子育て世代のワークライフバランスと子育て支援

子育て世代のワ ークライフバラ ンスと子育て支 援
利用者の視点から見た地域別民営事業所の課題と行政の役割
平 成 25 年 度 千 代 田 学
研究成果報告書
上智大学経済学部
新井
範子
細萱
伸子
目次
1 . 日 本 に お け る 女 性 就 労 と ワ ー ク ラ イ フ バ ラ ン ス ........................................ 1
1 . 1 . 女 性 の 就 労 に 影 響 す る 要 因 に つ い て の 先 行 研 究 .............................. 1
1 . 1 . 1 女 性 の 就 労 決 定 に か か わ る 需 要 側 要 因 ..................................... 2
1 . 1 . 2. 供 給 側 の 要 因 ......................................................................... 3
1 . 1 . 3. 地 域 間 格 差 ............................................................................ 4
1 . 1 . 4 . 自 己 実 現 と 子 育 て 方 針 .......................................................... 5
1 . 2 . 子 育 て 女 性 と ワ ー ク ラ イ フ バ ラ ン ス ............................................... 5
1 . 3 .ワ ー ク ラ イ フ バ ラ ン ス と サ ー ビ ス 利 用 .............................................. 6
1 . 4 . 研 究 の 枠 組 み .................................................................................. 8
2 . 居 住 地 と し て の 千 代 田 区 の 特 性 ................................................................ 9
2 . 1 .千 代 田 区 に お け る 地 域 区 分 ............................................................... 9
2 .2 .千 代 田 区 に お け る 人 口 ....................................................................... 12
3 . 千 代 田 区 ワ ー キ ン グ マ ザ ー の ワ ー ク ラ イ フ バ ラ ン ス 調 査 ......................... 16
3 . 1 . 調 査 概 要 ...................................................................................... 16
3 . 2 . 育 児 の 分 担 に つ い て ..................................................................... 17
3 . 3 . 千 代 田 区 で 育 児 を す る 理 由 ........................................................... 17
3 . 4 . 利 用 し て い る サ ー ビ ス と お 稽 古 事 ................................................. 18
3 . 5 . 育 児 と 仕 事 で の 自 己 実 現 に つ い て ................................................. 18
4 . 千 代 田 区 内 の 保 育 施 設 、 保 育 サ ー ビ ス へ の 調 査 ...................................... 19
4 . 1 . 利 用 者 の 特 徴 ................................................................................ 20
4 . 2 . 制 度 上 、 施 設 上 の 特 徴 .................................................................. 21
4 . 3 . 民 間 の 保 育 サ ー ビ ス 企 業 へ の 調 査 ................................................. 21
5 . 総 合 的 な 考 察 .......................................................................................... 22
5 . 1 . キ ャ リ ア 女 性 の 千 代 田 区 定 着 ........................................................ 22
5 . 2 . 千 代 田 区 在 住 キ ャ リ ア 女 性 の ワ ー ク ラ イ フ バ ラ ン ス ...................... 22
5 . 3 . キ ャ リ ア 女 性 た ち の 子 育 て サ ー ビ ス ニ ー ズ ................................... 23
5 . 4 、 ハ イ レ ベ ル 教 育 地 区 と し て の 千 代 田 区 の 可 能 性 ............................ 24
謝辞
本研究の遂行に当たりまして、調査にご協力いただきました皆様に心より感謝
申し上げます。調査の匿名性の関係からお名前を挙げることができませんが、
皆様のご協力に支えられて研究を遂行することができました。提供いただいた
データの解釈に関する責任は、あくまでも執筆者のものであることを申し添え
ます。
1
1.日本における女性就労とワークライフバランス
現在、日本においては、女性の就労環境を改善し、就労を後押しし、労働力
を確保さらには、世帯所得の増加につなげていこうとする動きがみられる。内
閣府男女共同参画局に代表されるように、ほとんどの自治体では女性の就労支
援のための部署を設けたり、就労支援の施策を行っている。
日 本 の 女 性 の 就 労 状 況 に お い て は「 M 字 カ ー ブ 」と い わ れ る よ う に 、女 性 の
労 働 力 率 ( 15 歳 以 上 人 口 に 占 め る 労 働 力 人 口 ( 就 業 者 + 完 全 失 業 者 ) の 割 合 )
は,結婚・出産期に当たる年代に一旦低下し,育児が落ち着いた時期に再び上
昇 す る こ と が 知 ら れ て い る 。ま た 近 年 で は 、そ の M 字 部 分 の 谷 が 浅 く な っ て き
たことも指摘され、女性の社会進出が増加したことを示している。男女共同参
画基本法の整備などにより、女性の社会進出の環境が整いつつあるが、日本に
お い て は 世 界 的 な 基 準 か ら み て も 、ま だ ま だ 立 ち 遅 れ て い る 。2013 年 に 発 表 さ
れた世界経済フォーラムが発表した「グローバル・ジェンダー・ギャップ・レ
ポ ー ト 」に よ る と 、日 本 の 女 性 の 社 会 進 出 度 は 135 か 国 中 101 位 と な っ て い る
( 厚 生 労 働 省 2011)。
女性、特に子育て期の女性がそのキャリアを追求するためには、配偶者であ
る夫の協力も大きな要因となる。そのためにも女性の就労支援のみならず、す
べての人々が仕事と仕事以外の生活を望むようなバランスで維持できる社会が
望まれる。このような思想はワークライフバランスという用語で表現され、女
性においても、仕事と家庭での生活の調和というワークライフバランスをどの
ように考え、個人個人がどのような人生を実現させていくのかも同時に大きな
テーマとなってきている。
本 研 究 で は 、日 本 の 中 心 的 な 都 市 部 で あ る 千 代 田 区 に お い て 働 く 母 親 た ち が 、
どのようにワークライフバランスを実現させ、そのためにどのようなサポート
が必要なのかを調査により明らかにしていく。以下では、まず先行研究を用い
て、女性のワークライフバランスと関連する要因の整理を行う。その際に、ワ
ークライフバランスだけに着目するのではなく、就業継続や就業決定に関する
要因を整理することで、女性の就業継続とそのうえでのワークライフバランス
の達成という2段階の要因を明らかにする。
1.1.女性の就労に影響する要因についての先行研究
