5.txt 【第1話】ヤマアラシのジレンマ <1日目> ●シンジの回想 「ドサッ!」 ミサトのマンションであてがわれた自分の部屋のベッドに倒れ込む 今日は大変な一日だったな いきなり父さんからIDカードが送られてきて、一言「来い」という殴り書き・・・ 3年ぶりなんだからもう少し言い方ってものがあるだろうに・・・ 途中で巨大な化け物に踏みつぶされそうになるわ、N2地雷に吹き飛ばされるわ、 でも一番驚いたのはエヴァだ。 あんな巨大なロボットをつくるなんて現代の科学はすごいんだな。 そういえばリツコさんが「人造人間エヴァンゲリオン」と説明してくれたけどロボットじ ゃないのかな? でも電源ケーブルがつながっていたし、中も機械だらけだったのにへんだな それと使徒っていったかな、あの怪物 使徒の攻撃でジオフロントの天井が落ちてきたとき、なんでエヴァは僕を助けてくれたん だろう それと父さんが呼んでいたレイっていう女の子、たぶんぼくと同じくらいかな? 僕がエヴァに乗るのを拒否したら、あんな重傷の娘を代わりに乗せようとするなんて父さ んは何を考えているんだろう 右腕をギブスで固めて左腕は点滴、片目は眼帯でふさがれ、身体中包帯だらけ・・・。 苦痛で起きあがることさえできない子を化け物に差し出すなんて、まるで生け贄じゃない か 破壊された移動ベットから放り出されたレイを助け起こしたとき、手のひらにべっとりと ついた大量の血が眼に焼きついて離れない。 あまりの理不尽さについ僕が乗ると言ってしまったけど、エヴァの頭部を打ち抜かれてか らどうしたんだろう記憶がない 気がついたら見知らぬ病院で、となりのベットにレイも寝ていたっけ 名札は綾波レイとなっていた。 どこの国の人だろう。赤い瞳がきれいだったな。でも表情がまったくない ページ(1) 5.txt 話しかけても返事もしてくれなかった。 きらわれてるのかな? もう疲れたから寝よう ●リツコとミサトの会話 「マルドゥック機関の選んだサード・チルドレン、ちょっと異常ね」 「あらっ、かわいい子じゃない」 「そういう意味じゃないわ。あの子は初めての起動でシンクロ率40%を越えたのよ。こ れはセカンド・チルドレンにも無かったことだわ。レイでさえ起動するのに7ヶ月を要し たのに・・・。それどころかエントリー・プラグもなしでエヴァを動かしたのよ」 「私も見ていたけど、どちらかというとエヴァがシンジくんを守ったという感じね」 「エヴァに意志はないわ。それよりどうして動けたのかしら。電源の供給はカットされて いたのよ」 「生体部分のエネルギーかしら」 「まさかっ、微々たるものでとてもあれだけ巨大な質量は動かせないわ」 「でも、現に動いているんだから・・・」 「・・・」 「それよりリツコ、作戦部長として言わせてもらうけどなんで初号機がATフィールドを 使える事を教えてくれなかったの」 「わたしだってMAGIのシミュレーションで理論的に可能だと言うことしか知らなかっ たわ」 「エヴァはあんたが造ったんでしょう」 「何も知らないのね。エヴァの原型を造ったのは私の母と碇司令達よ。わたしはそれをシ ステムアップしただけ。だからATフィールドどうしで効果を中和できるなんてMAGI で再分析するまで確信できなかったわ」 「よくシンジくんは使えたわね」 「あのときパイロットの意識はなかったわ」 「じゃあ誰が・・・」 「・・・」 ページ(2) 5.txt <1ヶ月後> ミサトが一人暮らしの予定だったシンジを強引に自分のマンションに同居させてから1ヶ 月が経った。 「ミサトさん朝ですよ」 「ふぁ~、昨日夜勤だったの、今日は夜から出ればいいからもう少し寝かせて」 「じゃあいってきます」 「ふぁ~い、いってらんさ~い」 緊張感のまるでない典型的な低血圧の朝であった。 バタッ、トントン・・・ シンジが学校に出かけるとすぐさま携帯電話を取り出すミサト 「マンションを出たわ、警備よろしく」 数少ないエヴァの操縦適応者に万が一のことがあったら人類の存続すら危うくなってしま う。 24時間体制の監視がつくのは当然のことであった。 シンジが出かけてからしばらくして電話がかかってきた。 「ピピピピピッ」 「ふぁ~い、葛城です」 「どうシンジくんの様子は」 「なんだリツコか、う~んなんて言うかあいつ友達いないんじゃないかな」 「そうね、シンジくんは誰とでも友達になるタイプじゃないわね。でもなんでそう思う の」 「うん、必須アイテムだから携帯電話を持たせたんだけど、モニタしてみるとこの1ヶ月 どこからもかかってこないし、かけた形跡もないのよ」 「・・・ヤマアラシのジレンマって知ってる?」 「ヤマアラシ?」 「ヤマアラシの場合、自分のぬくもりを伝えたいと思っても、身を寄せれば寄せるほど、 体中の棘でお互いを傷つけてしまう。人間にも同じ事が言えるわ。今のシンジくんは心の どこかで痛みに脅えて臆病になっているのでしょうね」 「成長期の多感な時期に他人に預けられていたんだから自分の殻に閉じこもるのも無理な いか。でもおとなになるってことは傷つけずにすむ距離に気づくことなのにね。まだ14 歳じゃうまく立ち回れって言うのは酷か」 ページ(3) 5.txt 「そうね・・・」 ●第3新東京市立第壱中学校2年Aクラス 1ヶ月前に戦場となった第3新東京市から第2新東京市に疎開が進んでいた。 そのため教室も半分ほど空いていた。 そんな中、シンジは転校してきた。 疎開の進むなか転入してきたことと、エヴァの登場の時期が一致するため、シンジがエヴ ァのパイロットではないかという噂が流れていた。 セカンド・インパクト以後物資も安定し、教室ではネットワークにつながったノートパソ コンで授業が進められていた。 授業は退屈な世界史である。 今日も耳の遠い教師がいつもと同じ内容をただ念仏のように唱えている。 とうぜん生徒は聞いていない。 そんな中シンジだけはまじめにディスプレイを見つめていた。 突然シンジのディスプレイにどこからかメールが届いた。 - パイロットというのはホント? Yes/No - キョロキョロ見渡すと左後ろで女の子が手を振っている。 隣の子と一緒になにやらまた打ち込んでいる。 - Y/N? - また、聞いてきている。 シンジは躊躇したあと打ち込んだ。 - YES - 突然クラスの全員から声があがった。 え~~~~っ!! みんなどやどやとシンジに駆け寄る。 どうやらこっそりと全員がモニターしていたようだ。 「みんな授業中よ。静かにして」 委員長だけが規律を保とうと頑張るが誰も聞いていない。 教師もそのまま念仏を唱えている。 ページ(4) 5.txt 結局授業終了まで人垣は続いた。 シンジはただおろおろするばかりであった。 たった一言打ち込んだだけなのになんでみんな大騒ぎするんだろう? 人の注目を集めるのは好きじゃないな はやく終わってくれないかなとどこかひとごとのように考えるシンジだった。 その騒ぎのなか綾波だけは窓際の席で外をながめていた。 ●お昼休み バシッ! 「すまんな転校生」 シンジはトウジに呼び出され、いきなり殴られた。 ケンスケが片手で拝みながら弁解する。 「ごめん、こいつの妹この前の戦闘の巻き添えでケガをしたんだ。じゃ、そういうこと で」 立ち去ろうとするトウジとケンスケ シンジがつぶやく 「ぼくだって乗りたくて乗っているわけじゃないのに」 それがトウジの耳に届いたため戻ってきたトウジに2発目をもらうこととなる。 倒れたまま鼻血をぬぐうシンジの視界に黒のソックスと内履きのシューズがはいる。 見上げると綾波と視線があった。 ぽつりと一言 「非常召集・・・。先、行くから・・・」 一瞬後、駆けていく綾波の後ろ姿があった。 ゆっくりと身を起こしネルフ本部に向かうシンジ 新たな使徒の攻撃であった。 ●戦闘 エヴァの零号機は起動試験の失敗から凍結されているためシンジの乗る初号機で迎え撃つ ページ(5) 5.txt しかなかった。 ATフィールドの変形なのか、使徒はリボン状の2本の鞭でふれるものをずたずたに引き 裂きながら攻撃してくる。 さきほどの殴られたショックから完全に脱してないシンジは戦意がなく逃げるしかなかっ た。 そのうち使徒の攻撃を裁ききれずに電源ケーブルを切断されて投げ飛ばされてしまう。 ネルフの司令塔では残り稼働時間300秒のカウントダウンが始まる。 一方丘の中腹に投げ飛ばされたシンジはふと手を突いた先を見て愕然とする。 数トンはあろうエヴァの左手の指の間にトウジとケンスケが頭を抱えて震えているではな いか これにはシンジの方が唖然とする。 なんでこんなところに人が・・・。もう少しでぼくは人を、それも知っている人を殺すと ころだった。 実は戦闘シーンを見たいケンスケがトウジを言いくるめて待避場所から抜け出していたの だ。 始めは乗り気でなかったトウジも、「トウジが殴ったせいでエヴァが負けるかもしれな い。見届ける義務がある」とケンスケに説得されたのである。 元々責任感の強いバカ正直なトウジはケンスケの思惑通り非常口から見晴らしのいい山の 中腹に来ていたのだ 理由はともかく、迂闊に動けなくなったシンジはその場で使徒の鞭を受け止めることしか できなかった。 状況を確認したミサトはエントリー・プラグに2人を収納するように命令する。 「越権行為よミサト」 エヴァの機密を守ろうとするリツコの叫び 体勢をホールドしたまま半分だけエントリー・プラグを排出するエヴァ あわてて飛び込む2人はLCLに驚きを隠せない。 シンジが居るはずのところに入るとそこは水で満たされていたのだから当然である。 シンクロ率ががた落ちになり撤退を命じるミサト 「とうぜんよ、異物がふたつも混入すれば」 そっけなく分析するリツコ しかしエントリー・プラグを収納するとシンジは使徒に向かっていった。 ただ一つの武器プログレッシブ・ナイフを構えて・・・ ページ(6) 5.txt はじめてシンジに積極的な戦闘の動機が生まれた。 この2人を守らなければ・・・ 鞭に体を貫かれる初号機 初号機とシンクロしているシンジにとってまるで自分の体が切り裂かれるような痛みを感 じていた。 逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、・・・ 苦痛にのたうちながら使徒のエネルギー・コアにプログ・ナイフを突き立てるシンジ それを背後から見つめることしかできないトウジとケンスケ 初号機のバッテリーが切れると同時にコアも破壊され使徒は停止した。 それさえも気づかずうめき続けるシンジ・・・ 戦闘は終了した。 ●命令違反 電源の切れた初号機からエントリー・プラグが回収された。 3人とも無事であった。 しかしシンジは上官に対する明確な命令違反の処罰が待っていた。 すべてが終了しミサトのマンションに戻った翌日シンジは居なくなった。 自分が何をすべきなのか、何をしないといけないのかわからない。 あてどもなく町をさまようシンジ もちろん前に世話になっていた先生のところへは戻れない。 音楽DATだけが繰り返しイヤホーンからながれ時間の経過を知らせる。 シンジは知らなかったがネルフのセキュリティ・サービスだけはすべての状況を把握して いた。 2日間自由にさせたあと、ミサトは連れ戻すこととした。 強制連行の後尋問を受けるシンジ 自分がエヴァに乗らなければ綾波が乗ることになる。そんなひどいことはできない。だか ら乗るしかないというシンジ 煮え切らないシンジに怒りをぶつけるミサト 中途半端な気持ちではいずれ死ぬことになる ページ(7) 5.txt ミサトの言葉でシンジはエヴァのパイロットを降りる決心をする。 ●見送り ネルフの処置は迅速だった。 すぐさまIDカードは破棄され、荷物も無いまま身一つで駅に連行されるシンジ 同居していたミサトにお別れをしたかったが、作戦部長の居場所を部外者へ教えるはずも なかった。 駅に着くとそこにはトウジとケンスケが待っていた。 「転校生忘れもんや」 家出したときに連行途中で落としたバックだった。 しばしの別れを許されるシンジ 「どうしてここがわかったの」 「おれたち毎日のようにクラスメートを見送ってきたんだぜ、だいたいわかるよ」 「転校生、俺を殴れっ!」 突然トウジが言い出した。 「妹にしかられた。エヴァのおかげで町が救われたのにその恩人を殴るのは許せないと さ」 ケンスケも苦笑しながら言い添える。 「こういう恥ずかしいやつなのさ、トウジってやつは。これで気が済むんだから1発やっ てよ」 ただ唖然として聞いていたシンジだがちょっと考えた後殴ることにした。 「待った! 手加減なしやで」 軽く殴ろうとしていたシンジを見抜いたトウジが先手を打ってくぎをさした。 「バシッ!」 そこまで言うならとシンジも思い切り殴る。 「これで貸し借りなしや。転校生、いや、シンジ。おまえがおらんようになったらわしら もこの町を出ないといかんようになるやろな。でもわしらはおまえが苦しみながらやっと ったのをこの眼で見て知っとる。だからなんもいえん。それどころかおまえのことをなん やかんやいうやつがおったらわしがパチキかましたる。だからどこにいっても頑張れよ」 シンジは何も言えなかった。 ページ(8) 5.txt 結局自分しかできる人がいないのに逃げ出すのだから・・・ 「時間だ」 連行されてホームへ向かう狭い階段を上るシンジ 階段を上りきったところでトウジ達に向かって叫ぶシンジ 「殴られなくちゃいけないのはぼくの方だ。ぼくは弱虫だ。うそつきで、自分勝手で、」 シンジの精一杯のこころの叫びだった。 「こらっ、世話をかけるんじゃない」 無情に引き立てられるシンジ ホームでひとり残され電車を待つシンジの脳裏に後悔の文字がずっしりとのしかかる。 うつむいたままポツンとホームにたたずむ姿がかわいそうなくらい頼りなかった。 目的の電車が到着する。 そこへ猛スピードでかけつけるミサトのスポーツカー だがミサトがホームについたときにはちょうど電車の扉が閉まり発車した後だった 肩を落とし、ふと見渡すとうつむいた人影が・・・ その人影が顔を上げた。 「シンジくん・・・」 シンジにしてもここにミサトがくるとは思わなかったので一瞬唖然となり、すぐにはにか んだ微笑みを浮かべる。 この町には友人が居る。そしてこの町の人はエヴァとぼくを必要としてくれている。ぼく はここに居なくちゃいけないんだ。 シンジにしては珍しく吹っ切れたのだった。 「ただいまっ」 その笑顔から決意を感じ取ったミサトは駆け寄りシンジを抱きしめる。 「おかえり」 無人のホームでお互いの涙が見えないように堅く抱き合う二人 第3新東京市いたるところに仕掛けられた隠しカメラが静かに稼働していた。 ネルフの司令室でその様子をモニタで確認する司令とレイの姿があった ページ(9) 5.txt 第1話と第2話はあらすじを知ってもらうための前振りのため、かなり省略しています。 ご了承ください。m(_ _)m 【第2話】コンクリートの部屋 <零号機再起動実験> 仕業点検のアナウンスがエントリー・プラグ内に流れている。 零号機の再起動実験の準備が進む中、シンジは初号機で待機していた。 なにげなくモニターを眺めているとちょうど零号機のエントリープラグのあたりで白い人 影が作業をしている。 そこに近づくもう一つの人影 あれは父さんと綾波! エントリー・プラグの点検窓を開けて機械の調整をやっていたレイも自分のところへ歩い てくるゲンドウに気づき作業を中断して駆け寄る。 「レイ、再起動実験だ」 「はい」 「恐いか」 「いいえ」 「きっとうまくいく」 「はい」 ゲンドウは励ますようにそれだけ言うと引き返していった。 シンジには信じられなかった。 血を分けた息子である自分には、優しい言葉一つ、笑顔一つも見せてくれない父が綾波に はおだやかな表情で語りかけている。 綾波もいつもの無表情とは違い活き活きとしている。 綾波は何で父さんと普通に話せるんだろう。綾波って父さんにとって何なんだろう。 シンジには見えなかったがレイの手にはしっかりとレンズの割れた眼鏡が握りしめられて いた。 <使徒の残骸> 第四使徒はシンジの活躍でコア以外は無傷で手に入った貴重なサンプルだった。 現場では即席のテントが張られ外部からの干渉をシャットアウトしていた。 「何かわかった?」 ページ(10) 5.txt シンジを連れてきたミサトが聞いた。 黙ってモニターを指さすリツコ 『601』 「何、これ?」 「解析不能を示すコードナンバー。どうやら使徒は粒子と波、両方の性質を備える光のよ うなもので構成されているようね」 「つまりわからないってことね」 ミサトが遠慮なく結論を出す。 「まあね、やっと動力源らしきものは見つかったけど作動原理も不明で手がつけられない わ。まだまだデータ不足ね。」 「やはり神様の造ったものは人間にはわからないか」 リツコがふふっと笑った。 「何よ、いやな笑い方」 「でもおもしろいデータも入手できたわ。使徒独自の固有波形パターンや構成素材などの 違いはあるけど、中身は人間の遺伝子と99.89%一致したわ。皮肉なものね。」 「それって、エヴァと同じ・・・。」 「そうね」 そのころシンジは別の現場を見つめていた。 「父さんだ。」 その視線の先では手袋を外し、直接使徒のコアに触れるゲンドウとそのゲンドウに話しか ける冬月副司令の姿があった。 びくっとするシンジ 「どうしたのシンジくん」 「なっ、何でもありません」 視線をそらすシンジ 「あのね~、そんな風にあからさまに否定されるとよけい気になるのよ。」 ミサトの問いかけに答えるシンジ 「いや、あの、その、・・・。とっ、父さんの手のやけどどうしたのかなと思って・・ ・。」 ページ(11) 5.txt 「えっ、やけど?、何か知ってるリツコ」 リツコにとっては二重の意味で思い出したくない出来事だった。 「ええ・・・。あれはあなた方がここに来る前の零号機の起動実験の時のことだわ。零号 機の起動に失敗してパイロットがエントリー・プラグに閉じこめられたの」 「パイロットって綾波・・・」 頷くリツコ 「最初は順調だったわ。ところが突然零号機が暴走しだしたの。すぐに電源をカットした けどバッテリーに残っていた35秒間零号機は暴れ回ったわ。そのうち室内だというのに エントリー・プラグの脱出装置が働いてしまったの。いくらLCLで保護されていても猛 烈なジェットパルスで天井に激突し、燃料が無くなると50メートル下の床に落下したん だから誰もがもうだめだと思ったわ。急いで特殊ベークライトを噴出して零号機を固定し たんだけど間に合わなかった。零号機が暴れベークライトが飛び交う中を司令がただひと り実験場に飛び込んでいったの。司令はエントリー・プラグに駆け寄ると焼けただれた開 閉ハッチのレバーを素手で回したのよ。あまりの熱さに眼鏡のレンズが割れてしまったほ どだというのに・・・。それでもレバーを回し続けてパイロットを助け出したの。それ以 来よ、司令が手袋をするようになったのは」 ゲンドウの意外な行動にただ唖然とするシンジとミサトだった。 息も絶え絶えの綾波を初号機に乗せて使徒と戦わせようとした父と、命がけで綾波をエン トリー・プラグから助け出した父。どちらが本当の父の姿かシンジにはわからなかった。 <ミサトのマンション> ミサトとシンジが同居するようになって初めてリツコがマンションに訪ねてきた。 カレーを鍋からすくいリツコの皿にかけてあげるシンジ 「わるいわね。シンジくん」 「いえ、あれっ、ミサトさんの皿は?」 「私はこれにかけて」 差し出したのは半分蓋をはがした大盛りカップウドンだった。 「本気ですか」 思わず確認してしまうシンジ 「意外といけるのよ、これっ」 あきれながらカップにカレーをかけるシンジ 「じゃあいただきまーす」 食べ始める3人 一口食べた後リツコはスプーンをおいた。 ページ(12) 5.txt 「これつくったのミサトね」 「そ~よ」 「レトルト食品をよくもここまで・・・。」 あまりのまずさにカレーをよけて食べるリツコとシンジ 「次はシンジくんが当番の日に呼んでちょうだい」 「おいし~のに」 ミサトの味覚はどこか常人とは違っているようだった。 「あっ、そうそうシンジくん。一つ頼まれてくれない。」 「なんですか」 「レイのセキュリティ・カードが今日で切れるんだけど本人に渡しそびれちゃったの。明 日の朝これ渡しといてくれる?」 渡された更新カードをじっと見るシンジ 父さんと親しい綾波、学校ではいつも一人の綾波、綾波って・・・ 「どうしたのかなシンちゃん。レイの写真を見つめたりして、よかったじゃない、レイの 部屋に行くオフィシャルな口実ができて」 さっそくミサトがからかう 「ちっ、違いますよ、ただ、ただぼくは同じエヴァのパイロットなのに綾波のことよくわ からなくて・・・。」 リツコが遠い眼で答える。 「いい子よ、とても。あなたのお父さんに似てとても不器用だけど」 「不器用って何がですか?」 「生きることが」 <コンクリートの部屋> 「ガシーン、ガシーン」 レイの部屋は旧市街にあるマンモス団地の中にあった。 再開発のため取り壊しの始まった団地には住民の気配は全くなかった。 シンジはリツコに言われたとおり綾波の住居にやってきた。 インターホンを押してみるが壊れているのか反応がない。 ページ(13) 5.txt 試しにドアノブを回してみると鍵がかかっていなかった。 「綾波、入るよ」 ドアを開けてみても誰もいなかった。 「綾波、居ないの?」 入り口は一つも開封してないダイレクトメールが乱雑に散らばりたじろぐシンジ ちょっと躊躇ったが、ひょっとして綾波が具合が悪くて倒れているかもしれないと思い奥 に進む事にした。 そこで第二の衝撃 「こっ、これが女の子の部屋?」 壁は打ちっ放しの裸のコンクリート。さびれた病院に置いてあるようなベッドと血まみれ の枕。小さな冷蔵庫とその上のビーカーと薬。その脇にはダンボール一杯の血塗れの包帯 ・・・。 唯一まともそうな小物入れの上にはレンズの割れた眼鏡があった。 「あれ、綾波の眼鏡かな」 手に取ってみるとフレームに名前が掘ってあった。 「え~と、I・K・A・R・I、えっ、父さんの」 なんで父さんの眼鏡を綾波が持っているんだろう? 試しに眼鏡をかけてみるシンジだった。 「カチャッ」 そのとき後ろで音がした。 綾波はシャワーを浴びていた。 やっと最後の包帯もとれシャワーを使えるようになっていた。 そろそろ出ようとしたときにいきなり頭の中で警報が鳴った。 レイを中心にシャワーの水流が跳ね飛ばされ、次の瞬間球状に水滴が包み込む 小型のATフィールドだった。 この建物には私しか居ないはずなのに誰か居る。 この波長は碇司令に似ている・・・。 レイはATフィールドを解除するとドアを開けてタオルで身体を拭きながらシャワー室を 出た。 ページ(14) 5.txt 「あっ、綾波・・・」 割れたレンズ越しに裸のレイが視界に入った。 逆光のため一瞬レイは碇司令かと思った。 だがよく見るとあのとき碇司令からもらった眼鏡をかけた碇君だ。 レイは大事な眼鏡を取り戻すべくシンジに近寄った。 あわてるシンジ 女の子の部屋でタオルを肩に掛けただけの裸の女の子が近づいてくるのだから当然であ る。 「あのっ、呼んだんだけど、カードを、リツコさんが、・・・」 もう支離滅裂なシンジであった。 そんなことにはお構いなしに近づき眼鏡を取ろうとするレイ 女の子の甘い香りにあわてたシンジはカバンを小物入れに引っかけバランスを崩してレイ を押し倒してしまうのだった。 バスタオルの上に仰向けに倒れるレイ その上に重なるように倒れ、硬直するシンジ 一瞬閃光が走ったように感じた。 シンジは気づかなかったがレイはATフィールドを張ったのだ。 だがシンジが覆い被さるとATフィールドは消えてしまった。 なぜATフィールドが造れないのだろう? 破壊不能なはずなのに・・・。 とりあえずレイはその状況を冷静に分析して記憶した。 整理がつくとレイはぽつりとささやいた。 「どいてくれる?」 シンジはハッと我に返った。 よく見ると左手がレイの胸をつかんでいる。 あわてて立ち上がりいいわけを必死にしようとするシンジ 「わざとじゃないんだ。わざとじゃ・・・。」 どこか力がなかった。 ページ(15) 5.txt そんなことを無視するかのようにレイは眼鏡を大事そうにケースにしまうと小物入れの方 に向かった。 いつもと同じように淡々と下着をつけ制服を着ていくレイ あまりに自然に着替える姿に呆然とするシンジ レイが肩越しに質問する。 「何?」 もちろんシンジが何の用できたのか聞いているのだ。 シンジはあわてて眼をそむけてしどろもどろに説明するが途中で「カチャッ」という音が したので振り向いてみた。 部屋には自分一人だった。 でかける時間になった綾波が行ってしまったのだ。鍵もかけずに・・・ <ジオフロント> 「綾波~っ」 あわてて追いかけるシンジ かなり先を歩くレイにシンジはやっとの事で追いついた。 何とかいいわけをしようとするが的を得ないシンジの言葉に返事の必要を感じないレイ。 会話は成立しなかった。 ネルフ本部に着きいままでのカードを使うがゲートに入れないレイ シンジはレイの更新カードでゲートを開けて見せる。 「これ、リツコさんから預かった新しいカード」 レイはシンジの差し出すカードを何も言わずに受け取った。 シンジはジオフロントへ降下する広大なエスカレーターで2段下のレイに話しかけた。 「さっきはごめん」 とにかく謝るシンジ 「何が」 レイは裸を見られたことを気にしていないようだった。 シンジはほっとして話題を変えることにした。 「零号機に乗るの恐くない?」 ページ(16) 5.txt 「どうして」 「だってまた大ケガするかもしれないじゃないか」 「あなた碇司令の子供でしょう。お父さんの仕事が信じられないの」 「あたりまえだろ。あんな父親なんか」 これまで前を向いて淡々と答えていたレイが突然振り向きシンジの眼をまっすぐに見据え た。 「私は信じているわ。」 淡々と話す言葉とは裏腹に追いつめられた人間の決意のようなものが感じられる内容だっ た。 「わたしが信じているのはこの世で碇司令だけ」 それだけ言うとまた前を向いて黙ってしまった。 シンジは初めて意志といったものを感じられる言葉を見せた綾波に声が出なかった。 同時にそれほどの信頼をゲンドウに寄せているレイに嫉妬さえ感じた。 <ヤシマ作戦> シンジは病院で目が覚めた。 いきなり使徒にやられてしまったのだ。 今度の使徒は強力なATフィールドと長射程過粒子砲という攻守兼ね備えた万能型だっ た。 シンジの初号機はあえなく破れ今やっと目が覚めたところである。 時刻は16:30である。 生命維持装置から連絡を受けたレイがワゴンを押して入ってきた。 ワゴンの上には食事が乗っている。 「午前0時から発動されるヤシマ作戦のスケジュール・・・聞く?」 レイが無表情な顔のまま伝える。 「17:30 碇・綾波の両パイロットはケイジに集合」 「18:00 エヴァンゲリオン初号機および零号機起動」 「18:05 出動」 「18:30 二子山仮設基地に到着、以後は別命あるまで待機」 ページ(17) 5.txt 「明朝日付変更と同時に作戦開始」 「以上、はいこれっ、換えのプラグスーツ」 シンジの状況を全く無視して用件を伝えスーツを投げるレイ 「あと60分もないわ、急いで」 「・・・」 睡眠と違い、気を失うと時間の感覚がスッパリと抜け落ちる。今のシンジにとって先ほど 使徒にやられてからまだ数分しか経っていない感じである。とても恐怖を克服できる状況 ではなかった。だが、人の言いつけを守る長い習慣から1時間後には格納庫にシンジの姿 があった。 仮設のテントでプラグスーツに着替える二人。 シンジは制服をきれいに畳んでいた。 半透明のカーテン越しに綾波のシルエットが見える。 レイはどういうわけか着ていたものを脱ぎ散らかしていた。まるで畳むということを教わ っていない子供のように プラグスーツを着たレイが左手首のボタンを押すと「シュッ」と音がしてスーツ内が真空 になり、体型にフィットしたことがカーテン越しにもわかった。 「綾波は平気なの」 「何が」 「これから死ぬかもしれないのに」 「私が死んでも代わりはいるもの」 <二子山仮設基地> 「これから作戦を説明するわ。」 作戦部長のミサトが口火を切る。 「敵は長射程過粒子砲で武装しているため接近戦は不可能。そこで戦自より徴発した陽電 子砲の遠距離砲撃で葬ることとします。砲手を初号機が担当、防御は零号機が担当。これ は微妙な操作を必要とするためシンクロ率の高いシンジくんの方が砲手に向いているから です。」 「MAGIの計算では1億8千万キロワットで敵のATフィールドを貫けるとでていま す。これは日本中の消費電力とほぼ同じです。ただ、陽電子を大気中で使用すると地球の 磁場や重力の影響で直進しません。常に誤差を修正しながら照準をあわせるように、それ と1発打つとヒューズの交換や銃身の冷却で次の発射まで20秒かかるからそのつもり で」 リツコが補足する。 ページ(18) 5.txt 「そんな、初めて使うのに・・・」 シンジが不安を口にする。 「大丈夫シミュレーションどおりの手順でやってくれれば機械が勝手に照準を合わせてく れるわ。」 「もしも外れたらどうするのですか」 「零号機の持つ盾はスペースシャトルの底部の部品で本物の電磁コーティングしてあるか ら17秒は持ちます。」 シンジは心の中でつぶやいた。「つまり2発目は考えるなと言うことか」 「以上、質問がないようならパイロットは山頂のデッキにて待機」 次々と町明かりの消えていく中、シンジとレイは10メートルほど離れたそれぞれのデッ キで体育座りをして膝を抱えていた。 遙か下の方では要員が日本中から集めてきた電気を陽電子砲に接続するため走り回ってい る喧噪が聞こえる。 シンジが前方を見たままつぶやく 「綾波はなんでエヴァに乗るの?」 「・・・絆だから」 「絆?」 「そう、絆」 「父さんとの?」 「みんなとの・・・。」 「強いんだな、綾波は」 「わたしには他に何もないから。エヴァに乗るために私は存在する。」 しばらく沈黙が続いた 「時間よ」 レイが立ち上がった。ひときわ大きな月をバックに立つレイは月の化身かと思わせるほど の気高さを漂わせ、淡い不思議な光を放っていた。 レイは静かな声で断言した。 「あなたは死なないわ。私が守るもの」 零号機のエントリー・プラグに入るためにしゃがみながらレイはつぶやいた。 ページ(19) 5.txt 「さよなら」 それは防御を担当したレイの最後の挨拶のように聞こえてシンジは恐ろしい孤独を感じ た。 <戦闘> 午前0時。ネルフ本部の上空に静止した使徒に対してヤシマ作戦が開始された。 順調に日本中から電気が集まり、過熱気味だが冷却器も耐えてくれた。 ところが最後の秒読みで使徒の中でエネルギーの増加が確認された。 使徒よりも速く発射しなければ・・・ 誰もがそう思う中、初号機の照準がそろい陽電子砲は発射された。 勝ったと思った。 しかし同時に発射された過粒子砲と陽電子砲は途中で干渉しあい、お互い目標を大きく外 れてしまった。 「第2射、急いでっ」 ミサトが叫ぶまでもなくシンジはヒューズをイジェクトして交換する。初号機を走らせな がら敵の照準をずらすシンジ ところが使徒の第2撃の方が速かった。 ヒューーーー 敵の過粒子砲が正確に向かってきた。 バシッ シンジの脳裏に昼間の恐怖がよみがえりもうだめかと覚悟する。が衝撃は来なかった。 レイが盾で使徒の過粒子砲を受け止めてくれたのだ。 膨大な熱量で無情にも融けてくる盾。近距離での熱のせいでなかなか照準の合わない陽電 子砲 そのとき盾がすべて無くなってしまった。次の瞬間レイは零号機の両腕を広げ体で初号機 を守ろうとする。 だが電磁コーティングされていないボディはあまりにも早く融けていく。 そのとき照準は合った ドォギューン 使徒は1撃でATフィールドを破られ轟沈した。 ページ(20) 5.txt 同時に零号機も倒れた。 シンジは零号機のカバーをもぎ取りエントリー・プラグをつかみ出し地面に置いた。同時 に急いで初号機から抜け出す。 零号機のエントリー・プラグのハッチを開けようとするが加熱していて手袋が燃え上が る。それでも無理矢理ハッチをこじ開けるシンジ ハッチから半分身を乗り出し声をかけるシンジ 「綾波、大丈夫か?綾波」 自分を呼ぶ声に徐々に意識が戻ってきたレイはハッチから身を乗り出す人影を碇司令かと 思った。零号機の事故とイメージがダブる。だんだん意識がはっきりしてくるとシンジで あることに気づく 「碇くん?」 レイの言葉を聞いて安心して涙をこぼすシンジ 「よかった・・・。」 「何がそんなに悲しいの?」 レイが不思議そうに聞く 「ばかだなあ、綾波が無事なんでうれしいんだよ。」 「そうっ、うれしくても涙は出るのね」 シートに身を預け、ふっとため息をつくレイ 「ごめんなさい。こんなときどういう顔をすればいいのか知らないの」 「笑えばいいと思う」 そのときレイの脳裏に零号機の事故後に見たゲンドウの顔が浮かんだ。笑うってああいう ことなんだわ レイもおずおずとほほえんでみた。それは生まれて初めての笑顔だった。 その無垢な微笑みは天使が実際にいたらこんな感じかと思えるほど清楚で美しく完全にシ ンジを魅了した。 だがわずか数秒で元の表情に戻り、シンジは呪縛から解き放された。 冷静になったシンジは逃げ回ったためネルフの設備からかなり離れたことを思い出した。 立ち上がれないレイを背負い歩き出すシンジ 思った以上にレイは軽く、そして華奢だった。 「もう別れ際にさよならなんて言うなよ。自分には他に何もないなんてそんな悲しいこと を言うなよ。綾波」 シンジのつぶやきに無言のレイ ページ(21) 5.txt だがその沈黙にはいつもの冷たさはなかった。 第1話と第2話はあらすじを知ってもらうための前振りのため、かなり省略しています。 ご了承ください。m(_ _)m 【第3話】レイの正体(前編) <レイの部屋> カチッ 402号室のスイッチを押す。 相変わらずインターホンは壊れているようで音がしない。 シンジは初号機をかばって使徒の過粒子砲を受け負傷したレイの見舞いに来ていた。 重傷ではなかったためレイは自分のワンルームに戻っていたのだ。 「綾波、入るよ」 シンジはドアを開けると奥に進んだ。 先日見たとおりの殺伐とした部屋である。 唯一異なるのはベットから綾波がこちらを見つめていたことである。 「何?」 レイの口数は少ない。 「ぼくのためにケガをしたんだからお見舞いに来たんだよ」 「自分の任務を果たしただけだわ」 「仕事だったかもしれないけど綾波が僕を守るために負傷したことに間違いはないから ね。身の回りの世話と食事の用意くらいはさせてよ」 シンジにしては精一杯の自発的行動であった。 「・・・」 レイは何も言わず目を閉じた。 それを肯定と受け取ったシンジは持ってきた掃除道具を取り出した。 まず床に散らばっている紙屑とダイレクトメールをゴミ袋に入れる。 次に持ってきたバケツで雑巾を絞り床を拭く。 寝ているレイに埃を吸わせないように細心の注意を払う。 血染めの包帯はちょっと迷ったが大量の血がこびりついているためダンボールごと捨てる ことにする。 とりあえず部屋が片づくと食事の用意に取りかかる。 ページ(22) 5.txt 小さなワンボックスの冷蔵庫を開けてみるとビスケットタイプの栄養食品が何個かあるだ けだった。 「綾波」 レイが目を開ける。 「綾波はふだん何を食べているの?」 「それよ」 「これだけじゃあ身体に悪いよ」 「なぜ?」 「栄養のバランスがとれないからだよ」 「ビタミンとカルシウムの錠剤があるわ」 確かに冷蔵庫の上には錠剤が山ほどあった。そのとなりにはビーカーがひとつ・・・。 あまりに悲惨な食生活に呆れるシンジ、しょうがないので何かつくってあげることにす る。 「それだけじゃあやっぱり身体によくないよ。僕がつくるから食べてよ。そうだ何か嫌い なものはある?」 沈黙の後ぽつりと 「・・・肉は嫌い」 意外な一面に苦笑するシンジ 「OK、ちょっと待っててね」 シンジはさっそく一番近いスーパーに出かけた。 包丁、まな板、ふきん、計量カップ、フライパン、鍋、ヤカン、茶碗、皿、箸、スプー ン、フォーク、洗剤、スポンジ、ラップ、砂糖、塩、しょう油、だし、味噌、油・・・。 レイのキッチンには電磁調理器以外は何もないため必要なものをいろいろと揃える。 「さて、材料だけど肉がだめとなると野菜料理になるな」 シンジは野菜を中心に買い揃える。 「あとはコーヒーくらいかな。」 シンジは買い物かごにインスタント・コーヒーとマグカップを2つ放り込んだ。 ページ(23) 5.txt レイの部屋に戻るとシンジはさっそく料理に取りかかった。 とても委員長のようにはいかないが、それでもミサトの代わりにこのところずっと料理を 担当しているためかなりの手際であった。 みるみる料理ができていく。 すべてできあがると先ほどの掃除の時に見つけておいた折り畳みのテーブルを準備して料 理をならべた。ちょうどお昼である。 「綾波できたよ」 シンジが料理をする姿をめずらしく興味深く眺めていたレイも上半身を起こす。 レイは学校の制服を着ていた。 「うっ、」 やはりまだひとりでは動けなかった。 「綾波、何で制服を着ているの」 「本部から戻ってそのまま寝たから」 どうやら力尽きて着替えもできなかったようだ。 シンジはレイをささえてやりながらテーブルにつかせた。 「はい」 炊き立てのご飯を茶碗によそって箸を渡す。 「どうやって使うの?」 箸を見てレイが質問する。 「綾波って外国で育ったの」 「いいえ、でもこれを見るのは始めて」 納得いかないまでも使い方を教えるシンジ もともと使い方を知らなかっただけなのでいったん覚えるとぐんぐんうまくなっていっ た。 また、味覚についても特に異常があるわけではないのでおいしいということを急速に理解 していった。 野菜だけなのでボリューム的には少しもの足りなかったシンジだが、自分のつくった料理 を黙々と食べるレイを見てほほえんだ。 食べ終わった食器を洗いながらシンジはお湯を沸かした。 ページ(24) 5.txt ちょうど洗い終わる頃、お湯が沸く 「コーヒー入れるけど、綾波は砂糖いくつ?」 「砂糖・・・いらない・・・」 「そう」 片方のマグカップには砂糖を一杯だけ入れたコーヒーをつくりテーブルに運ぶ 「ありがとう」 生まれて初めてレイはお礼を言った。 <ミサトのマンション> とりあえずやることが無くなったのでシンジはミサトのマンションに戻っていた。 「シンちゃんの料理っておいしいのよね」 ミサトがシンジのつくった料理をぱくつきながらほめる。 「ミサトさんもこれくらいできないと加持さんに呆れられますよ」 シンジもミサトに対しては心を開き、嫌みの一つも言えるようになっていた。 形勢不利をさとり話題を変えるミサト 「あっ、今日は夜勤で帰りは明日の朝になるから先に寝ていてね」 「はい」 ミサトがネルフに出勤するとシンジは食器を洗いだした。 「たぶんあの調子だと夕食も食べないで寝ているんだろうな」 食器が片づくとついでに予備のシーツと枕カバーを持ってレイのところへ行くことにす る。 <レイの部屋> 「綾波、入るよ」 返事がないのはわかっているのでそのまま中に入っていく レイは先ほどと同じようにベッドからこちらを眺めていた。 「どう、具合は?」 ページ(25) 5.txt 「だいぶいいわ」 「よかった。じゃあ夕食をつくるね」 こくんと頷くレイ レイが自分の料理を食べたがっているのを知ってほっとしながら料理に取りかかる。 やがていい匂いがしてきて料理が完成した。 「綾波、できたよ。あっ、そうか。今手伝うから」 シンジは布団をめくりレイを立たせようとして硬直した。 「・・・」 レイは裸だった。 あわてて後ろを向くシンジ 「ごっ、ごめん」 不思議そうに聞くレイ 「何であやまるの?」 「だって、綾波、ふっ、服を着ていない」 「さっきシャワーを浴びたから」 「パッ、パジャマは」 「ないわ」 「無いって・・・」 「私は制服しか持っていないの。いつもこのまま寝ているわ」 状況はわかったが目のやり場に困るのでなんとか説得してバスタオルを巻いてもらうシン ジ レイはテーブルまで運んでもらい食事に取りかかる。 シンジはひとりで緊張していた。 どうしてもバスタオルでは隠しきれない胸元に眼がいってしまう。 食事も終わりコーヒーのすんだレイに話しかけるシンジ。 「あの、綾波のまくら血がついているから洗ってあげるよ。換えのカバーを持ってきたか ら」 レイはコクンとうなずく。 シンジはさっそく布団をどかし、シーツと枕カバーを持ってきた予備と交換する。 ページ(26) 5.txt 「さっ、いいよ」 シンジは慎重にレイを抱え上げてベッドにおろす。 ところがレイは首に回した手を離さなかった。 「あっ、綾波っ」 To be continued. 【第4話】レイの正体(後編) <レイの部屋> ドクン、ドクン、ドクン シンジは自分の心臓の鼓動をはっきりと感じた。 他人に興味を示さなかったあの綾波が腕をぼくの首に巻きつけたまま離そうとしない。 「あっ」 それどころか強く引っ張られたためバスタオルの巻かれた胸に顔が押しつけられたまま動 けなくなってしまった。 綾波の心臓の音が聞こえる。 その規則的な鼓動にシンジの緊張も解けていく まるでエントリー・プラグの中にいるようだ。血のにおいがするのになぜか落ち着く。そ ういえばエントリー・プラグってお母さんの子宮に似ているのかもしれない。 「どうしたの、綾波」 「・・・」 「綾波?」 話しだすレイ 「駅のホームでなぜこういうことをしていたの?」 始めシンジは何のことを言っているのかわからなかったが、思い当たることと言えばエヴ ァに乗ることを再度決意し、ミサトに抱きしめられたことぐらいしかなかった。でも、な んでそのことを綾波が知っているんだろう? 「ミサトさんとのこと?」 見えなかったが頷いたのはわかった。 「ぼくはあのとき、エヴァに乗れる力があるくせに恐くて逃げ出そうとしていた。やっと 友達といえそうな人もできたのに・・・、その友人を見捨てていこうとしている・・・、 でもその友人はぼくを責めるどころか ”よくやった新しい生活を頑張れ”と励ましてく れた・・・。でももう手遅れだと思うと自分が無性に情けなくて落ち込んでいたんだ。電 車に乗らないといけないのに足が動かない・・・。そこへミサトさんが駆けつけてきた。 ぼくの乗るはずだった電車が通り過ぎたあと驚くミサトさんと眼があった。そのときハッ と気がついたんだ。ミサトさんはネルフの保護者としてではなく家族として駆けつけたん ページ(27) 5.txt だ。そしてまだ手遅れではないんだ。手遅れはあきらめたときだって。そう思ったとき急 に視界が明るくなって ”ただいま”って言ってしまった。ミサトさんもぼくの気持ちが 分かったのか見るからにホッとして ”おかえり”って言って抱きしめてくれた。だれだ って家族を失うのは辛いからね。それとミサトさんの方が身長もヒールも高かったからち ょうどミサトさんの胸のあたりに抱きしめられることになったんだと思う。もっともミサ トさんは自分が泣いているのを見られたくなかったんだと思うけど・・・」 レイが質問する。 「人間はうれしいと涙を出して抱き合うの?」 あっけにとられるシンジ 「そういうときもあるよ、でもまるで綾波は人間じゃないみたいな言い方だね。」 苦笑しながら問いかけるシンジを更なる衝撃がおそった。 「・・・そうよ」 「えっ、」 「・・・。」 「にっ、人間じゃないって、それじゃあ綾波は何なの?」 淡々と話しだすレイ 「人は神さまを拾ったの、喜んで手に入れようとした。だからバチがあたった。 それが 15年前。せっかく拾った神さまも消えてしまったわ。でも、今度は神さまを自分たちで 復活させようとしたの。それがアダム。そしてアダムから神さまに似せて人間を作った。 それがエヴァ。本来魂のないエヴァには人の魂が宿らせてあるの。みんなサルベージされ たものなのよ。そして綾波レイたちはダミー・システムのコアとして、より人間に近くつ くられたもの。」 「ダミー・システムって何? それと綾波レイたちってどういうこと?」 「エヴァはパイロットのシンクロが一定レベルに達せれば起動してあとは遠隔操作が可能 になるの。最初は綾波レイをたくさんつくってそれぞれのエヴァに乗せればいいと考えら れていたわ。そのために綾波レイのからだを生産する工場が造られたの。ところがエヴァ を起動できる魂を持った綾波レイは一人しか生まれなかった。すぐに新たな方法としてダ ミー・システムが考案されたわ。綾波レイのシンクロパターンを解析し、そのパーソナル ・データをダミー・プラグに記録する。ダミー・プラグを挿入されたエヴァはパイロット が居るものと誤認して起動され、遠隔操作が可能となるシステム。それがダミー・システ ムよ。」 「綾波レイの身体を生産する工場って、綾波がたくさんいるの?」 「綾波レイは私を含めて19体存在するわ」 「ほ、ほかの綾波は何をしているの?」 「何も」 「何もって?」 「LCLの満たされた水槽で漂っているわ」 ページ(28) 5.txt 「どうして?」 「魂のある綾波レイは常に一人なのよ。他は人の形をした抜け殻にすぎないわ」 「水槽の綾波はかわいそうだね。」 「どうして?」 「だって一生水槽の中で漂うだけなんて・・・」 「それはわからないわ」 「だって魂がないってことは何もできないって事じゃないの?」 「魂を持つ綾波レイが死ぬと、その魂はもう一人の綾波レイに移動するだけよ」 「えっ、」 「1人目は9歳の時に死亡したわ。私は2人目の綾波レイ」 「・・・。」 普通だったら信じられないような話も綾波の心臓の鼓動を感じながら聞くとなぜか納得で きた。 なぜ綾波が人と違うのか、なぜ綾波は孤独なのかが・・・。 だが今の話だと使徒とエヴァと綾波は基本的に同じと言うことになる。リツコさんは使徒 の遺伝子は99.89%人間と一致すると言っている。綾波はどれくらい人間に近いのだ ろうか? この暖かいぬくもりと柔らかい感触は母親をイメージさせ、とても人間でない とは思えないのだが・・・。 「綾波、手を放してくれる?」 素直に言うとおりにするレイ シンジはレイの左側で横になった。 狭いベッドなのでほとんど身動きできない。 怪訝そうにするレイを横になったまま抱きしめる。 「何でこういう事するの?」 「人は誰かを大切に思い、守りたいと思うとき抱きしめるんだよ」 「わたしは人間ではないわ」 「綾波は人間だよ」 シンジの眼を見つめ、やがてシンジの胸に身を寄せるレイ ページ(29) 5.txt 満ち足りた気分のままいつしか眠りにつく二人であった。 To be continued. 【第5話】もう一人の同居人 <レイの部屋> ちゅん、ちゅん カーテンからこぼれる陽ざしと鳥の声でシンジは目を覚ました。 左腕が妙に重い。 ふと見るとシンジの腕に小さな頭を乗せて赤い瞳が見つめ返していた。 「あっ、綾波、おはよう」 「おはよう」 初めて挨拶が返ってきた。レイの中で何かが変化しだしたようであった。 「いつから起きてたの?」 「1時間前」 「なんだ、起こしてくれてよかったのに」 「まだ時間が早いわ」 「今、何時?」 「6時」 「まずい、ミサトさんが帰る前に戻らなきゃあ」 ガバッと起きるシンジ ところがレイの手はしっかりとシンジのワイシャツをつかんだままだった。まるで小さな 子が母親にすがりつくような必死さであった。 つられて一緒に起きあがるレイ 一瞬二人の唇が重なり合った。 驚きの表情を浮かべるシンジ 「どうしたの」 「ごめん」 「何で謝るの」 「キスしてしまった」 「口と口をあわせること?」 ページ(30) 5.txt 「そうだよ。他の所にする場合もあるけど・・・。」 「どうしてそんなに気にするの」 「唇どおしのキスは恋人同士がするもんなんだよ」 「恋人同士?」 「愛し合う異性のことだよ」 「そう」 綾波にとっては何でもないようだった。そうか綾波は実験室で育ったからエヴァ以外のこ とは何も知らないんだっけ。これから教えていかなければならない事の多さに頭を抱える シンジであった。 ガラッ 「いい天気だ」 気持ちのいい朝なので窓を開けるとレイに声をかけた。 レイはベッドの上で上半身を起こしたままシンジを見つめている。 既にタオルはベットの上に落ちて何も身につけていない状況であった。 だがその白い裸身を朝日が薄いベールのようにきらきらと反射してたとえようもなく美し かった。 普段のシンジだったら顔を赤らめるところだが、なぜかその雰囲気のおかげでレイをまっ すぐに見つめることができた。 「綾波、身体は大丈夫かい?」 頷くレイ 「じゃあそろそろ服を着てよ。ぼくが朝御飯をつくるから食べたら学校に行こう。今日は 月曜日だからね。」 昨日の残りの材料で朝御飯をつくり朝食をすませる二人。 シンジはカバンもないので一度ミサトのマンションへ寄ってから学校へ行くことにした。 <学校> 「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく!」 使徒が襲来する第3新東京市にまた転校生がやってきた。 燃えるような赤毛のロングヘアーが体を動かすたびに華麗に舞う ページ(31) 5.txt ドイツ出身だがどちらかというとイングランド系のすっきりとしたとびきりの美少女だっ た。 男子生徒は色めき立ったがシンジは一人窓の外を眺めるレイを気にしていた。 お昼休みになって中庭の芝生でごろ寝をしながらレイのことを考えていると転校生の少女 がやってきた。 「ハロー、シンジー」 まぶしくて手をかざすシンジ 「ここに居るんでしょう?」 「誰が?」 「あんた、ばかぁ、ファースト・チルドレンに決まっているじゃない」 「ああ、それならあそこのベンチに」 もうアスカはレイの方に向かっていた。 レイはベンチで一人本を読んでいた。 アスカの影で読んでいた本が暗くなった。 見上げるレイ 「あなたがファースト・チルドレン、プロトタイプのパイロット綾波レイね。わたしはア スカ、2号機のパイロットよ。仲良くしましょう。」 「どうして」 「その方が都合がいいからよ。いろいろとね」 「命令があればそうするわ」 「かっ、変わっているわね」 とりつくしまもないレイに呆れるアスカだった。 <ミサトのマンション> 「ただいま~」 誰もいないのはわかっているがとりあえず言ってみる。ミサトと暗黙の了解で実行してい る家族ごっこのためである。 だが玄関はダンボール箱で埋まっていた。廊下も、リビングも、シンジの部屋まで・・・ 「なんだこれ~」 ページ(32) 5.txt 「失礼ね。私の荷物よ。それにしても日本の部屋は小さいわね。荷物が半分も入りやしな い。」 ぶつくさ言うアスカが出てきた。 「なんでアスカがここにいるの?」 「知らないわよ、荷物が届くというのに急だったので場所が無いというので、とりあえず ミサトの所へって事になったのよ」 「ミサトさんを知っているの?」 「当たり前じゃない。ミサトは去年までネルフのドイツ支部に居たのよ」 初めて聞く話だった。そういえば今まで人の事を気にしたりしたことがなかったな。しか しさしあたっての重大時は・・・ 「この荷物どうするの?」 「・・・どうしよう?」 途方に暮れる二人 その夜、アスカを説得して貸倉庫に余分なものを預け、なんとか生活スペースは確保でき た。 ミサトはアスカの歓迎会をやったあと夜勤のため出勤していった。 シンジはいやだったが ”歓迎会で酒がないとは何事か”とごねたアスカが、ミサトさん のとっておきのワインを出してきて無理矢理飲まされてしまった。 「今日は早く寝よう」 ベッドの端で壁に背中を預けたまま眠るシンジだった。 ギシッ どのくらい時間が経ったのだろう。振動と前髪に風を感じた。同時にほのかな甘い香りが する。目を開くと目の前にアスカの寝顔があった。 どうやらワインで酔ったままトイレに行って、帰る部屋を間違えたようだ。 「ふふっ」 シンジはおかしくなった。 自分が一番偉いと公言し、自信満々に行動する14歳の少女。今日あったばかりなのにい きなり ”バカシンジ”とは参っちゃうけど僕のことを仲間として考えているから言える んだろうな。 やることなすこと派手で生意気で自分勝手だけどなぜか憎めない。それにこうして見てい るとトウジ達が騒ぐのもわかるな。確かにかわいいや。 ページ(33) 5.txt シンジの顔のほんの10センチほど先にアスカの顔があった。ちょっと揺らしただけでぶ つかってしまう距離である。その下にはTシャツからはみ出しかかっている14歳にして は発育のいい胸があった。 あわてて視線を顔に戻す。 少し開いた小振りで形のいい唇が目を引く。 見つめているうちに夢うつつのまま引き寄せられるように顔を近づけるシンジ。普段のシ ンジからは信じられない行動であった。 アスカの唇がわずかに動く 「マ・マ・・・」 閉じたまぶたの間からひとすじの涙がこぼれる。アスカは夢の中で泣いていたのだ。 一気に目が覚めて自分が何をしようとしていたのか気づくシンジ アスカに布団を掛け、自分は絨毯の上で毛布にくるまると2度目の眠りについた。 「キャー!! バカシンジ、なんであんたが私の部屋にいるのよ」 朝の静寂はアスカの叫び声で破られた。 眠い眼をこするシンジ 「ああ、なんだアスカか、おふぁよう」 「なんだじゃないわよ。なんであんたが居るのよ」 「だってここはぼくの部屋だよ」 「何ですって」 「アスカが夕べ寝ぼけて僕のベッドに寝ちゃったんだよ」 辺りを見回すアスカ。確かに自分の部屋ではないようだ。 「なんで起こさなかったのよ」 「だって寝顔があまりにあどけなくて起こすのがかわいそうだったからね」 わなわなと怒りに震えるアスカ。しかしはけぐちが無いためどうしょうもない。 「いい、このことはみんなには内緒だからね。わかっているわね」 捨てぜりふを残すと自分の部屋に戻っていった。 肩をすくめるシンジ とてつもなくにぎやかな同居人が増えちゃったな。大変そうだけど先生の所に居たときと 違って生きているって言う気がする。今日はどんな一日になるんだろう。 ページ(34) 5.txt 不安だけを浮かべていた瞳に徐々に期待が満ちるようになってきたシンジだった。 To be continued. 【第6話】13歳の大学生 <ネルフ本部 分析室> 「カタ、カタカタ、カタ」 リツコは一人キーボードをたたき、使徒の解析を行っていた。 最近はサンプルが豊富になり研究には事欠かないがおかげで残業も飛躍的に増えていた。 「ふぅ」 軽くため息をつくとリツコは背もたれに体をあずける。 静かに背後から回される手 「少し痩せたかな、悲しい恋をしているから」 抱きしめたのは加持だった。中年になってさらに男くささを身につけたその声でささやか れたら、大抵の女性なら一発で落とせるほど魅力的だった。 「どうしてそんなことがわかるの」 まるで始めから知っていたかのように眼を閉じたまま問いかけるリツコ 背後から抱きしめたまま指先でリツコのあごをそっと持ち、自分の方に向かせる加持 「それはね、涙のとおり道にホクロのある女性は一生泣き続ける運命にあるからだよ」 言葉が終わる頃にはリツコの顔と重なっていた。 「ふふっ、これから口説くつもり? でもだめよ。こわ~いお姉さんが見ているから」 その視線の先にはガラス張りのクリーンルームの向こうからすごい眼でにらんでいるミサ トがいた。 余裕でリツコから距離を置く加持 「いやぁ、しばらく」 まるでさも久しぶりにあったように白々しく言ってのける。 「お久しぶりね。加持くん、でも加持くんも意外と迂闊ね。」 通りすがりに毒々しく吐き捨てるミサト 「こいつのバカは相変わらずなのよ!! だいたいなんであんたがここにいるのよ。アス カのガードが終わったんならさっさとドイツに帰んなさいよ」 全身で不快感を現しているミサトとは対照的に涼しい顔で言ってのける加持 「今朝、出向の辞令が出てね。しばらくはこっちで世話になるよ。また昔のように3人で ページ(35) 5.txt つるめるね」 加持のにこにこ顔はどこまでもにくめなかった。 <ネルフ本部 エレベータ内> 「うっ、・・・」 「・・・。」 「や・めてよ・・・加持く・・ん・」 「・・・」 持っていたバインダーを盾に押しのけようとするミサト だが、抵抗はやがてなくなり、沈黙がつづく 瞳だけが通過する階層表示を見るともなしに追っていた。 「チン!」 やがて目的の階層に到着し開き始める扉 その扉が開ききる前にあわてて飛び出す人影・・・ 「もう加持くんとは何でもないんだからこういうのやめてくれる」 みだれた髪を直しブラウスをスカートの中に戻そうとするミサト ポケットに手を突っ込んだままエレベータ内にちらばった書類を集める加持 「でもきみの唇はイヤとは言わなかった。」 やがて書類を集め終わるとミサトに渡しながら話し続ける加持 「きみの唇ときみの言葉、どっちを信用したらいいのかな?」 数歩下がりエレベータの中で最上級のお辞儀をする加持 舞台の幕のように扉が閉まっていく。心憎いまでの演出である。 つい ”しょうがないやつ”とにやけてしまうが、よく考えると昨日のリツコの件のご機 嫌取りと気づくミサト 「・・・。」 「加持のばかぁ~~~~~!」 <第3新東京市第壱中学校 室内プール> ページ(36) 5.txt 「ドボン」 レイの白い水着が小さな水飛沫をあげてプールに飛び込む。 まるでLCLの中のように呼吸もしないで潜水していく。 シンジはプールサイドでパソコンをたたいていた。 もうすぐアスカも合流するはずである。 学校には3人だけだった。 なぜなら全学年とも修学旅行で沖縄に行っているからである。 シンジ達は使徒が攻めてきた場合のことを考え第3新東京市に待機であった。 静かに時が流れていく。 「ポチャン」 レイが戻ってきた。 天井と東側の壁は室内だというのに太陽光を十分に取り入れる設計のためまぶしい光がさ んさんとふりそそぐ 逆光の中、濡れた髪の毛をタオルでふき取るレイのシルエットが浮き上がる。 アスカのようなダイナミックなボディではないが、コンパクトでいながら均整のとれたプ ロポーションはすばらしく魅力的だった。 やがて十分に水気をとるとスッと振り返り、まっすぐにシンジの元にやってきた。 「どうして見ているの?」 レイの秘密を知り一夜を過ごした経験からシンジは家族のような親近感を持ち始めてい た。 「綾波がきれいだから」 普段のシンジからは絶対に言わないようなせりふがさりげなく口をでる。 「きれい?」 「見ていて心がなごんだり、楽しくってうきうきするような気持ちになることさ」 「わたしを・・・」 「水着を着た綾波は、よりいっそうきれいだなぁって思ってみていたんだ」 「水着は服、服は私じゃないわ」 「綾波はぼくのつくる料理好きかい?」 とうとつに話が変わり躊躇するレイ ページ(37) 5.txt 「・・・好き・・・。」 「料理って繊細なんだよ。料理の中で調味料の占める割合なんてほんの少しなんだけど ね。でも、最高の素材を揃えても味付けが悪かったら台無しになるんだよ。逆にすばらし い素材と正しい手順で適度な味付けがなされると、お互いを助け合って何倍もすばらしい ものになるんだ。人と服の関係もこれと同じなんだよ。」 さらに笑って付け加える。 「今度ミサトさんが当番の日に食事に来てよ。実例を見せてあげるから。」 素直にコクンと頷くレイ そこへアスカが入ってきた。一緒にいる二人を見て話しかける。 「珍しいわね。ファーストと話をしていたの」 「アスカには内緒」 「むかつくわね~、ファースト何話していたのよ」 「・・・」 相変わらずゲンドウとシンジ以外の人には無愛想なレイは何も言わずにプールに歩いてい ってしまった。 無視されて怒るアスカをくすくす笑うシンジ 「シンジ、あんたこんなところでパソコンなんて出して何やってたのよ」 「宿題」 実は保護者のミサトに成績の件で怒られた2人は、レイを誘って学校へ勉強に来ていたの だった。 素直なシンジは文字通り勉強に来ていた。もちろんアスカに命令されて服の下に水着は着 ていたが・・・ 「もう、いつまでやっているのよ。見せてみなさい。」 シンジにきわどい水着を見せびらかすようにかがみ込みディスプレイをのぞき込むアスカ その見事なバストと中学生とは思えないくびれたウエストは爆発的な迫力でシンジの視線 を釘付けにする。 その視線を十分に意識しつつ高飛車に責め立てるアスカ 「あんたこんな簡単な数式もわかんないの!!」 触れるだけのようにかろやかにキーボードをたたき答えを埋めていくアスカ 「はい終わり、簡単じゃない」 シンジは疑問を口にする。 ページ(38) 5.txt 「こんな難しい問題が解けて何で学校の成績が悪いの」 あっけらかんと答えるアスカ 「問題がなんて書いてあるのかわかんなかったんだもん」 「えっ、つまり設問が読めなかったの」 「向こうの大学じゃ漢字は教えてくれなかったもの」 「大学?」 「そう、言わなかったっけ。去年ドイツの大学を卒業したこと」 「・・・。」 ということは、アスカは13歳で既に大学を卒業している・・・・ 「何でまた中学にはいるの?」 「日本語を覚えるため!」 さも当然のように言い切るアスカだった。 「さあさあ、そんなのいいから泳ごうよ」 腕にしがみつかれ強制的にプールまで引きずっていかれた。ぴったりと押しつけられる胸 の感触が妙に生々しい。 プールサイドでシンジを立たせるとにっこり笑うアスカ おもわず見とれてしまう。ケンスケが生写真を300枚もさばけるわけだ。この健康的な かわいさは犯罪である。 「ばいば~~い、バ・カ・シ・ン・ジ」 ドッボ~~ン そのまま突き落とされてしまった。 ”この服どうしてくれるんだよ”と思いつつ、かわいい子には何をされても怒れない14 歳の男の子であった。 To be continued. 【第7話】満たされぬ想い <ミサトのマンション> 「バン」 玄関のドアの閉まる音がする。 「あいつ、ミサトが夜勤だとちょくちょく居なくなるけど何してるんだろう。こんなかわ いい娘をほっといて遊びに行くなんてどうかしてるわね。こんど思い知らせてやるか! !」 ページ(39) 5.txt 居ればいたでこき使われ、居ないと後でいじめられる。結局、シンジは苦労する運命のよ うである。 <通学路> 最近、トウジ達と帰らないときは綾波と一緒の場合が多かった。 「明日は土曜日だから買い物をしていろいろ揃えようか」 「何もほしくないわ」 相変わらずレイは素っ気なかった。 「でも普段着もいくつか必要だし、パジャマもあった方がいいよ。そういえばお風呂には 石鹸しかなかったけどシャンプーはどうしてるの?」 「シャンプー?」 「・・・。」 やはり日常生活の基礎から教えていかなければならないようである。たぶん綾波の保護者 ってリツコさんなんだろうな。でもリツコさんも常識には疎そうだし、きっとコンピュー タを相手にするように必要事項だけ綾波を教育したんだろうな 「じゃあ、明日の朝迎えに来るよ!」 少々強引だったがこうでもしないと綾波はなかなか普通の人にとけ込めないと思いシンジ は頑張った。 レイの方も表面上は今までと変わりないが、何かと面倒を見てくれるシンジに少しずつ興 味を示すようになってきていた。 やはり言葉は出ないが頷くレイ そうこうするうちに分かれ道まで来てしまった。 「じゃあ明日ね」 再度念を押すとシンジは手を振りながら帰っていった。 しばらくシンジの姿を見ていたレイもやがてくるりと振り返りだれもいないアパートへ帰 っていった。 <ミサトのマンション> シンジは7時に起きた。ミサトさんもアスカもまだ寝ている いつものとおり朝御飯をつくると二人を呼びに言った。 ページ(40) 5.txt 思ったとおり休日の朝はトコトン寝ているつもりのようだ。 シンジは二人分のサンドイッチを持つとレイのアパートへ向かった。 <レイの部屋> 「トントン、綾波入るよ」 いつものようにノックして返事も待たずに入っていく。 レイは制服のままベッドに腰掛けこちらを見ていた。 「今日はサンドイッチをつくってみたんだ。綾波、コーヒーを入れてよ」 すっと立ち上がると静かにキッチンに立ち、ヤカンに水を入れて電磁調理器に乗せるレ イ。 一般常識を理解させようと、このところアパートに入り浸っていた成果である。レイはコ ーヒーを入れて飲むようになっていた。まだ自発的ではないが・・・。 シンジは先ほどレイが座っていた辺の隣に腰掛け、伸びをしたまま後ろに倒れた。ほんの りと甘いレイのにおいがした。 準備がすむとレイも並んでベッドに腰掛けた。相変わらず自分からはしゃべらない。 しばらく沈黙が続くうちにシンジは眠くなってしまった。このところレイの教育と例の2 人の家事で寝不足が続いていたのだ。 「ピーーーッ」 ピーピーケトルの沸騰音で目が覚めた。 ふと見上げるとレイの姿がない。ぐるっと見回すと意外にもシンジにぴったりくっつくよ うに寄り添ってレイも寝ていた。これってやっぱり気に入られたと言うことなんだろう な。ここまでなつかれると子供を持つ親の心境だな。でも綾波にとってぼくはまさにそう かもしれない。ちょうど卵からかえった雛が初めて見るものを親と思うのと一緒で、初め て人間として接しているぼくを頼っているんだろうな。そう思うとますます保護者意識が 芽生えてくるシンジだった。 かわいそうなので、そ~~~と起こさないように電気を止めようとしたが、レイは気がつ きキッチンに向かった。 シンジはテーブルを用意してサンドイッチを広げる。やがてコーヒーをお盆に乗せたレイ がひざまづきそっとマグカップを差し出す。 「ありがとう。さあ、食べよう」 コクンと頷きレイもサンドイッチを食べ始めた。 <ジオ・シティ> ページ(41) 5.txt レイとシンジは新しくできた巨大デパート『ジオ・シティ』へ来ていた。 1店ですべてまかなえる上、スカイラウンジは第3新東京市を一望できるので市民に人気 があった。 すごい人混みである。使徒に対してもおそれを知らず向かっていくレイも初めて間近に接 する人混みに不安そうである。 「綾波、ぼくの腕につかまって」 そっと左手を出すシンジ 意味が分からず見返すレイ 「混んでいるからね、はぐれると大変だから手をつなごう」 にっこり笑うシンジに誘われるようにシンジの腕につかまるレイ。 アスカがプールサイドでシンジを引っ張っていったのを見ていたようだ。手をつなぐと言 うよりも両腕でしがみつくようなつかまり方である。 「綾波、もうちょっと腕をゆるめないと歩けないよ。」 「・・・ごめんなさい。」 「それと片手だけで十分だよ。ぼくは居なくなったりしないから」 しばらく歩くうちにだんだん自然につかまれるようになってきたレイ 「まずは服を買おうか、綾波は普段スカートだからスカートのほうがいいのかな?」 「・・・」 レイに服のことで意見を聞くのはまだ無理のようだ。ということはシンジのセンスで買う しかない。シンジは困ってしまった。女の子の服なんて買ったこと無いのに・・・。 シンジはとりあえず無難な方法を採ることにした。組み合わせサンプルとして展示してあ るものの中から一番綾波に合いそうなものを選び手に取った。 白を基調としたブラウスとスカートをコーディネートしたものであった。 「綾波、試着室でサイズが合うか試してみて」 やっとレイは腕を放し、シンジから服を受け取ると試着室に入っていった。 しばらくして試着室のカーテンが開いた。 レイは下着姿だった。 「どっ、どうしたの」 「着方がわからないの」 シンジはレディースのフロアであることを感謝した。それでもシンジと同じように連れを 待っている男性も何人かいたし、店員がにらんでいる気がしたのであわててレイの試着室 ページ(42) 5.txt に入りカーテンを閉じた。 さすがに狭い。ほとんど抱き合うような感じでレイと話すシンジ 「綾波、着替えの途中でカーテンを開けちゃだめだよ」 「どうして」 「社会一般のルールというのがあってね。裸で人前に出てはいけないと言うのがある」 「裸じゃないわ」 「う~んとね、下着姿というのも裸の次くらいによくないことなんだよ。」 「・・・。」 「綾波はぼくのをどう思っているの?」 「碇くん」 「そうじゃなくて、信用してくれる?」 こくんと頷くレイ 「だったらこれからぼくが ”こういうのが一般常識だよ”って言ったことはなるべく守 ってくれるかな?」 「わかったわ」 「じゃあ服を着ようか」 そのあと、どうして女性の服はあんなにややこしいんだろうと思いつつなんとかレイに試 着させることに成功した。 サイズがぴったりだったので買うことにする。 支払いはシンジがした。レイがお金を持っているとは思えなかったし、ゲンドウから渡さ れたゴールドカードに使用制限はなかったからいくらでも使えた。 せっかくなので買ったばかりの服を着てもらうことにする。 「綾波、もう一人でさっきの服を着れるよね。」 「ええ」 「化粧室の個室で着替えてくれる」 「なぜ?」 「普通は学校に行かない日は制服は着ないんだよ」 「それも一般常識?」 「そうだよ。それとぼくも綾波の私服姿を見てみたいからね」 レイは頷くとトイレに入っていった。さすがにここはシンジが入るわけには行かないので ページ(43) 5.txt わずか数分がえらく長く感じられた。 やがて何事もなく出てくるレイ。 手には制服の入った袋を持っている。 次にジーンズとTシャツを何着か選びパジャマも買った。 初夏が永遠に続く国となってからTシャツと半袖のシャツは日本人の定番アイテムとなっ ていたのでシンジも苦労せずに選ぶことができた。 パジャマは淡いピンクである。これはあまりに殺風景なレイの部屋を少しでも明るくする ためであった。 最後にエプロンを購入する。シンジ用とレイ用に2枚である。 「レイにも料理を教えてあげるよ! 毎日つくってあげるわけにはいかないし、自分であ る程度作れた方がいいからね」 頷くレイ だいたい必要な物がそろったのでちょっと遅めのお昼にすることにした。時間は午後2時 くらいであった。 地上120階にあるスカイラウンジはお昼を過ぎたこともあり、思ったより空いていた。 直径100メートルの円盤状のレストランは時速2キロほどでゆっくりと回転している。 周囲の壁面はすべてガラス張りのため今にも落ちそうな錯覚を受ける。 見晴らしのいい窓際は若いカップルばかりだった。 シンジとレイも窓際のテーブルに案内された。 人混みは苦手なレイも高いところは大丈夫のようであった。 眼下には第3新東京市が広がり、第2新東京市はおろか遙か先の水没した旧東京のあたり まで一望できるすばらしい眺めであった。 「綾波、何を食べようか」 周囲の景色に見入っていたレイも振り返る。 「何でもいいわ」 どうもレイは衣食住すべてにわたって執着があまりないようだった。 しょうがないので適当に選ぶ レイが食べられるのは野菜オンリーだったが、メニューが豊富なため選ぶのに苦労しなか った。 やがて料理が届き食べ始めるシンジたち レイはナイフとフォークの使い方はうまかった。リツコさんはこちらの方でレイを教育し たようだ。 ページ(44) 5.txt 最後にデザートと紅茶をもらうと今まで疑問に思っていたことをレイに聞くことにした。 「綾波はいつからあのアパートに住むようになったの」 「・・・零号機のシンクロ実験を開始したときから」 ということは今から8ヶ月前か 「アパートは誰が用意してくれたの」 「赤木博士から、今日からここに住むようにって言われたの」 「誰が面倒を見てくれたの」 「わからないことがあったら自分に聞きなさいと赤木博士は言っていたわ」 「じゃあ綾波はリツコさんに相談していたんだ」 「いいえ、何も困ったことは無かったわ」 「でもケガをしたり病気になったときはどうしたの」 「薬も包帯もあるからケガは自分で処理できるわ。病気はなったことがないわ」 「・・・。」 レイの部屋のダンボール一杯の包帯が思い出された。あれは一人でやっていたのか 「あのアパートに来た人ってリツコさんだけ?」 「いいえ、碇くんだけよ」 「でもリツコさんが綾波を連れていったんでしょう?」 「赤木博士は入り口まで案内したあと帰っていったわ。」 「・・・。」 こんな何も知らない子をたった一人アパートへ放り出して、父さんもリツコさんも何を考 えているのだろう。 「どうしたの?」 シンジが考え込んでいるとレイが不思議そうに聞いてきた。 自分がどれほどひどい扱いを受けてきたのか理解していないのだ。 胸がいっぱいになりレイの手を両手で握りしめるシンジ 「これから何か困ったことがあったら些細なことでもぼくに教えてくれるかな。たとえば 包帯を巻くことだってケガをしている本人じゃ大変なはずだからね。」 「それも一般常識?」 「いや、ぼくの個人的なお願いだよ」 ページ(45) 5.txt 頷くレイ シンジはホッとしてにっこりと笑いかけた。 「バカシンジとファーストじゃない。」 振り向くと鮮やかな赤のノースリーブのアスカが立っていた。その後ろにはアスカを引っ 張っているヒカリもいる。 どうやら二人で買い物に来ていたようだ。 「いやらしいわね。手なんか握り合って、そういう関係だったのね」 まだレイの手を握ったままなのを思いだしあわてて手を離すシンジ 「誤解だよ、今日は綾波の買い物につきあっただけだよ」 「どうだか。それにしてもファースト、あんたもやはり普通の女ね。めかし込んであたし の下僕に手を出すとはやるわね。」 「下僕!!」 シンジとヒカリがはもる 「碇くんは下僕じゃないわ」 ひとり冷静に答えるレイ 「私と一緒に住んでいる限り下僕よ」 あくまで断言するアスカ 無表情のままアスカを見つめるレイ 「アスカも寝ているときはかわいいのに」 シンジはぼそっとつぶやく 硬直するヒカリ 「あっ、あんた何馬鹿なことを言ってんのよ」 ヒカリは既に誤解モードに突入していた。 「ふっ、不潔よ碇くん! アスカに手を出してさらに綾波さんも毒牙にかけようと言うの ね」 「違うったらヒカリ、おなか減ったわ早くテーブルに戻って食べましょう。 それからシ ンジ! 帰ったら覚えておきなさいよ」 アスカは捨てぜりふを残していなくなってしまった。 シンジもなんだか話をする雰囲気ではなくなったので帰ることにした。 ページ(46) 5.txt <レイの部屋> 「ドサッ」 ほとんど一人で運んだため結構な荷物になっていた。レイには小物だけを持たせていた。 出かける前のようにベッドに腰掛けたまま仰向けになると、レイも横になった。 シンジの腕を抱きしめるようにしがみつくレイ 右腕にレイの鼓動が伝わってくる。 めずらしく自分の意志で行動しているようだ。 「どうしたの綾波」 「わからない、でもこうしていたい」 綾波は感情がないわけではないようだった。どちらかというと感情を知らなかったと言っ た方が正解だろう。 だから今になって喜怒哀楽を理解し始めている自分に戸惑っているのであろう。 やはり昼間のアスカの件で触発されているようであった。こうしてみるとアスカはレイに とっていい刺激剤になるのかもしれない。 レイの気の済むようにするためジッとしているうちに眠くなってシンジは寝てしまったよ うだった。 「トントントン」 規則正しい音でシンジは目を覚ました。 時計を見るともう夜の8時だった。 隣にレイの姿はなかった。立ち上がって音のする方に行くとレイはキッチンで野菜を切っ ていた。 「綾波、料理をしているの?」 頷くレイ 「すごいじゃない、でもどうして突然つくる気になったの」 「わからないの、碇くんに何かしてあげたいという欲求がこみ上げてくるの」 「うれしいよ」 シンジはとびっきりの笑顔で答えた。 ページ(47) 5.txt レイもまだぎこちないが笑顔を返してくれた。 「でもよく材料があったね。」 「さっき買ってきたから」 「えっ、綾波お金持ってるの?」 「ううん、カードがあるから」 視線の先の小物入れの上に確かにクレジットカードがあった。 手に取ってみると ”契約者:碇ゲンドウ””使用者:綾波レイ”となっていた。 自分のカードと比べてみる ”契約者:碇ゲンドウ””使用者:碇シンジ”となってい る。 なぜ父さんが綾波にカードを・・・。 父さんも綾波の保護者なのかな? 「ジャー、ジャー」 ふと見るとレイは天ぷらを揚げている。 「綾波、ちょっと待って」 シンジは買ってきたレイ用のエプロンを出すとキッチンに向かったままのレイに後ろから エプロンを着せてあげた。 「買ったばかりの服が汚れちゃうからね。何か手伝おうか」 「碇くんはお風呂にでも入って待っていて」 どうやら自分だけでつくりたいようだ。せっかくの好意なのでシンジは風呂を借りること にする。 お風呂はトイレと独立しているためシャワーを浴びるスペースがかなりあった。 前に見たとおりせっけんとタオルしかない。 買ってきた荷物の中からシャンプーやボディソープ、ブラシなど小物を持ち込んだ。 身体を洗いのんびりと浴槽につかるシンジ 今日の疲れがどんどん抜け出ていくようである。 壮快な気分で風呂を出た。 レイもだいたい料理ができてテーブルに並べ始めていた。 並べるのを手伝い向かい合って座ると食べ始めた。 「いただきます。」 レイも小さな声でシンジのまねをして言ってみた。 ページ(48) 5.txt シンジは驚いた。かなり自分の味に近いのだ。多少見てくれは悪いところがあるが外見も まあまあ合格点である。 「綾波、料理を前にもつくったことがあるの?」 首を横に振るレイ 「とても初めてつくったとは思えない出来だよ。おまけにぼくの味そっくり。」 「碇くんがつくるのを何度か見ていたから、そのとおりにやってみたの」 平然と言うレイ。見ただけでここまでできてしまうとは驚異的であった。レイは変な思い こみが無い分、素直にありのままにまねをしたのがよかったようだ。 「うまいよ。綾波」 うれしそうにいうシンジに、だんだんと自然な笑顔で答えられるようになってきたレイだ った。 満腹したシンジが両手を後ろについてリラックスしているとレイが片づけをしようとし た。 「ぼくが洗うから綾波もお風呂に入ったら」 「でも、・・・。」 「人はひとりでは生きていけないんだよ。助けたり助けられたりお互いの思いやりで世の 中は成り立っているんだ。もちろんそうでない人もいるけど・・・。綾波はぼくのために 一生懸命料理をしてくれた。好意には好意で答えたい。ぼくも綾波のために後片づけくら いは手伝いたいんだ。」 コクンと頷くとレイはお風呂場に消えていった。 手早く後片づけを終えるとレイがパジャマを持っていかなかったことに気がついた。 「綾波、パジャマ置いておくよ」 脱衣所から声をかけるとレイの返事が聞こえた。 「碇くん、来て」 一瞬どうしようかと思ったが、レイが変な考えを持っているわけ無いのでドアを開けて入 っていった。 最初は湯気でよく見えなかったがシャワーのところで裸で立っていた。 「どうしたの?」 「使い方を教えて」 見ると今日買ってシンジが持ち込んだものがかたまって置いてある。 「じゃ、そこに座って。これからぼくがやるのを覚えて次は自分でやるんだよ」 ページ(49) 5.txt シンジはレイをバス・チェアーに座らせた。 まずお湯を身体にかける。 スポンジの穴にボディソープを含ませ、よく泡立たせる。 手の先から順々に足の先までこすってあげる。 レイが今後これを真似してやるのは目に見えているのでおろそかにできない。シンジは真 剣だった。 全部洗い終わり洗面器でお湯をかけてきれいに流してあげた。 髪の毛は簡単な方がいいと思いリンスinを買っているので、髪の毛をしめらせるとシャ ンプーを手のひらにとりやさしく洗ってあげた。 レイの髪は元々髪質がいいようで、さらさらとした感触が手に心地よかった。 「さっ、これでおしまい。お湯をかけるから目を開けちゃだめだよ」 シンジはシャワーの栓をひねった。 「うわっ」 シンジにまともにシャワーがかかってしまった。髪の毛から服もズボンもぐしょ濡れであ る。 レイも驚いて目を開ける。 髪の毛から水を垂らし、情けない顔から開き直って笑うシンジにつられ、レイも楽しそう に笑った。そこにはくったくのない少女の笑顔があった。 シンジは教えることをとりあえず説明すると先に出て濡れた髪の毛を乾かした。 服もぐしょ濡れのため干すことにする。バスタオルを借りて腰に巻いた。 レイも出てきた。今日買ったパジャマを着ている。不思議なことにレイには汗と縁がない ように見える。顔は既にいつもの無表情に戻っていた。 「綾波、今日泊めてくれる。あの服で帰ったら風邪を引いてしまうから」 「別にかまわないわ」 シンジはミサトのマンションに携帯から電話した。 「リーン、リーン、リーン」 誰も出なかった。おそらくアスカはいつものように長風呂をしているのだろう。 しかたないので留守電に友達の所に泊まるので帰れないとメッセージを残す。 「これでよしと」 ページ(50) 5.txt シンジは携帯をしまった。 「綾波は夜、何をしているの?」 「本を読んでから寝ているわ」 「へぇ~、いつも学校の休み時間に読んでる本?」 「そうよ」 「どんな本なの」 「詩集」 「今日も読むの」 首を横に振るレイ 「碇くんが居るから」 「ぼくのことは気にしないでいつものとおりにしてよ」 「今日はいいの」 「じゃもう遅いから寝ようか」 シンジとレイはこの前のような配置でベッドにはいる。 電気を消すレイ しばらくしてシンジがうとうとしだしたときに身体の上に重みを感じた。 ほんのりとシャンプーの香りがする。暗闇でわずかに赤い瞳が反射する。裸の胸にレイの パジャマの感触が伝わる。 「綾波?」 「どうして今日は抱きしめてくれないの。碇くんはわたしを大切には思ってくれないの」 どうやらレイの中で大事に思うことと抱きしめるはイコールとなって理解されているよう だ。 「ぼくは綾波を大切に思っているよ。綾波を苦しめるすべてのものから守りたいと思って いる。でも親子や恋人でもない限りは一般社会ではむやみに抱き合ったりはしないんだ よ。」 「恋人ならいいの」 「・・・そうだよ。」 「恋人は愛し合う異性のことだと碇くんは教えてくれたわ。愛って何?」 「定義は難しいけど、相手のことを大切に思い何かしてあげたいと想うことだと思う」 「わたしは碇くんを失いたくない。それどころかひとつになりたいとさえわたしの心は言 っている。碇くんに何かしてあげたい。これは愛じゃないの?」 ページ(51) 5.txt 「愛にもいろいろある。親が子を想う愛情、恋人同士の愛情、友人同士の友情。それぞれ みんな相手を思いやる気持ちがあるんだよ。だからぼくと綾波の関係が愛情なのか友情な のかまだよくわからない。」 「そう」 沈黙が続いた。 「でも碇くんはわたしを大切に想ってくれる」 「そうだよ」 「困っていたら助けてくれる」 「そうだよ」 「碇くんと出会ってから心がとても温かくなるときがある。そして心が痛いときがある。 いえ、これはさびしい、寂しいんだわ。これはなぜ?」 「綾波にも人間らしい心。感情が生まれてきているんだよ。」 「人間らしい心」 「そうだよ」 「碇くんと離れると寂しい時が多くなる。以前はこんな事なかったのに、碇くんと出会っ てから心が痛い。逢えば逢うほど強くなる。なぜなの、なぜこんなに寂しくなるの?」 そのときシンジの頬に暖かいものが触れた。 さわってみると涙だった。 「綾波! 泣いてる」 「わたし泣いているの。これは涙なの。」 「そうだよ・・・。これは涙だよ」 「わたしにも涙が出るのね。 でも今は・・・碇くんに触れていたい」 シンジは何も言わずレイを抱きしめていた。 感情を理解し始めた子供のようなレイ。しかし本質的にシンジもレイと同じだった。 自分を必要としてくれる相手、自分を大切に思ってくれる相手に飢えていたのだ。 なまじっか血のつながりのある父親から冷たくされる辛さはレイよりも切実だったかもし れない。 そんなシンジにとってレイの言葉は魂に直接働きかける効果を起こしたのは当然だった。 レイはその力強い抱擁からシンジの気持ちが伝わってくるのを感じた。 「碇くんも私と同じなのね・・・。」 ページ(52) 5.txt To be continued. 【第8話】ママ、あたしを殺さないで! <アスカの部屋> 「ママ、あたしを殺さないで!」 「ハッ、」 アスカは目を覚ました。 ひどい寝汗である。 「またあの夢か。いいかげんに私を解放してよ・・・。」 アスカの母は浮気性の父親と別れアスカと2人で暮らしていた。 といってもほとんどネルフドイツ支部の研究所で研究に没頭していたためアスカは家政婦 に育てられたようなものであった。 いい子にしていればママが帰ってくると言い聞かせられた幼いアスカは、何でも一人でで きるいい子を目指した。 やがてマルドゥック機関から通知が届いた。 エヴァンゲリオンの2番目の操縦適格者として抜擢されたのだ。 自分が地球を救うエリートであると知らされた夜、幼いアスカは母親に知らせるために夜 通し待っていた。 「これでわたしは正真正銘のいい子だわ」 ところが母親はやはり帰ってこなかった。 エヴァのシンクロ実験の最中に重度の精神汚染を受け病院に入院したのだ アスカが病院で見たのは、人形に向かって優しく語りかける母親の姿だった。 おそらく長い間研究にかまけて放っておいた娘に対してすまなかったという想いがでたの であろう。 壊れた心には人形がアスカとして写っていたのだ。 ガラス越しに母親を見るアスカ 「わたし、いい子にしてたのに・・・。がんばってずっとずっといい子にしてたのに・・ ・。」 だが母親は我が子にも与えなかった優しい笑顔と愛情を物言わぬ人形にそそいでいた。 「ガチャーーーン」 花瓶が落ち、こぼれた水と花が散らばる。 ページ(53) 5.txt 「ママ、あたしを殺さないで!」 面会を許されるようになって何度目かのことであった。 母親はアスカの首を絞めていた。 「ママッ、」 幼いアスカにあらがえるはずがなかった。 意識が薄れもうだめだと覚悟したときに医師団が駆けつけてきた。 モニターを見ていたのであろう、危ういところであった。 それから面会謝絶が続き、次にガラス越しに見たときは、病室内で首を吊っている母親の 姿があった。 アスカは決意した。わたしは泣かない。絶対に泣かない。そしてエヴァのパイロットとし て生きるんだ。 その後再婚した父親に引き取られたが、母親が死んだのは父が母に優しくしなかったせい だと思いこんでいるアスカにとって近しい存在とはならなかった。 アスカにとって永遠に恋いこがれるのは自分を殺そうとした母親であった。 <レイの部屋> 「トクン、トクン、トクン」 頬から規則正しい鼓動が感じられる。 裸の胸から直接伝わってくる心臓の音である。 見上げるとシンジの寝顔があった。 脇腹から背中にかけてシンジの手がしっかりと巻かれていた。 安心して頬を胸に戻すレイ。 自分は使徒なんだろうか、エヴァなんだろうか、それとも人間なのだろうか。 自分の魂はどこから来てどこへ行くのだろうか。 ダミープラグが完成したらわたしはどうなるのだろう・・・。 シンジと出会ってからさまざまな疑問に悩まされるようになったレイも、今だけはシンジ のおかげで安らかな夜を過ごせた。 苦痛と不安と安らぎと幸せ レイは生きると言うことの意味を理解し始めていた。 ページ(54) 5.txt 「ちゅん、ちゅん」 不意に速くなった鼓動を感じてレイは目を覚ました。 顔を上げると、最初は驚きそして照れたような笑顔を浮かべたシンジの顔があった。 「おはよう」 こくんと頷くレイ 暖かいぬくもりの中で誰かに迎えられる幸せを理解したのだった。 「綾波、今日は月曜だからマンションまで戻らないといけないんだ。」 「そう」 「だから、その、退いてくれる。」 「ええ」 だがレイは動かなかった。 「あの、綾波?」 「・・・腕」 「腕?」 「放してくれないと動けないわ」 シンジの腕は昨日の夜からレイをしっかりと抱きしめたまま固まっていた。 あわてて手を離すシンジ レイは何事もなかったかのように横に移動する。 シンジは急いで干しておいた服を着ると玄関に向かった。 「綾波、また学校でね!!」 レイは玄関まで来るといつまでも見送っていた。 <ミサトのマンション> 「ドサッ、」 シンジは自分のベッドに腰掛けた。 「あわてて帰ってきたけどまだ5時か、もう一眠りできるな。」 このところ寝不足気味なのでちょっとの間でも寝たいシンジであった。 ページ(55) 5.txt 「ジリリリーーーーン」 止めようとしたシンジの手に、もう一つの手が重なった。 その直後お腹に何かが乗った。 「アスカ!」 見上げるとアスカだった。 朝シャンを済ませ輝くばかりの美しさを放つ少女が、まったく自分の効果を考えずにシン ジにまたがって胸ぐらをつかんでいる。 「これはこれはおはようございます。シンジ様」 顔は笑っていたが眼は笑っていなかった。 「お早いお帰りで、昨日はどちらにお泊まりでしたのでしょうか」 「ええ~~と昨日は友達の家に・・・」 「どちらの友達かしら? 確かトウジ様もケンスケ様も来客はなかったはずですけど」 既に調べはついているようであった。 「どこだっていいだろ」 開き直るシンジに切れたアスカが胸ぐらを掴んだまま激しく揺さぶる。 「どうせ優等生の所に行っていたんでしょう。まったくこの男は優柔不断のくせに手だけ は早いんだから。近くにこんなかわいい娘が居るというのに私のどこがファーストに劣る というの」 アスカにとって自分がレイに負ける要因があるというのが気にくわないようであった。 「ドシン、ドシン、ドシン」 だんだん揺れが激しくなってきた。 アスカが揺らすタイミングと合っていない。 二人がちょっとおかしいなと思ったときに爆発音が響いた。 思わずシンジにしがみつくアスカ しばらくそのままでいたあと、ふと我に返ったアスカが言った。 「何かしら・・・。」 ページ(56) 5.txt 顔を見合わせる二人 フッとため息をつくアスカ 「それにしてもどさぐさに紛れてあたしのお尻を触るとはやるじゃない。でもいい加減に しないと怒るわよ」 シンジは反論する。 「えっ、ぼくの手はここだよ」 思わず後ろを振り返るアスカ 「バシーーーーーン!」 真っ赤な顔をしたアスカのビンタが炸裂する。 「エッチ、バカ、ヘンタイ、信じらんない!」 原因はもちろん、いい香りのする女の子に股間に乗られて揺すられた男の子がなる正常な 反応であった。 アスカはプリプリ怒って自分の部屋に帰っていった。 「しょうがないじゃん、朝なんだから・・・。」 シンジも着替えをすますことにする。 やがて着替えが終わった頃、アスカが元気いっぱいに入ってきた。 「使徒よ!!」 シンジにはアスカが理解できなかった。 何でこんなに明るいんだろう? まるで使徒と 戦うのを生き甲斐にしているようであった。 だが次の瞬間、シンジは腕を引っ張られるようにしてネルフ本部に駆け出していた。 To be continued. 【第9話】心の壁(前編) 「待ってよ~、アスカ~~!」 前方を長い髪をなびかせながらアスカが駆けていく。 シンジも仕方なくついていった。 やがてアスカは立ち止まった。 ページ(57) 5.txt シンジもハアハア言いながら隣に立つとモノレールの駅だった。 「非常事態宣言で止まっているね。」 「あんた、ばかぁ~! あったり前じゃない。」 「じゃあ何で駅に来たの?」 「これよ」 見ると自転車置き場だった。 「まずいよ泥棒は」 「何言ってるの、使徒が暴れたら自転車の一つや二つじゃ済まないのよ。最悪の場合サー ド・インパクトが起こって人類は今度こそ壊滅するわ。わたしたちパイロットはいかなる 犠牲を払おうとエヴァに乗らなきゃならないのよ。」 「それはそうだけど・・・。」 「何をごちゃごちゃ言ってるのよ。借用よ借用。さっさと鍵を壊して乗るのよ。鍵はNE RVが弁償してくれるわ。」 さすがにミサトとドイツで一緒だっただけある。思考パターンも似ているようだ。 「早くっ」 アスカが腰に手を当てたまま怒っている。 シンジは鍵を壊すのに専念した。 「まったくもたもたして遅れちゃったじゃない、バカシンジ」 アスカ流に言うなら借用した自転車で前を走りながら文句を言っている。 「自分は何もしなかったくせに・・・。」 「何ですって!!」 すかさず前から返事が返ってきた。 シンジは黙ってついていくことにする。 自転車のおかげで何とかネルフ本部までたどり着いた。 だが入り口のゲートが開かなかった。 アスカのカードでもシンジのカードでも反応がないため、本部の機械に問題がありそうで ある。 「故障かな?」 ページ(58) 5.txt 「あんたばかぁ、MAGIが管理しているゲートが故障するわけ無いじゃない。」 「じゃあどうして開かないのさ」 「停電に決まっているでしょう」 「停電?」 「そう、それもとびっきりのね。」 ゲートを見上げるアスカの口元はぎゅっと引き締められていた。 アスカは振り返ると歩き出した。 「どこに行くの」 「手動のゲートから入るわ」 やがて関係者以外立入禁止の扉にたどり着いた。 「さっ、開けて」 アスカは素っ気なく言う 「ぼくが開けるの?」 シンジが不満そうに言うと 「当たり前でしょう。こんなか弱い女の子に力仕事をさせるつもり?」 アスカがか弱いというのは納得できなかったが、逆らうとどんな目に遭わされるかわから ないのでシンジは扉のレバーに手をかけた。 「ううう~~~ん」 シンジが力一杯体重をかけるとなんとかレバーは回りだした。 やがて「プシュー」という音とともに扉は開いた。 「ご苦労!」 アスカはさっさと中に入っていった。 あわてて後に続くシンジ 中は10メートルおきに薄暗い非常灯がついている縦2メートル横1.5メートルほどの 細い通路が地下へと続いていた。 ページ(59) 5.txt <ネルフ非常用地下通路> 「ねえアスカ」 「何よ」 「なんで停電なんかしたのかな?」 「あんたってつくづくバカね。敵のせいに決まっているじゃない。」 「えっ、」 「ネルフ本部を丸裸にしようとする敵の策略よ」 「まさか使徒?」 「違うわ」 「違う?」 「使徒だったら停電よりももっと目に見える大きな被害を出しているはずだわ。現に今、 外で使徒が暴れ回っているじゃない。」 「だったら誰が」 「それがわかったら苦労しないわ。おそらくNERV本部の情報を手に入れたい敵対組織 でしょうね。でもタイミングが悪いわ。下手をすると使徒にやられてNERV自体が壊滅 してしまうわ。」 「でもどうやって、使徒にさえできなかったのに」 「簡単よ。内部に裏切り者がいるのよ!!」 恐ろしいまでの論理展開であった。 早熟な14歳の少女はNERVドイツ支部の英才教育を受け、日本の学校では考えられな いほど柔軟な思考と秀逸な解析能力をものにしていた。 だが、冷静な思考とは裏腹にアスカの唇は白くなるほど噛みしめられていた。 こんなことであたしのエヴァを壊されてたまるものか エヴァはあたしのすべて、たったひとつ信じられるあたしの相棒 アスカは何としても2号機に乗り込むつもりだった。 <ネルフ司令塔> そのころネルフ本部でも似たような結論に達していた。 「碇司令、補助電源も作動しません。わずかに非常用バックアップ電源だけ低電圧ですが 動いています。独立した3系統の電源が同時に壊れる確率は0.0002%です。」 ページ(60) 5.txt 司令はテーブルにひじを突いたまま顔の前で手を組み赤木博士の報告をじっと聞いてい た。 「NERV本部の初の被害が同じ人間からとは皮肉なものだ。」 副司令の冬月がぼそりとつぶやいた。 「敵の目的は」 「おそらくシステムが復旧する過程をトレースすることにより、NERV本部のセキュリ ティを解析するつもりと思われます。」 「対策は!」 「MAGIにダミープログラムを走らせます。同クラスのシステムでもない限りハッキン グはほぼ防げます。」 MAGIシステムは人類の英知を集めたトップクラスのスーパーコンピュータである。事 実上ハッキングは不可能と言うことである。 「生命維持を含むあらゆる電源をMAGIに回せ。」 「使徒が接近しています。エヴァはどうしましょうか?」 「手動でエヴァの発進準備。以後別命あるまで待機」 「パイロットが居ませんが?」 司令はその問いかけを無視した。まるで必ず来ると知っているように微動だにしなかっ た。 <ネルフ非常用地下通路> アスカは立ち止まった。 また一段と非常灯の電気が暗くなったのだ。おそらく電気はほとんどカットされ、夜光塗 料だけの明かりで輝いているのであろう。 「ドカッ」 「いった~~~い。バカシンジ。レディに何てことするの」 後頭部を押さえるアスカ シンジは急に立ち止まったアスカに薄暗がりで気づかずにぶつかってしまったのだ。 「ごめんよ、アスカ」 シンジも額を押さえながら謝る。 ページ(61) 5.txt 「もうあんたは、ぼーとせずについてらっしゃい」 アスカはシンジの手を掴むと急いで歩き出した。 だが広大なジオフロントに張り巡らせた地下通路は敵の侵入を防ぐ迷路となっているた め、ちょっとやそっとでは目的地にたどり着けなかった。 「ガラッガラッガラッ」 いい加減疲れてロボットのような単調な歩みをしていたアスカの足下が突然崩れた。 「危ないっ、アスカ!」 シンジはとっさにアスカを抱きしめると落下の途中で無理矢理身体を入れ換えた。 「げほっ、」 シンジは背中と左腕に激痛を覚えた。 息ができるようになるとアスカを見てみる。気絶しただけのようだった。 自分の背中に触れてみた。ヌルッとした感触が感じられる。傷の深さはわからなかった。 左腕にも触れてみる。とたんに激痛が走る。完全に折れていた。ただ、幸いなことに単純 骨折のようである。 シンジもNERVに来てからは、ひととおり武器・格闘技・医療の知識を覚えさせられて いたため状況は理解できた。 シンジは冷静な自分を不思議に思った。普段なら痛みで泣き叫ぶはずなのに今はなぜか我 慢できた。 レイの秘密と起動実験のケガに比べたらこんな事ぐらい何でもないという想いのせいかも しれない。 また、この前ミサトさんから聞いたアスカの生い立ちのせいかもしれない。 普段は明るく振る舞っているがそれは不幸な境遇を忘れるための虚勢であるとシンジは知 っていた。 同時にミサトさんから頼まれてもいた。 「アスカは強い子よ。でもそれと同じくらい脆いの。一度折れてしまったらおそらく立ち 直れないくらいに・・・。アスカを助けてやってね。」 ミサトさんから話を聞いたときはそんな馬鹿なと思ったが、時折見せるアスカの寂しそう な表情は真実だと物語っていた。 コンクリートの散乱する床の上ではかわいそうなので、シンジは不自由な体で足を伸ばし 腿の上に頭を乗せてやる。 無事な右手でアスカの顔にかかっている髪をどかしてやる。 長いまつげ、すらりとした形のいい鼻、すっきりとした頬、わずかに開いた小さめの唇、 ページ(62) 5.txt 幼さの残る顎、細い首筋 一級品の少女はたとえ埃にまみれていてもきれいだった。シンジは妙なところで感心す る。 「う、う~ん」 アスカがゆっくりと眼を開けた。碧い瞳がかすかな非常灯の赤い光に反射する。 意識がはっきりしてくると質問した。 「シンジ!」 「何?」 「ここはどこ!」 「一つ下の部屋に落ちたみたい」 「シンジ!」 「何?」 「エッチな事してないでしょうね」 真っ赤になるシンジ 「しっ、してないよ」 「よし!」 アスカは勢いよく立ち上がった。 さすがに顔をしかめる。 ちょっと打ち身はありそうだが大丈夫そうだった。 「シンジ、さあ行くわよ」 「・・・ぼくは少し疲れたからここで休んでいくよ。アスカ先に行っててくれる。」 シンジは苦しい言い訳でアスカを先に行かせようとした。 「何いってんのよ。さあ行くわよ」 アスカはシンジの左手を掴んだが、その手応えのなさに眉をひそめる。 「・・・シンジ」 アスカは一瞬で理解した。シンジが動けないほどのけがを負っていることを・・・。 「他にケガは?」 ページ(63) 5.txt 「大丈夫だったら」 だがアスカの眼はごまかせなかった。手早くシンジのシャツを脱がせると背中を見る。 「ひっ、ひどい・・・。」 コンクリートの破片が無数に刺さっていてまだ血が止まっていなかった。 薄暗がりではっきり見えなかったがそれでも重傷だとわかる。 7メートルも落下して二人分の体重がかかったのだから当然である。 アスカは自分のブラウスを脱ぐと細く引き裂き包帯をつくった。 破片をできるだけ丁寧に取り除き、即席の包帯で止血する。 シンジのシャツは血まみれでばい菌が入るため使用できなかったのだ。 それでも足りずにスカートの半ばまで使ってやっと血は止まった。 次は折れた腕である。 近くの崩れた廃材の中から2本の支えとなりそうな板を掘り出し、シンジのシャツを使っ て折れた左腕を固定する。 固定されたおかげでシンジも幾分痛みが収まった。 「ありがとうアスカ・・・」 だが言葉は途中で止められた。 アスカが首に腕を回して抱きしめたからだ。 「バ・・カ・・・シンジ・・・」 アスカは7年ぶりに泣いていた。 バカシンジのくせに・・・、バカシンジのくせに・・・。 シンジはジッとしていることしかできなかった。 ひとしきり泣いて落ち着いたアスカは、涙の滴を美しく光らせながらシンジの顔を両手で 引き寄せる。 「なぜわたしを守ってくれたの」 「ぼくたちは同じ仲間じゃないか。おまけにアスカはか弱い女の子だし、」 「ばかね、あたしがか弱いわけ無いじゃない。」 シンジはゆっくりと首を振る。 「アスカはか弱いよ。だから弱みを見せまいとする。自分を強く見せようとする。