平成25年度 研究紀要 (第913号) E1-01 学校の危機管理を機能化する リスク・マネジメントの在り方 - 学校の実態把握と組織的な取組の事例研究を通して 信頼される学校づくりを進めていくには,学校安全計画,危機管理マニュ アルにもとづいた学校の危機管理能力を高めていくことが不可欠である。本 研究では,学校の実態と組織的な取組の事例研究を通して,学校の危機管理 を機能化し,教員一人一人の意識・実践力を高めていく効果的なリスク・マ ネジメントの在り方について研究を進めてきた。その結果,ヒヤリ・ハット の収集,蓄積を進め,危機管理マニュアルに反映させながら効果的に活用し ていくことが重要であることが明らかになった。 福岡市教育センター 経営研究室 - 目 第Ⅰ章 次 研究の基本的な考え方 1 主題について ····················································· 経‐1 2 研究目標 ·························································· 経‐3 3 研究仮説 ·························································· 経‐3 4 研究構想 ·························································· 経‐3 (1)アンケート調査や他業種における聞き取り調査の結果分析と 効果的な在り方の検討 ··· 経‐3 (2)研究内容 ····················································· 経‐4 (3)研究方法 ····················································· 経‐4 5 研究構想図························································ 経‐4 第Ⅱ章 1 研究の実際 アンケート調査の結果から ········································· 経‐5 (1)事件・事故の特徴 ············································· 経‐5 (2)学校における事故の件数 ······································· 経‐7 (3)学校の取組と学校組織 ········································· 経‐10 (4)アンケート調査からわかるその他の傾向 ························· 経‐12 2 聞き取り調査によるリスク・マネジメントの組織的な取組事例 ········· 経‐14 (1)小・中・特別支援学校の取組事例 ······························· 経‐14 (2)他業種における先進的な取組事例 ······························· 経‐25 3 調査結果から見たリスク・マネジメント改善の視点 ··················· 経‐30 (1)学校へのアンケートの調査結果から ····························· 経‐30 (2)聞き取り調査から ············································· 経‐30 4 学校におけるリスク・マネジメントの改善について ··················· 経‐31 (1)危機管理の機能化 ············································· 経‐31 (2)学校におけるリスク・マネジメントの在り方 ····················· 経‐31 第Ⅲ章 研究のまとめ 1 成果 ······························································ 経‐34 2 課題 ······························································ 経‐35 資料等 ·································································· 経‐36 第Ⅰ章 1 研究の基本的な考え方 主題について (1) 主題設定の理由 ア 社会及び教育の現状から 戦後の冷戦時代の中,世界的な危機意識の高まりとともに世界的に Risk management(「危 機管理」)という用語が使用され始め,1950 年代には国家安全保障や経済危機,防災,防犯 の用語として用いられるようになった。現在日本で使用されている「危機管理」という用語 は,本来クライシス・マネジメントとリスク・マネジメントの2つの概念で成り立っている 1。 日本において,リスク・マネジメントが初めて紹介されたのは,1960 年代のことである2。な お,「危機管理」という言葉がメディア等で多用されるようになったのは,阪神大震災及び地下 鉄サリン事件をはじめとするオウム真理教関連事件の発生以降であるといわれる 3。一方,民事 裁判件数の増加等にみられる日本社会の「法化現象」に伴い,企業においてもリスク・マネジメ ントの必要性が広く認知されるようになってきた。 また,医療現場においても,1999 年に起こった横浜市立大学医学部付属病院患者取り違え事故 や東京都立広尾病院消毒液誤注射事故等の重大な医療ミスが相次いだことから,医療現場におけ る危機管理の在り方が問われることとなった。医療事故及び紛争への対応の一つとして医療安全 のための組織が構築される等,医療事故防止体制の確立にむけて研究や実践が進められている。 一方,学校現場においては,従来,保健や災害時の避難等を「保健・安全指導」,非行等の問 題に対しては「生徒指導」と言う枠組みで個別具体的に取り組んできた。1983 年の町田市での教 師による生徒刺傷事件や 1996 年の東京都中野区立富士見中学校での生徒のいじめと自殺事案等 を契機に,1999 年以降,「危機管理」や「危機管理体制」という言葉が使用されはじめた。特に 2001 年の大阪教育大学教育学部附属池田小学校事件等を契機に,重大な事件・事故が発生した際 に,損害を最小限に食い止めるためのクライシス・マネジメントの必要性から,2001 年に文部科 学省より『学校への不審者侵入時の危機管理マニュアル』,2007 年に『学校の危機管理マニュア ル 子どもを犯罪から守るために』等が作成され,学校独自の危機管理マニュアルの作成の必要 性等が指摘された。さらに中央教育審議会答申を受け 2008 年には,「学校保健法」の一部が改正 され「学校保健安全法」となり,学習指導要領の内容の中にも「学校安全」の視点が加わった。 これを受けて 2010 年には『安全教育指導資料「生きる力」をはぐくむ学校での安全教育』の改訂 が行われた。2011 年3月の東日本大震災をきっかけに,大規模災害に関する危機管理体制の構築 が必要となり,2013 年「第2期教育振興基本計画(学びのセーフティーネット)」の中では「学 校安全の中心的役割を果たす教員に対する研修の充実等を通じて安全管理体制の充実を図る」こ との必要性が強調されるようになってきている。またそれに伴い『学校防災のための参考資料「生 きる力」を育む防災教育の展開』(2013 年5月)が刊行される等,学校における安全への取組に 対する期待が高まっている。 一方では,子ども同士の喧嘩による負傷等,学校における様々なトラブルに対する保護者から の「クレーム」等が増加する傾向にあり,メディア等においても,いわゆる「モンスターペアレ ント」の存在が取り上げられるようになってきた。このような傾向を受け,近年,学校において も「危機管理」や「学校安全」において,予防,未然防止の観点からのリスク・マネジメント意 識を高めることの重要性が高まってきている。また,これらに対して特別支援学校や養護教諭の 研究会等一部では,医療事故やアレルギー事故との関係で保健機関等と連携し,リスク・マネジ 経―1 メントの考え方にもとづいた研修等が行われつつある。しかし,小・中学校の教育現場において は,学校経営上,リスク・マネジメントの重要性が十分に認識されておらず,その体制が確立し ているとは言いがたい現状が存在する。 イ 福岡市の取り組むべき教育課題から 福岡市では,大阪教育大学教育学部附属池田小学校事件等を受けた文部科学省による危機管理 マニュアル作成の動きを受け,2002 年に「福岡市危機管理マニュアル」が作成された。同年度に は,各学校において独自の危機管理マニュアルが作成された。これにより,教員のクライシス・ マネジメント意識が高まり,各学校ではこれまでの防災訓練や,火災避難訓練に加えて,不審者 侵入時の防犯訓練が実施されるようになった。 このような経緯で進んできたことから,現在,福岡市の公立学校における「危機管理」は,ク ライシス・マネジメントに偏る傾向がみられる。しかし,近年,学校における様々なトラブルが 裁判所に持ち込まれる中で,発生したトラブルに適切に対処するのみならず,発生を予防する方 法を確立し,それを校長,教頭及び教員間で共有することで,教員が組織的に行動することが重 要であると考えられる。また,2013 年7月に発出された「新しいふくおかの教育計画(中間とり まとめ)」においても,学校安全計画にもとづく児童生徒の安全確保及び事故の再発防止に向け た教員の取組が課題として指摘されていることからも,学校の危機管理を機能化させるリスク・ マネジメントの在り方を検討する意味は大きい。 (2) 主題及び副主題の意味 ア 主題について (ア) 「学校の危機管理を機能化する」とは 信頼される学校をめざすためには,その前提として,児童生徒らに対し,安全・安心な学校環 境を提供することが重要である。 そのためには,これまでに起こった重大な事件・事故(アクシデント)を分析し,未然防止の ための対応や事故後の適切な対応を検討することはもちろんのこと,大きな事件・事故にこそな らなかったがヒヤッとした事例(インシデント)を収集し分析する必要がある。これにより,学 校で起こりうる多様な事件・事故をより具体的に予測することが可能となる。それをもとに,学 校組織として検討を重ね,研修等の自己啓発につなげることで,重大な事件・事故の発生を未然 に防止することにつながる。 だが,これまで学校においては,事件・事故に対する予測や対応は個々の教員の問題意識に委 ねられる傾向が強く,教員個人の能力や教育現場での経験に左右されるよるところが大きかった。 そこで,学校における危機管理については,個々人の教員の意識や対応に委ねるだけでなく,学 校組織として対応する必要が出てきた。 学校の危機管理を機能化するとは,学校における危機管理体制を意図的に確立することで, 教員の危機管理意識を高め,教員間の日常的な取組の中に学校における重大な事件・事故を未然 に予防するための仕組みを確立することである。 (イ) 「リスク・マネジメント」とは 一般的に学校における危機管理は,「リスク・マネジメント(事前の危機管理)」と「クライ 経―2 シス・マネージメント(事後の危機管理)」の2つの側面から捉えられる 4。