女性の就労決定について説明する方法は、最も大きな枠組みでいえば、需要
側の要因と供給側の要因に分けられる。需要側の要因とは、雇用する企業やそ
1
こでの就業機会の量や内容である。供給側の要因とは就労する女性の側の要因
である。就労を必要とするニーズの問題、就労によって得られる金銭的報酬、
す な わ ち 収 入 の 多 寡 や 内 容 に 対 す る 希 望 、更 に は 金 銭 的 報 酬 以 外 の 精 神 的 報 酬 、
たとえば自己実現や社会への参画感として説明することができる。
1.1.1女性の就労決定にかかわる需要側要因
需要側の要因としての労働市場での就業機会、すなわち求人数については、
景気の変動を別にすれば、少子高齢化の現在、基本的に潜在的な雇用機会は多
いものと考えられ、むしろ現在の政府が目標とするように、少子高齢化による
労働力減少問題の解消のため、あるいは優秀な人材の活用のため、女性の就労
率を上げようとする動きがある。
もう一つの要因である就労の質については、典型的に例としてあげられるの
が、企業における女性の管理職比率の低さであり、なんらかの理由で企業は女
性に魅力的な就業機会を提供できていないと考えられている。この問題に対し
て は 、ポ ジ テ ィ ブ ア ク シ ョ ン( PA)と 呼 ば れ る 女 性 の 活 用 促 進 の た め の 取 り 組
みが大々的に繰り広げられている。女性の活用を促進するために、男女雇用機
会 均 等 法 が 1988 年 に 導 入 さ れ て 以 降 、す で に 30 年 近 く た つ の に も か か わ ら ず 、
企業における状況が思うように改善されない原因の一つとして、企業の女性雇
用 に 対 す る 姿 勢 が 検 討 さ れ て い る 。牛 尾( 2009)は 企 業 の 女 性 活 用 施 策 は 長 年 、
企業における社会的責任の立場から、男女平等を達成するべく推進されてきて
おり、有能な女性を活用するという人材戦略の立場にはたってこなかった可能
性を指摘している。すなわち、男女平等を達成するために、すべての就労支援
が必要な女性に均等に手当てをすることが施策の基本的な考え方にある以上、
企業としての利益率を追求するという姿勢はそぐわない。むしろ、権利擁護や
そのための福利厚生としての意味合いが強くなりがちで、企業の立場からすれ
ば、女性の活用は利益に直結しないコスト的側面を強く持つ。コストの増大は
効率的な経営を目指さざるを得ない企業にとって、魅力的ではない。一方近年
注 目 さ れ る 人 材 戦 略 と し て の PA は 有 能 な 、 換 言 す れ ば 企 業 に と っ て 貢 献 度 の
高い優秀な女性を重点的に支援する枠組みとなる可能性があり、より魅力的で
ある。
もっとも、この枠組みによって、子育てなどの家庭責任の大きくなりやすい
女性にとって、望ましい働き方となるのか、ワークライフバランスを極端に乱
す も の と な る の で は な い か と い う 指 摘 も あ り ( 上 野 2013)、 問 題 の 短 期 的 な 解
決ができるようなものではない。
そ れ で も な お 、企 業 の 利 益 追 求 と 女 性 の 能 力 発 揮 の バ ラ ン ス を 考 え る な ら ば 、
2
こうした枠組みは今後も重点的な課題となっていくものと思われる。その場合
とくに、女性が十分に能力発揮をして、従来の男性の補助的な立場から脱する
ためには、ワークライフバランスの保持を単に企業の内部問題とするのではな
く、ワークライフバランスそのものの内実の探求や地域などとの連携も含めた
より大きな視点から検討、解決するべき問題と思われる。
1 . 1 . 2. 供 給 側 の 要 因
女性の就労については、環境の整備と同時に本人の就労意欲が問題となる。
この就労意欲は、第一に、女性を取り巻く環境、たとえば夫の収入、扶養家族
としての地位との関連で検討されてきた。たとえば、伝統的に女性の就労決定
の メ カ ニ ズ ム を 検 討 す る 際 に 用 い ら れ て き た 、ダ グ ラ ス =有 沢 の 定 理 に よ れ ば 、
女性の就労決定は配偶者の経済状況に依存する。つまり、世帯の経済状況が十
分によい場合には、女性の家計補助としての就労ニーズが存在しないため、女
性の就労意欲はそがれると考えられる。
家 計 補 助 者 と し て 女 性 を と ら え る 場 合 、日 本 の こ れ ま で の 社 会 的 文 脈 に 従 え ば 、
パート労働者としての子育て終了後の労働市場再参入や、子育て時期の育児責
任を果たしながらの就労がより一般的である。実際に、女性労働力の構成を就
業形態別にみた場合、女性がパート労働者として働く比率は、男性のそれより
も 圧 倒 的 に 高 い (樋 口 2009)。
さ ら に 、日 本 で 特 に 問 題 に さ れ る 103 万 円 の 壁 、つ ま り 被 扶 養 者 と し て の 恩
典 を 利 用 す る た め に は 、女 性 が 103 万 円 以 上 の 年 収 を 持 た な い 方 が よ い と い う
制度上の条件が、女性の就労意欲をそぐという意見も根強い。
ここで問題となるのは、女性の就労動機が家計補助であるか否かと被扶養者と
いう枠組みの利用という、あくまでも家計や主たる家計支持者としての配偶者
の存在である。そのため、高学歴の女性で、家計補助的なすなわちパートなど
の配偶者よりも確実に収入の低くなる労働形態をとらず、また被扶養者枠組み
によって提供される税制上の恩典を利用するよりも有利な収入を獲得できる可
能性のある正規従業員タイプの女性には、こうした枠組みからの説明は不十分
であると思われる。
供 給 側 の 女 性 の 実 態 は 、こ う し た 賃 金 額 以 外 の 問 題 と も 関 連 が 深 い 。と く に 、
子育て役割の負担を女性が担いやすいため、子育て女性に対する支援がその就
労意欲と関係すると考えられる。実際に、女性が子育て負担のために、どんな
に優秀であってもその職業生活上不利にならざるを得ず、その不利の内容を分
析し、また解消する支援を検討する研究は、国内にとどまらず海外でも、また
アカデミックか否かにかかわらず、その成果が盛んに出版されている。その不
3
利を解消するための支援策の一部は、自治体による育児支援施設、すなわち保
育施設の整備や提供、企業によるそうした施設の設置や勤務体制の柔軟性や経
済的支援を増す施策の運営、および精神的負担の軽減を目指す企業風土の醸成
な ど と し て 指 摘 さ れ て い る (樋 口 2009)。
1 . 1 . 3. 地 域 間 格 差
女性の就業決定に関する分析は、地域格差を考慮して行うこともある。基本
的に、女性の就労決定に関する諸要因の検討は、さまざまなデータセットの分
析による実証研究である。その際のデータセットには、官庁統計のような全国
規模のデータ、比較的小規模なアンケート調査のデータなど様々なものがもち
いられる。近年の研究では、全国規模のデータを用いて、地域間格差を明らか
にするための分析も行われている。就労の決定が市場の条件によって左右され
やすく、また実際に個人が接触する労働市場は、特に配偶者を持つ子育て期の
女性の場合、居住地に近いものとなりやすいこと、さらに労働市場は本質的に
地域に根差したものとなりやすいことを考えれば、きわめて自然な傾向ともい
える。
居住地単位の分析によって、子育て期の女性が必要とする支援が受けやすい
地域と受けにくい地域、あるいは支援の質が地域によって異なる可能性も明ら
か に な っ て い る ( 武 石 2009)。
特に大都市圏に居住する女性の就業決定に関する分析によって、大都市圏で、
特に若年層から子育て期にかけての女性の非労働力化が進みやすいという事実
が明らかになっている(橋本=宮川
2008) 。 大 都 市 圏 の 女 性 は 、 そ れ 以 外 の
女性と比較して高い比率で就業希望を持つにもかかわらず、その機会に恵まれ
ているとは言えない。その理由は、大都市圏に居住する女性は、保育園の待機
児童問題や育児を手伝ってくれる親との同居や近い距離での居住が困難である
と い う 、 不 利 な 条 件 に お か れ や す い た め で あ る と 考 え ら れ て い る 。 ( 橋 本 =宮
川
2008; 武 石
2009) 。 ま た 配 偶 者 の 賃 金 は 大 都 市 圏 の ほ う が 高 く 、 就 業 構
造的にはサービス業が多いため、パートでの就業機会のほうが多くなりがちで
あること、それゆえ女性労働者本人の賃金は低くなりがちであること、さらに
は大都市圏のほうが通勤時間を含めた就労にかかわる拘束時間が長いことなど
も、大都市圏の女性の就労率を引き下げる要因として働くと考えられている。
こ う し た 状 況 に か ん が み て 、大 都 市 圏 で の 短 期 的 な 女 性 就 業 率 の 引 き 上 げ に は 、
まず改善がしやすい問題として、公共育児支援サービスの充実、特に待機児童
問題の解消が重点的な課題として提言されている(橋本=宮川
4
2008) 。
1.1.4.自己実現と子育て方針
