博士論文

博士論文
デジタルネットワーク分野の大手リーダー企業
における事業機会特定プロセスの研究
‐ 柱創造のためのフレームワーク構築 ‐
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科
博士後期課程 学籍番号 4003S024-4
本荘修二
1
論文要旨
日本の大手企業は新事業による成長を重要な経営課題と認識しているが、研究開発の非
効率化や、研究開発から事業化に至る間のギャップなど、新事業の前工程(フロントエン
ド)での課題が重要化している。また近年、米国を中心とする起業家精神研究では、フロ
ントエンドに相当する Opportunity Recognition(事業機会の特定:以下 OR)についての
研究が注目されている。OR とは、アイデアや技術など事業のシーズ(seeds:種)を創造・
発見し、そこからビジネスコンセプトへと形作ることを言う。
本研究では、重視されているが変化が激しく新事業が肝要なデジタルネットワーク分野
において、大手企業における柱創造型の新事業のためのORに注目し、大企業の新たな柱(大
きな事業規模をねらう新事業)を創出する上でのORの重要性とあるべき姿について検討す
る。これらの目的から、研究課題として、以下の3点を設定する。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
研究課題3:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの現状と課題
第1章において、大企業における新事業、そして OR に関する先行研究をレビューし、
OR の重要性を確認した。また、創発性を志向する風土論には限界があり、柱創造型新事
業には戦略主導型で取組むことが重要であると議論し、これを本研究の主対象として確認
した。
ベンチャー起業家そして大企業でのORプロセスの研究を基に、仮説としてのORプロセ
ス・フレームワークを構築した。フレームワーク化にあたっては、イノベーション連鎖モ
デルを参考とした。
さらに、第2章において、投資会社のORについての事例研究を行い、ORプロセスの各
活動に指針を与える「展望」を加え、フレームワークを改良した。
仮説1:ORプロセス・フレームワーク
・ 事業機会のシーズを創る「創造」、シーズを探索し選別する「獲得」、シーズからビジ
ネスコンセプトをつくる「形成」、資源配分や再検討などの意思決定をする「決定」の、
4つの活動からなるプロセス。そして「展望」に基づいて、これらの活動、そしてプロ
セス全体が機能する。
・ プロセスは各活動とも、市場など外部と連携する。
・ プロセスはリニアではなく、各要素が相互に連携し、プロセス自体も繰り返したり、部
分的に反復などして動く。
第3章においては、OR実施のための資源と体制について考えるため、内部性の限界と外
部性の活用の重要性、および不確実性に対応するための組織体制のあり方に関する先行研
2
究をレビューした。これらの分析から、ORの実施要件として、次の仮説を提示した。
仮説2-1:外部性の活用
・ 内部志向には限界があり、外部との連携の中でORに取組むべきである。自社の強みに
どう組み合わせるかが問われる。ORプロセスの各要素、そしてORに取組む人材など、
対象範囲は広い。
仮説2-2:組織のルースカプリング
・ 既存組織の影響下では新事業は難しいが、切り離すと既存の資源が利用できない。ゆる
やかに結びつけることで、この問題を解決する。またORに関わる組織間についても適
用できる。
第4章においては、デジタルネットワーク分野の大手リーダー企業4社(シスコシステ
ムズ、マイクロソフト、NTTドコモ、アップルコンピュータ)の事例研究を行った。上記
の仮説が、それぞれ確認された。共通して「展望」がORを始動させており、活動要素の中
では「形成」が重要であり、いくつかの要素を組み合わせた新結合が鍵であると再認識さ
れた。また、事業シーズを人材として「獲得」する例が複数みられた。そして、創業経営
者がいる場合でも、組織としてのチームワークで動いていることが確認された。
さらに、共通してタスクフォースがベースであること、プロセスが反復されることなど
が分かった。また、ビジネスを理解するCTOの経営トップ直結の機構など、参考となるベ
ストプラクティスの具体例が得られた。
なお、ドコモ、アップルは、一つのプロジェクトから成功を得ており全社的にそのプロ
セスやノウハウが共有化されているわけではないが、シスコとマイクロソフトの事例では、
社の仕組みとしての柱創造型のORプロセスを観察することができた。
第5章においては、日本のデジタルネットワーク分野の大手企業9社の新事業担当者に、
ORプロセス仮説を提示して、その妥当性と課題をたずね、検証を行ったヒアリング調査の
結果を示した。基本的に、上記仮説は確認された。同時に、当該大手企業におけるORに関
わる課題が見出された。新事業ならびに柱創造型新事業を相対的に重視していない企業が
過半数という基本的な課題も理解された。ORプロセス導入には、トップマネジメント、外
部性の受容、組織の連携などの課題が指摘された。本研究の仮説は、デジタルネットワーク
分野の大手企業のORを分析する上で有用な枠組みを提示していると考えられる。
第6章では、前章までの分析結果のまとめと本研究の意義を示した。次いで、ORプロセ
ス・フレームワークの適用対象の拡張などの今後の研究課題について言及する。
3
目次
10 頁
序章
第1節
1.
2.
3.
4.
第2節
1.
問題意識
大企業の新事業への期待
研究開発と事業化の課題
デジタル化とネットワークの影響
新事業研究への要請
本論文の研究目的
本研究の目的
2.
研究課題
第3節 本論文の研究対象と定義
1.
大手企業
2.
デジタルネットワーク分野
3.
新事業
4.
事業機会の特定(OR)
第4節 論文の構成
第1章:大企業新事業と OR に関する先行研究
第1節 大企業における新事業に関する先行研究
1.
大企業での新事業創造
2.
組織風土と起業人材
第2節
1.
2.
3.
4.
第3節
1.
2.
3.
4.
30 頁
新事業の類型と日本大企業の取組みに関する先行研究
日本大企業の新事業の類型
新事業戦略
柱創造型新事業の戦略
日本企業の特徴と課題
OR に関する先行研究
OR の定義と OR に関する先行研究
ベンチャー企業での OR プロセス
大企業での OR
ハイテク産業の OR
第4節 示唆と仮説構築
1.
先行研究からの示唆
2.
イノベーション・モデル
3.
OR プロセス・フレームワークの仮説
第2章:投資会社事例による OR プロセス・フレームワークの検討
第1節 投資会社の OR
4
81 頁
第2節 ジェネラル・アトランティックの事例
1.
セクター戦略
2.
ビジネス・プロセス・アウトソーシングの事例
3.
エグザルトの事例
4.
事例分析と示唆
第3章:新事業のための資源・体制に関する先行研究
第1節 外部性に関する先行研究
1.
内部性
2.
生態系戦略
3.
オープン・イノベーション
4.
アーキテクチャ戦略
102 頁
5.
デジタルネットワーク分野からのアナロジー
第2節 新事業体制に関する先行研究
1.
新事業組織
2.
不確実性とルースカプリング
3.
デジタルネットワーク分野からのアナロジー
第3節 示唆と仮説構築
1.
先行研究からの示唆
2.
OR 実践要件の仮説
第4章:事例による OR プロセス・フレームワークとその実践要件の検討
第1節 事例研究の方法
1.
事例の選択と方法
2.
第2節
1.
2.
3.
第3節
1.
2.
3.
第4節
分析の枠組み
シスコシステムズの事例
全社について
IP コミュニケーション事業
事例分析と示唆
マイクロソフトの事例
全社について
Xbox 事業
事例分析と示唆
NTT ドコモの事例
1.
2.
3.
第5節
1.
2.
全社について
iモード事業
事例分析と示唆
アップルコンピュータの事例
全社について
デジタル音楽事業
5
131 頁
3.
事例分析と示唆
第6節 事例研究のまとめと示唆
1.
4社事例研究のまとめ
2.
考察と示唆
第5章:ヒアリングによる仮説の検証と課題の抽出
第1節 大手企業へのヒアリング
1.
調査の目的
2.
調査の方法
3.
調査内容
第2節 調査結果と分析
1.
調査結果
243 頁
2.
結果の分析
第3節 調査からの示唆と考察
1.
調査結果のまとめ
2.
第6章:結び
第1節
第2節
1.
2.
第3節
参考文献
調査結果からの示唆
275 頁
本論文のまとめ
本研究の意義
本研究の理論上の意義
本研究の実務上の意義
今後の研究課題
286 頁
添付資料1 シスコシステムズ 買収企業リスト
添付資料2 マイクロソフト 買収、投資、提携実績
添付資料3 ヒアリング調査対象9社の概要
6
299頁
307頁
315頁
図表目次
図表0-1 日本企業の経営課題
図表0-2 ダーウィンの海
図表 0-3 本論文の枠組み
図表 0-4 論文の構成
図表 1-1 イノベーティブな組織の要素
図表 1-2 富士通社内ベンチャー11 社の概要
図表 1-3 創発性重視型事業開発と戦略主導型事業開発の特徴
図表1-4 プロジェクト・マネジメントの全般的特徴
図表 1-5
図表 1-6
図表 1-7
イノベーションのファジー・フロントエンド
創造性ベースの起業家的 OR プロセス
ラジカル・イノベーション・ハブ
図表 1-8 イノベーションのリニアモデル
図表 1-9 イノベーションの連鎖モデル
図表 1-10 OR プロセス・フレームワーク
図表 1-11 OR プロセス・フレームワーク作成の経緯
図表 2-1 エグザルト沿革
図表 2-2 エグザルト業績
図表2-3 ORプロセス・フレームワーク(改良後)
図表 3-1 技術・市場対新事業体制
図表 3-2
図表 4-1
図表4-2
図表 4-3
図表 4-4
図表 4-5
図表4-6
図表4-7
図表4-8
図表4-9
クローズド・イノベーションとオープン・イノベーションの比較
シスコシステムズ(CSCO:Nasdaq)株価の推移
シスコシステムズの沿革
シスコシステムズの事業領域(1997 年)
シスコシステムズの買収プロセス
シスコシステムズの買収体制(1997 年)
2001年の組織改編
シスコシステムズのアドバンスト・テクノロジー売上高と市場
企業用IP電話市場における主要事業者の売上高とシェア
シスコシステムズによるIPコミュニケーション関係の買収
図表 4-10 マイクロソフト(MSFT:Nasdaq)株価の推移
図表 4-11 マイクロソフト事業セグメント別売上高(2005 年 6 月期)
図表 4-12 マイクロソフト主要製品発売時期(1997-2008)
図表 4-13 2004 年家庭用ビデオゲーム市場(全世界、据置型)
図表 4-14 マイクロソフト Xbox 事業関連売上高
図表 4-15 マイクロソフト事業セグメント別評価額
7
図表 4-16
PS2 の対 Xbox 販売比
図表 4-17 NTT ドコモ沿革
図表 4-18 NTT ドコモの主な海外投資(2005 年末現在)
図表 4-19 NTT ドコモのiモード海外提携先(2005 年 8 月時点)
図表 4-20 NTT ドコモの最近の主な資本提携
図表 4-21 iモード・サービス開始時のコンテンツ・プロバイダー67 社
図表 4-22 iモード・ネットワーク構成
図表 4-23 アップルコンピュータ(AAPL:Nasdaq)株価の推移
図表4-24 iPod+iTunes
図表4-25 アウトドアでのiPod shuffle
図表 4-26 アップルコンピュータ デジタル音楽事業の沿革
図表4-27
図表4-28
図表4-29
図表5-1
4社の比較:ORプロセス
ORプロセスの各要素別の主担当
IBM EBOのステップ
ヒアリング結果のサマリー
8
表記・用語
英文の個人タイトル
個人のタイトル(肩書き・役職)は、分かりやすく表現できるものは日本語で表記する
が、そうでないものは原語(英語)で表記する。
以下は日本語訳で表記する。
Chairman → 会長
President →
社長
Director → ディレクター
本文中の、主な英文タイトルの略号は、以下の通り。
Chief Executive Officer(最高経営責任者)→ CEO
Chief Operating Officer (最高執行責任者)→ COO
Chief Financial Officer(最高財務責任者)→ CFO
Chief Technical/Technology Officer(最高技術責任者)→ CTO
Chief Development Officer(最高事業開発責任者)→ CDO
Chief Strategy Officer(最高戦略責任者)→ CSO
Chief Marketing Officer(最高マーケティング責任者)→ CMO
Chief Software Architect(最高ソフトウェア・アーキテクト)→ CSA
Executive Vice President(上級副社長) → EVP
Senior Vice President(上級副社長) → SVP
Vice President(副社長)
→
VP
9
序章
構成
要約
第1節
1.
2.
3.
問題意識
大企業の新事業への期待
研究開発と事業化の課題
デジタル化とネットワークの影響
4.
新事業研究への要請
第2節 本論文の研究目的
1.
2.
本研究の目的
研究課題
第3節
1.
2.
3.
4.
本論文の研究対象と定義
大手企業
デジタルネットワーク分野
新事業
事業機会の特定(OR)
第4節 論文の構成
10
要約
日本の大手企業は新事業による成長を重要な経営課題と認識している。しかし、その一
方で研究開発の非効率化が指摘されている。また近年、研究開発から事業化に至るまでの
ギャップが議論されている中、イノベーションへの要求水準は上昇しており、新事業の前
工程(フロントエンド)での課題が重要化している。
中でも、デジタル化とネットワークの進展にさらされる情報通信業界は、特に、サイク
ルの短縮化も著しく、技術自体も急速な変化や増大する複雑性にさらされている。
近年、米国を中心とする起業家精神研究では、新事業のフロントエンドに相当する
Opportunity Recognition(事業機会の特定:以下 OR)についての研究が注目され、論文
が増加している。OR とは、アイデアや技術など事業のシーズを創造・発見し、そこから
ビジネスコンセプトへと形作ることを言う。
本研究では、重視されているが変化が激しく新事業が肝要なデジタルネットワーク分野
において、大手企業における柱創造型の新事業におけるORに注目し、大企業の新たな柱を
創出する上でのORの重要性とあるべき姿について検討する。先行研究のレビューとともに、
大手リーダー企業の成功事例により、ORプロセスのフレームワークを考える。また、OR
の視点から、日本の大手企業における課題とフレームワークの適用について検討する。
本研究の目的は次の二つである。
目的1:デジタルネットワーク分野の大手企業について、柱創造型の OR の重要性を示す。
目的2:デジタルネットワーク分野の大手企業について、柱創造型のORはどうあるべきか
を検討する。
具体的な研究課題としては、以下の3点を挙げる。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスに求
められる活動要素とプロセスとして機能するためのメカニズムはどのようなものか。
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスを実
行するために求められる資源と体制はどのようなものか。
研究課題3:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの現状と課題
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスにつ
いての現状はどのようであるか。課題があるとすればどのような方向性で考えるべきか。
11
第1節 問題意識
1.大企業の新事業への期待
高度経済成長期が過ぎ、成熟化する経済環境の下、日本企業は、効率化の努力をする一
方、将来へ向けた自らのあり方について模索を続けている。Schumpeter (1926)1はイノ
ベーションによる経済成長を唱えたが、日本企業にとって、新事業による企業の成長と発
展は、経営にとって重要な課題である。
日本でもベンチャー企業の進展がいくらかみられるが、米国におけるマイクロソフト
(Microsoft Corporation)やインテル(Intel Corporation)のような大手リーダー企業へ
と発展した企業群はまだみられず、特に実体経済への影響度からみると、日本経済では大
企業がその中心である。
伊丹他(2005)2による日経平均(株価)に採用されている225社から金融20社を除いた
企業の分析によると、図表0-1のように、自社の経営課題として事業拡大を掲げている企業
が最も多く、その半数以上が新事業の拡大による事業拡大を志向している。IBM
(International Business Machines Corporation)がグローバル大手企業CEOに対して実
施した調査3でも、売上成長が最も(83%)重視されており、二番目のコスト削減(68%)
を上回っている。
技術産業の場合、イノベーションのライフサイクルを示すS字カーブが知られているが、
技術革新においては、既存事業のS字カーブと新事業のS字カーブがつながらずに不連続と
なる4。すなわち、企業にとっての将来の新たな柱を獲得するには、イノベーションの不連
続性を超えて、新事業を創りあげなければならないのである。さもなくば、既存技術のS
字カーブと命運を共にして、成熟しやがては衰退していくことになる。
2. 研究開発と事業化の課題
大手企業における新事業の重要性について述べたが、その一方で研究開発の非効率化が
指摘されている。その中でも日本企業の研究開発効率の低下は目立っている。
丹羽冨士雄の研究(2003)5によると、研究者と研究開発投資を統合した指標(研究アク
1
2
3
4
5
Schumpeter は「イノベーション」は、知を創造し活用することによって新しい価値を生み出す活動(創意工夫)
であり、その基となる「新結合」(neuer kombinationen)であると指摘し、以下の例を挙げている。消費者の間
でまだ知られていない新製品の開発、新生産方法の導入、新マーケットの開拓、新たな資源の(の供給源)獲
得、独占的地位の形成或いは独占の打破。(Schumpeter, Joseph A. (1926), Theorie der Wirtshaftlichen
Entwicklung, 2nd edition, Duncker & Humbolt (塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳(1980)『経済発展の
理論』岩波書店、101 頁)
伊丹敬之・一橋MBA戦略ワークショップ(2005)『企業戦略白書IV~日本企業の戦略分析:2004』東洋経済
新報
IBM Business Consulting Services (2005), Your Turn: The Global CEO Study 2004, IBM
Foster, R.N. (1986), Innovation: The Attacker's Advantage, Summit Books(大前研一訳(1987)『イノベー
ション―限界突破の経営戦略』TBSブリタニカ)
丹羽冨士雄(2003)「研究開発費と国内総生産(GDP)との比較」『我が国の産業技術に関する研究開発活
12
ティビティ)と人口当たりGDPを見ると、日米の差は明確である。研究開発費の対GDP比
でみても、日本は2%程度から上昇を続け2000年で3%を越えているが、米国は2%から
図表0-1 日本企業の経営課題
自社の主要経営課題
中分類
企業数
具体的な内容
①財務体質の強化
71
有利子負債の圧縮、内部留保の充実、保有資産の流動化
②効率化(コスト削減)の
128
原価改善の推進、業務プロセスの見直し、SCM の徹底
③高付加価値化の推進
124
高付加価値商品の開発、オンリーワン商品、差別化製品
④事業拡大
163
既存事業の強化、新規事業の育成、海外市場への進出
⑤グローバル生産の推進
24
マーケットに直結した供給体制、中国の生産拠点の充実
⑥経営資源分配のシフト
99
選択と集中、成長分野へのシフト、得意分野へのシフト
⑦グループ経営の強化
72
グループ統合の強化、シナジー、グループ価値の向上
⑧人材・組織の強化
66
技術・技能の伝承、人材の育成、人事戦略の強化
⑨技術・研究開発の強化・
94
研究開発の重点投資、知財戦略、新技術の育成
事業拡大のタイプ分け
企業数
具体的な内容
(1)既存事業の拡大
105
成長分野の事業拡大、シェアの拡大、生産拡大
(2)新事業の拡大
83
事業領域の拡大、新規事業の開拓、新事業分野の開拓
(3)海外市場の拡大
84
中国・アジア展開の強化、販売のグローバル展開、海
推進
推進
主な事業拡大のタイプ
外進出
出所:伊丹他(2005) 2 による、有価証券報告書、トップメッセージ、中期経営計画の分析
2%台半ばに上がってきたものの 2000 年では 2%台後半にとどまっている(藤末健三
2004)6。このように、我が国は、1980 年代から一貫して研究開発活動が多いにもかかわ
らず、経済的な豊かさに十分に結びついていない。また、村上路一(1999)7は、日本の主
要企業数社の研究開発費と営業利益を、5 年後に研究開発の成果が利益として出ると仮定
して比較している。これによると、日本電気(以下 NEC)、東芝、ソニー、松下電器、シ
ャープなどのエレクトロニクス企業は、営業利益を 5 年前の研究開発費で割った研究開発
6
7
動の動向-主要指標と調査データ-』第 4 版、経済産業省産業技術環境局技術調査室(p.33)
藤末健三(2004)『技術経営入門』日経BP社
村上路一(1999、2000)『危機意識から生まれたイノベーション・マネジメント』WORKS、リクルート、
1999年12月・2000年1月号
13
費効率が 80 年代には 40%から 70%を示していたが、90 年代後半には 20%から 40%へと
軒並み研究開発費効率が低下している。
榊原(2005)8は、日本企業において研究開発の効率低下が起きている理由として、直面
しているイノベーション課題自体が大きく変化してきていることを指摘している。ここで
大きくは、次の 3 つの変化として把握できるとしている。
① プロセスイノベーションから製品イノベーションへ
② 連続的なイノベーションから不連続なイノベーションへ
③ 事業の構造(=アーキテクチャ)が所与のイノベーションからその変化を含むイノ
ベーションへ
第 2 の理由については、不連続なイノベーションは、技術的に遂行が困難であるばかり
か、社会的受容を得るのも困難であり、それゆえ成果獲得につながりにくいということで
ある。第 1 の理由については、生産技術や生産工程から、生産対象である製品そのものに、
課題の中心が移行しているということである。第 3 の理由については、さらに事業の構造
というビジネスの課題が重要化しているということである。
また近年、研究開発についての、二つのギャップが議論されている。
世界的に研究開発への危機感が高まる中、イノベーションへの要求水準は上昇し、研究
開発から事業へと発展させる上でのハードルが高くなっているということである。 こう
した研究開発とその事業化についての議論から、新事業の前工程での課題が重要化してい
ることが理解される。
一つは、基礎研究と技術の実用化を図る応用・開発研究の間のギャップであり、このギャ
ップが基礎研究の成果が落ち込む「死の谷(Valley of Death)」と呼ばれている。
もう一つのギャップは、実用化された技術が確立したビジネスとして成長する前に越え
なければならないギャップである。このギャップは、様々なビジネスプランが競争してい
る新しい生き物が満ち溢れた海との意味で「ダーウィンの海(The Darwinian Sea)」と呼
ばれている9。つまり、「基礎研究/発明」と「イノベーション/ニュービジネス」の間に「死の谷」
があり、また、「イノベーション/ニュー・ビジネス」が、その後さらに「目に見えるビジ
ネス」に発展するまでの間に、「ダーウィンの海」がある 6。
この議論の中心である Branscomb は、研究開発とイノベーション/新事業の間に「ダー
ウィンの海(The Darwinian Sea)
」があると、ギャップをまとめた形で表している(図表
0-2)。
さらに、新製品開発にかかるコストと時間がますます増加しているという指摘がある
(Tschirky et al. 2003)10。その背景には、地球規模で国境を超えて拡大する市場では、
8
榊原清則(2005)
『イノベーションの収益化―技術経営の課題と分析』有斐閣
Weasner, C. (2001), “Public/Private Partnership for Innovation,” OECD Work-Shop. なお、ハーバード大
学名誉教授Lews M. Branscombは、米国議会証言(2001.7.3)でのstruggle for life n a sea of technical and
entrepreneurship risksについての説明として研究開発とイノベーション/新事業の間に「ダーウィンの海
(The Darwinian Sea)」があるとしている。
10 Tschirky, H., Jung, H., Savioz, P. (2003), Technology and Innovation Management on the Move,
Industrielle Organisation, Zurich, Switzerland (亀岡秋男訳(2005)『科学経営のための実践的MOT』日経
BP社)
9
14
製品取引の市場周期は小さくなる一方であり、技術自体も急速な変化や増大する複雑性に
さらされている(Brown, 1997)11という状況がある。
図表0-2 ダーウィンの海
出所:Branscomb 200312
3.デジタル化とネットワークの影響
米国政府は、情報スーパーハイウェイ構想13を発表し、産業界全体の生産性向上やイノ
ベーションに情報技術が貢献していると述べている。日本政府は、高度情報通信ネットワ
ーク社会推進戦略本部(IT 戦略本部)を設置し、e-Japan 構想14を発表している。この様
に、情報技術と情報通信は、国の重点戦略産業となるに至っている。
一方で、日本の ICT(Information & Communications Technology:情報通信技術、ま
たはデジタル情報処理とコミュニケーションに関する技術)産業は国際競争力において、
エレクトロニクスで世界をリードするなど 1980 年代には活況を示したが、現在は苦境に
Brown, J.S. (1997), Ergebins Innovation, Die Welt mit anderen Augen sehen. Carl Hanser, Munchen.
Branscomb, L.M. (2003), “National Innovation Systems and US Government Policy,” presented at
International Conference on Innovation in Energy Technologies, Sept. 30.
13 1993 年に、クリントン政権下のゴア副大統領によって提唱された「情報スーパーハイウェイ」は有名で米
国全土に光ファイバー網の通信ケーブルを敷設して超高速の情報網を構築しようとする計画。
14 2000年9月21日に森首相(当時)が所信表明演説の中で掲げた、全ての国民が情報通信技術を活用できる日本
型IT社会を実現するための構想。
11
12
15
陥っているのが実情である15。
前項で議論した研究開発とその事業化についての課題についても、日本電信電話(以下
NTT)和田紀夫社長16が研究開発成果と新しいサービスやビジネスモデルの実現との間に
あるギャップの克服を経営課題として挙げるなど、日本の大手企業でも問題として認識さ
れている。
ICT産業における新事業は、革新がおこりやすいためチャンスも多いが、競争は厳しい。
日本の大手企業の多くが、米国などの企業の後塵を拝し、新事業でも立ち遅れている13。産
業全体の中で、特にICT業界では、技術の進歩が早く、サイクルの短縮化も著しく、技術
自体も急速な変化や増大する複雑性にさらされている傾向が強い。
根来他(2005)17は、デジタル時代の経営戦略は、様々な面で新たなアプローチが大切
であると指摘している。国領他(1999)18は、ネットワークの進展がビジネスのあり方を変え
ていくと論じている。このように、デジタル化とネットワークの進展は、産業全体に影響
を及ぼしており、デジタルとネットワークに関わる企業そのものにおいても、変化への対
応ならびに変化をリードすることは、なおのこと重要化している。
例えば、高速のインターネットに繋がる家電は従来とは全く違ったものになり新市場を
生み出すと考えられ、ハイテクに特化したシリコンバレーのベンチャーキャピタルの、代
表格であるクライナー・パーキンス(Kleiner, Perkins, Caufield & Byers)のパートナー
までが自らベストバイ(Best Buy)等の小売店を回ってコンシューマー向けデジタル機器
の市場トレンドを読み取ろうと必死に努力している状況になっている19。
このようなデジタル・コンバージェンス(convergence:融合化)は、ICT産業における
重要テーマとして主要大手企業に知られている20。例えば、米国ソニーCEO(現ソニーCEO)
のハワード・スティンガー(Howard Stringer)21は、異なる事業部門間を融合させるコン
バージェンス戦略が重要だと述べている。
また、デジタルとネットワークに関わる分野は、変化のスピードが速い。河合(2004)
22は、シスコシステムズ(Cisco
Systemns Inc.:以下シスコ)と 3M(3M Company)を
比較し、社内の自律的な研究・開発を基本とする 3M と新興企業を次々に買収するシスコの、
両社の新事業へのアプローチが対極的である理由を、3M の場合には比較的成熟した技術
を用いるニッチ的商品が多く、製品の開発や市場投入におけるスピードはそれほど重要で
はなかったが、シスコは、急速な革新途上にある技術を用いて厳しい競争に打ち勝つため
には、スピードが不可欠であった、としている。
このように、デジタルネットワークに関する分野では、新事業の重要度が高く、また新
産業構造審議会情報経済分科会資料、2005 年 8 月 31 日。筆者は、2005 年 8 月から情報サービス・ソフト
ウェア小委員会メンバーを務める。
16 日本電信電話株式会社社長会見、2003 年 11 月 11 日。
17 根来龍之(2005)『デジタル時代の経営戦略』早稲田大学IT戦略研究所、メディアセレクト
18 国領二郎(1999)『オープン・アーキテクチャ戦略』ダイヤモンド社
19 Wall Street Journal, 2005年12月29日
20 校條浩・本荘修二(1995)『日本的経営を忘れた日本企業へ』ダイヤモンド社
21 ラスベガスで行われた Consumer Electronics Show(CES)記者会見、2005 年 1 月
22 河合忠彦(2004)『ダイナミック戦略論』有斐閣
15
16
事業成功のために求められることは容易ではない課題を含んでいる。
4.新事業研究への要請
大手企業の拡大に寄与するためには、小規模な事業では影響も小さく止まるため、将来
の柱となるような大きな規模に育つ可能性がある新事業が求められる。
しかし、大組織におけるイノベーションには難しさがあるとChristensen(1997)23は指
摘している。破壊的技術で市場での強固な地位を築いた企業は、新たなイノベーションを
妨げるジレンマに陥ることが多いため、大企業が破壊的技術を導入することは難しいとい
う論である。
大江(2002)24は、新事業が失敗する二つの理由を次のように指摘している。
・ 新事業には新しい部分や未知の部分があり、既存事業と比べて学習しなければならない
ことが格段に多く、試行錯誤が多い
・ 新事業は既存事業とは本質的な違いがあり、既にいろいろな経験を積み上げてきた既存
事業向けの推進方法や管理方法が役に立たないばかりでなく、失敗の原因にもつながる
このように、大企業において新事業への期待は大きいが、実現は容易ではない。しかし、
大企業における新事業についての研究は、まだ十分とは言えない。
「2.研究開発と事業化の課題」の項で、新事業の前工程(ファジー・フロントエンド25)
での課題が重要化していると述べたが、これに対応した研究はまだ少ない。事業や技術の
評価についての研究26はみられるが、評価にかける前に、アイデア、あるいは技術を事業
化するにあたってのビジネスコンセプトなどを創造することについての研究が求められて
いると考えられる。
また、大企業における新事業についての研究は、ベンチャー企業や起業家についての研
究やその領域をカバーしているわけではない。近年、米国を中心とする起業家精神研究
(entrepreneurship research)では、ORについての研究が注目され、特にベンチャー起業
家についての論文が多く発表されるに至っている27。ORとは、アイデアや技術など事業の
シーズを創造・発見し、そこからビジネスコンセプトへと形作ることを言う。Christensen
et al.(1990)28は、ORとは、新たな利益のポテンシャルを創出するための、新事業を創
Christensen, C.M. (1997), The Innovator's Dilemma, Harvard Business School Press (玉田俊平太訳
(2001)『イノベーションのジレンマ』翔泳社)
24 大江建(2002)『なぜ新規事業は成功しないのか』日本経済新聞社
25 製品開発や新事業などイノベーションの初期の活動を指す。Tschirky et al. (2003)10 は、社内外の情報基盤
の統合からアイデアが生み出されるような段階としている。”fuzzy front end”という言葉を用いている研究
には、Page, A.L and Stoval J.S. (1994), “Importance of the Early Stages in the New Product Development
Process,” in Proceedings of the Product Development and Management Association, 46-50; Koen, P.A.
(1998), “Corporate Entrepreneuring: Securing Funding for Initiative from Below Fuzzy Front End
Projects,” in Proceedings of the Product Development and Management Association, 12-24.などがある。
26 寺本義也(2003)
『最新 技術評価法』日経BP社などがある。
27 Shane, S. and Venkataraman, S. (2000), "The Promise of Entrepreneurship as a Field of Research,"
Academy of Management Review, 25(1): 217-226.
28 Christensen, P.S. and Peterson, R. (1990), “Opportunity Identification: Mapping the Sources of New
Venture Ideas,” Presented at Babson Entrepreneurial Research Conference.
23
17
造する、あるいは既存事業のポジションを著しく改善する可能性をとらえること、として
いる。
しかし、OR研究が盛んな欧米においても、ベンチャー企業や起業家が中心であり、大企
業についての研究は少ない29。日本では、ベンチャー、大企業を問わず、ORに関する先行
研究は見当たらない30。
起業家のOR研究は、主に起業家個人によるORを対象としており、組織的なORではない。
しかし、大組織による、複数あるいは多数の人・部門が関わるORは、起業家のORとは異
なる。したがって、ORに着目しての大手企業における新事業についての研究の意義は大き
いと考えられる。
本研究では、重視されているが変化が激しく新事業が肝要なデジタルネットワーク分野
において、大手企業における柱創造型31の新事業におけるORに注目し、大企業の新たな柱
を創出する上でのORの重要性とあるべき姿について検討する。先行研究のレビューととも
に、大手リーダー企業の成功事例により、ORプロセスのフレームワークを考える。また、
ORの視点から、日本の大手企業における新事業についての課題とフレームワークの適用に
ついて検討する。
29
Hills, G. E. (1995), "Opportunity Recognition by Successful Entrepreneurs: A Pilot Study," Frontiers of
Entrepreneurship Research, Wellesley, MA: Babson College, 105-117.
30
宮城大学事業構想学研究会(2003)「事業構想学入門」学文社などがファジー・フロントエンドに相当する
ものに一部触れてはいるが、定義は異なる。
31 大手企業全体の成長に相対的に大きな貢献ができるだけの事業規模が期待される新事業。例えば、シスコシ
ステムズでは売上高 10 億ドルを基準としている。
18
第2節 本論文の研究目的
1. 本研究の目的
上記問題意識を踏まえ、デジタルネットワーク分野において大手企業が柱創造のための
大きな新事業創造を図る上で、OR の重要性を示し、その上で、OR プロセスのあるべき姿
はどのようなものか、またその実践のための要件は何か、を明らかにすることが本研究の
目的である。
デジタルネットワーク分野の大手企業について、新たな柱となる新事業創出の方策を検
討する本研究の目的は次の二つである。
目的1:デジタルネットワーク分野の大手企業について、柱創造型の OR の重要性を示す。
・ 日本ではORの先行研究は乏しいが新事業の先行研究から、そして欧米のOR先行研究か
ら、その意義を明示する。
・ 大手企業でみられる新事業とORの課題を検討した上で、その課題への対応策としての
ORの重要性を論ずる。
目的2:デジタルネットワーク分野の大手企業について、柱創造型のORはどうあるべきか
を検討する。
・ ORは単純な機能としてはとらえ難く、幾つかの機能を複数の関係者が役割を担うこと
で、一連のプロセスを形成するため、そのフレームワークを導出する。
・ ORプロセスの構成要素とその関係について洗い出し、事例による実証研究を行い、加
えて実務家(大手企業の新事業担当マネジャー)へのヒアリング調査でフレームワーク
を含む仮説を検証する。
2.研究課題
上記の目的から、研究課題を以下のように、デジタルネットワーク分野の大手企業にお
ける事業機会特定プロセスの、必要要素とメカニズム、実行に求められる資源と体制、現
状と課題、の 3 点として設定する。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスに求
められる活動要素とプロセスとして機能するためのメカニズムはどのようなものか。
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスを実
19
行するために求められる資源と体制はどのようなものか。
研究課題3:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの現状と課題
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスにつ
いての現状はどのようであるか。課題があるとすればどのような方向性で考えるべきか。
20
第3節 本論文の研究対象と定義
1.大手企業
企業を規模で分類する場合、大企業と中小企業という分類が一般的である。しかし、中
小企業基本法第二条の「中小企業」の定義によれば、製造・サービス業における「大企業」
は以下のように定義付けられる。
・ 製造業:資本の額又は出資の総額が3億円以上の会社並びに常時使用する従業員の数が
300人以上の会社及び個人
・ サービス業:資本の額又は出資の総額が5000万円以上の会社並びに常時使用する従業
員の数が100人以上の会社及び個人
大企業の新事業についての研究では、加護野・山田(1999)32は、東証・大証の一部上
場企業、資本金20億円以上の未上場企業という条件に該当する企業から選択して調査して
いる。大手企業という意味では、伊丹(2005)2らは日経平均(株価)に採用されている225
社を対象に選び調査している。
一般的な大企業の定義では、規模が大手と呼ぶほどではない企業が多数含まれることに
なる。これでは、柱創造といっても規模は様々に大きな幅を持つこととなる。したがって、
本研究では、極めて大規模な世界最大手に分類される企業を大手企業とする。なお、本研
究では、2005年ビジネスウィーク・グローバル120033あるいはそれと同等規模以上の企業
を対象として事例研究することとした。
また、本研究では、成功例から学ぶために大手リーダー企業を選択して事例研究を行っ
た。大手リーダー企業とは、大手企業の中でも市場でリーディング・ポジションをとって
いるトップ企業である。規模については、2005年ビジネスウィーク・グローバル1200の上
位100社を条件とする。その中で、柱創造型の新事業を推進し、この10年で企業価値を増
大させている企業である。
2. デジタルネットワーク分野
本研究では、情報通信技術産業を対象とし、中でもインターネットを中心とするデジタ
ル化された情報通信ネットワークに関係するものを選択する。言い換えると、インターネ
ットやデジタル技術の進展により、コンピュータなどのインテリジェントなデバイスと融
合した、ネットワークに関わる事業分野のことを指す。
「デジタル」の意味であるが、有限桁の数値で表わされた量をデジタル量といい、デー
タがこのような量で表されていることをデジタルという34。反対語はアナログである。コ
ンピュータが扱う情報は、ビット(bit)を最小単位として、扱われる。したがって、デジ
32
33
34
加護野忠男・山田幸三・関西生産性本部(1999)『日本企業の新事業開発体制』有斐閣
BusinessWeek, December 26, 2005、時価総額ベース。
ASCII24デジタル用語辞典による(http://yougo.ascii24.com/gh/65/006536.html)
21
タル化とは、コンテンツなどを含む情報を、ビットによる数値で表した形で、やりとりや
処理を行うようにする、ということを意味する。
「ネットワーク」とは、網という意味の英単語であり、複数の要素が互いに接続された
網状の構造体を意味する35。IT用語としては、ハードウェア、ソフトウェア、データなど
を共有する目的でコンピュータを結び付けた状態33。
ネットワークという意味には様々な定義がある。林(1998)36の定義によれば、「ネット
ワーク」とは「ヒト・モノ・エネルギーまたは情報を運ぶために形成され、階層構造を持ち、
場所の制約を伴う物理的媒体」のことであり、「ネットワーク産業」とは「経済活動を円滑に
進めるために、ヒト・モノ・エネルギー・情報などの流通を効率的に行う部門」すなわち従来
「公益事業」、「インフラストラクチャ」、「コモン・キャリア」と呼ばれてきた産業を発展的に
捉え直した用語である。
Shy(2001)37は、ネットワーク財と呼ぶことができる財やサービスには、電話、電子
メール、インターネット、コンピュータのハードウェアやソフトウェア、オーディオと楽
曲、ビデオデッキとビデオ、銀行業、航空産業、法律業などが含まれるとしている。
本研究では、デジタル化された情報通信ネットワークに関係するものをデジタルネット
ワーク分野として定める。したがって、電力や銀行業、航空産業、法律業などは含まない。
本研究の対象とするのは、通信などのネットワークによるサービス、それにつながる端末
などの機器、そしてソフトウェアなどの、最終製品・サービスを提供する企業を対象とす
る。
なお、次のような日本で広くIT産業という括りに入れられることがあるものを除く。
・ 部品・素材:最終製品あるいはサービスを対象とし、半導体や製造装置、素材や部材を
除く。部品そのものはネットワークにつながっているわけではない。
・ ネットサービス:既存のサービスや商取引をインターネット上に置き換えて行うもの。
またポータルなど、間接収入(ポータルの場合は広告)に依存しているもの。その他、
技術開発による差別化が乏しい事業。
・ コンテンツ:放送局や映画、音楽会社など。製作段階では技術を利用しているが、自ら
技術を付加価値としているわけではない。
3.新事業
新事業の定義は、新事業の範囲をどのようにとらえるかという問題として考えることが
できる(MacMillan,1986)38。Vesper(1984)39の研究では、(1)新しい戦略的方向:
株式会社インセプト IT 用語辞典による(http://e-words.jp/w/Jini.html)
林紘一郎(1998)『ネットワーキング―情報社会の経済学』NTT 出版
37 Shy, O. (2001), The Economics of Network Industries, Cambridge University Press(吉田 和男訳(2003)
『ネットワーク産業の経済学』シュプリンガーフェアラーク東京)
38 MacMillan, I.C. (1986), “Progress in Research on Corporate Venturing,” in Donald L. Sexton, Raymond
W. Smilor (Editor), The Art and Science of Entrepreneurship, Cambridge, MA: Ballinger Publishing.
39 Vesper, K.H. (1984), “How Venture Management Fares in Innovative Companies,” Research
Management, May, 1984.
35
36
22
現在の企業戦略から戦略的に乖離している程度、
(2)組織の底辺からのイニシアティブ:
トップダウンのイニシアティブに対してボトムアップによる結果である程度、
(3)自律的
な事業単位の創造:企業内での事業創造活動が自律的な単位に割り当てられる程度、とい
う 3 つの次元を新事業の分類のための主要な次元として用いている。
MacMillan and George(1985)40は、製品、市場、および商業化段階までの期間を基準
として、新事業を 6 つのレベルに分けている。
これらの先行研究からは、新事業の範囲を本業や既存事業との対比でとらえること、お
よび新事業のための諸活動が、本業や既存事業と自律して行われている程度に注目すべき
ことが読み取れる。
しかし、新事業は、製品や市場レベルの開発や多角化とは区別されるべきである。Penrose
(1959)41の指摘するように、企業成長の基本的な要因は、企業内部に蓄積された未利用
資源の有効利用である。しかしながら、新事業の成否に大きな影響を及ぼすのは、企業内
部の未利用資源だけであるとはかぎらない。既存事業で活用されている資源の組み替えと
ともに、新たな資源の獲得が必要となることも考えられ、こうした資源を新たに組織化す
ることで新事業を成功へ導くための能力を醸成できる。新事業は、単に製品や市場の開発
ではなく、事業としての仕組み、すなわち資源を全体として統一的に機能させるシステム
の構築を必要とする。しかも、そのシステムは、企業全体の支援を受けて運営されること
が重要である。例えば、Fast and Pratt(1981)42は、アメリカの主要な大規模企業にお
いて、いくつかの例外を除いて新事業開発がなかなかうまくいかなかった理由は、長期に
わたる企業全体のコミットメント(long-term corporate commitment)が欠如していたこ
とであると指摘している。このように考えると、新製品や新市場の開発は、新事業開発の
端緒的な形態として理解する方が納得できる。したがって、この研究では、新事業を「自社
にとっての新製品や新市場の開発を端緒とし、経営資源を組織化するための仕組みを新た
に作らなければならない事業」と定義して分析を進めていく。
また従来は、内部志向(社内ベンチャーなど自社資源によるもの)と外部志向(単純買
収など他社資源によるもの)に分類して論じる傾向43もみられたが、現実はこうした類型
を超えている。現実に、第一節の中で例としてあげられたシスコシステムズのように、比
較的小規模のベンチャー企業を買収し、自社の資源と統合することで大型の新事業を創造
しているなど、デジタルネットワーク分野をはじめ、近年は両方の性格を有するものが現
れている。
なお、本研究では、自社にとっての新製品や新市場の開発を端緒とし、経営資源を組織
化するための仕組みを新たにつくらねばならない事業の中でも、柱創造つまり大手リーダ
ー企業の成長に貢献する大型の新事業に注目する。
40
MacMillan, I.C. and R. George (1985), “Corporate Venturing: Challenges for Senior Managers,” Journal
of Business Strategy, Vol.5, No.3.
41 Penrose, E.T. (1959), The Theory of the Growth of the Firm, Basil Blackwell(末松玄六訳(1980)『会社成
長の理論』ダイヤモンド社)
Fast, N.D. and S.E. Pratt (1981), “Individual Entrepreneurship and the Large Corporation,” in
Frontiers of Entrepreneurship Research, Wellesley, Mass.: Babson College.
43 榊原清則・沼上幹・大滝精一(1989)『事業創造のダイナミクス』白桃書房
42
23
4.事業機会の特定(OR)
事業機会の種を発見・創造するところからビジネスコンセプトを形作り、前に進めるか
の評価・判断するところまでの、新事業におけるファジー・フロントエンドとも言われる
前工程における活動。
Bygrave and Hofer (1991)44は、起業家を「事業機会(opportunity)を認識し、それ
を実行する組織を創る者」と定義している。Shane (2003)45は、起業家的な事業機会を、
「利益を生み出すと起業家が信じる、資源の再結合の新たな目的と手段のフレームワーク
を創造することが出来る状況」と定義している。Christensen et al. (1990)は、事業機
会の特定(opportunity recognition)とは、新たな利益のポテンシャルを創出するための、
新事業を創造する、あるいは既存事業のポジションを著しく改善する可能性をとらえるこ
と、としている。
Venkateraman and Sarasvathy (2001)46は、 起業家精神を、起業家的な行動がある
以前には存在していなかった商品やサービスの市場を創造するために、人の熱い思いをも
って、想像力からのいくつかの成果を結合(matching)すること、と述べ、ORは、需要
と供給、そして両者をつなぐ手段を結合することを伴うとしている。
起業家精神と新事業研究の領域での事業機会(opportunity)の定義は、上記のようにな
るが、事業機会の特定(opportunity recognition)のワーディングについては、十分に確
立しているわけではないが、近年は、Babson Entrepreneurial Research ConferenceやUIC
Research Symposium on Marketing and Entrepreneurshipなどの主要学会では、セクシ
ョン名をはじめとして基本的にOpportunity Recognitionで統一されている。
なお、訳語については、opportunityが新たなビジネスの機会を意味しているため「事業
機会」とした。また、recognitionは、認識、承認、(状況などの)理解といった意味だが、
Opportunity Recognitionについては、アイデアの創造などいくつかの要素を含むものの、
最終的にはビジネスコンセプトとして特定するため、「事業機会の特定」とした。
ORをプロセスとしてとらえ、デジタルネットワーク分野の大手リーダー企業での成功事
例を研究する意義は大きい。
44
Bygrave, W.D. and Hofer, C. (1991), Theorizing about entrepreneurship, Entrepreneurship Theory and
Practice, 16(2): 13-22.
Shane, S. (2003), A General Theory of Entrepreneurship: The Individual-Opportunity Nexus,
Cheltenham, UK: Edward Elgar.
46 Venkataraman, S. & Sarasvathy, S.D. (2001), "Strategy and entrepreneurship: outlines of an untold
story," in Handbook of Strategic Management, eds M.A. Hitt, E. Freeman, & J. Harrison, 650-68. Oxford,
UK: Blackwell Publishers.
45
24
第4節 論文の構成
本論文の枠組みと構成は以下の通りである。問題意識に続き、OR プロセス・フレーム
ワークの検討を行う。次いで、OR 実践要件の検討、そして、その両方のテーマ、の順で
論を進める。
図表 0-3 本論文の枠組み
テーマ
対応する章
問題意識
序章
OR プロセス・フレームワークの検討 第1,2章
OR 実践要件の検討
第3章
結論
第4,5章
第6章
各章の概要は以下の通りである。
序章
日本の大手企業は新事業による成長を重要な経営課題と認識しているが、研究開発の非
効率化や、研究開発から事業化に至る間のギャップなど、新事業のファジー・フロントエ
ンドでの課題が重要化している。また近年、米国を中心とする起業家精神研究では、フロ
ントエンドに相当する OR についての研究が注目されている。OR とは、アイデアや技術
など事業のシーズを創造・発見し、そこからビジネスコンセプトへと形作ることを言う。
本研究では、重視されているが変化が激しく新事業が肝要なデジタルネットワーク分野
において、大手企業における柱創造型の新事業のためのORに注目し、大企業の新たな柱(大
きな事業規模をねらう新事業)を創出する上でのORの重要性とあるべき姿について検討す
る。研究目的は、次の二つである。
目的1:デジタルネットワーク分野の大手企業について、柱創造型のORの重要性を示す。
目的2:デジタルネットワーク分野の大手企業について、柱創造型のORはどうあるべきか
を検討する。
これらの目的から、研究課題として、以下の3点を設定する。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
研究課題3:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの現状と課題
第1章
大企業新事業と OR に関する先行研究
本章では、イノベーション、大企業における新事業などの先行研究、そして OR に関す
25
る先行研究をレビューし、仮説としての OR プロセスのフレームワークを提示した。
まず、事業機会に通じる新結合のイノベーションにおける重要性を確認した上で、大企
業における新事業の成否への影響要因に関する研究についてレビューした。
さらに創造的風土についての研究や社内起業家論を吟味した後に、創発性を志向する風
土論の限界を認識し、社の意志としての戦略的な新事業推進の重要性を確認した。
また、新事業の類型と日本大企業の取組みに関する先行研究に焦点を当てた。新事業戦
略の基本は目的そして取組む新事業の数と規模を定めることである。大企業の新事業成功
のパターンは戦略主導型、機会主導型の二つに類型化される。本研究が対象とする柱創造
型は、戦略主導型に相当する。
第3節では、ORに関する先行研究をレビューした。まず、OR の定義と重要性を理解し、
またOR研究は新しい研究分野であり、特に日本ではOR研究がまだ乏しいことを確認した。
新事業のファジー・フロントエンドであるORは実際にはどのようになされているか、議論
をみた。
ベンチャー起業家によるORプロセスの先行研究、そして大企業でのラジカル・イノベー
ションのORプロセスの先行研究からの知見を基に、イノベーション連鎖モデルを参考とし
て、本研究における仮説としてのORプロセス・フレームワークを設定した。
第2章
投資会社事例によるORプロセス・フレームワークの検討
情報通信技術分野での専門性が高く、デジタルネットワーク分野に注目しているグロー
バルな大手投資会社の事例から起業家個人ではなく、組織としての OR について示唆を得
た。
ジェネラル・アトランティック(General Atlantic LLC:以下 GA)について、全社的
なセクター戦略への取組み方、そしてセクター戦略の中からビジネス・プロセス・アウト
ソーシング(Business Process Outsourcing:BPO)の事例を選び、そこでの OR につい
て分析を行った。具体例としては、GA が投資育成した人事 BPO のエグザルト(Exult Inc.)
について集中的に深堀を行った。
GA はエグザルトをゼロから共同創業しており、まだ市場が存在しない時点で戦略的な
シナリオを描き、起業家を探して、資金援助を約束し、新会社を設立した。
なお、他の大手企業が OR できなかった理由には、市場性を認識していなかったこと、
そして、
「形成」の努力が不十分で具体化についての不安を持っていたことが挙げられる。
これらの事例の分析から、OR プロセス・フレームワークの示唆を得ることができ、
「展
望」という要素をフレームワークに加えた。
「展望」とは、組織として、この方向で新たな
柱や新事業を追求したいという戦略的な指針であり、各要素の活動を行う者が行動を起こ
せる、あるいは具体的行動につなげられるものである。
仮説1:ORプロセス・フレームワーク
・ 事業機会のシーズを創る「創造」、シーズを探索し選別する「獲得」、シーズからビジ
ネスコンセプトをつくる「形成」、資源配分や再検討などの意思決定をする「決定」の、
4つの活動からなるプロセス。これらすべて、そしてプロセス全体にとって「展望」が
26
ベースとなる。
・ プロセスは各活動とも市場など外部と連携する。
・ プロセスはリニアではなく、各要素が相互に連携し、プロセス自体も繰り返したり、部
分的に反復などして動く
第3章 新事業のための資源・体制に関する先行研究
柱創造型の大きなポテンシャルのある新事業を創出する OR プロセスを実行するための
資源と体制について考えるため、内部性の限界と外部性の活用の重要性、および不確実性
に対応するための組織体制のあり方に関する先行研究をレビューした。
もはや内部性には限界があり、完全に独力ではコア・コンピタンスを開発できず、外部へ
の依存を高めることの重要性が確認された。また、エヌ・ティ・ティ・ドコモ(以下 NTT
ドコモあるいはドコモ)など、内部志向ではなく市場そして事業環境の広い視野から外部
を活用する生態系(エコシステム)戦略を採用する企業が増えている。オープン・イノベ
ーションという、内部と外部を組み合わせるあるいは事業化にあたり自社より他社に譲渡
するという開かれたモデルも提唱されている
次いで、新事業創造のため、そして不確実な事業条件のための体制についての先行研究
から OR 実践のための体制への示唆を得た。
多くの研究が、既存組織の限界を指摘し、新事業組織と既存組織を分けるべきと論じて
いる。しかし、完全に分離することによる弊害もある。不確実性に対応する組織の鍵とし
てルースカプリングが提唱されており、双面型組織が唱えられるなど、ルースカプリング
を新事業体制に適用する議論がある。
この様に、柔らかな結びつきの適用が OR 体制に有効と考えられ、ルースカプリングは、
新事業対既存事業だけではなく、事業部間や事業部-研究所間、研究所-マーケティング
など、OR に関わる社内の様々な組織への適用が考えられる。
これらの分析から、OR の実施要件として、次の仮説を提示した。
仮説2-1:外部性の活用
・ 内部志向には限界があり、外部との連携の中でORに取組むべき。自社の強みにどう組
み合わせるかが問われる。ORプロセスの各要素、そしてORに取組む人材など、対象範
囲は広い。
仮説2-2:組織のルースカプリング
・ 既存組織の影響下では新事業は難しいが、切り離すと既存の資源が利用できない。ゆる
やかに結びつけることで、この問題を解決する。ORに関わる組織間についても適用で
きる。
第4章
事例による OR プロセス・フレームワークとその実践要件の検討
デジタルネットワーク分野の大手リーダー企業による柱創造型の新事業成功事例を研究
した。文献調査とヒアリングにより、各社、そして特定の成功プロジェクトに、OR プロ
セス・フレームワークならびに OR 実施要件の仮説を適用し、仮説の検証と示唆を得た。
27
通信などのネットワークによるサービス、それにつながる端末などの機器、そしてソフ
トウェアなどの、最終製品・サービスを提供する企業を対象とし、シスコシステムズ、マ
イクロソフト、NTTドコモ、アップルコンピュータ(Apple Computer Inc.:以下アップ
ル)の4社を選択した。また、それぞれ各社一つずつ柱創造型の新事業を選び、事例研究し
た。
上記の仮説が、それぞれ確認された。共通して「展望」がORを始動させており、活動要
素の中では「形成」が重要であり、いくつかの要素を組み合わせた新結合が鍵であると再
認識された。また、事業シーズを人材として「獲得」する例が複数みられた。そして、創
業経営者がいる場合でも、組織としてのチームワークで動いていることが確認された。
さらに、外部性の活用やルースカプリングに加え、共通してタスクフォースがベースで
あること、プロセスが反復されることなどが分かった。また、ビジネスを理解するCTOの
経営トップ直結の機構など、参考となるベストプラクティスの具体例が得られた。
なお、ドコモ、アップルは、特定プロジェクトから成功を得ており全社的にそのプロセ
スやノウハウが共有化されているわけではないが、シスコとマイクロソフトの事例では、
社の仕組みとしての柱創造型のORプロセスを観察することができた。
研究課題1については、仮説1:ORプロセス・フレームワークが確認された。また、異
なる事業要素の新結合の参考例を得ることができた。そして、ORプロセスの具体例を得る
ことができた。
研究課題2については、OR実施要件の仮説である、仮説2-1:外部性活用と仮説2-
2:組織のルースカプリングについて、合致していることが確認された。また、ORプロセ
ス実施の具体例を得ることができた。
第5章 ヒアリングによる仮説の検証と課題の抽出
日本のデジタルネットワーク分野の大手企業9社の新事業担当者に、ORプロセス仮説を
提示して、その妥当性と課題をたずねた。同時に、当該各社のORの現状とそれに関わる課
題を調査した。主な質問内容は次の通りである:新事業の位置づけと戦略、ORプロセスの
現状、外部性の活用、ORに取組む体制、ORプロセス導入上の課題。
研究課題1,2について、OR プロセス・フレームワークならびに OR プロセス実施要
件である外部性とルースカプリングの仮説について、検証を行った。そして、研究課題3
について、大手企業における OR の現状と課題の理解を深めた。
ヒアリング調査により、基本的に仮説は確認された。同時に、当該大手企業における OR
に関わる課題が見出された。新事業ならびに柱創造型新事業を相対的に重視してはいない
企業が過半数という基本的な課題もみられた。しかし、ビジネスモデルの転換など、ドラ
スティックな施策が必要との認識は共通であり、OR の重要性は確認された。
現状の OR プロセスについては、展望が欠けている点や、獲得、形成などの活動が弱い
点、プロセスの流れが悪い点などが、多く指摘された。
OR プロセス導入には、トップマネジメント、外部性の受容などの課題が大きいと指摘
された。組織の連携不足あるいは既存組織内で動けない、そして人材不足といった問題も
28
挙げられた。
このように、本研究の仮説は、デジタルネットワーク分野の大手企業のORを分析する上
で有用な枠組みを提示していると考えられる。
第6章 結び
前章までのまとめと本研究の意義を示す。次いで、ORプロセス・フレームワークの適用
対象の拡張などの今後の研究課題について言及する。
図表 0-4 論文の構成
テーマ
問題意識
対応する章
序章
第1章
OR プロセス・フレームワークの検討
第3章
OR プロセス・フレームワークと OR
第4章
結論
投資会社事例による OR プロセス・フレー
第2章
OR 実践要件の検討
実践要件の検討
大企業新事業と OR に関する先行研究
ムワークの検討
新事業のための資源・体制に関する先行
研究
事例による OR プロセス・フレームワークと
その実践要件の検討
第5章
ヒアリングによる仮説の検証と課題の抽出
第6章
結び
29
第1章:大企業新事業と OR に関する先行研究
構成
要約
第1節 大企業における新事業に関する先行研究
1.
大企業での新事業創造
2.
組織風土と起業人材
第2節 新事業の類型と日本大企業の取組みに関する先行研究
1.
日本大企業の新事業の類型
2.
新事業戦略
3.
4.
柱創造型新事業の戦略
日本企業の特徴と課題
第3節
1.
2.
3.
4.
OR に関する先行研究
OR の定義と OR に関する先行研究
ベンチャー企業での OR プロセス
大企業での OR
ハイテク産業の OR
第4節
1.
2.
3.
示唆と仮説構築
先行研究からの示唆
イノベーション・モデル
OR プロセス・フレームワークの仮説
30
要約
本章では、イノベーション、大企業における新事業などの先行研究、そして OR に関す
る先行研究をレビューし、仮説としての OR プロセス・フレームワークを提示した。
まず、事業機会に通じる新結合のイノベーションにおける重要性を確認した上で、
Burgelman や Block and MacMillan 等の大企業における新事業の成否への影響要因に関
する研究についてレビューした。
さらに組織風土と起業人材について、河合の創造的風土についての研究や Kanter と
Pinchort による社内起業家を吟味した後に、Prahalad and Hamel や山田の研究に基づき、
創発性を志向する風土論の限界を認識し、社の意志としての戦略的な新事業推進の重要性
を確認した。
第2節では、新事業の類型と日本大企業の取組みに関する先行研究に焦点を当て、新事
業の種類とその課題についてレビューした。MacMillan や Hanan and Freeman の研究に
よれば、新事業戦略の基本は目的そして取組む新事業の数と規模を定めることである。加
護野・山田他の研究によると、大企業の新事業成功のパターンは戦略主導型、機会主導型
の二つに類型化される。本研究が対象とする柱創造型は、戦略主導型に相当する。しかし
ながら、榊原は、日本企業は偶発性に期待する傾向があり、新事業が分散しがちであると
論じており、日本の大手企業が創発性を志向し、戦略的な柱創造型新事業が少ない背景を
説明している。
このように戦略主導型で取組む柱創造型 OR を本研究の主対象として確認した。
第3節では、ORに関する先行研究をレビューした。まず、OR の定義と重要性を理解し、
またOR研究は新しい研究分野であり、特に日本ではOR研究がまだ乏しいことを確認した。
新事業のファジー・フロントエンドであるORは実際にはどのようになされているか、議論
をみた。
Long and McMullan、de KoningやLumpkin, Hills and Shrader等による、ベンチャー
起業家によるORプロセスの研究、そしてLeifer et al. による大企業でのラジカル・イノベ
ーションのORプロセス研究から、本研究における仮説としてのORプロセス・フレームワ
ークを導出した。なお、フレームワーク化にあたっては、Kleinのイノベーション・連鎖モ
デルを参考とした。
仮説1:ORプロセス・フレームワークは、事業機会のシーズを創る「創造」、シーズを
探索し選別する「獲得」、シーズからビジネスコンセプトをつくる「形成」、資源配分や
再検討などの意思決定をする「決定」の、4つの活動からなる。
31
第1節 大企業における新事業に関する先行研究
イノベーション、大企業における新事業などの、先行研究から本研究への示唆を得ると
ともに、本研究の先行研究との関わりと位置づけについて、確認する。
1.大企業での新事業創造
(1)イノベーションと新結合
新事業創造を考えるときに、イノベーションと起業家精神(entrepreneurship)につい
ての先行研究を参考にすることは不可欠である。Shumpeter(1926)1 は、経済は内発的
な作用(イノベーション)によって非連続的に発展すると論じている。シュムペーターの
イノベーションの定義は、「新結合(new combination)の遂行」である。その背景には、
次のような考え方がある47。
・
生産するということは、われわれの利用しうるものや力を結合することであり、生産物
および生産方法の変更とは、これらのものや力の結合を変更することである
・
「発展に特有な現象が成立する」のは、「新結合が非連続的に」行われるときである
つまり、イノベーションは新たな結合により生み出され、非連続的な新しい結合が中でも
目立った発展をもたらすと考えることができる。
Johne and Snelson(1988)48は、1980 年以降の文献調査から、「イノベーションに成功
した者は、市場の洞察と高度の技術を結合し、バランスを実現したものである」と結論づけ
た。この「技術―市場の結合」あるいは「技術―市場間の相互作用」について論じた研究では、
Clark(1986)49によるものが注目される。Clark は、イノベーションのパターンは製品技
術のみに依存するのではなく、製品の内部的なロジックと、顧客要求の進化との間の相互
作用にも依存するとした。これは技術が次々に改良されていく一方で、顧客も商品を手に
して使ううち、自分たちの欲求も具体的で明快になっていくからである。
したがって、新結合は、バランスが重要であり、そのバランスは一時的ではなく、進化
する市場と技術の間の相互作用による変化に対応したものにすることが求められると考え
られる。
OR においても、新結合が鍵であり、上記のようなバランスが求められると考えられる。
なお、イノベーションについては様々な研究がなされており、イノベーションを生み出
す企業について議論されてきた。図表 1-1 は、イノベーティブな組織の要素をまとめたも
のである。しかし、イノベーションというテーマは広範であり、挙げられた要素も一般的
なものとなっている。どの要素も重要なことであると理解されるが、これが新事業につい
47
織畑基一(2001)『ラジカル・イノベーション戦略』日本経済新聞社
Johne, F.A. and Snelson,P.A. (1988), “Success Factors in Product Innovation: A Selective Review of the
Literature,” Journal of Product Innovation Management, 5,114-128.
49 Clark, K.B.(1985), “The Interaction of Design Hierarchies and Market Concepts in Technological
Evolution,” Research Policy, 14,235-251.
48
32
てどうなのか、その成否を分ける影響要因はどうなのか、より論を絞り込むことを念頭に、
他の先行研究をみていく必要がある。
図表 1-1 イノベーティブな組織の要素
要素
主要な特徴
ビジョンの共有、リ 目的意識が明確に表現され共有される
ーダーシップ、イノ 戦略的意図が拡張される
ベーションへの意欲
(トップマネジメントによる肩入れ)
適切な組織構造
創造性の発揮・学習・相互作用を可能とするような組織設計
常に緩やかなスカンクワーク50・モデルがよいとは限らない;重要な
のは、個別の偶発事態に対応できるような(有機的と機械的)オプ
ションの間の最適バランスを見出すことである
鍵となる個人
イノベーションを活性化させ実現する、プロモーター、ゲートキー
パーなどの役割
効果的なチームワー 問題解決のために適切なチーム構成(地域、部門横断、国際的なレ
ク
ベル)を用いる
チームと組織化のために投資を行う必要がある
個人の能力向上の継 高い競争力と効率的な学習能力を得るための、教育および訓練への
続と拡充
長期的なコミットメント
豊富なコミュニケー 組織内部および組織間、そして外部とのコミュニケーション
ション
内部に関しては、上方向、下方向、水平方向の 3 つの方向性がある
イノベーションへの 組織全体における継続的な改善活動への参加
幅広い参画
顧客指向
組織内部/外部を問わない顧客指向
全社的品質管理の文化
創造性のある社風
適切な報酬システムによって支えられる、創造的アイデアに対する
積極的アプローチ、すなわち勝者をたたえる文化
学習する組織
企業内外における意欲的な試みや、問題の発見と解決、コミュニケ
ーションと経験の共有、知識の獲得と普及、などの活動に対する多
数のメンバーの参画
出所:ジョー・ティッド他(2004)51
(2)大企業における新事業
Skunk work:密造、秘密の場所での新製品開発・研究の意。もとは、米国ナビスコの製品開発スタッフが、
スカンクの絵のあるシャツを着て、普段とは違った自由な仕事をし、他の者は邪魔をしてはいけないとして、
成功をなし得たことから、スカンクワークと呼ばれるようになった。
51 ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・パビット (2004) 『イノベーションの経営学』 NTT 出版
(後藤晃 訳)
50
33
大企業における新事業についての研究の全体像をとらえて議論したい。大企業の新事業
の成否への影響要因に関する問題、は多くの研究で個別に論じられているが、MacMillan
(1986)38 は、①文化、風土、企業としてのサポート、②新事業の使命、戦略と環境、③
新事業の構造/デザイン、④計画化、モニタリング、結果の評価、⑤新事業のマネジメント
のためのスタッフ編成と報酬システム、という 5 つのグループに分けて整理し、Tsai et al.
(1991)52は、①文化、風土、全社的なサポート、②新事業の構造と事業化の努力、③計
画化、モニタリング、評価、④戦略と環境、の 4 つのグループに整理している。
まず、これらの諸要因を整理する視点を考えてみたい。Fast (1979)53は、新事業担当
部署が有効に機能しない原因を探った研究の中で、当該部署自体が企業の戦略や企業内で
の政治的な状況の変化に適応すべきことを主張し、そうした新事業担当部署の進化を管理
するために、トップマネジメントと新事業担当部署のマネジャー双方が自らの認識の準拠
枠を広げる必要性を示唆している。
しかし、新事業の成否への影響要因を検討するには、新事業の創造が組織内でどのよう
に進められ、そこにトップマネジメントやミドルマネジメント、および新事業に担当者が
どのようにかかわるかという、新事業創造のプロセスについての基本的なモデルが重要と
なる。その代表的な研究としては、Burgelman と Block and MacMillan の研究をあげる
ことができる。
Burgelman(1983, 1986)5455は、グループリーダーおよびベンチャーマネジャー、新事
業担当部署、企業の経営陣の 3 つのマネジメントのレベルを設定し、新しい事業機会のア
イデアや提案が、組織的な支援を得られる事業プロジェクトとして新事業担当部署へ移転
され、さらにトップマネジメントの信頼と承認を得て企業全体の活動の中に組み込まれて
いくという社内ベンチャーのプロセス・モデルを提示している。このボトムアップのモデ
ルでは、プロダクトチャンピオン活動やトップマネジメントを説得して事業プロジェクト
の全社的な支援を引き出すことが重要であり、ミドルマネジメントが主要な役割を担うこ
とが鍵となる。萌芽状態の事業にベンチャーの地位を与えるかどうかは、現実にはより上
位のマネジメントの主観的な決定に依存し、新事業を全社的に位置づけるためには、採否
の権限を持つトップマネジメントの信頼を獲得することが必要となるからである。ここで
は、トップマネジメントは、新事業担当部署の内容と権限、および組織的位置づけを通じ
て、事業開発のプロセスを組織的に管理しようとする存在である。
Block and MacMillan(1993)56は、新事業開発の成功には、母体組織の経営上層部と
新事業の経営陣という「明らかに異なる 2 つのタイプのリーダーシップと経営」が必要であ
Tsai, W.M., I.C. MacMillan and M.B. Low (1991), “Effects of Strategy and Environment on Corporate
Venture Success in Industrial Markets,” Journal of Business Venturing, Vol.6, No.1.
53 Fast, N.D. (1979), “The Future of Industrial New Venture Departments,” Industrial Marketing
Management, Vol.8,.pp264-265.
54 Burgelman, R.A. (1983), “A Process Model of Internal Corporate Venturing in the Diversified Major
Firm,” Administrative Science Quarterly, Vol.28,No.2.
55 Burgelman, R.A. and L.R. Sayles (1986), Inside Corporate Innovation: Strategy, Structure and
Managerial Skill, Free Press, pp147-150.
56 Block, Z. and MacMillan, I.C. (1993), Corporate Venturing, Harvard Business School Press.(社内起業研
究会訳(1994)
『コーポレート・ベンチャリング―実証研究・成長し続ける企業の条件』ダイヤモンド社)
52
34
ると主張している。このことは、新事業開発では、個別の事業プロジェクトレベルのマネ
ジメントと、事業プロジェクトをつくり出して育成するための全社レベルのマネジメント
という 2 つの問題があることを示唆している。彼らは、新事業開発のプロセスを「準備段階
―新事業の選択―新事業の計画策定・組織化・開始―新事業の観察及び管理―新事業の擁護―
経験からの学習」という 6 つの段階に分けたモデルを提示して、それぞれの段階で 2 つの主
体の果たすべき役割を示している。
これらの研究領域において、ORに注目する本研究の位置づけと関係性を明確にする必要
がある。社内のマネジメントや役割分担、そして各部門や経営陣の関係性などからは、OR
については、みえてはこない。段階論では新事業の選択がORに相当するが、多数のアイデ
アから絞り込んでいくという形式には当てはまるが、アイデアを出し、それを発展させて
ビジネスコンセプトにつくりあげることに重きを置く場合は、必ずしも当てはまるわけで
はない。ORについては、まだ研究が不十分な、相対的に新しい研究領域であると言えよう。
2.組織風土と起業人材
前項で、大企業組織内での新事業創造につながるイノベーションの性格、そして研究領
域について言及したが、前項でも指摘されたがリーダーシップとそれに影響する組織風土
などについての研究を吟味したい。
(1) 創造的風土
河合(1999)57は、大企業における変革や事業創造についての研究で、複雑系の考え方
を用いることで組織とリーダーシップのモデルを論じている。河合は、バラバラな要素が
集まり、個々の要素では理解できない一つのシステムとなる性質を創発的属性と呼び、創
発的属性を生み出すシステムの性質を創発性と呼んでいる。創発性の起源をあくまでもシ
ステム内に、具体的にはその中の構成要素間の“相互作用ないし相互関係”に求め、“創発性
とは各要素が相互作用しあっているときにのみ現れるものであり、ある要素を他の要素か
ら切り離して取り出した場合には消えてしまう”と考えている。
これを一般化し、「多くの要素の空間的ないし時間的に混沌とした状態から、外部からの
力によらず、内部の力、すなわち要素間の相互作用のみで自律的にシステムの秩序ある状
態(構造ないし行動)を創発させること、あるいは、システムの一定の秩序ある状態から、
同様に、別の秩序ある状態を創発させること」と定式化される自己組織化モデルを提唱して
いる。
このモデルでは、創発的プロセスを次々に生み出すような土壌を持った下位組織(創発
的インフラストラクチャ)を作り出す創発的組織革新が必要であり、下位組織全体にリス
クテイクを恐れぬチャレンジングな風土があり、そのような行動を是認する価値観が共有
57
河合忠彦(1999)『複雑適応系リーダーシップ―変革モデルとケース分析』有斐閣
35
されていることが不可欠である、としている。
また、条件として、革新的な風土があり自律的行動をとる人が、フィードバックの遅さ
のために無力感に襲われてやる気を失ってしまわないような、階層数の少ないフラットな
組織と短縮された意思決定経路、そして権限をできるだけ下位組織に委譲すること。自律
的行動をとって成果を挙げた場合、やる気を失わないよう十分に報うための業績主義的(な
いし能力主義的)な報酬制度、を挙げている。
Mauzy and Harriman(2003)58が行ったフォーチュン 500 企業を中心とするコンサル
ティングからの研究は、創造性は風土に依存する、組織的創造性は、全員がリーダーにな
ることを求めると結論づけ、企業は成功するために、個人やグループが最高の創造性を発
揮できるよう資源や戦略、風土を用意する必要があると論じている。
このように、新事業創出を企業風土や個を生かすことで可能にするという議論は、多数
みられる。自力による自然発生的な創発を重視していると言い換えることもでいる。
(2) 社内起業家
社内起業家の代表的な研究としては、
Kanter と Pinchort の研究をあげることができる。
Kanter(1983) 59 は、企業にとっての革新的なプロジェクトの中心となる社内起業家
(corporate entrepreneurs)を「ほとんどの環境下で革新のための機会を見出す」ことがで
き、「革新プロセスを推し進めて管理することで組織行動の限界を試し、新たな可能性を創
造する人々」ととらえ、企業変革の中核的推進者(change masters)としての役割を担う
ことを明らかにした。金井(1991)60が指摘するように、Kanter の研究は、ミドルマネジ
ャーに焦点を絞った記述的研究であるが、彼らは、社内起業家としての「革新的試行や実験
が、彼ら自身の気づかなかったような外部環境の突然の変化にも適応しうる新たな戦略の
形成」を可能にする創造的な活動家である。
Pinchort(1985)61の研究では、社内起業家(intrapreneur)を「新しいアイデアや、と
きには、すでにできあがったプロトタイプを、市場で収益をあげるところにまでこぎつけ
ることによって、企業に貢献する」人々としてとらえ、GM(General Motors Corporation)
のスポーツカー<Fiero>や 3M の<ポストイット>の開発事例などをもとに、「強力なビジョ
ンに助けられて新事業を成功に導く」存在であり、自らの専門からかけ離れた問題にも組織
の境界を越えた活動で対処していることを指摘している。
Burgelman(1983)54 の研究でも、トップマネジメントとの間に「適度のしかも通常の
接触」を確立しており、ニューベンチャーの価値をトップに説得できるような「組織的擁護
化」(organizational championing)と呼ばれる仕事に従事する新事業担当部署のマネジャ
Mauzy, J. and Harriman, R.A. (2003) Creativity Inc.: Building an Inventive Organization, Harvard
Business School Press(高橋則明訳(2004)『クリエイティビティ・カンパニー』ランダムハウス講談社)
59 Kanter, R.M. (1983), The Change Masters: Innovation for Productivity in the American Corporation ,
Simon and Schuster(長谷川慶太郎訳(1984)『ザ・チェンジ・マスターズ』二見書房)
60 金井壽宏(1991)
『変革型ミドルの探求―戦略・革新志向の管理者行動―』白桃書房
61 Pinchot, G. (1985), Intrapreneuring, Harper and Row.(清水紀彦訳(1985)『社内企業家』講談社)
58
36
ーの役割が重視されている。そうしたミドルマネジメントを中核とした「自主的で非計画的
なイニシァティブ」が既存の企業戦略の範囲に収まらない新事業の創造を進めるために必
要であり、企業戦略の再構築に役立つことが示唆されている。
しかも、もし Kanter や Pinchort のいう未来志向の強力なビジョンや行動志向をもつ優
れた社内起業家がいたとしても、その起業家精神を発揮できる場が与えられなければ事業
として結実することはない。Kanter も社内起業家が革新のための機会を見出しても、その
ほとんどが企業の基盤となる特定のドメインのなかで失われていることを指摘している。
Burgelman の社内ベンチャーのプロセス・モデルでも、起業家精神にあふれたミドルマネ
ジメントが中核になるとともに、トップマネジメントによる行動の許容と組織的な支援を
得ることで、新たな事業機会のアイデアを具体的なプロジェクトの位置づけにまで高め、
企業全体の活動のなかに組み込むことができる。その意味で、新事業プロジェクトの責任
者や担当者が、社内起業家として事業創造活動に取り組むための組織的な仕組みづくりが
重要な課題であるといえよう。
たとえば、Pinchort(1985)61 は、社内起業家にとっての環境づくりの鍵となる要因と
して、社内起業活動の自由度をあげ、①社内起業活動への志願の奨励、②1 人の起業家に
よる事業担当の継続、③事業に関する意思決定権の付与、④資金と人材を社内新事業活動
に利用できる自由裁量、⑤小規模で実験的な事業開発の許容、⑥失敗に対する寛容さ、⑦
新事業に対する長期の継続的な投資、⑧既存の事業部・職能・階層を越えた協力の可能性、
⑨新事業開発の全権をもつ小規模チーム設置の可能性、⑩内部・外部を問わない資源選択の
自由、という 10 の判定要因をあげている。
また、Burgelman は、全社レベルのマネジメントが、新事業担当部署の組織編成と権限、
業績評価システム、およびメンバーの任命、などの新事業担当部署レベルにおける選択環
境を構造化する決定によって、社内ベンチャー・プロセスに対して大きな影響を及ぼしう
ることを指摘している。こうした組織内の「構造上の脈絡(structural context)」の決定は、
新事業開発を企業全体の活動の範囲に包含して、一定のコントロールを及ぼすための組織
的な管理のための決定にほかならない。
一方、日本の大手企業の特徴としては、経営目標として雇用が重視され、労働組合の関
心も、雇用の安定が賃金や労働時間の短縮よりも大きいこと、内部昇進とそのための計画
的なジョブ・ローテーションによる人材開発が重視されていること、内部昇進による経営
者が、心情的に従業員と同一視する傾向が強いという従業員との一体感がみられること、
が指摘されている6263。この様な組織環境の中で、自らリスクを取って創造的な新事業にリ
ーダーシップを発揮する社内起業家を待ち望むことが、どこまで現実的か、実践の上では
議論される課題となろう。
(3) 組織風土論を超えて
62
橋本寿朗(1995)「日本型経営システムの形成」由井常彦・橋本寿朗編『革新の経営史:戦前・戦後における
日本企業の革新行動』有斐閣
63 加護野忠男・野中郁次郎・榊原清則・奥村昭博(1983)
『日米企業の経営比較』日本経済新聞社
37
大企業で優秀な革新的企業といえるところはほとんどないという事実は、大企業が新事
業で成功することの難しさを物語る(Block and MacMillan 1993)56。
製品や市場のイノベーションによる新事業の創出が、他社よりはるかに優れている組織
があるのはなぜか、この違いを説明し、それを他の企業にも応用しようと試みられてきた。
社内刷新、イノベーション、起業家活動などに関して、先に述べた社内起業家などをテー
マにした文献が生み出されている。
多くの経営者にイノベーション、新事業、および経営全般に対する示唆を与えた『エク
セレント・カンパニー』
(Peters and Warterman 1986)64、や『ザ・チェンジ・マスターズ』
(Kanter 1983)59 などの著作の主たるテーマは、成功をおさめる革新的な組織の特徴お
よび企業風土や価値観などであった。
『イノベーションと企業家精神』
(Drucker 1985)65
はイノベーションを起こすための規律あるアプローチの必要性を論じ、このアプローチの
採用とビジネスチャンスの発見に欠かせないルールやガイドラインを企業に提供した。
『社内起業家』(Pinchot 1985)61 は大企業の社員のやる気と粘りから生まれた新製品の
事例を取り上げ、社員に起業家精神を抱くよう求めている。
これらの文献から、さらに一層革新的、起業家的になろうとする企業の中には、これら
目標をすでに達成した実在する企業の文化を見習い、その移植に努めることだと解釈する
者もあるであろう。しかし、この解釈は、社是・社訓や大げさなスローガンの制定、組織的
風土刷新計画の策定などを盛んにするだけで、経営体質の実質的な変化はほとんど見られ
ない。こうした企業は、相変わらず厳しい計画策定による経営管理―部門間のセクショナ
リズム、権限階層の多い職制、実情に合わない統制手段、給与体系、業績評価方法など―
を続けていると、Block and MacMillan(1993)56 は指摘している。
企業それぞれに固有の文化がある。革新的風土は、ある会社から別の会社に無差別に移
植できるほど単純ではない。企業の組織風土がイノベーションや起業家精神の高揚を左右
する主な要因であること、それを指示する風土が非常に望ましいことに異論はないであろ
うが、それは新規事業の成功の必要条件でもなければ、絶対条件でもないのである。現実
の企業にはそれぞれの歴史・社員・業種・競争があり、これらの要素に適した独特の文化を創
り出さねばならない。特定の経営環境下で数十年間にわたり培われた 3M 社の文化を、他
の全く異なる業界の異質な会社が真似ることは、極めて困難と想定される。
Prahalad and Hamel(1994)66は、創造力に富んだ個人を企業内の鉄のしきたりから守
るために、新事業部門、特命プロジェクト、インキュベーター(incubator=孵卵器:新規
ビジネスを育てるためにそれを特別扱いするような制度)・プロジェクト、社内起業家のた
めのインセンティブなど様々な手法が試されてきたが、多くの場合、現実には新事業は継
子扱いされ、成功するためには欠かせない経営資源も与えられていない、例えばゼロック
Peters, T.J. and Waterman, R.H. (1986), In Search of Excellence, Warner Books(大前研一訳(1986)『エ
クセレント・カンパニー』講談社)
65 ピーターF.ドラッカー(1985)
『イノベーションと企業家精神―実践と原理』ダイヤモンド社
66 Prahalad, C. K. and Hamel, G. (1994), The Core Competence of the Corporation, Harvard Business
School Press(一條和生訳(1995)『コア・コンピタンス経営』日本経済新聞社)
64
38
ス(Xerox Corporation)
、イーストマン・コダック(Eastman Kodak Company)などの企
業内のベンチャー事業や新規ビジネス開発プログラムは、ささやかな成功しか収めていな
い、と指摘している。
また、企業には組織風土が改革されるのを見届けてから新規事業を手がけるほどの余裕
はないとも指摘されている(Block and MacMillan 1993)が、山田(2000)67は、新事業
開発のプロセスは、社内起業家によるボトムアップのプロセスにかぎられるわけではない
と論じている。成熟化段階にある大規模企業では、企業の将来に大きく影響する事業プロ
ジェクトが、組織的な支援のもとで早急に開始を迫られることもあり、そうしたプロジェ
クトでは、社内起業家の登場を待つというわけにもいかない。むしろ、トップマネジメン
トの戦略的な主導のもとで、新事業推進の主体となる社内組織を設けてリーダーを指名し、
かなりの権限と自由度を付与して開始するケースもありうるはずである。起業家的風土が
重要であることに疑いは無いが、従来の風土論や人材活性化を超えて考えることが求めら
れていると言えよう。
第1節では、基本的考え方としての新結合がORに示唆深いこと、そして新事業の自然発
生を醸成する組織風土や人材論が盛んに唱えられるが会社の意志として推進も検討すべき
こと、などの知見が得られた。そこで、本研究では、「新結合の遂行」による新事業創出と、
その実現のために求められることに注目して議論をすすめる。
67
山田幸三(2000)『新事業開発の戦略と組織―プロトタイプの構築とドメインの変革』白桃書房
39
第2節
新事業の類型と日本大企業の取組みに関する先行研究
新事業には様々なタイプがある。また、それぞれの性格は異なる。本研究が焦点を当て
る新事業の種類とその課題について先行研究による示唆を得ることとする。
1.日本大企業の新事業の類型
加護野・山田(1999)32 は、日本大企業の調査から、新事業は、機会主導、リストラ、
組織活性化、柱創造の 4 つに類型化することができるとした。
①機会主導型
本業周辺の分野で、組織の底辺からわき上がってきたアイデアをもとに新事業の機会を
創造もしくは発掘し、新事業の懐妊期間をできるだけ短くして、新事業開発が社内で日常
化しているケースである。本業の周辺部での新事業の機会は多様に存在するが、個々の事
業規模の大きさはさまざまである。
②リストラ型
このタイプでの新事業開発は、本業や既存事業の効率化を図り、事業構造の再構築を進
めるために、人の受け皿を求めて新事業を創造するケースである。
③組織活性化型
このタイプでの新事業開発は、企業全体の活性化の一環として行われる。そのため、新
事業そのものの財務的な成功は、企業にとって至上命題とはされない。
④柱創造型
当初から企業の将来の柱となる事業づくりとして位置づけて新事業開発が行われる。新
事業開発の重視を経営方針として社内的に明確に位置づけ、新事業の懐妊期間を長くして
少数の案件を事業化し、最初から比較的大規模の投資を継続して行う。新事業自体の規模
が大きいため、失敗の許されない新事業開発である。
加護野らによると、リストラ型、組織活性化型は、目的が企業の成長ではなく、基本的
に大企業の成長に著しく寄与する程の業績を生み出し難いことから、機会主導、柱創造の
二つを重視して研究を進めた。その中で、米国の3M、ヒューレット・パッカード
(Hewlett-Packard: 以下 HP)を例に、ボトムアップ創発型(3M)、トップダウン戦略
主導型(HP)の米国2モデルを研究し、多くの場合は、機会主導は専門部署、柱創造はト
ップ主導、によるとした。
2.新事業戦略
大企業が新事業戦略を立てる場合に行うべきことは、新事業活動を行う基本的理由の検
討、新事業活動の全体的方向の設定、推進できる新事業の規模と件数の決定である
40
56。先
行研究(Burgelman 1984; Block 1982; Hanan 1976)686970よると、組織の成長と改革の源
泉として新事業活動を始めることは戦略的意思決定として望ましいものであるが、ここで
はより掘り下げて議論したい。
(1) 新事業のねらい
MacMillan(1986)38 は、新事業戦略の基本となる決定事項は、新事業の使命、すなわ
ち当該企業にとっての新事業のねらい・目的は何かを決定することであるとしている。
新事業の目的は、新しい技術の開発や既存事業からの多角化という個別企業の具体的な
レベルで考えられ、単に利益の増大を図るという一律の目的のもとで開始されるわけでは
ない(Vesper 1984)39。Vesper and Holmdahl (1973)71は、Fortune500 リストの上位
100 社について、Industrial Research 誌上で最も意味のある新技術による製品開発に成功
したと判定された企業を対象に研究し、新事業開発のマネジメントを導入した主要な理由
が、多角化、新しい企業発展のための開発、企業内の他部門における起業家的な風土の創
造、有能な人々の企業内保持、余剰能力の活用などいくつかの項目に分散していることを
指摘している。このことは、複数の新事業を立ち上げようとする企業では、異なる使命を
持った新事業開発の推進がありうることを示唆している。また、Tidd and Taurins(1999)
72は、社内ベンチャーを設立する動機は次のように幅広いと指摘している。
・
活用されていない資源を利用する。
・
内部のサプライヤーに対する圧力を導入する。
・
非コア活動を分離する。
・
マネジャーの野心を満足させる。
・
製品開発におけるコストとリスクを分散させる。
・
本業の需要の変動に対応する。
・
ビジネスを成長させる。
・
ビジネスを多角化する。
・
新しい技術的あるいは市場でのコンピタンスを開発する。
多くの日本企業にとって、新事業開発の最終的な目標は、長期的な成長の駆動力となり、
将来的な経営の安定に寄与する事業を自らの資源をもとに創造することであろう。このこ
とは、米国企業との比較において、日本企業が市場占有率や新製品比率という成長目標を
重視し、新事業進出のための吸収・合併戦略には積極的ではなかったことからもわかる 17)
。
しかし、企業にとっての新事業の使命は、最初から将来の新たな事業の柱づくりという目
Block, Z. (1982), “Can Corporate Venturing Succeed?” Journal of Business Strategy, 3 no.2.
