情報ネットワーク技術の発達がインターネットトレードにあたえる影響

05-01004
情報ネットワーク技術の発達がインターネットトレードにあたえる影響
末 吉 俊 幸
ニューメキシコ工科大学経営学科教授
1 はじめに
現在の情報科学は、電気通信技術の発達と供に、飛躍的に発展している。その応用も、自然科学にとどま
らず、社会科学にも応用されている。その最も良い例が、エージェントベースのアプローチの中に見られる。
このアプローチは、今日の情報科学の分野において、様々な複雑系のシステム動向を調べるために利用され
ている。例えば、[1]ではコンピュータサイエンスだけではなく、経営科学やオペレーションズ・リサーチの
分野においてもエージェントベースのアプローチの応用性を見つけることができる。また、[2]では、最適化
という視点から、エージェントベースのアプローチをどのように様々な社会科学システムに適用させてゆく
ことができるかということを議論している。[3]の文献では、17 本の論文が掲載され、エージェントベースの
アプローチと複雑系の諸問題との関係について研究されている。
エージェントベースアプローチの重要な特徴は、その複雑系を形成する諸問題の構造をモデリングの段階
で組み入れているという点にある。その構造を組み込まれたモデルの正当性は、シミュレーション分析よっ
て検証されている。したがって、そのアプローチはコンピュータサイエンスの最先端技術を駆使した方法と
して知られている。シミュレーション研究に沿った形で問題構造の組み込みを行うためには、その問題構造
の中の多くの構成要素が絡み合った複雑系のシステムを取扱っていかなければならない。歴史的に、最適化
に基づいた分析手段が複雑系のシステムを取扱うために使われていた。しかしながら、複雑系のシステムが
非常に大きな非線形で、整数計画法の問題となることから、これらのアプローチにより複雑系のシステムを
扱うことは非常に困難となる場合が多かった。その結果、その問題を解決するのは、非常に難しいもがあっ
た。一方、エージェントベースのアプローチは複雑系のシステムを扱うのに有望な手段であると、研究者の
中で徐々に認識されはじめていた。
エージェントベースのアプローチに関する研究上の問題点は、多くの未知パラメタを含む複合システムを、
数理的にモデル化してゆかなければならないという点である。複雑系のシステムでは、未知のパラメタは乱
数を用いてシミュレーションで求められる。しかし、そのシミュレーションだけでは、最適なパラメタの組
合せが求められない。この問題がエージェントベースアプローチの適用を困難にしている原因である。本研
究では、この問題を、インターネット上の電力トレードに的を絞り、コンピュータサイエンスの最先端技術
を駆使する事によって、どのように解決するか、研究してみる。
さて、電力価格の予測に対するエージェントベースの研究は[4]の中でなされている。この先行研究をより
拡張するために、[5]の研究を活用してみる。この研究では、トレーダーの学習機能に、いくつかの適応学習
機能を組み込むことを提案している。新たに提案された学習能力を備えた適応学習過程において、エージェ
ントベースに関する未知のパラメタを決定することが可能になる。研究[5,6]では、二つ重要な法則の提言が
なされている。二つの法則は“効用の法則”と“効果の法則”と言われ、この二つ法則は人間と動物の学習
に関する多数の実験心理学の研究から導かれており、長い間、適応学習の理論上の基礎とされてきている。
はじめの法則は、人間の学習機能は、初期の段階では、急即に学習し、その後ゆっくり学習するという学習
曲線を示唆している。第二の法則は、人間の適応学習が“過去に得られた結果が満足のいくものであれば、
未来でも同じ選択を繰り返し行う”ということを示唆している。
上記の法則に加え、[5、6]は適応学習に関して、ゲーム理論の枠組みの中で、均衡点を予測する際、高い
合理性が低い合理性よりもかならずしも優位ではないことを予測している。この研究では、この考えを、
Erev-Roth の第一の知見とする。彼らは、また非常に高い合理性を持った学習機能は、人間の実際行動を予測
するうえで、理論的な基礎となり得るかもしれないことも提示している。この今後に対する問いかけは
Erev-Roth の二番目の知見とする。
これらの先行研究を踏まえて、本研究では電力の卸市場でのトレーダーの学習機能を分析し、通信情報の
発展がどのような役割をはたすのか研究する。このため、二種のエージェント適応型モデルを考える。一つ
501
は、高いレベルの合理性を備えたエージェント(人工トレーダー)の集団であり、その高い合理性は、リス
クを避ける効用関数を備え、高度な学習能力も兼ね備えている。この研究において、このグループをタイプ
Ⅰと呼ぶ。一方、他方のグループのエージェントは一期前の結果からのみ学習し、効用関数や高い知能を含
んでいない。このグループでは、制限された学習能力しか組み入れられてなく、二番目のグループのエージ
