字体変遷字典01.indd

0
1
1
2
2
2
2
2
3
【一】一七丁下三上万与丑
親字
音訓
一
イチ
イツ
ひと
ひとつ
七
シチ
なな
ななつ
なの
教 1 常①
教 1 常①
丁
教 1 常①
三
教 1 常①
上
教 1 常①
丈
甲骨文・金文・古文
(殷・西周・春秋・戦国)
常①
與
人①
蘭亭序
説文篆文
武威漢簡
乙瑛碑
十七帖
殷甲骨
西周金文
包山楚簡
説文篆文
居延漢簡
乙瑛碑
十七帖
居延漢簡
曹全碑
高貞碑
九成宮
集字聖教序 孫秋生造像 孔子
堂碑
開成石経
那須國造碑
屛風土台
節用
一0
五経文字
稲荷山鉄剣
益田本白詩
節用
一1
漢字
整理案
大正 8 年
文部省
活字
昭和 10 年
当用
太宰治 当用漢字
教育漢字
漢字表 人間失格 字体表
平成 4 年
昭和 21 年 昭和 23 年 昭和 24 年
参考
弋1②
法華義疏
サン
み
みつ
みっつ
ショ ウ・ジ ョ
ウ
あが る・ あげ
る・ う え・ う
わ・ か み・ の
ぼす・の ぼ せ
る・のぼる
西周金文
殷甲骨
包山楚簡
説文篆文
居延漢簡
禮器碑
孫過庭
包山楚簡
説文篆文
敦煌漢簡
禮器碑
十七帖
皇甫誕碑
開成石経
聖武天皇雑集
藤原頼道
暦日
一1
集字聖教序 魏霊蔵造像
九成宮
五経文字
法華義疏
三体白詩
節用
一2
九成宮
五経文字
法華義疏
屛風土台
節用
一2
九成宮
五経文字
法華義疏
屛風土台
節用
一2
粟原寺塔鑪盤銘
元暦萬葉 1
節用
一2
智永
張猛龍碑
殷甲骨
大盂鼎
説文古文
説文篆文
居延漢簡
乙暎碑
十七帖
集字聖教序
張猛龍碑
殷甲骨
西周金文
包山楚漢
説文篆文
居延漢簡
乙瑛碑
十七帖
集字聖教序 始平公造像
古璽
説文篆文
居延漢簡
石門銘
説文篆文 2
説文篆文 2
ジョウ
たけ
孔子
堂碑
睡虎地秦簡
女消息
光明皇后
明治の漢字
明張瑞図
一3③
明治の漢字
マン
バン
よろず
古璽 1
古璽 2
殷甲骨
史頌
古璽 3
居延漢簡
羅布淖爾漢簡
集字聖教序
銀雀山竹簡
曹全碑
智永千字文 集字聖教序 孫秋生造像
張猛龍碑
雁塔聖教序
干禄字書
法華義疏
粘葉本朗詠 女庭訓往来
九成宮
干禄字書
王勃詩序
元暦萬葉 1
節用
艸9
干禄字書
法華義疏
平等院鳳凰堂
節用
一3
堂碑
干禄字書
法華義疏
平等院鳳凰堂
女大学
臼7
雁塔聖教序
干禄字書
那須國造碑
元暦萬葉 1
五穀
一3
一2
漢字要覧
マン
バン
よろず
郭店楚簡
説文篆文
郭店楚漢
説文篆文
侯馬盟書
睡虎地
説文篆文
居延漢簡
禮器碑
蘭亭序
元
西周金文
侯馬盟書
説文篆文
馬王堆
居延漢簡
蘭亭序
元思墓誌
ヨ
あたえる
あずかる
くみする
樊敏碑
十七帖
集字聖教序
羲下碑
居延漢簡
漢字要覧
江戸干禄
あたえる
あずかる
くみする
墓誌
孔子
中山王方壷
説文古文
干禄〈俗〉
一3④
チュウ
うし
殷甲骨
【七】「十」と字体衝突した結果、縦線を曲げるようになる。 【万】「万」と「萬」は古くから通用し、干禄字書も両方とも
当用漢字字体表では康煕字典や当用漢字表と同じように最終 〈正〉とする。「萬」の参考にあげたような居延漢簡の草書体
画を上にはねているが、教育漢字は止めている。
が「万」に変化したとする説もあるが、「万」は戦国時代か
【丈】
「支」と字体衝突し、漢代に字体を変更する。「 」の
ら使われており時代が合わない。
点は「咎なし点」で付けても付けなくても良い。
【与】
「與」と通用する。多くの漢和字典では「一」の 2 画だが、