Burgelman, R.A. (1984), “Managing the Corporate Venturing Process,” Sloan Management Review, 25
no.2(winter).
70 Hanan, M. (1976), Venture Management. New York: McGraw-Hill.
71 Vesper, K.H. and T.G. Holmdahl (1973), “How Venture Management Fares in Innovative Companies,”
Research Management, May 1973.
72 Tidd, J. and S. Taurins (1999), “Learn or Leverage? Strategic diversification and organizational learning
through corporate ventures,” Creativity and Innovation Management, 8(2),122-129.
68
69
41
的に限定されるわけではない。企業全体の成長に資するようないくつかの使命、すなわち
経営の合理化に伴う人員の再配置先の確保や組織の活性化、あるいは自らの新しい製品や
技術を生かす機会づくりなどを考えることもできるはずである。その意味では、新事業の
使命が、新事業戦略の違いをもたらす基本的な要因であることを想定できる。
新事業への期待と目的は様々だが、本研究では大手企業の将来に向けての成長を支える
という意味での新事業を主眼としたい。
(2) 新事業数
① 多数対少数
新規事業の規模に関する戦略としては、規模の大きな少数の新規事業を求めるか、反対
に規模の小さな多数の新規事業を求めるかのいずれか(すなわちポートフォリオ戦略)と
なろう。
投資戦略については、新事業への投資をごく少数のプロジェクトに厳選して行うか、成
功率の低さを前提に多数のプロジェクトに分散して行うか、という 2 つの方向に区別でき
る(山田 2000)67。成功確率の低い新事業に対する投資のあり方は新事業戦略の重要な課
題であるが、新事業を必ず成功に導ける普遍的な投資戦略は確立されていない。むしろ、
個別のプロジェクトレベルでみると多様な投資戦略がありうる。しかし、基本的な投資戦
略の論理、とくに失敗対応の基本的な論理は千差万別というわけではない。予想通りの成
果をあげられない新事業の継続と撤退を考慮した投資戦略には、生物がその種を保存する
ための生存戦略の比喩をもとにして、次の 2 つの基本的な戦略を考えることができる
(Hanan and Freeman 1989; 伊丹・加護野 1993)7374。
一つは少数厳選投資戦略であり、少数の新事業プロジェクトに絞り込んで集中的に投資
し、一旦開始した以上はできうるかぎり投資を継続するという戦略である。これは、少数
の子供を生んで長期にわたってゆっくりと育てていくという哺乳類のとる戦略(K-戦略と
呼ばれる)
、あるいは少産少死戦略とも呼ばれる生存戦略の論理にもとづく。もう一つは分
散投資戦略であり、いくつかの事業プロジェクトに分散して投資し、予想通りの成果をあ
げることができないプロジェクトからは速やかに撤退するという戦略である。これは、一
度に数万個の卵を生むが、成魚となるのはわずかであるような生存確率の低い魚類のとる
戦略(r-戦略と呼ばれる)
、あるいは多産多死戦略とも呼ばれる生存戦略の論理にもとづい
ている。いずれの戦略にもリスクはある。
戦略の選択に際しては、新事業を始めたばかりの会社であれば、学習期間としての価値
を重視するために小規模の新事業とする方が望ましいとも考えられる。また予想失敗率と
選択した戦略を追求する時間と経費の限度も考慮すべきである。
しかし、変化の激しいデジタルネットワーク分野では、大手企業において新事業は常態
73
74
Hannan, M.T. and J. Freeman (1989), Organizational Ecology, Harvard University Press.
伊丹敬之・加護野忠男(1993)
『ゼミナール経営学入門 改訂増補版』日本経済新聞社
42
化していることが多く、学習期間をとる意義は薄いであろう。
② 規模
戦略の選択肢をまとめると次のとおりとなる(Block and MacMillan 1993)56。
・
特定分野で積極的に新規事業を探すのか、またはできそうなものがあればなんでも手を
つけるような場当たり主義をとるのか
・
推進する新規事業件数は少数か多数か、少数とは何件か、多数とは何件か
・
事業規模の下限は必要か
目的として企業の成長を掲げる場合、事業規模はある程度以上の大きなものとなる。資
源の制約とリスクの問題から、投資規模が大きいものを多数進めるわけには行かない。し
かし、小規模な新事業から大当たりを期待することは、確率的に考えると事業計画に載せ
るわけにもいかず、企業戦略上の主要な重点とはなりえない。
75が行ったフォーチュン 500 企業中 35 社の新事業 68 件の調査では、
ビガダイク
(1979)
・
大規模の参入が最良の戦略だが、すべてうまく行くわけではない
・
新事業活動はリスクが大きい(規模の大きな場合)
・
会社は少ない資源で多数の新規事業を始めるより少数の新規事業を十分な資源で始め
るべき
として、企業は構想を大きく、参入は大規模にシェア獲得に邁進し忍耐強さを保つことが
大切だと結論づけている。
なお、ビガダイクの調査データでは、新事業の約 50%が 4 年以内で黒字になっており、
忍耐といっても企業が耐えられないような長期ではなく、多産多死でもない。
先にあげた加護野・山田(1999)32の研究で、機会主導型のモデル事例としてとりあげ
られた富士通の社内ベンチャー制度について追跡を試みた。図表1-2に示す11社であるが、
設立時点での規模は小さかったが、10年前後経過した現在の規模もあまり変わらず小さい
ままである。この事業規模では、社としての業績には影響としては相対的に皆無に近い。
このように機会主導型で小規模の新事業に取り組む場合、大手企業の規模からして価値創
造の意義が薄い結果になることがあるという問題を認識しておく必要がある。
したがって、本研究の、大型の新事業に注目することは、適切と考えられる。
75
ラルフ・ビガダイク(1979)『多角化:財務・市場戦略からみた成功への条件』ダイヤモンド・ハーバード・ビ
ジネス 10 月号
43
図表 1-2 富士通社内ベンチャー11 社の概要
会社名
設立
資本金
人員数
(設立)
(年月)
(百万円)
(人)
アニモ
1994.8
10
10
アプリテック
1994.8
20
2
事業内容
近況
音・音声を Key 技術 としたマル
2005 年 3 月期売上高 2.9
チメディア・ソフト等の開発・販売
億円、30 人(東商)
アプリケーション開発支援ツー
2002 年 6 月期配当 3 百
ルの開発・販売
万円。帝国、東商にな
い。
アイ電子
パピレス
ネットビジョ
1995.3
1995.3
1995.3
40
20
20
16
9
3
ン
AOS テ ク ノ
1995.3
30
12
ロジーズ
化合物半導体を使用した各種
2005 年 3 月期売上高 2.7
IC の開発・販売
億円、9 人(帝国)
電子書店「パピレス」サービスの
2005 年 3 月期売上高 5.7
提供、コンテンツ開発・販売
億円、17 人(帝国)
ネットワーク上の各種ツールの
2005 年 3 月期売上高 1.0
開発・販売
億円、10 人(帝国)
マルチメディア・ゲームソフトの
2005 年 3 月期売上高 5.9
開発・販売
億円、赤字 7.6 億円、50
人(帝国)
キュン
1995.3
10
1
マルチメディア作品編集用ツー
帝国、東商にない。
ル(オーサリング・ツール)の開発・販売
トリワークス
レビア
1995.9
1996.4
30
40
30
7
日米中でのソフトウェアの開発・
2005 年 3 月期売上高
販売
10.1 億円、31 人(帝国)
総務関連システムの開発・販売
2004 年 3 月期売上高 1.9
億円、7 人(東商)
テラネットプ
1996.12
40
6
ロダクト
コンステラ
ネットワークを活用した各種サー
帝国、東商にない。
ビス(対戦ゲームなど)の提供
1998.2
40
7
高いデータベース技術によって
帝国、東商にない。
オンライン・ショッピングのポータ
ルサイトを目指す
注:「帝国」帝国データバンク、「東商」東京商工リサーチ、「帝国、東商にない」両社データベースにないと
の意。
出所:山田(2000)67、帝国データバンク、東京商工リサーチ、アプリテック㈱ホームページ
44
3.柱創造型新事業の戦略
(1) 類型化
加護野・山田(1999)32 の研究では、東証・大証の一部上場企業、資本金 20 億円以上
の未上場企業という条件に該当する企業 1474 社へのアンケート調査を行い、クラスター
分析によって次のような結果を得ている。
大企業の新事業成功のパターンはトップ主導型(ヒト主導型)と専門部署型(組織主導
型)である。各グループの特徴を単純化すると、次のように示すことができる。
まず、トップ主導型(ヒト主導型) の成功プロジェクトは、需要が顕在化した製品に関
して、市場の拡大をめざすものであり、トップがアイデアの源泉となっている。そのため
に、当初から事業規模は相対的に大きく、プロジェクトの編成もトップダウン型であり、
トップ自らが事業リーダーを指名するのみならず、メンバーの指名でもトップが関与する
ことが相対的に多い。このようにして編成された社内検討チームが、プロジェクトの計画
を具体化していくことになる。最終的な事業の評価は、社長や経営会議といったトップレ
ベルのマネジメントで行われる。新事業の成功に対しては、明確な経済的報酬が与えられ
ている。
次に、専門部署型(組織主導型)は、製品・市場に関して未開拓の分野に進出する傾向に
ある。このタイプは、新事業を担当する専門の部署 (たとえば新規事業部)が一貫してプ
ロジェクトを運営する傾向が見られる。事業アイデアの源泉、計画立案、リーダーの指名、
メンバーの指名、計画の評価に至るまで専門部署が中心となっている。新事業を継続的に
生み出す制度が専門部署という組織を中心として確立されており、新事業が日常的な業務
として位置づけられている。プロジェクトの成功に対して、特別な経済的報酬は与えられ
ていない。
この 2 つの成功パターンは、前述の 2 つの原型とほぼ対応している。トップ主導型は、
柱創造型(戦略主導型)に典型的にみられるプロジェクトであり、専門部署型は機会主導
型(創発型)にみられるプロジェクトである。山田 (2000) は、柱創造型(戦略主導型)
と機会主導型(創発型)の新事業の特徴について、図表 1-3 のように整理している。
これは、米国の大企業新事業についての研究の結論とも一致がみられる。Venkataraman
et al.(1992)76の研究では、個々の企業がベンチャー輩出のプロセスをマネジメントする
スタイルは異なるが、極端に対比させて考えると対照的な2つのメカニズムがあると指摘さ
れている。1つは、トップマネジメントからいかなる方向付け、支援、干渉も受けない自然
淘汰のメカニズムであり、もう1つは、上級経営管理者が積極的に関与したマネジメントに
よる選択のメカニズムである。
76
Venkataraman, S., I.C. MacMillan and R.G. McGrath (1992),“ Progress in Research on Corporate
Venturing,” in D.L.Sexton and J.Kasarda (eds.), State of the Art in Entrepreneurship, PWS-Kent
Publishing Company.
45
図表 1-3 創発性重視型事業開発と戦略主導型事業開発の特徴
創発性重視型事業開発
〈機会主導型開発体制〉
新事業戦略:
① 本業周辺の分野で、組織の底辺から創発的に現われる事業シーズをもとに、個人の自律的な活動
を重視して新事業開発を進める。
② 新事業の懐妊期間を短くして、新事業開発の日常化を図る。
新事業管理システム:
① 中核資源としての技術を新事業開発の駆動力とし、多くの案件を拾い上げて審査できる仕組みづく
りを行う。
② 現場レベルでの新製品開発を重視し、トップは背後から担当者を支援する。
③ 社内で蓄積された技術や能力についての情報交流を促進する。
〈専門部署主導新事業プロジェクト〉
① 専門部署主導で推進されるプロジェクトである。比較的小規模であり、トップの関与は小さく、事業リ
ーダーのイニシァティブによって外部化を基本として推進される。
② 事業開始までの検討期間は短く、既存事業で蓄積した技術を中核とした新事業で新たな市場を創
造し、早期の撤退も辞さない。
戦略主導型事業開発
〈柱創造型開発体制〉
新事業戦略:
① 企業の将来の柱となる新事業の創造のために、新事業開発の重視を経営方針として明確に位置
づけ、本業や既存事業とは関連性の薄い分野でも、将来性のある分野であれば進出する。
② 社会的な価値を認識させる経営ビジョンをもとに、新事業の懐妊期間を長くして少数の案件を絞り
込んで事業化し、最初から比較的大規模の投資を継続して行う。
新事業管理システム:
② 事業リーダーや担当者の抜擢と評価にトップが大きく関与し、リスクの大きいプロジェクトの継続を自
らが強力に支援する。
③ 新事業統括者や担当部門にかなりの自由度を与え、トップ自らが既存部門からの干渉をできるだけ
排除する。
④ 新事業を統括する専門部署には、既存の部門との組織的な協働を図り、事業を推進するテコの役
割を担わせる。
〈トップ主導新事業プロジェクト〉
① トップと中核として推進されるプロジェクトである。社長をはじめとする経営トップが主体的に関与し、
事業の見通しが描ける分野で絞り込まれ、規模とリスクは大きい。
② 事業開始までの検討期間は長く、自社にとっての新製品・技術の開発によって既成市場へ参入し、
基本的には成果をあげるまで撤退しない。
出所:山田(2000)67
46
(2) 戦略主導型
加護野・山田(1999)32 の研究によると、調査対象となった日本の大企業において、柱
創造型の新事業では、新事業戦略については、新市場の創造とともに、自社にとっての非
関連分野を相対的に重視している。経営方針に次いで、技術を新事業開発の駆動力として
重視する企業が多い。自主技術をもとにした独自能力を育成して、それを新事業の駆動力
としているからであろう。新事業を社外との連携・提携・合弁によって行う企業も、他のタ
イプに比べて多い。
新事業の管理システムについての特徴は、比較的多くの案件を審査するが、そのなかか
ら絞り込むことによって事業化を試み、立案は新事業開発部などの新事業を統括する専門
部署で行う企業が多く、新事業の立ち上げはプロジェクト・タスクフォースによって行われ
る。新事業の担当部門にかなりの自由度を与える企業が多い。プロジェクトの担当者の評
価にトップが関与する割合も大きい。新事業の担当者に対する人事の姿勢は、「向こう傷を
問わない」ことを基本とする。事業担当者の動機づけ要因としては、新事業開発を経験・知
識の獲得機会と位置づけるとともに、「やりたい人にやらせる」という個人の意志も重視す
る。新事業のための中途採用も、必要があれば実施する企業が多い。新製品の研究開発よ
りも、新事業開発に関する研究が重視される。社外からの人的資源の獲得にも前向きであ
る。
このような分析結果をふまえての加護野・山田(1999) の解釈は、次の通りである。
柱創造型での新事業を支援するためには、リスクの大きいプロジェクトの継続を強力に
支援するトップを中心とした全社的なサポートが必要である。新事業を担当する部門には
かなりの自由度を与え、既存部門からの干渉をできるだけ排除するとともに、新事業を統
括する専門部署を設けて既存の部門との組織的な協働を図り、新事業を推進するテコとし
ての役割を担わせることも必要である。特に、新事業を強力に推進できるようなカリスマ
性をもつトップがいなければ、専門部署のテコとしての役割や新事業開発を許容する風土
作りが一層重要になる。
このタイプでの新事業開発は、事業規模が大きく失敗が許されないために、少数の案件
を厳選して投資する企業にとって長い辛抱が必要となる。その辛抱は、多くの場合、自ら
が企業の将来を担うというような使命感や何としても事業を立ち上げて成功させるという
執念によって支えられているといってもよい。そのような高いコミットメントを本業や既
存事業の評価システムの中での給料やボーナスなどの金銭的な報酬のみによって引き出す
こともむずかしい。高い使命感や執念を要求される事業リーダーや担当者の評価に、トッ
プが大きく関与することが必要である。
4.日本企業の特徴と課題
榊原(2005)8 は、プロジェクト・マネジメントの特徴をステレオタイプ化し、日米を
対比し(図表 1-4)
、米国企業の特徴を表現するキーワードは、多産多死、強い目的志向、
47
ステージゲート法77に代表される非人格的管理手法の利用、計算合理性重視、積極的な外
部資源活用などであるとしている。対照的に、日本企業で重視されているのは少産少死、
目的志向というよりプロセス志向、「目利き」とよばれる特定個人の判断と「セレンディピテ
ィ」(serendipity)、社内資源と社内的努力の重視、等々である。このうち「セレンディピ
ティ」とは「(偶然に)ものをうまく見つけ出す能力、掘り出し上手、運よく見つけたもの」
といった意味の言葉である(ロバーツ 1993)78。「セレンディピティ」(serendipity)とい
うのは、滅多に起きない幸運が 2 つも 3 つも重なって起きたときに使われることが多い。
基礎科学のみならず、幅広い分野の企業の研究開発においてもセレンディピティが成功の
カギであるという考え方は、日本企業に特徴的なものではないかと、榊原は指摘している。
日本企業におけるプロジェクト・マネジメントの特筆すべき特徴は、経験豊富な熟達し
た「目利き」の存在が多くの場合に強調されるということと、粘り強く執念を持って研究開
発に取り組むことが重要だという強い信念があることである。仮にそうした目利きがいて、
粘り強く執念を持って取り組むならば、いずれ幸運が訪れるという考え方が、日本企業の
プロジェクト・マネジメントに通底している。日本企業のマネジメントは、目利きという
属人的要素と、粘り強い取り組みを強調する一定の価値あるいは組織文化と、やがて良い
ことが起きるという偶発性への期待(一種の楽観主義)という、要素を強調している。
図表 1-4 プロジェクト・マネジメントの全般的特徴(主なキーワードによる日米対比)
日本企業
米国企業
少産少死
多産多死
プロセス志向
目的志向
人格的
非人格的
“目利き”
ステージゲート法
セレンディピティ
計算合理性
社内資源重視(NIH)
外部資源重視
ストロー型パイプライン
漏斗型パイプライン
出所:榊原(2005)8 を一部筆者が修正
もう一つ榊原が指摘しているのは、事業化された個々の事業が個別的・断片的で、結果と
してのドメイン全体が有機的なまとまりに欠けるという問題である。
プロジェクトを個別に成り立たせようとして、それこそ身をよじってでも事業化に結び
つけようと粘った結果、何とか事業化に成功する場合がある。文字通り執念の勝利である。
しかしこれは事業個別の勝利であるに過ぎない。紆余曲折を経て事業化された個々の事業
を横に並べ、その全体を鳥瞰すると、成功事業は相互にバラバラで、全体としての事業ド
77
商品開発における課題解決のために多くの欧米企業で導入され開発期間短縮や開発費削減などの効果を出
している、絞込みを基本とする管理手法。原吉伸(2005)
『MOT ステージゲート法 商品開発における意思
決定プロセスの体系化』日科技連出版社などに詳しい。
78 ロイストン・ロバーツ(1993)
『セレンディピティー――思いがけない発見・発明のドラマ』化学同人(安藤
喬志訳)
48
メインがまとまりに欠けるという戦略上の問題が起きやすい。
属人性や偶発性を強調する組織文化においては、こういった分散傾向は生じやすいと考
えられる。これらの指摘は、ここまで議論してきた先行研究の、個人や創発性への期待と
符合している面がある。創発性を主とした新事業へのアプローチでは、次なる柱となりう
る新事業を構築することは困難と言える。
そこで本研究では、大企業の新たな柱となりうる事業ポテンシャルの大きな新事業を対
象とする。その中で、戦略的タイプとしては、自然発生的な幸運に依存するものではなく、
戦略的な経営の意志に依存する新事業を中心とすることになる。
49
第3節
OR に関する先行研究
ORは、新事業における鍵として、重視されており、研究テーマとして注目を集めるに至
っている。ORとは何か、そして本研究の課題に対してどういう意味を持つのかについて理
解する必要がある。また、先行研究のレビューを通して、仮説の構築を試みる。
1.OR の定義とORに関する先行研究
(1)ORの定義
Bygrave and Hofer(1991)43は、起業家を「事業機会(opportunity)を認識し、それ
を実行する組織を創る者」と定義している。Shane(2003)44は、起業的な事業機会
(entrepreneurial opportunity)を、「利益を生み出すと起業家が信じる、資源の再結合
の新たな目的と手段のフレームワークを創造することが出来る状況」と定義している。
Christensen et al.(1990)28は、OR(Opportunity Recognition)とは、新たな利益のポ
テンシャルを創出するための、新事業を創造する、あるいは既存事業のポジションを著し
く改善する可能性をとらえること、としている。
なお、Shaneは、事業機会は、必ずしも利益があがるものではなく、期待値は大きく異
なるかもしれない、と強調している。事業機会を最後の探求という賭けとしてみた場合、
その価値を言うことは難しいのである。事業機会が、検証できるようなもの、あるいは既
存のものであれば、探求する前に分かるはずである (Gaglio & Katz, 2001; Singh, 2001)
7980。さらに言えば、
(儲かる可能性のある)事業機会であると認識した場合にだけ、起
業家は事業機会に対して行動をとるのである。
Venkataraman and Sarasvathy(2001)46は、起業家精神(entrepreneurship)を、起
業家的な行動がある以前には存在していなかった商品やサービスの市場を創造するために、
人の熱い思いをもって、想像力からのいくつかの成果を結合(matching)すること、と述
べ、事業機会の認識は、需要と供給、そして両者をつなぐ手段を結合することを伴うとし
ている。
また、起業家精神と新事業研究の領域での事業機会(opportunity)の定義は、上記のよ
うになるが、opportunity recognitionについては、まだ定義は、十分に確立しているわけ
ではない。背景には、研究者の間で、generation(創造)、search(探索)、identification
(識別)、development(開発)など、recognition以外の様々な言葉が使用されてきたと
いう経緯と実情がある。しかし近年は、Babson Entrepreneurial Research Conferenceや
UIC Research Symposium on Marketing and Entrepreneurshipなどの主要学会では、セ
クション名をはじめとして基本的にOpportunity Recognitionで統一されている。
Gaglio, C. M., & Katz, J. A. (2001). "The Psychological Basis of Opportunity Identification:
Entrepreneurial Alertness," Journal of Small Business Economics, 16, 95-111.
80 Singh, R. P. (2001), "A Comment on Developing the Field of Entrepreneurship through the Study of
Opportunity Recognition and Exploitation," Academy of Management Review, 26(1), 10-12.
79
50
(2) OR研究の重要性
事業機会(opportunity)は、起業家的活動における中心である。Stevenson and
Jarillo-Mossi(1986)81は、起業家精神を、資源を組み合わせ、事業機会を開発すること
により、価値を創造するプロセスとしてみている。ORは、起業家精神(entrepreneurship)
プロセスにおける決定的なステップである(Christensen, Madsen, & Peterson, 1994;
Hills, 1995)82。事業機会がなければ、起業家精神はない。さらに、新事業の適切な事業
機会を見出し選択することは、成功する起業家に最も重要な能力である (Stevenson
1991)83。
研究者は、事業機会を見出すことが起業家精神における重要な部分だと認識している
(Ardichvili, Cardozo & Ray, 2003; Gaglio & Katz, 2001; Shane & Venkataraman,
2000)84。事業機会の発見と開発について説明することは、起業家精神研究
(entrepreneurship research)における鍵であり (Venkataraman, 1997)85、ORは、
起業業家精神の分野で中心となる特質であると検証された (Shane & Venkataraman,
2000)27。ORプロセスの探求に取り組むことは、起業家精神現象のより深い理解を獲得す
るために重要である (Venkataraman 1997)。
Gaglio and Katz(2001)77は、事業機会の特定プロセスを理解することは、起業家精神
の分野で核となる知的課題であると述べている。Shane and Venkataraman(2000)は、
起業家精神研究の根本的な課題の一つが、「どのように、誰が、どういう効果で、将来の
商品(財)やサービスを創造する事業機会を発見し探求するのか」という課題であると述
べている。
しかし、最近まで、この面については、文献においてごく僅かな注目しかされてこなか
った。事業機会の評価についての学術的研究は数多くあるが、ORについての研究はごく近
年始まったに過ぎない(Hills 1995)29。また、理論的な研究が多く、実証研究は取り組ま
れ始めたばかりである。
この数年、ORは、研究者の注目を集めてきた。事業機会を認識することについては、日
増しに起業家精神研究における中心的な重要テーマとしてみられるようになってきた
(Shane and Venkataraman, 2000)。この十年前後、事業機会の創造についての関心は
81
Stevenson, H. H. and J. C. Jarillo-Mossi (1986), "Preserving Entrepreneurship as Companies Grow,"
Journal of Business Strategy, 7, 10-23.
Christensen, P. S., O. O. Madsen, and R. Peterson (1994), “Conceptualizing Entrepreneurial
Opportunity Recognition,” in G. E. Hills (ed.) Marketing and Entrepreneurship: Research Ideas and
Opportunities (pp. 61-75). Westport, CT: Quorum Books.
83 Stevenson, H. H., Roberts, M.J. and Grousbeck, H.I. (1985), New Business Ventures and the
Entrepreneur. Homewood, IL: Irwin.
84 Ardichvili, A., Cardozo, R, and Ray, S. (2003), "A theory of entrepreneurial opportunity identification
and development." Journal of Business Venturing. 18(1) 105-123.
85 Venkataraman, S. (1997), "The Distinctive Domain of Entrepreneurship Research: An Editor's
Perspective," in Advances in Entrepreneurship, Firm Emergence, and Growth, J. Katz and R. Brockhaus,
eds. JAI Press.
82
51
年々高くなり、いくつもの本分野の研究が出されてきた。ORは、起業家精神研究において
大きな注目を浴びているテーマである。
関心が高まるにつれ、コンセプトとしての事業機会の定義の探求 (Gartner, Carter, &
Hills, 2003)86、事業機会の創造プロセスの探求 (Corbett, 2002; Craig & Lindsay, 2001;
Shepherd & Levesque, 2002)878889、事業機会の探索プロセス(Samuelsson, 2001)90、
事業機会コンセプトの起業家精神研究における価値(Eckhardt & Shane, 2003; Kirzner,
1997)9192などの研究がなされてきた。
しかし、ORプロセスは、順序だててあるいは完全に解き明かされていることは、ほとん
どない(Nelson 1987)93。この分野への重要性にもかかわらず、研究はまだ不足している。
Gaglio(1997)による、事業機会に関する文献の広範なレビューによると、OR関係の研
究の大多数は理論的なものにとどまっているのが実情であり、実証的な研究が欠乏してい
ると指摘されている。1997年以来、より実証的な研究がされるようになったが、認識力、
学習または知識などに関するコンセプトについて検討した研究は不足している85。
なお、これまではベンチャー企業と起業家がOR研究の中心であり、大企業に関するもの
はわずかである。
OR研究は重要であると認められながら、まだまだ不足している。ORは事業開始前の早
期になされるため、研究が容易でなかったことも背景にあるであろう。また、起業家のキ
ャリア全般、あるいは企業の寿命の続く限りORは、その実態をとらえることが容易ではな
い。しかしながら、その重要性に加え、研究の空白領域を埋めていく意義は大きいと考え
られる。
(3) 日本におけるOR研究
1997 年に宮城大学は事業構想学部を創設している。宮城大学事業構想学研究会 (2003)
30 は、「事業構想学」とは、事業の着想・計画・実現・運営の諸過程を研究対象とする学際的
かつ総合的な経験科学の一分野と定義している。「事業構想」とは、事業の着想から計画、
運営に至るプロセスであり、それを研究対象にするのが事業構想学である。事業が遂行さ
Gartner, W. B., Carter, N. M., & Hills, G. E. (2003), "The Language of Opportunity," in C. Steyaert & D.
Hjort (Eds.), New Movements in Entrepreneurship, Cheltenham, UK: Edward Elgar.
87 Corbett, A. C. (2002), "Recognizing High-Tech Opportunities: A Learning and Cognitive Approach," in
Frontiers of Entrepreneurship Research (pp. 49-60). Wellesley, Mass.: Babson College.
88 Craig, J. and Lindsay, N. (2001). "Quantifying 'Gut Feeling' in the Opportunity Recognition Process," in
Frontiers of Entrepreneurship Research (pp. 124-137). Wellesley, Mass.: Babson College.
89 Shepherd, D. A., & Levesque, M. (2002), "A Search Strategy for Assessing a Business Opportunity,"
IEEE Transactions on Engineering Management, 49(2), 140-154.
90 Samuelsson, M. (2001). "Modeling the Nascent Venture Opportunity Exploitation Process across Time".
In Frontiers of Entrepreneurship Research (pp. 66-79). Wellesley, Mass.: Babson College.
91 Eckhardt, J. T., and Shane, S. A. (2003), "Opportunities and Entrepreneurship." Journal of
Management, 29(3), 333-349.
92 Kirzner, I. (1997), “Entrepreneurial discovery and the competitive market process: An Austrian
approach,” Journal of Economic Literature, 35, 60-85.
93 Nelson, R. (1987), "Capitalism as an Engine of Progress," Columbia University Working Paper.
86
52
れる過程を細分化すると、①事業の着想―②事業のコンセプト―③事業計画(ビジネスモデ
ル)―④事業評価―⑤経営資源(ヒト、カネ)の調達―⑥事業の実施、となる。このうち、
第 3 段階の事業計画までを「狭義の事業構想」とし、第 4 段階の事業評価までを「広義の
事業構想」ととらえている。
①事業の着想―②事業のコンセプトについては、OR との共通性を感じるが、より具体的
には、自己表現力の開発や発想法、マクロな分析による産業の方向性の検討などを主とし
ており、具体的な事業機会をどう見出し特定するかという OR とは、視点が異なっている。
また、京都学園大学の井形・梅木(2004)94が、同じく事業構想という概念を提唱して
いる。井形らは、事業構想とは、ビジネスチャンスを現実の事業とするために、どのよう
な構成要件との組み合わせを考えていくべきか、経営基盤を確立するうえで構成要件相互
の適合性をどのように導き出していくのか、といった成功の条件を検証するものである、
と定義している。成功可能性の高いビジネスチャンスを選択し、アントレプレナー自らが
思い浮かべる企業像を真っ白なキャンパスに思い通りに描き出すという、文字通り「ビジネ
スをデザインする」こととも述べている。事業構想は、過去の条件に捉われることなく新た
なビジネスプランを策定することであり、プラン自体の内容にも増して策定のプロセスが
重要な意味を持つ、としている。
ここには、ORの視点からは、一つの矛盾をはらんでいる。真っ白なキャンパスに、一か
らビジネスをデザインするという点では、ORと共通性が感じられる。しかし、ビジネスチ
ャンスの実行のために、起業家の資質や経営資源の調達、などの各事業要素の適合性を含
めて検証することが事業構想としており、ORの後の工程のことを述べている。実際、井形
らは、起業機会に対する認識を事業構想の一部として記している。
すなわち、上記の二つの先行研究は、米国を中心に1990年代半ばから盛んになってきた
OR(事業機会の特定)研究とは、性質を異にするものであり、日本おいては、まだORが
扱われた研究例は見い出すことが難しいのが実情である。
(4) 周辺研究との位置づけ:大企業新事業
ORは、これまでの大企業の新事業の研究において、どう位置づけられるのか。特に、新
事業のプロセスにおけるORの役割は、またORに相当する部分に関わる研究はどうなのか、
ORの周辺領域へと視点を広げて先行研究をレビューしたい。
Block and MacMillan(1993)56は、大企業の新事業活動についての一般的なプロセス
を以下のように示している。なお、各ステージは必ずしもこの順序どおりには進まないと
している。
① 新事業活動の基礎条件の設定
新事業のアイデアを生み出す条件づくりに努め、新事業活動の管理プロセスを設計す
る。
94
井形浩治・梅木晃・堀池敏男・大石友子(2004)『事業構想と経営』嵯峨野書院
53
② 新事業の選択
事業機会(すなわちアイデアまたはニーズ)を明確にし、実行可能か、やってみる価
値があるかを決めるため、審査し選別する。新事業計画を推進するために、経営担当
者を選任する。
③ 新事業の計画策定、組織編制、スタート
選択した新事業の組織内の位置づけの決定、事業計画の立案、必要資源(ヒト、カネ、
工場、設備)の確保の後、事業をスタートする。
④ 新事業の観察および管理
新事業そのものの毎日の経営およびそれに伴うリスクとともに、新事業活動プロセス
全般を観察し、管理する。
⑤ 新事業の防衛
組織の永続的活動の一環として新たな集団が生まれ、独立組織として設立されたから
には、担当経営陣は生き残りと社内政治力学への対応策を習得する。
⑥ 経験からの学習
新事業活動の経験に関する情報収集と検証を行い、個別の新事業についても新事業活
動プロセス全般についても一層効果的な管理の習得に努める。
このプロセスに沿ってみると、OR は、新事業の選択、そして新事業活動の基礎条件の
設定の一部に相当する。
Block and MacMillan(1993)は、OR に相当あるいは関わる部分についても、若干で
はあるが言及している。新事業の選択については、以下のように論じている。
全体的な方向性と参入分野を定めた上で、自社のビジョン・戦略・目標と策定した案件が
適合するビジネスチャンスを探索する手順に従えば、実施可能な企画は増加し、選別作業
の効率は向上する。ビジネスチャンスの探索に必要なことは、質の高い案件を次々と誕生
させること、さまざまな情報の調査に精通し、新規事業の可能性の手がかりを経営首脳陣
に提供すること、である。
その実践のために重要なことは、創造力のある人材の採用、教育、定着を図ること、そ
して組織の目標を明確にすること、である。
また、次々と事業案件を生むための重要な要素は、社員自身と社員が受ける教育訓練の
二つである。これらを改善するには、創造的行動は報われるのか、無視されるのか、それ
とも処罰されるのかといった、自社の業績評価制度や給与制度を調査することである。ま
た、イノベーションの証拠は業績評価作業の中で日常的に考慮されているか、マネジャー
は担当事業部でのイノベーションを刺激する努力が評価されるか、などである。情報を提
供し、能力を向上させ、ビジネスチャンスを探そうという姿勢を持たせる教育がもっとも
役立つという企業は多い、としている。
OR 自体については、ビジネスチャンスは、自社内、参入している産業や市場、それら
を取り巻く外部環境での探索が可能であり、ビジネスチャンスの源泉を熟知するか、ある
いは新規事業の可能性を探索することを学ぶか、は企業しだいである、としている。
必要は多くの発明の母であり、もっとも実行可能なビジネスチャンスはその源泉に関係
54
なく、問題点、ニーズおよび変化から出現する。したがって、広く社内の問題点、ニーズ、
変化に気付くことが先決である、と指摘している。
このように、組織や、人材、リーダーシップを中心に論じており、どう OR に取り組め
ばよいのか、その機能や活動面については、あまり詳しくは触れていない。本研究は、大
企業の新事業についての米国の研究の中では、最もよく OR に触れられている一つである
が、まだ掘り下げる余地は十分あると言える。
(5) 周辺研究との位置づけ:イノベーション
欧州の研究で示唆深いものに、イノベーションのファジー・フロントエンドという概念を
使用している Tschirky et al.(2003)10 の研究がある。ファジー・フロントエンドとは、
社内外の情報基盤の統合からアイデアが生み出されるような段階としている。なお、ファ
ジー・フロントエンドについては、新製品開発や大企業新事業関係の研究者から、1990 年
代にも提唱されている概念
24 である。アイデアが生まれ商業化・事業化されていく前工程
は、ファジーなプロセスであり、重要であるが捉えにくいという意味である。
ファジー・フロントエンドのシステムの例は図表 1-5 のようになる。このシステムは幾
つかの要素から構成されている。イノベーションの初期段階のプロセスは厳密には“イノベ
ーション・ニーズの決定”、“アイデアの創出・収集”、“アイデアの評価・選択”、“プロジェク
トの形成”というサブタスクで構成されており、これらのプロセスは反復されながら実行さ
れている。
“イノベーション・ニーズの決定”段階では、マーケット・インテリジェンス(戦略情報)
およびテクノロジー・インテリジェンスの結果を結合し、それを組織の知識基盤(ナレッジ
ベース)に保存する。この知識基盤は企業のコンピタンスに関する知識と組み合わせたう
えで構築され、それをもとに、目的指向型のアイデアが開発できる。この知識基盤は例え
ば、参加型のステアリング・プロセスで重点的に運用することによって、技術と市場に関し
て集められたインテリジェンス情報や、創出され伝達されたアイデアを活用することがで
きる。
イノベーションの初期段階における各タスクの詳細な内容や取り扱いについては、当然
のことながら企業文化、事業戦略、公式/非公式な体制、資源配分等、様々な要素に左右
される。したがってイノベーションの初期段階のマネジメントでは、内部(戦略、資源な
ど)と外部(テクノロジーおよびマーケット・インテリジェンス)の知識基盤の統合を可能
にし、最適条件を定義していくことが必要となる。
ORと同様に前工程に着目しており、示唆に富んではいるが、イノベーション全般を対象
としていることもあり、大企業の柱創造型の新事業にはそのまま適用することは難しい。
多数のシーズからスクリーニングし、選択していく形ならよいかもしれないが、新たな結
合を創造するというタスクがみえ難いモデルである。
55
図表 1-5 イノベーションのファジー・フロントエンド
技術情報
テクノロジー・インテリジェンス
企業の戦略と
資源に関する
情報
イノベーション・
ニーズの決定
アイデアの
創出・収集
アイデアの
評価・選択
プロジェクト
の形成
プロジェクトの
構成
市場情報
マーケット・インテリジェンス
出所:Savioz (2002)95
(6)本研究の位置づけ
OR研究は、本節(2)OR研究の重要性で述べたように、近年その重要性が認められなが
らも、まだその数は少ない。
経営学において、ORをテーマとした研究はまだ数少ない。Koller(1988)96は、製品開
発に関する先行研究は多数あるが、ORについての研究は非常に少ないと述べている。
Buzenitz et. al(forthcoming)97は、1985-2000年にトップクラスのマネジメント・ジャ
ーナルに掲載されたORをテーマとした論文は、わずか一編に過ぎないと指摘している。
そして、起業家精神(entrepreneurship)研究の中でも、OR研究はまだ少数に留まって
いる。Hills and Singh(1998)98が指摘するように、1990年代においても、起業家精神研
究ではOR以外の面に注力されてきた。
この様に OR 研究がなかなか進まない理由について、Teach et. al(1989)は、OR の
stochastic(ランダムに発生する)な性質、そして容易に特徴を表すことができないことを、
挙げている。起業家精神/新事業の中で、OR はあいまいな前工程に位置し、なかなか研
究しにくいという問題が背景にあると考えられる。
OR 研究の内容をみると、まだコンセプトや理論の構築を図ったものが多数を占めてい
Savioz, P. (2002), Technology Intelligence in Technology-based SMEs, Zurich, Dissertation ETH Nr.
14646.
96 Koller, R.H. (1988), “On the Source of Entrepreneurial Ideas,” Frontiers of Entrepreneurial Research,
Boston: Babson College, 194-207.
97 Buzenitz, L., West, G.P., Shepherd, D., Nelson, T., Chandler, G., and Zacharakis, A. (forthcoming).
“Entrepreneurship Research in Emergence: Past Trends and Future Opportunities,” Journal of
95
98
Management.
Hills, G.E. and Singh, R.P. (1998), “Opportunity Recognition: A Survey of High Performing and
Representative Entrepreneurs,” Research at the Marketing/Entrepreneurship Interface , Chicago:
AMA/UIC, 249-268.
56
選択された
プロジェクト
る。Gaglio(1997)99は、実証研究が不足していると指摘している。さらに、OR プロセス
については、その傾向が顕著である。Chandler et al.(2003)100は、OR プロセスについ
ての研究は比較的未熟であり、既存の文献は概念的と指摘している。
しかも、OR についての先行研究のほとんどはベンチャー企業つまり起業家個人を対象
としており、大企業を対象としたものは極わずかである。大企業を対象とした研究も大企
業マネジャー個人を対象としたものが主であり、起業家個人との比較を目的としているも
のが多い。Kaish and Gillad(1991)101は、起業家と大企業マネジャーの OR 行動を比較
したが、起業家の方が就業時間以外により多くの時間を OR に使うといった結果を得てい
る。Zietsma(1999)102は、ハイテク分野の起業家と大企業マネジャーを比較し、OR で
なく、自信、リスクへの配慮、新事業へのコミットメントの違いがあるという結論を導き
出している。これは、考えようによっては当たり前であり、このような個人の行動の違い
を背景にしつつ、組織としての OR がどうなっているのか、どうあるべきかを検討するこ
とが大切である。
大企業組織を対象とした研究には、イノベーションや技術革新、製品開発をテーマとし、
その中の一部として OR を組み入れたものはあるが、OR を主眼とした先行研究は見当た
らない。
これら大企業 OR についての実証研究は、起業家個人との比較のために質問表によるア
ンケート調査を行ったものはあるが、組織としての取り組みについてのアンケートによる
調査は現実的には困難であり、方法としてはインタビュー調査による事例研究に頼ってい
る。
したがって、本研究は、
・ 重要と認められているにもかかわらず、OR 研究は少ない
・ OR 研究の中でも、実証研究は乏しく、OR プロセスについてはさらに顕著
・ 大企業を対象とした研究は、製品開発やイノベーションの一部に OR が組み入れられた
ものがあるが、事業機会としての OR として捉えられているわけではなく、スコープが
狭い。
・ 大企業を対象とした OR 研究は非常に少なく、個人でなく組織を対象としたものはさら
に欠乏している
・ 大企業組織の OR 研究はインタビュー調査に頼らざるを得ず、事例研究はまだ数少ない
といった現状に対して貢献するものであり、その意義は大きいと考えられる。
2.ベンチャー企業でのORプロセス
Gaglio, C.M. (1997), “Opportunity identification: Review, critique, and suggested research directions,” in
J. Katz (Ed.) Advances in entrepreneurship, firm, emergence, and growth. Greenwich, CT: JAI Press.
100 Chandler, G.N, DeTienne, D. and Lyon, D.W. (2003), “Outicome Implications of Opportunity
Creation/Discovery Process,” presented at Babson Entrepreneurial Research Conference.
101 Kaish, S and Gillad, B.(1991), “Characteristics of Opportunities Search of Entrepreneurs versus
Executive Sources, Interests, General Alertness,” Journal of Business Venturing, 6, 45-61.
102 Zietsma, C. (1999), “Opportunity Knocks – or Does it Hide? An Examination of the role of Opportunity
Recognition in Entrepreneurship,” Frontiers of Entrepreneurship Research, MA: Babson College,
242-256.
99
57
ベンチャー企業/起業家のORプロセスの研究についてレビューし、本研究への示唆を得
る。
(1) ORの実際
新事業のフロントエンドであるORは実際にはどのようになされているのであろうか。
Teach et al.(1989)103の研究は、ソフトウェア分野の起業家のORについて、4つのタイ
プを導き出している。思慮深い探索のためにきちんと宿題をこなす探究心のあるタイプ、
正式な計画作成と評価を行う慎重で保守的なタイプ、自身のアイデアでそのまま製品をつ
くってしまう安易なタイプ、製品開発は偶然のたまものだとして正式な計画を軽視する荒
っぽいタイプである。
Bhave(1994)104は、起業家のORは次の二つに大別されるとしている。外的刺激型は、
いくつもある事業機会の候補から選択し、アイデアを練りに練って、事業機会を洗練して
いく。内的刺激型の起業家は、問題解決や顧客ニーズに応えていく中で、事業機会を見出
し、その後に起業している、という。
このように、ORには多様なやり方があるのが実状である。しかし、ひらめいて直ちに事
業を始めるような極めて安易な場合を除き、ORは瞬間ではなく段階を経ると考えられてい
る。
事業機会は、形無きまま生まれ、時を経るにつれ開発されていく。事業機会は、シンプ
ルな概念として始まって、起業家によって開発されるにしたがって、さらに練られたもの
になっていくとも考えられる(Ardichvili, Cardozo, & Ray, 2001)105。 事業機会の探知
のプロセスは、形成と転換のプロセスということができる。そして、変化はその基本的な
一部である(Hench & Sandberg, 2000)106。
したがって、事業機会は、創造と開発のプロセスと説明することができる。また、どう
いう経緯でアイデアにたどり着いたかを問わず、事業機会の練りこみや開発が重要である
ことに変わりはない。
事業機会については、特定される事業機会の適切さと質が問題となる。「よいアイデア」
を実行可能な事業機会に形成しなければならないのである(Lumpkin, Hills and Shrader
2001)107。ほとんどの成功した起業家は、実行に移る前に、不確実性と認識されるリスク
Teach, R.D., Schwartz, R.G. and Tarpley, F.A. (1989), “The recognition and exploitation of opportunities
in the software industry,” Frontiers of Entrepreneurial Research: 383-397, Babson College.
104 Bhave, M. P. (1994), "A Process Model of Entrepreneurial Venture Creation," Journal of Business
Venturing, 9, 223-242.
105 Ardichvili, A., Cardozo R. and Ray S. (2001), "A Theory of Entrepreneurial Opportunity Identification
and Development," in Proceedings of UIC Research Symposium on Marketing and Entrepreneurship,
274-294.
106 Hench, T. J., & Sandberg, W. R. (2000). "'As the Fog Cleared, Something Changed' Opportunity
Recognition as a Dynamic, Self-Organizing Process," Paper presented at the Babson-Kauffman
Entrepreneurship Research Conference, Babson College, Wellesley, Mass., 8-10 June.
107 Lumpkin, G.T., Hills, G.E. and Shrader, R.C. (2001), "Opportunity Recognition", CEAE White Paper.
103
58
を低減させるために、新しいベンチャーを十分よく理解するための努力をしている
(Timmons 1994)108。よりじっくりとアイデアを評価する起業家は、評価に時間をかけ
ない起業家よりも、着手する事業の数は少ないかもしれないが、評価して始めた事業は、
評価なしで始められたものよりうまくいく傾向がある。また、多くのベンチャー企業の失
敗において共通しているのは、アイデアからビジネスコンセプトへと形作る作業が不十分
であったという点であるとの指摘もされている(Honjo 2003)109。
(2) 無意識と意識的
事業機会についての研究における議論に次の二つがある(Gaglio & Katz, 2001)79。事業
機会がセレンディピティか思慮深い探求の結果であるか、また、事業機会が客観的に発見
されているか、または主観的に創造されているか、というものである。
Drucker(1998)110は、ほとんどのイノベーションは、事業機会に対しての、意識した
上での目的を持った探索から生じると主張している。
一方で、一部の研究者は、事業機会探求のベースとなる理論上の基礎は、新古典主義経
済に見出すことができると主張している。Caplan(1999)111は、探求についてMarch and
Simon(1958)112が経営学に取り入れたStigler(1952)113の新古典主義経済アプローチを、
これに当てはめてまとめている。この見解によると、事業機会の探知は、競争している代
替手段が捜し出され、評価される合理的でうまく行っている探求プロセスの結果としてい
る。Savage(1954)114の期待効用理論は、探求がいつ起こりそうであるかを特定する。
探求プロセスとは対照的に、Kirzner(1997)92は、ほとんどの事業機会は、思いがけな
い事情を通して発見されると提案している。Kirznerの見方では、新しい製品/サービスと
市場がどう反応するかに関して、新古典主義の完全な知識の仮定を、無知の仮定に取り替
えている。このオーストリア経済学派的な見方は、偶発的なORというものである。事業機
会は事前に知ることができないゆえ、どういう情報が必要か、何を見つけようとしている
のか分からずに、探索はできないという論理である。
Kirzner(1997)は、成功した探求と発見の違いは、発見は、実際にすでに利用可能な
ものを見落としていたと気がついたいう驚きを伴うが、探求はそうではない、と述べてい
る。ORの能力は、技術と市場に関しての、個人のユニークな知識に依存する。個人は全知
全能ではないため、どんな才能のある個人もすべての起業家的な事業機会を特定すること
ができるわけではない。これは、ある成功した探求のプロセスから多くの発見が生じるわ
Timmons, J.A. (1994), "New Venture Creation, 4th Edition. Homewood, IL: Irwin.
Honjo, S. (2003), “Initial Marketing Mistakes and Business Failure,” presented at UIC Research
Symposium on Marketing and Entrepreneurship (August 14 - 15)
110 Drucker, P. F. (1998), “The Discipline of Innovation,” Harvard Business Review Nov./Dec., 149-157.
111 Caplan, B. (1999),” The Austrian search for realistic foundations,” Southern Economic Journal, 65(4),
823-838.
112 March, J. G. & Simon, H. W. (1958), Organizations, New York: John Wiley..
113 Stigler, G. J. (1952), The theory of price, New York: Macmillan.
114 Savage, L. (1954), The foundation of statistics, New York: John Wiley.
108
109
59
けではないという結論につながり、起業家が探索中ではないときに、自らのユニークな知
識ベースに基づいて、むしろいくらか偶然に発見を可能にすると考えることができる(Fiet,
1996; Shane, 2000)115。Kirzner的な視点は、相対的な頻度か誤差学習モデルを含むよう
な定理を通してでは、将来の事業機会を発見できそうにはない、というものである。
しかし、この議論は、現実に行われているORの理解の面や、ORそのものを明確にでき
ないという面が、問題であると言える。
Bhave(1994)104は、ベンチャー企業の創造につながる数々のイベントの鍵となる初期
の段階であるORを含むベンチャー創造プロセスを提案している。自由形式の面接インタビ
ューの手法を用いて、ベンチャー創造プロセスをよりよく理解するために、コンピュータ
サービスなどハイテクを含む27の会社について調査した。調査では、ビジネスコンセプト
が特定される前にしばしば行われるスクリーニングと練りこみについても注意が払われた。
Bhaveは、ビジネスコンセプトのことを、完全に洗練された事業機会(opportunity)と
定義している。この研究は、ORが独立した直線的なプロセスでは起こらないとしている。
むしろ、一つの正式なビジネスコンセプトが選定される前に、さまざまな事業機会が検討
され、「ぐつぐつ煮る」効果が生じる。事業機会を選択する前に時間をかけていくつもの
事業機会を検討するという考え方は、このORプロセスの重要な特徴である。
また、アイデアを起業家的事業機会へと発展させるには、頻繁な変更を必要とするかも
しれない。事業機会のタイプ、環境、および起業家により、アイデアを事業機会に発展さ
せるために必要とされる開発のステップにかかる期間は異なってくる。
起業家によっては、アイデアと事業機会の特定は同時であるかもしれないが、またある
起業家にとっては、新しいベンチャーのアイデアから事業機会を特定するまで何日も何週
間も、あるいは何年もかかることがある(Singh, 2000)116。
このように、意図した探求か、それとも偶発的なORか、意見は分かれるところである。
しかし、いずれにしても、着想から事業化の間に、ビジネスコンセプトを練るステップが
存在すると言えよう。このステップが1日なのか1年なのか期間は様々であろうが、重要
な作業である。
(3)ORを促進する要素
新結合はイノベーションのキーワードであるが、ORにおいて情報・知識の組み合わせは
重要である。Shane (2000)117は、事前知識の重要性を指摘することによって、起業家的
OR研究への重要な貢献をした。Shane and Venkataraman (2000)は、ORのパズルを
解決するのは、個人の事前知識と情報を認識的に処理する能力次第であると述べた。
Fiet, J. (1996),” The informational basis of entrepreneurial discovery,” Small Business Economics, 8,
419-430.
116 Singh, R. P. (2000), Entrepreneurial Opportunity Recognition through Social Networks, New York:
Garland Publishing.
117 Shane, S. (2000), "Prior Knowledge and Recognition of Entrepreneurial Opportunities," Organization
Science, 11(4): 448-469.
115
60
これと関連して、起業家の結合についての思考能力、特に起業家が情報マトリクスを合
成する能力が、抜け目無く狙っている姿勢(alertness)と事業機会の発見との間をとりも
つ重要な役割を果たすことを示している(Koestler, 1976; Smith & Di Gregorio, 2002)
118119という指摘がある。言い換えれば、狙っている姿勢は、起業家の結合についての思考
能力の機能性を上昇させ、事業機会の発見の可能性を最終的に増加させる知識ベースを形
成するということである。
Ko and Butler(2004)120は、ハイテク起業家を調査し、より数多くの事業機会を発見
する人とそうでない人がいるのは、何故なのかを検討した。
ハイテク企業については、特に、変化の激しい、より高い水準の研究開発や革新的な製
品への投資を行う企業という定義(Reeble 1990)121や、以前の技術を時代遅れにした科学
技術を樹立した企業といった定義がある(Shanklin and Ryans 1984)122。
これらから解釈すると、ハイテク企業は、高速の変化と不確実性にさらされていると考え
られる。Eisenhardt and Martin (2000)123によれば、ダイナミズムが市場の高速性と不
確実性をもたらしているとしている。また、ハイテク業界は、高いレベルの情報非対称性
と不確実性が特徴であり、この特徴は起業家的事業機会の発見につながりやすい、と指摘
されている(West & Meyer, 1997)124。
このように、ハイテク起業家は、新たな事業機会を見出す必要性のプレッシャーに直面
している(Zaheer & Zaheer, 1997)125。Ko and Butler(2004) の研究によれば、そう
いった厳しい事業環境の下で、よりORを数多く実践している起業家はそうでない起業家と
比べ、より異なる別々の要素を結合させる(bisociation118)という思考により、事前の知
識を生かしているとしている。ORプロセスを理解する鍵は、個人の前から持つ知識と情報
を認知して処理する能力の研究にあるという提案 (Shane & Venkataraman 2000)とも
符合している。デジタルネットワーク分野においても、同様の傾向がみられると推察され
る。
(4)ORプロセス
118
119
120
121
122
123
124
125
Koestler, A. (1976), The Act of Creation, London: Hutchinson
Smith, K. G., & D. Di Gregorio (2002), "Bisociation, Recognition, and The Role of Entrepreneurial
Action," in Strategic Entrepreneurship -- Creating a New Mindset, eds. M. A. Hitt, R. D. Ireland, S. M.
Camp, & D. L. Sexton, 129-150. UK: Blackwell.
Ko, S. and Butler, J.E. (2004), “Bisociation: The Missing Link Between Prior Knowledge and
Recognition of Entrepreneurial Opportunities in Asian Technology-Based Firms,” Frontiers of
Entrepreneurship Research. Wellesley, Mass.: Babson College.
Reeble, D. (1990), “High Technology Industry.” Geography, 75: 361-364.
Shanklin, W. L., & J. K. Ryans. (1984) “Organizing for High-Tech Marketing.” Harvard Business
Review, 62(6): 164-171.
Eisenhardt, K. M. and Martin, J. A. (2000), “Dynamic Capabilities: What are they?” Strategic
Management Journal 21(10-11): 1105-1121.
West, P. G., & G. D. Meyer. (1997), "Temporal Dimensions of Opportunistic Change in
Technology-Based Ventures," Entrepreneurship Theory and Practice, 22(2): 31-52.
Zaheer, A. and S. Zaheer (1997), "Catching The Wave: Alertness, Responsiveness, and Market
Influence in Global Electronic Networks," Management Science, 43(11): 1493-1509.
61
ベンチャー企業ORプロセスに関する先行研究をレビューする。
OR研究における一つの大きな領域が、ORを、複数のステージからなる、しばしば複雑
なプロセスとしてとらえようというものである。いくつか代表的なものをあげてみたい。
① Long and McMullan(1984)126:ビジョンの事前段階、ビジョンへの到達(point
of vision)、事業機会の洗練、推進への意思決定、の 4 つのステージからなる OR
プロセスを提唱。ビジョンの事前段階(pre-vision)は、事業環境や自らの気づき
など、コントロールできない要素にも左右されるとしている。ビジョンへの到達は、
ひらめき(“aha” experience)を含む。事業機会の洗練では、障害を克服し実行へ
向けて考え準備する。
② de Koning(1999)127:次の 3 つの作業を異なる作業を経る OR プロセスを述べて
いる。1)市場のニーズ、そして/または、十分に使われていない資源を、把握また
は知覚する、2)特定の市場と具体的な資源の適した組み合わせを見出す、3)別々
のニーズと資源の間の新しい結合を創造し、ビジネスコンセプトの形にする。コン
セプトの前段階では、特定の目的を設定しない情報収集や気づきも重視するが、コ
ンセプトづくりでは、ヒアリングや資源のアセスメントを実施する。
③ Singh, Hills, and Lumpkin(2000)128:初期の新しいベンチャー・アイデア、潜
在的な新しいベンチャーの事業機会、そして新事業を始めるという決定、三つから
なるプロセスを指摘している。虎視眈々とねらった姿勢や人的ネットワークがアイ
デア創造に影響するとしている。
④ Ardichvili, Cardozo and Ray(2001)96:知覚、発見と創造、開発、および評価と
いう四つの要素からなる OR プロセスを述べている。アイデアの前の知覚という段
階を分けて言及している。
⑤ Lumpkin, Hills and Shrader(2001)107:創造性についての先行研究から学際的
に発想して、OR プロセスを構築した。5 つの基本要素:準備、孵化、洞察、評価、
および洗練からなる。
これらに共通しているのは、分け方は様々であるがビジネスコンセプトに至るまでを複
数に分けているということ、最後に評価あるいは意思決定を置いていることである。なお、
ビジネスコンセプトは、起業家が自ら事業を起こすに足るものであり、多くの場合は、き
ちんとした形式の詳細な事業計画書にはなっていない。この段階では、かなり早期の段階
であり、全てが分かっているわけではない。特に前述のように高速度で変化が激しいハイ
テクのような業界では、なおさら不確実性は高く、先が読み難い。
では、ビジネスコンセプトに至るまでの分け方を考えるため、最も細分化してある⑤の
Lumpkin et al.(2001)の OR プロセスを図表 1-6 に示す。このプロセスでは、起業家が
126
127
128
Long, W. and McMullan, W.E. (1984), "Mapping the New Venture Opportunity Identification Process,"
in Frontiers of Entrepreneurial Research, Wellesley, MA: Babson College, 567-590.
De Koning, A. (1999), "Conceptualizing Opportunity Recognition as a Socio-Cognitive Process," The
Center for Advanced Studies in Leadership, Stockholm.
Singh, R.P., Hills, G.E., and Lumpkin, G.T. (2000), "Examining the Role of Self-perceived
Entrepreneurial Alertness to the Opportunity Recognition Process," in Proceedings of UIC Research
Symposium on Marketing and Entrepreneurship, 88-101.
62
創造的に OR に取り組む際の要素が、整理されて記述されている。要素間の相互関係やプ
ロセスの複雑性も示されており、よく出来ていると言えよう。
しかし、これらは、ベンチャー企業そして起業家に注目した研究である。したがって、
大組織における OR プロセスは異なる点があると考えられる。大組織でも、研究所などで
の創発的な OR など、
ベンチャーにおける OR と類似したプロセスもあるかもしれないが、
本研究では柱創造型の大きな新事業を対象とするため、違いを考慮する必要がある。
本研究が対象とする大手企業に適した形でのプロセスを考えるという意味では、起業家
個人の活動を因数分解するために詳細なモデルの意義はあるが、組織的に OR に取り組む
ことを念頭に置くと、よりシンプルなものの方が適用するに無理が少ないと考えられる。
したがって、このモデルの大分類である、発見と形成という二つのくくりについては、参
考となると言えよう。これは、他のプロセス・モデルについても、複数に分けている点は
共通しており、分ける必要がある。
図表 1-6 創造性ベースの起業家的 OR プロセス
発見
(Discovery)
形成
(Formation)
仕上げ
洞察
準備
・熟考の上
・無計画に
孵化
・ひらめき
・問題解決
・議論
評価
Creativity-based Model of Entrepreneurial Opportunity Recognition
(Lumpkin, Hills and Shrader 2001)
出所:Lumpkin, Hills and Shrader (2001)
(5)先行研究の課題
ベンチャー企業の OR プロセスについての先行研究は、起業家個人に焦点をあてており、
チームや組織の視点が欠けている。この様な研究では、起業家の行動や思考に基づいて、
OR プロセスの内容を解明することに主眼を置いている。
現状の研究は、OR する個人としない個人、つまり事業機会を捉える人とそれができな
い(あるいはできにくい)人がいるという疑問への回答を得る、といった基本的な段階に
63
位置している。また、OR の数や頻度について起業家のタイプを探る研究はあるが、OR プ
ロセスには及んでいない。また、成功のための OR という視点はほとんどとられていない。
したがって、どういうタイプのORかという区分も欠けている。本節2.(2)無意識と
意識的で述べたが、ORは無計画なものもあれば熟考の上のものもある。図表1-6で示した
ORプロセスでも、これらは同一のプロセスとして描かれている。つまり、戦略主導か機会
主導かの別もない。
そして、個人に帰結しているため、チームや外部との関係性は示されてはいない。
3.大企業でのOR
ORをベンチャーや既存組織内新事業の文脈で述べることは、十分に一般的となった。
(Shane and Venkataraman, 2000)。よいアイデアや売れる技術がないという問題意識
は常々大手企業には存在する。海外の大手企業についての先行研究から、ORへの示唆を探
ってみる。
(1)ラジカル・イノベーション
大企業での OR を扱った研究は非常に少ないが、Leifer et al. (2000)129は、大企業に
おけるラジカル(革新的な)
・イノベーション(Radical Innovation:以下 RI)について長
期にわたる研究を行っている。RI とは、世の中で全く新しい特徴をもたらすか、既知の特
徴を大幅に(5-10 倍)改善するか、コストを大幅に(50%以上) 改善する、新たな領域を
開くイノベーションのことと定義している。
(Leifer et. al. 2000; O’Connor and Rice 2001)
130。
RI は、ビジネスとしての成功はもとより、多大な不確実性を伴う。それは、市場、技術
に加えて、資源と組織についてもである。しかも、新たな技術や市場でのコンペタンスを
構築するために大きな投資が求められる。
Leifer et al. (2000)は、北米の大手技術系企業の事例研究から RI への知見をまとめた。
事例の対象は、デュポン(E. I. du Pont de Nemours and Company)の<バイオマックス>
やゼネラル・エレクトリック(General Electric Company:以下 GE)のマンモグラフィ
ー、GM のハイブリッド車など多岐に渡るが、情報技術関係では IBM のシリコン・ゲルマ
ニウム(SiGe)と電子ブック、テクサスインスツルメンツ(Texas Instruments)のデジタル・
イメージング、ノーテル・ネットワークス(Nortel Networks Corporation:以下ノーテル)
の NetActive(ゲームの電子流通)などがある。革新性では RI の基準を満たしているのだ
ろうが、これら大手企業の柱の創出という意味では、それに該当するものもあるが、ベン
チャー的なものを含んでいる。
129
Leifer R., McDermott C.M., O’Conner G.C., Peters L.S., Rice M.P. and Veryzer R.W. (2000), Radical
Innovation, Harvard Business School Press.
O’Connor, G. C. and Rice, M. P. (2001), “Opportunity Recognition and Breakthrough Innovation in
Large Established Firms,” California Management Review 43 (2), 95-116.
130
64
(2)ラジカル・イノベーションのプロセス
Leifer et al. (2000) は、これらの調査から、アイデア創造、事業機会の選択、および初
期評価から成る、RI に求められるプロセスを示している。なお、二番目のプロセス要素を
opportunity recognition と呼んでいるが、これは前述の OR の定義と先行研究からみて、
狭義であり、OR の一部分である。むしろ、この三要素を包含するプロセス全体が OR を
示している。したがって、ここでは二番目のプロセス要素を事業機会の選択と呼ぶことに
する。
・
アイデア創造:イノベーションの始まり。RI においては、散在する情報からの洞察に
よって、技術的アイデアあるいはその組み合わせをアイデアとして創造する。アイデア
の源泉は、新技術、既存の問題の解決、既存技術の結合などの技術的視点とともに、業
界の課題解決、自社の戦略的ビジョンなど市場ニーズがある。
・
事業機会の選択:RI のビジネス・ポテンシャルを理解する必要がある。技術者は市場
のことを理解していることは少ないため、技術と市場が両方分かり、ビジネスについて
スキルのある者が、革新的な技術的アイデアを市場ニーズと結びつけることが大切であ
る。
・
初期評価:アイデアを開発するために資源を投入するかどうかを意思決定するための審
査。どう技術が発展するか、市場が開けるか、社内がどう反応するかを検討する。しか
し、高い不確実性のため、判断は容易ではない。
なお、ここで言うアイデアとは、単なる思いつきではなく、技術に基づいたアイデアで
ある。例えば、既に研究を進めている中から、新たなテーマが浮かび、その開発に向けて
予算を申請するといったケースがある。これらのアイデアは、
「ダーウィンの海」の手前に
位置し、「死の谷」の手前の段階の研究もあり、「死の谷」を超えた段階で本格的な事業化
をにらむステージにある場合も想定される。ベンチャー企業で言えば、どちらの段階につ
いても、すでに会社として起業されていることが多い。したがって、ここで言うアイデア
は、技術を伴うものであり、商品として大々的に展開する前の様々な段階を含んでいる。
その意味では、事業機会のシーズと捉えた方が適切であろう。
また、事業機会の選択を担う者として、ハンター(hunter)と収集者(gatherer)という概念
を提唱している。アイデアを創った者は多くの場合、市場などその適用領域については曖
昧な考えしか持たないことが多い。そのため、市場の知識と組織内のポジションを持った
者がアイデアを選択し受け入れることが重要になる。収集者とは、アイデアを受付けて、
選択する者であり、受動的に対応するが、ハンターは自ら能動的にアイデアを探す者であ
る。ベンチャーでの OR では、起業家自身が自らの頭の中で OR を行うため、ハンターと
収集者は特にないが、大組織では不可欠の要素といえる。
プロセスを構成するアイデア創造、事業機会の選択、および初期評価、それぞれの要件
は、次の通りである。
①アイデア創造
65
・
RI に対する戦略的なモメンタムをつくり継続する
・
研究所から RI を取り出し、事業化する組織的なメカニズムを導入する
・
創造的な人材がアイデアを持っていけるような受け入れ機能を開発する
②事業機会の選択
・
経営陣が企業のビジョンと目的を明示し、事業機会の選択を刺激しガイドする
・
研究開発組織のマネジャーに、ラジカルなアイデアを収集するよう奨励する
・
事業開発部門があれば、ラジカルなアイデアのハンターとなる
・
ハンターと収集者はインフォーマルなネットワークを構築し、アイデアを見出し初期の
アセスメントをする。
③初期評価
・
シニア・マネジャーを含む、多様な部門からの参加者で構成し、外部から招くこともあ
る
・
人事と財務を加えて、資源についての意思決定につなげる
・
評価の指標や項目を明確化する。キャッシュフローの予測などではなく、市場の大きさ
や技術のインパクトを基本とし、何が既知で何を知らないかを明らかにする
上記からも分かるように、Leifer et al. (2000)は、研究所や研究開発者からの技術アイデア
から発生するイノベーションに注目しており、領域は狭い。また、RI は、通常は 10 年以
上かかる長期的なものとしている。しかし、現実には、より短期で柱創造を行っている例
は少なくない。また、本研究では、研究所発に限らない、より広い観点での OR について
も考えていきたい。
(3)イノベーション・ハブ
Leifer et al. は、ラジカル(革新的な)
・イノベーションの成功のために重要な、アイデ
ア創造者、ハンターと採集者、評価者という役割、およびさらに重要なラジカル・イノベ
ーション・ハブという概念を、提案している。
Leifer et al.(2000)は、RI 成功のために重要な機構として、RI ハブという概念を提唱
している。図表 1-7 のように、RI ハブは、ハンターや収集者と直結し、初期評価プロセス
を主導し、文字通り扇の要的な役割を担う。RI ハブは組織図上の箱というよりは、機構と
して機能する。しかし、既存組織からの影響をあまり受けないように、既存組織とは距離
を置いて活動する。なお、RI ハブの一例として、ノーテルの社内ベンチャー用の組織があ
げられている。また、RI ハブと同様な、「ベンチャー・ビジネス・オフィス」などの提案
もある(Mason and Rohner 2002)131。 ノキア(Nokia Corporation)やイーストマンケ
ミカル(Eastman Chemical Company)
、カーギル(Cargill Inc.)などのコーポレート・
ベンチャー組織の事例研究から考案された「ベンチャー・ビジネス・オフィス」は、新事
業を既存組織から保護し、既存組織の資源を利用して新事業の立ち上げと投資を行い、さ
らに社外と社内を結びつけることなどを担うものである。社内インキュベーター的な性格
131
Mason H. and Rohner T. (2002), The Venture Imperative, Harvard Business School Press.
66
を有するとも言えるであろう。その点では、RI ハブの例として挙げられたノーテルの社内
ベンチャー用組織は、これにあてはまる。
図表 1-7 ラジカル・イノベーション・ハブ
未熟なアイデアをハ
ブに戻す(レポジト
リー機能)
スピン・ア
ウト
社内ベンチャーチー
ムの編成
技術の外部ライセン
スの提言
初期評価
ラジカル・イノベーション・ハブ
•戦略的意図の明示について経営陣と相談し、RI
活動を調整する
•アイデア創造を刺激する手法の実践
•ハンターと収集者の拠点として活動する、ラジカ
ル・イノベーションの受け入れ先
•チャンピオンによる事業機会の形成を支援
•評価パネルの召集
収集者
ハンター
事業部A
収集者
事業部B
収集者
研究開発
収集者
A Radical Innovation Hub (Leifer, McDermott, O’conner, Peters, Rice, Veryzer 2000)
出所:Leifer et al.(2000)
なお、OR プロセスには、事業機会を格納し、アクセスを許す倉庫のような機能
(repository:レポジトリー)が、提案されている(O’Conner and Rice 2000)132。これ
もハブの重要機能の一つである。
組織的にプロセスを実行するための役割分担は、大切である。研究所とハンターだけで
は、ORプロセスを十分に遂行することは難しいであろう。ORプロセスの非常に早期の段
階、例えば技術を製品に転じて行く初期のアプリケーションの選択をする時点ですぐに、
ビジネスモデルの検討が起こり始める。しかし、これらの意思決定をしている科学者は、
それに気づいていないことが多い(O’Connor, Rice, and Leifer 2001)133。また、企業が
ラジカル・イノベーションを探索できていないという失敗は、技術に関係する課題よりむ
しろビジネスと組織的な適合問題と関係がある (Christensen 1997)
。大企業においては、
プロセスに加えて、組織的、そして戦略的な問題についての検討をする必要がある。
O'Connor, G.C. and Rice M.P. (2000), "Opportunity Recognition and Breakthrough Innovation in Large
Established Firms," in Proceedings of UIC Research Symposium on Marketing and Entrepreneurship,
49-71.
133 O'Connor, G.C., Rice, M.P., and Leifer R. (2001), "Business Models and Market Development: Key
Oversights in the Radical Innovation Process," in Proceedings of UIC Research Symposium on
Marketing and Entrepreneurship.
132
67
(4)先行研究の限界
ここまでLeifer et. alのRI研究を中心に述べてきたが、大企業におけるORに関する先行
研究は、本研究と基本的な着想が異なる。また、実証研究による先行研究が少ないだけで
はなく、あっても、以下の様に研究目的や視点が異なる。先にも述べたように、大企業の
ORについてアンケートなどによる調査は難しく、インタビュー調査に頼ることとなり、事
例研究が中心となる。
①ORのとらえ方
大企業におけるあいまいなフロントエンドに着目した先行研究では、新製品開発につい
てのものが多い。その中でORに触れているものは極わずかであり、あってもORはその一
部として取り入れられているという位置づけに過ぎない。
新製品開発についての研究では、案件の選択という考え方が根強く反映されている。
Leifer et. alのRI研究においても、ORはRI候補の案件の選択という形で組み入れられてい
る。また、新製品開発の視点から大企業のORに言及しているものにKoen(2002)134の研
究がある。大企業の高収益製品について、あいまいなフロントエンドを解明しようという
ものである。この研究においては、機会(opportunity)は事業ではなく製品のものとして
捉えられており、ORは新製品開発プロセスの一部として市場性の特定と分析といった意味
で用いられている。このように、ORがビジネスコンセプトを主眼とするものでなく、狭い
意味で捉えられているに過ぎない。また、Koenの研究では、技術や製品開発で用いられる
ステージゲート法への固執がみられる。
これは起業家精神/新事業研究とは、見方が逆である。ビジネスのORの中に要素として
新製品があるという考え方と正反対なのである。また、シーズをビジネスコンセプトとし
て発展させていくことを重視するという考え方と、ステージゲートで選別し絞り込んでい
くという手法は、基本的に異なる。
②技術革新と事業分野
また、RIという技術革新中心の考え方には限界がある。
Leifer et. alのRI研究においては、以下の12のプロジェクトを対象とした。
・Air Products and Chemicals Corporation:Ionic Transport Membrane
・Analog Devices Inc.:Micro-ElectroMechanical Systems
・デュポン:電子ディスプレイ用材料、再利用可能ポリエステル・フィルム
・GE:フィルム式でないデジタルのX線画像装置
・GM: ハイブリッド車
・IBM:通信用SiGeチップ、電子ブック
Koen, P. (2002), “Opportunity Recognition for Highly Profitable Projects in Large Corporation,”
presented at Babson Entrepreneurial Research Conference.
134
68
・ノーテル:NetActive
・Polaroid Corporation:革新的生産技術
・テキサスインスツルメンツ:Digital Micromirror Device用部品
・Otis Elevator Company:高層ビル用二方向エレベーター
これらは、ほとんどが技術的なRIによるものであり、通常は10年以上かかるとしている。
なお、この12件は、成否の別はなく選択され(1999年)ており、O’Conner and Rice(2001)
によると、その時点で12件中、一定の成功を収めているのが5件、中止が2件、開発中が5
件である。
KoenもRIの例としてExxon Mobil Corporation、デュポン、Corning Inc.の事業を挙げ
ており、案件タイプの傾向としてはLeifer et. alと同様である。
また、Chirstensen(1997)は、主にディスク・ドライブ業界を例として、破壊的技術
による製品の革新を議論し、そして掘削機業界、鉄鋼業界にも言及している。
しかし、第4章で挙げる事例のように、それほど劇的な技術革新はなくとも、新たなビ
ジネスコンセプトによって一千億円級の新事業を創造することは可能である。特にデジタ
ルネットワーク分野では、新結合が重要である。であるがゆえに、10年ではなく2-3年でビ
ジネスとして立ち上げることが可能となる。
なお、Koenは、RIでない高収益新製品のイノベーション例として、
・ Unilever N.V.:<Hellmann’s>低脂肪サラダ・ドレッシング、<Skippy>低脂肪ピーナ
ッツ・バター
・ デュポン:アニリン印刷用低価格化学品
を挙げているが、特に低脂肪食品などは、すぐれたマーケティングによる新製品の成功例
であり、技術革新によるRIと並列かつ同一のプロセスで論じることに無理がある。
デジタルネットワーク分野では、既存技術の組み合わせによるORが少なくなく、もちろ
ん技術的なチャレンジはあるが、RI的ではないものでも大きな成果を収めることができる。
言い換えれば、結果を問うだけであり、技術の革新性は問わないのである。このように、
技術革新の度合いで考えることの限界があり、また本研究が対象とするデジタルネットワ
ーク分野には、技術偏重のRIや破壊的技術の考え方は必ずしもあてはまらないと言えよう。
69
第4節 示唆と仮説構築
1.先行研究からの示唆
イノベーションの原点である新結合は、OR においても有用な概念と考えられる。
大企業における新事業論については、創造的風土による自然発生的な創発型のアプロー
チについて多くの研究と主張がなされているが、柱創造の新事業を追及するには、風土的
な考え方に依存するのは現実的ではないため、戦略主導型によるアプローチが適している
と考えられる。
ORは、起業家精神の中核をなしており、ORならびにOR研究の重要性は大きいことが理
解された。しかし、OR研究の歴史は浅く、またベンチャー起業家についての研究が中心で
あり、大企業でのOR研究はまだ乏しい。日本ではほとんど着手されていない。ORプロセ
スについては様々な研究と主張がなされているが、共通点もみられ、本研究のフレームワ
ーク構築への参考となる。また、技術系大手企業におけるラジカル・イノベーションにつ
いての研究からは、意義深い示唆を得ることができた。しかしながら、本研究が対象の主
眼とするものと、これら先行研究では差異があるため、そのまま適用するのではなく、改
良することが求められる。
Lumpkin et al.(2001)のORプロセス・モデルは評価できるが、起業家の個人によるも
のであり、大組織でのORとは条件が異なる。大企業では、ほとんどの場合、複数あるいは
多数の部門や人がORに携わることになる。したがって、よりシンプルに設計した方が、適
用する上で妥当であると考えられる。したがって、発見と形成、すなわちアイデアとそれ
をビジネスコンセプトに形作るのは別とみるのが適切であろう。
ラジカル・イノベーションについての研究からの示唆は多い。ベンチャー研究からのプ
ロセスとの相違点は、ハンターや収集者といった役割の存在や、評価・意思決定が多数の
関係者によることなどがある。
2.イノベーション・モデル
(1) リニアモデル
Kline(1990)135は、イノベーションの研究により、イノベーション・モデルとして、
連鎖(chain linked)モデルを提唱している。「イノベーション・モデル」という言葉は、
ここでは工業化社会におけるイノベーション・プロセスのトップレベルのモデルを指して
いる。
第二次世界大戦以降、西欧で一般的に考えられているイノベーションの形態は、図表 1-8
に示した通りである。これはリニアモデルと呼ばれている。リニアとは時間的に順次起こ
Kline, S.J. (1990), Innovation Styles, Stanford University(鴫原文七訳(1992)『イノベーション・スタイ
ル』アグネ承風社)
135
70
るという意味で、線型方程式のリニアではない。これはモデルというより、実際に行われ
ている実態と考えられる。このリニアモデルは明確なものではなく、暗々裡に使われてき
たが、これは「イノベーションにおいて何が重要であるか」という認識について間違った示
唆を与えている(Kline 1990)
。
図表 1-8 イノベーションのリニアモデル
研究
開発
生産
マーケティング
出所:Kline(1990)
技術革新のリニアモデルでは、技術は市場までリレー競争のように走るとされる。この
見方では、技術はバトンであり、異なったグループの間を受け渡されていく。このリニア
モデルは批判されている。しかし、リニアモデル的な前提は、概念を表す統一言語として、
研究機関にも企業にもしっかり埋め込まれている。
(2) 連鎖モデル
産業界における技術革新の実態は、Kline and Rosenberg(1986)136が提案した連鎖
(chain linked)モデルによって、うまく概念化できる。図表 1-9 に示すこのモデルでは、
中央の「技術革新のチェーン」は単なる一要素に過ぎない。ただしこの「技術革新のチェー
ン」は、市場に始まり市場に終わる。科学上あるいは技術上の出来事で始まり終わるのでは
ない。中央のチェーンと同じくらい重要ではあるが、その性格上もっと複雑で多岐に渡る
のが、研究や知識との多数のリンクと、設計、テスト、生産、流通、サービスなど(いず
れも中央チェーン内)を一体化するフィードバック・ループである。
Kline, S.J. and Rosenberg, N. (1986), ”An Overview of Innovation,” in The Positive Sum Strategy,
edited by Landau, R. and Rosenberg, N., Washington D.C.: National Academy Press.