女性の就労には上述の環境要件に直結する問題と同時に、女性自身の意欲、
マインドセットの問題が残る。モチベーションの理論では、最も高次の欲求と
して自己実現、すなわち自らの能力伸長や可能性の追求があることが知られて
いる。一方で、モチベーションはその主観的な自らの能力や成功の可能性の判
断によって左右されるともいわれる。したがって、実際には意欲の向上には、
自らの自己実現をめざす気持ちを維持するように、環境を整備することが求め
られる。
女性の就労決定には、短期的な公的支援、特に待機児童問題が解消されたと
しても、大きな課題が残る。それは、子育てにおける方針の設定やその実現に
関する満足や納得感の問題である。とくに大都市圏で見られるような、高学歴
の女性には子育て期の子どもの教育問題が大きな関心を集めるようになってい
る。日本の高学歴女性における就労率は、他国との比較においても低い。また
高学歴女性は大都市圏に多く、大都市圏特有の問題が、高学歴女性の就業率を
引き下げているものと考えられる。人的資源への効率的な社会的投資という側
面から考えると、これは非効率な状態であるのだが、状況は改善せず、この問
題は現在の政府の重点課題とも密接にかかわるようになっている。
本 田( 2005)は 現 代 高 学 歴 女 性 の 問 題 と し て 、子 ど も の 教 育 へ の 注 力 に よ る
自己能力の証明を指摘している。さらに、近年の実証研究によって、有業の女
性であっても、学歴が高いと子どもの教育にかける時間や労力、コストが大き
く な り が ち で あ る こ と を 指 摘 し て い る ( 本 田 2008)。 明 確 な メ カ ニ ズ ム は 明 ら
かになっていないものの、高学歴女性にとって子どもの教育問題は極めて重要
であり、有業女性の場合は、この問題にかける時間および支援がさらに必要と
なることを示唆する。
1.2.子育て女性とワークライフバランス
ワークライフバランスという用語は、すべての国民が基本的人権の一部とし
て 達 成 す る べ き も の で あ り 、そ の 実 現 に 向 け た 社 会 は 、
「国民一人ひとりがやり
がいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域
生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様
な 生 き 方 が 選 択 ・ 実 現 で き る 社 会 」 と な る も の と し て 定 義 さ れ て い る 1。
子育て期の女性については、上で見たような労働の機会を確保することに加え
て、
「 老 若 男 女 誰 も が 、仕 事 、家 庭 生 活 、地 域 生 活 、個 人 の 自 己 啓 発 な ど 、様 々
1内 閣 府 ホ ー ム ペ ー ジ 「 仕 事 と 生 活 の 調 和 と は ( 定 義 )
」
( http://wwwa.cao.go.jp/wlb/towa/definition.html) 参 照
5
な 活 動 に つ い て 、自 ら 希 望 す る バ ラ ン ス で 展 開 で き る 状 態 で あ る 。」と 述 べ ら れ
ていることからも、自らの意志と希望に従って行動することができる環境が整
備されていることを必要とする。
したがって、上で検討したように、高学歴の女性が自らの子どもの教育に積
極的にかかわりながらも、自らのキャリアを追求することを希望するならば、
それが実現できること、またそのための家庭内での支援が可能になるよう男性
がかかわることもまたワークライフバランスの一部であるといえる。一方で、
就労決定の条件が、地域によってまた本人の状況によって大きく左右されるの
であるならば、その状況に根差した分析が、ワークライフバランスの検討には
必要である。
1 . 3 .ワ ー ク ラ イ フ バ ラ ン ス と サ ー ビ ス 利 用
あくまでも多忙な子育て女性にはサービスを利用する機会も多い。また子育
てや家事に費やす時間を節約するためのサービス消費が不可欠であること、そ
うしたサービスによって、ワークライフバランスの向上が見込まれることも想
定される。そこで以下では、子育て年齢の既婚女性について、子供の有無と職
業の有無によって女性による消費の特徴を見た調査を概観し、彼女たちが選択
するサービスの特徴について明らかにする。
表 1 ライフスタイルや生活行動について(女性調査)
環境によいものはやや
高くても買う
「上流」と言われる人た
ちのライフスタイルにあ
こがれる
流行の商品や新製品を
いち早く購入するほうだ
子育て有
職女性
子育て専
業主婦
子育て
女性全体
ディンク
ス女性
未婚
女性
25~29
歳
30 代
40~
45 歳
23.8
15.8
16.7
21.4
16.0
16.2
17.9
17.1
14.6
15.0
17.0
22.3
20.3
16.9
12.3
6.5
7.3
9.2
10.7
9.6
8.2
7.5
21.3
11.3
ロハスなライフスタイル
17.5
13.7
13.8
22.8
18.0
17.3
16.2
16.4
を目指している
普段からおしゃれを楽し
31.3
26.8
27.5
36.4
33.0
36.5
29.3
27.4
んでいる
食費はなるべく抑える
40.0
46.6
45.5
30.6
35.0
47.2
41.0
28.1
日々の食事は手間をか
41.2
40.6
34.0
27.7
38.6
37.4
30.8
けても自分で作って食
33.8
べる
ほどほどの生活ができ
65.3
63.3
57.3
56.3
57.4
60.8
64.4
50.0
ればいい
該 当 す る ラ イ フ ス タ イ ル 項 目 に つ い て 、「 子 育 て 有 職 女 性 」 や 「 子 育 て 専 業 主 婦 」 の 特 徴 が わ か り や
すい主な項目、太字、網掛けは項目ごとの回答者全体の平均値より高い比率
日 本 経 済 新 聞 社 産 業 地 域 研 究 所 ( 2008)
p26 よ り 転 載
調査によれば、他のタイプの女性に比較してライフスタイルや生活行動に関
6
する意識の点では、ディンクスや未婚の女性に近く、専業主婦とは異なる傾向
に あ り 、 消 費 意 欲 も 旺 盛 で あ る 。( 日 本 経 済 新 聞 社
産業地域研究所
2008)
また、サービス消費と関連付けられるような、他のタイプの女性と比較での、
特 徴 が い く つ か あ る 。 そ れ ら の 特 徴 は 、「 時 間 が な い 」、「 子 供 の 安 全 、 安 心 」、
「子供の教育」である。
第 1 に、子育て有職女性の「時間がない」という特徴は、他のタイプの女性
に比較して特定のサービス消費を喚起している。特に、省力省時間につながる
商品やサービス分野が有望である。省力化家電など「時間を買う」商品や、サ
ービスは、多少値段が高くても日常生活でのゆとりを得るために必要となって
くる。
表 2 子育て有職女性が利用しやすいサービス
1.省 力 家 電 の 利 用 ( 未 婚 女 性 の 2 倍 )
2.掃 除 代 行 か ら 家 事 全 般 の 代 行 ま で
3.ベ ビ ー カ ー 用 意 す る 百 貨 店
4.ネ ッ ト 通 販 、 ネ ッ ト ス ー パ ー の 利 用
5.調 理 済 総 菜 の 利 用(「 こ の 一 年 に 総 菜 や 弁 当 の 利 用 が か
な り 増 え て い る 率 」 が 全 体 よ り 15.3% た か い )
6.国 内 製 、 国 産 素 材 の 冷 凍 食 品 の 利 用
7.一 時 預 か り 保 育 の 利 用
第 2 に 、 子 供 の 安 全 に 関 心 が 高 い と い う 特 徴 は 、子 供 の 食 品 安 全 に つ な が る
なら多少支出増もいとわない傾向と関連する。子供の防犯の面で、特に子育て
有職女性において、学校の放課後対策から携帯電話まで幅広いジャンルで安全
対策の支出が増えている。
表 3
子供の安全に対応したサービス
1.強 い 安 全 意 識
・放課後の安心政策(アフタスクールなどの利用率は専業主婦より6%高い)
・保育園とベビーシッターの利用
・食品安全性の強く意識(値段が高くても、安全安心が最優先)
2.携 帯 の 保 有 ( 6~12 歳 の 携 帯 保 有 は 07 年 で 3 割 )
第 3 に、子供の教育への関心も高い特徴は、習いごとから幼稚園、中小学校
7
の受験対策、子供とともに楽しめる体験型イベントまでの、幅広い注目と関連
している。
表 4 子育て有職女性の教育関連サービス利用内容
1.習 い ご と ( 公 園 や 自 然 な 環 境 で の 遊 び の か わ り )
2.学 力 や 就 職 へ の 教 育 投 資 の 加 速 ( 受 験 対 策 塾 の 利 用 )
3.子 供 と と も に 楽 し め る 体 験 型 イ ベ ン ト ( 教 育 や 体 験 関 連 が 多 い )
4.教 育 系 の 知 育 玩 具 の 利 用
このように、こうしたサービスの内容面での充実やサービスへのアクセスの
向上は、子育て女性に対する支援策の一部となる。就業決定の先行研究によっ
