高校生の 勤 労 観とキャリア 教育の 課題 − 効果的 な 職業教育 カ リ キ ュ ラ ム 開 発 の た め の 基 礎 資 料 と し て− 研究 の 概 要 この研究は,県内の高校1年生を対象に,就労観,自尊感情,就職意欲,予定進路等についてアン ケ−トを実施し,生徒の職業意識とキャリア教育における発達課題を探るための基礎資料を得ること を目的に実施した。 キーワード キャリア教育 キャリア発達課題 就労意欲 Ⅰ 主 題 設 定の 理 由 1 キ ャ リ ア 教育 が 求 め ら れ る背 景 ボランティア活動経験 「キャリア教育」という言葉が正式に日本で使われたのは,平成11年12月の中央教育審議会答 申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」の中である。その中で,学校と社会及び学校 間の円滑な接続を図るためのキャリア教育を,「望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技 能を身につけさせるとともに,自己の個性を理解し,主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教 育」とうたっている。以来6年余,キャリア教育の必要性は高まっている。 キャリア教育が必要とされる要因は,大きく四つに分けることができる。第一はバブル崩壊後の社 会情勢の変化である。景気悪化の中で,企業は社員の採用にも厳しく対応し,高卒生への求人数は大 きく減少した。第二は,若者の働くことへの関心や意欲,向学心,対人関係能力の低下などの問題と, これに対する有効な手だてがない現実である。第三に,現在の若者は幼少期から直接体験や異年齢者 との交流経験に乏しく,そのため,精神的・社会的な自立が遅れ,身の回りへの関心や職業観の形成 を困難にしている。第四は,ある程度豊かな社会環境が,若者が将来の自立のために腰を据えて考え る機会を先送りにし,「とりあえず進学」させた上,必要以上の保護をし,彼らの職業観や自立心の 形成に悪影響を与えている。 こうした社会の中で,高校教育においても時代の変化と課題に柔軟に対応し,社会人として自立し て「生きる力」をもった若者の育成に専心することが求められている。 2 キャリア教育の意義 キャリア教育を進める上で心すべきは,キャリア教育が単に若年者への求人率低下やフリーター, 早期離職者,失業者の増加等への対応策といったものだけでなく,長い将来を生きる若者たちが様々 な社会環境の変化の中でも着実に自らの方向性を選び取り,自分の力で生きていくための基本的な力 を身につけるための教育であるととらえることである。社会環境ばかりでなく,家庭環境や成長発達 過程上の問題も多い中,難しい課題ではあるが,身につけた能力・知識を現在及び将来のため,どの ように伸ばし生かしていけるかという視点に立って,きめ細かく取り組むべき重く有意義な課題であ る。 3 子どもたちの現状 子どもたちの成長・発達をめぐっては,身体的には早熟傾向であるにもかかわらず精神的・社会的 自立が遅れる傾向があると指摘されている。また最近は,パソコン・携帯電話等の情報活用を得意と する反面,生産活動や社会性に未熟さが見られるなど,発達上の課題が多い。人間関係をうまく築く -1- ことができない,自分で意思決定できない,自己肯定感を持てない,将来に希望が持てない,進路を 選ぼうとしない等々,成長・発達上の課題が各種報告の中でも多く指摘されている。 このような実情を的確に捉え,子どもたちの成長と発達をどのように支え促していくかという視点 に立ち,きめ細かい取組が必要である。 Ⅱ 研 究の ね ら い 山梨県内の高校1年生の勤労意欲・職業観・ソーシャルスキル等を調査し,学校教育におけるキャ リア発達の課題を探る。 Ⅲ 研 究 の 基 本 的な 考 え 方 キャリア教育は,自ら生き方を考え,将来に対する目的意識をもち,自らの意思と責任で進路を選 択決定する能力・態度を身に付けることができるよう指導・援助する従来の進路指導と大きな差異は ない。しかしこれまでの進路指導が本来の目標に沿って展開されてきたとは言い難いことも事実であ る。そのことを踏まえ,キャリア教育には一人一人のキャリア発達を促す指導と進路決定のための指 導とを,一連の流れとして系統的に調和を保ちながら進めていく視点が求められている。つまり,キ ャリア教育は,「進路発達または進路決定にかかる指導」と「集団または個人を対象としての指導」 の二つの視点に分類できる。