アスカ はちょっと触れただけで壊れてしまうほど繊細で弱い女の子なんだよ」 ページ(64) 5.txt アスカは今初めてみるようにシンジを凝視した。 シンジは続けた。 「アスカがどういう人生を歩んできたのか知っているよ。」 「・・・。」 「お父さんのことも」 「・・・。」 「そして・・・お母さんとのことも」 「・・・。」 「何も言わなくてもわかっているよ。頑張り屋のアスカ。ぼくの前では無理しなくてもい いんだよ」 自分は激痛にのたうち回ってもおかしくないほどのケガなのに、露ほども感じさせずやさ しく慰めるシンジ シンジの微笑みは涙に霞んでよく見えなかった。 アスカは今度こそなかなか泣きやまなかった。 物心ついたときから母親に会いたい一心で頑張った幼いアスカ ガラス越しに人形に憎しみを込めるアスカ だがどんなに求めても母親は振り向いてくれずに逝ってしまった。 それ以来、エヴァとエヴァのパイロットであることだけがアスカの心の支えだった。 他人を排除し、自分の才能とエヴァだけを支えとしてきたアスカ。 その支えもシンジの言葉に脆くも崩れようとしていた。 わたしの生き方を、わたしの孤独を、わたしだけの想いを、そのすべてを包み込んで守っ てくれる男・・・。 追い求めてついに手には入らなかった母親のぬくもりとは異なる安らぎに抱きしめられる アスカ シンジも優しく髪をなでて泣くに任せた。 <ネルフ司令塔> 空調の停止した司令塔は温度が増してきていた。 地下施設では自然の冷却は望むべくもなかった。 ページ(65) 5.txt 突然報告が入る。 「使徒の攻撃で23番兵装ビル壊滅。ジオフロントに落下します。」 <ネルフ非常用地下通路> 「ガーン、ガーン、ガーン」 アスカは鍵のかかった扉を叩いていた。 「全くもう、どうして鍵をかけてるのかしら!」 アスカはやっと落ち着き、とりあえず近くの状況を確認するため部屋を出ようとした。 ところが外側から鍵がかかっているので出られないのである。 当然、落ちてきた上の方は空いているが、壁面がつるつるしているうえ7メートルの落差 である。とても登れない。 ということでシンジもアスカも缶詰状態であった。 シンジの出血はひどく、発熱もしてきていた。 シンジは何も言わないがアスカには手に取るように感じられた。 シンジが死んでしまう・・・ アスカは自分のこと以上に焦っていた。 「ドォーーーーン!」 その時、ひときわ大きな音が鳴り響いた。 上の方からいやな音が近づいてくる。 通路の上の建物が衝撃に耐えられずに次々と階層をぶち抜き落下してきているのだ。 もうすぐここに来る。シンジはそう悟るとふらふらと立ち上がった。 アスカが支えようとすると、意外と強い力で抱きしめられた。 「シンジ?」 シンジは何も言わずにアスカを唯一の調度品のテーブルの下に引っ張っていく 怪訝にするアスカの上に覆い被さった。 にこっと笑うシンジ 魂に染み込むような笑顔だった。 ページ(66) 5.txt アスカはシンジが自分をかばおうとしていることに気がつく。 「だめよ。シンジ、これ以上無理したらそれだけで死んでしまうわ」 だがシンジは首を振る。 「でも、アスカだけは死なせないよ」 それがミサトとの約束でもあった。 「バカシンジ、放しなさい。」 シンジはアスカの頭を自分の胸でかばうと天井を振り仰いだ。 もうそこまで音は近づいている。 こんなテーブルではとても持ちこたえられない膨大な質量である。 シンジの思考が通常の数百倍の速度で動き出したかのようだった。 まるでスローモーションのように天井がしなってくる。 シンジは思った。 まだ死ねない。 アスカを守らなくちゃ・・・ 綾波を守らなくちゃ・・・ 父さん・・・ 母さん・・・ まだ死ねない。 「エヴァ! ぼくに初めて力をくれたエヴァ、 もう一度ぼくに力を貸してくれっ!!」 そのときシンジの身体を中心にぼんやりと不思議な輝きが現れた。まるでレイのような・ ・・。 あっと言う間に光はどんどん収束していき、やがてシンジとアスカを包む球状に変化し た。 シンジは思いがけない光に圧倒される。 そこへ落下してきた構造物がぶつかってきた。 ぶつかった箇所に八角形の発光現象が現れる。 紛れもなくATフィールドであった。 シンジたちはATフィールドごと跳ね飛ばされ、扉を押し破り廊下にはじき出された。 数分後コンクリートの粉埃がおさまるころ、シンジは気がついた。 ページ(67) 5.txt 腕の中ではアスカが静かな寝息をたてている。 ホッとするシンジ 腕の骨折と背中の傷が治っていることに気づきもせずにアスカを眺めるシンジだった。 To be continued. 【第10話】心の壁(中編) <ネルフ司令塔> 「ジオ・フロント内に反応!」 計測機器を担当している日向が報告する。 「パターンは?」 司令部の面々に緊張が走る。レーダーその他ほとんどの機器が停止しているため使徒の侵 入を許してしまったのか? 「・・・赤です。」 ほっと胸をなで下ろすオペレーター達 「計測機器の能力が低下しているためはっきりとは言えませんが、ほぼエヴァンゲリオン 1機分に相当するエネルギー反応です。」 隣に立つ冬月が前を向いたまま小声で問いかける。 「どうする。碇」 「何も問題ない。」 ゲンドウは組んだ手の下で口元をゆがませ笑みを浮かべていた。 <ネルフ非常用地下通路> シンジは再び気絶していた。 アスカの安全を確認して張りつめていた糸が切れたことと、体力の限界が来たからであ る。 「う~ん」 アスカは痛みで目が覚めた。 今日2度目の気絶からの覚醒であった。 さすがに身体が痛い。 ふと見ると包帯を巻いたシンジの胸が見える。 どうやら二人とも、あの絶体絶命の危機から脱出できたようだ。 ページ(68) 5.txt 視線をシンジの顔まで上げて驚いた。 とても14歳とは思えないほどやせこけた顔であった。 ケガの修復のために体内のエネルギーを大量に消費してしまったからである。無から有が 生じる事は物理的にあり得ない。一見不可能に見える治癒も、自然が時間をかけて体内か ら栄養とエネルギーを吸収して修復する過程が一瞬で行われたためであった。当然不足部 分を強引に体内から徴収したためシンジの身体からは脂肪がほとんど抜き取られていた。 その無茶な効果から傷は治ったが、衰弱していることに代わりはなかった。 「シンジ、シンジ」 揺すってみてもシンジの目は覚めなかった。だが、手をかざすと息をしているのは感じら れた。 「よかった。生きてる・・・。」 アスカはホッとすると同時に冷静さを取り戻した。シンジの身体を点検する。 「そんなばかなっ!!」 シンジの背中の傷はほぼふさがっていた。少なくとも先ほど大きな口を開けていた傷はほ とんどわからない程度まで治癒していた。 不思議なことに内部に残っていたコンクリートの破片などもはじき出されたらしく化膿も していなかった。 「もしかして」 左腕の添え木を外してみる。 震える手でそ~~と押してみると確かな手応えが返ってきた。 「折れていたのに・・・。」 アスカは記憶の片隅に引っかかるものを感じた。 「そういえば以前これと同じ現象を見たような気がする。」 アスカの脳裏に以前見た報告書が浮かんだ。それは初号機が初めて使徒と戦った記録であ った。 <第三の使徒サキエルとの戦闘記録> 初号機の勝利は絶望的であった。 訓練もせずに初めて乗った素人に扱えるほど、エヴァンゲリオンの操縦は大ざっぱではな い。 むしろ、まだ誰も動かしたことのないエヴァを調整すらせずに起動したのである。 それだけでも奇跡的であった。 ページ(69) 5.txt だが、実際の戦闘は動けばいいと言うものではない。 開発チームにとっては初めて動くエヴァは自分たちの15年間の努力が実った証だが、使 徒にとっては格好の餌食であった。 バランスを崩したエヴァはいとも簡単に倒され、左腕をフォークリフトのような爪で握り つぶされてしまう。 支えを無くしてぶらぶらと揺れる腕 シンクロ率のあまりの高さが裏目に出て、エヴァの組織の破壊された痛みがそのままシン ジに伝わる。 だが、使徒の攻撃は容赦がなかった。 シンジがうめいているうちにエヴァの頭部を前方から鷲掴みにする。 「シンジくん逃げて!!」 ミサトの悲鳴が上がる。 使徒の腕は筒状になっており手のひらから槍のようなエネルギー砲を発射できるのだ。 まさに今、エヴァの額を掴んでいる手のひらから・・・。 「ドギューーン! ドギューーン! ドギューーン! ドギューーン!」 使徒の攻撃は執拗だった。まるで昆虫のように無表情に急所への攻撃を繰り返す。 シンジが額を押さえてうめいているうちに、さしもの堅い頭部装甲もとうとうひびが生じ てきた。 「ドギューーーーーーーーン!」 額と後頭部から血のようなLCLを大量に噴出する初号機 ついに装甲を破られた初号機はゴミのように投げ捨てられる。 シンジも頭部を打ち抜かれたショックで気絶してしまった。 「神経接続、解除されていきます。 パイロットの意識無くなりました。」 あわただしく活動するディスプレイを見ながらヘッドセットに報告するマヤ 「シンジくんは?」 「モニター反応無し! 生死不明!」 「初号機、完全に沈黙しました。」 「ミサト!」 リツコが叫んだ。もうこれ以上は活動不能であると伝えるために 作戦部長であるミサトは唇を噛みしめる。負けた、人類最後の切り札が・・・。 ページ(70) 5.txt この瞬間人類の破滅が決まったようなものであった。 血を吐くような想いで命令する。 「エントリー・プラグ緊急射出! パイロットの生命を最優先」 だが、事態はもっとひどいものであった。 「だめです。信号を受けつけません。」 愕然とするミサト 「なんですって」 唯一の意志疎通手段である信号を受けつけない以上、司令部からはどうすることもできな かった。 「シンジくん・・・。」 絶望的な状況の中、マヤの声が響く 「初号機、再起動!」 さきほどまで何の動きも見られなかった初号機がかすかに動いた。先ほどの砲撃にも無事 だった左目に明かりが灯る。 やがて上空を降り仰ぐと顎部を固定している拘束具を引きちぎり、獣のように咆吼を繰り 返した。 「ウオォォォォーーン!」 リツコがうめく 「そっ、そんなばかな! 動けるはずないのに・・・。」 「まさか、暴走!」 実は西暦2000年のセカンド・インパクトは巨大隕石ではなく、最初の使徒の暴走が原 因だったのである。よくて第3新東京市どころか日本を含むアジアの壊滅、最悪の場合地 球が公転軌道を離れ暗黒の宇宙空間に放り出されるかもしれない。リツコの顔は蒼白であ った。 対照的に副司令は冷静だった。たった一言つぶやく 「勝ったな」 ゲンドウは座ったまま顔の前に手を組み、ニヤッと口元をゆがめるだけであった。まるで こうなることを予測していたかのように・・・。 ページ(71) 5.txt シンジはエントリー・プラグの中で徐々に覚醒しつつあった。 それは気絶からさめると言うよりも無意識の領域が表面に浮かび上がったような覚醒であ った。 瞼から生気のない赤い瞳が現れる。 シンジ自身には五感から入った信号がそのまま通り過ぎるだけで記憶に残らない夢遊病者 のような状態である。 すべては気を失う前の想いが原因であった。 シンジは激痛の渦巻く最後の瞬間、何も考えられなくなっていた。ただもうこの痛みから 逃れたい。死にたくない。助けて。誰か助けて。 既にA10神経接続用の回路は切断されていたが、LCLはエヴァンゲリオンの隅々まで 行き渡っている血液と同じであった。 シンクロ率が高いと言うことはLCLへの溶け込み度合いと同じである。 シンジは気を失う直前に、一瞬だがシンクロ率が400%を越え、完全にエヴァと融合し たのだった。 そしてその直後、シンジの身体は再構成されていた。まさに一瞬のことである。 同時にわずかだが遺伝子の組み換えも行われていた。まるで自分と同じ遺伝子を残そうと するウイルスのように・・・。 まさに死にたくないというシンジの意志とエヴァの意志が一致した結果であった。 シンジはLCLを通じて無意識のままエヴァを立ち上がらせた。既にシンジの意志かエヴ ァの意志か区別できなかった。 どよめくネルフ司令部 ゆっくりと立ち上がった初号機は体操選手のスローモーション撮影のような軽やかな動き で、200メートルにもおよぶ背面ジャンプをして使徒に飛び乗った。 完全に停止した敵からの攻撃が分析できない使徒はなすすべもなく倒れるが、軽量のエヴ ァをそのまま投げ飛ばす。 飢えた獣のように走り寄る初号機 だが、つかみかかる寸前、立ち上がったばかりの使徒に跳ね飛ばされる。 使徒の前には八角形の波紋のような模様が浮かび上がっていた。 「ATフィールド! やはり使徒は持っていたのね」 リツコのもうひとつの心配が現実となった。 「ATフィールドがある限り使徒には接触できない。」 「N2地雷を使いますか?」 「無理よ。核兵器ですら破れないわ。」 ページ(72) 5.txt だが、獣のような咆吼をあげてATフィールドを殴りつける初号機にその言葉は届くはず もなかった。 突然殴るのをやめた初号機は一際大きな咆吼をあげると左手に力を込めた。 ゆがんだ腕が一瞬で真っ直ぐに復元される。 「すっ、すごい!」 モニターを見つめる全員の目が釘付けとなる。 両腕でATフィールドをこじ開けようとする初号機 「初号機もATフィールドを展開!」 「何ですって!」 マヤの報告にどよめく司令塔 「位相空間を中和していきます。」 徐々に差し込んだ両腕を広げていく初号機 「浸食しているんだわ。 これが本当のエヴァ・・・。」 リツコは目の前の出来事が自分のプロジェクトの成果だとは信じられなかった。 やがてATフィールドが破られることを確信した使徒は光の槍で攻撃する。 自分のATフィールドで跳ね返す初号機 今度は使徒が倒れた。 獣のように使徒に飛び乗った初号機は咆吼をあげながらメチャクチャに殴りつける。 反撃しようとして手を伸ばす使徒 だが、使徒の両腕は初号機の右腕に掴まれてしまった。 まるで赤子の手をひねるように使徒の腕を引きちぎるエヴァ。 圧倒的な力の差であっ た。 抵抗する手段をなくし動けない使徒 初号機の攻撃はさらに激しさを増し、使徒の骨格の一部をもぎ取るとエネルギーコアの部 分にたたきつける。 何度もたたきつけるうちにコアが割れてきた。 活動限界を知覚した使徒は突然初号機にしがみついた。 司令部の面々は息をのんだ。 「まさか、自爆!」 ページ(73) 5.txt 「ドカァァァァーーン!」 巨大な爆発音と共に十字架のような光が夜空にどこまでも高く広がっていった。 「初号機は!」 「・・・・・・ガシーン! ガシーン! ガシーン!」 やがて粉塵の中から重々しい足音が聞こえてきた。 エヴァンゲリオン初号機であった。 あの核兵器にも匹敵する大爆発に耐えたのであった。 ATフィールドが絶対不可侵領域と呼ばれる所以である。 視界がクリアーとなり停止する初号機 息をのむ司令部の面々。 シンジは生きているのか? 果たして初号機は元に戻せるの か? それとも暴走するのか? 停止した初号機のエントリー・プラグの中で徐々にシンジの意識は覚醒しつつあった。 「信号復活、パイロットの生存を確認」 歓声の上がる司令塔 モニターからの音声で一気に覚醒するシンジ 「生きてる?」 シンジは半信半疑でつぶやく やがて信号が復活して操縦席の周りすべてが全周スクリーンとなって外部情報を伝え始め る。 「ドサッ!」 音のした方を振り向くと焼けただれた初号機の頭部パーツが転がっていた。 右側のスクリーンにはむき出しになった初号機の頭部が写っている。 不気味な生体部分につぶれた巨大な眼 ページ(74) 5.txt だが、ぶくぶくと内側から膨れたかと思うとぷるぷるとしたゼラチン質の目玉が復活し た。 何かを探すようにグリングリンと動く瞳。 やがて瞳はやっとあるものを探し当てたように停止した。 その目標が自分であることを知ったシンジは悲鳴を上げて気絶する。 意識・無意識とも極度の緊張が長時間持続したためストレスが限界に達したのだ。 活動を停止した初号機はネルフ本部に無事回収された。 <ネルフ非常用地下通路> 「エヴァの腕は確かに一瞬で直ったけど、なんでシンジのケガまで・・・。」 アスカにとって理解不能な現象であった。 だが、とりあえずシンジの生命の危機がさっきより遠のいたようなので安心する。 その時、通路を歩いてくる足音が聞こえた。 「誰か来る。」 アスカは安易に安心などしなかった。内部に破壊工作員がいる以上、敵か味方か確率は5 0%なのだから・・・。 To be continued. 【第11話】心の壁(後編) <ネルフ非常用地下通路> 「コッ、コッ、コッ、」 薄暗い通路に規則正しい足音が響く。 アスカは崩れた壁の山から武器になりそうなパイプを抜き出す。 やがて近づいてきた足音は非常灯の弱い灯りの前で止まった。 「どうしてここにいるの?」 現れたのはレイだった。 アスカはホッとすると同時に脅えていたところを見られた照れ隠しに言い返す。 「あんたばかぁ、使徒を倒すためにエヴァに向かうところに決まっているじゃない。」 「ここは格納庫への通路ではないわ」 ページ(75) 5.txt レイが冷静に指摘する。 「しょうがないじゃない。通路が陥没して落っことされたり、跳ね飛ばされたりしてメチ ャクチャ動いたんだから。あんたこそどうして ここに来たのよ」 「碇くんが居るような気がしたから・・・。」 「そうそうシンジが大変なのよ」 どうしてレイがシンジの居場所を知ったのかまで気が回らず、あわてて背後を指さすアス カ レイは倒れているシンジに屈み込むと身体の各箇所をチェックしだした。 ひととおり触って外傷がないことを確認するとシンジを担ごうとした。 「どうするの?」 アスカもシンジの反対側を支えながら質問する。 「水のあるところ」 レイの短い答えから、シンジに水を補給させてやるつもりと知りアスカも協力した。 レイの指示どおりに進むと、15分ほどで満々と水をたたえた水路にたどり着いた。 アスカはハアハア息をしながらコップの代わりになるようなものがないかと見回した。 だが、レイの行動は単刀直入だった。 「ボチャン」 いきなりシンジを水路に突き落とした。 「何するのよ。シンジは気を失っているのよ。溺れるわ」 飛び込もうとするアスカの腕をレイが引き留める。 「大丈夫よ。LCL(Link Connected Liquid)だから呼吸に支障はないわ」 冷静に話すレイ 「でもどこかに流されてしまう。」 「この水路はエヴァの格納庫に流れ込んでいるわ。あなたは水路沿いに進んでプラグスー ツの準備をして」 それだけ言うとレイは真っ暗な水路に飛び込んでいった。 「このあたしに準備しろですって」 あきれてアスカはレイの起こした渦を眺めたままつぶやく ページ(76) 5.txt そしてすぐに駆け出した。 「シンジ、死なないでね」 <ネルフ地下LCL水路> レイは暗闇の中、迷うことなくシンジに追いついた。 レイにとってLCLは空気よりも慣れ親しんだ身体の一部のようなものであった。 また、どういうわけかシンジの居場所について確固たる自信があった。 レイは流されるシンジを抱きしめると身体をできるだけ密着させる。 LCLの中に居る以上、身体全体で水を吸収できるので、水分の欠落については解決され るはずであった。 成分的にも赤ん坊の周りを包む羊水と似ているため、栄養分についてもある程度補給され るはずであった。 問題は体力の消耗が激しいため、心臓が体温の低下に耐えられないかもしれないのだ。 レイは足を絡め腕を回し、シンジの体温を保とうとした。 水中をゆっくりと回転しながら抱き合うシンジとレイ レイはシンジの首筋に自分の頬をぴったりとくっつけて考えていた。 「どうして碇くんはわたしを大事にしてくれるのだろう? 私の代わりはいくらでもある のに・・・。 どうして碇くんに死んでほし くないんだろう? 碇くんが一人しか居な いから?」 いくら考えても結論はでなかった。 ただゆっくりと水中を漂いながら格納庫に運ばれていった。 <エヴァ格納庫> 「まだかしら?」 アスカは既にプラグスーツに着替えて二人の分も用意して待っていた。 「ポチャン」 白い手が水中から差し上げられ、また沈んだ。 格納庫はライトがついているためすぐに確認できた。 ページ(77) 5.txt 見ると頭が二つ、半分だけ水中から出ている。 意識の無いシンジを抱きしめたレイが無表情のまま水中から見返していた。 「ここよ」 手を振るアスカ 「投げて」 レイは一瞬だけ顔を出すとそういった。 気を失っているシンジにプラグスーツを着せるには水中の方が便利なことに気がつき投げ るアスカ レイはあまり残っていないシンジの服を脱がすと、プラグスーツに詰め込んだ。 チャックを閉めシンジの左手首のスイッチを押すレイ 「シュッ!」 水中でも真空装置は作動して、シンジの身体にフィットしたことがわかった。 レイも水中で制服を脱ぎ、自分のプラグスーツに着替えた。 急いでシンジをエントリープラグに入れなければならない。 エントリー・プラグならさまざまな調節ができるので下手な病院より安心できる。 シンジを水中から持ち上げるときになってやっと格納庫要員が手を貸してくれた。 無事シンジをエントリープラグに運び込みプラグ・スーツの背中の装置で固定する。 唯一残っていた非常用ディーゼルエンジンでエントリープラグをエヴァに挿入することに 成功した。 <ネルフ司令塔> 「パイロット3名、エントリープラグにて待機中! ただ、初号機のパイロットは衰弱が 激しく意識がありません。」 「どういうこと?」 ミサトの問いにアスカが答えた。 「よくわからないの。あたしがシンジと一緒に本部に来たんだけどゲートが開かなくて手 動の扉から入ったの。使徒の攻撃で脆くなって いたのか床が抜けて落下した私をシンジ がかばって・・・・大けがして・・・。そのあと上の方から何か落下してくる音がして気 を失っ たの。気がついたらシンジのきずは直っていたんだけどミイラみたいにやせこけ ていたわ。そこへファーストが合流してシンジと一緒に LCLの水路を使って格納庫に たどり着いたの。もう何がどうなっているのかよくわかんない」 ページ(78) 5.txt アスカの話の真の意味を理解できたのは司令と副司令とリツコの3人だけであった。 そこへマヤの報告 「初号機のシンクロ率が上昇しています。」 「シンジくんが気がついたの?」 「いいえ、パイロットの意識はありません。」 「えっ」 「10、20、40、60、・・・100%を越えます。」 「まずいわ。シンクロを止めて」 「だめです。信号を受けつけません。」 リツコは焦っていた。シンクロ率が100を越えたらLCLと同化し始める。このまま4 00%を越えたらパイロットは完全に量子に 分解されてLCLに融けてしまう。最初の 初号機の被験者、碇ユイのように・・・。 「110、120、130・・・120、100、80・・・シンクロ率40で安定しま した。」 理由はわからないが一時的な現象であったようだ。 だが、マヤの報告が続く 「そんな・・・」 「ちゃんと報告するように」 「すっ、すいません。初号機パイロットの呼吸、脈拍、心拍、血圧、すべて正常値です。 」 マヤが信じられないという顔で報告する。とても先ほどまで生死の境をさまよっていた人 物の数値とは思えないデータであった。 <初号機エントリー・プラグ内> シンジは夢を見ていた。 顔もろくに覚えていない母親の夢であった。 シンジは柔らかくてひなたの匂いのする母親にしがみつき、うとうととしていた。 幼いシンジを抱きしめ優しく微笑みかける母 その顔はレイの顔をしていた。 ページ(79) 5.txt 「はっ!」 目の覚めたシンジ 「ここは?」 そこはもう見慣れた初号機の操縦席だった。 痛みを覚える背中と左腕に触ってみる。 どうやら傷はないようである。 ただ、ひきつるような痛みがまだ残っているだけといった感じである。 「夢だったのかな?」 司令塔に間の抜けた質問をする。 「ぼくはどうなったのでしょう?」 あきれたミサトの返事は素っ気なかった。 「それはこっちが聞きたいわ」 <ネルフ司令塔> 「3人とも聞いて、使徒が迫っているわ。」 「はい」 「使徒は長い足を複数持つ蜘蛛型の形態。現在ジオ・フロントの直上にて溶解液によって 直接侵入を試みています。溶解液の成分は 濃硝酸と濃塩酸の混合液。王水だわ。これな らもっとも安定している金の元素でさえ溶かすしてしまうわ。おそらくATフィールド で囲って保管しているか、合成する端から放出しているのでしょうね。近距離のためエネ ルギー・コアを破壊すると爆発によって町 は壊滅、コアを外れても溶解液で下界はかな りのダメージといったところかしら」 「どうしたらいいんですか?」 シンジが質問する。 「とにかく町から引き離さなければ処理できないわ。運ぶしかないわね。」 「あたしに荷物運びをさせるつもり?」 アスカが文句を言う。 「これは命令よ!」 ページ(80) 5.txt 「わかったわよ」 アスカもしぶしぶ従うが、本当はシンジのことが心配なのだった。 「じゃ、頼むわね。全号機、出撃」 電源が無いため射出口沿いによじ登る3機のエヴァ 「カッコ悪~~~い!」 アスカがまた文句をいう。 <ジオ・フロント直上、第3新東京市市街> 3体のエヴァは市街地を見渡したが使徒の姿はなかった。 「どこ?」 ミサトから通信が入った。 「使徒は現在、北東500メートルの位置から垂直に30メートル下がった地下よ。既に 第3防御壁まで達しているわ。」 「そんなぁ」 水平ならともかくこれでは運ぶのは不可能であった。 アスカが質問する。 「ミサト! 使徒のコアを破壊したら体内の王水はどうなるの?」 リツコが答える。 「7000万度の熱で電子が遊離してイオンに分解されるわ」 「つまり無害って事?」 「そうね。でもジオ・フロントも第3新東京市も熱で壊滅するわ」 「わかったわ。まかせて」 「ちょっと、何するつもり」 ミサトがあわてて制止する。 「大丈夫、うまくいったらほとんど被害は出ないわ。それにこれ以上時間もないわ」 使徒の溶解液はとてつもない速度で地下へ浸食していった。液体なので止めようがなかっ た。 「シンジ、ファースト」 ページ(81) 5.txt 「何?」 「三角錐って知ってるわよね」 「うん」 「頂点を下にした三角錐に使徒を閉じこめて爆発させたら被害は空中だけになるわ。もち ろん底面を開けておけばの話だけど。」 「どうやって使徒を閉じこめるの? 使徒の溶解液は何でも溶かしちゃうよ」 「バカね。私たちのATフィールドよ。作戦はこうよ。まず3体のエヴァで側面から使徒 を囲む。1機が敵のATフィールドを中和し つつ、1機が使徒を押さえ、1機がプラグ ナイフでトドメを刺す。爆発の直前にATフィールドを使徒を中心に斜めにして上空に逃 げ道 を造ってあげる。簡単だわ」 「タイミングが狂ったら使徒ごと自爆するか、ジオ・フロントに爆発のエネルギーが流れ 込むね。」 意外とシンジが冷静に確認する。 「そうよ。」 そしてもう一つの危険もね。アスカは心の中で返事をした。通常の爆発ならエネルギーは 360度四散するので、たとえ爆心地に近く ても自分の所に来る部分だけブロックすれ ばいい。ところが今回は銃の銃身のように爆発をある程度閉じこめるため、反発する力も 桁違いである。いくらATフィールドでも膨大なエネルギーには対抗できないことは第5 の使徒ラミエルが陽電子砲でやられたことで 実証されている。果たして耐えられるのだ ろうか? 話を聞いていたリツコから通信が入る。 「アスカ、MAGIの計算では74度以上の角度なら耐えられると言っているわ」 「サンキュー、赤木博士」 アスカは自分と同じ結論に達した赤木博士のさりげないサポートがうれしかった。 「聞いたわね。3人とも頑張って」 「はい!」 3機は使徒の穿った穴の周りに集まった。 「まず使徒の周りに空間を作るわよ」 アスカはパレット弾で使徒にATフィールドを張らせてから中型の爆弾を投げ込んだ。 爆発で周囲はかなり揺れたが、案の定使徒はダメージを受けていなかった。 「よし、行くわよ」 3機のエヴァが使徒を中心に降下する。 「シンジ!」 ページ(82) 5.txt アスカの指示に従ってシンジが使徒のATフィールドを中和する。 「ファースト!」 レイが使徒を押さえ込んだ。 「みんな行くわよ。コア破壊と同時にATフィールド全開! 角度80度で上空を解放。 今よ!」 アスカは使徒のコアをプラグナイフで直撃した。 同時にATフィールドを展開、3機のエヴァが作り出す三角錐のATフィールドに押し出 されるように使徒の爆発のエネルギーは 空中に四散していった。 「やったわ」 ミサトの叫びが司令塔に響く 「3人は?」 さすがに最初の爆発の一瞬だけは耐えられたが3機ともすぐに跳ね飛ばされていた。 だが、その一瞬で爆発のエネルギーの方向を決めるには十分であった。 3人とも吹き飛ばされた衝撃で気絶していたが命に別状は無かった。 後からアスカがこんなひどい目に遭うとは思わなかったと文句を言ったが、自分の立てた 作戦でしょうと切り返され、シンジに当たり 散らしたのは言うまでもなかった。 <ネルフ作戦司令部> 一人になったミサトは自問自答していた。 あの謎の電源喪失事件についてである。 ネルフほどの厳重な監視体制でおまけにトリプル・スーパー・コンピュータMAGIが管 理している中での失態である。 内部の事情に通じている必要がある上、世界でも5本の指にはいるほどのエージェントで なければ不可能であろう。 ミサトの顔は一瞬暗くなったがすぐに自嘲気味の笑いが浮かんだ。 「まさかね」 To be continued. 【第12話】99.89% <ネルフ本部> 「99.89%」 ページ(83) 5.txt リツコの指さすディスプレーを見てミサトが読み上げた。 「どういうこと?」 「見てのとおりシンジくんと人間の遺伝子の一致率よ」 「だって、シンジくんは人間よ!」 「たぶんね。」 「・・・。」 リツコはシンジの異常な回復に疑念を抱き、プラグ・スーツから採取したシンジの髪の毛 からDNAの解析を行っていたのだ。 結果はエヴァと人間のDNA互換率と一致した。 解析結果を見る限り今のシンジは人間よりエヴァに近い構造であった。 「シンジくん、どうしてこんな事に・・・。」 「まず間違いなく初号機が原因ね」 「えっ、」 「あなたも見ていたはずだわ。初めてシンジくんがここに来た日に!」 「初号機がシンジくんを守ったときのこと?」 「そうよ。初号機はジオ・フロントの天井から落下してきた数百キロもある照明器具が、 シンジくんに当たらないようにかばったわ。」 「どうして初号機は初めてあったシンジくんを助けたのかしら?」 「初めてじゃないかもしれないわ」 ミサトはリツコの態度から、かなり深い事情があることを察した。 静かな視線に問いつめられたリツコは遠い眼をしながら話し出した。 「あのときエヴァを動かしていたのは誰だと思う?」 「確かエントリー・プラグは入っていなかったわよね。」 ページ(84) 5.txt 「そうよ」 「もったいぶらずに教えなさいよ」 「・・・エヴァよ!」 「だってエヴァには心が無いって言っていたじゃない!」 「表向きはね」 「・・・。」 「もともとエヴァは生き物なのよ。電源はエントリー・プラグその他の後から人間が取り 付けたものを維持するのが目的なの」 「なぜ、エントリー・プラグを使うの?」 「直接エヴァに接触すると体内に取り込まれてしまうからよ。エントリー・プラグはパイ ロットをエヴァから保護する目的もあるのよ」 初めて聞くエヴァの秘密に驚きを隠せないミサト 「でも、エヴァ自体には意志はないわ。魂が意志を持っているのよ」 「魂?」 「そう、生物の身体は単なる肉の器よ。生物の行動原理は魂によって決まるのよ」 「どうやってエヴァの魂を造ったの?」 「神でもない限り、魂を造ることは不可能だわ」 「でも、エヴァには魂があるって・・・。」 ミサトはいやな予感がした。 ミサトの予感を裏付けるようにリツコは肯定した。 「人の魂よ!」 誰の? と聞こうとしたミサトの脳裏に古い記事がよみがえった。 もう10年以上も前に高名な科学者碇ユイは人工進化研究所で事故に遭ったというあの記 事である。 「まさか」 「そう・・・。おそらくシンジくんのお母さん。碇ユイよ!」 ページ(85) 5.txt もしもそうならすべて説明がつく。 なぜ、初対面のシンジくんを初号機が守ったのか・・・。 なぜ、パイロットであるシンジくんが気絶していたのに暴走もせずに圧倒的な力で使徒を 殲滅できたのか・・・。 なぜ、衰弱したシンジくんがエントリー・プラグの中で回復したのか・・・。 「でも一つだけわからないのは何でシンジくんのDNAを変えたのか?」 リツコは床を見つめたままつぶやく 「おそらく、シンジくんは人間のままでは助からないほどの状況に遭遇したんだと思う わ」 「この前のやつ?」 「それが精神的なものか肉体的なものかは分からないけど、ぎりぎりの所まで行ったんだ と思うわ」 「それでエヴァはシンジくんを助けるために改造した。より強靱で修復のできる自分とそ っくりの構造へ・・・。」 「そしておそらく永遠の生命もね。」 「なんですって!」 ミサトの眼を真っ直ぐに見つめてリツコは言った。 「考えてごらんなさいよ。シンジくんはどんなけがも治るのよ。年をとったら古い組織を 新しいものに置き換えてリフレッシュすれば元通りとなるわ。エントリー・プラグがある 限り、エヴァの魂もシンジくんも年をとることはないのよ!」 あまりに衝撃的な結論にミサトは呆然としていた。 それがシンジくんにとって幸せなことなのかミサトには分からなかった。 ただ一つ言えるのは、このことをシンジくんが知ったらきっと悲しむということだった。 <ミサトのマンション> シンジはベッドの上で壁に背中を預けたまま、イヤホーンで音楽を聴いてうとうととして いた。 夜の11時である。 今日もミサトは本部の復旧のために夜勤だった。 ページ(86) 5.txt 「トントン」 ドアにノックの音がするがシンジは気がつかなかった。 扉が開いてアスカが入ってきた。 シンジの居場所を確認するとゆっくりと近づいていった。 シンジは独特の甘い香りを感じて目を開けた。 とたんに目の前に赤い髪の毛が見えて体重がかかってきた。 「アッ、アスカ!」 CG Created By【Murayama】 HP『Evangerion Short Short Stories』 アスカは壁に寄りかかっているシンジに、後ろ向きで寄りかかったのだった。 体重を預けたアスカは頭をシンジの肩に乗せて顔を天井に向けた。 髪の毛がシンジの首筋をくすぐる。 ちょうどシンジが後ろからアスカを抱きかかえる感じであった。 アスカはパジャマを着ていたが薄いため、体の線がもろに出る格好だった。 「アスカどうしたの?」 突然のことに驚いたシンジは質問する。 アスカはそんなシンジの言葉が聞こえなかったように体重をシンジに預けたまま眼を閉じ て瞑想していた。 間近で見るアスカはいつか見た映画に出てきたジャンヌダルクのように凛とした強さと美 しさを持つ少女の顔であった。 その精巧な芸術品を見つめるうちにシンジも徐々に落ち着きを取り戻していった。 「シンジ」 しばらくしてアスカがシンジを呼んだ。 「何?」 ページ(87) 5.txt 「服を脱いで」 「えっ!」 アスカは体を起こし、正面からシンジ見つめると繰り返した。 「服を脱いで背中を見せて」 どうやら昨日のケガのことを心配しているようだった。 「大丈夫だったら、アスカは心配性だな」 シンジはクスクス笑った。 ところがアスカは真剣だった。 「シンジがこの前そう言ったときは・・・。 重傷だったわ」 アスカの眼差しから本気であることを理解したシンジは、素直にパジャマの上とTシャツ を脱いだ。 そっと左腕に触れるアスカ 夢ではなかった。 確かに折れていた骨が見事にくっついている。 わずかに膨らんでいる箇所はちょうど折れたとおぼしきところだった。 まるで骨折の治りかけみたいな感触である。 「痛くないの?」 「ちょっとむずがゆいような変な感じ。不思議だよね。折れたと思ったのに」 シンジは折れたのは気のせいだと思っているようだった。 だが、アスカは違った。 あのとき、確かに触って折れていたことを確認したのだ。 「背中も見せて」 シンジを後ろ向きにさせて背中にも触れてみる。 アスカの細い指がシンジの背中を子細に点検する。 消えかかった傷跡が背中に無数にあった。 おそらくあと数日で消えてしまうくらいうっすらと残っていた。 ページ(88) 5.txt やはりケガはしたのだ。 そしてなんらかの手段で急速に直ったのである。 シンジの声を聞きシンジの肌に触れているうちにアスカはあのときの情景が浮かんでき た。 背後からシンジを抱きしめるアスカ シンジは肩に暖かいものを感じた。 「アスカ、泣いてるの?」 「あたしが泣くわけ無いじゃない。バカシンジ」 怒っても涙は止まらず、シンジの背中を濡らしていった。 アスカは気づかなかったが、睡眠中はこの7年間毎日のように泣いていたのだった。 意識のあるときは泣かなかった反動が緊張のゆるむ睡眠中にでるように・・・ そしてついに糸は切れてしまった。 一度切れた糸はつながらず、アスカは泣き虫の女の子に戻ってしまったようであった。 シンジはアスカが落ち着くまで背中を貸してやった。 「シンジ」 「なんだい、アスカ」 「あのとき、言ったこと覚えてる?」 「うん」 「シンジの前では無理しなくていいんだよね。」 「うん」 「こんな風に泣いちゃっても?」 「うん」 「シンジを思い切り叩いても?」 「うん」 「本当はすご~~~く、わがままでいやな女の子かもしれなくても嫌いになったりしな い?」 ページ(89) 5.txt 「アスカはアスカだよ。たとえエヴァのパイロットであろうとなかろうと、天才でも凡人 でも、乱暴でも優しくても、そのすべてがアスカという人格を構成しているんだからぼく の気持ちは変わらないよ」 一層強くシンジの背中にしがみつくアスカ 幼い頃から天才と言われ、注目を浴びない日はなかった。 決して人には弱みを見せず、プライドという仮面を付けた少女にとって、シンジの言葉は アスカの凍てついた心を溶かすには十分すぎる効果があった。 おまけに一人で生きてきたはずの自分を、命を懸けて助けてくれたのだ。 シンジのやや細い背中も実際に触れていると十分頼もしく感じられた。 「シンジ」 「なに?」 「ここで寝てもいい?」 シンジは躊躇したが、アスカのすがるような瞳に思わず頷いてしまった。 「いいよ」 シンジは電気を消すとアスカを抱き上げた。 シンジの首に腕を回してつかまるアスカ その華奢な身体はいつもの強気のアスカとは違い、一廻りも二廻りも小さく感じられた。 こんなに軽かったのかアスカは・・・。 今更ながらアスカが14歳の女の子であることを実感する。 そっとベッドに降ろす。 名残惜しそうに首に回した腕を外すアスカ シンジも横になると薄い布団を掛けた。 レイのように身を寄せるアスカ シンジは不思議に思った。 まったく性格の異なる二人なのに、ここまで行動パターンが一緒というのもおかしな話だ な くすくすと笑うシンジにアスカが怒る。 「何よ。私の顔を見て笑うとは失礼ね。」 「ごめん。アスカに似ている人を思いだしたんだ。」 ページ(90) 5.txt アスカの眼がつり上がる。 「どこのお・ん・な」 「アッ、アスカ苦しいよ」 いきなり首を絞められたシンジは逃れようともがいた。 暴れた拍子にアスカのパジャマを破ってしまった。 ボリュームのある膨らみが浮かび上がる。 ブラジャーをしていないことは薄暗がりの中でも分かった。 「バシーーーーン」 アスカはぷんぷん怒りながら自分の部屋に帰っていった。 見事な紅葉を左頬につけたシンジはつぶやいた。 「このへんは綾波と違うな」 To be continued. 【第13話】いちばん安全なところ(前編) <15年前・・・西暦2000年> 「ヒューーー、ヒューーー、ヒューーー」 マイナス30度の突風が吹きすぎる氷の世界 点々と立ち並ぶ鉄塔は何か巨大な力でねじ曲げられたようにゆがんでいるか倒れていた。 曇り空と氷の区別がつかないグレー一色の世界で動くものがあった。 ぼろぼろの防寒具に身にまとった男が大きな包みを両手で持って歩いている。 男がかなりの重傷であることは防寒具についた血の量を見るまでもなくわかるほどふらふ らと頼りない動きだった。 やがて男は平屋建ての巨大な倉庫にたどり着いた。 扉を開けると床の上に壊れたカプセルが散乱していた。 直径80センチ、長さ2.5メートルほどの細長い救命ポッドである。 「シュッ」 男は開閉ボタンを押してポッドの扉を開けると、手に持っていた包みを中に入れた。 包んでいた布を開くと中身はまだ幼さの残る女の子であった。 女の子も自分の血か返り血かわからないがかなりの血が付着していた。 男は自分の胸の十字架のネックレスを外すと女の子の首に架けた。 ページ(91) 5.txt 心配そうに見つめる眼 額から一筋の血が右の頬を伝い流れ落ちる。 「ううっ、」 女の子がうめき声を上げる。 男は生きていることに安堵して扉を閉じるボタンを押した。 その音に女の子の意識が戻った。 扉の閉じる直前、ポッドの外の男の顔が見えた。 「お父さん・・・。」 「ドサッ」 男は扉を閉めてロックすると力尽きて救命ポッドの上に覆い被さるように倒れ込んだ。 その直後、地球史上2番目の規模の大爆発が起こった。 まるで折り畳まれた羽が広がるように光り輝く爆発光が南極から宇宙空間に向かってのび る。 あきらかに普通の爆発とは異なる4枚の翼のような形状の柱であった。 3日後、救命ポッドは海上を漂っていた。 既に南極大陸と呼べるものは残っていなかった。 「シュッ」 ポッドの扉を開けて少女が上半身を起こした。 胸から腹部にかけてかなりの出血の痕があるが、それでも少女は生きていた。 見えているのかいないのか、人形のようなうつろな目をしている。 そこにあるのは、海とどんよりとした雲を突き抜けてのびる静止した4本の爆発光だけで あった。 唯一、少女の胸の十字架だけがゆらゆらと生き物のように揺れていた。 ページ(92) 5.txt <ミサトのマンション> 鏡の前で成熟した裸の女性が立っていた。 セミロングのヘアー、細い首筋、華奢な肩、しなやかな背中、極度にくびれたウエスト、 すらっとのびた足、 贅肉の全くないその美しいプロポーションは身長さえあれば一流のモデルも顔負けと言っ た完璧さであった。 だが、その完璧さも一つだけ重大な欠陥があった。 左胸から右腹にかけて走っているむごたらしい傷跡である。 女の顔がキッと引き締まる。 その厳しくも美しい姿態はギリシアの芸術家が見たら永遠の美として讃えたことであろ う。 だが女は自分の美に気づきもせずに、毎日着替える度にこの傷を見て、父への愛と使徒へ の憎しみを新たにするのだった。 「いやー、すまんなシンジ」 びしょぬれのトウジとケンスケが謝りながらタオルをもらう。 学校から帰る途中で大雨にあってしまったのだ。 そこで一番近いシンジのところに3人とも転がり込んだのだった。 セカンドインパクト以来、天気予報の的中率は7割を切っていた。 気象が安定していないうえ、地球環境全体が大きな変化を受けたため過去の情報は役に立 たないためである。 シンジはタオルを渡しながら役に立てることがうれしかった。 「ミサトさんは何してるのかな?」 もう一つの目的であるミサトの事を二人とも知りたがった。 「まだ寝てるのかな? 最近、徹夜の仕事が多いから」 「大変な仕事やからな~」 ページ(93) 5.txt 「よし、ミサトさんを起こさないように静かにしていよう」 相づちを打つふたり そこへ3人の配慮をむなしくするような声が響きわたる。 「あ~~、あんた達、何してんのよ!」 カーテンで身体を覆ったアスカがよく通る声で詰問する。 トウジとケンスケがあちゃーといった顔をする中、シンジだけが馬鹿正直に答えた。 「雨宿り」 「はっ、どうだか、あたし目当てなんじゃないの。これから着替えるんだから」 「だから」 「見たら、こ・ろ・す・わ・よ」 ドスの利いた声で念を押すとアスカはカーテンの向こうに消えた。 「誰がおまえの着替えなんか覗くっちゅうねん。」 小さな声で肩をふるわせ力一杯タオルを握りしめるトウジ 「自意識過剰!」 こちらも小さな声で口をとがらせるケンスケ 「ガラッ」 奥の扉が開いてミサトがでてきた。 一部の隙もないそのスタイルと制服で厳しい表情を張り付かせたその姿は、声をかけるの も躊躇われるほどの断固たるオーラを発散させていた。 しかし、シンジはいつものことなので気楽に声をかける。 「ミサトさん、おはようございます。」 「おはよう、シンジくん」 今初めてシンジに気がついたようにニコッと微笑みながら返事をするミサト トウジとケンスケもその笑顔でやっと呪縛がとれたように挨拶をした。 「おっ、おじゃましてます。」 ページ(94) 5.txt 「あらっ、二人ともいらっしゃい」 ミサトも二人に笑顔を向けた。 そしてあらためてシンジに向き直ると今日の予定を確認する。 「今晩、ハーモニクステストがあるから遅れないでね。」 「はい!」 その横顔を見ていたケンスケが大きな声を上げた。 「あーーーー!」 深々と頭を下げるケンスケ それを見たトウジもすぐに頭を下げた。 「このたびはご昇進おめでとうございます。」 「おめでとうございます。」 「ありがとう」 あまりの仰々しさにひきつった笑顔になるミサト 「いえ、どういたしまして」 相変わらずしゃちほこばった二人 ミサトはとりあえず本部に向かうことにする。 「じゃっ、行って来るわね。」 「いってらっしゃ~~~い」 うれしそうに手を振る二人 シンジは唖然としたまま質問する。 「ミサトさんに・・・何かあったの?」 ケンスケが説明する。 「ミサトさんの襟章だよ! 線が二本になっている。 一尉から三佐に昇進したんだよ」 うんうんと頷くトウジ 「知らなかった。」 「マジで言うとるんけ、か~情けないやっちゃな。」 「へ~、そうなんだ。知らなかった。」 アスカもバスタオルを巻いた格好で頭をふきながら顔を出した。 ページ(95) 5.txt 「あ~君たちには人を想いやる気持ちがないのだろうか? あの年で中学生二人を預かる って大変なことだぞ」 ケンスケもオーバーなポーズで幻滅をあらわす。 「わしらだけやな、人のことを思いやる心を持っとるのは」 ひとり納得するトウジ <ネルフ本部> ディスプレイにリアルタイムのデータが表示されていた。 FIRST . C REI . AYANAMI TEST PLUG 00 THIRD . C SHINJI . IKARI TEST PLUG 01 SECOND . C S . ASUKA . LANGLEY TEST PLUG 02 ナンバーの刻印されている3本のテスト用のエントリープラグが赤いLCLのプールに斜 めに並んでいるのがコントロールルームから見えた。 レイ・アスカ・シンジの3人はその日の夜ネルフ本部でハーモニクステストを行ってい た。 ハーモニクステストはさまざまなストレスを受けた状態でパイロットがどこまで精神汚染 に耐えてエヴァとシンクロしていられるかを調べる実験であった。 それぞれのレベルに合わせて徐々に増加するストレス。 アスカとレイの顔に苦痛が浮かんできた。 「0番と2番ともに汚染区域に隣接! 限界です。」 オペレーターが報告する。 「0番・2番解除! 1番はまだ余裕があるわね。プラス深度をあと0.3下げてみて」 ページ(96) 5.txt 初めてリツコは指示を出した。 徐々にシンジの顔もゆがんできた。 「汚染区域ぎりぎりです。」 「それでこの数値!」 リツコの眼が輝く 「ハーモニクス、シンクロ率ともアスカに迫っています。」 「大したものだわ。7年間も訓練を積んだアスカにわずか2ヶ月で追いつくなんて。 こ れこそ才能というものでしょうね。」 「まさにエヴァに乗るために生まれてきたような子ですね。」 相づちを打つオペレーターの言葉は自分で理解している以上に真実に近かった。 そこへミサトのつぶやきが聞こえた。 「でも本人は望んでいないでしょうね。きっとあの子はうれしがらないわ」 「シュッ」 テストプラグのカバーが開いた。 「3人ともお疲れさま。テストは終了よ」 コントロールルームに呼ばれる3人 「おめでとうシンジくん」 「何がですか?」 リツコにほめられ戸惑うシンジ 「ハーモニクスが前回より8ものびているわ」 「でも、わたしより50も低いじゃない」 アスカが自慢そうに言う。 「2週間で8よ。これってたいしたものよ」 ページ(97) 5.txt 自分以外の者が認められるのが気にくわないアスカはシンジにあたる。 「よかったわね、誉められて」 シンジはしょうがないのでひきつった笑いで答えた。 「わたし先に帰るわ。ばぁ~か!」 その後ろでレイが無表情に見つめていた。 <ミサトの車> アスカが先に帰ったため、シンジは一人でミサトの車に乗せてもらっていた。 ミサトは右腕を窓に乗せたまま左手だけでハンドルを操っていた。 いつものスピード狂の運転とは違って落ち着いて乗っていられたが、真剣な眼差しのミサ トの横顔は人を寄せつけなかった。 シンジがおずおずと切り出す。 「あの、・・・ミサトさん、・・・昇進おめでとうございます。」 「ありがとう。でも正直いってあまりうれしくないのよね。」 「あの、それ、わかります。・・・ぼくもさっきみたいに誉められてもうれしくないし・ ・・、逆にアスカを怒らせるだけだし・・・、なんで怒ったんだろう・・・」 「さっきの気になる」 「ええ」 ミサトは心ここにあらずと言った感じでつぶやく 「そうやって人の顔色ばかり伺うからよ」 <ミサトのマンション> ページ(98) 5.txt その夜、リビングで寝そべったままボーとテレビを見ていたシンジに誰かが乗った。 振り向こうとして頭を上げると、のどに腕を回されてきれいにスリーパーホールドが決ま った。 「バンバンバン」 ギブアップの意志表示として絨毯を叩くシンジ 垂れ下がる長い赤毛でだれだかわかった。 「アスカ、苦しいよ!」 アスカは力は緩めたが腕を放そうとしなかった。 そのままの体勢で押さえ込まれるシンジ やがて呼吸が整うとアスカに聞いてみた。 「なんで?」 「バカシンジに制裁をくわえるためよ」 「何についての制裁なの?」 「それに気がつかない鈍感なシンジに対してよ」 「今日のハーモニクステストのこと? 「違うわ」 「昨日のパジャマを破ったこと」 「違うわ」 「え~~と、この前アスカの服を洗ったら縮んでしまったこと?」 「何ですって!」 「いや、あの、その・・・」 シンジは藪をつつくのはやめた 「何で?」 「昔の私だったらシンジにハーモニクスを抜かれたら怒ったでしょうね。でも今はそんな ことどうでもいいの。」 「でも怒っているように見えたよ」 「それは怒っていることをシンジに知らせたかったからよ」 「・・・。」 ページ(99) 5.txt 「なんで昨日追いかけてくれなかったのよ」 「アスカが出ていったんじゃないか」 「なんで今日追いかけてくれなかったのよ」 「アスカが先に帰ったんじゃないか」 「バカッ、だからあんたは女心がわかんないのよ。」 ほんとうはこんな事を言うつもりではなかった。 シンジに素直に謝って仲直りをしたかったのである。 喧嘩なんかしたくないのに次々と口を出る言葉が恨めしかった。 シンジは首筋に暖かいものを感じた。 アスカの涙であった。 シンジはアスカが後悔して自分を責めていることを知った。 「ごめんよ」 「えっ、」 シンジがアスカの腕を握りしめた。 何も言わなくても伝わってくるシンジの想い 「アスカがそんなに苦しんでいたのに気づかないなんてぼくはバカだ。」 「シンジ・・・。」 「だからこれからは、パジャマを破らないように脱がすよ」 「えっ、」 アスカがのぞき込むとシンジがいたずらっぽく笑っているのが見えた。 「バシーーーン」 「ほんとにバカなんだから」 アスカはプンプン怒って帰っていった。 しかし部屋に帰ってドアを閉じると途端に安心した表情となる。 シンジはわかってくれた。そして許してくれた。 おまけにわたしがこれ以上泣かないようにわざと怒らせるような事まで・・・。 そのさりげない優しさになおさら涙のこみあげるアスカだった。 ページ(100) 5.txt 「シンジ、ありがとう」 翌日の夜、トウジとケンスケの主催でミサト昇進祝いパーティが開かれた。 「かんぱーーーい」 祝い昇進の大きなたすきを掛けられているミサト 「ありがとうみんな。 ありがとう鈴原くん」 ミサトは主催者とおぼしきトウジにも礼を言った。 「ちゃうちゃう、この会を計画したのはこいつや」 すくっと立ち上がるケンスケ 「そうです。企画立案はこの相田ケンスケ! 相田ケンスケです。」 しゃちほこばって挨拶するケンスケ 「それにしてもなんで委員長がここにおるんや」 トウジがつっこむ 「いいじゃない、あたしが誘ったのよ、ね~」 最後の方はアスカと委員長がお互いを見て仲良くハモッていた。 「けっ」 見てらんないというトウジたち 「そういえばレイはどうしたの?」 「ちゃんと誘ったわよ、でもつき合い悪いのよね、あの子」 「それにしても加持さん遅いわね~」 アスカが時計を気にしている。 「そんなにかっこいいの?」 委員長も興味津々といった感じで聞く 「それはもう、ここにいるイモのかたまりと比べたら月とすっぽん。比べるだけ加持さん に申し訳ないってもんよ」 アスカがまるで自分のモノのように自慢する。 ページ(101) 5.txt 「なんやて~、もう一度言うてみい・・・」 つっこみを入れるトウジ達 そんな喧噪の中、黙々とビールを飲むミサト シンジもミサトの隣で手に持ったジュースを見つめている。 この二人だけまるで別の部屋にいるような錯覚を覚えるほど孤立していた。 「まだ苦手なの? こういうの」 「いえ・・・。ただ人が多いのは好きじゃなくて」 結局苦手だと言っていることにシンジも気がついた。 ふとミサトの方に顔を向ける。 「昇進ですか。それってミサトさんが人に認められたって言うことですよね。」 「まっ、そういうことになるわね。」 「みんなよろこんで、それでこんなに集まってくれたんですよね」 「そうね。全然うれしくないって訳じゃあないのよ。少しはあるの、でもそれがここにい る目的じゃないし・・・」 「ミサトさんはなんでここ・・・、ネルフに入ったんですか?」 「さあ、昔のことなんで忘れちった」 そう言ってビールを飲むミサトの胸でネックレスの十字架が揺れていた。 「ピンポーン」 「きっと加持さんだわ」 アスカが満面に笑みを浮かべて入り口を見る。 だがすぐにゲーといった顔に変わった。 「やあ、本部から直だったのでね。そこで偶然一緒になった。」 確かに加持は居たが、その隣にはリツコが寄り添っている。 ページ(102) 5.txt 「怪しいわね。」 みごとにアスカとミサトがハモッた。 「あらっ、焼き餅?」 ミサトの事を熟知しているリツコはわざと意地悪く聞く 「そんなわけないでしょ」 ミサトも意地を張ってなんでもないようにビールをあおった。 いきなり加持が姿勢を正してかしこまった口調でお辞儀をする。 「これは葛城3佐! このたびのご昇進おめでとうございます。」 そしてすぐにくだけて続けた 「いやあ、これでもうタメ口聞けなくなったな」 「そんなわけないでしょ、ば~か」 たとえ誰に対しても自分の好きなように振る舞う事を知っているため、頭から加持の言葉 を信じないミサトであった。 「それにしても司令と副司令が揃って日本を離れるとは前例のないことだ。これも留守を 任せる葛城を信頼していればこそだ。」 ミサトは加持に誉められたのが照れくさくてビールを飲み続けた。 「父さん、日本にいないんですか?」 やはり父のことが気になるシンジであった。 「碇司令は今南極よ」 リツコの言葉に驚くシンジ 「あの死の世界で父さん達は何をやっているんだろう?」 To be continued. 【第14話】いちばん安全なところ(中編) <南極海域を航行する空母> セカンドインパクトの衝撃で、南極大陸は消滅した。 既に地軸も移動していたため南極でさえなかった。 旧南極大陸跡とでもいうべき海域だった。 見渡す限り氷などひとかけらもなく、赤黒い海と針のように細い岩の柱がところどころ海 ページ(103) 5.txt 面から突き出しているだけである。 そこを7隻の護衛艦に守られて国連所属の空母が航行していた。 空母の上には滑走路一杯に細長い包みが固定されていた。 何重にも鎖で固定される姿はまるで逃げ出すのを恐れているようである。 空母の展望棟は360度の視界が確保されている。 司令と副司令の姿があった。 「いかなる生命の存在も許さない死の世界、南極。いや、地獄と言うべきかな」 副司令がぼそりとつぶやく 「だが、我々人類はここに立っている。生物として生きたままだ」 ゲンドウが答えた 「科学の力に守られているからな」 「科学は人の力だよ」 「その傲慢が15年前の悲劇、セカンドインパクトを引きおこしたのだ。結果、このあり さまだ。与えられた罰にしてはあまりに大きすぎる。まさに死海そのものだよ」 二人きりの時は遠慮なくゲンドウを叱りつける冬月 「だが、原罪の汚れなき、浄化された世界だ」 「俺は罪にまみれても、人が生きている世界を望むよ」 「ビーーー」 「報告します。ネルフ本部より入電! インド洋上空、衛星軌道上にて使徒発見。」 <ネルフ本部> 「2分前に突然現れました。」 ページ(104) 5.txt 「現在、無人観測衛星が目標に向かっています。」 「目標を映像で捕捉しました。スクリーンに映します。」 「おおっ、」 「常識を疑うわね~」 さすがに呆れたといった感じでミサトが感想を言う。 スクリーンには巨大だが平べったい身体に巨大な目玉をつけた使徒が映し出されていた。 どう考えても本物ではなくペイントされたダミーのような眼だった。 おまけにご丁寧にもまつげまでどぎつく描かれていた。 そのおかげでより一層、醜悪な感じがした。 どうも使徒は生き物を真似る習性があるようだった。 生き物には顔があるという情報から何が何でも目をつけたのだろう。 その姿は、生き物でないモノが生き物の真似をしているようで、ますます非人間性を強調 していた。 「観測に入ります。データ電送開始」 オペレーターの声が響く中、データが刻々と送られてきた。 だがすぐに衛星は破壊された。 「ATフィールド」 ミサトが早くも気がついた。 「そうね。ATフィールドにこんな使い方があったなんてね」 リツコがコーヒーを飲みながら相づちを打つ 観測衛星は拡大したATフィールドに一撃で粉砕されていた。 「目標から構成部分が一部離脱。太平洋上に降下します。」 巨大な使徒の身体の一部であった。 海上に落ちたパーツは爆発して海水を巻き上げたがそれだけだった。 ページ(105) 5.txt 「何のつもりかしら?」 だがリツコは表情を険しくした。 オペレーターが報告する。 「落下物はATフィールドに守られています。」 「何ですって!」 「やっぱり・・・」 そういうとリツコはコーヒーをすすった。 「どういうこと?」 「見ていれば分かるわ」 それから1時間後に1回、そしてその1時間後に1回、さらにその1時間後に太平洋の小 島に当たった。 「つまり使徒は落下物がどこに落ちるかのデータを分析していたのね。」 「そういうこと」 「これで誤差修正のデータが揃ったわけね」 「そうね」 「報告します。国連のN2爆雷の空爆にもまったく反応がありません。以後、使徒の消息 は不明です。」 「すると来るわね」 ミサトは使徒の目標がネルフ本部であることを疑っていなかった。 「まず、間違いなくね」 リツコも平然と結論する。 ATフィールドに包まれているうえ、空中ではさすがのエヴァも対処のしようがなかっ た。 そのうえ本体の巨大な質量に落下エネルギーまで加わるのである。 「当たったら、第三芦ノ湖の誕生かしら?」 ミサトの推測をリツコが打ち消した。 ページ(106) 5.txt 「富士五湖が一つになって太平洋とつながるわ。本部ごとね。」 絶望的な空気が流れた。 「碇司令は?」 「使徒の放つ強力なジャミングのため連絡不能です。」 「MAGIの判断は?」 「全会一致で撤退を推奨しています。」 マヤの報告に唇を噛みしめるミサト リツコは追い打ちをかけるように問いただす。 「どうするの? 今の責任者はあなたよ!」 「日本政府各省に通達! ネルフ権限により特別宣言D-17を発令。 半径50キロ以 内の住民はただちに避難」 「ここを放棄するんですか?」 「いいえ、ただ、みんなで危ない橋を渡ることもないわ」 <第3新東京市> 「政府による特別宣言D-17が発令されました。市民のみなさまはすみやかに所定の場 所に避難してください。繰り返します。政府による・・・」 空中を政府のヘリが飛び交い市民に避難を促していた。 続々と第3新東京市を離れる市民 やがて放送が流れる。 「市内における避難完了しました。」 「非戦闘員およびD級勤務者の避難完了しました。」 <ネルフ本部 LADIES LAVATORY> ページ(107) 5.txt 「キュッ」 水を止めるミサトとそれを待っていたリツコの姿があった。 「やるの本気で?」 一度言い出したら聞かないミサト、無駄だと思いつつリツコは聞いた。 「やるわ」 「あなたの勝手な判断でエヴァを三体とも捨てる気?」 「・・・。」 「勝算は0.000001%! 万に一つもないわ」 「ゼロではないわ」 「葛城3佐!」 「現責任者は私です。」 リンとした口調でミサトは肩書きを使ってリツコの言葉を止めた。 ふっと優しい声でミサトは続けた。 「やることはやっておきたいの、 使徒殲滅は私の仕事です。」 ミサトの過去を知っているリツコは冷静に指摘した。 「はっ、仕事? 笑わせるわね、自分のためでしょう! あなたの使徒への復讐は」 <ネルフ本部 ジオ・フロント上部> ガラス張りの床面には広大なジオ・フロントが広がっていた。 今その展望ルームにはミサトとエヴァのパイロット3名が10メートルの距離を置いて対 峙していた。 それはまるで距離を置くことによって、できることなら断ってほしいというミサトの本心 をあらわしているようだった。 「え~~~、手で受け止める?」 ページ(108) 5.txt アスカの声が響きわたる 「そう、エヴァのATフィールドを全開にして使徒を受け止めるのよ」 ミサトがあっさりと説明する。 「もしも使徒がコースを大きく外れたら?」 「そのときはアウト」 シンジの不安は拡大した。 「機体が重みに耐えられなかったら」 「そのときもアウトね」 アスカの心配も増した。 「勝算は?」 シンジが藁にもすがる想いで聞く 「神のみぞ知るってところかしらね。」 シンジとアスカはMAGIの計算結果が自分たちに伝えられないほどひどいものだと言う ことを確信した。 「これでうまくいったらまさに奇跡ね」 アスカのつぶやきを聞いたミサトが続けた。 「奇跡っていうのは起こしてこそ初めて価値が出るものよ」 「つまり、何とかして見せろってこと?」 「すまないけど他に方法がないの・・・。この作戦しか」 「作戦って言えるの!」 アスカの叫びに肩をすくめるミサト 「そうね。言えないわね・・・。 だから、辞退することもできるわ。」 1分の沈黙が続いた。 「みんな、いいのね?」 沈黙で答える3名 ミサトがここまで言う以上、なりふり構っていられないほど追いつめられているというこ とだけは分かったのだ。 ページ(109) 5.txt 「規則だと遺書を書くようになっているんだけどどうする?」 「わたしはいいわ。死ぬつもり無いから」 アスカはそう言うとシンジの方を見た。 わたしは死なない。そしてシンジも死なせはしない。二人とも生き残るんだ。アスカの想 いは堅い信念となっていた。 「わたしもいい、必要ないから」 レイの方はまだ死というものが理解できていなかった。 また、造られた自分にとって財産と呼べるモノは何一つ無かった。この身体も魂さえも借 り物であった。 唯一、シンジへの想いだけが自分のモノのような気がした。 「ぼくもいいです。」 シンジもまた残せるモノなど無かった。 唯一の肉親である父は地球の裏側である。 シンジは自分が守ることを誓った二人の少女を見つめ返した。 そして苦しい決断を迫られているミサトに笑顔を向けた。 その笑顔にますます追いつめられ肩を落とすミサト いっそののしってくれた方が気が楽だった。 はっきりいって自分はこの子達に死ねと言っている。 まだ親のぬくもりさえろくに味わったことの無いほど不幸な子供達に対して・・・。 それなのに・・・、それなのに、この子達はまだ14歳なのに私を気遣ってくれている。 復讐のための道具として自分たちを殺そうとしている私を・・・。 神よ、この子達に罪はありません。 もし許されるなら子供達にありったけの幸運をお与えください。 ミサトは心の中で祈らずにはいられなかった。 ページ(110) 5.txt 「すまないわね。」 無理矢理気持ちを高揚させて明るい顔を上げた。 「終わったらステーキごちそうするからね。」 「わ~、ホント」 「わ~~~い、やった。」 「忘れないでよ」 アスカとシンジが交互に答えた。 「期待してて」 ミサトはシンジとアスカが必要以上に喜んでいる姿にその意味を悟り、涙を見せないため に足早に立ち去った。 ミサトが居なくなるとシンジとアスカの笑みが消えた。 「ごちそうといえばステーキで決まりか」 シンジがつぶやく 「今時の子供がステーキで喜ぶと思っているのかしら。これだからセカンドインパクト世 代って貧乏くさいのよね。」 アスカもきついことを言う 「しかたないよ」 アスカが隣のシンジを肘でつついた。 「何がわ~いよ。大げさに喜んだりしちゃってさ」 「それでミサトさんが気持ちよく指揮できるんならいいじゃないか」 しかし既にアスカはシンジのことなど聞いてなかった。 ゴソゴソとポケットを探りグルメガイドブックを取り出した。 「さ~~~てせっかくご馳走してくれるって言うんだもん、ど・こ・に・し・よ・う・か ・な」 そしてレイに振り向き声をかけた。 「あんたも今度は来るのよ」 ページ(111) 5.txt 「そうだよ、綾波! 一般常識だからね。」 シンジの笑顔につられてレイは頷いていた。 <ネルフ本部 発令所> 「ビー、ビー、ビー」 「使徒による強力なジャミングのため目標をLOSTしました。」 三人に説明するミサト 「目標を喪失したため正確な位置は分からないけど、LOSTするまでの位置からMAG Iが予想した落下地点がこれよ」 大スクリーンに第3新東京市を中心とした地図が表示された。 かなりの部分が赤く塗りつぶされている。 「こっ、こんなに範囲が広いの?」 アスカの声があがる。 「はしっこまでずいぶんありますよ?」 シンジもまさかこれほどとは思わなかった。 リツコが説明する。 「目標のATフィールドを持ってすればそのどこに落ちても本部を根こそぎ抉ることがで きるわ」 「ですからエヴァ全機をこのように配置します。」 スクリーンの赤いエリアに3つの小さな円と号機が表示された。 「この配置の根拠は?」 レイが珍しく質問した。 だがミサトの回答は反論を許さないものだった。 「勘よ!」 ページ(112) 5.txt 「勘?」 アスカとシンジかハモる。 「そっ、女の勘!」 きっぱりと言い切るミサトだった。 「なんたるアバウト。これじゃますます奇跡ってやつが遠くなっていくイメージね」 シンジがぼそりと言う。 「ミサトさんのクジって当たったこと無いんだ。」 「ゲー」 スクリーンを向いたまま隣にしか聞こえない小さな声でささやき合うシンジとアスカだっ た。 <ネルフ本部 エレベータ> シンジとアスカとレイの3人は貨物用のエレベータでエヴァの格納庫に向かっていた。 巨大な網状の扉の向こうには広大なジオ・フロントの光景が広がっていた。 「シンジはなんでエヴァに乗るの?」 なんでエヴァに乗るのか! それは自分自身何度も繰り返した質問だった。 そしてその答えはあの駅のホームで出ていた。 今なら言える。 人は死に直面すると素直になるのかもしれない。 シンジは振り向いた。 「アスカを守るために」 「えっ?」 さらにシンジはレイを見る。 ページ(113) 5.txt 「そして綾波を守るために」 「・・・。」 無言のレイ。だが、レイもシンジの方を振り向いた。 「そしてトウジもケンスケもミサトさんもリツコさんもみんなを守るためだよ。」 シンジは不思議な連帯感を感じていた。 レイとアスカがなぜか他人とは思えない。 「なに恥ずかしいこと言ってんのよ! 死ぬ前のお別れじゃあるまいし」 アスカは口調とは裏腹にうれしそうだった。 だが、死という言葉に対してレイは別の反応をした。 シンジに近寄り両腕を掴むレイ そのままシンジの瞳を見つめながら言った。 「わたしには死というモノを何で恐れるのか分からなかった。でも碇くんが居なくなった らと思うと苦しくなる。死が永遠の別れなら 碇くんが死んだら会えなくなる。二度と・ ・・。だからわたしは碇くんを守る。次のわたしも、その次のわたしも・・・。綾波レイ は 生を受けるたびに碇くんを守り・・・そして消えていくでしょう。」 レイにしては珍しく長い会話をするとシンジの首筋に顔を埋めた。 まるで自分に残された時間が短いことを悟り、それを埋め合わせようとするかのように その真剣な想いを感じ取ったシンジはレイを抱きしめて安心させる。 「綾波は一人っきりだよ。たとえ君が2番目の綾波だとしても、それは前とは違うオリジ ナルの綾波なんだよ。そして次の綾波レイが水槽を出ることはない。今度はぼくが綾波を 守るからだ。いいね。」 シンジは抱きしめたレイの耳元でささやく。ふたりっきりの秘密の会話だった。 アスカは唖然としていた。 あの人形のように命令に従い、黙々と任務をこなすファーストが、あんなにも熱い言葉を 語れるとは想像もつかなかった。 そして自然に身を寄せるレイと、それを当然のように包み込むシンジ・・・。 どうみても男と女の関係に見えた。 「シッ、シンジ!」 そしてこのシンジの変貌ぶりはどうであろうか? ページ(114) 5.txt あのボーとしていつもわたしにバカシンジと言われている時とはまるで違う雰囲気であ る。 何かを守ろうと決心し、そしてそれを達成する自信を持っている男の顔だった。 だがその対象は自分であって欲しかった。 なぜならさきほどこっそりとMAGIにアクセスしたときに知ってしまったのだ。 3台のスーパーコンピューターMAGIは、よほどはっきりした結論でない限りは2対1 で決定する。 そして過去に3対0の決定が逆転したことはなかった。 MAGIが今回出した結論は3対0で敗北であった。 さらにアスカが使徒の質量から計算して出したエネルギーはとてつもなく膨大なモノであ った。 ミサトの言う奇跡が不可能だと一番分かっているのがアスカだった。 これが最後なら、レイのようにシンジと別れを済ませたかった。 「チン!」 アスカがシンジに声をかけようとしたとき、エレベータは格納庫に着いてしまった。 ゆっくりとシンジから離れるレイ 振り向いたレイの顔は任務に向かういつもの無表情に戻っていた。 扉が開いて吐き出されるチルドレン達 アスカはシンジに心を残しながら2号機に向かった。 <ネルフ本部 発令所> 「落下予定時刻まで120分。総員待避してください。」 撤退のアナウンスが入った。 ミサトがオペレーターたちに声をかける。 ページ(115) 5.txt 「みんなも待避して、ここはわたしだけでいいから」 だが、誰も動こうとしなかった。 「いえ、これも仕事ですから」 青葉があっさりと言ってのけた。 「子供達だけ危ない目に合わせられないっすよ」 日向は口ではそう言いつつ、ミサトと一緒に死ぬのなら後悔しないといった表情である。 見渡すとみんな同じように晴れ晴れとした顔をしている。 「つくづくバカばかりそろったようね。 だからみんな出世できないのよ!」 ミサトは命を預けてくれる部下に感謝し、つかの間の幸せを噛みしめていた。 「エヴァンゲリオン・パイロット3名の搭乗完了しました。」 ひとつ息を吐き気合いを入れるとミサトは命令した。 「全号機所定のルートにて発進!」 ミサトはオペレーターたちの後ろに立ち、ディスプレーを見ながら語りかけた。 「あの子たちは大丈夫よ。 たとえエヴァが大破してもATフィールドがあの子たちを守 ってくれるわ。 エヴァの中があの子たちにとって一番安全なのよ。」 まるで自分に言い聞かせるようにつぶやくミサトだった。 To be continued. 【第15話】いちばん安全なところ(後編) <ネルフ本部 発令所> 「使徒がネルフ本部上空に現れました。高度3万6千!」 オペレーターの報告にミサトが即座に反応した。 「みんな聞いたわね。」 「はい」 パイロットから確認が届く。いくぶんアスカの声に力がなかった。 ページ(116) 5.txt 「距離2万からMAGIのサポートで誘導します。1万以降は使徒の妨害で光学機器以外 は意味をなさないため各自の判断で行動するように、以上」 シンジたちは待機に入った。 <エヴァンゲリオン2号機> アスカの心は落ち着かなかった。 ほとんど特攻にも等しいこの作戦の前にシンジと満足に話もできなかったからである。 レイの行動を見てなおさら後悔していた。 シンジ・・・。 一緒に暮らしていて毎日見ているのにボケボケとしているとしか見えない。 まじめで、気が弱く、人を恐れているような節もある。 スポーツマンでもなく頭がいいわけでもない。 とりたてて人より優れている点があるわけでもなく平凡以下のごく普通の人間である。 せいぜいエヴァとのシンクロ率が高いと言うだけでエヴァが造られるセカンドインパクト 以前ならまったく取り柄がないと言うことになる。 なのになぜこの天才のあたしが惹かれるんだろう? なぜ危機になると頼もしく感じられるのだろう? 一度助けられているから? いや、二度だ! 一度目は浅間山の火口を調査中にマグマの中から見つかった第8の使徒サンダルフォンを 捕獲したときだった。 昔の潜水服のようにダルマのような耐圧耐熱装備をつけた2号機で牽引ロープと冷却パイ プで吊り下げられて火口に降下していった。 まだ胎児の状態でマグマの中を流されているだけの存在のため捕獲はスムーズだった。 ただ、いくらMAGIの保証があるとはいえ、マグマの熱によって意識はもうろうとし、 あまりの高圧のためミシミシ言うボディはアスカの神経を極限まで圧迫した。 やがてもうすぐマグマから抜け出せるという状況で使徒が羽化してしまった。 どうやら圧力の低下が羽化の条件だったようだ。 ページ(117) 5.txt アスカは苦戦を強いられた。 もともと耐圧耐熱装備で動きがとりにくいうえ、粘性の高いマグマの中である。 意識が朦朧としていなくてもマグマの中で生まれた使徒にかなうわけがなかった。 さらに信じられないことにこの極限環境の中で使徒は口を開いて噛みついてきた。 次々と攻撃を受け、命綱と言うべき牽引ロープを2本切られてしまった。残りは1本しか ない。 ついに使徒につかまり振り回される2号機 だがアスカはまだあきらめていなかった。 これまで一人で生きてきた。一度として敗北はない。まだあたしは死んでいない。 そのときアスカの脳裏にシンジとの会話が浮かんだ。 「つまるところ熱膨張というのは暖まると膨らんで冷やすと小さくなる事じゃない」 アスカは冷却ガスの循環するパイプを切断すると使徒の口につっこんだ。 マグマと同じ温度になっていた使徒のからだが硬直した。 その一瞬の隙をついて使徒にプラグナイフを突き立てる2号機 あまりの温度差に脆くなっていた使徒の身体はぼろぼろと崩れ去った。 ホッと胸をなで下ろすネルフの面々 上空に待機していた国連のヘリは所属基地に戻っていった。 救助のための待機ではなかった。使徒との接触はサード・インパクトを引き起こす可能性 が高いため、最悪の場合エヴァごとN2爆雷で消し去るためであった。 あと10メートル アスカはマグマから生きて戻れることを感謝した。 そのとき最後の牽引ロープが切れてしまった。 残りの冷却パイプまで切断されマグマの海にゆっくりと沈んでいく2号機 「あ~あ、ここまでか。もう少しだったのに」 とりあえず使徒撃滅という任務は達成した。 アスカは満足して死ぬつもりだったが、たった一人でというのが気にかかった。 やはりわたしはひとりなのか? アスカは朦朧とする意識の中、初めて救いを求めるように手を差し伸べた。 ページ(118) 5.txt 「ママ、どうしてわたしには振り向いてくれないの?」 そのときその差し伸べられた手を掴むものがいた。 初号機であった。 シンジは耐圧耐熱装備がないため火口で待機していた。 何もできない自分に文字通りやきもきしながら待っていた。 そこへ浮かんできた2号機が急に落下したのである。 シンジは無我夢中でマグマに飛び込み、左手で牽引ロープを握ると右手で差し伸べられた 2号機の手を掴んだのである。 近距離のためシンジからの映像が通じた。 「よかった。」 シンジはただひたすらうれし涙を流していた。 アスカは朦朧とする意識の中でこんな無謀なことをするシンジに半ば呆れ、そして他人の ために涙を流すシンジが理解できなかった。 ただ、後で気づいたことだが、エヴァとシンクロすると言うことはエヴァと一体化すると 言うことである。 一応、操縦席には操縦桿はあるが、ほとんど思考のイメージ化を助けるためのモノであ る。 エヴァは思考によってエヴァを制御し、外界の刺激が直接脳に送り届けられる。 文字通りシンクロ率が高いほど、殴られたら痛いのである。 あのときシンジは標準装備のままマグマに飛び込んでいた。 周囲は数千度の熱である。 それを肌で感じたとしたらいったいどれほどの苦痛を伴うのだろうか? ショック死してもおかしくない状況である。 それでもシンジは飛び込んでくれた。 そしてわたしが助かったことを涙を流して喜んでくれた。 「ほんとにバカなんだから」 ページ(119) 5.txt その時の状況を思い出すと心が安らぐと同時に、なおさらシンジとのお別れができなかっ たのが残念であった。 あの差し伸べられた手を掴んでもらったときから無意識のうちにシンジを頼りにしていた のかもしれない。 せめてバカシンジと呼んでいたことを謝りたい。 わたしが感謝していることを伝えておきたかった。 アスカはスクリーンに表示される「待機」の文字を恨めしく思った。 <ネルフ本部 発令所> 「参考のために聞いておきたいけどなんでMAGIは撤退を推奨したの?」 ミサトはオペレーターに聞こえないようにそっと質問した。 「今となってはもう遅いけど、参考のために教えるわ。」 前を見つめたまま皮肉に答えるリツコ 「ATフィールドに守られ空中から刻々と位置を変える攻撃に対して防衛するとしたら、 エヴァとATフィールドしか対抗する手段はないわ」 「だったらなぜ?」 「もともとATフィールドに対抗する方法は限られているわ。ただ、今回の敵については それさえも無理なのよ」 ミサトは静かに聞いていた。 「エヴァが耐えられる衝撃は設計図から算出できるわ。使徒の質量も衛星軌道の距離から わかるし、加算される落下エネルギーも簡単に出るわ。さらに使徒のコアを破壊した場合 に放出されるエネルギーもね」 「つまりその衝撃にエヴァは耐えられないと言うこと?」 「そうよ。単純な引き算なのよ。 A-B=C AよりBが大きかったら値Cはマイナ スとなるのよ。」 「でもエヴァは3体あるのよ。」 「MAGIが忘れるわけ無いじゃない。もともと3体のエヴァが揃った最適な状況として ページ(120) 5.txt の話よ。1体なら話にもならないわ」 気落ちするミサトにさらに追い打ちをかけるリツコ 「MAGIの判断では3対0で中心を外すと出ているわ」 シンジくん、アスカ、レイ・・・。 だが賽は投げられたのだ。 「使徒が衛星軌道から落下を開始しました。」 オペレーターの報告に全員の緊張が高まった。 「距離2万、エヴァンゲリオンの誘導を開始します。「座標 Xプラス5、Yマイナス 7!」 徐々に使徒の落下地点が絞られてくる。 「みんな頼んだわよ!」 「はい!」 シンジたちは一斉にスクリーンの指示に従って走り出した。 「距離1万8千、座標 Xプラス1、Yマイナス12」 「距離1万5千、座標 Xマイナス3、Yマイナス5」 「距離1万2千、座標 Xマイナス4、Yマイナス9」 「距離1万、座標 Xマイナス2、Yマイナス10 誘導限界です!」 本部からできることはこれですべてだった。 ページ(121) 5.txt 「どうやら2号機が一番近そうね」 ミサトの問いにリツコが頷いた。 「次が零号機で、最後が初号機か」 リツコは頷きながら密かにMAGIで計算したとおりの結果とエヴァの配置に満足してい た。 ミサトは自分の勘だと信じているが、実際はリツコが心理学を駆使してエヴァの配置を決 めさせたのである。 もう使徒を止められないのは分かっている。ならば被害をできるだけ少なくしたかった。 初号機はゲンドウからの命令で、なんとしても守らなければならなかった。 これは直撃でもなければATフィールドが最低限の被害に押さえてくれるだろう。 零号機については最悪の場合、破棄もやむを得ないが第3のレイを出現させる口実のため にも全壊は避けたい。 とすると・・・。 「MAGIの計算結果が出ました。使徒落下時刻マイナス2秒に2号機到着、プラス1秒 零号機到着、プラス5秒初号機到着」 マヤの報告に沈黙の訪れる発令所 つまりアスカは間に合うが、レイはわずかに遅れ、シンジに至っては全然間に合わないこ とになる。 2号機とアスカは絶望的である。 リツコはゲンドウのためなら悪魔に魂を売る覚悟であった。 <エヴァンゲリオン2号機> アスカはシンジへの後悔からシンクロ率がどんどん落ちていた。 精神波でコントロールするエヴァでは雑念は操縦の妨げとなって如実に現れる。 重くなるエヴァを駆って落下地点に急ぐアスカ ページ(122) 5.txt だが、さいごの瞬間送電線を飛び越えるときにわずかに角度を誤り倒れてしまう2号機 頭上を振り返るアスカの眼に使徒が迫ってきた。 死を覚悟するアスカ <エヴァンゲリオン零号機> レイは落下する使徒と近づく2号機を冷静に見ていた。 初号機は一番遠い レイは自分が爆発に巻き込まれることをなんら躊躇せず理解した。 「碇くんは助かる」 レイはそれだけを心にとめると任務遂行のために一層足を速めた。。 <エヴァンゲリオン初号機> シンジは焦っていた。 2号機や零号機に比べてあまりに遠い。 MAGIに聞くまでもなく間に合わないことは予測できた。 自分が守ると誓った2人の少女を救えないのか? ミサトさんの想いに答えられないの か? 一瞬あきらめようとするシンジ だが、心の底で何かが抵抗した。 今までも絶体絶命の危機を何度も乗り越えてきたじゃないか、まだ終わっていない。 「逃げちゃだめだ! 逃げちゃだめだ! 逃げちゃだめだ!」 シンジは視界が広がっていくのを感じた。 手足が軽くなっていく 使徒の落下速度が緩んだように感じられた。 まるで時間の経過が遅くなったような感触である。 「いける」 ページ(123) 5.txt シンジは軽々と山を飛び越えとてつもない速度で落下地点に迫っていった。 <ネルフ本部 発令所> 「初号機のシンクロ率が上昇しています。」 オペレーターの声に驚くリツコ まさか、また初号機がシンジくんに何かを・・・。 「初号機、移動速度380にアップ! 間に合いそうです。」 設計速度の2倍であった。既に走ると言うよりも飛んでいるに等しい速度である。 リツコは初号機の意志を呪った。これでは初号機も破壊されてしまう。 <使徒落下予想地点> アスカは振り仰いだ先に使徒を見つけ死を覚悟していた。 シンクロ率が落ちて遅くなったため到着予定時刻ギリギリであった。 そのうえ倒れてしまったのである。 今から立ち上がって体制を整える時間はなかった。 影が迫り、眼を閉じるアスカ 「ドスン!」 思ったより衝撃は小さかった。 おそるおそる振り向くアスカ その先にはATフィールドを全開にして使徒を支える初号機の姿があった。 なぜ初号機がここに? ページ(124) 5.txt 計算上、絶対に到達不可能な距離にいたはずであった。 シンジから映像が届く 「アスカを守るって約束しただろ」 苦痛にゆがみながらも笑顔をみせるシンジ 大気は巨大なエネルギーのぶつかり合いでイオン化され、使徒の膨大な質量に初号機の足 は徐々に地面にめり込んでいく。 「シンジ・・・。」 あまりのことに信じられないアスカ その1秒後、零号機が到着し、初号機と共に使徒を支えながら使徒のATフィールドを中 和していく。 「アスカ! 使徒のコアを早く」 はじかれたように立ち上がり、アスカはプラグナイフを思い切り使徒に突き立てた。 「ドカーーーーーン!」 エヴァのATフィールドがあるため、自爆を止めていた使徒もコアを破壊され、ついに大 爆発を起こす。 <ネルフ本部 発令所> 「エヴァはどうなったの?」 「電波障害のため確認できません。」 光学機器だけが頼りであった。 徐々に視界がはれてきた。 山が丸ごと一つなくなっていた。 それどころか爆心地はちょうど山一つ分のすり鉢状の窪地となっていた。 あの膨大なエネルギーの解放でよくこの程度の被害で済んだものである。 ページ(125) 5.txt 太平洋まで続く巨大な湾となってもおかしくなかったのである。 やがてカメラがズームアップしていくと窪地の底に重なり合う3体のエヴァが確認でき た。 歓声の上がる発令所 使徒のコアを破壊した後に3体ともATフィールドを張ることに成功したようである。 その三重の防御がこの程度の被害に抑えてくれたのであろう。 意識を失った3名のパイロットはネルフ本部に収容されて手当を受けた。 3時間後、意識を回復したレイ・アスカ・シンジは発令所に整列していた。 司令達の乗る空母と連絡がついたのである。 まだ電波障害が残っているため音声だけの通話であった。 「接続できました。」 オペレーターの声が発令所に響きわたる。 ミサトは沈痛な面もちで報告する。 「申し訳ありません。わたしの勝手な判断で初号機を破損してしまいました。この責任は すべて私にあります。」 さすがに設計強度以上の速度を出し、あの膨大な質量を単独で受けとめたのである。初号 機の各部のジョイントはかなりのダメージを受けていた。 だが、副司令の言葉は寛容だった。 「かまわん。使徒殲滅は我々の使命だ。むしろその程度の被害で済んだのは幸運だったと いえる。」 「ありがとうございます。」 「よくやってくれた葛城3佐、 そこに初号機のパイロットはいるか」 「はい」 ゲンドウの意外な言葉に返事をするミサト シンジも怪訝に思いながら耳を傾けた。 「話は聞いた。よくやったなシンジ」 ページ(126) 5.txt 「はっ、はい」 初めてゲンドウに誉められたシンジは自分の耳を疑った。 あの父さんが誉めてくれた・・・。 「では葛城3佐、あとの処理はまかせる」 「はい」 通信が切断された後もシンジはまだ信じられなかった。 <ミサトのマンション> シンジはイヤホーンで音楽を聴きながら寝ていた。 限界以上に身体を酷使したのでさすがに疲れていたのだ。 ミサトは被害状況の確認など事後処理に追われて今日も帰れそうになかった。 ドアが開きアスカが入ってきた。 薄暗がりの中、布団に潜り込む。 身体の上に重さを感じたシンジは目が覚めたが、すぐにその柔らかい感触と長い髪からア スカであることが分かった。 アスカを抱きしめるために背中に手を回してシンジは驚いた。アスカは裸だった。 「アス・・・」 シンジの言葉はアスカの唇によって封じられた。 長い長いキスの後、アスカは唇を離した。 「また、助けてくれたわね」 「約束しただろ」 シンジも誇らしげに答えた。 「バカ、ほんとにバカなんだから・・・。」 アスカはしがみつくと大粒の涙をぽろぽろと流した。 ページ(127) 5.txt 優しく抱きしめるシンジ 「ぼくもアスカも、そしてミサトさんも一緒なんだよ」 「ミサトも?」 「うん。ぼくも自分を捨てた父さんを憎んでいた。アスカもお母さんを、ミサトさんも父 親を憎んでいた。でも本当は何者にも代え難いほど一番愛していたんだよ。」 アスカはジッと聞いていた。 「ミサトさんがネルフに入ったわけを前に聞いたときははぐらかされたけど、戦いの直前 に教えてくれた。」 シンジくん私がどうしてネルフに入ったのか聞いていたわね。 私の父はね、自分の研究、夢の中に生きる人だったわ そんな父を許せなかった。憎んでさえいたわ。 母や私。家族のことなんかかまってくれなかったわ。 廻りの人たちは繊細な人だと言ったわ。 でも本当は現実から、私たち家族という現実から逃げてばかりいる心の弱い人だったの よ。 子供みたいな人だったわ。 母が父と別れたときもすぐに賛成したわ。 母は泣いてばかりいたもの 父はショックだったみたいだけどその時は自業自得だと笑ったわ けど、最後は私の身代わりになって死んだの セカンド・インパクトの時にね 私には分からなくなったわ 父を憎んでいたのか好きだったのか ただ、ひとつはっきりしているのはセカンド・インパクトを起こした使徒を倒す。 そのためにネルフに入ったわ 結局、ただわたしは父への復讐を果たしたいだけなのかもしれない。 父の呪縛から逃れるために・・・。 「ミサトさんから話を聞いたとき気がついたんだ。父さんと同じだとね。ミサトさんもど うにもできない心の傷に苦しんでいるんだよ。」 あのずぼらでビールが好きで加持さんまで手に入れて幸せだと思っていたミサトにそんな 過去があったなんて アスカはもう一つ聞いてみることにした。 「ファーストはどうなの? わたしはあの子嫌い!」 レイのことは誰もが不思議に思っていた。 寡黙でどんなときでも無表情でおよそ人間らしい感情を何一つ持っていないように見え た。 だが、この前のエレベータの中ではシンジに対して明らかな意志を示していた。 ページ(128) 5.txt シンジとレイはどういう関係なのだろう? アスカはレイのことを言った途端にギュッと抱きしめられるのを感じた。 シンジが動揺している? 心臓の鼓動が落ち着いてきたころやっと話し出した。 「アスカがなんで綾波のことを嫌いなのかわかる?」 「えっ、」 「アスカは綾波を嫌いなんじゃなくて、人形と人形に似ているモノが嫌いなんだよ」 「・・・。」 「かわいそうなアスカ」 確かにそうかもしれない。わたしは八つ当たりをしているだけなのかもしれない。たとえ そうだとしても急に考えを変えることはできない。 「でも綾波はもっとかわいそうなんだよ。およそぼくらとは次元が異なるほどの不幸な境 遇だよ。そしてそれは一生綾波を苦しめていくことだけはわかる。場合によっては死んで も逃れられないかもしれないんだ。」 アスカは理由を聞こうとしてやめた。シンジが辛そうにしているのが肌で感じられたから である。 「でも今は少し幸せなはずよ」 「どうして?」 「愛する者ができたからよ」 こんどはシンジが驚く番だった。 「エレベーターの中でのことを忘れたとは言わせないわ」 アスカはどこまで聞いていたのだろう? 「あのときのファーストは信頼しきった眼でシンジを見ていたわ。命を失ってもかまわな いほどの想いを込めて」 アスカが真剣な眼差しでシンジの瞳を見つめる。 「わたしも抱いて!」 「えっ、」 「わたしもファーストのように抱いて」 そういうとシンジのパジャマのボタンを外し始めた。 ページ(129) 5.txt 「ちょっと、アスカ誤解しているよ」 シンジはあせってその手を止める。 「ちがうんだ。綾波を抱いたことなんか無いよ!」 「うそ!」 「うそじゃない」 「じゃどうしてあそこまでひたむきな信頼を寄せるの」 「それはきっと命を助け合った者同士だからだと思う」 「命を」 「そうだよ。だからアスカともこれからそうなっていくんだよ」 そうかあたしもシンジとああいう関係になるのか やっとアスカも収まったようであった。 恥ずかしくなって顔をベッドに埋めるアスカ アスカがぴったりと頭を寄せるため首筋から胸元に髪の毛が触れてくすぐったいがシンジ は我慢した。 そしていつしかアスカの甘い香りと柔らかい感触に包まれ、シンジは心地よい疲れと共に 眠りについていた。 初めて父親に誉められ、人に誉められることのうれしさを噛みしめながら・・・。 「シンジ・・・。いつもバカシンジなんて言ってごめんね。本気じゃないからね。」 「・・・。」 「シンジ?」 「・・・。」 勇気を振り絞って言ったのにシンジは既に熟睡していた。 「もう、バカシンジったら!」 言った後、おもわず吹き出してしまうアスカ 「まっ、いいか。また明日もわたしを守ってね。 バ・カ・シ・ン・ジ!」 アスカは久しぶりに悪夢から解放され、幸せな夢を見ることができた。 夢の世界でも現実の世界でもアスカにとってシンジの腕の中がいちばん安全なところのよ うであった。 ページ(130) 5.txt To be continued. 【第16話】マヤの休日(前編) <マヤのマンション> マヤは最近、尊敬する赤木リツコ先輩の態度がおかしいことに気がついていた。 よく見かけるのが、じっとシンジくんを観察している姿である。 アスカもおかしなことを言っていた。 重傷のケガが一瞬で直るなどということがあり得るのだろうか? わたしも衰弱したシンジくんがエントリー・プラグの中で回復したのは数値では確認した が、あれでさえまだ信じられない。 そしてこの前見てしまった。クリーニングに回されるシンジくんのプラグ・スーツを探っ ている先輩の姿を そのあとMAGIのLOGではDNA分析を行っていることになっていた。 先輩をスパイするような真似はイヤだが、先輩がシンジくんに対して疑問を持っているこ とは事実のようだ。 わたしも及ばずながらも力になりたい。 さいわい幹部と違ってオペレーターは換えが効くので緊急時以外はなんとか休みがとれ た。 明日はせっかくの休日だが、シンジくんをいろいろ調べてみよう。何か分かるかもしれな い。 問題はどうやったらシンジくんを連れ出せるかということだが、保安部の要員がついてい るだろうからこちらから呼び出すのはまずい。 かといってこちらから働きかけなければ話すこともできない。 「そうだ!」 マヤはいたずらっぽく笑うと自分の計画に満足して眠りについた。 <ミサトのマンション> シンジは窓から差し込む日の光で眼が覚めた。 体の自由が利かない。 ページ(131) 5.txt やけに赤い色調の布団を掛けていた。 やがて視界がはっきりしてくると放射線状に広がった赤い髪であることが分かった。 「アスカ!」 はっとしてよく見ると確かにアスカだった。 シンジは夕べのことを思い出して大胆な行動をした自分に焦っていた。 そしてこの柔らかい感触は? アスカの背中に回していた右手が下の方にさがり、おしりの上で止まっているようなので ある。 眼が覚めたら確実に2発は食らうと思われた。 シンジはそっと右手を抜き取りだした。 「う、う~~ん」 そのときアスカが眼を覚ました。 アスカは何かが身体を動かす感触に眼を覚ました。 いつもの通りうつぶせで眼が覚めたが何かが違った。 身体の凹凸がぴったりと支えられ、心地よい暖かさに包まれた朝だった。 まるで大きめのクッションを抱きしめて寝ているような感触である。 でも何かが変である。 お尻を誰かが触っているような感じである。 誰かが・・・。 ハッとしてアスカは両手をついて上半身を持ち上げた。 シンジの驚いた顔と眼があった。 「ちっ、違うんだ!」 「バシッ! バシッ!」 有無を言わせぬアスカのビンタが炸裂した。 怒りと恥ずかしさで真っ赤になっていたアスカも、両方のほっぺたを腫らして情けない顔 をしているシンジの顔を見ているうちに吹き出してしまった。 ページ(132) 5.txt 「ふふっ、シンジの顔ったらなんて情けないの」 自分で叩いておきながらと思いつつ、しなやかな長い髪を豊かに波打たせながら屈託なく 笑う少女に見とれてしまうシンジだった。 ひととおり笑いが収まると下から自分を見上げるシンジの視線が気になった。 「何でそんなに見ているのよ?」 シンジも叩かれたお返しにちょっぴり意地悪になっていた。 「アスカがあまりにきれいなので見とれてしまったんだ。」 「当然よ! わたし以上の美少女どこにいるというの」 当然と言いつつ顔が赤くなっていた。 アスカにとって誉められることはうれしいが、だんだん特別の存在となりつつあるシンジ に言われるのは格別だった。 実際、寝起きとは思えないほどさっぱりとした美しい姿であった。 くっきりと大きな眼と形のよい鼻とはきはきとした言葉を出す唇が白い肌としなやかな赤 い髪と美しい調和を醸しだし、少女のさわやかな美しさを際だたせていた。 「でも、もうちょっと近寄ってくれるとさらに美しくなると思うよ」 「えっ、どうしてよ?」 アスカもやっと普段のシンジとは違うと気がつき警戒しだした。 「斜めになるとアスカの胸にかかっている髪がじゃまにならないから」 アスカの右手が唸る。 だが今度はシンジも用意をしていたため脇に転がっていた枕で防いだ。 「そう何度もやられないよ」 シンジがめずらしくアスカをやりこめたため、にこにこと言い返した。 「うっ、うう」 アスカは突然、両手で顔を覆い泣き出した。 なかなか泣きやまないアスカに心配になったシンジは声をかけた。 「アスカ、どうしたの?」 答えもせずに泣き続けるアスカ シンジはアスカを支えたまま上半身を起こした。 ページ(133) 5.txt アスカをだっこした状態である。 そのまま左手でアスカの背中を支え、右手でアスカの腕を掴む 「アスカ、どうしたのどこか痛いの?」 アスカは泣きながら首を横に振った。 「さっきのこと怒ってるの?」 それでもアスカは首を振る。 「じゃあどうしたの?」 しゃくり上げながら答えるアスカ 「ヒッく・・・知りたい?」 「うん」 手をどかした先には満面に笑みを浮かべたアスカの顔があった。 「バシーーーン!」 「こういうわけよ。」 両手がふさがっているためシンジには避けようがなかった。 自分の作戦がうまくいったため大得意のアスカだった。 「だいたいバカシンジがわたしに逆らうなんて100年早い! 分かったわね、バカシン ジ!」 「ただいま~、シンちゃん、アスカ起きてるの?」 夜勤明けで帰ってきたミサトだった。 「早すぎる。」 いつもなら8時過ぎに帰ってくるのに今日はまだ6時である。 一瞬パニクる二人 だが、さすがにアスカの方が先に立ち直った。 「シンジ、ぱじゃまを寄こしなさい。」 「えっ」 「バカ! 小さな声で」 「どうして?」 ページ(134) 5.txt 「あたしは今、裸なのよ」 「あっ、」 「いくらなんでも裸でシンジの部屋にいたら言い訳のしようがないわ。 バカね!」 やっと理解したシンジがパジャマを脱ぎだした。 「ありがとう」 パジャマの上を受け取ったアスカはさっそく着てみた。 ほとんど身長は変わらないと思っていたが、実際はシンジの方が大きかったようだ。 腿の途中まで隠れるのでちょうどよかった。 ふと見るとシンジは下の方も脱ごうとしていた。 「ゴツン!」 「何やってるのよ」 「えっ、パジャマを渡そうと・・・」 「バカ、裸のシンジと私が一緒にいるのもまずいでしょ」 もうどうしょうもないわねと言った感じでシンジを見るアスカ ちょっと大きめのパジャマの袖をまくり、両手を腰に当て胸を張るその姿は、本人は威圧 しているつもりなのだが生意気ぶっているかわいい女の子以外の何者でもなかった。 「かわいい・・・。」 シンジのつぶやきに顔を赤くするアスカ 「いいっ、あんたは嘘が下手なんだからここでジッとしているのよ!」 照れ隠しにそう言うとアスカは廊下に出ていった。 「あら、アスカ、シンちゃんの部屋にいたの?」 「聞いてよミサト! もうバカシンジったらあたしのお気に入りの服をそのまま洗ったも んだから縮んでしまったのよ。 せっかく今日着ていこうと思っていたのに」 「まあまあシンちゃんも悪気はないんだから許してやりなさいよ。だいたいシンちゃんに 洗濯を全部やらせるアスカも悪いわよ」 「そういうミサトはどうなのよ。ミサトが洗濯している姿なんて一度も見たことないわ よ」 「私はいいのよ。あ~眠い。夕方まで起こさないでね。」 ページ(135) 5.txt 形勢が不利になってきたミサトは自分の部屋に逃げ込んだ。 それを見たアスカとドアのところで聞いていたシンジはホッとしてそれぞれのベットに戻 った。 <AM9:00> 朝食を食べた後、シンジは一人で出かけた。 レイのための買い物をするためである。 今まで見た限りでは身だしなみを整えるモノは歯ブラシとタオルくらいしか持っていない ようである。 せめて櫛かブラシくらいは無いと・・・。 シンジはレイを普通の女の子にすることが自分の義務のように感じていた。 混雑する電車の中でレイに必要なモノを考えていると不意に声をかけられた。 「シンジくんじゃない!」 見るとマヤさんだった。 シンジが出かけるとしたら電車しか無いと思い、朝から駅の近くの喫茶店で張っていたの である。 「シンジくんちょっと助けてくれる?」 マヤが赤い顔をして話しかけた。 「いいですけど、どうしたんですか?」 「私の後ろに5メートルほどの所にサングラスをかけた2人組が居るでしょう」 「ええ」 「そんなにジッと見ちゃだめ!」 あわててシンジは視線を外す 「朝からあの二人につきまとわれて困っているのよ」 「ス、ストーカーですか?」 