戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
戦略経営に対する管理会計の役立ち
大島 正克
戦略経営リレー連載の第 4 回として、会計学の立場から書くようにというご指示を戴きました
ので、リレー連載の第 1 回~第 3 回の内容および研究部会や年次大会での報告を踏まえ、管理会
計とりわけ戦略管理会計の観点から述べさせて戴きます。
I.
管理会計から戦略管理会計へ
まず、最近の「管理会計から戦略管理会計へ」の動向を示すようなケースをいくつか見てみた
いと思います。
1992 年に、
キャプランとノートンがバランスト・スコアカード(Balanced Scorecard, 以下 BSC)
に関する論文を発表しましたが、中心は業績測定システムとしての BSC でした。1993 年の第 2
論文では、マネジメントシステムとしての BSC となり、1996 年の第 3 論文あるいは第 1 著書で
は、戦略的マネジメントシステムとしての BSC となりました。さらに 2004 年の著書において『戦
略マップ(Strategy Maps)』へと戦略的側面を強化していきました 1。
コーネル大学のヒルトンによりますと、Hilton(2011)のなかで管理会計担当者は、管理会計活
動の目的として、以下の 5 つの主要目的を追求することによって、組織に価値を付加するとして
います 2。
1) 意思決定と計画のための情報を提供すること、かつ、その意思決定と計画プロセスのマ
1
2
大島(2003)62-66.
Hilton(2010)26.
© The International Academy of Strategic Management
261
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
ネジメントチーム(management team)の一員(part)として事前に(proactively)参加するこ
と
2) 営業活動を指示しコントロールする管理者(managers)を助けること
3) 組織目標に向かって管理者と従業員を動機付けすること
4) 組織内の諸活動、諸部門、管理者、そして従業員の業績を測定すること
5) 当該組織の競争的位置を評価し、その産業内での当該組織の長期の競争力を確保するた
めに他の管理者と協働すること
上記の2)~5)は従来の管理会計機能と異なるところはないのですが、1)の内容から、管
理会計担当者は、企業の戦略経営にかなりコミットするようになっていることが窺われます。
ゴビンダラジャンは、1993 年の「戦略的原価管理(Strategic Cost Management : The New Tool
for Competitive Advantage) 」から最近は「リバース・イノベション(Reverse Innovation)」(2012)
に見られますようにイノベーション戦略へとシフトしています。
我が国の場合を見てみましょう。最近の管理会計は戦略管理会計と業績管理会計の 2 分野に分
類されることが多く、2010 年以降、中央経済社から、現時点での会計学を集大成して「体系現代
会計学」シリーズ 12 巻が出版されていますが、第 10 巻は『業績評価管理会計』であり、第 11
巻は、浅田孝幸・伊藤嘉博責任編集(2012)『戦略管理会計』となっています。この『戦略管理
会計』の目次を概観することで、戦略管理会計の構成要素を垣間見ることができるかと思います。
もっとも責任編集者は、当該編著書を「試行の産物」といっていることからも推察できますよう
に、戦略管理会計は発展途上の分野でもあります。
目次
第1章
戦略管理会計の考察
第2章
組織間管理会計
第3章
戦略実行のための組織変革―脱予算管理の導入―
第4章
戦略的原価・収益性分析
第5章
活動基準原価計算
第6章
活動基準管理
第7章
品質コスト
第8章
環境管理会計
第9章
設備投資の収益性分析
第10章
バランスト・スコアカード
262
戦略経営に対する管理会計の役立ち
第11章
戦略マップ
櫻井教授の『管理会計』は 1997 年に第 1 版が出版されて以来版を重ね、2012 年には第 5 版が
出版されています。当初から「戦略的経営と利益管理のシステム」という内容で、戦略との関連
する内容がありましたが、2012 年出版の第 5 版では、6 部構成のうち、第 5 部に「経営戦略のた
めの管理会計」という部を設け、
「第 19 章 経営戦略の管理会計への役立ち」
「第 20 章 バラン
スト・スコアカードによる戦略マネジメント」「第 21 章 インタンジブルの戦略マネジメント」
をその内容としました。とくに 19 章は、本稿とは逆のベクトルとなっています。
以上から、未だ戦略管理会計を体系化するところまでは達していないように思われますが、戦
略経営論と相俟って、発展していく余地は十分にありそうです。
II.
財務諸表分析による戦略経営の検証
製造業にしても販売業にしても、業種によって販売する製品(サービスも含む)の売上原価率
(売上原価÷売上高、以下、売上原価率)がかなり異なります。本稿では、戦略経営に対する管
理会計の役立ちという観点から、売上原価率の以下の 3 タイプの産業から、戦略経営にて取り上
げられているビジネスモデルを検証したいと思います。
1
1)高レベル売上原価率産業
売上原価率 70%~90%
2)中レベル売上原価率産業
売上原価率 40%~70%
3)低レベル売上原価率産業
売上原価率 20%~40%
ケース 1(高レベル売上原価率産業):ホンダとトヨタ
リレー連載第 1 回の河合教授による本田技研工業株式会社(以下、ホンダ)とトヨタ自動車株
式会社(以下、トヨタ)の戦略経営システムの比較(河合、2010、2012a)を、具体的に両社の
連結財務諸表(2014 年度 3 月期) 3から検討してみたいと思います(両社の財務諸表については、
表1を参照してください)
。
3
有価証券報告書では元号が原則ですが、本稿では、出所を示す場合を除き西暦に変換しています。
263
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
表 1
2014 年度のホンダとトヨタの連結損益計算書及び百分率損益計算書
(単位:百万円,%)
(出所)
『平成 26 年度本田技研工業株式会社有価証券報告書』
『平成 26 年度トヨタ自動車株式会社有
価証券報告書』より筆者作成。両社ともアメリカ会計基準である FASB 基準に準拠。
264
戦略経営に対する管理会計の役立ち
ホンダとトヨタとの比較をするにあたり、両社の規模が異なるので、金額表示のほかに百分率
損益計算書(Common-size Income Statement、百分比損益計算書)を用いて、比較できるよう
にしています。
河合(2012a)では、戦略経営の立場から表 2 のようなホンダとトヨタの戦略経営システムの
比較がなされています。
表 2
ホンダとトヨタの戦略経営システムの比較
(出所)河合(2010)237, (2012a)209.