県内の多くの学校が,「進路発達の指導」として職場体験や就業体験, ボランティア活動,先輩あるいは職業人講話等を中学生段階から幅広く実施しているが,青少年の離 職の実態等々多くの課題が残されている。これまで,職業教育の取組では,専門的な知識・技術の習 得に重きをおいた指導がされてきたが,今後は生徒のキャリア発達をいかに支援するかという視点に 立って,全ての生徒たちにキャリア基盤形成という観点からの指導援助が期待されている。 本研究では,キャリア発達を生涯発達の観点から捉え,小学校,中学校と様々な体験を経てきた高 校1年生を対象に,現時点での勤労観や就業観,人間関係構築に必要なソーシャルスキルについて調 査することとした。この調査は個々の生徒のキャリア発達に関わる意識調査であるとともに,職業高 校・普通高校・総合学科高校生徒の学校間格差や今後のキャリア教育課題を幅広く探ることを目標と して取り組むこととする。なお,卒業時の再調査をも視野に入れ,今回調査協力を得た各校と個々の 生徒のキャリア教育の成果を探ることも可能とする調査形式としている。 Ⅳ 研究の具体的目標 本研究では,県内の職業高校・普通高校・総合学科高校の1年生を対象に学校選択理由・予定進路 ・将来に対する考え方・ボランティア活動頻度・自尊感情・就労観・就職意欲・ソーシャルスキル等 の意識調査を実施し,学科ごとの差異,就職意欲との相関等を調べ,学校教育におけるキャリア発達 資料に資することを目標とする。 Ⅴ 研究の内容と方法 1 研究の内容 本研究では,調査参加者の基本的な属性(所属学科,年齢,性別など)のほか,ボランティア 経験,職業について働くことに対する考え方(就労観),自尊感情,社会的スキル,将来について の楽観性等さまざまな変数を導入し,データを採取・分析した。 2 研究の方法 (1)アンケート調査対象 山梨県の全日制高等学校の農業高校1校,商業高校1校,工業高校2校,総合学科高校1校及 び普通科高校2校の1年生を対象とした。 -2- (2)サンプル総数(今回分析数) 普通高校101名 商業高校101名 工業高校101名 農業高校101名 総合学科高校108名 計512名 (3)アンケート調査及び集計期間(資料) 平成17年11月から平成18年1月 (4)アンケート配布および回収 生徒個別の調査票を担任教師がロングホームルーム等を利用して配布・回収した。 (5)アンケートの記入方式 単一回答・複数回答・順位回答等を記入していく方式とした。 (6)アンケート調査結果の処理 分析については,大阪大学大学院助手,植村善太郎氏に依頼した。 Ⅵ 研 究の 結果 と考察 本報告では,基礎的な属性,および特に主要と思われる変数に焦点を絞り,データの概略を説明す る。 第 1 に,分析対象者の基礎データとして,属性データ(性別,学科,年齢)の記述を行なう。(資料 表1,表2,表3)そして,ボランティア経験,予定進路についての集計結果を示す。 第 2 に,自尊感情尺度,就労観尺度,社会的スキル尺度,就職活動に対する意欲の項目に対する回 答結果を集計する。そして,必要な場合は各尺度の下位尺度を構成した上で,学科ごと,ボランティ ア経験ごとでの得点の違いを検討する。 第 3 に,自尊感情尺度,就労観尺度,社会的スキル尺度,就職活動に対する意欲との関連性を相関 分析によって検討する。 なお,本研究は進行中であり,今後のデータの追加,分析手法の変更などによって,本報告内容と, 今後の結果には差異が生じる可能性がある。本報告は,現時点での暫定的なものである。 1 基礎集計 (1)分析対象者の基本属性 今回は主として時間的都合から,採取データのうち,各学科約 100 名,計 512 名を分析対象者とし た。学科ごとに進学者の男女比が異なると考えられるので,学科と性別をクロスして集計を行なった。 普通科ではほぼ均等に男女が対象者となってい 表4 学科と性別のクロス表 るが,農業科,工業科では男子が多く,商業科, 性 別 合計 総合学科では女子が多いことが分かる。各学科に 科\性別 進学する男女比として妥当な割合だと考えられ 普通科 53(52.48%) 48(47.52%) 101 る。ただし,学科ごとで男女比に偏りがあるとい 農業科 77(78.57%) 21(21.43%) 98 うことは,学科ごとで何らかの変数を比較する場 工業科 93(95.88%) 4(4.12%) 97 合,学科の要因と性別の要因が混合することは注 商業科 21(20.79%) 80(79.21%) 101 意が必要である。