2015 年度千代田学 報告書 長期的に継続維持可能な 障害者・高齢者支援ネットワーク に関する実践的研究 上智大学 理工学部 情報理工学科 准教授 矢入郁子 目次 1. 2. 3. 4. はじめに 上智サマーハッカソン 視覚障害者ワークショップ おわりに 1. はじめに <事業内容> 本事業では技術者が障害者・高齢者とともにイノベーションを生み出す人的ネッ トワークを千代田区というフィールドで構築する仕組みを摸索するとともに,実際 のワークショップ開催や研究開発を通してイノベーションを生み出す仕掛けを実 践する.初年度である 2014 年度は上智サマーハッカソン,東京パラリンピックの 海外からの参加者に日本の魅力をアピールするための国内•東京近郊ツアーの企画 を競うワークショップを実施するとともに,車いすユーザに加速度センサ・筋電セ ンサ・心電センサを付けて路面のバリアフリーを定量的に評価する路上ウォーク, ネットワークおよびセンシング方法ともに高プライバシーの高齢者の見守りシス テムの制作と評価,日用生活品を応用したセンサシステムの制作と評価を行った. 2年度目の 2015 年度は大学規模での活動,3年度目は千代田区の会社などを巻き 込んだ地域規模での活動を摸索する. <千代田区との関連性> 2020 年に東京オリンピック・パラリンピックが開催されることが決定し,千代 田区も一部の競技の開催場所に既に指定されている.本提案は 2020 年とその後に 到来する超高齢化社会に向け,千代田区在住・勤務の障害者・高齢者が,千代田区 在住・通学の大学生とともに,障害や加齢に配慮した町づくり,新サービス・機器 の提案など,様々なイノベーションを生み出す市民・自治体・大学・企業間の相互 支援ネットワーク実現を,実際の研究開発実施を通して目指す. <目的及び最終的な到達目標> 長期的に継続維持可能な人的ネットワークを実現するためには,参加者のリフレ ッシュが必要不可欠であり,大学生を参加者の中核に据えることが最適である.本 研究提案では助成期間内に上智大学理工学部情報理工学科の学生を中心としたワ ークショップ開催や研究開発などの活動を通して人的ネットワークの骨格を形成 するとともに,社会に向けた活発な情報発信と千代田区の市民・自治体・大学・企 業間に向けたオープンな参加を呼びかけ,助成終了後にも形成されたネットワーク が維持されうることを目指す. <成果の発表・活用方法> 構築された人的ネットワークが,助成後の4年目以降も関係した人々に支えられ て運営されていくように工夫を行う.助成期間中の活動は全て,ウェブページ, Facebook, twitter などのネットメディアを通して情報発信し,4年目以降の長期 的に継続維持可能な障害者・高齢者支援ネットワークの本格的運営に備える.複数 年の助成期間内に構築した情報発信する仕組み,人的ネットワークを醸成する仕組 みが,人的ネットワークの強化・組織運営に応用されることを目指す.イノベーシ ョンを目的として障害者・高齢者・技術者などが千代田区に集い,実際に開発され たアプリケーションの例として,学会での発表などの公的な記録が残り,またその ような成果が出たことでさらに人的ネットワークへの参加の動機付けが高まりう るように配慮する. <2年度目の取り組み> 特別なニーズを持った少数ユーザと真摯に向き合うことでイノベーションを生 み出そうという試みとして,近年インクルーシブデザインが注目を浴びている. 2015 年度の6月に視覚に障害をお持ちの方や車いす利用の方,そのご家族,支援 者と,研究者・大学・企業をつなぐ,インクルーシブデザインのための人的ネット ワーク作りを目的としたワークショップを企画した. ワークショップではゲスト として,宇宙飛行士の山崎直子さんをお招きした.宇宙開発では,宇宙空間で暮ら すという特別なニーズを持った宇宙飛行士という少数ユーザを対象としたインク ルーシブデザインが実践されてきたと言える.