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戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
管理会計の観点から、企業の経営分析を行う場合、有価証券報告書が詳しいので、まず、それ
を使って企業内容を検討することになります。見方によれば、各企業が採用してきた戦略経営の
有効性の検証ということにもなります。本稿では、戦略経営の成功は企業価値の増大に繋がり、
その源は企業の収益性にあると考え、損益計算書を中心に分析することにします。徳永教授はリ
レー連載第 2 回において、
「Hitt らは、戦略経営が目指している成果について、平均を上回る収
益性としています」 4と指摘しています。対象となる損益計算書は連結損益計算書です。連結財
務諸表が報告するグループ経営につきましては、リレー連載第 3 回にて、高橋教授が「戦略経営
とグループ経営」にて論じておられますので、グループ経営の詳細は高橋(2014)を参照してくだ
さい。本稿では、ホンダ、トヨタとも事業持株会社 5に当たります。有価証券報告書では、連結
財務諸表が基本ですが、親会社(支配会社)も「提出会社」という項目にて後半に記載されてい
ます。とくに製造業では、
「製造原価報告書」が有用な分析対象になりますが、連結財務諸表には
なく、提出会社の単体財務諸表に製造原価明細書として掲載されています。
ホンダグループは、親会社の下に、国内外 448 社の関係会社(連結子会社 365 社、持分法適用
会社 83 社、2014 年 3 月 31 日現在)により構成されています。他方、トヨタは、親会社の下に、
国内外 745 社の関係会社(連結子会社 542 社、関連会社 203 社、2014 年 3 月 31 日現在)により
構成されています。
(1) 売上高・売上原価率と売上高・販売費及び一般管理費率
企業にとって、売上高などの営業収益は、BtoB であれ BtoC であれ顧客が相手だけに完全には
コントロールできません。しかし、費用は企業内の問題なのでほぼ完全にコントロールできるは
ずです。したがって、損益計算書の科目は、営業利益までの段階をみても収益は売上高の1つ(あ
るいはトヨタの場合は金融収益を加えて 2 つ)に対して、費用は売上原価と多くの販売費一般管
理費(以下、販管理費)からなっています。
したがって、企業にとっては、売上原価率と売上高・販売費及び一般管理費率(販売費及び一
般管理費÷売上高、以下、販管費率)は、十分にコントロールしなければならない比率となりま
す。戦略経営を行う場合でもこれらの比率の重要性は同様と考えられます。
4
5
徳永(2013)164.
高橋(2014)174-176.
266
戦略経営に対する管理会計の役立ち
(2) 売上原価率および販管費率から見えてくるもの
ホンダとトヨタの売上原価率を見ることにします。
(表 2 および表 3 を参照)
。
売上原価率では、ホンダが 74.0%、トヨタが 82.2%となります。100 万円の自動車の原価が、
ホンダでは 74.0 万円、トヨタでは 82.2 万円ということになり、ホンダの顧客は原価にして割高
の自動車を購入していることになります。コストリーダーシップ戦略からみれば、売上総利益率
も 26.0%を確保しているホンダに余裕があるように見えます。ホンダの企業目標の「顧客満足の
最大化」において購入価格の点では、顧客満足でないかもしれません。トヨタ並みに 17.8%の売
上総利益率を確保するところまで、販売価格を下げて、市場競争にさらに打って出ることも考え
られますが、実際にはそのような戦略行動はとっていません。コストリーダーシップ戦略を十分
とることができる優位性を持ちながら、ホンダは、コストリーダーシップ戦略はとっていないと
いうことになります。それでもホンダの顧客は割高な自動車でも購入するということから顧客満
足は達成しているとも受け取れます。その鍵は、販管費率にあります。トヨタは 10.7%であるの
に対して、ホンダは 19.7%と2倍近くの販管費率です。ホンダとトヨタの売上高を比べてみます
と、ホンダはトヨタの 46%です。規模が小さくなれば販管費率は割高になることは事実ですが、
それにしても差が大きすぎます。ホンダはこれだけの販管理費を投入してでも「顧客満足の最大
化」を実現する努力をしているとも推察できます。逆に、それだけの販管費率を確保するために、
売上原価率は下げられないということにもなります。したがって、管理会計の立場からは、単に
表 3
ホンダとトヨタの売上原価率・売上総利益率・販管費率
(出所)
『平成 26 年度本田技研工業株式会社有価証券報告書』
『平成 26 年度トヨタ自動車株式会社有
価証券報告書』より筆者作成。
(注 1)売上原価率+売上総利益率=1の関係にあります。
(注 2) 売上原価率を損益計算書をもとに計算しますと、連結損益計算書のため売上高および売上原価
に金融関係の金額も含まれます。トヨタは区分して計上していますがホンダは売上高に「その他の営
業収入」も含めて計上しているため、表3において、トヨタは商品・製品の対応にて売上原価率を計
算し、ホンダは金融関係の金額も含めた売上原価率となっています。
267
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
コストリーダーシップ(低原価率の達成) 6のみを取り上げるのではなく、販管理費との関係で
見ることが必須となります。
また、ホンダのコストリーダーシップからは、企業戦略と競争戦略の「絞り込み戦略」が見え
てきます。どの業種にもいえることですが、品種を多くすればするほど、利益率の比較的劣る品
種も入ってくるため利益率は低下します。逆に、利益率のよいものに絞り込めば利益率は向上す
ることになります。ホンダの生産戦略の「少品種大量生産」と販売戦略の「堅実な大量販売」は
「絞り込み戦略」を反映しています。反面、絞り込みにより、絞り込んだ製品が市場に受け入れ
られなかった場合、さらにはリコール問題が発生すれば、売上高の反動も大きくなるというリス
クを負うことにもなります。現在進行しているホンダの小型車フィットの場合がそれに当たりま