22
夏目漱石 通用体活字
坊っちやん 明治 41 ∼
明治 39 年 大正 3 年
弌
説文古文
人②
丑
行書
毛公鼎
殷甲骨
カ・ゲ
おり る・お ろ
す・くださる・
くだ す・さ が
る・ さげ る し
た・ し も・ も
と
②
与
草書
平安中期
康煕字典
弘道軒
から 江戸版本 1716 年
四号
部首・画数
室町
チョウ
テイ
教 2 常①
萬
隷書
(秦・前漢・後漢)
殷甲骨
常①
万
秦篆
睡虎地秦簡
教 3 常①
下
『字体変遷字典』大熊肇試作
日本上代
楷書
正字体
から
(南北朝から初唐) 楷書
平安初期
明治の漢字
康煕字典では「一」の 3 画で、字体も異なる。最終画の横線
が右に突き出るのは江戸以降か。拓本の干禄字書は不鮮明な
ので江戸期の版本もあげる。
※当用漢字字体表の下の○×は、複数の字体がある字種のうち昭和 24 年当時、岩田母型製造所での母型の有無を示す。
23
3
4
4
4
4
5
6
7
3
【一】
不且丘世丙丞両並【丨】中
親字
不
音訓
カツ
しばらく
まさに
常①
丘
隷書
(秦・前漢・後漢)
草書
行書
十七帖
集字聖教序
夏目漱石 通用体活字
坊っちやん 明治 41 ∼
明治 39 年 大正 3 年
漢字
整理案
大正 8 年
文部省
活字
昭和 10 年
当用
太宰治 当用漢字
教育漢字
漢字表 人間失格 字体表
平成 4 年
昭和 21 年 昭和 23 年 昭和 24 年
参考
殷甲骨
王孫遺者鐘
郭店楚簡
説文篆文
居延漢簡
禮器碑
殷甲骨
毛公鼎
包山楚漢
泰山刻石
武威漢簡
殷甲骨
散氏盤
睡虎地
説文篆文
馬王堆
曹全碑
十七帖
殷甲骨
春秋金文
戦国金文
説文篆文
馬王堆
禮器碑
淳化閣帖
唐太宗
西周金文
中山王方壷
戦国金文
説文篆文
居延漢簡
曹全碑
孫過庭千字文
蘭亭序
張猛龍碑
九成宮
居延漢簡
王延孫造
関戸本古今
節用
法華義疏
屛風土台
節用
一3
南破邪論序
五経文字
法華義疏
元暦萬葉 9
本願
一4
始平公造像
九成宮
五経文字
王勃詩序
粘葉本朗詠
節用
一4
説文古文
張猛龍碑
皇甫誕碑
開成石経
聾瞽指歸
関戸本朗詠
節用
一4
陸軍・正体
鮮于璜碑
王遷墓誌
李寿墓誌
九経字様
聾瞽指歸
関戸本朗詠
本願
古文
陸軍・別体
北宋米芾
曹全碑陰
暉福寺碑
倪寛伝賛
東大寺大仏殿
教業信証
節用
集韻
陸軍・別体
北宋米芾
元暎墓誌
倪寛伝賛
法隆寺金堂
張猛龍碑
皇甫誕碑
元
墓誌
キュウ
おか
常①
世
秦篆
平安中期
康煕字典
弘道軒
から 江戸版本 1716 年
四号
部首・画数
室町
フ
ブ
ず
教 4 常①
且
甲骨文・金文・古文
(殷・西周・春秋・戦国)
『字体変遷字典』大熊肇試作
日本上代
楷書
正字体
から
(南北朝から初唐) 楷書
平安初期
セ
セイ
よ
教 3 常①
卋
丗
セ
セイ
よ
②
丙
ヘイ
あきらか
ひのえ
常①
丞
殷金文
西周金文
説文篆文
馬王堆
乙瑛碑
孫過庭千字文
殷甲骨
殷金文
西周金文
説文篆文
居延漢簡
曹全碑
居延漢簡
西周金文
説文篆文
武威漢簡
西狭頌
智永千字文
西周金文
説文篆文
教 6 常①
×
一4
ヘイ
なみ
ならびに
ならぶ
ならべる
王献之
開成石経
関戸本朗詠
庭訓往来
一5
元暦萬葉 18
節用
入6
教科書
節用
古文
陸軍・別体
新居延簡
两
殷甲骨
西周金文
中山王方壷
説文篆文
中岳崇高霊 碑崇高 孔子
堂碑
開成石経
石門銘
居延漢簡
趙寛碑
居延漢簡
曹全碑
居延漢簡
石門頌
