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心の才能

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こ遅
延
心の才能
数年前に、たまたま図書館で見つけた書籍でシンクロナイズドスイミングの世界的コーチである、井
村雅代さんのことを知りました。井村さんの指導法の中に、学校教育や家庭教育のヒントになるものが
たくさんありました。
「言葉で育てる」という意味に触れたときの驚きは、それまで私自身が教師として
子どもたちに発してきた言動が、如何に未熟であったことかを強烈に知らされることになりました。
私たち親や教師は、子どもたちの見える部分での才能を伸ばすことに躍起になっているように思いま
す。25m泳げるようになった。○○大会で優勝した。こうした素晴らしい結果を評価してあげること
で、自信につなげていくことの大切さを認めつつ、こうしたことは一瞬の成果であって、大切なことは、
すぐ次の新たな高みに果敢に向かおうとする姿勢ではないかと思います。井村さんはこんな言葉でその
ことを表現しています。
『できなかったら、才能が無いとか、シンクロにむいていないとかではなく、努力が足りないからだ、
と言うのです。私は、努力出来る能力のことを“心の才能”と言っています。』才能は才能でもいろいろ
な才能があります。スポーツで言ったら走ったり、跳んだりする身体能力でしょうし、他の分野でも音
感や身体の柔らかさや背の高さもそうかも知れません。でも、井村さんは、一番大切なことは心の才能
だと言っています。
こんなふうに書きますと、じゃあ井村さんの心の才能の育て方が知りたくなりますよね。私もそうで
した。でも本を読み続けても、その明確で簡単な答えは書いてありませんでした。井村さんの指導され
ているシンクロの選手たちは、一人ひとり、育ってきた環境も違いますから、当然、持っているものも
違ってきます。でも一つだけ共通点があったように思います。それは、小さいときから「言葉」で育て
られてきた子とそうでない子とでは成長の仕方が違うと言うことです。井村さんは具体的に、その言葉
を「形容詞」という言葉で使われています。
「きれいね、かわいいね、おいしいね。小さいときからそういう形容詞で育った子どもは、打てば響
くというか、次第に感性が磨かれていく。好きとか嫌いとか、そういった薄っぺらな言葉で表現してい
ては、どんなに技術が高くなっても、心に染みる演技はできない。観衆に感動を与えられる演技はでき
ない。
」私は井村さんの数々の言葉の中から、心の才能とは、感性を磨くことではないかと捉えています。
感性を磨くことって、結局はいかにして「本物」や「本気のもの」に触れることではないかと思います。
今の自分に満足することなく、さらに努力を積み重ねていこうとする姿勢を子どもたちに育てられた
ら・・・今からでも遅くないと自身に言い聞かせながら、日々子どもたちに向かい合っていける大人で
ありたいと思います。
年度末を迎えました。保護者の皆様には今年 1 年、矢倉小学校への変わらぬご支援・ご協力そしてご
理解をいただきましたことに心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
校長
五十嵐 信博
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