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来日直前! マレイ・ペライア 電話インタビュー
リサイタルの聴きどころと、カザルスやホロヴィッツとの思い出を語る!
――ペライアさん、今回はインタビューにご協力いただいて
ありがとうございます。まず初めにリサイタルの際にどのような
お考えで選曲をなさるのかを教えてください。
私が曲目を考えるときは、その前後の時期に自分が取り
組んでいる楽曲、それらに向けている関心を、どうやって1回
のリサイタルの中にうまく盛り込めるだろうか、と考えます。そ
してそれら複数の異なった曲目の間で、どうやってバランス
をとろうか、どのようにコントラストをつけようか、と考えます。
今回演奏するベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番「熱情」
についてです。ベートーヴェンのソナタに関しては、私はつ
ねに、終わりのない努力を続けていると言って良いかと思い
ます。ここ8年ほどをかけて、ベートーヴェンの全曲プロジェ
クト<※脚注:ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲の譜面を見直し、ヘンレ原
典版として出版するという壮大なプロジェクトに取り組んでいる。> に関わっ
ており、かなり弾きこんでいますし、このプロジェクトはあと4
年ほどをかけ、完成させる予定です。ですので、ベートーヴェン
Photo: Felix Broede
のソナタは今、私のレパートリーの中心にある演目のひとつです。中でもこの第23番「熱情」は、近年よく弾いており、
自分の大好きな曲です。昔からいつでも演奏することに喜びを覚え、しかし回数を重ねても、そのたびに新鮮さを感
じる曲です。
――バッハのフランス組曲・第4番はいかがですか。
フランス組曲は、最近レコーディングをしました。フランス組曲全曲の録音です。この曲目を挟むことで、ベートー
ヴェンのソナタとのコントラストをつけたいと思いました。
――バッハの組曲のなかでも、「フランス組曲」は、非常に優雅な優しさがありますね。
そうです。連曲がみな美しく軽やかですね。バッハといいますと、一方でパルティータなどの、どっしりとした作風
があるわけです。また組曲でも「イギリス組曲」は、厳しい感じがしますね。ですがこの「フランス組曲」はきれいな親
しみやすい楽曲です。
――シューマンの「ウィーンの謝肉祭の道化」はなぜ選ばれたのですか。
この作品は2〜3年前から私のレパートリーに加えたものです。難易度の高い、ヴィルトゥオーゾ性を要求される作
品です。そして、シューマンの作品の中にあって、実はあまり知られていないものです。演奏される機会が少ないも
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のです。その点に着目しまして、「レアな演目」を何か一つ入れてみようと思ったのです。しかし作品を見てみますと、
そこには謝肉祭の雰囲気がまさに満ちていて、いろいろな場面が描かれていますので、うきうきするような気分を味
わっていただきたいです。
――最後に、ショパンの作品も加えてくださいましたね。
ショパンは、聴きに来てくださる皆さまの「好み」に添ってみました。私自身ショパンが大好きなのです。やはり、と
ても愛されている作曲家でしょう!そしてもちろん、偉大な作曲家です。スケルツォの第2番、即興曲の第2番を今
回弾かせていただきます。まずスケルツォ第2番ですが、非常にダークな、ドラマティックなパートが、リリカルなパー
トとの美しいコントラストを生み出しています。即興曲の第2番は重みのある部分と、曲の中ほどのショパンの民族主
義的な面が表れている部分とから成っています。彼の内なる情熱をみせた作品と言っていいでしょう。
――ペライアさんはすでに40余年という長いキャリアを積まれて、つねにトップランクの演奏をしてこられました。そ
の期間、もっとも思い出に残っている出来事、忘れがたい出来事は、なんでしょうか?
