発
表 や討論にあ まり困難を感 じていない という一方 で,他の3 人では,
「自分が,やっぱ り発
表 するときは ,相手がき ちんと分かっ てもらわな いと,失敗 というか… 駄目ですよ ね,
こ んな発表は(A3)」「(授業 中の発表, 討論で)う まく喋れな い,言いたいことが.こ れが
言 いたいのに ,それを言う とき語彙を 思い出せな かったり, うまく伝わらな かったり って
い うのが…(C4)」という 口頭発表の難 しさや,
「みんな思うま まにしゃべ ってくるから ,私
な かなか理解 できない.だ から,討 論できなくな る(D3)」,「私 は意見交換の方がつい て行
け ないんです よ.… 講義な ら,終わっ てから自分 で勉強した り本を読めばわかるが, ゼミ
は 難しい(D4)」という討論 の理解の難 しさなど, 口頭での参 加と意見交換の理解の困 難さ
が 言及される .これは,札 野・辻村(2006)の大 学教員を対象 に行われた調査の学部 生に
は 「口頭発表 する,議論す るなどの能 動的な言語 能力を持つ ことが期待されている」 とい
う 結果と呼応 する.近年, 双方向的な 授業が求め られる中で ,学部生も単に講義を聞 くだ
88
け ではなく, 自らの意見を 述べること が必要とな るスタイル も増え,より総合的な日 本語
能 力が求めら れていると考 えられる.
4.まとめと今後の課題
講義理解の ためのストラ テジーに対 する留学生の認識を探 り,その四年 間での変化 を明
ら かにするた め,インタ ビューによる 縦断的調査を行った. 調査対象者が4名であり 一般
化 することは 出来ないが, 留学生は様 々なストラ テジーを利 用しながら最適なストラ テジ
ー を見つける 努力をして いる様子を 知ることがで きた.し かし ,ストラテジーを活用 でき
な い側面も明 らかになり留 学生の受け 入れに際し ては,ネッ トワーク作りのきっかけ にな
る 人材,情報 リソースの確 保やそれを 有効に活用 できる環境 作りが必要であることが 示唆
さ れた. さら に, 限られ た時間で,よ り効率的に 学ぶために は,ストラテジーの指導 も効
果 的であろう. 有効と考え られるいく つかのスト ラテジーを示 し,学習者に意識させ るこ
と は,ストラ テジーの効率 的な活用につながると 思われる. ま た,本稿では触れなか った
が インタビュ ーでは試験や レポートな どに関わる 言及も多く 得られた.講義を理解す るだ
け でなく,そ れを成績等の 結果に反映 させること も重要であ る.今後,これらの点に つい
て も考察して いきたい.
参考文献
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連絡先
〒760-8522 高 松市幸町 1-1 香川大学 教育学部
[email protected]
89
外国語教師の役割に関するタイ人日本語学習者のビリーフ
ー大学における日本語主専攻を対象として―
Atchara Aungtrakul(Chulalongkorn University)
1.
はじめに
現 在日本語 の学習者数が 増加しつ つある.国際 交流基金の 海 外の日本語教育の現状 日本
語 教育機関調 査 2006 年に よれば,学習者 数上位 10 カ 国にはタイ は 7 位であり,2003 年の
結 果に比べ,29.5%と増加 している. また,学習機 関や学習 目的にも多様 化が見られ る.
外 国語を教 育する現場で は学習者も 教師も大切 である.教師は常に学習 者にどのよ うに,
ど う や っ て 教 えれ ば い い か , 教 師 自ら が 「 こ れ は い い だ ろ う」「 こ の よ う に 説 明すれ ば 理
解 しやすいだろう」
「 この活動を使用すれば役に立つだろう」などを授業計画を考えながら,
授業を行っている.昔は教育現場は教 師 中 心 で あ っ た が ,最 近 は 学 習 者 中 心 の 考 え が 主
流 で あ り , 学習者側からの意見が以前より重視されるようになってきた.すなわち,教師は
学習者が「どのように考えているか」や「どのような意見を持っているか」をよく理解して反
映させる必要がある.特に学習者が「教師の役割をどのようにとらえているか」を知ること
は重要である.海外で学習する学習者の言語 学 習全体のビ リーフに関 してはフ ィ リ ピ ン で
は 片桐(2005), ス リ ラ ン カ で は 和 田(2007), ハ ン ガ リ ー で は 若井・岩澤 (2004)の
研 究 が あ る が , 特 に 教師の役 割について のビリーフの研究はあま りない.
2.研究目的
本 研究は, タイの大学に 在籍する学 習者を対象 に,外国語 教師の役割に関するビリ ーフ
を 明らかにす ることを目 的とする.更に,先行研究で示されている他国の教師に関する日本語
学習者のビリーフの調査結果の同じ質問項目と比較しながら,考察することによって,タイ人
の学習者のビリーフの特 徴を示すこ とにする.
3.研究方法
本稿の対象者はタイの大学における日本語主専攻とする 3 年生の学生 34 名(男 :5 名 女:
29 名),日本語の学習時間は 650 時 間以上であ る.調査票は Horwitz(1987)の BALLI( Beliefs
About Language Learning Inventory) から教師の 役割に関する8項目を採 用し、さら
に 、筆者が教 師の属性、教 師行動に関 する項目 12 項目を付加した.20 項 目から成る 各項
目 は「非常に 賛成」から「非常に反 対」まで 5 段階で回答させ た.調査 時間は 2 か月で
あ る.
4.結果と考察
4.1 教師の属性に関する学習者 のビリーフ
表 1に よれ ば,「4 経験 が長い教師 に習うのが一 番いい」の 賛成割合は 一番高く, 67.6%
示 している.「5 素敵で,ハンサム な(きれい な)先生 に習えば,動機が高まり,一生懸命
勉 強できる」と「2 学歴が高い教 師に習うの が一番いい 」の賛成割合はほぼ同じであり,
「3
年齢が高い教師に習うほうが若い教師に習うよりいい」に関しては賛成が 16.7%で,反対の割合
は 41.1%と4割を超えている .この結果から,学習者は教師の経験を一番重視しており素敵で
学歴が高いとよいが,年齢に関しては若い教師を望んでいることが推察される.
90
表1
教師の属性 に関する学習者のビリ ーフの結果
(N=34 名)
番
質問
5
4
3
2
1
無
賛成
非常
賛成
どちら
反対
非常
回
割合
答
%
に
でも
に
賛成
ない
反対
4
経験が長い教師に習うのが一番いい.
14.7
52.9
29.4
2.9
0
0
67.6
5
素敵で,ハンサムな(きれいな)先生に
11.8
32.4
29.4
17.6
8.8
0
44.2
習えば,動機が高まり,一生懸命勉強
できる.
2
学歴が高い教師に習うのが一番いい.
2.9
38.2
47.1
11.8
0
0
41.1
3
年齢が高い教師に習うほうが若い
0
17.6
41.2
38.2
2.9
0
17.6
教師に習うよりいい.
4.2 学習者が期待する教師行動に関するビ リーフ
表2
学 習者が期待 する教師行動 に関するビ リーフの結 果
(N=34 名)
番
18
10
質問
教師は外国語学習に関する情報(進学,奨学
金)を教えるべきである.
教師は学習者を常に励ますべきである.
5
4
3
2
1
無
賛成
非常
賛成
どちら
反対
非常
回
割合
答
%
に
でも
に
賛成
ない
反対
67.7
35.3
0
0
0
0
100
58.8
38.2
0
0
2.9
0
97
67.4
26.5
2.9
2.9
0
2.9
93.9
32.4
50
11.8
5.9
0
0
82.4
17.6
58.8
2.6
2.9
0
0
76.4
26.5
35.3
32.4
2.9
0
2.9
61.8
20.6
38.2
26.5
14.7
0
0
58.8
5.9
41.2
35.3
14.7
2.9
0
47.1
教師は授業で教える内容だけではなく,学習
6
者と冗談を言ったり、生活などに関して,
聞いたり、するべきである.
11
7
13
19
14
教師は授業で学習者が何か間違ったら,
直ちに直すべきである.
教師は教科書に書いてあることを全て教え
るべきである.
学習者の質問には,教師は全て答えられる
ようにしておくべきである.
教師は学習者の質問に対応できるように常
に研究室にいるべきである.
授業計画は教師が全て考えるほうがいい.
表2では,学習者が期待する教師の行動に関するビリーフの結果を示す.18,10,6 の賛成
割合はきわめて高い.特に「18 教師は外国語学習に関する情報(進学,奨学金)を教えるべきで
ある」では学習者の 利益に関連 するから,対象 者全員が賛成 している.10,6 番は励ま すこ
と,冗談を いうことは 学習者の心理 に関係があ り,授業 のことでは ないが賛成の 割合は 97%,
93.9%で9割を超えてい る.11 番 は学習者の 誤りに対す る教師の対応 で 82.4%の学習者 が間
違 ったらすぐ に訂正すべ きであると答えている.現在教育現場ではコミュニカティブ・アプロ
ーチが中心で,多くの教師は学習者の誤りは 学 習者の中間 言語だと 考 え, 修正し ない傾 向が
あ る.しかし,11 番の結果から ,学習者は 教師に誤用を修正しても らいたがっ ており,
正 確さ を大切にしていることがわかる.
「 7 教 師 は 教 科 書 に 書 い て あ る こ と を 全 て 教 え る べ き で あ る 」「 1 3 学 習 者 の
91
質 問 に は ,教師は全 て答えられ ることにして おくべきで ある」
「19 教師は 学習者の質 問に
対 応 できるように常に研究室にいるべきである」の賛成割がそれぞれ 76.4%,61.8%,58.8%
を示し,タイ人学習者において教師に依存する傾向が高く,自律学習をする傾向は低いと解釈で
きる.しかし,
「14 授業計画は教 師が 全て考える ほうがいい」の 賛成割合が 47.1%を 示し,若
干 低いことか ら,授業計 画は評価の仕 方なども関 連している ことから,教師に学習者 にも
で 決める権利 を与えてほ しいと考えて いる学習者 が半数以上 いることがわかる.
4.3 外国語教師の役割に関する ビリーフの先 行研究結果 との比較
表3
外国語 教師の役割 に関するビリ ーフの先行 研究結果と の比較
賛 成 割 合 ( %)
番
1
15
9
16
8
17
12
20
質問
タイ
フィリピン
スリランカ
ハンガリー
88.3
51.9
―
―
83.0
35.3
―
―
76.5
―
―
83.9
教師に自分の外国語の問題点を指摘してほしい.
70.6
―
96.5
教師は学習者に宿題を出すべきである.
47.0
98.8
89.4
79.6
44.1
―
58.8
51.6
32.5
25.3
80.2
8.8
―
12.8
外国語学習はネイティブ教師に習うのが一番
いい.
外国語を学習するのに,教師は欠かせないもので
ある.
教師は学習者に一生懸命学習させなければなら
ない.
教師は常になぜ教室でこの活動をするのか,その
目的や理由を教えてほしい.
教師の考えに賛成できなくても,教師の
アドバイスのとおりにする.
言語学習に進歩が見られなかったら,教師に
責任がある.
―
―
10.9
その国で調査を行なわれない項目
表 3は外国 語教師の役割 に関するビ リーフの先 行研究結果と の比較である.表3に よれ
ば,
「 1 外国 語学習はネイ ティブ教師に習うのが 一番いい」は フィリピンでの賛成割合は 51.9%
に比べて,タイ人の 賛成割合は 88.3%で非常に高い.しかし,タイ人の対象者が全員外国 人教
師 に習った経 験がある のに 対し,フィリピン の対象者は 外国人教師に は 156 名の うちに 17
名(26.52%)しか習った経験がないのも結果に影響を及ぼしていることも考えられる.また,
幸(2006)は日本国内の非母語話 者 日 本 語 教師に対するビリーフについて「 学 習者 は ク ラ ス
の 非母語話者 日本語教師を あまり好ま しく思わな いだろう」 という仮説を立てて調査 した
が ,予想に反 して「普通: 何も思わな かった」と いう回答が 一番多かったと述べてい るこ
と から今回の 調査の結果の タイ人学習者のネイティブ教師に習うほうが利点があるというビリーフ
は強いといえる.
「15 外国語 を学習するの に,教師は欠か せないもの」に関しては ,タ イの賛成割 合は 83.0%
に 対し,フィリ ピンの賛成割合と比較す ると大きい差がある.
「9 教師は学習者に一生 懸命
学 習 さ せ なければならない」のタイ人の賛成割合は 76.5%示している.「16 教師に自分の外
国語の問題点を指 摘し てほしい 」に関して は ,タイとスリ ランカ の賛成 割合は少し 差があ
る が, 両 国 の 賛 成 割 合 は きわ め て高 い .以 上 の 結 果 か ら 考 え る と , 対 象 の ア ジ ア の 学 習
者は教師の役割がファシリテーターであると考えられるコミュニカティブ・アプロー
チ に 反 し て ,外 国 語 を 学 習 す る 際 ,教 室 に 教師がいて,授業を行ない,自分の問題点を指
摘し解決してくれる.教師主導の授業をする教師のビ リ ー フ を か な り 強 く 持 っ て い る こ と
92
が う か が え る .こ れ に 関 し て は ,教 師 自 身 の 教 師 の 役割に関 するビリー フと比較し て学
習 者の持って いる教師の役 割に関する ビリーフと一致してい るかどうかを研究する必 要が
あ るだろう.
「8 教 師 は 学 習 者 に 宿 題 を 出 す べ き で あ る 」 に 関 し て , 賛 成 割 合 は 47.0%で あ る . 8
番 の 宿 題 に 関 する項目は タイはフィリ ピン,ス リラン カ,ハ ンガリーの 結果との差 が大き
く ,これにつ いては宿題は自分です るべきで あり ,自分の責任 であると考えられてい る
傾 向がある. これは,教師 の宿題の出 し方(量, 提出日,問 題の難易度など)にも関 係が
あ る可能性も えられるので ,宿題の出 し方につい ての各国の 比較の研究も必要であろ う.
さ らに「 17 教師 は常になぜ教室でこの 活動をするのか,その目的や理由を教えてほ しい」
と いう質 問 の 結 果 は ど の 国 で も 50%に 近 い が , タ イ は ス リ ラ ン カ と ハ ン ガ リ ー と 比 べ る
と ,賛 成 割 合 が 低 い こ と が わ か っ た .こ の 結 果 か ら 見 る と ,授 業 で の 活 動 は 教 師 に 責 任
が あ る か ら ,自 分 が そ の 活 動の目標を 知らなくて もいいと考 えていると,解 釈できる だろ
う.
「12 教師の考え に賛成できなくても,教師の アドバイス のとおりに する」の賛成割 合は
低 く,授業で の活動は教師 に責任があ るとのビリ ーフを持っ ているが,授業以外のこ とは
学 習者自ら考 えたがり,決 めたがって いると解釈 できる.「20 言語学習に進歩が見ら れな
か ったら,教 師に責任が ある」の賛成割合は 10%前後でもっとも低い.教育現場に関するこ
とは教師に責任があると考えてい て も , 言 語 の 学 習進歩は学 習者自ら責 任があると考 えて
い ることがう かがえる.
5.おわりに
以 上,外国 語教師の役割 に関するタ イ人日本語 学習者のビ リーフを明らかにし,先 行研
究 で示されて いる他国 の教 師に関する日 本語 学習者のビリーフの 調 査結果の同 じ質問 項目
と比較しながら,考察した.その結果から,タイ人の学習者のビリーフの特徴は以下のと おり
で ある.
1 ) 教師の属性に関して,学習者は経験が長い教師に習うのがよいとのビリーフを強く持っ
ている.
2)教 師の行動に関 し ては,教 師に言語の知 識を初め, 外国の問題点 ,自分の生 活に至
るまで,教えてもらうことを期待し,教育現場での学習者の誤用が中間言語だと考えられ
ているコミュニカーティブ・アプローチ中心授業に反して,多くの学習者は教師に自
分の誤用 を訂正しても らい,言語 の正確さを 重視してい ることがわか った.
3)タイ人学習者は外国語を学習する際,ネイティブ教師に習うのが一番良く,教師は欠かせない
ものであると考えており,教師に依存する傾向がきわめて高い.それにもかかわらず,
教 師の考えに賛 成できない 場合は自分の 考えのとお りにするとい うビリーフ も持っ
て いることがわ かった.
ま た, Dubin & Olshtain (1986)はコミュニカ ティブを推 進していくた めに自己管 理学
習 能力を獲得 することが必 要であると主張してい るが,以 上の タイ人日本語学習者の ビリ
ー フ調査から ,タイ人 学習者は外 国語を学習す る際,学習者は教師に依存しているビリーフ
を持っており,自己管理学習能力,自律的学習をうらづけるビリーフを持っていないと解釈
できる.しかし,コ ミ ュ ニ カ テ ィ ブ ・ ア プ ロ ー チ を 中 心 と す る 現 在 の 授 業 で は , 教師の
役割はフ ァ シ リ テ ー タ ー で あ る と 考 え ら れ て い る が ,先 ず 学 習 者 の 持 つ ビ リ ー フ を 教 師
依存から学習者が自律的に学習するビリーフに教えていく必要があるだろう.今後の
課 題 と し て は 教 師 自 身 の 持 っ て い る 教 師 の 役 割 に 関 す る ビリーフを調査し,学習者の教師
の役割に関して持っているビリーフ研究が必要であろうと考えている.
93
参考文献
糸 井 江 美 ( 2003)「 英 語 学 習 に 関 す る 学 生 ビ リ ー フ 」『 文 学 部 紀 要 』 文 学 部 第 16-2 号
pp.85-100.
片 桐準二(2005)「フィリ ピンにおけ る日本語学 習者の言語学 習 Beliefs」『日本語教 育紀
要』第1号 pp.85-101.
国際交流基金(2006)
『海外の日本語教育の現状-日本語教育機関調査・2006 年-概要』 pp.6
国際交流 基金.
幸 銀眞(2006)「日本国内 の非母語話 者日本語教師 に対する学 習者のビリ ーフの変容」『早
稲田大学日 本語研究教育 センター研究論文』 pp.60-81.
高崎三千代(2006)
「フィリピン・マニラ首都圏の大学における日本語学習者のビリーフ」
『日
本語教育 紀要』第 2 号 pp.65-79.
若 井誠二・岩 澤 和宏(2004)
「ハン ガリー人日本 語学習者の ビリーフス」
『 日本語教育紀 要』
第 14 号 pp.123-140.
和 田衣世(2007)
「 スリラン カの大学生 の言語学習ビ リーフから日本語教育 の改善を考 える」
『日本語教 育紀要』第 3 号 pp.13-28.
Dubin & Olshtain(1986), Content-Process-Product In 岡 崎敏雄・岡 崎眸 (1990)
『 日本語教育 におけるコミ ュニカティ ブ・アプロ ーチ』 pp. 52-61 凡人 社 .
Horwitz, Elaine K. (1987). Surveying Student Beliefs About Language Learning .
In A.Wenden and J.Rubin (Eds), Learner Strategies in Language Learning .
pp.119-129.London: Prentice-Hall.
連絡先
153-154 M.8 T.Thapoo A.Muang Phitsanuloke 65000
[email protected]
94
モダリティとしてヨ・ネ・ヨネを教える
水野吉徳(Naresuan University)
1.はじめに
近 年の日本 語教育では, コミュニケ ーション能 力というこ とばが注目を集めるよう にな
っ てきた.コミュ ニケーション能力におい て「話す」
「聞く」コミュ ニケーショ ン,そ して
「 書く」「読む」コミュニ ケーション の何をどのよ うに指導す るかが重要 となるであ ろう.
発 表者が 勤務 する機関にお けるタイ人 学習者の発 話には終助 詞が非常に少なくぎこち なく
聞 こえる.特 に普通体の場 合,滑らか さという点 から終助詞 が必須であろうと思われ る.
ま た,その反 対に不必要に 終助詞を付 加すること により話し 手の意図とは違った意味 が伝
達 される恐れ もある。本発 表では「話 す」コミュ ニケーション に不可欠であると思わ れる
終 助詞「ヨ」「ネ」「ヨネ」 を初級段階 の学習項目とする提案 をおこなう.指導方法と して
は ,ヨ・ネ・ ヨネの機能を ,イントネ ーションを軸として分 けることにより「話す」 だけ
で はなく,「聞く」にも有 益であるこ とを 述べる.
2.終助詞「ヨ」「 ネ」「ヨネ」 の機能
ウ ィルソン・ス ペルベル(1995)1 によると言語 的にコード 化されてい るものには概 念的
に コード化さ れたものと手 続き的にコ ード化され たものに分 かれるという.終助詞ヨ・ネ・
ヨ ネは概念的 にコード化さ れたという よりも聞き 手の推意に 制約を課し,聞き手が取 るべ
き 推論の方向 を指示して おり,手続き 的にコード 化されたも のと考えられる.
2.1 終助詞 「ヨ」
終 助詞の研 究はかなり の数にのぼる が,日本語 教育に応用で きるものは数少ない. 指導
項目として考えられるのは使用数や使用範囲 から機能別に分けることであろう.終助詞
「 ヨ」(以 下,ヨ)は「当 該の発話を関与的なも のとして登録 せよ(金 水 1993)」という標
識 であるとし ている 2 .また金水(1993)では,その発話 は「誰に とって」は本質で はない
と いう.つま り,ヨは聞き 手がいなく ても使える ことから「 聞き手に対して」という 一文
が なかったの であろうが, コミュニケ ーションを目的とした 外国語教育では「聞き手 に対
し て」という 一文が不可 欠であると 思われる.
2.2 終助詞 「ネ」
終 助詞「ネ 」(以下,ネ )には「確 認」「同意」 などの機能 があると言 われる. 野田 春美
(2002)では ネを「文の内 容を,何か と一致させ ながら聞き手 に示すときに用いられ る.
聞 き手の知識 や意向との一 致を問う用 法や,話し 手自身の記 憶や結論の一致を示す用 法な
ど がある:280」とまとめ ている.大き く分けると 聞き手との 一致と話し 手自身の一致 とな
る が,イント ネーションで その区分 ができる.
2.3 終助詞 「ヨネ」
有 機的結合 は総体以上に なることが ある.終助詞「ヨネ 」
(以 下,ヨ ネ)はヨの機能 とネ
の 機能の結合 であると考え ると「ヨは 一言で言え ば話し手の「自己主張」,ネは聞き 手との
一 致志向を示す(大曽 2005)」 という矛盾が 生じる.
ヨ ネは蓮沼 (1995)で「『はずだ』に極めて接近 する:404」ことが指摘 されている.自
己 主張を聞き 手に当然のこ ととして認 識を一致さ せるように促 していると考えられる .
3.イントネーションと「ヨ」「ネ 」「ヨネ」
1
関連性理論は聞き手の解釈における認知を基盤とした理論である。
関連性理論がヒントにしたものであるが、発話そのものが関与的であるため、関連性理論とは別なも
のであると考えなければならない。
2
95
イ ントネー ションは発話 された文の 意味であり ,終助詞とは 切り離して考えるべき だと
す る意見もあ るようだが, イントネー ションによ り発話意味 が違うのであれば重要な 標識
と なる.
3.1 イント ネーションと 「ヨ」
ネ と 比 べ ヨ の イ ン ト ネ ー シ ョ ン の バ ラ エ テ ィ は 少 な い . 井 上 ( 1997) で は 下 降の ヨ ( P
よ ↓)の機能 を「話し手と 聞き手の取 り巻いてい る状況を『P ということが真になる とい
う ,そういう 状況である』 という線で とらえなお すよう強制 することを表す」と定義 して
い る.やや回 りくどい説明 であるが, 話し手が発 話内容を聞 き手に主張しているとい える
で あろう.そ れに対して上昇調のヨ は,蓮沼(1997)では「聞 き手に認識の欠落や誤 認が
あ る(あるい は見込まれ る)状況で, 聞き手にお ける認識能 力の発動,および認識形 成を
指 示する」と 定義してい る.つまり上 昇調のヨは発話内容が 聞き手に対して既得情報 の書
き 換え,また は新情報であ ることを伝 えていると いうことで ある.
3.2 イント ネーションと 「ネ」
ネ のイント ネーション を規定する のは難しい. 杉藤(2001) の実験では日本語母語 話者
の ネの音調判 断にばらつ きがあること が示された.しかしな がら上昇イントネーショ ンを
低 めていくこ とにより,聞 き手の反応 を求める場 合から自己 認識へと意味が移行する こと
が 確認された .また,上昇 イントネー ションは聞 き手に好意 的な発話に聞こえ,下降 イン
ト ネーション は尋問に聞こ えるという結果も示さ れた.
3.3 イント ネーションと「ヨネ」
ヨ ネは確認 の機能を持つ .通常,確 認とは聞き手の反応を 求めるものであり上昇と なる
は ずである。 しかしながら ,ヨネは下 降イントネ ーションとな ることが多いようであ る。
そ のことから も聞き手頼り の確認とい う形式をと りながらも 話し手の主張を通そうと する
態 度がわかる.
4.タイ語の声調と「ヨ」「ネ」「ヨネ」
タ イ語は声 調を持つ言語 である. 声調とは「音 節内部の
音 の高低変化 のことで, タイ語では 5 種 類が区別され
( 三上 2002:19)」る.アル ファベット表記された 声調に
は 平声以外に 低声(  ), 下声( ̂ ), 高 声( ́ )
上 声( ̌ ) と いう記号をつけて表す. 平声を 1 声,低 声
を 2 声,下声を 3 声,高声を 4 声, 上声を 5 声と呼ぶ場合
も ある.
図1タイ語の声調
( 三 上 2002)
4.1 イント ネーションと 声調
発 表者が教 えている学習 者にヨ・ネ ・ヨネまた は終助詞「か 」付きの文を読ませる と,
ヨ を下降イン トネーション で発話し, ネ・ヨネを上昇イント ネーション,終助詞「か 」を
疑 問上昇に固 定してしま っているか,または読む たび にイン トネーションが変わる学 習者
が 見えられた .これは学習 者が,ヨ・ネ・ヨネが発 話意味や発 話態度に関与しているこ とを
知 らないこと が原因であ ると考えられ る.学習者にヨ・ネ・ ヨネのイントネーション が声
調 のように発 話意味が変わ ることや発 話態度を伝 えているこ とは意義のあることだと 考え
る .声調がある言 語を持つ話者にヨ・ネ・ヨ ネ のイントネ ーションを教 えるのに「橋 渡し」
と して声調を 使うことが考 えられる.
Promjit(2005)では,「いいよ」の発話意味は ヨのイント ネーションで 意味が変わ るこ
と から,「賛成の『いい よ』を言いた いときには,2 声 ではなく,4 声か 5 声で『よ』 を発
話 する.断 りの『いいよ』を言い たいときには ,4 声や 5 声 で はな く ,2 声 で 発 話 す る( :
31)」よう指導することが提案されて いる.
96
4.2 声調と 「ヨ」「ネ」「 ヨネ」
ヨ ・ネ・ヨ ネのイント ネーションは ムードを伴 うためバラエ ティが多い.有標性の ある
イ ントネーシ ョンは個々の 会話スクリ プトで拾う とし,橋渡 しとして使う声調は少な いこ
と に越したこ とはない.平 声はアクセ ントと考え られるので 省く.高声と上声は高く 付く
音 調で近いが ,ムードを 表しやすい上 声を取る.よって低声,下声,上声 の3 つ を ヨ・ネ ・
ヨ ネのイント ネーション として採用 する.
4.3 イント ネーションと その機能
ヨ が「当該 発話を関与 的なものとし て登録せよ 」という標識 であるならば,①聞き 手に
対 して新情報 を与えると きと,②「聞 き手が文の 内容を認識 するべきだと,話し手が 考え
て いる( 野田 2002:267)」場合である と思われる.上昇 イントネーシ ョンを伴っ た①を「伝
達 」とし,下 降イントネ ーションを伴った②を「 主張」と呼 びたい.
ネ では①聞 き手の知識や 意向との一 致を問うも のと②話し手 自身の記憶や結論の一 致を
示 すものに分 ける.上昇イ ントネーシ ョンを伴う ①を「確認 」とし,下降イントネー ショ
ン の②を「発見」とし たい.そして,尋問に 聞こえると いう低く付く ヨを③「くいち がい」
と 呼ぶ.
「 相手に配 慮しつつ自己 主張する (大曽 2005)」ヨネを主張の強い確 認(主張>確 認)
と し,ネの一 部とする.
4.4 各機能 のイントネー ションと声 調
4.1~4.3 をまと めたのが下で ある。ネ が上声( 5声),下 声(3声 ),低声(2声)の3
つ の声調,ネ は上声(5声),低声(2声)の2 つに分けら れる.
「 ネ」①確 認
「コ レ,田中さ んの本です ně」
②発見
「い い天気で すnê」
主 張確認 「タ イって 4 月が 一番暑いんです yònê」
③ く いちがい 「こ こ,間違っ てますnè」
( 上声)
( 下声)
「 ヨ」①伝 達
②主張
( 上声)
( 低声)
「あ ,ハンカチ落としまし たyŏ」
「も う帰りたい ですyò」
( 低声)
4.5 イント ネーションに見られる共 通性
ネ を3つ, ヨを2つに分 けた.確 認のネは聞き 手頼りであ る ため聞き手に認識のコ スト
が かからない .そして伝達 のヨも聞き 手へ新情報を与えると いう点で聞き手に負荷が かか
ら ず,いずれ もが上昇調( 上声)であ る.しかし,低く付く ヨ・ネ(低声)はいずれ も聞
き 手に認識を 書き換える ように要請し ている.主 に低く付く ヨ・ネはマイナスの表出 が多
い ことから聞 き手は命題が 聞き取れな くとも話し 手が何らか の状況を変えたがってい るこ
と がわかる.
5.ヨ・ネ・ヨネを初級に導入する意義
こ とばは認 識の上に成り 立っている .発話はそ の認識の一部 を切り取り相手に伝え る手
段 である.そ の際,話し 手は発話意 味だ けではな く発話態度も 伝える.発話態度には 発話
内 容目当てと 聞き手目当て の2つに大 分される.ヨ・ネ・ヨネ も発話態度を標示してい る.
「 です/ま す」を使わな い普通体は 初級で教え られることが 多いようである.学生 が発
話 する普通体 のぎこちなさ は初級を教 えたことの ある日本語 教師は誰もがご存知かと 思う.
そ れに由来す るのは発話そ のもののぎ こちなさに加えヨ・ネ ・ヨネなどの基本的な終 助詞
が 使われてい ないためであ る.しかし ながら,初 級テキスト でヨ・ネ・ヨネを積極的 に提
示 しているも のは寡聞に して知らな い.
通 常,ヨ・ ネ・ヨネなど は中級テキ ストに入っ てから教え るか,初級のテキストの 会話
例 文では相当 数の終助詞が 使われてい るため自然 に覚えるだ ろうと考えられている向 きが
97
あ る.しかし,発表者がOPI(Oral Proficiency Interview)形式で行った試験の結 果,
タ イの学生の 発話に見られ る終助詞は 日本国内の 学生に比べ ,はるかに及ばない出現 率で
あ った.山内 (2005)では ,口頭外国 語能力を測 るOPIデ ータからネは「中級で相 当数
出 現する。初 級の授業では ~,正しい 使い方を初 級から積極 的に教えていくと非常に 効果
的 であろう( :151)」と述 べている. ヨの過剰な 使用は聞き 手が不快になることもあ り,
教 えなくても いいのでは という考えも あるが,だ からこそ初 級で教えるべきである. ヨは
2 つにしか分 けておらず, イントネー ションを付 けてあるた め記憶するにしてもそれ ほど
難 しいとは思 えない.ヨネ もネの下位 分類として あるので, その使用はかなり日本語 が上
達 しないと使 用ができな いとも言われ るが,日本 国内の中級 学習者に少なくはあるが その
発 話が見られ るので初級 項目としても差し支えが ないように 思う.
6.ヨ・ネ・ヨネ指導とまとめ
本 発表では 終助詞ヨ・ ネ・ヨネを初級で教 える 提案を行った .指導方法として単に 諸機
能 を教えるの ではなく,イ ントネーシ ョンを軸と してヨ・ネ ・ヨネの機能に分けた. タイ
国 内において は声調をも つ言語である ため,それ を「橋渡し 」としてヨ・ネ・ヨネの イン
ト ネーション が指導でき るのではない かと考えた .
一 連の初級 日本語指導の 中でヨ・ネ ・ヨネだけ に時間を取る 必要はない.普通体が 導入
さ れる前後に 上で示した表 を説明し, その後は会 話例や聴解 に現れたヨ・ネ・ヨネを 確認
し ていくこと から始めれ ばよい.当然 ,上の分類 から外れる イントネーション(タイ では
声 調)がある はずである. そのことは 決して負の 材料とはな らない.上で示した表と どう
違 うのかを学 習者が自ら考 える機会を つくるから である.そ のような気づきはイント ネー
シ ョンという アクセント をも変える大 きな日本語のリズムを 感知するのと同じなので はな
か ろうか.
参考文献
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金 水敏(1993)「終助詞ヨ ・ネ」『月 刊言語』vol.22 No,4 大修館書 店.
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基 金『国際交 流基金バン コク日本文化センター日 本教育紀要 第2号』 pp.21-36
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Sperber,Dan and Deirdre Millson.(1995) Relevvance :Comminication and
Cognition,Oxford,Blackwell. 内田誠二他訳(2000)
『関連性理論‐伝達と認知‐』
研 究社出版.
連絡先
[email protected]
98
10 月 16 日(木)
C 会場
99
「そうですか」「そうなんですか」の機能について
-親しい友人同士の雑談コーパスを中心に-
吉澤明子 (Thammasat University)
1.はじめに
日本語教育 においてコミ ュニケーシ ョン能力の 育成は大き な課題の一つ である.近 年,
コ ミュニケー ションを図る 上での聞き 手の言語行 動 1 の重要性が指 摘され,研究が進め られ
て いる.吉 澤(2007)で は,聞き手 の言語行動 の 一つ「あ いづち」の表現形式 ,
「そうで すか」
「 そうなんで すか」の機能 と談話展開 上の使用実態 を解明する ことを試み た.本研究では,
親 しい友人同 士の雑談コー パスを分 析データとし ,吉澤(2007)で提出した両表現の機 能の
汎 用性を検証 することを目 的とする.
2.先行研究
「そうです か」は,先行研究において「話し手が伝えた 情報の了解/ 興味・関心を示 す」
(ポリー・ザトラウスキー 1993),「理解し ているとい う信号」(松 田 1998),「興味・関心を示す とい
う 感情の表出 」(堀口 1988),等と記 述されてい る.「そうなんですか」は 「そう系」 のあ
い づち「そう ですか」の類 似表現とし て扱われて おり,その機 能の差異については言 及さ
れ ていない. 両表現を併記 した先行研 究は,管見 の限り中国 語の「そうですか」にあ たる
「是 吗」に関する 井上(2002)のみであった.井上 (2002)は,「「そうですか 」は単に「 聞い
「そうなんで すか」は「のだ」により話し手
た ことがない ことを聞いた 」と いうだけだ が,
2
が それまで知 りえなかった実情 に言及さ れるため,「(本当のとこ ろは)そう なんですか」
と いうニュア ンスになる(p.68)」 と 補足的に「そうなんです か」につい て説明を加え てい
る .しかし, 両表現の差異 は,このよ うなニュア ンスの違いだ けで必ずしも区別する こと
が できず,指 導につなげ ることは難 しい.また , 両表現の相違 点である「のだ」に関 する
先 行研究は非 常に多いも のの,これら ,情報提供 時の「のだ 」を対象としたものがほ とん
ど であり,こ れらの記述を 情報受容の 「のだ」の 解釈につな げるには困難を伴う.
そこで,吉 澤(2007)では,「そうで すか」「そう なんですか」両表現につ いて併記の あっ
た 井上(2002)に,分析の手 がかりを求め,初対面 女性同士の 雑 談コーパスを用いて 会 話分
析 を行った. 分析データ には初対面雑 談コーパス を選択した .これは,初対面の場合 ,会
話 参加者間の 共 有知識が比 較的少なく ,情報提供 場面が多く観 察されると考えられた 為で
あ る.また, 雑談の場合, 談話の目的 や内容や流 れが会話参 加者に委ねられ,より様 々な
出 現環境が観 察できると推測された 為である.会話 分析の結果「そうですか」「そうなん です
か」両表現の談話展開上の 機能は次の ように提出 された.
「 そうですか 」: 提供情報「q」が, 想定「p」に矛盾しないことを表明 するもので あり,
「そうです か」の使用は ,目下のテ ーマの展開というより は,次の談話 の局面へ進 むこ
とを了解す ることとなる .
「 そ う な ん で す か」: 提 供 情 報 「 q 」が , 想 定 「 p 」 と 矛 盾 す る こ と を表 明 す る も の で あ
り ,「 そ う な ん で す か 」 の 使 用 は , 表 明 を 受 け る 話 し 手 に 対 し て , 間 接 的 に 想 定 の 矛 盾
を解消する ために十分だ と思われる 情報を要求することに つながり,目下のテーマで会
話を進行さ せることにな る.
1
2
堀 口 (1988)は , 聞 き 手 の 言 語 行 動 に , 先 取 り , 確 認 , 応 答 , 助 け , 質 問 , 展 開 , 転 換 な ど が あ り , い
ずれもコミュニケーションにおいて重要な役割を果たしていることを指摘している.
田 野 村 (1998)は「 の だ 」の《 実 情 》を 表 す 用 法 を 次 の よ う に 解 説 し て い る .
「あることがら-多くの場
合 ,話 し て 自 身 は よ く 知 っ て い る が 聞 き 手 は 知 ら な い 事 柄 , 更 に 言 え ば , 聞 き 手 に は 容 易 に 知 り え な
い よ う な 種 類 の こ と が 話 し 手 の 意 識 の 中 に あ り ,そ れ を 主 題 と し た 形 で , そ の 内 実 ,事 の 次 第 を 聞 き
手 に 伝 え よ う と し て い る .」 (p.37)
100
3.分析データと分析対象
本研究では ,宇佐 美まゆみ監修(2005) 『BTS に よる多言語 話し言葉コー パス-日本 語会
話(1)』東京 外国語大学大 学院地域文 化研究科 21 世紀 COE プ ロジェクト「言語運用 を基
盤 とする言語 情報学拠点」に収録さ れた親疎の違 う 2 種類の雑 談コーパスを分析デー タと
し た.日本語 母語話者初対 面同士 20 代の女子学生のペア 11 組 22 名によ る全 6557 発話,
及 び,非常に 親しい友人 同士 10 代か ら 20 代の女 子学生のペ ア 9 組 18 名 による全 5791 発
話 に出現した 全ての「そう ですか」190
( 初対面:104/友人同士:86),
「 そうな んですか」209(初
対 面:139/友 人同士:70)を分析対象とする 1 .
4.使用場面と機能
4.1「そうなんですか」の 使用場面
まず,
「そうなん ですか」使用場 面を用例と共に提示し ,考察 を加えてい く.尚,デ ータ
聞き 手の想定が 明 示的な部分,下線
矛盾
に は下線を以 下の要領で 付加する. 下線
「そう なんです か」 発話部分とす る.吉澤(2007)で整理 され
す る情報提供 部分,下線
た 「そうなん ですか」の使 用場面は次 の 5 つであ る.
a.聞き手 2 の既存の 想定が,話し手の情報 提供により, 直接明示的 に否定され る場合
b.情報提供後 ,聞き手が事 後的に既存 の想定が矛 盾していた ことを表明する場合
c.話し手によ り予め想定を 提示され, 同意後に,そ の想定を否 定される場合
d.話し手自身 の想定の矛盾 が,聞き手 に情報とし て提供される 場合
e.聞き手の想 定が非明示的な場合
4.1.1 (a)の 使用場面
聞き手の想 定が明示的に 否定された 後「そうな んですか」 が発話される タイプであ る.
断 片 1 3 )448B:音楽係って,そんなに大した仕 事なかったような気がするけどー.
449A:えーでも音楽係って,あれあるんだよ,あの,う歌を歌うさー授業があってー(うん),
あの,あの学活の前にうた歌うじゃん.
445B:中学校?.
451A:うん(うんうん)で,うち,なんか朝と晩に歌っててー(うんうん),
そのー2 回の,で音楽係 の男の人は指揮 者やんなきゃいけなくてー,,
454B:あ,そうなんだー.
(友人④ 4 )
4.1.2 (b)の 使用場面
聞き手が「 そうなんです か」発話後 ,提供情報と 矛盾する想 定を明示す るタイプであ る.
断 片 2) 213B:おねえは? 割り勘 ?
215A:お姉ちゃん?あ,
217B:おねえと遊ぶとき.
216A:遊ぶとき,うん,普通に遊ぶときは,割り勘やけどー,なんか,どっか旅行で,
なんか,お金ー,親からもらったとかいったらもちろん<笑いながら>一緒に払うけどー.
218B:あーあーー,そうなんや,年,近いもんね.(うん)
(友人⑧)
なんかー,B 家はー,おねえがもう,出すから.
1
本 稿 で は イ ン ト ネ ー シ ョ ン と 口 語 的 表 現 の 違 い に は 言 及 し な い .よ っ て「 そ っ か 」
「 そ っ か そ っ か 」は
「 そ う で す か 」,
「 そ う な の か 」は「 そ う な ん で す か 」に 含 め る .
「 そ う な ん だ 」は ,メイナード(1997)「 1990
年 代 に 入 っ て , 特 に 話 し 言 葉 で 「 あ あ , そ う な の 」 や 「 そ う な ん で す か 」 に 代 わ っ て ,「 あ あ , そ う
な ん だ 」 と い う 表 現 が 定 着 し て き た 」 (p.185)の 記 述 を 受 け ,「 そ う な ん で す か 」 の 類 似 表 現 と す る .
2 「そうですか」
「そうなんですか」を発話する情報受容者を本稿では常に「聞き手」と記述する.
3
便 宜 上 ,情 報 提 供 者 を「 話 し 手 」「 A」,「 そ う で す か 」「 そ う な ん で す か 」の 発 話 者 を「 聞 き 手 」「 B」と
表記する.発話番号が連続していないものは,紙幅の関係上,改行せずに引用した部分である.発話
の 冒 頭 と 発 話 番 号 は ,デ ー タ と 同 一 で あ る .ま た ,読 み 易 さ へ の 配 慮 か ら 本 稿 で は 対 象 と し な い 発 話
の重なりなどの表記は外した.
4 『 BTS に よ る 多 言 語 話 し 言 コ ー パ ス 日 本 語 会 話 (1 )』収 録 の フ ァ イ ル 名「 11_F01-F02」を( 友 人 ① )と
表 記 す る .同 様 の 要 領 で「 19_F19-F20」ま で を( 友 人 ⑨ )と 表 記 す る .ま た 、フ ァ イ ル 名「 20_UF01-UF02」
を ( 初 対 面 ① ) と し 、 同 様 の 要 領 で 「 30_UF21-UF22」 ま で を ( 初 対 面 ⑪ ) と 表 記 す る .
101
4.1.3 (c)の 使用場面
話し手が聞き手の 想定を確認後(「 →」部分),矛盾する情 報提供を行う タイプであ る.
つまり, 話し手の談 話展開が「 そうなんです か」の使用 を決定付け る使用場面 である.
断片 3)224A: 絶対,あいつら金 属だよね.
→225B: うん.
226A: なんか,そういう話をしていたの,けいけいに.
そしたらね,なんか"いやー,でもリーグ戦じゃ木でやってるだろ"とかって.
228B:えー?そうなの?
(友人①)
このような 談話展開は, 話し手が自 身の提供す る情報を既 存の想定ある いは一般的 想定
と は異なるも のとして取り 立てている と言える. つまり,自 らの提供情報の価値を上 げる
こ とを意図し ていると考え られる.こ のように作 りだされた 想定の矛盾が起こった場 合は
「 そうなんで すか」のみ が使用され ていた.
4.1.4 (d)の 使用場面
このタイプ は,話し手が ,自らの想定 の矛盾を聞 き手に情報 として提出す るものであ る.
こ のような場 面において 聞き手も「そ うなんです か」を用い ていた.
断片 4)127A:ね,木曜 2 限とか,先 週終わらしてくれればよかったのにー.
128B:ほんとだよねー.(ね)なんで,やってくんなかったんだろうねー.
131A:しかも,先週休講だったの.
132B:あ,そうなんだ.
133A:ありえないと思わない?
134B:ありえないよね.
(友人⑧)
この使用場 面は「先週 終わらせてく れれば良か ったのに, それどころか 休講だなん てあ
り えない」と いう話し手 の想定 の矛盾 に聞き手自 身が同意を表明していると言える. つま
り,聞き手自身 が話し手と 同様に想定 に矛盾をきた したことを表明してい ると解釈で きる.
4.1.5 (e)の 使用場面
「そうなん ですか」の使 用場面には ,話し手に より対比的 に情報が提供 されたり( 断片
5),唐突に情 報が提供さ れたり(断 片 6)するも のが観察され た.いずれも話し手が 唐突
に 情報を提供 しているため 聞き手の想 定が非明示 的である.よって「聞き 手の想定」と「提
供 情報」の矛 盾により「そ うなんです か」が使用 されたのか 否かを明確に示すことが でき
な い.そこで ,このよう な場面におけ る「そうな んですか」 の使用を,「 そうですか 」「そ
う なんですか 」の仮説から 逆説的に解 釈すること を模索する. 以下用例を示していく .
断片 5)11A: え,語科はどちらの….
12B: 英語です.
→13A: あ,英語か.あ,コリア科です.
15B: あ,そうなんですか.
(初対面⑥)
断片 6)134B: 私,山口県 出身なんで(はい),あのー,帰省の途 中に(はい)京都に寄って
135A: あー,そういうのいいですね.
136B: なんか,ちょっと,観光して帰ろうかなーとか思って.
→137A: /少し間/なんかあたし福 島なんですけど,,
138B: あ,そうなんですか.
139A: なんか,入学した時に,"福島出 身です"って言ったら,
"福 島って,山口 県の人 と,仲 悪いよね"とか,言われて.
140B: え,全然そんなことない.
(初対面⑦)
このような 話し手の突然 の情報提供 は,話し手 自身の想定 内に何らかの 矛盾が生じ たこ
と に起因する と考えられ るであろう. つまり,聞 き手は,話し 手自身の想定の矛盾を 情報
と して提供さ れたことにな り,使用場 面 d の延長 線上の使用と して同様に解釈するこ とが
可 能である. ここで述べた 解釈は想定 が非明示的であるため ,推論の域を出るもので はな
く ,今後,更 なる検討が必 要である. しかし,対 比的情報提 供や,突然の情報提供が 行わ
れ る場面にお いて「そう なんですか」 のみが使用 されていた という結果は,これらの 使用
場 面が指導に 直結する具体 的用例であ ることを示 している.
102
4.2「そうですか」 の使用場面
次に,
「そうです 」の 使用場面を 用例と共に提 示し,考察を加 えていく.尚 ,データ には
聞 き 手の 想定が明示 的な部分,下線
矛 盾しな
下 線を以下の 要領で付加 する.下線
「そうで すか」発 話部 分とする. 吉 澤(2007)で 整理された「そ
い 情報提供部 分,下線
う ですか」の 使用場面は次 の 4 つであ る.
f.聞き手の 既存の想定と 提供情報と が類似する 場合
g.既に提示 された情報が繰り返さ れる場合
h.一般的想 定が提出さ れる場合
i.先終了句 1 と して使用さ れる場合
4.2.1 (f)の 使用場面
この使用場 面は,聞き手 の想定に類 似した情報や補足情報 が追加される ものである .つ
ま り,聞き手 の想定と情報 に矛盾は生じない.
断片 7)413B:慎重だよね.
414A:そう,慎重だし,でも,でも,いろんなことを取 り入れようかなっていう耳はあるけど
(うーん),けど,別になんか,やっぱ,自分,はこうだなみたいな風に(うーん),
思っててー,それーで,あんまり揺るぐことが少ないのかなって思う.
(友人⑨)
415B:あーーー,そっかそっか.
4.2.2 (g)の 使用場面
この使用場 面は,既に先 行文脈中で 提出された既出情報の 補足的なもの や,既出情 報の
言 い換えによ る再提出が行 われた場合 であり,聞 き手の想定と 情報に矛盾は生じない .
断片 8)502B:え,寮ってさ(そう,うん),寮 ってご飯は出なかったの?
503A:や,出る,出る.あのねー,朝 とー夜はちゃんと出てたよ.
505B:うーん.
506A:昼は学校の食 堂でって.
(友人⑤)
507B:あー,そっかそっか.
4.2.3 (h)の 使用場面
これは, 提供される情 報が一般的 な共通認識であること が期待される 場面である .
断片 9)(男の人が美容 院に一人で行くことに関して)
287A:やー,やっぱ緊張するんだって,美容 院て.
288B:あー,そっか.
(友人⑨)
4.2.4 (i)の 使用場面
話し手と聞 き手に矛盾が ないことが 確認され, もはや当該 のテーマでは 話が展開し ない
場 合である. この点で先終 了句での使 用といえる .
断片 10)64B:でも,その費用も,学生が出すんだよね?,全部.
65A:バイトして貯めて.
66B:大変だね.
67A:大 変ですよ.
68B:うーん.
69A:大 変です<軽く笑いながら>.
70B:そっか.
(友人⑨)
4.2.5 親し い友人同士 の 会話のみに観 察され た使用 場面
宇 佐美(2005)では ,親し い友人同士 にのみ,
『こんな機会だから いえる,普段相 手に抱
い ている印象 』を話すよ うにとの指示 文が渡され ている.こ の指示に従ったのは,9 組中 6
組 であった. この話題を展 開している ペアのデー タを観察す ると,自分の印象や性格 につ
1「 先 終 了 句 」と は ,会 話 の 終 結 に 関 わ る も の で ,
「 pre-closing」と 呼 ば れ る .岡 本 (1990)は「 pre-closing」
の方略として①総括の表現を用いる ②会話内容をまとめる③会話内容の結論を述べる ④会話内容や
結 論 か ら 導 き 出 さ れ る 行 動 を 確 認 す る ⑤ 会 話 の 始 ま り や 会 話 中 の 話 題 を 呼 び 戻 す ⑥「 殺 し 文 句 」ま た は
「落ち」をつける ⑦外部事情を示す等を挙げている.
103
い ての評価に 対し,聞き手 は「そうで すか」のみ を使用して いた.以下 用例を挙げる .
断片 11)486A:最初は(うん)つついちゃダメなオーラなのかなと思ってたから,その緊 張しててー.
487B:あーそっか,そっか.
488A:で,今では,もう,なんか,なんか,いじりたいみたいな<笑いながら><2 人で大笑い>.
いじりたいとか言って<笑 いながら>.そんな感じかな.
491B:そっかー.A ちゃんは,逆に,なんかこう,いじりたい,っていうか,こう,つつきたくなる.
493A:あー,そう<笑いながら>.
494B:うん.なか,うま,うまくー(うん),こう相手にー,で,"どんどん自 分 をつっついてください
"って,こう,そう,こう出すのがうまいような気がする.うん.
(友人⑨)
497A:あーー.そっか.
なぜ聞き手 はこのような 場面で「そ うですか」 を使用する のであろうか .両表現の 機能
か ら解釈を試 みる.この話 題を回避し たペアは,「いまさら恥 ずかしくて 言えない」「 いつ
も 何でも話し ているからな い」とコー パス内で述 べている. これらの話題は親しい友 人同
士 であっても 相手のフェ イスを脅かす ことにつな がり,あまり好まれない ものだ と言え る.
仮 に同様の場 面で「そう なんですか」 を使用した 場合,聞き 手のフェイスを脅かす行 為を
敢 えて行った 話し手に対し ,間接的に 矛盾を唱え ることとな る.したがって聞き手は 対人
関 係の維持に 支障をきた すことを避け ,相手の情 報に矛盾が ないことを表明する「そ うで
す か」の使用を好 むのだと考えられる.この 使用傾向は ,
「そうですか」
「 そうなんで すか」
の 両機能が対 人関係とも密 接に関係し ていること を示唆する ものだと言える.
