PDA での動画ストリーミング再生における トランスコーダを用いた省電力制御の一方式 玉井 森彦 安本 慶一 柴田 直樹 伊藤 実 奈良先端科学技術大学院大学・情報科学研究科 1 はじめに PDA などの無線通信機能を備えた携帯端末の発展・ 普及,および無線 LAN ホットスポットや定額制 PHS の登場により,ユーザが時や場所を選ばず,携帯端末 により気軽に映画やスポーツ中継などのコンテンツを 楽しむことが可能になりつつある.しかし,携帯端末 での動画のストリーミング再生には,無線通信のため の電力に加え,映像のデコードなどに CPU パワーを 要し,現状では長時間の再生は難しい.現在までに, IEEE802.11 方式の無線 LAN において,電波の出力 を動的に変更することにより省電力を実現する方式 [2] や,無線アドホックネットワークにおいて,距離 の近い近隣ノードをたどる経路を発見・利用する省電 力ルーティング方式 [1] などが提案されている.また, 携帯端末でのビデオストリーミングのための省電力機 構として,端末のバッテリー残に応じて送信側がビッ トレートを動的に削減する方式が提案されている [4]. 本稿では,トランスコード技術 [3] を用いて動画スト リームをリアルタイム変換し,端末での CPU パワー を削減する方法を提案する.提案方式では,インター ネット上にトランスコードプロキシ(トランスコード を行う中間ノード)を設置し,サーバからの動画スト リームを適切なデータ形式にリアルタイムトランス コードしユーザ端末へ中継することにより,省電力を 実現する.具体的には,動画のピクチャフレームのサ イズ,フレームレート,コーデックなどの違いによる 動画再生時の消費電力の差に着目し,携帯端末のシス テム情報(バッテリー残,利用可能な通信帯域など) とユーザのプリファレンス情報(視聴希望時間,品質 に関する優先順位など)に合致するパラメタの組み合 わせを持つデータ形式を決定する. 予備実験の結果,実用品質内でのトランスコードに より動画再生にかかる電力量を 64%程度削減できるこ と,また,試作したトランスコードプロキシが,一般 的な PC 上で実用速度で動作することを確認した. 2 研究の方針 例えば,携帯端末ユーザが,1 時間の空き時間の間, 無線 LAN 経由で,ショートムービーを再生したい,と いった状況を想定する.このときに解決しなければな らないのは,(i) 動画ストリームのビットレートが,無 線 LAN の帯域を越える場合には,受信可能となるよ うに,ビットレートを調整する,(ii) 視聴希望時間 (こ の場合,1 時間) の間,動画再生に必要となるバッテ リーを持続させる,の 2 点である. 本研究では,動画配信サーバから送信されるオリジ ナルストリームの再生時の品質 (ビットレート,画像 サイズ,再生時のフレームレート等) を下げ,軽量な A Power Control Technique using Transcoder in Video Streaming to PDAs Morihiko Tamai, Keiichi Yasumoto, Naoki Shibata, Minoru Ito The Graduate School of Information Science, Nara Institute of Science and Technology ストリーム (帯域を満足し,オリジナルストリームに 比べて少ない電力量で再生可能なストリーム) に変換 することで,上記の点を解決する. 品質を下げるにあたって,以下のような方針をとる. 1. ビットレートを利用可能な帯域の範囲内まで下 げ,動画の画像サイズは端末の画面サイズと同じ かそれ以下に縮小することで,無駄なリソースを 減らす. 2. 上記を行っても,バッテリーを試聴希望時間の間 持続させることができない場合は,ユーザの指定 する優先順位に従って,試聴希望時間を満足でき るまで品質を下げる. 以上の方針のもとに,3 章では,中間ノードでのト ランスコードを用いた省電力機構を提案する. 3 提案する省電力制御方式 "!#$ % & ' (*) + ,+.- !# () 1/ 03254687:9 @ ? ABDC ;,< => E 図 1: 提案する省電力制御方式の概要 本稿で提案する省電力制御方式の概要を図 1 に示す. 図 1 におけるシステム情報とは,端末のバッテリー残 量,端末機種に個有な情報 (最大負荷時のバッテリー 持続時間,最小負荷時のバッテリー持続時間,最大負 荷を必要とする動画のスペック),利用可能な通信帯域 である.また,プリファレンス情報とは,ユーザの視 聴希望時間と,品質に関する優先順位である.トラン スコードプロキシは,動画配信サーバからのストリー ムを,端末のシステム情報とユーザのプリファレンス 情報に基づいて,軽量なストリームへと変換する役割 を担う.このように,省電力制御を携帯端末上の動画 プレイヤーが直接行うのではなく,トランスコードプ ロキシに処理の大部分を行わせることで,以下のよう な利点が得られる. • 省電力制御を行うための処理によって発生する新 たな電力消費を,最低限に抑えることができる. • 軽量なストリームへと変換することで,一般に動 画のデータ量が減少するため,無線の帯域を節約 できる. 本提案手法を実現するためには,動画再生時の消費 電力に大きな影響を及ぼすパラメタを発見し,パラメ タの変更によって省電力化が可能であることを確かめ る必要がある. 4 消費電力に影響するパラメタに関する考察 動画フォーマットとして最も一般的である MPEG-1 に焦点を当て,動画再生に関わるパラメタとその消費 電力の関係を考察した. 画像サイズ MPEG-1 ではエンコーディングの際に, 各入力画像を 8 画素× 8 ラインのブロックという単位 に分割し,離散コサイン変換 (DCT),量子化,ハフマ ン符号化という手順を経て符号化している [5].動画 プレイヤーでは,この逆の手順で復号,逆量子化,逆 離散コサイン変換 (IDCT) を実行する必要があり,こ の処理には多くの計算を要する.画像サイズが大きく なるに従って,ブロック数が増加するため,より多く の計算を要する.