136
71
図表 1-9 イノベーションの連鎖モデル
技術革新の中央チェーン
C
f
フィードバック・ループ
F
特に重要なフィードバック
k-r 知識を通って研究までのリンクとその帰りのパス。問題が節点 k で解決した場合は、3 から r への
リンクは活性化しない。研究からの帰り(リンク 4)は問題が多いので点線にしてある。
発明および設計の問題から研究、またはその逆の直接のリンク
D
I
計器、機械、ツール、および技術手順による科学的研究のサポート
S
製品分野の基礎にある科学研究のサポート。外部の仕事のモニターによって情報を直接得るため
のもの。獲得した情報はチェーンに沿ったどこに適用しても良い。
出所:Rosembloom and Spencer (1996)137が Kline and Rosenberg (1986)を修正したもの
次のような理由により、この連鎖モデルは有効なものであると支持されている。
・このモデルはイノベーションにおける重要なプロセスを必要にして十分な形で取り入れ
ていること。
・イノベーションがうまくいかないケースでは、このモデルの示唆する機能がうまく働い
ていない場合が多いこと。
137
Rosembloom, R.S. and Spencer, W.J. (1996) Engines of Innovation, Harvard Business School Press
72
リニアモデルと連鎖モデルの間には、次に示す 5 つの大きな違いがある。
① リニアモデルが唯一のプロセスを示しているのに対し、連鎖モデルは 5~6 個の重要な
プロセスを含んでいる。
② リニアモデルは単一な流れでフィードバックを持たないが、連鎖モデルは f と F で示さ
れる多くのフィードバック・ループをもっている。
③ リニアモデルでは研究がイノベーション・プロセスの導入部を独占しているが、連鎖モ
デルでは研究だけが出発点とはなっていない。
④ リニアモデルでは研究はイノベーションの開始時のみ作用しているが、連鎖モデルでは
研究機能は開発時はもちろん、下流のいくつかの段階でも現れている。
⑤ リニアモデルではイノベーション源として最新の研究成果のみ採用し、蓄積されている
知識および技術的パラダイム(思考の枠組み)のような初歩的な源泉は取り上げていな
い。
もしイノベーションの範囲として、このような下流の段階を忘れると、競争的状況が無
視されることになる。最近このような例がしばしば見うけられる。
研究は稀にイノベーション開始時にのみ必要となる場合もあるが、C という流れが重要
であり、これがイノベーションの意味する大切なところである。取扱うシステムが社会技
術システムであり、そこに信頼すべき予測原理がないとすれば、フィードバック・ループを
もたなければならないことは明白である。そのフィードバックを除いてリニアモデルを採
用すると、システムは決してうまく機能しないであろう。
迅速にして効果的なフィードバック・ループがないと、システムが成長するにつれて官
僚的になり、旧弊なものとなってしまう。環境の変化が急激であればあるほど、より迅速
なフィードバックが必要となる。
イノベーションを行うに当り、顧客のニーズと欲求、すなわち人間の本質とその習性の
調査から始めることになる。既存の製品あるいは市場を考える場合、まずそれをよく観察
して、「どうすればその製品、プロセス、マーケティングの現状を改善できるのか」という
ことを考えるのである。
この場合、モデルで示したフィードバックの連鎖を利用することができる。もし良いも
のが市場になければ新市場を創造できる可能性があるわけである。そしてある問題に対し
ては、科学により今まで不可能であった人間のニーズと欲求をみたす方法が可能となる場
合もある。しかし、すでに注意したように、科学でわからない場合、科学はイノベーショ
ンの役を降り、下流の生産やマーケティングから解決すべき次の問題を引出すことになる。
「技術革新の成功には、バランスのとれた設計が必要だ。新製品の要求事項と、製造プロ
セス、市場ニーズ、さらにはこういったすべての活動を効果的にサポートする組織のニー
ズとのバランスをとらなければならないのである」(Kline and Rosenberg 1986)。このモ
デルでは、したがって、設計は経済的な視点で行われる。技術革新を駆動する力は、大部
分は市場の経済的パラメーターであって、学界からの科学技術上の要請ではない。科学技
術はこのモデルでは、めったに技術革新プロセスの原動力にはならない。ただし科学技術
は、技術革新を可能にするもの(enabler)として、本質的に重要である。
73
イノベーションは OR より広範な対象、意味を抱えているが、このイノベーションの連
鎖モデルからの示唆は大きい。一つには、リニアではなく、各要素がインタラクティブに
連携するということである。もう一つには、ループは幾重にもなり、一つの成果のために、
プロセスにおける活動は一巡ではなく何度も行われるということである。そして、技術か
らの論理ではなく、市場の論理から出発するということである。
このイノベーション・モデルは、対象が広範ではあるが、リニアでなく連鎖モデルの利
点を提案しており、フィードバック・ループや技術でなく市場起点など、ORプロセスを考
える上での参考としたい。
(3)連鎖モデルの限界
イノベーション連鎖モデルが、本研究のORプロセスのフレームワークづくりに参考とな
る点をまとめると、次のようになる。
技術革新の中央チェーンは、市場に始まり市場に終わる、つまり市場を起点としている。
「研究」は社内の研究活動を指しておらず、どこの組織で研究しても構わない。知識の組
織立てた獲得については、外部を含めて対象を広く考えている。
そして、技術革新は複雑で、しばしば無秩序な過程であり、変化に富んだ多様な兆候を
伴っていると考え、フィードバック・ループを含む自在な連鎖をモデルの基本としている。
イノベーション連鎖モデルは、工業化社会のイノベーションを適切に記述する上で有効
なモデルである。ここで言うイノベーションとは、テクノロジーによる変革を意味し、製
品や製造プロセス、マーケティングの革新にとどまらず、製造、流通、原価、性能、顧客
ニーズへの適合等の改善を含む。Kline(1990)は、トヨタ自動車の矢作嘉章、森本英武
の例に言及するなど、生産についての革新や漸進的改善についてもイノベーションの重要
な領域としている。
つまり、このモデルは対象とする範囲が広範であり、ORといったフォーカスされた活動
について説明するには限界がある。
ORに相当する活動としては、イノベーション連鎖モデルには、発明/概念設計が記され
ているのみである。ビジネスコンセプトづくりについては欠落している。生産やマーケテ
ィングはオペレーションの改革・改善を示しており、ビジネスコンセプトについては不十
分である。ビジネス面が欠けていることは、イノベーションが技術の変革を指しているこ
とからして、無理もないことである。
また、機能別のモデルとなっており、プロセスとしての考え方の基本からはずれている。
ビジネス・プロセスとは、ある目的のために組織された活動の集まりである。多くの場合、
単に機能としてプロセスを形作ることが、プロセスとして機能しない原因となる。機能別
の見方は、仕事を単純な業務に分割して割り当てるというアダムスミスの考え方の延長で
あり、現代のプロセス思考とは相反するものである(Hammer and Champy, 1993)138。
したがって、モデルの組み方としては参考になるが、プロセスとしては参考にはならない。
138
Hammer, M. and Champy, J. (1993), Reengineering the Corporation, Harper Collins.
74
3.OR プロセス・フレームワークの仮説
(1) 基本フレームワーク
ここでは、仮説としてデジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型新事業を
念頭に置いたORプロセスの基本的フレームワークを構築する。
OR についての先行研究から、基本的な要素として、意思決定、そしてそこに至るビジ
ネスコンセプトをつくるまでの活動を複数に分けることが適切と考えられる。そこで、こ
の二つの要素を、創造と形成と呼ぶことにする。
また、ラジカル・イノベーションの研究から、ハンター/収集者の重要性が指摘された。
大企業では、事業機会のシーズを創る者と、それをビジネスの形に開発する者が、別々の
ことが少なくない。ほとんどの技術者はマーケティングができない、といった現実的な問
題もある。さらに、社外のシーズを探索する場合には、なおさら必要な活動として特定す
る必要がある。
なお、プロセスとは、価値を生み出す一連の作業(Champy 1995)139であり、ここでは
柱創造型新事業を生み出すという成果に向けての一連の活動のことを言う。本 OR プロセ
ス・フレームワークでは、イノベーションの連鎖モデルと同様に、順を追ったリニアではな
く各プロセス要素が、順を問わず相互に連携して OR が進行すると考えるのが適切である。
さらに、主たる OR プロセスとその部分であるサブ・プロセスからなり、また OR プロセ
スは反復して最終的な OR として形作られ意思決定される。
また、本プロセスは、市場を含む外部と接点を持ち、各活動がなされる。
(2) プロセスの要素
本フレームワークにより、個別のプロセス要素については、以下のようになる。
・
創造:事業機会(opportunity)のシーズの創造。シーズは、事業アイデアや本格的に
商業展開する前の、追加開発を必要とする技術を含む。思いつきもあれば、長年の研究
に基づくもの、あるいは、試作品や製品化したもののこともある。
・
獲得:シーズの獲得。自ら能動的にシーズを探索し、獲得することもあれば、受け皿と
してシーズの提案を受け付けることもある。獲得の際には、自ずと取捨選択を行うこと
になる。したがって、何らかの目的やガイドラインが求められる。
・
形成:得られたシーズを、ビジネスコンセプトとして形作る。ビジネスの骨格を形成す
るのであり、綿密な事業計画書を作るわけではない。多くの場合、新結合を考案し、検
討、検証を試みる。資源の組み合わせ、収益的なビジネスモデル、技術や販売など様々
な要件を検討し、パートナーや初期の主要顧客との基本的な議論も行う。
139
Champy, J. (1995), Reengineering Management, Harper Business
75
・
決定:形成されたビジネスコンセプトを評価し、前に進めるか、却下するか、修正を求
める、レポジトリーに置くかなどの、意思決定をする。決定は資源配分を伴う。決定に
おいては、意思決定の権限を持つ者だけではなく、専門家を含め評価に参加する者、そ
れらに対して説明やプレゼンテーションを行う者など、様々な関係者が参加する。
なお、個別のプロセス要素は、部門などの組織ではない。プロセスを構成する部分であり、
活動やタスクと言った方が適切である。業務プロセスであれば、作業とも呼べるのであろ
うが、ORという創造的なプロセスであり、ここでは活動と呼ぶ。もちろん、これらの活動
を実施するためには、創造、獲得、形成、決定の機能は必要であるが、各要素は必ずしも
機能を表してはいない。組織論で機能というと、人事や財務のような単位を含み、多くの
場合は部門という形になっているが、創造は誰が行ってもよいのであり、また決定には決
定者以外の関係者も関わるのである。
意思決定は、大企業では重要なイベントである。起業家は個人一人で意思決定がすむか
もしれないが、意思決定者だけでなく、当事者、支援する者、あるいは専門家など、多様
な参加者による場合もある。
また、大手企業の新事業は、後発のものも多く、創造の意味合いがベンチャーのそれほ
ど革新的でないことも少なくない。また資源の面でベンチャーとは全く状況が異なる。
(3)プロセスの流れ
本 OR プロセス・フレームワークでは、イノベーションの連鎖モデルと同様に、順を追っ
たリニアではなく、各プロセス要素が順を問わず相互に連携して OR が進行すると考える
のが適切である。
現実には、創造から決定へと一足飛びに進む場合もある。形成が不充分として、決定と
形成を往復することもある。自社で創造を行わず、外部から獲得することもある。なお、
ベンチャー企業では、しばしばプロセス中の活動、特に形成の欠落により、OR が不十分
なまま事業化をして、失敗または大幅な軌道修正をせざるを得なくなることがある(Honjo
2003)。
付言すると、ビジネス・プロセスそしてマネジメント・プロセスが陥りやすい主な問題に
は、プロセス内での分断、そしてプロセス・オーナーシップの欠如がある(Champy 1995)。
ORプロセスにおいても、相互がうまく連携しないと、最終的な成果は得られない。
大型の、特に結合要素をいくつも持つ複雑な OR においては、主たる OR プロセスとそ
の部分であるサブ・プロセスからなり、また OR プロセスは反復して最終的な OR として
形作られ意思決定される。
大組織による大型の新事業ゆえ、投資も大型となり、資源投入の判断が段階的になるこ
とがある。その場合、何回もプロセスが繰り返されることになる。マイルストーンのよう
な管理手法を取る場合も同様である。
そして、ビジネスが段階的に拡張することもありえる。事業の領域としては同じだが、
OR が繰り返されて、新事業として連続して立ち上がることもありえる。アップルのデジ
76
タル音楽事業は、音楽ソフトに始まり、プレーヤー、音楽配信、そしてビデオと、継続し
て幾度も OR を行っている。
サブ・プロセスとは、柱となる大きな事業機会を特定するために、それを構成するサブ
事業機会を特定するということもありえる。シスコのIPコミュニケーション事業は、複数
の異なる技術の会社を買収し、結合させることで一つのビジネスを構築している。
また、本プロセスは、市場をはじめ外部と接点を持ち、各活動がなされる。4つの活動
のすべてが、それぞれ市場や外部と関係する。これはイノベーションの連鎖モデルを発展
させたものである。イノベーション連鎖モデルでは、市場が各活動と連携すると示されて
いる。また、Leifer et al. (2000)は、ハンターが外部からもシーズを獲得するとしている。
したがって、市場のみならず外部と広く捉え、また様々な段階で外部との連携が考えられ
るため、このように市場/外部と接点を持つフレームワークとした。
図表 1-10 OR プロセス・フレームワーク
市場
外部
創造
獲得
形成
決定
繰り返し
出所:筆者
市場情報
77
(4)先行研究との差異
ここで、先行研究で示されたものと本研究で提示する OR プロセス・フレームワークと
の差異を整理したい。
①起業家
起業家についての OR 先行研究で示された OR プロセスからは、
「創造」
、
「形成」、
「決定」
という三つの要素を得ることが出来た。これらは主要論文に共通する要素であり、また複
数に要素を分けることに OR のプロセスとしての意味がある。
しかし、先行研究はベンチャーという小組織を前提として、起業家個人を対象としてい
る。そのため RI 研究で示されたようなハンター/収集者が特にいるわけではなく、また要
素間の複雑かつ細かなインタラクティブ的な流れも、外部・市場との連携も示されていな
い。
②大企業
大企業の OR プロセスについての先行研究は乏しい。大企業での OR に触れた数少ない
先行研究である RI 研究では、OR はシーズの選択として、技術開発から事業化に至るまで
のプロセスの一部に位置づけられているに過ぎない。
しかし、ハンター/収集者という形で、シーズの獲得について提示していることは、本
研究の参考とされる。
③イノベーション
イノベーション連鎖モデルは、要素間のインタラクティブな流れと、市場との連携を提
示している点で、本研究の参考となる。また、研究について社外を含むいかなる組織であ
っても構わないとしており、
「外部」との連携を示している。
しかし、この他の OR プロセスに関係する要素が「発明/概念設計」のみであり、
「形成」
や「決定」が分離されていない。また、
「獲得」も明示されていない。これは技術を中心と
したイノベーション全般を対象としたモデルであり、ビジネスの OR で重要となる活動が
欠けているという問題がある。
したがって、①②で得られた要素を主な活動として OR プロセスのフレームワークを構
成する。
これらからのフレームワーク作成における進化の経緯を示すと図表 1-11 にようになる。
78
図表 1-11 OR プロセス・フレームワーク作成の経緯
起業家OR先行研究から
創造
形成
大企業OR
先行研究から
決定
・「獲得」を付加
創造
獲得
・ハンター
/収集者
形成
決定
イノベーション連鎖
モデルから
・創造~決定の
活動を基本に
・「外部」「市場」
を付加し
・連鎖・ループで
要素をつなぐ
市場
外部
創造
獲得
形成
決定
繰り返し
79
(5)研究課題とのつながり
第1節では、大企業新事業についての先行研究から、柱創造型の新事業の重要性を確認
したと共に、柱創造型は主に戦略主導型であることが理解された。
第2節では、新事業における OR ならびに OR 研究の重要性をを確認したと共に、ベン
チャー起業家についての先行研究から OR プロセスについての基本的な考え方が理解され
た。また、大企業におけるラジカル・イノベーション研究からの OR プロセスと体制に対
する示唆が得られた。
また、大手企業でみられる新事業の課題が示され、ORの重要性とその課題が理解された
第1・2節の本研究の研究課題とのつながりは以下のようになる。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
・ 大手企業におけるORプロセスのフレームワークを導出した。
80
第2章:投資会社事例による OR プロセス・フレームワークの検討
構成
要約
第1節 投資会社の OR
第2節 ジェネラル・アトランティックの事例
1.
セクター戦略
2.
3.
4.
ビジネス・プロセス・アウトソーシングの事例
エグザルトの事例
事例分析と示唆
81
要約
情報通信技術分野での専門性が高く、デジタルネットワーク分野に注目しているグロー
バルな大手投資会社の事例から起業家個人ではなく、組織としての OR について示唆を得
た。
一般的なベンチャーキャピタルと比較して、少数の案件に比較的大きな額を長期に渡り
投資する、その意味で、多産多死型ではなく大手企業の柱創造に比較的近い、プライベイ
ト・エクイティを選択した。具体的には、筆者が日本代表を務めるジェネラル・アトラン
ティック(GA)とウォーバーグ・ピンカスである。この二社においては、分野特化が進ん
でおり、各分野での戦略的シナリオが最大の特徴と言える。
次いで、GA について、全社的なセクター戦略への取組み方、そしてセクター戦略の中
からビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)の事例を選び、そこでの OR について
分析を行った。具体例としては、GA が投資育成した人事 BPO のエグザルトについて集中
的に深堀を行った。
GA はエグザルトをゼロから共同創業しており、まだ市場が存在しない時点で戦略的な
シナリオを描き、起業家を探して、50 百万ドルまでの資金援助を約束し、新会社を設立し
た。その後、同社は大手企業への人事 BPO 市場でシェア 1 位になっている。
なお、他の大手企業が OR できなかった理由には、市場性を認識していなかったこと、
そして、
「形成」の努力が不十分で具体化についての不安を持っていたことが挙げられる。
これらの事例の分析から、OR プロセス・フレームワークの示唆を得ることができ、
「展
望」という要素をフレームワークに加えた。
「展望」とは、組織として、この方向で新たな
柱や新事業を追求したいという戦略的な指針であり、各要素の活動を行う者が行動を起こ
せる、あるいは具体的行動につなげられるものである。
82
第1節 投資会社の OR
第1章で仮説1として OR プロセスのフレームワークを示した。しかし、これは偶発的
な発見による OR と狙いを定めての戦略的な OR の両方を包含したままの起業家の OR プ
ロセスを参照としている。つまり、戦略主導と機会主導が区別されていないという課題を
持つ。したがって、フレームワークを改良する必要がある。
しかし、第1章で述べたように、OR の先行研究は、起業家個人を主題としたものは多
いが、組織を対象としたものは欠落している。よって、ここからすぐに大手企業の複雑な
組織における OR プロセスを研究するのは困難を伴うと考えられる。したがって、その前
に準備として、デジタルネットワーク分野において戦略的に OR を実施している投資会社
の事例から、組織としての OR プロセスへの示唆を探る。小さな組織であり分析しやすい
が、新事業の規模は売上数百億円級と大手企業の柱創造型新事業に順ずるため、十分参考
となると考えられる。
(1)対象の選択
多くの OR 研究がベンチャー起業家を主な対象として進められているが、起業家個人で
はなく組織としての OR を研究することは、大企業における OR の研究への示唆が得られ
ると考えられる。前章で仮説として構築した OR プロセス・フレームワークを組織として
の OR という観点から見直すため、デジタルネットワーク分野を含む ICT(情報通信技術)
関係を投資育成する投資会社の OR に着目することとする。
投資会社の中でも、ICT 分野の専門性が薄いく多様な分野を対象とする投資会社や、リ
ストラ/企業再生を中心とするバイアウト・ファンドは、除外するのが適切と考えられる。
また、第二章でも議論したように、多産多死ではなく、より絞り込んでの投資戦略をとっ
ている投資会社が、柱創造型 OR への示唆を得るためには適切と考えられる。したがって、
いわゆるシリコンバレー型のポートフォリオ・アプローチ(多数分散投資)をとるベンチ
ャーキャピタルではなく、ベンチャー企業に対しても、投資件数を絞って比較的大きな投
資を行うプライベート・エクィティに着目する。
したがって、投資会社の中でも、デジタルネットワーク分野に注目しており、ICT 分野
での専門性が高いグローバルな米国系大手投資会社の事例から選択することとする。これ
に該当する日本で活動中の大手プライベート・エクィティには、GA140、ウォーバーグ・ピ
ンカス(Warburg Pincus:以下 WP)141がある。
(2)ジェネラル・アトランティック
140
http://www.generalatlantic.com を参考にしたほか、
インタビューを行った(2005 年 1 月~2006 年 1 月)
。
筆者が日本代表を務めている。
141 http://www.warburgpincus.com 参考にしたほか、インタビュー(2005 年 6 月)を行った。
83
①会社概要
GA は、1980 年にニューヨークで設立され、130 社を超える企業に投資してきた。同社
は、IT 企業、ならびに成長のために IT を駆使する企業への直接投資を専門としている。
1990 年以来グローバルな投資活動を進め、現在のポートフォリオ(投資先)50 社強の
うち 3 分の 1 以上が米国以外に本社を持つ。約 70 名の専門家が世界各地の 11 の事業所で
活動している。
約 100 億ドルの投資資金を保有し、年 10 億ドル程度を投資。1件当たり 25-250 百万ド
ル程度を年間 8-12 件新規投資している。
②投資分野
GA は、産業分野特化(industry-focus)を重視している。以下のように個別のインダス
トリー・エリアにおけるセクター・チームが、高い専門性をもって投資およびポートフォ
リオ企業の支援を行っている。
•ビジネス・ソリューション
•エンタープライズ・ソフトウェア
•コミュニケーション
•エンベデッド・システム
•ファイナンス
•ヘルスケア
•コンシューマー
(3)ウォーバーグ・ピンカス
①会社概要
米国を拠点に、1971 年から、WP は 11 のプライベート・エクィティ・ファンドをつく
り、215 億ドルを 30 カ国の 525 以上の企業に投資してきた。1987 年に初の米国外のオフ
ィスをロンドンに開き、それ以来グローバル組織を作り上げてきた。
2005 年末現在、投資活動中のファンドは、1998 年、2000 年、2002 年、2005 年にそれ
ぞれ設けた 50 億ドル、25 億ドル、53 億ドル、80 億ドルの 4 本である。
②投資分野
WP は、20 年以上前から産業分野特化している(industry-focused)
。同社のプロフェッ
ショナルは、各インダストリー・グループに分かれて、専門性を高め、各インダストリー
の製品、サービス、技術、そして市場トレンドの理解を深めている。各国そして国際的な
インダストリーの知識を持ち、起業家や経営者にとって洞察力のあるパートナーとなって
いる。
WP が対象とするインダストリーは、次の通りである。
・ 企業向けテクノロジー&サービス
84
・ コミュニケーション(通信)
・ 情報技術
・ メディア
・ コンシューマー&産業
・ 教育
・ エネルギー /資源
・ 金融サービス
・ ファインテック
・ ヘルスケア/ライフサイエンス
・ 不動産
(4)共通点
両社共に、投資額は比較的大きく、GA では 1 件あたり 50-100 億円が平均である。株式
の持分は必然的に大きくなり、20-40%程度が多い。ポートフォリオとして投資対象企業の
株式を持ち続ける期間も、比較的長い(GA は 5-7 年)。
したがって、これだけの規模と期間で投資対象企業にコミットするのであり、確率論で
同一セクターにいくつも分散投資する、いわゆる米国シリコンバレー型のベンチャーキャ
ピタルとは戦略を異にする。
両社に共通なのは、各産業分野についての専門性である。WP でのインダストリー・フ
ォーカス(industry-focus)であり、GA のセクター戦略(sectoral strategy)である。そ
の分野専門性をもって、今後の有望投資分野の命題(thesis)を構築し、それに沿って投
資機会を探索する。つまり、将来的に有望な事業機会がその分野にあるという論理を伴う
投資のビジョンであり戦略である。
例えば、WP は、ミドルウェアに注目し、BEA Systems という会社に投資して、同社を
プラットフォームにして同社よりも大きな会社を買収して、ミドルウェアのリーダー企業
を創りあげた。これは、戦略的シナリオによるものである。
これは、米国シリコンバレー型のベンチャーキャピタルの代表格の一つである、アクセ
ル・パートナーズ(Accel Partners)142の言う、彼らのモットーである prepared mind(投
資案件に出会ったとき、魅力とリスクを判断できる、心の備え)とは、その戦略性の高さ
で趣を異にする。GA、WP の方が、自らのシナリオで動くという意味では、アクセル・パ
ートナーズは比較すると受身的とも見て取れる。もっとも、アクセル・パートナーズのよ
うな著名ベンチャーキャピタルは、シリコンバレーの人脈と知名度もあって、案件は多数
入ってくる。また、アーリー・ステージの比率も高く、投資件数が二社よりも多い。
また、投資には、第二章でも議論した機会主導型のものがある。これも重要な投資対象
ではあるが、二社は比較的、機会主導型のものが少ないということである。いずれにせよ、
142
http://www.accel.com
85
二社については、戦略シナリオが最大の特徴と言えよう。
なお、こういった投資会社の場合は、事業機会というより投資機会と言った方が妥当か
もしれないが、そのビジネス上の戦略ゆえに、OR の参考として取り上げた。
次に、WP より ICT 分野そしてデジタルネットワーク分野に集中特化している GA につ
いて、さらに事例研究を進める。
86
第2節 ジェネラル・アトランティックの事例
1.セクター戦略
(1)過去の例
GA は、企業向け IT について、歴史的にソフトウェアを中心に投資を行ってきた。初期
はシステム・マネジメント・ソフトウェアに着目して成功を収めた。後にアプリケーショ
ン・ソフトウェアに投資展開して、これも収穫を得た。
過去に狙いを定めて積極的に投資機会を創り出したものには、以下の様な例がある。
・ システム・マネジメント・ソフト:中小規模のソフトウェア企業が分散しているが、合従
連衡が必然であると想定し、この分野で最初に投資したLEGENT Corporationを受け皿
として多数の会社をM&Aし、成長させた。
・ ERP:欧州の企業アプリケーション・ソフト会社の国際展開が本格化すると予見し、オラ
ンダのBAAN N.V.に出資して米国展開を推進した。
・ BPO:ビジネス・プロセス・アウトソーシング。詳しくは後述する。
・ インターネット・サービス:既存サービスのネット化やネットを介したサービスの隆盛を
予見し、E*Trade、Priceline.comの初期ステージに出資し、CEOリクルーティングを含
む企業構築を支援。
・ オフショア・アウトソーシング:インドのアウトソーシングが、単なる人員貸し的ビジネ
スから、ITサービスなど高度化すると確信し、ソフトウェア開発のPatni Computer
Systems Ltd.やコンタクトセンターのDaksh、GEグループ内BPO会社のGenpactに投資
した。
なお、ヘルスケアのIT化のように、理屈としてポテンシャルは大きいが、市場が拡大する
タイミングが見え難いため、長期テーマとして根気強く定期的に見直していったものもあ
る。
(2)取り組み方
GAは、セクター毎にチームを編成し、必要とあればセクターの業界経験者などの専門性
のある人材をスカウトしてチームを強化する。各チームは世界にまたがり、ほとんどの投
資プロフェッショナルは、いずれかのセクター・チームに属している。GAのセクター戦略
への主な取り組み方は、次のとおりである。
・定期的なセクター毎の戦略立案と投資委員会への報告と提案
・役員(Managing Partner)からセクター・チームへの意見や提案
・テーマを設定してのマーケット・マッピングなどの調査
・社内リサーチ・チームや、必要があれば外部コンサルタントも活用
・外部の専門家や有識者との議論
87
・投資先企業や関係企業との議論
なお、GAでは、こういった研究・検討を行った上で、自ら投資案件をサーチすることにな
る。
・ 「持ち込まれる案件は、検討にのる率も成約率も低い」
・ 長期的なテーマについては、適切な時期が来るまでレポジトリーにおいておき、定期的に
レビューする
・ 単なる出資でなく自らの戦略に合致した企業にのみ投資し、それに向けて企業を発展させ
ることに力を注ぐ。
・ 投資後、戦略に基づき、企業買収・合併や、事業転換、国際展開、などを支援することも
多い。
・ 魅力的な市場分野に適切な案件がなければ、自ら企業を創造することも行う。
第二章のOR先行研究では、ORのアイデアがひらめきや偶然によるという意見も見られた
が、ここでは他者に説明ができる、説得力のある事業機会として特定の努力がなされてい
る。
2.ビジネス・プロセス・アウトソーシングの事例
いくつかあるGAのセクター戦略の中で、BPO事業創出の事例から、ORへの示唆を探り
たい。
(1)BPOとは
BPOとは、企業が、人事や管理業務、営業、ロジスティクスなど、主核ビジネス以外の
業務を専門業者に委託するサービスである。市場の変化や企業間競争の激化により、企業
にとって本業への経営資源の集中的配分はますます重要になってきている。BPOを導入す
ることにより、企業は顧客に提供する製品やサービスのレベルを落とすことなく、人的資
源の最適な配置やコスト抑制を実現することができる143。
(2)BPO分野への投資
①概要
GAは、1998年に世界に先駆けて本格的なBPO企業を創設して以来、継続してBPO分野
の数社に投資してきた。GAのポートフォリオ企業のEU内でのBPOを含むアウトソーシン
グ市場でのシェアが高いため、EUから意見聴取されたこともある程、集中的に本分野の企
業を投資育成してきた。
143
アルゴ 21 による説明(http://www.argo21.co.jp/glossary/bpo.html)。
88
②投資した企業
1998年に二社を共同創業して以降、次のようなBPO企業に投資をしている。なお、参考
のためここで共同創業した一社であるBPO-Europe(後にXchanging)について簡単にま
とめる(BPO-USについては後に詳述する)。2005年はじめの時点で、Xchangingは10カ
国3,000 人、2004年の売上高は260百万ポンドを超え、2004年下期で数年にわたる30億ポ
ンド以上の契約を獲得しており、欧州のBPO市場で重要なポジションを獲得している144。
Hewitt Associates(米)
人事コンサルティングとアウトソーシング
投資したBPO-US/Exultと合併。
Xchanging(英)
顧客対応、ファイナンス、会計、人事、購買のBPO
Northgate(英)
政府、人事関係のソフトウェアとアウトソーシング
投資したRebusと合併。
TDS(独)
ITコンサルティングとアウトソーシング、人事サービス
Propay(ブラジル)
人事アウトソーシング
Liberata(英)
保険、人事その他のBPO全般
Daksh(インド)
顧客サービス/コンタクトセンター
2004年にIBMが買収
Genpact(インド)
大企業向けBPO(元GE子会社)
Trinet(米)
中小企業向け人事サービス
このように、連続してBPO分野に投資を続けている。理由としては、魅力的なセクター
という判断はもちろんだが、他の投資家も既に目をつけている顕在した投資機会である。
先行してBPO分野に投資をし、かつリーダー企業を育てたことで、対象となるBPO企業が、
多数ある投資家の中からGAを選択する傾向があるという背景がある。
また、人事BPOが軸となってはいるが、ある時点から、オフショアBPOに着目して、い
ち早くインドのBPO企業に投資を行っている。すでに一社は、IBMに買収されるという成
功を収めている。
(3)BPOのOR
①BPOの可能性
1990年代後半、GAは次なる投資有望分野の探索を考えていた。リサーチ・チームから
の情報、そしてポートフォリオ企業からの情報に基づき、パートナーが議論を積み重ね、
ソフトウェアでなくITサービスについての可能性があるのではという問題意識を持った。
そこで、1997年、パートナーの一人で主にエンタープライズ・ソリューション分野の投
資を担当するマイケル・クライン(J. Michael Cline)が、ITサービス関係の投資機会の可
144
http://www.xchanging.com
89
能性を検討するために、ITサービス市場の研究を推進した。
ITサービスの顧客であるFortune500クラスの超大手企業のヒアリング調査の中で、満た
されていないニーズとして、ITだけでない業務のアウトソーシングが浮かび上がった。
IBMやEDS(Electronics Data Systems Corporation)などがデータセンターのアウト
ソーシングを提供しているが、IT部分にとどまっていた。しかし、ユーザー企業は現行の
サービスに満足しておらず、さらなる効率化のために、ビジネス・プロセスごとのアウト
ソーシングを欲していた。つまり、コア業務ではないビジネス・プロセスのアウトソーシ
ング需要が、いくつもの顧客企業に潜在することが認識されたのである。
ここでクラインと彼のチーム(エンタープライズ・ソリューション)は、次のような事業
機会のターゲット仮説を立てた。
・ 顧客企業のコアではないビジネス・プロセス:自社のコア業務はアウトソースし難く、自
社の専門性が高いため、アウトソーシング会社による効率化は容易ではない。つまり、専
門性に乏しいノン・コア業務がアウトソーシングの対象となる。
・ 多数の企業で共通性のあるビジネス・プロセス:BPOを提供する企業が、複数企業のプ
ロセスを統合的に運営することで効率化が可能となり、より高いマージンの実現ができる。
・ 情報技術のインパクトが大きいビジネス・プロセス:GAの投資領域に基づく。ITの活用
による効果が見込めるもの。
②人事BPO
ここから、人事、財務経理などの間接業務、バックオフィス業務などが上げられた。ノ
ンコア業務を大きなチャートに書き出して、マーケット・マッピングを試み、検討の後に、
中でも人事に着目して掘り下げてみることとした。
また、BPOについて、顧客企業のニーズは認められるが、想定される競合企業について、
その姿勢や課題を理解することが大切であり、その把握に努めた。アンダーセンコンサル
ティング(現アクセンチュア(Accenture))、IBM、EDSなどITアウトソーシング各社
は、BPOについては消極的であった。BPOをやらない理由は、
・ 自社は情報技術の会社であり人事などの業務の専門性は乏しい。
・ サービス・レベル・アグリーメントがあいまいでリスクが恐れられる。情報システムのアウ
トソーシングでは機能が止まったときなど規定があり、賠償額も算定しやすいが、定性的
ではそれも難しい。
・ 問題が起こった場合のリスクが大きい。人事業務が止まった場合、どれだけ請求されるか
見当がつからない。
また、人事関係のコンサルティングやアウトソーシングなどのプロフェッショナル・サー
ビス企業について調査を行った。同じサービス会社でも、人事とITでは、業界の標準も感
覚も大きく異なることが分かった。
・ 人事コンサルタントは情報技術について弱い。つまりITを活用したBPOを行う能力に欠
ける。
・ 人事関係のサービスでは、サービス・レベル・アグリーメントが使われて契約されており、
90
業界の標準的なものがある。
・ 試算をすると、余程のことでもない限り、賠償は50百万ドルほどで十分である。
また人事のビジネス・プロセスは、ITによる改善余地が大きくBPOの対象として適する
ことが確認された。
・様々なデータが大量にあり、散在しており、ITの力を活用する範囲が広い。
・顧客企業のビジネス・プロセスの中で、人事は情報化がかなり遅れている。
また、システムによる24時間対応の価値も考えられた。
顧客大企業は、単なるITアウトソーシングだけに限定されるサービスに不満を持ってい
た。業務ごとアウトソーシングしたい。しかし、EDSなど大手ベンダーは、その準備がな
かった。ノウハウ、実績からして、先んじるメリットは大きい。新興企業でも十分戦える
と考えられた。しかし、これに相当する事業に取り組んでいる会社は見当たらなかったの
である。
エンタープライズ・ソリューションのチームから投資委員会にBPO分野への投資につい
て提案がされた。既存の会社にこれに相当するものはないが、市場の潜在性は多大であり、
見逃すべきではない、というものであった。チームの提言に基づき、戦略として採用する
こととなった。そして、GAの代表パートナー(社長兼会長に相当)スティーブ・デニング
(Steven A. Denning)自らチームに参画し、プロジェクトを推進することとなった。
3.エグザルトの事例
(1)エグザルト145の創設
1998年にGAは、BPO市場の可能性を認識し、自ら米国と英国にBPO会社を創設するこ
とを決めた。エグゼクティブ・サーチ会社と自社の人的ネットワークにより、創業社長を
リクルーティングし、BPOのリーダー企業を作り上げる計画を開始した。
1998年終わりに米国ではMCI Systemhouseのジム・マッデン(James C. Madden)を
獲得しBPO-USを、英国でアンダーセン・コンサルティングのデビッド・アンドリューズ
(David Andrews)を獲得しBPO-Europeを、それぞれ本格的BPO事業の準備会社として
設立した。以下、BPO-US(後にエグザルト(Exult Inc.))を中心に記述する。
①創業チーム
GAは、マッデンをヘッドハントし1998年11月にCEOに据えてBPO-US(本社カリフォ
ルニア州アーバイン(Irvine))を創設した。GAは、マイルストーンにそった条件つきで、
約50百万ドルまでの投資をマッデンに約束した。
マッデンの経歴は次の通りである。
BA in Finance and Geology, Southern Methodist Univ.
145
www.hewitt.com、エグザルトの過去の 10K を参考にした。筆者は、過去に同社を支援した経験を持つ。
91
アンダーセンコンサルティングにて、同社初の西海岸アウトソーシング・プラクテ
ィスを経た後、
1991–1993年 Booz-Allen & Hamilton(コンサルティング会社)プリンシパル
1993年 MCI Systemhouse (MCIのアウトソーシング事業部門)入社、VP兼LA
オフィス代表
1994年1月
同社GM, Pacific Region
1995年6月
同社President , US and Latin American Divisions
1997年6月
同社CFO
マッデンが1998年11月からエグザルトCEO兼社長に就き、GAのクラインとデニングが、
非常勤役員となった。当初は準備会社としての位置づけであり、資本百万ドルから出発し
た。なお、クラインは、コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニー
(McKinsey & Company:以下マッキンゼー)出身、ハーバード・ビジネス・スクールの
ベーカー・スカラー(MBAプログラムの成績優秀者)である。
追って、マッデンは、エグザルトの立ち上げにあたり次の二人をはじめとする中核メン
バー(共にその前はMCI Systemhouseに在籍)を招聘した。
Stephen M. Unterberger
Scott J. Figge
1999年2月からエグザルトEVP and COO
1999年4月からエグザルトVP, Business Development
②ファイナンス
初期の資金調達と主要株主は以下の通りである。
2000年6月の米国NASDAQでの株式公開までの直接金融による資金調達額:
1998年11月
1.0百万ドル(GAから)
1999年
55.1百万ドル(GAから4月に9.0百万ドル、10-12月に45.0百万ドル)
2000年
64.0百万ドル
株式公開前の主要株主と持分:
GA
67.1%
James C. Madden
12.1%
BP International
10.1%
(2)人事BPO事業化
クラインらGA側は、BPOを人事に限定したわけではなかった。大手企業へのBPOとい
う事業コンセプトは共通認識として確認されたが、具体的にどういう業務やサービスにす
るのかは、マッデンらBPO-USのメンバーに任せることとした。
マッデンは、顧客候補企業と議論を重ね、事業機会を探索した。ここから、BPアモコ(BP
Amoco)と具体的な対話が始まった。その中で、人事BPOへのフォーカスの設定と、具体
的なサービス内容と経済モデルの骨格をつくっていった。話が具体化していくところをみ
て、GAは99年4月に追加投資を行う。
92
6月にはBPアモコから仮契約を得、8月には社名も変更して、本格的にBPOサービス用の
システム開発を開始するに至った。そしてBPアモコから12月に本契約を獲得する。
エグザルトの事業内容は、フォーチュン500企業に向けての人事関係業務の広範なアウト
ソーシングである。顧客企業の従業員には、各サービスセンターから、Web対応のmyHR
システム(HR:Human Resource、人事の意)によって、オンライン・ネットワークでサ
ービスが提供される。サービスセンターは、インドを含む世界各国に置かれ、ネットワー
クされている。主なサービス領域は、次の4つである。
・ Source & Account:経費処理など、経理・会計業務や調達業務
・ Pay & Reward:給与、福利厚生関係業務
・ Acquire & Staff:採用や、柔軟な人員配置に関わる業務
・ Retain & Grow:教育、異動、転勤等に関わる業務
一からつくった会社なため、BPOに必要な資源やノウハウは、外部に目を向けざるをえ
なかった。
売上高13.2百万ドル(1998)、11.0百万ドル(1999年11月22日まで)で35人のHR関係
のコンサルタント会社Gunn Partnersを、1999年第四四半期に15百万ドルで買収した。ま
た、Pactiv Corporation、Tenneco Automotive Inc.とは、2000年1月に顧客サービスセン
ター業務で3年契約を結び、同12月には3.5百万ドルで一部資産を買収した。
なお、2000年3月時点で社員は175人(20人サービス開発、97人オペレーションとデリバ
リー、12人セールス・マーケティング、31人コンサルティングとリサーチ、15人総務・ア
ドミ)であった。
図表 2-1 エグザルト沿革
1998 年 10 月
BPO-US, Inc.創業
1999年6月
BPアモコから(12月開始に向けて) 仮発注(Letter Of Intent)
1999年8月
エグザルトに社名変更。webベースのHR BPOサービスである
myHR開発開始(2000年第二四半期導入用)
1999年第四四半期
Gunn Partnersを買収
1999年12月
BPアモコから契約を獲得
2000年6月
米国NASDAQに株式公開
2003年6月
プライスウォーターハウス・クーパーズ国際BPO部門を買収
2003年
大手500社の人事BPO市場で約40%のシェアに
2004年10月
人事コンサルティング大手ヒューイットと合併
出所:ヒューイット、エグザルト 10K
(3) エグザルトの成功
表2-2のように、エグザルトは大口の顧客を順次獲得していき、成長を遂げていった。顧
客企業は実績や既存顧客からの意見を重視するため、ベンチャー企業とはいえ、一流の巨
93
大企業の契約をとることができた。表2-2のように、売上高だけをみても急成長ぶりが分か
るが、10年契約を基本とするため、将来に渡る受注についてカウントをすれば、非常に大
きな数値になる。
図表 2-2 エグザルト業績
主要顧客(2003 年末現在)
社名
契約時期
人員数(千人)
BP p.l.c.
1999年12月
56
Bank of America Corporation
2000年11月
143
International Paper Company
2001年10月
70
Prudential Financial
2002年1月
47
BMO Financial Group
2003年4月
34
注:BP(7年)以外は10年契約
売上高の推移
年度
1999
売上高(百万ドル)
4.0
2000
53.3
2001
2002
257.1
405.8
2003
480.3
出所:エグザルト10K
また、体制的にも発展し、国際展開をすすめることになる。2003年6月にはプライスウ
ォーターハウス・クーパーズ(PriceWaterhouseCoopers)から国際BPO部門を買収し、
2004年1月時点の社員2,424人のうち半数が米国外となった。
そして、エグザルトは、2004年10月にヒューイット(Hewitt Associates Inc.:世界最大
級のHR関係のアウトソーシングとコンサルティングの会社)によって691百万ドルの価格
での株式交換により買収された(GAは2006年1月現在もヒューイットの株を多く保持して
いる)。
BPOコンサルティング会社のEverest Group(2003年12月発表)調べによると、エグザ
ルトは2万人以上のグローバル500企業での人事BPO契約では約40%の市場シェアを持ち、
約10%の二位企業を引き離していた。
なお、10/4/2005付けのプレス・リリース(One Year After Merger, Hewitt Associates
Strengthens HR BPO Lead)で、買収された後の更なる発展が報告されている。買収後の
1年でサン・マイクロシステムズ(Sun Microsystems Inc.:以下サン)など14社の新規ク
ライアントを獲得し、人事BPOで37%の市場シェアを保持している146。
146
Everest Research Institute (based on total contract value, >10k employee, July 2005)
94
4.事例分析と示唆
(1)まとめ
GAにおけるBPOのORは、次のようにまとめることができる。
・ ITサービスに事業機会があるのではという問題意識
・ ITユーザー企業からのアイデアの獲得
・ 大企業向けBPO市場の潜在力と成長性についての調査
・ HR関係市場でのBPO事業機会の初期仮説立案
・ 既存ITサービス大手企業のBPOへの取り組みの確認
・ 既存HRサービス企業からのHR関連ビジネスの実態理解
・ BPO分野への基本的な投資戦略の策定
・ 投資対象となるベンチャー企業の探索
・ 対象企業不在のため独自創業の可能性を検討
・ 共同創業者となる起業家人材を探索
・ 起業家とともにビジネスコンセプトを策定し、米英で二社創設
・ その後も案件サーチと投資を継続
・ 人事から他のBPO市場への拡大、特にオフショア
エグザルト社を例にとると、GAはビジョンをつくり、起業家がそれをベースに事業機会
の具現化を担った、という形である。この場合、GAが「創造」を行い、マッデンが「形成」
を行ったかというと、そうとも言えない。もちろん、「ひらめき」ではなく、論理的に市
場性を評価したのである。
もともと、ITサービスに有望な分野がありそうというマクロな見方から出発し、顧客の
声からヒントをもらい、ヒアリングと理詰めで外堀を埋めていった様なアプローチである。
したがって、自ら事業に取り組むといった、具体顧客、具体サービス、具体プロジェクト、
といったアイデアはさして詰めてはいなかった。しかし、将来展望としての戦略的なシナ
リオは確固としており、それゆえ50百万ドルという大きなコミットメントができたのであ
る。
したがって、GAは、戦略的ビジョン、それもそれによって起業家が具体的な行動を起こ
せるような方向性の明確なものを構築し、伝えたという役割と言えよう。また、事業機会
の一つのシーズとして、マッデンを「獲得」したとも言えよう。
それを起業家が受け取り、具体的なビジネスのアイデアを創り、それをさらに具現化す
るビジネスコンセプトを形成していったのである。それをGAが評価し、準備金的な$1mか
ら、事業化のための追加投資を行ったのである。
GA内部で見ると、クラインがリーダーシップを執ったのは確かだが、もともとのITサー
ビスという命題は幹部の議論から総意として提示されており、またBPOへのコミットメン
トについては、クライン単独ではなく、それに説得された代表パートナーが共にリーダー
95
シップを執るという発展をもって、実際の行動と投資につながっている。
マッデンは、GAにより指針と資金的バックアップを得た後は、具体的なビジネスアイデ
ア創造そしてビジネスコンセプトの形成にあたっては、顧客候補との議論を重ね、それを
通して得たものが最も大きかった。特に、初期顧客となったBPアモコである。ITサービス
企業は、このように顧客から動かされてORを行うことが多いのである。
なお、アンダーセンやIBMなど、他のITアウトソーシング会社がORしなかったのは何故
かという問いが生じる。業務をアウトソーシングするというBPOの概念そのものは既存で
あり、珍しいものでもなかった。しかし、二つの点がGA/エグザルトと異なっていた。一
つは、市場性の認識である。顧客ニーズの強さと、市場が開けるタイミングである。これ
は将来に向けての戦略的な確信の違いである。もう一つは、具体化についての不安である。
GA/マッデンは、不安を顧客や様々な関係者、専門家にあたる中で、解消し、解決策をつ
くっていった。これに対して、他社は、概念から一歩も進まず、「形成」の努力をしなか
ったことにある。
また、それ以後の投資から、GAがORプロセスを繰り返したことが理解される。なお、
この場合は、事業機会というより、投資機会である。これは、オフショアBPOへの投資に
際してである。かつては人材派遣(body shopping)的な低付加価値サービスが主であった
が、付加価値のとれるサービスへと進化が見込まれたときに、他に先駆けてインドのBPO
企業への投資機会の探索を進めたのである。
(2)組織と戦略主導
大企業における新事業活動の方向性、つまり到達目標と範囲の設定は重要である。新事
業活動の方向性を決めることは、新事業を推進する理由を明確に反映する目標を設定し、
新事業活動を会社の目標に反する方向に進まないようにする効果がある(Block and
MacMillan 1993)56。
さらに、新事業は、新たな成長の駆動力として位置づけられるだけではない。新事業プ
ロジェクトは、新たな成長の端緒となるとともに、企業全体の事業領域(ドメイン)を変
革する橋頭堡でもある(山田 2000)65。これは、GA の BPO の事例によっても確認された。
すべての企業には、どのような中核能力を構築すべきか、どのような技術が中核能力を
構成するかを示し、企業の将来像を描く「戦略設計図(strategic architecture)」が必要で
あるとしている。戦略設計図は、詳細な計画ではなく、基本的な大枠を示すものであり、「築
き上げるべき企業力(competence)を概略的に明らかにする未来への高速道路のようなも
の」であるとされる。Hamel and Prahalad(1994)66 は、企業は戦略設計図にもとづいて、
「新しい機能を取捨選択し、新しい企業力を獲得したり、既存の企業力を調整して、顧客と
の接点を作り直す」ことが必要であると主張している。ここでいう企業力とは、「個別的な
スキルや技術を指すのではなくて、むしろそれらを束ねたもの」とされる。
96
戦略的に、柱創造型の新事業を実行に移す要件として、石井他(1996)147は、①トップ
ならびに戦略スタッフが、環境変化と自社地位との徹底した分析を行うこと、②戦略は、
企業の将来的な方向を明示し、行動指針として具体化されていること、③トップならびに
戦略スタッフが、組織構造を構成員の役割が明瞭となるように設計すること、の 3 つをあ
げている。
もう 1 つは、進化論的な機会主導モデルである。このモデルでは、企業革新は、ミドル
マネジメントによって創発的・自然発生的に創造された変化が、組織内部の淘汰過程を経て
伝播していくプロセスであり、戦略主導型とは大きく異なる。
戦略主導型の新事業開発では、経営トップがドメイン変革のイニシアティブをとり、経
営ビジョンを基にした戦略を策定して、全社レベルで資源を動員して変革を進めていく。
その意味では、社員の変革マインドに与えるインパクトは強い。ラジカル・イノベーショ
ンと企業の既存のシステムは、戦略的な意味、具体的には戦略的意図で、より明確に結合
を示さねばならない(O’Connor 2004)148。
そして、その戦略を伝え、話し合う努力を十分にする必要がある。Covin and Miles
(2003)149の研究によれば、社内起業家とトップマネジメントとのオープンでダイレクト
なコミュニケーションが、社内起業家たちに企業戦略の理解と、トップマネジメントの市
場と技術についての理解を促進するという。また、新事業活動を戦略的な対話を始めるき
っかけにすることができる、と指摘している。
Zahra, Nielsen and Bogner(1999)150は、社内起業活動が、いかに、組織が追求する
次の強みのドメインと照準について特定し、描き出すことの助けになるか、述べている。
戦略的意図との結びつきは、イノベーション・リーダーとトップマネジメントとの定期的
なコミュニケーションによって確かなものとなる。
このように、戦略的な展望は、組織、特に大組織におけるORにとっては、非常に意味あ
るものであると理解される。
(3)ORプロセス・フレームワーク
第一章で構築した仮説としてのORプロセス・フレームワークであるが、基本的にはGA
の事例を通して妥当性が検証されたが、組織におけるORとして一点、加えるべきものがあ
ると考えられる。
枠組みとしてのORプロセス・フレームワークはそのままに、図表2-3にように、先をみ
た戦略的な「展望」をこれに加える。プロセスのベースであり出発点としての「展望」で
147
石井淳蔵・奥村昭博・加護野忠男・野中郁次郎 (1996)『経営戦略論:新版』有斐閣
O’Connor, G.C. (2004), “Corporate Entrepreneurship as a Dynamic Capability: The special case of
Radical Innovation,” RPI working paper.
149 Covin, Jeffery G. and Miles, Morgan P. (2003), “The Strategic Use of Corporate Venturing” unpublished
working paper, Kelly School of Business, Indiana University.
150 Zahra, S. A., Nielsen, Anders P. and William C. Bogner (1999), “Corporate Entrepreneurship,
Knowledge, and Competence Development,” Entrepreneurship, Theory and Practice (Spring), vol. 24 (3),
pp. 169-186.
148
97
図表2-3 ORプロセス・フレームワークの改良
市場
外部
獲得
創造
形成
決定
繰り返し
投資会社事例研究から
・「展望」を付加
・戦略的意図/シナリオ
市場
外部
創造
獲得
形成
決定
展望
繰り返し
ある。なお、次に記すように、これは活動ではなく、個々の活動そしてプロセスとしての
基本を示すものである。
・ 展望:事業機会そのものではないが、組織として、この方向で新たな柱や新事業を追求し
たいという指針。各要素の活動を行う者が、行動を起こせる、あるいは具体的行動につな
がるもの。あまり曖昧すぎたり、広範囲すぎては効果がない。多くの場合、情報収集と集
積・分析、経営の意志やロードマップの策定と伝達が求められる。時には、後述のマイク
ロソフトの例のように、特定分野でソニー対抗策を出せという展望もありうる。
98
また、BPOの事例では、最適な人材や外部資源の獲得が実行上の鍵となった。これがOR
に及ぼした影響は極めて大きい。マッデンを欠いては、エグザルトの成功がこれ程だった
かは、疑わしいと言えなくもない。したがって、獲得の対象を事業機会のシーズであれば、
技術やアイデアにとどまらないと解釈を拡張することとする。
このように、事例研究によって、仮説の改良と精緻化を行うことが可能となった。
(4)戦略主導と機会主導
本フレームワークは、
「展望」を加えることで、戦略主導型の OR プロセスを示している
が、機会主導的な要素は含まれていないのか、あるいは活用されるのか、OR プロセスに
おける戦略主導と機会主導の関係を議論する。
大企業の新事業の類型化を行った加護野・山田(1999)は、戦略主導型による柱創造の
例として旭化成と東レを挙げている。
旭化成は、1980 年代半ばに「2001 年プロジェクト」という長期ビジョン策定を行い、
エレクトロニクスとライフサイエンスを新らたな柱として創造することを打ち出した。両
事業とも、2005 年度は共に売上高 1 千億円を超え、2002 年・2006 年に発表の中期計画で
は、
「選び抜かれた多角化」151を経営戦略として掲げ、継続して成長を志向し重点事業とし
て両事業に投資を行うと言明している。これは、展望を明示して、OR プロセスを実行し
ている分かりやすい例である。
東レは、かつてはインフォーマルなチーム力に依存していたが、そういった新事業推進
の限界を悟り、1990 年頃までに全社を統括した技術センターと社長直轄の委員会を設置し
て戦略的に新事業に取り組んでいる。現在の東レは、アングラ研究を奨励しながらも、集
中・継続的に全社の意志として新事業を推進するプロセスを構築している。例えば、これ
がなければ、炭素繊維は事業化できなかったと言われている。これは、
「創造」において偶
発性や個人の創造性を発揮させつつ、全社の戦略的な意志によって、有望なシーズを探索・
獲得してビジネスコンセプトを形成して投資するというプロセスを意味している。
第4章で取り上げる事例をみても、ベンチャー企業や外部人材など社外資源の活用によ
って、社外の偶発的産物を OR プロセスに取り込んでいる。社外のパートナーによって OR
の「形成」が左右されることもある。
つまり、戦略主導型といっても、その要素としては偶発性や属人性を包含し活用すると
いうことを示している。
不確実で先が読めない新事業のための OR は、戦略的意図が重要とは言え、全て計画で
きるものではない。戦略主導型の OR プロセスは、その経営戦略上の位置づけと資源配分
の優先順位、タスクフォースの社内での特権など、まさに選び抜かれた多角化を志向する
が、その活動の個別要素としては、特定個人や偶発性などを活用する。偶発をそのままに
するのではなく、戦略的に活用するという取り組み方が、本研究で提示するフレームワー
クの特徴である。
151
旭化成ホームページ
99
(2)組織と戦略でも、戦略主導型の新事業の重要性を述べたが、それでも日本の大手企
業では偶発性を重視する傾向が強い。一方で、経営トップの暴走による失敗が多々見られ
ることもトップダウンに対する抵抗感にもつながっている。これは基本的には、社内で力
を持った一個人の声によって推進された新事業であり、組織による OR ではない。あるい
は、いきなり「決定」された OR と言うこともできる。
「展望」は社としての意志ではなく、
「創造」
「形成」も欠落したまま走り出したような新事業である。本フレームワークは、こ
のような個人の思い込みによる OR を対象とはしていない。
(5)本フレームワークの適用可能性
OR プロセスについての本フレームワークは、デジタルネットワーク分野における大手
企業の柱創造型の新事業を主眼として提示されたものだが、その適用範囲の可能性につい
て議論したい。
まず、
「展望」により、戦略的意図の有無が表される。したがって、機会主導型の OR は、
本フレームワークにはあてはまらない。なお、
「展望」を取り除いた場合、機会主導型とな
るわけだが、
「獲得」を機会主導的に行うことは現実にはみられるが、能動的に探すという
よりは受動的に持ち込み案件を受け付けるといったことになる。また、
「外部」の重要性は
低下することになると考えられる。
次に、デジタルネットワーク分野以外についての適用だが、
「創造」
「形成」
「決定」とい
う基本的な活動については共通と考えられる。もっとも、デジタルネットワーク分野では
特に新結合の重要性が高いが、創造された技術そのものが市場性を決するような場合は「形
成」の重要度は低下するであろう。例えば、窒化ガリウムを用いた高輝度青色発光ダイオ
ードは、量産用に開発されたこと自体がビジネスを決したとも言えよう。
また、この様な分野による特性の違いは、
「獲得」の位置づけにも影響を及ぼすであろう。
上記のような青色発光ダイオードは、開発そのものが事業価値の大半を決しており、外部
から獲得して後に、価値を倍加することは難しい。あるいは、見込みのある開発であれば、
わざわざ他者に譲る理由を見つけ難い。
そして、異なる分野では、
「展望」のあり方が変わってくる場合があると考えられる。特
に、俯瞰的にみれば、時間軸の違いが OR に影響すると考えられる。第4章で取り上げる
事例もそうだが、デジタルネットワーク分野での OR は 1-3 年程度と、比較的短期間で決
する。しかし、RI 研究で挙げられた事例の様に、10 年が当たり前、あるいはそれ以上か
かる分野もある。こういった場合、デジタルネットワーク分野で示されるような展望とは
内容が異なると考えられる。こういった課題については、第6章結び第3節今後の研究課
題にて、さらに言及する。
例えば新素材などの場合、外部からの獲得の重要性は低下することがある。
大手企業における柱創造型の新事業は、売上高で一千億円級あるいはそれ以上というこ
とになるが、事業規模についてそれ以下のものへの適用も考えられる。しかし、自社の売
上高が兆円級の大手企業において、相対的に非常に小さい規模の新事業に戦略主導で取り
100
組む意義が大きいとは考え難い。すなわち、一般的には小規模の新事業に対しては、展望
は必須ではない。もっとも、そのような戦略を全面的に否定するわけではなく、より全社
的な優先度を落とした上で、戦略的な意図をもって OR に取り組むことの有効性は考えら
れる。
そして、企業規模だが、大手企業ではない、より小規模の企業についても適用の可能性
もあると考えられる。もっとも、本フレームワークは組織による OR を前提としており、
個人が OR プロセスのほとんどを実行してしまうような場合には、むしろ起業家の OR 先
行研究が提示しているプロセスの方が、適切かもしれない。
また、シーズとしてのベンチャー企業の買収は、本フレームワークの対象だが、既に出
来上がった企業の大型買収については、対象としていない。これは「形成」済みの事業を
評価して買収するという、本フレームワークとは別のプロセスになる。なお、例えばソフ
トバンクによる企業買収では、ここで対象外とする例がいくつか見られる。第4章の事例
研究では、このような事業が確立した後の企業買収は対象としない。
いずれにせよ、全般的に先行研究が欠乏しており、特に実証研究が乏しい研究テーマで
あり、さらなる研究が望まれる。
(6) 研究課題とのつながり
事例研究から、ORにおける戦略的な展望の重要性についての示唆が得られた。また、い
かに資源や顧客ベースがある大手企業でも、確信が持てず、形成の努力もしなければ、着
想としては既に知っていたビジネスアイデアだとしても、事業機会としては特定されず、
他者に先行されてしまうことが理解された。
このように、ORの重要性が示され、どうのようにORがあるべきかについて示唆が得ら
れたと言える。
第1・2節の、本研究の目的と研究課題とのつながりは以下のようになる。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
・ ORプロセスの構成要素として「展望」が特定され、ORプロセス・フレームワークが改
善された。
101
第3章:新事業のための資源・体制に関する先行研究
構成
要約
第1節
1.
2.
3.
外部性に関する先行研究
内部性
生態系戦略
オープン・イノベーション
4.
5.
アーキテクチャ戦略
デジタルネットワーク分野からのアナロジー
第2節
1.
2.
3.
新事業体制に関する先行研究
新事業組織
不確実性とルースカプリング
デジタルネットワーク分野からのアナロジー
第3節 示唆と仮説構築
1.
先行研究からの示唆
2.
OR 実践要件の仮説
102
要約
柱創造型の大きなポテンシャルのある新事業を創出する OR プロセスを実行するために
求められる資源そして体制についての課題と要件を、先行研究を基に考えた。
榊原は、内部志向の傾向が強い日本企業の性質について懸念を示している。マッキンゼ
ー調査は、コンピュータ、ソフトウェア、半導体は、社内投資比率が高いほど成果が低い
という、内部性の限界を示している。Prahalad and Hamel は、完全に独力ではコア・コン
ピタンスを開発できず、外部への依存を高めることの重要性を指摘している。また、NTT
ドコモなど、内部志向ではなく市場そして事業環境の広い視野から外部を活用する生態系
(エコシステム)戦略を採用する企業が増えている。
また、Chesbroughは、オープン・イノベーションという、内部と外部を組み合わせる、
あるいは事業化にあたり自社より他社に譲渡するという開かれたモデルを提唱している。
藤本・青島・武石などのアーキテクチャに関する研究は、モジュラー化やオープン化とい
ったアーキテクチャとしての変化が進展すると考えられるが、変化に対応できない企業に
とっての課題となると同時に、外部性の活用という意味では可能性が広がることを意味し
ている。
次いで、新事業創造のため、そして不確実な事業条件のための体制についての先行研究
から OR 実践のための体制への示唆を得た。
Leonard-Barton や Christensen をはじめ多くの研究が、既存組織の限界を指摘し、新
事業組織と既存組織を分けるべきと論じている。また、Leifer et al. や榊原他は、ハブ型
の柔軟な組織を提唱している。しかし、Block and MacMillan は、組織の構造に正解があ
るとは考え難い旨を示している。
Weick は、不確実性に対応する組織の鍵としてルースカプリングを提唱している。
O’Reilly が双面型組織を唱えるなど、ルースカプリングを新事業体制に適用する議論があ
る。
この様に、ルースカプリングという柔らかな結びつきの適用が OR 体制に有効と考えら
れる。しかし、ルースカプリングの実施のためには、全社の方向性や新事業の位置づけな
ど、指針を明確に示し、浸透させることが大切である。
また、ルースカプリングは、新事業対既存事業というだけではなく、事業部間や事業部
-研究所間、研究所―マーケティングなど、OR に関わる社内の様々な組織への適用がで
きる。
デジタルネットワーク分野の大手リーダー企業におけるOR実践のための要件として、次
の二つの仮説を提案する。
仮説2-1: 外部性の活用
仮説2-2: 組織のルースカプリング
103
第1節 外部性に関する先行研究
柱創造型の大きなポテンシャルのある新事業を創出する OR プロセスを実行するために
求められる資源152についての課題を、先行研究のレビューを基に考える。
1.内部性
(1)内部性153の問題
同一業界内の企業の人間は、一連の認識や知識および経験の中に閉じこもりがちである
(McKelvery, 1996)154。すると、現実を見る姿勢が業界内に欠如するということにつな
がる。明確に限定された環境にいては、非連続的な技術変化を感知するのは極めて難しい。
さらに、新しい価値がどこに位置するのかが不明瞭なことが多い。
さらに、内部志向の傾向が強い日本企業の性質について、榊原(2005)8は、次のように
指摘している。目利きという属人的要素と、粘り強い取り組みを強調する一定の価値ある
いは組織文化と、やがて良いことが起きるという偶発性への期待(一種の楽観主義)とい
う、これらの要素を強調する日本企業のマネジメントは、基本的に内部志向である。外部
資源の戦略的活用に対し日本企業は積極的でないが、マネジメント面でも、社内に保有す
る人材とこれまでに蓄積してきた技術・ノウハウの活用がプロジェクト・マネジメントの基
本である。
日本では、プロジェクト・マネジメントにおける社内努力優先の姿勢がきわめて強い。
それと表裏一体をなすのが、いわゆる「NIH シンドローム」である(Katz and Allen,1982)
155。NIH
とは“Not Invented Here”の頭文字であり、直訳すると「自分たちの発見でない」
といった意味の言葉である。専門化が長期にわたり一定の集団に所属すると、自分たち以
外のアウトサイダーが生み出したアイデアや情報を顧慮しない傾向が生まれてくる。これ
が NIH シンドロームである。プロジェクト・マネジメントとの関連でいうと、社内の技術・
研究開発成果を絶対視し、自社技術を優先・重用する反面、外部の技術成果の取り組みには
関心を持たないといった姿勢は、NIH シンドロームのひとつの現われである。技術成果だ
経営資源の意。Collis, D. J. and Montgomery C. A. (1997), Corporate Strategy: A Resource Based
Approach, McGraw-Hill/Irwin(根来龍之他訳(2004)
「資源ベースの経営戦略論」東洋経済新報社)
153 後に議論の中心とする外部性と対比の意味で内部性と呼ぶ。外部性(externality)とは、ある経済主体の
意思決定(行為・経済活動)が他の経済主体に経済機構を通さずに及ぼす影響のことである。正の外部性(外
部経済)は他の経済主体にとって有利に働く外部性で、例えば花壇に対して対価を払わなくてもその花を(あ
る種の制限はあるにせよ)愛でること、すなわち便益を得ることが可能である。中でも、ネットワーク外部
性は、ネットワークの特性を持つ製品・サービスにおいて、利用者数や補完財など生態系の広がり等が効用
や利用価値に影響を与えるという性質を指す。また、後述の事例の様に、単純な内部・外部の区別は適切では
なく、その意味でも外部性という言葉を用いた。
154 McKelvey, M.D. (1996), “Discontinuities in Generic Engineering for Pharmaceuticals? Firm Jumps and
Lock-in in Systems of Innovation,” in Technology Analysis & Strategic Management 8(2),p.107-116.
155 Katz, R., and T. Allen (1982), “Investigating the Not Invented Here (NIH) Syndrome: A look at the
performance, tenure, and communication Patterns of 50 R&D project groups,” R&D Management, Vol.12,
pp.7-19.
152
104
けではない。内部人材優先や人事における「純血主義」(inbreeding)も NIH シンドローム
と言える。
また、日本の大手企業では、いちど取り組んだプロジェクトはできるだけ殺さないとい
う考え方が強い。その背後には、そもそも研究開発に対するインプットが限られ、それを
飛躍的に大きくはできないという観念がある。その観念のもとに、インプットの大量化・
多様化よりむしろ、アウトプットのメンテナンス(保護・育成)が強調される傾向がある。
これでは望みの薄い新事業からの撤退や、新事業への思い切った大型の投資は、出来にく
くなってしまう。
また、榊原(2005)は、一般に技術に関連した企業の活動の基本的指針となるものを技
術戦略とよび、これについての日本企業の傾向と問題に言及している。技術戦略とは、企
業と環境との基本的なかかわり方(環境適応のパターン)を技術に関連させて示すもので
あり、そのねらいは技術上の競争優位の構築である。その技術戦略における日本企業の特
徴を欧米企業のそれと比べると、自己完結的で垂直統合的な取り組みが日本企業の技術戦
略の特徴として指摘できる。「閉鎖的」「内向き」「自前主義」などともいわれる特徴である。
技術の多元化と融合の時代に反するこのような特徴は、もしも事実だとすると研究開発の
効率低下に影響している疑いがある。
このように、内部志向が強いことは、ORのための活動に制約を与え、かつORの効率を
低くしている可能性がある。
(2)内部性依存の限界
内部性依存の限界を示す研究がある。米企業を対象とするマッキンゼー調査は、研究開
発への資源投入と投資家が獲得できる利回りとの間に一般的な相関関係が見出されないこ
とを示している。そして、投資家から見た企業価値を経営者が高めていこうとするとき、
技術は不可欠だとしても、社内的な研究開発努力のみでそれを獲得するのは今や不十分で
あり、分野によっては不適切ですらあると主張している。さらに、コンピュータ、ソフト
ウェア、半導体は、社内投資比率が高いほど成果が低いという結果(他はその逆か無相関)
が得られている。
分析に使われたのは、マッキンゼーが独自開発した 1008 社の米企業データベースであ
る。「マッキンゼー企業業績データベース」(McKinsey Corporate Performance Database)
とよばれるこの企業データベースには、マッキンゼー社のクライアント対象となるような
大手企業中心に構成されていると推測される。1062 年から 1998 年までの長期間におよぶ、
この米企業データベースを用いて、彼らは、各企業の研究開発費(研究開発に投入された
費用あるいは資源の大きさ)と、株主が獲得したトータルの利回り(total return to
shareholders)との相関係数を計算している。
ここで、「株主が獲得したトータルの利回り」というのは、中長期的にみた場合の、企業
成長の代理変数という位置づけと解される。中長期的にみた場合、企業が成長すれば株価
の上昇によるキャピタルゲインや配当ゲインが見込まれ、株主リターンが増大すると予想
105
されるからである。
このような変数を用いて相関を調べた結果、マッキンゼーは産業別に大別して 3 つの発
見を得たと報告している(Foster and Kaplan, 2001, pp.216-218)156。
・
製薬産業では両者の間に強いプラスの相関がある。
・
石鹸・洗剤、医療・手術用機器、情報通信の 3 つの産業では相関がない。
・
コンピュータのハードウェア、ソフトウェア、および半導体の 3 つの産業では、相関は
マイナスである。
コンピュータのハードウェアとソフトウェア、そして半導体の産業において、新製品や
イノベーションをもたらすのは、他の企業からライセンス供与された技術や企業買収が多
く、社内の研究開発が主ではないからだろう、とマッキンゼーは推測している。
マッキンゼー調査から、われわれが考えるべきポイントは 2 つある。第 1 に、オープン
な技術戦略を含む幅広い戦略代案の意義である。アメリカ企業は近年、技術のライセンシ
ング、技術獲得を目的とした買収、コーポレート・ベンチャーキャピタル、さらには委託
研究や共同研究など広範な技術戦略を、相互に代替的なアプローチとしてとりあげ、技術
戦略の幅広い選択肢を活用することによって、事業化と企業成長の加速を図ってきた。技
術に関連した「作るか買うか」(make or buy)の意思決定、あるいはそのための「技術のマ
ーケティング」(technology marketing)が、社内的な研究開発努力と並んで重要になって
いる。それに比べると日本企業は、社内における研究開発を重視する傾向が強い。そのこ
ともあって、研究開発の効率低下の問題は、日本企業において、米国以上に深刻化してい
る可能性がある。
第 2 のポイントは、日本の研究開発における「投資過剰」問題の可能性である。マッキン
ゼーがいうように研究開発の内部費消分と企業成長との間に一般的な関係がないとすれば、
社内の研究開発活動を支える研究開発費が日本企業の場合大きすぎるのではないかという
疑いが出てくる。同額の投資を買収やライセンシングなど企業の外の技術へのアクセスの
ために利用したとしたら得られたであろう成果に比べると、社内の研究開発費が生み出し
ている成果は小さいかもしれない。それは逆にいうと、研究開発に対して大きすぎる投資
が行われていることを暗示する。
以上の 2 つが共通に示唆することは、研究開発投資の効率が日本企業において落ちてい
るのであれば、それとの関係で内部志向か外部志向か、クローズかオープンかといった、
企業の技術戦略のあり方を問うことが重要だということである。
また、榊原(2005)は、主要な企業の中央研究所の大勢は、活動の縮小と方向転換であ
るとを指摘している。事実、多数の企業の中央研究所が縮小されてきており、完全に廃止
された研究所もある。
2.生態系戦略
Foster, R. and Kaplan, S. (2001), Creative Destruction: Why Companies That Are Built to Last
Underperform the Market--And How to Successfully Transform Them, Currency.
156
106
(1)生態系(エコシステム)戦略
内部志向ではなく市場そして事業環境の広い視野から外部を活用する生態系(エコシス
テム)戦略を採用する企業が増えている。自社を外に開くことから一段階進んだ、事業環
境の中に自社がいるという視点で、社外からの資源を組み合わせるという考え方である。
すでに、NTTドコモ、シスコ、IBM、SAPなどデジタルネットワーク分野に関わる多くの
大手企業が、生態系(エコシステム、ecosystem)戦略を実行している157。
例えば、シスコの年次報告書には、成長しつつあるインターネット・エコシステムの開放
性が、「ユニークで絡み合った相互依存の関係や結びつきを生み出す相補的な業務提携」を
促進すると記してある。シスコは、数多い買収だけでなく、様々な提携でも知られている158。
また、うまくいっている知識創造のプロセスの背後にある共通点は、非公式な人的な関
係、
(出版や会議出席など)動機付けによる関係、および正式な連携を含む、様々な形態に
よる当該企業と社外の知識ソースの間での相互作用による、明らかな繋がりである
(Eisenhardt and Martin 2000)123。プロセスを一貫しての、潜在的な顧客や外部機関と
の頻繁なやりとりにより、イノベーションのための課題が解決される(Dougherty 1995)
159。
(2)買収
内部性依存の問題は、既にいくつもの研究において議論されている。 Prahalad and
Hamel(1994)は、イノベーションや新製品開発の教科書は、イノベーションに必要な資
源を会社はほとんど備えていると仮定しているが、この仮定はもはや現実的ではないと指
摘している。魅力のある新しい市場機会は、単発的な製品イノベーションではなく、複雑
なシステムの統合から生まれてくる。単独の事業部はもちろん、単独の会社や国家だけで
は魅力ある新しい市場機会を獲得するのは無理である。単独で未来を創造できる会社は皆
無に等しく、誰もが協力相手を必要としている。
近年の技術的変化および社会的変化によって、技術立脚型産業の企業は、コア・コンピタ
ンスの開発を基盤として競争優位を構築すること(Prahalad & Hamel, 1990)160、および
革新的であることを通じてコア・コンピタンスを変化に適応させるマネジメント能力を構
築すること(Teece et al., 1997)161をますます迫られている。財源、時間、技能などの社
内資源が不足しているために、企業は完全に独力ではコア・コンピタンスを開発できず、そ
NTT ドコモ、シスコシステムズ、IBM、SAP のホームページ、マーケティング資料。Moore, J.F. (1996), The
Death of Competition : Leadership and Strategy in the Age of Business Ecosystems , Harperbusiness.
158 Stauffer, D. (2001), Nothing but Net: Business the Cisco Way, Capstone Publishing (金利光訳 (2002)
157
『シスコ―E-コマースで世界を制覇』三修社)
Dougherty, D. (1995), “Managing your Core Incompetencies for Corporate Venturing,”
Entrepreneurship, Theory and Practice (Spring), pp. 113-135.
160 Prahalad, C.K. & Hamel, G. (1990). The Core Competence of the Corporation, in: Harvard Business
Review, Vol.68, No.3,p.79-91.
161 Teece, D., Pisano, G. & Shuen,A. (1997), “Dynamic Capabilities and Strategic Management,” in:
Strategic Management Journal, Vol.18(7),p.509-533.
159
107
の結果、外部調達した技術への依存を高めてきている。
技術の外部調達方法のひとつに技術立脚型企業の買収がある。このような戦略的買収は
ますます重要になってきており(Granstrand et al., 1992)162、ハイテク産業における企
業買収数の増加がそれを裏付けている。
従来の研究では、よほど自社の既存の技術や市場から離れていなければ、自社で、ある
いはジョイント・ベンチャーといった形で取り組むという論調があった(Burgleman 1984)
163。しかし、こういった考え方は、すでに現実には、特にデジタルネットワーク分野につ
いては、あてはまらなくなってきている。
なかには、従来の意味での研究所を持たずに、別種の戦略を遂行する企業も見られる。
デジタルネットワーク分野の大手リーダー企業シスコシのA&D(Acquisition &
Development:買収開発)戦略はその一例である。シスコのCEOジョン・チェンバース(John
Chambers)は、「6ヶ月以内に部品や製品を開発できるだけの資源を持てなければ、必要
な資源を買いなさい。さもなくば機会を逸してしまう。
」と述べている144。
また、前田(2005)164は、クリステンセンの言う大企業が抱えるイノベーションのジレ
ンマを、研究開発型ベンチャーを囲い込むことにより乗り切れると、述べている。
このように、外部性の活用の重要度が高まっており、かつ実践もされている。
図表 3-1 技術・市場対新事業体制
技術
本
市
場
本
業
関
連
非関連
業
関 連
非関連
ジョイント・
内部での開発
ベンチャー
社内ベンチャー
ジョイント・
買収
ベンチャー
出所:Burgleman(1984, p.544)
(3)提携
大手企業が、自前主義ではなく、わざわざ提携を推し進める背景に、提携によってより
Granstrand, O., Bohlin, E., Oskarsson, C., & Sjobrerg, N. (1992), External technology acquisition in
large multi-technology corporations, R&D Management 22(2),p.111-133.
163 Burgelman, R.A. (1984), “Managing the internal corporate venturing process,” Sloan Management
Review, 25(2), Winter,33-48.
164 前田昇・安部忠彦(2005)『MOT ベンチャーと技術経営』丸善 p123-124
162
108
大きな利益機会が得られる傾向があるという背景がある。コンサルティング会社Coopers
& Lybrand (1998)
165の研究によれば、提携を行った企業は、行わなかった企業よりも
総収益で11%、成長率では20%高い数値を出している。
また、ビジネスウィーク誌は、提携の機運が高まっている理由を次のように分析してい
る166。
・ 「コア・コンピタンス」に専念しつつ、消費者に幅広い製品とサービスを提供できる。
・ たとえば生産と流通といった補完的業務を合理的に結合、運営できる。
・ 短時間で協力関係が結べるし、解消も比較的容易。
・ インターネットはじめとする先端テクノロジーを駆使するだけの俊敏さを獲得できる。
・ 世界的規模を持たない企業にとって、あまり時間をかけず、比較的少ない費用で、世界
市場に進出する道を開くことができる。
・ リスクを分担できる。とりわけ巨大化、複雑化の度合いを増し、資本金10億ドル規模
の大企業にとっても、単独ではリスクを背負いきれないプロジェクトにおいて。
・ アメリカのトラスト監視機関も、提携については概して干渉しない姿勢を取っている。
シスコCEOチェンバースの言葉は、インターネット・スピードで動くこの21世紀初頭の
世界にあって、企業(世界規模の巨大企業も例外ではない)が直面している状況を表して
いる―「われわれは巨大な変化のまっただなかにいる。インターネットによって、IT業界は
寡占企業の集合体から、より広範で多様性を有するエコシステムへと変容した。エコシス
テムで大切なのは、どんなテクノロジーを所有しているかではなく、他の仲間とどれだけ
上手に仕事ができるかである」167。そして、他の企業とパートナー関係を結ぶのは避けて通
れない課題ではあるが、容易にできることでもないとチェンバースは強調している。
シスコが唱導する、水平ビジネスモデルとは、ある企業が他の多くの企業と互いに利益
を分かち合える関係を築こうとするものである。シスコはなぜ垂直統合による構造をつく
ろうとしないのか、ネットワーキングの新たな発展のすべてに対応しようとすれば垂直構
造が必要なのではないか、といった問いにチェンバースは「我々にはパートナーと競争して
いる余裕はない」168と答えている。シスコのセルビー・ウェルマン(Selby Wellman)は、
提携が焦眉の課題である現状を「時空間をワープするようなスピードで進行する産業のペ
ースに、単独で付いていける企業などありえない」169と表現している。シスコのパートナー
は、こういったシスコの姿勢と行動を高く評価し、連携している。
(4)顧客
Segil, Larraine (1998), "Strategic Alliance for the 21st Century," Strategy & Leadership, September 1,
1998.
166 Sparks, Debra, "Partners," Business Week Ocotber 25, 1999.
167 Schlender, B. (1999) “The Real Road Ahead,” Fortune
168 Janah, Monua, "Computer-Networking Firms Seek to Boost Sales," San Jose Mercury News, August 11,
1999.
169 Hersch, Warren S., "IBM Exits Networking Market in Big Cisco Deal," Computer Reseller News, Sept 6,
1999.
165
109
外部性を考えるときに、顧客は重要な外部パートナーとしてみることができる。例えば、
SAPは、特定顧客のために開発したアプリケーション・ソフトウェアを商品化して他の顧
客にも販売するという、いわば顧客との共同開発ともいえる戦略を実行している170。
これまでとは異なる用途や発見されたり、新しい顧客がもたらす使用状況やニーズから
新しい文脈が導き出せるなど、リードユーザーとの連携が不連続なイノベーションの成功
を握ることは先行研究でも指摘されている(von Hippel, 1988; Tushman and O’ReillyⅢ,
1997)171172。リードユーザーとは、重要な市場動向に関して大多数のユーザーに先行し、
自らのニーズを充足させる解決策から相対的に高い効用を得る存在である。
さらに進んだ考え方として、von Hippel(2005)173は、イノベーションの民主化を提唱
している。つまり、顧客が製品開発など様々なイノベーションを牽引するということであ
る。ユーザー自らが製品開発に加わるオープンソース・ソフトウェアなどは、その典型例
である。
なお、顧客についても、内部だけでなく「外部」、つまり既存顧客ではないユーザーが重
要である。Christensen(1997)は、既存顧客のニーズにこだわった既存企業の失敗をあ
げ、既存顧客の存在が新世代をリードするテクノロジー出現の障害にすらなることを指摘
している。
3.オープン・イノベーション
Chesbrough(2003)174は、インテルやルーセント・テクノロジーズ(Lucent Technologies
Inc.:以下ルーセント)の事例研究とともに、オープン・イノベーション(Open Innovation)
という、内部と外部を組み合わせるあるいは事業化にあたり自社より他社に譲渡するとい
う開かれたモデルを提唱している。
過去、企業内での研究開発は、重要な戦略的投資であり、競争相手からの参入障壁にな
ると考えられてきた。デュポン、メルク(Merck Ltd.)
、IBM、GE、AT&T といった巨大
企業は、巨額な研究開発投資で業界をリードし、利益を上げてきた。これらの企業に対抗
しようとするならば、より巨額な研究開発投資が必要であると考えられてきた。
しかし、これら巨大企業は、新たな企業との競争に直面している。新たな企業とは、イ
ンテル、シスコ、マイクロソフト、サン、オラクル(Oracle Corporation)
、アムジェン(Amgen
Ltd.)といった企業である。これらは非常にイノベーティブな企業であるが、自らの研究
開発に頼るのではなく、他社のイノベーションを活用するのである。インテルやマイクロ
170
出所:SAP マーケティング部
Hippel ,E.V. (1988), The Sources of Innovation , Oxford University Press(榊原清則訳(1991)『イノベー
ションの源泉』ダイヤモンド社)
172 Tushman, M. and C. O’Reilly Ⅲ (1997), Winning through Innovation, Boston, MA: Harvard Business
School Press.
173 Hippel, E.V. (2005), Democratizing Innovation, The MIT Press (サイコム・インターナショナル訳(2005)
『民主化するイノベーションの時代』ファーストプレス)
174 Chesbrough, H.W. (2003), Open Innovation: The New Imperative for Creating and Profiting from
Technology, Harvard Business School Press.
171
110
ソフトには、その技術を活用してもらおうと、多くのベンチャー企業が群れているが、こ
れらベンチャー企業も実は他社の技術を活用しているケースが多い。
こういった現象について、我々がイノベーションのパラダイム・シフトを経験していると、
Chesbrough(2003)は指摘し、従来型のイノベーションを「クローズド・イノベーション」
と呼んでいる。クローズド・イノベーションは、成功するイノベーションはコントロールが
必要であるという信条に基づいている。企業は自分でアイデアを発展させ、マーケティン
グし、サポートし、ファイナンスしなければならないということである。このパラダイム
ではすべてを自らが内部的に遂行を担うという考え方であり、外部の他者の力は信用する
べきではないと考えているのである。Chesbrough は、クローズド・イノベーションは内向
きの論理であり、一般に信じられているクローズド・イノベーションは次のようなルールに
従うとしている。
・業界で最も優秀な人材を雇わなければならない。
・新製品をマーケットに出すためには自ら開発しなければならない。
・最も早く新製品を開発した者が、それを最も早くマーケットに出すことができる。
・イノベーティブな商品を最初にマーケットに出した者が勝つのが普通である。
・業界最大の研究開発投資をすればベストな新製品が開発でき、業界をリードすることが
できる。
・知的財産を守り他社が真似のできないようにすべきである。
しかし、クローズド・イノベーションは、多くの製品がマーケットに出るまでのスピード
がアップしたことと、新製品の寿命の短縮化という変化に追いつけなくなったのである。
さらに、ますます賢くなった顧客やサプライヤーを相手に利益を上げるのは困難となって
きた。また、海外の企業からの競争もますます激しくなってきた。もはやクローズド・イノ
ベーションの限界が見えてきたと言えよう。
したがって、企業が技術革新を続けるためには、企業内部のアイデアと外部(他社)の
アイデアを用い、企業内部または外部において発展させ商品化を行う必要がある。オープ
ン・イノベーションは、企業内部と外部のアイデアを有機的に結合させ、価値を創造するこ
とをいう。オープン・イノベーションは、アイデアを商品化するのに、既存の企業以外のチ
ャネルをも通してマーケットにアクセスし、付加価値を創造する。表 3-2 は、オープン・イ
ノベーションとクローズド・イノベーション比較したものである。
4.アーキテクチャ戦略
近年、製品開発やイノベーションの研究において、アーキテクチャという概念が議論さ
れている。1990 年以降、製品アーキテクチャに関する研究が脚光を集めている。様々な産
業への適応が試みられ、多くの成果が公表されている。
アーキテクチャとは、「構成要素間の相互依存関係のパターンで記述されるシステムの性
111
質」である(Ulrich,1995; 青島, 1998)175176言い換えれば、「全体をどのように切り分け、
部分をどのように関係づけるか」ということである。一般に「アーキテクチャ」とは、人工物
システムの特質をとらえるための概念であり、人工物システムをどう解釈し設計するかに
関する基本的な設計構想のことである。それは、そのシステムの「切分け方」と、分けた構
成要素間の「つなぎ方」に関する基本的なものの考え方ということもできよう。
図表 3-2 クローズド・イノベーションとオープン・イノベーションの比較
クローズド・イノベーション
オープン・イノベーション
最も優秀な人材を雇うべきである。
社内に優秀な人材は必ずしも必要ない。社
内に限らず社外の優秀な人材と共同して
働けばよい。
研究開発から利益を得るためには、発見、 外部の研究開発によっても大きな価値が
開発、商品化まで独力で行わなければなら 創造できる。社内の研究開発はその価値の
ない。
一部を確保するために必要である。
独力で発明すれば、一番にマーケットに出 利益を得るためには、必ずしも基礎から研
すことができる。
究開発を行う必要はない。
イノベーションをはじめにマーケットに 優れたビジネスモデルを構築するほうが、
出した企業が成功する。
製品をマーケットに最初に出すよりも重
要である。
業界でベストのアイデアを創造したもの 社内と社外のアイデアを最も有効に活用
が勝つ。
できたものが勝つ。
知的財産権をコントロールし他社を排除 他社に知的財産権を使用させることによ
すべきである。
り利益を得たり、他社の知的財産権を購入
することにより自社のビジネスモデルを
発展させることも考えるべきである。
出所:Chesbrough(2003)
藤本・青島・武石(2001)177によると、アーキテクチャは、製品固有の技術特性のみな
らず、市場ニーズの特性にも影響される。技術特性を所与とすれば、顧客が製品の多様性
や変化を強く選考するとき、モジュラー・アーキテクチャ化への圧力が強い。顧客が製品の
「微妙なまとまりの良さ」(プロダクト・インテグリティ)、「最適設計」、「コンパクトさ」な
どを強く選好するとき、統合型アーキテクチャ化への圧力が強まる。
ビジネスにかかわるあらゆる現象をシステムとしてとらえて、構成要素間の相互依存関
係のパターンとして把握する能力が必要であると考えるとき、アーキテクチャという概念
Ulrich, Karl T. (1995), “The Role of Product Architecture in the Manufacturing Firm,” Research Policy,
24,pp.419-440.
