三井物産インシュアランス お役立ちレポート/ 2013 年 09 号 最強の将棋棋士が語る 才能とは「続けること」 将棋棋士 羽生 善治 著 目 次 ■どんなときもあせらず冷静に .................. 1 ■個人差がでる直感力.......................... 1 ■集中をして無駄な思考を省く .................. 2 ■集中するために空白の時間をつくる ............ 3 ■感情は無理に押し殺さず自然に受け止める ...... 3 ■目の前の勝利より、あえて冒険的な一手を指す... 4 ■将棋のセオリーに反する手も今や常識に ........ 5 ■「続けること」の意味 ........................ 6 無断転載・複写等を禁じます。 才能とは「続けること」 最強の将棋棋士が語る 才能とは「続けること」 将棋棋士 ■ 羽生 善治 どんなときもあせらず冷静に プロ棋士たちの実力というのは、実はあまり差がなくて、いつもギリギリのと ころで戦っています。対局後に行われる感想戦では、互いの読み筋などを語り合 う時間があるのですが、そこで大きな食い違いや、開きを感じることはほとんど ありません。 では、勝敗を決める差は何かといえば、精神力が大きいのではないかと思いま す。重要な局面になればなるほど、精神力が勝敗を左右する。 人間には二通りの考えがあると思うのです。不利な状況を喜べる人間と、喜べ ない人間。 将棋の対局にピンチはつきもので、頭の中で考えていることの 90 パーセント は自分にとって不利な局面です。 そういったときには私もやはり落ち込みますが、相手の棋風や出方を考えるこ とよりも、冷静に、そして自分のペースを守ることのほうに神経を集中させます。 たとえ不利な局面でも、あまり落胆せずに淡々と指していく。ここが勝負のツ ボを見いだすポイントで、逆転に必要な直感やひらめきを導き出す道筋となるの ではないかと思っています。 ■ 個人差がでる直感力 紙一重で勝負をするプロ棋士たちの戦いについての話を続けたいと思います。 私は、勝敗には、直感力も関係するような気がしています。 終盤、持ち時間が秒読みになると、あとは時間との戦いで、どうなるかわから ない場面で勝負をしなければいけないという状況になってきます。 よいのか悪いのかがわからない局面で、即時に決断をして駒を指すので、よい ところにいくか悪いところにいくか、指先にその人の考え方や発想がすべて現れ ると私は思っています。 1 才能とは「続けること」 情報化された現在の将棋界では、知識はみな共通していますが、ここから何を 切り取って何を選ぶかの直感力、ここに個性が出るのです。 この形は自分のスタイルにあっているからやってみようとか、これは面白そう だからやってみようとか、そういった取捨選択の部分です。 結局、終盤のところはプロでもわからない。そのわからないところで、一手一 手を直感で決断していくわけです。 もちろん、対局後に時間をかけて調べればわかりますが、どうしたらよいのか がわからないという場面はプロの棋士でもよくあることで、勝敗はそこでどうす るかにかかっているのです。 ですから、わからないときにこそ、性格が現れるものです。 ■ 集中をして無駄な思考を省く 将棋には、「ここだ!」という勝負どころが必ずあります。そのとき、その場 面で、いかに深い集中力を発揮できるかが重要です。 思考というのは、深く集中しているときほど、余計なことは考えなくなります。 つまり考えることに、無駄がない。 ふだん私たちは、集中して考えているようでも、じつは同時に無駄なことを考 えていることが多いものです。ですから、私が将棋を指すときは、その無駄な寄 り道を少なくする……そういうところがあります。 その集中力をたとえると、海の中に潜っていくような、少しずつ少しずつ、深 いところへ潜水していくような感覚です。 ですから、今すぐに集中しなさいといわれても、それは難しいのです。ある程 度体を慣らし、徐々に集中力を高めていくものなのです。 私の場合、うまく集中ができると、頭の中がすっきりと単純化されて、余計な ことを一切考えず、短い時間で先へ先へと思考を進めていくことができます。対 局中、私が積極的に駒を進められるのは、考えに無駄がなく、先の手が見えてい るときです。 しかし、ときには集中していても手が見えてこない、まったく浮かばないこと もあります。そういうときは、考えが浮かぶまで待つことにしています。 はじめはイライラするのですが、そのあと空白の時間がきます。真っ白な気持 ちで、自分の無意識の中から何かが湧き上がってくるのを待つ感じです。ただ、 いつもこういう状態になれるというわけではなくて、年に数回あるかどうかなの ですが。 人間が深く集中できる時間というのは、やっぱり限られています。ですから、 2 才能とは「続けること」 対局中ずっと集中して考え続けるのは、難しいことです。 