す。絞り込み戦略は、財務戦略の「慎重な設備投資」の結果ともいえます。絞込み戦略によって
利益率は向上しますがリスクが高まるという逆相関から、リスクマネジメントも戦略経営にとっ
て考慮しなければならない重要な要素といえます。
(余談、日本の公認会計士の試験科目にはリス
クマネジメントという科目は入ってはいませんが、リスクマネジメントはアメリカでは「ビジネ
ス環境および諸概念(BEC)」という科目のなかにあり、中国でさえも最近の公認会計士試験の独
立の試験科目となっているほどです。
)
トヨタにとって、売上原価率が高い(=売上総利益率が低い)ということは、すなわち、コス
トリーダーシップ戦略によって、本来の販売価格より低い価格で販売した結果とも受け取れます。
コストリーダーシップを優位に保つため、トヨタは、原価企画、カンバン方式(アメリカでは、
ジャスト・イン・タイム、JIT)等、さまざまな原価改善の努力によって、競争優位を獲得してき
ました。企業目標の「高シェア」、生産戦略の「高品質・低価格車の量産、多品種大量生産」、競
争戦略の「差別化戦略(高品質)
、コストリーダーシップ戦略」に合致します。さらに販管費率を
10.7%と抑えることにより、売上総利益率の幅を十分下げることを可能とし、コストリーダーシ
ップの優位性が一層強化されていると見ることができます。
トヨタは企業目標として、
「高利益」を上げています。本業の収益性を示す営業利益率では、ホ
ンダが 6.3%、トヨタが 8.9%、ボトム・ラインの当期純利益と売上高の比率である当期純利益率
を見ますと、ホンダが 4.8%、トヨタが 7.1%で、これも売上原価率とは逆の順位となっています。
6
コストリーダーシップという場合のコストの範囲としては、製造コストをその範囲とする場合と、
製造コストに販管費を含めたトータルコストをその範囲とする場合が考えられます。本稿では、販管
費との関係を明確にするために前者の製造コストをその範囲としています。
268
戦略経営に対する管理会計の役立ち
損益計算書の最上部は営業収益を示し、本来は売上高しかないので、売上高としか記載されない
場合が多いのですが、自動車業界では、顧客は自動車を自己資金で全額購入する例は少なく、一
般には月賦で購入するため、金融収益が計上されます。すなわち、顧客は一般的に自動車会社の
系列の金融子会社から購入代価を借り入れ、それを代金として支払い、後日、月賦にて系列の金
融子会社に利息も含めて返済することになりますが、この利息が金融収益として営業収益に計上
されるため、金融収益と金融費用の差額が営業利益に算入され、営業利益率を引き上げることに
なります。トヨタはこの金融総利益率が高く、営業利益率の優位性が最後の当期純利益率までプ
ラスに作用することになります。この金融収益の優位性とコストリーダーシップとが相俟ってさ
らに自動車そのものの売上総利益率の幅をさらに小さくすることを可能とすることにより、競争
戦略を極めて優位に導いています。
以上から、ホンダは売上原価(すなわち製造原価)を低く抑えながらも、すなわち、営業利益
犠牲にしてでも販管理費を多く投入し、顧客満足を確保し、他方、トヨタは販売価格をできるだ
け低く抑え、売上総利益率を低くしながらも、販管理費を抑え、金融利益の援護によって、結局
は営業利益率を上げることに成功していると理解することができます。ポーターは「日本企業に
戦略はない」 7と主張しているようですが、上記の分析を見ただけでも、ミンツバーグのトヨタ
を例に「日本企業はポーターに戦略のイロハを教えるべきではないか」という主張 8ももっとも
のような気がします。
(3) セグメント報告から見えてくるもの
もう少し、有価証券報告書を読み進めることにします。セグメント報告の活用です。例えば、
売上高の内訳から、グローバル戦略の相違も見えてきます。
自動車の販売台数から見れば、ホンダはトヨタの2分の1弱ですが、地域別の内訳から見れば、
ホンダの方がかなりグローバル展開していることが分かります。トヨタはグローバル展開してい
るようですが、依然国内販売が中心ということがわかります。ホンダの企業目標は、
「顧客満足の
最大化」ですが、顧客満足の内容は、最大シェアの北米の顧客満足が中心なのかもしれません。
海外の顧客満足の最大化のために、販管費を多額に投入する必要があるのではないかということ
7
8
ポーター, M.E.(1998),竹内(訳)(1999)122-123.
ミンツバーグ, H.,アルストランド,B.& J. ランベル(2008),齋藤(監訳)(2012)142.
269
入山章栄(2014)。
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
表 4
ホンダとトヨタの販売地域別売上台数
(自 2013 年 4 月 1 日 至 2014 年 3 月 31 日)
(出所)
『平成 26 年度本田技研工業株式会社有価証券報告書』
『平成 26 年度トヨタ自動車株式会社有
価証券報告書』より筆者作成。
(注)ホンダの事業セグメントは、二輪事業、四輪事業、金融サービス業、汎用パワープロダクツ事
業及びその他の事業の4事業から構成されています。比較のために、表4では、四輪事業のデータを
用いています。ホンダの販売台数は、親会社、連結子会社、持分適用会社の完成車の販売台数です。
トヨタの事業別セグメントは、自動車事業、金融事業、その他の事業(住宅事業、情報通信事業、そ
の他)から構成されています。
が推測できます。また、ホンダの「顧客満足の最大化」という企業目標は、トヨタの企業目標の
「高シェア、高売上高(台数)
・利益」に比べて指標が曖昧ともいえます。ある意味、顧客満足の
最大化は当然のことなので、具体的指標がないと成果の判定も曖昧なものとなります。
キャプランとノートンの BSC あるいは戦略マップでは、顧客の視点(Customer perspective)は
財務の視点(Financial perspective)の前段階であります。全社的な企業目標としては、トヨタの企
業目標のような財務の視点に立った目標が必要ではないでしょうか。
(4) キャッシュ・フロー計算書から見えてくるもの
次に、キャッシュ・フロー計算書の活用です。日本では 2000 年の 3 月期から連結財務諸表の