山崎さんからは,宇宙開発分野の研 究者でもあり,宇宙飛行士としてユーザの立場も体験された立場で,宇宙開発にお けるインクルーシブデザインだけでなく,宇宙開発を盛り上げる市民活動のネット ワーク作りに関しても講演いただいた.参加者 45 名は5つのグループに分けられ, 「インクルーシブデザインのための人的ネットワーク作りを成功させるための仕 掛け」についてディスカッション及び発表を行った. 8月には昨年に引き続き第二回上智サマーハッカソンが4日間にわたって開催 された.33 名が9チームに分かれ,千代田区から頂いた「高齢者が住み続けられ るまちづくりのためのアプリケーション」を課題に,アイディアと実装を競い合っ た.また,車いすユーザに加速度センサ・筋電センサ・心電センサを付けて路面の バリアフリーを定量的に評価する路上ウォークの実施,高プライバシーの高齢者の 見守りシステムの改良,日用生活品を応用したセンサシステムの評価と改良につい ても昨年度に引き続き行われた. <本稿の構成> 以降,2章•3章において,それぞれ上智サマーハッカソン,インクルーシブデザ インのための人的ネットワーク作りを目的としたワークショップの報告を行う. 2. 上智サマーハッカソン 2.1 開催概要 本学におけるイノベーション人材の教育活動としての定着を狙い,昨年に引き続 き千代田区による研究助成「千代田学」,理工学部同窓会による優勝賞金援助,日 本マイクロソフトによる開発環境と賞品提供,朝日新聞メディアラボによる賞品提 供のサポートを受け,情報理工学科・情報学領域主催の二回上智サマーハッカソン が開催された.大学の協力による学内でのポスター掲示,大学の情報発信ページで の紹介などにより,43 名の申込みを得た.キャンセルや無断欠席などがあり,実 際には 33 名がハッカソンに挑んだ.キャンセル理由には,勢い込んで6名のグル ープで申込みをしたものの,ハッカソンの趣旨を知り,尻込みをしたというものが あった.学内の教育的イベントであるにも関わらず,4名が無断欠席となったこと も残念である. <上智大学新聞に掲載された記事> 2.2 実施報告 Sophia Summer Hackathon-2015-ご報告 昨年に引き続き上智大学公認ハッカソンが 2015 年 8 月 4 日から 7 日にかけて開 催された.学部生,大学院生合わせ約 40 名が4日間 千代田区の高齢者・障害者向 けのサービスやアプリケーションのアイデアを出し,第一線で活躍する企業の方々 に助言をいただきながら,自らのアイデアを形にするためにプログラミング等を駆 使し開発を行った.本節ではこのイベントの開会から閉会までを時系列で報告する. 【日時】8 月 4 日〜8 月 7 日 【場所】市ヶ谷本館 1F 大会議室 (1)初日 8 月 4 日・開会式 *開会式の様子 開会式は午前 10 時に築地理工学部長の挨拶で幕を開け,その後池尾理工学部同 窓会長,朝日新聞メディアラボ主査白石健太郎氏,日本マイクロソフト株式会社渡 辺弘之氏から企業や技術に関するプレゼンテーションが行われた.そして,千代田 区の新井玉江氏より今回のハッカソンのメインテーマとなる千代田区の高齢者や 障害者の現状,求められる支援内容についてのお話をいただいた. ・アイデア発表/チーム分け 協賛企業や千代田区からの説明を受け,学生達にはプレゼンターやメンターの 方々とのフリーディスカッションの時間が与えられた.その後,学生達は千代田区 の高齢者障害者支援のアイデアをホワイトボードに書き出し,ホワイトボードの内 容について1〜2分ほどのプレゼンをした. *プレゼンター,メンターの方々とのフリーディスカッションの様子 学生のプレゼン発表ののち,プレゼンター,メンター,学生を含む全員が,自分 が共感したアイデアのホワイトボード3件にポストイットを貼付け,投票を行った. 学生は誰がどのアイデアに共感したかがわかるように,投票を行う際にポストイッ トに名前を書くようにした.主催者とプレゼンター,メンターとが 集められたホワ イトボードをもとに 評価の高かったアイデアとそれに共感した学生とを集計し, 学生を 9 つのチームにグループ分けした. ・作業開始 チームが決定するとすぐに,チーム毎の作業を開始.