「たぶん」 実はシンジをこっそりと監視している保安部のメンバーであった。 ページ(136) 5.txt マヤはパイロットが監視されていることを知っていたため利用したのである。 「どうしたらいいんですか」 「今日わたしと一緒にずっと居てくれる?」 「僕でよかったらいいですよ。たいして予定はないですから」 「悪いわね。それと私を抱きしめてくれる」 「えっ、どうしてですか?」 「最初、向こうの方にいたらあの二人組しつこく触ってくるのよ。多勢に無勢なのでこっ ちに避難してきたらシンジくんが居たというわけ。だからシンジくんと恋人のふりをすれ ばあきらめるかと思って」 ただでさえ混んで密着している車内でこんな事を言われたシンジはとまどった。 「24歳のお姉さんじゃいや?」 「そんなことないですよ。マヤさんてなんか初々しくて高校生くらいに見えますから」 「あら、うれしい」 マヤはシンジに一層寄り添った。 シンジも言われたとおりマヤの腰に手を回して引き寄せた。 実はマヤは男性とつきあった経験がなかった。 女子だけの学校を出たあとネルフでもほとんど赤木博士と一緒に過ごすため男性と知り合 う機会はほとんどなかった。 だから初めて男に抱き寄せられると言う状況に緊張して下を向きっぱなしだった。 シンジの方も似たようなモノだが、最近のレイやアスカとの経験から幾分女性というモノ に慣れてきたためマヤより余裕があった。 「どこに行く予定だったんですか?」 「え~とね。」 マヤは少し考えて無難に時間をつぶせる映画と答えることにした。 「最近リバイバルされた『あしながおじさん』を見るつもりだったの、つきあってくれ る?」 「いいですよ」 マヤさんてオペレータとして会話しているときははきはきとしているけど意外と少女趣味 なんだな、と思いつつ頷いた。 ページ(137) 5.txt 第3新東京市に一つしかない映画館に入り中央付近の席に座った。 話題作でもないが昔からの根強い人気作品なのでそこそこ混んでいた。 それとなく後ろを振り返ると二人組が壁に背を預けて立っているのが見えた。 シンジはマヤを元気づかせるつもりで手を握りしめた。 二人組のことなどすっかり忘れているマヤは、シンジくん私に気があるのかしら、と別の 方に想像をたくましくしていた。 やがてCMのあと映画が始まった。 始めの頃はシンジを観察するためチロチロと見ていたが逆にシンジの方で気がついて力づ けるような微笑みを返すので意味がなかった。 かえって普段のおどおどとした仕草が母性本能をくすぐるうえ、間近で見る繊細で優しい 笑顔はマヤの心を揺さぶるのに十分だった。 さらにシンジのぬくもりが手を伝わってくるので否が応でも存在を意識する。 しかしそれも一時のことで、シンジの落ち着きが伝染していつしか映画に没頭していた。 エンディングのあと一斉にライトがついた。 マヤは感動してぽろぽろ涙を流して鼻をすすっていた。 それを見てくすっと笑うシンジ 「何?」 「いえ、マヤさんてかわいいなと思って」 「大人をからかうもんじゃないわよ」 怒って横を向く仕草がいっそう子供っぽく見えた。 「すいませんマヤさん、ところでお昼どうしますか」 「お昼?」 「できたら買い物をしたいのでジオ・シティへ行きたいんですけどいいですか?」 「ジオ・シティ、わたしまだ行ったこと無いの」 「あんなに有名なのに」 「このところ仕事が忙しくて出かける暇もなくてね」 「じゃあなおさら行った方がいいですよ。スカイラウンジでの食事は気持ちいいですよ」 シンジはマヤの手を取ると映画館を出た。 ページ(138) 5.txt <ジオ・シティ> 相変わらず混んでいたが一番外側の席は落っこちそうな錯覚を受けるため家族連れは敬遠 するので空いていた。 マヤは感動して声を上げる。 「すご~~~い、海が見える。」 普段は建物の中に缶詰状態なので、自分の知っている場所が一望できる経験を子供のよう に喜んだ。 やがて海と第2新東京市の中間に視線を走らせたマヤの瞳が曇った。 海に沈んだビル群が視界に入ったのである。 「どうしたんですか?」 心配になってシンジが声をかけた。 「ちょうどあの辺だったの、私の家があったのが・・・。」 シンジはマヤが何を考えているのか分かった。 セカンドインパクトが起こった時、マヤは9歳だったはずである。 幼い心にかなりの傷を残す経験だったことは間違いなかった。 「当時、長野のおじいちゃんの家に遊びに来ていたのでわたしは助かったけど、お父さん もお母さんも仕事で東京にいたのでだめだったみたい。」 セカンド・インパクト それは記録に残る災害の中では最大のものであった。 通常は災害が起こっても地球的規模で考えれば局所的なものであった。 だからいざとなれば近隣の諸国から援助も受けられる。 ところがセカンド・インパクトは違った。 南極で突如発生した膨大なエネルギーは大陸ごと氷を融解した。 その衝撃で数百万年に一度といわれる地軸の移動が起こり気候が激変した。 さらに舞い上がった微粒子が太陽の光を遮り、世界中が3年も薄暗い日々を過ごした。 一時は60メートルも水位が上昇し、世界中でもっとも人口が密集している海岸沿いの平 ページ(139) 5.txt 野部が使用不能となった。。 日本も大阪と関東平野が海に沈んだため壊滅的ダメージを受けた。 生き残った人々も満足な物資のない中での避難生活は体力のない子供と年寄りを襲い、伝 染病が蔓延した。 世界中で肥沃な土地を求め戦争が勃発してさらに人口は激減した。 結局、死亡が判明しているだけで世界人口は半分になっていた。 おそらく開発途上国などの行方不明者の調査が進めばもっと被害は大きいことが判明する だろう。 日本も1億2千万人もいた人口が最近の調査では4千万人となっていた。 しかし15年という歳月に人類はすばらしい復興を遂げていた。 現在ではほぼセカンド・インパクトの起こる前と見分けがつかないほど生活は元に戻り、 深夜のコンビニに若者がたむろするようになっていた。 だが、セカンド・インパクトの経験者にとって一生消えない心の傷が残っていた。 シンジは授業でしか知らないがその悲惨な状況はおおよそ察しがついた。 「マヤさん」 シンジのいたわるような声に気丈に笑顔で振り向くマヤ 「さっ、何食べようか」 マヤはメニューから選び出した。 シンジもマヤの気持ちが分かりメニューに専念する。 マヤはおおむねレイと同じようにサラダ系中心の献立だったが、メインはステーキだっ た。 やはりセカンド・インパクト世代は肉がご馳走のようである。 最近レイにつきあって野菜中心だったのでシンジも同じような構成で注文する。 シンジのしみいるような優しい笑顔と思いやりのある会話に、いつしか目的を忘れている マヤだった。 実際、こんなにリラックスした楽しい時は両親とすごした以来だった。 デザートまで食べた後マヤは聞いた。 「ところでシンジくんの買い物って何なの?」 「櫛ですよ」 「自分の?」 ページ(140) 5.txt 「いえ」 口ごもるシンジを見てマヤはちょっとからかってやりたくなった。 「わかった好きな娘へのプレゼントね」 「そんなんじゃないですよ。ただ綾波が何も持っていないようなので1つくらいはあった 方がいいと思って」 「シンジくんてレイが好きだったの?」 シンジは反論すれば反論するほど墓穴を掘っていった。 「シンジくん、これなんてどう?」 マヤはいかにも女の子が喜びそうなファンシーグッズのコーナーを見つけるとまるで自分 のためのように飛び回った。 それから延々とジオ・シティ中をマヤに引き回された。 おかげでレイ用の櫛とバレたら恐いためアスカ用のブラシとマヤには内緒でお礼の口紅を 買うことができた。 確かに助かったが女の子の買い物にかける情熱と体力におそれおののくシンジだった。 だいたい買い物が済んだ頃マヤが話しかけてきた。 「ちょっと寄りたいところがあるんだけどいい?」 <峠の展望台> マヤはシンジを展望台に連れてきていた。 あたりはやっと涼しくなり、きれいな夕焼けが第3新東京市を照らしていた。 「わたしがおじいちゃん家に遊びに来ていたときここは小さな村だったわ。今でこそこん なに立派な町になったけど何もなかった昔も自然がきれいでここの景色が好きだったの。 」 マヤは手すりにつかまりながら独り言のように話し続けた。 「でもセカンド・インパクトが起こってから一回も来ていないの、昔の楽しい時を思い出 すのが辛かったのね。 学校にいたときは勉強に、働いてからは仕事に熱中する振りをし ページ(141) 5.txt ていたんだわ。」 マヤは振り向くとシンジに近寄り抱きしめた。 シンジは突然のことに反応できなかった。 「今日はありがとう。シンジくんを見ていたら逃げてばかりいた自分が恥ずかしいわ。」 マヤにしてみれば弟のようなシンジに励まされたことに対する精一杯の感謝の気持ちだっ た。 シンジはマヤの気持ちが分かりおずおずと背中に腕を回しやがて力強く抱きしめた。 シンジの意外にしっかりとした抱擁にマヤは安心して身体を預けた。 「お取り込み中悪いけどお金貸してくれない。」 ふいに声をかけられあわてて離れる二人。 振り向くとガラの悪そうな若者が3人居た。 あきらかにかつあげである。 こうゆう事に慣れていたシンジは財布には小銭しか持っていなかったため素直に出そうと した。 そのときマヤがきっぱりと言い切った。 「あなた達に貸せるお金はないわ!」 潔癖性のマヤにとってかつあげなど許されることではなかった。 だが理屈の通じる相手ではなかった。 「おまえ達はそっちの坊やをかわいがってやりな。俺はこちらのお嬢さんの相手をしてい るから」 そう言うとリーダーらしき男はマヤの腕を掴んだ。 止めようとしたシンジはあっと言う間に残りの二人に押さえ込まれ殴る蹴るの暴行を受け る。 「シンジくん!」 マヤは腕を振りきるとシンジの上に覆い被さってかばった。 チンピラのけりがあたり額から血を流すマヤ だが、キッと見上げる目の輝きはいささかも衰えなかった。 「おまえらやめろ、どうやら話しても無駄なようだ。」 リーダーらしき男が割って入った。 ページ(142) 5.txt 「めんどくさいからこいつで眠らせて、女の方だけ連れていくぞ」 取り出したのは携帯電話ほどのスタンガンだった。 一瞬でも触れたら電気ショックで意識を失う。 自分だけならともかく女の子に対して悲惨な運命が待っていることは想像するまでもなか った。 刻々と近づく3人 「マヤさん逃げて!」 シンジの叫びを無視してマヤはシンジから離れなかった。 立ち止まりスタンガンをこれ見よがしにちらつかせるチンピラ 先ほどの暴行で身動きできないシンジは目の前に近づくスタンガンを凝視していた。 ジジ、ジジ、と威嚇するように放電するその先端は獲物を狙う昆虫のようであり使徒をイ メージさせた。 そのときシンジの中で何かが反応した。 シンジの瞳が赤くなる。 最初の暴走の時と同じであった。 シンジとマヤを中心に膨れ上がる紅色の光の壁 廻り中のベンチやゴミ箱ごと3人組は40メートルも吹き飛ばされていた。 方向が違っていたら眼下の町に落ちていたところである。 跳ね飛ばされた若者はケガよりも理解不能の現象に驚き、我先に展望台から逃げていっ た。 一方、マヤは見慣れた光景に驚愕を隠せなかった。 「ATフィールド・・・。」 あれは使徒とエヴァにしか作れない究極の防御兵器のはず マヤはあわててシンジを抱え起こした。 しかしシンジの意識はなかった。 出血しているところを調べてみるとほとんど打撲だけのようなので近くにある自分のマン ションに連れていくことにした。 マヤはこの騒動で忘れていたが、公園のはずれから保安部の要員が見張っていた。 ページ(143) 5.txt 組織的な誘拐か命に関わること以外での介入は禁止されていたからである。 暗号化された報告が瞬時にネルフ本部に届けられた。 To be continued. 【第17話】マヤの休日(後編) <マヤのマンション> なんとかタクシーを捕まえるとマヤはシンジを連れてマンションへ帰った。 とりあえずベッドに寝かせるとシンジの傷を詳しく調べることにした。 ネルフの要員のため簡単な医療知識は一通り知っていたし、勉強家のマヤは看護士の資格 も持っていた。 どうやらかなりひどい打撲はあるが骨折はないようである。 冷やしておけば3日で痛みは収まり1週間もすれば傷も残らないだろう。 マヤは応急処置をするとベッドの下から身を乗り出すように頬杖をしてシンジを観察し た。 口の中が切れているため唇の端に血が滲んでいるが、呼吸は正常値に戻っていた。 安らかな寝顔で軽い寝息をたてている。 「こうして見ていると普通なのに・・・不思議な子」 見つめているうちにそのあどけない表情がマヤの母性本能をくすぐる。 おそらく史上最強の力を持つ人間、だが今は無防備に私のベッドで横たわっている。 「ごめんね」 そう言うとマヤは屈み込み、唇をそっと重ねる。 1分後ゆっくりと顔を持ち上げるマヤ いたずらを見つかりはしないかとびくびくする子のようにあたりを見渡し口を押さえるマ ヤ やがて上気した頬のマヤは汚れた服を着替えるためシャワーを浴びることにした。 着替えを持ってユニットバスに向かう 熱いシャワーを浴びながら先ほどのことを考えてみる。 あの因縁をつけてきたチンピラを吹き飛ばした力は間違いなくATフィールドだった。 位置的に見て私とシンジくんの付近から発生したことは間違いない。 そして私とシンジくん以外を吹き飛ばした以上何らかの選択が行われたはずである。 ページ(144) 5.txt 生物と無生物という条件なら襲ってきた方と私たちを区別する方法はない。 地面はもちろん無生物なのでこれも飛ばされなかったのはおかしい。 接触物と非接触物という区分けでも疑問が残る。 私という個人をどうやって特定するのか? また、地面はどこまで接触の範囲なのか? 赤木博士に習った消去法で消していくと結局、シンジくんが自らの意志によって私を守る ためにATフィールドを展開したという結論に達する。 だが、果たして生身の人間にATフィールドを造ることができるのだろうか? もちろんエヴァに適応する才能のある人は少ないが、それがATフィールドまで結びつく のであろうか? もしもそうならレイもアスカも使えるはずである。 レイならともかく、あのアスカがそんな特別の才能を持っていたら間違いなく自慢したこ とだろう。 ではシンジくんは特別なのか? シンジくん・・・。 「はっ、忘れていた!」 シンジはシャワーの音で眼を覚ました。 体中に痛みが走る。 見知らぬ天井だった。 廻りを見渡してみると額から何かが落ちた。 手にとってみると濡れたタオルだった。 誰かが看病してくれたようである。 傷の痛みにうめきながら見渡してみるといやに少女趣味の部屋である。 「女の子の部屋かな」 シンジの想像は当たっていた。 濡れた髪のままユニットバスを飛び出すマヤ ページ(145) 5.txt 「シンジくん、大変よ!」 シンジが一言も発する前にマヤが両腕を掴んだ。 「ど、どうしたんですか、マヤさん?」 「あなたのATフィールドが保安部に知られたわ!」 「ぼくのATフィールドですか?」 シンジはマヤが何のことを言っているのか理解できなかった。 「マヤさん落ち着いてください。まず服を着てください。」 マヤはようやく自分が一糸まとわぬ姿なのに気がついた。 「キャー!」 あわててバスルームに駆け込むマヤ 5分後パジャマを着たマヤが出てきた。 「いったいあれからどうなったんですか? それにぼくのATフィールドって何ですか? 」 マヤはシンジに記憶がないことを知った。 しかしシンジの真っ直ぐな瞳を見るとごまかすことはできなかった。 「シンジくん落ち着いて聞いてね。」 「はい」 「あなたはあの3人組にやられそうになったときATフィールドを使って私たちを守り、 同時に3人組を吹き飛ばしたのよ」 シンジはマヤが何を言っているのか理解できなかった。 「そんな馬鹿な! エヴァに乗っているわけでもないのに」 「でも事実よ。私が証人だわ」 「使った記憶もないのに」 「そこが不思議なところなのよ。意識して使えるなら殴られる前に使えばよかったのにな んでださなかったのか?」 「だからぼくじゃありませんよ」 「いいえ、あなたしかいません。問題は条件よ。」 しばらく考えていたマヤは突然思いついた。 ページ(146) 5.txt 「そうよA10神経よ!」 マヤはシンジの肩を掴んだ。 「エヴァはATフィールドを作れる。そしてエヴァを操作できるのは限られた特殊な人だ け、その才能をエヴァとの適合性というならよりエヴァに似ている人と言えるわ。さらに エヴァはA10神経回路で接続されている。そのA10神経は親子や恋人がお互いを想う 愛情で接続しているのよ。」 「でも変ですよ。レイもアスカもぼくも決して愛情に満たされた生活を送ってきたとは思 えないんですけど」 「・・・逆に言うなら3人とも愛に飢えているんじゃないの? どちらにせよ強い愛が関 係していることに違いないわ」 「そうするとどういうことになるんですか」 「つまりシンジくんは他人が危機に陥ったときにATフィールドを制御できるのよ」 「覚えていませんけど」 「おそらくあれだけのエネルギーを発生するんだからエヴァと違って身体に負担がかかっ て気を失うんじゃないかしら」 「ぼくには夢物語のように聞こえますが」 「これが夢だというの!」 マヤはシンジのシャツを開いた。 ところがマヤの方が驚いてしまった。 「きっ、傷がない。」 Yシャツにはところどころ血の痕がついていた。 ところがシャツを脱がせると傷が見あたらないのである。 確かに切り傷は大したことはなかったがそれでも10ヶ所近くはあったはずである。 おまけに打撲はかなりひどいところもありマヤの見立てでは全治1週間であった。 それがわずか1時間ほどで直るなんてあり得ないことであった。 呆然とするマヤにシンジは言った。 「まだ多少痛いですが大丈夫ですのでこれで帰ります。」 マヤがボーとしているうちにシンジは自分の荷物を持つとマンションを出ていった。 気がついたときには既にシンジの姿はなかった。 「シンジくん・・・。」 ふと見渡すと玄関の棚にあるきれいな包みが目を引いた。 ページ(147) 5.txt 手に取ってみるとラッピングされた小さな包みとカードであった。 いかにもボールペンを店員から借りて書いたような走り書きがあった。 「マヤさんへ、今日はありがとうございました。おかげでいい買い物ができました。これ は大したものではありませんがよかったら使ってください。・・・碇シンジ」 開けてみるとパステルカラーの明るいピンク色の口紅だった。 頭の中で渦を巻いていたものがきれいに飛び去り、シンジの笑顔が浮かんだ。 シンジに答えるようにニコッと微笑むマヤ 繊細な作りの整った顔立ち、やさしい笑顔、細やかな心遣い、特殊な才能・・・。 「あの子、あと2~3年もしたらとてつもないプレイボーイになるかもしれない。」 その日マヤはルージュを見つめていたために睡眠時間が2時間は少なかった。 <レイのアパート> その頃シンジはレイのアパートの近くに来ていた。 終電は再開発の始まったこの地区が終点であったのだ。 カードを使えばタクシーで帰れたのだが、レイに聞きたいことがあったのだ。 「コン、コン!」 シンジは402号室のドアをノックした。 「碇くん?」 返事があるとは思わなかったのでちょっとシンジは驚いた。 「うん、シンジだけど」 すぐにドアが開いた。 「入って」 そこにはパジャマを着たレイが立っていた。 シンジは前に持ち込んだ3畳ほどのカーペーットのうえに座った。 真ん中にはこれもシンジが持ち込んだ小さなテーブルがあった。 ページ(148) 5.txt レイはシンジのシャツの血に気づき、シンジの腕を掴む 「何があったの?」 「ちょっとチンピラにからまれてね。でもケガはないから大丈夫」 何気なく言ったつもりだが血がついているので説得力がなかった。 レイはジッとシンジを見たあと言った。 「あちこち土や血がついているから服は洗った方がいいわ。その間に碇くんもお風呂に入 ったら」 レイの言うのももっともなことなのでシンジは甘えることにした。 「うん、そうさせてもらう」 シンジがバスルームに入るとレイが洗濯機を動かす音がした。 やがてシャワーを浴びているとドアが開いた。 そこには裸のレイが居た。 人は幼い頃からの習慣で裸は恥ずかしいものという認識が染みついている。 さらに自分が他に劣っているのではないかというコンプレックスが常につきまとう そのため自分の裸を堂々と披露できるのは自我の確立していない子供か少数の人だけであ る。 ところがレイは自分を人間とは思っていないうえ、一般的な習慣はまだ身に付いていなか った。 故に他人の前に裸で出ることに抵抗というものがなかった。 命令されているので裸でいないという程度である。 だが、何度か見ているとはいえシンジはまだ慣れていなかった。 「だめだよ綾波、入って来ちゃ」 「なぜ?」 「普通はそうなの」 「この前、碇くんは私とここに居たわ」 「あれは綾波を洗ってあげるためにだよ」 「だったら私も碇くんを洗ってあげるわ」 意外と強い抵抗にシンジは説得をあきらめた。 ページ(149) 5.txt 「わかったよ」 シンジはバスチェアーに腰掛けた。 レイは前にシンジがやったようにボディシャンプーをスポンジにつけると泡立ててこすり だした。 そのうちシンジも気がついた。 レイがシンジの傷を調べていることに 「ごめんよ、心配かけて」 レイは首を横に振った。 「碇くんが無事でよかった。」 レイはスポンジを落とすと振り向いたシンジにしがみついた。 「あなたには代わりが居ないのよ。危ないことはしないで」 「分かっているよ。でも綾波も同じだよ。」 「私はあと18体のストックがあるわ」 シンジはレイを抱き上げるとホテルのユニットバスのような浴槽に仰向けに横たわった。 あふれたお湯が浴槽の縁を越えて流れ出す。 その間もレイはシンジの首に回した手を離そうとはしなかった。 レイを抱えたままシンジは話し出した。 「でもそれは別の人だよ。似てはいても決して君自身の代わりにはなれない。今この瞬間 生きて同じ体験を共有しているものしか綾波レイではないんだ。」 自分より強い身体を持つ男性の身体。 皮膚一枚を隔てて動く強靱な筋肉一本一本の動きを肌で感じながらレイは何となく理解で きるような気がした。 でも碇くんが危機に陥ったらわたしは喜んで身代わりになるだろう 生の喜びを理解してきたとはいえ、シンジの死に比べたら生への執着はまだまだ希薄なレ イであった。 「綾波に教えて欲しいことがある。」 「何を?」 「エヴァに乗っていなくてもATフィールドを創れる?」 あっさりと答えが返って来た。 ページ(150) 5.txt 「ええ」 「どうしてエヴァ無しでもそんなことができるの」 「分からないわ、この身体に魂が宿ってからいつの間にかできるようになったの」 「でも何か思い当たることはないの?」 「一つだけあるわ」 「それは?」 「わたしがエヴァと同じコピーだからよ」 シンジは冷静に考えてみた。 レイは前に神様であるアダムのコピーとしてエヴァや自分が造られたと言っていたが、そ れでは同じ事ができる自分もまたコピーと言うことになるのではないのか? シンジは自分の存在に疑問を持つという恐怖から我知らずレイの身体を強く抱きしめてい た。 レイはその痛みに無言で耐えたが身体に力を入れたためシンジも気がついた。 「ご、ごめん、痛かった?」 「平気よ」 だがレイの白い背中にはシンジの腕の痕が赤く残っていた。 そっとその痕をさすりながらシンジは話しかけた。 「ひょっとしたらぼくも綾波と同じかもしれない。」 「えっ!」 上半身を起こしたレイはめずらしく驚いた顔をしていた。 そのままレイの頭を抱きかかえるように抱きしめるシンジ 「ぼくもATフィールドを創れるんだ」 To be continued. 【第18話】使徒侵入!(その1) <レイのアパート> 「綾波」 ページ(151) 5.txt 「何?」 シンジは声をかけた後ためらった。 レイを傷つけることになるのではないかと・・・。 だが、知りたいという欲求の方が強かった。 「ATフィールドを見せてくれる?」 レイはシンジの胸につけていた頬を離すと顔を上げた。 シンジの瞳を見てゆっくりと頷くレイ 首に回していた腕をほどくと浴槽をまたぎ、シャワーの所へ向かった。 シンジも後に続いた。 シンジと向かい合うとレイはシャワーを出し、右腕をシンジの方に差し出す。 「見ていて」 レイが右腕に意識を集中しているのが分かる。 手のひらにぼんやりとした光が現れる。 やがて光が収束し、野球のボールくらいの大きさの赤いガラス玉のようなものができた。 つやつやと赤い光を放射する美しいクリスタル 「こ、これがATフィールド」 シンジは目が離せなかった。 「そうよ」 「ガラスのボールみたいだね。」 「ATフィールドの形状や大きさに制限はないわ。正確にイメージすればそのとおりにな るの」 そう言うとレイは右手をシャワーの中に入れた。 水流の当たったところに赤い八角形の模様が現れる。 レイが意識を集中するとぐんぐん大きくなった。 完全にレイを覆い尽くし、水滴がシンジまで跳ね返る。 逆にレイの方はまったくシャワーが届いていなかった。 見る間にシンジの寸前まで拡大するATフィールド 「綾波!」 ページ(152) 5.txt だが、レイはATフィールドの中心から冷静に見ているだけだった。 身を避ける間もなくシンジに接触した。 「うわぁ!」 まぶしい輝きの後、静寂が訪れた。 ほとばしるシャワーの音さえしなかった。 目を開けるとレイがジッと見ていた。 いつの間にか内側に入っていた。 「ありがとう。ATフィールドの中に入れてくれたんだね。」 シンジがホッとして言う だが、レイは横に首を振った。 「いいえ、碇くんがATフィールドに同調してすり抜けたのよ」 「えっ!」 シンジは耳を疑った。 つまり一瞬だが自分もATフィールドを展開したことになる。 もしも遅れたら壁に押しつけられるか、たたきつけられたところである。 「綾波も危険なことをするね。ぼくがATフィールドを創れなかったら危ないとこだっ た。」 シンジがホッとして言う。 「前にも見ているから」 「いつ?」 「碇くんが初めてここに来たとき」 初めてきたとき? シンジは記憶を探った。 そういえば裸の綾波を見てあわてて足がもつれて押し倒したとき、何か光ったような気が したけど・・・あれか 「そうだったのか、ぼくはあのときから使えたのか」 シンジはちょっと考えたあと眉をしかめた。 「どうしたの?」 レイが心配そうな顔をしている。 「こんなに簡単にATフィールドが中和されるんじゃあ、ぼくと綾波は離れて戦った方が いいね。」 ページ(153) 5.txt レイは悲しそうな顔をするとうつむいたまま近寄り、シンジの胸に頭をつける。 シンジは自分の言葉の効果に驚き、レイを力強く抱きしめる。 「ごめん」 その短い言葉にレイへの想いを込めて するとシンジの身体がもう一度淡く光ったかと思うとレイのATフィールドが深紅に染ま る。 まるで2人の相乗効果でさらに強化されたかのような色であった。 レイとシンジはその力強い輝きに見とれた後、お互いを見つめ合った。 「どうやら一緒の方がいいみたいだね。」 シンジがホッとして言うと、レイは涙の滴をひとすじ残したまま笑顔を浮かべた。 レイの笑顔はたとえようもなく美しかった。まるで天使に限りなく近い人間のようであっ た。 シンジはむさぼるように見つめる。 やがてレイの身体から力が抜けるとシンジにより一層身体を預ける。 完全に体重がかかってきたためシンジは声をかけた。 「綾波! どうしたの?」 レイは気を失っていた。長時間ATフィールドを持続したため力が尽きたのである。 シンジの方はまだ元気だった。 使えば使うほど慣れて無駄な力の発散が減り、効率がよくなるかのようであった。 シンジはレイを抱え直すと脱衣所に行きバスタオルを口にくわえる。 そのままベッドに行ってバスタオルを広げるとレイの身体を横たえた。 もう一つバスタオルを出し、レイの身体をふいてやる。 動かない人間を相手にするのは意外と大変であった。 レイが終わるとシンジは自分の身体も乾かした。 バスタオルを洗濯機に入れるとレイの横に腰を下ろす。 清潔なシーツに横たわるレイは美しかった。 いや、神聖なと言った方がいいかもしれない。 人生経験が無い分、レイは無垢な瞳を持っていた。 たとえ眼を閉じていてもその印象は消えなかった。 ページ(154) 5.txt そして生活感のない表情は非人間的とさえ言えるほど欠点がなかった。 整った顔から眼を移すと形のいい胸の起伏からくびれたウエストへと女性らしいラインが 走っている。 だが、それさえも生々しさはなく、妖精のような美しさを強調し、手を触れるのを躊躇わ れるほど神聖な雰囲気を醸し出していた。 シンジは飽きることなくレイの顔に見とれていた。 まるで自分の不安がレイを見ることによって救ってもらえるかのように・・・。 「ちゅん、ちゅん」 シンジはまぶしい朝日に眼を覚ました。 左手が動かない。 案の定、レイがしっかりとしがみついていた。 クスッと笑った後、右手でレイのサラサラとした髪をなでる。 レイも眼を覚ました。 「おはよう、綾波」 「おはよう、碇くん」 レイの挨拶もやっと慣れてきた感じであった。 <ネルフ本部> 「カタカタカタカタ」 素早いキーボード操作でマヤがチェックルーチンを入力している。 マヤの後ろの方ではリツコが優雅に足を組み、コーヒーを片手に書類のチェックをしてい る。 今日はMAGIの定期検診の日だった。 ページ(155) 5.txt さらにそのあと極秘のダミーシステムのテストが控えていた。 マヤは軽やかなキータッチとは裏腹に悩んでいた。 シンジくんのことを先輩に話すべきだろうか? なんだかシンジくんを裏切るようでどうもすっきりしない。 おそらく保安部がすべて見ていたことであろう。 言うべき事なら保安部が報告しているはずである。 非番の私がとやかく言うことではない。 マヤは無理に自分を納得させるとインプットに専念した。 「マヤ、速いわね」 リツコは時折マヤの操作を見守りながら誉める。 「それはもう先輩の直伝ですから!」 マヤは手を止めずに3次元ホログラフィモニターを見ながら答える。 いつもだったらリツコに認められるのは何よりもうれしいことだが今日はそれほどでもな い。 どうやらシンジのことがまだ吹っ切れていないようだった。 「あっ、待って! そこA-8の方が速いわ。 ちょっと貸して」 マヤが微妙に集中力を欠いているのを察したリツコは手元のキーボードでルーチンを引き 継いだ。 先ほどの3倍もの速度で画面が次々とスクロールしていった。 あきらかにマヤとは次元の異なる速度である。 「は、速い!」 あらためてリツコの実力を思い知るマヤだった。 「ビー」 ブザーと共にスピーカーから金属質の音声が流れる。 ページ(156) 5.txt 「マギ・システム、3機とも自己診断モードに入りました。」 ディスプレイには「MELCHIOR-1」「BALTHASAR-2」「CASPER-3」の3機のMAGIの状態 が表示されている。 しばらくして「ビー」「第127次定期検診、異常なし」という報告とともに作業は終了 した。 「ジョボジョボジョボ、キュッ」 リツコは洗面所で顔を拭いていた。 フェイスタオルを右手に持ち鏡を見つめるリツコ。 「異常なしか・・・。 母さんは今日も元気なのに・・・。 私はただ歳をとるだけね。 」 <セントラルドグマの下層 大深度設備> シンジたち3人は新しいテストのため17回もボディクリーニングをされていた。 いくらきれい好きのアスカでもカンカンであった。 「え~、また脱ぐの~」 「ここから先は超クリーンルームですからね。今までのようにシャワーを浴びて下着を換 えるだけじゃ済まないわ」 リツコが辛抱強く説明する。 「なんでオートパイロットの実験でこんな事しなくちゃなんないのよ~」 「時間はただ流れているわけじゃないのよ。エヴァのテクノロジーもどんどん進化してい るわ。新しい実験はどうしても必要なのよ」 「はいはい。お望みの姿になったわよ」 「じゃあ、3人ともそのままの姿で部屋を抜けてエントリー・プラグに入ってちょうだ い」 「え~~~!」 シンジとアスカの声がはもる。 ページ(157) 5.txt 「大丈夫、モニターは切って赤外線センサーに切り替えるわ。プライバシーは保護するか ら大丈夫よ」 「そういう問題じゃないでしょ、気持ちの問題よ」 アスカは最後の抵抗をする。 「このテストはプラグ・スーツの補助無しに、パイロットの肉体から直接ハーモニクスを 行うのが趣旨なのよ」 さきほどからいらいらと聞いているミサト リツコと違って気の短いミサトは一気に片を付けることにした。 「アスカ、これは命令よ!」 「はいはい、わかりました。でも、ぜ~~~~ったい見ないでよ」 アスカの了解を取り付けピースサインを出すミサト それにしても一番プロポーションのいいアスカが一番抵抗するのも不思議であった。 シンジたちは大深度設備に用意されたシミュレーション・プラグに入っていった。 「各パイロット、エントリープラグにて待機中」 オペレーターが刻々と状況を報告する。 「テスト、スタート!」 リツコの号令とともに実験が開始された。 「オートパイロット記録開始」 「シミュレーション・プラグ挿入」 やがて水中に漂う3体の巨大な模擬体にプラグは挿入された。 「模擬体と接続を開始します。」 「模擬体がMAGIの制御下に入りました。」 模擬体は皮をはがし筋肉を露出したような不気味な人型の物体であった。 まさにこれこそダミー・プラグの実験設備であった。 リツコは司令と副司令からの極秘任務としてこの実験を取り仕切っていた。 作戦部長のミサトにさえ知らされていないほどの念の入れようである。 ページ(158) 5.txt 唯一、オペレーターのマヤだけには一部の情報を公開していた。 「何か違うわ」 レイが不思議そうに言う。 「いつもと違う気がする。」 シンジも同じ感触を得ていた。 「感覚がおかしいのよ。右腕だけがはっきりして、あとはボヤケた感じ」 アスカが右腕を見つめながら具体的に報告する。 しばらく考えた後リツコは指示をだす。 「レイ、右手を動かすイメージを描いてみて」 次々と入ってくるデータ MAGIの表示が対立モードに変化した。 「ジレンマか・・・。 造った人間の性格がうかがえるわね。」 リツコのつぶやきにミサトが反応する。 「何、言ってんのよ。造ったのはアンタでしょ?」 「これも母さんの仕事よ。まったく新しい基礎理論を構築して3機のMAGIをつくりあ げたのよ。わたしはシステムアップしただけ」 リツコの答えは淡々としていた。 その頃、発令所では冬月と青葉が所内の異変をチェックしていた。 「3日前に搬入されたパーツです。」 青葉が報告する。 「拡大するとシミのように見えますが何でしょう?」 「第87タンパク壁か、」 ページ(159) 5.txt 冬月が問いかける。 「浸食でしょう。温度と伝導率が若干変化しています。」 日向が推測する。 「また、気泡が混じっていたのかもしれません。工期が60日近く圧縮されていますから ね。ずさんですよB棟の工事は!」 「無理ありませんよ。みんな疲れていますからね。」 ため息をつくと副司令は命じた。 「明日までに処理しておけよ、碇がうるさいからな」 「また、水漏れ?」 大切な実験中の連絡に不機嫌なリツコ マヤが丁寧に答える。 「いえ、浸食のようです。この裏の第87タンパク壁だそうです。」 「テストに支障は?」 「今のところありません。」 「そう、この実験だけはおいそれと中断するわけにはいかないのよ。」 いつになく焦りを感じさせるリツコの態度に不信を覚えるミサト 何か隠してるわね。 ネルフ作戦部長の勘は駆け引きについてはかなりの的中率であった。 「ビー、ビー、ビー」 実験場にもいきなりアラームが鳴り響いた。 次々とオペレーターが報告する。 「シグマユニットAフロアに汚染警報発令!」 ページ(160) 5.txt 「第87タンパク壁が劣化、発熱しています!」 「第6パイプにも異常発生!」 「タンパク壁の浸食部が増殖しています! 爆発的スピードです!」 急速に汚染部が広がっていくのがマヤ達にも確認できた。 ただのカビでないことを即座に見抜いたリツコは決断する。 「実験中止! 第6パイプを緊急閉鎖!」 「ガシャーン、ガシャーン、ガシャーン」 「第6パイプの閉鎖完了しました。」 だが、浸食は止まらなかった。 「だめです。浸食は壁づたいに広がっています!」 「来ます。」 マヤの報告と同時に悲鳴が上がった。 「キャー」 レイの模擬体の右腕に赤い光を脈動させる不気味な浸食が広がっていた。 もがき苦しむレイと暴れ回る模擬体 モニター室が破壊される寸前にリツコは模擬体の右腕を肩の付け根から爆破する事に成功 する。 爆破された腕がものすごい衝撃と共にミサト達のいるモニター室にぶつかった来た。 シンクロしていたレイは激痛にもがくが命に別状はなかった。 エントリー・プラグまで犯されたら取り返しがつかないことを察知したリツコは即座に命 令する。 「エントリー・プラグ緊急射出!」 「シュッ!」 3本のエントリー・プラグが勢いよく天井の水路を抜けて排出されるとMAGIが間髪を おかずに隔壁を閉じ射出口を閉鎖する。 さらにリツコの命令は続く 「ポリソーム出動、レーザー急いで! 多少のことはいいから浸食をくい止めなさい。」 ページ(161) 5.txt 「ジジジジジ」 バスケットボールほどのポリソームから次々とレーザーが発射される。 レーザーの当たったところは壁ごと焼かれて浸食は止まった。 「バシッ、バシッ」 見つめるうちにところどころスパークが発生するようになった。 いくつかの箇所でレーザーがはじかれだしたのだ。 やがて一気に鱗状の小さな八角形の赤い壁が浸食部分を覆った。 「そっ、そんな!」 誰もが目を疑った。 「ATフィールド!」 なんと浸食するカビはマイクロ・マシーン・サイズの使徒であった。 To be continued. 【第19話】使徒侵入!(その2) <セントラルドグマの下層 大深度設備> 「分析パターン青! 間違いなく使徒よ!」 すばやく計測機器を確認したリツコから絶望的な言葉が漏れる。 ついに使徒が、 それもターミナルドグマの近く、地下2千メートルの大深度設備で・・・。 <発令所> 「使徒? 使徒の侵入を許したというのか!」 副司令の冬月が電話越しに怒鳴りつける。 その後ろでは昇降機に乗ったゲンドウが現れた。 「いいわけはいい!」 司令席に着いたゲンドウの姿を眼の端で確認すると次々と命令を下す。 「セントラルドグマを物理閉鎖! シグマユニットと隔離しろ」 警報が鳴り響き、エマージェンシーの文字がディスプレイにあふれかえる。 ページ(162) 5.txt その喧噪の中、ゲンドウは冷静に命令した。 「警報を止めろ!」 オペレーターたちは怪訝に思いながらも指示にしたがった。 「誤報だ! 探知機のミスである。そう日本政府と委員会には伝えろ!」 ゲンドウにはゼーレに知られてはならない秘密をこのネルフ本部にいくつも隠し持ってい たのだ。 さらに予定にないアクシデントはシナリオの変更を要する。 それは計画の遅延に繋がるため何としても避けたかった。 <セントラルドグマの下層 大深度設備> 「モニター室を破棄します。総員待避!」 ミサトの指示にオペレーターたちが急いで脱出していく。 その中を呆然と立ちつくすリツコ 暴れ回る模擬体のため、さすがのモニター室の強化ガラスもひびが無数に入っている。 「何してるのよ! 行くわよ」 全員の退去を確認したミサトがリツコの腕を掴む 我に返ったリツコはミサトの後に続いた。 ブシュ ザバーン 閉じた隔離扉に大量のLCLが鉄砲水のようにぶつかってきた。危ないところであった。 ミサトの後ろを駆けながら危機を脱したリツコは自問自答していた。 なぜ、この時期にこんな場所に使徒が現れるのか? こんな事は死海文書に記述されていない。 これはどういう意味なのだろう? ゼーレとゲンドウのシナリオにどんな影響を及ぼすのだろうか? ページ(163) 5.txt <発令所> 「シグマユニットの汚染が拡大しています。」 オペレーターの報告に冬月副司令が小声でゲンドウに話かける。 「どうする。場所が悪いぞ」 「ああ、アダムに近すぎる」 マイクのスイッチを入れたゲンドウは次の命令を出した。 「汚染はシグマユニットまでで抑えろ。ジオ・フロントは犠牲にしてもかまわん。」 「はい」 「エヴァはどうなっている」 「第7ケイジで待機中です。パイロットを回収次第発進できます。」 「パイロットを待つ必要はない。すぐ地上へ射出しろ、 初号機を最優先だ!」 「初号機をですか?」 「そうだ! そのために他の2機を破棄してもかまわん!」 はじめて青葉が反論した。 「しかし、エヴァなしでは物理的に使徒を殲滅できません。」 ゲンドウの意志は固かった。 「その前にエヴァが汚染されたらすべて終わりだ。 急げ!」 「はっ」 パイロットの居ないまま、初号機は高速リフトで地上に射出されていった。 青葉や日向たちオペレーターの中にもしこりが残った。 ジオ・フロントよりも、零号機と弐号機よりも大事な初号機とはいったい何なのだろう か? <セントラルドグマの下層> そのころ加持は本業に励んでいた。 ページ(164) 5.txt 加持は日本政府のエージェントで二重スパイとしてネルフに潜り込んでいたのである。 セントラルドグマを極秘に調査しているうちにこの騒ぎに巻き込まれていた。 「シグマユニット以下のセントラルドグマは60秒後に緊急閉鎖されます。・・・」 広報用の放送が流れていた。 ドグマをつなぐ直径100メートルはあろうかという巨大な縦穴の途中で螺旋エレベータ は停止していた。 エレベータの上蓋をこじ開けて姿を現した加持は壁を見上げつぶやく 「あれが使徒か、仕事どころじゃなくなったな」 数々の修羅場をくぐり抜けてきた第一級のエージェントである加持は引き時をわきまえて いた。 身軽に手近の通路に飛び移ると脱出に専念した。 <芦ノ湖> 芦ノ湖の中央には3本のシミュレーション・プラグが浮かんでいた。 地下2千メートルの大深度設備から秘密水路を通って射出されたシンジ達であった。 既に通信管制で無線も通じなくなっていた。 シンジはダメージを受けたはずのレイが心配になり様子を見に行くことにした。 「ブシュ!」 ロックレバーが回る音がした後、ハッチの扉が開いた。 顔を覗かせたのはシンジだった。 「何?」 レイはパイロットシートに座ったまま真っ直ぐな瞳で問い返してきた。 股間を隠しながら情けない格好で話すシンジ 「腕、大丈夫か心配だったものだから?」 ページ(165) 5.txt やはり右腕をだらりと垂らしたまま力が入っていないようである。 「平気よ、ただここにいると危険なような気がするから碇くんのプラグに移動してもい い?」 「別にかまわないけど、なんでそう思うの?」 「あの寄生された模擬体に接触していたのがこのプラグだからよ」 「つまりこのプラグも汚染されているということ?」 「可能性はあるわ」 「わかった。急いで移ろう」 シンジはレイをかばうようにしてなんとか連れ出すと、自分のプラグまでたどり着いた。 二人が入るときに芦ノ湖の水や微生物もいくらかLCLに混ざったが、生命維持の要であ る強力な浄化装置によって数秒で排除された。 レイをシートに座らせると右腕にマッサージをしてやる。 模擬体の腕を爆破されたときのシンクロ・ダメージが徐々に緩和されていくのが分かる。 「ありがとう」 ありがとう・・・感謝の言葉。 レイはシンジと会ってから使うようになったこの言葉が好きだった。 この言葉を使うときは誰かに優しくしてもらうときだからである。 そしてその誰かとはシンジしかいなかった。 「ブシュ!」 今度はシンジのプラグのロックレバーの回る音がした。 シンジはレイをすばやく操縦席の後ろに隠す。 排水されたとはいえまだLCLは半分近く残っているため、引っ張るだけで簡単に運べ た。 「敵かもしれない。ここでジッとしているんだよ」 そう言うとシンジはハッチに向き直った。 ページ(166) 5.txt 「バタン」 開いた扉の先には赤い顔をしたアスカがいた。 「シンジ、無事だった?」 敵ではないという安心感から緊張が解け、シンジもとびっきりの笑顔を返す。 「うん」 その微笑みにつられるようにアスカは飛びついた。 「バシャン」 そのままLCLに倒れ込む二人 アスカはこの前のようなことは二度とごめんだった。 素直になれなかったばっかりにシンジとすれ違い、後悔するなど我慢できない。 シンジに会いたいときはそのとおりに行動する。それがアスカのだした結論だった。 首に回した腕の強さからよっぽど会いたかったのだと言うことを察したシンジは、そっと アスカのくびれたウエストに手を添えて抱き寄せた。 しばらくそのままにした後、水中では話もできないためアスカをだっこしたまま上半身を 起こした。 肺からLCLを吐き出す動作にむせ返る二人 かろうじて首だけが水面から出ていた。 だがシンジは別のことで参っていた。 アスカのようなとびっきりの美少女と裸で接触しているのである。 どうしてもシンジの一部分も元気にならざるを得ない。 アスカはお腹に当たるものの正体に気づいていたが、顔を赤らめただけであえて指摘しな かった。 シンジもアスカが気遣ってくれていることがわかりなんとか平静を保てた。 「何で来たのか聞かないの?」 アスカが不思議そうに聞く 「理由は分かっているよ」 「えっ、」 シンジの意外な言葉に驚くアスカ ページ(167) 5.txt 「一人で居るのがいやだったんだよね。」 確かにそれもあった。 本番のエントリー・プラグでエヴァに乗っているときと違って、シミュレーション・プラ グはなぜかよそよそしい感じがする。 だからなおさらシンジに会いたかったのかもしれない。 「なんでわかるの?」 「ぼくも同じ感じがしているからだよ。エヴァに乗っているときには何かに包まれている 感じがするけど、シミュレーション・プラグは冷たい感じがする」 「でも、ここはあまりそんな気がしない。」 「それはそうだよ。ここにはアスカが居て、ぼくが居て・・・」 アスカはいやな予感がした。 「・・・綾波が居るから」 「え~~~!」 驚いて立ち上がるアスカの視界に人影が映った。 レイであった。 なんでここにファーストが居るの? シンジをキッと睨みつけるアスカ 「どういうこと?」 問いつめるアスカ だが、シンジは目の前わずか10センチの光景に声も出なかった。 「キャーーー!」 シンジの食い入るような視線にやっと気がついたアスカの悲鳴が響きわたる。 始めて間近で見る女性の姿にまったく反応できないシンジ 余分な脂肪のひとかけらもない抜群のスタイルのアスカの一糸まとわぬ姿である。 ページ(168) 5.txt そのしなやかな姿態はシンジの脳を焼き尽くし完全にブラックアウトしてしまった。 あわててしゃがみ込むアスカ シンジは意識を無くして倒れかかった。 そしてそのシンジを支えたのはレイだった。 レイはシンジの左腕を両手で掴むと自分の身体を盾にしてシンジを支えた。 危ないところでシンジは水中に没することを逃れられた。 もっともLCLなので水中でも呼吸に支障はないが・・・。 シンジに寄り添うレイと1メートルほど離れたアスカの3つの頭だけが水面からのぞいて いた。 「ファースト! シンジから離れなさい!」 「いやよ」 「なんですって、命令よ」 「あなたからの命令は受けないわ」 意外な抵抗にアスカは驚いていた。 これが人形のようなあのレイだというの? シンジはいったいレイに何をしたのだろう? 「こら! バカシンジ起きなさい!」 らちがあかないのでアスカもシンジの近くに移動し、空いている右腕を掴むと揺さぶっ た。 「乱暴にしないで」 「うっさいわね。わたしはいつもこうやって起こすのよ!」 一度としてシンジを起こしたことがないことには思い至らないアスカだった。 「う~ん」 ページ(169) 5.txt さすがのシンジもアスカの声と揺さぶりで気絶から醒めた。 「シンジ! 起きなさい!」 「はっ、はい!」 あわてて立ち上がるシンジ 今度はレイとアスカの目の前にシンジの一部が突きつけられた。 「バカ! 座りなさい」 アスカは力を込めてシンジを座らせた。 シンジもアスカも真っ赤である。 ひとりレイだけが平然としていた。 結局、シンジの右腕にアスカが、左腕にレイが寄り添う構図で納まった。 アスカはレイが対抗意識を燃やしているのに驚いていた。 確かに見た目はいつもと同じ無表情で淡々としているが、シンジの腕を掴んだまま離さな いその姿はアスカを意識しているとしか思えなかった。 シンジはどっちを見たらいいのかわからなくて落ち着かない。 アスカは意を決して話しかけた。 「ファースト! あんたなんでシンジの腕を掴んでいるの? もう支えなくても大丈夫で しょ」 「わからない。でもこうしていたい。」 「わからないってあんたばかぁ!」 レイの素直な言葉に危険を察知したアスカは声を荒げる。 「いいっ、あんたは嫉妬しているのよ」 「嫉妬?」 「そうよ、シンジと抱き合っていたあたしにね」 「嫉妬、分からないわ」 「わかんないわけないでしょう、あんたはうらやましかったのよ」 「うらやましい?」 「そうよ、あんたはシンジを独占したかった。自分だけのものにしたかった。でも私に盗 ページ(170) 5.txt られると思って心配だったのよ!」 シンジを見つめるレイ 「確かにわたしは碇くんと一緒にいたい。碇くんに何かしてあげたいと思う。碇くんに喜 んでもらいたい。」 アスカの方に向き直るレイ 「そしてあなたと碇くんが一緒にいると不安になる。」 「それを嫉妬というのよ!」 「嫉妬」 レイは自分の中で嫉妬という情報を不安な気持ちと共に吸収していった。 「アスカ」 やっと話しかける機会をとらえたシンジがアスカを制止する。 「何よ!」 「綾波がここに来たのには理由があるんだ。」 「え!」 「綾波のシンクロしていた模擬体にさっきの浸食が移ったので、万が一汚染されていると いけないのでここに避難してきたんだよ」 シンジの説明に考え込むアスカ アスカの頭脳がやっと本来の機能を取り戻す。 「使徒ね!」 「どういうこと?」 一足飛びの結論についていけないシンジ アスカの指摘が続く 「3日前に搬入した壁のパーツが発熱してシミが広がった。そして急速に広がったシミは 隔壁を次々と乗り越え、レイの模擬体を乗っ取ろうとした。こんなことがただのカビにで きると思う?」 ページ(171) 5.txt 「確かに不自然だね。でもたまたま模擬体の運動神経部分を浸食して動いたのかも?」 「模擬体はそんなにちゃちじゃないわ! 決定的なのは通信管制が発令される前にATフ ィールドという言葉が聞こえたわ。おそらく溶接作業用のポリソームで攻撃したはずだか らその反応だと思うわ」 「そんな、使徒といってもカビのようなシミだよ」 「日本にはエヴァが3機しか無くて、そのパイロットが3名とも不在なのにATフィール ドが目撃されたら使徒しかいないわ」 アスカの論理は完璧だった。 「前に使徒の分析記録を見たわ。使徒は粒子と波の両方の特徴を持つ光のような性質だと 説明されていた。大きさも自由自在だと思うわ。たとえばセカンドインパクトの直前には 人間や家畜の血管の中にいれて治療に使うマイクロ・マシーンの計画も進んでいたわ」 「どうやってあんなに増えたんだろう?」 「微生物や細胞が普通にやっている事よ。材料を取り込み自分と同じ身体を複製する。た とえば1時間に2つに分裂するとしたら2時間で4つ、3時間で8つ、2日も経つ頃には 日本列島くらい簡単に埋まってしまうわ」 「なんで今の日本が微生物でいっぱいになっていないの?」 「環境が適正でない場合、材料が無くなった場合、捕食者がいた場合、この3つの条件が 阻害要因として数量を調整するのよ。使徒はATフィールドを持つからほとんど材料さえ あれば理論値に近いスピードで繁殖するでしょうね。」 「あんなちっぽけなシミがどうやって模擬体を操ることができたんだろう?」 「蟻や蜂は何万匹も集まって群体となっても仕事量が増えるだけで知的な作業ができるわ けじゃないわ。おそらく脳細胞のニューロンをつなぐシナップスのようにお互いを連結し て巨大なネットワークとして有機コンピュータを造り上げたんじゃないかしら」 「そういえば模擬体のシミはちょうど神経の伝達経路のように赤く点滅していたね。でも 目的は何だろう?」 「まず、第1はネルフ本部への侵入」 「それは成功したね」 「ええ、そして第2は数を増やすこと」 「数が増えて何かメリットがあるの?」 「ばかね、どんなに隔離してもその壁ごと複製を造る材料にされるのよ、本部なんてあっ と言う間に巨大な穴ぼこにされてしまうわ」 「あっ」 「でも最終目的はそれじゃないわ」 ページ(172) 5.txt シンジは自信を持って次々と推論を重ねるアスカが別人に見えた。 二人っきりの時にはあんなに泣き虫なのに 今のアスカの横顔はさながらギリギリまで研ぎ澄まされた日本刀のような美しさを持って いた。 「こら、バカシンジ聞いてるの!」 「うん」 「何、ボケボケっとしているのよ!」 「・・・。」 「はっきり言いなさい。」 「はっきり?」 「そうよ」 「じゃあ言うけど、今のアスカってすっごくきれいだ。」 一瞬絶句してしまうアスカ 「こんな時、なに馬鹿なこと言ってんのよ」 トマトのように赤くなるアスカ。 「綾波もそう思うよね。」 何を言ったか気がつき、あわててレイに同意を求めるシンジ ところがレイ自身もアスカに見とれていた。 シンジにつかまるアスカに対して初めての嫉妬という感情にとまどい、同時にその美しさ に心が穏やかでないことも事実であった。 どう反応したらいいのか分からなかったが、浮かぶ言葉はただひとつしかなかった。 「きれい・・・。」 アスカはレイの言葉にあぜんとし、そしてそんな自分を見つめるシンジに気がついたた め、なおさら恥ずかしくなって無意味に視線をさまよわせた。 そして天井のシミに気がついてしまった。 To be continued. 【第20話】使徒侵入!(その3) ページ(173) 5.txt <芦ノ湖 シンジのエントリー・プラグ内> 「シンジ!」 天井を見つめていたアスカが不安そうに呼びかける。 シンジとレイも同じモノを見つけた。 よく見ると円筒状のプラグの内側のあちこちにシミができている。 おそらく外側はびっしりと使徒に覆われていることだろう これではハッチを開けることさえできない。 それどころか身を守る服さえない状態では対抗する手段は皆無である。 何もしなければ浸食を受けて死を待つだけである。 八方ふさがりであった。 3人とも立ち上がっていた。 足下から浸食される可能性もあるため、無意識に接触面を減らしたのである。 さっきとは打って変わって不安そうな表情を浮かべるアスカ 「死ぬのはいや!」 震える子犬のようにシンジに抱きつくアスカ 「せっかくシンジと出会えたのに、やっと好きだと分かったのに、もうお別れなんてそん なのいや!」 大粒の涙をぽろぽろとこぼすアスカ アスカの取り乱し方があまりに激しかったため、自分の死のことまで考えが及ばなくなっ ていた。 シンジは右腕でアスカを支え、左手をアスカの髪に差し入れ梳くようにやさしくなでる なんとかアスカとレイを助けなければ・・・。 模擬体の例からも素手で触ったら身体を乗っ取られてしまうだろう かといってテスト用のプラグでは武器どころか道具ひとつない ページ(174) 5.txt もっともATフィールドを持つ使徒に通常兵器が通じるとは思えないが・・・。 とすると身を守る手段はひとつしかない レイとぼくのATフィールド しかしそれはレイが普通の人間ではないことを暴露することであり、シンジ自身も自分が 何者であるかという問題と直視する必要があった。 そしてそれを知ったアスカが心配だった。 頭のいいアスカのことである。 ATフィールドを造れるレイの正体を見抜くであろう そして同じ事ができるぼくを怪物と敵視するかもしれない 辛いことだがレイという仲間がいるぼくと違ってアスカはまたひとりぼっちになってしま う。 その孤独にアスカが耐えられるのだろうか・・・。 刻々とシミは広がってきていた。 脈動する赤黒い点滅がかなり目立つようになっている。 シンジは決断を迫られていた。 「綾波」 シンジはアスカを抱きしめたままレイを呼んだ。 迷っている時間はない、まず生きることを、アスカとレイが生き残ることを優先すること にした。 レイは使徒など存在しないかのように二人を見つめていた。 シンジは左手をレイに向かって差し出した。 その手を握りしめてレイは頷いた。 レイにも分かっていた。 ページ(175) 5.txt ATフィールドしか脱出の手段がないことに そしてレイにはシンジに生き残ってもらうことがすべてであり他には何もなかった。 シミはシンジたちの廻り3メートルを囲むようにすっぽりと覆っていた。 まるで3人を警戒しているような意志を感じる浸食のしかたであった。 一刻の猶予もなかった。 「アスカ、ぼくを信じてくれる?」 怪訝そうに顔を上げるアスカ それでも肯定の返事があった。 「もちろんよ」 「必ず助けるからアスカは何の心配もしないでジッとしていてくれる。」 シンジは力づけるように微笑みかけると一層強く抱きしめた。 「うん」 アスカはその抱擁に自分への想いを感じ、不安が充足へと変化していくことに気がつい た。 シンジはレイと繋がっている左手に少しだけ力を込めた。 レイもその意味を察して頷いた。 まだ、自分から意識的にATフィールドを造ることのできないシンジにとってレイに誘導 してもらうしかなかった。 精神を集中するレイ シンジも意識を集中する。 レイがATフィールドを造り、シンジが中和しながらアスカを潜り込ませる、これしかな かった。 あと2メートル シンジはアスカの腰に回した右手に力を込める。 アスカは何が始まるの? と言った感じでシンジを見た。 ページ(176) 5.txt 「しっかり掴まっているんだよ」 優しい笑顔と共に投げかけられる言葉にアスカは頷く事しかできなかった。 あと1メートル シンジの合図にATフィールドを造るために精神を集中するレイ だが、いくら造ろうと思ってもできなかった。 どうして造れないの? 滅多に試したことはなかったが、造ろうと思えばいつでも造れたのに・・・。 レイの瞳には幸せそうにシンジに抱きしめられるアスカの姿が映っていた。 「ごめんなさい」 レイの両目からは涙があふれていた。 驚くシンジとアスカ 「できないの! 二人の姿を見ていたらとても不安になって集中できないの!」 レイはぽろぽろと涙をこぼしシンジに謝る。 レイの震えが左手から痛いように伝わってくる。 死を恐れない綾波が、シンジの期待に応えられない悔しさと初めての狂おしいまでの嫉妬 に戸惑っていた。 レイはシンジの手から力が抜けるのを感じた。 顔を上げるレイ 「手を離してくれる」 呆然とするうちにシンジはレイの手を離した。 ページ(177) 5.txt シンジの行為を信じられないレイ だが、シンジの左手はすぐにレイの腰に回され抱き寄せられた。 ほとんどアスカとレイを両手で抱き寄せる格好のシンジ 「綾波のせいじゃないよ」 優しい言葉だった。 シンジは思った。 レイが人間らしい感情に目覚めてきたことがこんな結果になるとは・・・。 だが、君は人間だよと言いつつこんな事を頼むのは虫が良すぎたのである。 レイを責めることはできない。 「アスカを離すことはできない。でも、死ぬのも3人一緒というのは寂しくなくていいか もしれないね」 シンジの心からレイのことを想う笑顔はレイの魂を強烈に揺さぶった。 「一緒」 肌を合わせる3人の温もりとシンジの言葉にレイの瞳が輝きを増す。 とたんに待ち望んだフィールドが発生した。 シンジはほとんど無意識のうちに同調し、同時にアスカもカバーしながら内側に入り込 む。 アスカは驚いて声もろくに出なかった。 「ATフィールド!」 どうして人間にATフィールドが創れるのだろう? 見上げるとシンジの瞳はレイと同じように赤く染まっていた。 「バシッ、バシッ」 ページ(178) 5.txt ところどころATフィールドが中和されてきた。 プラグに寄生した程度の量でこんなことができるとは思えないため、どうやら大深度設備 の本体と繋がっているようである。 2千メートルを超える使徒 ちっぽけなシミが短時間にこれほどの成長をしたのである。 シンジはアスカの言葉を思い出し、その増殖の速度に恐れを抱いた。 そしてその恐怖はシンジの潜在能力を一層引き出す結果となった。 シンジの瞳もますます赤くなり、ATフィールドも輝きを増した。 その圧倒的な力に使徒は完全に閉め出された。 レイとシンジ 二人の魂は同じ能力、同じ体験を通してますます強く結びついていった。 「バキバキバキ」 強化されたATフィールドは力を持て余すように膨張し、ついにシミュレーション・プラ グの壁を突き破った。 まぶしい太陽の光が降り注ぐ そのまぶしさに一瞬眼を閉じる3人 そして次に目を開いたときには空中に浮かんでいることを知った。 To be continued. 【第21話】使徒侵入!(その4) <芦ノ湖> 「飛んでる!」 アスカは2度目のショックに襲われていた。 ATフィールドは重力さえも遮断できるの? プラグを破壊した時の反動か、ゆっくりと回転する直径4メートルのATフィールド 宇宙空間か絶叫マシーンでもない限り体験できない無重力の中、アスカは無我夢中でシン ジにしがみついていた。 ページ(179) 5.txt 「アスカ! 落ち着いて」 シンジは暴れるアスカをなだめようとした。 「そんなに力を入れなくても大丈夫だよ」 シンジには自分から力が放出されているという感覚、ATフィールドとの確かな連帯感が あった。 目を開くとシンジとレイが平然としているため、アスカも暴れるのを止めた。 「アスカ、約束しただろ、きっと君を助けるって」 シンジは真剣な眼差しでアスカ見つめていた。 「だからもう少しジッとしていてね」 アスカは頷くと無重力の不安を克服しようとした。 「綾波、どうやったら回転が止まると思う?」 レイは首を左右に振った。 「こんな事初めてだから・・・。」 その間もシンジたちを包むATフィールドは上昇を続けていた。 「ねえ、シンジ」 アスカが沈黙を破った。 「ファーストとシンジがこのATフィールドを造っているの?」 アスカの問いにはごまかしようがなかった。 「そうだよ」 アスカはシンジが秘密にしたことを悲しく思ったが、今はそれどころではなかった。 「どうやって造っているの?」 ページ(180) 5.txt 「最近使えることを知ったばかりでよく分からないけど、精神的な力だと思う」 3人とも何一つ身につけていない以上、この事実は隠しようがなかった。 「今まで空中に浮いたことはないの?」 「うん」 アスカは情報を分析しだした。 「一部分だけATフィールドを薄くできる?」 「試してみないと分からないよ」 「だったら足下の方のATフィールドを薄くしてみて」 シンジとレイは意識を集中した。 「ほんの少しだけよ」 アスカの注意が飛ぶ やがて効果が現れだした。 回転が止まったのである。 「すごい、どうして」 アスカが講師のように説明する。 「20世紀は初めて物質の本質に迫ることのできた量子力学の世紀でもあったわ。 不確 定性の原理の発見によって自然界を支配する4種類の力が数式化されたの」 「なんで量子とATフィールドが関係するの?」 「ATフィールドはわからないけど、自然界の4つの力のひとつが重力なのよ。 当時、 理論的には重力も粒子の交換によって発生していることが証明されていたの。 セカンド ・インパクトさえなければ40TeVものエネルギーを誇る粒子加速器が完成して 重力 の根源であるヒッグス粒子が発見されるはずだったのよ」 「つまり、ATフィールドは重力を発生させる元となる粒子の移動さえも完全に遮断する ために重力の影響を受けないって事?」 「そういうこと、ちょうど今は足下だけ粒子の交換が行われて数パーセントだけ重力が働 いている感じね。」 回転の止まったATフィールドはまるで気球のような乗り心地であった。 ページ(181) 5.txt 「シンジ、あそこに見えるネルフの施設に向かって」 「無理だよ、風まかせなんだから」 「何、言ってんのよ、行きたい方向の力を弱めれば重力が勝手に運んでくれるわよ」 確かに高度は下がるが目的地に向かっていった。 あと20メートルほどのところでガクンと高度が落ちた。 レイが気を失ったのである。 シンジは必死にATフィールドを強化する。 「ドスン!」 衝撃はあったがなんとか軟着陸できた。 気を失ったレイをシンジが両腕で抱きしめていたためレイも無事だった。 アスカもシンジの腕に必死にしがみついていたためケガはなかった。 ホッとしたとたんにATフィールドは消えた。 同時にシンジの瞳も元どおりになっていた。 「コホン!」 アスカが咳払いをしていた。 「いつまで抱いているつもり」 頬がピクピクと痙攣している。 アスカにとってはATフィールドよりも、裸のレイをシンジが抱きしめている方が問題の ようであった。 「い、いつまでと言われても綾波は気を失っているんだし・・・。」 「だったらせっかく施設まで来たんだから運び込めばいいでしょ」 確かに入り口はすぐそこだった。 シンジは抱き上げようとした。 「バカ、それじゃ全部見えちゃうでしょ」 「そんなこと言っても裸なんだからしょうがないじゃない」 シンジが必死に反論する。 ページ(182) 5.txt 「背負えばいいでしょ」 「あっ、そうか!」 シンジは素直にレイを背中に負んぶした。 「まったくもう」 アスカはまだぶつぶつ文句を言っていたがそれでもシンジの後に続いた。 アスカはシンジの視線を避けるために後ろにいたのだが、シンジの方も助かった。 ただでさえ美少女二人の裸で刺激されている上、裸でレイと密着しているのである。 シンジの一部分はとても14歳の女の子に見せられる状態ではなかった。 「ガンガンガン」 なんとか鍵を壊して湖畔の電源設備に入ると作業員の控え室があった。 アスカがシーツを引き裂いて仮の服を造ってくれたおかげで眼のやり場に困ることだけは なくなった。 「さっ、行くわよ!」 身支度が整うと自信満々のアスカに戻っていた。 「どこへ?」 「あんた、ばかぁ! 本部に決まっているでしょ」 確かにエヴァ無しで使徒を倒せるとは思えなかったが、果たして今回のような場合エヴァ が何の役に立つのだろう? 触れることもできず、切っても叩いても部分的にしかダメージを与えられない。 おまけに破壊する以上に速く増殖するのである。 一片でも残したらまた使徒は復活する。 かなり絶望的な戦いとなると思われた。 ページ(183) 5.txt 「ア・ス・・・・。」 返事をしようとしたシンジは強烈な睡魔に襲われた。 あまりに限界以上に能力を行使しすぎたのである。 シンジは仮設ベッドに横たわるレイのすぐ脇の床に倒れこんだ。 「シンジ・・・。」 動かない二人を呆然と眺めるアスカ 無防備の二人を置いて行くことはできなかった。 <発令所> 放送が流れていた。 「セントラル・ドグマ完全閉鎖! 大深度設備は侵入物に占拠されました。」 発令所では冬月司令がゲンドウに聞かせるかのようにつぶやいていた。 「さて、エヴァなしでどうやって使徒を攻めるか・・・。」 「カチャ、カチャカチャ、カチャ」 ネルフ本部の全能力を駆使して分析が開始された。 「LCLと純水の境目には入ってこないわね。」 モニターを見ていたリツコが浸食のパターンに気がついた。 「無菌状態維持のためにオゾンを噴出していますからね」青葉が答える。 「好みがはっきりしているみたいですね。 酸素に弱いのかしら?」マヤが補足する。 「違うわ」リツコは否定した。 ページ(184) 5.txt 「酸素とオゾンは同素体だけど全く性質は異なるのよ。 オゾンを注入して!」 「ブシューーー」 「オゾン濃度上昇しています。」日向の報告が続く 「効いてる効いてる」青葉も安心した声でつぶやいていた。 「周辺部は死滅してきたけど、模擬体に寄生した本体部分はしぶといわね」ミサトが不満 をもらす。 「もっとオゾンを増やせ!」副司令の指示が発令所に響きわたった。 かなり減少したところで停滞が訪れた。 「変ねえ」 いくらオゾンを増やしても使徒が弱ったように見えなくなったのである。 それどころか急に増殖しだした。 事態にいち早く気がついたのはリツコだった。 「オゾン止めて!」 あわててバルブを閉める操作員 「すごい! 進化しているんだわ」 使徒はオゾンへの耐性を獲得し、逆にエネルギーとして取り込んだのである。 モニターを見つめるリツコの目は羨望とも言えるまなざしで見つめていた。 「ビービービー」 突然、警報が響きわたった。 「どうしたの?」 ミサトの質問にオペレーターからすぐに答えが返った。 「サブコンピュータがハッキングを受けています。」 「侵入者不明」 ページ(185) 5.txt 「ちくしょう、こんなときに!」 口々に罵声が飛ぶ中、青葉達は防戦に全力を尽くした。 「疑似エントリー展開します。」 「疑似エントリー回避されました。」 「逆探まで18秒」 「防壁を展開します。」 「防壁を突破されました。」 「これは人間業じゃないぞ!」日向がつぶやく 「逆探まで6秒」 「疑似エントリーをさらに展開します。」 「逆探に成功! この施設内です。」 「特定できました。大深度設備の模擬体です。」 「何ですって!」 「模擬体の光学模様が変化しています。」 「光っている部分は電子回路だな、これではまるでコンピュータそのものだ。」 一刻の猶予もなかった。 ミサトが険しい表情のまま指示を飛ばす。 「疑似エントリーを展開して」 「失敗、妨害されました。」 「メインケーブルを切断」 「だめです。受けつけません。」 「レーザー打ち込んで」 「ATフィールド発生! 効果ありません」 対処策は次々と打ち破られていった。 ページ(186) 5.txt 「保安部のメインバンクにアクセスしています。 パスワードを走査中」 「12桁、・・・16桁・・・パスワードクリア」 「保安部のメインバンクに侵入されました。」 「内部を読んでいます。解除できません。」 報告の飛び交う喧噪の中、微動だにしない指令と副司令 「やつの目的は何だろう?」 冬月はゲンドウにだけ聞こえる声でつぶやく 「メインバスを探っています。」 「まずい、このコードは・・・。MAGIに侵入するつもりです!」 全員に衝撃が走り抜けた。 ネルフの中枢とも言えるMAGIに侵入を謀るものが現れるとは・・・。 ゲンドウの決断は速かった。 「I/Oシステムをダウンしろ」 青葉と日向が別々のキーを自席のキーエントリーに差し込む 「カウントお願いします。」 「3・2・1・カチャ」 同時にスイッチを回すが変化は起きなかった。 顔を見合わす二人 「もう一度だ」 「3・2・1・カチャ」 同じだった。 「だめです。電源が切れません。」 ページ(187) 5.txt 「使徒、さらに侵入! メルキオールに接触しました。」 「使徒に乗っ取られます。」 「ビービービー」 「メルキオール、使徒にリプログラムされました。」 MAGIはメルキオール・バルタザール・カスパーの3台の第7世代スーパー・コンピュ ータの複合体だった。 人類史上最高の人口頭脳のひとつが、わずか数時間の進化を経験した使徒に乗っ取られた のである。 とてつもない事態であった。 「人工知能メルキオールから自爆決議が提訴されました。」 「賛成」 「反対」 「反対」 「1対2・・・否決」 「バルタザールとカスパーの反対により回避されました。」 「今度はメルキオールがバルタザールをハッキングしています。くそっ、速い」 「なんて速さだ。」 ディスプレイに表示されている使徒の浸食の速度は留まるところを知らぬ勢いであった。 オペレータの罵声が飛ぶ間にも次々とバルタザールは浸食されていく もう無事な部分は30%も残っていない。 そのとき沈黙を守っていたリツコが指示を出した。 「ロジックモードを変更! シンクロコードを15秒単位にして!」 「ヒューーーー----」 それまで怒濤のような勢いでバルタザールを浸食していた使徒のスピードが停止すれすれ まで遅くなった。 ページ(188) 5.txt はじめて効果が現れたのである。 発令所全体に安堵のため息が漏れた。 「どのくらい持ちそうだ?」 しかし、冬月の質問に対してさして明るい答えとは言えなかった。 「今までのスピードから見て2時間くらいは大丈夫だと思われます。」 「MAGIが敵に回るとはな」 指令席から見下ろすゲンドウの視線の先には、肩を落としたリツコの姿があった。 「彼らはマイクロ・マシーン! 細菌サイズの使徒と思われます。」 幹部の集まるスクリーンだらけのミーティングルームでリツコの説明が続く 「その個体はより集まって群れを造り、この短時間の間で知能回路の形成に至るまで爆発 的な進化を遂げています。」 「進化か?」冬月が確認する。 「はい、彼らは常に自分自身を変化させ、いかなる状況にも対処できるシステムを模索し ています。」 「まさに生物が生きるためのシステムそのものだな」 「自己の弱点を克服、進化を続ける目標に対して有効な手段は死なばもろとも、MAGI と心中してもらうしかないわ。 MAGIシステムの物理的消去を提案します。」ミサト の結論はMAGIの破壊だった。 「無理よ、MAGIを切り捨てることは本部の破棄と同義なのよ」 「では、作戦部から正式に要請するわ」ミサトは肩書きを振りかざす。 「拒否します! これは技術部が解決すべき問題です。」 「なあに意地はってんのよ」ミサトは手遅れのMAGIの破壊にどうしてリツコが反対す るのか分からなかった。 「元々、わたしのミスから始まったことなのよ」床を見つめたまますべての責を負うよう ページ(189) 5.txt にリツコはつぶやいた。 「あなたは昔からそう、全部一人で抱え込んじゃって・・・。他人を当てにしないのね」 ミサトは10年来のつき合いのリツコの人間不信をまた確認することになった状況が悲し かった。 「・・・。」リツコは答えなかった。 うつむいていたリツコが顔を上げた。 「使徒が進化し続けるのなら勝算はあります。」 「進化の促進かね」ゲンドウの思考は速かった。 「はい」 「進化の終着地点は自滅・・・。死そのものだ。」 「ならばこちらで進化を促進させてやればいいわけか」冬月の声も解決の糸口が見えたこ とにより軽くなる。 「使徒が死の効率的回避を考えれば、MAGIとの共生を選択するかもしれません。」 「でも、どうやって?」作戦部長としてミサトは詳細を知りたがった。 「目標がコンピュータそのものならカスパーを使徒に直結、逆ハックを仕掛けて自滅促進 プログラムを送り込むことができます。 ただ・・・。」 「同時に使徒に対して防壁を解除することにもなります。」マヤが言葉を続けた。 「カスパーが速いか、使徒が速いか、勝負だな。」 「はい」 「そのプログラム間に合うんでしょうね。カスパーまで侵されたら終わりなのよ」ミサト はリスクの大きさを指摘する。 「約束は守るわ」リツコの言葉は決して大きくはなかったが、部屋にいた全員の胸に刻み 込まれるほど重々しい響きを感じさせた。 ページ(190) 5.txt 「R警報発令! R警報発令! ネルフ本部内に緊急事態が発生しました。 D級勤務者 は全員待避してください。」 最悪の事態を想定して一般職員の待避が勧告された。 「グイーーーン」 半地下方式のカスパーが上昇を開始した。 ハードのメンテナンス用通路のハッチが現れた。 リツコが中に入り、マヤも入り口からのぞいている。 「これ、何ですか?」マヤが内部にびっしりと貼られているちいさな白いメモを見つけて 驚く。 「開発者の悪戯書きだわ」リツコも圧倒されていた。 「うわ~、すごい。 MAGIの裏コードですよ」 「さながらMAGIの裏技大特集ってとこね」リツコものぞき込みながらその量の多さに 呆れた。 「こんなの見ちゃっていいのかしら、これなら意外と速くプログラミングできますね、先 輩!」マヤがはしゃぎ回る。 「そうね」初めて見る母さんの生の仕事現場・・・。リツコは肩の荷が少し軽くなる気が した。 ありがとう、かあさん、確実に間に合うわ 「レンチ取って」リツコが自動車修理工のように仰向けに寝そべり、傍らで膝を抱えてい るミサトに指示を出す。 「大学の頃を思い出すわね」 ミサトは大学の狭いコンピュータルームでリツコが機械の システムアップに格闘している姿を思い出していた。 「25番のボード」過去の余韻に浸るミサトとは対照的に事務的に指示を出すリツコ 「う~んと、これね。」25の殴り書きのシールの貼ってあるキーボードを渡すミサト ページ(191) 5.txt 「ねえ、少しは教えてよMAGIの事」ミサトは半分は作戦部長として、半分は個人的な 興味から質問した。 「長い話よ、その割におもしろくない話」リツコは作業の手も休めずに話し出した。 「人格移植OSって知ってる?」 「ええ、第7世代の有機コンピュータに個人の人格を移植して思考させるシステム。エヴ ァの操縦にも使われている技術よね」 さすがに作戦部長としてミサトは情報収集を怠ら なかった。 「MAGIはその第1号らしいわ、母さんが開発した技術よ」 「じゃあ、お母さんの人格が移植されているの?」 「そうよ、言ってみればこれは母さんの脳味噌そのものなのよ」 「それで守りたかったの?」 「違うと思うわ。母さんのことそんなに好きじゃなかったから、これは科学者としての判 断ね」 自分を分析するリツコの声はいつもと変わらず冷静だった。 「ビーーー」 「始まったの?」ミサトがメンテナンス用通路から顔を出し、発令所に声をかける。 「きた! バルタザールが乗っ取られました。」日向の声が決定的瞬間が近づいたことを 知らせた。 「ビービービー」 「人工知能メルキオールから自爆決議が提訴されました。」 「賛成」 「賛成」 「反対」 「2対1・・・可決」 「人工知能により自律自爆が決議されました。 結果は3者一致の後、ゼロ2秒後に実行 されます。 自爆範囲はジオ・フロントとその周辺2キロメートルです。」 「こんどはメルキオールとバルタザールがカスパーにハッキングを仕掛けています。」 ページ(192) 5.txt 「なんて速度だ!」 「押されているぞ」 「自爆装置作動まであと20秒」 「いかん」 「カスパー、18秒後に乗っ取られます。」 「あと16秒」 「リツコ急いで!」ミサトがあわててせかす 「大丈夫1秒近く余裕があるわ」 リツコの手は相変わらず前と変わらず、それでも人間 業とは思えないほど速く正確にプログラミングを積み上げていく 「1秒ですって」あまりの僅差にミサトは唖然とする。 「ゼロやマイナスじゃないのよ」リツコにとって1秒も1万秒も間に合うことには代わり がなかった。 「10秒」カスパーが使徒に乗っ取られるまでのカウントダウンが始まった。 「9秒」 「8秒」 「7秒」 「6秒」 「5秒」 「4秒」 「マヤ!」入り口付近でサブプログラムを担当していたマヤに対して、やっとリツコは声 をかけた。 「3秒」 「いけます!」マヤもなんとか自分の担当を終わらせていた。 「2秒」 「押して!」リツコが実行キーの指示を出した。 「カチ」運命のスイッチをマヤが押し込んだ。 「0秒」 ページ(193) 5.txt 「ピッ、ピッ、ビッ」 浸食のパターンをイメージ表示していたディスプレイでカスパーの最後のブロックが点滅 を繰り返していた。 既にディスプレイの99%までが使徒に浸食された赤のブロックで埋められている。 「ピッ、ピーーーー」 最後のブロックが緑で固定された後、一気に全ブロックが緑に書き換えられた。 自滅促進プログラムはその効果を100%発揮したのである。 「人工知能により自律自爆が解除されました。」 「MAGIシステム通常モードに戻ります。」 第11使徒イロウルは完全に消滅した。 「シグマユニット解放、MAGIシステム再開までゼロ3秒です。」 「はい! お疲れさん」規定の放送が流れる中、ミサトはマグカップのコーヒーを差しだ した。 「ありがとう、もう歳かしらね。徹夜が堪えるわ」リツコもめずらしくホッとした感じで お礼を言う。 「また、約束守ってくれたわね。」 「ミサトの入れてくれたコーヒーがこんなにうまいと感じるのは初めてだわ」 「えへへ」レトルトカレーでさえまずく作るミサトである。インスタント・コーヒーも例 外でなかった。 マグカップを両手で握りしめるリツコはプレッシャーからの解放からか胸の内をミサトに 語っていた。 「死ぬ前の晩、母さんが言ってたわ、MAGIは3人の自分だって・・・。」 「実は3台ともプログラムを微妙に変えてあるのよ」 「科学者としての自分、母としての自分、女としての自分、その3人がせめぎ合っている のがMAGIなのよ。 人の持つジレンマをわざと残したのね」 ページ(194) 5.txt 「わたしは母親にはなれそうもないから母としての母さんはわからないわ。」 「けど科学者としてのあの人は尊敬もしていたわ・・・。」 「でもね、女としては憎んでさえいたわ。」 ぽつりぽつりとまるで独り言のようであった。 「今日はおしゃべりじゃない」久しぶりに本音を語る親友に対してミサトの声は優しかっ た。 「たまにはね・・・。」 「カスパーには、女としてのパターンがインプットしてあったのよ、最後まで女であるこ とを守ったのね。ほんと、母さんらしいわ」 それは、母としてよりも、天才科学者としてよりも、一人の女として自殺した母と、同じ 道を歩もうとしている自分に対する皮肉でもあった。 To be continued. 【第22話】疑惑 <人類補完委員会 特別召集会議> 「いかんなあ、これは」 「さよう、早すぎる!」 暗い部屋の中央でゲンドウがひとりスポットライトを浴びながら座っていた。 それを取り囲むように11体のモノリスが浮いている。 モノリスは黒いボディにナンバーと「SOUND ONLY」の赤い表示だけがあった。 「使徒がネルフ本部へ侵入するなど予定外だよ」 「まして、セントラルドグマへの侵入を許すとはな」 「もし、アダムとの接触が起こればすべての計画が水泡と化したところだ。」 口々にゲンドウをなじる会話が交わされる。 「委員会への報告は誤報、使徒侵入の事実はありません。」 ページ(195) 5.txt やっとゲンドウが重い口を開いた。 「では、碇! 第11使徒侵入の事実はないというのだな」 「はい」 平然と答えるゲンドウ 「気をつけてしゃべりたまえ碇くん! この席での偽証は死にあたいするぞ。」 「お疑いでしたらMAGIのレコーダーを調べていただいても結構です。その事実は記録 されていません。」 既にMAGIの記録はリツコによって書き換えられていた。 「笑わせるな碇! 事実の隠蔽はキミの十八番ではないか」 「タイムスケジュールは死海文書の記述どおりに進んでおります。」 嘘だということは双方ともわかっていたがそれでもゲンドウは型どおりに答える。 ゼーレとしては見せしめのためにもゲンドウを罰したかった。 実際、ほとんどの者が些細なミスで命を落としていた。 白人至上主義のゼーレとしては有色人種など人とは思っていなかったのである。 ではなぜゲンドウが許されたのか それは代わりがいないからである。 1947年に死海の北西岸にあるクムランの洞窟から大量の巻物が発見された。 分析の結果2000年前の資料であることがわかった。 さらに驚くべき事に西暦2015年までの予言が描かれていたのである。 しかし公開されたのはほとんど生活の記録であった。 マスコミを支配しているゼーレがいち早く重要記録を隠蔽したからである。 この時からゼーレの計画がスタートしたともいえる。 その後、箱根で直径13.75kmの球型の巨大地底空間(現在のジオ・フロント)が発見さ れた。 実はこれも死海文書の予言であった。 地理的にもゼーレの思惑と一致したため、表向きは国連所属の調査研究機関としてゲヒル ンを設置した。 ページ(196) 5.txt そして使徒への準備が完了した2010年に超法規組織、特務機関ネルフへ移行する。 もちろんこれもゼーレの隠れ蓑の機関にすぎなかった。 予言書の内容が恐ろしいまでに事実と一致することに気がついたゼーレは、2015年の予 言! 人類補完計画にすべてを賭けることとしていた。 もちろんゼーレの都合がいいように若干修正を加えたシナリオとなっている。 そのためにも予言書と少しでも違う事実に神経質となっていた。 今では死海文書と事実が食い違う可能性が出てきたときは事実をねじ曲げることまでやる ようになっていたのである。 そして予言実現のためにはアダムとロンギヌスの槍と12体の使徒が必要であった。 ゼーレは使徒の代わりをエヴァで補う予定だった。 そのエヴァを管理し、なおかつアダムを守れる人材はゲンドウとそのスタッフが適任だっ たのである。 予言までの期日は着実に迫っていた。 ゼーレは計画の遅延が許されない状況のため、ゲンドウを粛正することができなかったの である。 「まあいい。今回のキミの罪と責任は問わない。だが、キミが新たなシナリオを創る必要 はない。」 「わかっております。すべてはゼーレのシナリオどおりに」 ゲンドウの返答と同時にモノリスのホログラフィは消えて照明がついた。 <シンジの部屋> 「んっ」 シンジは額に乗せられた冷たいタオルの感触に眼を覚ました。 視界には見慣れた天井があり、人の気配を感じて左側を向くとアスカがいた。 ページ(197) 5.txt 「アスカ、無事だったんだね」 「うん」 いつものアスカらしくない沈んだ返事であった。 シンジは怪訝に思いながらも一番の疑問点を聞いた。 「使徒はどうしたの?」 「MAGIが進化促進プログラムを送り込んで自滅したわ」 「よかった。」 シンジはとりあえずホッとして枕に頭を沈める。 アスカはそっとベッドに腰掛ける。 枕に触れそうなほど長いアスカの美しい髪 部屋の中央を見つめたまま無言の圧力を発する背中 それだけでシンジはわかった。 アスカが疑惑を抱いていることに・・・。 シンジは体を起こした。 「アスカが何を聞きたいのかわかる気がする。」 背中がビクッと反応した。 「ぼくが何者かということだよね?」 遅れて頷くのがわかった。 「ぼくにもわからないんだ・・・。」 ハッとして振り向いたアスカの目に泣きそうなシンジの顔が映った。 上半身を起こしたため、目の高さが同じである。 迷子の子供のような頼りない姿に思わず抱きしめたくなる衝動をぐっとこらえて質問し た。 ページ(198) 5.txt 「いつからなの?」 「ここ、ひと月くらいだと思う。マヤさんがチンピラに襲われてなんとかしなきゃと思っ たときにつくれたみたいなんだ」 「みたいって?」 「ぼくはすぐに気絶したからATフィールドを見てないんだ。介抱してくれたマヤさんが 教えてくれた。」 「その前はないの?」 「うん、小学校のときから先生の家にお世話になっていたけど平凡で何もない生活だっ た。」 アスカはとりあえずホッとした。 「マヤから聞いてどうしたの」 「アスカと同じ事を考えた。」 「わたしと?」 「うん、自分が何者なのかということ」 「・・・。」 「恐かった。たとえようもなく恐かった。ただもう怖ろしくて救いを求めた。」 「誰に?」 「・・・綾波」 「どうしてファーストなの?」 「マヤさんが言っていた。ひょっとしたらエヴァのパイロットは全員ATフィールドを造 れるんじゃないかとね」 「なんでわたしのとこに来なかったの」 「・・・言わなくちゃだめ?」 アスカはじっとシンジを見つめる。 シンジも観念した。 「アスカが使えるとしたらとっくにみんなに話していると思ったんだ。」 「つまりレイなら黙っていたと言うこと?」 ページ(199) 5.txt 「うん、それと綾波はファースト・チルドレンだからいろいろ聞いているかもしれないと 思ってね」 確かにシンジの言うことはもっともである。 自分だったら真っ先に自慢したことであろう でも、レイは何を知っていたのだろう? 「それで何かわかったの?」 「うん」 「何よ」 「綾波もATフィールドを造れるということ・・・。」 「どうしてわかったの?」 「目の前で見せてくれたから」 「シンジもできるの?」 シンジは首を横に振った。 「今はまだできないと思う。せいぜい綾波が造ったフィールドに同調するか、強化するく らいだよ。」 「でも、マヤの時にはシンジが造ったんでしょ」 「リツコさんが言ってた。エヴァの遺伝子はほとんど人間と同じなんだって」 「わたしも記録を見たわ」 「マヤさんの推測だと、もともとエヴァのパイロット適格者はエヴァにより近い遺伝子構 造をもっているんじゃないかって」 「・・・。」 「だからエヴァがATフィールドを造れるならパイロットができてもおかしくないと言っ ていた。」 「そんな乱暴な・・・。」 「そしてA10神経接続でエヴァを操縦するのなら、ATフィールドも同じではないか、 それがたまたまマヤさんの危機を救わなければという意志と一致した結果だと思う」 なにか釈然としない。もっと何かあるような気がする。 「つまり誰かがピンチになったときにシンジは使えるっていうことね」 ページ(200) 5.txt 「まだ、そんなに経験があるわけじゃないからよくわからないよ」 アスカは鉾先を変えた。 「レイはいつから使えたの?」 「・・・。」 シンジは困った。 どこまでアスカに話していいものか? 「どうしたの」 あまり引き延ばすとかえって新たな疑惑を生む 生い立ち以外の部分を話すことにした。 「綾波が言うには、物心ついた頃から使えたということだよ」 「そんなに前から・・・。」 アスカは自分だけできないという疎外感をひしひしと感じていた。 ますますシンジとファーストに置いて行かれてしまう。 そんなのいや! お願い! シンジを返してよ! たとえ普通でなくても・・・。 人でなくても・・・。 シンジを返してよレイ! 「アスカどうしたの?」 だまってしまったアスカにシンジが問いかけた。 「なんでわたしだけできないのかな?」 無理に明るく振るまおうとしたが失敗した。 涙がひとすじアスカの頬を伝う シンジは右手を差し出した。 あのときのレイのように ページ(201) 5.txt 「ぼくも試してみるからアスカもね」 シンジの真剣な顔に促されるように右手を出すアスカ アスカが手を出したことを確認すると意識を集中した。 頼む! できてくれ。 シンジは自分がやってみせることによってアスカにも可能性を信じて欲しかった。 やがてシンジの手のひらにぼんやりと光が集まりだした。 見る間に光は凝縮し、わずかに赤い色のついた透明な球体となった。 シンジの願いが通じたかのように、初めて意識してATフィールドを制御できた。 それを食い入るように見つめるアスカ 「今度はアスカの番だよ」 目の前の奇跡に圧倒され、疑問を抱く前に念じるアスカ ファーストやシンジにできるのならわたしにもできるはず その一念だけでアスカは右手に想いを込める。 ついにアスカの手のひらが明るく光り出した。 ぼんやりと光る直径1センチほどの球体 形ははっきりしないが、まぎれもなくアスカの意志によって存在する純粋なエネルギーの 塊であった。 「アスカ、できたね」 シンジがうれしさを隠しきれずに叫ぶ 「でも、光ってるだけだわ」 確かにシンジのATフィールドはそこから透明の球体になった。 「初めてでここまでできたんだからやっぱり素質があるんだよ。訓練しだいでちゃんとし たATフィールドになるんじゃないかな?」 シンジはホッとした。 とりあえず、自分とレイだけという閉鎖された世界から解放されたのである。 同時にアスカも暖かい想いに包まれていた。 ページ(202) 5.txt これで遠いのではと思っていたシンジの存在が、また近づいてきた。 もしもシンジが普通の人と違うのであれば、自分もまた同じである。 少なくともシンジと同じ側にいられるのである。 ホッとした途端にアスカは強烈な睡魔に襲われていた。 初めて造ったATフィールドもどきにエネルギーを消費しすぎたため肉体が休息を要求し ているのである。 突然、倒れかかるアスカをシンジは抱きとめた。 アスカは薄れゆく意識の中、もう一つの疑問を思い出していた。 どうしてシンジのケガがすぐに直ったのだろう? だが、今はシンジの腕の中で心地よい眠りに身を任せるだけであった。 <ネルフ本部 司令室> 「パチン!」 広大な司令室に将棋の駒を置く音が響く 中央のテーブルにいつものとおり顔の前で腕を組むゲンドウ その向かい側で本を片手に冬月が詰め将棋をしていた。 「パチン!」 「予定外の使徒侵入! その事実を知った人類補完委員会の突き上げか」 ひとりごとのように話す冬月に対し、ゲンドウが答えた。 「切り札はすべてこちら側が擁している。彼らは何もできんよ」 「だからといって焦らすこともあるまい。今、ゼーレが乗り出すと面倒だぞ、いろいろと な」 「すべては我々のシナリオどおりだ。問題ない。」 「アダム計画はどうなんだ?」 「順調だ。2%も遅れていない」 「ロンギヌスの槍は」 ページ(203) 5.txt 「予定どおりだ。作業はレイが行っている。」 ターミナルドグマのさらに奥の閉ざされた世界 LCLに浅く被われた薄暗い水路を零号機が歩いている。 その右手にはロンギヌスの槍が握られていた。 To be continued. 【第23話】嘘と沈黙 <土曜日> <芦ノ湖 上空> 「バリバリバリバリ」 芦ノ湖の上空を大型の武装ヘリが通過していた。 「第2、第3芦ノ湖か・・・。これ以上増えないことを望むね」 機内から3つの湖を見下ろしながら冬月がつぶやく 向かい側の席にはゲンドウがいたが無言のまま腕を組んでいる。 「昨日、キール議長から計画遅延の文句がきたぞ。おれのところに直接。 そうとういら ついていたな。 しまいにはおまえの解任もちらつかせていたぞ」 「アダムは順調だ。エヴァ計画もダミープラグも着手している。ゼーレの老人は何が不満 なんだ。」 「肝心の人類補完計画が遅れている。」 「すべての計画はリンクしている。問題ない。」 「レイもか?」 「・・・。」 「まあいい、おまえがレイにこだわる気持ちもわかるが目的を忘れるなよ」 「・・・。」 ページ(204) 5.txt 「ところであの男はどうする?」 「好きにさせておくさ、マルドゥック機関と同じだ。」 「もうしばらく役に立ってもらうか」 <京都> 16年前ここで何があったんだ。 すべてはこの京都で始まったはずなんだ。 加持は廃屋の中でたたずんでいた。 「キキー!」 油の切れたブレーキワイヤーの音をさせながら自転車が止まった。 加持は廃屋の中で壁に身を寄せるとジャケットの内側に手をさし入れた。 ドアノブがゆっくりと回り出す。 内側に開くドアの隙間からまだ午後になったばかりの明るい陽ざしが差し込んできた。 誰も入ってこないため加持はドアににじり寄る。 そっとドアの隙間から外の様子を伺う。 薄汚れた裏口の段差に買い物かごを置いた中年の婦人が座っていた。 かっぱえびせんをつまみながら週刊誌をめくる姿は日陰で休んでいるただのおばさんであ る。 だが、雰囲気とは対照的に声は低かった。 「マルドゥック機関とつながる108の企業のうち、106がダミーだったよ。」 女は日本政府の連絡員であった。 「ここが107個目というわけか」 加持はボロボロの廃屋を見渡しながら頷く ページ(205) 5.txt 「この会社の登記簿だ」 碇ゲンドウ・冬月コウゾウ・キールローレンツ・・・。加持のよく知っている名前が並ん でいる。 「なるほどね」 「もう知っていたのか?」 「ああ、マルドゥック機関。エヴァンゲリオン操縦者選出のために設けられた人類補完委 員会直属の諮問機関。 組織の実体の無いダミーというわけか」 「貴様の仕事はネルフの内偵だ。マルドゥックに顔を出すのはまずいぞ」 連絡員の警告を軽く受け流す加持 「ま、何ごともね。自分の目で確かめないと気が済まないタチだから」 <第3新東京市立第壱中学校> 「まったくもう」 廊下でアスカがモップを持ったままぶつくさ言っている。 「どうしたの?」 タイミングを待っていたヒカリがさっそく話しかける。 「明日はせっかくの日曜日だからシンジに荷物持ちをさせて買い物に行こうと思ってたの に、シンジのやつ墓参りだっていうのよ」 ヒカリはしめたと思った。 「つまり明日は空いているのね」 「うん、そうだけど」 「よかった。お願い聞いて」 ヒカリが手を合わせる。 「どうしたの?」 「コダマお姉ちゃんの知り合いで、どうしてもアスカとデートしたいという人がいるの、 もし暇だったら助けると思ってお願い」 さすがにヒカリにここまで言われては断れない。 ページ(206) 5.txt 「1回だけよ」 アスカは引き受けることにした。 教室ではレイがひざまづいて雑巾を絞っていた。 誰が教えたわけでもないのにその丁寧な絞り方はさまになっていた。 そして逆光の中、シルエットとなって写るその姿は、シンジに何かを連想させた。 「お母さん・・・」 ボーと見つめるシンジに無意識に言葉が漏れた。 「め~~~ん!」 いきなりシンジは箒で叩かれた。 「真面目にやらんかい!」 掃除の途中で気がついたトウジであった。 「ごめん」 あわてて謝るシンジ 「あんたもでしょ!」 後ろでは教室に戻ってきたヒカリが腰に手を当てて怒っている。 「せなけどわしはせんせーをなー・・・」 トウジとヒカリの注意が離れたため、シンジはまたレイを見ていた。 そしてそれを廊下から見つめるアスカの姿があった。 <ネルフ本部 実験場> レイ・シンジ・アスカの3人はテスト・プラグでシンクロのデータを収集していた。 ページ(207) 5.txt コントロールルームにはいつものメンバーがいた。 「明日、何を着てく?」 リツコが計器を点検しながら話しかける。 「あ、結婚式ね。う~ん、ピンクのスーツはキヨミのときに着ちゃったし、紺のドレスは コトコのとき着たばっかだし・・・。」 後ろで腕組みをしていたミサトは眉間にしわを寄せた。 「オレンジのやつはどうしたの、最近着てないじゃない」 「あ~、あれね。ちょっち訳ありで・・・。」 言いにくそうに語尾を濁すミサト 「きついの?」 容赦のない言葉がリツコから発せられる。 「そうよ」 苦々しげに答えが返ってきた。 「あ~あ、帰りに新調しようかな? 出費がかさむな」 「こう立て続けだとご祝儀もばかにならないわね」 「けっ、三十路(みそじ)前だとどいつもこいつも焦りやがって」 お祝い事だと言うことを完璧に忘れているミサトだった。 「お互い最後の一人にはなりたくないわよね」 最後の確認をしながらリツコがフォローする。 「3人ともお疲れさま、あがっていいわよ」 実験終了の合図と共に電源がカットされた。 シンジはモニターが暗くなる最後の瞬間までサブモニターのレイの横顔を見ていた。 「そう言えば今日はまた一段と暗いわね、シンジくん」 「あ~、明日だからね」 「そうね、明日なのね」 ページ(208) 5.txt <ミサトのマンション> 「ただいま~」 「お帰り~!」 10時を過ぎてやっとミサトが帰ってきた。 居間でクッションに背中を置いて仰向けになって器用にテレビを見ていたアスカが答え る。 「もう寝なさいよ、明日デートなんじゃなかったの」 「そう、美形とね」 ぜんぜん乗り気でなさそうに答えるアスカ ふと思いついて反動をつけたまま上半身を起こす。 「あっ、そうそうミサト、あのラベンダーの香水貸して!」 「だ~め」 「チェッ、ケチッ!」 「子供のするものじゃないわ」 着替えながらきっぱりと否定するミサト 「シンジくんは部屋?」 「籠もりっぱなしよ、父親と逢うのがイヤみたい。いやなら止めればいいのに」 なんでファーストばかり気にするの? シンジがずっとレイばかり見ていたので機嫌の悪いアスカだった。 「別にいやってわけじゃないのよ。血を分けた親子ですもの」 ページ(209) 5.txt シンジは突破口ができずにベッドの上で悩んでいた。 父親と会話をしたのは数えるほどであった。 最近では、第10使徒サハクィエルを受けとめて本部を守ったとき・・・。 生まれて初めて父さんから誉められて、誉められることのうれしさを知った。 その前は、エヴァに乗ることを拒否して「帰れ」と言われた時、 自分の存在のちっぽけさに絶望した思い出したくもない記憶でもあった。 その前はまともに話した覚えがなかった。 「コンコン」 「シンジくん開けるわよ」 「ガラッ」 「・・・。」 「恐いの、お父さんと二人で会うのが」 「・・・。」 「逃げてばかりじゃだめよ、自分から一歩を踏み出さなければ何も変わらないわ」 「わかってるよ」 「これからわかるのよ、最初の一歩だけでなく、その後を続けるのも大事だということが ・・・。 とにかく明日は胸を張って行きなさい。お母さんとも逢うんだから」 「・・・。」 「じゃ、おやすみ」 「ピシャン」 ・・・シンジは眠れなかった。 ページ(210) 5.txt <レイのアパート> 「コンコン!」 23時40分にシンジは402号室のドアをノックした。 「綾波、入るよ」 返事はないがシンジは入っていった。 途中でバスルームからシャワーの音が聞こえる。 どうやらレイはお風呂のようである。 シンジはベッドに腰掛けて待つことにした。 