1つとすることが義務付けられました。比較的歴史が浅いため、2000 年以前に大学を卒業した方
にとって、個人的に勉強された方は別としてなじみが薄いようです。アメリカでは 1987 年から
270
戦略経営に対する管理会計の役立ち
施行されています。
キャッシュ・フロー計算書は、企業の戦略管理会計からは、きわめて重要な財務表です。例え
ば、浅田(2002)は書名『戦略的管理会計』のサブタイトルに「キャッシュフローと価値創造の
経営」を掲げ、キャッシュ・フロー計算書を戦略管理会計の中心に位置づけています。
キャッシュ・フロー計算書では、キャッシュ・フロー(以下、CF)を営業活動による CF、投
資活動による CF、財務活動による CF という 3 つの CF に分類しています。有価証券報告書では
フリー・キャッシュ・フロー(以下、FCF)は掲載されていませんが、表5と表6では CF 分析
のために FCF を設けています。この FCF は厳密には、完全な意味での FCF の算定ではないので
すが、公表されている数値からも簡単に求められることから、本稿でも一般的に用いられている
簡便法として営業活動による CF と投資活動による CF の差額から FCF を求めています。CF の
うち、△のある金額は社外に出た金額を示します。
財務戦略において、表 2(河合、2010, 2012a)では、ホンダは「慎重な設備投資・財務戦略」
とあり、トヨタは「堅実な設備投資・財務戦略(奥田以前)」「非常に積極的な設備投資・財務戦
略(奥田以後)
」とあります 9。まず、表5と表6より、現金及び現金等価物の期末残高を見ます
と、ホンダは 1 兆 2 千億円前後で一貫しています。トヨタはもう少し起伏が大きいことが分かり
ます。
慎重な設備投資戦略の典型が、京都企業に代表される営業活動からの CF を超えてまでは投資
をしないという「キャッシュフロー経営」という戦略です。FCF がプラスに出ることからそれが
読み取れます。ホンダは 2011 年度まで、FCF はプラスでしたが、2012 年度からは、外部から資
金を調達(財務活動による CF がプラス)してでも投資をするという積極策に出ています。売上
高に対する投資活動による CF の比率も 2012 年度から上昇していることからも、積極策にシフト
したことが分かります。ホンダは 2011 年度に売上高、当期純利益ともかなり落ち込んだため、そ
の打開策として積極的に投資する戦略に転換したということが推測できます。投資をしてもその
効果が出るまではタイムラグがあるため、一般的には(さまざまな市場環境の要因はあるでしょ
が)売上高と当期純利益の向上は 1 年後からとなります。2012 年度と 2013 年度の売上高や当期
純利益の上昇から積極的投資の成果はあったと読むことができます。
トヨタとの比較で見ますと、ホンダは 2009 年度、2010 年度において、当期純利益ではトヨタ
を上回っています。ところが 2011 年度を境として、当期純利益は逆転し、差額は急激に広がって
います。トヨタの売上高に対する投資活動による CF の比率も 2011 年度を除けば、ホンダと比較
9
河合(2010)237,河合(2012a)209.
271
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
してかなり高い率で推移しています。トヨタは、2009 年度、2010 年度ではホンダより当期純利
益が劣っていますが、売上高に対する投資の割合はかなり上回っています。トヨタの「非常に積
極的な設備投資」を証明しています。その「非常に積極的な設備投資」によって、
「高品質・低価
格車の量産、多品種大量生産」
「非常に積極的な大量販売」を可能にし、その結果として 2012 年
度、2013 年度は高売上高、高当期純利益が達成できたということが見て取れます。
ホンダは、2014 年 12 月に約 6 年ぶりに小型 4 ドアセダン「グレイス」を販売します(
『日本
経済新聞』
、2014/11/1)が、2012 年度、2013 年度において、ホンダの財務戦略である「慎重な
設備投資・財務戦略」の禁を破ってでも(FCF がマイナスになっても、また、財務活動からの
CF がプラスになっても)投資を優先させなければならなかった苦悩の背景を、キャッシュ・フロ
ー計算書は物語っているようです。
(5) 売上高研究開発費率から見えてくるもの
将来的な発展の原動力は、その企業が研究開発にいかに多額の投資をし、費用をかけているか
にあるといわれています。その判定に用いる比率が、売上高研究開発費率です。
ホンダの売上高研究開発費率=634,130÷11,842,451(百万円)=5.4%
トヨタの売上高研究開発費率=887,565÷24,312,644(百万円)=3.7%
売上高研究開発費率では、ホンダが 5.4%、トヨタが 3.7%であることにより、ホンダはトヨタ
より、絶対額では劣るものの、売上高研究開発費率が高いことから、新製品開発戦略において、
「新価値創造型」であることが裏付けられています。航空機産業への参入もその一環として窺え
ます。本稿では単年度のみで見ていますが、これも 5 年ぐらいの蓄積で見る必要はあります。
ホンダの研究開発費に占める環境保全コスト=225,423÷634,130(百万円)=35.5%
トヨタの研究開発費に占める環境保全コスト=3,032÷8,875.65(億円)
=34.2%
自動車産業にとって環境問題は戦略経営の面から極めて重要です。両社の環境報告書の環境会
計のデータから、環境保全コストのなかの「研究開発コスト」を見てみますと、ホンダもトヨタ
も全社的な研究開発費に対して 35%前後を示し、いずれの企業も環境関係の研究開発関係では、
272
戦略経営に対する管理会計の役立ち
表 5
ホンダの売上高・当期純利益・キャッシュ・フロー計算書等
(単位:百万円)
(出所)
『平成 26 年度本田技研工業株式会社有価証券報告書』より筆者作成。
(注 1)キャッシュ・フロー計算書(二重線で囲んだ箇所)では、当期純利益は営業 CF のなかに計上
されていますが、ここでは参考のために売上高、当期純利益(正確には、当社に帰属する当期純利益)
、
売上高・投資活動による CF 率も掲載しています。