5.まとめと今後の課題
本研究では ,吉 澤(2007)の「そう ですか」
「そうな んですか」の機 能が,親疎の違う デー
タ でも汎用性 があるかを親 しい友人同 士の会話コ ーパスを用 いて検討した.その結果 ,親
の 関係のデー タでも同様の 使用傾向が あることが明らかとな った.また,親のデータ のみ
に 見られた使 用場面も「そ うですか」「そうなんです か」両表現の機能によ り説明された .
今後さらに 別の社会言 語学的要因で ある対人関 係,性別, 場面など,様 々な設定に おけ
る 談話の観察 を行い,日本 人が対話相 手のどのよ うな側面に 配慮し,どのような談話 を展
開 しているの かという会話 の実態を明 らかにし,日本語教育に還元する方 法を模索し たい.
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分 析データ
宇 佐美まゆみ監修(2005) 『BTS によ る多言語話し 言葉コーパ ス-日本語 会話(1)』東 京外
国語 大学大学院 地域文化研究 科 21 世 紀 COE プ ロジェクト 「言語運用を基盤とする 言語
情報 学拠点」.
連絡先
[email protected]
104
日本語とタイ語の現場指示の対照研究
―聞き手の役割に注目して―
Saranya Kongjit(Chiangmai University)
1.はじめに
日 本語とタ イ語の「現場 指示」の用 法は,基本 的に話し手か らの遠近感によって指 示詞
が 使い分けら れるという類 似点がある .しかし, 日本語は話 し手からの距離に加えて ,指
示 対象が話し 手の勢力範 囲内にあるか なども考慮 して使い分 けるが,タイ語の指示詞 は相
手の存在をまったく考慮に入れないという相違点があると指摘されている(ソムキャッ
ト:1995).しかし ,学 習者にとっ てはこのよう な心理的な 遠近感,あるいは勢力範囲 とい
う 抽象的な説 明は理解しに くい(ワ ーサナー:1995).
本 発表は, 日本語とタ イ語の指示詞 における話 し手と聞き手 の遠近感と,話し手と 聞き
手 の勢力圏と いう概念の類 似点と相違 点を具体的に示すこと を目的とする.そこで, 話し
手 ・聞き手・ 指示対象物の 空間上の関 係を様々に 設定し,話 し手である日本人とタイ 人の
被 験者に指示 詞を用いて対 象物を指示させるとい う実験を行 い,その 結果を聞き手の 役割
に 注目して論 じる.
2.研究方法 1
実験では,【図 1】 と【図 2】のように 話し手(以下 S)であ る日本人 5 人と タイ人 5 人
の 被験者の周 囲の 40 ヶ所 の位置に指 示対象( 以下 R)を設 置する.そして,実験者は 聞き
手(以下 H)になり,H1 から H16 という 様々な位置 と向き方のパ ターンで会話に参加す る.
話 し手は それ ぞれの H のパ ターンにお いて,指示詞「コレ」,
「 ソ レ」,
「 アレ」あるいは/anníi/,
2
/annán/,/annóon/,/annúun/ を選ん で , 各指 示対象 を 指示 する とい う実験 を採用 した .
要 するに,S は位置を 変えずに,様々な位置関 係にいる H に対し て同じ R を指示詞で示す
こ とになる.
90°
90°
45°
45°
135°
H4
135°
H12
H14
H6
H11 H13
H3 H5
H2
0°
H1
S
H7
H9
S H15
H8
180°
H16
180°
0°
H10
225°
315°
225°
315°
270°
270°
【 図 1】 S と H の が 同 じ 方 向 を 向 い て 会 話 す る
【 図 2】 S と H は 向 か い 合 っ て 会 話 す る
S= SPEAKER(話し手) H= HEARER(聞き手) ※聞き手の位置と対象物の位置が重なる
▲ = 話し手と聞き手の向き方
H1,2,3,…,H16 = 話し手と聞き手との関係の状況番号 ※SはH1からH14までは90°に向き、H15とH16では180°に向く 以 下では次 のような略字 と意味関係で実験結果 を論じる.
「R」は 指示対象である.
「R 角
度 」は【図 1】と【図 2】の指示対 象の置かれる それぞれの放射線の名称 である.
「H」は聞
実 験 方 法 に 関 す る 詳 し い 説 明 は サ ラ ン ヤ ー ( 2004b) を 参 照 .
/anníi/,/annán/,/annóon/,/annúun/を「 指 示 詞 」と す る 議 論 は サ ラ ン ヤ ー( 2004b)や Amara( 2000)
を参照.
1
2
105
き 手の状況で ある.
「HS 距離」は聞き 手と話し手との距離関 係である.
「RH 距離」は指 示対
象 物と聞き手 との距離関 係である.
「RS 距 離」は指 示対象物と話 し手との距離関係であ る.
ま た,
「m」=メ ートル,
「コ」=「こ れ」,
「ソ」=「それ」,
「ア 」=「あれ」,そし て,
「i」=/anníi/,
「a」=/annán/で,
「o」=/annóon/,
「u」=/annúun/である.最後に ,各 指 示詞の列に示 され
る 数字は各指 示詞の使用 人数である.
3.日本語指示詞における聞き手の役割
日 本語の場 合,話し手と聞き手との位 置関係が変わ ることによ って,
「コレ」
「ソ レ」
「ア
レ 」が用いら れる指示対 象物の位置が 変わる現象 が見られた.
3.1「コレ」と「ソレ」の 対立
本 実験にお いて,RS 距離 が 1.5m の位置にある R は 3 人以上 の人が「コレ」を用いるが,
H の位置 を変えたことにより R が H の位置に なった場合 は,3 人以上の人が「ソレ」を用い
る ことが観察 された.そ のひと つの例は表 1で示す H1に対す る R1 の「 ソレ」の 用法 であ
る.
表1:R1 での日 本語の現場指示詞用法
R
H HS距 離(m) R角度(°) RH距離(m) RS距離(m) コ ソ ア
1
1
1.5
0
0
1.5
1
4
0
2
4.5
0
3
1.5
5
0
0
3
1.5
0
2.121
1.5
5
0
0
4
4.5
0
4.743
1.5
5
0
0
3.2「ソレ」と「アレ」の 代用
RS 距 離 4.5m の位置に ある R は 3 人以上が 「アレ」を用 いるが,表 2 で示すように,聞
き 手の位置に なった状況で は「コレ」 と同様に,3 人以上が「 アレ」ではなく「ソレ 」を
用 いる.
表 2: R3 での日本語 の現場指示 詞用法
R
H
HS距離(m) R角度(°) RH距離(m) RS距離(m) コ ソ ア
3
9
1.5
270
3
4.5
0
0
5
10
4.5
270
0
4.5
0
4
1
11
1.5
270
6
4.5
0
0
5
12
4.5
270
9
4.5
0
0
5
また,RS 距離 6m,RS 距離 7.5m の位置にある R は 3 人以上 で「アレ」が用いられ るが,
表 3のように ,聞き手の近 くの位置に ある R は「 ソレ」が代用 される.
表3: R13 で の日本語の 現場指示詞用 法
R
H
HS距離( m) R角度( °) RH距離(m) RS距離(m) コ ソ ア
13
1
1.5
0
4.5
6
0
0
5
2
4.5
0
1.5
6
0
5
0
3
1.5
0
6.185
6
0
0
5
4
4.5
0
7.5
6
0
1
4
このよう な実験結果は ソムキャッ ト(1995) などで論じた 「日本語は 話し手から の距離
に 加えて,指 示対象が話し 手の勢力範 囲内にある かなども考 慮して使い分ける」とい うこ
と を具体的に 示している.そして,そ の勢力範囲 は H 位置にあ るか,また は RH 距離に比較
的 短い位置で あることが分 かった.
3.3「ソレ」 と H の位置と の関係
ところが ,上述のよ うに聞き手の 位置におい て他の指示詞 の変わりに 「ソレ」が代 用さ
れ る こ と は は 絶 対 的 で は な い . 表 4 で 示 す R8 の 指 示 詞 用 法 は そ の 例 で あ る . R8 は
H10,H15,H12 のみ「ソ レ」の使用 人数が 3 人以 上で,ほかは 3 人以上が「 アレ」を用い る.
H9 と H10 での R8 は R と H の距離は同 じであるが ,一方は「 ソレ」が用いられ,もう 一方
は 「アレ」が 用いられる.これに関 しては,H9 と H10 におけ る R8 の H と S の距離に 違い
が あると考え られるだろう.しかし,R8 ではまっ たく同じ距離 関係を持つ H1,H7,H15 では
H15 のみでは 3 人以上が「ソレ 」を用いた ことを考え ると,H4,H12 での指示詞用法も この
106
説 明で解決で きないことが わかる.
表 4:R8 での日本語 の現場指示 詞用法
R
H
HS距離(m) R角度(°) RH距離(m) RS距離(m) コ ソ ア
9
1.5
270
1.5
3
0
0
5
8
10
4.5
270
1.5
3
0
4
1
1
1.5
270
3.354
3
0
1
4
7
1.5
270
3.354
3
0
2
3
15
1.5
270
3.354
3
0
3
2
4
4.5
270
7.5
3
0
0
5
12
4.5
270
7.5
3
0
3
2
また,次の表 5 で示すよ うに,R2 でも,H3 と H11 では聞 き手の位置 にあるが,前者 では
4 人が「コレ 」を用い, 後者では 4 人 が「ソレ」 を用いる.
表5:R2 での日本 語の現場指示詞用法
R H
HS 距離( m) R 角度(°) RH 距離( m) RS 距離(m) コ ソ ア
2 3
1.5
90
0
1.5
4
1
0
11
1.5
90
0
1.5
1
4
0
このよう な結果は,田 中(1999) で引用され た堀口和吉説 のように, 話し手の領域に属
す る対象は「 ソレ」で指示 するという ことは真実 であっても ,その逆の「ソレ」で指 示す
る 対象が聞き 手の領域に属 することは 必ずしも真 実ではない.
「ソレ 」の領域決定の主 導権
は 話し手が握 っていること を示して いる.
4.聞き手の位置を考慮しないタイ語の /anníi/ /annán/ /annóon/ /annúun/
日 本語の指 示詞用法は聞 き手の位置 によって「 コレ」と「ア レ」が「ソレ」に代用 され
る 場合が観察 されたが,そ のような指 示詞の用法 と聞き手の 位置との関係は,タイ語 の指
示 詞用法には はっきり見 られなかった .
4.1. /annán/と H 位置との 関係
表6で示 す R11 は,聞 き手の位置 の異なりにも かかわらず,すべての 状況で 3 人以上が
/anníi/を用いた.
表6:R11 での タイ語の現 場指示詞用法
R
H
HS距離( m) R角度(°) RH距離(m) RS距離(m) I
a
o
u
11
6
4.5
270
5.66
1.5
5
0
0
0
7
1.5
270
2.12
1.5
5
0
0
0
8
4.5
270
4.74
1.5
5
0
0
0
9
1.5
270
0
1.5
4
1
0
0
また,表 7でも分かる ように RH 距離が様々である のにも かかわらず,3 人 以上が R9
を 示すのに/annán/を用い た.ちなみに,R9 は H12,H15,H16 では聞き手 の位置でも なく,聞
き 手の近くの 位置でもな い.
表 7:R9 でのタイ語 の現場指示 詞用法
R
H
HS距離(m) R角度(°) RH距離(m) RS距 離(m)
i
a
o
u
9
4
4.5
90
3
7.5
0
0
5
0
12
4.5
90
3
7.5
0
5
0
0
7
1.5
90
7.65
7.5
0
0
5
0
15
1.5
90
7.65
7.5
0
5
0
0
8
4.5
90
8.75
7.5
0
0
5
0
16
4.5
90
8.75
7.5
0
5
0
0
このよう に,タイ語の /annán/は日 本語の「ソレ 」ように聞き 手の位置に は他の指示 詞の
代 わりに用い られることは ないという ことからみ ると, タイ語 の指示詞は相手の存在 を考
慮 に入れない で決定され ると言える だろう.
4.2./annán/と H 位置との 関係
本実験で の 16 の状況 の中での聞 き手の位置に おいて,どの 指示詞が用 いられるかを みる
と ,日本 語の「 ソレ」は 14 の状 況で用いら れ,タ イ語の/annán/は 9 の状況 で用いられ る.
107
し か し , 半 数 以 上 の 状 況 で 聞 き 手 の 位 置 に は /annán/が 用 い ら れ る か ら と い っ て , タ イ 語
/annán/の用法が聞き手の 位置と関係 を持つわけで はない.上 述のとおり,日本語の「 ソレ」
は 聞き手の位 置と R が重な る状況のみ 使われ,,ほかの 状況では「コレ 」ま たは「アレ」が
用 いられる.いわゆ る,
「 コレ」と「アレ」の代用とい う用法だっ た.し かし,タイ語の/annán/
は H 位置 でもなく, H と R 距離がもっ とも短い位 置でもない場合にも用 いられるとい う点
で 異なってい る.また,興 味深い点は ,表8で見 られるよう に,日本語では一つの R の位
置 では「ソレ 」と「コレ」 または「ソ レ」と「ア レ」の2つ の指示詞のみ用いられる が,
タ イ語では/anníi//annán//annóon//annúun/の中の 3種類も 用いられる. この現象か らも
タ イ語の/annán/の用法は 聞き手の位 置と関係し ていないこと がわかる.
表8:R1,R27 でのタイ 語の現場指 示詞用法
R
H HS距離(m) R角度(°) RH距離(m) RS距 離(m) コ ソ ア
i
a
o
u
1
1
1.5
0
0
1.5
1
4
0
1
2
2
0
27
4
4.5
90
0
4.5
0
5
0
0
3
1
1
12
4.5
90
0
4.5
0
5
0
0
3
2
0
このよう にタイ語の/anníi/,/annán/,/annóon/,/annúun/の用法は ,日本語のよ うに
聞 き手の位置 には「ソレ」が他の指示詞 の代わりに用いられる ようなこと がないことか ら,
タ イ語の指示 詞の選択は聞 き手の存在 を考慮に入 れずに決定 されることが明らかにな った.
5.各指示詞の対立
本実験で は 話し手が 640 の指示対象を指示詞で 指すように設定した. 以下では, そ の中
で 5 人全員が 同じ指示詞を 用いた R を その指示詞 の特徴だと考え,それら の R の持つ 聞き
手 と話し手と の関係を考 察する.
5.1. 日本語 の「コレ」,「ソレ」,「アレ」
「こ れ」が用い られる R は 58 ある.それら の R の RH 距離 は 1.1m から 6m までだが ,RS
距 離は 1.5m のみである.RS 距 離 1.5m は本実験におい て最も短い .つまり,S に一番 近い
位 置であるこ とから考えれ ば.
「 コレ」が S に一番 近い位置で用 いられる特徴を持つと 言え
る .ところが,「ソレ」が 用いられる R は 18 あり,その うち 5 つが H 位置 で RH 距離は 0m
に ある.残り は RH 距離 1.5m から 3.19m で,RS 距離は 1.5m から 7.5m までであ る.RS 距離
1.5m に は1つ,3m に は 8 つ,4.5m には 4 つ,6m に は 3 つ,7.5m には 2 つあ る.この よう
に「 ソレ」は本実験におけ る S に最も短い距 離では用い られないこ とと,
「コレ」と比 べて
用 いられる RH 距離が短い ことは,先 行研究で論じ てきた「ソ レ」は聞き 手の勢力圏 にある
も のを指示す るということ と一致して いる.
「聞き手の 勢力圏」は S に最も近い位置で はな
く ,H に近い 位置だと言 い換えられ る.一方,
「あれ」が用いられる R は 247 ある.RH 距離
は 1.5m から 12m ま での間で, RS 距離 は 1.5m 以外で ある.RS 距離 3m には 11 つ,4.5m に
は 47 つ,6m には 81 つ,7.5m には 108 つある.「 アレ」は RS 距離 1.5m の み使われな いと
い う性質は「 コ レ」が RS 距離 1.5m の み用いられ ることと正 反対である.これは「ア レ」
と 「コレ」2 項は 対立して いるという 説を証明す る.ただし , これは R と S 距離で見 た場
合 のみで,RH 距離に注目 すると正保( 1999)が 論じたよう に「コ レ」と「ソレ」と「アレ」
は 3 項対立し ていることが分かる.
5.2. タイ語 の/anníi/,/annán/,/annóon/,/annúun/
タイ 語の指示詞についても 5 人 全員が同じ指 示詞を用い た R をその指示 詞の特徴だ と考
え ,それらの R の持つ聞き 手と話し手 との関係を 考察する. た だし,/annúun/は全員 によ
り 用いられる R がなかっ たため別の機会に論じる .
/anníi/が用いら れる R は 96 ある.それらの R の RH 距離は H 位置の 0m から 6m までだが,
RS 距離 は 1.5m のみである.こ れは/anníi/も「 コレ」と 同様 に S に一番近い位置で用 いら
れ る特徴を持つと言える .そ し て,/annán/が用い られる R は 15 あり,RH 距離 2.21m から
9.72m で,RS 距離は 3m から 7.5m までである.RS 距離 3m には 4 つ,6m には 8 つ,7.5m に
は 3 つある./annán/は S に最も近い RS 距離 1.5m と RS 距離 4.5m で は用いられ ない.そし
て,RS 距 離 6m に最も多く 用いられる./annán/が用いられる RS 距 離も RH 距離も/anníi/
108
の 用いられる R より長い.ここから /annán/は S からも H から も/anníi/より遠い R を 指示
す るといえる だろう./annóon/が用いられる R は 159 あ る.RH 距離は 3m から 12m ま での
間 で,RS 距離は 1.5m 以外である.RS 距離 3m には 2 つ,4.5m に は 1 つ,6m には 49 つ ,7.5m
に は 107 つあ る./annóon/は RS 距離が増えること につれて使 用人数が増 える傾向が見 られ
た .それは,/annóon/は S から 最も離れる R を指 示するとい える.この ように/anníi/,
/annán/,/annóon/の対立は RS 距離で説明できる が,日本語 のように RH 距離 0m では どれ
か の指示詞が 現れるよう な RH 距離の条件との関係 は見られ なかった.こ れ はタイ語の 指示
詞 の選択と聞 き手の位置 関係とは関 係がないこと を示してい る.
6. 結論と今後の課題
本実験に より,日本語の 現場指示の 用法では聞き 手が遠近を 決める重要 な存在である が,
タ イ語の現場 指示の用法で は聞き手は 遠近を決め る重要な存 在ではないという両言語 の現
場 指示の 用法 の相違点が視 覚的に観察 できた.す なわち,タ イ語の場合は設定した状 況に
よ って話し手 と聞き手の位 置関係が変 わっても各 指示対象物 に用いられる指示詞があ まり
変 らず,/anníi/は 話し手の一番 近い位置に 用いられ,/annán/は/anníi/よ り遠くにあ る位
置 に用いられ,/annóon/は/annán/より一層 遠くにある位置に用いら れ,/annúun/は一 番遠
く にある位置 に用いられ, 各現場指示 詞の領域の 中点は話し 手になることが観察でき た.
と ころが,日本語の場合,話し手と聞 き手との位 置関係が変 わることによって,
「 コレ」
「ソ
レ」「アレ」が用いられる 指示対象物 の位置が変 わる.「コレ」が用いら れた指示対象 物は
聞 き手の近く の位置にな った状況では「 ソレ」が用いら れ,
「アレ」も同様に聞き手の 近く
の 位置になっ た状況では「 ソレ」が用 いられる現 象が見られ た.これは,タイ語話者 は自
分 と聞き手と の位置関係を 考慮せずに 自分を中点 にして遠近 が決められることが言え る.
一 方,日本語 話者は自分と 聞き手の 位置と指示対 象物の 3 者の 位置関係を考慮しなが ら自
分 に近い,相 手に近い,ど ちらにも近 くないとい うように遠 近が決められるというこ とが
言 える. この ように,現場 指示用法で は空間上の 話し手・聞 き手・指示対象の位置関 係の
設 定で「聞き 手の勢力圏」 と「距離」 を具体的に 明らかにす ることができた.今後の 課題
と して日本語 とタイ語の非 現場指示用 法と聞き手 との関係の対 照研究が挙げられる.
参考文献
コ ン ジ ッ ト ・ サ ラ ン ヤ ー(2004a) 日 本 語 と タ イ語 の 現 場 指 示 : 「 コ レ」 と 「 annii」 の対
照的 な分析『日本 語と日本文学』39(筑 波大学国語国 文学会)pp.16-31.
コ ン ジ ッ ト ・ サ ラ ン ヤ ー(2004b)日 本 語 と タ イ 語 の 現 場 指 示 : 話 し 手 と 聞 き手 が 横 に 並ん
で 対 話 す る場 合 .『 筑 波 応 用 言 語学 研 究』 11( 筑 波 大 学人 文 社 会 科 学 研 究 科 文芸 ・ 言 語
専攻 応用言語学 領域) pp.73-110.
ソムキャット・チ ャウェンギッジワニッシ ュ(1995)『日本語・タイ語にお ける指示詞 と三
人称 代名詞の研究 ―書き言葉を中心に―』筑 波 大学大学院 地域研究科 平成 7 年度修 士論
文.
田中望・正保勇(1999)
『日本語教 育指導参考書 8― 日本語の指示詞―』国立国語研 究所.
ワーサナー ・ウィーラパ ースック(1995)『日・タ イ指示詞の 対照研究―「 コ・ソ・ア」 の誤
用分析を中心に―』 お茶の水女 子大学大学院 人文科学日 本言語文化 専攻修士論文.
Prasithrathsint, Amara( 2000) WHAT PART OF SPEECH IS NÍI ‘ THIS’ IN THAI, In
Grammatical analysis: morphology, syntax, and semantics: studies in honor of
Stanley Starosta, ed. Videa P. De Guzmen and Byron W. Bender, University of
Hawaii Press. pp.141-152.
連絡先
Japanese Division, Faculty of Humanities, Chiangmai University
[email protected]
109
日本語の移動動詞における意味と構文について
Aradee Apiwongam(Payap University)
1. はじめに
一 般に文の要 素の関係で は,「動詞」(Verbs)・「 移動の方向を表す前置詞」(Paths)・「到
達 点」
(Places)の関係が認められる . また, 抽象 的な意味に より, 認知的な考え方を 合わ
せ て文の意味 を理解でき る.
本 論は,日本語の場合「移 動動詞」・「 助詞」・「場 所(通過点,到 達点,出発 点)」をどの よう
に使 い分け て ,意味と 構文 を解 釈 する のか を明ら かに す る.また,認 知的 と比 喩 的な 意 味
(Lakoff and Johnson 1980)も検討する.
日 本語の場合,自動詞と他 動詞をはっ きりと分け ,他動詞の目的語は助詞「を」を使う.他
動 詞ではない 移動動詞でも 場所を表 す名詞は助詞「を」も使う.それ は「 を」格では出 発点
を 示す役割が あるからであ る.認知的意味の場合は どう説明す ればいいか .
2. 本論の研究方法
本 論 は 認 知 言 語 学の 理 論 に 従 っ て ,Container Schema( Lakoff 1987) を 利 用 し ,日 本 語
の 移動動詞の 動作と方向 を検討し,意味を考察する ことにする.
- S emantics and Cognition の理論を 利用する.
-Container
Schema における,英語の「In」,「Out」 ,「Over」,「 Under 」の 概念
に従って ,日本語の語を調べる.
-語の動 作と方向を観 察し,認知的意味の関連 を探る.
-構文を 観察する際 ,「移動動詞」・「助詞」・「 場所(通過点,到達点,出発点)」の使いわ
け は場所の種 類や場所の位 置(物の位 置(上か下 に))によっ て区別され るかどうかを 検討
す る.
3.
研究の背 景
Jackendoff (Semantics and Cognition 1983) は「移動の 方向を表す 前置詞」(Paths)
と 「到達点, 場所」(Places)の関係 を明らかにし た.“John is in the room” “The mouse
stayed under the table” のような場 所(Places)の例をあげた.場所( Places)は物や生
き ている物 で 占められる とした.“toward the mountain,” “ around the tree” と “to
the floor” のような例は 「移動の方向を表す前 置詞」(Paths)の役割として方向を 示す
の だ.また, “event” 或 いは “state”を表す広 い意味もあ る.さらに,「Path-function
(1. Bound Paths 2. Directions Paths 3. Routes Paths)」 の三つの中 は前置詞 “ from”
と 前置詞“to” を使う「 Bound Paths 」が代表 とされる. 本論でもこれ を中心に分 析す
る.
2.1 out コン セプト
(1) 彼女は部屋を出ま した.
(2) 彼女はパーティの部屋に出まし た.
(3) 彼女は部屋の入り口 を通って中 に入りまし た.
(4) その出口を一歩外へ 出た.
(5) その出口から 10 歩 外へ出た.
筆 者 が Apiwongngam (2005)で 示 し た 分 析 で は ,助 詞 と 移 動 動 詞 の 二 つ の 関 係 は ,そ の
場 所が通過点 か到達点かを 決めるには 助詞「に」か「を」かによって 意味が変わ る( 例1)
+ (例2).助詞「に」を 使うとその 場所は到達 点を示し(例 2),助詞「 を」格を使 うと
到 達点までの 通過点を表す(例3) .さらに,その 移動動詞は他 動詞のような機能を持 って
場 所は目的語 になるが(例 4)その動 詞は Path-incorporating verb パタ ーン(場所 を表
110
す 目的語の後 に表れる助詞「を」が 使われる動詞 は Path の意 味で動詞の意味に入っ てい
る.)にな る.助詞「から」格を使っ たら.Manner-incorporating verb パターン(場所 を表
す 目 的 語 の 後 に 表 れ る 助 詞 「 か ら 」 或 い は 助 詞 「 に 」 が 使 わ れ る 動 詞 の 中 の 意 味 に Path
の 意味が入っ ていない.)になる .例 え ば,(例4 )と(例5)の場合 ,意味的には「を」格
が 表わす距離 はより短くう けとられる のに対し,「か ら」格の場合は「を」格より更に 長い
距 離や時間な どを助詞の後 の量を表す言葉に付加 できること が分かる.同 じ動詞「出る」を
使 っても,付いている助詞「から」か或いは,「を」の関係で意味 は Path-incorporating verb
パ ターンと Manner-incorporating verb パターン になるとい う意味であ る.「から」 は英
語 の前置詞 paths のよう なものである.
(6) この飛行機は5時に チェンマイ 空港を出発し ます.
(7) 私は電話に出る.
(8) 車のスピードが出 る.
日本語の 移動動詞のコ ンセプトの センスは独特 である.Container Schema の概念に 基づ
く と,日本語の移動動詞に は英語の前 置詞 (in,out,over,under のコ ンセプト)の(out)の
コ ンセプトに おいて,日本 語の移動動 詞「 出る」の中に は移動と方向 の意味(out+go)が含
ま れている(例6 ).場所に付い ている助詞 は英語の(Paths)と違って,た だ文中で場 所或
い は動作を受 ける目的語(場所の事態)を表示するも のである.また 移動動詞「出 る」と共
起 する助詞「 に」と「 を」の 場合,助詞「 に 」格 で は到達点に 移動する方 向を示す役割 を持
ち(例2),「 を」格では出発点を示す役 割がある(例1).日本語 の複合語の 場合,「出発
な ど」の例(例6 )のように,動 作を表す語 は先に現れて(「出る(OUT)」
「発」は後である.).
さ らに,Out のコンセプト は動作を見 せるだけで はない.具体的な意味から抽象的な意 味に
な る.例えば,(例8)で ある.
3.2 In コンセプト
(9) その 入り口を入っ て少し歩く と青いビル に着きます .
In の コ ン セ プ ト に お け る代 表 と し て ,日 本 語 の 移 動 動 詞「 入 る 」 は ,「 を 」 格 で は 助 詞
の 前に 表 れ る 場 所 を 示 す 目 的 語 が 到 達 点 そ の も の を 表 示 す る の で は な く ,到 達 点 ま で の通
過 点を表示す る( 例9).「 に」を 用いると到達点となる .日本語の複 合語の場合,「入 学や
入 浴など」の例のように,移動動 作を表す語 は先に現れ て(動 作の「 入(in)」,「学」や「浴」
は 後である.
(10) 彼 はお風呂に 入った.
(11) 彼 はお風呂を 出た .
(12) 人 がこの部屋 に50人入った.
(13) 人 がこの部屋 の後ろのドアを出た.
そ れ ぞ れ の 文 の 品 詞 の 関 係 は 移 動 動 詞 の 選 択 の コ ン セ プ ト で あ る .日 本 語 で は ,移 動 動
詞 のコンセプ トは場所を 表す名詞の種 類や場所( から)の方向 に呼応した助詞で決め られ
る.例えば,移 動動詞「入 る」(例10)と「出る」( 例11)は,物を収容できる場所( 物)
と 共に使われ る.場所の「 お風呂に」と「お風呂 を」では,助詞が異なるが構文的には 動詞
の「入る」と「出る」を使うことになる.また,場所に 入るか出る 方向は,上・下・前・後ろ
の いずれの方 向でも可能 だ((例 12)と(例 13)).
上 記 は 物 理 的 意 味 の 移 動 動 詞 だ が ,抽 象 的 意 味 ,言 い 換 え る と 比 喩 的 意 味 は 物 理 的 移 動
動 詞から来た ものである.
(14) 今月に入って非常に 寒い.
(15) 新しい話題に入りま しょう.
こ れ ら の 移 動 動 詞 の セ ン ス の 説 明に は 認 知 言 語 モ デ ル を 利 用 し て ,移 動 動 詞 の 意 味 を 抽
象 的に説明で きる.上記の In の移動 動詞のような移動で,In のコンセプトの抽象的 な意味
は 「人間が走 って空間を通 る」という 意味を表す.例えば,( 例 14)の「今月」の空間 に人
間 が走って通 ったようであ るし, 或い は( 例 15)の「 話題」に 人間が走って入ったよ うで
111
あ る.
3.3 Over コンセプト
英 語 の over の コ ン セ プ ト で は , )『 ふ り が な 英 和 辞 典 』 (1995:584-587) に よ る と
“over”の意 味には次のよ うな日本語の言葉があ る.
「 越して,横 切って,向こ う側に,渡して,移って,覆って,一面に,ひっく り返しに,さ かさ
ま に,あまりに,余計に,そ の上に,繰り返して,改め て,終わって」
複合語につ いては Lieber (Morphology and Lexical Semantics 2006) は「over」を 動
詞 の前に置い て複合語を作ると「も っと複雑にさ せ,もっと広 げてという意味をもつ .次の
よ うな意味が ある.
1. locational: overfly, overarch
2. locational and completive: overrun, overshadow
3. to excess: overconfidence, overdevelop
上記の英語の Over のコンセプトにおい ては,日本語の複合語の接 尾語の「..こ す」,
「..
こ える」(「飛び越す」,「 飛び越える」など),「..こむ」(「(船から)海に 飛び込む」)や,
抽 象的意味を 表す場合の 「.. すぎ」 ,「..過度」 ,「..過ごす 」(「積みす ぎ」, 「現 像を
過 度にする」,「..落し 」,(「見落とす」),「..おろす」
(「見お ろす」),「..かぶる」(「買
い かぶる」) ,「..返す」
(「ひっくり返す」)などに当て はまる.「を」格 は通過点 を,「に」
格 は到達点に 移動する場 所の種類を 示す.
Goo 辞書(http://dictionary.goo.ne.jp/)によると,「..こむ 」のよう な動作は次 の意
味 がある.((1)身を躍らせ て中に入る.おどりこむ.「海に―・む 」(2)急い で中に 入り込む .
「窓か ら鳥が―・んで くる」(3)自分から 進んで ,ある
「 にわか雨を 避けて 喫茶 店 に―・む」
事 柄に関係を もつ.「平和運 動に―・む」(4)思 いがけない 物事が突然目 や耳に入る.「 号外
の 赤字が目に ―・んでき た」「 旅客機 墜落の報が― ・んできた」[可能] とびこめる)とい
う ような意味 の以外では次の意味も 入っている.
あてこむ(よ い結果を期 待してもの ごとを行う.「祭礼の人 出を―・んで 店を出す」)
あがりこむ (他人の家などに遠慮 なく上がる.上 がってすわ る.「勝手に ―・む」)
これらの「..込む」の意 味を考える と方向を表 す意味があ る.移動動作 は複合語の 接頭
語 の方にある .方 向は上からか或いは下か らも「..込む」を使え る.それに「駆け 込む」と
い う語もある.「電車に駆 け込む」の 方向は上や 下ではなく,横からでもい いようであ る.
「追い越す」の意味は((1)後ろから行って,先行 するものの 前に出る.追 い抜く.「追いつ
き ―・せ」(2)劣っていた ものが,上位にあったも のに勝る.追い抜く.
「 背丈は母を ―・した」) である.
立ち超える〔「た ち」は接頭語〕の意味は((1)まさ る.すぐれて い る.「 外 の 姫 た ちに― ・
え て美しとお もふところも なく/文づかひ(鴎外)」(2)出かけ て行く.また,やって来る)で
あ る.他に「 飛び越 える」と いう語は( (1)物 の上を 飛ん で 越 え る .飛び 越 す .「垣 根を ― ・
え る」(2)順序を経ずに進 む.「一段階―・えて進 級する」)という意味も ある.
思い過ごす((1)よけい なことまで考えて気をも む.取り越し 苦労をする .「―・して くよ
く よする」(2)〔上代東国 方言〕
「思い過ぐす(1)」に 同じ.「かなしけ児ろを―・さむ /万葉
3564」)
「見落とす」の 意味は((1)見 ていながら気 づかないで すごす.看過する.「数字を ―・す」
「 異常を―・ す」(2)(「見貶す」と書く)実際に 見て軽蔑す る.見さげる.
「 人の御有様 をうしろめた く思ひしに,かたちな ども―・し給 ふまじく/源 氏(総角)」
[ 可能] みおとせる)
「 見 お ろ す」 ((1)上 か ら 下を 見 る .「 山 頂 か ら ― ・ す 」(2)み さ げ る.あ な ど る .み く だ
す.「人を―・したような態度をとる 」[可能] みおろせる)という意味がある.
「 買い被る」の意味は((1)物を実際の価値よ り高い値段 で買う.(2)人 を実際以上に高
く 評価する.)という意味 もある.
112
「 実力以上に ―・る」)
ひ っくり返す((1)物の位置を,上下・表裏逆にす る.うらがえす.「入り口 の名札を― ・
す」(2)立っているも のや正しく 置かれてい るものを倒 す.転倒させ る.「茶 碗を―・す」
「バ
ケ ツ を―・し たような雨 」(3)本やノート など,必要な記事を求めてあち こちページ を めく
る.「古い書類を―・し て調べる」(4)決まってい る序列や関 係を逆転させ る.くつがえす.
「 順序を―・ す」「負け試 合を―・す 」「高裁の判 決が最高裁 で―・される」[可能] ひっ
く りかえせる)といういみ である.
上 記 の 意 味 は 次 の 意 味 に分 類 す る こ と が で き る .物 理 的 な 意 味 と 抽 象 的 意 味で あ る .ま
た ,物 理 的 な 意 味 の 動 作 を 基 に し て 認 知 的 意 味 は そ れ ら の 動 作 に 基 づ い て 比 喩 的 言 い 方 を
す ることがで きる.
具 体的 意 味
抽 象 的意味
「.. こむ」 物 の 中に 上 ,下 ,前 ,後 ろ か ら む り や り む り や り に す る こ と , 突
に入る
然 のこと
「..こす」
先行した 物を前に出る
上 位にあった ものに勝る
「..こえる」 物の上を こえる
進 んでいる
「..過ごす」 時間をか けて生活する
あることについて過度に
や りすぎる
「..落し」
持ってい る物を落とし てしまう
物事について気を使わず
見 逃す
「..おろす」 物を上か ら下にさせる
下にある物を見る,見下
す
「..かぶる」 物の上に 表面を覆う
実 際以上に評 価する
「..返す」
物の位置 を逆にする
物 事を逆転さ せる
3.4 Under コ ンセプト
英 語の Under のコ ンセプトにお いて『ふりがな英 和辞典』(1995:902)によると 「Under」
の 意味を持つ 日本語の言 葉には,次のようなものが ある.「(地位 が)に劣る」,「より 下級」
で,「 のもとに」,「を 受ける」,「を負う て」,「に従って」,「に 基づいて」,「に属する」,
「 不十分」,「抑圧されて」,「支配されて」,「足 りない」な どである.
『 ふりがな英 和辞典』 (1995:902)に よると日本語では Under のコンセプ トと Over のコ
ン セ プ ト の 訳 さ れ た 語 の構 成 は 違 う と こ ろ が あ る .Under の 方 は 複 合 語 が 少 な く ,ま た,物
理 的な意味は ただ,「の下 に」という意味である が,抽象的意味では「以下 の」という 概念
を 表す.例えば,「(地 位が)に 劣る」,「 より下 級」,「 のもとに」,「 を受ける」,「 を負う
て」,「に従っ て」,「に基づいて」,「に属 する」というよう な意味も入っている.さ らに,
「 不十分」,「抑圧されて」,「支配されて」,「足りない」と いう形容詞的な意味も持 って
い る.日 本 語 の 漢 字 の 「 下 」 は 比 喩 的 意 味 で 「 低 い 位 置 ・ 場 所 」,「 隠 れ て 見 え な い 所 」 ,
「 内 側」 ,「 程 度」 ,「 能 力」 ,「 地 位」 ,「 他 よ り も 低 い こ と 」 と い う意 味 を 持 っ て い る .
移 動動詞とし て「下げる,下がる」という単語が ある.
16. 白い線の 後ろに下が って下さい .
17. 後ろの席 へ下がって .
18. この品の 値段を下げ た.
19. (食べた) お皿を下げ てもいいで すか.
(16),(17) ,(18) の例文 を見たら ,「下」の移動の方向の場 合,先の方を 下にすると の意
味 の 他に ,後 ろ の 位 置 へ 移 す と い う意 味 も あ る .或 い は,一 度 出 し た 物 を 引き 戻 す と い う 意
味 もある(19).
20.来週キャンプに行 く所をあら かじめ下見 に行った.
(20) の例は 「下」の比 喩的意味は 物理的移動動 詞から来た ものである .「先に」或 いは
「 最初に準備 すること」と いう意味で複合 語として「 下見」,「下読する」,「下書きす る」
113
な どがある.
4.まとめ
日本語の構文では 助詞・移 動動詞・場所という三つ要素の関 係でできた 文章が多い .ある
場 所が通過点 か到達点か は助詞が「 に」か,「を」 かによる.Container Schema の概念 によ
り,前置詞 (in,out,over,under のコ ンセプト)の(out)のコンセプトに基づいた場 合,日
本 語では,場所に付いてい る助詞は英 語の Paths と違って,た だ文中で場所 或いは動作 を受
け る目的語を 表示するも のである(例1).助詞「に」格では到 達点である場所の種類( 例え
ば,物を収容できるもの或 いは場所な ど)を示す 役割を持ち,「を」格では 出発点を示 す役
割 である(例 2).だ が,移動動詞 によっては,「 を」格が助詞の 前に表れる 場所を示す目 的語
が 出発点その ものを表示 するのではな く,到達点ま での通過点 を表示する (例 9).
動詞の場合,移動 動詞のコンセプトは場所 を表す名詞の種類や場所(から)の方向に 呼応
し た助詞で決められる(例 10).
場 所 の 場 合 ,場 所 の 種 類 ( 名 詞 ) は物 を 収 容 で き る も の ( Container) か ど う か に よ っ て
移 動動詞が変 わる.本文の 中に使った 名詞は Container Schema の概念によ り,移動動詞 の動
作 の in,out,over,under の方向 に呼応した 名詞の種類 である.
また,動詞の意味によって,助 詞が決めら れる(例 10,11).日本語の移 動動詞は移 動と方
向 の意味が含 まれ ている.移動方向の場合,漢字が 付いている動 詞に対して例えば「上 」や
「 下」などは移動方向 として「 上」や「下」だ けではなく,前・後ろの方向の場合もある(例
12,13,16,17).
物 理 的 な 意 味 の 動 作 を 基に し た 認 知 的 意 味 は ,そ れ ら の 動 作 に 基 づ い て 比 喩 的 意 味 を 表
す ことができ る.例えば,In コンセプ トの比喩的意 味は「人間が 走って空間を 通る」
(例 14
の「今月に 入って非常に寒い」或いは例 15 の「新しい 話題に入り ましょう」)である.Out コ
ン セプトの比 喩的意味は 「「 参加する 」,「多くの 人々が見たり 聞いたりするものの中 に登
場 する」,「電話を うける」などで ある.Up コン セプトの比 喩的意味は「無理矢理にす るこ
と」,「突然のこと」や「 進んでいる 」などがあ る.Under コンセプトの比 喩的意味は 「先
に 」或いは「最初に準備するこ と」という意 味で複合語と して「下見」,「下読する」,「下
書 きする」な どがある.
参考文献
Apiwongngam, A.(2005)『タイ語と 日本語の移動 動詞におけ る意味と構 文の対照研 究』博士
論 文 国際基 督教大学 pp.246-264.
Jackendoff(1983) Semantics and Cognition . MIT Press (1983) pp.162-163.
Lakoff, G.(1987) Woman, Fire, and Dangerous things What Categories reveal about the
mind . The University of Chicago Press, Chicago and London. (1987) p.275.
Lakoff, G. and Johnson, M(1980) Metaphors We live by . The University of Chicago Press,
Chicago and London. (1980) pp.14-21.
Lieber, R.(2006) Morphology and Lexical Semantics . Cambridge University Press.(2006)
pp.125-126.
辞典
研 究社辞書編 集部 (編)
( 1995)
『 ふり がな英和辞 典』 (1995) 研究社
Goo 辞書(http://dictionary.goo.ne.jp/)
連絡先
pp.584-587, p. 902.
Payap University Japanese Department
Super-Highway Chiangmai-Lampang Road Mea-Khaew Chiangmai 50000
[email protected]
114
遠隔講義に於ける日本語教育分野からのサポート
國弘保明 (拓殖大学 )
上野亮一 (芝浦工業 大学)
尾沼玄也 (拓殖大学 )
佐々木良造 (Malaya Univerisity)
八重樫理人 (芝浦工業 大学)
三好匠
(芝浦工業 大学)
1.はじめに
現 在 , 筆 者 が 在 籍 し て い る マ レ ー シ ア の JAD プ ロ グ ラ ム ( Japan Associate Degree
Program.以下,本プロ グラム)をはじ め,多 くのツイニ ングプログ ラムでは,人的あ るい
は 費用的な問 題から,日本 から派遣さ れた教員の みで専門領 域をすべて網羅すること は不
可 能な場合が 多い.この ため,授業の 一部を日本 からの遠隔 講義という形態で実施す るこ
と があるが, 現状では十分 な教育的効 果をあげて いるとは,残 念ながら言い切れない .
この理由と しては,日本 語を母国語 としない学 生にとって ,日本人教員 が日本人向 けに
実 施した通常 の授業を収録 しただけの 講義コンテ ンツは,日 本語の学習過程にある学 生に
は ,言語的な 負担が大きす ぎるためだ と思われる.これは, 日本人教員が本プログラ ムの
学 生のみを対 象として行う リアルタイ ムの遠隔講 義,もしく はビデオ収録した遠隔講 義に
つ いても同様 である.遠隔 講義は数多 くのメリッ トを有する 方法論である一方,一般 の対
面 講義に比 べ て,教授者が 学生の反応 を得られに くい.この 負の特性が学生の言語的 負担
を 大きくして いると考え られる.
本研究では ,日本語教 育分野と専門 教育分野が 近接するツ イニングプロ グラムの特 性を
活 かして, 本 プログラム の遠隔講義 に於いて,教育効果を上 げることを 目的として ,日本
語 教育の分野 からどのよう なサポート を行ったか を報告し, その有効性について述べ る.
2.マレーシア JAD プログラムについて
本プログラ ムは前マレ ーシア首相の マハティー ルが推進し た「ルックイ ーストポリ シー
( 東方政策)」に呼 応する形で発 足した,マレーシ ア人留学生 のための予 備教育プログ ラム
で あ る . 日 本 政 府 の 円 借 款 事 業 と し て , 1993 年 か ら 第 1 段 階 (High Education Loan
Project :HELP) が 始まり,1999 年 から第 2 段階 (HELP2),2005 年度より第 3 段階 (HELP3)
に 入っている .本プログ ラムにより第 1 段階で 310 名,第 2 段 階で 299 名が日本への 留学
を 果たしてい る.2008 年 7 月現 在, 本プロ グラムには 240 名強の学 生が在籍し ている.
現在の本プ ログラムはマ レーシアで 日本の大学 教育の一部 を学習後に日 本の大学に 編入
さ せるツイニ ングプログラ ムであり,現地で 3 年間の教育を行 い,日本 の大学の 3 年 次に
編 入するとい う形態にな っている.
本プログラ ムのもう一つ の特徴は, 工学系に特 化しているこ とである. 学生は日本 語の
ほ か,物理や 数学や化学と いった自然 科学基礎科 目及び工学 科目を履修する.工学科 目の
割 合は学年が 進むにつれ高くなり,その割合は大 学 2 年時相当 の学生では 7 割を超える.こ
の 際,自然科 学基礎科目及 び工学科目 の授業は, すべて日本 語で実施される.
また,本プ ログラムはブ ミプトラ政 策の下で行 われている .ブミプトラ とはマレー 語で
「 土地の子」 を意味する言 葉で,ブミ プトラ政策 はマレーシア の他民族構造の中でマ レー
人 および先住 民族の優遇を 意図するも のである. このため, 本プログラムの学生はマ レー
系 マレー人お よび先住民 族のマレー人によって占 められてい る.
115
3.ツイニングプログラムに於ける専門教育上の問題点
3.1 対面授 業の場合
本プログラ ムに所属する 学生は,マ レーシア全 土から選抜 された学生で あるため, 英語
や 基礎科目の 素養はかな り高い.その ような環境 にあって, 本プログラムの専門科目 担当
教 員が教育を 実施する上で の問題点と しては,教 育時に使用 する日本語 の問題が挙げ られ
る .即ち,工 学科目担当教 員には,学 生が理解可 能な言い回 し,漢字,語彙等が判断 でき
な いというこ とである.
工学科目担 当教員が,学 生の日本語 教育の実施 状況(既習 の文法,語彙 ,漢字等) を完
全 に把握し, それに基づい て授業計画 や授業コン テンツ等を 作成することは事実上不 可能
で ある.しか し,マレー シアにおいて 日常的に学 生との対面 授業を実施している教員 の場
合 は,学生の 様子や雰囲 気などから学 生の日本語の理解状況 がある程度把握できるの で,
状 況に応じて 学生が理解な 可能な言い 回しへ変更 するなどの 対応が経験的に可能で あ る.
3.2 遠隔講 義の場合
本プログラ ムをはじめ, ツイニング プログラム では,日本か ら派遣され た教員のみ で専
門 領域をすべ て網羅する ことは不可能 である.こ のため,授 業の一部を日本からの遠 隔講
義 という形態 で実施され ることが多 い.日本語を 母国語とし ない 本プログラムの学生 にと
っ て,日本人 教員が日本 人向けに実施 した通常の 授業をリア ルタイムに配信したもの や,
そ れを収録し ただけの講義 コンテンツ から,教員 が伝えたい と思う知識や経験などを 含む
全 ての情報を 学生が抽出す ることは日 本語理解力 の面から非常 に難しい.
受講対象を 本プログラ ムの学生に限 った双方向 のリアルタイ ム遠隔講義 であっても ,回
線 を通じた限 られた画角や 鮮明度では ,教員がマ レーシア学 生の様子や雰囲気から把 握す
る 事は難しい.従って 本プ ログラムに 於いて,これ まで遠隔授 業コンテン ツによる講義 は,
対 面講義に比 べて教育的 効果があがら なかった.
本研究では ,このよう な観点から, 遠隔講義を より学生に 理解させやす くするため の取
り 組みを行っ た.その一つ が,以下に 述べる,リ アルタイム ではない収録型の遠隔講 義に
対 する字幕の 添付である.
現在,芝浦 工業大学では 「講義自動 生成システ ム」として, 講義のコン テンツ化が 推進
さ れている. これは通常の 対面講義を 自動収録し ,教員が講 義内で用いた板書,書画 カメ
ラ ,電子スラ イドなどを効 果的に組み 合わせ,講 義コンテン ツを自動生成するシステ ムで
あ る.本プロ グラムに配信 される遠隔 講義もこの システムを用い,さらに音声認識技 術を
利 用して,講 義を実施した 教員の発話 データを抽 出し,字幕に 活用した.
4.関連研究
これまでの 語学教育にお ける字幕の 利用は 1980 年代以降,主 に英語教育の分野にお いて
多 く扱われ, その効果が研 究者により 検証されて きた(鈴木,1994;小張,1997).しか し,
日 本語教育に おける字幕の 利用研究は 私見の限り ほとんど見 当たらなかった.メディ ア利
用 と第二言語 学習につい てまとめた竹内(2004)によると,字幕の提示方 法としては ,音
声 が外国語,字幕が母 語の「 標準提示方法」,音声,字幕とも外国語 の「二重 外国語提示 法」,
音 声が母語, 字幕が外国 語の「逆提示 法」が存在 している. 英語を学習する日本人大 学生
と 短期大学生 を対象とし て標準提示法 と二重外国 語提示法の比 較研究を行った Yoshino et
al.(2000)では,二重外国 語提示法が 両方の被験者 群で,単語 再生率,意味再生 率とも優位
で あったと報 告している.
5.本研究の字幕提示方法
関連研究に 基づき,本研 究では二重 外国語提示 法を採用し ,字幕を作成 した.先行 研究
と 異なり,留 意しておか なければなら ないのは, 提示言語が 表意文字である点である .英
116
語 で用いられ るアルファベ ットは音価 を表す表音 文字であり ,音と文字の結びつきが 強い
の に対し,表 意文字であ る漢字を用い る日本語で は学習者の 字幕認識過程も差が見ら れる
可 能性がある .この点に関 しては今後 十分に検討 する必要性 が残されている.
本プログラ ムに配信され る講義コン テンツは映 像(教師映 像や板 書,資 料など)と 音声
を 組み合わせ たものである .これにさ らに字幕を 組み合わせ る場合,映像+音声+字幕とい
う 大量の情報 を含んだコ ンテンツとな り,入力情 報が学生の 情報処理容量を超えてし まう
危 険性が高い .学生にと って最適な字 幕サポート を調べるた め,本研究では,a)コン テン
ツ 内の発話を 全て表示し た「全文字 幕」,b)コンテ ンツ内の発 話を要約し た「要約字 幕」,
c)学生にとっ て理解困難で あろう語彙 に日本語で の説明,英訳をつ けた「 キーワード 字幕」
の 3 種類の字 幕を作成した .さらに d)「字 幕なし」の コンテンツと あわせて, 4 種類の字
幕 提示法を用 意した.
6. 字幕実験の目的
本 研究では ,5 で述べ たように 4 種類の字幕を 用いたが, 学生にとっ てはどの字幕 が最
も 効果的であ ったのかを検 討すべく, 以下の点に ついて実験 ・評価を行った.
6.1 内容理 解
字幕の有無 ・提示方法に よって内容 理解に差が 生じるかど うかを検討す る.5 で述べた
と おり字幕の提示方法は 4 通りある. 内容理解の 促進と字幕の提示方法に関連がある か,
も しあるとす るならば,ど の提示方法 が最も効果 的かを探る .字幕の提示方法の違い によ
っ て,コンテ ンツの内容 理解に差が生 じたならば ,最も内容理 解を促進した字幕の提 示方
法 が日本語学 習者の講義 理解にとって 最適な字幕 の提示方法だ と言える.