王勃詩序
王勃詩序
十七帖
羲下碑
教 1 常①
現代中国
一8
干禄字書
法華義疏
元暦萬葉 4
節用
一7
漢字要覧
干禄〈通〉
九成宮
開成石経
王勃詩序
元暦萬葉 2
節用
立5
教科書
現代中国
温彦博碑
開成論語
稲荷山古墳
屛風土台
節用
丨3
并
殷金文
チュウ
ジュウ
なか
あたる
うち
殷甲骨
睡虎地秦簡
何尊
石鼓文
節用
【世】古くから「世」「卋」「丗」とその亜種がある。文部省
活字は中央の縦線が下に突き出ているが、これは説文篆文に
倣ったのだろうか。
開成石経の字体は唐太宗の諱・世民の「世」
を避諱して欠画したものだろうか。漱石は「世」「丗」2 種
類の字体を使用。
24
清阮元
道因法師碑
竝
立5②
中
殷金文
リョウ
教 3 常①
並
元暦萬葉 1 五穀無尽蔵
ジョウ
リョウ
人①
両
殷甲骨
淳化閣帖
集字聖教序
張猛龍碑
【丙】行書や楷書では囲まれた空間では右ハライはしない。
【両】「兩」は「入」の部首に分類されるのだが、手書きでは
「人」を書く。「両」は中国では清代、日本では江戸時代まで
みつけられない。太宰治が「両」を書いている。
【並】中国では古くから「並」と「竝」は両方とも使われて
いる。日本では「並」の使用例が多いが、
筆順が 2 種類ある。
干禄字書が〈通〉としている字体が開成石経に使われている。
康煕字典には「竝」と「並」があるが「 」はない。日本の
印刷例では「竝」より「並」の例が多い。
※当用漢字字体表の下の○×は、複数の字体がある字種のうち昭和 24 年当時、岩田母型製造所での母型の有無を示す。
25
6
2
3
4
4
1
2
3
4
4
4
8
【丨】
串【丶】
丸丹主丼【丿】乃久之乎乍乏乗
親字
串
新①
丸
教 2 常①
丹
音訓
甲骨文・金文・古文
(殷・西周・春秋・戦国)
殷甲骨
ガン
まる
まるい
まるめる
主
丼
タン
トン
どんぶり
どん
乃
人①
久
人①
乎
ノ
ダイ
ナイ
すなわち
の
シ
の
これ
ゆく
殷甲骨
教 3 常①
説文篆文
居延漢簡
鴨頭丸帖
元暦萬葉 9
節用
丨6
文部省
活字
昭和 10 年
当用
太宰治 当用漢字
教育漢字
漢字表 人間失格 字体表
平成 4 年
昭和 21 年 昭和 23 年 昭和 24 年
参考
和泉男生墓誌
五経文字
東大寺献物帖
元暦萬葉 12
節用
丶2
節用
丶3
○
丶4
○
馬王堆
禮器碑陰
書譜
晋祠銘
王丹虎墓誌
九成宮
五経文字
王勃詩序
元暦萬葉 1
古璽
睡虎地秦簡
説文篆文
居延漢簡
乙瑛碑
淳化閣帖
興福寺断碑
張猛龍碑
皇甫誕碑
九経字様
法華義疏
屛風土台
大克鼎
散氏盤
説文篆文
居延漢簡
武威漢簡
大盂鼎
侯馬盟書
説文篆文
居延漢簡
曹全碑
十七帖
興福寺断碑
説文篆文
居延漢簡
北海相景君碑陰
十七帖
集字聖教序
高貞碑
居延漢簡
乙瑛碑
十七帖
蘭亭序
高貞碑
散氏盤
包山楚簡
説文篆文
殷甲骨
春秋金文
石鼓文
里耶秦簡
教科書
康煕俗字
殷甲骨
大盂鼎
史頌
説文篆文
殷甲骨
殷金文
大盂鼎
説文篆文
皇甫驎墓誌
羲下碑
九成宮
孔子
堂碑
九成宮
節用
丶4
五経文字
王勃詩序
元暦萬葉 1
節用
丿1
康煕古文
開成石経
聖武天皇雑集
元暦萬葉 2
節用
丿2
泰山刻石
開成石経
王勃詩序
元暦萬葉 7 書札重宝記
丿3
古文
居延漢簡
孔宙碑
智永千字文 集字聖教序
張猛龍碑
九成宮
開成石経
王勃詩序
元暦萬葉 2
丿4
石門銘
雁塔聖教序
九経字様
杜家立成
元暦萬葉 2 絵本黴瘡軍団
丿4