(注 2)前年度の現金及び現金等価物の期末残高+当年度の営業活動による CF+投資活動による CF
+財務活動による CF=当年度の現金及び現金等価物の期末残高が成り立つが、実際は、為替変動によ
る現金及び現金等価物への影響があるため、その変動額だけ差異が生じています。
273
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
表 6
トヨタの売上高・当期純利益・キャッシュ・フロー計算書等 (単位:百万円)
(出所)
『平成 26 年度トヨタ自動車株式会社有価証券報告書』より筆者作成。
(注 1)キャッシュ・フロー計算書(二重線で囲んだ箇所)では、当期純利益は営業 CF のなかに計上
されていますが、ここでは参考のために売上高、当期純利益(正確には、当社に帰属する当期純利益)
、
売上高・投資活動による CF 率も掲載しています。
(注 2)前年度の現金及び現金等価物の期末残高+当年度の営業活動による CF+投資活動による CF
+財務活動による CF=当年度の現金及び現金等価物の期末残高が成り立つが、実際は、為替変動によ
る現金及び現金等価物への影響があるため、その変動額だけ差異が生じています。
274
戦略経営に対する管理会計の役立ち
互角となっていることが判明します
10。ホンダは、研究開発コストを、
「製品等のライフサイク
ルにおける環境負荷抑制のための研究開発、企画設計(顧客が自動車を利用する際の省エネを四
輪車一台当たりの平均燃費で公表している)
、EV(電気自動車)
、プラグインハイブリッド車を含
む先進環境対応車の研究開発」
11としています。徳永(2013)では、戦略イノベーションの例とし
て、
「ガソリン車からハイブリッド車、電気自動車、水素自動車などや事業構成の転換、競合企業
間の連携など、革新的なものでラジカルな変革を市場で引き起こす戦略」
12としていますが、ホ
ンダの「新価値創造型」の新製品開発戦略は、まさにその典型ともいえます。
また、徳永(2013)は、日本の戦略経営における環境戦略(Environmental Strategy)の分野の重
要性を強調していますが、上記の例を見ても環境管理会計の立場からも役立ちがありそうです。
2
ケース 2(中レベル売上原価率産業):ファーストリテイリングとしまむら
ファーストリテイリング(すなわち、ユニクロ)としまむらは、両社とも「ファストファッシ
ョン」の分野において低価格・高品質を武器に発展してきました。両社の比較はこれまで多くの
論者によって研究がなされてきました
13が、本稿では、河合(2012a,
2012b)のユニクロの「戦
略経営」を参考に、中レベル売上原価率産業という観点から、両社を比較しながら戦略経営を検
討したいと思います。
ファーストリテイリングは、国内のみならず、世界で展開するために、SPA( Specialty store
retailer of private label apparel、以下 SPA。製造小売業) ビジネスモデルを採用しています。他
方、しまむらは、他社から仕入れ、それを販売する一般的なビジネスモデルです。
Hilton(2011)では、SPA の例として、GAP(世界中に 3,100 以上の店舗を展開、2011 年度現在)
を取り上げ、Gap’s value chain として、以下の 6 段階を写真入りで説明しています
14。
①原材料、エネルギー、その他の資源の確保(Securing raw material, energy, and other
resources)
②研究開発(Research and development)
③製品設計(Product design)
④製造(Production)
10
11
12
13
14
トヨタ自動車株式会社(2014)46. 本田技研工業株式会社(2014)24.
本田技研工業株式会社(2014)24.
徳永(2013)168.
河合(2012a,2012b)、潮(2014)、大津(2013,2014)、伊藤(2012)等。
Hilton,W.R.(2011)26-27.
275
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
⑤マーケティング(Marketing)
⑥物流と販売(Distribution and sales)
以上をポーター流の Value chain にしますと、
となります。まさに SPA は、ポーターの Value chain そのものといえるかと思います。ファー
ストリテイリングは、GAP と同様なビジネスモデルと考えられます。河合(2012a)では、さら
に詳細にユニクロのビジネスモデルを示し、
「注意すべきは、同フレームワークには汎用性があり、
ユニクロに限らず(企業ごとに多少の修正は必要だとしても)ほとんどすべての企業に適用でき
るものだということです。
」
15と述べています。
すなわち、SPA は、商品企画→素材開発(素材確保)→製造→マーケティング→物流→販売を
すべて企業内に所有するビジネスモデルということになります。
他方、しまむらの Company’s value chain は、
①
仕入(Purchases)
②
マーケティング(Marketing)
③
物流と販売(Distribution and sales)
から構成されています。
すなわち、仕入→マーケティング→物流→販売
であり、外面からは、その強さは伝わってきませんが、ファーストリテイリングとしまむらの
連結損益計算書及び百分率損益計算書(表 7 を参照)を見ますと、しまむらは意外に健闘してい
ることが読み取れます。
河合(2012a)208. なお、Hilton(2011)では、SPA という用語は出てきません。本稿では Hilton(2011)
の multistage process と SPA モデルとは同等と看做しています。Hilton(2011)は、GAP の他に、
Banana Republic や Old Navy も multistage process の例として上げています。河合(2012a)におきま
しても、SPA という用語はありません。
「同フレームワーク」がそれに当たるとも考えられます。河合