ェントは低い合理性により入札決定を行う。この二番目のグループをタイプⅡと呼ぶ。この二つのグループ
に共通する部分は、すべてのエージェントが電力取引において、利益を追求すると考える。
本研究の構成は以下のようにする。はじめに、今回提案するアプローチ(タイプⅠ、Ⅱ)により研究対象と
なる仮説を説明し、電力取引きに関する文献レビューを行う。その文献レビューでは、今回の研究の位置付
けを示している。つぎに、現在の米国エネルギー卸市場の産業構造について説明する。それに基づき、エー
ジェントベースモデルを開発する。提案するエージェントベースのアプローチを用い仮説を検証し、最後に
本研究をまとめる。
2 仮説と文献レビュー
A. 仮説
仮説 1:エージェントベースのアプローチは市場価格の推定において、高い推定精度を持っている。
本研究では、他の方法と提案されたアプローチを比べることにより、仮説1を検証する。
仮説 2:タイプⅡ(限られた学習能力しか持たないとレーダー)は Type I(高度な学習能力を持つとレーダ
ー)より電力の市場価格の見積りにおいて優れている。
この仮説を立てた論拠は、電力市場において、需要と供給により決定される均衡点が市場における最終結
果となるためである。現実のトレーダーは限られた時間で、限定された合理性と学習能力のもとで、純益を
最大限にする入札決定を行なっている[7、8、9]。その結果、エージェン(タイプⅡ)は高度な学習能力を備
えている(タイプⅠ)よりも、より正確にダイナミックな価格変動を予測する可能性がある。この研究におい
て市場価格変動の情報というのは、エージェントを誘導する教師のような役割を果たしている。
仮説 3:二つのグループがお互いに競争し合う電力市場の場合、タイプⅠのトレーダーはタイプⅡよりも
優れている。これは、タイプ I のトレーダーがより情報処理機能を活用するからである。
タイプⅠのエージェントは高度な学習能力を兼ね備え、コンピューターや数理モデルなどの情報処理機能
をフルに活用するからである。したがって、電力市場においてタイプⅠはⅡよりも市場で勝てる高い能力を
持っていると考える。Erev と Roth による示唆[5、6]のように、三つ目の仮説に対する調査結果は今後どの
ように適応型モデルがエージェントベースアプローチの開発に組み込まれていくか、今後の研究課題を提起
する可能性を含んでいる
B. エネルギー取引に関するこれまでの研究
行動分析:このグループは電力市場での入札戦略やトレーダーの行動を分析してきた[11][12][13]。また、
これらの先行研究は取引が電力市場においてリスクを下げるため、長期電気契約を必要とする観点から研究
が行われてきた[14][15]。ゲーム理論は、市場において多面的な契約の交渉を分析する方法として使用されて
いる[16][17][18]。このグループの研究は電力取引の分析的特徴を明らかにすることによって貢献してきた。
例えば、市場で大量の取引をする大口のトレーダーが市場価格にどのような影響を与えるかという理論的論
拠を示してきた。一方、トレーダーの行動研究では、各トレーダーがどのような異なった入札方法をとるの
かなど、重要な要因がこれまでかんがえられていない。その結果、この種の分析アプローチは、方法論的に
は制限されたものになってしまうのである。
数値解析:このグループは、電力需要量に影響を及ぼす他の要素(例えば天気)のダイナミックな変化によ
る価格変動を予測するために、コンピュータサイエンスの技術(例えば NN:ニューラルネットワークや GA:
遺伝子アルゴリズム)を利用してきた。学習する過程を取り入れている NN は、与えられた気温から一時間後
の電力需要を予測するのに使用された[19][20]。また、市場価格の変わりやすさも NN により測定された[21]。
電力取引に使用された NN の手法の特徴は、その予測能力の高さにある[22]。しかしながら、その予測精度
信頼性は理論的根拠に欠ける。同様に、GA もまた電力市場の入札戦略を理解するために使用されている[13]。
502
エージェントベースシミュレーション分析:Jacobs[23]、Bagnall[24]、Bunn、Oliveira[25]、Morikiyo、Goto[26]、
そして Sueyoshi、Tadiparthi[4]はエネルギー取引のダイナミックな入札過程を取り入れたエージェントシステ
ムを開発した。エージェントベースアプローチに関する詳細な議論は Axelrod[27]において解説されている。
この研究グループの利点は、多くのトレーダーの異なった入札戦略をエージェントに与えられるところにあ
る。実際のトレーダーによる入札は、多くの要因によって影響を受けている。このグループの研究は、電力
取引に関連する複雑な業務を扱うための新しいアプローチを見出したのである。しかしながら、これらの先
行研究ではエージェントベースのモデリングとシミュレーションを開発する方法のみが説明されてきた。[4]