尚,平均年齢は 15.7 歳であっ 総合学科 35(33.02%) 71(66.98%) 106 た。 合計 279(55.47%) 224(44.53%) 503 男性 女性 (2)ボランティアの経験 就労観,就職活動への意欲等に関連する可能性があると考え,ボランティア活動を行なった経験に ついて,「全くない」から「しばしばある」までで回答を求めた。ボランティア経験を全くしたことが -3- ない生徒は極めて少数で(7.42%),8 割以 上が,1,2 度から数度の経験をもつことが 表5 ボランティア経験程度の分布 分かった。また,しばしばあると答えた生 質問\回答数 徒も,全くないと答えた生徒よりも多かっ 全くない た。総合的学習の時間等で,近年ボランテ 度 数 パーセント 38 7.42 1 ,2 度程度ある 172 33.59 ィア活動が含まれることが多くなってきた 何度かある 259 50.59 ことの影響かもしれない。こうした活動は, しばしばある 43 8.40 職業に対する考えの発達に促進的な効果を 合計 512 100.00 与えることが予測される。 (3)予定進路 調査対象者は,高校 1 年次生なので,卒業後の予定進路は必ずしも明確になっていないと考えられ るが,現状どのような考えをもっているのかを尋ねた。(資料 表6) 企業への就職,専門学校への進学,大学短大への進学がそれぞれ約 3 割で,全体のおおよそ 9 割を 占めた。ただし,考えていないものも 38 名(7.5 %)存在した。予定進路は,学科による偏りがある と推測されるので,学科と予定進路のクロス集計を行なった。(資料 表6) 普通科では大学・短大への進学,農業科では企業への就職,工業科・商業科では企業への就職,専 門学校への進学が多くを占めた。総合学科では企業への就職,専門学校への進学,大学・短大への進 学がほぼ均等に占めた。それぞれの学科の特徴が反映された結果と考えられる。こうした学科の特質 は,それぞれの生徒の働くことに対する意識に影響を及ぼすと考えられる。 2 各尺度への回答結果 (1)自尊感情項目への回答 自尊感情尺度に対する回答を項目ごとに求めると下表のようになった。 表7 自尊感情項目の内容と平均点,標準偏差(SD) 項目 01 )私はすべての点で,自分に満足している 02 )私は時々,自分がまったくだめだと思う 03 )私は,自分にはいくつか見どころがあると思っている 04 )私はたいていの人がやれる程度には物事ができる 05 )私にはあまり得意に思うことがない 06 )私はときどき確かに自分が役立たずだと感じる 07 )私は少なくとも自分が他人と同じレベルに立つだけの価値ある人だと思う 08 )もう少し自分を尊敬できたならばと思う 09 )どんな時でも例外なく,自分を失敗者だと思いがちだ 10 )私は自分に対して前向きの態度(たいど)を持っている 1 点から 4 点までで回答してもらったので,中間 点は 2.50 である。全体として,ポジティブな内容(設 問項目 1/3/4/7/10)に対する回答平均点 2.19,同ネガ ティブな内容(2/5/6/8/9)については 2.57 である。 自分を肯定する内容は平均点を下回り,否定する内 容は平均点を上回っている。現在の高校生が自分に 対して自信がもてない状況であることがうかがえる。 -4- 平均 1.72 2.87 2.04 2.49 2.38 2.59 2.35 2.68 2.32 2.38 SD 0.64 0.87 0.72 0.72 0.86 0.84 0.76 0.84 0.79 0.79 (2)就労観項目への回答 就労観 43 項目に対する回答を集計した。平均点,標準偏差は以下の表9のようになった。 表 9 就労観項目の内容と平均点,標準偏差(SD) 項目 01 )働く上では,人の役に立つことが重要だ 02 )働く上ではたくさんの報酬(ほうしゅう)をもらうことが重要だ 03 )少しでも社会のためになれる事が,仕事の重要なところだ 04 )他者から尊敬される職業に就くことは重要だ 05 )成人で働かないと,肩身が狭い(立場が弱い)思いをする 06 )仕事に長時間取られるのはいやだ 07 )その仕事で有名になることは重要だ 08 )仕事をして,少しでも生活を向上させたい 09 )働く上では,人に期待されることが重要だ 10 )成人で働いていない人は,一人前とは言えない 11 )自分に興味がない職にはつきたくない 12 )働く上では,社会の役に立つことが重要だ 13 )苦しくても頑張って働くことが重要だ 14 )働く上では,まずは地道に続けることが重要だ 