(2012b)では、全体を通して数回出てきます。ユニクロのビジネスモデルをさらに詳細に 2005 年以前
を「コストリーダーシップ戦略」による第 1 期、以降を「コストリーダーシップ戦略」と「差別化戦
略」による第 2 期としています。河合(2012a)の「同フレームワーク」は第 2 期に当たるかと思われま
す。
15
276
戦略経営に対する管理会計の役立ち
では、両社の連結損益計算書とその百分率損益計算書から見ていきましょう。
表 7
ファーストリテイリングとしまむらの連結損益計算書及び百分率損益計算書
(単位:百万円,%)
(出所)
『平成 25 度株式会社ファーストリテイリング有価証券報告書』
『平成 26 年度株式会社しまむ
ら有価証券報告書』より筆者作成。なお、ファーストリテイリングは 8 月期、しまむらは 2 月期が決
算のため約 6 か月の時間差がある。
277
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
表 8
ファーストリテイリングとしまむらの売上原価率・売上総利益率・販管費率・営業利益率
(出所)
『平成 25 度株式会社ファーストリテイリング有価証券報告書』
『平成 26 年度株式会社しまむ
ら有価証券報告書』より筆者作成。
さらに表 8 から特に、売上原価率・売上総利益率・販管費率・営業利益率を取り上げ比べみる
ことにします(表 8 を参照)
。
コストリーダーシップの有効性をみるために、売上原価率をみると、ファーストリテイリング
が 50.7%、しまむらは 67.7%であり、同じアパレル企業ですが、かなりの違いがあります。その
ために売上総利益率も 49.3%と 32.3%とかなりの差となります。ところが、営業利益率をみます
と、11.6%と 8.3%となり開きもかなり接近しています。その原因は販管費率にあります。
コストリーダーシップは単にコストリーダーシップとして独立的に存在するものではありませ
ん。低賃金労働地域を求めて渡り鳥のように、転々と工場を移転させる製造業もありますが、い
ずれは追随されるのですから、絶対的な戦略経営とは言い難い。基本的にはコストリーダーシッ
プは、大量生産からもたらされます。しかし単に大量に販売すれば、需要と供給の関係からも販
売価格は低下し、顧客満足に繋がるかもしれませんが、企業側はそれだけ売上総利益を低下させ
ることになります
16。販売価格を低下させずに大量に販売するためには、販管費に資金を投入し
て販売価格を低下させず、できる限り在庫も軽減させる戦略が必要となります。販売力の強化(内
容としては、デザイン力、高品質による差別化戦略かも知れませんが、金額的には直接的な販売
力である広告宣伝費と賃借料・地代の売上高の比率の高さよって現れます)があってこその大量
生産であり大量販売です。
16
この点について、河合(2012b)では「・・・衣料品の生産についても同様であり、ユニクロが最初の
成長期に SPA 方式によって圧倒的な低コストを実現したのも、
まさに経験曲線が成立したためである。
なお、この戦略は、一方がこの戦略をとれば他方も追随せざるをえず、激しい価格切り下げ競争をも
たらしかねないという点では危険な戦略であることに注意しよう。」
(河合、2012b.29)
278
戦略経営に対する管理会計の役立ち
それでは、販管費の内容とそれに関連する数値をみてみましょう。
表 9
ファーストリテイリングとしまむらの販管費等の比較
(出所)
『平成 25 度株式会社ファーストリテイリング有価証券報告書』
『平成 26 年度株式会社しまむ
ら有価証券報告書』より筆者作成。なお、ファーストリテイリングは 8 月期、しまむらは 2 月期が決
算のため約 6 か月の時間差があります。
279
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
グローバル展開が可能な量の製造体制の下では、目標販売価格を維持しつつ、大量に販売でき
なければ、目標売上総利益率が下がり、十分な利益が維持できないという負のスパイラルに陥る
こととなります。
管理会計の主要分野である原価企画では、顧客の視点から、製品の品質、原価、納期((QCD :
quality, cost, delivery time)を重視しています。
また、管理会計から短期利益計画や予算からは、
目標利益=目標売上高-許容原価
という考えが基本です
17。すなわち、目標利益の実現のために、目標売上高をいくらに設定する
か、許容原価をいくらに抑えるかが、経営の内容となります。従来は、こうしたオペレーション
の部分は戦略経営に入らないとされていましたが、徳永(2013)によれば、戦略を「戦略イノベ
ーション」と「戦略オペレーション」とに分け、さらにこの「戦略オペレーション」を日本的オ
ペレーションに結びつけて論じています
18。
上記の算式を、目標売上総利益とすると、
目標売上総利益=目標売上高-許容売上原価
=目標単価×目標販売量-許容単位原価×許容生産量
となり、大量生産してこそのコストリーダーシップが実現することになります。
十分な売上総利益率を支える1つの戦略はブランド価値を高める戦略です。現在、ユニクロの
ブランド価値は世界のトップ 100 位にも入ってはいないとされます。そこで 2014 年 10 月、コカ
コーラ(世界第 3 位)
、マイクロソフト(世界第 5 位)
、ナイキ(世界第 24 位)など世界的なブ
ランド価値の創造に実績をもつジョン・C・ジェイ氏を、商品・店舗デザイン、販売促進などを
総合的にプロデュースする新設ポストに向かい入れたのも、ユニクロのブランド価値を世界的な
ものにするためであろうと推察できます(『日本経済新聞』、2014/10/08)
。ジェイ氏の採用も、
「日
本の1億人だけに向けた商売から、80 億人を相手にする商売に変わっていく」と宣言する柳井会
長兼社長の柳井氏のグローバル戦略の一環と見ることができます。
もう1つは、Delivery time の競争に優位に立つための強力な物流システムの確立です。ファー
ストリテイリングは大和ハウスと新会社を設立し、即日配送のユニクロ通販をより確実なものと
17
18
岡本(2000)857-861.
徳永(2013)168.
