-4- アメリカ連邦所得課税制度の史的展開 ― 世紀初頭における所得概念

【研究報告Ⅲ1②―桑原】
アメリカ連邦所得課税制度の史的展開
― 20 世紀初頭における所得概念の変遷を中心として―
桑原正行(神戸大学大学院)
Ⅰ
はじめに
歴史的に財務諸表における重要性が貸借対照表から損益計算書へ移行した時期につ
いては,さまざまな見解が見られるが,1930 年頃をその転換点として位置づけてい
るのが会計理論上一般的である。このような議論において最大の焦点は,損益計算書
への重点移行はどのような要因によってもたらされたのか,そして,1930 年頃を転
換点として位置づけることがはたして妥当であるのかということである。このような
課題を検討するにあたっては,さまざまな要因が考えられるが,20 世紀初頭の会計
実務に影響を与えた外的要因として,企業合併運動,第一次世界大戦,あるいは価格
水準の変化とともに,アメリカ連邦所得課税制度が挙げられている。したがって,こ
の時期における所得課税制度を検討することが不可欠であるように思われる。
さらに,当時(1930 年以前)の会計論者における主要な論点が,株式配当,ある
いは資本と利益の区別といった問題であり,これらの問題は当時の判例において非常
に議論されていたことからも,連邦所得課税制度と財務会計における問題点を切り離
して論じることはできない。特に,損益計算書における利益(所得)概念がどのよう
に認識されていたのかは最も重要な問題である。
以上のような観点から,連邦所得課税制度がさまざまな会計的概念にどのような影
響を与えたか,あるいはどのような影響を受けたのかについて触れながら,所得課税
制度における歴史的展開と,その所得概念における変遷を概観することにしたい。
Ⅱ
戦費調達のための臨時的制度― 20 世紀以前における課税制度―
アメリカ合衆国憲法では,連邦政府が間接税を課す権限を与えていたが,直接税を
課す能力を制限していた。このような制限は,1913 年の憲法修正 16 条によって直接
税が認められるまで継続していたために,それまでの所得税法は,戦費調達等を目的
とする臨時的制度であった。
南北戦争による財政支出の増大のために,歳入の源泉として所得に対する課税を導
入しようという案が提案され,1861 年に最初の連邦所得税法が可決された。その後
も,1894 年の議会で所得税法が可決されたが,翌年の最高裁判所によって違憲と判
決されたために,憲法を修正しようとする動きが生じた。
Ⅲ
現金主義による所得計算― 1909 年法人免許税法―
1895 年の最高裁判所による違憲判決のために直接税を課すことができなくなった
ために,これを回避する所得課税手段として,また,連邦政府が合併運動による大規
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【研究報告Ⅲ1②―桑原】
模な株式会社を規制するための一つの手段として成立したのが,1909 年の法人免許
税法であった。しかし,この法律の規定は,実際に受け取った収益と実際に支払われ
た費用を申告すべきと規定されていたので,会計士は,企業の性質と実務を無視して
いるとして抗議した。これを受けて財務省は,発生主義による所得決定を認めた。
[税務上・会計上の問題]
○固定資産の売却における収益を所得と認識するか
○減耗償却費は必ずしも控除されるべき費用ではないという裁判所の判決
Ⅳ
連邦所得法人税法の成立― 1913 年所得税法―
1913 年 2 月の憲法修正 16 条によって直接税である連邦所得税が認められるように
なった。1913 年歳入法は,関税率の引き下げによる歳入不足を補うためのものであ
り,1909 年の法人免許税法の規定を継承しただけで,歳入目標における政府の期待
も小さかった。
しかしながら,1913 年法の会計に与えた影響はきわめて大きいものであった。課
税所得の決定を支える文書記録を要求するすることによって,税法は会計を義務的な
ものにし,また,会計士は経営者のために納税申告書を作成するという業務を増大さ
せる等,さまざまな社会的な影響を与えた。
[税務上・会計上の問題]
○財産の売却益を所得と認識するか
○保険会社から受け取る金額すべてを所得と認識するか
Ⅴ
会計基準に基づく所得計算―戦時所得課税制度―
第一次世界大戦における戦時所得課税制度は,税率の上昇や 1917 年の超過利得税
の導入等によって,企業への重い税負担を課すようになっていた。この重負担は,税
率が引き下げられ,戦時利得税が廃止される 1919 年まで継続していた。また,1916
年には,納税者は,法令の基準の他に帳簿を記録する方法が所得を正確に反映してい
るならば,帳簿による基準で申告書を作成することができるという選択が与えられた。
このような企業への厳しい課税と企業の自主的経理による所得決定によって,企業
(経営者)は,会計における関心が最も高まっていたと解釈することができる。
[税務上・会計上の問題]
○株式配当を所得とするかどうか
○ 1918 年には棚卸資産の評価基準として低価基準が認められる
Ⅵ
おわりに
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