自己紹介を終えすぐに企画 の考案に移るチーム,互いの趣味などをテーマに雑談しながらチームビルディング を謀るチーム,メンターを質問攻めにするチームなど様々だった. *初日のチームビルディングの様子 (2)2日目,3日目 8/5,6 両日はチームごとの開発作業に充てられた.10 時〜19 時のコアタイムにメ ンターや主催者が同席してのアドバイスを受けられるが,その他の時間は学生のみ の作業となる.作業方法や内容だけでなく作業場所や時間も,チーム毎に自由に選 べるため 深夜まで会場にいるチーム,チームメンバの所属する研究室を借りるチ ーム,自宅からメンバが相互にネット接続して作業をするチームなど様々だった. チーム・学生の中にも,既に開発経験のある学生もいる一方で,「プログラミン グはかじった程度」や「全くプログラミングをしたことのない」学生など様々であ り,チーム内で相談したり,ネットで調べたりと工夫しながら開発を進めていた. アイデアや開発,ビジネスモデル等で思い詰まった時にはメンターの方々に積極的 にアドバイスをもらいにいき,自分たちが考えるサービスをより良いものに,さら には具現化しようとする姿勢が各チームに見受けられた. また,メンターの方々も質問を受動的に受け付けるだけでなく,全チームを定期 的に見回りながらチームの進捗を確認し,適切なアドバイスを与えて開発作業をサ ポートしてくださった.参加した学生達にとっては,日本を代表する企業で活躍す る方や,自ら起業した経験を持つメンターの方々と交流を図ることはハッカソン参 加そのものの主目的の一つでもあり,指導を受ける姿にも熱が入っていた. *開発及び企画や開発の進捗をメンターの方々に発表しフィードバックを頂いて いる様子 (3)最終日 8 月 7 日– ・プレゼンテーション 午前 10 時より全 9 チーム,3 日間の集大成となるプレゼンテーションが行われた. (以下<チーム名> -サービス名-) <Lyapunov> – TeleGranpa – 高齢者が馴染みやすく扱いやすいコミュニケーション手段として写真に着目し,家 族と離れて暮らす高齢者に写真で日常を共有するサービス「TeleGranpa」を提案. 写真の撮影だけでなくコメントの記入や共有する際の印刷レビュー機能,さらには 受け取った高齢者の表情までフィードバックを受け取れる機能を完璧に実装した. *「Lyapunov」のプレゼンテーション <watapuro> -わたフォト1 タッチ,1 操作という簡単な操作のみで画像の撮影・送信ができるサービス「わ たフォト」 (one touch photo の略)を提案.実装した機能を用いて,実際の使用シ ーンをユニークな動画を用いて説明し,システムの使いやすさをアピールした. *「watapuro」のプレゼンテーション <Enkel> -マゴプラス入力を始めとした,操作性に特化した高齢者向けリマインダーアプリケーション 「マゴプラス」を提案.マゴプラスには主に,家族や孫の写真を利用した通知機能 「孫ころ」と,薬の飲み忘れチェックを行う「孫の目」機能が搭載されており, Android アプリによって実装した. *「Enkel」のプレゼンテーション <Abochans> -KAIRAN-PAD地域内のつながりを深める目的として,タブレットによる回覧板「KAIRAN-PAD」 を提案.動画・音声・ゲームなど従来の回覧板では再現できなかった動的なコンテ ンツを提供することで,コミュニケーションを促進するサービスとなっているもの. 動画の視聴後にビンゴを楽しめる機能なども搭載し,コミュニケーションを支援す るユニークなアイデアを披露した. *「Abochans」のプレゼンテーション <GTA> -らくけん高齢者でも簡単に血圧等の測定ができるサービス「らくけん」を提案.測定結果は 区役所,家族宅に共有され高齢者の方が,健康に生活しているのか否かを確認する ことができる見守りの仕組みとなっているもの.