を除きほぼ全ての研究において、エージェントのモデリング過程に学習能力を組み込む方法が議論されてい
ない。その上、他の方法論との比較は一度も検討されたことが無い。結果的に、エージェントベースアプロ
ーチが実用的であるか否かに関わらず、それを評価すること自体が、先にも言及したとおり難しいことなの
である。さらに、先行研究での議論はあくまでシミュレーションの範疇での話であり、どの研究も、エージ
ェントベースアプローチを、実際のデータに適用する試みは行われていなかった。
3 米国でのエネルギー卸市場
アメリカでの電力事業は(a)発電、(b)送電、(c)分配、(d)小売に分類できる。卸売市場では一般的に二種類
の業務が行われている。初めに、発電業者と卸売業者との二者間で(通常長期)の交換契約。もう一方は短期
契約の、オークションベースでの取引である。短期契約の取引では、市場のオペレーター(例えば、PJM)は発
電業者と卸売業者の両方から入札を受け入れる。そして、オペレーターにより市場価格と全発電量が決めら
れる。したがって、このようなタイプの卸市場は、ISO(独立したシステムオペレータ)により卸売市場だ
けではなく、伝送する電気量も調整・コントロールされているのである[28]。
米国における電力の卸市場はおおまかに、(a)Real Time (RT) 市場(5 分間隔での取引)と(b)翌日を対象
とした一日先取引(DA)市場に、機能上分類される。これらの市場では絶えず変化する電力需要に対応するた
めに、電気の供給力をネットワークベースのコンピュータ・システムやその他のコミュニケーション装置に
より行われている。
電力会社は余剰電量を減少させるため、オークションを行う:DA(day a head)と RT(real time)。トレーダー
は、この二つの市場で入札を行っている。DA の全ての取引は RT とは異なり、前日の内に取引を終了するこ
とから、多くの研究者[29、p.204]は DA 市場をファイナンシャル市場と考えている。一方、RT 市場は、全て
のトレーダーが、実際に必要な電力を調達するために、RT 市場へと参入するため、物理的な市場と考える。
したがって、RT 市場においてファイナンシャルな思惑は非常に限られたものとなる。
4 シミュレーション分析
(1) データ
PJM での二つのデータがウェブサイトから得られる:http://www.theice.com 。電力の卸市場価格は$/MWH
(US Dollars per Mega Watt Hour)で、電力量は MWH により測られている。得られたデータは、取引日、平均
価格、平均取引量からなる。表 1 は本研究にて使用された PJM 市場のデータを要約したものである。
表 1 市場価格に関するデータ ($/MWH)
市場
平均
中央値 標準偏差
PJM-DA
49.62
49.29
PJM-RT
49.62
49.09
歪度
尖度
標本数
9.03
0.38
1.20
289
9.07
0.44
1.42
289
最初のデータは PJM-DA は 2003 年 11 月 7 日から 2005 年 1 月 4 日までの間の PJM-West Peak での DA 市場か
ら得られた平均市場価格を表す。この卸価格は 2003 年 12 月 24 日の$25.95(MWH)から 2004 年 1 月 14 日の
$82.58(MWH)までの変動が確認される。PJM-DA の需要と価格との相関係数は非常に小さい(0.1893)こともわ
かる。二番目のデータは、PJM-RT が 2003 年 11 月 7 日から 2005 年 1 月 4 日までの PJM-W RT のピーク値に対
503
する平均価格を表したものである。PJM-RT の需要と価格の間の相関係数は非常に小さい(0.0624)。目立った
価格変動は、2003 年 12 月 24 日の$26.75(MWH)から 2004 年 1 月 15 日の$84.13 までに起きている。DA と RT
の市場価格間の相関関係は非常に小さい(0.9982)。
(2) アプローチの代案
評価基準:異なった方法の比較研究をする際の評価基準は、市場価格の観測値に対する予測値の差の合計
としてみる。それは見積もりの精度(%)を与え、次のように定式化される。
1−
1 N Real Market Price (t) − Estimated Market Price (t)
∑
N t =1
Average Real Market Price (t)
ここで、N は評価に使用される期間(取引)の数を表す。この基準は[22、p.79]により提唱されている。
直線式(DF):最初の代案として、市場価格が取引量に比例していると考えられる方法を使用する。価格予
想に対して以下の式を使う: Price ( t ) = [ Load ( t ) Load ( t − 1)] × Price ( t − 1).