15 )働く上では,お金を稼ぐことが重要だ 16 )自分のやりたい職に就くことが重要だ 17 )自分が面白いと思える職に就くことが重要だ 18 )働く上では,職場の人に好かれることが 重要だ 19 )人と一緒に働くことが好きだ 20 )働くか,働かないかは個人に選択の自由がある 21 )どんな仕事であれ,働いてお金を稼ぐということは重要なことだ 22 )楽に働けることが重要だ 23 )仕事の上で,大きな成果を成し遂げることは重要だ 24 )働く上では,職場の仲間とともにひとつの仕事を達成することが重要だ 25 )仕事によって名声を得ることは重要だ 26 )できればあまり働きたくない 27 )働く上では,自分の能力を発揮できること(生かせること)が重要だ 28 )自分の適性にあった職業につくことが重要だ 29 )成人したら,働くのは,当たり前のことだ 30 )職種にかかわらず,まずは働くことそのものが大切なことだ 31 )働くことを,おもしろいとは思えない 32 )その職業に,自分でやりがいを感じることが重要だ 33 )自分が長くやってもいいと思う職に就くことは重要だ 34 )仕事を通して,人と触れ合うのが好きだ 35 )地味でも確実な仕事をすることが重要だ 36 )その仕事におもしろみを感じることが重要だ 37 )こつこつと働くことが重要だ 38 )働く上で,職場で良好な仲間関係を作ることは重要だ 39 )どの程度のお金を稼げるかは,職業選択の上で重要ではない 40 )成人が働くのは,義務だ 41 )働く上では,人から高い評価を得ることが重要だ 42 )働く上では,人に喜ばれることが 重要だ 43 )仕事の中で自分の興味・関心を生かせることは 重要だ 平 均 SD 4.02 3.75 3.63 3.42 0.93 0.97 0.94 1.04 3.40 3.12 3.04 4.16 3.61 3.13 4.07 3.70 3.97 4.15 1.11 1.17 1.16 0.84 1.01 1.19 1.01 0.93 0.91 0.81 3.97 4.38 4.27 3.97 3.68 3.66 4.12 2.84 3.90 4.01 0.90 0.82 0.87 0.90 1.03 1.10 0.97 1.12 0.95 0.85 3.25 2.39 4.22 4.34 2.71 3.68 2.75 4.30 4.30 3.69 0.99 1.25 0.81 0.81 1.15 0.97 1.03 0.77 0.81 1.08 3.83 4.22 4.00 4.21 2.97 3.14 3.44 4.02 4.31 0.90 0.84 0.86 0.90 1.07 1.07 0.99 0.92 0.81 (該当する項目に○印) 社ポ 社ネ 自ポ 自ネ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ (注:社ポ=社会面ポジティブ/社ネ=社会面ネガティブ/自ポ=自己に対するポジティブ/自ネ=自己に対するネガティブ) 就労観項目は 5 点満点なので,中間点は 3.00 点である。全項目平均点は 3.71 と就労に対する関心の 高さがうかがえる。また,就労に対する意識を上表のように社会面ポジティブ,社会面ネガティブ, 自己に対するポジティブ,自己に対するネガティブの4つに分類してみると,社会面ポジティブ 3.86, 社会面ネガティブ 2.99,自己に対するポジティブ 3.91,自己に対するネガティブ 3.10 となり,高校生 が,社会に貢献していこうという気持ちと自己を成功させていこうという,両方の積極的な意識をも っていることがうかがえる。 -5- 就労 義務 金銭 獲得 他 者 ・社 会志 向 労働 軽視 関係 構築 就労 価値 社会 的報 酬獲 得 自己 実 現 ・や り がい 5.00 尺 度 4.00 得 3.00 点 2.00 1.00 Figure 全体での各就労観の得点 (3)社会的スキル尺度項目への回答 社会的スキル尺度(Kiss-18)項目に対する回答を集計した。平均点,標準偏差は資料の表11のよ うになった。 