てみるならば、圧倒的に困難が感じられるのは乳幼児に対する保育サービスで
あるのだが、ワークライフバランスの視点によると、より幅広い年齢層の子供
を持つ有職女性へのサービスも、支援の一部として視野に入ってくることがわ
かる。
1.4.研究の枠組み
以上のような先行研究を参考に以下のような研究の枠組みを作成した。
図1は、居住者である母親、女性就労者が居住する地域の特性やそのサービス
提供状況を参照しながら、自らの状況を開拓していくことを念頭に置いて作ら
れている。つまり、千代田区内部の地区別特性を整理した上で、特定の地域を
選定し、そこでのニーズやサービスの提供状況を明らかすることが第一の目的
である。その結果を検討することによって、千代田区内の子育て女性のワーク
ライフバランスに対するイメージのさらなる向上に向けて提言をする。
就業の決定、維持、更にはワークライフバランスの達成については、学歴、
子育て方針などの複数の要因が想定されることが先行研究から明らかである。
そのため、実際の調査に当たっては、サンプルを限定し、特定のクラスターに
ついてのみ集中して議論する。実際には、麹町周辺の番町地区を選択したので
あるが、以下では、その選択理由となった地域特性と人口分布の状況について
検討する。
8
図 1 調査フレームワーク
2.居住地としての千代田区の特性
2 . 1 .千 代 田 区 に お け る 地 域 区 分
2007 年 に 千 代 田 区 は 将 来 の 地 域 開 発 イ メ ー ジ を 発 表 し て お り 、 そ の 内 容
は こ れ ま で の 地 域 の 伝 統 を 生 か し つ つ 、よ り ふ さ わ し い ビ ジ ネ ス 、生 活 環 境
の整備を目指している。具体的な地域割りは、以下の図2のとおりである。
こ の う ち 、居 住 者 人 口 が 多 い の は 、皇 居 の 北 側 に 広 が る 、番 町 、富 士 見 、神
保 町 、万 世 橋 、神 田 公 園 、和 泉 橋 諸 地 区 で あ り 、大 手 町・丸 の 内 ・有 楽 町 ・
永 田 町 地 区 は 、面 積 は 大 き い も の の 、居 住 者 の ほ と ん ど い な い オ フ ィ ス 地 区
で あ る 。さ ら に 、首 都 高 速 を 境 に 、番 町・富 士 見 町 地 区 と 、そ の 他 の 神 保 町 、
万 世 橋 、神 田 公 園 、和 泉 橋 地 区 は 、次 節 で 検 討 す る よ う に 、歴 史 的 に も 異 な
るタイプのコミュニティが確立されている。
図 2 将来の地域開発イメージ
http://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/machizukuri/toshi/kekaku/chiikibetsu.htm
9
以 下 で は 、ま ず 、千 代 田 区 の ホ ー ム ペ ー ジ に よ っ て 、各 地 区 の 特 徴 を 整 理 し
た。
今回の調査研究とかかわる地域は、富士見、番町地域、とくに番町地域が中
心 で あ る 。番 町 地 域 は 、JR 四 ツ 谷 、市 ヶ 谷 、地 下 鉄 麹 町 、赤 坂 見 附 、半 蔵 門 を
含 む 地 域 で あ る 。富 士 見 地 域 は 、JR 市 ヶ 谷 か ら 飯 田 橋 、地 下 鉄 九 段 下 を 含 む 地
域 で あ る 。 神 保 町 地 域 に は JR 神 田 、 お 茶 の 水 、 地 下 鉄 神 保 町 が 、 神 田 公 園 地
域 に は 、JR 神 田 、地 下 鉄 小 川 町 、淡 路 町 が 、万 世 橋 地 域 に は JR 秋 葉 原 駅 、地
下 鉄 末 広 町 、 お 茶 の 水 、 そ し て 、 和 泉 橋 地 域 に は 地 下 鉄 岩 本 町 駅 、 JR 秋 葉 原 、
神田駅が含まれる。以下で見るように、千代田区は地域によっては夜間人口あ
るいは定住人口が極端に少なく、区民の子育て支援という点ではニーズがほと
んど存在しないものと思われる。
そこで本節では、前述の地域別開発計画の資料を整理することで、地域ごとの
生活イメージを明らかにする。
以下の表5は、千代田区の地域開発計画における地域区画ごとにその環境を
土地利用、住宅・住環境、業務・商業環境、都市施設、市街地の項目ごとに整
理 し た も の で あ る 。特 に 今 回 の 調 査 と の 関 係 で は 、住 宅・住 環 境 の 項 目 の 中 で 、
夜間人口・昼間人口の関係、ファミリー層居住と少子高齢化について、さらに
伝統的な下町的な職住接近と業務商業環境の変化、住宅環境と土地利用などが
言及されている点が注目される。すなわち、これらの環境が相まって、その地
域の居住者人口の実情を形作っている。そのため、本調査研究が取り扱う、子
育て支援についても、より的確に検討を行うためには、地域ごとの居住者の性
格や子育て実態の特徴に応じて、調査項目を調整する必要があるといえる。
10
表 5 千代田区における地域別環境条件のまとめ
土地利用
富士見地域とともに
住居系用途が比較的
高い割合で指定
他地域に比ベ、教育
文化施設や住宅が比
較的多く、建物の総
床面積に対する住宅
番
床の割合が区内で最
町
も高い
近年では、オフィス
の立地が多くみられ
る
屋敷町だったため敷
地規模の大きなもの
が多い
番町地域とともに住
居系用途が比較的高
い割合教育文化施
設、医療施設、住宅
富
に利用割合か高い
士
近年では、住居系用
見
途地域においてもオ
フィス化
幹線道路沿道には
商業業務施設が集積
全域が商業地域に指
定
職商と住が共存する
にぎわいのある下町
和
型のまちから、中小
泉
の事務所ビルとして
橋
活用された業務事務
所
各種の問屋街等、独
特の産業集積
商業地域
事務所の利用が 7 割
神
強、業務地化が進む
保
神田の他地域と比ベ
町
住宅割合が比較的高
く、複合市街地化
住宅・住環境
住宅が多い地域
区の夜間人口の 3
割がこの地域に居
住
住宅地として落ち
ついたたたずまい
が比較的良く保た
れている
近年では業務地化
の進行、生活利便
施設の減少など、
住環境や暮らしへ
の影響
業務・商業環境
都市施設
大 使 館 、公 的 機 関 、 江 戸 期 か ら 引 き 継
ホテルやオフィス がれた街路が、現
等、多様な施設が 在のヒューマンス
ケールの街並みを
多くある
全体として中層の 形成
比較的大規模なオ 街区規模に比較し
フィスピル・住宅 て狭い街路や行き
と、小規模なオフ 止まりとなってい
ィスがモザイク状 る街路もみられ
る。
に入り混じる
外濠公園などの
麹町大通り沿道に
は、低層部に店舗 まとまりのある緑
の入った中高層オ やオープンスぺー
フィスビルが並ぶ スに恵まれる
全般的に環境の良
い住宅地、区の夜 教育施設や大規模 幹線道路は整備
間人口の約 2 割が な医療施設、文化 地区内交通を処理
この地域に居住
施 設 、ホ テ ル な ど 、 す る 道 路 に は 細 街
寮や集合住宅が多 多くの来街者が訪 路多い
く 、 高 齢 者 (65 歳 れ る 施 設 が 集 積
身近な公園は少な
以 上 )の 割 合 は 区
靖国通り目白通り いが、大規模な公
内で最も低い
沿道にはオフィス 園・オープンスペ
ース、教育施設内
業務地化の進行に ビルが集積し
伴 い 、人 口 が 減 少 、 二 七 通 り ・ 早 稲 田 の 緑 に も 恵 ま れ る
日常生活に必要な 通り沿道には商店 都市計画道路は概
ね整備
店舗が減少するな 街
ど、住環境に影響
1 世帯当たりの人 独特の産業の集積 幹線道路や区画道
を大きな特徴とし 路によって整然と
員 が 2.29 人 と 高
た、個性と活力あ したまち
い
内側には細街路も
ファミリー世帯が る下町型の業務,
商業地が形成され 多い
住み続けている
問屋街では荷捌き
高齢化人口減少が ていた
業務地化の進行に スペースの不足
続く
住商混在によるに ともなってその個 にぎわう秋葉原と
神田駅
ぎわいある下町的 性も失われる
な住環境は損なわ 特徴の少ない業務 和泉公園や児童遊
れ、コミユニティ 主体の市街地ヘの 園など、十分とは
いえない
変化
も形成しにくく
幹線系道路は概ね
整備、それ以外は
近年夜間人口が減
文化的な雰囲気の
幅員の狭い道路も
少
ある商業・業務施
多い
昼間人口に対する
設の集積地
白山通りは幅員
割 合 は 約 30 分 の 1
大規模オフィスに
40m の 都 市 計 画 道
高齢化
よる公開空地の整
路として整備
空問的なゆとりや
備により、広場や
大規模な公園・緑
うるおいに乏しい
緑地が創出
地がなく、身近な
職住近接の下町ら
身近な緑や空地に
緑も乏しい
しさも失われつつ
乏しい環境
駐車スペースの不
ある
足等で、路上駐車
11
市街地環境
質の高い落ち
着いた住宅地の
雰 囲 気 、麹 町 大 通
り 沿 道 の 活 気 、大
規模施設による
ゆったりとした
緑豊かさ
防災の面からは、
細街路の多い地
区 も あ り 、オ ー プ
ンスぺースの重
要性が高まる
落ちついた雰囲
気 の 街 並 み 、幹 線
系道路を軸とし
たにぎわいのあ
る街並み等が形
成されている外
