5 5 随筆 {庸されている口 春夏秋冬と季節に順じて服装は変化す 写生行雑感 るが利便と実用を旨として、ポケットの 多い釣り用チョッキを着用したりするの で、各シーズンとも、私の装身は個性を 失わないようである。 高い山への写生行には、キャンパスも 収容可能なリュックサックを用いるが、 通常はキャンパスを袋に入れて手に持ち、 車輪によって引くことができ、道がなけ れば背負うこともできるキャリーバッグ を用いている。 キャリーバッグには、画材、画架、食 糧 、 衣 類 等 々 約 30 種類の物が納められ、 8 0 c r r Hまどの大きさで、 1 0 k gを 越 す 重 さ で ある。世間ではあまり使われていないの 東京都水道局浄水部長 平岡忠夫 で、奥さんの混乱をさらに増幅させたよ うである。 数年前に、写生行で犬に噛まれたこと があった。朝起きてから好天に惹かれて 近所の奥さんに「お宅の旦那は休日に 急に思いついたので家を出るのは遅くな なると大きな荷物を背負って出かけるが り、裏丹沢の焼山ヘ辿りついたのは午前 なにかご商売でもやっているの」といわ 1 0時 頃 で あ っ た D 焼 山 か ら 黍 殻 山 、 八 丁 れたと、家内が笑いこけたことがあった。 坂を経て、 !;ぴがら 5時 間 後 に よ う や く 姫 次 と い スキーでもない、釣りでもない、登山 うすばらしいポイントに到達した。南方 でもない。行商でもやっているのか、コ には、蛭ケ岳を背景に唐松の古木の群生 ートやズボンに絵の具がついていること 西方の山波の先には富士も見えていた。 から、ペンキ屋の手伝いか・・…・と、思い しかし、冬至の数日後のこと、日照時間 悩んだようよ口というのが家内の笑いで はもっとも短い季節である。写生の時間 あった。 はない。まさに、後髪を惹かれる思いで 折り返しのついた古風なスキー帽、大 下山をせざるを得なかった。 きな襟のついた半コート、裏に毛のつい 明るいうちに里まで降りようと、直滑 た釣り用のズボン、それに登山靴という 降のように山道を馳けくだり、上青根と いでたちは、見る;人を混乱させるかもし いう集落に辿り着いた時には、すでに日 れない口これは長年の経験が生んだ私の は落ちていた。道を尋ねようと集落への 写生行の装身である。 橋を渡る頃から、毛深い中型犬が胡散臭 高い山や酷寒地へ出かける時は、ロシ げに吠えかかり、まとわりついてきた。 アの兵隊のようなぷ厚い外套を、雪渓の ようやく豆腐屋さんといき交い、道を聞 ある山へはアイゼンやスパツツなども準 いた瞬間に右足のふくらはぎに電気の走る 5 6 昭和 6 0 . 5 第3 8 号 ダクタイル鉄管 ような痛みを感むた。一瞬事情がわから なりを発した D 暗い時間であり、普段と なかったが、だが逃げていくのを見て噛 違う私の風態から、お年寄りが私を認識 まれたことを自覚した。 し得なかったのはやむを得ないとして、 私のいでたちは人様のみでなく、動物 知り合いの仲と思っていた犬奴の態度は にもめずらしく映るのか、それまでも犬 許せないと、写生行への弾んだ気持は少 に吠えられる機会は多かった。しかし裏 しばかりしぼんでしまった。 丹沢ともなれば、私の風態に似た登山姿 この日のポイントは、里子猿返しという も多く、犬も馴れ親しんでいるであろう 地名の所で、ブッシュと雪をかき分け這 とたかをくくっていたのが油断のもとだ い上った所である口釜無川と甲斐駒ヶ岳 った。傷の治療に近くの病院にいったが、 が一望できる好点、だけに、風当たりも厳 この日は犬族の気嫌の悪い日で、 3人も しい場所であった。 噛まれた患者がきたということであった。 当日は赤のリュックサックだったが、 風は太陽の上昇に従って強まる感ピで、 正午頃には、体がよろけるほどとなった。 牛は赤布に昂奮するということから発想 雪 原 を 渡 っ て く る た め に 、 そ のJ 令たさは し、以降は赤色などの目立つ色は、なる 肌を刺すようである。しかし、風態はか べく使用しないこととした O んばしくなくとも、折り返しを垂らした 2月 の 写 生 行 は 日 野 春 で あ っ た 口 山 は 早い時間ほど鮮明に見えるので、日の出 前 の 午 前 5時半には家を出た。 スキー帽、襟を立てた半コート、暖かい 釣 り 用 ズ ボ ン の 効 用 はj 両点、である。 カメラマン風の男が崖下から声をかけ たまたま、犬を連れ散歩中の台年寄り てくる。「寒いですか J rそこへはどうや に遇った。知り合いなので、早速朝の挨 っていくのですか」私はコートに手をや 拶をしたが返事がない。聞がもてないの り、足をあげて登山靴を示しながら、「中 で二度、三度と繰り返したが、まったく 途半端な恰好はケガのもと、カジュアル 反応がなく、むしろ避けるように足早に シューズで、は無理です.よ J と答を返す。 家に入ってしまった。犬も一瞬立ち止ま 朝のしぼんだ気持は、いつか昂揚し、 り、けげんそうに私を凝視しながら、う 気分ルンルンの写生行の一日であった。
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