表 11 社会的スキル尺度(Kiss-18)項目の内容と平均点,標準偏差(SD) 項目 平均 SD 01)他人と話していて,あまり会話がとぎれないほうである 3.16 1.03 02)他人にやってもらいたいことを,うまく指示することができる 3.00 0.93 03)他人を助けることを,じょうずにやれる 3.13 0.88 04)相手が怒っている時に,うまくなだめることができる 3.00 0.93 05)知らない人とでも,すぐに会話が始められる 2.80 1.26 ※ 06)周りの人たちとの間でトラブルが起きても,それをじょうずに処理できまる 2.75 0.91 ※ 07)こわさや恐ろしさを感じた時でも,それをうまく処理(解決)できる 2.83 0.99 ※ 08)気まずいことがあった相手と,じょうずに仲直りできる 3.09 1.09 09)共同作業や仕事をする時に,何をどのようにしたらよいかを決めることができる 3.13 0.99 10)他人が話しているところでも,気軽に参加できる 2.98 1.12 ※ 11)相手から非難されたときにも,それをうまく片付けることができる 2.78 1.02 ※ 12)共同作業や仕事をする上で,どこに問題があるのかすぐに 見つけることができる 2.92 0.93 ※ 13)自分の感情や気持ちを,すなおに表現できる 3.02 1.10 14)あちこちから矛盾した(むじゅん:相互にくいちがった)話が伝わってきても,混乱 3.03 0.97 15)初対面の人にでも自己紹介がじょうずにできる 2.89 1.14 16)何か失敗した時でも,すぐに謝(あやま)ることができる 3.60 1.08 17)まわりの人たちが自分とは違う考えを持っていても,うまくやっていける 3.17 0.99 18)共同作業や仕事の目標を立てるのに,あまり困難を感じないほうである 3.09 0.98 せずにうまく処理(解決)できる ※ 各項目への回答は 5 点満点なので,中間点は 3.00 である。全体として4点を超える回答がないのが 気になる。特に低い項目(表右※印)から考えると,知らない人・初対面の人との対応に自信がない。 共同作業などで問題が生じたときにうまく対応できない高校生の姿がうかがえる。 (4)就職活動への意欲 就職活動に対する意欲と特に関連すると思われる 3 項目に対する回答を集計した。 -6- 表 12 就職活動への意欲に関する 3 項目の内容と,平均点,標準偏差(SD) 項目 04)希望職種に就くために,就職活動はしっかりやるつもりだ(あるいは,すでに行なっている) 05)就職に関する具体的な情報(例:採用数,企業規模,OBの在籍者数)を集めるつもりだ 06)はやく働いてみたいと思う 平均 3.67 3.51 3.56 SD 1.06 1.04 1.16 5 点満点なので,中間点は 3.00 点である。3 項目とも中間点は超えており,全般的に就職活動に対 しては,前向きであることがわかる。 3 学科による各尺度得点の違い (1)自尊感情尺度の構成 まず,自尊感情尺度に因子分析(主成分解)を行ない,2 因子を抽出した上で,プロマックス回転を 施した。因子パターンは,資料の表8のようになった。 第 1 因子は,自己に対して積極的に価値を認める項目が集まっており,積極的自尊感情と名づけた。 第 2 因子は,自己に対する否定的感情を持つことを意味する項目が集まっているので,自己否定感情 とした。因子間の相関係数は,-.24 だった。各因子に高い負荷を持つ項目を合成して下位尺度を作成 した。各尺度のα係数は,表8にあるとおりで,高いとはいえないが,中間報告という性質を考慮し, このまま使用することにした。尺度得点を検討したところ,積極的自尊感情よりも,自己否定感情の 方が高かった。高校 1 年次生は青年期の中期にあたっており,自己否定感情が特に強くなる時期なの かもしれない。 次に学科別に自尊感情の違いを集計した。(下図) 4.00 積 極 的 自 尊 感 情 自 己 否 定 感 情 3.50 感 情 の 強 さ 3.00 2.50 2.00 1.50 1.00 普 通 科 農 業 科 工 業 科 商 業 科 総 合 科 合 計 F i g u r e 学 科 ご と で の 自 尊 感 情 の 違 い 積極的自尊感情については,工業科で相対的に高いが,他の学科では大きな差異は見られなかった。 自己否定感情については,ほとんど差は見られなかった。 (2)就労観尺度の構成 次に,就労観尺度に同じく因子分析(主成分解・プロマックス回転)を行なった。(資料表10) 8 つの因子を抽出し,各因子に高く付加した項目を合成し下位尺度を構成した。 尺 度 得 点 -7- 就 労 観 の 得 点 就 労義 務 各 金 銭獲 得 で の 他 者 ・社 会 志 体 向 全 労 働軽 視 得 り がい F i g u r e 関 係構 築 0 0 0 0 0 0 0 0 0 就 労価 値 0 5 0 5 0 5 0 5 0 社 会的 報酬 獲 . . . . . . . . . 