濠 、内 濠 な ど の う
るおいある水辺
の空間が良好な
景観
地域の個性と魅
力を創出する資
源に恵まれる
幹線系道路沿道
以 外 は 、小 規 模 な
ビルの建て詰ま
り、
ゆとりに欠けた
街 並 み 、防 災 上 の
課題
学 生 街 、オ フ ィ ス
街 、書 店・古 書 店
街 、印 刷・出 版 社
街など多様な顔
を持ち、様々な
人々が訪れて活
気のある街並み
が形成
オープンスヘー
スや緑の重要性
が高まっていま
す。
商業地域商業・業
務施設の割合が高い
神
非常に小規模な街区
田
近年、商業施設と住
宅が減少
人口減少が著し
い夜間の人口は昼
間 の 人 口 の 約 30
分の1高齢者の割
合 は 25.3%と 区 内
で最も高い地域コ
ミュニティの衰退
が懸念される
生活利便施設生活
必需品を扱う店な
ど )も 減 少 す る な
ど、
中層の小規模な
業務ピルが多く林
立し、緑とゆとり
に乏しい業務地商
業施設が立地し、
働く人も多い
スボーツ用品店、
大学もあり、若者
でにぎわう
業務ピルは他地区
のものと比ベると
規模は大きく、公
開空地も
商業地域
商業地、神田明神周
辺の情緒ある下町的
万
な住商混在地
世
駿 河 台 に は 教 育 ,文
橋
化・医療施設や大規
模なオフィスピル
多様な顔を持つ地域
人口密度が他の地
域と比較して高い
依然としてファミ
リー世帯が住み続
けている
高齢化や人口減少
が続く
下町型の住環境の
悪化やコミュニテ
ィの衰退が懸念
電気街では広域的
な集客力によるに
ぎわい
関連した業務施設
が多く立地
淡路町・須田町地
区を中心に歴史あ
る飲食店等も多く
みられる
皇居外苑・日比谷
公園を除き、商業地
膨大な昼周人口
大 域、都心としての高
従業者を有する
手 度な都市機能の集
昼夜間人口比は約
町 積、敷地規模が大き
600 倍
く、街区単位のまと
まった土地利用
官公庁施設や中
枢的機能をもつ企
業の本社ビル
全域で整然とした
オフィス街が形成
身近な公園は少
なく、オープンス
ぺースは不足幹線
系道路は良好に整
備 幅 員 4m 末 満 の 道
路も多く、下町ら
しさの残る路地空
問
街区はほぽ整形、
細街路も多い
路上駐車が多く、
交通混雑
公園・広場等のオ
ープンスぺースは
不足
独特の都市構造が
形成
膨大な昼間人口
交通網や、供給処
理施設、光ファイ
パー網などの都市
基盤が高度に整備
看板や広告が建
ち並ぶ特徴ある
街並み緑やオー
プンスぺース不
足 、う る お い に 乏
しい景観
独特の街並みが
形 成 さ れ 、活 気 の
あるまち
下町的な雰囲気、
地域の個性と魅
力を演出する資
源
うるおいに欠け
た街並みや防災
上の課題
東京の顔、首
都・都心の顔
風格あるまちな
み
水都としての名
残
出所:千代田区ホームページより筆者作成
結 果 と し て 、番 町 、富 士 見 町 地 域 に は 、伝 統 的 に 落 ち 着 い た 住 宅 地 の イ メ
ー ジ や 資 源 が あ り 、現 在 で も そ れ ら は 継 続 し て い る 。さ ら に 別 の HP に よ れ
ば 、そ の 地 域 で の 居 住 ニ ー ズ に こ た え る た め 中 高 層 住 宅 を 積 極 的 に 誘 致 し よ
う と し て い る 。一 方 で 、神 田 周 辺 の 諸 地 区 に は 伝 統 的 に に ぎ や か な 商 業 地 域
が あ り 、そ こ に は 住 民 が い た 。近 年 で は 高 齢 化 が 進 ん で い る た め 、単 身 世 帯
の 増 加 が あ る も の と 思 わ れ 、地 域 に お け る 設 備 の 再 整 備 が 、商 業 地 域 の 活 性
化 と と も に 望 ま れ て い る 。ま た 地 域 に よ っ て は 、基 本 的 に は 商 業 地 域 で あ り 、
人 口 も 少 な く 、子 育 て 支 援 の 調 査 対 象 と は し に く い こ と が 分 か っ た 。こ こ か
ら、以下での人口データに関する整理では、地域ごとの状況を概観した後、
首 都 高 速 を 境 と し て 、番 町・富 士 見 町 地 域 と 、神 田 諸 地 域 で 分 け て さ ら に い
くつかの指標を検討する。
2 .2 .千 代 田 区 に お け る 人 口
12
前節で整理した地域ごとの男女別人口と世帯数を国勢調査の結果からみると、
以下の通りである。地区別にみると、番町地域が最も人口が多く、富士見地区
が そ れ に 続 い て い る 。全 体 の 人 口 に つ い て は 、平 成 17 年 か ら 22 年 の 間 に 5300
人 ほ ど 増 加 し 、 約 13%の 伸 び 率 で あ っ た 。
表 6 国勢調査による地域別人口
平 成 22 年 ( 確 定 値 )
町丁目
世帯数
総数
女
世帯数
総数
男
女
25560
47115
23394
23721
20768
41778
20129
21649
356
504
324
180
359
498
324
174
番町地域
7421
15431
7251
8180
6523
14210
6625
7585
富士見地域
5063
9208
4434
4774
4045
7888
3762
4126
神保町地域
3193
5672
2734
2938
2845
5453
2616
2837
万世橋地域
2280
4229
2124
2105
2064
4200
2031
2169
神田公園地域
2351
3943
2022
1921
1646
3197
1539
1658
和泉橋地域
4425
7302
3993
3309
2881
5564
2771
2793
471
826
512
314
405
768
461
307
番町・富士美
12484
24639
11685
12954
10568
22098
10387
11711
神田地区
12249
21146
10873
10273
9436
18414
8957
9457
千代田区全体
大手町・丸の内・有楽町・
男
平 成 17 年 ( 確 定 値 )
永田町
千代田・北の丸
(再集計)
出 所 : HP よ り 著 者 作 成
http://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kuse/gaiyo/toke/setaisu-kokuse.html
以 下 の 図 3 は 、地 区 別 の 人 口 の 増 減 を 示 し て い る 。グ ラ フ か ら 明 ら か な の
は 、千 代 田 区 全 域 で 、勢 い に 差 は あ る も の の 人 口 の 増 加 が み ら れ る 。と く に
和 泉 橋 地 域 と 番 町・富 士 見 地 域 は 伸 び 率 が 高 い 。番 町 地 域 は 区 内 で 最 も 人 口
の 多 い 地 域 で あ る が 、増 加 率 は 大 き く な い も の の 、人 口 を 増 や し て お り 、人
口の集積が進んでいることが分かる。
13
千代田・北の丸
和泉橋地域
神田公園地域
万世橋地域
総数(平成17年)
神保町地域
総数(平成22年)
富士見地域
番町地域
大手町・丸の内・有…
0
5000 10000 15000 20000
出 所 千 代 田 区 HP よ り 著 者 作 成
http://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kuse/gaiyo/toke/setaisu-kokuse.html
図 3 千代田区地域別人口増減の比較
次に世帯当たりの人数についてみる。世帯当たり人数は番町・富士見地区、
および神田地区全域で減少している。とくに神田地区の減少が大きい。番町地
区と富士見地区の世帯当たり人数をそれぞれ算出したところ、番町地区のほう
が 更 に 大 き く 、 2 名 を 超 え て い る 。 ま た 17 年 と 22 年 の 比 較 で も 、 番 町 地 区 は
2 名を切らず、子どものいる世帯が多いことが推測される。
2.5
2
番町・富士美
1.5
神田地区
番町
1
富士見
0.5
0
平成17年
平成22年
出 所 HP より著 者 作 成
http://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kuse/gaiyo/toke/cho-setai/cho-setaih2504.html
図 4 番町・富士見地区及び神田地区における世帯あたり人数の推移
14
国 勢 調 査 は 5 年 お き で あ り 、過 去 3 年 間 の 推 移 に つ い て は 明 ら か で な い た め 、
住 民 基 本 台 帳 に よ る デ ー タ を 用 い て 計 算 し た と こ ろ 、平 成 25 年 4 月 に 番 町 地 域
で の 世 帯 当 た り 人 口 は 2.05 人 、 同 じ く 富 士 見 地 域 の 世 帯 当 た り 人 口 は 1.84 人
であり、状況の大きな変動はないことが明らかになった。
最後に、年齢別人口の数値から、千代田区における人口の推移を検討した。