まもなくタオルで髪の毛を乾かしながらパジャマ姿のレイが出てきた。 「ちょっといいかな?」 レイはわずかに微笑んで頷いた。 髪の水気を取るとタオルを洗い物に出し、シンジの隣に腰掛けた。 ほのかに女の子独特の甘い香りがする。 最初の頃の血のにおいが嘘のようである。 シンジは話しかけた。 「明日、父さんと逢わなきゃならないんだ。でも何を話したらいいと思う?」 「・・・どうして私にそんなこと聞くの?」 「いつか綾波が父さんと楽しそうに話しているのを見たから」 「・・・。」 「ねえ、父さんてどんな人?」 「・・・わからない」 「そう」 「それが聞きたくて昼間から私のことを見てたの?」 ページ(211) 5.txt 「うん」 レイは下を向いていた。 「どうしたの綾波?」 「一人目の綾波レイが死んで魂が引き継がれたとき、わたしは10才だと聞かされた。」 「・・・。」 「しばらくすると始めの養育係の人は居なくなり、二度と会うことはなかった。それから は赤木博士から教育を受けたわ。 ・・・何年何年もLCLの水槽とコンクリートの部屋 が私の世界のすべてだった。 人間は赤木博士と、月に1度姿を見せる碇司令だけだった ・・・。」 突然の話の展開にシンジは驚くばかりだった。 「それで綾波はどこで暮らしていたの?」 「セントラルドグマの最深部、ターミナルドグマよ」 「外に出たことはなかったの?」 「13才になるまで一度もないわ」 表情がまた氷のようなレイに戻っていた。 シンジは思わずレイを抱きしめていた。 人間としてのすべての機能を持ちながら、実験動物のように扱われたレイ ネルフは綾波をどうするつもりなんだろう? それが父ゲンドウの意志であることに、まだシンジは気づいていなかった。 「赤木博士は世話をしてくれたけど、時々わたしの心を落ち着かなくさせる表情をすると きがあったわ」 「それに比べて碇司令は、わたしを暖かい気持ちにさせてくれた。」 「自分の保護者が誰なのかやっとわかった気がしたの」 「とうさんが綾波に・・・」 ページ(212) 5.txt 「わたしにはこの世で頼れるものが碇司令だけだった。わたしとこの世をつなぐ絆であ り、わたしの世界のすべては碇司令だったわ。」 「だからあんな重傷でもエヴァに乗ろうとしたんだね。」 シンジはレイの細い肩を抱きしめたまま涙が止まらなかった。 「でもわたしはうれしかった。」 「うれしかった?」 「自分が生きてこの世に存在できることが、苦痛さえも生きている証拠だと思えた。」 「そしてあの人の役に少しでも立てればわたしは幸せだった」 「あの人が死ねと命じれば・・・わたしは喜んで死んだでしょう」 「綾波!」 「でも、碇くんと会って、わたしは様々な経験をしたわ」 「人間の心についても少しわかってきた気がする。」 「綾波・・・」 「たとえば、赤木博士は私を憎んでいるということがわかったわ」 「そんなばかな・・・」 「時々わたしを不安にさせた原因は、私に対する嫉妬だと思う」 「嫉妬?」 「碇くんとわたしが一緒にいるところを見たときのアスカと同じような感じを受けたわ・ ・・でもそれは無意味なことだったのに」 「どうして?」 「あの人は確かに私に優しくしてくれるわ、時には厳しいときもあるけど一生懸命頑張る とよくやったと微笑んでもくれたわ」 あの父さんが微笑む・・・ 「あの人に誉めてもらうためなら何でもできると思っていた・・・でも、あの人が見てい たのは私ではなかったことに気がついたの」 ページ(213) 5.txt 「誰?」 「わからない・・・。でも私に似ている人だと思う・・・」 「よく気がついたね」 「碇くんのせいよ」 「ぼくの?」 「碇くんはわたしを真っ直ぐに見つめてくれる。わたしを大切に思ってくれる。それはと ても気持ちのいいことで間違いようのないことなのよ」 「それは父さんも同じじゃないの?」 「いいえ」 レイは首を横に振った。 「確かに命がけで私を助けてくれたこともあるわ。それは感謝しています。でもそれは私 に似ている誰かに向けられた反射的な行動なのよ。 ・・・わたしは代わりにすぎないの よ」 レイは顔を上げた。 「今のわたしに信じられるのは碇くんだけ」 そう言うと、レイはますます強くシンジにしがみついた。 シンジは父親の真意を測りかねていた。 父さんは誰を守ろうとしているんだろう? レイに助言を求めに行って、かえって疑問が増えたシンジであった。 <日曜日> <披露宴会場> 「こないわねリョウジくん」 ページ(214) 5.txt 「あのバカが、時間通りに来た事なんていっぺんもないわよ」 リツコの穏やかな言い方とは対照的にミサトは憤懣やるかたないといった感じであった。 「デートの時はでしょう。仕事の時は違ってたわよ」 「よ~、お二人さん、今日はまた一段とお美しい、時間までに仕事抜けらんなくてさ」 やっと加持が到着した。 緊張感のかけらもない格好である。 「いつも暇そうにプラプラしているくせに・・・どうでもいいけど何とかならないのその 無精ひげ」 ジト目で睨みつけるミサト 「ほら、ネクタイが曲がってる」 つい手が出てしまう。 てきぱきと加持のネクタイを直していた。 「おおっと、どうも」 「夫婦みたいよ、あなた達」 リツコが余裕でつっこみを入れる。 「いいこと言うね、りっちゃん」 「だ~れがこんなやつと」 口では文句を言いつつ、まんざらでもないミサトだった。 <セカンドインパクト平原> 見渡す限り広大な平原に、墓標が一定の間隔で並んでいた。 「IKARI YUI 1977-2004」 ページ(215) 5.txt 「3年ぶりだな、二人でここに来るのは」 めずらしくゲンドウが話しかけていた。 「ぼくはあのとき逃げ出して・・・それから来ていない。ここに母さんが眠っているなん てピンとこないんだ。顔も覚えていないし・・・。」 シンジはしゃがみこんで母の墓標を見つめていた。 「人は思い出を忘れることによって生きていける。だが決して忘れてはならないこともあ る。 ・・・ユイはそのかけがえのないことを教えてくれた。私はその確認をするために ここへ来ている。」 「写真とか無いの?」 「残ってはいない。この墓もただの飾りだ。遺体はない。」 「先生の言ったとおり、全部捨てちゃったんだね。」 「すべては心の中だ。今はそれでいい」 「・・・。」 「ゴォーーーーン」 ネルフ所属の武装大型垂直離着陸機が背後に降りてきた。 「時間だ。先に帰るぞ」 ゲンドウのそっけない言葉 シンジはいま言わなければ後悔することがわかっていた。 「父さん・・・。」 ゲンドウが振り向いた。 その姿に勇気づけられるように一気にしゃべるシンジ 「あの今日はうれしかった・・・父さんと話せて」 「そうか」 短い返事であった。 そのあと振り向きもせずにビトォールに向かうゲンドウ ページ(216) 5.txt だが、シンジにとって初めてまともな会話とまともな別れができた記念すべき出来事であ った。 <ジオ・シティ ナイトラウンジ> 「いまさら何を言ってんだか」 披露宴の後、ミサトとリツコと加持は3人だけで3次会に突入していた。 「ひどいなあ」 ミサトの暴言に苦笑いの加持 「ちょっち、お手洗い」 「とか何とか言って逃げんなよ」 「い~~~だ!」 ドレスアップした姿のまま、かわいく舌を出して席を離れるミサト 「何年ぶりかな、3人で飲むなんて」 「ミサト、飲み過ぎじゃない。何だか、はしゃいでるけど」 「浮かれる自分を抑えようとして、また飲んでる。今日は逆か」 「やっぱり一緒に暮らしていた人が言うと重みが違うわね。」 「暮らしてたと言っても葛城がヒールとか履く前のことだからな」 「学生時代には想像できなかったわよね」 「俺もガキだったし、あれは暮らしって言うよりも共同生活だったな。おままごとだよ。 現実は甘くないさ。」 「・・・。」 「そうだ、これ猫の土産!」 ページ(217) 5.txt 「あら、ありがと。まめね~」 「女性にはね。仕事はずぼらさ」 「どうだか、・・・ミサトには?」 「一度敗戦してる。負ける戦はしない主義さ」 「勝算はあると思うけど」 「リッちゃんは?」 リツコの相手については加持も当初から情報を得ていた。 「自分の話はしない主義なの、おもしろくないもの」 グラスを運ぶリツコの表情が暗くなった。 「おそいなあ、葛城! 化粧でも直しているのかな」 「京都へは何しに行って来たの」 「あれっ、松代だよ、その土産」 「とぼけても無駄。あまり深追いするとやけどするわよ。これは友人としての忠告」 加持の行動は逐一監視されていた。 「真摯に聞いておくよ。でもどうせやけどするのならキミと」 「花火でも買ってきましょうか」 突然、ミサトが割り込んできた。 「やあ、お帰り。」 にこやかに迎える加持 「変わんないわね。そのお軽いとこ」 「いやあ、変わっているさ。生きるってことは変わるってことさ」 「ホメオスタシスとトランジスタシスね」 「何それ?」 リツコに問いかけるミサト ページ(218) 5.txt 「今を維持しようとする力と変えようとする力・・・その矛盾する2つの性質を一緒に共 有しているのが生き物なのよ」 「男と女だな」 加持は意味深な言い方をする。 「そろそろおいとまするわ。仕事も残っているし」 リツコは気を利かせて帰ることにした。 「そ~お」 「残念だな」 「じゃ、またね」 昔の恋人どうしを残してリツコは早々に退散した。 <第3新東京市 郊外> 「加持くん、ここどこ」 「Dブロックのあたりだ」 ミサトは加持に背負われて夜の公園に来ていた。 安心して眠り込んでしまっていたようである。 懐かしい加持のにおい。 人は変わっていくのかもしれないが、このにおいは昔のままで あった。 「わたし歩く」 夜風が気持ちいいのでミサトは歩くことにした。 「加持くん、わたし変わったかな?」 「きれいになった」 ページ(219) 5.txt 「・・・ごめんね、あのとき一方的に別れ話して・・・。他に好きな人ができた・・・っ て言ったのは、あれ嘘。バレてた?」 「いや」 「気づいたのよ、加持くんが私の父に似ているのに」 「・・・。」 「自分が男に・・・父親の姿を求めていた・・・それに気がついたとき・・・恐かった。 」 「加持くんと一緒にいることも・・・自分が女だということも・・・すべてが恐かった。 」 「父を憎んでいた私が、父とよく似た人を好きになる・・・すべてを吹っ切るつもりでネ ルフを選んだけど・・・でもそれも父のいた組織」 「結局、使徒に復讐することでみんなごまかしていたんだわ」 「葛城が選んだことだ。俺に謝ることじゃない」 「違うの! 選んだわけじゃないの・・・ただ逃げてただけ。父親という呪縛から逃げ出 しただけ・・・シンジ君と同じだわ。臆病者なのよ」 「ごめんね。ほんと酒の勢いで、いまさらこんな話・・・」 「もういい」 「子供なのね。シンジ君に何も言う資格ない」 「もういい」 「その上、こうやって、都合のいいときだけ男にすがろうとする、ずるい女なのよ!」 「あのときだって! 加持くんを利用してただけかもしれない。嫌になるわ」 「もういい、やめろ!」 「自分に絶望するわよ!」 「やめろ」 加持はミサトの唇をふさいだ。 これ以上自分を責めるミサトを見たくなかったからである。 それは8年ぶりの恋人達のキスであった。 ページ(220) 5.txt <月曜日> <ネルフ本部 ターミナルドグマ> 「ピッ、ピッピッ、ピ、ピピ、ピッ」 セントラルドグマのさらに2000メートル下の深々度設備 最重要管理区域のパスワードを入力するものがいた。 セキュリティカードを押し当てたところで動きが止まった。 「やあ、二日酔いの調子はどうだ?」 両手をあげる加持 見なくても誰かわかっていた。 背後からピストルを突きつけていたのはミサトだった。 「おかげさまで眼が覚めたわ」 「それはよかった。」 「特務機関ネルフ特殊監察部所属、加持リョウジ。同時に日本政府内務省調査部所属、加 持リョウジでもあるわけね」 「バレバレか」 「ネルフを甘く見ないで」 「碇司令の命令か?」 「私の独断よ。これ以上バイトを続けると・・・死ぬわ」 最後の一言は氷のように冷たかった。 「碇司令はもう少し俺を利用するつもりだ。まだいけるさ・・・ただ、葛城に隠し事をし ていたことは謝る」 ページ(221) 5.txt 「昨日のお礼にちゃらにしてあげるわ」 言葉とは裏腹に険しい表情のミサト 「それはありがとう。でも、司令やリッちゃんも、キミに隠しごとをしている。これがそ れさ」 「ピッ!」 加持の動きはすばやかった。 撃鉄の音がするのを聞きながら平然とカードをスリットに通した。 「これは・・・」 驚きのあまり声も出ないミサト 扉の奥には、巨大な十字架に磔にされた巨人の姿があった。 白いカバーに全身を覆われ、顔には7つの眼の仮面がかぶせられていた。 巨人には下半身がなかった。 まるで作りかけのような半身 「エヴァ? いえ、まさか・・・」 「そう、セカンドインパクトからそのすべての要であり、始まりでもある・・・アダム だ。」 「あの第1使徒がここに・・・」 「・・・確かにネルフは、私が考えているほど甘くはないわね」 ミサトの言葉が静かにターミナルドグマに響いていた。 To be continued. 【第24話】虚数空間の二人(前編) ページ(222) 5.txt <ミサトのマンション> 「パチパチパチパチ」 シンジが久しぶりにチェロを弾き終えると拍手が聞こえた。 振り返ると、手を叩いているアスカがいた。 「シンジって楽器が弾けたんだ。それでいつもS-DAT聞いてたのね」 シンジも照れたように答える。 「6才の頃からやってこの程度だからね。才能なんて無いよ」 「でもなんかじ~~~んときちゃった。好きだよシンジのチェロ」 アスカのはきはきとした言葉が気持ちいい シンジは先ほどのゲンドウとの墓参りで、わだかまりがいくらか解消されていた。 そのおかげで心が穏やかになり、シンジの本来持つ広がりと深みが音に加わっていた。 シンジ自身も自分の演奏に一体化していた。 酔っていたと言ってもいいかもしれない。 実際、シンジ自身も気づいていなかったが、指先からはATフィールドが放射され、シン ジのイメージどおりに指の動きをサポートしていたのである。 それは音楽家が一生に一度できるかどうかと言う最高の演奏の時の陶酔感と同じであっ た。 シンジのATフィールドは正にシンジの心を反映する身体の一部となりつつあった。 レイが言っていたATフィールドに形や大きさの制限はないという言葉は正しかったので ある。 すべては正確なイメージ、心から望む形になるのである。 だが、そんなことに気づかないシンジにとって、今はただ自分の演奏に満足しているだけ であった。 「ありがとう、アスカ」 シンジもとびっきりの笑顔を返す。 その輝くような笑顔に見とれるアスカ シンジって男のくせになんて笑顔がきれいなの 幸せそうなシンジは不思議と周りの人を暖かくする力があるようであった。 ページ(223) 5.txt 「ところでアスカ、デートだったんじゃないの? 早かったね」 シンジは天然ボケの無神経さを発揮する。 これにはさすがのアスカも切れた。 「バカ! 誰のせいでデートをする羽目になったと思っているのよ」 突然の怒声におののくシンジ 「あんたが今日予定なんか入れちゃうから好きでもないやつと出かけないといけなくなっ ちゃったんじゃない。みんなあんたのせいよ!」 肩を震わせるアスカの瞳から涙が一筋こぼれ落ちた。 「みんなシンジのせいよ」 ぽろぽろとこぼれる涙 次の瞬間、アスカはシンジの腕に飛び込んでいた。 「バカ、バカ、バカ」 シンジはアスカを抱き留めると泣くにまかせた。 「シンジがファーストばかり見ているから・・・わたし・・・」 なだめるようにポンポンと背中を叩く 「ひっく、バカ、・・バカ、・・バ・・カ・・・」 その振動に幼少の頃の乳母を思いだし、アスカは徐々に落ち着きを取り戻していった。 「それにしても帰りが早かったね」 シンジが疑問を口にする。 朝、シンジと一緒に出かけたのに、まだ4時間も経っていない。 「あたりまえよ、ジェットコースターを待ってる間に帰ってきたんだから食事もしてない わ」 「それは可哀想に・・・」 「どっちが」 ページ(224) 5.txt アスカがジト眼でにらむ 「も、もちろんアスカに決まってるだろ」 あわててフォローするシンジ なおも疑わしそうにシンジを見るアスカ 「あたりまえよ、ヒカリの顔を立ててこのあたしが2時間もつきあったんだから感謝こそ すれ可哀想なんてとんでもないわ。 それよりも、別の男とデートをするのを止めさせよ うとか妨害をしようとかこれっぽっちも思わない彼氏のいる女の子はすっごく不幸だと思 わない?」 シンジは冷や汗が出ていた。 アスカの言おうとしているのはひょっとして・・・。 「思うわよね」 「はい」 アスカのものすごい迫力にシンジは思わず頷いてしまった。 その返事にご機嫌なアスカ 「ほんとに不幸だわ、わたしって」 先ほどの涙は何だったのかと思うほどの変わりようであった。 シンジは気を取り直して手近な問題を片づけることとした。 「ところでお昼は何を食べたい?」 <シンクロ実験 第132回> 数日後、シンジ達はネルフ本部でシンクロデータの収集をおこなっていた。 「ミサトさん、何だか疲れていません?」 日向が心配そうに聞く 「いろいろとね。プライベートで」 軽くかわすミサト それに追い打ちをかけるリツコ ページ(225) 5.txt 「加持くん?」 「うっさいわねー!」 せっかく受け流したのが水の泡である。 「どお? サードチルドレンの様子は」 話題を変えようとするミサト マヤが素直に応じる。 「見てくださいよ、この数値!」 コントロールルームの全員がディスプレイに見入った。 「ほおっ!」 「これはすごい」 シンジのシンクロ率はついにアスカを超えていた。 おまけに横這いの続いているアスカと違ってシンジはまだ伸びそうである。 シンジは絶好調であった。 ゲンドウとの関係に明るい兆しが見えてきたため、肩の荷が下りたようである。 人生最大の難問の解決 シンジの心はのびのびと成長を開始していた。 「これが自信につながってくれるといいんだけど・・・」 ミサトは個人的にも作戦部長としても切に願った。 ページ(226) 5.txt <シンジの部屋> その夜、シンジは珍しくS-DATを聞いていなかった。 絨毯の上でベッドに寄りかかったまま考え事をしていた。 ついにアスカを追い越した。 アスカの次という立場からトップに躍り出たシンジは戸惑っていた。 アスカに勝つと言うことは世界一の力を持つことになる。 そしてそれは世界を救うという責務も生じる 名誉と責任 シンジは事の重大さをヒシヒシと感じていた。 「コンコン」 ドアをノックする音がした。 「どうぞ」 「ガラッ」 アスカだった。 アスカはシンジの隣に座ると膝を抱えた。 しばらくしてぽつりと言う。 「抜かれちゃったね」 シンジは何と答えたらいいのかわからなかった。 アスカの誇りであるナンバーワンの称号を奪ってしまったのである。 どう言ってもアスカを傷つけずにはおかないだろう だが、意外にもアスカの方から助け船を出してくれた。 ページ(227) 5.txt 「でも、よかった。シンジで」 シンジはハッとしてアスカを見る。 アスカは下を向くのを止めてシンジに顔を向けた。 「さすが私の見込んだ男ね」 アスカは笑顔だった。 そしてそれは今にも涙が染み出てきそうな悲しい笑顔だった。 「ごめん」 シンジはやはり謝ることしかできなかった。 「ばか、謝らないでよ。ほんとはちょっと悔しいんだから」 シンジの肩に顔を埋めた。 アスカの最大の誇りであるエヴァのエースパイロットの座 セカンド・チルドレンであることを知らされた幼い日から今日まで、他の追随を許さずト ップを独走してきたアスカ いくら頭で理解していても簡単に割り切れるものではなかった。 「でも、シンジでよかったというのはほんとよ」 顔を上げるアスカ あきらかに泣いていたかのような赤い眼であった。 シンジの瞳を真っ直ぐに見つめる。 「これからはあなたがエヴァのエースパイロット、あなたが世界を守るのよ。」 「・・・。」 「でも私を一番に守ってね」 アスカは微笑むとシンジの腕に掴まり、肩に頭を預けた。 誰かに引っ張ってもらうのも悪くないかもしれない。 そう思えるようになってきたアスカだった。 ページ(228) 5.txt <第12使徒 レリエル> 高さ200メートル、幅30メートルの湾曲した集光ビルが刻々と位置を変える太陽を追 尾して、ジオ・フロントへ光とエネルギーを送っていた。 サンサンと降り注ぐ暖かな太陽の光 突如、第3新東京市上空に直径60メートルの球体が現れた。 騒然となるネルフ本部 「富士の電波観測所は?」 「探知していません。直上250メートルにいきなり現れました。」 「パターン、オレンジ! ATフィールド反応無し」 「使徒ではないのか?」 「新種の使徒?」 「MAGIは判断を保留しています。」 最悪の事態を想定してエヴァに出動命令が下った。 シンジとレイはビル群を利用し、球体から身を隠すように移動してかなり近づいていた。 アスカは出撃位置が悪かったのか電源ケーブルの長さが足りなくなり、兵装ビルから別の ケーブルを接続したりして遅れていた。 町中を有線のケーブル付きで移動するのは至難の業である。 シンジは遅れている弐号機が追いつきやすいように使徒を足止めすることにした。 ページ(229) 5.txt 「バシュ、バシュ、バシュ」 ゆったりと移動する使徒にパレットガンで3連射した。 ところが弾が当たる瞬間に使徒の姿は幻のように消えたのである。 「パターン青! 初号機の直下に使徒です。」 シンジは目標をロストしたことと、足下の異様な感触で二重に驚いていた。 初号機の周りに広がる溶けたアスファルトのようなシミ 足を取られたままずぶずぶと沈んでいく 「うわ~~~!」 為すすべもないシンジ 「ドシーーーン!」 そこにものすごい衝撃が走った。 はじき飛ばされる初号機 シンジは足下の確かな感触を確かめるように立ち上がった。 そして見た。先ほど初号機が捕まっていた底なし沼に零号機がもがいているのを・・・ 「綾波!」 シンジは理解した。 レイがビリヤードの玉のように体当たりをして初号機をはじき飛ばしたことに その反動で移動エネルギーを100%失った零号機は、正に初号機と入れ代わったのであ る。 「零号機のエントリープラグを射出して!」 ページ(230) 5.txt ミサトの指示にオペレーターが反応する。 「だめです。激突のショックでジェットパルスが作動しません。」 零号機のエントリープラグは半分イジェクトされたところで止まっていた。 「ブシュ」 やがてレイが内側からロックを外して零号機の肩の所に出てきた。 だが、既に半径200メートルは黒いシミに覆われ、脱出のチャンスはなかった。 ヘリもこんな短時間ではどうしようもない。 もう胸の所まで零号機は沈んでいる。 レイは絶望的だった。 呆然とモニターを見つめるシンジ モニター拡大するとレイがゆっくりと口を動かしているのがわかった。 シンジは唇の動きに集中した。 「・・・ク・ン・ヘ・・・・ア・ヤ・ナ・ミ・レ・イ・ハ・・・セ・イ・ヲ・ウ・ケ・ル ・タ・ビ・ニ・・・ イ・カ・リ・シ・ン・ジ・ヲ・マ・モ・リ・・・・・ソ・シ・テ・ ・・・ヨ・ロ・コ・ン・デ・・・ キ・エ・テ・イ・ク・デ・シ・ョ・ウ・・・・ナ・ン ・ド・デ・モ・・・・」 レイは穏やかな微笑みを一度だけ浮かべると、いつもの無表情に戻っていた。 もうすぐシミが零号機の肩の所まで到達する。 そうしたら綾波は消えてしまう。 いや、あと18体のストックがある以上、第3の綾波レイが出現するのかもしれない。 だが、ぼくの知っている綾波は二度と戻ってこない。 シンジはシミとは反対方向に無我夢中でエヴァを走らせた。 500メートルほどで停止し、振り返る。 視界にはレイしか映っていなかった。 シンジの意図を察し、レイの顔が絶望にゆがむ ページ(231) 5.txt シンジは持てる能力をフルに使い初号機を最大速度まで加速していった。 シミの直前で思いっきりジャンプする。 「ズブッ」 零号機のすぐ脇に着地できた。 振動で振り落とされないように零号機に掴まるレイ 「乗って!」 シンジはエヴァの右手を差し出すとレイを促した。 レイも危ういところで初号機の手のひらに乗ることができた。 そのまま初号機の肩まで運び体制をホールドしたままエントリー・プラグを3分の一だけ イジェクトする。 ハッチを開けるとすぐにレイが飛び込んできた。 シンジはすぐさまエントリープラグを元に戻す。 シンジは意識を集中した。 エヴァの持つエネルギーで巨大なATフィールドをつくり、このシミから抜け出ようとい うのである。 レイもシンジの意図を見抜き協力する。 パーソナル・パターンの酷似しているシンジとレイ かつてないほどの膨大なエネルギーが発生していた。 「初号機を中心に強力なエネルギー反応です。」 発令所にオペレーターからの報告が響く 「ATフィールドで脱出しようと言うの?」 「ものすごいエネルギーです。エヴァ数機分にも相当します。」 あきらかに供給電力量を超えていた。 「こ、これがチルドレンとエヴァの力なの・・・」 ぐんぐんあがるメーターにミサトは声が出なかった。 ページ(232) 5.txt だが、ATフィールドを強力にすればするほど初号機はどんどん沈んでいく 「なぜ?」 そしてアッと言う間に初号機の姿は消えた。 アスカが駆けつけたときには、何事もなかったかのように黒いシミだけが広がっていた。 To be continued. 【第25話】虚数空間の二人(後編) <ネルフ本部 発令所> 発令所を沈黙が支配する。 唖然として声も無い中、リツコだけがある仮説を固めつつあった。 「何者の侵入も許さないATフィールドが逆に働いた・・・。 もしかしたら・・・。」 リツコは分析にとりかかった。 <ネルフ本部 作戦室> 夕方には国連軍による包囲網は完成していた。 残されたアンビリカルケーブルを引き上げてみると先には何もなかった。 深夜になって作戦会議が開かれた。 司令と副司令が不在のため、事実上の最高責任者はミサトであった。 「使徒の本体は、影のように見える地面の黒いシミです。」 リツコが分析結果を説明していた。 「では、上空の球体は?」 「あれこそが使徒の影のようなものです。」 「どうしてそんな常識では考えられない現象が起こるのですか?」 ページ(233) 5.txt 「まだ仮説の域を出ませんが、地面のシミのように見える直径680メートル、厚さ3ナ ノメートルの影、 その極薄の空間を内向きのATフィールドで支えている。 結果として 内部はディラックの海と呼ばれる虚数空間が形成されていると思われます。」 「それはどういうことなんですか?」 「つまり異次元か別の宇宙かわからないけど、こちらとは別の法則の世界とつながってい る可能性が高いわ」 「そんなばかな!」 「質量保存の法則が近似的法則に過ぎないことがアインシュタインによって証明されてか ら、 人類はエネルギー保存の法則を拠り所としました。 その法則も眼で見える三次元の 世界だけで当てはめようとすると抜けがあることがわかっています。 数学的には別の次 元が存在することは証明されているのよ。」 なおもリツコはこの驚異的な奇跡を使徒が現実化していることを説明する。 「絶対領域を構築できるATフィールドが何の役にも立たない。この宇宙ではあり得ない のよ。 現にあの巨大なエヴァを2機も飲み込んでいるのに使徒の厚さはすべての部分で 3ナノメートルと均一です。 使徒は単なる入り口にしかすぎません。」 一息ついた後、静かな声でリツコは続けた。 「願わくば、エヴァのボディがシンジ君たちを守ってくれるのを望むだけです。」 「どれくらい生きていられるのですか?」 「シンジ君たちがやみくもに動き回らずにエヴァの内部電源を生命維持モードに切り替え ていれば24時間、 ただし1人用のプラグに2人入っているからせいぜい保って16時 間でしょうね。」 がやがやとざわめく中、ミサトは質問した。 「何か案はあるの?」 「ひとつだけあるわ」 リツコはミサトの目を見ないで答えた。 みんなの期待が集まる中、ミサトだけは嫌な予感がした。 「現存する992個のすべてのn2爆雷を一斉に影に投下、エヴァ弐号機のATフィール ドで1000分の1秒だけ干渉し、 その瞬間爆発エネルギーを集中させディラックの海 を破壊する。これしか初号機を回収する方法はないわ。」 作戦の意味を理解したメンバーからは声が消えた。 一人ミサトだけが質問する。 「第3新東京市は」 ページ(234) 5.txt 「跡形も残らないでしょうね」 「ジオ・フロントは」 「埋まっている土砂を含めて全部吹き飛ぶでしょうね」 「弐号機は」 「待避のスピードとATフィールドの強さにかかっています。」 実際には至近距離でこれほどの爆発に耐えられるわけがなかった。 「シンジくんとレイは」 「・・・。」 「答えて!」 「・・・今回の作戦は初号機の機体の回収が目的です。」 「そんな作戦を認めるわけにはいきません。」 ミサトの反応は予測できていた。 「これは碇司令の命令です。作戦決行は明朝5時00分! 住民の避難を最優先し、準備 をすすめるように、以上」 リツコは足早に作戦室から離れた。 それを追いかける足音 リツコは前方を見たまま立ち止まった。 見なくてもミサトだとわかっていた。 「何?」 「日本最大の町を犠牲にし、ジオ・フロントを犠牲にし、零号機と弐号機と貴重なパイロ ットのすべてを犠牲にし、 それでも碇司令やあなたが守ろうとする初号機って何なの? そもそもエヴァってなんなの?」 ミサトにとってあまりに割の合わない取引であった。 たとえシンジくんとレイの命が懸かっていようと・・・。 「あなたに渡した資料がすべてよ」 「・・・うそだわ!」 力一杯否定するミサト ページ(235) 5.txt リツコは前を向いたまま拳を握りしめることしかできなかった。 「・・・ミサト・・・わたしを信じて」 そう言い残すとリツコは立ち去っていった。 <初号機 エントリー・プラグ内> 完全に沈みきるとモニターは真っ暗になった。 通信から外部映像まで何も入ってこない。 突然、電源喪失の残り時間300秒のカウントダウンが始まった。 アンビリカル・ケーブルが切断されたのである。 シンジは現在位置を探ろうと探知機を総動員したが、レーダーもソナーも反応がなかっ た。 つまり半径30キロメートル以内には何もないということである。 まだ、地面とは数メートルしか離れていないはずなのに・・・ そのとき後ろから声が聞こえた。 「モードチェンジ! 戦闘モードから生命維持モードへ」 もちろんレイである。 電源を切断され、現在位置もつかめない以上、バッテリーは貴重だった。 特に救出を待つ方としては・・・。 エヴァに搭載されている第7世代コンピュータは即座に反応した。 とたんに機器の音が静かになり、照明が暗くなった。 計器も最低限のものしか表示していない。 ページ(236) 5.txt 動いているのは酸素供給とLCL浄化と保温装置だけである。 それでも16時間が限度であった。 <タイムリミットまで15時間45分> 「綾波・・・」 シンジは呼びかけた。 だがレイには声が聞こえていないようであった。 レイは優雅な身のこなしで操縦席のシンジの腿の上に腰を下ろした。 通常は靴の裏にあたる部分にウエイトが入っているため、足が浮き上がることはないはず だが、 この空間では重力そのものが存在しないようであった。 レイが離れないようにシンジは腰に手を回した。 そのままシンジの頭を抱きかかえるレイ 「聞こえる?」 「うん」 シンジはレイの柔らかい胸を頬に感じながら答えた。 「人間の声はLCLの中で伝えるようにはできていないのよ、耳もそうよ」 「でも今まではどうしてできたの?」 「周りの機器がサポートしてくれたからよ」 「今は違うの?」 「パイロットの生命を維持する最低限の機器以外動いていないわ、 当然一人用の設計で あるプラグでは非常時には音声サポートは停止するわ」 「じゃあなんで綾波の声が聞こえるの」 「聞こえるんじゃなくて感じているのよ」 ページ(237) 5.txt 「感じる?」 「宇宙飛行士が真空中でもヘルメットをくっつけて会話の振動を相手に伝えるのと一緒 よ、離れたら聞こえなくなるわ」 「でもこんなにはっきり聞こえるなんて驚きだね」 「もしかしたらA10神経用のインターフェース・ヘッドセットが仲介してくれているの かもしれない。」 「えっ、そうなの?」 「わからないわ、今まで私は日本、あの人はドイツと別々に訓練を受けていたので複数の 適格者がひとつのプラグに入ったことはないわ、 碇くんがサード・チルドレンであるこ とが判明して初めてひとつの国に2人の適格者が存在することがわかったのよ。 だから エヴァにどんな影響があるのか、どんなことが起こるのか誰にもわからないのよ」 しばらくしてレイはシンジを抱きしめる手に力を込めた。 「なんで戻ってきたりしたの、わたしは碇くんに生きていて欲しかった。」 「・・・。」 「碇くんが初号機で飛び込もうとしていることがわかったとき、わたしはどうしたらいい のかわからなくなった。」 「・・・。」 「なんで戻ってきたの? わたしには代わりがいるのよ、・・・・・・そして、わたしの 死を無駄にしないで」 レイの悲痛な叫びが痛いように伝わってくる。 「・・・ごめんよ、ぼくにとって綾波の代わりはないんだ。」 これがシンジにとっての偽らざる本心であった。 「綾波は、ぼくと会えなくなっても平気なの?」 「次の綾波が出現するわ」 「そうじゃなくて、君自身は平気なの」 しばらく考えた後、レイは首を横に振った。 ページ(238) 5.txt 「最初は碇くんさえ助かるなら私はどうなってもいいと思っていた。 その気持ちは変わ らないけど、碇くんとお別れかと思うとだんだん恐くなってきた。 だから感情を抑えて 考えることを止めようとしたわ」 「無理だよ・・・。一度覚えた感情が無くなるわけないじゃないか、綾波はもう引き返す ことはできないんだよ。 もしも綾波が感情をなくすときは・・・心が壊れたときだよ・ ・・。 だからもっとわがままを言ってよ、綾波が綾波であるためにも」 シンジの想いが背中に回された指の一本一本から伝わってくる。 レイはシンジの想いを全身で感じ取り、心が安らぐのを覚えた。 <タイムリミットまで8時間20分> 「もしも生まれ変われるとしたら、綾波は何になりたい?」 「・・・あの人・・・アスカになりたい。」 シンジは思いもしない答えに驚きを隠せなかった。 「アスカみたいになりたいの?」 「ええ、わたしはあの人の自由な意志と行動力に憧れます。・・・なによりも人間である と言うことに・・・」 「たしかにアスカは人間だね。」 シンジの口調が暗くなる。 「そしてぼくと綾波は人間ではないのかもしれない。」 「碇くんは人間よ!」 レイの強烈な反発があった。 シンジは冷静に告げる。 「ぼくが人間なら綾波も人間だよ」 「でもわたしは人間以外のものから合成された人工物よ」 「そうだろうか? わずか5年や10年で人間そっくりで人間以上の生物をつくる技術が ページ(239) 5.txt 確立されるものだろうか? 特にセカンド・インパクトのような大災害の直後に・・・」 「でも私は存在するし、人間でない証拠にATフィールドも造れるわ」 「人間と使徒の遺伝子は99.89%まで一致しているという。 でも、元々遺伝子の9 0%以上が何の役にも立っていないと言われている。 こんな些細な違いで人間とそうで ないものが区別できるんだろうか? もしも綾波が造られたとしても基本的に人間をベ ースにしているはずだと思う、 それに・・・ATフィールドはぼくも造れるよ」 「でも、碇くんは人から生まれているわ」 「等価原理って知ってる?」 レイは首を横に振った。 「見かけが違っても効果が同じならそれは同じものと見なしてもよいという理論。 ぼく と綾波だけができて他の人はできないんだから、ぼくたちは同類なんだよ。・・・元がど うであろうと」 「アスカは?」 「前に試したことがある。確かにエネルギーは集まったけど、ATフィールドのように、 はっきりとした形態とはならなかった。 その後、何度か試したけど結果は同じだった。 スパ抜けたシンクロ率を誇るアスカでさえその程度だから人間には無理なのかもしれな い。」 自虐的になるシンジの頭を抱きしめるレイ シンジが苦しむ原因が逆に自分を救ってくれる。 レイは胸が痛んだが、同時にシンジとの、より強固な結びつきを感じているのも事実だっ た。 「でも苦しんでいるのはアスカも同じなんだよ。」 「・・・。」 「心の中で、自分を見て、自分を誉めて、自分を撫でて、自分を大事にして、自分を愛し て、自分を・・・。 アスカは心の中で悲鳴を上げ続けているんだよ」 「外部への表現方法は違うけど、これは綾波にも言える。 零号機の上で人形のような表 情に戻った綾波を見たとき、一層強く感じたよ」 「・・・。」 「そんな綾波を一人で置き去りになんかできないよ」 レイはいつの間にか涙を流していた。 二度目の涙。 涙は次々とLCLに溶けて消えていった。 ページ(240) 5.txt 「それと、ここは僕らの知っている世界ではないのかもしれない。」 「・・・。」 「重力もない、物質もない、地球でも宇宙空間でもない、 こんなところから綾波の魂は ターミナルドグマへたどり着けるんだろうか?」 シンジの疑問は密かにレイの心を悩ませていた問題でもあった。 そして密かな期待でもあった。 ここなら碇くんの魂と永遠にひとつでいられるのかもしれない。 それは死んでからも魂を利用されるレイにとって甘美な誘惑であった。 <ネルフ本部 発令所> 「そろそろエヴァの生命維持装置が限界です。」 オペーレーターの報告に眉を寄せるリツコ 初号機は何としてでも回収しなければならない。 零号機や弐号機と違い、初号機の元はもう二度と手に入らないのである。 それにくらべてダミープラグが試作品まで漕ぎつけたため、パイロットはいざとなったら 補充がきくのである。 作戦を開始すればおそらく90%の確率でシンジ君もレイも死んでしまうだろう。 だが、向こうの世界の状況が分からない以上、パイロットの生命を助けるプラス要素が無 いとも言えない。 もしかしたら助かるかもしれないのである。 ひとつだけ言えるのは、今すぐ行動しなければパイロットの生命は確実に無くなるという ことである。 準備はできている。たとえ計画を早めても事態が悪くなるとは想定できない。 ページ(241) 5.txt リツコは決意した。 「作戦を30分繰り上げます。国連と日本政府に連絡を急いで」 <初号機 エントリー・プラグ内> <タイムリミットまで15分> 「はっ!」 シンジはあまりの寒さに眼が覚めた。 いくらか寝ていたようである。 酸素濃度が薄くなってきているため、意識がボーとする。 生命維持の中でも優先順位の低い保温装置が先に停止したのであろう。 温度が低くならなかったら、このまま気づかずに死んでいたかもしれない。 時間を確認しようとして異常に気がついた。 細かな浮遊物が漂っているのである。 おまけに血のような味が一層強調されている。 「LCLが濁っている! 浄化装置が限界なんだ!」 あわてて腕の中のレイを揺する。 「綾波! 綾波!」 だが、レイは薄く眼を開けただけであった。 「どうしたの綾波!」 レイの顔はただでさえ白い肌なのに、さらに白くなっていた。 「綾波!」 ページ(242) 5.txt レイはそっとシンジに手をさしのべた。 シンジは注意してその手を握る。 「碇・・くん・・・お別・・れ・・・」 レイはやっとのことで言葉を絞り出す。 「綾波、どうしたの?」 シンジにはまったく分からなかった。なぜレイがこうなったのか 「わたし・・の・・・から・・・だ・・は・・不完全・・・な・・・LCL・・に・・は ・・・耐え・・られ・・な・・・い」 レイの身体は長い間一定の環境(LCLの水槽)で育ってきた。 無菌室で育ったレイは、環境への適応能力という点で一般の人間より格段に劣っていた。 レイの命の炎が急速に弱まっていくのが感じられる。 このままではあと何分も持たないであろう。 「・・・さ・よ・な・ら」 最後の笑みをシンジに与えると、苦悶の表情のままレイは気を失った。 綾波が死んでしまう。 シンジは決意した。 「モードチェンジ! 生命維持モードから戦闘モードへ」 機器は一斉に起動したが、わずか数秒で停止した。 残った計器類の明かりまで消えた。 バッテリーは完全に空となっていた。 シンジはそれでもATフィールドに意識を集中する。 エヴァからの反応はない。 シンジはあきらめなかった。 綾波はATフィールドに大きさの制限はないと言った。 この空間ごとATフィールドで破壊したら、元の世界に戻れるかもしれない。 シンジはただひとつのことに意識を集中する。 ひたすら巨大なATフィールドだけを・・・。 ページ(243) 5.txt やがてシンジの身体が淡く光りだした。 シンジの瞳からも赤い光を放ちだした。 ぐんぐん広がるATフィールド だが、酸素供給装置も停止した今、ほとんどLCLはただの水とかわらない。 わずかに残った酸素を求めて肺が悲鳴を上げている。 それでもATフィールドだけはあきらめなかった。 人間の持っているエネルギーのすべてを精神エネルギーに変換していく シンジの脳の負荷が限界に達したとき、シンジは意識を失った。 いや、初めて使徒と戦ったときと同じである。 シンジの生命の危機を感知した初号機が活動を開始していた。 シンクロ率が異常に上昇し、やがて意識の無いまま最後の命令を実行する。 まるでゼー レの計画したダミープラグのような状態である。 「ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! 」 もはやバッテリーで動いているわけではなかった。 胸部装甲の内側に埋め込まれたエネルギー・コアが活動を開始したのである。 使徒しか持っていないはずの光球と呼ばれる謎のエネルギー源 電気とは桁違いのエネルギーが流入してきていた。 おそらくこれを超えるエネルギー源は反物質と通常物質の対消滅しかないであろう 使徒の作り出した亜空間は、突如発生した膨大なエネルギーのために構造が不安定となっ てきた。 <ジオ・フロント直上 第3新東京市> ページ(244) 5.txt am4:28、もうすぐ計画がスタートする。 アスカは上空を仰ぎ国連と日本国籍の機体を確認すると弐号機を黒いシミに近づけていっ た。 シンジ生きていて・・・。 私をひとりにしないで 約束したじゃない。私を一番に守ってくれるって でもあんたが死んじゃ意味がないのよ 生きるのも死ぬのも一緒でなくちゃだめなのよ アスカは顔を上げた。その顔は決意に満ちている。 もう初号機はATフィールドどころか指一本動かすエネルギーもないはず n2爆雷の前に飛び込み、内側からATフィールドでシンジを守ってあげる。 私の命にかけて・・・。 カウントダウンが始まった。 「10」 「9」 「8」 「7」 「6」 「5」 「4」 そのとき地面のシミが猛烈に振動しだした。 「キャーーーー!」 あわてて弐号機を立て直すアスカ ところがどんどん揺れが大きくなっていく 「バキバキバキバキ!」 地面のシミに当たる部分が異常に盛り上がり、そこかしこで巨大な亀裂となっていった。 「まだ何もしていないのにどうしたというの?」 ページ(245) 5.txt アスカもネルフの面々も思わぬ展開に為すすべがなかった。 「ウオオオオオォォォォォーーーーーン! 」 やがて頭上でものすごい叫び声が聞こえた。 見上げると球状の使徒から大量に血のような液体が滴っている。 よく見ると裂け目が生じていた。 その裂け目から巨大な手が現れる。 ぐいっと内側からこじ開けるように引き裂いて上半身をあらわしたのは、動けるはずのな い初号機であった。 「ドサッ!」 同時に大量の赤い液体に混ざって零号機が落下した。 「ウオオオオオォォォォォーーーーーン! 」 さらに巨大な雄叫びをあげる やっと顔をのぞかせた太陽による朝焼けの中、母親の腹を食い破って現れた血まみれの胎 児のような初号機 その凄惨な光景は誰も見たことがないはずなのに凶暴な悪魔を連想させた。 「わたし・・・こんなのに乗ってるの?」 弐号機のコクピットの中でアスカは身体の震えを止めることができなかった。 それは小さな頃からしもべと思っていたエヴァに対する初めての恐怖であった。 <ネルフ本部 発令所> 「あれが本当のエヴァなの? わたしたちは何というものをコピーしたの・・・。」 その荒々しい動きは決して人間如きに制御できるものではないと主張しているようであっ ページ(246) 5.txt た。 n2爆雷992個分のエネルギーがなければ脱出できない空間から自力で帰ってきた生き 物 リツコは発令所オペレーターフロアーから見える巨大ホログラフィ映像を見ながら、自分 が関わってしまったモノに恐怖していた。 映像を呆然と見つめるリツコを、後ろからミサトが醒めた目で見ていた。 「エヴァがただの第壱使徒のコピーなんかじゃないことはわかる。 でもネルフは、使徒 をすべて倒した後、エヴァをどうするつもりなの?」 ミサトのつぶやきは誰にも聞こえず消えていった。 To be continued. 【第26話】ネルフ第2支部消滅 <ネルフ本部内病室> 「プシューー!」 レイの全身を覆っていた細長いドーム状のカバーが開いた。 酸素供給その他の計測機器も次々と収納されていく。 危機を脱したのである。 脳波パターンの変化から意識の覚醒が近いことを感知した生命維持装置が自動的に必要箇 所に連絡する。 「ピーピーピー」 ベッドのヘッド部分に集中した機器から呼び出し音がした。 「カチッ」 「シンジくん、レイの様子はどう?」 マヤであった。 マヤは看護士の資格を持っているため、入院患者が出た場合は3交代の要員となるのであ る。 もっとも自動看護のためほとんど何もする必要はないが 「今、カバーが空きました。呼吸も落ち着いています。」 ページ(247) 5.txt 「そう、それならもう大丈夫だわ。シンジくんも帰って休んだ方がいいわよ」 マヤはシンジのことが心配だった。 シンジとレイがエントリープラグから救出されたとき、完全に二人とも気を失っていた。 LCLの汚れはともかく酸素濃度が10%を切っていたのだから当然である。 大気中とは異なり、LCLのように液体から酸素を取り込みガス交換するには40%以上 の濃度が必要なのである。 早期に仮死状態となったレイならともかく、なんでシンジが生きていたのか不思議であっ た。 残った酸素をシンジの付近だけに集めたのでもなければ説明がつかなかった。 だが、実際シンジはわずか2時間で生命維持装置の必要が無くなり、その1時間後には覚 醒していた。 診断の結果、若干の衰弱以外の異常が認められなかったため、早く帰って休むようにとの 指示を受けただけであった。 それをマヤにお願いしてレイに付き添っていたのである。 マヤが帰るように促すのも当然であった。 「すいませんマヤさん。もう少しお願いします。」 「無理しないでね。シンジくん、じゃあ」 そう言って通信は切れた。 シンジは立ち上がり、レイの上に屈み込んだ。 生命維持装置が適温に保っているため、身体を隠すだけのシーツのような上掛けであっ た。 胸が見えかかっているため、そっと上掛けを直してやる。 そのままベッドに両手を着いてレイを見つめた。 あの苦しみが嘘のように穏やかな表情となっていた。今は気品というオーラをまとってい るようである。 ショートカットのアイドルのような顔立ちに、どうしてこの気品が同居するのか不思議で あった。 不思議ではあったがこれが綾波だった。 シンジは綾波が助かったことを感謝した。 「また、会えたね。」 ページ(248) 5.txt シンジがそっとつぶやく 「そうね」 レイの紅い瞳がシンジを見返していた。 シンジは至近距離で真っ直ぐに見つめるレイに戸惑いを隠せない。 「綾波! 眼が覚めてたの?」 やっと話せるようになった。 「そうよ」 「ひどいよ、心配したんだから」 「ごめんなさい、碇くんに見つめられるのが気持ちよかったから・・・」 「気持ちいい?」 「心が穏やかになり暖かくなることを言うのよね」 「そうだよ綾波、それが気持ちいいって言うんだよ」 シンジはレイが感情について正しく認識してくれることがうれしかった。 同時にそれは綾波が世俗に汚れていくと言うことでもあった。 だが、それでもシンジはこれが正しいことだと信じていた。 人はさまざまな経験を積んで初めて人として存在できるのだから。 ぽつりとレイが言った。 「生きているってすばらしいことかもしれない。」 「そうだよ、自分の人生なんだから」 「自分の人生・・・」 レイは噛みしめるようにその言葉を繰り返した。 どれくらいの時が過ぎたのだろう、二人とも時間の感覚が無くなっていた。 シンジはレイの心配という心理的圧迫から解放され、自分の状況に目を向けられるように なっていた。 それは急激な空腹感である。 ページ(249) 5.txt シンジは使徒からの脱出で使ったエネルギーの補給が必要であった。 あの膨大なエネルギーのほとんどがエヴァのコアから供給されたとはいえ、シンジの身体 からも徴収されていたのである。 ほとんどが最後の瞬間に補充されたとはいえ完全ではなかった。 点滴だけでは追いつかない部分もあったのである。 シンジは安心すると頭を上げた。 レイも上半身を起こした。 「綾波はお腹空いてないの?」 「空いてないわ」 「じゃあ悪いけど、何か食べて来るね」 「・・・。」 シンジは振り返ろうとしたが、シャツが引っかかったので怪訝に思った。 見るとレイが右手でシャツの裾を掴んでいた。 相変わらず無表情だが意図は明白であった。 「食べたら戻ってくるよ」 シンジは笑顔で安心させようとした。 レイもシンジの戻ってくると言う約束に頷いた。 「じゃあ、1時間後に」 シンジは病室を後にした。 レイはベッドに身を横たえるとシンジが自分に対してどれほどのことをしてくれたのか思 い返していた。 わたしを助けるために、いや、わたしをひとりぼっちにさせないために、そのためだけに あの絶望的な罠の中に戻ってきてくれた。 不安な薄暗い非常灯の中、わたしのことを仲間だと言って励ましてくれた。 バッテリーが切れてLCLが限界となったとき、たった一人で私を助けてくれた。 誰に聞かなくてもこれだけはわかる。 碇くんが助けてくれたのだ。 消えかかる意識の中で綾波という声が何度響いたことか・・・ ページ(250) 5.txt そして気がつくと碇くんが待っていてくれた。 どんなにうれしかったか・・・これが幸せというものかもしれない レイは満ち足りた気分でシンジを待っていた。 「ブシュー」 ドアが開いた。 期待を込めて扉を見つめるレイ そこに立っていたのは・・・アスカだった。 アスカはベッドの脇に立ちつくしたまましゃべらなかった。 レイも枕に身を預けたまま黙っている。 病人と見舞いという立場では決してない視線がぶつかり合う レイでなかったら耐えられないほどの沈黙が続いた。 やがて根負けしたのかアスカが口を開いた。 「シンジを独占できて良かったわね」 あきらかに棘があった。 「どうしてそういうこと言うの」 レイには何を言いたいのかわからなかった。 アスカは挑戦的な目つきで続けた。 「なぜシンジと使徒の中に入って行ったの」 「自由意志で取り込まれたわけじゃないわ」 「うそおっしゃい! 初号機のエマジェンシー装置は正常だったわ。射出できたのよ。 おまけにあんたとシンジはATフィールドで重力を遮断できるはずよ。エヴァを捨ててふ たりだけなら脱出は可能だったわ。 たとえシンジが気づかなくても氷のように冷静なあ んたが気がつかないわけないわ」 レイはアスカの言う意味がわかった。 そうエヴァを捨てれば脱出できたのである。 ページ(251) 5.txt ではなぜそうしなかったのか 思い至らなかったのか それもある 沈降が急激だったのか それもある だが、一番の要因は・・・。 「あんたはシンジと二人っきりになりたかったのよ。」 確かにそうかもしれない。 生も死も大した違いはない。 死んだら次の綾波レイが覚醒するだけである。 ほんの少し、今のわたしと違う綾波レイ だが、次の綾波レイはわたしではない。 碇くんが教えてくれたこと ・・・碇くんと離れたくない。 たとえそこが天国であろうと地獄であろうと碇くんさえ居てくれれば他には何もいらな い。 そのまま永遠に碇くんと一緒に消えられたら・・・ 「あんたはシンジを独占したかったのよ」 「独占?」 「そうよシンジを呼んだじゃない」 「何を言っているのかわからないわ」 「回収された初号機の映像記録を再生したわ。」 「記録?」 「あんたが零号機の上でシンジに向けたメッセージよ」 「それがどうしたの」 アスカの肩が震えていた。 ページ(252) 5.txt 「あんたばかあ! あのお人好しのシンジがあんなこと言われたら戻ってくるに決まって るじゃない。 たとえ声に出さなくても、いいえ、大声で助けを求めるよりもっと始末が 悪いわ」 アスカはこぼれる涙を拭おうともしなかった。 「そして・・・そして・・・シンジは自分の命よりあんたを助けることを選んだ。 フ ァースト! なんであんたなの? あんたの何がシンジをひきつけるの? どうしてわた しじゃないの?」 アスカは無意識のうちにいつの間にか上半身を起こしたレイの両腕を掴んでいた。 「あんたが憎い。」 憎い・・・強烈な言葉であった。 ぎりぎりと握りしめられる腕の痛みよりもその新鮮な衝撃に驚いていた。 レイは苦痛を表情に出さずに告げた。 「でも、わたしはあなたがうらやましいわ」 ふっとアスカの腕の力が抜けた。 「うらやましい?・・・わたしが」 不思議なモノを見るような眼であった。 レイは頷いた。 「ATフィールドを造れないあなたがうらやましいわ」 「あんたばかにしてんの」 アスカはもうちょっとで切れそうになっていた。 レイは首を左右に振る。 「碇くんはあなたのことを心配しているわ」 「シンジが・・・。」 「そう、とても・・・」 いつしかアスカは手を離していた。 「ブシュー!」 そこへシンジが帰ってきた。 ページ(253) 5.txt 「あれっ、アスカ! お見舞いに来てくれたの?」 声を掛けながらシンジが近づく アスカはシンジが背後まで来たときにいきなり振り返って閉まりかけの扉から脱兎のごと く出ていった。 そのあまりに素早い動作に異常を感じたシンジが追いかけようとした刹那、レイが視界に 入った。 赤くなった腕と懇願するような瞳が・・・ シンジはゆっくりと振り返った。 背後で扉が閉まる音がした。 シンジはベッドに腰掛けるとレイの腕を引き寄せた。 細く白い腕にさらに細い赤い筋が5本ついている。 状況から見てアスカが力を込めて握ったことは明白であった。 シンジは赤い筋の付近をもみほぐしてやる。 「アスカが出ていったわ」 レイは事実だけを告げる。 だが、その単純な言葉には追いかけなくていいのかというレイの配慮が感じられた。 「そうだね」 シンジは腕を動かしながら返事をする。 確かにシンジは追いかけようとして迷った。 だが、生死の境を脱出したばかりのレイを一人にする方が心配だった。 レイはもう以前の感情のないレイとは違うのである。 人間らしい感情を身につけると同時に人間の持つ寂しさ、脆さ、弱さも獲得しつつある。 アスカを追いかけようとしたシンジを見たときのレイの眼は、行かないでと全身全霊を込 めて言っているように感じられた。 感情表現についてはまったく不器用なレイだが、その子供のようなピュアな瞳を無視する ことはシンジにはできなかった。 だからシンジは残った。 自分の時と同じようにミサトがアスカを支えてくれることを祈りながら・・・。 ページ(254) 5.txt 夜になり、シンジは帰ろうとした。 だが、その度にレイの瞳を見て躊躇していた。 そこへ呼び出しのコールが鳴った。 「ピーピーピー」 シンジは通話ボタンを押した。 「はい」 「シンジくん、まだ居たの? だめじゃない帰らなきゃあ」 相手はマヤだった。 「すいません。」 「具合が悪いの?」 「いえ、そう言うわけではありません。」 「無理しないでね。もう遅いから念のため泊まっていったら? ベッドも空いてるし」 「えっ!」 シンジはレイを見た。 一見無表情のようだがシンジにはレイが期待していることが何となくわかるようになって いた。 「はい、そうさせてもらいます。」 「わかっていると思うけど、パジャマはベッドの下のロッカーに入っているわ」 「はい」 「ところでレイ」 「はい」 「具合はどう?」 「問題ありません」 「数時間前まで生命維持装置にかかっていたんだから問題ないことはないと思うんだけ ど」 とりつくしまのない返事にマヤは苦戦した。 ページ(255) 5.txt 「まあ、いいわ。何かあったらボタンを押すかシンジくんに言うのよ」 「はい」 「じゃあ、シンジくんレイをよろしくね」 「はい」 「カチッ」 マヤとの通信は切れた。 シンジはパジャマに着替えるとレイの隣のベッドに横になった。 絶体絶命の時を共に過ごした二人 レイはシンジの動作を何一つ見逃さないかのように見つめていた。 シンジにとってそれは不快ではなかった。 自分を必要としてくれるものの確かな存在。 愛情に飢えているもの同士にとってそれは願ってもないことである。 やがて消灯となった。 明かりが消えて暗くなる最後の瞬間までレイの紅い瞳がシンジの目に焼きついていた。 <ネルフ本部 発令所> 「消滅!? 確かに第2支部が消滅したんだな!?」 発令所に冬月副司令の声が響いた。 アメリカでエヴァの量産化を進めていた二つの支部の内、ひとつが消えたというのか? 「はい、すべて確認しました。消滅です。」 オペレーターは動かしようのない事実を報告する。 画面には「VANISHING」の文字がめまぐるしくスクロールしていた。 ページ(256) 5.txt <ネルフ本部 作戦室> 「まいったわね~!」 ミサトのぼやきが聞こえた。 「上の管理部や調査部は大騒ぎ、総務部はパニクッてましたよ」 日向も本部の動きを伝 える。 「で、原因は?」 「未だ分からず。手がかりはこの静止衛星からの画像のみよ」 リツコは説明を開始し た。 作戦室の巨大床面ディスプレイに衛星軌道上からの北アメリカ大陸が表示された。 だんだんとネバダ州が拡大されていく 荒れ果てた砂漠のような地形の中央にいくつかの建造物が見える。 「10秒前から再生します。」 マヤがカウントダウンを始めた。 「8」 「7」 「6」 「5」 「4」 「3」 「2」 「1」 「コンタクト!」 音もなく、建造物の中央から赤い光が広がっていく まるで鋭利な刃物で切り取られるように半球状に陥没していく地面 ザッザッザッザーーー ページ(257) 5.txt 半径35キロまで広がったところで衛星のカメラが破壊された。 中央のディスプレイには「VANISHING NERV-02」の文字だけが点滅して いた。 「エヴァンゲリオン四号機ならびに半径89キロ以内の関連施設はすべて消滅しました。 」 マヤの報告が続く 「数千の人間も道連れにね」 リツコは技術指導をしたネバダ支部の同僚のことを思いだ していた。 「タイムスケジュールから推測して、ドイツで修復したS2機関の搭載実験中の事故だと 思われます。」 青葉が取り寄せた資料をめくる。 「予想される原因は材質の強度不足から設計初期段階のミスまで3万2千768通りで す。」 マヤがMAGIの計算結果を補足した。 「妨害工作の線も考えられるわね。」 ミサトは電源喪失事件の事が忘れられなかった。 「でも爆発ではなく、消滅ですよね。・・・つまり消えたと」 日向は補佐として気にな る点を指摘する。 「たぶんディラックの海に飲み込まれたんでしょう。先の零号機と初号機のように」 リ ツコは一番確率の高い答えを述べる。 「じゃあ、せっかく直したS2機関は?」 リツコの平然とした態度にムッとしたミサト が詰め寄る。 「パーよ。夢は潰えたわ」 あくまでリツコは冷静だった。 「よくわからないものを無理して使うからよ」 一歩間違えば自分達も同じ運命をたどったという恐怖と それから逃げるわけにはいかな い怒りからミサトは憤慨していた。 リツコはポケットに手を突っ込んだまま表向きは冷静にミサトの言葉を聞いていた。 そっと顔を背けた後、心の中でつぶやく 「よくわからないモノ・・・人類の手に負えないモノ・・・それはエヴァも同じだわ」 To be continued. 【第27話】臆病者の楽園(その1) <ジオ・フロント降下用エスカレーター> ページ(258) 5.txt ウイィィィーーーーン 第3新東京市からジオ・フロントへ降下する巨大エスカレーター エレベーターと違って待ち時間が無く、標高差900メートル、視界3千メートルの眺望 は急いでいない者にとっては魅力的だった。 今はミサトとリツコが乗っていた。 「で、残った参号機はどうするの」ミサトが唐突に話し出す。 「ここで引き取ることになったわ。米国政府も第1支部までは失いたくないものね」 リ ツコもジオ・フロントを見下ろしながら返事をする。 「参号機と四号機はあっちが建造権を主張して強引に造ってたんじゃない。 今更危ない ところだけうちに押しつけるなんて虫がよすぎるわ」 「あの惨劇の後じゃあ、誰だって弱気になるわよ」 怒りを顕わにするミサトに対してリツコは心ここに有らずといった感じで慰める。 「起動実験はどうすんの? 例のダミーを使うのかしら」 ミサトには、ダミー・プラグの事を生身のパイロットを使用しなくても エヴァを安全に 起動できる方法を模索する実験のひとつとしか説明していない。 前回の大深度設備の実験でデータを収集できたのでかなりの目処はついていた。 だが、ダミー・プラグには致命的な欠陥が残されている。 「・・・それはこれから決めるわ」 リツコの心はターミナルドグマに飛んでいた。 <公園> ・・・数時間前・・・ アスカはいつの間にかマンションの近くまで来ていた。 このままミサトが居るであろうマンションへは帰りたくなかった。 アスカは目についた公園に入っていった。 ページ(259) 5.txt 既に暗くなった公園内では街灯の灯りがついていた。 ひっそりとした公園を歩くアスカ たいして広い公園でもないため、すぐに中心の噴水までたどり着いた。 円形広場のベンチに腰掛けるアスカ 目的はない。 ただ、部屋には帰りたくなかった。 シンジを思い出してしまうから だが、それはどこにいようと同じであることを14才のアスカには分からなかった。 「バカシンジ・・・」 「ファースト・・・」 「ミサト・・・」 「・・・」 「みんなみんな嫌い! 大っ嫌い!」 アスカは両手で顔を覆ったまま嗚咽を漏らしていた。 「ぼくも嫌いかな?」 ベンチに片手をついてアスカに覆い被さる影 アスカはハッとすると顔を上げた。 加持リョウジであった。 アスカは遮二無二抱きつくと声を上げて泣きだした。 加持はアスカの好きなようにさせながらしっかりと支えてやる。 だが真摯な態度とは裏腹に、その口元には不思議と笑みさえこぼれていた。 ふふっ、あれほどプライドの高いアスカが人前で涙を見せるとは、シンジくんもなかなか のものだな。 加持にとっては所詮14才の子供の些細な感情の高ぶりである。 それよりも一見頼りなさそうなシンジくんがアスカをこうまでさせた経緯に興味があっ た。 ページ(260) 5.txt もっとも、小学生の頃からことあるごとに護衛としてアスカを見守ってきた加持である。 アスカがかわいくてたまらないことも事実である。 今回もアスカの行動を監視しているうちにこうなることを予想して護衛を引き継いだので ある。 案の定、アスカは爆発した。 だが、涙を流すアスカを見るのは初めてであった。 どんなに仲間外れになろうと辛い目に遭おうと涙だけは見せなかったアスカが泣いてい る。 長い間見てきた加持にとってちょっとした事件であった。 そして自ら望んで自分にしがみついている。 今までのアスカと加持の関係は精神的なものであった。 幼いアスカは辛い目にあってもジッと歯を食いしばって耐える。 それを加持が影から支える。 むろんアスカが自分を守る者の存在が分かるように・・・ そしてアスカも加持が守ってくれていることを知っていてもあえて近づこうとはしない。 あくまで精神的な繋がりであった。 一人で生きる・・・決して泣かない・・・エヴァのパイロットに選ばれたエリートである ・・・ 母親との衝撃的な別れからアスカが決意し、支えたものがこれだった。 だから加持に甘えることはできなかったのである。 それが日本に来てシンジくんたちと暮らしだしてからのアスカの変わり様は大したもので ある。 突っ張って突っ張って生きてきたあと、ミサトによって家族のまねごとを知り そしてシンジくんによって、人は一人では生きていけないことを知り、同時に愛すること も学んだようである。 あのなんにでも爪を立てそうな子猫をよくここまで変えたものである。 今のアスカは知識はあっても経験のない14才の頼りないただの子供であった。 だがそれは幼い頃と比べて弱くなったわけではない。 むしろ柔軟性がでてきたのである。 乗り越えられない困難にぶつかっていきなり折れてしまうのではなく、 多少曲がっても 別の方法で壁を乗り越えるために努力する。 ページ(261) 5.txt そのための準備期間のようなものであった。 今は加持をきっかけに立ち直ろうとしていた。 むろん加持は喜んで協力する。 「アスカはいつから泣き虫になったのかな?」 加持は優しく問いかける。 「泣いてなんかないわ!」 アスカも初めて加持に泣き顔を見られたため強がってみせる。 「泣くことは恥ずかしい事じゃない。泣いてすっきりするのならいくらでも胸を貸すよ。 でもなんで泣いていたのか話す方がもっとすっきりするんだけどね」 加持はアスカが幼い頃から見慣れている頼りがいのある笑顔を見せる。 アスカも無理矢理涙を拭いてその目を見つめ返す。 加持はさりげなくアスカをベンチに座らせると自分も横に腰掛けた。 暖かい街灯の光がふたりを照らす。 アスカは加持の腕にしがみつくと安心したように話し出した。 「シンジがわたしよりファーストを救うことを選んだのよ。」 「それで」 「私を守るって約束したのに・・・」 「使徒が零号機と初号機を飲み込んだとき、アスカは無事だったじゃないか」 「でも私を置いて行ってしまったわ。ファーストと一緒に・・・」 「まるで自分も一緒に連れてって欲しかったみたいだね。」 「そんなんじゃないわ!」 加持の指摘にアスカは赤くなってうろたえた。 それをほほえましく思いながらも意地悪く続ける。 「確かにシンジくんの行動は軽率だったね。みすみす敵の罠に飛び込むのは愚か者のする ことだ。」 「シンジは悪くないのよ。ファーストのせいよ。」 ページ(262) 5.txt あわててアスカが弁護する。 「どうしてかな」 「ファーストがお別れの挨拶なんかするもんだからシンジは後先考えずに飛び込んだんだ わ。 まったくあのバカッたら信じらんないくらいお人好しなんだから」 「つまりシンジくんは悪くないの?」 加持は笑いをこらえながら聞いてみる。 「そんなことは言ってないでしょ。バカシンジが悪いに決まってるわ。 おまけにせっか く助かったのに帰ってこないでファーストの看病なんかしているし・・・信じらんない。 」 横を向いてぷんぷん怒っているアスカ 加持は噴水を見ながらまじめな顔をする。 「アスカは窮地に立ったレイを見捨てるシンジくんが好きかい?」 「え!」 「共に苦難を乗り越えてきた仲間を大切に思うシンジくんは嫌いかい?」 「・・・ううん」 アスカは力無く首を振る。 「もしもアスカがレイの立場だったら、シンジくんはどうしただろう。 ぼくにはわから ないがアスカだったらわかるんじゃないかな」 じっと考えるアスカ 「たぶん、同じ事をしてくれたと思う・・・」 「その場合アスカはどう思う」 「・・・うれしい」 だんだん小さな声になるアスカ 「つまり嫉妬だな」 「・・・わかってるわよ。でもくやしいのよ」 「ほんとにわがままなお姫様だな。このうえまだ不満かい。レイもさぞやうらやましいこ とだろうな」 ページ(263) 5.txt 加持が男くさい笑いをする。 しかしレイと同じ事を言う加持に唖然とするアスカ その驚いた表情の原因を尋ねる加持 「だってファーストにも同じ事を言われたから、うらやましいって」 「ほう、あのレイが」 加持はレイの行動パターンが変化していることをチェックした。 考え事をする加持に質問するアスカ 「なんでファーストは私をうらやましがるわけ?」 「第8使徒のときマグマに落ちた弐号機を命がけで助けてくれたのは誰だったかな」 「・・・」 「第10使徒が衛星軌道上から落下してきたときにもう無理だと思われた弐号機を助けた のは誰だったかな」 「・・・」 「恐らくこれだけじゃあないだろう。シンジくんはアスカのために何度も命をかけている じゃないか、 誰が見ても絶望的な状況で・・・。 それに対してシンジくんはどんな利 益があった?」 「・・・何も」 「無償の愛というのかな、もっともシンジくんの場合はもっと純粋だから無償の献身と言 ったところか、 おまけに一緒に住んで兄弟みたいに仲のいい君たち二人をうらやむのは 当然だと思うよ。 一度くらいレイを助けたって罰は当たらないだろう?」 「そうかもしれないけど・・・でも」 「でも?」 「あの二人はATフィールドを造れるのよ!」 「アスカだって使っているじゃないか」 「ううん、エヴァの力を借りなくても造れるって事よ」 アスカの言葉に愕然とする加持 ATフィールドは使徒とエヴァンゲリオンの持っているオーバーテクノロジーではなかっ たのか? いったいエヴァのパイロットとは何なのだ。 マルドゥック機関は存在しない。 では、適格者の資格とは何をさすのだろう? 人間とは異なる者・・・創られた者・・・新人類なのか? あらたな疑問にぶつかる加持 それを信じてもらえなかったと思ったアスカが怒って言う。 ページ(264) 5.txt 「加持さん、ほんとなのよ。わたしも真似事くらいはできるから見て」 そういうと加持の前に両手を差し出すアスカ アスカは意識を集中した。いつも練習しているように・・・ 少しずつ手のひらに淡い光が集まってくる。 やがてそれは明らかに発光現象を伴うゴルフボール程度の球体となった。 シンジ達のようにクリスタルのようなシャープさはないし、これ以上大きくはならなかっ たが 明らかにエネルギーの凝集体であった。 幼い頃から知っていたはずのアスカにこんな才能があったとは 加持は顔色を変えずに問いかける。 「シンジくんたちもできるのかい」 アスカはまるで自分のことのように自慢する。 「こんなのは偽物よ。シンジはほんとのATフィールドを造れるのよ。とってもきれいな んだから」 「レイもかい?」 「そうよ」 いやいやながら返事をするアスカ 加持は思った。 適格者の資質としてこの能力が存在するのか? それともエヴァに乗ることによってこ の能力を獲得したのか? これもゼーレのシナリオの一部なのか? 加持が思案していることなど気にもしないでアスカは続けた。 「でもシンジと違ってほんとのATフィールドじゃないから何の役にも立たないのよ。 まあエネルギーを使うからダイエットになるのと眠れないときは睡眠薬の代わりになるく らいかな」 「睡眠薬?」 「そう、すっごく眠くなるの」 そう言っている間にもうアスカは加持の腕に掴まったまま眠っていた。 父親の腕に安心してすがる子供のように 加持は今更ながらアスカの変化に驚く 確かに自分に対して好意を持っていることは知っていたが、ドイツに居たときも寝顔を任 されるほどではなかった。 ページ(265) 5.txt どんな場合でも相手を信頼したときに裏切られるのが恐かったのである。 だから常に一定の距離を置こうとする。 あきらかにアスカは人間不信だった。 それを何とかしたくて日本に来る機会にミサトに預けるように手を回したのだが正解だっ たようである。 もっともシンジくんの影響の方が大きいのかもしれないが・・・ 加持はそのあどけない寝顔を優しく見守り、やがて背中におんぶするとミサトのマンショ ンに向かった。 <ネルフ本部 ターミナルドグマ> 巨大なクレーンによって細長い円筒状の黒い物体が運ばれてきた。 待っているのはゲンドウとリツコだけであった。 円筒の曲面に合わせた四角いプレートには文字が刻印されていた。 DUMMY PLUG EVANGELION <2015> REI-00 「試作されたダミープラグです。レイのパーソナルが移植されています。ただ、人の心、 魂のデジタル化はできません。 あくまでフェイク、擬似的なものにすぎません。パイロ ットの思考の真似をする、ただの機械です。」 「信号パターンをエヴァに送り込む。エヴァがそこにパイロットがいると思い込み、シン クロさえすればいい。 初号機と弐号機にはデータを入れておけ」 「まだ、問題が残っています。」 「かまわん。エヴァが動けばいい」 「はい」 「参号機の到着はいつでしょうか?」 ページ(266) 5.txt 「機体の運搬はUNに一任してある。週末には届くだろう。あとはキミの方でやってく れ」 「はい、調整ならびに起動試験は松代で行います。」 「テストパイロットは?」 「ダミー・プラグはまだ危険です。現候補者の中から・・・」 「・・・4人目を選ぶか」 「はい。ひとりすみやかにコアの準備が可能な子供がいます。」 「任せる。」 「はい」 話を終え、レイのダミー・プラグを見るゲンドウ その後ろ姿を愛情とも増悪ともとれる真剣な眼差しで見つめるリツコ ターミナルドグマを静寂が支配していた。 To be continued. 【第28話】臆病者の楽園(その2) <ジオ・フロント物資輸送列車> ガタン、ゴトン! 第3新東京市の市街地を飾り気のない列車が走っていた。 2ヶ所しかない入り口の双方に警備員が立つ車両にゲンドウと冬月の姿があった。 アメリカ政府からのエヴァ参号機の引き渡しに関する手続きのため、日本政府とUNを交 えての交渉の帰りだった。 「街・・・人が創りだしたパラダイスだな」 第3新東京市を見ながら冬月が独り言のよ うにつぶやく 「かつて楽園を追い出され、死と隣り合わせの地上に生きるしかなかった人類。 その最 も弱い生物が弱さ故に手に入れた知恵によって造り上げた地上の楽園だよ」 夕日で暁 に染まったビル群を見ながらめずらしくゲンドウが答える。 「自分を死の恐怖から守るため、自分の快楽を満足させるために自分たちで作ったパラダ イスか」 「この街がまさにそうだな。自分たちを守る武装された街だ。」 ページ(267) 5.txt 「敵だらけの外界から逃げ込んでる臆病者の街さ」 「臆病者の方が長生きできる。それもよかろう」 辛辣な言葉を吐くゲンドウに対し、あくまで生きることの重要性を説く冬月 10年以上にわたり人類の生き残る手段を計画し協力してきた二人である。 とっくに意見の合意を得ていたがこれは二人の儀式であった。 列車はやがてトンネルに入り900メートル下のジオ・フロントへ向かっていた。 窓は真っ暗な壁だけを映し出すが二人の視線は変わらない 二人とも考えていることは同じだった。 このジオ・フロントを作った存在についてである。 1947年に死海の切り立った岸壁に点在する洞窟の中から壺に入った巻物が見つかっ た。 それを旅の行商人が売りに出したことから一般の目に触れることとなった。 それがクムランの死海文書と呼ばれる巻物である。 ほとんどは原形もとどめないほど散乱していたが2ヶ所の洞窟で見つかった古文書は比較 的保存状態が良好だった。 分析した結果、紛れもなく古代ヘブル語で2000年近く前のかなりの長期間にわたって キリスト生誕前後の人々の暮らしを 克明に記録したもので在ることが判明し、学会で一 躍有名となった。 正に旧約聖書と新約聖書をつなぐ幻の聖書である。 無数にある洞窟にさらに組織的な調査が入っていった。 だが既にその時にはゼーレが暗躍していた。 なぜゼーレが「死海文書」に興味を示したのか それは「裏死海文書」の存在である。 実は死海文書は3種類のタイプがあったのである。 一つ目は5万年前の太古の地球の記録 二つ目はキリスト生誕前後100年の記録 三つ目は西暦2000年付近の100年の記録・・・つまり予言である。 ページ(268) 5.txt ゼーレは祖先から極秘に受け継いだ一つ目と自ら探しだし隠匿した三つ目の古文書を「裏 死海文書」と誇称していた。 その内容は驚くべきものであった。 5万年前に既に高度な文明がこの地球に存在していたというのである。 破損が激しいため、それが人類か異星人かは分からなかったが、現在でも数々の奇跡とも 思える事象が記載されていた。 中でも議論を呼んだのは、巨大な自給自足の地下空間の記述である。 日本の箱根と呼ばれる地域に直径13.75キロメートルの地下空間があるというのであ る。 現在の技術を持ってしてもわずか直径100メートルが限界であった。 それも何重にも圧力緩和用の螺旋構造のトンネルで囲んでである。 四方八方から加わる莫大な圧力を10キロメートル以上の空間だけで支えるなど完全にオ ーバーテクノロジーである。 だが、調査の結果それは存在した。 5万年の間に80%以上が土砂によって埋められていたが確かに存在した。 今では上辺の高さ900メートル、直径6キロメートルの半球状の空間を残すのみでは在 ったが・・・ 急遽ジオ・フロントの調査組織であるゲヒルンが設置される。 ゼーレはジオ・フロントの発見によって死海文書の記述の正しさを知り、ますますのめり 込んでいった。 予言に関わる3つのキーワード・・・ジオフロント、南極、月。 そして予言は西暦2015年で終わっていた。 それが人類の歴史の終わりなのか予言の限界なのかは分からなかったがゼーレは自分達を 中心とした新世紀を夢見たのである。 予言を残したものが自分達の祖先であると信じ当然の権利として・・・ 約束の時が近いことを知ったゼーレは、より迅速に活動するために超法規組織を計画す る。 こうして西暦2010年、特務機関ネルフが誕生した。 人類補完計画の実現とそれを阻害する使徒の破壊のために・・・ ページ(269) 5.txt 「第3新東京市、ネルフの偽装迎撃要塞都市。遅れに遅れていた第7次建設も終わる。い よいよ完成だな」 「四号機の事故、ゼーレにどう説明するつもりだ。」 「事実のとおりに、原因不明さ」 「しかし、ここに来て大きな損失だな」 「四号機と第2支部はいい、S2機関もサンプルは失われてもドイツにデータが残ってい る。ここと初号機が残っていれば十分だ。」 「しかし、委員会は血相を変えていたぞ」 「予定外の事故だからな」 「ゼーレもあわてて行動表を修正してくるだろう」 「死海文書にない事件も起こる。老人にはいい薬だが、動きを予測するのが難しくなるな ・・・」 ゲンドウの言葉の直後にまぶしいほどに照明されている広大なジオ・フロントの光景が広 がった。 それは誰からもらったのかさえ分からない5万年前の遺産であった。 <ミサトのマンション> 「ただいま~」 朝になってレイが落ち着いてきたこともあり、シンジはマヤの説得に従いマンションに帰 ってきていた。 「おかえり、シンジくん」 ドアを開けると聞き慣れた声がした。 居間まで行くと声の主がだらけた格好でテレビを見ていた。 「加持さんどうしたんですか?」 加持のことは日本に来る前から聞いて知っていた。 ミサトが愚痴とものろけともつかない四方山話としてシンジに伝えたことである。 もちろん酔っぱらいの言うことなのでかなり脚色されていたが・・・ ページ(270) 5.txt おかげで顔を合わせる前から家族のような親近感を持つほどになっていた。 帰国してからは何度も遊びに来ていたので加持についてはミサト同様に心を許していた。 いや、頼りになる同性の大人と言うことでミサト以上かもしれない。 一緒に朝食を取ることもめずらしくない。 足音を聞いてやっと振り返るとシンジの方を見た。 「まったく事の張本人がのんきなものだ」 いつもの男くさい笑いである。 「ぼくのせいなんですか?」 「そう、キミのせいだ」 はっきり糾弾しながらプレッシャーを与えないのが加持の不思議なところである。 おかげでシンジのほうも対等に近い立場で話ができた。 「アスカのことですか?」 「ああ、夕べ公園で泣いていたよ」 「・・・やはりそうですか。突然病室を飛び出していったので心配していました。 加持 さんが面倒を見てくれたんですね。」 「アスカはよく泣くのかい?」 「普段はそんなことはないのですが時々・・・」 「たとえばシンジくんとレイがATフィールドを使う時とかかい?」 「ど、どうしてそれを」 驚くシンジを後目に加持はいつもの調子を崩さない。 「レイがシンジくんとディラックの海に消えたのが許せないんだとさ」 「アスカ・・・怒っていましたか?」 「ああ、だがちょっとシンジくんを悪者にするとあわてて庇う。キミにぞっこんだね。 おまけに光の玉を造って見せてくれたよ。おかげでまだ眼が覚めない。」 「そうですか」 「まあ、とりあえず他に方法がなかったということで納得してもらったから大丈夫だろ う。 ところで葛城は第2支部の後始末で今晩は帰れそうにないそうだ。」 「はあ?」 「シンジくんも戻ったことだし、ぼくも帰ることにするよ。」 そう言うと加持はもう玄関に向かっていた。 ページ(271) 5.txt ドアを閉じる前に一言だけシンジに言う 「アスカを頼むよ、シンジくん」 バタン それはしらふのミサトから聞いていたドイツでの加持の任務を思い出させた。 もちろん第一級のスペシャリストで売れっ子の加持にとってセカンド・チルドレンのボデ ィガードなど片手間仕事である。 だが、14才のシンジにとってアスカの保護者とは重圧を感じるほど大変なことであっ た。 肉体的には危険から遠ざければいい、だが人は些細なことで精神に異常をきたす。 特にほとんどすべての人がセカンド・インパクトで精神的外傷を負った現代では些細なス トレスで精神が崩壊する。 責任は重大であった。 シンジはアスカの部屋のドアをノックした。 カチャ 返事がないためシンジはドアを開けて部屋に入る。 女の子独特のほのかに甘い香りが漂っている。 ミサトの化粧品の匂いとは根本的に異なる香りである。 それだけでシンジなどは気後れしてしまうほどの効果があった。 だが、ベッドで寝ている姿が視界にはいると加持の言葉がよみがえった。 ・・・アスカを頼むよ・・・ シンジは荷物を置くとベッドに近づいていった。 意外なことにアスカはいつものとおり柔らかな綿のパジャマに身を包み静かに眠ってい た。 まあ、ミサトが大切なエヴァのパイロットを置いたまま出勤するのだから当然と言えば当 然である。 命に関わることだったら電話一本で第3新東京市中の医者が駆けつけるのだから シンジはアスカの顔をジッと見つめた。 ページ(272) 5.txt 緩やかにカーブして顔にかかる前髪 知性的で広い額 カットなどしなくてもきれいに整った眉毛 閉じたままでも美しい青い瞳を予感させる瞼 そっと閉じた瞼からしなやかにのびるまつげ ゲルマン系のすらりとした鼻 愛らしい頬 幼さの残る顎 ほっそりとした首筋 布団に半ば覆われた柔らかな胸の起伏 それは息をするのも躊躇われるほど美しい生きた芸術品であった。 もう4~5年もしたらとびっきりの美女になることが神によって約束されたような少女で ある。 惣流・アスカ・ラングレー 美しく、誇り高く、ドイツ育ちだがアメリカ国籍を持つ少女 レイの神聖な・・・まるで妖精のような気品とは違って、長い歴史と紋章を掲げることを 許された貴族のような気品・・・ 常に攻撃的でエネルギッシュな起きているときとは別人のようである。 元々のアスカはこちらなのかもしれない。 小学生の時から一人で生きることを決めた少女にとって世間は甘くなかっただろうから・ ・・ とりあえず異常がなさそうなのでホッとするシンジ そしてベッドにひじを突いてアスカの寝顔を見ているうちにシンジもいつの間にか眠って いた。 虚数空間からの脱出は普通の人間には想像もできないほどの負荷を身体にかけていたので ある。 ページ(273) 5.txt 「う~ん」 アスカは気持ちのいい目覚めと共にゆっくりと伸びをした。 何となく暖かく安心できる目覚め そう、シンジと一緒に過ごしたときのようである。 誰かがすぐ近くで自分を大切に思っていてくれる。そんな感じであった。 そんな馬鹿なと思いつつ期待して横を向くと、ベッドに頭と腕だけのせて寝ているシンジ がいた。 シンジの後ろには荷物が見える。 自分の部屋にも帰らずに、まずここに来てついていてくれたのである。 それはほんの些細なことであるがアスカはうれしかった。 シンジが自分を大切に思ってくれる証拠のように思えたから・・・。 アスカは思わずシンジの肩に手をかけた。 その感触にシンジもやっと頭を上げる。 まだ、完全に眼を覚ます前にアスカが首にしがみついてきた。 よくわからないままアスカを抱きしめる。 指先から伝わる柔らかな感触にアスカが女性であることを痛感するシンジ しばらくしてやっとシンジは言葉を発した。 「夕べ何があったの?」 「・・・シンジこそどうしてあの女とディラックの海に入っていったの?」 「どうしてって言ってもATフィールドを強化すればするほど潜ってしまったのは見ただ ろ?」 「ううん、その前よ」 「その前?」 「そう、ファーストがエントリープラグから出てきたときに何で一緒にATフィールドを 作って飛ばなかったの? くやしいけどあんた達二人なら簡単じゃない」 「・・・。」 「どうしたのよ」 ページ(274) 5.txt 「・・・そうか、そんな方法があったのか、考えもしなかったよ」 「本気? もうなんてバカなのかしら」 アスカが呆れて言う。 お互いに頬をつけあった状態でおまけにアスカの髪の毛でシンジの顔は半分ほど隠れてい るため どんな表情をしているのかわからなかった。 そのためシンジの意外な質問に驚いた。 「でも、アスカだったら弐号機を捨てて脱出した?」 この質問にはさすがのアスカも詰まってしまった。 自分だったらどうしただろう? 弐号機を捨てて自分だけ助かろうとしただろうか? たぶん、脱出しただろう。所詮エヴァは人間の作りだした道具である。人命には代えられ ない。 ・・・だが、エントリープラグに入り、弐号機とシンクロしたときのあの安心感 は何なのだろう? 特に危機に至るほど強まる信頼感・・・エヴァは本当にネルフの作り だした人造人間なのだろうか? だが、考えるより先に言葉が出ていた。 「あったり前じゃない。エヴァはまた作ればいいけどチルドレンの補充は簡単にはできな いのよ」 「そうかもしれないね」 「そうよ」 「・・・でもぼくはまた同じ事をすると思う。」 「なぜ」 「うまく言えないけど、エヴァに乗っているとまるでお母さんと一緒にいるような感じが するんだ。 二度と失ってはならない。そんな気がするんだ。」 シンジの素直な言葉に心の片隅で相づちを打つ自分がいた。 「分かるような気がする。・・・でも今度は私をつれて行きなさいよ」 そう言うとアスカはシンジの首筋に顔を埋めた。 半分は照れ隠しかもしれないが、親に抱かれることによって安心する赤ん坊と同じように アスカもまたシンジに密着することによって安らぎを得ていた。 そんなアスカを見てほほえましく思うシンジ 自分を求め頼りにするアスカに親近感が膨らんでいく。 「アスカっていい香りがするね」 それは素直な感想であったがアスカはビクッとした。 ページ(275) 5.txt 「キャー!」 ドサッ 同時に突き飛ばされるシンジ 「夕べお風呂に入ってないのにシンジの変態!」 あわててバスルームに向かうアスカ シンジは尻餅をついたまま呆然としていた。これだから女の子はわからない・・・ 「一緒に行って欲しいところが在るんだけどいい?」 夕食を済ませた後、シンジは不意に言った。 「いいけど、どこ?」 怪訝に思いながら質問するアスカ 「言わなくちゃだめ?」 シンジの辛そうな表情にアスカは気がついた。 「まあ、いいわ。着替えてくるからちょっと待ってて」 「え、そのままでいいよ」 「バカ、ホットパンツにTシャツじゃあ恥ずかしいでしょ」 そう言うとさっさと自分の部屋に入っていった。 だったらなんでいつもそんな格好をしてるんだと思う鈍いシンジだった。 シンジとアスカは第3新東京市環状線を降りてとぼとぼと歩いていた。 再開発の始まった地区なので夜は人の気配がない。 思い詰めたような表情のシンジにアスカは声をかけられなかった。 やがて旧型のマンモス団地にたどり着いた。 シンジはエレベータに乗り4階のボタンを押す。 4階につきエレベータの扉が開くと慣れた感じで端から二つ目のドアに向かった。 アスカが隣に来るとブザーも押さずにドアを開けようとした。 ページ(276) 5.txt あわてて止めるアスカ 「ちょっと、表札があるから誰か住んでいるんじゃないの?」 暗いので名前までは読めなかったようであった。 「うん、住んでるよ」 シンジはあっさりと答える。 「でも大丈夫だよ」 シンジはノックをしただけでドアノブを回した。 鍵はかかっていない。 ドアは簡単に開いた。 「不用心ね。ドイツじゃ信じらんないわ」 「いつも言ってるんだけどこれだけは変えようとしないんだ。」 シンジの言葉に嫌な予感を覚えるアスカ シンジはアスカを先に入れるとドアを閉めた。 アスカが短い通路を通ってひとつしかない部屋にたどり着くとシンジは灯りをつけた。 むき出しのコンクリートの壁がアスカの目に飛び込む 無表情で寒々とした雰囲気は誰かを連想させた。 「まさか・・・ここは・・・」 シンジは背後でゆっくりと頷いた。 「綾波の部屋だよ」 To be continued. 【第29話】臆病者の楽園(その3) <レイの部屋> 「・・・ここが・・・ファーストの・・・部屋・・・」 シンジが出入りするようになってきて、かなりましになってはいたが、それでもにぎやか なのは台所周りくらいである。 部屋の中は依然として物を置いていない。 むき出しのコンクリートの壁に囲まれ、薄暗い灯りの中、病院仕様のベッドがフローリン グの床にポツンと置かれた部屋は あまりに寒々としていた。 ページ(277) 5.txt アスカは無意識のうちに両腕で自分を抱きしめていた。 この部屋に一人で残されたら・・・ 突然世界に自分一人しかいないような錯覚に襲われるアスカ 二度と味わいたくない孤独という名の恐怖・・・ シンジは護るように背後から手を伸ばし、アスカの細いウエストで組むとそのまま引き寄 せた。 驚きよりもホッとするアスカ シンジの体温が、シンジの鼓動が感じられる。 身体を支えられたアスカは幾分安心して細かなところまで見えてきた。 小さな冷蔵庫の上には錠剤とビーカーがある。 その視線の意味を悟りアスカの耳元でシンジは話し出した。 「綾波の食事だよ」 「薬じゃないの?」 驚くアスカ 「カロリー摂取用のビスケットとビタミン剤と水だけが綾波の食事だった。」 背後からアスカを抱きしめたまま頭をたれ、顔を見せないシンジ 「どうして知ったの」 長い沈黙の後、そっとアスカは促した。 「初めてこの部屋にきたのはリツコさんに頼まれてレイの新しいセキュリティカードを届 けたときだった。」 ぽつりぽつりと話し出すシンジ 「ドアは鍵がかかっていない上、ダイレクトメールは郵便受けから溢れていて部屋を間違 えたかと思ったほど荒れ果てていたよ」 「なぜ見たり捨てたりしなかったのかしら」 「興味がなかったんだろうね。」 「興味がないって・・・、もしかして知り合いからの手紙があったかもしれないのに」 アスカは当然の疑問を口にする。 「綾波に関しては知人から手紙が来ることは絶対にないと思う」 込み入った事情があることを察したアスカは聞くことに専念することにした。 ページ(278) 5.txt そっとお腹に回されたシンジの腕に手を添える。 シンジも力づけられるようにその時の状況を説明した。 「表札は間違いないのでとりあえず中に入っていったんだ。」 アスカは沈黙を守る。 「ベッドには血まみれの枕があった。」 「血?」 「そう、それも何度も流れて固まった血染めの枕とシーツだった。」 シンジでなくても驚いたことであろう。とても女の子の部屋ではない。 「どうしてそんなことに」 シンジは冷蔵庫の隣を指さした。 「そこにダンボールの箱があったんだ。」 「箱?」 「うん、・・・中にはこれも血にまみれた包帯がいっぱいだった。」 「それって零号機の暴走の時のやつ?」 「そうみたいだね。」 「なんで完治するまでネルフの病院に入院していなかったのかしら、あそこなら完全看護 なのに」 もっともな疑問である。 「たぶんリツコさんも・・・父さんも何か理由があったんだと思う。」 アスカは不思議に思った。 なぜ、保護者がいるであろう未成年者の生活まで司令が管理するのだろう? 「ねえ、シンジ」 アスカがあらたまって聞いてきた。 「わたしがセカンド・チルドレンだと聞いたときから正直ファーストにはずっと興味を持 っていたわ。 でも、誰に聞いてもどんなに調べても何も出てこない。」 シンジを苦しめるとわかっていたがアスカは止めることができなかった。 「ファーストって何者なの? 両親はどうしたの?」 アスカはシンジがビクッとしたことをお腹に回された腕から知った。 苦しそうに話すシンジ ページ(279) 5.txt 「両親のことはわからない。おそらく綾波も知らないと思う。」 「そんなバカな! いくらあの女でも自分の両親が生きているか死んでいるかくらいは知 ろうとしたんじゃないの?」 「・・・」 「どうなのよ?」 はやるアスカにシンジは質問をした。 「これから話すことはぼくとアスカの二人だけの秘密にしてくれる?」 いつになく神妙なシンジの迫力に飲まれ思わず頷くアスカ それを確認してからシンジは話し出した。 「綾波は実験室で育ったんだ。」 「実験室?」 「そう、ある理由で生まれてからずっと実験室で育てられ、13才で初めて外に出たと言 っていた。」 「そんなばかな! 人権蹂躙よ。 いくら初のチルドレンと言っても」 「だから理由があったんだよ。」 まるでシンジの苦しさがお腹を伝わってくるような感触であった。 アスカは話の展開を少しだけ変えた。 「それであの女はあんなに無愛想なのね。」 「・・・何しろ、笑うことも泣くこともここ数ヶ月で覚えたばかりだからね。」 「それって変よ。赤ん坊だって生まれたばかりで泣くし、ちょっと経てば笑ったりくらい はするわ」 「・・・ごめん。」 シンジはなぜ謝るのか 口止めをした上で更に言えない秘密ということである。 気には入らないがシンジが真実を語っているということはわかった。 「どうしてここに出入りするようになったの」 「初めてここを見たときに自分とは違う世界で二度と来ることはないと思った。」 ページ(280) 5.txt 「確かにシンジとは合わないわね。」 「ヤシマ作戦の時に綾波が、”あなたは死なない。わたしが護るから”と言って出撃して いったんだ。」 「わたしも報告を見たわ。繊細な操作を必要とする作戦なんだからシンクロ率の高いシン ジが砲手を、 ファーストが防御を担当するのは当然じゃない」 でもあの女がわざわざシンジを力づけるようなことを言うのは珍しいわね。 「1撃目が外れたとき、すぐに敵は第二射を撃ってきた。」 「それでレイが防御したんでしょ」 「うん、でもこちらの第二射は時間がかかるというのに綾波の盾はどんどん融けていった んだ。」 「・・・」 「盾が無くなると綾波は零号機自体を盾としてぼくを護ってくれた。 もちろん超電磁コ ーティングしたハイパーセラミックの盾が融けたくらいだからエヴァのボディなんて数秒 しかもたない。 でもわずか数秒を稼ぐために綾波は命を懸けてくれたんだ。」 「・・・任務でしょ」 「確かにぼくを護ることは任務だったかもしれない。でもぼくを命がけで護ってくれたこ とも事実なんだ。 そしてその時初めて人のために何かしてあげたい・・・、綾波のため に何かしてあげたいと思えたんだ。」 「・・・それでここへ来たの?」 「うん、綾波は平然としていたけど実際には着替えもできないほど衰弱していた。 掃除 をしたあと料理を作ろうとしてやっと綾波の食生活を知ったんだ。」 「驚いたでしょうね。」 「うん、何とか説得して料理を食べてもらうことになったけど、台所用品なんて何にもな い。 包丁一つ鍋一つなかったんだからまずそこから用意しなくちゃいけない。今はやっ と人が住んでいる感じになったところだね。」 「これでも?」 アスカは部屋を見渡しながら聞いた。 「この部屋は綾波の生まれ育ったところと似ているんだって、」 こんな寒々とした無機質なところでレイは育ったとは・・・ アスカは言い知れぬ孤独と恐怖を感じていた。 そのアスカの震えを感じ取ったのかシンジは腕に力を込めた。 少しだけシンジに寄りかかるアスカ アスカを支えながらシンジは続けた。 ページ(281) 5.txt 「アスカにお願いがあるんだけどいいかな。」 「何?」 「綾波を助けてやって欲しい。」 「・・・」 「だめかな?」 シンジの期待が痛いように感じられる。 「今、綾波は微妙な段階にさしかかっているように感じるんだ。」 「微妙な段階?」 「そう、あのディラックの海で死にかけたとき何だか綾波の心に変化が起きたように感じ た。 最後の瞬間、まるでLCLを通して心がつながったような感じを受けたんだ。」 「レイの心と?」 「とてつもない孤独と虚無の中、頼りないほんのわずかな灯りがあった。 命の火は消え かかっていたけど心がつながった瞬間その灯りは大きくなった。 そして眼が覚めたとき の綾波は一人が寂しいということを理解した女の子になっていた。」 「・・・わかる気がする。ずっと一人だったら耐えられるけど、いちど人の温もりを知っ てしまったらもう後戻りできない」 それはシンジの温もりを知ってしまった自分と同じであった。 「シンジがファーストに優しいのは命の恩人だから? それとも可哀想だから?」 唐突な質問であった。 シンジ自身にも答えがでているのかわからないほど難しい問題であった。 しばらく考えた後シンジは答えた。 「・・・わからない。きっかけは間違いなくそうだけど、時々それだけじゃないと感じる ときもある。 ごめん、よくわかんないや」 シンジらしい正直な答えであった。 「まあいいわ。わたしにとってシンジは命の恩人なんだからその恩人の頼みなら聞くしか ないわね。・・・それに」 「それに?」 「わたしだってレイがそんな酷い境遇だって知ったわけだから、その上でレイに冷たくで きるわけないじゃない。」 アスカの言葉にホッとするシンジ 「ありがとう。アスカならきっとわかってくれると思ったよ」 ページ(282) 5.txt 「あら、どうして?」 自分でさえわからなかったというのに・・・ 「だってアスカは優しい娘だからね」 シンジはさも当然と言った感じで言ってのけた。 優しい娘だなんて誰にも言われたこと無かったのに・・・ でも悪い気分ではなかった。 そのあとは沈黙が部屋を支配した。 人気のない廃墟のようなマンモス団地の一室で身を寄せる二人 アスカを背後から抱きしめるシンジ 確かな存在を背中に感じ、お腹に回されたシンジの腕を上から愛おしげに手を添えるアス カ 静かに時が流れていた。 やがてシンジがアスカに覆い被さってきた。 「シ、シンジ! どうしたの?」 アスカはあわてて支えようとする。 中腰のまま力が拮抗したところで横に倒れた。 どうしたのかと思い振り返ってシンジを見ると気を失っていた。 いや、眠っていたのである。 規則正しい寝息が聞こえる。 やはりまだディラックの海から脱出したときの疲れが残っていたのである。 人間業では、いや現代の科学力では不可能に近い膨大なエネルギーを制御したのである。 それから二日しか経っていないシンジにとってまだまだ休息は十分でなかった。 緊張の糸が切れると猛然と身体は休息を要求したのである。 アスカは呼吸と心拍が安定しているのに安心してそのまま寝かせることにした。 幸いミサトは夜勤である。 ページ(283) 5.txt マンションに帰る必要はない。 だが、いくら気候が暖かいと言ってもフローリングの床の上では身体が痛くなる。 アスカは何とかシンジをベッドまで運ぼうとしたが、意外と重くて持ち上げられなかっ た。 しょうがないのでベッドから布団を降ろすと床に敷いた。 その上にシンジを引きずって寝かせることに成功した。 やっと一息つくとアスカは電気を消してシンジの隣で横になった。 窓から入る月灯りの中、シンジの天井を向いた横顔が見える。 不思議な男である。 一見頼りなく、普段はボケボケしているのに人のこととなるととてつもなく強くなれる。 シンジだって決して幸せな境遇ではなかった。 母親は幼い頃事故で死に、父親は息子を人に預けたまま無関心。 やっと呼び寄せたかと思ったら優しい言葉一つなく戦地に送り出すだけ・・・ だのになんでこの男はこんなに人に優しくなれるのだろう? 自分には無い本当の強さを持っている。 そして何かあったら絶対に見捨てないで助けてくれる。 そんな気にさせてくれる男であった。 事実何度も絶望的な状況で奇跡的な活躍を見せて助けてくれた。 シンジがいなかったら3回は確実に死んでいたであろう。 他にも危ないところを助けてもらった事例は数限りない。 