自 己 実 現 ・や 5 4 4 3 3 2 2 1 1 各尺度の全対象者での尺度得点は上図のようになった。自己実現・やりがいが高く,社会的報酬獲 得,労働軽視,就労義務が相対的に低かった。職業に自己実現・やりがいを求めることは,一般的な こととなっていることが確認された。逆に就労を義務としてとらえることや,社会的成功を収める手 段と考える人は多くないことが示された。 次に,学科ごとで各就労観の得点を比較した。自己実現・やりがいはどの学科においても高く,働 くことを考える上で,重要な要因であることが確認された。また,全般的に就労を義務と見なす捉え 方は低調で,就労意識の多様化がうかがえた。 自己実現・やりがい,社会的報酬獲得,関係構築,他者・社会志向,就労価値において,相対的に 商業科の生徒の得点が高い傾向が見て取れた。普通科,総合学科では,社会的報酬獲得,他者・社会 志向が相対的に低かった。 4.5 各 就 労 観 の 高 さ 普 通 科 4 農 業 科 3.5 工 業 科 商 業 科 3 総 合 科 就 労義務 金 銭獲得 他 者 ・社 会 志 向 労 働軽視 関 係構築 就 労価値 社 会的報酬 獲得 自 己 実 現 ・や り が い 2.5 合 計 Figure 各 就 労 観 得 点 の 学 科 に よ る 違 い (3)社会的スキル尺度の構成 次に社会的スキル尺度について因子分析(主成分解)を行なった。α係数は.91 で,高い内的整合性 があることが確認された。全参加者込みでの項目平均値は 3.03(SD=0.65)で,中間点である 3.00 と ほぼ同じであった。中間的なレベルの値が得られたといえる。 次に学科ごとでの社会的スキル得点を算出した。(右表) 中間点の 3.00 付近に各学科の平均点が集まっており,学科間 学科 社会的スキル で大きな違いはないことが示唆された。 普通科 3.12 (4)学科ごとでの就職への意欲の違い 農業科 2.96 工業科 3.08 商業科 3.04 総合学科 2.93 合計 3.03 学科ごとで就職への意欲が異なるかを,3 項目(資料 表14 に関して検討した。 下図からもわかるように,「就職活動はしっかりやる」につい ては,商業科が高く,普通科,農業科は相対的に低い。具体的な 情報収集については,農業科,総合学科の意識が相対的に低い。 「早 く働いてみたい」については,普通科,総合学科の得点が相対的 に低い。これらの結果は,学科の性質が濃厚に反映したものとい えるのかもしれない。 -8- 4.00 就 職 活 動 は し っ か り や る 3.90 具 体 的 な 情 報 を 集 め る 早 く働 い て み た い 3.80 3.70 意 欲 の 高 さ 3.60 3.50 3.40 3.30 3.20 3.10 合計 学 科 ご と の 総合科 F i g u r e 商業科 工業科 農業科 普通科 3.00 就 職 意 欲 (5)ボランティア経験ごとでの各変数の違い ボランティア経験によって,自尊感情,社会的スキル,就労観,就職に対する意欲に違いが存在し ているかを検討した。自尊感情,社会的スキルについては,ボランティア経験による違いがほとんど 4.50 全くない 4.30 1、2度程度ある 4.10 何度かある 3.90 しばしばある 尺 3.70 度 3.50 得 点 3.30 合計 3.10 2.90 2.70 就労 義 務 金銭 獲 得 他 者 ・社 会 志 向 労働 軽 視 関係 構 築 就労 価 値 社会 的 報 酬 獲 得 自 己 実 現 ・や り が い 2.50 Figure ボランティア 経験による就労観の違い なかった。ボランティア経験が,学校カリキュラムの一部となっていることが多いとすれば,個人の 特性と経験は関係がないので,その結果上図のような結果が生じたのかもしれない。 それに対し,就労観,就職への意欲については,一部差があると思われたので,グラフから検討し た。ボランティア経験が多い人は,自己実現・やりがい,就労価値が相対的に高く,社会的報酬獲得 -9- が相対的に低い傾向が見て取れた。これはボランティア経験を繰り返すことで,働くことの内在的価 就 職 活 動 しっかり 情 報 早 く働 き た い 3.80 3.70 3.60 3.50 3.40 3.30 3.20 3.10 3.00 全 くない 1 、2 度 程 度 あ る 何 度 か あ る しばしばある 合 計 F i g u r e ボ ラ ン テ ィ ア 経 験 と 就 職 活 動 へ の 意 欲 との 関 連 値を認めるようになり,逆に外在的な社会的報酬を重視しなくなったことを示すのかもしれない。