176 青島矢一(1998)
「製品アーキテクチャーと製品開発知識の伝承」
『ビジネスレビュー』Vol.46 No.1,pp.46-60
177 藤本隆宏・青島矢一・武石彰(2001)『ビジネス・アーキテクチャ―製品・組織・プロセスの戦略的設計』
有斐閣
175
112
は、有用である。
代表的な類型としては、「モジュラー型」と「インテグラル型」の区別、また「オープン(開
型」と「クローズ(閉)型」の区別があると言われる(Baldwin and Clark, 2000)178。
①モジュラー・アーキテクチャ
モジュラー・アーキテクチャの製品とは、機能と部品(モジュール)との関係が 1 対 1
に近く、スッキリした形になっているものを指す。各部品を見ると、それぞれ自己完
結的な機能があり、一つ一つの部品に非常に独立性の高い機能が与えられている。い
わば「身離れ」の良い製品と言える。
②インテグラル・アーキテクチャ
これに対して、「インテグラル・アーキテクチャ」の製品とは、機能群と部品群の関係が
錯綜しているものを指す。「モジュラー型」が部品間の「擦合せ」の省略により「組合せの
妙」による製品展開を可能とするのに対して、インテグラル型は逆に「擦合せの妙」で製
品の完成度を競うのである。
③オープン・アーキテクチャ
以上の分類に、「複数企業間の連携関係」という軸を加味すると、「オープン型」と「ク
ローズ型」という、もう一つのアーキテクチャ分類となる。オープン・アーキテクチャ
の製品とは、基本的にモジュラー製品であって、なおかつインターフェイスが企業を
超えて業界レベルで標準化した製品のことを指す。したがって、企業を超えた「寄集め
設計」が可能であり、異なる企業から素性の良い部品を集めて連結すれば、複雑な「擦
合せ」なしに、ただちに機能性の高い製品が生み出される(國領 1999)
。
④クローズ・アーキテクチャ
他方、「クローズ・アーキテクチャ」の製品とは、モジュール間のインターフェイス設計
ルールが基本的に 1 社内で閉じているものを指す。
Ulrich(1995)は、アーキテクチャは、相互依存する構成要素間のインターフェイスを
確定する程度で決まるとしている。
モジュラー・アーキテクチャは、構成要素レベルでのその諸機能の向上により製品全体の
機能向上につなげることができるといわれ(Henderson and Clark,1990)
、その構造をと
りやすいのは、TV、携帯電話のような組立型製品やワールドワイドの標準化が必要なソフ
トウェア製品で、逆に製薬のような素材型産業の製品には該当しにくいことが指摘されて
いる。
Baldwin and Clark(2000)らは、IBM などのコンピュータ産業の分析から導き出した
考え方を適用し、モジュールを標準化された互換性のある部材としてとらえ、マネジメン
トの視点から、モジュールを開発する多組織間でのイノベーション活動の偏在性を指摘し
た。デジタルネットワークに関わる分野などでは、モジュラー化が進み、業界が変わりビ
ジネスに大きな影響を与える可能性が高いとしている。これは、モジュラー化することに
よって各モジュールの独立性が確保され、システムの進化のスピードを速める(Simon,
178
Baldwin, C.Y. and Clark, K.B. (2000), Design Rules, Vol. 1: The Power of Modularity, The MIT Press.
113
1969)179ことも背景にある。
なお、米国企業が得意なのは「組合せ」重視の製品、日本企業は垂直統合化された内部構
造を持ち、「擦合せ」重視の製品化が得意とされてきた 161。これはモジュール化には即して
いない状況を意味している。
藤本・青島・武石(2001)は、コンピュータ、パソコン・ソフト、インターネットのよ
うに、製品アーキテクチャが激変するセクターの場合、アーキテクチャ変化によるビジネ
スにおけるゲームの変化(アーキテクチャ間競争)に勝ち残る組織能力を構築していく必
要があると、指摘している。特にコンピュータのようにクローズ・インターフェイス型から
オープン・インターフェイス型へ変容していく場合、ゲームのルールが変わり、前者タイプ
に強い日本企業の組織能力は、陳腐化する恐れもあろう。日本メーカーは、従来の単体製
品開発・製造の強みは温存しながらも、モジュラー的組織体制の構築などによって、オープ
ン・インターフェイスを活用したスピード開発のノウハウや、業界標準獲得のための駆引き
能力などを新たに身につけていく必要があろう。
この様に、モジュラー化やオープン化といったアーキテクチャとしての変化が進展する
と考えられるが、変化に対応できない企業にとっての課題となると同時に、外部性の活用
という意味では可能性が広がることを意味している。
5.デジタルネットワーク分野からのアナロジー
コンピュータのOS(Operating System:基本ソフト)は、メインフレーム(汎用機)
のクローズドなものから、固有(proprietary)→オープン→オープンソースという様に進
化を遂げてきた。そのオープンソースOSであり、世界的に普及が進んでいるLinuxの例か
ら、アーキテクチャについての示唆を得たい。
Linux がオープン化を進めることができたのは、モジュラー化の進んだアーキテクチャ
を採用しているからではない。Linux の場合、OS の内部構造であるソースコードをすべて
公開しているという点で、モジュラー化の思想とは相反する部分がある。モジュラー化に
よってオープン化が進んでいるのだとすれば、インターフェイス部分の情報だけが共有さ
れれば良いはずである。また Linux の開発当初から、モジュラー化の進んだ OS としては
マイクロ・カーネル180OS が提唱されていたが、Linux は、こうしたモジュラー化の戦略
を積極的に採用したわけではなかった 163。
むしろ Linux がオープン化を実現できたのは、UNIX というわかりやすい参照が存在し
ており開発目標が明確であったこと、そして開発に強く関心を抱く同じ志をもった有能な
人々が集まったことが要因であったと考えられる。このような場合には、モジュラー化に
Simon, Herbert A. (1969), “The Architecture of Complexity: Hierarchic Systems,” The Science of the
Artificial, 3rd ed., Cambridge, MA: MIT Press.(稲葉元吉・吉原英樹訳(1999)『システムの科学』第 3 版、パ
179
ーソナル・メディア)
kernel:OS が動作するための最も基礎的な仕事を行うプログラム。OS の中核部分として、アプリケーシ
ョン・ソフトや周辺機器の監視、ディスクやメモリなどの資源の管理、割りこみ処理、プロセス間通信など、
OS としての基本機能を提供する。
180
114
よって相互調整を単純化するよりも、内部構造まで理解したうえで相互にやりとりをした
方が安定したシステムを開発できる可能性が高い。つまりモジュラー化のもつデメリット
を軽減しつつ、オープン化のメリットを享受できるような仕組みが可能になる。
内部構造を公開する Linux モデルがうまく働いたのは、開発目標がすでに存在する OS
の互換ソフトウェアという手頃な規模であったことも挙げられる。集まる開発者にしても、
誰でも参加できるとはいうものの、中核部分にかかわる者は高度な技能を要求され、人数
は限られている。加えて、UNIX から受け継がれた共通の知識、ルール、互恵的な文化が
メンバー間の密接な調整を助けている。共通の知識と関心を持った人間が集まって開発す
るのであり、公開された情報を処理する能力は極めて高い。
同時に、開発参加者のインセンティブ(安定性の高い OS が手に入ることは開発者自身
のメリットになり、関係者の間で名声が得られる、等)があり、開発の中心人物が開発プ
ロセスを上手にとりしきったことも成功要因として数えられる(Lerner and Tirole, 2000)
181。
言い換えると、Linux の開発では、複数の参加者が共通の知識と関心を持ち、十分なコ
ミュニケーションができる範囲に開発目標の規模と内容が設定されたのである。しかも、
インターネットによって、共通の知識と関心を持った人間を世界中から集めて共同作業で
きる。地理や時間的な条件の制約があった頃に比べて、様々な主体が参加してインテグラ
ルな調整ができるようになったことが、Linux モデルの真の意義だと言えよう。
製品のアーキテクチャは、一方的に統合型からモジュラー型へと変化するとはかぎらな
い。むしろ、両アーキテクチャの間を往復するようなダイナミックなメカニズムが技術進
歩に内在している場合もある。
また、企業で言えば、オープン化、モジュラー化が、外部性の活用に寄与したとしても、
外部から見て自社の強みへの統合化というインテグラルな面がなければ、競争上の優位性
を確立することや収益性を高く保持することは、難しくなる可能性がある。バランスをみ
た展開が重要と言えよう。
そのためには、企業組織にも製品アーキテクチャのダイナミックな進化に対応できるよ
う な 柔 軟 性 が 組 み 込 ま れ て い な け れ ば な ら な い 。( Tushman and O'Reilly, 1997;
Christensen, 1997)。その一方で、組織には慣性が働いている(Hannan and Freeman
1989)73 ため、製品アーキテクチャの変化に合わせて組織を変えていくのは容易な作業で
はない。そこで競争力の鍵を握るのは、自然に発生する組織の慣性をくいとめ、製品アー
キテクチャのシフトに能動的に対応し、製品アーキテクチャと組織のダイナミックな適合
を可能にするような、ダイナミックな組織能力(dynamic capabilities)の構築である(Teece
et al., 1997)161。
181
Lerner, J. and J. Tirole (2000),“The Simple Economics of Open Source,”NBER Working Paper,7600.
115
第2節 新事業体制に関する先行研究
OR プロセスを実行するにあたり、
求められる体制の要件を理解することは重要である。
本節では、新事業創造のため、そして不確実な事業条件に対応できる体制についての先行
研究から OR 実践のための示唆を得る。
1.新事業組織
大企業におけるイノベーションについては、技術面よりもマネジメント面の資源や能力
の方がパフォーマンスに影響するという指摘が最近の先行研究に見られる(Barney and
Wright, 1998; Ray, Barney and Muhanna, 2004)182183。したがって、ORについても、研
究開発の問題にとどまらず、さらに広くOR体制について考えることが求められる。
(1)既存組織の限界
Leonard-Barton(1992)184は、製品開発組織で、組織がいったん確立した中核的な能力
(コア・ケイパビリティ)が硬直性(コア・リジディティ)に変容する可能性があると論じ
た。製品開発における現行のシステムが。未来は現在とそう変わらないという仮定に導い
てしまう現象を解説している。過去に執着して限定された問題解決にのみ注力し、ツール
や方法論にイノベーションを求めず、実験方法も限定し、外部からの新しい知識を正しく
吟味することができない。そのような硬直性は、技術的不連続性が高いほど厄介なものに
なると指摘している。
硬直性に陥らないために、Leonard-Barton(1995)185は、外部資源の吸収と導入をひと
つの方法にあげている。これは、情報フィルターの制約を回避してアーキテクチュラル・
イノベーションを達成するために、新たな人材の投入や異なる組織体制が有効であるとし
た Henderson and Clark(1990)の主張と通じる。さらに、その組織体制は、求められる
イノベーションの高さの程度にあわせなければならず、イノベーションの不連続性が高い
ほど、組織も大きな変革が必要なことが実証されている(Tushman and Romanelli, 1985;
Rosenbloom, 2000)186187。
一方で、イノベーションの達成を既存組織の延長で行おうとすることそのものに疑問を
Barney, J.B. and P.M.Wright (1998), “On Becoming a Strategic Partner: The Role of Human Resource in
Gaining Competitive Advantage,” Human Resource Management, Vol.37,No.1,pp.31-46.
183 Ray, G., J.B. Barney and W.A. Muhanna (2004), “Capabilities, Business Process, and Competitive
Advantage: Choosing the Dependent Variable in Empirical Tests of the Resource-based View,” Strategic
Management Journal, Vol.25,No.1,pp.22-37.
184 Leonard-Barton, D. (1992), “Core Capabilities and Core Rigidities: A Paradox in Managing New
Product Development,” Strategic Management Journal, Vol.13,pp.11-125.
185 Leonard-Barton, D. (1995), Wellsprings of Knowledge, Boston, MA: Harvard Business School Press.
186 Tushman, M. and E. Romanelli (1985), “Organization Evolution: A Metamorphosis Model of
Convergence and Reorientation,” Research in Organizational Behavior, Vol.7, pp.171-222.
187 Rosembloom, R.S. and Spencer, W.J. (1996), Engines of Innovation, Harvard Business School Press.
182
116
投げかける研究が多くみられる。イノベーションを成功させるには、既存組織をそのまま
延長するのではなく、社外へ組織を分離する、または社内で別組織とするのが望ましいと
する議論である。
既存組織を延長してイノベーションを成功させることの困難さを、Christensen(1997)
は、5.25インチのハードディスク・ドライブのメーカーが既存顧客に捉われて、3.5インチ
に開発に失敗した事例によって、示した。Christensenによると、既存組織の延長上にある
体制では、アーキテクチュラル・イノベーションのような不連続なイノベーションにまった
く成功できないわけではないが、組織を分離しない場合に比べて極端に成功率が下がると
している。
Henderson and Clark(1990)188は、露光装置メーカーが、過去に蓄積したアーキテク
チュラル知識を捨てることができずに、新たなアーキテクチャを伴う方式の開発に成功で
きなかった事例によって、アーキテクチャの視点からイノベーションに適した体制を論じ
ている。製品の構造変化を伴うようなアーキテクチュラル・イノベーションは、モデルチェ
ンジのような逐次的な改良(インクリメンタル・イノベーション)の延長線上では起こり得
ない。そこでは、新たな製品開発への取り組みが必要、つまり、新規概念を有したイノベ
ーションは、異なった組織からしか生まれない、としている。
Dougherty(1995)は、既存組織からの圧力が、技術と市場の連携の邪魔になり、実際
に手を下して取り組む妨げになり、具体化と文書化を要求する、といった様にイノベーシ
ョンの妨げになり競争力のなさをもたらしていると、指摘している。不確実性の高い技術
や市場の環境において、これらは深刻なことである(O’Connor 1998)189。既存組織と新
事業組織といったように、お互いに矛盾し異質な組織は、物理的に、そして文化的に切り
離さなければならないとの主張もある(Kanter 1985)。
このように、欧米では、既存組織の延長上で不連続なイノベーションを実行することは
至難の業であり、イノベーションの成功のためには、新しい組織を既存の組織とは別に作
る必要があると主張する先行研究が多く見られる(Tushman and Anderson, 1986;
Utterback, 1994; Dougherty 1995; Tushman and O’ReillyⅢ, 1997)190。
一方、日本企業の事例では、既存製品の市場シェアが高くない場合には、既存組織のま
までも対応できている例が見られる(魏, 2004)191。だが、ここで、単純に欧米と比べて、
日本企業は既存組織でも対応が容易であると結論付けることはできない。むしろ、日本企
業では、雇用環境や人材管理の制度において、既存組織の延長上で組織編制せざるを得な
いととらえるべきであろう。
Henderson, R.M. and Clark, K.B. (1990), “Architectural Innovation: The Reconfiguration of Existing
Product Technologies and the Failure of Established Firms,” Administrative Science Quarterly, Vol.35,
pp. 9-30.
189 O’Connor, G. C. (1998), “Market Learning and Radical Innovation: A Cross Case Comparison of Eight
Radical Innovation Projects,” Journal of Product Innovation Management 15: 151-166.
190 Tushman, M. and P. Anderson (1986), “Technological Discontinuities and Organizational
Environments,” Administrative Science Quarterly, Vol.31,pp.439-465.
191 魏晶玄(2004)
『イノベーションの組織戦略』信山社
188
117
(2)外部性の活用
学習障害を回避する手段のひとつにあげられるのは、外部資源を積極的に導入できるよ
うな組織体制の柔軟性である。Henderson and Clark (1990)や Leonard-Barton (1992,
1995) は、解決策として外部資源の導入や従来と異なる組織体制をとりうる柔軟性をあ
げている。イノベーションの程度が高いほど、組織体制を柔軟にして必要な専門能力を持
つ人材を投入していく必要がある(Tushman and Romanelli, 1985)
。
イノベーションを実行に移す要件として、石井他(1996)は、過度のコントロールや秩
序を除去してバリエーションの幅を拡大し、既存の知識とは合致しない有効なバリエーシ
ョンを残すために、①組織の末端の自由度と自律性を高めるための条件をつくり出す、②
混乱や混沌を許容する、③組織内の相互作用よりも環境との相互作用を可能にする制度を
設ける、の 3 つをあげている。これらの要件は、組織の底辺での自律性を高めて、自然な
変化創発力を活性化させるための要件でもある。
一方、正式な組織体制の変更や資源配分の抜本的見直しを行わずに、外部資源を企業内
外から学習していこうとする場合には、既存組織の人材に、情報収集や交渉をする役割が
求められる。情報収集する役割を担う人材の概念には、ゲートキーパー(Allen and
Cohen,1969; Allen,1977; 原田,1998)192193194がある。バンダウリ・スパナー(Allen and
Cohen,1969; Tushman,1977)195は、ゲートキーパーをさらに強化して通訳の役割も果た
す人材である。Ancona and Caldwell (1992)196は、バンダウリ・スパナーの概念を拡張
して、バウンダリを超える外的活動と題して、それを三つに分類している。
① 外交家(ambassador)
:チームを外的なプレッシャーから守り、サポートしてもらえ
るよう周囲を説得する。また、資源獲得のためのロビー活動も行う。
② タスク・コーディネーター(task coordinator)
:プロダクト・デザインについて議論
し、その結果をフィードバックし、外部者と調整及び交渉する活動をする。
③ スカウト(scouting):競合相手、市場、技術についてアイデアや情報を集めてスキ
ャニングする。
これらは、
「獲得」そして「形成」で大切な役割を説明しているとも言えよう。
しかしその後、このようなバウンダリ・スパナーという人材に焦点を当てるよりも、むし
ろ、外部との連結の重要性に注目して、外部との連結点の人材をいかに最適に配置するか
という議論が発展している。これは、個人間関係の構造の中に資源が存在していると考え
る概念であり、この資源の束は社会的資本(Social Capital)と定義されている(Burt, 2000)
192
Allen, T. and S. Cohen (1969), “Information Flow in Research and Development Laboratories,”
Administrative Science Quarterly, Vol.14,pp.12-20.
193 Allen, T.J. (1977), Managing the Flow of Technology, Cambridge, MA: MIT Press.
原 田 勉 ( 1998 )「 研 究 開 発 組 織 に お け る 3 段 階 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ・ フ ロ ー 」、『 組 織 科 学 』 ,
Vol.32,No.2,pp.78-96.
195 Tushman, M. (1977), “Special Boundary Roles the Innovation Process,” Administrative Science
Quarterly, Vol.22,pp.587-605.
196 Ancona, D.G. and D.F. Caldwell (1992), “Bridging the Boundary: External Activity and Performance in
Organizational Teams,” Administrative Science Quarterly, Vol.37,pp.634-665.
194
118
197。Oh,
Chung and Labianca (2004)198は、インフォーマルな個人間関係の有無が成果
に影響することを明らかにしており、チーム間での相互作用を期待する場合には、組織レ
ベルではなく、個人レベルの社会的関係がなければ成果には結びつかないとしている。つ
まり、インフォーマルな個人のネットワークがチームのパフォーマンスに貢献すると認知
されるようになってきている。
(3)ハブ型組織
いくつかの先行研究で、本体組織から距離を持たせたハブ型組織による新事業体制が提
案されている。
第一章で述べたLeifer et al.(2000)が提唱するラジカル・イノベーション・ハブや、
(Mason and Rohner 2002)ベンチャー・ビジネス・オフィスが、これに相当する。いず
れもインキュベーター隆盛時に行われた研究であり、その肯定的な面から影響を受けてい
ると推察される。逆に、インキュベーターに関して、多くの問題点については、研究後に
露呈しており、その辺は勘案したほうがよいと考えられる。
しかしながら、その原型とも言うべき同様の考え方は、その10年以上前に榊原他(1989)
199によって、新事業を推進するためのS型組織として提案されている。ラジカル・イノベー
ション・ハブほど、詳細・具体的に記述されているわけではないが、基本的発想は類似し
ている。
榊原他(1989)は、大規模企業の新たな組織の問題として、「既存事業の効率性を保持
しつつ、事業構成を組み替えていくのに必要な企業家的創造性を組織としていかに培って
いけるか」という企業経営における効率性と創造性の最大化をあげ、そのための組織形態と
して、「S 型組織」を提示した。S 型組織は、新しいネットワーク型の組織形態であり、「事
業部制やマトリックス組織をとる既存事業の組織に、ベンチャー的な事業創造組織を緩や
かに連結した組織」である。S 型組織では、既存事業組織は、既存事業の運営とその延長線
上からは出てこない異質な事業の創造を担当するとされ、前者の組織が連続性、継続性、
安定性を象徴するのに対し、後者の組織は非連続的な変化を象徴するとしている。事業創
造組織と本体組織の間の関係は、単なる命令・権限の関係ではなく、2 つの組織の間の距離
が、融通無碍に変化するという意味で「やわらかい」組織であるとされ、その距離に応じて
事業創造組織は固有の機能を発揮する。榊原他(1989)は、S 型組織のもつ柔構造特性の
中に、個人の創発性を刺激し、ドメインを拡大して、企業の戦略空間を大きく展開させる
可能性が秘められているとし、このタイプの組織が、今後の企業組織としてさまざまな形
で模索されるとしている。
これらは、新事業は既存組織と分離すべきという前記の議論と呼応しているが、問題提
197
Burt, R.S.(2000), "The Network Structure of Social Capital," in R.I. Sutton & B.M. Staw(eds.),
Research in Organizational Behavior, Vol.22,pp.345-423.
Oh, H., M-H. Chung and G. Labianca (2004), “Group Social Capital and Group Effectiveness, The Role
of Informal Socializing Ties,” Academy of Management Journal, Vol.47, No.6,pp.860-875.
199 榊原清則・沼上幹・大滝精一(1989)『事業創造のダイナミクス』白桃書房
198
119
起にとどまらず、解決案を示している点で、評価される。
(4)新事業組織
しかしながら、組織という形について、どこまでこだわるべきかは検討の余地がある。
Block and MacMillan(1993)は、社内の新事業活動業務自体の組織機構と位置づけに関
する問題を取り上げ、次のような選択肢があるとしている。
・ 社内の新事業活動を直接担当する新事業部門または事業部:社内の新事業開発もしくは
企業業務の一部として、
または CEO もしくは最高業務責任者 COO の直属とするもの。
Fast(1978)200 はこのような新事業部門について述べ、それらの消長の歴史をまとめ
た。この種の新事業部門は、CEO の交代、経営悪化、短期的収益増大を重視するがた
めの株価低下要因とされることにより廃止されやすいという問題を抱えている(Sykes
and Block, 1989)201。
・ 新事業活動を促進し、刺激し、バックアップする社内スタッフ組織、例えば、既存事業
部門によるもの、または他の組織体に所属する部門としてである。
・ 企業レベルではなく前述の組織と同様、ラインまたはスタッフ機能とし、事業部内で経
営する形態。すなわち、事業部内ビジネス・ユニット、子会社または一部門。
・ 新事業活動について、担当する特別な組織機構も独立組織も作らないもの。事業部の経
営陣がそれぞれの事業部の担当業務の一部として新事業を創出し、経営するもの。
・ 前記の方式の組み合わせ。
新事業を推進している多くの大企業は、企業のさまざまな発展段階で上記のやり方すべ
てを利用している。デュポンは一時、新事業開発部門を本社に集中したが、その後分散化
を図り、いくつかの大きな部に育て上げた。デュポンはいまでもスピードの非常に早い技
術的変化に対応できるような新事業活動のより効果的な方法を探究している。GE は、考
えられる方式は、現業部門内での新規事業の開始から本社の事業開発部門による新規事業
の立ち上げまで、すべて経験している。同じく IBM と Exxon Mobil Corporation は可能
なかぎりのさまざまな形態を採用した経験がある。組織がスポンサーとして現業部門に近
づくほど、結果として成功をおさめやすいということが分かったという。しかし、多角化
を志向する企業の場合、新事業活動は、社内の新事業開発とともに買収も取り扱う本社部
門が担当するほうが望ましいと考えられる。
このように、OR に適したあるべき姿を、組織構造として描くことは、容易ではない。
一般論であれば、なおさらである。
2.不確実性とルースカプリング
Fast, N. (1978), The Rise and Fall of Corporate New Venture Divisions, Ann Arbor, MI: UMI Research
Press.
201 Sykes, H.B. and Block, Z. (1989), “Corporate Venturing Obstacles: Sources and Solutions,” Journal of
Business Venturing 4,no.3.
200
120
(1)不確実性
マネジメントの不確実性は、主に次の 2 つの要因に由来する(Tschirky et al. 2003)。
ひとつは、新技術が出現した時点では、多くの場合、その技術の情報はかぎられていると
いうことである。データを分析したり、あるいは専門家の経験から学ぶことはほぼ不可能
であるうえ、最初のうちは新技術の領域に力を入れている人の数も極めて少ないからであ
る。
もうひとつの要因は、情報がただでさえ少ないうえに、新技術のマネジメントに必要な
知識と能力が組織内に存在しないため、その評価も容易ではないということである。この
ため、将来の動向を予測して破壊的技術について戦略的な企画を行うことは極めて難しい。
Tschirky et al.(2003)が、各企業に対して面接調査をおこなった結果、非連続的な技
術のマネジメント上の不確実性は、それぞれ相互に関連しあう 4 つのどれかに分類できる
ことがわかった。それは、①技術の不確実性、②市場の不確実性、③組織の不確実性、④
タイミングの不確実性である。
最初の 3 つの要素(技術、市場、組織)は単独でも他の要素と相互に作用しあって不確
実性を生むのに対し、タイミングの不確実性は常に他の 3 つのうちひとつかそれ以上の要
素が及ぼす作用とその結果に関係している。
技術の不確実性に関しては、企業がすべき主な課題が 2 つある。第 1 に、企業は出現し
つつある非連続的な技術変化と、その技術変化を引き起こすトレンド破壊的な技術を正し
く特定し、認識しなければならない。さらに、その技術展開を観察し、この技術のうちど
れを検討対象とするか、最終的に選択しなければならない。
(2)ルースカプリング
Weick(1979)202や藤嶋(1999)203は、不確実な環境に対応した組織機構としてルース
カプリング(loose coupling、疎結合)を唱えている。
土谷(1986)204は、1980年代に米国流の合理性を前提としたトップダウンの分析型経営
戦略の行き詰まりが指摘され、日本流の創発的経営戦略、すなわち意図されず、したがっ
て戦略計画にものっていないボトムアップの創発的な戦略が注目されてきており、不確実
性に対応した近未来の組織像として、ルースに結合された組織すなわちやわらかい組織を
提案している。なお、土谷は、創発的な戦略の概念はMintzberg(1978)205によって導入
されたとしている。
組織における最も深刻なジレンマの一つは、適応と適応可能性とのトレードオフである。
タイト・カプリングが現在のチャンスを活用した適応(adaptation)に適するのに対して、
Weick, K.E. (1979), The Social Psychology of Organizing, 2nd ed., Addison-Wesley(遠田雄志訳(1997)『組
織化の社会心理学』文眞堂)
203 藤嶋暁(1999)『生命の組織論』白桃書房
204 土谷茂久(1996)『柔らかい組織の経営』同文舘出版
205 Mintzberg, H. (1978), “Patterns in Strategy Formation,” Management Science, 24-9, pp.934-948.
202
121
ルースカプリングは将来の機会を活かす適応可能性(adaptability)の源泉である。
ルースカプリングとは、二つ(あるいはそれ以上)の別々のシステム(サブシステム)
が共通の変数をほとんど持たないか、あるいはその共通の変数がそのシステムに影響を与
えるほかの変数に比べて弱いかのいずれかの状況を意味する206。
ルースカプリングという概念はサイモンの論文207などにおいても用いられている。しか
しこの概念を本格的に展開し具体例を使って組織の現実の姿を明らかにしたのは Weick
(1979)である。組織における諸要素は密接にタイトに結合されているという支配的な概
念とは対照的に、彼は現実の組織の要素はしばしばルースに結合されていると主張した。
企業組織においても最近は、近代合理性を組織原理とする伝統的なタイトな組織の行き
詰まりが明らかになってきたため、ネットワーク組織や分社制度などのルースに結合され
た組織のメリットとして、①環境に対する敏感な感応機構(sensing mechanism)を内包
する、②多くの変革と斬新な解決策とを保持できる、③行為者による自己決定の余地が大
きく、したがって自己実現の機会が多い、などをあげる一方で、④サブシステムの意思決
定や行動の方向性を組織全体としてそろえることが難しい、⑤大きな方向転換や変革が困
難である、というデメリットも同時に指摘している(Weick 1979)
。
Weick はルースカプリングが持つ機能として次の七つをあげている。
① 環境に生ずる個々の些細な変化に対して組織が反応しなければならない(あるいは、
することができる)可能性が低下する。
② 敏感な感応機構を提供する。ルースに結合された組織は多くの独立した感応システム
を保持するので、タイトに結合された組織よりもより良く環境を把握できる。ただし、
気紛れな反応や解釈を行いがちであるという欠点もある。
③ 局部化された適応にとって、優れたシステムである。局部化された適応は迅速で、比
較的経済的であり、重要である。しかしこの長所は、標準化が必要な場合には短所と
なる。
④ 多くの変革と斬新な解決策とを保持できる。しかしこの多様性を許容する構造は、逆
にその多様性の伝播を妨げることにもなりうる。
⑤ 障害の局地化に優れたシステムである。しかし障害が局地化されるために、欠陥のあ
る要素の修理が困難である。
⑥ 行為者による自己決定の余地は大きくしたがって自己実現の機会が多い。しかしこの
ことは、抵抗が高まるという意味での自主性も増大することを意味する。
⑦ 調整の費用が少なくてすむので、運用が比較的に安価である。しかし資金配分につい
ては非合理的なシステムであり、したがって変化の手段として用いることはできない。
ルースに結合された組織では個々の要素の自律性・独立性が高いので、環境の変化を敏感に
206
寺本義也(1990)『ネットワーク・パワー―解釈と構造』NTT出版
複雑な組織において絶えず行われている多数の意思決定の全体は一つのシステムを構成しており、このシス
テムはゆるく結ばれた(loosely coupled)システムである。部分システム間のゆるい結びつき(loose coupling)
には、諸部分システムの意思決定機構の効力を失わせることなくきわめてさまざまな特定の諸制約を課しう
るという、好ましい影響がある。Simon, H.A. (1976), “A Study of Decision-Making Processes in
Administrative Organization,” 3rd ed., Administrative Behavior, New York, NY: Free Press(松田武彦訳
(1989)『経営行動――経営組織における意思決定プロセスの研究』ダイヤモンド社)
207
122
感知し対応することができるばかりでなく、部分的な障害を当該部分に閉じ込めることが
できる。またそのような組織は組織内により多くの多様性を保持しておくことができるた
め創造的な解を求めるための試行錯誤の機会が増加する、行為者による自己決定の余地が
かなりある、調整のためのコストが低い、というような利点を持つ。しかしながら、ルー
スに結合された組織にはサブシステムの方向性を組織全体としてそろえることが難しく、
大きな方向転換や変革が困難であるという問題がある。
他方、タイトに結合された組織は、環境変化がきわめて重大で質的変化を意味する場合
には、組織全体として迅速に反応することができるし、構造的な変化にもドラスティック
に対応することが可能である。タイトに結合された組織に関して問題なのは、微細な環境
変化を敏感にキャッチすることが困難であり、また個々の要素が自律的に変化に対応する
ことも困難であることである。したがって、目標や因果関係があいまいな状況の下では、
タイトに結合された組織では有効な対応ができない。
二つのタイプの組織に関するこれらの長所と短所は、環境適応上のジレンマを生み出す。
これはいい換えると、現在のチャンスを活用するための適応と将来のチャンスを利用する
ための適応可能性の間のトレードオフでもある。将来のチャンスは環境が変化するとき突
然現われて、それまでの目的とは無関係であるという理由で無視されてきたような反応を
必要とするかもしれない。多くの組織において、ルースカプリングは適応可能性の源泉で
あり、タイト・カプリングは適応の源泉である。ルースカプリングは、継続的な微調整を
行うので組織が大きな変化を行わなければならない可能性を減少させる。しかしながら大
規模な変化が必要となる場合にはそれを行うことを困難にする。いかにしてこのジレンマ
を克服するかが、組織にとって最も基本的な問題の一つになっている(Glassman, 1973)208。
なお、タイトに結合された組織が、環境変化が重大なときでも、組織全体として迅速に
反応し、構造的な変化にもドラスティックに対応することができる、としているが、この
論は近年では不適切と言える。このような面も勘案しつつ、ルースカプリングの OR への
効用について、考えてみたい。
(3)新事業でのルースカプリング
新事業について、
(Dougherty 1995, Leonard-Barton 1992)はじめ、多くの研究者が、
既存のルールに縛られることなく強みを構築するためには、独立し本社から離れた組織が
必要だと主張している。Hill and Rothaermel(2003) や Rice et. al.(2002)は、革新
的な技術を商業化するには、独立し本社とルースカプリングされた組織をつくるべきた論
じている。こうすることで、適切なビジネスモデルとビジネス・プロセスを作ることがで
きるようになり、既存の業務モデルによるプレッシャーを受けることなく成長を加速でき
るとしている。
Glassman, R.B. (1973), “Persistence and Loose Coupling in Living systems,” Behavioral Science, 18,
pp.83-98.
208
123
ここで、組織の物理的な分離は、プロジェクト単位では一時的に可能かもしれないが、
完全な分離は賢明とは言えない(O’Connor, 1998)。せっかくの既存の強みや資源を活用す
ることが難しくなるからである。したがって、既存組織とのインターフェイス(接続点)
のメカニズムが重要となる。すると、既存組織と連携した形を求めるなら、組織の物理的
な分離は、必ずしも適切とは言えないということになる (Sharma 2000; Heller 1999)。
O’Reilly and Tushman(2004)209は、35件のブレークスルー・プロジェクトを研究し、
うち15件が双面型(ambidextrous:両手利き、二股の意)組織であり、そのうち1件を除
き成功していたと指摘している。これは、子会社や独立事業部などの別組織において独自
の流儀や文化を維持しながら、それを監督する経営幹部は本社業務を兼ねるという形態で
ある。既存組織の文化や前例主義に煩わされず、しかも経営陣と結びついているため、資
金、人材、顧客、専門能力などを共有できるのが成功の理由だとしている。また、双面型
組織を導入する要件として二つをあげている。一つは、二つの顔を持つことが出来るマネ
ジャーである。このような経営人材は、多くはない。もう一つは、全社的に双面型組織の
存在と新事業の重要性についての認識が求められる。これが欠けていると、既存組織から
新規事業へと資源が廻されることへの反発などが起こりかねない。この双面型組織もルー
スカプリングのひとつとみることができる。
本質的には、既存のものと分離すべきものはプロセスである。数多くの先行研究は、高
い不確実性(高速度)のある新製品開発プロジェクトには、典型的な(既存の)製品開発
で適用するものとは異種の製品開発プロセスを利用する必要がある、と指摘している。つ
まり、プロセスの分離である(Morone and O’Connor 1992)210。
新事業と既存事業の2つのシステムが資源、および事業部へのアクセスに関してルースカ
プリングを維持しなければならない。ORそして新事業が、既存の部隊の資源と緊密に連携
して進むことが考えられる。新事業は、最終的に既存の事業部隊と、連携あるいは一体と
なって動くようになる場合もある。Hill and Rothaermel(2003)は、基礎研究と、事業
部が指揮する応用研究とがルースカプリングされるならば、業界にもたらされるイノベー
ションによりよく対応の準備ができると主張している。このように、ルースカプリングは、
新事業対既存事業というだけではなく、ORに関わる社内の様々な組織に適用できる。上記
は、新事業と既存事業部、そして基礎研究と応用研究とのルースカプリングであるが、単
に、ORを担う、あるいは新事業を推進するハブ組織だけではなく、ORに関わる組織を広
くルースカプリングする意義は大きい。
(4)ルースカプリングの課題
209
O’Reilly III, C.A. and Michael L. Tushman, “The Ambidextrous Organization”, Harvard Business
Review April 2004.
Morone, J. G. and O’Connor, G. C. (1992), "New Product Development Under Conditions of High
Uncertainty," Proceedings of the 1992 Annual Meeting of the Decision Sciences Institute, vol. 1 (Robert T.
Sumichrast, Ed.) Atlanta, Ga. (Nov.), pp. 89-92.
210
124
ゆるやかな組織のマネジメントは、容易とは言えない。前述のように、ルースカプリン
グにおいては、全体方向性の喪失の問題がある。
ルースに結合された組織の問題は、大きな方向転換や変革が困難な点にあり、したがっ
て環境変化がきわめて重要で質的変化を意味する場合には、組織の結合をタイトにしトッ
プダウンの分析型戦略形成を行うべきだというのが、従来の通説である。しかしながら、
現在のように環境の変化が激しいばかりでなくあいまいさが支配的な状況の下では、ルー
スカプリングの持つ環境に対する鋭い感受性と環境に対して持続的に試行錯誤を繰り返し
ていく自律性が不可欠であり、タイトに結合された組織では有効な対応ができない(藤嶋
1998)。これは、ルースが創発的・ボトムアップ的であり、タイトが戦略的・トップダウ
ン的とみていた従来の議論とは異なっている。つまり、従来のルース対タイトの議論を超
えた考え方が求められているのである。
Waterman and Peters (1988)は、
「ルースな特徴とタイトな特徴の共存」
(simultaneous
loose-tight properties)を重視し、創造性の高い経営を実現するには、現場に最大限の自
立性を与え同時に組織全体としての方向性を確保することが必要である、と述べている。
『エクセレント・カンパニー』における共有された「価値観」は、この方向性の一つである。
エクセレント・カンパニーは、全員に価値観を共有させることによってこの矛盾を解決し
ていると述べ、組織文化の重要性を強調している。
Simon(1969)は、組織構成員のベクトルを合わせることが組織パフォーマンスを向上
させると指摘している。唐沢(2002)211は、開放性と新しいエネルギーが重要であり、人
の意志によって支配された動態的秩序へと向けることが大切と唱えている。そのためには、
ストレンジ・アトラクター(共通の目指すもの)を見出し、創発的努力を束ねることが重
要であるとしている。
これも、やわらかいルースな組織では、ベクトルが拡散する懸念があり、それを束ねる
ために方向づけや共通の価値観をつくる努力をするべきであるとの議論である。前述の議
論のように、共通の価値観の醸成については、あるに越したことはないが、現実的には時
間のかかることであり、また新事業と既存事業の文化の差は埋め難い。したがって、ORの
実践には、ルースカプリングが有用であり、そのためには全社的にしっかりとした方向付
けが求められるということである。
3.デジタルネットワーク分野からのアナロジー
デジタルネットワーク分野で、ルースカプリングを要諦とするものが台頭している。ア
ナロジーとして、そこからOR体制、特にルースカプリングへの示唆を考えてみたい。
(1)サービス・オリエンテッド・アーキテクチャ
211
唐沢昌敬(2002)『創発型組織モデルの構築』慶應義塾大学出版会組織化の社会心理学
125
近年、サービス・オリエンテッド・アーキテクチャ(Service-Oriented Architecture:
SOA)が企業情報システムを中心とするコンピュータ・ネットワーク分野で注目されてお
り、戦略の中枢にすえる企業が増えている(SAPなど)。
SOA212とは、ビジネス・プロセスの構成単位に合わせて構築・整理されたソフトウェア
部品や機能を、ネットワーク上に公開し、これらを相互に連携させることにより、柔軟な
エンタープライズ・システム、企業間ビジネス・プロセス実行システムを構築しようとい
うコンピュータシステム・アーキテクチャのことである。ビジネス・プロセスの処理単位
を共有可能な“サービス”として切り出し、それらの組み合わせや再利用によって、柔軟に
企業のIT基盤を構築する手法である。
ここでいう“サービス”とは、ほかのコンピュータから利用可能となるようにネットワ
ーク上にインターフェイスを公開したソフトウェアという意味とであるのと同時に、「注
文受付」「信用照会」「在庫確認」「出庫指示」「請求処理」などといった“ビジネス・プ
ロセス上の処理単位”を示している。
すなわちSOAは、標準的なインターフェイスを持った再利用可能なソフトウェア部品の
組み合わせによってシステムを構成するという“コンピュータシステムの作り方”であると
ともに、独立して運営されるビジネス・ファンクションの組み合わせによってビジネス・
プロセスを構成するという“ビジネスシステム構築手法”という側面もあるといえる。
全体システムを“組み合わせ”によって構築することによって、外部の“サービス”を新たに
プロセスに組み込んだり、不要な“サービス”を外したりといった形で、プロセス変更が容
易かつ柔軟に行えることがメリットとなる。
SOAでは、個々のアプリケーションの開発言語や動作環境などは問題とされず、共通の
メッセージ交換インターフェイスに対応していればそれでよい。アプリケーションの一部
をサービスとすることもできるし、複数のアプリケーションをまとめて一つのサービスと
することもできる。
(2)標準インターフェイス
ネットワークにより、様々なサービスを組み合わせることができるSOAの実践において
は、ルースカプリングはその要諦である。
コンピュータシステム・アーキテクチャとしてのSOAを実践するためには、構成要素と
なるソフトウェア・サービスは、標準化されたインターフェイスを実装している必要があ
る。一企業のエンタープライズ・システムのようなクローズドなシステムであれば、社内
の標準としてプロトコルやデータ形式を定めればよいが、広範な社外連携を想定するなら
ばグローバルな標準技術を採用することになる。
歴史的な経緯としては、他にも”システム統合”の手段として利用されるものはあった。
しかし、それらに欠けていた要素として「サービス・インターフェイス」の標準化があげ
ディルク・クラフツィック (2005) 「SOA大全 サービス指向アーキテクチャ導入・設計・構築の指針」 日
経BP
212
126
られる。これがないと、ハブ&スポークの様な情報の流れになり、どこかを介して繋がる
ことになる。すると、通訳を介して会話をするようなことになり、通訳のところまでわざ
わざ行かねばならず、直接つながることが難しくなる。
この問題を解決する手法の一つがエンタープライズ・サービス・バス(Enterprise Service
Bus:バスとはデータをやり取りするための伝送路)である213。標準化されたインターフ
ェイスを、全社的に実装する。標準性ゆえに、外部のサービスとも連携しやすくなる。言
い換えると、何名かの通訳を使うのでなく、共通言語を持つということである。
その意味で、前項の不確実性に対応したルースカプリングによる体制と、SOAとは共通
点がある。一箇所によるつなぎこみでなく、標準的なインターフェイスあるいは共通言語
を持つことが重要かつ有効であることが、情報流の視点からも示された。また、ハブ組織
や新事業組織だけではなく、ORに関わる様々な組織をルースカプリングするという視点も
改めて強められた。
デビッド・A. チャペル (2005) 「エンタープライズサービスバス―ESBとSOAによる次世代アプリケーシ
ョン統合」オライリージャパン
213
127
第3節 示唆と仮説構築
1.先行研究からの示唆
先行研究のレビューにより、大手企業におけるORプロセス実践のための要件について、
理解を深めることができた。これはまた、デジタルネットワーク分野の大手企業における
ORへの示唆を含んでいる。
内部性の限界と外部性の活用は、特にORにおいては、極めて重要な課題である。オープ
ン・イノベーションやアーキテクチャの変化など、ORのあり方自体が進化してきている。
逆にみれば、チャンスは常に現れていると言える。外部性の活用については、生態系戦略
やオープン・イノベーションといったアプローチが有用であると考えられる。しかし、通
り一編に行くわけではない。Linuxにおいても、オープンではあるが、インテグラルな面
がある。どういうバランスをとるかが重要である。また、大手企業であれば、オープンな
ものを自らの強みとどう結合させるかも、ポイントとなるであろう。
体制のあり方については、新事業に関わる部隊は、文化もやり方も異なる既存組織か
ら離すべきだという強い主張が多々みられる。しかし、全くの分離では、既存組織の資源
をしにくくなる。よって、ルースカプリングという柔らかな結びつきの適用が有効と考え
られる。しかし、ルースカプリングの実施のためには、全社の方向性や新事業の位置づけ
など、指針を明確に示し、浸透させることが大切である。また、ルースカプリングは、新
事業対既存事業というだけではなく、事業部間や事業部-研究所間、研究所-マーケティング
など、ORに関わる社内の様々な組織への適用ができる。また、外部のパートナー企業や、
協力会社、顧客企業など、ルースカプリングの対象を拡張することが考えられる。
2.OR 実践のための前提条件
上記のような先行研究レビューからの要件の導出に至る前に、基本的な前提条件がある
ことを忘れてはならない。そもそも新事業に取り組む意志があるのか、といった根本的な
点である。
第一章第一節1.大企業での新事業創造で以下のような「イノベーティブな組織の要素」
を列挙した。
・ビジョンの共有、リーダーシップ、イノベーションへの意欲
・適切な組織構造
・鍵となる個人
・効果的なチームワーク
・個人の能力向上の継続と拡充
・豊富なコミュニケーション
・イノベーションへの幅広い参画
・顧客指向
128
・創造性のある社風
・学習する組織
これらは OR についてもプラスになる大切な要素である。しかし、この中にも必須事項か
どうかという点では、濃淡がある。ビジョンの共有、リーダーシップ、イノベーションへ
の意欲が最初に記されているが、これが出発点になるのは OR も同様である。他の要素は、
これらなしでは意味が薄い。つまり、OR の基本的な前提条件としては、次のようなもの
が求められる。
まず、新たな柱の創造が必要であり、新事業に真剣に取り組んでいるかという基本姿勢
が重要である。新事業を重視していなければ、OR 以前の問題である。なんとなく柱とな
る新事業が生まれると思っていては、戦略主導型の OR などできはしない。
そのためには目的意識が明確に表現され共有されるビジョンが必要となる。自社が将来
的にどういう姿を目指しているのかを示し、そこに到達するための戦略を構築しなければ、
新事業をどうこう言うのも難しい。このように企業のビジョンと戦略は、OR に取り組む
上での基本的な考え方を示すことになる。
同時に、OR を推進するリーダーシップが不可欠である。トップマネジメント主導によ
る全社的な柱創造型の OR への取り組みが必要とされる。積極的なトップマネジメントの
参画が重要であり、社長一人ではなく経営チームとしてのコミットメントが求められる。
そして、OR 推進の動機づけが肝要である。やる気と実行を導き出せなければ、OR は止
まってしまう。トップからミドル、そして現場まで、OR タスクフォースのみならず OR
に関わるメンバーを、一つの方向に向けて動くように環境をお膳立てし引っ張っていくこ
とが求められる。
なお、日本の大手企業には、ここで述べたような OR の前提条件を満たしていないもの
が少なくないとも言われている。第5章で日本の大手企業のヒアリング調査についてまと
めるが、調査結果も前提条件についての問題を指摘するものとなっている。
しかしながら、研究課題3:OR プロセスの現状と課題を理解する上では、意義のある
ものである。そして、不十分な前提条件下での OR プロセスを把握することで、OR プロ
セス・フレームワークの分析枠組みとしての有効性を検証することにもなる。また、第4
章の成功例と対比することで、ベンチマークの材料の一部としての価値も得られるであろ
う。
3.OR 実践要件の仮説
(1)OR 実践のための要件
デジタルネットワーク分野の大手企業におけるORプロセス実践のための要件として、次
の二つの仮説を提案する。
仮説2-1: 外部性の活用
仮説2-2: 組織のルースカプリング
129
仮説1の「外部性の活用」は、自社内に限定せずに、外部にアクセスして、情報やアイ
デアを社内外から取り込み、さらには事業機会のシーズや、新事業のための資源を獲得す
るということである。顧客やパートナーの積極活用や、外部とのリレーションやコミュニ
ケーション(情報発信含む)が重要になる。なお、外部を活用するに際しては、自社のコ
アや存在意義、ポジションを明確にしておく必要がある。さらには、自社の強みに外部資
源をどう統合化するかも考えることが大切である。
また、ORプロセス実行の体制に外部の人材、企業を活用することも考えられる。
仮説2の「組織のルースカプリング」は、OR推進組織をはじめ、ORに関わる組織を、
やわらかく結びつけるということである。既存組織の常識やシステムと距離を置くが、乖
離をさせないルースカプリングが求められる。対象は、事業部や研究所など、様々な組織
であり、外部のパートナーなども対象として考えられる。
ルースであるがゆえの課題に対処するため、自社の方向性や方針を明確にコミュニケー
ションする必要がある。また、やわらかく結びつけるとは、いいかげんに繋ぐこととは大
きく異なる。既存事業など他組織の影響を過度に受けず自由度を保ちながら、その資源な
どを活用するには、双面型組織マネジャーの例のように、つなげるための努力と工夫を必
要とする。
(2)研究課題とのつながり
第1節では、外部性についての先行研究から、外部性の活用の重要性を確認したと共に、
と、外部性の活用のいくつかのアプローチについて理解が深められた。
第2節では、新事業体制についての先行研究から、大企業における新事業と OR 体制に
対する示唆が得られた。既存組織との分離の必要性と、完全分離の否定が確認された。不
確実性対応のための体制についての先行研究から、その解決策としてルースカプリングと
いう考え方が理解された。
第1節、2節の本研究の目的と研究課題とのつながりは以下のようになる。
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
・ORプロセスを実行するための要件として、資源面では仮説2-1「外部性の活用」を、
体制面では仮説2-2「組織のルースカプリング」を、仮説として導出した
仮説2-1:外部性の活用
・ 内部志向には限界があり、外部との連携を活用してORに取組むべきである。自社の強
みにどう組み合わせるかが問われる。ORプロセスの各要素、そしてORに取組む人材な
ど、対象範囲は広い。
仮説2-2:組織のルースカプリング
・ 既存組織の影響下では新事業は難しいが、切り離すと既存の資源が利用できない。ゆる
やかに結びつけることで、この問題を解決する。またORに関わる組織間についても適
用できる。
130
第4章:事例によるORプロセス・フレームワークとその実践要件の検
討
構成
要約
第1節 事例研究の方法
1.
事例の選択と方法
2.
分析の枠組み
第2節
1.
2.
3.
シスコシステムズの事例
全社について
IP コミュニケーション事業
事例分析と示唆
第3節
1.
2.
3.
マイクロソフトの事例
全社について
Xbox 事業
事例分析と示唆
第4節 NTT ドコモの事例
1.
2.
3.
全社について
iモード事業
事例分析と示唆
第5節
1.
2.
3.
アップルコンピュータの事例
全社について
デジタル音楽事業
事例分析と示唆
第6節 事例研究のまとめと示唆
1.
2.
4社事例研究のまとめ
考察と示唆
131
要約
デジタルネットワーク分野の大手リーダー企業を選択し、それらによる柱創造型の新事
業成功事例を研究した。文献調査とヒアリングにより、各社、そして特定の成功プロジェ
クトに、OR プロセス・フレームワークならびに OR 実施要件の仮説を適用し、仮説の検
証と示唆を得た。
2005年ビジネスウィーク・グローバル1200の上位100社で、デジタルネットワーク分野
の企業、あるいは同分野に進出した企業で、大きな成長と価値創造を実現したものを対象
とした。また、本研究では、デジタル化された情報通信ネットワークに関係するものをデ
ジタルネットワーク分野として定め、具体的には、通信などのネットワークによるサービ
ス、それにつながる端末などの機器、そしてソフトウェアなどの、最終製品・サービスを
提供する企業を対象とした。このような条件から、次の4社を事例として選択した。
・シスコシステムズ
・マイクロソフト
・NTTドコモ
・アップルコンピュータ
事例研究にあたっては、基本的に本研究で構築した仮説であるORプロセス・フレームワ
ークとOR実施要件である外部性活用と組織のルースカプリングを、分析に適用した。
また、より具体的な実証研究とするために、それぞれ各社一つずつ柱創造型の新事業を
選び、事例研究した。
共通して「展望」が進む方向性を与えてORを始動させており、活動要素の中では「形成」
が重要であり、いくつかの要素を組み合わせた新結合が鍵であると再認識された。また、
事業シーズを人材として「獲得」する例が複数みられた。そして、創業経営者がいる場合
でも、組織としてのチームワークで動いていることが確認された。
さらに、共通してタスクフォースがベースであること、プロセスが反復されることなど
が分かった。また、ビジネスを理解するCDO/CTOの経営トップ直結の機構など、参考と
なるベストプラクティスの具体例が得られた。
なお、ドコモ、アップルは、特定プロジェクトから成功を得ており全社的にそのプロセ
スやノウハウが共有化されているわけではないが、シスコとマイクロソフトの事例では、
社の仕組みとしての柱創造型のORプロセスを観察することができた。
研究課題1については、仮説1:ORプロセス・フレームワークが確認された。また、異
なる事業要素の新結合の参考例を得ることができた。そして、ORプロセスの具体例を得る
ことができた。
研究課題2については、OR実施要件の仮説である、仮説2-1:外部性活用と仮説2-
2:組織のルースカプリングについて、合致していることが確認された。また、ORプロセ
ス実施の具体例を得ることができた。
132
第1節 事例研究の方法
OR プロセスならびに OR 実施要件についての実証研究のため、デジタルネットワーク
分野の大手リーダー企業の事例研究を行う。
1.事例の選択と方法
デジタルネットワーク分野の大手リーダー企業を選択し、それらによる柱創造型の新事
業成功例から示唆を得る。文献調査とヒアリングにより、各社、そして特定の成功プロジ
ェクトに、ORプロセス・フレームワークならびにOR実施要件の仮説を適用し、仮説の検
証と示唆を得る。
本研究では、極めて大規模な世界最大手に分類される企業を大手企業とする。規模につ
いては、2005年ビジネスウィーク・グローバル1200の上位100社を条件とする。また、大
手リーダー企業とは、大手企業の中でも市場でリーディング・ポジションをとっているト
ップ企業である。その中で、柱創造型の新事業を推進し、この10年で企業価値を増大させ
ている企業を対象として事例研究を行う。
2005年ビジネスウィーク・グローバル1200の上位100社(2005年11月末時点の時価総額
518.6億ドル以上)で、デジタルネットワーク分野の企業、あるいは同分野に進出した企業
を対象とする。
本研究では、デジタル化された情報通信ネットワークに関係するものをデジタルネット
ワーク分野として定める。本研究の対象とするのは、通信などのネットワークによるサー
ビス、それにつながる端末などの機器、そしてソフトウェアなどの、最終製品・サービス
を提供する企業を対象とする。なお、次のようなものを含まないとする。
・ 部品・素材:最終製品あるいはサービスを対象とし、半導体や製造装置、素材や部材を
除く。部品そのものはネットワークにつながっているわけではない。
・ ネットサービス:既存のサービスや商取引をインターネット上に置き換えて行うもの。
またポータルなど、間接収入(ポータルの場合は広告)に依存しているもの。その他、
技術開発による差別化が乏しい事業。
・ コンテンツ:放送局や映画、音楽会社など。製作段階では技術を利用しているが、自ら
技術を付加価値としているわけではない。
デジタルネットワーク分野では、以下のような企業が2005年ビジネスウィーク・グロー
バル1200の上位100社に含まれている。
・通信12社:Vodafone, AT&T, China Mobile, NTTドコモ, Comcastなど
・ソフトウェア3社:マイクロソフト、オラクル、SAP
・ハードウェア8社:IBM, シスコ, Samsung, HP, ノキア, Dell, Motorola, アップル
本研究では、この中で、次の条件を満たす企業から選択した。
133
・この10年(1996-2005年)に、新事業で新たな柱(売上高1000億円以上)214をつくり、
事業創造による大きな価値創造を達成した企業。
・既存事業の成長や事業転換は含まない
・単なる(つまり同様の事業の)買収・合併での規模拡大は含まない
例えば、Dellは既存事業の成長であり、ノキアは携帯電話に本格参入して10年以上経って
いる。IBMは事業転換をおこなっているが新事業とは異なる。
また、参考として、この5年(2001~2005年)に新事業関係でビジネスウィークの表紙
を飾った企業を優先とした。社会的にインパクトのある、柱型の新事業を構築したという
評価を考慮してである。
加えて、創業者が強いリーダーシップを執っている企業と、創業者が経営トップにいな
い企業とをバランスさせることが望まれる。創業者は起業家でもあり、大手企業とはいえ、
ベンチャーと起業家の先行研究の枠内に留まる可能性が懸念されたからである。
このような条件から、次の4社を対象とする事例として選択した。
・シスコシステムズ
・マイクロソフト
・NTTドコモ
・アップルコンピュータ
通信12社の中では、モバイル・インターネットを世界に先駆けて普及させたNTTドコモを
選択した。Vodafone やComcastなどのように、同業の連続買収で成長した企業もあるが、
新事業に該当しないとして選ばなかった。ソフトウェア3社の中では、近年の大型新事業で
はマイクロソフトが他を圧倒しており、これを選んだ。ハードウェア8社では、ベンチャー
の買収を活用して大型の新事業をいくつも確立しているシスコと、デジタル音楽事業で市
場を創造したアップルを選んだ。Samsung、Motorolaは、最終製品も扱っているが、半導
体・電子部品が主である。HPは、近年の長期低成長傾向から選ばなかった。
各社とも、この10年で大きな成長と価値創造を実現してきている。マイクロソフトとア
ップルは、カリスマ型とも言われる創業者が経営トップにいる。一方、シスコとNTTドコ
モは、創業者は不在の企業である。
2.分析の枠組み
事例研究にあたっては、基本的に本研究で構築した仮説を適用する。
・ORプロセス・フレームワーク
・OR実施要件:外部性、ルースカプリング
文献調査とヒアリングにより、各社、そして特定の成功プロジェクトについて、ORプロ
セスをたどることを試みた。
また、全社的なORがとらえ難い場合のため、そしてより具体的な実証研究とするために、
これら大手企業は全社売上高が数兆円に上る(マイクロソフト約 4 兆円、アップル約 1.5 兆円)
。1 千億円
でも 2~7%に過ぎず、2%以上はなければ価値創造への影響度が薄い。
214
134
それぞれ各社一つずつ柱創造型の新事業を選び、事例研究する。社の新事業に対しての性
格としては、シスコシステムズとマイクロソフトは、頻繁な買収で知られ、組織に買収や
新事業のためのORプロセスが内在する可能性が高い。一方、NTTドコモやアップルでは、
特定のプロジェクトが高い評価を集め、突出している。それゆえ、シスコシステムズとマ
イクロソフトについては、全社的な分析に比重をかけ、NTTドコモやアップルでは特定の
新事業についての分析を集中的に行った。したがって、計4社4件の事例となる。個別の新
事業は、次の通りである。
・シスコシステムズ:IPコミュニケーション事業
・マイクロソフト:Xbox事業
・NTTドコモ:iモード事業
・アップルコンピュータ:デジタル音楽事業(iPod/iTunes/iTunes Music Store)
135
第2節 シスコシステムズの事例
1.全社について
(1) 会社概要
シスコシステムズ(Cisco Systems Inc.)215
本社:米国カリフォルニア州サンノゼ(San Jose)
業績:2005年7月期 売上高24,801百万ドル(8年前の3.84倍、年平均成長率18.3%)、当
期利益5,741百万ドル
売上構成:製品 84.1%、サービス 15.9%。製品中、ルーター26.4%、スイッチ 48.5%。
市場シェア:ルーター 75.2%、スイッチ 71.2% (2005 年 1-3 月、出所:シナジー)
研究開発:3,322 百万ドル(対売上高 13.4%)
株価:時価総額1,080億ドル(2005年ビジネスウイーク・グローバル1200ランキング28位)。
この10年で約4倍(図表4-1)。
図表 4-1 シスコシステムズ(CSCO:Nasdaq)株価の推移
出所:Nasdaq
215
シスコシステムズの事例研究は、www.cisco.comほか文献調査に加え、2005年1月~2006年1月にインタビ
ューを行った。また、本荘修二・校條浩 (1999) 『成長を創造する経営』ダイヤモンド社の作成時の資料を
使用した。
136
図表4-2 シスコシステムズの沿革
年
1984
米スタンフォード大のエンジニア2人が創業
1985
ルーターの生産開始。VC会社セコイア・キャピタル(Sequoia
Capital)が出資
1988
ジョン・モーグリッジ(John Morgridge)新しいCEOに
1989
ルーターのOEMビジネス開始
1990
NASDAQに株式公開
1992
日本シスコシステムズ設立
1993
初の買収として、米クレセンド・コミュニケーションズ
(Crescendo Communications Inc.:以下クレセンド)を取得
ネットワーキング・ソリューション事業への事業拡大
1995
ジョン・チェンバース新しいCEOに
2005
売上248億ドル、従業員38,413人(全世界)
出所:シスコシステムズ
(2) 沿革
シスコは、1980年代末期および1990年代において、インターネットのネットワーキング
技術における市場リーダーとして知られるようになった。同社における当初の主力製品は、
インターネット・ルーター、すなわちネットワーク上の経路を管理し、インターネット上で
流れる情報やネットワークの状態に応じてインターネットで利用可能な最善「経路」で送信
するソフトウェア命令に依存する専用コンピュータであった。
シスコは、パケットベース・スイッチ、つまりデータのパケットを固定の経路で、ある箇
所から別の箇所に送信する別の種類の専用コンピュータの生産も行っている。シスコは、
ルーター、スイッチおよびその他のネットワーキング製品とともに作動させるソフトウェ
アを提供している。同社は、自社の基本ソフトウェアを、インターネットワーキング・オペ
レーティング・システムを略してIOSと呼んでいる。
シスコは、業界標準の通信プロトコルであるインターネット・プロトコル(IP)を支持し、
インターネット・ルーターとその他のさまざまな種類のネットワークならびに通信技術と
の間の相互操作が可能なネットワークを実現することをねらった。
シスコは、多くの競争相手に直面した。初期のルーター・メーカーで、イーサネット技術
(1970年代に当初ゼロックスPARCにおいて開発された)に基づく商業的ローカル・エリ
ア・ネットワーク(Local Area Network:LAN)の草分けでもあるスリーコム(3Com
Corporation)もその1つであった。ルーター市場にはルーセント、ノーテル、シーメンス、
富士通といった企業が参入したが、参入が遅いかまたは他企業の買収によるもので、この
137
分野は各社の主力事業でないことは明らかであった216。
1995年以降のインターネットの劇的な成長はシスコの目覚しい成長の基盤となった。
IBMとWang Laboratoriesのセールスマンであったチェンバースが1991年に同社に入社し
た当時、シスコの売上げは年間7000万ドルであった。チェンバースが1994年にCEOになっ
たとき、年間売上げは10億ドルになっていた。シスコの2005年7月期の売上げは248億ドル
(当期利益は57億ドル)に達し、驚異的な成長を遂げている。
シスコの成長の背景には、インターネット・ブラウザ(1994年から95年にかけてネット
スケープ(Netscape Communications)とマイクロソフトが発表)および高性能サーバー・
コンピュータ(1980年代以降サンが主導)といった補完製品群とともに、インターネット
の爆発的普及がある。外部の補完製品の存在に加えて、シスコは、自社製品ラインに基本
ルーターを補完するネットワーク製品を追加した。2005年の製品売上中のルーター比率は
26.4%でしかない(1985年は80%)
。
(3) 事業戦略
ルーター市場でリーダーとなったシスコにとって最初の脅威となったのは、ルーターか
ら置き換わるかもしれない新しいタイプのスイッチング技術であった。この技術そして
1990年末期における基本ルーター市場のコモディティ化のために、シスコはルーター補完
製品への事業多角化、また同社が提供するネットワークの多様化を進めることにしたので
ある。
ネットワーキング市場で支配的な立場に立つ。この狙いのためにシスコが選んだ戦略は、
「あらゆる品揃えができるワンストップ・ショッピングを目指す」というものであった。「エ
ンド・ツー・エンド・ソリューション(ネットワークの端から端までの問題を解決する)」と
いうスローガンを掲げている。つまり、シスコは顧客が求めるあらゆる製品とサービスを
備えた企業たることを目指したのである217。
当時のシスコの場合、ルーターを中心とするネットワーク・ソリューションが中心となる
が、これはLANまたは広域ネットワーク(Wide Area Network:WAN)用のスイッチ、
または大規模通信アプリケーション用のスイッチを含む場合も考えられた。より広域のネ
ットワーク・ソリューションを提供し競合他社を排除するために、シスコはその製品ライン
における多くのギャップを埋める必要があった200。
シスコが属している業界、コンピュータ・ネットワーク業界では、製品ライフサイクル
はきわめて短い。ハードウェアは18ヶ月、ソフトウェアに至っては6ヶ月で陳腐化する。さ
らに、新しい製品ソリューションを提供する際には、旧製品以下の価格で2倍のスピードを
実現しなくてはならない、とさえいわれている218。
それゆえ、同社は社内研究開発に巨額の投資を行うとともに、買収によって製品のギャ
Gawer, A. and Cusumano, M. A. (2002), Platform Leadership: How Intel, Microsoft, and Cisco Drive
Industry Innovation, Harvard Business School Press
216
217
218
本荘修二・校條浩 (1999) 『成長を創造する経営―シスコシステムズ』ダイヤモンド社
榊原清則 (2005)『イノベーションの収益化―技術経営の課題と分析』有斐閣
138
ップを埋める道を選んだ。同社はまた代替技術を販売する企業を積極的に買収した。加え
て、シスコは、業界規格を促進し、シスコのルーターおよびその他の製品を使用する新し
いアプリケーションとサービスを開発するべく、積極的に提携を進めた200。
1993年に策定された事業戦略でも、買収プロセスの体系化と最適な戦略提携の活用が謳
われている。ハイテク企業が技術開発に関し外部資源に依存することは、技術的な弱さを
示す証拠だと受け止める風潮が一部にあるなかで、シスコはそれに従わず、むしろ次世代
技術へのアクセスを獲得する手段として「買収」と「戦略的提携」を最も効果的であると考え
多用したのである218。
コーポレート・マーケティング担当 VP のキース・フォックス(Keith Fox)によれば、現
在のシスコは売上高の 12%の資金を R&D に注ぎ込み、製品の約 70%を自社開発している。
そして、自社開発では間に合わない残り約 30%を、買収などによって外部から調達してい
るという 217。
(4) 顧客起点
シスコが活動するネットワーク機器のように技術が急速に陳腐化する分野では、一定の
技術に固執する危険性は大きい。シスコの社内では、“No technology religion”(テクノロ
ジー信仰との決別)という言葉がよく用いられる。技術は重要だが特定の技術を絶対視し
てはいけない、といった意味であり、シスコはテクノロジー企業としてはめずらしく、テ
クノロジー信仰をもっていない218。
それは、顧客の要望を満たそうとしてきたからである。たとえ自社の開発したテクノロ
ジーを葬ることになったとしても、あるいはたとえ顧客の選択よりも自社のテクノロジー
が優れているのと確信があったとしても、である。「シスコがテクノロジーの『えり好み』
をすることは、いっさいありません」と、チェンバース CEO は述べている。こうした価値
観を持っているからこそ、シスコは顧客のニーズを十分に理解し、顧客の望むテクノロジ
ーを、買収によって手に入れなければならないとしても、提供したいという意欲を持つこ
とができたのである。「わが社の強みは、市場が急拡大している時に、自分たちのエゴを殺
すことができるとういことでしょう」とチェンバースは言っている219。
テクノロジー企業は往々にして、技術の可能性を顧客よりも見通しているものである。
このためエンジニアたちは自らの洞察力で武装して、顧客にとって何が望ましいかを判断
し、それをソリューションとして押し付けがちである。加えて、既存のソリューションよ
りは最新のテクノロジーを使う方が、大きなやりがいを感じられる。だがシスコでは、エ
ンジニアたちも顧客の要望に真摯に耳を傾け、ニーズにあったソリューションを提供しよ
うとしている。たとえ古いテクノロジーを用いることになったとしても、またそのテクノ
ロジーがいずれ時代遅れになるとわかっていたとしてもである。こうした考え方を実践し、
O'Reilly C. A., and Pfeiffer, J. (2000), Hidden Value: How Great Companies Achieve Extraordinary
Results with Ordinary People, Harvard Business School Press(広田里子訳 (2002)『隠れた人材価値―高
219
業績を続ける組織の秘密』翔泳社)
139
経営陣が絶えず広め、業績評価や報奨の制度にも反映させているからこそ、シスコは市場
と顧客の導きにしたがってあらゆる方向に進むことができるのである。
例えば、シスコの急成長のきっかけとなった93年のクレセンドの買収は、大口顧客であ
るボーイング(The Boeing Company)の声に従ってなされたものであった。シスコの幹
部社員は、当時のことをこう回想している。「彼らはわれわれに対し、『ここに1000万ド
ルの注文が控えているのだが、貴社には発注しない。なぜなら、貴社はわれわれが必要と
しているものを持っていないからだ。このままだと、この注文はクレセンドに行くことに
なる。このマーケットに入りたければ、クレセンドを買収するしかない』という主旨のこ
とをいった。そこで、シスコはクレセンドを買収したわけである。」217
シスコは、売上高1000万ドルのクレセンドに8900万ドルを投じている。チェンバースは、
ウォール街の金融専門家からの批判について「当時、マスコミから驚くほど大きく取り上げ
られた」と述べている。しかし、この買収は、創業技術であったルーターからスイッチへの
業容拡大を実現し、シスコはスイッチで市場リーダーとなり大きなリターンを得ている(買
収後4年で5億ドル超の売上、株主価値は40億ドル超、4年間のリターンは430%(Stauffer
2001)158。
(5) 買収戦略
シスコにおける重要な戦略として位置づけられている買収戦略であるが、本格的な買収
が始まったのは1993年、すなわち創業後約10年たってからである。その後平均すると年間
10社近くの買収を実行し、2005年12月には累計106件に達した。失敗事例もあるが、チェ
ンバースは「買収した7割が期待以上の収益拡大をもたらした」と発言している220。
チェンバースは、「アメリカ企業で最も抜け目がない交渉人の一人」として、「チェンバー
スほど新興企業の評価、買収、同化の複雑なプロセスに通じている男はいない」と評されて
いる221。
買収相手は、アメリカ企業が主であるが、最近はイスラエルやイタリアの企業も買収し
ている。シスコの買収プロセスは標準化されていて、今やひとつのビジネス・プロセスと
して、社内で位置づけられている。
シスコの戦略は、正確にいうとM&A(合併と買収)ではない。買収のみ、つまりMはな
くてAのみである。合併は社内の権力闘争が発生しやすいという理由からおこなっていな
い218。シスコの買収責任者アマー・ハナフィ(Ammar Hanafi, M&A Chief)によると、「大
がかりな買収はなかなかうまく行かない。統合作業や評価額といった、細心の注意を要す
る問題が山積するからだ」222。同社の場合、買収のおもなねらいは技術の獲得である。買収
戦略の主要目的は、たしかな技術と希少な知的資産の獲得である。また買収方法は株式交
換によることが多い。
220
221
222
日経ビジネス 2005 年 10 月 17 日号
Daly, J. (1999) “The Art of the Deal” Business 2.0
Donnelly, G. (1999) “Acquiring Minds” CFO
140
IT(情報技術)とインターネットに関する限り、すべてを自社で育成するのは絶対に無
理だと多くの専門家が考えている222。ゆえに、社内で開発せず、買収を選ぶのである。業
界によっては製品ライフサイクルは数年単位であるが、ネットワーク機器業界では、平均
で6ヵ月から18ヵ月ほどと推定されている。さらに厳しいことに、これまでの慣行にならえ
ば、新しい製品ソリューションを提供する際には、旧製品以下の価格で2倍のスピードを実
現しなければならない。社内のリソースで6ヵ月以内に新製品を開発することができないの
であれば、買収によってリソースを手に入れるほかない。さもなければ事業チャンスを逃
すことになる219。
シスコは研究と製品開発を新興企業に外部委託したうえで、結局はその企業を―フォー
チュン誌の言葉を借りれば、「新興企業の技術が一流の域に到達するとすぐに」―買い取っ
てしまう(Schlender 1999)167。
チェンバースは、「顧客の期待があっという間に変わることを思うと買収は絶対に必要
だ」と言う。企業は顧客の期待に応じて製品を用意しなければならない。「方法は社内の研
究開発でもいいし、買収でもいい」。したがって、「われわれが理想とする買収相手は、半
年から1年先に優秀な製品の発表予定を控えている小さな新興企業だ。技術者と次世代製品
とを同時に買い取るわけである。」221
買収先候補の企業の事業ドメインは多岐にわたり、またそれぞれの事業がライフサイク
ルのどの段階に位置しているのかについても様々であるが、大きく分けると4タイプに分類
できる。①ソフトウェア企業、②未製品化段階にあるハードウェア企業、③既に製品を出
している小さなハードウェア企業、④成熟したハードウェア企業、の4つである。①と②に
関しては、生産拠点を有せず、アフターサポートが必要な顧客もいないことから、買収後
の統合が他の2つのケースに比べて相対的に容易である223。このように、統合の難易度は買
収額の大小ではなく、被買収企業がライフサイクルのどの段階に位置しているかといこと
と相関が高いと見られている。これまでのシスコの買収実績をみると、①から③まではケ
ースとして多いが、④は少ない。
シスコは、買収戦略の成功基準として3つの目標を設定している。第1の目標は被買収企
業従業員の保持、第2の目標は新製品開発への貢献、第3の目標は投資収益率(ROI)の達
成である223。
(6) ロードマップ
チェンバースは、「事業計画を 1 年ではなく、四半期ごとに見直すようにしました。業界
全体の未来を切り開いてやろう、と決意を新たにしたのです。とにかくアグレッシブにい
こうと思います。マイクロソフトが PC 業界で成し遂げたこと、IBM がメインフレーム業
界で達成したこと、それをネットワーキング業界で実現してみせようと誓ったのです。」219
と述べている。そして、「買収で現在の市場シェアを獲得しようというわけではない。未来
Tempest, N. and Kasper, C.G. (1999), Cisco Systems, Inc.: Acquisition Integration for Manufacturing
(A), Harvard Business School Case, #9-600-015 (rev. February 15, 2000).