6.2 評価
字幕の提示 方法によっ て,コンテン ツに対する学習者の評 価が異なるか を検討する .コ
ン テンツの内 容理解促進に 効果的な字 幕の提示方 法を採用し ても,提示方法に対する 評価
が 低ければ, 学習意欲が下 がる事が案 じられる. 反対に,学 習者の評価が高くても, 効果
が なければ他 の効果的な提 示方法を採 用すべきで あろう.教 師が学習者の評価と異な るこ
と をしようと するな,学習 者を納得さ せるに足る データが必 要である.
6.3 研究仮 説
6.2,6.3 を検証 するために以下の 2 つの 帰無仮説を立てた.
帰無仮説(1):字幕の提 示方法によ る内容理解テ ストの点数 に差はない .
帰無仮説(2):字幕の提 示方法に対 する学習者の 評価の順位 に差がない .
7.字幕実験の方法
6.3 の研究 仮説を検証す るため,以 下の要領で実験を行っ た.学習者は通常の日本 語授
業 時には,各クラ スの日本語能力が均等 になるように ,76 名の 学習者が 4 つのクラス に分
け られている .実験には この 4 グルー プを利用し ,それぞれ に異なる内容についての 「字
幕 なし」
「全文字幕」
「要約字幕」
「キー ワード字幕」の 4 種類のコン テンツを視 聴させ,視
聴 後に内容確 認問題 5 問に 解答させた.
加えて,全 てのコンテン ツ視聴終了 時に,どの タイプの字 幕提示方法が 有用であっ たか
順 位をつけさ せた.
8.字幕実験の結果
帰無仮説(1),(2)とも有 意水準1% で検定した .なお,デ ータが正規分 布に従わな いの
で ,ノンパラ メトリックな方法を用 いた.
117
8.1 帰無仮 説(1)の検定
Kruskal-Wallis の方法により,帰無仮説(1)「字幕の提示方法に よる,内容理解テスト
の 点数に差は ない」を検 定した.結 果は,4 種類のコン テンツ全て に対して, 有意差は認
め られなかっ た( χ2= 9.90,df=3).すなわち,字幕の 提示方法に よって,内容理解テ スト
の 点数に差が 生じたとは言 えない.
8.2 帰無仮 説(2)の検定
Friedman の方法 により,帰無仮説(2)「字 幕の提示方法に対する 学習者の評価の順位に
差 がない」を 検定したと ころ,有意 差があった( χ2= 101.86,df=3.p <0.01).次に, 二項
検 定(2)により,字幕の 種類間の多 重比較を行い ,以下のよ うな結果を 得た.
全文字幕 ≒要約字幕> キ ーワード字 幕>字幕な し
9.実験結果の考察
8.1 の 結果から,字幕の有無 ・提示方法に よる,内 容理解テスト の点数に差 はみられな
か った.学習 者の日本語 能力は,実験 に先立って 行ったテス トから 2 級レ ベル程度で ある
と 判断したが,1 級レベルの読 解問題を理解 するには必 要な語彙・ 文法の知識が 足りず,
内 容確認問題 の問題文その ものが日本 語能力を超 えていたこ とが考えられる.そして ,コ
ン テンツの内 容そのもの が既有知識に なかった可 能性もある.
8.2 の結果,評価 は全文字幕と要約字幕が 同程度で高く,次にキ ーワード字 幕,最も評
価 が低いのは ,字幕なし であることが わかった. 評価から, 字幕はあったほうがよい とい
う ことが言え る.日本語を 母語としな い学習者に とって,全 文字幕は文字情報量が多 すぎ
る のではない かと危惧した が,全文字 幕の評価が 高いのは, 提示する情報量は多くて も負
担 にはならな いからだと考 えられる. 多くの情報 の中から自 分に必要な情報を取捨選 択し
て 活用してい る可能性も ある.
一方,要約 字幕が全文 字幕と同程度 高い理由と して,学習 者の聴解能力 が十分高い こと
が その理由と して挙げら れる.先に ,日本語能力 テストで 2 級 と判断したが,聴解の みの
点 数を見ると ,ほぼ全員が 1 級レベルで あった.聴解能 力が高い学 習者,いわゆる「耳型」
の 学習者にと っては,視覚 情報である 字幕はさほど必要はな く,耳から入 った情報を補 い,
強 化するのに 十分な量の情 報があれば 良いのでは ないかと思 われる.キーワード字幕 の評
価 が高くない 理由として, キーワード 字幕で提示 される情報 は,内容理解を促進する ほど
の 情報ではな いと考えら れる.聴解能 力が高いこ とと併せて 考えると,キーワード字 幕で
提 示される情 報はすでに耳 から得た情 報を超える ものではなく,情報の補完,強化に 役立
た なかったの ではないだ ろうか.
10.専門日本語教育への示唆
3 に先 述したが,専門科目の 講義は必ずし も学生が学 習した日本 語のみで行わ れるわけ
で はない.内 容の高度さに 加え,その ことが講義 の理解を難 しくしていると考えられ る.
し かし,通常 の場合,これ を日本語教 育分野が支 援すること は難しい.専門分野の知 識付
与 を目的とし て教授者が話 す言葉を, 逐一日本語 教員がサポ ートすることなどできな いか
ら である.し かし,収録か ら放映まで に間がある 収録型コンテ ンツならば,先に字幕 をそ
の 例として見 たように,日 本語教員と 専門科目教 員は,学生 の理解促進を支援する様 々な
策 を講じるこ とができる.
例えば,当 該授業のキ ーワード集の 配布である.本プログ ラムの遠隔講 義では,前 章ま
で に見た字幕 と併用して,毎回の講義 前に英語に よる対訳付き でキーワー ド集を配布 した.
と かく難しい 語にあたれ ば学生は電子 辞書から目 が離せなく なり,本来の目的とすべ き作
業 が見失われ がちである. しかし,キ ーワード集 の配布によ り,講義中,電子辞書と 首っ
引 きになるこ とが避けら れ,本来の目的である講 義に集中さ せる一 助になった.
118
また,國弘 et al.(2008)では,講義 中の日本語 はある特定の語が繰り 返し用いられ るこ
と がわかった .例えば,学 生にとって 理解しにくい 日本語能力 試験 2 級レベルの語彙も「出
現 回数上位 10 語を 理解できれば ,講義に現れ る 2 級語彙は,お よそ半数が 理解でき」(p.106),
級 外の専門的 な語彙に関 しても「上位 5 語をおさ えれば,50% 近くは理解できる」(p.106)
と 考察された .これを踏ま えれば,発 話データを もとに,そ れらの語を分析し,授業 実施
前 に解説を行 えば,授業の 理解度は格 段に増すと 思われる.
さらに,こ のデータは蓄 積すること により,当 該分野に特 化した専門日 本語教育を 構築
で きる可能性 をも秘めて いる.ツイニ ングプログ ラムはその目的や規模から,学生の 進路
が 限定されて いる場合も多 い.分野ご とに講義で 用いられる日 本語の特徴 が把握でき れば,
よ り専門分野 に直結した日 本語教育が 可能になり ,効率も増 すと想像される.
11.おわりに
遠隔講義と いえばこれま で,やみく もにリアル タイムに授 業を「中継」 することを 指向
す ることが多 かったように も思う.確 かに臨場感の問題はリ アルタイムでこそ解決し うる
点 かもしれな いが,日本 語のケア の点 からすれば ,リアルタ イム遠隔講義に日本語教 育面
か らのサポー トが入り得る余地は少 ないと思われ る.
日本語教育 分野と専門 教育分野が密 接な関係に あるツイニ ングプログラ ムは,互い の役
割 を補完する ことが可能な 希有な存在 である.中 でも収録型 遠隔講義はその協力体制 が十
全 に生かせる 可能性を秘め ,さらに新 たな日本語 教育をも示 唆する存在であるといえ る.
参考文献
國 弘保明・尾 沼玄也・八 重樫理人・ 三好匠(2008)「工学系教員の発話テ キストから考 察さ
れる工学系 学科に留学す る為に必要な日本語能 力」
『工学教育 』56 巻 3 号 pp.103-108.
小 張敬之(1997)「日本語 字幕・英語字 幕付きビデ オ教材の聴取 理解に及ぼす効果の横 断的
研究(2)」 筑波大学外国 語センター vol.19 pp.129-156.
鈴 木典子 (1994)“An Experimental Study on the Effective Use of Closed Caption
Videotapes” 東洋女子 短期大学紀 要 vol.26 pp.71-84.
竹 内理(2004)「メディア利 用と第二言 語習得」『 第二言語習得 の現在』 大 修館書店
pp.257-274.
Yoshino, S., Kano, N. & Akahori, K.(2000)The effects of English and Japanese
caption on listening comprehension of Japanese EFL students, Language
Laboratory, Vol.37, pp.111-130.
謝辞
本研究は文 部科学省平成 18 年度 サ イバーキャ ンパス整備 事業における 「バーチャ ルワ
ン キャンパス 計画:芝浦 工業大学」 の支援を受け た.記 して感 謝申し上げる.
連絡先
[email protected]
119
Development of a Multimedia CD-ROM for Thai Students
at a Pre-advanced Japanese Level
Soysuda Na Ranong (Kasetsart
Somchit Siriratanawit(Kasetsart
Noppawan Boonsom(The Japan
Suneerat Neancharoensuk(Thammasat
University)
University)
Foundation)
University)
1. Introduction
The Thai Education Act of 1999 shows that the whole country has realized the necessity
of the use of the computer and information technology. According to this act, the
government has to support and promote capabilities for producing various kinds of
learning materials, including printed matters, radio scripts, television programs
and electronic learning materials in the form of computer – assisted instruction
(Kanittapongrat 2003).
With regard to Japanese language education, there are many projects that have
introduced electronic materials (websites or CD-ROMs) into learning programs in Japan.
Through these electronic materials, learners who would like to learn Japanese
language are able to learn by themselves anytime and anywhere. However, Kokuritsu
Kokugo Kenkyuujo (2003) found that while Thai Japanese-language teachers in high
schools and universities in Thailand recognized the necessity of the computer, more
than 80% of a total of 111 subjects lack the ability to create homepages or websites
themselves, indicating that there is still much to be done in order to achieve progress
in this area.
Besides this, there is little Japanese language learning materials in the electronic
form such as web based instruction, electronic slides and e-books produced by Thai
Japanese-language teachers and the content of most of that which does exist is for
beginners. Therefore, the creation of the electronic learning materials for
pre-advanced learners is very necessary.
2. Purpose of this research
The purpose of this research was to investigate the importance of e-learning in
teaching and learning Japanese and to develop a multimedia CD-ROM as teaching material
for Thai students. This project combines investigation of two areas: one is the use
of the computer by students and teachers and the other is the content of a CD-ROM.
The CD-ROM was designed to address one main research question: What kind of contents
do
Thai Japanese-language teachers and learners want included in electronic
materials?
3. Participants and Procedures
This research included four surveys. The first one was as a preliminary survey. A
questionnaire was administered to 38 Japanese teachers from various schools and
120
universities. The questionnaire consisted of both closed- and open-ended questions
asking teachers their opinions about electronic materials, using e-learning, and
their awareness.
The second survey was administered to 52 Thai Japanese-language teachers from
universities offering Japanese language major programs. The questionnaire consisted
of both closed- and open-ended questions asking teachers their opinions on electronic
materials, including their use of this kind of material, advantages, problems, and
their requirements.
The third survey was administered to 251 students majoring in Japanese language from
five major universities located in Bangkok and its suburb. The questionnaire
consisted of both closed- and open-ended questions asking the students their opinions
on electronic materials, including conditions affecting their use of this kind of
material, advantages, problems, and their requirements.
The three surveys were conducted before a CD ROM was created and the fourth survey
followed in the year 2007 after the CD ROM was completed. The questionnaire consisted
of questions asking the users their opinions about the CD ROM, including how
interesting they found the reading texts, how difficulty they felt the contents were,
how clear the explanations of grammar were, how interesting they thought the exercises
were, how satisfactory the quantity of exercises was, how good the quality of sound
of the CD was, and how interesting the CD was overall.
4. Data Collection and Analysis
4.1 Results of the first survey
The results of the first survey showed that 45.95% of the teachers were using
electronic materials, especially CD-ROMs, in teaching. Desirable contents of CD-ROMs
should include all four skills, practice in grammar, communication, and Japanese for
tourism. The majority of the teachers agreed that e-learning plays an important role
in Japanese language education.
4.2 Results of the second survey
The results of the second survey can be divided into two parts. The first one is
teachers’ use of electronic materials and their opinions; the second is their
requirements for electronic materials in CD-ROM form.
4.2.1 Teachers’ use of electronic material and their opinions
The results showed that 19 (36.5%) of the 52 teachers were using electronic materials,
especially websites and CD-ROMs, in teaching (see table 1, 2). Table 3 presents the
number of teachers have produced electronic material themselves. Only 6 (31.6%) of
19 teachers had done so. The electronic materials they produced were CD-ROMs, web
based learning and homepages.
Using Electronic material?
Teachers
Yes
19 (36.5%)
No
33 (63.5%)
Total
52(100.0%)
Table 1: Electronic Material Use
121
Types of electronic material
Teachers
Websites
16(84.2%)
CD-ROMs
6(31.6%)
Electronic slides
3(15.8%)
Table 2: Types of Electronic Material Used
Ever
produced
electronic
Teachers
materials?
Yes
6 (31.6%)
No
13 (68.4%)
Total
19(100.0%)
Table 3: Electronic Material Production
Although less than 50% of the teachers said that they have used electronic materials,
more than 60% stated that they were ready to use them. This may be because they realized
the advantages of using electronic materials in Japanese language education. The
advantages of using electronic materials they perceive may be divided into five areas:
1) data : huge quantities of data are available
2) convenience : using electronic materials save time, and they are easy to
maintain
3) interesting : the material motivate learners
4) expense : the material are economical
5) learning : the student is autonomous in learning and also gains knowledge
of using computers
In addition to advantages, teachers also spoke of problems they often faced when they
use electronic materials. These can be grouped in four areas:
1) technical : servers go down, computers are old, virus attacks
2) materials : little material is available and it is expensive
3) personal : low level of ability in operating computers
4) data : time is needed to select the proper materials; the data needed are
not available
4.2.2 The requirements on electronic material (CD-ROM)
To find out the language skills of interest, the teachers were asked to choose three
answers from among the choices given. Table 4 showed the language skills which
teachers desire stressed in a CD-ROM. More than 65% of the teachers thought listening
skills should be stressed. The areas of the Japanese language which the teachers
desired included on a CD-ROM are listed in Table 5. The most desired area was Japanese
grammar (67.3%) followed by Japanese studies and Japanese for business, Japanese for
tourism and Japanese for hotels. The content teachers wanted each chapter in the
CD-ROM to include is presented in Table 6. About half of the teachers wanted exercises,
reading texts, vocabulary and expression, and conversation.
Language skills
Teachers
Listening
35(67.3%)
Speaking
27(51.9%)
Reading
27(51.9%)
Four skills
24(46.1%)
Writing
11(21.1%)
Others
2 (3.8%)
Table 4: Language skills on the CD-ROM
122
Areas of Japanese language
Japanese grammar
Japanese studies
Japanese for business
Japanese for tourism
Japanese for hotels
Other areas
Table 5: Areas of Japanese
Contents in each chapter
Exercises
Reading texts
Vocabulary and expression
Conversation
Grammar explanations
Incorrect sentences
Translation
Table 6: Contents in each
Teachers
35(67.3%)
31(59.6%)
31(59.6%)
24(46.1%)
11(21.1%)
5 (9.6%)
language
Teachers
30(57.7%)
28(53.8%)
26(50.0%)
25(48.1%)
18(34.6%)
8(15.4%)
2 (3.8%)
chapter
4.3 Results of the third survey
4.3.1 Students’ use of electronic material and their opinions
The results of the third survey showed that 162 (64.5%) of the 251 students were using
electronic materials, especially websites, in learning the Japanese language (see
table 7). More than 60% of the students used electronic materials. The advantages
they obtained from using electronic materials can be divided into five areas:
1) improvement : provides material for improving many skills
2) data : varied, up to date and useful
3) interesting : presentations include text, sound and pictures
4) convenience : using electronic materials saves time and they are easy to
maintain
5) expense : the materials are economical
In addition, students also mentioned problems they often faced when they used
electronic materials. These can be grouped into four areas:
1) basic knowledge: need more knowledge about computers and the Japanese language
2) data : does not match their ability (not much data for advanced level), no Thai
explanations
3) technical : servers go down, computers are old, virus attacks
4) other problems : using computers causes eyesight problems
Electronic material use
Students
Yes
162 (64.5%)
No
79 (31.5%)
No answer
10 (4.0%)
Total
251(100.0%)
Table 7: Electronic Material Use
4.3.2 The requirements on electronic material (CD-ROM)
To find out the language skills in which they were interested, the students were asked
to choose three answers from among the choices given. Table 8 shows the language skills
which students desired the CD-ROM to focus on. Students emphasized the importance
123
of listening skills, speaking skills and four skills, in that order. The areas of
the Japanese language which students desired to be included in the CD-ROM are listed
in Table 9. The area most desired was Japanese for business (66.1%) followed by
Japanese for tourism and Japanese grammar. The content required by the students in
each chapter of the CD-ROM is presented in Table 10. The area desired by the large
proportion (67.7%)of the students was vocabulary and expression, followed by grammar
explanations, conversation and exercises.
Language skills
Students
Listening
197(78.5%)
Speaking
170(67.7%)
Four skills
110(43.8%)
Reading
94(37.5%)
Writing
42(16.7%)
Others
3 (1.2%)
Table 8: Language skills in the CD-ROM
Areas of Japanese language
Students
Japanese for business
166(66.1%)
Japanese for tourism
142(56.6%)
Japanese grammar
107(42.6%)
Japanese for occupation
104(41.4%)
Japanese for hotels
92(36.7%)
Japanese studies
92(36.7%)
Other areas
20 (7.9%)
Table 9: Areas of Japanese language
Contents in each chapter
Students
Vocabulary and expression
170(67.7%)
Grammar explanations
158(62.9%)
Conversation
141(56.2%)
Exercises
102(40.6%)
Reading texts
67(26.7%)
Incorrect sentences
56(22.3%)
Translation
45(17.9%)
Table 10: Contents in each chapter
4.4 Results of the final survey which was about the users’ satisfaction with the
on trial CD-ROM
The results of the final survey showed that 42 (59.2%) of the 71 users were satisfied
with the CD-ROM and 15 (21.1%) were highly satisfied. As for the difficulty of the
contents, 46.5% stated that it was somewhat difficult and 42.3 % thought that it was
quite difficult. 56.3% were satisfied with the clarity of the grammar explanations,
and 21.1% were highly satisfied. Exercises were described as interesting by 52.1%
and highly interesting by 22.5%. Opinions on the quantity of exercises showed that
45.1% thought that there were not too many exercises. The quality of sound was
satisfactory for 43.7% and highly satisfied for 40.8%. On the last question about
the overall quality of the CD-ROM, 42.3% were satisfied and 31% were highly satisfied.
124
5. Discussion
5.1 Use of electronic materials
The result of the surveys showed few teachers used electronic materials. To answer
the question of whether age or experience in teaching has a relationship with
electronic material use, these items were also analyzed. The result showed that no
relationship reached a level of significance. Teachers’ age and experience in
teaching were not related to electronic materials use. There seem to be two reasons
why only a few teachers used electronic materials: one is the facilities and equipment
available to the teachers of each university; the other is the small quantity of
electronic materials available. Most of the teachers used websites because they are
easy to find, save time and provide a convenient means for searching useful data for
class. Therefore, having various types of electronic material is considered to be
an important factor in motivating more teachers to use electronic materials.
More than 60% of the students used electronic materials. Most of them used websites
and the Internet to search for and collect data. This may be because they were given
assignments that involved the use of electronic materials. If various types of
electronic materials are made available and the contents are matched with students’
abilities, the numbers of students using them might increase.
Both teachers and students realized there were many advantages to be gained by using
electronic materials, so all means that will encourage and assist them to use
electronic materials more and more should be employed and should be supported by all
universities at the same time.
5.2 Contents of electronic materials
Contents of electronic materials should include all four skills especially reading
skills and listening skills. Thai students who study Japanese language in Thailand
(JFL: learning Japanese as a foreign language) do not have much opportunity to
communicate with native speakers of Japanese. Therefore, teachers and students
believe that electronic materials can compensate their lack of opportunities to
communicate, especially in developing their listening skills.
The topic most desired by the teachers were Japanese grammar, Japanese studies and
Japanese for business, while those desired by students were Japanese for business,
Japanese for tourism and Japanese grammar. These results are related to the fact that
grammar is most important in studying Japanese as a foreign language and to the fact
that the students surveyed were third and forth-year students, who were aware that
Japanese for business was necessary for them in working in Japanese enterprises in
the near future.
According to the teachers, electronic materials should consist of exercises, reading
texts, vocabulary and expression, while according to students, they should consist
of vocabulary and expression, grammar explanations and conversation. This shows that
teachers and students differ in what they consider necessary. Therefore, electronic
materials should offer many types of content and meet the requirements of users. All
of these different types of content will promote acquisition of the language by
learners even when learners are learning by themselves.
125
6. Conclusion
On the basis of this study, it can be concluded that both teachers and students
recognized that electronic materials have an important role. The advantages of using
electronic materials cited by both teachers and students can be placed under five
headings: data, convenience, interest, expense, and learning; and the problems can
be placed under four headings; technical, data, basic knowledge and personal
problems.
Following surveys: a CD-ROM was developed to help Thai students to enhance their
ability to study by themselves and also to provide Thai teachers with alternative
electronic materials. Designed for pre-advanced learners, the CD-ROM, which
emphasizes reading skills and listening skills, provides various types of reading
materials such as Japanese studies, Japanese for business, vocabulary and expressions,
grammar explanations, exercises, translations as well as tips on Japanese culture,
all of which were developed to meet the needs of users. The result of the final survey
showed that most of the users were satisfied with this CD-ROM. Finally, we hope that
Thai teachers will make every effort to create more and more electronic materials
for advanced Thai students so that we can utilize them in teaching the Japanese
language at this time when the computer has so great an influence on education.
References
国 立国語研究 所(2003)「日 本語教育の 学習環境と 学習手段に関 する調査研究」『タイ(バ
ンコクアン ケート調査 集計結果報告 書』国立国 語研究所日本 語教育部門.
Kanittapongrat, S. (2003) Internet and foreign language education: a case study of
German. Journal of Humanities , 4(1), pp.83-93.(in Thai)
連絡先
50 Phaholyothin, Jatujak, Bangkok 10900
Japanese Section, Department of Foreign Languages, Faculty of Humanities,
Kasetsart University, Thailand
[email protected], [email protected]
126
コミュニケーションとしての作文指導の必要性
-E メール文通活動を通して-
松尾 憲暁(Suan Sunandha Rajabhat University)
1.はじめに
タ イの大学 における日本 語学習者の 書くことの 目的を考える と,授業で の課題を除け ば,
留 学するため の志望理由や 就職のため の自己アピ ール文を書 いたり,帰国した日本人 教師
や 留学生,交 流会などで知 り合った在 タイ日本人 との E メー ルを通したやりとりを行 った
り することな どが一般的 である.このような目的の ために書く ときに,最 も重要なこと は学
習 者が書いた 文章に対して ,必ず「読み手」が存 在すること である.
一 方,従来の中級 以前の 作文教育の 教材や教え 方を概観し てみると,文型の定着が 主た
る 目的となっ ており,近年 ,初級にお ける協働的 学習の試み や,手紙や E メールに焦 点を
当 てた教材が 作成されて きているもの の,
「 読み手」を意識す ることが作 文教育に十分 取り
入 れら れてい る と は言 いづら い( 笠 井 他 2008, 田 口 1995, 簗 他 2005, 小 笠 2007 ) .しか
し ,先に述べ た書く目的を考慮するな らば,作文 指導 1 の早い 時期から文法的に正しい 文章
が 書けるよう になることだ けではなく,
「読 み手」を意識した 文章を書く ための指導も 行っ
て いく必要が ある.
本 稿では,本学で実践した E メール交 換活動について述べ,その後,
「 読み手」を意 識す
る ために,も っと早い段階 から取り上 げるべき項 目について考 えていく.
2.コミュニケーションから見た作文教育
2.1 書くこ とのコミュニ ケーション性
近 年 ,「 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の た め の 日 本 語 教 育 文 法」 の 重 要 性 が 叫 ば れ て い る ( 野 田
2005).これに対して,否 定的な見解も 存在するが,コミュニ ケーション という側面か ら日
本 語教育文法 全体を見直す ことを否定 するもので はない(関 2008).
こ のような 流れの中,由 井(2005)は ,コミュニ ケーションの ために「書く」教育に つい
て ,以下の点 を指摘して いる.
・「書く」技能におけるコ ミュニケー ション能力の 観点からの 研究と教材 開発の遅れ.
・ 作文教育で 重視される「 正確さ」 における目的 の欠如.
・「書く」コミュニケーシ ョンの多岐 性
・ 学習者の「 書く」ため の文法の意識 化の必要性.
従 来,書く ことは話す ことに比べて,
「コミュニ ケーション 」という側 面が見失われ がち
で あるが,E メールの普及 などを考慮 すると,書 くことのコミ ュニケーション性はこ れか
ら さらに重要となる.もち ろん,これを重視するあまり に,作 文教育が完 全な実利主 義にな
る ことは避け なければなら ないが,会 話教育同様に,作文教 育の中にもコミュニケー ショ
ン 的な側面が もう少し取り入れられ るべきであろ う.特に,書くこと はそれ自体 ,学術 的な
側 面が強いた め,コミュ ニケーション 的な要素を 書くことの 中に取り入れることは, それ
自 体がより日 常的な活動と なり,学習者にとって身近な 行為になる.このように,初級 の作
文 教 育 を 文 法 的 な 正 確 さ か ら だ け で 捉 え る の で は な く,「 日 常 的 に そ の 行 為 を 行 う か ど う
か 」や「場面 の難易度」な どからシラ バスを構築 していくこ とも考えていく必要があ る.
2.2 書くた めの学習環境 の設計
コ ミュニケ ーションの ために書くと いくらいっ ても,海外の 日本語学習者にとって 日本
1 本稿では,教師から学習者側に与える事項には「作文指導」
,それを含め,書くこと全体に関わる事
項には「作文教育」という言葉を使用する.
127
語 で書く機会 というのはご く限られ ている.よって,学 習者を支援す るために,教師は 学習
者 の学習環境 を整えてい くことも考 えるべきであ る.学習環境 について, 教師は,「現 在,
学 習者の周囲 にある人やも のなどに対 して気づき ,学習が行 われるのは教室だけでは ない
こ とを自覚す ることが必要 である」(西原 1998).しかし,海外においては,日本国内 に比
べ ,圧倒的に 学習リソー スが限られて おり,それ を学習者が 自分だけ で見つけるのは非常
に 困難な状 況にあ る.そ のた め,海 外の教 師 は,学習者 に 学習リソ ー ス 1 を提供し て いくこ
と も必要とな る.
コ ミュニケ ーションと して書くため には,学習 リソースの中 でも特に人的リソース の役
割 が大きい.バンコクは日 本人駐在員 や旅行者も多 いが,学習 者の周りの 人的リソース はこ
の ような状況 に反してか なり限られ ている.しかし,一方で,物 的リソース は充実して おり,
学 習者のイン ターネットの使用も一 般的である.
また,タイ の学習者の人 的リソース との接触に ついては,電 話・手紙・E メール・ チャ
ッ トなどを利 用する学習 者が多い(池 島・長田・ 松尾・武蔵 2007).「書 く」技能を 必要
と しない電話を除いた 3 つの手段を比 較してみる と,手紙で は一回のや りとりに時間 がか
か り,チャッ トでは 2 人が 同時刻にイ ンターネッ トをつなぐ必要があり,いずれも継 続的
な 活動に際し ては不向き である.そのため,時間的な制約が少 ない E メールが最も適し てい
る と考えられ るが,受信 者がタイに住 んでいると,電話のほ うが便利でわざわざ E メ ール
を 送る必要性 はなく,ま た,送信者と 受信者の間 の情報差も 少ない.その ため,何か を伝え
る ことを目的 として書くた めの条件 としては十分 とは言えな い.よって,日 本に住んでいる
相 手との E メール 交換がタイの 学習者には 最も適して いると考えら れる.
以 上を考慮 し,教師は具 体的に以 下のような支 援を行った .
①E メールを 交換する日 本側の相手 (以下,パー トナー)を 教師間のネットワークな どを
活用して 探す.
② 日本語が入 力できない コンピュータ ーにおいて,日本 語を使用す る方法や,
「リーデ ィン
グチュウ太 」や「ひらが なめがね」などの自律学 習を支援す るホームページを紹介す る.
3.E メール交換活動の実践
3.1 概要
3.1.1 タイ
科目名:作文 2
名称:「 わ」めーる ・ぷろじぇ くと
参加学生: 日本語主専攻の 3 年生 60 名(2007 年 9 月 30 日時点で の科目登録 者数)
(「みんなの日本語」第 50 課を終了 した学生)
目的: Eメール の やりとりを通 して,相手 を意識した 作文活動を行う
実施期間:2007 年 7 月第 3 週目~2007 年 9 月 30 日
頻度: 基本的には 1 週間に 1 回以上
(やむを えない事情が ある場合に 限り,期間 内に計 10 回 以上,Eメー ルを送
ればよいこととした)
トピック: 自由
(ただし ,トピッ クに困ったときのために,あら かじめ教師 がいくつかの トピ
ックを提示)
以上に加え ,学習者の内 省を促すた めに 2 回の 自己評価シー トの提出, 及びそれに 基づ
く 面談,学期 末アンケート の提出を義 務付けた.ま た,授業に おいては,全体で共有す べき
1 学 習 リ ソ ー ス の 定 義 は 様 々 で あ る が ( 田 中 ・ 斉 藤 1993、 工 藤 2006)
,本稿では「学習に関する材料」
( 池 島 ・ 松 尾 ・ 武 蔵 2007) と し て 扱 う . ま た , 学 習 リ ソ ー ス の 分 類 と し て , 田 中 ・ 斉 藤 ( 1993) は ,
学 習 者 が 接 触 す る 人 を 「 人 的 リ ソ ー ス 」, 学 習 者 が 接 触 す る モ ノ を 「 物 的 リ ソ ー ス 」, 学 習 者 が 生 活 し て
い る コ ミ ュ ニ テ ィ ー や ネ ッ ト ワ ー ク を 「 社 会 的 リ ソ ー ス 」 と し て い る . さ ら に , ト ム ソ ン ( 1997) は ,
海 外 に お け る 日 本 関 連 の 情 報 源 と し て の リ ソ ー ス と し て「 情 報 サ ー ビ ス・リ ソ ー ス 」、工 藤( 2006)は、
人とモノの存在するコミュニケーション空間,システムとして「場のリソース」を加えている.
128
項 目について 3 回のフィ ードバックを行った.具体 的には,身の回りのカタ カナ表記の 語彙,
助 詞,接続詞 のほか,活動 中に多く見 られた誤り をまとめて取 り上げた.
なお,本学の「作文 2」のカリキュラムは 機能シラバ スに基づく Eメールの 書き方を中
心 としている.
3.1.2 日本
本学教師が 個人的なネ ットワークを 利用して様 々な方法で 呼びかけを行 った結 果,計 88
名(13 大学の学生 )から協力が得られた.
日本側のパ ートナーには 2 回の活動 報告の提出 を依頼した .また,学期末 には任意で アン
ケ ートの提出 も依頼した.
な お,メー リングリス トを作成し,パートナー・教 師間で情 報を共有できるように した.
4. 分析
4.1 分析方 法
分 析は,① 教師による やりとりのモ ニタリング ,②学習者か らの自己評価シート( 学期
中 及び学期末 ),③学期中 の自己評価 シートに基 づく面談,④ 学習者の学 期末アンケ ート,
⑤ パートナー からの活動 報告( 学期中及び学期末),⑥パート ナーからの 学期末アン ケ ート
( 任意)をま とめる形で 行った.
4.2 結果及 びその考察
活動期間中 に平均 9.9 回 (往復回数 )のEメー ルのやりとり が行われた.
本活動から ①日本語学 習への動機付 け,②自律 学習の促進 ,③言語能力 の向上及び 達成
感 ,④「読み 手」の意識 化,という効果がえられ た(松尾 2008).
4.3 コミュ ニケーション に関する問 題
本 稿では「 読み手」を意 識すること に焦点を当 てているが, この点に関して,学習 者の
「 何を言いたいのか わか
E メールを読 んで不快だと 感じたパー トナーは少 なかったも のの,
ら ない」とい うコミュニケ ーション上 の齟齬が多 く見られた .
コミュニケ ーション上の 齟齬をきた す要因とし ては,特に ,表現,語彙 ,文法など が挙
げ られるが, 以下,この 点について 記す.
なお,以下 の要因は単独 で現れると は限らず, いくつかが 混同している ケースも多 く観
察 されたが, ここでは要点 を簡略化するために単 独で取り上 げている.
4.3.1 表現 に関する問題
① 丁寧体と普 通体の混同
パートナー は学習者がよ り親しくな りたくて普 通体を使用 しているのか ,ただの文 体の
混同にすぎ ないのか判 断できない .
② 文末の終助 詞「か」を 伴わない疑 問文
例)東京に行ったこ とが ある.( →東京に行った ことがある?)
テストは終わった .( →テストは終わった ?)
疑 問文であ るのに「? 」がないため ,自分のこ とを述べて いるのか,質問したいの かど
うかわから ない場合が あった.①と いっしょに現 れるケース が多かった .
③ 終助詞「ね 」と「よ」
例)a.私は 一度マレシ アへいった ことがありま すね .
b.今日は,日本 語の文法をテストですね .
c.メ ール,あり がとうござい ます.毎日 メールをチ ェックするの が楽しみ です ね .
聞き手が知 らないことに 対しては, 本来「よ」 を使用する が,そのよう な場面にお いて
「 ね」の使用が多 く見られた.また,cでは「 同意」を促すように感 じられ,少々押し つけ
が ましく感じ られる.
4.3.2 語彙 に関する問題
①清濁の誤 り
129
例) 温泉 ときょうさん しゅぎのと うくつ な有 名です ( →どうくつ )
② タイプや 漢字の変換ミ ス(特に 同音異義語)
例) ロ プ ブ リ ー は と て も 去 る が あ り ま す ね ( →猿)
毎 日 弁居 した m-movie でアル バイトをし ます( →勉 強)
映 画 を勉強す る のは難しい ですか? ( →英語)
③ カタカナ 表記の語彙 の誤り
例)スパ ージニャ ーは ポッフツ で す( →ポッ プス)
今 , コップと マィ クのタイの歌手は日本 でテーブ をし ます( →デ ビュー)
テ ス トのあと でア ユバーシア ー がありま す( →ユニ バーシ アード)
4.3.3 文法 に関する問題
①助詞の誤 り
例) わた しのだいがく で 日本のが くせいへ き ました.
② テンスの 誤り
例)今朝 は日本語 ごの テストをし ました .と ても難しい です.
( →テストがいつ なのかわからない)
疲れたけど,とて も楽しかっ たです.コーヒ ーを作るこ とはとても難しかった です.
( →前 のメー ル は今もアルバ イトをして いる内容だ ったが,これ を読むと
今も続けて いるかどうか わからなく なる)
③ 副詞の使 い方
例)ハリ ーポッタ ーは あまりたの しかった と おもいます .
日 本 の料理は ちょ っと好き です
( →学 習者の 気持 ちが肯定的 なのか否定 的なのかが 判断できない)
4.3.4 その他
① タイ特有 の話題に関す る説明の不 足
例)アユ タヤーは ロー ティーセェ ーメィーが おいしいです ( →どんな食べ物か)
ワ ッ トポーは 23 31にた てました ( →タイは仏歴を使用している)
ク ラ トンをな がし て,花火 を見ます ( →「クラトン」とは何か)
②メールが 来ないとき, 何度もメー ルを送り続 ける.
③訂正して も,名前を 間違う.
④質問した ことに答え ない.
⑤やりとり を始めたば かりなのに,宛名に「- さん」をつ けない.
5.まとめ
本活動は,学習者が 「読み手」を意識するために必要となる書くための文法項目を
私たちに示唆している . 助詞や漢 字はもちろ ん,カタカ ナ表記の語彙 や終助詞の ような今
ま での作文教 育では注目さ れていなか った項目に ついても今 後取り上げる必要がある ので
は ないだろう か.特に,海外にお いて,カタカナ表 記の語彙は 学習者にとって難しい項 目の
一 つであり, その数も多岐 に渡るため ,指導も寛 容になりが ちであるが,学習者の身 の回
り の語彙に関 しては他の語 彙と同様, しっかりと表記できる ように指導していくべき であ
る.
本活動は質 疑応答を繰り 返すという 形に留まっ てしまい,
「だれが,だれ に,どんな 目的
で「書く」の か 」
(由 井 2005)という「場面」を学習者に意識化さ せるにはい たらず,
「読
み 手」を意識 するために必 要な書くた めの文法項 目の一部を 取り出したにすぎない.
とはいうも のの,このよう な活動にお いて,
「場面」を様 々に設定す ることは難 しく,そ
の ような練習 を行うのは やはり「教 室 」の役割だ と考えられ る.その実践の中から,今 後も
書 くために必 要な文法項 目は何かとい うことを捉 え直してい く必要がある.
また,書くという行為は,報告書を書いたり,ポスターを作ったり,手紙やEメー
ルを書い た り , と 多 岐に わ た っ て お り, それ ぞ れ 必 然 的 に 書き 方 も 異 な る .その た め,
今までのように書くという能力を一つの尺度からのみ判断するのではなく,CEFR
130
(ヨーロッパ共通参照枠)が提示しているように,それぞれの行為に応じた尺度を提
示することが必要となるのではないだろうか.そのような点を踏まえて,総合的に学習
者の作文能力を向上させていくことが作文指導において重要だと考える.
参考文献
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松 尾憲暁(2008 予定)「コ ミュニケーシ ョンとして の作文教育 -「読 み手」を 意識する ため
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『 国 際交流基金 バンコク日本 文化センタ ー日
本語教育紀 要』第 5 号.
由 井紀久子(2005)「書くための 日本語教育文 法」
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文法』くろ しお出版 pp.187-206.
簗 晶子・大木 理恵・小松 由佳(2005)『 日本語Eメ ールの書き 方』The Japan Times.
連絡先
[email protected]
131
10 月 17 日(金)
A 会場
132
ノンネイティブ教師研修における
小規模・相互学習型アクション・リサーチの試み
八田直美(国際交 流基金日本語国際セン ター)
Prapa Sangthongsuk (The Japan Foundation,Bangkok)
1.研究の背景
国 際交流基 金バンコク日 本文化セン ターでは, タイ人日本 語教師を対象とした複数 の研
修 を実施して いる.本発 表ではその中 の一つ,「 水曜研修」に おける小規 模なアクシ ョン・
リ サーチの成 果とその過程 で見られた研修参加者 相互の学び 合いについ て報告・考察する.
「 水曜研修 」は,タイ人 日本語教師 を対象とし て,日本語 教授能力と教師自身の日 本語
運 用力の向上 を目標とし て,毎週水曜 日に 1 回 90 分,全 15 回 の授業が行われる研修 であ
る .研修 には,バンコク近 郊の日本語 教育機関に 所属する 10 名前後の教師 が参加して いる
が ,所属機関 の種類や教授 対象者や教 授レベル, 教師自身の 日本語教授歴,日本語運 用力
な どは実に多 様である.
この研修で 目指す日本 語教授能力の 向上のため に採用して いる考え方は ,特定のモ デル
を 前提とし, それを身につ けることを目指した「 教師トレー ニング(Teacher Training)」
で はなく,自 己の教育現 場での「実践 ―観察―改 善」のサイ クルを主体的に担うこと で教
師 としての専 門性を向上さ せること,つ まり「 教師としての成 長( Teacher Development)」
で ある(岡崎 ・岡崎 1997:p.8-10).
筆者らは,2004 年後期 から(八田は 2006 年後期まで担当.プ ラパーは 2005 年後期まで
担 当,ただし その後も授業 に参加)本 研修を担当 し,多様な 技能や項目を学ぶ学習者 体験
に 加え,参加 者の教育現 場を対象とし た小規模な テスト開発 や教材作成,模擬授業や 活動
紹 介を取り入れた.
2.研究の方法(実践と分析資料)
2.1 アクシ ョン・リサー チ
アクション・リサーチと は,
「 自分の教室内外の 問題及び関 心事につい て,教師自身 が理
解 を 深 め 実 践 を 改 善 す る 目 的 で 実 施 さ れ る , シ ス テ マ テ ィ ッ ク な 調 査 研 究 」( 横 溝 2000
p.17)のこと である.ノン ネイティブ 日本語教師 によるアクシ ョン・リサーチの実例 は,
政 策研究大学 院大学他(2002~2004,2005~2007)に見られる.ノンネイ ティブ教師 が,
自 分の教育現 場で発見した 課題を取り 上げ,先行 研究をふま えて改善・解決のための 方策
を 策定し行動 を起こす.そ して,その 結果を観察・分析して いる.教師自身の行動に よっ
て ,学習者や 教育に対する 理解が深ま り,改善に つながって いる様子がうかがわれる .し
か し,その一 方でこうし たアクション ・リサーチ は準備も含 めて長い時間がかかり, 現職
の 教師が授業 など本来の仕 事をしなが ら取り組む のは決して 容易とは言えない.
2006 年前期(6 月~ 9 月)に行わ れた水曜研 修では,参加者が各 自の「教室の問題 解決」
を 目指して,小規 模なアクション・リサーチを実施した.本 研修 では,
「アクショ ン」の部
分 の複数の可 能性を参加 者相互で検 討し ,それぞ れが助言を与 える側,受ける側の両 方を
経 験した.多 様な視点から の解決(改 善)案の中 から一つま たは複数を選んで実践し ,そ
の 結果をクラ スで発表し, 共有した.
本 発表では ,以下のよ うにアクショ ン・リサー チを簡易化し ,小規模・相互学習型 に改
編 した形式で 行い,本来の 趣旨と同じ 「現場の理 解と実践の 改善」が得られたかどう か,
ま たそれ以外 にどのような 成果が得 られたかを考 察した.
アクショ ン・リサーチ (横溝 2000 p.40 )
水曜研修
1)スター ト地点の発 見
1)理想と 現実の共有
2)リサー チのトピッ クの明 確化
2)問題の 発見と共有
133
3)情報収 集
4)予備調 査
5)行動方 略の発展
6)行動計 画の立案
7)行動の 実施
8)行動結 果の観察・ 分析
9)行動結 果の内省
10)公開
―
―
3)相互ア ドバイス
(各自)
(各自)
(各自)
4)経 過の発表と共 有( 各 自レポート 作
成)
2.2 実践― 研修カリキュ ラム―
2.2.1 研修 の目標
A) 教授法 :自分に と っての「いい 授業」とは 何かを考え ,実現を目指す.
B) 日本語 :自分の 日本 語教育につ いて表現で きるように なる.
C) 他の参 加者と協 力 し ながら学 ぶ.
2.2.2
回
概要
授業日
1
5/31(水)
2
6/7(水)
3
4
5
6
7
6/14(水)
6/21(水)
6/28(水)
7/5(水)
7/12(水)
8
7/19(水)
9
7/26(水)
10
8/2(水)
11
12
13
8/9(水)
8/16(水)
8/23(水)
14
8/30(水)
15
9/6(水)
主 な内容と使 用教材
1)オリエンテーション
2)自分にとっての「いい授 業」を考え る
1)「 いい授業」 グループ・ ディスカッ ションと全体共有
2)教案と授業の流れ
教案 を書く①
教案 を書く②
教授 法(1)(初級後半・聴 解)2)(来訪 者によるミ ニ講義)
ビデ オを使った 授業観察
教授 法(2)(初中級・文型 ①)
1)教授法(3)( 初中級・文 型②)
2)教室の問題解決(1)(A さんの 場合)
1)教室の問題解決(2)(そ の他の人の 場合)
2)教授法(4)( 初中級・読 解)
1)教授法(5)( 初中級・聴 解)
2)( 来訪者によ るミニ講義 )
教室 の問題解決(3)(問題発 表,共有)
教室 の問題解決(4)(相互ア ドバイス)
教授 法(6)(初級後半・語彙・接続詞)
ふり かえり( もう 一度「いい授業」,
「“楽しい”と“ おもしろ い”」
「 動機
(外 発的動機と 内発的動機)」について 考える)
教室 の問題解決(5)何をした ら,どうな ったかを報 告する
は,本 研究のア クシ ョン・リサ ーチの活動部分.
2.2.3 参加 者が取り組ん だ課題
参加 者
所属機関
A
大学
B
大学
C
大学
課題 の状況(教 室の問題)
ほとんどの学 生が高校で の日本語既習 者だが,到達度に大 きな差
があり,初級 の復習が必 要だが,学 生はあまり やりたがらな い.
小学生の頃に 日本滞在経 験があり,他の学生 よりよくで きる学 生
がいる.その 学生の能力をもっと伸 ばしたい.
通信制大学の日本語コースなので出席は自由。出席者も一定せ
ず,宿題を出 しても提出する学生が 少ない.
134
暗記中心の学生の態度を変えるために応用問題をテストに出題
したら,でき ない学生が 多かった.
生徒の半数が 塾でも日本 語を学んで いるクラスで,あま りやる気
E
高校
がなさそうで ,学習も遅れがちな生 徒がいる.
F
民 間学校
社会人が多い クラスにあ まり反応が ない高校生の 学習者がい る.
研 修参加者 は全部で 10 名だったが ,都合で途中 で辞退した り 2 つのレポートを提出 しな
か った 4 名を 除いた 6 名を 本発表の対 象者とする .
D
大学
例 1)参加 者 A の問題 解決の流れ
<問題 の発見>
< 相互ア ドバ イス>
ほとんどの学生が高
校での日本語既習者だ
が,到達度に大き な差が
ある.
初級教科書の後半や
復習用教材を使ってい
るが ,学生はあま りやり
たが らない.
①授業の目標を明確に
して,学 生に伝える .
②四技能の練習を中心
にする.
③学生に毎週授業のコ
メントを出させて,問
題点を明 らかにする.
例 2)参加 者 B の問題 解決の流れ
<問題 の発見>
< 相互ア ドバ イス>
小学生の頃に日本滞在
経験があり,他の学生
より早く問題ができて
時間をもてあましてい
る学生がいる.その学
生 の 能 力 を も っ と伸 ば
した い.
①その学生の答えの正
確さを確認する.
②特別な宿題や課題を
出す.
③授業中、教師のアシス
タントをさせる.
④他の教師と話し 合う.
<その後の経過>
どのように四技能の練
習をするか学生に希望を
聞くと,歌を使いたいと
答えた.歌を聞きながら
既習の文法項目を探して
理解を確認させる練習を
したら,学生は積極的に
参加した.授業のコメン
トも書かせたが,あまり
質問は出なかった.
<その後の経過>
他の教師は,特別な宿
題や役割を与えることに
はあまり賛成しなかった
が,その学生につい て話
し合うよい機会になっ
た.1 人の教師 は、その学
生にもっと深く考えてほ
しいと思っていたことが
わかった.
2.2.4 研修 の評価
50%以上の 出席と修了 レポート( 2.2 参照)の 提出によっ て修了を認める.提出さ れた
レ ポートに対 して担当講 師(発表者 )がフィード バック のコ メントを返した.
2.3 分析資 料
本 研究では ,研修参 加者がコー ス終了時に提 出した( ア)教室の 問題解決レ ポートと(イ)
修 了レポート の 2 種類のレ ポートを分 析に利用し た.レポートは以下のよ うな質問に対 し,
自 由記述で答 える形式のも ので,(ア)はこの期 のみのもの,(イ)は他 の期と共通の 質問
で ある.
(ア)教室 の問題解決レポート
1.どんな 問題が起きま したか.ま たは,どん な様子です か.
2.どうし て問題です か.
3.この問題を解決する ために,今 までに何か やってみま したか.そ の結果はどう でし
たか.
4.皆さん のアイディア
5.その後の経過
135
(イ)修了レポート
1.この研 修に参加して ,日本語 教師として自 分が変わっ たと思いま すか.変わ ったと
思う人は,どんなと ころが変わ ったと思い ますか.
2.この研修 で何を学ん だと思いま すか.(1)講 師から(2)他の参加者から
3.この研修 で経験した ことを今後 どのように生かそうと思 いますか.
4.自分自 身の研修参加 の態度や成 果,クラス への貢献を どのように 評価します か.そ
れはなぜですか.A(非常によい),B(よ い),C(あまりよくな い),D(よく ない)
のどれかを選び,選 んだ理由を 書いてくだ さい.
3.結果と考察
3.1 レポー ト分析の結果
2 種類のレ ポートの記述 から,多様 な参加者が それぞれの教 授実践をふりかえり, 学習
者 に対する理 解の深まり や教育上の 問題を解決す る糸口 が発見 できたことがうかがわ れた.
3.1.1 アク ション・リサ ーチの成果
(1)学習者に関するこ と
学 習者が興 味を持つ内容 を取り上げ ることで積 極的に取り組 むようになった( 参加者 A,
F).教師が学 習者をほめ たり,自信が 持てるよう にしたことが 効果があった(同 C,E).
(2)教師に関すること
教 師が授業 の目標や方針 を明確にし ,それを学 習者に伝える ことが重要だと感じた (同
A,D).同じ学 習者を教え る教師が情報 交換をした り,どう対処 したらいいかいっしょ に考
え たりして, いいアイディ アが出て きた(同 B).
(3)解決が難しい問題
通信制大学 で教えてい る教師は,欠 席が多く授 業にも消極 的な学生に対 していくつ かの
対 応を実行に 移し,効果を 感じること ができたが,出席する 学生数は減ってしまった (同
C).これは制 度に関わる ことなので, 教師のレベ ルでは対応 が難しいが,通信制大学 とい
う 形で日本語 教育の機会が 提供される ことの意義 と,初級の 外国語学習としてその制 度が
適 切かどうか を他の教師と ともに考 える機会にな った.
3.1.2 その 他の成果
相 互の問題 を共有し,解 決を考える 活動について,参加者は以下の点で有 益だと感じ た.
(1)自己の問題解決にお ける他者の 視点や助言 が役に立った.(参加者 A,D,E)
(2)他者の問題解決のた めに共に考 え,助言す ることで貢献 できた.( 同 E)
(3)他者の問題そのも のが参考にな り,問題 解決も共に考 えられてよ かった.
(同 B ,C,
F)
一 人で問題 について考え ると狭い範囲でしか考 えられない(同 B),自分の機関でも 他の
教 師といっし ょに問題を 解決したい (同 F)とい う記述も見ら れた.また,平日に仕 事の
後 で研修に参 加する大変さ を書いた参 加者もいた.取り組み やすくするために小規模 ,簡
易 化を図った が,それで も負担を感じ ていたよう である.
3.2 考察
3.2.1 成果 につながった要因
ア クション ・リサーチ が目指す「教 育の理解と 問題の解決」 のためには教師個人の 視点
や 経験だけで は不十分で, それを補う ために行動 前に情報を 収集したり,先行研究の 分析
も 含めた予備 調査を実施し たり,また 行動後の結 果も質的, 量的な調査を合わせて行 うこ
と を横溝(2000)では紹介 している. 本発表の小 規模・相互 学習型アクション・リサ ーチ
で は,複数の 教師が問題を 共有し,共 に解決を考 えることで ,視点や情報を豊かにす るこ
136
と を試みた. 他者に向け て問題を語 ること で整理 され,他者の 理解や解決のための助 言が
問 題の見方を 豊かにした のではないか と考えられ る.