つまり,リスク・ マネジメントとは,早期に危険を発見し,その危険を確実に除去することに重点をおき,事件・ 事故の発生を極力未然に防ぐことを中心とした危機管理である。危機管理の分野においては,重 大な事故の背後に存在する事故前事象であるインシデントを収集・分析・解析することで危険因 子を知り,未然に大事故を防ぐとこが可能となると考えられている5。それを裏付ける研究とし ていわゆる「ハインリッヒの法則」や「バードの法則」等がある。例えば「ハインリッヒの法則」 とは,労働災害を統計的に分析していたハインリッヒが,一件の大きな事故・災害の背後には, 29 件の軽微な事故・災害,そして 300 件のヒヤリ・ハット(事故には至らなかったもののヒヤリ とした,ハッとした事例)が存在することを表した法則である。 本研究では,「ハインリッヒの法則」等を参考に重大な事件・事故の発生防止をめざすために, リスク・マネジメントという視点から学校の危機管理体制について考察する。すなわち,重大な 事件・事故はもちろんのこと,ヒヤリ・ハット事例を収集・検討・分析するための学校組織の在 り方について検討する。 なお,本研究におけるリスク・マネジメントは,児童生徒に関する事件・事故を研究対象とし, 教員の不祥事や情報漏洩等や給食費の滞納等,教員や事務処理に関わる問題は除くこととする。 イ 副主題について (ア) 学校の実態把握とは 現在の各学校における危機管理に関する取組事例等を収集し,学校の置かれた状況等を踏まえ 多角的に分析することで,それぞれの学校において独自に取り組まれている「危機管理」の工夫 や改善の実態を把握し,福岡市の小・中・特別支援学校における危機への取り組みの特徴や傾向 を明らかにすること。 (イ) 組織的な取組の事例研究とは 先行して組織的なリスク・マネジメントの取組を行っている小・中・特別支援学校や,先 進的な取り組みを行っている他業種でのインシデントやアクシデントの収集,リスク分析, 対応,共有,評価等の一連の組織的な取組の事例を集め,小・中・特別支援学校において実 現可能なリスク・マネジメントの在り方を検討すること。 2 研究目標 危機管理の視点から,インシデントやアクシデントについての各学校における 先行した組織的 な取組の実態や他業種の先進的な実践等を収集・分析研究し,学校の危機管理の機能化を図るこ とにつながるリスク・マネジメントの在り方について明らかにする。 3 研究仮説 学校における危機管理に関する実態把握と先進的で組織的な取組の事例研究を行うことで,危機管 理をより機能化するリスク・マネジメントの在り方を明らかにすることができるであろう。 4 研究構想 (1) アンケート調査や他業種における聞き取り調査の結果分析と効果的な在り方の検討 経―3 市内の小・中・特別支援学校の校長へのアンケート調査及び他業種や先進的な取組を行う学 校への聞き取り調査の結果をもとに,学校におけるリスク・マネジメントの在り方についての 研究を進めていく。 (2) 研究内容 調査結果を整理・分析し,教員の危機意識を高めるための効果的な リスク・マネジメント の在り方を検討する。 ○ 各学校のリスクの実態やリスク・マネジメントに関する課題を明らかにする。 ○ 他業種への聞き取り調査をもとに,他業種の先進的な取組の学校への応用可能性につい て検討する。 ○ 危機管理の視点から積極的に取り組んでいる学校への聞き取り調査をもとに,教員の危 機意識を高める先進的な取組を明らかにする。 ○ 調査結果を分析し,実現可能な学校の危機管理の機能を高める具体的方策を 検討し,提 示する。 (3) 研究方法 5 ○ 市内の小・中・特別支援学校の校長へアンケート調査を実施し分析する。 ○ 他業種や先進的な取組をしている学校への聞き取り調査を実施・分析する。 ○ 学校現場におけるリスク・マネジメントの効果的な在り方について考察する。 研究構想図 図―1 研究構想図 経―4 第Ⅱ章 1 研究の実際 アンケート調査結果から (1) 事件・事故の特徴 本研究室では,平成25年8月に福岡市立の全小・中・特別支援学校(計222校)を対象に学校の危 機管理に関するアンケート調査を実施した。回収率は小学校97%(145校中140校),中学校97%(69 校中67校),特別支援学校100%(8校中8校)で,調査対象は215校となった。なお,調査対象期 間は平成25年4月から平成25年7月までとする。また,本研究では,SPSS(IBM統計解析ソフト) を利用し分析を行った。 ア 学校における事件・事故の特徴についての比較・分析 (ア) 児童生徒に関する事件・事故の発生状況 各学校の児童生徒に関する事件・事故について,①発生が多い項目,②学校の責任が多い項目, ③学校への影響・ダメージが大きい項目を下記枠中の13項目から,当てはまると思うものに,1 位から3位まで選択してもらった。アンケート調査の分析上,1位に選択されたものを3P(ポ イント),2位に選択されたものを2P,3位に選択出されたものを1Pとして合計し,比較・ 分析を行った。 ①児童生徒の校内での負傷 ⑤火災や自然災害 ⑩教員の体罰 ① ②校内での感染症 ⑥個人情報等の情報漏洩 ⑪教員の不適切な保護者対応 ③アレルギー疾患 ⑦登下校中の事故 も多く,小学校は96%,中学校は 表―1 校種 して小学校は「登下校中の事故」 ⑨校外での非行 ⑬その他 発生が多い項目 小学校 中学校 特別支援学校 1位 校内での負傷 409P 校内での負傷 185P 校内での負傷 21P 2位 登下校中の事故 121P 校外での非行 65P 不適切な保護者 対応 6P 3位 校外での非行 69P 生徒の暴力行為 45P 登下校中の事故 4P 86%,特別支援学校は87%が1位 にあげている。2位以下の項目と ⑧いじめ ⑫学校内での児童生徒による暴力行為 発生が多い項目 全校種で「校内での負傷」が最 ④不審者の侵入 や「校外での非行」が多く,中学 校では「「校外での非行」や「生徒による暴力行為」が多い(表―1)。 ② 事件・事故が発生した場合の学校の責任が大きい項目 全校種ともに「教員の体罰」が 表―2 学校の責任が大きい項目 学校の責任が最も大きいと捉えて 校種 いる。次に,小中ともに「個人情 1位 教員の体罰 278P 教員の体罰 では「校内での負傷」が続いてい 2位 個人情報の漏洩 188P 個人情報の漏洩 94P 校内での負傷 12P る(表―2)。 3位 いじめ 生徒の暴力行為 45P 登下校中の事故 4P 報の漏洩」が続き,特別支援学校 小学校 137P 経―5 中学校 132P 特別支援学校 教員の体罰 17P ③ 事件・事故が発生した場合の学校への影響・ダメージが大きい項目 表―3 学校への影響・ダメージが大きい項目 全校種ともに「教員の体罰」が学 校種 校への影響・ダメージが最も大きい 1位 教員の体罰 265P 教員の体罰 洩」や「いじめ」が同程度の割合で 2位 個人情報の漏洩 179P 個人情報の漏洩 93P 個人情報の漏洩 11P 続いている(表-3)。 3位 いじめ いじめ 校内での感染症 校内での負傷 10P 小学校 と捉えている。次に「個人情報の漏 中学校 特別支援学校 教員の体罰 124P 171P 20P 76P (イ) 児童生徒に関する事件・事故の原因・理由に起因する条件 児童生徒に関する事件・事故の原因・理由はどんな条件に起因するのか,下記枠中の9項目か ら5段階評価で回答してもらい比較・分析を行った。 ①偶発的・想定外の事故 ⑤経験や場数の不足 非常にあてはまる ②人員不足 ⑥うっかりミス ややあてはまる 0% ③指導技術不足 ④伝達連携等コミュニケーション不足 ⑦初期対応の判断の誤り ⑧施設設備の不備 どちらともいえない ややあてはまらない 10% 40% 20% 30% 50% 60% ⑨思い込み 全くあてはまらない 70% 80% 90% 100% 偶発的・想定外の事故 人員不足 指導技術不足 伝達連携などコミュニケーション不足 経験や場数の不足 うっかりミス 初期対応の判断の誤り 施設設備の不備 思い込み 図―2 児童生徒に関する事件・事故の原因・理由に起因する条件 事件・事故の原因・理由に起因する条件として「非常にあてはまる・ややあてはまる」に回答 した割合は,「初期対応の判断の誤り」や「教員の指導技術不足」が約65%と最も高く,教員の 対応力に起因していると捉えている学校が多い。また,「伝達連携等コミュニケーション不足」 や「経験や場数の不足」の項目も約60%と高い割合を示している。「施設設備の不備」を挙げて いる学校は,約30%と少なく,「施設設備の不備」は事故の要因と捉えていない傾向がうかがえ る。 「初期対応の判断の誤り」の項目においては,「非常にあてはまる」に回答した割合が 約20 %と最も高く,初期対応の判断の誤りが決定的な要因として事件・事故につながったと捉えられ 経―6 ている。また,「人員不足」も「非常にあてはまる」に回答した割合が約13%と高く,人員が不 足していると考えている学校では,それに起因する事件・事故が多く起こっている傾向がうかが える。「うっかりミス」を校種別にみると「非常にあてはまる・ややあてはまる」の割合が,小 学校47%,中学校51%,に比べ特別支援学校は,75%と高かった。「思い込み」を校種別にみる と「非常にあてはまる・ややあてはまる」の割合が,小学校39%,特別支援学校25%,に比べ中 学校は,52%と高かった。「偶発的・想定外の事故」を校種別にみると「非常にあてはまる・や やあてはまる」の割合が,小学校47%,特別支援学校38%に比べ中学校は,59%と高かった(図 ―2)。 (2) 学校における事故の件数 ア 大きな事件・事故,対応に苦慮した事案(アクシデント) (ア) ある・ない 大きな事件・事故、対応に苦慮した事案 1学期間で小学校では44校 0 20 40 60 80 100 120 140 160 校 (32%),中学校では26校(41%), 特別支援学校では2校(25%), 小学校 合計72校と全体の約3分の1の学 校が,大きな事件・事故あるいは 中学校 対応に苦慮した事案を経験してい る。すなわち1年間を通して見た 場合,全ての学校においてアクシ 特別支援学校 デントが起こる可能性が極めて高 ある い。 図―3 ない アクシデント事案の有無 (イ) 「ある」と答えた中でも特に「学校の信頼をゆるがすこと」につながる重大な事案件数 「学校の信頼をゆるがすこと」 につながる事案が1件あったとす 0 学校の信頼を揺るがすことにつながる重大な事案件数 5 10 15 20 25 30 校 る学校が最も多く26校となってい る(図―4)。8割近くの学校で は「学校の信頼をゆるがすこと」 1件 小学校 2件 につながる事案は無かったことが うかがえる。一方,複数件発生し た学校も21校と一定数存在してい 中学校 3件 特別支援 学校 4件 る。なお,大きな事件事故が発生 した1校あたりの平均値は約0.37 5件 件である。 図―4 学校の信頼を揺るがすことにつながる重大な事案件数 「学校の信頼をゆるがすこと」につながる事案がない学校群と1件以上ある学校群には,以下 のような差が認められた。 管理職に尋ねたところ,1件以上ある学校の方が「40代教員に不安」「50代教員に不安」の値 が高かった(次頁図-5,表-4)。