223
141
を手に入れているのです。」224、「われわれは、買収企業から生み出せる収益の流れを 2、3
年先まで予測する。中小規模の買収については、ほぼ 3 年で投資に見合う利益が出せるよ
うにしたい。それでこそ、株主やシスコに関わるすべての人にとってよい買い物といえる。」
と語っている。
市場での技術進化のスピードが速いため、シスコは、社内のリソースで新製品開発が困
難であれば、買収によってリソースを獲得するという戦略をとっている。その戦略が有効
であるためには、早い段階での実現性の検証が必要である。それによって、新製品を自社
保有のリソースで開発するのか、買収によって技術を獲得するのかが決定されるからであ
る。その過程において事業機会を分析するツールとしてシスコが用いているのが「プランニ
ング・マトリクス」と呼ばれるものである(O'Reilly and Pfeffer 2000)225。
プランニング・マトリクスとは、イノベーションの形態―自社製造、買収、事業提携、OEM
(相手先ブランドによる製品供給)などによって各市場を分類し、市場リーダーとなる可
能性を見極めるツールである。十数に上る市場に対して、そのビジネスチャンスを見極め
るためにこのマトリクスが使用されている。市場を分類したら、セグメントごとに製品、
サービス、流通方法、さらには自社開発か企業買収かを判断し、記入する。未参入の市場、
劣勢に立たされている市場についても行う 219。
シスコには、エンド・ツー・エンド(端から端まで)でネットワークのソリューションを
提供するというビジョンがある。その実現のために、各技術・製品について、どの時点で揃
えるかの計画表となるのが(プランニング・マトリクスによる分析から作成された)ロー
ドマップである。これをもとにして買収候補を選択し、実際の買収交渉に入っていく 218。
(7) 1990年代半ばの例
シスコによる初期の買収具体例を示す。1993年にシスコの経営陣が、ネットワーク事業
での新規市場マトリックスを作成し、そのマトリックス上でリーダーとなるべき市場セグ
メントを特定した。そして自社内の開発リソースだけでは半年以内にその市場セグメント
でリーダーになれないと判断した場合には、トップの技術を持つベンチャー企業 の買収を
選択した。これがシスコの買収による急成長の始まりで、1997年12月迄に20企業を買収し
ている226。
図表 4-3 の上図は、1997 年現在のシスコの事業領域である。1993 年には創業以来のフ
ォーカスであったルーターだけであったが、LAN、WAN、インターネット、ネットワー
ク・マネジメント、インターネットワーク・オペレーティング・システム(IOS)へと周
辺拡大し、ネットワーク分野の広い領域をカバーするに至っている。
Byrne, J. (1998) “The Corporation of the Future” Business Week
O'Reilly and Pfeffer は「プランニング・マトリクス」と呼ぶとしているが、シスコ社内ではプランニング・マ
トリクスとしてではなく一般的にはロードマップとして提示され認識されている。
226 先端情報技術研究所 (1998) 「米国における情報技術企業の M&A 戦略」 財団法人 日本情報処理開発協会、
3月発行
224
225
142
図表 4-3 シスコシステムズの事業領域(1997 年)
ネットワーク マネジメント ソフトウェア
・トラブルシューティング
・プラニング
インターネット(ハードウェア、ソフトウェア)
・会計
・ファイアウォール
・マルチメディアソフト
・マネジメント
・ウェブサーバー
・ロードバランシング・ソフトウェア
アクセス製品
LAN 製品
・モデム
・ゲートウェイ
・ネットワークインフォメーションセンター(NIC)
・ハブ
・アクセスサービス/ルーター
・ルーター
WAN 製品
・スイッチ
・スイッチ
・ルーター
Cisco インターネット・オペレーティング・システム
・基礎的ネットワーク・サービス
・応用的ネットワーク・サービス
事業領域別買収企業(1997 年)
ネットワーク・マネジメント・ソフトウェア
・Network Transition
動的ネットワーク
インターネット(ハードウェア、ソフトウェア)
マネジメントソフト
・Internet Junction ― インターネット・アクセスソフト
・Global Internet Software Group ー ファイアウォール
・TGV Software - グループウェアソフト
アクセス製品
LAN製品
WAN製品
・Dagaz: xDSL
・Granite: ギガビット・イーサーネット
・Skystone: SONET/SDH
・Telesend: ISDL
・Nashoba: トークン・リング・スイッチ
・Stratacom: フレームリレー/ATM
・Telebit: マルチプロトコル
・Ardent: IPベースの圧縮された音
・Lightstream: ATMスイッチ
(ISDN)
声、 ビデオ、データ技術
・Newport: ソフトウェアWANルーター
アクセス技術
・Combinet: ISDNリモートア
クセス
Ciscoインターネット・オペレーティング・システム
・Netsys Technologies: ルーター・シミュレーション・ソフトウェア
出所:先端情報技術研究所 (1998)
143
図表 4-3 の下図は、1993 年から 1997 年にシスコが買収した企業を事業領域別に配置し
たものである。リーダーになると決めたこれらの市場セグメントで、参入し優位となる為
に進んだ技術をもった企業を買収している。事業戦略と買収戦略は直結している。
WAN製品の例を挙げる。シスコは1995年、高性能ATM(非同期転送モード)技術に強
いLightStream Corporationという会社を120百万ドルで買収した。この会社の売り上げは
当時、1億8000万円しかなかったが、1年後には50億円を超え、経営陣はこの買収に満足し
ていた210。
しかし、シスコは顧客の声からWAN(広域ネットワーク)とLAN(構内ネットワーク)
の融合が予想以上に速いスピードで実現すると考えるようになった。顧客は、1~2年後に
稼動するシステムの購買を現在の技術に基づいて判断する。LightStreamの買収とシスコ
の次世代システムの方向性は顧客によって一定の評価を受けたが、それだけでは1~2年後
に顧客が満足できるような市場シェアを確保することはできない。
そこで、シスコはLightStream買収の成功にもかかわらず、1996年にATMの分野でさら
に大きなシェアを持つStratacom Inc.という会社を40億ドルで買収した227。
このように、完全な成功を求めて同じ領域で買収を繰り返すことは、シスコにとって珍
しいことではない。これ以降も、スイッチ、トークンリング、xDSLといった有望な通信技
術分野で、シスコは欲しいものが揃うまで2社も3社も買収しているのである(先端情報技
術研究所 1998)。
(8) 買収企業の選定・評価
買収企業の選定・評価に際しては、部門横断型の買収プロジェクト・チームが編成され、
事業開発部門が全般的調整をおこなう。プロジェクト・チームは主に財務と人事の担当者
で構成され、各事業ユニットのリーダーや技術者から支援を受ける217。
買収対象の会社の選択は、自ら探索する以外に、顧客の推薦を受けたり、調査会社やア
ナリストのレポートや意見も参考にする(米国ではこれらの情報が日本より充実している)
。
ベンチャーキャピタルの情報も使う。
そして、レーダー網にかかった会社から、候補を絞り込んでいく。また、買収しなくて
も、少額出資をしている会社はたくさんある。株主になることで情報をとり、それをもと
に次のステップとして本格評価を行い買収へと進む。
市場やテクノロジーの詳細分析をもとに、プロジェクト・チームは製造プロセス、リス
ク、獲得可能な価値、実際の統合について議論し、被買収企業を訪問する。そのうえで、
買収するか否かが最終的に意思決定されることになる。これは、買収プロフェッショナル
と現場のプロフェッショナルとの協同によって評価がなされるプロセスであり、一方的な
トップダウンによる意思決定ではない。
シスコは、GEの方針にならい「各セグメントでNo.1かNo.2になる」という明確なねらい
227
ジョエル・クルツマン(1998)『コンセプトリーダーズ―新時代の経営への視点』プレンティスホール出版
144
のもとに、5つの戦略ガイドラインを立てた。同社の買収は、このガイドラインに沿って進
められている228。
① 事業部ごとの担当セグメントを明確にする。
② 担当セグメントで市場のNo.1かNo.2をめざす。
③ 明確な判断基準に沿って買収の有効性を見極める。
④ 統合化推進チームや統合化プログラムを生かして、買収先が短期にシスコに、なじめ
るようにする、
⑤ テクノロジーを手に入れるというのは人材を獲得することである、という点を肝に銘
じておく。
こういったプロセスと条件をクリアして選ばれる企業は、社員数が60人から100人程度
のテクノロジー企業が多い。以上のようなアプローチに沿って買収を進めることによって、
双方がスピーディに成果を得ることができ、それが長期的な成功につながると考えられて
いる。
買収ターゲット候補は、6 ヵ月~1 年以内の製品化を可能にする最高の技術を持っている
必要がある。その上で、前期の 5 原則を満たさなければならない。このうちのどれかが欠
如したり、適性や有望さがなかった場合、シスコは他の買収候補を探し始める 217。
候補探しは通常、従業員 60~100 人程度の小規模のハイテク企業で、その製品がまだ市
場に参入していない会社を見つけることから始まる。
理想的な候補は、初期のシスコのような、「シスコ・キッズ」と呼ばれるような活きのよい
スタートアップ企業である。これらの会社で働く社員たちは、金銭的な報酬よりも、マー
ケットをリードするような目を見張るような技術を開発することに労働意欲を燃やす。
5 原則に基づいたデュー・デリジェンス229は、シスコの経営陣や幹部社員とターゲット企
業の経営陣との間の非公式な会話から始まり、通常はこれに続いて技術や人事に関する書
類が交換される。
シスコとターゲット企業は、何度もミーティングを繰り返し、会話の端々からターゲッ
ト企業の柔軟性や適性、将来有望かどうかなどがチェックされる。また、社内の公平さに
問題があれば、それはシスコの企業文化には合わない危険信号となる。
事前チェックの重要性に関して、チェンバースはこう語っている。「銀行の関係者は、買
収が成功するかどうかは、買収後の経営にかかっているという。だが私は、買収の際に最
も重要なのは選考プロセスだと思う。われわれが定めた基準に従って正しい選択をすれば、
成功の確率はかなり高くなる。結婚を成功させるのが難しいように、買収も難しい。自分
の結婚には何が大切なのか、事前に十分に時間をかけて吟味しなければ、たった 1 回のデ
ートで結婚にたどり着くことなどできはしない。われわれは、事前(のチェック)に十分
の時間をかけている」217。
シスコは企業文化的に相性がよくないという理由で、実際に買収した数とほぼ同数の買
228
Paulson, E. (2001), Inside Cisco: The Real Story of Sustained M&A Growth, John Wiley & Sons.
due diligence:M&A を行う最終的な決断をする前に、企業の内容が提示された情報どおりであるかを確認
し、買収先、投資先の経営実体を正確に把握し、問題点の有無を確かめる調査。
229
145
収案件を決裂させている。たとえ、それが喉から手が出るほど欲しい会社であったとして
も、である。チェンバースによれば、買収を成功させることばかりに気を取られると、何
が買収を成功させるのかというポイントを見失ってしまう、という。それが、シスコが厳
格なまでに原則に則ったアプローチをとる理由になっているのである。
(9) 買収後の統合
製品ライフサイクルが短い業界であるだけに、買収後の統合プロセスの滞りによる製品
化の遅れは致命傷になりかねない。そこでシスコでは、買収が成立したら直ちに、情報シ
ステムなどの各チームが統合プロセスに着手する。
統合とは、単に組織をひとつにすることではない。統合には文化の統合も含まれる。そ
のため統合の際には、標準化された方法と被買収企業にあわせたオーダーメイドな方法と
が適宜活用される。統合に要する時間は通常2~3ヶ月スピードが重視されている。規模の
小さい買収ではわずか10日、社員数1200人という最大の案件でも4ヶ月で完了している202。
一般には、買収先の組織のうち開発、マーケティング、販売の各部門は通常そのままの
グループで残す(シスコの人間がそれに加わることはある)
。人事やサービス、製造、流通
などの部門については、シスコの本社組織に吸収、一体化する原則である。
シスコは、技術の獲得のみならず人材や知的資産の獲得も買収の目的としている。人材
の確保という観点から、買収グループのディレクターらが、合併の最終判断の前に、相手
先企業の経営スタイル、組織の構造、シスコとの相性などを詳しく調べる 219。
そのため、買収先の社員のエンパワーメントや人材の流出防止に力を入れている。結果
として、買収によってシスコ社員となった人々と、生え抜き社員の残存率にはほとんど差
がなく、被買収企業の上級マネジャーの 70%以上がシスコにとどまり230、シスコの全従業
員の 5 分の 1 と経営トップ層の 3 分の 1 が非買収企業出身者によって占められている。買
収された側の従業員の 9 割がシスコにとどまっているともいわれている231。移籍した従業
員がみずから職場を去る割合は年平均 6%、他の IT 関連企業では 40%を超える。「充実し
たリソースと体制によって、夢の実現を後押ししてくれるから」158。
この人材が、シスコの持続的成長を支える基盤となっている。「シスコの製品の 7 割が自
社開発だとしても、それを実際に開発している社員はシスコが買収した小さな会社の出身
者であることが多い」217。
(10) 買収プロセス
先端情報技術研究所が(アーサーDリトル社のコンサルタントの力を借りて)1997年時
点のシスコでの買収(多くの場合、比較的小さい企業を買収し、統合後にその事業を大き
230
Bunnell, D. and Brate, A. (2000) Making the Cisco Connection: The Story Behind the Real Internet
Superpower, John Wiley & Sons
231
『日本経済新聞』2005 年 6 月 9 日
146
く伸ばすことからA&D[Acquisition & Development]とも呼ばれている)プロセスを次のよ
うにまとめている。
図表 4-4 シスコシステムズの買収プロセス
1
2
顧客ニーズによる戦 顧客要求を基に、重要な事業領域を特定し、その領域へ参入
略的領域の特定
しないか、又は No. 1、No.2 になるかの方針を決定する。
買収対象の選出
社内の R&D では 6 ヶ月以内に市場リーダーになれないと判断
した時は、ベンチャー企業の買収を検討開始。
自社営業、ベンチャーキャピタル等などからの情報を基に絞
り込んでいく。
3
買収候補の選択
買収候補企業について、ビジネス・デベロップメントとビジ
ネス・ラインのマネジャーと CEO が合意する。
4
初期のディスカッシ ビジネス・デベロップメントがベンチャーのトップとミーテ
ョン
5
ィングを持ち、ビジョンや企業文化について話し合う。
デュー・ディリジェ 人事、財務、セールス、情報システムなどの視点から買収へ
ンス
進むべきかを深く検討する。
6
(金銭的)交渉
ビジネス・デベロップメントが買収金額を算出し交渉する。
7
発表
買収のアナウンスメントを社内外へする。
8
契約締結
買収契約にサインし、クローズする。
9
統合
人、組織、技術、製品のインテグレーションが始まるが、内
容はステップ 8 までにほぼ決まっている。
出所:先端情報技術研究所 (1998)
・ステップ 1
戦略的領域の特定
シスコは顧客からの要求を基に新しい市場セグメントを見出し、各市場セグメントでリ
ーダーになるか参入しないかを選択する。リーダーになると 決めたセグメントにおいて、
半年以内に自社の技術、製品だけではリーダーになれないと判断した場合は、外部からの
技術、製品、人材の獲得に動く。1993 年からこの活動が始められた。この後からシスコの
急成長が続いている。
・ステップ 2
買収対象候補の情報収集
買収企業の情報源には各種あるが、シスコで主要なものはビジネス・ラインからの情報
である。ビジネス・ラインの情報には、顧客、営業、マーケティングからのものがある。
ビジネス・ライン以外では、企業家から買収話を持ち掛けるケースとベンチャーキャピタ
ルからの情報とがある。ちなみに、副会長のドン・バレンタイン(Don Valentine)は有力
なベンチャーキャピタルであるセコイア・キャピタルのパートナーである。
・ステップ 3 選別
147
シスコは成功する買収候補であるかどうかを判断するために5つの評価基準を持ってい
る。技術、製品、財務等のハード的な基準だけでなく、文化、ビジョン等のソフト的な基
準も重要視している。5個目の条件である地理的な近さは、大きな企業を買収する際に特
に重要となる。
また、買収先に求められる条件は、次の5つである。
① ビジョンの共有:「インターネット産業が何を目指し、その過程で両者がどんな役割
を担うのかについて、共通認識を持てる」こと。
② 短期的利益:6ヶ月で製品化できる有望なテクノロジーを有している(双方に早い段
階からメリットが生まれる)
③ 長期的利益:シスコを支える4本柱――株主、従業員、顧客、ビジネス・パートナー――
すべてに、買収による利益の展望を明示できること
④ 企業文化の相性:「社風が違えば合併は諦める」
⑤ 地理的近さ:地理的に離れていると幹部の接触も疎遠になりやすく、効率が悪い。
加えて、友好的買収(friendly acquisition)が基本条件となっている。
・ステップ 4 初期のディスカッション
買収の候補企業が決まるとすぐに、ビジネス・デベロップメント(Business
Development)の VP、ディレクター・クラスの人間が候補企業の CEO とミーティングを
持つ。これによって友好的買収の可否、業界に対するビジョンの共通性、及び企業文化、
相性を確認する。
・ステップ 5 デュー・ディリジェンス
ビジネス・デベロップメントとビジネス・ラインのトップとで、買収するべきかどうか
を議論して決める。もし両者の主張が異なる時にはチェンバース CEO が入り、三者会議
を持つ。その結果買収となると、10 百万ドル以上の案件は全て、役員会で最終決定される。
・ステップ 6 人材の囲い込みと非競合契約
シスコは、買収した企業の主要な技術者や経営陣が買収後に大金を手に入れてすぐに退
職してしまわないように、シスコのストック・オプショ ンは3~4年かけないと権利行使
出来ないようにする。また、退職後、2 年間は競合企業で働かない契約を結ぶ。買収提示
額の算出はビジネス・デベロップメントが行い交渉まで責任を持つ。
・ステップ 9 統合
シスコには買収のディールがクローズされた後に、買収企業を統合するための専門のグ
ループがある。社内の各部門と連携を取りながら企業の成長性、起業家マインドを失わな
いようにスムーズに統合して行く。
1997 年当時は、シスコは、ライン・オブ・ビジネス(Line of Business)という市場別
の組織に分けられていたが、ビジネス・デベロップメントは一ヶ所に集中していた(図表
4-5)。買収のプロセスはビジネス・デベロップメントの M&A グループが中心となって進
めた。買収プロセスの間、ビジネス・デベロップメントが常に中心となり、役員会、関連
するライン・オブ・ビジネス、買収ターゲット企業とのコミュニケーションを緊密にした。
148
図表 4-5 シスコシステムズの買収体制(1997 年)
出所:先端情報技術研究所(1998)
(11) 買収体制の変遷
買収を主導するビジネス・デベロップメントを中心とする体制は、変遷を遂げている。
1993 年の最初の買収から、当時 CTO だったエドワード・コーゼル(Edward R. Kozel)
が、初代の担当 SVP としてビジネス・デベロップメント部門を起こした。コーゼルは 22
社の企業買収と 25 社に対する投資・戦略提携を行った。
そこで VP として実働したのが、1994 年 10 月 Kalpana(4 番目の買収)買収でシスコ
に移ったチャールズ・ジャンカルロ(Charlie Giancarlo)であり、18 社の企業買収と 20
社に対する投資を行った。1998 年 3 月にコーゼルが引退するまでジャンカルロの指揮のも
と買収チームが動いた。
なお、1997年にHPをモデルに、三つのライン・オブ・ビジネス(サービス・プロバイダ
ー、エンタープライズ、中小企業)からなる市場別組織に変更した。上記(7)1990年代
半ばの例の先端情報技術研究所調査による買収プロセスは、この頃のものである。しかし、
現実的には買収チームは、財務と人事の担当者で構成され、各事業ユニットのリーダーや
テクノロジーの専門家から支援を受けている。50~60人で構成されるこのチームは、シス
コの成長を支える新しい市場と技術を継続的に調査・分析している217。ジャンカルロは、さ
まざまな事業ユニットのリーダーを巻き込んで買収交渉を進めることにしている。これは
前述のように、統合化を円滑に行うためでもある219。
1998 年 3 月に Precept Software 買収とともに同社 CEO のジュディ・エストリン(Judy
149
Estrin)がシスコの CTO となり、ビジネス・デベロップメントは彼女に報告することにな
る。が、エストリンは 2000 年 4 月にシスコを去っている。
当時は、下記のような体制で買収にあたっている(Stauffer, 2001)158。
・ 買収に関する報告は、ビジネス開発チームからCTOのジュディ・エストリンに上がり、
彼女からチェンバースCEOに伝えられる。
・ 買収対象ごとに「バーチャル買収チーム」を組む。メンバーは、相手企業と直接かかわる
部署と、M&A担当部署から抜擢される。資金調達部門も8名を出し、「買収ターゲット
のバランスシートと損益計算書を精査する」作業に当たる。
・ 買収が完了すると、統合を円滑に進めるための専門チーム(15~25名)が組織される。
エストリンCTOが去った2000年には、1994 年にシスコに入社しビジネス・デベロップメ
ントに配属されたマイク・ボルピ(Mike Volpi)が2000年にCTOの役割を兼ねるCSOに着
任した。ボルピは、2000年4月時点でシスコが行った55の買収のうちクレセンドを除く54
件に携わっている。1999年6月にはビジネス・デベロップメント担当に戦略的提携担当を加
えたSVPになっている。しかし、ボルピがCTO/CSOを務めたのは短期的であり、2001年
半ばに異動している。
エストリン在籍時のシスコは、二つの問題に直面することになる。一つは、1997年に移
行した市場別組織の弊害である。「サイロのような組織になり、他のラインとの調整がつ
かなくなった」215とシスコ幹部は語っている。複数の部隊で似たようなものを開発したり、
不必要な社内競合が起こったりと、問題が多発したのである。
もう一つは、本社機構と市場別組織が力を持ち、バブルのピークということもあってか、
おびただしい数の企業買収をしてしまったことである。当時の様について、担当責任者が
ゴーサインを出してから買収発表まで、わずか2週間前後ですませるのが彼らの目標222だと
言われているが、スピードは大切だが承認やチェックが不十分だったのではとの社内の反
省も生じている。シスコは1993年から2005年までに計106社(添付資料1買収企業リスト参
照)を買収しているが、1999年に18社、2000年には23社と、この2年で4割を数えている。
人員数も各年2千人前後に上る。買収と買収後の企業統合は、いかにプロセスができている
シスコでも、容易ではなかったと推し量られる。
なお、エストリンは、シスコを去るにあたって「小さい会社が好き」215といって、再び
ベンチャーを起こしたそうである。
これらの反省もあって、市場別組織を撤廃し、ビジネス・ユニットは技術グループの下
に収め、セールスはシアター(Theater)別の組織とし、市場別にはマーケティングが残る
のみとなった。現在のマーケティングはCMOの下、サービス・プロバイダー、エンタープ
ライズ、コマーシャル(中小企業その他)、政府からなる。
新組織には、もう一つの理由がある。新たな事業機会が、ルーターやスイッチといった
既存事業から距離のあるものや既存の強みが十分生かし難いものを含む兆しがでてきたこ
とである。強力な既存のセールス/マーケティングに乗せれば売れるという構図が通用し
なくなってきたのである。
そこで、2001年8月に新組織に改編される。
150
図表4-6のように、CDO体制に移行し、マリオ・マッツォーラ(Mario Mazzola)が初代
CDOとして11の技術グループからなる技術部隊を統括するようになった。技術グループの
下に各ビジネス・ユニットが置かれる形である。ライン・オブ・ビジネスは、マーケティ
ング機能だけを残し、事業部の部分、つまりビジネス・ユニットは、CDO下に移動した形
である。
マッツォーラは、クレセンドCEOとして1993年にシスコに買収され、ワークグループ・
ビジネス・ユニットとなった旧クレセンド部隊の長となった。その後、SVPエンタープライ
ズ・ライン・オブ・ビジネス兼SVPニュー・ビジネス・ベンチャー(マイノリティ出資など
ベンチャー企業の育成)を務めている。CDOは、CTOではなく、各技術グループの長を束
ね、戦略遂行とビジネスの結果に責任を持つ役割である。前CTOのエストリンはかなり技
術寄りの人物だったが、マッツォーラは買収後のマネジメントに優れた手腕を発揮するな
ど技術にとどまらない才を持つと、社内で評されていた。なお、マッツォーラ体制では、
1990年代半ばにビジネス・デベロップメントVPを務めたジャンカルロが右腕として4技術
グループを担当している。11の技術グループは、次の通りである。
•
Access
•
Aggregation
•
Cisco IOS. Technologies Division(ITD)
•
Internet Switching and Services
•
Ethernet Access
•
Network Management Services
•
Core Routing
•
Optical
•
Storage
•
Voice
•
Wireless
しかし、ネットバブル崩壊後ということもあって、シスコ自体が業績不振でリストラク
チャリングを進めた時期でもあり、2001-2003年の買収件数は例年より少ない(2001年2
件、2002年5件、2003年4件)。
数多い買収もあって、一つのチームがハブとして担当するにはシスコの技術領域は多様
化していた。各技術分野の専門グループを設置することで、ロードマップにのっとっての
戦略遂行をより現実なものとした232。
232
Waters, J. K., and Wate, J. K. (2002) John Chambers and the Cisco Way: Navigating Through
Volatility, John Wiley & Sons
151
図表4-6 2001年の組織改編
Office of CDO
チーフ・デベロップメント・オフィサー
Mario Mazzola
CDO
Operations
Engineering
Prem Jain
Storage
Luca Cafiero
Voice
Prem Jain
(Acting)
Core
Routing
Roland Acra
ITD
Joel Bion
技術グループの下に BU(事業部)が
Network
Management
Services
Anson Chen/
Jeff Krause
Aggregation
Charlie
Giancarlo
(Acting)
置かれる
Internet
Switching
And Services
Mike Volpi
Access
Paulette
Altmaier/
Ian Pennell
Optical
SVP
Jayshree
Ullal
Charlie
Giancario
Ethernet
Access
Larry
Birenbaum
Wireless
Charlie
Giancario
(Acting)
Office of CMO チーフ・マーケティング・オフィサー
James Richardson
CMO
Corporate
Marketing
Keith Fox
Commercial
Ron Willis
Service
Provider
Enterprise
Eugene lee
Sammer Padhye
Customer Segment Marketing
出所:シスコシステムズ
152
Technology
Marketing
TBD
2005年にマッツォーラは退職し、現体制のままジャンカルロがCDOを引き継いだ。ジャ
ンカルロは、シスコ・リンクシス(Cisco-Linksys LLC)の社長とエンタープライズ・ビ
ジネス・カウンシルの共同議長を兼務している。ジャンカルロは、買収されたKalpana Inc.
ではマーケティングとコーポレート・デベロップメントの担当VPであり、シスコでは、ビ
ジネス・デベロップメントVPを経て、グローバル・アライアンスSVP、そしてコマーシャ
ル・ライン・オブ・ビジネス統括を務めており、技術というよりビジネス寄りの経験が多
い。
新体制はガバナンスの面でも専門知識の面でも改良された。VP、ディレクター以上が、
ロードマップの作成に参加し、また個別のプロジェクトにバーチャル・チームの形で常時
参加している。セールス、マーケティング、技術/ビジネス・デベロップメントの3つの部
隊からメンバーが集まり、必要に応じて財務、人事などスタッフ部門が加わる。
買収にあたっては、まずビジネス・デベロップメントを含む技術、マーケティングなど関
係各所から、メンバー数名を集めてタスクフォースを編成する。タスクフォースは極秘と
され、2-12ヶ月を費やして社内外のヒアリング調査や事業機会の検討を行う。買収後は、
ほぼそのままチームが買収企業に移籍し、責任をまっとうする。
かつては領域が狭かったが、ビジネス・デベロップメント内の一つのハブでは専門性に乏
しくまたスピードが落ちる面があった。そして、本社機構が社内で強すぎたという反省も
あり、バーチャル買収チームにさらに権限委譲して進める形にした。セールス、マーケテ
ィングの組織が支持しないと原則として買収が承認されない点は変わらない。
(12) 最近のロードマップ
シスコの経営上の命題は、既存事業の成長率鈍化に対して、新たな柱を早急に創造する
ことである。また戦略的には、ルーターやスイッチなど基幹製品が成熟化し、コモディテ
ィ化がすすむという中で、付加価値を上げ、シスコの統合化された技術ベースに顧客を囲
い込む狙いがある。
2006年現在、シスコはビジョンとして次の三つのフェーズからなるIIN(Intelligent
Information Network)を提唱している。
・フェーズ1 コンバージェンス(異種技術の融合)
・フェーズ2 仮想化(storage, grid 等)
・フェーズ3 AON(Application Oriented Network)
アーキテクチャとしては、企業向けにはSONA(Solution Oriented Network Architecture)、
通信事業者にはIP-NGN(Next Generation Network)を唱えている。
そして、これから伸ばしたい技術領域をアドバンスト・テクノロジー(Advanced
Technology)として選択し、それぞれ売上10億ドル以上をねらう。昨年末に6領域に3つ加
わり次の9領域となった233。
233
Morgan Stanley Research, Jan. 2006
153
①セキュリティ:もとからあったものを発展させたものである。すでに売上10億ドルを大
きく超えており、粗利率約80%の高収益事業である。
②IPコミュニケーション:音声/データ/映像を含むIPネットワーク上のコミュニケーショ
ン。すでに音声では世界シェア1位に。すでに10億ドルを超えるペース。
③ワイヤレス:1999年11月に799百万ドルで買収した無線LANのAironet Wireless
Communicationsがコアとなって展開。セキュリティと認証に優れており、大企業のニ
ーズと合致して、早期に採用され市場リーダーとして位置を獲得した。
④オプティカル:1999年8月に6900百万ドルで買収の光通信のCerent Corp.などによる。
超高速バックボーンは富士通など既存の対通信事業者サプライヤーが強く、これまで触
れていなかったシスコは苦戦している。
⑤ストレージ:SAN(Storage Area Network)用スイッチのAndiamo Systemsを2002年8
月に25億ドルで買収した。EMC CorporationやIBMなど提携したオリジナル・ストレ
ッジ・マニュファクチャラーが、シスコのスイッチをバンドルして販売する。自ら売る
ことができるものではなく、苦戦している。
⑥ホーム・ネットワーキング:2003年3月に5億ドルで買収の家庭用ルーター/アクセスポ
イントのリンクシス・グループがベース。対象顧客が従来とは異なるが販売チャネルも
既存と異なる。個人からSOHOへのスケールアップが功を奏している。粗利率30%強
とシスコにしては低マージンだが、売上規模は10億ドルがみえており、市場シェアも
首位であり、シスコでの評価は高い。
⑦ホステッド・スモール・ビジネス・システムズ:2005年11月に発表されたリンクシス-One
と呼ばれる、リンクシスの機能を通信事業者等と組んで小企業向けに提供するものであ
る。
⑧アプリケーション・ネットワーキング・サービス(ANS):2005年末に発表された、ネ
ットワークにアプリケーション機能を持たせる事業。IBMのMessage Queuingチーム
がほぼそのまま移籍してスタートしている。
⑨デジタル・ビデオ:2005年11月に69億ドルでの買収発表をしたScientific-Atlantaをベー
スにした事業である。詳細はまだ明らかにされていない。
なお、⑤ストレージと⑧ANSは、企業向けのSONAアーキテクチャから事業機会として
生みだされたものである。図表4-7にあるように、売上規模は目標の10億ドルに遠く及ばな
い。また、⑤、⑥、⑦のように、既存のセールス・チャネルに頼れないものが複数現れて
いる。このように、よい技術だから買収して既存のセールスに載せて売上を立てるという
単純なやり方ではなく、事業としてどう設計、つくりあげるかが問われる事業機会が近年
は多くなっている。
154
図表4-7 シスコシステムズのアドバンスト・テクノロジー売上高と市場
シスコ社
市場
2005
2008
($m)
($m)
売上高
成長率
(%)
市場シェア
2005
2008
2005
2008
($m)
($m)
(%)
(%)
セキュリティ
3,046
4,530
14%
1,251
1,977
41%
44%
IPコミュニケーション
3,584
6,401
21%
884
1,686
25%
26%
オプティカル
6,983
8,598
7%
596
860
9%
10%
ストレージ
1,191
1,867
16%
234
436
20%
23%
ワイヤレス
1,248
2,371
24%
587
1,210
47%
51%
ホーム
3,386
6,988
27%
857
1,978
25%
26%
Linksys-One
NA
2,428
NA
0
856
0%
35%
ANS
1,016
1,937
24%
10
213
1%
11%
注:2005年は実績、2008年は予測値
出所:シスコシステムズ、Morgan Stanley, シナジー, IDC, Gartner, RHK
2.IPコミュニケーション事業
シスコの新事業の中で、目標の10億ドル程度の売上規模に達成し、新たな柱となったも
のから一つを選び、掘り下げて研究する。アドバンスト・テクノロジーの中では、セキュ
リティ、IPコミュニケーション、ホームが候補となるが、セキュリティは既存事業で培わ
れた技術がベースとなっており、ホームは2003年買収のリンクシスへの依存度がまだ高い
ため、IPコミュニケーション事業を選択する。
(1) IPコミュニケーション事業
電話は、シスコが着手していなかった大きな市場であった。通信のIP(インターネット・
プロトコル)化が進展し、電話もIPとなる機会を捉えてシスコは市場に参入した。遅い市
場参入にもかかわらず、表4-8のように、シスコは企業用IP電話市場のリーダーの位置を獲
得するまでになった。主な競合他社は、伝統的な電話システム提供者である。
ネットワークと通信の専門調査会社シナジー・リサーチ・グループ(Synergy Research
Group:以下シナジー)の調べでは 2004 年シスコは、すべての法人用電話システムの世界
市場で 17.9%とトップのシェアを記録した。
具体的には、<コール・マネジャー>という IP ベースの PBX(構内交換機)と IP 電話機
がシスコの主力製品である。シスコは、2006 年 1 月現在までに約 7 百万台の IP 電話機を
出荷している。IBM、Ford Motor Company、ボーイング、Bank of America は、10 万台
以上のシスコ IP 電話を導入している。
155
図表4-8 企業用IP電話市場における主要事業者の売上高とシェア
2004年
2005年第1-3四半期
売上高
市場シェア
売上高
市場シェア
($m)
(%)
($m)
(%)
Cisco
715
23
702
24
Avaya
747
24
695
24
Alcatel
438
14
395
13
Nortel
396
13
380
13
Mitel
181
6
173
6
Siemens
154
5
152
5
3Com
76
2
76
3
その他
362
12
379
13
3,069
100
2,952
100
計
出所:シナジー、 Morgan Stanley Research
従来型のPBXは2004年末時点で4%しかIP-PBXに代替されておらず、長期的な成長が期
待される。シナジーは2004年に30億ドルだった市場は2009年までに100億ドルになると予
測している。
シスコは、IP電話事業をIPコミュニケーション事業と呼んでいる。IPコミュニケーショ
ンとは、データ通信で普及したインターネット・プロトコル(Internet Protocol:IP)に
より、音声や動画など様々な用途にわたるコミュニケーションを実現するものである。電
話は最も代表的な用途であり、具体的には次のように説明される。
・ Voice over IP (VoIP):企業内あるいは公衆のインターネットによるIPデータ通信網
で音声通話を実現するもの。コストダウンのメリットがある。
・ IP電話:VoIPによるサービス、請求効率化や様々な料金プラン、そして電話会議、転
送などの基本的な機能を提供するもの。また PBX(構内交換機)をIP化する。
・ IPコミュニケーション:単なる音声通話だけでなく、ビジネス・アプリケーション、ユ
ニファイド・メッセージング234、コンタクトセンター、ビデオ会議、など様々な機能を
提供する。セキュリティや品質のため、企業は自身のネットワーク上で、これらを実現
することが多い。
(2) プロジェクトの起こり
1997 年に、新たなロードマップにのっとり、トップダウンでマルチサービス・アクセス・
ビジネス・ユニット(Multi-service Access business unit)が創設された。この新チームは、
234
音声・FAX・電子メールなどを統合的にコミュニケーションできる技術。
156
データ/音声/動画統合化戦略(data/voice/video integration strategy)を立案し、実行する
ことが任務であった。
1997 年 10 月 21 日、同ビジネス・ユニットのマーケティング・ディレクターのピーター・
アレクサンダー(Peter Alexander)が、五つのフェーズからなるデータ/音声/動画統合化
戦略の第一フェーズを発表した。企業や通信事業者が、フレームリレーや ATM あるいは
IP などによって音声やデータを統合的に扱うインフラストラクチャの提案である。
1998 年 1 月 27 日、データ/音声/動画統合化戦略の第二フェーズを発表した。ATM やル
ーターなど既存製品に、WAN 上での電話・コールセンター・動画のための機能を拡充した
ものを提示した。
1998 年 3 月 23 日、データ/音声/動画統合化戦略の第三フェーズを発表した。様々なネッ
トワーク環境を横断的につないで音声を通信できる企業用の製品やツールを提示した。
ここまでは、通信ネットワーク上のトランスポーテーション(transportation)におけ
る価値提案を進めてきたが、ここからチームは次のステップに入っている。
データ/音声/動画の統合を軸に、事業機会を探っていた同チームだったが、検討を進めて
いく中で、これまでシスコが触れていなかった大企業向け PBX に着目した。事業の可能性
を検討し、ライン・オブ・ビジネス(市場別組織)と議論を重ね、エンタープライズ・ラ
イン・オブ・ビジネスが同チームのプロジェクトを支持することとなった。
同チームは、エンタープライズ・ライン・オブ・ビジネスに組み入れられ、極秘裏に、
新事業機会の特定を進め、具体的な買収案件の選出・評価に取り組んだ。
(3) 最初の買収
1998 年 10 月 14 日、
シスコはデータ/音声/動画統合化戦略の第四フェーズとして、IP-PBX
と IP 電話機を開発したセルシウス・システムズ(Selsius Systems, Inc.:以下セルシウス)
の買収(145 百万ドル)を発表した。セルシウス社は、エンタープライズ・ライン・オブ・
ビジネスに併合された。買収のコメントは、エンタープライズ・ライン・オブ・ビジネス
SVP のマリオ・マッツォーラ(Mario Mazzola)から出された。
1998 年 11 月 3 日、エンタープライズ・マーケティング VP となったアレクサンダーは、
データ/音声/動画統合化戦略の第四フェーズを発表した。主に、セルシウスのネットワーク
PBX と、ルーターやアクセス・コントローラーなど既存製品の VoIP 対応についてである。
1999 年 3 月 20 日発表の第四フェーズの続編では、マルチサービス戦略として、以前の
フェーズでもうたった WAN でのマルチサービスと、後の主力商品となる IP-PBX の<コー
ル・マネジャー>による IP 電話について、提示している。
5 フェーズといっていたが、同戦略はここで終了している。データ/音声/動画統合化戦略
は、当初は、マルチサービス・アクセスといってもシスコの土俵である通信ネットワークに
着目し、広範なものを対象としていた。対象市場が LAN なのか WAN なのか、企業向け
か通信事業者向けかも、はっきりしていなかった。そうして模索しながら基本的には機能
157
拡張により価値提案を順次していったのが、フェーズ 1~3 である。この時点では IP より
も ATM やフレームリレーなど、今となっては古い技術が中心であった。
ここでチームは、抜本的な策として、企業向けの電話を IP システムで代替する事業機会
を検討した。既存の事業の領域を超えた範囲への進出である。そして具体的にセルシウス
を買収し、これを核として事業を展開することとしたのである。こうして、データ/音声/
動画統合化戦略は、最終フェーズをむかえることなく役割を終えた。
(4) 事業展開
アレクサンダーらのチームは、セルシウス買収前から、事業を形成していくかの構想を
つくりあげていた。シスコの IP 電話は「電話」として売らないというアプローチである。
これには、二つの意味がある。
一つは、同じ電話として売るなら、既存の電話事業者で済むということである。後発の
シスコが売る以上、違いを打ち出さねばならない。
それゆえシスコは、IP 電話と呼ばず、IP コミュニケーションと言って売り込んだのであ
る。また、見た目から従来の電話と違うルック・アンド・フィール(見栄えと感触)を実
現するため、セルシウスがすでに持っていた電話機を使わずに、ほとんど白紙から電話機
を設計し直したのである。
もう一つは、当初からマルチサービスの戦略を考えていたのであり、IP ベースであるが
ゆえ、従来の電話では不可能だった様々な機能やアプリケーションが提供できるというこ
とである。
そこで、ユニファイド・メッセージング、高機能の電話会議など、付加機能の提供を図
った。
これ以外にも、従来の回線交換ベースの電話システムは、各支社・支店にハードを導入す
る必要があり、シームレスなシステムの構築は困難だったが、シスコの IP-PBX ではその
必要がなくなるといったメリットがある。シスコは他のネットワークとの統合性により、
セキュリティ、制御、監視など、ネットワーク・マネジメントの面からも、強みがある。
最初のIP電話は2000年5月にLevel 3 Communicationsに提供された。30ヶ月後に100万
台目、それから13ヶ月後に200万台目、さらに8ヶ月後に300万台目を出荷し、順調に業績
を上げている。
(5) 継続買収
目指す将来の事業の形に近づくように、自社が持たない主要部品を短期間に揃えていっ
た。
企業向けIP電話を中心に、それに付随し拡大する形で、PBXなど企業内電話システム、
ユニファイド・メッセージング、音声/データ統合、そしてコールセンター機能やコンサル
ティングなど11社の企業群を継続買収することで、一つの事業として発展させた(図表4-9)。
158
たとえば、シスコは、最初に買収したセルシウスの製品/技術と、ともに1999年4月に
買収したコンタクトセンター用ソフトウェアのGeoTel Communications Corporationの製
品/技術、そしてユニファイド・メッセージングのAmteva Technologiesの製品/技術を
統合して提供することを、買収後間もなく発表している。
大企業ユーザーに、単一の標準的なネットワークによって、低コストかつ柔軟性を持た
せて、コンタクトセンターやユニファイド・メッセージングなどの高機能を提供できるよ
うにというねらいである。
なお、2001 年の組織改変時に、市場別のライン・オブ・ビジネスは解消し、本事業は、
CDO 下の 8 つの技術グループの一つであるボイス・テクノロジー・グループとして移行し
た。それ以降、dynamicsoft など、通信事業者向けの技術を持つ企業も買収されている。
図表4-9
シスコシステムズによるIPコミュニケーション関係の買収
買収発表時期
金額
買収社名
($m)
製品・技術
IP 電話
1998 年 10 月
145
Selsius Systems
IP-PBX と IP 電話機
1999 年 8 月
55
Calista
既存電話システムを IP-PBX の統合技術
2000 年 3 月
200
JetCell
ビル内ワイヤレス電話
2003 年 7 月
13.5
SignalWorks
高音質の実現(エコー・キャンセラー)
2003 年 11 月
80
Latitude Communications
動画・Web を統合した電話会議製品
2004 年 9 月
55
dynamicsoft
SIP ソリューション
ユニファイド・メッセージング
1999 年 4 月
170
Amteva Technologies
ボイスメール/電子メール/Fax 統合ミドルウェア
2000 年 11 月
266
Active Voice Corp.
データ/音声/動画の統合
音声/データ統合
2000 年 9 月
369*
2000 年 9 月
IPCell Technologies
IP ベースの呼制御
Vovida Networks
アプリケーション・ライブラリ
コンタクトセンター
1999 年 4 月
2000
GeoTel Communications
Corp.
コンタクトセンター用ソフトウェア
コンサルティング
1999 年 12 月
25.5
Worldwide Data Systems
*Vovida Networks と合わせた取得価格
出所:シスコシステムズ
159
音声/データ統合ネットワーク支援
なお、dynamicsoft だけが、これだけ遅い段階で買収されたのは、業界で SIP235というプ
ロトコルの技術標準化がなかなか進まなかったという背景があり、シスコが戦略的に意図
したタイミングではない。
3.事例分析と示唆
(1) IPコミュニケーション事業
①ORプロセス
IPコミュニケーション事業のORのステップは、次のようにまとめることができる。「形
成」に注力し、その実現のために企業を継続買収し、核を獲得し、穴を埋めていったもの
である。
・ ロードマップからトップダウンで重点分野としてタスクフォース化
・ マルチサービス・アクセスの戦略策定を開始。機能拡張した既存製品の発表も。この時
点では、既存の技術領域から出られず、市場の焦点が絞れずという状態。
・ 企業向けIPコミュニケーションに注目し、具体案を検討。
・ 買収検討に入り、セルシウス社と交渉・評価。
・ セルシウス社を買収し、エンタープライズ・ライン・オブ・ビジネスに加わる。
・ 製品開発とシスコ製品への統合化。
・ 継続して企業買収し、ねらう市場の製品/技術を埋めていった。
・ 世界IP電話市場で首位に。
当初は、技術の進化から見た論理によるロードマップと思われ、顧客ニーズの顕在性に
ついては疑問を感じる。もちろん、潜在的なニーズはすでにあったと思われるが、具体的
な形にはなっていなかったかと考えられる。つまり、半年後に顧客に売るといった状況で
もなかったであろう。それゆえ、ORチームは、初期は模索を続けたと考えられる。
しかし、やはりきっかけは顧客であった。大企業を主とするセールス・マーケティング
側からIPコミュニケーションへの期待が高くなり、タスクフォースはOR活動を加速してい
る。ここでは「IP電話」が注目をされてきた時期である。
しかし、電話として顧客に提供しないというマーケティングと顧客価値が、ORの形成で
は特徴である。大企業の電話市場は、シスコにとっては新市場であり後発であった。既に
Avaya(ルーセントからのスピンオフ)やノーテルといった老舗が占拠していた市場であ
る。これを逆手に取り、先行各社が「電話」を重視しそこから抜けられない一方で、シス
コは、電話として売らないアプローチを自社のアイデンティティとしたのである。
つまり、技術の論理から出発して、顧客ニーズできっかけをつかみ、競争状況から具体
化したという流れである。
235
Session Initiation Protocol:通話管理プロトコルの一つ。
160
もちろん、買収対象企業の情報収集から、「形成」にインプットがなされたと考えられ
る。買収時点で、すでにセルシウスは、IP-PBXもIP電話機も持っていたのである。つまり、
これらのベンチャー企業から、予兆を習得したと考えられる。しかし、セルシウスも事業
機会のシーズの一つでしかなかったのである。技術はあっても、ビジネスコンセプトが未
熟だったということと、シスコがめざすIPコミュニケーションの事業機会からみるとセル
シウスは重要とは言え、一部のパーツであったということである。
継続買収からみても、事業機会の「形成」を行い、それを埋めていく形で、数社を買収
し統合していったとみられる。
このように、仮説として構築したORプロセス・フレームワークは、シスコのIPコミュニ
ケーション事業におけるORの説明にかなうものだと言うことができる。
②資源・体制
資源については、外部性をフルに生かしており、買収なくしては成り立たないものであ
る。しかも、数件の継続買収によるものである。しかも、セルシウスの買収価格より、大
きな価値を生んでいると考えられる。これは、シスコの強みにこれら被買収企業を統合化
することで価値を倍加している。技術的にも、シスコの既存技術・製品との合わせ込みが、
顧客に対しても差別化となっている。
体制としては、タスクフォースが、初期はどこのライン・オブ・ビジネスにも、正式な
形で属しておらず、遊撃隊のような形を取っている。そこから、スポンサーとしてのエン
タープライズ・ライン・オブ・ビジネスを得て、そこに一旦は落ち着くことになる。やが
て、組織改変に伴い、技術グループとしてビジネス・デベロップメントの傘下に入って現
在に至る。
OR実行時には、まさにルースカプリングであり、どこにも属さないが、各所と話をし連
携をし、既存製品の機能拡張などを促進していたわけである。
(2) 全社
まず、歴史を紐解いてみたい。最初の買収であったクレセンドの場合、買収後に統合化
がうまく行かずに危機的状況に陥ったところを、キム・ニーダーマン(Kim Niederman)
を中心とするシスコのチームが必死の努力で成功に導いた。ニーダーマンは、統合化をし
ながらポイントや学んだことを記述し、それがシスコ社内で共有されて、以後の買収の成
功に役立っていると述べている。つまり、買収後のプロセスとそれを考慮した買収先の選
定・交渉にシスコの差別化要因があると考えられる。
また、例にも示された1990年代なかばの買収では、ロードマップはルーターを中心に周
辺に拡大するという比較的分かりやすいものであり、その枠組みに沿っての買収先選定で
あった。
ところが近年では、領域はロードマップに示されていても、IPコミュニケーション事業
のように、事業の骨格を苦心して作り上げなければならないものが多くなっている。その
161
他のアドバンスト・テクノロジーでは、セールスなど既存の強みを活用できにくいものが
増えている。
つまり、ORプロセスでいう「形成」の重要度が増していると考えられる。
ORプロセス
シスコの新たな柱創造の経緯をおおまかに要約すると、ルーターから始まり顧客大企業
向けに製品ラインを拡大(1993年のスイッチが最初)→さらにサービス・プロバイダ市場
へ展開→さらに製品ラインを拡大→電話、家庭用など、異なる市場・製品にも拡大、とい
う流れである。
シスコにおける一般的なORプロセスは、ロードマップを作成し、コンスタントに更新す
る。基本は、ニーズのあるもの、売れるもの、であり、技術から生み出されるビジョンか
ら事業機会を特定しているわけではない。1セグメントで10億ドルの売上規模をねらうもの
には、タスクフォースをつくり事業機会を特定する。多くは、ビジネスコンセプトを形成
し、買収候補を探して実行する。
強力なセールス/マーケティング力とルーターをはじめとした市場でトップシェアを持
つ製品群という自社のコアとする強みとの併せ込みによって、被買収企業の価値を倍加さ
せる
ORプロセス・フレームワークに沿って各要素とプロセスの流れを分析すると次のように
なる。
①展望
シスコにおいてロードマップ(あるいはプランニング・マトリックス)と呼ばれるもの
が「展望」に相当する。トップダウンでロードマップの策定、スコープ/フォーカスの設定
がされる。ロードマップには、これから狙う分野が具体的に示され、それに従って買収等
の行動がとられる。ロードマップは、自社内の意見と同時に、マーケット情報や顧客から
のインプットを重視する。
②創造
シスコでは社内開発が70%というコメントもあるが、実質的には未参入分野に新たな柱
を創造する場合には、ほとんどが買収によっている215。つまり、ほとんどの「創造」は買
収対象企業によって行われている。
③獲得
タスクフォースとそれを支えるビジネス・デベロップメントが、セールス、マーケティン
グなど社内の各部門ならびにベンチャーキャピタルなどの社外から情報を吸い上げ、候補
企業を特定して打診し審査する活動により「獲得」機能を果たしている。ビジネス・デベロ
ップメントとその下の技術グループは、ロードマップにのっとって常時目ぼしい会社をウ
162
ォッチし、ベンチャーキャピタルとの連携やマイノリティ出資も行なう。
④形成
ロードマップの段階でおおまかな指針は示されているが、具体的な買収対象企業の製
品・技術を事業機会のシーズとして、どういうビジネスのあり方が最善かをタスクフォー
スが検討し、シナリオを描くことが「形成」に相当する。買収後は、被買収企業幹部とシ
スコ側で、さらに現実的に検討して「形成」を行う。
なお、一連の連続した買収によって、より大きな事業機会をねらう場合は、タスクフォ
ースはそうしたビジネスコンセプトの基本的な設計を行う。そして被買収企業幹部を迎え
入れた段階で、さらによりよいビジネスコンセプトへと「形成」を行う。
被買収企業が事業としてシスコに統合されてから、セールス、マーケティングなど社内
の各部門からのフィードバックや事業の進捗をみて、さらに「形成」を行う。
ロードマップをつくりウォッチしている中で、市場や顧客について研究ずみであり、買
収後は、ただちにセールス、マーケティングと開発陣に組みこむ。
⑤決定
ある程度の大きさの投資となれば、CEOそして役員会に承認を得なければならないが、
通常のものはCDO(チーフ・デベロップメント・オフィサー)が鍵を握っている。
基本は市場性であり、セールス、マーケティング部隊が支持しなければ前に進めるのは
困難となる。
しかし、判断基準と評価項目が明確であり、ビジネス・デベロップメントによるコミュニ
ケーションも図られているため、意思決定は迅速に進めることができる。
⑥プロセスとしての流れ
「展望」を基盤として、その上で各機能が双方向で連鎖している。「形成」されたビジ
ネスコンセプトが買収対象の「獲得」に影響するのは明らかだ。展望が創造に影響してい
る例では、ベンチャー企業がシスコに出資・買収してもらうことを念頭に起業しているも
のすらある。
技術とマーケティングの連携や複数の市場別組織の横断的連携など、大きな分断
(fragmentation)はみられない。
また、いくつかの製品・技術から、一つの大きな事業の創造を図る場合、大きなプロセ
スの中にいくつものサブ・プロセスが生じている。IPコミュニケーション事業もその一例で
ある。
シスコのORプロセスは、組織と仕組みによるものであり、特定個人に依存したものでは
ない。しかも、その仕組みがA&Dのプロセスとして確立しており、参考となる一つのモデ
ルと言えよう。組織横断的なプロセスとして仕組みを持っていることがよい意味で影響し
ていると考えられる。
163
資源・体制
⑦外部性
シスコは、早くからエコシステム戦略をうたっていたが、最もよく外部性を活用してい
ると言える。
企業買収や外部との提携は盛んである。また、幹部も社員も買収企業からシスコに会社
ごと移った者が相当数に上る。
企業買収による製品・技術の獲得だけでなく、「シスコの製品の 7 割が自社開発だとして
も、それを実際に開発している社員はシスコが買収した小さな会社の出身者であることが
多い」という結果を生んでいる。
「展望」の作成は自社の技術ではなく顧客ニーズと市場性に基づいている。最初の買収
であるクレセンドの案件のときも、顧客の声をもとにしている。
買収については、単に買い集めているわけではなく、3章2節でのビジネス・アーキテク
チャについての項でも議論したが、共通のベースとなる技術など自社の強みに買収したも
のを併せ込むという手法を基本としている。
また、早期にシスコに投資したベンチャーキャピタルであるセコイア・キャピタルでシ
スコの投資委員会を開くなど、外部の知恵と情報網を活用している。
そして、外に向けたアピールも重要な点として挙げられる。注目する技術分野を外部に
示すことで、ベンチャーの起業やシスコへの提案の促進に繋がっている。また、対外的な
コミュニケーション活動を通して、製品・技術の価値を倍加する力、事業がさらに発展する
見込み、組織の親和性と人のマネジメントなど、被買収企業にとって買われたくなるよう
魅力のアピールを実現している。
⑧ルースカプリング
ビジネス・デベロップメントは、技術開発部隊を従えており、技術側と緊密に結びつい
ている。しかし、事業としての成果が必ずしも問われないような他にみられる研究所とは
違い、CDOはビジネスの成功を問われる。
セールス、マーケティング部隊が、支持しなければ基本的に案件はストップしてしまう。
しかし、他にみられるような事業部の影響下で予算や損益について厳しく扱われて投資や
拡大が滞ることはない。予算や費用としてではなく、ROI(リターン・オン・インベスト
メント)のための投資として戦略的に考えている。これは、研究開発予算とは別のものと
して全社の財務で事業投資として扱われ、形式的にも多くは株式を発行しての交換によっ
ている。
また、担当のタスクフォース、そして買収後の技術チームが横串となって、セールス、
マーケティング部隊と順次連携することになる。IPコミュニケーション事業の例では、ま
ずエンタープライズから始まり、やがてサービス・プロバイダーなど他の市場に展開してい
る。
タスクフォースは、社内の各所にアクセスできる特権がある。これにより、社内の資源、
164
専門性、顧客、市場への接点を持つことが可能となる。
加えて、主要幹部が兼務をしており、通常のマトリックス組織の逆(一般的なマトリッ
クス組織は上司が複数となるが、この場合は逆に複数の組織を同一の上司がみている)に
なっている。例えば、ボルピはルーター関係技術とサービス・プロバイダーのマーケティ
ングを兼務しており、ジャンカルロもそうだ(⑨で後述)。これにより、技術と市場の異
なる組織の連携が促進される。
ビジネス・デベロップメントは、1990年代から関係各部門と連携したバーチャル・チー
ムの形で動いており、ルースカプリング実践が根付いていると言えよう。
⑨CDO組織
ビジネス・デベロップメント(事業開発)という部署は、日本の大企業にもしばしば見ら
れる。しかし、経営コンサルタントの梅田望夫はCDOについて、「この重要なポジション
が、日本のエレクトロニクス企業には存在しない。しかしこういうポジションがないと、
技術に関する“Make vs. Buy”の判断ができない。」236と述べている。
さらにシスコのCDO組織は、ユニークな点がある。
・ 全社のCTOを統括している:日本の大手企業では事業部ごとにCTOが置かれるなど全
社の技術の統括が不在の例もあるが、CDOは10近くある技術グループをまとめる役割
を担っている
・ CTOではない:現在のCDOもマーケティング/事業開発そしてライン・オブ・ビジネ
ス(市場別事業部)の出身であり、ビジネスの観点から技術をみる立場である
・ ビジネスと直結している:売上10億ドル級の柱となる事業創造の始めの工程を担って
いる
・ 兼務:シスコ・リンクシス社長、エンタープライズ・ビジネス・カウンシル共同議長を
兼ねており、事業部門と直結しやすい
・ タスクフォースに任せる:自らのチームで案件を扱うのではなく、特命タスクフォース
に「形成」や「獲得」を任せている
なお、ビジネス・デベロップメントのもと特別編成されるタスクフォースの役割は、大き
い。
既存の市場ではない事業機会も出てくるようになった。同じ大企業でも、IP電話はルー
ターを売る相手とは異なる部門・担当を相手にしなければならない(日本では総務部)。
リンクシスに至っては、家庭用という未経験の市場である。
例えば、リンクシスの買収前にはタスクフォースは通例をはるかに超える1年以上を「形
成」に費やして、日本を含む主要市場のヒアリング調査を行い、買収に至った。
かつては、事業領域は、ルーターを中心とした周辺拡大に過ぎなかった。しかし、さら
に拡大し、またIP技術の進展により、新たな柱創造の領域がかなり広がってきた。これで
236梅田望夫ブログ(2003/03/05)http://www.mochioumeda.com/blog/2003_03_02_archive.html#90209545
165
は単一のチームが多様な案件を扱うことは難しい。専門性を持つメンバーを加え、「形成」
に注力するタスクフォースを活用する必要性が高まったのである。
このような背景ゆえに、CDOをスポンサーとしてルースカプリングするタスクフォース
を活用するになったのである。
(3)研究課題とのつながり
事例研究から、本研究のORにおける仮説を実証研究することができた。シスコシステム
ズの事例研究と研究課題とのつながりは以下のようになる。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
・ ORプロセス・フレームワークに対しての実証研究を行った。全社的なフレームワーク
の参考例を得ることができた。また、複数のシーズから一つの事業機会を特定する、新
結合の具体例を得ることができた。
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
・ OR実施要件の仮説である外部性とルースカプリングについて実証研究を行った。本事
例では、共に活用されていることが確認された。加えて、CDO組織という実施機構の
参考例を得ることができた。
166
第3節 マイクロソフトの事例
1.全社について
(1)会社概要
マイクロソフト (Microsoft Corporation)237
本社:米国ワシントン州レッドモンド(Redmond)
業績:2005 年 6 月期 売上高 39,788 百万ドル(8 年前の 3.33 倍、年平均成長率 16.2%)、
当期利益 12,254 百万ドル
人員数:61,000 人(2005 年 6 月)
研究開発:6,183 百万ドル(対売上高 15.5%)
株価:時価総額 2950 億ドル(2005 年ビジネスウィーク・グローバル 1200 ランキング 3
位)。この 10 年で約 5 倍(図表 4-10)。
図表 4-10 マイクロソフト(MSFT:Nasdaq)株価の推移
出所:Nasdaq
237
マイクロソフトの事例研究は、文献調査に加え、2005 年 9 月~2006 年 1 月にゲーム業界関係者を含めイ
ンタビューを行った。
167
図表 4-11 マイクロソフト事業セグメント別売上高(2005 年 6 月期)
($m)
インフォワーカー(Info worker)
11,013
サーバー&ツールズ(Server & Tools)
9,885
12,234
クライアント(Client)
ビジネスソリューション(Business solution)
803
CE/モバイル(CE/mobile)
337
MSN
2,274
ホーム&エンタテインメント
3,242
(Home & entertainment)
39,788
計
出所:マイクロソフト
主要製品:
・Microsoft Windowsシリーズ:パーソナル・コンピュータ用OS。現在、デスクトップOS
市場の9割を占め、デファクトスタンダードとなっている。また、サーバー分野(Windows
Server等)にも力を注いでいる。
・Microsoft Officeシリーズ:ワードプロセッサのWord、表計算ソフトのExcel、メール及
び情報管理ソフトのOutlook、データベースソフトのAccessといったオフィス・スイー
ト製品(このうちWord・Excel・Outlookに関しては殆どのパソコンにプリインストール済
みの状態で出荷されている)
。
・開発用製品:Microsoft Visual Basic、Microsoft Visual C++及びそれらを統合した
Microsoft Visual Studio。特にマイクロソフトは.NET技術の推進に努めており、最新版
ではそれらの技術を応用したアプリケーション開発を可能にしている。
・マッキントッシュ向け製品:アップルのMacintosh向けに専門の開発スタッフ (Mac
BU) が、オフィス・スイート製品やメディア・プレーヤー、メッセンジャー等のソフ
トウェアを提供し、シェアの確保に努めているが、ブラウザは追加開発を中止。
・エンタープライズ・アプリケーション:中堅・中小企業を主な対象に、ERP(Enterprise
Resource Planning)、CRM(Customer Relationship Management)
、SCM(Supply
Chain Management)などの業務アプリケーション・ソフトウェアを提供している。
・ゲーム製品:家庭用テレビゲーム専用機Xbox、次世代製品としてXbox360、およびこれ
らに対応のゲームソフトがある。3Dシミュレータ等のPCゲームソフトの販売も手がけ
ている他、同社が運営するポータルサイトMSN(Microsoft Network)向けのソフトウ
ェアを提供している。また、ゲームに必要なグラフィック処理やサウンド処理などをパ
ッケージしたAPI(Application Interface)セット<DirectX>を配布している。これは現
在ではほとんどのWindows用ゲームで採用されており、ビデオカードの開発、ゲームの
開発共に大きな影響を与えている。
・ハードウェア:マウス、キーボード、ゲームパッドなどの入力装置。
168
なお、図表 4-11 のように、売上は構成されている。このうち対前年で 10%未満の成長で
あったのは、成熟化したクライアント、インフォワーカー、そして MSN であった。
(2)沿革
現在、世界最大のコンピュータ・ソフトウェア会社であるマイクロソフトは、1975 年 4
月 4 日にビル・ゲイツ(Bill Gates)とポール・アレン(Paul Allen)によって設立された。
本社はアメリカ合衆国ワシントン州レッドモンド市(シアトル郊外)にあり、
「マイクロソ
フト・キャンパス」と呼ばれている。
当初は、世に登場して間もない 8 ビットのマイクロプロセッサを搭載したコンピュータ
<Altair>上で動く、BASIC インタープリタの開発・販売で成功を収めた。ついで、IBM-PC
上の OS の開発を請け負い(Seatle Computer Products の 86-DOS の権利を購入し改良、
86DOS の開発者ティム・パターソン(Tim Patterson)は後にマイクロソフトに引き抜か
れ MS-DOS の開発メインスタッフとなる)
、PC-DOS(自社ブランドで MS-DOS)を開発。
IBM-PC とそれら互換機の普及と共に OS の需要も伸び、現在に至る地固めを確かなもの
とした。
やがてマイクロソフトは、Macintosh の影響を受けて、MS-DOS 上で動作する GUI シ
ステム<Windows>の開発に注力した。また、ビジネス向けの表計算ソフトやワープロソフ
トなどを開発し、先行する他社と「買収か潰すか」とまで言われた熾烈な競争を繰り広げ、
各方面で賛否を巻き起こしながらも、多方面のビジネスソフトでトップシェアを占有する
に至った。
OS は、DEC(Digital Equipment Corporation)の開発チームを移籍させるなどして
Windows NT を開発し、サーバー市場への進出も果たした。
また、ゲーム機として 2001 年に Xbox を、2005 年 12 月には Xbox360 を発売した。
なお、マイクロソフトの、独占禁止法に関する米国司法省との対立は激しいものであっ
た。IBM 互換機 PC 上のマイクロソフト製品は、市場を制圧しデスクトップ・クライアン
ト分野では 90%を越えるシェアを獲得するに至ったが、一方でそのシェアを利用した戦略
も数多く取られ、独占禁止法違反の嫌疑をかけられることになる。米国で反トラスト法に
提訴され、一時は OS 会社とアプリケーション会社に分割する司法命令が出そうな動きも
あったが、実質的にマイクロソフトの勝利の形で終わった。
(3)プラットフォーム戦略
ゲイツとアレンは、1975 年にマイクロソフトを創業したとき、プログラミング言語を当
時の主要ソフトウェア事業と見ていた。1977 年にアップルⅡが発売されるまでは、いかな
る PC 用 OS もアプリケーション・プログラムも存在しなかったのである。1970 年中頃に
存在した数百もしくは数千ともいわれる PC ユーザーは、自らのソフトウェアのほとんど
を自前で作らなければならなかったが、そのために必要としたのがプログラミング言語で
169
あった。
しかし、市場が拡大し、「パッケージ化」または規格化された既成のソフトウェア・プログ
ラムに対するニーズが生まれてくると、マイクロソフトは巧みに新しい事業に参入した。
最終的には、マイクロソフトは、OS からワープロや表計算といった他の「水平的」アプリケ
ーションまで、デスクトップ PC のソフトウェアを支配しようとする戦略を採った(Gawer
and Cusumano 2002)216。
マイクロソフトは、その OS(マイクロソフトが呼ぶところの「ソフトウェア・プラットフ
ォーム」)を常に次々と進化させてきた。Windows は始めからグラフィック・ユーザー・イ
ンターフェイス(GUI)として作成され、バージョン 1.0(85 年発売)と 2.0(87 年発売)
は、商業的に失敗したが、バージョン 3.1(92 年)は大成功を収め、デスクトップ PC の
OS での頂点に座した238。またマイクロソフトは、1990 年代初頭、当初は法人ユーザーや
サーバー用として、一から Windows の新しいバージョンを設計した。これが 1993 年に初
めて発表され、後に Windows 2000 と改称された Windows NT であった。
現行バージョンの Windows XP においては、新しい OS に様々なインターネット関連技
術を含めるということにより、これらの技術が業界標準規格となり、マイクロソフトがそ
れを支配できることを、ねらったのである。組み込まれた技術の中には、マイクロソフト・
バージョンのインスタント・メッセンジャー(マーケット・リーダーであったアメリカオン
ライン(America OnLine: 以下 AOL)の技術とは非互換)
、そして同社のマルチメディア・
プレーヤー(この分野におけるマーケット・リーダーであるリアル・ネットワークス
(RealNetworks)の技術とも非互換)がある。
WindowsXP はまたネットショッピング及び個人の認証をサポートするサービスを含ん
でいた。マイクロソフトのウェブ・ポータル/MSN に、ユーザーを直接接続させるワンクリ
ック・ボタンをも備えていた。Windows XP を通してアクセスできる各種サービスには潜在
的に巨大な相乗効果があった239。
MSN ウェブサイトには毎月 5000 万人を超えるユーザーがあり、そのインターネット・
ベースの無料電子メール(Hotmail)はおよそ 1 億人のユーザーを持ち、インスタント・メ
ッセンジャー・サービスには約 3000 万人のユーザーがあり、パスポートの顧客は 1 億 5000
万人を超えた。このようなすべてのユーザー数は、マイクロソフトが 2002 年に推定約 1
億 6000 万枚の Windows XP を新しい PC に搭載して出荷した際に、飛躍的に増加したも
のと思われる240。
(4) 競争戦略
マイクロソフトは、他企業の後を追いながら、徐々にイノベーティブな製品を発表して
いくという戦略をとっている。
Cusumano, M.A. (1995), Microsoft Secrets, Free Press.
Chakravorti, B., (2004) "Whether to bet, reserve options or insure: Making certain choices in an
uncertain world," Ivey Business Journal, Jan/Feb
240 Greene, J. “Microsoft: How it became stronger than ever,” Business Week, June 4, 2001, p.76-79
238
239
170
マイクロソフトは、新たなアプリケーション市場に入る際、一般的には後発で、それも
成長企業でよさそうなものがあれば、真似る様にそこに参入している 239。マイクロソフト
は、徹底的なフォロワー戦略を行う企業である。要するに“Information at your finger tips”
というスローガンを具現化するための戦略は、成長期にあるトップシェアの製品の模倣を
徹底的に行うというものである241。1990 年代半ばまでは表計算であれば Lotus123、ワー
ドプロセッサでは WordPerfect や一太郎、またサーバー・クライアント・ソフトでは Novell
の Netware、
インターネットのブラウザ・ソフトウェアでは Netscape などが先行していた。
マイクロソフト社の場合はこういった成長期にある製品を対象にして、表計算でれば
Lotus123 に対して Excel というソフトウェアに短期的に開発費を大量投入し、同等の品質
の製品を開発した上で、マーケティング経費を大量に投入してより多くのシェアを獲得す
るようにつとめた。
1980 年代末期から 90 年代初期までの間、OS とアプリケーションの開発責任 VP であっ
たマイク・メイプルズ(Mike Maples)は、1991 年に次のように発言している、
「わが社が
Lotus、WordPerfect、Borland International の市場を狙っていないと考えている人がい
れば、彼らは間違っています。私の仕事は、ソフトウェア・アプリケーション市場の正当な
シェアを獲得することであり、私にとって正当なシェアとは 100%を意味しています」242。
(5) 買収戦略
マイクロソフトは、ベストの人材しか採用しない、世界のトップの人材を集めることで
知られてきた。しかし、一方で、新製品では外部の製品・企業を買収しての開発が多い。
世界最高のエンジニア/プログラマー集団だが、それでも買うのである。
マイクロソフトは、自社開発だけでなく外部の取り込み/買収で製品ラインを拡大してい
る。これまでも多数の基幹商品は買収によるものである 238。
マイクロソフトは、BASIC プログラミング言語または DOS 製品の核となる部分の考案
者ではなかったが、次のような製品も買収がベースになっている。
・パワーポイント:当初は Forethought(1987 年にマイクロソフトが 1200 万ドルで買収)
が開発したグラフィカル・プレゼンテーション・ソフト。
・アクセス:個人ユーザー向けの入門用データベース管理ソフト。当初はマイクロソフト
が買いとったもの。
・メール:マックメールと PC メールの 2 製品を買いとって開発した。
また、マイクロソフトは、インターネット市場の拡大についてミス・ジャッジしたが、
1996 年にゲイツが全てのソフトウェアにインターネット技術を組み込むように指示を出
した後から、インターネット関連の買収攻勢が始まった。買収戦略は完全に事業戦略と一
体となっている。1996 年には買収 9 件の内 7 件、1997 年には 7 件中 7 件全てがインター
241
岩井千明「1990年代後半のマイクロソフト社の経営戦略についての一考察」青山国際政経論集53号,2001
年5月, pp219-234
242 スティーヴンメインズ(2000)『帝王ビル・ゲイツの誕生』中央公論新社
171
ネット関連企業である(先端情報技術研究所 1998)226。
インターネット・エクスプローラ、ホットメール、メッセンジャーなどインターネット戦
略の中核製品も買収によっている243。
・インターネット・エクスプローラ:NCSA(National Center for Supercomputer
Applications)からライセンスを買った。
・アクティブX:主力をなすアクティブムービーは、メディアマティックス(MediaMatics)
のソフトウェアMPEGが中核となっている。
・アクティブ VRML:買収したソフトイマージュ(SoftImage)の製品である。
・ダイレクトX:中核となるダイレクト3Dは、レンダーモルフィックス(RenderMorphics)
の製品である。
・フロントページ(ウェブ・ページを設計するためのツール)
:ベルミーア・テクノロジー
(Vermeer Technologies)から買収した。
また、成立しなかったがインテュイット(Intuit Inc.)を買収しようとしたなどの例も
過去にあった。AOL は二度も買収・出資を試みている。
新しいソフトウェア製品を手に入れるために、多くのベンチャー企業を買収した 200。マ
イクロソフトはそのデベロッパー、情報技術業界のネットワーク、及び Windows の影響力
を生かすことにより、ベンチャー企業の早期発見と獲得を可能にしている 210。潤沢なキャ
ッシュを活用しての投資も多い。
いまは競争相手の RealNetworks(元マイクロソフト社幹部の Rob Gracer が創業 CEO)
にも株式公開前に出資している。
最近は、企業用アプリケーション・ソフトウェア、IP 電話(Teleo Inc.)
、セキュリティ、
ゲームなどの買収が目立つ。
(6) ビル・ゲイツ
①役割
創業以来、マイクロソフトでは、創業者であり CEO であるゲイツが製品、技術と新事
業について意思決定を主導してきた。しかし、マイクロソフトの企業規模は成長を続け、
製品ラインは増加し、事業領域は拡大を続けた。さらに、2002 年 11 月に終結するまで 4
年にわたる米国政府との法廷闘争に入ることになる。
1998 年 7 月にゲイツ は、CEO をスティーブ・バルマー(Steve Balmer)に譲り、自
らは CSA(Chief Software Architect)となった。バルマー が CEO となり、しばらくの
二人三脚の後、2000 年 1 月に CEO 業務を全てバルマーに渡した244。それ以来、IT やソフ
トウェアのビジョンや、新しい技術の動きの把握、そして自社の開発状況などに、より一
層コミットするようになっている。
ゲイツは、ビジョンの発表も行っている。The Road Ahead(November, 1995)に続く
243
244
脇英世 (1996) 「ビル・ゲイツのインターネット戦略」講談社
Slater, R. (2004) Microsoft Rebooted, Portfolio
172
著書、Business @ the Speed of Thought : Using a Digital Nervous System (March,
1999:ビジネスに IT をどう活かすことができるかというテーマ)を出版後、間もなく企
業用アプリケーション・ソフトに本格参入している。
著書だけでなく、情報発信を頻繁に行っている。また、トップのビジョンとして、
1995 年にインターネットへのシフトを、2005 年にサービスへのシフトを社内に宣言して
いる。
②ビル・ゲイツを支える CTO
西和彦は、「シアトル本社のクレイグ・マンディ上級副社長のグループは研究部門という
より、ゲイツ専属調査機関のような存在である。
」245と述べているが、ゲイツは現在 3 人の
CTO と密接に働いている。
一人は、そのクレイグ・マンディ(Craig Mundie, SVP, CTO, Advanced Strategies and
Policy)である。並列処理スーパー・コンピュータの Alliant Computer Systems Corp.の
共同創業者 CEO を経て、1992 年にマイクロソフトのコンシューマー・プラットフォーム
事業部の長に就いた。Windows CE や他の PC 以外のデバイス用ソフト、そして WebTV
Networks Inc.の買収を担当した。Xbox 事業のもととなるプロジェクトを社内から探す命
をゲイツから受けたのは、マンディだった。現在は、政府対応の責任者でもある。
もう一人は、デビッド・ヴァスケヴィッチ(David Vaskevitch, SVP, CTO, Business
Platform)
。ビジネス・アプリケーション事業部の SVP として、企業向けアプリケーショ
ン・ソフトウェア市場への本格参入となるグレート・プレーンズ・ソフトウェア(Great
Plains Software)の買収を指揮した。現在も企業向けソフトウェアを担当している。
そして 2005 年に、自ら創業した Groove Networks の買収とともにマイクロソフトに入
ったレイ・オジー(Ray Ozzie, CTO)である。2005 年終わりに発表され、マイクロソフ
トの新戦略と騒がれた software-based services strategy and execution across all three of
the company's divisions(つまり製品でなくサービスがこれから重要になるという意)を
起草したのも彼である。オジーは、代表的グループウェアのロータス・ノーツの開発者で
あり、ビジョナリーとして知られている。
③情報力
ゲイツは、内外の経営者・著名人・学者との交友を通し、電子メールを使って情報を集め
たり、助言をもらっている。情報を集める姿勢は、部下の中で各分野の専門家に徹底的に
調査をさせるというところにも表れている 245。
これは CTO に限らない。スタンフォード大学のコンピュータ・サイエンスの教授だったア
ヌープ・グプタ(Anoop Gupta)博士を、研究部門にスカウトして後、2001-2003 年にはテク
ニカル・アシスタントとして側近に置いていた 244。
また、マイクロソフトは、自社に投資した唯一のベンチャーキャピタル August Capital の
245西和彦(2005)「世界制覇のために
Wintel が舞台裏でやったこと」日経ビズテック No.005, pp 94-100
173
General Partner であるデビッド・マクオード(David F. Marquardt)を取締役としているが、
同社に限らず「ベンチャーキャピタルからの情報収集が効いている」 237 。オジーの Groove
Networks の買収にはシリコンバレーのベンチャーキャピタルであるアクセル・パートナーズ
が関係していた。米国の一流ベンチャー・キャピタリストからの情報を有効活用しているので
ある。
こうして、ビル自ら知恵袋をヘッドハントし外部も活用して、圧倒的な情報量・質を得
ている。これにより、意思決定と的確な指示ができるようにしている。
④社内の情報
アヌープ・グプタが「ビル・ゲイツは社内の全ての製品グループが何に取り組んでいて、
それがどういう製品なのか理解している唯一の人物だ。」244 と言うように、ゲイツは全て
の製品チームについて理解しアドバイスしている。グプタはまた「これだけ製品分野が広
がるとそれらを統合的にみるのは難しいが、ゲイツに生情報がインプットされると、彼か
らは統合的な見方が出てくる」と指摘している。しかし、これだけにとどまらない。
1999 年に年に一回から二回に増やした Think Week は、一週間こもりっきりで、全社か
らのアイデア・メモを読むというイベントである。全社にアナウンスされ、集まったメモ
は、グプタなどの側近が整理し取捨選択してゲイツに渡される。1995 年 5 月の Think Week
の後、Internet Tidal Wave(有名な「インターネットの大津波」のメモ)を、2002 年 1
月の Think Week の後、Trustworthy Computing(信頼できるコンピューティングの意)
の社内メモを発表している(Slater, 2004)244。
(7)意思決定
マイクロソフトにおける買収・投資のプロセスは、次のようなものである 241。
小規模のものはボトムアップで事業部長決済ですむ。これは、スピード重視ということ
でもある。大型のものはトップダウンだが、具体的な内容は現場から提案される。各事業
部から案件が出され、その実行をレッドモンド本社のコーポレート・デベロップメント
(Corporate Development)が支援する。あくまで事業部が主体である。ゲイツはビジョ
ンを出すのみで、具体案件はまれである。
資金力という武器を使っての買収だが、「build or buy」
(自社でつくるか外から買うか)
の意思決定はかなり厳しいという。フォローワーで買いまくるとも揶揄されることのある
マイクロソフトだが、自社による開発を諦めるには、厳しい判断が求められるということ
である。
また、次のような報告もある(岩井 2001)241。新規事業投資に関しては、同業他社よ
りもマイクロソフトは、比較的低いレイヤーのマネジャーの判断で推進できる自由度があ
る。ソフトウェアやインターネットのように技術革新スピードが速い産業においては、ラ
イバル社に短期間でキャッチアップするためには自社のリソースで製品やサービスを開発
するよりも企業買収が効率的な場合が多い。特にマイクロソフトの場合には担当のプロジ
174
ェクト・マネジャーには一定のリソース(人、時間、資金)が割り当てられて、これを使
いながらコミットした目標を達成していく。従って、合理性が認められれば企業買収によ
る新事業の立ち上げは大きな反対なしに認められる。また、企業買収には時間の節約にな
るという側面もあるが、潜在的なライバル企業をコントロールできる状態も同時に作り出
すことができる。
1990 年代後半の投資の意思決定プロセスは以下のようなものである(岩井 2001)
。
通常の投資では、市場調査を発注したり、向こう 5 年間の売上やキャッシュ・フローを
予測するなどが求められるが、マイクロソフトでは、そのような事業計画の立案は一担当
者がごく短期間に行っていた。特に明確な社内ルールはなかったが将来計画は向こう 3 年
間が一般的であった。従って、社内においてはあたかもプロジェクト・マネジャーが個人
の事業者のような立場でトップマネジメントに投資提案を行っていた。それを受けた上司
(事業部長や副社長クラス)は直ちにそのプロジェクトの可否を判断した上、代替案とと
もに決断を行う。通常このサイクルは 3-6 ヶ月程度で完了する。この場合この投資にかか
わる決断はプロジェクトの当事者と上級役員の議論を通じて行われ、法律と会計の専門家
は検討チームに早期の段階から含まれているが、社内の他部門はあまり関与しない。この
ことにより迅速な判断が可能となり、ビジネスチャンスを逸することが比較的少なくなる
わけである。
なお、この時期は、IT バブル期とも重なるため、若干割り引いて斟酌した方が適切かも
知れない。現在はもう少し慎重のようである 237。
(8) 新事業
ゲイツが CEO から CSA へと役割を変更した時を同じくして、マイクロソフトの事業の
拡大が進んだ(Slater, 2004)244。いずれもゲイツが関わっている。
・ITの応用範囲の拡大
・ビジネス・アプリケーション
・エンタテインメント
OS つまり Windows による成長は、すでに成熟化し、難しくなっている。他のオフィス
製品なども、成長は鈍化している。オープンソースによる競争も気になり出している。こ
ういった中で、マイクロソフトは従来のプラットフォーム戦略とは異なる次元の戦いに出
ていると見られる。図表 4-13 のように、近年で目立つ新たな柱は、ビジネス・アプリケー
ションとエンタテインメントである。
ビジネス・アプリケーションは、すでに大きな市場であるが、マイクロソフトにとって
は、新たな収入源となる。しかし、デスクトップでのプラットフォーム戦略は、あまり効
果がない。また、エンタテインメントでは、PC ではない、ゲーム専用機に参入している。
Windows を搭載しているわけでもない。しかも、この二つともマイクロソフトには、あま
りノウハウがなかった領域である。
企業向けでは、2001 年 4 月にグレート・プレーンズ・ソフトウェアの買収(11 億ドル)
175
により、顧客関係管理(CRM)、人事管理(HRM)およびサプライ・チェーン・マネジメン
ト(SCM)の各ソフトウェアを含む、小規模企業向けアプリケーション(190 億ドル市場)
に積極的に参入した。また、2002 年 7 月には同じく中小企業向けアプリケーション・ソフ
トの Navision を 1,450 百万ドルで買収している。
なお、CTO の一人であるヴァスケヴィッチがビジネス・アプリケーションのリーダーと
なっている。
エンタテインメントでは、1999 年に Xbox プロジェクトを開始し、2001 年にゲーム機
市場に本格参入した。2005 年には次世代機の Xbox360 を発売している。
これ以外で大きいのは、MSN である。しかし、低成長であり、Google や Yahoo!などと
の競争に苦しんでいる。MSN が始まった経緯はマイクロソフトらしいものである。マイク
ロソフトは、AOL の躍進をみて、買収を試みたが話はまとまらず、結局は自社で開発する
こととした。当初は AOL と同じような ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)
付のオンライン・サービス事業であった。それが、インターネットの波(
「Internet Tidal
Wave」)で方向転換し、無料の一般公開サービスとなった(なお日本では撤退したが、米
国ではまだオンライン・サービスを継続している)
。その後、2005 年に再びマイクロソフ
トは AOL 出資に名乗りを上げたが、マイクロソフトではなく Google が出資することに決
まった。
なお、内部開発の新事業の例もある。統合されたオフィス製品や、Windows NT(プロ
グラマーは外部からスカウト)
、Direct X 、Encarta、Expedia などである。
情報力と資金力、そして Windows に基づく影響力がマイクロソフトを特徴付けている。
176
図表 4-12 マイクロソフト主要製品発売時期(1997-2008)
出所:マイクロソフト、ゴール
ドマン・サックス推定
177
2.Xbox 事業
マイクロソフトの近年の柱型新事業で主なものは、エンタテインメントとビジネス・ア
プリケーションである。二つともに、大きな利益が上がるところまでには到達していない
が、ビジネス・アプリケーションは、まだ赤字幅も大きく自律するには至っていない。エ
ンタテインメントは、Xbox が、短期的とはいえ北米一位を取り、事業規模も柱と呼べるこ
ところにまで到達している。また、ゲーム機ハードを伴うなど、マイクロソフトにとって
は、既存事業の枠組みを超えた新事業とも言える。したがって、本研究では、Xbox 事業を
事例研究の対象として選択することとする。
(1) 業績
マイクロソフトは、大幅な後発でありながら 2001 年に家庭用ゲーム機市場に新規参入
した。参入前に業界では、失敗の懸念が多数聞かれたが、図表 4-13 のように、2004 年に
は主要市場で任天堂を上回り、北米の家庭用ゲーム機ハードウェア出荷台数で首位(ソニ
ー30.1%、マイクロソフト 35.9%)を取るなど、一定のポジションを獲得している。
図表 4-14 のように、売上高はすでに 20 億ドルを超え、2006 年 6 月期には 40 億ドルを
超えると予測されている。
ゲームソフトでは、ファースト・パーティ、つまりマイクロソフト自らが出すゲームソ
フト・タイトルが Xbox 市場の約 3 割と、任天堂(5 割以上)ほどではないが、重要な位置
を占めている。
また、図表 4-15 のように、投資会社バーンスタイン(Bernstein)は Xbox 事業が大半
を占めるホーム&エンタテインメント事業の評価額は 870 百万ドルと試算しており、キャ
ッシュ・フローが正に上向いていると評価している。
また、2005 年末に発売した次世代機 Xbox360 は、投資銀行アナリストの大半が高い期
待を寄せている。少なくとも初代の Xbox を大きく上回る成果を出すであろうと予測され
ている246。
図表 4-13 2004 年家庭用ビデオゲーム市場(全世界、据置型)
ハードウェア出荷
ソフトウェア出荷
2004
シェア
累計
2004
シェア
(千台)
(%)
(千台)
(千台)
(%)
PS2
11,930
48.2
75,605
207,039 59.2
Xbox
6,205
25.0
19,783
72,288
20.7
ゲームキューブ
4,130
16.7
17,873
58,905
16.9
出所:IDC 12/2005
246
出所:Goldman Sachs, Banc of America Securities などの投資銀行アナリストレポート
178
図表 4-14 マイクロソフト Xbox 事業関連売上高
2005 年度*
2006 年度(予測)
(百万ドル)
(百万ドル)
ハードウェア
1,114
2,761
ソフトウェア
1,163
1,192
Live(オンライン)
77
174
2,354
4,125
計
注:2005 年 6 月期実績
出所:マイクロソフト社、Goldman Sachs 推計(11/9/2005)
図表 4-15 マイクロソフト事業セグメント別評価額
(10 億ドル)
インフォワーカー(Info worker & client)
24.84
サーバープラットフォーム(Server platform)
3.83
ビジネスソリューション(Business solution)
0.49
CE/モバイル(CE/mobile)
0.07
MSN
2.73
ホーム&エンタテインメント
0.87
(Home & entertainment)
現金・投資(Cash & investment)
4.03
36.86
計
注:時価総額を算定したもの
出所:Bernstein Research (2/6/06)
(2)既存のゲーム事業
Xbox プロジェクトが始められる時点までに、マイクロソフトは、ゲーム事業では何度か
失敗を喫している。1983 年に家電メーカー数社を巻き込み、マイクロソフトが旗振り役と
なって、パソコン(PC)とゲーム機のハイブリッド・マシン<MSX」>アジア市場に投入し
たが、いいソフトに恵まれなかったため、販売は振るわなかった。90 年代半ばには、マイ
クロソフトのゲーム事業部が、ソニーのプレイステーション向けのソフトを作ろうとした
が、交渉は結局実を結ばなかった247。ダイレクト X 営業チームは、日本国内第 3 位のゲー
ム機メーカーであるセガ・エンタープライゼス(以下セガ)を説得して、1998 年発売の同
社のゲーム機<ドリームキャスト>に<ウィンドウズ CE>を搭載させることに成功したが、
ドリームキャストは市場で惨敗を喫し、ウィンドウズ CE を使ったソフトを開発する会社
はほとんどなかった。
247
Auletta, K. (2001) World War 3.0, New York: Random House, p.166.