実装した Android ネイティヴアプ リを用いて実際の使用シーンをプレゼンした. *「GTA」のプレゼンテーション <SAVAS> -クエストシステム若者と高齢者のパイプをつくるきっかけとなるサービス「クエストシステム」を提 案.若者が掲示板に疑問や質問を投稿した後,高齢者と若者が実際に会って活動を 行うもの.さらには活動結果がレビューとなることで第二次層を生み出すという仕 組み.端末の配布や経費の概算をも行っており,実現可能性をアピールした. *「SAVAS」のプレゼンテーション <Unauthorized> -おしえ〜る高齢者が街の若者に自分の特技や趣味を教授するプラットフォーム「おしえ〜る」 を提案.千代田区の現状を踏まえた上で「料理」にフォーカスを当て,おふくろの 味を若者に伝えるサービスを,イメージ動画・デモを通して発表した. *「Unauthorized」のプレゼンテーション <Knowledge Source> -Knowledge Source知識が豊富な高齢者が,若者の質問・疑問・悩みに応える場を提供する高齢者限定 クラウドソーシング「Knowledge Source」を提案.Web フレームワークを用いて 掲示板の基本的な機能を完璧に実装した.さらには提案サービスを評価するために 街頭アンケートを行い,サービスの有用性をアピールした. *「Knowledge Source」のプレゼンテーション <美> -美ナビ女性高齢者と潜在美容師をマッチングするプラットフォーム「美ナビ」を提案.市 場調査を徹底的に行った上で,現在の千代田区に必要なこと,高齢者が求めている ものを明らかにし,的確なアプローチ,ビシネスモデルを考案した. *「美」のプレゼンテーション ・閉会式 講評/結果発表 学生たちによるプレゼンテーションの後,30 分ほど審査員による審査会議が行わ れた.閉会式は審査員,メンターの方々からの講評を終えた後,各賞の発表が行わ れた. 4 位「千代田区賞」 写真を用いたコミュニケーションサービス「TeleGranpa」を提案した,チーム 「Lyapunov」が受賞.千代田区の問題を克服し得るサービスの提案・実装が評価 された形となった. * チーム「Lyapunov の3名」 (大杉さん,鷲野さん,小林さん) * 独居高齢者が多い千代田区において,家族と日常を共有する「TeleGranpa」の ニーズは高いといえる.写真によるアプローチもよく考えられており,千代田 区に導入してみたらすぐにでも人気が出そうなサービスだと思う. 3位「マイクロソフト賞」 高齢者限定クラウドソーシングを提案した「Knowledge Source」が受賞.掲示板 クラウドソーシングの基本的機能を完璧に形にした実装力が評価された. * チーム「Knowledge Source」の 3 名(早川さん,大森さん,長峯さん) *サービスを評価するために,9 チームの中で唯一アンケートも行い,自分たちの サービスを客観的に評価する柔軟さも垣間見えた.実装には,比較的敷居が高いと 言われる Web フレームワーク「Ruby On Rails」を用いており,デザインも形にし ていた.また,プレゼンテーションスライドもクールな仕上がりとなっており,審 査員にもわかりやすい発表となっていた.知識が豊富な高齢者が若者を支援すると いうサービスは既に多く存在しており,web 上だけではなくよりリアルに落とし込 むことで今後のサービスの発展が期待される. 2位「朝日新聞メディアラボ賞」 若者と高齢者のパイプをつくるきっかけとなるサービス「クエストシステム」を提 案した「SAVAS」が受賞.高齢者と若者の関係に着目した視点・アイデア・実装が 評価された. *チーム「SAVAS」の 4 名(鐘睿さん,鈴木さん,千葉さん,黒澤さん(閉会式欠 席)) *若者の問題を解決することで高齢者に生きがいを感じさせ,最終的に生活の質を 向上させることを目指していた.高齢者の現状から詳細にリサーチを行った上で, 対象となるターゲットを「比較的健康で支援や介護を受けていない方」と絞ること で,サービスの具体性が現れていた.