まさにわたしの命はシンジによって護られ存在しているのである。 それはわたしがセカンド・チルドレンでなくても同じであろう。 シンジはバカだから ”惣流・アスカ・ラングレー”という女の子を助けるために、ただ それだけで命を懸けてくれたのである。 「ホントにバカなんだから・・・」 わたしをわたし個人として大切に思ってくれた初めての人 アスカはシンジの右腕を両腕で抱え込むようにしがみつくと、流れ出る涙でシンジのシャ ツを濡らしながら眠りについた。 ページ(284) 5.txt チュンチュン、チュンチュン もう日が高く昇り始めた頃、シンジはやっと眼が覚めた。 ミサトのマンションとネルフの病室の次に見慣れた天井 レイのアパートの天井だった。 右腕にはアスカがしっかりとしがみついていた。 きっと夕べぼくが疲れて眠ってしまったのでアスカもこのまま泊まったんだな。 アスカの柔らかなウェーブのかかった髪に触ろうとして左腕が動かないことに気がつい た。 そこにはまだ濡れた髪でバスタオルにくるまったまま、シンジの左腕にしがみついて眠っ ているレイがいた。 To be continued. 【第30話】臆病者の楽園(その4) <ネルフ本部 第1分析室> 反射光を抑えた柔らかな照明の元、リツコは端末をたたいていた。 そのすぐ脇でミサトが暇そうにコンソールに半分体重をのせながら寄りかかっている。 何の気負いもなくリツコは話を切りだした。 「松代でのエヴァの起動実験、テストパイロットは4人目を使うわよ」 「4人目! フォース・チルドレンが見つかったの?」 「昨日ね」 「マルドゥック機関からの報告は受けていないわよ」 「正式な書類は明日届くわ」 「・・・。」 何事もなかったかのようにキーボードをたたくリツコの横顔を見ながらミサトは引っかか るものを感じた。 この15年で見つかったチルドレンはこれで4人となる。 ファーストとセカンドは何年も前からだが、残りの二人はここ数ヶ月でいきなり見つかっ ている。 ページ(285) 5.txt しかもサード・チルドレンは15年ぶりの使徒襲来日に、フォースは参号機の起動試験直 前である。 あまりにタイミングがよすぎる。 ミサトは最近リツコの行動に疑問を抱き始めていた。 「赤木博士! また、わたしに隠し事してない」 「別に」 「まあ、いいわ。で、選ばれた子って誰?」 ピッ リツコのキータッチによって即座にフォース・チルドレンの詳細情報がディスプレイに表 示された。 「えっ、選りにもよってこの子なの」 「仕方ないわよ。わたしたちには選択の余地なんか無いんだから」 「話しづらいわね。このこと・・・。アスカはいいのよ、エヴァに乗ることにプライドか けてるから、 レイは例外としても、エヴァに関わっていい事ひとつもないからね。 だっ てそれを一番知っているのがシンジくんだものね。これ以上、辛い思いをさせたくない わ」 「でも、私たちにはそういう子供達が必要なのよ。みんなで生き残るためにはね。」 「きれいごとはやめろ・・・というの」 「・・・。」 リツコからの返事はなかったが、無言でキーを入力する姿がすべてを物語っていた。 既に人類は生き残れるか死滅するかの二者択一、双方共殲滅戦に突入していると言うこと を・・・。 <レイの部屋> レイはドアノブを回そうとして手を止めた。 頬が期待に満ちてほんのりと赤みを帯びる。 碇くんの波動を感じる・・・。 レイはディラックの海でシンジと長時間シンクロしていたために感覚が更に鋭敏になって ページ(286) 5.txt いた。 そっとドアを開けるとレイは靴を脱いで中に進んだ。 期待どおりシンジがいた。ベッドではなく床の上だったが レイは待っていてくれる人のいるという状況に幸せな気分に包まれていた。 だがシンジの右側は赤いものに覆われていた。 「まさか・・・」 レイの瞳が急に翳りを帯びた。 身体を丸めてシンジの腕を足で挟み両腕でしがみついているため、アスカの華奢な姿は長 い髪の毛に覆われてほとんど見えなかった。 まるで眠っている間にシンジがいなくなるのを恐れるようなつかまり方である。 シンジとのシンクロによってレイにもアスカの行動がいくらか感じ取れるようになってき ていた。 アスカも自分と同じである。 結局は一人がいやなのである。 自分を一人の人間として接し、決して裏切られることのない信頼・・・そう、母親が子供 を思うような絆を求めているのである。 その存在がアスカにとってはシンジだったのである。 そしてそれはレイにとっても同じであった。 今初めてレイはアスカのことを自分に近い存在。仲間であることを理解した。 いつのまにか瞳の翳りは消え、身を寄せあう二人にやさしいまなざしを向けるレイの姿が あった。 やがてレイは自分の状況を思い出した。 今朝、本部の病院から退院したばかりである。 一番早い時間帯で手続きしたためまだ6時半である。 レイは赤木博士に教育されたように身体を清潔にするためシャワーを浴びることにした。 ページ(287) 5.txt バスタオルで髪の毛を挟むように乾かしながらバスルームを出たレイは一つの問題に突き 当たった。 シンジたちが床で寝ているので壁に埋め込まれているクローゼットが開けられないのであ る。 レイはあっさりと着替えをあきらめた。 そのままシンジの空いている左側に横になった。 シンジ達を起こさないように慎重にシンジの腕を足に挟み自分の腕を絡める。 まるでアスカのような格好である。 シンジを離したくないという考えがアスカと同じ行動をとらせていた。 このまま1分でも長く一緒にいたい。 そう願いながらレイはしずかに眼を閉じた。 <ネルフ本部 リフレッシュ・コーナー> 自動販売機が所狭しと並ぶ休憩用の長椅子にマヤが紙コップを両手で持って座っていた。 そこに屈み込むように加持が口説いている。 狭いリフレッシュ・コーナーには二人しかいなかった。 「せっかくここの迎撃システムが完成するのに祝賀パーティのひとつも用意されてないと は、ネルフってお堅い組織だね。」 「碇司令がああですもの」 「キミはどうなのかな?」 加持はさっそく落としにかかっていた。 「いいんですか加持さん! 葛城さんや赤木先輩に言っちゃいますよ」 マヤも口ではそう言いつつ加持との軽い会話を楽しんでいた。 ちょっと身だしなみを整えればはっきりとハンサムであることがわかる整った顔立ち ページ(288) 5.txt 30になり大人の余裕と子供っぽい無邪気さの同居する魅力的な雰囲気 だらしない感じがいかにも母性本能を刺激する。 だがそれはすべて加持の計算した効果である。 男からは油断を女からは情報を得るための加持の諜報能力の一つであった。 「その前にその口を塞いで」 加持が屈み込み顔をマヤに近づけようとし、マヤが避けようと身をひねったときに声が聞 こえた。 「お仕事進んでる!」 加持は顔を上げるまでもなくわかった。 何年ものあいだ聞き慣れた声 かなり厳しい響きではあったが・・・ 「ああ、ぼちぼちだな」 加持は悪びれた様子も見せずに笑顔を向けた。 そこには一部の隙もなくネルフの制服を着こなしたミサトが立っていた。 「じゃあ、わたしは仕事があるのでこれで・・・」 マヤはひきつった笑いを浮かべるとそそくさと持ち場に戻っていった。 「あなたのプライベートに口出すつもりはないけど、この非常時にうちの若い子に手を出 さないでくれる。」 「キミの管轄ではないだろ。それとも葛城にならいいのか?」 「これからの返事次第ね」 「地下のアダムとマルドゥック機関の秘密! 知っているんでしょ」 嫌みっぽい口調から急にひそひそ声でミサトは聞いた。 「さて」 「とぼけないで」 「他人に頼るとはキミらしくないな」 ページ(289) 5.txt 「なりふり構っていらんないのよ。都合よくフォース・チルドレンが見つかる。この裏は 何?」 「ひとつ教えておくよ。マルドゥック機関は存在しない。影で操っているのはネルフその ものさ」 「ネルフそのもの・・・碇司令が・・・」 「コード707を調べてごらん」 加持はそう言い残すと足早に離れていった。 「コード707・・・シンジくんの学校!」 ミサトは思いもかけない場所に真相へのキーワードが隠されていることに戦慄を覚えてい た。 <レイの部屋> もう日が高く昇り始めた頃、シンジはやっと眼が覚めた。 レイのアパートだった。 右腕にはアスカが小さな子供のように一生懸命しがみついていた。 アスカも一緒に眠ったのか その安らかな寝顔が微笑ましくそしてあまりに愛らしいため触れてみたくなった。 手を伸ばそうとして左腕が動かないことに気がついた。 そこにはまだ濡れた髪でバスタオルにくるまったまま、シンジの左腕にしがみついて眠っ ているレイがいた。 「あ、綾波!」 シンジは驚いてつい声を出してしまった。 その声で起きたのかそれとも始めから寝てなかったのかレイはおでこをシンジの肩から離 しシンジを見つめ返した。 「・・・おはよう・・・」 レイはつぶやくように朝の挨拶をした。 初めて積極的に挨拶をするレイ ページ(290) 5.txt 「お、おはよう」 シンジはまだショックから立ち直れなかったがそれでもつられて答える。 その時シンジの頬を物理的衝撃が襲った。 バシーーーーン! 「エッチ! バカ! 変態! あんたレイのどこに手をつっこんでんのよ」 もちろんアスカであった。 いつの間にかシンジの胸ぐらを掴んで締め上げていた。 「ア、アスカ・・・苦しいよ・・・」 シンジはやっとのことで文句を言う 「当たり前よ、首を絞めてるんだから。いつの間にレイを連れ込んでんのよ。おまけに裸 にしてこの男は・・・」 ギリギリとアスカは締め上げる。 そのときシンジにしっかりと掴まっていたため一緒に上半身を起こしたレイがシンジをフ ォローした。 「違うのアスカ!」 めずらしくアスカに話しかけるレイ 「何が違うのよ」 レイがシンジをかばうという状況のため更に機嫌の悪くなるアスカ 「シャワーを浴びたのよ」 確かに髪の毛がまだ湿っているうえバスタオルを巻いている。 シンジがレイの方を向こうとしたときに更にアスカは締め上げた。 「そっちを向くんじゃない」 「あうっ」 金縛り状態のシンジ 「何で服を着ないのよ」 レイはすぐ脇の壁を指さした。 アスカはやっと理解した。 壁に埋め込まれたクローゼットの前を自分達が塞いでいたのである。 タオルがバスルームにあったからいいようなもののこれでは着替えもできないのは確かで ページ(291) 5.txt ある。 「悪かったわね」 しぶしぶ自分の非を認めるアスカ 珍しいことであった。 「いいの、それより碇くんが・・・」 「バカシンジがどうしたのよ」 シンジの顔を見てアスカも青くなった。 「・・・死んじゃう」 あわててアスカは締めていた手を離して思い切り揺さぶる。 「シンジ! シンジ! シンジ!」 シンジは泡を吹いて完全に失神していた。 <米国 ネルフ第1支部> 大雨の中、巨大な全翼機がブースターの力を借りて滑走路から離陸していった。 機体下には巨大な十字架型ハンガーが吊り下げられている。 無事だったエヴァンゲリオン参号機である。 まるで罪人を十字架ごと運ぶかのように両腕を広げたまま拘束されていた。 その真っ黒なボディは未来を暗示するかのように不吉な雰囲気を漂わせていた。 To be continued. 【第31話】ダミーシステム(その1) <アラスカ上空> エヴァ参号機を吊り下げた巨大な全翼機は低空飛行を強いられていた。 生体部品と精密部品を組み合わせたエヴァをむき出しのまま極寒の成層圏経由で運ぶのは どのようなトラブルが発生するか予想できなかったからである。 ページ(292) 5.txt 「エクタ64よりネオパン400へ」 「ネオパン400了解」 「前方に積乱雲を確認した。指示を請う」 「ネオパン400より、積乱雲の気圧状態は問題なし。航路変更せずに到着時間を遵守せ よ」 「エクタ64了解」 全翼機は雷鳴の轟く積乱雲の中に吸い込まれるように入っていった。 それが罠だとも気づかずに <ネルフ本部 シンクロテスト> 「影響は出ている?」 ミサトは第12使徒レリエルの後遺症が心配だった。 肉体的よりも精神的な負荷が致命傷で拒絶反応が起こる可能性も高いのである。 リツコは冷静に数値を点検していく 「影響というなら間違いなく出ているわ」 「どのくらいひどいの?」 ミサトの心配そうな声にリツコが心なしか優しそうに答えた。 「勘違いしないで、シンクロ率は97%。ハーモニクスも安定しているし最高のコンディ ションよ」 「そんなに」 起動レベルなんてものではない理想的理論値に近かった。 もちろんフィードバックを考慮しない未熟な実験段階ではかなりのパーセントを記録した 被験者もいたが 何れも制御できずに取り込まれるか発狂するかで自滅していった。 人間にとって100%前後というのは意識を保ったままエヴァを完全に制御できる限界値 でもあったのだ。 だがミサトはリツコの表情に気がついた。 ページ(293) 5.txt 「なんでそんな浮かない顔をしているの? いいことじゃない」 じゃまをしないように小声で話すミサト リツコも手を休ませずに低い声で答える。 「初号機の魂とシンジくんの身体のことは前に話したわよね。」 「ええ」 ミサトの顔も曇った。 初号機のエントリープラグに自ら消えた碇ユイ おそらく初号機の意志に何らかの影響を与えられる唯一の存在。 そして人類との遺伝子の互換率が99.89%まで落ちてしまったシンジくん。 もしくは人類を超えてしまったのか・・・ だがその内容はあきらかにエヴァと同じ構成要素であった。 シンジくんはどうなってしまうのだろう? ミサトは避けるわけにはいかない質問をした。 「またシンジくんの身体に変化が起きているの?」 リツコはイスごとクルリと向き直った。 「身体データについては何の変化もないわ。だから不思議なのよ」 「不思議?」 「何の前触れもなく突然最高レベルのシンクロ値をいとも簡単に出す。 少なくとも適格 者としてすばらしい才能を持つはずのレイやアスカでも無理だわ。」 「でも身体に変化はないんでしょう?」 「だから不思議なのよ。」 「でも何かあったはずだわ」 「考えられるのは第12使徒だわ」 「あの虚数空間で何かあったというの?」 「間違いなくね。それも今度は肉体的と言うよりも精神的な方ね。」 「どういうこと?」 「碇ユイの意志が目覚めつつあると言うことよ。」 「今までもシンジくんを護っていたじゃない。それともあれは初号機の意志なの?」 「おそらく碇ユイの意志はあまりに異質な初号機の影響で半分眠っている状態なんだと思 ページ(294) 5.txt うわ。 だからそれが破られるときは自己保存本能で使徒を倒すときと種族維持本能でシ ンジくんを護るときだけなのよ。」 「つまりユイさんが完全に覚醒するの?」 「まだそこまでいっているのかはわからないけど 記録的長時間のシンクロと生命の危機 がシンジくんにも初号機にも影響していると見て間違いないわ」 「それでユイさんが目覚めたらどうなるの?」 「・・・わからないわ」 イスに腰掛けたままミサトを見つめるリツコ だがその沈黙はリツコにしては如何にも不自然であった。 ミサトは一度つぐんだら絶対に口を割らない性格を嫌と言うほど知っていたため話題を変 えた。 「ところでエヴァには人間の魂が宿らせてあったはずね。」 「そうよ」 リツコはいつもより硬い調子で答えた。ミサトが何を聞きたいのかとっくにわかってい る。 「初号機にはユイさんの魂・・・参号機には誰の魂が入っているの?」 リツコは頭の回転の速いミサトをだませるとは思っていなかった。 だから事実を伝える。 「フォースには重傷の妹がいたわ」 「過去形ね」 「先週、亡くなったわ」 <ミサトのマンション> 保護者であるミサトが松代にある第2実験場にしばらく出張することになったため加持が 泊まりに来ていた。 心を許した数少ない大人の一人として加持の存在はシンジにとってありがたかった。 夜になり居間でごろ寝をするシンジと加持 ページ(295) 5.txt 電気を消してしばらくしてからシンジはぽつりとつぶやいた。 「もう寝ましたか?」 「いや、まだだ」 「・・・あの・・・ぼくの父さんってどんなひとですか?」 人が聞いたら奇異に感じる質問だが加持は真剣に受けとめてくれた。 「シンジくんはどう思っているんだい?」 「ぼ、ぼくは・・・今まではよく知りませんでした・・・。でも最近わかってきたんで す。仕事のこととか母さんのこととか・・・」 加持は静かにシンジの言葉を遮った。 「それは違うな」 「えっ」 「わかったような気がするだけさ。人は他人を完全には理解できない。自分自身だって怪 しいものさ・・・。 まあ、だからこそ人は自分を、他人を知ろうと努力する・・・。だ からおもしろいんだな、人生は」 加持は遠回しにミサトと同じ事を言っていた。 逃げてはいけない。自分から相手に近づかなければ何も解決しない。その努力こそが人間 関係であり、他者との信頼を築くのだと・・・ シンジは加持の言葉を噛みしめながら眠りについた。 <松代第2実験場> 長野県松代市にあるネルフの第2実験場 その地下ではEVA参号機の起動実験準備が進んでいた。 地下にある無人の仮設ケイジではフォース・チルドレンだけが参号機の中で待機してい る。 実験の指揮はすべてリツコとそれを補佐するオペレーターによって本部から運ばれた移動 車両からおこなわれた。 ページ(296) 5.txt 「数値は正常ね。この調子ならいつでも実戦が可能だわ」 リツコが満足そうにつぶやく 「そう、よかったわね」 シンジにフォース・チルドレンのことを言ってこなかったことを後悔するミサトだった。 「気のない返事ね。この機体も納品されればあなたの直轄部隊に配属されるのよ」 「・・・エヴァを4機も独占か・・・その気になれば世界を滅ぼせるわね。」 ミサトは誰にともなくつぶやく それは日本政府を始めとした世界中が懸念していることであった。 やがてエヴァ参号機の起動実験が開始された。 「エントリープラグ固定完了」 ライトの灯ったエヴァ参号機の両眼 その白い目には不気味な血走った血管のような模様が浮かび上がっていた。 「第1次接続開始」 「パルス送信開始」 「グラフ正常値」 「初期コンタクト問題なし」 じっと聞いていたリツコが次の許可を出した。 「了解、作業をフェーズ2に移行」 「シンクロ値上昇」 「絶対境界線突破します。」 「突破しました。参号機起動」 レイがあれだけ苦労したエヴァの起動がいとも簡単に行われた。 ほっとする指揮車両の面々 だが、そこに警報が鳴り響いた。 ページ(297) 5.txt いきなりシンクログラフが反転した。 「実験中止! 回路切断!」 リツコのすばやい指示で電源をカットされる参号機 「だめです。体内に高エネルギー反応!」 「まさか・・・」 リツコは食い入るようにケイジの映像を眺める。 参号機は目を真っ赤に光らせ、力ずくで拘束具を引きちぎっていく 背面の装甲板が圧力に負けるかのようにバキバキと音を立てて持ち上げられる。 粘液状の物体に覆われた内部が垣間見れた。 「あれは使徒!」 リツコの叫びと同時に参号機は顎部のジョイントを破壊すると勝利の雄叫びを上げた。 大爆発に包まれるケイジとその周囲 松代第2実験場は一瞬にして消滅した。 <ネルフ本部> 松代第2実験場の異変はただちにネルフ本部の知るところとなった。 第1発令所内にオペレータのアナウンスが響く 「松代にて爆発事故発生」 「被害、状況一切不明」 冬月は的確な指示を飛ばす。 「救助および支援部隊を送れ。戦自が介入する前に処理しろ」 さらにオペレーターからの状況報告が続いた。 「爆発現場付近にて未確認移動物体発見」 「何?」 「パターン、オレンジ・・・使徒とは確認できません。」 ページ(298) 5.txt ゲンドウは最悪のパターンを想定した。 「第1種戦闘配置!」 「地対地戦用意」 「エヴァ、全機発進!」 「迎撃地点緊急配備」 「空輸開始は20(ふたまる)を予定」 迎撃準備は着々と進行していった。 <第3新東京市 迎撃地点> 長い一日が終わろうとする夕暮れ時にエヴァの配備は完了した。 一時治まっていた蝉の声も元どおりに復活していた。 「松代で事故? ミサトさん達はどうなったの?」 シンジは待機位置に着いてから知った情報に驚きを隠せなかった。 「まだ連絡はないわ」 レイが通信状況を確認して答える。 一見素っ気ないがレイはシンジのために状況確認という自分のできる限りのことをしてい たのだ。 「ミサトさん・・・」 さすがに同居していた人間の安否は胸にこたえた。 アスカはそんなシンジの心境がわかりすぎるほど知っていたため励ました。 「大丈夫よ。あのしぶといミサトが死ぬわけないじゃない。きっと報告が入る頃にはビー ルが欲しいと文句を言ってるわよ」 シンジも自分の態度が周りに不安を与えることを自覚し、話題を変えた。 「それにしても使徒が攻めてくるのにミサトさんがいないんじゃどうするんだろう?」 「今は碇司令が直接指揮をとっているわ」 ページ(299) 5.txt 冷静にレイが情報を確認する。 「父さんが・・・そうか」 シンジは信頼を感じ始めた父の指揮に少しだけ安心して待機することができた。 <ネルフ本部> 「野辺山で未確認移動物体の映像を捕らえました。主モニタに映像を回します。」 オペレータの言葉と共に中央の巨大3次元スクリーンに現場の情景が映し出された。 重々しい響きと共にカーブしている山陰から巨大な影が現れてきた。 「おおっ」 恐れていた事態だった。 本部に向かってくるその姿は紛れもなく起動実験を行っていたエヴァ参号機であった。 ゲンドウは事実を見つめることとした。 「停止信号を送れ」 「だめです。信号受信しません。」 「プラグ緊急射出」 オペレータの指示に従い首から背中にかけてのエントリープラグのカバー装甲が爆破され た。 緊急射出装置がプラグを押し上げる。 ところが粘液状の物体にからめ取られてわずかに動いただけで停止してしまった。 「射出できません。」 「パイロットの状況は」 「呼吸、脈拍は確認しましたが、おそらくもう・・・」 この瞬間ゲンドウは今回の使徒がゼーレのしくんだ罠であることを看破した。 ページ(300) 5.txt あまりに簡単にエヴァが使徒に侵されている。 わざわざパイロットの知り合いを巻き込んでいる。 さらに使徒を倒さなければこちらがやられる状況である以上、誰が倒そうとパイロットの 精神的ダメージは避けようがなかった。 ゲンドウは唯一の決断をするしかなかった。 「エヴァンゲリオン参号機は現時刻を持って破棄! 目標を第13使徒と識別する。」 <参号機 VS 弐号機> 陽炎のようにゆがんだ巨大な夕日を背景に参号機は現れた。 アスカは人が乗っているかもしれないという迷いからいったん山陰に隠れた。 そして使徒を倒すことに専念するという暗示を自分自身にかけ精神を統一するとバズーカ の照準器を覗いた。 ところがどこにも参号機の姿はない。 はっとして見渡すと側面の丘の上に立つ参号機の姿があった。 想像を絶する移動速度であった。 エヴァの運動能力の限界を無視した動きである。 ドカッ 一撃で弐号機は昏倒し、アスカは意識を失った。 <参号機 VS 零号機> ページ(301) 5.txt 「レイ」 「はい」 「弐号機がやられた。近接戦闘を避け目標を足止めしろ、今、初号機を回す。」 「わかりました。」 レイは国道沿いの物陰に隠れた。 数十トンもある物体の移動する振動と共に参号機が前方を通り過ぎていった。 レイはパレットガンを握りしめ照準をつけていた。 トリガーにかけた指を引く直前にレイの持つ感覚が告げた。 「人が乗っている。」 一瞬の躊躇 注意が逸れた途端、参号機が不可思議な動きで身体を丸めていく レイが何事かと見ていると突然驚異的な跳躍をした。 あまりの高さのため限られた視界のモニターではどこにいったのかわからない。 ドシーーーーン ものすごい衝撃と共に零号機は国道のアスファルトに背後から押さえつけられていた。 そのまま弐号機のように打撃をくわえて戦闘力を奪おうとして振り上げた腕を降ろした。 逆に口元に一番近い零号機の左腕に顔を寄せる。 口から粘液状の物体が滴り、零号機の左腕に浸食していった。 どうやら仲間を増やそうとしているようである。 「零号機の左腕に使徒侵入」 マヤの報告にゲンドウは即座に反応する。 「零号機の左腕部を切断しろ、急げ!」 「しかし、神経切断に時間がかかります。」 マヤが躊躇する。 「切断だ!」 ドーン 鈍い音と共に零号機の腕が爆破された。 その激痛をまともに感じ声もなくもだえるレイ ページ(302) 5.txt 使徒も衝撃で吹き飛ばされる。 参号機はもがく零号機に近寄ろうとして立ち止まった。 しばらく停止した後、思い直したように振り返ると国道沿いにネルフ本部に向かっていっ た。 <参号機 VS 初号機> ズシーン、ズシーン 夕日を背景にゆっくりと参号機が向かってくる。 「使徒? あれはエヴァじゃないのか?」 シンジは明らかに自分達と同型の機体に戸惑っていた。 松代で起動実験をしていた参号機ってこれの事じゃないのか? エヴァが敵に回る。 その認識についてこれないシンジ 近づくにつれ背中から僅かに突き出たエントリープラグが目に入った。 「エントリープラグ・・・人が、子供が乗っているの?」 人間対人間の殺し合い シンジは初めて初号機に乗れと言われたときのように混乱していた。 だがシンジの考えなど無視したようにゲンドウは指示を出した。 「エヴァではない、目標だ。」 決心のつかない初号機はまるで嫌々をするように背後に後ずさった。 参号機は不気味な冷静さで迫ってくる。 ガキッ 参号機の腕は伸縮自在の不可思議な動きを見せたかと思うといきなり初号機の首を掴んで いた。 ギリギリと締め上げられる初号機 シンジの首に参号機の指の痕がくっきりと浮かび上がる。 ページ(303) 5.txt シンクロ率の高さがシンジを苦しめていた。 参号機の無表情な昆虫のような顔が不気味に近づいてくる。 「シンジ! なぜ戦わない!」 ゲンドウはゼーレの計画したシナリオと自分に背こうとする息子に対し怒りを禁じえなか った。 シンジは頸動脈を締められる苦しさに意志の力で耐えつつさけんだ。 「だって・・・人が・・・乗っているんだ。・・・ぼくと・・・おなじような・・・子供 ・・・が・・」 それだけ言うのが精一杯であった。 「使徒だ」 ゲンドウは冷たく言い切る。 「で・・・できないよ」 「おまえが死ぬぞ」 沈黙の後、シンジは答えた。 「人を・・・殺す・・・よりいい・・・」 ゲンドウはイスに座ると顔の前で手を組んだ。 その肩に冬月が手を乗せて落ち着かせる。 10年来の師弟であり友であり同志であったゲンドウはそれだけで何を言いたいのかわか った。 「シンジくんの中にはユイくんの意志が受け継がれているのだよ」 「・・・ああ・・・」 常に周りに暖かさを与え、人の痛みを自分の痛みとして感じ取れたユイ 人を傷つけるくらいなら自分を犠牲にすることは目に見えている。 だがこのままではゼーレのシナリオどころか人類が死滅する。 ゲンドウは苦しい決断をせざるを得なかった。 「初号機パイロットのシンクロをカットしろ」 「は?」 ページ(304) 5.txt 青葉は自分の耳を疑った。 「ダミーシステムを起動する!」 ゲンドウの低い重みのある声が発令所に響いた。 ガタッ 一瞬の間の後、マヤが反対する。 「しかし、ダミーシステムにはまだ問題も多く、赤木博士の指示もなく・・・」 ゲンドウに反対するなどと言う大それた行為に最後の方は小さな声となっていた。 「かまわん。今のパイロットよりは役に立つ。やれ!」 一瞬のストップモーション ゲンドウの後ろで冬月副司令がゆっくりと頷く 呪縛が解かれたようにオペレーターが動き出した。 「初号機のシンクロを全面カットします。」 マヤがすばやくキーを操作しながら報告する。 「パイロットとのシンクロ解除しました。続いてダミーシステムを起動します。」 次々と指令が初号機に流れ込んでいった。 コクピットの中が突然赤い非常灯に変わり地獄の苦しみからシンジは解放された。 LCLの中で前屈みになり咳き込むシンジ 首をさすりやっと咳が治まる頃かつて無いほどの静寂を感じ取った。 やがて怪訝に思うシンジの耳にかすかなディスクの回転音が聞こえてきた。 シートの後部で初めてランプの灯ったパネル。 --- OPERATION DUMMY SYSTEM REI --- すべてが赤い視界の中でディスクの回転音は次第に高まっていった。 「何だ?」 シンジは初めての経験に不吉な予感を感じていた。 ページ(305) 5.txt 「信号、受信を確認!」 「官制システム切り替え完了」 「全神経、ダミーシステムに直結完了」 「感情素子の32.8%が不鮮明。モニターできません。」 次々とオペレーターが報告する中、ゲンドウは最後の指令を発した。 「システム解放。攻撃開始」 バキッ、ボキボキボキ、バキンッ 「ウオオオォォォーーーン」 顎部のジョイントを破壊した初号機は雄叫びをあげていた。 初号機の両眼が夕焼けの中でもはっきりとわかるほど赤い光を放った。 バキッ、バキン いきなり首に回された参号機の両腕を掴むと割り箸のようにへし折ってしまった。 そのままくの字に垂れ下がる両腕 参号機の首に両手の親指をかけると今度は初号機がぐいぐいと締め上げた。 シンジは声も出なかった。 ボディを揺さぶり折れた腕で必死の抵抗をする参号機 だがあまりにも力の差があった。 ボキッ 参号機の頭が垂れ下がった。 それでも首を絞め続ける初号機 シンジが我に返る頃やっと参号機の首から手を離した。 崩れ落ちる使徒 ページ(306) 5.txt だがまだ終わりではなかった。 ダミープラグからの指令は目標の殲滅である。 初号機の拳が振り上げられた。 それに気づいたシンジは叫ぶ 「やめてよ。人が乗っているんだ。」 初号機の拳は力任せに参号機の頭部にぶち込まれる。 グシャ 参号機の頭は完全に粉砕された。 もっとも防御率の高い頭部がいとも簡単につぶされていた。 拳を引き抜くと今度は首筋から胸の装甲板に手をかける。 ベリン ゴトッ 装甲板は一気にはぎ取られ脇に転がされた。 肋骨と内臓が剥き出しとなる参号機 初号機の意図に気づいたシンジは哀願するしかなかった。 「とうさん、お願いだ。初号機を止めてよ。もう十分だよ」 ゲンドウは返事をしなかった。 初号機はとてつもない破壊力を持つ拳を剥き出しの内臓につぎつぎと打ち込んでいく。 参号機からはじき飛ばされた肋骨や内臓が数十メートルの範囲にわたって散らばっていっ た。 まるで一晩中獲物をむさぼり食う肉食獣のようなどん欲さと荒々しさで初号機は殴り続け た。 参号機の頭部・腕・足、すべては原形をとどめないほどばらばらに千切られ投げ捨てられ た。 飛び散った血は数百メートルにもわたって飛び散り、周囲のビルは血で染め上げられ滴る 血で池ができていた。 近くの川はまさに血の海と化している。 もはや精根尽き果てたシンジのすすり泣きしか聞こえなかった。 そのとき初号機は右腕を深く差し込むと参号機からエントリープラグを掴みだした。 唖然とするシンジの目の前で初号機は腕に力を込めた。 ページ(307) 5.txt 「やめろーーーーー」 シンジの悲痛の叫びがあがる。 ボキン 参号機のエントリープラグは中央部が握りつぶされくの字となっていた。 そのときシンジの中で何かが切れた。 シンジを中心に膨大なエネルギーが発生する。 その源は初号機から供給されていた。 「初号機の接続が解除されていきます。」 ダミーシステムとの連結がディスプレイ上で次々と切断されていった。 「いかん、電源カットだ」 「電源カットします。」 「内部電源に切り替わりました。残り289秒。しかし依然接続は解除されていきます。 」 「・・・完全にダミーシステム脱落しました。」 「パイロット再接続」 「そんなばかな。パイロットからの接続信号は解除したままだぞ」 「しかしシンクロ値が増加しています。現在34%、エヴァ再起動します。」 「まだ電源は切れないのか」 「内部バッテリーの残量はゼロです。」 「停止したか?」 「はい、・・・いえ、内部に高エネルギー反応! 急速に増加しています。」 「ATフィールドの発生を確認」 「なんだと!」 「初号機を中心に拡大していきます。」 「強力すぎてモニタできません。電磁波も遮断されています。内部の視認できません。ま るで結界です。」 ページ(308) 5.txt 初号機を中心とした直径400メートルの封鎖帯が形成されていた。 そこへ零号機が到着した。 零号機は右腕で左肩を押さえていた。 爆破された左腕があったはずの場所である。 ゲンドウの迅速な判断で最悪の事態は免れたが心理的なダメージは遺憾ともしがたい。 もともと人間の痛みは微弱な電気信号で伝わるが、エヴァの腕をもぎ取られた痛みもまっ たく同じ信号が流れたのである。 自分の腕がつながっていることはわかっていても痛みは本物である。 たとえシンクロをカットしても過度な電流を受けた神経には数時間は痛みが残るであろ う。 今はまだエヴァにつながったままなのでリアルタイムに痛みが伝わってくる。 レイは激痛に耐えながらシンジの身を心配して駆けつけたのであった。 一歩また一歩と頼りない足取りで・・・ 計測機器はまったく役に立たなかった。 肉眼でも巨大な白い壁しか見えない。 だがレイにはわかった。 この向こうに碇くんがいる。 レイは結界に倒れるように寄りかかった。 零号機を拒絶するATフィールド レイはシンジから拒絶されたことよりも壁に接触して感じたイメージに驚いていた。 ATフィールドというよりも他者を拒絶する心の壁であった。 怒り、絶望、後悔、悲しみ、悔しさ、恐怖、不安、・・・混沌とした思考の中に絶望だけ がはっきりとしていた。 いつものシンジからはとうてい信じられない意識内容であった。 ページ(309) 5.txt そしてそれはレイの深層心理に眠っていた母性本能を強烈に刺激した。 碇くんは今、精神崩壊の危機に瀕している。 まさにギリギリの状態である。 何とかしなければならない。 そしてそれができるとしたら世界中でわたしだけである。 わたしが碇くんを助けなければならない。 レイは腕の痛みを強靱な意志でねじ伏せ、唇を噛みしめると断固とした態度で右手を結界 に押し当てた。 お願い、わたしを受け入れて・・・ そのままじりじりと潜り込ませる。 右腕は入った。 次は上半身である。 無理矢理ねじ込んでいく。 そして残りは足だけになったとき零号機を回転させるようにして結界に転がり込んだ。 片腕がないためバランサーの調子が悪くフラフラとしていた零号機が結界の中で見たもの は、 折れたエントリープラグを握りしめ呆然としたまま立ち尽くす初号機であった。 To be continued. 【第32話】ダミーシステム(その2) <初号機の結界> レイは零号機を初号機の正面に向けると右腕で初号機の肩をつかみ揺さぶった。 「碇くん、聞こえる? 碇くん!」 シンジはハッとして前方のスクリーンを見つめた。 零号機が前方に立っていた。 サブスクリーンにはレイの心配そうな顔が映っていた。 「碇くん、エントリープラグを下に降ろして」 シンジは危ういところで現実に引き留められた。 「綾波・・・ぼくは人を殺してしまった。・・・父さんにやめてって頼んだのに・・・そ れなのに・・・」 レイは冷静に指摘した。 「プラグを降ろして」 ページ(310) 5.txt シンジは訳がわからないまでもレイの言うとおりにした。 既に精神がぼろぼろのため他者の言いなりであった。 初号機はプラグを地面に置いたが指が硬直して離れなかった。 レイは零号機の指を使い初号機の指を一本一本剥がしていった。 すべて外してプラグが安定するとレイは自分の乗る零号機のエントリープラグを半分イジ ェクトした。 すぐにハッチから出てくる。 突起物にフックをかけ非常用のロープを垂らすとそれを伝い地面に降りる。 シンジは呆然と見ている。 レイは参号機のプラグのハッチのレバーに手をかけた だがつぶされた中央部と違ってハッチは一応原形を保っているがそれでも多少変形してい るためレイの力では回らなかった。 シンジは別世界の映像のようにそれを眺めていたがいきなりレイが振り返った。 カメラがズームアップした瞬間、レイはシンジが目の前にいるかのように指さした。 そして下に指を向ける。 言葉はなくとも刺すような赤い瞳が降りてこいと言っていた。 シンジは同じようにプラグをイジェクトするとハッチから出てきた。 そのままジャンプするシンジ レイが制止するより早くシンジは目の前に立っていた。 エヴァの肩、高低差約70メートルからのジャンプであった。 だがシンジは何事もなかったかのように立っている。 「碇くん大丈夫?」 「うん、でもぼくは人を殺してしまった。子供を・・・」 レイはシンジの無事を単純に記憶するとやるべき事を説明した。 「まだわからないわ」 「えっ、」 シンジには理解できなかった。 完全にプラグの中央部はぐしゃぐしゃにつぶれている。 握りつぶしたのだから当然である。 ページ(311) 5.txt とても人間が存在できる隙間はない。 「操縦用のシートには深度調節機能があるわ。もしかしたら外れにいたのかもしれない。 もしそうだとしたら一刻も早く助け出さないといけないのよ」 シンジは急に灯った希望に愕然とした。 まだ死んでないかもしれない? シンジはレバーに飛びつくと力一杯回そうとした。 やがてギシギシとうなりながら数センチほどレバーは回転した。 だがその隙間からはLCLに混じってあまりにも赤い液体が流れ出た。 血であった。 「うわあああああああっ」 シンジは一縷の望みが絶たれた絶望と怒りのあまり絶叫する。 レバーを離すと渾身の力を込めて右腕を振り下ろした。 ズバッ その方向にあったハッチの扉が半分ほど切断されレバーが落ちた。 指先から放射されたATフィールドの極細の刃であった。 レイがハッとして見ている前でシンジはハッチの上部に手をかける。 バリバリバリ、ゴキン 参号機の装甲板を剥がした時と同じであった。 ものすごい音がしたかと思うとハッチは後ろに転がっていた。 あまりにも人間離れした芸当である。 ゆがんだ100ミリもの厚さのハッチを力づくで剥がすなど、油圧ジャッキでもない限り は動くはずがない。 ましてカルシウムと筋肉の強度しかない人間の背骨が保つはずがなかった。 だがシンジは実行した。 身体の内部にまでATフィールドが浸透し各細胞・筋肉・骨格を強化したとしか考えられ なかった。 さきほどエヴァの肩から飛び降りたときもATフィールドが内部にまで働いたのであろ う。 ページ(312) 5.txt そうでなければ着地のショックで脳や内臓など簡単につぶれているはずである。 碇くんの身体はどうなってしまったのであろう? 適格者どころの才能ではとても説明がつかない。 もしかしたら既に碇くんは人間ではないのかもしれない・・・ だが今はシンジの身体より精神の方が問題であった。 身体は修復できるが精神崩壊は取り返しのつかない場合が多い。 レイはシンジを一人にしないためにもに続いて中に入っていった。 シンジはさらに声にならない驚きに襲われていた。 「ト、トウジ・・・」 パイロットシートに倒れていたのは紛れもなく第壱中学校のトウジであった。 なぜトウジがフォース・チルドレンなんだ? ますます混乱するシンジ 背後からのぞき込み状況を把握したレイはシンジの脇をすり抜けるとシートに屈み込みト ウジの胸に耳を当てる。 トクン、トクン、トクン 弱々しいが心臓は動いている。 血を吐いたと思われる口に手をかざすとかすかに息の流れが感じられた。 間に合うかもしれない。 レイはスーツ背面の固定装置のロックを外すとトウジの身体を持ち上げようとした。 そしてトウジが虫の息の理由を知った。 左足がないのである。 もぎ取られた足のつけ根からは鮮血が滴っている。 それを見てシンジの呪縛が解けた。 「トウジ!」 ページ(313) 5.txt シンジは駆け寄るとトウジの肩に手をかけた。 心と体のバランスがとれていないため乱暴にトウジを揺らすシンジ その振動で大量出血のため意識を失っていたトウジは一時だけ眼を覚ました。 「シンジか・・・目がよく見え・・・」 出血の影響で靄がかかったような視界のトウジ 「すまん・・・かったな・・・わしも止めようとしたんやけど・・・言うこと聞かへんか った。」 既にからだが麻痺し意識が朦朧としているため、自分の状態に気がつかないトウジ シンジは首を振ることしかできなかった。 「アス・・カ・・・は?」 「無事よ」 「あや・・なみも・・・おるんか?・・・」 「ええ」 「よかっ・・た」 それだけ言うとトウジはまた気を失った。 最後に残った体力まで使ってしまったようであった。 トウジの身体は一段と衰弱していった。 シンジはどんどん白くなっていくトウジにおろおろするばかりであった。 レイは決断をした。 このまま鈴原くんが死んだ場合は碇くんに致命的ダメージが残るであろう。 それだけは何としても回避しなければ レイはシンジの肩に手をかけた。 「鈴原くんを運ぶのよ」 そう言うとレイは一目散に零号機に戻った。 モニターでシンジがトウジを腕に持ったまま出てくるのを確認するとレイは零号機の右手 を開いて地面に降ろした。 「乗って」 零号機のスピーカーの指示に従ってシンジは零号機の手のひらに乗った。 ページ(314) 5.txt そっと初号機のエントリープラグまで運ぶレイ 「碇くん、鈴原くんをプラグに入れて」 ショックの抜けきれないシンジはレイに言われるがままに行動した。 それを見届けるとレイも零号機から出ると初号機に移った。 バシャン 飛び込んだエントリープラグの中はトウジの血の臭いが充満していた。 LCLの振動でレイが入ってきたことに気がついたシンジは聞いた。 「このままではトウジは死んでしまう。どうしたらいいんだろう。」 自分が原因で親友のトウジを傷つけたことがよほどショックだったようである。 いつもの何とかしなければというシンジの姿は片鱗も見えなかった。 レイはますます自分の責任の重大さを実感した。 もしも見込みが違っていたらシンジは二度と立ち直れないかもしれない。 レイは一縷の希望を話した。 「以前、碇くんは瀕死の重体の時にエントリープラグで完治したことがあるのよ。」 シンジはしばらく考え込んだ。 「本部が停電したときのこと?」 「そうよ、その時の記録は厳重に保管されて残っているわ」 「トウジのけがも治るの?」 シンジにまた希望の光が灯る。 今度その希望が打ち砕かれたらシンジは立ち直れないであろう レイは慎重に説明する。 「可能性があるというだけよ。あのとき碇くんはエントリープラグの中で死にたくないと 思ったはずだわ。 そして初号機はその願いに答えて碇くんは健康体に戻ったのよ。 鈴原 くんを救いたいと心から願えば初号機が力を貸してくれるかもしれない。」 ページ(315) 5.txt 「初号機が力を・・・」 「そうよ、初号機には碇くんのお母さん、碇ユイの魂が宿っているのよ」 レイは衝撃的な事実を告げることによってシンジの意識をトウジから離そうとした。 そのねらいは半分だけ成功した。 「母さんが初号機に・・・」 ボーとするシンジにレイは現実を直視させる。 「時間がないわ。早くしないと鈴原くんは手遅れになってしまう。 けがを治すことに意 識を集中するのよ」 シンジはトウジをシートに横たえたまま意識を集中する。 今度は言いなりではなく自分の意志であった。 トウジを助けたい。それがすべてであった。 シンジはトウジと綾波という異物が入っていることをものともせずにシンクロ率をあげて いった。 まるでLCLの温度が上がったのかと錯覚するほどのオーラがシンジから発散していた。 レイはそんなシンジの背中に身体をぴったりと寄せると背後から腕を回した。 しっかりとシンジを支える。 そして痛切に願った。 ユイさん、あなたの息子を助けてください。 碇くんは優しい人です。優しすぎる人なんです。 このまま鈴原くんが死んでしまったら碇くんはきっと立ち直れなくなります。 おねがいです。碇くんを助けるためにも鈴原くんを死なせないでください。 レイはひたすらシンジを立ち直らせるためだけに祈った。 シンジはトウジを助けたいがために祈った。 目を閉じ一心不乱に祈る二人 パーソナルパターンの酷似する二人の願いは驚異的に初号機とのシンクロ率を高め、異物 であるはずのトウジまでシンクロさせていた。 やがて輪郭のぼやけるトウジ ページ(316) 5.txt それにも気づかずにシンジとレイは祈り続けた。 やがてぼんやりとトウジの左足の輪郭が浮かび上がってきた。 中心の骨が形作られクラゲのような皮膚と筋肉を通して血液が流れていくのがわかるよう になってきた。 2時間後、4時間後、だんだんと不透明に実体化してくるトウジの身体。 8時間後にシンジとレイが疲労のため意識を失う頃には実体化したトウジがLCLに漂っ ていた。 To be continued. 【第33話】シンジの怒り <ネルフ本部 発令所> 初号機と参号機を中心に結界が生じてから8時間が経過していた。 同時にそれはレイが結界の中に入ってからの時間でもあった。 状況を確認しようにも結界があまりに強力なため本部のあらゆる機器を動員してもまった く効果がなかった。 それは朝の4時である現在も同じだった。 第一種戦闘配備のままの発令所内にもさすがに疲れの色が感じられた。 そこへやっと変化が現れた。 日向は最初、目の迷いかと思った。 結界を構成しているATフィールドのエネルギーに乱れが生じてきたのである。 訓練を積んだ日向はコンマ数秒で反応し報告する。 「ATフィールドに変化!」 見る見るうちに冷たい白色の光を放っていたATフィールドが通常の半透明の赤い壁とな っていった。 発令所内が俄然活気づいてくる。 「初号機と零号機を光学機器にて確認。参号・・・第13使徒は完全に破壊されていま す。」 報告の間にもどんどん透明となってくるATフィールド 日向が異常を感知してからわずか20秒で破壊不能な壁は消滅していた。 ページ(317) 5.txt 「使徒の反応は?」 副司令が厳しい表情のまま確認する。 「パターン赤! 完全に消滅しています。」 「パイロットの位置はどこだ。」 「ちょっと待ってください。あっ、いました。これは・・・」 「どこだ」 冬月は正確な対応をしないオペレーターにいらいらしてどなる。 「す、すいません。3名とも初号機のエントリープラグの中です。」 「なんだと!」 「確かです。記録されたとおりのパターンの心音が3つ、初号機から検出されています。 」 この8時間あまりの間に何があったのかはわからないが事実は事実である。 冬月は現実をあるがままに受け入れ指示を出した。 「救護班出動! パイロット3名の救出を最優先とする。 支援部隊は別命あるまで現在 の場所で待機」 いつのまにか第13使徒としていたはずの参号機のパイロットまで救出対象となってい た。 <6時間後> 安全の確認された参号機の残骸の所にゲンドウと冬月はきていた。 奇妙なモノが発見されたのである。 人間のものと思われる骨と肉片であった。 初号機から救出されたチルドレンは3人とも外傷は認められなかった。 それなのに参号機のエントリープラグからは大量の血と人体の一部が発見されたのであ る。 冬月は特別に編成した極秘任務用の部隊に処理を命ずる。 ページ(318) 5.txt だが、驚きはそれだけでなかった。 入り口から30メートルも離れたところに転がっていたエントリープラグのハッチを調べ ていた班からの報告が入る。 プラグの中央部を握りつぶした力が及んでないはずの扉の異常である。 耐圧チタン製のハッチがチーズのように切断されている事がわかったのである。 たとえ地上最強硬度を誇るダイヤモンドでさえも、ひっかき傷が限度である。 プログナイフなら切断は可能であるが切断面はボロボロであろう 物理的には考えられないことであった。 さらにハッチ上部で見つかったくぼみが不可解であった。 信じられないことに指の痕に見えるのである。 もぎ取られたちょうつがいの形状と扉の位置は指の痕から計算した力のベクトルと一致し た。 冬月はその結果を極秘扱いとして処理した。 <ネルフ本部 病室> シンジは病室で眼が覚めた。 あれは夢だったのか? だが、見慣れたネルフ病室の天井が現実だと告げていた。 体がとてつもなく重い だがそれを上回る怒りが気力を奮い立たせた。 上半身を起こし毛布をどかす。 そのままベッドから降りるとシンジは入り口に向かおうとした。 そこでドアの所に立つ人影に気がついた。 マヤであった。 ページ(319) 5.txt チルドレンの入院の時はマヤが担当することが多かった。 リツコのサポートをするためにネルフの幹部クラスしか知らない極秘事項を心得ているた めである。 いざというときには階級以上の権限を与えられていた。 マヤは計測器からの報告でシンジの覚醒が近いことを知って病室に駆けつけたのである。 病人にとってただでさえ気弱になっているのだから せめて眼が覚めたときには心細くな いようについていてあげたいという配慮であった。 マヤがドアを開けて入ったときにはシンジは既に上半身を起こしていた。 だがマヤは声をかけなかった。 いや、かけれなかったのである。 シンジの眼は遠くからでも赤い光を反射しているのがわかった。 そしてその表情はあきらかに怒りに燃えていた。 ほんとにシンジくんなの? マヤが最初に感じたのがそれだった。 やがてベッドから降りて立つシンジ ライトの反射の具合で気がついたのだが、シンジの身体の周囲を何かが取り巻いていた。 ぼーと光るATフィールドとは違う何かの力場のようにも見える。 こちらに一歩踏み出した。 まるでエヴァのモニタを通してみた接近する使徒のようである。 シンジを包む何かと空気がふれあい焦げ臭い匂いまでしてきた。 接触している空気が直接プラズマに分解されているのである。 空調の流れを無視してシンジを中心に空気が渦を巻いているのが肉眼でも確認できた。 シンジの怒りが行き場を求めて体の中をのたうち回っているような感じである。 もうちょっとで爆発するエンジンと言った方がいいかもしれない。 マヤは思わず一歩下がった。 背中が閉じたドアにぶつかった。 ページ(320) 5.txt シンジは歩きだそうとして入り口にマヤが立っているのに気がついた。 視線が交差した。 マヤから見た場合、猛獣の前に突然放り出されたようなものである。 それほど普段のシンジからは想像もできない怒りに満ちた視線であった。 どんどん近づいてくる。 「そこをどいてください。」 表情に比べ、まだ言葉は丁寧であった。 丁寧であるが故の迫力はあったが・・・ 「どこにいくの」 マヤは自分の責務を思い出しやっと言葉を絞り出した。 このまま行かせたらとんでもないことが起こる。そんな気がしたのである。 「父さんの所へ」 「司令は松代の処理のため現地に行って不在です。」 「松代へ行きます。」 「それは無理だわ」 「何故です。」 「私が行かせないから」 マヤは嫌な予感からこれだけは譲れないと感じていた。 シンジは右腕を振った。 なんとなくできる。そんな気がしたのである。 マヤの後ろのドアは真っ二つになっていた。 「ATフィールド・・・」 マヤは戦慄にも似た恐怖を感じた。 今のシンジくんと司令を会わせてはいけない。 脇を通り抜けようとするシンジの背中にマヤは無我夢中でしがみついた。 電気が流れるような強烈な衝撃が身体に伝わる。 ページ(321) 5.txt それでもマヤは力いっぱい抱きしめたまま離さなかった。 「じゃまをするんですか」 シンジが白目の部分まで赤い光を放つ眼でマヤを睨みつける。 殺される。 一瞬、そう思ったがマヤの潔癖な性格は恐怖に打ち勝っていた。 「私を殺す覚悟があるのなら出てもいいわ」 その毅然とした表情は、以前不良達に襲われたとき、額から血を流しながらもシンジをか ばってにらみ返した時と似ていた。 違うのは、こんどはシンジに対して向けられていることである。 マヤは赤い瞳とにらみ合った。 そして気がついた。 シンジの瞳の中の怒りよりも大きい悲しみに 「ともかくベッドに戻りなさい。話はそれからよ」 シンジは引っ張られるようにしてベッドに戻った。 マヤがミネラルウォーターを持ってくる頃にはシンジの瞳は元に戻っていた。 シンジは上半身を起こしたままベッドに寄りかかっていた。 マヤは飲み終わったコップをサイドテーブルに置くとイスに腰掛けシンジの手を握った。 一瞬、ビクッとしたがやがて安心するように力を込めて握り返してきた。 「トウジはどうなりました。」 「気を失っている以外異常はないわ」 「足もですか?」 マヤはその一言でMAGIの分析の正しさを知った。 やはり参号機から採取された人体組織は鈴原くんのものだったのね。 ほぼ左足一本分の肉片と骨片であった。 だが救出された鈴原くんは肉体の欠損はなく外傷はまったくなかった。 ページ(322) 5.txt どうにも不可解な状況であった。 なんらかの手段で肉体の修復をしたはずである。 MAGIはそれをシンジの回復と同様の手段と推測し、確率96%を提示した。 そしてリツコとマヤが密かに分析したところでは、鈴原くんの遺伝子は参号機から採取さ れた肉片と完全に一致した。 つまりシンジのようにエヴァと同様な肉体を手に入れたわけではなく、あくまで元の身体 を修復したということである。 初号機が特別視するのはシンジくんだけなのである。 マヤはシンジの質問に答えた。 「ひとつだけあるわ。左足の神経伝達にわずかに異常が見られます。」 「どういうことですか」 「打撲や骨折で組織が痛んだときによく出る症状よ。神経伝達の電気信号に乱れが出てい るだけ。 神経に学習させれば問題ないわ。つまりリハビリ運動ね。」 「どのくらいですか?」 「まあ、短くて3ヶ月、長くて半年くらいよ」 「そんなに長くですか」 シンジはますます自分が許せなかった。 そしてそれを強要した父親も・・・ 握りしめる手にもう片方の手を添えてマヤは聞いた。 「司令と会ってどうするつもりだったの」 「わかりません。ただ、会って聞きたかったのです。何でトウジを殺そうとしたのか?」 シンジにとってやっと理解できつつあった父親から裏切られたという想いが強かった。 納得のいく説明をしてもらわなければもうエヴァには乗れないと感じていた。 「会ったら司令は死ぬわね。」 マヤは鋭く分析する。 「えっ」 マヤはシンジの瞳を真っ直ぐに見つめて話をする。 「先輩が言っていました。司令は不器用な人だと、わたしもそれはつくづく感じたわ。 ページ(323) 5.txt やはり親子ね。ほんとにシンジくんに似ているわ」 「父さんがぼくと似ている?」 シンジは訳がわからなかった。 「そう、違いは人類の命運を担っているという責任感ね。」 「でも父さんはトウジを殺そうとしたんだ。ぼくの手で」 シンジの視界に赤い靄がかかる。 マヤは握りしめる手に力を込めた。 「甘ったれないで!」 その凛とした声にシンジは圧倒されていた。 力を全く持たないマヤに対して 「サードインパクトが起こったらそろそろ限界に近い地殻が保たないのよ。 厚いマグマ 層が薄皮のような地殻を破り地球上のあちこちからマグマが溢れだすわ。 最悪、地球そ のものが軌道から外れるか分解して終わりよ」 「だからといってトウジを殺さなくてもいいじゃないですか」 「だから司令は不器用なのよ。」 「不器用?」 「あの時、参号機のパイロットを助け出すためにエントリープラグ以外を攻撃しろと言え ば済んだのよ。 でも司令はそれでも手に負えないときは破壊指令を出さざるをえない。 だからあなたに対してうそをつくよりも正直に最悪の結果に基づいて指示を出したのよ。 」 「そんな」 「でもあなたはろくに防御すらしないで初号機を危機に陥れた。 人類最後の砦、使徒に 唯一対抗できる最後のエヴァを・・・司令はダミーシステムを起動するしかなかったの よ」 「でも父さんが参号機が抵抗を止めてからも攻撃を続けたのは何故?」 シンジの疑問はここだった。 それさえなければトウジはケガをする事もなかったのである。 「あなたはパイロットだから教えますがこれは第一級の極秘事項です。 ダミーシステム の欠点はまだデータ不足のため制御が完全でないことです。 起動したら細かな制御はで きず。停止したら再起動ができるかはわからないの、 だから司令がダミーシステムを起 動することを決意したのは並大抵の判断ではないのよ。」 シンジは初めて父親の苦悩を知って声も出なかった。 「起動したら何が何でも敵を粉砕するまで破壊する。それしか安全を確保する手段はない ページ(324) 5.txt の、 その対象がたとえ息子の親友であろうと生き残った人類全部と比べたら結果はだれ でもわかるわよね。」 マヤの言葉は辛辣であった。人類の存亡と中学生一人・・・確かに比べるまでもない。 人類の守護を任された立場だとしたら選択肢は決まっている。 たとえそれが同い年の子供であろうと・・・親友だとしても・・・ そしてその自覚の足りないぼくのせいで父さんはまた苦しい決断を迫られたのだ。 シンジはトウジを傷つけたことを納得したわけではないが、父親の苦悩は理解できた。 「トウジはどうなるのですか?」 「普通の生活に戻るだけよ。リハビリをしながらね。」 「でもフォース・チルドレンでしょう?」 「鈴原くんは参号機の専属パイロットだったのよ。・・・もう参号機が存在しない以上、 チルドレンではないわ」 マヤは参号機の失われた魂を想い唇を噛みしめた。 「そうですか」 単純に言葉通り受け取ったシンジはそのまま納得した。 マヤの体を張った説得に、徐々に怒りの治まってきたシンジは元の精神状態に戻りつつあ った。 シンジは気になっていたことをすべてマヤにぶつけるかのように聞いた。 「ミサトさんやリツコさんはどうなったのですか?」 「爆発事故からもう2日もたったのよ。二人とも起きれる程度には回復したわ」 「よかった。無事だったんですね。」 アスカのいうとおりあのミサトさんが死ぬわけがなかったのである。 そういえば・・・ 「アスカはどうなりましたか?」 「打撲による気絶だからとっくに直ってシンジくんのところに何度も見舞いに来ていたわ ページ(325) 5.txt よ」 「アスカが見舞いにですか」 人前では強がりなくせに、ぼくの前では寂しがり屋のアスカ きっと泣きそうになっていたんだろうな 「綾波は?」 「無事よ、ただ、疲労が激しいので念のために隣の病室で静養してもらっているけど」 「そうですか」 シンジは安心するとベッドに身を横たえ、枕に頭を沈めた。 シンジは休息を要求する身体の命令に逆らえなかった。 一瞬の間をおいて寝息が聞こえてくる。 プラグの中でよほどのことがあったのであろう マヤはそっと手を離すとシンジに毛布をかけ直した。 そして入り口に行き、ドアを片づけると振り向いた。 「お休みなさい。シンジくん」 マヤは静かに電気を消した。 暗闇の中、シンジは深い眠りにつく 深く・・・深く・・・ To be continued. 【第34話】素体の条件 <第3新東京市 迎撃地点> 「これほどとは思わなかったわね。」 三角巾で左腕を吊ったミサトが沈痛な面持ちで声を発した。 第13使徒と初号機の戦闘跡はそれほど酷い状況であった。 建物から電柱にいたるまで真っ直ぐに立っているものなどほとんどなかった。 すべてが折れ捻じ曲がり、荒々しいまでの暴力の跡を如実に現わしていた。 その状況はどんなに酷くてもまだ地震などの被害の方がマシであった。 あたりには参号機の体液が赤黒くべったりと覆い、まるで大量虐殺の跡のような情景であ る。 ページ(326) 5.txt 歪んだ信号機から血のような体液が滴っている。 その血なまぐさい匂いは、原形をとどめないほどバラバラに飛び散っている参号機の断片 をまるで死体のよう連想させた。 まだ生暖かい内臓にはカラスが甲高い声を上げながらたかっている。 リツコは頭部に包帯を巻いた姿でミサトのつぶやきに答えることなく思考を進めていた。 これがダミープラグを使った代償だというの? 仲間であるはずの参号機に対してもまったく躊躇することなく最大の攻撃をしていること が歴然としている。 おまけに限度というものを知らない。 一度発せられた命令を撤回されるまで延々と繰り返す。 この断片となるまで攻撃を受けたボディは決して組織的に解体されていない。 力任せに殴られ、ちぎられ、その結果としてバラバラになったのである。 その残虐性は子供に愛情を持ち、育てることによって繁栄した哺乳類の思考とは相容れな いものであった。 リツコの中でエヴァとエヴァを制御するために開発されたダミーシステムに対して不信感 が募ってくるのを止めることができなかった。 まるで神に逆らうかのようにエヴァンゲリオンなどというものを造り上げ、さらにダミー システムまで使って生き延びようとする人類の浅ましさ いや、人類というよりもわたしたち一握りの傲慢か・・・ 何れにせよどこかで罰が下るのであろう 神がいるのなら・・・ リツコが自分の思考に沈んでいるときもミサトは声を掛け続けていた。 長年の経験で考え事をしているときのリツコが気が向くまで返事をしないことを知っては いたが 「・・・にしてもシンジくんはまだ意識が戻らないのかしら」 リツコは注意をミサトに戻した。 「マヤの話では夕べ一時的に気がついたそうよ」 やっと会話に応じてくれてほっとするミサト 「で、どうだったの? かなりショックを受けたはずだけど精神汚染の影響は?」 「下手をしたら本部が半壊したかもしれなかったわ」 ページ(327) 5.txt 「まさかぁ? 初号機に乗ってたわけでもないのに」 「あなた、まだわかってないようね。」 リツコは能天気なミサトにあきれていた。 「何が?」 「シンジくんの遺伝子は使徒やエヴァと同じように未知の可能性を秘めた存在なのよ。」 「でもあんな華奢な身体で何ができるというの?」 「治療を受けている間に幹部用の速報を見たわね。」 「ええ」 ミサトも見ることは見たがあまりにも量が多い。 リツコがどれをさしているのかわからなかった。 「参号機のハッチを破壊したのはシンジくんよ。それも恐らく素手でね。」 「何ですって?」 それはあまりにも無理があった。 厚さ100ミリの耐圧チタンの扉である。 海底1万メートルの超高圧にも完全密封を保証するとてつもない強度である。 それは人力でどうとかいうレベルの話ではなかった。 「MAGIの分析で力点となった窪みを調査したらシンジくんの指と一致する確率が9 1%とでたわ。ほぼ間違いないわ。おまけにあの扉をあんなに鋭利に切断できるものは物 理的には地球上に存在しないのよ。考えられるのはATフィールドだけ」 リツコは事実から導き出される可能性を組み合わせここまで推論していた。 「でも、そんな事ができる人間はいないわ」 ミサトは震える声で言葉を絞り出す。 「そうね」 「そうねじゃないわよ。じゃあシンジくんはなんだというの」 リツコはミサトの想像を肯定した。 「人間ではないということよ」 ページ(328) 5.txt <ネルフ本部 病室> マヤの帰った後、暗闇の中でシンジの枕元にたたずむ人影があった。 レイである。 シンジのベッドに腰掛けるとまるで覆い被さるように両手を枕元について何も言わずにシ ンジの顔を見つめつづけた。 まるで見つめることによってシンジをこの世に引き止めようとするかのようであった。 何時間も何時間も・・・ やがて夜が明ける頃、壊れたドアのところで音がした。 レイには見なくても誰が来たかわかっていた。 その慣れ親しんだ波動は間違いようがなかった。 「レイ、そこにいるのか」 声の主はゲンドウであった。 暗闇の中でもレイの白い肌はくっきりと浮かび上がり、かすかに肯くのがわかった。 ゲンドウはベッドから2メートルの位置で立ち止まる。 人との接触を好まないゲンドウの癖であった。 「何をしている」 「碇くんを見ています。」 レイは初めてゲンドウの顔を見ないで話をしていた。 ゲンドウはレイの変化を敏感に察知した。 「なぜ見ているのだ」 「司令を殺させないためです。」 「シンジがわたしを殺すというのか」 レイは無言で扉を指差した。 真っ二つになったドアが入り口の脇に立てかけてあった。 ページ(329) 5.txt 「わたしを守るためか」 レイはしばらく考えた後、首を横に振った。 「ではなぜわたしを助ける。」 「碇くんが司令を殺したらきっと後で後悔するからです。」 ゲンドウは愕然とした。 ここまでレイの精神は成熟してしまったのか? 相手を認めるということは自己の存在も認めることである。 つまり自我の確立である。 そして相手を思いやる心は高度な成長を意味する。 それはゲンドウの計画に破綻を来すほどの影響があった。 ゲンドウはレイの思わぬ成長に驚きながらも会話を続けた。 「シンジがドアを破壊するところを見ていたのか」 「はい、マヤさんがここに来たのを感じましたから廊下で見ていました。」 「ではあの状況を知っているのだな。」 「はい」 ゲンドウはマヤでさえ知らない監視カメラの記録によってその時の状況を知っていた。 「あの状況ならシンジがわたしを殺すことはないのだよ。だからここにいる必要はない。 」 「そうかもしれません。でもここに居たいんです。」 それは意外なほど強情なレイの言葉であった。 「ここにいてどうしたいのだ」 レイはまるで行動で答えるかのようにゆっくりと腕を曲げると顔をシンジの上に近づけ頬 を重ねていた。 5分ほどそうしていただろうか、やがて顔を上げて振り向いたレイの頬に涙の跡がひとす じ流れていた。 ゲンドウはしばらく会わないうちに変ったレイの行動パターンに驚くしかなかった。 ページ(330) 5.txt わずかに明るくなり始めた朝日の中、レイの涙は美しく頬を伝っていた。 「碇くんの温もりを感じていたい。ずっとずっと一瞬も離れずに碇くんの波動を感じてい たい。それだけです。」 「なぜ涙を流す。」 ゲンドウにとってレイの涙はそれこそ初めて見るものであった。 だからこそその原因を知りたかった。 もう手後れかもしれないが・・・ 「碇くんが傷ついているからです。そしてわたしを見てくれないからです。」 「外傷はない。単なる疲労だ。」 「でも起き上がれないことにはかわりありません。」 「なぜそんなにシンジのことが心配なのだ。」 レイは躊躇いながらもゲンドウに答えた。 「碇くんは惣流・アスカ・ラングレーを助けるためならどのような事態でも決して後には 引かないでしょう。たとえ腕を折られようと・・・足をもがれようと・・・命がなくなろ うと・・・」 「・・・。」 「碇くんはそういう人です。」 ゲンドウはここまで雄弁なレイは初めてだった。 ただただ聞くしかできなかった。 「でも碇くんは18体もストックのあるわたしまで同じように大切にしてくれるのです。 死んでもすぐに代わりのいる造られたわたしまで・・・」 「だが、シンジはそのことを知らないのだから同じように考えるのは当然ではないか」 レイは首を横に振った。 「まさか・・・」 「わたしが教えました。」 「なぜそんなことをしたのだ」 「聞かれたからです。」 レイは平然と答えた。 ページ(331) 5.txt 確かに口止めをしてなかったことは容易に想像できた。 レイが関係者以外と会話をするなど想定していなかったのである。 「ではシンジが自分を助けてくれるから大切なのか」 またもレイは首を振った。 「いいえ、わたしは死を恐れはしません。」 「ではなぜだ。」 「恐いのは、わたしを助けようとして碇くんが傷つくことです。そう、もしもわたしが恐 れるとしたら碇くんのいない世界で生きることです。碇くんが生きていられるのならわた しは最後の綾波レイであろうと躊躇わずに犠牲にすることでしょう。」 もうレイの涙は乾いていた。 その毅然とした表情にはいささかも迷いが感じられなかった。 ゲンドウはここに至ってやっと理解した。 レイがシンジを愛していることに・・・ そう、とり返しがつかないほどに・・・ ゲンドウは無言のまま振り返ると病室を後にした。 <第3新東京市> ゲンドウが病室に訪れた翌日、第14使徒ゼルエルは何の前触れもなく出現した。 第3新東京市の東南に位置する駒ケ岳防衛ラインの対空防衛施設は何の効力も発揮するこ となく突破された。 一見、手足を短くした人型のアドバルーンのような使徒がゆっくりと第3新東京市の上空 に達しようとしていた。 ネルフ本部では直ちに対空防衛システムを作動させるが、その圧倒的な火力をもってして も使徒の気を引くことすらできなかった。 そしてついに使徒は第3新東京市へ侵入した。 ページ(332) 5.txt 使徒の両目が一閃したかと思うと市内で十字架型の大爆発が起こった。 その指向性の爆発の貫通力はすさまじく、ジオフロントを守る特殊隔壁を一撃で18層も 貫いていた。 十分すぎると思われていた22層の隔壁も同一個所なら2射で貫通する計算である。 その破壊力と機動力にネルフ本部は手のうちようがなかった。 <ネルフ本部 発令所> ミサトがケガを推して発令所に現れた。 リツコは既に待機していた。 ミサトは腕を吊っているため制服の上着を羽織ったまま指示を矢継ぎ早に繰り出す。 「エヴァによる地上迎撃は間に合わないわ。弐号機をジオフロント内に配置、本部施設の 直援に回して! シンジくんの様子はどう?」 「まだ覚醒しません。計測機器も覚醒の兆候すら発見していません。」 「わかったわ」 ミサトはシンジ抜きでの応戦を覚悟した。 迎撃地点に運ばれる弐号機 「アスカには目標がジオフロントに侵入した瞬間を狙い撃ちさせて」 ミサトの指示を次々とオペレーターは伝えていった。 「零号機の状況は?」 「ATフィールド中和地点に配置されています。」 マヤの報告にリツコがつけくわえる。 「まだ前の戦闘で切断された左腕が再生していないのよ」 「戦闘には耐えられないか・・・」 ミサトは爪をかんだ。 その時、ゲンドウがつぶやいた。 ページ(333) 5.txt 「レイを初号機で出せ、ダミープラグをバックアップとして用意」 低いが紛れもなく司令の命令であった。 「はっ」 ミサトはすぐにその指示に従い命令を各部に伝える。 15分後、初号機のエントリープラグにはレイの姿があった。 前回の交換シンクロ実験以来であった。 その時レイは何の問題もなくシンクロしていた。 むしろ零号機よりもスムースに・・・ 今回もそうなるはずであった。 プラグが初号機に挿入され首の後ろのカバーが閉じられる。 「エントリースタート」 オペレーターの声がケイジに鳴り響いた。 「LCL電化」 「A10神経接続開始」 順調に起動スケジュールは進んでいた。 だが、A10神経の接続を開始したとたん、レイは激しい嘔吐感に襲われた。 思わず口元を手でふさぐレイ ・・・なぜわたしを受け入れてくれないの? まさかもう・・・彼女が目覚めようとしているの・・・ レイは全身から拒絶信号を受け、苦しみながらもその理由に気がついていた。 「パルス逆流! 初号機、神経接続を拒否しています。」 「そんなばかな! 初号機が拒否するなんて」 オペレーター達の喧燥をよそに発令所の最上位席でゲンドウは腕を組んだままその光景を にらんでいた。 ページ(334) 5.txt 「・・・碇」 冬月の言葉をみなまでいわせずゲンドウが遮った。 「わかっている。・・・わたしを拒絶するつもりか・・・ユイ」 苦々しげにつぶやくゲンドウだが、その声はどこか弱々しかった。 そう、ゲンドウは気づいていた。 だからこそレイを初号機に乗せて確かめようとしたのである。 そして確信した。 理由は二つである。 ひとつは前回の第13使徒でシンジの意志に逆らって無理矢理ダミープラグを起動したこ と これによって精神崩壊の寸前まで追いつめられたシンジの危機を感じ取ったユイが強烈な 刺激を受けたのである。 今の初号機はあとひと押しで覚醒するところまできていた。 ユイが主導権をとりつつある初号機にとってシンクロできるものは親子の絆を持つシンジ しかいなかった。 それ以外はすべて紛い物として拒絶したのである。 これは純粋に初号機側の変容であった。 ふたつめの原因はレイの変化であった。 元々レイは南極に現れた使徒からクローン技術を駆使して造られた存在である。 その第一目的は別にあったが、組織としては紆余曲折の末、ダミープラグの素として利用 することとなった。 大元の使徒にもっとも近い構成であるレイは中性の存在としてどんなエヴァともシンクロ できたからである。 もっともクローン技術の未熟な時期の試作品であるためかなりシンクロ率は低かったが、 それでも起動には十分であった。 この辺がシンクロ率は高くても専属パイロットとして弐号機しか操れないセカンドチルド レンとの違いであった。 だが、レイは変ってしまった。 そうなることを恐れたゲンドウはリツコに命令し、徹底した他者との一次接触の排除をし ていたというのに・・・ わざと慣れ親しんだターミナルドグマから切り離し、住むものとてない廃虚と化したマン モス団地に一人で住まわせたのも感情の成長を阻害することが目的であった。 それはシンジが現れるまではうまくいっていた。 ページ(335) 5.txt シンジがレイと接触してから、今度は逆に一人の寂しさをレイは理解したのである。 それ以来、レイはシンジを求めた。 自分が何を望んでいるかも理解しないまま・・・ 決定的だったのは、第12使徒レリエルの虚数空間と前回の第13使徒バルディエル戦で の2回にわたる長時間のシンクロであった。 これによってレイの精神はシンジと奥底までシンクロし続け、パーソナルパターンが酷似 していることもあり急激な成長を遂げてしまったのである。 もう、今のレイにとって後戻りはできなかった。 それはゲンドウの計画の役に立たなくなったことを意味した。 唯一の解決は死によるリセットであった。 だが、今はそんなことを言っていられない。 時間がないのだ。 ゲンドウの決断は早かった。 「起動中止。レイは零号機で出撃させろ。初号機はダミープラグで再起動」 すぐに起動作業が中止された。 嘔吐感から開放されたレイは口元から手を放す。 「そんな、零号機は戦闘できる状況ではありません。」 ミサトの叫びは冷静な声によって止められた。 「かまいません、行きます。」 レイであった。 ・・・・・・碇くんを護るためなら・・・・わたしは死を恐れはしない・・・たとえ最後 の一体を失ったとしても・・・・・・・・ レイの呟きが誰にも聞かれずにLCLの中に消えていった。 To be continued. 【第35話】決意 <ジオフロント 迎撃地点> ジオフロントの天井が揺れていた。 エヴァ弐号機のメインスクリーンにはもろい部分からパラパラと構造材が落下するのが確 認できた。 ページ(336) 5.txt アスカはインダクションレバーを握り締める。 もうすぐ使徒が22層の防御壁を突破して来る。 ダミープラグでの初号機の起動が失敗した今、まともに戦えるのは弐号機のみ 負けるわけにはいかないのだ。 自分が倒されたら本部で眠るあいつも殺されてしまう。 それだけは絶対にさせるわけにはいかない。 あいつが死んだらわたしは生きている意味が無いのよ そんなことになるくらいならわたしが代わりに死んでしまいたい。 そうなったらファース・・・いや、レイにあいつを任せてもいい アスカは病室でのことを思い出していた。 検査の合間になんとか時間をつくってシンジの病室にいくと先客がいた。 レイである。 ベッドの脇に立ち、じっとシンジを見ていた。 まるで絵のように微動だにせず静かで無表情だった。 だが、アスカにもだんだんとレイのことがわかってきていた。 顔には出さなくともシンジを心配していることが全身から感じ取れる。 それがわかるようになってからレイへの親近感が急に増してきたのである。 今ならあいつが言ったことも少し理解できる。 レイとわたしが似ているということを 二人ともおぼれるものが空気を求めるような切実さでシンジを欲していた。 使徒がアダムと接触してサードインパクトを起こしたら人類が滅亡するということなど眼 中に無かったかもしれない。 それこそふたりにとってはシンジの生存と人類の存亡はあきらかに前者が勝っているので ある。 「レイ」 ページ(337) 5.txt レイは優しく背後から抱きしめられるのを感じた。 「シンジを守ってくれてありがとう」 アスカの顎が肩に、髪が頬にあたるのを感じた。 レイは事務的に答える。 「碇くんは怪我をしてなかったわ」 「ううん、心の方よ。」 「こころ?」 「そう、記録を見たわ。ダミープラグがやったこととはいえ、目の前で人を殺そうとして いるのを見ているしかできないなんてあいつに耐えられるわけないじゃない。それも・・ ・鈴原だったなんて・・・」 アスカはレイの肩に顔を伏せる。 「知っていたの?」 「わたしは惣流・アスカ・ラングレーよ。」 だが、すぐに小さな声となる。 「でもわたしには何もできなかった。いつもシンジの危機を助けるのはレイ、あなただ わ。わたしは手をこまねいているだけ」 レイには肩越しにアスカのくやしさがはっきりと感じ取れていた。 それはシンジとの長時間のシンクロの結果発達した感受性のせいかもしれない。 レイは肩に掴まるアスカの手に自分の手を重ねた。 初めてレイに触れられアスカは顔を上げた。 「そう、わたしには力がある。碇くんと同じ力が・・・でもわたしではだめ・・・あなた でなければ碇くんは安らぎを得られないのよ」 「えっ」 アスカは怪訝に思う。 シンジとレイの方がお似合いに見えるのに・・・そう、まるで家族のような 「碇くんは力を自覚してまだ間が無いわ。平穏な生活を望む者にとって力は忌むべきもの よ。わたしを見ればいやでも力を思わずにはいられない。でもあなたなら碇くんに安らぎ を与えられる。人間の女の子として・・・」 レイの心が悲しみに打ち震えていることが肌で感じられた。 この時はじめてアスカはレイの苦悩を理解した。 レイはシンジを守れる喜びとシンジに疎まれる自分を正確に理解していたのである。 ページ(338) 5.txt なんと皮肉な存在であろうか アスカはレイの正面に回ると思い切り抱きしめていた。 わたしが守ってあげる。 意味も無くそんな想いが込み上げてくる。 シンジがレイを大切にするのがわかったような気がした。 代償など求めない、無垢なる献身 それがレイの本質であった。 そしてそのこころにアスカの暖かいこころが触れるのを感じ取っていた。 レイもおずおずとアスカの身体を抱きしめる。 そしていつのまにか二人ともベッドに眠るシンジの方を見ていた。 二人の少女と一人の少年が確かな絆で結ばれた瞬間であった。 ドゴーーーーーン! 文字どおり大地を揺るがす振動と共に使徒がジオフロントに侵入した。 アスカは思考を現実に戻すと弐号機に武器を構えさせた。 「シンジを殺させはしない」 アスカはパレットガンを乱射して使徒を食い止めようとした。 だが、使徒はまったくダメージを受けた感じもなく接近してくる。 「ATフィールドは中和しているはずなのに何故?」 使徒は折りたたんでいたプレートのような腕を伸ばした。 伸び切ったプレートは鞭のようなしなやかな変形も見せていた。 使徒の両眼が光った。 突然、弐号機の右腕が爆発音と共に弾け飛ぶ 可視光線ではない。紫外線の遥か上の周波数によるエネルギー兵器での攻撃であった。 ページ(339) 5.txt ジオフロントの防御壁を一撃で18層も貫通する破壊力である。 エヴァの腕などひとたまりもない。 アスカは右腕を掴み激痛に耐える。 「うっ」 シンジを想い唇をかみ締めて耐えるアスカ ・・・ドクン・・・ 使徒の腕ともいえるプレートが急激に弐号機に襲いかかる。 バシュ 左腕も根元から切断される。 「ううっ」 ・・・ドクン・・・ドクン・・・ さらに使徒は袈裟切りのようにプレートを斜めに振り下ろす。 ドシーーーン 左足を切断され倒れる弐号機 ・・・ドクン・・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ アスカは燃えるような激痛に耐えながらそれでもまだあきらめていなかった。 シンジのようにATフィールドを使えるならまだ一矢報いる事ができる。 アスカは直接攻撃を加えようと覆い被さってきた使徒に対して必殺のATフィールドをぶ つける。 だが、信じられない事にアスカのATフィールドは粉粉に飛び散ってしまった。 力が違いすぎるのである。 アスカの心が恐怖にとって変る。 ミサトは急遽、弐号機のシンクロをカットさせた。 使徒のプレートが圧倒的な迫力で首に迫ってくる。 「シンジーーーー!」 ページ(340) 5.txt アスカの意識は強烈な光を放った後途絶えた。 ドクンッ! シンジはまるで蹴飛ばされるような衝撃を受けて眼を覚ました。 サイレンと異様な振動を感じ病室の窓に走り寄った。 目の前にある赤い塊・・・弐号機の頭部であった。 「そんなばかな!」 弐号機はアスカ専用の機体である。 アスカ以外の者が搭乗するとは考えられない。 つまりこの無残な姿をさらす弐号機のダメージをアスカは身を持って体験したはずであ る。 シンジは簡易パジャマのまま窓から飛び降りた。 遥か100メートルほど先にボディが横たわっていた。 両腕はもぎ取られ、片足も無い。もちろん頭部はここに飛ばされている。 300メートルほど先を使徒と思える巨大な物体がゆっくりと進んでいた。 「あいつがやったのか」 シンジの怒りは眼に見えるほどであった。 だが、シンジは弐号機のボディの方に走った。 アスカの安否の方が気にかかったのである。 とうになくなった首の脇にある手動イジェクトレバーを力の限り引き上げる。 バタン、ブシューーー 首の後ろのカバーが持ち上がりエントリープラグが半分ほど排出される。 出入用のハッチが露出されたのでそれで十分だった。 ページ(341) 5.txt シンジはハッチの開閉レバーを回し扉を開ける。 既に半分以下に水位の減ったLCLの中に飛び込んだ。 「アスカ! 無事か!」 シンジは操縦シートに横たわるアスカの口元に手をかざした。 息をしている。 「よかった。」 ほっとするシンジ だが、すぐに怒りの表情へと変る。 「アスカを傷つけた責任を取ってもらうぞ!」 シンジはアスカを抱きかかえるとエントリープラグから飛び降りた。 使徒の姿を探すと零号機と対峙しているところであった。 零号機の左腕はなかった。 代わりに右手にはN2と表示のある容器を握り締めていた。 「N2爆弾?」 レイのやろうとしている事は明白であった。 「やめろーーーー、綾波やめるんだ。」 シンジの声など聞こえるはずが無いのに零号機は振り向いた。 そして無言のまま使徒に向かっていった。 わずか5メートル手前で壁に激突する零号機 使徒の強力なATフィールドであった。 レイは無理矢理こじ開けるように右腕をねじ込んでいった。 息詰まる力対力の激突 レイが鋭く切り込むようにコアに向かって腕を伸ばす。 あと1メートル そして到達したと思った瞬間、使徒のコアはカバーのようなものに蔽われた。 ドガーーーーーーーーーン シンジは周囲にATフィールドのバリアをつくりアスカと自分をなんとか守った。 ページ(342) 5.txt 煙の晴れた後、使徒だけが立っていた。 零号機は足元に転がっている。 ぴくりとも動かない。 使徒はプレートのような腕を持ち上げた。 「やめろーーー」 シンジは生身の体でつくれる最強のATフィールドで零号機を蔽った。 使徒のプレートが弾かれた。 だが使徒はそのまま攻撃を続ける。 シンジはますます力を込めた。 もちろんシンジも無事ではない。 とてつもない負荷が身体を襲い唇からは血が滴り落ちアスカのプラグスーツを汚した。 一撃毎にシンジの意志力が総動員される。 そして強化されたATフィールドは目に見えるほどの赤い光を放っていった。 まるでシンジから続く赤い河のようであった。 使徒は零号機を守る力の源に気がついた。 シンジの方に向き直る。 使徒の骸骨のような目の穴が光った。 「シンジくん、逃げて!」 発令所にミサトの悲鳴が響き渡る。 だが、シンジは足を広げたままアスカを抱いて歯を食いしばっている。 ドガーーーーーン シンジのいた付近で大爆発が起こった。 発令所に絶望の雰囲気が流れた。 弐号機は完膚なきまでに破壊され、零号機もぼろぼろである。 初号機に到ってはレイどころかダミープラグも拒絶し、そしてパイロットはたったいま灰 となってしまった。 紛れも無く最強の使徒であった。 ページ(343) 5.txt そしてネルフには・・・いや人類にはもう対抗できる手段が残っていないのである。 やがて煙が晴れる頃、マヤはエネルギー反応が続いていることに気がついた。 「本部から南西120メートル付近にATフィールド」 「何?」 冬月は耳を疑った。 やがて煙が晴れてきて光学機器が情景を伝えてきた。 弐号機のボディの脇に立つ人影があった。 「シンジくん! アスカ!」 なんと先ほどの姿勢のままアスカを抱いてシンジが立っていた。 隔壁をまとめて貫き、そしてエヴァの腕を吹き飛ばすほどの攻撃に生身の人間が耐えたの である。 到底信じられる事ではなかった。 だが、使徒は目標をシンジに変えて接近を開始した。 光学兵器では効果が無かったために直接攻撃に切り換えたのである。 シンジは使徒を零号機から引き離すように誘導するとアスカを抱いたままセントラルドグ マへ向かった。 シンジは後に残してきたレイの事が気になっていた。 さきほどはレイのものとおぼしき波動がわずかに感じられた。 生きているのである。 シンジは傷ついた零号機を思いつぶやいた。 「ぼくがいる限り3人目の出番は永久にないよ」 そして腕の中で意識の無い、か弱い少女にも優しい視線を向ける。 「よく頑張ったね。あとはぼくに任せておやすみ。」 しかし振り返った視線には優しさはなく決意だけがみなぎっていた。 「おまえに未来はない。」 ページ(344) 5.txt 静かだが確信に満ちた声である。 その視線の先には第14使徒ゼルエルがいるはずであった。 To be continued. 【第36話】リリスの遺伝子[Ver.1] <ネルフ本部> 「先輩、司令がお呼びです。」 コンソールから向き直ったマヤが伝える。 「そう、マイクを貸して」 「いえ、直接会って話したいそうです。」 マヤは心配そうにつけくわえる。 リツコはおや、と思い上を見上げた。 スーパーコンピュータMAGIシステムを内部に有する発令所は戦艦の艦橋のような階層 構造となっている。 その頂点に位置するのが司令席であり、副司令の冬月は司令の背後でボディガードのよう に付き従っていた。 サングラスのせいかゲンドウの表情はまったく読み取れない。 いや、そもそもサングラスを取っていても司令の考えを理解したことがあっただろうか? リツコはため息を吐くと最上階への昇降機に向かった。 オペレーターの面々も心配そうな視線でその後ろ姿を見送った。 「赤木三佐参りました。」 リツコは便宜上つけられた階級を名乗って昇降機をでた。 「ごくろう」 冬月はそう答えると一歩下がった。 視界にゲンドウの後ろ姿が入った。 ページ(345) 5.txt リツコは堂々と歩み寄るとゲンドウの脇に立った。 「なぜサードチルドレンはATフィールドを創れるのだ。」 相変わらず腕を組んで前方を見たままだが、めずらしくゲンドウの方から声をかけてき た。 リツコは事態の緊急性を再認識する。 「遺伝子の変容については報告したとおりです。監察部からもそれを裏付ける報告が届い ているはずですが」 「だが、エヴァが2機共まともな抵抗すらできずに破壊されている。その使徒に対して生 身の身体で何故耐えられるのだ。肉眼でも確認できるあの膨大なATフィールドのエネル ギーはどこから供給されているというのだ。」 「それはMAGIの分析結果を待つまでもありません。サードチルドレンの肉体からで す。」 初めてゲンドウがリツコの方を向いた。 リツコは低いが冷静な声で続ける。 「使徒はすべて体内に光球と呼ばれる半永久機関を持っているのはご存知のとおりです。 葛城博士の提唱したスーパーソレノイド理論と同じ原理に基づくことは間違いありませ ん。S2理論によれば遺伝子にその情報を書き込み稼動させることも不可能ではありませ ん。」 「ばかな! 光球がサードチルドレンの体内から見つかったなどという報告は受けていな い。」 冬月がすぐ脇から口を挟む リツコは無視して続けた。 「第11使徒イロウルや第13使徒バルディエルは微細な体の中に光球と同じような機能 を持っていたことは疑いようのない事実です。第12使徒レリエルなどは肉体自体が存在 しませんがATフィールドを持っていました。」 「根拠は?」 ゲンドウが核心を問いかける。 「使徒はすべてリリスから生まれたことになっています。つまりリリスはすべての使徒の 能力を潜在的に持っているはずです。そしてサードチルドレンの遺伝子を変えたのはリリ スのコピーである初号機です。」 これ以上の証拠が必要かという顔でゲンドウを見つめるリツコ ゲンドウが答えるより早く通話用ディスプレイが作動した。 ページ(346) 5.txt アスカは身体が浮き上がるようなふわふわとした感じがしていた。 背中とひざの裏に誰かの腕を感じる。 エレベーターで運ばれているようである。 薄く目を開けると男の子の顔が見えた。 下から見ると顎から鼻筋にかけて意志の強そうな感じのするとてもハンサムな男の子であ った。 そう、シンジを精悍にしたようなイメージである。 だがそれも一瞬のこと、よく見ると紛れもなくシンジであった。 そして口元から血が滴っている。 その血がシンジのパジャマを汚し、自分のプラグスーツのお腹のあたりに池をつくってい た。 途端にさきほどの戦闘を思い出す。 アスカの身体は痛みを思い出し、身体中の筋肉が緊張した。 シンジはその動きを腕から感じ取りアスカを見つめる。 「目が覚めたかい」 いつものシンジの優しさが溢れていた。 アスカは安心して緊張を解く 痛みはあるが今はシンジの方が心配だった。 「シンジ降ろして」 「だめだよ、アスカにはまだシンクロ時のダメージが残っているはずだから歩けないよ」 「何言ってんのよバカシンジ! あんた血を吐いているのよ。病み上がりだというのにい ったい何をしたっていうのよ」 「大丈夫、ちょっとATフィールドを使いすぎただけだから」 シンジはニコッと微笑む その笑顔は百万の言葉よりもアスカに語りかけていた。 「ほんとに大丈夫なの?」 「うん、ただ、使徒がこっちに向かっている。」 シンジが真剣な眼差しとなる。 ページ(347) 5.txt それは迎撃が失敗したことを意味していた。 アスカにいやな想像が浮かんだ。 「まさかレイは無事でしょうね。零号機に武器なんかないんだから戦うわけないわよね」 アスカは恐怖の面持ちで聞く シンジはアスカをぎゅっと抱きしめる。 「綾波はN2爆弾で直接攻撃をしたんだ。・・・でも・・・大丈夫だと思う。・・・すま ないアスカ」 シンジは首をうな垂れる。 アスカの明晰な頭脳は一瞬で理解した。 シンジがレイを見捨てるとは考えられない。 そのシンジがレイの生死を確認もしないで離れるということは、それ自体レイを助けるこ とのはずである。 シンジは使徒がここに来るといっていた。 つまり囮となって使徒を零号機から離しているのではないだろうか そしてシンジはわたしに謝っている。 それはレイの事と危険な囮にわたしを巻き込んだことに対してであろう アスカは微笑むとシンジの頬に手の平をあてた。 「ほんとにバカなんだから。わたしはシンジの行くところだったら地獄の底でも喜んでつ いていくわ。置いてなんか行ったらただじゃおかないから」 シンジは腕の中で信頼に満ちた笑顔を向ける少女に力づけられる。 アスカはシンジの頭に腕を回し抱き寄せる。 シンジは必然的にアスカの胸に顔を埋める 鮮やかな赤いプラグスーツ越しにアスカの張りのある胸の起伏が感じられた。 母親の柔らかさとはまた異なるアスカの弾力のある若さ。 だがシンジへの愛情の強さではどちらも比べようもなかった。 おもわず涙が込み上げるシンジ 顔をアスカの胸に擦りつけて涙を隠す。 そんなシンジの姿を見てアスカがこぼす。 「もう、いじっぱりなんだから・・・でも、レイもわたしも・・・そんなシンジが・・・ 大好きよ。」 ページ(348) 5.txt シンジはエレベーターが止まるまで顔を上げられなかった。 ケイジにたどり着くとシンジは初号機のエントリープラグに向かった。 プラグの付近はかなりの高台となっているため見晴しはいい。 下の方では作業員が忙しそうに動き回っている。 シンジはアスカを待機場所のベンチに乗せるとロッカーから予備のプラグスーツを取り出 した。 黙々とパジャマを脱ぎ、着替えていく アスカはベンチからその姿に見とれていた。 自分とさして体格は変らないと思っていたのになんと逞しい身体をしているのだろう 筋肉隆々というわけではないが、その細身の体に細いが強靭な筋肉が存在することは皮膚 の上からでも見てとれた。 下着をすべて脱いだ今もいやらしさは微塵も感じられない。 ギリシア彫刻のようなスマートな男性美に満ち溢れていた。 そう、そしてその印象を強調しているのが時々見え隠れする意志の強そうな精悍な表情で あった。 あの最初に合った時のおどおどとした少年の姿などどこにも見当たらない。 自分の能力に絶対の自信を持つ男の顔であった。 アスカはひたすらシンジの後姿に見とれていた。 シンジは自分でも何かが変ったと感じていた。 いくつかの選択肢の中で何をすべきかということが迷いもなく浮かんでくるのである。 ページ(349) 5.txt そして自分にはそれができるという不思議な自信が湧いてくるのである。 それは思い込みかもしれなかったがシンジの心をしっかりと支えてくれた。 シンジ自身は気づいていなかったが、それはレイとの長時間シンクロが原因であった。 二度にわたる異例の長時間シンクロはシンジからレイに感受性を学習させた。 同時にレイからシンジには冷静な分析能力と物事をやりとげる強靭な意志を受け継いでい たのである。 シンジの精神は飛躍的に強化され、敵と対するときはその肉体の能力との相乗効果により 神にも近しい存在といえたかもしれない。 シンジはプラグスーツに着替え、ヘッドセットをつけると振り向いた。 「状況を確認するから待っててね」 アスカは着替えを見ていたことがばれたと思い罰の悪い想いで顔を赤くした。 「う、うん」 シンジは気にした風もなくディスプレイのスイッチを入れる。 「あっ、マヤさんですか、いつでも出撃できます。そちらの状況を教えてください。」 「シンジくん無事だったのね。心配したのよ。」 シンジの正体を知っているマヤもさすがにあの状況なので心配していたのである。 「ええ、アスカも無事です。ところで綾波はその後どうですか?」 「今、救援部隊が保護したわ。シンジくんのおかげでレイは無事よ。ほんとうにありがと う」 「よかった。」 シンジは最後に感じた波動がやはりレイのものであることを確認できて安心した。 「ところで使徒は今どこですか?」 「本部南西300メートルの地点から地中を掘り進みながら真っ直ぐにここに向かってい るわ。到着予定時刻は780秒後よ」 「わかりました。ところでそこに赤木博士はいますか?」 「今は司令のところに行ってるわ。緊急なら回すけど」 「お願いします。」 シンジは迷うことなくマヤに頼む。 父の居るところに積極的に連絡を取ろうとするなど昔のシンジからは考えられないことで あった。 ページ(350) 5.txt 「司令、お話し中にすいません。初号機パイロットが赤木博士と緊急に話したいと言って いるのですがよろしいでしょうか」 「ああ、わかった。」 ゲンドウは眼下の巨大スクリーンに目をむける。 リツコは通信装置の正面に立った。 「わたしよ、つないでくれる。」 「はい」 瞬く間にシンジの映像と切り換わった。 そしてリツコは我が目を疑った。 これがあのシンジくんだというの? あまりにも雰囲気が違っていた。 少し影がないわけではないが、自信に満ちたその表情は別人のような力強さに満ちてい た。 「シンジくんよね?」 それはわかっていながら聞いてしまうほど印象が変っていた。 「ええ、もちろんそうですよ。」 シンジは怪訝な顔をするが、時間がないことを思い出し、気を取り直すと質問をした。 「ところでぼくの身体はどうなってしまったのでしょう? 赤木博士なら答えを知ってい ると思いますので」 シンジはいくつかの事実から想定して、ある推論を組み立てていた。 それに答えてくれそうな人物はリツコしかいない。 シンジはストレートに行動したのである。 リツコはゲンドウの表情を確認した。 否定はされなかった。 リツコはMAGIによるセキュリティ回線であることを確認するとシンジの質問に答え た。 ページ(351) 5.txt 「99.9999%の確率であなたの身体はエヴァと同じ体質に変ったのよ。それも遺伝 子レベルでね。」 やはりリツコは知っていたのである。 シンジは疑問を次々とぶつけていった。 「それはいつのことですか」 「可能性が一番高いのは第3使徒サキエルとの戦闘での暴走よ。初号機があなたを守るた めに改造したとしか考えられないわ」 「つまりATフィールドを創れるのも異常な回復力もそのせいなのですね。」 「ええ、そうよ。」 「・・・つまり人間ではないと言う事ですね。」 「そうとも言えるわ」 リツコは科学者の冷徹さとも取れる率直さで答えた。 シンジは薄々察してはいたが、やはり他人から肯定されるとショックだった。 だが、今はそれどころではない。 時間がないのである。 「初号機を遠隔操作したあれは何と言うのです」 「ダミーシステムよ。適格者のパーソナリティを数値化して擬似的にパイロットの存在を エヴァに誤認させるためのものよ。」 「初号機からは外してください。今度あんなことをしたらぼくがネルフを破壊します。」 「心配しなくてもいいわ。初号機はダミーシステムを拒絶、今までシンクロしていたレイ さえも受けつけないわ。文字どおり初号機はシンジくん専用のエヴァとなったわ」 「そうですか。あと初号機には誰が乗っているのですか」 「何を言っているの? 今あなた専用と言ったじゃない」 「パイロットのことではありません。」 リツコはシンジの強い意思を込めた瞳に圧倒され思わずゲンドウの方を見た。 ゲンドウが低い声で告げる。 「シンジ、おまえの母さんだ。」 「・・・。」 シンジはゲンドウを見つめ、それが事実であることを実感した。 やはり綾波の言葉は夢じゃなかったんだ。 ページ(352) 5.txt あのトウジの肢を再生するため初号機で異例の長時間シンクロをするときに聞いた言葉は ・・・ 「母さんは死んだはずじゃないか」 「肉体を失っただけだ。」 ゲンドウの突き放すような言い方。 だが、シンジにはゲンドウの想いがなんとなく伝わってきた。 肉体を失っただけ・・・つまり肉体さえ復元できれば生き返るかもしれないのである。 シンジはマヤの言葉を思い出していた。 司令は不器用だという言葉を・・・ そういえば昔リツコさんも言っていた。 レイは司令に似て不器用だと・・・ そう、それは今までの自分そのままではないか ひょっとしたら父さんはぼくが嫌いなのではなく接し方がわからなかっただけかもしれな い おじさんのところに預けたのも何か理由があったのかもしれない。 そう考えると無性に今までの行動が悔やまれる。 何故父さんを理解してあげられなかったのだろう せめてこれからは理解するように努力しよう・・・唯一の肉親として・・・ 「最後に赤木博士、ぼくの身体はもう元には戻らないのですか」 「わからないわ。ただ・・・」 ゲンドウがリツコの肩に手をかけてとめた。 リツコは驚いてゲンドウを見る。 「シンジ、すべての使徒を倒したときにその答えがでる。答えはひとつではない。・・・ そしてその選択はおまえに委ねる。」 ゲンドウの言葉に幾分優しさを感じたのはシンジの思い過ごしかもしれなかった。 ページ(353) 5.txt だがシンジはそれを信じたかった。 「わかったよ父さん。本当はまだわからないことだらけだけど使徒を倒してからゆっくり と聞かせてもらうよ。」 シンジは晴れ晴れとして通話を切ろうとした。 「ちょっと待ってシンジくん!」 リツコが横から割り込む 「何ですか?」 「今回の使徒はATフィールドを中和できないほど強力で攻撃力もとてつもないわ。恐ら く第5使徒ラミエルの防御力と攻撃力に匹敵するほどよ。基本的に初号機と弐号機の戦闘 力はほぼ互角だから勝てる見込みは10%もないわ。それでも行くの?」 めずらしくリツコが弱音を吐く シンジはそんなリツコを逆に力づけるように笑顔で答える。 「大丈夫ですよ。ぼくがやるのはひとつだけですから」 「何をするというの?」 「決まってます。アスカと綾波にこれだけのことをしたのですから責任をとってもらいま す。」 「責任?」 「そう責任です。」 シンジは通話装置のスイッチを切った。 シンジはアスカの方にかがみこむ。 「もう少ししたらここは戦場になる。アスカはすぐにここを離れて第2新東京市に向かう んだ。いいね。」 「いやよ。」 「アスカ、もう弐号機は動けないんだ。ここにいても危険なだけだよ。」 「でも初号機があるわ」 「さっきの話しを聞いただろう。初号機は警戒している。おそらくぼく以外のものはすべ ページ(354) 5.txt て拒絶すると思うよ。」 「いやっ! このままシンジと離れるなんて死んでもいやよ。わたしも初号機に乗るわ。 」 もうひとりぼっちは我慢できないのである。 