この式は[22、p.77]で提唱されて
いる。マイクロソフト EXCEL のような表計算ソフトが DF の計算に使用される。
ニューラルネットワーク(NN)
:二番目の方法は価格の見積もりに対し多くの研究者により推奨されている
(例えば[22、Ch.2])NN である。本研究では、電力価格予測に Radial Basis Function Neural Networks (RBFNN)
を用いる。NN 操作は以下の二つのステップからなる:トレーニングとテスト。PJM-DA と PJM-RT に関して、
最初の 72 データがトレーニングに使用され、次の 217 データがテストに使用される。最も一般的に使用され
ている NN は、より少ない数のニューロンを使用しているということから正方向送り NN である。基本的な基
礎ネットワークの場合では、入力層と隠された層の中で使用されたニューロンの数は入力ベクトルの数に等
しい。本研究では、予測精度の確保のためその基本的な基礎ネットワークを使用する。我々は‘newrbe’機
能で基本的な基礎ネットワークを構築する。そしてバイアスを 0.8326 (sqrt(-ln(0.5)))に成るよう初期化
する。すなわち広がりを 1 に設定する。
PJM-DA の予測に対する NN の入力項目は曜日、気温、DA の需要である。PJM-RT の価格を予測するときの NN
の入力項目は曜日、気温、RT 需要、そしてそれに対応した DA の市場価格である。それらの各予測に対し 144
ニューロン(入力層に 72 ニューロン、隠された層に 72 ニューロン)が使用された。標準的な正方向送り NN
であればニューロンの使用数は少なくてすむにもかかわらず、我々は RBFNN を採用した。その理由は予測能
力に優れている点とトレーニング時間が少なくてすむ点にある。
遺伝的アルゴリズム(GA):本研究では、実験を実施するために the Department of Automatic Control and
Systems Engineering of The University of Sheffield, UK で開発された the Genetic Algorithm Toolbox を
MATLAB に使用した。遺伝的アルゴリズムに使用されるパラメタを以下のように割当てた:母集団=120、ク
ロスオーバー確率=0.8、変異確率=0.001、最大生産電量=12000。各人工とレーダーの目的は n 回の繰り返
しの後に得られた総計利益を最大化することである。そのため、遺伝的アルゴリズムの目的関数はエージェ
ントから得る総計利益を最大化するためのものである。各個人の報酬計算は[4、p.1334]の等式により計算さ
れる。
(3) 方法論的比較
表 2 は DF、NN、GA とエージェントベースアプローチ(タイプⅠ、Ⅱ)との性能の比較を表している。表 2
の値は 298,000 回のシミュレーション(289 取引日×100 回の反復)の見積もり精度の平均を示している。ここ
での取引日数(=289)は,本研究が 289 日間(2003 年 11 月 7 日から 2005 年 1 月 4 日まで)、市場価格の日平
均を観測したことによる。各シミュレーションにて、平均市場価格を見積もるため 5 つの方法を使い、パラ
メタの値を変更しながら、シミュレーションを 100 回繰り返した。
予測精度はパーセンテージによって表され、提案されるアプローチがどのように電力価格変動を適切に予
測するかを説明するため、図1では PJM-DA で観測された実際の価格変動とタイプⅡによる予測値とを視覚的
に比較している。その変動を表す 2 つの線の間に、非常に近似的な関係があることを容易に見て取ることが
できる。タイプⅠにおいても同様の結果が得られている。
504
表 2 予測精度の比較
PJM-DA
DF
52.39
GA
77.33
予測精度(%)
NN
TypeⅠ
69.53
75.46
PJM-RT
6.63
80.56
82.97
81.24
91.51
平均
29.51
78.95
76.25
78.35
90.90
市場
TypeⅡ
90.29
90
Real Price
Price Estimate
80
Market Price
70
市
60
場
価 50
格
40
30
20
11/5/03 12/25/03 2/13/04
4/3/04
5/23/04
7/12/04
8/31/04 10/20/04 12/9/04
Date
日付
図 1
市場価格とその予測値 (PJM-DA/Type II)
所見 1:DF は予測精度が最も悪い。エージェントベースアプローチ(タイプⅡ)は他のアプローチよりも優