本 発表が含 まれる「水 曜研修」の 5 期 2 年半の 実践をまと めた八田(2008)でも, 研修
参 加者が教授 経験の長さや 教授対象, 日本語運用 力の違いを 超えて相互に学び合いが 実現
し たことを報 告している. こうした成 果が得られ た要因とし て,参加者間及び講師と の間
に ラポールが 形成されて いたこと,ア クション・ リサーチ以 外の授業でも,学習者体 験を
共 にふりかえ る活動を行っ たことが, その準備に なっていた ことが挙げられる.
3.2.2 日本 語運用力の向 上
「 1 .研 究背景」で 述べたように,
「水曜研 修」は日本語教 授能力と教 師自身の日本 語運
用 力の向上を 目標とする研 修である. 参加資格は ,日本語能 力試験 3 級合 格以上で, 当時
は 3 級合格相 当レベルか ら 1 級合格者 まで参加し ていた.この ように運用力の差の大 きい
参 加者がそれ ぞれ教師にと って必要な 日本語力と はどのよう なものかは筆者ら研修担 当者
の 課題であっ た.「2.2.1 研修の目 標」で掲げた 「自分の日 本語教育につ いて表現で きる
よ うになる」 が示した内容 は,アクシ ョン・リサ ーチで自分 の問題を説明したり,他 者か
ら の助言を受 け入れたり, または他者 の問題に対 して助言を したりすることであり, その
結 果やふりか えりをレポー トにまとめ ることであ る.自分自 身が伝える必然性がある こと
を 日本語で伝 えることを実 践した.そ の中で,自 分の意見や アイディアを伝えて他者 から
評 価されたり ,感謝され たりすること が自信につ ながっていく のではないかと考えた .
今 回のレポ ートでは,ア クション・ リサーチの 活動と日本 語使用または日本語力の 変化
に 触れた記述 は見られな かった.しか し,日本語 教育を内容 として日本語を使う活動 の意
義 を筆者に伝 えてくる参加 者もいた.
4.今 後の課題
国 際交流基 金(準備中) において, 本研修で行 った,教師 研修の中で行う小規模・ 相互
学 習型のアク ション・リサ ーチを授業 改善の一つ の方法とし て,教材化することを試 みて
い る.他の地 域,現場でも 取り入れら れることを期待すると 同時に,その成果が共有 され
る とよいと思 う.
参考文献
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国 際交流基金 (準備中)『 教え方を改 善する』(日 本語教授法 シリーズ 13 巻)ひつじ書房.
政 策研究大学 院大学・国際 交流基金日 本語国際セ ンター・国 立国語研究所(2002~2004)
『日本語教 育指導者養成プログラム 論集』 創 刊号~第 3 号 政策 研究 大学院大学.
― ――(2005~2007)『日 本言語文化 研究会論集』 創刊号~第 3 号 政策 研究大学院大 学.
http://www3.grips.ac.jp/~jlc/katsudo.htm (2008 年 7 月 30 日参照)
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「国際交 流基金バンコ ク日本文化 センターによ るタイ人日本語教師の ため
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http://www.jpf.go.jp/j/japanese/survey/bulletin/04/pdf/11.pdf(2008 年 7 月 30 日
参照)
横 溝紳一郎(2000)『日本 語教師のため のアクショ ン・リサー チ』凡人社.
連絡先
〒330-0075
埼玉県さい たま市浦和区 北浦和 5-6-36 国際交流 基金日本語 国際センタ ー
[email protected]
137
母語話者・非母語話者教師の協調実現に向けた教師養成の課題
-アジアにおいて「 日本語母語話者性」 が意味するもの-
平 畑奈美(東京大学)
1 .はじめ に
2005 年の文化庁 の調査による と,日本国内の
海外
国内
非母語話
日 本語教師数は 30,084 人 である.また,2006
ボランティ
者教師,
ア教師,
年 の国際交流 基金の調査によると,日 本国外(海
31,645人
15,202人
外 )で活動する 日本語教師 数は 44,321 人である.
国内
そ れぞれの調 査結果に示された内訳 から,全世
非常勤教
界 の日本語教 師 74,405 人 は図1のよ うに分類
師,
10,874人
す ることがで きる.過半 数を占める のは海外で
海外・
活 動する教師 である.また,国内で 活動する日
国内
母語話者
専任教師,
本 語教師が, 仮にすべて母語話者だ とすると,
教師,
4,008人
12,
676人
母 語話者教師 全体の約3割が海外で 活動してい
る ことになる .海外での日本語教育 ,また海外
で 活動する日 本語教師の, 日本語教育に占める
図1 世界 の日 本語教師の内 訳
領 域と役割の 大きさが感じられる数 字である.
海 外で活動す る日本語教師 の中では,日本語母語 話者教師の占 める比率は 29%であ る.
3 人に1人弱 が母語話者 教師という数 字は,例え ば世界言語 と言われる英語と比較し た場
合 ,いかに大 きいか実感で きるだろう .海外の日 本語教育は ,それぞれの地の非母語 話者
教 師と,母語 話者教師の, 双方によっ て支えられ ているので ある.
そ うした海 外の日本語 教育の状況を 考える時, 有能な母語 話者日本語教師の育成の 重要
性 は,おのず と明らかで ある.では, 世界最大の 「母語話者 日本語教師輩出国」であ る日
本 は,母語話 者日本語教師 の育成を, どのように 行っている のだろうか.
本 研究は, こうした疑問 を出発点と し,今後の 教師養成の指 針について一つの提案 を試
み ることを狙 いとして,日 本の母語話 者日本語教 師養成の現 状分析と考察を行う.
2.日本語教師教育の現状と先行研究
(財)日 本 語教 育 振 興 協会 の 定 め た 「日本 語 教 員 の 資 格取 得 の 基 準 」は , (1)大 学で主
専 攻あるいは 副専攻の日本 語教育科目を履修・卒 業, (2)日本 語教育能力検定試験合 格,
(3)日本語教 師養成講座 420 時間以上 の教育を修了,で ある.海外の日本語教育機関に おい
て も,これら の資格のう ちいずれかを 採用の条件 として求め るところは少なくない. 日本
語 教育能力検 定試験には定 められた出 題範囲があ り,日本語 教師養成機関 の 420 時間の教
育 は,普通 その出題範 囲に沿う形で 進められる.だが,この出題範 囲は,言 語学,心理 学,
社 会学の領域 にまたがって 極めて広く ,限られた時間内に消 化することは容易ではな い.
実 際に,この 出題範囲を定 めた文化庁 ・日本語教 員の養成に 関する調査研究協力者会 議報
告 書にも,こ のすべてを「網羅 的に行 うことを前 提とするも のではない」と明記され てい
る .従って, 日本語教師養 成を行う高 等教育機関においては ,特定領域の専門性を深 める
こ とを優先し ,これらの出 題範囲を網 羅する知識 の獲得は,要 求しない場合もある.
そ の根拠の一 つとなってい るのは,日本の日本語 教育界にお いて近年叫 ばれている「教
師 トレーニン グから教師の 成長へのパ ラダイムシ フト」であ ろう.教育の向上のため に,
教 師に知識を 伝授し,定ま ったトレー ニングを行 う従来の考え 方が,学習 の多様化の中 で,
教 師に「内省 」や「教師の 協働」を通して自立し た成長を問 うという 発想へ変化した とい
う ものである .こうした言 説は,日 本語教育学か らではなく , 1980 年代にアメリカ教育
学 において始 まり,それが 日本の学校 教師教育に 取り入れら れ,その後,岡 崎・岡崎(1990),
迫 田(2000), 横溝(2005),池田(2007)ら,数多く の研究報告 によって, 繰り返し日本 語教
138
育 界に紹介さ れ,同じく アメリカ教育 学から輸入 された,コ ミュニケーション重視, 学習
者 中心の考え 方とともに, 新たな日本 語教師養成の可能性を 開くものとして推奨され てき
た .だ が,これらの研 究において,
「日本語教師」と単純に総称され ている人々が,図1の
視 点に立った 場合,一体 誰をさすのか について, 具体的な定 義は通常なされていない .論
文 の表題に「 日本語教師」 という一語 を置く場合 ,それは日 本国内で活動する(おそ らく
は 母語話者の )職業的日本 語教師を指 し,そうで ない場合に 限って,特定 の国名や地域名,
あ るいは「非母語話者」
「 ボ ランティア 」などという語を付加す ることが通 例となってい る.
こ の傾向を見 る限りにお いては,日本 における「 日本語教師 」の養成は,日本国内で 活動
し ,かつ,職 業的教師とし て教育活動 に専念でき る環境で, 同じ目的と意見交換可能 な言
語 を共有する 同僚との協働 を行う,一 部の教師を念頭に置い て進められているのでは ない
か という疑問 が生じる.も ちろん,教 える仕事に 関する理論 という点で,こうした知 見の
中 には普遍的 なものも多い.しかし,特 に海外で活 動する母語 話者日本語教師について は,
学 校教師養成 の理論を,そ のまま当て はめること には躊躇す べきであろう.日本の基 準の
及 ばぬ海外で ,
「 外国人・外来者 」という立場で現地の教 育機関に参加 する教師は ,
「 協働」
を 目指す以前 に,その教育 機関のメン バーとの精 神的な「協 調」を実現する必要があ る.
そ のためには ,まず,その 地域におけ る日本と日 本語教育,さ らには教師という職業 の位
置 づけといっ たものを理解 し,現地機 関における メンバーシッ プを得る必要があると 思わ
れ るが,この ような視点か ら日本語教 師の養成を 検討した研 究は見受けられない.
そ こで 平 畑 は,「 海 外 で 活動 す る 日 本 人日 本 語 教師 1 に 望 ま れ る 資 質 は 何か 」 と い う テー
マ で,国内外 24 人の日本 語教育関係 者(非母語 話者日本語教 師 5 名を含む)への聞き 取り
調 査を行い, さらに海外 教育経験を持 つ 172 名の 日本人日本語 教師に対するアンケー ト調
査 を行った( 平畑 2006,2007,2008a).こ れ らの調査から 明らかにな ったのは,海 外で 活動
す る日本人日 本語教師には,
「 人間性」
「教育能力」
「社会的視点」の3つ の資質が望ま れる
と いうこと, その中でも最 も重視され るのは,「人間性」であ るというこ とである.「 海外
で 活動する日 本人日本語教 師の資質」60 項目(表1参照 )の アンケート 調査の結果 では,
1 位から5位 までが「柔軟 性」「現地文化・価値観の理解」「生活適応能力」「自己教育力」
「 コミュニケ ーション力」 で,現地を 知り,それ にあわせて 自らを変えていく力が, 最も
高 く評価され ている. また,アジア圏 の代表的な非母語話者 日本語教育 者 5 名に対す るイ
ン タビュー調 査からは,現 地の非母語 話者教師が 母語話者教 師に対して抱く断絶感が ある
こ と,その背 景として,「 日本語母語 話者性」,す なわち日本 語使用者に 対する絶対的 な優
表 1 日 本 語 教 師 の資 質 3カテゴリーとその下 位 項 目 (平 畑 2006 より.下 位 項 目 配 列 は評 価 点 の高 さによる)
人 柔 軟 性 /現 地 文 化 ・価 値 観 の理 解 /生 活 適 応 能 力 /コミュニケーション力 /前 向 きさ/誠 実 さ/社 会 人 の常
間 識 /熱 心 さ/謙 虚 さ/おおらかさ/ネットワーク形 成 /伝 達 力 /感 受 性 /人 間 関 係 調 整 力 /率 直 さ/公 平 なつ
性 きあい/自 己 分 析 力 /人 間 愛 /意 見 交 換 への積 極 性 /教 師 としての魅 力
教 自 己 教 育 力 /教 授 法 改 変 力 /学 習 者 の学 びの重 視 /動 機 づけ/学 習 者 との交 流 /現 地 学 習 者 理 解 /提
育 示 ・説 明 ・練 習 技 術 /日 本 語 力 /個 別 技 能 別 の評 価 ・指 導 力 /多 様 な能 力 ・特 技 /教 室 運 営 力 /現 地 の
能 実 情 にあった日 本 語 指 導 /厳 しい生 徒 指 導 /日 本 事 情 知 識 /社 会 文 化 能 力 伝 達 /日 本 語 使 用 機 会 設
力
定 /外 国 語 (現 地 語 )能 力 /海 外 事 例 知 識 /経 験 /専 門 性 /
社
会
的
視
点
国 際 人 としての良 識 /客 観 性 /現 地 での日 本 語 教 育 の意 義 づけ/業 務 改 善 への積 極 的 姿 勢 /日 本 を相
対 化 して説 明 できる/現 地 国 家 の政 策 等 の理 解 /現 地 の利 益 を重 視 する姿 勢 /自 己 のポジショニング/
適 切 に厳 しい生 徒 指 導 /教 育 理 念 を持 つ/相 互 交 流 ・相 互 理 解 への配 慮 /外 来 者 としての立 場 の自 覚
/日 本 人 として の自 覚 /業 務 の長 期 的 把 握 と展 望 /国 際 情 勢 理 解 /学 外 環 境 へ の働 きかけ /日 本 語 教
育 現 地 化 推 進 /世 界 の苦 境 ・貧 困 への共 感 /日 本 への貢 献 /アドミニストレーション力 /海 外 日 本 語 教 育
への批 判 的 姿 勢
位 を表す性質 と,
「日本人性」,すな わち,複雑な歴 史や経済格 差に起因する,
「 他者」とし
て の性質から 来る距離感が考えられ ることが判明 した(平畑 2008a).加 えて,平畑(2008b)
は ,東・東 南 アジアの若手 日本語教師を中心とす る,非母語 話者教師 12 名に対するイ ンタ
ビ ュー調査の 結果からも,
「現地 の日本人日 本語教師は 専門性が低く ,質問をしても答 えら
1
「 日 本 語 母 語 話 者 教 師 」「 日 本 人 教 師 」 に つ い て , 研 究 に よ っ て 用 語 の 混 乱 が 見 ら れ る が , 本 稿 で は
前者を用い,引用時には原文を用いた.
139
れ ない」
「近くに いても質問 しづらい」など,母語話者の 存在が,自分た ちのサポート とは
な っていない ことへの不満 が多く表れ たことに触 れている.
3.日本語非母語話者教師・母語話者教師の協調への課題
3.1 問題提起
平畑の一 連の調査か らは,アジアの日本語母語話者 教師と,非母語話者教師の間に は意
識 的なギャッ プがあり,
「教 師の協働」が容易ではない こと,だからこ そ,そこへ赴く 母語
話 者教師には ,柔軟に現地 を受け入れ るための「 人間性」が 必要であると考えられて いる
こ とが伺える .それは, 平畑(2008a)が指摘したよ うに,「絶対的正当性」を表す「母 語話
者 性」と,それが他者性として 確定した「日本 人性」,それの みに還元さ れるものであ ろう
か .協働の障 害としては, 他にも様々 な要因が考 えられる. 両者の共通言語となる言 語の
能 力の欠如も 原因となる だろう.ある いは,両者 の職業意識 や生活のコンディション が大
き く異なる場 合,教育活 動に費やせ る経済 的・時 間的余裕も異 なってくるだろう.こ れら
は ,母国にお いて学校教 育を行う教師には通常生 じない問題 である.
田 中(2002)は,タイに おける日本 語教育での「日本人教師の燃焼的な 気負い」の 存在
を 指摘し,
「日本人 教師が熱意を もってやれ ばやるほど タイ人教師側 との意識の 齟齬」が生
じ ると述べて いる.また ,佐久間(2006)も「ベテ ランで熱心な 日本人の先生」に対す る現
地 の否定的な コメントに触 れ,
「表面 化することが 少ない(同:50)」こうした問題に注 意を
促 している.ここ では,この母語話 者教師の,
「熱 意」が 惹起するも のについて ,新たに実
施 したインタ ビュー調査か らの示唆を踏まえ,考 察を進めた い.
3.2 インタビュー調査から
調 査は平畑 (2007)の研究 を発展させ る形で,海 外で活動す る日本人・非日本人日本 語教
師 を対象に, 日本人教師に 望むものを 問うという形で行った .新たな調査対象者は, 現地
の 日本語教育 を代表する立 場にある, 経験の長い 非日本人教 師3名(ハンガリー1名 ,キ
ル ギス1名, アメリカ1名 :以下 NNT1-3),およ び海外での長 い活動経験を持つ日本 人教
師 6名(以下 NT1-6)である.そ の結果, NNT1 と NNT2 から, 田中に類する指摘が生じ た.
NNT1 は,現地に来 る日本人日本語教師を「何らかの心理的葛 藤を解消するために来た 教師」
「 結婚等によ り定住し社会 参加を望む 教師」「公 的機関から の派遣教師」 の3種類に 分け,
そ れぞれの強 い熱意と使命 感により, 現地日本語 教育が利益 を受ける反面,それが強 すぎ
る 場合は負担 ともなること について述べている.NNT2 は,現 地の日 本人教師の ,指 導 と修
正 に対する熱 意が,時に 圧迫的に感じ られること に触れ,
「日 本にいる日 本人と,自分 の国
に いる日本人 は違う.日 本にいる日本 人は,日本 にいる私に 対して,そんなことをし ない」
と 述べている .こうした日 本人教師の 過剰な熱意 と干渉の弊害 について,NNT3,およ び北
米・欧 州・豪 州を活動拠 点とする NT1-6 からの指 摘は見られな かった.一 方,北 米・欧 州 ・
豪 州のインフ ォーマントか らは,NNT1,NNT2 からは述べ られなかった,高 い現地語能力と,
現 地の教授法 理解の必要 性が指摘され た.高い現 地語能力が ない日本語母語話者教師 は,
現 地でそもそ も教育活動に 携わること が認められ ないという 意見である.なお,平畑(2006)
の 行った,19 名の日本人 インフォー マントに対す る調査にお いても,「熱 意」の弊害 に関
す る記述が見 られる.
「 がん ばることが 回りの人に どう伝わる かということを振り返っ てみ
る ことはなか なかできな い」
「自 分だけがが んばる人で はなくて,点を線 で結ぶという 発想
が できる人が 欲しいです」 といった指 摘である.
本 調査は現在 も続行中であ り,この 結果をもって一般化する ことはでき ないが,こ こか
ら いくつかの 仮説を立てる ことは可能 であろう.
3.3 考察
NNT1 が指摘し たように,海外で 活動する母 語話者日本 語教師には,単なる職位では 括れ
な い多様な立 場がある.今 回,複数国 での日本語 教育経験を持 つ NT1 が「 教師間の立 場の
差 」を埋める ことの困難に ついて言及 している. 立場の差, それは生活面での「格差 」を
140
含 み得るが, それは母語 話者教師と非 母語話者教 師の間にの み存在するものではなく ,母
語 話者教師間 でも,その勤 務形態の違 いによって生じ,また ,日本人である母語話者 教師
と ,その国の 国民一般との 間にも生じ るという.
井 上(2000)に よれば,言語 は市場価値 ,すなわち「値段」をもつ.言 語の市場価値 を表
す 指標はいく つかあるが, いずれにお いても,日 本語の市場 価値は,国際社会の中で 低く
は ない.特に言語別の国民総生 産では,日本の経 済が好調だっ た 1989 年 の調査で世 界第二
位 だったとさ れる.日本 語を教えるこ とは,現地 の状況によ っては,ある種のエンパ ワメ
ン ト,いわば 「人助け」と なる場合も あるという ことになる.
こ う し た 文 脈 の 中 で , 多 く の 母 語 話 者 日 本 語 教 師 が , 田 中 (2002)が 指 摘 し た よ う に ,
「 日々研鑽に 励み,現地の 日本語教育のために汗 を流(同:214)」し,そ の真摯な努力 が,
現 地の人々に 感銘を与えた 事例につい て,見聞す る機会は無 数にある.一方で,その よう
な 熱意が,現 地の非母語 話者教師にど う受け止め られるかに ついては配慮も必要だろ う.
南 米で活動し た日 本人日 本語教師が,日本人日本語教師 について,
「生徒たちとは仲良 くで
き ても,そばにいる 他の人とは 親しくなれな い人もいま した」と指摘している(平 畑 2006).
日 本語の価値 が高く,日本 語母語話者 性が魅力と なる地域に おいて,母語話者性は, 学習
者 を引きつけ ,母語話者 教師に自信や 責任感,自 己効力感を 与え,職務に邁進させる ので
は ないだろう か.しかも,母語話者教 師の相当数は,現地に一定期間しか滞在しない ため,
限 られた時間 の中で,自己 の力を燃焼させること に集中する ことができる.
現 地の非母語 話者教師,母語話者教師 の役割分担 は様々であ る.教育 活動が母語 話者教
師 に一任され ている場合や ,非母語話 者教師が, 学習者と同 様に母語話者の優位性に 従う
場 合には,少 なくとも母語 話者教師の 「熱意」に よる葛藤は ,表面的には生じにくい だろ
う .だが,非 母語話者教師 が現地の教 育体制のマ ジョリティ として独立した立場を取 る場
合 ,協調の実 現のために は,母語話者 教師が自身 のアドバン テージを再考する必要が ある
と 思われる. このアドバン テージとは ,日本語運 用における 正当性を示す母語話者性 以外
に ,日 本語学習の ための時間が不要である 点,学習者の支 持,
「 勤勉さ」の保持,また現地
の 社会規範や 人間関係から の自由,各 種の義務や 強制力から 独立していられることな ど,
様 々なものが 考えられる. こうした状 況について,日本語の 市場価値が,現地語と比 して
相 対的に高く はない北米・ 欧州・豪州 においては,日本語母 語話者性の持つ価値もそ れに
連 動すること などから,母 語話者教師 と非母語話 者教師との 関係が,アジア・東欧と は異
な るのではな いかと推測 される.
村 岡(1999)は ,教師は同 僚や先輩教 師との日常的な会話など から,豊 富に共有さ れた場
面 と文脈を持 つ様々な教授 知識を獲得 するとして いる.海外 の地域において,現 地語がで
き ない母語話 者教師は,日 本語のでき ない教師か らの情報が 入らず,また日本語ので きる
教 師からも, ある程度限 定された情報 しか得られ ないため, 現地での適切な教育活動 に必
要 な情報を得 るのが難しく ,日本国内 でのような協働,内省 のサイクルの実行が容易 では
な い.その中 で母語話者 教師の強い使 命感と熱意 が拡大を続 けた時,非母語話者・母 語話
者 教師の間に ,協働は言う に及ばず, 協調関係す ら築くこと が難しくなるのではない か.
4.日本語教師養成への提言
母 語話者性が 価値を持つこ と,母語 話者教師が 強い熱意を持 つことが是 か非かは ,個々
の 事例によっ て異なり,決 して一般解 として定め られるもの ではない.重要なのは, 海外
に おいては,
「自 立した成長 」や「 協働」が,教師の 立場が均質 で安定して いる国内より も,
困 難であると いうことを, 教師教育者 が理解し, 伝えていく ことである.国立国語研 究所
(2002)の報告 では,日本 語教育実習の 指導者の日 本語教育観や 教師像は,実習受講者 に強
い 影響を与え るとされる. 日本語教師 教育を行う 者は,国内 で職業的に日本語を教え る者
の みを,「日本語教師」と して認識す る姿勢から ,脱する必要 があるだろ う.
海外で日本語母語話者教師の持つ母語話者性は,現地教師との断絶の原因ともなるが,
海 外で母語話 者教師が必要 とされるの は,その母 語話者性故 である.母語話者教師が ,母
語 話者として 求められる日 本語につい ての知識を 持つこと, 外国語,特に任国の言語 を学
141
び ,その社会 的背景につ いても理解を 深めること,そして, 国内での日本語教育の通 説を
見 直し,立場 の違う人たち の心情に配 慮すること などが,現 地における「協調」を実 現す
る ために必要 であろう.現 在,国内に おいて日本 語教師教育 を行う大学院ですら,受 験者
の 外国語能力 を問わない ところもある が,少なく とも母語話者 教師は,直接法で外国 語学
習 をする経験 ,日本語以 外の言語を教 えてみる経 験を必須と すべきではないか.
と は い え , 海 外 で 活 動 す る 日 本 語 教 師 の す べ て が, 日 本 で 養 成 を 受 け る と も 限 ら な い .
日 本語教育が 行われてい るとされる, 海外 133 の国・地域の言 語や状況のすべてを, 養成
段 階で学習す ることは不可 能であるし ,また日本 語教師の待 遇を考えた場合,経済的 負担
の 極度に高い 教育実習を, 教師志望者に強いるこ とも難しい (岡本 2005).訪れる日 本語
母 語話者教師 に協調を求め ,その成長 を促すこと が現実に可 能なのは,その教師を受 け入
れ る,現 地の 教育機関と, そこで働く 現地の教師たちであり ,彼らが母語話者教師を 「育
成 」する視点 を持つこと も,今後重要ではないだ ろうか.
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平 畑奈美(2006)「海外で活 動する日本 人日本語教 師に望まれ る資質―グラウンデッド ・セ
オ リーと因子 分析による構 造化―」早 稲田大学大学院日本語教 育研究科修士論文.
(2007)「海外で活 動する日本 人日本語教 師に望まれ る資質-グラウンデッド ・セ
オ リーによる 分析から-」『早稲田大学 日本語教育 研究』第 10 号 pp.31-44.
(2008a) 「アジ アにおける日 本語母語話 者教師の新た な役割-母語話者性と 日本
人 性の視点か ら-」
『国 際交流基金 日本語教育 論集 世界の 日本語教育』第 18 号 pp.1-19.
(2008b)「非母語 話者日本語 教師の抱える 教育上の課 題とニーズ の質的分析」『海
外 の非母語話 者日本語教師 に特化した 教育支援環境の調査と研 究(平成 18~19 年 度科
学 研究費補助 金報告書・CD-ROM 形式出版物)』(株)WI T.
村 岡英裕(1999)『日本語 教師の方法論』凡人社.
横 溝紳一郎(2005)「教師の 自己成長」 川口義一・ 横溝紳一郎『 成長する教師のための 日本
語 教育ガイド ブック』ひつ じ書房.
連絡先
〒113-8656 東京 都文京区本 郷 7-3-1 東京大学 大学院工学系 研究科日本 語教室
[email protected]
142
タイ人教師による日本語音声教育の現状調査
Yupaka Siriphonphaiboon
(Kasetsart University/政策研究大学院大 学)
磯村一弘(国際交 流基金日本語国際セン ター)
Pakatip Skulkru(Thammasat University)
1.はじめに
近 年,日本語 教育におい てはコミュ ニケーション 能力の育成 が重要視さ れるようにな り,
音 声の果たす 役割に焦点が 当てられる ようになっ ている( 戸田 2004).し かし,実際 の日
本 語教育現場 で日本語音 声がどのよう に教えられ ているかとい った現状については, これ
ま で十分な調 査が行われ てきていなか った.音声 教育に関す る調査としては,日本国 内で
日 本語を教え る日本人教 師 158 人を対 象とした谷 口(1991)の 調査があり,またタイ にお
け る音声教育 の現状を調べ たものとし ては,日本人 教師 12 人にインタビュ ー調査を行 った
小 河原・河野 (2002)があ るが,海外 の日本語音 声教育,中 でも非母語話者教師によ る日
本 語音声教育 については,磯村(2001)のアクセ ントに関す る調査を除 くと,その数 は少
な く,その実 態は十分に把 握されてい るとは言い 難い.しか し,世界の日本語教育の 大部
分 が海外で非 母語話者教師 によって行われている (国際交流 基金 2005) ことを考え ると,
海 外で非母語 話者教師によ って行われ る日本語音 声教育の現 状を把握することは,き わめ
て 必要性が高 いと思われ る.
本 研究では ,非母語話 者教師による 海外の日本 語音声教育現 状調査の一環として, タイ
に おけるタイ 人教師によ る日本語音声 教育の現状 を報告する .タイ人教師による日本 語音
声 教育におい ては,何がど の程度,ど のような方 法で教えら れているの か,またタイ人教
師 が日本語音 声教育につ いてどのよう に考えてい るのかを明ら かにする.
2.研究方法
2.1 アンケ ートの調査 票
調 査内容は,谷口(1991),磯村( 2000),小河 原・河野( 2002)を参考にし,
1)教師の属性(性別,年 齢,所属機 関,日本語学 習歴,日本 語教授歴, 日本留学経 験)
2)音声学の学習経験
3)音声指導の実施形態
4)日本語音 声や音声指導 に関するビ リーフ,意識
5)自分が指導している音 声項目
6)音声指導において行っ ている具体 的な活動
7)音声指導における困難 点,教材開 発などの 希望 ・要望(自 由記述)
の 7 つの領域 についての質 問を設けた .
2.2 調査協 力者
アンケート 回答者は,日 本語教育が 行われてい る教育機関 である中学・ 高校,大学 ,日
本 語学校など で日本語を教えているタ イ人教師 143 名であっ た.調査は,2007 年 3 月 にバ
ン コクで行わ れた日本語 教育セミナー ,教師会セ ミナーで直 接アンケートを配布し, 回収
し た.調 査協力者の 属性は以下の通りであ る.なお,パーセンテージは,回答不明なものを
除いた上での計算である.
143
①
②
性別:
年齢:
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
所属機関:
日本語学習歴:
日本語教授歴:
日本留学経験:
日本留学期間:
日本語音声学
の 受講経験:
女性 82%,男 性 18%
20-29 歳=17%,30-39 歳=28%,40-49 歳=37%,50-59 歳=14%,
60-69 歳=4%
中 学・高 校=32%, 大学=47%,日本語学校=21%
1 年未満=7% ,1~3 年=15%,4~7 年=43%,8 年以 上=35%
3 年未満=21%,3~10 年=46%,11~20 年=22%,21 年以上=11%
あり=70%,なし= 30%
1 年未満=13% ,1~2 年=22%,3~4 年=31%,5 年以 上=34%
「音声学の授業を受けた」=68%,
「自分で本を読んで勉強した」=8%,
「勉強し たことはな い」=24%
3.結果
3.1 タイに おける日本語 音声教育の 現状
3.1.1 音声指導 の頻度,実 施形態
初 めに,タ イの日本語 教師がどのぐ らいの頻度 で,どのよ うな形態で日本語音声を 教え
ているかを調べた.その結果,何らかの形で日本語音声を教えていると答えた教師は約
67%,全然教 えていないと答えた教 師は約 33%で あった.そ の形態とし ては,「他の 授業
で 気が付いた ときに時々教 えている」と答えた教 師が約 62% で最も多く ,これ に対し て,
「 他の授業の 中で時間を決 めて定期的 に発音を教 えている」と 答え た教師は,約 23%,ま
た,「日本語音声の授業を 担当してい る」と答え た教師は,約 15% であった.
3.1.2 音声指導の項目
次 に,日本語音声の具体的な 25 の項目を 挙げ,これについ て教師が教 えているかど うか
「ザ行の子音の発音 のしかた」
「"つ"の子音の発 音のしかた」
「 撥音
を 質問した.その 結果,
"ん"の発音の しかた」
「促 音"っ"の発 音のしかた」と言った,タ イ人が苦 手とされて いる単
音 や特殊拍に ついては, それぞれ 70%以上 の教師が「教えている」 と回答した .
こ れに比べ て,アクセ ントやイント ネーション 等の韻律の指 導は,教えている教師 が少
な い傾向が見 られた.単語 ごとのアク セントの違 いについて は説明を行っている教師 は約
半 数であった が,活用形, 複合語,数 字・助数詞のアクセン トに関しては,説明を行 って
い る教師が 3 割から 4 割程 度と更に少 なくなって いる.また ,イントネーションやプ ロミ
ネ ンス,ポー ズと言った更 に大きな韻 律の単位に ついては, 文末イントネーションが 半数
程 度であった のみで,他は 約 3 割にと どまった.
3.1.3 音声指導 の具体的な 活動
音 声指導を 実施してい る教師が実際 にどんな指 導法,教室 活動を行っているかを調 べる
た めに,音声指導の活動として考えられる 方法の例を 20 挙げ,これらについて教師が 行っ
て いるかどう かを質問した.その結果,
「発音を教 えるときは ,学生に発 音を何回もリ ピー
ト させている 」と答 えた教師が 約 83% ,
「テ ープや CD の 音声を聞か せて,発 音を教え てい
る 」と答えた教師が約 79%になって おり,繰り返 しの模倣練 習,あるいはテープや CD を
使 った聞き取 り練習が主な 活動である ことが分か った.これ に比べると,例えばミニ マル
ペ アを使って 練習したり,声道断面図 を 使って説 明したり,学 習者の発音を録音した りし
な がら教えて いる教師はき わめて少 なかった.
144
3.2 音声教 育に関するタ イ人教師の 意識,抱える問題点
3.2.1 日本語音 声,音声指 導に関する 教師の意識
タイ人教師 は,日本語 音声やその指 導について どのような意識や態度を 持っている かを
調 べるために ,発音習得・ 指導への動 機,学習・ 指導の困難 ,指導の重要性,指導に 対す
る 自信,教師 の条件,役割 分担などに 関する 30 項 目の質問項 目を作成し,
「強くそう 思う」
~ 「全然そう 思わない」 の 5 段階評定 で回答を求 めた.
分析に当た って,30 か らなる調査 項目を Ⅰ[発 音・発音指 導の重要性],Ⅱ[発音習 得・
指 導 へ の動 機 ], Ⅲ[学 習 ・ 指 導 の 困 難], Ⅳ[発 音 指 導 の 知 識 , 自 信 ], Ⅴ[指 導 の 時 期 ],
Ⅵ[日本人教 師との役割分 担],Ⅶ[指 導法に関する ビリーフ],Ⅷ[そ の他 の意見]の 8 つの
領 域に分けた .そして,5 段階の評定 値をそれぞ れ,「強くそ う思う」を 2 点,「やや そう
思 う」を 1 点,「どち らとも言え ない」を 0 点,「あ まりそう思 わない」を -1 点,「全然そ
う 思わない」を -2 点とし て集計し,平 均値 を算出した.表 1 で それぞれの平均値と標 準偏
差 を示す.な お,各カテ ゴリー内 の項 目は平均点 の降順で並べ てある.
表1
意識調査の 結果
平均点
標準偏差
発 音 が上 手 でないと,日 本 語 を使 う場 面 で損 をすることがある
意 味 が通 じていれば,発 音 は悪 くてもいい
アクセントの正 確 さは,母 音 や子 音の正 確 さほど重 要 ではない
「発 音 」は日 本 語 のカリキュラムのなかで,必 修 にするべきだ
授業で発音を直していると,コミュニカティブな教室活動ができない
発 音 よりも文 法 を教 えることの方 が大 切 だ
発 音 を教 える時 間 があったら,他 のことを教 えたい
発 音 を教 えるのは,文 法 をある程 度 身 につけた後 でいい
発 音 は,教 師 が教 えなくても,自 然 に上 手 になる
日 本 語 の発 音 を教 えることは,大 切 ではない
0.46
-0.19
-0.77
0.78
-0.04
-0.06
-0.32
-0.66
-0.83
-1.42
1.05
1.21
1.00
1.00
1.10
1.14
1.11
1.16
1.03
0.70
自 分 はできるだけ日 本 人 と同 じような発 音 で日 本 語 を話したい
自 分 は学 生 に発 音 を教 えたい
1.72
0.66
0.51
1.10
日 本 語 をきれいに発 音することは難 しい
日 本 語 には外 国 人 が練 習 しても発 音 できない音 がある
発音を教えるのは,正確で自然な発音ができる人でなければならない
音 声 学 の訓 練 を受 けた人 でないと,発 音 を教 えるのは難 しい
ノンネイティブの外国 人教 師が日 本語の発 音を教えることは難しい
0.26
0.02
1.26
0.99
-0.31
1.24
1.26
0.85
0.96
1.19
日 本 語 の発 音 をどう教 えたらいいか,わからない
自分はこれまで日本語の発音について,あまり教えてもらわなかった
自 分 には日 本 語 の発 音 を教 えるための知 識 や能 力 が足 りない
自 分 の日 本 語 の発 音に,自 信 がない
0.19
0.00
-0.06
0.36
1.15
1.38
1.08
1.15
発 音 はできるだけ早 い時 期 から教 えるべきだ
学 習 初 期 で誤 った発 音 を許 すと,後 から直 すのが難 しくなる
1.62
1.42
0.68
0.83
発 音 を教 えるときには,日 本 人 教 師の協 力 が必 要 だ
発 音 を教 えるのは,日 本 人 教 師 の仕 事 だ
1.19
-0.45
0.93
1.19
発 音 指 導 においては,何 回 もくり返 し発 音 させることが大 切 だ
学 生 が誤 った発 音 をした場 合 には,その場 ですぐ直 した方 がいい
1.15
0.93
0.84
1.03
教 師 はできるだけ正 しい発 音 で話 す努 力 をするべきだ
発 音 をきちんと教 えない教 師 は,よくない教 師 だ
発 音 を教 えると,学 生 は嫌 がる
1.49
-0.25
-0.91
0.63
1.07
0.92
カテゴリー
Ⅰ
発音の
重要性
発音指導
の重要性
Ⅱ
習得動機
指導動機
Ⅲ
学習の
困難
指導の
困難
Ⅳ
知識
自信
Ⅴ
指導の
時期
Ⅵ
役割
分担
Ⅶ
指導法
のビリーフ
Ⅷ
その他 の
意見
145
表 1 にあるように, 重要 性の認識つ いては,タ イ人教師は全 体的に発音 が重要であ ると
考 え,指導す べきだと思っ ていること が分かった.また,動 機づけについても,自然 な日
本 語の発音を 身につけた いと希望し,
「自分 は学生に発 音を教えたい 」と考える前向き な教
師 も少なくな かった.
困 難さにつ いては,タイ 人教師は全 体的に発音 を身に付ける こと,発音を教えるこ とが
難 しいと考え ていることが 分かった. しかし,非 母語教師に よる音声教育の可能性に 肯定
的 であったこ とから,タ イ人教師 でも 発音指導が できると認識している教師が少なく ない
と 言えるだろ う.
知識,自信につ いては,
「 日本語の発音を どう教えたらいいか,わか らない」,
「自分の日
本 語の発音に ,自信がな い」に対して ,賛成意見 が示された.タイ人教師は自分の発 音に
自 信が持てず ,適切な発音 の指導法も 分からない という問題を 抱えていると言える.
発音指導の 時期につい ては,発音指 導はなるべ く早期に行 ったほうがい いと,多く の教
師 が認識して いた.
日本人教師 との役割分 担については ,
「発 音を教えるときには,日本人教 師の協力が 必要
だ 」に賛成する傾 向が示されたが,
「発音を 教えるのは ,日 本人教師の 仕事だ」に対し ては
否 定的であっ た.このこ とから,タイ 人教師の多 くは,発音 指導を日本人教師のみに 任せ
る のではなく ,日本人の協 力を得なが らその役割 を担うべき と考えていると見られる .
指 導法につ いては,「 学 生が誤った 発音をした 場合には ,そ の場ですぐ 直した方が いい」
に 対して,賛 成する傾向が 見られた. 間違いに対 するこのよ うな姿勢は,上記の「 学 習初
期 で誤った発 音を許すと,後から直すの が難しくなる 」と関係してい るだろう.ま た,
「発
音 指導におい ては,何回も くり返し発 音させるこ とが大切だ」に対しても肯 定的であっ た.
3.1.3 で述べ たように,発 音の指導法 として,リ ピートがもっ とも行われているのは ,こ
の ビリーフが 反映されて いると言え るだろう.
そ の他の意 見として,
「 教師はできる だけ正しい 発音で話す 努力をする べきだ 」に対して,
多 数の教師が 賛成であっ た.これは上 に述べた, 重要性の認 識,および動機付けとも 関連
し ていると言 える.その他 ,タイ人教 師は「発音 を教えると ,学生は嫌がる」には否 定的
で あり,発音に対するニーズが 現場にもあ ることを認識 している一 方で,
「 発音をきち んと
教 えない教師 は ,よくな い教師だ」に ついても, 反対する意見が見られた.上述した よう
に 多くのタイ 人教師は,発 音指導を行 うには,で きるだけ自 然な発音ができ,音声学 の訓
練 を受ける必 要があると認 識している .このため,教師の多 くは,十分に発音指導を 行え
な いとしても ,ある程度や むを得ない と考えてい ることがう かがえる.
3.2.2 音声 指導における 困難点,教 材開発など の希望・要望 に関する自 由記述
音 声指導にお ける困難点,教材開発な どの希望・ 要望(自由 記述)の質 問に対して ,ア
ン ケートの回 答者のうち 約 4 割の教師 が様々な意 見を寄せて いる.それらの意見か ら ,教
師 が抱える問 題として以下 のようにま とめること ができる.
第一に,自 分自身の発音 に対する自 信の不足で ある.具体的 には,
「 教師 が自分自身の発
音 に自信がな い.それで教える自信 もない」,「教 えている自分 自身の発音が正しいか どう
か ,自信がな い」,「自分が 正しく発音 しているか どうか分か らない」,「教 師はネイテ ィブ
の ような正し い発音がで きない 」など の記述があ った.教師 自身が認識している発音 上の
問 題点として は,タイ人に とって定番 の問題であ る「つ」・「 す」があげられたが,ア クセ
ン トに関する 問題も多く言及された .例えば,
「アクセントは あまりでき ない.自分が どの
よ うにアクセ ントの高低を 発音してい るか分から ない」,「箸 ,橋(「はし」)など高低 が違
う と意味が違 ってくるアク セントが難 しい」,「長 い文だと, どこでアクセントをつけ て発
音 すればいい か分からな い」などで あった.
第二に,発 音を教える ことに関して 指導法上の 困難や知識 不足を感じて いるという 問題
で ある.具体 的な記述と して,
「 発音 指導は非常に 難しい」,
「 適切な指導 法が分から ない」,
「 教える側は まだ発音につ いて正し い知識を持っ ていない 」,「 タイ人教師は間違った まま
教 わった,あ るいは 間違っ たまま理解 をし,発音 する.学生 に教えてしまった後に日 本人
教 師に言われ て,自信を 失う」などが あげられた.
146
その他の問 題として,ク ラスが大き い,時間が 無い,教材 が不十分,学 習者自身の 問題
( 例:
「 学生は「 す」,
「つ」
「し」,
「ひ」を 混乱する」,
「学生は「 ら」行 を「 た」行に聞 く」)
に 関するコメ ントも見ら れた.
一方,教師 の要望とし ては,音声指 導用教材へ の要望とと もに,教師が 自分の発音 のパ
フ ォーマンス を高めたり指 導法を学ん だりできる ようなセミ ナーや研修会,ワークシ ョッ
プ ,説明会な どの開催へ の要望が目立 っていた.具体的には,テープや CD といった音声教
材 ,映像教材 や音声指導 用テキスト, 発音練習ド リルのほか ,タイ人学習者のための 携帯
用 アクセント 辞典などが挙 げられた.
4.まとめ
以 上の結果 から,タイ で主流となっ ている音声 指導は,「気 づいたときに」「単音や 拍を
中 心に」「何回もリピート させたり,CD を聞かせ たりする」 ものであると 言える.し かし
近 年ではコミ ュニケーショ ンにおける 韻律の重要 性が指摘さ れており,また音声指導 にお
い ては間違え た音をリピ ートさせるだ けではなく,体系的な 音声指導の中で,学習者 に意
識 化や自己モ ニターを促す 指導を行う 必要がある ことが認識 されてきている(松崎・ 河野
1998,磯村 2008:印刷 中,など).この点を考え ると,タイにおける日本 語音声教育に は,
ま だ改善の余 地があると言えるだろう .
ま た,タイ 人教師は発音 が重要であ ると考え, 指導すべき であると認識し,発音指 導に
前 向きな教師 も少なくな い一方で, 教師が 「発音 ができない」,「自信がない」,「知識 が不
十 分」,「指導 法が分から ない」,「発 音指導が難し い」 といっ た問題を感じていること も実
情 である.
以 上のこと から,タイ人 教師が日本 語音声教育を行うため には,日 本語の音声やそ の指
導 法に関する 「知識」と「 自信」が大 きく影響し ていると言 える.ゆえに,タイにお いて
日 本語音声教 育をより広め ていくため には,教師 養成や教師 研修において,音声教育 のた
め の教師教育 を行い,教師 が知識と実 践力を身に つけていく 機会を提供していくこと が有
効 であると考 えられる.
本研究は,文部科学省科学研究費補助金「非母語話者日本語教師による音声指導法確立のための基
礎 研 究 」( 若 手 研 究 B, 課 題 番 号 : 18720137, 研 究 代 表 者 : 磯 村 一 弘 ) の 助 成 を 受 け ま し た .
参考文献
磯村一弘(2001)「海外における日本語アクセント教育の現状」『2001 年度 日本語教育学会秋
季大会予稿集』 pp.211-212.
磯村一弘(2008:印刷中)『国際交流基金日本語教授法シリーズ 2 音声を教える』ひつじ書房.
小河原義朗・河野俊之(2002)
「教師の音声教育感と指導の実際」『日本語教育方法研究会誌』
9:1 pp.2-3.
国際交流基金(2005)『海外の日本語教育の現状-日本語教育機関調査 2003 年』独立行政法人
国際交流基金.
谷口聡人(1991)
「音声教育の現状と問題点-アンケート調査の結果について-」
『シンポジウム
日本語音声教育-韻律の研究と教育をめぐって』凡人社.
戸田貴子(2004)
『コミュニケーションのための日本語発音レッスン』スリーエーネットワーク.
松崎寛・河野俊之(1998)『日本語教師・分野別マスターシリーズ よくわかる音声』アルク.
連絡先
[email protected]
147
バンコクの国立大学の日本語専攻カリキュラム及び評価基準の調査
Patcharaporn Kaewkitsadang(Thammasat University)
Supaporn Srisattarat(Siam University)
1.はじめに
タ イの日本 語教育は,1960 年代以降 大学や成人 対象の政府 関係機関などを中心に発 展し,
国 際交流基金によると,2007 年 現在,日本語を開講する大学の数は ,国・私 立合わせて 75 校
に 上っている.その 75 校 のうち, 日 本語専攻のあ る大学は 24 校ある.
タマサート大学は 1982 年に 日本語専攻 を開設し,2007 年まで 726 人の卒 業生を送り 出し
た.1982 年から 3 度のカリキュ ラム改訂を 経て,現在のカリキュラ ムに至って いる.
本稿では,カ リキュラム の利用者で ある学生お よび教師から の評 価基準 を調査する.バン
コ ク に あ る 日 本 語 専 攻 を 設 置 し て い る国 立 大 学 , チ ュ ラ ロ ン コ ン 大 学 , タ マ サ ー ト大 学 ,
カ セ サ ー ト大 学 ,シ ラ パ コ ン 大 学 の 日 本 語 専 攻 カ リ キ ュ ラ ム 及 び 評 価 基 準 に つ い て の 調 査
を 行い,現状 と調査結果を 基に,より よい日本語 専攻カリキ ュラム開発の一助となる こと
を 目指す.
本 稿は大き く二部に分け られる.第 一部はチュ ラロンコン大 学,タマサート大学, カセ
サ ート大学, シラパコン大 学,四校の 日本語専攻のカリキュ ラムの調査報告,第二部 はア
ン ケート調査 及び関係者へ のインタビ ュー調査を 踏まえて,カ リキュラム実施上の問 題や
受 講者の意見 などをもとに 分析する.この四校を 調査対象に したのは,1970 年代後半 から
80 年代 初頭にかけ て日本語専攻 を開設した 草分け的な 存在であり,現在の大学におけ る日
本 語専攻カリ キュラムを再考するた めである.
2.調査方法
2.1 チュラ ロンコン大学 ,タマサー ト大学,カ セサート大学 ,シラパコン大学,四 校の
国立大学の 日本語 専攻のカリキュラムを分 析した.
2.2 2007 年 7-8 月に四 校 の日本語専 攻の学生(135 人 1 )を対 象に,アン ケート調査 を行
った.
2.3 2007 年 4-9 月に四校 の国立大学の教員(8 人)を対象にイ ンタビュー調査を行っ た.
3.日本語専攻のカリキュラムの調査結果
四校の国立 大学のカリ キュラムを分 析した結果 を,表 1 及び 表 2 にまと めた.表 1 の日
本 語専攻のカ リキュラムの 構成の専門 科目につい ては,カセサート大学が 105 で一番多 く,
次 いで,タマ サート大学 が 75, チュラロン コン大学が 71,シ ラパコン大 学が 58 となって
い る. 表 2 の 専門科目の内 訳を見てみ ると,それ ぞれに特徴 があるといえよう.チュ ラロ
ン コン大学, タマサート大 学,カセサ ート大学, シラパコン 大学,四校とも,日本語 の四
技 能の科目・日本語言 語学 ・日本文学 ・観光日本 語や通訳な どの専門職を目指すこと を目
的 とした科目(職業日本語)をバラン スよく取り 入れている が,タマサート大学の場 合は,
他 の大学と比 較すると,日 本事情など の日本学に 関する科目 が多い.またカセサート 大学
は ,全体的に 見ると,日本 語四技能の 科目が多く ,一方,シ ラパコン大学は,日本語 学関
連 科目が多い .
表 1: 四校の国立大学のカリ キュラム構 成比較
1
チ ュ ラ ロ ン コ ン 大 学 = 32 名 , タ マ サ ー ト 大 学 = 41 名 ,カ セ サ ー ト 大 学 = 19 名 ,シ ラ パ コ ン 大 学 = 43 名
148
カ リキュラム構成
全 単位
全 学共通教養 科目
学 部の基礎科 目
専 門科目
学 科内必修科 目
学 科内選択科 目
学 科外必須科 目
副 専攻・選択 科目
自 由選択科目
チュ ラロンコン
(2003 年)
147
30
40
71
(47)
(24)
タマ サート
(2004 年)
138
30
カセサート
(1999 年)
138
30
75
(42)
(27)
(6)
24
9
105
(75)
(30)
シラパコン
(2002 年)
140
31
24
58
(27)
(31)
3
22
6
タマ サート
22
カセサート
27
シラパコン
18
4
7
5
5
4
4
2
6
1
8
6
1
6
表 2: 四校の国立大学の専門 科目の比較
専 門科目の類 別
チュ ラロンコン
日 本語運用能 力
19
( 四技能)群
職 業日本語群
5
( 観光 日本 語, 通 訳
等)
日 本語言語学 群
4
日 本文学群
4
日 本学 群(文化 ・ 社
1
会 ,日本事情 等)
4.日本語専攻の学生へのアンケート調査結果
四校の国立 大学の学生を 対象に行ったアンケー ト結果から ,表 3 に まとめたよ うに,
「必
修 科目」,「教 室内活動」,「自分の日本語能力」,「仕事などに 日本語を活 かせる」,「日 本語
学 科から得た ものは期待 通りだった」全ての項目に対して,
「 とてもいい」という評価 を得
た .大学間に 差は見られ なかった(F-Probe>0.05).
表 3: 四校の国立 大学の学生の評価
項目
必 修科目に対 して
教 室内活動に 対して
自 分の日本語 能力に対して
仕 事などに日 本語を活か せることに 対して
日本語学科から得たものは期待通りだったということ
に 対して
学生 の評価-平均 点 1
8.03
7.76
6.61
7.74
7.67
F-Probe
0.16
0.46
0.33
0.85
0.85
5.日本語専攻のカリキュラムの関係者へのインタビュー調査結果
2007 年 4-9 月に 四校の国立大学の教員( 8 人) を対象にし て行ったイン タビュー結 果を
表 4 にまとめ た.四校とも ,運営シス テム,教案 ・指導法,活 動,教員の評価基準が 似て
1
1.00-2.80
2.81-4.61
4.62-6.42
6.43-8.23
8.24-10.00
全然良くない
あまり良くない
良い
とても良い
一番良い
149
い ることが明 らかになった .学科長及 び副学部長は,教員が カリキュラム通りに授業 を進
め られるよう に,メイン テキスト選択 などに関し て,教員を サポートするが,指導法 や教
案 はその担当 の教員に任せ ている.ど の科目を開 講するかを 決める際,人材など,様 々な
こ とを考慮に 入れて決めて はいるもの の,カリキ ュラムにある が,開講できずにいる 科目
も ある.授業 内容へつな がる活動は, できるだけ多く取り入 れるようにしている.教 員の
評 価について は,教員の間 で評価する という形では なく,それ ぞれの大学の 評価表を使 う.