レイだってシンジと一緒にシンクロできた。 わたしにだってできないわけはない。 いや、やってみせる。 シンジを助けたいという想いとシンジと離れたくないという想い、そしてレイへの対抗意 識も加わり、テコでも動かないというアスカであった。 華奢な少女が拳を握り、顎に力をこめ、足を踏ん張る。 アスカの全身を覆うぴったりとした赤いプラグスーツ 強靭なスーツは信じられない柔軟性を持ってアスカの肉体を包み込んでいた。 14才とは思えないほど発達した胸の膨らみ、どんどん細くなりつつあるウエスト、豊か な女性らしい丸みを獲得しつつある腰、日本人離れしたすらりとした脚・・・ かえって裸のときよりも肉体の動きが生々しく強調されていた。 力をこめた筋肉の一本一本の動きがアスカの肉体の苦悩を現すかのようにシンジに訴え る。 シンジもその想いの強さを肌で感じ取り説得を諦めた。 にっこりと微笑むと右手を差し出した。 「おいで」 その手に飛びつくようにシンジの首にしがみつく 「あっ、アスカ、何を・・・」 「今更うそだといってもだめよ。絶対離さないからね。」 細い腕からは信じられないほど強い意志が感じられた。 シンジは仕方なくそのままエントリープラグのハッチに足を乗せる。 起動時間を短縮するために既にLCLが3分の2ほど注入されていて遥か下に操縦席が見 えた。 シンジはしがみつくアスカに顔を向ける。 そっと手を伸ばすとアスカの頭からインターフェースヘッドセットを外した。 「後悔しないかい?」 ページ(355) 5.txt 「シンジってほんとにバカね。連れてってくれなかったら一生怨んでやるから」 物騒な事を言いつつもアスカの顔は幸せそうな笑顔に包まれていた。 シンジは思わず微笑みを浮かべる。 この娘もまた不器用な生き方しかできないひとりである。 でもなんてすばらしい笑顔なんだろう。 この娘の微笑みを消すわけにはいかない。 なんとしてでも守ってみせる。 決意を新たにするとシンジは最後の言葉をかける。 「アスカも相当な大馬鹿だよ。」 アスカはニッコリと笑うと、より一層強くシンジの首にしがみつく シンジはアスカの華奢な背中と細い腰にしっかりと腕を回す。 力強く抱きしめるとそのまま後ろ向きに頭からLCLの井戸に落ちていった。 CG Created By【EINGRAD 氏】 HP【EINGRAD の HOME PAGE】 ラスト部分の初期バージョン To be continued. 【第37話 エヴァの魂】 <ネルフ本部> 無重力で・・・それでいて紛れもなく落下する感覚 だがアスカは青いプラグスーツの胸に安心して顔を埋めていた。 右腕で赤いプラグスーツの腰を支え、左腕でその美しい髪に覆われた頭を抱きしめるシン ジ 着水までのわずか2.5秒を数倍にも感じる二人 ボシュッ シンジが頭を庇ったためアスカはほとんど衝撃を感じなかった。 ページ(356) 5.txt しっかりと身体を支えあったふたつの肉体は落下スピードを急激に落としながら操縦シー トに向かう シンジは腕を握ったまま身体を離す いつものとおりゆっくりと空気をすべて吐き出し、ゆっくりとLCLを肺に取り込む これが中途半端だと地獄の苦しみが襲うのを二人は度重なる経験から学習していた。 シートに向かいながらシンジはLCLの中で神経が鋭敏になっている事に気づいた。 自分の身体がどこまでも広がっていく不思議な感覚 LCLすべてがまるで体の一部のように反応する。 シンジは気がついていなかったが赤いLCLが透明に感じられるようになっていた。 それはレイと同じ視界であった。 なぜか懐かしく・・・そして心の落ち着く感覚 ・・・母さん、これが母さんと一緒に居るということなの? ・・・ここに始めて来たときからぼくを守ってくれていたんだ。 ・・・死んだんじゃなかったんだ。 ・・・よかった・・・ ボーとするシンジにアスカは顔を寄せた。 「どうしたの?」 「いや、何でもないよ。ちょっと懐かしいような不思議な感じがしたんだ。」 「そうね。エントリープラグの中って不思議よね。 これだけのハイテク設備の詰まった 狭い場所にギュウギュウに押し込められて、 ・・・血の匂いのする不気味な液体で呼吸 させられて、 ・・・エヴァなんていうわけのわからない人造生物と連結して、 ・・・な のになんだか落ち着くってほんと不思議」 わずか10センチというすれすれの距離にまで顔を寄せて不思議がる少女 アスカにとってはシンジをよく見たいという自然な行為であったが、クリアになったシン ジの視界にとっては異常に近く感じられた。 LCLの中を漂うベールのような美しい髪 前髪でも隠しきれない知的な広い額 くりくりとした大きな眼、その中の聡明で透き通るような青い瞳 すっきりとしてそれでいてかわいらしい鼻 わずかに舌ののぞく小さな口元 まだ成長途中の幼さの残る顎 ページ(357) 5.txt そのすべてがシンジが身動きしただけで触れてしまう距離に無防備に存在していた。 相手を信頼し心を開放した時だけに現れる少女の輝くばかりの美しさに包まれて・・・ 天使が存在したとしたらきっとこんな少女なんだろうなと思わせるほど完璧な生き物 とてつもなく愛らしくそして信頼を寄せすべてを委ねようとする存在 シンジは抱きしめたい衝動をグッと堪えるとアスカの両腕を掴み距離を空けた。 「リツコさんとの会話は聞いてたよね。」 「まあね」 さすがに認めたくないという想いの強いアスカの返事は鈍い 「エヴァはただの生体兵器じゃない。意志を・・・それも母さんの意志を持っている・・ ・心が安らぐのも当然だよね。」 「でもわたしの・・・わたしのママは7年前に・・・」 シンジは腕を離すとその手を背中に回しアスカをしっかりと抱きしめた。 「ぼくの母さんは11年前に他界したことになっていたけど父さんが言うには初号機の中 で生きているという。魂だけの存在となって・・・ 7年前ならもっと技術が進んでいる だろうからアスカのお母さんも助けられた可能性は高いと思うよ。」 「・・・ママが・・・弐号機に・・・」 ・・・そう、アスカのお母さんの魂は間違いなく弐号機のコアとして存在しているはず だ。 そしてぼくの母さんも初号機に・・・ あたり前じゃないか だって綾波が最初に自分のことをダミーシステムの一部と呼んだときに「本来魂のないエ ヴァには人の魂が宿らせてある」って言ってたんだから・・・ とうぜん初号機にも弐号機にも人間の魂があることになる だとしたら数億人に一人という極端に少ない適性を持つチルドレンに合う魂なんて決まっ ている。 肉親以外にいるわけがない なんで今までそれを思いつかなかったんだろう いや、思いつかなかったわけじゃない、考えるのを避けていたんだ。 ・・・それは・・・もしかしたら・・・・綾・・・ ふいにアスカが足を絡めてきた。 無重力の中でのみ可能な、バランスを無視した体位 ページ(358) 5.txt 不器用に押しつける身体 不安を身体全体で表現する子どものような仕種・・・ そうだった、アスカはこの事実に何の予備知識もなかったんだ。 死んだはずの最愛の肉親が実は生きているかもしれないと知らされた少女 シンジはアスカの不安を想い意識を集中した。 「・・・普段はなんとなく感じる程度だけど命の危険にさらされると初号機からとてつも ないパワーを感じるときがある。そしてそれ以上に暖かく包み込む不思議な安心感・・・ あれは母さんだったんだ。アスカも感じていたんじゃない?」 肩に感じるアスカの顎の動きから頷いたことがシンジにもわかった。 「でもママがいるならなんで話しかけてくれないの? ヘッドセットを介してエヴァとは A10神経が接続されているはずなのに・・・」 「たぶんエヴァを完全に制御できていないか信号が弱すぎるんじゃないかな」 「暴走のこと?」 「うん、あれは人間の制御から外れているようにみえる。きっかけはぼくを守るためかも しれないけど結果は違うような気がする。母さんはほんとうにぼくの身に危険が迫ったと きしか感知できなくて、その結果母さんにできることはエヴァのリミッターを外すことな んだと思う。」 「そんなあ」 「でも状況は変わりつつあると思う」 「初号機がダミーを拒絶したこと?」 「あれには母さんの意志が含まれているような気がする。 ・・・トウジの時にはダミー システムがぼくの望まないことをしたことでぼくの精神は危ういところまで行ったと思 う。 ・・・綾波がいなかったらぼくはどうなっていたかわからない・・・」 アスカはシンジの苦悩を思い、身体に回した腕に力をこめた。 シンジが一人でないということを思い出させるために・・・ その想いが痛いほど感じ取れたシンジは気づかない振りをして先を続けた。 「・・・恐らくあの事件を境に母さんの影響力が高まり初号機に偽者の存在を拒絶させて いるんだと思う。 だからパーソナルパターンの似ている綾波まで拒否された・・・そう 考えると辻褄が合うと思うんだ。」 そこにはさらにレイの心の成長が影響していることをシンジはまだ気づいていなかった。 「つまり初号機が起動したらわたしも拒絶されるのね。」 ページ(359) 5.txt 「まず間違いなくね。」 しばらく唸っていたアスカはひとつの結論を出した。 「赤木博士に相談するわ」 「えっ」 「エヴァのことを一番知っているのは赤木博士よ。彼女がだめだったら方法はないわ」 すべての状況から的確な判断を下すアスカ シンジは一瞬迷ったがそれしかないことは明白であった。 発令所との通話装置のスイッチを入れるとリツコを呼び出した。 「アスカ! そこで何をしているの! あなたがいたら初号機は起動しないのよ。」 リツコはイライラとペンでコンソールを叩く もう使徒が到着するまでほとんど時間がなかった。 「まず、言っとくけどわたしは降りないわよ。」 「アスカ、時間がないのよ。」 「そうよだから早くあたしがいても初号機が起動する方法を教えて」 猛烈な迫力で睨みつけるリツコに対して一歩も引かないアスカ ミサトはアスカの説得の可能性と使徒の到着時刻を試算して唯一の提案をする。 「リツコ、もう今からアスカを出していたんじゃ間に合わないわ。何か手はないの?」 もちろんリツコは怒りの表情の裏で冷静に検討を繰り返していた。 そのひとつは今のシンジくんなら実現できる可能性があった。 「かなり難しいけど方法がないわけじゃないわ」 みるみる安堵の表情を浮かべるアスカ 「お願い、教えて」 自分の愛する者のためにストレートに行動する汚れ無き純粋さ・・・ その一途な姿はリツコにとって妬ましい以外の何者でもなかった。 ページ(360) 5.txt だが、リツコにとってもゲンドウの計画を実現するためにはこの局面を何としてでも乗り 切らなければならない。 リツコは努めて冷静に説明を開始する。 「ATフィールドは他者を排除する障壁であると同時に個々のパーソナリティの鎧でもあ るのよ。 シンジくんの創るATフィールドに包れればアスカのパーソナリティは相殺さ れて初号機にとって透明人間となるわ」 「それじゃあ呼吸できないじゃない?」 「理想的なのは完全に覆う事だけどシンジくんの身体と一次的接触を保てるのならATフ ィールドのネットのようなものでもかなり効果があると思うわ。もちろんわざわざノイズ を発生させないでよ。何か考えるときはシンジくんのことを考えなさい。」 「ほんとに大丈夫なの?」 「それはエヴァの認識能力次第よ。他に方法がない以上、初号機から出ないというのなら あなたに選択の余地はないのよ」 「わ、わかったわよ。じゃあシンジ頼んだわよ。」 アスカは自分が言い出したわがままであるため引き下がるわけにはいかない。 またもシンジに頼ることになるがこのわがままだけはどうしても貫き通したかった。 一緒に居ることはシンジに負担をかけることになるかもしれない。 でもわたしだって何か役に立てるはずだ。 ・・・レイのように・・・ わたしもシンジを助けてあげたい・・・ そんな考えを手に取るように理解できるようになっていたシンジはアスカに心配をかけな いようにニッコリと微笑んで操縦席から右手を差し出す。 その優しさと逞しさの同居した笑顔に引き寄せられながらシンジの瞳が赤味を帯びつつあ ることにやっとアスカは気がついた。 ・・・まるで・・・ それはさきほどの赤木博士との会話を思い出させた。 「・・・つまり人間ではないと言う事ですね。」 「そうとも言えるわ」 それはシンジの力と不思議な治癒能力を見たときからわかっていたはずであった。 だが、その紅い瞳はあらためて自分との違いを認識させた。 今のアスカにとってシンジが人であるかどうかなどどうでもいいことであった。 ただ、自分と同じ存在でいてくれたならそれでよかった・・・ ページ(361) 5.txt 「・・・シンジ・・・」 「うん、何?」 屈託のない笑顔 アスカはふるふると首を横に振った。 「ううん、何でもない。じゃあお願いね。」 アスカは言葉を飲み込むとシンジの腿の上に腰掛けると首に両腕を回してしっかりとしが みついた。 「任しといて」 シンジは怪訝に思いながらも目を閉じると最低出力で慎重にアスカの身体をATフィール ドのネットで覆いはじめる。 実在するいかなる物よりも薄く強靭なATフィールド 切れ味は剃刀の比ではない さきほどの零号機を守るために展開した狂暴なまでの膨大なエネルギーとは一変した繊細 な制御が必要であった。 だが物と違いそれは意外なほど簡単であった。 身体を接するアスカの意識がシンジにも伝わり、シンジはただアスカのイメージに従って 展開するだけですんだ。 アスカの意識を経由しているためネットによってアスカの動きが妨げられることもない。 数秒で衣類より密でクモの糸よりも軽いATフィールドにアスカは包まれていた。 「できたよ」 「え、もう?」 不思議そうに自分の身体を見下ろす。 アスカがそう思うのも無理はなかった。 シンジ自身でさえこんなに苦も無くできるとは思ってなかったのだから・・・ それは細胞のひとつひとつからリミッターを解除した全開出力でのATフィールドの展開 が及ぼした効果でもあった。 シンジの身体は遺伝子レベルで目覚めつつあった。 ページ(362) 5.txt 「うん、あとは初号機が見逃してくれるのを祈るだけだよ。」 アスカが答えるより早くミサトから通話が入った。 「もう時間がないわ。通常ルーチンはすべてカット、起動と同時に拘束具を実力で排除し てF-24の通路で待機、いいわね。」 「はい」 ミサトのあまりにも緊迫した声にさすがにせっぱ詰まった状況を思い出した二人はすぐに 起動に取りかかった。 「日本語をベーシックに設定」 「全電源システムオン」 「LCL注水確認」 「規定量クリア」 「全周スクリーン外部との接続開始」 「LCL電化開始」 「シンクロスタート」 一瞬静止するモニター 緊張の走る発令所 だが次の瞬間、低い作動音とともにシカクロ値は上昇を開始した。 マヤの祈るような声が発令所に響く 「シンクロ率、・・・25、26、27、28・・・」 「・・・29、30、31・・・を突破! エヴァ起動しました。」 発令所に安堵の表情と喚声が広がる。 その後もシンクロ率は順調に上昇を続けた。 最初に気がついたのはリツコであった。 ・・・50、60、70、80、・・・ ・・・110、120、130、・・・ ・・・160、170、180・・・ 「いけない、シンジくん! それ以上はだめよ!」 マイクを奪うように掴むと普段のリツコからは想像できないほど大きな声を出していた。 ページ(363) 5.txt 指先の一本一本のようにエヴァの隅々にまで行き届く神経 今まで感じたことがないほどのエヴァとの一体感 目覚めつつあるシンジの身体はリリスのコピーでもある初号機との融合に無意識に反応し ていたのだった。 その麻薬にも似た陶酔効果はシンジの意識を鈍らせはしたが遮断したわけではなかった。 水中で聞こえる音のように靄のかかった声に気づくシンジ それがリツコの声であることを思い出した途端に意識が急激に現実界に浮上して状況を把 握した。 「・・・シンクロ率192で安定しました。先輩どうしてとめるんですか? 貴重なデータ だったのに」 マヤは通話を切るとリツコに疑問をぶつける。 リツコはその意味も知らずに質問する後輩に疲れを感じていた。 その疲れは警戒心を鈍らせいつもより余分に知識を与えてしまう。 「温度を現す単位で摂氏や華氏があるわね。」 「ええ」 突然話題を変えられ戸惑うマヤ 「それぞれ0度も100度も生活によく使う範囲の温度を基準にしてつけた目盛りに過ぎ ないわ」 「はい」 「シンクロ率の100というのも同じよ。100くらいがエヴァを制御するのに一番適し ているからなの。これ以下だと自分の意志にエヴァの反応が遅れるし、これ以上だと精神 汚染を受けて自分の意志を保てなくなるのよ」 「もしもこのままシンクロ率が上がり続けたらどうなるんですか?」 ダミーシステムの概略まで聞かされていたマヤは更なる悪夢を予感していた。 「MAGIの計算結果ではだいたい400くらいで自我の境界線を保てなくなるわ。」 「精神が崩壊するのですか?」 「逆よ、自我の減衰によって麻酔にかかったようになるので壊れた心まである程度補修さ れるかもしれないわ。たぶんもっと顕著な現象として肉体の崩壊が起こるはずだわ」 ページ(364) 5.txt 「身体が破壊されるのですか?」 「正確には破壊じゃないわ。本来の姿に戻るだけよ」 ・・・そう、それが姿と呼べればだが・・・ マヤがさらに聞こうとしたときに青葉が割って入った。 「第14使徒、セントラルドグマまであと80メートルです。」 あの巨体にとって80メートルなどすぐとなりの部屋のようなものである。 その使徒と目標である初号機を格納したケイジの間に第一発令所があった。 レーダーを凝視していたミサトも確認を急ぐ 「初号機の状況は?」 「現在、第2拘束具の除去に取りかかっています。」 「後のことは考えなくていいわ、急がせて」 もはや一刻の猶予も無かった。 やはり間に合わなかったのか・・・ ここを放棄した場合は本部の設備を使っての状況把握も的確な介入もすべて不可能となっ てしまう。 何より本部の命ともいえるMAGIオリジナルの放棄はこれからの作戦が劣勢に回るのは 目にみえていた。 ミサトは作戦部長として苦しい決断を下す。 「総員待避! 急いで!」 だが事態の進展は予想以上に加速していた。 ミサトの言葉が終わると同時に発令所の中央に位置する巨大なディスプレイが振動した。 その中央から現れる3Dの巨大な腕 次の瞬間、スクリーンを破った使徒の全身が姿を現した。 発令所の張り出した艦橋のようなブリッジから初めて生の使徒と対面するオペレーター達 ブリッジの外周に沿って左からマヤ、日向、青葉と座り、その後ろにリツコとまだ包帯の 取れないミサトが立ち尽くしていた。 遮るものとてないむき出しの空間で対峙する恐怖 ページ(365) 5.txt 日向達のような秘密を知らない一般オペレーターにとって、使徒はあまりにも巨大すぎて それが動くということを理性が拒否してついていけないほどであった。 巨大な質量を持つ物体が動く それだけでも驚異なのにその物体は自分たちに敵意を持って近づいてくるのである。 使徒はその圧倒的な巨体を屈め、骸骨のように穴のあいた無表情な顔をブリッジにぶつか らんばかりに寄せた。 まるで倒れ掛かるのではと思わせるほど覆い被さる使徒 その使徒の穴のような目の奥に光が集束しだした事にブリッジの全員が気がついた。 これ以上はないという確実な死・・・ 大量の土砂と18層もの鋼鉄の装甲板を一撃で貫く使徒の光学兵器 当たるとか当たらないとかは関係無かった。 ここで発射されたらそれだけで生き残る者などいるはずがなかった。 ミサトは無意識のうちに十字架を握り締める。 「・・・お父さん」 ドシーーーーーーーーーン 誰もが死を覚悟したときに使徒の姿は消え、替わって初号機の横顔があった。 使徒は発令所の壁を突き破り地上射出用のカタパルト室まで飛ばされていた。 「シンジくん!」 ミサトは助かったことを理解する前に叫んでいた。 To be continued. 【第38話 二つの光球】 <ネルフ本部> ドッゴーーーーーーーーーーン 質量3千トン、衝撃度2万トンの体当たりを受け、ゼルエルは厚さ100センチの隔壁を 突き破り120メートルも飛ばされていた。 ページ(366) 5.txt あまりの衝撃にさすがに動きも鈍い フラフラとだが立ち上がろうともがいていた。 一方、ミサト達の無事を確認するとシンジは前傾姿勢の初号機を立ち上がらせた。 頭部は優に発令所の最上段と並ぶ高さであった。 自然にゲンドウと冬月副司令の姿が目に入った。 腕を組んだまま微動だにせぬゲンドウ シンジはこの緊急事態でさえ普段と変わらぬ父の姿に半ばあきれながらアスカに話す。 「父さんてただもんじゃないね。」 「当たり前よ。特務機関ネルフの最高司令なのよ。20世紀のアメリカ大統領より力があ るポストに並の人がなれるわけないじゃない。」 「えっ、そんなにすごかったの?」 「あんたほんとに碇司令の息子なの? もう信じらんない。」 アスカは呆れてシンジの顔を見た。 だがすぐに視線を前方に向けた。 シンジの顔が引き締まり、闘う男の顔になっていたからである。 その視線の先には完全に立ち上がったゼルエルがいた。 シンジはギリギリと歯をかみ締めていた。 第14使徒 明らかに力の劣る弐号機に対し、手足を切断し、首をはねるという残虐な行為でアスカを いたぶった使徒 意識を無くし倒れている零号機に容赦無く攻撃を加え、レイを殺そうとした使徒 発令所では自分の数百分の一というまったく取るに足りないミサトさんたちにまで攻撃を 仕掛けた使徒 この闘いは使徒対ヒトの総力戦である以上、そんなことは当然のことかもしれない。 ・・・でもぼくは絶対に許さない。アスカやレイを傷つける存在を許すわけにはいかな い。 14番目の使徒 ページ(367) 5.txt 何を目的にどうして生まれて来たのかはわからない。 でもどうなるかだけはわかる。 そこを動くな! シンジは初号機の足を踏み出させた。 アスカはシンジの横顔からその決意が痛いほど感じられた。 澄んでいた紅い瞳がランランと光を放つような強烈な赤と化していた。 頬が引き締まり口元に断固とした意志が宿る。 身体中、鋼のような筋肉が脈動する。 シンジって闘うときはこんなにも強い存在なの? アスカは驚愕のあまり声も出なかった。 だが不思議と恐怖は感じない。 むしろ頼もしかった。 なぜならシンジの意識まで感じられるようになっていたからである。 アスカを大切に想い、そのアスカを傷つけた存在に対し怒りを解放しようとする心 それはシンジのATフィールドという心の内側に入り込んだアスカだけが感じ取れること だった。 アスカはシンジの首に掴まりその心地よい想いに身をゆだねる。 シンジはこんなにもわたしを大切に想ってくれてたんだ・・・ それはアスカにとって涙が込み上げるほど暖かな想いであった。 「初号機のシンクロ値が上昇しています。」 一瞬前には死を覚悟したマヤであったが初号機が盾となって使徒を撃退してくれたおかげ で任務を思い出せるほど回復していた。 そして真っ先に警告アラームに気がついた。 リツコもその異常に気づく ページ(368) 5.txt 「・・・230・・・」 「先輩、どうしたら・・・」 「今はとにかく使徒を何とかするのが先決ね。ミサト、シンジくんを誘導して」 「わかってるわ。」 ミサトは利用可能な設備をすべてシミュレートして結論を出す。 「シンジくん、聞こえる?」 「はい」 「使徒を20秒だけ押さえていられる?」 「たぶん」 「だったらそいつを手近なカタパルトに載せてちょうだい。地上に放り出してやるわ」 「わかりました。」 シンジもここではおもいきり闘えないためミサトの案に従うことにした。 初号機の足がさらに一歩踏み出された。 間合いに入った初号機に対してゼルエルは右腕のカミソリのような触手で攻撃を仕掛け る。 猛烈なスピードで襲いかかる触手 だが初号機は左腕で跳ね除けるように攻撃を弾き飛ばす。 マヤが驚きの呟きをもらす。 「ま、まるで問題にしていません。弐号機も零号機も簡単に切断されたのに・・・」 「そうね、つまりパイロットがそれだけ初号機と密接にシンクロしているということよ。 今の初号機にとってATフィールドは身体を構成する要素のひとつとなっているわ。物質 化した鎧といってもいいかもしれない。」 「ATフィールドの物質化?」 「ATフィールドには限界といったものは存在しないのよ。あるとしたらそれを制御する 心の弱さだけ! 今のシンジくんの心には負けるとか斬られるとかいう考え自体存在して いない。シンクロ率100%を超えた者がその境地に達したら誰も傷つけることはできないの よ。」 「じゃあ、シンジくんは勝てるんですね。」 「この状態を戦闘が終わるまで維持できればの話よ。それよりタイミングを間違えないで ね。カタパルトの加速度はリミットいっぱいよ。」 「はい」 ページ(369) 5.txt マヤはモニターを真剣なまなざしを向ける。 そのオペレート姿を後ろから眺めながらリツコは思った。 今もシンクロ率は際限も無く上昇を続けている。 やはりあの子も母親のあとを追うことになるのかもしれない。 そしてそれは結局はゲンドウの意志・・・ 何も知らないマヤ シンジくんがいなくなったらこの子はどんな顔をするのだろう・・・ <カタパルト室> 一方、シンジは触手を払いのけると猛然とダッシュをしてゼルエルに再度体当たりをぶち かました。 動きの鈍いボディはいとも簡単に跳ね飛ばされる。 その身体を空中で捕まえたまま初号機をカタパルトに叩きつけるように飛び乗った。 「マヤさん!」 シンジの叫びが届くと同時にマヤは信号を送り初号機のアンビリカブルケーブルを爆砕除 去した。 すぐにリニアレールはとてつもない加速を開始する。 LCLのおかげで緩和されてはいるが殺人的な加速度に絶えるシンジとアスカ シンジは暴れる使徒を無我夢中で押さえつける。 使徒は猛烈に暴れるがシンジはガッシリとつかんだまま放さない。 身体の内側から湧き起こる強暴なまでの力 ・・・280、290、300・・・ ・・・330、340、350・・・ 上昇を続けるシンクロは初号機から際限も無くパワーを絞り出していった。 同時にシンジの意識は力の本流に引きづられるように躁状態となり、高速に過ぎ去るまわ りの景色とともに正常な状況判断力まで次々と脱落していく それに気がついたアスカは危険を本能的に察してシンジを内側から揺さぶる。 「シンジ! シンジ! しっかりして! どうしちゃったの? ねえ、シンジったらあ」 ページ(370) 5.txt 内部から発するアスカの心の叫びをかろうじて振動として感知したシンジは意識を戻そう と努力する。 その一瞬の停滞にゼルエルは反応する。 秒速数百メートルで通り過ぎる壁を信じられない怪力で殴りつける。 触手の先ががちぎれたがまったく気にしていなかった。 強引に初号機側に向きを変えると必殺の光線を発射した。 ドッゴッーーーーーーン ダイナマイトのような命中音とともに初号機は吹き飛ばされていた。 <発令所> ボォーーーーン、ボォーーン、ドガッ 二階建ての住宅ほどもある高さの巨大な腕が無機質な発令所の中央に転がっていた。 マヤの目の前でドクドクと大量の体液を流す生々しい傷痕・・・ 「シンジくん!」 確認するまでもなく初号機の左腕であった。 マヤは指示を求めて振り返った。 そこには異様な光景が展開していた。 2千メートルの落下の影響であろうかほとんどのオペレーターが血のような赤い体液を浴 びていたのである。 その中でも特にリツコの姿は紅く血塗られていた・・・ <初号機> 「シンジ!」 アスカはシンジから伝わるイメージから相当のダメージを受けたことを知った。 同時に初号機は衝撃でリニアレールから弾き飛ばされていた。 当然使徒も反動で落下する。 ページ(371) 5.txt だが、2体共わずか数十メートルの落下で地面に達していた。 見上げた視界には空は写っていない。 900メートル上空に広がる不規則な突起・・・ ジオフロントの頂上空間であった。 <発令所> 「伊吹二尉、初号機の状況は?」 スクリーンの消えた発令所でミサトは確認を急ぐ 「まだジオフロント空間内のようです。先ほどの衝撃でセンサー類がほとんど断線したた めはっきりしません。」 「そんなに酷いの?」 「でも中枢であるMAGIが無事ですから端末を外部の無事なインターフェースに接続し て肉眼でなら作戦の続行は可能だと思います。」 「そう、ありがとう。」 ミサトは即座に結論を下す。 「オペレータは各自移動用端末を携帯! ブリッジ要員は直ちに本部出口に集合! さ っ、行くわよ。」 ミサトはリツコの腕を掴むともう駆け出していた。 <ジオフロント> ミサト達が駆けつけるとちょうどゼルエルが触手攻撃を仕掛けたときであった。 無防備に直立している初号機 「いけないシンジくん!」 マヤの叫びの直後に触手が初号機に到達する。 バリバリバリバリバリーーー 誰もが初号機の大破を予想したが意外にも裂けたのは触手の方であった。 まるでサメの背ビレに割れる水面のように初号機の胴体に接触した触手が2つの帯に裂か ページ(372) 5.txt れていく その放心したような初号機の姿にいやな予感を覚えるリツコ 「マヤ、初号機の最後のシンクロ率は?」 「はい、・・・そ、そんなばかな! 計測限界の400%を超えています。」 途方にくれるマヤ さきほどリツコから聞いたばかりの説明 ・・・自我境界の限界値は400%・・・ それを超えたらどうなるのか・・・ バキバキバキバキバキ 何かが砕け散る音が上空から聞こえている。 ボトボトと何かが落ちてきた。 見上げたマヤの目の前で初号機が顎部ジョイントを紙のように引き千切っていた。 天を振り仰ぐ初号機 一瞬後、まるで全身から絞り出すような雄叫びを上げていた。 ウオオオオオオォォォォォォォオオオーーーーーーーーーーン ジオフロントの大気を猛烈な振動が駆け巡った。 バシッ、バシッ ひとしきり吼え狂い満足した初号機は自分に攻撃を加えつづける存在に気づいた。 無造作に右腕を振る初号機 ビシッ ゼルエルの左肩から右腹部にかけて光が通り過ぎていた。 位相空間の中和などというまどろっこしい方法ではなかった。 圧倒的な力の差によるATフィールドと肉体の同時切断であった。 初号機は触手ごと使徒の下半身を投げ捨てる。 そのまま四つん這いになるとジリジリと使徒の上半身に近寄っていく。 長い手足のため肘や膝が蜘蛛の足のように突き出て不気味な獣のような動きであった。 ページ(373) 5.txt ゼルエルは下半身の切断という重症のため荒い呼吸と痙攣で瀕死の状態であった。 それでも生きていた。 光球がある限り使徒は死ぬことは無い。 癒しのときを経て肉体は再生する。 いわば光球は使徒の存在そのものといえた。 それゆえ使徒はただ1体でも滅びることが無いのである。 そんなことを知ってか知らずか初号機はゼルエルの麻痺を繰り返す顔にのしかかるように 凶悪とも言える自分の顔を寄せる。 大きく牙をむき出す初号機 ゼルエルの麻痺が大きくなる。 ガブリッ 初号機はゼルエルの顔を一撃で食いちぎっていた。 ムシャムシャと咀嚼する初号機 「し、使徒を食ってる?」 驚きを隠せないミサト だが変化はそれだけではなかった。 初号機の食べたものが喉をとおるたびに無くなった左腕の付け根がムクムクと泡のように 膨らんでいった。 やがて一定量に達すると自然に引き締まり元通りの腕が再生していた。 「失った肉体を使徒の体から補充しているんだわ」 リツコは武者震いのように震える体でなお推論を続けていた。 「でも腕は再生されたのにまだ・・・食べ・・続けています。」 マヤが震えながらも経過を報告する。 「本来の力を取り戻そうとしているんだわ」 「本来の力?」 「そう、われわれがおさえていた初号機の持つ本来の力を・・・」 「それは・・・」 バキバキバキバキバキ ページ(374) 5.txt 初号機の全身を覆っていたパーツが次々と脱落していく 「もう拘束具ではどうにもならないわ」 「拘束具? そういえば前にもそう言っていたわね。まさかシンジくんのお母さんが目覚 めるというの?」 ミサトは親友の顔を馬鹿のように見つめることしかできなかった。 「そんなに単純な話じゃないわ。異生物の中にこれだけ長期間取り込まれていた人間の精 神がいったいどんな影響を受けているかわかるわけないんだから・・・」 リツコはミサトの視線から逃れるように向きを変える。 その視界に初号機が入ったとたん驚愕の表情となる。 「ま、まさか・・・」 「どうしたのリツコ?」 ミサトもつられてその先を見てしまった。 そこには血の海でハイエナのように内臓をむさぼっている初号機の姿があった。 「まだ、食事は終わらないようね。」 嘔吐感をこらえながらミサトは軽口をたたく 「いいえ、もう終わるわ」 リツコは断言した。 その言葉のとおり最後に大きな塊を飲み込んだ初号機はビクンビクンと痙攣のような発作 に襲われる。 「・・・こんな方法があったなんて・・・こんなことが可能だとは夢にも思わなかったわ ・・・」 リツコはうわごとのように繰り返す。 数分で麻痺から回復した初号機は先ほどよりさらに暴力的な雄叫びを上げつづけた。 「シンジくん、いったいどうしたというの? シンジくん!」 マヤの悲痛な叫び 「無駄よマヤ、 ・・・もういないわ・・・」 リツコは初号機のエントリープラグのモニターを見つめていた。 そのモニターにはシンジとアスカの鮮やかな色合いのプラグスーツが映っていた。 中身の無いプラグスーツだけが・・・ ページ(375) 5.txt To be continued. 【第39話 独白】 <ケイジ> リツコは管理区域として立ち入り禁止となった初号機のケイジに来ていた。 シンジとアスカが初号機のLCLの一部となってから10日目のことであった。 コッ、コッ、コッ、コッ タラップを昇る飾り気のないパンプスの音が意外なほど大きく響く だが聞くものとてない広大なケイジでは音の大小は意味がなかった。 リツコは初号機にたどり着くと三分の一ほどイジェクトされたプラグのハッチを開けた。 ハッチの数センチ下からはLCLが満々と満たされていた。 コンディションを最適に保つためにもサーモコンディショナーや浄化装置などは今も電力 を供給されている。 唯一明かりだけが待機用の弱い非常灯であった。 その赤い水面をじっと見つめるリツコ 数分後には足元に服が積み重なっていった・・・ 白衣・・・制服・・・タイトスカート・・・パンプス・・・ブラウス・・・ 身につけていたものをすべて取り去ったあとリツコは一歩踏み出した。 ・・・トプン むせ返るような血の匂い 落ち着いた動作で肺の中の空気をすべて吐き出し、ゆっくりとLCLを取り入れる。 アスカやシンジの溶け込んだ一部を呼吸している可能性はあるがこの膨大なLCLにとっ ては二人の体積など誤差範囲のようなものである。 たとえ吸い込んだとしても酸素濃度が数パーセント減少するだけですぐに補充される。 リツコひとりが入ったとてなんの影響もなかった。 ページ(376) 5.txt 肺がLCLで満たされるとダイビングに慣れた動作でゆっくりと操縦席に沈んでいく シートは中学生用だったが男性に比べたら小柄のリツコの身体がちょうど納まる大きさで あった。 足をシートの溝に挟むと頭部をヘッドレストに預けた。 知的なそれでいて危険な香りのする瞳 無重力の中、自己主張をするかのようにつんと突き出たバスト まだまだアスカには太刀打ちできない成熟した女性の魅力的な腰からつま先のライン 人生の絶頂期であるその身体は女性特有の成熟した魅力を発散していた。 リツコは微かなファンの音だけのする隔離された世界に精神を解き放った。 ユイさん・・・ 聞いているわけないわよね 27才のあなたが初号機に消えてからもう10年以上も経つのだから・・・ たとえ聞けたとしても理解できるだけの意識が残っているのかしら それでもいいわ、ただ話したいから・・・ わたしはもう30才 現実世界での経験ではもうあなたを追い越してしまったわ 初めてあなたに会ったのはまだわたしの髪が黒い高校生のときだった 母さんと事あるごとに比較されるのがいやでいやでしかたなかった。 でも父親の居ないわたしにとって母さんはやはり母さん 身近に居る祖母よりも母さんのところに行きたくなるのは当然だった。 そこであなたを見た。 月のような優しさと雲の間に現れる太陽のようなすがすがしさを持つ魅力的な大人の女性 若く美しい肢体を白いプラグスーツで覆いあなたはハッチの奥に消えていった。 母さんは全力を尽くしてサルベージしたが数パーセント回収できただけだった。 あの天才といわれた母さんでさえ失敗・・・ 当然じゃない あなたに戻る意志がないのだから・・・ ページ(377) 5.txt 精神を核としたLCLからの肉体の復元は本人に戻る意志がなかったら成功するはずがな いのだから ・・・そして碇司令は別人となった。 いくらも経たないうちに母さんは年甲斐も無く碇ゲンドウという男におぼれていった。 理由はわかっている。 極秘中の極秘である人類補完計画さえ隠れ蓑にした自分勝手な計画に協力させるためだ。 でもそれは途中で計画を変更せざるをえなかった。 母さんの想いがあまりにも強すぎたために・・・ このままでは計画の最後に支障をきたすことはわかりきっていた。 ちょうどそのころからあなたはわたしに目をつけていた。 MAGIの根幹を成す基本設計のすべてにあなたへの忠誠が刻まれた時あなたは母さんに 見切りをつけた。 今の私は知っているのよ 慎重に洗脳を施した一人目の綾波レイを使ったことを・・・ やがてゲヒルンに入社したわたしはいつのまにかE計画セクションに配属され母さんの後 をついでいた。 そこでも公然とささやかれる母さんとわたしとの比較 死んだものには勝てない たとえわたしが母さんと同じ事をしても母さんの評価は揺るがない 誰が見ても圧倒的な差をつけない限り人の評価が変わることはないのだ こんなに頑張っているのに こんなに力があるのに わたしの心は次第に母さんを憎み始めていた。 そんなときわたしはゲンドウという男に無理やり犯された。 甘いささやきも景色のいい風景も優しい微笑みもなにもない。 閉鎖されていたカビ臭い旧第3分室 剥き出しのコンクリートの壁に覆われたその殺風景な部屋でただ犯されつづけた。 ページ(378) 5.txt この男が母の愛人だったことはゲヒルンに入る前から知っていた。 母に負けたくない・・・母の愛しついに手に入らなかったこの男を自分のものにしてや る。 この若く美しい身体のとりこにしてみせる。 犯されながらもわたしの心の中ではこんな計算をしていたのよ ユイさん、こんなわたしをどう思う? 卑怯? 汚い? 泥棒猫? でもね、あなたの男はそんなものではすまないわ 今日、何があったと思う? あなたのバックボーンであるゼーレに呼び出されたのよ なぜ計画にないS2機関を初号機は取り込むようなことをしたのか ネルフは無限のエネルギーを手に入れてどうしようというのか N2爆弾で自爆したはずのファーストチルドレンがどうして生きているのか ゼーレはわたしに全裸になれといったわ 必然性なんてなにもない。 ただ、ゲンドウの使者を辱め、さしむけたゲンドウを愚弄するため わたしは碇司令の為にその屈辱に耐えたわ 犯されつづけるうちに、肌を重ねていくうちに、こんなにもわたしを求める存在に惹かれ ていったのよ だれもが遠巻きに口先だけで評価ばかりする偽善者の中で碇司令だけはわたしを求めてく れたのよ。 始めは母さんに対抗するためだけにこの男を愛している振りをしていたのにいつのまにか 母さんと同じになっている自分に気がついたわ でも母さんのように夢中になったら捨てられる。 わたしは一見冷静を装いつつ司令との関係を続けていった。 それなのに・・・ ゼーレは言った。 おまえは身代わりなのだと おまえは唯一生き残ったファーストチルドレンの代わりに差し出された生贄であると ・・・ わたしは愕然としたわ ページ(379) 5.txt 曇っていた視界が晴れてすべての謎が解けたのだから レイが目的でない事はわかっていた。 なぜならレイが死亡した場合は三人目の用意をする指示を受けていたのだから そのレイをこの時期にあえてゼーレに逆らって隠した。 そして代わりにわたしを差し出した。 もっとも大切にされていたはずのわたしをである。 信じられなかった。 こともあろうに司令がまだあなたを忘れてなかったとは・・・ 母さんもわたしもあなたを蘇らせる手助けをするためだけの存在だったなんて ・・・親娘揃って馬鹿よね 二代にわたって愛した男は実は別の女だけを見ていたのだから・・・ でもね、わたしは少なくともレイに負けたとは思っていないわ 司令にとってレイは単にあなたに外見が似ているだけの存在にすぎない あなたが蘇るのならプラントで培養した20体のレイはすべて犠牲にしてもかまわないた だの道具 そしてネルフもチルドレンもそれは同じ シンジくんでさえそのひとつであると言えるわ ユイさん、いったいあなたは何者なの・・・ 史上最大最強の実行部隊の司令にこれだけのことをさせるなんて・・・ 人類全体より、人類の未来より、人類の希望より・・・そのすべてを投げ打ってでもあな たとの再会を望ませるものは何なの・・・ リツコの独白は明け方まで続いた。 そしてそれは無人のプラグの中でサルベージの実施が決まった日まで繰り返された。 まるで死を前にして懺悔をする信者のように・・・ To be continued. ページ(380) 5.txt 【補完物語@シンジ 第一部】 最終話 【第40話 過去へ】 -------------------------------------------------------------------------------- <第11日> 明け方になり静寂のたち込めるプラグ しかし無人となったプラグの中では会話が続いていた。 「父さんは・・なんてことを・・・・してしまったんだ・・・」 「あの司令なら確かにそれくらいやりそうね。」 「あまりにも酷すぎる・・・」 「・・・そうね、あの赤木博士が手玉に取られていたとは驚いたわ」 「なんてお詫びをしたらいいんだろう・・・」 「あんたバカぁ! そんなこと考えていたの?」 「えっ!」 「いいシンジ! たとえ碇司令と赤木親娘の間で何があろうとそれは当人同士の問題よ。 たとえ親が極悪人だってあんたは何も知らなかったんだから関係無いじゃない」 「でも・・・父さんのやったことは許されることじゃない」 「それでもよ。だいたい三十路も過ぎたいい大人が中学生に謝罪されたって滑稽なだけ よ。あんたはあんたにできる精一杯のことをしてきたんだから誰にも恥じる必要は無い わ。」 「・・・でも」 「デモもヘチマもないわ! ほんとは第三使徒が襲来した時点でみんな死んでいたはずな のよ。それを信じられない奇跡でひっくり返したのは何の責任もないシンジあなたよ。以 来何度人類の危機を救ったことか・・・世界中の人間はあんたに借りはあっても非難する なんてもってのほかよ。だいたい碇司令だってなんだかんだ言っても使徒を倒し未来を繋 ぐという人類最大の使命は果たしているわ。それに比べたら一人や二人不幸になったから といってなんだというの? たとえネルフの職員やわたしたちチルドレンがすべて不幸に なっても人類を残すことに比べたら些細なことよ」 ページ(381) 5.txt 「・・・アスカがぼくを励ますためにわざときつく言っているのはわかっているよ・・・ でも・・・ぼくはみんなを助けたい・・・誰も不幸になってもらいたくないんだ・・・ぼ くのよく知っている人は特にね・・・」 「・・・・・・わかっているわ・・・あんたってほんと超がつくほどの大バカだもんね」 コアがユイの魂で安定していたため二人の魂は肉体を失っただけで意識は維持できてい た。 それも自分ともうひとつ最も信頼できる存在とのふたつの魂しか存在しないため肉体は無 くとも他者との混乱はなかった。 この世界でアスカにとって存在するのは自分以外はシンジであり、シンジにとってはアス カしかいない。 むしろ肉体という境界を取り払ったいま、想いを隠すことなど不可能であり素直な関係と ならざるを得ない。 ここでは他者の意識は容易に流れ込みまたでていくのである。 シンジにはアスカの励ましの想いがはっきりと伝わってくるのを感じていた。 肉体というよりどころのない存在にとってこの想いは何よりもありがたかった。 シンジは魂の痛みが少しずつ癒されていくのがわかった・・・ <第16日> 「・・・」 「・・・」 「今日の赤城博士のはなし・・・」 「・・・」 「あんたレイのこと知ってたのね」 「・・・うん」 「どうして話してくれなかったの! 実験室で育ったとは聞いたけどダミーシステムの一 部だったなんて・・・」 「・・・綾波を人間として扱って欲しかったから・・・普通の女の子として生きて欲しか ったから・・・ごめん!」 「・・・・・・ばかね・・・あんたがどんなに苦しんだかなんて手に取るようにわかるわ ページ(382) 5.txt よ。あんたは強くなったけど優しさは変わってないんだから・・・もっとも昔のあたしだ ったらそれでも許さなかっでしょうけどね」 「ごめん」 「まあいいわ、それよりレイと同じ身体が20人もあるってほんとなの?」 「ぼくも綾波から聞いただけなので見たことはないよ。でも計画では予備も含めて20人 を用意していたらしい。でも一人目の綾波は7年前に死んでしまったという話なので水槽 にはあと18人が残っていると思う」 「一人目の・・・きっと赤木ナオコ博士の時ね」 「綾波は何も言わなかったけどリツコさんの話を総合するとそうかもしれないね」 「勝手に作って勝手に殺す・・・いったい命をなんだと思っているのかしら」 「ごめん」 「だ・か・らぁ、あんたに言ってるんじゃないって、それにしてもダミーシステムを18 も必要とする計画って想像もつかないわね。だいたい稼動できるエヴァがまだ3体しかな いっていうのに」 「綾波がクローンだということはゼーレにも隠しているようだからこれは父さんの計画な のかもしれない。父さんは綾波に何をやらせようとしているんだろうか? それに綾波は 母さんとどこまで同じなんだろう?」 「これはわたしの勘だけど司令の考えは赤木博士が考えているほど単純じゃないような気 がする。人類の未来を含めた大きな目的があるはずよ。」 「なんでそんなことがわかるの?」 だってあんたみたいに人のいい子供の親が根っから邪悪なことをするわけないじゃない。 そう言いたかったがアスカは照れくさくて話題を変えた。 「勘よ! 勘! 文句ある!」 「・・・」 「でもレイとあなたのお母さんは遺伝子的にもほとんど別人ね。」 「えっ?」 「リリスの魂の一部を核として、サルベージできた数パーセントを元にクローニングした はずなのにアルビノになっているのが証拠よ。容姿を構成する部分はそこそこ回収できた んでしょうけど遺伝子そのものの欠落が多すぎるんだわ。たぶん遠い親戚程度まで離れて しまっているんじゃないかしら」 「よかったぁ」 「何がよかったのよ。あんたなんか邪まな事を考えているんじゃないでしょうね」 「そっ、そんなんじゃないよ。ぼくはただ綾波が誰のクローンでもない独立したひとりの 人間として生きて欲しいだけだよ」 ページ(383) 5.txt 「ほんとかしら?」 「あたりまえじゃないか・・・」 <第22日> 「加持さんが三重スパイだったなんて・・・ドイツでわたしのガードを担当していた時か らもう・・・」 「たとえそうだとしても加持さんは加持さんだよ。リツコさんも言ってたじゃない。あの 人は自分の心に正直に生きているって・・・才能はあるのに・・・生き方がへただって・ ・・」 「そうね。少なくともわたしのために命を賭けてくれたのは間違いないわ」 「だったらどこの所属かなんて些細なことだよね。」 「うん、でも赤木博士にまで正体がばれているということは加持さんの身が危ないわ」 「わかってる。ここから脱出できたら加持さんに知らせてあげよう」 <第28日> 「使徒が人類だったなんて・・・しかもわたしたち人類も18番目の使徒・・・これは悪 い夢よ」 「あまりにも・・・想像を越えた話だね・・・でもリツコさんは未来を与えられる生命体 はひとつだけと言っていた。あらわれる使徒をすべて殲滅するというのはこのためだった んだ。・・・ヒトという種をただ一種だけ残すために・・・」 「こんな残酷なシステムを誰が考えたというの? 絶対に神じゃないわ!」 「でもぼくらには選択の余地はないようだね・・・」 <第33日> ページ(384) 5.txt 11年ぶりのサルベージが開始されようとしていた。 LCLの一部としてアスカと過ごした33日間はシンジの精神に多大な影響を及ぼしてい た。 肉体の束縛を離れ、愛するものとの完全なる魂の共有 それはレイとのシンクロとはまた違った成長をシンジに促していた。 その満たされた想いはシンジの欠けていた部分をいつしか包み込みほとんどわからないほ どまで補完していた。 シンジひとりでは決して得ることの出来ない充足感 毎夜語られるリツコの衝撃的な告白もシンジひとりでは重さに耐えかねてつぶれてしまっ たかもしれない。 アスカが支えてくれたおかげで冷静に受け止めることができたのである。 もはやシンジにとってアスカは守るべき女の子以上の存在であった。 そしてすべてを知った今、碇家の一人としてレイは何が何でも守らなければならない責任 があることをシンジは自覚していた。 シンジの想いは最初の出会いまで遡っていた。 あの衝撃的な出会い・・・ 身体中包帯に包まれ、血がドクドクと流れるほどの重症の綾波 せめてあの怪我だけでも防ぎたかった。 今のぼくだったら綾波を助けられたのに・・・ 綾波・・・ そして新たに知ったアスカの出生の秘密と不幸な境遇 今まで知っていたことはミサトによって少しだけ話を脚色されていたのである。 シンジへの影響を考慮して そして当然ながらミサト自身も知らされていない極秘事項も多かった。 そのすべてがリツコの推測も含めて明らかにされたのである。 理解していた以上に辛い状況で一人で生きることを選んだ幼いアスカ・・・ それに比べて自分は母親の死を目撃して逃げていただけ・・・ ぼくは今まで何をやっていたんだ! シンジの思考はグルグルと渦を巻くように過去へと想いをはせていた・・・ ページ(385) 5.txt <ケイジ管理棟> 「セカンドおよびサードチルドレンのサルベージの準備は完了しました。」 エントリープラグの中での感情に任せて独白した姿を微塵も感じさせずにリツコはいつも とかわらない冷静な口調で報告する。 「成功の可能性は?」 めずらしくゲンドウが質問をする。 「同様の作業を行った10年前のサルベージは失敗しました。今回は若干のプラス要素は ありますがまた同じ結果になる可能性は多分にあります。」 「プラス要素とは何かね?」 冬月が期待を込めて質問する。 「はい、前回はエヴァ初号機のコアがからっぽの状態でシンクロしたためパイロットは砂 漠にたらした水のようにエヴァに吸収されてしまいました。極秘のS2機関が存在したた めエネルギー的には満タンに近かったためかろうじて肉体の一部のサルベージが成功した 程度です。」 「うむ」 「ところが今回は第14使徒のS2機関に加えチルドレンの魂がふたつも混入していま す。これは明らかに飽和状態です。わずかなショックで余剰部分がはじき出される可能性 が高くなっています。」 「それがチルドレンだというのかね」 「わかりません。既にコアは埋まっている。さらにエネルギーは有り余るほど満ち満ちて います。現在のデータでははじき出される可能性が一番高いとしか言えません。」 「問題ない。やりたまえ」 リツコは一礼するとオペレーターの三人に次々と指示をだしていった。 オペレーターも、背後のゲンドウ達も、リツコが憎悪ともいえる表情を浮かべていたこと を知らなかった。 リツコはむしろ失敗を望んでいたのである。 多少でもゲンドウの困るところを見て見たい。 自分の苦しみの一部でも知って欲しい だがリツコはサルベージが成功することを確信していた。 データ的にはこれ以上ないほどの好条件が重なっている。 ページ(386) 5.txt これもゲンドウの持つ不思議な悪運とあきらめていた。 だから表情にあらわれるほど機嫌が悪かったのである。 しかし事態は意外な結果となった。 エントリープラグには赤いプラグスーツを着たアスカだけが実体化していたのである。 シンジの姿はどこにもなかった。 リツコはふたつのS2機関のエネルギーの相乗効果の算定根拠に誤りがあることをまだ知 らなかった。 誰一人このようなものを扱ったことがない以上これはどうしようもないことでもある。 ではシンジはどこへ行ったのか? リツコはもうひとつの決定的要素があることを失念していた。 それは本人に戻る意志があるかということである。 この場合、シンジには戻る意志は確かにあった。 しかしそれはプラグの外ではなかった。 地球上に・・・しかもこれほど狭い範囲にはじめて存在する膨大なエネルギー 有り余るS2機関のエネルギーにサルベージのために追加された余剰エネルギーは容易に 時空を捻じ曲げ、シンジの想いがその方向に決定的な役割を果たした。 シンジが望んだのは・・・傷ついた綾波のもとへ・・・そして幼いアスカのもとへであっ た・・・ 【補完物語@シンジ 第一部】 終了 【補完物語@シンジ 第二部 a guardian angel 】へ続く -------------------------------------------------------------------------------To be continued. -------------------------------------------------------------------------------ページ(387) 5.txt a guardian angel. 【第1話 シンジ消滅】 -------------------------------------------------------------------------------- <闇の中の会議> 「エヴァシリーズに生まれいずるはずのないS2機関」 「まさか、かのような手段でみずから取り込むとはな」 「われらゼーレのシナリオとは大きく違ったできごとだよ」 「この修正、容易ではないぞ」 「・・・。」 <初号機のプラグ> 最強の使徒ゼルエルをユイの覚醒によって倒した初号機! 本能の赴くまま使徒を貪り喰らい、S2機関という半永久的なエネルギーを体内に取り入 れていた。 元々、初号機の体内にはS2機関が存在していたのである。 そこへ第14使徒のコアが無傷で追加されるという事態となった。 知恵の実の代わりに生命の実を手に入れた使徒にとってS2機関は存在のすべてであっ た。 そしてシンクロ率400%の結果、パイロットを吸収 一つの種の存在そのものとも言えるコアを2つも手に入れ同時に体内に人類という種を吸 収した初号機は既に生命体と言うよりも神に最も近しい存在といえた。 だがエヴァは所詮、神の創りだしたヒトという種の可能性の一つにしか過ぎない。 許容量を超えたものを待っているのは拒絶反応である。 荒れ狂うエネルギーの嵐の中、初号機の中で最も異質なシンジの精神がはじき出される結 果となった。 ページ(388) 5.txt 体内のバランスを獲得した初号機は徐々に休眠に入っていった。 あわやサードインパクトかと思われた事態が回避されホッとする発令所 だが、映像回線の回復したプラグ内にシンジの姿はなかった。 10年前の悪夢の再来 シンクロ率400%の正体 それはエヴァ自身がパイロットの身体を素粒子のレベルにまで分解して取り込み、一体化 してしまうことであった。 シンジの精神の存在しないプラグ内では肉体の再構成は望むべくもなかった。 <ケイジ> ガシャーーーーーン 突然シンジは地震のまっただ中にいるのを感じた。 ものすごい振動に立っているのがやっとである。 あたりに何かが落下しているようである。 よく眼も見えないうちにミサトさんの悲鳴にも似た声が聞こえる。 「危ない! レイ!」 シンジの眼は急速に焦点を結んだ。 移動ブリッジの中央で倒れている包帯だらけのレイがいた。 足の折れたベッドから落ちたのであろう、重傷のレイは立つことさえできなかった。 レイの上、80メートルの天井に取り付けられていた照明が振動に耐えきれずにグラグラ としていたのである。 事態を理解する前にシンジは駆けだしていた。 シンジはレイのところにたどり着くと上空に手を掲げ半球状のATフィールドをイメージ した。 ところが何も起きない。 ページ(389) 5.txt それどころか重さ400kgの照明は落下を開始する。 何度試してもシンジの手からはATフィールドが発生しなかった。 見上げるシンジに照明はぐんぐんと迫ってくる。 シンジは次第に照明機器の動きをスローモーションのように感じてきていた。 本部が停電したとき、アスカをかばうシンジの上に天井が重みに耐えかねてゆっくりと歪 んでくるのを見たときの感覚と同じであった。 ATフィールドを造れないシンジにとって、この場に残ることは死と同義であった。 だが、このまま強引に動かしてはレイの身体が保たないと勘が告げていた。 シンジの眼にレイの苦しげな姿が映った。 シンジは迷うことなくレイの身体を抱きしめる。 苦痛の中、自分の身体を支える存在を感じ目を開くレイ 天井を向くレイの眼にも落下物が見えた。 避けようのない自分ともう一人の男の子 このボディは傷みすぎている。 そろそろ3人目の頃合いかもしれない。 でも、なぜこの人は平然としているのだろう? かわりのボディもないのに・・・ レイはいつしか照明の事を忘れ、シンジの顔を見続けていた。 最後の瞬間、シンジは死を覚悟すると共にレイに覆い被さった。 「母さん!」 その言葉が音声として届くよりも速く初号機は起動していた。 拘束具を引きちぎり、右腕をシンジとレイの上に伸ばす。 落下してきた機材はことごとく初号機の手の甲に当たって跳ね返っていた。 ページ(390) 5.txt 「まさか! ありえないわ!」 唖然としてつぶやくミサト 「そう、そのまさかよ! エントリープラグも挿入してないのよ。動くはず無いわ」 普段は事実を事実と認めるリツコもショックを隠せない。 もっとも適性の高いと言われるファースト・チルドレンを訓練し、7ヶ月もかかってやっ と起動したと思ったら暴走である。 それをこの少年は触ってもいないのに・・・、しかもインターフェースも何も無しで動か したのである。 わたしたちの苦労は何だったのか? いや、それ以前にこの少年は何者なのか? シンジは何も語らずにレイを抱いたまま立ち上がっていた。 シンジは腕の中のレイを見つめる。 右目には厚い包帯。 包帯を巻くために乱暴にカットしたプラグスーツ その華奢な肩から胸に掛けても包帯を巻いているのが見える。 右腕もギブスの痕が生々しい。 あきらかに折れているのである。 そしてこの苦しみ方は尋常ではない。 肋骨の他に内臓にも異常があると思われた。 レイを抱き上げる手には赤い鮮血が次々と滴ってくる。 このあざやかな色と感触には覚えがあった。 そして何よりも上空の監視塔から見下ろす父親の姿に・・・ シンジはミサトに確認する。 ページ(391) 5.txt 「ミサトさん」 「大丈夫? シンジくん」 「はい、それより綾波のケガは酷いのですか?」 ミサトはなぜシンジがレイの名字を知っているかには思い至らなかった。 「かなり重傷よ。・・・本来なら絶対安静が必要なほどに・・・」 ミサトはそんな少女を送り出さざるを得ない状況を恥じていた。 心持ち眼をそらす。 だがシンジの言葉は弾劾ではなかった。 「攻撃しているのは使徒ですね。」 「そうよ」 こんどはリツコが答えた。 先ほどまでおどおどしていた少年の変貌ぶりに興味が出てきたのである。 シンジはリツコの眼を真っ直ぐに見つめると問いただした。 「第3使徒ですね」 シンジは確信を込めて聞く リツコは驚くべき事実を告げる 「そう、セカンドインパクトから15年ぶりの使徒よ」 信じたくない思いは強かったが事実は事実である。 シンジは8ヶ月前に戻っている自分を受け入れた。 シンジは自分を見下ろすゲンドウに臆することなく対峙した。 腕の中にレイはいたが空気のように一体化したシンジにとってまったく自然なことであっ た。 「父さん、いえ、碇司令!」 「・・・」 ゲンドウはシンジの変化に気づいていたがそれを表に出すほど動揺はしてなかった。 ページ(392) 5.txt いつものとおり無表情のままであった。 「第3使徒は必ず倒します。初号機も第3新東京市も軽微な損害で済むでしょう。」 シンジはまるで二人しか居ないかのように語りかける。 「そのためにお願いが二つあります。」 「なんだ。」 「一つ目は、何があってもエントリープラグを射出しないでください。たとえシンクロ率 が400%となっても」 そこへリツコが割り込んだ。 「なんでその事を知っているの? ミサトから渡された資料にはエヴァもそしてシンクロ のことなど触れていないのに・・・」 明らかに不審なモノを見る目であった。 だが、シンジはリツコに対しても真っ向から渡り合った。 「あとで説明します。これは大切なことです。どうしても守ってください。たとえエヴァ の活動が停止しても、パイロットの生命反応が無くなってでもです。」 シンジは顔だけリツコの方に向けて続けた。 「二つ目は何だ。」 ゲンドウがめずらしく先を促した。 攻撃でますます落下物が増えてきているのである。 いつ手遅れとなってもおかしくない状況である。 シンジは向き直ると続けた。 「二つ目は、綾波と一緒にエントリープラグに入ります。」 「そんなことをしたらレイが死んでしまうわ」 今度はミサトであった。 さすがに大量の血を失い、今また止まる様子も見せず次々と流れ出ているのである。 このままエントリープラグに入ったらシンクロどころか意識を失ってしまうのは目に見え ていた。 シンジは家族のような親しみを声に込めて安心させる。 「大丈夫ですよミサトさん。ぼくが綾波を守ります。使徒からもケガからも・・・必ず助 けますからぼくを信じてください。」 ページ(393) 5.txt シンジの身体からは14才とは思えないほどのたくましさと暖かさが感じられていた。 医師が患者に対して発揮するオーラとでも言うべき信頼感である。 自分の半分しか経験のない子供に対してなんでここまで安心できるのかミサトには不思議 でしかたなかった。 いつのまにかミサトは頷いていた。 シンジはゲンドウに向き直った。 ゲンドウは眼鏡のせいでいっそう無表情に見えた。 次々と破壊される第3新東京市 その振動はネルフ本部壊滅のカウントダウンのようでもあった。 やがてゲンドウは結論を下した。 「好きなようにしろ」 それだけ言うとゲンドウは発令所に戻っていった。 シンジはホッとするとリツコに向かって頭を下げた。 「何の真似」 「インターフェース・ヘッドセットをつけてください。両手がふさがっていますので」 シンジはニッコリと微笑む リツコは圧倒されながらもポケットからヘッドセットを取り出してシンジの頭に取りつけ る 「なんでヘッドセットの事を知っているのかは後で聞きます。でもこれだけは言っておく わ。」 リツコはシンジの眼を見つめながら続ける。 「訓練も受けず異物が入った状態で起動するほどエヴァは甘くないわ」 シンジはリツコの視線をしっかりと受けとめて答える。 「シンクロ率90%までは自信があります。・・・それと」 「それと?」 「綾波は異物ではありません。」 そう言うとレイを軽々と抱いたままシンジはエントリープラグに向かっていった。 ページ(394) 5.txt 後には唖然とするリツコが残された。 その様子を見たミサトがからかう 「あなたでもそんな顔するのね。」 その言葉にリツコは急速にいつもの冷静さを取り戻す。 そしてシンジについて考えを集中する。 何で司令の息子が機密事項をことごとく知っているのであろう? あの司令が説明していたとはとても思えない。 それならわたしに説明を任せるはずがない。 さらに一度もシンクロ実験などしたことのないはずなのになんであんなに自信があるのか ・・・。 そして生命の危機でもプラグをそのままにしろというのはどういうことであろう。 まるでそうなることを知っていて何かに利用するかのようである。 そして一番不可解なのは初めてあったはずのレイを・・・しかももう助かる望みもない瀕 死のレイをなぜ同行するというのか、 リツコにとってこれほど困惑したことは初めてであった。 碇司令の息子、シンジくん・・・彼は何者であろうか? 何でも意識の半分くらいで片手間にこなすリツコがこれほど一つのことに集中するのを見 るのは久しぶりのことであった。 ミサトは事態の深刻さを今更ながら実感する。 「リツコ、使徒には勝てないというの?」 リツコは顔を上げるとミサトと向き合う。 「初号機が起動できれば勝算はあるわ」 「じゃあ何でそんなに悩むの」 リツコは真剣な眼差しのまま告げた。 「使徒とシンジくんのどちらがより危険な存在なのかと思ってね。」 それだけ言うとリツコは発令所に戻っていった。 ミサトだけが残される。 「中学生の男の子に考え過ぎよ」 ページ(395) 5.txt しかし、この異常な事態に余裕すら感じられる態度で行動するシンジの姿にミサトの勘も 警報を鳴らしていた。 「考え過ぎよ」 もう一度自分にそう言い聞かせるとミサトも発令所に急いだ。 後にはタラップを上るシンジの足音だけが響いていた。 -------------------------------------------------------------------------------To be continued. -------------------------------------------------------------------------------a guardian angel. 【第2話 変貌】 -------------------------------------------------------------------------------- <ケイジ> シンジは整備員の見守る中、レイを抱いたままタラップを登る。 少しでもショックを与えぬようにシンジの歩みは緩やかだった。 最後のステップを乗り越えると水平に置かれたエントリープラグが見える。 いつの間にか人が集まっていた。 シンジがハッチの前まで来ると整備員がレバーを回して開けてくれる。 みんな想いは同じだった。 事情も知らないであろう子供とさらに重傷の女の子を戦地に送り出すのである。 自分達も詳しくは知らされていないが、度重なるシンクロ実験の失敗をこの7ヶ月見続け ている。 さらに一度だけ成功した起動では事故が発生してパイロット・・・シンジの腕の中の少女 が瀕死のケガを負ったのである。 起動確率 0.000000001% オーナインシステムと言われる所以である。 それを初めてエヴァに触れる少年を乗せて実戦に送り出そうというのである。 相手は核兵器にも匹敵するN2地雷にも耐える防御力と強力な武器、そして明らかに破壊 の意志をもっている。 ページ(396) 5.txt たとえ起動してもなぶりものになるのは目に見えていた。 自分達のやろうとしているのは走ってくる電車に向かって無防備の子供を突き飛ばすのと 同じであった。 だが、もはや人類には他に武器がないのである。 藁にもすがる想いをこの二人の子供達にかけるしかないのである。 シンジはヒシヒシと伝わる追い詰められた人類の想いを噛みしめ、自分の責任の重さを痛 感した。 シンジはハッチの前で振り返った。 「みなさん」 シンジはレイを抱いたまま慈しむようなまなざしで年上の整備員達に語りかける。 「エヴァは起動します。」 その明るい瞳にみんな引きつけられるように見入っていた。 「そしてここ数時間でいろいろなことが起こりますが安心してください。結果的に使徒は 倒され、被害はこれ以上拡大しません。」 「なんでそんなことがわかるんだい」 大勢の中からひとり発言した者がいた。 シンジはそちらの方を向くと答えた。 「神が使徒を人類の敵として使わしたのなら、わたしは運命に使わされた人類の守護者だ からです。」 表情を変えないままシンジは自分の口から出た言葉に唖然としていた。 そうだ。自分はそのために時を遡ったのに違いない。 レイを・・・アスカを・・・そして人類を守るために与えられた切り札なのだ。 疑問が確信へと変わるにつれ、シンジの表情はさらにたくましさを増した。 その自信と慈愛に満ちたオーラをその場にいた全員がはっきりと感じていた。 人間のはずのシンジの身体は柔らかな光に満たされ、その暖かな光に包まれるレイの姿は 女神のように美しかった。 この二人ならなんとかしてくれるのかもしれない。 そんな気にさせてくれるほど二人の姿は神々しい雰囲気に包まれていた。 やがてアナウンスが入る。 ページ(397) 5.txt 「冷却終了」 「初号機、右腕固定完了」 時間が迫っていた。 シンジはもう一度みんなを安心させるとレイを抱いたままハッチをくぐった。 整備員の一人が外からロックする。 全員の期待を一身に集めてプラグは移動を開始した。 シンジはレイを抱いたままパイロットシートに腰掛ける。 足をシートのサイドスリットに滑り込ませると両腕でレイを抱きしめる。 操縦桿を握るわけにはいかない。 手を離したら身体を支えきれないほどレイは衰弱していた。 プラグスーツがまだできていないシンジにとって背中の固定具がないのは安定性の面で不 安はあるが仕方なかった。 そんな心配をおくびにも出さずにレイに微笑みかける。 「綾波、キミを死なせはしないよ」 「何故わたしの死にこだわるの?」 レイは無表情のまま聞き返す。 レイの本質を知っているシンジにとってその返事は無垢な赤ん坊と同じようにますます保 護意欲を掻き立てた。 そっと支えていた腕に思わず力を込める。 「キミがぼくと同じ存在であり、そしてぼくの大切な人だからだよ」 レイは僅かな力の変化でも苦痛が走ったが、その苦痛以上にシンジから伝わる慈愛の想い にキズが癒やされるように感じられた。 この男の子は自分と同じ存在だという。 スペアはたくさんあるが心を持ち孤独を知る存在は自分一人だと思っていた。 この男の子は何者なんだろう。 そんなレイの想いに気づかぬようにシンジは続ける。 「必ずキミを助ける!」 ページ(398) 5.txt シンジは自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。 「停止信号プラグ排出終了」 「エントリープラグ挿入」 シンジ達の乗ったプラグは初号機の脊髄に当たる部分に専用の装置で挿入されていった。 シートには傾度調節機構はついていたがそれでも急角度のため、シンジは落ちないように 足を踏ん張っていた。 「プラグ固定完了」 首の後ろのカバーが閉じられる。 手早く次々と慣れた操作が続く 「第一次接続開始」 「エントリープラグ注水」 プラグの40箇所から血を薄めたような透明な赤い液体がそそぎ込まれる。 パイロットの保護と神経伝達を助ける呼吸可能な水・・・LCLであった。 みるみる水かさが増えシンジの腰まで達する。 シンジはレイの首を自分の顔と同じ高さに支えながらリツコに質問する。 「赤木博士」 少しはびっくりするかと思っていたシンジが平然としているのに不審を抱きながらリツコ は答えた。 「大丈夫! 肺がLCLに満たされれば直接血液に酸素を取り込んでくれるわ。」 もうシンジの胸元まで達していた。 「いえ、綾波はこのままだとあとどのくらい保ちますか?」 単刀直入な質問であった。 モニターにはシンジが平然とLCLに沈んで行くところが映されている。 その瞳は真っ直ぐにリツコを見つめていた。 リツコは本人が聞いている前で答えた。 「設備のあるところで安静にしていればあと2日は保つでしょうね。」 ページ(399) 5.txt ミサトやオペレーターの面々は愕然とした。 そこまでレイのケガは酷かったのか・・・ だがリツコはさらに続ける。 「でも戦闘となれば精神的ストレスと肉体的疲労で数時間で限界が来るわ」 リツコの言葉は誤解の入り込む余地が全くなかった。 静まり返る発令所とは対照的にシンジの表情は明るかった。 「それだけあれば十分です。それとマヤさん」 「はい!」 突然、初対面の男の子に名前を呼ばれてたじろぐマヤ シンジは落ち着かせるように頼んだ。 「これから初号機と使徒は先ほどのN2地雷の爆発した地点まで移動します。」 「ちょっと、そんなこと無理よ」 ミサトがあわてて遮る。 「作戦指揮はパイロットの仕事ではないわ!」 あの使徒と呼ばれる物体をどうやって運ぶというの? 近づくことさえ難しいというのに 「ミサトさん、司令は“好きにしろ”と言っていました。今回はわたしの指示に従っても らいます。」 シンジは今の一言によって自分の指示が総司令の命令であるかのように発令所の面々に印 象づけた。 しかしミサトは引き下がらない。 「あれは2つの条件についてのはずよ」 ミサトとしては子供に指揮を任すなど許されないことであった。 何より女性でありながら発想の大胆さと戦略の緻密さで他を圧倒して手に入れたネルフの 作戦担当という地位は伊達ではない。 父の復讐を果たすまではこの地位を捨てるわけにはいかないのだ。 ミサトの想いを知っているシンジは無理強いはしないことにした。 シンジはにっこりと笑顔で答える。 「わかりました。ではその条件だけは何があっても守ってもらいますよ。」 ページ(400) 5.txt 「わかっているわ」 「人類が今後生き残れるかどうかはその一点にかかっています。」 「まさか使徒と刺し違えるつもり?」 「いいえ、今回の使徒は比較的楽な方です。問題なのは第10使徒以降だと思います。た だ、この時点で対応を間違えると取り返しのつかない事態が起こります。」 そう言うとシンジはレイの顔を見た。 ミサトもリツコも発令所の面々はシンジの言葉に驚きを隠せなかった。 唯一ゲンドウだけがサングラスのせいで表情がわからなかったが・・・ それにしても15年ぶりの使徒を初めて乗るエヴァで迎え撃つというのにこの落ち着きよ うはどうであろう。 まだ起動もしていないのに目の前の第3使徒を相手にもしてなく、第10使徒以降まで想 定しているのである。 ミサトは予言者の存在を信じたくなっていた。 その間にも起動準備は進んでいた。 「主電源接続!」 「全回路動力伝達」 次々と3次元ディスプレイに表示される回路図 「第2次コンタクトに入ります。」 「A10神経接続異常なし」 「思考形態は日本語を基礎言語としてフィックス」 「初期コンタクトすべて問題なし」 「双方向回線開きます。」 シンジのまわりの風景が一変した。 円筒形のプラグの内面とモニターしかなかった薄暗い状況からいきなり3次元投影機によ って外部の風景が手に取るように表示されたのである。 まるで空中に放り出されたような印象である。 それでもシンジの心拍数は正常値であった。 いよいよ起動である。 オペレーターが数値を読み上げる。 ページ(401) 5.txt 「シンクロ率・・・92.6%」 発令所にどよめきがおこる。 起動ラインを遙かに超えるその数値はレイとは次元が異なる高さであった。 サードチルドレンとは何者なのだ。 ほとんどレイのデータのままで起動してこの数値である。 きちんと調整したら100%は軽く突破するであろう。 おまけに今は不純物としてレイが入っているのである。 専用のプラグスーツをつけたらさらにシンクロ値は上がる。 リツコは科学者としての興味が沸々とわき起こってくるのを感じた。 作戦担当のミサトはいけると思った。 それぞれの想いは違ったが期待が増したのは事実だった。 シンジとレイだけが平然としている。 だが、レイの身体からは出血が止まらなかった。 血の味に近いLCLがさらに濃くなった感じがした。 「急いでください。綾波が手遅れになる前に」 シンジの焦りはレイの命についてだけだった。 「す、すいません。ハーモニクスすべて正常値! 暴走ありません。」 マヤはあわててオペレートを続ける。 ミサトの指示が飛ぶ 「発進準備!」 「第1ロックボルト外せ」 「回路確認」 「アンビリカルブリッジ移動開始」 「第2ロックボルト外せ」 「第1拘束具除去」 「同じく、第2拘束具を除去」 「1番から15番までの安全装置を解除」 ページ(402) 5.txt 「内部電源充電完了」 「外部電源用コンセント異常なし」 「了解! エヴァ初号機射出口へ」 まるで猛獣を恐れるかのようにエヴァを固定していた拘束具が次々と解除され、支持用の 台に乗ったまま高速エレベータの元へ移動する初号機 初号機の頭上にある進路上の隔壁が次々と収納されていく 「進路クリア! オールグリーン」 マヤの報告と共に発進準備は完了した。 ミサトは振り向き最後の確認をする。 「司令、かまいませんね」 戦地に子供を送り出す親に対しての最後の確認でもあった。 「もちろんだ。使徒を倒さなければ我々に未来はない」 ゲンドウはいつものとおりに答える。 それを聞いてミサトは最後の指示を出す。 「発進!」 カタパルトに乗った初号機は1000メートル上空の第3新東京市に向かって時速100 キロメートルで運ばれていった。 「碇、本当にこれでいいのだな。」 脇に立つ副司令の冬月が小声でゲンドウに問いかける。 ゲンドウは沈黙で答えた。 <第3新東京市> ガシーーーーン 初号機は急激な加速からいきなり停止した。 プラグ内に充満しているLCLのおかげでさほど衝撃は受けなかった。 ページ(403) 5.txt だが、僅かなショックでもレイは身をよじるほどの苦痛に襲われていた。 シンジはレイに語りかける。 「綾波、あと1時間だけ頑張るんだ。」 「1時間?」 「そう、1時間したら綾波は苦痛から解放されているよ」 「この身体が破壊されるから?」 「そうじゃない、初号機が綾波の身体を癒やしてくれるんだよ」 「なんでこの身体を直そうとするの? もう限界なのに」 「ぼくと綾波との絆だからだよ」 「絆・・・」 なんと甘美な言葉であろうか それはレイが一番求めているモノであった。 もちろんこの会話は発令所に流れていた。 同時に初号機の外部モニターの映像もである。 そのモニターには高層ビルの影から現れる第3使徒サキエルの姿が映っていた。 作戦本部の分析どおりB-7ポイントの正面に使徒が現れたのである。 発令所に緊張が走る。 「シンジくん、いいわね。」 「はい、いつでも大丈夫です。」 シンジは目の前の敵に集中する。 「最終安全装置解除」 「初号機リフトオフ」 初号機を固定していた最後の支持架のロックが外された。 シンジは初号機の足を踏み出した。 モニターを見つめていた本部のあちこちから歓声が上がる。 エヴァが動いたのである。 ページ(404) 5.txt 人の意志によって・・・ リツコは謎の多いシンジに疑問を持ったが、エヴァを動かす才能に純粋に感謝していた。 一方シンジはある決意を実行する。 ミサトが指示するより早くシンジは道路に降りると足場を固めていた。 苦しそうなレイに話しかける。 「綾波、ぼくにしっかりと掴まっていてくれるかい」 レイは頼りない動作ながらも頷くとシンジの首に両腕を回して抱きしめた。 これでシンジの両腕は自由になった。 レイの柔らかい感触を、レイの確かな鼓動を胸に感じながら誓いを新たにする。 必ず助ける。 シンジは操縦桿を握る腕に力を込めた。 400メートルほど離れた第3使徒は左腕を持ち上げると初号機に向けた。 使徒の持つ生体速射砲である。 戦車やビル程度なら一撃で破壊される。 エヴァの装甲とて何発も受けきれるモノではなかった。 「シンジくん、逃げて」 ミサトの言葉が聞こえていないのか、それとも動けないのか初号機は身動き一つしなかっ た。 ドキューーーーーン 使徒の速射砲が発射された。 光の槍のようなエネルギー砲は初号機の直前で40度の角度で空中に跳ね上げられた。 続く2射めも3射目も同じであった。 「初号機の前に位相空間が形成されています。」 マヤの分析結果が表示される。 ページ(405) 5.txt 「どういうこと?」 ミサトの問いに答えたのはリツコだった。 「ATフィールド・・・やはり初号機も使えるのね。」 独り言ともとれるつぶやきであった。 「それって使徒の防御フィールドと同じやつね。」 「おそらくね。それにしてもサードチルドレンは何故ATフィールドの事を・・・いえ、 使い方まで知っているの」 リツコは机上の理論と思われていたATフィールドが目の前で実演されている現実に興奮 していた。 すばらしい実戦データが手にはいる。 シンジは初号機のATフィールドを使い使徒の攻撃をことごとく空中に散らしていった。 人類再建の要である第3新東京市をこれ以上壊させるわけにはいかない。 シンジは辛抱強く固定した足場から動こうとしなかった。 やがて使徒の方から近づいてきた。 遠距離の攻撃は無意味と悟り、直接攻撃に切り換えたのである。 シンジからは着実に迫ってくる使徒の姿が全周スクリーンで確認できた。 人類というヒトの種とは異なる別の可能性のヒト 発令所の面々はモニターで初めてその姿をじっくりと観察できた。 細部まで拡大された使徒の姿はどこか異質でそれがまた人間に対して恐怖感を与えた。 自分が対峙しているわけでもないのに身動き一つできない人々と違い、シンジは冷静に引 き寄せていた。 使徒が100メートルまで近づいたときシンジは初号機の両腕を使徒に向けた。 いきなりATフィールドにぶつかり停止する使徒 お互いのエネルギーがぶつかり合い大気をプラズマ化して閃光が走った。 だが、それも一瞬のことで使徒は初号機のATフィールドを浸食しだした。 「初号機のATフィールドが使徒に中和されていきます。」 ページ(406) 5.txt マヤの報告に対してリツコの目が光る。 「こ、こんな事ができるなんて・・・」 「ATフィールドが消えるなんてことがあるの?」 ミサトの問いにリツコは簡潔に答える。今はそれどころではないのだ。 「物質を小さくしていくとだんだん波動性が強くなって粒子と波との区別がつかなくなる のよ。小さなもの、特にエネルギーは波と考えてもらっていいわ。だから波形パターンが 一致すれば消滅するのよ」 もちろんそれはATフィールドのもつ膨大なエネルギーに匹敵する力があって初めて可能 となるものであった。 シンジはもちろん中和されるのは予想していた。 あくまで足止めのために展開したATフィールドであった。 そして使徒が停止したことを確認すると第2のATフィールドを展開する。 結界といってもいいほどの膨大なエネルギーで創られたATフィールドであった。 「使徒を中心に直径80メートルのATフィールドが形成されていきます。」 「いえ、これはATフィールドとは桁違いのエネルギーです。光学機器まで通過できませ ん」 「発生源は初号機です!」 計測機器をチェックする日向と青葉の悲鳴にも似た報告が入る。 そんな発令所の騒ぎなど無視してシンジはそのまま使徒を隔離すると元の場所へ・・・N 2地雷の爆発地点にはじき飛ばしていた。 「シンジく」 カチッ シンジは発令所とプラグをつなぐ音声回線と映像回線を遮断した。 時間がないのだ。 もうレイは半分意識を失いかけている。 シンジは爆砕ボルトを作動させアンビリカブルケーブルを緊急切断する。 内部電源の300秒のカウントダウンが始まるがシンジは完全に無視した。 ページ(407) 5.txt 「初号機、外部電源切断! 内部電源の残り294です。」 「ちょっとシンジくん! 何をするの?」 ミサトの叫びは初号機に届かなかった。 シンジは初号機を沈み込ませると使徒の後を追いかけ一気にジャンプする。 空中に上がると同時に重力を遮断したため3000メートル級のジャンプとなった。 着地も最低限に展開したATフィールドでブレーキをかけ、使徒が落下すると同時に到着 していた。 結界を解除された使徒は何事もなかったかのように初号機に向かってくる。 まるで昆虫のような無頓着さであった。 そしてシンジは初号機の活動を停止させた。 「綾波、準備はできた。ちょっと揺れるけどもうすぐだからね。」 両腕の間のレイに向かって少しだけ力づける。 レイも頷いているのが感じられた。 シンジは約束を確認するために音声回線を復活する。 「ミサトさん。約束は守ってくださいね。」 シンジはそれだけ言うとすぐに向き直った。 ジッと待つシンジ シンジは自分の生命を賭けることによって初号機のユイに働きかけようとしていた。 まだ覚醒もしていないユイに期待するのだからリスクは大きい。 だが今はこれしか手段がないのだ。 今後起こるであろうアスカとレイの危機を救い人類の希望をつなぐには・・・ ページ(408) 5.txt 使徒は初号機にどんどん近づいてくる。 無抵抗のものにとってその迫力は言葉にできないほどの恐怖心を起こさせる。 だがシンジは耐えた。 使徒は初号機の前に立つと左腕を掴む そのままギリギリと力を込める。 バキン 「初号機の左腕損傷! 回路断線しました。」 「制御神経が次々と脱線していきます。」 青葉の言葉を聞くまでもなく初号機の腕が変な方向にぶらぶらしているのがわかった。 シンジは苦痛に耐える。 まだだ、まだ足りない。 命に関わらない限り初号機は答えてくれないんだ。 シンジは苦痛を飲み込む だがその身体は小刻みに震え、その振動をレイは感じ取っていた。 なぜこの人はこんなにまでして私を助けようとするのかしら? わたしの代わりはいくらでもあるのに・・・ でも、こころが・・・魂が共鳴する・・・。 レイは理解できない感情が生まれつつあることに戸惑っていた。 だが使徒は容赦がなかった。 もともと感情というモノが欠落しているのである。 欠落しているのでレイのように学習して覚えることもできない。 人類とはまったく異なるモノなのである。 使徒は初号機の右腕を持つと同じように力任せに折る。 ページ(409) 5.txt それを見たミサトは対策を立てる。 「損傷が大きすぎるわフィードバックの値をもう少し下げて」 「やってみます」 ミサトの要求に迅速に対応しようとするマヤ ところがシンジはそれを拒絶した。 「マヤさん・・、フィードバックは・・100%のまま・・・・変えないでください・ ・。わざと・・・・攻撃を受けているんです。」 「そんなバカな。もう人類には初号機しか残ってないのよ。わざとなんていうそんな無意 味なことに使うわけにはいかないのよ」 ミサトの叱責が飛ぶ 「わかって・・います・・・よく・・わかっています。」 モニターを見上げるシンジはフィードバックのあまりの苦痛に血を吐いていた。 その凄絶な表情は確かによほどの決意がなければ耐えられるものではない苦痛を如実に現 していた。 「でも・・・、こう・・しなければ・・・・・初号機が・・目覚めない・・ん・です・・ ・」 その言葉にゲンドウは立ち上がっていた。 なぜシンジはその事を知っているんだ。 視線を感じて横を見ると同じく驚愕している副司令の顔があった。 使徒は初号機を倒すと馬乗りになり、速射砲を内蔵する腕を初号機の腹部に当てる。 ドキューーーン、ドキューーーン、ドキューーーン、ドキューーーン・・・ 執拗なまでの発砲に初号機の腹部はボロボロであった。 シンジはのたうち回るほどの苦痛に血を吐き続けた。 レイは自分の苦痛も忘れシンジの頭を抱きしめることしかできなかった。 やがて使徒は初号機の頭部を掴んだ。 身体的苦痛で体力を使い果たしたシンジは意識を失いそうになっていた。 そこへ頭部への衝撃で眼を醒まされる。 ドキューーーン、ドキューーーン、ドキューーーン・・・ ページ(410) 5.txt 頭部装甲は硬いが苦痛は正確に伝わってくる。 シンジは頭部を抱きしめるレイをさらに抱きしめながらその苦痛に耐える。 ドキューーーーーーーーン さしもの頭部装甲も使徒の執拗な攻撃についに破壊された。 シンジの意識は初号機の中に埋没していった。 「頭部損壊! 損害不明!」 「活動に問題があります。」 「状況は」 さすがにここに至ってはパイロットの生死に関わる。 「シンクログラフ反転」 「パルス逆流しています。」 「回路遮断! せき止めて」 「だめです。信号拒絶受信しません。」 「シンジくんは?」 「モニタ反応無し」 「生死不明」 「初号機完全に沈黙」 完全にお手上げである。 人類最後の希望が砕け散った瞬間であった。 わたしがもっと積極的に指揮を取っていたら・・・ ミサトとしてはなんとも悔やまれる結果であった。 子供の言うことを真に受けて人類を絶滅の縁に送り込んだ張本人 それが自分である。 ミサトは後悔の念でいっぱいであった。 「ミサト」 ページ(411) 5.txt リツコがいつの間にか肩に手を乗せていた。 「ここまでね。」 ミサトは唇を噛みしめると最後の指示を出した。 「作戦中止! パイロットの保護を最優先、プラグを強制射出して」 だがマヤの悲痛な報告 「だめです。完全に制御不能」 「なんですって?」 お母さん、そこにいるんでしょ このままではぼくは助かりません。 初号機がやられれば人類も終わりです。 お母さんの願った人類の未来もなくなります。 もうすぐぼくが死に、父さんも死んで碇家の血筋は絶えます。 そして初号機も破壊され人類の夢も無くなります。 でもぼくは終わらせたくないのです。 ぼくも生きたい。 綾波も生かしたい。 これから会うアスカも父さんもすべての人を生かしたいんです。 母さん、力を・・・ぼくと初号機に無限の力を授けてください。 何者にも屈しない強大な力を・・・ 力を・・・ 「初号機再起動!」 呆然としていた発令所に突然マヤの声が響きわたった。 一斉に活気づく発令所 ページ(412) 5.txt だがリツコとマヤの表情は暗かった。 「そ、そんなばかな。動けるはずないんです。」 自分で起動をつたえながら信じられない、いや信じたくないマヤ 「まさか暴走」 リツコは零号機の事故を思い出していた。 シンジが全身全霊を込めて願った瞬間、シンクロ率は400%を超えていた。 一瞬のうちに細胞は素粒子にまで分解され再構築される。 それはシンジの肉体を遺伝子レベルまで初号機に近づける改造であった。 あまりに瞬間的な出来事で身体を接していたレイにさえわからないほどであった。 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン・・・ 次第に初号機の中でコアが活動する音が大きくなっていた。 シンジの目ははっきりと意志を持ったまま赤い光を放っていた。 レイは自分よりも強いその紅い瞳の色に強烈に引きつけられる。 なんてきれいなんだろう シンジの瞳から目の離せないレイだった。 -------------------------------------------------------------------------------To be continued. -------------------------------------------------------------------------------a guardian angel. 【第3話 サキエル殲滅】 -------------------------------------------------------------------------------- シンジは正面の外部スクリーンから視線を外すとレイに話しかけた。 ページ(413) 5.txt 「綾波、あと10分だけ頑張ってね。」 レイは美しくも強烈な光を発して使徒をにらんでいたシンジの瞳の変貌ぶりに驚いてい た。 サキエルを見るときのらんらんとした凄みは影もなく、あまりにも優しい眼差しであっ た。 自分を包み込んでくれる・・・そんな暖かさが感じられた。 それはどこか司令が自分を見守っていてくれるときの感じと似ていたが、それよりもっと 心を揺さ振る心地よさがあった。 レイはかすかに頷くとシンジの首に回した腕に力を込めた。 シンジも左腕でレイの腰を支え、右腕でレイの両足を引き寄せる。 準備が整うとシンジは初号機のひざを使って胴体にまたがっているサキエルを頭上に蹴り 上げた。 使徒は活動を停止したと思った初号機の攻撃をもろに受けて50メートルも飛ばされてい た。 初号機はゆっくりと立ち上がると使徒と対峙した。 シートにバランサーがついているとはいえ、これだけの荷重移動にもシンジの身体は安定 していた。 レイは不思議に思った。 プラグスーツを着ていないシンジを固定するものはシートを溝に沿って挟んでいる両足だ けのはずである。 なぜ微動だにしないのであろう? シンジの身体はレイさえも気づかないほど微量のATフィールドのネットによってシート に固定されていたのである。 シンジは完全にATフィールドを使いこなしていた。 「初号機、使徒から離脱しました。信号回路も70%復活しています。」 マヤのほっとした報告が聞かれた。 どうやら暴走ではないようである。 ミサトはすかさず指示を出す。 「シンジくん、すぐに戻って! 後方800メートルの地点にW-72番の回収ルートが あるわ」 そこまで言ってミサトはシンジの姿に気づいた。 ページ(414) 5.txt 顔を上げたシンジの瞳は燃えるような・・・まさに光を放っているのではと思えるほど紅 い瞳であった。 もちろん発令所でモニターを見ていたオペレーターと幹部の全員も気づいた。 一緒に居るレイの瞳の色が黒く思えるほど、それほどはっきりとした変化であった。 息を呑む発令所の面々に対してシンジは語りかける。 「ミサトさん、残念ながらそちらからの音声回線が壊れているようです。」 ミサトはマヤを見る。 マヤはふるふると首を横に振る。 「つながっているはずなんですが・・・」 何度もパネルを確認するマヤ ミサトはシンジがウソをついていることを確信した。 「ちょっとシンジくん、冗談を言っている暇はないのよ。今度使徒に捕まったら殺される わ。すぐに戻ってらっしゃい。体勢を立て直してから作戦を伝えるわ。もうバッテリーが ないのよ」 無論作戦などなかった。初号機だけが最後の望みの綱だったのである。 冷たいようだがレイはどっちみち助からない。せめてシンジだけでも救いたかった。 そんなミサトの考えを知りぬいているシンジは、だからこそウソまでついたのであった。 これからやることを邪魔されないために・・・ シンジはモニターに写るリツコの方を向いた。 「第3使徒のサンプルはどの部分が必要ですか?」 「光球よ」 リツコはこの茶番につきあうことにした。 シンジは聞こえない振りをして答える。 「もちろんコアを破壊しないと使徒は止まりませんから光球は無理ですが」 シンジはシビアに切り返す。 「だったら腕の部分よ。生き物のような腕からどうやってエネルギーを発射するのか興味 があるわ。もっとも、初号機も両腕が折れているのではどうしようもないでしょうけど ね。」 リツコは挑戦的な視線を向ける。 シンジはその視線を軽く受け流すと答えた。 ページ(415) 5.txt 「たぶん腕の部分に興味を持つでしょうね。2分後に使徒を倒し腕のサンプルを持って帰 還します。ぼくの希望はケイジに戻った初号機に干渉しないことだけです。」 シンジとリツコの視線がぶつかり合った。 ミサトはそれどころではない状況を思い出させる。 「ちょっと何を言ってるのよ。初号機はぼろぼろで反撃なんて無理よ。そもそも両腕が折 れているんだから反撃のしようもないじゃない。」 シンジは意志の力だけで初号機の左腕を持ち上げる。 肘から先は地震の時の電灯のように揺れていた。 シンジは左腕に集中する。 バキバキバキッ ぶらぶらと揺れていた肘から先の部分が突如意志を持つかのように持ちあがりぶくぶくと 膨れ上がる。 やがて数秒で元の形に復元されていた。 もちろん生体部分だけであったが・・・ 「初号機、左腕復元! 信号回路も復活しました。」 青葉も驚きながら報告する。 シンジは視線をリツコに戻す。 リツコを見つめたまま初号機の右腕と腹部にも意識を集中する。 バキバキバキバキ 「右腕と腹部も復元されました。装甲以外はほぼ元どおりです。」 信じられないという青葉の声がみんなの考えを代弁していた。 リツコはシンジが本気であることを理解した。 「聞こえてないでしょうけど、もしサンプルを持ち帰ってくれるのならわたしが初号機の 隔離に責任を持つわ」 「ありがとうございます」 シンジは挑戦的なリツコの視線をにっこりと受け止めるとすべての通信回線を遮断した。 サキエルは初号機の造る強力なATフィールドを突破することができずにわずか10メー トル先で攻撃を繰り返していた。 シンジはATフィールドを解除すると使徒の腕をつかんだ。 ページ(416) 5.txt 「ごめんよ。未来を託されるのはただ一種だけなんだ。きみたちにはかわいそうだけどぼ くは人類というヒトの種を残したいんだ。」 シンジはサキエルの左腕をもぎ取ると巴投げのように本体を蹴り上げる。 上空に放り出された使徒をATフィールドの柱で支え、それを急激に伸ばすことによって 秒速9.7キロメートルの速度で弾き飛ばす。 脱出速度に迫る勢いで加速された使徒はあっという間に地上2万メートルまで運ばれてい た。 シンジは使徒を支えていたATフィールドを解除すると極細の刃に変えた。 そのまま使徒に斬りつける。 使徒はもちろん自分でもATフィールドを展開する。 だが、初号機の創り出す圧倒的なパワーで構成されたATフィールドは使徒のATフィー ルドを紙のように破り捨てる。 正確に光球を両断される使徒 一瞬、使徒の動きが止まった。 シンジは上空2万メートルの地点を中心に半径10キロメートルの平べったい傘のような ATフィールドを展開する。 その2秒後に使徒は目も眩む大爆発を起こしていた。 地上20キロメートルといえば大気は5%も存在しない。 それでも第3新東京市の全員が感じるほどの衝撃であった。 爆風のおさまった後、地上には何の被害もなかったことが確認された。 「パターン青、消えました。使徒の消滅を確認」 発令所にホッとしたムードが流れ出した。 シンジはサキエルの残した腕を拾った。 時間が惜しいため、即座にミサトの言っていた回収ルートに向かう 初号機が攻撃を開始してからわずか50秒にも満たない出来事であった。 「初号機、W-72の回収ルートに到着しました。」 「偽装扉オープン」 待機していた昇降装置から支持用のリフトが持ち上がる。 シンジは初号機をリフトに固定する。 「初号機リフトオン、進路確認」 ページ(417) 5.txt 「進路クリア、オールグリーン」 「急いで戻して」 まだるっこしい手続きに待ちきれなくなったミサトが割り込む そろそろレイが限界のはずである。 できるだけの手を尽くさなければ 次の使徒がいつ来るのかわからないのである。 適格者が一人では作戦の駆け引きがおそろしく制限される。 何としてでもレイを助けたかった。 シューーーーー、バシュッ ゴトンゴトンゴトン 到着した初号機はリフトごとケイジに運ばれる。 ドサッ シンジは初号機に持たせていたサキエルの左腕を格納庫の空いているスペースに放り投げ た。 もはやシンジの関心はレイだけであった。 サンプルはあくまでもリツコに約束を守らせるための証にしかすぎない。 LCLの満たされたケイジで初号機は最初に見たときと同じように厳重に固定される。 すべての動きが止まったときにシンジは初号機の周りにATフィールドを張り巡らした。 予測不可能な障害を排除するためであった。 シンジはやっとレイの治療に専念することができた。 「ケイジにATフィールド発生」 日向の言葉に発令所に緊張が走りぬけた。 「使徒なの?」 ミサトが確認を急ぐ 「いいえ、どうやら初号機のようです。」 「使徒のサンプルは?」 リツコも日向に聞く ページ(418) 5.txt 「初号機が持ち込んだ第3使徒のサンプルは警備員が監視しています。もうすぐ分析班も 到着する予定です。」 「だったら問題ないわ」 リツコは当然のように断言する。 「何、言ってんのよ。初号機の状況がわからないじゃない。シンジくんもレイも怪我と疲 労で限界のはずよ」 ミサトはリツコの落ち着きが信じられなかった。 「シンジくんの言葉を覚えてる?」 「・・・ええ」 ミサトも不承不承ながらも頷いた。 確か初号機に触らないでくれと言っていた。 「つまりシンジくんは使徒のサンプルを交換条件に初号機の私的占有権を確保したという わけよ。予定どおりのことをしただけよ」 リツコはぬるくなったコーヒーを飲みながらモニターに写る初号機を見つめた。 ミサトはあきれながらも科学者としてのリツコの判断を信用した。 危機を脱したということである。 ミサトは最後の指示をだした。 「第3使徒殲滅作戦終了! 非常事態宣言を解除。第1級戦闘態勢から準戦闘態勢に切り 替えます。各部被害状況の報告を提出するように。広報班は市民への対応にあたってくだ さい。以上」 ミサトは頭上のゲンドウに振り向いて眼で確認する。 わずかに頷くと立ち上がり背後の昇降装置に消えていった。 ミサトは何も出来なかったことを挽回するかのような各部署からの対応に追われている。 リツコは一気に騒がしくなった発令所の中でひとりコーヒーを喉に流し込んでいた。 その視線の先は初号機に・・・正確には初号機に消えたシンジとレイに向けられていた。 