1,200
1,000
800
600
400
200
0
4
8
12
16
20
24
28
32
36
40
44
48
52
56
60
64
68
72
76
80
84
88
92
96
100
0
25年4月総数
24年4月総数
23年4月総数
22年4月総数
出 所 HP よ り 著 者 作 成
http://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kuse/gaiyo/toke/nenre/index.html
図 5 平 成 22 年 ~ 25 年 に お け る 千 代 田 区 の 年 齢 別 人 口 ( 実 人 数 )
図 5 は 、平 成 22 年 か ら 平 成 25 年 の 人 口( 実 人 数 )の 動 き を 、年 齢 別 に 示 し て
い る 。こ の 図 か ら わ か る よ う に 、年 齢 別 人 口 に お い て 過 去 4 年 間 に 、乳 幼 児 層 、
並 び に 30 代 後 半 か ら 40 代 前 半 の 子 育 て 世 代 の 人 数 が わ ず か な が ら も 増 加 し て
い る 。反 対 に 、60 代 以 降 の 人 数 は 減 少 し て お り 、全 般 的 に 人 口 構 成 が 若 返 っ て
い る 。 平 均 年 齢 で も 、 22 年 四 月 の デ ー タ で は 、 男 性 41.73 歳 、 女 性 45.38 歳 で
あ っ た の が 、 25 年 四 月 の デ ー タ に よ れ ば 、 平 均 年 齢 は 男 性 41.14 歳 、 女 性 44.66
歳 と な っ た 。す な わ ち 、過 去 数 年 間 に わ た っ て 、若 年 人 口 が 他 地 域 か ら 転 入 し て い
る 。こ れ ら の 転 入 者 が 子 育 て 中 で あ る か ど う か こ の デ ー タ か ら は 確 認 で き な い た め 、
断 言 は で き な い も の の 、 一 方 で 20 歳 以 下 の 年 齢 層 で も 人 口 の 継 続 的 な 流 入 が み ら
れることから、千代田区が推進している子育て支援策が子育て世代を中心とす
15
る 若 年 人 口 に 評 価 さ れ 、人 口 流 入 に 寄 与 し て い る 可 能 性 は 否 定 で き な い 。 さ ら
に 、上 述 の 地 域 別 人 口 指 標 の 概 観 か ら 、今 回 の 調 査 に つ い て は 、番 町 、富 士
見 地 区 、特 に 番 町 地 区 に 集 中 し て 行 う こ と に よ っ て 、よ り 明 確 な 居 住 者 の 子
育てニーズが明らかになることが推測された。
3.千代田区ワーキングマザーのワークライフバランス調査
3.1.調査概要
本稿で用いたデータは、千代田区に住む働きながら子育てをする母親
人へ
のインタビューおよび、千代田区内の保育施設へのインタビュー調査から得ら
れたものである。対象は千代田区の中でも特に番町・富士見地区に限った。理
由 は 千 代 田 区 は 番 町・富 士 見 地 区 と 神 田 地 区 で は 街 の 特 徴 が 大 き く 違 う た め に 、
住んでいる人たちのライフスタイルが異なることが予想できたので、今回は番
町・富士見地区に限定した。
母親へ調査は調査者と調査対象者の対面式で行われ、場所は東京都内の喫茶
店 や フ ァ ミ リ ー レ ス ト ラ ン 、も し く は 対 象 者 の 自 宅 で 行 わ れ た 。2013 年 8 月 か
ら 2014 年 2 月 の 間 に お こ な い 、 時 間 は 1 人 、 1 回 1 時 間 か ら 1 時 間 半 、 半 構
造化インタビューを行った。人数は6名。年齢は30~40代である。また、
職業は公的な資格を持つ専門職や、外資系企業に勤務、自営業である。
2
表 7: 調 査 対 象 者 プ ロ フ ィ ー ル
対象者
職業
最終学歴
子どもの数と末子
年齢
A
会社員(外資系)
大学院(留学経験あり)
1人
B
教員(大学)
大学院(留学経験あり)
1人
C
会社経営
大学院(留学経験あり)
3人
D
会社員
大学
3人
E
国家資格
大学
3人
F
国家資格
大学院
4人
開業
共 通 の 質 問 項 目 は 母 親 に 対 し て は 1.育 児 の 家 庭 内 で の 分 担 、 2.千 代 田 区 の 育
児 支 援 に つ い て 、 3.利 用 し て い る 外 部 サ ー ビ ス 、 4.教 育 の 方 針 、 5.育 児 と 仕 事
の 折 り 合 い に つ い て で あ る 。 保 育 施 設 に 対 し て は 1.利 用 者 の 属 性 、 2.利 用 者 の
ニ ー ズ 、 3.利 用 者 の ニ ー ズ に 合 わ せ て 提 供 を 開 始 し た サ ー ビ ス 、 4.地 域 特 性 に
2
詳しい職業は対象者の特定されることを避けるために記載しない。
16
よ り 必 要 と 思 わ れ る サ ー ビ ス 、 5.地 域 特 性 に よ る 育 児 傾 向 の 違 い な ど で あ る 。
対象者は未就学児を保育中である人たちのみとし、調査対象施設も未就学児
対象とした保育園と一般企業である。対象者に承諾を得たうえで、インタビュ
ー内容をレコーダーに録音し、同時に調査者がメモをとった。
3.2.育児の分担について
対象者たちは、仕事も非常に忙しく、専門的な仕事に従事しているために、
育児をすべて引き受けることは出来ない。そのために、育児の分担者が必要と
なるわけであるが、その分担者は夫、自分の母親、外部のサービスであるが、
夫の分担が不可能な場合は実家の母親、母親が不可能な場合は外部ササービス
と い う よ う に 、広 げ て い く 。ま た 、
「 何 が 起 こ っ て も 大 丈 夫 な よ う に 、念 に は 念
を入れて、3 重くらいには(育児の補助を)スタンバイしておく」というよう
に、育児によって仕事に影響が出ないように、準備するのである。
「夕方6時から8時までは育児のピークだから、その時間は夫も手伝ってもら
わ な い と 動 か な い 。だ か ら 、8 時 以 降 に ま た( 夫 )は 仕 事 に 行 き ま す 」
「実家は
●●県だけど、そこから両親に上京してもらって、近所に住んでもらってる。
それで保育園の送り迎えと、私が仕事から帰ってくるまで面倒みてもらってま
す。夕飯も済ませて寝るまで面倒みてもらう」
「月の半分は●●県から母が来てくれる。それ以外はシッターさんに来てもら
う。シッターさんの会社も3つお願いしていて、こっちがダメなら、こっち、
と い う よ う に セ ー フ テ ィ ー ゾ ー ン は 絶 対 に 確 保 し て お く 」と い う よ う に 、家 族 、
実家、ビジネスというように協力体制を整えている。
3.3.千代田区で育児をする理由
もともと千代田区出身者を除いては、結婚、出産後に千代田区に移ってきて
いる。その理由として挙げられたのは、まずは職場に近いということである。
「職場までタクシーで15分でいける距離にいないとやってられない」
「保育園
から呼び出しがかあったらすぐに迎えにいかなくてはならないから、近いほう
がいい」というような理由である。
もう 1 点は千代田区の保育環境や教育環境に魅力を感じたという点である。
これは「以前、新宿区に住んでいた時は、待機児童になっていたので預かって
くれるところを探すのが大変だったので、千代田区の待機児童ゼロというのは
魅力的だった」というように、待機児童が少なく、保育園に入りやすい点だけ
でなく、
「私立に行かなくても○○小学校みたいにレベルの高い小学校に入れる
17
から」ということである。また職場に近いという理由から子供を持つ前から千
代田区に居住していた対象者は、子供を出産後職場が世田谷区に移動しても、
子育ての環境がよいからという理由で転居しなかった。つまり子育て環境は、
転入者をひきつける要因であると同時に、潜在的な転出者を引き留める要因で
ある。
つまり、保育環境がよく、また、教育のレベルも高いということが子育ての
場として千代田区を選んだ理由である。
「 私 立 の 小 学 校 に 入 れ る に は 、い わ ゆ る
「お受験」をしなくてはならないけど、仕事とお受験の両立はなかなか大変だ
し、また、お受験の文化みたいなのもなんだか変だなというか世界が違う気が
した。千代田区だと私立の小学校でなくても、レベルが高く教育をきちんとし
てくれる小学校があるから恵まれている。中高一貫校もいいなと思っている」
というように、千代田区に存在する公立学校のレベルの高さも子育ての場とし
ての千代田区の大きな魅力となっていることがうかがえる。
3.4.利用しているサービスとお稽古事
対象者がすべて区の保育園を利用していたが、それ以外にもすべての対象者
がいわゆる「お稽古」や家庭での保育サービスを利用していた。家庭での保育
サービスは、シッターサービスの利用である。お稽古は英語、ピアノ、バイオ
リ ン 、学 習 塾( 公 文 )、英 会 話 、な ど の 他 に 、2 次 保 育 と し て の 保 育 サ ー ビ ス の