従って,画像サイズを小さくするこ とで,省電力効果が得られると考えられる. フレームレート プレイヤー側で,ストリームの指定 するフレームレートより小さいフレームレートとして 再生することで,単位時間当たりにデコードすべきフ レーム数が減少するため,省電力効果が得られると考 えられる.また,単位時間当たりの画面への描画回数 が減少することによる効果も期待できる. ビットレート ビットレートを下げることで,TCP/IP プロトコルスタックにおいて処理すべきパケット数が 減少するため,省電力効果が得られると考えられる. 5 予備実験とその結果 5.1 各パラメタの電力消費への影響 4 章で述べたパラメタが,実際にどの程度電力消費に 影響するかを調べるため,ノート PC (Mobile Pentium MMX 230 MHz, 64 MB RAM, Vine Linux 2.6, Kernel 2.4.20) を用いて,IEEE802.11b 方式の無線 LAN 経由で動画をストリーミング再生する実験を行った. 電源ケーブルに取り付けた電流計を用いて,電流の大 きさを目算で測定することにより,消費電力の大きさ とした.実験結果を表 1 に示す.なお,変換前の動画 のスペックは,画像サイズが 320x240,ビットレート が 300 (kbps),フレームレートが 24 (fps) である.ま た,特にプログラムを実行していないときの電流の大 きさは,470 (mA) である. 表 1: パラメタと消費電力の関係 画像サイズ ビットレート (kbps) 電流の増加 (mA) 320x240 320x240 160x128 300 100 300 +220 +210 +90 フレームレート 1/2 で再生 320x240 300 +140 プレイヤー側で 320x240 に拡大して再生 160x128 300 +160 プレイヤー側で 320x240 に拡大し,かつ, フレームレート 1/2 で再生 160x128 100 +80 表 1 より,ビットレートを 1/3 にすることで,約 5%の省電力化が達成できた.また,フレームレート を 1/2 にして再生することで,約 36%の省電力化が 達成できることが分かる.また,画像サイズを 1/4 に し,プレイヤー側で元のサイズに拡大して再生したと ころ,約 27%の省電力化が達成できた.これら 3 つを 組み合わせることで,最大約 64%の省電力化が達成で きることが分かった. 5.2 トランスコーダの性能 提案手法の実用のためには,一般的なスペックの PC 上で,ストリームの変換がリアルタイムで行える必要 がある. 5.2.1 トランスコーダの実装方法 ストリームの変換を実現するためには,画像サイズ を縮小したり,フレームを間引く,といったパラメタ の変更処理を実装する必要がある. MPEG-1 ストリームに対して直接パラメタの変更処 理を行うことは困難であるため,MPEG-1 ストリーム を一度デコードし,YUV 形式の画像のシーケンスに 対して処理を行う方式を取った.デコード,画像サイ ズの縮小,エンコードの処理には,MJPEG Tools[6] を使用した.また,フレームを間引く処理には,自作 のプログラムを使用した. 5.2.2 実験結果 一般に入手可能である PC/AT 互換機 (AMD Athlon 1.2 GHz, 640 MB RAM, Vine Linux 2.5, Kernel 2.4.18-0vl3) を用いてストリームの変換を行い,変換に 必要となる時間を測定した.測定した時間は,MPEG1 ストリームをファイルから入力し,変換後のストリー ムを別のファイルへと出力するまでの時間である. 5.1 節で使用したものと同一スペックで,再生時間 260 (s) の動画ストリームを,画像サイズ 1/4,フレー ムレート 1/2 へと変換したところ,処理に要した時間 は 36 (s) であった.従って,リアルタイム変換が可能 であり,また,7 本程度の同等のストリームを,同時 にリアルタイム変換可能であることが分かる. 6 おわりに 携帯端末上での動画再生における,トランスコーダ を用いた省電力制御方式を提案した.動画のパラメタ を変更することで,最大 64%の省電力化が達成できる ことを確認した.また,パラメタの変更は,一般的な PC 上でリアルタイムに実行できることを確認した. 今後は,システム情報とプリファレンス情報から,変 更すべきパラメタの値を算出するための方法を考案し, 実装した上で評価実験を行う予定である. 参考文献 [1] 池田,北須賀,中西,福田:電池残量を考慮したアド ホックネットワークルーティング,情報処理学会 マル チメディア,分散,協調とモバイル(DICOMO2002) シンポジウム論文集, pp.487-490 (2002). [2] Yip, K.W. and Ng, T.S.: Fast Power Control, Transmit Power Reduction and Multimedia Communications over WLANs, Proc. of First Intl. Conf. on Information Technology and Applications (ICITA2002) (2002). [3] 西村,笠井,高屋,亀山,榊,花村,富永:リアルタ イム MPEG-2 ビデオトランスコーダソフトウェアの 開発,情処研報 AVM25-5 (1999). [4] Agrawal, P., Chen, J-C., Kishore, S., Ramanathan, P., Sivalingam K.: Battery Power Sensitive Video Processing in Wireless Networks, Proc. of IEEE PIMRC’98 (1998). [5] T. Sikora, MPEG Digital Video–Coding Standards, IEEE Signal Processing Magazine, Vol. 14, No. 5, September 1997, pp. 82–100. [6] MJPEG Tools, http://mjpeg.sourceforge.net/.
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