金光明経巻二
破邪論序
九経字様
王勃詩序
元暦萬葉 1
節用
丿4
九経字様
王勃詩序
元暦萬葉 1
節用
丿8
康煕古文
ながら
書譜
集字聖教序
ボウ
とぼしい
中山王方壷 睡虎地秦簡
ジョウ
のせる
のる
説文篆文
居延漢簡
武威漢簡
淳化閣帖
説文篆文
居延漢簡
封龍山頌
元趙孟頫
乘
殷甲骨
季子白盤
古璽
【丸】点の位置に注意。
『康煕字典』では「凡」に似た字を正
字とし、通用字体を俗字としている。漱石は江戸版本と同じ
字体を書いている。直井潔「国定教科書に於ける正字俗字一
覧表」では「文部省に於いて特に正体を舍てて俗體を取りれ
たるもの」としている。
26
智永千字文
漢字
整理案
大正 8 年
古文
説文篆文
殷甲骨
常①
乗
法華義疏
夏目漱石 通用体活字
坊っちやん 明治 41 ∼
明治 39 年 大正 3 年
コ
①
乏
禮器碑
包山楚簡
キュウ
ク
ひさしい
①
乍
行書
西周金文
教 5 常①
之
馬王堆
草書
平安中期
康煕字典
弘道軒
から 江戸版本 1716 年
四号
部首・画数
室町
タン
シュ
ス
おも
ぬし
新②
郭店楚簡
隷書
(秦・前漢・後漢)
カン
セン
くし
なれる
つらぬく
常①
教3常①
侯馬盟書
秦篆
『字体変遷字典』大熊肇試作
日本上代
楷書
正字体
から
(南北朝から初唐) 楷書
平安初期
興福寺断碑
羲下碑
孔子
堂碑
【丹】太宰は「丹」よりも「 」に近い。説文篆文に従えば
点は横線になるはず。
【主】太宰は「主」よりも「 」に近い。
【丼】「井」の異体字と字体衝突。中国での「丼」の使用例は
「井」の意味での使用。「井」の字体は「井」を参照。「どん
教科書・俗字
ぶり」とは物が水に落ちる音という説もあり。
【之】説文の字体に対応する明朝体の字体が康煕字典では古
文になっている。隷書以降の字体は里耶秦簡の字体を元にし
たものか。
【乗】唐代の正字である開成石経(楷書)と清代の正字であ
×
睡虎地秦簡
人2
る康煕字典(明朝体)の字体が異なる。正字体の根拠である
説文篆文と較べればどちらもおかしい。夏目漱石は伝統的な
楷書/行書の字体を書いているが、太宰治は康煕字典/文部
省活字の字体の影響を受けている。
※当用漢字字体表の下の○×は、複数の字体がある字種のうち昭和 24 年当時、岩田母型製造所での母型の有無を示す。
27
0
1
2
2
6
7 10
1
3
【乙】
乙九乞也乱乳乾【亅】了予
親字
音訓
乙
オツ
おつにょう
きのと
九
ク
キュウ
ここの
ここのつ
乞
キツ
コツ
こい
こう
也
ヤ
なり
や
常①
教 1 常①
新①
人①
乱
教 6 常①
亂
②
乳
②
説文篆文
居延漢簡
乙瑛碑
殷甲骨
大盂鼎
包山楚簡
説文篆文
馬王堆
乙瑛碑
敦煌漢簡
張景造土牛碑
楼蘭漢簡
武氏祠画像題字
銀雀山竹簡
曹全碑
古璽
睡虎地秦簡
説文篆文
行書
高貞碑
澄清堂帖
集字聖教序 楊大眼造像 孔子
乞仮帖
堂碑
元欽墓誌
開成石経
琱玉集
元暦萬葉 6
節用
乙0
開成石経
聖武天皇雑集
元暦萬葉 1
節用
乙1
干禄〈正〉 聖武天皇雑集
元暦萬葉 7
節用
乙2
琱玉集
元暦萬葉 7
庭訓往来
王勃詩序
元暦萬葉 1
節用
蘇慈墓誌
十七帖
集字聖教序
高貞碑
九成宮
開成石経
説文篆文
漢字
整理案
大正 8 年
文部省
活字
昭和 10 年
当用
太宰治 当用漢字
教育漢字
漢字表 人間失格 字体表
平成 4 年
昭和 21 年 昭和 23 年 昭和 24 年
参考
干禄〈俗〉
乙2
干禄・江戸