運営
表 4: 四校の国立 大学のカリキュラム関係 者へのイン タビュー結 果
項目
大学
内容 のまとめ
・ カリキュラ ム通りに授業 が進めら れるようにサ ポート
チ ュラロンコン
・ 教員の研究 をサポート
・ カリキュラ ム通りに授業 が進めら れるようにサ ポート
・ 教員の研究 をサポート
・ 日本語と日本語以外の知識を身に付けさせるようにサポー
タマサート
ト
・ 未習者をサ ポート
・ 人材の問題 により,選択 科目を全 部開講するこ とは難しい
・ カリキュラ ム通りに授 業が進められ るようにサ ポート
カセサート
・ 教員の研究 をサポート
・ 人材の問題 により,選択科目を全部開講する ことはでき ない
・ カリキュラ ム通りに授業 が進めら れるようにサ ポート
シラパコン
・ 教員の研究 をサポート
・ 人材の問題 により,選択 科目をセ ットにせざる を得ない
・ 基本のテキ ストの選択 を検討
チ ュラロンコン ・ ICT の利用を奨励
・ 指導法や教 案はその担当の教員に 任せている
・ メインテキ ストの選択 を検討
・ 未習者と既 習者がある ため,基礎 科目を両方 に合うよう に工
タマサート
夫する
・ 指導法や教 案はその担当の教員に 任せている
・ メインテキ ストの選択 を検討
・ ICT の利用を奨励
カセサート
・ 四技能と職 業日本語を重 視
・ 指導法や教 案はその担当の教員に 任せている
・ メインテキ ストの選択 を検討
シラパコン
・ 専門性を重 視
・ 指導法や教 案はその担当の教員に 任せている
・ 日本人ゲス トを招待
・ 日本語・日本文化を体 験できるよ うな活動・プログラム を積
チ ュラロンコン
極的に主催
・ 校外活動を 積極的に取 り入れる
・ 日本人ゲス トを招待
・ 職業日本語 を活かし,日本文化を 体験できる ような活動・プ
タマサート
ログラムを 積極的に主催
・ 校外活動を 積極的に取 り入れる
教 案 ・指 導
活動
150
カセサート
シラパコン
・ 日本人ゲス トを招待
・ 職業日本語 を活かし,日本文化を 体験できる ような活動・プ
ログラムを 積極的に主催
・ 校外活動を 積極的に取 り入れる
・ インターン プログラム を積極的に 取り入れる
・ 日本人ゲス トを招待
・ 日本文化を 体験できる ような活動・プログラ ムを積極的 に主
催
・ 自由学習で 学生がテー マに合う掲示 板を作成す る
教 師 の評 価
チ ュラロンコン
・ 大学の評価 表を使用
タマサート
・ 大学の評価 表を使用
カセサート
・ 大学の評価 表を使用
シラパコン
・ 大学の評価 表を使用
6.考察
カリキュラ ム構成につ いては,チュ ラロンコン 大学,タマサ ート大学,カセサート大 学,
シ ラパコン大 学,四校とも ,日本語の 四技能の科 目・日本語 言語学・日本文学・職業 日本
語 をバランス よく取り入れ ているが, それぞれに特徴もある .カリキュラムの利用者 であ
る 学生の評価 については,全項目に対し て,
「とてもい い」となったこ とから,学生が 現在
の カリキュラ ム及びその運 営に満足し ていると考 えられる. カリキュラム開発の際に ,高
等 学教育委員 会(Commission on Higher Education)の評価基 準だけでなく ,学生から の評
価 も参考に す れば,より学 生の声が教 育現場に反 映されると考 えられる.
一方,カリ キュラムを実 施する側に ある教員の 視点からは ,カリキュラ ム通りに授 業を
進 められるよ うにしてい るが,まだ 実施上の問題 がある.ICT のサポートや人材不足 など
の 問題により,ICT を駆使 した授業が できなかっ たり,カリ キュラムにあるが,授業 を開
講 できなかっ たりする.カ リキュラム 開発は重要 であるが, カリキュラム実施上の問 題解
決 方法も重視 されれば,カ リキュラム を実施する 教員もスム ーズに授業を進めること がで
き ると考えら れる.
7.今後の課題
本 稿では 2007 年現在の チュラロン コン大学,タマサート大 学,カセサ ート大学,シ ラパ
コ ン大学,四 校のカリキ ュラム・その 評価につい て述べてみ た.カリキュラム開発は ,大
体 5-7 年毎に行なわれる ことから, 今後縦断的に 調査するこ とを目標と する.
参考文献
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St. Lucie Press.
Suneerat Neancharoensuk(2004) Employers’Satisfaction with the Graduates from
Department of Japanese Thammasat University, Journal of Liberal Arts . 4(1)
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พั ฒ นาศึ ก ษา .
151
ปที ป เมธาคุ ณ วุ ฒ ิ . (2535) . หลั ก สู ต รอุ ดมศึ ก ษา : การประเมิ น และการพั ฒ นา . กรุ ง เทพมหานคร :
โครงการพั ฒ นาวิ ช าชี พ อุ ด มศึ ก ษา ภาควิ ช าอุ ด มศึ ก ษา คณะครุ ศ าสตร จุ ฬ าลงกรณ ม หาวิ ท ยาลั ย .
พิ มพั น ธ เดชะคุ ปต ( บรรณาธิ ก าร).(2549). ประมวลบทความเรื ่ อ งหลั ก สู ต รและการพั ฒ นาหลั ก สู ต ร
ตามแนวปฏิร ู ปการศึ ก ษา. กรุ ง เทพมหานคร :โรงพิม พแ ห ง จุ ฬ าลงกรณ ม หาวิ ทยาลัย .
วิ ช ัย วงษ ใ หญ . (2543). การพั ฒ นาหลั ก สู ต รระดั บ อุ ดมศึ ก ษา/ส ว นวิจ ั ย และพั ฒ นา. กรุ ง เทพมหานคร :
ส วนวิ จ ั ย และพั ฒ นา สํ า นั ก มาตรฐานอุด มศึ ก ษา ทบวงมหาวิ ท ยาลั ย .
連絡先
Department of Japanese, Faculty of Liberal Arts, Thammasat University
2 Prachan Road, Pranakorn, Bangkok 10200 Thailand
[email protected]
152
コア図式を用いた多義的基本動詞「たつ」の意味記述と
日本語教育への応用
小浦方理恵(Chiangmai University)
1.研究背景
第二言語と しての語彙 習得研究では ,上級レベ ルになっても 多義語の習 得が難しい と言
わ れている( 川出他 1989,今井 1993,Shirai 1995,松田 2000,2004). さらに,多 義語
習 得研究では,学習者 の多 義語習得困 難点として ,多様な用 法をつながりのあるもの とし
て 捉えられず ,基本的な意 味の習得で 留まってい ること,類 義語との差異がわからな いこ
と ,母語によ る負の転移が あることが 明らかにな っている. 以上の問題点を解決する 方法
と して,認知 意味論の考え を基とする コア図式論が有効な語 彙学習支援ツールとして 援用
で きるのでは と考え,その 基盤的研究 として多義 語の意味記 述を行った.コアとは「 語の
意 味の全体を 見渡すこと のできる円錐 形の頂点の ようなもの を表す概念であり,典型 ,非
典 型を問わず すべての用例 の背後に ある抽象的な 概念であ る」 と田中(1990)が定義 して
い るように, 語のすべて の意味を包 括する概念で ある.
2.研究課題と研究方法
対象語とし た「たつ」は 初級レベル で導入され る基本語で ありながら, 非常に多様 な意
味 を持ってい る多義語であ る.また,超 級の日本語 学習者にイ ンタビューを行ったとこ ろ,
超 級であるに も関わらず,基本的な「たつ」の用法 以外は使わ ないと言った結果が得ら れ,
ま とまった意 味をつかむ ことが難しい と考えられ ることから,
「たつ 」を対象語として 決定
し た.そして ,多義的基 本動詞「たつ 」全体を包 括する意味 と多様な用法間のつなが りを
コ ア図式によ って示すこ とを研究課題 とし,分析を行った.また,
「た つ」の分析デー タは
『 大辞林』な ど 9 冊の辞書 に掲載され ている全て の用例を対象 とした.歴史的な表現 につ
い ては,日本 語母語話者に アンケート を行い,使 用度の低い項 目は分析から外した.
3.分析結果と考察
状態α
動作β
動作α
領域 Y
領域X
図1
「 たつ」は発 生 ,上昇,確立,出発とい う意味的イ メー
ジをその根 底に併せもっ ていると考 え,上 記の図式をコア
図式として 仮設した.図 1 の領域 X は主 体が存在する領域
であり,領域 Y は領 域 X の外側に 位置する領 域である.そ
して,矢印( α)は簡 単に言う と直立する 動作,その 外側
の四角( α)は直立 し た状態を表している.さらに,矢印
( β)は 領域 X から 離れたり,出発した りするイメー ジを
表している .
「たつ」の コア図式
3.1 では焦 点化の概念を 用いて,「( ~)たつ」 の多様な用法 を説明する .また,イ メー
ジ 図式 1 の太 線になってい る部分は,認知的力点が置かれ焦点 化されてい ることを表 し,点
線 部分は認知 されず,背景 化されて いることを示 す.
3.1「たつ」のコア図式の 意味タイプ
【A タイ プ】「上へ の方向性を持 つ動作・状 態」に焦点 がある用法
1
本稿では,用法上のイメージを図式化したものをイメージ図式と呼ぶ.
153
状 態α
動作 β
動 作α
領域 Y
A タイプは上への方向 性を持つ動 作やその状態 を表
すもの であること から,図 2 のように動作 αと状態 αが焦
点化されている. このタイプ は<直立す る動作>とい う空
間的な上への移動 だけではな く,<出現 する様子>, <直
立した様子>,そ して,<感 情の昂ぶり >も表してい る.
また動作 βは背 景 化され,ほ とんど意識 されない.
領域 X
図2
A タイプのイメージ図式
例 1 と例 2 は<直立した 状態をとる> や<直立 した状態にな る>という意味を表す もの
で ある.
1. 息 子が初めて 立った
2. う ちの犬はし っぽがぴんと 立っている
例 3,例 4 は< 直立>とい う意味よりも,ある現 象が発生す るという意 味を表してい る.
3. こ の石けんは よく泡が 立つ
4. 腕 に鳥はだが 立つ
また,例 5,例 6 のように,<感情の昂ぶ り>という 意味も表す .
5. 学 生たちは気 が 立ってい る
6. 神 経がたつ
さらに,例 7 のように,より主体の 存在する領域 X に焦点が おかれ,<そ の場に出現 し,
存 在する>と いう意味をも つ用例も あった.
7. あ の人は気持 ちが大きい から,人の 上に 立てます
例 8,例 9 も<その場に 出現し,存 在する>と いう意味を 持っている. しかし,こ れk
ら の例からは ,単純に<出 現し,存在 する>とい う意味だけで はなく,自分の外の領 域で
あ る領域 Y に 意識を向け, 何らかの働 きかけを行 うようなニ ュアンスを感じる.
8. 質 問の矢面に 立つ
9. 正 義のために たつ
この領域 Y に対する意 識は,コア 図式の動作βに よるもの だと考える ことができる .A
タ イプは主に 動作 αと 状態 αに焦点 が置かれ,動 作 βは背景 化され ているタイプでは ある
が ,背景化さ れているとい っても,動 作 βの意味 は全く消え てしまったわけではない .例
8 と例 9 は, 動作 βが 表す ような空間 的移動は実 際には行わ れていないが,主体の意 識が
自 分の外の領 域へ向かう方 向性によっ て,動作 βの意味が反映 されていると考える. よっ
て,
「た つ」が 持つニュア ンスもコア図 式に内包さ れているも のとして記述できると言 えよ
う.
【B タイ プ】「上へ の方向性をし っかりと持つ(確立す る)」ことに 焦点がある 用法
状態α
動作α
動作 β
領域 Y
B タイプは状 態 αが表す<上への方向性 を持った状 態>
を抽象化さ せた,< 確立>の意味を持ってい る.<上 への
方向性を持った状態がしっかりと保たれる>意味である.
B タイプは動作性 よりも<確立>という 状態性が強く感じ
られる用例 が多く,そ のため 図 3 では状 態 αが特に強 く焦
点化されて いる.
領域 X
図 3 B タイプのイメージ図式
例 10,例 11 は「予算, 目算」とい う抽象的事 物が出現し, その状況が一時的なも ので
は なく,しっ かりと保たれ る様子を表 している.
10. 予 算が立つ
154
11. 目 算が立つ
例 12,例 13 の「たつ」についても,先程説明し た例 10,例 11 と同様に抽象的事物 が確
立 している様 子を表して いる.
12. 申 し訳が 立つ
13. 大 義名分が た つ
また,例 12 と例 13 のも つニュアン スを考えて みると,事 物の確立だけ ではなく, 外の
領 域である領 域 Y を意識し ているよう に感じられ る.このニ ュ アンスも,本動詞 B タ イプ
で は背景化さ れている動作 βによる と考える こと ができる. これらの例において「た つ」
の 表す意味は ,
「しっかりと存在し,確立して いること」である .し かし,動作 βが 背景化
さ れていると いっても,表 す意味が全く消えてし まうわけで はない.例 12 や例 13 の よう
に ,動作 βの 意味が主 体の 領域 Y に向 かう意識と して残って いるものもある.
さらに,例 14 は「筆( 文を書くこ と)」の能力 が確立して いることを 表している.
14. 彼 はあれでな かなか筆が立 つ
【C タイ プ】
「領 域 X から出 発する,離れ る」こと に焦点がある 用法
状態α
動作β
動作 α
領域 Y
領域X
図4
C タイ プでは動作 βが焦点化さ れ ,<領域 X から出発
す る>意味が 強 く表される.よって,図 4 では動作 βが
最 も焦点化さ れ ている.
例 15 と例 16 は空間的な 移動を表す 用例であ る. さら
に,
「時間が経 過する」と言う時間 的用法もあ る(例 17).
15. 食事の 途中で何回も 席をたつ
16. 旅にた つ
17. あれか ら 3 年たった
C タイプのイ メージ図式
例 17 のよう な時間的用 法の場合は ,直立 を表す動作 αや状態 αは背 景化され ,意識 され
て いない.だ が,これら の用例の場合 も,背景化されている 部分の意味が完全に消え てい
る わけではな く,ある時間 の起点を領 域 X として 意識してい ると考えられる.
【D タイ プ】「発生 し,上への方 向性を持ち ,離れる」 ことに焦点が ある用法
D タイプは 「主体が発 生し,上への 方向性を持 つことで顕 在化し,その結果,領域 X だ
け に留まらず,領域 Y に 出発する」と いう一連の 動作を表し ている(例 18,19).よ って
図 5 のように 動作 αと 動 作 βが焦点 化されて いる .D タイプ は非常に動的な用法であ るの
で ,焦点化に よって<発生 ><上への 方向性>< 出発>とい う要素のどれが表される かが
決 まる.
18. ほこりが立つ
19. 霞が立つ
状態α
動作 β
動作α
領域 Y
領域 X
さ らに,例 20 のように, 主語が「噂 」や「評判」 な
ど,抽象的なも のの場合,
「 上への方向 性」は具体的 な移
動 ではなく,
「顕 在化」を表 し,発生し た「噂」や「 評判」
の 存在がはっ き りと明確にな ることを表 している.
20.町に妙なう わさが立った
図 5 D タ イプのイメー ジ図式
3.2 類義表現 との意味的 差異
3.1 で は,
「たつ」がもつ多様 な用法は一つ の図式で説 明できるこ とを示した.3.2 で は,
日 本語教育へ の応用とし て,多義語習 得困難点と して挙げら れていた「類義語との差 異が
わ からない」 という点に着 目し,「たつ」と類義 表現との意味 的差異を説 明する.
155
【 方針がたつ /方針がで きる】
例 21 と例 22 はどちら も<完成する ><出現す る>という意 味を持っている.しか し,
例 22 はその< 完成する> <出現する>という事 態のみを表し ,例 21 はそ の基本方針がし
っ かりと<確 立>し,<保 持>される ニュアンス を持ってい る.これは「たつ」に< 確立
> という意味 が含まれて いることから生じるニュ アンスであ る.
21.これ からの教育 方針が 立つ
22.これ からの教育 方針が できる
【 霧が立つ/ 霧が現れる】
例 23 と例 24 はどちら も海面に霧が 発生する様 子を表した用 例である. この二つの 例の
違 いは,例 23 が D タイプ におけるコ ア図式が表す ように,海 面を基盤と して霧が発 生し,
そ の霧の上昇 ,そして広がりと 動的な状況 をイメージす るのに対し ,例 24 は海面の上 に霧
が 出現すると いう一つの事 態を表した イメージを 持つ.よって,例 23 は単 なる<発生 >と
い う一つの事 態ではなく,その 事態を よりプロセ ス的に捉え ていると言える.
23. 海面に美しい霧が 立つ
24. 海面に 美しい霧が 現れる
【 席をたつ/ 席を外す】
例 25 も例 26 も,部長が 主体の基盤で ある領域 X(=席)か ら離れてい る状況を表 して
い る.しかし,例 26 は領域 X に主体である部長が存在しないこ とを表すの に対し,例 25
は 部長に何か 用事があり, その用事の ために席を 離れている 意味を持っている.この ニュ
ア ンスも「たつ」のコア図式の 動作βによ り,
「主体が外 部である領域 Y へ向かう」と いう
意 味がもたら しているもの と考える.
25. 部長は席を 立ってい ます
26. 部長は席を 外してい ます
【 ~へ立つ/ ~へ行く,~ を立つ/~ を離れる】
例 27 と例 28 はどちら も「アメリカ へ向かう」 様子を表して いる表現である.しか し,
例 27 はアメリカへ向かい,
「現 在いる場所 を出発する」と い う意識が強い のに対し,例 28
は 「アメリカ へ向かう」こ とに意識が 置かれ,< その場を出 発する>という意識が薄 い.
ま た,例 28 で はアメリカ への到達も 含意される のに対し,例 27 は到達を 含意しない .こ
の 意味の差は「た つ」のコア図式の ように「目標への到着」という意 味よりも,
「その場か
ら の出発」に 重点が置かれ ていること から説明で きる.
27. アメリカへたつ
28. アメリカへ行く
さ らに,例 29 と 例 30 の意味 的差異を比べると,例 29 はど こか目指す目標点を意識 して
い るニュアン スがあるの に対し,例 30 は今現在い る「成田」か らいなくなることに重 点が
置 かれ,目標 点について は意識され ていない.
29. 成田を 立つ
30. 成田を 離れる
し たがって ,「たつ」の コアは「目 標点に向かう 」という意 味が意識さ れながらも,「今
い る場所から 出発する」と いう意味を強く表して いると言え る.
【(時間)がたつ/(時間 )が過ぎる 】
例 31 と例 32 はどちら も「日本へ 来る」と いう 基準点から「二ヶ月」とい う時間が経 過し
て いる様子を 表している.しか し,例 31 は「たつ」のコア図式が示すように,<ある 基準
点 から出発> することに焦 点が当た っているのに 対し,例 32 は,ある通過点からの経 過に
焦 点が当たっ ている表現 である.
31. もう日本へ来てから,二ヶ月た ちました
156
32. もう日本へ来てから,二ヶ月過 ぎました
したがって ,
「た つ」を用 いた表現は ,基準点となる何らかの事態 を必要とす る.例 えば,
「 季節が過ぎ る」という表 現に対し,
「 季節がたつ」という表現が不自然な 印象があるの は,
季 節に明確な 基準点が存在 しないから だと考えら れる.
【 噂が立つ/ 噂が起こる/噂が広が る】
例 33 の「噂が立つ」という表現 は ,あ る事態(=噂)の<発生→顕在 化 →広がり >を表
し ており,その点で例 34 の「起こ る」と例 35 の「広 がる」を 併せ持った意味だと言え る.
し かし,例 33 と例 35 の意味的 差異は,例 35 は噂 が拡散して いる様子を 表している のに対
し ,例 33 は「たつ」のコア 図式動作 βのよう に,噂が外部へ広がる際 に,方向性を持 って
い る印象をも っている点 である.
33. あらぬ噂が 立つ
34. あらぬ噂が 起こる
35. あらぬ噂が 広がる
4. まとめ
分析の結果,
「た つ」は 4 つの意味タ イプに分け ることがで き,コア図 式に焦点化と いう
認 知的操作を 行うことで, それらの意 味タイプが説明できる ことを示した.また,日 本語
教 育への応用 として,類義 表現との意 味的差異を ,コア図式 の差として提示できるこ と,
そ して,
「たつ」が持つニ ュアンスにつ いても説明 できること を示した.これからはコ ア図
式 を用いた意 味記述を行う とともに, より現場で 実践できる 方法について考えること も必
要 であろう.
参考文献
今 井むつみ(1993)
「外国 語学習者の語 彙学習にお ける問題点 ―言葉の意味表象の見地 から
―」『教育心 理学研究』 第 41 巻 第 3 号 pp.243-253.
川 出才紀・田 中茂範・高 橋朋子(1989)「認知意味 論と第二言 語習得」『 信州大学教養 部紀
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田 中茂範(1990)『認知意 味論―英語 動詞の多義 の構造』三友 社出版.
松 田 文 子( 2000)「 日 本 語 学 習 者 に よ る 語 彙 習 得 ― 差 異 化・一 般 化 ・ 典 型 化 の 観 点 か ら ― 」
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― ―――(2004)
『日本語 複合動詞の習 得研究―認 知意味論に よる意味分 析を通して― 』ひ
つじ書房.
Shirai, Y.(1995) The acquisition of the basic verb PUT by Japanese EFL learners:
Prototype and transfer .『語学教 育研究論叢』 12, pp.61-92.
連絡先
Japanese Language Division Faculty of Humanities Chiangmai University
239 Huay Kaew Rd. T. Suthep A. Muang Chiangmai 50200
[email protected]
157
10 月 17 日(金)
B 会場
158
「ほめ」の日・タイ対照研究
-目上の人の能力に対する「ほめ」の分析-
Bussaba Banchongmanee(Kasetsart University)
1 .はじめに
言 語 は 文 化 の 一 部 で あ り,そ の 社 会 の 文 化 が 外 国 語 学 習 に 影 響 を 与 え る こ と は 周 知 の 事
実 である.母国語と外国語 の文化の違 いが大きけ れば大きい ほど,コミュニ ケーション 上の
問 題も多くな る.相手をほ めるという ごく日常的な言語活動で あっても,タ イ人学習者が日
本 語を話す際,不適切な表 現を選択す る項目の一 つ となってお り,この現象 の背景には 母語
の 干渉がある と考えられ ている.
ほ め方の違いについて ,タイ人学習者に対する日 本語教育の 場で頻出す る例は,学習 者が
日 本人の教師 に向かって「先生 は教え方が上 手ですね」とほめ ることで,教師を喜ばせ るど
こ ろか恥ずか しい思いを させてしまう例である.こ の事例につ いては,教え 子という目 下の
者が,教師という目上の者 に対し,評価を表す「上 手」という 語を用いた ことが原因で ある
と 一般に説明 されている.本稿の目的は,日本人と タイ人のほ め方についての差異,特に,目
下 の者(学生 )が目上の者 (教師)の 能力に対し てほめる場合の相違点を明らかにす るこ
と である.
2 .定義
本 稿では,先行研究であ る小玉(1996:61)に従い,「ほめ」を以下のよ うに定義す る.
「ほめ」とは,話し手が聞き手,あるいは聞き手の 家族やそれ に類する者に対して,「よ い」
と 認 め る 様 々 な も の あ る い は こ と に 対 し て ,聞 き 手 を 心 地 よ く さ せ る こ と を前 提 に 明 示 的
に,肯定的な評価を与える 行為である .
以 下,本稿では,目上の者 (教師)で ある聞き手 をほめる場 合に限定して考察する.
3 .先行研究
ほ めに関す る先行研究のうち,本稿と関連するも のとして,ほめ手と受け 手の対人関 係と
ほ めの対象に ついて考察し た以下の 研究を紹介す る.
古 川(2007)は,ほめに 対人関係が 大きくかか わっていると 仮定し,対人 関係を社会 的力
関 係(上下関係)と社会的距離 関係(親疎関係)の2つの次元 で考えている.このうち 社会
的 力関係(上 下関係)につ いては,一般的には「基本 的に目上の者から目下 の者へ行わ れる」
と されている が,古川の調 査では「目 上の者から」以外のほ めも半数近く 存在し,目下 の者
か ら目上の者 に対するほ めも少数で はあるが存在 している.親 疎関係につ いては,親し い相
手 のときにほ めが起こり やすい,と述べている.一方,ほめが「基本的に目上 の者から目 下の
者 へ行われる 」理由につ いて,日向( 1996:57)は,「伝統的な日本人は先 生と生徒は 上下
関 係 に あ り,目 下 の者 は ,目 上 の 者 を 表 立 っ て 評 価 し て は な ら な い と 思 っ て い る の で,評 価
す るような表 現を避ける」 としている.
ほ めの対象(何 をほめるか)に関して,古 川(2007)は,目上 の者から目 下の者へ,ま た対
等 の 関 係 に あ る ほ め 手 と 受 け 手 の 間 で何 を ほ め る か に つ い て 言 及 し て い る .本 稿 で 調 査 し
た,相手の能力についてほ めるかどう かについて直接の言及は なく,表中で 能力につい ての
項 目を掲げて いるのみであ る.表中のこの項目の数 字がゼロで あることか ら,目上の者 の能
力 をほめる率 は極めて少 ないと考え られる.また,水谷(1979)は,「上 手ですね」は相 手の
能 力を評価し ているので,目下の者が目上の者の能 力をほめる のには不適 切である,と 指摘
し ている.以上,日本語の「 ほめ」につ いての先行 研究を挙げ た.
タ イ語の「 ほめ」に関 する研究と しては,Boonyasit(2005)が性別の面か らタイ人の ほめ
方 の行為を分 析し,聞き手 の能力に対 するほめは存在すると述 べているが ,対人関係の 面か
ら の分析はし ていない.拙 著 Banchongmanee(2007)では,日本 人とタイ人日 本語学習者のほ
め 方について分析をし,タ イ人よりも 日本人の方が ほめる率が 高いことを 述べた.ほめ の受
け 手 に 関し て は ,タ イ 人 も 日 本 人 も 共 に ,親 し く な い 聞 き 手 よ り 親 し い 聞 き 手 を ,目 上や 目
159
下 よりも同等 の聞き手を,異性より同性の聞き手を,それぞれほめる率が高 いことを述 べた.
ま た,ほめる対象に関して ,タイ人も日本人も共に ,聞き手の能力をほめる率は高いが ,親し
く ない目上の 聞き手につ いてはほめる率が低くな る,という結 果を示した .
以 上の先行 研究から,タ イ人も日本 人も共に,目 下の者が目 上の者の能 力をほめるこ とは
あ まり適切で はないという意識があ ると考えられ る.
本 稿では,目下の者が目 上の者の能 力に対して ほめる行為に ついて,以下 の点から考 察す
る .目 上 の ほ め の受 け 手 は 教 師 ,目 下 の ほ め 手 は学 生 と 設 定 し ,能 力 は 一 般 的 能 力 と 専 門 能
力 に分類した.
 ほ め手(学生)がほめの受 け手(教師)の 一般的能力 および専門 能力をほめるかどうか.
 ほ め手(学生)がほめの受 け手(教師)の 一般的能力 および専門 能力をほめる場合,
どのよう な表現が適切 であるか.
 ほ め手 (学 生)が ほ め の受 け手 (教 師)の 一 般的 能 力 およ び 専 門 能 力を ほ め ない 場 合 ,
それはど のような理由によるもの なのか.
 ほ め手(学生)がほめの受 け手(教師)の 一般的能力 および専門 能力をほめる場合
「上手で すね」という表現を用い るかどうか .
 ほ めの受け手(教師)の能力 をほめると き「上 手ですね」を用いな い場合,それ はど
のような 理由によるも のか.
4 .研究方法
本 稿の調査として,2007 年に「日本語における 教師の能力に対するほ め」に関する アン
ケ ート調査を 行い,日本人 105 名(女 性 56 人,男性 49 人),タ イ人 90 名( 女性 77 人,男性
人 13 人)の回答を得た .被験者はいずれも 25 歳未 満の大学生で,日本側の 105 名は東 京外
国 語大学(35 人) と了徳寺大学(70 人)の2校 ,タイ側は全員カセサート大学の日本 語専
攻 の学生であ る.
こ のアンケ ートの質問 項目は,教師の能力をほめ るかどうか,「上手です ね」という 表現
を 用いるか,の2部に分け た.第1部の質問は,教師 の能力につ いて,一般的 能力と専門 能力
を ほめるかど うか,ほめる 場合どのよ うな表現を用 いるか,またほめない場 合どのよう な理
由 によるかを 調べるため の 12 項目で ある.第2部 の質問は,教師の一般的 能力および 専門
能 力をほめる とき「上手ですね」とい う表現を用 いるか,用い ない場合は なぜかについ て調
べ るための8 項目である.
5.
5.1
分析結 果
ほめ手(学生)が ほめの受け 手(教師)の一般的 能力および 専門能力を ほめるかどう か
図 1 教 師の 能力を ほめるか どう か (数字は %で示す)
100
80
75.8
85.6
60
55.2
44.3
40
48.3
日本人
27.5
26.4
19.1
タイ人
20
親しくないい教師の
専門能力
親しい教師の専門能
力
親しくないい教師の
一般能力
親しい教師の一般能
力
0
図 1 で 示 さ れ て い る よ う に,学 生 が 教 師 の 能 力 を ほ め る か に つ い て,図 1 か ら 考 え る と,
全 体的に,教師の能力をほ める行為は先行研究の 指摘より多く ,かつ親しい 教師の一般 的能
力 を 除い て は ,日 本 人 の 方 が 教 師 の 能 力 を ほ め る率 が 高 く な っ て い る .親 疎 関 係 の 面 で は ,
160
日 本 人 も タ イ 人 も 共 に ,親 し い 教 師 を ほ め る率 の 方 が 高 い .ほ め の 対 象 の 面 で は ,一 般 的 能
力 の 方 を ほ め る 傾 向 が 見 ら れ る .従 っ て,親 し い 教 師 の 一 般 的 能 力を ほ め る 率 は 最 も 高 く ,
親 しくない教 師の専門能 力をほめる率 は最も低い.
ほ め の 対 象 と 親 疎 関 係 の 相 関 関 係 に つ い て は,親 し く な い 教 師 の 一 般 的 能 力 よ り 親 し い
教 師の専門能 力をほめる傾向にある ことから,ほめ の対象より親疎関係の 方が,教師を ほめ
る か ど う か を 決 定 す る 要 因と な り 得 る と 考 え ら れ る .ま た,タ イ 人は ,親 し い 教 師 と 親 し く
な い教師をほ める率の差 異が大きい ことから,親疎 関係が,教師をほめるか どうかを決 定す
る 要因となり 得ると言え る.
5.2 ほめ手 (学生)がほ めの受け手 (教師)の一般的能力お よび専門能 力をほめる 場合,
ど のような表 現が適切で あるか
表 1 学 生 が教師 の能力 をほめる とき に用いられ る表現 (数字は %で示す)
ほめる対
聞き手
ほめ手
象
日本人
親しい
教師
一般能力
親しくな
い教師
親しい
教師
専門能力
親しくな
い教師
タイ人
1 上手
44.7
1 上 手 (kɛŋ)
62.0
2 うまい
18.3
2 お い し い (arɔy)
21.0
3 おいしい
12.7
3 歌 が 上 手 (rɔɔŋ pleŋ phrɔ)
17.0
1 上手
52.7
1 上 手 (kɛŋ)
60.9
2 おいしい
18.4
2 歌 が 上 手 (rɔɔŋ pleŋ phrɔ)
21.7
3 お い し い (aroy)
13.0
3 すごい
7.9
1 すごい
25.9
1 上 手 (keŋ)
45.4
2 わかりやすい
20.7
2 わ か り や す い (khawcay ŋaay)
34.1
3 さすが
13.8
3 教 え 方 が い い (sɔɔn dii)
13.6
1 すごい
20.0
1 上 手 (kɛŋ)
52.9
1 わかりやすい
20.0
2 わ か り や す い (khawcay ŋaay)
23.5
2 上手
16.0
3 教 え 方 が い い (sɔɔn dii)
23.5
表 1 で 示 さ れ て い る よ う に,こ の 項 目 に は 教 師 の 能 力 を ほ め る か ど う か と い う 質 問 に 対
し て「ほめる 」と答えた人のみが回 答した.表1の 数字は,5.1 で「ほめる 」と答えた 回答
者 の中から上 位3項目に ついて%で 示した.
「 上手」は ,日本人,タイ 人両方の回 答に現れ,特に,親しい教 師の一般的能力をほめ ると
き に多く現れ た.日本人の回答では,一般的能力の 場合,「 上手 」は最も回答 が多く,「う まい」
と 合計すると,親しい教 師 の一般的能 力では 63% になった.専門能力の場 合,親しい教師で
は 上位3位に 入らないが,親しくない教師で3位に 入ったこと は意外な結 果であった .「上
手」は,日本人は,教師の一 般的能力を ほめるのには用いても,専門能力をほ めるときは あま
り 用いない.
タ イ人の回 答では,すべ ての回答で kɛŋ(上手) は1位であ り,全体の約 半数と非常 に多
い.タイ人が教師の能力を ほめるのに kɛŋ(上手) を多用する のに対し,日 本人はそれ ほど
「 上手」を用いな い,というこの違いは,水 谷( 1979)が指摘し た通り,日本 語の「上手」に
は 相手を評価 す るニュア ンスがあるこ とから生じ ると考えら れる.人を評 価するため には,
相 手 よ り 上 の 立 場に あ る と か ,相 手 よ り 知 識が あ る な ど ,何 ら か の 適 性 が必 要 と さ れ る .し
か し,タイ語の kɛŋ(上手)には,人を評価す るというニ ュアンスは含まれない .
一 方,「すごい」と「さ すが」が用 いられる理 由としては,評価ではなく 感動を表す から
で はないかと 考えられる.
5.3 ほめ手(学生 )がほ めの受け手(教師)の一般 的能力およ び専門能力 をほめない 場合,
ど のような理 由によるも のか
161
表2
教 師 の 能力を ほめ ない理由 (数字は%で示す)
ほめる対象
聞き手
ほめ手
日本人
親しい教
師
一般能力
親しくな
い教師
親しい教
師
1 失礼
46.7
1 失礼
25.0
2 ほめるべきではない
26.7
2 いい表現がない
16.7
3 めんどくさい
13.3
2 ほめる勇気がない
16.7
1 親しくない
28.3
1 親しくない
77.0
2 失礼
17.4
2 ほめるべきではない
8.2
3 関心ない
10.9
3 失礼
4.9
1 失礼
44.7
1 できて当然
31.0
2 できて当然
18.4
2 ほめるべきではない
19.0
3 ほめるべきではない
専門能力
タイ人
5.3
3 失礼
9.5
1 親しくない
23.0
1 親しくない
57.4
親しくな
1 失礼
23.0
2 できて当然
10.3
い教師
3 できて当然
8.2
3 ほめるべきではない
7.4
3 関心ない
8.2
3 ほめる勇気がない
7.4
表 2で示さ れているよう に,この項目には,学生 が教師の能力 をほめるかどうかとい う質
問 に対して「 ほめない」と答えた回 答者のみが答 えた.表1と 同様,上位3項目につい て%
を 示した.
表 2で は ,教 師 の 能 力 を ほ め な い理 由 と し て ,「失 礼」と「親 し く な い」が 目 立 っ て い る .日
本 人の回答で は,「 失礼」が必ず上位 にあがり,親し い教師の場 合は約半数 を占める.親 しく
な い教師の場 合も回答数が 少ないもの の1位と2 位になった.
タ イ 人 の 回 答 に も 「 失 礼」 が 現 れ る が日 本 人 の回 答 ほ ど 多 くは な い .一 般 的 能力で は ,「 失
礼」が 上位にある が,数はそれほど多くはな く,親しくない教師の専 門能力では ,上位にさえ 入
ら ない.この 点は ,日 本 人 とタ イ 人 で 大 き く異 な る点 で あ り ,日 本 人 は タ イ人 よ り も ,ほ め る 行
為が,場合によっては失礼 だと捉えら れる可能性が ある,という意識が強いと考えられ る.
親 しくない 教師に対して は,日本人もタイ人もほ めない理由 として「親しくな い」を1位
に 挙げ,特にタイ人では 50%を上回っ た.これは 5.1 で指摘し たように,タイ人が教師の能
力 をほめるか どうかを決 定する大き な要因が,親疎 関係である ことを裏付 けている.
5.4 ほめ手(学 生)がほめの受け手(教師)の一 般的能力お よび専門能 力をほめる場 合「上
手 ですね」と いう表現を 用いるかどう か
図 2 教師の 能 力をほ める とき,「上手で すね 」を用い るかど うか (数 字は%で示す)
100
80
75.8
85.6
60
40
55.2 48.3
44.3
日本人
27.5
26.4
19.1
タイ人
親しくない教
師の専門能力
親しい教師の
専門能力
親しくない教
師の一般能力
親しい教師の
一般能力
20
0
図 2 で 示 さ れ て い る よ う に,各 項 目 の 日 本 人 と タ イ 人 の「上 手 で す ね」の 使 用 率 は 非 常 に
近い.親しくない教師の一 般的能力を のぞいては ,日本人よりもタイ人の 方が「上手ですね」
を 用いる割合が高く,タイ 語の kɛŋ(上手)との意味の 差異の影響 が見られる点 である.
162
ほ めの対象 別に見ると ,専門能力よりも一般的能 力の方が使 用率が高い .親疎の面か ら見
る と,親しくない教師より 親しい教師 に使用する 率が高い.この結果を表1と照らし合 わせ
て 考 え る と,表 1 の「上 手」と い う 回 答 率と 一 致 し な い よ う に 見 え る .こ の 点 に つ い て は,表
1 は回答者が もっとも適切な表現で 回答したが,図 2は,「上手」という表現はその状況 で使
用 するのに適 切であるか どうかで判断 したという違いが考え られる.
5.5 教師の 能力をほめる のに「上手ですね」を 用いない場合 ,それはどん な理由によ るか
表 3 教 師 の能力 を ほめ るとき,「上手 です ね」を用 いない 理由 (数 字は%で示す)
ほめる対
聞き手
ほめ手
象
日本人
1 失礼
77.7
1 変な気がする/個人的なこと
2 関心がない
11.1
/失礼/不適切/友達扱いなど各
2 思っても言わない
11.1
親しく
1 親しくない
32.4
1 親しくない
69.2
ない
2 失礼
17.6
2 失礼
12.8
親しい
教師
一般能力
教師
親しい
教師
専門能力
タイ人
3 関心がない
8.8
3 ほめることではない
12.5
7.7
1 失礼
55.9
1 できて当然
28.6
2 できて当然
11.8
2 不適切
14.3
3 ほめる必要ない
5.9
3 変な気がする
8.6
親しく
1 失礼
40.0
1 親しくない
52.0
ない
2 親しくない
14.0
2 ほめるべきではない
18.0
教師
3 できて当然
4.0
3 できて当然
10.0
表 3で示さ れているよう に,この項目では 5.4 の 教師の能力 をほめるのに「上手で すね」
を 用いるかど うかという質 問に対して「用い ない」と回答した 者のみが回答した.表 1 と同
様,上位3項目について% を示した.
表 3 の 結 果 は 表 2 と 類 似 し て お り ,「失 礼」,「親 し く ない」と い う回 答 が 目 立 っ た .「失 礼」
は,日本人の回答では,表2 ですべての欄に現れる が,タイ人の 回答では,一 般的能力で は3
位 に入ったが 専門能力では 上位にあが らなかった.
「親しくな い」に関して は,日本人もタイ人もとも に,親しくない教師をほ めない理由 とし
て 上 位 に あ が っ た が ,回 答 数 の 割 合 に 著 し い 差 が 見 ら れ る .タ イ 人 の 回 答 で は 50% 以 上と
き わ め て高 い が ,日 本 人 の 回 答で は 30% を 超 え な か っ た.こ の こ と か ら も,図1 ,表 2で 述
べ た通 り ,タ イ 人 に と っ て は 親 疎 関 係 が 教 師 を ほ め る か ど う か を 決 定 す る 要 因 で あ る こ と
が 再確認でき る.
6 .まとめ
以 上 ,本 稿で は ,目 上 の 人 に 対 す る ほ め の 行 動 に関 す る 日 本 人 と タ イ 人 の 差 異 を ,学 生か
ら 教師へのほ めに関する調 査結果の 分析をもとに 考察した.
日 本人もタ イ人もとも に,教師の能力,特に親し い教師の一般 的能力に対するほめの 行為
の 許 容 度は 高 い .ま た ,親 し く な い 教 師 よ り 親 し い教 師 を ほ め る 傾 向 ,専 門 能 力 よ り も 一 般
的 能 力 を ほ め る 傾 向 が あ る こ と も 共 通 す る .日 本 人 の 方 が 教 師 の 能 力を ほ め る 割 合 が 高 か
っ たこと,また,ほめる際に 「上手です ね」を用い るという回答 が予想以上に多かった こと
は ,日 本 語 教 育 の 現 場 で の 観 察 と は 一 致 せ ず ,こ の 点 に 関 し て は 再 検 討 す る 必 要 が あ ろ う .
今 回の被験者 が大学生だ ったためかも しれず,世代 によっては 結果が異な る可能性も ある.
タ イ人が教 師の能力をほ めるかどう かを決定す る理由とし て,(1 )親し い教師と親 しく
な い教師とで はほめる率 の差異が大 きい,(2)教師を ほめない理由として「失礼 」だ から
と いう回答が それほど多 くない,(3)親しくない教師を ほめな い理由として「親しくない」
か らという回 答が過半数であった( 日本人は 30% を超えない),という3 項目の分析 結果
か ら,タイ人学生が教師を ほめるかど うかを決め る大きな要因 は,教師との 親疎関係で ある
と 考えられる.
163
教 師の能力 をほめるのに用いられ る表現は,一般 的能力につ いては,日本 人もタイ人 もと
も に,また親疎関係にかか わらず「 上手」で ある が,専門能力については,タイ人は kɛŋ(上
手 )を 用いるのに対 して,日本人 は「 上手」を あまり用い ず「 わか りやすい」,「さすが」,
「 すごい」な ど感嘆を表す語を 用いる.タイ人 の方が kɛŋ(上手)を 用いる割合が高い こと
に ついては,日本人は「失礼」だから用 いないとい う回答がか なりの割合 を占めている のに
対し,タイ人はそのような 回答の割合 が低いこと から,タイ語の kɛŋ(上手)と日 本語の「上
手 」とでは,「人を評価す る」という 意味の含有度 が異なると 考えられる.
今 回の調査 はデータが少 なく一般化 には至らな いが,日本人 とタイ人の ほめの傾向 には,
上 述のような 共通点と相違 点が見ら れることがわ かった.特に 相違点につ いては,日本 語教
育 の現場で応 用していく ことが可能 である.今後の 課題とし ては,今回の調 査結果をも とに,
年 代 に よ る 違 い も 把 握 で き る よ う 多 様な 年 齢 層 に 対 す る 調 査 も 実 施 し ,ほ め に 関 す る 行 動
の 差違をより 明らかにし ていくことが 挙げられる.
参考文献
日 向 ノ エ ミ ア ( 1996)「 ほ め こ と ば の 日 伯 比 較 - 感 謝 と ほ め こ と ば -」『 日 本 語 学 』 15 号
pp.50-58.
古 川由理子(2007)
「書き 言葉データ における<対 者ほめ>の特徴-対人関係 から見た「ほ め」
の分析-」『 日本語教育』117 号 pp.33-42.
水 谷修(1979)『日本語ノ ート 2』ジャパンタ イムズ.
Boonyasit,Amornsiri(2005) Compliments and Response to Compliment in Thai Used By
Female and Effeminate Male Users , MA.Thesis, Chulalongkorn University.
Banchongmanee Bussaba (2007) Culture in Language- Focusing on Compliment Expressions
and Response in the Japanese Language , Report submitting to Kasetsart
University
連絡先
[email protected]
164
タイ語と日本語における代名詞使用の比較
―代名詞の顕在と省略の対照研究―
Kanok Runggeratigul(Silpakorn University)
大峯まどか (Silpakorn University(ex-lecturer))
1 .はじめに
Burusphat (1989)は Li & Thomson (1976)の理論を参 考にし,日本 語は topic & subject
prominence 型( 文の構成 を述べる際に 主題または 主語が重要 な要素)で あるの に対し,タ
イ 語は topic-prominence 型の文(主 語より主題を 重要な要素)が多くあ るので,両言 語は
代 名詞が省略 される傾向が 強いと言っ ている.日本語に おける省略 については ,Backhouse
(1993, p.175) が次のよ うに述べてい る.会話の 中で省略され た代名詞の部分は話し手と
聞 き手が文脈 で解釈でき る部分である .それに, 日本語では ,代名詞が省略されても ,文
章 のあいまい さを減らす ための言語的 機能は以下 のようなも のが存在する.
1. 自 動詞と他動 詞の性質 .
2. 主 観的と客観 的な表現,例えば ,
「う れしい」と「 うれしそう だ」,
「~たい」と「~
た がっている」 など.
3. 言 語的な表現 ,例えば, 敬語,やりも らいの表現 など.
こ れによっ て,タイの日 本語学習者 はどのよう な場合でも代 名詞が省略されるとこ ろを
理 解できるは ずだが,実際 のタイ人の 日本語作文を見ると, ほとんど代名詞が過剰使 用さ
れ る傾向があ る.それは日 本語学習者 のタイ人の 母国語の影 響だからであるか,まず 以下
の ようなタイ 語の代名詞 省略条件から 考えてみた .
Palakornkun の“A Sociolinguistics Study of Pronominal Strategy in Spoken Bangkok
Thai” で は , タ イ 語 の 会 話 に お け る 代 名 詞 は 以 下 の 五 つ の 省 略 条 件 が あ る と 述 べ て い る
(Palakornkun, 1972).
1. 一 対一のコミ ュニケーショ ン,つま り,話者,聞き手,および言 及される第三 者が
そ れ ぞれ 一 人 の 場 合 で あ り ,更 に 皆 の 立 場が 対 等 で親 し い 関 係 を 持 つ 場 合で あ る .
2. 主 語または目 的語を総称 的(generic)にいうと きである.
3. 相 手の立場が よくわからな い場合で ある.
4. 相 手との関係 が二つ以上の 場合である .相手が親戚でも ありながら,上司でもある
と きに,ど の 関係の立場で 相手と会話 するか迷っ てしまうの がよい例である.
5. 自 分より立場 が上で,親しくない 第三者の前 で,親し い話者と聞 き手が話し合 って
い る とき , 両 者 が 今 ま で 使 われ て い た 代 名 詞を 変 えな け れ ば な ら な い 場 合で あ る .
Palakornkun によると ,話者の役 割が戸惑った 場合,また は相手の年 齢,社会的な 立場
が 明示的にわ からない場合 では,代名 詞が省略さ れることが 多い.
更 に,Cooke (1968, p.10) と Grima (1979, p.31) では,代名詞の省略が Palakornkun
の 述べたよう に一対一のコ ミュニケー ションの場 合のみ使わ れることに異論を唱え, また
対 等な立場を もつ人の間だ けに使われ るものでは なく,どの ような立場の人にでも使 える
中 立なもので あると主張し ている.
以 上のよう に日本語の代 名詞省略は 文法的な条 件の方によ って行われているのに対 し,
タ イ語の場合 は社会言語 学的な条件に より行われ ているよう に見える.実際の日本語 会話
に は文法的に 代名詞が使用 できるが, 話し手が意 図的に代名 詞を使わないことにして いる
場 合もしばし ば見られる. そのため, いつ代名詞を使うか否 か,日本語学習者をよく とま
ど わせる.
Mochizuki (1980)は,女 性の話しこ とばにおい て,代名詞の省略が他の一人称代名 詞の
使 用よりも丁 寧さと正式さ を表現で きると述べる .更に,パ ン (1975) は 代名詞を使 用す
る か,もしく はそれを省略 するかによ って心的距 離を表わす ことになると主張する.
従 って,代 名詞の省略が 文法的な要 因だけでな く,様々な要 因に深く影響されると 考え
165
ら れる.この ため,本研 究では,社会 的背景を含 む様々な観 点から会話における人称 代名
詞 の省略につ いて検討する ことを目的 としている .
2 .目的と方 法
本 研究では,話し手と 聞 き手を示す 代名詞(自 称詞及び対 称詞)の省略に焦点を当 てる
「初対面の 見知らぬ人 」と「紹 介してもらった初対面 の人」に 対する場合には,
研 究であり,
聞 き手の年齢 の上下と聞き 手の性差,
「既知 の人」に対する場 合には聞き 手の年齢の上 下と
親 疎関係につ いて自称詞と 対称詞をそ れぞれの場 面によって 使用するか否かを観察し た.
2.1 調査のデ ータ
日 本の東京 都と名古屋 市在住の日本 人とバンコ ク市在住のタ イ人,それぞれ20代 から
4 0代までの 会社員など を対象として 調査を行っ た.回答者 の性別,年齢分布などの 詳細
を 表1に示す .
表1
国籍
性別
女性
男性
合計
女性
男性
合計
日本
タイ
合計
20代
21
23
44
13
20
33
77
回答者数 の詳細
年齢分布
30代
25
25
50
21
26
47
97
40代
14
17
31
14
20
34
65
合計
60
65
125
48
66
114
239
2.2 調査項目
本 調査では ,相手を「初 対面の見知 らぬ人」(場 面 1),「紹 介してもら った初対面 の人」
( 場面 2)と「既知の人」(場 面 3) に分け,以下 の三つの質 問項目を漫 画化し, イン タビ
ュ ーする方法 で 行うことに した.漫画 化する目的 は回答者に文字化より実際に自称詞 と対
称 詞を使用か 否かという ことを自然に 回答しても らうと予想 したのである.
【 場面 1】 は「 初対面 の見知 らぬ人」 に対 し て,「電車の 中に座 って い るのはあな た と新聞
を 読んでいる 初対面の人 し かいないで すが,その 人の近くに財布が落ちているとあな たが気
付 きました.その 財布はいつから落ちてい たのか,誰の ものだか知ら なかったた め,その人
の ものであ るか 確認 す るのに ,[この 財布 はあ なたのか] を尋ねる 場 合 ,あなた は 次のそれ
ぞ れの相手 に対 して , どのよ うに 言います か.」という 質 問に相手 を 表 す対称詞 を 答えても
ら うのであ る. 更に,「 いい え,違 います よ . _(自称 詞 )_ので は ありません よ 」のよう
な 相手の答え で自称詞を使 うかどうか を考えても らうのであ る.
【 場面 2】は「紹 介してもらった初対面の 人」に対 して,以下 のような質問を話し手 の性差
と 年齢の上下 によって使い 分ける.
あ なた:_( 対称詞)_ は映画 を見るのが好 きだそうで すが,そ れはどんなジャンル の映画
で しょうか. _(自称詞) _も映画が 好きですが ,特にアク ションものです.
166
【 場面 3】は「既 知の人」に対して,以下のよう な質問を話し 手の性差と親疎関係に よって
使 い分ける.
