突然変異で得られた大麦の新しい裸性変異

栃木県農業試験場
研究成果集第 30 号
突然変異で得られた大麦の新しい裸性変異
1.試験のねらい
突然変異を利用した品種改良や遺伝子の機能解明が活発に進められており、大麦におい
ても、うどんこ病抵抗性やアミロースフリー、プロアントシアニジンフリーの突然変異を
利用した品種の育成や、条性や皮裸性遺伝子等の機能解析がおこなわれている。
当 研 究 室 で は 、ビ ー ル 品 質 を 飛 躍 的 に 向 上 さ せ る 大 麦 の 作 出 を 目 的 に 、
「サチホゴールデ
ン」を原品種とした突然変異処理系統を養成している。今回、本突然変異系統から裸性系
統が見出されたため、得られた突然変異系統の遺伝子解析を行う。
2.試験方法
平 17 年 11 月 に 、「 サ チ ホ ゴ ー ル デ ン 」 の 完 熟 種 子 2000 粒 を 水 温 ・ 気 温 と も 15℃ に 設 定
した水槽のなかで、浸漬 2 時間-非浸漬 2 時間の順に 4 回繰り返して吸水・発芽処理した
後 、 室 温 ( 約 20℃ ) 条 件 下 で 2mM ア ジ 化 ナ ト リ ウ ム を 含 む 10mM リ ン 酸 緩 衝 液 ( pH3.0) で
2.5 時 間 浸 漬 処 理 を 行 い 、 水 洗 後 種 子 を 畦 幅 65cm、 播 種 量 約 5 g/m、 条 播 、 そ の 他 は 慣 行
に 準 じ て 栽 培 し 、 M1( 突 然 変 異 第 1 代 ) を 養 成 し た 。 翌 年 6 月 に は 全 材 料 を 混 合 収 穫 し M2
種 子 と し て 2500 系 統 を 養 成 し 、翌 年 6 月 に 生 育 が 原 品 種 と 同 等 あ る い は や や 短 稈 化 等 生 育
が 劣 ら な い 1957 系 統 を 選 抜 し 、個 体 ご と に 収 穫 し た 。平 19 年 11 月 に M 3 系 統 を 畦 幅 65 cm、
畦 長 1.5m、10cm 二 条 千 鳥 1 粒 播 、そ の 他 は 慣 行 法 に 準 じ て 栽 培 し 、系 統 内 の 分 離 等 を 確 認
し翌年 6 月に収穫を行った。得られた突然変異体の裸性遺伝子の塩基配列は、岡山大学資
源植物研究所の協力により解析した。
3.
試験結果および考察
(1) 「 サ チ ホ ゴ ー ル デ ン 」を 原 品 種 と す る 突 然 変 異 系 統 か ら 、裸 性 変 異 系 統「 T883A」、
「 U490」
を 選 抜 し た 。遺 伝 子 解 析 の 結 果 、両 系 統 で ERF 転 写 因 子 の 機 能 的 に 重 要 な 領 域 に ア ミ ノ 酸
置 換 を 引 き 起 こ す 1 塩 基 置 換 が 見 出 さ れ た ( 図 - 1 )。
(2) 「 サ チ ホ ゴ ー ル デ ン 」 と 比 べ る と 、「 T883A」 は 、 出 穂 期 、 成 熟 期 は 同 程 度 で あ る が 、 整
粒
歩 合 が 低 い 。 裸 麦 規 格 の 2.2mm 以 上 の 整 粒 歩 合 は 同 程 度 で あ る ( 表 - 1 )。
(3) ビ ー ル 大 麦 の 穀 皮 は 、 胚 部 を 保 護 し 発 芽 力 を 保 持 さ せ る 重 要 な 役 割 を 担 っ て い る が 、 一
般
に 穀 皮 の 厚 い 大 麦 は エ キ ス 含 量 が 低 く な る だ け で は な く 、ビ ー ル の 混 濁 等 を 引 き 起 こ す こ
と が 知 ら れ て い る 。こ の た め ビ ー ル 大 麦 の 育 種 に お い て は 、穀 皮 を 薄 く す る よ う に 育 種 が
進 め ら れ て き た こ と か ら 、今 回 得 ら れ た 裸 性 の 変 異 系 統 は 、エ キ ス 含 量 の さ ら な る 向 上 が
期 待 で き る 育 種 素 材 で あ る 。加 え て 、
「 T883A」は 腹 側 が 裸 、胚 が あ る 背 側 は 皮 性 を 示 す 半
裸 性 で 有 用 な 母 本 と 考 え ら れ る が ( 図 - 2 )、 後 代 で 葉 緑 素 突 然 変 異 を 併 発 し て い る 。 現
在 、戻 し 交 配 に よ り 裸 性 と 葉 緑 素 変 異 の 発 現 性 の 確 認 を 行 う と と も に 、育 種 へ の 利 用 を 検
討 し て い る 。ま た 、
「 U490」は リ ポ キ シ ゲ ナ ー ゼ 活 性 が 極 め て 低 い が( 図 - 3 )、発 芽 が 劣
る こ と や 整 粒 歩 合 が 低 い 傾 向 で あ り 、育 種 へ の 利 用 に あ た っ て は 、農 業 特 性 や 醸 造 品 質 な
どの調査を行う必要がある。
4.成果の要約
サチホゴールデンの突然変異処理から見出した裸性突然変異 2 系統について解析した結
果 、 1 系 統 は 皮 性 遺 伝 子 Nud の AP2/ERF ド メ イ ン 内 の 1 塩 基 置 換 、 別 の 系 統 は C-terminal
モチーフ内の 1 塩基置換により、裸性になることを明らかにした。
(担当者
作物技術部 麦類研究室
*
大関美香、春山直人*、武田 真**、五月女敏範、長嶺敬***)
現 農業環境指導センター、**岡山大学資源植物科学研究所、***北陸農業研究センター
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突然変異で得られた大麦の新しい裸性変異
T883A
G→A
G→A
U490
nud1.f
+884
TGA
nud1.e
+1
ATG
TATA
"cm"
AP2/ERF
K
S
"mm"
84-bp tandem
duplication
G 10
E 203
100 bp
「U490」、「T883A」の皮裸性遺伝子 Nud の変異部位
図-1
注. U490 では開始コドンから 28 番目の塩基が G→A へと置換し、AP2/ERF ドメイン内の 10 番目のア
ミノ酸
がグリシン(G)→セリン(S)へ置換した。T883A では 821 番目の塩基が G→A に置換し、”cm”モチー
フ内の
表-1
得られた裸性変異系統の調査結果(平成 22 年度)
系統名・品種名
T883A
U492
*
サチホゴールデン
出穂期
月/日
成熟期
月/日
整粒歩合 %
千粒重
(12.5%)
>2.5mm
>2.2mm
g
原麦
粗蛋白
%
4/25
6/3
74.5
96.0
34.1
12.1
4/25
6/8
43.3
71.8
28.6
18.3
4/24
6/2
93.5
98.5
41.0
11.4
注. U490 は調査の結果、整粒歩合が低いことなどから調査を打ち切った。
U492 は U490 と同一 M2 個体由来の兄弟系統である。
60
原麦L O X活性(U)
50
40
30
20
10
図-2
0
得られた裸性変異系統の粒の様子
サチホ
ゴールデン
注. 上段:T883A、中段:サチホゴールデン
下段:U492
各系統のうち左 5 粒が腹側、右 5 粒が背側.
図-3
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U490、U492 を含む同じ M2 個体
に由来する系統群
得られた裸性変異系統(U490、U492 を
含む系統群)のリポキシゲナーゼ活性