さらには,費用やビジネスモデルも熟考され ており今すぐにでも実現されそうなサービスである. 1位「理工学部同窓会賞」 高齢者が主体となって若者に趣味・特技を教授するプラットフォーム「おしえ〜る」 を提案した「Unauthorized」が受賞.必要な資金を広告収入で賄うなど,アイデア, 技術,実現可能性の高さが評価された. * チーム「Unauthorized」の 3 名 (鶴岡さん,木村さん,山﨑さん) *年金等によって若者が高齢者を支えている現在の社会的仕組みではなく,高齢者 が主体となって若者を支える仕組みの実現に注力した.実装では高齢者が出来るだ け何も操作しなくて済むように,タブレットはあえて使わず音声認識や電話といっ た比較的アナログな高齢者でも抵抗なく使える手段をとって実現していた.想定さ れる利用シーンをイメージしたムービーもまとまっており,比較的イメージがしづ らい当サービスをわかりやすく説明する工夫をしていた. 高祖理事長の言葉で幕を閉じ,その後参加者全員で記念撮影を行いました. SOPHIA SUMMER HACKATHON-2015主催:情報学領域,情報理工学科 後援:上智大学大学院理工学研究科,上智大学理工学部,上智大学理工学同窓会, 上 智大学理工学振興会 協力:上智大学総合メディアセンター,上智大学研究推進センター 協賛企業:日本マイクロソフト株式会社,朝日新聞メディアラボ 3. インクルーシブデザインのための人的ネットワーク作り ワークショップ 3.1 開催背景 コンピュータサイエンスや工学の分野だけでなく,社会学の分野においても,イ ノベーション教育と実践のための仕掛けとして近年注目が高まっているのが,ハッ カソンとインクルーシブデザインである.インクルーシブデザインとは,人の持つ 特殊なニーズに気づき,それに適した設計を提案するワークショップを中心とした イベントで,インクルーシブデザインの世界的研究センターである ロンドンの英 国王立芸術学院(Royal College of Art)・ヘレンハムリンセンターのジュリア・カセ ムらによって提唱された.20 世紀型のマスプロダクトでは見落とされてきた高齢 者や障害者を中心とした特殊なユーザを対象に,特殊なニーズに基づいた製品を多 品種少量生産する 21 世紀型のプロダクトに適していると指摘されている. インクルーシブデザインはハッカソンともに,イノベーション人材の教育のため だけでなく,実際にイノベーションを生み出すためにも,シリコンバレーを中心と した世界の開発現場で活用されている.日本では近年,大学教育に応用する試みが 始まっており,代表者らはその流れの中で,2013・2014 年の2回,個人研究室主 催でのインクルーシブデザインワークショップを開催してきた.本章では,大学規 模でのインクルーシブデザインワークショップ開催に向けたプレイベントとして の「インクルーシブデザインのための人的ネットワーク作りワークショップ」の報 告を行う. 3.2 開催概要 宇宙飛行士,山崎直子氏に宇宙開発研究分野での市民活動のネットワーク作りに 関して講演いただき,参加者全員で,本学における高齢者•障害者のインクルーシ ブデザインのためのネットワーク作りについて考えるワークショップを実施した. 矢入研にこれまで協力してくださった高齢者•障害者の方々と研究者・開発者を中 心に 60 名ほどを招待した.山崎直子氏という著名なゲストを呼んだにもかかわら ず,高齢者•障害者の参加者集めには苦労を強いられた.前日予約状況 53 名を得た が,体調不良による当日の欠席があり 45 名の参加により実施された.高齢者•障 害者の参加者を募る場合は,直前まで人数の確定が困難であることを前提に予約に 厳密な手続きを課さないように,たとえ欠席してしまっても次回に気楽に来ていた だけるような雰囲気作りが重要である. 3.3 実施報告 私たちはこれまでにも,視覚障害者と晴眼者が共にイノベイティブなアイデア発 想を行うインクルーシブワークショップを開催してきた.