あ なた:何人かに聞いたんです が,み んながよく わからない ことでした.あ あ ,や っとわか
り ました.き ちんと教えて くださった のは_(対 称詞)__ が初めてです.
聞き手: で も,_(自称 詞)__ま だ行ったこ とがないで すよ.
以 上のよう な項目を設定 し,漫画化 のアンケー トとインタ ビュー調査をした.
3 .調査結果と結論
例 として【場面 1】の結果を以下 の表で示す 。ペ ージ数の制限 があるため ,
【場 面2】と
【 場面3】の 表を省略す る。
【 場面1】の 対称詞が省略 される割合の表
年上
同年代
話 し手 ¥ 聞 き手
男性
女性
男性
女性
日本人女性
61.7%
61.7%
51.7%
55.0%
タイ人女性
10.4%
10.4%
18.8%
18.8%
日本人男性
60.0%
60.0%
64.6%
64.6%
タイ人男性
7.6%
7.6%
13.6%
15.2%
年下
男性
女性
45.0%
45.0%
10.4%
8.3%
53.8%
53.8%
6.1%
6.1%
【 場面1】の 自称詞が省 略される割 合の表
同年代
年上
話 し手 ¥ 聞 き手
男性
女性
男性
女性
日本人女性
18.3%
18.3%
20.0%
20.0%
タイ人女性
39.6%
37.5%
60.4%
60.4%
日本人男性
13.8%
13.8%
16.9%
16.9%
タイ人男性
9.1%
9.1%
15.2%
15.2%
年下
男性
女性
23.3%
23.3%
50.0%
50.0%
16.9%
16.9%
25.8%
25.8%
日 ・タイ語 における代名 詞の顕在と 省略をアン ケート調査を 行った結果,言語使用 と人
間 関係の関わ り合いが明 らかになった .
1) 日本人とタイ人は初対 面の見知ら ぬ人に代名詞 を省略する 傾向が最も 多く見られる.日
本 人の場合で はアンケート の回答によ ると,初対 面の見知ら ぬ人の場合では,一時的 な人
間 関係だから ,代名詞を使 うまで会話 をしないの が当然だと いうような答えは相手と の距
離 を保つため だと考えら れる.
「紹介 してもらった初対面の人 」に対して は,日本人と タイ
人 とも顕在に 代名詞を多く 使用するよ うになった.タイ人は その相手に親族名称で【 場面
1 】よりも簡 単に言及でき ることがわ かった.タ イ語では知 り合いに対して,代名詞 を省
略 するよりも 親族名称が 多く使わ れる ことが明ら かである.血 縁の親族に対する親族 名称
は 上下関係と 親疎関係を表 わし,血縁 関係のない相手に対す る親族名称は丁寧な言い 方の
一 つで,親し みを表わす と考えられる .日本人の 場合では, 対称詞を自称詞よりも省 略す
る 傾向があり ,さらにア ンケートでの 「__も」 のところに 助詞である「も」が出て いる
た め代名詞を 省略しない傾 向が多く見 られると考 える(T. Ono and S. A. Thomson, 2003).
そ れに対して 同じような ところに,タ イ人特に女 性が自称詞 を多く省略する結果が出 た.
既 知の人, つまり互い に 関係がはっ きりわかっ たような場 合では,日本人もタイ人 も自
称 詞と対称詞 を省略する ことが少なく なった.更 にタイ人は 親しくない相手に自称詞 を省
略 するが,対 称詞を親しい 相手よりも 顕在に使っ ているよう に親疎関係が代名詞を使 用す
る か否かの一 つの要因であ るが,日本 人には相手 との親疎関 係による顕著な違いが見 られ
な かった.
167
2)タイ 人は自称詞 を多く省略す るのに対し,日本 人は対称詞 を多く省略 することが見 られ
る .これはタ イ人は自己 中心を重視す るのに対し ,日本人は 対人関係を重視すること が反
映 されると考 えられる.自己中心, または個 人主 義意識に基づ いて,タイ人は発話の 際,
ま ず自称詞を どのように使 うか,ある いは省略し た方が良い かのように自分のことを 中心
に 行動をする のではないか と考えら れる.
こ れに対し ,Krangsuwan (2004, p.259) は日本 の「ウチ」 の社会につ いて次のよう に論
じ る.日本人は世 間体という感覚がある ため,社会から 外れず,
「ウチ 」の人と同じ行 動を
し なければな らない.
「ウチ」の人との 行動が不同になるとグ ループから 認められな くなる
か ら,世 間体を気にしながら,生活し ているとい う.こ れによって ,日本 人は自分よ りも,
ま ず相手のこ とを気にし, 対称詞を間 違えて使う と相手に失 礼になるため,対称詞を 自称
詞 より省略す る傾向があ ると考えら れる.
3) 日 本 とタ イ の 女 性 は 男 性 よ り自 称 詞 を 省 略す る 傾 向 が あ る と示 し て い る . 更 に ,
Shibamoto(1985)も女性 のことばにつ いて調査研 究を行った 結果,日本の男性と女性 は統
語 論的な発話 の違いがあ ると述べてい る.日本の 女性は形容 詞を多く使うのに対し, 男性
は 場所を示す 副詞を女性よ り多く使う ことが見ら れた.それ に,女性は男性より多く 主語
と 助詞を省略 するという. このような違いが見ら れるように ,男女 の言語行動はそれ ぞれ
の 社会により 決められた男 女の役割か ら影響を受 けているこ とがわかる.一般的には ,男
性 は強くて,勇気をもち,攻撃的な行 動をするこ とに対し,女性は優しくて礼儀が正 しく,
丁 寧なことば 遣いを使うこ とが決めら れている(Prasithrathasint, 1998, p.43).タイと
日 本の女性も 同様に男性よ り丁寧なこ とばを使わ なければな らないことが社会から期 待さ
れ ている(Settho 1989, p.110, Shibamoto 1985, p.30).代名詞の 例として,日本語の「 俺」
・
「 お前」とタ イ語の「kuu」・「muang」とは男性が 親しい相手 ,または, 目下に使うこ とば
で ,女性はこ のような代名 詞を使うと ,女らしく ないと見な されてしまうのである. よっ
て ,女性は礼 儀を考慮し, 男性よりも 自称詞と対 称詞につい てどのようなことばを選 んで
使 って良いか を話し相手の 性別・親疎 関係・上下 関係・年齢 差などの条件により判断 しな
け ればならな い.従って,女性は男性よ り場合によ って代名詞 を省略する ことが多くな る.
こ のような男 女の異なる言 語行動は実 際の社会に おける男女 の立場が不平等であるこ とに
反 映している と考えられ る.
参考文献
パ ン F. (1975).「日本 人の心的距 離-その言語 表現の仕方について」,『言語学』, Vol.4,
No.1, pp.27-35.
Backhouse, A. E. (1993). The Japanese Language: An Introduction, Oxford University
Press.
Burusphat, S. (1989). Thai Language: The Topic Prominent Language, Journal of
Language and Culture, Mahidol University, Vol.1, pp.12-16.
Cooke, J. (1968). Pronominal Reference in Thai, Burmese, and Vietnamese, The
University of California Publications in Linguistics 52.
Grima, J. A. (1979). Categories of Zero Nominal Reference and Clausal Structure in
Thai, Ph.D. Dissertation, University of Michigan.
Krangsuwan, Y. (2004). Cultural Background of Japanese Society, Matichon Press,
Bangkok.
Li, C. N. and Thomson, S. A. (1976). Subject and Topic: A New Typology of Language,
Subject and Topic, ed. by Li, C. N., pp.457-487, Academic Press, New York.
Mochizuki, M. (1980). Male and Female Variants for‘I' in Japanese: Cooccurrence
Rules, Papers in Linguistics, 13, pp.453-474.
168
Ono, T. and Thomson, S. A. (2003). Japanese (w)atashi/ore/boku ‘I’: They’re not
just pronoun, in Papers on Cognitive Linguistics, 14-4, pp.321-347.
Palakornkul, A. (1972). A Socio-Linquiatic Study of Pronominal Strategy in Spoken
Bangkok Thai, Ph.D. Dissertation, University of Texus at Austin.
Prasithrathasint, A. (1998). Sociolinguistics, Chulalongkorn University Press,
Bangkok.
Settho, R. (1989). Structure of Thai's Social and Culture, Thaiwattanapanit, Bangkok.
Shibamoto, J. S. (1985). Japanese Women's Language, Academic Press.
連絡先
Faculty of Arts, Silpakorn University , (Sanamchandra Palace Campus)
Nakornpathom 73000
Email address: [email protected]
: [email protected]
169
依頼場面における間接的発話行為
-タイ人日本語学習者と日本語母語話者との比較-
Khwanchira Sena (National Institution of Development Administration (NIDA))
1.はじめに
依頼は聞き手 になんらか の負担をか ける行為であ るため,依頼する 際に 話し手にと って
は ,依頼内容 を達成する ほかに聞き手 に不快な思 いをさせな い配慮が必要である.日 本語
教 育では依頼 の指導が一つ の課題とし て取り上げ られている .とこ ろが, 日本語教育で行
わ れている依 頼の発話行 為は定型形式 ( f o r m u l a ) ,( 例えば,
「〜 てく ださい」,「〜 てい
た だけないで しょうか」な ど)に限ら れているこ とが多いで はないかと思う.依頼の 発話
行 為の中で,「これ,見せてほし いけど・・・」(佐藤 1993:40)のような 暗示的な依 頼と
し て 使 われ て い る こ と も あ る が, そ れ に つ い て の 指 導は 十 分な 配 慮 が な さ れて い な い と指
摘 されている(佐 藤 1993).そこで, 依頼の 定型的表現 ではない場合 においては ,ど のよ
う な表現が用 いられている のかを明 らかにしたい と思う. 本調 査は,直接的依頼の場 合を
除 き,間 接的な依頼 を中心に, タイ人日 本語学習者と日本語母 語話者は,「知 り合い」程度
の 相 手 との 上 下 関 係 に よ っ て どの よ う な ヒ ン ト を 与 え , ど の よ う な 依 頼 の スト ラ テ ジ ー を
用 いるのかを 対照し,両方 の特徴を明 らかにする 目的がある.
2. 研究背景
依頼の発話行 為に関して は, 多 くの研究者が注目し( 例えば,Blum-Kulka,1987 & 1989;
Fukushima,2003; Leech,1980 & 1983; Searle, 1975; Weizman,1989 & 1993),依頼の 発話
行 為の中で間 接性(indirectness)は重要なコミ ュニケーシ ョン・ストラ テジーの一 つで
あ ると思われ ている.Brown & Levinson(1987)では,
「 依頼」を明 示的依頼(Direct requests;
“Open the window”),因習的 間接依頼( Conventional indirect requests),非明示 的依
頼 (Off-record requests)という三 つのタイプの依頼に分け ている. 因習的間接依頼は,
依 頼者が相手に対して, 依頼目標が到達するため に直接に求 めることでは なく,相手 の行
為 の可能性を 聞くことを示す.例え ば, “Can you pass me the salt?” (Brown & Levinson
1987: 70) “Is it possible for you to pass me the salt?” (Fukushima2003:69). 非
明 示的依頼と いうのは,依 頼者が相手 のフェース を脅かすよう な行為を避けるため, 依頼
のヒントを与えたり,相手に判断するために余地を与えたりすることである.例えば,
“It’s hot in here” (Brown & Levinson 1987:71). ほと んどの依頼の発話行為に 関す
る 研究では, 被験者が使用 している依 頼ストラテ ジーや依頼 行為の仕組みなどを主に 行わ
れ てきた(アクドー アン&大浜,2008; 猪崎,1999;張,2005 など).一方,間接的依頼の発
話 行 為 に つ い て の 研 究 は , 例 え ば , 英 語 学 習 者 を 対 象 に し た 依 頼 的 ヒ ン ト ( Requestive
Hints)(Weizman1989),ス ペイン語話 者キューバ人 による依頼 的強い・弱いヒン ト(strong
and mild requestive hint)についての研究があ る(Rozickova 2007). しかし,タイ人日
本 語学習者に よる依頼的な ヒントにつ いての研究 は行なわれ ていない.さらに,間接 的な
依 頼の場面で は,佐藤(1993)で指摘 しているよ うな暗示的な表現が用いられている のか
を 明らかにし たいと思う. 本研究では ,間接的依 頼の場合の み対象にするので,因習 的間
接 依頼(Conventional indirect requests),非明 示的依頼 (Off-record requests)に 焦点
を 当て,依頼 のためのヒン トの与え方 や依頼場面 における言葉 遣いなどを考察した.
170
3. 調査方法
3.1 対象者
日本語専攻の大学 4 年 生のタイ人 日本語学習者(20 代)と のタイ滞在 日本語母語 話者
(20-60 代)それぞれ 30 名を対象 にした.タイ人 日本語学習 者は留学した経験がある 学生
(10 ヶ月-2 年)と日本に行 ったことのな い学生である(女性 28 名 ,男 性 6 名).一方 , 日
本 語母語話者 は日本語教 師( 13 名)と 主婦(10 名)が多い( 女性 22 名,男性 8 名).タ イ
滞 在期間は大 幅な差があ り(3 ヶ月-20 年), タイ 語の授業を受 けた経験のある人はほ とん
ど である.
3.2 場面設定
依 頼 の 発 話 行 動 は 相 手 と の 上 下 関 係 ( P), 相 手 と の 距 離 ( D),負 担 の重 さ ( R) な ど に
よ って左右さ れる. 間 接 的 依 頼 の場合で は ,相手との距 離(親し さ) は依頼行 動に 大き
な 影響がある と思われる ので,各場面 の被依頼者は「知り合 い」の程度で,上下関係 が違
う 3 つ の パ タ ー ン に 設 定 し た . そ し て , 相 手 に 対 す る 負 担 の 重 さ に つ い て は ,Fukushima
(2003)の研究 結果に基づき,
「 知り合い」に お 願いできる 程度で,以下の三つの場面 を設
定 した.
場面①:年下 の知り合い に分厚い本 を日本から買 ってきても らうように 頼む.
場面②:大雨 の日に同い 年の知り合 いに車で乗せ てもらうよ うに頼む.
場面③:年上 の知り合い に借りたい 本を持ってき てもらうよ うに頼む.
た だ し , 二 つ の グ ル ー プ の被 験 者 は 事 情 が 違 う た め ,そ れ ぞ れ の 場 面 の相 手 は 微 妙 に 異
な っている.
3.3 分析方法
以上設定し た 3 つの依頼 場面は自由 形式のアンケ ート(Open-ended Questionnaire)を
作 成し, 被験 者にそれぞ れの場面を 想像してもら い,日本語で 自由に回答してもらっ た.
ア クドーアン ・大浜(2008),生駒・志村(1993), 伊藤(2005),Beebe 他(1990)を参
考 に し , 談 話 完 結 タ ス ク ( DCT ) で 得 ら れ た 依 頼 の 発 話 内 容 か ら 意 味 公 式 ( semantic
formulas) を 抽 出 し , そ の 意 味 公 式 を 意 味 内 容 に よ っ て 機 能 別 に 分 類 し た . そ れ か ら ,
Blum-Kulka 他 (1989:18) による 9 つ のタイプの 依頼のスト ラテジーに基づいて被験 者の
依 頼ストラテ ジーを考察し た.さらに, タイ人日 本語学習者と 日本語母語話者との間 接的
な 依頼の発話 行為の特徴を 明らかにし ,その相違 点・類似点 を考察した.
4.分析の結果
4.1 意味公 式の分類・出 現頻度
以下の表1 は,本研究 のデータで使用された 12 の意味公 式およびその出現頻度を 示し
た ものである 。表1を見ると,間接 的依頼の 3 つの場面にお いて,母語話者だけでは なく
学 習者でも情 報提供を多く 使用してい ることがわ かった.た だし,場面 2 では,日本 語母
語 話者が依頼 表現を最も用 いている. 大雨で車で 乗せてもら うような依頼場面②は, 母語
話 者は男女を 問わずに依頼 表現を最 も使用してい る.一方, タ イ人日本語母語話者は 男女
差 が見られる ことがわかっ た.すなわ ち,女性の 学習者は感 情表現(「こ んな大雨だ〜 大変
だ な〜」,「ヤ バイ」,「あ 〜またびじ ょうびじょう だ.やだぁ なぁ〜」)や 独り言(「どうし
よ う〜」
「どうし ようかな」)が 多かったが,男 性の学習者 は情報提供(「 かさを持って いな
い から, やっ ぱり持って はいけなけれ ばならない.」)と 情報要求(「今からどこ行くの ?用
事 とかある? 」)が 同じ割合を占 める。したがって, 場面②で は, 学習者のほうが母語 話者
よ り遠回しに 言うことが明らかになっ た.
171
表 1 意味公 式の出現 頻度
意味公式
①依 頼 の導 入
日本語母語話者
場 面①
(93/31) 1
場 面②
(67/26)
場面③
(60/24)
場 面①
(112/29)
場 面②
(90/22)
場 面③
(89/21)
3.2%/6.5% 2
1.5%/-
-/-
8%/6.9%
2.2%/4.5%
2.3%/-
9.7%/3.2%
1.5%/11.5%
-/20.8%
8%/13.8%
6.7%/13.6%
16.9%/19%
6.5%/-
1.5%/11.5%
6.7%-
6.3%/6.9%
6.7%/-
1.1%/9.5%
15%/3.5%
15%/ 20.8%
26.8% / 24.1%
25.6%/ 22.7%
26.7% / 28.6%
5.4%/10.3%
11.1%/ 22.7%
10.1%/9.5%
②前 置 き
③ 依 頼 のための 状 況 確
認
21.5% /19.3
④情 報 提 供
%
5.34%/19.3
⑤情 報 要 求
%
⑥事 情 説 明
16.1%/13%
10.7%/16.1
⑦依 頼 表 現
%
⑧ 相 手 の都 合 の条 件
14%/6.5%
⑨遠慮を表す表
現
4.3%/6.5%
⑩ 感 情 表 現 ・独 り言
⑪相手 に約 束する表
現
⑫感 謝
タイ人 日 本 語 学 習 者
18%/15.4%
6%/3.5%
20.9% / 19.2%
18.3%/16.7%
3.3%/4.2%
26.7% /16.7%
2.7%3.4%
15.6%/18.2%
5.6%/-
15.6%/18.2%
11.2%/9.5%
15.7%/19%
16.7%/8.3%
8.9%/-
4.4%/-
6.7%/-
4.5%/11.5%
8.3%/8.3%
2.7%/3.4%
2.2%/-
9%/4.8%
1%/-
9%/3.5%
5%/-
8.9%/10.3%
34.4% /18.2%
-/-
1%/3.2%
-/-
-/-
5.4%/3.4%
-/4.5%
-/-
-/-
4.5%/3.5%
-/4.2%
0.9%-
-/-
-/-
16.4%/15.4%
4.2 依頼スト ラテジーの出 現
Blum-Kulka 他 (1989:18) では,依 頼表現は間 接の程度に よって依頼ス トラテジー を 9
タイプに分けている.その 9 タイプの中で,直接的依頼ストラテジー,因習的間接依頼
(Conventional indirect requests),非明示的 依頼(Off-record requests)に大き く分
け られる.本 研究では,2 つのタイプ に分け,被 験者が依頼 表現を用いるのは「因習 的間
接 依頼」,依頼表現を使わ ず依頼の目 的で情報を提 供したりす るのは「依頼的ヒント」とし
て 考察してい きたいと思う.日本語母 語話者は学 習者と比べ ると,
「因習 的間接依頼 」の使
用 はあまり変 わらないが,
「依頼 的ヒント」と情報 提供として の言いさしの使用は差が ある
こ とが明らか になった.
4.2.1 依 頼的ヒント
以 下 は 日 本 語 母 語 話 者 と タ イ人 日 本 語 母 語 話 者 に よ る 依 頼 ヒ ン ト の 使 用の 例 を 表 し た
も のである.
[場面① ]
日本語母語話者
タイ人 日 本 語 学 習 者
「
(本の名前)って日本にしか売ってないらしいん 「
「・・」という本はおもしろいね.知っていますか。日本でこの
本をたまたま見たらおしえてください.
」
だよね.それがあるとかなり助かるんだけど
な〜」
1 意 味 公 式 総 数 ( 女 性 /男 性 )
2意 味 公 式 総 数 の 中 で 使 用 し た 割 合 ( % )
172
[場面②]
日本語母語話者
タイ人 日 本 語 学 習 者
「今日かさもってきてないし,こりゃすごい雨だ.宮下は「今日,大雨だね。どうしよう きょうは見たいばんぐみをほうそうさ
車だそ.いいなあ.〇〇駅の前とか通ったりしない?」
れるかもね。どうしようかな.バス停も遠いし」
「雨強く降っていますね。家に帰られるかな〜。雨がやめた後,帰りま
(男)
「どうしよう今日かさ持ってない…」
すが,早く家に帰りたいなあ。
」
[場面③]
日本語母語話者
タイ人 日 本 語 学 習 者
「スズキさん, このまえのあれですけど…「(本の名「先生のじゅぎょうのレポートのしりょうさんこうしょがまだま
前)」の件です.」
とまっていないので,レポートをこんしゅういないにてい
「そういえば, あの本ってもう全部読みました?」
しゅつはちょっと…」
本 調査におけ るデータでは ,タイ人日 本語学習者は日本語母 語話者に比べると,学習 者の
ほ うが依頼的 ヒントを与え ,遠回しに 言うストラ テジーを多 く使用していることがわ かっ
た.
4.2.2 依頼場 面における情 報提供の 「けど」の使 用
佐 藤(1993)では,話し手が文 末まで言わな い形で,例えば,
「これ ,見せ てほしいけ ど…」
(p.40)のような 言いさしの「け ど」を使うこと によって暗 示的情報要求のサインを 送信
し ていると述 べている.そ のような暗 示的情報要 求の言いさ しについての指導は十分 な配
慮 がなされて いないと指摘 されている(佐藤 1993).本研究のデータでは, タイ人日本 語学
習 者による「けど 」の 使用は圧倒的 に多かった が,日本語母語 話者に比べると,
「けど」の
使 用は相違点 があることが わかった. すなわち, 日本語母語 話者は学習者よりも情報 提供
と して言いさ して依頼して いる例が多 かった.ま た,タイ人 日本語学習者は母語話者 より
「 けど」を使 うことによっ て前置きと して次の発 話を言う前 に情報を提供しているこ とが
多 い.例えば ,場面①では,日本語 母語話者は, 「実は,『。。。』という本を買ってほ しい
ん ですが …」,「ちょっと 買ってきてほ しいものあ るんだ け ど …大丈夫?」というよう に自
分 の願望を伝 え,相手への 要求を言わ ずに暗示的 な依頼のサ インを送信して いる.一 方,
タ イ 人 日 本 語 母 語 話 者 は , 例 え ば ,「 じ つ は, 日 本 だ け み つ け ら れ る 本 が ほ う し い だ け ど
… よかたら買 ってくれるの はいいでし ょうか.」のように「け ど」を前置 きとして次の 情報
を 提供してい ることが見ら れた.また ,学習者の ほうが母語 話者より間接的な依頼を 使用
し ている例が ある.つま り,タイ人に 日本語学習 者は自分の 願望を伝えるわけではな く,
た だ情報を提 供し,遠回し に言ってい る.例えば,
「B さん,日本へ行くと聞いていた ので ,
何 をてつだわ せてもらい たいわ.タイ で,まだ売 らなくて, 日本にある と聞いていた けど
… 」というよ うに学習者が 相手に暗示 的なサイン を送信し,依 頼をしているが,何に つい
て お願いして いるのかわか らないよう なヒントを与えている ことが考えられる。
5. おわりに
本調査では ,日本語母 語話者および タイ人日本 語学習者に よる依頼場面 の間接的な 発話
行 為について 考察した.そ の結果,両 者は因習的 間接依頼表現の使用が似ているが, 依頼
的 ヒント,情 報提供の「け ど」の使用 が異なって いることを明らかにした.つまり, タイ
人 日本語学習 者のほう が母 語話者より 依頼的ヒン トのバラエテ ィーが見られ,遠回し に依
頼 している例 が多いこと が興味深い. また,依頼 場面におけ る情報提供の「けど」の 使用
に ついては, 学習者のほ うが言いさし の使用より も前置きと して情報を提供するため に使
用 している傾 向がある.
173
参考文献
ア クドーアン・プナル,大浜る い子(2008)
「日本 人学生とト ルコ人学生の依頼行動の 分析
―相手配慮 の視点から―」『世界の 日本語教育 』第 18 号 pp.57-72.
生 駒知子・志村明彦(1993)
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連絡先
National Institute of Development Administration, School of Language and
Communication,
118 Serithai Rd., Klongchan, Bangkapi, Bangkok 10240
Thailand
[email protected]
174
タイ・日本間における動態性日本語教育の可能性
川上 郁雄(早稲田 大学)
牛窪 隆太(タイ早 稲田日本語学校)
1.動態性の日本語教育
日本から日 本国外へ,ま た日本国外 から日本へ と人やモノ や情報が「移 動」してい る.
日 本から出国 する日本人は ,2006 年には17 00万人を 越えており,そのうち, タイ
に は130万 人が訪れてい る.また日 本政府は「 ようこそジャ パン」キャンペーンを 20
0 3年に発表 し,アジア諸 国からの日 本訪問客の 獲得を目指 している.
このように ,
「移動する 時代」の背景 には,グロ ーバリゼーシ ョンという世界経済の 動き
と ,そのなか にあってさま ざまな思惑 をもつ各国 政府の政策 と,さまざまな思惑をも った
人 々が国境を 越えて移動す るという「風景 」が ある.つまり,
「大量 人口移動」という 現象
は けっして自 然現象では なく,21世 紀の人々の 生き方や日 常生活と密接に関係して いる
の である.
そのような 「移動する時 代」の日本 語教育が目 指すことはこ れまでの日 本語教育の それ
と 異なる,そ れは,教室の 日本語学習 環境を越え たグローバ ルな文脈の中で,動態的 な環
境 に生きる他 者と学習者が それぞれの 判断で対応 しながら, 主体的に日本語によるコ ミュ
ニ ケーション を図ろうと する力を高め ようとする教育である .そして,そのようなコ ミュ
ニ ケーション を通じて日本 語による対 応能力が求 められるの は,日本語学習者だけで はな
く ,その対話 者である他者 にも同様に 求められる.つまり, 相互のコミュニケーショ ン主
体 に対して変 容を働きか ける教育実践 となる.そ れが,ここ でいう動態性の日本語教 育で
あ る.
2.これまでの2国間の日本語教育の課題と限界
教室の日本 語学習環境を 越えたグロ ーバルな文 脈の中での 日本語教育実 践は, すで に1
9 90年代か ら始まって いた.たとえば,海外の大 学などで行わ れた実際使用場面のビ ジタ
ー ・セッショ ンやインタ ーネットを活 用した遠隔 日本語教育の 試みである.しかし, 実際
使 用場面のビ ジター・セ ッションでは 日本語学習 者側が日本 人側の反応を事前に学習 し,
そ れに対応す るように「調 整」するこ とが期待さ れたり,イ ンターネットを活用した 遠隔
日 本語教育で も,同様の視 点から,遠隔による接 触場面を対 面接触場 面との比較によ って
「 言語管理」 を考察する内容となっ ていた.
これらの日 本語教育はモ ダンな言語 教育を言え よう.つま り,目標言語 や目標文化 が固
定 化しており ,それらを学 び,自在に 日本語を扱 うことが学 習者に期待された.そし て,
そ こでの学習 者への評価は 摩擦のない コミュニケ ーション力 であった.しかし,これ から
の 時代に必要 な言語教育の パラダイム は,固定化された目標 言語や目標文化を学ぶ学 習ス
タ イルではな く,動態的な 関係性にお いて日本語 学習者と日 本語母語話者(あるいは 日本
語 使用者)の 双方が相互に どのような 関わり方を 構築し,その 中でことばや他者につ いて
ど のような理 解や認識を構 築したかと いう点に重 点を置く言 語教育のパラダイムであ る.
つ まり,相互 作用的,主体 的,動態的 関係性にお ける日本語 教育と言える.したがっ て,
実 践を構想す る場合,日本 語学習者側 だけではな く,対話者 となる日本語使用者も視 野に
入 れた実践を デザインする 必要があり ,かつ,そ れらのやり とりをまるごと捉える視 点が
必 要となる. 本実践は,そ のような問 題意識から 行った2国 間の日本語教育実践につ いて
報 告するもの である.
175
3.動態性日本語教育としての遠隔授業
3.1 タイ早稲 田日本語学校 における遠 隔授業プロ グラム
日本と海外の教育機 関を結ぶ遠隔教育プログ ラムでは, どうしても日 本から日本 語学
習のリソー スを提供し てもらうとい う視点にな りがちであ る.しかし ながら,現在 海外
の教育機関 では,日本 に滞在した 経験がなく, また,今後 も滞在する 予定がないま まに
日本語を学 習している 学習者も増 加しつつあり,学習者の 目的は場所 としての日本 に集
約されるも のではなく なってきてい る.また, 遠隔教育に おける動態 性ということ に着
目するなら ば,日本側 のチューター が海外の学 習者に「あ る価値」を 享受するとい うの
ではなく,双方 にとっ て互恵性の あるプログラ ムの開発が 求められる .
3.2 過去の実 践から見え てきた方針
表 -1
1
過去の実践概要
内容
クラス
時期
結果
観光地についての質問タスク
初中級
2006 年 2 学 期
・分 断 化 さ れ た コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 問 題
大学生の生活についてのインタビュ
中級
・個人化されたトピックの必要性
ーアクティビティー
2
『思い出のもの』作文交換活動
中級
2007 年 1 学 期
・「 自 己 紹 介 」 な ど プ レ タ ス ク の 必 要 性
3
家族紹介 →家族旅行にいいと思 われ
初中級
2007 年 4 学 期
・日 本 側 と の プ ロ グ ラ ム 意 図 ,流 れ の 共 有
る観光地紹介
化の必要性
以上の問 題意識から ,過去に行 なったプログ ラムは表 1 の 通りである .これら過 去の
実践から見 えてきたこ とは,1)個人 化されたト ピックを扱い学習者の日 常生活の延 長線
上にプログ ラムを位置 づけること (「個人化さ れた接触」「 遠隔セッシ ョンの文脈 化」),
また,2)日本側 参加者との連絡を密に行 いプログラムに「相互作用 性」を持たせる こと
の必要性で あった.た とえば,一 回目に行なっ た観光地に ついて質問 するタスクで は相
手に聞いて も仕方がな いことを日 本語の練習の ために質問 するという流 れになって しま
い,学習者 の日常の延 長線上にプ ログラムを位 置づけるこ との必要性 が問題となっ た.
また,活動 に複数のタ スクを取り 入れ,なおか つ双方にと って意味の ある形でプロ グラ
ムを運営す るために, プログラムの 意図,流れ 自体を日本 側と共有す ることの必要 性も
2 回目,3 回目に行なっ た日本側チ ューターへ のアンケー トの結果から 見えてきた .
これら 2 点を踏まえ て 2008 年 2 学期にデザ インし,行った プログラム は以下の通 りで
ある.
プログラム 内容-「思 い出のもの 」作文交換活 動
・ 期 間 : 2008 年 6 月 2 日 ( 月 ) ~ 6 月 18 日 ( 水 ) ま で の 毎 週 月 曜 日 と 水 曜 日 ( 全 6 回 )
・ 1 セ ッ シ ョ ン を 30 分 と し , 1 コ マ ( 90 分 ) に つ き , 学 習 者 3 名 ×2 台 = 6 セ ッ シ ョ ン を 行 う
・ 参 加 者 : タ イ 側 ― タ イ 早 稲 田 日 本 語 学 校 , 全 日 制 中 級 コ ー ス ( D A Y 4 ) で 学 ぶ 学 習 者 13 名
日本側―チューター(早稲田大学学部生) 4 名,コーディネーター1 名(大学院生)
・流れ
1) 早 稲 田 大 学 の 学 生 に 読 ん で も ら う と い う 前 提 に 作 文 ( 400 字 ~ 600 字 ) を 作 成 す る
2) 同 様 に タ イ の 学 習 者 に 読 ん で も ら う こ と を 前 提 に 日 本 側 チ ュ ー タ ー に 作 文 執 筆 を 依 頼
そ の 際 に 活 動 の 意 図 と 目 的 を 明 文 化 し た も の ( 資 料 1) を 送 付 し 共 有 化 を 図 る
3) 双 方 で 自 己 紹 介 シ ー ト を 作 成 し , 事 前 に E メ ー ル の 交 換 活 動 を 行 う こ と で , セ ッ シ ョ ン 前 の 準 備
を行わせ,セッション自体の文脈化を図る
4) セ ッ シ ョ ン 前 に 作 文 を 読 み , 相 手 に 質 問 し た い こ と を 考 え る
5) セ ッ シ ョ ン で は , 思 い 出 の も の に つ い て プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン を 聞 い た あ と で 意 見 を 交 換 す る
6) 毎 回 の セ ッ シ ョ ン 後 に 日 本 側 コ ー デ ィ ネ ー タ ー と の 反 省 会 を 行 い , 次 回 以 降 の 方 針 を 共 有 す る .
同 時 に チ ュ ー タ ー の 活 動 で の 発 見 や 問 題 意 識 の 共 有 の た め に 授 業 報 告 書 を 共 有 し ,日 本 側 ,タ イ 側
176
コーディネーターからフィードバックを行う
7) プ ロ グ ラ ム 終 了 後 に 授 業 内 で セ ッ シ ョ ン 相 手 に つ い て わ か っ た こ と を 紹 介 す る 活 動 を 行 う
3.3 プログラ ムの結果-ア ンケート調査より
プログラム 終了後に行 った日本側 チューターへ のアンケー トの結果は 以下の通り.
表 -2
日本側チューターへのアンケート結果
項目
回答
満足度〈選択式〉
と て も よ か っ た ( 4/4 名 )
作 文 交 換 活 動 に つ い て〈 記 述 式 〉 作 文 を 交 換 す る こ と で 自 分 の 考 え や 思 い を 文 字 に し て 考 え さ せ る こ と は 大 変
だ と 感 じ た /学 習 者 と 日 本 語 で 話 す こ と の 大 変 さ を 実 感 し た /お 互 い の 作 文
を 読 み あ う こ と で 相 互 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン が で き た /セ ッ シ ョ ン で 話 す 内
容も目的意識がはっきりしていた
自己紹介以外に相手とEメール
し た ( 4/4 名 )
を交換したか
Eメールで話したことは遠隔授
業で話したことと関係があった
か
関係なかった(2 名)
関 係 あ っ た( 2 名 )話 が 進 ま な か っ た り 途 中 で 止 ま っ て し ま っ た り し て し ま っ
た と き に 役 に 立 っ た /タ イ の 学 生 が 自 然 に 色 々 な こ と を 質 問 で き る 環 境 を 作
り 出 す き っ か け に な っ た/セ ッ シ ョ ン や 自 己 紹 介 の 内 容 に つ い て ,こ れ か ら 更
に会話が発展することを期待している
また参加したいか〈選択式〉
ぜ ひ 参 加 し た い ( 4/4 名 )
理由〈記述式〉
率 直 に と て も 楽 し か っ た . タ イ の 学 生 の 姿 勢 に 刺 激 を 受 け た /一 回 一 回 の セ ッ
シ ョ ン が 自 分 の 日 本 語 教 育 能 力 の た め に な っ て い る と 思 う /相 手 が と て も 喜 ん
で く れ て う れ し か っ た / 日 本 語 の こ と を 考 え る こ と が で き た /純 粋 に タ イ に 興
味を持つことができた
ア ンケート からは,日本 側のチュー ターが高い 満足感を持っ てプログラムを終えた こと
が 伺える.ま た,作文を交 換するとい う活動内容についても ,事前に作文を交換する こと
で ,相互のコ ミュニケーシ ョンができ ること, セ ッション内で 話す内容や目的意識が 明確
に なることが 指摘されて いる.
今回のセッ ション中,作 文には書か れていない内容を日本 側チューター とタイ側学 生が
共 有した様子 で話してい る様子が見ら れた.その ためアンケ ートでは,Eメールと遠 隔セ
ッ ションの関 係を探る項目 を入れたが ,回答から は半数のチ ューターが遠隔セッショ ンと
平 行してEメ ールでのやり 取りを行っ ていたこと がわかる. この意味では,今回のセ ッシ
ョ ンは,Eメ ールという学 生の日常と 関連性を持 って進めら れていたということがで きる
だ ろう.また ,自己紹介シ ートを交 換したことに より,一回 目のセッション時には自 己紹
介 の内容から 話を展開させ ている様子 も見られた .
「 また遠隔 授業があっ たら参加した いか」とい う質問に対す る回答からは,日本側 のチ
ュ ーターがタ イの学生やセ ッションか ら多少なり とも影響を 受けている様子が見られ ,今
回 のセッショ ンの意味が日 本からタイ という一方 向的な流れ にではなく,双方向的か つ相
互 作用的なも のに位置づけ られている ことがわか る.次に, この結果を踏まえて日本 側チ
ュ ーターに対 して行なっ たフォローア ップインタ ビューの結果 を紹介する.
4.日本側チューターへのフォローアップインタビュー
上記のアン ケートのあと に,チュー ターにフォロ ーアップイ ンタビュー を行った.4 人中
3 人にそれ ぞれ約 30 分聞いた .その中で ,3 人に共通することは,作文のテーマが面白か った
と いうことで ある.なぜ面 白いと感じ たかというの は,そこにその生身の人 間を感じた から
177
で あ る.そ の た め,今 回 の プ ロ グ ラ ム の 前 に 抱 い て い た タ イ人 に 対 す る イ メ ー ジ が ,チ ュ ー
タ ーをするこ とによって変 化したこと を 3 人とも 述べている.たとえば,「 裕福でない イメ
ー ジがあった けど,書いて いる内容な どから(自分 たちと)同 じレベルの 人と感じた 」とい
う 意見や,「思 い出のもの が机とかペ ンとか,ああ それが思い 出のものな んだ」と自分 たち
と の 違 い を 感 じ た と い う 回 答 も あ っ た.さ ら に メ ー ル 交 換も 同 時 に あ っ た .そ の た め,人と
人 の交流を実 感したとい う感想である.そのこと によって,ますます親近感が沸いたと 全員
が 答えていた.中には,今年 9 月に来日 すると聞い て,ぜひ会い たいと思っ たという.遠 隔に
よ る接触場面 という制限を感じる部 分もある.作文 の内容を聞 く場合,型ど おりの質問 にな
る 等も課題と して指摘し ていた.しかし,始める前 には「日本の ことをどう教えるか」 と考
え たが,「教えるこ と」より「対 等に話すこと」がで きた点は良 かったとい う回答者が 多い.
そ れは,言語表現よりも言 語内容に双 方が関わろ うとしたから であろう.
こ の よ う に,双 方 向 の 動 態 的 な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン力 の 育 成 に は 双 方 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ
ョ ン主体が内 容にどう関わ るかが重 要なテーマと なる.
5.まとめと今後の 課題
今 回のプロ グラムでは日 本側チュー ターからの 評価が高く, タイ側日本側双方にと って
意 味のあるプ ログラムをデ ザインする という当初 の目標はあ る程度達成されたと考え られ
る .また,作 文を使って プログラムを進めるとい う方針に対 しても,肯 定的な評価が 出て
い る.一方で ,タイ側学 習者からは, 作文に書い てあること しか話せなかった,トピ ック
に 興味が持て なかった,も っと広いト ピックで話 したかった などの意見も出されてい る.
作 文のテーマ を「思い出の もの」とし たが,確か に,あまり 考えずに作文を書いた学 習者
の ペアでは質 問が出にく く,お互いに 話しにくそ うな場面も 見られた.今後は,トピ ック
を 複数設定す るなど,双方 がより能動 的に参加で きるようなプ ログラム内 容を検討し たい.
資 料 -1
日本側チューター配布資料(一部抜粋)
こ の 活 動 に は い く つ か 隠 れ た 意 図 が あ り ま す 。 ま ず , 作 文 を 書 く 動 機 で す 。( 中 略 ) 今 回 の 活 動 に 参 加 す る 学
生たちは,早稲田大学の学生のみなさんに読んでもらうことを念頭に作文を書きました。
次 に , コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の ト ピ ッ ク を 個 人 化 さ れ た 経 験 に 引 き 下 げ る と い う こ と で す 。海 外 で 日 本 語 を 学 習
している学生が日本の人と話すという活動ではどうしても,日本では,タイではという話に終始しがちです。そ
れ は そ れ で い い と も 思 う の で す が , そ れ だ け で は ,「 日 本 人 」 と 話 し た と い う こ と に は な っ て も , そ の 人 が ど う
いう人で何を考えている人なのかを理解するというコミュニケーションの根幹の部分は達成されにくいと考え
ま す 。学 生 た ち が 日 本 人 の 生 活 や 考 え 方 を 知 り た が る の も 事 実 な の で す が , そ の よ う な も の は 一 人 の 日 本 人 と 話
してすぐに知りうるものではないと思います。
( 中 略 )あ え て 価 値 観 が 表 出 さ れ る も の を ト ピ ッ ク に 選 ぶ こ と で ,
前に挙げた「意味のあるコミュニケーション」を行える場を設定できるのではないかと考えました。
最 後に,チューターの方に作文を書いてもらうことについてです。タイの学生には,日本の学生が読んでわか
るように作文を書くようにと指導したのですが,これと同じことを皆さんにもお願いしたいのです。つまり,タ
イの学生に伝えるために作文を書くということです。これは何も,外国人が読んでわかるように簡単な日本語で
作 文 を 書 く と い う こ と だ け で は あ り ま せ ん 。何 を 伝 え よ う と し て 誰 に 向 か っ て ど の よ う な 日 本 語 で 文 章 を 書 く か
という問題です。作文を書くときに,そのことを考えることで,自分の日本語と向き合うというのはなかなかで
き な い 経 験 だ と 思 い ま す 。そ の 経 験 か ら チ ュ ー タ ー の み な さ ん も 何 か 得 る も の が あ る の で は な い か と 期 待 し て い
ます。この意図で,みなさん に書いてもらった作文は,漢字にふりがなをつける程度で,そのまま学生に配布す
るつもりです。
連絡先
Waseda university, (Japan),169‐8050 Tokyo, Japan.
[email protected]
178
継承語としての日本語教育のあり方を問う
―継承日本語教育のカリキュラム開発に向けて―
深澤伸子(早稲田大 学)
1.はじめに
外務省の発 表では海外 在留邦人数は 2007 年度 100 万人を突 破,親の海外勤務などに よ
り 家族に伴わ れて海外を移 動する子ど も達の数も 今年 7 万人を超えた.日本人学校や 補習
校 は今,国際 結婚をはじ めとした定住 型の子ども の増加,海外 を移動する帰国を前提 とし
な い子どもた ちなど,子 供たちの 多様 化の対応に苦慮してい る. このような現状の中 ,新
し いカリキュ ラムの検討の 動きが始ま っている. それは「国 語教育」から「日本語教 育」
へ の移行ある いは導入とい う形で模索 されている が,
「日本語 教育」とい うとき,大人 を対
象 として開発 されてきた言 語の構造学 習を中心と したものが イメージされており,発 達過
程 にある子ど もにとっての 言語教育の視点は欠け ている.
今年 8 月, シンガポール でアジア太 平洋補習校ネットワー ク研修会が開 催さ れた. この
地 域で初めて 海外で育つ子 どもの問題 が共有され 討議された が,そこでの大きな課題 もカ
リ キュラムの 開発であっ た.しかしあ くまで日本 の教育に追 いつくための学習能率化 を目
指 したもので あり,子ども の多様化へ の対応では ない.また 定住型の子どもたちのた めの
コ ースを創設 しても親が希 望しない現 状が報告さ れたが,
「日本 語」が「国語」につい てこ
ら れない子ど もたちのため のものであ るという捉 え方 である かぎりこの問題は解決し ない.
今必要なの は海外で育つ 子どもたち とってどの ような言語 能力を育成す る必要があ るの
か を問う議論 である.また その育成 すべき能力を 具体的 に実践 するための教育現場の あり
方 を捉えなお し,具体的 実践に向かう ための議論 である.そ れなしにカリキュラムは 子ど
も たちの多様 化に対応する ものにはな らないだろ う.
本稿では 日 本語が親につ ながる言 語で,第 1 言 語ではない子 供たちの日 本語教育を 継承
日 本語教育と 定義し,そ の意義を問 い直す .それ はどの現場で も対応に苦慮している 定住
型 の子どもと 親にとって の日本語教育 の意義を検 討すること である.そのため筆 者が 2002
年 から関わっ ているバンコ クの継承日 本語教室「 バイリンガ ルの子どものための日本 語教
室」(以下バンコク継承 語教室) を実 践の場とし上 記の課題に ついて考察 する.
2.タイで育つ日本語を継承語とする子どもたち
2.1「バイリンガルの子供 のための日 本語教室」概 要
この教室は 日本語教師が 始めた「子 どものため の日本語教室 」が 2 年で 閉鎖される こと
に なり,そ こに通っ ていた親た ちが自分た ちで運営する ことを決め ,1999 年か ら「バ イリ
ン ガルの子ど ものための日 本語教室」 と名称を改 め運営して いる教室である.国際結 婚を
中 心としたい わゆる定住 型の子どもた ちが大半を 占め,日本 人学校に通っていない子 ども
た ちを対象と している.活動日 は毎月第 2 と 第 4 土曜日の 2 回,年 間 20 回,1 回 1 時 間半
で ある.低学 年部,中学 年部は活動時 間を大きく 3 つに分け, 担当者を配置している .活
動 日が少ない 理由は,仕事 をもつ親教 師が多いこ とから,無 理せず継続することを最 大の
目 標にしたこ とによる.生徒数は 現在 76 名.2008 年度,運営委員は 31 名.内クラス授業
に 関わるのは親 16 名,外 部ボランテ ィア 11 名で ,教師とし ての採用条件はない.ク ラス
は 幼児部,低 学年部,中学 年部,高学 年部,高等 部,特別支 援の 6 つあるが,日本語 能力
を 考慮し編成 しているため ,学齢だけ で分けては いない.また 同じクラス内に 2 年 3 年い
る ということ になるため学 習活動の計 画は非常に 難しい.多 くの子どもが国際結婚児 であ
る が,国籍は 様々であり, 通っている 学校の学習 言語も,英 語,タイ語,中国語と様 々で
あ る.筆者は この教室に 2002 年後期から参加し ている.
179
2.2 子 ど も た ち の 具 体 的 な ケ ー ス
では多様化 しているとい われる子ど もたちの実 態はどのよ うなものなの だろうか. 継承
語 教室の子ど もSとRの例で紹介す る.
S は今 年 12 歳で タイ人を父親,日本人を母親 とする国際 結婚児であ る.教室には 6 歳か
ら 参加してい る.両親の共 通言語が英 語だったこ とから,幼稚 園からインターナショ ナル
校 に通って最 近まで父親と は英語でや りとりして いた.母親 は働いており,そのため 母方
の 祖母が 4 歳 までタイで養 育を手伝い 日本語でや りとりしてい たが,母とは英語と日 本語
使 用が基本で ある.教室で は低学年の 頃から主張 が通らない と英語でまくし立て同年 齢の
子 どもと関係 がうまく作 れていなかっ た.S はタ イ語はほと んどできなかったが,昨 年懲
役 の義務を回 避するため タイ語コース を選択する ことになり 週 5 時間のタイ語学習が 課せ
ら れた.その ため母親が教 室をやめ ることを提案 したが S は継 続を希望し,その後自 分か
ら 友達に話し かける姿がよ く見られ るようになっ た.また日本 人とは日本語しか使わ ない
よ うになり, 休憩中タイ語 第1言語の 友達とタイ語で楽しそ うに話す姿もよく見られ るよ
う になった. これはタイで生活しな がら英語が第 1 言語のケ ースである.英語の社会 的地
位 の高さもあ るが,海外の どこに移動 するか不明であることも 英語選択の 理由として ある.
英 語を学習言 語として選 んだ場合 3 言 語環境にな り,これは英 語圏にはない特徴であ る.
Rはタイ人 を父親,日本 人を母親 とする今年 13 歳の中学生 である.教 室には 11 歳で参
加 し現在2年 目である.父 親の仕事の 関係で移動 の激しい生 活を送っていた.日本で 生ま
れ たが,2歳 から3歳まで アメリカに 滞在し,6 歳までは日 本とタイの移動を繰り返 す生
活 が続きタイ に滞在中も一 箇所定住で はない.7 歳から2年 間は日本に滞在し日本の 学校
に 通った.タ イに戻って からはタイ語 現地校に通 学しており ,この教室に来るまで母 親以
外 の日本人と の接触はな かった.しか し,タイも タイ語も好 きではないと言う.Rは バン
コ クの隣の県 から通って いるが,母親 によればこ の教室に来 ることを何よりも楽しみ にし
て いるそうで ある.これ は非常に移動 が多く,学 習の機会や人 間関係を何回も分断さ れ,
言 語間の移動 と文化間移 動を繰り返し たケースで ある.これ ほど移動の多いケースは この
教 室では初め てであるが,4 年 間で日本からタイ,タイ からアメリ カ,そして またタイへ
戻 った例もあ り決して特殊なわけでは ない.
ここにあげ た子どもた ちは,この教 室で最も多 い,母親が 日本人で父親 がタイ人の 子ど
も たちで,教 室活動を日本 語で行える 子どもたち である.両 親が日本人で英語が学習 言語
の 場合,タイ 語が学習言 語の場合,父 親が日本人で母親がタ イ人の場合,日本人とタ イ人
以 外の国際結 婚の場合,タ イ人の親 でも中華系あ るい はマレ ー系など,その生活背景 ・言
語 環境,滞 在の理由 も多様であ る.滞 在の形は長期滞在者が多 いが,62 家 族中永住と 言う
人 は 12 家族だけである. 子どもたち の生活環境は常に言語 間・文化間の 移動の中に あり,
国 境を越えた 空間移動の中 にある.こ のような多 様性と移動 性の中で育つ子どもたち にと
っ て必要なこ とばの力とは どのような ものなのだ ろうか.
3.どのような能力を育成するのか
先行研究を 概観する限り ,継承日本 語教育独自の能力育成 の目標は議論 されていな い.
し かし,それ を明確にし ない限り継承 日本語教育 のあり方は見 えてこない.では継承 語教
育 はどのよう に捉えられ てきたのだろ うか.
継承語教育 は一般的に 民 族のアイデ ンティティ や親の言語の継承と保持 が大きな目 的と
さ れ,それは 個人の意思だ けでなく社 会の意思も 反映してい ると捉えられてきた.ま た民
族 アイデンテ ィティがな くなって根無 し草になっ てしまうこと が大きな危機感を持っ て語
ら れている. しかし今海 外で育つ子ど もたちにと って本当に 必要なのはこのような民 族ア
イ デンティな のだろうか.
ホール(1998)は「文化 的アイデン ティティと は「あるも の」というだ けでではな くな
る もの」であ り,「本質で はなく位置 化(positioning)であ る」と述べて いる.また 佐藤
(2008)は海 外で成長す る子どもたち にとって「自分をとらえ る新しい枠が必要」で あり,
「 多くの人と の関わりの中 で自分で主 体的にアイ デンティティ を成長させることが必 要で
180
あ る」として いる.筆者も またこのよ うなアイデ ンティティ観に立たない限りハイブ リッ
ド な環境に生 きる子ども たちのアイデ ンティティ を捉えるこ とはできないと考える. 筆者
は 海 外で 育つ子 ども た ち が 実 際 に ど の よ う に ア イ デ ン テ ィ テ ィ を 形 成 さ せ る の か 探 る た め ,
日 本 語 を 継 承 語 と す る 成 人 E と K に イ ン タ ビ ュ ー を 行 っ た . イ ン タ ビ ュ ー 時 期 は 2007 年 か ら
2008 年 に か け て . ラ イ フ ヒ ス ト リ ー の 聴 き 取 り と フ ォ ロ ー ア ッ プ イ ン タ ビ ュ ー の 2 回 で あ る .