私自身にもかなり波があるので、持ち時間が長い対局では、ある特定の時間は ものすごい集中力を発揮しますが、それ以外の時間は逆にあまり集中しないよう にしています。極端なことをいえば、何も考えていないときもあるくらいです。 席を頻繁に立ったりするのはそのせいです。 将棋以外のことで、私が、それほどまでに集中することはありません。やはり 好きなことだから、飽きずに長くやっていられるのでしょう。それと楽しいとき は驚くほど集中力が持続しますから、そういう局面にもっていこうとする努力も 大切なことだと思っています。 ■ 集中するために空白の時間をつくる 集中力というのは、人に教えてもらったり聞いたりして身に付くものではあり ません。集中できる環境を自らつくりだすことが大事だと思っています。 私の場合、集中するために、対局前は必ず頭を休ませます。人によっては、将 棋の研究をして将棋づけになっている人もいますが、私は頭の中を空っぽにし、 ボーッとできる空白の時間をつくるように心掛けています。 窓の外の風景を眺めたり、将棋とは関係ない本を読んだり、散歩をしたり、音 楽を聴いたり、とにかく頭の中に空きスペースをつくり、将棋のことは一切、切 り離します。 対局の数が非常に多かったりすると、いかに将棋に集中するかより、いかに日 常生活に戻るかということに重点をおくほどです。 それと、集中力を持続させるために必要なのが、体力です。 将棋は盤の前に座ってただひたすら考えているだけで、体を激しく動かすこと もしませんから意外に思われるかもしれませんが、対局中はとても体力を消耗し ます。1局を戦い終わると、私などは体重が2~3キロ落ちています。 2日にわたって行われるタイトル戦になると、持ち時間が9時間という長丁場 です。対局中、考える力はまだ残っているのに、体力がもたなくて最後まで頑張 りきることができなくなってしまうこともあるくらいです。 ■ 感情は無理に押し殺さず自然に受け止める 当たり前ですが、常に、対局では自分の考えている通りにはなりません。意表 をつくような手がきたり、思いがけないことが起こったりするのは日常茶飯事で、 3 才能とは「続けること」 驚天動地な一手が現れたということでもない限りは、気持ちをすぐに切り替え、 その局面でどうするかを考えます。 しかし、うまくいかないときには、自分に腹が立つ感情も生まれます。よくな いことですが、ただ、その湧き上がる感情があるからこそ、いろんな発想やアイ デア、集中力、瞬発力を生むことがあります。だから私は、一概に、サイボーグ のように感情を全部排除してやるのがよいとは思っていません。 むしろ、感情があることをごく自然なことだと受け止めて、それをどう変換さ せていくかが大切だと思います。 感情というものは、人為的にどうこうできるものではありません。ここは怒ら ないでおこうとか、今は楽しい気持ちでいようとか、悲しい気持ちでいようとか、 感情を調節できるわけではないのです。 私は、起爆剤のようにその感情を利用しようとしています。それが深い集中力 を生んだり、モチベーションを生んだりすることもあります。たとえばアスリー トでも、そういった気持ちの高ぶりが、大きな瞬発力を生んだりするということ が、あるのではないでしょうか。 冷静さはとても大事な要素だとは思いますが、一概にその気持ちや感情の変化 の全部が全部、マイナスになることはないのです。そうなったときは、感情を無 理に押し殺してしまうのではなく、その場面、その場面できちんと受け止め、そ こから自分がどうしていくかを前向きに考えていくことが、本当に大切なことで はないかと思っています。 ■ 目の前の勝利より、あえて冒険的な一手を指す 世の中の動きと同じように、将棋の世界もめまぐるしく変わり、新しい戦法が 出てきています。 ですから私は、型通りの将棋を指すこともあれば、ミスをするかもしれないけ れど、ときには思いきって冒険的なことをすることもあります。 リスクを冒してまでと思われるかもしれませんが、それをしないと自分の進歩 がないからです。 勝負ということでいえば、セオリー通りに手堅くやったほうが、勝率はずっと よいはずです。プロ棋士の対局では、どんなに挑戦的なことをやっても、的確な 反応が返ってきますから。 ただ、今日勝つ確率が一番高いというやり方は、10 年後には一番リスクが高 くなるといえるでしょう。時代にとり残され、進歩していないことになってしま うからです。 4 才能とは「続けること」 つまり、常に手堅くやり続けるのは、長い目で見たら一番駄目なやり方だと、 私は思っています。将棋はどんどん変化していますから、勝率の高いやり方をず っと続けていると、もたなくなるのです。 目の前の勝利は、とても大事なことではあるけれど、私はあえてリスクをとり ます。 いろいろなことを思いきって試みるほうが、楽しいこともあります。それで結 果が出なかった、うまくいかなかった、失敗したとしても、後悔はしません。後 悔をするというのとは、また別なことだと思っています。 