昨年度は視覚障害者の方 を交えて「2020 年東京オリンピックで来日するパラリンピック選手に提案する日 本旅」をテーマにワークショップを行い,視覚障害者・晴眼者双方が楽しめる旅を目 指して活発なディスカッションが行われ,双方の考えがうまくミックスされた旅行 案が提案された.今回は視覚障害の方だけでなく,高齢者・障害者の方々との連携に 視野を広げてワークショップができないか模索していたところ,まずはその方々を 結ぶネットワークづくりが最重要であり,それを目的としたワークショップができ ないか企画することになった. それぞれ立場の違う,高齢者,障害者,研究者や学生などをどのように結びつける かを考えたときに,様々な国籍の異なった分野の研究者が一定期間一緒に生活しな がら実験研究を進める宇宙ステーションが思い浮かぶ.例えば宇宙食もそれぞれ国 の違う宇宙飛行士の意見を聞きながら開発されること,飛行座席も宇宙飛行士それ ぞれ体型を取りカスタマイズされたものが用意されること,個々を大切にしながら 全体を作り上げるまさに究極のインクルーシブデザインが宇宙開発ではないだろ うかと考えた.そこで宇宙飛行士山崎直子さんをお招きし,宇宙開発研究分野での市 民活動のネットワーク作りに関して講演いただき,参加者が高齢者•障害者のイン クルーシブデザインのためのネットワーク作りについて考えるワークショップを 企画,開催することにした. 当日は 今までの矢入研究室の研究に協力くださった視覚障害者の方,歩行困難 な方,教育系研究の実験協力者,筑波大学付属資格特別支援学校の先生方,人工知能 学会関係者,JTB バリアフリーツアー関係の方,千代田区の方,共同研究者および研 究室の学生と多方面の方が集まってくださった. [日時] 6 月6日 [場所] 市ヶ谷本館 16:00~19:00 201教室 1. 山崎直子さんの講演 <宇宙での体験談> 宇宙に行った人は今まで約 500 人.「宇宙」とは 2000 年以上昔に中国で生まれた言 葉で 100km 以上の上空を意味する真空の空間のこと.有人宇宙船は現在アメリカ・ ロシア・中国・インドが開発中である. -山崎さんの訓練期間は 11 年間.ヒューストンにスペー スシャトルと同じ大きさの施設があり,様々な訓練を 経験した. -2010 年に飛行.時速 28000km,(音速の 23 倍),3G の負荷,8 分 30 秒で宇宙に到着. -現在宇宙飛行士はメガネ,コンタクトも使用可,虫歯も 治療してあれば大丈夫である. -国際宇宙ステーションでは飛行機2機分の大きさが滞在場所で,15 カ国の人が滞 在.船外に出るときの宇宙服は 120kg,地球に戻るときのオレンジの服は 41kg,船内 ではポロシャツなどのラフなものを着用している.洗濯できないので汚れたら廃棄 するが,素材など日本の技術が生きている.食事は 300 種類ほどあり味が濃い方が美 味しく感じる.将来宇宙に住むための研究で宇宙農業も企業とコラボレーションし て進められており,大豆・レタス・肉の代わりにカイコなどが試作されている. -常に飛行機のようなゴーっという音がしているが慣れる.無重力なので顔がむくみ 脚が細くなる.常に鼻が詰まった感じで空気が乾燥している.換気ができないので運 動部の部室のような独特の匂いがする.普段は頭が上で脚が下,というスタイルで順 応しているが寝る時は浮いている人や固定する人など様々. -オゾン層がないので日焼けするので,窓からの地球は綺麗だが注意しないと真っ黒 になってしまう. <様々な国の宇宙飛行士たちとネットワークを築くには> -夕食は全員でとるように心がけコミュニケーションを図った. -宇宙ステーション滞在は「出張」扱い.国によって待遇も違い,ロシアは船外活動に 特別手当が出るが,逆にミスに対しては減給がある.アメリカではフラット.そのよ うな土台の違いからミスに対して対立した考えがあることも事実.