Eはタイ人 の母,日本人の父をもつ現在 23 歳の女性である.日本で生ま れて 3 歳ま で日
本 で育った. 学校はタイ の学校だが母 親は日本人として育て たいと努め,幼少時は母 親と
の 会話は日本 語だった.3 年生まで週 末に日本人学 校にも通っ たが仲間に なじめずや めた.
大 学では日本 語を専攻した が日本語は できて当然 とされる周 囲の評価などがストレス で 2
年 生の時タイ 語名に改名し た.しかし 拒食症状態 が続き卒業後 も仕事に就けずにいた.E
は 外見が非常 に日本的であ る.そのた めもあり外 部から常に 日本人として期待され, 努力
も 評価されず ,誰にも理解 されなかっ たことが辛 かったと語 る. この例は 外部に期待され
た アイデンテ ィに押しつ ぶされ,主 体的に アイデ ンティティを 選び取っていけなかっ た例
で ある.Eは 現在病気も治 り日本名で 呼ばれるこ とにも違和 感はない.近々日本に留 学し
て デザインの 勉強をする つもりなのだ という.元 気になった きっかけは自分の経験を 人に
話 したことで 同じような背 景の人と出 会い,共感してもらえる 人と出会え たことだと いう.
Kは両親が 日本人だが フランスで生 まれフラン スで育った .現在日本の 大学に通い ,明
晰 な日本語で 話すが,母語 はフランス 語だと言い 切る.日本 語は日本に来るまで読み 書き
は ほとんど出 来なかった. フランスで は現地校に 通っており ,言葉に不自由を感じた こと
も 日本人であ ることを意識 させられた こともない. しかし,なかなか自分の意見が言 えず,
中 学生から高 校まで友だち ができず悩 み,自分に 自信がまっ たくなかったため,勉強 も出
来 ず,高校は 留年した.父 親が本帰国 になった際 これを機会 に友人を作れる自分にな ろう
と 決心した. 大学受験に は一度失 敗し たが,友人 もでき自分に とって居心地のいい場 所を
初 めて見つけ た.今は友達 も多く,い ろいろなこ とに自信が 持てている.企業研修で も評
価 され,あと数年で 日本 語も母語にで きる自信が あると朗らか に語る.この例は自分のア
イ デンティテ ィを主体的に 選び取り自 分自身で変 容させ,成 長させた例である.
これらの例 からわかる のはアイデ ンティを主体 的に選び取 ることの重 要性である.また
日 本語能力も 本人の主体 的選択によっ て学齢期を 過ぎてから も大きく伸長することが わか
る.
継承日本語 教育が今育 成しなければ ならないの は,固定さ れた民族と い う境目意識の育
成 ではないだ ろう.それは また親 A の 文化の継承か,親 B の文化の継承かの選択でもな い.
親 とは異なる 環境を生き, これからも 生きていく子どもたち にとって必要なのは, ハ イブ
リ ッドな環境 を移動する過 程において ,自分自身の位置を自 分で決め,周りの人々と の関
係 ,世界との 関係を自分 自身で構築で きる能力だ ろう.そし てこの関係性の構築に必 要な
言 語能力が, 育成すべき ことばの力と いうことに なると考え る.これが継承語教育の 目的
で ある.
ではそもそ も子どもは どのようにこ とばを成長 させるのだ ろうか.岡本( 1985)は「こ
ど もは関係性 の中で言葉を 育てていく 」といい, こどもはこ とばをただ覚えていくわ けで
は ないから「 言葉を与えれ ばいいもの ではない」 とし,こと ばの使われる文脈と,そ のこ
と ばを使う人 との関係性を強調する .川 上( 2006)は,JSL の こどもの日本語指導に 必要
「 文脈化」
「統合化」の 3 つの観点を 示している.
「個別 化」と は子
な 観点として「 個別 化」
ど もの多様な 個に応じた言 語学習の提 供のことで あり「文脈 化」とは子どもがことば を覚
え る流れのこ とで,こと ばを使う必然 と意味が子 どもに見え る,ということである. そし
て 「統合化」 とは,言いた いことが生 まれたとき にその言い たい内容を言語化してい く体
験 のことであ る.この体験 を通して初 めて子ども はことばを自 分のものにしていく.
これらの観 点は子ども を対象とした 日本語教育である継承 日本語指導で も同様に重 要な
観 点である. このように見 ていくと子 どもが周り との関係を 育て,世界との関係を構 築で
き るそのよう なことばの力 とは,まさ に関係性の 中でしか構築 できないと いうことで ある.
181
4.新たな教室像
4.1 継承日本語教育の場の捉え なおし
では継承日 本語教育の実 践において 今まで言っ てきた目的 や能力の育成 はどのよう に具
体 化されうる のであろうか .そのまえ にまず継承 日本語教育の 現場を捉えなおしたい .
佐々木(2003)は継承 日本語教育の 現場の現状 を「①場所が ない②教材 がない③教 師が
い ない④子ど もに学習の目 的がない」 と負の要因 でまとめた .子どもに日本語学習の 目的
が ないという のは最も重大 な指摘だが ,これにつ いては3で 意義を問い直した.確か に教
師 がいないの はどの現場も 最も大きな 課題の一つ であろう. しかしそもそも子どもの 日本
語 教育の専門 家はまだ少な い.しかし 今後も海外 の隅々に専 門家が配置されるとは思 えな
い .であれば 親と地域に 住む日本 人人 材を継承日 本語教育の現 場に資源として活かす こと
を 考えなけれ ばならない. 3で,海外 で成長する 子どもたち にとって自分自身で新た なア
イ デンティテ ィを形成して いく必要を 述べた.そ れは子ども だけでなく,海外に住む 大人
た ちにも言え ることではな いか.多様 化と移動性の高い今の 海外の状況の中で,大人 たち
も 従来の日本 人アイデン ティティで捉 えられない自分を感じ ,自分を捉える新しい「 枠」
を 必要として いる.継承 語教室の子供 にとっての目的を捉え なおしたとき,海 外に住 む大
人 にとっての 意義もまた見 い出すこと ができる.
専門家のい ない継 承日 本語教育の現 場は常に指 導者不足に 悩んでいる. しかし子ど もが
い るところに は大人もい るはずである .海外に住 む邦人を地 域の人的資源として活か すこ
と は十分可能 である.継承 日本語教育 の今後の可 能性は現状 の中の正の要因を探すこ とか
ら 始めなけれ ばならないと 考える.
4.2 親が 教師をやることの意義
継承日本語 教育の現場で は親が教師 をやること はよくある ことだが,教 師を雇えな いこ
と がその理由 である.しか し果たして 教師を雇う ほうがいい と単純に言えるのだろう か.
この教室で 10 年教 師をやって いた F さんが今期 で辞めること になった.15 歳にな った
娘 が教室をや めたあとも教 師として活 動していた 人である.F さんがこの教室に関わ った
理 由は,娘が F さんが日 本人と日本 語を話すこと を拒否した ことがきっかけである. F さ
ん はタイ人の 夫とアメリ カで知り合い ,共通語は 英語である .そのため,子どもと二 人の
と きは日本語 ,家族でい るときは英語 で育てた. しかし日本 に行って日本語を話す F さん
に その時4歳 の娘が強い拒 絶反応を示 し,それ以 後二人の時 も英語になって行った. 娘と
日 本語で話す ことは無理な のかとあき らめた頃教 室が始まり 即座に入室した.教師を やろ
う と思ったの は自 分が他の 人と日本語 で話すとこ ろを見せ,娘 に親は日本人で日本語 を話
す のだという ことを納得さ せたかった だからとい う.その後娘さんは 10 年 間教室に通 い今
春 学業の忙し さのためやめ たがその時 F さんにつ いて「お母さ んはかっこよかった. 仕事
も すごく忙し いのにいつも 教室の準備 をしてがん ばっていた.お母さんから日本語を 頑張
れ と言われた ことはない.でも お母さんががんばってい るから私も がんばった .」と語 って
い る.F さん自身は今「この教 室は人生を考 えさせる場所なんです.」と振り返 る.
先に述べた シンガポール での補習 校ネットワー ク研修では, 補習校に行 きたがらな い子
ど もへの対応 が親からの相 談として最も多いと報 告があった が, バンコク継承語教室 では
問 題になって いない.この 教室は子ど もだけを通 わせる教室 ではなく,親もまた一緒 に通
う 教室なので ある.親が教 師をつとめ た最初の理 由は教師が いないことだったが,継 承日
本 語教育では 親が教師であ ることは教 師不足を埋 める以上の意 味を持つ.
4.3 新し い目標と実践化
今年 3 月, 上記で問い直 した継承語 教室として の教室の目 標を話し合っ た.その時 教師
達 からは,こ とばの数や書 記能力でし かことばの 能力を見てい なかったのではないか,関
係 性を積極的 に構築しよ うとしなかっ たのではな いか,子ど もにとって教室は楽しい 場に
な っているの か,など様々 な反省が出 た.その結 果今まで欠 けていた関係性の育成, 関係
性 からのこと ばの育成を意 識し,まず お互いを知 り合い理解 し合うことを教室のテー マに
し た.そして 2008 年度の 教室目標を「 親との絆を 深め,同じ 背景を持つ 子どもたち と共通
182
言 語である日 本語活動を通 じお互いの 理解を深め る」とし, 教室のあり方を考える柱 とし
て ①異文化性 を資源と考え る―子供同 士の異なり ,また親同 士の異なりも資源として 学習
活 動に組み込 ん でいく.② 子ども同士 の関わりを 資源と考える ―学年を超えた活動を 組み
こ み,より関 係性を深め る.この 2 つ を掲げた. 子どもたち の能力差を含めた異なり と多
様 さそのもの がやり取りを 生むものに なるはずで あるし,親 が経験していない世界を 生き
て いくことに なる子ども たちにとって お互いの存 在は今まで 考えていた以上に重要な もの
で あるに違い ない.そし て教室ではで きるだけ子 どもにとっ て意味あるやり取りを起 こす
活 動を考えて いこうという ことになっ た.また人 的資源の活 用として教室のビデオ記 録係
り と宿題コメ ント係りを新たに設け た.これによ って親のほ とんどが教室の活動に関 わる
こ とになり, 親と子,親同 士の関係性 も教室の運 営に組み込 まれることになった.
5.カリキュラム開発に向けて
現在上記目 標に立って実 践が進みつ つある.し かし,関係 性の育成,関 係性からの こと
ば の力の育成 にはいままで の授業観か らの大きな 変換が必要 である.子どもとのやり 取り
を 通しことば の力をつけ ていく教室は ,教師を務 める大人た ちが経験したことのない 教室
で ある.この ような大きな 教育パラダ イムの変換 はすぐに形 にはならない.それは教 室で
起 こる一つ一 つの具体的な 事柄を検 討し,その検 討を重ね てい く中でしか形となって 現わ
れ はしないだ ろう.(佐藤 1996)によれば,もと もとカリキ ュラムとは学習や授業に 先立
っ て定められ たプランでは なく,
「教育経験の総体」であり,
「 学びの経験(履歴)」で ある
と いう.その 捉え方にた てば,我々が 今経験し, 経験してい く教育活動それ自体がカ リキ
ュ ラムになっ ていくと考え る.また継 承語教室で は単に教室 内の学習の経験だけが重 要な
の ではない. 親とボラン ティアの多様 性も具体的に捉え,そ の多様さの中で実践がど のよ
う に起り得る のか,子ども たちがどの ように成長 していくのか ,これを教室の活動の 総体
と して捉えな ければ継承 語教室のカリ キュラムは見えてこな いだろう.これが継承日 本語
教 育のカリキ ュラム開発の 基本にある カリキュラ ム観である .そしてこのようなカリ キュ
ラ ム観にたっ た実践検討が カリキュラ ム開発の今 後の具体的 課題である.
参考文献
岡 本夏木(1985)『ことば と発達』岩 波新書.
川 上郁雄編(2006)「年少者日本 語教育実践 の観点―「個別化」「文脈化」「統合化」」
『移
動する子ど もたちと日本 語教育-日 本語を母語 としない子ど もへのこと ばの教育を 考
える-』明 石書店 pp23-37.
佐 々木倫子(2003)「加算的バイリンガル に向けて―継 承日本語教 育を中心に ―」
『桜美林
シナジー』創刊号 桜 美 林大学院国 際学研究科ジャーナル pp23-38.
佐 藤郡衛(2008)「「第三の 文化」をも つ子どもの 育成に向け て-子どもたちをいかに 支
えるか―」『 アメリカで 育つ日本の 子どもたち- バイリンガ ルの光と影 ―』明石書店
pp.218-228.
佐 藤学(1996)『カリキュ ラムの批評 』世織書房 .
ホ ール・スチ ュアート(1998)「文化的アイデン ティティとデ アスポラ」( 小笠原博毅 訳)
『現代思想 』26 巻 4 号 青 土 社 pp.90-103.
中島和子(2003)「問題 提起『JHL の枠組みと課題―JSL/JFL とどう違う か―』」『母 語・
継承語・バイリンガ ル教育研究』プレ創刊 号
母 語・継 承語・バ イリンガル教育研究.
藤森弘子・伊 東祐郎・柏 崎雅世・中 村彰(2006)「外国・在外教育施設に おける日本 語教育の
現状と需要 調査研究
研究成果報告 」科学研究 費補助金海 外学術調査
基盤研究( B)(2)
課題番号 15401017.
外 務省領事局 政策課ホー ムページ www.mofa.go.jp/MOFAJ/toko/tokei/hojin/07/pdfs/1.
pdf(2008 年 7 月 アクセス)
連絡先
174 soi49/8 Sukhumvit Rd., Bangkok 10110 THAILAND
183
[email protected]
10 月 17 日(金)
C 会場
184
タイの日本語教科書にみられるスピーチレベルシフト
―社会言語学的視点からみた日本語教育へ―
村木佳子( 東京外国語大 学)
1.研究の目的
本研究では タイで使用さ れている代 表的な日本 語教科書を 取り上げ,社会言語学的 視点
か らその会話 中にみられ るスピーチレ ベルシフト の扱われ方 について考察する.
近年 , 母語 話 者 や 外 国 語学 習 者 を 対 象と し た社 会 言 語学 的 ,語 用 論 的研 究 が論 じ られ,
文 法能力だけ でなく社会 文化能力,社会言語能力の習得に も留意した外 国語教育の 重要性
が 言われてい る(松本ほか 2004,三牧 2007).日 本語の談話 研究におい ては,日本 語母語
話 者は場面や 相手,状況によってそのスピ ーチレベル を意識・無意識的 に使い分け ている
だ けでなく,同じ相手に 対する同じ 会話の中でも混用して いることが明 らかにされ ている
(Ikuta1983,生田・井出 1983,伊集院 2004,宇 佐美 1995,三牧 2002).
そ れでは,文 法 能力と同様,どの ようにした ら学習者が 社会文化能力 や社会言語 能力を
高 め て いけ る だろ う か .特 に,海 外 で外 国 語 とし て 学ぶ (JFL)学 習 者の 場 合, 教 室 で の 社
会 文化能力,社 会 言語能力に関する適切な 指導と合わ せて,そ れらの運 用モデルと なる会
話 や説明を含 んだ教材,教 科書が欠 かせないだろ う.
以上の問 題意識から, 本研究では タイで作成・ 使用されて いる日本語 教科書 2 種 を対
象 に,社会 言語学的視点 からその会 話中に見られ るスピーチ レベルとそ のシフトの現状を
把 握すること を目的とす る.
2.先行研究
2.1.スピー チレベルおよ びスピーチ レベルシフ トの定義
日本語の文 末形式(スピ ーチレベル )は大きく分けて,「デスマス体」「丁寧体」「 敬体」
な どと呼ばれ る形と,「ダ 体」「普通体」「常体」 などと呼ばれ る形 に大別 される.そし て,
同 一の文章や 談話におい て文体が変化 (シフト) する部分に 着目した研究がある.ス ピー
チ レベルシフ トに関する先 行研究は,社会言語学 的立場をと るもの(Ikuta1983, 宇 佐美
1995,三牧 2002, など),社会人 類学的立場を とるもの(Cook1998,Dunn2005,など)と
文 法論的立場 をとるもの(Maynard1991,野田 1998, など)に分け られる.
本研究では ,社会言語 学的立場から ,ある談話で選択され る「デスマス 体」や「ダ 体」
な どの文体文 末をスピー チレベルと定義する.そして,スピー チレベルシフトとは,
「 デス
マ ス体」から 「ダ体」へ, あるいは, その逆の切 り替えのこ とを指すことにする.
2.2.スピー チレベルの分 類
先 行研究で は,
「デ スマス体」
「ダ体」の使用,終助詞「よ」
「ね」の使用,敬語の使 用な
「鈴木さんは ?」などのように言い切ら ない
ど により,様々な 分類が行われている.また,
表 現形式に対し,宇佐 美(1995)や陳(2000)などでは中 途終了型発話(Non-Marker: NM)
と いう分類項 目を設け,そ れは日本語 母語話者の 会話によく 見られる特徴だとしてい る.
本 研究では,スピー チレ ベルシフト の現状を把握 する目的か ら,
「 デスマ ス体」と「ダ 体」,
そ して中途終 了型(以下, NM)という3つの分類項 目を設定す る.中途終了 型発話には ,言
い 切られてい ない表現形 式やあいづち 詞,応答詞 などを含む.
2.3.スピー チレベルとシ フトの機 能
スピーチレ ベルシフト に関する先行 研究では, 会話参加者 の社会的地位 ,年齢,親 疎関
係 などが主な 生起条件とな り,会話す る者同士の 心的距離の 調節や談話の展開に関わ って
い るとしてい る(Ikuta1983, 生田・井出 1983,宇佐 美 1995,三牧 2002,など).
それに対 し ,言語人 類学的アプ ローチから ,Cook(1998)や Dunn(2005)は ,スピー チレ
185
ベ ルシフトが 親しさなど を示す心的距 離の調整と してでは説 明できない例があるとし ,ス
ピ ーチレベル には場にお ける話者の役 割を示す機 能があり, そのシフトはその場にお ける
役 割の変化を 示すとして いる.
本 研究では ,社会言語学 的立場を取 り,スピーチ レベルシフ トには①心 的距離の調節 ②
談 話の展開標 識の機能が あると仮定 する.
2.4.教科書 研究
2.4.1.教科書研究の意 義
学 習者にと って,教科 書の内容や例 文,提示は 目標言語の運 用モデルとなる.学習 者が
あ る表現の正 誤を判断する 際,教師や 母語話者に 確認するこ ともあるが,海外で外国 語と
し て学ぶ(JFL)学習者の場 合など,学習環境によっては,教科 書が信頼で きる唯一の 学習リ
ソ ースである 場合も多い.また ,教師 とって,教科書は 指導の基準で あると言え る.特 に,
目 標言語の知 識が乏しい教 師や,教授 経験の少な い教師にと って,教科書の内容がそ のま
ま 指導内容に なることも珍 しくない.
更 に,Jones(1997)は教 授・学 習プロ セスで教科 書の会話が 担う役割と して,本文会 話に
よ って,社会 的文脈の中で ,実際の使 用場面に即 した会話を学 ぶことが可能になるこ とを
示 唆している .
2.4.2.スピーチレベル シフトに関 する教科書 分析
谷 口(2004)は,初級・中級段階の教科書 10 種について,教科書に提示されたスピ ーチ
レ ベルシフト の出現頻度と 特徴を分 析している.その結 果,10 種中 3 種,計 5 会話と「 ス
ピ ーチレベル シフトの取 扱いは極め て少ない(pp.48:20)」ことを明 らかにした .また,会
話 内にシフト がみられても ,それに対 する説明が ないという 点にも言及している.
3.本研究の概要
3.1.研究対 象
谷口(2004)が扱っ た教科 書は,日本 で出版され たもので学 習者の母語は 様々である .そ
れ に対し, 本 研究では,タ イ語話者 向けに タイで 作成,使用さ れている初級日本語教 科書
の 中にある本 文会話を分析 対象とする .スピーチ レベルに関 する説明については,教 科書
全 体を対象と する.
①『日本語 よろしく』 全 6 分冊(全 60 課) ( 以下,『よろしく』)
②『あきこ と友だち』 全 6 分冊(全 30 課) ( 以下,『あきこ』)
3.1.研究設 問と仮説
3.1.1.研究設問
(1) 本文会話 のスピーチレ ベルシフト には,どの ような特徴 があるか.
谷口(2004)では,スピ ー チレベルシ フトの扱い が極めて少 ないとしてい るが,本研 究の
分 析対象は, 人物設定が明 確で,課の 進行と共に 時間の経過 がみられる.そのため, 初級
の 教科書では あるが,年齢 差や心的距 離の変化が 要因である シフトがみられるのでは ない
か .特に,課 の進行に比例 して,総体 的に心的距 離の変化に よるシフトがみられるの では
な いか.
(2) スピーチ レベルの使い 分けについ て,具体的にどのよう に説明してい るか.
一 般的に丁 寧さを表すと 認識されて いる日本語の「デスマ ス体」とタイ語の文末詞 /kh/ 1
が 比較対照す る形でスピ ーチレベルシ フトの使い 分けについ て説明があるのではない か.
3.2. 分析の方法
1
Prasithrathsint(2001) は , 文 末 詞 /kh/に は 「 提 供 」 と 「 要 求 」 の 機 能 が あ る と 述 べ て い る .
186
始めに,教 科書の時間 設定とスピー チレベルシ フトの出現 頻度の関係を 調べるため ,全
分 冊を 2 冊ごとに 区切り,それぞれの 区切りでス ピーチレベ ルシフトがどのくらい出 現す
る かを調べた .そして,そ の特徴を考 察した.更 に,スピー チレベルシフトに関する 教科
書 内の説明が あるか,あれ ばどのよう な説明をし ているか, また,その説明が教科書 に反
映 されている かを調べた.
4.分析結果と考察
4.1.量的分 析
『よろしく 』では 151 会 話中 19 会 話,『あきこ』では 48 会 話中 10 会話 にスピーチ レベ
ル シフトがみ られた.全分 冊を前半 ,中,後半の 3 つわけて集 計した,それぞれのス ピー
チ レベル使用 頻度は表 1 の通りである .全会話の 基調となる スピーチレベルは「デス マス
体 」で あり,
「ダ体」が 2 文連続して見ら れる部分 は 1 回しかな かった.よって,本データ
で は「ダ体」 の使用頻度と スピーチレ ベルシフト の頻度はほ ぼ同じとみなしてよい. そう
す ると, 課の 進行に比例し て総体的に 心的距離の変化による シフトがみられるのでは ない
か という仮説 は否定され た.
<表 1>各教科 書における 本文会話の スピーチレベ ル
『よろしく』
ダ体
NM
506
91.50
出現数(文)
596
94.30
出現数(文)
492
94.80
12
2.17
10
1.58
0
0.00
35
6.33
26
4.12
27
5.20
1594
93.55
22
1. 29
88
5.16
デス
マス体
1,2 分 冊
割 合 (%)
3,4 文 冊
割 合 (%)
5,6 分 冊
割 合 (%)
出 現 数 (文 )
出現数総計(文)
割 合 (%)
『あきこ』
デス
マス体
ダ体
NM
553
100
632
100
519
100
220
82.40
304
80.21
236
87.73
7
2.62
5
1.32
3
1.12
40
14.98
70
18.47
30
11.15
267
100
379
100
269
100
1704
100
760
83.06
15
1.64
140
15.30
915
100
合計
合計
4.2.質的分 析
4.2.1.スピーチレベル シフトの特 徴
『よろしく』で は,第 4 分冊の第 1 課で辞書形が提出 されている.そ して,その後の 本文
「お はよう」
「ど うもありがとう」
「そう そう」
会 話でスピー チレベルシフ トがみられ るのは,
と いう 3 語のみである.『あきこ』でも「(どうぞ)よろし く.」「(どう も)ありがと う.」
「 おはよう.」とい う決まった語 彙で,先生や大人が子供たち に対してス ピーチレベル シフ
ト が見られる .友人同士で は男子学生による「あ りがとう」 という発話が 2 回みられ た.
こ れらは心的 距離に関係 している. 今 回のデータ では談話の展 開に関わるスピーチレ ベル
シ フトは見ら れなかった。
①
2 課 あき こ が 初 め て ホ ス トフ ァ ミ リ ー と 会 う 場 面 で
あきこ :どうぞ よろしく おねがいします.
ピヤ
:ピヤです.どうぞ よろしく .
ニパー :ニパーです.どうぞ よろしく.
あきこ :よろしく おねがいします.
ニパー :あきこさん.むすめです .
ナッター:はじめまして.どうぞ よろしく.
あきこ :よろしく.しつれいですが,おなまえは.
( 『 あ き こ 1』 p. 48
ナッター:ナッターです.
187
)
②
21 課 あき こ と ス リー ラ ッ ト が , 正門 前 で 文化 祭を 見 に 来 てく れ た リー を 迎え る 場 面
リー
1: 道 が こ ん で い た の で , お く れ て す み ま せ ん .
あきこ
1: だ い じ ょ う ぶ で す よ .
リー
2: 今 日 は 文 化 祭 に よ ん で く れ て , ど う も あ り が と う .
ス リ ー ラ ッ ト 1: い い え . こ ち ら こ そ 来 て く れ て あ り が と う ご ざ い ま す .
あきこ
2: じ ゃ , ま ず わ た し た ち が 作 っ た ポ ス タ ー を 見 に 行 き ま せ ん か .
( 『 あ き こ 4』 p. 98 )
リー
3: そ う で す ね . ど こ で す か .
ま た,中途終 了型発話に ついては,
「ナ ッターさんは?」
「~はち ょっと…」
「 ~だし….」
と いった決ま った形での表 現が見られ た.やは り,初級ではまず汎 用性がある 形を教える
と いうことと 関係がある のではないだ ろうか.
4.2.2.スピーチレベル シフトに対 する説明
『よろしく』で は,第 6 分冊の第 6 課と第 7 課の「 読解練習」にダ 体の使用が見られる.
第 6 課では子 どもについて の父親と 母親の会話,第 7 課で は,同じ 家族の子ど も同士の会
話 である.つまり,家族という 身内では常体 を使うとい うことを示 している例で あると言
え る.また,第 6 課~第 8 課にかけ ての「知っ ておきたい知識」と いうコラムで は「丁寧
体 と普通体」という題名で 日本語の丁 寧体と普通体を 3 回 に分けて タ イ語で説明 している.
『あきこ』 では以下のよ うに文法 説明がついて いる.
動 詞 の ま す 形・形 容 詞 + で す・名 詞 + で す は 敬 体 で ,普 通 は 文 末 に 使 わ れ る .タ イ 語 の krap,
kha と 似 て い る . そ し て , 聞 き手 へ の 丁 寧 さ を 表 す .
普通,常体は次のような時に使われる.
a 親 し い 人 に 使 う . 例 ) 家 族 の 人 b. 書 き 言 葉 で 使 う . 例 ) レ ポ ー ト , 新 聞 記 事 な ど
c. 21 課 に で て く る よ う な 連 体 修 飾 節 な ど に 使 う .
(『 あ き こ 4』20 課 ぶ ん ぽ う p.80,81 よ り 原 文 は タ イ 語 )
『よろしく 』と同様,家族の間で はダ体(常 体)を使う という説 明だが,本 文会話では
家 族間でもデ スマス体が基 調であり, スピーチレ ベルシフト は見られない.また,1 年間
一 緒に勉強し ている高校 生が,最後ま でデスマス 体を基調とし た言語使用をしている .
5.結論と今後の課題
以上,教科書の社 会的場面設定がスピー チレベルシフ トには反映 されていな いというこ
と がわかった .むしろ,シフトは 決まった表 現でしか現れ ず,最後 までデスマ ス体のみが
使 用されてい るというも のがほとんど だった.また,本 文会話のス ピーチレベ ルシフトが
起 こっている 部分への説明 は見られな かった.さらに,スピーチレベ ルの使い分 けについ
て 説明はある が,具体的な例や練習 が不足してい る.
従って,教科書だけ でスピーチ レベルシフト を身につけ ることは困 難であり,教室内で
の 指導に工夫 が必要であ ると言える.また,文 法能力と同 様,社会 文化能力や社 会言語能
力 に関する談 話研究,およ びその説明 を加えた教 材開発が今 後の課題である.
参考文献
生 田少子・井 出祥子(1983)「社会言語における談 話研究」『月刊言語』 12(12) pp.77-84.
伊 集院郁子(2004)「母語 話者による場 面に応じた スピーチスタ イルの使い分け-母語 場面
と接触場面 の相違-」『社会言語科 学』6(2) pp.12-26.
宇 佐美まゆみ(1995)「談話 レベルから みた敬語使 用―スピー チレベルシフト生起の条 件と
機能」『学宛 』622 昭和女子大学近代文学 研究所 pp.27-42.
188
岡 本能里子(1997)「教室 談話における 文体シフト の指標的機 能―丁寧体と普通体の使 い分
け-」『日本 語学』16(3) pp.39-51.
谷 口まや(2004)「日本語教材に おけるスピー チ・レベル・シフトの取 扱いについ て」
『AJALT
日本語研究 誌』pp.35-51.
松 本善子・清 水崇文・岡 野久代・久 保百世(2004)「気づきと選択:社会言 語学的能力の養
成を目指す 日本語教育の 意義」南雅彦・浅野真紀子共編『 言語学と日本 語教育 III』pp.
41-58. くろ しお出版.
三 牧陽子(2002)「待遇レベ ル管理から みた日本語 母語話者間の ポライトネス表示―初 対面
会話におけ る「社 会的規範」と「個人のス トラテジー」を中 心にー」
『社会言語 科学』5(1)
pp.56-74.
三 牧陽子(2007)「文体差 と日本語教 育」『日本語 教育』134 pp.58-67.
吉 田茂・大橋 理枝(訳編)(2004)『外国語教育 Ⅱ― 外国語の学 習,教授, 評価のための ヨー
ロッパ共通 参照枠―』 朝日出版社 .
Agha,Asif (1993) Grammatical and Indexical conversation in Honolific discourse.
Journal of Linguistic Anthropology 3(2) pp.131-163.
Brown,P.and Levinson,S.(1987) Politeness: some universals in language usage .
NewYork: Cambridge University Press.
Cook,Haruko M.(1998) Situational Meanings of Japanese social deixis: the mixed use
of the masu and plain forms. Journal of linguistic anthropology 8(1) pp.87-110.
Cook, Haruko M.(2006) Japanese politeness as an interactional achievement: academic
consultation sessions in Japanese Universities. Multilingua 25 pp.269-292.
Dunn,Cynthia D.(2005) Pragmatic function of humble forms in Japanese ceremonial
discourse. Journal of Linguistic Anthropology 5(2) pp.218-238.
Ikuta , Shoko (1983) Speech Level Shift and Conversational Strategy in Japanese
Discourse. Language Sciences 5(1) pp.37-53.
Janes,Angela (2000) The interaction of style-shift and particle use in Japanese
dialogue. Journal of pragmatics 32 pp.1823-1853.
Jones, A. Martha, Catherine Kiteru & Jane Sunderland (1997) Discourse roles, gender
and language textbook dialogues: Who learns what from John and Sally?. Gender
and Education 9(4) pp.469-490.
DOI: 10.1080/09540259721204
Maynard,Senko K.(1991) Pragmatics of discourse modality: A case of da and desu/masu
forms in Japanese. Journal of pragmatics 15 pp.551-582.
Okamoto, Shigeko (1999) Situated politeness: Manipulating honorific and
non-honorific expressions in Japanese conversations. Pragmatics 9(1) pp.51-74.
Prasithrathsint, Amara (2001) Syntactic distribution and communicative function of
the /kh/ polite particles in Thai.Phasaa le phaasaasat (Language and linguistics)
20(1) pp.11-23.
Rivers, W.M.(1981) Teaching Foreign Language skills . Chicago: University of Chicago
Press.
参考資料
『 日本語よろ しく』1~6
『 あきこと友 だち』1~6
連絡先
泰日経済 技術振興協会.
国際交流 基金.
[email protected]
189
タイ人向け日本語教科書『日暹會話便覽』・『日泰會話』・NIPPONGO
のことば
伊藤 孝行(Thammasat University)
1. はじめに
本発 表 はタイ 人 向け 日 本語 教 科書 『 日 暹會 話 便覽(に っせん か いわ べん ら ん)』(昭 和
13(1938)年 4 月発 行)・
『日泰會話(にったい かいわ)』(昭 和 15(1940)年 5 月 発行)・
『 NIPPONGO
〔 日・泰・會 話本〕』(昭和 17(1942)年 7 月発行)を資料とし,それらに掲載されてい る語
彙 について調 査したもの の報告であ る.
タイに於け る日本語教 育の歴史は 長く,今から ちょうど 70 年前の昭和 13(1938)年,ナ
ー プラランに 日泰文化研究 所・附属日 本語学校が 開校し,日 本語教育が行われていた .し
か し,タイ人 を対象とし た日本語教育 の詳細につ いては管見 の限り未だ明らかになっ てい
な いことが数 多あるのが現 状である.
そこで,本 発表ではタ イ人日本語学 習者向けに著された日 本語教科書, 泉虎一著『 日暹
會 話便覽』・國際文化振興 會著 NIPPONGO に収めら れている語 彙についてと りあげ,こ れら
の 日本語教科 書ではどの ような語彙が とりあげら れているの か,またどのような語彙 が現
在 の 日 本 語 教 科 書と 重 な っ て い る (ま た は 異 な っ て い る)の か ,『 日 本 語 能 力 試 験 出 題 基 準
〔 改訂版〕』『 日本語教育の ための基本 語彙調査』 との照合を 行った.
2 . 『日暹會 話便 覽』の語彙
2.1.『日本語 能力試験出題 基準』との 照合
2.1.1 品 詞別
4級 3級 2級 1級 級外 除外 計
動詞
78 75 119 21
18
4 315
形容詞 54 19 17
5
9
20 124
計
132 94 136 26
27
24 439
2.1.2 形 容詞
い形容詞
な形容詞
計
4級 3級 2級 1級 級外 計
46 14
8
4
9 81
8
5
9
1
0 23
54 19 17
5
9 104
2.2.『日本語 教育のため の基本語彙調 査』との照 合
2.2.1「基本六千語」「基 本二千語」 との一致状 況
動詞
形容詞
基本六千語にあり
一致数
一致率
277/311
89.1
95/104
91.3
190
基本二千語にあり
一致数
一致率
230/277
83.0
87/95
91.6
2.2.2 意 味分類
2.用の類
3.相の類
1.4
1.5
2.1
2.3 2.5 3.1
3.3 3.5
生産 自然物
精神
精神
抽象 人間活
人間活動
抽象
抽象
および
物
およ 自然
およ 自然
的
動
―精神および
的
的
およ 自然現
び 現象
び 現象
関係 の主体
行為
関係
関係
び
象
行為
行為
動詞
7
0
42
0
0
130
0 21
2
0
0
形容詞
0
1
7
0
1
0
0
0
46
31 28
計(項目別)
7
1
49
0
1
130
0 21
48
31 28
58
151
107
計(類別)
1.1
1.2
1.体の類
1.3
3. NIPPONGO の語彙
3.1『日本語能力試験出題 基準』との 照合
3.1.1 品 詞別
3.1.2 形 容詞
4級 3級 2級 1級 級外 除外 計
動詞
86 70 35
0
1
2 194
形容詞 69 15 14
0
0
0 98
名詞 227 132 168 11
59
1 598
計
382 217 217 11
60
3 890
い形容詞
な形容詞
計
4級 3級 2級 1級 級外 計
54 10
9
0
0 73
15
5
5
0
0 25
69 15 14
0
0 98
3.1.3 名詞
章名
1
2
3
4
1 Ningen
5
6
7
8
9
2 Ko-tu-, Tu-sin 1
2
1
3 Kyoiku, Tisiki 2
3
4
4 Gunzi
5 Seikatu
1
6 Zyo-tai
2
1
7 Ko-i, Sayo2
8 Sizen
1
9 Hakubutu
2
3
1
10 Basyo
2
3
11 Toki
12 Tan-i
13 Katati, Iro 1
2
計
節名
4級 3級 2級 1級 級外 不明 節計 章計
Hito
18
2
3
0
4
0
27
Karada
9
4
9
1
0
0
23
Kimono
7
4
8
0
2
1
22
Tabemono
12
1
1
0
1
0
15
Nomimono
4
1
3
0
0
0
8 185
Syokuzi
8
1
4
0
0
0
13
Ie
6
4
8
0
4
0
22
Tatemono
6
6
0
0
5
0
17
Do-gu, Kibutu 14
2 16
1
5
0
38
Ko-tu9
4
6
0
5
0
24
35
Tu-sin
7
2
1
0
1
0
11
Kyo-iku
6
2
0
0
0
0
8
Tisiki
6
1
1
0
0
0
8
40
Gakumon
0
7
6
0
0
0
13
Geizitu
5
4
2
0
0
0
11
1
1
5
1
4
0
12
12
15 18 31
2
2
0
68
68
Mono, Koto
3 14
7
0
0
0
24
44
Kokoro
0
7
9
3
1
0
20
Ko-i
1 10
4
0
0
0
15
22
Sayo0
3
4
0
0
0
7
14 18 14
0
1
0
47
47
Do-butu
4
1
4
0
2
0
11
28
Syokubutu
2
3
4
1
0
0
10
Ko-butu
0
2
5
0
0
0
7
Iti
8
5
2
0
2
0
17
35
Ho-ko11
0
0
0
0
0
11
Zyunzyo
4
2
1
0
0
0
7
28
1
1
0
15
0
45
45
9
0
1
1
2
0
13
13
Katati
4
2
7
1
3
0
17
24
Iro
6
0
1
0
0
0
7
227 132 168 11
59
1 598 598
191
計
202
114
316
316
3.2.『日本語教育のための基本語彙調査』との照合
3.2.1「基本六千語」「基本二千語」との一致状況
基本六千語にあり基本二千語にあり
一致数 一致率 一致数 一致率
動詞 192/194 99.0
2/192
1.0
形容詞
98/98 100.0
98/98 100.0
名詞 569/598 95.2 483/569 84.9
3.2.2 意味分類
1.1
1.体の類
1.3
1.2
人間活動
抽象的 人間活動
関係
の主体 ―精神および行為
動詞
形容詞
名詞
計(項目別)
計(類別)
0
1
142
143
0
0
81
81
0
3
143
146
622
計
2.用の類
3.相の類
1.4
1.5
2.1
2.3
2.5
3.1
3.3
3.5
生産物 自然物
精神
精神
抽象的
自然 抽象的
自然
および および
および
および
関係
現象 関係
現象
用具 自然現象
行為
行為
0
0
111
118
23
0
0
0 252
0
0
0
0
0
43
34
28 109
133
119
0
0
0
17
7
2 644
133
119
111
118
23
60
41
30 1005
252
131
1005
4. 級外の語彙
4.1『日暹會話便覽』動詞
aegu
あえぐ
kosan-suru
降参する
aku
あく(飽く・厭く・
kofuku-suru
降伏する
倦く,疲れるの意)
shirasu
知らす
ageru
あげる(吐く意)
suku
好く
ikaru
怒る
susuru
すする
inanaku
嘶く
fuku
タイ語:叱るの意味
つける(シャツを)
kakeru
かける(事物をおお
tsukeru
いかぶせる,
隠す意)
temaneki-suru 手招きする
kakeru
架ける(橋を)
hoi-suru
kusuguru
くすぐる
matataki-suru 瞬きする
包囲する
4.2『日暹會話便覽』形容詞
ajinai
味ない
tattoi
尊い
ara-ara-shii
荒々しい
maruku-nai
円くない・丸くない
kanbashii
芳しい
mizukusai
水くさい
komai
こまい
mutsukashii
むつかしい
sui
酸い
4.3NIPPONGO 動詞
osaeru
抑える
4.4NIPPONGO 名詞
Bando
バンド
Nedoko
寝床
Buta
豚
Niwatori
鶏
Kara-
カラー
Oke
桶
Ko-zyo-(Ko-ba) 工場(工場)
Sen
銭
Kuwa
鍬
Syaberu
シャベル
Mugi
麦
192
5 . 拾遺
5.1『日暹會話便覽』動詞
okona-u, okono-u ······
ikaru - okoru ·········
iku - yuku ············
5.2『日暹會話便覽』形容 詞
sui ···················
tattoi ················
mutsukashii ···········
komai ·················
au―ou
i―o
i―yu
すい ―すっぱい
たっ とい―とう とい
むつ かしい―む ずかしい
こま い―こまか い
6. おわりに
以 上,タイ人 向け日本語 教科書 3 本 を資料として照合を試み た.日本語教 科書にある こと
ば を中心に扱 ったが,この 結果は日本 語教育史のあ くまで一面 にすぎないものである.どの
よ うな経緯で このような語 彙が採られ ,またどの ような事情 で発行されたのか等々, 未だ
明 らかにされ ていないこ とは数多ある.今後の課題としたい.
参考文献
国 立国語研究 所(1987)国立 国語研究所 報告 78『 日本語教育 のための基 本語彙調査 』秀 英出
版.
関 正昭・平高 史也(1997)『日本語教育史』アルク.
独 立行政法人 国際交流基 金・財団法人 日本語国際 教育協会(2004)『日本語能力試験出 題基
準〔改訂版〕』凡人社.
松 井 嘉 和 ・ 北 村 武 士・ Voravudhi Chirasombutti(1999)『 タ イ に お け る 日 本 語 教 育 ― そ の
基盤 と生成と発展―』錦正社 .
連絡先
2 Phrachan Road, Phranakorn, Bangkok 10200 THAILAND
Thammasat University
[email protected]
193
JF 日本語教育スタンダードの開発
古川嘉子(国際交 流基金日本語国際セン ター)
1.はじめに
経済・社会 ・文化のボ ーダレス化, グローバル化が進む現 代社会の様相 を反 映して ,世
界 の言語教育 においては, 地域や国の 間の人の移 動によって 生じる学習や就労に関す る問
題 を軽減し, 自由な移動を 可能とし, 教育の質の 保証を図る 基盤作りのための共通参 照枠
が 各地で開発 ・運用され てきている. 例をあげる と,ヨーロ ッパにおいては「外国語 の学
習 ,教授,評 価のためのヨ ーロッパ共 通参照枠」
(Common European Framework of Reference
for Languages )( 2001 ), オ ー ス ト ラ リ ア で は The Australian Language Levels
Guidelines(ALL Guidelines)(1988),米国では Standards for Foreign Language Learning
in the 21st Century(1999)などのように,ある 地域の言語 教育の実施 ・発展を支援 する
た めの共通枠 組みが構築さ れている.
日本語教育 に眼を向ける と,海外 の日本語学 習者は 2006 年の調査(国際交流基 金, 2008)
で 133 カ国・ 地域におい て 298 万人に 達し,約 30 年の間に 23.4 倍に拡大した.また ,学
習 者数の拡大 と相まって, 学習者・学 習目的・教 師・学習環 境の多様化が進んでいる .こ
の ような状況 下で,共通の 課題を見出 し,それに対する対応 策を生み出していくには ,対
象 や背景の異 なる現場を持 つ関係者間 で,その教 育実践や教 える内容,評価のあり方 を共
通 に議論し検 討していく必 要がある. そのために は,日本語 教育の現実をふまえた共 通参
照 枠を構築す ることが求め られる.こ のような現 状認識によ り,これまでの日本語教 育の
あ り方を捉え なおし,新たな日 本語教育の方向性を探る ために,国際交流基金は,2005 年,
2006 年 に「日本語教育 スタンダー ドの構築をめ ざす国際ラ ウンドテーブ ル」を 3 回に わた
っ て開催した .そこでの成 果をふまえ て 2007 年より JF 日本 語教育スタンダード( 以下,
「JF ス タンダード 」)開発に着 手している .JF スタンダード は国際交流基金が海外 で運営
す る日本語講 座を中心とし て展開して いる日本語 教育事業の 実績を体系的に整理し, 基金
内 だけでなく 広く海外の日 本語教育で 活用できる ように提供 していく予定である.2009 年
度 には日本語 教育関係者に向けて JF スタンダード 第一版とし て理念や能 力記述・利用法を
含 めた形で発 表予定であ る.
本発表では ,実際の言語 使用に基づ くという JF スタンダー ドの理念から 導かれる課 題遂
行 能力・異文 化理解能力等 を含む日本 語の発達観について述 べ,海外の日本語教育の 実情
を ふまえた JF スタンダー ドの開発過 程について 報告する. JF スタンダードの開発で は,
長 年の検証を 経て確立して いる「外国 語の学習, 教授,評価 のためのヨーロッパ共通 参照
枠 Common European Framework of Reference for Languages:CEFR」(以 下「CEFR」) につ
い て構築・運用のあり方を 参照してい る.ここでは,外部指標 と内部指標 という視点 から先
行 事例である CEFR の運用 のあり方を 概観する. そして,CEFR の枠組みと日本語教育 現場
の 実践をふま えた JF スタ ンダードの 開発を実現す るために実 施する「日 本語講座の内 容の
再 検討調査」につ いて述べる.2007 年 度から進め ている国際 交流基金ケルン日本文化 会館
日 本語講座, 同ソウル日本 文化センタ ー日本語講 座,同日本 語国際センター多国籍短 期研
修 総合日本語 授業で行って いる調査に ついて,そ の実施の状 況や現時点での成果・課 題に
つ いて報告す る.最 後に,東 南アジア の日本語教 育の現状に触 れ,JF スタ ンダードが教育
現 場での成果 や課題の把握 ,さらに 教育実践の改 善に資 する可 能性について述べる.
2.相互理解のための日本語
2005 年から 2006 年にわ たって,国 際交流基金 は従来の語 彙や文法など の知識を重 視し
た 日本語教育 のあり方を見 直し,新た な日本語教 育の方向を 探ることを目的として 3 回の
ラ ウンドテー ブルを開催し た.2006 年 3 月の第三 回ラウンド テーブルでは,JF スタン ダー
ド 構築の際の 日本語や能力 発達に関す る以下の基 本的な考え 方を提示・確認している .ま
194
ず ,JF スタンダードの 基本的な日 本語観は「相互
理 解のための 日本語」と し,国籍や 民族 を超えた
日 本語使用者 の相互理解につな がる日 本語使用を
熟達
理 念の中核に 据えている. 実際の言語 使用すなわ
ち 実際の日本 語でのコミ ュニケーショ ンのあり方
自立
を ふまえて言 語を捉えよ うというもの である.さ
ら に,日本語 使用者は生涯 の様々な日 本語の使用
経 験を通じて 日本語を学習 していくと 考える.ま
基礎
た ,JF スタンダードで は,日本語能力の発達に対
す る見方とし て,①課題 遂行能力,② 異文化理解
課題遂行能力
能 力の2つの 能力を基本とし,両者 が日 本語の使
用 経験を通し て,お互い に補完・影 響し あいなが
異文化理解能力
ら 伸びていく ものと考えて いる.この ような個人
の 日本語能力 の発達を支援 していくこ とが,日本
語 教育に携る 側に求めら れてくる. 実際の教育現
場 での教育の あり方,日本 語を学ぶ人 への支援の
図 1 日本 語能力の発達モデ ル
あ り方を再検 討し,現状の 課題を解決 に導いてい
く ための具体 的な「道具 」を提供し,方法を提示 することを JF スタンダ ードはめざし てい
る.
3.CEFR と JF 日本語教育ス タン ダード
JF スタンダ ードの開発 で参照して いる CEFR は 欧州統合の動 きの中で, 留学や就職 など
の 人の移動を 言語教育の面 で保証する ことを一つ の目標とし て欧州評議会によって作 られ
た ,複言語・ 複文化主義と いう理念 に基づいた言 語学習・ 教育 ・評価のための枠組み であ
る .CEFR はその核とし て言語熟達 度の共通参照 レベルを提 示している .そこでは5つ の技
能 別に6つの レベルの課題 遂行能力が「 ~ができる」と いう Can do 記述を用いて記述 され
て いる.これ らのレベル別 能力記述は ,広範囲の 言語教育関 係者が様々な形で応用で きる
こ とを念頭に 開発された抽 象的・一般 的な記述で ある.この ように公的で,様々な目 的で
の 利用が可能 な指標は外部 指標とし ての役割を持 つ.CEFR の共通参照レ ベルは,まさ に外
部 指標として 機能してい る.このよう に外部指標 としてレベ ル別能力記述を参 照し, 各言
語 や各地域の 状況に応じて 運用してい く中で,そ れぞれの内 部指標を作り上げて利用 して
い くというの が CEFR の運 用の実態で あろうと考 える.
CEFR の運用につ いて言えば,欧 州 評議会は,上 記のレベル別能力 記述ととも に,尺 度化
で きない異文 化理解能力や 学習能力等 を考慮した 評価の形と してヨーロッパ言語学習 記録
帳(European Language Portfolio:ELP,以下「 ELP」)を提唱 している. ELP は CEFR の理
念 である,複 文化・複言 語主義が言語 教育の実践 の中で実現 していくためのツールと して
の 働きを持っ ていると言え るだろう.さらに,柴 原(2007)が 述べるように,ヨーロ ッパ
で は能力記述および ELP に基づき言語 教育現場で 運用してい くために,① CEFR のレ ベル
記 述に基づく 既存の大規 模テストを共 通尺度に合 わせる,② テスト開発のための指針 を提
供 する,さら には,③現場 のカリキュ ラム・シラ バス作成, 教材作成に資するための 言語
ご とのレベル 別言語項目記 述や発話・ 作文サンプ ルを整理・提 供する(Profile Deutch な
ど),④ELP の利用につ いて様々な プロジェクト が複数の国 の間で実施 される,などが 行わ
れ ている.欧州 評議会はそ れらの動き に関してウェ ブサイトで文書等の形 で提示して いる.
さ らに下部機 関の European Centre for Modern Languages(ECML)では,レ ベル記述や ,特
に ポートフォ リオの運用を 各地で推進 していくた めのプロジ ェクト支援を行っている .こ
の ように,欧 州評議会は単 にレベル記 述やポート フォリオのサ ンプルの提供に終わら ず,
そ れらを現場 での運用に結 びつけるた めの公的な 働きかけを行 っている.
平高(2006)は,言語 教育における スタンダー ドの役割を 「置かれた多 様な状況に 応じ
て ,各々 の教 育機関が取捨 選択し,編 集できるよ うなものを示すことである.」(p.9)とし
195
て いる.JF スタンダ ードの開発 では,上記の,CEFR を外部指 標としてそれを各現場で 内部
指 標につなげ る作業を支援 するという 欧州評議会の方策をモ デルとして,日本語教育 での
枠 組みの構築 と運用のあ り方を考え ていく.前述 したように JF スタンダー ドでは日本 語能
力 の発達を, 日本語の使用 経験を通し て課題遂行 能力,異文 化理解能力などの能力が お互
い に補完・影響し あいながら進んでいく 過程としている.JF ス タンダードで提供する 枠組
み の核となる のは,日本 語能力のレベ ルごとの「 何ができる のか」の記述(Can do 記述)
で ある.この レベル別能 力記述の作成 と同時に, さまざまな 文化的背景を持つ日本語 使用
者 の Can do 記述で は表せない異 文化理解能 力,学 習能力など の能力,感 情・価値観な どの
要 因も盛り込 むことを試 みる.CEFR が ELP や評価手 法に関する 指針を提供 しているよう に,
JF スタ ンダードで も多様な日本 語学習・教育の現 場に受け入 れられやすい提供の形を 探る
必 要がある. そして,多様 な教育現場 での,個人 学習,カリ キュラム構築,教材作成 ,評
価 手法の開発 などの場面で 日本語学習 ・教育・研 究を支援する ツールとして活用され るこ
と をめざす.