利用も見られた。
そこに共通しているのは、気軽にいくためのお稽古事ではなく、真剣に向き
合っていることが挙げられる。保育園の後に行くという人は少なく、あえて土
曜 日 を「 お 稽 古 の 日 」と し て 使 っ て い る こ と が わ か っ た 。
「ふつうの日に簡単に
行けて、例えば、ピアノや絵画にお預けをして習わせることは出来るけど、そ
れは結局、なんちゃってピアノ、なんちゃって英語でしかないんですよ。きち
んとしたピアノが弾けるようになるわけじゃない。だから、きちんと親が隣に
つ い て み て な く て は な ら な い 。だ か ら 土 曜 日 に 集 中 し て し ま う 」と い う よ う に 、
お稽古事も本格的に行いたいという意識は強い。それは保育施設へのインタビ
ュ ー で も「( ウ ィ ー ク デ イ に )早 退 し て お 稽 古 い く と か は あ り ま せ ん ね 。お 稽 古
は土曜日に集中しているみたいですよ。ですから、土曜日はピアノ、英語と掛
け持ちしているみたいで、土曜日は土曜日でみんな忙しいらしいんですよ」
3.5.育児と仕事での自己実現について
対象者たちは、ほとんどが専門職に従事しており、一般的な会社員たちより
も時間に不規則で大変な仕事を抱えている人たちばかりであった。もともと高
18
学歴であり、仕事においての自己実現を目指していた人たちばかりであり、育
児のために仕事を中断したり、夢をあきらめたり、仕事をセーブしたりするこ
とは、まるで考えることはない。
「仕事を断るということは考えないで、仕事の予定をまず入れてから、その間
の育児をどうするかって考える。まず育児をどうしてから仕事をは考えてはダ
メ」という言葉からもよくわかる。
「子供の教育を考えると日本にいるよりも、シンガポールに行ったほうがい
い と 思 う の で 、小 学 校 か ら で き れ ば シ ン ガ ポ ー ル に 行 け た ら い い と 考 え て い る 。
そ の ほ う が 私 の 仕 事 も 日 本 に い る よ り も よ り グ ロ ー バ ル に な り 、プ ラ ス に な る 」
「海外の大学院に留学したほうがキャリアにはプラスにはなるけど、なかなか
そ う は い か な い の で 、 日 本 の 大 学 の MBA を 休 職 し て と っ て 、 大 学 院 っ て そ の
間は実務よりも楽だから、その間に妊娠もして出産もしました」
「上の子が小さい時は夜の 7 時以降の仕事は入れないようにしていたのですが、
それで我慢していたけど、それよりも自分のやりたいようにやろうと思って、
夫にお願いして思い切って外に出るようにして。
(今は金土日と家を離れて大学
院に通っている)そしたら、私、頭の切り替えがいいのか、まるで子供のこと
を考えてなくて、勉強に集中している。夫から携帯には出てくれと言われるく
らい」
「保育園からの呼び出しがあって、仕事を中断することがたび重なったりす
ると、使えない、信頼できない人と評価されてしまうから、出来る限りそれは
避けたい。育休をとる時点で、私はもうバリバリ働きませんと宣言しているよ
うなもので、周りもそういう人だと思って評価される」と
キャリアを中断する、育児と両立するためにキャリアダウンするという考え
はまるでなく、仕事での自己実現をまず優先的に考えている。しかし、だから
といって育児をおろそかにしているかというとそうではない。100%自分だ
けで育てることが出来ないから外部サービスなどを利用せざるを得なくても、
子育ても懸命になって向き合っていることがうかがえる。自分のキャリア形成
のために育児を手抜きをするのではなくて、キャリアも育児も両方になって行
い、仕事での自己実現と子育てにおける自己実現を同時に追っているようであ
る。そのために、千代田区という環境が適していると考えられているわけであ
る。
4.千代田区内の保育施設、保育サービスへの調査
今回の調査では、2つの公立保育園(番町・富士見地区)と一つの民間の保
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育教育サービスを提供している企業へのインタビューを行った。
インタビューの内容は主に、園の運営状況、在園児や親の特徴、必要とされ
ているサービス、従業員の状況などである。以下はインタビューに用いた項目
のリストである。
保育園のある場所や、園児の家庭の特徴
保育園におけるサービス企画、運営の状況
日中の決まったプログラム
希望者対象のプログラムやサービスのなまえ、
(延長、病後児保育、年末保育など)
具体的内容と利用状況、
延 長 ; 朝 と 夕 方 、( 具 体 的 な 時 間 ? )
利用者の動向や特徴
運営上の困難点、
最近の利用者からの新しいサービスへの希望の有無
新しいサービスの導入の有無とその理由など
以下では、区の保育施設である4番町保育園と番町・富士見保育園のヒアリ
ング結果をまとめる。両園は区の施設ということもあり、運営上の基本情報、
規定人数、開園時間などは区によって情報が開示されている。
そ こ で 、こ こ で は 、以 下 の 分 析 に 資 す る た め 、両 園 の 園 長 に よ っ て 指 摘 さ れ た 、
利用者ニーズとの関連での特徴をまとめる。
4.1.利用者の特徴
両園長とも他地区での勤務経験があるため、利用者の地域的特徴についてコ
メントした。それによるとこの番町地区保育園の保護者には、高学歴、高収入
の女性の比率が高く、象徴的な職業は、医者、弁護士、会計士である。それ以
外の官舎なども存在するため、ニーズのすべてがこうした高学歴者の影響を受
けているわけではないが、先行研究で見たような、いくつかの特徴が確認され
た。
・母親たちの勤務時間、拘束時間は長い傾向にある。そのため、母親一人での
送 り 迎 え 、行 事 参 加 は 困 難 で あ る 。父 親 、祖 父 母 、シ ッ タ ー (フ ァ ミ リ ー サ ポ ー
ト)などをうまく使いながら協力している。
・低年齢児の場合、特に病気をすることも多く、休みの足りない母親、家庭か
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らの支援の不足する母親のために、保育園が柔軟な対応をせざるを得ない。
・子供の安全、安心(けがの有無)やパフォーマンス(発表会)などへの関心
が高い。そのため、早目の予定調整を心がけたり、また毎朝の子供の状態視認
や情報共有などを徹底することで説明責任を全うしようとしている。
・保育園卒園後の教育については、私立を受験するものも一定程度いるが、お
おむね公立へ進学している。また保育園から区外からの越境者があり、そのま
ま千代田区の小学校へ修学するケースもある。区外からの越境者は以前と比べ
て増えていると思う。
4.2.制度上、施設上の特徴
・待機児なしを達成したり、柔軟な対応を適切に行うためには、正規従業員の
数が不足しがちである。非正規従業員には育成が難しい、定着やモチベーショ
ンの個人差が大きく、どうしても不安定さが残る。
・新しい制度上の工夫については、区が制度的な不備をあらかじめ察知して行
う場合(たとえば年末保育)と、保育園ごとに保護者からの要望が出て、それ
を園長会などで共有してから、区と共同などでプロジェクト化する問題(たと
えば病後児保育)とがある。親の個別の要望については、どうしても個別対応
する必要があり、制度的な対応にはかならずしも結びつかない。その対応のた
めにも、職員の教育が重要である。
以上の概要を見ると、千代田区の公立保育園は、待機児童無という制度条件
の整備に大きな役割を果たしている。また子供の基本的な安心、安全を第一に
基礎的な保育を提供する機関として存在し、その基本的役割を十分に果たすた
めに大きな努力をしている。一方で、利用者は、従来の公的保育が想定してい
た保護者の枠を超え、高学歴、高収入化する傾向にあるし、また区外からの利
用者も多いなど、ここ10年程度の変化は極めて大きいようである。区の保育
施設として十分な機能を果たしながらも、保護者の側はそれ以上のものを幼児
期のケアに求めることとなり、シッター、お習い事、場合によってはお受験な
どの付加的サービスも必要となっている。しかしながら、その機能は本質的に
区の保育施設にはなく、また区の保育施設に求めるべきものであるかどうかも
疑問が残る状態である。
4.3.民間の保育サービス企業への調査
民間企業 a は、都市部や郊外に展開しており、千代田区の教室の顧客の特徴
をきいた。医者や弁護士、会社経営者といった高い収入の顧客がほとんどであ
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り、レベルの高い教育を望んでいるので、それに応えられるように多くのサー
ビスを用意している。0歳児から受けて入れており、利用する時間やサービス
はカスタイズすることができる。
働く母親は子供を私立の小学校に入れたくても、お受験の準備や送り迎えが
出来ないから、あきらめている人が多かったが、その部分をサポートし、小学
校受験のための塾への送迎なども行っている。また学童のサービスでは、宿題