レイの頭部の怪我と腕の骨折は何とでもなる。 輸血用の血液もたっぷりと備蓄がある。 ページ(419) 5.txt だが、内臓が悪化の一途である。 現代医学では修復は不可能であった。 もっともレイの場合は代わりのボディが18体残っている。 それもどの部分でも完全に互換性のあるパーツが・・・ 二日前までの記憶もデータバンクに保存されている。 必要な臓器の補充も本体そのものの交換も可能であった。 何も問題はない。 それなのにサードチルドレンは手遅れのレイを医者にも見せずに拘束している。 わからない。サードチルドレンはレイをどうするつもりなのだろう。 おまけに情報をどこから手に入れたのであろう? 最高機密のエヴァのことをまるで隅々まで知っているかのような行動である。 それだけならまだしも自分のシンクロ率まで把握している。 これは経験がなければわかるはずがないのである。 設備がここ以外にあるとしたら世界中の支部くらいである。 もしくはゼーレか・・・ 何れにせよ背後に大規模な組織が関係している可能性がある。 だが、彼は貴重な使徒のサンプルまで提供してくれた。 なぜこれほどの協力を・・・ ひょっとしてここで分析した情報をいつでも取り出せるのか? いや、MAGIオリジナルの管理するセキュリティを何の痕跡も残さずに突破できるとは 考えにくい ・・・わからない。彼は敵なのか?・・・味方なのか? さらに不思議なのは、あのレイがシンジを庇うような行動をしたことである。 比較的信頼を寄せている司令にさえあそこまで意志を明確にあらわしたことはない。 まるで出会うのが前世からの運命であり、魂が呼び合った・・・そんな印象である。 リツコはフッと笑うとマグカップのコーヒーを口に含んだ。 そんなばかな。わたしとしたことが・・・ 改めてリツコは初号機の写るモニターに視線を戻した。 ページ(420) 5.txt 初号機は時折照明の具合でキラキラと紅い光を反射しながら静かにたたずんでいた。 正当な主を迎え、やっと安心したかのように・・・ -------------------------------------------------------------------------------To be continued. -------------------------------------------------------------------------------a guardian angel. 【第4話 絆(きずな)】 -------------------------------------------------------------------------------- シンジは意識を集中すると初号機の中に徐々に侵入していった。 そして外部との接続を一つ一つ切断していく 完全に隔離するとATフィールドをセンサーレベルまでダウンさせた。 改めてレイに視線を戻す。 呼吸が荒い。 もうほとんど意識もないのであろう 無重力のLCLの中でシンジに掴まっていることもできないほど衰弱していた。 シンジはATフィールドの触手をレイの身体に伸ばす。 だが、ギブスや包帯が邪魔をして状況がわからない。 「綾波、痛いだろうけど我慢してくれるよね」 そういうとシンジは頭部の包帯に手をかけた。 血のこびりついた包帯は頑なに抵抗したがシンジは慎重に包帯を外していく 露出した頭部の傷は前頭骨に達するほどの裂傷であった。 もろい側頭骨の部分などはわずかにひびが入っているようである。 よく脳が保ったものである。 衝撃で頚椎の部分まで歪んでいた。 神経を挟み込んでいるため頭を支えるだけでとてつもない苦痛が走ったことであろう。 右腕の包帯も外す。 ページ(421) 5.txt 肘から先の分厚いギブスは切断するしかない。 シンジは細心の注意を払いATフィールドで切り開いた。 見るも無残な少女のか細い腕が現れる。 肘から先を支える橈骨と尺骨が二本とも砕かれている。 皮膚と筋肉の損傷は目を覆うばかりである。指まで何本か膨れ上がっている。 「あ、綾波・・・」 シンジはあまりの酷さに涙が出るのを止めることができなかった。 だが、今は一刻を争うのである。 シンジは気を取り直すとレイの右手首のスイッチを探したが、ギブスを巻くためにスーツ の腕の部分はすべてカットされている。 シンジはレイの身体を数センチだけ持ち上げると襟の部分の即席の止め具を外すと足の方 からスーツを抜き取った。 コンパクトだがバランスのいいレイの裸身が眼前に広がった。 だがシンジの眼には傷ついた血だらけの包帯しか目に入らない。 首から胸・・・さらに腹部にまで巻かれた、まるで血に浸したような包帯を震える手で外 していくシンジ 既にレイの華奢な身体からは限界に近い量の血が流れ出ていた。 シンジは焦る手をなだめるように急いだ。 やっと最後の包帯もなくなり生まれたままの姿で漂うレイ だが、その姿はあまりにも痛々しかった。 シンジは眼に見えない内部の状況までATフィールドの触手を通じて感じ取っていたので ある。 右側鎖骨の単純骨折 呼吸もろくにできなかった原因はこれであった。 左側の助骨も2本折れていてそのうちの1本は肺に刺さる寸前である。 内臓はもっと酷かった。 肝臓、膵臓、脾臓、小腸・・・どこを見ても破裂または裂傷で壊死を起こしている。 生きていることが奇跡なくらいであった。 保って2日といっていた赤木博士の言葉は正確であった。 シンジはATフィールドの触手を引き上げるとあまりにも酷いレイの状態にショックを受 ページ(422) 5.txt けていた。 これほどの怪我と苦痛に耐えて任務に就こうとしたのか・・・ それほどまでに自分の存在意義を・・・絆を求めていたのか・・・ 自分の代わりはいるからというレイ自身が一番交代したくなかったのではないのか? 生きていること自体がとてつもない苦痛でしかないこの身体で、それでも任務で自分の価 値を示そうとしたのは無に対する本能的な恐怖からではないのか? もしそうだとしたらこの生き物はなんと哀れな存在であろうか シンジは思わずレイの裸身を抱きしめる。 声にならない鳴咽が肩を震わす。 その振動にレイの意識が戻った。 自分を抱きしめて泣いている男の子 誰なんだろう? レイはいつになく興味を感じ話しかける。 「何がそんなに悲しいの?」 シンジはレイの言葉に顔を上げた。 そこには苦痛が駆け巡っているはずなのにほとんど顔にも出さない少女がいた。 「綾波の傷があまりに酷いからだよ」 「赤木博士は3人目を用意するといっていたわ。何も問題ないわ」 レイは不思議そうにシンジを見つめる。 シンジも涙をぬぐうとレイに答える。 「うん、そうだね。でもぼくは綾波がいいんだ。」 「3人目も綾波レイよ」 「同姓同名の人は世の中にたくさん居るけど誰でもいいというわけではないんだ。」 「肉体的にも同じよ」 「まったく同じ遺伝子を持つ一卵性双生児でも育つ環境によって性格は変わるもんなんだ よ。ぼくにはキミが必要なんだ。」 シンジの告白にも似た説明が続く 「なぜ、初めて会った私が必要だとわかるの」 ページ(423) 5.txt 「理由は言えないけど・・・将来、綾波はぼくを命懸けで助けてくれるんだ」 「あなたを助けるためにわたしが必要なの?」 「動機はあっているけど目的は違う」 「・・・わからないわ」 「ぼくを命懸けで助けようとしてくれる綾波という女の子を助けたいんだ。将来助けても らうことが目的ではないよ。それに今のぼくなら自分で危機を回避できる力があるから ね。」 「それならわたしは必要ないわ」 「違う!」 シンジの強い否定の言葉とそれより強い眼差しにレイはぐいぐいと引き込まれていった。 自分をひとりの人間として真剣に接し、個人の存在意義を・・・特に自分を必要だとこの 男の子は言ってくれる。 なぜなの? なぜこの紅い目の男の子はわたしを必要とするの? わからない。なぜだかわからない。 心が昂揚する。・・・でもいやじゃない・・・ レイはシンジに抱かれたまま、シンジの心地よい視線を全身で受け止める。 「きみが未来でぼくに言った言葉を教えてあげるよ」 「未来で?」 シンジはコクリと頷く 「きみはこう言ったんだよ。・・・わたしには死というモノを何で恐れるのか分からなか った。でも碇くんが居なくなったらと思うと苦しくなる。死が永遠の別れなら 碇くんが 死んだら会えなくなる。二度と・・・。だからわたしは碇くんを守る。次のわたしも、そ の次のわたしも・・・。綾波レイは生を受けるたびに碇くんを守り・・・そして消えてい くでしょう。」 なぜかわからないがレイは自分の魂が共鳴しているのを感じた。 初めて会ったはずなのに初めてではないような気がする。 初めて聞いた言葉なのに初めてではないような気がする。 レイの精神はかつてないほどの高ぶりを感じていた。 「それは任務ではなかったの?」 レイは最後の拠り所を求めて質問する。 ページ(424) 5.txt 「任務ではなかったよ。」 「・・・。」 「そう、きみはぼくを・・・碇シンジという個人を失いたくなかったんだよ。」 「わたしが? あなたを?」 「そう、任務ではなく自分の意志で大切なものを守ろうとしたんだよ。」 大切なものを自分の意志で守る。 そんな想いを自分も持つようになるとは想像もできなかった・・・ 「きみはぼくと一緒に居たいがためにぼくの命に危険が迫るとその身を投げ出してくれ た。たとえ自分の身体を失い、ぼくと共有した記憶がなくなることになっても・・・それ でもぼくを守ろうとしたんだよ。ほんとうはきみ自身がぼくと共に生きたかったんだよ。 でもぼくが死ぬくらいなら・・・二度と逢えなくなるくらいなら・・・次の綾波に託して もいいと思ったんだろうね。でもぼくはきみを失いたくないんだ。・・・健康であろう と、傷ついていようと、この綾波の身体そのものが絆でもあるんだよ」 「・・・この身体が絆・・・」 レイは今までの教育とシンジの言葉の狭間で揺れ動いていた。 「わたしにとってあなたは何なの?」 「それをこれから自分で考えていくんだ」 「あなたにとってわたしは何なの?」 「かけがえのないもの。ひとつしかないもの。・・・そしてぼくの命より大切なものだ よ」 シンジの瞳の紅い光がますます強くなっていくのがわかった。 「あなたは何者なの?」 「ぼくは碇シンジ、碇ゲンドウの息子であり、きみと同じ適格者、サードチルドレン。そ してきみとアスカを守るために命を懸ける者だよ」 司令の息子・・・確かにこの感じは司令と似ている。 でももっと心の底まで達する暖かさを感じる。 わたしと同じ適格者だから? それとも別の理由? わからない。 それとわたしと一緒に守られる存在、アスカ・・・。 「セカンドチルドレンね」 「そう、二人目の適格者。傷ついた魂を持つ者・・・きみたちは驚くほど似ている。」 ページ(425) 5.txt シンジは暖かい眼差しをレイにそそぐ レイは身体の内側から暖かくなってくるのを感じていた。 「綾波、ぼくを信じてくれるよね」 レイは何の根拠もなかったが、シンジの瞳を見つめるうちに頷いていた。 シンジは左手でレイを支えたまま、右手に意識を集中する。 かあさん、綾波を助けるために力を貸してください。 ぼくはもう、愛するものが傷ついたり死んでいくところを見たくないんです。 お願いです。 力を・・・ シンジの右腕が淡い光に覆われてきていた。 だんだんと輪郭がぼやけてきている。 手の平からはあきらかに紅い光を放っていた。 やがてその発光する手の平をレイの引き締まった小さな腹部に押し当てる。 わずかな抵抗とともにシンジの手はレイの皮膚と筋肉を通り抜け、身体にずぶずぶと潜り 込んでいった。 シンジの腕は固形のまま密度を希薄にしてATフィールドの触手とともにレイの体内にあ った。 「うっ」 レイがうめく 「痛かったかい?」 「ううん」 ページ(426) 5.txt 脂汗を流しながらも痛みを否定するレイ シンジは一番損傷の激しい脾臓を探し当てる。 完全に裂けていた。 慈しむように脾臓をそっと包み込む。 シンジは自分の体を通してエヴァから生体細胞を供給する。 シンジの身体はポンプのような役割を果たしていた。 不足分を補充し、各細胞の活性化を促進して滋養とともにエネルギーを与える。 現代医学でもクローン技術は格段に進んだが、こんなに短時間に専門特化した部分の細胞 を再生する技術はなかった。 シンジは数千分の1ミクロンというとてつもない極細のATフィールドの触手をレイの内 臓に張り巡らせていた。 それこそ血管の中の赤血球一個一個まで制御していたからこそ可能なことであった。 シンジは肝臓、小腸と次々と内臓の損壊している部分を修復し、壊死を起こしている部分 を新品の細胞と交換した。 内臓が修復されるにつれ、レイの精神を犯していた無気力感、倦怠感がうそのように消え ていった。 むしろ、今までそんな精神状態で任務を遂行しようとしたレイの強靭な精神力がすごすぎ たのである。 もちろんそれによって外傷の痛みがはっきりとしてきたが・・・ 「痛いかい?」 レイの苦悶の様子があまりに顕著なためシンジは手を休めてしまう。 「ううん、続けて」 レイは気丈に作業継続を訴える。 シンジはできるだけ早くおわらせるように急いだ。 肺に刺さろうとしている助骨を元の位置に戻しカルシウムで固める。 少し余分についたが完全に骨がくっつくころには吸収されていることであろう。 もう1本もつなげる。 これで呼吸しても肺は傷つかない。 シンジは腕を抜くと鎖骨に取りかかる。 美しいレイの鎖骨がわずかでも歪まないように丁寧に修復する。 シンジが手を引き抜いたとたんにレイは事故以来始めて深呼吸ができることを知った。 ページ(427) 5.txt 少ない肺活量ながらも力強くLCLが出入りする。 次は完全に砕けている右腕である。 14歳の華奢な女の子の腕にどうしたらこんな酷いことができるのかと思うほどの外見で あった。 シンジは骨折した部分を両手で優しく包み込む 暖かい波動がシンジから流れ込むのが感じられる。 レイは痛みが急激に和らいでいくのを意識した。 そしてシンジは首に両手をかけた。 レイはハッとしてシンジを見上げる。 苦痛が駆け巡った。 だが、シンジの視線はあくまでも慈愛に満ちている。 レイは力を抜いてすべてをシンジに委ねる。 シンジは両手でレイの細い首筋をまっすぐに矯正するとつぶれた頚椎を整形し、挟まった 神経を元の位置に戻す。 最後にシンジはレイの頭を優しく抱きしめる。 頭部の傷はみるみるふさがっていった。 すべての治療は完了したがシンジはレイを離さなかった。 レイもいつのまにかシンジの背中に腕を回していた。 LCLの中をゆっくりと漂う二人 「まだ痛むところはある?」 「もうないわ」 レイの答えはそっけなかったが、シンジをつかんだ手を決して放そうとはしなかった。 シンジも長時間の集中で精神的にぼろぼろとなり、肉体的にも膨大なエネルギーの制御で 疲れ果てていた。 赤ん坊が母親を求めるようにしがみつくレイ 優しく包み込むように抱きしめるシンジ 言葉はなくとも満ち足りた気持ちでLCLの中を漂いつづけた。 疲労のためいつのまにか眠りに落ちるシンジとレイ ページ(428) 5.txt 寝ている間も心臓が停止しないようにシンジが眠りに就いてもATフィールドのセンサー は忠実に機能しつづけていた。 ひっそりと静まり返るケイジ LCLの中でライトアップされる巨大な初号機 わずかな計器のあかりの灯るエントリープラグの中で求め合う二つの魂はいつまでも漂い つづけていた。 -------------------------------------------------------------------------------To be continued. -------------------------------------------------------------------------------a guardian angel. 【第5話 44ヶ月】 -------------------------------------------------------------------------------- レイは5年ぶりにLCLの中で眼を覚ました。 心地よい浮遊感が身体を開放し、同時にLCLの圧力が身体全体を包み込む安心感 哺乳類が種族としてもつ子宮の中の胎児の記憶 そして仲間の発する心臓の鼓動、呼吸によるLCLの流れ まるで母親の鼓動を感じ取る胎児のような一体感 レイは自分を包み込む白い物体を強く抱きしめる・・・白い物体? 瞬時に意識がはっきりとしてきた。 白いものはYシャツであった。 同時にここ数週間自分の体を支配していた苦痛に対抗するために力をいれる。 ところが痛みは完全に消えていた。 余命2日と診断されていたことなどうそのような健康体に戻っていた。 力を抜くと改めてYシャツを見る。 そのまま視線を上に向けると自分を見つめるシンジの瞳があった。 「また逢えたね。 綾波!」 レイは素肌にまわされた腕に強く抱きしめられるのを感じた。 ページ(429) 5.txt 息が詰まるほどの抱擁だったがレイはシンジのなすがままにさせた。 自分を必要とする想いが伝わってきたからである。 やがてレイの確かな存在感に満足したシンジは腕を伸ばし、レイの身体をそっと前方に押 しやる。 計器の明かりしかない薄暗いプラグの中、レイの身体が白く浮かびあがる。 「明るくするよ」 シンジの言葉にレイがうなずく 「1番から20番までのライトON」 プラグ内の照明が一斉に点灯した。 円筒形のプラグの中で360度のライトに照らされ、レイの華奢な身体がシンジの1メー トル前方にくっきりとした輪郭で実体化した。 内臓の機能低下のために黒っぽくなっていた肌の色も本来の染み一つない白い身体に戻っ ていた。 頭の上から爪先まで丹念に観察して異常のないことを確認する。 その美しい姿態は肉感的なところはなくもっと高次元の気高さを発散していた。 シンジはレイの細すぎるウエストに両手を添えると軽く力を入れて後ろを向かせる。 繊細な背中の窪みが短いラインで形のいいおしりに達し、長い足が伸びている。 あの絶望的なまでの外傷は完全に姿を消していた。 シンジは再びレイの身体を正面に向かせると抱きしめる。 「どこか痛いところはある?」 「ないわ」 「よかった」 シンジは心底うれしそうにレイの耳元にささやく レイは無垢な瞳で質問する。 「あなたが直してくれたのね。」 「そうだよ。ぼくと初号機がね。」 「なぜ?」 ページ(430) 5.txt 「キミがぼくにとってかけがえのないものだからだよ」 「それも絆なの?」 「そう、人が生きていく上でひとつひとつ積み重ねていくものだよ」 「わたしは人ではないわ」 「知っているよ。でもぼくも綾波と同じなんだよ」 「あなたもサルベージされたクローンなの?」 「いや、人から生まれた。」 「だったら人よ」 シンジはゆっくりと首を振る。 「今は違う! この瞳が証拠だよ。」 シンジは鼻がふれあうほどにレイを引き寄せる。 真近で見るシンジの瞳は見覚えのあるものに似ていた。 とても澄んだ透明感のある紅い瞳・・・ そう・・・鏡に映る自分の瞳である。 戦闘中に見た燃えるような赤ではないが、とても暖かい紅色の瞳であった。 レイは治療中にシンジにすべてを委ねた感覚を思い出していた。 たとえようもない信頼感とともにレイはシンジのシャツをつかみしがみついた。 シンジも安心してレイを抱きしめる。 ゆっくりと回転するシンジとしがみつくレイの裸身をライトの光がキラキラと反射してい た。 「ところで綾波、もう朝の7時だからそろそろ発令所の我慢も限界に近いはずなんだ。」 「それで」 レイは居心地のいいシンジの腕の中で返事をする。 「ぼくたち二人が無事なことを知らせて安心させないとプラグの強制撤去になるだろう ね。」 「それで」 ページ(431) 5.txt 「発令所と通信したいんだけど」 「それで」 「そのう・・・プラグ内の映像も写るんだけど」 「それで」 「いや綾波が裸だから・・・」 今更ながらシンジの声が小さくなる。 「あなたは治療のために必要な処置をとっただけだわ」 「でももう治療は済んだから裸でいる必要はないんだ。」 「わたしはかまわないわ」 「でもぼくは困るんだ。」 「なぜ」 「密室で男女が一緒にいることは一般的にまずいことなんだ。特に裸では・・・」 「わたしにはわからないわ」 レイは不思議そうに聞く 「ごめん、うまく説明できないや、でもお願いだからプラグスーツを着てくれる?」 「命令ならそうするわ」 シンジは首を横に振る。 「命令じゃないんだ。命令じゃあ・・・。でもぼくはそうしてくれると助かる。」 シンジは眼でレイに訴えた。 レイは無言でLCL浄化装置にしなやかな泳ぎで向かった。 それはLCLの中で生まれ育ったレイならではの美しい動きであった。 何故かわからないがこの紅色の瞳を持つ少年を困らせたくなかったのである。 一次フィルタに吸い寄せられていた大量の包帯をどかし、自分のプラグスーツを引き出 す。 プラグスーツは中まで血にまみれていた。 レイは躊躇することなく足を入れようとする。 いつのまにかシンジが近くにきていてレイの足を掴んだ。 「ちょっと待って」 シンジはわずかに瞳を光らせるとATフィールドに包まれた右手をプラグに差し入れる。 ページ(432) 5.txt しばらくして抜き出したときには赤黒い固まりを掴んでいた。 それを浄化装置にかざす。 固まりはさらさらと崩れ、浄化装置に吸い込まれていった。 「もういいよ」 プラグスーツの血のりはきれいになくなっていた。 レイは改めて足を入れてスーツを着ていく。 真空装置はカットされて外されていたため、臨時につけられた各部の止め具でとめた。 包帯とギブスを除けばほぼ搭乗前の姿であった。 決定的な違いは瀕死の怪我が完治したことである。 だが、もともと発令所のメンバー以外レイの怪我の具合を知るものはいないので問題なか った。 発令所のメンバーには勝手に悩んでもらえばいい シンジはレイの手を引くと操縦席に戻った。 シンジは搭乗したときのようにレイを腿の上に腰掛けさせると左手で背中を支え右腕で両 足を抱いた。 準備ができると外部から遮断していたATフィールドを解除して接続を回復した。 「メイン通信回路ON」 シンジの命令とともにメインパネルに心配そうに見つめるマヤの顔が映し出された。 発令所は疲労感に包まれていた。 サキエルのもたらした被害への対処と事後処理、さらには市民への情報操作対応である。 どれも一歩間違えば大変な影響を及ぼすこととなる。 首脳陣は徹夜で対応に追われていた。 そして一番深刻なのは世界中で3人しかいないチルドレンの内、2人までが隔離された場 ページ(433) 5.txt 所で生死不明という状況である。 今後のことを考えると肉体的疲労だけでなく心理的圧迫も加わる。 たった一晩が何日もの悪夢に感じられるほどみんな疲れきっていた。 そこへマヤの報告が入る。 「初号機との信号が復活しました。映像入ります。」 発令所の面々が一斉にモニターに振り向く プラグ内を写すディスプレイには何事もなかったかのような二人のチルドレンの姿があっ た。 「シンジくん大丈夫なの?」 ミサトの怒鳴り声にも似た声が響く 「はい、大丈夫です。」 シンジは昨日とはうってかわって素直な返事を返す。 もう交渉する必要はないのである。 「レイは?」 ミサトの心配そうな質問にレイが顔を上げた。 「問題ありません。」 ガタッ! リツコは持っていたマグカップを取り落とした。 ありえなかった。 自分で何度もチェックを繰り返したのである。 先の戦闘で数時間しか持たないはずであった。 それを何の医療設備もないプラグの中で何で生きているのか? しかも予備のボディもないプラグで数時間すごしただけでなんで腕の骨折が直っているの か? それどころか苦痛の表情も浮かべずに振り向いた様子から判断して各部の怪我も治ってい るようである。 そんなことはありえないのである。 ページ(434) 5.txt 誰よりもレイの怪我に詳しいリツコは驚愕の表情を浮かべたまま凍りついていた。 「赤木博士ありがとうございます。レイの怪我は思ったより軽いようです。」 シンジの含みのある笑顔にリツコはあわせた。 「どうやらそのようね。検査をするので降りてきなさい」 「はい」 シンジが通話を切るとすぐさまエントリープラグの排出作業が行われた。 シンジがシャワー室から出るとさっきまで着ていた服は洗濯後乾燥までされてビニールの 袋にひとつひとつ入って置いてあった。 シンジは身体を拭き髪を乾かすと服を身につけていった。 モニターされていたのであろう、シンジが服を着るとミサトがドアを開けた。 「シンジくん、司令が呼んでるわ」 「わかりました。」 シンジはさっさと歩き出す。 「待って! 司令がどこかわかっているの?」 「たぶん最上階でしょう」 「そうよ、でもあなたに渡したカードはレベル5! レベル3以上のカードがなければ行 けないわよ」 「ぼくならフリーパスです。」 シンジは笑みを浮かべたまま振り返る。 「それより早く仕事を片づけてください。帰りが遅くなりますから」 「あらあら、シンジくん、わたしのことを心配してくれるの」 「いえ、ぼくが早く帰りたいんです。今日はゴミの日ですから」 意味不明の言葉を残してシンジは去っていった。 ミサトは手のひらを上に向けてしょうがないというゼスチャーをする。 ページ(435) 5.txt 「何がフリーパスよ、ネルフのセキュリティをなめてんじゃないの、まあ命令だからほっ とくわけにもいかないし追いかけるか」 ミサトは大股で歩くシンジの後を駆け足で追いかけた。 「葛城一尉です。サードチルドレンをお連れしました。」 「入れ」 プシューー シンジは広大な司令室の中央にあるテーブルに座りこちらを見ている父親と、その背後に 立つ冬月副司令の姿を確認した。 「葛城一尉ご苦労だった。もう持ち場にもどってよろしい」 冬月の言葉に敬礼するとミサトは発令所に向かった。 残されたシンジは臆することなく中央に歩み寄る。 たどり着くとテーブルの反対側に腰掛けた。 厳しいともいえるゲンドウの表情 やや警戒している冬月副司令 シンジはゲンドウの視線を真っ向から受け止めると口火を切った。 「3年ぶりですね。父さん」 「ああ」 「おかわりなさそうで安心しました。」 「おまえは変わったな」 ゲンドウはいきなり核心を突いた。 「はい・・・、ぼくにとっては3年と8ヶ月でしたから」 冬月が身体を緊張させたのがはっきりとわかるほどであった。 -------------------------------------------------------------------------------To be continued. ページ(436) 5.txt -------------------------------------------------------------------------------a guardian angel. 【第6話 未来の記憶】 -------------------------------------------------------------------------------- 「どういうことだ」 広大な司令室にゲンドウの押し殺した声が響いた。 シンジは悲しそうな笑顔で答える。 「今は何年の何月ですか?」 「それが何の意味がある」 ゲンドウの返事は素っ気ない。 冬月がさりげなくサポートする。 「2015年の6月だが、それがどうしたというのかね。」 シンジは両手をテーブルにつき、頭をそらせると目を閉じた。 5分ほどそうしたあとシンジは伝えた。 「ぼくが最後に見たカレンダーは2016年の2月のものでした。」 「それを信じろというのか」 ゲンドウは言葉では否定しつつ、シンジの言葉が真実であることを感じ取っていた。 冬月もシンジの言動を総合すると現在の知識では不可能な行動であることを推察してい た。 だが、ふたりの肩には人類の未来がかかっているのである。 何か証拠が必要であった。 シンジにはそんな考えがまるで自分のことのようにわかっていた。 だがシンジには自分の知識しか証拠として提示できるものはなかった。 ページ(437) 5.txt 「第3使徒サキエル、15年ぶりの使徒として襲来。初号機暴走によりコアを破壊され初 号機を道連れに自爆。奇跡的に初号機は軽微な損害で脱出」 「シンジくん、それは事実と違う・・・」 副司令の言葉が聞こえなかったかのようにシンジは続けた。 「第4使徒シャムシェル、飛行能力と鋭利な刃物のような鞭で初号機を苦しめるがプラグ ナイフでコアを破壊され活動停止。特筆すべてところは初号機パイロットのクラスメート 鈴原トウジと相田ケンスケの2名がエントリープラグに入ったまま初号機を活動させたサ ードチルドレンの集中力とコア以外が無事な完全体としての使徒のサンプルの入手であ る。」 「使徒の完全体の入手など記録にはない。おまけに第4使徒とは・・・」 冬月の言葉を無視してシンジはゲンドウだけを見て語りつづけた。 「第5使徒ラミエル、正八面体のボディをATフィールドで防御し、強力な加粒子ビーム を持つ万能型の使徒。第3新東京市の中心からジオフロントへ掘削を開始する。初号機の ATフィールドを軽々と突き抜けるエネルギー兵器に対抗するため葛城作戦担当が陽電子 砲を使ったヤシマ作戦を提案。戦自より徴発した陽電子砲で攻撃するが、攻撃を察知した 使徒の反撃により第1射は外れ、第2射で仕留める。なお、このとき凍結を解除され任務 に復帰していた零号機は初号機の盾として敵の攻撃を受け止めたためパイロットが軽傷を 負う。」 「・・・。」 もう冬月もゲンドウもシンジが自分の体験を語っていることに気がついていた。 そうでなければこんなに具体的に、まして次の使徒のことまで正確に知っているはずがな かったからである。 部屋の盗聴防止装置のライトを眼の端で確認すると冬月は静かに聞くことにした。 「第6使徒ガギエル、魚類のような流線形のフォルムを持つ空母ほどの巨大な使徒。ドイ ツから弐号機の移送を隠れみのに極秘に運搬していた胎児状のアダムのサンプルを狙って 護衛の国連軍太平洋艦隊に大打撃を与える。セカンドチルドレンとサードチルドレンが弐 号機に乗り込み使徒を撃破。複数の適格者によるシンクロ率の上昇など貴重なデータを採 取することにも成功した。」 「第7使徒イスラフェル、分割可能なコアを持ち生物の常識では考えられない分離・合体 能力に翻弄され、初号機と弐号機による緒戦は敗北。戦自による新型N2爆雷により構成 部分の28%の焼却に成功し一時的に停止。ふたつのコアの2点同時攻撃による初号機と 弐号機のユニゾン攻撃の前に敗れ去った。」 「第8使徒サンダルフォン、浅間山火口内の溶岩流の中で卵のまま発見された使徒。D型 装備の弐号機が捕獲に向かうが、作業中に羽化したため急遽殲滅作戦に切り換えられた。 冷却液を使った弐号機の機転により撃破」 「第9使徒マトリエル、巨大なクモのような形態。本体下部より溶解液を流し、ジオフロ ントへの侵入を試みたが3体のエヴァによるコンビネーション攻撃により破壊。特筆すべ き点として、同時刻にネルフ本部が工作活動と思われる停電に見舞われ全機能の98%ま でが停止したことである。」 「第10使徒サハクィエル、エヴァには手の届かない成層圏からATフィールドを駆使し ページ(438) 5.txt た質量落下攻撃を実施。その破壊力はネルフ本部が完全に消滅して海につながるほどであ ると予想された。3体のエヴァによる三重のATフィールドにより停止に成功。弐号機の コアへの攻撃で消滅」 「第11使徒イロウル、マイクロマシン状の使徒。ジオフロント大深度設備の交換したば かりの第87タンパク壁から発生。同時刻に隣接する地区でダミーシステムのデータを採 取していた模擬体の一体に感染。隔壁などものともせずに次々と侵食を開始。」 「初号機はどうなった。」 初めてゲンドウが口を挟んだ。 シンジは何事もなかったかのように答える。 「司令の判断によりパイロットを待つことなく地上に緊急射出。」 一瞬、シンジとゲンドウの視線がぶつかり合った。 普通なら信じられないこの行動も初号機の真の意味を知っている自分なら間違いなくその ように行動するとゲンドウにはわかっていた。 まさにこの一言でゲンドウはシンジが未来から来たことを確信した。 「・・・大きさはウィルス並だがATフィールドを有し、自らを進化させマギシステムの プログラムを浸食したが逆にマギから進化促進プログラムを送り込まれ自滅。特筆すべき 点として芦ノ湖にATフィールドの発生が報告されたことと、死海文書に記載のない第1 1使徒の存在は委員会には隠蔽されたことである。」 シンジの言葉は確かに手に入れた死海文書の記録どおりであった。 しかもイロウルについては記載はないが、死海文書と補完委員会については極秘事項であ る。 昨日や今日、初めてネルフ本部に訪れた中学生が知っているはずがなかった。 冬月もシンジの言葉を信ずるようになっていた。 「第12使徒レリエル、空中に浮かぶ球体が影で地面をはう黒い影が本体という別次元の 存在。本体内にディラックの海と呼ばれる虚数空間を持つ。零号機と初号機の2体がパイ ロットごと取り込まれたが、初号機の暴走により空間ごと破壊された。」 「第13使徒バルディエル、ネバダのネルフ第2支部の消滅により・・・」 「ばかな! 第2支部が消滅?」 冬月は驚きの声をあげる。 「いや、つ、続けてくれ。」 「・・・により数千人の人命とともに開発中のエヴァ四号機も消息不明となる。第1支部 で建造中のエヴァ参号機を急遽ネルフ本部に移動。マルドゥック機関から鈴原トウジが4 人目の適格者として報告される。松代第2実験場にて起動実験が行われたが暴走。この時 点で目標を第13使徒に変更。」 ページ(439) 5.txt シンジの言葉がとまった。 「それで」 ゲンドウが先を促す。 シンジは目を閉じながら続ける。 「しかし弐号機、零号機ともに行動不能となり脱落。残った初号機も戦意喪失のため本部 からダミーシステムを起動。遠隔操作により破壊・・・」 今ではゲンドウがなぜあのような行動に出たのか理解していた。 だが、それでも心のしこりは残る。 シンジが再開するのにしばらくかかった。 今度はゲンドウも黙っていた。 「・・・フォースチルドレン鈴原トウジは絶望的と思われたが奇跡的に生還。しかし最も 適性の高い参号機が消滅したため適格者から脱落。6ヶ月のリハビリを含む全治12ヶ月 と診断が下された。」 「第14使徒ゼルエル、強力なATフィールドを持ち強引にジオフロントに侵入。3体の エヴァの攻撃にもびくともしなかったが覚醒した初号機により活動停止。初号機の暴走は 手がつけられず本能的に使徒をかみ砕き生体部品を咀嚼。使徒のS2機関を体内に取り入 れる。」 「初号機がS2機関を手に入れたというのか」 ゲンドウが質問する。 「はい、2つ目のS2機関です。」 シンジは元々初号機がS2機関を持っていたことを明言したことになる。 この事実を知っているものはそれこそゲンドウと限られた腹心だけであった。 そしてそれがどういう意味かわかっているということである。 「続けろ」 ゲンドウは先を促した。 「もう後はあまりありません。シンクロ率400%の表示を見た後、情報は入ってきます がぼくからの意志はまったく無視され、気がついたら初号機のケイジの上でした。」 ドクン! ページ(440) 5.txt そう、それで最後のはずであった。 ドクン! ドクン! だが、頭の中の映像はその後を映し出していた。 ドクン! ドクン! ドクン! 成層圏から何かがアスカに精神攻撃をかけている。 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! アスカは発狂寸前まで追い詰められている。 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ばかな! こんな覚えはない。 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! まただ。今度は綾波が使徒に侵食されている。 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! もう限界だ。助けに行かなければ ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! あ、綾波! 何をするんだ。 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! そのレバーは・・・いけない! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン ・・・ シンジは体験したはずのない映像のあまりにリアルな迫力に実際に体験したかのような疲 労を覚えていた。 ぐったりと脱力して椅子に沈み込む。 それを知らないゲンドウと冬月は単純に疲れたのだと勘違いしていた。 「疲れたのかシンジ」 それは初めてゲンドウがシンジにかける親らしい言葉であった。 ページ(441) 5.txt 冬月も衝撃的な話を聞いたばかりだというのに思わず微笑むほど珍しいことであった。 「そうかもしれません。時間を飛び越えるなんていう経験はそうそうできることではない ですからね。」 シンジも力のない笑顔で答える。 「あとで赤木博士に調べてもらえませんか? 複数のS2機関と高シンクロがぼくにどん な影響を及ぼしたのかを」 「わかった。」 「ところで精神だけタイムリープしたというのならこの世界のシンジくんの精神はどうな ったのかな?」 冬月がもっともな疑問を提示した。 シンジは眼を閉じて集中した。 やがて顔を上げると答えた。 「ぼくの中にもうひとつの存在を感じます。急速にぼくの精神から何かを学んでいるよう です。」 「融合しようとしているのかね?」 「いえ、元々数ヶ月しか離れていないぼくですから友好的ですが人格としては独立してい るようです。今はぼくが主導権をとっていますがそのうちこの身体を返さないといけなく なるかもしれませんね。」 「恐いか」 珍しくゲンドウの私的な質問である。 シンジは今度は力強く微笑むと首を振った。 「いえ、ぼくは・・・ぼく自身を信じていますから」 きっぱりと言いきるその姿は記憶にある3年前とは明らかに異なっていた。 だが、その成長は親として誇りに思えるほどたくましいものであった。 身体は線の細い造りながら芯がとおった強さと同時に弱者をいたわる優しさを持ってい る。 見るものに信頼と温かさを与えるその表情は誰かに似ていた。 ・・・そうまるでユイのようである。 ページ(442) 5.txt 自分が生涯に一度だけ手に入れた天使 そのユイがまるで目の前に現れたかのような錯覚を感じていた。 ゲンドウはユイの魂がシンジに確実に引き継がれていることを知った。 「明日、いくつか聞きたいことがある。今日はもう帰って休め」 シンジはゲンドウの心遣いがうれしかった。 「はい、・・・ただ、お願いがあります。」 「なんだ」 「ミサトさんをぼくの保護者にしてください。」 「それは何故かね?」 ゲンドウはこういうことが苦手だと思い冬月が口を挟んだ。 「セカンドインパクト以来、心に傷を負った人が大勢います。支えを求めて心の中で悲鳴 を上げている人も少なくありません。せめてぼくにできる範囲でそういう人達を助けてあ げたいんです。それにはミサトさんのところに同居するのが一番いいんです。」 「ひとつだけ聞く」 ゲンドウが質問した。 「未来のおまえもそうしたのか」 「はい」 シンジはゲンドウを真っ直ぐに見返して答えた。 やがてゲンドウは決断を下した。 「好きにしろ」 「ありがとう父さん」 シンジは疲れなど忘れたかのように笑った。 「さあ、シンジくんもう戻りなさい。葛城一尉にはわたしから連絡しておく」 「はい」 シンジは深々と頭を下げるとミサトのいる第1発令所へ向かった。 ページ(443) 5.txt 「え、特別手当ですか?」 マヤの席のディスプレイに向かってミサトが話していた。 「そうだ。きみにはサードチルドレンの健康管理をやってもらう。」 冬月の言葉は依頼ではなく命令に近かった。 「つまり同居ですか?」 「そういうことだ。」 「どこに住むというんですか?」 「葛城一尉、きみの住居は準士官クラスなのだよ。十分に可能だと思うが」 「そんな急に言われても子供を育てたことはないんですから・・・」 自席でくすくす笑うマヤと青葉を電光石火張り倒して続けた。 「・・・健康管理といっても」 「大丈夫だ。報告によれば彼は家事一般をこなせるそうだ。」 「だったら、なおさらわたしは必要ないじゃないですか」 うんうんとうなずいたオペレータ3人は即座に張り倒された。 「きみにはチルドレンの精神的な支えとなってもらいたい。まだ14才の子供なのだ。」 「でもぉ・・・」 「手当ては現在の給与と同額でチルドレンの移送に使用する車はネルフが残債を支払う。 当然、修理費もネルフ持ちですよね。」 突然、シンジがミサトの背後から割り込んできた。 「ああ、そのくらいなら問題ないが」 冬月の返事を聞くとミサトの態度はガラリと変わった。 「任せてください。子供を守るのは大人の仕事です。シンジくんはわたしが責任を持って 保護します。」 まさに渡りに船であった。 ルノーA310のローンだけでも大変なのに修理をどうしようかと思っていたのだ。 ミサトの眼は獲物を捕らえた鷲のようにシンジを放さなかった。 ページ(444) 5.txt 「では葛城一尉、くれぐれもシンジくんのことを頼んだよ」 「はい、任せてください。」 「それではなるべく早くシンジくんを連れてかえってもらえるかな。かなり疲れているよ うなので」 「あと少しで片付きますのでそうしたら街を案内しながら帰ります。」 「うむ」 「失礼します。」 ミサトが画面に敬礼すると通話が切れた。 2時間後、買い物を終えたミサトとシンジは峠の展望台に来ていた。 第3新東京市が一望できるスポットであった。 「時間だわ」 ミサトの言葉とともにサイレンが鳴り響いた。 街全体が振動する。 やがて地下から高層ビルがせり上がってきた。 集光ビル以外平坦だった街がにわかに未来都市へと変貌する。 「これが『使徒』専用迎撃要塞都市・・・第3新東京市。わたしたちの街よ」 広がる光景を前にしてミサトはシンジに話しかける。 シンジは手すりにつかまったまま無言であった。 そう、そしてぼくがこれから守っていく街だ。 シンジはレイとまだ見ぬアスカのことを想い、飽きることなくその光景を眺めていた。 -------------------------------------------------------------------------------To be continued. ページ(445) 5.txt -------------------------------------------------------------------------------a guardian angel. 【第7話 姉と弟】 -------------------------------------------------------------------------------- <コンフォート17マンション> カチャ ミサトは11-A-2号室のロックを外した。 「さっ、入って!」 廊下にスーパーの袋を置くとミサトはうれしそうにシンジを促す。 「おじゃまします。」 シンジはあえて “ただいま” とは言わなかった。 今回の同居についてはミサトの自発的意志ではない。 あくまで自分が裏から手を回して誘導した結果である。 そして、誰しも自分のテリトリーというものを持っている。 ストレスから開放される場所といってもいいかもしれない。 第三者のいないこここそミサトにとっての聖域のはずであった。 シンジにとってこの同居はすまないという想いでいっぱいだった。 「違うでしょお! ここはあなたのウチなのよ。そして私たちは今日から家族でもあるん だからそんな遠慮なんかしてどうするの」 ミサトは怒って指を突きつける。 「ただ・い・・ま・・・」 シンジはその剣幕に圧倒されて思わず言っていた。 「そう、それでいいのよ。これも何かの縁なんだからこれからよろしくね。」 発令所とは打って変わった天真爛漫なミサトの笑顔がまぶしかった。 シンジもつられて微笑みを浮かべる。 ページ(446) 5.txt この世界でもミサトさんはミサトさんだった。 シンジは微笑みを浮かべたままひとすじ、またひとすじと涙がこぼれるのを止めることが できなかった。 「ちょっとシンジくん、どうしたの? 何か気に障った?」 ミサトはシンジの肩をゆする。 シンジはミサトの手を掴んで引き寄せると抱きしめた。 そして肩を震わせて泣いていた。 あまりにもいろいろなことがありすぎた。 いきなり信じていたすべての存在から・・・頼りとなるすべての拠り所から切り離された わけである。 さらにたったひとりで人類の未来まで背負う立場となっていた。 14才の少年にとってあまりにも過酷な運命である。 シンジにとって、変わらないミサトの態度は何よりも懐かしいものであった。 一度切れてしまった堰はもうもとに戻らない。 シンジはミサトにすがりつくようにただ泣きつづけた。 その姿を見てミサトはやっとシンジが無理をしていたことに気がついた。 なんだかんだいっても中学生である。 いきなり呼び出されて命のやり取りをしたばかりで平気なわけがない。 ミサトは始めは呆然としていたが、やがて優しくシンジを抱きしめ、背中をなでてやっ た。 元々のシンジを知らないため誰も気づかなかったが、プラグを出たシンジの身長はミサト と同じくらいになっていた。 端から見たら姉が大きな弟を慰めているようにも見えたことであろう。 「すいませんでした。」 しばらくしてシンジはミサトを放すと腕でごしごしと顔をこすった。 「シンジくん、あなた相当ツライ目にあっているようね。」 ページ(447) 5.txt うなだれるシンジを見守るようにミサトが優しい視線を向ける。 「はい、自分のやらなければいけないことと・・・事情を知らない人達の間で責任に押し つぶされそうです。・・・なんでぼくでないといけなかったんだ。・・・なんでぼくひと りがこんなことに・・・」 シンジは涙の霞む目で足元を見つめるばかりだった。 ミサトはその胸にシンジの頭を抱え込んだ。 「シンジくん」 ミサトのやさしい声がシンジの心にも響いた。 「ひとりじゃないわ。わたしもいるから・・・きっと助けてあげるから・・・だからそん なに苦しまないで」 シンジは変わらぬミサトのやさしさに涙があふれでてなかなか顔を上げることができなか った。 「さあさあ、いつまでも玄関にいたら近所の人から変に思われちゃうわよ。あがってあが って」 ミサトは陽気にそういうと荷物を半分持ったまま中に入っていった。 シンジも靴を脱ぐと残りの袋を持って後を追った。 「ちょっち散らかっているけど気にしないでね。」 ミサトが全然気にした風もなくシンジに声をかける。 予想どおり台所どころか廊下にまで様々なもので散乱していた。 シンジも2回目なので慣れたものである。 台所のテーブルの上のものをどかすと買ってきたものをとりあえず乗せる。 そしてミサトが着替えている間にさきほどのスーパーで買った300リットルの大型ゴミ 袋を束で取り出した。 ビン・缶・新聞・雑誌・プラスチック・・・つぎつぎと選別しながら袋に入れていく ゴミの回収日であることを幸いにわずか15分で見違えるほどきれいになった。 絞った台拭きでテーブル拭いているところにミサトは戻ってきた。 ページ(448) 5.txt 眼が点になっている。 シンジは笑顔で席に促す。 「何を食べたいですか?」 「ごちそうさま、シンちゃんて料理うまいのね」 「ずっとやっていましたから」 いつのまにかシンジくんからシンちゃんに変わっていた。 料理に満足して親近感が増したこともあるが、これから一緒に暮らす同居人に対しての年 上の配慮でもあった。 シンジもわかっていたがそんなミサトの心配りがうれしかった。 さきほどのスーパーでもレトルトとインスタントオンリーのミサトとは別に、ちゃんとし た食材を買い込んだのも、早くミサトと元のような関係になりたいというシンジの想いが あった。 シンジはやっと落ち着く場所ができたことに感謝しながらお皿を洗っていた。 「どうぞ」 「サンキュー、シンジくん」 シンジは居間でクッションに寄りかかってテレビを見ているミサトに缶ビールを渡した。 そのまま自分の分を持ったままミサトの隣に腰掛ける。 「シンジくんてビール飲むんだ!」 ミサトは責めるでもなく意外そうに聞く 「いえ、初めてです。でも今日だけはおつきあいしますよ。」 「まあ、ちょっち保護者としてはまずいんだけど今日だけね。」 全然気にしてない口調のミサト ページ(449) 5.txt 「じゃあ、かんぱ~~~い」 もう栓を開けて缶を差し出している。 シンジは苦笑しながら自分も栓を開けると缶を差し出した。 ミサトは一気にあおると缶を置いてテレビを消した。 「で、何から話してくれるのかな?」 シンジは脇のクーラーボックスから2本目を取り出すとミサトに差し出した。 「長くなりますよ」 作戦担当としても、保護者としても、一個人としても、シンジに興味は尽きない。 ミサトは興味津々といった感じである。 シンジはクッションによりかかったまま消えているテレビの方を向いて話し出した。 「ミサトさん」 「何? シンジくん」 シンジの改まった口調にミサトにも緊張が走る。 「ミサトさんには正直に洗いざらい話します。いえ、知ってもらいたいんです。ぼくひと りで抱えるには大きすぎる問題ですから・・・ぼくを・・・そして人類を助けてくれます か?」 一瞬、ミサトは言葉に詰まった。 自分は人類のために戦っているのだろうか? 父親への憎しみを使徒へぶつけているだけではないだろうか? それとも憎んでいたはずの父に助けられたことを恥じて八つ当たりしているだけではない だろうか? わからない。 だが、さきほど震えていた少年を助けてあげたいという気持ちは確かにある。 まして自分は保護者である。 成長途中の子供の面倒を見るのは決していい加減な気持ちではゆるされない。 副司令の言葉の裏のサード・チルドレンの監視要請については最初からわかっていた。 どう考えても独身で一人暮らしの作戦担当に司令の子供を預けるのは不自然である。 ページ(450) 5.txt コミカルな対応をしたのはカモフラージュであった。 ネルフの幹部の一員となってから管理機構の徹底ぶりは肌で感じている。 それが何よりも優先されるが、それ以外は保護者として行動していいはずである。 守ってあげるのは大人として当然のことであった。 ミサトはゆっくりとシンジに告げた。 「わたしはあなたの保護者なのよ。わたし以外の誰が助けるというの」 シンジはミサトの決意をその瞳から読み取ると衝撃的な話を伝えた。 「ミサトさん、昨日ケイジで綾波の上に照明器具が落下してきた時のことを覚えています か?」 「ええ、初号機が突然動き出して二人を助けたわね。」 「はい、その時から碇シンジはふたり存在しているのです。」 「なんですって?」 「現在、この身体の中には、元からあったシンジの精神と8ヶ月未来から飛ばされてきた 将来のシンジの精神というふたつの人格が存在しています。」 「そんなばかな! じゃあ、今話しているあなたはどっちのシンジくんなの?」 「今は未来のシンジが話しています。元からいたシンジは未来の自分から流れ込む衝撃的 な情報にショックを受けてしばらくは立ち直れないと思います。ですからこの身体は今は 未来のシンジが使用しています。」 「あなたが未来から来た証拠は?」 「ぼくは精神だけ飛ばされてここにたどり着きました。何一つ物的証拠はありません。・ ・・あるのは知識だけです。」 「たとえばどんな事を知っているの? どちらにも受け取れる曖昧な占いじゃあどうしよ うもないわよ」 「何でも聞いてください。ぼくにはミサトさんと暮らした8ヶ月の記憶があります。」 「わたしと暮らした?」 「はい、前回は父親から冷たくされるぼくを不憫に思ってミサトさんは強引にぼくを引き 取りました。」 「わたしがそんなことを・・・」 「あなたはぼくが信頼する数少ない大人のひとりでした。さっきはそのときのことを思い ページ(451) 5.txt 出してつい・・・」 ミサトはちょっと照れて先を促した。 「まあそれはいいとして、始めからお願いね」 「はい、そもそもの始めから説明します。ケイジに来るところまでは変わっていないと思 います。前回も初号機が助けてくれました。」 「待って、何で初号機が動いたの? 開発したリツコでさえ驚いていたのに」 「赤木博士は開発者ではありません。エヴァは赤木ナオコ博士とぼくの両親が原型を作り ました。」 「なんですって?」 「人造人間エヴァンゲリオンの開発はゲヒルン時代にほぼ完成していました。今まで時間 がかかったのはシステムの安定とチルドレンの出現を待っていたためです。」 「でも何で動いたの? 開発はともかく現在一番詳しいリツコでさえ驚愕していたわ」 「生き物の中で一番強い想いと言うのは何だと思いますか?」 「そうねえ、生存本能かしら」 「そうですね。そして2番目に強いのは自分の血筋を残したいという種族維持、我が子を 愛するという母性愛でしょうね」 「でもそれとこれとどんな関係があるというの?」 「それが答えですよ」 「?」 「あの時、ぼくと綾波の命は風前の灯火でした。」 「まさか・・・」 「初号機にはぼくの母さんが入っているのです。」 「そんなばかな。エントリープラグは挿入されていなかったのよ。おまけに司令の奥さん は死・・・」 そこまで言ってミサトは言葉を失った。 子供に母親の死を思い出させてどうするのか 保護者失格である。 ミサトが黙った原因を思い当たったシンジは言葉を補足した。 「いえ、母さんは死んでいません。だから気にしないでください。」 「でも記録に残っているわ」 「ええ、ぼくも墓参りを何度もしましたよ。」 ページ(452) 5.txt 「だったらなんで」 「母さんはゲヒルン時代にほぼ完成していた初号機の素体とのシンクロ実験で細胞が分解 して吸収されたのです。新聞では死と報じられたと思います。」 「それは死ではないの?」 「はい、細胞の情報はすべて初号機が記憶しています。精神は初号機のコアに留まってい ます。条件さえ整えば母さんのサルベージは可能です。」 ミサトは話の展開についていくのがやっとであった。 「つまりシンジくんのお母さんはシンジくんの危機に際して自ら初号機を動かして助けた というの?」 「そうです。ただ、まだ母さんは目覚めていませんのでぼくの危機を察知できたときだけ しか初号機を動かせないでしょうが」 シンジは話しながら3本目のビールを差し出した。 ミサトは受け取るとゆっくりと飲みながら理解しようと努めた。 あまりにもとっぴな話であった。 だが、インターフェースもなしに初号機が動いたことは事実である。 それもシンジくんの絶体絶命の瞬間に・・・ ミサトは可能性の一つとしてこの情報を頭に刻んだ。 3本目にとりかかったシンジにミサトは質問した。 「何で初号機がATフィールドを使えることを知っていたの? おまけにわざわざ無抵抗 で攻撃を受けるなんて狂気の沙汰だわ」 「その二つはつながっています。」 シンジがほんとに何でも包み隠さず話す気でいるのにミサトは驚きながら聞いていた。 「元々エヴァと使徒は同じ物です。」 「ちょっと待ってよ! 全然形が違うじゃない!」 「形を決めるのは環境と遺伝子の気まぐれです。ゲノムを解析すると使徒と人の遺伝子は 99.89%まで一致するはずです。これは最も人間に近いというサルより遥かに人間に近いで す。そして使徒とエヴァは誤差の範囲内で完全に一致することでしょう」 「それはつまり・・・」 ミサトは自分の推測を否定してほしかった。 ページ(453) 5.txt 「そうです。エヴァは南極に出現した使徒のクローンです。」 ブシューーー ミサトは缶を握り潰すとシンジの肩を掴んだ。 ミサトは声も出なかった。 あの南極の悪夢の記憶 人類の苦難の出発点ともいえるセカンドインパクト その現場での唯一の生き残りがミサトであった。 西暦2000年9月13日、当時14才のミサトはわけもわからず父の指揮する葛城調査 隊に参加していた。 家族をかえりみない憎んでいた父の最後の頼みであった。 膨大な費用のかかる調査になんで子供を連れていったのか・・・ 実は14才の子供、それも特殊な才能を持つ子供が必要だったのである。 影から操作するゼーレの思惑どおり実験は成功した。 南極と世界人口の半分程度の被害でセカンドインパクトが収まったのである。 本来なら人類は全滅のはずであった。 もちろん舞台となった南極では調査隊は全滅したが・・・ 身体と心に傷を負ったミサトはそれからの2年間を一言も発しない自閉症のまま病院で過 ごした。 あの悪夢の存在がエヴァの正体とは・・・ ミサトはシンジを掴むことによってかろうじて体を支えていた。 シンジはそっとミサトの手を掴んで降ろさせると、ミサトに寄り添い肩に手を回して震え る体を落ち着かせた。 ミサトも年下とは思えないシンジの胸にすがりつくように体を寄せる。 やがて落ち着くと好奇心が勝ってきた。 「ありがとう、もう大丈夫よ。」 言葉ではそう言いつつミサトは頭をシンジの胸に預けたままであった。 シンジは肩にまわした腕にわずかに力を込めながら続けた。 「使徒だけでなくエヴァもATフィールドを使える理由はこれでわかってもらえたと思い ます。」 「ええ」 ページ(454) 5.txt 「つまりATフィールドは遺伝子に刻み込まれた生物の持つ能力なのです。」 「使徒を生物と言えればね」 「生物学的には人間とほとんど区別がつきませんよ。そしてその遺伝子に親和性を持つ遺 伝子構造を持つ者を適格者と呼びます。」 「そんなばかな! 種族を区別する遺伝子の数パーセントの違いは埋められるわけない わ」 「そうです。だから人工的に創るのです。」 「まさか・・・」 「最も近しい血縁がエヴァに融合している事が適格者の選出条件なのです。」 「そんなことが許されるわけないわ」 「毎日、戦争・病気・貧困・事故によって何万人も亡くなっています。ましてセカンドイ ンパクトでは数十億もの命が失われました。わずか数人の犠牲で人類が助かるのならぼく はエヴァに乗る方を選びます。」 ミサトはシンジの硬い意志を肌で感じ取っていた。 「でも、わざわざ初号機を危険にさらした意味はなんなの?」 「ぼくの遺伝子を改造するためです。」 「遺伝子を改造?」 「今のぼくの身体は使徒と同じ構造です。」 「なんですって!」 ミサトは慌てて頭を起こした。 苦渋の選択をしたシンジの悲しそうな顔が胸を打つ 「いったい何のためにそんなことをしたの?」 「人類という人の種を残すためです。使徒と戦うには人の身体はあまりに脆弱なのです。 」 「信じられないわ。全然見分けがつかないもの」 「ミサトさん、そこに果物ナイフがありますね。」 シンジはテーブルの上にあるリンゴの入った籠を指差した。 ページ(455) 5.txt 「ええ」 「それでぼくの手の平を刺してください。」 「どういうこと?」 ミサトはシンジの言葉を冷静に分析していた。 「大丈夫です。傷ひとつつきませんから」 シンジはテーブルの上に左手を乗せて指を開く ミサトは言われるままにナイフ持ち上げるとそっとシンジの手の平にあてる。 「ミサトさん、もっと力を入れてください。」 「でも・・・」 「こうやるんです。」 シンジは無造作に手の平の上のナイフの柄を右手で力いっぱいたたく ミサトは一瞬眼を閉じたが、次に見たときにもナイフは刺さっていなかった。 「どういうこと?」 ミサトはちょっとだけ力を入れてみる。 だが、柔らかいはずのシンジの手の平から5ミリほどのところから一向に進む気配がなか った。 一度離して反動をつけても一緒であった。 そしてシンジがわずかに体を動かしたときに光が反射した。 その瞬間、かすかに赤い八角形の波紋のような模様が浮かび上がった。 「ATフィールド!」 「そうです。こんなこともできます。」 シンジはより一層集中するとその輝きははっきりと眼に見えるほどの赤みを帯びてきた。 同時にシンジの赤い瞳の色も強くなる。 シンジの手を覆うフィールドは球状となり、今度は細い棒状に変化するとクーラーボック スからビールを取り出しミサトに差し出した。 「あ、ありがとう」 ミサトは恐る恐る缶ビールを受け取る。 「どういたしまして」 シンジはにっこり微笑むと自分のために4本目のビールを取り出した。 ページ(456) 5.txt 「わざと使徒の攻撃を受けたといっていたわね」 「はい」 「初号機に働きかけるためね」 「はい、初号機に眠る母さんの意識を一時でも呼び出すにはぼくの命を危険にさらすしか ありませんでした。肉親の危機をA10神経から知覚した母さんは無意識のうちに初号機 に働きかけ、結果として初号機はぼくの命を助けるために自分と同じ強靭な構造に造り替 えたわけです。」 「あなたはこの力をどうするつもりなの?」 ミサトは聞かずにはいられなかった。 シンジの返事は決まっていた。 「最初に言ったとおりです。人類という人の種を守るために使います。」 ミサトはシンジの瞳を見つめ、それが真実であることを確信した。 だが、それは人とは異なる種となったシンジの存在を否定することでもあった。 シンジはすべてを理解したままこの道を選んだのだった。 「それにしてもパイロットにこんなに詳しく説明するとは未来のネルフの体質も変わった のかしら」 「たぶんこの情報は極秘扱でネルフでも3人しか知らないはずです。」 「じやあ、シンジくんはどうして知ったの?」 「タイムリープする直前に赤木博士から聞きました。」 「あの、たぬきめ!」 「・・・いえ、可哀相な人です。」 シンジはその話を聞いたときのリツコのことを思い出していた。 ページ(457) 5.txt 次々と質問しながらミサトは既に9本目を飲んでいた。 シンジも7本目である。 ミサトはまだまだいけたがさすがにシンジは限界だった。 強制的にアルコールを体内から排出することは可能であったが、わざわざする必要もなか ったためシンジは心地よい眠りに身を任せた。 ミサトは数奇な運命を経験することになったシンジを見下ろしながらまだはっきりとした 頭で考えていた。 この子の話した言葉に矛盾は見つからなかった。 内容もトップシークレットに絡むものが多い。 とても一般市民が持てる知識ではない。 ましてATフィールドを創ることなどできるわけがない。 ミサトはシンジを信じることにした。 シンジくんは "人類という人の種を守る" と言っていた。 確かに先の戦闘で示した驚異的な能力を考えればシンジくんは人類の守護者となれるだろ う だが人類の救世主にまでなれるかというと疑問である。 この子にいくら能力があろうと一人では使徒から人類を守ることで精一杯であろう 使徒を倒した後に果たして人類の未来は残っているのであろうか ミサトはあまりに衝撃的な話を一度に聞いたためさすがにオーバーフロー気味であった。 さすがに酔いも少し回ってきている。 ミサトは押し入れから毛布を取り出すと、すやすや眠るシンジにかけてやった。 少し考えた後、その脇に潜り込む シンジと同じように大型のクッションに上半身を乗せると身を寄せる。 久しぶりに感じる人の温もり シンジの身体がどう変わろうとその感触は人と同じであった。 「あなたはまだ子供なんだからひとりで抱えこんじゃだめよ」 ミサトは突然保護者となったこの少年にいつの間にか弟のような親近感を感じていた。 シンジの腹部にそっと腕を添えるとミサトは電気を消した。 -------------------------------------------------------------------------------ページ(458) 5.txt To be continued. -------------------------------------------------------------------------------a guardian angel. 【第8話 もう一つの可能性】 -------------------------------------------------------------------------------- 少しだけ青みを帯びた純白の世界 ところどころ鉄塔が点在し、倉庫のような建物が見える。 あたりにはブリザードが吹き荒れていた。 「ここはどこ?」 シンジは空中から幽霊のように地上を見下ろしていることに気がついた。 前にも見たことがあるような気がする。 建物の中には巨大な水槽がありエントリープラグより若干小ぶりのカプセルが斜めに固定 されていた。 まだハッチは空いたままだった。 その中には自分と同じくらいの年齢の少女がいた。 「まさか!」 シンジがもう一度よく見ようとしたときに建物の地下から爆発が起こった。 国連の巡洋艦が赤い海を進んでいた。 海面からは塩が柱となってところどころ海中から突き出ていた。 この世のものとも思えない海を航海する軍艦から外を眺める男がいた。 「冬月教授」 男は振りかえった。 ページ(459) 5.txt 「きみか、よく生きていたな。きみは例の葛城調査隊に参加していたと聞いていたが」 「運よく事件の前日に日本に戻っていたので難を逃れることができました。」 「六分儀くん、きみは」 「失礼! 今は名前が変わっていまして」 男はハガキを差し出した。 「ハガキ? 名刺じゃないのか」 冬月は怪訝そうに受け取って見た。 そこには “結婚しました。碇ゲンドウ、ユイ” と見覚えのある字で書かれていた。 「い、碇・・・碇ゲンドウ・・・」 長いタラップを上る二人の男 「きみの組織、確かゼーレとか言ったかな? いやな噂が絶えないね。力で理事会を押え 込むとは感心できんね。」 「変らずの潔癖主義ですね。この時代、きれいごとでは組織は生き残れませんよ。」 先頭の男はタラップを上りきると振り向き下の男を見下ろした。 心理的な位置の優位性を意識しての行為であった。 「今回のセカンドインパクトの正式調査もゼーレの人間だけで調査隊を組むといろいろ面 倒がおきる。そのための間に合わせだろう、私たちは」 ゲンドウは下から余裕のある笑みで無言の肯定をしていた。 次に現れた光景は病院のようであった。 鉄格子と金網で小さなガラス部分を覆ったドアの向こうには先ほど見た少女と似た子供が 両手でひざを抱えたまま椅子に腰掛けていた。 ページ(460) 5.txt 明らかに監禁である。 大人ならぎりぎり座れるスペースに足を抱えたまま身動きしないその姿はまるで親に捨て られた子供のような頼りない姿だった。 その瞳は夢遊病者のように何も映らず生気は感じられなかった。 だが、その姿は誰かを連想させた。 あまりにも違う・・・でも・・・ 「あの子供は誰なんだ。」 どこかから声が聞こえてきた。 「名前は葛城ミサト、例の調査隊の唯一の生き残りです。」 「葛城だと! では葛城博士のお嬢さんか!」 「はい、もう2年近くも言葉を発していません。」 「酷いな」 [それほどの地獄を見たのです。身体の傷は治っても心の傷はそう簡単には癒せないです よ。] 「そうだな」 その言葉を最後に足音は遠のいていった。 シンジの心には10代のあまりにも痛々しいミサトの姿が鮮明に焼きついていた。 「なぜ巨人の存在を隠す! 知っていたんじゃないかねきみたちは、あの日セカンドイン パクトが起こることを」 冬月は人工進化研究所を訪れていた。 対峙しているのは所長であるゲンドウであった。 無言のゲンドウに対し冬月は証拠を突きつける。 「きみは運よく事件の前日に引き上げたと言っていたね。では資料のすべてを引き上げた のも偶然かね。」 冬月はコピーを机の上に投げた。 当時の新聞にも発表されなかった資料の束であった。 ページ(461) 5.txt 「こんなものが処分されずに残っていたとは意外ですね。」 ゲンドウはあくまで冷静に答える。 「きみの資産を調べさせてもらった。子供の養育に金はかかるがそれにしても個人として 持つには額が大きすぎないかね」 「さすが冬月教授、経済学部に転向なさってはどうです」 ゲンドウの似合わない戯れ言にはうんざりだった。 「セカンドインパクトの裏に潜むきみたちゼーレと死海文書を公表させてもらう。あれを 起こした人達を許すことはできない。」 冬月の態度にはてこでも動かないという断固たる意志が感じられた。 「お好きに・・・その前にお眼にかけたいものがあります」 ゲンドウは余裕の笑みを浮かべたまま冬月を地下へと案内する。 冬月は身の危険を感じつつそれでも知りたいという欲求には勝てなかった。 何年もかけてゼーレという巨大な組織の隠した真相を調べてきた。 妨害に遭ったことも数知れない。 今は一気に真相に迫れるチャンスなのである。 二人の男は人工進化研究所の地下に設けられた未知の存在の残した空間に消えていった。 ケイジに突き出たモニタールームには、はしゃぎまわる子供の姿があった。 その奥には父さん よく見ると冬月副司令の姿もある。 その隣には見覚えのない白衣の女性がいた。 やがてみなの視線がケイジに集中すると子供は床まで届く窓ガラス越しにケイジを見下ろ した。 そこには白いプラグスーツに身を包んだレイの姿があった。 いや、髪が黒い。 だがどこかレイの面影を残す若い女性がエントリープラグに入っていくところであった。 ページ(462) 5.txt ハッチをくぐりぬける瞬間、こちらを振りかえった。 その優しい微笑みはシンジの魂を強烈に揺さ振った。 「母さん!」 それからも様々な映像が続いた。 次々と現れては消えていく 徐々に時間が加速しているようである。 突然暗闇となった。 深夜の発令所のようである。 無人かと思われたが二人の人間がいた。 白衣を着た女性と幼い女の子であった。 女の子はもがいていた。 白衣の女性は我を忘れて無抵抗の子供に対して力任せに首を絞めていたのである。 いくらも経たないうちに女の子の抵抗は弱くなりやがて手足の力が抜けていった。 がっくりと仰向けにうな垂れる首 それはレイだった。 その事実を認識したショックでシンジの精神は忘れていた事実を思い出していた。 そう、時空を飛び越えるにあたって垣間見た過去と未来の映像である。 時間の存在しない空間でさ迷ったシンジは記憶に残らない数々の体験をしていた。 あまりにも人間の精神とは異質である時空の狭間での経験は通常の記憶とは異なるのであ る。 それを思い出そうとしても水銀のようにつるつると逃げていってしまう。 昔、ニュートン物理学の時代。すべての粒子の位置と速度がわかれば未来を予測できると 言った科学者がいた。 ところが20世紀に入り量子論が物理学の常識となった現代では、未来は数学的に見ても 不確定な存在であることが証明されていた。 ページ(463) 5.txt つまり確実な未来は存在しないのである。 現在が未来に追いついた時点で確定と言っていいのかもしれない 追いついていない以上確率の高い未来だとしても不確定なものを人間の意識が無意識に拒 絶しているかのようであった。 だからその無意識の防御を突破する強烈なショックを受けたときに記憶が表面に浮かび上 がるのである。 シンジの脳裏には司令室でゲンドウ達の会話の途中で再生された未来の記憶が次々とより 鮮明に蘇えっていた。 精神攻撃を受けるアスカ 宇宙空間に漂うロンギヌスの槍 使徒に侵蝕されるレイ シンクロできない自分に絶望するアスカ 自爆スイッチを入れるレイ 射殺される加持 ズタズタにされたプライドにしがみつくアスカ 第三芦ノ湖 廃虚となる第3新東京市 再生するレイ 生きる意味を失い廃虚となった街をさ迷うアスカ ちがう、これはアスカじゃない! 頬はこけ、手足は痩せ細りアバラが浮いている。 その姿は輝くばかりのあでやかさを誇ったアスカとは比べるべくもない廃人のようであっ た。 そして最悪の映像が・・・ 「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう」 シンジは救いを求めて絶叫する。 そしてその苦悩に応えるものがあった。 「落ち着いて、夢を見たのよ」 ページ(464) 5.txt 朦朧とする意識の中で抱きしめられるのを感じた。 その柔らかい感触は幼い頃の記憶とどこか似ていた。 かすかな明かりの中、ミサトの柔らかい香りに包まれる。 シンジは無我夢中でミサトを抱きしめる。 かろうじて力をセーブしていたからこそよかったものの、本気だったらミサトは肉塊と化 していたであろう それでもとてつもない力であった。 ミサトの鍛えぬかれた身体でも所詮は華奢な女性の骨格である。 まして小柄だがモデルのようなプロポーションにはごついところなどひとつもない。 呼吸するのもやっというほどである。 だが、ミサトは文句一つ言わなかった。 今はただ、この不器用な少年を守ってあげたい。 それだけであった。 やがてショックから立ち直ったシンジはミサトを見上げた。 ミサトの包み込むような微笑み 眼と眼が数センチしか離れていない。 硬直しているシンジの額にミサトはチョンとキスをした。 シンジは慌てて手を放す。 ミサトはやれやれと両腕を揉み始めた。 「す、すいません。」 シンジはタンクトップから出ているミサト細い両腕についたあざを凝視した。 自分がやったのである。 もうれつな後悔がシンジを襲う。 シンジがうなだれたのを見てミサトはふふっと笑った。 「もう、女性の身体はデリケートなのよ」 ミサトは笑いながらシンジの額を指ではじいた。 シンジは先ほど唇が触れ、今またはじかれた額を両手で押えた。 ページ(465) 5.txt 「ほらほら手をやるところがちがうでしょ、ここよ、ここ」 ミサトはシンジの手を自分の腕に引き寄せる。 「しっかりマッサージしてね。」 自分の失敗を自分で償わせることによって帳消しにしようとするミサトだった。 「すいません」 そんなミサトの心遣いがうれしくてシンジは手を動かしながら涙をとめることができなか った。 「もう、シンちゃんて泣き虫なのね」 「そうかもしれません。なんかミサトさんの前だとなんだか止まらないんです」 シンジはミサトの腕を見ながら一生懸命マッサージを続けた。 ミサトはそんなシンジの顔を上から見つめ続けた。 この不器用で傷つきやすく繊細な少年が使徒だと言うの? ミサトには到底納得できることではなかった。 15年前、使徒を見て唯一生き残っている人間、それが自分であった。 光のベールに覆われた謎の巨人 その姿ははっきりとはわからなかったが明らかに人間とは異質な感じがしたことを幼いな がらも覚えている。 正体は未だ謎に包まれている。 リツコの調査である程度判明するのであろうが、ミサトの勘が分析してわかるような生き 物とは違うと告げていた。 人間とは異質なもの、絶対にわかりあえぬもののような気がしていた。 それは、この目の前の少年とは明らかに違う むしろあの照明落下事件の後からは暖かい想いがジンジンと伝わってくるのが感じられ る。 シンジくんの話だとエヴァもシンジくんも使徒と同じだという だが、エヴァもシンジくんも使徒のパターン認識とは一致しない ということはどこか根本的に異なるのである。 ページ(466) 5.txt エヴァは単純なクローンではないのではないだろうか? そして・・・シンジくんはもっと別な・・・そう高次な存在・・・ そんな気がしてしょうがないミサトだった。 いつまでもマッサージを止めないシンジをミサトは抱きしめた。 「もう十分よ」 うす暗がりの中、シンジの頭を自分の胸に抱え込む シンジは黙って身を任せた。 誰かに包んでもらう安心感に身体が満たされていくのを感じる。 ミサトの優しい声が聞こえた。 「どんな夢を見たの」 ミサトは夢を語らせることによって分析とストレスの発散を同時に解決しようとしてい た。 シンジは眼を閉じて思い浮かべた。 忘れようと思っても忘れられないほど鮮烈な印象が残っている。 「はい、自分の過去の出来事が繰り返されていました。」 「そんなにうなされるほど苦しい体験だったの」 「それもありますが父さんの若いときや顔も覚えていない母さんの夢も見ました。」 「よくお母さんだとわかったわね」 「それが不思議なんです。今はそんなに自信はないのですが夢を見ていたときは当然のよ うに感じていました。」 「司令は何をしていたの」 「・・・冬月副司令と争っていました。」 「う~ん、想像もできないわね。」 「ミサトさんも見ました。」 「あら、わたしも」 「はい、たぶん」 「どんな夢」 ページ(467) 5.txt 「・・・」 「あ~ぁ、えっちな夢ね」 「ち、違います」 「じゃあ、教えて」 「・・・真っ白なブリザードの吹き荒れる世界で大きな倉庫があり、その中のカプセルに 入っていました。ぼくと同じくらいの年頃に見えました。」 「それって・・・、いえ続けて」 「警報に続いて爆発が起こり倉庫のような建物にいた全員が吹き飛ばされました。ミサト さんは半壊したカプセルの中でかろうじて生きていました。」 「そしてどうしたの」 ミサトは震える声で先を促した。 「血まみれの男の人がミサトさんを抱き上げると近くの無事だった倉庫に入り、1個だけ 残っていたカプセルにミサトさんを隠しました。」 「それで」 「あとは光に満たされてよくわかりませんでした。」 ミサトは混乱する頭をシミュレーションロジックに切り替えた。 セカンドインパクトの真相もその後の監禁も一般メディアには伏せられたはずである。 少なくとも国家的な機密として今の政府も協力して隠蔽工作を行っている。 なぜシンジくんが夢でそんな体験をするのか・・・ ミサトはある推論を組み上げた。 「・・・」 シンジは辛そうな顔を上げてミサトを見ていた。 ミサトはそれでも自分の想像を確かめないわけにはいかなかった。 「他にはわたしは出てこなかったの」 「病院のようなところでひとりで座っていたのもミサトさんのように見えました。白い上 下のジャージに身を包んでとても悲しそうでした。」 「・・・。」 ミサトは確信した。 シンジが見た夢は現実に起こった過去の出来事である。 ページ(468) 5.txt そしてそれは自分で体験したはずはない。 生まれる前の出来事も含んでいるからである。 時間を飛び越えたことと関係があるのに違いなかった。 「わたしのことはそれぐらにして何でうなされていたの? かなり暴れてたけど」 「それがおかしいんです。絶対にあるはずがないことを夢で見たんです。ほんとに夢って 恐いですね。逃げようがないんですから」 「どんな夢、誰かが不幸になるの?」 「ええ、アスカがシンクロできなくなって精神障害を起こし廃人になるんです。」 「ちょっと待って、アスカを知ってるの?」 「はい、ミサトさんのアパートで半年近く同居していましたから」 どうもミサトはまだシンジの知識と自分の認識のギャップに悩まされていた。 それにしてもアスカまでわたしのところに同居するとは驚きね。 たぶん何か理由があったんだろうけど・・・ 「一緒に暮らしていたときのアスカにはその兆候があったの?」 「いえ、全然です。ぼくにシンクロ率を抜かれたときもむしろ喜んでくれましたし、アス カ自体は安定したままでしたので」 「あの負けず嫌いのアスカがナンバー2に甘んじるのは信じられないけど、シンちゃんと 何かあったのなら考えられるわね」 ミサトはお得意のチャシャ猫笑いを浮かべる。 「そんなんじゃないですよ。アスカは元々素直ないい子ですから」 シンジは一生懸命弁護する。 「はいはい、そういうことにしておくわ。アスカがそんなになる夢を見たら確かに暴れる でしょうね。」 「はい、おまけに綾波はミサトさんの制止を振り切って使徒と一緒に自爆するし」 「レイが自爆?」 「ええ、ぼくを守るために・・・」 あのレイがシンジくんを守るために命令に背いたなんて・・・ 「爆発の後、第3新東京市は第三芦ノ湖となっていました。まるで綾波の亡骸を隠すよう に・・・」 ページ(469) 5.txt 「そのあとは?」 「いえ、覚えているのはこれくらいです。」 シンジはうそをついた。 さすがに夢とはいえミサトに加持の死を告げたくはなかった。 ミサトは考え込んでいた。 過去の状況説明から見ても現実に起こったと考えていいことだろう。 未来の世界からシンジくんがこの世界に飛ばされるときに人間には理解不能な経験をした に違いない。 それがシンジくんの夢とも記憶ともつかない情報として蓄積されたのではないだろうか? もしもシンジくんの語った事が夢ではなく現実に起こったことなら未来はかなり暗い状況 と言っていいかもしれない。 人類には絶望しかないのか・・・ だが、ミサトの脳裏に何かが引っかかった。 何かがある。 ・・・ そう、シンジくんが時間を飛び越えるというイレギュラーである。 「シンジくん」 「はい」 ミサトの真剣な表情が明るくなり始めた窓の光で見て取れた。 「時間を飛んで過去に戻ったのは初めて?」 「はい、もちろんそうですが?」 シンジは怪訝な顔をする。 「この世界に来てからまったく同じ事が起こっているの?」 「いいえ、ぼくはかなりこの世界に影響を与えてしまいました。使徒のサンプルを手に入 れ、宇宙空間で第3使徒を倒し、綾波の傷を癒し、ミサトさんに強制的に同居してもらい ました。これらはすべて前回はなかったことです。」 「・・・」 ミサトは言葉が出なかった。 ただ、シンジの腕を握り締める。 ページ(470) 5.txt 「どうしたんですか?」 シンジが何を興奮しているのだろうと心配する。 ミサトは心の中でシンジに・・・いやシンジを遣わせてくれた神に感謝していた。 未来は変えられるのである。 ミサトはただただその事実に感謝してシンジの腕を握り締めていた。 シンジはそんなミサトを不思議そうに見つめる。 だが、ミサトの眼に希望を見つけると微笑みで応えた。 ミサトもシンジにありったけの感謝を込めた微笑みで応えた。 希望に満ちたふたりをすがすがしい朝日が照らし出していた。 まるで人類の未来を象徴するかのように・・・ -------------------------------------------------------------------------------To be continued. -------------------------------------------------------------------------------a guardian angel. 【第9話 トウジとケンスケ】 -------------------------------------------------------------------------------- 「碇シンジです。よろしくお願いします。」 シンジは名前を言うと深々と頭を下げた。 「碇くんはこの町に来たばかりなので・・・」 中年の女性教師がシンジを紹介していた。 シンジはその間、教室を見渡す。 ちらほらと空席が目立った。 どうやらこれからも非常事態が続くことが噂で広まりつつあるようである。 元々建設ラッシュで第2新東京市から移り住んだ住人がほとんどである。 ネルフに関係する住人も多い。 使徒襲来の噂が真実とわかるのも時間の問題であろう。 事情が分かるに従い益々町を離れる人が増えてくるはずである。 ページ(471) 5.txt シンジは自分の力の無力さを感じていた。 「それではシンジくんの席ですが、」 シンジはふと外を無表情に見つめる綾波が視界に入った。 つい言葉が出ていた。 「先生、できましたらその窓から二つ目の席にしたいのですがいいですか?」 「え、ええ。ちょうど空いているから別にかまわないけど理由を聞いてもいいかしら」 「はい、その隣の綾波とは知り合いですし彼女は身体が弱いので彼女の保護者からいろい ろと頼まれているのです。」 人のいい女教師は同級生を呼び捨てにするシンジを怪訝に思いながらも知り合いならそう かもねと自分で納得させながら仲立ちをする。 「あら、そうだったの? だったらちょうどいいわ。綾波さんもいいわね。」 声に反応してレイが振り向いた。 壇上のシンジに視線を向ける。 「はい」 レイの無機質な返事が聞こえた。 必要最小限の言葉しかしゃべらないレイだが、肯定の言葉を聞けたのでシンジは少しほっ とした。 「じゃあ碇くんはその席についてね。これで朝のホームルームを終わります。」 女教師はテキパキと名簿を畳んだ。 ヒカリが号令をかけ教師が出ていくと教室は1限が始まるのを待つ生徒のざわめきが支配 した。 「相田くんだよね。」 「そうだけど、何で知ってるの?」 ケンスケは突然転校生から声をかけられ驚いた。 昼休みももう終わろうというときに寄りにも寄ってなんで自分のところに・・・ 「それは相田くんは有名だからね。アマチュアだけどプロ並みの腕前のカメラマンだっ ページ(472) 5.txt て」 シンジはニコニコしながら付け加える。 ケンスケも自分が一番プライドを持っていることを誉められて悪い気はしない。 「え、そんなに有名なの?」 「転校したてのぼくでさえ知ってるくらいだから当然だよ。」 シンジの笑顔はあくまでも罪がない。 ケンスケは益々舞い上がる。 「相田なんて言わずにケンスケでいいよ。みんなそう呼んでるから」 「ありがとう。ぼくもシンジでいいよ。」 「でもなんで突然ぼくのところに来たの?」 ケンスケは早くも転校生の行動に興味を感じていた。 「うん、被写体にかわいい女の子を紹介しようかなと思って」 予想外の言葉にケンスケは驚いた。 「え、誰かモデルになってくれるの? 是非頼むよ」 隠し撮りはたくさんしてきたがケンスケの目指すのはあくまでも正統派カメラマンであ る。 パパラッチの真似ばかりではなくたまにはちゃんとした写真を撮りたいのは人情であっ た。 二つ返事なのは当然のことである。 「もちろんいいよ。ひとりは今日の放課後屋上で、もう一人はもう少ししたら紹介する よ。」 「え、そんなに早く? おまけにもうひとりって二人も紹介してくれるの?」 「うん、ただしもう一人はまだドイツにいるから2ヶ月後になるけどね。」 ケンスケは午後の授業が始まるチャイムの音を聞きながら早く放課後になれと祈ってい た。 放課後、屋上で待つケンスケの姿があった。 足元にはカメラの機材が山と積まれている。 ページ(473) 5.txt 普段の撮影活動の中心が学校なので家よりも学校に置いてある方が多いかもしれなかっ た。 準備は万全である。 さらにお昼休みと違いケンスケ以外の生徒はいなかった。 みんなクラブ活動をするかそれ以外は足早に帰宅するものばかりでわざわざ屋上などで時 間をつぶすものはいなかったのである。 撮影には絶好のエリアであった。 ガチャ ドアが開く音と共にシンジが姿をあらわした。 その後ろからは女生徒が続いて出てくるのがわかった。 もちろん綾波であった。 ケンスケががっかりとした顔をする。 それに気がついたシンジはレイに見晴らしのいいところで待っているように声をかけると ケンスケと話をすることにした。 「なんだよシンジ、紹介するって綾波のことかよ」 「そうだけど何かまずいの」 「いやまずくはないけど綾波って無愛想だから苦手なんだ」 「ふ~ん、意外とケンスケって見る目がないんだね。」 「どういう意味だよ」 自分の能力を疑われちょっとムッとするケンスケ 「よく見てみなよ。あそこで手すりにつかまっている女の子を純粋なカメラマンとしての 眼で」 ケンスケはムカッとしながらもカメラマンという言葉にしぶしぶ従った。 レイは手すりに軽く手をのせ遠いまなざしで第3新東京市を眺めていた。 柔らかそうなショートカットの髪がわずかな風でそよいでいた。 その下にやや細目の眉 聡明で印象的な赤い瞳 形のいい鼻筋 小振りの口元 ページ(474) 5.txt かわいい顎 細い首筋 小さく女の子らしい肩 きれいに伸ばされた背筋 中学生らしい清楚な、それでいて形のいい胸の起伏 すっきりとしたウエスト スカートに続く豊かな腰のライン すらりと伸びた細い足首 整った顔立ちの寡黙な少女 確かに美少女といって間違いない。 それも飛びっきりと言ってもいいかもしれない。 なぜ今まで見逃していたのであろう。 ケンスケは猛烈に後悔した。 「シンジ、おまえの言うとおりだ。」 「気にしないでよ。ぼくの方が付き合いが長いからね。」 シンジはにっこりと水に流す。 「でも不思議だ。なんで今まで気づかなかったんだろう?」 自称凄腕カメラマンと自負しているケンスケにとってシンジに言われるまで気づかなかっ たのはショックであった。 「たぶん綾波が人を避けているのを感じ取ってみんな無意識に避けていたんじゃないか な」 「人を避ける?」 「うん、綾波は人見知りが激しいからね」 シンジの言葉に完全には納得できなかったがケンスケはもう撮りたくてうずうずとしてい た。 「わかったよ。ところでそろそろ始めようか」 「そうだね。準備するからちょっと待っててね。」 そう言うとシンジは出口に向かった。 ページ(475) 5.txt ケンスケはシンジのことなど気にも止めずにレイの後ろ姿をもうバシャバシャと写してい た。 「お待たせ」 いくらも経たないうちにシンジは戻ってきた。 手には折り畳みの椅子と大きな四角い鏡を持っている。 「どうしたのその鏡?」 「ちょっと洗面所から借りてきたんだ。」 「借りてきたってそれ勝手に外して持ってきたんじゃないの」 「うん、そうとも言うね」 平然と答えるシンジ ケンスケは諦めて別のことを聞いた。 「それでその鏡を何に使うの?」 「もちろんモデルの身だしなみだよ」 そう言うとシンジは離れて立っているレイのところに向かった。 「綾波、ちょっとここに座って」 レイは素直に言うとおりにする。 「はい、この櫛で髪を梳かしてね。」 「どうして」 「これから綾波を撮影するからだよ」 「どうして」 「みんなにもっと綾波のことを知ってもらいたいからだよ」 「どうして」 「みんなと仲良くするきっかけにしたいんだ。」 「どうして」 「・・・絆だよ・・・」 「絆?」 めずらしく興味を示すレイ ページ(476) 5.txt 「そう、綾波にはエヴァ以外のことで人との絆を持ってもらいたいんだ。」 「なぜ」 「人として幸せになってもらいたいから・・・いつも綾波の笑顔を見ていたいからだよ」 「笑顔?」 「そう、綾波には幸せになってもらいたいからね。」 「あなたはどうしてそう思うの」 「人はね、好きな人には幸せになってもらいたいと思うものなんだよ」 レイは完全に理解したとは言えなかったが、それでもこの少年が自分の味方であることを わかっていた。 そう・・・わたしのために生命の危険を冒すほど・・・ 「命令ならそうするわ」 「違うよ綾波、命令なんかじゃないよ。これは人が生きていくために必要なことなんだ よ」 シンジは少しだけ悲しそうな顔をする。 レイはそれを見たとたんに胸が締めつけられるような感覚に襲われた。 ・・・これは・・・何・・・ 一瞬無表情なレイの顔が脅えた子供のようになった。 ・・・痛い・・・何かが・・・痛い・・・ シンジは諭すように続けた。 「綾波が自分の意志で協力してくれたらぼくはうれしい」 シンジが真剣な表情でレイを見つめる。 レイは鼓動が速まるのを感じた。 この少年の悲しい顔は見たくない。 それはとても苦しいことだから・・・身体が傷つくよりも何倍も・・・ でもこの少年の笑顔は見ていたい。 そしてこの少年に見つめられるのも何故だか心が温かくなる。 この少年は好きな人には幸せになってもらいたいものだと言っていた。 ページ(477) 5.txt そして笑顔を見たいと・・・ わたしもこの少年を好きなのかもしれない。 この心が高揚することを好きだというのなら・・・ レイは右手を差し出した。 「櫛を貸して」 シンジはにっこりと微笑むとレイに櫛を渡した。 レイが髪の毛を梳かしている間、シンジは前で鏡を支えていた。 意外と慣れた手つきで丁寧に梳かしていく シンジは鏡を持ちながらそんなレイの姿に見とれていた。 「終わったわ」 元々ショートカットのためそれほど時間はかからない。 シンジは少々残念に思いながら鏡を降ろした。 「ケンスケ、準備できたけどどんな風に撮ろうか?」 ところが当のケンスケはもう4.7GBのディスク数枚分も撮っていた。 「すごいよ、しぐさの一つ一つが絵になってる。綾波の落ち着いた動作が同じ中学生とは 思えない独特の雰囲気を作っているんだ。いいよ、すごくいいよ。」 ケンスケはいつのまにかレイのファンとなっていたようである。 無表情でもレイの美しさはいささかも損なわれていない。 かえって俗世間とは一線を画する神秘的な感じさえ加味されるようであった。 のってきたケンスケはそこに立ってだとか右を向いてだとか注文が次々と飛び出してくる ようになっていた。 凡人とは違う何かを感じケンスケのカメラマン魂に火が点いたようである。 レイもいやな顔もせずに(といってもいつも無表情だが)協力した。 ページ(478) 5.txt 「シンジ、ものは相談だけど・・・」 だいぶ経ってからケンスケが言いにくそうに話しかけてきた。 「ぼくにできることだったら何でもいってくれよ」 ケンスケの顔が途端に明るくなる。 「いやあ助かるよ。実は最後にキスシーンを撮りたいんだ。」 「何だって?」 「いや、もちろんほんとにするんじゃないんだ。綾波がそれらしいポーズをしてくれれば 十分だよ。」 「なんでまたそんなことを」 ケンスケはあきれた眼でシンジを見た。 「アイドルの写真集なんかじゃああたりまえじゃん」 シンジもそういうものかとしぶしぶとOKした。 「望遠ある?」 シンジはレイを呼んだ。 レイはトコトコと走ってきた。 「最後の一枚は眼を閉じてるポーズだけどいいかな」 レイはコクリと頷く 「じゃあそこで眼を閉じて」 レイは言うとおりに眼を閉じる。 シンジはレイの肩に手を添える。 「ちょっと上を向いて」 顎に手を添える。 レイは顎にシンジの手を感じた。 眼を閉じているせいかシンジの息が近くに感じられる。 注意すればシンジの鼓動の音まで聞こえてきそうであった。 ページ(479) 5.txt 「そのままじっとしていてね」 肩の手が外される。 でも近くにいるのはわかる。 シンジの体温が感じ取れるから レイはシンジの顔が近づいてくるのがわかった。 心臓の鼓動が早まる。 なぜ? どうしたというの? 心が高揚する。 ・・・暖かく・・・そして心地よい感じ・・・ この少年と一緒にいると何故だかとても心地よい気持ちになれる。 そう、エントリープラグの中で過ごしたときのように・・・ 意識を持つようになって初めて知った至福の瞬間 心もそして身体も無意識にシンジを求めていた。 つま先立ちで心持ちシンジに顔を近づけるレイ シンジはきわどいところでしゃがみこんだ。 ポーズだと割り切っていたつもりなのに何故だか途中から本気になっていた。 あまりにもレイが無防備だったからか いや、無防備と言うよりレイが望んでいることを間近に感じられたせいと言った方がいい かもしれない。 もっともレイの場合自分がどうしたかったのか理解していたとはいえない。 あくまでもシンジと一緒にいたいという無邪気な想いであった。 それがわかったからこそ危ないところで踏みとどまれたシンジであった。 まだ心臓がドキドキしている。 「いやあ、よかったよ。」 そんな葛藤に気がつかなかったケンスケは迫真の演技を手放しに誉めた。 ページ(480) 5.txt 「特に最後のやつは傑作になったと思うよ。できあがったら真っ先に見せるから楽しみに していてくれよ。」 言うが早いか山ほど器材を抱えてもうケンスケは階段を下りていた。 シンジは唖然としながらもケンスケの写真にかける並々ならぬ情熱がなんとなく理解でき たような気がした。 「綾波、お疲れさま。帰ろうか」 レイはコクリと頷いた。 シンジとレイが駅前の商店街にさしかかると聞き覚えのある声が聞こえた。 「鈴原! あんた週番さぼってなんでこんなところで遊んでいるのよ」 「せやかて委員長、十分きれいになっとるやないか」 あの叱り慣れている声は確か・・・ そしてかなわないくせに無駄な抵抗をするこの声は・・・ 案の定、ゲームセンターの入り口で言い争うヒカリとトウジがいた。 今日はケンスケが用事があったのでトウジは一人で遊んでいたのであろう 「鈴原っ! まったくいくらよくできた妹さんだってまだ小学生なのよ。妹に家事を任せ て中学生のあんたがこんなところで遊んでてどうするの、せめて早く帰れるんなら妹を助 けてあげなさい。」 どうやら洞木は週番をサボったことよりも妹に家事を押しつけていることに怒っているよ うである。 ということはトウジの妹は入院をしていないということである。 無事だったのである。 未来がよい方向に向かっている証拠の一つを見つけたような気がしてシンジは心が安らぐ のを覚えた。 ゲーセンの喧燥を微笑ましく見つめるシンジ その横顔を不思議そうに見つめるレイ やがてレイの視線に気がついたシンジは帰宅途中であることを思い出して歩き出そうとし た。 ページ(481) 5.txt と、そのとき・・・ 「うるせーぞおまえら、おかげでハイスコア逃しちゃったじゃねーか、どうしてくれるん だよ」 シンジは振り返った。 トウジとヒカリを囲むように6~7人の人垣ができていた。 チンピラというよりちょっとだけガラの悪い高校生といった感じであった。 体格的にはトウジもなかなかだがいかんせん人数が違いすぎた。 ほっとくわけにはいかない。 「綾波、用事ができた。ここでお別れだ。また明日学校でね。」 そう言ってシンジはレイの背中をそっと帰り道の方に押すと自分はゲームセンターに向か った。 ヒカリの前でヒカリを守るようにトウジが身体を張っている。 だが周り中囲まれているので隠れようがなかった。 普段は気丈なヒカリもさすがに青くなっている。 トウジも圧倒的不利を自覚しているので虚勢を張るだけであった。 まわりを囲む少年達はニヤニヤと二人を弄んでいた。 もう1~2分は大丈夫そうであった。 シンジは意識を集中する。 すぐに反応した。 「居た」 シンジは1ブロック先のコーナーに3秒で到達していた。 そこには何の変哲もないサラリーマンが立っている。 「サードチルドレンの碇シンジです。」 「・・・」 ページ(482) 5.txt その男は無言であった。 「あなたが特殊監察部のものだとわかっています。時間がありません。すぐに本部に連絡 してこれからここで起こる騒ぎに警察が介入しないようにしてください。」 「もしもわたしがその組織のものだとしてなんでそんなことをするのかね」 シンジはニッコリと微笑む 「はい、サードチルドレンが暴行傷害で警察に捕まったりしたら、困るのはネルフですか ら」 男とシンジの視線が交差する。 シンジが本気であることを男は理解した。 「30分が限度だ。」 そう言うと男は別の路地に入っていった。 今度はシンジも追わない。 「ありがとうございます。」 シンジは深々と頭を下げた。 「女連れだと思っていい気になってんじゃねーよ」 「何が委員長だよ。ばっかじゃねーの」 「そのうちママーとかいうんじゃねえのか」 「お、そうだ。ママって言ってみな」 「アハハハハハハ・・・」 トウジとヒカリを取り囲みバカにした言葉を投げつける不良達 いつの間にか他の客どころか店員の姿まで消えていた。 客は当然巻き添えを恐れ、店は後日の嫌がらせを恐れて結局見て見ぬ振りであった。 だがいくら言われてもトウジはこぶしを握ったまま耐えた。 下手に反論してもそれを聞くような奴等でないことは一目でわかったからである。 今はどうやってヒカリを脱出させるかである。 トウジは打開策を必死に模索する。 ページ(483) 5.txt 全部で7人 不意をついて二人を倒したとしても5人も残ってしまう。 これではヒカリは逃げる前に掴まってしまう。 かといってこのまま居たら何をされるかわかったものではない。 トウジはヒカリを巻き込んでしまったことを痛切に後悔していた。 「何、黙ってんだよ」 「すかしてんじゃねーよ」 自分達のからかいに反応しないトウジに次第に怒りをあらわにする不良 「なめんなよ」 とうとう左側のひとりがバットでなぐりかかってきた。 トウジはヒカリを背後にかばったまま眼を閉じた。 バシッ ところがいつまで経っても痛みは襲ってこなかった。 目を開くと背後から一本の腕が伸びていてバットをがっしりと掴んでいた。 驚いて振り向くとにっこりと微笑むシンジの顔があった。 「今日からクラスメートになった碇です。よろしく」 「そ、そらまたよろしゅう・・・」 力いっぱいバットを引き抜こうとしている不良とは対照的に涼やかな笑顔のシンジ トウジは呆気に取られてトンチンカンな答えをする。 一番冷静なヒカリはトウジの脇腹をつねる。 「いて!」 「違うでしょ鈴原、助けてもらったんだからありがとうでしょう」 妙なところで真面目なヒカリであった。 「そやかてこないな状況で礼なんて言うとれるかいな」 トウジがやっと元気を取り戻す。 「そうそう、今はこいつらにお仕置きをするのが先だよ」 シンジは朗らかに言ってのけた。 ページ(484) 5.txt 「お仕置きだあ~、ばかじゃねーのか」 「おまえらみたいな中坊が二人になっても何にも変わんねーんだよ」 相変わらず強気の不良達 シンジは気にした風もなく笑うと力いっぱい引っ張っているタイミングに併せてバットか ら手を放した。 