王勃詩序
元暦萬葉 2
干禄字書
光明皇后楽毅論
元暦萬葉 12
王勃詩序
元暦萬葉 1
節用
乙7
王勃詩序
元暦萬葉 10
節用
乙 10
法華義疏
益田本白詩
五経文字
琱玉集
関戸本朗詠
節用
亅1
皇甫誕碑
開成石経
伝空海急就章
藤原定家
宝抓取
亅3
智永千字文
開成石経
聖武天皇雑集
元暦萬葉 1
駿台雑話
豕9
羲下碑
長沙子弾庫楚帛書 睡虎地秦簡
夏目漱石 通用体活字
坊っちやん 明治 41 ∼
明治 39 年 大正 3 年
古文
曹全碑
説文篆文
殷甲骨
古璽
説文篆文
武威医簡
睡虎地
説文篆文
武威医簡
王献之
争乱帖
龍顔碑
九成宮
節用
乙 6〈俗〉
干禄・江戸〈俗〉
乙 12
干禄〈俗〉
曹全碑
集字聖教序
張猛龍碑
九成宮
干禄字書
魏霊蔵造像 雁塔聖教序 干禄・江戸
ヨ
あずかる
あずける
あたえる
あらかじめ
われ
×
干
説文篆文
殷甲骨
書譜
説文篆文
居延漢簡
熹平石経
説文篆文
敦煌漢簡
曹全碑
元珍墓誌
干禄〈俗〉 現代中国
干禄〈通〉
ヨ
あらかじめ
【乙】Z のようになったり L のようになったりする。開成石
経(唐代の正字)では転折の後、あまり左に戻らず、「風」の
2 画目のような形。
【也】説文に 2 種があり、康煕字典では片方が古文。ならば
睡虎地秦簡の字体も古文ということになる。
28
草書
平安中期
康煕字典
弘道軒
から 江戸版本 1716 年
四号
部首・画数
室町
ニュウ
ちち
ち
了
豫
包山楚簡
ラン
おさめる
みだす
みだれる
わたる
リョウ
おえる
おわる
さとる
教 3 常①
殷金文
古璽
乾
予
隷書
(秦・前漢・後漢)
ラン
みだす
みだれる
おさめる
みだれ
カン
かわかす
かわく
いぬい
常①
秦篆
殷甲骨
春秋金文
教 6 常①
常①
甲骨文・金文・古文
(殷・西周・春秋・戦国)
『字体変遷字典』大熊肇試作
日本上代
楷書
正字体
から
(南北朝から初唐) 楷書
平安初期
孫過庭千字文 欧陽詢千字文
羲下碑
【亂(乱)】「乱」は干禄字書と康煕字典に「亂」の俗字とし
て掲載。私見では「乱」は「亂」の略字で、「亂」の「ム」
の部分が「乱」の口だと思う。日本では上代以降「亂」と「乱」
の両方が使われるが、江戸時代にになると「乱」が多く使わ
れ、繁体の「亂」の使用例がみつからない。文部省活字は「亂」。
教科書
文部省活字の影響を受けていると思われる太宰治も「乱」を
書き、「亂」は書いていない。
【予】「豫」と通じる。太宰治は「豫感」と書いている。
※当用漢字字体表の下の○×は、複数の字体がある字種のうち昭和 24 年当時、岩田母型製造所での母型の有無を示す。
29
5
7
0
1
2
2
2
【亅】
争事【二】
二于井云五
親字
争
音訓
『字体変遷字典』大熊肇試作
甲骨文・金文・古文
(殷・西周・春秋・戦国)
秦篆
隷書
(秦・前漢・後漢)
事
ジ
ズ
こと
つかえる
二
ニ
ふた
ふたつ
②
井
ウ
ああ
おいて
ここに
に・より
殷甲骨
大盂鼎
睡虎地
説文篆文
銀雀山竹簡
禮器碑
書譜
郭店楚漢
説文篆文
居延漢簡
曹全碑
十七帖
殷甲骨
大盂鼎
包山楚簡
説文篆文
居延漢簡
曹全碑
殷甲骨
大盂鼎
石鼓文
説文篆文
武威漢簡
乙瑛碑
殷金文
令方彝
泰山刻石
武威漢簡
曹全碑
殷甲骨
大克鼎
説文篆文
居延漢簡
居延漢簡
ショウ
セイ
い
常①
云
欧陽詢史事帖
大盂鼎
参考
琱玉集
近衛本朗詠
干禄字書
聾瞽指歸
元暦萬葉 10
九経字様
王勃詩序
元暦萬葉 2
節用
明治の漢字