をさせたり、次の日の学校の準備をさせたりと、きちんとした生活態度を身に
着けさせるようにして、母親が夜遅くまで働いても、子供の教育が遅れないよ
うなサポートを提供している。今までの家庭での役割とされてきた部分の外部
サービス化が行われているのである。はたらく母親が専業主婦により子育てに
おいて手がかけられない部分のサービスとして提供しはじめたのである。また
このサービスは、千代田区のような都市部でのニーズであると考えている。
5.総合的な考察
5.1.キャリア女性の千代田区定着
まず、今回調査対象とした子育て中の女性すべてが、職場との距離、子育て
支援の質などの理由で、千代田区に定着し、その多くは複数の子供を養育して
いる。女性の就労決定に関する先行研究で見たように、大都市圏正社員女性就
業者は基本的に拘束時間が長くなる可能性が高く、職場と住居の近接性は、居
住 の コ ス ト に か か わ ら ず 重 要 な 問 題 で あ る 。今 回 対 象 と な っ た キ ャ リ ア 女 性 は 、
千代田区での居住コストを負担する十分な資本力があるため、近接性をきわめ
て重視している。さらに、それと同等あるいはより重視される要因として、良
好な子育て環境があるという示唆がえられた。出産後職場が移動しても、子育
て の 環 境 が よ い か ら と い う 理 由 で 転 居 し な か っ た 対 象 者 も お り 、子 育 て 環 境 は 、
転入者をひきつける要因であると同時に、潜在的な転出者を引き留める要因で
ある。それ故、以下で検討するような、ワークライフバランス施策、ひいては
子供の教育支援施策は、子育て世代の転出防止を通じて千代田区の人口問題対
策、高齢化防止対策と密接にかかわる。
5.2.千代田区在住キャリア女性のワークライフバランス
土 地 柄 、高 学 歴 の キ ャ リ ア 女 性 た ち が 働 き な が ら 子 育 て を し て い る 千 代 田 区 、
特に番町・富士見地区においては、キャリアをあきらめずさらにキャリアアッ
プしながらも、子育てにも手を抜かずに、子供の教育も特別なものを受けさせ
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たいと思っていることもうかがえた。
そのためには、やはり母親の力だけではなく、その他のサポートを利用しな
くてはならない。
まずは夫の協力である。今回の調査で明らかになったのが、育児に熱心な夫
た ち の 存 在 で あ る 。保 育 園 へ の イ ン タ ビ ュ ー で も「( 神 田 地 区 と は 異 な り 、保 育
園 の 送 り 迎 え は お 父 様 が 多 い )」と い う こ と か ら も わ か る よ う に 、育 児 に 協 力 的
であり、また、育児に中心的な夫の存在があることがわかった
しかし、それだけでは足りない場合は、妻の親がサポートすることがわかっ
た 。例 え ば 親 が 地 方 に 住 ん で い よ う と も 、
「1か月の半分は母が上京してきてく
れ る 」、
「私の母に手伝ってもらえるかどうかきこうと思ってる」
「私の両親に東
京 に 出 て き て も ら っ て 同 じ マ ン シ ョ ン に 住 ん で も ら っ て る 」、保 育 園 の 先 生 か ら
も「お子さんの熱が出たので、迎えにきてください、というと、新幹線にのっ
て 、お ば あ ち ゃ ん が い ら っ し ゃ る こ と も あ っ て 」
「海外に赴任が決まったら、
(育
児があるので)一緒に(自分の両親に)海外に行ってもらおうと思っている」
というように、両親、特に妻の両親のサポートは必須となっている。
親のサポートでも賄えない場合は、外部のサービスを利用する。それは多く
はベビーシッターなどの個別の対応してくれるサービスが多い。
彼女たちは、自分のキャリアを追い求めながらも子供の教育や保育も最高レ
ベルのものを求めている。専業主婦で子供のとなりにいて、つきっきりでみて
いてあげられる、よりよい教育を受けるために送り迎えをする、家での学習や
練習をみている、と同様のレベル、もしくはより高いレベルの教育を受けさせ
たいと思っている。従来の「母親が働いているから専業主婦のように子供にお
稽古事がさせられない」ではなく、自分が高キャリアで自己実現をかなえ、さ
ら な る キ ャ リ ア ア ッ プ を 目 指 す の と 同 様 に 、自 分 の 子 供 に も 高 い レ ベ ル の 教 育 、
高いレベルのお稽古を受けさせることを望み、そのためにはあらゆるサービス
を利用していく。子供に高いレベルの教育を受けさせることは、彼女たち自身
の自己実現にもつながっているのである。
5.3.キャリア女性たちの子育てサービスニーズ
千代田区で子育てをするメリットとして、今回の調査者たちが感じていたこ
とは、待機児童ゼロという保育環境と同時に、公立の小学校のレベルの高さで
ある。千代田区の子育て手当等の金銭的な補助の充実は実感しているものの、
彼女たち自身の収入や世帯の収入が多いために、金銭的な援助に関しての意見
は特にみられず、経済的なことよりも、すぐに保育園に入れる等区の保育に関
する環境整備、そして職場に近いという千代田区の特性により、千代田区が選
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ばれていることがわかった。つまり、彼女たちにとって千代田区における育児
のメリットとしてとらえられているのは地理的な要因と教育レベルの高さであ
る。
前述したように、子供たちに高いレベルの教育を受けさせることが彼女たち
の自己実現につながり、そのための努力は惜しまないことがわかった。そのた
めに彼女たちが仕事をしながらも子育てをするのに必要なサービスは、よりレ
ベルの高いものが求められていることがわかった。
「ネイティブの英語での保育」
「( 有 名 な ピ ア ノ 教 師 )の プライベートの お 稽 古 と そ の 自 宅 で の お さ ら い 」な ど の 発
言からもわかるように、働いていても専業主婦と変わらないくらいの子供の教
育環境を整え、また経済的にも恵まれ、自分自身もキャリアを実現してきたよ
うに、子供にもよりレベルや質の高い教育を受けさせたいと思っている。
職住近接のために千代田区に住んでいる高キャリアワーキングマザーたちで
あるので、望んでいる質の高い教育、保育サービスもできる限りに地理的に近
い場所で、限られた時間で受けたいというニーズがあることがわかった。
つまり、千代田区特に番町・富士見地区では、一般的な保育環境や育児サポー
ト以上の質の高いサービスを必要としていることがわかった。
た だ 、子 育 て 支 援 と し て 、行 政 へ の サ ー ビ ス に 特 段 の 要 望 は 聞 か れ な か っ た 。
それは千代田区が行政の子育て支援レベルとしては高いサービスや保育環境を
提供してくれていることを認識しているからであり、それ以上のサービスは個
人的に行うものであると思っているからであろう。
5.4、ハイレベル教育地区としての千代田区の可能性
今回の調査で、千代田区番町・富士見地区に住む高学歴高キャリアの母親た
ちの子育てや仕事観を通し、一般的に行政の子育て支援で論じられる児童手当
や待機児童の解消といった目につきやすく数値で把握できるトピックではなく、
保育や教育のクオリティの議論が必要であることがわかってきた。これは千代
田区が推進してきた待機児童ゼロの方針が浸透した結果、次の段階の要求が明
らかになってきているとも思われる。
今までの女性の就労と子育てに関する議論では「3 歳児神話」のように「子
供が小さいうちは母親は自分の手で子供を育てるべきである」というような考
えや、子育てのためにフルタイムの職を退職し、パートタイムになる、もしく
は仕事をセーブするという考えはまるで聞かれず、
「仕事も」
「キャリアも」
「子
育ても」何もあきらめず、手を抜かず、すべてにおいて自己実現を果たしてい
くというアクティブな生活設計がうかがえた。
このような意識が一般的であるとはいえないが、千代田区という住宅地とし
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ては一般的ではなく特性をもった地域では、このようなライフスタイルが存在
している。その場合、とりあえず保育環境や教育施設を充実させるというので
は な く 、「 ど の よ う な 保 育 環 境 な の か 」「 ど の レ ベ ル の 教 育 が ど の よ う に 受 け ら
れるのか」というクオリティが問題視される。
「 グ ロ ー バ ル な 教 育 を 受 け さ せ た い 」「 バ イ リ ン ガ ル に 育 つ 教 育 」「 一 流 大 学 や
高校へ結びつく教育」
「 単 な る 趣 味 レ ベ ル 以 上 の 音 楽 技 術 」と い っ た ニ ー ズ が う
かがえた。
本調査の結果を一般化することはできないが、千代田区の特性上、他の住宅
地とは違うハイレベル教育地区としての発展の可能性が大きい。
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