179
SubLOGIC という会社が 1979 年にアップルの Apple II 向けに開発したものを、マイク
ロソフトが買収し、1983 年に発売した<マイクロソフト・フライト・シミュレータ>というフ
ライト・シミュレータの定番ソフトが代表作としてあるが、同社の PC ゲーム事業は成長
はみせてはいたが、あまり利益は上がっていなかった。
1995 年には、業績のよい<オフィス>事業部のトップをつとめたエド・フリーズ(Ed
Fries)が PC ゲーム事業の統括責任者に任命された。当時、マイクロソフトには 4 つのゲ
ーム開発チームがあり、契約社員を含めて総勢 150 名の技術者を抱えていた。
フリーズは、ダラスの Ensemble Studio という小さな会社を含め、社外の開発者と契約
を結び、ゲームをマイクロソフト名で発売を始めた。1997 年 10 月に発売の<Age of
Empires>は、98 年半ばまでに 100 万本を売り上げた。この大ヒットにより、フリーズが
マイクロソフトのゲーム事業部をさらに拡大することができた。
1998 年 11 月に、フリーズはテキサス州オースチンの Digital Anvil と販売契約を結ぶ。
同社は、90 年にヒット作<Wing Commander>を制作している。99 年 1 月には、ロボット
ゲームを作るシカゴのゲーム開発会社 Fasa Interactive を買収した。さらに同年 4 月には、
ゴルフ・ゲームの Access Software を買収した。なお、Access Software については、マイ
クロソフトが買収した会社の従業員を本社のあるレッドモントに移らせるという社の方針
を曲げ、移転を免除している。その時点のマイクロソフトは、ゲーム界の大物と提携でき
るほどに大きくなっていた。1 年間に発売される予定のゲームは 30 本、事業部全体の売上
げは年間 2 億ドルを達成しつつあった。
(3) プロジェクトの起こり
①ソニーの発表
1999 年 3 月 2 日にソニー・コンピュータエンタテインメントが、自社の家庭用ゲーム機
プレイステーションの第 2 世代であるプレイステーション(PS2)の技術発表を中心とす
るイベント「PlayStation 1999」を東京で開いた。それは、同時期に発表されたインテル
の最新鋭マイクロプロセッサ Pentium III の性能を大きく上回る 128 ビット CPU(中央演
算装置)の搭載や DVD 対応など、出席者を驚かせる内容であった。
その上、出井伸之ソニー社長は、
「インテルとマイクロソフトに対する根本的なチャレン
ジになるかもしれない」と両社への対抗心を露わにした。久多良木健(当時ソニー・コン
ピュータエンタテインメント副社長)は、
「いまのパソコンはテクノロジー・ドライバーで
はない。パソコンなんか作っても、面白くもなんともない。
」と述べた248。
メディアは、
「プレステ 2 の波紋-ウインテル連合に対抗」249と報じた(ウインテル:ウ
ィンドウズとインテルを合わせた言葉でインテルとマイクロソフト連合を指す)。
日を置かず直ちに、ゲイツにソニーがマイクロソフトとインテルに宣戦布告したと連絡
が入る。ゲイツは、次世代プレイステーションの概要、そしてソニーの久多良や出井の発
248
249
「プレイステーションが、AV 機を、パソコンを超える」Nikkei Electronics 1999.3.22 pp41-43
日本経済新聞 1999/3/2
180
言内容を大きな危機感を持って受け止めていた。「このまま Den(家庭の団らんの間、リビ
ング・ルームとほぼ同義)をソニーに独占されてもいいのか」。そう彼は側近の幹部に語っ
た250。
②Xbox チーム発足
1999 年 1 月に、Dreamworks でゲーム・プロデュサーを務めていたシーマス・ブラッ
クリー(Seamus Blackley)がマイクロソフトに、マルチメディア事業部門のグラフィッ
クス・プログラム・マネジャーとして入社した。
3 月 2 日のソニーの新ゲーム機「プレーステーション 2」(PS2)発表後、ブラックリー
は PC との比較を依頼され、大いに刺激を受けた。そこで、ブラックリーは、PS2 打倒は
可能であり、マイクロソフトが持つソフトウェア開発ツールのダイレクト X は、よりゲー
ムが作り易く、ゲーム開発者が自由に創造できる環境を提供できると考えた。
そこで、ブラックリーは、次の3人に声をかけたが、皆すでに同様の考えをもっていた251。
・
ケビン・バッカス(Kevin Bachus)
:ダイレクトXのプロダクト・マーケティング・マ
ネージャ。ゲーム業界に精通。ブラックリーの問いかけに対して、即座にその可能性を
見抜き、ゲーム機のように見えてもPCの利点をすべて利用できるものが作れると答え
た。
・
オットー・バークス(Otto Berkes)
:ダイレクトXのグラフィックスAPI(アプリケーシ
ョン・インターフェイス)開発を指揮したプログラマーであり、ダイレクトX事業部の
マネージャの一人。エンタテインメント用のウィンドウズの開発に興味を持つ。
・
テッド・ヘイズ(Ted Hase):ウィンドウズ用のゲーム技術のプロモーションを担当す
るデベロッパー・リレーションズ・グループのマネジャー
全員、PC のことでは長年不満を感じていた。そして、マイクロソフトでゲーム機を作り
たいということが 4 人の願いであった。彼らは電子メールで意見を交換し合い、ダイレク
ト X(ウィンドウズ・マシンでゲームを楽しむことを可能にした技術)にちなんで、この
マシンを「Xbox」と呼ぶことに決めた。
ヘイズは、PS2 がたいへんな刺激になったが、PC は創造性にあふれたプラットフォー
ムであり、経済的にもさらに魅力的なものにできると見ていた。
バークスは、PC 上でゲームをするのに何が障害になるかを見極め、それを克服する方法
を見いだそうとしていた。
ブラックリーは、ゲーム開発者にとって理想的なマシンを作ることに大きな関心を抱い
ていた。
バークスとブラックリーは会合を重ね、互いの考えを述べ合った。彼らはゲームの発売
元、デベロッパー、ハードメーカー、そしてユーザーなどをまわり、人々が真に求めてい
るのは何かを探った。2 人は、ウィンドウズを搭載したゲーム機を作るべきだという提案
250
251
「それは、あの一言から始まった。
」日経エレクトロニクス 2000.4.10(no.767), pp108-135 (123・124)
Takahashi, D. (2002) Opening the Xbox, Prima Publishing (永井喜久子翻訳(2002)『マイクロソフトの蹉
跌』ソフトバンククリエイティブ)
181
書をまとめるに至った。彼らは当時、この「ウィンドウズ・エンタテインメント・プラットフ
ォーム(WEP)」と名づけたマシンで、消費者向けのウィンドウズ 98 の未来バージョンを
走らせようと考えていた。
当時は、このゲーム機は、PC 用に作られたダイレクト X のごくわずかなコード変更だ
けで使えるだろうと考えていた。ゲーム機用のツールは頻繁に変わるので習得に苦労を伴
うが、ダイレクト X に対応したゲームの作成ツールはよく知られていて使いやすいという
利点がある。
そして、彼らは Xbox 構想をマイクロ・ソフトゲームズのトップであるフリーズに持ち
込んだ252。
③トップマネジメントの意志
ゲイツ、バルマーらマイクロソフトの経営幹部は、1999 年 3 月 18 日から 20 日までの 3
日間、会社が創立 25 周年を迎えることもあって、ビジネス戦略の見直しのためカナダ国境
に近いセミアモー(Semiahmoo)に集まった。
前月のソニーの PS2 発表の衝撃はまだ彼らの頭の中に鮮明に残っていた。
会議に参加していたのは、ロビー・バック(Robbie Bach、ゲームから「オフィス」まで、
コンシューマー・ソフトウェア事業部の総括責任者)
、リック・トンプソン(Rick Tompson、
ジョイスティックとマウスを作るハードウェア事業部を統括する副社長)、クレイグ・マン
ディ(PC 以外のコンシューマー・ビジネスを担当し、複数の部門にまたがる戦略作りを専
門とする)
。リック・ラシッド(Rick Rashid、リサーチ部門を担当する上席副社長)
。デビ
ッド・コール(David Cole、コンシューマー向けウィンドウズ担当の副社長)、ジョン・デバ
ーン(John Devaan、コンシューマー製品担当の上席副社長で、インターネットを TV で
閲覧するための通信端末を扱うウェブ TV 事業部の責任者)である。
PS2 への対抗策を見つけなければならないと、その場でさっそく新しい事業を始めるこ
とが提案された。単に PC ゲーム事業の拡大にとどまらず、マイクロソフトがゲーム市場
のさらに大きなシェアをつかむためである。
「スティーブ(バルマー)と私は、この 25 年間で初めて、マイクロソフトのビジョンに
ついて考え直す作業に取り組んでいた」とゲイツは語っている。「これまで PC でやってき
たことから一歩進んで、家庭向けの分野で新しい付加価値を生み出すにはどうしたらいい
かを話し合った。これまでのことを振り返ってみると、家庭の中で真っ先に技術を取り入
れるのはゲ-マーだという認識が常にあって、どうすれば彼らによりよく奉仕できるかが
話題にのぼったというわけだ」253
ゲイツは、家庭市場に対して、マイクロソフトはどういった手を打つべきか。社内コン
ペで対抗技術を選抜せよと、コンシューマー関連技術の戦略トップであるマンディに命じ
た。社内のあらゆる部門からアイデアを集め、部門の枠を超えた提案を募り、最強の策を
選りすぐるということだ。
252
253
Salmon, Mike, “The Making of X-box,” ASCII,Vol.24, December 12, 2000, pp 176-179
Wall Street Journal, March 10, 2000.
182
3 月 17 日、社内コンペが始まった。対抗策の中核技術となる候補は次の 5 つが挙げられ
た 231。
・ウィンドウズ CE
・インターネット端末の一つである WebTV 端末
・組み込み用 OS のウィンドウズ NT Embedded
・ウィンドウズ 2000 のカーネルを組み込み用に最適化した OS
・ゲーム専用機
である。
マンディは、各所に 3 月 31 日の会議への参加を求める通知を出した。テーマは、ゲーム
の事業戦略である。
(4) 社内競争
①ウェブ TV チーム
1997 年 8 月に 425 百万ドルでマイクロソフトはウェブ TV ネットワークス(WebTV
Networks)を買収していた。ウェブ TV の幹部は、自分たちのセット・トップ・ボックス
がゲームなどの TV 番組以外の用途に発展することを望んでいた。
ゲイツが PS2 への対応に興味を持っていると聞くやいなや、かつてゲーム機市場に参入
したベンチャー企業 3DO での経験もあるビジネス・デベロップメント担当部長デイブ・リ
オラ(Dave Riola)は、ウェブ TV チームのメンバーと戦略を練った。ウィンドウズ CE
事業部においてセガとの<ドリームキャスト>プロジェクトを担当した者を含む数人が加
わり、マイクロソフトがいかにしてゲーム機を市場に投入すべきかを提案書にまとめ、ウ
ェブ TV 事業を担当する SVP デバーンに提出した 251。
彼らは、ウェブ TV はさしてコストをかけなくても容易にゲーム機に転換できると考え
ていた。ゲーム機と共通のコンポーネントを沢山持っているように思えたからである。リ
オラは、ゲーム機を作って、ソフト開発者からのロイヤルティと周辺機器で稼ぐモデルを
支持していた。安価なマイクロプロセッサとウェブ TV に使われているのと同じグラフィ
ックスチップを使えば、マイクロソフトはライバルとの価格競争に勝てるだろう(発売時
には 200 ドル、次の年には 150 ドルに引き下げるといった具合)
。このゲーム機は、大き
なエンタテインメント・システムの一部となる。利益の回収については、業界の典型的な
手法に従う。つまり、ハードウェアを製造コストと同額か、あるいは赤字覚悟で売り、ソ
フトウェアのほうで稼ぐというやり方である。
②チームの選択
マンディは 1999 年 3 月 31 日に会議を招集し、ウェブ TV チームと Xbox チームによる
提案のプレゼンテーションを行ったが、そこではウェブ TV チームと Xbox チームが、互い
に敵対的に議論をたたかわせて終わった。
4 月 5 日に Xbox チームのヘイズは、マイクロソフトの本流であるウィンドウズの戦略プ
183
ランを策定するリーダーであったナット・ブラウン(Nat Brown)をチームに誘う。
そして、5 月 5 日に初のゲイツとのミーティングを迎える。ブラウンが Xbox チームのプ
レゼンテーションを行った。Xbox は、ウィンドウズの資産を生かして、PC 用のマイクロ
プロセッサを使用し、ハードディスクが付き、専用ゲームだけでなく PC 用ゲームもプレ
イできると提案した。
Xbox チームは多くの重要ポイントをほぼカバーしていた。会社の一番の強み、つまり
PC 技術と PC ソフトウェアを強調することから始めていった。一方、ウェブ TV チームは、
価格と多くの機能を重視した。
ゲイツは「PC から降りていくアプローチが必要なのは間違いない。何かを始めるとすれ
ば Xbox の方に近いものになるだろう」と Xbox チームに好意的なコメントを残した。Xbox
チームの考えは筋が通っていた」とゲイツは後に語っている。「アーティストに、すばらし
い仕事ができるようなプラットフォームを作ってやり、存分に腕を振るってもらうという
のは正しい考えだ。」251
マイクロソフトは PS2 という差し迫った脅威に直面していた。ソニーにゲーム・ファン
を独り占めされないように、何か対策を講じなければならない。目標は、ソニーを抑え込
むことだとゲイツは両チームに命じ、継続検討とし、決断は持ち越された。
なお、ウェブ TV チームが Xbox ではなく自分たちのゲーム機を使うべきだと提案したの
は、家庭用エンタテインメント機器である自らの防衛のためでもあった。また、マンディ
はウェブ TV の買収を手掛けたこともあり、ウェブ TV チームを応援していた。
③新チーム発足
4 月、5 月、6 月と社内コンペの審議は進められた。技術、ビジネスモデル、ライバルの
戦略など、様々なテーマが議論の対象となった。この頃 Xbox チームは、エヌビデア
(NVIDIA Corporation)や AMD(Advanced Micro Device)などの社外の協力者の助け
も借りて、プロジェクトを進めていた。
そして 1999 年 7 月 21 日に、ゲイツとバルマーを含む 10 人あまりの幹部と Xbox チー
ムのメンバーが加わり、ふたたび会議が開かれた。ここで、ウェブ TV チームではなく Xbox
計画への支持が確認された。ゲーム機にはゲーム機をという選択である。
ゲーム機の名称も Xbox とされた。「X」は、<ダイレクト X>の X である。製品化のター
ゲットは 2000 年冬のクリスマス商戦。ソニーの PS2 が米国に上陸する時期に焦点を合わ
せた。
Xbox チームではゲーム業界の大物をリーダーとして招くことも考えたが、ブラウンは反
対した。外からマイクロソフトに入ってきた役員が独特な社風になじめずに失敗する例が
多すぎるという理由で、社内から選抜するのが妥当と考えたのである。
バルマーは、プロジェクト責任者の人選について、ブラウンの推薦の通り、マウスやキ
ーボード、ジョイスティックなどのハードウェア事業部担 VP だったトンプソンをプロジ
ェクト・リーダーに任命した。同時に、新たな人材が開発チームに追加された。
その頃、フリーズたちは Xbox 開発に必要なものすべて社内に用意されていることに驚
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いたという。「こんなことができる会社が世界のどこにあるだろう。マーケティング、デベ
ロッパーサポート、世界に広がるセールス部隊と何でも揃っている。特にソフトはすごい」。
才能があり経験を積んだスタッフ、すばらしいリソース、そして現場を重んじるマネジメ
ント、そうしたマイクロソフトの強みの組合せが、Xbox 開発を可能にした 233。
(5)他のアイデア
①インテル
Xbox チームが選ばれて間もなく、インテルのデスクトップ製品グループ担当 VP のパッ
ト・ゲルシンガー(Pat Gelsinger)は、マーケティングとブランド戦略を協働で推し進め
るパートナーとして Xbox プロジェクトに参加するというプランを考えた 251。
インテル側の提案は、マイクロプロセッサ、チップセット、マザーボードの製造にとど
まらず、それを組み立てて、マシンに社名を付することまで含まれていた。インテルはイ
ンターネットのホスティング・サービスを始めたところで、初期費用が数十億ドルにも達
していた。インテルの望みは、インテルがオンライン・インフラストラクチャを提供し、
マイクロソフトがそれを使って、世界規模のオンライン・ゲーム・ネットワークを運営す
ることだった。
インテルはまた、単にゲームを楽しむためだけにとどまらないという Xbox のアイデア
が気に入っていた。ゲルシンガーは、インテルのソフトウェア開発者たちを前にして、ホ
ーム PC アプライアンスについて話をしたことがある。デジタル・ビデオ録画だけでなく、
インターネット、デジタル・ミュージック・ファイルの再生、ネット・サーフィンや e メ
ールも楽しむことができるマシンである。ゲルシンガーをはじめとするインテルの幹部は
Xbox がオープン・プラットフォームであり、開発者にロイヤルティを課すこともなく、
PC ゲームも楽しめると聞いて好印象を持っていた。
しかし、インテルとマイクロソフトの高級幹部を集めた会議で、ゲルシンガーは立ち上
がって Xbox チームの製造コストの見積もりは安すぎで、コストの予測を間違えていると
発言した。ゲルシンガーによれば、インテルのチップ・アーキテクトたちに調査させたと
ころ、303 ドルではなく、340 ドルから 350 ドルになりそうであった。
両者はコストの見積もりについて議論し、変更できる箇所を見つけようとした。最終的
にバルマーとゲイツが同意したのはゲーム機の機能についてはまずはゲームに絞って考え
るということだった。PS2 に勝てなければ、e メールやネット・ブラウジングなど、その
後のビジネスもありはしない。
インテル側は、オンライン空間にこそ利益を得る機会がころがっていると信じていた。
つまり、オンライン・ゲーマーから料金を徴収する。また、インテルは、基本的な製造コ
ストについてすら分かっていないマイクロソフトのプランの甘さに困惑した。
両者の話は、ここで終わることとなる。
なお、その後インテルは、自らゲーム機を開発することを考えた。PS2 はインテルにと
って脅威であり、家庭の中に築いた足場を失いたくなかったため、インテル自身で別の戦
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略を立て始めたのである。
ゲルシンガーが統括するインテルのデスクトップ事業部は、Linux を使えるゲーム機を
作る可能性を検討した。しかし、オーナーシップを持って強力に推進するリーダーを得る
ことなく、これも間もなく頓挫した。
②XBOY
OS 事業部のベテラン社員マーガレット・ジョンソン(Margarette Johnson)を筆頭に、
社内の少数の人々は「XBOY」という携帯用ゲーム機を作ることを考えていた。ねらいは、
任天堂に挑戦すること。任天堂は携帯用ゲーム機市場の 97%を握っている。当時、同社が
発売を予定していたゲームボーイ・アドバンスは、グラフィックスの品質は向上している
が、まだ比較的古いタイプの 2D(二次元)だったため、マイクロソフトが 3D グラフィッ
クスの高性能ゲーム機を投入すれば、ハイエンド市場に入り込めるチャンスがあると考え
た。
このアイデアは、マイクロソフトの幹部の間で熱心に議論された結果 Xbox への取り組
みの熱意をそぐものと判断された。初代 Xbox が成功したら、2002 年以降のプロジェクト
として考えてもよいとして、XBOY は結局見送りとなった。
「ひとつのことだけに集中するつもりだ Xbox の使命からたった 2 秒でも目を離せば、
私は負ける。ゆとりができたときに(携帯用ゲーム機について)考えればいい」251 と Xbox
チームのバックは述べている。
(6) ビジネスコンセプト形成
①新チーム
1999 年 8 月には、新しいリーダーとなったトンプソンとともに、ハードウェアやオフィ
ス事業部からのメンバーが加わった。やがて、インターネット対応製品の開発を指揮した
ジェームズ・アラード(James Allard)が、ブラウンやバルマーの勧めもあって、開発リ
ーダーとしてチームに参加した。
ブラックリーら、初期からの Xbox チーム・メンバーは、新たに参加したメンバーと意
見が合わなくなった。ゲイツとのミーティングで中心となったブラウン、初期メンバー4
人のうち、ヘイズ、やがてバークスは Xbox チームを離れることとなる。
新メンバーが推しているのは Xbox2 とも言うべきものであり、バークスが提案している
OS もウィンドウズも搭載されておらず、ゲーム専用機に近かった。バークスらオリジナ
ル・メンバーは、これについては新メンバーと議論した。
「Xbox をのっとった連中は、焦
点を絞って、機能を狭い範囲に限定した」とバークスは言っている 251。
ブラックリーは、自らの役割をエヴァンジェリストに変更し、対外活動を主とした。バ
ッカスは、外部のゲームソフト開発会社を担当し、提携や契約のとりまとめを担い、社内
に対してはソフト関係の情報を提供した。
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②PC 互換性
秋のゲイツとのミーティングで Xbox チームは PC と互換性のないゲーム専用機とする方
針を伝えた。
トンプソンは、「ウィンドウズが使われないというのは、それほど大したことではなかっ
たが、e コマースや e メール用のプラットフォームとしては使われないという方が大きか
った。それで、ビル・ゲイツはかんかんになった。Xbox がゲーマーのほうを向いて作られ
るべきだとはわかっていたが、ほかの機能を全部捨てるという意見にはどうにも我慢でき
なかったわけだ」と述べている 252。
ゲイツが Xbox を選んだのは Xbox が PC におけるマイクロソフトの強みから発したもの
であり、ウィンドウズを活用し、ウィンドウズ製品を強化してくれると考えたからである。
将来リビング・ルームの TV でインターネットを楽しみ、e メールを送るようになったら
Xbox がそこに控えていることになると思ったからである。
ウィンドウズを抹消するという選択に続いて、PC ゲームを Xbox でプレイできるように
するか、その逆はどうするかを決めねばならなかった。ビジネスモデルに関する話し合い
で、マイクロソフトが 1 ゲーム当たり 7 ドルのロイヤルティを社外の開発者に課さねばな
らないことは、すでに明らかであった。しかし、PC ゲームを作るにあたっては、何らロイ
ヤルティは要求されていない。チームは、PC 互換性なしと決めた。
最初に「Xbox は PC との互換性を持たない」と聞かされたとき、Xbox 開発チームの予想
通り、ゲイツはアラードの前でテーブルに伏し、効果音がかった声で「本当か、PC コンパ
チじゃないんだ……」とうめいた 252。
しかし、アラードたちは屈せず「これは、もともとマイクロソフトが望んだ仕様ではあり
ませんが、これが正しいマシンなのです。だから我々のプランを認めるかキャンセルする
か、です。我々は変更しません。」252 と説明した。
③差別化
ネットワークの機能とストレージ装置を併せもつことが次世代のゲーム機に求められて
いると、トンプソンは確信した
250 。部品コストが上がることは覚悟のうえで、すべての
Xbox にハードディスク装置を標準装備させることを決めた。さらに、ネットワーク機能は、
モデムではなく、ブロードバンド対応にする。オンライン・サービス(後の Xbox Live)
も計画する。基本性能は、PS2 の大きく上を行く仕様である。
そして、アラードは、ゲームをアート(芸術)にまで高めると、ゲーム開発者に優れた
環境を提供するべくダイレクト X をベースにした開発ツールを考えた 232。
(7) 連携頓挫
①ハードウェア
トンプソンは、自社はハードウェア事業を行わず、パートナー企業に任せるつもりであ
った。1999 年 9 月にはウィンドウズ CE 端末を製造・販売しているメーカーを中心に、
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デルやサムソン、そして日本の NEC、東芝、富士通、カシオ計算機、松下電器産業、シャ
ープなどを訪問した。しかし、1 社として、Xbox の製造・販売に関心を示さなかった。ト
ンプソンは、1999 年 9 月 29 日にゲイツに自社でハードウェア事業をやらざるをえないこ
とを報告する。
トンプソン は、「このプロジェクトが始まったころ、自分たちはゲーム業界では赤子同
然だった。この業界の常識がわかっていなかった。たとえばウィンドウズ CE の OEM 先
である会社を訪問し、Xbox の開発・販売を打診してみた。ところが 1 社として関心を示さ
なかった。ゲーム機事業はハードウェア単体ではもうからない。その後のライセンス収入
こそが大きな収入源になる。
」250
マイクロソフト社には 3 つの選択肢があったはずだ。(a)パソコン業界のオープンな構
造をゲーム業界に持ち込む、(b)ゲーム業界に習い、クローズドなビジネスモデルを採用
する、(c)まったく新しい仕組みを考える。トンプソンの選択は(b)だった。「郷に入っ
ては郷に従え」。ゲーム機業界を徹底的に模倣することに決めた。
しかし、ハード事業のため、8 年で 9 億ドル、最悪は 30 億ドル以上の損失という試算結
果となった 232。
②日本企業へのアプローチ
1999 年秋から、マイクロソフトは執拗に、ゲーム業界と接触を謀るようになる。日米で、
数多くのトップ会談が開かれ、Xbox に関する理解を求めようとマイクロソフトによるプレ
ゼンテーションと、「買収」、「合併」、「提携」の話が繰り返された 250。
1999 年秋にバルマーはスクウェアに対しても出資・買収を申し出た。国内で 400 万人、
全世界で 1000 万人の固定ファンがいるといわれるロール・プレイング・ゲーム<ファイナル
ファンタジー>の開発元であるスクウェアを傘下に納めれば、Xbox の普及は現実味を増す。
マイクロソフトがスクウェアに提示した額は 2000 億円。その後、数ヵ月にわたって交渉
の場がもたれたが、結局は破談に終わった。
ナムコには、提携を持ちかけている。ナムコは、人気レーシング・ゲーム<リッジレーサ
ー>の開発元であると同時に、アーケード・ゲーム機の開発メーカーとしても知られる。そ
のハードウェア技術を高く評価したマイクロソフトが、Xbox の製造委託と合弁会社の設立
を申し出た。ただし、この提携話も現実化しなかった。
また、マイクロソフトとソフトウェア・メーカー大手で、Xbox を普及させようという新
たな構想が示された。
声がかかったソフトウェア・メーカーは、スクウェア、ナムコ、コナミ、カプコン、エニ
ックスの 5 社。それぞれのソフトウェア・メーカから 1%ずつ出資を募る。ソフトバンクに
も出資を打診、セブン-イレブン・ジャパンなどの流通業者も巻き込み、残りはマイクロソ
フトが負担する計画であった。
合弁会社設立のねらいは、ゲーム業界のビジネスモデルにメスを入れることにある。こ
の合弁会社が中心となり、Xbox のソフトウェア販売を引き受けることで、ゲーム機メーカ
ーがハードウェア普及のリスクをすべて負う代わりに、ライセンス収入をすべて手に入れ
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るという従来の構図を打破しようという試みである。ハードウェアの普及に成功すれば、
その報酬が、この合弁会社に加わったソフトウェア・メーカーや流通業者にも還元される仕
組みである。
この合弁会社構想に関しては、かなりのソフトウェア・メーカーが賛同の意を表していた
というが、この案も実を結ばなかった。
さらに、ゲーム機メーカーとの連携も模索された。マイクロソフトを軸にソフトウェア・
メーカーとしてセガや任天堂が協力する方法、3 社の間ではさまざまな可能性について議
論が交わされた。
ゲイツは、2000 年 1 月 6 日から米国ラスベガス氏で開かれる民生機器の展示会「CES
(Consumer Electronics Show) 2000」で、Xbox プロジェクトを大々的に発表するつも
りだったが、その直前に任天堂から Xbox の発表を延期して欲しいとの要請を受け、3 月
10 日の全米からゲーム関連技術者が集まる GCD(Game Developer Conference)を発表
の場と変更した。マイクロソフト社はそのころ、Xbox 用に任天堂との共同事業、そして任
天堂への出資・買収を打診していた。しかし、これも実ることはなかった。
ドリームキャストで連携したセガにも買収を申し出た。しかし、マイクロソフトはゲー
ムソフト事業のみに興味があったが、セガはそれを受け入れなかった。逆に、セガは次期
ドリームキャストと Xbox の互換性について提案した。1999 年秋から 2000 年はじめまで
議論を繰り返したが、話はまとまらなかった。
(8) 大きな決断
Xbox チームは、1999 年 12 月には 60 人の部隊になっていた。
トンプソンは年も押し迫った 1999 年 12 月 21 日、ゲイツの前でプレゼンテーションを
行う。しかし、その仕様は、PS2 と何ら変わるところがなかった。それを聞いたゲイツは、
トンプソンを一喝する。「本当にこんなもので勝てると思っているのか。同じ性能のゲーム
機を後から出荷してなんの意味がある。歴然とした違いが見えなければならない。最低で
も 2 倍、できれば 3 倍の性能にしろ」252。
当初は Xbox を 2000 年秋に出し、PS2 にぶつけるつもりだったが、2000 年末の発売を
前提とすれば、PS2 を大きく上回る性能を実現することは不可能だった。Xbox プロジェク
トは仕切り直しとなり、2001 年の投入にあわせて Xbox のスペックとプロセッサ速度を向
上させることになった。
そしてついに Xbox の運命を決する 2000 年 2 月 14 日、後に「聖バレンタインデーの虐殺」
と語られるミーティングの日が来た。最終的なイエスかノーがゲイツから下されるミーテ
ィングの日である。
ゲイツとバルマーは、5 年で 50-60 億ドルを投資という「大きな決断」のために、最終
会議として丸一日、すでに話し合ったことも含めて、全てのチェックポイントについて、
あらためて質問と議論を繰り返したのである。夜 9 時頃、ゲイツとバルマーは最終的な OK
を出した 252。
189
なお、ハードによる赤字のプレッシャーもあってか、3 月にトンプソンは Go2Net とい
う ネ ッ ト 企 業 に 転 職 し 、 代 わ っ て 上 司 の バ ッ ク ( 2006 年 1 月 現 在 は President,
Entertainment and Devices Division)が Xbox チームを率いることとなる。
(9) 市場参入
①ゲームソフト
Xbox チームは、ゲームソフトとソフト・メーカーを重視した。当時、ソフト・メーカー
の多くは、PS2 用のプログラミングをもっと簡単にするにはどうすればよいかについて、
ソニーとのコミュニケーション不足を不満に思っているところであった。フリーズとブラ
ックリーはわざわざ特使を送り込んで、彼らのフィードバックを求めた。「マイクロソフト
のやり方は、普通とは相当に違っていた。ゲーム機のシステムに何を求めるか、こちらに
聞いてきたんだ」とソフト会社 Oddworld のラニング(Lorne Lanning)
社長は述べている。
Xbox 事業は本質的には巨大なソフトウェア・ビジネスであり、ゲーム機をソフトのため
に作っているという認識である。そこで Xbox チームは、ゲームソフト・メーカーの声に
耳を傾け、ソフト・メーカーは Xbox 計画の推進に寄与することになる。
フリーズは、買収よりも倍の手間をかけてゲーム会社にソフトを開発してもらうしても
らう方が現実的と考えた。トップの買収打診とは関係なく、ブラックリーら Xbox チーム
は、1 月の終わりから 3 週間で世界中の 40 余りのゲームソフト会社を訪問した。そして、
3 月の GDC の後、著名なゲーム開発者約 10 人を技術諮問委員に任命した。
米国では、後の大ヒット作<Halo>を開発した Bungie を買収。添付資料 2[マイクロソフ
ト Xbox 関係の提携]に見られるように、提携・買収を多数行っている。
②その後
Xbox は、日本では低迷したが、欧米、特に米国では、ソニーの PS2 と伍するレベルに
近づいていった。図 4-16 のように、米国市場では、PS2 と Xbox のハード販売の差が、時
を経るにつれて縮まっていったことが分かる。
また、市場環境面の変化がマイクロソフトにとってプラスに働いた。日本企業のゲーム
ソフトの世界市場シェアが大幅に低下し、米国のソフト会社が躍進したことである。ちな
みに、ソニーは 2005 年終わりに米国にゲームソフト開発本社機能を移転している。
アナリストは総じて Xbox 事業の今後について楽観的な見通しを示している。Banc of
America Securities は Xbox が PS2 に勝てなかった要因を次のようにみている。
・
初代PSで培われた顧客とゲーム会社との関係
・
PS2はXboxより1年先に発売された
・
PS2独占ソフトの品揃え
・
PS2用キラーソフトの幸運(Rockstar Games作品)
・
2004年までエレクトロニック・アーツ(Electronic Arts)がXboxにソフトを供給しな
かった
190
なお、2005 年末に発売された次世代の Xbox360 では、このほとんどが改善される Xbox360
では、ハードディスクありとなしの二つのモデルが用意されている Xbox の大半のソフト
の互換性があり、XNA というダイレクト X を発展させたツールを開発している。
また、売上は小さいが、オンラインサービスの Xbox Live 1.0 は、米国の Xbox ユーザ
ーの 10%が利用している(3 ヶ月で$12 の料金、Goldman Sachs 調べ Jan 2006)
。ネット
ワーク対応は長期的に重視しており、600 人体制で取り組んでいる。ちなみにソニー・コ
ンピュータエンタテインメントのブロードバンド部隊は 10 人程しかいない 237。
図表 4-16 PS2 の対 Xbox 販売比(Xbox1 台に対し売れた PS2 の台数)
出所:Banc of America Securities
3.事例分析と示唆
(1) Xbox 事業
同じソニーPS2 に刺激を受けて、トップダウンとボトムアップが交差した事例である。
また、社内競争の導入や、ゲーム好きのオリジナル・チームから、ゲームを知らない新チ
ームマネジャー/メンバーへの移行など、ベンチャー起業家の OR とは著しく異なる、組
織による OR の事例である。
この事例は、OR プロセス・フレームワークを適用すると、より整理された形で理解す
ることが出来る。経緯をまとめると次のようになる。
・
1999年3月にソニーがPS2を発表。マイクロソフトらPC陣営に挑戦的発言。
・
PS2に刺激を受け、ブラックリーらがソフト開発者の問題を解決するような新ゲーム機
191
(Xbox)を考案するスカンクワーク(闇プロジェクト)を発足
・
マイクロソフト経営陣はソニー発言に危機感を抱き、ゲイツが対策の必要性を唱える
・
経営陣は社内からアイデアを探索し、Xboxチームは提案をゲーム事業部長に上げる

当時のXbox案は、パソコンに近いもの
・
社内コンペでXboxチームとウェブTVチームが選ばれ、対決する
・
数ヵ月後の検討を経て、Xboxチームが選ばれる。発売ターゲットをPS2と同時期の2000
年の秋に予定。
・
ハードウェア事業部長のトンプソンがリーダーに就き、ゲームを知らない事務方を含め、
新たなメンバーが加わる
・
オリジナル・メンバーとは意見対立するも、主導権は新メンバーへ移る
・
コンセプトが大幅に変わる(Xbox2とも呼ばれた)

ゲーム専用機でありパソコンと互換性はないもの
・
トンプソンがゲーム機ハードの製造・販売をパートナー企業に求めるが、断られる
・
経営陣やトンプソンは、日本の大手ゲーム会社との提携や買収を打診するがまとまらず
・
PS2とほぼ同じという案をゲイツは却下し、スペックの大幅引き上げを要求。発売は
2001年に延期
・
2000年2月14日にトップによる丸一日のレビューを行い、全ポイントを再点検後、正式
にOKが出る
①展望
ソニーを打倒せよ、という競争に基づく展望である。内容はないが、目的は明確であり、
行動を起こすには十分な指針であった。
②創造
ブラックリーら、数名の自発的なチームが、アイデアを創造した。ゲーム開発者が、ソ
フトの開発をより自由に、簡便に出来るもの、という着想から始められた。なお、社内コ
ンペに参加したウェブ TV チームなど、「創造」は他の社内外でも起こっている。
③獲得
トップの命を受けたマンディが社内を探索し、応募を呼びかけ、「獲得」活動を行った。
ゲイツ自ら、提案の選択にリーダーシップを発揮している。なお、インテルが連携のアイ
デアを持ち込むなど、外部からの提案を呼び込むような状況をつくっていたことも「獲得」
に貢献している。
④形成
初期の Xbox チームの案から、新チームとなった段階で、大きくコンセプトが変わって
いる。元ゲーム開発者のブラックリーを含むチームは理想に基づくアイデアを推したが、
ゲーム業界とは縁が薄いビジネス系のメンバーやリーダーらは、全く違うコンセプトに向
192
かう。新開発リーダーも同様である。そして Xbox2 と初期メンバーが言うものが生み出さ
れた。ここで、アイデアが大きく「形成」へと動いたのである。
しかし、こうして一旦は「形成」されたコンセプトも、1999 年の秋の二つの努力の失敗
で、修正を余儀なくされる。一つは、パートナー企業にゲーム機ハード事業を担当しても
らう案が頓挫したことである。これで、投資や採算面が大きく変わった。もう一つは、日
本を中心とする大手ゲーム会社の買収がまとまらなかったことである。さらに、PS2 と同
様という案がトップから却下され、計画は大幅修正となった(計画には影響大だが、コン
セプト自体への影響は大きくはない)。
⑤決定
段階的に意思決定を行っている。チームの選択、アイデアの承認、など、正式決定まで
に、意思決定者もチームも、相当のエネルギーを費やしている。また、
「部下同士を戦わせ
る内部牽制手法をとることで有名であった」
(西 2005)245 と指摘されているように、競争
を重視したプロセスである。社内コンペは、決着まで数ヶ月に及び、チームは疲弊したと
も発言している。しかし、進捗のペースは速い。正式な会議以外にも、コミュニケーショ
ンをとっている。
なお、意思決定者が自らの考えをチームに押し付けたことはない。例えば、PC 非互換に
ついて落胆するも、受け入れている。ゲイツはゲーム事業の専門性は乏しく、基本的にチ
ームに任せた面もあるであろうが、方向性を出した後の具体論は任せるという権限委譲を
明確にしている。
⑥プロセスとしての流れ
そもそも後発であり、最終的には、あまり独創的ではない、既存のゲーム事業者がとっ
ているのと大差のないビジネスコンセプトに落ち着いており、差別化の中心として「創造」
「創造」を重視しているわけではない。
しかし、徹底して「形成」を重視している。ゲームをよく知る Xbox オリジナル・チー
ムに、ゲームは知らないがビジネスとマイクロソフト社内のことはよく分かるメンバーを
入れたのも、その現れであろう。また、経営トップの決定が得られるまで、
「形成」と「決
定」が何往復もしていることになる。
また、外部とのやりとりは、買収・提携話も含めて、とても頻繁に行われている。
なお、この「形成」←→「決定」は、Xbox 発売後も継続していると考えられる。それが
2003 年開始のオンライン・サービス<Xbox Live>などで具現化され、また市場シェアの改
善につながっている。粘り強く継続して「形成」することである。
⑦外部性
大手ゲーム会社の買収案や、ハードの他社への依存案など、過剰なほどに外部志向があ
る。一方で、アラードはじめ、技術陣には信頼があり、基本的に社内で調達している。使
い分けといったところであろう。
193
なお、チーム・メンバーは内部を中心としている。外部から大物を連れてきても、うま
くいかないとも指摘されている。社内の各所との連携や、経営陣とのリレーション、そし
てマイクロソフトの流儀に沿うことが重視されている。
⑧ルースカプリング
そもそもスカンクワークから出発した Xbox チームだが、所属は最後まではっきりして
いない。既存のゲーム事業部の応援はあるが、その傘下にあるわけではない。トンプソン
のハード事業部から人は移ったが、その指揮下にあるわけでもない。しかし、社内の各所・
資源へのアクセスはできており、権限はあったとみられる。トップ指令の打倒ソニーの重
要プロジェクトと社内には知られており、そういった意味で特別扱いでもあったのであろ
う。一方、社内のポリティクスには気を使っていた。キーマンとうまくつながるための工
夫であろう。このように、ルースカプリングされた組織であったと言うことが出来る。
(2) 全社
ソフトウェア製品は、基本的にフォロワー戦略である。Xbox にしても、業務アプリケー
ションにしても、MSN にしても、フォロワーである。つまり、独創性による柱創造型の新
事業はマイクロソフトでは見出し難い。
後発で大規模投資により追いつき追い抜く、自らも研究開発して遅れないように備える、
全て自前は難しいので買収・出資や提携を活用する、といったところである。
また、優秀な人材や資源が豊富であるにもかかわらず、買収や提携など外部性を積極的
に活用している。
そういう意味では、
「創造」も「形成」も特徴的ではない。
プロセスは、ある程度の規模までは事業部で担い、大規模なものや戦略的なもの、既存
の事業部でカバーし難いものやまたがるものはトップが参画している。
また、カリスマ的な創業オーナー経営者がトップにいる大手企業においても、分権やチ
ームワークで OR をしている。また、創業オーナー企業でも、OR フレームワークが適用
できることが理解された。
①展望
ゲイツがビジョンを提示し、トップダウンでの方針決定とロードマップの策定を行う。
メモ、ミーティング等で、自分の考えを述べているが、追従的であり、既知の要素に資源
配分することが多い。情報収集と情勢、市場のウォッチを重視。
②創造
マクロでみると市場で既知となった段階での後発での追撃参入が主である。あと追いが
大半であり、独創的なものは少ない。種は外部からも。
194
③獲得
常時情報を収集し、必要に応じて買収。ベンチャーキャピタルとのリレーションや業界
関係者からの情報収集を行う。マイノリティでの直接投資もある。人材も随時外部からエ
ース級を調達している。社内コンペなど、社内での競争も利用している面がある。
④形成
トップダウンでチームの担当を決め、組み立てさせる。粘り強く改良し、逆転の機会を
探り、市場 No.1 をねらう。
⑤決定
小さなものは基本的に事業部だが、大きなものはトップが相当コミットする。なお、添
付資料にみられるように、マイクロソフトは、膨大な数の出資や提携を行っており、ゲイ
ツが全てを詳細にみることは、現実的ではなく、権限委譲が必要となる。
⑥プロセスの流れ
フォロワー戦略の要諦であるが、気づいてからが早い。すぐに修正して、転換し、機会
を探っている。また、小刻みに幾重にもプロセスが繰り返される。
⑦外部性
提携、マイノリティ投資から、製品や知的資産(多くはソース・コード)買収、そして
企業買収など、大いに活用している。執行のスピードは非常に速い。
⑧ルースカプリング
Xbox 事業のようなタスクフォースでは、社内の資源へのアクセスが不可欠であるが、こ
れが可能となっている。
しかし、トップ主導の場合はよいが、その他は事業部内で完結しがちである。
2005 年に 7 つの事業部を 3 つにまとめなおしたのも、縦割りの弊害つまり事業部間の壁
により、OR が滞っているとの問題意識が理由である。ゲイツと CTO らが、事業部間のす
きまや、組織横断的なものに注意を払っているというのが現状である。
また、組織における階層は多い。それを飛ばしてトップにつなげるというのは難しい。
マイクロソフトも大組織化の問題に直面しており、多層構造の組織では風通しも滞りが
ちになる。しかし、CSA/CTO チームという機構には、注目すべきである。
トップが新事業・新製品にコミットし、情報を収集・集中させている。そして、各部門
における取り組みの統合化の責を果たしている。また、長期的な話や組織横断的なものな
どを追いかけている。
社内については、Think Week のための社内応募から、組織階層を飛び越えたアイデア
も得ることが出来ている。
195
CSA(ゲイツ)に対して、三人の CTO、そしてテクニカル・アシスタントなどのチーム
が、社内外の情報や知見を収集・集積させている。ベンチャーキャピタルや有識者など、
社外の情報源も活用している。
また、CTO は、技術偏重ではなく、ビジネス・アプリケーションなどでは企業の大型買
収を指揮して、ひとつの柱創造を推進しているビジネス・リーダーである。
この CSA/CTO 機構、そして CTO の役割は、OR 実施体制への示唆に富んでいると言え
よう。
その他、参考となる点には次のようなものがある。
・ 「創造」から「形成」へのメンバーの移行:全ての場合にあてはまるわけではないが、
発案者が最後までというやる方もあるであろうが、Xbox事業のように、ビジネス・マ
ネジャーなど新加入メンバーをリーダーとして「形成」段階で任命することも場合によ
っては有効である。これにより、夢から現実へと、ORの視点が転換できる。つまり、
「創造」と「形成」は、異なる活動である。
・ 社内競争で切磋琢磨:競争重視は、マイクロソフトの特徴でもあるが、柱創造といった
大きな意義のあるORでは、
「創造」の担当を早期に一つに絞るのではなく、複数を走ら
せるということも意味はある。あるいは、チームの規模が小さい段階であれば、
「形成」
も複数行わせることも考えられる。
・ 「形成」の継続:Xbox事業では、粘り強く最後まで「形成」を行ったが、これは重要
なことである。また、Xbox発売後の「形成」の継続も、効果をもたらしたと推察され
る。
また、これらが OR プロセス・フレームワークによって説明できる点からも、本フレーム
ワークの妥当性が示されている。
(3) 研究課題とのつながり
事例研究から、本研究の OR における仮説を実証研究することができた。マイクロソフ
トの事例研究と研究課題とのつながりは以下のようになる。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
・ ORプロセス・フレームワークに対しての実証研究を行った。フレームワークの妥当性
が確認された。また、フォロワー(後追い)型のプロセスの具体例を得ることができた。
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
・ OR実施要件の仮説である外部性とルースカプリングについて実証研究を行った。本事
例では、共に活用されていることが確認された。加えて、CSA/CTOチームというトッ
プ機構の参考例を得ることができた。
196
第4節
NTTドコモの事例
1.全社について
(1) 会社概要
NTT ドコモ254:株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ(NTT DoCoMo Inc.)。"DoCoMo"の
名称は"Do Communications Over The Mobile Network"(移動通信網で実現する、積極的
で豊かなコミュニケーション)の、頭文字を綴ったもの。
本社:東京都千代田区
業績:2005年3月期 売上高48,446億円(8年前の2.47倍、年平均成長率12.0%)、当期利益
7,476億円
売上構成:音声72%、パケット26%。
研究開発:1,019 億円(対売上高 2.1%)
・日本の通信インフラ企業グループ。携帯電話、PHS などの移動体通信を手がける。
・国内の携帯電話市場における市場占有率1位:市場シェア56.0%(2005年8月末)
・2005年11月9日 - 携帯電話・自動車電話サービス契約数5000万突破
人員数:21,527人
(2) 沿革
NTTドコモは、1990年3月の「政府措置」における日本電信電話株式会社の「移動体通
信業務の分離」についての方針を踏まえ、1991年8月エヌ・ティ・ティ・移動通信企画株
式会社として設立された。主な沿革は、図表4-17の通り。
(3) 新事業
NTTドコモは、次のような革新的な戦略によって、成長を遂げてきた。
・ 1994年4月「端末お買い上げ制度」:保証金などを無くし、かつドコモが電話機代の一
部を実質的に肩代わりすることにより、顧客の初期コストを劇的に下げた。
・ 1999年2月<iモード>サービスの開始:モバイル・インターネットの先駆。
・ 2004年7月<おサイフケータイ>の開始
夏野夏野剛・執行役員(2005 年~)は、携帯電話の発展 5 年周期説と呼んでいるが255、上
記の戦略により、1994 年からの音声中心の発展、1999 年スタートのiモード開始で始ま
ったデータ通信の発展、が実現され、そして 2004 年のiモード FeliCa により生活分野へ
NTT ドコモの事例研究は、文献調査に加え、2005 年 3 月~2006 年 1 月に、パートナー企業を含めてイン
タビューを行った。
255 「i モード FeliCa で隣接産業を活性化」テレコミュニケーション July 2005, pp30-31
254
197
図表 4-17 NTT ドコモ沿革
1991年8月
日本電信電話(株)の出資によりエヌ・ティ・ティ・移動通信企画(株)設立
1992年7月
日本電信電話(株)より移動通信事業(携帯・自動車電話、無線呼出、船舶電話、
航空機公衆電話)の営業譲受
1993年3月
携帯・自動車電話デジタル800MHz方式サービス開始
1994年4月
携帯・自動車電話「端末お買い上げ制度」の導入
携帯・自動車電話デジタル1.5GHz方式サービス開始
1995年3月
ポケットベル「端末お買い上げ制度」の導入
1996年3月
ポケットベル・ネクストサービス(FLEX-TD方式)の開始
衛星携帯・自動車電話サービス、衛星船舶電話サービスの開始
1997年3月
パケット通信サービスの開始
1998年10月
東京証券取引所市場第一部上場
1999年2月
<iモード>サービスの開始
2001年10月
<FOMA>本格サービスの開始
2002年3月
ロンドン証券取引所及びニューヨーク証券取引所上場
2004年7月
<おサイフケータイ>の開始
出所:NTTドコモ
進出したのである。
NTT ドコモは、これからの成長の戦略として、次の三つを挙げている256。
・新しい生活インフラストラクチャの構築
・グローバル事業の推進
・新たな利用拡大への取り組み(プッシュ型配信の<iチャネル>など)
一番目は前述のものであり、三番目は不断の努力がなされるものであるが、二番目のグロ
ーバル事業については、図表4-18のように、海外では過去(1998-2001年)に総額一兆九
千二百億円を投じたが、大半が失敗に終わり、合計の損失額は一兆一千三百億円となって
いる。二割前後の出資にとどまるドコモのやり方では経営の主導権を握れず、iモードな
どの普及も進まなかった。
この反省を踏まえ、その後のドコモの海外展開の核となってきたのが技術供与による「i
モード・アライアンス」である。図表4-19のように、現在は世界で十四の携帯電話会社が
十五カ国・地域でiモードを展開している。
なお、NTTドコモでは、社内ベンチャー制度や、法人営業部の事業開発が無線LAN対応
FOMAを出すなど、様々な新事業への試みがなされているが、柱創造と呼べるような動き
は、上記のもの以外は、旧iモード事業本部・現プロダクト&サービス本部が推進するお
サイフケータイサービスのみである。図表4-20に示されているように、おサイフケータイ
関係では、すでに一千億円以上をパートナーに出資している。
256中村維夫「NTT
ドコモの事業戦略」NTT ドコモ IR 資料、2005 年 10 月 12 日
198
図表 4-18 NTT ドコモの主な海外投資(2005 年末現在)
出資時期
当初出資額
テレスデステ・セルラー(ブラジル)
1998年11月
約100億円
ハチソンテレフォンカンパニー(香港)
1999年12月
約420億円
KPNモバイル(オランダ)
2000年
8月
約4070億円
ハチソン3GUK(英国)
2000年
9月
約1850億円
AT&Tワイヤレス(米国)
2001年
1月
約1兆1000億円
KGテレコム(台湾)
2001年
2月
約610億円
KTF(韓国)
2005年12月
約655億円
出所:日本経済新聞2005/12/14、12/22
図表 4-19 NTT ドコモのiモード海外提携先(2005年8月時点)
携帯電話会社
欧州
KPNグループ(3 社)
サービス提供地域
加入者数(万人)
オランダ・ドイツ・ベルギ 1,600
ー
ブイグテレコム
フランス
700
テレフォニカ・モビレス
スペイン
1,900
ウインド
イタリア
1,300
O2
イギリス・アイルランド
2,600
コスモテ
ギリシャ
400
MTS
ロシアなど
4,700
中近東
セルコム
イスラエル
300
アジア
FET
台湾
600
スターハブ
シンガポール
100
テルストラ
オーストラリア
800
オセアニア
計
15,000
出所:日経産業新聞2006/01/25
旧iモード・チームの流れ以外は、意思決定手続きの遅さや組織の壁、保守性など、一
部では大企業病の兆候も聞かれ、リアル連携(リアルの商取引と通信を結び付けること)
など中村維夫社長のビジョンで動きが出てきてはいるが、柱創造の動きを見つけるのは難
しい。
199
図表 4-20 NTT ドコモの最近の主な資本提携
発表時期
三井住友カード
4 月 27 日
出資額
約 980 億円
出資比率
34%
おサイフケータイでクレジ
ットカードの推進
タワーレコード
11 月 7 日
約 128 億円
42%
音楽情報配信やおサイフケ
ータイのモデル店舗に
ACCESS
11 月 30 日
約 150 億円 7.12%→11.66
携帯向けネット閲覧ソフト
(追加出資)
%
で協力
アプリックス
11 月 30 日
約 130 億円
14.98%
携帯組み込みソフトで協力
韓国KTF
12 月 15 日
約 655 億円
10%
第3世代携帯の技術協力
フジテレビジョン
12 月 21 日
約 207 億円
2.6%
通信と放送の融合サービス
出所:日本経済新聞2005/12/22
2.iモード事業
iモードのユーザー契約数は2006年3月予想256で4,620万と日本で最も普及したネット
インフラストラクチャとなっている。iモード事業化から、パケット収入は急速に増加し、
2005年3月期には10,606億円に達している。今日のパケットによるデータ通信市場を創り
上げたのがiモードであり、柱創造の事例として適切なものである。
(1) iモードとは
ブラウザ機能やデータ通信機能が一般に広く受け入れられるようになったのは、iモー
ド機の登場からであった。1999 年 3 月に NTT ドコモから提供されたiモード機は電子メ
ールのみならず、インターネット接続、各種通信サービスを提供するものであった。特に、
インターネットで提供されるコンテンツと、取引、エンタテインメント、情報、データベ
ースといった通信サービスが豊富であり、一気にデータ通信の可能性を広げた。こうした
特徴を活かすため、端末については、大型表示パネル、画像表示、最大文字表示数、文字
変換、アドレス機能、データの送受信機能が前面に押し出されるようになった。
ブラウザ機は、通信事業者によってそれぞれ特徴を異にするが、従来の音声通話を主機
能とする「携帯電話」から、ブラウザ機能やデータ通信機能をも主機能とする「携帯情報端
末」への展開を印象づけた 177。
寺本他(2003)257は、iモードはモバイル・インターネットにおける画期的新サービス
であり、この分野において世界の最先端に立った、と評している。
257
寺本義也 (2003) 「最新技術評価法」日経 BP 社, pp218・220
200
(2) プロジェクトの起こり
1996 年当時、社長の大星は、この活況がいつまでも続くはずがないと、NTT ドコモの
将来について危機感を抱いていた。当時の勢いで携帯電話が売れ、使いたいユーザーに一
通り行き渡ってしまえばその後の成長はありえない。
携帯電話市場が拡大する中にあっても、大星は「現状に浮かれてはいけない。同じ電話
なので絶対に飽和する。飽和した時にどうやって飯を食うか。音声以外の収益が必要だ」
と考えていた。つまり、いずれ携帯電話における音声の市場も固定電話同様に飽和して価
格競争に陥ることを早期に予見し、この課題に対する対策・布石を早めに打とうとしたわけ
である258。
そして大星は、携帯電話の新たな利用法の可能性について、強い興味を持っていた。そ
れは、日経新聞1996年7月19日「ボイスからノンボイスへ、ボリュームからバリューへ」
の広告にも表れていた。当時大星社長は「携帯電話をただの電話機から手軽なパソコンに
できないだろうか、それでネットワークもできれば」259と語っている。「通話」ではなく「デ
ータ通信」という新しい市場活路を見いだせば、ユーザー数の伸びが鈍化しても、収益の低
下を阻止できる可能性がある。
1996年12月22日に大星は本構想についてのコンサルティングを依頼したマッキンゼー
からの報告を受けた259。そして、実行のための意志を固めることになる。なお、このマッ
キンゼーからの報告書には、携帯電話単体にてインターネット接続を実施することについ
てまでは明確に示されてはいなかった。
大星は、意図して噛み付き屋として知られる栃木支店長榎啓一をリーダーに選んだ。大
星は榎にマッキンゼーのレポートを送り、本社に呼び出して、1997年1月8日に法人営業部
長発令と同時に携帯電話単体で行うマルチメディア事業を立ち上げることを命じた。また、
部下はいない、金を使っていいから適任者を探せとして、「50億円使え」「全部イエスだ、
君の好きなようにやれ」と伝えた260。
(3) チーム編成
特命チームは、榎が法人営業部長兼務であり、0.5人からの出発であった。
榎は、社内公募の準備に着手した。しかし問題は、iモードの開発・事業化に必要な、榎
部長が求める情報に強い人、クリエイターがNTTグループにはいないという事実であった
261。
榎部長は必要な人材の獲得・確保こそが今回のプロジェクトにおける成功の可否を握る
と考え、大星社長に直接掛け合い、外部からの調達の許可を得ることとした。結果、榎部
長は大星社長より人材調達の了解を得たのである。
榎は、外部から適任者のスカウトを始めた。知人のつてでリクルートの松永真理に接触
258
259
260
261
山崎潤一郎(2005)『叛骨の集団―ケータイ端末の未来を創る』日経BP企画
中野不二男(2005)『不器用な技術屋 i モードを生む』NTT 出版
松永真理(2000)『i モード事件』角川書店
長沢伸也 (2004)「iモード事例」『生きた技術経営 MOT』日科技連出版社
201
した。当時松永は雑誌<ワークス>編集長と新規事業準備室(新雑誌)を兼務していた。1997
年3月12日に榎はマッキンゼーの横浜信一と共に松永と初回の対面となる夕食をとり、直後
に葉書でプロジェクトへの参加を依頼している。1997年3月28日に二度目のミーティング
を持ち、携帯電話の液晶に50文字の情報を配信したい、このコンテンツを考えて欲しい、
と正式に依頼した260。「コンテンツに至っては、電電公社では誰も経験がない、過去に成
功していないということでしたので、松永真理さんを採ってきたわけです。」と榎は述べて
いる261。
ドコモで初の社内公募は1997年2月27日に締め切られ、3月5-6日に24人の論文提出者に
対して面接を行った。そこから5人を選抜。事務系は、笹川貴生(丸の内支店の販売担当か
ら異動)、栗田穣崇(千葉支店の販売部法人営業担当から異動)の入社二年目24歳の若手
と我妻智(栃木支店の代理店担当から異動)。技術系は、矢部俊康、大野和彦の二名のシ
ステムエンジニア。新しいことに挑戦したい人間、ストレス耐性の強い人間という条件で
選ばれた259。
この5名に、技術のヘッドとしてNECから川端正樹(出向)が、コンテンツのリーダー
として松山(リクルートを辞めるまでは週に2日程度のパートタイム)、そして榎の8名で、
法人営業部内にゲートウェイ・ビジネス担当が発足。なお、マッキンゼーからの4人も常
駐した260。
コンテンツのプロとして NTT ドコモに 3 年間の契約にて入社した松永担当部長であっ
たが、榎部長曰く、松永は右脳型の人間であったため、事業戦略、ビジネスモデルの検討
などについてはまた別の人材を必要とした 261。そこで、松永担当部長が榎部長に適任であ
ると紹介したのが、リクルートにおいて松永担当部長の下でアルバイトをしていた経験を
持つ夏野剛であった。
なお、後(1999 年)にiモード・サービスの開発に携わったメンバーは総勢 50 人程度
になり、その内訳は、松永担当部長、夏野担当部長、川端担当部長およびサーバー・エン
ジニアなど中途採用組 10 名(傭兵 21%)、社内公募にて補充した人材 5 名(志願兵 10%)、
NTT ドコモ北海道など NTT ドコモ地域会社より人事異動してきた人材 9 名(派遣兵 19%)、
その他、NTT ドコモ採用、NTT 採用、電電公社採用の経歴を持ち、NTT ドコモ内の人事
異動にて転属してきた人材 24 名(徴兵 50%)であった。なお、NTT ドコモ採用・人事異動組
の平均年齢は 20 代半ば(当時)、NTT 採用・人事異動組は 30 代半ば(当時)、電電公社採用・
人事異動組は 40~50 才(当時)、と幅広い年齢層であった(長沢 2004)261。
(4) プロジェクト初期
①混沌とした初期
1997年4月1日にゲートウェイ・ビジネス担当が発足した。榎は、
『組織としごと「ゲート
ウェイビジネス部」』と題されたA4十枚つづりからなる説明書を作成し、メンバーに配布
した。『仕事内容』と記された冒頭の一説は次のようなものであった258。
「当部のミッションは、情報(コンテンツ)と end ユーザーを移動通信網でつなぐことによ
202
り、DATA 系トラヒック(traffic:通信量)増と情報等販売というニュー・ビジネスの立
ち上げを行うことにある。
対象マーケットは、携帯電話単体ユーザーやカー・ナビゲーション・ユーザー等であり、
コンシュマー市場を対象としたビジネスの展開を行う。
取扱商品は、携帯電話の液晶画面上のブラウジングおよびカーナビ画面上の情報提供サ
ービスである。
」
4月半ばに榎は、9月末にショートメール運用開始をチームに宣言。また、画面大型化の
マッキンゼーの意見に反対するなど、方針を打ち出していった260。
チーム内で議論を重ねていったが、マッキンゼーからの有力コンテンツを買い取る、あ
るいはIP(インフォメーション・プロバイダー[これから暫くしてコンテンツ・プロバイダ
ー(CP)という呼称が主に用いられるようになる])からテナント料をとる、といった案に、
ドコモ・メンバーは合意せず。
5月連休明けに神谷町のビルの一室に引っ越し。あまり相手にしてくれない富士通等でな
く、熱心な伊藤忠テクノサイエンスの採用を技術チームで決める。
1997年6月13日ショートメール構想を社内会議にかける。しかし、ショートメール事業
は許されず。
松永が1997年7月15日正式入社。しかし、事業のフォーカスがショートメール型からイ
ンターネット型に変更となり動揺。そこで松永は、リクルートで学生バイトで編集の手伝
いをしていた夏野剛(当時ハイパーネット副社長)に声をかけた260。
②アイデア
1997年8月1日法人営業部から独立しゲートウェイ・ビジネス部となり、すぐに合宿に入
る。マッキンゼーのコンサルタントが3-4名増加する。
マッキンゼーとビジネスモデルについて、議論するも、ドコモ・チームと意見が合わな
い。マッキンゼーと松永の意見が対立し、結局は榎が松永を編集長に指名する260。
夏野から最初のメモが提出される。榎に加入OKをもらい、夏野がプロジェクトに参加。
松永主導で、ホテル西洋にてブレストを開始する。松永の知る放送作家、テレビのプロ
デューサー、シナリオ・ライターなどを外部から呼ぶ。
そこから「コンシェルジュ」というiモードのメディア・コンセプトが生まれる。さら
にこれは、「コンシェルジェ・コンビニ」となる。“コンシェルジェ”とは、ホテルのコンシェ
ルジェのことであり、要するに、携帯電話が個人の生活をサポートしようとの意味である。
たとえば、乗り換え案内サービスなどがこれに当たる。“コンビニ”とは、コンビニエンス
ストアのことであり、要するに、デジタルコンテンツの小売業をしようとの意味である。
榎部長もこのコンビニのコンセプトについて、「小売業のコンセプト・ビジネスの構成はデ
ジタル・コンテンツ・ビジネスと共通点があり、扱っている商品がデジタル・コンテンツ
か物理的なものかのみの違いである」と述べている261。
なお、さらにコミュニケーションの場として、ソファーとワインとカラオケのある「ク
ラブ真理」を内装工事1千万円かけてオープンし、2000年3月本社移転まで継続した。
203
(5) 活動本格化
①サービス
榎は、1998年12月サービス開始をターゲットにすると決めた。チームは議論一辺倒から
行動へと移行する。
夏野から企画書の第二案が提出される。そこには、コンテンツ(サービス)が次の四つ
のカテゴリーで整理されていた。
・取引系:銀行、チケット、ホテル予約など
・生活情報系:天気予報、株価情報、タウン情報
・データベース系:レストラン、乗り換え案内
・エンタテインメント系:ゲーム、占い、カラオケ情報
これをベースに、早速、情報やコンテンツを提供してくれるパートナーの打診を始める。
夏野は、iモード事業もまた、生態系そのものである、と述べている262。数万種類のコ
ンテンツやサービスを作り出すことは、到底できなかった。「豊富なコンテンツがユーザ
ーを生み」「ユーザーの増加がさらなるコンテンツの増加を生む」という好循環を生むに
は、パートナーとの連携しか道はないと考えた。iモード事業の成功要因・戦略は、他の企
業・業界との協力・提携である、という指摘もある261。サービス開始時のコンテンツ・プロ
バイダー67社は図表4-21の通りである263。
しかしながら当時、コンテンツ・プロバイダーは無線方式のセキュリティについて不安
を持っており(実際には安全であった)、特に銀行などは無線方式の導入、つまりiモードの
導入、利用に躊躇していた。そこで、一計を案じた夏野担当部長は住友銀行(当時)にターゲ
ットを絞り、直接参加交渉を開始した。銀行をターゲットとした理由としては、銀行とい
う保守的なプレーヤーが参加することにより、iモードの信頼性を上げることがねらいで
あり、そしてその銀行業界にあって住友銀行を選択した理由は、住友銀行は他の大手銀行
と比較しアグレッシブな風土があったためである。
また夏野は、これからはiモードの普及により個人一人一人が ATM をもつことになる
と説明した。当時、住友銀行は店舗の整理統合を検討していたが、顧客とのつながりを失
うわけにはいかないため、店舗の代替として ATM の導入を検討していたのである 261。
夏野チームは、都銀二行を決め、さらに航空会社やカード会社を攻略していった。
松山はゲーム会社の開拓を進めたが、白黒4階調のディスプレイでは何もできないとの
反応で苦戦する。しかし、8月夏休み明けに、バンダイの旧ピピンチームから、協力を獲得
する260。
なお、社外も活用しており、例えばブレインズ264から情報入手や紹介を受けている。
1997年12月には、欧米に飛び、ニューヨークでレストラン・ガイドのZagatを説得。そ
のあと、インターネット・ワールドへ寄り、そこでサービス名が「iモード」に決まる260。
262
263
264
夏野剛(2002)「ア・ラ・iモード―iモード流ネット生態系戦略」日経BP企画
夏野剛(2000)「i モード・ストラテジー」日経 BP 企画
ベンチャー系コンサルティング会社、元ハイパーネットの方が代表。
204
図表 4-21 iモード・サービス開始時のコンテンツ・プロバイダー67 社
項目
主なサービス内容
モバイル・バンキ
ング
残高照会、入出金明細、振込み・
振替、各種情報
モバイル・トレー
ディング
クレジットカード
株価情報、市況情報、売買注文
2
優待情報、請求金額情報
4
生命保険情報
各種手続案内、商品情報
5
エアライン情報
空席照会、チケットレス予約、マ
イレージ照会
空室照会、予約
格安旅行情報検索、予約
乗換経路案内、レストランガイド
一般ニュース、スポーツ・芸能ニ
ュース
株価情報
天気予報
コンサート情報検索、予約
賃貸物件検索
料理名、レシピ
カラオケ曲検索、店舗検索、新曲
検索
曲名検索、番組情報、ヒットチャ
ート情報
書籍検索、購買、ベストセラー情
報
英和・和英・国語辞典、歳時記、
大辞林、類語辞典
オンラインゲーム
レストランガイド、映画館情報
占い
地域別タウンページ検索
サーフィン情報
3
ホテル予約
格安旅行情報
乗換案内
ニュース・スポー
ツニュース
株価情報
天気予報
チケット情報
賃貸不動産情報
モバイル・レシピ
カラオケ
FM 局情報
書籍販売
辞書
ゲーム
タウン情報
占い
タウンページ
その他
出所:夏野(2000)263
サイト
数
21
社名
あさひ銀行、伊予銀行、大垣共立銀行、
北日本銀行、紀陽銀行、さくら銀行、札
幌銀行、三和銀行、滋賀銀行、住友銀
行、スルガ銀行、第一勧業銀行、大和銀
行、東海銀行、東京三菱銀行、西日本
銀行、肥後銀行、広島銀行、福岡シティ
銀行、福岡銀行、富士銀行
大和証券、日興証券
1
1
3
1
2
1
ジェーシービー、住友クレジット、ディー
シーカード、ユーシーカード
住友生命保険、第一生命保険、日本生
命保険、明治生命保険、安田生命保険
全日本空輸、日本エアシステム、日本航
空
JTB、プレコ
オープンドア
JR 東日本企画、東芝駅前探検倶楽部
朝日新聞社、時事通信社、北海道新聞
社、毎日新聞社、読売新聞社
日本テレメディアサービス
ウェザーニューズ
チケットセゾン、ぴあ、ローソンチケット
エイブル
味の素、大阪ガス
第一興商
2
FM802、J-WAVE
1
紀伊国屋書店
1
三省堂
1
2
3
1
2
バンダイ
イエローページ、ベイエリア
アニモ、INDEX、テレシスネットワーク
NTT
FM ちゅうおう、サイバード
2
1
2
5
②テクノロジー
1997年8月1日山本正明がゲートウェイ・ビジネス部の開発へ異動し、合宿に合流。やが
てiモード端末開発担当となる。社内の合わせこみに尽力し、ネットワーク、音声、メー
ルアドレス・ドメイン統一を推進する259。
205
後には、音源フォーマットでもパソコン標準の MIDI265ベースのコンパクト MIDI を採
用する。
徹底したデファクトスタンダードの採用がiモード事業の成功要因であるという指摘も
ある。記述言語には cHTML を採用することにより、サービス提供事業者は HTML266で作
成している既存のパソコン用インターネット提供コンテンツをほんの少しだけ修正するの
みで、すぐにiモードへも転用、提供可能としたことなどが挙げられる。ちなみに、当時
は、欧米の携帯電話機メーカーが推奨する WAP267と呼ばれる無線通信用に最適化されたプ
ロトコルに世界の多くの移動体通信事業者は注目していた。
山本らは、ソースコードが非開示のWAPを断りHTML準拠を選択。移動機技術部の永田
清人とブラウザ会社のアクセスの提案もあり、社内の反対をおしきった。1998年2月には、
cHTMLをアクセスなど5社がW3C(技術規格の標準化団体)に提案して受理されている259。
図表 4-22 iモードネットワーク構成
コンテンツ
コンテンツ
プロバイダ
プロバイダ
Internet
Internet
コンテンツ
コンテンツ
プロバイダ
プロバイダ
コンテンツ
コンテンツ 専
プロバイダ
プロバイダ 用
線
TCP/IP
HTTP
ISP
企業
企業
LAN
LAN
9.6kbps
28.8kbps
パケット網
(PDC-P)
iモード
iモード
サーバー
サーバー
384kbps
FOMA
(IMT2000)
パケット網
出所:長沢(2004) 261
Musical Instruments Digital Interface:シンセサイザや音源とパソコンを接続して楽曲データをやりとり
するための規格。
266 Hyper Text Markup Language:Web ページを記述するためのマークアップ言語。W3C が作成している規
格。
267 Wireless Application Protocol:携帯電話や腕時計などの携帯端末用の通信プロトコル。
Ericsson、Motorola、
Nokia らによって設立された WAP Forum によって策定された。
265
206
なお、iモードを構成する要素・パーツは大きく分類すると図表 4-22 に示すように、コ
ンテンツ、インターネット接続するためのゲートウェイ・サーバー(メール・サーバー、ウ
ェブ・サーバー、顧客管理サーバーなど)、パケット網などのネットワーク、そして携帯電
話機など(端末、各種アプリケーションなど)があるが、当時これらのiモード事業に必
要な構成要素のうち、NTT ドコモにノウハウがあったものは、ネットワークと携帯電話機
(ブラウザ除く)のみであった。そこで、残りの NTT ドコモがノウハウを保有していない
構成要素・領域については、外部より専門家を招集する必要があった。たとえば、ゲートウ
ェイ・サーバーについては、NEC に依頼し、川端が責任者となり、またその配下の人員に
ついては半数以上を中途採用している。
(6)ビジネスコンセプトの具体化
①価格
iモードの基本料では、激しいやり取りとなった。コストやリスクでみれば 1000 円程
度が妥当という意見に対し、この料金設定ではユーザーが契約を躊躇すると松永が異を唱
え、ついには、松永提案の 300 円と決定した。
松永が提案した 300 円の根拠は週刊誌の価格であった。週刊誌を躊躇して購入する人は
いない、ほしい時に買う、その価格が 300 円であるというものであった。これが 500 円、
700 円となると月刊誌と同じであるため購入に躊躇する。エントリー・バリアが高くなり
顧客数が集まらなくなって、iモード事業のビジネスモデルは成立しないと松永は力説し
た。iモード事業のビジネスモデルの基本は、利用ユーザー数が多いため、コンテンツ・
プロバイダーががんばるという、フィードバック・モデルであった 260。
当時の大星社長はこの松永の感覚を鋭いと感じ、基本料金を安くすることはエントリ
ー・バリアを低くすることであり、入口を低くすることは、電気通信産業にとって、極め
て大きなマーケット効果を持つと評価している。
技術評価の視点でいえば、彼女こそ、NTTドコモが選び抜いた顧客の代表ととらえるこ
とができる。松永をステークホルダーの顧客代表に据えたことが、iモード事業の大きな
成功につながった、との指摘もある26。
②ユーザー・インターフェイス
夏野は、ビジネスとして成り立つには、ユーザーに分かりやすい形でサービスを案内し、
目的のサーバーへと誘導するポータル機能が必要と、述べている 262。
さらに、松永は、文字数と受信方法を重視し、画面表示を8文字6行にとのリクエスト
を出した。これは当時の携帯電話の常識からは、はずれていた。しかし、これを若手エン
ジニアがなんとか実現化した。チームは、絵文字にもこだわった。<ポケットベル>の♥(ハ
ートマーク)がつく機種が売れていたからという発想からである 260。
iモード・チームは、携帯電話機におけるインターネット利用画面・操作をより使いやす
いものとし、利用ユーザーの増加を図った。もともと携帯電話利用者数がパソコン利用ユ
207
ーザーより多かったこともプラス要因であった。結果、他の企業・業界が参入し、それによ
りまた新たな利用ユーザーが増え、そして他の企業・業界がさらに参入するという好循環を
生んでいる。
③端末
榎は、100g・100cc以下の方針を出した259。コンテンツを見る情報端末だからといって、
大きく携帯離れしたものでは受け入れられないと考えたからである。
iモード事業の成功要因は、あくまで携帯電話にこだわったことであり、新たな携帯電
話機の開発のコンセプトとして、既存の携帯電話の基準(外見、重さ、価格など)に準拠
した、との指摘もある 261。
④料金代行回収
サービス提供事業者は、
「小額課金を代行してくれることのメリットは大きかった」と述
べている 254。コンテンツ利用料金の 9%が手数料として NTT ドコモの収入となり、そこか
ら未回収分(通例 2~3%)を除いたものが事業者の取り分となる。
iモード事業の成功要因・戦略は、サービス料金代行回収プラットフォームの提供により
サービス提供事業者(コンテンツ・プロバイダーなど)とのレベニュー・シェア(売上を
分かち合うこと)である。これにより、サービス提供事業者は、料金回収のリスク、手間
を回避することができ、本来事業であるコンテンツ作成・提供などに専念することができる。
この課金プラットフォームの提供により、NTT ドコモはサービス提供事業者と WIN-WIN
の関係を築くことに成功している、と指摘されている 261。
(7)iモード・チーム
①リーダーシップ
榎は、「相手が古株だろうが新人だろうが関係ないんです。任せた相手には徹底的に頼り
切る。そうすると誰もが意気に感じてやってくれるものです。これは僕のマネジメントス
タイルであり、iモードの成功はそうして生まれたものなんです。」と述べている242。また、
松永は、「社内の反論や疑心暗鬼を榎が抑えてくれていた。ひたすら自分のやることだけ
を考えていた。」と語っている260。また、iモードのマーケティングにおいて、最も重要
であったのは、社内セールスであったと、榎は述べている。
また、松永は右脳人間と榎が言っているが、松永がコンセプトを出して、夏野が具体的
にする、というチームワークがあったようである。また、コンテンツ・サービスの重点に
ついて、「夏野氏は業務システム、利便性、を重視したサービス、つまり便利さを重視し
ていた、松永氏はエンタテインメントなど、楽しさに注目していた。」254という面もあり、
起業家のように一人でではなく、チームとして役割分担していたのである。
②サービス開始に向けて
208
1998年12月サービス開始をひかえる同年8月に、電話機が間に合わない、2ヶ月遅れる
と知らされる。その他、端末やネットワーク関係など、組織の壁を越えての直談判や、ITS
(高度道路交通システム)担当チームの徳広清志に応援を依頼するなど、手を尽くした。
最後まで、ネットワークの問題解決やバグつぶしに、組織を超えて、必死に取り組むこと
になる。
1999年2月22日に、67社のコンテンツ・プロバイダーとサービスをスタート。その後の
快進撃は、図表4-24に詳しいが、予想を超える勢いで、6月末に50万台突破、8月8日に100
万、10月18日200万、翌年3月15日には500万台に達している。2000年3月末に松永は退社
した。
図表 4-23 NTT ドコモ iモード・プロジェクトの経緯
1996年12月22日
マッキンゼーからの報告。大星社長がプロジェクト・リーダー人選着手。
1997年1月8日
栃木支店長榎啓一をに法人営業部長発令と同時にリーダーに任命。榎は社
内公募と外部スカウトに動く。
1997年3月
榎がリクルートの松永真理を勧誘。社内公募5人を選抜。
1997年4月1日
法人営業部内にゲートウェイ・ビジネス担当が発足(8人)。
1997年4月
榎は9月末にショートメール運用開始をチームに宣言。
1997年5月
神谷町のビルの一室に引っ越し。
1997年6月13日
ショートメール構想を社内会議にかける。しかし、承認されず。
1997年7月15日
松永が正式入社。
1997年7月下旬
松永の誘いでハイパーネット副社長であった夏野剛が参加。
1997年8月1日
法人営業部から独立しゲートウェイ・ビジネス部に。人員増加。
1997年8月
マッキンゼーと松永の意見が対立し、榎が松永を編集長に指名。
ホテル西洋でブレスト開始。「コンシェルジュ」というiモードのメディ
ア・コンセプトが生まれる。
夏野から第二案。
IP /CP(情報/コンテンツ提供事業者)勧誘活動本格化。
1997年秋
技術陣がWAPをでなくHTMLを推奨。
98年12月開始がターゲットに。
1997年12月
<iモード>に名称が決まる。
1998年始め
月300円に料金が決まる。
1998年8月
98年12月開始予定から99年2月22日に変更
1999年2月22日
67社のIP /CPとサービス開始
1999 年
多数の IP /CP が参加
出所:参考文献とヒアリングをもとに筆者作成
209
図表 4-24 iモード・サービスの経緯
年
月
日
発表内容
1998
年
1999
年
11
月
1月
2月
19 日
iモード報道発表
25 日
1日
iモード CM 発表会
プーマテクノロジーと企業向けアプリケ
ーション開発で提携
iモード・サービス開始
カーナビ連携の実験開始
サン・マイクロシステムズと技術協力の
覚書締結
3月
22 日
23 日
16 日
対応携帯 電話機 ( 発 売開 始
日)
24 日
5月
6月
20 日
1日
16 日
7月
12 日
30 日
8月
10
月
12
月
2000
年
1月
2月
3月
4月
5月
6月
加入者
数
デジタル・ムーバ F501i
デジタル・ムーバ D501i、
デジタル・ムーバ N501i
デジタル・ムーバ P501i
日替わりキャラクタ配信「いつでもキャ
ラっぱ!」サービス開始
JAVA 開 発 者 会 議 「 JavaOne’99 」 に
JAVA 対応機を出展
i モ ー ド ・ メ ー ル ア ド レ ス 自由 設 定 可
能。シークレットコードも利用可能に(i
モード・メール機能拡大)
iモード端末でもショートメール受信可
能に(iモード・メール機能拡大)
8日
100 万
4 年に 1 度の電気通信の祭典「テレコ
ム’99」(ジュネーブ)に出展
18 日
3日
23 日
7日
10 日
14 日
4日
15 日
29 日
11 日
15 日
19 日
26 日
1日
200 万
デジタル・ムーバ F502i
300 万
デジタル・ムーバ D502i
デジタル・ムーバ N502i
400 万
デジタル・ムーバ P502i
500 万
「プレイステーション・ドットコム・ジャパ
ン」に出資
インターネット専業銀行「(株)ジャパン
ネット銀行」に出資
DoCoMo NOKIA NM502i
600 万
電子決済サービスの「(株)ペイメントフ
ァースト」に出資
700 万
電通と「(株)ディーツーコミュニケーショ
ンズ」設立
210
デジタル・ムーバ F502it、
DoCoMo by Sony SO502i、
Super Docomo (スーパードッ
チーモ) SH821i
図表 4-24 iモード・サービスの経緯(続)
年
月
日
2000
年
6月
20 日
23 日
24 日
30 日
7月
8月
9月
発表内容
対応携帯 電話機 ( 発 売開 始
日)
デジタル・ムーバ F209i、
デジタル・ムーバ N209i、
デジタル・ムーバ P209i
英語版メニューとコンテンツを追加
800 万
九州沖縄サミット報道関係者に英語版
iモード端末を貸出
7日
14 日
15 日
1日
5日
19 日
28 日
1日
6日
Super Docomo(スーパードッ
チーモ)N821i
900 万
ソニー・コンピュータエンタテインメント
(SCEI)と今後の技術協力の提携に向
けた覚書を締結
1000 万
デジタル・ムーバ P209iS
1100 万
デジタル・ムーバ N502it
iモード・センターを横浜に増設し、処
理分散化へ
8日
18 日
19 日
27 日
29 日
10
月
5日
8日
20 日
27 日
Super Docomo(スーパードッ
チーモ)P821i
1200 万
インターネット専業銀行「ジャパンネット
銀行」を設立
アメリカ・オンライン(AOL)と新しいイン
ターネット・サービスの共同開発とその
提供に向け提携
KPN モバイルとモバイル・インターネッ
ト事業に関する覚書を締結
ローソン、松下電器産業、三菱商事と
「(株)アイ・コンビニエンス」を設立
1300 万
デジタル・ムーバ R209iS
iモード向けコンテンツのコンサルティ
ング会社「ドコモ・ドットコム」設立
31 日
12
月
加入者
数
1400 万
JAVA 対応サービスを開始
出所:夏野(2000)263
211
3.事例分析と示唆
(1)iモード事業
iモード・プロジェクトは、トップダウンからリーダーが、社外からプロジェクトのリ
ーダーシップを執れる人材を招いて推進したORである。一人では実現できなかった、チー
ムによるORの事例である。また、ショートメール事業案が却下されてから、再度出なおし
しており、二度目のORプロセスからの産物である。
榎部長はチーム編成を重視し、社内の変り種+外様リーダー+出向者などにより、失敗
を恐れず発想が縛られない人材のリーダーシップを実現して、ORにつなげている。チーム
ワークの妙味と言えよう。
この事例は、OR プロセス・フレームワークを適用すると、より整理された形で理解す
ることができる。経緯は図表 4-23 のようになるが、OR の視点からこれをまとめると次の
ようになる。
・ 大星社長から、音声通話ではない、データ通信によるサービス開発の指示がでる
・ 榎がチーム編成。リクルートの松永ら外部に声をかける。
・ ショートメールに的を絞る
・ ショートメール事業案が却下される
・ 松永と夏野が参加
・ ブレストを通して、コンシェルジェのコンセプトが生まれる
・ 榎が1998年12月サービス開始を目標に決める
・ 夏野メモ
・ 標準技術の選択
・ サービス事業者の参加を呼びかける
・ 骨格の具体化(ユーザー・インターフェイス、価格、端末、料金代行回収など)
・ サービス開始準備
・ サービス開始
①展望
大星社長が抱いていた問題意識と危機感が、なぜ新事業をやるかという明確な理由を示
している。そして、データ通信について外部のコンサルタントに調査をさせてマクロな方
向性を検討し、具体内容は無いものの、大方針を示した。
②創造
トップからの命で、とにかく始まったプロジェクトであり、あいまいな命題から、アイ
デアを生む苦しみがみられる。1997 年 4 月から夏までは、試行錯誤しながら OR へのアイ
デアの創造に相当なエネルギーを投入している。外部人材を集めてのブレストなど、松山
212
はじめ、外部からの人材が貢献している。
③獲得
アイデアを社内外から集めたり獲得してきたわけでもない。アイデア創造は入社後であ
るが、松永をコンテンツあるいはアイデアそのものと考えると、人材の形で創造を獲得し
たように解釈できる。OR におけるシーズの創造者の「獲得」ということである。
④形成
コンシェルジェのアイデアや夏野メモが OR の「創造」から生まれたアイデアであり、その
後にビジネスモデルや基本的なサービスと事業の骨格が形成されている。アイデアが原点とな
っており、サービス利用者のイメージなどが骨格案づくりに反映されている。
また、長沢他(2004)261 は、成功要因・戦略のひとつとして、既存の技術を組み合わせるこ
とにより、それまで存在しなかった新たなモバイル・インターネットという市場の基盤を創造し
たことである、と指摘している。技術革新ではなく、異なるドメインの事業要素を統合化した
新結合によるイノベーションと言える。
⑤決定
詳細がみえてくる前から、サービス開始を宣言していた点と、大星社長が直接オーダー
した OR であり、一般的な新事業とは状況が異なっている。とにかく新サービスを始める
という意味では、大枠では決定は実質的になされていたということになる。
なお、ショートメール事業案が却下されてから、チームはiモード事業の OR へと舵を
切っており、意思決定としては合議制であり、ドコモとしての社の通常の手続きにのっと
っていた。
⑥プロセスの流れ
獲得はなく、創造で時間を要したが、チームで対処している。形成は、決定との間で行
き来が多く見られる。他の部門や組織との調整に努力を要している。
また、複数回、OR プロセスは繰り返されている。iモードのサービス開始後も、ソフ
トをダウンロードさせる新iモードや、iモード FeliCa など、OR プロセスは繰り返され
ている。
基本となるiモードのサービスについてもリニューアルしている。図表 4-21 のiモード・サ
ービス開始時のコンテンツ・プロバイダー67 社を見ると、初期は利便性を重視した情報系のサ
ービスが多く、エンタテインメント性のあるコンテンツ系が少ないことが分かる。形成を主に
担っていた夏野だが、当初はその様なモデルを考えていたが、やがてバンダイなどのヒットも
あり、コンテンツ系に大きく舵を取ることになる。
夏野は次のように述べている「一番手になっても、次の製品やサービスを開発する手を
緩めることはできない。製品やサービスに必要な技術の大半はすでに存在している。求め
られるのは、世の中にどのような技術があって、どれを組み合わせればどういう製品やサ
213
ービスができるのかを見極めることだ。」268
⑦外部性
夏野自ら生態系戦略と述べているが、社外のパートナー企業との連携を戦略の中心に据
えている。事業要素における外部性を重視し、ドコモ自らはサービス開発に注力し、マッ
キンゼー提案と逆に、他は内部に取り込まなかった。もちろん、携帯端末やソフトウェア
技術など、サービス事業者以外のパートナーも重視している。具体的なビジネスのシーズ
では、外部人材を集めてのブレーンストーミングや、ベンチャーを含む外部企業に頼って
いる。
同時に、単なる外部活用ではない、自社ケイパビリティの強みを活用したものである。
携帯電話市場リーダーとキャリアであること、そして課金・集金などのプラットフォーム
の提供である。
また、オープンでありながら、外部性の自社への統合化とクローズド化を図っている。
リンクなしの自社iモード・メニュー内への限定(つまりiモード外に出て行き難い)、
サービス事業者に対するコンテンツなどの審査・拒否権などである。
チームの体制面では、社外からの人材の活用が成功の原動力となっている。
「展望」づく
りには、外部コンサルタントを利用している。
⑧ルースカプリング
iモード・チームは、
「クラブ真理」をつくるなど、ドコモ社内ではかなり異質な存在で
あった。しかし、社内の各部門や資源にアクセスしないとプロジェクトはうまくはいかな
い。ここでは、榎が社内とのブリッジ役を務めている。このように、外部人材と内部人材
の組み合わせが、効を奏している。また、社内から混成部隊を集めていることも、この点
ではプラスに働いている。
なお、榎は、法人営業部長を兼務しており、O'Reilly and Tushman(2004)209が唱える
双面型組織マネジャーに相当している。
(2) FOMAとの比較
特に「創造」と「形成」について、ここでFOMAについてみてみたい。
電波の帯域が飽和し、高速通信も難しいこともあり、次世代のIMT-2000つまり第3世代
移動通信サービスへの移行が進められている。NTTドコモは、FOMAのブランド名で展開
しているが、初期はうまく立ち上がらなかった。寺本(2003)26は、
「松永氏がNTTドコモ
を去った後に開発されたFOMA(ドコモの第3世代移動通信サービス)の迷走ぶりは、技術
評価の主体としての顧客の選択を誤ったことが一因といえるであろう。FOMA不振の原因
は、「端末が高い、電池がもたない、利用エリアが狭い」といわれるが、もっと大きな理由
268夏野剛(2005)「FOMA
急浮上の真相」日経ビズテック no.005、pp139-143
214
は、もともと研究所から生まれた技術志向の高い、技術偏重型の商品であったことにある。
そのため、当初は技術特性の高速通信を売り物にして全社的に法人向け主体のアプローチ
をとった。
」と、酷評している。
NTTドコモ社内からも、次のような反省が述べられている。「その根底には「通信能力が
高まれば、ユーザーにも自然と乗り換えてもらえるはずだ」という考えがあった。」ユーザ
ーから見れば、通信速度が速いか遅いかよりも、多様な機能を提供してくれるアプリケー
ションがどれだけ備わっているかが、携帯電話機を選ぶ基準であった。ところが、それま
でひたすら通信能力の向上を追い求めてきたために、そのような観点が出てこなかった。
迷走の後、営業本部が担当していたFOMAは、900iシリーズからは、iモード事業本部
が開発の全体を統括し、携帯電話機のデザインなどにも責任を負うようになり、またアプ
リケーションを格段に充実させることができた265。
それまでは、ひたすら通信能力の向上を追い求めてきたために、そのような観点はなか
なか出てこなかった。FOMA においてアプリケーションのてこ入れが遅れた背景には、こ
のような事情があったのである 265。
このFOMAとiモードを比較して得られる示唆は、ユーザーの視点の重要さであり、
「創
造」でのマーケティングの欠落である。当初のFOMAは、次世代の技術の通信能力という
点を全てとしていた。ORの視点からみると、「創造」でのアイデアが通信能力一辺倒であ
ったのである。そのままFOMAプロジェクトは進行し、一部欠けたままの「創造」から、
「形成」が行われたと考えられる。そもそもの事業機会のシーズに欠陥があると、そのま
まの延長上で「形成」をいくらしたところで、適切なアウトプットは出ては来ない。
その点、iモード事業の場合、「創造」で顧客イメージや利用シーンを想定したもので
あったため、その後の「形成」では、創造を引っ張った松山を筆頭に、創造されたアイデ
アを基本に価格やインターフェイスなどを設計していったのである。
大手企業の場合、「形成」は極めて重要であるが、不完全な「創造」から、それをベー
スにした「形成」を進めると、結果は得難いのである。
なお、NTTドコモの柱創造型の新事業は、旧iモード事業本部・現プロダクト&サービ
ス本部、すなわち夏野チームに偏重している傾向が見られる。ここでのORプロセスを社の
他の部分に移植展開することの検討の意味はあるかもしれない。
(3) 研究課題とのつながり
事例研究から、本研究のORにおける仮説を実証研究することができた。NTTドコモの事
例研究と研究課題とのつながりは以下のようになる。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
・ ORプロセス・フレームワークに対しての実証研究を行った。特に、創造の過程とその
重要性を示す具体例を得ることができた。また、創造と形成の関係性についての段階的
なORの参考例を得ることができた。
215
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
・ OR実施要件の仮説である外部性とルースカプリングについて実証研究を行った。本事
例では、共に活用されていることが確認された。生態系戦略の具体例、そして外部人材
と内部人材の組み合わせでのチームによるOR体制の具体例を得ることができた。
216
第5節 アップルコンピュータ
1.全社について
(1)会社概要
アップルコンピュータ269(Apple Computer, Inc.)