話し合いで妥協 案を探り,それぞれがその分野の第一人者の集まりなので尊重しあいながら解決し た. -なるべく間違いのないように何回も試された技術が採用されているため,地上に比 べると何世代か古い技術が多い.宇宙にいるのは数人だが地上にいるたくさんのス タッフに支えられている. - 「自分で自由に出入りできない」「人間関係が固定される」点は国際宇宙ステー ションでの生活と介護を受けている方の生活は共通していると思う.大人用紙おむ つは宇宙飛行士用に開発されたのが始まり.(打ち上げ時 3 時間,船外活動時 7 時間 ほどは紙おむつで凌ぐため)また,宇宙では重力がないので心臓への負担も少なく循 環器系の疾患の方や足腰が弱い方が負担なく動き回れるので,リハビリ病院なども 夢ではないのかもしれないと思う. その他にも貴重な体験を踏まえた興味深いお話をたくさんいただけた. *フジテレビの元キャスターで現解説員の松本さんによるインタビューも行った. [インクルーシブデザインのための人的ネットワーク作りに関するグループディス カッション] 参加者が 5 つのグループに分かれて討議を行い「高 齢者・障害者の方々と連携したネットワークを作る には」をテーマにグループの意見をまとめて発表し た. 各グループの意見は以下の通り. ・介護を必要とする方,高齢者の方のニーズを見つけ る.具体的には HP を作る/ アプリを作れる仕組み を整備する/ いろんな人が見てレビューを書けるもの. ・目的地を入れると連れて行ってくれるアプリを作る.階段がどれくらいあるかなど 具体的な情報がわかるものがよいのでは. ・疲れて座れるところに椅子がないと困るので高齢者でも持ち歩ける椅子を開発す る. ・掃除,家事はヘルパーさんができるので,話し相手になったり通院の付き添いを区 内の学校に通う学生ができないか.話し相手になることで介護の現状を知る若者が 増える. ・駅での安全確保システムの開発.ユーザー登録されたパスモに手助けが必要な事柄 などの情報を入れておき,駅員が必要な補助を行えるようにする. ・上司と部下,大人と子供など価値観の違うひとの溝を埋めるシステムの開発.コミ ュニケーションの場を育て→情報を得て→発信する(協働) ・点字などの共通化.より個人にフィットした介助ロボットスーツの開発 ・共通するインタフェースで家電が喋ってくれるシステムの開発.学生が開発すれば 費用が抑えられユーザーに届く.市場が狭いと高額になりがちで開発も進まない.作 ることが価値になるような場を教育の現場で作れば良い. 短い時間であったが様々な視点から具体的な意見 が出た.これは普段の生活でも常に問題意識を持って 物事を考えているからであり,素晴らしいことだと総 評をいただいた.今回参加してくださった方々の研究 者としてのネットワークを感じ「ネットワークを作る」 というよりも「ネットワークはもうここにある」とい う前提での意見がたくさん出ていた.また,ワークショ ップで出た意見に参加してくださった企業や研究者から具体案が添えられるなど 充実した関係が構築できた 1 日となった. 筑波大学附属視覚特別支援学校の先生方は研究のあり方についても熱く語ってく ださった.学生も含め,参加者全員の研究に対する熱さを感じたイベントとなった. 4.おわりに 本事業では技術者が障害者・高齢者とともにイノベーションを生み出す人的ネッ トワークを千代田区というフィールドで構築する仕組みを摸索することを目標に, 実際のワークショップ開催や研究開発を通してイノベーションを生み出す仕掛け を実践した.本報告書では,2015 年度に実施したハッカソンとワークショップの 報告を中心に行った. 「平成 27年度 千代田学研究成果報告書 上智大学 理工学部 矢入研究室」 平成 28 年 4 月発行 発行 上智大学 理工学部 矢入研究室 〒102-8554 東京都千代田区紀尾井町 7-1 ホームページ http://www.yairilab.net/ 監修 上智大学研究推進センター ※無断での転載はお断りいたします
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