20~30代の教員については,「ある」群と「ない」群の平 経―7 均値には有意な差は見られ ない・ある群ごとの平均値 なかった。他にも,保護者 ない群 ( /5点) の様子について尋ねたとこ 1件以上ある群 4 3.5 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0 ろ,「ある」群では「けが に寛容な保護者」「トラブ ルに寛容な保護者」の値が 低くなっている(図-5, 表-4)。「学校の信頼を 4 0 不代 安教 員 に ゆるがすこと」につながる と考える重大な事案が1件 以上ある学校は,教員に不 5 0 不代 安教 員 に 図―5 安を抱え,保護者がけがやト け が 保 に 護 寛 者 容 な ト 容 ラ な ブ 保 ル 護 に 者 寛 「学校の信頼をゆるがすこと」につながる事案の ない群・ある群ごとの平均値(1) ラブルに厳しい目を向けて いると回答者が感じている。 表―4 「学校の信頼をゆるがすこと」につながる事案のない群・ある群ごとの平均値(2) 40代教員に不安 167 ない群 平均値 2.64 50代教員に不安 167 3.13 1.03 47 3.60 0.90 けがに寛容な保護者 166 3.10 0.74 47 2.79 0.81 トラブルに寛容な保護者 166 2.87 0.69 47 2.55 0.77 N SD 0.90 1件以上ある群 N 平均値 SD 47 2.98 0.92 (Nはケースの件数,SDは標準偏差) イ 大きな事件・事故にこそならなかったがヒヤッとした事案(インシデント) インシデント事案 (ア) ある・ない 0 1学期間で小学校では99校 (72%),中学校では42校 20 40 60 80 100 小学校 (66%),特別支援学校では5 校(71%),合計146校と全体 の約7割の学校が,インシデン 中学校 ト事案を経験している(図― 6)。 特別支援学校 ある 図―6 経―8 ない インシデント事案の有無 120 140 160校 (イ) インシデント事案件数 インシデント事案件数 0 インシデント事案の発生件数 は,1件と答えた学校が38校,2 10 20 30 40 50 60 校 0件 件が42校,3件が36校となってい る。複数件(2件以上)あったと する学校が120校と全体の半数以 1件 2件 上を占めていることが分かる。な お,発生件数も最大は小学校で 100件,中学校で30件となってい 3件 小学校 4件 中学校 5件 特別支援 学校 る(図―7)。1校につき約3.6 件となっており,アクシデント事 案よりもインシデント事案を多 図―8 保護者とのトラブル件数 6~10件 く抱えていることが改めて明ら 11~20件 かとなった。 21~100件 ウ 保護者とのトラブル件数 図―7 210校の中で保護者とのトラ ブルを経験した学校数は,129校 (61%)あった。その中でも保 0 インシデント事案件数 保護者とのトラブル件数 20 30 40 10 50 60 校 1件 護者とのトラブル数が複数件数 (2件以上)は80校あった。最 も多い学校は,小学校で20件, 中学校で10件であった(図― 2件 小学校 3件 中学校 4件 8)。1校あたりの平均値は約 特別支援 学校 5件 1.7件である。 6~10件 11~20件 なお,重大事件発生件数と保 護者トラブル件数について集計 図―8 保護者とのトラブル件数 2 し,χ 検定の結果,学校の偏り 重大事件発生件数と保護者トラブル件数 は有意であった (χ2(1)=19.67 p<0.1)。 残差分析を行ったところ保 護者トラブルが4件以上の学校 は重大事件が1件以上あると し,保護者トラブルが0~3件 の学校は重大事件をなしとする 保 4件以上 護 者 ト ラ ブ ル 0~3件 なし 1件以上 学校が多いことが分かった(図 ―9)。 0% 図―9 経―9 20% 40% 60% 80% 100% 重大事件発生と保護者トラブル件数 エ 保護者とトラブルになりそう 0 保護者とトラブルになりそうでヒヤッとした件数 10 20 30 40 50 校 でヒヤッとした件数 1件 ヒヤッとした経験をした学校 は150校であった。最も件数が多 2件 い学校は,小学校で70件,中学 3件 校で10件であった。1校あたり 4件 の平均値は約2.5件であり,保護 小学校 中学校 特別支援 学校 5件 者とのトラブルの件数比べて若 干多くなっている(図―10)。 6~10件 11~70件 図―10 オ 保護者とトラブルになりそうでヒヤッとした件数 災害共済給付の申請件数 0 児童生徒の負傷や疾病等で日 本スポーツ振興センターの災害 給付を申請した学校は171校であ 10 災害共済給付申請件数 20 30 40 50 校 0件 1~5件 6~10件 った。最も件数が多い学校は,小 11~15件 学校で70件,中学校で75件であっ 16~20件 た。なお,1校あたりの平均値は 21~25件 約13.4件である(図―11)。 26~30件 小学校 中学校 特別支援 学校 31~35件 36~40件 41~75件 (3) 学校の取組と学校組織 ア 図―11 危機管理に対する取組 災害救済給付申請件数 学校での危機管理に対する取組を,5段階評価(全く努めていない・やや努めていない・どち らともいえない・やや努めている・非常に努めている)で回答してもらった。 (ア) 事件・事故を把握した後,再発防止に努めているか 再発防止の取組を「非常に 努 再発防止に努めている めている・やや努めている」割合 は,小学校98%,中学校97%,特 別支援学校100%であり,全校種 80% 60% どちらともいえない 40% やや努めている ほとんどの学校で再発防止に力 を入れている(図-12)。 20% 0% 非常に努めている 小学校 中学校 図―12 経―10 特別支援学校 再発防止に努めている (イ) 事件・事故が起きないよう未然に防止するよう努めているか 未然防止の取組を「非常に努め 未然防止に努めている ている・やや努めている」割合は, 小学校98%中学校94%,特別支援 60% 学校100%であり,再発防止の取 組とほぼ同じ割合で,学校では未 40% どちらともいえない 然防止対策もとっている(図― 13)。 やや努めている 20% 非常に努めている 0% 小学校 中学校 図―13 特別支援学校 未然防止に努めている (ウ) 事件・事故にこそならなかったがヒヤッとした事例(ヒヤリ・ハット事例)を把握しているか どの校種も再発防止・未然防止 より「非常に努めている・やや努 ヒヤリハット事例を収集 60% めている」割合が少なくなり,小 やや努めていない 学校87%,中学校75%,特別支援 学校75%になった。特に中学校は, 40% どちらともいえない 「非常に努めている」が38%と少 なくなっている。また全校種とも やや努めている 20% 再発防止や未然防止に比べると, ヒヤリ・ハット事例を把握してい 非常に努めている 0% る学校は少なくなる(図―14)。 小学校 中学校 図―14 イ 特別支援学校 ヒヤリ・ハット事例を収集 危機管理に対する取組と学校組織の傾向 危機管理に対する取組と学校組織 表―5 についてのアンケート結果から,相 関関係を調べてみると,次に述べて いくような相関関係があった。なお, 相関係数の有意性検定において有意 であった場合には,表―5の資料を 参考に検討した。 経―11 相関係数の有意性検定 (ア) ヒヤリ・ハット事例を把握する取組と管理職に相談しやすい雰囲気の相関関係 「ヒヤッとした事例を把握 100% するよう努めている」と「貴 校は,管理職に相談しやすい 80% 雰囲気である」(図-15)の, 相関係数は0.338と弱い正の 60% 相関関係が認められた(P< 0.01)。同様に「ヒヤッとし 40% た事例を把握するよう努め 20% ている」と「貴校は,管理職 ヒヤリハット収集 非常に努めている ヒヤリハット収集 やや努めている ヒヤリハット収集 どちらともいえない ヒヤリハット収集 やや努めていない に対し細やかに報告する傾 向がある」との相関係数も, 0% 非常にあてはまる どちらともいえない ややあてはまらない 管理職に相談しやすい雰囲気 0.364と弱い正の相関が認め られた(P<0.01)。ヒヤ ややあてはまる 図―15 管理職に相談しやすい雰囲気-ヒヤリ・ハット事例の収集 リ・ハット事例を収集する等の取組に力を入れている学校は,管理職に相談しやすい雰囲気があ り,細やかに報告する傾向がある。 100% (イ) 「ヒヤリ・ハット事例を把 握する取組」と「若手教員を 80% ヒヤリハット収集 非常に努めている 育てようという雰囲気」の相 資料―19 関関係 ヒヤリハット収集 トラブルに寛容な保護者―児童によく声をかける 60% やや努めている 「ヒヤッとした事例を把 握するよう努めている」と 40% ヒヤリハット収集 どちらともいえない 「学校全体で若手教員を育 てようとする雰囲気がある」 20% ヒヤリハット収集 やや努めていない の相関係数は,0.372と,弱い 正の相関が認められた(P< 0% 非常にあてはまる ややあてはまる 0.01)(図-16)。同様に, 「学校全体でトラブルを抱え どちらともいえない ややあてはまらない 全くあてはまらない 若手教員を育てようという雰囲気 図―16 若手教員を育てようという雰囲気-ヒヤリ・ハット事例の収集 た教員を応援しようとする雰囲気がある」も0.252と,弱い正の相関関係が認められた(P<0.01)。 「学年で協力する雰囲気がある」とも,相関係数0.252と弱い正の相関関係が認められた(P< 0.01)。 トラブルに寛容な保護者-児童・生徒によく声をかける 100% (4) アンケート調査からわかる 80% その他の傾向 60% 図―15 ア 管理職に相談しやすい雰囲気 学校での児童生徒間の「ト 40% 担任以外の児童・ 生徒にもよく声をか ける 非常にあては まる 担任以外の児童・ 生徒にもよく声をか ける ややあてはま る 担任以外の児童・ 生徒にもよく声をか ける どちらともいえ ない ラブルに寛容な保護者が多い 20% 傾向と学校組織・地域の関係」 0% ややあてはまる どちらともいえない ややあてはまらない 担任以外の児童・ 生徒にもよく声をか ける ややあてはま らない 全くあてはまらない トラブルに寛容な保護者 図―17 トラブルに寛容な保護者―児童生徒によく声をかける 経―12 (ア) 「学校での児童生徒間のトラブルに寛容な保護者が多い」と「担任以外の児童生徒にもよく声 をかける」の相関係数は,0.267と弱い正の相関関(P<0.01)が認められた(前頁図-17)。 トラブルに寛容な保護者-地域の行事に参加する 地域の行事に参加 する 非常にあては まる 100% (イ) 「学校での児童生徒間のト ラブルに寛容な保護者が多 地域の行事に参加 する ややあてはま る 80% い」と「地域の行事に参加す る児童生徒が多い」の相関係 数は,0.292,弱い正の相関 60% 地域の行事に参加 する どちらともいえ ない 40% 地域の行事に参加 する ややあてはま らない 関係(P<0.01)が認められ 20% た(図-18)。 