本社:米国カリフォルニア州クパティーノ(Cupertino)
業績:2005年9月期
売上高13,930百万ドル(8年前の1.97倍、年平均成長率8.8%)、当期
利益1,335百万ドル(前年比では、売上は68%、利益は384%増)
人員数:社員14,800人、契約・一時雇い2,020人
研究開発費:534 百万ドル(対売上高 3.8%)
株価:時価総額56,630百万ドル(2005年ビジネスウィーク・グローバル1200ランキング89
位)。この10年で約10倍(図表4-10)。
図表 4-23 アップルコンピュータ(AAPL:Nasdaq)株価の推移
出所:Nasdaq
アップルコンピュータの事例研究は、文献調査に加え、2004 年 11 月~2006 年 2 月に、業界関係者を含め
たインタビューを行い、アップル役員の講演を聴講した。
269
217
売上構成:マッキントッシュ 45.0%、
パソコン周辺機器 8.1%、パソコンソフトウェア 7.8%、
iPod 32.6%、音楽関連製品・サービス 6.5%(2005 年 10-12 月 1 四半期 125 万台のマッキ
ントッシュ・コンピュータと、1404 万台の iPod を出荷した。前年同期と比べ、マッキン
トッシュが 20%の、iPod は 207%の増加)。
現在、アップルは、世界最大の携帯音楽プレイヤー会社であるが、創業以来、近年に至
るまで、本業のパーソナル・コンピュータが事業のほとんどを占めてきた。
アップルはApple IIで1970年代のパーソナル・コンピュータ革命に火をつけ、80年代に
はマッキントッシュによって、再び全く新しいパーソナル・コンピュータを創出した。革
新的なデスクトップおよびノートブック型コンピュータ、Mac OS Xオペレーティング・シ
ステム、iLifeデジタル・ライフスタイル・アプリケーション、そしてプロ向けの各種アプ
リケーションを提供している。
これに加えて、ポータブル・ミュージックプレーヤー市場をリードするiPodファミリー
と、オンラインのiTunesミュージックストアにより、アップルはデジタル・ミュージック
の分野での先頭に立っている。
(2) 沿革
大学を中退しアタリ(Atari Inc.)の技師をしていたスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)
とHPに勤務していたスティーブ・ウォズニアック(Steve Wozniak)の2人が、半年間か
けて1976年の3月に最初のコンピュータ試作機Apple Iをつくりあげたが、HP、アタリから
商品化を断られ、自分たちで売り出すことを決意する。マイク・マークラ(Mike Markkula)
が、個人資産92,000ドルを投資し、1977年1月3日、3人はアップルを法人化した。1977年
5月、ナショナル・セミコンダクター(National Semiconductor)から移ったマイケル・
スコット(Michael Scott)が社長に就任。
1977年4月に発表のApple IIは爆発的に売れ、1984年には設置ベースで200万台を超え、
莫大な利益をアップルにもたらした。1980年にアップルはIPO(株式公開)を果たした。
1981年、スコットは解雇され、暫定的にマークラが社長の座についた後、1983年、ジョ
ン・スカリー(John Sculley)がアップルの社長の座に着き、ジョブズとのダイナミック・
デュオと呼ばれた体制に移行した。1984年1月には、マッキントッシュがデビュー。しか
し、スカリーは、1985 年4月にマッキントッシュ部門からの退任をジョブズに要求、取締
役会もこれを承認した。ジョブズは5月31日にアップルでのすべての仕事を剥奪された。ジ
ョブズは、当時所有していたアップルの株、1株を残して約650万株をすべて売却し、NeXT
Computer Inc.を創立した270。
1990年、ヨーロッパで実績を持つマイケル・スピンドラー(Michael Spindler)がアッ
プルの社長についた。スピンドラーはIBMと交渉し、1994年、PowerPC を搭載したパワ
ーマックを発表する。
<Newton>(PDA)や政治(スカリーはビル・クリントンの大統領選挙応援に力を入れ
270
Carlton, J. (1997), Apple, Crown Business(山崎理仁訳(1998)
『アップル』早川書房)
218
ていた)など、のスカリーの行為に、アップルの取締役会は不信の目を向け、1993年に業
績が大幅に悪化すると、1993年6月18日スカリーはCEOを退任し、スピンドラーに譲った。
1995年、アップルは互換機ライセンスを開始する。これに伴い、Power Computing、パ
イオニア、AKIA、UMAXなどがマッキントッシュ互換機を発売するが、成長しないマッ
キントッシュ市場を共に食い合う様相になり、アップルの業績を落とす結果になった。
サンのスコット・マクリーニ(Scott McNealy)も参加して買収交渉が行われたが失敗。
スピンドラーは責任をとる形でCEOを辞任した。マイク・マークラはスピンドラーの後任
としてナショナル・セミコンダクターのCEOであったギル・アメリオ(Gil Amelio)を引
き抜き、CEOの座につけた。
1996年の11月、アップルが次期OSを外部に求めている話を知ったNeXTのエンジニアの
提案をきっかけに、ジョブズはアメリオにNeXTの<OPENSTEP>を売り込んだ。12月20
日にアップルがNeXTを4億ドルで買収し、次期 OSの基盤技術としてOPENSTEPを採用
すると発表した。
1997年2月に正式にNeXT買収が成立し、ジョブズはアップルに非常勤顧問という形で復
帰した。7月にアメリオが退社すると、経営陣はジョブズにCEO就任を要請したが、ジョ
ブズはこれを拒否し、役員達に辞任を迫った。結局、マイク・マークラを含む経営陣は、
そのほとんどが辞任した。代わりに、ジョブズがNeXTから連れてきたアビー・テバニアン
(Avie Tevanian)らを取締役に入れた。
ジョブズは、1997年、ビジネスとしては低迷を続けていた、Newtonを別会社に分離し、
その後清算。また1997年7月7日マイクロソフトと業務提携を結ぶ。マイクロソフトから1
億5000万ドルの出資を受け入れ、Mac OS版オフィスとブラウザーInternet Explorer の開
発継続が決められた。
また、赤字の元凶ともされたマッキントッシュ互換機へのライセンス停止を決定。その
うちの1社であるPower Computingを買収して、アップル 自身がオンライン直販を行うこ
とを決め、アップルストアとして展開が始まる。
1998年、アップルのソフトウェア部門の別会社であったクラリス(Claris)を ファイル
メーカー(Filemaker)と改名し、ファイルメーカーの開発・販売に専念させ、OS・他の
アプリケーションの開発・販売権をアップルに戻す。
1998年5月には iMac を発表した。半透明素材を採用した、人間の感性に呼びかけるデ
ザイン・テーマの製品であった。カラーテーマを替えるなどして人目を惹き、久しぶりに
利益を計上した。
このように、アップルでは、創業以来、経営のリーダーシップがゆれ続けた271272。
(3) 新事業
271
272
Simon, W.L. and Young, J.S. (2005), “ICON: Steve Jobs,” John Wiley & Sons.(井口耕二訳(2005)『ス
ティーブ・ジョブズ-偶像復活』東洋経済新報社)
Wikipedia
219
アップルは自社OSと専用ハードウェアによるパーソナル・コンピュータ事業がベースで
あり、そこからアプリケーション・ソフトウェアやオーサリングなどのソフトウェア・ツ
ールを提供するようになった。また、スカリー時代にNewtonを始めたが、ジョブスのCEO
復帰後に撤退した。つまり、既存のOSとハードの新製品が主であり、大きな新事業はここ
まで構築することはなかった。
アップルは、ハンドヘルド製品を提供しようと、1998 年にスリーコムから<Palm Pilot>
シリーズを買いとろうとした。パーム担当役員のダナ・ダビンスキー(Donna Dubinsky)
が仲間と別会社を作り、ハンドスプリング<Handspring>というライバル製品を作りはじ
めると、こちらの会社に目標を移した。しかし、買収は実を結ばなかった 249。
アップルは、市場が爆発的に拡大する前のデジタルカメラの先駆者である<QuickTake>
を発売したが、収穫は小さかった。アップルは、QuickTake で一般消費者向けのデジタル
カメラを他社に先駆けて発売した。僕らはそれだけで満足して、他者がやってきて市場を
奪うのを黙ってみていた。」とグレッグ・ジョズヴィアック(Greg Jozwiak, VP, Hardware
Product Marketing)は述べている273。
2.デジタル音楽事業
アップルは、携帯音楽市場でデジタル音楽ビジネスに変革をもたらし、市場リーダーと
なっている。
2001年、それまで主流だったフラッシュメモリー型とは一線を画す、大容量 HDD(ハ
ードディスク) 型携帯音楽プレイヤー iPod を発売。直感的な高い操作性と、管理ソフト
iTunes との連携機能もあり、徐々に売上を伸ばす。その後、Windows 版の iPod を発売。
さらに2003年には、 iTunes ミュージックストア を開始、オンライン楽曲販売を始める。
2004年には携帯音楽市場で、米国を中心に独占的な地位を確保するに至った。iPod をHP
にライセンスするなどもしている。
日本でも、2005年8月4日から登録楽曲数100万曲、1曲150円か200円という低価格で、
ミュージックストアを開始した。ポッドキャスティングにより、テレビよりも技術革新が
進まないラジオのデジタル化に革新をもたらすことも期待されている。パソコンよりも販
売が好調であり、現在アップルにおいて最も収益を上げている部門である。
(1) 音楽ソフトウェア
1992 年、ベンチャー企業 C&G(Casady and Greene)を訪ねたジェフ・ロビン(Jeff
Robbin)という若いプログラマーに、同社社長が C&G が温めていたアイデアを実現して
はと持ちかけ、ソフトウェア<ConflictCatcher>を開発した。
ジェフ・ロビンはその後、アップルでも仕事をするが、辞めて、MP3(音楽ファイルの圧
273
「iPod の開発」日経エレクトロニクス 2004.5.24-7.19
220
縮規格)のソフトウェア・プレーヤーを作るというアイデアを C&G に持ち込む。まだ MP3
のポータブル・デバイスがない時代で、コンピュータに保存したデジタルの音声ファイル
を再生するソフトウェアを作ろうと考えたのである。
必要な機能セットや設計規格を C&G に教えてもらい完成したソフトが、サウンドジャ
ム MP(SoundJam MP)であった。アップルのエンジニアも、開発を手伝った。サウンド
ジャムは、マッキントッシュ市場の 90%を独占する人気の高い MP3 プレーヤーとなり、
C&G に莫大な売上げをもたらした。ジャーナリストのアダム・エングスト(Adam Engst)
はサウンドジャムを「すべてが揃ったソリューション」であり、「今までのようにいろいろな
プログラムを寄せ集めて、MP3 の変換・エンコード・再生をする必要がなくなった」と絶賛
した 249。
C&G は、サウンドジャムを最大の収入源として、たった 3 人という小さな企業から、年
商 550 万ドル、40 人規模の会社に急成長する。会社は、潤沢な資金で新製品の開発をすす
める。ロビンも、ConflictCatcher のアップデートを行うとともに、サウンドジャムも 3 ヵ
月から 4 ヵ月に 1 回、改良バージョンを出していた。
そこにアップルが目をつけ、サウンドジャムの権利を買いたいと申し出てきた。ジョブ
ズからクリスマス・シーズンまでに製品を用意するよう命が出ていたが、製品を開発する
だけの時間が当時のアップルにはなかったという背景がある。そこで、アップルは、かな
り強引に、ロビンら C&G の人材にアップル・ブランドの音楽ソフトウェア iTunes を開発
させることになる。
そして、2001 年初頭のマックワールドは、アップルの転換点を示すものとなった。ジョ
ブズが唱える「デジタルハブ」戦略を推進し、アップル系列でデジタル音楽やデジタル写真
なども取りあつかうようにすると宣言したのである。
アップルによるインターネットポータルの構築である。iTunesの前のiMovieとiCard、
iPhotoが最初の一歩であった。いずれも、インターネット経由で利用できるアプリケーシ
ョンであり、マック・ファンが求めるコミュニティ感が得られるものだ。
そして、その次の段階の製品である「iTunes」を、このマックワールドで発表した。類似
製品は他にもあり、急いで製品化したため、サウンドジャムの機能をかなり切り落として
おり、C&G のサウンドジャムのほうが機能的には優れていたほどであった。しかし、アッ
プルの製品は、使いやすさ、芸術的なデザインがぎりぎりまで追求される。iTunes もその
一つとなった。
iTunes を使えば、CD の音楽をマッキントッシュにコピーし、好きな曲を再生すること
ができる。MP3 の音楽ファイルをインターネットからダウンロードすることもできる
(Mac ユーザーのみ。後には Windows 用も発表されるが、最初はアップルファンだけが
楽しむことができた)。曲をリオ(Rio)などのポータブル MP3 プレーヤーにダウンロー
ドすることもできる。こうして iTunes は、この分野のトップに躍り出る。
アップル製品で使えるインターネット・サービスを創るという目標に向けた一歩、ステ
ィーブジョブズが考えるアップルとしての「ゆりかごから墓場まで」の実現に向けた一歩で
あった 271。
221
(2) プロジェクトの起こり
①アイデア
若いハイテク・コンサルタントが、ある日、アップルにやってきたが、彼の頭の中に、
ハンドヘルドのミュージックプレーヤーの基本的なアイデアがあったのである。
このトニー・ファデル(Tony Fadel)は、ゼネラル・マジック(General Magic Inc.:初
代 Mac のチーム・メンバーが作った会社)やオランダ・フィリップス(Royal Philips
Electronics)の米国法人で、ハードウェア設計やソフトウェア開発の経験を積んだのち独
立し274、MP3 プレーヤーとナップスター(Napster)のような音楽ソースとを組み合わせ
る事業のアイデアを買ってくれる企業を探していた。彼が打診した他の数社は色よい返事
をしなかったが、アップルは本格検討を始めた。「新しいスティーブだから実現した話だ。
古いスティーブなら、他人のアイデアを受け入れることはなかったのだから。」 271 という
指摘もある。
2001 年 2 月にアップルはファデルと契約を結んだ。ジョブズは、プロジェクトの責任者
にアップルのハードウェアを統括するジョン・ルビンスタイン(EVP, Engineering の John
Rubenstein、ジョブズが NeXT から連れてきた)を任命し、フィル・シラー(Phil Schiller,
SVP, WorldWide Marketing)を加えた。
iPod の生みの親の 1 人となるスタン・エン(Stan Ng、
現在は Director、
iPod and iSight、
Worldwide Product Marketing)とファデルは、シラーに口頭で指示を受け、スカンクワ
ークに早速取り掛かった。
彼らの任務は、携帯型音楽プレーヤーの市場にアップルが参入する余地があるかどうか
を調査することだった。事細かな作業内容の指示はなく、市場に出回っている音楽プレー
ヤーを調査し、アップルが革新的な製品を作り出す可能性を探れとの要求である275。
②調査
調査からは、様々な知見が得られた 275。
大部分のユーザーは、購入した数週間後には、音楽プレーヤーを使わなくなる。何回か
試しただけで、放置してしまうのである。
使い勝手の問題も露呈した。単に好きな音楽に聴き入りたいだけなのに、望みの曲にた
どり着くまで、複雑極まりない操作を強いられる。
ユーザーは何百枚もの CD から吸い上げた楽曲を、パソコンに蓄えている。ところが半
導体を利用した音楽プレーヤーに保存できるのは、せいぜい 10 数曲である。その時々に聴
きたい曲を持ち運ぶには、プレーヤーの内容を何度も入れ替えなければならない。
大容量のハードディスク装置を使って、この手間を省こうとした製品もあった。こうし
たプレーヤーの難点は、大きすぎることだった。
274
275
Tony Fadel 本人の履歴書
「iPod の開発(第1回)」日経エレクトロニクス 2004.5.24 pp213-217
222
また、折に触れて彼らは、同僚の知恵を頼った。2 人には、社内のどのグループとも相
談できる権限があった。iPod につながるアイデアの多くは、アップルのさまざまな部門と
の対話から発している。FireWire の開発グループ、PowerMac の担当者、マニュアルの作
成部門さえもが、発想を刺激したという。
秘密を守るべき相手は、社内の他部門といえども例外ではなかった。エンらは協力を要
請する際に、「何のためかは言えないのだが、ぜひ手伝ってほしい。」と、いつも同じ文句
で切り出したという(アップルの社員にとって、これはよくあることでもあり、無理な申
し出にも協力を惜しまない)275。
そして、ジョブズは、既存の機器の販売が低迷していることを示す数字を見せられる。
VP のグレッグ・ジョズィアック(Greg Joswiak)は、基本がなっていないと指摘する。ジ
ョブズも、「既存の MP3 プレーヤーを見ると、ソフト面を家電メーカーがまったく理解し
ていないことがよくわかる」と述べた
271。エンは、当時あった製品に単純に不満を抱いて
いたから、もっとよいプレーヤーを作りたかったと、言う。
容量やインターフェイスの問題を発見し、社内の極秘ディスカッションを通してサイズ
や液晶についてのアイデアを得た2ヶ月余りの調査の後、正式にMP3音楽プレーヤーの開
発が支持された。
③事業環境
ノース・イースタン大学の学生だったショーン・ファニング(Shawn Fanning)が大学
構内ネットワークで仲間内で音楽共有する目的で制作したソフトウェアであるナップスタ
ー(Napster)が、1999 年 1 月 1 月に発表された。P2P の技術を利用したファイル共有ソ
フトの一つである。ナップスターを用いて MP3 などのファイルをインターネットに接続さ
れたコンピュータ間で共有することができた。ナップスターは、1999 年 5 月にベンチャー
起業され、一躍有名になる。
しかし、音楽業界と著作権管理者から提訴された。一旦は 2000 年 7 月 に RIAA
(Recording Industry Association of America、全米レコード協会)からの北カリフォルニ
ア連邦地裁への提訴に仮決定が出され、事業継続となり、独ベルテルスマン(Bertelsmann)
と提携するなどした。しかし、2001 年 2 月 12 日にサンフランシスコ第 9 巡回区連邦控訴
裁判所が、北カリフォルニア連邦地裁に判決の修正命令を出し、事業続行が困難となった
272。これは、アップルが
MP3 プレイヤーの調査プロジェクトを進めていた最中である。
こうした中、アップルは 2001 年 10 月 23 日に iPod(第一世代)を発表した。周囲の反
応は、批判的なものが多かった。発表間近の状況は、テクノロジー・バブルがはじけハイ
テク業界は沈滞し、インテルが家電から撤退し、音楽について著作権や著作権料をめぐる
訴訟が多数おこなわれ、
アメリカ人は自国内での 9.11 テロ勃発に茫然自失の状況であった。
2002 年 3 月には 200 曲が記憶できる製品を、7 月には Windows ユーザー向けのバージ
ョンを発売し、販売は徐々に上向く。2002 年秋には 14 万台、クリスマス時期には 20 万台
を販売した。
市場で勢いがついたのは、2003年4月28日のiPod(第三世代)、iTunesミュージックス
223
トア(iTunes Music Store:iTMS)発表からである。
(3) 開発プロジェクト
① チーム発足
ルビンスタインは、ファデルに 30 人ほどのチームの一員としての仕事を誘う。ただし、
ジョブズの要求を満足できる製品、直感的に使え、独創的な製品を創りあげなければなら
ない、しかも同年のクリスマス・シーズンには製品を用意するという条件である。サウン
ドジャムから iTunes を作らせたときと同様なスケジュールである。しかしファデルは、ル
ビンスタインの誘いに応じる。数ヵ月にわたり、自分にやらせてくれと企業巡りをしてい
た夢のプロジェクトだったからである。
ファデルは、アップルだけでなくフィリップスやゼネラルマジック、工業デザインを手
掛ける IDEO などの出身者から成る 35 人の技術者のチームを、2002 年 5 月までの間に結
成した。
ファデルの提案により、アップル近くのカリフォルニア州サンタクララ(Santa Clara)
にあるポータルプレーヤー(PortalPlayer)の製品をもとに設計をすすめることとした。
ポータルプレーヤーは発足 2 年の若い会社であり、この決定を型破りでリスキーだと考え
る人もいた276。
しかし、ポータルプレーヤーにはすぐれたリーダーとチームがあったし、ゴードン・キャ
ンベル(Gordon Campbell、VLSI 関係でジョブズとかかわったベンチャー・キャピタリ
スト)も資本参加していた。キャンベルはシリコンバレーで数多くの企業に出資しており、
企業を見る目に定評があった。
ファデルの調査により、ポータルプレーヤーは少なくとも 2 種類の MP3 プレーヤーの
開発をすすめており、片方はタバコの箱くらいの大きさだということがわかっていた。フ
ァデルは「これはアップルを根底から変えるプロジェクトだ。10 年後、アップルはコンピ
ュータ会社ではなく、音楽会社になるんだ」と語って人々をやる気にさせた277。
設計上むずかしい点は、バッテリーの持ちを考慮しながら高性能化と小型化をすすめる
ことにあった。課題は山積みだったが、ポータルプレーヤーの回路も、完成にほど遠いと
はいえ、かなりよいものだった。
ポータルプレーヤーの魅力は、OS を持っていたことにあり、またソフトウェアもハード
ウェアも完成していた。短期間で製品を完成しようと考えるジョブズとルビンスタインに
とっては、重要なポイントであった。
アップルが参入しようとしたとき、ポータルプレーヤーは、すでに、MP3 分野のリーダ
ーと見られていた。顧客はアジア企業が多かったが、IBM も名を連ねていた。しかし、知
的財産を社外に出さないことが、ジョブズの基本方針である。アップルは独占契約を要求
する。かなり厳しい条件だが、ポータルプレーヤーは同意する。その年、アメリカとイン
276
277
「iPod の開発(第2回)」日経エレクトロニクス 2004.6.7 pp155-159
Leander Kahney, Wired News, July 21, 2004.
224
ドに展開するポータルプレーヤーのエンジニアリング部隊は、アップル用 MP3 プレーヤー
の開発に専念することになった。
ジョブズもプロジェクトに深く関わった。「選曲するのに 3 回以上もボタンを操作しなけ
ればならないと言っては怒っていました」。また、「音量が足りない」、「シャープさが足り
ない」、「メニュー表示が遅い」などの注文も入る。毎日、スティーブから改良すべき項目の
連絡がきたという 277。
開発期間があまりに短かったため、カスタム・チップを開発する時間はなかったので、
既製品で何とか製品を作りあげたのである。
ルビンスタインとファデルの指導のもと、アップルの設計チームは、既製品をエレガン
トに組み合わせることに腐心する。デジタル・アナログ変換器などの基幹部品も、メーカー
のカタログに載っているものを使った。もっとも重要な超小型ハード・ドライブも、東芝
が一般に販売する標準品を選んだ。ハード・ドライブについては、1 年間、製品全量をア
ップルが買い占めてしまった 276。
② iPod 開発
iPod のチームが成功の秘訣として強調するのは、アップルがハードウェアから OS、ア
プリケーション・ソフトウェア、デザインまで、製品を構成するすべての要素を自社で手掛
けていることである。ハードとソフト、そしてサービスが相互に作用して出来上がるのが、
デジタル時代の顧客体験である。
その代表例が<Auto-Sync>278である。iPod をパソコンに接続すると自動的に認識され、
ジュークボックス・ソフトウェアの iTunes が立ち上がって、パソコンの音楽ライブラリと
iPod の中身が全く同じになるように、新たに追加された楽曲ファイルを転送する機能であ
る。ユーザーは、iPod をパソコンにつなぐだけでよい(図表 4-24)。
図表4-24 iPod+iTunes
出所:アップル
278
Auto-Sync とユーザーインターフェイスは特許出願中
225
1 つの体験をつくり出すという発想は、iPod のユーザー・インターフェイスにも多大な影
響を与えた。iPod の重要な点の 1 つは、iTunes のインターフェイスを iPod に反映させる
ことであった。ユーザーの体験を、ささいなことで損なわないように、アップルはユーザ
ー・インターフェイスの細部にも目を配った。
iPod のルック&フィールは、電子機器からトイレまで、さまざまな製品の設計をした経
験を持ち、iPod 開発の 10 年ほど前にアップルに入社したインダストリアル・デザイン担
当 VP ジョナサン・アイブ(Jonathan Ive)が担当し、iPod がコンピュータに見えないよ
うに注意した。
当時の音楽プレーヤーが使っていたディスプレイは、表示に数百ミリ秒もかかっていた。
カーソルを動かしたときに、表示が遅れないディスプレイが重要であった。
iPod のユーザー・インターフェイスを特徴付ける最大の要因は、ディスプレイの下にあ
ってカーソルの移動に使う輪形の操作部分「スクロールホイール」である。ハードウェアで
ある iPod は、操作性に優れている。
「クリックホイール」という指先だけで操作できるイ
ンターフェイスを搭載し、携帯音楽プレーヤーに使い易さをもたらした。
他社の製品と iPod の大きな違いについて、アップルの前刀禎明マーケティング VP は、
「何と言ってもインターフェイスの良さです。直感的に操作でき、左手でも右手でも使え
るユニバーサルデザインになっています。これまでの携帯音楽プレーヤーでは、操作ボタ
ンの位置が点在して使いづらいものが多かったのに対し、iPod はリモコンが必要ないほど
本体の操作性に優れています。iPod が携帯音楽プレーヤーの操作性そのものの概念を変え
ました。」279と述べている。
パソコンのハードウェアとの連携も、大きな役割を果たした。その一例が、アップルが
<FireWire>と呼ぶ、IEEE1394 インターフェイスの活用である。USB1.1 はデータ転送速
度が最高 12M ビット/秒しかなく、1000 曲にもおよぶ楽曲を移すには何時間も要する。
400M ビット/秒あれば、1000 曲あっても 10 分足らずで処理が済む。<FireWire>の長所は、
電源も供給できることであり、1 本のケーブルでつなぐだけですむ。
技術ライセンスの交渉相手として、ポータルプレイヤー、ソフトウェア開発の旧・米 Pixo,
Inc.、液晶パネルのオプトレックス、そして 1.8 インチ型ハードディスク装置(HDD)を
手掛ける東芝の名が並ぶ。iPod の製造を依頼したのは、携帯電話機や PDA などを設計・
製造する台湾 Inventec Appliances Corp.だという。
アップルは、驚くべきスピードで開発を終え、2001 年 10 月 23 日に iPod(第一世代)
を発表した。
(4) 音楽配信
①iTunes ミュージックストア
iPod を時代の寵児に押し上げたのは、第 3 世代機の魅力もあるが、インターネットで楽
279
米アップルコンピュータマーケティングバイスプレジデント兼アップルコンピュータ代表取締役前刀禎明
(2004)「iPod miniの感性マーケティング」
『日経新製品レビュー』ヒット商品開発セミナー講演12月1日
226
曲を購入できる iTunes ミュージックストアであったと言われている。2003 年 4 月 28 日、
アップルは第 3 世代機の発売と同時に、マッキントッシュ向けに iTunes ミュージックスト
アのサービスを開始した。2003 年 10 月には Windows 版の iTunes を発表し、Windows
パソコンのユーザーもサービスを利用できるようになった。
アップルは iTunes ミュージックストアで、ハードウェアとソフトウェアが一体となって
ユーザーに「体験」を提供するという、iPod の中核コンセプトに立ち返った。パソコンに組
み込んだソフトウェアが、インターネット経由で楽曲の購入/ダウンロードを可能にする。
購入した音楽は、パソコンに保存するだけでなく、iPod にコピーして持ち運べる。
アップルが iTunes ミュージックストアの開発に着手したのは、発表から 1 年~1 年半ほ
ど前にさかのぼる。iPod の最初の製品が世に出て間もないころである。
アップルは、先行する試みの根本的な欠点は、ユーザーにとって使い勝手が悪いことと
みた。「それまでのサービスのほとんどは、科学の実験のようだった。Liquid Audio のサ
ービスでは、曲をダウンロードするたびにクレジット・カードの番号を入力しなけれならな
かった。これでは音楽を楽しむどころか、まるで金融取引のようだ280。
アップルは、DRM(Digital Rights Management)技術にも気を配った。iTunes ミュー
ジックストアに加え、同時発表した第 3 世代の iPod に、<FairPlay>と呼ぶ DRM 技術を
組み込んだ。同社独自の技術で、詳細は明らかにしていない。保護されたファイルを iPod
に転送して再生できるほか、家庭内ネットワーク上での安全なストリーミング再生なども
可能という。
アップルが他社と違ったのは、必要以上に強力な DRM 技術を導入しなかったことであ
る。レコード会社の過大な要求に対し、ユーザーの権利を主張した。アップルは、iPod の
進化に応じて、段階的に DRM 技術を組み込んできた。最初の世代では、楽曲ファイルの
転送回数を制限するような厳格な DRM 技術は用いず、画面に「音楽を盗用しないで下さい」
などと表示するにとどめた。
しかし、iPod に格納した音楽ファイルは、基本的にパソコンにはコピーできない。iTunes
ミュージックストアで購入した楽曲が、iPod 以外の携帯型プレーヤーにコピーできないこ
とは、音楽業界の安心感を増した。日本では 2005 年 8 月 4 日の iTune ミュージックスト
アのサービス開始から 4 日で 100 万曲を超える販売となった。ソニーのモーラなどの日本
の他の音楽ダウンロードは、月に 50 万曲程度であった281。
② 音楽コンテンツ
アップルが音楽レーベルの説得に成功した理由はふたつあるとヒラリー・ローゼン
(Hilary Rosen)元会長は見る。一つは、アップルの市場シェアはとても小さいゆえ、リ
スクがかなり低いと思われたこと、もうひとつは、ジョブズの意志の強さである。
アップルとの契約には、競合する自社の事業を推進してはならないという条項がなかっ
た。アップルとの競争だけでなく、トップ 5 社間の競争も、である。その結果、Universal
280
「iPod の開発(第3回)」日経エレクトロニクス 2004.6.21 pp235-239
281
出所:アップルコンピュータ
227
Music とソニー(Sony Music Entertainment)が協力して Pressplay というオンラインプ
ロジェクトを、Warner と BMG の親会社が EMI、RealNetworks と共同で MusicNet を
立ち上げる。
両グループとも、音楽業界やミュージシャンの利益になるようにルールを定めており、
消費者は二の次だった。一方のサービスは、月単位で使用料を払えば楽曲を 1 台のコンピ
ュータにダウンロードできるというものであり、毎月の支払いをやめたら、ダウンロード
した曲が全部消えてしまう。また、音楽を楽しめるのは、ダウンロードしたコンピュータ
1 台だけである。もう一社では、CD に焼くことができるとされているが、焼けるのは提供
される楽曲のごく一部だけであった。どちらのサービスも、数百万台も普及したポータブ
ル・ミュージックプレーヤーには対応していなかった。iTMS には、このような制限がな
かった282。
(5) デジタル・ライフスタイル
① iPod mini
ダニカ・クリアリー(Danika Cleary)は 2002 年 7 月に iPod の開発チームに(iPod
Product Manager, Worldwide Product Marketing として)加わった。
クリアリーらの調査によれば、2002 年末ごろ携帯型音楽プレーヤーの市場は急激に拡大
していた。先進ユーザーは、2 台目、3 台目の購入を検討する段階にあった。当時の iPod
の市場シェアはおよそ 30%。ところが、それとほぼ同じシェアを占める製品群があった。
フラッシュメモリー・ベースのプレーヤーが 30%もあった。ユーザーに妥協を強いるのに、
なぜ買うのかという疑問が、<iPod mini>の出発点となった。
初代の iPod の誕生を促したのは、フラッシュ EEPROM を使う音楽プレーヤーに対する
ユーザーの不満を解消することであった。限られたメモリ容量、聴きたい曲を移し替える
手間、複雑な操作性などである。こうした弱点を備えた携帯型音楽プレーヤーが、iPod が
登場した後も売れ続ける理由を、iPod チームは探ったが、答えは単純であった。大きさ、
重さ、値段である。特に、運動中やアウトドアで音楽を聴くユーザーにとって、iPod のよ
うなハードディスク装置を使った携帯型音楽プレーヤーは大きく、重すぎた。
開発の目標が定められた。もっと小さく、軽く、お手ごろ価格の製品を作って、半導体
プレーヤーのユーザーにも、iPod の『体験』を提供すればよい。iPod の使いやすさをその
ままに、ということである283。
iPod チームは、この方向を突き詰めれば、既存の iPod が獲得できなかった幅広いユー
ザー層を開拓できると考えた。アウトドア派やエクササイズに熱中する人たちだけでなく、
ファッションに敏感な若者、そして子供である。新しい顧客の獲得という iPod チームの狙
いは当たり、アップルストアからの報告によれば、iPod mini に購入者には、女性や子供
282
283
「iPod の開発(第4回)」日経エレクトロニクス 2004.7.5 pp179-183
「iPod の開発(第5回)」日経エレクトロニクス 2004.7.19 pp221-225
228
が多いという。
iPod miniは、iTunesミュージックストアや第3世代機が火を付けたiPodフィーバーをあ
と押しした。2004年のiPodの総出荷台数は、6月までで160万台を突破。調査会社の米NPD
Groupによると、2004年1月から5月までの携帯型音楽プレーヤーの売上ベスト4を、iPod
が独占したという。
なお、2005年1月には液晶ディスプレイがなく小型で低価格の<iPod shuffle>が発売され
大ヒットとなった。これは、iPodのシャッフル機能(ランダムに選曲再生)を使うユーザ
ーが多いことから、商品化したものであった。競合他社は、液晶もないのに売れるわけが
ないと思っていたそうである284。
図表4-25 アウトドアでのiPod shuffle
出所:アップルコンピュータ
② ライフスタイル性
イギリスの社会学者のマイケル・ブルはiPodを「21世紀最初のコンシューマー・アイコ
ン」、つまり消費者から絶大な支持を受ける製品であると述べている285。
アップルは、デジタル・ライフスタイルのブランドにおいてナンバー1を目指している。
そのために重視するコンセプトがCustomer Equity(顧客生涯価値)である。一度ユーザ
ーになってくれた人と、いかに長期的な関係を築けるかに目を向けていく。アップルは,
これを支える3つのEquityは以下のようなものと考えている285。
・Brand Equity(ブランド):「アップルだから買う」とユーザーに思わせるブランド力
・Value Equity(バリュー):使いやすさや、優れた機能などの商品価値
・Retention Equity(リテンション):顧客を引き留める保持力
アップルは、あえてiPod miniを「見せて歩く機器」と位置づけて、ファッションの一部
であることをアピールした。銀や青など5色あるiPod miniそれぞれについて服装とのコー
ディネート例を紹介したiPod.comは高く評価されている。
iPodはメカの体裁をしておらず、それ自体がライフスタイルである。音楽を持ち歩く、
284
285
アップルコンピュータ日本法人代表取締役前刀禎明、グロービスクラブ・トップセミナー 2006/02/17
前刀禎明、日経デジタルコア「デジタルコンテンツ流通勉強会」第7回 2004年11月25日(木)
229
音楽を身に付けるというコンセプトはスタイルそのものである。アップルは音楽の楽しみ
方そのものを提案している。
「iPodを持っているということをアピールしたくて、わざと手に持って音楽を聴いてい
る方も多い。従来、白いヘッドホンはタブーとされていたが、差別化のためヘッドホンの
色をあえて白にした。つまり「あの人も iPodだ、この人もiPodだ」という見て分かる状況
を作ろうとした。
」と前刀は述べている286。
iPod miniおよびiPodの人気を支えている要素に豊富なアクセサリがあり、
(2006年1月)
現在では約2000種類が発売されている。iPod専用のアクセサリは、家庭、屋外、車といっ
たカテゴリーで「iPod周辺機器市場」を形成している。BOSEやJBLといった音響関連の
名門ブランドも、iPodおよびiPod mini専用のスピーカーを発売。ルイ・ヴィトンのような
老舗ブランドもiPodケースを発売している284。
iPodを車で楽しむ人も増えている。米国ではBMW がiPodに対応したオーディオ・シス
テムを採用し、日本のアルパインや日産自動車など他社も追随して、iPodに対応した車種
が増えている。
(6) ビジネスの差別化
① ビジネスモデル
iPodの成功の背景には、ハードウェア(iPod)
、ソフトウェア(iTunes)
、サービス(iTunes
ミュージックストア)、これらすべてをアップルが備えている点がある。
iTunes(マッキントッシュ版)は2001年1月、iPodに先行して公開。iTunesの環境をそ
のまま持ち歩くというコンセプトで、同年10月 にiPodが発表された。2003年4月には、
Windows版のiTunesを発表している(図表4-26)。
CDの音楽を取り込んだり、曲名やアーティスト名ほか、付加情報を取得したり、好きな
曲を集めたプレイ・リストを作成したりできるほか、簡単にiPodとパ ソコンを同期できる
連携があってこそ、音楽をパソコンに取り込む「Music in」
、iTunesで自由自在に音楽を整
理する「Music mix」
、iTunesの音楽をiPodに転送して持ち歩く「Music out」という3ステ
ップで音楽を楽しめる。
また、ライターの津田大介は、「iTunes+iPodのビジネスモデルは、ハードウェアの売
り上げによる収益が大きなウェイトを占めている。」と指摘している285。つまり、ビジネ
スモデルとしても、プレイヤー、音楽配信などが別々ではなく、一体となって設計されて
いるということである。
また、日本の小売マージンが価格の20%程度と低く抑えられていることも指摘されてい
る287。商品力が高いため小売も置かざるを得ない、安いからなおさら売れる、という好循
環である。
286
287
六本木ヒルズクラブ会員紹介 http://www.roppongihillsclub.com/person/vol18_lp/index.html
業界関係者ヒアリングによる
230
図表 4-26 アップルコンピュータ
デジタル音楽事業の沿革
2001年1月9日
iTunesソフトウェア発表
2001年10月23日
iPod(第一世代)発表
2002年7月17日
iPod(第二世代)発表
2003年4月28日
iPod(第三世代)、iTunesミュージックストア(iTMS)発表
2003年6月23日
iPod百万台、iTMS五百万曲を販売
2003年10月16日
Windows用のiTunesソフトウェアとiTMSを発表
2004年1月6日
iPodミニ発表。iPod二百万台、iTMS三千万曲を販売。
2004年2月20日
米国でiPodミニ発売
2004年5月6日
iTMS
2004年6月15日
英国・フランス・ドイツでiTunesミュージックストアをスタート
2004年7月11日
iTMS
2004年7月19日
iPod(第四世代)発表
2004年7月24日
iPodミニ全世界発売
2004年8月10日
iTMSの音楽カタログ、100万曲を突破
2004年10月27日
iPod photoを発表
2005年1月12日
iPod shuffleを発表
2005年3月3日
iTMSからのダウンロード3億曲突破
2005年6月28日
ポッドキャスティング機能を提供開始
2005年6月28日
iPodとiPod photoシリーズを統合
2005年7月19日
iTMSからのダウンロード5億曲を突破
2005年8月4日
iTunesミュージックストアを日本で開始
2005年8月8日
日本のiTMS開始から4日で100万曲を超える販売
2005年9月8日
iPod nano(超薄型)を発表
2005年10月13日
iPod(第5世代、ビデオ機能付)とiTunes 6を発表、iTMSでビデオの
1週間で330万曲を販売
一億曲を販売
提供を開始
2005年10月31日
iTMSからのビデオのダウンロード件数が100万件突破
出所:アップルコンピュータ
② 今後の展開
2005年10月13日にアップルが発表した第5世代のiPodは、音楽、写真、動画の再生が可
能になっている。2.5インチのカラー・スクリーンで、アルバムのアートワークや写真を表
示したり、ミュージック・ビデオ、ビデオPodcast(ポッドキャスト)、ホーム・ビデオな
どの鮮明な動画を再生できる。この新しいiPodには最大で15,000曲分の音楽、25,000枚分
231
の写真、または150時間分の動画を保存できる。前モデルと比較してボディは30%薄く、記
憶容量は50%増えている。
日本では、iPodの国内シェア(2005年上期)が約60%に拡大し、iTunesも日本で首位の
音楽配信サービスとして提供楽曲数が増え続けている288。2005年日経ヒット商品番付で東
の横綱にもなった。
また、電話機能を持つiPodが検討されると言われるなど、音楽に始まり、ビデオ、そし
て電話、と事業モデル自体を進化させつつある289。
体制面では、iPod事業部SVPであるルビンスタインが2006年3月31日をもって退任し、
後任にファデルが就くことを発表した。ファデルはジョブズの直属の部下として、iPodエ
ンジニアリング全般を統括する。2001年にアップルのiPodエンジニアリング・チームに加
わったファデルは、2004年にiPodエンジニアリングのVPに昇格している。初期の音楽ビジ
ネスはファデルのアイデアであり、乗ってきたのはアップルのみであったが、引き続きリ
ーダーシップを執る。
3.事例分析と示唆
(1) デジタル音楽事業
ハードウェア(iPod)、ソフトウェア(iTunes)
、サービス(iTunesミュージックストア)
、
を一体化させた新結合による事業機会である。また、一回の事業機会特定で終わらずに、
継続してORプロセスを繰り返している。また、ユーザーの問題解決という視点が主であっ
たが、それに価値提案を加えた形に進化してきている。
ファデルという外部コンサルタントの提案(創造)から、ファデルごと迎え入れて、社
内チームに組み入れてのORは、その外部性活用のアプローチからみても、興味深いもので
ある。
この事例は、OR プロセス・フレームワークを適用すると、より整理された形で理解す
ることができる。経緯は図表 4-26 のようになるが、OR の視点からこれをまとめると次の
ようになる。
・ ジョブズがコンテンツ用のポータル構築を考える。
・ アップルは、C&G社のソフト、サウンドジャムに目をつけ、同社チームにiTunesを開
発させる。
・ ジョブズがデジタルハブ戦略を発表。
・ コンサルタントのファデルが、MP3プレーヤーと音声ソースを結びつけるアイデアを
アップルに持ち込む。
・ アップルはファデルと契約し、エンと調査を開始。
288
289
ビジネスコンピュータニュース
Morgan Stanley によると 2006 年中あるいは近い将来に電話機能付 iPod が発表されるという
232
・ 2.5ヶ月の調査の後、チャンスありとの結果に基づき、プロジェクト発足に決定。
・ ファデルを雇い、開発チームを編成させる。
・ 既存のMP3プレーヤーの問題を解決するiPodを数ヶ月で開発。既存の技術や外部パー
トナーを活用。
・ 初代iPodを発売。
・ 一年半後、iPod(第三世代)、iTunesミュージックストア発表
・ その後も、iPod mini, iPod shuffle, ビデオ機能付iPodなどを発表。
①展望
2001年初頭のマックワールドで、ジョブズは「デジタルハブ」戦略として、iTunesより前
に出したiMovieとiCard、iPhotoを合わせて、インターネット経由で利用できるコンテン
ツとマルチメディアをビジョンとしていることを示していた。音楽はその中核であった。
これが外部からの提案を誘引した要素のひとつである。
社内への「展望」については、アップルの極秘主義からすると、あったとしても全社的
なものは、マックワールドの発表と、大差はないと思われる。
②創造
ファデルのアイデアの持込である。長期的には、音楽配信を含む、ハード、ソフト、サ
ービスを一体化させるというものである。
③獲得
他社が受け入れない状況にも関わらず、迅速にファデルを獲得している。まず、2~3か
月の調査プロジェクトゆえ、アップルにはリスクもほとんどない。なお、こういった提案
を呼び込みことも、「獲得」には大切な要素である。
④形成
異なるドメインの事業要素の統合化に取り組んでいる。アイデアはよいが、その具現化
は、工夫を要する。初代のiPodについては、何を価値提案するか、短期間ではあるが、よ
く検討されている。基本は、ユーザーの問題解決であり、インターフェイスやサイズ、使
い勝手など、製品のアトリビュートを考えてある。それにも増して重要な点が、ビジネス
としてのフォーメーションである。ポータルプレイヤーとの連携をはじめ、実際のビジネ
スという条件を乗り越えるべく、「形成」している。
また、デジタルカメラの反省もあってか、この「形成」が繰り返されている点が特筆さ
れる。既に、音楽を超えた事業機会を特定している。
⑤決定
ジョブズCEOへの依存度が非常に高い。2.5ヶ月の調査で決断したのは、迅速と言えよう。
前刀も、一人に集中していることを問題視する人も社外にはいるが、意思決定が速いこと
233
は、このようなビジネスには大きなプラスであると、述べている284。
基本的には、締め切りのみトップダウンで、ロードマップの策定などはチームが決めて
いる。しかし、決定に留まらず、現場に下りてくる面も見られる。これは、両面の評価が
可能である。たとえば、音楽レーベルの説得にはトップセールスが有効であった。一方で、
音量設定にまで注文を出すのは、やや口を出しすぎかもしれない。
⑥プロセスの流れ
いったんアイデアを認識した後は、形成を入念に行っているが、決定までは迅速である。
顧客の問題や行動を把握することを重視するなど、外部へのアクセスが多い。また、繰り
返し継続的にORを行って、事業機会を発展・拡大させている。
⑦外部性
アイデア、そして発案者をプロジェクト・リーダーにし、さらに全社のCOOにするなど、
外部性の活用は明らかである。
また、設計、製造、ハードウェア部品、ソフトウェア、そして音楽コンテンツと、外部
連携を成功させている。前述した様に、ポータルプレイヤー、音楽レーベル各社など、パ
ートナーとの連携が、事業機会を現実化している。
重要なことは、オープンに外部を引っ張っておきながら、自社のプラットフォーム(自
社規格のソフト、DRMなどの顧客ロック・イン要素)へと統合化を進めたことである。こ
れにより、顧客の固定化が図れる。
なお、音楽会社がアップルに協力したのは、当時はマッキントッシュ・ユーザーしかiPod
を使えなかったため、リスクが少ないと認識されたという理由が大きい。そこから段階的
に展開していったが、こういったアプローチは、外部連携の参考にもなるであろう。
⑧ルースカプリング
このプロジェクトでは、単なる外部活用ではない、自社ケイパビリティの強みを活用し
ている。社内資源へのアクセスなど、これを活用したいチームには特別の権限が与えられ
ている。
本プロジェクトは、どこの組織にも属しておらず、そういう意味ではルースにカプリン
グされていると言えよう。事業化後は、単独の事業部になっているが、インターフェイス
を共通デザインにするなど、パソコンとの連携を図っており、縦割りにはなっていない。
カリスマ的な創業社長がいても、タイトになりすぎているわけではない。かなり、分権
やチームワークも見られる。
なお、競合他社は、同じ社内で事業部ごとに対抗商品を開発したり、また、ハード/ソフ
ト/サービスの一体的提案が困難など269、ルースカプリングがうまくできていないと考えら
れる。
なお、アップルにおけるデジタル音楽事業は代表的なOR成功例と言えるが、この特定事
234
業を除くと、組織的にORプロセスが導入されているとは言い難い。
(2) 研究課題とのつながり
事例研究から、本研究のORにおける仮説を実証研究することができた。アップルの事例
研究と研究課題とのつながりは以下のようになる。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
・ ORプロセス・フレームワークに対しての実証研究を行った。異なる事業要素の新結合
の参考例を得ることができた。また、段階的なORの具体例を得ることができた。
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
・ OR実施要件の仮説である外部性とルースカプリングについて実証研究を行った。本事
例では、共に活用されていることが確認された。加えて、外部人材の活用と取り込みに
ついての、参考例を得ることができた。
235
第6節 事例研究のまとめと示唆
1.4社事例研究のまとめ
4社の事例から、各社のORプロセスとORのための資源、体制についてまとめると図表
4-27のようになる。
図表4-27 4社の比較:ORプロセス
シスコ
マイクロソフト
柱創造 OR の
数
多数
多数
NTT ドコモ
アップル
少数(iモード事業関
少数(デジタル音楽
連)
事業関連)
ゲイツが主導、Xbox
展望
ロードマップ、拡大
事業では危機感(ソ
危機感(既存事業
ビジョン(コンテン
による成長
ニーへの対抗策)
成熟化)
ツ・サイト)
社内外からソーシン
創造
社外からソーシング
グ、後発で先行に
社外人材登用、社
習うことが多い
内で練る
外部コンサルタント
仕組みとして組織に
獲得
ビルトイン、常時情
競争の強調、常時
報収集
情報収集
複数のシーズを組
形成
み合わせ
勝てるものの追求
ビジョンによるひき
人材重視
つけ
創造したアイデアを
異なる要素の結合、
基本に、妥協せず
ユーザー視点
合議制
即決
トップ主導で段階的
決定
合議制
に
粘り強く形成-決定
ロードマップからの
を反復、外部志向
連鎖と幾重ものサ
(Xbox 事業ではソフ
繰り返し、マーケテ
繰り返し、マーケテ
プロセス
ブ・プロセス
ト開発会社)
ィング志向
ィング志向
外部性
多数の買収と提携
多数の買収と提携
パートナーの活用
パートナーの活用
ルースカプリ
タスクフォースが社
タスクフォースが社
双面型リーダー(法
タスクフォースが社
ング
内各所と連携
内各所と連携
人営業部長と兼務)
内各所と連携
シスコ、マイクロソフトは、頻繁に企業買収するなど、すでに仕組みが備わっているが、
NTTドコモとアップルは、全社的な仕組みはない。また、iモード事業もデジタル音楽も、
各社で一件だけ突出した柱創造型新事業である。
展望については、シスコとアップルがロードマップやビジョンによる引っ張り型であり、
マイクロソフトと NTT ドコモは危機感による押し出し型と表現できる。
創造については、社外依存度が高い。アップルは事業アイデアを持ってきた人材を、シ
236
スコでは技術開発した企業を、外部から取り込んでいる。NTTドコモも、創造が出来る外
部人材の獲得が鍵となった。第二章で創造におけるシーズの解釈を拡張したが、このよう
に人材そのものをシーズとしてとらえることもできる。多くの場合は、人材も組み合わせ
が大切となる。
獲得は、ORの機構を持つシスコ、マイクロソフトは、常時情報収集するなど準備してい
る面があるが、NTTドコモとアップルは、特にはなく、必要に応じて属人的に動いている
とみられる。
形成は、ORプロセスで最も重要となっている要素と言えよう。新結合の追及がイノベー
ションの鍵であることが、ここからもみてとれる。特に、NTTドコモとアップルは、サー
ビスを含む異なる複数の要素を組み合わせており、新結合はより重要であったとみられる。
決定は、創業経営者の有無で対照的である。しかし、合議制とはいえ、シスコでは、買
収にすばやく対応できるような意思決定プロセスになっている。
プロセスとしては、繰り返し・反復がみられ、イノベーションの連鎖モデルと同様であ
ることが分かる。違うとすれば、一旦成果を生んだ後も継続してORプロセスを実施してい
るという点である。また、外部志向、とりわけマーケティング志向が強い。顧客起点でOR
を進めていることが分かる。
外部性は、全社が戦略的に活用しており、ORの鍵となっていると言えよう。自社資源を
活用しながら、外部を組み入れることに成功している。
ルースカプリングは、タスクフォースが孤立することなく社内各所と連携している。シ
スコやアップルのように、特命プロジェクトの特権的な扱いでみらているものもあるが、
NTTドコモのようにリーダーが既存組織と兼務するといった工夫もみられる。
図表4-28にORプロセスの各要素別の主担当を示した。
OR主体は、4社ともタスクフォースだが、シスコ、マイクロソフトは、社内人材からな
るチームであり、NTTドコモとアップルは、社内チームに外部からの人材を組み入れてい
る。NTTドコモもアップルも、社内の人材だけでは、専門性が欠けるとの認識があったと
思われる。なお、アップルでは既にコンサルタントのファデルが持っていたアイデアであ
ったが、NTTドコモでは複数の外部人材を迎え入れて創造に取組んでいる。
注目されるのは、トップ機構の有無である。ここでは、ORそのものを実施するのはタス
クフォースだが、ORプロセスをコントロールし、支援するものとして、トップ機構と呼ん
できる。これについては、後ほど議論することとする。
NTTドコモとアップルには、全社的な仕組みはない。また、iモード事業もiPodも、各
社で一件のみの柱型新事業の成功例である。二社とも、この成功事業の内部でのORの繰り
返しによる新事業創造に注力しているとみうけられる。
シスコもNTTドコモ(官僚的大企業の最たるものと言われたNTTグループの一社)も、
オーナー企業ではない。カリスマ的なトップが必要だとも言われるが、それがなくとも、
ORは実施できるのである。創業経営者が不在でも、組織的なチームワークで、この様な柱
創造型のORは可能となる。
237
図表4-28 ORプロセスの各要素別の主担当
展望
シスコ
マイクロソフト
NTT ドコモ
アップル
VP 以上と経営陣
CSA/CTO
経営トップ
CEO
社内で外部人材中
創造
買収対象企業
社内外
心のチームによって
外部コンサルタント
ネス・デベロップメン
経営トップ、事業部
仕組みはない(個人
仕組みはない(個人
獲得
ト
長クラスの幹部
的)
的)
形成
タスクフォース
タスクフォース
タスクフォース
タスクフォース
タスクフォース、ビジ
主要部門リーダー
のコンセンサス、
決定
CDO が主導
主要幹部と経営トッ
経営トップ
プ
経営トップ
社内:Xbox 事業で
OR 主体の特
社内:クロスファンク
は途中で新メンバ
社内・社外コンビネ
社内・社外コンビネ
徴
ショナル
ーが中心に
ーション
ーション
トップ機構
CDO 体制
CSA/CTO 体制
特になし
特になし
創業経営者
なし
ビル・ゲイツ
なし
Steve Jobs
注:シスコ、マイクロソフトは全社、他は各プロジェクトの分析
また、iPodのケースも、ワンマンではなくチームで推進している。Xbox事業では、重要
な内容(PC互換性)について、トップは自分の意にはそぐわない提案を受け入れている。
シスコ、マイクロソフトの事例でも詳述したが、マイクロソフトにおけるCSAとそれを
支えるCTOのチームは、柱創造型ORプロセス上、重要な役割を果たしており、シスコの
CDO体制は、実績に証明された有用性とバランスのとれた機構のあり方で、特に注目され
る。これらが、最も重要な「形成」を担うタスクフォースをコントロールし支援している。
なお、「形成」においては、いくつかの要素を組み合わせた新結合が重要であると再認
識させられた。中でも、技術のコンビネーション、これにサービスが加わると革新的なも
のが生まれる可能性がある。また、オープンゆえに、外部企業との連携が活用しやすいの
であるが、アーキテクチャ的に言うところのインテグラル(統合)も大切である。NTTド
コモとアップルは、自社のプラットフォームでのみ機能するコンテンツを供給し、マイク
ロソフトのXboxはクローズドなゲーム機である。シスコのIPコミュニケーション事業のソ
リューションは、シスコが提供するネットワーク機器やソフトウェアとの相性がよく統合
性が優れている。事業機会を特定する場合、このようなアーキテクチャ的な視点とバラン
スが重要である。
外部の活用については、これらの事例に共通しているが、ベンチャー企業やベンチャー
的な人材の活用は、大手企業がデジタルネットワーク分野の OR に取り組む上で、極めて
重要な条件であると考えられる。社外の資源に着目した方が、資源の効率やリスクの面で
238
も有利とすることができ、またタイミングの不確実性を低減することができる。社内で偶
発性からの創造を得ようとすれば、スピードも質も他に劣る危険性があり、さらには満足
いくものが出てこないということにもなりかねない。
機会主導や創発性の重要性を唱える研究も多々みられるが、ベンチャーなどの社外との
連携と活用を、戦略主導の OR の一部として組み込むことで、双方のアプローチの良い点
を併せ持つことが可能となる。
自社の「創造」に限らず、生態系全体の「創造」を利用して、OR に取り組むことの重
要性は、新結合を鍵とするデジタルネットワーク分野では、さらに高まるであろう。
また、事例で取り上げたうちマイクロソフトとアップルは、創業者が経営トップにいる。
しかしながら、創業経営者がリーダーシップを発揮しながらも、個人ではなく組織として
OR プロセスを形作り実施している点に注目したい。つまり、OR については、オーナーが
ワンマン経営をしているのではないのである。Xbox 事業もデジタル音楽事業も、大枠の展
望の提示と意思決定については創業経営者がリーダーシップを発揮しているが、基本的な
OR についてはタスクフォースに任せている。Xbox 事業では、カリスマで知られるゲイツ
でさえ、自らの「思い」に反する案を受け入れている。大型の企業買収でもなければ、基
本的には組織による OR プロセスにのっとって新事業に取り組んでいるという点が特筆さ
れる。
経営における様々な役割を果たし、既存を含むいくつもの事業を担う大手企業の経営者
は、いくら優れたカリスマ創業者でも個人プレーでの OR には限界がある。さらに、変化
が激しく、また組み合わせが鍵となるデジタルネットワーク分野では、情報や知識、そし
て専門性の多様性と更新が求められる。つまり、組織的な OR が求められると考えられる。
2.考察と示唆
(1) 参考事例:IBMのORプロセス
伝統的大手企業による、ORプロセス導入の例は存在する。成功か否かを評価するにはま
だ早いが、ORプロセスの導入の例としてIBMのEmerging Business Opportunity(EBO)
がある。Linuxなどの事業機会特定に役立ったことからみて、少なくとも失敗はしていな
いと言えよう。
新しい事業機会についてコンスタントに逃しているという問題意識から、ルー・ガース
ナー(Lewis Gerstner)の命により、IBMは1999年にEBOという仕組みをつくった。EBO290
は、ブルース・ハレルド(J. Bruce Harreld, SVP, Marketing & Strategy)という上級マ
ネジメントが担当し、社内ベンチャーキャピタル的な役割を果たしている。ビジネスモデ
ルの変革や技術革新、顧客要求の変化など、既存事業ではないところに将来の事業機会が
ねむっているという認識にもとづき、単なる製品のアップグレードや技術開発ではなく、
290
www.ibm.com/venturecapitalgroup を参考にし、加えてインタビューを行った。
239
顧客ニーズに応え売上が期待されるビジネスの機会を見出し育成することを目的とする。
なお独立した事業にならないが、全社に貢献するものを含む
EBOでは、9ヶ月ごとにアイデアを評価する。例えば、150件以上のアイデアの中から詳
細レビューの対象を20件ほど選択し、そこからEBOの対象を選ぶ。アイデアの源泉は、社
内の事業部や研究所に限らず、社外の専門家や知識人、ベンチャーキャピタルなどを含む。
それらからアイデアを集めて、EBO候補(candidate)を選び出す。流れとしては図表4-29
のように、Idea→Candidate→pre-EBO→EBO(Horizon 3→Horizon 2→Horizon 1)
→Transitioning Opportunitiesとなる。Transitioning Opportunitiesでは、事業として移
行される。各プロジェクトの評価は、損益などではなくマイルストーン管理による。プロ
ジェクトごとに到達した状況を見て、次の段階へとステータスを上げていく。
このようにEBOは、ORプロセスでいう獲得と決定、そして一部の形成の役割を担って
いる(基本的に各プロジェクト・チーム自身が形成を担う)。形成の例では、記憶媒体と
してのネットワークのStorage Area Networks(SAN)とNetwork Attached Storage
(NAS)を検討していた際に、いくつもの市場とのやりとりを経て、Storage Softwareと
いう事業機会にたどり着いた。
図表4-29 IBM EBOのステップ
事業機会
内容
①Idea
収集された様々なアイデア
②Candidate
アイデアから数分の一に絞り込まれた EBO 候補
③pre-EBO
EBO とするかの検討対象
Horizon 3
ポテンシャルはある
④EBO Horizon 2
収益事業化が見込まれる
Horizon 1
事業として立ち上がり中
⑤Transitioning
opportunity
通常の事業へと移行
出所:IBM
2006年1月現在のEmerging Business Opportunity:
·
Emerging regions
·
Brazil
·
Central Europe, Eastern Europe, Russia
·
China
·
India
·
Information-based medicine (life sciences)
·
Retail on demand
·
Sensors and actuators (pervasive computing)
·
WebFountain
240
2006年1月現在のTransitioning Opportunities:
·
·
·
Business value
·
Business transformation outsourcing
·
Life sciences
·
Product lifecycle management
·
Flexible hosting services
Infrastructure value
·
Autonomic computing
·
Blade servers
·
Business integration
·
Digital media
·
On demand workplace
·
Engineering & technology services
·
Grid computing
·
Learning solutions
·
Linux
·
Pervasive computing
·
Storage software
Component value
·
STI cell processor
EBOでは事業部・研究所などにあるイニシアティブを支援し、自ら取り組むことは原則
としてない。べストの人材や資金を各プロジェクトに提供し、また必要な社内資源へのア
クセスを支援するのが役割である。なお、人材についてはナレッジマネジメント・システ
ム上に新事業プロジェクトの経験者や成功した人などのリストがあり、そこからベテラン
社員をプロジェクトに任命するなどもしている。
このように、展望をはっきり提示しているわけではなく、創造は持たず、形成も限定的
だが、トップマネジメント主導のORプロセスをつくった例として参考とすることができる。
EBOでは、展望に基づく獲得というよりも、様々な可能性のシーズを収集しているため、
ここからもう一段踏み込んだアプローチが望まれるところである。例えて言うなら、多産
多死のシリコンバレーのベンチャーキャピタル型のアプローチだけではなく、GAのような
一点集中突破型のものがあってもよいだろう。第4章で取り上げた4事例は、いずれも一点
集中型である。
こうした批判は可能ではあるが、EBOは、いずれにせよORプロセス導入の取り掛かり
としては考えられる手法である。先の「ディスカッション」の項で、トップマネジメント
につながる仕組みと、タスクフォースの役割の設定やタスクフォースの支援の仕組みなど
を考えることが求められると述べたが、IBMのEBOは、これに沿った形になっている。
241
(2) 研究課題とのつながり
事例研究から、本研究のORにおける仮説を実証研究することができた。仮説は確認され
たが、課題も認識された。
ORプロセス・フレームワークの課題であるが、シンプルな構成としたため適用性には優
れており、分析には有用であるが、ORプロセスを導入しようと図る場合、本フレームワー
クよりも詳細なプロセス設計が求められると考えられる。したがって、フレームワークの
詳細化の検討も考えられる。また、事例研究の対象例は、外部性の活用が強く、買収や外
部人材の取り込みなど事業機会のシーズのソーシングが多様であり、このようなORプロセ
スを類型化したフレームワーク構築も考えられる。
4社の事例研究と研究課題とのつながりは以下のようになる。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
・ 仮説1ORプロセス・フレームワークに対しての実証研究を行った。異なる事業要素の
新結合の参考例を得ることができた。また、ORプロセスの具体例を得ることができた。
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
・ OR実施要件の仮説である、仮説2-1外部性と仮説2-2ルースカプリングについて
実証研究を行った。本事例では、共に活用されていることが確認された。また、ORプ
ロセス実施の具体例を得ることができた。
242
第5章:ヒアリングによる仮説の検証と課題の抽出
構成
要約
第1節
1.
2.
3.
大手企業へのヒアリング
調査の目的
調査の方法
調査内容
第2節 調査結果と分析
1.
調査結果
2.
結果の分析
第3節 調査からの示唆と考察
1.
調査結果のまとめ
2.