れている。これらの予測精度から、提案されたエージェントベースアプローチ(タイプⅠ、Ⅱ)が NN や GA
に比べ、すくなくとも同レベルの機能をもつことが確認できる。このことから第一の仮説を検証したことに
なる。
所見 2:表 2 から、タイプⅡの平均予測精度が 90.90%であり、タイプⅠのそれ(78.35%)よりも優れている
ことが確認できる。このことから第二の仮説を検証したことになる。
第三の仮説(タイプⅠは市場の勝ち負けにおいてタイプⅡよりも優れている)を検証するため、電力取引市
場において両グループが互いに敵対しながら共存し入札を行うシミュレーションを実施する。この市場では、
実際データは一切使用せず、市場価格はエージェントによる入札によってのみ決定される。価格の変化は
Ito’s Lemma[30]に依存し、市場価格のランダムウォーク(乱歩数)から発生されている。本モデルでは次の期
間の市場価格を P (t + 1) = e vΔt +σε (t )
Δt
P (t ) で予測している。初期の価格 P(0)は ν = 0.15、σ = 0.40 より$50
として初期化される。Δt は傾向が変化する時間の間隔である。Δt は 1/52 と仮定されているので、傾向は毎
週変化することとなる。また乱数(ε)は平均 0、標準偏差 1 の正規分布から生み出される。
シミュレーション実験はタイプⅠ、Ⅱ間に 5 つの構造を含んでいる。各シミュレーション実験は期間 T=365
の期間(t=1,2,…,T)で構造化される。実験は異なったパラメタで 1000 回繰り返される。表 3 は 5 つの異な
ったパラメタの下、タイプⅠとⅡが市場で勝利する平均確率を比較したものである。表 3 の最初の列はタイ
プⅠとⅡの構成割合を示している。例えば、表の最初の行は、タイプⅠが全体トレーダーの 20%、タイプⅡ
が 80%を占めていることを表している。2 つのグループの正確なエージェントの人数は、第二列目と第三列目
に記してある。各シミュレーションで取引された平均電力量と全ての起動で使われるジェネレータの限界コ
スト範囲は第四第五列で定義している。
505
表 3 タイプⅠ, Ⅱの平均勝率
タイプ(Ⅰ,
Ⅱ)の構成
比
(20%,
(40%,
(50%,
(60%,
(80%,
80%)
60%)
50%)
40%)
20%)
タイプⅠ
タイプⅡ
Gen
WS
Gen
WS
10
20
25
30
40
2900
5800
7250
8700
11600
40
30
25
20
10
11600
8700
7250
5800
2900
各シミュレーショ
各シミュレーショ
ンにおける平均ト
ンにおける限界
レード電量
費用の範囲
(1000 MWH)
203
205
210
202
212
25-50
25-50
25-50
20-50
35-50
平均勝率
タイプⅠ
タイプⅡ
Gen
WS
Gen
WS
0.35
0.35
0.37
0.39
0.40
0.32
0.39
0.37
0.38
0.41
0.13
0.12
0.15
0.13
0.08
0.20
0.14
0.11
0.10
0.11
所見 3:仮想的な電力市場における勝ち負けにおいて、タイプⅠはタイプⅡよりも優れている。例えば、
最初の行(タイプⅠ20%、タイプⅡ80%)ではタイプⅠ(発電業者)の平均勝率は 35%であり、タイプⅡの値であ
る 13%よりも高い。同様にタイプⅠの卸業者の勝率が 32%なのに対し、タイプⅡでは 20%である。同様の平均
勝率はタイプⅠとⅡの他の組み合わせにより特定される。そのため表 3 より、仮想的電力市場ではタイプⅠ
がタイプⅡよりも優れており、第三の仮説が成り立つことが確認される。
これまでのシミュレーションによる研究において、相反する結果がでてきている。このことは重要な意味
を含むので、詳しく解説する。初めの実験では、現実の市場価格に基づき5つの方法を比較した。その結果
として、タイプ II はタイプ I よりも優れていると結論付けた。これは、人工知能としてのタイプⅠとタイプ
Ⅱのトレーダーがどれくらい市場価格を予測できるかを調べたものである。ただ、市場価格の予測能力は、
トレーダーの市場での競争力の一部にしかすぎず、電力市場で勝ちぬくには、もっと総合的な能力をひつよ
うとする。その結果として、つぎのシミュレーション実験では、タイプⅠはタイプⅡよりも優れていると結
論付けた。
現実のトレーダーはトレーダー同士の提携を大切にします。電力会社のトレーダーは、お互い知り合いが
多く、いろんな通信手段で連絡し合っています。市場に、電力会社以外のトレーダーが参入した場合、電力
会社のトレーダーは提携し、他のトレーダーが負けるように画策します。ここで、トレーダーが、誰といつ、