4.JF 日本語教育ス タンダー ドが提供す る能力記 述
図 2 は 2009 年度の第一 版で JF スタ ンダードが 提供するレ ベル別能力 記述(Can do 記 述)
と Can do で記述で きない異文化 理解能力・学習能 力などの能 力記述と各教育現場での 利用
の イメージ図である.
外部指標としての
Can do で 記 述 で き な い
言語能力発達段階記述の枠組み
Can do 記 述
言語能力発達段階別の
他の能力の記述
能 力 記 述 ( Can do 記 述 )
( 異 文 化 理 解 能 力・学 習 能 力 な ど )
JF日 本 語 教 育
スタンダード
能力記述
教育実践に活用するためのマニュアル
( 各 教 育 現 場 で 必 要 な 調 査 ,カ リ キ ュ ラ ム ・
シ ラ バ ス 設 計 /実 施 /評 価 の 事 例 )
内部指標としての
Can do 記 述
・各教育現場の学習目標の設定
・学習目標に合った評価タスクと評価基準の開発
タ ス ク 達 成 評 価 の た め の Can do 記 述
ポートフォリオのサンプル
Can do 記 述 に よ る 自 己 評 価
と Can do 化 で き な い 異 文 化
体験の記録などを含む.
・学習者の自己評価チェックリスト
学 習 者 の 自 己 評 価 の た め の Can do 記 述
カリキュラム
ターゲットグループ
向け教材作成
評価手法の開発
それぞれの現場独自の
開発
ポートフォリオ
図 2:JF スタンダ ードの能力記 述(外部指 標)と各現 場での運用の イメージ図
各教育現場は JF スタン ダードが提 供する能力記 述を外部 指標として,各 現場にあっ た内
部 指標として の学習目標 設定を行う. その目標に 基づき,学 習活動を設計し,評価の 手法
を 整備する. それにより, カリキュラ ムを開発し たり,教材 を作成していくことにつ なげ
て いく.ま た,JF ス タンダード では,Can do で記 述できない他 の能力を教育実践の中 で意
196
識 的に取り入 れ,学習者の 自律的な学 習能力の育 成を図るこ ともめざしてポートフォ リオ
の 導入を提案 する.ポー トフォリオの サンプルを参照して, それぞれの現場でその状 況や
ニ ーズにあっ たポートフ ォリオの開発が行われる ことを支援 していく.
JF ス タンダードの機能を 端的に言えば,各日本 語教育現場の実践の成果 や課題を再 確認
す るための「 道具」であ ると言うこと ができるだ ろう.現在 ,目まぐるしく変化を遂 げる
社 会状況の中 で,特に日本 語でのコミ ュニケーシ ョン能力を 高める教育を行っていく ため
に ,その教育 現場は何を成 しえている か,課題は どのような ものかを探り,教育のあ り方
を 改善してい く上で役立て られる枠組 みとなるこ とが期待さ れている.そこで,開発 の過
程 で教育現場 の実践を通し た検証が必 須となる.
JF ス タンダードの 核となるレベル別能力 記述の開発は,CEFR が提供して いる能力記 述を
土 台とする.CEFR の能力 記述を活用し て,日 本語教育現 場の実践の 特徴や成果 ,課 題 を探
る ための「講座内容の 再検討調査」を行 う.この 調査によっ て,CEFR の能 力記述を日 本語
教 育に適用し た場合の課題 を明らかに し,日本語の特徴をふ まえた能力記述のあり方 を考
察 する.2008 年度末 には試行版を作成し,2009 年度には,より多くの教 育現場での試 用に
基 づき試行版 の修正を行い ,第一版と して一般公 開する予定 である.嘉数(2006)が,ス
タ ンダードは 「「過程」で あり「完成 品」でない」(p.55)と述べている通り,第一版 で公
開 される能力 記述はその段 階までの調 査で明らか になった記 述となる.それ以降も様 々な
現 場での利用 の結果を反映 しながら随 時記述を広 げ,増やし ていくものと考えている .
5.日本語教育現場の教育内容の再検討調査
「講座内容 の再検討調 査」は ,国際 交流基金の 海外日本語講 座( 2008 年度はドイツ のケ
ル ン日本文化 会館・韓国の ソウル日本 文化センタ ー付属日本 語講座)および日本語国 際セ
ン ターの多国 籍短期研修に おける総合 日本語授業を対象とし て実施している.調査の 手順
は それぞれの 講座の担当 者主導で,講 座の運営の 中に埋め込ん だ形で,無理のない調 査の
あ り方を探り ながら実施し ている.そ れぞれの現 場によって 少しずつ違いがあるが, 以下
の ような取り 組みを行って いる.いず れも,外部指 標としての CEFR の能力 記述を参照し て,
各現場の内部指標としての目標記述を作成し,それに基づいてこれまでの教育実践の成
果・問題 点を明らか にしていこう としている.さらに,その 作業を通じ て,JF スタン ダー
ド の能力記述 の,現場の実 践とつなが りを持った 妥当な外部 指標としてのあり方を検 証し
て いく.取り 組みの段階は以下の通 りである.
第一段階:CEFR の能 力記述に基 づき,Can do 記 述によ るそ れぞれの講座の到達目標 を設
定し,講座 を担当する講 師間で目標 を共有する. その際に,Can do 記述 作成
の共通認識 を作るために 講座に関わ る講師が参 加するワーク ショップを 実施
する.
第二段階: その目標記 述に基づき, 各講座の状 況を考慮し た取り組みを 実施する.
① 学 習 者 に 自 律 的 な 学 び の 意 識 を も た せ目 標 認 識 を 促 し , 教 師 ・ 学 習 者 間
の 目 標 共 有 を 図 る た め の 自 己 評 価 チ ェ ッ ク リ ス ト を含 む ポ ー ト フ ォ リ オ
を整備する .
② 学習目標が 達成度を測る ための評価 手法を開発・ 整備する.
③ 学習目標に 基づいたカリ キュラムの 見直しを行う .
④ 改変した カ リキュラムに 基づく教材 を作成する .
実際の各現 場での取り組 みは,それ ぞれの状況により異な るが,共通点 は,講座担 当講
師 全員が教授 上の目標と なる日本語 能力を Can do の視点で捉え る練習を行うワークシ ョッ
プ 1 に参加す るという点で ある.ワー クショップの 経験により ,各講師が自分の担当す るコ
ー スや科目の到達目標を Can do で記述する .講 座 担当講師間で目標共有を行う.現 在,各
現 場ともこの 第二段階にあ り,日本語 講座の実践 の中で,設 定した目標やポートフォ リオ
1 Can do ワ ー ク シ ョ ッ プ の 手 法 は 英 語 教 育 に お い て 同 ワ ー ク シ ョ ッ プ を 多 数 開 催 さ れ て い る 清 泉 女 子 大
学の長沼君主氏による.
197
の 妥当性を検 証している段 階である.
現在調査を 進めている各現場では, 講師間で学 習目標が共有されたこと で,各授業 の関
連 性が明らか になった,講 師間のコミ ュニケーシ ョンが活発 化した,学習者自身が自 己評
価 を行うこと により達成 感につながっ た,な どの効果が 報告されて いる.一 方,CEFR の能
力 記述を日本 語に当ては めた場合の問 題点として,表記・待 遇表現を含む言語行動に 関す
る 能力記述の 不足などが指 摘されて 来ている.さ らに, 文型 学習重視の既存教材を利 用し
て いる現場で のコミュニケ ーション目 標設定の難 しさ,既存 の講座に新たな枠組みと 作業
を 取り入れる ことによる講 座担当者の 作業の負担 の増加など が課題としてあがってき てい
る.
6.今後の計画と課題
-東南アジアの日本語教育への示唆-
以上述べて きたように,JF スタ ンダードは,レ ベル別の課題 遂行能力の 記述による 学習
目 標の設定, 異文化理解能 力等も考慮 したポート フォリオの導入により,これまで各 現場
で 独自に実施 されてきた日 本語教育実 践の成果や 課題を見直 すための道具となるべく 開発
さ れている.
東南アジア では,近年 日本への留学 ・就労の機 会の増加や日 本の大学・ 企業との連 携の
な ど社会のダ イナミックな 動きがみら れる.イン ドネシア日 本語教育学会他(2007) の東
南 アジアの国 々の高等教 育の現状と課 題の報告で は,多くの 日本語教育現場でこれま で日
本 語能力試験 や既存の教材 が外部指標 とされて来 たが,それ らの指標が現実の要請に 応え
る ために必ず しも有効に機 能していな いという点 が指摘され ている.そして,現実の コミ
ュ ニケーショ ン場面をふ まえ,自律的 な学習能力の育成につ ながる日本語教育の実現 を望
む 声はあるも のの,これ まで行われて 来た教育の 成果や課題を 把握し,現実的な改善 策を
探 る方策が見 出せないで いるようであ る.JF ス タンダード は,実際の言語使用をふま えた
外 部指標とし て,各教育 現場の実践を 見直すため の一つの足 がかりとなるのではない かと
考 える.今後 も様々な教育 現場との共 同作業を通 して検証を 続け,さらに運用の形を 探っ
て いくことで ,妥当性があ り,現場に 利用しやすい 形での JF スタンダード の提供をめ ざす.
参考文献
Council of Europe(2004)『外国語の学習,教授 ,評価のた めのヨーロッ パ共通参照 枠』
吉島茂,大 橋理枝(訳, 編)朝日出 版社.
イ ン ド ネ シ ア 日 本 語 教 育 学 会 ・ 国 際 交 流 基 金 ジ ャ カ ル タ 日 本 文 化 セ ン タ ー 編 ( 2007 )
「Southeast Asia Summit on the Japanese Language Education 報告書 」国際交流 基金
ジャカルタ 日本文化セ ンター pp.47-129.
嘉 数勝美(2006)
「 ヨーロッ パの統合と 日本語教育-CEF(「 ヨーロッパ言語教 育共通参照 枠」)
をめぐって 」『日本語学 vol.25』明 治書院 pp.46-58.
国 際交流基金(2007)『平 成 17(2005)年度日本 語教育スタ ンダ ードの構 築をめざす 国際
ラウンドテ ーブル会議 録』国際交 流基金 pp.152-168.
国 際交流基金(2008)『海 外の日本語 教育の現状-日本語教育 機関調査・ 2006 年-概 要』
国際交流基 金.
国 際交流基金 「「国際交流 基金日本語 教育スタンダ ード」と日 本語能力試 験の改定」『 月刊
日本語 2008 年 4 月号』 アルク pp.44-47.
柴 原智代(2007)
「 各国スタンダ ード作成の 意義と日本の課題―ヨー ロッパ,米国 ,オ ース
トラリア及 び中国,韓国の 比較・分析―」
『国 際交流基金 日本語教育 紀要 3号 』国 際交
流基金 pp.113-122.
平 高史也(2006)「言語政 策としての 日本語教育スタンダード」『日本語 学 vol.25』 明治
書院 pp.6-17.
連絡先 〒330-0074 さいたま 市浦 和区北浦和 5-6-36 国際交流 基金 日本語 国際センタ ー
[email protected]
198
不同意談話における理由の表し方
―日本語母語話者とタイ語を母語とする日本語学習者との比較―
Poranee Pinunsottikul (名古屋 大学)
1.はじめに
日常会話で は「 不 同意」と いう言語 行動がよく 見られる.
「不同意 」は「 断り 」のよ うに
相 手の勧誘・ 依頼を前提と したもので はなく,相 手の述べた 意見に対して賛成しない 場合
の 全てを指す .不同意談 話には理由部 (理由を表 す部分)が 現れることが多いが,こ の理
由 部を対象と した研究はま だ少ないと 思われる.
本 研究は、 不同意談話に おいて重要 な働きをす る理由部を主 な対象としてタイ語を 母語
と する日本語 学習者に見ら れる理由の 表し方を日 本人母語話 者の発話と比較すること によ
っ て,両者の 言語使用の異 同を明ら かにすること を目的とす る.
2.先行研究
2.1 不同意の研究
不同意に関 するこれまで の研究の多 くは相手の 提示した 事実 情報 を認め ないことの 表明
や 納得できな いことの表明に焦点を 当てたもの( 椙本 1999,末田 2000,木山 2005, 大塚
2005 な ど)で あった.し かし,あ る意 見に対して別の意見を 述べるような場面におけ る不
同 意の様々な 形を考察した ものは少 ない.管見の限りでは李(2001、2003)と椙本 (2004)
の 研究だけで ある.李(2001、2003) は不同意表 明における日 本語の談話構造が「不 同意
表 明ストラテ ジー表現 → 理由節 → 提案 節」 であることを インタビュー調査によ って
明 らかにして いる.また,椙本 (2004)はポライト ネス理論に 基づいて親 しい友人同士 の不
同 意の伝え方 の方策をロ ールプレイに より明らか にしている .しかし,これらの研究 は談
話 パターンと 不同意表明ス トラテジー を中心にし たもので理 由節については詳しく述 べら
れ ていないた め,研究の余 地が残さ れていると思 われる.
2.2 談話レベル における理 由の表し方 の研究
理 由の表し方 を扱った先行 研究には個 々のマーカ ーの文法的な 側面に着目した研究が
「か ら」
「ので」
「し」などの接続助詞 を 1 つだけ 取り上げて分析した研究 や,
多 い.例えば,
2 つを取り上げて質的 に比 較した研究 がそれに相 当する.し かし、談話レベルの理由 の表
し 方を全体的 に見ている ものは管見 の限りでは任 (2004)の研 究だけである.任(2004)
は 日本語と韓 国語の断り談 話を比較し ,理由表現マーカーに 注目してロールプレイ調 査を
行 っている.こ の研究では ,日本語の理由 表現が「ので型、から型、し 型、て型、けど 型、
命 題型」に分 類されてい る.また,理 由表現マー カーはウチ ・ソト・ヨソという相手 との
関 係に基づく 指標によっ て分類され ている.
3.研究課題
本 研究は先 行研究で注目 されていな かったスト ラテジーの側面を軸に して不同意談 話に
お ける理由表 明ストラテ ジーを考察す る.本研究では,
「理由 表明ストラ テジー」の使 用か
ら ,以下のよ うな課題を解 明するこ とを目的とす る.
3.1 理由表 明のストラ テジーに着目 して学習者の中間言語 を観察し,学習者の目標 言語
で ある日本語 の使用を日本 語母語話者の使用と比 較する.
3.2 日 本語を外国語として学 習するか(JFL),第2言語 として学習 するか(JSL)に よっ
て 理由表明ス トラテジーに どのような 異なる影響 が現れるか を明確にする.
3.3 不同意 の度合いが理 由表明スト ラテジーに影響を及ぼ すのではない かと予想し てい
る ため,不同 意の度合いと 理由表明ス トラテジー との関係を 明らかにする.
3.4 日 本は高コンテクスト社 会だと言われ 、間接的な表現を 好む国という一般論が ある.
し かし,理由 が欠かせな い不同意の場 合について も,その傾 向が見られるかどうかは 必ず
し も明らかで はないと思わ れる.その ことに関し て,日本語 母語話者の場合には理由 部
と して状況説 明や背景説 明もよく使用 すると考え られるため, それと単純な理由表明 の
199
し 方との使用 状況の違いや ,それぞれ の使用割合 についても 検討する.
4.調査方法
調 査方法は 談話完成テス ト(DCT)を用いる.なお ,日 本語学習者に ついては,日本 語能
力 のレベルを 認定するた めに,クロー ズ・テスト を使用し, レベル分けを行う.
4.1
調査 対象者
調査 対象者を以下 のように分ける.
・日本語 母語話者( JP)
25 人
・タイ語 を母語とす る JSL 上位群
25 人
・タイ語 を母語とす る JSL 下位群
25 人
・タイ語 を母語とす る JFL 上位群
25 人
・タイ語 を母語とす る JFL 下位群
25 人
本 稿では JSL はタイで日 本語を学習 した経験が 全くなく, 現在まで日本 に 1 年以上 留学
し ている学習 者とし,JFL はタイで日本 語を専攻し 留学経験が 3 ヶ月以下の学習者とし た.
4.2 日本 語能力のレベ ル分けテス ト
2 つのクローズ・テ ストの結果に よって能力レベルを認 定した.クロー ズ・テスト 1,ク
ロ ーズ・テス ト 2 に ついて,JFL・JSL 間 における平均値の差を有 意水準5%で t 検定によ
っ て検討した .その結果は以下のよ うである.
表 1
JFL・ JSL 間 の CL テ ス ト 1・ 2 の 平 均 の 差 の 検 定 結 果
JFL( n =50)
Cl1
Cl2
JSL( n =50)
t (98)
平均
標準偏差
平均
標準偏差
t
p
35.98
3.83
37.68
4.98
-1.89
n.s.
26.86
4.25
26.3
5.09
0.59
n.s.
また,中央 値で上位群と 下位群に分 け,下位群 間及び上位 群間における 平均値の差 を有
意 水準5%で t 検定によっ て検討した .その結果,有意差がな いという結 果が出た.
表 2
JFL 上 位 群 ・ JSL 上 位 群 間 の CL テ ス ト の 平 均 の 差 の 検 定 結 果
JFL 上 位 群 ( n =25)
Cl
(1+2)
JSL 上 位 群 ( n =25)
t (48)
平均
標準偏差
平均
標準偏差
t
p
65.87
3.72
67.96
3.68
-2.00
n.s.
本 稿では、 JSL・JFL の分析結 果として上 位群の結果 だけを示す.
4.3 談話 完成テスト( DCT)
会話の相 手のいない DCT のような記 述式調査で は,不同意という言語行動を相互行 為と
し てとらえる ことが難しく ,得られる データが実 際の発話と は異なる可能性がある。 しか
し ,そのよう な短所があ るにしても, 短期間のう ちに大量の データが得られる上,様 々な
場 面設定を組 み込むこと ができ,デー タに現れる 意味公式や ストラテジーの分析を通 じて
理 由の表し方 に対する学習 者の意識に よる言語使 用を明確に することができるので, この
方 法を使用す ることにした.
本 研究では 、不同意が生 じた際にど う理由を表 すかを観察す ることが目的であるた め,
す べての設問 に理由の内容 を提示した .相 手 との親疎 関係( 親・疎 ),上 下関係( あり・な
し),不同意の度合い( 強・弱)と いう 3 つの 指標に基づ いて,以下のよ うな場面を設 定し
た.
200
表 3 DCT 調 査 内 容 概 要
相手との関係
不同意の度合い
上下
親疎
1
なし
親
弱
2
なし
親
強
3
なし
疎
弱
4
なし
疎
強
5
あり
親
弱
6
あり
親
強
7
あり
疎
弱
8
あり
疎
強
5.
意見を述べる状況
旅行先についての話
”
歓迎会の料理についての相談
”
講座をアピールする活動 についての打ち合わせ
”
発表会を行う場所についての打ち合わせ
”
分析方法
調 査から得 られた言語 資料を以下の ような 5 つの理由表明の ストラテジーに分け, コー
デ ィングを行 い, 考察する.Str1 及び Str2 は直接的な 理由の表し 方で,Str3~Str5 は間
接 的な理由の 表し方なの ではないかと 考えられる .
Str1 明示 的な理由 表 明(理由部に属している もの)
例)こ の教室は 外部 の人には分かりづらい 場所にある ので ,他の教室の方がい いと
思 いますので ,少し探して みます.
Str2 聞き 返しの理 由 表明(理由部 に属してい るもの)
例)で も, その 部屋 はちょっと 場所が分か りにくくな いですか?
Str3 状況 説明・柔 らか い説明(理由部に属し ているもの )
例) こ の部屋は少し 外から来た 方にとって 見つけにくい かもしれま せんが, …
Str4 理由 暗示の提 案( 理由部に 属していない もの)
例)203 号室はどうです か,みんな分 かりやすく ていいと思 いますけど .
Str5 第三 者からの 情報 (理由部に属している もの)
例 ) で も, この 部 屋 は他 の部 屋 に 比べ て外 部の 参加 者が 見つ けに くい とい う こ とも
聞きます けど.
なお,不同 意する際には 「理由回避 」の場合も あると考え られる.不同意の理由や それ
に 関連したも のを全く表さ ない場合の全てを「理 由回避」と 定義する。
6.
結果
6.1 理由表 明ストラテジ ーの全体的 使用傾向
こ こでは日 本語母語話者( JP)とタイ語を 母語とする日本語学習 者( JSL,JFL)の特 徴を
つ か む た め,調 査 対 象 者 に よ っ て 用 い ら れ た 全 て の理 由 表 明 ス ト ラ テ ジ ー を 分 析 対 象 と し
た.
表 4
理由表明ストラテジーの使用頻度
グループ
(人数)
Str1
Str2
Str3
Str4
Str5
理由回避
合計
JP
86
16
87
67
4
13
273
(25)
(31.5)
(5.9)
(31.9)
(24.5)
(1.4)
(4.8)
(100)
JSL
115
20
64
50
4
9
262
(25)
(43.9)
(7.6)
(24.4)
(19.1)
(1.5)
(3.4)
(100)
JFL
111
29
65
47
5
5
262
(25)
(42.4)
(11.1)
(24.8)
(17.9)
(1.9)
(1.9)
(100)
こ れは場面ごとに JP,JSL,JFL によって使われ た全てのス トラテジーを示したもの であ
る .理由回避 を除外する と,JP のストラテジ ー使用総 数は 260,JSL そして JFL のスト ラテ
ジ ー総数は 253 及び 257 で,使用総数 はあまり差が ない.
201
図1
JP,JSL,JFL の 各 ス ト ラ テ ジ ー の 使 用 割 合 (%)
50
40
30
JP
20
JSL
10
JFL
0
Str1
Str2
Str3
Str4
Str5
全 体的な使 用傾向とし て,JP は Str1 と Str3 が同様に多く使用されているといえる.一
方,JFL 及び JSL は 両方とも Str1 が圧倒的に使用され,Str3 の使用率の 2 倍近くに上っ てい
る .このこと から,JFL と JSL は直接的な理 由の表し方を好むと考え られる.
6.2 場面別理 由表明スト ラテジーの使用傾向
こ こは具 体的に どう いう場面 で各グル ー プ のストラテ ジーの 使 用 が異 なっている か に焦
点 を当てて考 察を行う.
図 2
JP の 場 面 別 理 由 表 明 ス ト ラ テ ジ ー の 使 用 率 ( %)
Str1
強・親・上下
Str2
強・親・同
Str3
弱・親・上下
Str4
Str5
弱・親・同
理由回避
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
JP は,不同 意の度合いに 対しての理 由表明スト ラテジーには,親疎関係による影響 が見
ら れる.親し い関係にお いては上下関 係に関わら ず不同意の 度合いが弱い場合は間接 的な
表 し方である Str3 など を多く使用 し, 不同意の 度合いが強い 場合は直接的な表し方 であ
る Str1 を多用する.そして,全体的に見る と「 理由回避」があ まり使われず,弱・親・場面
に おいては JP の理由回避 の使用率は JSL・JFL よ り非常に多 くなり,特徴 的だと言え る.
図 3
JSL の 場 面 別 理 由 表 明 ス ト ラ テ ジ ー の 使 用 率 ( %)
Str1
上下・疎・強
Str2
上下・疎・弱
Str3
Str4
上下・親・強・
Str5
上下・親・弱
理由回避
0%
図 4
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
JFL の 場 面 別 理 由 表 明 ス ト ラ テ ジ ー の 使 用 率 ( %)
上下・疎・強
上下・疎・弱
上下・親・強・
上下・親・弱
0%
20%
40%
60%
202
80%
100%
Str1
Str2
Str3
Str4
Str5
理由回避
JSL と JFL は, 殆ど同様 な使用傾向が見られ,上 下関係があ る場面におい て親疎関係 や不
同 意の度合い の影響があ まり見られず直接的な理 由の表し方 である Str1 を選びやす い傾
向 がある.
7.まとめと今後の課題
本稿は,日本 語母語話者と タイ語を母語とする日 本語学習者( JSL,JFL)を 主な対象と して,
理 由表明スト ラテジーを通 して日本語 の理由の表 し方につい て考察した.その結果, 全体
的 な傾向とし て,日本語母 語話者の場 合,直接的な 表し方と間 接的な表し方 が同じ程度 に用
い られている 可能性が高いと考えら れる.一方, 学習者 の場合,学習 環境の違い(JSL,JFL)
は ス ト ラ テ ジ ー の 選 択 に あ ま り大 き な 影 響 を 与 え ず , 日 本 語 母 語 話 者と 比 べ て ,各 場 面と
も 直接的な表 し方が好まれ る傾向が見 られること が分かった.
今 後は 今回 焦点を当てな かった学習 者の日本語の熟達度と 理由の表し方との関係に つい
て 調 べ て い き た い.ま た,調 査 対 象 者 の人 数 を 増 や し ,結 果 の 再 現 可 能 性 や一 般 性 を 再 検 討
す るために補 足調査を行う 必要がある.
参考文献
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― ―――(2003)
「韓・日 両 言語の反対 意見表明行 動の対照研 究―場の改まり度による 表現
形式の使 い分けを中 心に―」
『阪大日本語 研究』15号 大 阪大学大学院 文学研究科 日本
語学講座 pp.67-88.
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から」『日本 語科学』1 5号 国立 国語研究所(編) pp.22-43.
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「 プレースメ ントとして のクローズ テスト」
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(筑 波大
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『 日本
語・日本文 化研究』9号 大阪外国 語大学日本 語講座 pp.71-84.
― ―――(2004)「提案に 対する反対 の伝え方―親 しい友人の 会話データ を基にして」『日
本語学』23 号 10 巻 明治書院 pp.22-33.
連絡先
〒464-8601 名古屋 市千種区不老 町 名古屋大学国際言 語文化研究科
[email protected]
203
スピーチにおける助詞「ネ」の使用頻度
Asadayuth Chusri(早稲田大学)
1.はじめに
現 在,日本語のスピーチにお ける助詞「ネ」の用法が 注目されてお り,特に,文 中の「ネ」
( 間投助詞「ネ」)と単独形の「ネ」
(感動詞「ネ」)は,富樫(2000),山根(2002),Chusri
(2004)では 「注目要求」 または「 注目表示」的 な機能 1 を持つと 記述されて いる.
一 方,教育では,
「注目要 求」と いう機能に対 して,宇佐美(1997),柴原( 2002),井上
(2004)等の 研究では,押 し付けがま しいや,過剰 に使用しな いように押 さえるべきな ど,
消 極的に評価 されている.学習 者がよ り自然なス ピーチができ るようになるためには,使
用 を押さえる ような指導 法よりも,ど の場面また どの頻度で 使用すれば良いかという 指導
法 のほうが適 切だと考えら れる.スピ ーチにおけ る助詞「ネ 」の使用頻度の実態を把 握し
て ,会話教育 で参考にで きるデータを 得ることを 目的とする.
2.スピーチにおける助詞「ネ」の機能
Chusri(2004) は , 独 話 に お け る 助 詞 「 ネ 」 の 機 能を , 以 下 の よ う に ,「 ① 注 目 要 求 」,
「 ②同意要求 」,「③注目 表示」,「④自 己確認表示 」の 4 つに分 類している. 2
「 ①注目要求 」 話者 が聴 者に自分 の話 に注目さ せ,大事な情 報を強調したり,話が まだ
終 わっていな い間,話への 関心を維 持させたりす る機能であ る.
(1) [ 235]えー,まー,この祭 り,まー,そんなに大 したもんじゃないんです けど
[236]は
も ,まー,花火と かが最後に上がって です ね 上 ,結構綺麗なん ですね 上 .
い. で,えー, 後,自宅周辺の話もし ましょう ね 上 .[237]自宅周辺,えー,僕
の隣 り,僕の家 の隣りにですね 下 ,あー の,小学校があるんで すよ.[238] 小学
[239]えー,当然 自分も通 っていました ね 上 ,ちっちゃい頃はですね 上 .
校 ですね 上 ,
(S03M0364:235-239)
「 ②同意要求 」 話者 が聴 者に賛意を求める機能 である.
(2) [178]八王子の,[179]んー,[180]そうだな.[181]五十万都市 って,おっ,
[183]何か,
[184]んー,
[185]ね 下 .
[182]結構な数だ なと思うんですよね 下 .
よ く分かんな いですけど,
(S03F0169:178-185)
「 ③注目表示 」 話者が 自 分の疑問, 話の進め方 に注目する行動を示す機能である.
(3) [290]春 日部に住ん でる人もい ます.[291]それから,横浜じゃないです ね 上 ,
あ れは.藤沢の方もいます.
(S03M1095:290-291)
「 ④自己確認 表示」 話者 が聴者に情 報を出す際 ,情報処理のために自己確認をする 行動
を 示す機能で ある.
(4) [124]子 供が生 まれるまで どのぐらい でしょう.2 月に入って,生 ま れたのが 6
(S03M0671:124-125)
月 ですから,
[125]え ー,ま,4 か月 ぐらいです ね 上 .
機 能②,③ ,④はほと んど終助詞「 ネ」に現れ ,①の機能は 終助詞・間投助詞・感 動詞
の どれにも現 れる.話者が 話を進めな がら,話の 流れを考え て,情報や語彙を選択し なけ
れ ばならない が,「③注目 表示」と「 ④自己確認 表示」の機能 を持つ助詞 「ネ」を用 いて,
そ の情報・語彙の処 理過程を表 示する.そ れに対 して,
「①注目要求 」と「 ②同 意要求」の
機 能を持つ助 詞「ネ」は, 話者と聴者 の関係を保 持するため に,聴者へ反応を求める 際に
使 用される.ス ピーチでは 後者の機能 ①と②が多 く出現して いるという特 徴があると いう.
1 宇 佐 美 ( 1997) は , 対 話 に お け る 間 投 助 詞 「 ネ 」 の 機 能 に つ い て ,
「 ネ 」 の 場 合 は 「 注 意 喚 起 」,「 デ
スネ」の場合は「発話埋め合わせ」の機能を持つと述べている.
2 用 例 の[
]の 番 号 は 発 話 番 号 で ,「 ネ 」 に 後 続 し て い る「 上 」と「 下 」は 上 昇 イ ン ト ネ ー シ ョ ン と 下
降 イ ン ト ネ ー シ ョ ン を 記 す . 用 例 の 出 典 は ,『 日 本 語 話 し 言 葉 コ ー パ ス 』( 2004) で あ る .
204
3.助詞「ネ」の使用実態に関する先行研究
丸 山(2007)は,『日本 語話し言葉 コーパス』の 独話・対話 資料を用い て,「デスネ 」を
「 間投用法」と「 文末用法」に分け,出現数 と出現位置( 共起する文型 )から,なかに は,
間 投用法にも 文末用法にも 分類できな い「挿入用 法」と「中 止用法」の「デスネ」が ある
と している.助詞「デ スネ」が最も共 起しやすい文型は,接続助 詞の「テ」,係助詞 の「 ハ」,
格 助詞の「ガ 」,格助詞の 「ニ」とい う順である.
4.研究方法
本発表で は,『日本 語話し言葉コ ーパス』の 2 種 類の模擬講 演(地域を 紹介する「S03」
と ニュースを 批評する「 S06」)計 168 資料を分析 対象とし,① スピーチの種類による 使用
頻 度,②出現位 置による使用頻度,③性差に よる使用 頻度,④時間によ る使用頻度 ,⑤「ネ」
と 「デスネ」 の使用頻度の比較 の 5 点 を分析する .
ス ピーチの 種類には,説 明のスピー チと批評の スピーチがあ る.地域を紹介するス ピー
チ (以下,『地域紹介』.) は説明のス ピーチ,ニ ュースを批評 するスピー チ(以下,『 ニュ
ー ス批評』)は 批評のスピ ーチに該当 する.スピー チのテーマ を選ぶ際は,タイの学習 者が
実 際にスピー チする機会が ありそうな テーマを選 んだ.
分 析に際し ては,
『日本 語話し言葉 コーパス』で設けられた 文節の単位を使用し,文 節の
種 類を 16 類に分類した.それは,
「① 主語句」,
「②述語句」,
「 ③補語句」,
「④主題句」,
「⑤
連 用句」,「⑥ 連体句」,「⑦ 引用節」,「 ⑧連用節」,「⑨連体節」,「⑩接続句」,「⑪フィ ラー
句」,「⑫感動 句」,「⑬あい づち句」,「 ⑭誤り」,「⑮その他」,「⑯文節中 」である.① ~③
は 文の基本要 素となるも の,④は「ハ」,
「 モ」,
「ニツイ テ」等の「提題助 詞」を伴う要 素,
⑤ と⑥は修飾 語,⑦~⑨は 従属節の述 語,⑩~⑬ は談話を展 開させる要素,⑭ は言い誤 り,
⑮ は笑いや咳 等の言語以 外の音声であ る.慣用句の「気の毒 」の「気の」のような中 断さ
れ た一部を⑯ 「文節中」と 称する.
5.分析結果
5.1 スピー チの種類によ る使用頻度
【 表 1】の『地域紹介』と『 ニュース批評 』の分析 結果から,以 下のように まとめ た.
【表 1】スピ ーチにおける 文節類別の 助詞「ネ」 の出現率
文節類
『地域紹介』
順
位
A 終 助 詞 (② 述 語 句 )
B 間投助詞
①主語句
③補語句
④主題句
⑤連用句
⑥連体句
⑦引用節
⑧連用節
⑨連体節
⑩接続句
⑪フィラー句
⑯文節中
C 感 動 詞 (⑫ 感 動 句 )
D 他の文節類
ネ 総 数 (A+B+C+D)
1
5
3
4
6
8
12
2
10
7
9
13
11
『ニュース批評』
759
1,404
130
297
237
128
52
9
440
15
65
29
2
12
0
34.90
64.55
5.98
13.66
10.90
5.86
2.39
0.41
20.23
0.69
2.99
1.33
0.09
0.55
0.00
出現
率Ⅱ
(%)
18.67
2.29
3.20
2.93
4.66
1.64
0.74
0.72
5.53
0.42
2.80
0.28
0.13
26.67
0.00
2,175
100.00
3.21
「ネ」
の数
出現率
Ⅰ(%)
205
総文
節数
4,065
61,183
4,060
10,124
5,088
7,797
6,997
1,383
7,952
3,535
2,324
10,359
1,564
45
2,559
67,852
順
位
1
6
3
4
5
7
12
2
9
8
10
13
11
「ネ」
の数
出現率
Ⅰ(%)
517
641
54
150
126
56
35
3
187
12
11
5
2
49
0
42.83
53.11
4.47
12.43
10.44
4.64
2.90
0.25
15.49
0.99
0.91
0.41
0.17
4.06
0.00
1,207
100.00
出現
率Ⅱ
(%)
1.91
総文
節数
63,166
注 : 「出 現 率 Ⅰ」は , 「ネ 」総 数 に 対 す る 各 文 節 類 の 「ネ 」の 出 現 率 で あ る . 「出 現 率 Ⅱ」は , 各 文 節 数 の 助
詞 「 ネ 」 を 伴 う 文 節 類 の 出 現 率 で あ る .『 ニ ュ ー ス 批 評 』 の 出 現 率 Ⅱ と 総 文 節 数 の デ ー タ は 未 分 析 で あ
る.
1) 『 地域紹介』(2,175 例)の方が 『ニュース批 評』(1,207 例)よりも助詞「ネ 」が
多 く出現して いる.文節 総数から数 えると,
『地域紹介』
(67,852 文節)には助詞「ネ」
が 3.21%出 現している のに対して ,『ニュース 批評』(63,166 文節)には 1.91%出
現 している.
2) 終 助詞「ネ」 に比べて, 間投助詞「 ネ」の 出現率 は,『地域紹 介』(1,404 例)の方
が,『ニュース批評』(641 例) よりも約 2.2 倍多い.
5.2 出現位 置による使用 頻度
【 表 1】か ら,どのスピ ーチの資料 にも間投助 詞「ネ」が 最も多く使用されている .だ
が ,文節類に よる出現比 率で比較する と,終助詞「ネ」が出 現している「述語句」に 最も
多 く出現し,その次は ,
「⑧連用 節」,
「④主 題句」,
「 ③補語句」の順に使用頻度が高か った.
「 ①主語句」と「⑤連用句」の使用頻 度はほぼ同 じである.一方,
「⑥連体句」,
「⑨連 体節」
な どの文節は ,基本的には次の 主要部と繋が るので,助詞「ネ」が出現し にくいのであ る.
こ れらの成分 の種類を見る と,「完成情報」(主語 +述語)や 話の素材(主語句,主題 句,
補 語句)に助 詞「ネ」の出 現率が高く ,一方,素 材の修飾部に は出現率が低いといえ る.
ま た,例(5)のように,丸山( 2007)が 指摘した「中止用法 」に相当 する「⑯文節中」に
も 助詞「ネ」 は出現でき る.
(5) [182]ま,その,[183]辺 ですね 下 ,[184]が ,あのー,[185]えーとー,夜
の 十時以後か ら,[186]十 時まで行か ない八時以 降から,えー,活発化す ると
い う,[187]え ーと,変わ った,[188]えー,町です.
(S03M0194:182-188)
5.3 性差に よる使用頻 度
『 地域紹介 』において は,男性の文 節総数に対 する助詞「 ネ」の使用頻度(3.819%)の
『ニ ュース批評 』に お いても,男性の助詞「ネ」の 使用 頻度
方 が女性( 1.105%)より多 い.
(2.172%)の 方が女性( 1.024%)より 多い.両デ ータから,スピーチにおいては男性 の方
が 女性より助 詞「ネ」を多 く使用して いることは特徴だとい える.
さ らに,
【図1】の助詞「ネ」の 使用者 の分布を見ると,
『 地域紹介』も『ニュース 批評』
も ,助詞「ネ 」を使用しな い女性の方 が,男性よ り多い.使用 者の分布か ら,女 性の場 合,
両 データで 0-10 回まで助 詞「ネ」を使 用する傾向が ある.最も多い回数は 70-80 回であ り,
女 性の使用者が 1 名いる. 男性の場合 ,使用者の 分布のばら つきが激しい.使用しな い男
性 も少ないし ,最も多く使 用した者 は,『地域紹 介』の場合は 189 回であ り,『ニュー ス批
評 』の場合は 97 回である.
【図 1】 性差による 助詞「ネ」 の使用者の 分布
『ニュース批評』
14
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
12
人数
10
8
6
4
2
0
610
16
-2
0
26
-3
0
36
-4
0
46
-5
0
56
-6
0
66
-7
0
76
-8
0
86
-9
96 0
1 0 10 0
61
1 1 10
61
1 2 20
613
13 0
614
0
0
610
16
-2
0
26
-3
0
36
-4
0
46
-5
0
56
-6
0
66
-7
0
76
-8
0
86
-9
96 0
1 0 10 0
61
1 1 10
61
1 2 20
61
1 3 30
614
0
0
人数
『地域紹介』
回数
男性
回数
男性
女性
女性
こ のように ,スピーチ で助詞「ネ」 を使用する のは男性の場 合,女性よりも個人差 があ
206
る といえる. 男性の場合は 頻繁に使用 するが,女 性の場合は ,使用するとしたら過剰 に使
用 しないよう に,注意する ことである.
5.4 時間に よる使用頻 度
時 間が経つ ことによって ,話者は聴 者がまだ話 に注目して いるかどうかますます 不 安に
『地域紹介』のス ピー
な るため,注 目を求める 行為がさらに多くなると いう 予測を もって,
チ を分析対象として, 1 分単位 に区切って, 時間を調べ た.10 分間程度の『地域紹介』の
ス ピーチの調 査結果では,4 分まで は助詞「ネ」の使用頻度が増 加し,4 分 以降はそのまま
高 い使用頻度 を維持して いる.助 詞「ネ」の使用者が,4 分 目に入って から,助 詞「ネ」を
多 く使用 する のは,話者が どのように話を進める か,情 報処理の負担 が大きく なったり,聴
者 が話にまだ 注目してい るのか不安 になったりす るからだろ うと考えられる.
【表 3】『地 域紹介』にお ける時間( 分)による助 詞「ネ」の 使用率
時間
(分)
使用数
(84 人 )
130
161
179
210
204
199
206
211
204
204
149
88
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
全体の話者
平均使用数
(1 人当り)
1.55
1.92
2.13
2.50
2.43
2.37
2.45
2.51
2.43
2.43
1.77
1.05
使用数
(42 人 )
100
117
135
156
147
148
162
157
161
160
120
79
男性
平均使用数
(1 人当り)
2.38
2.79
3.21
3.71
3.50
3.52
3.86
3.74
3.83
3.81
2.86
1.88
使用数
(42 人 )
30
44
44
54
57
51
44
54
43
44
29
9
女性
平均使用数
(1 人当り)
0.71
1.05
1.05
1.29
1.36
1.21
1.05
1.29
1.02
1.05
0.69
0.21
5.5 「ネ」 と「デスネ」 の使用頻度
文 末の場合 の「デス ネ」は,
「(文+丁 寧さ)+ ネ」と考え,
「デス ネ」とし ては捉えな い.
「文 節+ネ」,
「(文節+丁寧さ)+ネ」と「文節+(デス+ネ )」の 3 種類
文 節末の場合 は,
に 分ける.単 独の「ネ」の 場合は,「ネ」と「デ ス+ネ」に分 ける.
【表 4】ス ピーチにお ける文節末の「ネ」の 変異形
1
2
3
4
「ネ」の変異形
『地域紹介』
『ニュース批評』
「( 文 節 ) + ネ 」
(例:してね)
「( 文 節 + 丁 寧 さ ) + ネ 」
(例:しましてね)
「 文 節 + ( デ ス + ネ )」
(例:してですね)
「( 文 節 + 丁 寧 さ )+( デ ス + ネ )」
(例:しましてですね)
185
( 13.18%)
123
( 8.76%)
1,062
( 75.64%)
34
( 2.42%)
1,404
( 100.00%)
144
( 22.46%)
58
( 9.05%)
421
( 65.68%)
18
( 2.81%)
641
( 100.00%)
合計
6.おわりに
以 上,発表 内容を以下のようにまと める.
説 明のスピ ーチの方が批 評のスピー チより助詞 「ネ」が多く 使用されている.説明 のス
ピ ーチの方が 批評の スピ ーチよりも親 密度が高い から,改ま り度が低くて,助詞「ネ 」が
出 現しやすく なると考えら れる.また ,両データ の出現位置 を見ると,話の内容また は話
の 素材になる 成分には助詞 「ネ」が出現しやすい ことが分か った.
性 差による 使用頻度は, 対話の場合 ,女性の方 が男性より多 く使用しているが,ス ピー
チ の場合,男 性の方が女性 より多く使 用している .
時 間による 使用頻度に ついては ,10 分間 程度の 『地 域紹介』のス ピーチでは,4 分 まで
は 助 詞 「 ネ 」 の 使 用 頻 度が 増 加 し , 4 分 以 降 は そ の ま ま 高 い 使 用 頻 度を 維 持 し て い る . 4
207
分 目に入って から, 話者が どのように 話を進める か,情報処 理の負担が大きくなった り,
聴 者が話にま だ注目して いるのか不安 になったり するため, 助詞「ネ」を多く使用 す るこ
と が考えられ る.
本 発表で調 べた資料の間 投助詞「ネ」には,
「ネ」と「 デ スネ」が あるが,使 用頻度 を調
べ たところ, 文中の場合,「デスネ」の方が多く 使用されて いる.
本 発表の結 果では,スピ ーチにおい ては,助詞 「ネ」を使用 しない話者もいるが, 大部
分 は使用して いることから ,学習者が スピーチを する際,助 詞「ネ」をどの頻度で使 用す
れ ばよいかと いうことを指 導する際 の参考になる と思 われる.
参考文献
井 上優(2004)「終助詞」『月刊言語』33-11,大修 館書店 pp.90-91.
宇 佐美まゆみ(1997)「『ね』のコミュニケーショ ン機能とデ ィスコース ・ポライト ネス 」
『女性のこ とば・職場 編』ひつじ書 房 pp.241-268.
柴 原智代(2002)
「『ね』の習得-2000/2001 長期研修 OPI データの 分析-」
『日本語国 際セ
ンター紀要 』12,国際 交流基金日本 語国際セン ター pp.19-34.
富 樫純一( 2000)
「非文末『ですね 』の 談 話語用論的機能」
『 筑波日本語 研究』5,筑 波大学
文芸・言語 研究科.
生 天目知美(2006)「間投 用法『ね』が 標示する聞 き手への伝 達態度」『筑 波応用言語 学研
究』13,筑 波大学大学院 博士課程文 芸・言語研 究科応用言語 学コース pp.57-70.
丸 山岳彦(2007)「デスネ 考」串田秀 也他2名編『 時間の中の 文と発話』 ひつじ書房.
山 根智恵(2002)『日本語 の談話にお けるフィラー 』くろしお 出版.
Chusri, Asadayuth(2004)『日本語の独話資料に おける助詞「ネ」の談 話展開機能』 早稲
田大学日本 語教育研究 科大学院修士 論文(未公 刊).
Chusri, Asadayuth(2007)
「間投助 詞『ネ』の機能と使用条件」『国際交流 基金バンコ ク日
本文化セン ター日本語 教育紀要』 4,国際交流 基金バンコク日本文化セ ンター.
連絡先
[email protected]
208
日本語教育国際シンポジウム出席者名簿
国際シンポジウム実行委員会 委員長
氏名
Warintorn Wuwongse
所属
(Thammasat University)
メールアドレス
[email protected]
パネリスト
氏名
Carmencita K.C.Biscarra
Hak Serey
Nandang Rahmat
Ngo Minh Thuy
Songphone Vannaphachone
Tasanee Methapisit
Zubaidah Ali
所属
(Nihongo Center Foundation/ The
Japan Foundation,Manila)
(Royal University of Phnom Penh,
Cambodia)
(Padjadjaran University, Indonesia)
(University of Languages and
International Studies attached to
Vietnam National University, Hanoi)
(National University of Laos, Laos)
(Thammasat University, Thailand)
(International Languages Teacher
Training Institute, Malaysia)
メールアドレス
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
研究発表者
氏名
Aradee Apiwongam
Asadayuth Chusri
Atchara Aungtrakul
Bussaba Banchongmanee
Kanok Runggeratigul
Khwanchira Sena
Noppawan Boonsom
Pakatip Skulkru
Patcharaporn Kaewkitsadang
Poranee Pinunsottikul
Prapa Sangthongsuk
Saranya Kongjit
Somchai Chaiyakhettanang
Somchit Siriratanawit
Somkiat Chawengkijwanich
Soysuda Na Ranong
Suneerat Neancharoensuk
Supaporn Srisattarat
Tasanee Methapisit
Tewich Sawetaiyaram
Upawan Benjapokee
Yupaka Siriphonphaiboon
所属
(Payap University)
(早稲田大学)
(Chulalongkorn University)
(Kasetsart University)
(Silpakorn University)
(National Institution of Development
Administration)
(The Japan Foundation, Bangkok)
(Thammasat University)
(Thammasat University)
(名古屋大学)
(The Japan Foundation, Bangkok)
(Chiangmai University)
(Chulalongkorn University)
(Kasetsart University)
(Thammasat University)
(Kasetsart University)
(Thammasat University)
(Siam University)
(Thammasat University)
(名古屋大学)
(Thammasat University (ex-lecturer))
(KasetsartUniversity/ 政策研究大学
院大学)
209
メールアドレス
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
日本語教育国際シンポジウム出席者名簿
研究発表者
氏名
池田 広子
磯村 一弘
伊藤 孝行
上野 亮一
牛窪 隆太
大野 直子
大峯 まどか
尾沼 玄也
川上 郁雄
國弘 保明
小浦 方理恵
佐々木 良造
品川 直美
鈴木 伸子
八田 直美
平畑 奈美
古川 嘉子
深澤 伸子
松井 孝浩
松尾 憲暁
松田 佳子
水野 吉徳
三好 匠
村木 佳子
八重樫 理人
山下 直子
吉澤 明子
氏名
Ilada Sarttatat
Montawan Seangnont
Pattarasupar Sieangyai
Pinida Prachanuchit
Piyawan Asawarachan
加藤 陽一郎
武井 啓子
山口 正喜
所属
(お茶の水女子大学)
(国際交流基金日本語国際センター)
(Thammasat University)
(芝浦工業大学)
(タイ早稲田日本語学校)
(Srinakharinwirot University)
(Silpakorn University (ex-lecturer))
(拓殖大学)
(早稲田大学)
(拓殖大学)
(Chiangmai University)
(Malaya University)
(国際交流基金関西国際センター)
(立教大学)
(国際交流基金日本語国際センター)
(東京大学)
(国際交流基金日本語国際センター)
(早稲田大学)
(早稲田大学)
(Suan Sunandha Rajabhat University)
(Thammasat University)
(Naresuan University)
(芝浦工業大学)
(東京外国語大学)
(芝浦工業大学)
(香川大学)
(Thammasat University)
ポスター発表者
所属
(Tepsatri Rajabhat University)
(Rittiyawannalai School)
(Kanchanaburi Rajabhat University)
(Ramkamhaeng University
Demonstration School)
(King Mongkut’s Institute of
Technology Ladkrabang)
(タイ国立ウドンタニ経営観光高専)
(タマサート大学教養学部 日本語学科)
(サイアム大学 ホテル観光学科)
210
メールアドレス
[email protected]
Kazuhiro_Isomura @jpf.go.jp
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
メールアドレス
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
日本語教育国際シンポジウム実行委員会名簿
委 員長
Warintorn Wuwongse (Assoc.Prof., Thammasat University)
副 委員長
Tasanee Methapisit (Assoc.Prof., Thammasat University)
Somkiat Chawengkijwanich (Asst.Prof.Dr., Thammasat University)
Suneerat Neancharoensuk (Asst.Prof.Dr., Thammasat University)
委員
Members of Dept. of Japanese, Faculty of Liberal Arts, Thammasat University
Bussaba Banchongmanee (Assoc.Prof.Dr., Kasetsart University)
Dutsadee Toton (Lecturer, The Japan Foundation, Bangkok)
Kanokwan Laohaburanakit Katagiri (Asst.Prof.Dr., Chulalongkorn University)
Khwanchira Sena (Dr., National Institution of Development Administration)
Nanchaya Mahakhan (Asst.Prof.Dr., Burapha University)
Wanchai Silapattagul (Asst.Prof., Silapakorn University)
海 老原智治 (Lecturer, Payap University)
當 山純 (Lecturer, Thai-Nichi University)
松 原潤 (Lecturer, The Japan Foundation, Bangkok)
予 稿集編集
Somkiat Chawengkijwanich (Asst.Prof.Dr.,Thammasat University)
松 田佳子 (Lecturer, Thammasat University)
吉 澤明子 (Lecturer, Thammasat University)
伊 藤孝之 (Dr., Thammasat University)
事 務局担当
Piyawan Talangkapun
Sirinud Kucharoenphaibul
Supaporn Thitikajjatham
会 場スタッフ
Achinee Pathanajaroen
Anong Ngoenmuen
Apinya Vimunthammawath
Chakhariya Chummuel
Chanphen Sakchaicharoenkul
Gun Arlaiyart
Kamonchanok Uthaichai
Kanoknok Ayuvattana
Kanthida Srinutivasu
Kulkanlaya Phusingha
Natthanan Nambuddee
Nuntaporn Chuenkrathok
Nuntiporn Junjaroen
Pailin Klinkesorn
Pastnanan Nimitdumrongchock
Piyarat Wongmalawanich
Pooranut Wangkanont
Rangsinee Tumornsuntorn
Saengrawee Yamaguchi
Sani Saihomhual
Saowanee Saengae
Siriwan Yamesri
Sirorat Leelasuwanit
Sukanya Deetoh
Supansa Pinsri
Suratda Fangdanklang
Suthida Manaswakul
Wasana Pannuam
Wimonwan Soonthonyanakit
Wisaruta Morachat
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