ドカッ 引っ張っていた学生は全体重をかけていたため5メートルも吹き飛んでいた。 ゲームの筐体に頭をぶつけて完全に失神している。 「あと6人」 シンジは冷静に宣言するとトウジの後ろに回り、ヒカリを守るように挟むと不良達に顔を 向けた。 「鈴原くん、そっち側の3人は任せたよ。」 いとも簡単に言ってのけるシンジ トウジは最初唖然としていたがみるみる生気がみなぎってきた。 先程はヒカリというウイークポイントを抱え、さらに1対7という絶体絶命の状況であっ た。 それが今は背後を守ってくれるやつが出現し戦況も2対6である。 まだまだ不利であったがかなり明るい展開であった。 これなら最悪でも委員長は逃がせるかもしれない。 トウジはこの転校生に心から感謝した。 「転校生、おおきにな。この恩は一生かかってでも返したるわ」 うれしそうに答えるトウジだった。 「馬鹿かおまえら、たかが中坊二人で勝てると思ってんのか?」 完全にバカにした声であった。 だがシンジは相変わらず微笑みを絶やさない。 逆に不良達が逆上していた。 自分達の存在意義が強さのアピールしかない不良達にとってこれは許されることではなか った。 ページ(485) 5.txt 「なめやがって」 一斉にかかってきた。 シンジは次々と襲い掛かる3人の攻撃を手の平で受け、肘で返し、足を払った。 トウジもいくらか殴られたが負けてはいない。 既に一人は脱落し、あと二人であった。 背後のヒカリを庇いながらなので自由は効かなかったがシンジはむしろこの状況を楽しん でいたかもしれなかった。 命のやり取りではなく同年代に近い少年達との身体と身体のぶつかり合い。 痛みはあったがそれがまた生きているという実感がした。 そしてこの時だけは使徒も未来も忘れることができたと言ってもいいかもしれない。 どうやらシンジの身体は強靭な構造に生まれ変わったことにより精神にまで影響がでてい るようであった。 引込み思案の気弱な少年から自分の身体に自信を持つ少年へと・・・ 実際、シンジの身体はATフィールドを使うまでもなくしなやかに動き、打撃に耐え、す ばらしい反射神経を持っていた。 それこそ本気になったら地球上に止められる者などいないことであろう。 もっとも今は友達を助けるという大義名分と自分の重い責任をいっときでも忘れたいとい う逃避の部分がせめぎあっている弱い存在でもあったが・・・ 15分もした頃であろうか、ついにシンジは自分の担当の3人を倒していた。 もちろん気絶である。 トウジの方を助けようと振り返るとちょうど相手の顎にパンチがはいり気を失うところで あった。 床には既に一人倒れている。 自分が最後の一人と気づいた不良は逃げだした。 わざわざ逃げたやつまでかまっていられないのでトウジもクルリと振り返る。 シンジの応援をするつもりだったのであろう。 二人の視線があった。 やがてどちらともなく笑いが込み上げてきた。 ページ(486) 5.txt 「やるやないか転校生」 「きみもね鈴原くん」 「なんや水臭いな、トウジて呼んでくれ。碇、え~と・・・」 ボカ 「痛て」 トウジが考え込んでいると突然殴られた。 「もう鈴原ったら、シンジくんでしょう。い・か・り・し・ん・じ・く・ん!」 ぐりぐりと拳骨で頭をこじるヒカリ 「いたたたたっ、委員長かんにんや、そこ殴られたとこや」 「ご、ごめん」 あわてて心配そうに手を添えるヒカリ 「大丈夫、こぶになってるだけだから心配ないよ。」 ニコニコと断言するシンジ トウジがひとごとだと思ってと睨みつける。 シンジは一向に堪えない。 「ところでぼくのことはシンジって呼んでほしいな」 「そやな、わしもトウジて言われた方が具合ええからトウジで頼むわ」 そういうとトウジは右手を差し出した。 「おおきに、恩にきるわ」 言葉は短いがそれだけに込められた想いは間違いなくシンジにも伝わった。 シンジも右手をだす。 がっちりと握手するトウジとシンジ 「助けられたのはぼくの方さ、トウジとケンスケ、君たちがこの世界にいてくれて本当に よかった。」 「大袈裟なやっちゃなあ、それに初めてあったのに助けられたってなんや、わしには覚え がないで」 トウジが怪訝な顔をする。 「そうだね。」 シンジは「あとでわかるよ」とでもいいたげな微笑みで答えた。 ページ(487) 5.txt 「男同士で笑ってんじゃねーよ、気持ちわりい。」 背後で声が聞こえた。 シンジが振り返ると先程逃げたと思われる不良と女の子がいた。 「綾波さん!」 ヒカリの声で我に返るシンジ そう、それは帰ったはずの綾波であった。 不良の一人は綾波の首に手を回し顔にナイフを突きつけていた。 人質であった。 「どうやらそっちの姉ちゃんとは知り合いのようだな。逃げもしないでじっと見ていたの でお前らの仲間かと思ったらピンポーンっていうわけだ。」 不良は得意そうに話しつづける。 だが、シンジと視線が合ったとたんにその軽口は止まった。 シンジの紅い瞳は前髪の奥で爛々とまるで光を放っているような色であった。 不良はナイフをしっかりと握り直す。 「動くなよ」 そう言って近くに倒れていた一人を足で蹴飛ばす。 「う~ん」 ゆっくりと起きだすもう一人 やがて事態を理解するとあわてて飛び起きた。 「他のやつらはどうしたんだ?」 「みんなやられた。おまえはそこの店の中のバットを拾ってこい。」 「ああ」 目が覚めたばかりのひとりがシンジ達と距離をとりながら店に入っていく そしてすぐにバットを持ってきた。 「どうするんだ。」 ページ(488) 5.txt 「決まってる。そいつでこの糞生意気なやつを殴れ。」 「でも・・・」 最初の一人が何もできずにやられたことを思い出したのであろう 「大丈夫だ。こっちには人質がある。わかってるだろうな。動くなよ。」 最後の方はシンジに向かっていった脅しであった。 だがシンジは一歩踏み出した。 「ふざけんじゃねえ。おい、殴れ!」 「ああ」 ドカッ シンジの頭部にまともにあたった。 ヒカリは気を失った。 「委員長!」 トウジはヒカリを抱きかかえながらシンジを見上げる。 だが、驚いたことにシンジはまた一歩踏み出した。 「何やってる、手加減するな!」 「やってるよ、でもこいつ平然として効かないんだよ」 「ばかやろう。思いっきりやれ。」 ボカッ ところがまたシンジは踏み出す。 もはや恐怖で手加減どころではなかった。 もうめちゃくちゃにバットを振りまわし殴っていた。 倒れろ、倒れてくれよ、こんなことがあるわけないんだ。お願いだ倒れてくれよ。 バキッ とうとうバットが根元から折れてしまった。 呆然とバットを見つめる不良達 シンジは手を伸ばしバットを取り上げると胸元を掴み引き寄せる。 「ひええええええええええっ」 シンジと目が合ったとたんに気を失っていた。 ページ(489) 5.txt 意識の無い身体から手を放すシンジ レイを人質にとる最後のひとりにまた一歩近づいた。 「寄るな! この女がどうなってもいいのか!」 ナイフを持つ手がぶるぶると震えている。 バットで殴られても平然としていることも尋常でないが、今のシンジの目の迫力はさらに 異常だった。 眼に見えるのではないとか思えるほど強烈な怒りのオーラを発散するシンジ まるで体長3メートルの虎のいる檻に放り込まれたかの錯覚を覚えるほどの圧倒的な圧力 である。 あまりの恐怖に体が硬直していうことを効かなかった。 その2メートル手前で立ち止まるシンジ 「おまえはしてはいけないことをしてしまった。」 シンジの言葉が重々しく道路に響いた。 「うわあああぁぁぁぁぁ」 突然レイを突き飛ばすと後ろを向いて逃げ出した。 シンジはレイを抱き留めると右腕を振りかぶり突き出した。 走る不良の背中に何か半透明のものがぐんぐんと近づいていく 振り向いたレイの目にははっきりと巨大なこぶしが映っていた。 不良が角を曲がろうとしたときにこぶしは追いつき、不良を塀に叩きつけていた。 もちろん最低レベルの微弱な出力ではあったがそれ相応のダメージを受けたことは間違い なかった。 一般人に対してATフィールドを使ってしまった。 だが、自分の楽しみのために他人を傷つける者はそれ相応の報いを受けなければならな い。 シンジは後悔はしなかった。 「綾波、怪我はないかい?」 「問題ないわ」 ページ(490) 5.txt 相変わらずクールな返事であった。 シンジは今一度無事を確かめるように腕の中のレイを力強く抱きしめる。 レイは痛かったがいやではなかったのでそのままにさせていた。 「ところでお二人さん、いつまで抱きおうとるんや?」 トウジが照れくさそうにそっぽを向きながらほっぺたを指でかいている。 ヒカリもいつの間に目を覚ましたのか同じようにもじもじしていた。 シンジは自分のしていたことに気づきパッとレイから離れる。 「ご、ごめん綾波、こんなことに巻き込んじゃって」 「わたしが勝手に見ていただけだわ」 それはとてもめずらしいことであった。 だが、トウジは別の心配があった。 「ところでこいつらどないしよ? 今度おうたら何されるかわからへんで」 シンジもそれが心配であった。 自分はともかくトウジ達が心配であった。 しばらく考えた後、嬉しそうな顔をするシンジ 「それだったらいい方法があるよ。ちょっと待ってて」 シンジは大急ぎでゲーセンに戻る 1分と経たないうちに戻ってきた。 手には使い捨てカメラを握っている。 「こいつを使おう」 「カメラなんかでどないするんや」 「いいからこいつら全員ここに集めてくれないか」 「なんや知らんけどわかったわ」 とりあえずシンジを信じるしかないトウジとヒカリ 全員で不良達を引きずってくる。 ページ(491) 5.txt 「目を覚ましそうだったら殴っといて」 「ああ、わかっとるで」 ものの3分としないうちに気を失った7体の人間が一個所に集まった。 「洞木さんと綾波は向こうを向いててくれないかな。」 「え、何で」 「いいから、いいから」 シンジは手早く女の子を後ろに向かせる。 「じゃあトウジ手伝ってよ」 「何するんや」 「・・・」 「なんやと、そらまたえげつな」 「でも一番いい方法でしょう」 「そらまあ・・・」 トウジも納得したようである。 ガサゴソと音がしていた。 そして、カシャ、カシャっとシャッターを切る音がする。 ヒカリはついに我慢できなくなってこっそりと振り向いた。 と、そこには全裸で抱き合って寝ている7人の人間が居た。 それをバシバシと撮影するシンジとトウジ 「キャャャャーーーーーー」 ヒカリの悲鳴が路地に響き渡った。 悲鳴のせいかそれともそろそろ目が覚める頃だったのかわからないが不良の一人がゴソゴ ソと身動きをしだした。 殴りつけて気を失わせようとするトウジをシンジは止めた。 「なんで止めるんや」 「いいから」 シンジは逆にそいつの肩をゆすって覚醒を早めた。 ページ(492) 5.txt 意識がはっきりとして来た頃シンジはカメラを持たせた。 「いいかい、君たちの姿はカメラに撮らせてもらったよ。証拠に一つあげるから後で見て みるといい。今後僕たちのだれかに危害が及ぶことがあったら誰であろうと関係なくこれ を公開するからね。」 そう言うとシンジはトウジのカメラを取り上げて自分が持っていることを強調した。 「言いたいことがあるならぼくのところに来るんだね。ぼくは碇シンジだ。」 ピーポーピーポー・・・ ちょうどそこへパトカーの音が聞こえてきた。 シンジはレイの手を握るとトウジの方に振り向いた。 「その通りを抜ければ大丈夫だから洞木さんを連れて早く行った方がいいよ。」 「ああ、わかっとる。いろいろ世話なったな。ほな元気でな」 「じゃあ明日学校で」 シンジは笑顔でトウジ達を見送る。 やがて姿が見えなくなったことを確認するとレイの方に振り向いた。 「それじゃあぼくらも行こうか」 コク レイは静かに頷いた。 「走るよ」 シンジはしっかりとレイの手を握るとトウジ達とは別の路地に向かって走り出した。 その姿が見えなくなる頃やっとパトカーが到着した。 目を覚まし状況がつかめない不良達 まさか中学生二人にやられたとは言えなくて結局全員公然猥褻罪で拘留された。 シンジはレイの手を握って走りながら思った。 この娘を二度とこんな危険な目に合わせたくないと・・・ ページ(493) 5.txt レイは思った。 この少年をどうしてこんなに気になるんだろうと・・・ やがて第3新東京市環状線に無事紛れ込んだ二人の姿があった。 -------------------------------------------------------------------------------To be continued. -------------------------------------------------------------------------------a guardian angel. 【第10話 人工進化研究所第3分室】 -------------------------------------------------------------------------------- シンジとレイは人混みに押されて反対側のドアまで移動していた。 ちょうどサラリーマンの帰りのピークと重なり混んでいたのである。 シンジはレイのウエストに右手を回すと、そっと持ち上げるように自分とドアの間に身体 を入れ換える。 環状線のためこちらの方のドアは開かないのである。 そのまま左手でドアに手をつき身体を支えた。 ドアとのわずかな空間にレイがぴったりと収まっていた。 シンジは何も言わない。 だがレイは腰に回された腕から自分を守ろうとする者の意志をはっきりと感じていた。 指の一本一本から腕の筋肉のうねりから自分を慈しむ想いが伝わってくる。 それがどういう意味かは完全に理解していないレイだが少なくとも心地よい波動である事 はわかった。 あまりにもしっかりと支えられているので足の爪先がかろうじてついているだけであっ た。 ほとんど片手で抱かれているといった状態である。 レイは窓の外を見ているシンジの顔を間近から見上げていた。 シンジの瞳は燃えるような紅から透明感のある澄みきった紅に戻っていた。 これがこの人の通常の瞳のようであった。 自分と同じ紅い瞳を持つ人間・・・ ページ(494) 5.txt レイは不思議な連帯感を感じていた。 それは無意識のうちにシンジを同種族と感じ取っていたのかもしれなかった。 額をシンジの胸につけるとそのままふわっと身体を預けた。 身を持って少女を守る少年 その少年を信頼して寄り添う少女 まわりの乗客からは眉をひそめさせる行為であったかもしれないがシンジはあえてそのよ うに仕向けた。 愛情とは無縁の環境で育ったレイの感情を成熟させるには直接的なスキンシップが一番で あったからである。 同時に自分の行動によって他人の注目を集める事を学習する事により自分の存在を自覚し て自我の発達を促す事も目的であった。 だが少女にとってその効果は半分であった。 シンジの胸に顔を埋めて外界との接触を断ってしまっていたからである。 レイは頬から感じるシンジの動きがすべてであった。 列車が揺れるたびに、他の乗客から押されるたびに、シンジの肉体は反応し、筋肉が収縮 する。 その筋肉の動きが手に取るように伝わり、レイはシンジとの一体感を感じていた。 まるで他人と肉体を共用しているようであった。 レイは母猫に頬擦りする子猫のようにシンジに身を寄せていった。 駅を降りるとシンジは声をかけた。 「綾波、話があるんだけどアパートに行ってもいいかい」 「・・・かまわないわ」 「じゃあ、ついでに料理を教えてあげるから途中で買い物をしていこう」 「料理・・・なぜ」 シンジの脳裏には8ヶ月前に見たレイの部屋の様子が思い出されていた。 立ち止まるとレイの腕を掴んで引き寄せた。 ページ(495) 5.txt 「綾波、食事って言うのはね、単なる栄養補給じゃないんだよ。ビタミンとカロリーの錠 剤だけじゃあ胃腸は丈夫にならないんだ。食事は生きる上での楽しみの一つなんだよ。そ して料理を作る事も人によっては幸せを感じるものにもなるひとつの文化なんだよ。綾波 にも是非この世界を知ってほしい」 「碇くんも幸せを感じるの」 「ああ、そうだよ。ぼくと綾波は似ている。だからきっと綾波も気に入ってくれると思 う。手伝ってくれるかい」 レイはつられるようにいつのまにか頷いていた。 シンジはそんなレイの手を引くと近くのスーパーに向かった。 鍋から調理道具まで揃えたためかなりの荷物となっていた。 シンジがほとんど持っていたためレイがアパートのドアを開けた。 レイは無造作に散らばっているダイレクトメールを踏んで奥に進む。 シンジも続いた。 時をさかのぼる前に初めて来た時と同じ殺風景な部屋であった。 レイは部屋の中央で立ち止まり振り返った。 あまりにも無機質な部屋に同化している無表情な少女 レイにとって住まいは身体を清潔にして栄養を補給し睡眠をとる場所である。 それ以上でもそれ以下でもない。 温もりと無縁な環境で育ったレイにとって他の生き方など想像もできなかった。 シンジにとってそれがまた不憫であった。 不幸を不幸と気がつかない少女 シンジはレイに歩み寄ると、その小さな頭をしっかりと抱きしめた。 「あなたはなぜわたしを抱くの」 「いやかい?」 「・・・いやじゃない。でもなぜ・・・」 ページ(496) 5.txt 「綾波を守ってあげたいから」 「使徒はいないわ」 「綾波を傷つけるものは使徒だけじゃない。」 「わたしは傷ついていないわ」 「・・・そうかもしれないね。」 シンジには抱きしめてあげる事しかできなかった。 まるで建設途中で破棄されたような荒々しいむき出しのコンクリートの壁 フローリングの上には粗末なパイプベットと小さな冷蔵庫しかない 空気には何度も傷ついたレイの血の匂いだけが漂っていた。 何かに似ている。 そう、旧人工進化研究所第3分室・・・レイが育ったところである。 水槽があまりショッキングだったため印象は薄いが確かに似ている。 リツコはこの風景がレイの深層心理に刻み込まれていると言っていた。 だがそれは故意にそんな環境にレイを置いた人のせいである。 こんな寒々とした部屋で落ち着く事こそ異常なのである。 しかし本人は気づいていない。 この環境しか知らないからである。 実験動物のように特殊な環境で育ち、疑問さえ持たない生き物 シンジは痛切に思う。 この不器用な少女を何としてでも守らなければ レイはそんなシンジの想いに気づくことなく、ただ抱きしめられたままであった。 しばらくしてレイはつぶやいた。 「料理」 「そうだね。」 シンジはレイを離すと宣言した。 ページ(497) 5.txt 「じゃあ、始めようか」 シンジはまず包丁の使い方から説明する。 「この大きい方が包丁で食事の材料を切り分けたり皮をむいたりする道具だよ。そしてこ の小さい方は果物の皮をむくのに使うんだ。」 レイは一見無表情だが一生懸命シンジの説明を聞いていた。 「包丁には物を切るための刃がついているんだけど危ないから触わっちゃだめだよ。刃に ついた材料を取る時も尖っている方から根元の太い方に指を滑らせると指を切っちゃうか ら絶対にしちゃいけない。もしもどうしても取りたかったら根元から尖っている方に向か って滑らせるんだよ。」 コクンと頷くレイ 「次は野菜の切り方だけど、右手で包丁を握って左手は野菜をおさえる。この時左手の第 二関節を内側に曲げて指先が刃にあたらないようにする。もちろん親指も内側に入れない と危ないからね。これさえ守って・・・」 シンジの説明は事細かに延々と続いた。 レイはメモもとらずに次々とその知識を吸収していった。 包丁の使い方から米の研ぎ方、味噌汁の作り方から野菜炒めまで3時間ほどで一通りでき るようになっていた。 あとは食材のTPOと目利きができれば自炊も十分可能である。 シンジは教えがいのある生徒に満足し、レイはシンジが誉めてくれる事がうれしくて料理 というものに興味が湧くようになっていた。 「じゃあ、遅くなったけど食べようか」 「はい」 シンジが買ってきた小さなテーブルを出して台拭きで拭いているとレイが料理の盛りつけ られたお皿を運んできた。 ふたりで次々と並べる。 もちろんテーブルに乗せきれないものはフローリングの床の上であった。 レイが座るとシンジは手を合わせた。 「いただきます。」 「・・・」 怪訝そうな顔をするレイ シンジにはもちろんわかっていた。 ページ(498) 5.txt 「食事をする前にこう言うのが作法なんだよ」 「どうして」 「昔からの決まりだからどうしてこういうのかもう意味もはっきりしないんだ。強いて言 うなら今日も食事ができる事を感謝しますっていう意味かな、まあ言わなくてもいいんだ けど礼儀正しい人はこう言うんだよ。」 「わたしも言った方がいいのね」 「そうだよ。」 「・・・いただきます。」 おずおずと手を合わせて真似をするレイ シンジはニッコリすると食べ始めた。 食後の片付けを終えシンジとレイはくつろいでいた。 「初めての料理、どうだった。」 シンジはあえて感想をレイに言わせた。 少しずつ自分の意志というものを強化するために 「いいと思う」 「つまり好きってこと?」 「好き?」 「そう、それをすることが自分にとって楽しいことだよ。」 「楽しい?」 「うん、気持ちが明るくなってもう一度したくなる事かな」 レイはゆっくりと考えたあと答える。 「料理は好き、そして食べるのも好き」 「初めてなのにこれだけできるんだから綾波は料理の才能もあると思うよ。明日も買い物 につき合うから少しずつ覚えていけばもっと楽しくなるよ。」 コクリと頷くレイ 「じゃあそろそろ帰るけど戸締まりに気をつけるんだよ」 シンジはとりあえず今日の成果を確認するともう時刻も遅いため帰る事にした。 ページ(499) 5.txt レイはその言葉に敏感に反応する。 わずかに悲しそうな表情 シンジでなければ気がつかないほど微妙な変化 だが、シンジもいつも一緒にいるわけにはいかない。 自分に言い聞かせるようにきっぱりと玄関に向かうシンジ 思わずついてくるレイ シンジはドアに手をかけると振り返った。 「・・・」 また明日ね。という言葉は出せなかった。 まさにレイの全身から、帰らないで、一人にしないで、という気持ちが伝わってきたから である。 母親から置き去りにされそうな幼い子供のような無垢な悲しみに満ちた瞳 シンジはドアノブから手を離すと携帯を取り出した。 通話可能である事を確認するとミサトのマンションの短縮ボタンを押す。 まだミサトは帰っていなかった。 留守電に伝言を残す。 「シンジです。綾波のところに泊まります。食事はレトルトがいつもの棚にありますので それでお願いします。ぼくが居なくてもビールは控えてくださいね。では、」 シンジは携帯を切った。 期待に満ちた眼で見つめるレイ 「今日、泊めてくれるかい」 レイは力強く頷いた。 「もう遅いからお風呂に入って寝ようか」 「そうね」 ページ(500) 5.txt 「じゃあ、綾波入ってきなよ」 レイはシンジの指示を実行するためにすぐに脱衣所に向かった。 「終わったわ」 20分後、長いバスタオルを首にかけただけのレイがでてきた。 14才らしい瑞々しい身体を隠そうともしないレイ 引き締まったすらりとした足 滑らかな太股 微妙に上下する小さなお尻 きゅっと締まったウエストからコンパクトだかすらりとした上半身 中学生らしいちょっと控えめだが形のいいバスト 細い首筋から涼やかな顔立ちまですべてがバランスよく整っていた。 思わず見とれてしまうような完成された美しさであった。 長い人生の中でこの年齢でなければ出す事のできない生活感のない中性的な美である。 こんな娘が全裸のまま無造作に近づいてくるのである。 その気がなくても慌ててしまうのが男である。 ちょっと焦ったシンジだが考えてみると今までレイの裸は何度も見ているのである。 シンジは気を取り直すといった。 「洗濯機も借りるよ」 「はい」 レイは何事もなかったかのように答える。 シンジは夕方の格闘で汚れの目立つズボンから下着まですべて脱いで洗濯機に入れるとス イッチを入れた。 2~3時間後には乾いているはずである。 ページ(501) 5.txt 30分後シンジがお風呂から上がり、バスタオルを巻いて部屋に戻るとレイが裸のままベ ッドに腰掛けていた。 「綾波、なんで裸・・・」 そこまで言ってシンジは思い出した。 レイは私服を持っていないのである。 学校とネルフは制服で過ごし、アパートに居る時は常に一人、外出する用事も無い。 つまり私服を必要とする事が無かったのである。 ましてレイはトップシークレットのひとつである。 近寄れるものは限られている。 14才の女の子の事を考えるような気の利いた関係者などいるはずもなかった。 シンジはため息を吐くとレイの隣に腰掛ける。 「明日は服を買いに行かなくちゃね」 レイはよくわからないが頷いていた。 レイがベッドに横になった事を確認するとシンジも電気を消してもぐりこんだ。 アパートの床はフローリングと硬く、クッションひとつないためベッド以外では寝る事が できなかったのである。 元々シングル用の粗末なベッドのため狭い いくら成長途中の子供といっても中学生ふたりでは無理がある。 どうしてもシンジの指先がレイの腿のあたりに触れてしまう。 自分はバスタオル1枚、レイは全裸のため、どこにあたっても意識してしまう。 ところがシンジの心の中の動きなどまったく関係なくレイも自分の心と闘っていた。 この男の子と接触するたびに生まれるもどかしいような切ないような想いをどうしたらい いのか・・・ レイは自分を守るという少年に解答を求める。 ページ(502) 5.txt いくらもたたないうちにレイの腕がおずおずと触れてきた。 人に触れる事に馴れていないが人の温もりを欲しがるその不器用な動きにシンジは胸を締 めつけられるような想いだった。 「あっ」 シンジは強引にレイを持ち上げると自分の胸に抱きしめた。 突然シンジの上に乗ったため驚くレイ だが、すぐに安心したように頭をシンジの胸につけると静かになった。 自分の求めていたものはこれかもしれない・・・ 「LCLの水槽にいたときの記憶はあるの?」 シンジはレイの頭を撫でながら何気ない口調で聞いた。 「覚えていない。5年前に魂が宿り意識を持った時、ひとり目の綾波レイの記憶も受け継 いでいたけど水槽の記憶はないわ。何も考えていなかったんだと思う。」 「あそこに戻りたいかい」 「みんなと一緒に居ると落ち着く・・・でも・・・」 「でも?」 「今はここにいたい・・・」 レイは顔をシンジの胸に擦りつける。 あまりにもか弱く頼りない存在。 だがシンジは意を決して質問する。 「綾波、きみは人類の味方なの?」 「わからないわ。わたしはやらなければならない事をやるだけ」 「父さんのために?」 「碇司令はわたしのするべきことを教えてくれたわ」 「それは何?」 ページ(503) 5.txt 「人類補完計画」 「綾波は何をするの」 「人類という不完全なヒトの種を完全な単体生物へと進化させるための母体となる事」 「人は滅びてしまうの?」 「18番目の使徒としては役目を終えて存在しなくなるわ。成功すれば使徒とは異なる生 命体となるのよ」 「母体となった綾波は計画が完成した後どうなるの?」 「わからないわ。ただ、そうしなければいけないことだけはわかる。」 「ぼくも綾波の一部になるの?」 「あなたの役目は初号機を覚醒させること! それ以外は聞いていないわ」 素っ気無い言葉とは裏腹にレイはシンジに強くしがみついていた。 シンジは優しくポンポンとレイの頭をたたく 「ぼくは死なないよ。そして常に綾波のそばにいる。決してきみを見捨てたりしない。た とえきみが人類の敵となっても・・・、だからぼくを信じて、ぼくを頼って、きみを守る ためにぼくはこの世界に来たんだよ。」 「わたしは綾波レイの一人にしか過ぎないわ。わたしが死んでも代わりはいるもの」 「ぼくは8ヶ月後の世界からタイムスリップしてこの世界に来た。ぼくの知っているのは 前の世界でもこの世界でも常に二人目の綾波レイだよ。一人目も三人目も関係ない。この 紅い瞳に誓ってきみを守る」 わずかな月明かりの中、シンジの瞳が紅く輝いているのが感じられた。 レイはその光に包まれ羊水の中の赤ん坊のような安心を得ていた。 LCLの代わりにわたしを守る紅い光・・・ 「あなたの瞳はなぜ紅いの? あなたは人間なの?」 レイは当初からの疑問を口にする。 「きみにはじめて会った時は人間だったよ。でも今はきみに近い存在だよ。」 「わからないわ」 「そうだね。順を追って話すよ。 ぼくは碇ゲンドウと碇ユイの間に生まれた人間だった。 少なくとも14才になって第3新東京市に来るまでは それから初号機に乗って第14使徒まで倒した。 そのころには自分に不思議な力がある事に気がついていた。」 「ATフィールドね。」 ページ(504) 5.txt 「そう、リツコさんに教えてもらうまで、と言っても推測だけど、どうしてこんなことに なったのかわからなかった。」 「第3使徒の時に言っていた初号機の目覚めと関係があるのね。」 「初号機には母さんの魂が封じ込められている。覚醒させるにはまだまだ時間はかかるけ ど本能を刺激するくらいはできる。」 「命ね」 「うん、8ヶ月後の世界では、ぼくの意識がブラックアウトした途端に初号機が介入し た。」 「何をしたの」 「ぼくの身体を分解してLCLへ戻しまた再構築した。」 「それはなぜ」 「母さんはただぼくの命を守りたいと願っただけだった。 覚醒していない母さんにとってそれが精一杯だったんだ。 初号機はそれに応えた。もっとも確実な方法で」 「まさか・・・」 「そう、初号機は自分と同じ遺伝子構造にぼくの身体を造り替えたんだ。 それも一瞬のうちに」 「それがどういうことかあなたは知っているのね」 「リツコさんが洗いざらい教えてくれたよ。 大深度設備の遥か下のターミナルドグマに幽閉されているアダムが実はリリスであるこ と そのリリスから初号機が創られたこと そして・・・」 「・・・」 「・・・そして11年前、初号機に融けてしまった母さんのサルベージに失敗した後、何 故か母さんの幼い頃によく似たきみが現れたこと・・・」 「・・・」 「手に入る限りの情報から考えた結論は、きみは初号機と同じようにリリスから創られ た。違っているのは人間の固有パターンを強化するためにサルベージされた母さんのデー タが使われている事だ。きみはリリスにもっとも近いヒトだ。」 「・・・そうよ」 レイの瞳も弱々しい紅い光に包まれていた。 使徒でもリリスでも人類でもないただ一体だけのヒト なんと中途半端な存在であろうか ページ(505) 5.txt 「そしてぼくの仲間だ。」 レイはハッとして顔を上げる。 シンジから暖かい波動が伝わってくる。 「言っただろう。ぼくは初号機によって創りかえられたって! 今のぼくはリリスのコピ ーである初号機と同じ構造なんだよ。綾波と違うのは、ぼくの魂とパーソナリティが加え られたことぐらいだよ。ぼくたちは世界で二人しかいないヒトの種なんだよ。」 レイはいつのまにか涙を流していた。 それさえも気づかずにシンジを見つめるレイ 「あなたはわたしと初めて会った時、人だと言っていたわ」 「うん」 「第3使徒と闘うためにわたしとエントリープラグに入った時は人間だったはずだわ」 「そうだよ。時をさかのぼったのは精神だけだからね。この時代のぼくは人間だったよ」 「でも今はわたしと同じ存在・・・」 「そうだよ。しかも今度はぼくも改造に協力したから初号機もやりやすかっただろうね」 「あなたは自ら人であることをやめたというの・・・それも二度も・・・」 シンジはレイの両頬に手を添える。 「ぼくの過ごした未来ではそれが必要だったから・・・人のままでは君たちを守る事はで きなかったんだよ」 「わたしにその価値があると言うの」 「人によって価値は違う。でもぼくにとってはきみとアスカを守る事は人類全体と等価値 なんだよ。」 シンジはレイを優しく引き寄せると頬の涙を唇で舐めとった。 母猫が子猫にかける愛情そのままに 「これは涙? わたし泣いているの」 「そうだよ。自分の存在を確立できたものは主観が発生する。それは感動できるってこと なんだよ。」 「感動?」 「そう、うれしいってことだよ。」 シンジは慈しむようにレイを自分の胸に抱きしめる。 ページ(506) 5.txt しばらくしてレイもぽつりとつぶやいた。 「あなたは弐号機のパイロットも守ると言っていたわ」 「そうだよ。アスカもぼくにとってはかけがえのない存在だよ。」 「この世界では会ってもいないのに?」 ・・・この世界のアスカとは会っていない・・・ でも何かひっかかる ほんとうに会った事はないのか? 幼いアスカ・・・ ひとりで生きる事を決意したアスカ・・・ 泣いているアスカ・・・ 「うっ、」 シンジは突然頭痛に襲われた。 記憶を手繰るシンジの意識が封じ込められていた情報を引き当てたのである。 レイは異常を感じてシンジを見上げていた。 しばらくして落ち着いてきたシンジはぽつりぽつりと語りだした。 「ぼくはこの世界のアスカに会ったことがある。」 「どこで」 「5年前のドイツで」 「ドイツに行った事があるの」 「いや、8ヶ月後の世界からここに飛ばされる途中で様々な時代をさ迷ったんだ。身体が 存在しないぼくの精神は適格者であるアスカに引き寄せられてしばらく一緒に過ごしたん だ。」 「肉体を共有したの」 「そうだよ。アスカの体験した事、感じた事、考えた事・・・いろいろなことがわかっ た。綾波ほどじゃないけど不幸な子なんだよ。」 「わたしは不幸なの?」 「少なくとも今までは幸せとは言えないね。」 「今までは?」 ページ(507) 5.txt 「そう、これからはぼくがついている。何も問題はないよ。」 「わたしは幸せになるの?」 「もちろんだよ。」 シンジの力強い返事 白い歯がわずかな月明かりに反射した。 シンジが微笑んでいる事がわかった。 レイは安心するとシンジの胸に顔を埋めた。 シンジの腕がレイの華奢な背中をしっかりと抱きしめていた。 わからないことはたくさんあったがシンジの言う事を信じていればいい。それだけは理解 できた。 穏やかな夜。たとえようもない安心感。 二人とも欠けていた心をお互いに補い合うように足を絡め腕を回し肌をぴったりと接して いた。 やがて静かな寝息がどちらからともなく聞こえてきた。 -------------------------------------------------------------------------------To be continued. どもAsh(アッシュ)です(^-^)/ このお話は会員制EVAルームの60万ヒット記念として 【河田君家発時之部屋行】 の 河田さんからいただいた『a guardian angel.シリーズ』の外伝です。ガーディアンでは 経過だけ登場した「ヤシマ作戦」にあたる部分でちょうど【第10話 人工進化研究所第 3分室】と【第11話 独房】の間のお話です。シリーズのひとつとしてみなさん是非読 んで見てくださいね(^-^) 変える未来・変わる未来 ~そして、変わらぬ微笑み~ 「これより、零号機再起動実験を始める。」 ゲンドウの指示の元、ファースト・チルドレンによる零号機の再起動実験が始まろうとし ていた。 ページ(508) 5.txt シンジはその様子を実験室の壁に寄りかかりながら見つめていた。 彼にとってその光景を目にするのは二度目であった。 かつて見た光景とまったく同じ。 違うことといえば自分がプラグ・スーツを着ていることくらいだろう。 これは、使徒襲来に対する備えであった。 未来から来たシンジにとって起動実験成功も直後の第5使徒襲来も予想ではなく確定であ った。 そう、決まっていたこと・・・・ そのはずだった・・・・・・・ 恐れ多くも a guardian angel外伝 かむばっくとぅヤシマ作戦!? 変える未来・変わる未来 ~そして、変わらぬ微笑み~ 決戦・第三新東京市 「初期コンタクトに問題発生!シンクログラフ逆転!!」 「零号機!暴走しました!!」 それは、まったく予想外の出来事だった。 シンジにとっての過去、以前の起動実験は確かに成功した。 そして、その直後第5使徒・ラミエルが襲来し自分が初号機で出撃したのだ。 しかし、今、目の前の零号機は暴走し頭を押さえながら悲鳴とも取れる唸り声を上げてい た。 「いかん!アンビリカル・ケーブル排除!硬化ベークライトを流せ!!」 「ベークライトは駄目です!!」 シンジはゲンドウの指示を遮りながら全力で実験室を飛び出した。 ここで、硬化ベークライトで零号機を固められればこれからミサトが提唱するだろう”ヤ シマ作戦”が実行不可能になる。 また、自分が零号機を取り押さえる邪魔になり、もしまた、エントリープラグが排出され た場合レイを助けにくくなる。 ページ(509) 5.txt シンジは螺旋階段の中心の空洞を利用して一気に下まで飛び降りると非常ロックされた実 験場への入り口を自ら展開したAT・フィールドでぶち抜き零号機の前へと飛び出した。 最悪の事態は予想通り起ころうとしていた。 またしても、エントリープラグが排出されようとしていたのだ。 シンジの脳裏に以前の傷ついたレイの姿がよぎった。 「させない!!」 シンジは今にも打ち出されようとしていたエントリープラグのジェット部分をAT・フィ ールドの刃を極限まで伸ばし叩き切った。 いきなりジェット部分を失い、プラグが失速・落下を始める。 落下するプラグにシンジは飛びつく。 その十数メートルをジャンプする姿は実験室のゲンドウ達にはどう写っただろうか? プラグに飛びつくシンジ。 シンジはプラグに手を当てると中のレイを中心にAT・フィールドを展開し一気にプラグ を吹き飛ばした。 プラグの破片の舞う中、レイを抱きしめながらゆっくりと着地するシンジ。 シンジが着地するとほぼ同じに零号機は電源がつき、停止した。 シンジは零号機に一瞥をおくる。 「貴女には悪いけど、綾波には傷一つ付かせないよ。」 誰とも無しに呟くシンジの腕の中に、公言通り傷一つ付いてないレイが眠っていた。 そっと、レイに微笑みかけるシンジ。 そこに突然外部スピーカーからミサトの声が響く。 「シンジ君!使徒接近!!至急初号機に搭乗して!!!」 「解りました!!」 答えとともにシンジはレイを抱いたまま駆け出した。 『前は380秒で発進した。今回はプラグ・スーツに着替えてるから綾波をベットに寝か すくらいの時間はあるかな。』 「初号機発進準備終了!」 「シンクロ率、93.58%!問題ありません。」 ページ(510) 5.txt 「シンジ君、用意はいいわね。」 「はい。」 「OK!いくわよ。」 「ミサトさん、打ち合わせ通り地上到着直後にストッパーは外してください。あと、計測 器の準備と工事中のハッチの開閉をお願いします。」 「ええ、解ってるわ。シンジ君も無理しちゃ駄目よ。」 「はい。」 「エヴァ初号機、発進!各オペレータは計測作業に入って。」 初号機の発進とともに使徒の計測に入るオペレータ達。 そう、これはシンジとミサトの共同作戦であった。 未来の記憶からシンジは来襲する使徒の出現時期、特徴、弱点などを一通り知っていた。 しかし、具体的にデータとして知っているわけではなかった。 そのために今回のような場合はどうしてもデータ計測が必要になる。 シンジの居た未来では、初号機は発進して直に使徒の加粒子砲の的になり、データはミサ トがバルーンダミーや自走臼砲によって手に入れたのだが、正直使徒に防げない加粒子砲 を撃たれては被害も馬鹿にならない。 そこでシンジはミサトに未来の記憶を話し、第5使徒用にプランを立てたのだ。 初号機発進と同時に計測開始。 シンジは第一正射をAT・フィールドで受け止めながら以前できたN2地雷の爆心地に移 動。 正射時間、正射間隔、AT・フィールドの展開レヴェルを測定後に工事中のハッチより帰 還。 この際、どうしても帰還の隙を狙われるため、やもえず工事中のハッチを犠牲にする。 シンジはミサトと決めたプランを思い返しながら改めて思った。 未来は変えられる。そして僕は一人じゃない。 零号機の暴走と言う未来がシンジの心に若干の影を落としたが、幸いレイに怪我は無かっ た。 シンジは自分に”未来を変えることの正しさ”を言い聞かせていた。 案の定、初号機は地上到着と同時に加粒子砲の洗礼を受けた。 ページ(511) 5.txt AT・フィールドを全開にして受け止めるシンジ。しかし、ラミエルの加粒子砲の威力は すさまじくシンジの力を持ってしても防ぐのが限界であった。 一回目の正射は30秒程続いた。 正射が終わった瞬間、シンジはAT・フィールドで重力をコントロールしながら一気に予 定のポイントまで初号機をジャンプさせた。 移動した初号機はそこで第二射を受け止める。 「12式自走臼砲!発射!!」 初号機がラミエルの攻撃を受けている間にミサトは素早く自走臼砲を発射させた。 攻撃しながらも自走臼砲の砲撃を防ぐラミエル、展開したAT・フィールドが肉眼でもハ ッキリ確認される。 「測定急いで!・・・・・OK、シンジ君、もう十分よ!下がって!!」 待避命令を出すミサトの声から焦りが伺えた。 シンジを心配しているのだろう。 シンジは自分を心配してくれるミサトに感謝しながら待避ハッチに飛び込んだ。 飛び降りると同時にAT・フィールドを張り巡らす。 ラミエルの第三正射によってハッチは全壊したが初号機は難なくジオ・フロントに生還し たのだった。 ラミエルは初号機を見失うと何事もなかったかのようにNERV本部直上へと移動した。 そして、巨大なボーリング・マシンを射出すると本部内のアダム目掛けて掘削を始めたの だ。 巨大な振動は格納庫に納められたばかりの初号機にも伝わる。 「始まったか・・・・・」 初号機のエントリープラグの中で、シンジは誰とも無しに呟いた。 「・・・・・・・・・・以上のデータから、敵は強力な攻撃力と正確無比な射撃能力、絶 大な防御能力を持った移動要塞と考えた方が妥当です。これに対して、戦略自衛隊のポジ ページ(512) 5.txt トロン・ライフルを徴収、超長距離から敵のAT・フィールドを中和せず、一気にフィー ルドごと貫く長距離射撃作戦を作戦部は提案します。」 使徒迎撃作戦会議はミサトの独壇場と化していた。 ミサトの長い弁舌は曇り空を切り裂くかのごとく響き、ゲンドウを初めとするNERVス タッフ一人一人に確実に伝わる。 「しかし、都合よく戦自からライフルを借りれたとして、電力はどうする?」 「日本中より集めます。」 冬月の質問にもさっと答えるミサト。その視線はゲンドウのサングラスに照準が合わせら れている。 「・・・・シンジは、何と言っていた。」 「必要最低限のこと以外は教えてはくれませんでした。今回の件についてはなるべく予想 外の未来をこれ以上作りたくないそうです。」 「相当危険だったようだな・・・碇、どうする?」 「・・・・反対理由は無い、やりたまえ葛城一尉。」 「はい!!」 ゲンドウの鶴の一声によってミサトの作戦は承認されたのだ。 その頃、シンジはレイの病室に来ていた。 起動実験の失敗によって気を失ったレイはまだ目を覚ましていなかった。 起動実権の失敗。 それはシンジにとって思いがけない未来であった。 だが、もしかしたら十分に予想出来た事なのかもしれなかった。 零号機とのシンクロ。 事実上、零号機とシンクロできるチルドレンは零号機と同じ存在であるレイだけであろ う。 そう、この場合は『親近者の融合』という条件が使えない為にシンクロにかなりの精神力 を要するのである。 最近のレイはシンジの影響で急速に心が成長していた。 ページ(513) 5.txt 勿論それはレイにとって良い事なのだが成長途中の心理は非常に不安定なものである。 今回の暴走は心理的不安定が原因ではないのか? シンジは一種の仮説を固めていた。 零号機の暴走事故によって意識を失ったレイは大したダメージも無く徐々にその意識は覚 醒に向かっていた。 そして、レイはまどろみの中、自分を包むような温かさを感じていた。 側に誰かが・・・・温かく、自分を包んでくれる存在が近くにいる。 『だれか居るの・・・・私の側に。』 そう考えた時、レイの脳裏に浮かんだのは自分と同じ紅い瞳を持ったあの少年の笑顔だっ た。 「気がついたかい?」 レイは意識が半覚醒状態で声を掛けられた。 『この声は・・・・碇君。』 レイの意識は完全に覚醒しゆっくりと上半身をベッドから起こす。 その拍子に、掛けてあったシーツがずれ落ち、シンジの眼に整った裸身がさらされた。 見慣れているとは言え、流石に赤面するシンジ。 そっと、シーツを掛けなおしてやる。 「その・・・具合、どう?」 多少の照れが入ったのか言葉がぎこちない。 「問題ないわ。」 レイの返事は何時も通り落ちついていた。 「起動実験の失敗。・・・覚えてる。」 ページ(514) 5.txt レイに異常が無かったことに安心したシンジは、起動実験に話を移した。 「そう・・・・・また、失敗したのね。」 ぽつりと呟くレイ。 それに対してシンジはレイの瞳を真っ直ぐ見つめながら告げた。 「いや・・・・今回は成功するはずの実験だったんだ。」 「どう言うこと?」 不思議そうに聞くレイ。 「僕が未来から来たのは前教えたね。・・・僕が来た未来では今回の実験は成功していた んだ。つまり、今回の失敗はこの世界に僕が与えた影響によるものなんだ。」 「碇君のせいじゃないわ。」 「なら、どうして起動実験が失敗したか・・・解かるかい?」 「・・・・・・・・・・解からない。」 ぽつりと呟くレイ。 シンジにしか解からないくらいの変化だが、レイの表情が悲しみに変わった。 その悲しそうな表情にシンジの心は傷んだが、あえてレイの成長のためにと話を切り出 す。 「なぜ、起動実験が失敗したか教えてあげようか?」 「・・・・・・・・・・・・」 「本来エヴァンゲリオンはパイロットとエヴァ本体内に取り込まれた人の魂とのシンクロ によって起動する。 よく言う暴走は、適格者ではなくエヴァに取り込まれた人間が意識的に目覚め不完全なが らエヴァを動かす為に起こる現象だよ。 初号機は僕の母さん、弐号機はアスカ、セカンド・チルドレンのお母さんが目覚めた時に 起こるんだ。 ただ、取り込まれた者は大体眠ってしまう為に、強烈な呼びかけが無いとまず起きない。 実例で言えば第三使徒に殺されかけた僕に母さんが反応したように。 でも、零号機はチョット違う。 なぜなら零号機の中にいる人は綾波の身内じゃないし、しかも綾波に敵意を抱く者だか ら。」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「強制変更されたパーソナル・パターンと君のリリスの魂に零号機の体がシンクロして起 ページ(515) 5.txt 動する零号機は僕やアスカの様な母親の助けが無い為に動かすのは難しい。 また起動しても一定以上はシンクロ率は伸びない。 そのために、綾波にかかる負担は僕たちの比じゃないんだ。 少しでも心に乱れがあったら直に暴走する。 父さんが綾波に人を近づけさせずにいた一因でもある。だから・・・・・」 「どうして、そういう事、言うの?」 シンジの言葉を遮るレイ。 その瞳がわずかに潤む。 レイの赤い瞳は、何かを訴えかけるようにシンジを見つめている。 シンジは両手でレイを抱きしめ、その紅い瞳を真っ直ぐ見つめかえした。 「・・・・ゴメン、もっとゆっくり君の心の成長を待ちたいけど、今回はどうしても君の 力が要るんだ。」 シンジの瞳に涙が滲んだ。 自分はなんと不甲斐ないのだろうか。 レイを護ると誓いながらこの様である。 だが心の成長を促すには優しさだけではいけないのだ・・・・ 「意地悪な言い方なのは解ってる。でも、君はあまりにも心について知らなさ過ぎるん だ、他人の心も自分の心も・・・僕は綾波に心の成長をしてもらいたいんだ。」 「心の・・・・成長。」 「うん・・・・考えてほしい、もっと心について。」 「どうすればいいの?」 「零号機の起動実験中に何を考えていたか話してほしいんだ。」 コクン。 レイはうなずくとシンジの胸に顔を埋め、ゆっくりと話し始めた。 「・・・・・・・実験前に碇司令に会ったわ。」 「父さんに?」 「実験が不安かどうか聞きに来たの・・・」 『そうか!あの時の・・・・』 シンジは思い出した。 ページ(516) 5.txt 以前居た未来世界で確か起動実験前レイの元を訪れ父が微笑んでいた事があった。 今回は丁度その時間にミサトと打ち合わせをしていた為にその場にはいなかったのだ。 『でもたしかあの時は綾波も微笑みかえしていたはずなのに・・・』 「不安はありません。と、答えたらきっと上手く行くと言って微笑んでくれたわ。でも・ ・・・・見ていなかったの、私を。」 「え?」 「碇司令は私を見ていなかったわ。・・・・碇君のように”私”を見てはいなかったの。 それに気づいてしまったから・・・・・・・」 「綾波・・・・」 「突然不安になったの、考えてもどう考えていいかも解らなかった、何故不安になるのか さえ解からなかった。・・・ただ、私を見ていなかったことだけは、確信が持てた。そん な事を考えている間に起動実験が始まって・・・」 「もう、いいよ・・・」 シンジはレイの言葉を遮り強くレイを抱きしめた。 以前の・・・未来のレイがゲンドウの与えた”エヴァのパイロット”を絆に生きていたこ とをシンジは思い出していた。 それはレイにとって唯一安らぎを与えてくれたゲンドウが与えたものだからに他ならな い。 だがレイは知ってしまった。 ゲンドウが与えていた安らぎは、”レイに似た誰か”に贈られていたと言うことに・・・ そして、今、この胸の中のレイも知ってしまったのだ。 未来のレイがこの事に気づいたのはかなり先の事だった。 レイの心はシンジの思った以上の成長を遂げていた。 シンジはここまでレイに影響を与えていたのだ。 ただ、あまりの急成長に知識や経験がついて行かずにいたのだ。 「ゴメン・・・・君は僕の思っていた以上の成長を遂げていたんだね。」 「・・・・・碇君。」 「君は父さんとの絆を支えに生きてきた・・・・他には何もなかった、それは僕も知って るし過去はどうすることも出来ない。でも、未来は変えられるんだよ、綾波。そして、僕 は綾波に沢山の絆に支えられ、死ぬために生きるんじゃなく自分の望みで生きれる未来を 贈りたい。」 「沢山の・・・・絆?」 「エヴァに乗ることだけが綾波の絆じゃないよ。僕やクラスの皆、NERVの皆やこれか ページ(517) 5.txt ら出会うアスカ。それらの人々とのつながり一つ一つが絆になっていくんだ。父さんが与 えた事だけが絆じゃない。」 「一つ一つの・・・・・絆・・・」 「うん。・・・そして、僕は必ず君を護るよ。何があっても・・・・・」 一つ一つの絆。 レイの心を満たす言葉。 レイは心の求めるままに、シンジの温もりを感じていた。 シンジの胸の中で・・・ シンジの胸の中で落ちついたのか、レイの第二回再起動実験はすんなりと成功した。 シンクロ率も48.52%と上々であった。 ミサトはシンジをお供に、総点検中の初号機に変わり零号機を荷物持ちに戦略自衛隊の研 究施設に今作戦の要、ポジトロン・ライフルの徴収にやって来たのだが・・・・・・ <戦略自衛隊第三研究所> 「何と言われようとライフルは渡せません!!」 ミサトの徴発書を見せられた自衛官は血相を変えてミサトに食ってかかった。 ミサトとシンジは国連より発行された徴発書を片手に狙撃に耐えうる戦自のポジトロンラ イフルを徴発に来たのだが応対に出た自衛官が大反発したのだ。 「って言われてもこの書類、国連発行の絶対的な物なんだけど。」 どうころんでも自分の勝ちが見えているミサトは余裕の表情で答える。 ただ時間が惜しいので強制的に持っていく気なのだが。 「何と言われようと渡せません!!」 念を押すように締めくくる自衛官。勿論ミサトは聞いちゃいない。 「レイ、面倒だから実力行使で徴発するわ。一応精密機械だから慎重にね。」 「了解。」 自衛官など相手にもせず、建物の外に待機していたレイに連絡するミサト。 ページ(518) 5.txt 「く・・・馬鹿にするな!!」 突然響く自衛官の怒声。 その態度にカチンと来た自衛官は短気にも発作的にミサトに殴りかかったのだ。 ドスッ!! しかし、自衛官の拳はミサトの前に立ちはだかったシンジがその顔で受けとめた。 「シンジ君!」 驚くミサト。 「碇君!」 通信機越しに事態を把握したレイも彼女にしては珍しく驚きの声を上げる。 しかし、シンジは顔面直撃と言う状態にも顔色一つ変えず、断固として言い放った。 「お怒りはごもっとも、しかし今、戦自にライフルがあっても宝の持ち腐れでしょう。使 徒を倒すにはどうしてもNERVでライフルを使用する必要が有るんです。それに、いく ら頭に来たとは言え女性に暴力は感心しませ・・・ ドゴッ~ン!! 突然、シンジの話を遮って起こる地響き。 「な!・・・どうしたの?、レイ!」 さすがのミサトも驚きの声を上げた。 突然零号機の手が戦自研の天井を突き破って来たのだ。 零号機の手は先程シンジを殴った自衛官の横ぎりぎりに落ちてきていた。後1メートル横 なら景気よく引きミンチになっていただろう。 「どうしたの!レイ!!」 慌ててレイに呼びかけるミサト、やはり零号機の再起動には無理があったのだろうか? 「・・・・手が滑りました。」『碇君を殴った・・・・』 「はい?」 レイからの通信にミサトは間抜けな返事を返してしまった。 『あの、レイが・・・・「手が滑った。」なんて言い訳を・・・・』 二重の意味で驚きのミサト、しかしその時、天啓を受けたかの如くミサトの頭にレイが” 故意”に手を滑らせた理由とこの石頭自衛官を黙らせる一石二鳥な考えが浮かんだ。 「ちょっとアンタ!!」 強引に自衛官の頭に腕を回すとミサトは自衛官にしか聞こえないように、更に臨場感をだ ページ(519) 5.txt しながら話しかけた。 「突然な話なんだけどさ~~、アンタ引きミンチになる前に出すもの出した方がいいわ よ。」 「きょ!脅迫するんですか!!」 「いや~ね、忠告よ、忠告。あの機体、零号機って言うんだけど試作品で安定性がいまい ちなのよ。だから、何かの拍子に人一人潰したって事故かな~、とか思うわけ。しかも さ、あの機体のパイロット、レイって言う女の子なんだけどさ。この子がさっきアンタが 殴った男の子にホの字なのよね~。・・・・事故に見せかけてアンタを潰しちゃうかも よ。」 「つ・・・・潰すって。」 「そ!こう・・・ペシャット・・・ ドゴッ~ン!!! またまた落ちてくる零号機の手。どうやらミサトが近くにいてもお構い無しのようだ。 「・・・・・・・・・・・・・。」「・・・・・・・・・・・・・。」 さすがに声の出ない二人。そんな二人にレイが追い打ちの通信を入れる。 「・・・・・・・・・・・・すいません。また滑りました。」『葛城一尉・・・少し邪魔 ・・・』 「先にシンちゃんに謝りなさい。」 「・・・・・・・・・・・・・。」 「アンタと心中なんて御免なのよ!さっさと彼に謝りなさい!!」 「ごめんなさい!ごめんなさい!!どうか、どうか命ばかりは!!」 自衛官に泣きつかれるシンジ。 『ま、良い傾向だしね。』 苦笑しながらも、青空教室と化した天井から零号機のレイに暖かな視線を向けるシンジ。 こうしてミサト達は、レイの活躍(?)により、ポジトロン・ライフルを無事(?)獲得 したのだった。 <第三新東京市 第壱中学校・屋上> ページ(520) 5.txt 夕暮れ、煩いセミ達がようやく静かに成りはじめたこの時間。 既に殆どの生徒が帰宅した第三新東京市立第壱中学校の屋上にトウジとケンスケは座り込 んでいた。 彼らはケンスケの情報(正確にはケンスケの父親のだが)を元に発進するシンジ達を見送 ろうと発進地点である学校でシンジ達を待っているのだ。 「しっかし、ホンマにここなんかいや。・・・・一応ここは学校やで。」 「パパのデータを盗み見たんだ、間違いないよ。大体「「見送ろう」」って言いだしたの はトウジだろ。」 「うるさいわい!シンジにはあんだけ世話になっとんや、見送りぐらいするのが筋っても んやろーが。」 「はいはい。・・・・・・お、時間だ!!」 ケンスケの声と同時に学校裏の山が開閉しエヴァ初号機と零号機が姿を表す。 「二機おるで・・・綾波も一緒かいな。」 「がんばれよー!!」「期待しとるでー!!」 口々に声援を贈るトウジ達。 「トウジ・・・・ケンスケ。ありがとう。」 その声援は初号機のシンジに届き、シンジの目頭を熱くさせた。 「どうしたの?碇君。」 シンジを回線越しに見ていたレイがシンジに声を掛ける。 「トウジ達がわざわざ見送ってくれてるのが嬉しくてつい・・・ごめん。心配掛けて。」 「・・・・・・・・・・・・・・・碇君と、あの人達の絆。」 少し淋しそうに呟くレイ。 「違うよ、僕達とトウジ達の絆だよ。」 「私達の・・・・絆。」 「うん、・・・・さ!行こうか。」 コクン。 うなずくレイ。その表情はシンジ以外の人間には何時もと同じ表情に見えただろう。だ が、シンジにしか解からないぐらいの微妙なニュアンスだが、レイの表情に嬉しさがこも っているのをシンジはハッキリ感じた。 トウジ達の声援を受けながら目的地へと向かうシンジとレイ。 作戦開始は、着実に迫っていた。 ページ(521) 5.txt <狙撃地点・待機ブリッジ> 「綺麗な月だね。」 僕は綾波に初号機の待機ブリッジから話しかけた。 作戦開始まで後僅か、僕達はその僅かな時間をそれぞれの待機ブリッジで潰していた。 初号機と零号機の待機ブリッジは機体同様直ぐ隣に置かれている。 僕たちは殆ど並んで座っているようなものだった。 「そうね。」 綾波らしい返事。 その返事が、あの時の・・・この時間に来る前のヤシマ作戦を思い出させる。 先程のミーティングでも前の作戦と同じく防御担当綾波、砲手担当は僕と決まった。 以前のヤシマ作戦と同じく・・・・ 「綾波は・・・・どうしてエヴァに乗るの?」 僕は、あの時と同じ質問を綾波にした。 「・・・・・・・解からない。」 綾波の答えはあの時と違った。 「碇君はなぜエヴァに乗るの。」 逆に僕に質問する綾波。 僕はそっと綾波を見つめながら答えた。 「・・・・・僕には守りたい人達がいるんだ。僕の命に変えても守りたい人達。その人達 を守るために、僕はエヴァに乗っている。」 「任務の為じゃないの?」 「人にはそれぞれどうしても譲れないものがある。僕にとって正直父さんの出す任務は利 害の一致によって達成しているだけだよ。例えばもし、父さんが僕に綾波やアスカを傷つ けるような指令を出したら僕は父さんを許さない。」 「それぞれの・・・譲れないもの。」 ページ(522) 5.txt 「うん。きっと綾波にも何時か見つかるよ。・・・・任務なんかよりも、ずっと大切なも のが・・・」 「私にも・・・」 「うん。」 僕は返事をしながら待機ブリッジを飛び越え綾波の待機ブリッジまで移動した。そして、 そっと綾波を抱き寄せる。 「どうしたの?」 「イヤかい?」 ゆっくり首を横に振る綾波、そんな、仕草一つ一つが可愛らしい。 『綾波レイ。・・・・僕の大切なヒト。僕を今の僕にしてくれた・・・大切な女の子。』 「今回、僕は君を危険にさらすかもしれない・・・でも、必ず僕は君を護る。たとえ自分 の命に変えても・・・信じてくれるかい。」 コクン。 うなずいてくれた綾波。僕は強く、強く綾波を抱きしめた。絶対離れないように・・・願 いを込めて・・・ 「碇君。」 僕の腕のなかで綾波が僕の名を呼んだ。 「ごめん・・・痛かったかい?」 腕の力を抜いて離れようとした僕に、綾波は逆に力一杯抱きついてきた。 「どうしたの?」 「私も・・・・碇君を守りたい。」 『綾波の想い・・・嬉しいけど・・・僕は・・・』 「・・・・・・・僕は君を危険に晒したくないよ。」 「私には・・・・代わりがいる。・・沢山の代わりが・・・」 「代わりなんか居やしないよ。・・・君の代わりなんか何処にも居ない。そして、次の綾 波の出番なんかない。僕が君の側に居るから、僕が必ず綾波を護るから。」 「碇君・・・」 「君は死なないよ。・・・・・僕が護るから。」 「碇君も死なない・・・・・・私が護るから。」 僕の誓いと綾波の誓い。 ページ(523) 5.txt 綾波を抱きしめる僕・・・僕を抱きしめる綾波・・・・ そう、僕たちは二人で一つなのかもしれない。 プラグ・スーツの時計が作戦時間を指した。 時間だ・・・・作戦が始まる。 「行こうか・・・綾波。」 「はい。」 それぞれのエヴァに乗り込む僕と綾波。 『今度は・・・・絶対君を傷つけさせない!』 決意を胸に、僕は初号機を起動させた。 今・・・・”二回目”のヤシマ作戦が始まる。 ピ、ピ、ピ、ピーン!! 『午前00:00を、お知らせします。』 指揮車に流れていた時報が午前00:00を告げた。 「作戦、開始!!」 作戦開始を告げるミサト。それぞれのオペレータ達が一斉に作業に入る。 ヤシマ作戦開始である。 「冷却ファン、始動!!」 「送電開始!!」 「零号機、及び初号機、所定位置へ!!」 「陽電子流入、順調なり。」 「劇鉄を起こせ!!」 カシャン!! オペレータの指示で劇鉄を起こすシンジ、それはシンジが別の作業をする合図でもあっ た。 シンジは初号機の通信回線から本部のマギ・オリジナルに未来世界でリツコから教わった ページ(524) 5.txt 隠しコードを送信した。 マギは受信を確認すると、初号機のコンピューターと秘密理にリンクしシンジに必要な処 理能力を提供する。 シンジはその処理能力を使い『再照準』の準備を素早く終わらせた。 「初号機パイロット、照準を合わせろ。」 丁度シンジの準備が終わると同時にオペレータがポジトロン・ライフルの照準勧告をシン ジに出す。 照準を合わせるシンジ。 『そろそろか・・・・』 シンジの胸に以前のヤシマ作戦が過った。外れる攻撃。閃光に消える零号機。・・・そし て、 「照準セット完了!!撃てます!!!」 ポジトロン・ライフルの照準が合わさる。 「シンジ君、撃って!!」 シンジにミサトの発砲命令が下りる・・・・しかし、シンジは撃たなかった。 「どうしたの?シンジ君!撃ちなさい!!」 ミサトの悲鳴にも似た叫び声がこだまする。 しかし、シンジは瞳を閉じ、引き金を引く素振りすら見せなかった。 「敵性体に高エネルギー反応!・・・・攻撃、来ます!!」 「なんですって!!」 先手を打たれた指揮車は騒然となった。しかし、シンジはこの時を待っていたのだ。 「綾波!七秒間だけでいい。初号機を守って。」 「はい!」 シンジの指揮に素早く反応するレイ。 レイは零号機を前進させると素早く楯をかざし、ラミエルの加粒子砲をふせいだ。 「楯がもたない!」 みるみる溶けていく楯にリツコが悲鳴を上げる。 だが、レイの生み出した七秒間はシンジに十分な勝機を与えた。 シンジは加粒子砲の熱によって狂った照準を素早く修正し引き金を引く。 シンクロ率90%以上を誇るシンジの照準は寸分違わず、ラミエルは初号機の放ったポジ ページ(525) 5.txt トン・ライフルになす術無く貫かれNERV本部直上にて炎上した。 「・・・・・・終わった。」 シンジは一人呟くと零号機に視線を送った。 零号機は初号機の前方で半壊した楯を腕の固定ジョイントから外している所だった。 まったく破損のない零号機に安心したシンジはふと以前、零号機からレイを助け出した時 の事を思い出した。 『こんな時・・・どんな顔すれば良いのか解からないの。』 『嬉しい時は・・・・笑うんだよ。』 「嬉しい時は・・・・・か。」 ピー!ピー!!ピー!!! 思い出に浸るシンジを指揮車からの通信勧告音が現実に呼び戻した。 「はい。シンジです。」 誰からどんな用事か、見当がつくシンジはさり気なく通信ボリュームを少し下げて通信回 線を開く。 「ちょっと!シンジ君!!なんで狙撃命令を無視したの!!危うくレイが死ぬ所だったじ ゃない!!!」 ミサトは怒気をはらんでシンジを問い詰める。そんなミサトにシンジは、苦笑しながら質 問した。 「では、狙撃命令と同時に僕が発砲していたらどうなったと思います。」 「え?どう言うこと。」 「あの時撃っていたら、向こうからの加粒子砲の影響で確実に外れていました。勿論再発 射は向こうのほうが格段に早いですから綾波に防御してもらうことに成ります。しかし、 ・・・・楯は理論上で十七秒・・・・・『実際』は十五秒くらいしかもちませんでした。 」 苦笑いが少し寂しげな表情に変わる。 思い返すように語るシンジ。 頭の回転の早いミサトは、シンジが何を言わんとしているのか即座に理解した。 リツコ達がいる以上この場での話はここまでである。 「・・・・・・解ったわ、でも規則だから悪いんだけどまた・・」 「すいません、また1週間ほどレトルトや店屋物を食べさせることになってしまって。」 すまなさそうなミサトにシンジは微笑みと共に答える。 ページ(526) 5.txt 「本当に、もう少し自分の事を考えたら?」 「性分ですから。」 言い終わるとシンジは初号機のエントリープラグを半分だけイジェクトし、ハッチを開け て初号機の肩に出た。 見上げる空には満点の星と・・・・あの時の月。 「思えば、ここから始まったんだよな。」 月の光に照らされながら僕はそっと呟いた。 始まりだった。 この月を見ながら綾波と僕は語り合った。 綾波の絆のこと。 さよならの言葉。 そして、綾波の微笑み。 そう、僕は言ったんだ。 『嬉しい時は、笑うんだよ。』と・・・・・ あの時の綾波は嬉しい時にどうすればいいのかさえ解らない女の子だった。 でも、今は・・・・ 「・・・・・・碇君。」 不意に、僕は声をかけられた。 見れば初号機に横付けされた零号機の肩から綾波が僕を見つめていた。 その、紅い瞳が僕を真っ直ぐ見つめている。 「なに?」 「怪我・・・・してない?」 「うん。綾波のお陰だよ。」 「・・・・・・良かった。」 「綾波はどこか怪我してない?」 「・・・してないわ。」 「そうか、よかった。」 そう言って僕が微笑みかけると綾波は俯いてしまった、きっと照れているのだろう。 まだ、照れるという行為自体は解ってないだろう。けど、綾波の不器用な・・・それでい ページ(527) 5.txt て確実に成長している心と想いが僕を満たしてくれる。 「ありがとう。初号機を・・・『僕を』守ってくれて。」 「任務だったから・・・」 少し俯きながら答える綾波。 『任務だったから・・・』綾波はそう答えた、・・・・でも僕は知っている。 綾波はあの時、何時もの「了解。」じゃなく「はい!」って返事を返してくれたことを。 「自分の意思」で僕を守ってくれた事を。 そして僕は、そんな綾波に真心を贈ろう。 「綾波・・・・・・これからも、ずっと一緒に生きて行こう。」 僕の精一杯の真心。 「碇君・・・・・・・」 綾波は形の良い瞳を伏せ、何かを考えるような仕種の後、そっと・・・・微笑んでくれ た。 あの時、エントリープラグの中で見せてくれた微笑み。 そう、彼女はもう知っている。 嬉しい時はどうしたらいいのかを。 そして僕も知っている、そんな綾波に返す優しい微笑みを。 そんな僕らを、月は何時までも優しく照らしていた・・・・そう、何時までも・・・・・ ・ ページ(528) 5.txt 第11話へ・・・・・・・・つづく? -------------------------------------------------------------------------------はい、恐れ多くもガーディアンの補完物、いかがでしたでしょうか? 眠い・・・死にそうな、河田です。 現在月300時間労働ペースで仕事してます。 いくら納期まじかだからって非情だよね。 でも・・・・ついつい暇を見つけては書いてしまうのがSSさ。 (でも下手・・・・部分部分で書き方変えてるし・・・一応狙って変えてるんだが・・ ・) しかも!このシンジ君は、ガーディアンのパーフェクト・シンちゃんに比べて若干の未熟 さが出ています。 ふっ!・・・・・・・・・・・その辺は見逃してね。 しかし、本当に綾波に偏ってる。 たまには・・・・・ア〇カ物でも・・・ごふっ!!ん!んんっ!! 何でもないです。(とかい言いながら実は・・・・) 最近よその会社に出ていったら会社名で呼ばれる為、〇ス〇さん、って呼ばれるとつい返 事をしてしまう。 さすがに気になってきた。 洗脳は恐いね。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・刺すような視線を感じる。 それでは、ASHさんのガーディアン+補完@シンジの続きを楽しみにしながら・・・こ の辺で。 (逃げるように退場) PS:会員制60万HITおめでとう!! これからも、頑張ってください!! ページ(529) 5.txt ご意見、ご感想、誤字脱字の指摘、河田!補完物なんて生意気だぞ!!って方はここへ。 [email protected] -------------------------------------------------------------------------------『ブルドッグ・ハウス』111,111ヒット記念投稿 ガーディアンエンジェル外伝 【ただひとつの願い】 ------------------------------------------------------------------------------- [双子山山頂 am2:08] シンジは出撃前に待機していた仮設ブリッジに立ち、遥かかなたの第三新東京市を見つめ ていた。 先ほどまでの戦闘が別世界のできごとのように静まり返っている。 周りの黒々とした山々の間で市街地の明かりでライトアップされた第5使徒ラミエル 初号機の陽電子砲の一撃でコアが吹き飛ばされ、残骸のように傾いていた。 マヤからの連絡でもパターンブルーは消滅したとの報告が届いている。 しかし作戦部長のミサトは念のため、使徒が調査できるくらいに冷えてから確認後、殲滅 宣言をだすことにこだわった。 ボディの中央部に大穴は空いているが、ほぼ原型を保っているのでミサトの慎重案に異議 を唱える者はいなかった。 実際の理由は、なんとか時間を稼いでシンジの行動を弁護するためであった。 もっとも、単純な命令に対する明確な命令拒否のため、どんな理由があろうと罰は免れな いのだが・・・・ 山間の夜風は心地よい刺激となって肌をとおりすぎていく ページ(530) 5.txt 太い鉄パイプと3センチほどの穴空きのアルミ板の仮組みの待機ブリッジは見晴らしだけ はよかった。 待機ブリッジはエヴァへの搭乗タラップを兼ねているためほぼ初号機の首と同じ高さであ る。 すぐ隣には同じように零号機のブリッジがあった。 シンジは一人だった。 一番近い山頂の作業員でさえ眼下80メートルと離れている。 普段はひとけのない山肌に灯りがともり、ザワザワとした喧騒が華やかさを添えている が、遠いためかえってお祭りの後のような寂しさを感じさせていた。 あまりにも設置優先で作業を急いだため、撤去は時間がかかりそうだった。 一時とはいえ、日本中の電力を集めたのである。 都市と都市を結ぶ山間部の動力線から山頂まで仮設された電力ケーブルの束と、それを制 御するブレーカーから変圧器、冷却機、その他もろもろのサポート機器が何百トンも使用 されていた。 撤去は急ぐ必要も無いため1週間ほどかかることであろう。 雨に濡れると困る高価な機器だけは今晩中に引き上げる予定であった。 だが、シンジが見ていたのは撤去作業ではなかった。 それは第三新東京市側の急斜面を400メートルほど下った窪地であった。 何もないただの荒地・・・・ ものおもいにふけるシンジの背後から落ち着いた少女の言葉が投げかけられた。 「なぜ命令に逆らったの」 振り返るともうひとつのブリッジに立つ少女がいた。 高い山の上の澄んだ空気のため、ひときわ巨大に見える月をバックに、ほっそりとしたシ ルエットが浮かび上がっている。 細くしなやかな髪は月の明かりのせいで淡い金色となっていた。 ショートカットの髪からわずかに飛び出すエヴァとのインターフェース 夜の空気と同じように澄んだ子犬のような瞳 細い首筋から下の、華奢だがメリハリのあるボディが、ぴったりと身体を蔽うプラグスー ツによっていっそう際立っていた。 ページ(531) 5.txt 全体的に限りなくクールな印象 だがそれは少女が意識して作っているわけではない。 他者と比較することのない存在であり、そして自分の身体にまったく興味のないことも一 因であった。 少女はケガや病気を恐れたことはなかった。 壊れたらそれは綾波レイという実験体を管理する者の担当であった。 修理不能なら破棄して新しいボディに交換するだけである。 魂を宿らせる仮りそめの入れ物・・・・・ そのため少女は自分の姿を気にすることはほとんどなかった。 自分の持つ可憐な美しさをまったく理解していない少女 シンジは思わずため息をつく 巨大な月をバックにたたずむ神秘的な少女 その澄みきった瞳は感情を窺い知ることはできなかったが、知性の高さは隠しようがなか った。 こんなすばらしい構図はケンスケだったら涙を流して撮影するんだろうになあ・・・・・ シンジはこの一瞬の美が消えていくのを少しだけ残念に思いながら声をかける。 「少し話をしようか」 レイはコクリと頷くと、渡り廊下など見向きもせずに虚空に向かって走りだす。 シンジが止める間もなく、わずか数歩助走しただけで少女の身体は宙を舞っていた。 アルミ板の弾力を活用した少女の身体は見事な放物線を描く 空気抵抗を減らすために膝を抱え込み自然と回転をする。 その頂点で抱え込んだ膝を伸ばし、最後の遠心力まで無駄なく使用して前方へと身体を飛 ばす。 もしも下から見ている者がいたら悲鳴をあげたことであろう ブリッジ間の10メートルにも及ぶ間隙を飛んだのである。 ブリッジといっても標高997メートルの双子山の狭い山頂に組み上げられた80メート ルのエヴァ搭乗用の単なる足場である。 落ちたら間違いなく即死であろう。 そんな心配をよそに、レイはストンとシンジの前に着地していた。 ページ(532) 5.txt 体操選手のような派手さはない。 無駄な動作のない姿勢はあくまでも自然で、そして優雅でさえあった。 まるで空中を飛ぶのが当然のように踏みきり、そして着地する。 計算どおりに だが、それはすべてが順調にいった場合の話である。 レイのかかとはブリッジからはみだしていた。 かなりきわどい計算である。 シンジは既に危機が去ったにもかかわらず、慌ててレイの両肩を左右から鷲づかみにす る。 不思議そうに見上げる少女 すべてが金色に照らされる中、その澄んだ紅い瞳はまっすぐにシンジを見つめる。 レイにとっては地上1メートルも100メートルも同じことであった。 目視情報から可否を検討し、イエスかノーを判断しただけであった。 やれといわれれば高層ビルの張り出しで目隠しをしたまま歩いて見せたことであろう シンジにはその無頓着さがたまらなく不憫に思えた。 レイは間近で見る自分と同じ紅い瞳の悲しみを敏感に感じ取る。 「なぜそんな表情をするの」 「綾波が危険に身をさらすからじゃないか」 「危険?」 「そうだよ。落ちたら死んでしまうところだよ。まったく無茶をするんだから」 「わたしはこの身体の性能を知っているわ。ブリッジの設計図も記憶しているからミリ単 位で距離もわかるのよ。」 「でも突然横風を受けるかもしれない。地震があるかもしれない。場合によっては足場の ボルトが緩んでいるかもしれない。絶対なんてものはないんだよ。だからキミが無用な危 険をおかすのは好きじゃない。」 シンジは真剣なまなざしを向ける。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい・・ ページ(533) 5.txt ・・」 レイはぽつりとつぶやきながらそれでもシンジを一心に見つめる。 そのむさぼるように見つめる瞳が今にも涙をこぼしそうにキラキラと光を反射する。 「あ、あやなみ・・・・どうしたんだい」 「わからない、・・・・・・・・碇くんを見ているとアパートを思い出して胸が締めつけ られるような感じがこみあげてくるの」 「寂しさがわかるんだね。」 「寂しさ? ・・・・・これは寂しいというのね」 「人が感じることのできる感情のひとつだよ。うれしいこと楽しいことの反対、悲しいや 寂しいは心がつらいときに感じることなんだよ。」 「心がつらい」 「うん、人は一人では生きていけない。それが群体として生まれた人の宿命だから・・・ ・・。 人は一人でいるとき孤独を感じ、それを寂しいと思うんだよ。」 「わたしがアパートで感じていたのは寂しいという感情なのね。ひとりで・・・・・・・ ずっとひとりで・・・・・・・・」 「ごめんよ、このところ独房続きで寂しい想いをさせてしまったようだね。」 「ううん、碇くんは何度も来てくれたわ。来るたびにわたしに料理を教えてくれた。買い 物を教えてくれた。楽しいことをいっぱい教えてくれたわ。碇くんは悪くない。でも・・ ・・・・・・・」 「でもなんだい?」 「・・・・・・碇くんが帰った後はその何倍も胸が苦しくなる。・・・・・・・たぶん・ ・・寂しい・・・・・・・これが人の心だとしたらとてもとても苦しい・・・・・」 「ぼくと会ったことを後悔しているの」 レイは右手を自分の胸にあて、じっと目を閉じる。 1分後、目を開いた少女はきっぱりと首を横に振る。 「いいえ、碇くんと会えないことはすごくつらいこと・・・・・・離れているのは苦痛・ ・・・・・・・・でも・・・・・会えるときはその何倍もうれしい」 一心に見上げる少女の頬に大粒の涙がついにこぼれおち、ひとすじの金色の光を放つ しかし、その表情は間違いなく幸せそうだった。 月明かりに浮かぶ、はにかんだようなひかえめな微笑 宝石のような涙 そこにはトップアイドルでさえ足元にも及ばない輝きと、限りなく無垢な心を持つ美しい 少女の姿があった。 ページ(534) 5.txt 幼さと成熟の合間のわずかな期間だけもちえる少女の神秘的なまでの美 一生懸命であるが故に無心に輝く瞳 シンジはふとレイがなぜあんなことをしたのか理解した。 それは単純なことであった。 ただ、ただ、シンジに会いたいがため・・・・・・ 一刻も早く会いたい ただ、それだけだったのだ。 いっけん無表情なため、ついつい見落としてしまいそうになるが、レイの心はシンジと 初めて会って一緒にエントリープラグに入ってから、常にシンジを求めていたのである。 シンジだけを・・・・・・・ 無頓着どころか全身で救難信号を出していたのである。 それなのにぼくはこの不幸な娘に寂しさを感じさせて知らんぷりしてた。 なんてことだ。 綾波を護ると誓ったぼく自身がこんなにも綾波を追い詰めていたなんて・・・・ シンジはふと頬に暖かいものを感じた。 いつのまにか目を閉じていたのである。 目の前には一生懸命背伸びをする綾波がいた。 小さな口元から小さな舌を出し、シンジの頬の涙を拭い取る。 シンジの悲しみを感じ取った綾波の無意識の行動 まるで傷ついた仲間を労わる子犬のような・・・・ それは昔、シンジがレイに対して行ったことであった。 綾波の想いがわかるとシンジは少し心が軽くなるのを感じていた。 今はつらいかもしれないけど綾波は確実に人間らしくなってきている。 表現は不器用だけど人を思いやる心がある限り可能性は無限だ。 シンジは涙に濡れた顔のままニッコリと微笑む。 ページ(535) 5.txt 「ありがとう、綾波」 その心のこもった笑顔はレイの心にも衝撃を与える。 なんてきれいなんだろう ううん、きれいだけどきれいなだけじゃない ドクン、ドクン、ドクン、ドクン・・・・ 鼓動が速まり血が身体中を駆け巡る。 普段は真っ白な肌がうっすらとピンク色になっていく 胸に当てた手は心臓が異常に速いことを伝えていた。 何か変だわ 身体が熱い でも・・・・・つらくない・・・・・・・・・・ レイは自分の身体の不調を不思議に思った。 だが、それ以上にシンジの笑顔に引き寄せられる。 なんてすてきな笑顔なんだろう・・・・・・ この身体がある限り、ずっとずっと見ていたい・・・・・ しかし、その一瞬後、レイの顔は悲しみに満ちていた。 「どうしたんだい、綾波」 シンジはレイの身に起こった急激な変化に驚く 真剣な瞳が言葉とともに問いかけていた。 「あなたはいつまでこの時代にいられるの」 「ずっとだよ。」 「ううん、碇くんじゃなくて未来から来たあなたよ」 「まるでぼくがいなくなるような口ぶりだね。」 「この数ヶ月間あなたをずっと見てきたわ」 「それで」 「あなたはわたしをとても気にかけて大切にしてくれた。」 ページ(536) 5.txt 「それがぼくの望みだからね。」 「いずれ本部に来るセカンドチルドレンにも同じことをしてくれるはずだわ」 「そうだね」 「あなたは何故だかわからないが、わたしたち二人をとても大切に考えている。」 「それは間違いないよ。」 「だったら未来に残してきたわたしたちもあなたにとってはとても大切な存在のはず。あ なたは何れ元の時代に戻るはずだわ。少なくともこの時代のわたしたちが大丈夫だとわか ったら・・・・・」 シンジは衝撃を受けた。 綾波はそこまで理解していたのか・・・・・・ それはシンジが悩み、そして未だに結論のでない疑問であった。 過去にさかのぼって確かに歴史は変わった。 しかし、これが元居た世界の歴史を変えたのか、新たな歴史を創ったのか誰にもわから ないのである。 未来の綾波とアスカはどうしているんだろう もしかしたら、ぼくが消えた未来を創ってしまったんじゃないだろうか そこでは絶望的な闘いを強いられ、次々と死んでいくネルフ職員 無残な屍をさらすレイやアスカがいるのではないか・・・・・・ この世界が順調であればあるほどシンジの心には不安が大きくなっていた。 やはり綾波のいうとおり未来へ戻るべきである。 何れは・・・・・ それはわざと考えないようにして決断を先延ばしにしていたシンジのまさにウィークポ イントであった。 「綾波、きみのいうとおりだよ。ぼくは未来へ戻るだろう。いや、少なくとも戻る努力を することだろう。」 「・・・・・・あなたのいなくなったあと、わたしとセカンドチルドレンはどうしたらい いの」 「この時代の碇シンジがいるじゃないか、何もかわらないよ。」 ページ(537) 5.txt 「でもあなたじゃないわ」 シンジはやっと綾波が何を心配しているのか理解した。 フフッと笑うとシンジは両手で掴めるくらい細いウエストを持つと綾波をふわりと持ち上 げ両腕に抱きしめていた。 間近でみるシンジの笑顔 スーツを通して感じるシンジの心臓の鼓動 レイはそれをもっと感じていたくてシンジの首に腕を回して身体を預ける。 シンジはレイを抱いたまま遥か第三新東京市の明かりに目を向ける。 「ぼくも最初はどうなるのか不安だった。」 「ふたつの魂がひとつの身体に同居すること?」 「うん、でも何も心配することはなかった。心が接した状態では、うそはつけない。だか らぼくらは最初からお互いを信頼できた。」 「何も問題はなかったの?」 「もちろん突然の乱入だったからね。最初はパニックだよ。でもおかげでぼくはすぐに体 を自由に使うことができた。そのあとは知識の交換で納得してもらったよ。」 「なぜ現在の碇くんは協力する気になったのかしら、いくら自分だとわかっても碇くんの 意志もあるのに」 「あくまでも推測だけど、未来のぼくの経験したことは、現在のぼくが経験するそのもの だからね。14年間積み重ねられてきた碇シンジの歴史に二人とも差異は一切ない。まさ にこれから変わろうとするタイミングでこれからの記憶がコピーされたのだから違和感は まったくなかったと思う。」 「違和感がない?」 「うん、記憶というのは五感だけでなくそのときの体調、視点、感情、が複雑に絡み合っ て構成されているんだよ。だから、そのときそのときの感情や想いとともに映像、音声、 触感がまさに記憶のままに現在の碇シンジに引き継がれた。おそらく情報をもらったとい うよりも過去に自分が体験した事実として認識したはずだよ。そうでないと記憶と時間と の因果関係の差異で頭が混乱してしまうからね。」 「じゃあ、ふたつの魂は同じ記憶を持っているというの」 「そうなんだ。何しろ今現在、話しているぼく自身でさえ、どちらが未来から来たのか、 どちらがこの時代の碇シンジなのかもうわからなくなっているんだ。だからどちらの魂が 未来に行ってしまってもこの時代には何の影響もないよ。」 見るからにホッとするレイ 「その事実はわたしの心をとても落ち着けてくれるわ。でもあなたはそれでいいの?」 ページ(538) 5.txt 「何が?」 「これだけの力があるのならあなたは何でも望むことができるはずなのに・・・・・」 「ふたつの魂の目的はひとつだよ。そのためならこれ以上何も望むものはない。」 レイはマジマジとシンジの顔を10分間は見ていただろうか・・・・ シンジの表情には一点の曇りもない。 あくまでも凛々しくギリシア彫刻のような優雅な頼りがいのある男性美を感じさせてい た。 レイはこのとき生涯シンジのことを信頼し、そして自分の命がある限り護ることを誓っ た。 碇くんは決して許さないだろうが、碇くんがこの世からいなくなることに比べたら些細 なことである。 たとえ嫌われようともこの少年には生きていて欲しかった。 たとえ残りのボディをすべて失うことになろうとも・・・・・ たとえ碇くんと過ごした記憶がなくなろうとも・・・・・ でもそれでこの少年が生きていてくれるのなら自分が存在する意義があったといえるの ではないか そしてそう考えることはとても心をわくわくさせてくれた。 これは少年には決して言ってはいけないこと 生涯隠し持つわたしのただひとつの願い わたしだけの秘密 目標のできた人生は突如として魅力的なものに思えた。 ・・・・・それはくしくも未来のレイが達した結論と同じであった・・・・・・・ レイは心の底から楽しくなり、シンジに向けてニッコリと微笑む その微笑みはシンジが未来で見たあの微笑以上に生き生きとし、魅力的であった。 そう、この崖を400メートルほど下ったあの窪地での微笑み・・・・ ページ(539) 5.txt シンジは綾波も女の子なんだなあと不思議に思いつつもついつられて微笑んでしまう。 シンジはATフィールドで支えた腕でもう一度しっかりとレイを抱きしめる。 そのままあとは微動だにせず夜明けを待った。 強い信頼関係に結ばれたふたりにとって言葉は必要なかった。 レイもシンジの首にしがみついたまま、いつのまにか眠りについていた。 父親の胸に抱かれて帰宅する幼子のような安心感に包まれて・・・・・・・ 高い山頂に朝日がさしこむ頃、疲労を微塵も見せずにミサトがブリッジの上に戻って来 た。 「シンジく~ん、なんとか1週間に負けさせ・・・・・」 ミサトの言葉は途中でとまった。 朝日を受け、神々しいまでに凛としたシンジの横顔と、その腕の中で眠るあどけない少女 の姿が目に入ったのである。 ミサトは最初、レイだとは気がつかなかった。 はじめてみる無防備で幸せそうなレイ だが、シンジがミサトの声に気がついて振り向くと、レイの瞼も開いた。 その瞳はいつもと同じレイであった。 しかし、間近で見るシンジにはわかった。 紅い瞳の奥に輝く暖かな想いが・・・・・ 「おはよう、綾波」 「・・・・おはよう・・・・・・・・碇くん・・・・」 それは小さな声ではあったが確かに挨拶であった。 そして、しなやかな身のこなしで流れるようにシンジの腕からスルリと降りるレイ ミサトはシンジに身を任せていたレイに驚きながらも結果を伝える。 「とりあえずシンジくんは1週間の独房謹慎と決まったわ。命令拒否は重罪だからこれは ページ(540) 5.txt 異例の軽い処罰なのよ」 「感謝しています、ミサトさん」 「お礼はリツコに言って、あとから乗りこんできてシミュレーションで納得させたのはリ ツコだから」 「そうなんですか、でもミサトさんがねじ込んでくれたおかげです。ありがとうございま した」 シンジは深々と頭を下げる。 だが、ミサトは首を振る。 「ごめんね。真実を話せたらあなたは英雄なのに、逆に処罰することになってしまって・ ・・・・」 「いえ、構いません。ほんとならもっともっと大変なことになっていたはずなんです。そ れが誰も傷つかずにスムースに事が運んでいます。処罰に異存はありません。」 シンジは澄んだ瞳のまま凛として言い放つ その表情に恨みも後悔もなかった。 事実を事実として受け止め、未来を信じる若者がいるだけであった。 ミサトは、なんて強い子なのかしらと思いながら最後の指示を伝える。 「じゃあ、30分後にエヴァンゲリオン初号機および零号機を起動、両機共その5分後に ジオフロントの本部へ向けて帰還すること。ルートは来たときと同じよ。以上、何か質問 は」 「ありません。30分後にエヴァ起動後、本部に向かいます。」 「頼んだわよ。わたしはリツコ達と指揮車で帰るから」 そういい残すとミサトは手早く降りていった。 少しでも二人の時間を残してあげるために・・・・・・・ ミサトの姿が消えてから、レイはまたシンジに身を寄せていた。 もはや定位置とも言えるシンジの肩のくぼみに顔を埋める。 「また独房に入るのね。」 「そうだね。でも、たった一週間だよ。」 「・・・・・・・そうね・・・・たった・・・・・一週間・・・・ね・・・・・」 ページ(541) 5.txt レイはタイムリミットまで顔を上げることはなかった。 【おしまい(^^;】 -------------------------------------------------------------------------------戻る -------------------------------------------------------------------------------日根野谷ちょ~じんさん、こんにちは(^-^)/ 【会員制EVAルーム】のAsh(アッシュ)です(^-^) 『ブルドッグ・ハウス』111,111ヒットおめでとうございます。 綾波日記とはレベルが違いすぎて恥ずかしいのですが、熱烈なるファンの一人としてペー ジの一角を埋めさせてくださいm(_ _)m 今回はガーディアン・エンジェルの外伝です。 やっぱちょ~じんさんへは綾波のお話かなと思いまして(^^; いつまでも頑張ってくださいね(^-^)/ -------------------------------------------------------------------------------a guardian angel. 【第11話 独房】 -------------------------------------------------------------------------------- <第3使徒、サキエル> 西暦2000年9月13日のセカンドインパクトより15年ぶりに突如襲来 ページ(542) 5.txt 零号機は3週間前の起動実験の失敗により凍結中 ファーストチルドレンは事故のため重傷を負い戦闘不能 急遽存在が確認されたばかりのサードチルドレンが初号機へ搭乗し初の正常起動を成功さ せる。 当初苦戦を強いられたが、その後ATフィールドを使いこなすなど圧倒的な力を見せつけ 使徒を成層圏で殲滅 <第4使徒、シャムシェル> 第3使徒の襲来から3週間後に出現 光る鞭のような触手で初号機を攻撃 初号機の活躍によりコア部分を除く使徒の全身サンプルを入手 なお、戦闘中、初号機のアンビリカブルケーブルが切断され退去命令が発令されたがパイ ロットは拒絶 逃げ遅れた友人を独断でエントリープラグに収容するなどの命令拒否により独房での1週 間の謹慎刑 <第5使徒、ラミエル> 機動力は低いが、強力なATフィールドに守られ、超長距離射程の加粒子砲で武装した攻 守ともに兼ね備えた使徒 第3新東京市から掘削を開始し、直接ジオフロントへの侵入を試みた。 作戦担当のミサトがヤシマ作戦を立案 初号機の放ったポジトロンライフルにより使徒を撃破 なお、初号機は当初、射撃命令を無視し、使徒の加粒子ビームを先に撃たせるなど第一級 優先命令を拒否したため、パイロットは1週間の謹慎刑を宣告され現在独房にて拘束中 ページ(543) 5.txt <独房> 「すまないわね。」 ミサトはせめてもの償いにと缶ビールをクーラーBOXごと差し入れる。 今回も前回もシンジの予言したとおりの事件が起こり、予言したとおりの展開であった。 だがわかっていても命令拒否は重罪である。 未成年であろうと戦闘員であるシンジに拒否権はない。 根拠が無い限りたとえシンジが正しいとしても組織の一員として作戦担当はマニュアルに 従わざるを得ない。 結果としてシンジは命令違反で独房送りとなるのである。 そしてミサトの苦しい胸のうちを知っているシンジは決して責めはしなかった。 ミサトの気持ちに応えるためにもビールをありがたく受け取る。 「いいんですよ。でも謹慎中のパイロットにアルコールを差し入れるのはまずいんじゃな いですか」 「大丈夫よ。少なくともMAGIの計算結果を知っている幹部で文句を言うやつはいない わ」 「・・・計算?」 「もしも初号機が初弾を命令どおり発射した場合とその後の第二射で倒せたかどうかとい う仮想での予測よ。」 「どんな結果が出ましたか?」 「あなたの言ったとおりだったわ。初弾は使徒の加粒子ビームの熱により初号機のポジト ロンライフルの弾道が捻じ曲げられ間違いなく外れたはずよ。こちらが第二射を撃つ前に 敵のビームが命中しておそらく防御を担当した零号機の盾は溶かされてパイロットは致命 的なダメージを受けるはずだったわ。もしも零号機が機体を盾として5秒間持ちこたえら れたら初号機の第二射で倒せたはずだわ。何れにせよ零号機もパイロットも無事では済ま ないわ。」 「そのとおりです。」 シンジは静かにMAGIの予想を肯定した。 その薄暗い壁に浮かぶネルフの赤いロゴが、シンジの瞳の中で微かに揺らいだ。 「綾波は・・・零号機と共に消滅してでも初号機を守ろうとした事でしょう。結果として 零号機は大破してパイロットも同様の運命です。」 ミサトは改めてシンジが唯一の選択をした事を知った。 ページ(544) 5.txt 「初弾の命令無視は照準データの補正ね。」 「はい、使徒の発射の方が早い事はわかっていました。ですからまず相手に撃たせて大気 中の温度誤差を修正してから一撃で仕留める必要があったのです。」 「だったら何故もっと早く撃たなかったの? 使徒の発射する一分前に撃てば楽勝じゃな い。」 「作戦開始までは準備がどの程度整ったのかパイロットにはわかりませんから・・・もし もストッパーでも設置されていたらお手上げです。即席の寄せ集めのシステムに余分な負 荷をかけたら恐いですからね。それにこちらがタイミングを変えた場合の敵の反応が予測 できませんのでやはりリスクが大きいです。綾波を未知の危険にさらすくらいならぼくは いくらでも独房に入ります。」 「・・・そうね。あなたはそういう子よね。」 ミサトはしみじみとシンジの姿を見つめた。 静かな表情の中にレイと同じ凛とした紅い瞳がすべてを物語っていた。 「ところでミサトさん、幹部は好意的という話しでしたよね。」 「ええ、でも処罰は発令されてしまったから取り消せないわよ。」 「それはかまいません。ただ、監視カメラは止めてもらえませんか?」 「監視カメラ?」 「ええ、トイレまで写されるのはいいもんじゃないですからね。」 シンジが苦笑いしながら文句を言う。 ミサトもシンジの意外にナィーブなところを発見して吹き出した。 「わかったわ。どうせ日向くんかマヤちゃんのところでコントロールしているはずだから 切るように言っとくわ」 「すいません。」 シンジは素直に頭を下げた。 深夜1時、シンジは独房の狭いベッドの上で壁に寄りかかったままビールを飲んでいた。 ページ(545) 5.txt かすかに気配を感じてドアに顔を向ける。 消灯時刻をかなり過ぎていたため暗かったが、廊下の先にある非常口の表示灯によって人 が立っている事がわかった。 独房のドアの鉄格子の入った窓に見える小さなシルエット すぐに誰だかわかった。 「綾波だね。」 「・・・はい・・・」 シンジが腕を振ると「カチャ」という音と共に独房のロックが外れた。 ガチャン 暗闇の中、レイが中に入りドアを閉じると元どおりに施錠された音がした。 それをまったく気にもせずに奥に進むレイ 制服姿のレイはシンジの正面に立ち止まった。 「どうしたんだい。」 「わからないの・・・でもここに来たかった。」 自分の心の急激な成長に戸惑いを隠せないレイ 何をしたらいいのかさえわからずただもどかしい想いだけが募っていた。 「おいで」 シンジは手を差し出した。 レイはシンジに誘われるままベッドに上がるとシンジと同じように壁に寄りかかった。 あまりにも無造作に腰掛けたためレイの制服のスカートが乱れ腿までむき出しとなってい た。 「綾波は女の子なんだからちょっとは身だしなみに気を使った方がいいよ」 シンジは腰に手を回すといとも軽々と持ち上げ、まくれたスカートをきれいに整えた。 「さっこれでいい」 シンジはまたビールを飲み出した。 ページ(546) 5.txt 「何を飲んでるの」 「ビールだよ。ちょっとだけアルコールの入った大人の飲み物」 「大人の飲み物・・・碇くんは飲んでもいいの」 「法律的にはいけないよ。・・・けど真心には真心で応えたい。これはある人が謝罪の意 味を込めて差し入れてくれたものなんだ。これを飲む事はその人の気持ちを受け入れる事 でもあるんだよ。」 「おいしい?」 レイは静かに飲むシンジの横顔を見つめながら聞いた。 「苦いよ。・・・でも心が温かくなる。」 「わたしも飲んでみたい。」 レイの希望に戸惑うシンジ だがこれも経験かと思い直しBOXから1本だけ取り出した。 「みんなには内緒だよ。」 レイはコクンと頷いた。 ブシュー レイは500ccの缶を両手で持ち、流れ出る泡を不思議そうに見つめた。 そっと口をつける。 「・・・苦いわ」 「だから言っただろ」 シンジは顔をしかめるレイに苦笑しながら答えた。 「でもね、綾波。これにはその人の気持ちがこもっているんだよ。」 「なぜ直接言わないの」 「人は生きていく上でさまざまなものに縛られている。時には不本意な行動をとらざるを 得なかったりする事もある。立場上素直に言葉にできない場合、人は自分の気持ちを物に 託す時もある。今回がそれだよ。」 「その人は碇くんに何を謝りたかったの」 「ぼくをここに拘束する事になった処罰についてだよ。」 ページ(547) 5.txt 「あなたはなぜ命令に逆らったの」 「ぼくが未来から来た事は話したね。前回のヤシマ作戦では第一撃が外れて危うく全滅す るところだったんだ。キミが命懸けでぼくと初号機を守ってくれたからかろうじて助かっ たんだよ。そんなことは二度とごめんだ。」 「あなたを守るのはわたしの任務だったわ」 「綾波にとって任務って何?」 「それが・・・わたしの・・・存在理由・・・」 「そうじゃない。任務は生きていく上での一部ではあってもすべてではない。選択するの は自分なんだよ。ぼくはたとえ任務でも綾波やアスカを見捨てるくらいなら拒絶する。そ れだけは譲れない。」 シンジはレイに向き直り肩に手をかけていた。 レイもその強い光を放つ紅い瞳に引き込まれるように見つめ返していた。 「私たちの存在は任務より重いというの?」 「そうだよ。そして綾波にとってもそうなりつつある。」 「わたしにとっても・・・」 「たとえばぼくは最初、攻撃をせずに第5使徒の攻撃をわざと零号機に受けさせた。不安 はなかったかい」 「無かったわ」 「盾が17秒しか持たないとわかっていたのに」 「それが任務だわ」 「そうじゃない。しなければいけないという事と不安を持つという事は二律背反じゃな い。任務そのものに不安を持っても不思議じゃないよ。まして命が懸かっているんだか ら」 ・・・でもわたしは不安など微塵も無かった。 むしろ生きているという充足感に満ちていた。 何故だろう? この紅い瞳の少年が背後にいてくれたから そしてこの少年を守るためなら恐いものなど何も無いと思えた。 「不安はなかったわ」 「じゃあ、加粒子砲を受け止めているときに零号機に退去命令がでたとしたらどうだい。 」 「・・・」 ページ(548) 5.txt それは初号機が敵のビームを受ける事を意味した。 超電磁コーティングされたファインセラミック製のSSTOの底部で造った盾でさえ17 秒しか持たないあのビームを・・・ 打撃対策がメインのエヴァの装甲では10秒と保たずに穴が空いてしまうだろう。 いや、それより先にLCLが沸騰してパイロットが死んでしまう。 初号機パイロットの死・・・ この紅い瞳の少年がこの世からいなくなってしまう。 たとえようも無い喪失感 レイはガタガタと震えていた。 シンジはそんなレイをしっかりと抱きしめる。 「今はまだ答えなくていいよ。・・・任務だったかもしれないけど未来のキミは盾が融け てなくなるまで初号機を守り、そして盾が消えてしまうと零号機のボディを盾にして歯を 食いしばりぼくを守ってくれた。ぼくにとってキミは最高に信頼できるパートナーだよ。 だから何の説明もしないでもキミが最後まで守
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