どのように提携するかは、しばしば情報通信技術の発達に影響を受けています。提携の数、提携の範囲、提
携に使われる情報量などを情報通信技術の指標として、情報通信技術の発達がどのように影響します。 し
たがって、情報通信技術と数理モデルを使いこなす高度の学習能力は必要とされます。したがって、第三の
仮説が検証されたわけであります。
5 結論
エージェントベースアプローチは複雑なビジネスを取扱う有望なテクニックであります。本研究では、3
つの仮説に対する調査を行った。第一の仮説は提案されたエージェントベースアプローチの方法論の正当性
を調べるものであり、提案されたアプローチの性能を NN や GA と比較検討を行った。その結果、提案された
アプローチが他方法と同レベルの価格予測能力を備えていることが確認できた。
本研究では二つの適応型モデルが提案された。タイプⅠは高度な学習能力を兼ね備えた適応型エージェン
トである。タイプⅡは限られた学習能力を備えた適応型エージェントである。第二仮説に対するシミュレー
ションの結果において、市場価格変動の予測に関してはタイプⅡの方がタイプⅠよりも優れていることが分
かった。この結果は Erev-Roth[5, 6]の実験結果と一致するものとなった。また、その結果から得られた考
えも実際の電力取引とは矛盾の無いものになっている。トレーダーは限られた時間内(DA で 1 日、RT で 5 分)
に入札決定を行わなければならない。それらの意志決定過程は、いくら取引純益の最適化を目指したとして
も限られた理性や制限された情報処理能力のもとで行われるからである。
このシミュレーション結果は、高度な学習を行うモデルがエージェントベースアプローチの理論上の基礎
として役割を果たせなかったということを意味しているものではない。Erev-Roth の第二の見解でも言われ
るように、電力取引という観点ら適応行動に対する高度な学習の理論的局面を、さらに研究してゆく必要が
ある。第三の仮説に対するシミュレーションにより、電力市場においてタイプⅠはタイプⅡより優れている
ということが確認された。
506
【参考文献】
[1] Tesfatsion, L. 2001. Agent-based modeling of evolutional economic systems, IEEE Transactions
on Evolutionary Computation, 5, 437-441.
[2] Samuelson, D. 2005. Agents of change. OR/MS Today. 32, 1, 26-31.
[3] Makowski, M., Y. Nakamori, H.J. Sebastain. 2005. Advances in complex system modeling.
European Journal of Operational Research. 166, 593-858.
[4] Sueyoshi, T., G.R. Tadiparthi. 2005. A wholesale power trading simulator with learning
capabilities. IEEE Transactions on Power Systems, 20, 1330-1340.
[5] Erev, I., A.E. Roth. 1998. Predicting how people play games: Reinforcement learning
inexperimental games with unique, mixed strategy equilibria. American Economic Review. 88,
848-881.
[6] Roth, A.E., I. Erev. 1995. Learning in extensive-form games: Experimental data and simple
dynamic models in the intermediate term. Games and Economic Behavior. 8, 164-212.
[7] Simon, H.A. 1955. A behavior model of rational choice. Quarterly Journal of Economics. 69,
99-118.
[8] March, J.G. 1978. Bounded rationality, ambiguity and the engineering of choice. Bell Journal
of Economics. 19, 108-109.