ボ ランティア経験がほとんどない人の労働軽視は相対的に高く,上記の解釈を支持しているといえる。 就職に対する意欲については,全般的にボランティア活動経験がある人の方が,意欲的である傾向 が見て取れる。経験の中で意欲が育ったのかもしれない。ただし,就職活動に対して意欲的な人が, ボランティア活動を多く行なう可能性も高いので,この結果から因果関係を明らかにすることはでき ない。 (6)変数間の相関 就職への意欲と就労観,自尊心,社会的スキルとの関連性を,相関分析を行なうことで検討した。 各就労観と就職への意欲との相関係数は,以下の表16のようであった。 表16 各就労観と就職に対する態度との相関 自己実 社会的 就労価 関係構 労働軽視 他者・ 金銭獲 就労 現・やり 報酬獲 値 築 社会 得 義務 がい 得 志向 04)希望職種に就くために,就職 .30*** .14** .34*** .29*** -.20*** .28*** .04 .13** 活動はしっかりやるつもりだ(ある いは,すでに行なっている) 05)就職に関する具体的な情報 (例:採用数,企業規模,OBの在 籍者数)を集めるつもりだ 06)はやく働いてみたいと思う .17*** .19*** .26*** .19*** -.17*** .27*** .07 .11* .26*** .26*** .37*** .33*** -.31*** .28*** .06 .15** *** p<.001, ** p<.01, * p<.05 各項目について考えてみる。 自己実現・やりがい 「就職活動はしっかりやるつもりだ」,「はやく働いてみたい」とは低い正の相関 を持っていた。自己実現・やりがいを高く持つほど,就職活動をしっかりしようと考え,はやく働い てみたいと思うという結果である。職業にやりがいを求めることは,働くことに対して前向きである と考えられるので,こうした結果になったと考えられる。具体的な情報収集を行なうこととは,非常 に低い相関しか得られなかった。やりがい,自己実現を求めることと,具体的な就職活動意図との間 には,明確な関連はないのかもしれない。 社会的報酬獲得 「はやく働いてみたい」と低い正の相関を示しており,社会的成功を職業に求める 人は,職業に早く就いてみたいと考えることがうかがわれる。社会的報酬獲得を重視する人にとって, - 10- 働くことは,成功への道なのかもしれない。 就労価値 働くこと自体に価値を見いだすことは,就職への意欲 3 項目いずれとも正の相関を示した。 これは概念内容からいって当然なのかもしれないが,働くこと自体の価値を認識することは,就職活 動にとって肯定的な意味を持つことが示されたといえる。 関係構築 働く上での他者との関係性を重視することは,「就職活動はしっかりやる」と「はやく働い てみたい」とは正の低い相関を示したが,「情報収集」とは相関が小さかった。関係構築を重視する人 にとって,重要なのは他者とともに働くことであり,それがどんな職場かどうかといった細かい事象 は重要ではないのかもしれない。 労働軽視 労働軽視が就職への意欲と負の相関関係を示したことは,概念的に理解しやすい。労働 を回避したいと考える人は,就職への意欲も低いということである。その他の就労観は,就職への意 欲と概ね正の相関関係を示した。 他者・社会志向 働くのは,他者,社会のためであると考えることは,就職活動に関する 3 項目いず れとも低い正の相関関係にあった。働くことは,自分のためだけではなく,他者のためでもあるとと らえることは,働くことに向社会的な価値を見いだすことにつながり,結果として就職に前向きにな るといえるのかもしれない。 金銭獲得 働くことは金銭を獲得するためであるというとらえ方をすることと,就職活動に対する意 欲とはほとんど無関係であった。金銭獲得を働くことの意味だと考えることは,就職活動に関しては, ネガティブでもないが,ポジティブでもないということなのであろう。 就労義務 働くことを義務だととらえることは,就職活動への意欲と極めて低い関連性しか持たなか った。フリーターや,ニートといった問題を考える際に,働かなければならないということを明確に 教えることが必要だと論じられることもあるが,必ずしもそうした認識改善は問題解決につながらな いことが示唆された。