H20年度 生態学・生態工学 第2回 生物多様性の考え方 生物多様性とは何か 農学生命科学研究科 附属緑地植物実験所 加藤和弘 本日の主な内容 ・生物多様性とは何か ・生物多様性の危機の現状 ・生物多様性の意義 ・生物多様性はなぜ存在するか ・生物多様性の評価 ・生物多様性の保全 生物多様性の定義 • 生態学においては、ある土地における種 の豊富さ species richnessや種の多様さ species diversityが古くから研究対象となっ ていた。 • 今日の生物多様性biodiversity(biological diversity)とは、種の多様さに限らず、生物 の世界のさまざまなレベルにおいて認めら れる多様さ(変異、複雑さ)を指す。 種の多様性 • どれだけ多様な種が存在するか =種の豊富さspecies richness • 種間で優占度の釣り合いはとれているか =均等性species evenness • 種間関係の複雑さ • 種の豊富さが注目されることが多かった。 →全ての種を同等に扱わない形での評価も時に 必要、という意見もある(希少種や土地固有種に 重きを置き、移入種などはその逆の扱い)。 生物多様性の4つのレベル • 遺伝子の多様性(遺伝的多様性、遺伝情 報の多様性) • 種の多様性、個体群の多様性 – 個体群は同一種の個体の集合体 • 群集の多様性、生態系の多様性 – 生態系=群集+環境+相互作用・機能 • 景観の多様性 – 景観=要素的な生態系の集合体 遺伝的多様性 • 同一の種(個体群)の中に遺伝的な状態 が異なるさまざまな系統が存在する場合 には、遺伝的な多様性が高い。 • 遺伝的な多様性の高さは種(個体群)の存 続の可能性を高める。また、長期的には種 分化の可能性にもつながり得る(何らかの 地理的あるいは生態的隔離が必要)。 ・・・種の分類(生息場所評価の研究では既に普通) 1 群集の多様性 • いろいろな種類の群集が存在=生物種の 組み合わせが多様 – 生物の生息場所が多様である。 • 生物にとっての無機的な環境条件が多様 • 環境条件成立後の経過時間(遷移段階)が多様 →植生が多様、種間関係が多様 • 種の多様性を支える基盤 景観の多様性 • 生態系の組み合わせ(景観のタイプ)の多様さ – 同じ種類の景観構成要素Landscape elementでも、 異なる景観の中にあれば、保持する生物相は異 なる。 • (景観的要因の影響:第6回、農村景観と都市景観にお けるパッチ状樹林地や水路など)。 – 景観に特徴的な生態系(や種)が存在する。 • (例)伝統的農村景観と里山林、サシバ(猛禽の一種) • 群集の多様性を支える基盤 地球上における多様性の実際 • 地球上の種の数:500万?~5000万? – うち、記載済み140万種 – 哺乳類4000種、鳥類9000種、は虫類6000種、 両生類4000種、魚類19000種、顕花植物25万 種、昆虫75万種・・・ 生物多様性の危機の現状 何が危機をもたらしたか • 特定の植物に依存するスペシャリストの昆 虫や菌類が多くいると考えられる=植物の 多様な熱帯ではこれらの生物の種も多様。 絶滅の速度 環境の汚染 • 地球全体で今後四半世紀に生物多様性の1/4 が失われる、という説 • 今後50年間に陸上に生育する種の半数が絶滅 する、という説 • 毎年現存する種の0.1%が失われる、という説 • 多くの説があり、値もまちまちであるが、共通す るのは歴史上かつてない規模と速度で絶滅が発 生しているということである。 • 大気、水、土壌の汚染→耐性のある種し か生きられない。 • いわゆる公害や農薬汚染。 • 近年では酸性雨による被害も深刻(日本で は土壌の緩衝能力が高いためか、それほ どの影響はまだ生じていない)。 • 内分泌攪乱物質(いわゆる環境ホルモン) による影響も、これから顕在化する? 2 生息場所の破壊、改変 • 生物が生息・生育していく上で必要な資源 を、使えなく(使いにくく)する。 – 食物 – 営巣地、繁殖地(交尾、産卵の場所) – 越冬地 – 移動路 – シェルター 乱獲 • 個体群への直接的な影響 – 乱獲により絶滅した、あるいは絶滅に瀕してい る生物はこれまでにも多い。 生息場所の縮小と孤立化 • 利用できる資源の減少 →個体群サイズの減少=絶滅しやすさの増大 • 生息場所間の移動に対する制約 →メタ個体群からの脱落=絶滅しやすさの増大と回 復可能性の減少 ► 近親交配の機会の増大、遺伝的多様性の減少[遺伝的な状 態の悪化] ► 偶然の個体群変動に対する脆弱性の増大 ► 生息場所としての価値の低下 生活形態の変化 人間と自然との関わりの喪失 • 人為的な攪乱によって生息・生育に必要な条 件が保たれていた種がある。 • (特定の生息場所において捕獲が継続さ れた場合)生息場所の実質的な無価値化 • 乱獲により直接影響を受けた生物と強い 関係のある他種の生物への影響(種間の バランスの崩壊) – 里山の林の林床植物:人間による植生管理により 林床が開けた状態に維持されていたため、生育で きた。 – 採草地・牧草地などの草地の植物:人間による利 用や管理が、草地から樹林地への植生遷移を妨 げていた。 – こうした「半自然」(二次的自然)が急速に消失。 自然的撹乱の人為的抑制(洪水) 移入種 • 河川水辺の植物群落 – 洪水によって、発達した植被が破壊されある いは剥離し、流失することで、無植生の開けた 場所が形成される→河原の植物 – 同様にして形成される礫河原→河原の鳥類 – 治水による大規模出水の抑止→無植生域の 形成機会の減少→河原固有生物の減少 • 在来種に対して捕食者であったり、強力な競争 者であったりする。 – 捕食者:在来種の個体数を直接的に減らしていく。オ オクチバスはそうである疑いが非常に強いとされる。 – 競争者:在来種の生息・生育適地や資源を奪い取る。 植物の移入種の多くが該当。人為的に導入された送 粉昆虫も。 – その他:環境を改変する、在来種との交雑を起こし遺 伝的な変質をもたらす、などの問題が指摘される。 3 自然的要因による絶滅 • 脊椎動物の場合、過去20億年(=氷河期 など気候変動期を含む)の平均で、1世紀 あたり90種が絶滅しているという。 • 地球規模の環境変動、地球規模の災害 (大隕石・小惑星の衝突などが考えられて いる)、新しい生物群の進化などが主要因。 • 火山の噴火などでも小規模な個体群は絶 滅することがある。 経済的意義 • 人間が現に直接・間接に利用している資 源としての価値 • 直接:食料、燃料、化学原料、用材など • 間接:観光資源、地域のシンボル、など 潜在的意義 • 現在はまだ明らかにされていない、あるい は利用されていないが、将来明らかにされ、 利用されるかもしれない生物の価値や機 能を、将来に向けて保全しておかなければ ならないという考え方。 • 遺伝(遺伝子)資源の確保 生物多様性の意義 なぜ保全すべきか 機能的意義 • 人間生活に必要不可欠な生態系機能を維 持する上で、生物多様性が健全な状態に 保たれる必要があるという考え方。 – 環境浄化 – 水資源保持 – 土地保全 – 生産性維持など 道義的意義 • すべての生物についてその尊厳を認め、 人間といえどもいたずらに他の生物を損なっ てはならず、保全に努めなければならない という考え方。 • 現在の国際的な生物多様性保全の流れ の基盤には、この考え方が強く存在してい る。 4 生物間相互作用の複雑さ 生物多様性はなぜ存在するか 多様な種 多様な生息場所(群集・生態系) • 生物にとっての環境条件:無機的なものだ けではなく、生物的なものも重要→他の生 物との関係=生物間相互作用 – 共生関係における共進化 – 捕食-被食関係における共進化(例:防御機構 とそれをさらに打ち破るための捕食機構) – いずれも生物の遺伝的多様性や種多様性を 高めていく 無機的な環境の多様性 ストレス耐性種 • 生物の生息・生育に影響する環境条件は 多数。それぞれがさまざまな状態を取り得、 その状態によって適した生物も異なる。 • 極端な環境条件=多くの生物の生息・生 育に不適=種間競争は弱い→そういう場 所に生息・生育できれば、空間資源を独占 できる→極端な環境条件への耐性 • 植物の場合、高山植物、貧栄養地の植物、 湿地の植物、海浜や砂丘の植物、石灰岩 地の植物、等々 – 局地的に変わり得る条件(陸上の植生に関す る場合):土壌水分条件、土壌栄養条件(等、 化学性)、日照条件、風衝、隣接植物種、等々 – 自然的、人為的な局所的攪乱の頻度や履歴 の場所による違いも、多様性に結びつく。 撹乱依存種 • 攪乱=現存する生物群集の全部または一 部の除去=利用されていた資源の解放 • 資源が解放されたことを速やかに察知し、 それを利用して生長、繁殖し、より競争力 のある種が増えてくるまでに休眠状態に移 行できれば、競争に弱くても生き残れる。 種の多様性の評価の方法 「保全すべき重要な場所」はどのよう にして決められるか 5 レッドリストの作成 • 種を単純に数え上げる=すべての種を同 等と見なす・・・あまり意味がない。 – 人為的インパクトに対してより脆弱な種、現に 絶滅に瀕している種、などは失われやすく、よ り手厚い配慮が必要。 – 絶滅の危険性を考慮したリスト=レッドリスト。 これに掲載された種やその生息場所を、優先 的に保全の対象とする。 指標種による評価 その保全を追求することによって、地域の生物多様 性の保全にも寄与し得る種。 •アンブレラ種:生息地面積要求性が大。 •キーストーン種:生物間相互作用の要。 •環境指標種:同様の生育場所や環境要求性を持つ 種の中で代表的なもの。 •象徴種:特定の生息場所の保全の重要性を社会に アピールできるような種。実用的な存在。 •危急種:現に絶滅の危険が高い種。しばしば、生息・ 生育に最も質の高い環境条件を要求する種。 種の豊富さ 種多様度指数 • すべての種を単純に数え上げる。 • 個々の種の性質が明らかになっていない 分類群では、なお重要な指標。 • 群集の空間的な変化の解析や生息場所 の間での状況比較にも利用される。 • ある生息場所全体の種数か、または面積 あたりなどとして標準化された種数。 • Shannonの多様度指数やSimpsonの多様 度指数などが知られる。 • 種の豊富さと種間の均等性を反映。 • かつては生息場所の価値を示すためにも 使われたことがある。 • 現在は(少なくとも生物多様性の保全の観 点からは)あまり積極的には利用されない。 そもそも種とは何か • 分類学的種(形態的な種):形態において区別が 可能なグループ。実用的。 • 生物学的種(繁殖上の種):互いに交配できなけ れば別種とする。 – 植物では、同じ「分類学的種」に倍数性の異なる系統 が存在し、系統間では稔性のある種子が得られない場 合がある。 • 系図学的種:系統図を描いた場合に、個々の末 端を一つの種とする立場。 生物多様性の保全・再生のために 劣化した生息場所で生物多様性を 保全・再生するための最近の試み – 分類学的な亜種や変種は、系図学的にはそれぞれが 個別の種となる場合がほとんど。 6 過去にあった攪乱体制の維持、 復元:(例)植生の人為的管理 • 里山の林、採草地など:人為的な攪乱が 加わることで維持されてきた生物生息場所。 • 利用されなくなったこれらに対して、生息場 所の保全を目的として従来に準じた方法で の管理を継続する。 • 火入れ(野焼き)、草食動物の放牧などが 有効な場合もある。 生物間相互作用(生物的環境) の再生:(例)送粉昆虫の再導入 • 市街地などで周囲を囲まれて孤立化した 生息・生育場所=受粉を担う訪花昆虫の 減少、消失→植物も受粉できなくなる。 • 植物個体群における遺伝的多様性の低下、 個体群の衰退、などの悪影響。 • 送粉昆虫を再導入することが、植物の保 全のために必要になる。 その他の試み • 攪乱体制の維持、復元 – 人為的な放水による河川水辺の攪乱、草刈り、野焼き • 物理的な環境の復元 – 人工営巣地の形成 – 水質浄化 – 湿地や樹林地の復元(時間がかかる) • 動物の個体数管理 – 土地の収容力を越えた個体の間引き – 捕獲制限 生物間相互作用(生物的環境) の再生:(例)移入種の除去 • 移入種が捕食や競争を通じて在来種を圧迫 し個体数の急減を招いた事例は少なくない。 • 移入種は元々はそこになかった種であるので、 人為的に除去しても生態系への過剰な介入 にはならない。 • さまざまな移入植物のほか、ヤギ、イタチ、オ オクチバスなどの動物が問題視されている。 土壌シードバンクの活用 • 土壌中(またはリター中)で発芽せずに生存し続 けている種子の集団。温度、光などの刺激によっ て発芽する。 • 地上部からは個体が失われてしまった種でも、 種子が土壌シードバンク中に残っていることがあ る。 • 植生復元のための有効な材料となる可能性があ るが、どこから、どのような形で材料を入手し、ど のようにして発芽させるか、検討すべき課題も多 い。 参考図書(第1回、第2回) • 保全生態学入門―遺伝子から景観まで – 鷲谷 いづみ, 矢原 徹一 (著) – 文一総合出版 (1996/03) • 絵でわかる生態系のしくみ – 鷲谷いづみ(著) – 講談社(2008/03) • 生物の移動(持ち込み、持ち出し)の制限 • 外部からの個体の導入(やむを得ない場合) 7
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