私の今日までの音楽家としての日々に、もっとも大きな記憶として残っているのは、二人の偉大な音楽家との出
会いです。一人はパブロ・カザルス氏、もう一人はウラディーミル・ホロヴィッツ氏です。
私がまだとても若い頃でした、確か、まだ17才か18才だったと思います。カザルス氏は私のマールボロ音楽祭で
の演奏を聴き、その後に、ぜひ一緒に室内楽を演奏しようと誘っていただき、プエルト・リコ・フェスティバルで一週
間を一緒に過ごしました。毎日、彼の演奏をすぐそばで聴けたこと、これは、本当に得がたい機会でした。カザルス
氏は毎日2時間の練習を欠かしません。さらに彼はピアノも弾くのです。彼はいつも、バッハの「プレリュードとフーガ」
を弾いて一日をスタートしました。この2曲を欠かしたことはなかったですね。まったく、何という幸運をいただいたも
のでしょうか。まだ若かったときに、このような偉大な芸術家の傍らで過ごすことができたとは! 一週間の間、午前
の練習には耳を傾け、午後は一緒に合わせて演奏をしたわけです。私の音楽人生のなかでの忘れ得ない時間で
した。
そして、ホロヴィッツ氏との関係ですが、まず教えを請う、というのが最初の考えでした。ですが私は当時19才か2
0才で、実はこの巨匠の姿に少し畏れを感じてしまっていて、最初のこの考えは実行しませんでした。しかし何年も
後になってから、素晴らしい友情の絆が生まれました。私も30才ぐらいになっていた頃で、ニューヨーク在住でした
ので、毎日のように顔を合わせる期間が4年ほども続きました。それはホロヴィッツ氏の人生の最後の数年間でした
けれど。
――それらの交流のなかで、音楽的に大きな影響を受けたのですね?
いいえ、必ずしもそういうことではないです。人物として、非常に大切なお二人です。何を教わった、という狭い意
味ではなく、私はただ、彼らのそばで一緒に時間を過ごしたにすぎませんが、そのなかで多大なインスピレーション
をいただいたと思うのです。
実際の私の音楽に反映されている「影響」という意味では、いろいろな書物からも多く受けたと思います。私は音
楽に関する本を読むことがとても好きです。ヨハン・セバスティアン・バッハの息子にあたる、カール・フィリップ・エマ
ヌエル・バッハが、ハープシコードについて書いた本を読んだのが始まりでした。ここに鍵盤楽器の奏法について興
味深い考察がありました。ただ弾くということではなく、実際のハーモニー(和声)と、セオリー(理論)とを、どうやって
一致させるか、という話です。とても面白く、私の目を開かせてくれたのです。以来、書物による研究も欠かしません。
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さらに大きな影響を受けたのは、ドイツの音楽学者、ハインリヒ・シェンカーの理論なのですが、彼がまとめた研究は
私にはこの上なく大切なものです。日本の皆さんはシェンカーの名前をご存知でしょうか? シェンカーは、ヴィルヘ
ルム・フルトヴェングラーの先生だった人です。フルトヴェングラーは彼の音楽人生を通して常にシェンカーの指導
を仰いでいたそうです、絶えず音楽に関する質問をしていたらしいです。私もシェンカー理論にはとても興味を持っ
ています。シェンカーの考察は、楽曲をその全体の関連性をもって一つのまとまりとして捉えようとするものです。部
分、部分に小さく区切ってゆく分析の方向ではなく、曲の総体のストラクチャー(構造)を把握する、というものです。
演奏する立場の私には、大変有益な視点です。
――ペライアさんは、これまでの長きに渡る音楽活動を踏まえ、いま、将来を見据えていらっしゃると思いますが、
今後数年のうちにチャレンジする予定の作品、または作曲家はありますか。
ピアノ演奏の仕事では、これまでも演奏してきた作曲家に今後もこだわり続けます。まだまだ弾きたい作品が多く
残っています。たとえば、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」などは、もう弾いてはいるの
ですが、完全に自分のものになるまで弾きこんでいませんし、再度演奏してみたいです。またベートーヴェンのソナ
タということでしたら、最後のピアノ・ソナタ第32番は、練習はすでにしていますが、まだ演奏会で披露していません。
バッハの「平均律クラヴィーア」も、永遠に私の挑戦の対象です。ですので、誰か新しい作曲家、作品を、ということ
ではなく、これまですでに触れてきた多くの曲に、もっと深いアプローチを生み出したい、という欲求があります。
――演奏活動を順調に行うには、健康がなにより大切ですね。ペライアさんは、体調維持のためになにかなさって
いるのですか?