その一手はたいした進歩ではないかもしれませんが、1年に 2000 局ぐらいの プロ同士で行われる公式戦があって、それが5年、10 年、20 年と重なっていく と、だんだんと厚みが増し、ものすごく大きな知識となっていくはずです。 ■ 将棋のセオリーに反する手も今や常識に この 20 年のあいだに将棋の世界はめまぐるしく変化してきました。 ルールは変わりませんが、将棋のとらえ方が大きく変わりました。 将棋は江戸時代以前から続く伝統がありますから、やってはいけない、王道に 反する、本筋に反する、という形がありました。しかし最近は、そのセオリーは 通用せず、なんでもありの時代になってきています。 面白そうだからやってみよう、可能性があるからやってみようということで、 異筋とか異型、変わったことをやることが流行っているのです。 その斬新な試みとしてひとつの例をあげるとすれば、数年前に「高飛車」とい う言葉がはやりました。ちょっと横柄な態度で威張っている感じを表します。つ まり、あまりよい意味では使われません。 ある時期、その高飛車が将棋界でもはやりだしました。 はやりだす前は、飛車を高いところに置くのは、セオリーに反するとさえいわ れていました。 「飛車」という駒は、縦、横の直線方向にいくらでも自由に進退できる駒で、 勝敗を左右するほどの力をもつ場合もあります。ですから、飛車は少なくとも自 陣のほうに置くのが基本だといわれていました。 ところが、ある時期から、高いところにも平気で飛車を置くようになりました。 形によっては、上のほうに置いたほうが面白いからと。力の強い駒ですから、上 のほうに置くことは、以前はやりづらい雰囲気だったわけです。 これ以外にも、驚くような指し手が出てくるようになりました。しかしそれら は、将棋のあらたな可能性を広げたともいえます。将棋界は今、これまで常識や 5 才能とは「続けること」 当たり前だと思っていたことをすべて切り替えて、新しい感覚に合わせていかな ければ、という流れになってきています。 ■ 「続けること」の意味 将棋に限らず、勉強でもスポーツでも仕事でも、大切なことは「継続すること」 だと思っています。 以前の私は、才能は一瞬のきらめきだと思っていました。 しかし今は、10 年、20 年と、ひとつの物事をずっと長く続けること、継続す ることが、一番の才能ではないかと思っています。 奨励会の若い人たちの対局を見ていて、ある場面でパッとひらめく人はたくさ んいます。 ですが、そういう人よりも、あまりシャープさは感じられないけれども、難し い場面に直面したときに、何時間も考え続けることができる、あるいは同じスタ ンスで将棋に取り組んでいける人のほうが、結果として上にあがっていく印象が あります。 もちろん、パッとひらめくこと、たくさん手が読めることも才能のひとつです が、地道に、着実に、一歩一歩進み続けられるということが一番大切なことであ り、なによりの才能ではないかと思うのです。 モチベーションを維持し、物事に流されず変わらない情熱をずっともち続ける ことは、簡単なことではありません。 そのためには、やりがいを感じた、やっていて面白かった、発見があった、あ るいは自分には思いもよらないことがあった、そういった意外性を感じられるこ とも、続ける要素として大事なことではないかと思っています。 以上 6 才能とは「続けること」 PROFILE 羽生 善治(はぶ よしはる) 1970 年、埼玉県所沢市生まれ。将棋棋士。 小学校6年生で二上達也九段門下に入り、プロ棋士養成機関の奨励会に入会。中学3年生 で四段に昇段、プロ棋士となる。 1989 年、19 歳で初タイトル竜王を獲得。1996 年には名人、竜王、棋聖、王位、王座、棋王、 王将の七大タイトルを全て独占、史上初の七冠王に輝く。 2007 年 12 月、公式戦通算 1000 勝を達成。2008 年2月、棋戦優勝 100 回を達成。タイトル 履歴は竜王6期、名人7期(十九世名人) 、王位 13 期(永世王位) 、王座 19 期(名誉王座) 、 棋王 13 期(永世棋王) 、棋聖 11 期(永世棋聖) 、王将 12 期(永世王将) 。 2012 年7月、タイトル獲得数が通算 81 期となり、大山康晴 15 世名人の記録を超え、歴代 トップに。 著書には、30 万部を超えるベストセラーとなった『決断力』 (角川書店)をはじめ、 『結果 を出し続けるために』(日本実業出版社) 、 『羽生善治のみるみる強くなる将棋入門』 (池田 書店) 、 『40 歳からの適応力』(扶桑社)ほか多数。その他、共著に『定跡からビジョンヘ』 (文芸春秋)、『先を読む頭脳』(新潮社)などがある。 本レポートは当方が信頼できると考える情報源に基づいて作成していますが、正確性、確実性、公正性などを 保障するものではありません。本レポートの情報によって生じる一切の損害について、当方は一切責任を負い ません。また、本レポートの情報は、作成日時点におけるものであり、変更する場合もあります。 7
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