280
戦略経営に対する管理会計の役立ち
するという戦略にもその一端が窺われます(
『日本経済新聞』
、2014/10/13)
。
他方、しまむらは SPA という戦略は採用していません。典型的な(従来からある)小売業です。
企業形態の違いは、同じ連結財務諸表といっても子会社等の数が違います。ファーストリテイリ
ングは 100 社以上ありますが、しまむらは 3 社です。国内は実質 1 社体制です。他社が製造した
衣料品を仕入れて販売するため、他社の利益相当分売上原価率は高くなりますが、自社の在庫の
状況や市場の動向を細かに観察し売れる分だけ仕入れることになります。リスク回避型の経営で
す。在庫回転率(売上高÷平均在庫)は高さがその証明ともなりますし、資本効率も上昇します。
ファーストリテイリングとしまむらの在庫回転率を比較しますと以下のようになります。
ファーストリテイリングの在庫回転率
=1,143,003 百万円÷{(98,963+165,654)百万円÷2}=8.9 回/年
しまむらの在庫回転率
=501,898 百万円÷{(31,868+33,596)百万円÷2}=15.3 回/年
さらに具体的にファーストリテイリングの売上総利益率 49.3%を実現するための販管費の内容
としまむらの売上総利益率 32.3%の不利を挽回するための販管費の内容について分析することに
します(表9を参照)
。まず、広告宣伝費です。ファーストリテイリングの 4.6%に対してしまむ
らは 2.6%です。金額もしまむらはファーストリテイリングの 4 分の1程度です。店舗の分布を
みましても、どちらも全国展開しているとはいうものの、ファーストリテイリングは海外の大都
市にも店舗があり(1,229 店舗のうち、国内 853 店舗、海外 446 店舗)、日本においても都市を中
心に展開しています。しまむらは郊外型です(1,860 店舗のうち、国内 1,820 店舗、海外 40 店舗)。
SPA のファーストリテイリングは大量販売のために広告宣伝は極めて重要です
19。しまむらは地
域密着型なので各家庭に配られる折込広告等の媒体が重要となります(実は折込広告の大きさを
見ただけでも、ファーストリテイリングの折込広告がしまむらよりもかなり大型であり、広告宣
日本経済新聞社の調査によるアジア 6 か国のアジアブランド調査によりますと、カジュアル衣料・
ファストファッション部門では、インド・インドネシア・タイ・ベトナムは ZARA(西)
、フィリピン
は GAP(米)
、中国がユニクロ(日)となっています。ユニクロは全体では 3 位ということですから
健闘していることになります(『日本経済新聞』,2014/11/5)。ZARA も GAP も SPA ビジネスモデル企
業で世界展開しています。日本にも積極的に進出しています。今後は、こうした SPA の競争が一層熾
烈さをますものと予想されます。したがって、アジア市場での競争の観点から、ユニクロ、ZARA、
GAP を分析し、同じ SPA ビジネスモデル企業でも、3 社のなかに特異な戦略経営があるか否かを研究
することが必要となります。
19
281
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
伝費の大きさの違いを身近に比較することができます。)。そうした店舗分布(規模も含めて)す
なわち出店戦略は、賃借料・地代家賃のファーストリテイリングの 9.7%としまむらの 5.3%にも
現れています。売場面積と1㎡当たり売上高にも、しまむらは郊外型なので、売場面積は広いが、
1㎡当たり売上高は低いという特徴となって現れています。ところが、従業員数(パート等正社
員以外は 8 時間労働に換算し従業員に算入しています)は、しまむらの方が店舗数が多いにもか
かわらず、ファーストリテイリングの 37%しかいません。従業員1人当たり売上高もしまむらの
方が高い(ファーストリテイリングは 23,064 千円、しまむらは 35,610 千円)。ファーストリテイ
リングは SPA のため、直接販売に携わる従業員の他に、直接販売に携わらない従業員を多く抱え
ているためです。
以上より、結果的には営業利益率で、ファーストリテイリング 11.6%としまむら 8.3%となっ
ていますが、SPA によるリスク選好型・グローバル型の戦略経営と仕入れと在庫管理によるリス
ク回避型・ドメスティック型の戦略経営との極めて対照的な戦略経営の結果でもあります。これ
らの数値や金額の裏には、戦略経営の研究にとってまだまだ多くの研究対象が眠っているとも考
えられます。
3
ケース3(低レベル売上原価率産業):資生堂
本年 9 月 6~7 日、中央大学後楽園キャンパスにおいて、国際経営戦略研究学会の年次大会が開
催され、6 日の記念講演会において、資生堂の前社長・会長で現在は相談役の前田新造氏が、
「資
生堂のグローバル展開―中国事業の 30 年の歩み―」というテーマにてご講演をされました。ご講
演の後、数名から質疑応答がありました。大学院生の研究テーマとしても、資生堂のグローバル
戦略はよく取り上げられているのですが、本稿では、管理会計の立場から検討してみることにし
ます。
資生堂を初め、当日、引き合いに出されたコーセーなども、低レベル売上原価産業に入ります。
ビジネスモデルからは、低い製造原価の製品を販管費の力で、高い販売価格を維持しなければな
らないモデルです。資生堂の場合も、製造から販売まで抱え込む SPA タイプの企業です。本稿で
は、まず制度品と呼ばれる化粧品を中心に考察し、次いで一般品の TSUBAKI 等のトイレタリー
類について若干考察することにします。
282
戦略経営に対する管理会計の役立ち
表 10
資生堂の連結損益計算書及び百分率損益計算書
(出所)
『平成 26 年度株式会社資生堂有価証券報告書』より筆者作成。
表 11
資生堂の販管費の内訳
(出所)
『平成 26 年度株式会社資生堂有価証券報告書』より筆者作成。
283
(単位:百万円,%)
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
有価証券報告書では、
マーケティングコスト(売出費及び広告費)は売上高に対する比率 22.2%、
人件費は 23.9%と報告されていますが、業務内容からみれば、化粧品は SHISEIDO のブランド
を掲げる専門販売店(代理店)によるカウンセリング対面型販売であり、専門販売店に対するい
わゆるリベートである売出費と美容指導員を含む販売員の人件費もすべて販売促進費と考えるこ
とができ、上記の表から、売出費+広告費+給料・賞与+退職給付費用より、売上高に対する比
率は 42.7%となります。
化粧品のカウンセリング対面販売は、国民性や人種によって価値観や肌そのものも異なるため、
グローバル戦略は一般商品のように、その国に行って商品を置いてくればよいというものでもな
く、少なくともブランド構築による当該国民の信頼を確保し、その国に合った美容カウンセリン
グを行う美容部員の教育を行い、自社のブランドを掲げる専門店を育成することが必要となりま
す。それにはやはり相当の時間と販管費を投じなければなりません。記念講演の後の質問のなか
に、コーセーはインドネシアに強いのに資生堂はどうして弱いのかというのがありましたが、以
上のような理由により、カウンセリング対面型販売が中心の化粧品では、特定の国に根付くには
かなりの時間と費用が必要となるため、潤沢な資本力がなければ、次から次へと異なった国や地
域に進出することは容易なことではないことになります。
(1) 資生堂のグローバル戦略の現状