就職に前向きになるかどうかは,義務といった消極的な認識に影響される部分 は小さく,むしろ働くことに様々な価値を見いだすといった積極的な認識に影響される部分が大なの かもしれない。 次に,自尊感情(積極的自尊感情と自己否定感情),社会的スキルと就職活動への意欲3項目との相 関を検討した(表17)。 表17 自尊感情,社会的スキルと就職活動への意欲との相関 04)希望職種に就くために,就職 05)就職に関する具体的な情報 06)はやく働いてみたい 活動はしっかりやるつもりだ(ある (例:採用数,企業規模,OBの在籍 と思う いは,すでに行なっている) 者数)を集めるつもりだ 積極的自尊感情 .20*** .19*** .13** 自己否定感情 .11* .07 .07 社会的スキル .26*** .28*** .25*** *** p<.001, ** p<.01, * p<.05 積極的自尊感情は,「就職活動はしっかり行なう」と低い関連性を示した。若年者の就労対策におい て,自尊心の育成が挙げられるが,積極的な自尊感情を持つことは,就職に対してポジティブな影響 を持つことが示されたといえる。 自己否定感情と就職活動への意欲とはほとんど関連しなかった。 社会的スキルは,就職活動への意欲の 3 項目いずれとも正に相関した。対人関係を円滑に営む能力 があることは,就職活動をする上でもひとつの自信となり,その自信を背景に意欲が高くなるのかも - 11- しれない。一種の社会性を育成することは,就職活動への意欲にポジティブな影響を持つことが示唆 されたといえる。 Ⅶ 1 研 究 のまとめと今 後 の 課 題 就労観の全体の傾向として職業に対して自己実現・やりがいを重視する程度が相対的に高いこと が確認された。反面,就労を義務ととらえる程度,社会的成功をおさめる手段と考える程度は低か った。これは現在の若い世代に共通した特徴かもしれない。 2 学科ごとの分析から,商業科に所属する生徒が,職業に対して,相対的に前向きであることがう かがわれた。学科によって,職業意識の発達は異なることが示唆された。今後の継続調査によって, 発達過程を明らかにすることが期待される。 3 ボランティア経験の頻度と職業に対する考え方には関連性があった。就職に対する意欲について は,全般的にボランティア活動経験がある人の方が,意欲的な傾向を示している。ボランティア経 験が,職業意識を発達させるという命題は,興味深い仮説であり,今後の継続調査が望まれる。 4 各職業観,自尊感情,社会的スキルと,就職活動への意欲との関連性の検討から,様々な傾向が 示唆された。社会性,自尊心,他者を志向した職業のとらえ方,就労自体に価値を認める考え方な どが,就職活動への意欲と相対的に強い関連性を示した。 5 本研究は分析途中ではあるが,「高い社会貢献や自己実現を図ろうとする意識をもちながらも, 自分に自信がなく,社会との繋がりをもつことが苦手な高校生」の姿が見えてきている。これらの 生徒に,ボランティア活動やインターンシップ・老人ホームの手伝い等々の社会性を養う取組や企 業社長や OB との面談等のキャリア教育を通して「自らが社会を担っていく意識や自信をもち, 積極的に社会にかかわっていくことのできる高校生」を育成することが求められている。具体的な 取り組みの提言については次年度のテーマとしたい。 6 本報告は,一時点のデータを元にしており,因果関係を特定できないという問題を有している。 上記で繰り返し述べたように,今回の結果で得られた結果を,新たな仮説として,今後の継続研究 の中でそれらの妥当性を検証していくことが求められよう。 参 考 ・引 用 文 献 1)「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書」 2)「キャリア教育推進ハンドブック」 神奈川県立総合教育センター 3)「思いやりを科学する」菊池章夫著 川島書店 文部科学省 4)「就労観と就職に対する意欲との関連」日本グループ・ダイナミックス学会発表論文集 5)「若年者における働くことに対する意識」植村氏の関西社会心理学研究会発表資料 研究協力校 1) 山梨県立韮崎高等学校 2) 山梨県立韮崎工業高等学校 3) 山梨県立甲府工業高等学校 4) 山梨県立甲府城西高等学校 5) 山梨県立農林高等学校 6) 山梨県立石和高等学校 平成17年度 7) 山梨県立都留高等学校 執 8) 甲府市立甲府商業高等学校 - 12- 筆 者 山梨県総合教育センター 研修主事 渡邊 久樹
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