図―19 ややあてはまる 地域の行事に参加 する 全くあてはま らない 職員を応援しようとする―地域の人は声をかける 0% どちらともいえない ややあてはまらない 全くあてはまらない トラブルに寛容な保護者 図―18 トラブルに寛容な保護者―地域の行事に参加する 職員を応援しようとする-地域の人は声をかける 100% (ウ) 「学校全体でトラブルを抱 えた教員を応援しようとす 80% 地域の人は声をか ける ややあては まる 60% 地域の人は声をか ける どちらとも いえない る雰囲気がある」と「地域の 人は児童生徒に積極的に声 をかけてくれる」の相関係数 40% 地域の人は声をか ける ややあては まらない は,0.269と,弱い正の相関関 係(P<0.01)が認められた 地域の人は声をか ける 非常にあて はまる 20% 地域の人は声をか ける 全くあては まらない (図-19)。 0% 非常にあてはまる ややあてはまる どちらともいえない ややあてはまらない 職員を応援しようとする雰囲気 図―19 職員を応援しようとする―地域の人は声をかける イ 保護者から管理職へ,直接,意見・要望が多い傾向と学校組織・保護者の関係 (ア) 保護者から管理職へ 管理職への直接意見要望-20-30代に不安 直接,意見・要望が多 100% 20-30代教員に 不安 非常にあて はまる 80% 20-30代教員に 不安 ややあて はまる 60% 20-30代教員に 不安 どちらとも いえない 40% 20-30代教員に 不安 ややあて はまらない 20% 20-30代教員に 不安 全くあては まらない い」と「20-30代教員 の指導や対応にヒヤ ヒヤすることが多い」 の相関係数は, 0.233 と弱い正の相関関係 (P<0.01)が認められ た(図―20)。 0% 非常にあてはまる ややあてはまる どちらともいえない ややあてはまらない 全くあてはまらない 管理職へ直接意見・要望 図―20 管理職への直接意見要望―20 代~30 代に不安 経―13 (イ)「保護者から管理職へ, 管理職への直接意見要望-指導や対応に寛容な保護者 100% 直接,意見・要望が多い」 と「教員の指導や対応に 80% 寛容な保護者が多い」の 60% 相関係数は-0.380と弱 い負の相関関係(P< 40% 0.01)が認められた(図 ―21)。 20% また,「保護者から管 指導や対応に 寛容な保護者 ややあてはまる 指導や対応に 寛容な保護者 どちらともいえ ない 指導や対応に 寛容な保護者 ややあてはまら ない 指導や対応に 寛容な保護者 全くあてはまら ない 0% 理職へ,直接,意見・要 非常にあてはまる ややあてはまる どちらともいえない ややあてはまらない 全くあてはまらない 管理職へ直接意見・要望 望が多い」と「若手教員 図―21 管理職への直接意見要望―指導や対応に寛容な保護者 に寛容な保護者が多い」 の相関係数は-0.301,「保護者から管理職へ,直接,意見・要望が多い」と「学校での児童生徒 間のけがに寛容な保護者が多い」の相関係数は,-0.236と弱い負の相関関係(P<0.01)が認め られた。 2 聞き取り調査によるリスク・マネジメントの組織的な取組事例 (1) 小・中・特別支援学校の取組事例 アンケート調査から,リスク・マネジメントについて先進的に取り組んでいる小学校・中学校・ 特別支援学校へ聞き取り調査を行った。聞き取り項目は以下の通りである。 ア 学校の危機管理に関する組織構成と活動状況 イ アクシデントの再発防止や未然防止の具体的取組 ウ インシデント(ヒヤリ・ハット事例)の収集及び共有,改善の取組 エ 教員はアクシデントやインシデントの報告をするのをためらう傾向はないか,あるいはそれらを 積極的に報告するよう配慮していることはあるか。 オ ア 教員が協力する雰囲気をつくるために配慮していることはあるか。 A小学校の取組 (ア) 学校の危機管理に関する組織構成と活動状況 学年が組織として有効に機能し「チーム」として教育活動を行うよう,学年主任を中心とした 学年会の活性化を図るようにしていた。具体的には,学年会の設定を在校日である火曜に設定す るとともに,限られた時間の中で,より実質的な児童への指導についての話し合いができるよう, 単なる連絡事項は文章化して提案する等,時間の節約を図り,能率的な学年会の運営を行ってい る。学年会では,気になる子どもについてその様子を記録し,生徒指導部会に提出する。部会に おいて具体的な方策が考えられ,それが各学年に周知され,新たな取組が行われていく。これに より,教員が学年や学校全体という視点から子どもと関わっていこうとする意識が高まっている とのことであった。しかし,急を要するときには,管理職が終礼等で教員に知らせ,緊急の対応 を行っている。また,事案によっては,「ミニ学年会」を校長室で行い,校長,教頭と情報を共 有しつつ,学年主任中心に話し合う機会を設けることもある。 経―14 なお,課題のある児童に関して時には教頭自らがクラスに入って指導することもあり,教頭が 教員や保護者,児童と直接的なつながりをもちながら細かく指導を行っている。教頭は職員室に おいて教務主任と連携しつつ情報を収集し,児童に関する様々な情報の相当数を把握し,校長に 伝えるよう努めているとのことであった。 (イ) アクシデントの再発防止や未然防止の具体的取組 学年主任の危機管理意識を高める場としては,学年主任会の存在が大きい。具体的には,運動 会等の行事の前や台風等の危険が予測できるときに,校長の経験知をもとに,見過ごしがちなも のを中心に,学年主任に過去のアクシデント事例等を提示している(資料―1)。それをもとに, 当該学年において予測しなければいけないリスクや,未然防止策等について議論する機会を設け ている。また提示したリスク以外にも考えられることはないか話し合うことで,教員の不測の事 態への対応力が高まるよう配慮しているとのことであった。 (ウ) インシデントの収集及び共有,改善の取組 校長自身が中休みや昼休みは職員室に行き,担当教員と気になる児童の様子について日常的に 会話を交わし情報共有を図るようにしている。校長,教頭と教員との直接的なコミュニケーショ ンから得られる情報が大きいという考えから,直接対話,指導を大変大事にしている。校長は養 護教諭とも細やかな連携をと 資料-1 っており,子どものけがの原 因や欠席の状況,担任のかか わりの様子で気になること等 が逐一報告されており,日常 的に情報の共有がなされてい るとのことであった。 また,地域の人々からの情 報収集を意識し,毎朝の交通 指導等で危険な点等気付いた 際には,すぐに報告してもら えるような信頼関係を大切に しているとのことであった。 なお年に一回は校長,教頭と 民生委員との情報交換会を行 っている。 (エ) 教員がアクシデント,イン シデントを積極的に報告をす るための配慮 管理職は,児童のこととは 直接的には関係のない教員の 愚痴や世間話にも応じる等, 経―15 運動会前の危機管理に関する指導 常に教員との関係づくりを心がけている。なお,トラブルが発生した際には,課題解決に向けて はっきりとした指導の方針を伝えている。そのため教員と管理職の間には,「話しやすい」「聞 いてもらえる」「確実に解決の方向へ向かっていくことができる」という関係ができるようであ った。 (オ) 教員が協力する雰囲気をつくるために配慮していること 各学年が,十分にコミュニケーションをとり,共働的に学年経営を行っているか把握し,必要 に応じて指導,助言をするようにしている。 イ B小学校の取組 (ア) 学校の危機管理に関する組織構成と活動状況 「いじめ0ファイル」という日報形式のファイルの活用を中心に,学年単位での情報の共有, 共通実践,及び管理職への報告が徹底されていた(後述参照)。 事故防止の観点からは,安全点検担当が中心になり,校内すべての箇所について全員で分担し て点検し,点検表を回収している。それをもとに,管理職から学校用務員への依頼が行われ改修 修理が行われるようになっている。また,担当箇所でなくても危険性に気付いたときに管理職へ 報告する体制がとられており,すみやかに改善できるようにされていた。 また,学校用務員に日常的に廊下階段の環境を美しく整えるよう指導がなされており,児童が 落ち着いて学校生活を送ることができるような配慮がなされている。 (イ) アクシデントの再発防止や未然防止の具体的取組 学年間で交換授業を積極的に取り入れるよう指導がなされている。担当学年や学級に関わらず, すべての学年に入りやすい雰囲気をつくっている。このことで,それぞれの教員の得意な分野の 力が発揮できるとともに,他のクラスの雰囲気を肌で感じ取らせ,具体的な子ども達の姿を通し て再発防止,未然防止の力量が身につくようになされている。この取組は,学期末の学校評価で 振り返りを行い,実践が確実に進むよう意識付けされていた。 (ウ) インシデントの収集及び共有,改善の取組 一つ目は,「生活アンケート」の取組である。これは,児童の生活上でのトラブルを埋もれさ せず見出しやすくするため,学期に一回行っている。その際,より正確に実態を把握するため, 家庭に帰って保護者とともに書くように指導している。なお,併せて封筒も配布し,他の児童か ら見られないよう配慮もなされている。 二つ目は,前出の「いじめ0ファイル」である。次頁資料―2,3を,担任に一冊ずつ渡して, 子ども同士の出来事,保護者からの連絡,相談等を担任が記録するものである。このファイルを 同学年で読み合った後,教頭から校長へ上げられるようになっており,教頭を中心とした組織的 な問題解決の筋道が教員にも示されている。 この「いじめ0ファイル」には,4点の有用性を認めながら取組が進められている。 1点目は,学年はチームとして組織的に動くことにつなげることができるという点である。各 学年において,他のクラスで起こっていることも見ていこうとする意識が生まれ,お互いにアド バイスし合う等,組織的に活用されている。記入内容はトラブルだけでなく,少しでも気になる 経―16 ことも記入し学年で話 資料―2 日報形式のいじめ0ファイル し合うことで,大きな トラブルになる前に回 避していこうとする意 識と行動が生まれてき ている。 2点目は,担任が課 題に気付くようなアン テナの感度を上げるた めに役立つということ である。ある事案をあ まり問題と思っていな かった担任が,隣のク ラスは課題としてファ イルに書いているとい うことがあったとき, 自分の意識の不足に気 付くことができるとの ことであった。 3点目は,記入項目 として,「内容」だけで 資料―3 なく「対応」という欄を 設けており,教員自身が 対応について考えるよ うに工夫されている。 4点目は,確実な説明 責任を果たすことにつ ながるという点である。 担任のみならず学校と して,保護者が納得し信 頼を得られるように適 切に説明することがで きるとのことであった。 (エ) 教員がアクシデント, インシデントを積極的 に報告するための配慮 「いじめ0ファイル」 を用いて報告すること で,問題の早期解決が図 経―17 いじめ0ファイルの活用について られたり,適切な管理職からの指導があって大きなトラブルを回避することができたりするとい う経験から,積極的に報告が行われる傾向にあるとのことであった。 (オ) 教員が協力する雰囲気をつくるために配慮していること このことについても,前述の「いじめ0ファイル」の取組が有効に働いていた。