干禄〈通〉
孔子
興福寺断碑
堂碑
爪4
庭訓往来
亅7
明治の漢字
書譜
興福寺断碑 魏霊蔵造像 孔子
堂碑
開成石経
王勃詩序
元暦萬葉 6
節用
二0
孔子
堂碑
五経文字
王勃詩序
元暦萬葉 1
節用
二1
五経文字
王勃詩序
元暦萬葉 2
節用
二2
集字聖教序
高貞碑
皇甫驎墓誌
九成宮
敬史君碑
居延漢簡
張遷碑
十七帖
蘭亭序
論経書詩
楊大眼造像
孔子
堂碑
開成石経
王勃詩序
九成宮
元暦萬葉 1 本願念仏利益章
二2
節用の「言」 現代中国
現代中国
元暦萬葉 1
云
ウン
くも
殷甲骨
説文古文
古璽
説文古文
古璽
西周金文
春秋金文
中山王鼎
居延漢簡
西狭頌
武威漢簡
曹全碑
説文篆文
居延漢簡
開通褒斜道刻石
瑯邪台刻石
石門頌
西狹頌
説文篆文
十七帖
集字聖教序 始平公造像 孔子
堂碑
論経書詩
九成宮
張猛龍碑
虞世南破邪論序
開成石経
王勃詩序
元暦萬葉 1
節用
雨4
五経文字
聖武天皇雑集
元暦萬葉 1
節用
二2
聖武天皇雑集
元暦萬葉 9 農家調宝記嗣編
ゴ
いつ
いつつ
殷甲骨
史頌
【争】
「爭」が正字体とされているが、
行書や楷書では「争」
「爭」
両方が書かれている。横線が右に出るものと出ないものがあ
る。秦から漢にかけては上部を「日」に作る字体があり、草
書の字体はこれをくずしたものである。「争」の字体は「日」
が「ク」になったものではないだろうか。漱石も太宰も横線
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当用
太宰治 当用漢字
教育漢字
漢字表 人間失格 字体表
平成 4 年
昭和 21 年 昭和 23 年 昭和 24 年
云
睡虎地秦簡
学 2 常①
教 1 常①
元彦墓誌
孟法師碑
居延漢簡
五
文部省
活字
昭和 10 年
ウン
いう
①
雲
漢字
整理案
大正 8 年
古文
教 1 常①
于
居延漢簡
夏目漱石 通用体活字
坊っちやん 明治 41 ∼
明治 39 年 大正 3 年
ソウ
あらそう
いかでか
人②
教 3 常①
行書
平安中期
康煕字典
弘道軒
から 江戸版本 1716 年
四号
部首・画数
室町
ソウ
あらそう
いかでか
教 4 常①
爭
草書
日本上代
楷書
正字体
から
(南北朝から初唐) 楷書
平安初期
十七帖
集字聖教序
羲下碑
九成宮
を右に出していない。
【亊・事】「亊」と「事」の差は「口」が点々に略されるだけ
で大きな問題ではない。下から 2 本目の横線が漢代までは右
に出ているが、南北朝以降は出なくなる。九経字様、康煕字
典など正字では出る。弘道軒も漱石も太宰も出ていない。漱
庭訓往来
石はほとんど草書を書くが、まれに楷書・行書の字体を書く。 という。
仮借して
「いう」
の意味になったのは秦から漢の頃か。
【于】説文篆文と泰山刻石の字体が異なるが、もちろん泰山
江戸期には「言」をくずしたものが同じ字体になる例がある。
刻石が正しいのだろう。
【五】草書と行書は書き順が異なる。草書は頻繁に書かれ、
【井】説文篆文には点があるが、なぜか正字にはない。
江戸では最終画が右に伸びる。また楷書、行書では一画目が
【云】「雲」の元の字で、後に「雨」を加えて「雲」になった
略されることが多い。
※当用漢字字体表の下の○×は、複数の字体がある字種のうち昭和 24 年当時、岩田母型製造所での母型の有無を示す。
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