調査結果からの示唆
243
要約
本研究で得られた知見を参考・応用する対象であると想定される日本のデジタルネット
ワーク分野の大手企業 9 社の新事業担当者に、OR プロセス・フレームワークと OR 実施
要件の仮説を提示して、その妥当性と課題を質問した。同時に、当該各社の OR の現状と
それに関わる課題を調査した。主な質問内容は以下の通りである。
・新事業の位置づけと戦略
・OR プロセスの現状
・外部性の活用
・OR に取組む体制
・ORプロセス導入上の課題
研究課題1,2について、OR プロセス・フレームワークならびに OR プロセス実施要
件である外部性とルースカプリングの仮説について、検証を行った。そして、研究課題3
について、大手企業における OR の現状と課題の理解を深めた。
ヒアリング調査により、基本的に仮説は確認された。同時に、当該大手企業における OR
に関わる課題が見出された。新事業ならびに柱創造型新事業を相対的に重視してはいない
企業が過半数という基本的な課題もみられた。短期的な業績のプレッシャーと事業部制に
よる分権が背景にある。しかし、ビジネスモデルの転換など、ドラスティックな施策が必
要との認識は共通であり、OR の重要性は確認された。
現状の OR プロセスについては、展望が欠けている点や、獲得、形成などの活動が弱い
点、プロセスの流れが短絡したり悪い点などが、多く指摘された。
OR プロセス導入には、トップマネジメント、外部性の受容などの課題が大きいと指摘
された。組織の連携不足あるいは既存組織内で動けないといった問題も挙げられた。人材
不足の問題も挙げられた。
裏を返せば、仮説で提示した、外部性とルースカプリングは、これら大手企業の OR 上
の問題を指摘していたことになる。また、本研究の仮説は、デジタルネットワーク分野の
大手企業の OR を分析する上で有用な枠組みを提示していると考えられる。
244
第1節 大手企業へのヒアリング
デジタルネットワーク分野における日本の大手企業の新事業担当者へのヒアリング調査
により、当該企業における OR プロセスの課題の把握と本研究の仮説の検証を行った。
1.調査の目的
バーナード(1968)291は『経営者の役割』の序文で、この本を著すに至った事情を明ら
かにして「私が知る限りでは、私の経験に合致するように、あるいは管理実践や組織のリー
ダーシップに練達だと認められた人々の行為のうちに含まれる考え方に合致するように、
組織を取り扱ったものは一つも存在しない」と述べている。これはすなわち、研究と現実の
ギャップが存在することを指摘している。したがって、その距離を縮める作業が不可欠と
なる。
そのためには、デジタルネットワーク分野における日本の大手企業の新事業担当者への
ヒアリング調査が適当と考えられる。また、本研究テーマについて大手企業マネジャーか
ら、あたりさわりのない回答でなく、事実に立脚した回答を得るには、質問表によるアン
ケート調査は現実的には妥当ではないと考え、全て面談によるヒアリングを実施すること
とした。
また、個別面談に至る前に、個別ヒアリング質問内容の設計、ならびに本研究の仮説の
構築、調査対象企業の課題の理解のため、準備段階として個別ヒアリング対象者の半数以
上を含むグループ・インタビュー(2004 年 12 月 15 日)を実施し、事前の個別ディスカッ
ション(2005 年 1 月~11 月)を行った。
本ヒアリングは、これら大手企業における OR の現状と課題を理解し、また本研究にお
いて導出された OR プロセス・フレームワークならびに OR 実施要件についての仮説の検証
をおこなうことを、主目的とする。加えて、同 OR プロセス・フレームワークの実際の適
用への示唆を得、導入への課題を理解することを図った。
研究課題とのつながりは次の通りである。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスに求
められる活動要素とプロセスとして機能するためのメカニズムについて、ORプロセ
ス・フレームワークの仮説検証を中心に、知見を得る。
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスを実
行するために求められる資源と体制はどのようなものか、外部性とルースカプリングの
291
C.I.バーナード(1968)「経営者の役割」ダイヤモンド社
245
OR実施要件についての仮説検証を中心に、知見を得る。
研究課題3:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの現状と課題
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスにつ
いての現状はどのようであるか理解を深め、課題があるとすればどのような方向性で考
えるべきか、知見を得る。
このような目的のため、各調査対象企業における新事業への基本的な取り組みと主要課題
について理解し、さらに仮説の検証を試みた。
なお、統計的に有意な結果を得られるだけの回答数に達することが難しい点、そして定
性的な回答が多いことから、表層的な分析を追うのではなく、より深い議論に至るヒアリ
ングの実施に努めた。
内容としては、主に以下の点につき調査した。
① 新事業の位置づけと戦略
OR プロセスを検討する上で、主な新事業への取り組みについて、各社の基本的な姿勢
や行動について、理解する必要がある。企業として全般的に新事業を重視しているか、ま
たその理由について、質問した。さらに、柱創造に向けた新事業についての注力度を、質
問した。
また、全社戦略が具体的な行動の指針として示されているか、組織においてどのように
受け取られているか質問した。
OR に関わる個別の要素やプロセスの詳細について掘り下げる前に、大前提としての企
業の基本スタンスを理解することは重要と考えられる。なお、広報/インベスター・リレ
ーションなどによる対外アナウンスによる形式的なものではなく、社としての実質的な事
実について把握できるよう努めて質問した。
② プロセスの現状
現状の主な OR プロセスを本研究の OR プロセス・フレームワークに基づいて調査した。
OR プロセスにおける主な要素である展望、そして創造、獲得、形成、決定について、各
企業での現状について理解をすすめ、各要素の内容や問題点について質問した。
なお、OR プロセスの中で、全体を左右する重要な要素が展望であり、ここでは新事業
に影響する全社戦略(前項で質問)を含め、現状とその課題を調べた。
そして、OR のプロセスの流れについて質問した。プロセスとしての視点は、全体観
(holistic view)が肝要である(Champy 1995)128。つまり、プロセスとしての流れにつ
いて、滞りや短絡などがないか、各企業の現状を理解することが大切である。プロセスの
全体像と活動の流れ、フィードバックと各機能・組織の連関について質問した。
また、より具体的な理解を深めるために事例に基づいた回答もお願いした。
③ 外部性
246
OR プロセスの実践において重要な二つの外部性、すなわち外部資源と外部人材の活用
について、その現状を調べた。
④ OR 体制
各企業において、誰が OR の主体となっているのか、その OR の主体と既存組織との関
係性はどうか、といった現状について理解することは OR プロセス・フレームワークを検討
する上で有用だと考えられる。
ルースカプリングの視点から、OR 主体が、既存組織からのプレッシャーにより否定的
な方向に影響を受けているか、また既存組織から乖離して資源へのアクセスが出来ない状
況に陥っていないか、そして、事業部や研究所など組織間でのルースカプリングが行われ
ているか、組織関連系の状況について、質問した。さらに、マーケティングや技術といっ
た機能面での連携が円滑になされているかを、質問した。
また、トップマネジメントは新事業、特に柱創造に向けての新事業についての極めて大
きな影響を持つ。そして、シスコやマイクロソフトの事例では、CDO、CSA/CTO 機構で
示されたように、情報力が展望や決定などの OR に影響する。そこで、経営トップの情報
力として、新事業機会に関わる経営トップの知識、情報などの状況について、調査した。
⑤ OR プロセス導入上の課題
OR プロセス・フレームワークの各企業への適用を試みる際に問題となる点を理解する
ために、OR プロセスに関する課題や各企業の OR の課題など、自由形式でコメントを収
集した。
本 OR プロセス・フレームワーク導入は可能か、問題は何か、必要とされるものは何か、
について質問した。また、外部性とトップマネジメントの関わり方などを含む各企業の OR
の課題を、広くうかがいかつ掘り下げて理解につなげた。
⑥ その他の OR に関する事項
上記①~⑤を基本としながら、これに加えて次のようなORに関する事項についても可能
な限り質問した。
・ 本ORプロセス・フレームワークの妥当性:本ORプロセス・フレームワークは妥当か、
そして当該企業で有用と考えられるか、について調査した。
・ 事業機会:柱創造のために求められる事業機会のタイプについて質問した。
・ トップダウン対ボトムアップ:新事業が発案される主体を調査した
・ トップ支援:トップマネジメントを支援するために求められる機能について質問した。
・ CTO機能:現状のCTO機能と課題について質問した。
・ 対外活動:個人の対外活動の現状と課題について調査した。
・ 業績評価:新事業へのインセンティブや失敗のペナルティについて質問した。
2.調査の方法
247
(1)調査名称
「デジタルネットワーク分野の大手企業における新事業機会の特定についての調査」
(2)調査対象企業
本研究で得られた知見を参考・応用する対象であると思われる日本のデジタルネットワ
ーク分野の大手企業の新事業担当者に、ORプロセス仮説を提示して、その妥当性と課題を
たずね、検証を行った。同時に、当該各社のORの現状とそれに関わる課題を調査した。
対象となる日本大手企業は、売上高5000億円以上の本分野企業をみると23社(エレクト
ロニクス17、通信4、その他製造2 [ヤマハ、任天堂])292がある。2005年ビジネスウィーク・
グローバル1200の基準(2005年11月末の時価総額)では、このうち19社が含まれる。
この19社から、大手企業として上位から優先的に9社を選択した。具体的には、製造業主
体の5社: 松下電器産業株式会社、ソニー株式会社、株式会社日立製作所、富士通株式会
社、日本電気株式会社、そしてサービス業主体の4社:日本電信電話株式会社、東京電力株
式会社、KDDI株式会社、株式会社エヌ・ティ・ティ・データである。
2005年ビジネスウィーク・グローバル1200ランキングの上位5社(NTT、松下電器、SONY、
東京電力、KDDI)は優先的に選択し、他の4社は業態のバランスを考えて選択した。具体
的には、ITサービス業のNTTデータを加え、総合エレクトロニクス・メーカーの日立、富
士通、NECを加えた(その他の該当企業:ソフトバンク、東芝、シャープ、三菱電機、任
天堂、京セラ、松下電工、三洋電機、パイオニア)。ソフトバンクは大きな時価総額(KDDI
と同等近く)だが、創業オーナー社長自らのORでのリーダーシップが強く293、組織という
より起業家的ORと考え、優先度を落とし、調査対象としなかった。
調査対象企業9社のプロファイルは、添付資料3の通りである。
(3)調査回答者
大手企業からのヒアリングについては、原則として新事業の企画・開発を担当するミド
ルマネジャー・クラスの方々を選択した。
(4)調査方法
対面式で行った。項目を埋めていく形の質問だけでは表層的な回答になることが想定さ
れたため、自由討論や事例を使っての説明を依頼するなどの工夫を行った。誤解無く事実
に即した回答が得られることに加えて、回答の理由や付随する問題など回答の背後にある
292
293
Nikkei Net 企業ランキング http://markets.nikkei.co.jp/ranking/keiei/uriage.cfm
大下英治(2005)
『孫正義 起業のカリスマ』講談社
248
論理についてより深く理解することが可能となる。
初対面で一回のみのヒアリングは避け、必要に応じて複数回の面談を行った。なお、遠
慮・歪曲のない、より事実に即した回答を得るために、氏名等の個人の情報は守秘という
前提でのヒアリングとした。
(5)調査時期
2005 年 12 月から 2006 年 1 月にかけてヒアリングを実施した。なお、準備としてのグ
ループ・インタビューは 2004 年 12 月 15 日に、事前の個別ディスカッションは 2005 年 1
月~11 月に行った。
3.調査内容
調査は対面によるヒアリングの形をとり、標準的な質問に加え、自由形式での議論を行
った。OR プロセス・フレームワークに関する仮説の検証ならびに現状の課題の理解を主眼
として、ヒアリングを実施した。なお、形式的な建前でなく、実質論での回答をお願いし
た。
共通質問項目は、次の通りである。
① 新事業の位置づけと戦略
・ 新事業の重視度:会社として、既存事業と相対的に、どの程度新事業を重視しているか。
また、その理由。
・ 柱創造への注力:会社として、どの程度新たな柱を創造するための大きなポテンシャル
のある新事業に注力しているか。
・ 全社戦略:全社戦略が具体的な行動の指針として示されているか、組織においてどのよ
うに受け取られているか
② OR プロセスの現状
OR プロセス・フレームワークを説明した上で、柱創造型新事業に関する以下に項目つ
いて質問した。
・ 展望:展望、あるいはそれに類するものは示されているか。これに関して、どのような
問題があるか。
・ 創造:事業機会のシーズとなるアイデアや技術の創造の活動は十分されているか。これ
に関して、どのような問題があるか。
・ 獲得:事業機会のシーズとなるアイデアや技術を社内外から獲得する活動は十分されて
いるか。これに関して、どのような問題があるか。
・ 形成:事業機会のシーズとなるアイデアや技術から、ビジネスコンセプト(事業の骨格)
を練り上げ形成する活動は十分されているか。これに関して、どのような問題があるか。
249
・ 決定:形成されたビジネスコンセプトについて資源配分などの意思決定をする活動は満
足する形でされているか。これに関して、どのような問題があるか。
・ プロセスの流れ:OR プロセスの流れはどのようになっているか。これに関して、どの
ような問題があるか。
③ 外部性
OR プロセス・フレームワークを説明した上で、柱創造型新事業に関する以下に項目つ
いて質問した。
・ 外部資源の活用:OR に取組む上で、外部の資源の活用の状況はどうか、積極活用して
いるか。これに関して、どのような問題があるか。
・ 外部人材の活用:OR に取組む上で、外部の人材の活用の状況はどうか、積極活用して
いるか。これに関して、どのような問題があるか。
④ OR 体制
OR に取組む体制に関して、以下の項目ついて質問した。
・ OR 主体:誰(どういう組織)が OR の主体となっているのか。
・ 既存組織との関係:OR 主体が既存組織からのプレッシャーを受けているか、また OR
主体は既存組織からの資源に十分アクセスが出来ているか。これに関して、どのような
問題があるか。
・ 組織間の壁:OR に関わる組織間の連携はスムーズか、あるいは壁があるか。これに関
して、どのような問題があるか。
・ 技術/マーケティング連携:OR に取組むに際して、技術、そしてマーケティングとの
連携は十分に出来ているか。これに関して、どのような問題があるか。
・ 経営トップの情報力:事業機会に関して、経営トップの情報収集や知識は十分か。これ
に関して、どのような問題があるか。
⑤ OR プロセス導入上の課題
・ 本ORプロセス・フレームワークは妥当か。本ORプロセス・フレームワーク導入は可能
か、問題は何か、導入に必要とされるものは何か。
なお、参考のため、加えて、次の点についても質問した。
・ 求められる事業機会のタイプ
・ トップダウン対ボトムアップ
・ トップマネジメントを支援するための機能
・ 現状のCTO機能と課題
・ 個人の対外活動の現状と課題
・ 新事業へのインセンティブや失敗のペナルティ
250
第2節 調査結果と分析
1.調査結果
ヒアリング調査において、全社に共通して質問し、回答が得られた項目について、その
結果を以下、そして要約を図表5-1に示す。なお、統計的に有意な分析結果が得られるサン
プル数ではないため、数量的な結果よりもその内容を注視して、示唆を得たいと考える。
(1) 新事業の位置づけと戦略
・新事業の重視度
既存事業を重視し、新事業を実質的には軽視している企業が3社、新事業にはあまり積極
的ではないあるいは限定的な企業が3社である。また、サービス事業者の方が、総合メーカ
ーよりも新事業による成長を重視している傾向がみられる(図表には、明らかに重視は○、
明らかに軽視は×、どちらでもない場合は△、をつけて示した)。
なお、新事業重視度の理由については、新事業を重視する企業では、全社的なビジョン
や新事業による売上目標が示されるなど、明確な経営の意思表示がされ、新事業の位置づ
けが唄われている。他の企業では、短期業績の重視や既存事業中心の文化などがその背景
となって、既存事業よりも新事業を軽視することとなっている。
・柱創造への注力
新事業重視と柱創造注力は、ほぼ一致した結果となっている。若干の差となっているも
のについては、既存事業の延長上での新製品/新サービス・カテゴリーでリーダーシップ
をとることによる柱創造を志向する企業であり、比較的業績のよい、資金力などの体力が
ある企業である(図表には、明らかに注力している場合は○、注力は全くしていないと明
言している場合は×、どちらでもない場合は△、をつけて示した)。
・全社戦略
インベスター・リレーションなどのため、各社は戦略を発表しているが、実質は各事業
部や各部門の積み上げであり、社の将来の方向性を示したものではない、という指摘が6
社と多かった。2社については具体性には欠けるが、概念的には方向性を出しており、一応
の戦略は認められた。満足のいくものがあるのは1社にとどまった。
(2)ORプロセスの現状
ORプロセスの主な要素について、ORプロセス・フレームワークにそって、各社の活動の
現状をレビューしていただいた。
・展望
新事業活動を推進する上で、展望が不十分だと、実際の行動にはなかな結びつきにくい
が、5社ではこれが欠落していた。部分的にあるという1社もコンセンサスがみられないと
251
図表5-1
ヒアリング結果のサマリー
252
図表5-1
ヒアリング結果のサマリー
253
いう問題をはらんでいる。数値的な目標が示されている2社では、具体性に乏しい概念的な
ビジョンでとどまっている(図表には、ORにつながる展望が明示されている場合は○、展
望が欠落の場合は×、どちらでもない場合は△、をつけて示した)。
・創造
4社がアイデア不足を指摘している。これは既存の技術開発にとどまらないORが求めら
れていることが背景にある。研究・技術偏重という指摘についても同様に市場性のあるビ
ジネスとしてのORが弱い点を示している。趣味的という指摘は、現場にゆだねたボトムア
ップ偏重で展望が欠けている影響ともみられる。受身というのは、外から持ち込まれる案
件・提案に過度に依存していることを示している。
・獲得
6社が弱い、2社が一部で行われているのみ、と回答している。事業機会について、現場
から上がってくるあるいは研究所で予算申請してくるものと認識しており、自ら探索し獲
得するという意識が薄いという問題が、背景にある。さらに、社外から探して持ってくる
という活動については、一部に限定され、全般的に乏しいとしている。
・形成
事業化のためには、技術やアイデアなどのシーズが売れるように、ビジネスとして形作
ることが不可欠である。しかし、総じて調査対象企業では、この「形成」が弱いあるいは
難しい、と認識している。
・決定
今回の調査では、決定について、いくつかの面での問題認識が確認された。5社が説得が
難しいという点を指摘し、3社が大きな決定が難しい(一部には「逃げ腰」との表現もみら
れた)という点を、また一方で1社は決定がやや安易つまり評価・検討不十分という面を指
摘している。
・プロセスの流れ
ORプロセス・フレームワークにそって各社の現状をみると、ほとんどの企業でプロセス
の流れの問題があった。5社で流れの悪さが指摘され、4社で活動を飛ばすなどの短絡やギ
ャップによるつながりの悪さが指摘された。例えば、創造からいきなり決定に進んでしま
い、形成が不十分なことなどである。
(3)外部性
・外部資源の活用
外部シーズや外部パートナーなどの外部資源の受容性と実際の活用度についてである。4
社が消極的と回答している。この4社については、必要最小限の部分については既に外部か
らの調達やクロスライセンスなどを行っているが、それ以上は内部重視であり、外部との
連携については全く非積極的である。なお、共同生産会社などは柱創造ではなくリストラ
クチャリングの一環との認識で区分した。積極的と回答の2社については、実際にある程度
大規模のM&Aも行っている。なお、獲得の項でも述べたように、受身型つまり持ち込まれ
254
たものも含んでいる(図表には、明らかに積極的な場合は○、全く消極的な場合は×、ど
ちらでもない場合は△、をつけて示した)。
・外部人材活用
5社が消極的であったが、いくつかの企業はアレルギー反応とも言える懸念が述べられた。
積極的は1社にとどまった(図表には、明らかに積極的な場合は○、消極的と明言している
場合は×、どちらでもない場合は△、をつけて示した)。なお、△とした企業は一応は外
部人材を使ってはいるが、ORのために使いこなせているかは疑問である。
(4)OR体制
ここでは、柱創造ないしは柱創造につながるORをどの部門・誰が担っているか、その役
割分担の状況、そしてORに関わる組織間のつながりについて、回答を整理した。
・OR主体
ORの主体が事業部や研究開発部門であるケースが非常に多い。全社で事業部、6社で研
究開発部門がORの主体となっている。なお、本社のスタッフ部門がOR機能を兼ねている
例も多くみられたが、柱創造に向けたものでないものは除いた。
新事業に特化した組織やトップ直轄のタスクフォースによるものは、4社であり、全てサ
ービス会社である。
・既存組織との関係
OR主体が事業部や研究所の中という場合が多く、それぞれ既存組織からの影響下に置か
れているケースが6社であった。ハブ型組織や新事業開発部門、タスクフォースのような独
立した形は3件だったが、うち二件は既存組織との連携が不十分であり、そこからの資源も
満足に得られていない、という指摘であった。
なお、「連携は多くなく問題ない」と回答した企業は、業績管理上も新事業自体は別扱
いとなっており、規模は問うが赤字は問わないといった方針が明確になっている。また、
この企業での新事業は既存事業と大きく異なる分野であり、既存組織の協力を仰ぐ必要が
薄いことも他の8社とは事情が異なる。
・組織間の壁
OR に関わる組織間の連携で問題ありとの回答は 7 社に及んだ。事業部と研究所の間が 4
件、事業部間が 6 件となった。短期的には改善できないほどの壁であるとの認識が複数聞
かれた。事業部と研究所の間で壁がある場合、プロセス的には、創造と形成が、うまくつ
ながっていないことになっている。
・技術/マーケティング連携
調査対象企業のように技術をベースとした事業の場合、ORプロセスが技術偏重になり市
場の論理から隔たってしまうことが少なくない。5社が技術色が強すぎ、2社がマーケティ
ング欠落と回答している。バランスを欠く企業が多いことが分かる。
・経営トップの情報力
経営トップの情報力については、悲観的なコメントが多かった。5社で、
「認知限界」
「知識
255
不足で案件が理解できない」
「丁寧に説明しても時間切れになってしまう」「興味がないと
しか思えない」
「感性が乏しいから判断がつかず、何も決めない」といった深刻な状況を表
すコメントが聞かれた。これらは図表には×で示した。トップが最もよく分かっている、
との認識は一社のみとなった(図表に○で示した)
。その間の回答は、図表にはすべて△で
示してある。
大きな問題意識を持つ回答者が多かった。これらの力が低いと、新たな事業機会につい
て説明してもなかなか適切に理解してもらえない。するとアドバイスをもらえないだけで
なく、意思決定自体が困難になる。同時に、説明の準備や手続など、ORチームの業務負担
は増え、時間的にも遅れることになる。
(5)ORプロセス導入上の課題
下記二つがORプロセス導入上の課題として最もよく上げられたが、他にも様々な意見が
得られた。「目先に集中しており柱創造は考え難い」、「可視化しすぎで余裕がない」と
いった現状の業績評価と短期業績重視の問題、そして「OR実行のためのよい人材が不足」、
「外部やマーケティングなど価値観の転換が必要になる」、「心理的な壁」といった新た
な行動への移行への問題、「政治力学」、「官僚的な組織」、「大組織の複雑さ」といっ
た組織的な問題、「社長の任期」、「人事異動」といった人の継続性の問題、などがあげ
られた。
・トップマネジメント
ORプロセスの導入を考えたときに、トップマネジメントを重大なボトルネックと指摘す
る回答は3社であり、課題であるとの指摘は5社に上った。つまり1社を除いて、トップマネ
ジメントに問題ありとの認識である。
・外部性
外部性の項でも触れたが、習慣や心理に根ざした外部性への壁や、また十分な外部への
アクセスを持った人が不足しているという現実問題もある。5社が課題として、3社が大き
な課題として認識しているなど、これをOR実施の障壁と考える企業は少なくない。
(6)その他の OR に関する事項
図表5-1に示した以外に、次のような点について9社に共通あるいはほぼ(8社)共通した
回答がみられた。
・ORプロセス・フレームワーク
フレームワークの妥当性は認められ、間違ってはいないとの意見であった。
・事業機会
「大量生産のハード売り切りでは限界がある」、「ただの通信サービスでは価格しか問
われない」という指摘があり、新たなビジネスモデルが必要との共通認識である。
また、
「全てにネットワークが絡んでくる」という一部メーカー企業からの指摘もあり、
256
新たな組み合わせにに活路があるとの仮説もみられた。
・対外活動
外部へのアクセスができる、あるいは外部との人的ネットワークが豊富な人材は、非常
に少ない。社として、社外活動を認めてはおらず、部門・上司の許可を得るのも容易では
ない、さらに退社後の社内の付き合いが多い、といった対外活動の自由度不足という背景
がある。
・トップダウン対ボトムアップ
調査対象となったこの分野の大手日本企業では、全社を通して般的にボトムアップが多
くみられる。4社はトップダウンがほとんどみられない。なお、ここでは事業部内でのトッ
プダウンは、トップダウンとしてみなしておらず、あくまで全社的なものに限っている。
また、過半数(5社以上)の企業に共通する意見として、次のようなものがある。
・トップマネジメント支援
「トップと現場を橋渡しする役割が重要だが欠けている」との指摘もあった。新しいも
のについての、トップの「認知限界」の指摘もあり、重要な課題である。
・CTO機能
全社的なCTOは、実質的に不在である。研究所のトップなど、部門別には存在するが、
全社的ではなく、またビジネスと直結しているわけではない。
・業績評価
大半の企業で新事業の失敗について、特にペナルティがあるわけではないが、インセン
ティブは乏しい。部門の評価や個人へのインセンティブ、そして目標達成へのプレッシャ
ーなど、既存事業・業務に向かうように業績評価が働いている。
2.結果の分析
(1)各項目について
① 新事業の位置づけと戦略
新事業重視は3社にとどまり、今後の長期的な展望が疑問視あるいは期待されるにも関わ
らず、この分野の大手日本企業が、1990年代のバブル崩壊後の経営フェーズから抜け出し
ておらず、いまだに既存事業のリストラクチャリングや効率化に注力して新事業に本腰が
入っていないことがみてとれる。
柱創造といっても、既存の事業部では単年度の予算と業績目標の縛りが厳しいため、実
質的には思い切ったものは難しく、さらに部門をまたがる全社的なものは扱い難いのが実
情である。研究開発部門では市場性やどう売るのか、といった検討が不十分なままであり、
そこから技術開発中心で事業の柱が生まれるかを疑問視する向きが多い。
また、ほとんどの企業で、企業戦略が積み上げ式で作られており、「もう何年も戦略が
ないまま」、「トップからは戦略がないのが戦略だと言われた」(回答者コメント)と、
257
ORに限らず、各部門と個人の行動の指針となるものが希薄な傾向である。
② ORプロセスの現状
・展望
総じて最も強調したいという意見がよせられたのが、この展望である。ORプロセスにお
いて、展望が最も弱いとみられる。
前項でも述べたように、ほとんどの企業で、企業戦略が積み上げ式で作られており、そ
れが展望にも影響していると考えられる。
このように展望が欠落あるいは不十分な企業が多かったことは、大きな問題として受け
止められる。展望なしでのORは、迷走しやすく、あるいは小粒の無難なものになりがちで
ある。何より、柱の創造は極めて困難になる。展望が脆弱な企業の回答者の中には、「ス
トライクゾーンを決めずにストライクを投げろと言われても無理な話だ」とコメントする
例もあったが、残念ながらこれが現実と言えよう。
なお、概念的で曖昧でも、数値を出して、新事業による大規模な事業創造を明示してい
る企業では、問題はありながらも前進はしている様である。いずれにせよ、なんらからの
展望を打ち出すことは不可欠である。
・プロセスの要素(4つの活動)
各社とも、活動の弱い強いの問題はあるが、一応は4活動は組織の機能的にも一通り揃っ
ている。しかし、このORプロセス・フレームワークを一種の診断用テンプレートとして、
新事業もあまり重視していないORプロセスという認識も薄い企業に適用すると、課題を整
理することができる。
最も弱いのは獲得であり、最も強化する必要性が高いのは形成とみられる。獲得につい
ては、社内外の優れたシーズ(技術・アイデア等)へのアクセスや目利きと同時に、獲得
のための市場情報や顧客からのインプットなども大切であり、容易なことではない。
形成については、売れなければならないためマーケットとのつながりが大切だが、それ
だけではない。競争相手を横にらみしての商品展開に終始しては、「同じことを数社がや
っていることに意味があるのか」というジレンマに陥ってしまう。また、「新たな組み合
わせ」、「ビジネスモデルの転換」(回答者コメント)といったニーズに応えるのは容易
なことではない。「事業部・社外をつなぐエッジの効いた人がほしい」との意見もあった。
創造については、社内の既存の創造の限界を示唆するコメントもあったが、外部活用だ
けでなく、展望によるベクトルの設定やマーケティング起点のORなど、ORプロセス・フレ
ームワークにもとづく改善策がいくつも考えられる。
決定については、トップマネジメントのリーダーシップなどと合わせて考える必要があ
るが、説得の大変さや承認までの手続きについて疑問視する声も少なくはない。「不確実
性を許容してくれない」、
「過去の失敗例で学習しているからチェック項目はすごい・・」、
「理解してもらうには時間がかかるのだが、他の仕事で忙しくて新しいことには時間を使
ってくれない」、「偉い人がつかんだネタや社内政治がうまい人が推す新事業はすぐ通る」
(回答者コメント)といった問題が指摘されている。ORにおける指針や判断基準を、ある
258
程度考えなおすことも意味はあるとみられる。
・プロセスの流れ
ORプロセスは、各機能が連鎖して双方向で連関し、めざす結果を生むために各ベクトル
が収束するというメカニズムである。しかも、柱創造では、一つの部門にとどまらない全
社的な連携が重要となる。もちろんORプロセスの各活動は大切だが、各社とも強い弱いの
問題はあるにせよ、展望を除き一通り揃ってはいる。しかし、プロセスとしてみると話は
別である。
創造-形成といった活動要素間がつながらず、ビジネスとして形成されないまま進んで
しまうといった問題や、マーケティングなどの重要機能との連携が欠けているなど、プロ
セスの流れとしてまた全体バランスとして、問題点が見受けられた。
③外部性
外部性については、まず根本的に外部資源の活用を重要と考えるか、それとも自社内資
源本位で考えるかという経営判断が基本となる。ヒアリング調査の結果をみると、現状で
は外部性の活用を重視しているとは考え難い。この点について、多くの回答者は、一般論
では社内依存は限界があると考えている。
しかし、その実行については、「だれに話しにいけばいいか、どこが適切なパートナー
か、分かる人がほとんどいない」、「外部と組むと、してやられるのではという恐れを持
っている人が多い」、「そうは言っても基本は社内の技術が優先される」、「自らやって
いることをやめて他をとることはしない」(回答者コメント)など、様々な問題が提起さ
れた。
それらの企業では、現実的には社としては対外活動など人的ネットワークの拡大活動を
制限しているが、やる気のある個人の意欲により社内外のネットワークを持っているとい
う、奇妙な状況になっている。
外部人材の活用では、5社が消極的であり、積極的は1社のみという結果であった。他の
企業でも抵抗感は強く、社員として迎え入れた場合でも十分活用できない点やプロパーよ
り冷遇する点などが挙げられた。1社は、社外のコンサルタントなどの活用については、ど
ういう会社・人を選択し、どういう風に使えばよいのか、という基本的な点での心配を述
べていた。「積極的」の1社は、すでに合併を多数重ねており、企業でいうところの多民族
国家になっている会社であり、この項目については例外的ともみられるが、日本企業だか
ら無理だということではない実例を示してもいる。
④OR体制
主に事業部や研究開発部門などの組織がORを担っている場合が多い。ほぼ全ての会社で、
本社の企画スタッフ部門やコーポレート・ベンチャーキャピタルなどで、新事業のORは行
われているが、柱創造に向けたものでないものは除いたため、示したような結果となって
いる。本社で扱うもののほとんどは、小粒であり、主に探索や情報収集的な機能が期待さ
れている。近年のカンパニー制などの事業部制強化と業績重視により、本社の力が低下し
259
たとの指摘が多くされた。したがって、基本的に事業部等に任せるということになってい
る。
しかし、回答者は異口同音に、事業部が新事業を主導すると、事業規模がかなり小さく
なる、と指摘している。また、研究開発部門がORを主導すると、市場とのギャップが広が
りニッチな市場での顧客しかつかないことが多いと指摘する回答者も複数ある。9社で事業
部、6社で研究開発部門がORの主体という現行の体制では、柱創造には適しているとは言
い難い。
事業部や研究開発部門の中でのORが難しいのは、短期業績へのプレッシャーなど既存組
織からの影響が大きいためである。既存組織の資源へのアクセスはORを助けるが、既存組
織からの過度の影響下では、ORはうまく進め難い。
現状では、新事業に特化した組織やトップ直轄のタスクフォースの方が、ORには比較的
適していると考えられる。
また、マーケティングとの連携、ならびに技術陣との連携では、大半の企業が不十分と
の回答だった。これは、あるべき姿の理想を高く掲げたために理想とのギャップが生じた
のではなく、明らかに問題があるという認識である。
ほとんどの企業でみられた、事業部間や事業部と研究所の間の分断は、ORの個別活動の
つながりと同時にリニアでない相互的な「連鎖」を断ち切っている。こういった縦割りの
構造下では、創造からすぐ決定に進むといった短絡が生じやすくなっている。
また、技術偏重の傾向が見られたが、形成におけるマーケティングや儲けの仕組みの要
素が不足することに陥りがちである。
研究開発など技術陣との連携では、事業部からの委託という形か、研究所が独自に考え
て開発するか、という一方向的なものがほとんどであり、双方のルースな連携による創造
的なORはみられない。
営業・販売はあっても、マーケティングという機能自体が弱いため、マーケティングか
らのORはみられず、技術や製品ベースのORの後に売ることを考えるというリニアな流れ
となっている。
そして、トップマネジメントの新しい事業機会についての情報力、つまり知識・理解・
認知力の不足の問題がある。「トップの認知限界がネックになっている」、あるいは同様
の指摘がある。一部の企業では、そもそもの知識がかなり不足しているため、トップへの
説明にかなりの時間を要する、という問題も起こっている。これでは、新しいことは実質
的に困難となり、既存事業か競争他社にかなり遅れての後追いになってしまう。
⑤ORプロセス導入上の課題
・トップマネジメント
ORプロセスの導入を考えたときに、トップマネジメントを重大なボトルネックと指摘す
る回答は3社あり、課題であるとの指摘は5社に上った。つまり1社を除いて、トップマネジ
メントに問題ありとの認識である。もちろんスーパーマン待望論では現実的でないが、ト
ップマネジメントでしか成し得ない最低限の役割、そしてORのボトルネックにならないで
260
欲しいという願いは強く持たれている。
前述の現場・事業部への一任の傾向は強い。カンパニー制など事業部強化策の後では、
「トップが事業部に遠慮して動かない」
(回答者コメント)といったことすら起きている。
これでは、柱創造は難しい。
また、トップのコミュニケーションが大切との認識が強い。社内に対しての新事業への
応援や指針提示が有効であり大切だが、一過性であったり、逆にメッセージが変わったり
では効果がない。明確に継続的にメッセージを出し続けることが望まれるという指摘であ
る。
・外部性
前述の外部性の項でも触れたが、習慣や心理に根ざした点や、また十分な外部へのアク
セスを持った人が不足しているという問題もあり、現実的には大きな課題として認識し、
これを障壁と考える企業は少なくない。
なお、外部の活用だけでなく、自社の技術を外に出すことを拒む体質があるという指摘
もあった。これは、三章で議論したオープン・イノベーションにおける旧来型の行動にと
どまっていることを表している。
⑥その他の OR に関する事項
・ORプロセス・フレームワーク
フレームワークは、ORに関する活動や機能、そして各要素の連関などについて、共通認
識をつくる上で有用との指摘もあった。現状のORを評価するベースとしても使える可能性
がある。
・事業機会
現在のビジネスのあり方では、いずれ限界に至るのは確実視されており、新たなビジネ
スモデルや業態転換など、本質的な事業機会の特定が必要である。そのためには既存の延
長上ではない新たなアイデアが必要であり、新たな組み合わせが重要となると思われる
・対外活動
外部へのアクセスができる、あるいは外部との人的ネットワークが豊富な人材は、非常
に少ない。社として、社外活動を認めてはおらず、部門・上司の許可を得るのも容易では
ない、さらに退社後の社内の付き合いが多い、といった対外活動の自由度不足という背景
がある。
・トップダウン対ボトムアップ
ボトムアップを活用することの意味はあるが、トップダウンが欠落しての柱創造は非常
に難しい。ボトムアップに頼る傾向が強いことは、柱創造について懸念される。
また、ボトムアップ偏重は問題だが、トップダウンだけでも限界がある。事例研究でみ
られた、トップダウンとボトムアップの組み合わせによるORはほとんどみられなかった。
・トップマネジメント支援
トップと現場を橋渡しする役割が重要である。しかし、情報やアイデアをトップに吸い
上げて、それもトップが分かるように解釈しなおして説明する機能が欠けているという指
261
摘がある。特に新しいものについて、トップは情報力に乏しく、このような機能が求めら
れる。トップの側も、理解する努力がさらに必要である。
・CTO機能
全社的なCTOが実質的に不在であり、部門別に別々に存在するという状態では、全社的
な柱創造へ向けた立案や意思決定は困難と考えられる。「社長に物申せるCTOが必要」と
の指摘もあったが、現状ではCTOの組織における位置づけと権限は高くはないとみられる。
さらに、ビジネスと直結していないCTO機能しかない状態では、市場性と乖離したOR
になりかねない。その意味では、マイクロソフトなど一部の米国企業のCTOやシスコシス
テムズのCDOのような存在はみられない。もっとも、マイクロソフトではビル・ゲイツが
CSAとしてCDO的な役割を担っており、その下に3人のCTOが置かれている。CEOへの情
報収集と最新動向などの教育も重要な役割である。
・業績評価
新事業の失敗について、特に目立ったペナルティはみられなかった。したがって、失敗
の可能性があるゆえ損をするから新事業を避けたがるという論は、これら調査対象企業に
は当てはまらない。しかし、上司や周囲に色々といわれる中で社外に出かけて活動したり、
個人のやる気で補っているのが実情である。ある企業の回答者は、「研究所の若い有志が
自らの情熱だけでORをやっているが、それでは限界がある」と懸念している。
労多い割に、報いはそれほどではない。実質的には「割を食う」(回答者コメント)こ
ともある。また、言い出した者が実行に任じられることもあり、それを恐れてアイデアを
提案し難い面もある。
また、部門や個人の評価へのインセンティブや目標への期待などにより、既存事業・業
務に傾くことや新事業でも意図して投資規模を小さく無難にする現象がみられる。
(2)サービス事業者と総合エレクトロニクス・メーカーの比較
両者は、デジタルネットワーク分野という共通点はあるが、事業特性や事業領域が異な
る。また、ヒアリング調査対象のサービス事業者は、NTTグループ、KDDI、東京電力と、
旧公社や公共独占企業としてのルーツを持つ企業である。ヒアリング調査対象のメーカー
は、旧電電ファミリー企業を含むものの、一般の民間企業である。
今回の調査結果では、サービス事業者の方が、総合メーカーよりも新事業による成長を
重視している傾向が強くみられる。
1990年頃のバブル崩壊以降、サービス事業者に比べメーカーは、国際競争による厳しい
状況にさらされ、コスト削減や効率化を進め、厳格な業績評価の適用による収益改善を図
った背景もあってか、新事業を重視していない企業が多数を占めた。
一方、通信事業では 90 年代には携帯電話の躍進があり、メーカーよりも若干のプラス材
料もあったが、国際競争にさらされない以外は、サービス事業者もやはり厳しい状況にさ
らされたことに違いはない。しかし、ソフトバンク・グループの参入など、競争状況の変化
が危機感を高めたことは指摘される。
262
一言でまとめるとメーカーは余裕が無いということになるだろうが、逆に従来の延長上
で頑張ろうとする姿勢が目立っている。積み上げ式の全社戦略は一つの顕著な現れである。
しかし、ヒアリング回答者の「ビジネスモデルの限界」といった指摘にもあるように、
根本的な転換あるいは柱の創造が不可欠であることは自明の理であろう。日本企業は、技
術などの事業の要素としては、アップルの iPod/iTMS を、シスコのネットワーク機器を、
事業化する能力はあったのだろうが、事業機会として特定せず、ずっと後から追いかけた
が市場を明け渡してしまった。依然として、OR プロセスは脆弱なままである。
もっとも、サービス事業者における OR プロセスも不十分である。しかし本調査では、
出発点としての新事業への姿勢が異なるとみられる。
もう一つの違いは、既存組織体制の継承と依存度の高さである。
サービス事業者に比べてメーカーは、外部人材活用で遅れており、かつ拒否反応が強い。
外部資源の活用でも、現実に様々な対外的接点があるにも関わらず、非常に保守的で社内
志向が強い。組織的には既存の事業部と研究所の力が強く、本社の力は相対的に弱い。
サービス事業者も、保守的で内向き、かつ組織制度など官僚的な面はあるが、M&A や
契約社員の活用など、比較的進んでいる面も認められる。
無論、メーカーの中でや、サービス事業者の中での差はあり、これだけ少ないサンプル
で一概に論じることはできないが、傾向としては大きな違いがあり、OR の視点から、よ
り明らかな分析が可能となったと考えることができる。
(3)ヒアリングで得られたコメントの分析
ここでは、個別の項目を超えた、あるいは複数項目をまたがった事項を中心に、ヒアリ
ングで得られたコメントを分析し、その示唆を議論する。
① プロセス・フレームワーク
ORプロセス・フレームワークに対して、「的を射ている。まさにこれで困っている。」
といった肯定的なコメントと共に、「OR的なことが必要になってきたのは、この数年であ
り、それまでは先行する企業の後を追いかければよかった」との意見が得られた。これは、
現在まだORプロセスが不十分であり、新しい柱創造の構えができていないという調査対象
企業の背景の一面を説明している。
また、ORプロセス・フレームワークは、ORのためには何をすることが必要かという基本
的な枠組みを共有化する上で、ひとつのテンプレートになるという意見もあった。新事業
のためのORには常識というものがなく、各自の頭の中にあるイメージがばらばらであり、
進め方も各人各様との指摘もあった。「技術と市場の両側の人間を混ぜ合わせたが、共通言
語もなく、混ざらない」という指摘もあったが、共通の言語・認識・進め方などをつくるこ
とは重要である。ORプロセス・フレームワークは、進め方や作業内容を考える上での指針
となり、人の頭の中のズレを埋めるためのツールとしての可能性があると言えよう。
263
② 新たな事業機会
「同じことを特徴なく数社がやっていていいのか」「汎用品で価格競争では限界がある」
「いまのハード売り切りでは厳しい、新たなビジネスモデルが必要」といった意見が聞か
れた。すなわち、従来の延長上には将来を見出すことは困難であり、新たな柱を創造する
あるいは事業を転換することが求められているということである。
すると、競争相手をにらんでの事業展開や後発での展開には限界があるということでも
ある。大量生産のハードウェア事業や、他社と類似したサービス事業ではなく、かなり新
しい事業機会を特定する必要がある。ある回答者は、
「技術志向で来た日本のメーカーは、
顧客が買うものは技術的に優れたものではないことに気づくべきだ」と指摘している。
しかし、「ビジネスモデルの研究開発に取り組んでいる部署はない」、「ネットワーク
やサービスなどをハードに組み合わせるところに活路があるかもしれないが、それをやる
人材がいない」といった状態である。しかも、「顧客を捨てられないなら他社と同じことに
なる」(万人に提供するのでなく特定セグメントにフォーカスするの意)という指摘もある
ように、これまでの大手企業の論理を超えることが求められている。
付言すると、「コアは既存の整理でなく、自ら将来のコアを決めればよい」との指摘が
あった。つまり、現在の事業領域に過度に固執すると、新たな事業機会を逃してしまうと
いうことである。
③ アイデア
多くの調査対象企業でアイデア不足が指摘されているが、社内でのビジネスアイデアの
公募では、ほとんどの場合、使えそうもないアイデアか非常に小粒の無難なものしか上が
ってこないとの意見もある。
また研究所でのテーマの選択が大学の研究分野などに引っ張られたり、あるいは市場性
とは無縁で世界的にレベルの高いものを志向したりと、その企業のビジネスとは直接は関
係の無いものが多数あるとの指摘もある。
したがって、ORの視点から三つのことが考えられる。アイデアの源を多様化させる、つ
まり外部や顧客、これまでアイデアを出さなかった部門など、よい源泉を見出し活用する
ことである。また、アイデアの源に対してのコミュニケーションとガイダンスが求められ
る。これにより期待を伝え、適切なアイデアを出すように教育・啓蒙するのである。そし
て、現在必ずしもつながっていないアイデアとORとをつなぐことである。これにより、ア
イデアを出す側はそれを獲得、形成する側のニーズや期待を理解することができる。
④ 外部性
外部性への抵抗感もあるようだが、オープンソースの台頭など外部性について避けて通
れない状況になりつつある。また、「米国のQ社は自社技術を世界の標準にする活動を驚
くほどアグレッシブにやっているが、当社はとてもそこまでできていない」との指摘もあ
るように、デジタルネットワーク分野では、外部性とは外部の資源を活用するだけではな
く、外部に働きかけることをも意味する。
264
⑤ ルースカプリング
こちらからルースカプリングについて言及しなくともヒアリング対象者から、「事業部
と研究所のルースな結びつきにより不確実な事業機会を捉えられるようになるだろう」と
の指摘があった。本社からの縛りについても、「昔は組織は関係なかった・・・研究所もポ
ケットマネーがあったし、自由な研究もできた。可視化しすぎだ。」という指摘もあった。
ORプロセス・フレームワークも、全て明確な形式に持ち込んでは、創造的な事業機会は特
定し難くなるであろう。
このような点からも、組織間のゆるやかな結びつきが重要と考えられる。
⑥ マーケティング
「当社にはマーケティングがない、テクノロジーマーケティングなんて先のまた先」、
「マーケットを知らないから、持ち込まれたものや提案に対して、適切な評価ができない」
といったコメントもあったが、総じてマーケティング力の不足を多くの企業が認識してい
る。
これに加えて、「研究所の技術トライアルと事業部での商用化の間が切れている」、「技
術が市場と乖離していることが多い」、との指摘もあり、マーケティングの重要性ならび
にマーケティングとの連携不足が認識されているとみられる。ORプロセス・フレームワー
クでは、全ての機能で市場との連携を示しており、この点での改善が大切だと考えられる。
⑦ 技術偏重と技術軽視
「日本の技術系企業は技術志向すぎ」との指摘があるが、研究所が社内政治的に力を持
っており、独自の論理で動いている企業もあった。これでは、ORプロセスが滞ってしまう。
技術者の発想転換も必要である。「技術を世に送り出すことだけで評価されることもあ
り、ビジネス的に失敗しても失敗と思っていない」といった認識を改めることが求められ
る。
また一方で、技術軽視とも言える現象も一部でみられる。「トップが技術は買ってくれ
ばよいと言い過ぎる」のも問題があるとの指摘がある。ビジネス・アーキテクチャでの議
論と符合するが、自社のコアがあってこそ、外部からの技術を活用できるのである。
⑧ 事業部制の限界
運用の仕方次第ではあるが、事業部制はカンパニー制へと進化し、さらに「目先の業績
数値を追う」傾向が強くなった。「事業会社で新事業をやっていたときは、数億円投資の
小粒ばかり」ということになりがちだ。「各事業部も企画の機能が不足」と指摘している
企業もある。
ある調査対象企業は、「売上100億円以上が見込める大きな市場に、5-10年継続するつも
りで取り組め、すぐに利益のことは言わない、という方針がはっきりしているから事業機
会を探すのです」と言っているが、事業部ではこれは難しい。事業部のORは、「今みえて
265
いる範囲」になるとの指摘もある。
また、事業部の独立性が強まると、事業部間での調整は困難になり、資源の重複や共通
性の喪失へとつながるとの指摘もあった。異なる事業部が同じ技術を担当するチームを
別々に持っている場合、それを連携させることがなければ、情報共有や切磋琢磨の機会も
逃し、チームの規模で競合他社に対して不利にもなりかねない。
また、全社的にみれば事業部の壁を越えた領域や組み合わせに事業機会があることが少
なくないであろう。これも逃すことになりかねない。そして、「トップが事業部に遠慮し
ている」ということすら起こっているという。
事業部制を否定するわけではないが、柱創造のORを事業部にゆだねるのは得策とは言え
ない。
⑨ ハブ組織
第1章で述べたようにLeifer et. al(2000)はイノベーション・ハブを提唱しているが、
ここでヒアリングした9社のうち、3社がそれに相当・類似する機構を持っていた。また、1
社は新事業開発に特化した部門を持っているが新事業部内の企画機能の役割がつよく、ハ
ブの機能を果たしているわけではない。そして、他の5社も事業開発的な部門は社内に複数
持っているが、ハブとして集中させているわけではなく、比較的小粒の事業機会に終始し
ている。
ハブ組織を持っていた3社の例では、成功と社内で認識されているものは一つもなかった。
総じて、小さなインキュベーションに注力しており、柱創造型がほとんどないことが指摘
される。1社の場合、大きな事業機会を提案してもハブそのものでは権限も資源も小さいた
め、社内のスポンサーを必要とするが、トップを含め誰も拾おうとせず放置されるという
現象が起こっていた。また1社の場合、新事業開発子会社を設置したが、そこに案件が集中
することなく、各事業部門でORと事業化が進められたという現象が起きている。ここでは、
新事業開発子会社の権限が弱く、また各事業部門が当該会社と連携するメリットが薄かっ
たことが、背景として指摘される。さらに、当該会社が技術色が強く、ORプロセス・フレ
ームワークにおける形成、そしてマーケティング的なスキルについて、事業部門が疑問視
していたという問題がある。もう1社の場合、既存事業との連携が不十分であったことに加
え、収益面からの縛りもあって大きな投資が難しかったため、小粒の事業開発に傾斜した
ことが指摘される。
シスコシステムズやマイクロソフトでは、ハブ的な機能を持っているが、トップマネジ
メントのリーダーシップの下で機能しており、また他の組織との連携にも注意が払われて
いる。
わずかな数の事例ゆえ、一般化して言及することはできないが、総じてハブ機能の導入
は、形だけでなく、その内容と運用について、適切な位置づけと設計をし、経営陣がコミ
ットすることが大切だと思われる。ハブ組織という形式にとらわれる必然性は薄いと考え
ることもできる。つまり、ORプロセスとして機能することが大前提である。
266
⑩ オーナーシップ
調査対象各社でORプロセスのオーナーシップについての問題が聞かれた。例えば、創造
した人・部署から、形成や決定へと移行するに従い、誰もオーナーシップを持たなくなる
という現象である。技術開発側は売ることには責を負わず、それを選択した営業部は顧客
が欲しがったからと言い、事業部は押し付けられたと言い訳をし、意思決定した側は顧客
の手前、すぐには止められないと抜本策をとらずにいるといったことになる。
また、プロジェクトチームが発足してオーナーシップを発揮しようとしても、権限が限
定的で、実質的に担当の事業部の傘下での一部門としてしか動けないといった例もみられ
る。これでは、起業家的に柱創造に取り組むのは難しい。
⑪ 個人依存の傾向
筆者が観察した事象として挙げられるのが、仕組みよりも個人への依存の高さである。
様々な課題に対して、「こういう人が欲しい」といった人材待望論が頻繁に聞かれた。そ
れは、新事業を推進するリーダー、トップとの橋渡し、外部とのネットワークを築いてア
クセスする人、などであり、属人的な人材への依存で解決しようという傾向が強くみられ
た。
もちろん人材は鍵であるが、柱創造型のORは、ひとりひとりの個人に単純に依存して解
決できることではない。事例研究でも、それは示されている。
回答いただいた企業の中には、研究所の有志数名が自発的に技術の商用化の検討をして
いるが、これでは限界がある、といった指摘をされる例もあり、日本の大手企業のボトム
アップ的な個人依存の傾向が根強い反面、そういったやり方の限界が示唆されていると解
釈することもできよう。
267
第3節
調査からの示唆と考察
1.調査結果のまとめ
新事業そして柱創造への取り組みは、企業により差が大きいが、実質的に新事業を重視
はしていない企業が過半数(6社)であったのは、ORプロセスを論じる以前の経営課題と
とらえられる。その一方で、現在の事業の転換や新たなビジネスモデルの必要性が認識さ
れており、ORが重要であることは確認された。
そして、フレームワークそのものの評価のみならず、分析における有用性と課題特定の
枠組みとしての可能性が示されており、ORプロセス・フレームワークについては、その妥
当性が確認されたと考える。
仮説2として、ORプロセスの導入について、外部性の活用と組織のルースカプリングを
実施の要件と考えた。
外部性については、既に外部シーズの活用を進めている企業は多く、その必要性が認識
されている。しかし、メーカー企業の大半が、やはり自社技術へのこだわりが強く、かつ
他社との連携について警戒心を持っていることが認められた。つまり、社としての意志が
明確に打ち出されなければ、現状の延長上では外部性の活用が進むとは考え難い。
外部人材の活用については、さらに抵抗感が強い。一部サービス事業者では、すでに外
部人材の活用が進んでいるが、メーカー5社を含む多くの企業で、積極的にこれに取り組み
活かしていく姿勢は、現在のところはみられない。
ルースカプリングについては、間接的な議論も含め、総じてその重要性が認識された。
最も重要なことに、現在ORに関わる組織間の断絶と逆に近すぎる位置について、問題であ
るという認識が多数よせられた。研究所と事業部、事業部間、本社と他部門、トップと現
場、など、結びつきが必要であるにもかかわらず実質的に繋がっていないという問題が頻
出している。これをゆるやかにカプリングすることは重要である。
また、短期業績追求の枠内に新事業が置かれ、研究所と事業部の間の委託研究が下請け
受託化し不確実なものが減少しているなど、可視化されルースさのないタイト・カプリン
グによる弊害が指摘された。
そして、トップマネジメントに関わる問題指摘が多くみられた。トップマネジメント自
身の問題から、現場との橋渡し、CTO機能、コミュニケーション、など、多岐にわたる。
ORプロセスからみると、特に展望の欠落が大きな問題である。これを提示してこそ柱創造
に向けてのORが実現できる。
ORプロセスの各機能については、すでに各企業とも持ってはいるが、それぞれ強化する
必要性があり、また各機能が双方向に連鎖するプロセスとしてしての構築が求められる。
2.調査結果からの示唆
(1)ディスカッション
268
調査対象企業について、ここではそもそも新事業を重視していないという問題について
は触れず、ORプロセスについて議論することとする。
調査対象のメーカー5社についての共通像は、戦略と新事業についてのトップマネジメン
トの役割が乏しく、展望が欠けている。現場それぞれが模索してのボトムアップに依存し
ておりまた、技術志向での路線が継続している。社内における分断(fragmentation)が起
こっており、全社としての役割を喪失している。よって、柱創造のプロセスは弱く、ORプ
ロセスとしての認識が乏しい。
調査対象のサービス事業者4社についての共通像は、概してメーカーより新事業に前向き
である。成長へは大きな投資をいとわず、新事業・新サービスにも寛容である。二社は新
事業による大規模成長を志向している。しかし、トップマネジメントの問題は存在し、マ
ーケティングや社内連携は課題としてある。よって、柱創造のプロセスは、断続するなど
不十分な形で機能している。
① プロセスの視点
そこで、プロセスの理解がまず解決策の第一歩と考えられる。適切に新事業のあるべき
ORプロセス・フレームワークを理解することで、判断がつきやすくなり対策も講じやすく
なるであろう。それも、柱創造のためのORプロセスを念頭に置くことで、過去にみられた
種種雑多で規模的に大手企業には意義が薄い事業機会でなく、大規模なものに照準を当て
ることができる。
これを踏まえた後に、プロセスの変更、新プロセスの導入を検討することになる。
最初の段階で基本的にできうることはまず二つ上げられる。一つは、展望が不在で経営
トップからの指針があいまいな点の改善である。これにより、ストライクゾーン問題(ス
トライクを示さないのにストライクを投げろと言われる)と継続性が乏しいという点が、
解消される。これがなければ小さいことしかできないとの認識もあったようだが、トップ
のビジョンに基づく柱創造のための新事業を目指すことで、解決できる。
もう一つは、ORプロセス視点の導入である。個人への過度の依存や属人性の低減が可能
となる。組織で補完するのが現実的であり、それが可能となる。また、用心して大人しく
していた個人が動きやすくなるという点もある。アイデアをくすぶらせていた者も、提案
しやすくなる。
② 事例研究との対比
第4章で分析した4つの事例とヒアリング調査の結果をORのプロセスの視点から比較
する。
4事例は、シスコ、マイクロソフトのようなCDOやCTO機能によるトップマネジメント
との恒常的な連結により選ばれたタスクフォース、あるいはNTTドコモ、アップルのよう
な社長特命のタスクフォースという形を示している。
そこでは、タスクフォースが必要な社内の資源にアクセスできる権限を持ち各組織とル
269
ースカプリングされている。また、社外とのアクセスあるいはそれを持つ人材を獲得して
社外の資源に積極的にアクセスしている。
したがって、トップマネジメントにつながる仕組みと、タスクフォースの役割の設定や
タスクフォースの支援の仕組みなどを考えることが求められる。同時に必要な人材を社内
外からスカウトすることも考えるべきであろう。
③ 外部性
外部性について拒否反応を示す企業があったが、人的ネットワークはORについて有効で
あることが過去の起業家研究により示されている。Singh(2000)116は、親友や家族を越
えてゆるやかにつながる数多くの大きな社会的ネットワークが、事業機会の特定にプラス
に働く、と指摘している。
外部性については、日本の大手企業間の差が大きいが、すでに進めている企業もあり、
経営の選択として検討してもよいのではと考える。
④ 本研究成果の適用
本研究で提示するフレームワークは、大手企業の OR プロセスを分析するツールとして
有効と考えられる。したがって、プロセス・リエンジニアリングと同様なフレームワーク
の適用が考えられる。このフレームワークを基本的な枠組みとして、自社の診断を行い、
同時にベストプラクティスとの比較を行うことが考えられる。
問題発見を目的とするならば、本フレームワークでかなりの分析が可能である。本ヒア
リング調査でも、
「展望」や「形成」など各要素の問題やつながりの問題が指摘された。ま
た、次のようにプロセス的に問題のある例も指摘された。
・ 「形成」を飛ばして「創造」から「決定」へと進む例
・ 「創造」も「獲得」も不十分なまま「形成」ばかりで形式的に進む例
・ 「創造」が弱いが外部から「獲得」せずに、進める例
こういった問題は、本フレームワークでより指摘しやすくなる。
また、あるべき OR プロセスを設計するには、本フレームワークに加え、ベンチマーク
を積み重ねることが求められる。ベンチマークの対象としては、社内と社外の両方が必要
となる。社外の部分については、本フレームワークを適用した研究の積み重ねが望まれる。
⑤ プロセス導入へのアクション
ORプロセス導入へのアクションとしては、次のようなものが想定される。
・トップマネジメントのコミットメント
・展望づくりとコミュニケーション
・トップ、事業部、研究開発、などの役割変更
・各組織のルースカプリングと社内アクセスづくり
・CDO機能、あるいは特別タスクフォースの検討
270
・人材育成と人材調達、社内人材の掘り起こし
・マーケティング機能強化と市場視点の社内普及
・外部性活用のための基盤づくりと実践
ヒアリング対象企業の一部では無理だろうとあきらめられているようなアクションを、
いくつかの日本の大手企業がとっていることも見逃してはならない。
NTTグループは旧公社として最も官僚的と言われたが、NTTグループのドコモでは、事
例のようにiモード事業を成功させている。
また、例えばKDDIでは、多数の異なる会社が合併した縦割りの組織をルースカプリン
グし、最近ではFMC(Fixed Mobile Convergence)の事業機会を柱とすべく個人、法人と
いう顧客別組織に再編し、また東京電力から通信事業を買収し、「光プラス」の社長直轄
の特別タスクフォースを組織横断的メンバーで発足させている。
このように、日本の大手企業だから不可能というわけではないと考えられる。
(2)基本的課題の考察
前項(1)ディスカッションでは触れなかった、そもそも新事業を重視していないという
問題をはじめ、トップマネジメントに関わる課題を中心として、ORプロセス自体を論ずる
以前の基本的な課題について議論する。
①新事業への取り組み
ヒアリング調査では、相対的に新事業を重視していないという指摘が半数以上の企業に
ついて得られた。基本的な新事業へのスタンスが脆弱あるいは欠落していれば、結果を期
待することは難しい。これでは、OR プロセスを論じるまでもない状況であり、新たな柱
の創造は偶発性にゆだねるしかないことになる。榊原(2005)が指摘するように、いずれ
幸運が訪れるという甘い期待を抱いていると言えよう。
しかし、既存事業分野の成熟化や衰退は避けられない。ヒアリング調査からも、既存の
売り切り型のハードウェア・メーカーとしての事業形態そのものの限界が指摘されるなど、
大胆な OR の必要性がみられる。しかも、変化が激しく、コンバージェンス(融合化)が
進展するデジタルネットワーク分野では、新結合の追及が鍵となる。したがって、既存事
業の枠を超えた OR や組織横断的な OR が重要となるが、このような OR の実践は、事業
部など既存の組織に任せているだけでは、実現は困難である。
つまり、トップマネジメント主導による全社的な柱創造型の OR への取り組みが不可欠
と言っても過言ではない。
②企業戦略と展望
OR を重視したとすると、OR のための展望を打ち出す必要がある。そのためには、まず
全社の戦略が明示されていなければならない。
271
ポーター・竹内他(2000)294は、戦略なき競争を日本企業の問題として指摘し、独自の
戦略の必要性を説いている。つまり、日本の大手企業は自社の戦略を持っていないことが
多く、それが問題だと提起しているのである。本研究でも大手企業のヒアリング調査から、
企業戦略そのものが下からの積み上げであり形式的なものに過ぎないとの指摘がみられる。
したがって、大手企業の経営陣は、まず自社の戦略を構築しなければならない。
伊丹敬之(2003)295は、戦略を「市場のなかの組織としての活動の長期的な基本設計図」
と定義している。つまり、全社的な視点から自社の進むべき方向を示すものである。Gavetti
and Rivkin(2005)296は、
「戦略の本質は、何を実行し、何を実行しないかを選択するこ
とである」と論じている。日本経済団体連合会(2004)297は、企業戦略を守りと攻めの二
つに類型化し、攻めの経営再構築の重要性を説いている。このように企業の戦略は、新事
業そして OR に取り組む上での基本的な考え方を示すことになる。これがあいまいでは、
新事業の重要性や何をなすべきかが明確にならず、OR を進めることが困難になる。
このように自社の戦略を示した上で、さらに OR のための展望を提示する必要がある。
展望は、柱となる新事業に対する企業としての戦略的な意図であり、社の意志として OR
プロセスを誘導する大きな指針である。シスコでは技術の進化からマルチサービス・アク
セスでの OR が期待できるという仮説的意志をもってタスクフォース化し、マイクロソフ
トではソニーへの対抗策として命じた。どちらも中身は白紙であったが、どういう方向で
OR を進めるかは明らかに示されていた。
このように、第4章での事例でみられる展望は、必ずしも先進的で卓越しているわけで
はなく、細かな内容が示されているわけでもない。ヒアリング調査での「ストライクゾー
ンを示して欲しい」というコメントが表すように、何を目指しているかが分かればよいの
である。展望の作成は、企業戦略の構築の延長上の作業として、一般の企業でも十分に成
しえる範囲のことと考えられる。
③OR プロセス導入への条件
ペトロ・本荘(1994)298は、リエンジニアリングによる新プロセス導入成功の鍵として、
推進の動機づけ、結果重視、協力的な環境づくり、積極的なトップマネジメントの参画、
を挙げている。これは OR プロセス導入においても、当てはまると考えられる。
加護野・山田(1999)は、柱創造型の新事業の事例として東レと旭化成をとりあげてい
るが、衰退する繊維事業の次の柱が必要との危機意識が、OR への強い動機づけとなって
いる。このように、なぜ OR を行うのか、社としてどれほど重要でどういう意味があるの
か、といった OR の意義を明確化することにより、OR 推進の動機づけを行うことは大切
294
マイケル・ポーター、竹内弘高、榊原磨理子(2000)
『日本の競争戦略』ダイヤモンド社
伊丹敬之(2003)
『経営戦略の論理』日本経済新聞社
296 Gavetti, G. and Rivkin, J.W. (2005), “How Strategists Really Think: Tapping the Power of Analogy,”
Harvard Business Review, Apr.
295
297
日本経済団体連合会(2004)
『報告書
これからの企業戦略』5 月 18 日
フランク・ペトロ、本荘修二(1994)「ドラスチックな価値創造を成功させる 4 つの鍵」
『ダイヤモンド・ハ
ーバード・ビジネス』12-1 月、pp.16-20.
298
272
である。
どれかうまくいけばよいといった、社内公募や偶発性に頼った機会主導型の OR ではな
く、戦略的な柱創造型 OR では、例えばシスコでの売上高 10 億ドルといった結果追求が必
要となる。
本研究では、体制についての要件としてルースカプリングを提示しているが、第4章で
の事例においても、タスクフォースが社内の様々な協力を得ながら OR に取り組んでいる
ことが示されている。
これらについて、トップマネジメント自らが全社的にコミュニケーションを行うことで、
直接 OR に取り組む者だけでなく、周辺の社員・部門の OR についての理解が深まる。そ
して、これらを徹底して追及し、OR に取り組むことが求められる。
④リーダーシップ
ドラッカー(2004)299は、起業家精神は詩作のような天賦の才と思われていることがあ
るが、そうではないと指摘し、また、リーダーシップはカリスマ性とは無縁であり、資質
や特性によらないとしている。リーダーとは、目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、
それを維持する者であり、リーダーシップは責任と信頼であると論じている。これは、OR
におけるリーダーシップについても同じことが言える。特別な人間しか OR を実践する大
手企業のトップマネジメントが務まらないわけではない。
後は、実行するかどうかである。Pfeffer, J. and Sutton, R.I.(2000)300が指摘している
ように、知っていることと実行することとは異なるという点は理解しておきたい。トップ
マネジメントは、新事業を経営課題として認識していても、そのための実行が伴わないこ
とが往々にしてありえる。形式的に OR プロセスを導入しても結果は期待できない。ヒア
リング調査でも、一応は新事業に取り組む形はあるが、実質的には機能していないとの指
摘があった。また、経営トップ層でも人によって新事業への姿勢について差が大きいとの
指摘もあった。これでは実行に躊躇が出てしまう。
つまり、実行を推進するリーダーシップが重要であり、マネジメント・チームとしての
コミットメントが求められるのである。
(3)研究課題とのつながり
事例研究を通して得られた事実と知見を、ヒアリング調査結果とその考察に照らし合わ
せることができた。
仮説の妥当性が検証されたと同時に、日本のデジタルネットワーク分野の大手企業にお
けるORについての現状と課題が理解された。それに伴い、本研究で導出したORプロセス
を実際に導入するにあたっての課題が浮き彫りになった。
299
ピーター・F・ドラッカー(2004)
『実践する経営者』ダイヤモンド社
Pfeffer, J. and Sutton, R.I. (2000), The Knowing-Doing Gap, Harvard Business School Press.(菅田絢子
訳(2005)「実行力不全」ランダムハウス講談社)
300
273
ヒアリング調査と研究課題とのつながりは以下のようになる。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
・ デジタルネットワーク分野の大手企業におけるORプロセス・フレームワークの仮説の
妥当性が検証された。
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
・ デジタルネットワーク分野の大手企業におけるORプロセス実施に求められる、外部性
の活用とルースカプリングの重要性の仮説が検証された。
研究課題3:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの現状と課題
・ デジタルネットワーク分野の大手企業におけるORプロセスについての現状が理解され
た。新事業が重視されていない企業もあり、概ね柱創造型のORの課題は大きい。課題
としては、トップマネジメント、外部性の受容、組織間のルースカプリングなどをはじ
めとして、様々なものが指摘された。
274
第6章:結び
構成
第1節 本論文のまとめ
第2節 本研究の意義
1.
本研究の理論上の意義
2.
本研究の実務上の意義
第3節 今後の研究課題
275
第1節 本論文のまとめ
本論文では、デジタルネットワーク分野において大手企業が柱創造のための大きな新事
業創造を図る上での OR に関し、仮説を提起し、事例及びヒアリングによる実証研究によ
り、仮説の確認を行った。第1章から第5章までの分析結果の要点を示し、本論文のまと
めとする。
序章では、問題意識、目的、研究対象を論じた上で、研究課題1,2,3を挙げた。
大手企業にとって、成長のための新たな柱創造型の新事業の重要性が高まっているが、
その事業機会の特定は難しくなっている。そこで、本研究では、重視されているが変化が
激しく新事業が肝要なデジタルネットワーク分野において、大手企業における柱創造型の
新事業におけるORに注目し、ORが大企業の新たな柱を創出するための重要性とあるべき
姿について検討した。
上記の目的から、研究課題を以下のように設定した。
研究課題1: デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定
プロセスの必要要素とメカニズム
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスに求
められる活動内容とプロセスとして機能するためのメカニズムはどのようなものか。
研究課題2: デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定
プロセスの実行に求められる資源と体制
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスを実
行するために求められる資源と体制はどのようなものか。
研究課題3: デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定
プロセスの現状と課題
・ デジタルネットワーク分野の大手企業における柱創造型の事業機会特定プロセスにつ
いての現状はどのようであるか。課題があるとすればどのような方向性で考えるべきか。
第1章 大企業新事業と OR に関する先行研究
本章では、イノベーション、大企業における新事業などの先行研究、そして OR に関す
る先行研究をレビューし、仮説としての OR プロセス・フレームワークを提示した。
まず、事業機会に通じる新結合のイノベーションにおける重要性を確認した。また、戦
略主導型の柱創造型新事業の重要性を議論し、これを本研究の主対象として確認した。
そして、ベンチャー起業家ならびに大企業での OR プロセスの先行研究を基に、イノベ
ーション連鎖モデルを参考の上、仮説として 4 つの主活動「創造」
「獲得」
「形成」「決定」
からなる OR プロセスを設定した。
第2章
投資会社事例によるORプロセス・フレームワークの検討
情報通信技術分野での専門性が高く、デジタルネットワーク分野に注目しているグロー
バルな大手投資会社の事例から起業家個人ではなく、組織としての OR について示唆を得
276
た。
GA について、全社的なセクター戦略への取組み方、そしてセクター戦略の中から BPO
の事例を研究し、そこでの OR について分析を行った。
これらの事例の分析から、OR プロセス・フレームワークの示唆を得て、
「展望」という
要素をフレームワークに加えた。
「展望」とは、組織として、この方向で新たな柱や新事業
を追求したいという戦略的な指針であり、各要素の活動を行う者が行動を起こせる、ある
いは具体的行動につなげられるものである。
研究課題1に対する仮説1は次の通り(図表 2-3)。
研究課題1:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの必要要素とメカニズム
仮説1:ORプロセス・フレームワーク
・ 事業機会のシーズを創る「創造」、シーズを探索し選別する「獲得」、シーズからビジ
ネスコンセプトをつくる「形成」、資源配分や再検討などの意思決定をする「決定」の、
4つの活動からなるプロセス。これらすべて、そしてプロセス全体にとって「展望」が
ベースとなる。
・ プロセスは各活動とも市場など外部と連携する。
・ プロセスはリニアではなく、各要素が相互に連携し、プロセス自体も繰り返したり、部
分的に反復するなどして動く
図表2-3 ORプロセス・フレームワーク(再掲)
市場
外部
創造
獲得
形成
決定
展望
繰り返し
出所:筆者
市場情報
277
第3章 新事業のための資源・体制に関する先行研究
柱創造型の大きなポテンシャルのある新事業を創出する OR プロセス実施のための資源
と体制について考えるため、内部性の限界と外部性の活用の重要性、および不確実性に対
応するための組織体制のあり方に関する先行研究をレビューした。
もはや内部性には限界があり、外部の活用を検討・拡大することの重要性が確認された。
すでに、市場そして事業環境の広い視野から外部を活用するエコシステム戦略、オープン・
イノベーションやアーキテクチャの変化など、外部性の活用への議論が進められている。
次いで、新事業創造のため、そして不確実な事業条件のための体制についての先行研究
から OR 実践のための体制への示唆を得た。不確実性に対応する組織の鍵としてルースカ
プリングが提唱されており、双面型組織が唱えられるなど、ルースカプリングを新事業体
制に適用する議論がある。この様な、柔らかな結びつきの適用が OR 体制に有効と考えら
れ、ルースカプリングは、新事業対既存事業というだけではなく、事業部間や事業部-研
究所間、研究所-マーケティングなど、OR に関わる社内の様々な組織への適用が考えら
れる。
これらの分析から、OR の実施要件として、研究課題2に対して次の仮説を提示した。
研究課題2:デジタルネットワーク分野の大手企業における、柱創造型の事業機会特定プ
ロセスの実行に求められる資源と体制
仮説2-1:外部性の活用
・ 内部志向には限界があり、外部との連携を活用してORに取組むべきである。自社の強
みにどう組み合わせるかが問われる。ORプロセスの各要素、そしてORに取組む人材な
ど、対象範囲は広い。
仮説2-2:組織のルースカプリング
・ 既存組織の影響下では新事業は難しいが、切り離すと既存の資源が利用できない。ゆる
やかに結びつけることで、この問題を解決する。またORに関わる組織間についても適
用できる。
第4章
事例による OR プロセス・フレームワークとその実践要件の検討
デジタルネットワーク分野の大手リーダー企業による柱創造型の新事業成功事例を研究
した。シスコ、マイクロソフト、NTTドコモ、アップルの4社を対象として、文献調査と
ヒアリングにより、各社、そして各社一つずつ柱創造型の新事業プロジェクトに、ORプロ
セス・フレームワークならびにOR実施要件の仮説を適用し、仮説の検証と示唆を得た。
いずれもタスクフォースがORの中心であり、共通して「展望」がORを始動させており、
展望によっておおまかに進む方向性を与えられている。活動要素の中では「形成」が重要
であり、いくつかの要素を組み合わせた新結合が鍵であると再認識された。また、創業経
営者がいる場合でも、チームワークで動いている。
外部性の活用や組織のルースカプリングに加え、ORを促進しマネージするCDO/CTO機
構などの参考例が得られた。なお、シスコとマイクロソフトは、全社にORの仕組みが構築
されている。
278
研究課題1については、仮説1:ORプロセス・フレームワークが確認された。また、
ORプロセスの具体例、そして異なる事業要素の新結合の例を得ることができた。
研究課題2については、OR実施要件の仮説である仮説2-1:外部性活用と仮説2-
2:組織のルースカプリングについて、合致していることが確認された。また、ORプロセ
ス実施の具体例を得ることができた。
第5章 ヒアリングによる仮説の検証と課題の抽出
日本のデジタルネットワーク分野の大手企業 9 社の新事業担当者に、OR プロセス仮説
を提示して、その妥当性と課題をたずね、検証を行ったヒアリング調査の結果とその分析
を示した。
当該大手企業における OR に関わる課題が見出された。新事業ならびに柱創造型新事業
を重視していない企業が過半数という基本的な課題も理解された。短期的な業績のプレッ
シャーと事業部制による分権が背景にある。しかし、ビジネスモデルの転換など、ドラス
ティックなことが必要との認識は共通であり、OR の重要性は確認された。
OR プロセス導入には、トップマネジメント、外部性の受容などの課題が大きい。なお、
仮説で提示した、外部性とルースカプリングは、逆にこれら大手企業の OR 上の問題を指
摘していたことになる。また、本研究の仮説は、デジタルネットワーク分野の大手企業の
OR を分析する上でも有用なツールであったと考えられる。
研究課題1・2・3に対しての知見は以下の通りである。
研究課題1については、仮説1:ORプロセス・フレームワークの妥当性が確認された。
また、本フレームワークがこれら大手企業のOR分析に有用であることが分かった。
研究課題2については、OR実施要件の仮説2-1:外部性活用と仮説2-2:組織のル
ースカプリングについて、重要性が確認された。なおこれは、研究課題3で検討されるOR
の課題と表裏一体である。
研究課題3については、調査対象企業における OR の現状と課題が明らかになった。ほ
とんどの企業で、柱創造型の OR はうまく動いておらず、様々な問題が浮かび上がった。
「展望」の欠落や「形成」など OR プロセスの各要素の弱さ、そしてプロセスとしての流
れが切れ切れになっているなど、日本大手企業の実情は、大きな課題を抱えている面が理
解された。
ORプロセス導入には、トップマネジメント、外部性の受容などの課題が指摘された。外
部性についての一部の拒否反応は著しく、組織の連携不足あるいは既存組織内で動けない
といった問題も挙げられた。人材不足の問題も挙げられた。
ORプロセス・フレームワークと実施要件の仮説が、これらの問題を明確にしたと言うこ
とができる。
279
第2節 本研究の意義
1.本研究の理論上の意義
本研究では、事業環境の変化が激しく新事業が肝要なデジタルネットワーク分野におい
て、大手企業における柱創造型の新事業のためのORに注目し、ORが大企業の新たな柱を
創出するための重要性とあるべき姿、そしてその実施要件について検討した。
本研究の意義として、以下のものが挙げられる。
(1) 組織によるORについての先駆的研究である
第1章でレビューしたように、これまでのOR研究の中心はベンチャー起業家であり、組
織によるORについて検討した先行研究は、ラジカル・イノベーションを扱ったLeifer et al.
(2000)とその研究メンバーによるものを除けば、極めて少数に留まっている。本研究は、
大手企業におけるORについての実証研究として、先駆的な位置づけと言えよう。
とりわけ、日本においては、OR研究自体が見当たらず、その乏しい研究状況において希
少性のある研究である。
しかも、本研究は、デジタルネットワーク分野における柱創造型のORについて、日本の
大手企業を含む研究をしており、前例は見当たらない。
大企業が成長のために柱創造型の新事業を経営課題とし、一方で特にデジタルネットワ
ーク分野の変化の激しさなどからORが難しくなるという事業環境の状況に対して、本研究
では、組織によるORプロセスのフレームワークを構築し、今後の研究へのフレームワーク
を示した。
(2) ORプロセスについて「展望」を他の要素と峻別した
起業家によるORは、個人の中で行われているため、第一章の先行研究が示すように準備
というORへの入り口の活動はあるが、
「展望」を分けることは難しい。しかし、大手企業、
それも柱創造型の戦略主導的なORの場合、従来のプロセス・フレームワークでは、この「展
望」に相当する要素が十分には説明されず、機会主導型の創発的なOR等と区別がされなく
なる可能性がある。それを峻別したことで、今後のOR研究へのガイドラインとなると考え
る。
(3) 大手企業OR研究において柱創造型新事業を機会主導型など他の新事業から峻別した
本研究は、大手企業ORについて、機会主導型の創発的新事業を除き、柱創造型の戦略的
新事業に対象を絞った。これにより、新事業そしてORの目的や戦略性が一定の範囲で特定
され、ORプロセス・フレームワーク構築を始めとした研究成果が、明確なものとなった。
これにより、今後の研究への参照となり、比較対象としての示唆が得られると考える。
2.本研究の実務上の意義
280
デジタルネットワーク分野における新事業は、革新がおこりやすいためチャンスも多い
が、競争は厳しい。しかも、研究開発成果と新しいサービスやビジネスモデルの実現との
間にあるギャップの克服が経営課題とされている。このような状況に対応していく上で、
本研究の実務上の意義として、以下の各点が挙げられる。
(1) 個人や文化に過度に依存したものでなく、仕組みとしてのフレームワークを示した
本研究は、全体観からのプロセス視点を示し、組織的取り組みについて検討した。これ
は、第1章でレビューしたような従来みられる風土や社内起業家に頼る議論ではなく、社
の意志として戦略的に取組むことができる道筋を示したと言える。
(2) ORプロセスの実施要件を提示した
多くのOR研究はベンチャー起業家を対象としており、大組織のORを扱っているものは
極めて少ない。また、大組織における新事業やイノベーションについての研究はあるが、
本研究はデジタルネットワーク分野における大手企業の柱創造型のORに焦点を絞ってい
る。そのため、よりフォーカスされた対象について、資源と体制の面から実施要件を提示
している。
OR プロセス・フレームワークにとどまらず、その実施要件の仮説の提示とその検証を
行ったことで、大手企業が OR に取り組むにあたっての、資源と体制についての条件が理
解される。
(3) 実務家による検証を行い、理想と現実のギャップ等の課題を示した
先行研究分析と仮説構築、そして事例研究にとどまらず、デジタルネットワーク分野に
おける大手企業の新事業担当者とのヒアリングを通して理論と仮説の妥当性を検証し、さ
らに実施に関わる課題を示した。
これにより、本研究を現実に生かすにあたっての留意点と条件の理解が促進されると考
えられる。
(4) デジタルネットワーク分野における柱創造型ORのベストプラクティスを示した
デジタルネットワーク分野における大手リーダー企業4社の事例研究によって、参考と
なるORの具体例を示した。これをベストプラクティスとして参考にすることにより、より
具体的にORとは何か、どう取組むべきかといった学習が促進されると考えられる。
また、本研究を通して、大手企業の実務家に、ORという新しいものの見方を提供するこ
とができる。これにより、新事業への取り組みにあたっての視野の転換も期待され、あら
たな展望を構築することにつながるであろう。
281
第3節 今後の研究課題
デジタルネットワーク分野、そしてそれを拡大した分野での大手企業における柱創造型
ORについては、さらなる研究が求められると考える。今後の研究課題としては、次のよう
なものが挙げられる。
①研究対象の拡張
②ORプロセス導入への組織的アプローチ
③ORチーム
①研究対象の拡張
今後の可能性として、対象を本研究でとりあげたものから、さらに拡張することが考え
られる。
1)事例研究数、2)企業規模についての拡張は、本研究の延長上であり、自然な発展
として捉えられる。事例研究数を増やすことは、さらに実証研究を進めることだけではな
く、事例を積み重ねることで、ベストプラクティスとして参考となる研究結果が得られる。
また、兆円単位の売上という巨大な大手企業に限らず、それに準ずる比較的小さな規模の
企業を研究対象に含めることで、汎用性を高めたORプロセスのフレームワークとして検証
することができる。
さらに重要なことは、3)デジタルネットワーク分野以外を対象に含めることである。
材料などの異なる分野では、求められるORプロセスが異なる可能性がある。
例えば、図表6-1のように、製品分野により、開発期間と製品寿命というタイム・スパン
は様々である。デジタルネットワーク分野は、変化が激しく、事例で取り上げたORについ
ても、事業化の期間は1~数年と短い。Leifer et. al(2000)が研究したラジカル・イノベー
ションは10年程の期間としているが、材料関係など他の分野には、デジタルネットワーク
分野より事業化ならびにORに長い期間を要するものがある。一方では、デジタルネットワ
ーク分野より短期間でのORが求められる分野もある。すると、「展望」のあり方が変わっ
てくる可能性があるなど、ORプロセスがデジタルネットワーク分野のものと同一ではなく
なることも考えられる。また、これも一部は時間の単位と関係あることだが、分野ごとの
生態系の構成と状況の違いが、外部性の活用について影響すると考えられる。
加えて、産業分野の成熟度、つまりライフサイクルにおける位置づけがORに影響する要
素として挙げられる。デジタルネットワーク分野は発展途上にある成長分野であるが、成
熟産業分野で柱創造型のORを行うのは、さらに難しさを克服しなければならないと考えら
れる。
このように、本研究で対象とした分野以外でのORプロセスを検討することは、大いに意
味があり、さらにOR理論を発展させると考えられる。
282
図表6-1 製品別の時間の単位
出所:大江(2002)
②ORプロセス導入へのアプローチ
ドコモとアップルでは全社的なORへの仕組みは特にはないが、シスコとマイクロソフト
ではCDOそしてCSA/CTOを中心とするORのための機構があり、そこを軸としてORプロ
セスが実施されている。このようなOR実施のための組織的なアプローチについての研究は、
ORの実践への参考として意味があると考えられる。先行研究にも、O’Reilly & Tushman
(2004)が提唱する双面型組織マネジャーのように、新事業体制のメカニズムについての
検討がみられる。
これをハブ型組織などの、形としての組織論で終わらせることなく、ORプロセスを実施
するための仕組みや体制として検討することが重要である。また、従来の「新事業のため
の風土論」を超えた、戦略主導型のORであることが必須である。
大手企業のヒアリングでも指摘されたが、形式的に新事業に取組んでいるように見えて
も、現実には柱創造型どころか新事業全般に腰が引けている例もあり、現実的にORが実施
できる仕組みを検討する必要がある。
ここでは、双面型組織マネジャー論のようにミドルマネジメントにとどまらず、シスコ
やマイクロソフトの例のように、トップマネジメントを含む機構として捉えることが求め
られる。しかし、いたずらにトップマネジメントに責務を負わせるのではなく、マネジメ
ント・チームとしてのORへの取組み方が鍵となる。
283
③ORチーム
先行研究では主に起業家個人について研究されてきたORプロセスについて、本研究では
個人ではなく組織によるものを検討した。
起業家による OR に影響のある要素について、先行研究は次の起業家個人の主な特質を
指摘している(Ardishvili and Cardozo 2000)301。
•
起業家的な素早さ(entrepreneurial alertness)
•
社会的ネットワーク(social networks)
•
事前知識と情報の非対称性(information asymmetry and prior knowledge)
ここでいう alertness とは、油断のなさ/素早さという意味である。起業家は市場の何ら
かの「感じ」に基づいて、事業機会を非公式にそして直観的に知覚する(Cooper 1981)302。
情報に対する高められた油断のなさ/素早さから、将来の起業家による事業機会の特定が
なされている(Ray and Cardozo 1996)303。 このような先行研究が alertness の重要性を
指摘している。また、人的ネットワークは OR にとって重要である(Hills et al. 1997)304、
いかなる事業機会も、全ての起業家に明らかであるわけではなく、事前の知識が OR に作
用している(Shane 2000)117、と指摘されている。また情報の非対称性とは、誰にも一様
かつ平等に情報が行渡るわけではなく、特定の起業家がある情報へのアクセスあるいは入
手する術を持っていることを指す。
これらの特質が、個人でなく組織による OR において、どう適用されるのか、またこれ
らの特質を組織がどうのように備えることができるのか。あるいは、ここで指摘されてい
ない新たな特質が組織に求められるのか。このような点について検討することで、OR チ
ームのあり方への示唆を得ることができるであろう。
さらに重要なテーマとして、集団天才という考え方があげられる。これは、個人の才能
やひらめきに依存するのではなく、個人は平凡でもメンバー全員の知力を集中することで
天才的な力を発揮できるという考え方である(日本能率協会 2003)305。日本能率協会は、
この実現のためには、個と個のぶつかりあいによる共創、プロジェクト・リーダーの人間
的魅力や資質の向上、個人の潜在能力の開放を挙げている。これは一般的すぎるという点、
そして集団といっても個人の力を強く期待している点で、検討の余地がある。
いずれにせよ、社内起業家や異能のリーダーなど特別な個人に依存するのではなく、組
織による OR プロセスのためのチームと人材の要件を検討することが重要である。しかし、
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305 日本能率協会(2003)
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301
284
起業家個人ではなく、組織的な OR であり、単一の人材像となるわけではない。チームと
して、どういう人材の構成が求められるかといった見方が大切である。
Guimera et. al(2005)306は、社会心理、経済、生態、天文の 4 学術分野とブロードウ
ェイ・ミュージカルの創造的活動を行うチームにおいて、人員構成や人数規模そして過去
に組んだ経験のあるメンバーかなど、高パフォーマンス・チームの条件を研究している。
OR チームについても、同様な検討を行うことは有益と考えられる。
さらに、OR プロセス実施のためには、外部人材についても考える必要がある。ドコモ
やアップルは外部人材の取り込みや活用が、OR の鍵となった。どのような人材像か、ま
た内部人材とどうチームを組めばよいのか、社内と同様、検討する必要がある。外部につ
いて人材発掘・採用では、加えて新たな視点が求められよう。
第5章で述べたように、大手企業ヒアリングでは、OR実施のための課題として人材不足
の懸念が強く、OR人材への期待は大きかった。しかし、これは先行研究レビューでもみら
れた特定個人への依存を、確認する事象としてとらえることができる。ヒアリング調査で
は、有志に頼ることの限界についての指摘もあった。
英雄待望ではなく、普通の社員でも推進できるORプロセスを検討することが、現実的で
あり価値が高いと考える。もっとも、社員の誰もがORチーム参加への適性があるわけでは
なく、通常の人事と同様の適材適所は必要である。その意味でのガイドラインを検討する
ことは望まれる。
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298
添付資料1
シスコシステムズ 買収企業リスト
299
300
301
302
303
304
305
306
添付資料2
マイクロソフト
買収、投資、提携実績
・買収企業リスト
・投資企業リスト
・Xbox関連 提携企業リスト
注:可能な限り調査したが、網羅性は完全ではない
307
308
309
310
311
312
313
314
添付資料3
ヒアリング調査対象9社の概要
①松下電器産業株式会社(Matsushita Electric Industrial Co., Ltd. )
・ 平成17年3月期業績
売上高(百万円)
8,713,636(対5年前比119.4%)
経常利益(百万円)
246,913
当期利益(百万円)
58,481
人員数(人)
334,752
・ 会社概要:当社及び連結子会社627社を中心に構成され、総合エレクトロニクスメーカ
ーとして関連する事業分野について国内外のグループ各社との緊密な連携のもとに、生
産・販売・サービス活動を展開している。事業の種類別セグメント区分については、
「A
VCネットワーク」、「アプライアンス」、「デバイス」、「日本ビクター」、「その
他」の5つのセグメントに加え、平成16年度から、松下電工㈱・パナホーム㈱及び傘
下の子会社が連結子会社になったことに伴い、「電工・パナホーム」を追加し、6つの
セグメントとなっている。
・ 事業概要(売上高構成比率)
AVCネットワーク(38.7%):映像・音響機器及び情報・通信機器の生産・販売・サー
ビス活動
アプライアンス(13.4%):家庭電化・住宅設備機器の生産・販売・サービス活動
デバイス(14.7%):電子部品、半導体、モーター及び電池の生産・販売・サービス活動
電工・パナホーム(15.6%):住宅建築の販売・サービス活動
日本ビクター(7.3%):映像・音響機器、家具などの生産・販売・サービス活動
②ソニー株式会社(SONY CORPORATION)
・2005年3月期業績
売上高(百万円)
7,159,616(対5年前比107.1%)
経常利益(百万円)
157,207
当期利益(百万円)
163,838
人員数(人)
151,400
・ 会社概要:当社および当社の連結子会社は、エレクトロニクス、ゲーム、音楽、映画、
金融、その他の分野から構成されている。2005年3月31日現在の子会社数は957社、 関
連会社数は69社であり、 このうち連結子会社(変動持分事業体を含む)は913社、持
分法適用会社は56社である。
・ 事業概要(売上高構成比率)
エレクトロニクス(66.5%):音響・映像・情報・通信関係の各種電子・電気機械器具・
電子部品の設計・開発・製造・販売
ゲーム(9.7%):ゲーム機およびゲームソフトの設計・開発・制作・販売
315
音楽(3.3%):音楽ソフトなどの企画・制作・製造・販売
映画(9.7%):映画・テレビ番組の企画・製作・配給
金融 (7.4%):個人生命保険・損害保険ビジネス、リースおよびクレジットファイナン
ス事業、銀行業
その他(3.4%):インターネット関連サービスを含むネットワークサービス事業、アニメ
ーション作品の制作・販売事業、輸入生活用品小売事業、ICカード事業、広告代理店
事業
③株式会社日立製作所(Hitachi, Ltd.)
・2005年3月期業績
売上高(百万円)
9,027,043(対5年前比112.8%)
経常利益(百万円)
264,506
当期利益(百万円)
51,496
人員数(人)
323,072
・ 会社概要:当会社及び関係会社1,152社(連結子会社985社、持分法適用会社167社)か
ら成る当グループは、情報通信システム、電子デバイス、電力・産業システム、デジタ
ルメディア・民生機器、高機能材料、物流及びサービス他、金融サービスの7部門に亘
って、製品の開発、生産、販売、サービスに至る幅広い事業活動を展開している。
・ 事業概要(売上高構成比率)
情報通信システム部門(24.2%):システムインテグレーションおよびアウトソーシ
ングのサービス、ソフトウェア・情報処理および通信装置の開発・販売
電子デバイス部門(14.1%):液晶ディスプレイ、半導体製造装置、計測・分析装置、
医療機器、半導体の開発・製造・販売
電力・産業システム部門(26.8%):原子力・火力・水力発電機器、産業用機械・プ
ラント、自動車機器、建設機械、エレベーター、エスカレーター、鉄道車両、空
調装置の開発・製造・販売
デジタルメディア・民生機器部門(16.0%):光ストレージドライブ、携帯電話、記
録媒体、電池、家庭電化製品の開発・製造・販売
物流及びサービス他部門(13.3%):システム物流、不動産の管理・売買・賃貸
金融サービス部門(5.6%):リース、ローン、生命・損害保険代理業
④富士通株式会社(FUJITSU LIMITED)
・2005年3月期業績
売上高(百万円)
4,762,759(対5年前比90.6%)
経常利益(百万円)
89,052
当期利益(百万円)
31,907
人員数(人)
150,970
・ 会社概要:当社及び子会社495社(うち連結子会社403社)は、IT(インフォメーシ
316
ョン・テクノロジー)分野において、最先端かつ高性能、高品質を備えた強いテクノロ
ジーをベースに、品質の高い電子デバイス、プロダクト及びこれらを活用した各種サー
ビスの提供によるトータルソリューションビジネスを営んでいる。
・ 事業概要(売上高構成比率)
ソフトウェア・サービス(43.5%):コンサルティング、システムインテグレーション、
アウトソーシングサービス、IDCサービス、情報システムおよびネットワークの導
入・保守・監視サービス
プラットフォーム(35.8%):パーソナル・コンピュータ、記憶装置、専用端末装置(A
TM、POS)、携帯電話などの開発・製造・販売
電子デバイス(15.4%):ロジックLSI、メモリLSI、半導体パッケージ、電子部品
などの開発・製造・販売
その他(5.3%):家庭電化製品の製造・販売、情報処理・通信機器の賃貸・販売など
⑤日本電気株式会社(NEC Corporation)
・2005年3月期業績
売上高(百万円)
4,855,132(対5年前比97.3%)
経常利益(百万円)
115,664
当期利益(百万円)
67,864
人員数(人)
147,753
・ 会社概要:当社および連結子会社を中心とする関係会社で構成される当社グループは、
ITソリューション事業、ネットワーク・ソリューション事業およびエレクトロン・デ
バイス事業の3つの事業を営んでいる。
・ 事業概要(売上高構成比率)
ITソリューション事業(38.6%):アウトソーシング、システム・インテグレーション、
インターネット・サービス「BIGLOBE」などのサービス、ソフトウェアおよびコンピ
ュータ関連機器等の開発、設計、製造および販売
ネットワーク・ソリューション事業 (34.1%)
:移動通信システム、携帯電話機、ADSL、
IPスイッチ、VoIPシステム等のブロードバンド・インターネット・ソリューション関
連システムおよび放送システム、衛星機器、制御システム等の社会インフラストラクチ
ャ・システムの開発、設計、製造および販売
エレクトロン・デバイス事業(15.6%):システムLSI、汎用デバイス、システムメモリ
等の半導体、カラー液晶ディスプレイ(LCD)、およびコンデンサ、リレーおよびリ
チウム・イオン二次電池等の電子部品その他製品の開発、設計、製造および販売
その他(11.7%):半導体製造装置および液晶プロジェクタ等の開発、設計、製造および
販売ならびに電気通信工事サービス等の提供
⑥日本電信電話株式会社(NIPPON TELEGRAPH AND TELEPHONE
CORPORATION)
317
・2005年3月期業績
売上高(百万円)
10,805,868(対5年前比103.7%)
経常利益(百万円)
1,723,312
当期利益(百万円)
710,184
人員数(人)
201,486
・ 会社概要:NTTグループ(当社及び当社の関係会社)は、当社(日本電信電話株式会
社)、子会社397社及び関連会社145社(平成17年3月31日現在)により構成されてお
り、地域通信事業、長距離・国際通信事業、移動通信事業及びデータ通信事業を主な事
業内容としている。
・ 事業概要(売上高構成比率)
地域通信事業(36.3%):国内電気通信事業における県内通信サービスの提供及びそれに
附帯する事業
長距離・国際通信事業(9.2%):国内電気通信事業における県間通信サービス、国際通信
事業及びそれに附帯する事業
移動通信事業(38.3%):携帯電話事業、PHS事業、クイックキャスト事業等の事業及
びそれに附帯する事業
データ通信事業(6.6%):システム・インテグレーション、ネットワーク・システム・サ
ービス等の事業
その他(9.7%):都市開発、リース、ソフトウェア開発など
⑦東京電力株式会社(The Tokyo Electric Power Company, Incorporated)
・2005年3月期業績
売上高(百万円)
5,047,210(対5年前比99.1%)
経常利益(百万円)
408,238
当期利益(百万円)
226,177
人員数(人)
53,380
・ 会社概要:当社グループ(当社及び当社の関係会社)は,当社,子会社130社及び関連
会社80社(平成17年3月31日現在)で構成され,「電気事業」を中心に,「情報・通
信事業」及び「その他の事業」の3部門に関係する事業を行っている。
・ 事業概要(売上高構成比率)
電気事業(88.9%):グループ内外から発電する電力をあわせ、関東地方一円、山梨およ
び静岡県富士川以東の区域で電力を販売
情報・通信事業(3.4%):グループの保有する技術、設備などの経営資源を有効活用した
電気通信事業、有線テレビジョン放送事業,情報ソフト・サービス事業
その他(7.7%):設備の建設・保守,燃料の供給,運輸・サービス,資機材の供給,不動
産管理
⑧KDDI株式会社(KDDI CORPORATION)
318
・2005年3月期業績
売上高(百万円)
2,920,039(対5年前比191.4%)
経常利益(百万円)
286,343
当期利益(百万円)
200,591
人員数(人)
12373<外、平均臨時従業員数5292>"
・ 会社概要:当社の企業集団は、当社及び連結子会社56社(国内23社、海外33社)、非
連結子会社2社(海外のみ)並びに関連会社11社(国内7社、海外4社)により構成
されており、国内・国際通信サービス、インターネット・サービス等を提供する「固定
通信事業」、「au事業」及び「ツーカー事業」を主な事業内容としている。
・ 事業概要(売上高構成比率)
固定通信事業(19.3%):国内・国際通信サービス、インターネット・サービスなど
au事業(67.8%):au携帯電話サービス、携帯電話端末販売
ツーカー事業(7.5%):ツーカー携帯電話サービス、携帯電話端末販売
PHS事業(2.8%):PHS通信サービス
その他(2.6%):テレマーケティング、コンテンツ制作など
⑨株式会社エヌ・ティ・ティ・データ(NTT Data Corporation)
・ 2005年3月期業績
売上高(百万円)
854,153 (対5年前比117.8%)
経常利益(百万円)
32,144
当期利益(百万円)
20,110
人員数(人)
7,620
・ 会社概要:当社グループは、当社、親会社、子会社78社、関連会社22社で構成され、
システム・インテグレーション、ネットワーク・システム・サービス、その他、の3つ
を主な事業として営んでいる。
・ 事業概要(売上高構成比率)
システム・インテグレーション事業(73.9%):お客様の個別ニーズに合わせて、データ
通信システムを開発し、その販売、賃貸、サービスの提供
ネットワーク・システム・サービス(6.1%):市場のニーズに合わせて、インターネット
に代表されるコンピュータ・ネットワークを基盤として、種々の情報提供、情報処理等
のサービスの提供
その他(20.0%):お客様の経営上の問題点に係る調査及び分析、データ通信システムの
在り方に係る企画及び提案、メンテナンス及びファシリティ・マネジメント等
319
博士(学術)学位申請論文
題名「デジタルネットワーク分野の大手リーダー企業における事業機会
特定プロセスの研究 ‐ 柱創造のためのフレームワーク構築 ‐」
(Opportunity Recognition by Major Corporations in the Digital Network
Related Sector: A Framework for Building New Pillars of Business)
2006 年 2 月 20 日提出
2006 年 6 月 20 日製本
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科
国際関係学専攻(国際経営)博士後期課程
学籍番号 4003S024-4
本荘修二
プロジェクト研究指導教員・論文審査委員会主査
早稲田大学大学院教授・Ph.D.
大江 建
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