まず,ファイ ルがあれば,必然的に学年で話す状況が生まれる。よって,学年での会話が増え,先輩の教員が 若手に対して助言するという役割が生まれ活躍の場ができる。また,管理職にも壁をつくらず, ファイルを通して学級を開き,細かい連絡,報告,相談につながっているとのことであった。 ウ C小学校の取組 (ア) 学校の危機管理に関する組織構成と活動状況 組織体制として,校長,教頭,主幹教諭とで担当学年を明確にして,その担当が徹底的にその 学年のことをつかみ,問題の早期発見早期解決に取り組んでいるとのことであった。例えば,あ る学年に関しては校長とのつながりが長く児童のことを一番把握しているということ,課題が大 きく困難な場面が多いということから,校長が学年主任と連携して取り組むということを明確に している。校長が率先して児童や担任と関わっていく姿を見せることが,教員の信頼を生むこと にもつながっており,担当を明確に任された教頭,主幹教諭の意識と力量の向上にもなっている とのことである。 (イ) アクシデントの再発防止や未然防止の具体的取組 「フィンランドメソッドを取り入れた,学級力向上と児童の表現力の向上」の取組がなされて いる。その取組の一つとして,問題が起こったとき,保護者や児童からの聞き取りに際して,児 童や保護者と対話をしながら「心情マップ」に表していき,出来事の様子やそのときの気持ち, トラブルの原因を可視化,言語化して見せるということである。これは,校長,児童生徒支援加 配教員を中心に行われており,このことについても校長が率先して実践を見せていくことで,教 頭,主幹教諭が学ぶことができるとのことであった。例えば,学年主任が児童に聞き取りをして 校長が書いたり,児童生徒支援加配教員が聞き取りをしながら書いたりと,その場に応じて最も 効果的な方法をとっている。 このことにはいくつかの効果がある。一つ目は,可視化言語化することで,子どもにも保護者 にも確実に伝えられ心に残すことができるということである。聞いているだけだとただ流れてい くことも記録することで,保護者は学校が気持ちや要望をよく聞いてくれたという思いをもつこ とができるとともに,心も整理されていくそうである。児童も先生によく聞いてもらったという 思いをもつことができるとともに,言葉の力が弱い児童に対して,自分たちの行動を振り返って 図にして見せることでより児童の心に残るとのことである。 二つ目は,教師がすぐに指導的な発言をするのではなく,聴くことに徹するようになるという ことである。教師の方に傾聴の気持ちや態度が表れ,それが良好なコミュニケーションを生むこ とになるそうである。 以上のような理由で,保護者や児童との良好な関係を築き,意図した指導がより効果的に行わ れていくとのことであった。 次に取り組んでいるのは,児童が病院を受診したときに提出する「災害報告書」(次頁資料― 4)の形式の工夫である。けが等の災害発生の状況を書いて報告する形式の末尾に,「再発防止 経―18 の手だて」について書く欄を 資料―4 災害報告書 設けている。そのことで,担 任はいつも「再発防止をする には…」と考えることになり, 同じような場面になったとき ここが追加 に同様に考えて手だてを打つ ことができる。また,「家庭 への電話の回数」について記 入する欄も設けられている。 これは,けがや災害等の問題 が起こったときに,一度の連 絡だけでなく複数回様子を尋 ねる電話をすることで,保護 者の学校に対する信頼につな がるという校長の考えにもと ここが追加 づいたものである。毎回けが があるたびに「何回電話した か」とたずねて指示通りに対 応させるというよりも,用紙 に記入する欄を設けることで 担任自らが,「今回は何回の 電話が必要だろうか」と考え ることになるのをねらってい るとのことである。「家庭訪 問の必要性」という欄も設け られ,上記と同じねらいをもたせている。 これらのことが,不審者対応,保護者の要望対応等,別の場面でも応用され,「再発防止のた めに…」と考える教員が増えてきているとのことであった。 さらにもう一つの取組としては,教育委員会に報告する事故報告について,担任に書かせてい た。担任として,何が原因となり,どのような経緯で起こったのかということを文章化させるこ とで,十分に振り返りを行い,再発防止の意識をもたせるようにしているとのことであった。 (ウ) インシデントの収集及び共有,改善の取組 前出の「事故報告書」を養護教諭と管理職にのみ見せるのではなく,教員で共有できる仕組み をつくり,大変有効に働かせていた。 具体的には,次のように取組が進められている。担任が書いた「事故報告書」を,従来通り手 続きのために養護教諭に一部渡す。それだけでなく,主幹教諭に一部,各担当(体育,理科,図 工,家庭科,生徒指導,安全担当)に一部コピーして渡すそうである。主幹教諭は内容を見て, 記録内容や対応が不十分だと思われるものは指導を行う。主幹教諭に第一次的に管理させること で,主幹教諭自身に危機管理を行っていこうという意識を育てているとのことである。それを教 経―19 頭,校長と回覧して情報を共有し,同時に前述の各担当へ回していく。また,各担当にけがの実 態をよく把握させ,問題点を改善していく対応策を考えさせるためであり,一年間の課題を集約 して,次年度の方案作成の際にそれらを反映させていくようにさせるためとのことであった。 このようにして,インシデントの収集,活用を行っているが,緊急な対応が必要なときは,管 理職から直接指導して電話対応や家庭訪問を指示することもあり,両輪での取組がすすめられて いた。 (エ) 教員がアクシデント,インシデントを積極的に報告するための配慮 管理職自らが学校の課題を説明し,その教員に期待することや感謝の気持ちを伝えるコミュニ ケーションを積極的に行っている。その結果,教員が納得して管理職の要望に応じ,速やかに報 告する態度が培われているとのことであった。 (オ) 教員が協力する雰囲気をつくるために配慮していること 管理職が直面する学校の課題を率直に説明し,教員と情報を共有する態度を十分に示すことで お互いが理解し合い助け合おうとする文化をつくり出している。いつも管理職が指示をしてその 通りに動く教員ではなく,学年で考える場を必要に応じて設定して意見交換をさせ,考えて行動 できる教員を育てることに留意していることが,積極的に他のクラスの事案に対して関わってい こうとする雰囲気をつくることにもつながっているとのことであった。 エ D中学校の取組 (ア) 学校の危機管理に関する組織構成と活動状況 危機管理に関して,学校全体で安全面を中心に取り組んでいる。離島校のため,島外から登校 している生徒は,事件・事故があっても即,保護者が来校できない状況や病院搬送もままならな い状況がある。そのため,全教員が大変な危機意識をもっており,安全に関する教員の意識はか なり高いとのことである。また,校舎も昭和40年代に建てられたもので老朽化していることから も特に安全点検に力を入れ,事故防止に細心の注意が払われていた。 平成25年度は,夏季休業中に安全点検に生かすことを念頭に「ヒヤリ・ハットの研修」を行っ た。研修では,教員が日頃見過ごしてしまいそうな危険な事象も見逃すことのないようヒヤリ・ ハット報告書を作成した。今後は,安全点検を中心としたヒヤリ・ハット事例を蓄積していきな がら先を見通した安全管理を徹底する方法を模索することが課題とのことであった。 (イ) アクシデントの再発防止や未然防止の具体的取組 授業規律が確立していると事故は少ないと考え,まず,授業規律を大事にしている。他の時間 に比べ,授業中の事故に関しては教師の責任が大きいので,そのことをしっかり意識するよう注 意喚起しているとのことであった。また,生徒指導においても,「大きな声を出さない」「暴れ ても手を引っ張っていかない」等,生徒の特性に合った指導をし,事件・事故につながらないよ う全教員で心がけている。 離島校のため渡船通学・通勤の生徒や教員が少なくないという点から,学校独自の危機管理対 応マニュアルを作成している(次頁資料-5)。見やすいように1枚にし,いろいろなところに 掲示している。渡船が欠航した場合,島外に住む教員は学校に行くことができない。そのため, 経―20 生徒や保護者に確実に連絡で 資料-5 危機管理対応マニュアル きるよう対応している。 また,渡船の時間が変わっ たとき等,マニュアルの改訂 も随時行っている。 (ウ) インシデントの収集及び 共有,改善の取組 ヒヤリ・ハット事例を始め たきっかけは,教頭が他業種 (医療関係)の会議に参加す ることがあり,そこで行われ ていたヒヤリ・ハット事例の 収集を参考に学校においても 取り組んでみようと考えたか らだそうである。まず,夏季 休業中に安全点検を念頭にお いた施設における「ヒヤリ・ ハット研修」を行っている。 1学期間過ごす中で経験した ヒヤリとした場面を報告書に 書くよう職員に指示してい た。例え書けなくても,書こ うとすることを通して気をつ けてみようとする意識を育て ることを目的としていた。そ の後その「ヒヤリ・ハット報 告書」をもとに作成した安全点検表を用いて安全点検を行っている。安全点検の際には,ベテラ ンと若手をペアにすることで,ベテランの経験値が若手に伝えられるよう0JTを意識している。 「安全点検表」をもとに,きめ細やかに点検するとともに,点検項目の中に「気付いたこと」を 書く欄を設けて,そこに「ヒヤリ・ハット」の報告が含まれるようにし,情報の共有と蓄積を今 後すすめていきたいとのことであった。 また,毎朝,職朝において全教員で,生徒一人一人の情報を共有している。なお,小学生も同 じ渡船で通学するため,小中連携もスムーズに行われており,お互いに協力し児童生徒を指導し ながら危機管理に努めている。 (エ) 教員がアクシデント,インシデントを積極的に報告をするための配慮 教員が10人という少人数ということもあり,報告をためらう傾向は見られないとのことである。 教員が少なく,全員で協働して学校を運営していく必要があり,お互いに協力しながら気付いた ことを報告し合っている。 経―21 (オ) 教員が協力する雰囲気をつくるために配慮していること 管理職は目標管理を活用し,教員一人一人が具体的な目標をもち,また,それに専念できる環 境づくりに努めているとのことであった。そのため,教員一人一人がやりがいを感じ,努力し, それをサポートし合う雰囲気ができている。教員が協力する雰囲気をつくるために,職員室でお 互いにいろいろなことを話すことができる雰囲気づくりに努めている。現在は,ベテランも若手 も一緒になって会話を楽しみ,協力する雰囲気ができているとのことであった。 オ E中学校の取組 (ア) 学校の危機管理に関する組織構成と活動状況 学校が組織として機能していくためには,学校経営方針がもっとも重要と考え,めざす方向(ベ クトル)が明確で具体的な経営方針を作成している。そして校長,教頭,学年主任,担任のライ ンが強固に連携し,同じ方向で取り組んでいる。 また,生徒会役員とも面談を通して学校経営方針とリンクした目標を設定させ,目標管理を行 っている。そして,校長のビジョンが生徒会活動とも連動し,機能していくようにしている。 