資生堂は、2013 年 12 月現在、グローバルブランド SHISEDO を世界 89 カ国と地域(日本を
含む)で展開していますが、有価証券報告書のセグメント報告を見ますと、その現状が具体的に
見えてきます。そうした現状を踏まえて、今後、どのようなグローバル戦略をとるべきかという
方向も見えてくることになります。
売上高に見る海外比率ですが、国内化粧品事業が 46.0%、グローバル海外事業が 52.9%という
ことから、
過半数が海外事業ということが分かります。しかし、
営業利益を見ますと、国内の 80.2%
に対して、海外事業は 15.6%とかなりの問題を提示しています。資産の状況を見ても、国内の
27.4%に対して、海外は 66.5%と、海外投資を相当重視してきたことも読み取れます。
海外の地域別売上高を見ますと、中国を最重要国と位置づけているだけあり、日本の 49.5%に
次いで 14.6%となっていて、海外では、最も大きい売上高であることが分かります。尖閣諸島問
題を契機に中国での経営は苦戦を強いられているとはいえ、資生堂のグローバル戦略は中国が中
心となっているといえます。先の記念講演でも、ベトナム等の例が示されていましたが、中国を
中心にアジア展開があることが強調されていました。それを裏付けるように、2014 年 10 月 30
284
戦略経営に対する管理会計の役立ち
日の『日本経済新聞』に、
「資生堂、上海に研究所、化粧品 中国向け開発を移管」という記事が
大きく掲載されました。資生堂は、2001 年に資生堂(中国)化粧品開発中心有限公司を設立して
いましたが、それにもかかわらず、中国向けの商品開発は日本での商品開発を基本としてきたよ
うです。カウンセリング対面販売は、上で見ましたように、国別、国民別にその特性を十分把握
した販売プロモーションが求められます。現地化が重要なキーワードかと思います
20。
(2) トイレタリー等の一般品の場合
では、一般品のセルフマーケティングならば、より迅速に、その国に根付くことができるかと
いうと、トイレタリー商品の場合、極めて競争が激しい市場であるだけに、広告宣伝によるブラ
ンドや商品の認知度の向上や、ドラッグストアやスーパーに対する販売チャネルの確立等の販管
費が必要となります。低レベル売上原価率産業は、すなわち、製造原価が低い産業は、それだけ、
その市場への参入障壁が低いことを意味します。販管費にかなりの売上総利益を費やさなければ
ならないことを視野に入れれば、製品製造段階でのコストリーダーシップは、容易には機能しな
いともいえます。資生堂の場合、グローバル海外事業の営業利益率が 1.9%と低すぎることは大き
な問題です。前年度はマイナスでした(△3,288 百万円)。化粧品にかかわらず低レベル売上原価
率産業のグローバル戦略経営に対して、戦略経営研究の立場からの研究成果が期待されます。
表 12
セグメント報告(自 2013 年 4 月 1 日
至 2014 年 3 月 31 日)
(出所)
『平成 26 年度株式会社資生堂有価証券報告書』より筆者作成。
日本経済新聞社によるアジア 6 か国のアジアブランド調査によりますと、化粧品部門での首位
の企業は、インド・インドネシア・中国がロレアル(仏)、タイ・フィリピン・ベトナムはシャネ
ル(仏)となっていて、フランス勢の優位が際立っています(『日本経済新聞』、2014/11/5)。
20
285
戦略経営ジャーナル Vol. 3, No.3 (December, 2014)
表 13
地域別売上高(自 2013 年 4 月 1 日
至 2014 年 3 月 31 日)
(単位:百万円)
(出所)
『平成 26 年度株式会社資生堂有価証券報告書』より筆者作成。
III. おわりに:戦略経営と会計諸分野との連携
リレー連載第 2 回の「戦略経営における危機感と戦略システム」
(徳永、2013)において、
「戦
略には経営(マネジメント)の視点が重要なこと」、「経営の視点とは、戦略は、経営資本(人的
資本、物的資本、組織資本)の開発と一体化すること」が強調されています。経営活動を記録し
測定し、ステークホールダーに企業活動さらに企業価値を報告することが会計の機能とするなら
ば、2010 年に IIRC(The International Integrated Reporting Council,国際統合報告評議会)が設
立され、国際的な統合報告のフレームワークの開発がスタートし、これを受けて日本の会計学会
においても、目下大いに研究されている「統合報告(Integrated Reporting)」は、まさに、その会
計面での対応といえます。企業の持続的な成長のために、統合報告では、財務資本(Financial
Capital)、製造資本(Manufactured Capital)、知的資本(Intellectual Capital)、人的資本(Human
Capital)、社会及び関係資本(Social and Relationship Capital)、そして自然資本(Natural Capital)
の 6 つの資本を対象とし、統合報告書はそれらがどのように企業活動に投入され、アウトプット
として外部に提供されるかという企業の価値創造プロセスを表現する報告書を意図しています。
企業も(人も)
、業績評価指標に合わせて行動するようになります。統合報告書がさらに一般化
し社会に認知されてくるようになれば、企業の戦略経営における行動も統合報告に合わせて行わ
れることも十分考えられます。
最近、ポーターは、従来の企業中心の戦略論から、広く社会の価値の増大を視野に入れた共通
価値の創造(Creating Shared Value,以下 CSV)を提唱しています。CSR と CSV を巡って、CSR
と CSV は異質であるとか、CSR は CSV に包括されるとか、さまざまな論議がなされています。
こうした論議も、管理会計の立場からは、環境管理会計の分野や、さらに社会関連会計の立場か
286
戦略経営に対する管理会計の役立ち
ら、研究がなされていることと呼応するともいえます。今回のテーマから若干外れるため、また、
CSV の管理会計や社会関連会計からのアプローチは、現在、研究中であることもあり別の機会に
譲ることにさせて戴きます。
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『平成 26 年度トヨタ自動車株式会社有価証券報告書』
『平成 25 度株式会社ファーストリテイリング有価証券報告書』
『平成 26 年度株式会社しまむら有価証券報告書』
『平成 26 年度株式会社資生堂有価証券報告書』
『日本経済新聞』2014/10/8
『日本経済新聞』2014/10/13
『日本経済新聞』2014/10/30
『日本経済新聞』2014/11/1
『日本経済新聞』2014/11/5
(執筆者)
大島
正克
亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科及び大学院アジ
ア・国際経営戦略研究科教授。担当科目は、国際会計論、環境会計論、ホスピタリティ管理
会計論など。早稲田大学商学部卒業。早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。博士(商
学)早稲田大学。博士論文は「中国企業会計研究」
。公認会計士試験委員(平成 23 年度から
現在、担当科目「管理会計論」
)、国際戦略経営研究学会理事、日本管理会計学会副会長、日
本社会関連会計学会監事。
E-mail:[email protected]
289
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