いいえ、何も・・・。無頓着なんですよ。おいしく食事をして、良いコンディションでいなくてはと気にしてはいますが、
特別なことは何もしていませんし、そういうことをしなくちゃ・・・と考える人間でもないんです。
日常をよい気分で過ごせるように、毎日の仕事が順調であるように、自然に気をつけている、というぐらいの感覚で
すかね。そういう自然さが、実はとても大事なことなのです。あえてコツを申せば、毎日の勉強を怠らずに着々と続
ける、ということです。ペースを乱さないことです。ある日にはものすごく働いて、次の日には気を抜く、というような、
波があってはダメですね。さあ今日も仕事が楽しいぞ、って、毎日、思うことです。「何だか今日は、気が重いな
あ・・・」なんて思いながらピアノに向かっても、ぜんぜんうまく弾けませんよ(笑)。そのためには、コンスタントに働く
んです。「今日は、ミラクルが起こるかも知れない!」なんて、無茶な期待をしてはいけません(笑)。
――ピアノの奏法は、根気よく修錬を積むことで体得され、才能ある演奏家にとっても大変な技術です。鍵盤を前
にあのように精密に指を動かし音を奏でることはまさに神技です。一体どうすればそのような領域に達することがで
き、テクニックを長年維持することができるのでしょうか?
練習の虫なんです。練習することにすべての秘密があると・・・。しかし私は実は、若い頃はあまり練習していませ
ん。17才になるころまでは、練習熱心とは言い難い生徒でした。大事なのは。音楽が好きだと言う事。まずこの対象
に向ける愛がなければなりません。だからこそ私たちは、そのために働く気になります。技術的に優れた音楽家にな
る、ということは、音楽そのものと切り離して考えることはできません。自分は音楽をこよなく愛しているからこそ、その
熱意が湧くのです。例えばあなたが何かご自分がそれを好きでないことをやらなければならないときというのは、自
分の芯からのやる気が出なくて、退屈なだけですね。それは良くないのです。ですから、なぜたくさん練習できる
か?というその理由は、第一に音楽への愛があるからです。
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若い演奏家を指導するときには、「聴きなさい、ご自分が好きな曲を、とにかく、聴きなさい。心にいま燃えている
その炎を、保ちなさい。」と言います。そうすることで、いま続けている技術面の練習に、上達が見られるはずなので
す。単なる技術を超えたその人独特の何かが加わってきます。技術のうえに生き生きとした表情が出てきます。「こ
れは、身につけなければいけないテクニックだから。」とだけ思いながら練習しても上手になりませんよ。愛がなけれ
ばね。
毎日毎日練習していると、だれだってルーティーンにはまることがあります。私だってそうです。ピアノを弾きこな
すことは、本当に難しいです。できたはずのことができなくなって、また同じ練習をやり直すことだって珍しくありませ
ん。苛立つこともあるし、怒りを感じることもあります。そういう時は、音楽のことを嫌いになることがあります・・・。そし
てそんな怒りのせいで、仕事がうまくいかなくなります。ですからそこで、愛を取り戻そうと頑張ることです。失いかけ
ては取り戻し、また無くしそうになって、取り戻し・・・その繰り返しでいいのです。
――もうまもなくの来日、ファンはみなペライアさんの到着を待っています。どうぞ、ひとことメッセージをお願いしま
す。
これまでの来日の時もすべて、日本で過ごした時間は、喜ばしい時間となっています。今回もきっとそうなるでしょ
う。多くの友人のみなさんとの再会を、とても楽しみにしています。この気持ち以外にお伝えしたいことはなにもありま
せん・・・ただ、待ち遠しいです。それでは、近々お会いしましょう。
電話インタビュー:2013年9月4日(火)
【公演概要】
マレイ・ペライア ピアノ・リサイタル
2013年10月19日(土) 開演15:00 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
※終演後、出演者によるアフタートークあり。
曲目:J. S. バッハ:フランス組曲第4番 変ホ長調 BWV 815
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 作品57「熱情」
シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化
ショパン:即興曲第2番 嬰へ長調 作品36
ショパン:スケルツォ第2番 変ロ短調 作品31
料金:【一般】正面席10,000円 【メンバーズ】9,000円
※バルコニー席、学生席は予定枚数終了しました。
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