危機管理に関することは,毎週1回の運営委員会や生徒指導委員会で報告し合い,職員朝礼等 で全教員に徹底している。問題が発生した際は連絡を確実に行い,校長または教頭でできるだけ 早く判断し,的確に教員への指示を出している。 (イ) アクシデントの再発防止や未然防止の具体的取組 着任当初より,「学校の荒れ」からの再建が大きな目標であったとのことだった。その目標達 成の一環としてアクシデントの再発防止や未然防止にとどまらず,正常な学校に戻すために基本 的な考え方として,以下のような内容で取り組んできた。 ○ 問題行動を起こした生徒には,自己責任をとらせるとともに,学校復帰へ向けた信頼関係を 築いた。 ○ 学習や教育活動が,正常にできる教育環境をつくっていくことを大切にする。具体的な取組 として「問題行動への迅速な初期対応」,「毅然とした組織的な対応」,「校長のぶれない方 針」,「関係機関や地域との連携した取組」,「生徒・保護者との人間関係づくり」,「卒業 生との信頼関係づくり」をあげることができる。 ○ 学校経営方針を明確化し,それを全教員の目標管理とリンクさせる等,教員集団づくりを中 心に,チームを意識して取り組んだ。また,「人間関係づくり」を基盤にした学級集団づくり として「Q-U調査」を実施し,構成的グループエンカウンター等を定期的に実施した。 ○ 学習規律の確立をはじめとする授業づくりを行った。 ○ 自学ノートの活用等による家庭学習の充実を図った。 ○ 不登校生徒との「心の教室」での個別の学習指導を推進し,校長との定期的な面談を実施し た。 ○ 学年専門委員を活用し,時間厳守,言葉遣い,正しい服装の徹底を図った。 ○ 小中連携のために,校長,教頭,教務主任による連絡会を,毎月1回実施した。また,小中 連携した生活指導面での規律「みんなのやくそく」の作成と,それらの教師用指導マニュアル を中学校ブロックで作成し保護者への啓発等で活用した。 ○ 学校通信を校区内全世帯へ配布し,生徒の頑張りや学校行事等の広報活動を積極的に発信し 経―22 た。また,テレビや新聞等のマスコミも積極的に活用した。 (ウ) インシデントの収集及び共有,改善の取組 インシデントの収集や共有については,どんな小さな情報でも確実に校長へ届くように常日頃 から教員に指導している。そして,得られた情報は確実に記録に残している。そうすることで, 関係教員と正確な情報の共有ができ,また,後で振り返り確認するときも正確に行うことができ るとのことであった。 (エ) 教員がアクシデント,インシデントを積極的に報告するための配慮 教員にアクシデントやインシデントの報告をためらう傾向は見られないとのことである。ため らうことで,後に大きな事案に発展することを,ほとんどの教員が体験してきている。校長の学 校経営方針のもと,教員が同じベクトルを向くことが大切であることをしっかりと伝え,報告・ 連絡・相談も徹底させているとのことである。 (オ) 教員が協力する雰囲気をつくるために配慮していること 組織を生かすことが,協力する雰囲気をつくっていくことにつながる。そのためにも学校組織 の中核になるようなミドルリーダーの育成を図っている。ミドルリーダーの資質として以下のこ とを指導しているとのことだった。 ○ 思いつきの個人プレーより,チームワーキングができる。学校経営の営みは,校長のもと で組織的に行う。学年主任は,学年チームを動かすのが役割である。ミドルリーダーは,教 育理念や目標を創造的に解釈し,教育実践につなげる。 ○ 「こうするのがいいと思いますが,どうでしょうか」等の原案をもって,管理職に相談で きる。「校長先生,どうしましょうか?」ではだめ。 ○ 自分の言葉で,説明,提案,説得ができる。トップリーダーは,見込んだ人に思い切って 仕事をさせ,ミドルリーダーは,余計な気遣いをせず,自分でできる精一杯をすればよい。 職員会議等で理解を求めるとき,「~と校長が言ってあります」では通じない。 ○ 「自由に考える」より,「正しく考えよう」とすることが重要。「正しく考えよう」とす るミドルリーダーの態度が,周囲の信頼を生む。 ○ 若い教師の指導ができる。若い教師を育てるとは,「おもねること」「手なずけること」 ではない。トップリーダーの思いを正しく伝え,組織だって教育を推進する責任ある態度を とることで信頼される。 カ F特別支援学校の取組 (ア) 学校の危機管理に関する組織構成と活動状況 「保護者の信頼を失わないために第一に考えなければならないことは,児童生徒の健康・安全 の管理である」という共通認識が確立しているとのことであった。健康安全に関するマニュアル は個別や全体で数多く準備してあり,連絡経路等職員の動きに係わるものは全体で共通理解でき るようにされていた。特別支援学校では,各児童生徒個人の支援や緊急時の対応が異なるため, 各教室の児童生徒に応じてサポートブックが準備されている。サポートブックは,担任間の確認 だけでなく養護教諭からアドバイスをもらったり保護者から聞き取ったりして,個人の実態に合 経―23 うよう年々更新されていた。新年度初めには,赴任者ガイダンスを徹底して行い,さらに年度初 めから月一回程度「シミュレーション研修」や「安全研修」等を実施している。 組織としては,教頭を中心に管理しながら取り組む体制がつくられていた。学校全体で継続的 にやっていくことを大事にしており,教員数が約100人という大規模校にあって,管理職である 教頭がしっかりと把握をしていく必要があるとのことだった。保護者の理解を得られ,信頼され る取組が学校として重要であるとの認識を強くもっていた。 (イ) アクシデントの再発防止や未然防止の具体的取組 あるアクシデントにより,保護者の信頼を失う大きな事案が過去に発生した。その事案を検証 し二度と同じ状況をつくらないために,研修をさらに充実させたとのことだった。具体的には, 教頭が中心となって,継続的な安全に関わる研修をすることとし,ヒヤリ・ハット事例を収集し て共有していくことを始めた。また,その形態については,小規模のグループ,中規模のグルー プから全体研修へというプロセスを経ながら継続的に研修を行っている。 また,これまでの積み重ねの中から常に気を付けておかなければならないことを集約した「事 例集」を配布し,それをもとにした研修も行っている。 これらを毎年繰り返して研修しているが,特に5月頃に重点的に行っている。異動や担当学年 が変わったばかりの4月は教師も緊張しているが,少し慣れが出てきたときに事故が起こりがち なためである。また,長期休業中には重要な注意事項について研修を行っている。教員について は,赴任時及びその後年間8回「赴任者ガイダンス」という研修を行っている。まず,赴任時に は当面必要な情報やスキルについて研修を行う。その内容は,自立活動部による車椅子に関する 操作方法等の具体的な対応の仕方,養護教諭からの救急対応についてのシミュレーション研修で ある。他にも,車椅子を使った避難訓練等の安全研修も行われる。その際は各部から必要な情報 が提供される。 また,日常的に児童生徒をよく観察し,気付いたことを細かく保護者に連絡するようにしてい る。児童の情報を保護者とも共有することで,重大な事故を防ぐことができるとの認識であった。 肢体不自由の児童生徒は健康状態に特に配慮を要する場合がある。それに対応できるようにす るため,校内で統一したマニュアルを作成しており,各教室の壁にかけてある。また,児童生徒 一人一人のマニュアルに相当するものも作成されていた。装具のつけ方を間違っただけでも,児 童生徒の体を痛めたり,保護者の信頼を失うことにつながったりすることから,児童生徒に応じ た症状別の対応,装具のつけ方等具体的な場面に応じた対応の仕方を「サポートブック」などに まとめていた。保健室と自立活動担当が連携して作成を呼びかけ,担任が保護者に聞き取り作成 していた。それを,12年間,その児童生徒のデータとして蓄積している。 (ウ) インシデントの収集及び共有,改善の取組 ヒヤリ・ハット事例の収集,集約,共有の手順は,①各学年会でヒヤリ・ハット事例の内容と 対策について話し合う。②各学部会でヒヤリ・ハットに対する対策を確認し教頭に提出。③教頭 は各部会のヒヤリ・ハット事例を整理し,研修の資料として配布して翌月の職員朝礼で事例の確 認,共有を行う。④職員はその資料をファイリングしていく(次頁資料―6)。このサイクルを 毎月行うことで,インシデントの収集,共有,改善を行っている。 経―24 また,教頭が出すヒヤリ・ 資料-6 ヒヤリ・ハット研修資料 ハット事例には「クラスチェ ック」という欄が設けられて いる。これは,他のクラスの ことも,自分のクラスのこと としてとらえさせ,徹底をは かっていく意図がある。これ らの積み重ねにより職員の 意識が高まってきていると のことだった。また,周知, 共有するときには,資料を全 員が手にもったことを確認 してから教頭が説明する等, 方法にも工夫をしている。 (エ) 教員がアクシデント,イン シデントを積極的に報告す るための配慮 ヒヤリ・ハット事例の報告 の必要性は,アクシデントを 経験している教員が同じよ うな状況にならないために も必要なことと強く感じて おり,教員の意識は高いとの ことである。 (オ) 教員が協力する雰囲気をつくるために配慮していること ヒヤリ・ハット研修のプリントには,「ハインリッヒの法則」の意味を毎回載せている。また, 特別支援学校生徒についての事件・事故の新聞記事を載せるとともに,それに対して本校ではど のような確認になっているかも書き,身近な問題として教員が捉えるように工夫している。「協 力していくことが大切」という雰囲気づくりも大切にしているとのことだった。 (2) 他業種の先進的な取組事例 本研究を進めるにあたって,産業医科大学病院を訪問し,リスク・マネジメントについての先 進的な取組に関する聞き取り調査を行った。 ア 病院におけるリスク・マネジメントの歴史 わが国における医療事故対策のきっかけ(教訓となった事例)は,1999年1月11日に起こった横 浜市立大学医学部附属病院患者取り違え事故である。その後も医療事故が続き,それらを検証し ていく中で,「To Err is Human」(人は誰でも間違える)という考え方のもとに対策を講じてい くようになった。誰もわざとエラーをしているのではない。しかし,「不注意だった」で済ませ 経―25 るのではなく,「なぜ不注意となってしまったか」を考え「エラー誘発要因」を組織として分析 し対応することで事故を減らそうという取組が進められてきたようである。 2001年4月には,厚生労働省医政局総務課に「医療安全推進室」が設置された。そしてヒヤリ・ ハット事例収集等の事業がその年の10月に開始された。2002年には,「医療法施行規則」が改正 され,以後,医療機関における安全管理体制の強化を図る取組が進められていった。それまでは 各部署や個人で始末書的な報告を出し検討されてはいたが,これより,組織的横断的に取組が行 われるようになったということであった。 イ 産業医科大学病院での聞き取り内容 (ア) 病院の危機管理に関する組織構成と活動状況 産業医科大学病院における安全管理組織を示す(図-22)。組織内に「医療安全管理部」が設 置され,専従の医療安全管理者1名が配置されている。セーフティーマネージャーは兼務である。 医療安全管理部の主な業務内容は以下の通りである。 ○ 医療安全管理のための指導や職員研修の企画・運営 ○ 医療安全対策マニュアルの作成・周知・評価・見直し ○ インシデント・アクシデント報告の収集 ○ 各部門,各科のセーフティーマネージャーとの連絡・調整 ○ 医療安全管理のための委員会の企画・運営・支援 ○ 事故発生時の対応(状況把握,事実確認,現場サポート) ○ その他院内の医療安全に関わること ○ 医療安全に関する調査及び研究 ○ 医療安全に関する情報提供及び周知 ○ 事故発生時の対応(状況把握,事実確認,現場サポート) 図―22 図―22 産業医科大における医療安全体制(2012 年度) 産業医科大学における医療安全体制(2012 年度) 経―26 (イ) アクシデントの再発防止や未然防止の組織的取組 ① 医療安全対策マニュアルの作成 事故の要因の大半は,基本確認行為からの逸脱が関与していることが多い。そこで「医療安全 対策マニュアル」を作成し,医療安全に関する理念や組織,一連の医療行為を安全に施行するた めの手順やルールを明記している。このルールは,過去に起きた不幸な事故や貴重な体験をもと に作られている。 インシデントやアクシデントが起こるたびに内容を加えている。そして,原則として1年毎に 修正を行っているが,命に関わることに関してはすぐに差替えをする。また,現場ですぐに活用 できるように,携帯用のマニュアル(ハンドブック)も作成し,常時携帯を義務づけている。ま た,常時携帯しているか定期的に点検をしている。「慣れ」による事故を防ぐため,ルールやマ ニュアルありきではなく,なぜマニュアルが必要かの理解が重要であることを何度も注意,教育 をしている。 ② 現場の巡回と点検 現場を巡回しながら,医療安全ラウンドでの現場のリス クを把握している。「マニュアルを変更したけど知ってい 資料―7 注意喚起 ますか」と確認する等,マニュアルの携帯状況と遵守状 況をチェックしながら啓発活動を行っている。 ③ 情報提供・注意喚起 医療安全情報を発行している(資料-7)。全国から 送られてくる事例や,当院での事例を全員に理解できる ようにして発行している。発行した医療安全情報を見て いるかどうかも読んだらサインをする等の方法で確実 にチェックする。また,ポスターでも注意喚起をする等, こつこつと地道に活動している。 ④ 職員研修 法令により医療安全管理体制の一環として,年2回の 全職種を対象とした医療安全研修を開催することが義 務付けられている。そのため,出席できない人のために DVDを編集して,出席できなかった人も必ずDVDを見て研修するように義務付けていた。 ⑤ 医療安全研修 全体研修の他にも,「転倒転落に関して」「医療機器について」「薬について」等,それぞれ の部門が中心となってセミナーを行っている。危険予知訓練,グループワーク等,危機回避の能 力についての事例検討等である。 ⑥ 患者への情報提供や協力依頼 経―27 医療事故防止のためには,医療従事者だけでなく,患者の協力も不可欠である。本人確認のた めに自分でフルネームを名のってもらったり,本人確認のためのバーコードによる照合について 理解をしてもらったりしている。 ⑦ 実施可能な個人でできる事故防止の徹底 一人一人が個人でできる事故防止を充実させてこそ,組織的取組が生かされていくものである と考え,下記の4項目を徹底するよう研修等を通して注意喚起していた。 ○ルールを守る。 安全管理の基本はルールを守ることである。手順からの逸脱は極めて危険である。確認す べきものを指で指し,声に出して確認することもしている。何よりも患者の安全確保を最優 先する。 ○「慣れ」「思いこみ」に注意する。 「何か変」と感じる感性を大切にし,おかしいと思ったらストップする。分からないこと は放置せず,先輩や上司・同僚へ尋ねる。確認のプロセスとして,「復唱」「メモに記載」 を遵守する。 ○人の失敗から学ぶ。 一人の人間ができる範囲は限られている。経験を共有化し,他の人のインシデントを自分 に置き換えて考える習慣を身に付ける。ヒューマンエラーの発生にはパターンがあり,その パターンを認識し,エラーを防ぐ。 ○安全優先の態度を身につける。 「職業的正直」の実践に努める。安全のために「分からないことを分からない」と勇気を もって言う態度を養う。職業倫理にもとづく対応と行動をとり,患者の権利を尊重する。 (ウ) インシデントの再発防止や未然防止の具体的取組 ① インシデントの収集及び共有,改善の取組 「ハインリッヒの法則」 資料-8 をもとに,ヒヤリ・ハット 事例を集め,把握し,事故 の要因をなくしていくた め,「インシデントレポー ト」の作成を行っていると のことであった。インシデ ントレポートは電子化さ れ,院内のすべてのパソコ ンから操作できる(資料― 8)。テンプレートに従っ て選択しながら入力でき, 個人による見方のぶれがあ らわれないように工夫され ていた。全職員がレポート システムを活用できるよう 経―28 インシデントレポート入力画面 になっているが,自分が書いたものに他の人が書き込み 資料-9 を行うことはできない。それぞれの部署にログが与えら インシデント・アクシデント患者影響度分 れ,セーフティーマネージャーが管理しており他の部署 類 には見られない仕組みとなっている。 このレポートはセーフティーマネージャーが整理し, 件数の集計結果や内容等一つ一つを各部署内で必ず共 有し,すべて,医療安全部に上げられ,場合によっては 医療安全対策委員会において事例検証等を行い,必要な 情報は横断的に他の部署へも周知される。共有したもの については書類にサインをさせ,職員に周知されたこと を確認しているとのことであった。 なお,報告内容については,患者にどのような影響が あったかを基準にしている(資料―9,資料-10)。内 容や緊急度によって分類し,緊急なものについては口頭 連絡することになっている。重大な事故が起こった場合 の連絡,対応体制等については,前述の「医療安全対策 マニュアル」にフローチャートで分かりやすく示されて いた。 ② インシデント・アクシデント報告体制の確立 インシデント・アクシデント報告体制を確立するこ とが,以下の点で有効であると考える。 ○ 報告の文化(情報共有・透明性),安全の文化の土壌ができる。 ○ 類似の事故情報と同じ内容の情報を収集できる。 ○ ヒューマンファクターの視点からの事故防止対策に貢献できる。 ○ ヒューマンエラーに 資料-10 インシデントレポート入力画面 起因する事故を軽減で きる。 ○ 組織全体のリスクに 対する感性を高めるこ とができる。 (エ) 職員がアクシデント,イ ンシデントを積極的に報告 するための配慮 ① 入力方法の簡素化 多忙な中で報告書を作成 資料-10 するため,入力のテンプレ ートを用意し,レベル等を 経―29 インシデントレポート入力画面 選択しながら入力できるようになっていた。また,集まった段階で分類しやすいよう工夫されて いるとともに,どのパソコンからもテンプレートを立ち上げ入力できるようになっていた。 ② 組織として危機回避に取り組んでいるという意識の徹底 「組織に報告することが個人を守ることになる」ということを職員に対して発信しているとの ことであった。報告したことで必ず個人が守られ,いろいろな改善策が形として戻ってくるとい うことを積み上げ信頼関係を築いている。これにより,職員は安心して積極的に報告を上げるこ とができ,形骸化を防ぐことができると考えている。 病院や上司が,報告内容を受けて報告者の業績について評価をすることのないよう徹底するこ とで,報告をためらうことがないように配慮しているとのことであった。その人の教育へ結び付 けていくのであり,個人の不利益にはしないということが職員に伝えられていた。 (オ) 協力する雰囲気をつくるために配慮していること みんなで指摘し合える風土,「指摘してもらってありがとう」と言える,各部署を横断する 関係つくりを,医療安全管理者が中心に行っていた。 組織がまとまり,情報がすぐに伝達され共有されるためには,医師,看護師らの普段の人間関 係が大事である。普段からこだわりなく気軽にどんなことでも話せる,質問ができる,注意し合 える,風通しがよい,水平で共感的な人間関係を築くことが「チーム医療」の基礎となる。お互 いに尊重し合う関係と,良好なコミュニケーションの構築が最も大切であるとのことであった。 3 調査結果から見たリスク・マネジメントの改善の視点 (1) 学校へのアンケート調査の結果から 「ハインリッヒの法則」によると,1件の重大な事故の背後には29件の軽微な事故があり,その 背後には300件のヒヤっとする危険な状態があるとされる。アンケートでは,1学期中,市内の学校 の約1/3に大きな事件・事故が1件以上起きているが,反面,ヒヤッとしたこと(以下インシデン ト)の発生件数が少ない。災害共済給付の申請数等と比較すると,実際は,もっと多くのインシデ ントが存在していると思われる。教員による見落しや,気がついたとしても報告されていないため, 校長が把握していない可能性が浮かび上がってきた。 「ヒヤリ・ハット事例を把握する」と「職員が管理職との相談しやすい雰囲気」や「若手教員を 育てようとする雰囲気」とは正の相関関係がある。ヒヤリ・ハット事例を把握する取組を行ってい る学校は,管理職との相談しやすい雰囲気づくりや若手教員を育てようとする雰囲気があるという 傾向がうかがえた。 (2) 聞き取り調査から 先進的な取組を行っている学校では,校長を中心に,組織的に対応しようとする姿勢がうかがえ る。実務は主に教頭が担い,紙面できめ細やかにインシデントの収集,蓄積を行っている。集約し た内容は,確実に全教員に周知され,日々の教育活動や学校行事おいて生かされている。またどの 学校も,校長の強いリーダーシップのもとに,ミドルリーダーの育成や職員室の雰囲気づくり,職 員間の人間関係も重要視していた。 医療機関では,インシデントの収集,分析を「患者の命にかかわる重大な業務」として捉え, 経―30 専属の対応職員を配置し対応している。また,誰でも簡潔に素早く報告できるように,パーソナル コンピュータを利用した院内ネットワークを活用している。さらに,日々変わる危機管理に対して, 蓄積した情報をもとに危機管理マニュアルを更新し,常に職員が身に付けられるように工夫してい る。 4 学校におけるリスク・マネジメントの改善について (1) 危機管理の機能化 本研究において参考としてきた病院でのリスク・マネジメントは,「人の命を守る」ことがリス クの評価基準の第一義としてあげられており,インシデント及びアクシデントレポートの収集,蓄 積とそれにもとづく対応が大きな特徴となっている。また病院におけるリスク・マネジメントの中 核は,日常の医療活動のリスクに対してのシステムの構築である。 それに対して,学校においてのリスクは,負傷や疾病のみならず,いじめや不登校等の児童生徒 の心の問題等多様である。また,日常の教育活動に加え,運動会や遠足等学校の行事の際のリスク, 地震や,台風,火災,PM2.5,不審者等にも対応しなければならない。 なお,学校においては,生徒指導委員会,いじめ防止対策推進委員会,保健に関する部会,安全 教育に関する部会等,具体的な問題に取り組む組織がすでに複数存在している。 学校の危機管理の機能化を図る上では,他業種の先進的な取組を参考にしつつ,これらの学校の 特殊性を考慮する必要がある。 (2) 学校におけるリスク・マネジメントの在り方 既存の組織を生かしつつ,学校の危機管理を機能化するためには,クライシス・マネジメントの みならず,リスク・マネジメントの視点を取り入れ,従来の事故報告書に該当する情報に加え,ヒ ヤリ・ハットした事案を収集し蓄積を行う必要がある。 また,個人の経験による判断にゆだねられる傾向があったが,自らが経験していないリスクに関 しても危機意識を高め対応力を向上させるために,学校組織として収集した情報を分析し活用する 必要がある。 さらに,それらの基盤となる職場の協力体制,雰囲気づくりを進めていくことが重要である。 ア 情報の収集・蓄積(ヒヤリ・ハット報告) 重大な事件・事故の発生を未然に予防する上では,学校における重大な事件・事故についての 情報収集はもちろんのこと,いわゆるヒヤリ・ハット事例に関する情報を収集し,それを整理・ 分析することで,未然防止のための具体的取組が明確になると考える。また,ヒヤリ・ハット事 例に関する報告書を作成する過程そのものが,個々の教員が教育活動にひそんだリスクの認識に つながると言えよう。 すなわち,学校においてもヒヤリ・ハット事例を収集し分析する必要があると考えた。そこで, 病院で使用されているヒヤリ・ハット報告を参考に,学校における教育活動の特性を考慮し,ヒ ヤリ・ハット報告書を作成した(次頁資料―11)。 経―31 資料-11 ヒヤリ・ハット報告書のモデル この報告書による情報収集の目的は,管理職によるヒヤリ・ハット事例の把握及び分析と,教 員自身が要因分析をすることにある。 ヒヤリ・ハット報告書を作成する上での第一の工夫点は,簡単に記入できるようにしたことで ある。学校組織としてのリスク・マネジメントの観点からすれば,重大な事件・事故に関する情 報もヒヤリ・ハット事案に関する情報も一元的に管理する必要がある。第二の工夫点は,事実に 加えて,要因分析の項目を設けたことである。事故の発生やヒヤリ・ハットした背景や要因を職 員自身が分析し報告を作成することによって,教員の危機管理意識の向上が望めると考えられる。 経―32 イ 蓄積した情報の分析,活用 (ア) 日常的なリスク・マネジメントにおける情報の分析,活用 学校のアンケート調査から,ヒヤ リ・ハット事例を報告していた学校 は少なく,校長がヒヤリ・ハット事 例に関してはそのすべてを把握し ていない可能性が見られた。教員の 「ヒヤリ・ハット」に関する認識不 足,また認識していたとしても着実 図-23 従来見られる危機管理体制 に報告されていない等,リスク・マ ネジメントに関する課題が見られ た(図-23)。 そこで, 「ヒヤリ・ハット報告書」 を活用した危機管理を機能化する 図-23 モデルを示した(図-24)。これま 従来見られる危機管理体制 で口頭による報告であったり,報告 にもあがらなかったりしたものが 確実に教頭,教務主任等に収集され るようになる。蓄積した情報を教頭 や教務主任等が情報を分析し,各学 校におけるリスクの傾向を把握し, 各教員への文書等による情報発信 や,研修内容を検討する際の資料と して活用する。このような取り組み を通してリスクに対する組織的な 取組を深化させ,教員の危機管理意 識の向上を図っていくことが大切 である。 図-24 モデルとして考える危機管理体制 次頁資料-12は,蓄積したヒヤ リ・ハット報告書を用いて蓄積した情報を分析し活用した例である。 (イ) 危機管理マニュアルの更新・活用収集・蓄積した情報が教員一人一人に着実に伝達され,効果 的に活用されて,さまざまな教育活動に生かされていくことが大切である。 そのためには,収集,蓄積された情報をもとに,危機管理マニュアルを常に更新し,活用しや すくすることが大切である。さらに,活用しやすい場所に配置したり,使いやすくコンパクトで 携帯できるようにしたりする等の工夫が必要である。 ウ 職場の協力体制・雰囲気づくり 学校の危機管理を機能化する上で,管理職と教員,教員相互が信頼し合う「職場の協働体制・ 雰囲気づくり」が大変重要である。校長の学校経営方針を浸透させ,教員の経験や持ち味を生か 経―33 し,組織的に教育活動を行っていくようにすることは,学校経営上必要不可欠である。 資料-12 ヒヤリ・ハット報告書の分析,活用例 h情報の分析,活用例 第Ⅲ章 1 研究のまとめ 成果 本研究を進めるにあたって,学校における事件・事故への対応は,教員の専門性から,教員一人 一人の経験,力量に依るものが大きいと捉えられる傾向があると考えた。しかし,教員の大量退職 期に入り,新規採用教員など経験の浅い教員の占める割合が増えることが予測される中で,これま でのような一人一人の経験,力量に依る対応には限界があり,その危険性も大きいものがある。そ こで,教員個々人ではなく,学校組織として危機管理を機能化し,全ての年代の教員で協働できる ような在り方ついて研究を行った。危機管理には,「クライシス・マネジメント」と「リスク・マ ネジメント」の2つの概念があるが,そのなかでも特に「リスク・マネジメント」に着目して研究 を進めた。 学校へのアンケート調査では,学校における「アクシデント」の発生件数に比べ,「ヒヤッとし た事案」の発生件数の認識が少ないこと,「ヒヤッとした事例を把握する取組」を行っている学校 は,「教員と管理職との相談しやすい雰囲気」「若手教員を育てようとする雰囲気」があること等 の関連性が明らかになった。 経―34 先進的な取組を行っている学校の聞き取り調査では,学校の実態に応じた様々な方法で「ヒヤリ ・ハット事案」の収集に努め,危機管理に活用していることがわかった。さらに,医療機関への聞 き取り調査では,専属の対応職員を配置し,「ヒヤリ・ハット事案」の収集,分析,共有を効果的 に行う組織的なリスク・マネジメントを行っていることがわかった。 これらをもとに,学校における危機管理を機能化するためのリスク・マネジメントの在り方につ いての検討を行った。その結果,ヒヤリ・ハット報告書のモデルを提示し,学校の様々な場面にお けるヒヤリ・ハットの収集,蓄積,活用についての具体的な方法をまとめることができた。また, 組織体制についてもその方向性を明らかにすることができた。 2 課題 本研究で提案したリスク・マネジメントを,学校経営において実践し,さらに検討を進めていく ことが大切である。そのための課題について以下に示す。 (1) 学校におけるヒヤリ・ハットの収集・蓄積及び分析を誰が中心となって行うのか,学校の実態 に応じた担当を検討する必要がある。先進的に取り組んでいる学校は,すべて教頭や主幹教諭, 教務主任などが担っていたが,組織の機能化を図るならば,学年主任や児童生徒指導部などの既 存の校務分掌の中にヒヤリ・ハットの収集・蓄積及び分析の業務を含めて行うことも考える必要 がある。さらには,より明確に学校の組織の中に位置付けるならば,医療機関のように危機管理 対応の校務分掌を新設したり専属の職員を配置したりするなどの検討も必要であろう。 (2) インシデントやヒヤリ・ハットの収集,蓄積及び分析の方法について,さらに研究を進めてい く必要がある。本研究室においては,先進的な取組を行っている学校を参考に,すぐに導入可能 な,紙面を活用した「ヒヤリ・ハット報告書」を提案した。また,その報告書の集約例について 提示し,危機管理体制のモデルについても提示している。しかし,今後ますます多様で複雑化し ていく学校の危機管理において,多くのヒヤリ・ハットをできるだけ効率的に収集し,迅速に集 約,分析していくには,医療機関などが行っている情報機器を使ったネットワークを活用するこ とが不可欠だと考えられる。学校における,ネットワークシステムの導入に向けた研究を継続す る必要がある。 (3) 学校における,教員の危機管理に対する意識の向上を図り,対応力を高めるための研修を 行っていくために,時期や内容,方法について,学校の実態に応じてどのように計画し実施 していくか検討をする必要がある。 (4) 各学校でヒヤリ・ハットの収集,蓄積されたものを学校内だけに留めるのではなく,さらに, 各学校間で共有することにより,よりスピーディーに新たな問題に対応することができると考え られる。このような学校間のネットワークシステムの構築について,検討していくことが重要だ と考える。 今後,学校においては,ますます複雑で多様なトラブルが増えることが予想される。これらの 課題を解決し,研究を進めて行くことで,学校からアクシデントをなくし信頼される学校づくり につなげていきたい。 経―35 1 クライシス・マネジメント:万が一事件・事故が発生した場合に迅速に対処し,被害を最小限に抑 えること,さらにはその再発防止と通常の生活の再開に向けた対策を講じること。リスク・マネジメ ント:事件,事故の発生を極力未然に防ぐことを中心とした危機管理 詳しくは,文部科学省『学校の安全管理に関する取組事例集 学校への不審者侵入時の危機管理を 中心に』(平成15年6月)1頁 1 学校の危機管理の在り方 (1)学校での危機管理の定義 2 詳しくは,武井勲『リスク・マネジメント総論』中央経済社(昭和62年)14頁参照 3 詳しくは,加藤朗「危機管理の概念と類型」日本公共政策学会『日本公共政策学会年報』(1999年) 参照 4 詳しくは文部科学省『学校の安全管理に関する取組事例集』(平成15年6月)1頁参照 5 詳しくは日本リスク研究学会『リスク用語小辞典』丸善株式会社(平成20年)207頁参照 引用文献 武井勲『リスク・マネジメント総論』中央経済社(昭和62年)14頁 加藤朗「危機管理の概念と類型」日本公共政策学会『日本公共政策学会年報』(1999年) 文部科学省『学校の安全管理に関する取組事例集』(平成15年6月)1頁参照 日本リスク研究学会『リスク用語小辞典』丸善株式会社(平成20年)207頁参照 参考文献 文部科学省『学校への不審者侵入時の危機管理マニュアル』(2001年) 文部科学省『学校の危機管理マニュアル 子どもを犯罪から守るために』(2007年) 文部科学省『安全教育指導資料「生きる力」をはぐくむ学校での安全教育』(2010年) 文部科学省『学校防災のための参考資料「生きる力」を育む防災教育の展開』(2013年) 仁木一彦「ひとめでわかるリスク・マネジメント」東洋経済新報社(2009年) 前田春男「学校の危機管理に関する理論的考察 リスク・マネジメント概念の分析を通じて」教育 経営学研究紀要,P45-52,(2009年) 福岡市教育委員会「学校危機管理マニュアル」(平成14年) 日本女子大学 船橋市教育委員会「教員研修モデルカリキュラム開発プログラム 特別な教育ニー ズを有する児童生徒の学校事故マネジメント研修プログラムの開発」(平成23年) 長野県教育委員会「学校危機管理マニュアル作成の手引き」(平成24年) 研修員 松尾 友子 (西高宮小学校 教頭) 竹内 義則 (福岡中学校 教頭) 河合 宏 (柏原小学校 教諭) 波多江 貴志(東光中学校 主幹教諭) 共同研究者 立光 浩美 藤田 公慈 (原西小学校 校長) (香椎第2中学校 校長) 研究指導者 河内 祥子 藤坂 親 (福岡教育大学 准教授) (福岡市教育センター 研修指導員) 経―36
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