[9]
Simon,H.A. 1985. The Science of Artificial. Boston, MIT Press.
[10] Veit, D.J., A. Weidlich, J. Yao, S.S. Oren. Simulating the dynamics in two-settlement
electricity
markets
via
an
agent-based
approach.
Available
from
http://www.ieor.berkeley.edu/~jyao/pubs/yao-MS06.pdf.
[11] Cheng, J.W.M., F.D. Galiana, D.T. McGillis. 1998. Studies of bilateral contracts with respect to
steady-state security in a deregulated environment. IEEE Transactions on Power Systems. 13,
1020-1025.
[12] Lamont, J.W., S. Rajan. 1997. Strategic bidding in an energy brokerage. IEEE Transactions on
Power Systems. 12, 1729-1733.
[13] Richter, C.W., G.B. Sheble, D. Ashlok. 1999. Comprehensive bidding strategies with genetic
programming/finite state automata. IEEE Transactions on Power Systems. 14, 1207-1212.
[14] Gedra, T.W. 1994. Optional forward contracts for electric power markets. IEEE Transactions
on Power Systems. 9, 1766-1773.
[15] Rosenwald, G., C.C. Liu. 1996. Consistency evaluation in an operational environment
involving many transactions. IEEE Transactions on Power Systems. 11, 1757-1762.
[16] Guan, X., Y.C. Ho, D.L. Pepyne. 2001. Gaming and price spikes in electric power markets.
IEEE Transactions on Power Systems. 16, 402-408.
[17] Song, H., C.C. Liu and J. Lawarree. 2002. Nash equilibrium bidding strategies in a bilateral
electricity market. IEEE Transactions on Power Systems. 17, 73-79.
[18] Villar, J., H. Rudnick. 2003. Hydrothermal market simulation using game theory: Assessment
of market power. IEEE Transactions on Power Systems. 18, 91-98.
[19] Senjyu, T., H. Takara, K. Uezato, T. Funabashi. 2002. One-hour-ahead load forecasting using
neural network. IEEE Transactions on Power Systems. 17, 113-118.
[20] Taylor, J.W., R. Buizza. 2002. Neural network load forecasting with weather ensemble
predictions. IEEE Transactions on Power Systems, 17, 626-632.
[21] Zhang, L, P.B. Luh, K. Kasiviswanathan. 2003. Energy clearing price prediction and
confidence interval estimation with cascaded neural networks. IEEE Transactions on Power
Systems. 18, 99-105.
[22] Shahidehpour, M., H. Yamin, Z. Li. 2002. Market Operations in Electric Power System. John
Wiley & Sons, NY, NY.
[23] Jacobs, J.M. 1997.
Artificial power markets and unintended consequences. IEEE
Transactions on Power Systems. 12, 968-972.
507
[24] Bagnall, A.J. 2000. A multi-adaptive agent model of generator bidding in the UK market in
electricity. Proceeding of Genetic and Evolutionary Computation Conference. Las Vegas, Nevada,
605-612.
[25] Bunn, D.W., F.S. Oliveira. 2001. Agent-based simulation: An application to the new electricity
trading arrangements of England and Wales. IEEE Transaction on Evolutionary Computation. 5,
493-503.
[26] Morikiyo, T, M. Goto, 2004. Artificial Trading for US Wholesale Electric Power Market. Asia
Pacific Management Review, 9, 751-782.
[27] Axelrod, R. 1997. The Complexity of Cooperation, Princeton University Press. Princeton, NJ.
[28] Wilson, R. 2002. Architecture of power markets. Econometrica. 70, 1299-1340.
[29] Stoft, S. 2002. Power System Economics, IEEE Press, Piscataway, NJ.
[30] Luenberger, D.G. 1998. Investment Science. Oxford University Press, NY.
発
題
名
An Agent-based Intelligence System for US
Wholesale Power Transaction
An Electric Power Trading System:
Network-based Framework and Simulator
with Learning Capabilities
An Agent-based Approach to Handle
Business Complexity in US Wholesale Power
Trading
表
資
料
掲載誌・学会名等
Proceeding of International
Multi-Conference of Engineers
and Computer Scientists IMECS
2006 pp. 732-737
International Journal of
Operations Research Vol. 3, No.
3, pp. 193-203
IEEE Transactions on Power
Systems (Forthcoming)
508
発表年月
2006. 6
2006. 12
2007